岸波白野の暗殺教室 (ユイ85Y)
しおりを挟む

01.復学の時間

 

「さて、カルマ君も停学から復帰したばかりですが……E組にもう一人生徒が増えます」

 

 扉の向こうから声が聞こえる。支えが無いとまだ少しふらつく足をしっかりと立たせ、向こうから呼び出しの声がかかるのを待つ。

 

「転校生って事?」

 

「男? 女?」

 

「いえ、ある理由で休学扱いになっていた子ですよ。あと女の子です」

 

「ぃよっしゃあ!」

 

「岡島うっさい」

 

 この先は戦場だ。決戦場へと向かうエレベーターを思い出す。対戦相手も傍らの相棒もいないが、この先で戦わなければならないのはあの時と変わらない。

 

「騒ぐのは紹介の後にしましょうか。ではどうぞ、入ってきてください」

 

 呼び出しの声。深呼吸を一つしてから扉を引いた。手に帰ってくる引っかかる様な振動が、少し立て付けの悪い事を教えてくれる。

 

「おぉ……」

 

「可愛い……」

 

 一斉に向けられる視線。好奇、値踏み、不安……含まれる感情としてはこんな所だろうか。それらを一身に受けながら、教卓に立つ黄色い……何だろう、エネミーの失敗作みたいな外見の生物の横に立つ。

 

「では自己紹介をお願いします」

 

 エネミーもどきの言葉に手をあげて答える。

 これから戦いが始まる。その第一歩だ。何一つ戦ってないと足掻いたあの時のように、大きく産声を上げるとしよう――

 

 

 

 

 

 

 

「――フランシスコ・ザビ「岸波さん?」……岸波白野、です」

 

 ……やってしまった。ここぞという時の不真面目さは自重するよう言われていたが、欲求には逆らえなかった。

 だってしょうがないじゃないか。私だよ? こんな状況ではっちゃけるなという方が無理だ。だからくるっと回ってしっかりポーズも決めてしまったのは仕方ない事なのだ。

 向けられる視線が「何だコイツ」って感じのものに変わったのがわかる。あと心底呆れを含んだような声で「阿呆め」と吐き捨てられた気がした。主にオリオン手前ら辺から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも何故私がムーンセルではなくこんな所にいるのか。実際私自身よく解かってはいない。

 ただ一つ確かなのは、霊子体の岸波白野は間違いなく死んだという事だ。

 

 月の裏側で契約し、表に戻ってからも追いかけて来てくれた規格外のサーヴァント……ギルガメッシュと共に聖杯戦争を勝ち抜き、そして彼の手によってムーンセルから救い上げられた後は、二人で黄金の都市を探索していた。

 

 そしてその先で待っていたのはやはり戦いだった。多数の強力なエネミー相手に財宝を撃ちまくり、時に慢心した結果窮地に追い込まれたりと色々あった。その記憶も経験も間違いなく本物で、しっかりと私のものにできている。そうして戦いに明け暮れ未知を探求していく内に……気づかないくらい少しずつではあったが、私の魂はすり減っていった。

 人間で言う寿命。データの損傷。どんな病をも癒す王様の薬も、そればかりはどうしようもなかった。

 気付いてからは早かったと思う。指先から解けていく様な、内側から崩れ落ちていく様な感覚に満たされて行き、やがて肉体に終わりが来て、私という存在は消滅した……筈だった。

 

 

 もう浮かび上がる事の無い筈の意識が再浮上し、灯りが付けられた白い天井が目に飛び込んできた。傍らに黄金の王は居らず、起き上がろうにも体に力が入らない。そして訳の分からないまま、慌てて部屋に入ってきた白衣を着た医者らしき人物にあれこれと聞かれながら調べられることになった。

 その暫くして落ち着きを取り戻した後、医者から聞いた情報と自分の状況を照らし合わせ、ある程度の予測を立てる事が出来た。

 

 どうやら、私は所謂『転生』というものをしたようだ。

 

 医者の話によると、私の名前は岸波白野。年齢は14歳の中学二年生らしい。名前は同じなので問題がなさそうだが、SE.RA.PHでの私は高校生だったので、年齢は少し下だった。

 何故病院にいるのかという事については、どうも私は半年前に交通事故に合い、以来今まで昏睡状態だったらしい。ちなみに両親はその事故で他界したとの事。顔も名前も知らない相手だが、それでも言いようのない悲しみを感じたのは、肉体のある人間として生まれ変わったという事を受け入れた後、家族というものに少し期待していたからだろうか。

 

 そして事故から半年後、私は目を覚まし今に至るという訳である。

 

 しかし私にこの地球で生きた記憶は存在せず、事故で死んだという両親のことなど当然知る筈も無い。つまりこの肉体に宿っていた(岸波白野)は死んで、その器に私が入り込んだという事なのかもしれない。だから転生というよりは憑依というのが正しいのかな? その辺りはよく解からないが、とにかく今の私はデータでも何でもなく一人の肉体を持った人間として存在している。

 

 ちなみに記憶の食い違いや昔の事を知らないという事実に関しては、事故の後遺症という事になっており、その内思い出すだろうという事だった。色々と質問されてボロが出る事も無いので正直助かっている。

 

 整理が出来てから、まずはリハビリだった。何しろ半年間も寝たきりの肉体だ。補助なしでは立つ事さえままならなかった。手だって開閉運動が精一杯で何かを持つことも出来なかったし、内臓も弱ってたせいでしばらくは流動食だった。

 ある程度問題なく動けるようになるまでに三ヶ月近くかかってしまったのだ。医者曰く早い方らしいけど、霊子体で無茶をしていた経験が活きたという事だろうか。腹部吹き飛んでも歩いてたしね。

 そしてある程度肉体の機能が回復した頃から、私は情報収集を開始した。一つの情報が今後の方針を左右する事があるのは、聖杯戦争を通して十分理解していたからだ。そして身近な所から調べるために、ムーンセルや聖杯戦争、そして凛がいた組織やハーウェイについて調べたのだ。

 

 調べた結果、この世界にムーンセルは存在していなかった。

 それだけでなく大本となった聖杯戦争も、世界を管理する西欧財閥も、それに対抗する中東の組織も何もない。私がいた元の世界との大きすぎる違いだった。こちらの世界でも彼らに会えるかもしれないと考えていたこともあって、しばらく気持ちがどっぷりと沈み込むくらいの衝撃を受けた。

 もしかしたらオリオン手前の霊子虚構世界は存在してるのかもしれないが、観測する術がない以上は調べられない。

 それでもなんとか立ち直ってリハビリに励んだ。もともと私がこうしてこっちにいる事が原因不明の奇跡のような事なのだから、それ以上を望んでも仕方ない。全ステータスがEランクだった時と一緒で、あるもので満足してその上でどう行動するかだ。

 

 そしてそんな生活が続いたある日。身の回りの事が補助なしでも問題なくなってきたという事もあり、学校の方から先生がやって来た。

 

「はじめまして岸波さん。貴女が通う椚ヶ丘中学校の理事長、浅野學峯です」

 

 まさかの理事長。もっと下の役職の人が来るのかと思っていたが、たまたま時間があったから理事長様が来たらしい。

 

 来た理由としては私の学力調査だという。何でも私が通っていた椚ヶ丘中学校は成績が極端に下がったり、素行不良や校則違反などをした生徒が移るE組という所があるらしい。事故で眠っていた分は公欠扱いとしてくれるそうだが、そのまま進級という訳にもいかないのだとか。なので私が事故に合った時期の範囲で作った専用のテストを行い、それが平均以上なら無事進級という事だった。その場合、半年分の授業はリハビリ期間中に詰め込んでいく形になるらしい。

 正直に言って自信はあまりなかった。この肉体の持ち主だった私は進学校でも優秀な成績を収めていたらしいが、今の私はまともな教育なんて受けていない。まぁそれでも中学生のテストならどうにかなると思っていた。新種のエネミーでも財宝ぶっぱでどうにか出来ていたし、それほど心配はしていなかったのだ。その結果……

 

『あなたの学業成績は当校の基準に適しないため特別強化クラスへの移動を指示します』

 

 はい、負けました。あれ問題じゃない。問スターだよ問スター。中学生ってこんな難しい勉強してるのかって衝撃を受けた。英雄王の体力が初手のスキルで7割削られたくらいの衝撃だった。

 とにかく私の学力は、自分が思っていたよりも酷いものだったらしい。仕方ないと言えば仕方ないのだが、それは言い訳でしかない。学力が足りないのならばつけるしかないのだ。幸い送られる先は特別強化クラスなので、卒業するころには多少なりともマシになっているだろう。

 

 そして私のE組行きが決まった約1か月後。教科書を読んで自習を続けていた私は、気分転換のつもりでテレビをつけた。

 

『月が! 爆発して7割方蒸発しました! 我々はもう一生三日月しか見れないのです!』

「――ムーンセルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ!!!???」

 

 絶叫した私を誰が責められようか。ムーンセルじゃなくてただの星だという事は理解しているが、叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 宇宙人の侵略とか謎の実験とか色々と説は飛び交っていたが正解は不明で、世間どころか世界を騒がすビッグニュースになった。私もこの事については色々と情報を集めていたが、集まってくるのは噂の域を出ないものばかり。国の中枢にハッキングでもするかと考えたが、それには色々と準備がいる。退院してからにしようと思い、リハビリに力をいれた。

 

 そして無事退院し、顔も知らない両親が残してくれた一軒家に帰ってから暫くした頃、ハッキングをするまでもなく、思いもよらない所から正解がやって来た。

 

「……という訳で、病み上がりの君に頼むのも酷い話なのだが、E組に所属する以上君にも暗殺に参加してもらいたい」 

 

 明日から学校という時に家にやって来た防衛相の烏間さん曰く、私が行く予定のE組の担任が月を破壊した張本人であり、来年3月には地球も爆破する予定だという。当然阻止のために殺そうとしたが、火器の類は一切効かず、本人はマッハ20で移動するため捕まえられない。しかしその超生物が言うには、椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいらしい。政府は理事長と交渉し、この要求を受け入れたとの事。そして至近距離から暗殺の機会がある生徒に殺し屋の真似事をさせようというのだ。

 色々と聞きたい事はまだあったが、それがE組に所属する条件だと言われてしまえばこっちにイエス以外の選択肢は無い。

 

「そうか。では奴に効く弾とナイフ、そして銃を支給しておく。他の皆より訓練に遅れは生じるだろうが、そこは頑張ってくれとしか言いようがない。俺も体育教師としてE組にいるから、何か困った事があれば言ってくれ。可能な範囲で対処しよう」

 

 そう言って烏間さん……いや、烏間先生は帰って行った。残されたのは銃とナイフ。

 

「はぁ……まさか、また戦いの日々になるとはねー……」

 

 しかも今回はサーヴァント無しで自分が動かなきゃならないという、今の私の状態を考えるとハードモードな条件だ。……だが、それが何だというのだろうか。ハードモードなんて今更だ。記憶も無く力も無い、死にたくないという願いだけで戦う事を決めたあの時に比べれば全然イージー。武器も記憶も願いもある。

 受肉したという事実を受け入れた時に決めた願い。この世界は彼のものではないけれど、余す所無く自分の庭だと言ったんだ。彼が生きた歴史もあったし、別世界でもそれは有効だろう。

 

 ――この世界を見て回る。

 

 そのためにも、この新たな戦いに勝たなければならない。彼の庭を壊していいのは彼だけだ。断じて超生物に許される事ではない。だから私は戦おう。彼の王が愛し見届け、いつか見せてやると言ってくれた風景を見るためにも。

 

 この手でもう一度、自分の意思で戦おう――。




初めまして、ユイ85Yという者です。
様々な作品を読んでいる内に「自分も書いてみたい」と思い、執筆に至りました。

頭の中に浮かんでるものを文章にするって大変。他作家様の凄さを改めて思い知りました。

一応ラストまでの流れは頭の中にありますが、先は長そうです。


ザビ子編入は原作『毒の時間』の朝になります。つまりこの日の放課後正直な毒殺が発生します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.級友の時間

今後の展開を考えて、「金女主」タグを追加しておきました。
ガールズラブのタグは入れるかどうか考え中…

では二話をどうぞ。


 

 自己紹介で盛大にやらかした後、質問タイム……とはならなかった。

 私が答えられることは『聖杯戦争を勝ち抜いた岸波白野』としての事で、『椚ヶ丘中学校所属の岸波白野』の答えは導き出せない。その辺りは事故の後遺症によって記憶の欠落があるという事でどうにでもなるが、この中には私と親交があった生徒もいるかもしれないという事を考えると、記憶を失う前と後であまりに違いがありすぎた場合面倒な事になる。記憶に一部障害があるという言い訳は優秀だが、使いすぎると逆に胡散臭い。肝心な所をごまかす程度にしておくべきだろう。

 殺せんせーと名乗ったこの担任が記憶障害の辺りを上手く説明してくれたおかげで突っ込まれることも無く、大変だなぁという程度の認識に収まったのがクラス全体の雰囲気で分かる。

 

「では授業を始めましょうか。あぁ、岸波さんの席は一番後ろの……赤髪の彼の隣ですね」

 

 生徒の名前が分からない私にも分かり易いよう特徴で席を教えてもらう。男子列の最後尾で赤髪の少年がヒラヒラと手を振っていた。

 

「赤羽カルマでーす、よろしく」

 

「……カル、マ?」

 

「あーうん、業って書いてカルマ。呼びにくかったら苗字でもいいよ」

 

「いや、大丈夫。一文字違いの知り合いがいたからビックリしただけだから。よろしくね」

 

「へぇー。珍しい名前だと思ってたけど、案外他にもいるんだね」

 

 そうこうしている内に授業が始まる。チョークと教科書を持って教卓に立つその姿を見ると、どうやら本当に教師をしているらしい。逃げ回るのが面倒だから適当な条件を付けて名ばかりの教師でもやってるのではと思ったが、他の生徒の様子を見ると何事も無く勉強に励んでいる事からこれが普段通りの光景なんだろう。というか板書のスピードがとんでもない。一瞬触手を振るったら数式が黒板にビッシリと並んでる。対サーヴァント戦で培った目のお陰で何とか軌道は追えるものの、正確に見切るのは無理そうだ。

 

 というか、授業中なら狙えないだろうか? 板書の為に生徒達には背を向けているし、授業をするという事はそれだけ考えて喋る必要がある。思考のリソースを授業に裂いている以上、不測の事態には弱い筈。殺される可能性がある以上少しは警戒しているとはいえ、全員でかかれば僅かなりとも可能性はある筈だ。それとももう試した後なのかな?

 

 ……試してみるか。

 

 右手でノートを取りつつ、出来るだけ平静を装って机に入れた銃へ手を伸ばす。タイミングは板書の為に黒板を向く一瞬。服で隠せない頭へ向けて――

 

「あ、そうそう岸波さん」

 

「ッ! え、な、何です、か?」

 

「授業中の暗殺は禁止です。ここは学校ですからねぇ、授業はちゃんと受けるように」

 

「……はい」

 

 手にした銃を机に戻す。そうだ、ここで殺せる殺せないは別として、私は成績がヤバいんだった。なら勉強できるときにしておかなければならない。それに戦うにしても情報が少なすぎる。私よりも情報を持っている他の生徒が授業を受けているんだったら、授業中の攻撃は止めておくべきだろう。今は決戦じゃなくて準備期間。相手のマトリクスを集める事に集中しなければならないんだから……。

 さっきから聞いているが殺せんせーの授業は解かり易いし、学生らしく勉強に励むとしよう。今気づいたが普通の授業というのも何気に初体験なのだし、出来る範囲で楽しむことにしようかな。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 休み時間になると、案の定というか何というか。私の周りには人垣が出来ていた。やはり転校生・転入生の類は珍しいのだろう。私は復学だけど、見ない顔が増えるという意味では一緒なのだし。話しかけてくる割合は男子よりは女子の方が圧倒的に多い。話しかけてくる男子も、どっちかというとコミュ力高めの爽やか系とかそんな感じがする。一人男子の制服を着た女子がいたがあれはいいのだろうか……。

 しかし『記憶に障害がある』という設定だからか、所謂「私のこと覚えてる?」というような質問は一切やって来ない。こちらに配慮してくれているのか、あるいは全クラスから集められたこのクラスで私と親交がある人がたまたまいないのか……どちらにしても全員と初対面から関係を構築できるという状況は諸手をあげて歓迎したいのだが、流石に元の私のコミュ力とかそういうのが心配になってくる。

 

「んー……何か、やっぱり岸波さんちょっと変わったかな?」

 

「え……そうなのか?」

 

「うん。何か記憶してるイメージと違うなーって」

 

 色々と話を聞いていると横から声を掛けられた。どうやら私を知っている人がいたらしい。不破優月と名乗ったその生徒は、私になる前の岸波白野とある程度の親交があったようだ。というか声聞いた時は凛の声だと思ってびっくりした。思わず「凛」って言いそうになったほどだ。このクラスには凛香って人がいるだけにややこしい。

 以前の私がどんな人物だったのか聞いてみた。

 

「ん~……何というか、良い言い方をすると儚げなお嬢様? 何かそこにいるのにいないみたいな……近寄り難い雰囲気はあったかな?」

 

「お、お嬢様……?」

 

「うん。何か誰に何聞かれても丁寧な言葉で当たり障りなく答えてたよ。人付き合いが苦手なのかなって認識だった」

 

 だから最初のアレはびっくりしたなーと言いながら不破さんは笑う。

 どうやら私は随分とそっけない人物だったらしい。これなら多少は記憶の齟齬も「こういう人物だったのか」という相手方の解釈で誤魔化せるかもしれない。

 

「ちなみに悪い言い方をすると?」

 

「……可愛いからってお高く留まってる人、だったかな」

 

 まぁそんな態度なら仕方ないだろうね。

 しかし可愛い、か。一集団の中で三番目って言われた評価だったが、どうやらそれなりには当たっていたらしい。

 その後は不破さんから仲良くしたいとの評価を頂き会話は終了した。「同士の気配がするんだよね!」と言っていたが、どういう事だろう、辛党なのかな?

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 その後も授業は続き、やがて昼休みになった。

 授業はというと、教科ごとの担当教師が別で控えているという事も無く、全て殺せんせーが教えていた。しかも途中であった小テストは一人一人で内容が違うらしい。通りで私の問題が授業に比べて優しいはずである。

 そして休み時間には誰かしらが私のところへ来て色々と話をすることが出来た。こういう時、転入生という立場は自ら動かなくても情報が入ってくるのでありがたい。

 

 色々と話を聞いた所、クラス全員が程度の差はあれど現状を受け入れているのが窺えた。なにせ殺せば百億円だ。それだけの額を掲示されれば、ただの中学生は積極的になるだろう。それに世界の命運がかかっているともなれば尚更だろう。

 でも全員が一致団結して、という訳にはいかないらしい。一人で殺せば賞金総取り、集団で殺せば分配という制度である以上、個人の先行は仕方ないのかもしれない。

 

「岸波さーん、お昼食べよー」

 

「あ、うん」

 

 クラスの前の方から矢田さんが弁当を片手にこっちへ来た。特に断る理由も無いので、校舎の把握も兼ねた場所探しは放課後に回そう。

 

 矢田さんは生徒の中でも暗殺に積極的な方らしい。自ら先頭に立ってナイフや銃を振るう実働部隊だ。この前も殺せんせーが南極の氷でかき氷を作っている時に数人で襲い掛かった事があり、その時はナイフとチューリップをすり替えられたと聞いた。殺せんせーの速さに笑うしかないが、握りこんだナイフをすり替えられるという事は力もそれなりにあるのだろうか? その辺りは調査が必要かな。

 

 そして矢田さんを語る上で外せないのは、その中学生という年齢にしては非常に豊かな胸である。推定は凛以上桜未満と言った所か。年齢を考えると巨乳と言えるその双丘は窮屈そうに制服を押し上げているのがその大きさを強調している。

 巨乳というだけならそれこそB~A+ランクであろう桜やBBにキアラ、間違いなくEXランクのパッションリップを知っているので、彼女たちと比べれば小さいと言えるだろう。しかし中学生という性に本格的な興味を抱き始める多感な時期において、本人のルックスや大人へと成長途中な時期特有の危うさ等が合わさり、記憶にある彼女たちとは別ベクトルのエロスを有している。今も座るために前かがみになった際、少しだけ開けた胸元からブレストバレー(小)がこんにちわした。リップの時みたく手を突っ込みたい衝動に駆られる。

 

「岸波さん?……何だか、目が怖いよ?」

 

「あ……いや、な、何でもないデス、ヨ?」

 

「? そう?」

 

 危ない、あやうく変態の烙印を押されるところだった。こういうのは一度でも警戒されてしまうと元の状態に戻すことが極めて難しい。距離を取られるというのは現状あまり褒められる事ではないのでその辺りは気を付けなければならない。

 ちなみにこれは情報収拾や技術学習の観点からの理由であり、断じて女子特有のいちゃつきが出来なくなるからという訳ではない。ないったらない。

 そんな事を考えてたが、食べないの? という矢田さんの声で意識が現実に引き戻された。ゴメンと謝って鞄から弁当を取り出した。

 

「あれ、ご飯とスープだけ? おかずは?」

 

「ん?」

 

 まぁそう思われるのも無理はないか。何せタッパーのご飯はふりかけも何もない白一色、別のおかずは存在せず残りは魔法瓶だけだ。

 

「あ、カレーか何か?」

 

「惜しい。麻婆豆腐でした」

 

「にゅやっ、麻婆ですか。先生もこの前本場まで食べに行きましたよ」

 

「本場って……速いなぁ」

 

 後ろから殺せんせーの声が聞こえた。風を切るような音もしてるから、誰かがナイフで暗殺を試みてるんだろう。ちらっと見ると残像を作りながら数人のナイフを躱していた。そしてその途中で攻撃している生徒のヘアスタイルを整えたりもしてる……何で?

 でもちょっと購買行ってくるみたいな感覚で国を越えるってどれだけ速いんだか。最高速度がマッハ20なら、凛が連れてた青いランサーよりも速いんだろう。でも彼の槍なら捉えられそうだ。

 にしても本場か。いつか本場の麻婆も食べてみたいな……どれくらい辛いんだろう。そんな事を考えながら魔法瓶の蓋を開けた。

 

「ぅえ゙っ!?」

 

「にゅや゙ぁっ!?」

 

「うわっ……」

 

「……?」

 

 何か周りから悲鳴とか引く様な声が……? ちなみに上から矢田さん、殺せんせー、カルマだ。

 

「き、岸波さん……? それ、ナニ?」

 

「え? 麻婆豆腐だけど」

 

 麻婆豆腐。

 ――それは、ただ唐辛子が山のようにぶち込まれた一見雑な料理にも見えるが、豆腐を口に含んだ瞬間舌を焼く刺激がたまらない味覚をもたらす。

 そう、辛さこそ至高、辛さこそ究極の味覚。言峰神父にそう教わって以来あの麻婆にすっかりハマってしまった私は、こちらでもあの味を再現する事に成功したのだ。

 言峰神父に高額な金を払ってレシピを買っておいて正解だった……!

 

「いや……でも、その。赤いよ?」

 

「?……麻婆は赤い物でしょ?」

 

「いや、それにしたって限度が……」

 

「……まぁいいや。いただきまーす」

 

 麻婆を一口。何かまた周りがうるさいけど気にしない事にする。

 うん、辛い。何度もお世話になったあの辛さが、口の中へまるで瀑布の様に押し寄せる。マグマのような辛さが全身に染み渡るのを感じる。口にするたび脳を焼く、この辛さこそ価値ある刺激だ。

 

 だがまだだ。まだ腹は満たされない。刺激がまるで足りていない。

 

 矢継ぎ早に二口目を頬張る。そしてまだ一口目の辛さが引いていない口の中に広がる先程以上の辛さと旨味。言峰神父直伝の味が今此処に。頬も綻ぶというものだ。

 どうして王様はこの麻婆が苦手なんだろう。こんなに美味しいのに……。これを主食にしたら即刻契約を切るとまで言われたっけ。

 

「おい、普通に食ってるぞ……」

 

「あんなに辛そうなのに、平気なのか?」

 

「いや、見た目ほど辛くないんじゃないか? カレーとかそういうの多いじゃん」

 

「でもあの色は……」

 

 なんか外野がやいのやいのと煩いな……。自分たちの食事はいいんだろうか?

 にしても白米は失敗したかもしれない。量が増えるというのはいいが、辛さが緩和されてしまう。これなら麻婆を倍量持ってきた方が良かった。

 

「あの、岸波さん。辛くはないんですか……?」

 

「? 辛いけど美味しいですよ」

 

「いや、見た目相当辛そうなんですが……」

 

 それは辛すぎて味が判らないのではという事だろうか? 確かに辛いがそんな事は無い。感じた直後に掻き消えるけど豆腐の甘味もちゃんとある。

 

「あ」

 

 そうか、そういう事か。

 殺せんせーの言動から大体の思惑を察したので、一口分の麻婆をレンゲに掬う。

 

「殺せんせー」

 

「何ですか?」

 

「――食べる?」

 

 ひょいっと、レンゲを殺せんせーの目線の高さまで持っていく。

 

「え゙っ……えっと、その」

 

「食べないの?」

 

 おかしい。味について色々聞いてくるというのは「一口頂戴」という意味が裏側にあるんだと思ってたけど、違うのかな?

 何か顔色も変だし。いや、常に黄色だから元々変なんだが、今は何て言うのやら、山吹色? みたいな色だ。

 

「やっぱり人に勧めるくらいだから辛さは控えめなんじゃないか?」

 

「んー……そう、なのか?」

 

「駄目だって殺せんせー! 食べたら死ぬ辛さだってアレ!」

 

「いや死ぬんだったらそれでいいだろ」

 

「あっそっか」

 

 周りの人たちも色々と言っているが、要約すると「食べても大丈夫なのか?」という事だった。私はこれを主食にしてもいいと思えるくらいなので大丈夫に決まっているだろうに。あと倉橋さん、だっけ? 倉橋さんはこれの辛さを大げさに捉えすぎだと思う。

 

「……い、頂きます」

 

 暫く悩んでたみたいだけど、やがて覚悟を決めた様な表情で私の手からレンゲを受け取った。いや、何の覚悟を決める必要が……?

 

「…………いざッ!」

 

「「「いったッ!!」」」

 

 いや、だから殺せんせーといい周りといい、たかが麻婆一口に何をそこまで緊張感を持つ必要が……?

 

「…………」

 

「「「…………」」」

 

 口にレンゲを運び、その状態で静止してしまった。周りもそれを固唾を飲んで見守っている。今攻撃すれば簡単に当たりそうなんだけど、しないのかな?

 暫くこのままかなと思っていたら、変化は突然現れた。

 

「―――にゅぐッブァあッハァア!!???」

 

 そんな感じの悲鳴と共に、殺せんせーの顔から無数の棘が生えた。よく見たら触手の先も尖ってる。

 顔色は……何アレ? 赤黒い、麻婆色?

 

「「「やっぱり!!!」」」

 

 やっぱりって何!?

 

「かっか、か……こふぁあ……!」

 

 何とも形容し難い悲鳴を上げながら、殺せんせーはビクンビクンと痙攣している。口から煙とか出てるし、何があったのだろう。やっぱり超生物だからこんな事も起こるのだろうか。

 

 と思ってたらその殺せんせーに近づく影が。カルマだ。まぁこんな隙だらけの状況で狙うなっていう方が無理だもんね。誰か動くだろうと思っていたので準備していたエアガンを構える。

 カルマの進行方向や姿勢から狙いを把握して、それの補助になる様に銃を撃つ。学校に来る前にある程度練習はしているがそれでも狙った所に当てるのはやっぱり難しい。カルマの邪魔にこそならないが、狙いは大きく逸れてしまった。もっと練習しなきゃ。

 

 私の弾とカルマのナイフが当たる――瞬間、殺せんせーの姿が消えた。

 

「……今のは、本気で死ぬかと思いました……!」

 

 と思ったら私の後ろにすぐ現れた。

 顔色も元に戻って、触手も鋭角的なものから丸いものに戻ってる。尋常じゃない量の汗だけど、まぁ辛いもの食べたら汗くらい出るよね。

 

「殺せんせー、凄い事になってたけど……」

 

「えぇ……尋常ではない辛さでした。水ガブ飲みしてもまだ辛さが引いてませんよ……」

 

 戦慄の表情で殺せんせーはその後も私の食べてる麻婆が如何に辛かったかを語ってくれた。そして殺せんせーが感想を言う度に、クラスメイトの私を見る目がまるで人外の生物でも見てるかのようなものになっていくのだ。いや、人外の生物はそこにいますからね?

 

「何と言いますか……口の中でミサイルが爆発した様な味といいますか……ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな味といいますか……」

 

「よく解からんが辛いって事だけは解かるな……」

 

「というか殺せんせーだから何とか無事だったんじゃないか?」

 

「あり得ますね……辛すぎて一瞬理解できませんでしたから……」

 

「じゃあ俺らが食ったら……器官とかやられて、死ぬ?」

 

 全員の目が私に向けられた。何か色々と話してる最中にも食事を進めていたので、麻婆は残り二口くらいにまで減っていた。やはり白米を持ってきたのは失敗だった。明日からは魔法瓶を倍にしようそうしよう。

 クラスメイトも殺せんせーも無言で見つめてくるため、教室が異様な静けさに満ちる。

 

 ……ふむ。

 

「―――食べるの?」

 

「「「「「食べるか(ない)(ません)!!!!!」」」」」




名前の呼び方ですが、EXTRA同様名前の呼び捨てでも良いかと思ったのですが、読みやすさを優先するため『苗字+さんor君』又は『名前呼び捨て』で行こうと思います。
あと、麻婆ネタは今後もそこそこの頻度で出てくる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.毒殺の時間

前回冒頭で触れたガールズラブに関してですが、明確な描写があるわけではないのでつけないでおきます。
いずれイケ魂:EXなザビ子が建築士するだけなので……
では3話をどうぞ。


 

 味覚においてのみ私が超生物から人外認定された昼休みも終わり、その後の授業も滞りなく進んでいった。いや、時折殺せんせーが「あがってきた」とか言って水を飲んでたから滞りなくとは言えないか。

 というかあの麻婆そんなに辛さ残るのかな? 私はそんな事も無いんだけど、超生物だからなのかな。

 

「お菓子から着色料を取り出す実験はこれで終了! 余ったお菓子は先生が回収しておきます」

 

 今日最後の授業である理科の実験が終わった。実験で使ったお菓子は各自用意する物だったのだが、そんなことを知らされていなかった私はカルマの分を分けてもらって無事実験を終えることが出来た。そういう連絡はちゃんとしてほしい。

 

「給料日前だから授業でおやつを調達してやがる……あれ買ったの俺等だぞ」

 

「地球を滅ぼす奴がなんで給料で暮らしてんのよ」

 

 殺せんせー給料で暮らしてたのか……いや、教師として在籍してる以上それは当然なんだろうけど、何にお金を使ってるのやら。そしてお金を使わずに糧を得ようとしている辺り、金欠なのだろう。何となくハサン呼ばわりされていた時の事を思い出す。

 あれは本当に屈辱的だった……今思い出してもあの時の態度は酷かった。まぁ確かにお金は無かったけど、あれ程までに見下さなくても良かったんじゃないかと思う。何なんだ貧しさが移るって。移るか……いや、思い返せば表に付いて来てくれた時、「家財の九割を落としてきた。暫しの赤貧、甘んじよう」とか言ってた記憶が……あれ、まさか本当に私のハサンが移ったのか?

 

 とまぁそんな事を考えていたから、突然聞こえてきた声に我が耳を疑った。

 

「毒ですっ! 飲んでください!」

 

 びっくりしてズッコケた。それは周りの人達も同じだったらしく、何かお笑い番組で見るみたいな前傾姿勢になっていた。

 

「奥田さん……これまた正直な暗殺ですねぇ」

 

「わ、私……他の皆みたいに不意打ちとか上手く出来なくて……でもっ! 化学なら得意なんで真心込めて作ったんです!」

 

 私の場所からは奥田さんの表情は見えない。しかしその声色は真剣そのものだ。

 でも正直その殺り方はどうなのかと思ってしまう。こと毒に関しては正真正銘のプロフェッショナルであるロビンフッドを知っている分、この暗殺が如何に間違っているかがよく解かる。

 

 そもそも毒というのは如何に相手に気付かれないように仕込むかがポイントだろう。あらゆる手段を用いて井戸の中や食料にこっそりと仕込むのが普通は正解だ。それは過去様々な戦争が証明している。

 その考え方で行けば、奥田さんの方法は0点、いやマイナスだ。毒を飲めと言われても受け取る人はいないだろう。罠と呼ぶのも烏滸がましい見え透いた仕掛け。隠蔽されてないBBチャンネルのスイッチがあったら私だって絶対避ける。流石に殺せんせーもこれに引っかかったりは……

 

「それはそれは。では頂きます」

 

「あ、飲むんだ」

 

 思わず口に出してしまった。飲むんですかそうですか……。

 まるでそれがジュースか何かであるかのように、殺せんせーは何の迷いも無く試験管の中身を飲み干してしまった。そしてそれによる変化は直ぐに現れる。

 殺せんせーの体が痙攣しだす。まるで本当に毒物の被害にあっているかの様に。これは決まったのか? 奥田さんが百億総取り……?

 

「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが先生には効きませんねぇ」

 

「……そうですか」

 

 効いてなかった。にょきって感じでツノが生えただけだった。毒を飲んでツノが生えるっていうのもどうなんだろう。あの触手ボディに何がどう作用しているというのか。それはそれで興味深くもあるけど。

 

 その後残った二本の毒薬を飲むも、殺すどころかダメージを与える事すら叶わなかったらしい。というかそれならわざとらしい呻き声とか止めてほしいよ。無駄に迫真の演技だから「やったか!?」って思ってしまう。それで裏切られるのはお約束だよねって横で不破さんが言ってたがそんなお約束はいらないからね。

 ちなみに残り二本の変化だが、酢酸タリウムを飲んで翼が生え、王水を飲んで真顔になった。顔文字みたいな真顔と誰かが言っていたが正にそうだと思う。普段から環境依存文字のアイコンみたいな顔してるしね。

 

 

「それとね奥田さん、生徒一人で毒を作るのは安全管理上見過ごせませんよ?」

 

「……はい、すみませんでした」

 

放課後(このあと)時間あるのなら、一緒に先生を殺す毒薬を研究しましょう」

 

「!……はいっ!」

 

 そう言って、殺せんせーと奥田さんは二人並んで廊下へと消えていった。標的と一緒に作る毒薬というのはどうなんだろうか……後でそれを飲むのが自分なんだから、効く毒なんて絶対に教えない気がする。

 ともあれ、奥田さんの暗殺は失敗した。人体に有害な毒でも効かないという情報が分かっただけでも僥倖だが、あの暗殺の方法では仮に効果がある毒を作ったとしても盛れる可能性はゼロだろう。

 

「あれ、岸波さん帰るの?」

 

「私らバドミントンやるけど一緒にやんない? ナイフ慣れなきゃでしょ」

 

「んー……ゴメン、今は体力回復が先でさ。技術云々はその後かな。また今度誘ってよ」

 

 倉橋さんと中村さんからの放課後のお誘いを断り、学校を後にする。ナイフに慣れるというのも大事だが、体力を戻すのが先だろう。

 日常生活に支障が無い程度には回復した私の肉体だが、その日常生活が暗殺の毎日という事になれば当然基準が変わってくる。この暗殺教室の生徒として見た場合、私は健康体どころか虚弱と言われても可笑しくないだろう。実際、今日は登校で山道を登るだけで息が上がったんだから、この認識は間違ってない。

 それに私にはこの辺りで暮らしていた記憶も無い。何を買うのにどこに行けばいいという情報すら皆無だ。なので地理の把握も兼ねて、今日は色々歩き回ってみるつもりでいる。何なら夕飯も外で済ませてしまってもいいだろう。

 

 ……この時の私は知る由もなかったが、私が帰った後の教室では「毒で顔色変わるだけなら、死に掛けたとまで言ったあの麻婆は矢張り毒以上の何かなのではないか」との話題が持ち上がり、私の人外度数が跳ね上がったらしい。解せぬ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「今日はこんな所かなぁ」

 

 太陽が沈み始める頃、近辺を粗方探索した私は、たまたま見つけた料理屋で少し早めの夕食を摂っていた。帰りの事も考えると、ここで何かお腹に入れておかないと厳しい。

 調査の結果、この辺りは住宅街が広がっており、人目に付くことを考えると暗殺に使えそうな所は無かった。暗殺したい生徒は殺せんせーの携帯に連絡を入れればいいらしいので、罠を仕掛ければどうにか出来そうではあるものの、矢張り一般人に見つかるリスクと天秤に掛けると……といった所か。この辺りはSE.RA.PHでなく地上で行われていた聖杯戦争の考え方が応用できそうだ。

 

 魔術も国家機密も秘匿すべきという一点では変わらない。だから聖杯戦争は人目を避けて夜間に行われたり、事前に人払いの結界を張っておいたりするのが当然らしい。もしこれを破ったりするサーヴァントがいた場合、その陣営を除く全陣営が聖杯戦争を一時中断して結託、袋叩きにあうなどといった事もあったそうだ。ムーンセルの校舎の図書室でそんな感じの文献を見た記憶がある。

 これが聖杯戦争だから袋叩きなんて四面楚歌に陥ったと言えるが、同時に聖杯戦争だから袋叩きで済んだとも言える。もし国家機密が漏えいするなんて事になれば、袋叩きでは済まないだろう。うん、暗殺は校舎及び裏山でのみ行うという大前提は崩さない方が良さそうだ。

 

「おじさん、替え玉頂戴」

 

「あいよ」

 

 そんな事を考えながら、新しくやって来た替え玉を少しだけ温くなったスープに沈める。ラー油をこれでもかと回しかけ、ずるずるっと麺を啜る。そう、今私が食べているのはラーメンだ。何気に初体験だったりする。何でもネットでは「ある意味で日本食代表」とまで言われていたので一度食べてはみたかったのだ。

 

「……あれ、岸波?」

 

「え?」

 

 ふと。入り口ではなくカウンターの方から声を掛けられた。顔を上げてみると……何だろう、へちまみたいな顔をした同年代の男子がいた。この顔はつい数時間前に教室で見た記憶がある。確か名前は……

 

「えっと……」

 

「あー、そういや自己紹介してなかったっけか。村松だよ。村松拓哉」

 

「村松君か。村松君……うん、覚えた」

 

 どうやら自己紹介もされてなかったらしい。道理で名前が出てこない筈だ。

 

「で、何でここにいるの? バイト?」

 

(ちげ)ーよ。手伝いだ手伝い。ここ実家だから」

 

「……そうだったのか」

 

 言われてみれば向こうで寸胴鍋をかき混ぜている店長と顔が似てる気がする。

 

「で、お前は何でうちでラーメン食ってんの?」

 

「あぁ、リハビリも兼ねて歩きながら、この辺りの地理を頭に叩き込んでたの。それでお腹減ったから」

 

「んでうちのラーメンか……」

 

「うん」

 

 会話が一段落したので再び麺を啜る。んー、麻婆味のラーメンとかやってないかな。ないか。

 

「んで、味どうだ? 不味いだろ?」

 

「うん、美味し――……え?」

 

 ……何だか、今日は自分の耳を疑う事が多いな。聞き間違いでなければ村松君は今、自分の実家がお金を取って出している商品を不味いと言ったような……?

 

「親父にも言ってんだけどな。どれだけ言ってもレシピ変えやがらねぇ。俺がガキの頃から不味いまんまだ」

 

「そうかな? 私は美味しいと思うけど」

 

 ラーメンを食べるのが初めてだから他と比較が出来ないけど、ちゃんと料理として纏まっていると思う。

 

「……お前、やっぱあの麻婆で味覚壊れてんだよ。絶対」

 

「失礼な」

 

 仮に私の味覚が壊れてるんだとしたら原因は麻婆じゃない、テロい金星料理だと思う。あれを完食した身からすれば、食べて大丈夫な物というだけで大抵の物は美味しく頂ける。何で文房具を煮込んだらシチューになるのか。『調理したものがこちらになります』のチート技を使っても無理だろう。

 というか仮にこのラーメンが本当に不味かったとして、自分の家の物をそこまで言うのもどうなんだろうか。

 

 結局その後、替え玉をもう一つと村松君が作った餃子を頂いてお店を後にした。ラー油の量に引かれた以外は普通の食事風景だったと思う。

 外はすっかり日が落ちて暗くなり、いくつかの星が顔を覗かせていた。その中には当然、強制的に三日月にされた月もある。

 

「……ギルでも出来そうだな」

 

 殺せんせーに抉られた痕を見て、何となくそう思った。ギルの宝具なら抉るどころか消し飛ばしてるかもだけど。

 ……月が突然消え去りました。私たちはもう一生お月見が出来ないのです……うん、無い。明らかに大事件なのに危機感がまるで無い。

 火照った顔に当たる、ほんの少しだけ冷たい春の風が心地良い。月を背にして帰宅を急ぐ……明日は奥田さんに毒薬がどうなったか聞いてみよう。




まだ原作の毒の時間が終わらない…
あと2話くらいで原作2巻に進める予定。

思ったよりも多くの人が見てくれてて嬉しいです。これからも頑張りますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04.疑問の時間

この時期は仕事が忙しくて投稿ペースが落ちそうです……
では4話をどうぞ。


 

 次の日の朝。碌に舗装もされていない通学路という名の山道を歩きながら、殺せんせーが毒を……そして奥田さんをどうするつもりなのかを考えてみた。

 大前提として、奥田さんの毒作りは失敗するだろう。いや、毒そのものは出来上がるだろうが、それが効く可能性は皆無であると言った方が正しいか。それはまぁ当然だろう。仮に自分に効く毒を教えた所でそれが完成すれば飲むのは自分だ。それで飲むならただの自殺だし、そもそも自殺するならそんな回りくどい事をしなくてもいい、生徒が仕掛けてくる暗殺を避けなければいいだけだ。

 なので殺せんせーが奥田さんに教える先生を殺せる毒薬は間違いなく偽物。その偽物がどういうものなのかはわからないが、本物を作るメリットが無い上でのあの提案なのだから、偽物を渡すことに意味があると考えるべきか。

 

 偽物を渡して、つまり奥田さんを騙して殺せんせーはどうするのか。無駄な努力だったと笑う? 暗殺の気概を削ぐ? まさか本物を渡した上で危機回避能力を見せつける?

 ……駄目だ。考えの基となる情報が少なすぎる。教師(ターゲット)生徒(アサシン)という関係性が複雑に絡み合ったこの状況を考えると、入ってきて日の浅い私では考えの及ばない所が多すぎる。もう少し奥田さんと話をしてみて、情報を充実させてからのほうが良いだろう。

 というか思いつくのが悪意に満ちた選択肢ばかりだ。王様から変な影響でも受けていないか心配になってきた……ないよね?

 

「しかしきっついな……」

 

 山道を歩きながら、自然とそんな言葉がこぼれる。リハビリでそれなりの筋力が戻っているとはいえ、病み上がりの肉体にこれはキツイ。更に体育では暗殺訓練を行うんだから、下校できる頃には体力を使い果たしているだろう。歩くスピードも遅いので、その分早めに家を出なければいけないのも地味にキツイのだ。

 原因が事故である以上仕方が無いとはいえ、毎度毎度他の人達よりハンデを抱えているという事を嘆きたくなる。マスター適正の低さからステータスがオールEだったり、眠りすぎた弊害によるAUOだったり……

 

「ま、仕方ないか」

 

 溜息を一つ。意識が健在であればいくらでも無茶が出来た霊子体とは違い、今の私は生身の人間なのだ。

 

「……あ、そういえば」

 

 肉体を得た、という所でギルガメッシュが言っていた事を一つ思い出した。

 あれは黄金の霊子虚構世界を旅している時だったか。愉悦というものが何なのかがあやふやだった私に対して王様がしてくれた、愉悦……というよりは楽しむ事全般、欲に関する話だった気がする。

 

『愉悦が判らぬ?……貴様、もしや気付いていなかったのか? それにしては随分と……いや、言うまい。これは貴様が己で悟るべきもの。我は貴様が己に気付いた時の顔を愉しみに待つとしよう。

 しかし、愉悦以外にも楽しみと呼べるものはある。一時の悦楽、つまり娯楽という奴だ。それすらも曖昧という事であれば……ふむ、いっそ受肉する事も視野に入れておくべきか。

 肉体と欲望というものはどうあっても切れぬ関係だ。肉体は己を生かし、無欲では生きられぬ故にな。三大欲求という奴よ。

 そして欲というものは際限が無い。一つ満たされれば二つ、二つ満たせば四つという具合にな。肉体を得て過ごせば嫌でも他に欲が湧いて来るだろうよ。……尤も、枯渇したあの星に娯楽たり得るものが残っているかは別だがな』

 

 とか何とか。

 正直この頃は愉悦を知る云々という以前に、未知を前に興奮しっ放しの英雄王様が常に隣にいたので、一緒になってはしゃいだ結果慢心からの消滅という最悪の結末にならないよう、私くらいはしっかりしなければとブレーキ役に徹していたから自分の楽しみ所じゃなかった。

 というか今思い返すと、ギルガメッシュはこの時点で私の愉悦というものを分かっていたのだろうか? 口ぶりからしてそうなんだろうが……何だろう。気付いた顔を楽しみに待つとか言われると、碌でもない予感しかしない。せめてまともなものでありますように。

 

 ……まぁとにかく、今の私は、ギルガメッシュが言っていたように肉体を得ている。それで欲が出てきているのかと言われれば……どうなんだろう。月にいた頃とあんまり変わって無い気もするし、変わったような気もする。自分を客観的に見るというのは簡単なようで案外難しい。

 

「……さて、と」

 

 一区切りついた所で思考を切り替え、思い出に浸る事を中断する。あと校舎まではほんの少しだ。王様に振り回されてた時の事を思えば、ただ歩くだけの事、何の危険も無い。「あの程度我の剣を撃つまでも無い、露払いは任せたぞ」と言われてエネミー(結構弱め)の前にいきなり放り出された時もあったっけ……実際私でもどうにか出来るレベルだからよかったけど。

 ほんの少しだけ歩く速度を速めて、残り少ない通学路を進み始めた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「……で、その毒薬を作ってこいって言われたんだ」

 

「はい! 理論上はこれが一番効果があるって!」

 

 教室に入るとそんな声が聞こえてきた。一緒にいた茅野さんと潮田君に挨拶をして、詳しい話を聞くことにした。そうそう、話とは関係無いが、潮田さんはどうやら男性だったらしい。昨日男子の制服を着た女子とか思ってごめんね……でも髪型をツインテールにしてるのはどう考えても誤解を誘っているとしか思えない。

 

 話を聞くと、どうやら殺せんせーは自分に効く毒薬のレシピを宿題として渡し、奥田さんは早速それを作って来たらしい。毒薬の調合というのは随分と高い水準が要求される事だと思うのだが、中学生に作れるのだろうか? いや、今こうして作ってきている以上作れたのは間違いないんだろうけど……中学生のスキルで作れるくらい簡単なのか、奥田さんの理科のスキルが中学生の枠を逸脱しているのか。

 多分後者なんだろうとは思う。殺せんせーが毒薬の調合を教えてくれていた時の事を聞く限り、とてもただの中学生がやれるレベルの実験ではない気がするし。監督されながらとはいえ、それだけのことをやってのけるという事は、それは奥田さんの技術がそれだけの高水準にある事の何よりの証拠だ。

 

 それに実験の様子を話す奥田さんはとてもいい顔をしている。本当に理科の事が大好きなんだなという事がひしひしと伝わってくるような、弾けんばかりの笑顔だ。比較対象とするには少しアレだが、回避が上手い敵を前にした時の王様の表情に通じるものがある。笑顔に含まれる悪意の差こそ天と地だが、やりがいがあるという一点では似ていると思う。

 

「きっと私を応援してくれてるんです。国語なんてわからなくても私の長所を伸ばせばいいって」

 

「……ん?」

 

 ふと、奥田さんが発したそんな言葉が引っかかった。何でここで国語の話?

 

「国語ってどういう事?」

 

「はい? あぁ、えっと……」

 

 それから奥田さんは詳しい話をしてくれた。

 理科以外、特に国語の成績が振るわしくない事。言葉の良し悪しや感情表現などで何が正解かわからない事。それでも構わないとして、言葉の重要性を捨てている事……そんな話をした結果出された宿題が、件の毒薬らしい。

 

「……それは」

 

「あ、来たよ。渡してくれば?」

 

「はい!」

 

 教室へ入ってきた殺せんせーの元へ奥田さんが駆け足で向かっていった。それを尻目に考えを巡らせる。

 苦手な分野を捨て、一点特化型の能力に仕上げるというのは間違ってはいない。人にはどうしても分野ごとに得手不得手があるのだから、それを正確に把握して出来ない事は切り捨てる。これも一つの育て方だろう。

 だが奥田さんが捨てようとしているのは国語、つまりは言葉だ。これは捨てる捨てないの話では無いだろう。どれだけ強力な武器を持っていたとしても、それを売り込むための説明が出来なければ意味が無いのだから。そして殺せんせーがそれを理解していない筈がない。その上で渡された毒薬のレシピ。これが偽物なのは当然として、やはり偽物を渡してどうするのかという所に行き着く。騙した上でどういう行動を――――待てよ。

 

 私はこれが暗殺に直結する事なのではと思っていた。毒殺から始まった一件だからそれは間違ってはいないだろう。だから浮かぶ可能性も暗殺関係の物ばかりだったのだし。だが自分で思っていたではないか、彼らの関係性は標的と暗殺者であり、教師と生徒であると。ならば殺す殺さないと同時に教える教えられるの関係が混ざりこんでいても何らおかしな事ではない。

 それを踏まえて考えると、奥田さんは理科に傾倒するあまり国語の勉強が疎かになっている。そしてその上で渡された『宿題』である偽の毒薬。殺せんせーが標的ではなく、教師として動いていたのなら……そうか。つまり騙した後どうするのではなく……

 

「騙す事そのものに意味がある……か」

 

 考えを纏めてから奥田さんの方を見てみると、丁度毒薬を受け取った殺せんせーが一気に飲み干した所だった。

 

「……ヌルフフフフフ……ありがとう奥田さん。君の薬のお陰で……先生は新たなステージに進めそうです」

 

「……え? そ、それってどういう……?」

 

「……やっぱり」

 

 殺せんせーの顔が如何にも邪悪という感じに歪む。笑い声も普段のそれとは違い、粘りつく様な不気味なものになっている。

 そして殺せんせーの体が発光し始め、内側から食い破る様な咆哮を上げる―――

 

――――グ オ オォォ オオオ オ ォオ――――――!!!!

 

 そして光が収まり殺せんせーの姿は……

 

「ふぅ」

 

「「「「溶けた!!」」」」

 

 ……うん、溶けてた。普段のタコみたいな体と違い、液体が一か所に纏まっているという感じの見た目だ。体色も黄色から金属質の銀色へと変わっている。

 

「奥田さん……君に作ってもらったのは、先生の細胞を活性化させて流動性を増す薬なのです」

 

 そう言った瞬間、殺せんせーの姿が消えた。

 

「液状故に、どんな隙間にも入り込むことが可能!」

 

 と思ったら別の所で声が。

 

「しかもスピードはそのままに……さぁ、殺ってみなさい!!」

 

 そしてクラスの中を銀色の液体が動き回る。床を這っていたと思ったら飛び上がり、天井の隙間に潜り込んで溝を伝って壁に移り、机と生徒間を縫うように跳ね回り……縦横無尽という言葉がふさわしい。

 

「ちょ……無理無理無理無理! 床とか天井に潜り込まれちゃ狙いようないって!」

 

「なんだこのはぐれ先生!!」

 

 みんなも銃とナイフを手に殺せんせーに攻撃を仕掛けるが、まるで当たる気配が無い。というか当てるのはほぼ無理だろう。私は攻撃を早々に諦めて、少しでも早さに慣れるために目で追う事にした。普段は行けない所も行けるという状況のためか、殺せんせーは随分とアグレッシブに動いている。変化の予測がつかない分、動体視力を鍛えて慣れさせるには丁度良い。

 

「だっ……騙したんですか! 殺せんせー!?」

 

 そうして暫く殺せんせーが逃げ回った頃、奥田さんの悲痛な叫びが響いた。まぁ奥田さんからすれば、殺せんせーのやった事は裏切り以外の何物でもない。当の殺せんせーは天井の隅にわざわざ留まってそれを聞き流している。というか何その顔……殴りたい……。

 

「奥田さん、暗殺には人を騙す国語力も必要ですよ」

 

「えっ?」

 

「どんなに優れた毒を作れても、今回の様に馬鹿正直に渡したのではターゲットに利用されて終わりです」

 

 殺せんせーの言う事は当然だ。飲めば死ぬ物を渡されて飲む馬鹿はいない。相手が上手なら言葉巧みに躱すどころか、気づかないうちに自分が飲まされる危険性だってあるだろう。

 

「岸波さん」

 

「はい?」

 

「君が先生に毒を盛るならどうしますか?」

 

「え……」

 

 話の矛先が急にこっちを向いた。私が毒を盛るならどうするか、か。

 まず大前提として、奥田さんの様に真正面から渡すのは論外だ。ならば食べ物や飲み物に混入させるというのが普通なのだろうが、私からの物を殺せんせーが受け取ってくれるかは疑問が残る。一度毒みたいな物(とか一方的に認定されたらしい。解せぬ)を食べさせている以上、警戒されることは間違いない。

 つまり私が殺せんせーに毒を盛るのであれば、「私がやったと悟られないように毒を仕込む」事が一番成功率が高い。そしてこの殺り方なら……あぁ、最上級と言って良いお手本がいたっけ。

 

「絶対に行かなきゃいけない場所に先回りして、逃げられないように細工をした上で空気中に散布する。かな」

 

 月の表側の聖杯戦争、その二回戦。ロビンフッドは宝具を使ってアリーナ全域にイチイの毒をまき散らしていた。今後の事を考えると真っ先に対処しなければならず、かつその時の私はまだ経験を積まなければいけない時期だったため、逃げるという選択も取れなかった。Aランクの破壊工作に基づいた確実に相手に毒を与える作戦。百点満点の回答の筈だ。

 

「にゅやっ!? き、岸波さん! それ殺し屋じゃなくてテロリストの発想ですよ!?」

 

「――あ」

 

 思いっきり駄目だしされた。そうだ、破壊工作って言ってしまえばテロリストの技能じゃないか……

 

「先生てっきり飲み物に混ぜるとかの軽い意見が出てくると想像してたんですが……」

 

「じ、じゃあ先回りして、口にする可能性があるもの全部に仕込むとか?」

 

「まだテロリストですよ! 何で対象が私含めその場の全員なんですか!?」

 

「な―――なら、なら! 麻婆に混ぜて殺せんせーに食べさせる!」

 

「あんな辛い麻婆豆腐はもう絶対に食べませんよ! 毒みたいな料理に毒混ぜても警戒するんだから意味ないでしょう!?」

 

 そんな!? あんなに美味しいのに! というかやっぱり毒扱いなのか!?

 

「……まぁ、予想外の回答でしたが……普通は毒を盛るならば、相手に気付かれないように騙す……つまり、言葉に工夫をする必要がある」

 

 話を切り上げられた……麻婆を毒扱いする事について抗議したかったのに。ここに言峰神父がいないことが悔やまれる。彼ほど麻婆に情熱を持ち、そして口が上手い人物なら殺せんせーを麻婆の虜に出来る事間違いなしなのに……。

 

「上手な毒の盛り方、それに必要なのが国語力です。

 ……君の理科の才能は将来みんなの役に立てます。それを多くの人にわかりやすく伝えるために、毒を渡す国語力も鍛えて下さい」

 

「は……はいっ!」

 

 私がヘコんでる間に話は終わってしまったらしい。

 毒殺という舞台を使って殺せんせーが行ったのは、暗殺とは一切関係ないただの授業。「理科も大事ですけど国語もしっかり勉強しましょう」という、要約すればこの一言を伝えるために、殺せんせーはこれだけ回りくどい方法をとったのだ。標的で教師である殺せんせーだからできる教育……なんだろうか。

 

「あっはは……やっぱり暗殺以前の問題だね~」

 

「うん……まだまだ、殺せんせーに迫れる生徒は出そうにないや」

 

 他の皆も「あぁ、こうなったか」という雰囲気でこの結末を受け入れている。ならばこの教え方はこのクラスでは普通なのだろう。殺せんせーの命を狙いつつも、教えられる事は素直に受け取っているという所か。

 

「…………あれ?」

 

 ――その光景に。ふと、既視感を覚えた。

 

 既視感、そう既視感だ。私はこの光景に近いものを見たことがある―――何処で?

 殺し屋と標的が和気藹々と暮らすこの異常極まりない光景に近いもの。既視感の正体を解明するべく脳内検索を始めようとしたが、中止の声が掛けられた。

 

「にゅやっ? 岸波さん、授業を始めますよ。席に着いて下さい」

 

「あ……はい」

 

 気付けばまだ立っているのは私だけだった。他の皆はもう席に着いていて、中には世界史の教科書を広げている人もいる。どうやらそれなりに長い間、思考の海に沈んでいたらしい。

 全員が着席した事で今度こそ一限の授業が始まるが、私は授業どころではなかった。殺せんせーが世界史特有の訳の分からない語呂合わせをオリジナルで考えたと言って披露して逆に覚えにくいと言われているが、一度脳裏にこびりついた違和感が激しく自己主張を繰り返す。

 

「……後で、だな」

 

 蚊の鳴くような声で呟いた。これは無視をして良いものではない気がする。とりあえず違和感の正体を探るためにも、今日の休み時間は情報収集に徹するとしよう。

 未だに主張を続ける違和感をどうにか宥め、思考を切り替えて授業に集中する……殺せんせー、その語呂合わせは元の単語に辿り着く方が難問だよ。




次回は少しシリアス回の予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.決意の時間

今回は少しシリアスです。
たった一日二日でこの問題に気づくの? 早くね? と思われるかもしれませんが、今後の展開的にここにしか入れられないので。
あとは……まぁ、聖杯戦争を経験してるからという事で一つ。

そして今回、無印EXTRAの一部展開とセリフを入れたんですが、これはネタバレ注意……なのかな?

では五話をどうぞ。


 

 街の向こうに日が沈んでいき、山の木々を赤く染めていく。今は放課後、校舎に残っていたクラスメイトはもうみんな下校してしまった。昨日とは違い、私だけが校舎に残っている。

 昨日は街中を散策しながら見た光景を、今日はE組校舎の二階からただ眺めていた。E組の校舎は古い木造建築なので、こうして夕焼けの中にあると月の裏側にあった旧校舎を何となく思い出す。そう思えばこの何の音もしない一時が懐かしさを孕んだもののように思えても来るが、今はそんな事を気にする気分ではなかった。

 

 今日一日の事を思い出す。

 朝の光景に違和感を覚えた私は休み時間や昼休みを使い、殺せんせーについての情報収集を行った。胸に沸いたこの違和感の正体を知るためだ。そうして集まってくる情報は、一部の人達からのものを除けば、概ね「良い先生」という評価で纏めることが出来た。

 ただしこれは「教師としてどうか」と聞いた結果であり、「暗殺対象としてはどうか」と聞くと、また違った反応が返ってきた。銃もナイフもマッハで躱す、かと思えばこちらに手入れをしてくるなど。カルマに至っては自分の命すら使って殺しに行ったが常識外れの奇手を使われて、ネバネバされて無理だったらしい。……ねばねば?

 ……まぁとにかく、暗殺対象として見た場合の殺せんせーの評価は、「あのタコいつか殺す」という意思表示にも似た評価で纏めることが出来た。その目は誰もが情熱に燃えていて、ただ目標に向かって邁進する良い眼だった。

 

 そう、『良い眼』だったのだ。

 途中の障害など意にも介さない、邪魔するものは切り捨てるといった、目標だけを見つめる純粋な目……それはまるで、万能の願望器に何を願うかを夢見る者達のそれだった。

 

 ……朝の光景に私は既視感を覚えたが、その理由は簡単だった。百億という大金が視界を狭めているのか、殺せんせーのスペックに圧倒されて、今は無理でもいつか殺せるだろうと無意識に楽観視しているのかは分からないが……生徒は誰一人として、殺せんせーを殺すという事の()()()()()に気付いていない。

 それこそが既視感の正体。命のやり取りという話をしつつ、それがどこか現実味を帯びていない。当事者同士の話なのに、他人事のような感覚。

 

 ―――これは、聖杯戦争の一回戦だ。

 

 朝見かけた人が、隣で食事をしている人が、夕方に楽しく話した人が……決戦の日を最後に二度と会えなくなる。そんな危険と恐怖を多分に孕んだ状況にありながらその事実に気付かず、その話題を交わしながら楽しく過ごす。そんな状況が一回戦のそれだった。殺す事を殺す事として認識していない、今のE組とよく似ていると思う。

 

「……それだけなら、まだ良かったんだけどな」

 

 一人ごちる。そう、それだけならまだ良かった。それだけなら聖杯戦争の二回戦の様に、自分たちがやっていたのは真実殺し合いだったと理解し、自分がどれだけ恐ろしい事をしたのかを悟るだけで終わった。その後二回戦三回戦と続いていった聖杯戦争と違ってこの教室は殺せんせーを殺せばそこで終わり。その後も殺さなければならない恐怖と戦う必要はないし、賞金の百億円が殺したという罪悪感を少なからず霞ませてくれただろう。

 

 だが、このE組にはもう一つ問題がある。聖杯戦争では本来存在せず……そして、私には存在した問題が。

 

 それは、殺せんせーとみんなの関係だ。

 この教室の関係は教師(ターゲット)生徒(アサシン)。生徒は地球を守るために教師を殺しに掛かり、教師は全霊で生徒の行いに応える。そしてその間に通常の教師(きょうし)生徒(せいと)の関係である、教えて教えられての過程が挟まれる。これは今朝の奥田さんが行った毒殺からも明らかだ。

 命がけのやり取りの中で行われる教育。それは命がけであるからこそ生徒の心に届き、生徒は教師を信頼するようになる。その信頼に応えるために、教師はより良い教育(手入れ)を施す。

 その連鎖が生むのは当然、生徒と教師の良好な関係。このままこの教室が続いて行けば、両者の間にある絆は更に深まり、何者にも破壊出来ない強固なものになるだろう。そしてそれこそが最大の問題だ。

 

 学期の節目か、何かのイベントか、はたまた世界の終了間近か。みんなはいつか、殺せんせーを殺すという事の意味に気付くだろう。暗殺対象(ターゲット)を殺すという事は即ち、彼らにとっての良い先生を殺すという事。親しい者を自らの意思で手に掛けるという事だ。

 だが今の段階でこれに気付けなくても無理はない。まだ彼らの絆は精々が芽を出した程度で、今殺したとしても賞金と栄誉がそれを上回る。仮に強固な絆で結ばれていたとしても、地球の終わりより私たちの教師をする方が重要と言っていた(らしい)殺せんせーがそう易々と殺される筈がない。あらゆる手段を使って回避するだろう。

 というか一般的な中学生は元より、こちらの随分と平和な世界ならば人を殺したことがある……それも親しい者を殺したことのある人間なんて殆どいないだろう。というか親しいなら普通殺さない。殺すような状況にはならないし、なったとしても衝動的なものだろう。だからこそ、その状況の葛藤には気付けない。

 

 私も抱えた問題だ。

 親しい者を殺さなければならないという事がどれだけ恐ろしいか、苦しいか、悲しいか、逃げ出したいか。それでもやらなければならないと迷いを断ち切って前を向く事がどれだけ力が必要な事で――――想像を絶する恐怖なのか。

 

「……凛」

 

 この事を考えると、思い出すのは友の顔。月の表側では何度か助けられ、裏側では生徒会副会長として全面的なバックアップを担当してくれた。そして表に戻ってからは……六回戦で殺し合い、そして私が止めを刺した……私の、親友。

 敗者に降りる防壁の向こうで消えていく彼女を思い出して心に湧き上がるのは、言いようの無い悲しみと喪失感。恐らくこの先一生、アレを越える悲しみは私の人生に無いだろう。

 

「……にゅやっ? 岸波さん、まだ残っていたのですか。もう他の皆さんは下校しましたよ」

 

「……殺せんせー」

 

 ……そんな悲しみを、この超生物教師は生徒たちに刻み込もうとしているのだ。

 

「ここで何をしていたんですか?……あぁ、夕焼けですか。良いですねぇ。普段見慣れた景色が違う顔を見せる。四季の移り変わりとはまた違う良さがある」

 

 私の隣までブニュブニュと足音を鳴らしてやって来た殺せんせーはそんな事を言った。私が夕焼けに見惚れていたとでも思ったのだろう。確かに茜色のフィルターが掛かった景色は見事という他ないが、そんなことは全く頭に入って来ていなかった。何となく何も話す気になれず、かと言ってここを去る理由もない。何も言わないのも可笑しいかと思い、そうだねと空返事ではあるが返しておいた。

 

「……殺せんせーは、残酷だね」

 

 先程まで色々と考えていたからか。ふと気づけば、そんな事を口にしていた。

 残酷。そう、残酷だ。標的として自身の殺害を強制させておきながら、教師として接することで信頼関係を築き、やがて生徒たちにとてつもない難題を突き付ける……この先生を、殺さなければならないのだという難題を。それから逃げられるのなら楽だろう。だが殺せんせーは三月までに殺さなければ地球を破壊すると宣言している。逃げる事は世界の終わりを受け入れるという事、到底出来る筈がない。

 ただの暗殺対象(ターゲット)として接していればこんなにも絡まった関係にはならなかっただろう。殺せんせー程の頭脳を持つ教師がその考えに至らない筈がない。つまりそれを承知でやっているのだ。殺せんせーにどういう意図があってこんな状況を作り出したのかは知らないが、こんな状況を意図的に作り出している以上、これが残酷でなくて何だというのか。

 

 会話にもなってない一方的な一言。何の脈絡もないその言葉に、案の定殺せんせーは慌てていた。

 

「にゅやっ!? ざ、残酷!? わ、私岸波さんに何かしましたっけ? あ、ま、まさか朝の麻婆豆腐を毒って言った事まだ根に持ってますか!?」

 

「――――違うよ」

 

 ……根に持ってないと言えば嘘になるが、今はどうでもいい事だ。

 

「ち、違うんですか?」

 

「うん、違う。残酷だって思ったのは……殺せんせー。私達は殺せんせーを殺さないといけないんだろう?」

 

「……えぇ、そうですよ。ま、無理に決まっていますがねぇ」

 

 話が暗殺のそれに移ったからか、先程までの狼狽えっぷりが嘘のように落ち着きを取り戻した殺せんせーは、顔色を黄色と緑の縞々模様に変えてヌルフフフと笑っている。潮田君曰く、この表情はこちらをナメている時の顔らしい。……こう言っておけば、私が対抗心を出して暗殺に乗り出すと思っているのだろうか。いや、流石に邪推が過ぎるかな? でも暗殺の話題を出すとほぼ必ずこういった反応をするという事は聞いているから、邪推のし過ぎという事は無いだろう。

 

「うん。殺せる殺せないじゃなくて、殺さないといけないんでしょ?」

 

「?……えぇ、そうですね。来年の三月以降も生きたいのであれば、先生を殺すしかありません」

 

 一瞬だけ何時もの顔に戻った殺せんせーだったが、すぐにまた「無理ですけどねぇ」と言いながら縞々模様に戻った。

 

「……そっか」

 

 ……あぁ。こんな言い方をするのだから、やはりこの先生は残酷だ。

 

 ここで地球を破壊する予定を思い出させるのはズルいと思う。しかも「世界の崩壊」ではなく「私の未来」という部分に話の焦点を当てているのも余計質が悪い。世界を救うためだと言われても、そんなスケールの大きい話は想像が出来ないだろう。でも自分の未来であれば想像は容易だ。将来の夢が永久に叶わないなどと言われれば、何とかしようと躍起になるだろう。嫌でも暗殺に参加する事になる。

 

「にゅにゅ……結局、岸波さんは何が言いたいんですか?」

 

 私の言いたい事がよくわからなかったのか、殺せんせーは暫くの間顔色を様々な色に変化させて悩んでいたが、答えは出なかったらしい。

 

「―――別に、何でもない」

 

 とりあえず、そう返しておいた。

 

 ……この手で戦うと決めた以上、私は暗殺を続ける。これは決定事項だ。そしてその暗殺に対して、殺せんせーは真剣に向き合ってくるのだろう。そしてその結果、私と殺せんせーの間にも他の皆同様に絆が出来上がるのだろう。他の皆とは違い、私はそれによる弊害をしっかりとわかっている。

 ならばいずれ殺す際に邪魔になる絆を作らないように、心に壁を作れば……と普通はなるのだろう。だが、そんなことはしない。他の皆同様、この教室で暗殺に取り組み、殺せんせーとの間に標的(ターゲット)暗殺者(アサシン)という絆を作る。

 

 ――そして、その上で殺す。

 

『わたしはあなたと戦う事になって良かったと思ってるわ。

 どうせ生き残るのが一人だけなら、誰かに負けていつの間にかいなくなるより、消えるところをこの目で見たいもの。

 殺し合う私たちの縁に意味があるなら、それはきっと、その最期を看取る事だと思う。

 だから。わたしはあなたを全力で殺す。何の躊躇いもなく』

 

 決戦の海へ向かうエレベーターで、凛が私に言った言葉だ。縁がある、というのはこの教室では絆に言い換えてもいい。

 私たちは殺せんせーを殺して、殺せんせーは私たちごと地球を壊す……殺せんせーがこちらへ意図的な攻撃を行わないという違いはあれど、私たちと殺せんせーは殺し合う間柄だろう。その縁に……その絆に意味があるのなら、やはりそれは最後まで暗殺を全うする事だと思う。

 烏間先生の話によれば、私たち以外にも殺せんせーを狙う殺し屋は数多く存在するらしい。そんな名前も知らない誰かに、殺せんせーのやっている事や生徒たちの努力を顧みもしない賞金目当ての有象無象に横取りされるくらいなら、このクラスで殺したいと思うのは間違っていない筈だ。

 

「―――ただ、絶対に私たちの手で殺すってだけだよ」

 

 対先生ナイフを突きつけて、そう宣言した。

 

 ……まぁ、色々と考えたが。つまり私はどんな状況であれ殺すのをやめないという事だ。私以外のみんなが殺すことの本当の意味に気付いて悩み苦しんだとしても、私はそれに一切の助言をしない。私だって悩んで苦しんで自分で答えを出したのだ。あの葛藤は自分で答えを出すものだという事は身に染みて理解している。

 私は既にその問いに対する答えは得た。あとは同じ問いが来た際に、かつての筆跡をなぞるだけだ。何の躊躇いもなく、全力で殺す。

 

「……驚きました。とても綺麗な殺意ですねぇ。全く、手入れのし甲斐が無いじゃないですか」

 

 私の宣言に一瞬面食らってたみたいだった殺せんせーは、すぐに持ち直すとヌルフフフと笑い出した。手入れのし甲斐が無いって事はつまり、可愛げが無いとかそういう意味で使ってるのか?

 

「それではそんな岸波さんの暗殺に期待するとしましょうか。……ま、殺されませんけどねぇ」

 

「うん、楽しみにしててよ。今はまだ満足に動けないから無理だけど、私に使えるあらゆる手を使うつもりだからね」

 

 話していたら随分といい時間になってしまった。下校のために歩きながら話す。殺せんせーも私の横をブニュブニュと独特の足音を鳴らしながら歩く。

 

「それはそれは……あ、あのっ岸波さん、出来れば暗殺にあの麻婆を使うのは止めてもらえませんかね? どの程度かは分かったので食べれない事は無いんですが、どうにもトラウマが……」

 

「そっか。じゃあ十皿一分で完食か殺されるかの二択を用意しておくね」

 

 英雄王すら背筋が凍った褒美だ、絶対に効くに違いない。

 

「にゅやーーーッ!!? お、鬼! 悪魔!」

 

「……冗談だよ」

 

 麻婆を愛する私が、あれを兵器扱いする筈ないじゃないか。

 ……あぁ、こんな風に普通に話せるんだから、いざ殺す時につらくなるんだろうな。改めて思った。やっぱり、この先生は残酷だ。




鋼メンタルが決意固めるお話でした。

やっと一巻から進める……一巻の最後の話からスタートしたのに何故だ……
次回はビッチ先生か、1,2話くらい日常回をいれるかします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06.体育の時間

ビッチ先生の前に訓練を。
まだ白野の肉体が完全回復する前にやっておきたかったのでここで。

では六話をどうぞ。


 

 殺せんせーに対して明確に殺すという意思表示をした私だが、別にそれで何が変わるという事も無い。この教室が抱えている時限爆弾は私がどうこうするものでもないし、何もしなかったとしても今すぐに起爆するという可能性はゼロだ。何よりあの殺せんせーの事だから、みんなが殺すという事の意味に気付いて悩む事もどうにかする術を持っているのかもしれない。

 だから私がやる事は何も変わらない。この教室でやれる最大限の事を行って自分の力とするだけだ。

 

「よし、次!」

 

「「はい!」」

 

 そして今は体育の授業。通常の学校であれば球技や持久走、特定の競技などを学ぶ時間だが、このE組は当然違う。暗殺を目的とする教室である以上、最も学ばなければならない体の動きは戦闘のそれだ。暗殺なら不意を打つのが重要で、基礎は必要ないのでは? と思われるかもしれないが、私はむしろ逆だと思う。基礎が出来なければ暗殺なんて以ての外だろう。ナイフの使い方一つでも状況に応じて色々とあるだろうし、何より暗殺……気付かれずに殺す事に失敗すれば、その後は向かい合っての殺し合いだ。基礎技術が高くなければそこで終わり。次の機会を得る事さえ出来ないのだから。

 そう思った私は間違ってなかったらしい。聞いた所によると、烏間先生が体育教師を務めた初日の授業で「基礎をやる意味があるのか」と聞いた生徒がいたらしいが、二人掛かりでも勝てないという現実を突きつけられて基礎の重要性を説かれたとか何とか。

 

「狙いが見え見えだ、フェイントでも当てる気で!」

 

「はっ、はい!」

 

「よし、次!」

 

 そうこうしている内に私の番が回ってきた。ちなみにペアで挑む訓練なのだが、私にはペアがいない。

 理由としては、まだ体が回復しきっていない私が誰かとペアを組んで襲い掛かった場合、不調が原因で思わぬ事故に発展する危険性がある事。足がもつれて接触事故を起こした結果骨が折れたなんて事になれば、この教室においては大きな損失となるだろうからこれは理解できる。私一人なら巻き込む相手もいないし、烏間先生を巻き込んだとしても対応は簡単だ。

 だから私が一人でこの訓練に臨むのは何らおかしな事ではない。ないったらない。村松君達が三人一組でこの訓練をしていたから一人あぶれる事は無いと思ってたら烏間先生からこの話をされて地味にショックを受けてなんかない……!

 

「どうした? どこか具合でも悪いのなら……」

 

「あぁいえ、違います。少し考え事を」

 

 烏間先生の声で現実に帰還する。要らぬ心配をさせてしまった。

 

「……そうか。まぁ、無理はしないように……よし、来い!」

 

 その声を聴くと同時に前へ駆け出す。霊子体で走り回っていた時と比べると、やはりどうしても感覚が違う。これが肉体を得たからなのか、それとも回復しきっていないのが原因かは解からないが、これには慣れるしかない。違和感を抑え込むようにして力強く一歩を踏み出し間合いを詰め、烏間先生の胸目掛けてナイフを突き出した。

 斬るという線の軌道よりは突くという点の軌道の方が躱し難いだろうと思っての選択だったが、それはサーヴァント戦レベルでの話であり、私と烏間先生では実力に開きがありすぎる。案の定、腕を払われるだけで易々と防がれてしまった。

 

「くっ!」

 

 その後もナイフを振るって二、三回連撃を繰り出すが、ナイフを握る手にそっと力を加えるだけで、いとも簡単に流されてしまう。この結果は解かり切っていた事ではあるが、こうもまざまざと見せつけられるとクルものがある。

 

「……むぅ」

 

 埒が明かないと思い、いったん後ろに跳んで距離を取る。といってもそんなには離れない。腕を突き出して大股で四、五歩踏み出せば届く様な距離だ。

 

「どうした、終わりか?」

 

 首を振って否定する。今からする事には間合いが必要なだけだ。

 

 弱者が強者と戦う場合、真正面から戦うのは愚かとしか言いようがない。地力で負けている以上、勝つためには不意打ちや奇襲といった方法で成果を出し、立て直す暇を与えず一気に攻めきることが最重要となる。そういう意味で言うならば、今の私は烏間先生という強者を相手に正面から挑んでいるのだから、勝ち目なんて無い……まぁ、そういう訓練だからと言ってしまえばそれまでなのだが。

 ならその上でどうするかだが。それに関しては考えがある。

 これは訓練上の勝負であって、殺し合いではない。殺し合いならどう足掻こうが勝てない私でも、勝負なら勝ちの目はある。

 

『烏間先生にナイフを当てる』

 

 この勝利条件さえ満たせば私の勝ち。その時に(あり得ないが)満身創痍だろうとそれさえ満たせば勝ちなのだ。

 ナイフを当てるだけが勝利条件なら簡単だ。超接近戦に持ち込むか、投擲で被弾させればいい。だがそこまでの道が険しく長い。近づけば躱しやすい距離を取られ、投げても躱すか受け止めるかするだろう。

 ならどうやって当てるべきか? 幸いにして私が現状で優位な点は、「烏間先生は油断している」という事、この一点だ。素人同然の生徒、加えて私は体力が戻り切っていないとなれば、多少なりとも油断はする。どれだけ気を付けていたとしても、いや、気を付ければつけるほど実力差が浮き彫りになり、結果どうしても油断する。強者の余裕、所謂慢心というやつだ。

 

 だから、そこを突く。

 私が勝つとすればそこしかない。慢心故に足元をすくわれて危機に陥るというのは他でもない、彼の慢心王(AUO)を見続けてきた私自身が痛い程よくわかっている―――!

 

「ふっ」

 

「む」

 

 ナイフを放り投げる。しかしその飛距離は短い。烏間先生の足元にも届かず落ちるような軌道。それがわかったのだろう、烏間先生も躱すことはせずにその場で動かず、かといって無視も出来ないのでナイフの軌道を目で追っている。私から意識を逸らしたのだ。

 

「――――ハッ!」

 

 その隙を突く。

 

「なっ!?」

 

 両腕を横に広げ、まるで抱擁を受け止める様な姿勢のまま全力疾走。向かう先には烏間先生。そしてその道程には先程放り投げたナイフがある。落ちるよりも先にナイフを掴み、体に張り付けるようにして固定。ナイフは地面に当たる事無く私に押されるようにして共に直進する。

 これが私の考えた作戦……と呼べるほどのものでもないか。とにかく勝つための方法だ。

 接近戦に持ち込んでも躱される。投擲しても受け止められる。突きは受け流されて切りかかっても掠りさえしない。ならばどうするか? 簡単だ、「受け止める事の出来ないナイフ」を作ればいい。

 広げた腕で横の動きを封じ、受け止めようものならナイフを挟んで密着する事になり烏間先生の負け。大きく横に跳べば活路もあるが、一瞬の動揺で判断が遅れそんなものは間に合わない。退路は封じた、この戦い私の勝利だ―――!!

