ひねくれ凡夫ワンサマー (ユータボウ)
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1話 ワンサマー、入学する

 原作を買ったんだけど二次創作の見すぎで違和感を感じた
 とりあえず買ったんだし俺もなんか書こうって思って書きました。気に入ってくれる人がいれば嬉しい


 インフィニット・ストラトス、通称IS

 

 大天才篠ノ之束博士が生み出した、宇宙空間での活動を想定したマルチフォーム・スーツ。その性能は既存の兵器を軽く凌駕しており、ついでに『白騎士事件』なんていうぶっ飛んだ出来事のせいで、本来の目的とは全く別の使われ方をされることとなった憐れな存在である

 

 ISには特徴が二つある。一つは上で述べたように既存の兵器を軽く凌駕する性能をしていること。そしてもう一つが女性にしか扱えない、ということである。こちらは特徴というよりも欠陥といった方がいいかもしれないが……

 

 これらの要素を持つISは世の中にある風潮を作り出した。それが俗に言う女尊男卑と呼ばれる思想だ

 

 女はISを扱える。男はISを扱えない。ならばISを扱える女は男より優れた存在である。こんな感じの思想だ

 

 まるで小学生が考えたような頭の悪い発想である。しかしこんなものが世の中において当たり前のように受け入れられているのだから、この世界も存外に腐ってしまっているらしい。おかげで俺を含めた男連中は肩身の狭い思いをして生きていかなければならなくなった。女性有利の世の中では既に数多くの男が既にくだらない理由や冤罪でブタ箱にぶちこまれていたりする

 

 まぁこういった話はまた次の機会にでもしよう。今はともかくISが女にしか動かせないという事実を知っておいて欲しがったのだ

 

 IS操縦者育成特殊国立高等学校、通称IS学園

 

 ISが女にしか動かせないという欠陥上、通う生徒は当然皆女の子であるこの学園に……

 

 

 

 俺、織斑一夏は行かねばならなくなっていた

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「(ははっ……マジ笑えねえ……)」

 

 見渡す限り女子女子女子。女の花園たるIS学園へ強制的にぶちこまれた俺だが、初日が始まる前にして既にグロッキーな状態に陥っていた。苦し紛れに勝手に人の進路を決めやがった老害共を内心で罵倒しまくる

 まず背中に突き刺さる視線が辛い。中学時代にも訳あってかなり目立っていた俺だが、流石に今の状況は中学時代とは別の意味で結構酷いものだ。わざわざ別のクラスからも見に来るなんてお前らどんだけ暇なんだよ?この視線が質量を持っていたなら確実に全身が穴だらけになっていることだろう。いや、真の英雄は目で殺すのだ。質より量、俺だってこれだけ見つめられれば殺されてもおかしくないんじゃないか?

 極めつけはこの席だ。教卓に一番近い場所、つまり教室の真ん中の列の一番前なのだ。この見てくださいと言わんばかりの配置を考えた奴を、一発殴りたくてしょうがない。誰が好き好んで動物園のパンダにならなくちゃならんのだ

 他にも理性をゴリゴリ削る女子特有の甘ったるい匂いやら、十中八九俺のことが話題のヒソヒソ話やらがあるが割愛させてもらう。これ以上考えれば教室から逃げ出したくてたまらなくなってしまうだろう

 

 それもこれも本来の受験先であった藍越学園とこのIS学園が同じ会場で試験していたのが悪い。二つの学校が試験をやってるのに案内板の一つも用意しなかった責任者も悪い。俺みたいな男がいても摘まみ出さなかった無能な試験官も悪い。仮にも一機で国を相手に出来るようなISを適当な部屋に無防備にも放置していた連中も悪い。これらの要素が合わさって生み出された被害者が俺なのだ。つまり俺は悪くねえ、悪いのは全部向こうなんだこんちくしょう

 

 「おはようございます、皆さん」

 

 そんな時教室に天の声が響いた。教室に先生が入ってきたのである。これに廊下にいた生徒は蜘蛛の子を散らすように戻っていき、更にクラスメイトも席に戻ったことで突き刺さっていた視線が幾分か減った。ありがとう、名も知らぬ先生!

 

 「えっと、このクラスの副担任をさせて頂く山田真耶と申します。一年間、宜しくお願いします」

 

 「お願いします」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………あれ?

 

 待て待て、なんで誰も何も言わないんだよ?先生の挨拶だぜ、返事くらいしろよ。失礼だろうが。ついでに俺だけ返事したのが変みたいじゃねえか。なんだか気恥ずかしくなってきて汗が出てきた

 

 「お、織斑君、ありがとうございます。そ、それじゃあ自己紹介でもしましょうか?」

 

 ほれ見ろ先生が涙目になってんじゃねえか……って、この先生、俺が実技試験やった時の相手の先生か!緑の短髪に童顔、眼鏡。そして最後に自己主張の激しい二つの果実。ああ、見間違える筈がなかった。覚え方が大変失礼なのは思春期真っ只中の15歳なんだし見逃してくれ。ISスーツって凄いんだぞ、身体のラインがすっげえはっきり分かるんだから

 

 「あの、織斑君?次は織斑君の順番なんだけど、その、自己紹介してもらってもいいかな?ごめんね?」

 

 「ん、あぁすみません」

 

 いかんいかん、どうやらもう俺の番へと回ってきたらしい。まぁ『あ』から始まれば『お』なんてすぐだからな。中学時代だって出席番号は常に一桁だったし。あと山田先生、そろそろ涙目から卒業してくださいよ……

 ガタッと席から立ち上がって振り返る。当然、クラスメイトは全員女子だ。しかも何気に全員ルックスのレベルが高い。これを親友の五反田弾が見たら狂喜乱舞してその辺りを転げ回っていそうなものだが、生憎俺は女という存在が好きではないのでただ辛いだけである。一先ず当たり障りのない程度の自己紹介にして、さっさと座らせてもらおう

 

 「え~……と、織斑一夏です。ご存知の通り、世界唯一の男性操縦者なんて言われてますが、はっきり言ってただのトーシローなんで過度な期待はご遠慮ください。好きなことは漫画読んだりゲームしたり……ダチと駄弁ったりすることです。一年間宜しくお願いしま~す」

 

 速すぎず、それでいて遅すぎず、すらすらっと自己紹介をして、最後には軽く頭を下げて席に座る。一応及第点ってとこじゃないですかね、100点満点なら65点くらいの自己紹介だ。これで俺のことをそんなに面白くない奴と思って興味をなくしてくれたなら幸いだ

 

 「ほう、てっきり随分参っているだろうと思っていたが存外に元気じゃないか」

 

 成し遂げたぜ、と謎の達成感に浸っていた頭が冷たい水をぶっ掛けられたような感覚に陥った。恐る恐る声のした扉の方へ視線を動かすと案の定、そこには予想通りであり、同時にその予想が最も当たって欲しくない人物が黒いスーツ姿で、かつ出席簿を片手に不敵な笑みを浮かべて佇んでいた

 まるで狼を思わせる鋭い瞳に艶やかな黒髪。すらりと伸びた手足に身内目線から見ても整っているプロポーション。嘗ては『ブリュンヒルデ』などと呼ばれてテレビやら雑誌やらに引っ張りだことされていたこの人の名前は……織斑千冬

 

 何を隠そう、マイシスターである。妹じゃないよ、姉だよ

 

 「ち……千冬姉!?って痛っ!?」

 

 「織斑先生と呼べ馬鹿者」

 

 光より速く振り下ろされた出席簿が見事に俺の脳天を捉える。そして一瞬遅れてやってくる鈍痛、これ絶対出席簿が出せる痛みじゃねえよ。「うごごご……」と呻きながら俺は堪らず机に突っ伏した

 

 「あ、織斑先生。会議はもう済んだんですか?」

 

 「あぁ。SHRを任せてしまってすまなかったな、山田先生」

 

 そんな俺など無視して千冬姉は山田先生へ声を掛けた。にしても織斑先生、ねぇ。ここ一年か二年、家に帰ってくる回数が激減したから何やってんだと思ったら、まさかこんなところで働いてたなんてなぁ。なんで俺に教えてくれなかったのかねえ?人に言えないような仕事してんじゃねえのかと不安だったんだぞ。隠すような疚しい仕事でもあるまいし……

 

 「諸君、このクラスの担任を任された織斑千冬だ。君達新人をこの一年間で使い物となる操縦者に育て上げるのが、我々教師の仕事だ。我々の言うことをよく聞き、そしてよく理解しろ。出来ない者には出来るようになるまで指導する。逆らうのは構わんが言うことは聞け、いいな?」

 

 「きゃあああああああああ!!千冬様、本物の千冬様よ!!」

 

 「私、お姉様のファンで北九州から来たんです~!!」

 

 「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

 我が姉の教師として如何なものかと思う台詞に、クラス中の女子が喚いて騒ぎ始める。確かに千冬姉は世界でも知らない者はいない程の有名人だし、そんな人を生で見ることが出来て興奮するのも分かる。ただ、もう少し静かに出来ないものか、今はSHRの時間なんだぞ。女子の叫び声特有の高音は頭に響くのだ。さっき出席簿で殴られた衝撃もあって頭痛が一層酷くなった気がする

 

 

 

 それにしても、これだけ皆が騒いでいると逆に騒いでいない生徒が目立つってもんだ。窓際の座るポニーテールの子とか、後ろの方の金髪ロールの子とか、のほほんとした雰囲気の子とか、ひっそりと座っている銀髪の子とか。てか、オッドアイってやつはゲームや漫画の中だけの存在だと思ってたんだがな……生で初めて見たぜ

 

 

 

 「……毎年毎年、よくもまぁこれだけの馬鹿者が集まるものだ、感心させられるな。あれか、私の受け持つクラスには馬鹿者が集中させられているのか?」

 

 毎年毎年って、アンタ多分教師生活二年目でしょうが。二年前までドイツにいたこと知ってんだからな?だからべしべし頭を叩くのは止めてください。頭痛が加速するから

 

 「きゃああああああ!お姉様、もっと叱って罵って~!」

 

 「でも時には優しくして!」

 

 「そしてつけあがらないように躾して~!」

 

 「……織斑先生、保健室に行っていいですか?頭が頭痛で痛いです」

 

 「気持ちは分からんでもないが入学初日の最初から保健室に行くなど却下だ。大人しくしていろ」

 

 「おぅふ……」

 

 切なる望みが一瞬で却下された、泣きたい。ついでに、今の会話で勘のいい生徒が俺と千冬姉の関係に気付いたようだ

 

 「え……織斑君って……千冬様の弟?」

 

 「じゃあ男でISが動かせるのにもそれが関係して……?」

 

 「いいな~代わってほしいな~」

 

 

 

 

 

 

 ……代わってほしい?

 

 代わってほしいだと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アンタなんていたから、千冬様が優勝出来なかったのよ!

 

 ──アンタのせいで!

 

 ──千冬様の優勝を邪魔して!いなくなっちゃえばいいのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っ!」

 

 手から感じる痛みと口に広がった血の味で俺は我に返った。そして同時に安堵する。痛みは誰かを殴ったからじゃない、自分で強く握りすぎたせいだ。口に広がった血の味は自分の唇を噛んだからだ

 

 俺は、誰にも手を上げちゃいない。だから大丈夫だ、落ち着け

 

 「(……あぁ、クソッタレが)」

 

 最低な記憶が蘇ったせいで溜め息と共に天を仰げば、ふと中学時代の友人の顔が頭に浮かんだ。三年間を一緒に過ごした最高のダチ、だが今そんな二人はここにはいない。千冬姉は身内だが教師という職業上中立だろうし、味方なんて皆無のようだ

 

 

 

 弾、お前は女子高は理想郷だって言ってたがな。ここはただの動物園だぜ。お前や俺が望んでいたような淑女なんざ誰もいねえよ

 

 鈴、やっぱりお前は最高だったよ。世界中どこ探したって、きっとお前以上の子は見当たらねえ。だから毎日酢豚を食べさせてくれ

 

 

 

 お先真っ暗なIS学園での生活は、こんな形で始まるのだった




 とりあえず1話はここまで。プロットは出来てるけど実際にやっていけるかは不明な模様、頑張る

 一応簡単な設定

 織斑一夏

 主人公。過去に色々あったせいで原作のヒーロー的な感じとはかけ離れた性格をしている。でも家事が得意だったり千冬さんに憧れているのは同じ。髪の毛は長く肩甲骨辺りまで伸びているものを括っている


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2話 ワンサマー、再会する

 まとまったので更新。少し長くなっちった
 お気に入りが増えたり評価がもらえるとやっぱりモチベーションは上がるんやね。お気に入り登録してくださった方、評価してくださった方、ありがとうございます
 さて、今回はあの子が出ます


 IS学園入学初日、SHRが終われば学園案内のオリエンテーションが始まる……なんてことはなく、ごく普通に授業が始まった。教科はIS基礎理論、担当の先生は副担任の山田先生だ。このIS学園では基本的に座学は担任、及び副担任によって行われるようである。一人で複数ある教科を教えられるレベルまでマスターしておかなくてはならず、かつそれを生徒達が理解出来るように教えなければならないとは、教師という職業は想像以上に大変かつ責任のある仕事らしい

 因みに山田先生の授業だったが大変分かりやすかった。電話帳並みに分厚い参考書を渡された時はまだ混乱していたこともあって、全力でゴミ箱へ突っ込みたくなったりもしたが、今になってあれを繰り返し読んでおいて本当に良かったと思う。何せこのIS学園の授業はかなり専門的なもので、入学以前から事前学習を行っていた他の女子生徒ならともかく、俺のようなトーシローが準備もせずについていける程甘いものではないからだ

 

 ……でもやっぱり難しいものは難しいので、放課後になったら個人的に聞きに行くことにしよう。これまで学校で習っていたようなことが欠片も役に立たないのは予想以上にキツい

 

 「はぁ~……しんど……」

 

 思いっきり脱力して背凭れに体を預ける。チラッと廊下が見えたのだが大量の生徒が(パンダ)見たさに集まっていて、押し合い圧し合いの凄まじい光景が広がっていた。あらためてよく見るとリボンの色から上級生らしき生徒の姿もある。短い休み時間を使ってまで唯一の男性操縦者が見たいのかねえ……俺には到底理解出来そうにないな

 そんな時、一人の生徒が俺の方へと歩いてきたことに気付いた。凛とした雰囲気を纏ったポニーテールの生徒、千冬姉が現れた時に騒いでいなかった数少ないクラスメイトの一人だった。とうとう直接話し掛けてくるような生徒が現れたかと、内心で溜め息をつく

 

 

 

 俺は女が好きではない。女の中でも女尊男卑の思想に染まった連中は男を顎で使うことに抵抗感も罪悪感も抱かない。自分のすること全てが許させると思っているのだ。そんなふざけた連中が、俺は大嫌いだ

 

 

 

 さて、俺がどう対応してやろうかと考えている間に、件の彼女は周りの視線を集めながらも俺の方へとやって来ていた。そしてちょうど机の前で足を止め……不意に固まっていた表情を緩めた

 

 「久しぶりだな、一夏」

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………ストップ、誰だこの子?

 

 いやいやいやいや待て待て待て待て、一旦落ち着こう。え、この子今一夏っつったよな。何、知り合い?知り合いなの?俺の?いやいや、俺の知り合いにこんなポニーテールでスタイルのいい大和撫子はいねえ。いるのは八重歯が最高にキュートでミニマムなツインテールの中華娘だけだ。鈴のやつ、元気にしてっかな……っと違う違う。鈴は関係ない、今は目の前のこの子だよ。自己紹介も結局俺で終わったせいか、この子まで回っていないので名前も分からない。あれか、初対面なのに馴れ馴れしく接することで俺の勘違いを誘うタイプか

 

 

 

 ……ごめん、マジで誰?

 

 

 

 

 「えっと……どちら様ですか?」

 

 「なっ!?わ、私だ!覚えていないのか?」

 

 申し訳ないけど覚えてねえよ

 

 「いや……その……さーせん」

 

 「っ~!箒、篠ノ之箒だ!小学校の四年生まで一緒にいたし、一緒に剣道もしただろう?思い出してくれ一夏」

 

 ふむ、篠ノ之さん家の箒さんか。小学校の四年生まで同じ小学校……おまけに一緒に剣道……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 って、あ"あ"!?篠ノ之箒だと!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええ!?もしかして()()()()()()!?束さんの妹でポニーテールな侍ガールの、あのほーきちゃん!?」

 

 「そ、そうだ。そのほーきちゃんだ。久しぶりだな、一夏」

 

 うわぁ……ちょっと待って。確かに言われてみればうろ覚えな面影があるような気はするが……こんなに綺麗な子だったっけか……?

 篠ノ之箒。俺が小学校一年生の頃に出会った女の子で、当時千冬姉と俺が通っていた剣道場の娘さん、そしてかの天才篠ノ之束博士の妹である。小学生らしからぬ落ち着き振りと男勝りな性格からよくいじめっ子達にからかわれており、その現場に俺が乱入したのが仲良くなり始めた切っ掛けだ。そうそう、だんだん思い出してきたぞ

 因みに、乱入したのはいいが当時からどうしようもなく弱かった俺はいじめっ子相手にすぐノックアウトされてしまった。ほーきちゃんは自力でいじめっ子を追い返せていたのに、我ながら情けなさすぎて今思い出しても恥ずかしい

 まぁ乱入する勇気だけは認めてもらえて仲良くなった俺達は、彼女が四年生の時にとある事情で転校してしまうまでは竹刀を交えたり、よく一緒に遊んだりしたものだった。小学生の頃なんて性別の違いをそこまで意識したりするような時期でもなく、単なる友達くらいのつもりで一緒にいたのだが……まさかそんな彼女がこんな美少女にジョブチェンジしていたとは。そう言えばいつかの新聞に名前が載っていたような気もする……

 

 「ははは……すまん、全然分からなかった」

 

 「……まぁ何せ六年ぶりの再会だからな。すぐに分からないのも無理はないか」

 

 そう言ってほーきちゃんは苦笑する

 

 「いや本当に。ほーきちゃん、いつの間にそんな美人になったのさ?流石にそれは予想外だって」

 

 「っ……ふん、そういうお前は随分と変わったな。私の知るお前はそこまで口が達者な男ではなかったぞ。……何にせよ、女相手にあまりそんな言葉は使うなよ?勘違いさせたらどう責任をとるつもりだ」

 

 「心配いらねえよ。俺だって言う相手くらい弁えるし、勘違いするような奴がいるならそいつは頭ん中がお花畑になってる奴だけだ」

 

 「ふふっ、まぁそうだな」

 

 あぁ、他愛ない雑談がここまで心地いいのは生まれて初めてかもしれない。荒んでいた心が浄化されていくようだ。ほーきちゃんマジありがとう。女子しかいない学園生活とか完全にボッチ待ったなしのお先真っ暗だったが、ほーきちゃんという希望がいてくれるなら結構いけるんじゃね、的な気持ちになれそうだわ

 

 「一夏、折角この学園で再会出来たのだ、これからも良ければ仲良くしてもらいたい」

 

 「勿論。こっちこそ男一人で肩身の狭い思いしてたとこなんだ、こうしてなんてことない話が出来る人はほーきちゃんだけだし、是非友達になってくださいな」

 

 お互いに握手を交わしてあらためて友達になる。その後、休み時間のギリギリまで俺達は雑談に耽って、少し前まで鬱陶しかった周りの視線もこの時間の内だけは忘れることが出来た

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「──であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ──」

 

 流れるように教科書を音読する山田先生の声を聞きながら、参考書と教科書、そしてノートの三種の神器を駆使して授業を受ける。ただ眺めているだけではこの専門用語の樹海を乗り切ることは不可能、故にノートにペンを走らせてメモをとり、いまいち理解出来なかったところはチェックを入れて後で考える。先生に頼るのはその次だ、初めから誰かを頼りにしていては成長など出来やしない。正直、今の瞬間が人生の中で一番勉強している時間だと思う

 

 「えっと……織斑君、ここまでで分からないところはありますか?」

 

 ふと山田先生から声が掛かる。今までISなんぞ無縁だった俺がちゃんと授業についてきているか気になったのだろう。優しい先生である、中学校の糞教師共とは大違いだ

 

 「大丈夫です。先生の授業は分かりやすいので助かります」

 

 「そ、そうですか!良かったです~……」

 

 それからは特に大したことも起こらないまま授業は終了した。中学時代と比べて一回一回の授業の質が高い為、集中力をずっと持続させていなければならないし、オアシスである休み時間になると生徒達からじろじろ見られる。気が休まる暇が全くないな、畜生

 

 「大丈夫か、一夏……っと、聞くまでもなかったな」

 

 机に突っ伏した俺に声を掛けてくれるのは現状このクラスで唯一の友達、ほーきちゃん。体勢的に彼女を見上げる形となるのだが、その大きな二つの山で顔がよく見えないぜ

 

 「っべー、マジっべーわ。IS学園って目茶苦茶大変じゃねえか……参考書捨てなくて良かった」

 

 「今少し聞き捨てならないことが聞こえたような気がするが……とりあえず頑張れ一夏」

 

 激励の言葉が胸に染みる。やっぱ持つべきものは友だなと実感するが、しかしよく考えてみると俺ってかなり友達が少ないんじゃないのか?小学生の頃はほーきちゃんや鈴しかいなかったし、中学生になってからも親友だと胸を張れるような奴は弾がプラスされただけだ。うわっ、私の友人……いなさすぎ……?いかんいかん、目頭が熱くなってきた

 

 「少し宜しくて……なんで泣いていますの?」

 

 「自分の交遊関係のなさを自覚しただけさ……」

 

 うわ情けな。カッコつけて言ってみたけど情けなさすぎて笑えねえわ。ほら、今話し掛けてきた金髪ロールの女の子も白い目で見て……誰だこの人!?

 

 「……えっと、どなたですか?」

 

 「ま、まぁ!?なんですのその御返事!私に話し掛けられること自体光栄なことなのですから、もっとそれ相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

 「……ちっ、そうっすね」

 

 「なんですの、その態度は!」

 

 金髪ロールはわざとらしくでかい声を上げた。この傲慢な態度に今の口振り、自分から話し掛けておいて俺にキレる一連の行動、間違いなくこいつは女尊男卑主義者だ。このような輩は基本的に会話が成立しないので無視するのが最善なのだが……どうやら彼女はその中でも特にしつこい部類に入るようだった

 

 「俺はあんたが誰か知らねえし、んなこと言われたってなぁ……」

 

 「知らない?イギリスの代表候補生にして実技試験首席の、このセシリア・オルコットを知らないとおっしゃいますの!?」

 

 今度はポーズまで決めて驚きを露にする金髪ロール、もといセシリア・オルコット。代表候補生っていうとその文字の通り、国家代表の候補のことだ。国家代表がその国で一番強いのなら、代表候補生はそこに次ぐくらいの実力がある。とにかくISに関してはエリートといっても強ち間違いではない存在なのだ。そんな肩書きまで持っていて実技試験も首席だと言っているのだからISの腕は確かなのだろう。尤も、性格の方は最悪の一言に尽きるが

 

 「生憎、最低限の知識を頭にぶちこむので精一杯だったんだ。それで?イギリスの代表候補生にして実技試験首席のセシリア・オルコットさんが一体どのような用件で?」

 

 「唯一の男性操縦者と聞いて一体どのような方なのかと思っていましたが……これでは期待外れもいいところですわ。あなた、よくこの学園に入れましたわね」

 

 「入れたんじゃねえ、入らざるを得なかったんだよ。期待外れなら、そりゃ悪かった。あ~あ、イギリスの代表候補生にして実技試験首席のセシリア・オルコットさんのお眼鏡に敵わなくて残念だな~」

 

 「っ!私のことを馬鹿にして!」

 

 実際俺に期待されても困るんだよ。男性操縦者だっつってもISを動かせるってだけで、それ以外はただのトーシローなんだから。自己紹介の時にも言った筈だぜ?実技試験の時だってISの動かし方もよく分からず、ただなんとなくで前進させていたところに山田先生が前方から凄まじい速度で突っ込んできて、そのまま仲良く頭を強く打ち付けて気絶したくらいなのだ。因みにこれは実技試験が始まってから約十秒間くらいの出来事である

 そしてちょうどその時チャイムが鳴り響き、セシリア・オルコットは「また来ますわ!逃げないことね!」と捨て台詞を残して席へと戻っていった。別に来なくていい、というか来るなめんどくさい。で、それとほとんど同時に千冬姉が教科書片手に入ってきた。次の授業をするのは山田先生ではなく千冬姉らしい。姉の授業ということで少しだけわくわくしてきた

 

 「席につけ、授業を始めるぞ。この時間では実践で使用する各種装備の特性について説明する。ノートに書くなどして聞き漏らしのないように……っと、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなくてはな」

 

 不意に聞き慣れない単語が聞こえてきて首を傾げた。クラス対抗戦?代表者?一体なんだそれは?

 

 「代表者とはこのクラスの代表、つまりクラス長のことを指している。クラス対抗戦は各クラスの代表が実際にISを使って試合をし、各クラスの実力推移を測るものだ。クラス代表者には今回行われるクラス対抗戦以外にも様々な仕事があり、一度決まれば余程特別なことでも起きない限り変更は認められない。一先ずはこんなところか、クラス代表者やクラス対抗戦について質問のある者はいるか?」

 

 千冬姉の言葉に手を上げる者はいない。勿論、俺もだ

 

 「ふむ、では代表者を決めるぞ。自薦他薦は問わん。我こそは、もしくはこいつこそ、と思う者がいれば手を上げて発言するように」

 

 あ、これは推薦される流れだわ、間違いない。このクラスには世界唯一の男性操縦者なんていう絶好の生け贄があるのだ、クラス代表者(面倒事)を押し付けるには最適なんだろう。畜生め

 

 「はい!織斑君を推薦します!」

 

 「私も!」

 

 「私もで~す!」

 

 案の定、あちこちから俺を推薦する声が上がり始める。トーシローだから過度な期待はやめてくれっつっただろうに……勘弁してくれっての。今日何度目かになる溜め息を溢す

 

 「候補者は織斑一夏、他にはいないか?」

 

 「織斑先生、辞退させてください」

 

 「他薦された者に拒否権はない。お前は自分をわざわざ推薦した者の期待を裏切るつもりか?」

 

 切なる願いがたった一言でばっさりと斬り捨てられる。期待なんて言うがそんな綺麗なもんでもなかろうよ。大方、面白そうだからだとか、厄介事を任せられるからとかに違いねえって。決して声には出さないが内心で悪態をつく

 結局、俺を推薦した生徒は二十人程まで増えていき、確実に断れない数にまで肥大した。支持率驚異の65%越えだ、全然嬉しくねえ。そしてこのままクラス代表者は俺に決定するかと思われたが……決定寸前にある意味で予想通りと言うべき人物が立ち上がった

 

 「待ってください!納得いきませんわ!」

 

 バァン!と机を叩いて勢いよく叫ぶ一人の生徒。先程まで俺と話していた金髪ロール、セシリア・オルコットだ

 

 「そのような選出は認められません!大体男がクラス代表など恥さらしもいいところですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 なら自薦すりゃいいじゃん、とは言ってはいけない。きっとこいつは他薦されたかったんだろう

 

 「実力的に考えれば私がクラス代表となるのは必然です。それを物珍しいというだけの理由で極東の猿にされては困りますわ!私はわざわざイギリスからここまでIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをするつもりなど毛頭ありません!」

 

 ……口は悪いが言っていることは正しいな。極東の猿って部分は訂正願いたいが……

 

 「宜しいですか?クラス代表にはこのクラスで最も強い者がなるべきです!そしてそれはイギリスの代表候補生にして専用機持ちである、この私ですわ!」

 

 再びバァン!と机を叩くセシリア・オルコット。その音で何人かの肩がビクッと跳ねる。あいつ、専用機なんて持ってたのか。なら実技試験で首席になれたのも合点がいくし、あのどこから来るのか分からない自信にも納得出来る

 ISを動かすにはISコアと呼ばれる心臓が必要だ。そしてそのISコアは500個にも満たない数しか作られておらず、製造方法もISの生みの親である篠ノ之束博士しか知らない。そんな貴重なISコアを一個人に使う専用機など、国家あるいは企業に所属している余程優秀な者にしか与えられない。専用機持ちである、たったそれだけでセシリア・オルコットが如何に優れたIS乗りであるか想像するに難くないだろう

 

 「大体、文化としても住んでいる人間としても後進的な島国で暮らすこと自体、私には耐え難い苦痛なのです!ですから──」

 

 あ、流石にちょっとそれはまずい。今まで傍観していた、というか呆然となっていた生徒達が「何言ってんだこいつ」みたいな顔になり始め、山田先生が目を見開いて青くなっていく。あの千冬姉ですらよく見れば額に青筋が浮かんでおり鉄面皮を保とうとしていた

 いくら代表候補生で専用機を持っていたとしても他国を貶めるような発言は認められていない。むしろ、なまじ発言力がある分、そんなことを言ってしまえば大変なことになるだろう。下手すりゃ国際問題だぞ。IS学園には世界中から生徒達が集まるが一番比率が多いのはやはり日本人だ。熱心な愛国者でなくとも自分の国を後進的な島国だとか、自分達のことを極東の猿呼ばわりされれば当然腹が立つし、面白くもない筈だ

 

 そして極めつけは、それを言ったセシリア・オルコット自身が発言の意味を理解していないところだろう。誰だ、あんな奴を代表候補生に据えた馬鹿は

 

 なんてことを考えていると、長かったセシリア・オルコットの演説も漸く終わったらしい。しかしよくもまぁあれだけの言葉が出てくるもんだ、逆に感心する。見習いたいとは思わないが

 

 「……いいだろう、オルコットは自薦だな。他に自薦する者や他薦する者は?」

 

 えぇ……千冬姉怖いよ、声低すぎだって。今後ろの方から「ひぃっ……!?」って聞こえたぞ。俺は馴れてるからいいとして他の生徒にはまずいから抑えてくれ

 しかしこれでクラス代表の候補は俺とセシリア・オルコットの二人となった訳だが、これからどうするつもりなのだろう。中学校ではジャンケンか多数決か、はたまた女尊男卑の連中による理不尽な決定で決まっていたが……

 

 「……なしか。ならば来週、織斑一夏とセシリア・オルコットによる試合を行い、勝者をクラス代表者とする。ここはIS学園だ、白黒つけるのならISでつけろ」

 

 ……なるほど、ISを使っての試合か。片方は世界で唯一の男性操縦者、もう片方はイギリスの代表候補生、なんとも盛り上がりそうなカードじゃないか。俺が第三者だったなら是が非でも見に行っていただろうが……残念ながら俺は主催者側だ。精々足掻かせてもらうとしよう

 

 ざわめく声を背景にして俺は千冬姉以外に気付かれぬよう、一人小さく笑った

 




 ということでほーきちゃんとセッシーの登場でした。セッシーはあんまり変えてませんがほーきちゃんは序盤、あまりに報われなさすぎてる気がするので親友ポジに移動になります。ファース党の皆様、ご了承下さい

 キャラ紹介の時間

 篠ノ之箒

 一夏が小学生の頃に出会った少女。剣の道を往く侍ガール。一夏がいじめっ子に完敗したせいでかっこいいというより勇気があると思うようになる。一夏には異性としての好意はほとんどなく、友人やライバルといった感情が強い


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3話 ワンサマー、思案する

 どうもどうも。伸びていくお気に入り数のお陰でモチベーションが上がっております。お気に入り登録してくださった方、感想をくださった方、評価してくださった方、ありがとうございます
 今回は1話でちょろっと出した子が出てきます。このタイミングで?と思う方もいるかもしれませんが、この作品ではここで出します


 「一夏、一体どうするつもりなんだ?」

 

 「ん?」

 

 昼休み、群がる生徒達の間を抜けて食堂へと向かう最中、ほーきちゃんはそんなことを聞いてきた。言いたいことは十中八九、セシリア・オルコットとの試合のことだろう

 

 「ん、ではない。相手は代表候補生なのだぞ。実力、経験、技術、機体の性能、どれを見てもお前より格上の相手だ。何かしらの対策をしなければ、恐らく勝負にもならんぞ?」

 

 うん、至極真っ当な意見だ。彼女の言う通り、俺とセシリア・オルコットとでは全てにおいて差がありすぎる。加えて試合までの時間も一週間しかなく、その差を埋めることはまず不可能だろう。そんなことは百も承知だ