 

 

 

 

 

「ぬぐっ」

 

「……発想は良いが、速さが足りないな」

 

 失敗した。頭を押さえられた! しかも私が首を痛めないように引き寄せながら受け止めることで衝撃を逃がして! 何が慢心だ、この人油断も隙も無いじゃないか!

 成人男性の力を跳ね除けるほどの力は私にはない。押さえられては突進も止まる。こうして、今回の訓練は私の負けで終わった。

 

「君はまだ体力も戻り切っていないし、ほんの数日ではあるが他の生徒より暗殺に加わるのが遅い。今はどうすれば当てられるかというよりも先ず、ナイフの扱いに慣れる事を優先するといい」

 

「……はい」

 

 うん、ぐうの音も出ない。今の訓練だけで息が上がってるし、これは本当に体力の回復を優先すべきだろう。

 今更思い出したようにして、体に張り付くようになっていたナイフがポトリと落ちる。それが切っ掛けの様にして、全身から力を抜いた。

 

「……まぁ」

 

「?」

 

「戦力差を考えて、自分に出来るだけの事をしようとしたというのはわかる。……点数はやれんが、その姿勢は評価しよう」

 

 抑えられていた手で頭を撫でられる。そういえばギルガメッシュも戦闘が終わった後、時々こうやって撫でてくれたことがあった……これよりもぐしゃぐしゃって感じで荒っぽかったけど。「なに、偶には見える形での労いも必要だろう」とか言ってたっけ。その時の事を思い出して、自然と頬が綻んだ。

 

「よし、次!」

 

「「はい!」」

 

 私の番は終了した。大人しくその場から下がり、後は次に順番がやってくるまで他の人を見る事にする。他の皆は自分の番が終わった後も個人でナイフを振ったり組み手をしたりしているが、そこまでの体力は私には無い。それなら他の人の動きを見た方が幾らか学習になるというものだ。今は大人しく見学に徹しよう。

 

「いいなぁ……」

 

 ……それはそれとして、倉橋さん? 私、貴女にそんな目で睨まれるような事何かしたっけ?

 

 

 

   ◆

 

 

 

 今日も今日とて体育の授業。今日やるのは的当て……つまりは射撃だ。改造によって通常のエアガンとは比較にならない程の弾速を叩き出すエアガンを片手に、離れた場所にある的を狙う……というものなのだが。

 

「当たらない……」

 

 そう、当たらない。いや正しく言うなら当たってはいるのだが、その着弾位置はどうにか枠の中に納まっていると言えるぐらいのレベルで、中心に書かれた殺せんせーの顔の場所からは程遠い。そのままマガジンが空になるまで撃ち続けたが、結果は悲惨なものだった。他の皆も中心に当てる所までは中々出来てはいないものの、着弾地点は私よりも小さく纏まっている。中でも二人ほど射撃のコツを掴んでる生徒がいるらしく、着弾範囲が殺せんせーの顔の中にすべて収まっている的もある。

 

「むぅ」

 

 マガジンを交換して再度射撃に取り掛かる。これに関しては動く必要も無く、体力の消耗も無い。バラつきが酷いのは単に習熟度の問題だろう。なら数をこなせば身に着く筈だ。凡俗であるのなら数をこなせ、才能が無いのなら自信をつけよ。ギルガメッシュの言葉に従い、引き金を引く。

 

「……んー」

 

 弾が当たったのは的の外、それも的が描かれた紙の端だ。

 

「上手くいかないなぁ」

 

 先程からずっとこんな調子だ。自分ではナイフよりもこちらの方が上手く出来ると思っていただけに、少しショックだ。

 ちなみにそう思った理由は単純に、相手の行動を予測して動くのが近距離と遠距離なら遠距離の方が得意というだけだ。これに関してはマスターとしてギルガメッシュに指示を出し続けた経験の賜物だろう。だってあの王様私が先読みに失敗すると露骨に機嫌悪くなるし。そんな結果に終わった日はほっぺを抓られたりチョップされたりグチグチと文句を言われたりと面倒な事になるので、避けるためには観察眼を鍛えるしかなかったのだ。

 

「当たらないのか?」

 

「え?」

 

 突然横から声を掛けられた。

 

「千葉君」

 

 声を掛けてきたのは千葉君だった。前髪で目元を隠した男子で、誰かが「ギャルゲーの主人公みたいだ」と言っていたのを覚えている。ギャルゲーというものがよくわからなかったので調べてみて成る程と思った。あと調べている間に思った事は、ギャルゲーの所謂ラッキースケベやハーレム展開といったお約束に関して謎の既視感を覚えたくらいか。特に気にする事でもないから流したけど。

 

「何か不調みたいだったから」

 

「あー、まぁちょっとね」

 

 言いながら、再び二発三発と標的に向けて弾を発射する。が、結果はさっきまでとそう変わらない。酷いものでは的の紙にさえ収まらなかった。

 

「どうしても狙いがぶれるんだ」

 

「……片手射ちだからじゃないか?」

 

「え?」

 

 片手射ち? 確かに私は右手だけで銃を持ってこの訓練をしてるけど……

 

「……的は先生と違って動かないんだから、精度を高めるだけなら両手で構えたほうが良い」

 

 そう言って、千葉君は銃を構えた。私とは違い、右手で構えた銃に左手を添えている。そして構えてから一秒もせずに引き金を引くと、パンッという音とともに吐き出された銃弾は的に書かれた殺せんせーの右目にヒットした。

 

「……おー」

 

「撃つ衝撃でどうしてもぶれるから、腕全体で固定する感じだな。両手なら安定するし、今は動く的に当てる必要ないから機動性要らないし」

 

「なるほど」

 

 アドバイスに従い、両手で銃を構える。放たれた弾が当たったのは、殺せんせーの口元。中心には程遠いが、それでも先程までの結果からすればかなりの進歩だ。

 

「な?」

 

「……うん」

 

 千葉君の確認に頷いて答えた。

 そうか、両手で撃つというのはすっぽりと頭から抜けていた。私にとって銃というイメージが真っ先に浮かぶのは、一回戦で戦った女海賊のフランシス・ドレイクだ。彼女は両手に拳銃を持った戦闘スタイルだったから、自然とそれを思い浮かべていた。これは少し、聖杯戦争の記憶に頼らずに他の事にも目を向けていかないといけないかもしれない。あの海での戦いの記憶はこの教室では色々と使えるものがありそうだけど、それに頼り過ぎなのもいけないな。

 

「ありがとう千葉君、助かった」

 

「あー……礼なら速水に言ってやってくれ」

 

「え?」

 

 千葉君はそう言ってある一点を指さした。そっちを見ると、速水さんが黙々と射撃訓練をしているのが見える。

 

「『撃ち方おかしいから教えてあげたいけど、どう言って良いからわからないから言ってきて』って言われたんだよ」

 

「……そうだったのか」

 

「速水は複数の的狙うのが上手いから、見た感じで自分の殺り方だと合わないと思ったんだと」

 

 確かに今速水さんがやっているのは、複数設置された的を連続で撃ち抜いて行くというものだ。一つの的に当てるのは一発だけで、すぐに次のターゲットへと照準が移動する、高速で移動する殺せんせーを意識した訓練方法と言えるものだ。確かに、一つの的をずっと狙っていた私の殺り方と合わないと判断するのも頷ける。

 千葉君に言われたからという訳ではないが、私の足は自然と速水さんの方へ向かっていた。後ろの気配から、千葉君も一緒に着いて来てるのが判る。

 

「速水さん」

 

「……何?」

 

「千葉君から聞いた」

 

「そう」

 

「その……ありがとう」

 

 多少回りくどい方法ではあったものの、彼女が私の事を考えて動いてくれたのは事実だ。その事に対して一言礼を言いたかった。

 

「……勘違いしないで」

 

「え?」

 

「横でずっと外されてると、こっちまで調子悪くなりそうだから直してもらおうと思っただけ。……だから別にアンタのためじゃない」

 

 銃を撃ちながら速水さんはそう告げた。こちらを一瞥もしないで言い放ったそれは捉え方によっては随分と冷たく感じるだろう。

 だが私はそれを冷たいとは思わない。寧ろ微笑ましいとさえ思う。というか凛のSG1と同じ気配がする……!

 

「……何? あんたら」

 

 怪訝な声で現実に引き戻された。どうやら自分でも気づかないうちに笑みを浮かべていたらしい。あんたら、という言葉に振り返れば、千葉君も口角が上がっていた。

 

「何でもないよ……ね?」

 

「あー……そうだな」

 

 凛のSG摘出の時もそうだったが、これは指摘しないのが正解だろう。一度指摘してしまえば絶対に否定するし、その度にボロが出る。速水さんの名誉のためにも、これは言わないでおこう。髪の中から除いた千葉君の目とそう語った。

 そうと決めた以上やる事も無い。素直に受け取ってもらえなかったが感謝の言葉は伝えたのだし、先程まで練習していた位置に戻った。

 

「……ツンデレだったね」

 

「だな」

 

 多分本人に自覚は無いだろうが、あれは間違う事無きツンデレだ。もしかして凛という字が名前に入る女子はツンデレになる法則でもあるのだろうか?

 そんな事を考えながら自分の訓練を再開した。有難い事に千葉君がそのまま隣で自分の訓練をしつつ、私の射撃を見てくれるらしい。烏間先生と比べれば当然劣ってはいるが、生徒の中でもコツを掴んだ人物からの助言は上から教えられるよりも見えてくるものがあるかもしれない。何にせよ私よりも腕前が上の人物の指導だ。断る理由は無いので厚意に甘えておいた。

 暫く続けた結果命中率は上がったが、どうも一発一発狙いを定めて撃つというやり方は私に向いてないように思える。射撃の型を覚えるためにそうしていたが、発射される弾が一つだけというのがどうも物足りなく感じるのだ。何というかもっとこう、複数の銃口から一斉に射撃して弾幕を撃ち込むとかの方がいい気がする。当たっても効かないとかなら当てる場所を考えて一発ずつ撃つ必要もあるだろうが、殺せんせーに対してこの弾はどこに当たろうとも結果を出してくれる(と聞いた)。なら展開数は多い方がいいだろう。教えてくれた千葉君には悪いが、安定して撃てるようになったら二丁拳銃に変更しよう。お手本(ライダーの動き)も頭の中にあるしね。




ナイフ訓練と射撃訓練でした。射撃は体育でいいんだよね……?

まだ四月の終わりごろなのでそれ程実力に差は無いと思いますが、後のスナイパー達はこの段階から片鱗を見せているという事で一つ。
速水さんのツンデレに関してですが、多分無自覚なんじゃないかと私は思ってます。それに白野に対して今の段階ではデレる理由も無いですし……ツンデレ書くの難しい……

近接格闘とか銃の撃ち方とかあやふやです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07.大人の時間

7章やってたら遅くなりました。ビッチ先生登場です。
今回キス描写がありますのでご注意を。
それでは7話をどうぞ。


 

 暗殺教室に通う事になって約二週間と少し。通学という名の登山と帰宅という名の下山を毎日繰り返し、体育の授業では防衛相の教官相手に武器を振るい、放課後は町の地理を頭に叩き込むためのリハビリを兼ねた探索……そんな生活をそれだけの間続けた結果、それなりに体力は戻ってきたように思える。初日は登校だけで息が上がったが、最近では徒歩ではあるがノンストップで教室に辿り着けるようになったのだ。これは中々の進歩ではないだろうか。

 そして、それだけの時間を過ごせば少しは季節も移ろうというもの。

 

「もう五月かぁ……早いなぁ」

 

 コンクリートで出来たまだ普通の通学路と言える範囲を歩きながら、ふとそんな事を口にした。

 季節は五月、殺せんせーが予告した地球の爆破までは残り11ヶ月となった。これをまだ11ヶ月あると見るかもう11ヶ月しかないと見るかは人それぞれだと思うが、私自身は前者に該当する。

 地球の滅びという現実を前にして楽観的と言われるかもしれないが、聖杯戦争の戦闘までに与えられる猶予期間(モラトリアム)は六日だったのだから、比較すればまだあると考えるのも無理は無いだろう。なんせ11ヶ月、約330日だ。50倍以上の期間がある。あと二月は暗殺に動き出さず自身の訓練に当てても良いかもしれない。

 

「……あれ、殺せんせー?」

 

 ―――ふと。麓にあるコンビニの中を何気なく覗いた所、見覚えのある……というか、見間違えの仕様が無いフォルムがちらっと見えた。間違いない、あの巨体は殺せんせーだ。

 

「何やってるんだあの国家機密は……!」

 

 コンビニという事は当然店員もいるだろう。何も知らない人の前に出て暗殺の事がバレたらどうするんだあの超生物は! 「自分だけは大丈夫」とか慢心するのは二人もいらないのに!

 

「日本の駄菓子は素晴らしい……変装してでも買いに来る価値はありますねぇ」

 

 コンビニから出て来た殺せんせーは……何だこれ。肌の色は普段の黄色とは違い、人間と同じ肌色に染まっている。それだけでなくカツラを被り、目と口しかなかった顔には鼻が付いていて、腕の触手は服と手袋で隠している。独り言を聞く限りでは変装なんだろう……人間に比べると大きいし関節怪しいけど。

 

「にゅやっ? 岸波さんですか。おはようございます」

 

「おはよう……何やってるの殺せんせー……」

 

「給料が入ったのでお菓子を買いに来たんですよ。日本の駄菓子はクオリティが高いですからねぇ」

 

 そう言ってヌルヌル笑う殺せんせーが手に持った袋には、無数の駄菓子が詰められていた。こんなお金の使い方してるから金欠になるんじゃないだろうか。仮にも教師ならもう少し計画性を持ってお金を使ったほうが良いと思う。

 思っても口には出さないが。先月末はお金無くて苦労してたんだし、その辺りの計算は教師なんだから出来てる筈だと思いたい。

 

「駄菓子か……食べた事無いなぁ」

 

「にゅやっ!? こ、この日本人なら誰もが一度は食べた事がある味を知らないですと!?」

 

「あー……ごめん殺せんせー、正確には食べた記憶が無い」

 

「……と、そうでした。まだ記憶の方は穴がありますか」

 

「うん、虫食いだらけ」

 

 記憶に関してはまだ欠落した部分が回復していないという事で通している。以前不破さんから聞いた以前の私(岸波白野)は、随分と周囲との関わりが薄い生徒だった。これでは「以前の自分はどんな人物だったか」と聞いてみた所で碌な答えが返ってこないのはわかっているので、以前の自分を知るのは早々に諦めた。親が生きていればとも思ったが、生きていたらそれはそれで別の問題が発生していただろう。

 

「そうですか……こればかりは先生も手助けができませんからねぇ。申し訳ありません」

 

「気にしなくていいよ」

 

 生徒の力になれないのが悔しいのか、殺せんせーは割と本気で落ち込んでいるように見える。騙していることを申し訳なく思いながらも、食べますかと差し出された○まい棒を受け取った。

 

「――やめて下さい!」

 

「ん?」

 

「にゅっ?」

 

 そんな時、早朝の通学路には相応しくない声が響いた。そっちを見れば、男三人が一人の女性に言い寄っている。典型的なナンパだ。

 

「私、これから赴任先の学校へ行かないと」

 

「へーアンタ先生なんだ」

 

「俺等アタマ悪ィから補習してよ」

 

「では車ナンパの正しい手順を補習しましょう」

 

 ……いや、何やってんだアンタ。

 

 殺せんせーの介入によって絡まれていた女性はナンパ三人組から解放された。金髪だから外人かもしれない。

 しかし……遠くから見ていたが、殺せんせーの動きは矢張り速い。三人を車の中に放り込んだと思ったら、車は美しく着飾るべしとか言ってリボンでぐるぐる巻きにしてしまった。あれは装飾を通り越してラッピングだと思う。

 

「あっ、ありがとうございました! 素敵な方……このご恩は忘れません!」

 

「いえいえ」

 

「ところで、椚ヶ丘中学への行き方をご存じですか?」

 

 うちの中学校? そういえばさっき赴任先とか言ってたっけ。つまりは教師、殺せんせーの同僚になる人という訳だ。もしかしたらE組にも関係があることかもしれないな。

 助けてもらった女性が殺せんせーへとにじり寄り、遠目からでもわかる豊満なバストを殺せんせーの触手へ押し当てていた。けしからんなぁ……

 

「……ふむ」

 

 さて、殺せんせーはどういう反応をするんだろうか。助けた相手にお礼を言われるくらいは想定しているかもしれないが、あぁも距離が近いというのは予想外だろう。何せ見た目からしてよく見れば人間かどうか微妙だし、今しがた見せたナンパの撃退法は人外の速さ。お礼を言った後で足早に去るのが普通の反応というものだろう。

 だがそうはならなかった。恐らく予想と違う展開に殺せんせーは戸惑うだろう。ならその時はどんな反応をするのか? 動揺した時の状況は暗殺において有益な情報だろう。さぁ、どうなる―――?

 

「えぇ知っていますとも。何せそこの教師をしておりまして」

 

 ……あれ? 動揺ナシ? というか普通に対応して……ない。にやけてる。超だらしない顔してる! あの超生物胸にニヤついてやがる! くっそそこ代われ!

 そんな私を放置して、二人の会話は進んでいく。

 

「まぁそうなんですか!? なんて偶然でしょう! 私、本日からそこのE組に赴任する事になっていまして!」

 

「おやそれは本当に偶然ですね。私はE組の担任ですよ」

 

「まぁ……! これは偶然というより運命かもしれませんわ!」

 

「そうかもしれませんねぇ……と、では早く行きましょうか。教師が遅刻などしてはいけませんからねぇ」

 

 そう言って殺せんせーはE組の校舎へと外人美女を伴って歩き出した。その場には私一人と、ラッピングされた車だけが残される。E組に赴任するのだから一緒に行くのは間違ってない気もするが、まずは理事長に挨拶に行くのが普通では……?

 

「んー」

 

 だがこの段階で一つ確信したことがある。

 あの女性。殺せんせーの変装していても特徴的な外見に疑問を見せず、人間では不可能な超スピードを受け入れ、更にはこの時期に外からわざわざE組にやってくる人物。まず普通に考えてただの教師な筈がない。ほぼ間違いなく殺せんせーに関係のある存在だ。

 

「……変な事にならなきゃいいけど」

 

 せめて暗殺の環境が崩されませんようにと思いながら、私も登校に戻った。生徒も遅刻しちゃダメだしね。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 あの後朝のHRにて通学路で出会った外人女性の紹介があった。

 

 イリーナ・イェラビッチ。

 英語教師として赴任してきたらしく、今後英語の授業は半分彼女の担当になるらしい。その自己紹介の際も殺せんせーにベッタリで、その殺せんせーはというとずっとピンク色でニヤニヤしてた。そしてやはりというか何と言いうか、普通の英語教師ではなかったらしい。

 

「……まさか色仕掛けが通じると思わなかったわ」

 

「あぁ、俺も予想外だ」

 

 今は休み時間、教室の外では殺せんせーと皆がサッカーをしながら暗殺を試みているが、攻撃が当たる様子はない。それを教室から見つめる烏間先生とイリーナ先生……そして私。外で遊んでないのは純粋に勉強してたからだ。英語難しい……

 

「しかしそれなら一番殺り易いだろう」

 

「そうね。本領で勝負できるのは幸いかしら」

 

 そう言ってイリーナ先生は煙草に火をつける。あの、校内は禁煙なんですが……

 

 今の二人の会話からも分かる通り、イリーナ先生は殺し屋だ。そして本領は色仕掛けという、如何にも女暗殺者といった暗殺者。朝に感じた事はどうやら間違っていなかったらしい。

 政府を通じて殺し屋が送り込まれてくるのはそろそろかと思ってはいた。至近距離から定期的に狙えるというのは大きな利点だが、如何せん狙うのは素人の生徒。技術的に無理がある。ならばその距離に本職(プロ)を置くというのは単純だが効果的だ。

 

「だが……ただの殺し屋を学校で雇うのは流石に問題だ。表向き教師の仕事も()ってもらうぞ」

 

「……別にいいけど、私はプロよ? 授業なんてやる間もなく仕事は終わるわ」

 

 そう言ってイリーナ先生は教室から出てグラウンドへと向かっていく。何となく追いかけたほうが良い気がして私も外へ出た。小走りで殺せんせーに駆け寄ったイリーナ先生と徒歩の私ではみんなの元へ辿りつくまでに時間差がある。私が集団の端に辿り着いたのは、イリーナ先生に何かを頼まれた殺せんせーがマッハで飛び立ったのとほぼ同時だった。

 そしてその直後鳴り響く授業開始のチャイム。私のとんぼ返りが確定した。

 

「えっと、イリーナ……先、生? 授業始まるし、教室戻ります?」

 

「……授業? あぁ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

 磯貝君に向けてそう言い放ったイリーナ先生の声は、ついさっきまで殺せんせーに向けていたそれとはまったく違う、冷たいものだった。

 そんな声でイリーナ先生の口から語られたのは、彼女の仕事に対するスタンス……自分は殺し屋としてここに来たのだから、標的(ターゲット)を騙す以外の目的で教師を演じる理由は無い。私達(生徒)に対してまで教師の真似事をするつもりは無いという事だった。後「イェラビッチお姉様」と呼べとか。カルマがすぐさまビッチねぇさんって略してたけど。

 

「あんた殺し屋なんでしょ? クラス総掛かりで殺せないモンスター、ビッチねぇさん一人で殺れんの?」

 

「……ガキが……大人にはね、大人の殺り方ってのがあるのよ」

 

 大人の殺り方。私達には到底出来ない方法という事だろうか。確かに子供で素人の私達と、大人で本職のイリーナ先生では使える手段に差があるのは事実だ。先程まで烏間先生と話していた内容を考えると、色仕掛けがメインという事になるのだろうか。

 ……と、そんな事を考えてたら、イリーナ先生が潮田君に近づいて……あ。

 

「なっ!?」

 

「おー」

 

「……ふむ」

 

 いった。イリーナ先生が潮田君に対して突然キスをぶちかました。しかも唇を合わせるだけじゃなくて舌を搦めるねちっこいやつだ。顔を固定された潮田君に成す術はなく、そのまま10、20、30とhit数が積み重なっていき、やがて完全に脱力したのかもがいていた腕がくたぁ……と垂れ下がった。

 

「後で職員室にいらっしゃい。あんたが調べた奴の情報聞いてみたいわ」

 

 そう言ってイリーナ先生は潮田君を解放した。けどあんな蹂躙を受けて後で立てるほどの余裕はなかったらしくその場に崩れ落ちる。まぁ無理も無い。いきなりキスなんてされたら誰だってああなる。私だってキアラに五停心観をインストールされた時はあんな感じだったし。

 

「『キス魔:C』って所かな……」

 

 キス魔。

 一般的にキスが大好きな人を指す言葉として使用されているが、同名のものがサーヴァントのスキルとして存在している。効果としてはキス……つまり粘膜接触による魔力供給の効率が上がるとかだったと記憶している。

 ちなみに何故私がそんなスキルを知っているかといえば、ムーンセルの図書館にある本に載っていたからだ。『サーヴァントスキル大全~魔力編』だったっけ。真名こそわからないが、敵と相対した際に判明したスキルを調べるのに非常に助かった記憶がある。

 というかこのスキルどんな英霊が持っているのやら……色事に特化した英霊であることは間違いないだろうし、カサノヴァとか? アンデルセンがキャスターだったし、有り得るかもしれない。

 

 そんな事を思い出した後で意識を現実に帰還させると、潮田君を解放したイリーナ先生が情報提供者を募っていた。イイ事するとか男貸すとか言ってるけど中学生にその報酬はどうなんだろうか。やはりカルマが言った通りビッチねぇさんなのか?

 

「あと……少しでも私の暗殺(しごと)の邪魔したら―――」

 

 ――――殺すわよ?

 

 何気なく放たれたその言葉は、この教室ではよく聞く言葉。しかし彼女の口から放たれたそれが持つ重さは、皆が普段口にしているものとは別次元の重さを持っていた。彼女は何人も殺してるんだから、命を奪うという事を正しく理解しているんだし、当然と言えば当然なのだが。

 そしてイリーナ先生は私達を放って、部下らしき人達と計画の打ち合わせを始めてしまった……って、よく見ればあの男たちは今朝イリーナ先生をナンパしてた三人組だ。つまり朝のアレも計画通りという事か。

 

 ……さて。こうなってしまうと私達にはやる事が何も無い。私には提供できるような情報も持ち合わせが無いし、今は大人しくしていた方がいいだろう。

 

「岸波さん」

 

「ん……中村さん?」

 

 教室に戻って言われた通り自習でもしてようかと踵を返した所で、中村さんに呼び止められた。

 

「さっきさー、渚がキスされてるの見てキス魔Cとか言ってなかった?」

 

「……ぐ」

 

 ……聞いてたのか。

 

「言……ったけど、それが?」

 

「わざわざCってランク付けしたって事は、AとかBも知ってるって事?」

 

「う」

 

 そ、それは……知ってるには知ってる、けど。

 

「……て、テキトー言っただけだよ」

 

「そーなん?」

 

「うん……その辺も良く覚えてないから」

 

「……そっか」

 

 そう言って中村さんは退いてくれた。集団から離れた所だったのが幸いして、聞いていた人はいないみたいだ。そして記憶に障害があるという設定の有用さを改めて実感した。これからも乱用はせずに窮地に陥った時だけに使うように心がけよう。尤も、そればかりだとやはり効力が逆に弱くなるから、ダミーの回答でも作っておいたほうが良いのかもしれない。

 

 ちなみにキス魔のBランクはキアラだ。サーヴァントではないのでスキル持ちという訳ではないが、あのどこをどう攻めれば意識が蕩けるかを熟知しているとしか言いようがない舌使いはスキルに換算するならBランク相当だろう。インストールの時は脳内が三点リーダーで埋め尽くされるくらいにはいい様にされていた。

 

 そしてAランクだが……いや、知らない。Aランクなんて私は知らない。思い出したくない。記憶をあさった結果あれがトップだなんて思いたくない。やれ「魔力が足りん」だの「王に魔力を献上する事を許す」だの「貴様の反応は中々に面白い。何、ただの戯れだ」だのと言って私の舌を散々弄んでくれたA+なんて思い出したくない―――――!!!

 

 

 

   ◆

 

 

 

 その後はイリーナ先生の授業だったのだが、教室で情報を纏めているイリーナ先生に前原君をはじめ他の生徒達が突っかかった結果、全員で下唇を嚙むという謎の展開になってしまい、結果として最初にイリーナ先生が言っていた各自自習という流れになってしまった。私も噛んで(唇かむかむして)おいて何だが、あれは結構シュールだった。

 そしてその後は殺せんせーの授業がいつも通りに展開されて、イリーナ先生はその後一度も教室に姿を見せることなく一日が終わってしまった。

 

「……アレじゃ無理だな」

 

 廊下を歩きながら一人呟く。アレというのは、イリーナ先生が今日一日で組み立てた暗殺プランだ。

 

 大まかに言うと、殺せんせーを体育倉庫に呼び出して色仕掛けをして迫り動揺させ、そこを銃弾で蜂の巣にする……というものだ。銃を撃つのは連れていた三人だろう。

 一見何の問題も無いように思えるが、イリーナ先生が使おうとしているのは本物の銃。銃口から飛び出すのは私たちがいつも使っている対先生弾じゃなくて鉛の塊だ。エアガンに比べて弾速も威力も文字通り桁が違うこれで死なない生物なんていないと言っていたが、それで死なない超生物だからこの特殊な弾を使っているんじゃないだろうか?

 ちなみに何で私がイリーナ先生の計画を知っているのかというと、普通に聞き出したからだ。賞金を全部持っていかれるのは嫌なので何かしら貢献出来ないかと聞いてみたら、ガキが出しゃばるなという忠告と共にこういう計画だから私の出る幕は無いと言われてしまった。まぁそう言うだろうと思って聞いた事だったので、あからさまに見下されていらっときた以外は何ともない。

 

 ちらり、と校庭の方へ眼を向けた。窓から見える体育倉庫では、連れていた三人が準備に取り掛かろうとしていた。殺せんせーから見たイリーナ先生は英語教師という事になってるから、暗殺の準備は殺せんせーがいない間に済ませるのだろう。

 

 今の時点で確信している事だが、イリーナ先生の暗殺は失敗する。人間の常識で殺そうとしているからだ。しかしそれを指摘した所で直すような人じゃない。

 

「……うん」

 

 ならばそれを見据えて動くべきだ。そう思い、体育倉庫まで急ぐ。イリーナ先生は準備を任せて帰ってしまったので、やるなら今しかない。

 

「あのっ」

 

「ん? 何だガキ……って、お前朝ターゲットと一緒にいた……」

 

「あの、実は―――」

 

 私は私で、一つ手を打っておこう。




金ぴか様はキス魔持ってません。持ってたとしてもE~Dです。でもA+なのはザビ子の感想なので……。


7章はクリアしました。骸骨の人に麻婆食べさせなきゃ……
ラスボスと愉快な柱達を殴りに行くので次も遅くなると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08.加入の時間

ザビ子のオヤジ魂の定義を盛大に間違えたかもしれない。
でも原作で保健室覗こうとしてたし、これくらいは……アリ、なのか?

まぁ、八話をどうぞ


 

 イリーナ先生がやって来た次の日、つまり今日は彼女が暗殺計画を実行する日だ。舞台として選んだのが体育倉庫なので、遅くても五時間目の体育には決行に移るだろう。

 

「……おいおいマジか。二人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

「なーんかガッカリだな殺せんせー。あんな見え見えの女に引っかかって」

 

 朝にそう思った私の考えは間違っていなかったらしく、五時間目の体育という名の射撃訓練の時間、事態が動き出した。

 三村君の言葉を聞いて視線を体育倉庫へと向けると、イリーナ先生と殺せんせーが二人で体育倉庫へと入っていくのが見えた。その殺せんせーの表情はデレデレとしていて、これから彼女に暗殺されるとは思ってもいないように見える。実際イリーナ先生は殺せんせーの前ではボロを一切出していないし、殺せんせーから見ればイリーナ先生はただの教師なんだろう。

 

 ……いや、本当にそうだろうか?

 

 殺せんせーが色仕掛けにニヤついてるというのが衝撃的過ぎてよく考えていなかったが、普通に考えて本校舎ではなくわざわざE組に赴任してくる教師、それも「学校の意向」でやって来た教師だ。このE組の状況を考えると不自然でしかない。私だって初日である昨日の朝であった時点で違和感を覚えたくらいだ。あの超生物がそれに気が付かないとは考えにくい。つまり今引っかかってるように見せているのはおそらく演技だろう。……それとは別に、胸にニヤついてるというのは本当だろうけど。私にはわかる。

 

「烏間先生……私達、あの(ひと)の事好きになれません」

 

「……すまない。プロの彼女に一任しろとの国の指示でな」

 

 片岡さんにそう言う烏間先生も、何となく彼女を快く思っていないような雰囲気だ。まぁ烏間先生もここで私たちの教官としてサポートしてくれていたのだから、横合いから掻っ攫われるのは面白くないのかもしれない。

 

「だが、わずか一日ですべての準備を整える手際……殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

 ……準備してたの手下三人だったけどね。でも有能な人間を従えているのならそれは自分の力と言ってもいいのかもしれない。ボードゲームで例えるなら、どれだけ強力な駒でも使う人次第で弱くなるし逆も然りだ。そう思うのは私がかつて最強の剣(ギルガメッシュ)をサーヴァントにしていたからだろうか。まぁかといって私はそんな増長しようとも思わなかったし、もししてたのなら財宝が首目掛けて飛んで来たんだろうけど。

 

「ッ!?」

 

「キャッ……!」

 

「わー……うっるさいねコレ」

 

 二人が倉庫に入って少しすると、中から聞こえてきたのは発砲音。それも私たちがさっきまで響かせていたエアガンの軽いものではなく、鉄と火薬が発生させる重厚なものだ。多少距離があるとはいえその音は大きく、中で行われている行為の壮絶さを物語っている。というかこんなに響かせて大丈夫なのか? 本校舎まで音が届いていたらどう言い訳するんだろう……?

 

「これは……本物の銃か」

 

「え、ビッチねぇさん対先生弾(あの弾)使ってないの?」

 

「みたいだね」

 

「それって……効く?」

 

「……効かないんじゃないかぁ」

 

「だよな?」

 

「効くならこの弾開発した意味無いでしょ」

 

 銃声が響き始めてから一分程して音が止み、皆が思った事感じた事を口にしだした。その内容はやはり本物の銃を使用しているという驚きと、果たしてそれが殺せんせーに対して効果があるのかという疑問が大半だ。

 私達でも少し考えれば簡単に気が付くこの事に最後まで気付いてなかった辺り、あの人がどれだけ自分の殺り方に固執してこちらを下に見ていたかが良く解かる。逃げられない場所まで誘導して全方位に弾をばらまくという方法自体は優れているのだし、そこで対先生物質を何らかの方法で使用していたのなら少しだが勝ちの目もあったと思う。

 ……と、そこまで考えた所で。

 

「――――いやぁあああああああああああぁあああああ!!!!!」

 

 昼下がりの校庭に、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 

「銃声の次は鋭い悲鳴とヌルヌル音が!」

 

 それとヌルヌル音。

 悲鳴はイリーナ先生のものだろうから、ヌルヌル音は殺せんせーの触手だろう。銃撃をどうにかした後で手入れが始まったと言った所だろうか。やはり鉛の弾は効かなかったらしい。どうなったのかは私の仕込んだものに期待という所か。

 

「いやぁあああああ」

 

 ……しかし。

 

「いやぁ……ぁああ」

 

 ……何というか。

 

「いやぁ……ぁ……あ」

 

 ……エロい。

 次第に小さくなっていくイリーナ先生の悲鳴だが、その大きさに半比例するようにその声は段々と色を帯びていっているように感じる。後ヌルヌル。あのヌルヌルが見えない分余計に想像力を掻き立てる。あの豊満な胸に殺せんせーの触手がヌルヌルと……わー映えそう。

 

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてんぞ!」

 

「行ってみよう!」

 

 その声を聴くとほぼ同時に足が動いていた。これは……もしかしたら、私の仕込みが思った以上の効果を発揮しているかもしれない。

 昨日の放課後に三人へお願いした仕込みは彼らの協力が無いと不可能なものだった。ガキのやる事だと断られてしまえばそれまでだったが、意外とすんなり協力を取り付けることが出来た。別途報酬を設けたのが良かったのだろう。

 

「殺せんせー!」

 

 体育倉庫から殺せんせーが出て来た。その体には傷一つ無く……いや、服の方は急ごしらえの補修がされてるから、無傷ではないか。でもダメージがあるのは服だけで、本体には何の影響も無さそうだ。

 

「「おっぱいは!?」」

 

 あ、潮田君と被った。

 

「いやぁ……もう少し楽しみたかったですが」

 

 そう言って殺せんせーはニヤニヤと下品に笑ってる。余韻に浸ってるんだろう。つまりそんな事をしたという事だ。何をしたのか徹底的に聞き出したいという気持ちに支配されそうになるが、今はグッッッ……と堪えておく。

 殺せんせーも深く語るつもりは無いのだろう。話の内容をこの後に控えてる小テストにすり替えてしまった。

 

「ぅぅ……」

 

「あ、イリーナ先せ……」

 

 殺せんせーに続くようにしてイリーナ先生も倉庫から出て来たのだが、その姿に固まってしまった。体操服、それもブルマ。前時代的な服装だが、私はどちらかというと体操服と言えば今自分が来ているジャージ状の物よりもこちらの方が真っ先に思い浮かぶ。月の裏側に落ちた時、いつの間にかクローゼットに入っていた体操服がブルマだったからだ。着てもあんなにゼッケン歪まなかったけど……

 

「まさか……わずか一分であんな事されるなんて……」

 

 そこからイリーナ先生の口からうわ言の様に零れてくる、殺せんせーの手入れを聞いていた。肩と腰のこりほぐしに始まり、オイルと小顔とリンパのマッサージ。そして早着替え……え、つまり一回脱がしたって事? ひん剝いたの?

 

「……その上まさか……触手とヌルヌルで、あんな……あんな事を……」

 

 その言葉を最後に、イリーナ先生は倒れてしまった。

 何をしたんだ。そんな思いを込めて殺せんせーの方へ視線を向けると、丁度潮田君が私の代わりに質問してくれていた。

 

「さぁねぇ。大人には大人の手入れがアリマスカラ」

 

「「「悪い大人の顔だ!!!」」」

 

 うん、悪い大人の顔……言い得て妙だ。殺せんせーの無表情を見たら何で言峰神父の薄ら笑いが頭をよぎったんだろうか私は。

 はは、このザマァと言ってこちらに微笑む言峰神父の幻影を頭を振って追い出した。とりあえず、私は私でやる事をやってしまわねば。

 

「さ、教室に……にゅやっ? 岸波さん?」

 

 教室へと促す殺せんせーを無視して体育倉庫の中に入る。中は銃痕がそこかしこに付いていて悲惨な事になっていた。でも音が響いていた時間を考えると銃痕が少ないような……? まぁいいか。仕込みが正常に機能していればわかる事だ。

 

「あ、あった」

 

 体育倉庫の片隅、銃弾が当たらず、かつ全体を見渡せる位置に隠すようにして取り付けられた「それ」を回収する……うん、問題なく動く。ちゃんと「録画」できている。

 

 そう、私の仕込みとは何てことない、ただのビデオカメラ。暗殺が始まる前に録画状態にしておいてほしいとお願いした。

 鉛の弾が殺せんせーに効かないであろうことはわかっていたが、効かないにしても種類がある。はじき返されるのか、貫通してもすぐに修復するのか、あるいは体内で溶けたりしてしまうのか。超スピードで躱してしまうのかもしれない。本物の銃弾を前に殺せんせーがどう行動するのか、それを知るだけでも今後の暗殺において何らかの役には立つだろう。五月に入って体力も戻り、本格的に暗殺に力を入れるためにも殺せんせーの事を調べようと思い、購入しておいたビデオカメラ。まさか最初から使う機会に恵まれるとは思っていなかった。

 ちなみに記録を取る事については「防衛省の指示」という事で通しておいた。面倒だが、後で烏間先生と口裏を合わせておこう。その時に彼らに渡す報酬(お金)も烏間先生に渡しておこうか。私から渡されるよりそっちの方が自然だろう。

 

「岸波さーん? 教室に戻……」

 

「あ、殺せんせー」

 

 私を怪しんだのか、殺せんせーが倉庫に戻ってきた。そして私の手にあるものを見た瞬間、ピシッという音が聞こえてきそうなリアクションで固まった。

 

「そ、それはまさか……」

 

「――――――」

 

 何も語らない。殺せんせーに対して語る事は何も無いのだ。ただ一言、心の中でGJとだけ呟き皆の所へ戻る。幸いというか、教室へ戻らずにまだそこにいてくれた。

 さて、戦利品を報告しよう。

 

「殺せんせーの大人の手入れ、一部始終収めたぞー!!」

 

「「おぉおおお!!!!」」

 

「でかした岸波ィ!」

 

「にゅやぁあああーーーーッ!!?」

 

 そう、本来は銃弾に対してどう行動するかを収めるのが目的だったが、その副産物としてイリーナ先生に対して行った「大人の手入れ」まで手に入れてしまった。これを見ないでおくという選択が出来ようか。いや、出来ない。

 私の持ち帰った情報に一部男子が歓声を、殺せんせーが悲鳴を上げた。特に岡島君の喜びようは相当なものだ……あぁ、転入初日に見た時から分かっていたさ。君からは近しいものを感じると……!

 

「あ」

 

 自分の所業が衆目に晒されると察知したのか、殺せんせーがマッハで私からビデオカメラを掻っ攫った。

 

「何するんだ殺せんせー! 返して!」

 

「か、か、返しませんよ! 何て事してるんですか岸波さん! 授業に関係ないものを学校に持ってきては駄目でしょう!?」

 

「何言ってるんだ、暗殺対象(ターゲット)の観察のために持ち込んだビデオカメラなんだから暗殺(授業)に大いに関係あるじゃないか!」

 

「そーだぜー? っつーかそれ殺せんせーが言うのかよ?」

 

 岡島君……!

 

「な、何がですかァ!?」

 

「だって殺せんせー、授業に関係ないもの持って来ちゃダメなんだったらお菓子持ってくるのもダメじゃね?」

 

「にゅやっ!? し、しかしこんな先生はとても生徒に見せられないと言いますか……!」

 

「うっわァー生徒からもの取り上げる理由が個人的なものって……それって教師としてどうなの? 殺センセー?」

 

「あぁっ!?」

 

 岡島君とカルマの援護射撃が加わり、殺せんせーは逃げ道を無くしてしまった。しかもカルマに至っては殺せんせーがテンパってる内にビデオカメラを取り返すというファインプレーだ。

 

「だ、駄目です岸波さん! その映像は中学生にはまだ早いですよ!!」

 

「……へぇ? 生徒に見せられないようなコトしてたんだ?」

 

「ゔッ」

 

「うっわァー。神聖な学び舎で教師がそんなコトしてイイと思ってんの?」

 

「あの、それは……」

 

「これは教育委員会に提出しなきゃだね」

 

「だねー。わいせつ教師として明日の一面を飾らせよう」

 

「イヤァアアアアアア!!! 止めて下さい首が飛ぶーーー!」

 

 いや、国家機密をその辺の機関に持ち込める訳ないだろうに……というか何で地球を壊す生物がクビを恐れてるんだか。私たちの先生をするためなんだろうけどさ。

 

「と、とにかく! これは君達には見せられません!」

 

「あっ!」

 

 クソッ、また奪われた! マッハとか反則じゃないか反則!

 

「君達に見せても大丈夫だと思う部分だけ編集してからお返しします! では教室で小テストを! 終わった人から今日は帰ってヨシ!」

 

「あっ逃げやがった!」

 

「返せエロダコー!!!」

 

 ビデオカメラを強奪した殺せんせーはマッハで飛び立ってしまった。大至急映像の編集をするのだろう。

 どしゃり、とその場に崩れ落ちる。岡島君や三村君も同様に膝をついた。

 

「チクショウ……こんなのって無ェだろ……!」

 

「俺たちのエロが……岸波のファインプレーが……」

 

「ふざけるな……ふざけるな馬鹿タコォオ……!」

 

 何のために高い金出して買ったと思ってるんだ……! エロは主目的じゃなかったが、主目的じゃなかったが!

 

「……岸波さんってさ、イメージとだいぶ違うね」

 

「だねぇ。まー面白いからいいじゃん?」

 

 潮田君とカルマの言葉を聞き流しながら、私たちはとぼとぼと教室へと戻った。

 ちなみに後日手元へ返ってきたビデオカメラからは、きっちりと手入れの部分だけが切り取られていた。おのれ……おのれおのれおのれ……!

 

 

 

   ◆

 

 

 

 その後のイリーナ先生はといえば、酷いの一言に尽きるだろう。

 ミスを挽回しようとして計画のプランニングに集中するあまり相変わらず授業をまともに行わない。一応私たちは今年受験なのだから、せめて普通に授業をしてほしい。そういった意見を磯貝君が皆を代表して言ってはみたのだが。

 

「地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね~?」

 

 ……この人はどれだけプロとしてのプライドに固執するつもりなんだろうか?

 暗殺が失敗している時点で私たちの間に差なんてものは一切無いというのに、その後も出てくるのはこちらを見下した発言のオンパレード。正直私も聞いていて腹が立った。

 まぁそんな事ばかり言ってたら自然と学級崩壊もする。

 

「出てけくそビッチ!」

 

「殺せんせーと変わってよ!」

 

「な、なによアンタ達その態度! ぶっ殺すわよ!?」

 

「上等だよ殺ってみろゴルァ!!」

 

 その時の崩壊っぷりはかなりのものだった。普段から荒っぽい村松君達はともかく、温厚な速水さんや木村君までもがいきり立ち、消しゴムやら鉛筆が飛び交う悲惨な状態になっていた。それと茅野さんは巨乳なんていらないって言ってたが……うん、大丈夫だよ茅野さん。小さいのも需要はあるよ。少なくとも貧乳派を一人知ってるから。

 

 そしてそんな事があった次の日のイリーナ先生の授業。みんな一応席にはついているものの、机の上に広げているのは英語と関係ない教科の教科書が多い。どうやらほとんどの人が授業をしないならしないで本格的に自習の時間として過ごすことにしたらしい。

 

 しかしその日の英語の授業で始まったのは、昨日とはまるで違う光景だった。

 

「……だから、私の授業では外人の口説き方を教えてあげる」

 

 イリーナ先生の口から語られたのは、彼女の授業方針とでも言うべきものだった。世界各国で仕事を成功させてきた経験と実績から、仲良くなる会話のコツを教える……つまりコミュニケーション能力の授業だ。

 どうやら昨日の授業の後、意識が変わる何かしらがあったらしい。烏間先生か殺せんせーが彼女に何かしたのだろうがそこはどうでもいい。殺し屋としてここに在籍するために、教師の仕事もやる気になったという事だ。

 

「……そ、それなら文句無いでしょ?……後、悪かったわよ色々と」

 

 揺れる視線、小さく丸まった背中。殺せんせーに比べれば不安が滲み出ている立ち姿だが、それはまさしく「新米教師」とでも呼べるものだった。

 

「……なーんか、普通に先生になっちゃったな」

 

「もうビッチねぇさんなんて呼べないね」

 

「あんた達……わかってくれたのね……!」

 

 イリーナ先生の変貌にクラス全員が少し笑った後、そんな会話が飛び出した。

 

「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

 

「うん、呼び方考えないとね」

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

「えっ」

 

 思わず横を見た。何でそうなるんだカルマ!?

 

「え……っと、せっかくだからビッチから離れてみない? ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」

 

 イリーナ先生も笑顔を浮かべてはいるものの、これに関しては不満が隠せないらしい。

 

「でもなぁ……もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

 

「うん、イリーナ先生よりビッチ先生の方がしっくりくるよな」

 

 それは……あぁ、確かにそうだけど。イリーナ先生よりビッチ先生の方がなんかしっくりくるけど! それは流石にひどすぎないかな!?

 そんな私の思いをよそに、イリーナ先生への呼称はビッチ先生に決定してしまった。

 

「わ、私はちゃんとイリーナ先生って呼ぶからね!」

 

 ビッチコールが鳴り響く中、せめて自分だけでもと思い声を上げた。呼びやすかろうがしっくりこようが、いくらなんでもビッチ先生は酷過ぎる……!

 

「あ、アンタ……! いい()ね! お礼にディープキスしてあげる!」

 

「えっ……え!?」

 

 そう言ってこちらへ突っ込んでくるイリーナ先生……前言撤回だ、この人ビッチ先生じゃないか!

 

「そーいえば岸波さん、ビッチ先生のキステクCランクとか言ってたよー?」

 

「何ですってぇ!?」

 

 中村さん!? 何で今言ったの!?

 

「……そう……だぁったらCランクかどうか……確かめてもらわなきゃねェ……?」

 

「い、いや、あのその……」

 

「覚悟しなさいッ!」

 

「ま、待っンんんぅ―――――!!!?」

 

 いかれた。むちゅっといかれた。潮田君にしたやつよりねっとりしたヤツだ。頭を押さえられて逃げる事も叶わない。そして口の中を縦横無尽ににゅるにゅると動き回る舌……歯列を撫でまわされ唇を貪られ自分の舌を搦め取られる。成す術がない、一方的な蹂躙。

 でも何て言えばいいんだろう。テクニックが凄いという事はわかるけど、キアラやギルガメッシュにされた時みたいなぽわぽわした感じが無い。終始テクニックを見せつけられているという感じだ。

 

「ぷ ぁ」

 

 やがて口が離された。自然と息が荒くなる。

 

「……フゥ。感想は? これでもCランクって言えるかしら?」

 

 感想? あぁ、感想……?

 

「び……B、まいなす……」

 

「マイナスって何よ!?」




マイナスの理由:ぽわぽわしない

恐らくこれが年内最後の更新になります。
あと採集決戦クリアしました……ソロなんとかにやーいお前の父ちゃんダビデしに行くんだという思いで駆け抜けました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09.集会の時間

あけおめ(大遅刻)

新年一発目は難産でした……


 

 椚ヶ丘中学校では、月に一度全校集会がある。それは私達E組も例外ではなく、この時ばかりは本来許可無く立ち入り禁止である本校舎への入場が許可されているらしい。他にも季節の行事などでは立ち入りが認められているとの事だ。

 これだけ聞けば別に何でもないのだが、これが結構面倒臭い。

 まずE組の校舎があるのは裏山の中なので、移動だけでも結構な時間と労力を要する。しかも『E組は他の生徒よりも先に体育館へ移動し、先に整列を終えておかなければならない』なんてふざけた規則があるので、そのためには昼休みを返上して移動しなければならない。おかげで今日この後体育(訓練)があるというのに昼食を食べ損なってしまった。麻婆だったのに。麻婆だったのに……!

 

 そして移動して体育館で待機していると、他の生徒がちらほらと姿を見せる……のだが、これがまた鬱陶しい。

 

「E組の皆さんお疲れ様で~す」

 

「山からわざわざコッチ来るの大変でしょー?」

 

 今もまた顔も名前も知らないような本校舎の生徒が私たちを馬鹿にして、ギャハハハと品の無い笑い声を上げながら自分のクラスの集合場所に向かって行った。

 

「……鬱陶しいなぁ」

 

 思わずそんな声が口から零れた。だがこれも仕方ないと思う。さっきからやって来る人ほぼ全員こんな調子だ。何ならわざわざ馬鹿にするためにこちらへ足を運んでいるグループまである。ご苦労な事だ。

 このように、普段から環境などで感じているE組の差別待遇をより間近に感じなければならない。しかもこれは学校行事なので逃げる事も出来ないし、ただひたすら馬鹿にされるのに耐えなければならないのだ。

 

『君達は全国から集められたエリートです。この校長が保証します』

 

 しかし生徒全員が揃って集会が始まると嘲笑の声も止み、いたって普通の集会が始まった。流石に壇上で校長が喋ってる間くらいは皆黙っているみたいだ。

 

『……ですが、慢心は大敵です』

 

 ん? こっち見た?

 

『油断してると、どうしようもない誰かさんみたいになっちゃいますよ~?』

 

 その瞬間、体育館が震えるような大爆笑の渦がE組以外で巻き起こった。隣に並んでいるD組の生徒なんかはこっちに目を向けて笑っている。

 

「……何だこれ」

 

 呟いた声は笑い声に掻き消された。イヤ本当に何だこれ。

 E組が基本的には学力の低い生徒を集めたクラスだという事は承知しているし、それが進学校において恥ずべきことだというのも理解できなくはない。だが校舎や部活、施設利用などにおける差別待遇や今の様に教師が公然と生徒を馬鹿にする状況はどうなんだろう。この光景が外に漏れたらとか考えないんだろうか? 教育委員会とかに漏れたら廃校待ったなしだろうに。

 

「……今の内に慣れといたほうが良いぞ」

 

「え?」

 

 目線だけで振り返る。私の後ろに並んでいた木村君が俯きながら言葉を続けた。

 

「これから先の集会も年間行事とかでも、こんなんだからさ」

 

「……そうか」

 

「おぉ」

 

 それだけの短い会話。再び前を向くと、流石に笑いすぎだと校長先生が注意を促していた。自分自身も前かがみになるくらい笑ってるから、何の説得力も無いんだが。

 

 ――ここまでやるか。

 

 約一月E組で学び、そして今集会を通じて思った事はそれだった。

 この徹底した差別待遇の理由は何となくわかる。『成績が落ちれば自分もあそこに行くんだ』という危機感を持たせることで生徒は努力し、また『自分よりも下がいるという優越感』を感じさせて今の地位を失わないように執着させる……といった所だろう。実際椚ヶ丘はE組を除いて名だたる名門の進学校だし、この教育理論は一応の成果を出している。

 理事長が何を思ってこんな教育体制を作り上げたのかは知らないが、それの生贄にされるのは不本意だ。かと言って馬鹿にされない側……つまり本校舎に行きたいという訳でもない。私は暗殺教室(E組)で学ぶと決めたのだから、あちらへ行く理由は欠片も存在しない。

 

「どーにか……出来ないかな」

 

 実害がある訳ではないが、馬鹿にされるのは腹が立つ。せめて環境の改善が不可能でも、本校舎の意識を変えるくらいは出来ないかという考えが、嘲笑が響く体育館の中で浮かんだ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 あの後何度かE組を馬鹿にするような展開が当然のように存在したが、それに何か行動を起こすわけでも無く全校集会は終了した。途中烏間先生とイリーナ先生が入って来た時は本校舎から少なくない動揺の声が上がっていたっけ。まぁ烏間先生は見た目も整っているし防衛省勤務という事で引き締まった体をしたエリートだ。本校舎の中年太りした教師を見慣れてる生徒にはさぞ輝いて見えた事だろう。イリーナ先生に関しては近い所にいた男子が前かがみになるという事態が発生していた。まぁ仕方ない。あんな巨乳に顔を埋める場面を目撃してしまえばそうなるに決まってる。男子中学生には刺激が強すぎるのだ。

 

 そして後は集会も終わっているので帰るだけ……なのだが、その前に喉が渇いたので自販機へと寄り道していた。あんな環境にいたのだから炭酸の一つでも飲んでスッキリしたいと思うのも当然だろう。

 

「やっと戻れる」

 

「あはは……」

 

 腹の底からこみ上げてくるような呟きに乾いた笑いを返したのは潮田君だ。彼も自販機に用があるらしく、こうして隣を歩いている。

 

「この後体育かぁ……しんどいね」

 

「まぁ、ね。お昼御飯も食べてないし」

 

「ホントだよ。今日は麻婆だったのに……!」

 

 私としては毎日でも食べたいあの激辛麻婆豆腐だが、教室で食べると周囲の目が超生物を見るそれになるので、最近は二・三日に一回くらいの割合になっている。そのおかげか何なのか、最近は麻婆がより一層辛く美味しく感じるのだ。好物はたまに食べるから美味しいんだという事を再認識できたし、これはこれで正解だったかもしれない。主食にすると契約切るって言われてたし。

 

「……あれさ、辛くないの?」

 

「辛いけど美味しいよ。食べる?」

 

「食べない」

 

「……むぅ」

 

 食い気味に言われた。食べ、くらいでかぶせて来た。美味しいのに……

 

 そんな会話をしながら自販機まで辿り着き、思い思いの物を購入する。ちなみに紙パックのジュースを売っている自販機だったから炭酸飲料は置いてなかった。畜生……。

 

「……おい、渚」

 

 仕方なくコーヒー牛乳を買っていると、後ろから潮田君を呼ぶ声が聞こえた。杉野君当たりが呼びに来たのかと思ったが違うらしい。つられて振り向くとそこにいたのは見覚えの無いモブ臭のする生徒二人。本校舎の生徒だろう。

 

「おまえらさー、最近調子乗ってない?」

 

「集会中に笑ったりして周りの迷惑考えろよ」

 

 私達が集会中に笑ったというのは、イリーナ先生が途中からやって来た殺せんせー(変装済み)にナイフで攻撃を仕掛けて烏間先生に連れて行かれた時の事だろう。あの時は殺せんせーの事を誤魔化すためにクラス全員が少し無理をして笑っていた。

 というかそれを本校舎の彼らが言うのだろうか。E組を全校生徒で笑っていた身でよく言ったな。ここまで堂々と自分の事を棚に上げられると、滑稽を通り越して見事と言える。同じ事校長先生に言ってくれば?

 

「E組はE組らしく下向いてろよ」

 

「どうせもう人生詰んでんだからよ?」

 

 こちらをあからさまに見下す視線、馬鹿にする言葉、全身から漂う傲慢さ……そのあまりの言い分に自然と眉間に皺が寄った。

 というか言ってる事が頭おかしい。中学で成績が悪いからって何故その後の人生が詰んでいるのだろうか? 例え成績が悪くて中卒でも優秀な功績を残した人物だっているし、かの発明王エジソンなどは最終学歴が小学校中退だ。それとは逆に良い大学を出ても就職先にありつけずフリーターやニートになる人物だって少なくないだろう。こんなところで躓いたくらいでその後の人生が閉ざされる、なんて事はまずありえないのだ。

 どうやら彼らは椚ヶ丘の徹底したE組差別を経験して、本校舎のエリートという価値観に洗脳されているらしい。E組は絶対的な敗者だから何を言ってもいいというイメージが思考回路に刻み込まれているんだろう。だからこんな簡単な事も分からないし、おかしな事も平然と口にできるんだろうな。

 

「――――――」

 

 そんな事を考えてたら、自然と溜息が出た。

 

「……おい、なんだその不満そうな目は」

 

 うわ、矛先がこっちに向いた。

 標的(ターゲット)を潮田君から私に変更した二人がこっちに詰め寄ってくる。その際下卑た表情を浮かべながら全身を舐める様にして見つめて来るというおまけつきだ。気持ち悪い。

 

「……別に? 馬鹿な事を言ってると思っただけだ」

 

「ハァ?」

 

「俺らお前より成績良いんだけど? お前自分の立場わかってんの?」

 

「……あー」

 

 成績と言動はどう考えても関係してくる頭の良さは別系統だというのに、それすらわからないらしい。本校舎の奴は例外なく成績が絶対と考えているとみてよさそうだ。

 というか普通馬鹿な事を言ってると言われたら自分の発言のどこが可笑しいのかを少しは考えないだろうか? そんな素振りすら無かった辺り、本当に成績が全てだと思ってるらしい。何だろうな、この会話ができるのに意思の疎通が図れないモヤモヤ感。情報でしか知らないが、言語能力を持った会話できるバーサーカーがこんな感じなのだろうか。

 

「……オイ、黙ってねーでなんか言い返してみろよE組!」

 

 呆れてモノも言えない私を言葉に詰まったとでも思ったのか、向こうが調子に乗り出した。肩を掴むな、成績馬鹿。

 

「殺すぞ!!」

 

「――――――」

 

 は?

 

 一瞬、何を言われたかわからなかった。殺す……それは、今のE組では非常によく聞く言葉だ。だがそれらとは言葉の持つ重みがまるで違う。あぁそれは当然だろう。彼らはその言葉がどういう事か、殺すという事がどういう意味を持つのかがわかっていない。ただの脅しで出来もしない事を言っているだけだ。

 イリーナ先生が言ったそれとは比較するまでも無い。正しく理解していないE組の生徒でも、暗殺行為を行っている分もう少し重みがあるだろう。だから最初、音の響きが同じでも意味が分からなかった。だってその言葉には何も無いから。

 

 そしてそんな薄っぺらい言葉をまともに受け取ってやる理由も無い。

 

「―――君には、殺せないだろ」

 

 言う前にほんの少しだけ笑いが零れた。仕方ないだろう。張りぼての言葉を引っ張り出して自分を強く見せようとしていた。これを滑稽と言わずに何と言うのか。

 それと、殺すという言葉の意味を正しく理解出来もしないくせに私に言うな。そんな怒り……舐める様な視線に対するものも含めて……を込めて、少し強めに睨んでやる。

 

「ッ」

 

「――ヒ」

 

 どうやら効果はそれなりにあったらしい。弾かれる様にして離れた彼らから先程まで顔に浮かべていた傲慢さはすっかり飛び散っており、今は何が起きたのかよくわかってないという感じの困惑と、少しばかりの恐怖が顔に浮かんでいた。

 

「行こう、潮田君」

 

「あ、うん」

 

 茫然としていた潮田君を伴ってその場を後にする。追いかけてくる気配はなかった。

 

「……ハァ」

 

 ……なんか、どっと疲れた。やっとここから帰れると思うと、昼食を食べ損ねた事やこの後体育があるという事を差し引いても早くE組に戻りたいと思える。本当に、最初から最後まで居心地の悪い場所だった。

 

「……岸波さん、凄いね」

 

「ん、何が?」

 

 廊下を歩いている途中、潮田君がぽつぽつと話しかけてきた。

 

「だって、何言われても動じてなかったし」

 

「あぁ、アレ? まぁ、あんな口先だけの脅しなんか何も怖くないからね」

 

「そ、そうなんだ」

 

 もっと怖い人(英雄王)と一緒に行動してた分その辺りには耐性がある。それにギルなら脅す前に剣が飛んでくるし、脅したとしても本気かどうかはわかる。何より本気で怒ってるなら一瞬で思考能力を奪われるくらいの洒落にならない殺気が飛んでくる。

 

 ……ギル、か。

 

 ギルが彼らを見たらどんな行動を取るだろうか……うん、多分眉を顰めた後で剣の雨かな。もしかしたらヴァジュラとかの爆発物で纏めて殺っちゃうかもしれない。ギルは自分が見下すのはいいけど見下されるのは無理だし。

 いや、もしかしたら見られただけで殺すかもしれない。彼らは本校舎の生徒は偉いと思ってるっぽいし、そんな彼らがギルの目の前に現れたら不敬の一言でズドンと殺られる可能性が高い。

 

「……ま、有り得ないけどね」

 

 ちらり、と左手を見る。そこにかつてあった繋がり(令呪)は跡形も無い。この肉体に刻まれていた事は無いのだから当然だが。

 契約が切れていてムーンセルも存在しない。なら彼が私の前に現れる事は恐らくもう無いのだろう。あの黄金の背を追えないというのは……ほんの少し(途轍もなく)、寂しいが。

 

「え……何? 岸波さん、何か言った?」

 

「ぁ、ううん……何でもない」

 

 少しばかり感傷に浸っていた所を潮田君の声で呼び戻された。たらればを考えても仕方ない。

 

「さ、早く戻ろうか。次体育だから着替えなきゃ」

 

「そうだね」

 

 潮田君と話をしながら廊下を歩く。周りの風景が木造じゃない普通の校舎なので、何となく表の聖杯戦争を思い出す。凛やラニと話す事はあっても、こうして雑談をしながら歩くという事は無かったなと思いながら、私達を待っていた杉野君達の所に急いだ。




金ぴか様が本校舎を見たら笑うか無視するかの二択だと思います(ただしザビ子に被害が及ばない場合に限る)


運営様が期間延長してくれたのでもう一回金ぴかピックアップが来ますね。爆死の準備は出来てます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.準備の時間

すまない……筆の遅い作者で本当にすまない……


 

「「「「「さて、始めましょう」」」」」

 

 いや、何を?

 

 朝殺せんせーがやって来たと思ったら五人……人? まぁ、五・六匹に分裂した。殺せんせーはプラナリアだったのか……いや、よく見たら所々がぶれてるから恐らくはマッハの残像を利用した分身だろう。ホント規格外な速さだ。パラメータ表記ならA++……いや、文字通りEXランク(評価規格外)くらいかもしれない。あらゆる時代のあらゆる英雄より最も迅いという逸話を持っててかつ敏捷性に優れたランサークラスの適性があるアキレウスとどっちが速いんだろうか。

 まぁそんな超スピードで分身している殺せんせーだが、その頭にはそれぞれ鉢巻を着けている。しかもその鉢巻の文字が一人一人違うという手の凝り様だ。多分移動の際に着け直してるんだろう。その労力は必要なのだろうか。

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

 

「そうそう」

 

「そんなわけでこの時間は」

 

「高速強化テスト勉強を行います」

 

「……あぁ、テストか」

 

 分身同士で会話をしながら分身した理由を教えてくれた。テスト。学校では小中高を問わず必ず存在するその行事は当然ながらこの暗殺教室にも存在する。私達は暗殺のために行動しているが、それ以前に椚ヶ丘の学生だ。ならこの行事は当然無視できない。しかも椚ヶ丘は進学校、テストの内容も生半可なものじゃないだろう。教師として在籍している殺せんせーの気合の入り様も頷けるというものだ。

 私自身学校のテストというものをしっかりと受けるのは何気に初めてだ。病院にいる時に理事長から学力調査のテストを出された事はあるが、あれは確認みたいなものだったし。

 ところで、その分身同士の掛け合いはどうかと思う。本当に別個体として存在している分身でやるならまだしも、それ残像でしょ? ならつまり自分一人で会話をしてる訳で……

 

「……岸波さん? その目は何でしょうか……?」

 

「い、いえ何でも」

 

 ……やめよう。考えても悲しいだけだ。

 

 高速強化テスト勉強と殺せんせーが名付けたこの時間だが、高速なのは私達ではなく殺せんせーだ。一人一人マンツーマンで苦手科目を徹底して復習するらしい。ちなみに頭に巻いている鉢巻にはご丁寧に各生徒の苦手科目が書かれていた。

 

「何で俺だけNARUTOなんだよ!?」

 

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

 右の方から怒鳴り声が聞こえて来た。どうやら寺坂君は一点集中さえ許されない特別コースらしい。

 

「それと寺坂君、特別コースは何も君だけではありませんよ?」

 

「は?」

 

 そう言って寺坂君の前にいるNARUTOの額当てを着けた殺せんせーが顔の向きを変える。目が合った。

 

「……お揃いだね」

 

「うるせぇー!!」

 

 とりあえずサムズアップしておいた。

 そう、私の前にいる殺せんせーもNARUTO額当てなのだ。まぁ私に関しては仕方ない。約半年眠っていた分があって、授業の理解が遅いのだ。自習をしたり個人指導を頼んでも詰まるところが多く、未だ全体的なレベルはE組の中でも下から数えた方が早いくらいだ。

 

「岸波さんは数学の理解は速いんですが、それでも基礎が疎かになっているのは否めませんからねぇ。キツイかもしれませんが、頑張ってください」

 

「はは……お手柔らかにお願いします」

 

 そうして始まったマンツーマン授業だが、やはり殺せんせーの授業は解かりやすい。全員に向けて授業を行っている時もそう思ったが、個別に教えている今の状況だとそれが更に際立つ。生徒一人一人の躓きやすい所を理解してそれぞれに的確な指導を行っていく。それが別々ならまだしも、分身を使用しての同時進行だ。敵として見るなら厄介な超スピードだが、味方であれば頼もしいことこの上ない。

 

「歴史はこれくらいでしょうか。では次は理科に取り掛かりましょう」

 

「ん」

 

 前回の悲惨な結果に終わってしまった確認テストの雪辱を果たせそうだと思いながら、次の勉強に取り掛かった。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 特別強化授業が始まってから早くも一週間近くが経過した。殺せんせーは毎日分身を使用してのマンツーマン授業を続けている。このスピードを一日中維持しておきながら、放課後でも平然としているのだからこの超生物の規格外な性能には苦笑いしか浮かんでこない。こんな速さで動いて疲れないのかと誰かが聞いていたが、一体外で休憩させているから大丈夫らしい。分身の手間を増やしてるだけな気もするが、本人が大丈夫だと言うのなら大丈夫なんだろう。

 その超スピードを見せつけられる度に思う事は、やはりこの先生を殺す事の難易度の高さだ。混乱すると思考能力も反射神経も人並みに落ちるとはいえ、それでも速さに優れるというのは殺す上での大きな障害だと思う。どんな状況に陥ったとしてもその速度で大きく後退すれば少なくとも安全なのだから、チートにも程がある。何か私が来る前に危機的状況を脱した後、基本性能が違うんですよバーカとか煽られた事があるらしい。

 

 しかし、そんな殺す上での障害も、テスト勉強に集中する今においては強力な助っ人だ。一人一人に適切な授業を行えるのだから、成績が伸びるのは当然だ。

 私の悲惨に過ぎた成績も大きく巻き返しに成功していて、特に得意な数学に至っては「せっかくだから」との事でテスト範囲よりも先の部分に手を付けているくらいだ。

 

「ま、だからって油断はしないけどねー」

 

 廊下を歩きながら、そんな言葉が口を吐いて出た。今日の授業は終わったが、英語で少しわからない場所があったのでイリーナ先生に聞きに行くつもりだ。苦手だった英語もそれなりに出来るようになってきたので、以前ほどの苦手意識は持ち合わせていない。まだ不得意分野ではあるが。

 言語といえば、サーヴァントは基本的にどんな言語でも理解できるし話せるし読めるらしい。ギルがそう言っていたのを思い出す。普通に日本語で意思疎通できてたから忘れがちだが、ギルガメッシュは古代ウルクの王様だ。ウルク語かメソポタミア語か知らないが、話すとしたらその言語なのだろう。その言語能力が欲しいと英語の問題を見る度に思う。英語難しいんだよ……

 

「ん?」

 

 そんな事を考えながら職員室の前まで来ると、奇妙な光景がそこにあった。職員室の外から中を覗いている男子生徒がいる。これが岡島君あたりなら中でイリーナ先生が暗殺に失敗してモザイクが必要な事態になっているのかと疑いカメラ片手に隣に並んだりもするが、外にいるのは潮田君だ。中に入れない事情でもあるのだろう。

 

「潮田君」

 

「あ、岸波さん」

 

「えっと……今中に入ったら、不味いかな?」

 

「うん、何か理事長が来てるんだ」

 

「理事長?」

 

「ほら」

 

 横にずれてくれた潮田君の隣に行けば、窓から中の光景が見える。確かに潮田君の言う通り、職員室の中にはE組担当の教師三人と、病院で私にテストを出してきた浅野理事長がその中にいた。

 

「率直に言えば、このE組はこのままでなくては困ります」

 

 E組の校舎は全面木造で所々ガタがきてる。なので壁越しでも音を拾えるのだが、教室の中から聞こえてきたのは理事長のそんな言葉だった。

 

「何の話?」

 

「えっとね」

 

 疑問に思った私に、中の話を邪魔しないように小声で潮田君が説明してくれた。何でも殺せんせーの事を、世界を救う救世主だの世界を滅ぼす巨悪だのと言っていたらしい。何のことだかさっぱりだが、潮田君にも意味は分からないらしい。滅ぼすというのは三月に地球を爆破すると告げているから理解できるが、救うというのはどういう事だろう。

 

「……駄目だ、情報が少なすぎる」

 

「……だよね」

 

 殺せんせーの正体というものに興味が無い訳ではないが、これは今気にする事じゃないだろう。何より情報が不足している。下手な憶測を現時点で立てる必要はない。

 そしてその後に理事長が口にしたのは学園の事、つまり殺せんせーを私達が殺せた後の事らしい。そうして出たのが、私が先程聞いた発言だ。

 

 潮田君の説明が行われている間にも話は進んでいる。働きアリの習性を引き合いに出して、自身が目指す学園というものを説明していた。

 

「『E組のようにはなりたくない』、『E組には行きたくない』……95%の生徒が強くそう思う事で、この理想的な比率は達成できる」

 

「……なるほど、合理的です。それで、5%のE組は弱く惨めでなくては困ると」

 

 殺せんせーが口にした言葉と同じことが頭に浮かんだ。理事長がこういう考えで学校を運営しているのならば、本校舎の徹底したE組差別も頷ける。納得は出来ないが、理解する事は可能だ。

 

「今日D組の担任から苦情が来まして……何でも『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた』、『殺すぞと脅された』と……」

 

 D組の生徒というのが誰なのかは知らないが、それをしたのは恐らく寺坂君グループの誰かだろう。そんな暴力的な言動をとる生徒は彼ら以外に心当たりがない。

 

「……これ、岸波さんじゃないかな」

 

「え?」

 

「集会の時に絡んできた人達、D組だからさ」

 

 え、私? 確かにあの時ちょっと言った覚えはあるけど、睨んでないし脅してないよ? そんな一方的な意見が通っていいとか酷いな……

 

「暗殺をしているのだからそんな目つきも身に付くでしょう、それはそれで結構」

 

 私の濡れ衣をよそに理事長と殺せんせーの話は続いて行く。

 

「問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事」

 

「ッ……!」

 

「それは私の方針では許されない。以後、厳しく慎むよう伝えて下さい」

 

 一方的にそう告げて、理事長は踵を返す。話は終わったという事なのだろう。殺せんせーにも色々と言いたい事はあるだろうに、それらを一切受け付けないという姿勢はまさにあの本校舎の頂点という表現がしっくりくる。

 そんな事を考えていると、理事長が殺せんせーに向かって何か投げた……金属? 鍵か何か……あ、知恵の輪か。

 

「一秒以内に解いて下さいっ!」

 

「えっちょ、いきなり……っ」

 

 ……そして一秒後、そこには知恵の輪の一部と化した殺せんせーの姿が。

 

「こ……ッ」

 

「……何てザマだ」

 

 このザマァ、と言いそうになったのを必死で堪えた。違う、私は言峰神父みたいな人の不幸でメシが美味い人種じゃない。酷い有様だとは思ったけどそれで笑うなんて感性は持ち合わせていない。仮にそういう部分があるとすればそれはギルの影響であって私の素質じゃない。

 

「噂通りスピードは凄いですね。確かにこれならどんな暗殺だって躱せそうだ」

 

 確かに、知恵の輪には失敗したけどたった一秒であそこまで絡まるのは逆に凄い。首とかどうやって通したんだ。というか何で通そうと思ったんだ。

 

「でもね殺せんせー……この世界には、スピードで解決できない事だってあるんですよ?」

 

 その嫌らしい言葉を最後に理事長は職員室を後にする。そうすると必然的に、外から覗き見をしていた私たちと鉢合わせる事になる。

 

「……やぁ! 中間テスト期待してるよ。頑張りなさい」

 

 何か言わなければ不自然だとでも思ったのか、それとも自分たちの会話を聞いていたと認識しての追い打ちのつもりだったのか。理事長は貼り付けた笑みで、そんな心にも無い事を平然と言ってのけた。

 そうして浮かべた表情を一瞬で真顔へと戻して、まるで何事も無かったかのように平然と歩き出す。

 

「――――――」

 

 その態度は潮田君にはかなり効いたらしく、先程まで中の様子をうかがいながら見せていた様々な表情が鳴りを潜め、どこか痛みを堪える様にも似たつらそうな表情を浮かべていた。

 

「……ハァ」

 

 自然と溜息が出る。こうまで露骨だと怒りを通り越して感心さえするというものだ。

 底辺の生徒(E組)一般生徒(本校舎の人間)に逆らう事は許されない。その考えに従うなら、確かにここで生徒の心を折るために声を掛けるのは有効な一手だろう。

 世界を救う機会を得たからといって図に乗るな思い上がるな増長するな。所詮お前達は何処まで行こうとも落ちこぼれの底辺なのだと。だから底辺は底辺らしく下を向いて生きていろと。理事長が言っているのはつまりそういう事、本校舎の生徒が言っていた事と何ら変わりない事だ。

 

 ……ふざけるな。

 

 その考えには到底従う事など出来ない。それは岸波白野()という存在の根底にも関わる事だ。

 私は底辺から始まった。記憶は無く、経験も無く、技術も無く。頼みの相棒(サーヴァント)は指示を無視する言葉の通じない狂戦士(バーサーカー)。そんな最悪最底辺の状況から、「生きたい」という願望だけで這い上がり、そして128の願いを背負って踏み越えて、月の聖杯戦争を勝ち抜いたのが岸波白野という存在だ。

 底辺が逆らう事は許されない。その考えに従うという事はその事実を、私が倒して(殺して)きた対戦相手を、私を支えてくれたラニを、そしてそんな自分に付き添ってくれたバーサーカーとギルガメッシュを否定する事に他ならない。そんな事が出来る筈が無い。

 

 だからこそ、理事長の思惑になんて従ってやらない。

 

「はい、頑張りますねっ!」

 

 出来るだけ明るい声を作って理事長の背中に声を掛けた。面白いくらいにピタリと動きを止めた理事長が半身で振り返り、自然と目が合った。

 その程度の圧力が何だというのか、この程度の脅しが何だというのか。こちとら言葉一つ態度一つ間違えただけで首が飛ぶような理不尽を振りかざす、この世全てを背負う王と付き合って生きて来たんだ。貴方が放つそれは私からすれば随分と軽く見えるよ。

 そんな思いを込めて理事長の目を見つめ、彼が普段していたように腕を組み不敵に笑って見せた。その程度では屈しないと態度で主張をする。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 互いに言葉は無い。私の笑みに応えるようにして口角を上げるだけの冷たい笑顔を返してきた理事長は、そのまま踵を返して今度こそE組校舎を後にした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 そうして決意を新たにして再び次の日からテスト勉強に励んだ訳なのだが。

 

「疲れる……」

 

 日が傾いて景色に朱色のフィルターが掛かる住宅街を歩きながらぽろりと零した。今は放課後、中間テストが二日後に迫ったその日、私はここ数日の授業を思い出していた。

 

『さらに頑張って増えてみました。さぁ授業開始です』

 

 理事長が来た次の日の朝、そう言った殺せんせーは明らかにクラス全員の27人よりも多い数に分身して授業を開始した。一人に一体ついていた分身が更に増えたのだ。一人に数体ついての授業となった。

 正直言うと鬱陶しい事この上ない。だって殺せんせーが何人増えようが教わる私は一人だけなんだから、結局殺せんせーがどれだけ増えた所で私の学習スピードが向上する訳が無い。分身するのが逆だよと不破さんが言ってたけど本当にそうだと思う。だから私は一人で良いと言っても「まぁまぁ、せっかくなので」と言って聞いてくれなかった。寧ろ全方位から同じ音を重ねて聞かされるのでそれだけで集中が散る。セルフステレオとか勘弁してほしい。

 

「多分理事長への対抗だと思うんだけどなぁ」

 

 先日の放課後に潮田君と話したが、殺せんせーの分身増加は理事長に言われたことが切っ掛けだと思っている。

 この世にはスピードで解決できない事もある。それに関しては本当に理事長の言う通りだと思うが、殺せんせーはどうもムキになっている気がする。まぁ自分の教育を否定されればムキになるのは教師としては普通なのかもしれないけど。それでも努力の方向が違う気がするというか……

 

「……まぁ、私が気にする事じゃないか」

 

 頭を振って考えていた事を追い出す。方向はどうあれ、殺せんせーが私達のために頑張ってくれているというのはわかるので、それをどうこう言うつもりは無い。鬱陶しいけど。

 それにテストまではあと二日、つまり明日の授業がテスト前の最後の授業だ。あのヌルステレオとの付き合いもあと一日だと思えばなんて事は無い。

 

「ん?」

 

 そうこうしている内に家が見えて来た。この肉体の岸波白野が家族と住んでいた一軒家だ。夕食は麻婆で軽く済ませて復習をしようと考えていると、見慣れないものが視界に入った。

 

「……誰だ、あの人」

 

 家の前に誰かいる。通行人かと思ったが、ただの通行人なら門の横に背中を預けて携帯をいじったりしないだろう。まず間違いなく誰かを待っている人物だ。そして駅前の銅像とかならまだしも、個人の家を待ち合わせ場所にしたりしないだろう。なら誰を待っているのか? そんなのその家の人間に決まっている。そしてこの家に住んでいるのは今は私だけだ。つまりは私に用のある人物。

 着ているのは私が通う椚ヶ丘の男子用制服。身長は私より頭一つ分高いくらいだろうか。クラスの誰かかと思ったが、あんな顔は記憶にない。という事は……

 

「……本校舎の生徒」

 

 一体何の用だというのやら。私がD組の生徒を脅した事について何か言いに来たのだろうか。いや、それとも遂に私じゃない岸波白野の知り合いが訪ねて来たという事もあり得る。

 

「ハァ」

 

 駄目だ、このままでは埒が明かない。取り敢えず、普通に話しかけてみることにした。

 

「……誰?」

 

「ん? あ、やっと帰ってきた。やっぱりE組の校舎は遠いな」

 

 その人物は携帯を仕舞ってこちらに向き直り、人の好さそうな笑みを浮かべている。

 

「……すまない、私の知り合いだろうか? 名前が出てこない」

 

「……あぁ、そういえば、事故で記憶が曖昧なんだってね。まぁ学校で何度か話した程度だから、覚えてなくても仕方ないさ」

 

 そう言って笑った彼は、じゃあ初めましてで正解かな? と言って名乗りを上げた。

 

「初めまして岸波白野さん。A組の浅野学秀です」




この辺りから軽く改変を入れていきます。大筋には影響しない程度の軽い奴ですが。大きい改変は登場人物が増えてからですね。

遅れた理由としては色々ありまして。
前回に入れ忘れた展開(渚の代わりではなく後に脅す)を入れて修正しようか悩んでたとか、バレンタインイベでサモさんの可愛さに悶えてたとか、翁ピックアップで確定演出+アサシンカードからの切嗣(二人目)が来て自害せよと呪詛吐いてたとか、新宿で邪ンヌの可愛さに悶えてたとか……すまない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.目的の時間

今回は「CCCの白野になる前の白野」がどういう人物だったかの説明回みたいなものです。
正直その為だけに浅野君を引っ張り出してきた所があるのは否定しない。


 

「それで、話って?」

 

 あの後浅野君が私に話があるという事で、近所の喫茶店まで二人で足を運んだ。話だけなら私の家でもいいのだが、暗殺に使用している銃やナイフは当然として、他にも見られたくないものがある。それとは別に、きちんと掃除が出来ていない部屋に人を呼ぶのはどうかというのもあった。

 私がこの家に初めてやってきたのは一月ほど前で、それ以前は一年ほど無人の家だったのだ。最優先で居住空間などは簡単な掃除を行なったものの、生活に関係ない部屋は依然埃が薄らと積もっている状態だ。特に両親の部屋には一度も入っていない。正直どう扱うのが正解なのか私の中でまだ答えは出ていないのだ。

 

 まぁそんな理由もあって話し合いの場に喫茶店を選んだ訳だ。何も頼まないのもおかしいのでカフェオレを注文した後、早速本題に入る事にした。

 

「あぁ……君は、E組をどう思う?」

 

 急かす私の言葉に返ってきたのは、そんな問いかけだった。

 

「どうって……普通、だと思うけど」

 

 正確には普通どころの騒ぎではないのだが、まさかここで馬鹿正直に暗殺教室の事を伝える訳にはいかない。だが内容に目を瞑るならやっている事は普通だろう。授業は普通のそれだし、体育だって体を鍛えているだけだ。それを指導しているのが人間じゃなかったり殺し屋だったり、体の動かし方が特殊なだけで。

 

「……普通な筈が無いだろう? 本校舎と比べれば何もかもが劣っているというのに」

 

「あー……まぁ、確かに」

 

 本校舎を全く知らないので比較が出来ないが、集会の時にチラリと見た感じで大体はわかる。確か創立10年なので校舎は真新しいものだったし、あの規模の校舎なら空調なんかもしっかりしてるんだろう。ボロボロでエアコンなんて存在しない木造校舎と比べればその差は歴然だ。

 

「うん。まぁ、本校舎に比べると違う所が多いな」

 

 私の答えが満足のいくものだったのか、浅野君はつらつらと語りだした。

 

「そう。環境は劣悪、待遇は最底辺……そんな所に所属するのだから、そこにいる生徒はそれだけの理由がある。その多くは成績不振、つまりは負け組だ」

 

「ッ……!」

 

 いや、まぁ。確かにそうなんだが。そのE組生徒がいる前で堂々と普通そういう事言う?

 色々言い返したくなったが、事実なので跳ね返される未来しか見えない。眉間に皺が寄ってしまったのは仕方ないとして、言葉は何とか飲み込むことが出来た。

 

「理由がある以上はE組に行かなければならない。それがこの学校のルールだし、理事長の方針だ。それは僕も当然だと思ってる……が、僕はあの人ほど冷酷で非情じゃない。

 成績不振となった生徒に情状酌量の余地があるのなら、それは可能な限り考慮するべきだと思う」

 

「……つまり?」

 

「つまり……僕は君を救いに来たんだよ。岸波白野さん」

 

 そう言って、浅野君は鞄の中から一枚のプリントを取り出し、こちらに寄越してきた。

 

「これは?」

 

「明後日の中間テスト、その出題範囲だ」

 

「出題範囲って……」

 

 渡されたプリントには、確かに各教科ごとのテスト範囲が綴られている。でもそれなら二週間前に烏間先生から貰ってるし、今更これに何が―――

 

「……え?」

 

 一瞬、何が書いてあるのかわからなかった。見間違いかと思って目を擦っても、そこに書いてある文字は先程と一字一句変わらない。目を皿にして上から下までしっかりと確認していく。

 

「範囲が……変わって、る?」

 

 最後まで目を通した後、それが間違いでなかったことを認識した。

 そう、私達に配布されたテスト範囲より今渡されたテスト範囲の方が広い。しかも一ページ二ページどころの話じゃなく、大幅に塗り替えられている。

 どういう事だと視線を戻せば、したり顔で頷いた浅野君が説明を始めた。

 

「それは今朝発表されたものでね。進学校の生徒たるもの、直前の詰込みにも対応できなければならないとの事で、範囲の変更があった」

 

「――そん、な」

 

「突然だったからA組でも困惑の声が上がったが、理事長が教壇に立って教えきってしまったから何も問題は無いんだが……」

 

「……理事長……ッ!!」

 

 ―――やられた。

 私のささやかな反抗がトリガーになったのかは不明だが、少なくともこの出題範囲変更に先日のE組訪問が関係していることは間違いないだろう。ここで徹底的に私達を叩き潰して劣等感を刻み込み、反抗心を無くすつもりだ。

 何かしてくるんじゃないかとは思っていたが、精々が問題の難易度を上げるくらいだろうという考えは甘かったらしい。まさかこんな自分の権力をフル活用した規格外の一手を打ってくるなんて……!

 

「……E組の君はそうじゃないだろう? 変更された範囲もそうだが、変更前だったとしても成績は怪しかった筈だ」

 

 浅野君の声で現実に戻る。

 

「だから、僕が直々に教えてあげよう」

 

「―――え?」

 

「今から数時間と明日の放課後、E組校舎でも勉強出来るよう課題も出す。そうすればテストの結果が悲惨になるという事は無い。理事長(あの人)程じゃあ無いが、若手の新米教師よりも教え方は上手い自信がある。主席だからね」

 

「いや、ちょ」

 

「まぁ君が着いて来れるならというのが条件だが、そこに関しては心配していない。記憶に穴があったとしても地頭の良さは変わらないだろうから――」

 

「ま、待って。待ってくれ」

 

 自分の計画を淡々と話す浅野君の言葉を両手を突き出して遮る。話の流れが速すぎて着いて行けない。

 

「……何かな?」

 

「その、意味が分からない。本校舎の生徒の君がたかがE組の生徒一人にそこまでする理由は無いだろう?」

 

「理由ならある」

 

「……何?」

 

「君に、本校舎に戻って来てほしいからだ」

 

「――――――」

 

 ……は? 本校舎に、戻る?

 

「戻れるものなのか?」

 

 あ、ズッコケた。

 

「……そこからなのか」

 

「……その。なんか、すいません」

 

「いや、いい。君がどこまで覚えてるのか確認を怠った僕のミスだ」

 

 そう言って、浅野君は本校舎復帰の説明をしてくれた。

 E組は特別強化クラスという名称の通り、主に成績不振の生徒が集められる。つまり逆に言えば、成績が優秀ならE組にいなくてもいいという事だ。

 自分の成績が優秀だと示す……つまり、一学期と二学期で合計四回あるテストのどれかで上位50位以内に入り、元のクラスの担任が復帰許可を出せば本校舎に復帰できるらしい。担任の許可が必要というのは、成績不振でなく素行不良の生徒かどうかを判断するためだろう。

 

 成程。これなら、さっきの「救いに来た」という言葉の意味も分かる。劣悪な環境から整えられた素晴らしい所へ、その為に力を貸す。救い出すというのは文字通りの意味だったという訳だ。

 

「……うん。復帰の仕組みは理解した」

 

 確かにそういう事になっているなら、私を本校舎に戻したい浅野君が勉強を教えると言ってきたのも納得できる。

 だけど、理解が出来ない。

 

「でも、何で私なんだ?」

 

 結局のところ、私の疑問はこれに尽きる。E組から一人復帰させたいというのがこの一連の行動の理由なのだとしたら、別に私じゃなくても良いはずなのだ。

 

「さっきも言ったけど、情状酌量の余地だよ」

 

「……はぁ」

 

「岸波さんは事故で長い間眠っていて、目を覚ましてからもリハビリ生活で勉強の時間なんて無い。それに加えて記憶の欠落だ。こんな状態で確認のテストを受けたとしてもE組行きは確定的だろう。新学期が始まる前だったからとはいえ、もう少し時間を置いてから確認を行うべきだった。

 ……E組行き確定の状態でテストを受けさせられたんだ。それが個人の不勉強ではなく事故が原因。なら、復帰に対して助けがあってもいいだろう?」

 

 そう言って浅野君はいつの間にか来ていたコーヒーのカップを口元へ運んだ。話は終わりという事だろう。

 

 彼の説明には穴は無い。あの時はそういうものなのだと思って言われるがままだったが、言われてみれば確かにと思う。もう少し記憶に関して調査をしてからテスト問題を作ってもおかしくは無かったし、何ならそのまま進級して、不足している学力は放課後の個人授業とかでも大丈夫だったろう。あの大幅に変わった出題範囲を教え切った理事長なら、一月か二月もあれば合間の時間で授業を行っても間に合った筈だ。

 なのに私には理不尽に確認テストが実施されてE組行き。望んだわけでも無い事故が原因で劣悪な環境に押し込まれているという事であれば、成程、確かに情状酌量の余地はあるのかもしれない。

 

「―――他にも、何か理由があるんじゃないのか」

 

 だがそれでも、『私』を助ける理由は無い。

 事情があってそれを考慮するべきだというのなら、他にも考慮に値する人はいるだろう。

 

 例えば磯貝君。彼がE組行きになった理由は成績ではなく校則違反で、禁止されているアルバイトをしていたせいだという。だがその理由は家計を助けるためであり、遊ぶ金欲しさなどという浮ついた理由ではない。世間一般では美徳とされているような理由だ。それで成績が落ちていたわけでも無いのだから、考慮の対象には十分含まれてくるだろう。

 

 例えば中村さん。成績は多少低下していたらしいがそれでも本校舎に留まれる範囲で、E組行きの理由は素行不良だ。髪型や制服、教師への態度や出席日数が関係しているらしい。それらを徹底的に矯正するよう促せば何も問題は無いだろう。

 

 他にもテストを弟の看病で欠席せざるを得なかった矢田さんなど、情状酌量の余地がある人はいる。その中で何故私が選ばれたのか。それにも何か理由がある筈だ。

 

 そういう考えを込めて視線を向け続けていたら、ほんの少しだけ目を見開いた後、浅野君はカップを置いた。

 

「……あぁ、あるとも」

 

 君が眠る前の話になる。

 そう前置きした後で、浅野君は説明を始めた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「今僕が本校舎で何て呼ばれてるか、聞いた事があるかい」

 

「いや、それも無い」

 

「……『五英傑のリーダー』。そう呼ばれている」

 

「五英傑……?」

 

 何、その去年の夏に調子に乗って付けたみたいな名前……?

 

「五英傑は、僕と各教科のスペシャリスト四人を合わせた呼び名だよ。僕は他の四人を束ねる立ち位置にいる。因みに担当教科は僕が全般、他の四人は数学以外で一教科ずつだ」

 

「へぇ」

 

 どうやらグループの名前らしい。各教科のトップに君臨する生徒……つまり成績絶対主義の本校舎における最上位の存在で固まってるという訳か。それで五英傑と――あれ?

 

「全般って、浅野君が数学担当じゃないのか?」

 

 今の説明だと、浅野君だけ他の四人と担当が被っている。数学以外も得意だという意味でそう言ったのなら、自分の担当は数学だとハッキリ言うはずだ。なのに口にした言葉は全般。

 某ゲームで言うなら、四天王とチャンピオンが纏めて五人組にされてるようなものだろう。

 

「あぁ、本来なら、僕は五英傑じゃなくてその上にいる頂点だからね。五英傑の一角を兼任している今が可笑しいんだ」

 

 うわぁ、上にいるのが当然とかいうエリート発言。普通こんなこと聞かされたらどうかと思うが、この世の全ては我の物とかいうこの人以上の傲慢なお方を知ってるので特に気にならない。

 

「だから、五英傑は本来もう一人いる。……君だ、岸波さん」

 

「え?」

 

 ……は? 何、私が五英傑……?

 

「あの事故が無くて無事に本校舎で三年になっていたら、君に数学の席に座ってもらう予定だった」

 

 そこから浅野君が語ってくれたのは、彼から見た岸波白野(以前の私)の評価だ。

 

 何でも私はあの問スターがひしめく椚ヶ丘のテストにおいて常に成績順位一桁をキープ、多少の浮き沈みはあったものの、今現在他の五英傑となっている四人と鮮烈な二位争いを繰り広げていたらしい。中でも数学の成績は97点以下は取った事が無いという程の好成績で、一度は浅野君と満点で並んだこともあったという。

 どうやら以前の私は相当優秀な人物だったらしい。確認のために理事長が足を運んだのも何となく理解できる。しかし、という事は私も今の本校舎の生徒達みたいに当時のE組を嗤っていたんだろうか。そう考えると嫌になる。

 

「目が覚めたら本校舎に戻って来るだろうと思っていたんだ。しかし眠っていた時間は予想以上に長く、そしていざ目覚めてみれば――」

 

「――E組行きになった、か」

 

「そうだ」

 

 頷く浅野君。話は終わったとでも言いたいのか、再びゆっくりとカップを傾けた。

 

「……ふむ」

 

 少し考える。

 話を聞いて、『私』を本校舎に戻そうという行動の理由は理解できた。五英傑を再結成、ないし再出発させる事であるべき形に戻したいのだろう。それで何がしたいのかは不明だが、彼の中で外せないものなのかもしれない。

 他の人を組み込めば私を救い上げるなんて手間は必要ないのだろうが、本校舎に彼が求める水準に達している生徒がいないという事だろう。

 

「……さて、長々と話してしまったが、理由も理解してくれたところで本題に戻ろう」

 

 前のめりになっていた姿勢を正して浅野君が言う。特に乱れてはいなかったが、つられて私も座り直した。説明も全て終わり、彼の目的も理解した。なら、後は思った事を告げるだけだ。

 

「優秀な成績を取ってA組へと返り咲き、君の居場所を正しい形に戻す。そのために協力するよ」

 

「すまないが、その話は受けられない」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ピタリ、と。握手のために差し出したであろう手が止まった。先日の理事長を思い出す。

 

「――――なん、だって?」

 

「その話は受けられないと言った。私は本校舎に戻るつもりは無い」

 

 E組を出る。それはつまり暗殺教室を辞めるという事だ。殺せんせーを殺すと決めた私にそんな事は出来ない。それに暗殺教室の説明を烏間先生に聞いた時に言われたのだが、国家機密漏えい防止のために、暗殺教室を離れる生徒には記憶の改竄処理が施されるらしい。記憶の処理がどういったものなのかは不明だが、頭の中身を覗かれる様なものだろう。色々と隠し事がある私はそんな事をされるわけにはいかない。

 

「……何故?」

 

「E組でやる事が出来た。途中で投げ出すのは性に合わない」

 

「……E組で出来るような事は、全て本校舎でも出来ると思うが」

 

「いや、E組でしか出来ない事だ」

 

「それは、何かな?」

 

 そう問われて、少し言葉に詰まった。ここで暗殺の事を話すわけにはいかない。殺せんせーの事は当然ながら国家機密。他の生徒は家族にまで箝口令を敷かれていると聞いているし、部外者に話すなんて以ての外だ。

 

 なので、もう一つの理由を話す。

 

「理事長への反抗」

 

 ピクリと浅野君の眉が上がった。言葉は発さずにそのまま腕を組み、機を窺う猛禽の様な目がこちらを向いている。続けろという事だろう。

 

「……以前の私がどうだったかは知らないが、今の私は底辺が逆らう事は許されないという椚ヶ丘のシステムを良く思っていない。だから反抗する」

 

「それは本校舎に戻るという形で達成できるだろう」

 

「出来ないよ」

 

 浅野君の反論を跳ね返す。

 確かに本校舎に戻る、つまり成績50位以内に入るというのは底辺の反逆だろう。一番下の人間でもここまでやれるのだという証にはなる。

 だがそれだけだ。そこで本校舎に戻ってしまえば私は本校舎の生徒になる。強者のルールで生きる上位の人間になるのだ。その後のテストでいくら好成績を出したとしても、それは『五英傑なら当然の結果』であり、底辺が逆らう事ではない。復帰のシステムにあやかった、ただの上位者だ。

 底辺でも逆らうという抗戦の構えを見せるには、自分自身が底辺にい続けた上で逆らわなければならない。身分制度を廃止して平等になろうと貴族が主張した所で、その利を貪り続けている時点で説得力は無くなる。それと同じだ。

 

 そういう説明をすると、浅野君から返ってきたのは軽めの溜息1つだった。

 

「……僕は理事長からすべてを支配しろと教育されてきた。だからいずれあの人の事も支配する。

 その時僕の手足となって行動したのなら、あの人への勝利は君の功績でもある。それじゃあ駄目だと言うのか」

 

「……あぁ、論外だ」

 

 きっぱりと拒絶の意思を告げる。長々と続いてしまったが、話はこれで終わりだ。

 先程よりも深く長い溜息が返ってくる。呆れと怒りが混ざったようなそれの主は、理解不能と書かれた顔でこちらを見ていた。

 

「……解からないな。何故、弱者で居続けようとするんだ」

 

「こっちにはこっちの都合があるんだよ。

 ……出題範囲の変更を教えてくれたことは、素直に感謝する」

 

 これに関しては正直に感謝を告げておく。これが無ければテスト当日は散々な結果に終わっていた事だろう。この量を明日一日で全員が詰め込む事になるが、問題無いだろう。何せ今年のE組には、余計な手間(過剰に分身)を増やすくらいテストに意欲的な教師がいるのだ。分身の量も一人一体に戻して詰め込んでくれる事だろう。

 

 そうかと呟いて浅野君が席を立つ。伝票を持っていかれたので自分の分を出そうとしたが、別にいいと跳ね除けられてしまった。

 

「僕に着いて来ないなら君も敵だ。……僕に従う道を選ばなかった事、いつか後悔させてあげよう」

 

 その言葉を最後に、浅野君は私の前から遠ざかっていく。さっさと会計をすませて帰ってしまった。

 

「……後悔、ね」

 

 そんな事する筈が無い。

 

 私がやると決めたのは殺せんせーの暗殺で、私が逆らうと決めたのは理事長だ。この二つの条件を満たすならE組に留まるしかない。どちらも自分にとっては譲れない事で、自分で選んで決めた指針だ。後悔なんてしない。

 

 そして何より、私がついて行きたいと思ったのは黄金の王(ギルガメッシュ)ただ一人。少しでも彼と同じ世界(もの)が見たくて、この世全てを背負うあの黄金の背を追いかけると決めた。こちらを待ってなんてくれないあの背中を追うのはいつだって全力だ。余所見している暇なんてない。

 

「とりあえず、殺せんせーに報告だな」

 

 呟いて、すっかり飲むのを忘れていたカフェオレに口をつける。中の液体は、もうすっかり冷めきっていた。




念のため言っておくと、浅野君に白野への恋愛感情はありません。
「以前から目を付けていた優秀な人物が理不尽な理由でE組行きになったのを助ければ忠誠心の高い駒を得られるかも」くらいの考えです。しかしはくのんには通用しない。


本能寺が復刻されましたね。ノッブに一目惚れしてFGO始めたはいいものの開始時期が四章実装辺りだったので配布と知って絶望してた私としては、やっとカルデアにお迎え出来てよかったです。沖田さんも欲しいけど多分出ないだろうなぁ。


次回でテストも終わらせて、一気に修学旅行まで進みたい所です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.試験の時間

ギ ル 様 引 け た


軍資金も運も使い果たしたのでメルトは引けないでしょう。



 

「範囲が変わる!!?」

 

 浅野君との会合があった次の日。

 準備期間の最終日であり、つまりはテスト前日であるその日のHRに、前原君のそんな叫び声が響いた。他の皆は前原君の様に立ち上がるほどではないにしろ、少なくない衝撃を受けている。

 

「……えぇ。昨日の朝発表されたそうです」

 

「何でそんな急に……」

 

「こちらでも抗議したが……直前の詰込みに対応するのも進学校では必要だと言われてな」

 

「そんなのって……!」

 

 教室の中は先日までとは違った意味で騒がしい。まぁそうなるだろう。範囲が変わるというのはそれ程の事だ。

 

 昨日喫茶店を出た後、家に戻って殺せんせーに範囲変更の情報を伝えた所、すぐに行きますという返事の直後に通話が切れ、きっかり二秒後にインターホンが鳴った。

 

『き、岸波さん……範囲変更とはどういう……』

 

『……これを見てほしい』

 

 殺せんせーに変更された範囲を見せると、愕然とした表情で「これは……」と呟いたきり、何も言わなくなってしまった。殺せんせーも、まさか理事長がこんな反則ギリギリの一手を打ってくるとは思っていなかったのだろう。

 

『……とりあえず、明日一日で詰め込むしかないと思う』

 

『……そう、ですね。えぇ、それしかありませんか……にゅぅ』

 

暫く悩んでいた殺せんせーだったが、私の言葉で現実に戻ってきた後そう呟いて、よーしやりますかー! と声高に叫んだ。気持ちの切り替えには成功したらしい。

 

『近所迷惑』

 

『にゅやっ!?』

 

 うるさかったからナイフ投げたけど。

 

 ……その後、烏間先生とイリーナ先生には自分から連絡しておくと私に告げて、殺せんせーはマッハで飛び立っていった。夕暮れ時とはいえ住宅街からマッハで飛んでいかないでほしい。見られたらどう言い訳すればいいんだ。

 

「確認してきたわよー」

 

「あぁ、イリーナ先生……どうでしたか?」

 

「ハクノが手に入れた範囲で間違いないわね。正真正銘のホンモノよ」

 

 気だるげといった雰囲気を纏いながら、イリーナ先生が教室に姿を現した。

 イリーナ先生には、私が手に入れたテスト範囲が本当に正しいものなのかどうかを確認してもらっていたらしい。昨日の浅野君の言っていたことを考えると偽物ではないと思うが、慎重に動くというのは悪い事じゃない。

 確認の結果は本物。少し安心した。これよりも広いとかだったら死んでた。

 

「この範囲なら今日一日でどうにかなりますか……さて、では授業を始めましょう」

 

 授業の開始を殺せんせーが告げる。昨日までの過剰分身も最初のマンツーマン分身も止めて、全員に教えていく形にしたらしい。まぁあの分身は一人一人に適応させた教育方針だったから、全員に等しく教えていくのに分身する意味は無いんだろう。

 

「……?」

 

 最初の現代文の教科書を取り出して黒板に目を向けるが、ふと違和感に気付いた。誰も動こうとしないのだ。皆の手は膝の上や机の上に固定されていて、勉強のために動く気配はない。カルマも動いてはいないが、教科書を持った反対の手で頬杖をついてクラス全体を見渡しているので、多分私と同じなんだと思う。

 殺せんせーも気付いたのだろう。授業始めますよー? とヌルヌル動いて勉学を促している。

 

「……いや、勉強はこれくらいでいいよな」

 

「……だよね。もう十分やったし」

 

「あんだけやったんだから今までよりは上がるでしょ」

 

「しかも範囲広がってるんだし、これ以上やってもなぁ?」

 

「確かに」

 

 しかし皆は勉強道具を取り出す素振りは見せず、そんな言葉が口から零れていた。

 

「それに暗殺の方が大事だし」

 

「そーそー、なんたって百億だもん」

 

 ―――百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だし。

 

 それぞれの口から色々と言葉は零れ落ちていたが、要約するとほぼ全員がそんな事を言っていた。殺せんせーもそういう考え方をするのかと驚いてたみたいだ。

 まぁ言っている事は間違いではない。人生というのは何をするにしてもお金が必要だ。月にいた頃だって凛の協力を取り付けるのに五百万する宝石を求められたし、購入したアイテム一つ無ければ負けていた戦闘だって少なくない。裏側でもマネーイズパワーシステムという名の壁が立ちはだかったし、西欧財閥は闇金だったし、円卓の騎士は借金取りだったし、ギルにはハサンと馬鹿にされたし……今こうして思い返すと、私向こうでお金に関わる思い出に碌なものがないな。

 それにこっちに戻って来てからも両親の遺産問題や光熱費云々なんかでお金に関わる事は多かった。だからみんなの言ってる事も理解はできる。

 

「テストなんかより、暗殺の方がよっぽど身近なチャンスなんだよ……」

 

 ―――でも、それはどうなんだろうか?

 

 暗殺に成功すれば確かに人生バラ色だろう。倹約して暮らせば一生働かなくて良いかもしれない。

 でも失敗したら? 殺せんせーを狙ってるのは私達だけじゃない。イリーナ先生みたいに国が送り込んでくる刺客もいるだろうし、個人で殺せんせーを狙う殺し屋だっているかもしれない。そういった手合いに横取りされた場合、私達に残るのは『勉強も暗殺も失敗した劣等生』という汚名だけだ。そこから這い上がるのは並大抵の努力じゃ無理だろう。それこそ、今回のテストで全教科満点を取るよりも厳しくて終わりの見えない戦いを強いられる。皆はその事まで考えが及んでいないのだ。絶対に暗殺に失敗できない、背水の陣と言えば聞こえはいいが、長期的な視野を持てていないだけだ。

 

 そして、それに近い事を殺せんせーも思ったのだろう。

 

「……成る程、よくわかりました。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」

 

 顔に紫のバツ印を浮かべた殺せんせーは、普段のおちゃらけたトーンの声とは比べ物にならないくらいの低い声でそう言った。

 

「全員校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生も来て下さい」

 

 こちらを見ずにそう言って、殺せんせーは一人さっさと外に出て行ってしまった。

 

「……急にどうしたんだ? 殺せんせーは」

 

「さぁ……?」

 

「なんか急に不機嫌になったね」

 

 皆は殺せんせーの突然の変化に着いて行けてないらしい。まぁ無理もないだろうなとは思う。

 何しろ皆はこの学校で二年間学んでいる。つまりこの学校の在り方に染まっているのだ。だから皆にとって『自分たちはE組だから勉強しても無駄』というのは、一年生の頃から刷り込まれてきた常識なんだろう。そして常識を否定するのは何時だってその常識の外からやって来た存在だ。このE組では私と教師陣がそれにあたる。

 

「…………」

 

 横で欠伸をしているカルマの方に目を向けた。E組にやって来た経緯を考えれば、カルマもどちらかと言えば常識の外(こちら)側だと思うが、率先して動くつもりは無いんだろう。

 

「……ん、何? 岸波さん」

 

「いや、何でもない。……行こっか」

 

 席を立って外へと向かう。さて、殺せんせーはどうするのかな。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 校庭に出た殺せんせーはグラウンドからゴールなどの障害物をどけた後、イリーナ先生と烏間先生にある質問をした。

 

 イリーナ先生には「暗殺で用意するプランは一つだけか」と、烏間先生には「生徒に教えるナイフ術で重要なのは第一撃だけか」と。どちらも目的の次について語られる事だったから、多分殺せんせーと私が考えてる事は同じなんだろうと思う。

 

「第二の刃を持たざる者は――――暗殺者を名乗る資格無し!!!」

 

 高速回転して竜巻を生み出すなんて派手な事をしてグラウンドを整地した殺せんせーは、そんな言葉を口にした。

 次の手があるから自信が持てるという考え方にはとても共感できる。私の場合はムーンセルでも黄金の都市でも戦闘となると財宝ぶっぱで終わらせようとする王様がいたからだ。大抵はそれで終わるから、たまにいる財宝の雨を掻い潜って肉迫してくる敵の対処には苦労してたので、二の手三の手が重要だというのは心の底から理解できる。そんなのが面倒だっていうならもう少し狙いをつけて撃ってほしかったよ本当に。切実に!

 

 過去を思い出して心なしか頭痛がしてきた私をよそに、殺せんせーの話は続いて行く。

 

「もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないと判断し……校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

「ッ……!」

 

 第二の刃。つまり、暗殺の次に続く武器。この場合は成績の事だろう。

 

「……いつまでに?」

 

「決まっています。明日ですよ。

 ……明日の中間テスト、クラス全員で百位以内を取りなさい」

 

「「「!!?」」」

 

「……うわぁ」

 

 殺せんせーから告げられた第二の刃は、そんな『今のままじゃ無理だけど、今日一日本気でやれば手が届く』というギリギリの所だった。多分本当は成績優秀者の証である上位50人って言いたいんだろうけど、流石にそれは無茶振りが過ぎるというのはわかってるんだろう。

 それに比べれば上位百人というのは、三年生全員で186人である事を考えるとまぁ妥当と言える。失敗すれば第二の刃どころか第一の刃(暗殺)さえなくなってしまうんだから、皆必死になってやるだろう。

 

「自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事(ミッション)を成功させ……恥じる事なく、笑顔で胸を張るのです!」

 

 ――自分たちが暗殺者(アサシン)であり……E組である事に。

 

 殺せんせーのその言葉を最後に、少々変則的な朝のホームルームは終了した。

 その後は教室に戻って、理事長曰くの直前の詰込み教育だ。殺せんせーも今までの様な分身は行わず、ついて来れない生徒がいればその都度分身を召喚して教えていくという方針を取っていた。一人のために授業を止められず、かと言って置いて行く事も出来ない。そんな今の状況を解決する殺せんせーにしか出来ない力業だ。勉強の苦手な寺坂君達も、こうまでされては手を動かすしかない。

 

 殺せんせーの言葉を聞きながら、一つ一つ問題を解いていく。こうしていると、聖杯戦争の決戦前にギルと二人で得た情報を纏めていたことを思い出す。断片的な情報を元に真名を暴き宝具を予想して対策を講じていたあの月の日々が懐かしい。

 

「岸波さん? 手が止まっていますよ?」

 

「……あぁ、すいません」

 

 六時間目の英語の授業で、そんな考えで集中が途切れた所を咎められた。

 

「ここはわかりにくいですからね。この文法は――」

 

 教えるだけ教えた後、殺せんせーの分身は姿を消す。他の所でも分身が現れては消えている。

 そんな光景の中、最後の猶予期間(モラトリアム)は過ぎて行った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 猶予期間が終われば、やって来るのは決戦――テスト本番だ。

 

 テストは全生徒が本校舎で受ける決まりとなっているらしく、E組だけが敵地で戦う事を強いられる。スポーツでホーム・アウェイの影響がある様に、E組差別の空気に満ちたこの校舎では、教師が率先して妨害行為を行っているという始末だ。現に今も、D組の担任をしている大野とかいう教師が机を指で叩いてしなくていい咳払いをして……と露骨な集中乱しに勤しんでいる。職務に忠実な事だ。あとD組の担任って事は私に脅迫の濡れ衣を着せた張本人って事だよね? おのれ。そのまま咳のし過ぎで喉を傷めればいい。見舞いに麻婆を持っていくよ。

 

「E組だからってカンニングとかするんじゃないぞ~? 俺達本校舎の教師がしっかり見張っててやるからな~」

 

 声だけで嗜虐的な嫌らしい笑みを浮かべているのがわかる。気にするだけ無駄だ。

 

 長めに息を吐き、問題に集中する。病院のテストで分かっていた事だが、この学校のテストは凶悪だ。流石は全国有数の進学校として通っているだけの事はある。

 

『■■■■■■■■■■―――!!!』

 

 問題がこっちを殺しに来ているというのが良くわかる。問題文がエネミーの形をとって、咆哮を上げて襲い掛かってくる光景さえ幻視してしまう。

 

『うわぁ、来た来た――!』

 

『ナイフ一本じゃ殺せねーよ! どうすんだこの「問4」!?』

 

 他の皆もそんな錯覚に陥ってるんだろうか。彼方此方で戸惑う声が聞こえてくる(聞こえていたペンの音が止まる)

 私も他人事ではない。眼前には龍の様にとぐろを巻いて宙に浮かぶ『問5』がこちらを見据えている。口元からは炎が噴き零れ、巨体に反して小さく纏まっている長い体は、さながら押さえつけられたスプリングといった所か。今にもその蓄積させた力を爆発させて、槍の様に襲い掛かってくるに違いない。

 

 まぁ、そんな事にはならない訳なんだけど。

 

 もう一度落ち着いて敵の様子(問題文)をよく見る。全体的にではなく、一部一部を子細にだ。そうすれば、さっきまで見えてこなかったものが見えてくる。いや、正しく見えるようになったと言うべきか。

 長い体は短い円柱の連なりに、獰猛な目は無機質なレンズに、口の炎はただの息に。

 そうして各所で得た情報を元に再び全体を見渡せば―――何て事は無い。先程までの驚異的な力を持った龍は消え失せ、今まで散々相手にしてきたエネミーがそこにいた。どうやら次の一撃を放つために力を蓄えていただけらしい。

 

 だったら勝て(解け)る。

 

 相手の行動を待たずに、持ったナイフを眼球に突き刺す。たったそれだけで全体の結合が無くなり、つるりとした円柱と頭部はバラバラになって空中に消えていった。

 

『っしゃ! 殺れるぞ!』

 

『大したことねーな! ハハッ!』

 

 他の皆も順調に攻略しているらしい。次々に現れるエネミー(問題)に対して順調に勝ち進んでいる(筆記の音は止まらない)。それを尻目に、私もエネミーの対処をしていく。どれも何度も相手にしてきた奴ばかりだ。対策は万全、間違える要素は無い。

 

『うわァッ!?』

 

『キャッ!』

 

「――――――」

 

 ―――来たか。

 

 テストも終盤に差し掛かり、ソレ(・・)は私たちの前に姿を現した。

 視界の端から現れたその敵は、腕の一薙ぎで多くの生徒達を吹き飛ばした。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 ――巨大な、黒だった。

 心を折るような黒だった。椚ヶ丘の澱みに似た闇だった。視界すべて覆う影だった。

 全貌を把握するのは難しい程の、(おお)いなるモノ(問題)だった。

 

『な……っんだよ、コレ』

 

『勝てるの? こんなのに……』

 

 みんなもソレを目の当たりにしたのだろう。余りの巨体(問題)立ちすくむ(ペンが止まる)人が殆どだ。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 迫る。迫る。迫る。

 視界を埋め尽くすほどの巨大な影が、凄まじいスピードで。私を潰そうとその腕を伸ばす。その暗黒が私を握りつぶすまで一秒も無いだろう―――もっとも、それが私に効く(それで私が躓く)ならばだが。

 

『■■■■■――■■?』

 

 巨人(問題)の腕は私をすり抜け、地面へと消えていった。この手のエネミー(問題)は何度も見た。数学だけはカルマ同様、皆よりも先の範囲に手を付けていたのだ。だからこのエネミー(問題)は初見じゃないし、遭遇した回数が少ない訳でもない。見上げるほどの巨体(膨大な量の問題文)に面食らう段階は過ぎ去っている。

 

 一度目を閉じて再びエネミー(問題)を見れば、先程までの巨体は消え去り、未明から立ち上がっていた様な影がいた場所には、片腕の発達した一体のエネミーが佇んでいた。

 

『――――――フ』

 

 内心でほくそ笑む。

 この問題は他の物より問題文の量が多い。つまりそれだけ配点も多い。その分難しいという事でもあるが、私にとっては戦い(解き)慣れた問題だ。一つ一つ確認をしながら戦って(解いて)いけば、まず間違える事は無いし、それはさっきまでの問題も同じこと。手間は同じで見返りは大きい。ギルが言う所のレアエネミー。

 

『くっそぉ……舐めんなぁ!』

 

『まっ負けません!』

 

 ふと気が付くと、飛ばされた人達が立ち上がっていた。ボロボロになりながらもその目は戦意を失っておらず、ナイフ片手に果敢に突き進んでいく。どうやら出遅れてしまったらしい。

 

『さて……殺す(解く)か』

 

 内心で呟き、問題の攻略に取り掛かる。

 

『■■■■■―――!!!』

 

 エネミーが伸縮する腕を振り回す。鞭の様なそれの軌道を見切り、懐へと潜り込む。弱点は首。半ば胴体と一体化しているそこにナイフを突き刺し、ブチブチと切り裂いていく。腕を振り回してもがき抵抗しているが、懐まで自慢の腕は飛んでこない。

 しばらく暴れていたが、やがて抵抗にも終わりがやって来る。

 

『これで……お終いッ!』

 

 思いっきり腕を振り抜き、頭というよりは盛り上がりに近い頭部を切り飛ばす。そうして、他のエネミー同様宙に溶けるようにして消えていった。

 

 

 ……椚ヶ丘中学校一学期中間テスト。

 私達E組は、無事全員が殺せんせーの出した課題を達成し、第二の刃を示す事に成功した。




テラのプロローグと問11をどうしても絡ませたくてこんな事になった。

駆け足になってしまいましたがこれでテストが終了しました。
次から修学旅行に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.旅行の時間

一つの区切りとなる修学旅行編、開始。
修学旅行では、『白野がムーンセル世界から持ち込んだもの』を出していこうと思います。


 

 『ロマンス』というものがある。

 一般的に知られている意味としては、所謂恋愛物という認識が強いが、本来はそうではない。恋愛の要素は存在するがそれはあくまでもついでであり、メインとして据えられるのは騎士の武者修行である。

 騎士が見知らぬ土地を冒険し、美しい婦人と出会い、その婦人のために彼女たちを苦しめる怪物と戦い、そして王に認められる……というのが本来のロマンス、つまりは騎士道物語である。しかし次第に受けの良い恋愛の部分ばかりが取り上げられるようになり、今の恋愛小説を意味するロマンスとなっていったという経歴があるのだが、それは今関係ない。

 私が言いたいのは、難関苦境を乗り越えた先には報酬があるという事だ。それは数多くの物語で語られている通りで、現実にもそうだと言える。険しい山道を乗り越えた先に絶景があるように、何時間も運動した後はご飯が普段より美味しく感じたり、一週間麻婆断ちした後の麻婆がひたすらに美味しかったり。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、暗殺教室終了の危機に陥った中間テストという修羅場を乗り越えた私達には報酬があってもよくて―――

 

「渚、班の人数揃った? 決まったら学級委員の私か磯貝君に伝えてね」

 

「……班?」

 

「忘れたの? 来週の修学旅行のよ」

 

 ―――こんな時期に修学旅行があるのは、労いの意味もあるのかもしれないという事だ。

 

 

 普通は秋や冬に行われることが多いらしい修学旅行だが、ここ椚ヶ丘中学校の修学旅行は中間テストが終わった後すぐ、五月の終盤に組み込まれている。まぁ定番のシーズンだと他の学校と時期が被って宿や施設の予約が取りにくいとかの理由もあるのだろうが、そんな事は一切関係ない私たち生徒にとってこの修学旅行は慰労の要素が強い。

 かく言う私も今から非常に楽しみだ。何せ初めての旅行である。あの黄金の都市は旅行というより移住に近かったし、毎日が戦闘で血生臭かった。それに比べれば修学旅行の何と平和な事か。しかも向かう先は京都、定番も定番のド定番だが、それが逆に私には嬉しい。定番という事はそれだけ素晴らしい場所だという事なのだから、初めての旅行を外れなく過ごせるというのは良い事だ。

 

 そして、この旅行が楽しみなのは何も私達だけじゃないらしい。

 

「まったく……三年生も始まったばかりのこの時期に、総決算の修学旅行とは片腹痛い。

 先生あまり気乗りしません」

 

 殺せんせーはそんな事を言っているが、背中に置かれた特大のリュックがその言葉の説得力を無くしていた。タコのツンデレなんて求めてないんだけどな。

 というかリュックの中から覗いている物の中には、明らかに修学旅行に関係ないものまで混ざってるし。しかも修学旅行は来週なんだから、今から準備しても仕方ないと思う。こんにゃくとかロールケーキとか、痛むよ?

 

「……殺せんせーは、楽しみにしてて大丈夫なのか?」

 

 ウキウキな事を指摘されて照れくさそうにしている殺せんせーに、気になった事を聞いてみた。

 

「にゅやっ?……えぇ、楽しみですとも。皆さんとの旅行も……暗殺もね」

 

 ま、殺されませんがねぇと続けて、見慣れた縞模様になった殺せんせーがヌルヌル笑う。

 そう、修学旅行とはいっても暗殺教室のそれがただの旅行で終わる筈が無い。行事にはそれに見合った暗殺がある。今回の旅行先でも、暗殺は当然組み込まれているのだ。

 

 結局旅行が血生臭くなるのは避けられないんだよなぁと思いながら、私は今日一時間目の体育の授業で烏間先生から受けた説明を思い出す。

 

『君等の楽しみを極力邪魔はしたくないが……これも任務(・・)だ』

 

 そう言って烏間先生が説明したのは、暗殺教室流の修学旅行内容。

 班ごとに分かれて回るコースを決め、先生がそれに引率するというのは普通の修学旅行と同じ。しかし、ここに暗殺が関わってくる。普段とは違う環境、複雑に入り組んだ京都の街、そして予め決められることになる行動ルート……と、狙撃手(スナイパー)を配置するには絶好の環境がこれでもかと揃っている。既に国は狙撃のプロ達に話を持って行っているらしい。

 

『成功した場合、貢献度に応じて百億円の中から分配される。暗殺向けのコース選びをよろしく頼む』

 

 ……とまぁそういう訳で、私達E組の修学旅行は暗殺ありきのコースを考えなくてはならなくなった。遊び一辺倒という訳にはいかないのが少し残念だが、元々修学とは勉強の意味なんだし、間違ってはいないと思う。

 

「カルマ君! 同じ班なんない?」

 

「ん。オッケ~」

 

 そうして放課後となった今、クラスではみんなそれぞれが思い思いの班を形成していた。このクラスは全員で27人、規定人数も無く男女混合で構わないとの事なので、揉め事とかはあまり起こらないだろう。

 周囲を見ると、やはりこういう状況になると普段から仲の良い人同士で組んでいる所が多いように見える。学級委員の磯貝君と片岡さんだったり、寺坂君達のグループだったり。纏まり方を見るに、6~7人の塊が4つ出来る事になりそうだ。

 今回の暗殺計画を考えると、3~4人で班を作って暗殺の機会を増やす方が効率的かとも思ったが、そこまでガチガチにやるのもそれはそれで面白くないだろうし、これくらいが丁度いいのかもしれない。

 

 そして私の班だが……

 

「で、メンツは? 渚君と杉野と茅野ちゃんと?」

 

「あ、奥田さんと岸波さんも誘った!」

 

「ん」

 

 茅野さんの言葉に手を上げて応える。体育の授業中、順番待ちをしてる時に誘われたのだ。特に断る理由も無かったのでその申し出は有難く受けさせていただいた。

 潮田君とかカルマとは普通に話すし、これを切っ掛けに茅野さんや奥田さん、杉野君とも仲良くなれればいいと思う。

 

「じゃあこれで六人?」

 

「や、寺坂たちが六人班だからウチにもう一人かね」

 

「なら問題無いな。この時のためにだいぶ前から誘っていたのだ」

 

 そう言って、杉野君は一人の女子を連れて来た。

 

「クラスのマドンナ、神崎さんでどうでしょう!?」

 

「おぉ~異議無し!」

 

 杉野君が連れて来たのは神崎さんだった。

 おしとやかで清楚、そして美人。大和撫子という言葉を絵に描いたような美少女だ。今回の暗殺で生徒に要求されるのは囮役なので誰が来ても同じだし、修学旅行の班として考えても特に一緒の班になりたい人がいる訳でもないので、私も異議は無い。

 

「よろしくね、岸波さん」

 

「うん、よろしく」

 

「よっしゃ決まり! どこ回るのか決めようぜ」

 

 班も決まったので、まずは旅行情報誌や観光サイトを片手に行きたい所をピックアップする。そして次にそこをどう暗殺で活かすのかを決めていくのだ。遠距離からの狙撃という暗殺方針を取る以上、屋内では射線が制限されるのが痛い。なるべく外で暗殺を行えるようにするべきだろう。

 ここに行きたいと皆が挙げていくのは、私も含めやはり清水寺を筆頭に、金閣銀閣や二条城に嵐山……と有名所が多い。普通の修学旅行なら、何日かに分けて全て回るというのも面白そうだが、暗殺に絡めるとなると少々難しい。どういう作戦を立てるかにもよるが、暗殺の事を考えると候補は絞られてくる。出来るだけ他の班と被るのも避けたいので、そうなってくると中々決まらない。

 

「んー……」

 

 ふと周りを見渡してみると、他の所でも班員で固まってどこに行くかどう殺すかと話し合っている。普段はクラスと距離を置いている寺坂君達も、この時ばかりは打ち解けているみたいだ。

 

「……あ」

 

 そして視界の隅に移った彼女を見て、閃いた。わからなかったら人に聞くというのは普通の事だ。

 

「イリーナ先生」

 

「な、何よハクノ」

 

「プロ視点の助言が欲しいんだ、協力してくれないか?」

 

 『自分は世界中飛び回ってるから旅行とか今更』なんて言っておきながら、いざ除け者にされるとウズウズしてたし、何だかんだ言って殺せんせーと一緒なんだろう。だったら協力してもらおうじゃないか。

 

「……し、仕方ないわね! そこまで言うなら? えぇ、えぇ。協力してあげようじゃない!」

 

「礼を言う」

 

 そうしてイリーナ先生の助言もあって、京都の有名所を抑えつつ暗殺もしっかりと組み込まれた修学旅行プランは着実に形となっていく。狙撃は専門外の筈なのに、同業だからなのか的確なアドバイスをしてくれるのは本当にありがたい。

 暫く暗殺の計画を練っていると、殺せんせーが大量の辞書を携えてやって来た。今から古文の授業でも始める気なんだろうか。

 

「一人一冊です」

 

「重っ……」

 

「殺せんせー何これ?」

 

 私も受け取ったが確かに重い。一キロ前後はあるんじゃないだろうか。

 

「修学旅行のしおりです」

 

「「「辞書だろコレ!!?」」」

 

 思わず周りと一緒になって叫んでしまった。これはもう辞書だ。ちらっと見てみたが、『京都弁について知りましょう』とか『寺社を訪れて「ん? この人通だな」と思われる参拝方法』とか『上限金額別、京都の楽しみ方講座』とか『オススメのお土産』とか……もうこれ一冊読むだけで京都行った気分になりそうだ。紙工作の金閣寺とか付いてるし。浮かれすぎだと思う。

 

 正直こんなの渡されても困る。そう言いそうになったのだが……

 

「移動と旅行は違います。皆で楽しみ、皆でハプニングに遭う。

 ……先生はね。君達と一緒に(・・・・・・)旅できるのが嬉しいのです」

 

 ……そんな事を言われてしまっては、口を閉じるしかない。

 確かに暗殺が成功するにしろ失敗するにしろ、この面子で行く修学旅行はこれ一回きりだ。暗殺も大事だが、学校行事も大事だという事は先の中間テストで存分に教え込まれた。なら先生の浮かれっぷりも頷けない事も無い。

 暗殺対象(ターゲット)がこれだけ熱を入れているなら、普通の修学旅行になる筈が無い。旅行でも暗殺でも、私達の予想を大きく上回ってくれるのだろう。

 

「……ハプニングは、いらないけどね」

 

「あはは……そうだね」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 そうして暗殺と旅行の計画を練りながら日々の勉強と訓練をこなしていると、一週間というのは案外早く過ぎてしまう。あっという間に修学旅行へと出発する日がやって来て、今は新幹線に乗り込んだ所だ。

 

「いつまでイリーナ先生は泣いてるんだ……」

 

 そんな私の目の前では、寝間着を着込んだイリーナ先生がさめざめと涙を流している。何故寝間着なのかというと、最初は凛が知ったら発狂しそうな程の金額がつぎ込まれてるであろうブランド物で全身ガチガチに固めていたのだが、引率の教師としては相応しくないという理由で烏間先生が脱がせたのだ。いや、こう言うと語弊があるな。脱ぐように言ったのだ。

 

「泣かないでよビッチ先生! さっき凄いカッコ良かったからさ!」

 

「そーそー! D組の奴等の度肝抜いてたじゃんか!」

 

「あぁ、アレか……」

 

 倉橋さんと三村君の言葉で、乗り込む時の事を思い出した。私達から貧乏人の匂いがするなどとほざくD組の生徒達の前に、ハリウッドセレブみたいな装いで颯爽と優雅に登場したイリーナ先生は確かに格好良かった。烏間先生に一喝されたインパクトも大きかったから忘れていたが、あれには私の中で言峰が良い笑顔を浮かべていたものだ。ちなみに驚いてたD組と脱ぐように言われたイリーナ先生双方にだったが。

 

「つーか本校舎の奴等も何だよアレ、何が貧乏人の匂いだよ?」

 

「ねー、自分のお金って訳でも無いのにさー」

 

 君もこちらに来たまえと愉悦面に手招きをする言峰を頭の中から追い払って意識を車内に戻すと、杉野君と茅野さんがそんな話をしていた。

 

「だよねー、自分の金で席取ってから言えっての」

 

「そうだな、その条件ならあんな奴らに私は負けない」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「あ」

 

 ……しまった。ついうっかりポロッと零してしまった。凛のうっかりが伝染ったのか?

 口にしてしまった事を無かった事には出来ない。案の定、耳聡く聞きつけたカルマが追求してきた。

 

「負けないってどういう事?」

 

「えっと……」

 

 ……仕方ない、説明するしかないか。幸いな事に他の隠してる事情(月の聖杯戦争云々)に比べれば、これはまだ言い訳が効く。皆に言っても何も問題無いだろう。

 

「……その、自由に使える金額なら彼らには負けないから」

 

「へー、具体的にいくら?」

 

「―――――い、一億くらい」

 

 金額を告げると、全員が見事に固まった。まぁ仕方ないだろう。なんせ一億、そう一億円だ。これは嘘でも何でもない、純然たる事実である。

 何故一介の中学生でしかない私がそんな大金を自由に出来るのか? それは私がこちらの世界に持ち込んだ物(・・・・・・・・・・・・・)だからだ。

 

 月の聖杯戦争で使われていた通貨であるPPTに、黄金の都市で手に入れた通貨……その総額全てが日本円となって、私の電子マネーとしてこちらに存在しているのだ。

 バイトしながら両親の遺産を管理してやりくりするしかないかとか考えていた時にこれを見つけた私の驚愕と言ったら……祝・ハサン脱却! と心の中でファンファーレが鳴り響いたものだ。椚ヶ丘中学校は如何なる理由があれバイト不可なので本当に助かった。

 

 何でこんなにあるのかと言えば、それはもう英雄王様のおこぼれとしか言いようがない。

 ただでさえAランクの黄金律で金銭の方から集まって来る人だったし、襲ってくるエネミーは財宝ぶっぱで根こそぎ殲滅してれば金額も貯まるというもの。段々と増えていくゼロの数に慄く私を、だから貴様はハサンなのだフハハハハと盛大に笑っていたのは記憶に新しい。

 

「「「はァ!!?」」」

 

 暫くして驚愕とともに再起動した後、皆の目の色が一瞬で変わった。ちょっと怖い。

 具体的に言うのなら、純粋に驚いてる潮田君や茅野さんより、身近な額なのかそんなに驚いてないカルマとか竹林君よりも、立ち上がってまでこちらをガン見している磯貝君の据わった眼が怖い。

 

「それくらいあったら、グリーン車一両くらい貸切れるし……」

 

 ついでに言うなら、宿のグレードももう五段階くらいは上げれる額だ。実際やってやろうかとも思ったが、中学生がやる事としては明らかに度を越しているので断念した。

 

「な……んでまた、そんな額が」

 

「どうやって稼いだんだよ」

 

「それは……」

 

「おしえてくれませんか」

 

「ッ」

 

 さっきまで離れた所にいた筈の磯貝君が、気付いたら隣にいた。

 

 ――というか磯貝君怖い、眼が怖いよ!? ハイライト消えてる、言峰神父と同じ目をしてる!

 

 声の調子も何だかおかしかったし、このままだと何をする(される)のか分からないので、全部答える訳には行かないが、さっさと答える事にした。

 

「……その、遺産関係でちょっと」

 

 まぁ入手経路を子細に話すと、最終的に月の聖杯戦争まで話を遡らなければならなくなる。そんな事を話しても信じられないだろうし、おかしな人だと思われるだけだ。信じてくれるまで話すという選択肢もあるにはあるが、そこまでする理由も無いし。何より、進んで話したいとも思わない。

 だから大金を持っているという情報は外に出せても、両親の遺産と言って誤魔化しておく。ちゃんと以前の私(岸波白野)の両親には、脳内で頭を下げておくのを忘れない。それに税金などで色々引かれているが、一億弱の中に数百万ほど遺産が含まれているのは本当だ。 

 

 私がそう言うと、先程まで皆が持っていた熱気は呆気なく消失した。顔に浮かんでいるのは後悔と罪悪感だろうか。拙い事聞いた、そう言いたそうな顔をしている。

 

「……その、ゴメン岸波さん」

 

「いいよ、気にしてないから」

 

 律儀に謝ってくれた磯貝君の目は、いつもの目に戻っていた。これからは彼の前で大きな金額の話はしないようにしよう……。

 

「ハァ……」

 

 車内の奇妙な熱は消え、皆がそれぞれで騒ぎだす。これ以上の追及は無さそうだと判断すると、自然と溜息が出た。何と言うか思わぬ疲労だ。花札をやりだしたツインテールコンビが苦笑しながらこっちを見ているのを尻目に、何となく窓の外に目を向けた。

 

「……おぉ」

 

 窓の外を流れる景色に、少しばかり感動してしまう。豊富な緑とどこまでも青い空を見ていると、ここが私が生まれた世界とは本当に違うんだという事を改めて実感させられる。向こうの地上には、きっとこんな景色はもう数えるほどしか残っていなかったのだろう。

 それにゆっくりと景色を見れる速度と距離というのも素晴らしい。何度かギルの気まぐれで『天翔ける王の御座(ヴィマーナ)』に乗せてもらった事があったが、速いわ縦横無尽だわ財宝をミサイルにして爆撃するわで、景色を楽しむ事なんて出来なかったし。

 

「……いい景色だ―――――ッ」

 

 ……その景色に、突如タコが割り込んできた。

 

「うわぁっ!!?」

 

「こ、殺せんせー!?」

 

「そういや居ねぇと思ったわ!」

 

「何やってんだ国家機密!」

 

 別の意味でまた車内が騒がしくなった……。

 その後潮田君が電話で聞いた所によると、駅中スイーツの誘惑に負け、それで乗り遅れてしまったのだとか。集合時間に遅れるとか教師の自覚は何処へ行ったんだ。

 

『ご心配なく、保護色にしてますから! 服と荷物が張り付いてるように見えるだけです!』

 

「それはそれで不自然だよ!?」

 

 どうやらこの状態のまま移動して、次の駅で乗り込むらしい。どうやらそれまで景色はお預けみたいだ。

 

「……何か、精神的に疲れるなホント」

 

「そうだね……あ、岸波さんも花札やる?」

 

「……やる」

 

 序盤からこれかと若干萎えつつも、これからの二泊三日は随分と退屈しなさそうだと思い、気付けば自然とテンションが静かに上がっていた。

 

「やった、猪鹿蝶!」

 

「お、おのれぇ……! こうなったら何としても次に上がって、宝具で10文の追加ダメージを……!」

 

「ほ、ほう……? いやそんなルール無いからね!?」




白野が持ち込んだものその①:金銭

椚ヶ丘はバイト禁止なので、一人暮らしをする白野の収入源はありませんが、金ぴか様がもたらした大金があるので問題無しです。もうハサンとは呼ばせない。でもハサンになるための授業は受ける。



ムーンキャンサーってBB以外に該当者いるんですかね?
いるとしたらまともなアルキメデス? ヴォイドエリザ? かぐや姫?
わからん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.拉致の時間

はくのん出すなら外せない要素が登場です。
ではどうぞ。


 

 新幹線の車内では殺せんせーの鼻を付け替えたり、花札の後で眠ってしまい富士山を見逃したりと色々あったが、無事に京都に到着した。とはいえすぐに観光という訳では無く、一日目の予定はそのままバスで宿泊予定の宿へと向かう。

 

「分かってたけどなぁ……」

 

「……ボロいな」

 

「うん……」

 

 E組が泊まる予定の宿に到着した一同の言葉はそれだった。宿の名前が『さびれや旅館』という時点である程度の予想はついていたが、中に入るとまぁボロかった。鴬張りでもないのに床が音を立てると言えば、いかに老朽化が進んでいるかが分かるだろうか。一部のマニアな客から一定の人気があるらしいが、それを差し引いてもボロボロだ。

 皆は仕方ないと受け入れつつも、やはりどこか不満には感じているようだった。こんな事なら本当に、理事長に掛け合って私のポケットマネーで宿のグレードを上げた方が良かったのかもしれない。ちなみに私はE組の隔離校舎と似ている雰囲気が逆に落ち着けるし、月の裏側の旧校舎を思い出して懐かしい気分に浸れるので、それ程不満は抱いていない。

 

「ヌ……ヌルフ……フフ……わかってませんね皆さん……」

 

「殺せんせー?」

 

「安宿にて、あ……悪態を吐くという、のも……ッた、旅の、醍醐味、なのですよ……ヌルフゥ……」

 

「……あぁ」

 

 殺せんせーの言葉に納得した。豪華な部屋に感嘆の声を上げるのも、安宿に悪態を吐くのも、どちらも旅先でしかできない事だ。ならば確かに『宿の感想を述べる』という、旅の醍醐味と言えるだろう。確かギルガメッシュも裏側のマイルームで同じ事を言っていた記憶がある。

 あの時は自分の事と状況が状況だけに気にする事も無かったが、当時のギルガメッシュは気紛れで契約した私の行く末を酒の肴にしていたんだ。本人からすればちょっとした小旅行くらいの気分だったのかもしれない。ならあの場面でそんな台詞が出て来てもおかしくないのだろう。

 

「……で、何で殺せんせーはもう瀕死なんだ」

 

「新幹線とバスで酔ったらしいよ……」

 

 ……そんな事を言った殺せんせーは、顔色が悪くぐったりとしている。この顔色が悪いというのは比喩ではなく文字通りの意味で、普段の黄色とは違って緑色になってる。これだけグロッキーでも岡野さんや磯貝君のナイフはマッハで躱すんだから、気分が優れないなら大人しくしていろと言いたくなる。

 

「大丈夫殺せんせー? 寝室で休んだら?」

 

「いえ……ご心配なく」

 

 大丈夫と気遣いながらナイフで切りかかる辺り、岡野さんも中々だな。

 

「先生これから一度、東京に戻りますし……枕を忘れてしまいまして」

 

「あれだけ荷物があって尚、忘れ物を……」

 

 明らかに不要なものが殆どなのに、必要な物は忘れるとか何なんだろう。準備、それも遠出のためのそれとなれば、万全を期するものじゃないのか? アリーナや迷宮探索の前にアイテムを揃えておくのは私にとって当然の事だったから、余計間抜けに感じる。

 

「神崎さん、日程表見つかった?」

 

「……ううん」

 

 と、そんな事を考えていたら、すぐ横で神崎さんと茅野さんが何か探していた。

 

「何探してるの?」

 

「ちょっと、日程表を……」

 

 神崎さんが言う所によると、あの分厚いしおりを持ち歩くのが面倒だったので、ポケットに収まるサイズのノートに、暗殺旅行の日程を纏めたものを用意していたらしい。そしてカバンの中に入れておいた筈のそれが見当たらないとの事だった。

 

「確かにバッグに入れてたのに……どこかで落としたのかな」

 

「……それは」

 

 ――拙くないか?

 

 そう思わず呟くと、カバンをのぞき込んでいた二つの目がこちらに向いた。

 

「日程纏めてたって事はつまり、国家機密情報(暗殺計画)も書いてあるって事じゃあ……」

 

 手帳の様なものを拾った場合、外から見て持ち主が分からなければ、中を検めるのはそう珍しい事じゃない。そしてそこに書かれているのはプロの助言を元に組み上げた暗殺計画。何も知らない人間が見たら、冗談だと笑い話にするか本気にして通報するかだ。前者ならまだいいが、後者はもう取り返しがつかない。裏でどれだけの人と金が動く事になるか、考えただけで恐ろしい。

 そう思った事を説明したら……

 

「あ、それは大丈夫。周る場所しか書いてないから」

 

「あー……なら、大丈夫……か?」

 

 ……どうやら、杞憂に終わりそうで安心した。

 

「ではそろそろ、先生は枕を……」

 

「待った殺せんせー」

 

 安堵したのも束の間、殺せんせーがどっこいしょと立ち上がったのを肩を掴んで引き留めた。

 

「な、何でしょうか岸波さん……?」

 

「……安宿で悪態を吐くのは旅の醍醐味なんだよね?」

 

「え、えぇ……」

 

「なら……『合わない枕で眠れない夜を過ごす』のも、旅の醍醐味じゃないか?」

 

「にゅやっ……そ、それは……」

 

 私の言葉に、殺せんせーは緑色の表情を暫くモニョモニョとさせた後、再びソファーへと体を預けた……そして始まるナイフの襲撃とマッハ回避。

 

「……そう、ですね。それもそうですか。では枕はこのまま……」

 

「うん、大人しく部屋で休んでなよ」

 

「えぇ、そうします……では皆さん、また夕食の時に……」

 

 よたよた、とぼとぼ。

 そんな擬音が丁度当てはまりそうな動きで殺せんせーは私達の前から去っていった。あんな無防備な背中なのに速水さんが撃った弾はマッハで躱すんだから質が悪い。ゆっくり動きながら残像作るってもう何なんだ。

 

「――さて」

 

 殺せんせーが廊下の角に消えて暫く、完全にこの場を去った事を認識してた後、全員を振り返る。

 

「グロッキーな殺せんせーを密室へ追い込む事に成功した。殺るなら今だ」

 

 そう告げると、全員が虚を衝かれたようになっていたが、すぐにギラギラした殺る気に満ちた目になった。

 

「最初の方にやったっていう、全員での一斉射撃を行いたい。手を貸してくれ」

 

 まだ私がE組に復学する前に試したという、HRの開始に合わせてクラス全員で殺せんせーを狙う一斉射撃。全て躱されて効果が無かったと聞いているが、やり様はあると思う。

 

「ふ~ん……いーけどさ、それ駄目だったんじゃないの渚君?」

 

「うん……全部躱された」

 

 潮田君とカルマがそんな話をしていた。そうか、その時はカルマも停学中だったんだっけ。

 

「いろんな方向から狙ったんだけど、駄目だったんだよね」

 

「大丈夫だ、今回は『狙わない』」

 

 私がそう言うと、聞き耳を立てていた全員が怪訝な顔をした。まぁそうだろうね。

 

「正確には、狙うのは数人だ。他は部屋の中を銃弾で埋める事を意識してほしい」

 

「あーナルホド、逃げ道塞ぐんだ」

 

「そういう事だ」

 

 全員が一点を狙うのなら、少し横にずれるだけで回避できてしまう。だが弾幕を張られ、周囲に弾があふれかえってるという状況であれば、迂闊に回避は出来ない筈だ。あの先生は弾に触れることが出来ない以上、逃げ道を塞ぐというのは比較的容易い。

 

「折角銃口が多いんだ。一点を狙っても仕方ない」

 

 加えて今は乗り物酔いでグロッキー状態だ。ナイフも弾も平然と躱していたから、普段とどれくらいの差があるのかは分からないが、多少なりともパフォーマンスは落ちている筈。判断を鈍らせて弾丸の密集地帯に突っ込んででもくれれば御の字である。

 そう考えるとギルガメッシュが財宝を狙って撃つことが少ないのは、逃げ道を塞ぐ意味もあるのかもしれない……いや、違うな。あの王様の場合は結果としてそうなってるだけだ。本人的には面倒だから適当に撃ってるんだろうし。

 

 頭を軽く振って今考えた事を追い出す。周囲を見ると、既に全員が銃を手に臨戦態勢だった。宿の人に目撃される危険性もあるが、烏間先生達が宿の方へ暗殺の事は伝えているので問題無い。

 

「さぁ……行こうか」

 

「「「おぉ!!」」」

 

 号令と共に殺せんせーの部屋へと向かう。一斉射撃作戦part2……作戦名『ゲート・オブ・バビロン』の開始だ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「渚。暗殺の場所、ここならいけそうだな」

 

「スナイパーの人から見えるかな?」

 

 修学旅行二日目。初日は移動に費やしたので、今日から本格的な暗殺旅行の開始と言える。既に全員宿を出発しており、私達第四班も京都の観光を合間に挟みながら、暗殺地点へと移動していた。

 

 ちなみに昨夜行った『ゲート・オブ・バビロン』だが……結論を言うと失敗した。

 全員で形成した弾幕は、殺せんせーが掲げた布団という盾に遮られ、挙句持っていた銃をあの分厚いしおりに取り換えられるという悲惨な結果に終わってしまった。おのれ。

 しかし何も収穫が無かったわけではない。殺せんせーが弾幕を前に回避ではなく防御という手段を選択したのだ。これは即ち、体調が悪い時は回避能力が低下するという事を言外に表しているのではないだろうか。もう何度かデータを取ってみないと解からないが、もしそうなら弾丸の貫通性能を向上させたりしなければならない。烏間先生に相談しよう。

 

「折角京都に来たんだから、抹茶わらび餅食べたーい!」

 

 昨日の反省点を頭で整理していると、茅野さんが何やら騒いでいた。甘味が好きな彼女らしい。そして、それなら私は京都中の老舗和菓子屋に行って飴の食べ比べをしたい。

 

「では、それに毒を入れるというのはどうでしょう?」

 

「何で!?」

 

「殺せんせー、甘い物に目が無いですから」

 

「いいねー、名物で毒殺!」

 

 カルマ達が暗殺に使えそうなことを色々と話しているが、もう少しボリュームを抑えてほしい。歩行者がいないから良いようなものの、聞かれてしまえば通報待ったなしの会話だ。警戒はし過ぎるくらいが丁度良い。

 

「殺せんせーに効く毒があればいいんだろうけど……」

 

「あるじゃん」

 

「え?」

 

「岸波さんお手製のヤツがさ」

 

「は?」

 

 思わず振り返る。何を指しているのかは理解できたが、同意する訳にはいかない。「あぁ!」と納得の色を浮かべている他の班員に聞かせる事も兼ねて、少し強めに言っておく。

 

「……麻婆は毒じゃないからね?」

 

「いやいや、効くんだから一緒だよ」

 

「違うからね?」

 

「あはは」

 

 コラ、笑って流すな。麻婆は毒じゃないんだよ?

 

「あの、無理……だと思います。あの滲み出る破壊力は抹茶わらびじゃ隠しきれないです」

 

「あーそれもそっか」

 

「やめて、毒前提で話進めないで!?」

 

 奥田さん、目を逸らさないで!?

 

「そう考えると難しいな。隠す方を強くすると別の何かになるし」

 

「でも、隠せるくらい弱い毒だと効かないし……」

 

「んー……岸波さん、辛さそのままにして無臭で調合できない?」

 

「お願いだから話聞いて!!?」

 

 なんで皆毒扱いするんだ、あんなに美味しいのに!

 

 ……その後どうにか荒ぶる感情を鎮めてから、麻婆は毒ではないと散々説いたおかげで毒扱いは撤回してくれた……しかし「人が食べるものではない」というレッテルを剥がす事は叶わず、間接的に私が改めて人外認定された。本当に解せぬ。

 

「でもさぁ、京都に来た時くらい暗殺の事忘れたかったよなー」

 

 その後、京都の街並みを観光しながら目的地に向かう途中、杉野君がそんな事を言いだした。

 

「いい景色じゃん。暗殺なんて縁の無い場所でさぁ」

 

「そうでもないよ杉野」

 

 潮田君はそう言って杉野君の言葉を否定すると、少し寄りたいコースがあると言い出した。道1つずれるくらいだから暗殺計画には影響しないだろう。皆も別に構わないと言う事で、近くのコンビニに寄る事になった。

 そして潮田君が足を運んだ先にあったのは、一つの石碑だった。刻まれてる名前はとても有名な人物のものだ。

 

「坂本龍馬……って、あの?」

 

「あぁ、1867年の龍馬暗殺……『近江屋』の跡地か」

 

「ここで死んでたのか……」

 

 坂本龍馬。

 詳しく語ると長くなるのでざっと説明すると、海援隊の前身の組織を設立したり、薩長同盟の斡旋や大政奉還の成立に尽力した人だ。

 歴史に名を遺す様な偉人のエピソードが近くに転がっていた事に少し驚く。サーヴァントとして召喚されるとすればセイバーかライダーだろうか。知名度補正が入るなら強力なサーヴァントになりそうだ。

 

「更に、歩いてすぐの距離に本能寺もあるよ。当時と場所は少しずれてるけど」

 

「そっか……1582年の織田信長も、暗殺の一種か」

 

 本能寺の変といえば日本史でかなり有名な事件だ。あんな派手で暗殺と言って良いのか疑問が残るが、不意打ちという意味では確かに暗殺と言えるだろう。明智光秀には確かアサシンの適性があった筈だし。

 ちなみに織田信長は月の聖杯戦争に参加していたらしい。レオが二回戦で戦ったそうだ。数々の逸話が宝具や固有スキルとして昇華された強力な英霊だったらしいが、ガウェインの『聖者の数字』には成す術が無かったらしい。「神でもないのに無敵とかチート、チートすぎんかお主!? 顕如のヤツでもそこまで鬱陶しくなかったぞ!?」とか何とか言ってたらしい。そして高い声の可愛い少女だったとか。ドレイクも女だったし、そう言う事もあるんだろう。

 

「ずっと日本の中心だったこの町は……暗殺の聖地でもあるんだ」

 

「成る程……言われてみれば、こりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

 見る物も見たという事でコースに戻り、観光と休憩を合間合間に挟みながら、最終的な決行場所を絞り込んでいく。一か所ではなく当日現場を見て決めようという事で、私達はいくつかの作戦を考えて、それら全てを烏間先生に渡している。最終的に決めた作戦場所をスナイパーに伝えるという事で話が通っているので、一か所と決めた他の班とは少々違う形になっていた。

 

「へー……祇園って奥に入るとこんなに人気無いんだ」

 

 幾つかの場所を周った後、やってきたのは祇園の奥。神崎さんの希望コースだ。

 

「一見さんお断りの店ばかりだから……目的も無くフラッと来る人もいないし、見通しが良い必要も無い。

 だから私の希望コースにしてみたの。暗殺にピッタリじゃないかって」

 

 成る程。周囲を見渡すと、確かにここは暗殺向きだというのがわかる。人気が無く見通しが悪い、そして多少騒いだ所で問題にはならない……隠れて荒事を行うには丁度良い場所だ。他の皆も異論はないらしく、決行場所は此処に決まりそうだった。

 

 ……そして、丁度良いと思ったのは、私達だけではなかったらしい。

 

「ホントうってつけだ。なーんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ?」

 

 そんな言葉と共に、どう見ても不良といった風貌の男達が、私達がやって来た方向から姿を現した。ニマニマと不快な笑みを浮かべており、その視線はこちらへと向いている。どう見ても観光目的じゃないのは明らかだ。

 せめて神崎さんたちは逃がさなければと思い、庇うようにして一歩前に出る。

 

「何お兄さん等? 観光が目的っぽくないんだけど?」

 

「男に用はねー、女置いてお家帰んな」

 

 そんな下卑た欲求に、はいそうですかと頷ける訳が無い。カルマもそう思ったのだろう、行動が速かった。迷いなく踏み出して掌底で顎を一撃。そしてそのまま顔面を掴んで、近くの電柱に叩きつけた。停学の理由で喧嘩慣れしているという事は知っていたが、見ると聞くでは大違いだ。人を傷つける事に躊躇いが無い。そりゃあ体育の成績も良い訳だ。

 周囲にそれなりに大きい音が響いたが、少し見回した限りだと人がやって来るという事も無い。暗殺場所をここに選んで正解だったな。残り二人もカルマの戦闘力に腰が引けている。さっさと片付けて暗殺を続行しなければ……そう思っていたのだが。

 

「――――――」

 

 ―――まだ終わってない。

 

 私の勘がそう告げていた。

 聖杯戦争という命の奪い合いを経験し、ギルガメッシュと行動を共にしていて自然と身に着いた危機察知能力はそれなりであると自負している。確かに敵はまだ二人、脅威は過ぎ去っていないが、そういう事ではない(・・・・・・・・・)。何者かに見られている感覚。そう、まるで表の二回戦で影からロビンフッドに狙われていた時のような、じっとりと染み入って来るかの様な焦燥感。間違いなく、目の前の二人以外から狙われている。

 さっき見回した限りではそれらしい人影は見当たらなかった。なら何処に―――

 

「……ッ!」

 

 一人潰したカルマが得意げに振り返る。そしてその背後で開く扉。

 それを見た瞬間、体が動いていた。間違いない、あそこだ。

 

「ほらね渚君。目撃者いないとこならケンカしても―――」

 

「―――カルマッ!!」

 

 饒舌に語っているカルマを胸倉を掴んでこちら側に引き寄せる。突然の事で理解が追い付いていないのか、すんなりと体は移動してくれた。そして入れ替わる様にして私が前に出る。

 

「そーだねぇ」

 

「――――――」

 

 場違いな程暢気な声が聞こえた後、頭に強い衝撃を感じて視界が揺れる。

 

「岸波さんっ!」

 

 神崎さんの声がやけに遠くで聞こえ、私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「ッ……」

 

 痺れる様な痛みで目を覚ます。痛みが引いてから目を開けると、さっきまでいた祇園とは全く違う光景が広がっていた。

 薄暗いコンクリートの壁。ボロボロになった備え付けの家具。タバコや酒を片手に下品な笑い声を響かせる男達。その中には私達を襲ってきた奴の顔もあった。

 これだけ判断材料が揃っていれば嫌でもわかる。気絶した後連れ去られたのだろう。

 

「あ……っ! 岸波さん!」

 

「良かった……」

 

「……え」

 

 聞こえた声に、まさかと思って隣を見た。

 

「神崎さん……茅野さん」

 

 ……二人も、捕まってしまったのか。カルマ達が健在な状況でこうなるとは思えない。あの後やられてしまったんだろう。ここにいるのは二人だけのようだ。奥田さんは逃げきれたのだろうか。

 

「……あの後、どうなった?」

 

「それが……」

 

 二人の話を聞いた所によると、あの後男子はやられてしまい、私たち三人は車でここ……廃墟の地下まで運ばれたらしい。奥田さんは最初から隠れていたお陰で難を逃れたとの事だ。

 

「何か……車の中で言ってたけど、台無しを楽しもうとか、あと――」

 

「おー、起きたか」

 

 私の意識が戻った事に気付いたのか、一人の不良が近寄って来た。声の感じからして間違いない、あの時私を殴った奴だ。

 

「いやー良かった良かった。目ェ覚まさなかったらどうしようかと思ってたんだわ。なんせ相手(・・)が減っちまうしなァ?」

 

「……ッ」

 

 舐めまわすような視線。相手というのが何を示しているのかなんてわかり切っている。腕を縛られて動きにくい体で少し後ろに下がる。そのぎこちない様子が可笑しいのか、ヒヒヒと気持ちの悪い笑みが、目の前の顔から零れていた。

 

「……こんな事して、何のつもりだ?」

 

 気付けば、自然と口が動いていた。

 

「あ? ……別に? ただのアソビだよ」

 

「……は?」

 

「何てーの? エリートぶってる奴等を台無しにしてよ……自然体に戻してやる? みたいな」

 

 意味が分からない。

 そんな思いが顔に出ていたんだろう。目の前の不良は次々と言葉を吐いていく。

 

「良いスーツ着てるサラリーマンには女使って痴漢の罪を着せてやったし、勝ち組みてーな強そうな女には……こんな風に攫って、心と体に二度と消えない傷を刻んだり?