 

 「まぁそうだろうな。でもほーきちゃん、千冬姉の言っていたことをよく思い出してくれよ。あの人はなんて言ってた?」

 

 「……?確か、一夏とセシリア・オルコットは試合を行い、その勝者をクラス代表者とする……だったか?」

 

 彼女は考えるように上を向き、ゆっくりと思い出してくれた答えに俺は頷く。そう、千冬姉は俺とセシリア・オルコットが戦い、勝った方をクラス代表にすると言ったのだ

 

 「一応さ、最初っから俺はこの試合負けるつもりなんだよ」

 

 「……どういう意味だ?」

 

 「だって俺、クラス代表なんてやりたくねえもん」

 

 勝った方がクラス代表となる。つまり負けた方はクラス代表にならないということである。誰でも分かる簡単な話だ。俺は他薦された身に過ぎず、本来ならば面倒事は真っ平ごめんな男である。わざわざ不利で、かつ勝っても特にメリットのない試合において勝ちを狙うより、負けを前提として善戦することを目的とした方が良いに決まっているのだ

 ほーきちゃんは俺の言いたいことが伝わったのか、「……そうか」とだけ呟いて何かを考えるような仕草をし始めた。そして不意に、さっきまでと変わらない真剣な表情のまま言った

 

 「だが一夏、お前は『織斑千冬の弟』だ。それは学園のほとんとの者が知っている。もし無様に負けるようなことがあれば……」

 

 「あぁ。この勝負、はっきり言って勝ち負けはとっくに決まってる。でも、だからこそ手は抜く訳にはいかねえ。俺は『織斑千冬の弟』として恥ずかしくない勝負にしなくちゃいけねえから……」

 

 俺、織斑一夏にとって『織斑千冬の弟』という事実は呪いと同じだ。誰と会っても、どこへ行っても、その事実は俺の背後にべったりとついてきてしまう。そして、それを見た連中は口々にこう言うのだ、あの人の弟なら……と。そして俺に無理難題や面倒事を全て押し付けてくるのだ

 今までならそんな無茶に応える義務はなかった。だが今回は千冬姉が世界で頂点に立ったIS絡みである。『織斑千冬の弟』として、あの人の名に相応しい戦いをしなければ間違いなく失望され、最悪千冬姉にも迷惑が及ぶだろう。それだけは嫌だ

 

 「……存外に難しいかな、こりゃ」

 

 後ろ向きな思考を振り払うように頭を掻く。いっそのこと、セシリア・オルコットがぐうの音も出ないほど強かったなら気が楽なのだが、恐らくあいつは油断しているのだ。トーシローの俺に負ける訳がないと慢心しているせいで、本番では本気で来ないだろう。そこが狙い目っちゃ狙い目なんだろうが俺は別に勝ちたい訳じゃねえし……

 

 そんな事を考えながら歩くこと数分、漸く食堂へと辿り着いたのだが……とにかく凄いの一言に尽きた。数多くの生徒達が利用出来るようかなりの広さを誇っており、世界中から集まった生徒達のニーズに応えるべくあらゆるカテゴリーの料理が提供されている。加えてあちこちから上がる料理を絶賛する生徒達の声から、その味も相当なものであることが想像出来た。確かにこの食堂に充満する匂いはどれも食欲をそそるもので、空いた腹が食べ物を求めて音を立てる

 

 「おぉ……!こいつはすげえな……!」

 

 「あぁ……予想以上だ……!」

 

 あの少し厳しそうな表情がデフォルトのほーきちゃんですら感動のあまり微笑を浮かべている。凄いぜ食堂。そのまま券売機で日替わりランチを二つ購入し恰幅のいいおばちゃんに渡す。それにしてもこの食堂、料理の値段が大変リーズナブルであり学生の身からすれば大変助かる。赤字とかになっていないのかは気になるところではあるが

 

 「はい、日替わりランチ二つね。あんたが例の男の子かい?しっかり食べて頑張りなよ」

 

 「おっ、ありがとうございます!」

 

 「ありがとうございます」

 

 渡された日替わりランチにはおばちゃんの粋な計らいのお陰か、ほーきちゃんのものよりカツが一つ多くご飯も余分に盛られていた。育ち盛りの男子高校生には実にありがたい限りだ

 さて、旨そうな昼飯は確保出来たのだがここで問題が一つ、どこの席に座ろうかということである。ほーきちゃんと二人で一つのテーブルを使えたらいいのだが今は食堂が一番賑わう時間帯であり、流石にそんな贅沢な使い方はさせてもらえそうになかった

 ならば他の生徒にシェアさせてもらうしかないのだが、さっきから「私のところに来て」と言わんばかりの視線が突き刺さっており、どこへ行ったとしても一騒ぎありそうな空気なのである。せっかくの昼飯だから静かにとはいかなくとものんびり自分のペースで食べたい。間違っても質問攻めにされてこの昼飯を味わえねえなんてことはごめんだ

 

 「えっと……どうしようか、ほーきちゃん」

 

 「むぅ……これは確かに……」

 

 そんな時、食堂の隅でひっそりとパンをかじる銀髪が目に飛び込んだ。ほーきちゃんもそれに気付いたのかゆっくりと口を開く

 

 「……一夏、頼むのか?」

 

 「そうだな。クラスメイト同士親睦を深めるってのも悪くない」

 

 だって友達少ないし、と付け足せば苦笑された。そう、あの銀髪の生徒はクラスメイトだ。他の生徒と違って俺に対して特に反応せず、千冬姉が来た時にも騒いでいなかった子だからよく覚えている

 

 ……いや、確かにそれも理由の一つだが俺があの子を覚えていたのはもう一つ理由がある。彼女の、あの目だ

 

 「なぁ、使わせてもらっていいか?」

 

 「……好きにしろ」

 

 その()()()()()()()()()()()で俺達を一瞥し、彼女はポツリと一言だけ呟いた。許可してもらえるか拒否されるかは半々ってとこだったが、一先ずはこれでいい。俺とほーきちゃんは礼を言ってから席につく。周りの生徒が煩いのは知らん

 

 「知ってるとは思うけど、俺は織斑一夏だ。同じクラスだろ?宜しくな」

 

 「篠ノ之箒だ。宜しく頼む」

 

 さて、反応してくれるか……

 

 「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 今にも消えそうな、それでいて名前だけの素っ気ない返事。相手次第では不快に思う者もいるかもしれない。だが俺達にはそれで良かった。ほーきちゃんと目が合い、にっと笑う

 俺はあらためてこのラウラ・ボーデヴィッヒという生徒を見る。紅と金のオッドアイには微かな光しか灯っておらず、綺麗な銀髪も長かったり短かったりとちぐはぐだ。顔色だってお世辞にもいいとは言えない。ここに来る以前に何かあったのは明らかだが、それを聞くのはタブーだろう。人間、誰だって聞かれたくないことくらいある。それを分かっていてわざわざ聞くのは馬鹿だけだ

 

 「さて……いただきます」

 

 「いただきます」

 

 ほーきちゃんと二人で手を合わせ、お約束の言葉を言ってから箸を手に取る。まずは手始めにお米から……うん、美味しい。続いて汁物、おかず等々、盆の上に並べられた料理に次々と手をつけていく。あぁ、こりゃ皆挙って食べたくなるのも分かるわ。料理の腕にはそれなりに自信があったのだが素直に完敗だ

 

 「もぐもぐ……ごくんっ、あぁ……美味い、美味いわぁ」

 

 「あまりがっつくな。食事は逃げんぞ?」

 

 そう言うほーきちゃんだが既にランチは結構減っている。案外食いしん坊なのか?だがスタイルのよさからするに、余分な栄養は全部あの豊満な胸にいっているんだろう。鈴が聞けば殺意に満ちた目を向けそうな話だ

 

 「んぐんぐ……ふぅ。いや正直ここを侮ってた。まさかこんな美味いもんが食えるとは思わなかったわ。ボーデヴィッヒもそう思うだろ?」

 

 「……別に味など気にせん。生きていけるだけの栄養と腹が満たせるか、私にはこれだけでいい」

 

 俯いたまま彼女はゼリー飲料を飲み干し、パンの包装紙と共にビニール袋へ突っ込む。そしてそのまま立ち上がって、今度は一瞥もせずにどこかへ去って行った。残された俺達は暫し呆然となる

 

 「……行ってしまったな」

 

 「……無理に会話振ったのは失敗だった。お節介が過ぎたわ」

 

 「気を落とすな。クラスメイトなのだから共に食事をする機会くらい何度もある」

 

 「そりゃそうだけど、断られるんじゃね?」

 

 「本当に断るつもりなら最初の時点で断っていただろう。そう悲観することもあるまい」

 

 そう断言するほーきちゃん。根拠なんてない筈なのだがやけに自信のある言い方がなんとも頼もしい。この子、絶対俺より男前だわ

 正直、ボーデヴィッヒの様子は普通じゃない。生気のない目や疲れきった表情、そして最後に言った言葉等、果たして過去に何があったのか、気にならないと言えば嘘になる。だが聞いたところで教えてくれはしないだろうし、聞くなんて真似自体するつもりはない。残った昼飯に手をつけながら、俺は次にどうやって彼女を誘うかを考えていた

 

 

 

      △▽△▽

 

 

 

 「えっと、次はここなんですど……」

 

 「あっはい、ここはですね──」

 

 放課後、俺は授業中にとったノートを片手に山田先生によく分からなかった部分を聞きに行っていた。因みにほーきちゃんは剣道部を見に行くらしく、放課後になるとそちらの方へ行ってしまったので既にいない

 

 「と、いうことなんです。今ので大丈夫ですか?」

 

 「あ、はい。ありがとうございます。とても分かりやすかったです」

 

 そう言うと山田先生は照れてしまったらしく、少し顔を赤くしてはにかんだ。実際先生の説明は本当に分かりやすい。下手に教科書や参考書と睨め合いをして時間を浪費するより素直に聞きに行った方が余程いいくらいだ。だからといって端から頼りにしすぎるのは禁物だが……

 

 「あ、そうだ。織斑君、寮の部屋が決まったのでこれを渡しておきますね」

 

 何か思い出したように山田先生は一枚の紙とキーを取り出した。紙には『1025』と数字が書いてあり、これが俺の部屋の番号であることは分かったが……俺の部屋は決まってなかったんじゃなかったのか?

 

 「あの、一週間は家から通えって話じゃなかったんですか?」

 

 「そうなんですけど織斑君の事情が事情なので……その、元々決まっていた一室に無理矢理入れたらしいです。織斑君は政府の方から何か聞かされていませんか?」

 

 俺は首を横に振る。確かに一週間とはいえ、自宅から登校している最中に何かあればまずいんだろう。だがいくら俺がISを動かせるとはいえ、年頃の女の子と同じ部屋に住ませるとは政府は何を考えているんだ。俺から手を出すような真似はしないが向こうから寄ってきて、仮に万が一のことがでも起きれば社会的に俺が死ぬんだぞ?

 

 「個室の方は一ヶ月あれば用意出来ますので……その、ごめんなさい」

 

 は?一ヶ月?おい政府、一週間つったのは嘘か。全く適当なこと抜かしやがって

 

 「あの山田先生、そんなこと聞かされてなかったんで荷物とか全然準備出来てないんですけど……」

 

 「あ、それは──」

 

 「私が用意しておいた」

 

 不意に後ろから掛けられる声、それと同時に凄まじい不安が襲ってきた。千冬姉、あんたそんなこと出来たっけ?絶対着替えとケータイの充電器くらいでしょ

 

 「お、織斑先生……ありがとうございます」

 

 「まぁケータイの充電器と着替えだけだがな。他に何かあれば休日にでも取りに行け」

 

 知ってた。うん、知ってたよ。本当に必要最低限、予想通りすぎて逆に何も言えねえ。だからちょっと誇らしそうに「姉らしいことをした」みたいな顔するのはやめてくれ。わざわざ準備して持ってきてくれたのはありがたいけど、その顔のせいでありがたみが半減するんだよ

 

 「夕食は六時から七時の間に食堂でとってください。各部屋にはシャワーがあるので織斑君はそちらを使ってくださいね。大浴場もあるんですが……織斑君はまだ使えませんので」

 

 まぁ当然だな。俺だって知らない女と風呂に入るなんて断固として拒否する

 

 「えっと……とりあえず伝えるべきことは以上です。私達はこれから会議があるので、これで。寮まで真っ直ぐに帰ってくださいね」

 

 あ、ストップ。ちょっと待ってください山田先生。あと千冬姉も

 

 「あの、ISを使うにはどうすればいいんですか?セシリア・オルコットとの試合前に、一秒でも動かしておきたいんですけど」

 

 「あ、それはですね。IS使用申請用紙に記入してくれればいいんですが……実は……」

 

 実は、なんだ?先程までと違って随分と歯切れが悪いな。そんな風に考えていると千冬姉が代わりに答えてくれた

 

 「お前より以前から申請している生徒が多くいるんだ。今から申請しても回ってくるまで順当にいって一週間、残念だがお前には間に合いそうにないぞ」

 

 「その……ごめんなさい。いくら織斑君でも他の生徒が待っているISを優先するのは難しいんです」

 

 なんてこったい。理由としちゃ至極当然で納得いくがこれはまずい。ISなんざ実技試験や政府の連中の前で動かしたくらいで、時間に換算すれば精々一時間くらいでしかない。せめて移動の練習くらい出来たら良かったのに……残念だ

 

 「な、ならせめてISに乗らなくても出来る特訓みたいなものは?」

 

 「ISの操縦はイメージに頼る部分が大きい。そういう意味でイメージトレーニングはかなり有効だな」

 

 「……なるほど、最後にもう一つだけ。セシリア・オルコットの過去に撮られた記録映像とかはありませんか?」

 

 「それならば明日の放課後、私のところに来い。生徒が視聴覚室を使用するには教師の同伴が必要だからな。オルコットの映像についてはこちらで用意してやろう」

 

 よし、実際にISが使えないのはかなりの痛手だがこれならまだなんとかなる。俺は千冬姉と山田先生に頭を下げると一先ず寮の方へ向かうことにした。食堂は6時から7時と言われたし、今から教科書類を置いて向かえばちょうど良い頃合いだろう

 

 校舎から歩くことおよそ五十メートル、俺は一年生の生活する学生寮に到着し、そしてそのまま1025室の前に辿り着いた。コンコンと扉をノック、返事は……ない。どうやら相部屋の人もまだ帰ってきていないようだ

 確かキーはポケットだ。ごそごそとキーを取り出して鍵穴に突っ込み……ってあれ?回らない。もしかして開いてるのか?首を傾げながらもそのままノブを回すと扉は何事もなかったかのように開いた。一体どうなってんだ、ノックの返事はなかったんだぞ。まさか部屋を開けっ放しにして出ていった?

 

 「……お邪魔しま~す」

 

 控えめに扉を開けて一応声を掛けるが、やっぱり何も返って来ない。てことはやっぱり開けっ放しでどっか行ったのか。戻って来たら注意くらいした方が良さそうだなこりゃ

 それにしても豪華な部屋だ。内装は綺麗で一流ホテルも顔負けだろう。広さもでかいベッドが全部で()()並べられるくらいあり、そのベッドも触ってみた感じふわふわだ。こりゃ大層寝心地もいいんだろうな、そんなことを考えてふと辺りを見回した瞬間……()()()()()

 

 「……え?」

 

 「……何故、貴様がここにいる」

 

 

 

 そいつは、

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、

 

 

 

 唸るような低い声でそう言った。向けられる射殺さんとばかりの視線にどっと汗が吹き出る。待て。ストップ、ストッププリーズ。俺がこいつと、ボーデヴィッヒと同室だと?

 

 「え……ちょ……もしかして、俺の相方って……君?」

 

 「相方?何を言っている、この部屋は私と──」

 

 「ん、誰か来たの……か?」

 

 

 

 え……?今の声って……?まさか……どうして……

 

 

 

 「……ほーきちゃん?」

 

 「い、一夏……?」

 

 今しがた、恐らく浴室と思われる扉を開けて出てきたのは、剣道部の見学に行くとして別れたほーきちゃんだ。そんな彼女が俺と同じく驚きのあまり固まって口をぱくぱくと動かしていた。身に付けているのは真っ白なバスタオル一枚で、少し熱で上気した健康的な肌が露になっている。ポニーテールは当然下ろしてあるので、さっき見た彼女とは少し違った印象を受けるし、ついでに僅かに覗くうなじも色っぽい……って、俺はなんで呑気にそんなこと考えてるんだ!

 

 

 

 ──織斑君の事情が事情なので……その、元々決まっていた一室に無理矢理入れたらしいです

 

 

 

 不意に山田先生の言葉が頭に浮かんだ。このIS学園の寮は二人で一つの部屋を共有する仕組みになっていると前に説明を受けた。山田先生の言う通りなら、ほーきちゃんとボーデヴィッヒの部屋は元々決まっており、そこに突然現れた俺がぶちこまれたということなのだろうか?いや、それにしたってこんな偶然が……

 

 「……てけ」

 

 「えっ?」

 

 

 

 「今すぐ出ていけぇえええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 「はいぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 

 ほーきちゃんの怒声が部屋中に響き渡り、俺は条件反射で脱兎のごとくその場から逃げ出した。急いで部屋を飛び出し、絡まった思考を振り払うように駆ける

 もう訳が分かんねえ。俺とほーきちゃんとボーデヴィッヒの三人で部屋を使う?せめてどっちかにしろや!てか出ていけって言われたから出ていったけど、次にどんな顔してあの部屋に行きゃいいんだ。絶対に気まずいじゃねえか!

 

 後で電話して弾と鈴に慰めてもらおう、IS学園の敷地を走りながら俺はそう固く決心した

 

 

 




 千冬さんは先生なので困った生徒は助けてくれます。優しい
 ラウラはここで出しました。眼帯なし、覇気なし、髪はちぐはぐと変わってますがこれは後々触れていきます。まぁなんとなく分かる人もいるとは思いますが……
 今回はこんな感じです。なかなか進まないね、申し訳ない


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4話 ワンサマー、備える

 どうもどうも、更新します。新しくお気に入り登録してくださった方、評価してくださった方、感想をくださった方、ありがとうございます
 ……で、申し訳ありません。今回も全然進みません。何故だぁ


 

 夜、寮の消灯時間が刻々と近付く中、俺は一人屋上にやって来ていた。既にシャワーは浴び終わって着替えも済ませており、今身に付けているのは寝巻きである黒のジャージだ。春になったといってもまだまだ四月の頭、夜風からは少し肌寒さを感じる

 俺はポケットからケータイを取り出し、ある一つの番号に電話を掛ける。無機質な呼び出し音が静かな夜に溶けていく

 

 『……はい、もしもし?』

 

 よし、繋がった

 

 「もしもし。よぉ弾、俺だ」

 

 『なっ、一夏!?一夏かお前!久しぶりだな!元気にしてたか?』

 

 繋がった電話から流れる聞き馴れた親友の声。ゴタゴタのせいで長らく電話することすら出来なかったが今日になって漸くすることが出来た。思わず笑みが溢れる

 

 「元気かって言われると微妙だ。見渡す限り女子ばっかで心休まる暇がねえって感じだな。ついでに言っとくと弾の好きそうな女の子は皆無だった」

 

 『えぇ~マジかよ~!』

 

 「残念ながら大マジだ。全く、俺がなんかする度にぎゃあぎゃあ騒いでよぉ……ここは動物園かっての」

 

 『はははっ!相変わらずお前は辛辣だな』

 

 それから俺達は他愛ない会話に花を咲かせた。買いそびれた漫画の最新刊の話や同級生の進路の話。6年ぶりに再会した友人が美人になってたって言ったときはえらい突っ込まれた。それに近いうちにまた会おうなんて約束もした。そんな時、弾がしみじみとこんなことを呟く

 

 『……それにしても良かったぜ。なんだかんだ言いつつもお前が元気で本当に良かった』

 

 その言葉は心の底からの安堵だった。過去の俺を知っているからこその言葉、俺は思わず息が詰まった。そして弾は続けてこう言う

 

 『俺、不安だったんだよ。中学の頃は酷いもんだったからさ、一夏がIS学園に行けばどうなるかって……』

 

 俺達の中学時代、特に三年生の時は最悪だった。まだ15年しか生きてねえ身だがそんな中でもあの頃は文字通りドン底だった。鈴が中国に戻っちまって頼れる奴が弾しかいなかったのも大きい

 

 「……すまねえ、弾。気ぃ使わせたな」

 

 『いいってことよ、お前が大丈夫ならな。で、いたんだろ?女尊男卑の子ってのは』

 

 「あぁ。しかも結構な奴がな」

 

 流石にそいつがイギリスの代表候補生なんだ、とは言わねえ。万が一、それが拡散でもしたら大惨事になるだろうし

 

 「でもま、あの頃に比べりゃ問題ねえよ。今はまだ多少ちょっかい掛けてくる程度だからな。個人的にはパンダ扱いの方がよっぽど堪えるぜ」

 

 『そうか……って、もうこんな時間か。すまねえ一夏、明日課題テストがあるから勉強に集中するわ』

 

 「マジか、悪ぃな。それじゃあな。厳さんや蓮さん、蘭ちゃんに宜しく頼む。また今度遊ぼうぜ」

 

 『おう、頑張れよ!』

 

 俺は通話を切った。ツー、ツー、という音がやけに寂しい。時間を確認すればいつの間にか9時前になっており、予想以上に長く喋り込んでしまっていたようだ。まぁ久々に弾と話せたし、やはり男同士気軽に話せるのは気が楽でいい。鈴にも掛けたかったがこりゃまた今度だな

 俺は部屋に戻ろうと踵を返した時、ふと階段のところに誰かいることに気が付いた。向こうは俺に気付かれたことが分かったのか、ゆっくりのその姿を現す

 

 「一夏」

 

 「ほーきちゃん」

 

 「もう消灯時間寸前だぞ。規則を守らなければ連帯責任で同室の私達も罰を受けることになるんだ、早く戻れ」

 

 「そうなのか、知らなかった……」

 

 俺は慌ててほーきちゃんの後を追った。故意ではなかったとはいえ俺は彼女の肌を見てしまったのだ、謝って許してもらえはしたが少し素っ気なく扱われるのは仕方のないことだろう

 

 「ボーデヴィッヒは?」

 

 「もう寝てしまった。あれだけ周りに気を立てていたんだ、きっと疲れていたんだろう」

 

 その気持ちは十分理解出来る。周りに気を許さないでいるというのは思いの外キツいのだ。俺にはほーきちゃんや弾といった話し相手がいるが、いないボーデヴィッヒはさぞかし大変だったに違いない

 

 

 

 彼女はなんとなく昔の俺を思わせる。近寄るな、放っておいてくれ、そんな雰囲気を出していたあの頃の俺を

 

 

 

 「……似てるんだよなぁ」

 

 「……一夏?」

 

 「何でもない。独り言さ」

 

 にっと笑って見せると彼女はそれ以上何も言わなかった

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 翌日、三時間目まで授業を終えた俺はクラスメイトから質問攻めにあっていた。一日経って漸く話し掛けてくる気になったらしい。怒濤の勢いでやって来る彼女達を捌くのはなかなかに大変だが、こそこそと小声で噂されるよりは遥かにましだ

 

 「ねえねえ、織斑君ってどんなものが好きなの?」

 

 「ん~……趣味としてならゲームしたり漫画読んだり。食べ物なら中華料理だな。特に酢豚」

 

 ただし酢豚は鈴の手料理に限るが

 

 「じゃあ嫌いなものは?」

 

 「女尊男卑。ついでにそれを当たり前だと思って振りかざすような奴も嫌いだ」

 

 即答した。教室中が一層騒がしくなったような気がするが、聞いてきたのは向こうで俺はただ答えただけなんだから気にしねえ。第一、男で女尊男卑を好ましく思ってる奴なんている訳ねえだろうに

 

 「お、織斑君って篠ノ之さんと仲が良いよね?も、もしかして付き合ってたり!?」

 

 「「「キャー!!」」」

 

 ……女ってのは好きだねぇ、こういう話が。答える前から盛り上がってんじゃん。俺には未来永劫理解出来なさそうだ

 

 「あ~……別に付き合ってねえよ。ただほーきちゃんとは小学一年から四年まで同じクラスだったし、同じ剣道場にも通ってたから今も仲良くしてもらってるんだ」

 

 「えぇ~、篠ノ之さんホント~?」

 

 突然話を振られ困惑するほーきちゃん。あたふたしながらもしっかり頷く姿は昔と大して変わっておらず、なんとなく懐かしい気持ちになった

 

 「ねぇねぇ!じゃあ小学校の時の織斑君ってどんな感じだったの!?」

 

 「……そうだな、腕っぷしはなかったが勇気のある奴だった。とある女の子がいじめっ子に絡まれていた時など、乱入したはいいが返り討ちにあっていたな」

 

 お~い、ほーきちゃ~ん、その女の子って君だよ?何勝手に他人事にしてんのさ。ていうかその事はあんまり言わないで欲しいんだけど。武勇伝ですらねえからそれ。だから女の子達も「キャー!」とか言わないで。恥ずかしいんだよ

 

 「あの!千冬お姉様って家ではどんな感じなの!?」

 

 「……あんまり変わらないね。昔っから人にも自分にも厳しい人だから」

 

 案の定、千冬姉に関する質問も飛んでくるがそれは対策済みだ。俺は中学時代から用意していた偽りの答えを、さながら本当のことのように話した。真実は時に残酷だ、世の中には知らない方がいいことも多い

 

 「わぁ~……流石千冬お姉様」

 

 「憧れちゃうよね~」

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 「席につけ、授業を始めるぞ」

 

 おお、噂をすればなんとやら。チャイムと共にやって来たのは件のお姉様、千冬姉だ。こう見えて実はずぼらなんだ、なんて言っても誰も信じねえんだろうな……って、ごめんなさいだから叩くのは止めてくださいお願いします

 

 「そう言えば織斑、お前には学園で専用機が用意されるそうだ」

 

 ……は?

 

 「お前は世界で唯一ISを動かせる男だ、故にデータ収集用を目的に専用機が用意されることとなった。理解したか?」

 

 「俺に……専用機が……」

 

 ……一応喜ぶべきなんだよな?たった467個しかないコアの一つを、データ収集が目的とはいえ俺に与えてくれるのだから。ただなんというか……突然のことでどう反応するのが正解なのか分からん。本来ならば然るべき訓練を積んで更に成果を上げ、幸運の女神に微笑まれたごく一部の人間にしか与えられないものを、こんなあっさりもらってはありがたみも何もあったものではない。ただ戸惑うだけだ

 

 「……さて、では授業を始める。教科書とノートを準備しろ」

 

 そんな半分放心状態の俺を放置して、千冬姉は授業を開始した

 

 

 

 

 

 

 「安心しましたわ。まさか訓練機で試合しようとは思ってなかったでしょうけど」

 

 授業が終了しお昼休みが始まった直後、セシリア・オルコットはわざわざ俺のとこまでやって来てこんなことを言った。こいつは俺が訓練機で試合しないなら一体何で試合すると思ってたんだ?てか訓練機って初心者でも扱えるようにされてるんだろ、むしろ訓練機の方が俺にぴったりじゃねえか

 

 「まあ?一応勝負は見えてますけど?流石にフェアではありませんものね」

 

 当たり前だ。代表候補生とトーシローだぞ?ほーきちゃんも言っていたが俺とこいつでは何もかもが違いすぎる。そもそも勝負になるかどうかってレベルだ。何を今さら自信満々に言う必要があるんだよ。まぁ俺にも『織斑千冬の弟』って看板がある以上、瞬殺なんて結果にだけはならねえように足掻くつもりだが……

 

 「何しろ、この私も専用機を持っているのですから!あなたのような野蛮な男など専用機があったとしても、完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ」

 

 ……そろそろこいつの無駄口に付き合うのも飽きたな。腹も減ったし食堂に行くか。因みにほーきちゃんは既にクラスメイト達と行ってしまっている。付け足すなら誘われてた時、すっげえ嬉しそうな顔をしていた。いつの間に友達なんて作ってたんだあの子

 

 「ちょっと!聞いていますの!」

 

 「聞いてねえ。じゃあな」

 

 ぎゃあぎゃあ喚くセシリア・オルコットは無視して食堂へ向かう。付き合う人間を選ぶ権利くらい極東の猿にもあるんだよ

 付き合う人間と言えば俺は友達が少ない。元々そんな関係と呼べる奴なんて弾や鈴くらいしかおらず、この学園に来てからはほーきちゃんただ一人だけだ。他のクラスメイトともやってけりゃ問題ねえんだが……まだ信用するには早い

 これも『織斑千冬の弟』って肩書きに寄ってきている者が多く感じるせいだ。少なくともクラス代表決定戦、これの結果で彼女達がどんな反応を示すのかが見極めどころだろう

 

 ったく、いつから俺は素直に友達を作ることも出来なくなったのかねえ……

 

 溜め息と共に内心でぼやきながら俺は昼飯にラーメンを求めて券売機へと向かった

 

 

 

      △▽△▽

 

 

 

 『お行きなさい!ティアーズ!』

 

 その台詞と共にセシリア・オルコットの駆る蒼の機体『ブルー・ティアーズ』から、四基のBT兵器……ビットが射出される。それぞれが意思を持つかのように複雑な機動をするそれは、あっという間に相手である『ラファール・リヴァイヴ』を取り囲み、雨のようにビームを降らせた。混乱した相手はそのままビットの包囲網を破ることが出来ずシールドエネルギーを削られ敗北する

 今のは昨日頼んでおいたセシリア・オルコットに関する過去の記録映像だ。イギリスの第三世代機『ブルー・ティアーズ』は操縦者のイメージを反映、具現化することであのビットのようなユニットを独立させて動かせる最新技術の結晶だ。兵装はでかいライフルが一つとショートソードが一本、そしてビットが六基、内四基がさっき動かしていたビーム型、残りの二基はミサイルの出るタイプだった

 

 

 

 ……我ながら随分とヤバイ奴に喧嘩売られたもんだ。初見じゃまず反応すら出来なかっただろう

 

 

 

 リモコンで映像をもう一度再生する。はっきり言ってもう何回再生したかも覚えてないが、ここまでして漸く分かったことが幾つかある

 まず、セシリア・オルコットは近接戦闘が不得意だ。映像の中でも一度接近された時は引き剥がすのに随分と苦労しているように見えた。ショートソードを展開した時もわざわざ名前を呼ぶ出し方をしていた。千冬姉曰く、「あれは代表候補生のする出し方ではない」らしい

 もう一つがビットを操っている最中はライフルによる射撃が出来ない、ということだ。BT兵器は操縦者のイメージに依存する、故に扱うにはそちらに意識を集中しなければならないようで、別の映像でも確認してみたがどれも例外なく、ビットを操っている最中は動いていなかった

 

 以上のことから導き出されるあいつとの戦い方は、ビットを操っている最中に近付いて接近戦に持ち込む、だ。その時にいくらシールドエネルギーを削られようがいい。どのみち長引けば長引くほど不利になるのだ。セシリア・オルコットを、そして見ている生徒を驚かせるにはこれがベストだと思う

 

 「先生、俺の専用機ってどんな機体なんですか?」

 

 「いや……そこまでの情報はこちらも把握していない。政府からお前の専用機は用意すると通達が来ただけだ。いつ届くかも分からん」

 

 なんじゃそりゃ。これで近接武器が一つもありませんなんてピーキーな機体が来たらどうなるんだよ。いやまぁそんな機体ある筈がないとは思うが……

 

 

 

 

 

 

 「ありがとうございました」

 

 「あぁ」

 

 一通り満足し終わる頃には夕食に近い時間になっていた。片付けをして視聴覚室の外に出れば、窓から差し込む夕陽に思わず目を細める。さっさと寮に戻って飯を食おう。ほーきちゃんやボーデヴィッヒと合流出来ればいいな

 

 「それじゃ俺はこれで」

 

 「あぁ。気を付けて戻れよ」

 

 ペコリと一礼、そのままくるっと反転して……そこで動きを止めた。真っ直ぐと此方にやって来る奴がいたからだ。長さがバラバラな銀髪にオッドアイ、あれはボーデヴィッヒだ。彼女は俯いていて此方に気付いていないのか、覚束ない足取りで進んできて……

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 ……いや、ぶつかったってより千冬姉がわざとボーデヴィッヒの前に立ちはだかったって感じだ。当然ボーデヴィッヒはバランスを崩し、ぼてっと尻から倒れ込んでしまう

 

 「あうっ……」

 

 「歩く時は前を見ろ。お前は問題なくとも誰かを怪我させるぞ」

 

 「っ!?も、申し訳ありません!教官!」

 

 ぶつかった相手が千冬姉だと理解した瞬間、ボーデヴィッヒは顔を真っ青にしながら慌てて立ち上がった。しかも何故か敬礼もプラスして

 それにボーデヴィッヒは今、教官と言った。先生ではなく、だ。俺は訳が分からずに首を傾げた

 

 「ここでは織斑先生だ、もう私は教官ではない」

 

 「も、申し訳ありませんっ!」

 

 「……まぁいい。私もお前に一つ聞きたいことがあったからな」

 

 ふっと千冬姉は肩の力を抜いた。しかしその厳しげな表情は一切変えず、狼のような鋭い眼光がボーデヴィッヒのオッドアイを射抜く

 

 

 

 「何故お前がここにいる?ラウラ」

 

 

 

 今思えば、俺はここでさっさと消えておけば良かったのかもしれない

 

 入学して僅か二日目、俺は彼女の抱える闇を思わぬ形で知ることとなった

 




 ……という訳で次の話はラウラです。その次くらいにはクラス代表決定戦までいけたらいいんですが……

 感想があればお待ちしてます。ここが良かった、ここがつまらん、等々言ってくださると助かります

 追記 ほーきちゃんが束さん関連で詰め寄られるシーンが原作ならこの辺で起きてましたが、少しずらして起こします。具体的には次の日くらいに。タイミング的に入れられませんでした


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5話 ワンサマー、腹を割る

 0時ジャストに間に合わせたかった……!
 予告通り、一夏×ラウラ回です、ややごり押し感が否めませんがお楽しみ頂けたら幸いです。最初の方はモノローグ、あと途中から少し書き方が変わってますが、あれは全部一夏の台詞です

 あ、あと評価バーに色がつきました。お気に入り登録数も随分と増えて感謝感激です。これからも宜しくお願い致します



 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍人()()()。それもただの軍人ではない、ドイツが世界に誇るISを配備した特殊部隊『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』の一員だ

 

 黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)。ドイツの保有する十機のISの内、三機が割り当てられた正真正銘の軍事部隊だ。たった一機で国家を相手に出来るISが三機もある、それだけでこの部隊が如何に強大な力を持っているかが分かるだろう。部隊章は眼帯をした黒兎、所属する全員がそれに倣って眼帯を装着している。遺伝子強化試験体であり、兵士として生み出された彼女はそんな部隊の一員だった

 

 しかしそんな彼女を一つの悲劇が襲った。脳への視覚信号伝達速度の爆発的向上と、IS使用時の超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、『ヴォーダン・オージェ』と呼ばれる肉眼へのナノマシン移植処置が失敗したのだ。理論上、不適合のリスクなどないと言われていた筈の処置が、である。彼女の処置が施された瞳『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』は制御不能となり、そして金色へと変色した

 

 これにより、ラウラは以降の訓練に大きな支障をきたすこととなる。当たり前のように出来ていたことに苦労するようになり、何気なくこなしていたことが出来なくなる。そんな地獄に、彼女は突然放り込まれた。右と左で見える範囲や解像度、反応速度が違うといったことは、ISを使う軍人にとってまさに致命的であったのだ

 そこで待っていたのは冷ややかな視線と嘲笑、そして出来損ないの烙印。以前は自分より劣っていた者達に軽々と追い抜かれていく、そんな悔しさや悲しさに彼女は生まれて初めて涙を流した。過酷な訓練に必死になって食らい付き、休みであっても自分に鞭を打つ。遺伝子強化試験体だからこそ可能な、常人には無茶とも言える日々を送った彼女だったが、しかし結果はほとんど変わらなかった

 

 無情な現実に打ちのめされる彼女は、ある時一人の女性と出会った。第二回モンド・グロッソにおいてドイツ軍に多大な恩を受け、その精算のために一年間黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の教官を務めることとなった織斑千冬だ。世界最強のブリュンヒルデが直々に訓練を指揮する、このことにラウラは大きな期待を抱いて訓練に挑んだ

 

 

 

 結果として黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員達は、千冬の指導を受けた一年間で大きく成長した

 

 

 

 ただ一人、ラウラ・ボーデヴィッヒを除いて

 

 

 

 千冬が部隊を去って以来、彼女は隊員達より虐めの対象となった。体格は小柄、かつ部隊内でも最底辺に位置していた彼女は、ストレスを解消するには最適な()()だったのだ

 殴る蹴るの暴力や罵詈雑言は当たり前。訓練という名の下に徹底的に痛め付けられ、腰まであった長い銀髪は好き放題に切り刻まれた。食事を台無しにされることも多々あった。唯一、当時の隊長であったクラリッサ・ハルフォーフだけは彼女に気を遣っていたが、心を閉ざしてしまったラウラに彼女の声は届かなかった

 

 

 

 そんな日々が一年以上も続き、

 

 

 

 ある日、ラウラは軍の上層部よりIS学園への入学を命じられることとなる。同時に、黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)からの退役も

 兵士として生み出された彼女にとって、この命令は存在の否定に等しかった。理由を問おうにもなんの肩書きも持たない一介の軍人では、軍の上層部に連絡をとることさえも出来ない。いくら絶望しようと、いくら泣き叫ぼうと、彼女にはその命令を甘んじて受け入れることしか出来なかった

 

 

 

 そして彼女は、ラウラ・ボーデヴィッヒはIS学園の入学試験を無事に合格し、入学を果たした。自らの存在価値も、誇りであった隊の証である眼帯も失って……

 

 

 

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 

 

    △▽△▽

 

 

 

 俺は、俺と千冬姉はボーデヴィッヒの口から紡がれる言葉を、ただただ黙って聞いていた。淡々と語られる彼女の過去、これまでの彼女の様子から普通の生活をしてきた筈がないと思っていたが、正直ここまでとは予想していなかった。聞いたのは千冬姉がドイツを去ってからここに来るまでの間だけだったが、まさに壮絶の一言に尽きる

 

 「……すまなかった。わざわざ話させてしまって」

 

 暫しの沈黙を破ったのは千冬姉だ。ボーデヴィッヒに謝る千冬姉の顔からは後悔の思いが読み取れる。一年間とはいえ自分が受け持った教え子が、虐め虐められの関係になってしまったことに責任を感じているのだろうか

 

 「いえ……失礼します」

 

 そんな千冬姉へ控え目に頭を下げ、ボーデヴィッヒはとぼとぼと来た方へ戻っていった。その後ろ姿はあまりにも寂しくて、思わず後を追いたい衝動に駆られた。だが俺にはあいつに掛ける言葉が見当たらない。そんな自分が情けなくて、やけに苛立った

 

 「一夏……」

 

 「……なんだよ、千冬姉」

 

 不意に名前を呼ばれた。苛立っていたこともあって、いつも以上にぶっきらぼうに返事をしてしまう

 

 「こんなことを頼むのは教師として失格なのだろうがな……あいつを、ラウラを頼む。私ではきっと、あいつを変えることは出来ない」

 

 そう言う千冬姉はとても辛そうな表情をしていた。救うべき立場にいるのに、救えない。そんな無念がはっきりと表れている。千冬姉のことだ、ボーデヴィッヒがああなってしまったのは自分のせいだとでも思っているのかもしれない。あぁ、そういえば()()()も同じ顔をしてたような気がするな

 

 

 

 でも、そりゃ違うだろう

 

 

 

 千冬姉が気を病む必要なんて、ありはしない

 

 

 

 今だって、()()()だって

 

 

 

 「大丈夫だ、千冬姉」

 

 ──任せてくれ

 

 一言だけ言い残してから、俺はボーデヴィッヒが行った方へと向かった。幸いにもそこまで遠くまでは行ってなかったようで、目立つ銀髪と小さな背中はすぐに見つかった

 

 「ボーデヴィッヒ」

 

 ピタリと彼女の足が止まる。そしてゆっくりと振り返り、ギンと深紅の眼が俺を睨み付けた。話し掛けるな、近寄るな。俺には彼女がそう言っているように感じた。凄まじい威圧感で額に脂汗が浮かぶ

 俺は息を整えた。さっきは見当たらなかった言葉がどんどん浮かんでくる。そうだ、前から思ってたことじゃねえか。こいつは俺と似ているって。なら、俺が掛けるべき言葉だって沢山ある

 

 

 

 弾と鈴(あの二人)が俺に掛けてくれた言葉が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「晩飯、食いに行こうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……は?」

 

 彼女の目が見開かれる。一体何を言っているんだ、そんな感情がありありと顔に表れた。俺はもう一度息を整えてから、いつものへらへらとした笑みを浮かべてやる。そして一度止めた足を動かし、ボーデヴィッヒの横に並ぶ

 

 「……なんのつもりだ」

 

 ぞっとするような低音で呟かれる。でも不思議と怖くはなかった

 

 

 

 だって、こいつは昔の俺なのだから

 

 

 

 「別に、もうすぐ飯の時間だから誘っただけだ。一人で食うより二人で食った方が飯も旨く感じるからな」

 

 「……何故私に関わろうとする?」

 

 それは先程のような敵意のない、純粋な疑問だった。ボーデヴィッヒは此方を見上げ、じっと俺を見つめる。紅と金の瞳が綺麗だ、なんて場違いなことを思った

 

 「似てるんだ、お前が昔の俺に。独りにしてくれって雰囲気とかそっくりなんだ」

 

 ──だから、放っておけない

 

 その言葉にボーデヴィッヒは顔を歪めた

 

 「……貴様が私に?馬鹿を言うな。私には身内も、友も、存在する価値すらない。何も知らない分際で、分かったような口を利くな……!」

 

 「……そうだな。俺はボーデヴィッヒじゃねえからお前の全部は分からねえ」

 

 自分の存在価値とか、考えたこともねえしな。ボーデヴィッヒが何故そんなものに拘るのか、皆目検討もつかん

 

 「ならば──」

 

 「放っておけ、ってか?お前こそ馬鹿言うな。お前は俺のクラスメイトで同じ部屋に住んでんだぞ?仲良くやってきたいと思うのは普通だし、落ち込んでんなら力になりたいと思うのもごく自然なことだろうが」

 

 俺は一歩前に踏み出してやや戸惑った様子のボーデヴィッヒの前に立つ。お互いの視線が交差した

 

 「何故……貴様は……」

 

 「なぁボーデヴィッヒ、少しだけ昔話に付き合ってくれないか?」

 

 ふっと笑みを消して、俺は彼女に問うた

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ──と、その前にボーデヴィッヒは知ってるよな?第二回モンド・グロッソの真実をさ

 

 ──あぁ、そうだよな。ドイツ軍の人が俺を助けてくれたんだから、そのドイツ軍のボーデヴィッヒが知らない訳がねえよな。悪ぃ悪ぃ

 

 ──今からの話は第二回モンド・グロッソで誘拐されて、そんでその後俺が日本に戻って来てからの話だ。あの頃……ってのは変な話だが俺はごく普通の中学一年生だった。ISを動かせるなんて全然知らない、どこにでもいるような普通の学生だ

 

 ──ドイツから帰国してから、俺は普段通りの生活をしていた。ダチと駄弁って、適当に授業受けて、帰ってからはバイトに行って、そんな日々だ。千冬姉はドイツに残ってたから家には俺一人だったんだが……まぁ普通の生活だ。でもある日、一つの噂が学校に流れ始めた

 

 

 

 ──『織斑千冬がモンド・グロッソの決勝戦で棄権したのは織斑一夏のせいだ』って噂がな

 

 

 

 ──そんな馬鹿な、って思うだろ?そう、馬鹿な話だ。実際の正体は、女尊男卑でかつ千冬姉の熱狂的なファンの女子生徒数人が弟である俺を妬んで流したデマなんだよ。真実は日本とドイツ間にある国絡みの秘密で、俺が話したのも信用のある親友二人だけだった

 

 ──ただのデマだ。ただのデマなんだが……でもそれは真実だった。実際に千冬姉は俺が誘拐されたと知って決勝戦を投げ出した。あの人が決勝戦を棄権したのは、他でもない俺のせいだったんだ

 

 ──噂は瞬く間に学校中に広がった。俺は色んな奴から問い詰められたよ、『アンタのせいで千冬様は棄権したのか』ってね

 

 ──ん、なんて答えたんだって?俺は何も答えなかった。肯定も、否定もしなかった。ここで否定してりゃ良かったのかもしれないが……俺にはそれが出来なかった。理由は……どうしてだろうな。俺にも分からねえや

 

 ──で、そんな俺の反応から連中は何を思ったのか、噂を真実だと思い込むようになりやがった。あの時になって俺は漸く千冬姉の人気を理解したね。学校にいる女の大体8割……数にして150と少しが俺の敵になった

 

 ──そっからは今思い出しても酷えもんだ。机はいつの間にかぶっ壊され、持って行った荷物の幾つかは捨てられ、また幾つかは燃やされた。弁当は食う前にひっくり返され、運動靴は切り刻まれてバラバラ。休み時間には罵詈雑言が飛び交うのは当たり前、時にはいきなり殴られたりもした。顔も知らねえ上級生にいきなりキレられて殴られた時は思わず呆然としちまったりもしたな。地獄ってのはああいうことを言うんだろうって、ははっ……

 

 ──……悪ぃ。まぁこんな具合に学校中で俺への嫌がらせが始まった。でもすぐに終わると思ってた。人の噂も七十五日って言葉が日本にはあってな、どうせすぐになくなるだろうと思って抵抗もそんなにしなかったんだ。でも、現実はそうじゃなかった。俺への嫌がらせは千冬姉本人が直々に学校へ物申したって終わらなかった

 

 ──ん、味方はいなかったのかだと?いたさ。俺が秘密を話した二人のダチだけが俺の味方だった。一年の時に千冬姉は日本にいなかったし、そもそも心配させるのが嫌だから言わなかった。結局、それも暴力沙汰を起こしたせいでバレちまったんだがな。それに他の生徒は飛び火するのが怖かったのか全然俺に関わろうとしなかったし、極めつけが教師の中にもこの噂を信じるような女がいて敵に回ったことだった。嫌がらせは黙認され、授業を受ける用意を失った俺はぶん殴られて教室を追い出された。二人がいなけりゃ俺はろくに勉強も出来なかっただろうな

 

 ──ただ、やっぱり二人にも飛び火はあったみたいなんだ。俺に関わったばっかりにな。それを知った時、俺は二人を拒絶した。自分が傷付くのは構わなかったが、俺のせいで二人が傷付くのは我慢がならなかった。近付くな、独りにしてくれって、俺はダチにそんな態度をとった

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ──でもな、ダチ二人は俺に関わることを止めなかった。何をされてもあの二人は俺を『織斑千冬の面汚し』でも『出来損ないの弟』でもない、『ただの織斑一夏』として接してくれた。飯に誘ってくれたし、休日には遊びにだって。誰も信じられなかった環境の中で、俺はあの二人だけは信じることが出来たんだよ

 

 ──だから、俺は今、この学園でこうしていられる

 

 ──……なぁ、ボーデヴィッヒ

 

 ──俺はお前じゃねえからお前の全部は分からねえ。お前がどうして兵士とか存在価値とかに拘るのかは知らねえけどさ……やっぱり放っておけねえよ。あの時の俺に似てる分、余計にさ

 

 ──俺はな、ただお前と仲良くなりてえだけだ。軍の人達がお前にしたことなんて関係ねえ。俺にとってのお前は『出来損ない』だとか『落ちこぼれ』だとか『存在価値がない』とかじゃなく、『クラスメイトでルームメイトのラウラ・ボーデヴィッヒ』なんだよ

 

 ──だからさ、ボーデヴィッヒ

 

 ──今日の晩飯、一緒に食いに行こうぜ

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「……」

 

 ボーデヴィッヒは何も言わなかった。俯いたまま服の裾をぎゅっと掴んで、ただ沈黙を貫いた。俺の気持ちは彼女に伝えた、だから、後は向こう次第だ

 

 「……下らん」

 

 ポツリと、唸るように彼女は一言だけ呟いた。するりと俺の横を抜けてゆっくりと歩を進める

 

 「貴様が何を言おうと、私に価値がないことには変わりない。私は出来損ないだ、落ちこぼれだ。その事実は……変わらん」

 

 「っ……」

 

 「……何をしている?貴様が言ったのだろうが」

 

 「へ?」

 

 俺は訳が分からなくて振り返った。そこには当然、仏頂面のボーデヴィッヒがいる。ただ、その顔には今までになかった微笑がある、ような気がした。気がしただけで本当に気のせいかもしれねえが、俺には確かにあいつが笑っているように見えた

 

 「晩飯だ。今日は気が向いたから一緒に行ってやる。来ないなら置いていくぞ」

 

 「……ボーデヴィッヒ」

 

 「ふん……早く来い」

 

 さっと身を翻して行ってしまう彼女を俺は慌てて追いかける。よく分からないがとにかく嬉しかった。ボーデヴィッヒの心を動かせた、そんな気がして俺は指摘されるまでの間、気持ち悪いくらいにだらしない笑みを浮かべていた

 




 はい、キリがいいのでここまでです。というわけで一夏のお友達になろうぜの誘いは一応成功しました
 こんな簡単に?と思う方もおられるでしょうが、ラウラはまだ『兵士ではない自分に価値はない』と思っていますので、根本の部分は変わっていません。一夏の認識も『有象無象』から『変わった奴』くらいになってるだけです。まだ堕ちません……まだ、ね

 一夏の過去も結構書きましたが、流石にあり得ない的な意見もあるかもしれません。お許しください、作者的には結構いいんじゃね?って思ったんです

 有名人ってか全女性の憧れ的な千冬の弟である一夏が何もされない訳がない、そんな考えから一夏の過去を作ってみました

 感想、疑問、批評、なんでも構いません。頂けたなら幸いです。次回は少し日常的なことを書いてからクラス代表決定戦までいけたらいいなぁ……


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6話 ワンサマー、挑む

 書いてて思ったけどほーきちゃんが聖人過ぎる気がしてならない。一体どうしてこうなった。あとまだ最初の方なのにこんな過去ばっか書いてて後々伏線張れるかとか息切れしないかとかが不安です
 後半は一夏VSセシリアです。果たして一夏は彼女に勝てるのか……


 俺がボーデヴィッヒと少しだけ仲良くなってから一夜が明けた。相変わらず無愛想な奴だが話せば一応返ってくるし、以前と比べてかなり進歩した方だと言えるだろう。この変化にはほーきちゃんも目を見開いて驚いていた

 因みにあんまり嬉しかったもんだから名前を連呼してたら容赦なく殴られた。しかもグーである。元とはいえ訓練を積んだ軍人の一撃、貧弱な俺は当然意識を刈り取られ撃沈した。後遺症がないのが救いだろう。勿論痛かったが

 

 

 

 ……強いてもう一つ言うがあるとすれば、鈴に電話を掛けた筈なのに知らねえ女が出たことくらいか。鈴と話せると期待して掛けたところ、いきなり女が「織斑一夏君ね?」とか言い出したもんだから思わずぶちギレちまった。てめえはお呼びじゃねえんだよ、鈴を出せ鈴を。で、粘ったが結局鈴と話すことは出来なかった

 

 

 

 「おばちゃん、かき揚げ蕎麦に天ぷらうどん、日替わりランチを一つずつ」

 

 「はいよ~!」

 

 俺は三人分の食券をおばちゃんに渡す。午前中の授業は()()()()こそあったもののそれ以外は何事もなく終了した。今の俺はボーデヴィッヒと二人きり、ほーきちゃんは席を取りに行ってくれている。注文したのは俺が蕎麦、ほーきちゃんがうどん、ボーデヴィッヒが日替わりランチだ

 

 「はいお待ち。アンタ一人で二人分も食べるのかい?」

 

 「はははっ!流石に男でもそりゃキツイっすよ。連れが席を取ってくれてるんでその分を持ってくだけです」

 

 いただきますね、と一言告げてからうどんと蕎麦がそれぞれ乗った盆を受け取る。さて、ほーきちゃんはどこの席を取ったのか……やはりお昼時は生徒の数が多くて探しにくいな

 

 「……あそこだ」

 

 すっ、と日替わりランチを片手に持ったボーデヴィッヒが指を指す。その方向を見れば三人の生徒──しかもよく見れば全員クラスメイト──に話していて、時折あたふたするほーきちゃんの姿が。その様子はなんとなく小学生の頃を彷彿させ……って、前にも同じことをやった気がする

 

 「サンキュー、ボーデヴィッヒ。ほーきちゃんお待たせ」

 

 「む、一夏か。すまないな」

 

 「いいっていいって。こっちの三人はどうして?」

 

 ほーきちゃんの前に天ぷらうどんを置いてから尋ねる。クラスメイトの名前くらいは一通り覚えてるから誰なのかは分かる。おさげの子が谷本癒子さん、ロングの子が鏡ナギさん、そして萌え袖の子が布仏本音さんだ。俺の質問に代表してか、谷本さんが少し戸惑いながら答えた

 

 「えっと……篠ノ之さんが一人だったから一緒に食べよ~って誘ったんだけど……まさか織斑君達もいたなんて……あはは」

 

 「一夏、良ければ彼女達も一緒でいいだろうか?せっかく誘ってくれたのだからあまり好意は無駄にしたくない」

 

 ……まぁ、俺としても断る理由はねえ。ボーデヴィッヒから反応を得ることは出来なかったが別に嫌がっている訳じゃなさそうだ。三人の同席を了承してから俺達は席に座り、昼飯を食べ始めた

 しっかし、どうしてIS学園の飯はこうも美味いのかねぇ?食券渡してから出てくるまでも早えし、値段だって元が取れてるのか疑うレベルで安い。早い、美味い、安いの三拍子揃った食堂だ。これで周りの好奇の目線さえなけりゃ完璧なんだがな……

 

 「あの、篠ノ之さん、さっきはごめんね。私達、篠ノ之さんの事情も知らないであんなに騒いじゃって……」

 

 不意に鏡さんがほーきちゃんに謝った。それに続くように谷本さんも頭を下げる。彼女達の言うさっき、というのは四時間目に起きたとある騒ぎのことだ

 その授業自体は順調に進んでいた。しかしある時、一人の子が「篠ノ之さんってもしかして篠ノ之束博士の……」的な質問をしたことが事の発端となった。授業をしていた千冬姉はそれを肯定、教室内は一時騒然となりほーきちゃんに迫る者すら出たのだ。何せ篠ノ之束博士(束さん)はISの生みの親、そんな彼女の妹がいるとなればお近づきになりたいと思うのは当然なんだろう。千冬姉という全女性の憧れが姉にいる俺も同じようなことがあったりした。まぁあれは迫られるというか、責められるって感じの方が正しいのだけれども……

 

 案の定、騒ぐクラスメイトの中には「いいな」だの「羨ましい」だの言う者もいた。しかしそれはあまりにも無神経だ。有名人の身内だからっていい思いばっかしてるとは限らねえのだから

 

 そんなとにかく騒ぐ生徒を黙らせるため、ほーきちゃんはなんと自分から過去の一部を話した。重要人物保護プログラムのせいで小学生の頃から両親と離ればなれだとか、転校が多くてろくに友人関係も作れないんだとか、そう言った内容だ

 そして最後の一言が「で、まだ私を羨ましいと言える者はいるか?」だ。当然答える生徒はおらず、一転して教室内はお通夜ムードになってしまった。千冬姉の号令で辛うじて持ち直したものの、あんな微妙な空気の中で授業を受けるのはもうごめんだ

 勿論ほーきちゃん自身もいい思いをしなかったことは間違いない。故にこの三人……というか谷本さんと鏡さんは己の無神経さを彼女に謝っていた。そして、ほーきちゃんは二人にふっと微笑んだ

 

 「気にしないでほしい。あんなことになったのも初めてではないからな。むしろ私の方が意地悪だった。あんな脅すような真似をして本当にすまなかった」

 

 「そ、そんな!別に篠ノ之さんは悪くないよ……」

 

 「……ならお互いに謝るのはもうやめよう。暗い気持ちではせっかくの昼食も味わえないしな」

 

 ……なんだろう、ほーきちゃんが大人すぎる気がする。俺が千冬姉についてあんな感じで詰め寄られていたら、間違いなく拗ねてろくに対応することすらしなかっただろうに

 

 「ね~ね~しののん、しののんのお姉さんってどんな人なの~?」

 

 「し、しののん?」

 

 「うん。だって篠ノ之でしょ~?だからしののん。駄目かな?」

 

 ここで今まで喋っていなかった布仏さんが口を開いた。見かけ通りの口調、だが聞き方は『しののんのお姉さん』である。篠ノ之博士と聞かなかったのはほーきちゃんに対する配慮だろうか。もしそうなら、この子はのほほんとした外見に反して存外に鋭い

 いきなりの渾名にほーきちゃんは驚いた風な顔をしていたがすぐに首を横に振った。その様子がなんだか嬉しそうに見えるのは……転校続きでって辺りが関係しているのだろう

 

 「そうだな……もう姉さんとは長いこと会っていないが、それでもいいなら話そう」

 

 「うんうん!いいよいいよ~」

 

 「では……まず姉さんは頭が良かった。まぁISを作れるくらいだし当たり前だがな。それに優しかったんだ。分からない宿題があれば喜んで手伝ってくれたし、今も続けているが剣道の試合にはいつも応援に来てくれた。とても変わった人だったが、それでも私には自慢の姉だった」

 

 ゆっくりと束さんについて話すほーきちゃんはなんだかとても生き生きとしているように見えた。俺や谷本さんに鏡さん、ボーデヴィッヒさえも気付けば彼女の話に耳を傾けていた

 

 「ISを作った時は特に凄かったな。『これがあれば空だって自由に飛べるし宇宙にも行けるんだ』と……まるで子供のように言っていたよ。その時の私は姉妹なのに姉さんのことをよく知らなかった。だからISについて私に話してくれた時、初めて姉さんの心に触れることが出来たような気がした。ずっとずっと向こう側にいる存在だと思っていた姉さんが夢中になって頑張っている姿を見ると、実は自分と全然変わらない人なんだと分かったような気がしたんだ」

 

 だから、とほーきちゃんは一度区切った

 

 「姉さんに会えなくなって、そして家族とバラバラになった時、私は分からなくなった。あんなに優しくしてくれたのに、あんなに笑顔で話をしてくれたのに、姉さんはどうして私達を捨ててしまったんだろうと。当時小学校高学年になったばかりの私には、いくら考えても理解出来なかった。途方に暮れて……そして憎んだよ。あの人のせいで家族はバラバラになり、道場も潰れて一夏を含めた友人や同門の仲間とも別れた。私の人生を滅茶苦茶にしたんだと、本気でそう思って恨んだ」

 

 淡々と語られる言葉の節々からは、ほーきちゃんの悲しみが見え隠れしていた。小学四年生、そんな幼い頃に実の家族と離ればなれにならざるを得なかった。当時から関わりのあった俺は理由を知ってこそいたものの、やはりあらためて聞かされるとなんとも言えない気持ちになる

 

 「……今は、どうなの~?」

 

 「……それがな、不思議なことに分からないんだ。あれほど憎んでいたのに、嫌いだった筈なのに、私は昔の優しい姉さんが嘘だなんて思えなかった。思いたくなかった。ISは姉さんの希望で、そして夢だ。夢と家族、二つを天秤に乗せて……姉さんは夢を選んだ。家族を失ってでも、切り捨ててでも叶えたい夢が姉さんにはあった、そう考えると恨むどころかむしろ応援すらしたくなるんだ。可笑しな話だろう?姉とはいえ自分達を捨てた自分勝手な人を信じているなんて」

 

 「「可笑しくなんかねえ(ない)よ」」

 

 俺は最後の自嘲的な言葉に即答した。チラリと見てみれば驚いたようなほーきちゃんと真剣な表情の布仏さんの姿が。俺と台詞が被さったのはどうやら布仏さんらしい

 

 

 

 俺は束さんがどういう人か知っている。確かにあの人は色々と規格外で性格もぶっ飛んだ人だが、何よりも妹のほーきちゃんや千冬姉を大切にしている人だ。あくまで俺の予想だが、世界とこの二人ならば束さんは迷わず二人を選ぶだろう

 

 篠ノ之束という人間は、そういう人だ

 

 

 

 「家族を信じることの何が変なんだよ?俺からすりゃごく当たり前なことだと思うぜ」

 

 「おりむーの言う通りだよ。お姉ちゃんが心配とか気になるとかって姉妹なら普通のことだよ~」

 

 同意するように谷本さんと鏡さんもこくこくと頷く。ボーデヴィッヒだけは何もしなかったがそれでも彼女のオッドアイは、じっとほーきちゃんを見つめて離さなかった。余程俺達の反応が意外だったのか、ほーきちゃんは暫し呆然となって視線を忙しなくあっちこっちに動かした

 

 「それにね、お姉ちゃんの方だって妹のことは心配なんだよ~。口でどんなことを言ってても、ね。だからしののんのお姉さんもきっとほーきちゃんに会えなくて寂しいに決まってるよ~」

 

 布仏さんのその言葉にはやけに説得力があった。彼女にも同じような経験があるのか……はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いずれにせよ、俺には分からないことだ

 

 「……ありがとう布仏。それに、皆も」

 

 そう言って微笑んだほーきちゃんはどこか憑き物が落ちたような顔をしていて、最後にもう一言だけ呟いた

 

 

 

 それは恐らく、彼女にとって切実な願い

 

 

 

 ──いつかまた……

 

 

 

 ──姉さんに、会いたいな

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 さて、あれから俺は残された時間を出来ることをして過ごした。放課後には先生に質問をして、その後ほーきちゃんに頼んで剣道に付き合ってもらった。六年ぶりに剣を交えた彼女はとても強くなっていて、道場が潰れてから素振りくらいしかしてこなかった俺が勝てる相手ではなかった。それでも実践的な剣道を通して『決闘の感覚』はある程度思い出すことが出来たので、全くの無駄足だった訳ではなかった

 で、今の俺はほーきちゃんやボーデヴィッヒと別れて、一人空っぽのピットにぽつんと佇んでいる。残念なことにここは関係者以外立ち入り禁止なのだ。そして寄越される筈の専用機は未だに到着しておらず、結局この一週間でISを動かすことは叶わなかった。畜生め。セシリア・オルコットの奴はもう準備を済ませてアリーナで待っている頃だろう。これじゃあ届いたとしてもろくに準備も出来そうにねえな……

 

 「一夏」

 

 「ん、千冬姉」

 

 そんな俺のところにやって来たマイシスター。名前で俺を呼んだということは先生モードではなくお姉ちゃんモードなのだろう。俺は肩の力を抜いた

 

 「勝てると思うか?」

 

 「まぁ順当に考えてキツいだろうな。腐っても代表候補生だ、トーシローが簡単に勝てる相手じゃねえし」

 

 だから、

 

 「俺がするのは勝つことじゃねえ、出来ることをするだけだ」

 

 「……そうか」

 

 「織斑君織斑君!来ましたよ、織斑君の専用機が!」

 

 俺達姉弟の会話は慌てた様子の山田先生が来たことで終わった。千冬姉が目で早くいけと言ってくるので一度だけ頷き、山田先生に連れられてISの元へ行った。重い音と共にピットの搬入口が開き、その向こう側の防壁扉もまた同様に開いていく

 

 

 

 「これが……俺の……」

 

 俺はそこにあった()に圧倒され、一言だけ溢した。それに山田先生が嬉しそうに笑ってこいつの名前を教えてくれる

 

 「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………ん?なんだって?