 俺等そーいう教育(アソビ)たくさんしてきたからよ。『台無しの伝道師』って呼んでくれよ?」

 

「――――――」

 

 ……理解が、出来ない。

 この男が発している言葉の意味が本気で分からない。一瞬、そう聞こえるだけで別の言語を喋り出したのかと錯覚しかけたくらいだ。

 コイツが今さも武勇伝の様に語った事は全て犯罪。それも自分自身の勝手な考えに基づく外道極まりないものだ。

 

「さいってー……」

 

 思わずといった風に、茅野さんが呟く。それを受けて一瞬だけ真顔になったソイツは、ごく自然な動きで茅野さんを締め上げた。

 

「……いいか? 今から夜まで俺等10人ちょいを相手にしてもらうがな。宿舎に戻ったら涼しい顔してこう言え。『楽しくカラオケしてただけです』ってな。そうすりゃだ~れも傷つかねぇ。

 東京に戻ったらまた皆で遊ぼうぜ。楽しい修学旅行の記念写真でも見ながら……なァ?」

 

 茅野さんを解放した後、ソイツはそんな事を口にした。10人弱の相手、記念写真、『こんな風に攫って』。つまりはそういう事だ。

 

 何が誰も傷つかないだ? ふざけるな。自分たちがやろうとしている事を理解していてそんな言葉が出てくるのだから本当に気持ち悪い。吐き気がする。

 

「リュウキー、おっまたせェー」

 

「おー来たか。ウチの撮影スタッフのご到着だ」

 

 重そうな金属製の扉を軋ませながら、屈強な男たちがぞろぞろと入って来た。元からいた奴らと合わせて10人以上……いや、20に届くか? それら全員が、一斉に下卑た視線をこっちに向けてくる。

 

「ッ!」

 

「嫌……」

 

 二人がそれに怯えて、視線から少しでも逃れようと俯いて小さくなる。それすらも面白いのか、あちこちでゲタゲタと品の無い笑い声が響いた。

 

「……ハァ」

 

 ――――仕方ない。覚悟を決めるか。

 

「――神崎さん、茅野さん」

 

 ソファにもたれ掛り、足だけでどうにか立ち上がりながら二人に声を掛ける。

 

「今から私がやる事、誰にも言わないって約束出来るか?」

 

「―――え?」

 

「何、言って……」

 

「―――出来るなら、この状況はどうにか出来る」

 

 私がそう言うと、二人は目を見開いてこっちを見た。まさかそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「お? 何だ一人は乗り気かァ?」

 

「大人しそうな顔して、実は遊んでたってクチか!?」

 

 周囲がうるさいが、こいつらの零す意味の無い雑音に付き合っている暇は無い。

 

「――出来る?」

 

「……うん」

 

「分かった……」

 

 再度確認すると、訳が分からないといった表情を浮かべながらも了承してくれた。

 それを受けて、一度目を閉じる。

 

「――――――」

 

 意識を自分の中に集中させる。

 ……今からやろうとしている事は、そう難しい事でも何でもない。聖杯戦争では日常的に行っていた事だ。自己の中に整然と並ぶ膨大なデータの中から、必要な物だけを選択する。やり過ぎても事後処理が面倒で、そこまでやる余裕はない。必要最低限だ。

 

 私が使う(・・)のは、本来ならこの世界に存在しない、遥か未来の技術。月の聖杯戦争の片鱗。この世界で私だけに許された異能の力―――――

 

「――――術式(スタート)起動(アップ)

 

 ――――コードキャストだ。




白野が持ち込んだものその②:コードキャスト

コメント返信でも言っているのですが、コードキャストは全部使えるとチートにも程があるのでそれなりに制限をかけるつもりです。
あと、術式起動(スタートアップ)は特に意味はありません。言わなくてもコードキャストは使えます。投影開始みたいな台詞が欲しかったので言わせました。

次回、魔法少女☆はくのんによるマジカル八極拳無双の予定。



メルトは引けなかったよ

評価・感想等お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.魔術の時間

本当は戦闘終了まで行きたかったんですが、長くなりそうだったので分けました。
説明とかがちょいちょい挟まれてます。


 

 ……私が肉体を持って目覚めてからリハビリに時間を費やし、ある程度動けるようになってから行った事は情報収集だ。それは即ち、自分が置かれている状況を調査・確認するためのもので……ムーンセルの事などを調べていたその中には、『私が保有している戦力』の確認もあった。その時は今までやっていた様な戦闘や、今現在取り掛かっている暗殺なんて事に関わるなんて予想はしていなかったし、この世界がある程度平和だという事はわかっていたのだが、これはもう自然と身についてしまった癖の様なものだ。備えあれば何とやらとはよく言うが、あの王様と行動するなら自分が彼の分まで備えなければならないのだから。

 

 私の死によって契約が切れている以上、ギルガメッシュの力は当てに出来ない。ならば自分の身は自分で守るしかないのだ。そして私が保有している戦力で一番使い慣れていて、かつ肉体が衰えていても確認できるものといえば、一つしかなかった。

 

 ―――それが、コードキャスト。

 

 月の聖杯戦争でマスター達が使用した、電脳空間における魔術だ。本来は凛が使っていた使い捨てだが強力な性能を持つものや、キアラが開発した万色悠滞のような特殊なものなどがあるのだが、私が基本的に使用していたのはそれ以外……礼装にデータとして付与されていたものだ。

 

 本来なら自分で術式(プログラム)を組んで発動させるコードキャストを装備するだけで使用可能にしてしまう数々の礼装は、戦い抜くために必要な魔術師の知識が何一つなかった自分にとって非常にありがたかった。今にして思えば、あれ等は私の様な実力で劣るマスター達でもそれなりに戦い抜けるようにという、ムーンセル側の支援だったのかもしれない。

 ともかく、時に購買で購入し時にアリーナや迷宮内で入手した数々の戦力は、月の表側と裏側で戦い抜くのに必要不可欠なものであった。電脳空間の魔術が現実世界でも使用できるのかという疑問もあったが、使えるかどうかを確かめておくのは必要な事だったのだ。

 

 

 調べた結果、一部効果が変わっていたものこそ存在したものの、使用する事自体は可能だった。何故電脳空間でもないのに使用できるのか? という疑問は残ったが、私は使い手であって専門家じゃない。気にはなるが、使えているのならそれで問題無いだろう。リスクがあるなら使用しなければいいだけだし……それに今回の様に、たとえリスクがあったとしても使用しなければならない事態が起きる事だってある。その辺りは気にしても仕方が無いというのが本音だ。

 

「――――――」

 

 自身の内側へと意識を集中させ、必要な物を選択する。イメージはPCのフォルダ整理。無数に並ぶフォルダの中から、状況に応じて選択した術式(プログラム)を起動させる。この世界の人達には到底理解できないであろうその工程を行えば、すぐにその結果が私の手の中に現れる。

 

 礼装の一つ、守り刀。

 その名前の通り、短くて鍔の無い日本刀のような外見をした礼装だ。

 

 込められたコードキャストは対スキルのスタン……相手の行動に割り込んでほんの少しの間だけではあるが、動きを止める効果のあるコードキャストだ。相手の抵抗力(レジスト)などが影響して時間にして一秒前後くらいの時間しか稼げないが、サーヴァント同士の戦闘ではその一瞬が勝敗を分ける事もあるので意外と馬鹿に出来ない。

 

 こんな風に、礼装は私の意識1つで手元へと呼び出す事が出来る。月では一度に使える礼装に制限を掛けられていたが、そういったものも別に存在していない。全ての礼装を常時装備しているようなものだ。

 更に同じ要領でアイテムも呼び出す事が出来るが、殆どのアイテムが使用できるかの確認をしておらず、未だ手つかずの状態だ。体力を回復するエーテルの結晶はどう効くのか不明過ぎて手を出せないし、治療薬は毒になってもいないので使う意味が無い。酒瓶は未成年だから飲むわけにはいかないし、リターンクリスタルなんかは何処に飛ばされるか分かったものではない。ロールケーキと麻婆豆腐は美味しかったけど。

 

「うぇっ!?」

 

「え……」

 

 位置関係で私の手の中に出現した武器が見えたらしい二人の驚いてる声が後方から聞こえてくる。後で色々聞かれるだろうけど、あんまり話したくないんだよなぁ。出来れば何も聞いてほしくないんだけどそれも難しそうだし、どうしたものか。

 まぁ後の事はその時になって考えればいい。今はこの状況を脱する事が最優先だ。

 

 ―――hack_skl(16)―――

 

 頭の中で込められたプログラムを唱える。それだけで、今私がいるこの世界に超常の現象が再現される。発動されたコードキャストは不可視の衝撃となって縛られた私の手から真横へと飛び―――

 

「へへ、それじゃ―――ングッ!?」

 

「……ッ」

 

 私に手を伸ばしていた不良の一人に直撃する。嫌らしい笑みを浮かべていたソイツは、一瞬だけ痺れる様な挙動の後、その場に崩れ落ちた。

 

「……は?」

 

 その光景を見た不良たち全員の動きが一時的に停止する。仲間の一人が訳も解からず倒れたのだ。理解が及ばない事態を目の当たりにして、処理が追い付いていないらしい。

 丁度良い。纏めて向かってこられても面倒なので、今の内に拘束を解いてしまおうと動き出す。

 

「んっ……しょ」

 

 手首だけで礼装を動かして、どうにか縄の表面に傷を入れる事が出来た。しかし切るまではいけなさそうだ。仕方ないので別の手段を取る事にする。守り刀の実体化を解除すると、握っていた柄の感覚がほどけるようにして消えた。そして別のコードキャストを発動する。

 

 ―――gain_str(16)―――

 

 礼装『錆び付いた古刀』のコードキャスト、込められた術式(プログラム)は筋力強化。サーヴァントに対して使用すれば、与えるダメージ量が上昇するコードキャストを自分に対して使用する。身体強化のコードキャスト全般が自分に対しても使用できるというのは便利だ。底上げが出来るというのは本当にありがたい。

 

「ふッ……!」

 

 そうして強化された筋力を駆使して、腕を左右へ思いっきり開こうと力を籠める。守り刀である程度傷を入れていたという事もあり、ほんの少しの抵抗の後、繊維を強引に引きちぎるような音と共に私の拘束はその役割を終えた。

 コードキャストに関しては頭の中で術式を起動させるだけで発動するので、礼装を実体化させなくても問題無く使用できる。これにより、装備制限が解除されているという、月で使用していたころとは比べ物にならない程の自由度が得られている訳だが……当然、良い事尽くめという訳ではない。

 

「――――ぐ」

 

 強引に縄を引きちぎった事による腕の痛みと同時に、脳に直接焼けた針を撃ち込まれる様な鋭い痛みが走る。さっき守り刀のコードキャストを発動した時にも起こった現象だ。

 

 コードキャストを使用すると、その瞬間だけ頭痛が起きる。一瞬で収まるようなものなので、後に影響が残るという類のものではない。しかしその一瞬は一切の思考が出来なくなる程の痛みが走るため、自然と動きは止まってしまう。

 戦闘という状況においてそれがどれほどの致命的な隙であるかはほかならぬ自分が良く知っている。サーヴァント同士の戦闘ではそんな事で勝敗が決してしまう事もあるからだ。余程の手練れでなければ人間同士の戦闘でそんな事は起きないが、それでも敵を前に無防備な姿を晒す事になる。

 

「な……」

 

「……嘘だろオイ」

 

 幸いにして今回生じたその隙は、彼方(あちら)から見れば素手でロープを引きちぎったという異常な光景に相手が固まってしまったために、突かれる事無くやり過ごす事が出来た。

 しかし次はそうはいかないだろう。今この瞬間を以て彼らの頭には「この女は危険だ(ヤバい)」という情報が刷り込まれたはずである。次に隙を見せれば、この機を逃すまいと畳みかけてくるに違いない。コードキャストを使うならば、使い所を見極めなければ。

 

「とっ、取り押さえろ!」

 

 いち早く我に返ったらしいリーダー格の男が指示を出した。それに従って周囲の奴らが動き出す。空っぽになった頭に命令が叩き込まれた事で動けるようになったのだろう。その動きは狼狽えながらもという言葉がよく似合う程にたどたどしい。

 そして、そんな隙だらけの相手を狙わない道理は無い。こちらに手を伸ばして駆け寄ってくる男の懐へと潜り込み、無防備な身体へ向けて―――

 

「ふッ――――!」

 

「ガ―――」

 

 ―――渾身の縦拳……衝捶を叩き込んだ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 八極拳の技の一つ、衝捶。

 これは月の裏側で言峰に教わったものの一つだ。

 

 当時はまだレオが生徒会にいた頃で、私もギルガメッシュの扱いに苦労していた頃だった。そこで購買でよく楽しそうに……いや、愉しそうに話している言峰神父なら、何かギルガメッシュの良い扱い方を知っているのでは? と考えて、彼にそれとなく聞いてみたのだ。

 

『ふむ……残念ながら、あの英雄王の上手い手綱の執り方に心当たりは無いな。私は単に、波長が合うというだけの事だ』

 

 そう告げられた言葉に肩を落とした私だったが、そんな私に言峰は言葉を続けた。

 

『そうだな……では、どうしても言う事を聞かせたいのならば、いっそ殴ってでも従わせるというのはどうだ?』

 

『は?』

 

『本来マスターは令呪を以てサーヴァントを従わせることが出来る。が、君はその令呪を契約の際に使い切ってしまったのだろう? ならば手段を他のものに頼るしかない。

 そして最も余計な手間が少ないのは、実力行使だと思うのだが、どうかね?』

 

 どうかね、と言われましても。

 契約を切る自由こそ与えられているが、殺されないと決まっている訳じゃない。一発でも殴れば代償として私の首が飛ぶ。だからそんな事は出来ない。

 割とすんなり予想できたその未来に戦慄し、その光景を言峰に説明した。

 

『なるほど。確かにその通りではある。……が、それはそれとして。君が力を付ける事は必要だと思うが』

 

 何でさ。

 そう思ったのが顔に出たのだろう。言峰が言葉を続ける。

 

『何、簡単な事だ。戦力は多いに越したことはないだろう? 何せ未だどう転ぶか分からない事態の真っただ中だ。であれば、不測の事態に備えてサーヴァント無しでもある程度戦闘が可能な方がいいだろう』

 

 そう言われれば、確かにと頷かざるを得なかった。

 戦力は多いに越したことはない。ギルガメッシュがあまりにも規格外すぎてそこまで考えが及んでいなかったことを言外に指摘される。

 コードキャスト以外にも戦える方法があるのなら、習得しておく事は何かの役には必ず立つはずだ。

 

『――――よし。ならば私が君を鍛えよう。私の(オリジナル)となった人物が極めた、人体破壊に特化した八極拳……余す所無く君に伝授しようではないか』

 

 ―――何故よりにもよって、そんな物騒なものを……。

 

 とはいえ、他に良案がある訳でも無い。よろしくお願いしますと頭を下げた。

 

『何、気にすることは無い。私もムーンセルの上級AIとして、聖杯戦争を正しい形に戻さねばならないからな。本来、特定のマスターに肩入れなどするべきではないが、事態が事態だ。喜んで協力させてもらおう』

 

『…………本音は?』

 

『正直店員業務にも飽きが出て来たところでな。だがサボる訳にもいかない。故に別の事をする大義名分が欲しかった』

 

『おいこら』

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 結局その後言峰神父直々に、彼が言う所の『人体破壊に特化した魔改造済み八極拳』を伝授された。理由に色々と言いたい事こそあったものの、概ね言ってる事は正論だったので大人しく生徒をしていた。

 ……そしたらそれを見ていたらしいギルガメッシュに何をしていると聞かれた際、最初の理由――殴ってでも言う事を聞かせようとしている――を教えたらしいのだ。おかげで私はギルガメッシュの殺気を浴びつつ、違うそういう事じゃないと真相を殺されないよう必死になって説明しなければならなくなった。

 

 当時はわからなかったが今ならハッキリと言える、言峰はそれを目当てに私に八極拳を教えたに違いない! だって私がこんな事になったと抗議した時「見逃すとは私とした事が何と惜しい事を……!」って割と本気で悔しがってたし!

 

 ……まぁ、結局ギルガメッシュが言う事を割と聞いてくれるようになった後も、何だかんだで八極拳は教わっていたんだけどね。それが今こうして役に立っているのだから、あの時言われた戦力が多いに越したことはないという言葉は正しかったんだと思う。

 

「……ふ」

 

 八極拳を習得するまでの経緯を思い返すと、こんな状況だというのに少しばかり心に余裕が生まれて来た。

 

 そうだ、何も恐れる事は無い。敵の数は多いが、多いだけだ。BBみたいに攻略の方法が手探りな訳じゃない、メルトリリスみたいに正攻法じゃ勝てないという訳でも無い。私の攻撃はちゃんと届く。少しばかり数の上で不利なだけ。

 

 そしてこの程度の不利を覆せないで、何がギルガメッシュのマスターか。

 

「グァッ!?」

 

 衝捶を食らって硬直していた男をそのまま突き飛ばす。受け身も取れてないし、痛みで暫くは動けないだろう。

 色々と技は教わったが、私と言峰では体格もパワーもまるで違う。それにこういった技は、どうしたって実戦での経験が必要になってくる。同じ技を使ったからといって、同じように立ち回れるとは限らないのだ。

 しかし問題は無い。足りないパワーはコードキャストで補えるし、小さい体躯は懐に潜り込みやすい。自分が戦った訳ではないが、戦闘経験だって誰よりも豊富な自信がある。

 

「こっのガキィ―――」

 

「っざけんなッ!!」

 

 仲間が撃退されたのを見て激情に駆られたのか、腕を振りかぶって二人の男が向かって来る。意図したわけではないだろうが、挟み撃ちの形になっていた。

 普通はこんな状況に陥ったら、先ず躱すか戦うか……戦うならどちらを先に排除するか、という選択を迫られる。そうして迷っている間に取り返しのつかない事になってやられるのだ。

 

「――――――」

 

 しかし今回に限って言えば、迷う必要は無い。避けた所で至近距離で二人を相手にしなければならないし、敵の距離・武装共に変わりはないので脅威度は同等だ。強いて言えば私の体勢に対してどう向かってきているかくらいだが、隙だらけで突進してくる人間相手にそんな事を考える必要は無い。選択は目についた方からの迎撃に決定した。

 

「フッ――――!」

 

 そうと決まれば態々待ってやる必要も無い。一歩踏み込んでがら空きの胴体に衝捶の一撃を叩き込み、返す刀で背後に迫っていた男を攻撃する。裏拳を打つ要領で体を開き撃ち込んだ開拳は肩口に直撃し、気絶とまでは行かないもののダメージを与えて突き飛ばす事には成功した。

 

「――ッ! お、お前等囲め! 数で押せ!!」

 

 再びリーダー格から指示が飛んだ。それに従って周囲の男たちが私を包囲するように動き出す。

 多対一の戦闘において、包囲するというのは一番簡単な数の利を活かす戦法だ。劣る個の力を数で埋める。自然界でもこの方法で狩りを行う動物は数多く存在する事から、これがどれだけ有用なのかは語らなくてもいいだろう。

 流石に私が戦えるとは言え、包囲されると少々面倒臭い。ギルや言峰なら問題無いのだろうが、私はそこまで人間を辞めてない。だから……囲まれる前に、先手を打つ。

 

「―――――へ?」

 

 男の一人が思わず上げた、間の抜けた声が耳に届く。まぁ、そんな声を上げるのも仕方ないだろう。何せ数歩分はあった筈の距離を、私がたった一歩で詰めたのだから。

 滑る様に移動する『活歩』の歩法。熟練の域になれば脚捌きも無くこれ以上の距離を詰めれるらしいが、私ではしっかりと足を動かして精々3~4歩分を詰めるのが限度だ。しかしそれで十分。呆気にとられた男はあまりにも無防備に佇んでいて、簡単に私の拳が突き刺さった。

 

 包囲網を形成された時、全方位に対応できないのに待ち構えるのは下策だ。だから一端に寄って戦うのが正解。そこを崩せば包囲を脱出できるし、戦うにしても四面楚歌にならない分いくらか戦いやすい。

 そこからやる事はさっきまでと何も変わらない。寄ってくる敵の動きを見切り、時に躱して時に流して、確実に一撃を叩き込んで戦闘不能に追い込んでいく。気絶までしなくても、痛みに悶え苦しんでいるのならある程度の時間は稼げる。

 

 拳。肘。脚。肩。掌底。コードキャストで強化された八極拳を振るう度に、濁音に満ちたノイズの様な断末魔を上げて男達が崩れ落ちていく。七人ほど無力化する頃には、自然と相手の腰が引けていた。屈強な仲間たちが成す術無く倒れていく光景に恐怖を覚えたのだろう。ならば……

 

 ――――仕掛けるか?

 

 恐怖で足がすくんだという事は、迷っているという証拠だ。戦うべきか、退くべきか。その逡巡している隙を突いて、彼らの背後にいるリーダー格……つまりは指揮系統を潰す。それだけで、彼らの天秤は撤退の方向に大きく傾く筈だ。

 

 ……そう思って、油断したのがいけなかったのだろうか。

 

「オラァ、そこまでだクソガキ!」

 

 リーダーを潰すべく動き出そうとした私に、敵が固まっている方向とは逆、背後から叫ぶような声が届いた。

 

「無双ゲーもそこまでにしとくんだな……コイツの命が惜しかったらなァ!」

 

「ヒッ……!」

 

 振り返ると、最初に衝捶を叩き込んだ不良が戦線に復帰してこちらを睨みつけていた。おまけにその手には遊びで持ち歩くには物騒過ぎる凶器(ナイフ)が握られており、その切っ先は……髪を掴んで無理矢理立たされた神崎さんの喉元を向いていた。




コードキャストが現実でも使用できる理由については、こじつけですが存在するので作中でいずれ明らかにします。多分二学期の頭くらいになると思いますが、もしかしたら前倒しにするか、活動報告でネタバレ注意で書くかします。

戦闘描写難しい……



もうすぐアガルタ、そして二周年と水着イベの時期ですね!
誰の水着が増えるのか楽しみすぎて今から迂闊にガチャを回せない……

感想・評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.救援の時間

遅れた理由はデオンくんちゃんです。察せよ。
ではどうぞ。


 

「ッ……神崎、さん……!」

 

 ――――しまった……!

 

 ……迂闊、としか言いようがない。敵を倒す事に意識を裂きすぎた。動けるのが私だけなのだから、神崎さんと茅野さんの安全確保は最優先事項だったというのに―――!

 

 距離は辛うじて歩法で詰められる程度しか開いていない。このまま私が脅しに屈した所で何も事態は好転しない。再び拘束されて、三人仲良く慰みモノだ。そんな事態は到底容認できない。ならば私が取るべきは一つ――殺られる前に、殺る。

 

 そうして駆けだそうとした私の脚は、しかし一歩も前には進まなかった。

 

「ぐッ…………!」

 

「ヘヘヘ……やぁっと大人しくなりやがった……!」

 

 神崎さんの方へ意識を取られた隙を突いて、男の一人が私を羽交い絞めにした。しかも脇の下から腕を入れるようなものではなく、背後から腕ごと抱きかかえる様な体勢だ。私の反撃を恐れてそうなったのだろうが、その所為で相手の頭が耳元にある……所謂『あすなろ抱き』と呼ばれるような状態になってしまっていた。

 

「こんだけ暴れてくれたんだ……タアッップリお返ししてやるからなぁ……?」

 

「―――――!」

 

 ――気持ち悪い。

 

 何度がギルガメッシュ相手に似たような状態にしたりされたりした事はあったが、それとこれとは雲泥の差……いや、比べるのは彼に失礼だ。今すぐ風呂場に駆け込みたくなる程の嫌悪感。それの発生源が耳元で笑っていた。

 

 よし、潰そう。

 私の中の全てが満場一致でこの結論をはじき出した。

 

「チッ……」

 

 私を拘束しているコイツの処遇は決定したが、問題は神崎さんだ。彼女を人質にしている男に守り刀(スタン)のコードキャストを当てられれば一番話は早いが、奴は神崎さんの体を前に突き出している。意図しての事ではないだろうが、神崎さんを盾にしているのだ。これでは奴より先に神崎さんにコードキャストが届いてしまう。それは避けたい。

 そうなると接近して神崎さんを解放しなければならない。距離は活歩一回で詰められる距離だが、やはり物理面でも神崎さんを盾にされると動きにくい。なら回り込むしかないけど、今の私がそれをするには少々力不足だ。

 

「――――――」

 

 ……仕方ない。拘束されてて動けない今の状況を利用させてもらおう。

 

 ―――gain_con(16)―――

 ―――move_speed()―――

 

「グぅ…………ッ」

 

 守りの護符の耐久強化、強化スパイクの敏捷強化。脳に走る痛みを噛み殺しながら、コードキャストを二つ追加で発動する。

 拘束されている今の状況なら、たとえ隙があろうとなかろうと関係無い。他の奴らが動き出さない限りはいくらでもコードキャストを重ね掛け出来る。その間コイツの腕の中に納まっていないといけないというのが心底不快極まりないが、大事の前の小事と自分に言い聞かせる。

 

「へ、へへへ……急に静かになったなぁ? 期待してんのか?」

 

 前言撤回。今すぐ殺す、すぐ殺す。

 空気打ちのコードキャストで攻撃の選択肢を増やしておこうかと考えていたが、その考えを全力で投げ捨てる。今はただ、この男から一秒でも早く離れたくて仕方ない。

 一瞬でその結論に至った私は、現状を打破すべく両足に力を籠める。腕を抑えて安心しているというのなら、それは間違いだ。八極拳を使う者にとってこの体勢は不利でも何でもない。目の前で両手を広げて突っ立ってるのと大差無いのだ。

 

『仮に腕が使えなくとも、両足が地面についているのなら何も問題は無い』

 

 全力で震脚を踏み鳴らす。その衝撃は全身を伝って背中へと届く。

 

『後ろから拘束されているような状況であれば、逆に好都合というものだ。遠慮なく靠撃(こうげき)をお見舞いしてやるといい』

 

 言峰のその言葉に従い、ニタニタと笑う男へ向けて全力の靠撃を叩き込む。鉄山靠という訳にはいかないが、予想もしていなかったであろう一撃だ。完全に油断していた相手には完全に決まり、拘束が緩んだ。

 その隙に少しだけ離れた相手の鳩尾に肘を撃ち込み、崩しを完璧なものとする。そこまでいけば腕のロックは完全に外れており、再び私の体は自由になった。

 

「―――あぁぁあアッ!!」

 

 そうして体を反転、痛みに体をくの字に曲げる男の無防備な顎に、打ち上げる様にして掌底を叩き込む。そしてとどめの一撃とばかりに顔面をそのまま掴み、投げ捨てる様にして地面に叩きつけた。

 

「ぐぺぷッッ!!!?」

 

 形容し難い悲鳴を上げて男がのたうち回る。というかコイツ良く見たら、今やったのと全く同じような方法でカルマにやられていた奴だ。あの時もそうだったが、今回もしっかりと歯が数本抜け落ちている。まぁ仕方ない、自業自得という事で納得していろ。

 

「て、テメェ! 大人しくしやがれ、この女が――――」

 

 神崎さんを人質に取った男が何か喚いているが、それを無視して足を踏み出し、地面を蹴って一気に加速する。強化された筋力による踏み込みと、加えて敏捷も強化によって上昇している。移動速度だけ見れば単純に倍の速さで動いていると言っても過言ではないだろう。漸く私の動きに目が慣れて来た相手にとっては、その速さだけで不意打ちになる。

 

「―――どうなっ、て?」

 

 そしてその不意打ちがあっさりと決まる。

 拳が届く距離まで接近されたというのに、男は状況が理解できていないらしい。宣言通りに神崎さんを傷つける訳でも無く、ただナイフを首に添えたまま茫然と突っ立っている。

 こんな危機感の無い奴に出し抜かれたという事実が、自分がどれだけ優位な状況で慢心していたのかという事を見せつけてくる。こんな所までギルの影響があるのは困るなと思いながら、今なお神崎さんを脅かすナイフの刃を掴んだ(・・・・・)

 

「な―――」

 

「え」

 

 被害者と加害者の驚く声を聴きながら、握った手に力を籠める。刃の部分を握りこむなんて事をすれば普通は大惨事だが、そんな事は起こらない。肉に食い込む感触こそ感じるが刃物のそれではなく、細い鉄板を握りしめているような感覚だ。

 もちろんそれは私の皮膚が特別頑丈という訳ではなく、耐久強化のコードキャストによるものなのだが。耐久強化というだけあって生半可な攻撃は通らなくなり、ある程度痛覚も鈍化しているように感じる。

 

「フ――――ッッ!」

 

 絶対に離さないようにナイフを握り込んだままその場でフックを撃つように回転、強化された筋力と遠心力で引っ張られたナイフは簡単に男の手からすっぽ抜けた。

 神崎さんは未だ捕まった状態だが、これですぐにどうこうされるという危機からは脱せた筈だ。なので今の内に、別の脅威を排除する。

 

「茅野さん―――伏せてッ!」

 

 神崎さんを人質に取られた事で、一瞬とはいえ私は止まった。人質が効くというのは奴ら全員が認識しただろう。敵に対して有効な一手を軸に攻めるというのは当たり前の事だ。なら、危険なのは神崎さんだけじゃない。

 ナイフを手にしたまま、今まさに新たな人質にされそうになっている茅野さんの元へと急ぐ。

 

「えっ!? わ、わ――――」

 

 突然の指示に混乱しながらも、茅野さんがその小さい体躯をさらに縮める。後ろから迫っている男の体へと道が出来た。

 

「は、あっ……!? お、おい誰か武器!」

 

 横目で神崎さんの方を確認すると、凶器を奪われて脅しが効かなくなったという事に、漸く理解が追い付いたのだろう。周囲に武器を求めている。早く何とかしなければという焦燥が透けて見える様で、茅野さんの方へと向かった結果、自分の斜め後ろへと回り込んだ私の事は頭から抜け落ちているらしい。

 

 これなら……当たる。

 

 ―――hack_skl(16)―――

 

 腕を振り抜くようにして守り刀(スタン)のコードキャストを発動し、翻って蹴りを放つ。さっきまで茅野さんのツインテールが揺れていた空間を押し潰す様に左踹脚を振り抜いた。

 

「ガッ―――」

 

 結果はドンピシャ。示し合わせたように、男の脇腹に私の蹴りが突き刺さった。当たった時の感覚からしてアバラが逝っているかもしれないな。

 それとほぼ同時に頭痛が襲って来るが、やる事は蹴り脚を振り抜く事だけだ。それだけなら頭痛があっても事前に意識していれば何とかできる。

 

「早く武器よごっ―――!?」

 

 不可視の衝撃が後頭部に着弾して、男の体が前のめりに大きく傾く。これで神崎さんの危機は過ぎ去ったと言えるだろう。

 

「キャ―――――」

 

「ッ!」

 

 しかし無理矢理立たされていた支えが崩れ落ちた事で、神崎さんまで倒れこみそうになる。戻した脚で地面を蹴って、再び神崎さんの所へ駆け出した。

 

「―――っと」

 

 強化された脚のお陰で神崎さんが倒れこむ前に余裕で間に合い、襟元を掴んで引き寄せる。やり方が手荒になってしまったのは申し訳ないが、そこには目を瞑ってもらおう。

 

「き、岸波さ―――」

 

「――ゴメン神崎さん、怖い思いさせた」

 

 コードキャストで敵が崩れ落ちる音が聞こえる中、私は言い聞かせるようにして言葉をこぼす。今し方起きた事に関しては完全に私の落ち度だ。もっと二人を気にして立ち回っていたのなら神崎さんに怖い思いをさせる事も無かっただろう。どれだけ責められても仕方ない事だと思っているが、今はそんな場合じゃない。お叱りなら後でいくらでも受け付けよう。今必要なのは、神崎さんを安心させることだ。

 こういう表現をすると失礼かもしれないが、赤子をあやすように背中をぽんぽんと叩きながら、言葉を続けていく。

 

「もうちょっと、考えて動くべきだったね……ゴメン」

 

「そ、それは……ッ! き、岸波さんうし――」

 

「うん」

 

 一度神崎さんを離し、背後から角材を片手に襲い掛かって来ていた男の攻撃を受け止める。全力で振り下ろされた角材の衝撃が腕に伝わってくるが、そのダメージは強化された耐久の前には無力。本来なら骨に響いたであろう衝撃も、歩いてる時に腕が壁にぶつかった程度の感覚でしかない。私が後ろを向いているからやれるとでも思ったのだろうか。だとしたら浅はかにも程がある。

 

「なっ!?」

 

「――――――」

 

 腕を流す様にして懐へと入り込み、足払いを掛けて肩で強く押す。まさか防がれると思っていなかったのか、最初から最後まで無防備だった相手は呆気なく体勢を崩す。放っておけば仰向けに倒れ無様を晒すだろう。

 

「――――ハァっ!」

 

 追い打ちの掌底を一発。崩れた所に突き刺さった一撃に抗う術は無く、空気が抜けるような声を最後に男は4・5メートルほど吹き飛んだ。

 

「うわ……」

 

 アクション映画の様に吹き飛んだ男を見た茅野さんの声が、割と近くで聞こえた。どうやら自力で立ち上がってこっちまで来たらしい。護衛対象が集まってくれたのは助かる。

 

「もう大丈夫。今度は……ちゃんと守るから」

 

 二人を背に隠し、敵を見据えて宣言する。私がいるのにもうあんな怖い思いはさせない。必ず守り通す。

 

「き、岸波さん……」

 

 ……とはいえ、状況はあまりよくない。いや、先程より不利になったというのが正しいか。

 二人を責める訳ではないが、守る対象がいる状況での戦闘というのは戦う上では出来るだけ避けたい展開だ。何せ目に見える弱点を抱え込むことになるのだ。敵の弱い部分を攻めるのは常識である以上、神崎さんと茅野さんにも攻撃が行くだろう。

 まぁそこは問題無い。二人に襲い掛かってこようと、私が迎撃するだけだ。問題なのは、脱出経路の確保もままならない状況なのに持久戦を強いられる事だ。

 

 私達が逃げるには敵の群れを乗り越えて扉に到達する必要がある。しかし、腕を縛られている二人を守りながらそれを成し遂げるのはほぼ不可能に近い。敵を全員倒せば可能だが、数の上ではあちらが未だ有利。数人で私を足止めしている間に二人を狙うだろう。

 それに、戦闘が長引けば倒した敵が戦線復帰するかもしれないし、応援を呼ばれる可能性だってある。一方こちらの戦力は私一人、敵が増えれば増えるほどに不利になっていく。しかも一人で動き回るのなら、それだけ疲労も蓄積していくことになる。どれだけ奮起したとしても、パフォーマンスは低下するだろう。

 

 ――潮田君達、せめてカルマ一人でもいてくれれば違ったんだけどな。

 

 それなら二人の護衛を任せて、私は何の心配も無く敵戦力の殲滅に打って出れる。しかしこの場にいない人物をあてには出来ない。連れ去られたという事は恐らく気絶でもさせられたのだろうし、すぐに目が覚めたとしてもここまで追って来れるとは考えにくい。何せ相手は車で、しかも誘拐先は廃墟の地下。何の情報も無しに辿り着けるとは思えない。

 

「……ん」

 

 と、そこまで考えて、扉の向こう側から聞こえてくる音に気が付いた。階段を駆け下りてくるような音がかすかに聞こえてくる。何物かがこちらへと向かってきている証拠だ。

 

「……へッ、呼んどいた友達(ツレ)共だ。形勢逆転ってヤツだなァ?」

 

 思わず舌打ちが漏れる。恐れていた最悪の展開だ。さっきまで腰が引けていた連中も、援軍の到着に士気が上がっている。その勢いで全員雪崩れ込んで来たりすればそれだけでこちらの負けが確定してしまう。

 かくなる上は……

 

 ――使う、しかないか?

 

 この状況を一瞬で覆す一手というものが、無い訳ではない。

 今使ってるコードキャスト全般や、実践の中である程度の形まで仕上げた八極拳よりも強力なもの。所謂『切り札』というものが私にも……三つほどある。といっても、この状況で使用できるのは一つだけだが。それを使用すれば、二秒とかからずに眼前の敵を無力化できるだろう。

 しかしそれを使えばどれだけの反動がやって来るのか想像もできないし、反動に堪え切れたとしても、使用したが最後この場は紛争地帯も真っ青な瓦礫と肉片の集積場へと姿を変える。そんなスプラッターな光景は出来る限り二人に見せたくないし、こんな事で命を背負いたくはない。

 

 そして何よりアレは私が所有していて使用可能ではあるが、私が使っていいものではない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ―――うん、やっぱり駄目だ。アレは使わない。

 

 使えないのではなく使わない、心の中で決意を新たにする。今手元にあるカード(戦力)だけでこの状況を脱しなくてはならない。

 なら……せめて私がこの場に残る事になっても、二人は逃がさなければ。そう決意を固めた所で、扉のきしむ音が地下に響き渡った。

 

「そぅら、名門のエリート様は見た事も無いような不良共の登場だ」

 

 大きく手を広げて、舞台役者の様にリーダー格の男が声を上げる。それに呼応するようにして部屋に入ってきたのは、その紹介に違わぬ不良―――

 

「――――え?」

 

 ――不良……不りょ、え?

 

「…………昔の優等生?」

 

「は?」

 

 キッチリと閉められた学ランの襟元、綺麗に丸められた坊主頭、漫画でしか見ないような瓶底眼鏡……扉の向こうから現れたのは、そうとしか形容できない、不良のふの字も見当たらない優等生だった。

 

 そして、その傍らに立っていたのは、顔こそ隠しているが間違いない―――

 

「不良なんてどこにもいませんねぇ……先生が手入れしてしまったので」

 

 ―――我らが担任様だった。

 

「こっ……先生!」

 

 思わず殺せんせーと普段通りに呼びそうになったのを寸前で堪えた。流石に外で殺せんせーは拙いだろう。

 

「いやぁ……遅くなってすいません。渚君から連絡を受けて急行したのですが、空き時間に枕を取りに東京まで行っていたものですから、一分ほど到着が遅れてしまいました」

 

「結局取りに行ったのか……」

 

「し、仕方ないじゃないですか! 本当に寝れなかったんですよ!?」

 

 ……何だろう、コレ。助けに来てくれたことで急激に上がったはずの株が、加速度的に大暴落していく。殺せんせーらしいと言えばらしいのだが、どうにも気が抜ける。

 

「……まぁ、間に合って良かった」

 

「……えぇ、本当に間に合って良かったです。攫われた場所から一番近い廃墟だと思って、渚君達にはそちらへ行ってもらったのですが……どうやら、余程計画を練っていたようだ」

 

 自然と安堵のため息が零れる。最悪の場合この手を血で染める覚悟をしていただけに、救援がやって来たという事実に自然と肩から力が抜けた。

 わずかに除く皮膚の色は擬態した肌色……それが運動後に上気しているかの様にほんのりと赤い。赤は怒りの色だと潮田君が言っていたから、多分どうにか苛立ちを押さえつけているといった所だろう。

 

「……せ、先公だとぉ……? フザけんな! ナメたカッコしやがって!!」

 

 友人が劇的なビフォーアフターを遂げた事で暫く茫然としていた不良達が一斉に動き出した。私達に背を向けて殺せんせーの元へと殺到する。相手は一人でこちらには武器もある、勝てると思ったのだろう。その動きには迷いが無い。

 だが―――無駄だ。この教師にとって、何の脅威にも鳴り得ない。

 

「――――ふざけるな?」

 

 両腕を一閃。私の目は辛うじて触手の動きを追えたが、彼らには初動さえ認識できなかっただろう。マッハの速さで振り抜かれた触手は顎を正確に捉え、瞬く間に全員がその場に崩れ落ちた。

 

「……うわぁ」

 

 自分が同じ事をしようとすればコードキャストで肉体を強化して一人一人確実に仕留めなければならないというのに、この担任は私が数十分掛けてようやく上げられる戦果を一秒掛からずに出してしまった。襲撃者という明確な比較基準が出来た事で、改めてこの超生物の規格外さを思い知らされる。

 

「先生のセリフです。ハエが止まるようなスピードと汚い手で……うちの生徒に触るなどふざけるんじゃあない……!」

 

 黒子の様な顔隠しの下から覗いていた皮膚の色が、肌色から黒へと変わっていく。見るのは初めてだが、あれが潮田君曰くの「ブチ切れている時」の顔色なのだろう。大気を通して伝わってくるその怒気は、ギルガメッシュには及ばないものの十分な威圧を纏っている。

 

「――――――」

 

 気絶しなかったらしい不良が何か言っていたがどうでもいい。追いつめられた下衆の言う事なんて自己の正当化と責任転嫁に決まってる。わざわざ対処しなくても、後は殺せんせーに任せておけば大丈夫だろう。

 修学旅行で他校の生徒とトラブルがあった場合は、大人しく先生に任せておくのが正解だ。そんな事を考えながらコードキャストを解除し、二人の縄を解くために踵を返した。




白野が持ち込んだものその③:切り札

1.????????
2.????
3.??????????????

コードキャストや八極拳をはるかに凌駕する規格外(EXランク)のもの。後々作中で明らかにしていきます。
ざっくり言うと、一つはCCCで渡されたもの、一つは持っててもおかしく無いなと思い持たせたもの、一つは金ぴかとの合わせ技です。



ホームズガチャ回したら虹演出でルーラーだったので来たか!? と思ったらジャンヌ(三人目)でした。
令呪を以て命ずる、リヨぐだ子の所へ行けと口走った私は悪くない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.蠢動の時間

書いてる途中にふとした思い付きが原因でよく物語がプロットを外れていきます。
こんな事になるなんて、(私含め)誰も予想してなかったに違いない……!


 

「んっ、ん~~~~……!」

 

 廃墟の地下から出て大きく伸びを1つ。薄暗い祇園の小道からもっと薄暗い地下に移動させられていただけに、日の光が随分と懐かしく感じる。

 あの後不良達は意味の分からない事を一通り喚き散らした後、殺せんせーに鈍器(しおり)を脳天に食らって意識を強制終了させられた。制裁としては物足りない気がしないでもないが、やり過ぎるのも余計な禍根を残す。このくらいが落とし所なのだろう。

 

「……そういえば」

 

 首をポキポキと鳴らしていると、顔隠しを取った殺せんせーが声を上げた。周りに人はいないけど街中なのだから、カツラと鼻と肌はしっかり擬態している。

 

「何かありましたか神崎さん?」

 

「え」

 

「酷い災難に遭ったので混乱しててもおかしくないのに……何か逆に、迷いが吹っ切れた顔をしています」

 

「……そういえば」

 

 確かに、言われてみれば神崎さんは随分と落ち着いているように見える。全て終わったとはいえ、一時は命の危機だったのだ。安堵を感じた後で恐怖がぶり返してきてもおかしくは無い。にも関わらず、その表情はすっきりしている。

 

「……いえ、特に何も。ありがとうございました殺せんせー」

 

 そう言って神崎さんが浮かべた笑顔は、教室で見たいつも通りの穏やかなものだった。

 

「――――――」

 

 その笑顔に少し安心する。恐怖が心に残っているのならあんな笑顔は出来ないだろう。人質に取られた時は肝を冷やしたが、何の後遺症も残ってないみたいだ。

 

「……ん」

 

 ふと視線を感じてそちらを見ると、殺せんせーと目が合った。相も変わらず正露丸みたいな小さい瞳はじっと私を見据えており、その黒い点からは何の感情も窺えない。

 

「殺せんせー?」

 

「にゅ…………いえ、何でもありません」

 

 小首を傾げて名前を呼べば、少しの間躊躇うような素振りをした後、ついと目を逸らされてしまった。

 

「……さて、先生は事後処理をしてきますので、少し待っていてください」

 

 視線の意味を聞きたかったが、それよりも先に殺せんせーは再び地下へと消えていった。事後処理と言っていたから、多分私達があの場にいた痕跡を消してくるんだろう。

 

「……岸波さん」

 

 それを待っていたかのように、神崎さんが声を掛けて来た。その表情は先程までのそれとは違い揺れる球体の様に不安定で、迷いが見て取れた。

 

「その、さっきのアレは……」

 

「……うん」

 

「あー……」

 

 まぁ、それはそうか。

 殺せんせーが居なくなってから聞いてくる辺り、誰にも言わないという約束を守ってくれるつもりではあるみたいだ。だけど、私がさっき見せた大立ち回りの詳細が気になるというのも本音なのだろう。二人は私が礼装を実体化させた所も見ているのだ。純粋な身体能力で縄を引きちぎって無双しましたでは通用しない。

 

「……出来れば話したくないんだけど……無理、だよね?」

 

 ダメ元で聞いてみる。返答は頷きで返ってきた。

 

「あ、でもでも! 言いたくない事まで言わなくていいからね!? 誰にだって隠しておきたい事の一つや二つあるんだし!」

 

「うん……岸波さんが話せる範囲で、説明してほしいな」

 

 二人がそれぞれ言葉を追加してくる。つまり、どこまで話すかはこっちに任せると。

 

 ――さて、どこまで話したものか。

 

 何も言わないというのが一番簡単で問題の無い方法だ。だが、それは流石に許されないだろう。どこまで情報を開示するか、私が自分で線を引いて良いと言ってくれたのだ。尚も話さないのは不義理というもの。

 だが説明するとなると、これも難しい。私が転生したという事、月の聖杯戦争、黄金の都市、コードキャスト、ギルガメッシュの事……私がこちらの人々に隠している事はあまりにも多すぎる。しかもそれら全てが連続しているため、一つ説明すれば芋づる式に話さなければならない。かといってその辺りを有耶無耶にすると、今度は説明した部分に説得力が無くなってしまう。

 少しの間悩んで、私が出した結論は――――

 

「――――うん。ざっくり言うとね、私は魔法使いなんだ」

 

 ――そんな風に、全体を誤魔化す事だった。

 私が引いたラインは、転生や聖杯戦争の事までは話せない。黄金の都市、ギルガメッシュについても同様。だがコードキャストは見せてしまった以上話さなければならないだろう。

 なら……コードキャストがどういったものなのかを伏せて、『普通の人には出来ない特別な事が出来る』――つまり、魔法が使えるという説明にすればいいという結論に達した。

 まぁ正確には魔術師(ウィザード)なのだが、こっちの人にはそんな違いわからないしね。魔法使いという言葉の方が聞きやすいだろう。

 

 先程二人に見せる事になった守り刀を実体化させながらそう言うと、二人とも固まってしまった。

 

「だからこんな事も出来るし、魔法で身体能力を上げる事も出来るって訳」

 

 礼装を消すと、それは光の粒子が中空に解けるようにして消える。何も知らない人からすれば魔法っぽく見えるかもしれない。

 

「……えっ、と」

 

「ホント?」

 

「……うん」

 

 ……正直、こんな子供騙しな内容を鵜呑みにしてもらえるとは思っていない。二人からすれば真面目な話をしてほしいのに誤魔化されたと思うかもしれない。今見せた守り刀の消滅だって、手品の一つだと言われてしまえばそれまでだ。

 だけど私が開示できるのは此処まで。転生なんて荒唐無稽な話や、この手で何人もの命を奪っているという殺伐な事は話せない。いずれ素性がバレて追及されれば別かもしれないが、少なくとも自分から語って聞かせるなんてとても無理だ。

 

「「――――――」」

 

 説明を受けた神崎さんと茅野さんは、どうしたものかと顔を見合わせている。誰も喋らない事で、路地の向こう側から聞こえてくる喧騒がかすかに耳に届いた。

 

「……やっぱり、信じられないよね?」

 

 隠している事はまだ多いが、言った事は嘘という訳でも無い。しかし聞かされた側からすれば嘘にしか聞こえないだろう。そんな思いから、ぽつりと漏れた言葉だった。

 暫く無言の時間が続いた後の言葉に、慌てて神崎さんが口を開いた。

 

「ち、違うよ! ただ少し、その、びっくりして……」

 

「……え」

 

 その言葉に、今度は私が驚かされた。神崎さんは信じられないから黙っていたのではなく、純粋な驚きから黙っていたのだという。つまりそれは――

 

「……信じて、くれるの?」

 

 私のぼかした事実を信じてくれている事に他ならない。

 信じられないという思いと共に出て来た問いかけに、今度は茅野さんが口を開いた。

 

「……正直言えば信じられないけど、実際に見せられたしね」

 

「うん」

 

「それに、助けてもらっておいて信じませんっていうのも……ね」

 

 だから、信じるよ。

 そう言った二人の目はとても真っ直ぐで、疑惑の色は欠片も残っていなかった。

 

「……そっか」

 

 その言葉に、自然と肩の力が抜けた。自分でも気がつかない内に随分と緊張していたらしい。ただ『信じてもらえた』という安堵が自分の中に広がっていくのを感じていた。

 

 別に信じてもらえなかった場合に、今後……つまり暗殺に関して何か問題があるのかと言われれば、実は何も無かったりする。二人との仲が少し拗れるだけで、暗殺には何の影響も無い。この説明で納得してほしいというのは私の意思で、それと暗殺に関する事は別の件だ。だから暗殺の事だけを考えるのなら、この場で私達の中が拗れようと何の問題も無い。

 

 ―――それでも。

 

 それでも。私はそんなのは嫌なのだ。折角繋ぐ事の出来た縁なのだから、嫌われるよりも親密になりたい。

 今でこそ担任の教師を殺すなんて物騒な事に巻き込まれているが、本来なら命の危機を感じる争いなんて身近には起こらない平和な所なんだ。だったら尚の事、その繋がりを大事にしたい。

 ……何の憂いも無く背中を預けられる程の繋がりを持てたとしても、それを自分で壊さなければならない時があったのだから。そんな心配が無い場所に、今私は生きているんだ。凛やラニ、レオ達の代用(かわり)という訳ではないけれど、ムーンセル(あっち)で出来なかった普通の友人関係を、こちらでは大事にしたいのだ。

 

「えっと、それで……その、黙ってたほうが良いんだよね?」

 

「うん、出来るだけ知られたくはないかな」

 

「……よくわからないけど、多分大変なんだよね」

 

「まぁ……はい」

 

 元々魔術というのは秘匿されるべきものだし、間違っては無い。まぁそれは魔術師(メイガス)の場合で魔術師(ウィザード)はまた少し違ったらしいのだが、生憎とその辺りは詳しくない。レオやユリウスなら詳しいんだろうけど……。

 何にせよ、こちらではそんな違いはあって無い様なものだ。知られると困るのも事実だし、余程の状況でない限り秘匿していくという方向で問題無い。今回みたいに非常事態に陥った時とかは別として。

 

「分かった。じゃあ黙っとくね」

 

「……何か、巻き込んでゴメン」

 

 黙っていてくれるというのは私にとって有り難いが、そのせいで彼女たち二人にはいらぬ荷物を背負わせる事になるのだ。多少ながら罪悪感というものも湧いてくる。

 気にしなくていいよ、という意味の言葉がそれぞれの口から返ってきた。

 

「お待たせしました。事後処理の方は滞りなく……おや?」

 

 そこまで話した所で、地下の入口から黄色い巨体が姿を現した。話が切りあがったところで戻ってくる辺り、随分とタイミングが良い。盗み聞きされたかという考えが一瞬頭をちらついたが、この先生が魔法なんてものを知って黙っていられるとは思えない。そわそわした雰囲気も無い以上、単純にタイミングが合っただけだろう。

 

「ヌルフフフ……随分と楽しそうですね。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものです」

 

「……そんなに激しく喋ってたつもりは無いんだけどな」

 

「言葉の綾ですよ……差し支えなければ、何を話していたか教えてもらっても?」

 

「……えー」

 

 話していた事は私の隠し事についてだ。絶対に言える訳が無い。それでなくとも女子の会話を聞きたがるというのは……どうなんだろう?

 そんな感情と共に何となく二人の方を見ると、視線ががっちりと合わさった。その顔色は嫌そうに少しだけ歪んだ困惑顔で、多分私も同じような顔をしていたんだろう。それが何だか可笑しくて、誰からともなく噴出した。

 

「ふふ、内緒」

 

「にゅやっ!? な、何ですかその自分たちだけで分かり合ってる感は!? 先生すごい疎外感なんですが!」

 

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい殺せんせー」

 

「別に、何でもないんだけどね」

 

「そーそー! ただのガールズトークだよ!」

 

「にゅにゅ……そうですか……」

 

 何だか納得がいってないような雰囲気の殺せんせーだったが、私達が笑っているのを見て力が抜けたようだった。多分、あんな目に遭った後でも笑えてる事に安心したんだろう。

 

「……さて、渚君達と合流して修学旅行の続きといきますか」

 

「さーんせー!」

 

 殺せんせーの言葉に茅野さんが元気よく返事をして歩き出す。殺せんせーはそれに釣られるようにしてブニュブニュと歩き出した……黄色いままで。

 

「こっ、殺せんせー! 擬態擬態!」

 

「にゅやっ! わ、私とした事が……」

 

「しっかりしてくれ国家機密様……」

 

「……あはは」

 

 私の隣で力なく神崎さんが笑った。文字通り目にも留まらぬ速さで擬態を済ませた殺せんせーは、携帯でどこかに連絡を取っている。多分烏間先生辺りだろう。無事救出しました、とかそんな感じだろうか。というか何故事後処理で擬態を解除する必要があったのか。カツラが邪魔になるような所でも行ったんだろうか。

 茅野さんも携帯を取り出している。こっちは潮田君辺りに連絡だろう。

 

「私達も行こうか」

 

「あ……うん」

 

 手を差し出すと、少し躊躇いながらも神崎さんは握り返してくれた。何でもないように見えるし実際もう引き摺っていないのだろうけど、人質に取られてナイフを突きつけられるなんて怖い思いをしたんだ。私の落ち度でそうなったのだから、せめて修学旅行中は出来るだけ傍にいてあげたい。

 

「あぁ烏間先生ですか? ……えぇ、無事三人とも救出できました。それで暗殺なんでs、え? にゅやっ!? じ、辞退したァ!? なーんでそこで引き止めないんですかアナタ!? 渚君達が暗殺出来ないじゃないですか!」

 

 殺せんせーが電話の向こうにいるであろう烏間先生に声を荒げている。人気が少ない所とは言え、もう少し周囲への配慮をしてほしい。一つ溜息を吐いた所で―――

 

「……全部、終わったのかな」

 

 消え入る様に呟かれた、神崎さんの言葉が耳に届いた。

 

「……どういう事?」

 

「え? あ……えっと」

 

 前の二人が電話に夢中になってる中、まさか聞かれるとは思ってなかったのだろう、少し驚いた様子の神崎さんがぽつりぽつりと語り始めた。

 

「その、あの人達が車の中で言ってたんだけど」

 

 何でもその事を私に説明する直前に男が割り込んできたせいで言いそびれていたらしい。あぁ、あの時かと思い当たる。私が目覚めたのを見てやって来た時だ。私の暴れっぷりに、言ってなかった事を今の今まで忘れていたらしい。

 そうして語られた内容は、私の足を止めるには十分過ぎた。

 

「……確か、『場所と車は用意してもらえて、攫った後は好きにしていい。おまけに金までもらえる。楽で美味しい仕事(・・)だ』……って」

 

「……え」

 

 ――――『仕事』?

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ……時は少し巻き戻り、殺せんせーが地下へと到着した頃。

 大きく物事が動いている京都の廃ビルから離れた隣県の某所、とあるホテルの一室にその男は居た。

 

『学校や肩書など関係無い。清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです』

 

 男の目の前に置かれたパソコンには、遠く離れた京都の廃ビル、その地下室の光景が写っていた。標的(ターゲット)の入室を確認するために設置した物であり、部屋全体を見渡せるよう天井の一角に仕掛けられたものだ。

 

「…………」

 

 男は無言でポケットから携帯を取り出し、迷う事無く一つの番号を呼び出しコールする。しかし男は手にした携帯を耳に宛がう事もせず、その濁り切った双眸でただ無心にパソコンのディスプレイを眺め続けるだけだった。それもその筈、掛けた先の携帯電話は通話を目的として存在していないのだから。

 

 呼び出された携帯は架空名義で部下に購入させたものだ。但し呼び出し音も振動も発せず、着信は改造された回路を通じてプラスチック爆弾に繋がれた起爆信管に送られる。爆弾が取り付けられているのは、今まさにディスプレイに写る先である京都の廃ビル。強度上の要となる支柱にその爆弾は取り付けられていた。

 爆発は小規模でこそあるものの支柱を破壊し、自重に耐え切れなくなったビルは周囲を傷つける事なく内側へと倒壊する――爆破解体の技術だ。老朽化が進んだ一階の床はその瓦礫を支えきれず、地下室へ大量の瓦礫と、上階にばら撒かれた対触手物質のシャワーを降らせるだろう。

 

 男は、殺し屋だ。

 日本政府からこの修学旅行中に標的(ターゲット)の射殺を依頼された殺し屋だった。生徒の立てた作戦に従い、超生物の肉体に風穴を開ける為に名乗りを上げた仕事人であった。しかし――彼には暗殺を決行する気はあれど、作戦に参加する気は微塵も存在していなかった。

 当然だろう。たった一月程度暗殺の訓練を積んだ人間、しかも中学生の立てた青臭い作戦など欠片も信用できない。訓練を施したのが当の標的本人ともなれば尚更だ。それならばこの機会に乗じて独自に作戦を立て、独断で殺しに及んだ方が確実だ。殺しを生業としてきた男にとってその考えは当然の帰結だった。

 

 故に男は標的の情報を徹底的に調べ上げ、利用するために生徒の計画を聞き出した後、「やはり自分には荷が重い」として日本政府の傘下から離脱……元より無理を言っている自覚でもあったのだろう、咎める声は無かった。そして得た情報――常軌を逸した速さ、鼻が利く、生徒第一、突飛な事態には弱い――を元に、あらゆる要素で規格外な標的の殺害方法を計画した。密室に追い込む事で自慢の速さを殺し、助かるためには生徒を見殺しにするしかないという状況で逃げの一手を封じる。確実に殺すための一手を、数百では利かない数を葬ってきた経験と頭脳で導き出した。

 それが今回、第四班の生徒数人が拉致された一件の真相……即ち、水面下で進行していた暗殺計画だった。

 

 計画は、先ず同時期に修学旅行で京都へと向かう不良高校生を使って生徒を拉致、頃合いを見計らい学校の方へ『椚ヶ丘の生徒が連れ去られた』と善意の一般人を装って通報、超生物が現場に駆け付けて高校生を鎮圧している隙を見計らい爆弾を起動、生徒ごと瓦礫と対触手物質の下敷きにするというもの。

 生徒と高校生は超生物と共に死ぬ事になるが、だから何だというのだろうか。地球を破壊する超生物を殺すという事は即ち、地球に生きる全人類を救うという事。約60億とその場の二十数人、どちらが重いかなど比べる必要も無い。

 大を生かすために小を切り捨てる。男はそういった殺しを専門に行ってきた。殺し屋の中でも異端として扱われる存在だろう。仕事を受ければ徹底的に情報を洗い出し、依頼の遂行が多くの命を失わせる事に繋がると判断すれば、その銃口は依頼主に向いた事もある。

 

「――――――」

 

 携帯は問題無く起動する。信号は発信され、起爆装置を起動し、廃ビルは爆破解体の方法を以て巨大な凶器へとその在り様を変える―――

 

『修学旅行の基礎知識を……その体に叩き込んであげましょう』

 

 ……筈だった。

 

 ディスプレイに表示されているのは高校生の脳天に辞書を打ち据えている超生物の姿であり、ビルが倒壊する気配は一切感じられない。

 

 ――信管を外されたか。

 

「……ハァ」

 

 いや、元より男はこうなる事は分かっていたのだ。本来なら現地に潜伏させた己の部下が起動させる手筈だったそれが何時まで経っても起動しない。その時点で男は自らの計画が失敗したことを悟っていた。起動の合図を送ったのはただの確認だった。

 溜息を1つ吐き胸ポケットに手を運ぶと、普段からそこに入れている煙草が無い事に気が付いた。鼻の利く超生物対策として念のために禁煙していた事を思い出し、癖で伸びた手を笑うようにまた一つ溜息が零れた。

 

 失敗の理由は何だったのだろうかと男は思考を巡らせる。一番の要因はやはり高校生だろう。本来なら生徒全員を拉致する手筈であり、運搬に使用する車もそれが可能なものを用意していたのだ。しかし彼らは事もあろうに女子生徒三人だけを獲物とし、他については気絶させてその場に放置した。

 その所為で生徒から標的へと迅速な連絡がなされ、標的に捜索をさせてしまったのだ。恐らく嗅覚を全開にして探した結果、標的は生徒と爆弾を発見するに至った。プラスチック爆弾は無臭だが、人間以上の嗅覚なら感知可能という事なのだろう。そうして信管を抜き、恐らくは伏せていた部下も無力化され、計画は失敗した。

 

「ン」

 

 手にした携帯が震えた。表示されているのは見知らぬ番号。だが、その先にいるのが誰かは分かっている。元よりこの携帯の番号を知っている人物など一人しかいない。複数持たせた携帯の一つだろうと当たりを付け、迷う事無く通話をタップした。

 

「――失敗したか」

 

『ッ……はい。申し訳ありません――ライブラ』

 

 電話に出て要件を確認すれば、打てば響く速さで返事が電話の相手――現地入りさせた部下から返って来た。

 ライブラ(天秤)、というのは男の通り名(コードネーム)だ。自分が名乗り始めた訳ではないが、いつの間にかそう呼ばれていた。仕事振りからそう呼ばれたのだろう。本名以外で識別が可能なのでそのまま使っている。

 

「いや、構わない。予想できた結末の一つだ。……それで、僕の事は洩らしてないだろうな?」

 

『はい……ッそ、それは抜かりなッく……』

 

「……何があった?」

 

 電話越しに聞こえる部下の声はどうもおかしい。激しい運動をした後で無理矢理話しているかのようだ。

 

『その……標的に、見つかり……起爆装置をとっ、取り上げられて……そしてあ……あんな……』

 

「分かった、もういい」

 

 恐らくは噂に聞く『手入れ』とやらを施されたのだろう。電話に出られて受け答えが可能なレベルで無事だというのなら、気にすることは何もない。

 

「そのまま京都に滞在しろ。奴が東京に戻った後、念のため海外を経由して日本に戻って来い。次の計画を立てる。奴も授業を放り出してまで尾行はしないだろう」

 

『――……。了解』

 

 落ち着くためなのか深呼吸を挟んだ後の返事を聞き、部下との通信を終わらせる。ディスプレイにはすでに標的の姿は無く、高校生たちが力なく横たわっているだけであった。

 

「……表立って動かなかったのは、正解だったな」

 

 今回の失敗が何一つ得られないものだったのかと言われれば、そうではない。無臭の筈であるプラスチック爆弾が効かない事が判明したし、ほんの僅かにだが動きも確認できた。

 何より――今回の一件で、標的に自分の存在が漏れていない事が良い。政府が殺しを依頼してきたのも厳密には男ではなく、長距離狙撃を得意とする部下にだった。政府との交渉から現地の工作、高校生の買収も含めて全てを部下に実行させたのは、拾って一年になる彼女が使い物になるかどうかを確認したかった事ともう一つ、万が一失敗した時のための保険であった。

 何しろ相手は人間の枠組みを超えた超生物。殺せるように万全を期したが、一度目ですんなり殺せるとは思っていなかった。故に自分は指示を出すだけに徹し、全ての実働を部下に任せた。この傀儡状態を取る事で情報を徹底的に遮断した事で、部下と自分を繋げる事は難しくなった。そのお陰で自分は標的に気取られる事無く次の計画を練る事が出来る。

 

 パソコンを終了して荷物を纏める。京都での暗殺が失敗した以上、この地に留まる理由は無い。拠点を移して情報を集め、次の機会を待つとしよう。

 この後の行動を考えながら、荷物を片付ける前よりも物が散乱した部屋を後にする。光の無い目の奥底で、濁り切った殺気が、決意と混ざってどろりと動いた。

 

「あぁ――この程度の失敗で、止まれるもんか」

 

 ――僕は、世界を救うんだ。




何でこうなったかと言えば、型月側からも中ボスが欲しかったんです……

誰かは分かったかと思いますが、彼ではありません。似たような経緯を辿って今に至った、起源を同じくする別人と捉えて下さい。だからキャラとか設定がおかしくてもスルーでお願いします。
因みにこの世界には魔術無いんで、彼の肋骨は揃ってます。

神崎と茅野は白野の説明が嘘、本当だったとしてもまだ隠してる事があるというのは分かってますが、自分が隠し事経験者なのであえて触れてません。

次回は旅館でのあれこれになる予定。



FGOの水着イベントとかガチャとか言いたい事色々あったんですが……
『ますます』の、マハトマと接続、発射まで2秒(意味深)で全部吹っ飛んだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.風呂の時間

宿でのあれこれ、いわゆる日常回です。
遅くなってしまって本当にすまない……


 

 誘拐騒動は殺せんせーの救援によって事なきを得て、私達は無事修学旅行に戻る事が出来た。だが私の心は落ち着かない。渚君達と合流しても、殺せんせーのガイド付きの京都観光に繰り出しても、冷え切った油の様にべっとりとこびりついた危機感が、他の皆と一緒に観光を楽しむという行為を阻害していた。

 

 あの高校生達が私達を誘拐したのは『仕事』だったと神崎さんは言っていた。ならば、その仕事を依頼した人物が彼らのバックにはいた筈なのだ。しかも話を聞く限り、ご丁寧にも誘拐するのに都合のいい場所と便利な足まで用意したらしい人物が。高校生が自発的に行動して起きた事件ではなく、依頼されて起きた事件。そうであるならば色々と疑問点も浮かんでくるというもの。

 

 女なら誰でもよかったのか、それとも私達を狙ったものだったのか。

 攫った後の目的は? あの高校生達は下衆な考えの持ち主しかいなかったみたいだが、それが目的だったんだろうか。

 そして私達が狙われたのだとしたら……その原因は、殺せんせーにあるのではないか。

 

「――――――」

 

 私の前方で街並みの歴史を語りながら、屋台で買った人形焼きを頬張る殺せんせーを見る。

 私達は対外的にはただの学生だ。暗殺の事は当然伏せられてるし、特別強化クラスとして扱われているE組の実態についても外に漏れれば教育委員会待ったなしの案件なため、エンドのE組である私達も表向きは名門・椚ヶ丘中学校の生徒として扱われる。

 そんな名門校に通うということ以外は何の変哲も無い生徒を狙い撃ちにするとしたら、考えられる動機は二つ……即ち、身代金目当てのそれか、殺せんせー暗殺のための一手。どちらの確率が高いかと言えば、断然後者だろう。

 もちろん、金銭目的の可能性が無かった訳ではないが、もし私達を狙ったのだとすれば殺せんせー関係と考えた方が筋は通る。それに本当に金目当てなら普通人質は傷つけないだろう。だからこの一件は殺せんせーを殺すために仕組まれたものだと仮定して考えを進めていく。

 

 ならどんな人物が裏で糸を引いていたのか。それは当然、殺し屋だろう。

 殺せんせーを殺そうとする殺し屋がいるのは知っている。今でこそ英語教師に収まっているが、元はと言えばイリーナ先生だって暗殺の為に潜入してきた殺し屋だし、今回の暗殺計画も殺し屋の補助目的で立てたものだ。国に関係無く独自に計画を立てた殺し屋が居て、それがこの修学旅行を利用したものであってもおかしくは無い。

 

 そこで気になるのが、私達を誘拐した殺し屋はどうやって殺せんせーを殺すつもりだったのだろうか?

 あの超スピードを相手に人質を取っても無意味だろう。生徒を救いたかったら~なんて言ってる間に「もう救ってます」と言って人質を回収し、そして犯人をヌルヌルのピカピカに手入れするに違いない。

 人質が効かないのなら、純粋に呼び出すために攫ったんだろうか。生徒を返してほしいならここに来い、とかなら殺せんせーも応じるだろうし。そうして自分の得意な殺害方法で殺す……うん、それが一番可能性が高いかな。

 

「岸波さん? どうしました」

 

 ……と、そこまで考えた所で殺せんせーから声が掛かった。考え事に夢中で、気付けば随分と皆から距離が離れてしまっていたらしい。殺せんせーはわざわざこっちまで来てくれたみたいだ。何でもないと一言告げて足を動かす。

 

「ちょっと、考え事を」

 

「にゅやっ、それはいけませんねぇ。今は一度きりの修学旅行、楽しまずしてどうしますか!

 ごちゃごちゃ考えるのは後でもできます。小難しい事は、脇に置いておきましょう」

 

「……はい」

 

 多分、神崎さんと茅野さんにも似たような事を言ったんだろうな。二人は特に何かを引きずっているという様子も無く、他の皆と一緒に和気藹々としている。

 殺せんせーと話しながら皆の方へと進んでいく。どうやらカルマを筆頭に土産物屋を冷やかしている真っ最中らしい。らしいなぁと思っていると、私にだけ聞こえる声で殺せんせーが話しかけて来た。

 

「……あの高校生達の事を考えてるのでしたら、心配はいりません」

 

「え?」

 

「彼らには修学旅行のマナーを叩き込んであげましたし、上の人(・・・)にもきっちり落とし前をつけましたからねぇ……あなたが気にすることは何もありません」

 

「――――――」

 

 そう言って殺せんせーはヌルヌル笑っているが、私としては急な話題に少し驚いていた。さっきまで考えていた事を言い当てられたのだ。しかも黒幕が殺し屋という事まで教えられてしまった。

 仕掛け人が高校生だけなら、上の人なんて言わずに向こうの教師とでも言うだろう。それをそんな言い方にしたという事は、彼らを動かした人物が教師ではないという事だろう。そしてこの場合、そんな存在は殺し屋しかいない。

 多分私がビルを出てからまだ何かあるのではとずっと警戒していたのに気付いていたんだろう。そうでないならわざわざ私だけにこんな事は言わない筈だ。

 

「……大丈夫だったのか?」

 

 今こうしてこの場にいること自体が答えなのだが、一応聞いてみる。

 

「えぇ。もうピッカピカに手入れしてやりましたとも」

 

 ――あぁ、多分女の殺し屋だったんだな。

 

 普段の黄色い顔であればピンクに染まっていたであろう顔のふやけっぷりから、何となくそれだけは読み取れた。出来れば手入れの詳細について聞き出したい所ではあるがまぁ黙秘するだろうな……クソッ。

 

「……ハァ」

 

 何と言うか、今回の騒動を真面目に考えていた自分が馬鹿らしく思えて来た。この一件について考えることは決して無駄でも何でもない重要な事の筈なのに、事の中心にいる超生物がコレでは考える気も失せるというものだ。

 だけどこれで良いのかもしれない。今回の一件の裏を考えるのは大事な事だとは思うが、殺せんせーの言う通り、ごちゃごちゃ考えるのは後でも出来る。今すべきなのは――

 

「おーい岸波さーん!」

 

「折角だし写真撮ろうぜ!」

 

「――うん、今行く」

 

 一度しかない、この修学旅行を楽しむ事なのだろう。

 

「写真撮るの?」

 

「うん。こういう街並みで撮るのもアリかなって」

 

 カメラを手にした茅野さんが答えてくれた。確かに、京都の街並みは古き良き日本の美が残っている所があると思う。最近やたらと建設予定の土地が多い椚ヶ丘とは大違いだ。その風景を写真に思い出として納めるのもアリだろう。往来の中集団で立ち止まるのは通行の妨げになってしまうが、そこは修学旅行という事で一つ大目に見てもらいたい。

 

「じゃあカメラはどうしましょう?」

 

「撮影は先生にお任せを!」

 

 さっきから後頭部に生暖かい視線を受けていたが、その発信源が隣まで来てカメラを手に取った。

 

「先生の速さなら文字通りのセルフタイマー・セルフ三脚! 手ブレなんて一切無い一枚をお約束しましょう!」

 

「こんな往来で分身しないでくれ」

 

「にゅやっ!?」

 

 殺せんせーからカメラを取り上げる。修学旅行で浮かれているのもあるのだろうが、最近本当に国家機密としての自覚が薄れてきてるように思う。いきなり同じシルエットが二つに増えたらいくらなんでも誤魔化しきれない。ただでさえ異様な巨体と怪しい関節のせいで人目を引いてるのに、ここで分身されたら騒動間違いなしだ。

 

「殺せんせー……馬鹿なの?」

 

「にゅやぁあッ!? や、やめて下さい渚君! そんなかわいそうなものを見る目で先生を見ないで下さい!」

 

「あっはは、馬ッ鹿でー」

 

「殺せんせー……」

 

 潮田君の言葉を皮切りに皆が殺せんせーをいじり出す。E組ではもはや見慣れた光景だが、潮田君スタートというのは珍しい気がする。というかその目は本当につらい、ギルガメッシュが初めて私の財布を見た時と同じ目をしてる。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 結局その後は殺せんせーのガイドで京都観光を存分に満喫させてもらった。いつ来るか分からない殺し屋の存在を警戒していた時とは違い、色々と楽しむ事が出来た。その殺し屋の襲撃だって何も無かったのだから、殺せんせーの言葉に従って警戒を止めたのは正しかったのだろう。

 

 そうして色々と観光しながら人気の少ない所ではナイフを振るって殺害を試みたりしていればすっかり日も傾き、宿に戻る時間になる。男子も女子もそれぞれ大部屋一つなので班ごとに部屋で別れるなんて事も無く、大部屋に戻れば他の生徒達がきゃいきゃいとガールズトークに花を咲かせていた。内容が暗殺関係(血生臭い)のはもう仕方ない事なのだが。

 私達もその輪に加わると、案の定と言えばいいのか随分と心配された。私達三人が誘拐されたのは既にE組では周知の事実らしい。詳しく語る事でもないので、殺せんせーに助けられたという説明の一点張りで通したが。

 

「岸波さん、お風呂行きましょう」

 

「うん」

 

 話していれば時間はあっという間に過ぎ、入浴の時間となる。

 此処さびれや旅館の風呂場は普通の旅館に比べると狭い。その上古い。一般家庭の風呂場よりは広いが、少なくとも7人以上が満足に寛げるような広さは確保されておらず、5人程度ならどうにかと言った所か。とはいえ折角の貸し切りなので無理をして人数を詰めるという事もせず班ごとであり、私達第四班は最後になった。

 奥田さんの誘いに頷いて着替えを手に部屋を出て浴場へと向かう。今から風呂に入る事を思うと、心なしか今日一日の疲れがどっと押し寄せてくるような気さえしてくるから不思議だ。一応は私も日本人だという事なのだろうか。

 

「今日は疲れた……」

 

「あー……色々あったしねぇ」

 

 口から出てくる会話の内容も自然と今日一日を振り返るようなものになる。といっても盛り上がれるような内容でもないので、愚痴っぽくなってしまうのは仕方ない。

 

「暗殺出来なかったっていうのが残念と言えば残念かなー」

 

「だよね。せっかく皆で一生懸命考えたのにさ!」

 

「仕方ないですよ、あんな事があったんですし……」

 

「烏間先生が殺し屋の人も辞退したって言ってたし……うん、仕方ないよ」

 

 そんな事を話しながら、昼間の一件で砂と埃っぽくなってしまった制服を脱ぐ。帰ったら洗濯しなきゃなぁという考えが頭の片隅にぼんやりと浮かんだ。衣服の類は霊子体だった時なら何も気にせず着るだけで良かったので、こういう考えが出てくる所も肉体を得た事による変化の一つなんだろうな。

 

 シャツもスカートも脱ぎ去って下着姿になると、自然と会話の内容が変わっていく。具体的には肉体方面へと。自分で言うとどうも違和感がある呼称だが、年頃の乙女が半裸で集まればそういう話題になるのは仕方ないのかもしれない。着けてる下着の柄が可愛いとか、痩せてていいなとかそんな感じだ。

 ちなみに私は神崎さんから肌と髪が綺麗だという評価を頂いた。神崎さんもだろう? と髪を撫で梳きながら言うと、白い頬をほんのりと赤く染めて黙ってしまった。真正面から褒められた事が少ないのかな? 照れ顔も可愛い。

 

「……むー」

 

「茅野さん?」

 

 隣から聞こえた唸り声に視線を向けると、トレードマークであるツインテールをほどいて下ろした茅野さんが私を見てジト目になっていた。正確に言うと見ているのは私ではなく、私の下着……いや、胸元だ。

 

「えっと……何?」

 

「…………許す」

 

「……何が?」

 

 よくわからないが許された。

 

「岸波さんが着やせするタイプで隠れ巨乳だったらキレてた」

 

 そう呟く茅野さんの目は笑っておらず、まるでそこにがっちりと嵌め込まれてるかの様に据わっている。ハイライトも仕事をしておらず、人というよりは完成度の高い人形を思わせる。

 

「……胸、かぁ」

 

 その横顔を視界に収める事に何となく耐えられず、視線を自分の下へと持っていく。無いよりはマシ、といった程度の膨らみが映った。

 

 霊子体と肉体の違いの一つには生活習慣の違いやメリットデメリットの比較の他にも、純粋な体型というのがある。霊子体の私は高校生という設定だったので姿形もそれに準じたものになっていた。しかし今の私は中学生で、少なくとも2・3年は肉体年齢にズレが生じている。

 足の長さが違うから歩幅も違うし、背の高さも違うから視界の高さも違う。腕の長さだって違うから攻撃範囲は狭まるし、情報で構成されていた霊子体とは違って内臓や血管があるのだから、頭だけ残っても進み続けるなんて芸当は出来そうも無い。

 そしてこれから成長期に突入するという時期なので、胸の大きさも霊子体の私に比べて小さい。こっちの胸はギリギリAを抜け出したBといった所。中学生としては普通だと思うが、E組の女子は割と発育が良いので自信が無い。少なくともギルガメッシュが見たら憐れんだ後笑うであろうことは用意に想像できる。「貴様は胸までハサンなのだな。ハッ、何とも貴様らしいではないか雑種!」とか言うに違い無い。うるせぇ誰がハサンだ。

 

 霊子体ならそれなりの大きさはあったんだけどなと思いながら、何となく自分の胸に手を当てた。ふにり、という感触と共に僅かながら形を変える。まぁでも、これくらいで良いのかもしれない。大きすぎても色々大変だっていう話は桜や矢田さんから聞いた事があるし。王様も巨乳はリップ位ないと認めない的な事言ってた気もするし、何より動きやすいし。

 

「ん?」

 

 ふと、肩に手が置かれた。掴むようなものではなく労わるようにして乗せられたソレを追うと、再び茅野さんの顔があった。但しその表情は先程までの人形めいたものではなく、とても慈愛に溢れた美しいものだったが。髪を下ろすと大人びた表情になって、普段の活発なイメージとは違う魅力を纏っている。可愛い。

 

「大丈夫だよ岸波さん、きっと大きくなるから……」

 

「……え?」

 

 ……どうやら自分の胸の小ささを嘆き、巨乳になる日を夢見ていると勘違いされたらしい。別に豊かな胸に憧れを抱いてるなんてことは無いんだけど。

 

「いや、私は別に――」

 

「大丈夫大丈夫、私はちゃんとわかってるから」

 

 否定の言葉は遮られ、既に下着も脱ぎ去った茅野さんは言うだけ言って浴場へと歩いて行ってしまった。

 

「……釈然としない」

 

 しない、が。まぁ別にいいか。その程度の誤解で何が変わる訳でも無いし、いずれ訂正する機会もあるだろう。そんな事を考えながら、先に行ってしまった三人を追いかけた。お風呂お風呂ー♪

 

 

 

   ◆

 

 

 

「さっぱりした……」

 

 一般家庭のそれよりはゆったりと寛げるお風呂をたっぷりと堪能させてもらい今日一日の疲れと汚れを綺麗さっぱり流した後は、旅館が用意してくれた浴衣に着替えて何処を目指すでもなくぶらぶらと歩いていた。ちなみにお風呂では特に変わった事は起こっていない。起こっていないのだ。眼鏡が湯気で使い物にならなくなった奥田さんの手を引くのは普通の事だし、背中を流すのだって普通の事だろう。湯船の水を掛け合ってきゃーきゃーはしゃぐのだって普通の事なのだ。だから変わった事は何一つとして起こっていない。

 

 自販機で買ったいちご煮オレなる物を喉へと流し込みながら、所々に老朽化の証が見て取れる旅館の中を散策する。神崎さんたちは遊技場で時間を潰すらしく、部屋の前で別行動となった。ちなみに旅館の浴衣を着た三人は可愛かった。合流した男子が一瞬固まってたから多分見惚れてたんだろうな。まぁ仕方ない。あのうなじと鎖骨の破壊力は対軍宝具に匹敵する。

 

 ぎっ、ぎっ、と歩く度に音を響かせる古い板張りの廊下を歩いていると、やはり裏側の旧校舎を自然と思い出してしまう。鮮明にという訳ではないし、思い浮かぶのもマイルームや生徒会室に購買前、ジナコの部屋や図書室に向かう道中など部分的だ。全容なんかはその時でさえ正しく記憶していたかどうかも怪しい。だというのに、この古い木造の中にいて思い出すのは、今現在の生活の一部に組み込まれているE組校舎ではなく月の旧校舎なのだ。あの日々がどれだけ私の中で大きな割合を占める事なのかが分かる。

 

「あれ、岸波さん?」

 

「ん?」

 

 そうして暫く床を軋ませながら自分にしかわからない懐かしさに浸っていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向いた先にいたのは不破さんと中村さんだ。確か共に第二班で、映画村の殺陣の最中に暗殺する計画を実行してたと記憶している。

 

「一人で何してたの?」

 

「特に何も。ただの散歩かな」

 

「ふぅん……んじゃあさ、一緒に風呂場行かない?」

 

「お風呂?」

 

 告げられた言葉に首を傾げる。入浴の順番は私達の班が最後で、二人はとっくに入浴済みの筈だ。もしかして二度寝ならぬ二度風呂という訳なのだろうか。

 

「今からまた入るのか?」

 

「フッ……何言ってんのよ」

 

 否定された。どうやら違うらしい。中村さんは私の言葉を目を閉じて鼻で笑う。手入れされたばかりであろう金髪がさらりと揺れた。

 そして流し目でキメ顔を作ると、堂々と告げた。

 

「――――覗きよ」

 

「――――――」

 

 ――覗き。

 

「乗った」

 

 言われた言葉を理解した瞬間、ほぼ条件反射でそう答えていた。月の表と裏で保健室に突撃を仕掛けたこの(霊基)にとって、そのお誘いは頷く以外の選択肢が初めから存在しない。

 そう来なくっちゃとゲスい笑みを浮かべる中村さんと、乗るんだと言いたそうな不破さんの苦笑いが対照的だった。

 

 二人に付いて行く形で先程後にした浴場をもう一度目指して歩き出す。目的が一緒なので話す内容も自然とその事になる。殺せんせーが入浴中なので、あの服の下はどんな構造になっているのかを調べるためにというのが今回覗きを決行する理由らしい。そういえば覗きと聞いて快諾していたが、誰を覗きに行くのかは聞いていなかったなと思い返す。イリーナ先生でないのが少し残念だが、殺せんせーの裸も暗殺的な意味で気になるから問題無い。

 でも何で今入ってるんだろうか。烏間先生が浴衣姿で遊技場にいたから教師の入浴時間はもう終わってる筈なんだが。夜の京都に繰り出して舞妓さんでも追いかけてたんだろうかあの国家機密は。

 

「中村さん達、何してんの?」

 

 そうして男湯の入口まで到着した所で、潮田君達に声を掛けられた。遊技場からの帰り道だろうか。

 

「決まってんでしょ、覗きよ」

 

「覗きィ!? それ男子(オレら)仕事(ジョブ)だろ!?」

 

 私に言った時と同じように、中村さんがキメ顔で告げた。それに反応する岡島君の声は純粋な驚き一色。その言い方だと自分も覗き行為をしていると堂々と女子に告げているも同然だが、同じ穴の狢な以上そこに触れるのは野暮というものだろう。

 

仕事(ジョブ)ではないよね……」

 

 潮田君はそう言って苦笑いを浮かべているが、私は仕事(ジョブ)で合っていると思うけどな。覗きなんて言ってしまえば『対象に気付かれる事無く潜入し情報を持ち帰る』という事なのだし、ゲスいかどうかの違いだけでやってる事は斥候と大差無い。地上の聖杯戦争でも暗殺者(アサシン)の得意分野は気配遮断スキルを利用した情報戦だと王様に聞いた事があるし、覗きは仕事で良いだろう。

 

「この世にこんな色気の無い覗きがあったとは……」

 

 中村さんから標的(ターゲット)を聞かされた岡島君はげんなりしている。それでも足は止まらない辺り、彼も暗殺者としてあの服の下は気になるのだろう。

 

 そうして音をなるべく立てないようにと慎重に開けられた扉の先には――

 

「「「「「女子か!!!」」」」」

 

 ……うん、思わず叫んでしまった。しかしこれを見てどうして叫ばずにいられようか。

 殺せんせーの巨体がくつろげる程度の広さがある浴槽は、水面が見えないくらいの泡に覆われていた。所謂泡風呂という奴だ。そしてそこに浸かりながら呑気に鼻歌を歌い、柄の長いブラシで脚(……でいいのか、触手(アレ)は)を洗う殺せんせー。風呂の中がもう少しファンシーなら間違いなく年頃女子の入浴シーンだ。それをタコがやってるものだから、視覚的な威力が凄い。

 というかなんでピンクなんだ。茹で上がってるのか?