 

 

 

 「白……式?」

 

 俺はその名前に凄まじい違和感を覚えた。いやだってさ、()()()()()()()()()。金属感がめっちゃ出てる銀色なんですけど。デザインとしちゃかっこいいんだけどお世辞にも白くはねえよなぁ……チラリと千冬姉の方を見ると少し呆れたような顔をされた。解せぬ

 

 「この機体はまだ初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)も終わっていないんだ。変わるとすればそれが済んでからだろう」

 

 ……待って、今聞き逃せないことを言われたような気がするぞ

 

 「……先生、もしかして俺って一次移行(ファーストシフト)も終わってない状態で行かないといけないんですか?」

 

 「あぁ。アリーナの使用時間も限られているからな」

 

 「うえぇ!?」

 

 思わず変な声が出た。いやだってそれもその筈、専用機というのは初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)の二つの処理から成る一次移行(ファーストシフト)を経て初めて専用機となるのだ。それがないとなればせっかくの専用機もその利点がないも同然だ

 

 「時間がない、早く乗れ。処理はISが自動で行う」

 

 あーもうどうにでもなれ。内心で悪態をつきながら白式に触れる。これで動かなかったら笑いもんだな、なんて思うのだが白式は問題なく起動して装甲が開く。座るようにして身を任せるとまるで装甲が吸い付くように合わさり、同時にISのハイパーセンサーが作動して一気に視界が広がった。本来なら見えない筈の場所が見えるというのはなんとも変な感じだ

 

 「どうだ一夏、何か不具合はあるか?」

 

 「ん~……多分ねえ……と思う。情報量がアホみたいに多くて頭が痛いとかはノーカンでしょ?」

 

 「当たり前だ」

 

 「ですよね~」

 

 なんとも締まらない会話だ。リラックスは出来るが流石にリラックスし過ぎだわ。まぁ最後くらいはきっちりしますかね

 

 「千冬姉」

 

 「なんだ?」

 

 「行ってきます」

 

 「あぁ、行ってこい」

 

 前に一歩、また一歩と動いてゲートに進んでいく。ISはイメージだと千冬姉は言っていたがまさにその通りだと動かしてみて分かった。視線を少しあげれば壁越しにいるセシリア・オルコットの機体情報が飛び込んでくる。脚部をカタパルトにセットし、姿勢を低くして来るべき衝撃に備える

 

 

 

 さて、行きますかね……

 

 

 

 「織斑一夏、白式、出撃します」

 

 

 

 カタパルトが動き出し、白式と俺をアリーナへと投げ飛ばした

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「あら、逃げずに──」

 

 「話し掛けないでくれ。こっちは動かすのにも精一杯なんだ」

 

 児戯だねえ、全く。まるでよちよち歩きだ。自慢にもならんがこっちはIS使用時間一時間未満だ。空を飛ぶ感覚なんてのはやっぱイメージとは全然違う。想像よりもずっとずっと難しかった

 俺はゲートを出てからたっぷり一分ほど時間を掛けてセシリア・オルコットと同じ目線まで浮上した。実はこの間にも白式は俺に合わせて凄まじい量の情報を処理している訳で、出来ることならこのまま一次移行が終わるまでのんびりしときたいんだが……試合はもう始まってるしそうはいかなさそうだ

 

 「悪ぃ、待たせた」

 

 「ふん、そんな拙い操縦では試合にすらなりませんわね。どうです?ここで降参するのなら観客の前で無様な様を晒さずに済みますわよ?」

 

 「はははっ、代表候補生ってのは冗談が上手いな。そんな真似したらそれこそ笑いもんだろうに」

 

 俺の背には不本意だが『織斑千冬の弟』っていう呪いがへばり付いている。勝って当然、負けるにしても善戦しなければ許されない。降参なんざ論外だ

 頭の中で白式から武装をコール、すると目の前に武装の一覧が表れた。なるほど、近接ブレードが一本か。近接ブレードが一本だけね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゑ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうですか。なら……」

 

 「え、ちょ、待っ……」

 

 「お別れですわね!」

 

 「へぶっ!?」

 

 チカッと奴の持つライフル『スターライトmkⅢ』の銃口が光ったと思った瞬間、放たれたエネルギーの弾丸が動揺で動けなかった俺の眉間を撃ち抜いた。凄まじい衝撃に脳を揺らされ、意識が一瞬だけ遠ざかる。視界も暗転し、気付いた時には目の前に地面があった。ドォォン、という轟音と共に俺はアリーナの地面へと叩きつけられ、更に余った勢いで一回二回とそのまま転がった

 

 「ぐ、ぉおお……!」

 

 マズイ、動けねえ。撃ち抜かれた頭や地面に打ち付けた体は絶対防御にバリアーといった、ISの搭乗者保護機能によって守られているため傷はないが、攻撃を受けた時に発生する衝撃までは殺せない。肩やら足なら持っていかれそうになるだけかもしれねえが今俺が被弾したのは頭部だ。脳が揺さぶられたせいで視界はぶれまくり、頭痛も酷く気持ち悪くて堪ったもんじゃない

 とにかく、立ち上がらなくては。上手く回らねえ頭を限界まで動かし、コールしたブレードを杖のようにして無理矢理体を起こした。しかし、これ以上動くのは無理だ。ISを動かすにはイメージが必要、しかしそのイメージを浮かべる脳がやられては話にならん

 

 「(や……べえ……逃げ……)」

 

 「……やはり話になりませんわね。終わりにしましょう」

 

 心底失望したと言わんばかりの口調に悪寒が走った。次の瞬間には弾丸が雨のように降り注ぎ、動けない白式の装甲を的確に貫いていく。その度に減少していくシールドエネルギー、特に最初の一撃は絶対防御を使わせる程の威力だったようで、試合開始から僅か一分しか経っていないにも関わらず、白式のエネルギーは既に底を尽きかけるまでとなってしまった

 熱で溶けた装甲が音をたてて煙を上げる。怒濤の雨は俺の症状を悪化させるのには十分であり、立つことすらままならなくなって膝をついた。聞こえるのは自身の荒い息遣いだけ。ハイパーセンサーが補助してくれる筈の視界もろくに見えてはいなかった

 

 「はぁ……!はぁ……!」

 

 「無様ですわね。最初からこうなることなど分かっていたでしょうに」

 

 目の前からセシリア・オルコットの声が聞こえる。まさかわざわざ降りてきたのか?力を振り絞り、支えにしていたブレードで斬りかかる……が、いつの間にかその刀身は半ばから融解してなくなっていた。唯一の武装兼支えすら失った俺は成す術なくその場に倒れ込んだ

 情けねえ。その一言に全て尽きた。この一週間、色んな人から指導を受けて対策を練った。千冬姉や山田先生には補習に付き合ってもらったし、ほーきちゃんには剣道で鍛えてもらった。にも関わらず一瞬の隙で全てが台無しになってしまった

 

 くそ、明日からどんな顔して会えってんだよ……畜生め

 

 

 

 その後、俺の意識はライフルの一撃によって完全に刈り取られ、同時にシールドエネルギーも跡形もなく消滅した

 

 クラス代表決定戦、俺はセシリア・オルコットに善戦するどころか、一矢報いることすら出来ず敗北した

 




 Q.代表候補生と素人が戦えばどうなりますか?

 A.代表候補生が圧勝します

 という訳で一夏の惨敗です。起動2回目なのにアニメ宜しくびゅんびゅん飛べたり、27分も耐久出来たり、ビットを破壊出来たりなんて無理です。ここの一夏は凡人なのです

 独自設定の嵐で申し訳ありませんが追加で一つ、ここの箒は束さんの連絡先を知りません。原作では紅椿を頼むときに電話してましたが、この作品では連絡をとりたくてもとれないということにします

 感想、疑問点、批評等ありましたらお願い致します


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7話 ワンサマー、嫌気が差す

 お気に入り登録数が250を越えました。応援してくださり本当にありがとうございます
 今回の話ですが感想に「台詞のときにスペースが多くて読みにくい」とありましたので、台詞と台詞の境にあるスペースをなくしてみました。もし皆様が感想を書いてくださる時には、スペースをなくして良かったか、悪かったか、どっちでもいいかを言っていただけると助かります

 追記 次話投稿に伴い、修正致します



 「……ん」

 

 目覚めれば知らない天井が目の前にあった。どうやら自分は横になっているらしい。むくりと体を起こしてキョロキョロと辺りを見回し、少しして漸くここが保健室らしき場所であると分かった

 何故に保健室?という疑問はすぐに解決した。俺がセシリア・オルコットに惨敗したからだ。頭に弾丸を受けたせいで脳震盪らしき症状に襲われ、満足に動くことも出来ずに蜂の巣にされた。で、試合が終わると同時に意識を失った俺はここに運び込まれたと、多分そういう流れなんだろう

 成り行きを思い出せば途端に憂鬱な気持ちになってくる。試合に負けたことはまだいい、元々勝てる見込みも薄い試合だったから。だがその負け方があまりにも酷い。この一週間俺のために時間を使ってくれた人の期待を悉く裏切るような試合をしてしまった、それがどうしようもなく嫌になった

 

 「……どうしよ」

 

 頭を抱えたってどうにもならねえことは分かってる。俺は千冬姉の顔に泥を塗ったのだ。弟の俺のせいであの人の評価を貶めた。そんな自分が情けなくて、不甲斐なくて、バタッとベッドに勢いよく背を預けた

 その時、コンコンとノックの音が聞こえた。そこから一拍置いて扉が開き、千冬姉がゆっくりと入って来る。彼女は目覚めた俺を見ると少し驚いたような顔をして、そしてすぐに柔らかな表情を作った。どうやら教師モードではないらしい

 

 「目を覚ましたのか。どこか体に違和感のある箇所はないか?」

 

 「いや、全然問題ねえ。今すぐにでも動けそうだ」

 

 「そうか、だがまだ安静にしていろ。脳震盪と全身を強く打っているんだ、今日と明日はここから出ることは許さんぞ」

 

 ライフルで脳天をぶち抜かれ、ついでに高所から落下してもその程度で済む辺り、ISってのはつくづく優れた性能をしている。絶対防御やバリアーがなければ先の試合で軽く二桁は致命傷を受けていただろうことは想像するに難くない。それをたった二日大人しくしてるだけで治るのなら喜んで従うことにしよう

 

 「千冬姉……」

 

 「試合のことか?酷いものだったな。今まで数多の試合を見てきたがあれほど一方的かつ早く終わった試合は稀だぞ?もっと精進しろ」

 

 グサッと心に突き刺さる。手厳しいな、おい。まぁその通りだから弁明の一つも出来ねえんだが……

 

 「ごめん千冬姉。色々教えてもらったのにあんな負け方して」

 

 「そう思うなら次に生かせ。後悔するだけなら誰にでも出来る。失敗から学ばなければIS学園(ここ)ではやっていけん。それでも駄目なら聞きに来い。我々教師はそのためにいるのだからな」

 

 ニヤリと千冬姉は不敵な笑みを浮かべる。でももし、また自分がこの人を裏切ってしまったら……と、そこまで考えて俺は思考を振り払った。やめよう、俺だって好きで失敗してる訳じゃねえんだ。千冬姉の言う通り今回の惨敗は次に生かす

 

 「ありがとう、千冬姉」

 

 「あぁ……っと、そうだ。何か夕食の注文はあるか?代わりに食堂から貰ってきてやろう」

 

 ……いやいや、流石にそれは駄目だろ。姉とはいえ世界最強のブリュンヒルデを顎で使うとか恐れ多いわ

 

 「千冬姉、それはちょっと……」

 

 「何、遠慮はいらん。そうだな……確か一夏は酢豚が好きだったか?」

 

 「やめてくれよ。酢豚は鈴の以外は食わねえって決めてんだ」

 

 即答した。ってか言わせてもらうと俺はただの酢豚が好きなんじゃなくて、鈴の料理した酢豚が好きなんだよ。他の中華はまだいいが酢豚だけは絶対に譲れん

 結局折れた俺はペペロンチーノを注文し、それを受けた千冬姉は得意顔で去っていった。誰もいなくなった保健室で欠伸を一つ、マイナス思考がむくむくと膨れ上がるのを強引に押し留める。気晴らしにと窓から外の景色を眺めながら、俺は晩飯がやって来るのをただぼんやりと待っていた

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 次の日、安静を言い渡された俺はベッドの上でひたすら持ってきてもらった参考書と教科書を読んでいた。勿論、イメージトレーニングをすることも忘れない。昨日飛んだ感覚を思い出しながら右へ左へ、自由自在に頭の中を駆け回った

 つーか俺の専用機……白式って一体どこいったんだ?専用機ってのは基本的に待機形態として持ち主の傍から離れないって聞いてたんだが……一次移行も終わってなかったことだしどこかに保管されてんのかね?次に千冬姉と会ったら聞いておこう

 にしても剣のみ(ブレオン)ってどういうことだよ。常識的に考えておかしいだろ。俺に専用機が渡される理由ってデータ収集のためだったよな?武装が近接ブレード一本の機体からどんなデータが得られるのか説明してもらいたいもんだ。ああいうのはテレビやゲームの内側か世界最強(千冬姉)が使うからこそ強く見えるんであって、それ以外の奴に使わせようとすると悲惨なことになるのが分からんのか

 別に白式だから負けたんだって言い訳するつもりはねえ。訓練機で汎用性の高い打鉄やラファールに乗っていたとしても負けてただろう。それでも白式は俺が使うにはちとピーキーな機体だ。一次移行が終わったら武装の全体的な見直しをしなければ、俺は心に固く誓った

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 そんな馬鹿みたいなことを考えている内にチャイムが鳴った。とはいえ怪我人の俺には関係ないこと、参考書を読む作業を再開してペラペラとページを捲る

 

 コンコン

 

 突然のノックに俺は顔を上げた。千冬姉でも来たのだろうか、とりあえず「どうぞ」と入室を促しておく。そして入って来たのは……千冬姉じゃなくてクラスメイト達だった

 

 「失礼する」

 

 「やっほ~、おりむー!」

 

 「ほーきちゃん、布仏さん……と、ボーデヴィッヒもか」

 

 これには少し驚いた。今日は千冬姉や養護の先生以外の人には会えねえだろうと思っていたのだが……お見舞いに来てくれるダチがいるっては良いもんだなぁとしみじみする

 

 「体は大丈夫なのか?昨日は……その……随分酷くやられていたようだが」

 

 「そうだよ~……なんか見てて可哀想なくらいだったよ~……」

 

 心配そうに、それでいて申し訳なさそうな口調でほーきちゃんと布仏さんが言う。やっぱ端から見ててもボコボコにされてたんだな、俺

 

 「大丈夫、明日からは動いてもいいって先生にも言われてるから」

 

 それより、と俺は話を変える

 

 「なんかクラスで変わったこととかなかった?勝ったけどクラス代表が面倒になったセシリア・オルコットが俺に押し付けたとか、あと──」

 

 ──俺への中傷とか

 

 そう言った瞬間、ほーきちゃんと布仏さんの動きが止まった。よく見ると視線があっちこっちへうろうろとし始めている。俺はそんな二人の挙動不審な態度から自分の予想が間違っていなかったことを理解した

 全く、そうなるだろうとは思っていたがこうも予想通りとはな。最初っから期待なんぞしてなかったが女ってのはどこに行っても変わらんらしい。掌返しはもう見飽きた

 

 「はぁ……ボーデヴィッヒ、そいつ等がなんて言ってたか覚えてたりするか?」

 

 「『千冬お姉様の弟なのに惨敗した』、『とんだ期待外れだった』、『あんな試合をして恥ずかしくないのか』、『お姉様の面汚しだ』、『やはり男は使えない』……他にもまだまだあるが大方がこういった類いだ。共通して言えることは、奴等は教官の弟である貴様がセシリア・オルコットに手も足も出なかったことが余程気に食わんらしい」

 

 淡々とボーデヴィッヒは知りたいことを教えてくれた。にしても好き勝手言ってくれるな、おい。人が大人しくベッドで横になってるのを良いことに。中学の頃に耳が腐るくらい聞いた台詞ばかりだが、どいつもこいつも考えることは同じってことかよ、胸糞悪ぃ

 

 「で、でもねおりむー!ゆこっちとかナギナギとか、おりむーの頑張りを知ってる人はそんなこと言ってないよ!だから、その、皆が皆おりむーのことを悪く言ってる訳じゃ……」

 

 「布仏さん、ありがとよ。別にもう慣れっこだからあんま気にしないでくれ」

 

 慣れっこ、その意味を察することが出来たのはこの中でボーデヴィッヒだけだ。理解出来なかった二人は首を傾げている

 試合に惨敗したことである程度の人数が掌を返すのは分かっていた。俺としてはむしろ、布仏さんのように気を遣ってくれる人がいることの方がありがたく思える。こういう人はただいてくれるだけでも気持ち的にかなり楽になれるのだ

 ……正直、明日からの学園生活に不安がないかと問われると答えのはノーだ。好奇の視線は侮蔑のそれへと変わり、絡んでくるような面倒くさい輩も増えるだろう。注意する立場にいる先生がまともであるのがまだ救いか。何かあれば遠慮なく頼ろう

 

 

 

 代表候補生に負けるという、ある意味当然とも言える結果にも関わらず生徒達はこんな調子だ

 

 もしこれ以上のことをしでかしたなら、俺という存在は一体どうなってしまうのか

 

 入学してからまだたったの一週間、始まったばかりの学園生活に俺は早くも嫌気が差してしまった

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 怪我が完治し、学園生活に復帰してから更に一週間が過ぎた。一週間経った今でも学園は『織斑千冬の弟であり唯一の男性操縦者である織斑一夏がイギリスの代表候補生に惨敗した』という噂で持ちきりであり、ちょっかいを掛けられた回数も軽く両手両足の指の数を越えるようになった。まぁ昔に比べると可愛いもんなのであまり大した問題じゃねえと俺は思っている。空気を読まん新聞部は追い返したが

 セシリア・オルコットとの試合で使った俺の専用機、白式は第三アリーナの倉庫に眠っていたらしく、この一週間で無事に一次移行を終えることが出来た。鈍い銀色の装甲は名前の通り真っ白に染まり、無骨なフォルムもシャープな感じに変化。操作性も以前と比べて格段に良くなっていて漸く専用機らしくなった

 

 ただ、こいつに一番驚かされたのはその武装と力だ

 

 雪片弐型。かつて千冬姉が現役だった頃、愛機『暮桜』が振るった剣。その後継型が白式()()()武装だった

 更にもう一つ、白式が一次移行をしたことで解禁された力がある。それが零落白夜──シールドエネルギーを含む全てのエネルギーを消滅させる単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)──だ。千冬姉が世界を掴んだ二つの要素、それが俺の白式に注ぎ込まれていたのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言おう、迷惑以外のなんでもねえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零落白夜は確かに強い。シールドエネルギーを消滅させるということは、相手に絶対防御を必ず発動させるということである。一撃必殺をそのまま形にしたかのようなこの力は、千冬姉のように相応しい使い手が振るえばISバトルにおいて無敵と言っても過言ではない

 しかしそれは逆に考えれば、剣一本であらゆるISと戦えるような(怪物)でなければ、その強さを発揮出来ないということでもある。加えて零落白夜には欠点があり、発動中は自らのシールドエネルギーを消費しなければならない諸刃の剣なのだ。こんなハイリスクハイリターンな力をトーシローの俺が使いこなせるのか、当然無理である。当てる前にこっちのエネルギーが尽きて自滅するのがオチだ

 それじゃ零落白夜は使わずに別の武装を使おうという発想に至るのだが、何をとち狂ったのか白式の拡張領域(バススロット)のほぼ全てが零落白夜に喰われていたのである。本来ならば二次移行(セカンドシフト)後でなければ使えない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を、一次移行後の段階から使えるようにした代償らしい。これにより白式にはハンドガンどころか、ナイフ一本すら入れておくことが出来なかった

 

 つまり白式の特徴をまとめると……

 

 ・武装は近接ブレード(雪片弐型)一本のみ。ブレオン

 ・零落白夜が使える(使いこなせるとは言っていない)

 ・後付武装(イコライザ)の搭載が不可能。ナイフ一本入れられない

 

 

 

 ……これ俺の専用機じゃなくて千冬姉の専用機だろ。間違っても初心者に渡すような機体じゃねえよ

 つーか何がまずいって、これが周りにバレたら『織斑一夏は生意気にも織斑千冬と同じ力を使っている』みたいな風になることだよ。しかも使いこなせねえからゴミクズ扱いされるのは間違いねえし……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()本当に辛い

 

 

 

 俺は織斑一夏だ。千冬姉じゃねえんだよ

 

 

 

 「はぁ……」

 

 思わず溜め息が溢れた。今俺がやってるのは移動の練習、ISを使うことにおける初歩の初歩だ。専用機ってことで動きやすいっちゃ動きやすいんだが……動き自体はとてつもなく拙い。動きは一々止まるしバランスもよく崩す。今の俺はある程度のイメージをまとめてからでなければろくに移動することも出来なかった

 

 『ねぇ、あれが噂の男子?』

 

 『イギリスの子に手も足も出なかったんだって』

 

 『千冬お姉様の弟の筈でしょ?下手くそな操縦ね』

 

 『あんなのが弟なんて死んでもごめんだわ……千冬お姉様が可哀想よ』

 

 アリーナ内、または客席のあちこちから生徒達の声が聞こえる。ISには視覚を補佐するハイパーセンサー以外に、聴覚を補佐する機能も搭載されている。故にどんなに小声での会話でも拾うことが出来る、出来てしまうのだ。ISは本来、宇宙での活動を想定しているから

 ならばお前らなら勝てたのか、あの人の弟に相応しい戦いが出来たのか、俺は大声で言ってやりたかった。けど、そんなことをしたって何も変わらないのも分かっている。やるせない気持ちのまま悪態を一つつき大人しく訓練に戻ろうとした、ちょうどその時……

 

 

 

 ──警告。ロックされています

 

 

 

 「……は?」

 

 そう呟くのとほぼ同時に左肩を強い衝撃が襲った。耳障りな金属音が鳴り響き、俺はバランスを崩して吹っ飛ばされる

 

 

 

 攻撃を受けた。その事実を食らってから俺は理解する

 

 

 

 「やったぁ!当ったり~!」

 

 アリーナに響く間抜けな声、俺は反射的にそちらを向いた。視線の先には訓練機であるラファール・リヴァイヴに乗った顔も知らない生徒が三人、その一人がアサルトライフルの銃口を俺へと向けている。あいつが俺を撃ったことは疑うまでもない

 

 「やるじゃん!それじゃ次は……」

 

 そう言ってもう一人の奴もアサルトライフルを展開する。途端に白式が警告音を鳴らした。訳が分からんがとにかくヤバイ!スラスターを噴かして急いでその場を離れる。不格好だが今度は奇跡的に回避が成功したようだ

 

 「……ちっ!なんで動くのよ!」

 

 外した奴が突然キレ始め、いよいよ俺の混乱もピークに達する。訳が分からねえ、一体俺が何をしたってんだよ。いきなり銃で撃たれるようなこと……は……まさか……

 

 「大人しく私達の的になりなさいよ!男のくせに専用機まで持って!」

 

 「アンタみたいな無能がいると迷惑なのよ!千冬様の弟だからって雑魚は雑魚らしく撃たれなさい!そうすれば千冬様だって……」

 

 ……言葉も出なかった。ISを使って、何故そんな馬鹿げたことをさも当然のように言えるのだ?これは人を殺す兵器にもなりうるとこいつらは理解していないのか?よくある嫌がらせだということは分かっている。だがそこにISという要素が加わった瞬間、俺はただ絶句することしか出来なかった

 

 「……いいわ、私達は優しいからアンタの特訓を手伝ってあげる。三対一の模擬戦よ、感謝しなさい!」

 

 「なっ……!」

 

 滅茶苦茶な、という言葉は飛来した弾丸によって消え去った。こっちのことなどまるで無視し、三体のラファールはそれぞれの武装を手に俺へと襲い掛かった

 アサルトライフルによって上空から降り注ぐ雨。狙いの精確さなどセシリア・オルコットとは比べ物にならないレベルだが、それを補うように凄まじい量の弾幕が張られている。これでは()ではなく最早()

 

 「ちっ、くそぉ……!」

 

 俺には離れた相手を狙う術はない。白式にあるのは近接ブレードの雪片弐型と零落白夜のみ、接近しなければ話にもならん状態だ。しかし絶え間なく襲い来る銃撃を前に突進でもしようものなら、瞬く間に蜂の巣にされることは想像するに難くねえ。しかしそれ以外の策を考えられるような余裕も、実行出来る技術も俺には皆無だ

 

 

 

 結果、罵詈雑言を聞き無様にも被弾しながら逃げることしか出来ない

 

 

 

 ──シールドエネルギー、残量143。機体損傷度60%。回避を優先してください

 

 「むしろ回避しかしてねえっつぅの……!」

 

 一方的な攻撃が始まりまだ数分、苛立ちのあまり白式の通知にも毒を吐く。俺はこの時避けるのに精一杯で相手を見ていなかった。だから……接近してくる敵への対応が遅れた

 

 「隙有り!」

 

 「しまっ!?」

 

 下から迫ってくる一機のラファール、そのブレードが白式のウイングを捉えた。バチバチと火花を散らすそれは使い物にならず、目に見えて白式の機動が鈍くなる。負けじと此方も雪片で応戦するがここで経験の差が明らかとなり、難なく受け止められた挙げ句に蹴りまで叩き込まれた。その衝撃は凄まじく、俺はアリーナと客席を隔てるバリアーにぶつかってずるずると地面へ落下する

 

 ──シールドエネルギー、残量59。機体損傷度80%。戦闘継続は困難です、退避してください

 

 無機質なメッセージが目前に表示される。このエネルギー残量では零落白夜も使えまい。顔を上げればニヤニヤと俺を嗤いながらアサルトライフルを構えるラファールの姿が。避けなければ、そう頭では理解しているのだが体の方は言うことを聞かない。ハイパーセンサーで補佐された目が引き金に力を込められるのを見た

 

 

 

 やられる、そう確信した俺が次の瞬間に見たものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横から突如、目視することすら困難な速度で突っ込んできた打鉄に顔面を蹴り飛ばされるラファールの姿だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がっ……!?」

 

 「「え……?」」

 

 蹴り飛ばされた操縦者が悲鳴を上げる間もなく墜ちていく。時速何百という凄まじい速度でやって来た特殊合金の塊に顔面を蹴られたのだ、恐らくその威力は操縦者の意識を奪うには十分なものだったに違いない。あまりに突然の出来事に、俺と二機のラファールはその様子を見ていることしか出来ない

 しかし打鉄は止まらない。手にしていた日本刀『葵』で一機のラファール目掛けて驚異的な速度で斬り掛かった。俺を狙うためにアサルトライフルを装備していたラファールは突然の近接戦闘に対応出来ず、ばっさりとそのライフルは切断された。残っていた一機も慌てて発砲するが打鉄はそれを悉くシールドで弾き、アサルトライフル『焔備』を連射して応戦した

 

 「……どうして」

 

 『勘違いするな』

 

 ポツリと溢した疑問にプライベート・チャネルからまさかの返事が来る。まだ使い方の分からない俺は彼女の言葉にただ耳を傾ける

 

 『私は私が邪魔だと感じたから戦っているに過ぎん。人が静かにISを使ってるのにこいつらが煩くては気が散る。貴様が倒れようがなかろうが私には関係のない話だが、こいつらは片付けてやる』

 

 

 

 二機のラファールを翻弄しながら

 

 そいつは……ラウラ・ボーデヴィッヒはいつものようにそう言った

 

 




 書いててなんか雑になってないかな~……と思う今日この頃。SSを書くって難しい

 多分あの子が来るのは次くらい。セカン党の皆様の期待に沿えるよう頑張ります

 前書きにもありますが感想をくださる時には、台詞と台詞の境にあるスペースをなくしてどうだったか、と言うことを教えていただけたら幸いです

 追記 次話投稿に伴い、修正致しました


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8話 ワンサマー、頼る

 こっそり更新。ようやく書けました……
 前回言ったスペースの件ですが、皆様より頂いた意見から考えた結果、1話からやってきた元々の形式でいきたいと思います。読みにくさを感じる方はお手数ですが、メニューの閲覧設定で調整をお願い致します


 ──私は出来損ないで、落ちこぼれの兵士だ

 

 以前、ラウラ・ボーデヴィッヒはそう語った。千冬姉の指導を受けて成長出来なかった自分をそう貶めた

 

 それを聞いて俺はこう思った

 

 ボーデヴィッヒはISの扱いが上手くないのかもしれねえ、と

 

 その考えは半分正解で、しかし半分が間違いだった。確かにボーデヴィッヒは特殊部隊黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)においては、彼女の言うように出来損ないの落ちこぼれだったのかもしれない。現に彼女は軍を辞めさせられ、このIS学園にやって来ているのだから

 しかしそれはあくまでも黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)内での話で、考えてみれば分かることだ。正真正銘の軍人であり何年も昔から日々訓練に明け暮れていた彼女が、一般の生徒程度に後れをとるだろうか?

 

 目の前で行われている戦いは、まさに一方的であった

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ギィン!という音をたてて打鉄の日本刀がラファールの装甲を斬り裂く。呆然とする操縦者を横目にボーデヴィッヒは更に連続で得物を振るった。その一撃一撃は全て装甲の剥がれた部分を捉えており、ラファールの絶対防御が発動して大きくシールドエネルギーが減少した。トドメとばかりに繰り出された蹴りは的確に操縦者の胴体を直撃し、ボーデヴィッヒは蹴った時に生まれた反動を利用して別のラファールへと向かっていく

 無駄がない、それが最初に俺が抱いた感想だった。素人目だがボーデヴィッヒは何も特別な技術を使っている訳ではない筈。では何故あそこまで流れるような動きが出来るのか、俺はきっとこれまでに彼女が積み重ねてきた訓練の賜物なんだろうと思う。何百、何千、何万と繰り返してきた動きだからこそ、あんなにも無駄なくスムーズに行えているのではないだろうか

 

 「嘘……どうしてシールドエネルギーが減らないのよ!」

 

 ラファールの操縦者は半ばパニックになりながらアサルトライフルを撃ちまくる。しかしそれらの大半は打鉄に備えられている肩部のシールドによって防がれ、防がれたもの以外は全てかわされていた。どれだけ撃っても打鉄のシールドエネルギーが全く減っていないのは、ボーデヴィッヒの並外れた反射神経と操縦技術が理由だったのだ。金色の左目が獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光る

 

 「そこっ!」

 

 「きゃあ!?」

 

 そしてとうとう一気にスラスターを噴かして至近距離まで接近したボーデヴィッヒの()が、ラファールのアサルトライフルを両断した。慌ててブレードを取り出そうとするラファールだがそれは下策だ

 量子化した武装を取り出すには取り出す武装のイメージをまとめなければならない。イメージをまとめるということはつまりその作業に集中しなければならず、例え一秒にも満たない時間であっても隙が生まれるのだ。そして、ボーデヴィッヒ程の腕を持つ者が、その隙をみすみす見逃す訳もない

 

 「甘いっ!」

 

 「あぁ!」

 

 袈裟斬りを繰り出してからその勢いのまま薙ぎ払い、ガガガガッと最後にアサルトライフルで締める。その洗練された一連の流れに思わず見蕩れてしまった。シールドエネルギーがなくなったのか、ラファールは徐々に空から地へと墜ちていく。たった一機の打鉄に三機のラファールが全滅した瞬間だった

 

 「す……すげえ……」

 

 「……やはりISをファッション程度にしか認識していない連中では相手にならんな。三対一で私程度も倒せんようではまだまだ力不足だ」

 

 ほぼ無傷で圧勝したボーデヴィッヒが俺の近くへ降りてくる。私程度と彼女は言うが個人的にはかなり強いと思う。もしかしたらセシリア・オルコットを相手にしてもかなりやれるんじゃないのか?

 

 「無様だな。あの程度の連中にしてやられるとは」

 

 ギロリと彼女のオッドアイが俺を射抜く。不甲斐ない自分が情けなくて俺は唇を噛んだ

 

 「……返す言葉もねえ。助かったよ、ボーデヴィッヒ」

 

 「ふん、礼など不要だ。私が邪魔だと思ったから片付けたに過ぎん」

 

 それでもだ。理由はどうであれ俺がボーデヴィッヒに助けられたことに変わりはねえ。もう一度深く頭を下げると彼女は呆れたように溜め息をついた

 

 「……まぁいい。で、いつまでそこにいるつもりだ?シールドエネルギーは残り僅か、おまけに機体も損傷だらけではろくに訓練も出来まい」

 

 「そうなんだよなぁ……くそが、随分派手にやらかしやがって」

 

 俺はボロボロになった白式の状態を確認する。機体損傷度は80%を越えており、スラスターの一部にも異常が出ている。この分では今日の訓練は切り上げざるを得なさそうだ。ISには自動で機体を修復する機能が備わっているが、これだけ激しく損傷していれば明日になっても直っているかどうか……妙な連中に絡まれた上に機体もやられるとは、今日はとんだ厄日だ

 

 「仕方ねえ……今日はもう大人しく寮に帰るとするか」

 

 「そうか、なら私も戻ろう」

 

 あれ?なんでボーデヴィッヒも一緒に戻るんだ?まだアリーナの利用時間はある筈なのに。そう尋ねると何故か睨まれてしまった

 

 「お前はあれだけの騒ぎの後でものうのうと訓練を再開しろと言うのか?今の私にはかつてのように自らを追い込んででも訓練をする必要はないが……」

 

 「マジごめん」

 

 確かにさっきの騒ぎの原因は俺にもあるしなぁ……喧嘩売ってきたのは向こうだけど

 その後俺達は制服に着替え、第三アリーナを後にした

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「零落白夜……か。また凄まじい力を得たものだな、一夏」

 

 「こっちとしちゃありがた迷惑だよ。これじゃ千冬姉と比べてくれって言ってるようなもんじゃねえか」

 

 晩飯後の1025室、俺はほーきちゃんとボーデヴィッヒにそう愚痴りながらベッドに倒れる。寝心地抜群のベッドはそのままズブズブと沈んでいき、なんだかそのまま意識も手放したくなってきて……っと、まだ眠る時じゃねえっての

 俺は同室であり信用のおけるほーきちゃんとボーデヴィッヒの二人に雪片や零落白夜の存在を明かした。この二つは俺には手の余る代物であり、今はこれからどうすればいいかを相談しているところである

 

 「教官の弟である貴様に教官と同じ力と武器……か。何か作為的なものを感じるな」

 

 「その白式を開発したのは倉持技研……だったか?一夏が千冬さんの弟だと知って急遽手を加えたという可能性も考えられる」

 

 チラリと二人の目線が俺の右腕に集まる。そこに付けられた純白のガントレット、それが白式の待機形態だった。ISの待機形態ってアクセサリー系になるって参考書なんかには書いてあったんだが……やっぱ俺が男だからだろうか。俺は白式を撫でながら至極真剣な声で尋ねる

 

 「返品とか出来ると思う?」

 

 「「無理だろうな」」

 

 「ですよね~」

 

 やはりどう足掻いても俺がこの白式を使いこなせるようになるしか選択肢はないらしい。世界最強と同じように戦えなんざ、トーシローには随分とキツい要求だ。一体いつになれば出来るようになるのか想像もつかねえ

 というか一つだけ言わせてほしい。なんで俺はこんなに悩んでるんだ?俺が何か悪いことをしたのか?勝手にクラス代表に推薦されて、勝手に試合を決められて、勝手に欠陥品を押し付けられて、負けたらクズだの色々と罵られる。なんつーかあらためて考えると理不尽だよなぁ……

 

 「小学校時代に戻りてえ……」

 

 「……そこは中学校時代ではないのか?」

 

 「中学の頃はろくな思い出がなかったもんでね。戻るならやっぱ小学生だわ」

 

 あ、でもそれじゃあ弾の奴には会えねえな。それでも中学時代はもう懲り懲りだし……あぁ、このまま現実逃避して終わる頃には問題が全部解決してりゃいいのに。枕を抱き締めながら俺は溜め息を溢した

 

 「なぁボーデヴィッヒ……駄目元なんだけど俺にISを教えてくれねえか?この一週間自分なりにやってはみたんだが、どうも効率が悪いような気がしてならねえ。コーチ役が一人いてくれるとすげえ助かるんだけど……」

 

 「……都合が合うときには考えておいてやる。あまり期待はするなよ」

 

 ……え、マジで?オッケーなの?完全に駄目元だったんだけどオッケーなのか?いや嬉しいんだけど、嬉しいんだけどなんかえらいあっさりだな。「貴様の頼みを聞く義理はない」みたいな感じで断られるもんだとてっきり。するとほーきちゃんが不思議そうな顔をした

 

 「ボーデヴィッヒはコーチ役など出来るのか?」

 

 「私はここに来るまで軍人でな、操縦技術だけはそれなりに自信があるつもりだ。まぁ、出来ることなど教官の真似事くらいだが……」

 

 軍人、その言葉にほーきちゃんは一度驚いた表情を作るがすぐに納得したように頷いた。確かにボーデヴィッヒが元軍人だって言われたら驚くよな。線は細いし小柄だし。でも言われたら納得出来るのも不思議だ

 何はともあれ、力になってくれるならこれだけ心強い存在もない。今日の戦いでどれだけ強いかは嫌ってくらい思い知った訳だし

 

 「ありがとうボーデヴィッヒ、マジで助かる」

 

 「言っておくが私の特訓は甘くないぞ?たかがISを動かせる程度の一般人が簡単についてこられるとは思わないことだ」

 

 「上等」

 

 俺はニヤリと笑った。素人が闇雲に動くより経験者から教えを乞う方がきっと上手くいく筈だ。今のままの俺を待っているのは恐らく嘲笑のみ、ならばどれだけ特訓が厳しくともやるしかなかった

 

 「一夏、専用機のない私ではあまり役に立てないかもしれないが、ISの使用許可が降りた時は是非手伝わせてくれ」

 

 「ほーきちゃん……ありがとう。こっちこそ宜しく頼む」

 

 俺は深く、深く二人に頭を下げる。この学園に来てから不快なことも多々あったが、この二人と出会えたことだけは本当に良かったと思う

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 時は少し進んで四月の下旬、俺達一組のメンバーは外に出てISの操縦訓練を行っている。ただ説明に時間を使いすぎたのか、せっかく外に出ても残り少ししかない訳だが……その辺りに関しては仕方がないと割り切るしかないだろう

 ただ、周りの生徒達は訓練ということで皆ISスーツを着用しているのだが、これが完全に思春期の男子高校生には毒だ。女は好きじゃねえが俺だって女体に興味が皆無な訳じゃねえんだぞ。だが悶々とする気持ちを態度に出せば待っているのは死のみ、故に全力で邪な考えを滅する

 

 「それでは最後に専用機持ちに実演してもらおう。織斑、オルコット、前に出ろ」

 

 名前を呼ばれたので素早く前に出る。千冬姉や俺のコーチ役をしてくれたボーデヴィッヒは行動の遅い奴が嫌いだ、さっさとしなければお叱りが飛んでくるだろう。しかも今は時間も押しているのだから尚更だ

 

 「ISを展開しろ。熟練の操縦者なら一秒も掛からんぞ」

 

 言われた通りISを展開する。待機形態となっていた白式へと意識を集め、爆発させるようなイメージを作ることが俺なりの展開方法だ。ボーデヴィッヒとの特訓で凄まじい回数練習したのでこの辺は滞りなく行える。隣を見ればセシリア・オルコットの奴も既にブルー・ティアーズを展開していた

 

 「よし、飛べ」

 

 そう指示が出された瞬間、ブルー・ティアーズが急上昇していく。負けじとそれを追ってみるがなかなか操縦が上手くいかねえ。そういえば急上昇の練習は初めてだつた。悔しいことに操縦技術では向こうの方がまだ遥かに上らしい。俺だってボーデヴィッヒとほーきちゃんのおかげで()()()()()()()()()()上達した筈なんだが……代表候補生ってのはやっぱりとんだエリートだな

 

 「上手いもんだな……」

 

 『この程度、代表候補生なら当たり前ですわ。侮らないでくださいまし』

 

 プライベートチャネルに通信が届く。別に馬鹿にしてなんかねえ、むしろ感心してるくらいなんだがな。ああいう動きは練習してりゃ分かるが一朝一夕で身に付くもんじゃねえ。セシリア・オルコットがこれまでに血の滲むような訓練をしてきたであろうことは間違いなかった。これで性格が最悪でなけりゃ良かったんだが……

 

 「そこから急降下と完全停止に移れ。目標は地表から十センチだ」

 

 『先に行きますわ』

 

 そう言い残し、前方にいたブルー・ティアーズが視界から消える。慌ててハイパーセンサーの示す方向に意識を向けると、そこには華麗に急降下と完全停止をやってのけるセシリア・オルコットの姿があった。やっぱり、上手い

 俺も続かなければならなさそうだが、正直言って下手すりゃ地面に頭から突っ込むことになるだろう。穴なんて空けたら一人で整備する羽目にもなる。そんなのはごめんだ。スーっと遅すぎず速すぎない速度で降下し、意識を集中させてピタリと停止する。白式が叩き出した地面との距離は八十センチと少し、つまり完全な落第点だった

 

 「ふむ……オルコットはいい。織斑は練習を積むように。では次、武装を展開しろ」

 

 久々に食らう出席簿と共にありがたいお言葉を受ける。絶対防御があるから痛くはないが衝撃は殺せない。そして周りの奴等が笑っているのが無性に腹が立った

 で、次は武装か。俺は雪片を出す際にはさっきのISを展開した時とは異なり、名前をコールして展開する教科書通りのやり方を採用している。ただ、馬鹿正直に「雪片!」とか言えばまた騒ぎになることは目に見えている。故に──

 

 「──来い」

 

 この一言で済ませる。たった二文字の言葉で展開出来るようになったのはまさしく特訓の成果だ。加えて白式には武装が雪片しか存在しないためイメージ自体はかなりまとめやすい。時間にしても二秒と掛かっておらず、コーチ(ボーデヴィッヒ)からも初心者ならば上出来の一言をもらっているのだ

 ……実はこの武装の展開はかなり苦労した。俺の頭の中には無意識の内に『雪片=千冬姉の剣』という勝手な認識があったらしく、いまいち自分が雪片を使う姿がイメージが出来なかったのだ。最終的にはほーきちゃんの『雪片ではない無銘の刀を思い浮かべる』というアイデアによって改善はした

 

 「初心者にしてはまぁまぁだな。だがまだ遅い。一秒未満を目指すようにしろ。オルコットはそのポーズはやめるようにしろ。横に銃身を向けて誰を撃つ気だ?」

 

 チラリと横を確認すると奴のライフルの銃口が此方に向けられていた。危ねえ

 

 「しかしこれは私にとって必要なことで──」

 

 「直せ、反論は認めん」

 

 「──っ、はい……」

 

 叱られてしょぼんとした顔をするセシリア・オルコット。まだ言いたいことがありそうだが黙っている辺り、賢明な判断だと思う。千冬姉じゃ相手が悪かったとしか言えん

 

 「次、近接用の武装を出してみろ」

 

 「はい」

 

 気を取り直して次は近接武装……なのだが、なかなか展開が上手くいかない。それもその筈、セシリア・オルコットは近接戦闘が大の苦手なのだから。そしてとうとう焦れたのか、やけくそ気味に「インターセプター!」と叫んで展開した。代表候補生としてあるまじき失態であり、これは恥ずかしい

 

 「何秒掛かっている?お前は高速戦闘下において相手に待ってもらうつもりか?」

 

 「じ、実戦では使うまでもありませんわ!そもそもこの間合いまで相手を入れなければいいだけの話で──」

 

 「戯け、代表候補生ならば遠近の両方に対応出来て当たり前だ。武器の展開すらスムーズに行えんなら貴様は素人の織斑以下だぞ」

 

 えげつねえなぁ千冬姉。プライドの高いセシリア・オルコットに素人以下とか……まぁ奴も代表候補生なんだし展開くらいはキチンとしてなきゃ格好もつかんだろうに。ただでさえこいつは立候補した時に盛大にやらかしているのだから、これ以上の失態は流石に……ねぇ?

 

 「……っと、どうやら時間のようだな。各自次の授業に遅れんよう素早く着替えを済ませるように。それでは解散!」

 

 おっと、どうやらもう終わりの時間のようだ。蜘蛛の子を散らすように去っていく生徒達を眺めながら白式から降りる。すると此方へやって来る子達が数人……いつもの二人に布仏さん、谷本さんに鏡さんだ

 

 「織斑君お疲れ様~」

 

 「おりむー、かっこよかったよ~!」

 

 「お疲れ様、織斑君」

 

 布仏さん中心の三人による労いの言葉が身に染みる。別に褒めて欲しくてやってる訳じゃねえが、それでも褒めてもらえるのは素直に嬉しい。昔っから千冬姉と比べられてばっかだったから、褒めてもらえる機会もなかなかなかった訳だし……

 

 「ありがと、皆。ほーきちゃん、ボーデヴィッヒ、どうだった?」

 

 三人に礼を言い、特訓に付き合ってくれた二人に感想を求める

 

 「私としては上手くやれていたと思うぞ。武装の展開も最初に比べれば随分速くなっている」

 

 「武装の展開については及第点だ。だが操縦系はまだまだ雑な部分も多い。今後の特訓にはさっきの急上昇と急降下、それに完全停止も加えるぞ」

 

 「……了解」

 

 こりゃまた厳しくなりそうだ。ボーデヴィッヒとする特訓は何も特別なことはしていない。基礎的な動きを繰り返し練習する、それだけだ。ただ、その繰り返す回数が想像よりも一桁多いのでかなりハードとなっているだけなのである

 はじめの頃はとにかく筋肉痛が酷いし、特訓後は気分悪くて食欲も出ないと散々だったが、最近になって漸く馴れ始めていた。そこに新しくメニューが追加されるとなると……おぅふ、考えるのも恐ろしい

 

 「えへへ~、ラウラウってなんだか織斑先生みたいだね~」

 

 「……私が、きょう……織斑先生と?」

 

 そう言いながら呆けた表情を作るボーデヴィッヒ。こいつがこんな顔をするなんて珍しいな、流石布仏さん

 

 「うん、おりむーに厳しいところとかそっくりだよ~」

 

 「うんうん、確かにそうかも!」

 

 「雰囲気とかなんとなく似てるよね」

 

 谷本さんと鏡さんも同意し、ボーデヴィッヒを囲んでキャイキャイとはしゃぎ始める。当人は迷惑そう、というより困惑したような様子だ。時折向けられる「なんとかしてくれ」と言わんばかりの視線に思わず頬が緩む

 

 「……楽しそうだな、ボーデヴィッヒは」

 

 いつの間にか隣に立っていたほーきちゃんがしみじみと呟く。彼女は成長する子供を見るような、とても優しい目をしていた

 

 「へぇ……俺には楽しそうってか困ってる感じに見えるけど?」

 

 「それはきっとどう接すればいいのか分からないだけだ。私には今のボーデヴィッヒの気持ちがなんとなくだが理解出来るよ」

 

 私も人付き合いはあまり得意ではないからな、とほーきちゃんは笑う。人と関わることに馴れていないからどう対応すべきなのか分からない、今のボーデヴィッヒを表すならこういうことなんだろう

 その後、本格的にボーデヴィッヒが助けを求めてくるまで、俺達は揉みくちゃになる彼女の様子を見守っていた

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「……ここがIS学園」

 

 その夜、一人の少女がIS学園の正面ゲート前を訪れていた。時折吹く夜風に艶のあるツインテールが揺れる。その鋭い目には不安と期待が混じりあった複雑な感情が浮かんでおり、学園への一歩がなかなか踏み出せないでいた

 

 「えっと……受付、だっけ?」

 

 上着のポケットから一枚の紙切れを取り出しながら少女はぼやく。受け取った際に慌ててしまったせいか、紙には至るところにシワが出ていた

 

 「ん~……こんなんじゃよく分かんないわよ、もう。出迎えもないし自力で探すしかないか……」

 

 大きな溜め息を一つ溢し、観念したかのように学園への大きな一歩を踏み出す。敷地内を大股で歩きながら辺りを見回し、目的地である本校舎を探して移動していく。案内板の一つでも入口に置いときなさいよ、と少女は若干の苛立ちを込めて愚痴った

 

 「(……駄目ね。時間も時間だから生徒とかもいないし……)」

 

 時刻は既に八時過ぎ、生徒達は基本的に寮の部屋にいる時間帯である。とりあえず明かりのある校舎に行こうと少女は決める。そこで誰かを捕まえ案内してもらおう、我ながらいいアイデアじゃないかと彼女は一人得意顔を浮かべた

 足取りが軽くなった少女だが、不意に幾つかの生徒らしき人影が前を歩いていることに気が付いた。手から下げられた袋から何かを買いに出ていたのだろうか。なんにせよ校舎まで行く手間が省けたと少女はニヤリと笑い、此方に気付いていない生徒に声を掛けようとして……聞こえてきた言葉に足を止めた

 

 「ていうか、あれってまだ学園にいるの?」

 

 「あれ?」

 

 「例の男よ。千冬様の弟なのにびっくりするぐらい弱くて生意気な奴。なんでさっさと退学しないのかしら?」

 

 「やっぱりあれじゃない?世界で唯一男でISを動かせるから……」

 

 「男がISなんて使えなくていいわ。さっさとモルモットになるなりして消えちゃえばいいのに。そうすれば学園の皆が喜ぶんだからさ」

 

 「流石にそれって言い過ぎじゃない?学園の皆ってそんなに嫌われてるの?」

 

 「知らないの?クラス代表を決める試合では相手のシールドエネルギーを1も削れずに惨敗、アリーナで毎日練習してるみたいだけどかなり下手くそで、見てる方がムカつくくらいなの。あんなのが弟だなんて千冬様が可哀想だ、って皆言ってるわ。そのくせに専用機なんて持ってるし……百害あって一理なしの存在よ、あの男は」

 

 「嘘~!ありえないって~」

 

 「(どういう……ことよ……!?)」

 

 少女は絶句してその場に立ち尽くした。我に返った時には既に先程の生徒達はいなくなっており、辺りは異様なまでに静まっていた

 少女の頭にはある一人の少年が浮かんでいた。いつもなんでもないようなヘラヘラとした笑みを張り付けた、それなりに整った顔つきの少年だ。数年前までいつも行動を共にしており、およそ一月前に世界中を震撼させた少年

 

 少女にとって、この世で何よりも大切な存在

 

 そして、予想が間違っていなければ先程話題となっていた男のことだった

 

 少女は優れた身体能力で一目散に目的地へ駆け込んでいた。奇跡的にも一度も迷うことなく、である。そして転校の手続きなどお構いなしに、酷く狼狽した様子で事務員の女性に詰め寄った

 

 「あのっ!()()()()に何があったんですか!?」

 

 詰め寄られた事務員の女性はその慌てぶりに当然困惑する。だがそこは大人の対応で一度少女を落ち着かせ、それから織斑一夏の話に移った。指を一つずつ折り曲げて思い出すように少女に語る。少女の願い通り、知っていることを包み隠さずに

 

 

 

 彼が一年一組の所属であること

 

 世界で唯一ISを動かせる男でありまた織斑千冬の弟でもあるため、瞬く間に学園中の生徒の注目の的となったこと

 

 クラス代表に推薦され、自薦したイギリスの代表候補生とISバトルをすることとなったこと

 

 当日になって専用機が渡されたこと

 

 だがその試合ではまともに移動することすら出来ず、相手のシールドエネルギーを1も削れずに惨敗したこと

 

 それ以来、生徒達の彼を見る目が好奇のものから嘲りのそれに変わったこと

 

 「織斑先生の面汚し」、「出来損ない」等の言葉を受けていること

 

 いくら先生が注意しても全くそれらの消える気配がなく、実際に彼への虐めを行う者もいること

 

 

 

 全てを聞き終えた少女はボロボロと大粒の涙を流した。()()()()()()()()()()()()。受付の前で彼女は泣きじゃくりながら何度も訴えた。一夏は悪くない、出来損ないなんかじゃない、姉の付属品でもないと。それを聞く女性もまた彼女の言葉に何度も頷いた

 結局、少女が泣き止んで手続きを終える頃には九時前となっていた。手続きは完了しました、頑張ってくださいね。そう言って微笑む女性に少女は赤く腫れた目も隠さずに尋ねた。二組のクラス代表は誰なのか、と。女性は質問の意図を理解出来ず、首を傾げて理由を問う

 

 少女は……凰鈴音は答えた

 

 「変わってもらうんですよ。一夏の仇は……私が討ちます」

 

 その言葉に、腕につけられた黒のブレスレットが鈍く光った

 

 




 長くなっちった。もう少し短くまとめられたらなぁ

 という訳で鈴ちゃんの登場です。セカン党の皆様、お待たせ致しましたァ!暗い話が多いのでのろけ話の一つでも書きたいもんですね……リンチャンカワイイ

 感想、ご意見等お待ちしております


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9話 ワンサマー、再会する②

 難産でした。くそぉ、これが作者の限界か……!

 お気に入り登録数が300越えました。皆様ありがとうございます

 注意 今回はやたら三点リーダが多いです、読みにくかったら申し訳ありません


 夢を見ていた。今から一年ほど前の夢だ。ずっと続くもんだと思っていた時間が唐突に終わりを告げた、あの別れの時の夢だった

 

 俺の前には一人の少女がいる。彼女の名前は凰鈴音。小学五年の頃に中国からやって来た子であり、その時から俺にとって数少ない心の底から信頼をおける存在。また世界で一番大切な少女だ。人をぐいぐいと引っ張っていくような活発な性格で、笑った時に覗く八重歯が最高にキュートだった

 

 そんな彼女が今、涙目になって此方を見ている

 

 「やっぱり嫌……あたし、一夏と離れたくない……!一夏と、弾と、まだ一緒にいたいよぉ……!」

 

 「鈴……」

 

 自分の意思に反して口は勝手に動く。これは夢だ、あの時のことをただ繰り返しているに過ぎない。まるで録画された映像のように。違うところがあるとすれば俺と鈴以外の人がいないことだろうか。とにかく、俺はそんなシーンをただただ織斑一夏の内側から覗いていた

 俺……いや、一夏は震える鈴をぎゅっと抱き締めた。壊れ物を扱うように優しく、壊してしまうほど強く、彼女の体を抱き締める。まるで泣きじゃくる子供をあやすように頭を撫で、離ればなれになってしまう彼女の温もりを決して忘れぬよう、自らの体に刻み付けた

 

 「……ねぇ、一夏」

 

 「なんだ……?」

 

 「約束、して……」

 

 鈴が一夏の耳元で囁く

 

 「あたし、もっと頑張る。もっと頑張るから……だから、料理が今よりももっと上手くなったらさ、毎日あたしの酢豚を食べてくれる……?」

 

 すがるような鈴の言葉に一夏は躊躇いなく頷いた。彼女を抱き締める腕に更なる力が込められる

 

 「……あぁ、食ってやるよ。酢豚でもなんでも、鈴が作るもんなら全部食ってやる。望むんならいつまでも傍にいてやる。だから……笑ってくれ。俺は笑ってる鈴が好きだからな」

 

 「……ありがとう一夏、大好き……!」

 

 涙で顔がくしゃくしゃになりながらも、それでも鈴は笑顔を作った。俺が好きな人懐っこい笑顔だ。そんな彼女に一夏は自らの唇を重ねる。別れの間際になって笑った彼女が堪らなく愛しくなって、確かにこうしてキスをした思い出はあるが……こうやって見せつけられると此方が恥ずかしくなってくるな

 目覚めが近いのか、だんだんと意識がフェードアウトしていく。そんな中で俺が最後に見たのは、ゲートの向こうに消えていく鈴の後ろ姿だった

 

 

 

 あの別れから一年と少し、俺はまだ彼女に会うことが出来ていない

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「ねえ、そういえば聞いた?二組に転校生が来るって話」

 

 朝食の時、不意にそんなことを呟いた谷本さんに俺達四人の視線が集まる。因みにそのメンバーはいつもの俺、ほーきちゃん、ボーデヴィッヒ、鏡さんだ。布仏さんは同室の子と食べているようでここにはいない。確か……四組の生徒だったか?一度見たことがあるが眼鏡を掛けた水色の髪の子だった気がする

 

 「転校生?まだ四月なのに?」

 

 「うん、今朝先生が話してるのを聞いた子がいるんだって。中国の代表候補生……だったかな?とにかく転校生なの」

 

 鏡さんの問いに谷本さんが答える。中国の代表候補生……ねぇ。そういや鈴は中国でISのことを学んでるっていつか電話かメールかで言ってたっけ?俺の頭にその転校生は鈴じゃないかという考えが過るが、そうであるなら代表候補生に選ばれた時に何かしらの連絡を寄越してくる筈だ。きっと転校生は鈴じゃねえんだろう

 しっかしどうも今朝から鈴の顔が浮かぶな。最近連絡がとれてないからだろうか?電話しても出るのは知らねえ女だったし、そう考えると俺は一ヶ月近く彼女と話していないことになる。あんな夢まで見るってことはあれか、禁断症状ってやつか

 

 「……大方、男性操縦者である織斑に接触させる政府の差し金だろう。代表候補生ならば転校という形で強引にでもIS学園に送ることが出来るからな」

 

 もっきゅもっきゅとホットドッグをかじるボーデヴィッヒの言葉に寒気が走った。何それ怖い。クラス違うのに接触してくるとかマジで迷惑なんだけど。厄介事の予感しかしねえって……

 

 「そう気を落とすな一夏。まだその転校生とも会ってすらいないのだぞ?」

 

 「そうは言ってもさぁ……はぁ」

 

 溜め息と共に残った白米を口に放り込む。はっきり言って何か思惑があって近付いてくるような奴と一緒になんかいたくねえ。そんな奴といてもつまらんだけだし息も詰まるってもんだ

 

 「……ふぅ、ご馳走さんでした」

 

 「え、織斑君もう食べ終わっちゃったの!?」

 

 「流石男の子だね……」

 

 驚いたように声を上げるクラスメイト二人だがそんなにびっくりするだろうか?確かに同じ定食を頼んだほーきちゃんはまだ食べているが、別にこのくらいは普通のスピードだろう。てか、朝飯は結構しっかり食べるタイプの俺からすればむしろ二人の方に驚きなんだが。そんな少しの朝飯で午前中をやっていけんのかね?

 

 「そんな量で腹減らねえの?俺なら絶対無理だね」

 

 「わ、私達は……その……ねえ?」

 

 「う、うん。これくらいで大丈夫なの……」

 

 あははは、と誤魔化すように笑う谷本さんと鏡さん。女子ってのは大変だなぁ。と、感心している間にほーきちゃんも食べ終わったようだ

 

 「ご馳走様でした。待たせてしまったか?」

 

 「別に大丈夫。じゃ行こうか」

 

 「ボーデヴィッヒさん、一時間目ってなんだっけ?」

 

 「IS基礎理論だな、担当は確か織斑先生の筈だ」

 

 「うわぁ……一時間目から大変。しっかりしなくちゃ」

 

 俺達は口々に思いを口にしながら教室へと足を運んだ。学生寮の食堂から校舎まではたったの50メートルであり、登校時間はなんと僅か数分で済む。でもまぁ短すぎて食後の散歩には少し物足りないような気もするが……

 そして歩くこと数分、俺達のクラスである一年一組の教室が見えてきたのだが、なんというか……挙動不審な生徒が教室の前をうろうろとしていた。頭の少し高いところで結ばれたツインテールに小柄な体格。改造された制服は大胆にも肩の部分が露出している。後ろ姿だけだが一度見ればまず忘れないくらいの姿だ。にも関わらず俺の記憶にないということは、もしかすると彼女が件の転校生なのだろうか?その背中に何故か鈴の影が重なり、俺は思わず足を止める

 そんなことを考えている間に俺達の視線に気が付いたのか、その転校生?がゆっくりと此方へと振り返った。その際にふわりとツインテールが揺れ、なんとなくその姿がまたも鈴を彷彿させる

 

 

 

 そして……その目が見開かれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一……夏……?」

 

 「鈴……なの……か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が震える。予想外のことに脳の動きが疎かになり、思考が全くついてこない。目が限界まで見開かれ、まるで全身が石にでもなったかのような錯覚に陥る

 

 何故?

 

 何故?どうして鈴がここにいる?