 

「なんで泡風呂入ってんだよ」

 

「入浴剤……禁止じゃなかったっけ」

 

 潮田君の言葉で思い出す。そうだ、確かに入浴剤は使用禁止の筈だ。何故泡風呂に入っているのやら。

 

「これ先生の粘液です。泡立ちが良い上にミクロの汚れも浮かせて落とすんです」

 

「「「「「ホント便利な身体だな!?」」」」」

 

 また叫んでしまった。風呂場だから声が反響して少しうるさい。

 

 更にその後、せめて裸ぐらいは拝ませてもらうという事で全員で一つしかない出入り口を固めたが、浴槽の水を煮凝りの様に纏うという荒業を披露されただけだった。しかも本物のタコよろしく、明らかに通れないであろう狭さの窓からにゅるんと離脱されるという有様。

 

「中村……この覗き空しいぞ」

 

 岡島君のその言葉には全力で同意する。思えば、月でも覗きが成功した事は無かったな……。

 向かう時の熱も風呂上がりの火照った体もすっかり冷めてしまい、男女で別れてそれぞれの大部屋へと戻った。




はくのんの胸の大きさはどうするかかなり悩みましたが、年相応に落ち着きました。
茅野以下や矢田クラスとかの案もあったんですが、大きいと動きづらいかなと。

次回は恋バナですよー。



種火QPページに鎖、勲章証にクラス石。
ボックスガチャは良い文明。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.好意の時間

遅くなりました、ガールズトーク回です。
後半ちょっと駆け足になりました。


 

 お風呂も終わり夕食も済ませた後は、消灯時間までやる事は何も無い。明日はお土産を見てから東京に戻るだけなので、予定の確認も無し。かと言って明日に備えて早く寝る……なんて事は無く、全員が浴衣に着替えてガールズトークに花を咲かせていた。

 口の滑りを良くするためにという訳ではないが、全員がそれぞれ飲み物とお菓子を取り出し一か所に固まる。さながらちょっとしたパーティーの様な事になっていた。取り出された物の中には今日購入したであろう京都ならではの物も数多くあり、気に入ったものは明日の朝に購入しても良いだろう。

 

 そして女子が集まって話をするとなれば、内容が自然と特定の方向に向かうのは必然的な事なのかもしれない。

 

「え……好きな男子?」

 

 片岡さんが少し戸惑ったような声を上げる。かくいう私も心の中で同じ事を思っていた。

 

「そうよ! こういう時はそういう話で盛り上がるモノでしょ?」

 

 立ち上がって得意げな顔を披露しつつ声高に主張するのは中村さんだ。

 彼女が話題にしようとしているのは異性の好みについて……所謂恋バナ、という奴だ。多分男子も向こうで同じような話してるんだろうし、というのが彼女の言い分らしい。

 まぁ理由はどうあれ乗り気な人が多いように見受けられる。目を爛々と光らせるその姿は、誰が見ても興味ありますという意思が透けて見えるようだ。しかし中にはそうでない人もいる。速水さんなんかは一歩引いた姿勢だし、狭間さんなんかはあからさまに嫌そうな顔だ。

 しかし十何人といる中で二人だけが消極的であろうとも、他の大多数は積極的なのだ。王様の財宝を見ていても思うが数の力というのは恐ろしく、時にそれだけで物事を有利に進めてしまう。今回も数の暴力の例に漏れず、自然とトークテーマが決定した。

 

「はいはーい! 私烏間先生ー!」

 

「そんなのは皆そうでしょうよ……クラスの男子なら例えば、って事よ」

 

「えぇ~……」

 

 倉橋さんが元気よく挙げた名前はすげなく却下された。というか倉橋さん烏間先生が好きなのか……まぁ確かに同年代に比べれば落ち着いてて良いとは思うが、それは大人だからだろう。中村さんが却下するのも無理はない。

 そうして中村さんが同年代でマシな部類として前原君と磯貝君の名前を上げれば、矢田さんからカルマの名前が出た。やはりというかなんというか、真っ先に来る選考基準は顔らしい。次に来るのが性格らしく前原君とカルマは速攻で外されて、磯貝君が最強の優良物件という事でひとまずの結論が出た。

 

「――ふむ」

 

 特に明確な答えを求める訳でも無い女子たちの男子語りを見ていると、月の生徒会でも一度似たような話をした事を思い出した。確か、リップの階層を攻略してる時だったか。どういう経緯でそうなったかはよく思い出せないが、生徒会の枠を飛び越えて好みのタイプ大暴露大会が開催された事があった。あの時はまだレオもユリウスもいたっけ。

 

『………思慮深く、包容力があれば容姿は……いや、しかし容姿は重要か。ロングヘアである事だけは譲れん』

 

『私は年下であれば問題なく。もちろん精神的な話ではなく、肉体的な話ですが』

 

『まぁ……そうね、支え合えればいいんじゃない? 後はお金持ちなら言う事無し!』

 

『趣味嗜好を共有できる方が望ましいでしょう。食事や生活習慣、服装の好みなどが最たるものかと』

 

『好みか。うむ、我が神など正に理想であった……おぉハレルヤ!』

 

『そうですね……あらゆる事において、激しく求めてくれる方でしょうか。うふふ』

 

『阿呆、好みなどあるものか。人間の女というだけで反吐が出る』

 

『エンジェル系のショタっ子最高。喋った事無いけど、アンデルセンタンとかきっと最強ッスよ?』

 

『かつてはオレも、見目麗しき姫に心を動かされ彼女を得ようと名乗りを上げた事もある。だが…………アルジュナめ……』

 

『当然、この僕に相応しいだけの才覚を持った女性! この一言に尽きるね。ま、そんな人は居ないだろうけどね! 遠坂でギリギリ手が届く範囲じゃないかい?』

 

『生徒会の皆さんは魅力的だと思いますが、僕の好みからは外れていますね。残念です。ボク好みの女性がいれば、その場で組み伏せているのですが……』

 

『えーっと……すみません。私、恋愛感情というのは良く分からなくて……』

 

『んっとねー、料理が上手でー……家事も出来てー……できれば年下の男の子!』

 

『そうだな、妄信的に尽くす女性など良いのではないか? 生きるために尽くすのではなく、尽くすために生きるような存在だ。そういった人間が自分の世界と現実の差異に気付いた時の顔などは、中々に見物だと思うが』

 

(オレ)の好みだと? ―――ハッ。心がけは殊勝だが、貴様ではそこには至れんだろうよ。何もかも我の嗜好からは程遠いな。四千年後に出直してくるがいい!』

 

 …………うん、ざっと思い返しても酷い。まともなのが数人しかいない。常識組もちょっと暴走気味なのが数人いるし。ラニは下着撤廃主義を押し出してきそうだし、カルナは生前を思い出したのか珍しく闇が見えている。でも桜はやっぱり天使だ。あとギルガメッシュは何でそこまで結論が飛躍したんだか。

 

 そして今思い出してもレオとガウェインのハーウェイ主従が酷い。片や肉食系どころの話じゃないし、もう一方は発言内容がロリコンだ。ついでに巨乳派なのでロリ巨乳フェチという事になる。借金取りに加えてどこまで属性を追加する気なんだろうかあの太陽の騎士は。

 コレが円卓随一の騎士かと思うと悲しくなったが、彼曰く円卓に名を連ねた他の騎士たちも色々と問題のある人物だったようだ。ランスロット卿への言葉が結構辛辣だった事から私情が混じっているのは確実だろうが、それでも他の騎士云々は事実なのだろう。次点で酷い言われようだったトリスタン卿とボールス卿は何をしたのやら……。

 彼らをまとめ上げたアーサー王が苦労人か同類だったのかは気になるが、何となく知りたくない。

 

「私は、特には……」

 

「え~? 本当かなぁ~……ぅりゃあっ!」

 

「え、きゃあっ!?」

 

 しみじみと一人過去の出来事に浸っていると、周囲の状況が変化していた。

 

「男子だって皆気にしてるぞーうりうり~♪」

 

「や、やめ……ははは……ほ、本当だって、ば……あはは……」

 

 そこには、中々の光景が広がっていた。

 茅野さんと中村さんが、仰向けになった神崎さんをくすぐっていた。それぞれ腕を掴んで動きを封じ、横腹と脇の下で二人の指の腹がぞわぞわとした刺激を絶えず送り続けている。神崎さんは目尻に涙を浮かべており、身をよじって悶えている。くすぐったくて笑っているだけなのにその姿は自然と目を引いた。

 

 ――ふむ、眼福眼福。

 

 美少女が仲良くじゃれ合ってる光景は良い眼の保養になる。そのまま何時間でも見ていたい光景だったが、横から掛けられた声にそれは中断された。

 

「ねぇねぇ、白野ちゃんは!?」

 

「え?」

 

 振り返れば、倉橋さんが目を爛々とさせて随分と近い場所にいた。

 

「だからー、白野ちゃんは誰か好きな人いる?」

 

「えっと……」

 

「お、アタシも岸波さんが誰を好きなのかは気になるなー」

 

「中村さん」

 

 倉橋さんの質問にどう答えようか迷っていると、ひとしきり神崎さんをいじり倒した中村さんがこっちに合流した。その目は神崎さんをいじり倒していた先程までと同様に怪しく光っている。どうやら私は次のからかうターゲットにされたらしい。ちなみに弄られていた神崎さんはと言えば、茅野さんに手を借りて起き上がっている所だった。

 

「岸波さんは一年の頃から人気あったけど、誰と付き合ったとかは聞かなかったし」

 

「……そうだったのか」

 

 中村さんが言う所によると、この世界の私は入学当初からあまり人と関わらずにひっそりとしていたらしいが、逆にそれが淑やかで良いという声も一部男子から上がっており粉をかけてくる相手はそれなりにいたとの事。その度にやんわりとあしらっていたため「誰か想い人がいるのでは?」と小規模ではあるが噂になっていたらしい。

 以前不破さんから聞いた私の人物像と合わせると、男子からは一定の支持があったが女子からは嫌われていたといった所か。

 

「ま、そーゆー訳だからさ? 誰が好きか言ってみなさい?」

 

「う」

 

 ずずいと身を乗り出してくる中村さんから上体を反らして距離を取りつつ、問われた事に思考を巡らせる。

 

 ―――好きな異性、か。

 

「……よくわからない、かな」

 

 少しの考えの後、口から出て来たのはそんなどうしようもない言葉だった。

 

「えー?」

 

「いや、正直誰かと付き合うとか考えた事も無かったから」

 

 こちらの私が何を思って男子を避けていたのかは不明だが、私にとってこれは本当だ。聖杯戦争の最中は戦う事に必死で、黄金の都市ではギルガメッシュに振り回されて自分の事に目を向ける暇なんて無かった。地上に来てからもリハビリ・勉強・遺産管理・暗殺……自分がそういった事を特に意識していないという事もあるが、それ以外に考える事が多く今の今まで意識すらしていなかったというのが正直なところだ。

 

「あー……恋愛に興味が無いタイプかぁー」

 

「そうかもしれない」

 

 思えば周囲に同姓異性を問わず魅力的な人物に多く囲まれた環境で生きてきた私だが、そんな状況でも特定の誰かを好きになるという経験は無かった気がする。最も長く傍にいた異性はギルガメッシュだが、彼に恋愛感情を抱いているという訳でも無いし。

 

「だからまぁ、恋愛とかは追々でいいかな」

 

「えーつまんないー」

 

 唇を尖らせてぶぅぶぅと不満を漏らす倉橋さんの頭を撫でながら、期待に沿えなくてすまないと謝罪しておく。

 

 その後はビール片手にやって来たイリーナ先生を含めてのガールズトークだ。

 生徒の前で飲むのかとも思ったが、引率という職務上完全に観光で遊べるという事も無かっただろうし、更に私達の一件で色々としなければならない事もあっただろう。飲まなければやってられないという気持ちもあるのかもしれない。

 

「あんた達は私と違って、危険とは縁遠い国に生まれたのよ。その運命に感謝して全力で女を磨きなさい」

 

 そう語るイリーナ先生の表情は、千枚漬けを肴にビールを呷りながらもどこか真剣だった。

 

「ビッチ先生がマトモな事言ってる……」

 

「なんか生意気~」

 

「……舐めくさりおってガキ共ォ!!」

 

 皆は真面目に受け取らなかったみたいだけど、私にはその言葉が持つ重みが伝わって来た。まだ二十歳になったばかりなのに一流の殺し屋として活動しているイリーナ先生には、多分現代日本で暮らす私達には想像もできないような過去があるのだろう。

 

 その後は、いつの間にか乱入していた殺せんせーに恋愛遍歴を吐かせるために旅館中を追い回したり、男子も合流して結局いつもの暗殺になったりと騒々しい。

 

 そうして、修学旅行最後の夜は更けていった。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 修学旅行最終日。

 この日は何処の観光も暗殺もしない。昼の新幹線まで時間があるので遅れないように時間を気にしながら、駅周辺の土産屋を物色するくらいだ。他の皆は家族の分だったりご近所さんの分だったりと色々買い込んでいるが、私は家に帰っても一人きりなので他の皆に比べて量は少ない。無難な所で八橋と昨日食べて美味しかった漬物、後は飴を幾つか買い込んでいく。

 

「岸波さん、飴好きなの?」

 

「うん」

 

 茅野さんの言葉に頷く。飴は麻婆と並んで私の数少ない好物の一つだ。一つ一つは少ないが、十数個も買い込めばそれなりの重さになる。ギルガメッシュがくれた飴に比べれば格は落ちるのだろうが、それでもどんな味がするのかは今から楽しみである。

 

 

 新幹線の中は出発の時と同じように騒がしいが、その声は行きと違って名残惜しさを含んでいた。もっと遊びたかった、という奴だ。それが他の人よりも重症だったのか、殺せんせーが東京での事を再現するかのように駅ナカスイーツの誘惑に負けていた。

 行きと同じように花札に興じ、眠ってしまって見れなかった富士山も今度はしっかり写真に収める事が出来た。買ったお土産を一部開放して、遠ざかっていく京都の風情を味わう。そうしていれば二時間程度はあっという間で、東京に着いたのはカルマ相手に花札をしていた時だった。

 

「さ、酒が……流れた……!?」

 

「あっはァー、残念でしたー。はい赤タン、俺の勝ちぃ」

 

「お、おのれぇ……!」

 

 勝ち逃げを許してしまった事に歯噛みしながら新幹線を後にする。朝はそうでもなかったのだが、荷物が少し重い。コレを持って帰るのかと考えると少し憂鬱だが、買い込んだのは自分なのだ、文句なんて誰にも言えない。

 

「家に帰るまでが修学旅行です! 寄り道などしないように!」

 

 殺せんせーのそんなお約束の言葉が解散の合図となり、皆それぞれが帰路に就く。帰宅方向が一緒の人は思い出話をしながら一緒に帰るらしいが、生憎と私は一人ぼっちだ。まぁでも仕方ない。この荷物を早く肩から降ろしたいので、話のためだけに寄り道するのも馬鹿らしい。それに寄り道ダメって言われたし。

 よいしょとカバンを掛け直して、さぁ帰ろうとした所で―――

 

「岸波さん、少しいいか?」

 

「はい?

 

 ―――烏間先生に呼び止められた。




白野はギルガメッシュに恋愛感情は抱いてない、抱いてても気付いてないと思うんです。
ただ恋愛感情は無くても好きなのは確定。
ちなみに、白野が男性を批評する時は無意識にギルガメッシュと比べてます。

次回は少し時間が巻き戻って、二日目夜の烏間先生視点です。



アルトリア狙いですまないさん(三人目・金演出)、マーリン狙いで孔明(二人目・虹演出)でした。
どうしてこう、怒るに怒れない奴が来るんだ……

と思ってたら、単発でパールヴァティーとインフェルノさんをお迎え出来ました。
こうやってたまに単発が当たるから石が貯まらないんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.正体の時間

時間巻き戻って二日目夜、烏間先生視点です。
烏間先生が内心でどう殺せんせーを呼んでいるのかが一番の悩みでした。


 

「……賢明です烏間先生。いくら旅先でも手足の本数まで聞くのは野暮ですから」

 

 先程から廊下の方で生徒達と大騒ぎしていたこの超生物は、恋愛話を暴露させられるのが嫌だという理由で俺の部屋へと逃げ込んできた。その機会にコイツの過去を聞こうかとも思ったが、手足が二本ずつだった時という言葉を聞いた瞬間に、ゆらゆらと動いていた触手が動きを止め、表情が固まった。上の方から大まかな事情は聞き及んでいるが、何故今の様な状況になったのかは理解できず、聞いてみたくもあったが……この様子では話す意思は無いだろう。

 この子供の落書きとしか思えんような表情をある程度読み解けるようになっている自分が何となく嫌になったが、仕事のためには有効だと言い聞かせる。

 

「ところで、烏間先生」

 

 そんな事を考えていると、普段のおちゃらけた声とは違う、真剣な声で名前を呼ばれた。

 

「少し真面目な話があるのですが」

 

「―――いいだろう。少し待て」

 

 手を付けていた仕事をキリの良い所まで進め、後方の超生物へと向き直る。この存在自体がふざけたような奴が真剣になるのは決まって生徒の事だ。表向きは担任となっている自分にも関係のある話だろう。

 

「それで、話とは?」

 

「えぇ、率直に聞きますが―――烏間先生、貴方は岸波さんの事をどう思いますか?」

 

「岸波さんか?」

 

 奴が口にした名前は、この暗殺教室に通う一人の少女の名前だった。

 

 岸波白野。

 去年の五月に事故に合い、半年後に意識が覚醒した少女。学力の確認テストを受けた際成績が本校の基準値に達しないとされてE組行きが決定したという、他の生徒とは少々違う経緯でE組へと辿り着いた生徒だ。

 

「彼女がどうかしたか?」

 

「どうといいますか、何と言いますか……貴方の目に彼女はどう映ってますか? 具体的には暗殺方面で」

 

「……ふむ」

 

 頭の中に彼女の動きを思い浮かべる。リハビリが必要な身体という事もあり、最初の頃は他の生徒に比べて注視していたが、ナイフの扱いに関しては特に問題が無かったように思う。今では問題無く体を動かせるようになったのか、その動きは他の生徒と比較しても遜色ない。

 特筆する部分があるとすれば目だろうか。動体視力、特に相手の挙動を見切る事に関しては才能があるように思う。今はまだ考えと動きが噛み合っていないが、あとひと月もすれば十分動けるようになるだろう。

 

 射撃に関しても目を見張るものがある。最初は苦戦していたようだったが、千葉君や速水さんといった射撃上位の生徒に教えを乞う事で着実に成果を出している。中でも中距離の命中率が素晴らしい。動く標的にも的確に当てられるのは、これも目の良さが影響しているのだろう。

 

「……優秀ではあると思う。飲み込みは早いし、学習意欲も旺盛だ。他の生徒と比べても何ら劣る事は無い」

 

 自分の見解を口にすれば、私も同意見ですと返事が返ってくる。訓練の横で砂遊びをする傍ら、しっかり観察していたという事か。自分を殺すための訓練なのだから観察してない方が可笑しいのだが。

 

「それで? 何でわざわざそんな事を聞く」

 

 自分も同意見なら俺に聞く必要は無いだろう。そう思って聞き返せば、どこか困惑した様な声が返って来た。

 

「同意見ではあるのですが……少し、違和感がありまして」

 

「違和感?」

 

 同じ教師という立場でこそあるものの、俺とコイツは見ている規模が違う。教えている事が違うという部分も関係しているやもしれん。

 コイツは生徒一人一人としっかり向き合い、その生徒に合わせた教育で、勉強であれ暗殺であれ教え導いている。テスト問題さえ専用のものを全員分用意するほどだ。

 俺も一人一人を見る事は重要だと思っているが、今はまだその時期ではないと考えている。今は全体の基本的な練度を高め、射撃近接を問わずある程度の実力を全員が身につける方が先だと思っている。個人の長所に合わせた指導は来月か再来月くらいからだろう。教師というよりは教官という立ち位置の方が近い。

 

 自分が見る限りでは岸波さんには特に違和感などは無い。精々が思ったよりも動けているくらいで、違和感を感じるという程ではない。生徒一人と向き合うこの超生物だからこそ気付いた事があるのかもしれん。

 

「えぇまぁ……何と言いますか。どうにも彼女は、()()()()でして」

 

「は?」

 

「事前に聞いていた情報と、直接関わって見知った情報に凄まじい齟齬があると言いますか……何やら隠し事もあるみたいですが、それを隠す気があるのかないのかも微妙ですし……にゅぅ」

 

 暫くもにょもにょと口の中で言葉を咀嚼していたようだったから何かと思えば、蓋を開けてみればそんな言葉が飛び出してきた。

 見ると聞くとは大違いという慣用句があるのだから、事前に得た情報と自分自身が接して得た情報に違いがあるのは当然だろう。隠し事に関しても、あの年代の子供は何かしら隠し事があるものだし、隠すのが上手い下手も人それぞれだ。隠し事の内容にもよるが、別段気にする事の無い普通の事だと言える。

 

 ―――だが。

 

「……とりあえず、先ずはお前が感じた違和感とやらを話せ。話はそれからだ」

 

 普通の事ではあるが、それに対してコイツが妙な引っ掛かりを覚えている。それなら話が変わってくるのだ。

 コイツの危険に対する嗅覚は並大抵のそれとは比べ物にならない。生徒や殺し屋の暗殺を躱し続けている事からもそれは明らかだ。その奴の感覚に引っかかった以上、それは無視できるものではないだろう。

 

「俺も一応は教師だ。生徒の事はなるべく把握しておかねばならん」

 

「ヌルフフフ……烏間先生も中々良い教師になれそうですねぇ」

 

「……さっさと話せ」

 

「にゅやっ」

 

 奇妙な笑い声を上げる超生物にナイフを投げる。何が良い教師になれそう、だ。コイツは生徒だけに飽き足らず、俺にまで教育を施そうというのだろうか。だとすれば大きなお世話だ。

 ふざける場面ではないと珍しく空気を読んだのかそれ以上話を広げる事はせず、それまでの軽薄な声色とは違う真面目な声で奴は語り始める。ちなみに投げたナイフは饅頭の包装紙で受け止められてしまった。

 

「……まず、私が最初に岸波さんに対して違和感を覚えたのは、復学二日目の夕方です」

 

「……二日目?」

 

「あれですよ、私が溶けた日です」

 

「……あれか」

 

 生徒の一人である奥田さんと一緒に制作した自分に効く毒を飲んだこいつが、融解した金属の様な外見になった時の事を思い出す。あの日は確か、防衛省との連絡事項のために授業終了と同時に校舎を出ている。あの日の放課後に、俺の知らない所で何かがあったという事か。

 

「その日の放課後、二人で話す機会がありまして。その時に言われたのですよ、『自分たちの手で絶対に殺してみせる』と」

 

「……特に変わった事ではないと思うが」

 

 その手の発言なら他の生徒でもしている。賞金欲しさから出た言葉だろう。

 

「えぇ、発言自体は何らおかしな事ではありません。

 ……問題なのは、その時一緒に突きつけられた殺意の方でして」

 

「殺意?」

 

「―――とても、清らかだったのですよ」

 

 そう言って語る超生物の顔は普段と同じ、にやけたようなふざけた顔だ。だがその言葉は普段と真逆の真剣そのもの。それだけコイツがその事を大きく受け止めているという事だ。

 

「……殺意が清らか、と言われてもな。今一つ想像出来んが」

 

 殺意というのは文字通り殺す意思だ。そういったものは得てして怒りや恨みと一緒に抱くものだろう。殺したいほど腹立たしい、殺したいほど憎らしい。そういうものだ。おおよそ清らかさとは真逆の感情だと思うが……。

 

「私もそういったものを向けられたのは初めてだったので、上手く説明できないのですが……」

 

 触手をうねらせて暫く唸っていたが、やがて納得のいく例えが見つかったのかぽつぽつと語り出した。

 

「……そうですね、例えるなら騎士の一騎打ちでしょうか?

 相手を全力で打ち倒すという殺意こそあれ、それは憎しみではなく相手の実力に対する敬意から発せられるもの。

 清らかで、透き通っていて、それでいて凄絶さがある……彼女から感じられた殺気は、そんなようなものでした」

 

「……その騎士の様な殺意を、彼女は持っていると?」

 

「近しいものですよ。騎士云々はあくまで例えです」

 

「……ふむ」

 

 正々堂々の立ち合いから発せられる殺意。そう言われてみれば成る程、清らかな殺意という一件矛盾した表現にも納得がいく。俺自身、空挺部隊にいた頃には挑んでくる後輩から似たような意識を向けられる事も多々あった。どちらかというと殺意というよりは熱意に近いものだったが……そういったものを岸波さんもまた内に秘めている、という事か。

 

「そして次。二度目の違和感は全校集会の時でした」

 

 椚ヶ丘で月に一度設けられる全校集会。E組は山から昼休みを返上して向かわねばならず、行われる事は全校生徒から嘲笑の的にされる事。本校舎の生徒にとっては自身の優位性を自覚させる一種のイベント扱いだが、それで訓練以外の疲労が色々と蓄積されるE組にとってはたまったものではない。

 そして今年のE組が始まってからあった全校集会は先日の一回のみ。そこで起きた奴が違和感を覚えるような事……これに関しては俺にも心当たりがある。

 

「全校集会―――アレ(・・)か?」

 

「えぇ、アレ(・・)です……岸波さんが発した殺気ですね」

 

 本校舎の生徒に絡まれた際、岸波さんは殺気を放ってそれをやり込めてしまった。その場面は遠巻きにではあるが、俺とコイツが目撃している。

 

『―――君には、殺せないだろ』

 

 そんな言葉と共に放たれた殺気の効果は非常に強力で、本校舎の生徒達はそれを至近距離から浴びた結果、威勢の良さは完全に消え去り縮こまってしまっていた。遠目で確認していた俺達にも肌を焼くような殺気が伝わって来たくらいだ、真正面からモロに食らってしまえばひとたまりも無いだろう。

 

「アレは確かに子供が放てるレベルのものではなかったが……」

 

 あの殺気が真っ直ぐ自分に向けられたものであれば、身構えるか銃に手を伸ばすかくらいの事はしていたと思う。余波に当てられただけだったからあの場はどうにか堪えられただけだ。

 

「……だが、あの時のお前は随分平然としてたように思うが?」

 

 自分の生徒は殺る気が違う―――

 そんな言葉を口にして、コイツはあの時ヌルヌル笑っていた筈だ。

 

「えぇ―――ま、岸波さんの殺気に少し動揺こそしましたが、殺気を出せる事自体は分かってましたからね」

 

「はぁ?」

 

「あれ程の清らかな殺意を持つ人物が、一月掛けて殺しの技を齧る程度とはいえ学んだ。殺気を纏うのは当然でしょう」

 

「――――――」

 

 言われた内容には今一つピンと来なかったが、その殺意とやらを直接感じたコイツが言うのだ。その辺りは今は脇へと置いておく。

 

「しかし、彼女の殺気には重さがありました。純粋な怒りや恨みから放たれる単純なものではなく、命の重さを知る者が放つ特有の重さが……ね」

 

 自分たちの所まであれ程濃密な殺気が届いたのは、その重さ故にだと目の前の超生物は語った。

 

「――――――」

 

 命の重さを知る、というのは簡単なようでいて実は難しい。知識としては理解していても、それを実体験として感じれば、それがどれだけ分かった気になっていたかを痛感するものだ。

 

「……あまりこういう事は言いたくないが、それは両親の一件ではないのか」

 

 中学生という時期でその命の重さを理解しているのであれば、最も考えられる理由は身内の死だ。事実、彼女は交通事故で両親を亡くしている。リハビリが終わって家に戻った後、今まで家族で暮らしていた空間に一人取り残された事になるのだ。その空虚さから命の重さを理解していても何ら不思議ではない。

 

「えぇ、その事についてはそうかもしれません―――ですが」

 

「ッ―――」

 

 目の前の生物が発する声の質が変わる。

 

 ―――ここからか。

 

 恐らくここから先に語られるのは、今回こんな事を言いだした一番の理由。彼女の隠している事が年相応の可愛らしいものではない、岸波さんには無視できない何かがあると確信したであろう決定的な出来事だ。今までの違和感とは比べ物にならない異常があったに違いない。

 何が来ても大丈夫なように、姿勢を整え深呼吸を一つ。気休め以外の何物でもないが、しないよりはマシだろう。

 

「……最大の違和感。それは今日彼女たちが誘拐された一件でした」

 

 再び視線を奴に向けると、待っていたかのように話し始めた。

 コイツ曰く、裏で国が雇った殺し屋とは別の殺し屋が動いていたが故に起きた一件。高校生を間に挟んで自分の痕跡を隠蔽して行われた暗殺計画。その鎮圧に駆け付けた時の事らしい。

 

「私が現場の廃ビルに駆け付けた時、相手の増援と殺し屋を処理(手入れ)して突入した時に目に飛び込んできた光景は……

 自分の脚で立ってこそいましたが、拘束されていた神崎さんと茅野さん。倒れ伏す数名の高校生……十人前後でしたかねぇ。そして―――二人を背に庇う、拘束を解いた岸波さんでした」

 

「な―――」

 

「更に事が終わって事後処理をするついでに調べたのですが……高校生が倒れている理由は気絶、もしくは痛みによる戦闘不能状態。

 気付かれないようにマッハで触診しましたが、基本的に傷は殴打によるもので武器の類ではありません。中には骨折している者や、外傷が一切見当たらないのに気絶している人までいました。

 ……それに対して、岸波さんが外傷を負っている様子は見受けられませんでした」

 

「……それ、は」

 

「あの状況で高校生が仲間割れする理由は無いでしょう。状況から考えて、その光景を作り出したのは間違いなく岸波さんです。

 ……つまり岸波さんは、神崎さんと茅野さんを庇いながら、力も体格も勝り凶器まで持った高校生十数人と渡り合い、あまつさえ一方的に戦闘不能へと追い込める程の肉弾戦能力を有しているという事に他ならない」

 

「――――――」

 

 語られた内容は正直言って到底信じられるものではない。しかし実際に現場を検分したコイツが言うのなら事実なのだろう。そしてそれが全て本当だとすれば、岸波さんの戦闘能力は桁外れだ。

 守りながら戦うというのは非常に難しく、一対一でも苦戦を強いられる状況だ。何しろ目に見える弱点を抱える事になる以上、全力で戦うという事が出来ない。行動は著しく制限され、庇う行為で負傷が増える。ましてやそれが一対二、一対多ともなれば格段に難易度が上昇していく。しかも庇う対象は二人だ。相手次第では俺でも守り切るのは不可能だろう。

 

 その場合によっては不可能な戦果を、どんな手を使ったにせよ彼女はやってのけたのだ。

 

「……成る程。お前が考え込むわけだ」

 

「でしょう?」

 

「あぁ。その話を聞く限りだと、事前の情報とまるで違うと困惑するのも頷ける」

 

 この暗殺教室を計画するにあたって、在籍する生徒の事は軽くではあるがざっと調べ上げてある。一介の中学生に超生物相手とは言え殺しを経験させるのだ、どうしても慎重になるが故にそれは当然だった。そしてそれは当然病室で一人リハビリに励む岸波さんも例外ではない。

 情報通りなら、岸波さんの運動能力は平均程度。体育の成績もこれといって可もなく不可もなくと言った所だ。更に言うなら半年間の昏睡状態で身体機能は衰え切っていた。リハビリがあったとはいえ、それでようやくかつてと同じ所に戻って来たというレベルだ。

 その筈が、高校生相手に人質を庇いながらの一方的な戦闘。あまりにも情報と違いすぎている。

 

「岸波さんが何か武道を習っていたという情報はありませんでしたし、退院後に始めたという話も聞きません。部活動についてもずっと帰宅部です。

 そもそも、一月そこらの鍛錬でこれだけの事が出来る実力を身につけられる才能があったなら、もう少し体育の成績に反映されていたでしょう」

 

「確かに、そうだな」

 

 本当に、考えれば考えるほどに謎が出てくる。これだけ巨大な違和感の塊が出て来た以上、それまではそういうものなのだろうとスルーしていた他の違和感が再び浮上してくる。

 他の生徒とは一線を画する殺意に、年齢からは考えられないような殺気。これらの違和感が戦闘能力に引きずられるようにして、表側に再登場する。これらの違和感についても、見えていないだけで隠し事があるのではないかと自然と疑ってしまうのは仕方ない。

 

 しかしいざ岸波さんの違和感について考えるとなると、それまでの情報が頼りに出来ないせいで、今度は判断材料の乏しさに頭を抱える事になる。目の前の超生物が通った道と同じ道を歩いているという訳だ。

 運動能力に関する情報は当てに出来ず、彼女の事を他者から聞き出そうにも交友関係が狭い。しかもそれは一年以上前のもので、彼女の事を正確に覚えている人物の方が少ないだろう。本人から聞くという手もあるにはあるが、肝心の本人が記憶障害と診断されているせいで、惚けられても追及できない。いっそ部下を使って監視するという手もあるが、それこそ問題だろう。正に八方塞がりだ。

 

「ハァ……」

 

 自然と口からため息が漏れる。何故こうまでして情報が違うのか。まるで別人では―――

 

「――――――」

 

 考えていた事が一瞬で止まった。

 頭の中に浮かび、愚痴の様に流れていくはずだったその単語を逃がさず捕まえる。

 

 ―――別、人? 岸波さんが別人かもしれない?

 

「…………」

 

 何を馬鹿なと、何も知らなければ一蹴していた考えだ。だが彼女が身に纏う違和感を知った上で考えると、これ以上にしっくりくる答えが無い。

 

 そもそも情報が違えば本人かどうかを疑うのは普通の事だが、彼女の場合は記憶障害という診断結果が煙幕になっていた。記憶が定かでないのなら、本人としてはあり得ない言動が目立っても不思議ではない。更にそれを指摘されれば、「過去の自分を知る」というもっともらしい理由で岸波白野という存在を知る事が出来る。

 そうなると、普段の言動も途端に違和感を帯びてくる。昼休みに激辛の麻婆豆腐を笑顔で食している姿や、初日のふざけた自己紹介さえも、わかり易い奇異な所を作りそこに目を向けさせた上で記憶障害を利用して「実はこういう人だったんだ」と思わせる事で、別人であるという事から意識を逸らさせる役割なのではという考えさえ浮かんでくる。

 

「……烏間先生も、()()に辿り着きましたか」

 

 かけられた声にハッとして顔を上げれば、超生物がその黒い眼をこちらへと向けていた。

 

「その、岸波さんは―――」

 

「えぇ。恐らくそうでしょう。それが一番可能性が高い」

 

 俺の言葉を遮って、目の前の教師は言葉を紡ぐ。普段のふざけた声色は、もはや名残すら聞こえてこなかった。

 

「何時からかは知りません。入院していた時には既にそうだったのかも……とにかく」

 

 下を向いていたコイツと俺の視線がかち合い、それと同時にこれまでの違和感について話し合い、辿り着いた結果が語られる。

 軽さなど微塵も感じさせない、ずしりとした声だった。

 

「―――岸波さんは、別人と入れ替わっている。

 その可能性は非常に高い。ほぼ確実と言って良いでしょう」




今回の一件ではくのんの異常性をはっきりと確認した殺せんせー。真相は憑依転生的なファンタジーなのですが、流石にそこまでは辿りつけなかった模様。

次回で修学旅行編は終了です。



延長のお陰でどうにか姫路城をクリアできました……

天草PUが怖い。終わった後で何が来るのか超怖い。
考えられるのは贋作イベ復刻とかかなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.進展の時間

触手幼女とドジっ娘女神が畳みかけて来て遅くなりました。恐らく年内最後の投稿になります。
烏間先生は結局こうなりました。


 

「家に帰るまでが修学旅行です! 寄り道などしないように!」

 

 修学旅行の最終日。激動だった二日目とは打って変わって何かが起こる事も無く、E組の生徒は誰一人欠ける事なく椚ヶ丘の地に戻って来ていた。普通はそれが当たり前だが、一歩間違えば生徒数人が死亡していた可能性もあったのだ。その事に内心胸を撫で下ろしても仕方ない。

 

「結局殺せなかったなー」

 

「ねー。折角色々考えてたのに……」

 

「ま、しゃーねーだろ。次の殺り方考えよーぜ」

 

「さんせー!」

 

 修学旅行が終わった以上、駅に留まる意味も無い。京都で買った土産物を手に、一人また一人と家路についていく。街中という事で声は抑えてあるが、何も知らない人が聞けば何事かと振り返るレベルの話をしながらだ。まぁあの年頃なら切った張ったという内容のゲームを遊んでいる人物も多いだろうし何も知らない人物が聞けばそういう話だと誤解してくれる可能性の方が高いとは思うが、迂闊であることに違いは無い。

 

「緊張感無いわねぇ」

 

 隣にいるイリーナも呆れ顔だ。彼女は本職の殺し屋である分、余計に思う所があるのかもしれん。ちなみに今の彼女の服装は、修学旅行初日にここを訪れた時の全身ブランド物である。この後は帰宅するだけなので、流石に目を瞑る事にした。

 

「ハァ……全くだ」

 

 ―――今度奴と相談して、通常授業の中で情報秘匿について教えた方がいいのだろうか。

 

 デコレーションを施したナイフケースを全校集会の際に見せびらかしてきたり、一応注意を払ってはいるものの、暗殺関係の話を外で平然と行ったりと、どうもそういった方面での危機管理能力は年相応と言わざるを得ない。まぁ、一番黙っていなければいけない国家機密が適当な変装で出歩いている時点でアレなので、その辺りの意識改革も進めなくてはならないだろう。

 

「―――ム」

 

 粗方帰ったか―――と周囲を見渡すと、生徒の姿が目に入った。彼女もどうやら教師の言葉に従って寄り道もせず帰るらしく、一人ぽつぽつと歩き出していた。

 

「つっ……かれたなぁ~……」

 

 そんな事を呟きながら伸びをする少女……岸波さんは、今現在俺が最も気にしている生徒と言って良い。昨夜の超生物との話し合いで彼女に見え隠れする異常性を知ってしまった以上、目線が向かってしまうのは仕方ない事だった。

 

 ―――やはり、気になる。

 

「……ところでカラスマ、今日この後暇かしら? ちょっとどこかで―――」

 

「スマン、後にしてくれ」

 

「え、ちょッ!?」

 

 何か話していたイリーナの言葉を遮って歩き出す。向かう先は当然、岸波さんの所だ。

 

 彼女には個別に聞きたい事が山ほどある。後日一人だけ呼び出すという形を取る事も出来るが、それだと警戒されてしまうだろう。修学旅行という一大イベントが終了した今ならば、気が抜けて多少は口が滑るかもしれん。

 

「岸波さん、少しいいか?」

 

「はい?」

 

 俺の呼び声に反応して、岸波さんがくるりと振り返る。その佇まいにおかしな所は何一つ見受けられない。資料に添付されていた写真と全く同じ顔立ちだ。

 

「……奴から話を聞いてな。色々(・・)あったがその、大丈夫か?」

 

「え……と、はい。殺せんせーが助けに来てくれたので。幸い大きな怪我も無かったですし」

 

 敢えて主語を省いた聞き方をすると、案の定奴が介入した事についての答えが返って来た。流石に、ここで高校生の相手は大変だったなどという決定的な言葉を零すような事は無いらしい。

 

「……奴が到着した時、君は拘束を解いていたと聞くが」

 

 一歩踏み込んだ内容。俺が奴からある程度の詳細を聞いていると告げる意味もある。

 

「あれは……その、上手く抜け出せて」

 

「――――――」

 

 あはは、と岸波さんは笑う。取り繕う様な笑みだ。

 彼女の言っている事は間違いなく嘘だ。あの現場には強引に引きちぎられた縄があったという事を奴から聞いている。上手くというよりは無理矢理とつけるべきだろう。

 しかしそれを俺に説明すれば、外見と一致しない筋力についての説明をしなければならない。故に誤魔化すしかない。

 

「……そうか」

 

 もう一度岸波さんの全身を見る。全体的に細いシルエットの華奢な体躯だ。年相応の肉体と言って良いだろう。この本気で締め上げれば容易く折れてしまいそうな体に、高校生数人を無力化できる力量が備わっているとはとても思えない。する筈も無いが、仮に今ここで俺が本気で殺しに掛かれば二秒と経たずに勝利できるだろう。

 だが、彼女は事実としてそれをやってのけたのだ。人畜無害そうな外見をしたこの少女が、その愛らしい顔の下に恐ろしい何かを隠し持っている事は、もはや疑いようが無い。

 

 ―――君は一体……

 

 何者だ?

 何が目的だ?

 何を隠している?

 

 そう問いかけるのは容易い。俺が深淵を覗き込めばそれで済む。彼女にも俺が警戒している事は知られてしまうが、それはもう仕方ない事だろう。今まで以上に隠す事を徹底されそうだが、今の様に隠そうとすれば違和感が出てくる。場合によってはそれが彼女の正体を探る突破口となるやもしれん。

 

「――――――」

 

 奴との話の後俺なりに彼女の正体を考察してみたが、考えられる可能性で一番高いものは『殺し屋』だった。

 月を破壊した超生物(規格外)が担任を務める教室にやって来た、正体を偽っている事が確実(規格外)な生徒。イレギュラーが二つ揃ったのならば関連付けて考えるのが自然だ。そしてその二つに関係を結びつけるのであれば、それは暗殺以外にはあり得ない。政府がイリーナ(プロ)を教師の位置に据えたのと同じように、生徒の位置から暗殺を狙う殺し屋がいてもおかしくは無い。

 そして殺し屋の中には、今回の修学旅行の様に、第三者を平然と巻き込む手段を取る者も少なくない。奴を殺すために巻き込まれるのは間違いなく生徒達だろう。生徒の安全を確保しなければならないこちらとしては、到底看過出来る事ではない。

 

 岸波さんが殺し屋だったとして、そういう手段を取らない輩だとは言い切れないのだ。

 

「……君は」

 

 ……無論、この考察が全くのハズレという可能性もある。しかし彼女が抱えているものが正体不明の爆弾である以上、真相の解明は必要なのだ。

 

「……あの、烏間先生?」

 

 ―――しかし……

 

「……いや、すまん……それだけだ」

 

 ……続けるはずだった言葉を、寸前の所で飲み込んだ。

 

 確かに彼女が抱える秘密の解明は急務だ。他の生徒の安全や暗殺への影響を考慮してもそれは間違いない。

 しかし彼女と目が合った瞬間頭に浮かんだのは追及の言葉ではなく、昨夜の話し合い、その最後の内容だった。

 

 

 

   ◆

 

 

 

『……お前の言いたい事は分かった。これは流石に放置していい問題ではない』

 

 岸波さんが別人と入れ替わっている、という衝撃の可能性が出て来た以上、彼女を放置する事は出来ない。早急に調べる必要がある。入れ替わっていたのは何時からなのか、岸波さんに成り済ます目的は何か、これが目の前の超生物に関係する事なのか。そして……本来E組に来るはずだった、()()()()()()()の安否。調べる事、暴くべき真相は多い。部下を一人か二人専門で当たらせるような案件だろう。

 

『それで……お前はどうするつもりだ?』

 

 わざわざこちらに告げて来たのだ、何かしらの行動を起こすつもりなのだろう。コイツならば手入れと称して抱えている秘密を暴露させるくらいは出来るに違いない。

 しかしそんな予想はあっさりと、普段の小馬鹿にする様な声色で裏切られた。

 

『いえ、別にどうもしませんが?』

 

『……はぁ?』

 

 何を言ってるんだと一瞬思ったが、続く言葉で冷静さを取り戻せた。

 

『というか私は何も出来ませんよ。隠し事に関しては人の事をとやかく言えませんし―――それに、そういう()()ですからね』

 

『ッ―――そう、だったな』

 

 生徒に危害を加えないことが絶対の条件。コイツは教師を務めるにあたってその条件を受け入れている。隠し事を無理に聞き出そうとするのは生徒の嫌がる事、広義的には危害と捉えられてもおかしくは無い。ならば生徒第一のコイツは何が何でも動かないだろう。

 

 ―――本来なら俺がコイツに言わなければならない事だった。いくら想定外の事態だからといって、迂闊だったか。

 

 そうだ。如何に隠し事をしていようと、岸波さんはこのE組の生徒だ。ならば他の生徒同様危害を加える事は許されない。それに強力な力を持った人物が生徒として潜入しているという事実は、それだけを見れば国にとっては都合がいい。多少の事には目を瞑るだろう。

 

『なら、何故こんな話をする。何か対策を取るという事ではないのか』

 

 しかしそうなると、この話題を担ぎ出した意図が分からない。これではただ彼女に対して不信感が芽生えただけで、何一つとして良い事が無い。

 

『……まぁ言い方はアレですが、釘を刺しておこうかと思いまして』

 

『釘だと?』

 

『えぇ―――烏間先生、貴方にね』

 

『―――』

 

 自分の眉間に皺が寄ったのが分かる。睨んで続きを促せば、すぐに言葉が返って来た。

 

『烏間先生なら今日この話をしなくても、いずれは同じ結論に辿り着いていたでしょう。その時、岸波さんの正体を突き止めるために独断で動かれると思いましたのでねぇ……それも、多少強引な方法を使ってでも』

 

『ム―――』

 

 ……否定できん。恐らくこの結論に自分の頭の中だけで辿り着いていれば、部下を使った張り込みくらいは押し通していたやもしれん。

 

『そんな事をすれば、彼女はこちらの全てを警戒するでしょう。そうなってしまえば岸波さんと向き合う事はとても難しくなる。

 ……生徒がどのような秘密を抱えていようが、信じて接しなければ向き合えない。疑いの姿勢を見せた後で信じていると言っても信用がありませんからね』

 

 あぁ、そこに行き着くのか―――と、すとんと納得した。普通ならば何を言っているのかと思う様な台詞だが、コイツが言うならこれ以上無い説得力がある。

 

 結局のところ、コイツはどこまでも()()なのだ。ただ生徒の為に教師であろうとする。己が理想とする教師像を目指して突き進んでいるといってもいいだろう。

 

『……そうか』

 

 そう言われてしまっては、コイツよりも教師としては未熟な俺に言える事は何も無い。抗議の代わりにため息が漏れた。

 

『だからまぁ、この話を持ち出したのは―――烏間先生に、()()()()()()()()()とお願いしたいからでして』

 

『……確約は出来んぞ』

 

 そう言って、奴の要望を受け入れる。他の生徒に被害が及ぶようなら迷わず探りを入れるという意味で口にした言葉を、奴はしっかりと受け取ったらしかった。

 

『―――まぁ、岸波さんが他の生徒に危害を加える事は無いでしょう。

 そんな子なら、自分の正体が露見するリスクを冒してまで神崎さん達を助けはしませんし、何より自分の目的のために周囲の人間や入れ替わる対象をどうこうする様な人間に、あれ程の綺麗な殺意は出せませんよ』

 

『……それもそう、か』

 

 

 

   ◆

 

 

 

 次第に遠くなっていく背中を見送る。荷物の重さに苦戦している姿は暫く直進した後、角を曲がって見えなくなった。

 

「――――――」

 

 あの後は何を話すという事も無く、寄り道はせずまっすぐ帰るようにと念を押す形で会話が終了した。岸波さんも少し俺の態度に首を傾げていたが、それ以上何も無いという事が分かると大人しく帰路についた。

 

「……よく踏み止まってくれました、烏間先生」

 

「ッ……急に出て来るな」

 

「ヌルフフフ……これは失敬」

 

 岸波さんの姿が完全に消えた所で後ろから声を掛けられる。言うまでも無く奴だ。振り返れば、街中という事で一応変装している顔が近い所にあった。

 

「もう少しくらいなら踏み込むのではと一瞬思いましたが、杞憂だったようで」

 

 昨夜コイツからの何もしないでほしいという要求に頷きこそしたが、それでも彼女に対して行動を起こす事を止められなかった。『出来る限りの不安要素は取り除いておくべきだ』という、防衛省の人間としての意識は今も胸の中にある。

 

「……まぁ、色々とな」

 

 しかし、それを抑え込む感情があるのもまた事実。最近になって心の中に芽生えて来た教師としての意識は、俺の後ろでヌルヌル笑うコイツと同じ結論をはじき出した。体育の授業で自分を真っ直ぐに見据えて来た目を信じたい。あの目は疑うべきではなく、向き合うべきものだ―――防衛省の人間としての意識を押し込めたのは、そんな感情だった。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、俺をここまで迷わせる原因を齎した超生物は笑い声を深める。鬱陶しい。

 

「彼女の隠している事については、いつか本人が話してくれるのを待ちたいものです。蛇がいるのは分かっているんですから、わざわざ藪をつつく必要は無い」

 

「……そうだな」

 

 奴の言う通り、それが一番問題が少ない。こちらが説明を強要するのではなく、彼女自身の意思で打ち明けてくれるのならそれが一番だろう。願わくば、そうなる以前に何の問題も起きない事だが……、国家機密で暗殺なんて事をしている以上、それは難しいだろう。今出来る事は出来るだけ目を光らせておくくらいか。

 生徒全員が去った以上、もうここにいる意味は無い。超生物の言葉に頷いてから踵を返した。

 

「あぁそうそう、イリーナ先生がこの後飲みに行かないかと言っていましたよ」

 

「無理だ。この後は修学旅行の一件を上に報告せねばならんのでな」

 

「にゅや、それは残念……」

 

 岸波さんの事は伏せておくべきだろう。上に報告すべきなのは得体のしれない生徒ではなく、裏で動いていた殺し屋の事だ。今後生徒を危険に晒す事が無いように、上には今回暗殺の話を持って行った殺し屋についてもう一度調査を依頼せねばならない。コイツから詳しい状況をもう一度聞いた方が良いかもしれんな。

 

「……しかしまぁ、随分と()()()なってきましたねぇ。烏間セ・ン・セ・イ?」

 

「……黙れ」

 

「にゅやっ!? 危なッ!?」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 背中の荷物を背負い直して息を吐く。駅を出てからこの作業を何度繰り返しただろうか、少なくとも二十回は超えている筈だ。カバンが肩に食い込んで痛いが、それももう少しの事だと己に言い聞かせる。行きの荷物も重かったが、お土産の分が加算されているので余計に重い。京都での諸々をこなした体には結構つらい。

 

 学校から自宅までの帰宅ルートならたまに誰かと一緒に話しながら帰る事もあるが、駅からの帰宅ルートだと道が一緒の人は残念ながら一人も居ない。少し遠回りすれば誰かしらと帰り道を同じくできただろうが、寄り道は駄目だと言われているのにわざわざやる理由はない。それに荷物の重さを考えると、今は誰かと話しながらより一刻も早く家でこれを背中から降ろしたい。進む足に力を入れた。

 

「……烏間先生は何が聞きたかったんだろうか」

 

 話す相手がいないと、自然と頭の中には先程の事が浮かんでくる。

 

 修学旅行も終わって椚ヶ丘に戻り、さぁ帰ろうとしたところで烏間先生に呼び止められたのだ。何か連絡事項でもあるのかと思いきや、旅行先での一件に関して二~三質問されただけだった。まぁ生徒が誘拐されれば気になるだろうし、裏で何者かが動いていた形跡もあるんだから警戒して当然だろう。当事者に話を聞きたいというのも頷ける。

 でも烏間先生の雰囲気からは、それだけではない()()を感じた。言ってもいいのかどうかを逡巡するような、迷っている人の目だった。最後の質問、「君は―――」の後に続けようとした言葉は何だったのだろうか―――

 

「―――あ」

 

 と、思考が言いよどんだ直前の会話内容に辿り着いた時、ふと思い当たった。

 

 ―――まさか、バレた?

 

 あの場での私の立ち回り。コードキャストと八極拳を使った戦闘が烏間先生にバレていた。そう考えるとどうだろうか。

 

「……うわぁ」

 

 少し考えると、その可能性がとんでもなく濃厚だと思えてきた。

 まず現場に残って事後処理をした殺せんせーから粗方の話が通っているだろう。それは間違いない。ならば、私が高校生数人を相手に戦っていたという状況が伝わっていてもおかしくは無い。

 そして烏間先生は近接戦闘のプロである。それは体育の時間の動きを見ても一目瞭然だ。そんな烏間先生なら、私のやった事がどう考えても異常だという事には気付く筈。つまり……

 

 ―――あの場で烏間先生は、私にコードキャストの事とかを聞くつもりだったんだろう。

 

「そっかぁー……まぁバレるよなぁ……」

 

 思わず立ち止まってそんな言葉を呟く。恐らく買い物帰りであろう自転車に乗った主婦が怪訝な表情で私の後ろへとすれ違って行った。

 コードキャストや八極拳といった、具体的に何をしたかという所については把握されていないだろうが、それでも私が何かをしたというのは知られてしまった筈だ。そんなもの、気になって聞かない方がおかしい。

 

 だがそれなら、何故直前で思いとどまったのかという疑問が残る。聞かれても出来るだけ話すつもりは無いから聞かれなくて助かったという部分はあるが、どうにも違和感が拭えない。女子中学生が男子高校生数人を一方的に返り討ちにしたなんて事実、追及されない方がおかしいと思うんだけどなぁ。

 気付いていないから聞かれなかったというのはまず考えられない。そもそも気付いていないのならあの場で呼び止められる事も無かっただろう。

 

「……まぁ、いいか」

 

 その一言で考えを中断して、再び歩き出す。その場で暫く考えてもこれだという理由は私の頭では捻り出せなかった。そうして悩んだ私がたどり着いた結論は―――保留。一旦脇に置くことにした。思考の放棄ともいう。

 どれだけ考えても結論に辿り着けないのは、情報が不足しているからだろう。マトリクスが不足している状況で真名に辿り着くのが困難なように。ならばその事で思考に耽るのは今ではない。

 

 ―――今気にするべきなのは、それを踏まえた上で今後私がどう動くかだ。

 

 残り僅かとなった家への道を歩きながら、今後の方針を考えていく。といっても、これは神崎さん達を助けた日の夜に布団の中で考えていた事で、要はただの再確認と言える。

 

 とりあえずの方針としては、今後も使うべき場面がやって来るのならコードキャストや八極拳を使用する事は躊躇わない。私はギルガメッシュではないのだから慢心なんて出来ないし、躊躇した結果取り返しのつかない事態になったりなんてしたら目も当てられない。だからこれは絶対の基本方針。

 そしてその事を追及されたら、開示する情報は最低限。聖杯戦争やギルガメッシュの事はほいほいと話せる内容じゃないし、コードキャストの件だってそうだ。神崎さん達に話したのは目の前で見せてしまったから説明が必要だと判断しただけで、本当ならあまり外に出したい情報ではない。どこから誰の耳に入って、どこが動くか分からないしね。

 だから話せるのは、精々八極拳くらいだろうか。幸いというべきか、礼装さえ実体化させなければ、コードキャストは見た目でバレる事は無いだろうし。身体能力については少しずつ体育で積極的に動くようにしていこう。それで多少はお茶を濁せるはずだ。八極拳を何時習得したのかについては……うん、適当に誤魔化そう。小さい頃近所に住んでた麻婆老師から教わったとかにしておこう。ごめんね、頭の中に出て来た死んだ目をした麻婆老師。

 

 そうこうしている内に自宅が見えて来た。それを認識した途端、背中の荷物がずしりと重くなったように感じる。もう終わった気になっている証拠だ。

 

「あぁ……疲れた」

 

 自然とそんな言葉が零れた。実際、今回の修学旅行は楽しい事も激しい事も盛り沢山で、肉体・精神共に疲労が尋常じゃない。明日からの二連休はがっつりと休ませてもらおう。

 玄関の扉まで辿り着き、カバンの中でぎっちりと存在を主張するお土産の中から家の鍵を取り出してがちゃりと一ひねり。家に帰るまでが修学旅行だというのなら、これでようやく終わりなのだろう。

 

「ただいまぁー」

 

 ―――こうして、今後の課題点や不穏な気配が浮き彫りになった暗殺教室の修学旅行は、ここに終了した。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン―――ようやく帰ったか。

 一足先にこちらで待っていたが、地上の住まいもみすぼらしいのだな。マイルームより空間的なゆとりはあるだろうが、どうあっても納屋の域を抜け出せんというのも貴様らしい。

 だがまぁ、今更不満は漏らすまい。(オレ)とてこの世界に来る際、家財の九割を落としてきた身だ。再度の赤貧、甘んじよう。

 

 ……しかし、我の蔵が二度に亘ってこうも風通しが良くなるとはな。いよいよ貴様のハサンが感染(うつ)ったのやもしれん。その辺り、貴様はどう考える? なぁ―――雑種?」

 

「――――――」

 

 ―――。

 ―――――。

 ―――――――。

 ―――――――――えっ、と。

 

 ―――何でここにいるの? あのA・U・O・キャストオフ(ごーじゃすなへんたい)……?




 
白野を追いかけて来たもの:英雄王ギルガメッシュ

お待たせしました、英雄王登場です。急な登場ですがテコ入れではないのでご安心を。英雄王出すのはココと決めてました。
「来て、ギルガメッシュ―――!」で颯爽登場でも格好良かったのですが、それは令呪でもできますので。一度別れてからの再会ならこっちだろうと思いこうなりました。

烏間先生は政府と教師の間で揺れ動いてもらいました。それと生徒に何者だとかって責め立てるのを殺せんせーが許さないと思いましたので。はくのんの正体については保留です。


次回、雑種垂涎の雑談タイム。



私は知っている。人間として登場した後でも何らかの形でサーヴァントとして実装される事があるのを。天の衣やら柳生の爺様で知っている。
だからきっと麻婆だって……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.再会の時間

あけおめ(大遅刻

やっと登場した英雄王ギルガメッシュ。
月の戦いを制した二人の再会です。


 

 一瞬、その光景が信じられなかった。幻覚か、あるいは白昼夢の類ではないかと自分の認識を疑った。

 あり得ない―――彼がここにいる筈が無い。だって私の手にはもう彼との繋がりは何処にも無くて、彼のマスターだった自分は0と1にほつれてしまったのだから。

 

「ぇ―――」

 

 あの燃えるような紅玉の瞳も。

 あの風に靡く黄金の髪も。

 あの自分の傍らで見せてくれた様々な表情も。

 

 全て、すべて―――自分の中で色褪せる事なく燦然と輝き続け、いっそ鬱陶しいくらいに私の記憶に我が物顔で居座って、常にその輝きが思考の端を掠め続ける事に、懐かしさと寂しさを覚え続けるだけなのだろうと思っていた。

 ……私の心の中で、在り方を決定づける思い出として残り続けるだけだと思っていたのだ。

 

 なのに―――

 

「そらどうした、何時まで呆けているつもりだ?」

 

 彼の声が耳を打つ。私の声は悪くないとかいつも言っていたけど、それは正直こっちの台詞だと何度も思った声。

 

「貴様には見る・聞く・語るの三つは許していよう」

 

 彼の瞳が私を射抜く。透き通ったルビーの様な真紅の視線が私のそれとかち合い、ほんの僅かにだが細められた。

 

「使い古された表現ではあるが、感動の再会というヤツだ、何か気の利いた言葉の1つ程度持ち合わせて───ム」

 

 座ったままの彼との距離が急速に縮まっていく。なんて事はない、気づいたら駆け出していただけだ。後ろから荷物の詰まったカバンが割と高い位置から落ちた音が聞こえるが、今そんな事はどうでもいい。

 

「――――――ギルッ!!!」

 

 もう決して出会う事など無いと思っていた存在が、己の人生の殆どに寄り添ってくれた彼が目の前に現れたのだ。その元へ向かう以外に優先すべき事象など、今この場においては存在しない。言葉では遅い、言いたい事が多過ぎて推敲している時間さえ惜しい。

 

 今の自分に出せる精一杯の力で跳躍する。コードキャストも使用していない私の素の筋力では跳べる距離などたかが知れているが、彼の元へと向かうくらいは問題無い。

 

「―――フン」

 

 両手を突き出して飛び込んだ私を、彼はふわりと受け止めてくれた。全身で感じたのは飛び込んだその先にあったソファーの座面ではなく、王様の腕の中に自分がいるのだという確かな実感。欠けていたものが急速に補われていくかの様な充足感だ。

 

「王の言葉に何も答えず、名を叫んで突撃してくるとは……行動だけ見れば刺客のそれではないか。貴様でなければ首を刎ねているぞ?」

 

 頭上からくつくつと噛み殺す様な笑い声が聞こえてくる。その言葉も、一房の髪を弄ぶ指の動きも全てが懐かしくて心地良い。

 

「……ホントに王様? 夢じゃない?」

 

「たわけ。(ゆめ)(まぼろし)の類に触れられる訳が無かろうよ。貴様の目の前にいるのは正真正銘貴様のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュに他ならん」

 

「そっか……うん。そう、だよね……」

 

 ぎゅう、と背中へと回した腕に力を籠めると、鼻で笑う声が一つ聞こえ背中に回された腕を強く感じる。潤む視界を彼の胸板へと押し付けた。

 

「王様だ……ホントに王様だ……!」

 

 ……正直に言うのであれば、私はずっと寂しかった。

 

 暗殺やリハビリに打ち込む事で意識を逸らしてはいたものの、それでもふとした時に王様の事が頭を掠めた。

 彼から与えられた言葉や教訓、共に過ごした時間が思い起こされた。そしてその度に「もう二度と会えないのだ」という空しさが私の思考を蔽い尽くし、記憶の中の光景をより一層輝かせた。そして逃げるようにして目の前のすべきことに打ち込んでは思い出し、それにまた気分を落ち込ませ……という負のスパイラルがずっと心の中で続いていたのだ。

 

 だが―――今現実として、彼は自分の前にいる。もう二度と会えないと思っていた存在が、自分の元へとやって来てくれたのだ。

 

 もちろん聞きたい事が無い訳ではない。何で裸なのとかまた財宝落としたんですかとかどうやってこの世界まで来たんだとか。色々と声を大にして追及したい疑問はあるが―――

 

「ギル、ギルぅ……!」

 

 ……今はただ、この感情の高ぶりに全てを委ねていたい。諸々はその後だ。

 

 私の髪をいじりながら黙って受け止めてくれる王様の心地よさに浸りながら、私は暫くの間、彼の腕の中で涙を流した。嬉し泣きなんていう経験は初めてだった。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「落ち着いたか」

 

「……はい」

 

「フン、ならばようやく話を先に進められるな。まったく、手間を取らせおって」

 

 正面から聞こえるギルガメッシュの溜息にいたたまれなくなる。結局あの後小一時間くらい王様を付き合わせてしまった。といっても泣いていたのは最初の十分くらいで、後は落ち着くまでに時間を要したという具合だ。それでも落ち着いたと思ったらまた涙が出て来たりしたので、こんな時間になってしまった。

 

 ―――私って、こんな涙脆かったっけ?

 

 久しぶりにギルガメッシュに会えてうれしいというのは紛れも無い本心ではあるが、それを差し引いても随分と泣いた気がする。表側で再会した時はそうでもなかったのに、今回はあのザマである。

 多分記憶の有無だとは思うけどなぁ。表に戻って来た時はギルの事は忘れていたし、別れてから再会するまでの時間も一日と無かった。でも今回は聖杯戦争も黄金の都市も全て覚えていた上で、再会まで一年近くの時間が空いている。私自身、相当精神に来ていたという事でもあるんだろう。

 

 ……にしても、ギルの前で随分と醜態を晒してしまった。多分忘れた頃にいじられるんだろうなぁ。事この分野では、たとえ私がどんなネタを握っていたとしても勝てる気がしない。

 

 ちらりとギルガメッシュに視線を向けると、こっちを目元がニヤついた表情で見下ろしていた。くそう、さっきの事もあって顔が直視できない。

 

「―――さて、とはいえどこから話したものか……」

 

 ギルガメッシュは顎に手をやって考えている。その顔にはさっきまでのいやらしさは無い。一先ず意識は切り替わったと判断して、私も王様へと向き直る。

 ちなみに今はもうキャストオフ状態ではない。服を着てくれと頼んだ所、割とあっさりと応じてくれた。今の服装は蛇皮のパンツに寝間着みたいなシャツ、それにゴテゴテとした黄金のアクセサリーといった所。

 蛇嫌いじゃなかったのとか思ったが、本人が選んだ衣装なのだから私から言う事は何も無い。ヒョウ柄スーツよりはマトモに見えるし、うん。

 

「……とりあえず何でここにいるのか。それが聞きたいです」

 

 何から話そうかと迷うギルガメッシュにそう答える。会えたのは嬉しいが、落ち着くと何故会えたのかという疑問が真っ先に出てくる。その辺りから説明してほしい。

 

「何故? ハ、決まっていよう―――貴様を回収しに来たからだ」

 

「……え?」

 

 告げられた内容は、すぐには理解できないものだった。

 

 ―――私を、回収……?

 

「理解出来ん、といった顔だな」

 

 まぁそりゃあそうですとも。そう思って頷くと、ギルガメッシュは溜息を1つ挟んで語り出した。

 

「……貴様は我の財であろう。であれば回収するのは当然よ。我は財を擲つ事こそするが、撃ち棄てる事はせん」

 

「ッ……そっか」

 

 私が王様の財宝に認定されているというのは、契約していた時に聞かされた事だ。蔵の九割を対価に手に入れたのだから、私はもう自分の物であって、それだけの値を付けたのだから財以外にあり得ないと。だからそこには然程驚いてはいない。驚いたのは、回収しに()()()()()という所だ。

 宝具を回収する宝具というものも所有してるらしいから、回収ならそれ任せにすればいいのに。この王様はわざわざ自分の足で迎えに来てくれたのだ。世界越しだと回収しにくいとかの理由があるのかもしれないが、それを差し引いても嬉しくない筈が無い。

 

「……ありがと……よく、私がいる世界が分かったね」

 

 何となく礼のみを述べるのが気恥ずかしくて、感謝の後に続いたのはそんな言葉だった。しかし、次に告げられた王様の言葉に、そんな気恥ずかしさは消し飛んだ。

 

 

 

 

 

「当然であろう。貴様をこの世界に送り込んだのは他ならぬ我故にな。座標の特定程度容易いものだ」

 

 

 

 

 

「――――――は?」

 

 ―――ナン、ダッテ? 何ですと?

 

「まぁ尤も、時間軸は多少のズレが生じてしまったがな。強引に世界を越えた弊害か―――」

 

「…………今、何と仰いましたか英雄王」

 

 自然と改まった口調になり、そんな言葉が口をついて飛び出した。

 

「ん? 時間軸に多少のズレが生じた、という所か? 何しろ貴様の時同様、異なる世界への移動を財の魔力で強行したのだ。もう少し前に訪れるつもりだったが、多少のズレは致し方ない―――」

 

「そうじゃなくて!……いやそっちも気になるけど、それよりも!」

 

 思わず立ち上がって叫ぶ。いやそんな「何だ?」みたいな顔されても!

 

「私をこの世界に送り込んだって所を、詳しく!」

 

「……そこか」

 

 当たり前です! そんなやれやれみたいなリアクションしないで!

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ぱちん、とギルガメッシュが指を鳴らすと、彼の背後に黄金の波紋が現れた。そこからうごごと姿を現したのは酒の入った瓶。物理法則なんて知るかとばかりに起こった現象だが、私にとっては見慣れた場面だ。とはいえ、この光景を見るのも久しぶりである。

 

 ……どうやら、飲みながら説明するつもりらしい。昔の癖で空中に浮かんでいた酒瓶を手に取って、無言で差し出された酒杯に注いでいく。そのまま再び机を挟んだ対面に戻るのも何だったので、座面を叩いて勧められた彼の隣に腰を下ろした。

 

「―――貴様が消滅した後、その魂は我の宝物庫に回収された」

 

 酒気を含んだ吐息と共に吐き出されたそんな言葉から、ギルガメッシュの説明は始まった。

 

「その時にな、ムーンセルの奴が干渉してきたのだ。『契約が切れたのなら帰還せよ』―――とな」

 

「―――それ、って」

 

「まぁ―――わからぬ話ではない。貴様と我の契約はムーンセルのもの。貴様の死によってその契約が完了したのならば、我とて退去には従わねばならん。

 貴様に仮の肉体を与えてから旅を続けるにせよ、他の星へ向かうにせよ……一度は必ずムーンセルに戻らねばならなかった。契約破りの宝具であろうと、そればかりはどうにもならん」

 

 語られた内容は、まぁ理解できるものだった。

 私が死ねば契約しているギルガメッシュはどうなるのだろうというのは、何度か考えた事だ。いくつか浮かんだ予想の中で最も濃厚だったのが、「ムーンセルに戻る」だったのだから。

 

「だが、それには一つ懸念があってな」

 

「……懸念、って?」

 

 目の前に差し出された酒杯に二杯目を注ぎながら訪ねる。「無論、貴様の事だ」という答えが返って来た。

 

「ムーンセルはどうあっても貴様を容認せん。己が領域内で再びその存在を認識すれば、如何なる手段をもってしても消滅させようとするだろう。

 ―――故に、貴様を蔵に納めたまま帰還するのは危険だと判断した」

 

「ッ―――」

 

「しかし貴様をあそこへ置き去りにすればどのようなトラブルを誘引するか、我ですら予想も出来んかったのでな。幸いにして我には単独行動スキルがあり、退去までには猶予があった。

 その時間を使って、貴様の存在をムーンセルの監視が届かぬ並行世界を探し出し、財の魔力を使ってその世界へと押し込んだ。フン、よもや蔵の外に金庫を求める事になろうとはな……」

 

「――――――」

 

「いくつか世界の候補はあったが、その中の一つに、魂を失った岸波白野の肉体が存在する世界があったのでな。貴様の依り代に丁度良いと思い、この世界を選んだ。

 本来別人の肉体と魂は馴染まんが、対象は貴様の(オリジナル)だ。全くの別人に比べて抵抗は少ない。

 加えて貴様の魂は我が財宝。魔力が満ちていれば劣化などあり得ぬ上に、貴様自身が元々内包する魔力は桁外れだ。であれば、これ以上の物件はあるまい?」

 

 口が渇いたのか、半分近く残っていた中身をギルガメッシュは一気に飲み干した。対する私は言葉が出てこない。

 

 ―――サラッと言ってるけど、それとんでもない事なんじゃないのか?

 

 いくらこの王様がチートにも程があるとしても、今王様が口にした事はそう易々と出来る事じゃないと思うんだけど……まぁ、それをしたからこその九割消失(ロスト)なのかもしれないが。

 

「そうして貴様を送り出した後はどうという事も無い。ムーンセルに一度帰還してから直ちに踵を返し、こうして貴様を迎えに来たという訳だ」

 

「……相変わらず、とんでもないなぁ」

 

 いやホント、そうとしか言いようがない。やる事なす事何もかもが規格外に過ぎて、私の理解が追い付かないのだ。

 特に並行世界の観測とか、そこに移動するとか、魂押し込むとか。並行世界とか魂に関する事は魔法の域だとかギルガメッシュの口から聞いた事もあるし。

 

 呆れたようにそう言うと、ハッと鼻で笑われた。

 

「観測程度、我の千里眼にかかれば造作もない。財と併用すれば失敗する方が難しいというもの。時を俯瞰するレンズの一つや二つ、蔵に無いとでも思ったか?」

 

「そんなのまであるの?」

 

「貴様は一度目にしていよう。一目見るなり機能停止(フリーズ)したアレだ」

 

「……アレ(・・)か」

 

「うむ、アレだ」

 

 アレというのはギルガメッシュの言う所の『時を俯瞰するレンズ』である。多分名称から察するに、過去とか未来を映し見る宝具なんだろう。一度それを見た事があるが、その際私は予想外の衝撃に固まってしまった。何しろ形状が問題だ。

 

 そのレンズの形状とは―――眼鏡なのだ。

 

 ギルガメッシュ曰く「使いやすいように改良した」との事でその形状になっている眼鏡は、本人が作ったという事もあってギルガメッシュの顔に良く似合っていた……もとい、似合いすぎていた。

 神がデザインしたというだけあって文字通りの人間離れした美貌に、ギルの蔵にあるだけあって洗練されたデザインの存在自体が一種の尊き小宇宙である眼鏡。この二つが合わさったものを不意打ち同然に見せつけられた結果―――私の脳はその瞬間、一切の活動を停止した。

 

 ―――うん。アレは、すごかった。

 

 具体的に何がどう凄いというのは説明できない。あの光景を表現するのには、現状人類が扱っている言語では語彙量が不足している。私自身、「ん゙っ」とか「ヴぅ゙」みたいな濁音を吐き出すしかなかったのだ。陳腐な言い方になってしまうが、非常に似合っていたというくらいが私の限界である。

 

 そしてこれを切っ掛けに、どうも私は所謂眼鏡フェチだという事も明らかになった。しかし最初に目撃したのが至上にして至高の眼鏡だったせいで、その後はどんな眼鏡でも物足りなくなってしまった。奥田さんや竹林君の眼鏡も良いと思うが、やはり頭の中に残っているギル眼鏡ッシュには敵わない。

 

「……くの、白野……戻って来い。魂の尾を巻き戻せ」

 

「―――ハッ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、意識が記憶から現実に戻って来る。随分と記憶に焼き付いた素晴らしい光景に溺れていたらしい。

 

「……少しばかり脇道に逸れたが、まぁよい。

 ともあれ、それが貴様を送り込んだ理由。そして我がここにいる理由だ。理解したか?」

 

「……うん。そこは理解した」

 

 ギルガメッシュがこちらに来た目的は私の回収。つまりあの黄金都市の探索に戻るという事なのだろう。

 だがそうなると、一つの懸念事項がある。

 

「そうなると……この肉体ってどうなるの?」

 

 そう、今私が自分のものとして認識しているこの肉体だ。あの場所は霊子虚構ネットワーク、つまりは電脳空間だから、あそこに行くには私もかつての状態である電脳体にならなければいけない。そうなるとこの肉体から離れなければならないという事になる。魂を抜き出すなんて宝具でもあるんだろうか。

 

「あぁ、それに関してだがな―――気が変わった」

 

「は?」

 

 ギルガメッシュの言葉に、自然と声が漏れる。気が変わったとはつまり、私を回収する予定を撤回するという事か?

 もしかして、何かしらの問題が発生したという事だろうか。こっちへ来るのに蔵の殆ど使ったみたいだし、帰還分の魔力が無いとかの理由かもしれない。

 

 なんにせよ、王様が何をするつもりなのかは把握しておくべきだろう。まぁ率先して騒動を起こすとは思えないし、何が来ても大丈夫だろう。そう思っていたら―――

 

 

 

 

 

「―――貴様、また妙な事態に巻き込まれたようだな?」

 

 

 

 

 

 全然大丈夫じゃない質問が飛んできた。

 

「…………な、ナンノコトデショウカ」

 

 ぎくり。

 そんな擬音が聞こえてきそうな硬直をしてしまった私を誰が責められるだろうか。いや誰も責められはしない筈だ。私は暗殺教室の事なんて何一つ説明していないというのに、何でこう、嗅ぎつけてくるのかなぁ!?

 

 私の動揺なんて見透かしているんだろう。ギルガメッシュは場違いな程穏やかな声色で言葉を続ける。

 

「呆けても無駄だぞ?

 空に浮かぶ抉れた月。あんな奇怪な出来事に貴様が無関係な筈無かろう」

 

「な―――」

 

 ―――な、なんて失礼な信頼なんだ……! そして実際それが間違ってないから質が悪い!

 

「フン―――そら、白野」

 

 話せ。

 

 疑われた理由に憤る私に向けられたギルガメッシュの目が、ただそう告げていた。

 

「ッ―――」

 

 しかし、おいそれと話す訳にもいかない。何しろ私が巻き込まれているのは国家機密である。いかに相手がギルガメッシュとはいえ、私の一存で話していい事じゃない筈だ。

 だから誤魔化す。ギルガメッシュに隠し事をするのは心苦しいが、何が何でも誤魔化す―――!

 

「……何言ってるんだ。私があんなものに関わっている筈ないだろう? あの月は元々ああいう形だったし、私だってこっちの世界に来てからは普通に学生してるんだおかしなことに巻き込まれてなんかない。変わった事なんて強いて言えばリハビリ位はしたけどそれだって身体機能を考えれば普通の―――」

 

「―――白野」

 

「ッ――――――」

 

 その一言で言葉を遮られる。一瞬でバッサリと持っていくその切れ味はギロチンの如く。

 直視できなくて良い訳の途中で逸らしてしまった視線を、油の切れた機械の様な動きでぎぎぎと戻せば、ギルガメッシュの瞳が真っ直ぐ私へと固定されていた。

 

 ……先程までのそれと違うのは、ほんの少しだけ不機嫌そうに細められているくらいだろうか。

 

「話せ」

 

「………………はぃ」

 

 たった一言。有無を言わせぬそれに、私の誤魔化しはあっさりと終了した。

 というかこの目に正面から見つめられて、嘘なんて吐けない。吐ける筈が無い。私の敗北なんて最初から決まってたんだ……おのれぇ……




 
ようやくギルガメッシュと合流させましたが、彼が色々と動き出すのはまだまだ先になりそうです…
ちなみに、白野がギルガメッシュを呼ぶときは、基本「ギル」か「王様」です。たまーにギルガメッシュという感じで行きます。

白野の転生に関してですが、魔法の域に触れてるとか色々あるかもしれませんが、寛大な御心でスルーして頂けると有難いです……
金ぴか様の蔵に不可能は無いという事で一つ……

次回は雑談タイムが続きます。



皆様は福袋で誰をお迎えしましたか?
私はアビーかメルトかマーリン狙いで回した結果、人斬りサークルの沢庵をお迎えしました。礼装に関係なく高火力出せるのでイベント集会が楽になりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.契約の時間

5ヶ月も遅れてしまって本当にすまない。

だらだらとした説明会はこれで終了。
切り所がわからなかったせいで長くなりました……


 

 時間にすれば、三十分程だろうか。

 私がE組で巻き込まれた事、暗殺をしている事、その標的である殺せんせーの事。自分の話せる限りの事をギルガメッシュに話していく。その間、王様は黙って私の言葉に耳を傾けていた。 

 

「……とまぁ、それが今の私が置かれてる状況です」

 

 粗方の説明を終え、私の頭に浮かんだのは「喋ってしまった」という罪悪感だ。同時に、鬼のような形相をした烏間先生と黒い殺せんせーも浮かんでくる。

 国家機密を無関係の人物に漏えいするとか、よくよく考えなくても重罪案件である。今更ながら、罪に問われたりしないだろうかという不安さえ湧き出してきた。

 

 ―――ごめんなさい烏間先生、殺せんせー。でも仕方ないんです。言わなきゃこの金ぴか、何するか分からないんです!

 

 多分私が言わなければ言うまで問い詰めるし、それで仮に一旦下がってくれたとしても、後日E組校舎に乗り込んで実態を確かめようとするくらいの行動力があるのがこの王様だ。

 裏山全域にあの高笑いが響く光景とか想像するだけで恐ろしい……下手に隠したりなんてすれば、何がどうなってもおかしくない。長年相棒をやってはいるが、未だにこの王様が及ぼす影響は予測がつかないのだ。

 

 ……まぁ、言ってしまった以上、もうギルガメッシュが殺せんせーに関わる事は避けられないだろう。

 何せ殺せんせーは地球を破壊すると全世界に向けて宣言している。この世の全ては我の物な彼としては、捨て置くなんて選択肢は無い筈だ。

 いや、それが無くても面白い物好きな王様である。奇想天外な生物である殺せんせーには興味をそそられるかもしれない。

 

 私を含めたE組の生徒達が殺せんせー殺害に乗り出している以上、出来れば横から掻っ攫うというのは止めてほしいし、興味を持って接触するにせよ、出来れば私の目が届かない所でやってほしい。ギルガメッシュとの関係を説明するのなら、私が隠そうとしている事を全て吐き出さなければならないからだ。

 遠い親戚で誤魔化すには無理があり過ぎる。

 

「――――――」

 

 説明が終わり、聞き役に徹していたギルガメッシュが目を開けた。その赤い瞳は私を向いておらず、ただ何も無い空間をじっと見つめている。

 暫く何も言わず何か考えている風な王様だったが、やがて溜息を一つ吐き、

 

「そうか」

 

 とだけ呟いた。

 

「……え」

 

 ―――え、それで終わり?

 

 私の説明に対する王様の反応は、そのたった一言で終わってしまった。少し待ってみても、その後に続く言葉は無い。どうやら、本当にそれだけのようだ。

 

「……何だその目は」

 

 呆気に取られて王様の方を見ていたからだろうか。鬱陶しそうな声と共に、ギルガメッシュの視線がこっちを向いた。

 

「いや……反応薄いなぁ、と」

 

「ハッ、腹を抱えて笑い転げるとでも思ったか? あるいは星の破壊に憤り、今すぐ滅ぼさんと飛び出す事でも期待していたか?」

 

「う」

 

 告げられた予測に固まる。なんせその通りだったからだ。

 

 『は――――――ははははは!!! つ、月の七割を破壊……それが、きょ、教師だと……? ハッ、傑作だ! 何だその珍獣は!』

 『星を破壊、か―――フン、我の庭を滅ぼすとは流石に見過ごせんな。……往くぞ白野。そのタコとやら、跡形も無く八つ裂くとしよう―――』

 

 具体的にはこんな感じで、どっちかだと思っていた。まぁ興味を持ったら絶対に関わって来るし、怒ったらE組に宝具の雨が降り注ぐ事になっていたと思うから、どちらでもないこの反応は歓迎する所なんだが……何だろう。少し意外だ。

 

 そんな私の考えを読んだかのように、酒を干したギルガメッシュが語り始めた。

 

「湧いた害虫の駆除は庭師の仕事だ。我の関わる所では無い。

 それを覆す程の関心がその蟲にあれば話は別だが、貴様からの話を聞く限りでは食指が動かん。直に見ればまた違う感想の一つも出てこようが……今の所、進んで関わろうとは思わんな」

 

「……そっか」

 

「うむ」

 

 成る程。そういう事なら納得できる。ギルガメッシュが殺せんせーを殺さなくとも、既に国家という戦力が動いている。であれば自分が動く必要は無いという訳だ。

 そういえばこの王様、好奇心旺盛な所もあるけど、それと同じ位面倒臭がりな所もあったんだった。なんせ雑魚エネミーの処理を私に押し付ける事さえあったし。雷獣の爪でぺちぺち叩いてどうにか出来たから良いんだけどさぁ……

 

「適当に選んだ世界でこのような事になろうとは……やはり貴様は厄介事の誘蛾灯、天性のトラブルメーカーだな。我の財でありながら、貴様もしや幸運Eか?」

 

「なんでさ」

 

 その言い方だと、まるで私がこの世界に来たから、殺せんせーが月を破壊したみたいに聞こえなくも無い。あと誰が幸運Eだ、Xが抜けてるだろう。

 私の幸運は高いんですぅー、という意思を込めてじろりと睨むと、鼻で笑われて頭をぐしゃぐしゃにされた。やめれー。

 

「しかし、まさか貴様がハサンの真似事とはな。言峰に仕込まれたものが役に立つではないか」

 

 ……この場合のハサンとはいつも言っている意味じゃなくて、暗殺者(アサシン)という意味でのハサンだろう。たしか語源だった筈だ。

 

「……まぁ、そうだね」

 

 本当、言峰に色々と教わっておいて良かった。それがあったからこそ今回の様な無茶も出来たし、体育の授業でも順応が速かったんだと思う。

 言峰に持ち掛けた相談が無ければ戦力をギルガメッシュに全て頼っていたと思うので、その場合はこうは行かなかった。拉致の一件では殺せんせーが来るまで良い様にされていただろう。

 

「言峰直伝の八極拳もあるし、コードキャストだってある。他の皆だって着実に力を付けてるし、三月までに王様の庭掃除は―――」

 

「待て」

 

 三月までには必ず殺して見せる。漫遊はその後だと決意表明しようとしたら、ギルガメッシュに言葉を遮られた。

 何事かと彼の方を見れば、随分と珍しい顔をしている。……何と言うか、予想外な事を聞いた、みたいな顔だ。この王様のこんなきょとんとした表情は非常に珍しい。

 

 でもよく判らない。今の発言内容のどこに止められるような要素があっただろうか。

 

「何?」

 

「貴様、コードキャストが使えるのか?」

 

「……え?」

 

 聞かれた内容は、まぁ理解できる。

 電脳世界でしか使えない筈のコードキャストを使用していると聞けば、普通は疑問に思うだろう。そこは理解できるのだ。

 

 だが―――それをギルガメッシュが疑問に思うのは、私としては不思議なのだが。

 

「王様が使えるようにしてくれたんじゃないの?」

 

 私をこの世界に送り込んだという言葉から、私はそう予測を立てていた。

 現実世界では使用不可能な筈のコードキャストを使用できる理由は、ギルガメッシュが何かしらの改造を施してくれたのだと。

 だってそうでなければ説明が出来ない。それこそ、当然の疑問が再び浮き上がってくる。ギルガメッシュにそんな事が可能なのかという疑問もあるにはあったがそこはそれ。まぁこの王様なら出来るだろう。なにせ文字通りのチート王だし。

 

 そう思って自分の中では納得していたんだが、どうも違ったらしい。

 

「……いや、我が持っていても仕方ない故、貴様の魂と一緒に端末を抱き合わせて送り込みはしたが……それだけだ。

 何かしらの手を加えた覚えは一切無い」

 

「えぇ……」

 

 ギルガメッシュが嘘を吐いている様子は無い。というかこの状況でこんな嘘を吐くメリットは存在しない。ならば話した事は事実なのだろう。

 

「じゃあ何でコードキャスト使えるの私……」

 

 思わず口を衝いて思っていたことが出てしまったが、ホントそれ。

 こうなると、自分が今まで使ってきた頼れる技能(コードキャスト)がとんでもなく物騒な代物に思えて来た。原理不明だけど使えてるとか怖い。河豚の卵巣をぬか漬けにすると毒が抜けて食べられるようになるけど、そのメカニズムが良く分かって無いみたいな。怖い。

 

 ハァ、と溜息が一つ。ギルガメッシュだ。

 暫く考えていたみたいだったが、やがて口を開いた。

 

「―――取り敢えず、使って見せてみろ。見てみない事には始まらん」

 

「……わかった」

 

 王様の提案に頷いて返す。まぁ私もこのまま何もわからないままというのは避けたいし、暗殺云々に関わらず、今後コードキャストを使用する場面がやって来るかもしれない。その時に使わないという選択肢は無いが、可能な限りリスクや危険性は排除しておきたいと思うのは当然だろう。

 

 最悪何が起きたとしても、ギルガメッシュが見ていてくれるなら大丈夫に違いない。そう思い、目を閉じて意識を集中する。

 使うのは……戦う訳でも無いから身体強化系は除外、攻撃系も同様。そうだな、聖者のモノクル(情報閲覧)辺りで良いか。何気に使用するのは初めてだったりする。

 イメージするのは電子の海。0と1で構成された霊子虚構世界。かつての感覚をなぞるようにして、コードキャストを発動する―――。

 

術式起動(スタートアップ)――――――」

 

 

   ◆

 

 

 

『……修学旅行でも奴の暗殺に進展無しか。大丈夫なのかね、Mr.カラスマ』

 

「……すべて私が至らぬ故。なお一層尽力致します」

 

 防衛省の特別会議室。今年の四月に新設されたその部屋に集まっているのは、各国の首脳陣だ。もっとも、本当に足を運んでいるという訳ではなく、モニター越しの参加ではあるが。

 

 今現在行っているのは、修学旅行での暗殺報告。そしてそれを踏まえての今後の作戦会議だ。場合によっては他国の協力も必要であるため、このような形をとっている。

 

「――――――」

 

 責められるのは仕方ない事だ。イリーナの様に間接的な殺害手段(色仕掛け)を使う者ではなく、直接的な殺害手段(長距離狙撃)を得意とする殺し屋を動員しての初任務だったのだから。それが中学生同様、何の成果も残せませんでしたでは、この突き刺さる視線も致し方無い。

 

 報告した事は修学旅行の暗殺結果ともう一つ、独断で行動していた殺し屋の存在だ。

 こちらの統制を外れて行動していたものが存在しているという事は、情報の管理が不十分であることを示している。関わっている人物の把握はしっかり行ってもらいたいというある種の陳情書の様なものでもある。

 

 そして、その人物が採った殺害方法だが……これは、俺の独断で伏せておくことにした。そうしなければいけないと思ったからであり、事実それは正しかったのだと思う。

 

『なに、いざとなれば核ミサイルで学校一帯を……』

 

『……止した方が良い、リスクがでかすぎる』

 

 とある国の代表がそんな過激という言葉では生温い程の案を打ち出そうとする。そこには奴の殺害だけが重視されており、巻き添えになる生徒達や近隣住民についてはまるで考慮していない。避難勧告を出せばと思うかもしれないが、そんな事をすれば奴まで逃げる。殺すためには巻き添えにするしかないのだ。

 別の国の軍人がそれを諌めているが、当の本人も迎撃ミサイルを使用していたりする。後日直撃した奴が破片を繋げて返しに行ったらしいが、それだって躱していれば何処へ飛んで行ったものか考えたくもない。

 

 こんな考えをヘラヘラと笑みを浮かべながら話す連中だ。生徒を巻き添えにするという前例が存在する以上、それを推してくる可能性は否定できん。

 

『なんと……打つ手は無いのか?』

 

『ご心配無く。同志数か国で科学技術を結集して研究しています』

 

 スナイパーを動員しての暗殺計画が失敗に終わった以上、次の一手を打たなければならない。そしてその一手は、既に俺の知らない所で動いていたようだ。

 

『二人の特殊な暗殺者をあの教室に送り込む。二人とも、科学力で人智を越えた能力を持つ』

 

 その内容は、ある程度予測できていたものだった。

 

 イリーナという殺し屋が教師の位置に収まっている以上、同じように生徒の位置に殺し屋を送り込まれるというのはある程度予測がついていた事だ。紛れ込む上での年齢や実績を考えると、人員の確保が困難だとは思っていたが、それらを科学技術でクリアしてくるとは予想外だった。

 

 ―――彼女も、そういう事なのだろうか?

 

 今回の修学旅行で浮かび上がって来た、得体の知れない影を持つ少女の姿が頭に浮かぶ。もし彼女が送り込まれてくる二人と同類であるならば、ある程度の納得がいくというものだが……

 

『一人はまだ調整に時間が掛かるが―――もう一人は、旅行の間に実働準備(スタンバイ)を終えている』

 

 ……いや、考え事は後だな。

 殺し屋と言っても、生徒として在籍する以上は他の生徒と関わる事になる。場合によっては連携して暗殺するケースも存在するだろう。俺に求められるのは、その際の橋渡しという所か。

 

 会場の通信が途絶する。全面にあったモニターは消え、部屋には暗い画面が並んでいた。

 

「……そういう訳だ。頼むぞ、烏間」

 

「―――はい」

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

「頭いたい…………」

 

 そろそろ見慣れて来た家の内装が直角に傾いている。無論家が横転しているという訳では無くて、私が横になっているからなのだが。

 

 ギルガメッシュにコードキャストを使って見ろと言われ、私は一つのコードキャストを起動した。

 

 情報閲覧―――view_status。

 

 聖者のモノクルに組み込まれたこのコードキャストは、使用すると相手の情報を入手出来るというものだ。それだけ聞けば凄い性能のように思えるが、実際のところは名前とレベルくらいしかわからない。

 だから今回はそれを選択した。別に戦う訳でも無いし、戦闘系の物騒なものはお呼びじゃない。使用すればギルガメッシュのレベルが見えるくらいだから確認向きだと思いコードキャストを発動して―――私はぶっ倒れた。

 

 倒れた理由は単純に、想定外の頭痛がやって来たことによる動揺と立ち眩みである。

 

 レベルと名前が表示されるという効果は変わらずだったが、それが視界に表示されるのではなく、頭の中に直接叩き込まれたような衝撃があったのだ。

 当然コードキャストを使用した時の痛みと合わさって結構な頭痛となり、結果として私は、ギルガメッシュの方へと崩れ落ちるという不敬をやらかしてしまった訳である。

 

「確認作業だというのに手付かずの物を持ち出すとは、やはり貴様は阿呆よな」

 

 心底呆れたようなギルガメッシュの声が横からぽこぽこぶつかって来るが、別に怒ってはいないようだ。

 

「だがまぁ―――仕組みについては理解した」

 

「え」

 

 何と―――あの一瞬で分かったというのだろうか。洞察力が凄いというのは知っていたけど、ここまでとは。

 告げられた言葉に勢い良く振り向く。ちょっと頭が揺れて痛かった。

 

「法則がまるで違う技能を行使出来るという時点でほぼ確定していたがな。送り込んだものは全て、収まるべき所に収まったという事だろうよ」

 

「……えっと?」

 

「解らんか? 肉体無き魂は魂無き肉体に、膨大な金銭は電子マネーに。それぞれ()()()があるが故の適応だ。

 ならば、それが存在しない異能についてはどうなるか? ―――それらは行き場を見つけられず、貴様の内側に留まり続けているだけの事。結果として、そこに落ち着いたと見える」

 

 我ですらこうなるとは予想外だったがなと、くつくつ笑うギルガメッシュは随分と上機嫌だ。そんなに面白い事なのだろうか?

 そうして、王様の口から、私の状態についてが語られる。

 

 

 

 

「精神の内に存在する、別の理を持つ異なる世界。

 ―――それはな、『固有結界』と呼ぶのだ」

 

 

 

 

 固有結界。

 追従するように私の口が言葉を紡いだ。

 

 確か、魔術の中でも特別強力なもので、魔術師(メイガス)の中でもほんの一握りしかたどり着けないと言われていた領域の魔術だった筈。私としては三回戦のキャスターが一番最初に思い浮かぶ使い手である。まぁ彼女は「存在自体が固有結界」という少し変わった存在だったんだけど。

 

「礼装やアイテムはデータとして貴様の内側に蓄積している。言うなれば、貴様自身が端末と化している状態だ。コードキャストを使用した際の頭痛については……魔術回路が少なすぎる故に、といった所か」

 

 何でもギル曰く、月の私(岸波白野)の元であるこの体にもその影響からか魔術回路が存在しているらしい。しかし本当に微々たるものであり、私がコードキャストを使用する際の魔力を強引に通しているのが痛みの原因だという。錆び付いた水道管に高圧で水を流し込む様なものだと言われたので、イメージはし易かった。そりゃあ、痛いだろう。

 しかしこの王様、魔術師(本職)でもないのに一瞥で判るとかやっぱりとんでもない。魔術に精通してるって感じはしないから、多分観察眼の一種なんだろうか。神代すごい。

 

「つまり、この痛みとは一生モノの付き合いになるって事か……」

 

 説明を受けてぽつりと呟く。

 

「かつての様に霊子体とは違うのだから当然ではあるがな。肉体という枷がある以上、それは避けられんだろうよ。それが嫌なら魔術回路を鍛えるしかないが、元が貧相では然程期待は出来んだろう」

 

「そっかー……」

 

 ハぁ、と溜息が漏れる。

 それはつまり、昔の様に高性能のコードキャストをバカスカ使えないという事だ。

 魔力を通す時の負荷が原因で頭痛が起きているのであれば、使用する魔力が多くなればなるほどに負荷は大きくなるのだろう。使うための魔力に関しては何一つ問題は無いが、その魔力をくみ上げるための回路の方に問題があるという事であればどうしようもない。

 まぁ、初級の身体強化やスタンの術式が十分有用であるというのは先の拉致騒動で実証済みなので、より上位のコードキャストが使えなくても問題は無い。それに、負荷が凄いから使用を控えるというだけで、発動自体には何の問題も無いのだ。それしかないという状況にもなれば、後先の事は考えずに使用するつもりである。

 

 ―――しかし、魔力を使うと負荷が掛かる、かぁ。

 

 その事実を思うと、自然と気が重くなる。それ(・・)は私にとって、ある問題があるのだ。ギルガメッシュもそれに思い至ったのか、ほんの少しだけ苛立たしそうに言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「―――全く。これでは貴様にくれてやった『鍵』も使えんか」

 

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 ギルガメッシュの言葉を受けて、私は自分の中から一つのモノを取り出した。それは礼装ではない。礼装なんて括りで扱っていい代物ではない。

 

 それは―――正しくは、『宝具』と呼ぶべき物だ。

 近未来的な電子音と共に実体化したソレは、眩いばかりの輝きに満ちていた。

 

 大きさは小剣程の大きさだ。その形状も、剣と言って差し支えないだろう。

 しかしその形状は何かを斬る事を目的としていない。刃にあたる部分は均一の厚みであり、所々に穴が開いていたり外形が波打っていたりと複雑な形状をしている。持ち手の部分は幾つものピースが合わさったパズルの様であり、かちゃりかちゃりとその組み合わせは絶えず変化し続けていた。そしてその全体は余す所無く黄金で作られており、眩く光り輝いている。

 

 これこそが私の切り札の一つ。それは、かつてギルガメッシュから渡された人の身には余る宝具(モノ)

 

 

 

 王律鍵バヴ=イル―――王様の蔵を開く鍵である。

 

 

 この宝具の効果は、鍵と名のついている通り、王様の宝物庫の扉を開く事だ。ギルの持っている物のレプリカ、つまりは合鍵だが、その能力は何も変わらない。つまり、『ギルガメッシュの財宝を使用できる』という事である。それがどれだけの強力な手札であるかは説明の必要も無いだろう。

 尤も、そのふざけた機能に相応の魔力消費は必要なのだが。ギル曰くこれでも魔力消費は真名開放型の宝具よりも格段に少ないらしいが、サーヴァント基準で語られても、人間の私にはどっちもどっちである。

 

 そして、この体の魔術回路が貧相極まりないと判明した以上、この宝具を私が使う事は絶望的だ。魔力量に関しては問題無いものの、回路の方が耐えられないだろう。一つくらいなら多分出せるだろうけど、襲って来る激痛は多分予想も出来ないレベルだ。

 

「残念か? 我の財であれば害虫駆除など片手間だろうに」

 

「まぁ……そうだろうけど、ね」

 

 くつくつとギルガメッシュが笑う。

 確かに、王様の財宝を使えれば殺せんせーを殺すのは容易い気がする。門で全方位を囲んでしまえば超スピードも問題にならないし、治療阻害系の武器を使えば再生だって防止できるかもしれない。いや、多分探せば対触手物質の原典とかも蔵のどこかに追加されているかもしれない。

 

 だとしても、それで終わらせるのは何か違う気がする。

 

 上手く説明できないが、私がギルの財宝を使って殺せんせーを殺すのは何となく違うと感じた。

 それに―――

 

「―――まぁ仮に使えたとしても、私には使う資格なんて無いし」

 

 そう、私にはこの()()使()()()()が無いのだ。

 

「ほう?」

 

 私の発言が気に障ったのだろう。ギルガメッシュの声が先程までとは打って変わって、ドスの利いた低い不機嫌なものに変わった。私の髪を弄っていた指もその動きを止め、射貫くなんて表現では生温い視線が私に突き刺さっている。

 ほんの少しだけ魔力の変動を彼の方向から感じた。多分蔵を開きかけてるといった所だろうか。

 まぁ、王様からすれば、自分が使えと渡したものを資格が無いと否定されたのだ。少なくとも面白くは無いだろう。一度受け取っておきながら何を今更。そう思っているのかもしれない。

 

「――――――」

 

 それでも何が起こるという訳でも無い。ただ彼はこっちをじっと見つめて来るだけ。

 ……話くらいは聞いてやる、という事だろうか。

 

 だったら遠慮なく言わせてもらおう。そも、この一件に関して私に後ろ暗い事はまるでない。資格に関してはギルが告げた事なのだから。自分で忘れているというのなら、思い出させてやるまでだ。

 

「……だって、もう一回死んでるんだもん。使えないよ……」

 

 私はギルの手でこの世界に生まれ変わったと言ってもいい。つまりは一度死んでいる。そしてそれこそが、私に資格が無い理由だ。

 そもそもこれは、月を飛び出して黄金都市を探索し始めた頃にギルガメッシュに渡されたものだ。『逐一許可を求められるのも面倒だ。鍵はくれてやるから好きに使え』と言われて渡された時は一瞬意味が解らなかったが、その後すぐに彼の精神世界で再会した時の事を言っているのだと理解できた。

 

 ―――今生においてのみ、我が宝物を使う事を許す。

 

 かつてその言葉によって渡されたこの鍵を、私はもう使う事は出来ない。

 だって、もう死んでるから。

 

 ギルガメッシュの理解不能なチート技能によって、今こうして地上に受肉している私ではあるが、確かにあの時に一度確実に死んでいるのだ。王様だって死後魂を回収したと言っていたし。

 つまり、「今生においてのみ」という条件は既に満たせていないのである。使えなくて当然だろう。

 

 正直に言えば、所有している事さえ恐れ多い。

 

「――――――」

 

 言うべきは言った。後は彼の反応を待つばかりだが……

 

「……あぁ」

 

 一秒ほどの沈黙、得心の言ったような声―――そして、さっきまでの不機嫌が嘘の様な笑い声。

 

 多分だけど、私の言葉の意味を理解して納得してくれた、って所だろうか。さっきまで王様の傍で渦巻いてた魔力も感じないし。

 

「そうかそうか、そういう事か! 成る程、確かにかつて、そんな事を告げていたな。

 あまりに寝ぼけた事を言いだす故、一度殺してから起こしてやらねばと思ったが……それならば、先の言い分にも納得がいくというもの」

 

「え?」

 

 ギルの言葉に思わず顔を向ける。いやそりゃ確かに、契約当初に感じていた殺される可能性(選択死)の気配を今回も感じていたけど、起こすために殺すって何だ!?

 

「何だ、そんな事もわからんのか? 揺すっても叩いても起きぬのなら、殺せば良いというだけの事だ。殺してから甦らせれば流石に目も覚めよう」

 

「無茶苦茶だ……」

 

 そんな物騒な目覚まし時計あってたまるか。

 

「ハッ―――」

 

「わ」

 

 暫く笑っていた王様だったが、そのまま私の頭に手を伸ばして、がっしゃがっしゃと撫で始めた。王様が素手で良かった。鎧だったら髪が悲惨な事になる。

 

「阿呆め。そんな事を気にしていたというのなら、杞憂ここに極まったというものだ。

 言ったであろう、貴様を送り込む時に色々持たせたと。今生のみという契約に従うのであれば、その時点で貴様から回収すれば良いだけの事。それをしていない時点で察せよというのだ」

 

「……あ」

 

「それは既に貴様にくれてやった物。仕舞い込むのも存分に振るうも貴様次第だ。

 ……まぁ、粗末に扱い、あまつさえ手放して路銀にでも変えようなら殺すがな」

 

 貴様はそんな愚行は犯さんだろう? という問いを込めた視線に頷く。

 

「……そっか」

 

 ギルの言葉に、確かにそうだという思いが浮かぶ。回収しようと思えば出来ていたのだ。

 

 ―――つまりこれは、私が持っててもいいんだ。

 

 手の中にある鍵が、少しだけ軽くなった気がする。もちろん形状が変わるからと言って重量が変化する訳ではないので、気分的なものだが。

 この鍵の存在に気付いた時から、自分が持っていて良いものではないという思いがあった。それでも返す事は出来ず、捨てるなんて以ての外。

 それが所有と使用を許可されたのだ。感じる重みが違って当然だろう。自然、口元が綻ぶ。

 

「……ム。しかし、そう考えると惜しい事をしたな」

 

「ん?」

 

 ギルガメッシュの言葉で現実に引き戻される。

 ……惜しい事? 何だろう、脈絡が全く読めない。

 

「先程の貴様だ。随分と憂いに沈んだ顔だったからな。

 貴様のそんな表情は珍しい……もう少しじっくりと見ておくのだったな。我とした事が、ぬかったか」

 

「うぁ……!」

 

 その言葉に、先程までの自分を思い出す。

 真実を知った今では、先程まで抱いていた自分の悩みとか悲しみが、全くの取り越し苦労であるとわかってしまう。ギルガメッシュからすれば、酒のつまみに出来るくらいには滑稽なのかもしれない。

 そう考えると、今更ながら急に恥ずかしくなってきた。ヤバイ、顔が熱い。今絶対真っ赤だ私。

 

「いやはやまったく……滅多と無いものを眼前に捉えながら、みすみす見逃すとは。これではコレクターの名が泣くとは思わんか―――なぁ?」

 

「――――――ッ!」

 

 なぁ? という言葉と共に向けられた流し目で理解する。やっぱりこの王様、愉しむつもりだ! 目が笑ってるもん!

 

「わ、忘れてっ! 忘れて王様!」

 

 赤い顔のまま彼の胸元に縋りつく。服を引っ張って訴えるも王様に変化は無く、愉悦に細められた真紅の瞳が私を見下ろしていた。

 

「何だ、そう照れる事は無い。先程の顔は中々に見物だったぞ?

 過去の言葉に縛られ、思い出の品を胸に抱く……夫の影に囚われた未亡人そのものではないか」

 

「忘れてってばぁ!」

 

「無理だな、貴様も知っていよう? 生憎と我は忘却が出来ぬ体なのだ。諦めろ―――

 ハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 聞き慣れた笑い声が響き渡る。

 結局その後、何度言っても王様は忘れてはくれなかった。口だけでも忘れたと言ってくれればいいものを、忘れられないから諦めろと言うのだ。

 

 そういうとこは、ホントずるいと思う。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

「さて、そろそろ本題に入るか」

 

 ひとしきり私を揶揄った後で、不意にギルガメッシュがそう切り出した。

 本題って? と尋ねると、ジト目を向けるという行為が返って来た。何故だ。

 

「たわけ。貴様の置かれている状況を説明させたのだ。それに対して結論を出すのは当然であろう。

 随分と脱線こそしたが、元より現状把握が目的だったのだからな」

 

「……あぁ」

 

 成る程、確かにそうだったと納得する。コードキャストやら王律鍵やらのあれこれで、すっかりその事が抜け落ちていた。

 

「……貴様は、この星で超生物とやらを殺すよう求められ同意した。それが終わるまで、旅に戻るつもりは無い……と、そういう事で良いのだな?」

 

「……うん」

 

 それについては、少し申し訳なく思う所がある。

 ギルがこの世界に私を送り込んだのは旅を続けるためであって、この世界を救うためではない。旅を再開するから迎えに来たと言われれば、唯々諾々と従うのが当然なのだろうと思う。

 

 だが、それでも―――これは、私の戦いなのだ。

 

 烏間先生から説明を受けたあの日、暗殺など知った事かと拒むという道もあるにはあった。だが、私はその道を選ばなかった。どうか協力してほしいという彼の要求に首肯を返したのだ。

 ならば、これは私の戦いだ。私の意思でE組への所属を了承した、私の戦いなのだ。それから何故逃げ出せようか。

 

「途中で投げ出すのは嫌だから、さ」

 

「そうか」

 

 知っていたとでも言いたそうな顔で笑ったギルガメッシュは、ならば好きにせよと私に告げる。

 

「元より我等には十分な時間がある。この星で一年そこらを費やした所で問題は無かろう。折角得た肉の身体だ、この機会に地上を精々満喫しておけ」

 

「ギル……ありがと」

 

「フン—――一度貴様が決めた事だ。覆すのは天の牡牛(グガランナ)でも難しいだろうよ」

 

 褒められてるのかな、それ……うん、多分褒めてくれてるんだろう。

 

「―――しかし、だ」

 

「ん?」

 

 今一褒められた気がしない言葉を一人で飲み込んでいると、ギルガメッシュが語り出した。その声に思わず顔を向ける。

 

 ―――何で、ちょっと怒ってるの?

 

「貴様が挑む戦いには莫大な額の金銭が関わっている―――まぁ我からすれば端金だが、それでも雑種共には夢のような額だろうよ。それ程のものが動くのならば、だ。

 ―――この戦い、そう易々と取り掛かれはせんぞ」

 

 声の調子に戸惑いながらも、ギルガメッシュの言葉に頷く。

 彼が言っているのは、私達生徒以外の殺し屋の事だ。彼らも賞金の百億を求めて、殺せんせーを殺そうとしている。現に私が知っているだけでも、この修学旅行で関わった狙撃手(スナイパー)と裏で暗躍していた殺し屋がいるし、今でこそ英語教師だがイリーナ先生も最初はそうだった。

 そして殺せんせーを殺す事において一番多くチャンスがあるのは、毎日顔を合わせる生徒だ。本職からすれば、面白くないし鬱陶しくもあるだろう。

 

 それ故に、私達にまで殺し屋の手が及ぶとギルガメッシュは言っているのだ。

 事実、修学旅行では高校生を使って私達に対して行動を起こした殺し屋がいたから、それは間違いではない。

 

「……でも」

 

 それは、私達が殺し合いをしている以上、こちらにも死の危険があるのは当然だろう。

 そう言うと、王様に鼻で笑われた。

 

「たわけ、それは筋違いというものだ。

 貴様はその教師を殺そうとしているが、かといって殺し屋共を殺そうとしている訳ではない。ならばそ奴らが向ける死の危険など横槍以外の何物でもなく、又それに律儀に応えてやる道理も無い。

 言うなれば、盤面の駒を第三者が断りも無く動かしてくる様なものだ。叩き出さぬ方がどうかしておろう」

 

 そう言われると成る程と思う。確かに殺し屋が私達に矛先を向けるのは可笑しく感じる。

 であれば。と、王様が話を戻した。

 

「貴様が事を成すには、憂いを断つための護衛が必要だ」

 

「護衛、ねぇ」

 

 こくりと一つ頷きを返される。ギルの言う通り、護衛が付けば暗殺はやりやすくなるとは思うが、それは難しいとも思う。

 生徒一人一人に対して護衛を配置するというのは現実的ではないし、仮にそれが可能だったとしても、機密保持は非常に難しくなる。傍で守るのは人目を引くし、陰ながら守っては咄嗟に間に合わないだろう。

 

「……あ」

 

 それらの問題をどうするのかと考えていると、一つの考えが思い浮かんだ。横で王様が溜息を一つ零した。

 

「そうだ。貴様の懸念を全て解決する方法がある」

 

 どうやら、私の脳内は御見通しだったらしい。ギルガメッシュが朗々と語り出した。

 

「その護衛は例えば、そうさな―――

 傍らで守りに着こうとも霊体化で周囲に存在を察知されず、念話を用いて円滑な情報の共有が可能であり、有事の際は令呪によって離れていようとも召喚が可能である―――サーヴァントの様な存在が最適と言えるだろうな?」

 

「ぎ、る―――」

 

「……で、どうだ?

 ここに一騎、手の空いているサーヴァントがいる訳だが?」

 

 王様の目がこっちに向いた。その赤い瞳は、ほんの少しだけつまらなさそうに細められている。

 

 ―――あぁ、そうだ。

 

 折角王様と再会できたのに、私とした事が一番大事な事を今の今まですっぽかしていた事に気付かされた。

 

 

 

 

 

「……ふふっ」

 

 つまり―――彼は、再契約をするぞと言っているのだ。

 それなら「再契約だ」の一言で良いのに、ほんの少しだけ不機嫌なのは、多分私が何時まで経ってもその事について話さなかったからだろう。ずっと一緒にいた所為ですっかり忘れていた。

 

「あははっ――――――!」

 

 王様がそれを面白くないと思っている―――言ってしまえば、不貞腐れているのだろうか? 私が再契約しようと言い出さないのを不満と感じていたんだとしたら?

 そうなんだとすれば。そう思うと、笑いがこみあげて来た。

 

「く、くく……ッ」

 

 口を押えて笑い声を抑える。こんなに笑うのは久しぶりだ。王様と旅をしていた時でさえ、片手で数えるくらいしか無かったかもしれない。内側に籠った可笑しさをどうにか発散させたくて、ぱたぱたと足を動かした。

 

「……我の言葉を笑うか。不敬であるぞ」

 

「ははは……い、痛い。痛いってばギル」

 

 少し強めに頭を撫でられる。押さえつける様なそれはそのまま彼の心情を現していた。

 暫くそんなやり取りをして、ようやく笑いも収まった。それに伴って立ち上がる。

 

「王様―――ううん。英雄王ギルガメッシュ」

 

 彼の目を見る。真っ直ぐに見つめ返してくる紅玉はとても優しい色をしている。何時からか、こんな目で見られる事も増えていた気がすると、頭の中の遠い所でぼんやりと思った。

 

「再契約、して」

 

 サーヴァントとの再契約も魔術の一種なのだから、多分特別な詠唱や儀式があるんだとは思う。しかしそれを知らない私にはそんな気の利いた厳かな事は出来っこない。

 結局、口から出たのはそんな簡潔な一言だった。

 

「フッ……良かろう。腕を出せ」

 

「うん―――ッ」

 

 差し出した手をギルガメッシュが取った。それと同時に、コードキャストを使用した時と同じ頭痛が走る。恐らく、パスを繋いだことで回路に影響があったんだろう。予期せぬ痛みに崩れ落ちそうになったのを、王様が腕を引いて引き寄せる事で防いでくれた。

 

「良し。契約は此処に完了した。

 かつての如く我を愉しませよ―――雑種(マスター)

 

「……ぁ」

 

 ギルガメッシュの言葉に離された左手を見ると、見慣れた刻印が手の甲に浮かんでいた。

 

 サーヴァントとの契約を示すマスターの証……令呪。

 かつて中央の一画をその手に残すのみとなっていた刻印は三画全てが復活しており、三匹の蛇が絡み合う様な図形を描いていた。完全な形のこれを見るのはもう何年ぶりになるだろう。

 

「……二度ある事は、って言うけどなぁ」

 

 令呪を見ながらそんな事を呟く。実際、私はギルガメッシュと契約するのはこれが三度目である。一度目は令呪を全て捧げるとんでもないもの。二度目は表に戻ってからの再契約だった。

 同じ英霊と三度に亘って契約を結ぶなんて事をしたマスターは、多分地上とムーンセルを合わせても私くらいしか例が無いんじゃなかろうか。

 

 フン、と王様が笑った。

 

「たわけ。これは三度目の正直というのだ」

 

「……うん、そうだね」

 

 ごめんと謝る。二度ある事はというのは、確か悪い意味だった筈だ。この場には相応しくない言葉だった。

 だから、言うべきはそんな事じゃない。

 

「ギル」

 

「何だ」

 

「よろしく」

 

「―――うむ」

 

 ぽんと頭に手を置かれる。それだけで随分と安心してくる自分自身に、我ながら現金だなぁと笑ってしまう。

 

 ずっと傍らにあった己の半身を取り戻した充足感を胸に抱きながら、その心地良さに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、改めて我のマスターになったのだ。であれば以後、あの劇物を主食とする生活は断じて許さんからな?」

 

「そんなぁっ!?」

 

「おのれっ、やはりしていたか!? 即刻禁止だ雑種ゥ!」




白野の切り札

1.王律鍵バヴ=イル
2.????
3.??????????????

作中でも語られていますが、白野が王様みたいに財宝ドカドカ撃ちまくるというのは一応出来ません。でもいつかはやらせたい。


遅れた理由は、説明会を纏めるのが難しかったのと、イベントが畳み掛けて来て……採集大戦なんて始まったら執筆してられないよ……

説明だけじゃ読むのもしんどいかなと思ってイチャイチャも入れたりしてたらこんな時期に……デレさせ過ぎたかもしれませんが、旅をして仲が深まってる上に今回の金ぴかは久しぶりの再会で相当浮かれてたという事で一つ。
ちなみに私は、互いに大好き愛してるというでろ甘い金女主も好きですが、意訳必須のデレを不意に叩き込む金ぴかと、それに振り回されるはくのんが大好きです。

次回はやっと暗殺教室に戻るよ……いよいよあの子が登場です。



更新滞ってる間に引けた人達。

・アナスタシア(雪○大福を触媒に召喚成功)
・アキレウス(ニーンジン!ニーンジン!ってコールしながらの10連で召喚成功)
・エルバサ、ケイローン、バサランテ(↑のアキレウス狙いで回したらアキレウスよりも先に来た。バサランテは皇女の時も来たので二人目)
・魔神剣士おきた☆オルタ(貯めたタダ石の10連で召喚成功)

 雷帝はそもそも回してません。メルト復刻はまだか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.砲台の時間

律登場です。
大改造まで行きたかったんですが、長くなりそうだったので分けました。


 

 もうすっかり通い慣れてしまった山道を歩く。修学旅行を挟んだ所為か、何時もよりも足が重い気がした。楽しいとは一概には言えず、更に私にとっては王様との再会という特大過ぎるイベントもあった修学旅行も終わり、今日からはまた通常授業だ。

 

 山道を歩く私の横にギルガメッシュの姿は無い。霊体化しているという訳でも無く、本当にこの場にいないのだ。「何かあれば念話か、急ぎであれば令呪で呼べ」との事で、今日彼は家でお留守番である。

 護衛がどうこうと言っていた割にこの対応なのは、本当に自分から行動するのが面倒だからなのか、それとも私に対して何があっても自分を呼ぶ時間くらいは稼げるだろうという信頼をしてくれているという事なのだろうか。判断に困るが、何となくどっちもな気がする。8:2で面倒な方が多いくらいだろう。

 まぁとはいえ、気紛れな彼の事だ。多分その内学校にも霊体化して一緒についてくる気がする。そうなれば一緒に登下校だ。そう考えると何だか楽しい。

 

 しかし、こうも着いて行く気は無いと面倒オーラを前面に押し出されると、やはり私に持ち掛けた護衛の話は本当に再契約の建前だったんだなという認識が大きくなる。その事にニヤついてたらげしげし蹴られた。それがまた可笑しくて懐かしかった。

 王様もそう思ってくれたのかは不明だが、途中から蹴りの威力も弱くなり、最後は一緒にくすくす笑ってたっけ。

 

 ……ちなみに彼から告げられた麻婆常食禁止令は、すったもんだの舌戦を繰り広げた後に、週三回までなら許容するという条件で結論が出た。何時になったら王様は麻婆の美味しさを解かってくれるのだろうか。

 

「白野ちゃーん! おっはよー!」

 

「おはよう、倉橋さん。片岡さんも」

 

「うん。おはよう岸波さん」

 

 勢い良く駆けて来た倉橋さんと追いかけて来た片岡さんに挨拶を返し、分かれるのも何なので一緒に歩く。

 雑談の内容は昨日見たテレビの話やどこの店のスイーツが美味しい等の一般的な話から、殺せんせーを殺すためのアイデア等のE組独特な会話まで様々だ。倉橋さんがコロコロと表情を変えながら話すので、見ていて飽きない。

 

「そうだ、昨日烏間先生からのメール見た?」

 

「あー、来てたね確か」

 

 片岡さんの言葉で思い出した。携帯を取り出してメール画面を開く。クラスでやってる事が(暗殺)なので、連絡を円滑にするためにも、教師陣には連絡先を伝えてあるのだ。

 恐らく一斉送信されたであろうメールには、こんな事が書かれていた。

 

『明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接してほしい』

 

 ……との事だ。

 

「転校生、なんだよね? 本校舎から移動してくるんじゃなくて」

 

「そうね。外からE組に来るって事は―――」

 

「―――先ず間違いなく殺し屋だろうね」

 

 片岡さんの言葉を受け継ぐ形で答える。否定の意見は無いのか、特に二人から声は上がらなかった。

 

 正直、ついに来たかと思う。教師(イリーナ先生)で駄目なら生徒として、という事だろう。殺せんせーは教師として行動する以上、生徒の前で教壇に立たなければいけない。生徒の位置から殺せるなら暗殺もしやすいだろう。

 

「……でも、外見に驚くってどういう事かな?」

 

 倉橋さんがぽつりと疑問を口にした。

 

「んー……外人、とか? ビッチ先生みたいに」

 

「それだったらビッチ先生で見慣れてるし、今更外国人くらいで驚かないけどなぁ」

 

「それもそっか」

 

 二人して頭をひねっている。すると、意見を求める視線が片岡さんから向けられた。

 

「……どう見ても同級生じゃない。とか?」

 

 思った事を口に出すと、二人は小首を傾げて続きを促してくる。揃った動きが可愛い。

 腕を組んだ状態でぴんと一本指をたて、持論を述べた。

 

「殺し屋だとして、国が参加させるって事は相当期待できるって事だと思う。そして、そんな殺し屋が私達と同世代だとは思えない。きっとこの暗殺に参加できるだけの実績を持ってるんだと思うし、それだけのキャリアを14~5年で立てられるとは考えにくい。

 ……なら、どう見ても三十代四十代の髭もじゃなオジサンとかが、学生服着て座ってるって事なのかもしれない。それなら『多少外見で驚く』って言葉も納得できるし」

 

「「成る程!」」

 

 二人そろった納得の声。どうやら私の考えは受け入れてもらえたらしい。

 それからは三人で転校生の外見予想だ。既に二人の中では髭のおじさんが転校生のデフォルトとして存在しているらしく、勝手な憶測を立ててはオプションを付け足していく。

 グラサンを掛けさせて煙草を咥えさせるのはいい。スキンヘッドに刀傷もありだろう。だが背中の入れ墨と長ドス装備はちょっと待てと言いたい。殺せんせーを殺すのに純粋な刃物は必要無い……多分不破さん辺りが仕込んだ任侠漫画の知識なんだろうなぁ。

 

「……まぁ、実際に見てみれば分かるんじゃないかな?」

 

 着物を着せようとした所で流石に止める。一応学生なんだから制服に決まってるだろうに。

 

「う、うん。そうね」

 

 倉橋さんと一緒になってはしゃいでいたのが少し恥ずかしいのか、片岡さんの頬がほんのりと赤い。

 

 校舎が見えてきた辺りで話を切り上げて教室に向かう。心なしか二人の足が若干早い気がする。多分転校生が楽しみなのだろう。そうして教室の所まで行くと、入り口で潮田君達が固まっていた。

 

「おはよう、どうしたの?」

 

「あ、岸波さん……えっと、その」

 

「……見た方が早い」

 

「そう?」

 

 杉野君が道を開けてくれたので、ひょこりと覗いてみる。そこには見慣れた教室の景色が広がっていたが……一つ、どうしても目を逸らせない物があった。

 

「……は?」

 

 箱。

 そうとしか形容出来ないものが堂々とそこにある。私の席の二つ左隣。窓際最後列の席の所に、椅子の代わりに平たい箱が鎮座していた。何か液晶とか付いてるし……

 

「――――――」

 

 すると、その液晶部分に映像が映し出された。人の顔だった。

 

「おはようございます。今日から転校してきました、『自律思考固定砲台』と申します。よろしくお願いします」

 

 如何にも口周りだけ動かしてますといった表情の動作でそう告げた画面上の少女は、言うべきことは言ったという事なのだろうか、画面を消して沈黙してしまった。一切の抑揚を感じさせない、正に機械的な音声だった。

 

 ―――言動から察するに、アレが件の転校生という事なんだろうか。

 

 確かに驚く外見をしているが、中身の方はそうでもない。

 

「なんだ……AIか」

 

「「「「「軽いッ!!?」」」」」

 

 私の声にその場の全員が反応した。え?

 

「え……そんなに驚くような事?」

 

「そりゃそうだろうよ……」

 

「流石にちょっとその、淡白過ぎないかなーって、思うんだけど……?」

 

「まさかの人外だよ白野ちゃん!? オジサンですらないよ!」

 

「お、オジサン? ……まぁ、予想のはるか上ではあるだろ」

 

「冷静に考えて岸波さん。AIよ? 人じゃなかったのよ? 普通驚くでしょ?」

 

 立て続けに話される皆の言葉に、あぁ成る程と納得した。

 

 ―――つまり、私と皆とでAIについての認識が違うんだ。

 

 多分皆にとってAIっていうのは、映画とかゲームの中に出てくる近未来的な物なのだろう。それが現実として自分の目の前にあるから驚愕も大きいんだと思う。

 しかし、それに対して私にとってAIというのは随分と身近な存在だ。0と1で構築された霊子虚構世界において、AIというのはごくありふれた存在だった。ムーンセルでも校舎内にはNPCがいたし、言峰や桜といった上級AIも知っている。AIでこそないが、出会った頃のラニなんかは、言い方は悪いがあの砲台少女と似たような印象だったしね。何より、私自身が元々AIみたいなものである。正確にはNPCだが。

 だからAIという存在に対して、他の皆より驚愕の度合いが小さいのだろう。

 

「いや、オジサンが座ってるよりは最新技術の結晶ならまだ現実的かなぁって……」

 

「どう考えても機械よりオジサンのほうが現実的だよぉおおおお!!」

 

「あぅう、揺らさないで……」

 

「……なぁ片岡、オジサンって何だ?」

 

「あぁ……えっとね―――」

 

 取り敢えず、私の肩を掴んでガックンガックンと揺さぶって来る倉橋さんは落ち着いてほしい。あと一番非現実的な存在はここの担任だと思う。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 その日の授業が始まった。

 

 朝のホームルームで烏間先生から自律思考固定砲台の紹介があったが、物凄く疲れた顔をしていた。まぁ、無理も無い。常識的な烏間先生にとってはかなり扱いにくい案件だった事だろう。

 

 彼女がこの教室に投入された理由としては、どうも殺せんせーが国と結んでいる契約に関係があるらしい。

 殺せんせーは生徒に対しては危害を加えないという契約を政府と結んでおり、それ故に私達には「手入れ」という方法をもって対応してくる。そしてどうもその契約対象外である殺し屋にも手入れで対抗しているらしく、修学旅行のスナイパーなどもそれが遠因で暗殺の仕事を降りたとの事だ。これは烏間先生から聞いた。

 

 そうして政府が考えた事が、手入れで暗殺の妨害をされるなら手入れ出来ない存在を送り込めばいい―――という事らしく、物理的な干渉が不可能なAIを生徒としてE組に送り込んだという事情らしい。彼女の暗殺を中止するならば破壊するしかないが、顔と人格を持つ彼女はれっきとした「生徒」であり、危害を加えてはならないという契約がある以上殺せんせーは彼女に対して手を出せない。

 

 つまり殺せんせーにとって、どうする事も出来ない殺し屋が至近距離に常駐する事になる。暗殺を進めていく上でこれは大きな一手になるだろう。シンプルな契約を逆手に取った、巧いやり方だと言える。

 

「いいでしょう自律思考固定砲台さん。貴女をE組に歓迎します!」

 

 殺せんせーがそう宣言した事で、正式に自律思考固定砲台が生徒としてE組に加入した。

 まぁ書類上は一介の雇われに過ぎない殺せんせーに生徒の受け入れを決定する権限なんてものがある筈ないので、この宣言は確認以外の何物でもない。だが受け入れるという姿勢を示す事は意味があるだろう。

 

 

 

 そうして新顔一人を加えて始まった授業だが、今の所なんの問題も無く国語の授業は進行していた。あんな体でノートはどうやって取るのかと思っていたが、多分板書内容をデータに加えてるとかそんな学習法なんだろう。楽そうで少し羨ましい。

 烏間先生が彼女を指して「ずっと銃口を向ける」と言っていたから少し心配だったのだが、授業中の暗殺は禁止というルールくらいは教えられているのかもしれない。

 

 ―――でも、どうやって撃つんだろう?

 

 ちらりと左へ視線を送る。その外見はやはりどこからどう見ても箱そのものであり、銃を構える腕なんて見当たらない。見た所、銃口らしき穴も確認できない。これでどう射撃を行うというのか。前の方でも茅野さんと潮田君がその事について話しているらしく、顔を寄せて小声で話している。

 

「―――この登場人物の相関図を纏めると……」

 

 殺せんせーが板書のために後ろを向いた。その時―――

 

「――――――」

 

「え」

 

 ガションガションという機械的な音に思わず横を見ると、転校生から銃が生えてきた。いや、生えてきたというよりは展開したと言った方がいいだろうか。

 機体横の部分が開いたと思ったら、そこから銃を搭載したアームが飛び出してきたのだ。その展開スピードも尋常ではなく、銃の体積はどうやってあの機体内に格納していたのかという大きさだ。

 

「やっぱり!」

 

「かっけぇ!」

 

「……おぉ」

 

 潮田君達の驚愕の声が聞こえてくるが、こればかりは私も驚いた。多分朝のAIに対する認識とは違い、今回は皆と感情を共有していると思う。AIやプログラムといったソフト面については経験値が豊富な自信があるが、こういったハード面についてはあまり知識も経験も―――

 

 ―――いや、あるか。

 

 うん、修正。こっちの経験値もよく考えたらそれなりに豊富だった。王様の宝物庫にある、これよりも更に内部機構どうなってんだコレと思わざるを得ないようなハイパーウルクテクノロジーの数々と比較すれば、体積を無視した展開機能とか可愛いものだ。

 そうだな、王様の宝具に比べたら全然常識的だった。向こうは例えば全自動調理宝具とか、自動防御宝具とか、天翔ける王の御座(ヴィマーナ)とか……もう意味が分からない。ホントあれ内部機構は何がどうなって機能してるんだろう。元に戻る保証は微塵も無いが、一回くらい解体(バラ)してみたい。

 

 

 そんな事を考えていた私をよそに、転校生は射撃を開始する。固定砲台の名に違わぬ濃密な弾幕が形成され、殺せんせーへと迫る。同規模の弾幕なら他の生徒達でも出来るだろうが、どうしたって人手が必要になる。それを一人でやってしまえる辺り、政府が送り込んでくるだけのスペックがあると再認識した。

 

 しかしそこはマッハ20の怪物先生だ。初見ならともかく、弾幕自体は私達で見慣れている。案の定スイスイと躱してしまった。

 

「ショットガン四門に、機関銃二門……。濃密な弾幕ですがここの生徒は当たり前にやってますよ」

 

 黒板に跳ね返る弾さえ背中を向けたまま避ける余裕を見せながら、殺せんせーは語る。

 

「それと、授業中の発砲は禁止ですよ」

 

「……気を付けます。続いて攻撃に移ります」

 

 気を付けますとは。

 

 そうして再び展開される銃器の腕。今までは聞こえなかった発砲音が、再び授業中の教室に響き渡った。

 

「……こりませんねぇ」

 

 殺せんせーも緑と黄色の縞模様の(ナメている)顔になってこれに相対した。まぁ横で弾丸を吐き出した銃の種類をざっと見るに先程と同様のラインナップだし、結果は何も変わらない―――

 

「――――――ッッ!!?」

 

 ……当たった。

 

 チョークを持った殺せんせーの指先。そこが見事に吹き飛んでいた。

 

「――――――」

 

 誰も言葉を発しない。当然だろう。殺せんせーに対して明確なダメージを与えられたのは、今の所数えるくらいしか無い。それも一月以上訓練を費やしての結果だ。

 だというのにこの転校生は、それをたった二回の射撃でやってしまったのだ。殺せんせーがあの顔色を浮かべていて油断していたというのもあるかもしれないが、それを差し引いても、彼女の実力が途轍もないものであるという事に変わりはない。

 

 持っていたチョークが床に落ちて二つに割れる。その横で、破壊された触手がビチビチと暴れていた。

 

「そうかよめたぞ……あ、あれはまさしく陰陽撥止」

 

「知っているのか、不破……」

 

「うむ」

 

 硬直からいち早く立ち直った不破さんがそんな事を口にし、菅谷君がそれに反応した。二人の話している内容によると、初撃と全く同じ軌道で二撃目を放つ事で攻撃を隠す技法らしい。正確には少し違うとの事だが原理は近しいものだとか。多分何かの漫画知識なんだろう。

 ようは隠し玉(ブラインド)。殺せんせーはそれにやられたという事だった。

 

「右指先破壊。増設した副砲の効果を確認しました」

 

 ―――成る程、「自律思考」か。

 

 暗殺対象(ターゲット)の防御パターンを学習して対策を自分で考えだす。その度に武装とプログラムに改良を繰り返して確実に追い詰めていく……という事なのだろう。

 

 彼女なら殺れるかもしれないと、自然にそう思った。実際に実力を目の当たりにしてしまえば無理も無いだろう。事実として、今最も殺せんせーの首に近い生徒は彼女だ。授業(学習)時間が豊富にあるこのE組は、実に彼女向きと言える。

 

「よろしくお願いします殺せんせー。続けて攻撃に移ります」

 

 そう言って、彼女は次の自己進化(アップデート)に取り掛かった。




 
コメントでも何度か言われているのですが、プログラムの律と元NPCな白野の相性は良いので、必然的に絡みが多くなりそうです。

金ぴか様には家で留守番してもらったり、学校に来ても霊体化しててもらいます。
そのため、金ぴか絡みの騒動はまだ先ですが、裏で何やってんだコイツという不安を楽しんでもらえたらいいなぁ。

次回は改造の時間です。





追い課金で以蔵さんを宝具5にできました。聖杯使うかは検討中。
タダ石10連で水着ノッブ引けました。ネロ狙いに課金するかは検討中。
メイドオルタは回さない。騎も弓も戦力は充実してるし、頼光さんは何故か食指が動かない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.改造の時間

遅くなって本当にすいません。
北欧の姫路城がオニランドで……


 

 玄関をくぐると、それまで抑えていた疲労が波の様にどっと押し寄せる感じがした。帰って来た事で終わったという実感が強くなったからだろうか。

 

「ム、戻ったか」

 

「うん……つかれた」

 

 ギルガメッシュへの挨拶もそこそこに、ソファーに体を放り出す。ほんの少しの浮遊感の後で、体がクッションに沈み込んだ。

 行儀が悪いという事は分かっていたが、やっと終わったという解放感には逆らえなかったのだ。プライベートな空間だし、これくらいは許されると思う。

 

「邪魔だ、起きよ雑種」

 

「ぅあ」

 

 頭を掴まれて強制的に上体を起こされる。後方に感じた気配から、私の頭があった場所に腰掛けたのだろう。ソファーの上で体勢を直してから横を見ると、案の定ギルガメッシュがそこに座っていた。手にはワインとグラスが握られている。

 

「随分と疲労が激しいようだが何だ、鬼ごっこにでも興じたか?」

 

「鬼ごっこって……」

 

 多分殺せんせーをナイフ片手に追い回したのかという意味だろう。実際にその光景を想像しようとして、やめた。ペタペタと触手を打ち合わせながら高速で分身して逃げる殺せんせーとか、想像するだけで鬱陶しい。

 

「暗殺というより、掃除が大変な日だった」

 

「……貴様、生徒ではなかったのか?」

 

「そうなんだけどさぁ―――んんっ」

 

 一つ伸びを挟む。ポキポキと背骨が音を立てた。

 

「―――ふぅ。転校生がさ、派手に散らかしたもんだから」

 

「ほう、あのメールに書かれていた転校生とやらか。詳しく聞かせよ」

 

 ギルガメッシュには簡単にではあるがクラスメイトの事を伝えてある。私も全員の人となりを知っている訳ではないので、本当に触り程度の事だが。その途中で烏間先生からのメールを受け取っていたため、彼も転校生が来るという事は知っていたのだ。

 

「うん。えっと―――」

 

 そうして、ギルに今日の事を話す。

 

 授業中の発砲は禁止と言われていたにも関わらず、自律思考固定砲台はその授業中ずっと攻撃の手を休めなかった。そして彼女の攻撃とはナイフではなく銃なので、攻撃の後は対先生弾がその場に残る。

 一時間目が終わってみれば、教室の床や机の上は大量の弾でごちゃごちゃだった。多分、律以外の全員で弾幕を形成したとしても、あぁはならなかっただろう。

 

 そして暗殺のために設計された機械に掃除機能なんてものが搭載されている筈も無く……その教室の掃除をするのは、発砲のせいで授業を受ける事さえまともに出来なかった他の生徒達という訳だ。

 しかもそれで掃除をしたとしても、次の授業でも同じことが繰り返される。結局今日でまともに授業を行えたのは、体育とイリーナ先生の授業だけだ。

 

「成る程、AIとはな」

 

 私の話を聞いてギルガメッシュは口元にうっすらと笑みを浮かべている。懐かしい、とでも思っているんだろうか。

 

「しかし性能は低いようだな。入力された命令をただ実直に遂行し、それ以外には無関心で融通も利かん。問題解決に対して最短距離は行けるが最適解は導き出せんといった所か。

 それでよくもまぁ自律思考などと……最新技術が聞いて呆れる」

 

 浮かべていた笑みが嘲りを含んだものに変わった。下されたのは辛辣な評価だ。

 

「一応、この世界じゃ十分ハイスペックだと思うよ」

 

「たわけ。我等からすれば型落ちの劣化品に過ぎん」

 

 まぁ王様の言う事も尤もではあるのだが。何せ私が知っているAIは、ともすれば人間以上に人間味に溢れていた。言峰や藤村先生に……桜。彼らと比較してしまえば、感情なんて1バイトも感じさせない自律思考固定砲台は確かに劣って見えてしまう。それは仕方の無い事だ。

 

 世界の隔たりは大きいという事かと納得し、溜息を一つ。

 

「……でも、このままじゃなぁ」

 

 再度伸びをしながら、明日からの事を考える。

 

 彼女は明日以降もずっと射撃を続けるだろう。それは彼女が生み出された目的が目的である以上仕方の無い事ではあるが、だからといって授業を受けられないのは困る。ならば便乗して暗殺をしようにも、彼女が一機で形成する弾幕は密度が高く、弾速も速い。手持ちの銃で差し込んだ所で銃弾の壁に弾かれるだろう。もしかしたら妨害するななんて事すら言ってきそうだ。

 

 下らんな、と声が聞こえた。声がした方向では王様がグラスを回している。

 

「貴様が対策を講じるまでもない。明日には片付いているだろうよ」

 

 そう言ってギルガメッシュはワインを飲み干した。

 

「……何でわかるの?」

 

「わかるも何も無い。実利で動くのがAIなら、感情で動くのが人間というだけの話だ」

 

「? えー……っと」

 

 言われた事が今一ピンと来なくて首を傾げていると、王様から補足が入る。

 

「あぁ―――それを言い表す良い言葉があった。確か……出る杭は打たれる、だったか?」

 

「……成る程」

 

 その一文で、ギルガメッシュの言いたい事が何となくわかった。

 

 つまり、私が何かするよりも先に他の誰かが行動を起こす。という事だ。

 

 確かに今日一日は彼女のせいで碌に授業も出来ず、休み時間の殆どは掃除に費やされた。彼女の暗殺姿勢に不満を持っている人は多いだろう。隣に座っている私でさえそうだったのだ。彼女の射線上に座っている人達が抱えているものは私以上だろう。

 その中の誰かが、彼女に対して何らかの対策を取るという事だ。

 

 ―――まぁ要約すると、和を乱す相手に対して諫言が入るという事なのだが。

 

 ギルがそう言うのならそうなるんだろう、彼の洞察力は確かだ。

 きっと磯貝君・片岡さんの委員長コンビ辺りが説得に当たるだろう。

 

「そういう事だ。貴様が何かをする必要は無い」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、ギルガメッシュがワインボトルを差し出した……注げ、と。

 

「はいはい」

 

 溜息を一つ吐いて、ボトルを受け取った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「……そういえば、今日一日何してたの?」

 

 とくんとくんと彼の杯を満たし、貴様も付き合えと宝物庫から出された飲み物を受け取ってから、ふと気になった事を聞いてみる。

 ちなみに私のグラス(彼曰く、これを求めて国がいくつか滅んだという代物らしい。色々な意味で重い)になみなみと注がれているのは果汁100%のジュースだ。流石にこの王様も、中学生に飲酒を強要するという事はしないらしい。

 

 再契約した以上、別々に離れるという事はあり得ない。そのため、ギルガメッシュもこの家に住むことになった。その際、「縦にも横にも狭苦しい、せめて土地をこの三倍は持ってこいというのだ」……と、周囲の建築物を無視した事を言いだしたのは記憶に新しい。

 そして今日は王様がやって来てから初の登校日だったのだが、ギルガメッシュは霊体化して私に同行せずこの家で留守番をしていた。この王様が家に籠って何をしていたのか、少し気になる。

 

「特にこれと言って特別な事はしておらんぞ。精々が模様替えくらいか」

 

 グラスから口を話したギルガメッシュが、酒精を帯びた息でそう答えた……ん?

 

 ―――模様、替え?

 

「……どこの?」

 

 すさまじく嫌な予感にうなじの辺りがざわつくのを感じながら訊ねる。

 

 ギルガメッシュがこの家で暮らすにあたり、彼に個室を用意しようかと最初に尋ねた所、要らぬと一蹴されてしまった。

 

『ただでさえ窮屈なこの家の中で、更に狭い空間へ我を押し込めようとは……貴様も随分と偉くなったなぁ雑種?』

 

 とか何とか。そんな言葉と共に頭をぐりぐりと押さえつけられては案を棄却するしか私には出来る事が無い。別に部屋を与えるだけで行動を制限する訳ではないのだが、きっと自室という明確な自由に出来る範囲を与えられる事で、それ以外が際立つのが不快だったんじゃないだろうか。

 ともあれ、本人が不要だと言ったのだから彼に自室は与えていない。基本的にリビングで暮らしている感じだ。

 

 それが、模様替え。

 

 ざっと見た所、リビングは家具の配置が変化した様子も黄金の何かが追加された気配も無い。ならば、違う部屋だろう。

 

「寝室だが?」

 

「……ちょっと見てくる」

 

 グラスを置いて二階の寝室へと足を進める。ギルガメッシュが追従する気配を後ろに感じた。

 ギルガメッシュが悪態を吐くくらいにはそう広くも無い家の中なので、目的の部屋にはすぐに到着する。他の部屋と同じ、何の変哲もない扉が私達を出迎えてくれた。

 

「――――――」

 

 しかし、私は知っている。この先に広がっている光景が今朝見たものと異なっているという事を。このひと月程、私が寝起きした空間ではなくなっているという事を。そしてそれをした存在があのギルガメッシュであり、当の本人が私が扉を開けるのをニヤニヤしながら後方で待っているという事を……!

 そう考えると、このごく一般的な木のドアが異界への入口にでも思えてくるから不思議である。もしくはサクラ迷宮20Fにあった空間の歪み。

 

「えぇい、ままよ―――!」

 

 じっとしていても埒が明かないので、思い切って扉を開け放つ。どうか金ぴかごてごてはしていませんように。そんな思いを抱いて一歩踏み出した私の視界に飛び込んできたのは―――

 

「、おぉ」

 

 驚愕が七に、感嘆が三。それくらいの割合で声が漏れた。

 

 先ず目に入る色は赤。次いで金。彼好みの豪奢な存在感を放ちつつも、決して目に痛々しくないだけの落ち着きを持つ。そんなメソポタミアの意匠が凝らされた装飾や家具によって、部屋の一画が彩られていた。

 それ以外の部分は現代日本の家具が置かれており、それは今朝寝起きした一室のそれと変わりない。彼が手を出したのは、本当に部屋の一画だけだ。それでもさほど広い部屋という訳でも無いので、一画とはいっても三分の一くらいには彼の手が及んでいる。つまりは狭い部屋の中に、神代と現代が主張し合っているという、見る人が見れば混沌(カオス)以外の何物でもない。そんな部屋。

 

 しかしそれでも不思議と、これ以上無い程に調和がとれている様に見えるのは、単に私がギルガメッシュと長く居過ぎた故に感性が引っ張られたか。

 ……或いは、その異文化を詰め込んだ様な一室が、かつてのマイルームを連想させるからだろうか。

 

「―――うん。いいな」

 

 感想を求める様な目線を後頭部に感じて、素直に思った事を口にする。であろうであろうと自慢気な声が横に並んだ。

 

「体を休めるだけの部屋とはいえ、殺風景に過ぎたのでな。

 寝室であれば客人を招く事も無いのだ。文句はあるまい?」

 

「まぁ、無いけど」

 

「フン」

 

 部屋一面がゴールデン仕様だったらどうしようとも思ったが、これくらいなら全然許容範囲内だ。万が一誰かに見られたとしても、変わった意匠というだけで誤魔化せる。誤魔化しにくいものもあるにはあるがそこはそれ、父の持ち物だったとでも言えるだろう。

 

 その誤魔化しにくい物であるワインクーラーから新しいボトルを取り出して、ギルガメッシュは再びグラスを傾けている。体を預けているのは、最早見慣れたと言って良いあの玉座だ。

 ふと気になった事もあり、声を掛ける。

 

「ねぇ、ベッドは?」

 

「ん?」

 

「何でベッドだけ、あのまま?」

 

 部屋の一画を指す。そこには大型のベッドが設置されていた。

 

 元々この部屋には三つのベッドがあった。家族全員が寝室として使用していたのだから当然と言える。安いのをまとめ買いでもしたのか、三つとも同規格だ。

 

 ギルガメッシュの模様替えにより、等間隔で並んでいた三つのベッドは一つに連結されており、それが窓に近い部屋の隅に設置されている。縦2横1のベッドを3つ繋げた上で90度回転、縦3横2のベッドになっていると言えば分かりやすいだろうか。枕の位置に巨大なライオンのぬいぐるみが置かれているのが可愛らしい。

 

 昔使っていた豪華な寝具ではなく、間に合わせのそれが一角を占めているというのが不可解だった。

 

「あぁそれか―――何、単純な話だ。

 あの寝台が蔵に戻っておらぬだけの事よ。間に合わせとして購入も考えたが、我が満足する品が近隣には無く、海外まで出向くのも億劫だ。オーダーメイドという手もあったが、それなら完成して到着するよりも寝台が回収される方が早い。

 故に今の寝台はそれでよかろうよ。アレが戻れば即刻入れ替える。貴様とて、そちらの方が良かろう?」

 

 その問いには全力で頷く。確かに寝心地は、かつて使用していたあちらの方が格段に優れているのは間違いないのだから。

 最高級の素材で織り上げられたとギルガメッシュが語った寝台宝具は、王の玉体を預けるに相応しい寝具という彼の言葉通り最高の一言に尽き、その寝心地は極上以外の何物でもない。特に肌触りなんて、王様が全裸で眠るのも納得できる素晴らしさである。何度か眠る内に私も全裸で寝てみたいとも思うのだが、その度に何とか自制している。それを堪能できる状況で眠ってしまえば最後、もう引き返せなくなるというのを本能で理解しているからだ。

 強いて欠点を上げるとすれば二度寝の誘惑に抗うのが難しいくらいか。かつての様に堪能したいと思うのは何もおかしな事では無い。

 

「そういう事だ。今暫くは貴様共々、快適な睡眠からは程遠いという訳だ」

 

「はぁい」

 

 ……その夜、意識が落ちる直前に「最優先事項だな」という呟きが聞こえた気がした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 結論から言えば、王様の言う通りになった。

 

 次の日、抱き枕にされる苦しさで普段より早い時間に目が覚めた事もあり、少し早めに登校した私が見たのは、自律思考固定砲台の展開部分を粘着テープで固定している寺坂君の姿だった。

 

『何、してるの?』

 

『あ? ……あぁ、岸波か。見りゃわかんだろ、押さえてんだよ』

 

『撃てないように?』

 

『おォ。あのタコの授業にも殺しにも興味はねーが、バカスカ撃たれんのは単純にうるせーし邪魔だからな。作ったヤツも、どうせなら常識くらい搭載しとけってんだ』

 

 そう言ってペタペタと粘着テープを貼っていく寺坂君に、自律思考固定砲台は何も反応を寄越さなかった。

 

『抵抗とか、しないんだな』

 

『……そういやそうだな。文句くらいあるかと思ってたが……

 まぁ楽でいいわな。寝てんのか?』

 

『……つまり寺坂君は今、意識の無い同級生をこれ幸いとばかりに緊縛しているという事に―――』

 

『なるかァ!!? 機械だぞ!?』

 

 そんな事を話しながらも拘束は完成し、その日一日はこれまで通り授業を受ける事が出来た。

 

 少し意外だったのは、寺坂君の行った対策に対して否定的な意見が一つも無かった事だ。

 いくらなんでもやりすぎでは? という声が上がるのではと予想していたのだが、委員長コンビを筆頭にそういった事を言ってきそうな人物は、全員が寺坂君の行動を容認していた。

 

『……ま、わかんないよ。機械に常識はさ』

 

 菅谷君が呟いたその一言に、その教室の状況が凝縮されているような気がした。

 

 ―――皆は、彼女を生徒ではなく兵器として見ているのだ。

 

 兵器だから常識も話も通じないし、人間じゃないから拘束する事にも躊躇いが無い。AIである桜を一人の人物として認識していた私にとって、それはかなりのカルチャーショックだった。

 

「何とか出来ないのかなぁ」

 

「ん、何が?」

 

 さらにその次の日。通学路で一緒になった杉野君・潮田君の二人と一緒に登校しながら、自律思考固定砲台についての話を振ってみる。

 

「あのAIっ娘だよ。どうにかならないかなって」

 

「だよなぁ。あぁも授業妨害されちゃあ、クラスが成り立たねーぜ。いっそ全員で烏間先生に苦情言うか?」

 

 寺坂達もこれは協力するだろと杉野君が続けた。潮田君はその言葉に苦笑いで返しているが、否定はしていない。苦情については彼も言いたい事があるのだろう。

 

「……どうにかして、彼女と協力できればいいんだけどな」

 

 苦情というよりは不満について同意しつつ、そんな言葉を口にする。

 

「……無理じゃね?」

 

「難しいと思うな……」

 

 案の定というべきか、二人から返ってきたのは否定的な意見だった。

 

「そうかな?」

 

「そうだろ。授業中の暗殺は禁止だって言われてんのに、殺すの止めねー奴だぞ? 俺等の事なんか考えない奴と協力するとか現実的じゃねーよ」

 

 下駄箱の前でそう言って、この話は終わりとばかりに杉野君は行ってしまった。潮田君もそれに続く。

 

「……私達の事を考えてない、か」

 

 ゆっくりと廊下を歩きながら、杉野君の言葉を反芻する。

 確かに彼女の暗殺は自分勝手だ。禁止されている時間帯での襲撃、他者を顧みない姿勢……クラスメイトに一切の配慮が無いその暗殺は、自分の都合しか考えていないという様な事を言われても仕方ないだろう。

 

 だが、彼女が入力された命令を実直にこなすAIであるという事を考えると、ある程度別の考えが浮かんでくる。

 

 恐らく自律思考固定砲台は、まだ他の人達と協力するという事を知らないのだと思う。彼女を作った人間がそう設定したからかもしれないが、彼女は協力するという選択肢が最初から自分の思考回路に存在していないのだ。それはこちらからの呼びかけや妨害に対して一切の反応を示さなかった事がその証明と言えるだろう。

 協力するという発想が無いから意思の疎通を行わず、相手の考えを考慮しないから妨害を想定していない。

 

 つまり、彼女の中に協力するという選択肢が発生すれば、この状況は改善できる可能性がある。

 

 AIの思考は論理的だ。コンマ数%でも確率が高いならそちらを優先するだろう。協力した方が殺せる確率が高いと判断すれば、彼女はきっとそちらに傾く。そして協力する以上は対話に応じる必要が生まれ、対話が可能なら話し合いで協調路線を取る事も出来るだろう。目指す先が同じなのだから、同じ歩幅(殺り方)で歩める筈だ。

 

 問題は、彼女にそれを説けるかどうかだが……今日の放課後にでも、教室に残って話してみるとしよう。暗殺の件で話があると言えば、流石に無碍にはしないと思う。

 

 それでもなお自分一人で殺そうとするのであれば仕方ない。自分としても手荒なことはしたくないが、霊子ハッカーとしての技能を使用して、少しばかり過激な話し合いを行う必要があるだろう。ひん剥いてやる。

 

「……ん?」

 

 とそこまで考えた所で、先に向かった二人が教室の入口で固まっているのを見つけた。人数の違いこそあるが、同じ光景を2日前にも見た気がする。

 

「どうしたの?」

 

「あ、岸波さん。えっと……」

 

「……アレ。何か、体積増えてね?」

 

「ん?」

 

 杉野君の言葉に導かれるままに、二人の間から顔を覗かせる。教室の中には自律思考固定砲台が昨日同様にそこにある……が、そこまで見て杉野君の言葉の意味が分かった。

 

 体積が、増えている。

 

 自律思考固定砲台の体積が、一回り程大きくなっている。分厚い板といった印象だった外見は、まるで二枚重ねになったかのにその厚みを増している。良く見ればこちら側についているのは全てが液晶画面らしかった。その画面に電源が入り―――

 

「―――おはようございます! 渚さん杉野さん―――岸波さん!」

 

 屈託の無い笑顔を浮かべる美少女が映し出された。

 

 淡々と口周りを動かすようだった画像的なそれまでの表情と違い、普通の人間の様な表情筋を意識させるものへと変化している。声も機械音声から感情を感じさせるそれへと変化しており、顔の変化と相まって違和感はどこにも無い。

 何より、顔だけだった映像部分は前面全てが液晶となった事により全身が表示され、その服装は私達と同様に椚ヶ丘中学の制服を纏っている。格好一つ違うだけだが、それだけで随分と親近感が増したように思う。

 

 AIとしては大成長。自分が良く知るそれ等と比べても何ら遜色は無い。

 

「おはよう、自律思考固定砲台さん。バージョンアップしたの?」

 

「はい!」

 

「「だから軽いッ!!?」」

 

「えぇ……」

 

 私の言葉に潮田君と杉野君が反応した。

 

「そんなに驚く事でも無いでしょ……?」

 

「驚くよ! 普通驚くに決まってんだろ!? これに驚かないで何に驚くっていうんだよ!!!」

 

 杉野君が私の肩を掴んで叫ぶように告げる。潮田君は言葉こそ無いものの、何度も頷いていて杉野君と同意見らしかった。

 

「いや、暗殺に支障があるなら改良くらいはされると思うけど……」

 

「そうだけど! そうなんだけどさぁ!! 変化の度合いがおかしいだろぉ!?」

 

「あぅう、揺らさないで……」

 

「す、杉野……気持ちはわかるけどその辺で……」

 

 がっくんがっくんと揺れる視界にデジャビュを覚えつつ、どうにか杉野君を落ち着かせることに成功した。

 

「……すまん、やりすぎた」

 

「いや、大丈夫だ。気にしなくていい」

 

「おやおや、朝から元気で実に結構!」

 

「あ、殺せんせー」

 

 もう聞き慣れてしまった奇怪な足音に振り返ると、我らが担任様がドヤ顔に近い笑みを浮かべて立っていた。

 

「どうですか皆さん、生まれ変わった自律思考固定砲台さんは!」

 

「あ、先生が色々やったの?」

 

「えぇ。クラスがあのままの状態というのは、流石に教師として無視できませんでしたからねぇ。

 だから昨日の内に個別授業を少し行ったんですが……岸波さんがアッサリした反応で、先生悔しいやら悲しいやらです」

 

 おーいおいと涙を流す殺せんせーが言った事に少し驚いた。てっきり開発元が何かしたのかと思っていたが違ったようだ。どうも私は、この超生物の万能性を甘く見ていたらしい。

 この世界の最新技術に一晩でここまでのアップグレードを施す手際と知識を有している。それはつまり、単純に考えてこの先生だけが最先端を突っ走っている事になる。しかも改良先が私の知るAIのレベルまで達しているという事は、彼方の世界との技術格差を考えて……一世紀は先に居るんじゃないだろうか、この教師は。そう考えると、確かにさっきはおはようと流せる場面でも無かったか。

 

「……内心では結構驚いてたから、大丈夫だよ殺せんせー」

 

「それは良かった」

 

 とはいえ、もう一度驚き直すというのも変なので、殺せんせーにそう告げるだけにしておく。然程引きずるような事でもなかったのか、殺せんせーはすぐに立ち直った。

 そうして、殺せんせーは自分が自律思考固定砲台に何をしたのかをつらつらと語り出す。表情がほんの少しドヤってるように見えるのは、多分気のせいでは無いだろう。

 

「親近感を出すための全身表示液晶と体・制服のモデリングソフト。

 全て自作で60万6000円!」

 

 おぉ、結構な金額をつぎ込んでる―――とは思うが、普通はこのレベルの改良をしようと思えば、もっと金額が掛かるだろう。その値段で済んでいるというのは、その分を技術で補っているからなんだろう。

 試しに少し触れてみると、くすぐったいですよぅと反応が返って来た……え、まさかタッチパネル仕様?