 

 考えても答えの出ない問い掛けが頭の中を駆け巡る。周りの皆が何か言っているようだがそれさえも聞こえない。俺の中だけ時間が止まってしまったかのようだ

 茫然自失となった俺を現実に引き戻したのは突然自らの胸部を襲う衝撃だった。気付いた時には既に遅く、そのまま倒れて尻餅をつく。臀部に発生した鈍い痛みに情けない呻き声が溢れるがそんなものはすぐに消し飛んだ

 

 「な~に情けない顔してんのよ!」

 

 見上げればそこには此方を見下ろす鈴がいた。俺の記憶にある彼女がいつも浮かべていたような、自信ありげで人懐っこい微笑みをしている。差し出された手は俺へと向けられており、早く掴めと言われているようだ

 

 

 

 そこで漸く、漸く俺は鈴が目の前にいることを認識した。夢でもなんでもなく、彼女はここにいるということを

 

 

 

 「……あぁ、悪ぃな。よっと……!」

 

 途端に胸の内から溢れそうになる懐かしさを感じながら、差し出された手をとってゆっくりと立ち上がる。暫く会っていなかった筈だが以前と比べて彼女はあまり変わっていなかった。肩の辺りまで伸びた髪も、黄色のリボンで結ばれたツインテールも、俺よりもずっと小さい身長も。それがまた鈴が帰ってきたという事実を俺に伝えていて嬉しかった

 

 「一年前ぶりね、一夏」

 

 「あぁ。久しぶりだな、鈴。あんまり変わってねえようで嬉しいぜ」

 

 「ちょっとそれどういう意味?子供っぽいってこと?これでも結構女磨いてきたんだけど」

 

 「違えよ、あの頃みてえに可愛いままだったから安心したって言ってんだよ」

 

 「そう、なら許したげるわ」

 

 ニッと鈴がいつもの笑みを浮かべる。俺が好きな笑みだ。緊張で話せねえかと思ったが案外そうでもないらしい。他愛ない言葉が次から次へと口から出ていき、彼女との会話になっていく

 そして随分と話し込んでしまったらしく、気付けば一時間目が始まる直前となっていた。そろそろ戻らなければ大変なことになるかもしれねえ、何せ一時間目の担当は千冬姉みたいだからな。授業があるのは生徒である鈴も同じであり、「また後で」と一言を残して隣のクラスに戻ろうとした。そんな彼女を俺は呼び止める

 

 「鈴」

 

 「……?何よ?」

 

 「言い遅れた──

 

 

 

 ──お帰り、鈴」

 

 

 

 

 「ぁ……えぇ!ただいま!」

 

 満面の笑みに此方もつられて笑って見せる。教室へ戻っていく鈴の後ろ姿を見送ってから振り返れば唖然としている皆の姿があり、それが可笑しくてつい笑いが込み上げてきた。こんな愉快な気分になったのも随分と久しぶりなことだった

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 昼休み、女子達の情報網ってのは一体どうなってんのかねえ、と俺は机に頬杖をつきながら考える。俺と転校生である鈴が知り合いであり、おまけに仲がかなり良さそうであるという噂は、短い休み時間の間に学園中へあっという間に広がった。入学当初の頃のようにヒソヒソ話が其処ら中で囁かれまくり、普段以上の好奇の視線からかなり過ごしにくい午前となった

 

 「ったく、勘弁してくれよな……」

 

 「でもびっくりしたよ。織斑君と……凰さん?が知り合いだったなんて」

 

 「俺としちゃ鈴が代表候補生だったことに驚いたって。あいつ、今までそんなこと一言も言わなかったんだぜ?」

 

 谷本さんにそうぼやいているとガラリと教室の扉が開かれた。そしてそこからひょっこりと顔を出すのは当然鈴だ。教室中の注目が集まる

 

 「一夏、食堂行きましょ」

 

 「分かった、ダチ何人か一緒でもいいか?」

 

 「友達……いたんだ……」

 

 割りと真面目に驚かれた。失敬な。いやまぁ中学時代があんなんだったから驚くのも無理はないかもしれねえが……それにしても酷えわ

 そんな訳でいつものメンバー……といきたかったところだが、谷本さんと鏡さんは既に約束があるらしく無理だったので、ほーきちゃんとボーデヴィッヒ、布仏さんの三人を誘って食堂へと赴く。悪名高い男性操縦者はいつも通りかなり目立ち、あちこちから何事かと強烈な視線を浴びる。その度に鈴が顔をしかめるので宥めるのが意外と大変だった

 食堂に着くと鈴は感心したような声を上げていた。料理屋の娘として思うところでもあるのだろうか。各々自分の昼食を注文して受け取り、運良く見つけられた丸いテーブル一つに座っていく。並びは俺から時計回りに、鈴、ボーデヴィッヒ、布仏さん、ほーきちゃんだ

 

 「いただきます」

 

 「「「いただきます」」」

 

 「え……い、いただきます!」

 

 全員が席についたことを確認してから手を合わせる。俺達にとっては最早いつものことだが、鈴だけは慌てて手を合わせ直した

 

 「さて……なぁ鈴、どうして代表候補生になったのを黙ってたんだよ?」

 

 食事が始まったのを皮切りに俺は鈴に問い掛ける。ラーメンを食べる彼女の手が止まった

 

 「ん~……まぁサプライズよ。黙ってた方がびっくりするかな~、って」

 

 次、あたしから聞いていい?と言いながら鈴は俺のラーメンを自然な流れでとっていく。俺もそれに返事をしながら鈴のラーメンに箸を入れた

 

 「なんでISなんて動かしちゃったのよ?あたし、初めて見た時思わずラーメンを吹き出しかけたんだから」

 

 「年頃の女の子が何やってんだよ……なんで動かせたのかなんざ、俺の方が聞きたいくらいだ。本来なら今頃弾と一緒に藍越学園ライフをエンジョイしてる頃だってのに……」

 

 溜め息を溢しなからチャーシューを持っていこうとした鈴の箸を全力で止める。麺くらいなら許せるが流石にそれは許せんぞ。てかお前のとこにもあるだろチャーシュー

 

 「そ、それにしても驚いたわ。まさかアンタにこんなに友達がいたなんてね~……」

 

 チャーシューを諦め、同じテーブルを囲む面々を一瞥した鈴が感慨深そうに呟いた

 

 「っと、まぁな。俺には少し勿体ねえくらい皆良い奴ばっかりだ」

 

 「そこまで言うんだ。あ、そう言えば自己紹介とかしてなかったわね。今更なんだけど凰鈴音よ。宜しくね!」

 

 思い出したように皆の方へ向き直り、持ち前の人懐っこい笑顔と共に鈴は一人ずつ握手を交わしていく。こういうコミュニケーション能力の高さは素直に感心する。俺じゃとてもこういう訳にはいかんだろう

 

 「ねえねえおりむー」

 

 「ん?」

 

 「おりむーとりんりんってどういう関係なの~?」

 

 布仏さんからいつか聞かれるだろうと思っていた質問が飛んでくる。気になっていたのか、ほーきちゃんまでもが俺の方を向いた。だが俺が反応したのは彼女が呼んだ「りんりん」という渾名だ。思わずさっと鈴の方へと視線を向けると、彼女はそれに気付いてゆっくりと顔を横に振った

 

 まるで、気にしていないと言わんばかりに

 

 「……おりむー、どうしたの~?」

 

 「……あ、悪ぃ。俺と鈴の関係だったっけ?う~ん……」

 

 ここでなんと答えるのが正解なんだろうか。大人しく事実というか、素直な気持ちを伝えるのがベストなのか、はぐらかすのがいいのか。聞き耳立ててる連中も結構いやがることだし、あんまり馬鹿正直に答えるのはまずかろう

 

 「幼馴染み兼親友兼相棒、ってとこか?」

 

 「盛りすぎでしょ馬鹿」

 

 スパンと横から突っ込みが入る。強ち間違っちゃいねえと思ったんだが……残念

 

 「幼馴染みってしののんもじゃないの~?」

 

 「別に幼馴染みはこの世に一人、なんて法律はねえだろう。ほーきちゃんは小学四年の頃にいなくなっちまって、鈴が来たのは五年の頃だよ」

 

 「なるほど、すれ違いになってしまった訳か。だが小学五年の頃からの友人を果たして幼馴染みと呼べるのか……?」

 

 痛いところを突いてくるほーきちゃん。確かに際どい部分ではあるが幼馴染みの定義自体俺は知らねえし、俺が幼馴染みと言えば幼馴染みで良いんじゃねえかな。ギャルゲーによくあるような幼馴染みなんて、むしろそっちの方が珍しいっつーの

 

 「じゃあ次!二人の馴れ初めは~?」

 

 「あ~……馴れ初めね……馴れ初め……」

 

 歯切れの悪い俺の言葉に布仏さんは首を傾げた。あんまり期待されるようなロマンチックな話じゃねえし……正直、言いたくねえんだけど。と、思っていたらその質問に答えたのはまさかの鈴だった

 

 「あたしが転校してきて中国から来てすぐ、クラスメイトの馬鹿共にからかわれていた時期があったの。で、それを止めに入ったのがその日偶然日直で仕事を終えて教室に帰ってきた一夏よ。『何やってんだお前ら』ってね」

 

 「おぉ~!おりむーかっこいい~!」

 

 「まぁ止めに入ったまでは良かったんだけどねえ……」

 

 そう、止めに入ったまでは良かったのだ。ただそこからは……うん、察してほしい。複数人相手に勝てる訳ねえだろ。ほーきちゃんが「まさか……」と呟いてるが、本当にそのまさかなんだよなぁ……思い出しただけでも恥ずかしい

 

 「で、そこからは~?」

 

 「秘密よ秘密。小学校の頃は毎日遊んだりしてたけど、中学の頃は……その、色々と大変だったから……」

 

 「「……」」

 

 その意味が理解出来たのは恐らく、当事者たる俺とそれを聞いたボーデヴィッヒだけだ。聞かれたくないという空気を察したのか、布仏さんはこれ以上何も聞いてこなかった。なんとなく微妙な雰囲気が俺達のテーブルに広がる

 

 

 

 いつか皆にも俺の過去を話せたらいいと思う。でも、拒絶されたくないとも思っている。皆なら今更拒絶なんてしないと分かっているのだが、それでも俺には万が一の可能性が怖かった。

 

 もし拒絶されたら、

 

 もし見捨てられたら、

 

 ……どうやら未だに皆を信用出来てないらしい。そんな自分が嫌になり、表情に影を落とす俺の姿を鈴だけが見つめていた

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 『──そうか、鈴がそっちになぁ……』

 

 「……あぁ」

 

 『……良かったじゃねえか。再会出来てよ』

 

 「……あぁ、もう絶対離したりしねえ。絶対に、絶対にな……」

 

 夜、学生寮の屋上で俺は弾と電話していた。鈴が来たという知らせは午前の内からメールで伝えてあり、今はこうして電話で近況報告をしているところだった。最高の親友は俺達の再会を心の底から祝福してくれた

 

 『へへっ、また三人揃ったならどっかにでも遊びに行きてえな。ゲーセンでも、カラオケでも、俺ん家でも、一夏ん家でも』

 

 「だな。やるなら盛大にやってやろうぜ。鈴の帰国祝いだ、派手にやるのは当然だろ?」

 

 『ははっ!そうだな。お前らあんまり学園でイチャイチャすんなよ?羽目外しすぎるとお高くとまった女尊男卑の連中に何されるか分かったもんじゃねえからな』

 

 「分かってるよ。じゃあな、弾。またいつか会おうぜ。その時は鈴も一緒だ」

 

 『おう。一夏、色々大変だろうけど頑張れよ』

 

 「サンキュ。そっちもな」

 

 電話が終わる。ツーツーという携帯電話の音がやけに寂しい。四月も終わりが近付きだんだん暖かくなってきているにも関わらず、さっと吹いた夜風に体が震えた

 時間は既に八時半を過ぎている。前回電話をした時ほどギリギリではないにしろ、そろそろ戻らなければ恐ろしい寮長(千冬姉)によるお説教が待っている。一度溜め息を溢してから振り返り、そして足を止めた

 

 「こんなとこにいたんだ」

 

 「鈴」

 

 そいつは、鈴は軽い足取りで俺の隣にやって来た。服装は可愛らしい寝間着で、トレードマークのツインテールも下ろしていた。そして屋上から見える景色に「わぁ……!」と声を上げる

 確かにここからの景色は凄い。真っ黒な海に離れて見える東京の街。上を見上げれば少し控えめだが星だって見える。今日の月は欠けていてあまり見栄えは良くないがそれでも十分だ

 

 「ねえ一夏、あたしがいなくて寂しかった?」

 

 不意に鈴がそんなことを言い出した。いつも以上の真剣な顔つきに一瞬驚くが、俺もまたすぐに同じように表情を変える

 

 「……当たり前だ。鈴を忘れた日なんざ一日もねえ。弾と何回『鈴がいれば』って愚痴り合ったか……」

 

 「……そうなんだ」

 

 「あぁ……」

 

 実際、中学三年の時は大変だったのだ。元々三人しかいなかった輪から一人抜ければそりゃ寂しくもなるし、何よりも俺の中で鈴が占めていたウェイトが異様に大きかったのも原因の一つだ

 

 「あたしね、心配してたんだ。中学の時に酷い目にあった一夏がIS学園でやってけるのか。ここに来た時も、一夏が同じような目にあってるって聞いたから凄く不安だったの。またやさぐれてんじゃないかって」

 

 でも、と言って鈴は続ける

 

 「安心したわ。箒も、ラウラも、本音も、皆一夏を一夏として見てた。一夏が笑ってるとこなんて、凄く久しぶりに見た気がするわ」

 

 鈴は笑う。でもどうしてか、その笑顔が俺には随分と寂しそうに見えた

 

 「鈴……」

 

 「……ねえ一夏。少し……甘えてもいい?」

 

 「……あぁ」

 

 答えると同時に鈴が飛び付いてくる。薄い生地の寝間着越しに伝わる日溜まりのような体温がとても心地良い

 

 

 

 ある一点、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「ぐずっ……一夏ぁ……!会いたかった……!会いたかったよぉ……!ぐずっ……」

 

 「……」

 

 無言で俺は鈴の背中に手を回し、一年前と同じように彼女をぎゅっと抱き締める。暫く会っていなかった鈴の体はあの頃と全然変わっておらず、すっぽりと俺の腕に収まってしまった。ついつい腕に余計な力を入れようとする気持ちを抑える

 

 「寂しかった……!中国に帰っても周りは知らない人ばっかりで、お母さんも別人みたいに変わっちゃって……ぐずっ、もう嫌だよぉ……離れたくないよぉ……一夏ぁ……!」

 

 「大丈夫……大丈夫だ。俺はずっと傍にいる。約束しただろ?お前の酢豚でもなんでも食べてやるって。漸く会えたんだ、俺だって、離すもんかよ……!」

 

 泣き止まない小さな子供を落ち着かせるように、俺は鈴へと必死になって言い聞かせる。そうだ、辛かったのは俺や弾だけじゃねえ。俺達と別れた鈴だって心細かったに決まってるんだ

 

 

 

 一組の教室で鈴と再会した時、一瞬だけ彼女が泣きそうな顔をしていた理由が漸く分かった

 

 

 

 「捨てないで……捨てないで……!独りは嫌……嫌だよぉ……!お父さんがいなくなって、優しいお母さんも変わっちゃって、もう……あたしには一夏と弾しか……!」

 

 「見捨てない。俺と弾はお前の味方だ。何も心配なんてない。俺と弾がお前を裏切ったことが一度でもあったか?」

 

 ふるふると鈴は首を横に振る。俺は「だろ?」と得意気に笑ってやった。少しでも彼女が安心してくれるよう、背中をポンポンと優しく叩いて頭を撫でる

 鈴の両親は離婚した。優しかったおばさんは女尊男卑思想に染まり、今では昔のような面影は一切見当たらないのだと言う。両親のいない俺には分からないが、家族がバラバラになるという悲しみは鈴の心に深い傷を残した

 

 

 

 鈴は、何かを失うことを極端に怖れるようになってしまった

 

 

 

 「大丈夫だ鈴。お前には俺がいる。弾もいる。だから泣くな。俺は……笑ってる鈴が好きだ」

 

 「ぐずっ、ありがとう一夏……!本当に……ありがとう……!」

 

 その後、俺は鈴が落ち着くまでの暫しの間彼女を抱き締めていた。空には微かだが控えめに輝く星達が見える。誓いを立てるなんてかっこつけた真似は俺には出来そうにないが、それでもこの胸で涙を流す大切な少女だけは幸せにしたい。そんな思いを俺は星々に向けて目を閉じた

 

 




 ……これが、作者の限界です。ついでに自分がこういう話を作るのに向いていないということも分かりました。どーすんだこれ

 皆の前ではいつもの鈴ちゃんでも二人っきりになるとベッタリです。好きとか通り越して依存レベルまでいってますがその辺はご愛嬌。一夏の方もかなり鈴ちゃんに頼ってる部分もあるので実はドロッドロの両依存だったり。友人に言ったら軽く引かれました。解せる

 感想、ご意見等ございましたら宜しくお願い致します

 あと、これから更新がやや遅くなります、すみません


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10話 ワンサマー、思い知らされる

 どうも、少し多忙で遅れましたが更新です
 



 『第一試合 セシリア・オルコット(一組) 対 凰鈴音(二組)』

 

 翌日放課後、俺を含む多くの生徒は掲示板に貼り出された一枚の紙に釘付けとなっていた。クラス別対抗戦──IS学園での生活において一番最初のイベント──の対戦表だ

 

 「まさか一発目に一番の目玉があるとはなぁ……」

 

 俺はしみじみといった具合に呟く。第一試合から専用機持ちの代表候補生同士が当たることになるとは……このクラス別対抗戦が大いに盛り上がることは間違いなさそうだ

 

 「むしろちょうど良いわ。あたし、あのイギリス女をぶっ飛ばしたくてしょうがなかったから」

 

 俺の隣で対戦表を見ていた鈴が自信ありげに笑う。過去に負けたことでもあるのかと聞けば「アンタがボコボコに負けたからに決まってるでしょ」と言われ、ついでに「あんな奴に一度でも負けるもんですか」と怒られてしまった

 

 「一夏、アンタこれからどうすんの?」

 

 「いつも通り特訓だな。今日はボーデヴィッヒが茶道部らしいから一人でだけど」

 

 コーチがいなくとも出来ることはある。俺だってただ言われることだけをやってた訳じゃねえんだから。すると鈴が思わぬ提案をしてくれた

 

 「手伝うわよ?あたし専用機持ちだし」

 

 「マジか、助かる」

 

 渡りに船とはまさにこの事。迷わず即答し、未だにざわめく人混みから離れて二人でアリーナへと向かう。部活で思い出したが、IS学園の校則には生徒は部活ないし生徒会に所属することが義務付けられていたような気がする。身近な人で言うならほーきちゃんは剣道部、ボーデヴィッヒは茶道部、布仏さんが生徒会といった感じだ

 やっぱり俺も何かしらの部活動に所属すべきなのだろうか。ただ一刻も早く専用機を使いこなせるようになりたい自分には、とても部活動なんてやっている余裕はねえ。そもそも俺って何やってもパッとしねえし……昔打ち込んでいた剣道だって離れて久しいのだ

 

 「鈴は部活とかやるのか?」  

 

 「ん~……確かやらなきゃいけないんでしょ?体を動かすのは嫌いじゃないけど……面倒は嫌いね。とりあえず一夏と同じ部活にするわ」

 

 ……嬉しいんだが今の俺にはなんとも困る返事だ。俺も鈴と同じならどこでもいいんだよなぁ……と、そんなことを考えている内にアリーナへと到着した。ここで俺達は一旦別れて更衣室へと向かう。ISスーツは既に着込んでいるから制服を脱ぎ捨てるだけでいい。実に簡単だ

 その後、ピットのカタパルトから飛び出してアリーナへと飛翔する。数週間前に比べれば随分とましになったもんだが、それでもまだまだ素人に毛が生えた程度だ。上達はしているようだが、そのスピードはお世辞にも早いとは言えない

 

 

 

 強くなりたい。千冬姉の弟の名に恥じぬよう、周りからの重圧に押し潰されぬよう、俺は強くなりたい。そんな想いだけが日に日に大きくなっていく

 

 

 

 「……はぁ」

 

 『お待たせ……って、どうしたの?』

 

 プライベートチャネルから届く声に顔を上げれば、そこには赤黒い装甲を身に纏った鈴の姿があった。視界の端っこに映し出される機体名は『甲龍(シェンロン)』。肩の横に浮かぶ棘付きの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が存在感を放っている

 

 「大丈夫だ、なんでもねえ。んじゃ、早速始めるか」

 

 「……ええ、そうね」

 

 心配そうな鈴に向かって首を横に振り、小さく呟いて雪片をコールする。これが俺にとって唯一の武装。それを見た鈴もまた自身の得物を取り出した

 

 「ふぅん……いきなりやり合おうって訳?」

 

 「いや、その前に少し俺と打ち合って欲しい。俺が今から打ち込むから鈴はそれを……」

 

 「防げばいいのね?分かったわ、それじゃ全力で来なさい。でないとあたしに一撃当てるなんて絶対無理だから」

 

 それは挑発でもなんでもない事実だった。僅か一年の年月で専用機を手に入れた彼女がどれだけ優れているのかなど、わざわざ説明するまでもないだろう。故に、俺も全力で鈴を斬るつもりでいく

 

 「いくぞっ!」

 

 「掛かって来なさい!」

 

 俺はスラスターを噴かして一気に鈴へと突っ込んだ。白式は装甲が薄い分スピードを出せる。先手必勝と意気込んで振り下ろした一撃、しかしそれは甲龍の持つ青龍刀『双天牙月』によって難なく受け止められた。ならばと更にスラスターの勢いを上げて甲龍を押すが、ギチギチと金属音が鳴るだけで本体はびくともしない

 

 「くっ……!」

 

 「スピードはあるみたいだけど……それだけじゃこの甲龍は倒せないわよ!」

 

 「ちっ、だったら!」

 

 一度雪片と引き、今度は縦横斜めのあらゆるアングルから振るった。辺りに高音が立て続けに響く……が、俺の攻撃は全て双天牙月によって防がれており、甲龍のシールドエネルギーを減らすことは叶わなかった。ハイパーセンサーが鈴のまるで堪えていない涼しそうな顔を捉える

 

 「そんな雑な攻撃、効く訳ないでしょう!」

 

 そんな叫び声と共に放たれた素早い()()が俺に突き刺さる。腹部に走る衝撃に酸素が一気に吐き出された

 

 

 

 ……って、反撃されたぞおい!

 

 

 

 「がっ……!?」

 

 「まだまだぁ!」

 

 さっきと一転して守りに回った俺だが迫り来る二つの双天牙月に翻弄され、少しずつシールドエネルギーが削られていく。二つの得物という手数の多さに防御が遅れている。絶え間ない猛攻に息が乱れ始め、その遅れが更に顕著となってきた。最早「待ってくれ」と言える余裕はない

 

 「はぁ……!はぁ……!」

 

 「悪いけどこの程度じゃ終わらないわ。へばってる暇なんてないんだから!」

 

 隙を見てなんとか距離をとったものの、体勢を立て直す暇なくすぐに詰められた。振り下ろされた強烈な一撃を雪片で防ぎ、すぐさまやって来る二撃目を全力で回避する。パワーで押される以上防御は悪手、ならば避ける他に道はない。これまで倒れるくらい繰り返してきた動作面での特訓、その成果をここで出さなければ確実に負ける。俺は反撃を諦め回避に可能な限りの意識を集中させた

 

 

 

 速く、もっと速く反応しろ。先の動きを読め。目を見開いてよく見ろ。こんなんじゃ、いつまで経っても俺は……!

 

 

 

 「う、ぉおおおおお!!」

 

 「やぁああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらい時間が……いや、大体二分から三分程度か。白式のシールドエネルギーは八割近く減少し、装甲のあちこちが凹み潰れていた。そして対する甲龍はほぼ無傷に等しい。まぁ途中から攻撃を諦めてたんだから当たり前っちゃ当たり前か。意識の大半を回避に向けていたし

 

 「……ごめん、訓練の内容忘れてた」

 

 「……だろうな」

 

 ゆっくりとアリーナの地面に降り立ち、展開していた雪片をしまう。全く、こうも歯が立たねえとはつくづく代表候補生ってのはとんでもねえ存在だ。まぁ俺が弱すぎるってのもあるが……手を抜かれていたとはいえ、一先ずはそんな存在と刃を交えるところまでいけた自分を褒めるべきか?

 

 「大丈夫、一夏?あたし、結構やりすぎちゃったかな……」

 

 「特訓なんだ、気にしないでくれ」

 

 暗い顔をした鈴へ平気だと笑った。特訓なんだがやっぱりあそこまで一方的にやられるとなかなかキツイ。ボーデヴィッヒのメニューをこなしていたのだし、驚かせることくらいは出来ると思ってたんだが……現実はそう甘くねえってことかよ

 

 「……こりゃ、反省会だな」

 

 重くなる気持ちを振り払うように飛び立ってピットへと戻る。ISの展開を解除すれば、操縦者保護機能によって誤魔化されていた疲労や不快感がどっと押し寄せてきた。頭痛と眩暈に足を止め、支えを求めて近くの壁に手をつく。金属の壁から伝わる冷たさがやけに痛い

 

 「くそっ……」

 

 思わず悪態が飛び出た。この程度でへばってる訳にはいかねえってのに

 

 「大丈夫一夏、肩とか貸す?」

 

 「いや……いい。だいぶましになってきた」

 

 「……嘘ね。強がりは別にいいけどそんな様子じゃ説得力ないわよ。ほら、さっさと腕出して」

 

 止める間もなく鈴は俺の腕を肩へと持っていき、そのままゆっくりと歩き始める。仮にも男子高校生一人の体重を支えている筈なのだが、その足取りは異様なくらいしっかりしている。一体この小さな体のどこにそんな力があるんだか……

 

 「ねえ一夏」

 

 「……?」

 

 「あんまり、自分を追い詰めないでね。出来ないとか、情けないって責めるのは、凄く辛いことだから……」

 

 それは、昔から鈴がよく言っていた言葉だった。千冬姉と比べられ、結果を残せなかった俺への慰めの言葉。俺は俺であれ、千冬姉になる必要はないんだと、彼女はそう教えてくれた。今まで離れていたせいか、随分と久しぶりに聞いたような気がする

 

 「……ありがとう、鈴」

 

 ポツリと小さく呟く。それを聞いた鈴は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 シャワーの音が室内に響く。強い勢いで流れ続けるそれを頭から浴びながら、俺はぼんやりとこれからのことを考えていた。今の自分に必要なものはなんなのか、そう考えた時真っ先に浮かんだ答えが、まるで漫画やアニメに出てくる噛ませ犬のようで思わず自嘲する

 

 「(強さ……か)」

 

 あらためて今の自分という存在を客観的に見てみる。ISを動かせる男であり千冬姉の弟。ISに乗る者なら誰もが憧れる専用機を持っているがその実力は低く、同じ専用機持ちのセシリア・オルコットや鈴に遠く及ばない。これじゃ生徒達のヘイトが集まるのも当然だ

 

 「(強く、なりたい……)」

 

 誰にも負けない力が、誰にも馬鹿にされない力が、大切な人達を守れる力が、その笑顔を守れる力が、俺が俺でいるための力が欲しい。いくら正論を並べたところで力がなければそれは戯れ言と同じだ。力なき者に一体何が出来る?

 

 「(……なら、何をすべきだ?)」

 

 強くなりたいと望むだけでは現実は変わらない。不貞腐れていたってしょうがない。強くなるため、俺に出来ることはなんだ?

 

 「(……駄目だ。練習とか訓練以外の選択肢が見つからねえ)」

 

 溜め息が溢れた。やはり近道はないらしい。あの天才の鈴ですら代表候補生となるまでに一年近い年月を有したのだ、まして特に才のない俺が数日で強くなろうなんざ、厚かましいことこの上ねえ話だ

 更衣室に備え付けられていたシャワー室から出て体を伝う水滴をタオルで拭き取っていると、シャワーを浴びるために外した待機形態の白式が目に入った。白いガントレットが電灯の光を浴びてキラリと輝く

 

 

 

 白式

 

 千冬姉と同じ剣と力を持つ俺の専用機。名の通り純白の装甲をした騎士を思わせる機体。どういう訳かその性能はセシリア・オルコットのブルー・ティアーズよりも高いらしいが、乗り手である俺の技量不足によりその性能を引き出すことは出来ていない

 

 

 

 確かに白式はピーキーな機体だ。ブレオンとか何事だよと思うし、とても素人が扱えるようなISではない。いや、素人でなくともこれを使いこなすことは難しいだろう。何せこいつは、あの千冬姉の力を持っているのだから。宝の持ち腐れもいいとこだ

 

 だがしかし、仮にその力を余すことなく使うことが出来たなら?

 

 かつてのモンド・グロッソで見た、千冬姉と同じ戦い方が出来たなら?

 

 「(そうなったら……きっと……)」

 

 誰も俺を馬鹿にしない。誰も俺を「織斑千冬の付属品」と言わない。今みたいに惨めな気持ちになることもなければ、大切な人だって守れる。そんなもしものことを想像しながら俺は白式を右腕に装着し、水滴の残る腕で着替えへ伸ばした

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 五月第二週目、クラス別対抗戦当日、異様な程に賑わうアリーナの客席に俺は立ち尽くしていた。一年生のイベントだというのに二年生や三年生らしき姿もよく見つかる。そんな観客全員に言えることは、試合が始まることを今か今かと待っているということだろうか。ボサッとしてるとざわめく会場に圧倒されてしまいそうだ

 

 「おりむー!ここだよ~!」

 

 不意に俺を呼ぶ声の方を向けばいつものメンバーが既に席を確保してくれていた。ありがたい。俺は彼女達のところへ行くべく、人混みの中をなるべく慎重に進んだ。うっかり見知らぬ生徒の触ってはいけないところを触って騒ぎになるのはごめんだからな

 

 「お待たせ……って、おおっ!最前列とか特等席じゃんか!」

 

 「えへへ~、凄いでしょ~」

 

 得意気に笑う布仏さん。こんな一番いい場所を複数確保するなんて一体どんな手段を使ったのか。まぁ今はそのご厚意に甘えさせてもらおう。俺は彼女に礼を言ってから空いていた席に座った

 

 「それにしてもすげえ人の数だなぁ……」

 

 「それはそうだろう。今から行われるのは中国とイギリスの代表候補生同士の試合だ。しかもお互いに専用機持ち、学園の生徒なら気にならない方がおかしいくらいだ」

 

 何気なくぼやいた言葉にほーきちゃんの一言が突っ込まれる。そこに食いついたのは谷本さんだ

 

 「織斑君は凰さんとオルコットさん、どっちが勝つと思う?」

 

 「そりゃあ鈴……と言いたいところだが、果たしてどうなるのか分からんね。セシリア・オルコットも強いからな」

 

 やはりあのBT兵器、ビットは驚異だ。映像でしか見たことはないが、四方向から牙を剥くレーザーに対処出来なければ、流石の鈴であっても厳しい試合になるだろう。鈴には鈴で()()()()もあると言っていたが……それが鍵になるかもしれねえな。とまぁ、素人に聞かれてもよく分からんので詳しい人に聞いてみようか

 

 「ボーデヴィッヒはどっちが勝つと思う?」

 

 「……?」

 

 突然話題を振られたせいか、一瞬だけポカンとした表情をボーデヴィッヒは作った。なんだかんだで彼女も随分表情豊かになったな。少し過去を聞いた身からすれば嬉しい限りである

 

 「どうよ?」

 

 「む……簡単に言うなら接近すれば凰が勝ち、逆に接近させなければオルコットが勝つだろう。操縦技術に関しては二人にそこまで大きな差はないように思える、故にどちらが早く自分の得意な間合いに持っていくか、それ次第だと私は考える。ただ安定性重視の凰に比べ、オルコットのBT兵器は奴のイメージに依存している。何かしらの方法で動揺を誘われれば不利になるのはオルコットだな」

 

 おぉ~、と周りから関心の声が上がり、今度は少し気恥ずかしそうな顔をして咳払いをした。ホント表情豊かになったな、ボーデヴィッヒ

 

 「見ろ、オルコットだ」

 

 ほーきちゃんの一言に皆がアリーナの方を向く。まるで海のような蒼のカラーリングに備えられた大型のライフル。間違いない、セシリア・オルコットとその専用機、ブルー・ティアーズだ。その姿を見た瞬間、脳内に惨敗した記憶が蘇って思わず鳥肌が立つ

 程なくしてもう一人の主役、鈴もまたアリーナへと飛び出してきた。その顔つきはいつにも増して真剣だ。役者が揃ったことによりアリーナは一気に盛り上がり、あちこちから声援やらが飛び交うようになった

 

 『楽しみにしていましたわ、凰鈴音さん。今日この時を』

 

 セシリア・オルコットの声がアリーナに響き渡る。俺達にも聞こえていることからどうやら開放回線(オープン・チャネル)による会話のようだ。先程まで騒がしかったアリーナが嘘のように静まり返り、皆があいつの言葉に耳を傾ける

 

 『クラス代表同士、代表候補生同士、正々堂々と戦いましょう』

 

 『……あ、そう。どうでもいいわね、そんなこと』

 

 心底どうでもよさそうな鈴の様子に俺は昔を思い出す。気に入ったことにはとことん夢中になる彼女だが、逆にどうでもいいことには本当に興味を抱かないのだ。当たり前のことかもしれないが、鈴の場合はそれが顕著だった。今頃鈴はあの鋭い目でセシリア・オルコットを睨み付けていることだろう

 

 『あたしがやることはたった一つ。アンタに負けた一夏の代わりにアンタを倒す、そんだけよ。代表候補生だとか、そんなの関係ない』

 

 『一夏……あぁ、あの男ですか。分かりませんわね、あの男のどこに執着する理由があるのか。私には到底理解出来ませんわ』

 

 『別に理解しなくてもいいわよ。してほしくもないし』

 

 そう言いながら鈴は双天牙月を両手に構えた。こんな皆が見てる前で話題に出されると恥ずかしいな。まぁ今更な気もするけど……

 

 『そうですか……では……』

 

 セシリア・オルコットのライフル、スターライトmkⅢが鈴を捉える。そのタイミングで、見計らったかのように試合開始を告げるブザーが鳴った

 

 『お別れですわね!』

 

 俺の時と全く同じ、始まりと同時に奴のライフルが放たれる。両者の間にある距離は僅か五メートル、一秒足らずでアリーナの端から端に到達するライフルの前には無いに等しい距離だ。蒼い光のレーザーが甲龍に突き刺さる……寸前、鈴は素早く機体を旋回させて直撃を免れた。その凄まじい反射神経だ、俺を含め、そしてボーデヴィッヒを除いた皆が唖然とする

 

 『やぁああああああああああ!!』

 

 『ブルー・ティアーズに近接武器で挑むとは!代表候補生が聞いて呆れますわ!』 

 

 アリーナを縦横無尽に飛び回りながらライフルを撃ちまくるセシリア・オルコット。対する鈴は迫り来るレーザーをかわし、そして双天牙月で斬り払いながら追いかける。それらの応酬には一瞬の隙もなく、また無駄もなかった

 

 

 

 レベルが違いすぎる、俺は目の前の光景を見ながら戦慄した

 

 

 

 「(それが専用機の動きだと……?じゃあ俺はなんだ?俺がしてきたことは……一体……)」

 

 俺が愕然としている間にも試合は続く。このままライフルを撃ちまくるだけでは倒せないと判断したのか、ついに切り札たるBT兵器を開放した。肩の辺りに浮かんでいた非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が動き出し、複雑な軌道を描いて鈴に襲い掛かる。その数、合計で四基だ

 

 『さぁ踊りなさい!ブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!』

 

 『お断りね!一人で踊っときなさい!』

 

 四方向から降り注ぐレーザーの雨、下手な操縦者ならば一瞬で蜂の巣になるそれを、鈴はこれまでの経験と持ち前の直感を生かして避けていく。ただ完全に避けることは彼女でも難しいのか、アリーナの電工掲示板に表示されたシールドエネルギー残量が少しずつ減っていく。よく見れば表情にも先程まであった余裕が消え失せていた

 

 『っ!ちょこまか動いて……!』

 

 『無駄口を叩く余裕がありまして!』

 

 ビットの間を縫うようにしてセシリアのライフルによる一撃が放たれる。端から見ている分にはビットに包囲され、更にセシリア・オルコット自身からも攻撃を受けている鈴が圧倒的に不利だ