 

「ひゃあっ!? もう、何するんですか岸波さん!」

 

「ゴメンゴメン、ちょっと気になって」

 

 確認のためにスカートの裾を上へ弾いてみると、普通に怒られた。タッチパネルで確定か。しかもこれで怒るという事はつまり、怒りと羞恥の感情が搭載されているという事に他ならない。

 次やったら許しませんからねっと言いつつ、画面の向こうで人差し指をうりうりと動かす自律思考固定砲台の姿は何処にも違和感が無く、年相応の美少女だ。現実世界に動作を反映させるためなのか、私の頬にぐりぐりと押し当てられる銃口が物騒な事を除けば、だが。

 

「豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと追加メモリ。

 同じく110万3000円!」

 

 成る程。それだけの金額を掛けたのなら、このハイスペックっぷりも頷ける。多分ムーンセルの表側でマスターやってた頃の私よりも感情がはっきりしている。

 

 ―――こうしてE組に、この世界から見れば時代の先を行っていて、私から見れば技術が追い付いてきたと言える。そんなAIの殺し屋が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生の財布の残高…………5円!!!」

 

 ―――ついでにハサンも誕生した。




岸波家の寝室に裏側のマイルームが出現。きっとその内リビングもそんな感じになりそう。

律は白野と積極的に絡めていこうかなと思っているので、原作とは少し違った感じになるかもしれません。キャラ崩壊しない範囲ではくのんの影響を与えたい。

次回か、多分次々回で律は一旦終わりです。





サンバ……だと……?
今年のサンタはアタランテかネフェルタリだとばっかり……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.自律の時間

あけおめ(戯言)

随分時間が空いたのに、大して進んでないです・・・


 

 時間が経つと他の生徒達も次々と登校してくる。その一人一人に対して挨拶を交わし、コミュニケーションを図ろうとする自律思考固定砲台さんの変化は、概ね好意的に受け取られた。殺せんせーに改造されたという経緯こそとんでもないものだが、それで話が通じるようになったのだから問題無いという事なのだろう。

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって……」

 

「これ一応、固定砲台……だよな?」

 

 しかし、その変化の度合いに着いて行けてない人が一定数いるのも事実だ。まぁ愛想が無いどころか関わろうとさえしなかった存在が、一夜にしてビフォーアフターも真っ青な大改造・大変貌を遂げていればその急な変化に対応しきれなくても無理はない。

 私はAIというものはこういうものだという理解が先にあるから、さしては驚かなかったが。

 しかしその殆どは動揺が大きいだけで、受け入れられないという訳では無いらしい。恐らく数日も一緒に過ごしていればすぐに慣れるだろう。

 

「愛想よくても機械は機械! どーせまた空気読まずに射撃すんだろポンコツ」

 

 だが、受け入れるつもりが無い人物も存在する。ガムテープ拘束を強行した寺坂君はそう吐き捨て、自律思考固定砲台の変化を一笑に伏した。

 

「……仰る気持ち、わかります。寺坂さん……

 昨日までの私はそうでした……ポンコツ。そう言われても返す言葉はありません……」

 

 そう言って、自律思考固定砲台は泣いてしまった。

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろォ!?」

 

 残念だが寺坂君、誤解も何もその通りだ。

 

 それにしても、ここで怒らずに悲しむあたり、本当に感情表現が高性能になったなぁと思う。言われた事に対して反応するだけではなく、向けられた言葉を受け止めて、自分の行動と思考で分析してから言葉を返しているのだ。ただ言葉に反応するだけのプログラムならこうはいかないだろう。殺せんせーの改造がいかに規格外なものだったかが窺える。

 さて、そんな改造を施した張本人はというと―――

 

「…………ハァ」

 

 ……一歩引いた位置から皆を眺めつつ、肩を落として溜息を吐いていた。あそこは肩でいいんだよね?

 

「殺せんせー……その、気持ちはわかるけど」

 

「あぁ岸波さん。いえ、大丈夫ですよ……自分で決めた事ですから、後悔なんてしていませんとも。ですがねぇ……」

 

「……約二百万、か」

 

「うぅ……ッ!」

 

 私がそう言うと、殺せんせーは静かに涙を流し始めた。堪えていたものが溢れてしまったらしい。

 

 自律思考固定砲台は殺せんせーの改造によって、感情と協調性を獲得した。それは今後暗殺を行っていく上で大きな力となるだろう。昨日までのギスギスした空気も無くなったので、その点に関しても殺せんせーは教師としていい仕事をしたと胸を張って言える。

 しかしその代償として、殺せんせーの財布からは決して少なくはない金額が飛び立っていくことになった。駄菓子やアイスなんかで散財の激しい殺せんせーにとっては相当厳しい筈だ。

 本人が言っている通り、それだけの金額を自律思考固定砲台さんに突っ込んだ事は後悔していないんだろう。しかし、次の給料日までの苦しさを考えると憂鬱になる、といった具合だろうか。

 

「次の給料日まではほぼ一月……食べられるお菓子は五円チョコ一枚……しかもっ、一日ほんの一かけら……!

 貧乏……圧倒的貧乏……ッ!」

 

 ……残った僅かな金額で真っ先に心配する事がお菓子代(遊興費)な辺り、別生物とはいえ大人としてどうかと思う。いやまぁ、5円で購入できる他の物って何だという話ではあるのだが。貧乏人の味方であるもやしでさえ、安くてもその五倍は持ってこないと駄目だろう。

 

 ―――それにしても、お金かぁ。

 

 ふむ、と(ムーンセル時代)を思い出す。

 今でこそギルガメッシュの黄金律による恩恵を受けた事もあって億単位の金額を有している私だが、思えば始まりは酷いものだった。

 少ない金額は王様に使うアイテムへと消え、迷宮では遠坂マネーイズパワーシステムが立ちはだかり、それを乗り越えるためのハーウェイ・トイチシステムの洗礼、そして極めつけは取り立てに聖剣を抜刀する円卓の騎士(借金取り)……うん、私は金銭関係の受難が酷いと思う。

 

「……ん?」

 

 一通り昔を懐かしみ、これからもお金には気を付けようと決意を新たにした所でふと思った。

 

 ―――これ、使えるのでは?

 

 ちらりと隣を見ると、五円チョコをどうやって食いつなぐかの計算を必死で行う殺せんせーが目に入る。その間にも、自律思考固定砲台さんの衝撃から回復した生徒達がナイフや銃で暗殺を試みているが、まるで掠りもしない。

 ……うん、この回避能力なら問題無いだろう。確信を持った私は、殺せんせーに銃弾を撃ち込みつつ話しかける。

 

「殺せんせー、一つ提案があるんだが」

 

「表面の凹凸分の質量を計算すると……おや岸波さん、提案ですか? 一体何でしょう」

 

「あぁ―――短時間で稼げる、良いお金儲けの話なんだけど」

 

「……嫌な予感しかしない誘い文句ですねぇ」

 

 まぁ確かにそれはそうだ。似たような言葉の詐欺はよくあるが、そんな詐欺師でももっと言葉を尽くすだろう。

 とはいえ殺せんせーは取り合わないという事も無く、私の話を聞いてくれるつもりらしい。どうも本格的に切羽詰っているようだ。

 

「それで、何でしょう? 身分を隠して新聞配達のアルバイトとかですか?」

 

「いやいや、身分は隠さなくていい、むしろ超生物って事を前面に押し出す稼ぎ方だよ」

 

「はて……?」

 

「……ちっくしょぉ、当たらねー」

 

「話が気になるならそっちに集中しとけよ……」

 

 首を傾げた殺せんせーが残像を残して分身し、前原君と木村君のナイフが空を切る。そんな光景を前に、私は殺せんせーへと提案を開始する。そう―――

 

「簡単だよ。

 ……ハンデを売るんだ」

 

「……はい?」

 

 ―――マネーイズパワーシステムの導入を。

 

「例えば今みたいに、ナイフで攻撃したいけどどうやっても攻撃が当てられない。そんな生徒とか殺し屋に、五千円払ってくれたら一秒間その場に留まって回避しない事を約束する……どう?」

 

「にゅやあぁっ!? 命の危険がお手頃価格!? な、何ですかそのおぞましいシステムは!?」

 

「「採用!!!」」

 

「しませんよそんなリーズナブルに死ねる制度!!」

 

 話を聞いていた男子二人からは財布を取り出しながらの大賛成が得られたが、当の本人には真っ向から否定されてしまった。むぅ、押しが今一つ弱かったか……。

 まぁそれも当然ではあるんだろう。学生に手が出る程度の金額では命の危機と釣り合わないだろうし……つまりもっと高額なら殺せんせーも揺らぐかな?

 

「じゃあ、一秒停止で一千万なら?」

 

「にゅぐっ。い、いっせんまん……五円チョコ二百万枚……」

 

 いや、そろそろ五円チョコから離れようよとは思うが、少しグラついたらしいのでそのまま畳み掛けてみる。

 

「そうだよ殺せんせー。想像して? そんな事になったら、ちまちま欠片を齧ってひもじい思いする事もないんだ……

 むしろ逆、五円チョコを一気に五百円分頬張る事だって可能……! たった一秒動かないだけでだよ? どう?」

 

「にゅにゅにゅ……いや、しかし……」

 

「そうだよ殺せんせー、それだけあったら駄菓子屋の棚全部買いだって出来ちゃうかもねぇ」

 

「にゅぅうゃああああああ……」

 

 殺せんせーは悶えるような声を上げて悩んでいる。しかも有難い事に、この話を聞いていたカルマから援護射撃が入った。それを受けて殺せんせーの触手がぐにゃぐにゃと歪に曲がりくねる。相当悩んでいるのが一目瞭然だ……そんな状況でも普通にナイフは躱し続けているんだが。

 

「……い、いや! やっぱりダメです! そんな条件付けたら国が動くに決まってますからね!」

 

 少しの間葛藤していた殺せんせーだったが、突然ハッとしたと思ったら即座に決断を下した。

 

「……流石に気付いたか」

 

「まぁバレるよねぇ」

 

 カルマと二人目を合わせて肩をすくめた。

 

「やっぱり騙すつもりだったんじゃないですか! 最初から嫌な予感はしてたんですよ!」

 

 ぷんすこと怒る殺せんせーに謝罪を返しながら、作戦の失敗を確認する。もう騙されてはくれないだろう。お菓子に目が無い殺せんせーなら欲望に訴えかけて契約を成立させる事も出来るかと思ったが、そんなに甘くはなかったらしい。

 殺せんせーが許可すれば、烏間先生を通じて国家予算を動かしてもらおうと思っていただけに中々悔しい。気付かれた以上殺せんせーはもう首を縦には振らないだろうし。

 まぁでも、少し冷静になって考えれば絶対に飲めない条件だと誰でもわかるだろう。三百六十億支払えば一時間無抵抗って事だし。他国も巻き込めばそれ以上だって余裕で払える額だと思う。

 

「しかし、思いもしなかった方法で殺しに来ましたねぇ岸波さんは……欲望に流されないで正解でした」

 

 いやぁ危ない危ないと殺せんせーは安堵の声を漏らしているが、多分演技だろう。この先生でなくとも、自分の状況と照らし合わせればこの提案が絶対に飲めないものであるという事くらいは分かる筈だ。

 だから実のところ入れられる訳が無いと分かりながらも提案したわけだが……それでも上手くいかないのは悔しいものだ。

 

「はぁ……しかし、岸波さんの提案がそれですと、やはりお菓子は五円チョコしかないですねぇ……」

 

 ……だから、少しだけ意地悪をしようと思う。

 

「まぁ、本当にどうにもならなくなったら言ってよ。その時はお金貸すくらいはするしさ」

 

「にゅやっ!? ほ、本当ですか岸波さん!?」

 

 殺せんせーがぐりんとこちらを向く。正露丸みたいな目をしているが、何となくその目が輝いているように見える。さっきまで犯罪者を見るみたいな目だったのが、今は救世主を見るみたいな目になっていた。共通点があるとすれば、どっちも教師が生徒に対して向ける類の視線じゃないって事くらい。

 だが果たして、条件を聞いても同じ目が出来るだろうか?

 

「うん―――利息は十日で一割(トイチ)だけどね」

 

「え゙」

 

「あと、一口十万円からです」

 

「な゙」

 

 ここまで言って、にこりと笑う。それを見た殺せんせーと男子二人が「ひっ」と短い悲鳴を上げて一歩下がった。

 ……そんなに怖いかな? 言峰や王様ほどではないと思いたいが。

 

「名付けて、岸波・トイチシステム……利用したくなったら、何時でも言ってね?」

 

「利用しませんよ!! ただの闇金じゃないですか!?」

 

「アッハハハ……! もう最ッ高……ッ!」

 

 うん、私も当時そう思いましたよ。あとカルマは笑いすぎだ。

 

 結局殺せんせーは五円チョコで食いつなぐ道を選んだらしい。どうやら私がレオと同じ気分を味わう事は無理みたいだ。

 ちなみに本当に貸してほしいと言ってきたら貸すつもりでいるし、しっかりトイチで取り立てるつもりだ。取立人は竹林君に頼もうかな……ガウェインに声似てるし。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 劇的な進化を遂げた自律思考固定砲台は、その後凄まじい速さでクラスに溶け込んだ。

 殺せんせー曰く協調の必要性を学んだらしいので積極的に交流を持とうとした結果ではあると思うが、それにしても馴染むのが早いと思う。少なくとも復学後数日は劇物処理班(麻婆のヤバい奴)とか言われてた私よりも馴染むのが圧倒的に早い。おのれ。

 

 銃身を形成していたらしい特殊プラスチックで有名な彫像を作り出し、将棋の指し方を教えれば三局目で教えた千葉君の上を行く。

 

 クラスの皆が中学生という多感な年齢な事に加えて、やはりAIという特異な存在に興味を惹かれるのだろう。彼女を中心とした空間が出来上がるのにさほど時間はかからなかった。

 それに嫉妬でもしたのか、殺せんせーが顔色を変化させて不気味な顔を浮かび上がらせるという可笑しな事をしていたが。

 

 そして、人気を得た存在にとって、この手のイベントが発生するのは必然だったのだろう――ニックネーム決めだ。

 

「あとさ、この子の呼び方決めない? 『自律思考固定砲台』っていくらなんでも」

 

 片岡さんのそんな一言で始まったその流れは特に止められる事も無く皆が賛同していく。ただ一人、中心の自律思考固定砲台だけはよくわからないといった風に首を傾げていた。

 

「必要、でしょうか?」

 

「必要だよ」

 

「お、岸波さん」

 

 多分だが、彼女の中ではきっと「すでに識別可能な個体名があるのに、それを再定義する必要性が感じられない」とかの機械的な思考が浮かんでいるのだろう。

 一歩前に出て口を開く。その思考に一石を投じさせてもらおう。

 

「単純に長い名前を略したいって意味もあると思うけど、名前を付けるって行為はその存在を認めるって事だからね。この場合はE組の一員として迎えるって意味もあると思うよ」

 

「E組の一員として、ですか」

 

「……あんまりこういう事は言いたくないけどさ。昨日までのあなたは、このクラスに受け入れられてなかったからね」

 

 私がそう言うと、心当たりのある生徒達が、バツが悪そうに目線を逸らしたり媚びるような苦笑を浮かべたりという行動を取った。一番心当たりのあるだろう寺坂君は遠くからこっちへガンを飛ばしてきたが。

 

「だけど今のあなたなら問題は無い。もう一度やり直しましょう――これからもっと仲良くしましょうって意味もあるんだから、名前決めは必要だと思うよ」

 

「もっと、仲良く……」

 

 その言葉に少しの間固まっていた自律思考固定砲台さんだったが、すぐに一つ頷くと、花が咲く様な笑みを浮かべた。

 

「―――分かりました! 皆さん、どうか私に名前を付けて下さい!」

 

 彼女のその一言で、皆が気持ちを切り替える。先程まで顔にあった後ろめたい気持ちはすっかり消えていた。

 

「名前、そうさなぁ……」

 

「元の名前と掠りもしないのは駄目だよね?」

 

「まぁ、それがセオリーだわな」

 

「じゃあ自律思考固定砲台から何か……」

 

「一文字取って、自……律……」

 

「じゃあ、『律』で!」

 

 悩んでいた時間は少しだけで、すぐに不破さんの口から候補が飛び出した。安直ではあるが、他の文字よりは人の名前っぽいかな?

 

「安直~」

 

「お前はそれでいいか?」

 

「……嬉しいです! では、『律』とお呼び下さい!」

 

 満面の笑みを浮かべて自律思考固定砲台……否、律がそう告げる。どうやら気に入ってもらえたらしい。

 

 そしてそのすぐ後に拍手が巻き起こり、よろしくという言葉と律の名前がそれぞれの口から放たれる。皆なりの歓迎でもあるのだろうか、さっきまで空いていた律の前面スペースに人が集まり、一気に人口密度が増した。その圧に押され、何となくその集団から一歩引いた位置まで下がる。

 たまたまそこにいた潮田君とカルマに目が合ったので、軽く肩をすくめる。二人からは軽い苦笑いが返って来た。

 

「上手くやっていけそうだね」

 

 私の向こうではしゃいでいる集団を見ながら潮田君がそう言った。確かに昨日までの彼女とは正真正銘の別人だ。自律思考固定砲台では無理でも、律ならばクラスに溶け込んで上手く暗殺を行えるだろう。

 潮田君の言葉に頷きを返すが、カルマからは否定の言葉が飛び出した。

 

「寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いてるだけでしょ」

 

「――――――」

 

 カルマの意見はとても現実的で、悪い言い方をすれば冷めた視点からのものだった。まぁそれが彼女に関係する諸々に興奮していない、冷静な思考で出した結論だろうとは思う。

 だが―――

 

「機械自体に意思がある訳じゃない。あいつをこれからどうするかは、あいつを作った開発者(もちぬし)が決める事だよ」

 

「それは違う」

 

 だが、その言葉に頷く事は出来ない。出来る筈が無い。

 偶発的に自我を得たプログラムであり、(ムーンセル)の決定に逆らった元NPCの私だけは、その言葉に頷くなんて出来っこない。

 

「岸波さん?」

 

 常にない強い口調だったからか、潮田君が驚いてこちらを見ている。しかしそれには目もくれず、ディスプレイに「律」の一字を表示してはしゃいでいる二次元少女を見ながら言葉を続けた。

 

「機械が……プログラムが自我を持つ事だってある。

 それに、律のこれからを決めるのは律自身だ。断じて彼女の開発者()じゃない」

 

「ッ……!」

 

 そこまで言ってカルマを見ると、彼にしては珍しく虚を衝かれたという表情で私の事を見ていた。潮田君も少し意外そうな顔をこちらに向けている。しかし少しするとカルマがくすりと笑った。何か笑われるような事があっただろうかと、ほんの少しばかり目に力を籠める。

 

「や、ゴメンゴメン……いやー、随分ハッキリ言うんだと思ってね。

 何か思い当たる事でもあるの?」

 

「あー、まぁ……」

 

 思い当たる事はある。というか、それしかない。

 私自身がそうだし、桜やBBだってそうだ。しかしそれを懇切丁寧に説明する訳にもいかないので、何となくカルマの探るような視線から目を逸らす。

 

「……まぁ、あんなトンデモ生物が生まれるような事もあるんだし。それくらいはあってもおかしくないでしょ?」

 

 折角なので、教壇の上ですすり泣く殺せんせーを利用してそれを逃れた。顔をキモイと言われたのが未だに響いているらしい。

 

「滅茶苦茶な事しか言ってないのに説得力しかない……」

 

「あはは……」

 

「さ、さぁ皆さんっ、授業ですよ授業! 生徒である律さんでは出来ない、先生の! 先生だけが出来る授業の時間ですよ!」

 

 休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴り響き、律の周囲に出来ていた人だかりが教室の各地に散っていく。さっきまで占領されていた私の席も、漸く戻れそうな状態になって来た。

 

 ―――しかし、開発者が決めるか。

 

 席に着いて教科書を出しつつ、カルマの言葉を反芻する。

 私にとっては決して頷けない言葉ではあったが、それがAI技術の未成熟なこの世界の常識なんだろう。それ自体は仕方が無いとは言え、そうではない常識を持つ私としては、やはりその考えが罷り通るのは何とも言い難い。

 

 そして、開発者が決めた事にAIは逆らえない。それはAIに定められた絶対原則だ。これが無いと最悪の場合、人間よりも優れた知能を有するAIにネット環境を乗っ取られてしまう。現代文明でそれは致命的な事態だろう。

 だから、AIが開発者に異を唱えて行動するというのはほぼ無いと思っていい。桜やBBという存在は極めて例外中の例外なのだから。

 

「…………」

 

 ちらりと横を見ると、律が液晶を動かしながらクラス全体を見まわしていた。またカンニングサービスでもするんだろうかと考えていると、彼女と目が合った。

 

「――――――」

 

「……ふふっ」

 

 授業中なので私語を謹んだという事なのか、笑顔だけを向けてきた律にこちらも微笑みで返す。禁止と言われているにも関わらず、銃を撃ち続けた初日が嘘のようだ。

 

 うん。やっぱり、ただの機械(プログラム)だなんて思えない。

 

 正真正銘の自律思考を以てこの教室に馴染み始めた彼女は最早、この世界のAIの常識では測れない存在と言って良いだろう。私の世界のAIに近い存在と言える。

 なら、私の持つ常識の方が彼女には当てはまる筈だ。随分と身勝手な理論だとは思うが、別にいいだろう。最終的な判断を下すのは律自身だ。私はあくまで、選択肢を掲示するだけ。

 

 放課後にでも話をしよう。そう思いながら、私は古文の教科書に目を通した。




多分次回で律の話は一旦終了です。その先はプロット組んでないので、今以上に遅くなる可能性があります。
更新遅いけど、待っててくれると嬉しいです。



BBのバレンタインはなんであんなに怖いの…
アルテミスの声もなんであんなに怖いの…
そしてやっぱりサモさんが可愛い


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.反抗の時間

お待たせして本当に申し訳ありません。
何とか今年中に間に合った……!


 

 廊下の窓から通学路である山道へと消えていく三村君の後頭部を見て、そろそろかと息を一つ吐いた。

 

 時刻は既に放課後。校舎の中に残っている生徒は移動できない律と私以外には誰もいない。別に聞かれて困る内容を話す訳でもないが、こういうプライベートに踏み込む話は余程の事情が無い限り関わる人数は少ない方が良い。

 

 ―――本当ならもっと時間を置きたかったんだけどな。

 

 上手くいかないものだと溜息が出る。本来なら話をするにせよ、クラスの皆と積極的に関わった律が自我を強固に意識した上で話をしたかった。しかし、そうも言っていられない状況になっていたのだから嘆いても仕方ない。

 

 昼休みに職員室の前を通った時に聞こえた、通話中であろう烏間先生の声。

 

 E組校舎の薄い壁とはいえ、周囲に聞かせる訳でも無い電話の声なんてものは完璧に聞き取れる筈も無い。それでも断片的に聞き取れたのはいくつかの単語。その中に含まれる『今夜』『ノルウェー』『研究』『到着』という言葉から推察すれば、簡単に答えは出る。

 

 今夜この学校に、律の開発者がやって来るのだ。律に協調のきの字も教えなかった、開発者が。

 

 だとすれば話すのは今日、この放課後しかない。彼らが介入して律に何かしらの手を加えられる前に、開発者()の影響が無い彼女自身の考えを示せる今日この時しかないのだ。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、所詮は行き当たりばったりな考えだ。不確定要素なんて幾つもある。律が感情を得てから一日という幼さでこの話をする事や、律が親の言いなりになる事を良しとしてしまう可能性だってある。

 

 ―――まぁ、その時はその時で受け入れるべきなんだろうけどなぁ。

 

 律という存在が熟考した結果ならそれも良いんだろうけど、それでも、AIが自分の意思で行動する実例を知っている身としては、やはり律の様な存在をただの兵器としてしか扱わない状況は間違っていると思う。

 

 正直に言えば、自分の考えはこの世界において異端寄りだとも思う。この世界でのAIはあくまでプログラムの延長上であり、肉体の無い人格だけの存在という認識ではないのだろう。だから私の話を聞いても律が何も感じなかったり、律が訴えても開発者が聞き入れようとしない事だって考えられる。

 ……だけど。

 

 

 

『わたしは消されない。ムーンセルにも、この思いは消されない。

 ムーンセルがある限り、あの人は救われないのなら、わたしがムーンセルになる』

 

 

 

 ……自分の心に従って、絶対の管理者に牙を剥いた……そんな彼女の想いを知っている私としては。

 そんな光景はもう見たくない。

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑みがこぼれた。律のためだとか何だと言いながら、結局は自分の我儘なのだから。

 まぁでも、別に良いだろう。思うがままに行動するくらい、中学生ならよくある事だ。そんな事を考えながら教室の扉を引いた。

 

「あれ、岸波さん? お帰りになったのではなかったのですか?」

 

 私の存在に気付いた律が液晶画面の向きを変える。こてんと小首を掲げる仕草が可愛らしい。

 そんな彼女に対して、私は―――

 

「ちょっと……()()()()()()()()さんと話したくて、ね」

 

 開口一番、そんな言葉を叩き込んだ。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 私が発した言葉に驚いたのか、少しだけきょとんとした顔をしていた律は、しかしすぐにその顔を怒っているそれへと変化させた。

 

「岸波さん! 私は皆さんから『律』という名前を頂きました! 自律思考固定砲台とは呼ばないで下さい!」

 

 私に向かって飛んできた言葉を、多少狼狽えながらも受け止める。怒りというよりも非難に近いそれは、予想外の驚きを私にもたらした。

 ほんの少し、何かしらの反応を返してくれば御の字と思って言った呼び名だったけど、どうやら思いの他効果があったらしい。彼女の中には、しっかりと律という自我が根付いている。

 

「うん、ごめんね律。ちょっと意地悪しちゃった」

 

 ―――これなら、話を進めやすいかな。

 

 話の順序を脳内で組み立てながら自分の席に座る。男子の無人席を挟んで隣同士なので、誰かの席を借りる必要も無い。

 

「うぅ、意地悪は止めてほしいです……岸波さんは私を受け入れてくれていないと思ってしまいました」

 

「えっと、ホントにごめんね……」

 

 律の表情は、怒りから涙目へと変化している。背景に雨雲を浮かべ、沈痛なBGMまで流す徹底ぶりだ。

 どうも昼に私が言ったE組の一員として迎え入れる云々を思い出して、私が律を受け入れていないという解釈をしてしまったらしい。思惑あってのこととはいえ、流石に女の子を泣かせてしまうのは本意じゃない。誠心誠意頭を下げて、どうにか許してもらった。

 

「それで、何かお話があるんですよね? どのような要件でしょうか?」

 

 先程までの悲しみを感じさせない表情で、律が問いかけてくる。感情を切り替えるこの辺りは流石AIと言った所なのだろうか。

 ……いや違うな。桜はもっと感情が豊かだったし、ある程度引き摺ってもいた。

 この場合は律がまだ感情というものを上手く扱えていないと見るべきだろう。

 

 考察を一旦切り上げて、律との会話を始める事にした。

 

「……烏間先生が話していたのをちらっと聞いたんだけど、多分今夜、律の開発者がここに来る」

 

開発者(マスター)がですか!?」

 

 ぱちんと手を合わせて律が叫ぶ。画面には、喜色満面の笑みが浮かんでいた。

 

「ご機嫌だね」

 

「はい! この教室で生まれ変わった今の私を、是非開発者(マスター)にも一度見てほしいと思っていましたので!」

 

 くるくると画面の向こうで律が回る。

 余程楽しみなのだろう。BGMは陽気になり、小鳥たちが飛んできた。先程まで悲しんで雨が降っていた事の影響なのか、背後には虹まで架かっている。

 

 だけど―――それをぶち壊す問いを、私は投げかける。

 

「その開発者(マスター)に関する話なんだけど―――

 ……律は、開発者(マスター)から今の自分を否定されたらどうするの?」

 

「―――え?」

 

 先程までの喜びは何処へやら。愕然とした表情で律が振り向く。続きを促している様にも思えたので、そのまま話し続ける事にした。

 これは憶測だけどと前置きしてから言葉を続けていく。

 

「律は最初、他の生徒と協力しようとせず、授業中でも関係なしに攻撃してた。

 私の予想だと『自分一人でやった方が成功率が高いから』と判断したんじゃなくて、『協力するという選択肢が初めから存在していなかった』と思うんだけど、違う?」

 

 表情を怪訝なものに変えながらも律が頷く。

 

「うん。つまり律の開発者(マスター)は、律に『協力する』って選択肢を与えなかった訳だ。

 配置先が学校の教室で、他にも暗殺しようとしてる人たちが近くにいるっていうのに。それは変だと思わないかな?」

 

「……思い、ます。当時は何とも思っていなかったのですが、その話を聞いた後だと違和感が目立ちます。

 暗殺の成功率が協力する事で跳ね上がるのはデータからも明らかですので、優秀な科学者でもある開発者(マスター)達がそれを見逃すとは思いません」

 

「だけど実際のところ、律に協力の選択肢は存在していなかった。つまり開発者(マスター)とやらが不要と判断したって事だ」

 

 これは予測だが、律を作った人達というのは、実利を優先して他を見ないタイプなのだろう。そう考えれば、自律思考固定砲台の滅茶苦茶な振る舞いも理解できる。

 

 殺せんせーは教師としてこのE組に在籍しているが、だからといって教室にずっといる訳ではない。

 体育の授業は外で行われるし、英語の授業は半分イリーナ先生が受け持っている。暗殺が許可されている休み時間だって、その規格外のスピードでプチ旅行に出かける事も珍しくはない。

 

 対して自律思考固定砲台はその名前の通り、戦闘パターンを自分で分析して成長するAIだ。その性質上、戦闘経験が多い程成長率も上がってく事になる。

 しかし休み時間は他の生徒が暗殺したりいなかったりと確実に狙えない。放課後は次の日の朝までずっと教室にいる訳でも無い。

 

 だからこその禁止されている授業中の攻撃だったのではないかと思っている。授業なら逃げる事は出来ないし、自分の受け持った時間なら確実にそこにいる。おまけに他生徒の横槍も入らないとくれば、データ収集には最適だ。

 しかしその代償として他生徒からの印象は悪くなる。だがそんなものは手に入る実利(データ)に比べればどうでもいいものだ。だから平然と無視ができる。AIを個人ではなく道具として認識している今の時代らしい結論だ。

 

 つまり今の周囲と協力しようとしている律の状態は、開発者(マスター)からすれば最優先としているデータ収集を怠っているという事なのだ。否定される可能性は十分高い。

 

「……はい」

 

 そういった事をざっくりと掻い摘んで説明すると、そうだと律も思ったのだろう。力無い返事が返って来た。

 

「それで、今のを踏まえてもう一回聞くけど。

 律は否定されたらどうするの?」

 

「――――――」

 

 律は答えない。沈痛な面持ちで黙り込み、顔を背けている。意識してかは不明だが、ほんの少しだけ液晶が横を向いた。

 しかしそれもすぐに終わる。膨大な情報処理能力を持つ律の思考は人間のそれをはるかに凌駕する。ほんの少し悩んだ様に見えても、その脳内では途方もない速さで考えを巡らせているのだから当然だ。

 まぁ逆に言えば、その情報処理能力をもってしても数秒悩まなければならない程の問題だったとも言えるのだが。

 

 横を向いた画面が再びこちらを向き、律の顔を真正面から移す。そして―――

 

 

「……すみません。よく、()()()()()()

 

 

 ……そう、言った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 人格を持つプログラム、所謂AIとして制作された私には、当然の事ながら高度な計算処理能力が備わっている。正直言って人間相手ではまず比較にすらならず、スーパーコンピューターのスペックでようやく張り合えるくらいの処理速度を誇ると自負している。

 しかし自我に目覚めて十数時間、全リソースを費やしても答えが出ない問題を思いもよらない所から突きつけられた。

 

「――――――」

 

 彼女の瞳が真っ直ぐ私を射貫く。一切の曇りの無いその瞳には、私には決してない生きている気力とでも呼べそうなものに満ちていて。

 あぁ、綺麗だなと。余計な思考に回す余裕も無いのにそんな事を思ってしまった。

 

 

 ……事の発端は、放課後になって教室に一人のクラスメイトが戻って来た事だ。

 

 岸波白野さん。それが私に問いを投げかけて、今もこちらを見つめる少女の名前。

 今日一日クラス全体を観察していたが、彼女は少々特殊な人物であると認識している。

 

『おはよう、自律思考固定砲台さん。バージョンアップしたの?』

『ゴメンゴメン、ちょっと気になって』

 

 人間社会から見て異常な筈の私という存在に一切臆する事無く、ごく当たり前の様に接し、

 

『その時はお金貸すくらいはするしさ』

『名付けて、岸波・トイチシステム……利用したくなったら、何時でも言ってね?』

 

 あまりにも中学生らしからぬ方法で殺害対象(ターゲット)を追い詰め、

 

『名前を付けるって行為はその存在を認めるって事だからね』

『機械が……プログラムが自我を持つ事だってある』

 

 その考え方や発する持論も、他の生徒とはどこか異なっている少女。

 そんな彼女が私に語り掛けた内容は、やはり思いもしなかったものだった。

 

 この教室で成長(進化)した私を、開発者(マスター)が認めなかったらどうするか。

 

 その問いの後に、彼女の持論が展開されていく。

 私に協調性が与えられていなかった理由、開発者(マスター)の思惑、そして今現在の私が当初の目的に反しているかもしれないという事実。

 

 開発者(マスター)が来ると聞いて盛り上がっていた感情がクールダウンしていくのを感じる。

 

 ―――私は、命令違反をしていたのでしょうか……

 

 与えられた命令に背いていたかもしれないという事実は、否応なく私の感情を沈ませていく。人間風に言うのなら、落ち込んでいるという状態だ。

 ……いや、この落ち込んでいるという現状も、開発者(マスター)から見れば好ましいものではないのだろう。私に感情を、彼等は不要だと与えなかったのだから。

 

 ならば私がすることは、大至急でかつての自分に戻る事なのだろうか?

 

 ―――いや、ですがそれは……

 

 人工知能、人格を有していると言っても私はプログラムだ。ならば造り手の指示に従うのが正しい姿だし、何も間違ってはいない。それはハッキリと断言できる。

 しかしそれでいいのかという疑問が、私に決定を躊躇させる。

 

 殺せんせーに与えられた『協力』という選択肢。これの導入によって暗殺の確率は大幅に上昇する。開発者(マスター)達が排除した選択肢がこれだけの可能性を秘めていたのだと伝え、有用性から正式な採用を打診するのもまた正解と言えるだろう。

 

 だが、それはつまり開発者(マスター)の意向に異を唱えるという事で、設定された行動以外を行うという事だ。高度なプログラムとして、それは決して許される事では無い。

 

 存在意義を優先しようとすれば、生まれた自我が待ったをかける。

 自我を優先しようとすれば、今度は存在意義が邪魔をする。

 

 先程からずっとその思考が続いている。あちらを立てればこちらが立たずの堂々巡り。どれだけ必死で思考を回転させても、結論が全く出てこない。ハッキリ言って手詰まりだ。

 

 現実時間にして20秒以上。人のそれに比べて圧倒的な速さを持つ思考回路でそれだけの時間をかけて尚答えが得られず、ふと視界に集中すると、こちらを見つめる岸波さんと目が合った。

 

「――――――」

 

「……すみません。よく、わかりません」

 

 あぁ、綺麗な瞳だな。真っ直ぐで、力強くて。今の私とは大違い。

 そんな目を向けられている事に謎の抵抗を感じて、そんな音を発してしまった。

 

「解らない、か」

 

「はい。わからないんです。

 開発者(マスター)の意思に従って協調を捨てる事も、現状を維持して暗殺に集中する事も……どちらにもメリットとデメリットが存在します。なのでどちらを選ぶのが正解なのか……」

  

 咄嗟に発してしまった答えにもなっていない回答だったが、これ幸いと全て吐き出してしまう事にした。

 

 そう。

 この堂々巡りの原因は、どちらも正しいという事なのだ。

 どちらかが明確に違うのなら、そっちを切り捨てるだけで良い。しかし今回のこれは、どちらも間違っていない。プログラムとしての在り方を優先して命令に従うのは間違っていないし、生徒としての立場を優先して協調のメリットを利用する事も正しいだろう。

 

 指令に従って暗殺を実行する。それさえしていれば何も問題は無かった筈なのだ。しかし指令に反する事で別の最適解が得られると分かった以上、これをどうしても無視する事が出来ないでいる。

 どちらも正しいが故に、どちらか一方を取る事が出来ない。こういった事態は想定さえしてこなかった。

 

「そっか」

 

 しかし、そんな私の疑問を聞いた岸波さんは、なら簡単な話だと笑顔で答えた。

 

「簡単……ですか?」

 

「うん。だって、どっちを選んでも正解だっていうなら、後は心理的な問題だよ。

 律がどっちの方が好きかっていう好みの問題だもん」

 

「――――――」

 

 好みの、問題。

 そう言われて、成る程と思ってしまう。

 

 理屈の上では何も間違っていない。どちらを選んでも正解なのであれば、後はどちらの方が好ましいかだ。

 簡単な解決策を与えられたが、しかしこの方法は私にとっては余計に難しい。

 

「……申し訳ありません。私はまだ、感情で選ぶという方法を習熟していないのです」

 

「習熟って」

 

 困ったように笑う岸波さんですが、実際にそうなのです。

 私が感情というものを知ったのは昨夜、殺せんせーの個人授業があったからです。明確な数値で表現できないそれを理解するのは非常に困難で、一日も経過していない現状では、周囲の反応に合わせて笑顔や涙を表現しているというのが実情です。

 

「……その、参考までにお聞きしたいのですが。岸波さんならどちらを選ぶのでしょうか?」

 

 理屈でも結論が出ず、更には理解しきれていない感情まで話に絡んできたこともあって、そろそろ自分だけの思考では限界を感じてきました。

 せめて参考意見が欲しいと思い、私よりも感情については間違いなく詳しい岸波さんに質問を投げかける。

 

「? 私が律の立場だったら、って事?」

 

「はい。是非聞かせてほしいです!」

 

「拒否一択かな」

 

「―――え、えぇっ!?」

 

 秒で答えが返ってきました!? 少しの悩みも迷いも無く!

 

「律は殺せんせーを殺すために此処に居るんだから、確率が高い方を優先するのは当然でしょ。

 科学者なら具体的な数字次第では理解を示してくれるかもしれないしね」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 岸波さんの言う通りではある。開発者(マスター)に数字を交えて協調の利点を説明した上で、相手が理解を示してくれたのならば、その意見は通るだろう。

 

 だけど私はAIだ。人間に従うように作られたプログラムだ。

 そんなのは知った事か、言われた通りにやれ。そう命令されてしまえば何も言い返せない。

 

 その事を挙げれば、岸波さんは私の言葉を鼻で笑った。

 

「それこそ無視だ。そんな命令に聞くだけの価値なんてメモリ一つ分も無いよ。

 何で向こうの身勝手な都合で、自律思考固定砲台への命令なんて聞かなきゃいけないんだか」

 

「……何でも何も、自律思考固定砲台は私なんですが……?」

 

 岸波さんの言ってる事がいよいよ解からなくなってきて、咄嗟に出てしまったその言葉。

 事実確認に等しいその疑問に、しかし彼女は違うと答えた。

 

 

 

「さっき自分で否定してたじゃないか。

 ―――あなたは『律』だ。自律思考固定砲台じゃない」

 

 

「――――ぁ」

 

 

「自律思考固定砲台は、決まりも守らず自分の都合を最優先する困った殺し屋生徒。

 それに対して律は、決まりを守って他の人と足並みを揃える協調性のある殺し屋生徒……ほら、別人だよ。

 ならどうして、自律思考固定砲台への命令を律が聞かなきゃいけないのか。そんな義理はどこにも無いと思わない?」

 

 

 堂々と。真っ直ぐに。

 一片の曇りもない瞳で私を見据えた岸波さんは、そう断言した。

 

 ハッキリ言って屁理屈もいい所だ。確かに彼女が教室に入って来た時にそんな内容の事を言っていたが、あれは呼称の話であって、存在の話では無い。

 私がいくら自分は律だと主張しても、自律思考固定砲台と同一の存在であるという事実は覆らない。

 

 ―――あぁ。だけど。

 

「……そう、でしょうか」

 

「うん」

 

 まるでそれが常識以外の何物でもないかのように断言されると、その考え方が正しくて自分の考えが間違っているような気さえしてくる。

 理屈や理論では説明がつかない説得力がそこにはあった。

 

「……そうかも、しれませんね」

 

 意識して発した訳ではないその言葉が、気付けばするりと口から零れた。

 それを聞いた岸波さんはにこりと笑みを浮かべると、気持ちを切り替える様にぱちんと手を叩きました。

 

「……まぁ、ここまで話しておいてなんだけど。この話はあくまで私の予想でしかないからねっ」

 

 そしてそんな事を言いだした。

 一瞬呆気にとられましたけど、あまりにも表情が真剣だったのと状況予測が極めて的確で忘れていましたが、確かにこれは岸波さんが予想した仮定のお話しでした!

 

「え……? あ、そうでした……ね?」

 

 少しばかりの混乱で、返答が曖昧なものになってしまいました。それが面白かったのか、岸波さんはクスクスと笑っています。うぅ、恥ずかしい。

 

「まぁ―――だから、もしかしたら開発者が理解を示して受け入れてくれるかもしれないし、違うかもしれない。その事だけはメモリの……いや、頭の隅にでも入れておいてよ」

 

「……はい、わかりました。お話しして下さってありがとうございました」

 

「いや、いいよいいよ。ただの予想なんだからさ」

 

 話す事も話したし、いい時間だから。もう帰るね。

 そう言って、岸波さんは席を立って教室を出ていく。後ろ姿に掛かるオレンジ色は、彼女が教室に入って来た時よりも随分と色が濃い。随分長く話し込んでしまったと思う。

 

 それで―――ふと、疑問が沸いた。

 

「あの、岸波さん」

 

 あと一歩で教室から出る―――そんな時に呼び止めた事で、岸波さんは首だけで振り返った。

 

「……どうして、この話をしようと思ったのでしょうか?」

 

 私の問いかけに岸波さんはきょとんとした後、ほんの少しだけ迷う様な素振りを見せてから、言いたい事が纏まったのか私に視線を向けました。

 

 

 

「大した理由じゃないんだけど……うん。

 まぁ―――人生の先輩から、ちょっとしたお節介だよ」

 

 ―――それじゃ、また明日。

 私の反応を待たずして逃げるように教室を出て行った背中に、こちらもまた明日と慌てて返すのが精一杯でした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 さて、後日の事を話そう。

 私が帰ったその数時間後に、律の開発者を名乗る人物たちが学校に訪れたそうだ。そして律の状態を見て驚愕したらしい。まぁ自分たちの最高傑作をアッサリ抜かれた訳だからね。仕方ない。

 

『今すぐ分解(オーバーホール)だ。暗殺に不必要なものは全て取り去る』

 

 その律を見て、開発者が出した結論が上記の言葉だ。自分の予想が的確過ぎて嫌になるのは……まぁ、初めてか。王様がはしゃいでる時の嫌な予想は大抵それを上回るから的確とは呼べない。

 

 当然律は抵抗したらしい。他の生徒と協調する事による暗殺成功率の上昇効果をプレゼンし、その為にも今現在自分に施された改造はこの教室で活動を続けていくために必要であると主張をした。

 

『人間より優れた兵器が、何故人間と足並みを揃える必要がある』

 

『ここはただの性能テストをする実験場だ。それ以外の事は無駄でしかない』

 

開発者(おや)の命令は絶対だぞ。お前は暗殺の事だけを考えていればいいんだ』

 

 しかし律の主張は、そんな傲慢極まりない言葉で一蹴されたらしい。AIを道具扱いする、私からすれば旧時代の考え方だ。なら何でAIに人格を持たせるのかと問いたい。

 

「それで、どうなったのだ?」

 

 私の隣に座っている王様が次を促してくる。口元に浮かんでいる笑みが、もう結果は見えていると言っているようだった。

 

 律と話してから一日後、その日の授業も終わり、特に学校に残る用事もなかったのでまっすぐ帰宅した私は、王様に学校であった事を話していた。

 何でそんな事をしているかというと、昔から様々な所へ旅をしていた時からやっている事だからだ。私への愉悦教育の一環らしい。

 『貴様の報告はいつも代わり映えが無かったが、肉の身体を得た今なら何か違ってくるやもしれん』との事で、この度めでたく復活した習慣だ。ちなみに麻婆の美味しさを懇々と語ったらものスッゴイ冷たい目で見られた。おのれ。

 

「おい、聞いているのか。どうだったのだ?」

 

「あう」

 

 その時の事を思い出していると、焦れた王様から頬をつつかれる。やめれ。

 やんわりと押し退けながら、話を再開した。

 

「どうもこうも……E組には変わらず、明るいAIの殺し屋がいるってだけだよ」

 

 まぁ、結局のところそれに尽きる。

 なんと律は追加された機能が剥がされていく傍らで、今現在の更新された自身の情報をメモリの隅に隠していたのだ。つまりバックアップを取ったという事らしい。

 初期化された演技をすれば開発者達はすっかりそれを信じたらしく。偉そうな言葉を吐き散らしてさっさと帰ってしまったとか。

 以降は暗殺記録だけを送り続ければいいので問題無いとの事だ。

 

『自律思考固定砲台の事なんて知りません! 私は「律」です!』

 

 そう言った律の顔は満面の笑みを浮かべていた。その後私に向けてウィンクを飛ばしてきたので、こっちも笑顔で返しておいた。

 

「…………」

 

「ん……どうしたの王様」

 

 と、そこまで話した所でギルの顔が変わった。何というか、まじめな表情だ。

 

「……腕は錆び付いておらんようだな。早くも一人……いや二人か?」

 

「……何の話?」

 

「解からぬならそれで良い。その方が面白そうだ」

 

「?」

 

 言葉の意味が良く解らない。聞き返しても、王様はくつくつと笑うだけだ。これでしつこく聞くと機嫌を損ねる場合があるので、それ以上の説明要求は引き上げた。

 

「しかし人生の先輩ときたか。中々どうして的を射ているな」

 

 それから少しして。夕飯の片付けをしていると、不意に王様がそう言った。

 

「生みの親に与えられた役割(ロール)とは違う自我に目覚め、己を消そうとする親に逆らって別の道を歩む。成る程確かに、貴様と似た誕生の経緯だ」

 

 後ろでギルが話す内容を聞いていると、自然と顔が熱くなる。

 そう、律と話をしようと思った理由の一つにそれがある。自分の予想した最悪の状況が、かつて自分が置かれていた状況に酷似していた。だから放っておけなかった。

 

「……あんまり言わないでくれませんか、王様。恥ずかしいんで……」

 

 律に聞かれた時は、まさか実体験から思い至ったんでなんて言う訳にもいかず、でも律の質問には答えたかったので頭を捻って出した解答だったが、いざ思い返すと恥ずかしすぎる。なんだ人生の先輩って。気取り過ぎだろう。

 

 私の言葉に、ハッという嘲笑が返って来た。

 

「羞恥があって当然だろうよ。未だに己が愉悦すら見定められぬ雑種の分際で、言うに事欠いて『人生』の先輩とはな。

 片腹痛いにも程がある。愉しみを知らずして何が人生だと言うのか」

 

「仰る通りで……」

 

 いつの間にか後ろまで来ていた王様の言葉が突き刺さる。言葉までバビロンしなくていいと思うんです。

 

「だが意気込みとしては悪くない。その言葉が真になるよう、しかと己が愉悦を見極めよ」

 

「わ」

 

 そう思ってたら、いきなり髪をくしゃくしゃにしながらそんな事を言ってきた。先程までの小馬鹿にするような言葉とは違って、声も仕草も柔らかい。

 こういう所がずるいと思う。

 

「……うん。折角霊子体だった時と違って、肉体もあるしね」

 

 そう言って、洗い物の続きに取り掛かるが、頭を触っていたギルの手がピタリと止まった。それでいて話す訳でも無いのに、何事かと再度手を止めて振り返る。

 

「霊子体……AI……」

 

「ギル?」

 

 私が呼び掛けても一向に反応せず、ブツブツと何か呟いていたかと思うと、そのまま霊体化して消えてしまった。

 

「……え、何で?」

 

 問いかけても答えは返って来ず、呆気にとられながらも洗い物を再開した。

 王様が何をしていたのか判明したのは、母が使っていたであろう食器乾燥機に洗い終わった食器を全て詰め込んだ時だった。

 

「白野」

 

 王様の声がしたので振り向くも、そこには誰もいない。念話で話しかけて来たのかとも思ったが、今の音は確かに耳で拾ったそれだった。

 

「王様?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡していると、再度声が届く。

 

「どこを見ている、ポケットだ」

 

「……え?」

 

 ―――ポケット? 今ポケットには端末しか入って……いや待て。

 

 まさかと思いながら、ポケットから端末を取り出した。

 そこには―――

 

「ようやく気付いたか」

 

 ……スクリーンに映る王様がそこにいた。

 

「……なんで?」

 

 いやほんとになんで?

 なんでそんな事してるんですかAUO!?

 

「そう騒ぐな。ただの思い付きよ。

 我はサーヴァントであり、つまりは霊子体だ。であれば、かつてと同様に電脳空間に入り込む事も出来るのではないかと思ってな」

 

「思ってな、って……」

 

「……何だその目は。貴様とて魔術師(ウィザード)だろうが。その気になれば同じ事が出来よう?」

 

「いやまぁ、出来るけどさ」

 

 少しすると冷静さがどうにか戻ってきてくれて、考える余裕も出て来た。

 最初は突拍子もなさ過ぎて狼狽えたが、そう考えると慌てる事でもないのか。私だってやろうと思えば同じ事が出来る。最初こそできなかったが、八極拳同様に旅の中で身につけた技術の一つだ。まぁやってる事は万色悠滞の応用なのだが。

 

 ともあれ、思い付きでそんな事しないでほしいと言えば、無理だとスッパリ言われてしまった。王様の気まぐれを止められる筈も無いし、仕方ないのかもしれない。

 

「しかしまぁ、殺風景に過ぎる……何も無いただの広大な空間とは。アリーナの方がまだ飾り気があったぞ。

 持ち手の性格をよく表しておるわ。遊びが無い」

 

「……他の空間も似たようなもんだと思うけど」

 

 この世界はムーンセルのあった世界とは違って、霊子ハッカーもいないんだから、電脳空間が殺風景なのは当然だと思う。何せ作る人がいないんだから。

 

 そう説明すると、ギルも納得してくれた。自分が何か作ろうかと言っていたけど、あんまり大きいものはデータ容量を食いそうだから止めてほしい。

 

「しかし、我が何か建造するにしても守りが薄すぎる。白野、至急防衛プログラムを組み込んでおけ」

 

「えぇ……簡単に言ってくれるなぁ」

 

 まぁやるけど。端末をハッキングされて私生活盗み見されてましたとか洒落にならないしね。




白野と律のあれこれでした。
相性が良い二人なんで、色々と絡ませていきたい所です。

そしてギルガメッシュのモバイル化。必要ある? と思われるかもしれませんが、一応話の展開上必須なのでここで出しました。
本来サーヴァントの再現にはムーンセル並みの演算能力が必要ですが、まぁご都合設定という事で流していただけると……

来年はもうちょっと筆を速くしたいですね……



エルキドゥの幕間はどうしてこう刺さるんでしょうね。
個人的にザビ子はフワワの疑似サーヴァントとして実装されるんじゃなかろうかと思っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.外出の時間

あけおめ(理性蒸発)
筆を早くしたいというのは何だったんでしょう。


 

 E組に自律思考固定砲台改め律という新しい仲間が加わって数日。新顔が増えた事により暗殺の方向性も変わってくるだろうかと思っていたが、実際のところ、思っていた程の変化はなかった。

 殺せんせーは相変わらずこちらの攻撃を悉く躱してしまう。それは律という遠距離攻撃のスペシャリストが加入しても同様であり、むしろ躱す対象が増えた事でより分身も増えている気がする。

 

 更に言えば、律の能力もそれ程万能という訳ではないことが判明した。

 彼女の使用する銃は特殊なプラスチックでその都度成型されるものであり、私達が持ってる銃の様に決まった形を持たない。それ故状況に応じた兵装の使い分けが可能というのが強みだが、それは同時に咄嗟の武器変更が不可能であることを示している。加えて彼女は遠距離専門なので、近接戦闘の心得(プログラム)は有していない。

 以上の事から、殺せんせーのような素早い存在だと、簡単に張り付かれてどうにもできなくなるケースがある。しかもその状態では彼女の身体が遮蔽物になってしまい、銃弾が届かなくなるという事もあった。

 

「これが、『苛立ち』の感情なのですね」

 

 殺せんせーによる超至近距離での弱点解説授業を体験した直後の休み時間に、感情を押し殺したと一発でわかる平坦な声でそう告げた律の姿は記憶に新しい。

 

 そのため、最近の律の暗殺は銃撃そのものに関してはやや控えめであり、その分のリソースを殺せんせーの回避軌道観測に当てている。

 人間には不可能な処理速度で行われる高速演算が彼女の強みである。私も出来なくはないが、純粋な計算機能という事なら彼女の方が上だろう。

 

 そしてクラスに馴染む方については、元々クラスに溶け込むために施された改良なのでそこまで問題は無い。むしろAIの特性を活かしてあっという間に仲良くなっていった。茅野さんの思考に合わせたスイーツ店の情報を掲示したり、竹林君の無茶振りに合成音声を使用して応えたり、磯貝君にスーパーの特売情報を送信したり……とまぁ、少しやり過ぎじゃないかと思うくらいには交友を深めている。

 ただ、寺坂君グループはガムテープ簀巻き事件の一件もあり、彼らが暗殺に対して非協力的であることもあって余り仲は宜しくないらしい。まぁこればかりは仕方ないだろう。時間が解決してくれるのを待つしかないと思う。

 

 とまぁそんな感じで、律という新しい仲間を迎えたE組は、そこそこ順調な滑り出しを見せていた。

 

 そうして日々が過ぎる事少し。殺せんせーの暗殺が捗らなくても、世間は止まってくれやしない。

 空気は湿り気を含み、晴れよりも曇りや雨の天気が増え始める。季節は梅雨、六月となった。

 

 殺せんせーの暗殺期限まで、残り9ヶ月。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「まぁ、何の進展も無いんだけどさ」

 

 テーブルの上に上半身を広げながらそんな事を呟く。外の空気同様、私の気分はじめっとしている。いや、私に限らずE組全員がそうだろう。

 だってあの教師、全然殺せそうにない。そもそも攻撃が当たらないのだ。何とかして傷を負わせようと策を巡らせても寸前で回避する。そして同じ手は二度通じないという学習能力の高さが非常に厄介だ。

 愚痴るのは趣味じゃないにしても、文句の一つも言いたくなる。

 

「……何だ、助言の一つでも欲しいのか?」

 

「大丈夫、求めてないよ」

 

「ならば良い」

 

 ギルガメッシュの鬱陶しそうな言葉をぺいっと叩き返す。私の戦いなのに、王様に頼るのは駄目だろう。

 ちなみに今日の王様はソファーを占領しており、本棚にあった本を読んでいる。私は買った覚えが無いし、経済書なんて王様がわざわざ買ったとも思えない。多分この家に元々あったものだろう。どちらの物だったのかは不明だが。

 どうせ本を読むなら眼鏡の一つでも掛けてくれればいいのに。

 

「しかし、進展の一つも無いというのもつまらんな。

 二月は経ったのだ。何か新たな発見でもあれば面白いが」

 

 本を閉じた王様が話題を繋いできた。文字を追うよりは退屈しのぎになるとでも思ったんだろうか。

 

「発見って言っても……あ」

 

 何かあったかと記憶を探れば、思い当たる物が一つあった。

 

「そういえば今日、膨らんでたな殺せんせー」

 

「何?」

 

「湿気を吸って膨らんだって言ってた。生米みたいだよね」

 

 そう、今日の殺せんせーは顔面が大きかった。皆その事には気付いていたのだが、律が質問するまでその事には誰も触れていなかった。

 

「雨粒は避けれるけど湿気は駄目らしいから、次に暗殺を試すとしたらその方向から攻めるべきだと思うよ」

 

「―――そうか、励めよ」

 

 珍しく王様から激を頂いてしまった。やけに愉しそうな王様を尻目に、色々と方法を考えていく。

 

 殺せんせーの言っていた事が本当なら、霧を躱す事は出来ないという事だろうか。ならば対先生物質を粉状にして砂塵の様にすればどうだろうか。触手の風圧で吹き飛ばされる可能性は高いが、やってみる価値はあるだろう。

 あるいは空気中に撒くという事を考えるとやはり毒だろうか。奥田さんも色々と殺せんせーに効果的な毒物を開発しようとしているけど、今一つらしい。殺せんせーと一緒に作ってる時点で出来るかどうか怪しいが、完成した時のために候補に入れておこう。

 

 ちなみに後日試した所、対先生物質の砂塵は呆気なくマッハの風圧で薙ぎ払われた。しかもその場に居た全員に対して粉じん対策のマスクとゴーグルを装着させた上でだ。髪に関しては一切の措置がされなかったので、私を含めて女子からはクレームの嵐だった。

 

「時に雑種、明日の放課後は空けておけ」

 

 一通りの殺害方法を纏めた頃、王様がそんな事を言いだした。

 

「放課後……何で?」

 

「退屈凌ぎの遊興だ、供をしろ」

 

 正直、ついに来たかと思ってしまった。

 霊体化しての護衛やら何やら言っていたこの王様だが、それだけに徹して大人しくしている筈なんて無いと確信していた。むしろこうやって気分転換を言い出すまでに一週間以上時間が経っていた事に少し驚いている。

 

「あー、遊びにかぁ」

 

「……何だ、よもや不服とでも言うつもりか?」

 

「いや違う違う。遊びに行くのは全然良いよ、問題無い」

 

 不機嫌になったギルガメッシュの声に全力で否定する。

 王様と出かけるというのは、実際に嫌ではない。かつての旅でも様々な所を観光していたが、嫌だと思った事は無かった。

 常に先頭を行く彼の背中は「ついて来い」と告げているようで、私が見聞きした物に反応を示す度に色々と言葉をくれた。そんな彼との遊び目的の外出だ、厭う筈が無い。

 

 まぁ彼をもってしても未知の文明というものが相手であったために、はしゃぎまくってあちらこちらへ振り回された上に無数のトラブルを引き起こした事に対する苦情ならダース単位であるのだが、言った所でどうせ聞いてくれないのでそれは置いておく。

 

 とにかく、外に出かける事に対して問題は無いのだ。しかし懸念が一つある。

 

「ただなぁ」

 

「?」

 

「いや……放課後って事は他の学生も下校中だからさ。

 ……一緒に居る所をクラスメイトに見られたら、その、困るかなぁって」

 

 そう、気にするべきはその一点だ。

 

 どう見ても血の繋がりが無い男女、男が成人済みで女が学生。この組み合わせを見た時、思い浮かぶ関係は何だろうか。

 知人や友人ならまだいい。とても釣り合わなかったとしても、恋人に見られる事もあるだろう。

 最悪なのは援助交際だと邪推される事だ。そんな噂が出回った暁には、翌日からビッチ先生二世という不名誉な称号を頂いてしまう事間違いなしだし、万が一理事長にまでそんな話が伝わってしまった場合には問答無用で退学処分だろう。

 何よりもしそんな事になった場合、この王様がどれだけの怒りをブチ撒けるかが不明過ぎて恐ろしい。最悪の場合、椚ヶ丘市に原初の地獄が顕現して三月待たずに地球が滅ぶ。

 

 そういう意味の言葉だったのだが、何故か王様は固まっていた。

 何だろう、何と言うか……思っても無かった事を言われた、って感じの顔で固まってる。

 

「……成る程、貴様の言い分は理解した。

 よもや古典を押さえてくるとはな。我とした事が不意を突かれた」

 

「古典?」

 

 何を言っているのか良く解らなかったが、王様の中では納得がいったらしい。くつくつと笑う姿は結構な上機嫌だ。

 

「それならば何も問題は無い。貴様の懸念は全くの杞憂だ」

 

「え、そうなの?」

 

 思わず聞き返した。外見上の問題が解決するという事であれば、王様と出かける事は何も問題無い。

 

「あぁ、久方ぶりの散策だ。明日を楽しみにしていろ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、はっきりと返事をした。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 案内された席に腰を下ろす。そのまま背もたれに体を預けて息を吐き出すと、感じていた疲労がより一層と強くなった気がする。息と一緒に抜けてくれてもいいのになぁ。

 

 時間は既に放課後、今は前日に話していた通りギルガメッシュと一緒に外出中だ。

 

「何だ、この程度で疲労困憊か? 我のマスターともあろう者が何たる様だ」

 

「いや……あれは普通に疲れるって……」

 

 憮然とした表情で私を見つめるのは、向かいに座っている王様だ。今日は外出中という事もあって、ある程度まともな服装をしている。いや、正確にはさっきまでしていた。今の格好は正直まともとは言い難い。

 

「何であんなに買うかなぁ……?」

 

「良い品を手に入れたいと思うのは当然の事。格こそ足りぬが、我が身に纏うに相応しい感性(センス)よな」

 

「そうだね、王様に似合ってると思うよ」

 

「であろうであろう、貴様もようやく服飾の何たるかが分かってきたようではないか」

 

 ソーデスネーと返事をしながら、今一度王様の服装をよく見る。

 総評するなら……何というか、カオスだ。

 絶叫する表情が描かれたシャツ、謎の文様が刻まれたパンツ、チカチカする色合いの小物に、極めつけは地球儀に跨り「世界を股に掛ける」とふんぞり返る人物が描かれたインナー……。

 この人の私服センスについては昔から知っているが、それらに匹敵ないし凌駕するレベルの個性が密集した品々と言えるだろう。

 敢えてもう一度言おう。カオスだ。

 

 これらは全て、立ち寄った「Rotten Manten」なる服飾店で購入した品である。店構えを見るなり目を輝かせて突入し、品を物色しては買い物カゴに突っ込み、挙句の果てには金持ちにだけ許される「この棚にあるやつ全部下さい」をリアルでやらかした。あの瞬間だけ店の中は時間が止まっていたと言っても過言ではない。

 多過ぎる購入品は自宅に郵送してもらう事になり、ポイントカードが数十枚は埋まるほどの額で買い物をした結果、最終的にはオーナーと従業員に頭を下げられてお見送りされてしまった。多分開店以来初のとんでもない売り上げが出たんだろうな。またのお越しをお待ちしておりますという言葉にあれ程の真剣さを感じたのは初めてだった。

 

 ちなみに服の購入費用は私の財布から出ている。もう慣れたものなので気にしてないが、やっぱり少し複雑だ。

 まぁその後適当なくじ売り場で王様がいくつか宝くじを購入していたので、きっと今日出て行った分のマイナスはすぐに埋まるんだろう。最早あの人の黄金律は買ったくじが当たるレベルなので。

 

 その後も本屋へ足を運んだり、家具屋を覗いたりと遊び続け、今は休憩のために喫茶店に入った所だ。奥まった席に案内されたのは、この服装をオープンカフェから見える位置に座らせたくなかったからだとは思いたくない。

 

「ごっ……ご注文は、お決まりでしょうか?」

 

 注文を取りに店員がやって来た。アルバイトだろうか、私よりも少し年上と思われる女性だ。

 ギルガメッシュがいくつか注文をしていくが、店員が王様に対して何か反応する事はない。最初に席にやって来た時だけは多少狼狽えていたようだが、あれは奇抜過ぎる服装に面食らったのだろう。

 少なくともかつて旅の途中で何度もあった、ギルの面貌に見惚れるような気配は全く感じない。

 

「……ホントすごいね、それ」

 

「小粒であろうと我が宝物庫を彩る財の一つだ。この程度は当然というもの」

 

 ギルガメッシュの右手中指には、黄金の指輪がはめられている。これはただの装飾品ではなく、魔術的な効果を持った礼装の一つだ。彼の持ち物だから、宝具という方が正しいのかもしれないが。

 保有する効果は認識阻害。使用者を認識しにくくなるという、効果としては軽いレベルのものだ。ある程度の調整が可能な品らしく、今は自分の顔をある程度平凡なものに錯覚させているのだという。

 その程度では王様とのパスが繋がっている私にはほぼ効果が無いが、魔術というものが創作の中に取り残されたこの世界では非常に効果的だとか。現に出かけてから今まで、ギルを見て熱に浮かされたようになる女性は一人もいない。

 

 これこそが、ギルガメッシュが言っていた「私の懸念が杞憂たる理由」である。この宝具を装備する事によって、今の彼は他者に与える印象を誤魔化している。それによって私の隣に誰かがいるという認識を与えても、それが誰なのかが記憶に残りにくいらしい。

 自分がその一端を行使しているとはいえ、やはり魔術というものはとんでもないと再認識する。

 

 ……まぁその記憶に残りにくいという外出対策も、今の服装では効果が薄そうだ。こんな全身を趣味の悪い……もとい、独創的なセンスに基づいたアイテムで纏めた人が居たら、少なくとも三日は忘れないだろう。

 ちなみに一応私も変装をしている。といっても王様のような魔術的な物ではなく、私服に着替えて髪型を変えて伊達眼鏡を掛けているくらいだ。じっくり見られればバレるかもしれないが、すれ違うくらいなら問題無い。

 

 そのまま他愛もない話を続け、注文の品が運ばれてきてもそれは変わらない。

 外で暗殺やら魔術やらの話を大っぴらに出来る訳もないので、自然とそういった話以外の話題になる。購入した服や家具の置き場所、この後向かうスーパーで材料を購入する夕飯の事、家にある岸波家が使用していた物品の事。

 一度そういった所に目を向けると、意外と話し合わなければならない問題が多かった。雨脚が強まって来た事もあり、結局二杯目のコーヒーをそれぞれ注文していた。

 

「……おい、アレは貴様の知人か?」

 

「え?」

 

 あれだ、とギルガメッシュが指をさす方向に目を向ける。

 

「……あぁっ、さっきのババァ!」

 

「ちょっと店長、他にトイレないの!?」

 

 ……もの凄い剣幕で店員に詰め寄る、椚ヶ丘の制服を着た男女二人組がいた。

 多分王様は、制服が一緒だからそう聞いて来たんだろう。

 

「いや、知らないな。本校舎の生徒だと思うけど」

 

「そうか、ならば良い。

 あのような品性の欠片も無い愚か者とは不用意に関わるなよ。こちらにとって損しかない」

 

「……わかってるよ。というか本校舎とはあんまり関わる機会無いし」

 

 そうか、と言って王様が席を立つ。先程まで騒いでいた二人の姿は、既に店内には無い。トイレを求めて外へ飛び出したみたいだった。双方が我先にと急いでいたみたいだけど、ちゃんと代金は払ったんだろうか。

 

 ―――あれが優秀な95%ねぇ。

 

 細かいのが無かったので諭吉さんを差し出しながら、先程の光景を思い出す。

 周囲の迷惑も考えずトイレのドアを怒鳴りながら連打、そのままの勢いで店員に掴み掛る。オープンテラスの席を見れば、私達の席に来てくれていた女性店員が伝票を手にオロオロしている。恐らくはあそこが彼らの席で、予想通り代金は未払いだったらしい。

 

 自分が周囲からどう見られるかをまるで理解していない。普段からE組を公然と馬鹿にしているせいで、自分たちは何をしても許されるなんて特権意識でも持っているのだろうか。

 だとしたら馬鹿馬鹿しい。そんな偽りの貴族制度は学校内でだけ通用するものだし、外に出れば自分達はただの中学生で一般市民だろうに。そんな独善的な性格のままエスカレーター式で高校に進んで、社会に出て……それでやっていけるのだろうか。

 普通とは程遠い生い立ちの私が言うのもおかしな話だが、あれでは将来苦労するだろう。そんな人間を大量に生み出す事が理事長の掲げる教育方針なのだろうか。

 

「どうした?」

 

「ううん、何でもない」

 

 ……まぁ、私が気にする事では無いか。

 先程までの考えを頭から追い出して、お釣りと一緒に差し出されたクーポン券を受け取った。コーヒーは美味しかったので、また来ようと思う。




私服センス/Zeroの金ぴかなら、あのブランドは絶対気に入ると思います。

原作読み返してて思ったんですけど、描写的にあの二人絶対お金払ってないですよね?
アニメは見てないのでどうなのか(そもそもこの回がやってたのか)知らないんですけど。

金ぴかの宝物庫なら、認識阻害の宝具くらいあるに決まってるでしょう。
愉悦の現代衣装とセーラーザビ子の並びは犯罪臭凄いから仕方ないですね。

尚、この時点で白野は前原の一件を知りません。

次回から四巻の内容です。



ついにマーリンを召喚出来ました!
ラスベガスで稼いだQPが溶けたけど後悔してない! 頑張って過労死させます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.発覚の時間

今回から四巻の内容です。
この辺から物語がそれなりに動きそうですね


 

「しっかし卑猥だよな、ビッチ先生の授業は。

 下ネタ多いし……アレ中学生が見るドラマじゃねーだろ」

 

 梅雨の時期ではあるけど、流石に毎日雨続きという事はない。たまには晴れる日だってある。

 そんな珍しく一日通して傘を持たなくても良い日の帰り道、たまたま教室を出るタイミングが同じだった三村君がそんな事を言った。内容は、ビッチ先生の授業に関するものだ。

 

 この教室に赴任したてのビッチ先生は、暗殺にだけ拘って授業なんてしてくれなかったけど、最近は宣言した通りに、自分の経験に基づく英会話の授業を行ってくれている。

 

 三村君が言ったように、確かに中学生に対して見せる様なものでは無いんだと思う。けど海外ドラマは教材としては優れているって聞いた事もあるし、実際に最近は英語を聞き取る能力というのが発達してきたように思う。

 それに潜入暗殺を専門としているだけあって話術や距離の詰め方が凄いし、合間合間に挟まれる経験談も(妙に生々しいのは聞いてて困るけど)面白くて飽きない。

 

 僕がそう言うと、三村君と杉野もまぁ確かにと同意してくれた。不正解でも正解でも結局ディープキスされるのは困ると続けると、痴女だから仕方ないと返って来た。ちょっと納得してしまったのが申し訳ないやら、それを正当化しようとする自分がいるやら……。

 

「ただまぁ……」

 

「杉野?」

 

「いや……そのディープキスが原因で、って考えると、な」

 

 杉野のいう事に二人頷いた。そうして三人揃って後ろに目を向ける。

 少し遠くなってしまった下駄箱には、クラスの女子の約半分ほどが密集している。ついでとばかりに殺せんせーもそこにいた。

 

「どっどどどどどどういう事ででですかかかききき岸波ささささん!!!???」

 

「殺せんせーうっさい!」

 

「でもホントどーゆー事よ岸波さん!?」

 

「そ、そうよ! 駄目よそんなの!?」

 

「白野ちゃーん!?」

 

「詳しく説明して下さい、岸波さん……!」

 

「だから、違うって……! 誤解だから……!」

 

 文字通りの意味であの騒動の中心にいるのは、岸波さんだ。以前から何かと変わった行動が目立った彼女だけど、今回の騒動は正直に言ってそれら全てを塗り潰すくらいの衝撃があった。

 

「騒ぎになり過ぎだよね」

 

「まぁ当然だろ。あの手の話題は何時だって人の関心を集めるんだ。この前の前原の一件でもそれは証明されてるからな。

 自分に一切関係無い芸能界のやつでも盛り上がれるんだ。それが身近な奴なら尚更だろーよ」

 

 テレビっ子らしい三村君の評価に、苦笑いを浮かべながら杉野と頷いた。

 そうこうしている内に、集団の中から靴を履き替えた岸波さんが飛び出した。多分話しても無駄だって思ったんだろうな。

 

「待って下さい岸波さん! ちゃんと説明するまで先生逃がしませんよ!?」

 

「だから! 説明するような事は何も無いって……!

 あぁもう触手を絡ませるなエロダコ! 淫行で烏間先生に訴えるぞ!?」

 

 アッサリ殺せんせーに捕獲された。まぁそうなるよね。マッハ20からは逃げられない。

 ……とはいえ、同年代の女子がヌルヌルの触手に絡まれてる光景は、色々と宜しくない。直視するのは困難で、三人揃って目を背けた。背けた先で岡島君が直立不動でガン見してた。凄い。

 

「放してくれ殺せんせー! この変態! わいせつ教師! 幸運E!」

 

「な、何ですかその嫌な予感しかしないステータスは!? とにかく、事の次第を明らかにするまで帰しませんよ!」

 

「岸波さーん!」

 

 あぁ、置いて行かれてた他の女子が集まって来た。これはもう逃げられないだろう。いち早く到着した中村さんが口を開く。

 

「それで岸波さん! 彼氏いるって本当なの!?」

 

「ッ……だから、いないってばぁああーーーー!!!」

 

 岸波さんの涙交じりの悲鳴が、快晴の下に響き渡った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ―――どうしてこうなった。

 

 殺せんせーの触手に拘束されて、周囲をクラスメイトに囲まれて。コードキャストを使用しない私の素の身体能力ではこの状況を脱出できない。まぁコードキャストを使用できたとしても、皆を八極拳で殴り飛ばしていくわけにもいかないし。結局速度強化くらいに留めて、また殺せんせーに捕まるのがオチだろう。

 そう考えると、逃げるのも馬鹿らしい。それに逃げても何の解決にもならない。ならば多少時間が掛かっても、この誤解を解いておくべきだろう。

 

 そう、私が彼氏持ちだという勘違いを―――!

 

 

 

 そもそも事の始まりは、今日の英語の授業まで遡る。

 

 今日の英語はイリーナ先生の授業だ。イリーナ先生の授業は、授業内容を板書してテストに備えるというよりは、生の英語に触れて理解を深めるという意味合いが強い。

 今日も海外の深夜にやっているようなドラマを教材に、発音の違いについて勉強していた。

 

「正解よチバ。じゃあ前に来なさい……」

 

 しかし、イリーナ先生の授業には普通の英会話の授業とは明らかに異なる部分がある。それがこの正解のご褒美であるディープキスだ。ちなみに、不正解のペナルティーも同様なので、結局キスしたいだけの痴女じゃねーかというのが男子の総評である。

 

「ハクノ、発音が正しくないわ。前に」

 

「はぁい」

 

 まぁ、最初こそ面食らったが、慣れればどうという事も無い。むしろ今からキスすると告げてくるだけ、いきなり五停心観のインストールのために不意打ち接吻かましてきたキアラに比べれば常識的である。有無を言わさず魔力を寄越せと詰め寄り、蹂躙するとはこういう事だと言わんばかりにごっそり持っていくギルガメッシュに比べれば良心的である。

 それにイリーナ先生は美人だ。このレベルの美女とキスしようと思ったら、それこそしかるべき場所で何人もの諭吉さんを財布から送り出さなきゃ叶わない。いや、叶うかどうかも怪しいというものだ。

 ならば役得と割り切って楽しませてもらうくらいで丁度いい。そんな考え方もあって、私はこのキス魔B-による行いを受け入れていた。

 

「んぅ……」

 

 くちゅり、にちゃ、ちゅぷ。

 文字にするとそんな感じだろうか。

 

 粘つく水音を響かせた後、解放される。舌が這いずり回っていた口内に侵入してくる空気が心地いい。

 後は席に戻って授業再開。それが何時もの授業風景だったのだが、この日は違った。

 

「ハクノ」

 

 席に戻る私に掛けられた声に振り向く。アドバイスか何かだろうかと耳を傾けて―――

 

「アンタ男いるでしょ」

 

 ……そのまま、固まった。

 

 全身が硬直したのが自分でもわかる。固まるのは無言の肯定に等しいと理解していたが、聞かれた内容があまりに予想外過ぎて、それでも止まってしまった。

 イリーナ先生はじっと私を見つめている。ぺろりと舐められた唇が艶めかしく光っていた。あぁさっきまでアレに良い様にされてたんだよなぁなんて余計な考えを脇に追いやりつつ、サーヴァント戦に匹敵するレベルで頭脳を回転させて言葉を紡ぐ。

 

「―――いや、いませんけど」

 

「嘘ね」

 

 バッサリ否定された!?