 状況が変わらぬまま五分が経過する。馴れてきたのか被弾率自体は減っているものの、それでも鈴のシールドエネルギーは削られ続けて残量はおよそ半分になってしまっていた。対するセシリア・オルコットはビット操作に集中しながらもライフルで鈴を狙っている。時々笑みを浮かべる様子がモニターに映されており、鈴よりも余裕があるようだった

 

 『ふふふっ、そちらのエネルギーは残り半分、降伏するなら今のうちですわよ?』

 

 『はっ、笑わせるわ!冗談じゃないっての。これくらいの弾幕、中国(向こう)じゃ散々受けたわよ』

 

 『なるほど、ですがどうやってこの包囲網を破るおつもりです?自爆覚悟で突っ込んで来ますか?』

 

 『それも悪くないわね。ま、それじゃそろそろ……』

 

 

 

 ニヤリと鈴が笑う。同時に、彼女の真後ろにあったビットが()()()()()墜ちた

 

 

 

 『……なっ!?』

 

 「「「「「……え?」」」」」

 

 『反撃させてもらうとするわ!』

 

 鈴の声と共に甲龍が加速し、もう一つのビットへ双天牙月を振るう。突然の出来事に操縦者が動揺したせいか、その動きはあまりに遅い。案の定、ビットはばっさりと斬り裂かれて爆散した。一瞬にしてビットの数が半分になったことで、セシリア・オルコットが焦りを見せ始める

 

 『まずは二つ。どうかしら、龍咆の力は?』

 

 『くっ、それが衝撃砲ですか……!』

 

 してやったりと笑う鈴に苦々しそうに呟くセシリア・オルコット。一方、俺達は聞き馴れない単語に揃って首を傾げていた

 

 「衝撃砲……?」

 

 「空間自体に圧力を掛けて砲身を生成、余剰で生じる衝撃自体を砲弾として打ち出す兵器だ。一直線の弾道だが非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)として搭載してある関係で射角は無制限、前後や上下のあらゆる角度に向けて使えるようだ。おまけに弾数は無限、砲弾や砲身が見えないとなると……」

 

 「かわすことは至難の技、ということか。しかも今凰が狙っているのはオルコット本人ではなくビットの方、自分でないものを操って見えぬ攻撃から守るのは困難だぞ」

 

 ボーデヴィッヒの解説にほーきちゃんが付け足しをする。なるほど、鈴の後ろにあったビットがひしゃげたのは、この衝撃砲によって圧縮された空気の弾丸を受けたからか。砲弾が見えずあらゆる角度に対応するとかとんでもねえ武装だな

 衝撃砲の仕組みが分かったことで試合に意識を戻す。やはりたった二つのビットでは鈴は止められないらしく、一転して鈴が試合の流れを掴み始めた。ビット目掛けて衝撃砲が何度も唸り、その度にセシリア・オルコットの動きが止まる。鈴は奴がビットと機体を同時に操ることが出来ないことに気付いているようだ。衝撃砲を囮として一気に接近するつもりだろう。そこまで考えた時、鈴が動いた。セシリア・オルコット目掛けて一直線に、凄まじい加速で一気に突っ込む

 

 『そ、それは……!』

 

 『はぁあああああああああああああああ!!』

 

 一瞬で懐に潜り込まれたことにセシリア・オルコットが目を見開く。だがその速さ故に鈴も得物を使う余裕はない。繰り出すのは棘付き装甲(スパイク・アーマー)を利用した強烈なタックルだ。ガギィン!と金属音がアリーナに木霊し、同時にセシリア・オルコットのシールドエネルギーが大きく減少する

 

 「ね、ねえおりむー……今のりんりんがしたのって……」

 

 「……瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。スラスターから放出したエネルギーを再び取り込み、二回分のエネルギーを用いて直線加速を行う、ISに於ける加速機動技術の一つ。分かりやすく例えるならゲームの溜めダッシュのようなものだ。その名の通り相手との間合いを瞬時に詰めることが出来るがその難度は高く、また基本的に直線移動しか出来ないために動きを読まれることもある。つまり、使いどころが難しいテクニックなのである

 鈴はセシリア・オルコットがビット操作に気をとられている隙をついたのだろう。状況の判断能力、瞬時加速を成功させる技術、それに度胸、どれか一つでも欠けていれば出来なかった筈だ。だが、鈴はそれをやってのけた。形勢が逆転した

 

 『ぐぅ……!やってくれましたわね……!』

 

 『まだまだ勝負はこれからよ!舐めた真似してるともう一発叩き込んだげるから』

 

 十メートル以上逃げるように距離をとったセシリア・オルコットが息絶え絶えといった具合に唸る。あのタックルを受けた状態からすぐに立て直すのか、やはりあいつも相当な乗り手だ

 誰もが手に汗握る白熱した試合。シールドエネルギーもほぼ同じだ。十メートル程距離を開けた両者が静かに睨み合い、スラスターを噴かした、その瞬間

 

 

 

 ()()は、突然現れた

 

 




 一夏君ワンダフルボディ化。弱すぎてどうにかしなきゃと思うんだけど急に強くしすぎると違和感も出るとかいうジレンマ

 活動報告の方にちょっとしたアイデアを落としてます。見てもらえて、何か言って頂ければ嬉しいです

 感想、ご意見等ありましたらお願い致します


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11話 ワンサマー、飛び出す

 遅くなりました。無人機戦でごさいます

 お気に入りが350を越えました、登録して下さった方々は本当にありがとうございます


 アリーナ全体に凄まじい衝撃が走り、ビリビリと大気が震える。クラス別対抗戦の第一試合、白熱し佳境を迎えようとしていたそれは、突如出現した乱入者によって中断を余儀なくされた

 乱入者、それはつまりアリーナを覆うシールドが破られたことを意味する。このシールドはISに使われているものと同じもので、多少の攻撃ではびくともしない堅牢な盾である。実際、さっきまで行われていた試合でも流れ弾が幾つもこのシールドに当たったが、それでも決して破れることはなかった

 

 それが破られた。破られてしまった

 

 もくもくとアリーナの中央で上がる煙。それは次第に晴れていき、中から一機のISが姿を現す。深い灰色の珍しい『全身装甲(フル・スキン)』タイプのISだ。肩と頭が一体化しているかのような形をしており、更に遠目からでも目を引くのがその両腕である。その長さは足の爪先より以上もあり、全体像ははっきり言って異形だ

 

 「な……何あれ……!?」

 

 「なんなの……あのIS……?」

 

 あまりに突然の出来事に周りから段々と戸惑いの声が上がり始める。かくいう俺だってそうだ。驚きのあまり体が動かず、開いた口も閉じそうにない。視線はあの異形のISに釘付けとなっており、ただその様子を他人事のように見ていることしか出来なかった

 

 だから──()()()I()S()()()()()()()()()()()()()、そこで初めて俺は我に返った。座席から跳ねるように立ち上がり、ガントレットのついた右腕を前に伸ばす

 

 「白し──」

 

 合計八つの砲口から放たれた砲撃が、目前のシールドを貫いた

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 織斑千冬を含むIS学園の教師達は、突如現れた乱入者への対応に追われていた。ブック型の端末を忙しなく操作し出来ることを迅速に行おうとする……が、その努力は呆気なく無駄となる

 

 「遮断シールドのレベルが4だと……!?これでは救援も避難も出せんか……!」

 

 苛立ちの余り千冬は端末を乱暴に机に置く。十中八九、この状況があの乱入者の仕業であることは間違いなかった。通信を試みるも応答はない。この第二アリーナの扉は全てロックされてしまい、千冬達教員はこの部屋に、生徒達は客席に閉じ込められてしまった。例外がいるとすれば、先程まで試合をしていた二人だけだろう

 

 「お、織斑先生!更識さんから通信が!」

 

 慌てふためく童顔眼鏡の後輩、山田真耶より千冬は通信用端末を受け取る。そこから聞こえてくるのは学園最強を掲げる生徒会長の声だ。ただ、その声はいつもの軽い調子ではなく真剣そのものだった

 

 『織斑先生、状況は?』

 

 「アリーナの遮断シールドのレベルが4まで跳ね上がっていて、我々教師はろくに動くことが出来ん。ロック解除も行っているが時間が掛かる。最低でも十分は必要だな」

 

 『現場の三年生にも協力を要請してみます。人手は多い方が良いでしょうから』

 

 「頼む。それと客席側の扉は破壊しても構わん。責任は私が持つ、生徒の安全が最優先だ。お前は生徒の避難に尽力し、完了次第あのISを無力化しろ。我々教師では恐らく間に合わん」

 

 『了解しました』

 

 「そろそろ生徒達も気付いて慌て出す頃だ。腕の見せ所だぞ、生徒会長」

 

 『あはっ、お任せください♪』

 

 通信を終えた千冬はふぅと一息をついた。生徒会長、更識楯無は食えない人物ではあるがその手腕が確かであることは誰もが理解している。あの千冬ですら、生徒側の問題は任せても大丈夫だと言える程に

 だがこれで安心ではない。千冬は素早く端末を操作し、通信をアリーナにいる二人に繋げた。そこから聞こえる声には困惑の色が伺える

 

 『織斑先生!?一体どうなっていますの!』

 

 『なんなんですかあいつ!?アリーナのシールドをぶち抜くってどんな威力よ!』

 

 「落ち着け。一先ずお前達は応援が来るまでの間、その機体の足止めをするんだ。十分……いや、七分でいい。持ちこたえろ」

 

 『『……』』

 

 楯無が生徒の避難を終えて駆けつけるまでの時間を千冬はそう判断する。だがあの実力未知数の機体相手にまだ未熟な二人が持ちこたえられるのか、彼女の頭に僅かだが不安が過った。アリーナのシールドを破る一撃を受ければ、既に試合で消耗している二人とてひとたまりもないだろう

 

 

 

 しかし、そんな不安は次の瞬間には吹き飛んだ。端末より流れる、二人の自信に満ちた声によって

 

 

 

 『はっ、持ちこたえるなんて言わずに倒せって言ってくださいよ!』

 

 『全くです。私とブルー・ティアーズを侮られては困りますわ!』

 

 

 

 それを聞いた千冬の顔にふっと微笑が浮かぶ。生徒を信じられないとは教師失格だと己を叱咤し、いつもの声色で若き代表候補生に告げた

 

 「いいだろう、だが深追いはするなよ。あくまで目的は時間稼ぎだからな」

 

 『『はいっ!!』』

 

 そしてその数秒後、正体不明機による砲撃がアリーナの一角で炸裂した

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ──シールドエネルギー、残量214。機体損傷度45%。攻撃を受けています、回避してください

 

 「間に合っ……た……!」

 

 手足から力が抜けて膝をつく。ズキズキと全身が痛み意識が朦朧とする。体の前面にあった装甲はグシャグシャに溶けて焦げ臭い煙を上げており、一部に至っては完全にISスーツが露出してしまっていた。絶対防御がなければ、そしてアリーナのシールドが威力を減衰させていなければ、この身は跡形もなく消し炭になっていたであろうことは想像するに難くない。いや、俺だけがそうなるならまだいい。ただ俺の後ろにいる皆が巻き込まれるのだけは駄目だ

 操縦者保護機能によって徐々に意識が覚醒していく。客席に砲撃をぶちかました件のISはレンズが剥き出しになった奇妙な顔で此方を眺めており、そこに二発目を撃ってくる気配はない。ハイパーセンサーで後方を確認すれば未だに呆然としている皆の姿があった。どうやらアリーナのシールドと俺で奴の砲撃をしっかり止められたらしい。そのことに安堵の溜め息が溢れた

 

 

 

 そしてここにきて、アリーナ内で緊張が爆発する

 

 

 

 『き、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 

 

 パニックに陥った生徒達が叫びながら一斉に動き始めた。逃げまどう者、泣きわめく者、助けを乞う者、必死に指示を出す者、反応はそれぞれだ。恐怖は伝染すると聞いたことがあるが、今起きている事態はまさにそれであると思った。そして、目の前で己より錯乱する者がいれば冷静になれるということも

 

 「ボーデヴィッヒ、皆を……!」

 

 「……あぁ、分かった」

 

 ハイパーセンサーがしっかりと頷いてくれたボーデヴィッヒを捉える。これできっと皆は安全だ、何せあのボーデヴィッヒがいるのだから。俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる

 

 

 

 正直なところ、かなり怖い。あのISの砲撃が絶対防御を発動させるに十分な威力を持っていることは身を以て知っているし、自分の力が奴に敵わないということも分かっている。もう一度あれに当たれば残ったエネルギーも全て持っていかれて、最悪死ぬ

 

 足がすくむ。今すぐ逃げ出したい。でも、それでも、目の前で鈴が、大切な人が命を懸けているのに俺だけが逃げ出すなんてことは出来ない。ここで逃げたら俺は自分を許せなくなる、そんな予感がするのだ

 

 

 

 「(それに……あいつの狙いはきっと──)」

 

 既に戦闘が始まっているアリーナに向けて俺は白式と共に飛び出していった。正体不明機は双天牙月を振るう鈴の相手をしており、此方には気付いていない。素早くスラスターを噴かして接近し、雪片を背後から振り下ろす

 

 「おぉおおおおおお!!」

 

 完璧に決まった、そう確信出来る一撃だった。例えセシリア・オルコットや鈴レベルの相手であってもまず避けられない、その筈であった一撃。しかしそれは正体不明機の異常とも言える反応速度によって気付かれ、そしてあの長い腕で防がれてしまった。驚愕のあまり目を見開いて動きを止めてしまう

 

 「(嘘だろ……!?防がれ……っ!?)」

 

 だが防ぐだけで終わりではなかった。凄まじいパワーに雪片が押し返され、無防備となった俺に腕が鞭のように振るわれる。当たれば墜ちる、直感的にそう確信した

 

 「余所見してんじゃないっての!」

 

 だが、敵ISは真横から鈴が放った空気の弾丸に殴られて吹っ飛ぶ。そこに追撃とばかりに突き刺さるのはセシリア・オルコットのスターライトmkⅢのレーザーだ。即席とは思えない程のコンビネーションに、俺は戦場であることも忘れて見入ってしまう。やっぱり、すげえ

 

 「一夏、なんで来たのよ!さっさと逃げなさい!」

 

 「そうですわ!ここは素人の出る幕ではありませんのよ!」

 

 『織斑、何故お前がそこにいる!早く下がれ!』

 

 呆然としている間に鈴、セシリア・オルコット、そして千冬姉の三人から間髪入れずに怒声を浴びせられる。確かに俺の行動は誰も望まない無謀なことかもしれねえ。でも、俺だって何も考えずに飛び出した訳じゃねえんだ

 

 「聞いてくれ!あいつの狙いは、多分俺だ」

 

 その言葉に三人は絶句する。多分と言ったが俺にはそう断言出来る自信があるのだ

 

 『……織斑、何故そう言える?』

 

 「あのISが、客席で俺のいる場所()()を狙ったからです」

 

 仮に試合を潰すことが奴の目的なら乱入した時点で成功している。また無差別に生徒を襲うことが目的なら、あまり良い言い方ではないが他の客席も狙っていないとおかしい。俺はそんなちぐはぐさからあのISの行動に違和感を覚えたのだ

 そして、あいつの狙いが俺だとすればそんな違和感にも納得がいく。狙われる理由も『世界唯一の男性操縦者』って肩書きだけで十分だ。もし他の生徒と一緒に逃げていたら、彼女達ごと狙われる可能性があっただろう。あのISと戦える仲間がいて、かつ広くて逃げ回りやすい場所。それはこのアリーナ以外にはないのだ。勿論、鈴を置いて逃げることは出来ないということもあるが……

 俺が来た訳を聞いた千冬姉は何か思案しているようで黙り込んでしまった。二人も同様だ。俺達の間に沈黙が流れる

 

 しかし、そんな中で俺に新たな違和感が生じる

 

 「(……なんで今、攻撃がない?)」

 

 チラリと確認した正体不明機はダラリと腕を下げて此方をただ眺めていた。顔面にあるレンズが不規則に動いてはいるが、それ以上の動きは見られない。今だって、言ってしまえばさっきの通信の時だって、此方を攻撃するチャンスはいくらでもあっただろうに……

 

 『……分かった。だがお前はオルコットや凰に比べてまだまだ未熟だ。間違っても無茶な行動だけはするなよ。その白式には近接武装しか搭載されていないのだからな。それに、お前達の目的は時間稼ぎだということも忘れるな』

  

 ふと感じた違和感は千冬姉の言葉によって霧散する。それと同時に、止まっていた正体不明機も動きを見せた。腕と一体化した砲口が音を立てて俺達を捉える

 

 「来るわよ!一夏、無茶だけは禁物だからね!」

 

 「くれぐれも私の射線に入らないように!責任はとりませんわよ!」

 

 そう言った鈴が轟音と共に突っ込み、セシリア・オルコットがライフルを構えた。あのISの攻撃力は驚異の一言に尽きる、回避に全力を注がなければあっさり撃ち落とされて終わりだろう。多分、攻撃に回せるだけの余裕はない。千冬姉達の言葉を忘れぬよう胸に刻み、俺もまた正体不明機を撹乱すべくスラスターを噴かして動き始めた

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「今で、何分経った……!」

 

 「もうそろそろの筈ですわ……!後少し、後少し耐えれば……!」

 

 「はぁ……はぁ……!」

 

 戦闘は苛烈を極めた。接近戦を鈴、援護をセシリア・オルコット、囮が俺といったように短い時間で役割を決めて挑んだ戦い。にも関わらず正体不明機は俺達と互角に渡り合い……いや、むしろ追い詰めていたのだ。白式のシールドエネルギーは残り全体の約二割ちょっと、といったところか。恐らく他の二人も同じくらいの筈だ

 

 「全く……なんなのよあのISは。少しは疲れた素振りくらい見せなさいよね」

 

 「砲撃の正確性も先程から全く落ちていませんわ。これだけの腕を持つ操縦者が、何故IS学園に敵対するようなことを……」

 

 「くそっ。あの反応速度といい動きといい、まるで──」

 

 ──機械を相手してるみたいだぜ

 

 そう呟いた瞬間、俺達の動きが止まった。不自然なくらいにピッタリと。だがそんなことを気にしていられる場合ではない。俺達は、それだけ衝撃的なことに行き着いてしまったのだから

 そうだ、どうして気付かなかったんだ。戦っていた時に、見ていた時に感じていた違和感を。近付けばコマのように腕を振るい、離れれば腕からの砲撃を行う。そんな決められた通りのことを決められた通りに行い続ける、そんな()()()()()()人間がこの世界に存在するものか。俺はぼんやりと浮かぶ正体不明機を睨んだ

 

 

 

 あのISは無人機かもしれない。いや、十中八九無人機だと言っても問題はない筈だ

 

 だが、しかし──

 

 

 

 「──それがどうしたって話だな……」

 

 「……一夏、それ言っちゃいけないわ」

 

 「事実から目を逸らしても何も変わりませんわよ、凰さん」

 

 揃いも揃って溜め息が溢れる。そう、問題はあれに人が乗っていようが乗っていまいが、今の状況には全く関係ないということである。言い出したのは自分であり、あれが本当に無人機だとするなら目を見開いて卒倒するレベルなんだが……悲しいかな、人が乗っていなくとも強いものは強いし、何か足止めに有効な策が思い付く訳でもねえ

 これはもしや万事休すかと思われたちょうどその時、俺達の元に通信が飛び込んだ。そしてそれは、俺達が待ち望んでいたものでもある

 

 『お前達、良くやった!直ちにその場から離れろ!』

 

 千冬姉が短く告げる。それと同時に正体不明機がいた辺りが爆発し、俺達は何がなんだか分からないまま吹き飛ばされた。幸いにもアリーナの壁にぶつかることはなかったが、それでもいきなりの衝撃に視界が一瞬だけ真っ白になる

 

 

 

 そして、再び視界が回復した時に捉えたものは、地に伏してその胸部を巨大なランスに貫かれる敵ISの姿だった。そのランスを握るのは装甲らしい装甲があまり見当たらない不思議なISを纏う女性だ

 

 

 

 俺には彼女に見覚えがあった。IS学園の入学式において、新入生歓迎の挨拶を行っていた人だ。その挨拶のインパクトがやけに強かったから、ぼんやりとだが記憶に残っている。やや外に跳ねた空色でセミロングの髪の毛に、吸い込まれてしまいそうな真っ赤な瞳。IS学園の生徒会長にしてその二つ名は「IS学園最強」。そんな彼女の名前は──

 

 「更識、楯無……」

 

 うろ覚えの名前と共に、彼女の姿が俺の頭に焼き付いた

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 某所にある秘密ラボ、『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』。そこでは一人の女性がモニターに囲まれた部屋の中心で椅子に座り、先程まで映っていたそれらをぼんやりと眺めていた

 

 女性の名前は篠ノ之束。ISを作り出した稀代の大天才であり、篠ノ之箒の実の姉だ

 

 「う~ん……これは予想外かな~……二つの意味で」

 

 ポツリと呟いてからニヤリと笑みを浮かべる。彼女の手元にある端末には一機のISが表示されており、そしてそれはIS学園を襲撃した無人機であった。無人機の名前は『ゴーレム』、ユダヤ教の伝承に登場する泥人形のことだ

 

 「適当に作ったガラクタだったけどここまで動いてくれて束さんは嬉しいな!ま、適当でもこの束さんが作ったんだから当然なんだけどね~!」

 

 それと比べて、と彼女は端末を操作して画面を変える。次に映し出されたのは織斑一夏に与えられた専用機、白式のデータだ

 

 「此方の方は全っ然!駄目駄目だね!零落白夜も使えて性能もまぁまぁ高い筈なのに、なんであんなに弱いのかな~?ちーちゃんの弟だから期待してたんだけどなぁ……」

 

 はぁ、と束は大きな溜め息をついた。IS学園において起きた無人機の襲撃、それを裏で糸を引いていたのは篠ノ之束自身である。その目的は無人機ゴーレム及び白式の性能やその能力のデータを収集すること。しかしその目的は事実上、半分しか果たされなかったのだ

 

 「男なのにISを動かせたからもしやって思ったんだけど……やっぱり無能は無能のままか~。え~っと……名前……忘れちゃった!ま、いっか!凡人の名前なんて束さん知~らないっと!」

 

 興味をなくした束は端末を放り投げ、「くーちゃぁああああああん!!」と叫びながら去っていった

 




 短く要点だけ書くスキルも大切だと思う今日この頃。ボリュームも大事なんだけどやっぱり長すぎると途中で読み飽きてしまう気がします。両立って難しい……

 一夏が戦ってないなら引っ張り出すしかないよね!って話。ちなみに束さんは天才なのであの砲撃は「シールドエネルギーを破りつつ箒は怪我しない」程度の出力で撃たせています。シールドによる威力減衰とか、そんなんを考慮してます(という設定で)

 鈴&セシリア「時間を稼ぐのはいいが──別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」(CV.諏訪部順一)
 世界一格好いい死亡フラグは流れ的に没になりました。死亡フラグだからね、しょうがないね

 無人機だって気付いた時の反応

 原作 「無人機なら手加減なしでいけるな!」
 今作 「無人機だけどどうしようもなくね?」

 この差は一体……とりあえず原作ではいなかった楯無さんに今作では仕事してもらいました。清き熱情(クリア・パッション)からのミストルテインの槍、相手は死ぬ
 零落白夜が縛りプレイでもしてんのかってくらい出てきませんが、次のイベントが六月下旬になる(今五月中旬)のでそこではきっと活躍してくれる筈です(白目)

 長くなりましたが今回はここまでです。感想等々ありましたら宜しくお願い致します


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12話 ワンサマー、腕を振るう

 今年最後の更新となります。皆様、よいお年を



 どうも、織斑一夏です。全くもって今日はとんだ厄日だった。鈴の試合を応援して終わる筈だったってのに……何をどう間違えたら謎のISに狙われ戦わねばならんのだ。クラス別対抗戦もそれ自体が中止になったらしいし……もう散々だ

 あの戦いが終わった後、俺と鈴、セシリア・オルコットの三人はすぐさま保健室に運び込まれた。幸いにも三人とも大事に至るような傷はなく、精々筋肉痛や青アザ止まりのものが幾つかあったくらいだった。やっぱりISの絶対防御っては凄いもんだなぁとあらためて実感する

 で、あの正体不明機だがやっぱり無人機だったらしい。学園側はこの情報を秘密にしたいらしく、交戦した俺達は揃いも揃って口外しないという誓約書を書かされることになった。破った場合のことは教えられなかったが、千冬姉が笑顔と共に「二度と日の出が見られなくなるかもな」と言っていた。悪いが俺はまだ死にたくない、大人しく千冬姉の言う通りにさせてもらおう

 

 

 

 で、現在俺達はというと──

 

 

 

 「あ、鈴ケチャップ取って」

 

 「はい」

 

 「サンキュ」

 

 厨房の一角を借り受け、晩飯を作っていた

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 そもそも何故俺と鈴が晩飯を作っているのか、それは無人機の一件についての事情聴取やら誓約書へのサイン、保健室での治療やらなんやらで解放されたのが八時過ぎだったことが原因だ。昼頃から何も食っていなかった俺達三人は当然空腹で、そして使える時間が六時から七時までの食堂は利用出来ない

 これはどうしたものかと途方に暮れていた俺達だったが、食堂のおばちゃん達や先生に相談した結果、なんとかこの一年生学生寮に備えられた食堂の厨房を使用する許可を貰うことが出来たのだ。ただ、やはり生徒だけでは使わせることは出来ないということで、偶然通り掛かった山田先生を説得して来てもらった。そして、現在に繋がるという訳である

 

 

 

 ん、セシリア・オルコットはどうしてるのかって?あいつはテーブルで待機させている。料理の出来ない者には厨房に立つ資格はないのだ

 

 

 

 「~♪」

 

 フライパンの上から香ばしい匂いが広がる。つーかこうして料理をするのも随分と久しぶりだ。学園に来てからは基本的に学食生活だったし。腕も鈍ってないみたいだし、これは味に期待が出来そうだ

 フライパンの上で薄く広げられたふわふわの卵を破かないように皿へ移し、その上に別のフライパンで作っていたケチャップライスを乗せる。そしてそれを卵で閉じ、その上から更にケチャップで文字を書いた

 

 

 

 完成

 

 織斑一夏特製ふわふわオムライス。因みに書いた文字は『俺』『鈴』『セシリア・オルコット』『山田先生』だ。カタカナの名前は初めて書いたような気がするな。一文字一文字が小さくなったが潰れてないしちゃんと読める。我ながら満足のいく出来だ

 

 

 

 二つの腕で四つの皿を運ぶという結構器用な技を披露し、食堂の端にある小さめのテーブルにそれらを並べる。それを見たセシリア・オルコットと山田先生が絶句する様子は、なかなか見ていて面白かった。男イコール家事が出来ないなんて思うなよ。そんなのは男より女が偉いと考えるくらい間違った発想だ

 

 「わぁ……!織斑君、凄いですね!」

 

 「これを……あなたが……?」

 

 「簡単な料理だけどな。あ、『男が作った料理なんて食べれませんわ!』なんて言うなら別に食わなくても構わねえから」

 

 食べ物を粗末にすることは俺が許さん。例えそれが代表候補生であってもだ。当然だが食べるつもりはあるようで、そこまでは言いませんわ、と言いながらセシリア・オルコットはスプーンを握った。山田先生はなんというか、非常に申し訳なさそうに此方を見てくる

 

 「ご、ごめんなさい織斑君。こんな美味しそうなご飯を用意してもらって……」

 

 「気にしないでください。ていうか、お礼を言うのは俺たちですよ」

 

 そもそも先生がいなければこうして晩飯を作ることすら出来なかったのだから、感謝するのはむしろ俺達の方である。そんなやり取りをし終えたそのタイミングで、鈴もまた料理を持って到着した

 

 「お待たせ~、出来たわよ~」

 

 ゴトン、と音を立てて大皿がテーブルの真ん中に置かれる。そこからいかにも美味(うま)そうな匂いを漂わせているのは、衣をつけて揚げた豚肉や野菜に甘酢あんを絡めた料理。とどのつまり酢豚である。中華料理屋の娘が一番得意とする料理だ、その味は推して然るべきだろう

 オムライス、酢豚、そしておまけ程度に中華スープ。学生の晩飯にしてみればなかなかに豪華な献立が並んだ。鈴が席に着くのを確認してから俺は手を合わせる。鈴と山田先生もまた同じように手を合わせ、それを見たセシリア・オルコットがスプーンを慌てて置き、俺達を真似た

 

 「「「いただきます」」」

 

 「い、いただきますわ」

 

 ささやかな晩餐が、こうして始まった

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「「「「ご馳走さまでした」」」」

 

 それなりに量のあった筈の料理は空腹だった俺達の前に呆気なく食い尽くされてしまった。料理は自作のオムライスを含めてどれもかなり美味く、食べ終わるのに十分と掛からなかった程だ。特に鈴の酢豚、あれは思い出補整等々もあって神憑り的な美味さを誇っており、四人で分けあったことで一番最初になくなってしまった。やっぱり鈴の料理は最高だ

 唯一心配だったのがセシリア・オルコットが飯を食わないかもしれないということだったんだが……やはり空腹には勝てなかったんだろうな。最初は恐る恐るといった具合に手をつけていた料理は全て彼女の胃に収まっていた。あれだけ美味そうに食べてくれたなら料理人冥利に尽きるというものだ

 

 「ふぁああ~……」

 

 スポンジで食器を洗っているとつい欠伸が出た。空腹を満たすことが出来たせいか、先程から襲ってくる眠気が半端ではない。肉体的にも精神的にも、今日はかなりハードだった。しかし今は皿洗い中、落として割ったとなれば大変なことになることは想像するに難くない。集中せねば

 

 「あぁもう疲れた……今日はさっさと寝たいわ……」

 

 「同感ですわ。流石に私も少々草臥(くたび)れてしまいました……」

 

 同じように皿を洗っていた二人もまた随分と疲れた様子を見せている。しかしよくもまぁ無事で済んだもんだ。一歩間違えれば大怪我を、最悪命を落としていたかもしれない戦いで何事もなく目的を果たせたのは、なんだかんだ言いつつも三人で協力した結果だろう。もしこのメンバーの一人でも欠けていれば……いや、やめておこう

 

 「あんなことがありましたし、皆さん今日はゆっくり休んでくださいね。明日もまだ学校がありますから……」

 

 山田先生の一言に三人揃って頷く。先生も後始末に追われて大変だろうに……

 

 「……ま、皆お疲れさんって感じだな。正直、今日だけで十年は寿命が縮んだぜ。あんなのはもう勘弁だ」

 

 「全く。ていうか、私達よく戦えたわよね。三人で戦う練習とか一回もなかったのに」

 

 「もう一度やれと言われても出来る自信がありませんわ……」

 

 色々とぼやきながらもテキパキ食器を片付けていき、全てが終わった時にはもう九時を回っていた。食堂を出て窓から空を見れば沢山の星が見える。五月の中頃ということもあって気温も丁度いい、疲れがなければもう少しのんびりと眺めていたいくらいだ

 

 「それでは皆さんお休みなさい。寄り道なんてしちゃいけませんよ?」

 

 山田先生は笑顔と共にそう言い残して、食堂の鍵を片手に校舎の方へと戻っていった。教師ってのも大変だなぁ。勿論、IS学園の教師が特別だってことも理解はしているが。学園を襲撃する存在が現れたってだけでもヤバイことなのに、それが無人機ともなれば尚更のことなんだろう。今頃どうこの事態に対応するか、お偉いさんが会議でも開いているんだろうか?

 

 「では、私はここで」

 

 おっと、いつの間にかセシリア・オルコットの部屋の辺りまで来ていたらしい。食堂は寮に備え付けられているだけあって、部屋までの距離もかなり短いからな。俺と鈴はそのまま適当に言葉を交わして彼女と別れる……と思いきや、いきなり声を掛けられて足を止めた

 

 「織斑さん、凰さん」

 

 「「……?」」

 

 「今日は本当に助かりました。それに夕食まで戴いて、感謝の言葉しかありませんわ」

 

 そう言ってセシリア・オルコットは恭しく頭を下げた。なんだなんだ、急にこんなことをして。いつもの傲慢とも捉えられる態度はどこへいったんだよ。あまりにも意外過ぎる言葉に頭がフリーズしかかった

 

 「……なんだよ、急にそんなこと言い出して」

 

 「このセシリア・オルコット、恩を受けておきながらそれを蔑ろにするような真似は致しませんわ」

 

 それに、と彼女は一旦言葉を区切る

 

 「今日の一件であなたを少しだけ見直しました。勿論、素人が戦場に飛び出してくるなど言語道断です。が、的確な観察眼や緊急時の判断力、この二つは評価致しましょう」

 

 光栄にお思いくださいまし、とセシリア・オルコットは腰に手を当てたいつものポーズを決めた。なんでだろうな、褒められている筈なのに全然嬉しくねえ。そしてその上から目線の物言いにむっとした鈴が突っ掛かった

 

 「何よその言い方は。私達は三人であの無人機を相手したからこそこうして今もいられるんだ、とか思わないの?」

 

 「それくらい分かっていますわ。だからこうしてお礼を言っているのです」

 

 ……つまり、今の言い方が精一杯譲歩した結果だと言う訳か。鈴は納得いってない、って顔をしてるが……これがセシリア・オルコットという奴だと理解していれば、存外にすんなりと受け入れられた。こいつにとって女尊男卑、いや、男嫌いはデフォルトなんだろう

 俺は鈴を制して頭を下げた。上から目線の物言いは確かに聞いてて気持ちのいいもんじゃない。というかぶっちゃけ気に食わないが、それ以上に正鵠を射ていることが多い。セシリア・オルコットが俺達に助けられたというように、俺達もまた彼女に助けられているのだから

 

 「セシリア・オルコット、礼を言うのは俺の方こそだ。あの無人機は俺と鈴だけじゃ多分敵わなかった。此方こそ助かった、ありがとう」

 

 「……癪だけどアンタの実力の高さは理解出来たわ。今回のことはあたしも礼を言う、オルコット」

 

 「ええ。凰さん、今日の試合は無効となってしまったことですし、いずれ決着をつけたいものです。それでは失礼致しますわ」

 

 最後に洗練された動きで礼をすると、セシリア・オルコットは自室へと戻っていった。ああいう動きを見ると奴が貴族の生まれだということにも納得がいくなぁ。尤も、気に食わないことに変わりはないが

 

 「さぁ鈴、俺達も──」

 

 そう言った俺の言葉はいきなり飛び付いてきた鈴によって掻き消された。胸の辺りから下に暖かな体温を感じ、突然のことに倒れそうになるのを堪える

 

 「鈴……?」

 

 「ごめん一夏。ちょっとだけ、もうちょっとだけでいいから──このままでいさせて?」

 

 途切れそうなくらいか細い声で呟いた彼女の頭を、俺は壊れ物を扱うようにしながら胸に抱く。すると途端に、今まで目を背けていた恐怖だとかそういった感情が一斉に襲い掛かってきた。ぞくりと、今まで感じたこともない程の寒気に全身が震える

 

 

 

 怖い

 

 一歩間違えれば死んでいたかもしれないという事実が

 

 怖い

 

 もしかすると鈴を失っていたかもしれないという事実が

 

 そして何より、嬉しい

 

 今、こうしてお互いに生きているという事実が

 

 

 

 「一夏……生きてるよね、私達」

 

 「あぁ、生きてる。生きてるよ」

 

 「うん、うん。そうだよね──」

 

 よかった、と

 

 鈴は最後にほっと、胸を撫で下ろした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして時は流れ──六月

 

 俺達の前に、新たなる災厄が現れる

 




 遅くなった上に内容が薄くて申し訳ありません。セシリアがライバル的な立ち位置に落ち着きました、なんとなく新鮮だ

 この後、閑話として弾との休日を挟んでから二巻の内容に入ります
 予告としてはラウラポジションのオリキャラを一名出そうと思っております。ただ、このキャラは二巻の内容が終了した時点でいなくなりますので、完全にヘイトを集めるだけの役になります。オリキャラが苦手、嫌いという方は申し訳ありません

 感想、ご意見等ございましたら宜しくお願い致します


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閑話 ワンサマー、旧交を温める

 どうも、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。2017年最初の投稿です

 『IS/VS』のくだりは基本捏造設定です




 六月、梅雨の季節だが雨など降らない快晴の空の下、俺と鈴はIS学園から出てとある男の家にお邪魔していた

 

 五反田弾

 

 赤い長髪にバンダナがトレードマークの少年。俺、織斑一夏にとって唯一の男友達であり、また文字通り命の恩人と言える奴である。弾、そして鈴には中学時代に色々とお世話になったのだが、説明すれば間違いなく長くなるので割愛させてもらう

 

 「むむむ……!」

 

 俺はゲームのコントローラーを握り締めながら、必死の形相で画面を睨み付けた。画面には二機のISが飛び交い、装備された武器でお互いに画面の端に表示された体力を削りあっている

 一機はフランス製の二世代機『ラファール・リヴァイヴ』。IS学園でも生徒の訓練機として採用されているそれは、このゲーム『IS/VS』でも屈指の安定性を誇っており、また選択出来る武装の数も多岐に渡っている。そして現在俺の操作するISで、装備は近接ブレード、パイルバンカー、アサルトライフル、ロケットランチャーの四種類である

 もう片方、弾の操るISはイタリア製の二世代機『テンペスタ』。このゲームでは防御力の低い半面、高い機動性と攻撃力を有している機体だ。装備もブレード二本にライフルと少ない代わりにブレードによる連撃がえげつなく、必殺ゲージがすぐにチャージされてしまう。そこから繰り出される無慈悲な必殺技は此方の体力を容赦なく削っていくのである

 

 「オラオラ!どうした一夏!」

 

 「くそ、動くんじゃねえよ畜生が!攻撃が当たらねえだろうが!」

 

 熱中の余り、無意識の内に声が張り上げられる。俺は飛び回るテンペスタをアサルトライフルで狙いながら接近、ブレードに持ち変えて斬り掛かった。しかしそれは弾も同じで、素早くコントローラーを操作してラファールへと突っ込んで来る。だが、それは甘いぜ弾!

 俺はギリギリまで弾を引き付け、必殺技を発動した。隣から避けようとボタンを連打するカチカチカチカチという音が聞こえるがもう遅い、テンペスタはラファールの斬撃、からの一斉射撃というド派手な演出の必殺技を一身に浴びて、四割程残っていたその体力を二割程度まで減らした。後ろから鈴の声が、そして隣から弾の慟哭が響く

 

 「ヒューッ!やるわね一夏!」

 

 「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!俺のテンペスタァ!」

 

 「はっはっは!懺悔の用意は出来ているか()ぁん!」

 

 その言葉と共に放たれた命中難易度最大のロマン兵器、パイルバンカーがブレード両手に突っ込んで来たテンペスタを見事に捉えた。豪快な爆発音が轟き、画面に表示される『PLAYER - 2 WIN ‼』の文字に俺が勝鬨を上げ、弾がガクリと崩れ落ちる。どうだ、ざまぁみやがれ!

 

 「ぐぉおおおおおお……!負けたぁ……!」

 

 「勝った……!とっつき最っ高……!」

 

 「いつも思うんだけど一夏ってとっつきを当てることに関してはプロよね~」

 

 そりゃ練習したからな、と俺は自信満々に答える。ISという高速機動戦がメインであるこのゲームにおいて、有効距離が短いこの武器(パイルバンカー)を当てることはなかなかに難しい。故にこれの使い方はブレードホーミングを利用することで、接近戦を仕掛けてきた相手にカウンターとして直撃させることが主流となってくるのだ

 が、ボタンを押してから使用までには若干のラグがあり、外せば大ダメージを受けることは想像するに難くない。当たり判定も小さくタイミングが酷くシビアなのも特徴だ。使いこなすことが出来れば最強の相棒となるが失敗すれば痛手を負う、パイルバンカーとはそういう武器なのである

 

 「さて、じゃあ次は私の番ね」

 

 敗者()からコントローラーを奪い取った鈴がふふん、と鼻を鳴らす。そして彼女が選択した機体は──

 

 「「──メイルシュトローム?」」

 

 俺と弾は同時に声を上げた。メイルシュトロームといえばイギリスの二世代機で『IS/VS』内では技が弱い、コンボが微妙と愛がなければまず使わない機体ということで有名だ。『IS/VS』歴の長い鈴がそれを知らない訳がない。まさか舐めプか?

 

 「どうしたの一夏?まさか怖じ気付いたの?」

 

 ……分かったぜ。そっちがそのつもりなら──

 

 「──受けて立つぜ、鈴!」

 

 俺はコントローラーを握った。カーソルを動かしてラファールに合わせ、武器を先程と同じ四種類に設定する。悪いな鈴、お前がいなくなってからマスターしたこの機体で負けたことは一度もねえ!

 メイルシュトロームの武器は分かっている。ブレードにハンドガン、そして追尾ミサイルの三つだけだ。追尾ミサイルはそのホーミング性能こそ厄介だが、一発一発の威力は大したことない。他の二つも同様だ。そんな微妙な機体でこのラファールに勝てるものか!

 

 「来なさい一夏!中国で鍛えた私の実力、見せてあげるわ!」

 

 「強くなったのはお前だけじゃねえんだ、いくぜ鈴!」

 

 『BATTLE START ‼』

 

 俺達の誇りを賭けた戦いが、今始まる。野暮な突っ込みは禁止な!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数分後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ば……馬鹿なぁ……!」

 

 「一夏ァ!しっかりしろォ!」

 

 「はーっはっは!ざまぁないわね一夏!」

 

 「弾……俺はもう駄目だ……!仇を……ガクッ」

 

 「一夏ぁあああああああああああ!!」

 

 「ふふん!一夏、勝利者権限としてアンタには一生私を幸せにすることを命令するわ!次は弾、アンタの番よ!」

 

 「くっそォ!鈴なんかに絶対負けねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……鈴には勝てなかったよ」

 

 「()ぁああああん!!」

 

 「あははははははは!代表候補生たる私に勝てるとでも思ったのかしら!さぁ弾、アンタにも一夏と同じことを命令するわ!二人揃って私を幸せにしなさい!」

 

 「「イエス、マム!!」」

 

 

 

 実はこのノリ、俺達の平常運転だったりする

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「お兄!さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!さっさと食べに──」

 

 俺と弾が鈴を幸せにすることを命令されてから約一時間後、乱暴に部屋の扉が開かれ一人の少女が姿を現した。弾と同じ赤い長髪に随分とラフな格好。が、全寮制の女子校同然のIS学園暮らしの俺にはもう見馴れた格好だ

 彼女の名前は五反田蘭。弾の妹で、この辺では有名な私立女子校に通う中学三年生、つまり一つ下の女の子である。イケメンな弾に、そしてお母さんの蓮さんに似て美人さんだ

 

 「よぉ蘭ちゃん、お邪魔してるぜ」

 

 「久しぶりね、蘭」

 

 俺にとっては五ヶ月ぶり、鈴にとっては一年半ぶりくらいだろうか、とにかく久しぶりだ。俺達二人がひらひらと手を振って挨拶をすると、蘭ちゃんは顔を赤らめ急いでこそこそと扉の陰に隠れてしまった。なんか可愛いな

 

 「い、一夏さん……鈴さん……き、来てたんですね」

 

 「おう、学園からの外出許可が漸く下りたんでな。元気にしてたか?」

 

 「え、ええ……まぁ……」

 

 しどろもどろ、といった具合に呟く蘭ちゃん。その視線は俺と鈴の間を行ったり来たりしている

 

 「あの……その……鈴さん……」

 

 「何?どうしたの蘭」

 

 ニコリと満面の笑みを浮かべる鈴に蘭ちゃんはビクッと肩を震わせる。昔っから鈴が苦手っぽいんだよなぁ彼女。本人曰く、「私はあの人に負けたんで」とのこと。なんとなく分かるような気もするが合ってたら凄く気まずくなりそうなのでやめておこう。だって……ねぇ?

 

 「あ……う……ご、ご飯が出来ましたよ!」

 

 最後の方はもう涙目になって、蘭ちゃんはバタバタと自室のある方へ行ってしまった。その様子がどこか微笑ましくて俺は少しにやけていると、弾と鈴、左右からゴスッと肘打ちが入る。何故だ

 

 「「浮気すな」」

 

 「してねえっての……」

 

 はぁ、と溜め息を溢し、とりあえず弾の後ろについていく。ご飯が出来たと彼女は言っていたし、何かしらの料理をご馳走してくれるんだろう。ありがたいことだ

 一度裏口から出てから俺達は正面より入り直す。空いていた最寄りの席に俺、鈴、弾の順番に座れば、五反田食堂の大将にして一家の大黒柱、五反田厳さんが中華を片手に姿を現した。筋肉隆々で浅黒い肌はとても(よわい)が八十を越えているとは思えない。俺や鈴の尊敬する数少ない大人の一人だ

 

 「お久しぶりです、厳さん」

 

 「お久しぶりです、お邪魔してます」

 

 「おう。随分と久しぶりだな、坊主に嬢ちゃん。まぁゆっくりしてけや」

 

 厳さんは満足そうに頷くとここの鉄板料理である『業火野菜炒め』を置いて厨房へと戻っていった。せっかくの料理を冷ましては失礼だ、俺達はすぐに手を合わせて箸を伸ばした。シャキシャキの野菜に肉の旨味が絡み合い、絶妙な美味さを引き出している。うん、やっぱ美味しい

 

 「ん~!美味しいわ!さっすが厳さんね!」

 

 「やっぱ厳さんには勝てねえわ……美味えなぁおい」

 

 「噛みながら喋るなよ、鍋が飛んで来っからな」

 

 弾の言葉に俺達はグッと親指を立てる。途中からは弾の盛ってきた白米、そしてカボチャの煮物も加わって文句なしの一時となった。ここの料理は味もそうだが、()()()ってものがひしひしと感じられる。五反田食堂、やっぱりここは最高だ

 

 

 

 「さぁ~て、ご飯も食べたしどこ行きましょうか?」

 

 「やっぱカラオケは外せねえよな。後はゲーセン、そんでそんで!」

 

 「はしゃぎすぎだろ一夏……まぁ久々だしな」

 

 「当ったり前だろ!言ったじゃねえか、鈴の帰国祝いをしようぜってさぁ!俺、楽しみにしてたんだぜ?」

 

 「わーったわーった!時間いっぱいまで付き合ってやるから落ち着けっての」

 

 「なんかこんなに元気な一夏を見るのも久しぶりね~。ふふっ、じゃあ行きましょ!」

 

 

 

 俺達の休日は、まだまだ終わらない

 

 




 短いですがここまでです。お疲れさまでした

 次回から二巻の内容に入ります。そしてオリキャラを一人出しますのでご了承ください

 最後になりましたが、これからも宜しくお願い致します


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13話 ワンサマー、疑う

 長かった、漸く二巻の内容です。やっぱり二巻の初めは書きやすい

 予告しておりましたが原作ラウラポジのオリキャラが出ます。なので作品に「オリキャラ」タグを追加しました


 いつも通りの、そしてなんの変哲もない朝。俺は一人目を覚まして欠伸をした。まだ微睡む意識の中で部屋を見渡せば、使われていない一つのベッドが目に映った

 現在、ここは俺の一人部屋だ。六月に入って漸く一人部屋の都合がついたことにより、相方のほーきちゃんとボーデヴィッヒに見送られてこの部屋にやって来たのである。一人部屋となったことである程度の自由を得ることは出来たが、やはりこうして一人でいるとなんとなく寂しいような気もする。まぁ、一人ってのは千冬姉がドイツで仕事してた頃と同じなので、馴れているっちゃ馴れているが……

 

 「(七時前……二度寝するって時間でもなさそうだし……起きるか)」

 

 最後に一度大きく伸びをすると俺はベッドから這い出て洗面台に向かった。昨日は遅くまで勉強をしていたせいか、目の下にはうっすらと隈が出来ている。二ヶ月も経てばIS学園の授業も段々複雑になってきて、元々の基礎知識が少ない俺では睡眠時間を削って予習復習しなければついていくことも難しい状況になってきているのだ

 ぼんやりと沈む気持ちを払うように顔を洗って髪を解き、寝間着を脱いでハンガーに掛けられた制服に袖を通した。最後に身嗜みを確認すれば……うん、問題ないだろう

 

 「さて、行ってきます」

 

 返事が来ないことを承知で呟き、俺は朝食を摂るべく一人、部屋を出た

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 飯を済ましてから教室に上がれば、既に多くの生徒が登校していた。時折聞こえてくる途切れ途切れな言葉から考えるに、どうやら皆ISスーツについて話し合っているようだ。そういえば今日はISスーツの申し込み開始日だったような気がするな。まぁ、専用機持ちということで既に受け取っている俺には関係のない話だ

 

 「あ!おはよ~おりむー!」

 

 「おう、おはよう布仏さん。それにほーきちゃんにボーデヴィッヒも」

 

 「うむ」

 

 「あぁ」

 

 自分の席に荷物を置いていつものメンバーが構成する輪に混ざる。あぁ、友達がいるって素晴らしい

 

 「そういえば織斑君のISスーツってどこの製品なの?」

 

 「ん……あぁ、イングリッド社のストレートアームモデルをどっかのラボが改造したもんらしいぜ」

 

 谷本さんの質問に俺は使えたらなんでもいいけどな、と付け足す。勿論、プロのIS操縦者ならば「このISスーツが一番自分に合う」ってモデルでもあるんだろうが、素人の意見としては何を使おうが同じだ。操作性が劇的に変わるような大きな違いがあるとは思えない

 

 「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することで操縦者の動きをダイレクトに各部位へ伝達、ISはそこで必要な動きを行います。またスーツは耐久性にも優れており、小口径の拳銃の弾丸程度なら完全に受け止めることが出来るのです」

 

 すらすらとISスーツについての説明をしながら副担任の山田先生が現れる。それに感心した生徒達は次々に先生を褒め称えるのだが……流石に先生を侮りすぎだと思うのは俺だけだろうか。山田先生は凄いんだぞ、補習に行けば大抵のことは分かりやすく教えてくれるんだからな

 

 「諸君、おはよう」

 

 「「「「「お、おはようございます!」」」」」

 

 談話に盛り上がっていた教室が水を打ったかのように静まり返る。現れたのはこのクラスの担任、織斑千冬その人だ。因みにその服装は以前俺が渡しておいた夏用のスーツに変わっている。六月は時々予想以上に気温が上がる日もある季節だ、過ごしやすい服装でと思って用意しておいたが……あの様子だとお気に召してくれたらしい。良かった良かった

 

 「今日からは訓練機を用いた本格的な実戦訓練を始める。各人気を引き締めていけ。ISスーツは個人の物が届くまでは学校指定の物を使う。忘れた場合は水着で、それすらない者は下着で訓練を受けてもらうぞ」

 

 相変わらずおっかねえなぁ、この人は。まぁいいか、俺はもう制服の下にISスーツを着込むことが癖になっているから、忘れるようなことは万が一にもないしな

 

 「では山田先生、ホームルームを」

 

 「は、はい!えっとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名も!」

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………はい?

 

 「「「「「えええええええええっ!?」」」」」

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 突然の転校生が来るという知らせにざわめいた教室が落ち着くまで、思っていたよりも時間が掛かってしまった。そりゃいきなりこのクラスに転校生が、しかも二人も来るとなれば驚くのも無理はない……が、俺としては教卓の辺りで青筋を浮かべる千冬姉の方が怖かった。何せ、被害を受けるとすれば一番教卓に近い俺からだろうし

 ていうか、なんで一つのクラスに二人も?多分鈴の時と同じように、俺という男性操縦者の登場に慌てた各国が、代表候補生を無理矢理転校という形で送り込んだんだろう。でもそれなら一つのクラスに集める必要はない筈。俺は教室の中で一人、首を傾げた

 

 「よし、入れ」

 

 千冬姉の声にガラリと教室の扉が開く。そこから入って来たのは当然だが、二人の()()

 一人は金髪をうなじの辺りで括った中性的な顔付きの少女である。アメジストの瞳が照明によってキラリと光る。浮かべられた柔和な表情からきっと穏やかな性格なんだろうと推測出来た

 そしてもう一人は金髪とは正反対の険しい表情をした茶髪の少女だ。あまり手入れされていない短髪に鋭いナイフのような雰囲気は、どこか狼のような肉食の野性動物を彷彿させる。そして何より特徴的なのは、やはり左目に付けられた真っ黒の眼帯だろう。医療用だとかそんなもんじゃない、映画の軍人が付けていそうな紛れもない本物だ

 

 ていうか流行ってるのかね、ズボン。別に女の子はズボン禁止なんて言うつもりはないが、転校生が揃いも揃ってズボン装備とは。そもそも金髪の制服って俺と同じ男子の制服じゃねえか。容姿と服装から感じるちぐはぐ感に俺は目を細めた

 

 「デュノアから挨拶しろ」

 

 千冬姉のその言葉に金髪が答える。容姿に似合うやや高めの声だ。そして彼女はその場から一歩前に踏み出し、ペコリと控えめに頭を下げて簡単に自己紹介をした

 

 「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。不馴れなことも多々ありますが、皆さん宜しくお願いします」

 

 ……シャルル・デュノア、ね。フランス生まれの第二世代機、ラファール・リヴァイヴの製造元が確か……デュノア社?だったような記憶がある。確信は出来ないがそこと何かしらの関係があると見ても良さそうだ

 

 

 

 「お……()?」

 

 

 

 ……は?

 

 

 

 ポツリ、と

 

 静まり返った教室に誰かの呟きが木霊した。その呟きに対し、デュノアはにこりと柔らかな笑みを浮かべる

 

 「はい、此方に僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を──」

 

 ……待て。こいつは……違う、()()()()()()()()()()()()()?訳が分からずに一人混乱する俺。しかしそんな俺を置き去りにして、教室からは歓喜の声がどっと沸いた

 

 

 

 「「「「「きゃあああああああああああ!!」」」」」

 

 「男子!しかもうちのクラス!」

 

 「美形!守ってあげたくなる系の美形よ!」

 

 「生きてて良かった~!」

 

 

 

 立て続けに響く生徒達の黄色い悲鳴に俺は思わず耳を塞いだ。ビリビリと教室中が震えているような、そんな錯覚すら覚える程だ。だがそんなことはどうでもいい、俺の頭の中は全く別のことでいっぱいになっていた

 

 「(男……!?デュノアが?嘘だろ、こいつは、女じゃないのか?)」

 

 思わず立ち上がりたくなるのを抑えながら、俺は目の前に立つデュノアを怪しまれない程度に観察する。中性的、と表現した顔付きは男か女かの二択ならば間違いなく女。しかもかなりの美形でこんな男が存在するのかどうかすら怪しいレベルだ。また身長も千冬姉より低く160センチあるかないか、いずれにせよ高校一年生の男子にしてはかなり小さい。俺だって平均身長よりも少し上程度でずば抜けて高いという訳ではないが、それでも172センチはあるのだ

 

 「(というかそもそも──)」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。テレビやネットのニュースには可能な限り目を通していたが、デュノアのことは全く話題になっていなかった筈だ。男性操縦者の発見という、世界を震撼させるような事柄が欠片もないのは流石におかしい。それに俺一人が知らなかったのならまだしも、クラスメイト全員が知らなかったということも引っ掛かる

 気になるところは他にもある。デュノアの胸には女子特有の膨らみとかは見当たらないが、男ってのはもっとがさつでいい加減な生き物だ。あんな髪の毛はサラサラではないし肌だって当然奴ほど手入れされていない。声だってソプラノ声であり、男にしては高すぎる感じが否めないのも一つある。それともなんだ、外国ではこれが普通で奴のような美形が高校にうじゃうじゃいるとでもいうのか?はっきり言って、疑問が尽きない

 

 

 

 無論、これ等の疑問が全て俺の考えすぎであり、奴が本当に男であるという可能性も否定出来ない。だが、弾のような正真正銘の男と比べると感じる違和感が多すぎるのだ

 

 シャルル・デュノア、お前は怪しすぎる。とてもじゃないが俺はこいつを信用することが出来そうになかった。暫くは様子を伺っていた方が良さそうだ

 

 

 

 「静かにしろ、まだもう一人残っているぞ」

 

 心底面倒くさそうにぼやく千冬姉。続くように山田先生の声も響き、俺達の視線はもう一人の転校生へと向かった

 

 「……」

 

 「……レベッカ、挨拶をやれ」

 

 「はい、教官」

 

 ビシッと、お手本のような敬礼に千冬姉以外の全員が呆気に取られる。なんだこいつ、というのが俺達の総意だった。千冬姉の知り合いのようだが……教官ってことはもしやドイツ軍関係者か?ならばボーデヴィッヒとも面識があることになる……のか?

 

 「織斑先生と呼べ。ここではお前はただの一般生徒で私もただの教師に過ぎん」

 

 「はい、失礼しました織斑先生」

 

 どうやら二人の話は終わったようだ。レベッカと呼ばれた転校生はくるっと此方へ顔を向け、そして感心するくらいに堂々と名前《だけを》宣言した

 

 

 

 「レベッカ・カウフマンだ」

 

 

 

 「「「「「(……終わり!?)」」」」」

 

 さっと口を閉ざしてしまった転校生、レベッカ・カウフマンに訴えるような視線が集まるが、本人は知らぬ顔をして教室内を見回し始めた。いや、マジでなんだこいつは。彼女の隣を見れば山田先生が涙目になってオロオロとしており、千冬姉も呆れたように溜め息をついている。もう一人の転校生、デュノアもまた困惑したように曖昧な笑いを浮かべていた。先程とは一転してなんとも気まずい空気が広がる

 

 

 

 そして、それを破ったのはレベッカ・カウフマン本人だった

 

 

 

 「っ!貴様か!」

 

 「え、ちょ、何──」

 

 さて、ここで問題だ。少女とはいえ軍人──しかも恐らく現役──に、その辺に巨万(ごまん)といるようなただの男子高校生がぶん殴られた場合、果たしてどうなるだろうか?

 

 答えは簡単──ふっ飛ぶ

 

 「がっ!?」

 

 突然顔を怒りに染めた奴の拳が俺の左頬に突き刺さる。押し寄せる痛みと衝撃に思考が停止し、勢いのままに座っていた椅子から投げ出されて無様にも床を転がった。派手な音と共に転がる俺は隣の机にぶつかって止まったが、背中を強打したことで更なる痛みに襲われる

 

 「がは……!」

 

 肺から酸素が吐き出され口の中に鉄の味が広がった。どうやら今ので口の中を切ったらしい……畜生、滅茶苦茶痛え。霞む視界の中でなんとか顔を上げれば、そこにはゴミを見るような右目で俺を見下すレベッカ・カウフマンの姿が。絶対零度の眼光が此方を貫くようにギラリと光る

 

 「認めんぞ……貴様のようなゴミが教官の弟などと、私は断じて認めん!」

 

 「……けっ。出会い頭に人を殴るなんざ、いいご身分だなおい。てめえの教官とやらは、初めて出会った奴には挨拶としてその頬を殴れとでも教えたのか?このじゃがいも女」

 

 中学時代に何千、何万と聞いた言葉に苛立ちが積もる。てめえが俺を認めねえなんてのは好きにすればいい。だがそれだけの勝手な理由で殴られてちゃ、此方は堪ったもんじゃねえんだよ

 俺はぐっと力を入れ、机を支えにしながらもなんとか立ち上がった。そしてすぐにレベッカ・カウフマンを睨み付ける。本物の軍人がこの程度で動じるとは思わないが、それでも睨まなければ此方もやってられないのだ。しかし奴は鼻で笑うとすぐさま俺の隣を通り過ぎ、一人の生徒の前で立ち止まった

 

 「貴様もここにいたのか、出来損ないの屑が」

 

 「……カウフマン」

 

 そいつは──ボーデヴィッヒはレベッカ・カウフマンの名前を苦々しく呟いた。やはり知り合いだったのか。関係はかなり悪いようだが……

 

 「いずれ貴様は私の手で始末してやる。教官の教えを無下にし、自らの使命すら全う出来ないような輩は、この私が直々に手を下してやろう」

 

 「ふん、一般生徒が偉そうな口を叩くものだな。今のお前は黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊長ではないと、先程織斑先生に言われたことすら忘れたか?誇り高きドイツ軍人が聞いて呆れる」

 

 「なんだと……!」

 

 珍しいボーデヴィッヒの挑発的な発言にレベッカ・カウフマンが声を荒らげた。二人の間に険悪な空気が生まれる……が、直後にパンパンと乾いた音が教室中に響き渡った。全員の視線が音を出した人物──千冬姉に集まる

 

 「HRはこれで終わりだ。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合だ。今日は二組と合同で行うぞ。織斑はデュノアの面倒を見てやれ。それでは解散!」

 

 お姉様よ、俺が殴られたことはノータッチですか。俺だって千冬姉の生徒だろうに……はぁ。まぁいいや、とりあえず今はさっさと更衣室に急がなければ社会的に死ぬことになる。それはごめんだ

 

 「えっと、君が織斑君だね。僕は──」

 

 「すまん、挨拶は後にしよう。女子が着替え始めるからな。急ぐぞ」

 

 デュノアの手を取り教室を出る。その手がやけに細いように思われたのは流石に気にしすぎだろうか。というか、今になって殴られた頬が痛んできた。くそったれ、あのじゃがいも女が……!

 

 「あ……あの、織斑君?」

 

 「あぁ、悪ぃ。とりあえず今からは空いてる更衣室で着替えだ。実習の度に忙しくなるが……馴れるしかねえな」

 

 「う、うん」

 

 苛立ちの余り、やや乱暴に説明をしながら結構な速度で足を動かし、階段を下って一階へと辿り着く。そしてそのままアリーナへと向かおうとして──目の前に現れた女子生徒の群れに舌打ちが飛び出た

 

 「ああっ!転校生発見よ!」

 

 「金髪!金髪の男の子!」

 

 「面倒な……!デュノア、此方だ!」

 

 「え!ちょっと!?」

 

 あぁもう畜生が!授業前にも関わらず追い掛けて来やがって……常識ねえのかよあいつらは!デュノアの手を引きながら右へ左へ、ほとんど全力疾走で駆け抜け目的地を目指す

 

 「ちょっと!アンタ転校生から手を離しなさいよ!」

 

 「何手握ってんのよ!ありえないわ!離しなさいこの面汚し!」

 

 後ろから訳の分からない怒声が聞こえるが気にしてる余裕は皆無だ……が、腹が立つことには違いない。どいつもこいつも好き勝手言いやがって。いっそ、デュノアを囮にして走り去ってやろうか?

 

 「な、何?なんで皆騒いでるの?」

 

 ……こいつはこいつで何を言っているんだ。そんなの決まってんだろうが

 

 「女しかいない学園に新しい男が現れたからだろ。ついでに、俺がそいつといるのが気に食わないんだろうよ!」

 

 「気に食わないって……なんで?」

 

 「あぁそれは……っと、見えたぞ。ゴールだ」

 

 鬼ごっこはなんとか俺の勝ちだ。素早くアリーナの更衣室に逃げ込み、俺とデュノアはゆっくりと息を整えた。くそ、朝っぱらから走らせやがって……朝食が腹の中でシェイクされてかなり気持ち悪い。追い掛けて来た連中全員授業に遅刻してりゃいいんだ。内心で悪態をつくが、しかし俺達ものんびりしている余裕はないらしい。俺は時計を確認して本日何度目かとなる舌打ちをする。額に滲む汗を拭い、邪魔な制服をバッと脱ぎ捨てたそんな時──後ろから気の抜けた悲鳴が上がった

 

 「うわぁ!?」

 

 「……なんだよ?早く着替えねえと遅刻すんぞ?」

 

 「う……うん。着替える、着替えるよ……」

 

 ……着替えごときで普通ここまで動揺するか?なんでもいいが、頼むからあんまり変なことをしないでくれ。不信感が募るんだよ。全く落ち着かねえ……

 制服の下にスーツを着ていたお陰で俺の着替えは一分程で終わった。それはシャルルも同じだったようで、なんとか俺達は授業に間に合うことが出来た。千冬姉のお叱りを回避出来たのは良かった……が、やはりシャルル・デュノアに対する不信感だけはどうにも拭えそうになかった

 




 初見の時点で見破られていた、というかそもそも変装だとすら見られていなかったシャル。彼女の明日はどっちだ!?

 シャルの身長は154センチですが、やっぱりシークレットブーツくらいしてるだろうということで160前後ということにしています

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