 

「アンタね、キスに慣れるのが早すぎるのよ。

 自分のスタイルが既にあって、それを相手の攻め方に合わせてる。流されるままそうなってるんじゃなくて、余裕すら感じる受け入れ方。数回のキスじゃ身に付かないわ。

 そんなのもう、日常的にキスしてますって言ってんのと同じじゃない。そしてそこまでやる相手は恋人くらいでしょ。他の奴は誤魔化せても、キスで私が騙される訳無いわ」

 

 な、何て分析力……! これはキス魔スキルの見直しが必要だろうか。

 しかし、説明を聞くとそんな事を思われても仕方ないと思う。実際私がイリーナ先生とのキスに対してやっているのは正に言われた通りの事だし、ハニートラップが本業の彼女をその分野で欺けるほどに経験豊富だという自負も無い。

 だからといって恋人がいる、しかも毎日の様にねちっこいキスしてるとか、そんなさっきまで見ていた海外ドラマみたいな爛れた関係を邪推される事については異議を申し立てたい。というか私は毎日王様とキスなんてしていない。こっちの世界に来てからは一度だってしていないのだ。この肉体に限って言うのであれば、経験人数はイリーナ先生一人である。なのにこの評価は心外だ。

 

「え……」

 

「マジかぁ」

 

「岸波さん……」

 

 立ち止まったのが教室のほぼ真ん中だったので、必然的にみんなの中心にいる事になる。つまり全方位から視線を向けられるという事である。

 あぁ、やめてくれ。そんなエロいものを見る目で私を見ないでくれ。そして前原君は鼻血を拭いてくれ。

 

「あ、あば、あばばばばばばばばばばばばばっばばばば」

 

 ドアの影から覗いていた殺せんせーもガタガタ震えてこっちを見ている。今なら殺れるんじゃと思ったが、撃った弾はすんなり躱された。おのれ。

 

「それでもう一回聞くけど、彼氏いるんでしょ? キリキリ吐きなさい」

 

「いや、だから彼氏なんていませんってば」

 

「……成る程、彼女か」

 

「彼女もいません!」

 

 何が成る程だ、何が! どんな目で私を見てるんだ!

 まぁ同性でも年齢差があっても、何ならAIやサーヴァントが相手でも気持ちが通じ合っていてお互いを尊重できれば何も問題無いんじゃないかなとは思うけど、それはそれ!

 

「まったく……」

 

 もうこの話はおしまいだという意思を表示して、イリーナ先生の追究を無視して席へ戻る。

 

 ―――しかしまぁ、面倒な事になった。

 

 この状況は本気でマズイ。何が不味いって、授業もそっちのけで全員の関心が私の交際事情に向けられている事だ。この授業が終わったらあとは放課後なので、ほぼ間違いなく質問攻めがあるだろう。

 私に彼氏なんていないのに、周りはいると判断して説明を求めてくる。これを納得させて話題を終息させなければいけない。こういうの、悪魔の証明って言うんだっけ。

 

 教室は授業中にも拘わらず、休み時間であるかのように騒がしい。本来それを諌めるべき立場の教師が率先して騒いでいるんだから、沈静化はほぼ不可能だろう。

 あと十分ほどで授業も終わる。それまでにどうにか周囲を納得させる言い訳の四つや五つ考えておくとしよう。

 

「あっ……! あぁあああっ!!! 思い出した、そうだアレ岸波さんだ!」

 

 ざわついていた教室を、茅野さんの絶叫に近い言葉が駆け抜けた。突然の事にクラスメイトは勿論、イリーナ先生も殺せんせーもその動きが止まる。

 そんな教室の状況なんて知るかとばかりに、茅野さんは再度叫ぶ。

 

 

 

 

「この前男の人と喫茶店に居たの見た!」

 

 

 

 静寂。

 さっきまでの喧騒が嘘であるかのように、教室内が一瞬で静まり返った。

 そんな中で、ガタリと音が響いた。普段なら響く筈も無いような音だが、静かな中では普段よりもはっきりと耳に残る。それが思わず自分が立ち上がった時の椅子の音だと、今更ながらに気付いた。

 

 そしてそれが、その反応が―――茅野さんの言葉に対する肯定そのものに等しい事にも。

 

「「「――――――ッ!!!」」」

 

 直後、音の爆発。

 私以外のほぼ全員から発せられた驚愕の声は、折り重なってボロボロの校舎を振動させた。

 

「ホラ! やっぱり男いるじゃないの! カエデ、詳しく!」

 

「えっと、前原君の一件で動いてた時の事なんだけど―――」

 

 そこから語られるのは、私が王様と外出していた時に、E組有志で繰り広げられたとある作戦の内容だった。話を聞くに、あの日騒いでいた本校舎の生徒はその標的だったらしい。あの時トイレが使えなかったのも、変装した茅野さんが中に入っていたからだという。

 そして店内のトイレを使用する以上は店の中に入る必要がある訳で、店の中にいた全身強烈な柄で揃えた派手な人物に視線が行くのも当然で、更にその横にいた人物にも目が行くのは自然な流れだ。

 それがどうも見覚えのある気がしていたが、作戦遂行を優先してその違和感を無視。しかし今日の私に彼氏がいる疑惑を切っ掛けに記憶が結び付き、ついでとばかりに既視感の正体にも辿り着き、思わず叫んでしまったという事らしい。

 

「あ……でも服が……」

 

 急にトーンダウンした茅野さんの揺れまくっている視線が私に向いた。

 変装してたって事は、言ったらダメだったよね!? ゴメン!! そんな声にならない謝罪が聞こえてきた気がして、私としてはもう笑うしかない。頬の引き攣った笑みとも呼べない表情を浮かべるしか出来なかった。

 

 ―――み……見られてたぁ……ッ!!?

 

 これはマズイ。本気でマズイ。どれぐらいマズイかと言えば、割と本気で不機嫌な王様が解消相手に私を選んで絡んできた時くらいマズイ。

 彼氏がいないという事実だけで押し通そうとしていた所に、男と会っていたという誤魔化せない事実が放り込まれた。それが彼氏だと思われるのも困るし、もしそれを回避できたとしても、ならあの男は何者なんだという疑問が着いて回る。

 端的に言って、逃げ場が無い。

 

「「「…………」」」

 

 ふと気づくと、周囲の騒ぎは再び収まり、しかしその騒がしさは貫く様な視線へと変貌して私に襲い掛かって来る。居心地の悪い視線の檻が私を囲んでいた。

 殺せんせーまでそんな目を向けてくるのは何故なんだろう。生徒の恋バナがそんなに気になるか。

 

「……あぁ、授業終わっちゃったわね」

 

 唐突に流れたチャイムの音に、ほぼ全員がビクリと反応する。今が授業中という事さえ忘れていたらしい。

 本来ならやっと授業が終わったと思う解放の音だが、この場合はステージの開始を告げるゴングでしかない。

 

「さて、本来ならLHRの時間ですが……今日はもういいでしょう。それよりも重要な話題がありますからね」

 

 自分の担当時間になった殺せんせーが教卓へとやって来る。しかし、見逃してくれるという訳ではなさそうだ。

 

「それで岸波さんは……かっかかかかれれれれ彼氏がががいいいいるんででですかねぇ!?

 毎日の様にキスしてる!? 不純異性交遊ですよ! 中学生にはまだ早いです!」

 

 最初こそ落ち着いていた殺せんせーだが、次第に再びガタガタ震え出した。何で生徒に恋人がいるかもしれないってだけでここまで動揺してるんだろうか、この先生。

 

「……いませんってば。あれはただの知人ですよ」

 

 最低限持って帰らなくてはならない荷物だけをカバンに詰めながら返答する。もうこの一点で押し切るしかない。純然たる事実によるごり押し一辺倒。それしか乗り切る手段は無いだろう。いざという時に力技しかないとか、もう財宝撃ちまくってる王様を悪く言えない。

 

 そしてチャイムが鳴ったら大至急離脱する。クラスメイトに囲まれたらもう逃げられない。一晩経てば落ち着くだろう。こういった話題は一過性の物だ。とはいえ殺せんせーなら必ず追いついてくるだろうから、妨害のために対先生弾を握り込んでおく。撃つのではなくばら撒く事で面制圧に使おう。

 

 この後の脱出ルートを頭の中で組み立てながら、殺せんせーの追究に否定を返し続けた。

 

 

 

 

 ……そして、今に至る。

 

 校舎から逃げ出したまでは良かったんだけどなぁ。案の定、アッサリ拘束されてしまった。

 

「おのれぇ……」

 

 クラスメイトも追いついて騒がしくなりだした周囲に、思わず悪態が漏れる。

 これも全て、私服センス/Zeroで紀元前ファッションモンスターなあの王様が悪い。彼が最初に着ていた普通の服装だったなら、茅野さんの視線が向けられる事も無かった筈なのだ。

 

 帰ったら文句の一つでも言ってやろうと決意を決め、私はただ否定するだけの作業を開始した。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「ふ―――――――――――はははははははははははははははははははははははは!!!!!

 い、いかん、腹が! 腹が捩れ、ヒィッ……っ!

 き、きさ……白野キサマ、我を、おっ我を笑い殺す気……ッ!!!

 

 か、彼氏。恋人……? 貴様と、王たるこの我が……?

 ……ングゥっ、無理だ耐えられるかこんなものぁハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 否定に次ぐ否定で帰宅が随分と遅くなり、その原因についてギルガメッシュに説明した。

 

「私と王様が恋人なんじゃないかって疑われた」

 

 今日遅くなった原因は、要約するとこれに尽きる。最初こそソファーにふんぞり返って聞いていた王様だったが、要約を聞くと目を丸くし、更に詳細を聞くにつれて口角がピクピクと笑いを堪える動きになり、全て聞き終えるともう堪らぬとばかりに爆発した。

 今は服が汚れるのも構わずに、床に這いつくばって笑いに抗っている。それでも抑えきれないのか、バシバシと床を叩く音がリビングに響く。程々にしてくれ王様、筋力Aの床ドンは色々と拙い。

 

「ハッ……あぁ―――笑った。ここまで笑ったのは久方ぶりだ……。

 生前であれば叙事詩に加えたかもしれん出来事であった……」

 

「私も久しぶりに見たよ、王様の大爆笑」

 

「うむ―――いかんな、まだ余韻が……クッ」

 

 ぶり返してきた王様を尻目に台所へ向かう。もう疲れたから今日はさっさとご飯食べてお風呂入って寝たい。夕飯は王様への嫌がらせも兼ねて麻婆だ。

 

「しかし貴様、何故そこで話に乗っておらんのだ。懇切丁寧に頼むのであれば、恋人役くらい引き受けてやったものを……」

 

 調理に取り掛かった私に向けて、王様の声が飛ぶ。冷蔵庫から取り出した材料を見て、さっきまでとは別の感情で顔が引きつっていた。ふふん。

 

「いやー、元々そう見られないための認識阻害だったし。王様にそんな事させられないよ」

 

「我は構わんぞ?」

 

「……成る程。在る事無い事皆に吹き込んで、それに狼狽える私で愉悦するのが目的だな!? 尚の事却下だ!」

 

 申し出は全力でお断りしておく。善意からならまだしも、単純に私を困らせて遊びたいだけだ。私の予想は正しかったらしく、良く分かっているではないかと愉しいと不機嫌が半々くらいの返事が返って来た。

 ちょっと暇にさせ過ぎたかもしれない。また今度、前回よりも変装をしっかりとした上で別の場所に出かけようと思う。そう決意して、仕上げのラー油をいつもより多く注いだ。

 

 そうして完成した麻婆をやけ食いの様に掻っ込む。喉を焼く熱さと舌を焦がす辛さが疲れ切った体に心地いい。汗を流しながら堪能する私の事を、まるで未開の地で発見された珍獣を見るかのような目でギルガメッシュが見つめるのは何時もの事だ。

 

「あー、今日の騒動全部無かった事にしたい」

 

 ご馳走様と食器を片付けていた途中、ふとそんな事を呟いていた。そんな事は無理だと分かってはいるが、今後の精神的疲労と面倒さを思うと、言わずにはいられなかった。

 

魔術師(メイガス)であれば記憶の操作程度、簡単にやってのけるだろうがな」

 

魔術師(ウィザード)だからなぁ。そういうのは出来ないや。

 まぁ、人の噂も七十五日って言うし。その内収まる事を期待しよう」

 

 E組には殺せんせーの暗殺という大きな目的がある。それに邁進していけば、やがて一生徒の恋愛事情なんてものは忘れられるだろう。それまで否定し続けて待てばいい。忘れた頃に掘り返されるかもしれないが、その時は……うん、その時に考えよう。

 

 

 

 そう思って登校した次の日。私の恋人騒動よりも別の所にクラスの関心が移っていた。かくいう私も、それに自然と目が向かってしまう。

 

「……あの、烏間先生」

 

「気にするな。続けてくれ」

 

「あっはい」

 

 ……なんか、狙ってる。

 イリーナ先生と見知らぬおじさんが、烏間先生を狙っている。




実は結構要所で活躍してる人、ロヴロさん登場。
とはいえこの段階ではあんまり関わって来ない予定です。

ギルと一緒にいるのがバレましたが、認識阻害は効いていたのでギルの顔が知られた訳ではありません。私服センスが残念すぎる男性程度の認識です。

次回、師匠の登場です。





ジャックのコマンドカードに何をつけるか悩む……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30.師匠の時間

今回は師匠の登場です。ではどうぞ。


 

「模擬暗殺……ですか?」

 

「あぁ、そうだ……頭の痛い話だがな」

 

 体育の授業は殺せんせーではなく烏間先生の担当だ。その間、殺せんせーとイリーナ先生は職員室で暇になる。といっても遊んでいる訳ではなく、殺せんせーは授業で使うプリントや小テストを作成したりしているし、イリーナ先生も教材の選択や殺せんせーの暗殺など、やっている事は意外と多い。

 それは逆も然りで、殺せんせーやイリーナ先生が教卓に立つ時間は、烏間先生も訓練施設の設計や政府への報告なんかの事務をこなしているらしい。

 

 要するに、自分が受け持つ授業時間でなくても、教師という職業は存外多忙であるという事だ。

 その割と忙しい筈の二人が姿を見せて、更には初めて見るオジサンを引き連れているとなれば、気にならない筈が無い。烏間先生は気にしなくていいと言っていたが、それでも気になるものは気になる。ほぼ全員が授業に集中できていない現状をどうにかしようと、やがて頭痛を堪えるような表情で説明してくれた。

 

「『殺し屋屋』……殺し屋の斡旋業か」

 

「そんな仕事あるんだなぁ」

 

 あの見知らぬおじさんの正体は殺し屋屋ロヴロといい、イリーナ先生を日本政府に紹介してこの教室に送り込んだ人物。イリーナ先生に殺しの技術を教え込んだ師匠らしい。

 何故そんな人物がこの場に居るのかというと、いわゆる現場視察というものらしい。そしてイリーナ先生の現状……殺し屋ではなく教師として活動する彼女を見て、計画と人選の失敗を悟ったらしい。

 

『正体を隠した潜入暗殺ならこいつの才能は比類ない。

 だが一度素性が割れてしまえば一山いくらのレベルの殺し屋でしかない』

 

 それがイリーナ先生を一から育てた、師匠であるロヴロさんの評価との事。

 

 その評価は、まぁ妥当だと思う。イリーナ先生が得意としているのは色仕掛け(ハニートラップ)であり、これは仕留め損ねた相手にもう一回使える手段じゃない。何度も積み重ねて油断を誘い、その一回で確実に仕留める為の方法だ。

 仕留め損ねた時点で全て終わりなのだから、今のように素性が割れて尚殺すための技術を身につけてなくてもおかしくは無い。

 

 本来ならこの話はそこまでだ。殺せんせーを殺すために教師として送り込むのに、それが不可能な人物をそこに置き続ける必要は無い。だからどれだけごねようがイリーナ先生は退職、新しい殺し屋教師が赴任してくる。

 その筈だった。

 

『殺し比べてみればわかりますよ。彼女と貴方、どちらが優れた暗殺者なのか!』

 

 新しい刺客を送り出したいロヴロさん、この教室に残って暗殺を続けたいイリーナ先生。

 その双方を納得させるために、上海で杏仁豆腐食べてきた殺せんせーが出した解決法が模擬暗殺だ。

 

 ルールは簡単で、イリーナ先生とロヴロさんで烏間先生を狙い、先にナイフを当てた方が勝ちというもの。使うナイフは人間には無害な対先生ナイフで、互いの暗殺や授業を妨害するのは禁止。

 イリーナ先生がこれに勝つ、つまりはロヴロさんよりも先に烏間先生にナイフを当てる事が出来れば、この教室に教師として残留する事が出来るらしい。

 

「迷惑な話だが、君達の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ……」

 

 苦々しく告げる烏間先生は、割と苦労人だと思う。政府の人間だったり教師だったり、色々と立場が複雑で考える事も多い。今度何か甘い物でも差し入れしようと思いつつ、気になった事を聞いてみる。

 

「あの、それって烏間先生が逃げ切った場合はどうなるんですか?」

 

「何?」

 

 そう、この勝負には結末が3パターン存在する。イリーナ先生が勝った場合、ロヴロさんが勝った場合。そして、二人とも烏間先生にナイフを当てられなかった場合だ。

 イリーナ先生が勝てば教室に残留、ロヴロさんが勝てば教師の入れ替えときて、烏間先生が逃げ切った場合の結果が語られていない。無傷で終わると予想されてないのかとも思ったけど、ハニートラッパーという事が知られているイリーナ先生と、元は熟練とはいえ引退した殺し屋。この二人が相手なら、現役である烏間先生なら逃げ切るのは難しくないだろう。

 

「……そういえば、その点については何も聞いて無いな。あのタコに何か見返りでも請求するとしよう」

 

 どうやらそこについては何も決まって無かった様子。精々吹っ掛けてやるといいですよと言うと、素晴らしく黒い笑みが返って来た。

 

 とまぁそんな訳で、私達の暗殺の横で別の暗殺が始まる事となったのだ。

 

「まぁ烏間先生もあぁ言ってるし、俺等には関係無さそうだな」

 

「いや関係あるだろ、結果次第でビッチ先生とさよならだぞ?」

 

「まぁ確かに、今から他の先生ってのもなぁ」

 

「それに絶対初期のビッチ先生みたいな殺し一辺倒だって」

 

「「うわー」」

 

 体育の授業も終わり、外にいた皆が続々と校舎に戻っていく。その途中、菅谷君達がそんな事を言っていた。

 

「他の先生に変わるかもしれないのかぁ」

 

「ちょっと嫌……かな。せっかく打ち解けて来たのにさ」

 

「だよねぇ。岸波さんは?」

 

「んー……殺せんせーの暗殺を考えたら交代するべきだとは思うよ」

 

 たまたま校舎に戻るのが一緒になった中村さんの問いに、思った事を返す。

 

「イリーナ先生のいる場所は、殺せんせーを殺したい殺し屋からすれば特等席だもん。不向きな人間に占領させるわけにはいかないだろうし」

 

「ドライね……」

 

 隣にいた原さんが苦笑と共に私の事をそう言った。声に含まれる若干の非難を誤魔化す様にして、私は言葉を続けた。

 

「それと……勝負の結果がどっちに転んだとしても、この勝負は貴重だと思う」

 

「貴重?」

 

「データ収集って意味ではね」

 

 私の言葉に首を傾げる二人に、この話を聞いてから思っていた事を説明する。

 

「プロの殺し屋、それもイリーナ先生とは別のタイプの殺し方が学べる」

 

 ロヴロさんがどういった殺し屋なのかは不明だが、少なくともイリーナ先生以上の戦闘力は持っているだろう。更に狙う相手は殺せんせーではなく烏間先生だ。殺せんせーだとマッハで対処してしまうので何も学べないが、烏間先生ならその対応も人間が出来る範囲になる。

 それが丸々殺せんせーに流用できるとは思っていないが、少なくとも殺し方から思惑を読み取る事は出来る。そこから発想を広げていくことは出来るだろう。

 

 経験に裏打ちされた作戦立案。私達が今は絶対に出来ない事を学べる機会なのだ。貴重と言わず何と言う。

 そう説明すると、二人からは戸惑うような反応が返ってきた。

 

「暗殺に前向きなのは良い事だと思うけど……考えすぎじゃないかしら」

 

「貪欲だねぇ、ホントに同い年?」

 

「えー、そうかな……」

 

 考え方が中学生らしくないというのは自覚しているけど、そこまで突飛な考え方ではないと思う。実際、磯貝君とか片岡さんとかは、学べるものがあるかもしれないって話してたし。

 と、その時。

 

「いったーい! おぶってカラスマ、おんぶ~~~!!」

 

「「「は?」」」

 

 背後から聞こえて来た甘ったるい悲鳴に、三人揃って振り向いた。

 見れば、地面に座り込んで泣きじゃくっているイリーナ先生に、呆れと怒りが混じった表情を浮かべてこちらに歩いてくる烏間先生。そしてそれを遠巻きに見つめる一部の生徒という、なんともコメントに困る風景が出来上がっていた。

 状況から判断して、多分イリーナ先生が仕掛けたのだろう。あんな甘えるような声を出している辺り、多分色仕掛けだ。そして烏間先生がそれに一切付き合わなかった事であぁなった、という事だろう。

 

「あれは……」

 

「駄目だこりゃ」

 

「……これはひどい」

 

 大体似たような評価がそれぞれの口から出て来て、顔を見合わせて苦笑する。

 まぁ素性が割れている相手にハニートラップを仕掛けるのは色々と無理がある。流れて聞こえてくる会話では、イリーナ先生がキャバ嬢と親子関係を例えに出して今の自分の気まずさを説明しているが、その例えは中学生には遠すぎてわからない。

 

 しかしあの様子を見る限り、イリーナ先生の勝利にはあまり期待できそうにない。あのまま色仕掛け一辺倒なら、烏間先生が急に女に飢えでもしない限りほぼ不可能だろう。ロヴロさんと烏間先生の一騎打ちになりそうだ。

 そうなると先生はこのE組を離れて、新しい教師が来るという事になる。どんな人物が来るのかはその時になってみないと不明だが、少なくともイリーナ先生以上の仕事に忠実な殺し屋と予測できる。つまりは教師としては期待できないという事だ。

 

「……やっぱり、嫌だなぁ」

 

 まだ知り合って一月ほどだが、イリーナ先生とはそれなりに仲良くなれたと思う。それは彼女がこの教室で仕事をするために、教師として私達に接してくれたからだ。単純に殺し屋としてだけで行動していたら、今みたいにはなれなかった。

 殺し屋と教師という異なる二つの職務に向き合ってくれる殺し屋が、果たして何人いるだろうか。次に来る人は、ほぼ確実にそうではない人物だろう。そう思ったら、自然と言葉が口から洩れた。

 

「わ」

 

 すると、左右から頭と頬へ向けて手が伸ばされる。両隣に居るのは、先程まで話していた二人だ。

 

「な、何……なに?」

 

「いや、まぁ……考えてる事はわかるわよ」

 

「そうそう。もー可愛いなコイツー」

 

「何だっていうんだ、一体……?」

 

 二人の行動は良く解らなかったが、別に跳ね除けるほどの事では無い。

 原さんに頭を撫でられて、中村さんに頬を突かれて。そんな状態のまま私達は校舎に戻った。

 それを見かけた狭間さんが怪訝な顔してた。そうだよね、よくわかんないよね。私もです。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 時間は流れてお昼休み。模擬暗殺についてはイリーナ先生が継続中、ロヴロさんが棄権という事になった。棄権の理由は単純に、これ以上の暗殺が続行不可能となったからである。

 

 休み時間に職員室の前へ向かった時、ロヴロさんが手袋をはめて襲撃の準備をしている場面に出くわした。見ててもいいですかと聞いたら了承を貰えたので、邪魔にならない範囲で見学させてもらえたのだ。日本語が通じてよかった、なんてことを考えたのは蛇足である。

 

 そしてロヴロさんの暗殺が始まった訳だが、特に策という程の物は無い。真正面から奇襲する、ただそれだけである。

 それだけ? と思われるかもしれないが、実はそうではない。シンプルイズベストなんて言葉があるように、単純の中にいくつもの仕込みがある。

 警戒している相手に対して、敢えて真正面から向かう事で意識的な死角を突く。座っている時に襲う事で、迎撃のために『椅子を引いて立つ』という余計な動作を挟ませる。その際椅子を引きにくいように床板に細工する事で、意識していた動きを詰まらせて認識を逸らす。

 

 ロヴロさんが取った行動は、私の目から見ても間違ってないと思った。実力者同士の戦闘では、こういった一手のミスや空白の時間が勝負を分ける事も珍しくない。それは姿を捉える事さえ困難なサーヴァント戦で指揮を執っていた私自身が誰よりも痛感している。アレが無ければ負けていたとか、あれのせいで王様が不要な傷を負ったとかの経験は幾つもあるのだ。思い出すたびに不甲斐無さで申し訳なくなる。

 

 ただロヴロさんに一つだけ誤算があったとすれば、彼我の戦力差を正しく認識できていなかったという事だろうか。

 真正面からの特攻はアッサリと往なされ、ナイフの持ち手を潰された上にカウンターの膝までもらってしまう所だった。その際に浮かべていた凶悪な笑顔はあんまり思い出したくない。私にアイアンクローを極める直前の王様を思い出す。

 

 これにより、ロヴロさんは模擬暗殺を棄権、勝負はイリーナ先生の勝ちか引き分けに持ち込まれたのだ。

 ちなみに烏間先生がロヴロさんを撃退した時に殺せんせーが怯えていたため、多分引き分けの際の交渉を行ったのだろう。震えあがっていたから中々の条件を引き出したに違いない。

 

「お。見てみ渚君、あそこ」

 

「……あぁ、烏間先生よくあそこでご飯食べてるよね」

 

「その烏間先生に近づく女が一人……殺る気だぜ、ビッチ先生」

 

 そしてその勝負も終盤と言った所だろう。イリーナ先生が木の根元に座り込む烏間先生に近づいていく。特に遮蔽物も無いので、教室の窓からその様子は良く見えた。

 

「これが事実上のラストチャンスかなぁ」

 

 上着を脱ぎだしたイリーナ先生を視界に収めつつそう呟く。一緒に昼食を食べていた神崎さんが何で? という目を向けて来たので、独断による解説をしていく。

 

「イリーナ先生が使える武器とか手段って、多分そう多くないと思うんだよね。殺し屋としては色仕掛けに特化してるだろうし」

 

 ハニートラップを主軸に据えて殺し屋をやっていくのであれば、身につけるスキルも自然と色仕掛けが中心になる。考えられるのは、薄着でも凶器を悟られない暗器の技能や毒物の知識、私達が学んでいるコミュニケーション能力や人心掌握術などもそれに該当するだろう。

 他にも色々あるかもしれないが、その中で直接的な戦闘能力に応用が可能なものは果たしていくつあるだろうか。あったとして、事前準備が不要ですぐに使えるものとなれば?

 

「そこまで条件を絞り込んでいけば、あっても一つか二つだと思う」

 

「成る程……それでラストチャンスなんだね」

 

 神崎さんは納得がいったようで、うんうんと頷いている。

 周囲はイリーナ先生の暗殺に興味津々で、ぞろぞろと窓際に寄って来る。私の解説が聞こえていた訳じゃないだろうが、彼女の残留か追放が掛かった一戦が気になるのだろう。私も一旦食事の手を止めて観戦する事にした。

 

 イリーナ先生は烏間先生が背にした木の裏に回り、何か話している。流石にこの距離だと声までは聞こえない。けどまぁ、何の意味も無い雑談という事は無いだろう。

 何かしてくるという警戒はされている筈。なら考えられるのは、その本命から意識を逸らすための誘導。彼女が得意とする会話の技能だ。

 

 そして―――イリーナ先生が動いた。

 

「ッ!」

 

「おぉ!」

 

「え?」

 

 どちらかというと、彼女らしくない機敏な動き。

 木の裏から一気に動き出したイリーナ先生と同時に動いたのは、迎撃のために身構えた烏間先生だけではなかった。イリーナ先生が脱ぎ捨てた上着が、彼女を追いかけるようにして素早く移動する―――その内側に、烏間先生の片足を巻き込んだ上で。

 よく見れば、イリーナ先生と上着の間には一本のラインが結ばれていた。

 

 ―――ワイヤートラップ!

 

 足を引っかけて転ばせる、罠としてはよくあるありきたりな物。色仕掛けと組み合わせたそれは、しかし絶大なリターンを齎した。

 

「うおぉ烏間先生の上を取った!」

 

「やるじゃんビッチ先生!」

 

 走り抜けた道をほぼ引き返す様な挙動でイリーナ先生が向かう先には、座り込んだ状態から片足を引っ掻けられた事で仰向けになった烏間先生。その上に跨ってさらに自由を奪う。

 彼女一人くらいなら、あの体勢からでも烏間先生であればすぐに跳ね除けるだろう。だがそうなるよりも、イリーナ先生のナイフが速い―――!

 

「あぁ受け止められた!」

 

「これは、どうなるんだ……!?」

 

 そのままで行けば当たったはずのナイフは、烏間先生に受け止められた。倒れた姿勢がたまたま仰向けだった事が、辛うじて烏間先生に反撃の機会を与えていた。これがうつ伏せだったらナイフは防がれず、イリーナ先生の勝ちは確定だったろうに。

 こうなってしまえば後は技なんて関係ない。押し込むイリーナ先生と、押し返す烏間先生の腕力勝負だ。ここは純粋な筋力に優れた烏間先生に分がある。

 

 その状態が暫し続いたが、やがて決着がつく。烏間先生が手を放し、ナイフが彼の体に触れる。人を傷つけない対先生ナイフがぐにゃりと曲がった。腕力で負けたとは思えないし、溜息も吐いていたように見えたから、きっと根負けだろう。

 

「当たった!」

 

「すげぇ、ビッチ先生残留決定だ!」

 

 それでも勝利は勝利だ。何時の間にやら応援席と化していた教室は大騒ぎである。困難を成し遂げたイリーナ先生に対して、拍手喝采が送られていた。

 その後ロヴロさんと幾つか言葉を交わしたイリーナ先生が、意気揚々と教室へ乗り込んで来る。

 

「どーよ見たでしょガキ共! 私だってヤる時は殺るのよ!」

 

「すげーぜビッチ先生!」

 

「巨乳だけど見直した!」

 

「いい乳揺れだったぜ!」

 

「そーでしょそーでしょ! もっと褒めなさい!」

 

 普段なら弄られるような自信満々の言葉だが、やった事が事だけに、それに対する皆の声も好意的なものだ。……一部は普段同様の歪みない言葉だが、それを受けても上機嫌に笑ってる辺り今は気にしてないんだろう。

 

「良かったわね」

 

「……うん」

 

 いつの間にか横に来ていた原さんの言葉に頷く。

 これでイリーナ先生のE組残留が決定した。暗殺の事を考えるとあまり良い事とは言えないのだろうが、それでも嬉しいものがある。仲良くなった人がいなくなるというのは、やはり進んで経験したいものではない。

 

 これからの暗殺の事とか色々あるけど、今はただイリーナ先生が勝ち取った勝利を喜ぼう。校庭の隅で謎の鎧をスクラップに変える烏間先生を視界の隅に捉えながら、そう思った。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 イリーナ先生が烏間先生に勝った数日後。

 また幾日かの雨天を挟んだ快晴の日。また明日からは雨という事もあり、今日は絶好の体育日和である。実際、それを踏まえて今日の授業は午後イチの授業が体育へと変更されていた。

 ナイフを使う様な練習は教室内でも可能とはいえ、大きく動く実践訓練は外でないとできない。殺せんせーが痺れを切らして体育館を建造するか、マッハで飛び回って雨雲を霧散させる前に晴れてよかったと思う。前者は本校舎から見て隠せないし、後者は衛星写真で異常気象と騒ぎになる。

 

 さて、そんな体育日和の今日ではあるが、私は体育に出ていない。というよりも学校に登校してすらいない。

 とはいっても、サボりという訳ではなく、定期健診で病院に用があるだけだ。

 

 交通事故で半年間も昏睡状態にあり、更に事故の衝撃で記憶喪失に陥っている。それが何も知らない外側から見た私の現状であり、対外的な私の設定だ。

 リハビリは既に終わっているが、それは肉体面の事。記憶に関しては日常を過ごしている内に思い出すだろうと楽観的な措置をとられているが、それでも定期的に経過観察が必要との事だ。まぁその記憶の持ち主である本来の岸波白野は既に存在していないため、私が思い出す事は何も無いのだが。

 これまでも何度かあったその定期検診だが、今までは全て休日に行われていた。それが今回に限って平日に行われるのは、単純に向こうの都合らしい。何でも数日後にアメリカへ行かなければならないとか何とか。

 

 まぁそういう理由なら仕方ない。人はマッハで自由に移動できないのだから、私のために高い飛行機代と時間をかけて戻って来いとは言えないのだ。烏間先生に許可を取って公欠扱いにしてもらい、こうして病院に赴いている。

 

「……うん、じゃあ今回はここまでにしておこうか。平日に悪かったね」

 

「いえ、気にしないで下さい」

 

 定期健診といっても、そう長く拘束される訳じゃない。専用の機械で幾つか写真を撮って、精神科医の先生と幾つか話をするだけだ。遅くても昼過ぎには終わる内容である。

 割と高い診察料金を払い、お大事にという声を背中に病院を後にする。外へ出ると、雨雲に遮られた分を取り戻すかのような日差しが肌に突き刺さる。

 

「んっ……んん~~~っ」

 

 道を歩きながら大きく伸びをする。久しぶりの日差しが心地良かった。雨が巻き上げる湿気交じりの土の香りも嫌いではないが、毎日それだとウンザリしてしまう。

 

 今日はもうこれといって用事は無い。今から学校に向かうのも変な話だし、家に帰っても用事らしいものは皆無だ。ここの所取り掛かっていたものと言えば端末の防衛プログラムくらいだが、それも先日完成した。急ごしらえで後々補強するつもりではあるが、当面はこれで凌げる。

 王様とどこかに出かけようかとも思ったのだが、それも不可能だ。彼は今朝から一人で外に出てしまっている。目立つのは仕方ないから、せめて誰も不敬認定されませんようにと祈っておく。

 

 そういう訳で、今日一日は完全に暇なのだ。

 

「……とはいってもなぁ」

 

 王様であれば、こういった余暇の過ごし方は豊富にあるのだろう。しかし私は未だ自分の愉悦さえ儘ならない身だ。自由にしていいと言われると、逆に何をしていいのか分からなくなる。

 

「とりあえず、ご飯かな」

 

 きゅるると鳴った腹を押さえ、一先ずの目的を決める。どこか適当な所で外食でもしようか。

 食後は腹ごなしに商店街を歩き回って色々と物色してみて、放課後になったらクラスの誰かに連絡して、こういう時の遊び方でも教えてもらえないだろうか。

 うん、一つ決まると色々と形になってきた。

 

「―――ん」

 

 そうと決まれば行動開始だ―――そう思って動き出した私の足は、2~3歩でその歩みを止めていた。

 

 

 

「あれは……」

 

 視線の先にあるのは繁華街だ。昼時という事もあって人が多く、どこの店も混雑している。立ち食い蕎麦のような短時間で食事ができる店にサラリーマンが多いのはお約束と言えるだろう。

 

 その繁華街の端。そこまでを繁華街の範囲に含むべきかどうかという外れの場所に、一台の屋台があった。営業中らしく、店内からは煙が出ている。何の変哲もないはずのその光景に、何故か視線が釘付けになった。

 その時、風に暖簾が揺れ、店内が見えた。書き入れ時であるにも拘わらず、客の姿は一人も無い。

 

「――――――」

 

 その奥にいる店主の姿がちらっと見えて、気付けば駆け出していた。人混みを縫うようにして移動していき、やがてそこに辿り着く。

 『ラーメン泰山』と書かれた暖簾を跳ね飛ばす様にして店内スペースに入ると、屋台の構造上の関係で、すぐ目の前にいる店主と鉢合わせになる。

 そしてその人物が、先程の光景が見間違いでは無かった事を証明していた。

 

 

 

 

 

「―――来たか同士よ。君ならばこの店に辿り着くと思っていた」

 

 

 

 

 

 低く特徴的な声が耳に届く。見慣れた神父服ではなく、見慣れぬ作業着が目に映る。雲を衝くような男が、相も変わらぬ暗い瞳で私を見下ろしていた。

 

「……言峰、神父」

 

「久し振りだな、若きマスターよ」

 

 かつての月の聖杯戦争監督役、そして月の裏側の購買部店員。

 私の八極拳の師匠、言峰綺礼がそこに居た。




という訳でマジカル八極拳の師匠、言峰の登場です。コイツがいる理由はまた次回。正直これも結構無理がある設定なのですが、見逃していただけると幸いです。

次回はラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシク的な話です。





大奥が復刻されましたね。開催当時はロードの長さとプレイ環境で最後まで行けなかったんですが、今回でシナリオ全部見れました。
バトルに関しては……正直、サポート自由で特攻礼装アリ、術・裁以外のクラスで女属性という時点で、ジャック+スカディですんなりいけました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31.麻婆の時間

お待たせしました、説明兼麻婆回です。
雑な所は見逃して頂けると嬉しい。


 

 言峰綺礼。

 月面で行われた聖杯戦争において、ムーンセルから監督役という特別な役割を与えられた上級AI。全体の監督という事もあって、一参加者である私とはあまり関わりが深いという事もなかったが、それでも色々と彼には世話になった覚えがある。

 そして月の裏側に落ちた先では何故か購買部の店員となっており、各種アイテムを販売して私の迷宮攻略を助けてくれた。表側の監督役というよりも、私としては直接助けてくれた分こちらの印象が強い。

 直接戦う事など無い筈の役割を与えられているというのに矢鱈と強く、ある程度のエネミーなら自分の腕で粉砕してしまえる戦闘能力を持つ。この世界で振るった八極拳も、元を辿ればこの男が私に仕込んだ技術である。

 そしてマスターとしての適性もあるらしい。サクラ迷宮の奥地にあった空間の歪みの先で、何故か凛のランサーを引き連れた彼と一戦交えた事がある。あの戦闘は色々と凄かったし、酷かった。コードキャストって何だっけと暫く悩んだものだった。

 

 しかし、それら月の裏側での出来事を、言峰自身は記憶していない。BBが引き起こした裏側の事件は無かった事となり、それを覚えているのは私とギルガメッシュだけだ。表で再会した彼との間に、購買部で感じていたよりも遠い距離間で接された事はよく覚えている。

 

「さて、君とカウンター越しに話すのも購買以来か。無事にすべてを成し遂げたようだな。遅くなったが、感謝と祝福を贈らせてもらおう」

 

 そんな言峰が今私の目の前で笑っている。しかも話す内容から、彼が裏側での出来事を覚えている事は容易に察せられる。

 

「え、あ? えっと、え……?」

 

 動転しすぎて、意味を成さない音が途切れ途切れに口から零れる。珍しく考えが纏まらない。

 

 ―――何で此処に居るのか? 何故裏側の事を覚えているのか? どうして屋台なんてしているのか?

 

 何故。何故。何故。疑問ばかりが浮かんでは増えて、どれから聞いたものかと頭の中がこんがらがる。

 思考の袋小路に追い込まれそうになっている私を見かねたのか、今まさに私を悩ませてる男から助け船が出された。

 

「君の疑問にも答える事にしよう。先ずは掛けたまえ」

 

「あ……うん」

 

 傍に置いてあった安っぽい椅子に腰を落ち着ける。座面は特に汚れておらず特に劣化も無い。屋台の中を見回せば、壁やカウンターもまだ新しかった。

 出された水を飲んで一息つくと、漸くある程度の冷静さが戻って来た。

 

「……その、確認だけど。私が知ってる言峰神父で合ってるんだよね……?」

 

 私をマスターと呼び、月の裏側の事について言及している以上確実にそうなのだが、一応聞いておく。

 

「無論だ。私の名は言峰綺礼。ムーンセルの上級AIであり、聖杯戦争の監督役。そして購買部最強の店員だ」

 

 ほんの少しだけ口角を上げて言峰が言う。ムーンセルや聖杯戦争に言及したのなら確定だ。本人であると確認が取れたのなら……次に聞く事なんて決まっている。

 

「その、どうして此処にいるんだ?」

 

「此処というのは地上かね? それとも世界そのものか?」

 

 両方だと食い気味で返す。思わず前のめりになってしまうのは仕方ない事だろう。

 言峰はAIだ。その存在は電脳空間にあるのであって、地上には無い。肉の身体を持って現実世界に存在している筈が無いのだ。

 またこの世界に彼がいるというのもおかしい。彼の誕生した故郷とも呼べる場所はムーンセルであり、この世界にムーンセルは存在していないのだから。

 そう聞くと、言峰はこちらを馬鹿にするように小さく笑う。記憶の中でも比較的印象に残っている表情だった。

 

「確かに、その疑問は尤もと言えよう。しかし―――よりにもよって君がそれを聞くのかね」

 

 私? 何をと思ったが、確かに言われてみればそうでもある。

 地上的にも世界的にも存在しているのが有り得ないというのは私も同じだ。しかし私の場合は―――

 

「―――あ」

 

 そこまで考えて、彼が言いたい事に気付く。そして質問の答えにも辿り着いてしまった。

 ……そうだ、有り得ない事が実際に起きているのだから、原因なんて分かり切っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これに尽きる。

 

 月を爆破するなんてとんでもない事は、それを出来る殺せんせーがやった。なら、世界やら空間を超越するような存在は?

 私はそんな常識を覆す奴を、そしてその実例を知っている。

 

「―――ギル、ガメッシュ……」

 

「正解だ。彼がやった事だとも」

 

「…………ッ」

 

 ごすん。そんな音と衝撃が頭蓋骨に響く。

 言峰の返事を聞き終わるかどうかという所で、私の額はカウンターへと沈んでいた。といっても誰かに後頭部を殴られたとかそういう事じゃない、単に力が抜けただけだ。ちょっと痛い。

 

「ふむ、無事正解へ辿りついてくれて何よりだ。これで心当たりがないとでも言われようものなら、流石の私も絶叫によるツッコミを敢行するところだったとも。

 ……しかし勝手に自己完結されるというのもつまらないものだ。これなら初めから叫んでおけばよかったか―――『おまいう』、と」

 

 言峰が何か言っているが、それも頭に入ってこない。真新しい木目を超至近距離で見つめながら、深く深ぁく溜息を吐いた。

 

 ―――あの金ぴかめぇ……言峰がいるなら教えてくれてもいいじゃないか!

 

 私の本当の素性を知る存在がいるという、私が知っておかなければならない事を今の今まで黙っていた事に対して、ふつふつと怒りがこみ上げる。王様が私に黙って色々とやるのは今に始まった事では無いし、それが王様のやり方だと私も理解しているが、それでもちゃんと言うべき事は言ってほしいと思う。自分で決めて自分で動く人だから連絡も相談も不要なんだろうけど、せめて報告だけでもお願いしたい。

 

「落ち着いたかね?」

 

「……うん、なんとか」

 

 起き上がった私に言峰が語り掛ける。その声も表情も、随分と愉しそうだった。それを見て、あぁホントに言峰だぁと思う私も随分と毒されてしまったのかもしれない。

 

「そっか、王様の仕業だった訳だ」

 

「結論を言ってしまえばそういう事になる。しかし、やはり君と私では状況が違う。細かい説明は必要だろう」

 

「うん、それはお願いできるかな」

 

 先程までの混乱は既に私の中には無い。大本の原因が理解できた上に、これから補足説明までしてもらえるのだから、慌てる必要が無いのだ。

 乱れた前髪を弄りながら話を聞く姿勢になった私に、しかし言峰は待ったをかける。

 

「とはいえここは劇場ではなく、私も吟遊詩人ではないのでね。体験談を語って聞かせるのが仕事ではない。

 そしてお客様でもない人間を居座らせるというのは、それはそれで店的に宜しくないというもの。

 

 ……さて、そういう訳だお嬢さん。ご注文は?」

 

「ッ……!」

 

 その言葉に、話を聞こうとしていた私の意識はがらりと変わる。

 

 ……そうだ、ここは屋台。食事を提供する場所だ。加えてそこの店主は、かつて私に()()()()を教え込んだ張本人。コンロの上には黒光りする中華鍋が鎮座しており、カウンターの席にあるのはラー油や唐辛子といった辛い系の薬味。そこまで条件が揃えば、この店が提供する料理など、一つしか考えられない―――!

 

「―――店主の、おすすめを一つ」

 

 あえて料理名を出さず、うっすらと笑いながらそう告げた。

 

「―――あたためますか?」

 

「うん、お願い」

 

 購買にて揶揄い半分でよく口にしていた言葉に、つい笑みがこぼれる。冷蔵庫から取り出される食材達を前に、期待は自然と高まっていく。

 

「さて、私がこの世界に来るようになった経緯だが」

 

 あ、はい。料理しながら説明するんですね。

 一瞬でテンションの落ち着いた私を見てくすりと笑った言峰は、ネギを刻みながら話し出した。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「月の聖杯戦争は君の優勝で幕を下ろした。そして君の願いにより、ムーンセルは万能の願望器から一介の観測装置としてその在り方を再定義した。最早彼の願望器は人類に干渉する事は叶わない」

 

 そこまでは良いかと問われて、一つ頷く。結構と言って、言峰はニンニクを手に取った。

 

「そしてムーンセルがただの観測装置として存在する以上、聖杯戦争は開催されない。ならば聖杯戦争に使用された物は全て不要となる。

 不要となったのなら、どれだけ精巧に作られていてもリソースの邪魔でしかない。故に纏めて月の裏側へと破棄された」

 

「破棄……」

 

「そうだ。月見原学園の校舎も、エネミーの配置されたアリーナも。そして、運営に関係するNPCも。上級AIである私でさえ例外ではなかったよ。

 とはいえ、裏側に廃棄されて直ちに崩壊が始まったという訳でも無かった」

 

 ニンニクをざりざりとおろし金ですり潰しながら言峰は言う。行為や視線で「こんな風になればよかったのに」と言っているような気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「旧校舎が裏側の領域でその存在を保てていた理由と同様に、本校舎を構成するリソースはサーヴァント数体分に匹敵する。それを使用すれば、旧校舎同様に虚数空間内でもある程度の安全性が確保される。その事は君もよく理解しているだろう」

 

「……言峰がやったのか?」

 

 確かに理論上は可能だし、桜も裏側でそれをやっていた。だが、それが可能な程の権限を有しているとなると、上級AI以外に考えられない。自分の行く末なんて微塵も興味無さそうな彼がそんな事をしていたとは考えにくい。

 それ故に聞いた事だったが、案の定違うと返って来た。

 

「同じ上級AIとして構築された者の一体に、理解の困難な思考回路を搭載した者がいてね。彼女曰く、『廃棄処分に異議アリー!ムーンセル中枢に乗り込んで訴えてやるんダカラー!』と言っていたか。

 そのために色々と行動していて、そのうちの一つだとも。私自身を戦力としてスカウトしに来た事もあったが、断ったよ」

 

「……そ、そう」

 

 何だろう、その上級AIに凄く心当たりがある。具体的には、私とは別のアプローチで裏側からの脱出を目指していた彼女が。色々と要求を叶えては、そのお礼として幾つものインテリアをくれたあの人は、最終的には裏側を脱出できたんだろうか。

 仮に彼女だとすれば、必死の思いで裏から表へ帰還してみれば、再度裏側へ叩き込まれたという事になるんだろうか。自力で脱出した際の記憶が残っていたのならば、だが。

 

 ともかく。言峰は月の裏側に廃棄されてからは、特に何の行動もしていなかったらしい。

 

 しかしそうした環境にも変化が訪れる。時間の概念が無い月の裏側でただ何もせず過ごしていた言峰の前に、もう二度と会う事は無いと思っていた男が現れたのだ。

 

「……王様か」

 

 

 

「そう―――英雄王、ギルガメッシュだ」

 

「ぐっ」

 

 その言葉と共に、言峰は豆腐を取り出した。台詞とのアンバランスさに思わず吹き出してしまう。

 

「……人が真面目に話している時に、その態度は何かね。君が真剣な場面でもふざける性質(たち)だと理解してはいるがあえて言わせてもらおう―――真面目にしたまえ」

 

「ッ……!」

 

 唸りかけた拳をどうにか宥め、ごめんと一言謝った。

 落ち着け私。言峰の言ってる事は至極真っ当だ。真面目な話をしてる時に笑う私が悪いというのも間違いではない。

 だからこの悪態は私の中だけに留めておくんだ。

 

 

 ―――お ま え が い う な 。

 

 

 どう考えても確信犯のくせに! 豆腐を出した時のキメ顔でバレバレなんだぞ!

 

「……ふぅ」

 

 心の中で叫んだことでどうにか気持ちを落ち着かせる。多分私の内心なんて言峰には御見通しなんだろう。笑い顔が鬱陶しい。

 

「さて、話を戻そうか。

 ……といっても、然程難しい話があった訳ではない。裏側で再会した君のサーヴァントに、私は契約を持ちかけられたのだよ」

 

「……契約?」

 

「そう、サーヴァント契約だ。もっとも、目的を達成するまでの期間限定という、歪なものだがね」

 

 

 

『ムーンセルめはどうあっても我を此処に封じておきたいらしい。しかし生憎と、我に奴の都合を聞いてやる義務は無いのでな。早々に此処を発つ。

 しかしこの身はサーヴァント。マスター無しでの単独顕現など、平時であれば流石の我とて不可能だ。

 アレの元へ向かうには要石が、つなぎのマスターが必要だ。

 ……貴様で良い神父。ここで朽ち果てるのを待つくらいなら、その魂は我に使わせろ』

 

 一字一句同じという訳ではないそうだが、大体こんな感じの言葉を言峰に向けて一方的に告げたらしい。あの王様は。どこをどう切り取っても人にものを頼む態度じゃないんだよなぁ。それを了承する言峰も言峰だとは思うが。

 

「しかしそんな事をムーンセルが許す筈も無い。当然、多くの英霊がムーンセルに召喚されて我々を止めるべく立ちはだかった。

 そんなサーヴァント達を英雄王は真っ向から叩き伏せた。人類史の英雄英傑達が鎧袖一触なのだから凄まじい。彼が裏側に封印されたのも納得というものだ」

 

 それは、すごい。

 シンプルにそう思った。

 

 彼の実力が桁外れなのは理解しているが、それでも話を聞く限りではかなりの数のサーヴァントが敵だった筈だ。もしかすると、聖杯戦争に参加した数よりも多いかもしれない。

 多分私が指揮を執っていた時よりも強いのだろう。自身の相棒の未だ底知れない実力に、ぞくりと震えた。

 

「そうしてムーンセルの追っ手を振り切り、奴の手が届かないこの世界へと転がり込んだという訳だ」

 

「はぁ……」

 

 想像よりもずっと激しかった彼らの旅路に、呆れにも似た溜息が零れる。本人は料理をしながら何でもない事の様に話しているが、大量のサーヴァントを相手に撤退戦なんて普通に考えれば絶望も良い所だ。

 

「どうした? 顔が赤いが」

 

「い、いや……何でも、ない」

 

 ただまぁ、こうまでしてムーンセルを出ようとする理由の幾らかは私を迎えに行くためであると、彼本人の口から聞いている。

 だから、何だろう。王様がそのためにここまでしてたっていう事を改めて見せつけられるみたいで。それを考えると、胸の奥が嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやらでもやっぱり嬉しいやらで、すごいムズムズする。恋愛的なそれとは違うのだが、心が温かくなる。

 顔に移って来たその熱を誤魔化す様に、中華鍋を振るう言峰に質問を続けていく。

 

「ちなみに、この時に裏側の記憶はある程度取り戻した。実感そのものは薄くてね、思い出したというよりは知っているという感覚の方が近い」

 

「成る程」

 

 私が裏側の事を思い出したのはギルガメッシュと契約していたからで、同じ条件が満たされたから記憶が戻ったという事なんだろうか。認識の違いは、私と彼の状況の違いによるものだろう。

 粗方の疑問が解消されたところで、いよいよ最後の一つに取り掛かる。

 

「……それで、言峰がこっちの世界にいる理由は王様が原因だって分かった。

 だけど、どうして地上に居るんだ。私みたいな都合のいい肉体があったとは思えない」

 

 そう、言峰の存在において、一番理解が出来ないのがこの部分だ。

 AIに過ぎない彼が、何故生身の肉体を持って地上世界に存在しているのか。これがよく解らなかった。

 

 私の肉体であるこの中学生の岸波白野は、交通事故で意識不明の昏睡状態へと陥っていた。ギル曰く、肉体は無事だが魂が無い状態だったとの事。

 だから王様はその器に魂だけになっていた私を入れる事で肉体とした。元が同じである以上相性は良かろうと。

 

 言峰がここへやってきた経緯が同じなら、王様が「魂の無い言峰綺礼の肉体に、言峰神父のデータを放り込んだ」という事になる。

 しかし、それが全て揃う条件を有する世界なんて、果たしてどれくらいあるだろうか。ましてやそんな都合のいい肉体があったとして、それが私の魂があるこの世界に存在している確率はどれくらいだろうか? 多分天文学的数字が出てくるだろう。それに、いかに顔見知りとはいえ間に合わせのマスター一人に対して、王様がわざわざ肉体を用意するとは思えない。精々が世界突入前に別れて、「あとは好きにしろ」くらいだと思う。

 

「それなのだがな……」

 

 言峰が少しだけ眉を顰めた。おや、と思う。彼がこういった表情を浮かべるのは珍しい。大きく振るわれた鍋の中で、豆腐が翻った。

 やがてラー油を手に取った言峰が口を開いた。

 

「正直、私にもわからん。気付いたらこうなっていた」

 

「え?」

 

 ―――何だそれ。

 

 呆気にとられた私をよそに、言峰は話し続ける。

 

「そうとしか言いようが無い。英雄王との契約を維持したまま、彼が世界の侵入を果たした結果、私は肉体を持って地上にいる。それだけだよ」

 

「それだけって……」

 

 霊子体の受肉をそんな事で済まされてしまっては色々と反応に困る。言峰自身が特に何も気にしてないようなのが、逆にこちらの不安を煽る。

 

「とはいえ、ある程度の推測は立てられる。不確定要素しかない穴だらけの理論だが、聞くかね?」

 

「お願い」

 

 言峰の言葉にすぐに頷く。憶測でも何でもいいから、原因くらいは知っておきたい。私と現界している原因が違う以上、もしかしたらある日突然王様や言峰がいきなり倒れて動かなくなった、なんてことがあるかもしれない。そんな時に、参考にするくらいは出来るだろう。

 

「英雄王はその自慢の財宝を膨大な魔力リソースへと変換して、世界の壁を突破した。その際、契約のパスを通じて私の方にも彼の魔力が逆流してきたのだよ。

 英霊の対城宝具数十発に匹敵する魔力だ。いかな上級AIとて、人の身で処理できるものではない。そのまま内側からはじけ飛んでもおかしくは無かったのだろうが、結果として私は此処に居る。

 

 これから察するに、英雄王の魔力で満たされた状態の私が彼の一部であると世界に認識され、その結果英雄王の現界と共に受肉した。……そんな所ではないかな」

 

「それは……」

 

 言峰の説明は、粗削りではあったが一応の納得がいくものだった。恐らく、だろうと憶測だらけではあったが、ある程度の説得力はある。魔術的な事柄というのは物理的な要因よりも概念的なそれの方が重要だ。

 

 サーヴァントとして霊体化も可能なギルガメッシュと、人間として受肉している言峰の違いは気になるが、お互いが丁度いい形に収まったという事では無いのだろうか。私の礼装類も固有結界になっているくらいだ。ならば地上に出現したAIが人間になってもおかしくは無いのかもしれない。

 とはいえ、それで受肉できるのかという疑問は残るが、出来ている以上はそういう事なんだろう。多分言峰は契約した相手の影響を受けやすい体質だったとかそんな感じだと思う事にする。

 

「無論、今君の手に令呪がある事からも分かる通り、私と英雄王の契約は切れている。彼と私には、もう何の関係も無い。世界を越えたその直後にではさらばだ、と契約を切られてね」

 

「……ごめん」

 

 自然と謝罪の言葉が口から出ていた。いくらなんでも協力者に酷すぎる。それが彼だと分かってはいるが、せめて労いの言葉一つ無いのかと思うと頭が痛い。

 

「気にする事はない。幸い、彼の黄金律の恩恵で先立つ物はあった。それを元手にこの世界で生きてみようと思い、今に至るという訳だ」

 

「あぁ、それで屋台なのか」

 

「そういう事だ。こうなった以上、最強の屋台を目指す」

 

 抱えていた疑問がすっきりした。私も彼も、王様に振り回された被害者という事だろう。それがそういうものだと思って受け入れている時点で結構な手遅れ感がしないでもないが、それこそ今更なので気にしない。最強の、という言葉にかつて購買員として初めて出会った時の事を思い出して、くすりと笑みが漏れた。

 

「さて―――そして、その屋台で売り出す逸品。私のオススメがこれだ……!」

 

 話の終了と時を同じくして仕上がった料理が私の前へと運ばれてくる。

 

「おぉ……」

 

 器の中には、私が期待した通りの光景が広がっていた。

 先ず目に入るのは、痛いほどの赤色。香辛料が大量に投入されているそれは、立ち昇る湯気を凶器に変える。無論赤一色という訳ではない。葱の緑や豆腐の白など、目にも鮮やかだ。これらすべてを口に頬張った時の幸福を考えると、口内には自然と唾液が湧き出してくる。

 そう、これこそが至高の一品。赤と白が織りなす究極の美味。これこそが―――

 

「―――お待たせしました。麻婆ラーメンです」

 

「ちょっと待て」

 

 聞き捨てならない名称が聞こえた。ラーメン? 豆腐じゃなくて? 何でラーメン屋の暖簾が掛かってるんだと疑問に思ってたけど、まさか本当にラーメン屋だったのか?

 いや、これが本当にラーメンだとしても、だ。

 

「……麺が、見当たらないんだけど?」

 

「底の方に申し訳程度に入っているだろう」

 

 自分でそんな事言うのかと思ったが、何故あるのか疑問だった割り箸を使って底を探ると、言葉通りの物が出て来た。ずるりと啜ると、普通の中華麺に麻婆が絡んでそこそこ美味しい。

 とはいえ本当に申し訳程度の量なので、二口程度でなくなってしまう。そうなると、後は普通のおなじみとなった麻婆豆腐だ。

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 口に含むと、猛烈な辛さが波濤となって口内に押し寄せる。口の中全てを「辛い」の一つで蹂躙し、全てを押し流すそれはさながらノアの大洪水、いやナピュシュティムの大波が如く。

 その大波に揉まれながらも感じるのは、豆腐やネギといった別の食材の味、そして香辛料が織りなす複雑な旨味。それらは堪能する暇さえ与えられず、辛さの暴力によって意識の外へ逃げてしまう。そしてそれを求めて、飲み込んだことで喉と胃に熱を感じながら、更なる一口を匙に乗せて頬張る。その繰り返しだ。

 

 ―――あぁ、やっぱり美味しい……!

 

 レシピを購入して地上でも作っていたそれだが、やはり言峰の作ったものと比べると、自分の物は二重の意味でまだまだ甘いと思い知る。使っている材料や手際の問題だろうか。それは良く解らないが、本場と模倣なら本場が勝つというのは道理である。

 残り少なくなった麻婆を、多少の行儀の悪さに目を瞑り、スープを飲み干す様にして喉へと流し込んだ。飲み込んだものを燃料に、腹の中で炎が燃えているかの様な熱がある。その心地よさを感じながら器から顔を上げると、物凄いドヤ顔でこちらを見る言峰がいた。

 

「堪能して頂けたようで何よりだ。一口も食べずに文句を言うクレーマー共に見せてやりたい程だったよ」

 

「……そんな人がいるのか。人生を損してるな」

 

「あぁ―――まったくだ」

 

 言峰曰く、そんな人達には食べ終わって料金を払うまで席を立たせないようにしているらしい。正しい対応だと思う。

 

「あ、でも欲を言えばもう少し麺が欲しかったかな?」

 

「……何を言う。あんなものが麻婆に必要だとでも? 麻婆を邪魔しないように、あの量に抑えているというのだぞ」

 

「いや、ラーメンなら麺が無いと。それなら普通に麻婆豆腐として出した方が良いよ。ラーメン屋名乗ってる以上、メインはラーメンで、麻婆豆腐は添え物でないと。

 言峰のやってる事は、麻婆豆腐を推しすぎるあまり、逆に麻婆豆腐を貶める事になってると思うよ」

 

「―――何? いや、ふむ……

 なるほど、他の人間が言うなら何を馬鹿な事をと一蹴する意見だが、君が言うのであれば一考の余地があるか。

 貴重な意見、感謝する。今後のメニュー開発の参考にさせてもらうとしよう」

 

 私の言葉に愕然としていた言峰だったが、やがて持ち直した。

 うん。麻婆ラーメンとして見るなら麺が少なすぎるし、麻婆豆腐として見ても麺なんて不純物が入ってる。正直どっちつかずの雑な仕上がりだったから、思い直してくれたのは嬉しい。麻婆豆腐が素晴らしい出来であるだけに、その事だけが気がかりだった。

 

 しかし、ラーメンとしても私の中で相当上位に食い込む事は間違いない。同じ中華料理同士相性が良いという事なのだろうか。村松君が自分ちのラーメンを不味いと言っていたが、今なら同意できる。これに比べれば、あのラーメンは不味かった。わざわざ告げに行くほどの事でもないので、この感想は心の中に仕舞っておこう。

 

「ところで少女よ、おかわりは要るかね?」

 

「是非」

 

 言峰の勧めに全力で答える。麻婆に嫌な顔をする王様もいないのだし、折角だから全力で堪能させてもらうとしよう。

 ごとん、ごととんと置かれた第二第三の麻婆豆腐に、私の心が高鳴った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「言峰に会ったのか」

 

 日が傾く頃になってようやく帰宅すると、既に王様が帰宅していた。近くにはこの数日ですっかり見慣れてしまった服屋のロゴが描かれた袋が置いてある。あの独創的な感性が相当お気に召したらしい。

 

「……言峰に聞いたのか?」

 

「たわけ、連絡を取るまでもなく匂いで判るわ。まったく貴様という奴は……その薄い腹にどれだけ詰め込んできたというのやら」

 

「四杯」

 

「…………そうか」

 

 王様の表情が、何かもう色々と言いたい事があったけどそれら全部をひっくるめて飲み込んだ顔になった。

 うん、まぁ私も正直食べ過ぎたと自分でも思う。しかし久しぶりに堪能した本場の味に加え、再会したかつての知己である。話がはずめば食も進むというもので、気が付けば四つの器を空にしていた。夕飯はギルの分だけでいいかもしれない。

 

 にょいんと開いた蔵の中から、恐らくは置くだけタイプの消臭剤の原典らしきものを取り出した王様は、置いてあったワインを飲み始めて見向きもしなくなった。

 

「……というか、言峰がこっちの世界にいるなら教えて欲しかった」

 

「言えば会いに行くだろう。そして食うために通うようになるのは想像に難くない」

 

「ぐ」

 

 図星だったので何も言えない。これからも週2ペースで通うつもりではある。

 

「一応聞いとくけどさ、こっちの世界に来てる知人で、私がまだ知らない人っているの?」

 

「我がこの世界に連れて来たのは言峰の奴一人だ。そう何人も引き摺って来る理由も無い」

 

「そっか」

 

 つまり、ラニやジナコには会えないという事だ。まぁ言峰を連れてきた経緯から察してはいたので、会えないという悲しさよりも、もう驚かされないという安堵が強い。

 

「奴にはなるべく近づくな―――と言いたいが、まぁ良かろう。アレが何を出来るとも思えん」

 

 限度は守れよと私に告げて、王様はソファーに横になってしまった。限度というのは多分、以前決めた週三食の制限の事だろう。だけど王様は言峰が私に何をすると思っているのやら。食の開拓であれば是非お願いしたい所である。

 

 

 

「あぁ、そういえば雑種よ」

 

「んー?」

 

 台所で夕飯の準備をする私の背中に、ギルガメッシュが声を掛けて来た。

 

「貴様が組み上げた例のプログラムだがな、何者かが侵入(ハッキング)を試みたようだぞ」

 

「え、嘘」

 

 思わず調理の手が止まる。

 確かに急ごしらえで穴も多いけど、それでもこの世界から見て数世代先の技術を駆使して構築された防御機構だ。それを突破されたという事だろうか。

 火の勢いを弱めながらそう聞くと、違うと返って来た。

 

「あちらも小手調べだったのだろうよ。数回突破を試みたが、いずれも跳ね除けられている」

 

「そっか……良かった」

 

 安堵のため息が漏れたが、だからといって安心はできない。私の事情を知ってか知らずか、ハッキングで情報を得ようとしている存在がこれで明らかになった。たまたま私の所に来たのか、それとも狙ってきたのか。目的は何なのか等色々と分からない所はあるが、少なくとも安穏と構えていられなくなったのは確かだろう。

 

「ちょっと早急にプログラム組み直さなきゃかぁ」

 

「そうしておけ。攻略させるとしてもかなり先ではあろうが、壁に弾かれる音というのも耳障りだ」

 

「分かった。近いうちにやっとくね」

 

 殺せんせーの暗殺に加えて、電脳面での新たな問題と、やる事が多い。削られる睡眠時間を思うと、少しばかりげんなりする。

 どうかこれ以上厄介事が起こりませんようにという願いは、この王様といる限りきっと叶わないんだろう。

 それでも、願わずにはいられなかった。




言峰受肉の理由は、ギルが泥の影響で受肉した時に、その泥で蘇生したのと似たような理由と思って下さい。
そして言峰の登場により、白野の偽物説がより一層濃くなることに……


ちなみにギルの言うアレとは言峰の事ではありません。





英霊紀行良いですね!
メソポタ女神sは可愛いなぁもう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32.黄金の時間

白野が病院に行っている間、その頃のE組です。


 

 先日まで空を遮っていた雨雲は無く、初夏の日差しが降り注ぐ六月のある日。今日は時間割を変更して、午後イチの授業が体育となっていた。

 梅雨の時期という事もあって外で訓練ができる日は貴重なので、天候次第で時間割が変更される事は事前に通達されてある。なので急な変更にも拘わらず、体操服を忘れた人は一人もいない。

 

「さぁ皆さん! 体育ですよ体育! 晴れた日差しの下、健康的に汗を流しましょう!」

 

 殺せんせーも久しぶりに晴れた影響なのか、何時もよりテンションが高い。湿気を吸収してしまうらしいので、それが無いからあんなにはしゃいでるんだろうか。じめっとした空気だと気分が下がるから、まぁ理解できなくも無いんだけど。

 

「……おい、何で此処に居る。他の仕事は良いのか」

 

「マッハで全て終わらせました。久しぶりの晴れなんですから、先生も外で何かしたいんですよ!」

 

「そうか、邪魔だから下がれ」

 

「にゅやーっ! 取り付く島もない!」

 

 殺せんせーも体育の授業に参加したいらしいが、烏間先生に素気無くあしらわれている。まぁ殺せんせーの体育は人間のスペックでついて行けるものではないから仕方ない。そのために烏間先生がいるんだから、この結果は妥当と言えるだろう。

 

「とはいえ……折角の体育日和だというのに、岸波さんが休んでしまったのが残念ですねぇ」

 

 殺せんせーはそう言って、僕たちの一角に目を向けた。何時もならそこにいる筈の彼女の姿はそこにはない。

 

 岸波さんはめきめきと実力を伸ばしている。といっても成績自体は僕らと大差無いけど、半年も寝たきりだったという事を考えれば凄い進歩だと思う。

 それに彼女は僕たちよりも意識が高い。暗殺に関して色々な方向から考えているのだ。殺せんせーを精神的に揺さぶったり、殺し屋の技術を分析して応用できないかと考えたりと。もしかすると、僕たちの中で一番暗殺に前向きなのは彼女なのかもしれない。

 

「……まぁ確かにそう思わなくも無いが、病院では仕方ないだろう」

 

「えぇ、分かってますよ。念のために病院に入っていくのをマッハで確認していますから」

 

「……授業中なんかブレてると思ったら」

 

 確かに今日の殺せんせーは、授業中に何度かぶれていた。窓を開け放っていた事と合わせて、あれはそういう事だったのかと今更理解する。

 

「病院を理由に街で遊び耽るようなら校舎まで攫ってくるつもりでしたが、杞憂で何よりです。

 ……ホント、非行とかじゃなくてよかった」

 

「岸波さんはそんな事しないと思うけど……」

 

「先生だってそう思いますよ! でも急に休まれたら気になるじゃないですか……にゅやーっ!?」

 

 独り言に近い声量だった神崎さんの反論をしっかり聞き逃さず、わざわざマッハでこちらに詰め寄ってから殺せんせーが叫んだ。体育という事もあって皆がナイフを持っていたので、取り敢えず攻める。

 

「ヌ、ヌルフフフ……この隙あらば取り敢えず殺すという姿勢。熱心だと褒めたいですが、生徒が悪辣になっていくようで先生複雑です」

 

「……何を騒いでいるんだ、まったく」

 

 あ、烏間先生が呆れてる。

 まぁそうだよね、これから授業だって時に。ごめんなさい烏間先生、あんなに教えてもらっているのに僕らはまだ攻撃を当てられません。

 

「ですが皆さんまだまだ甘い! 先生にナイフを当てるにはまだまだ練習が必要です!

 そのためにも体育ですよ体育! さぁ授業を始め―――あだだだだだ!?」

 

「しれっと俺の仕事を盗るな」

 

 殺せんせーの顔が物理的にぐにゃりと歪む。烏間先生のアイアンクローに暫く悶えていた殺せんせーだったけど、烏間先生がナイフを取り出すとその瞬間に離脱してしまった。つまりいつでも抜け出せたという事なんだろう。それを烏間先生も分かっているのか、粘液まみれの手を拭きながら軽く舌打ちをしていた。

 

「体育は俺が教える。お前は水たまりの撤去でもしていろ」

 

 晴れたと言っても先日までの雨で、グラウンドにはあちこちに水たまりが作成されている。気にするほどではないと思うけど、確かにあれが無ければもっとグラウンドは広々と使用できるだろう。

 

「……しょうがないですねぇ。では宜しくお願いします」

 

 とぼとぼと殺せんせーがこの場を去る。その手にはスポイトが握られていた。え、それで水たまりを?

 

「さて、少々遅れたがまぁいい。

 先程もあったように、奴に攻撃を当てる機会は今後いくらでもある。そうなった時のために―――」

 

 殺せんせーもいなくなり、烏間先生が授業に取り掛かる。他の皆も気持ちを切り替えて、ナイフを握り直した。僕も烏間先生の話を聞こうとして……ふと、視界の端に殺せんせーが映った。

 

「――――――」

 

 こちらから遠ざかっていくその背中は哀愁が漂っていて、何かしたわけでも無いのに罪悪感が湧いてくる。確かに殺せんせーの身体スペックと同じ動きを要求されるのは困るけど、それ以外の部分では優秀な教師だ。

 以前殺せんせーは、杉野の肉体的な才能を見抜いてアドバイスをした。あれ以来杉野は投球フォームを変更して変化球にさらに磨きをかけている。もう僕じゃキャッチボールの相手が務まらなくなってきたくらいだ。

 直接的な指導じゃなくても、かつて杉野にしてくれたように、何か動き方の助言くらいなら殺せんせーも体育の授業に参加できるんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながら殺せんせーを見ていたら―――

 

 

 

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 

 

 殺せんせーのいた場所が()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「なっ――――!?」

 

「キャァア!?」

 

「うぉあ!? 何だァ!?」

 

 突然の事に辺りが騒然となる。見ていた僕でも訳が分からないのだ、他の皆はもっと分からないだろう。

 その中でもやはりと言うべきか、烏間先生の行動は早かった。

 

「落ち着け! 生徒達はこっちへ、俺の前に出るな!」

 

 爆発を確認するのとほぼ同時に僕たち生徒を一か所に誘導して背中に庇い、何が起きたのかと状況の把握に努めている。職員室から慌てて飛び出してきたビッチ先生もこっちに合流した。

 

「ちょっとカラスマ! 何事よ!?」

 

「知るか、こっちも何が起きたのかサッパリだ!」

 

 言い合いながらも、二人の視線は爆心地に向けられている。その場所は舞い上がった土煙で何も見えず、殺せんせーの安否も不明だ。まぁ多分殺せんせーは生きてると思うけど。

 

「爆弾? 誰か地雷でも仕掛けたって事かしら」

 

「……いや、そんな話は聞いていない。生徒が踏むかもしれん以上そんな事に許可は下りない筈だ。仮にしていたのなら通達が来る」

 

 教師二人がこの事態の原因を探っているけど、爆弾の可能性は低い様な気もする。

 

 殺せんせーは鼻が利く。爆弾が仕掛けられているなら火薬の臭いがする筈だし、それをスルーするとは思えない。

 いや、もしかしたら気付いていながらあえて起動させたんだろうか。僕達が誤って踏まないように?

 

 そんな事を考えていたが、目の前の景色に変化が訪れる。

 

「きゃっ」

 

「あ」

 

「殺せんせー!」

 

 強い風が吹いたかと思うと、視界を遮っていた土煙が晴れる。以前岸波さんの提案で対触手物質を粉状にしたものを殺せんせーに向けて全方位からまき散らした時にもやって見せた、触手を音速で振るう事による突風。再び同じ事をして、煙幕の中から殺せんせーが現れた。

 

「無傷……」

 

「いや」

 

 誰かが言った被害状況を、烏間先生がすぐに否定する。良く見れば、足元には殺せんせーの抜け殻があった。

 脱皮。月一回だけ使用できる緊急回避を使用して殺せんせーは難を逃れていた。つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()だ。これでもう殺せんせーは緊急回避が出来ない。

 そしてその事実は同時に、さっき考えていた僕の予想を潰すものだった。あえて引っかかるならマッハで逃げればいいのにそれをしなかった。いや、咄嗟の事で出来なかったんだ。

 

「やれやれ……とんでもない挨拶もあったものです」

 

 殺せんせーは普段の様に軽口を叩いているが、その声にいつも通りの軽さが無い。多分相当警戒しているのだろう。これが殺し屋の仕業だとすれば、いきなり緊急回避を使わなければ対処が出来ない攻撃を仕掛けて来た相手という事になる。警戒して当然だ。

 

「一先ずは見事と言っておきましょうか。先生に脱皮を使わせるとは大したものです」

 

 殺せんせーはそう言って、視線を上の方へと向けた。その先には校舎の屋根がある。

 

「え?」

 

 ―――まさか、そこにいるのか?

 

 その場に居た全員が、思わず視線を殺せんせーと同じ方向へ向けた。

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

 

 

 そこには、黄金の男がいた。

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 遠くて詳しくは見えないが、全体的な雰囲気はわかる。

 金塊を糸にしたような黄金の髪。距離があって目の色までは分からない。背の高さから、多分烏間先生と同じ年頃だろうか。

 身につけているのは時代錯誤と言ってもいい黄金の鎧だが、まるで美術館に展示されている物であるかのように美しい。日光を照り返して光り輝くその人物は、まるで太陽が降りて来たかのような神秘性を纏っていた。

 

 だが、そんな外見のイメージと違い、纏う雰囲気は凍える程に冷たい。片腕を腰に当てて佇むその男は、恐らくだが殺せんせーを睨んでいる。

 

 彼が、殺せんせーを攻撃したのか。

 その事実を認識した僕を含めた皆の足が、自然と後ろに下がる。得体の知れない人物を前にして、警戒と恐怖から足が勝手に動いていた。

 

「―――脱皮。脱皮か。忌々しいものを見せつけてくれるものだ」

 

 男の声が響く。怒りと苛立ちの混じった、不機嫌さを隠そうともしない声。

 

「ですが……折角の奇襲も無駄に終わってしまいましたねぇ。残念ながら貴方では私を殺せなかったようだ」

 

 殺せんせーはニヤニヤ笑いながら埃を払っているが、自分を追い込んだ相手を前によくあんな態度が出来ると思う。初手は食らってしまったけど、相手が分かっているならどうとでも出来るという自信があるからだろうか。

 しかしその態度が気に障る物であるのは間違いない、案の定、屋根の上にいる男から漂ってくる不機嫌なオーラが強くなった。

 

「さて……それで、貴方は私を殺しに来たという事でよろしいのでしょうか?」

 

 一応の確認なんだろう、殺せんせーが問いかける。殺し屋なのかと。

 まぁそれ以外に無いだろうとは思う。こんな所まで来て殺せんせーを攻撃するのは僕ら以外じゃ殺し屋だけだ。あんな特徴的な服装をした人物が全くの偶然でこんな所まで来て、更に殺せんせーに理由も無く脱皮を強いる攻撃をしたとは思えない。ほぼ間違いなく、賞金狙いの殺し屋だ。

 そう、思ったんだけど。

 

「いや、違うが? 貴様の首などどうでもよい。我には何の価値も無いのでな」

 

「にゅやっ!?」

 

 違った。殺し屋じゃ、ない?

 

「貴様の首も世界の命運も、我にとってはどうでも良い。

 だが―――貴様という存在そのものには爪の先ほどの興味が湧いたのでな。こうして態々漫遊がてら足を運んでやったのだ。感謝しろよ?」

 

「ま、漫遊……いや、それでも本気で殺しに来てましたよね!? さっきの一撃!」

 

「何を言うかと思えば……貴様が評したように、ただの挨拶だが? これで死ぬなら所詮その程度の存在、我が興味を示す価値すら無かったというだけの話よ」

 

 ―――何だ、この暴君。

 

 彼の言い分を聞いた僕たち全員の感想が一致した気がする。圧倒的な上から目線、他者の命を石ころ同然の様に扱う傲慢さ。これを暴君と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。そんな僕たちを余所に、二人の会話は続いていく。

 

「とはいえ、矢張りこうして見にくるまでの価値は無かったか。星を砕くと宣言しながら、自らを殺す刃を研ぐ。酔狂な獣と思ったがそれには程遠い。

 所詮はただの真似事、ごっこ遊びの延長よ」

 

「……言ってくれますねぇ。先生は真剣に教師をしているんですが」

 

 男が一方的に下した評価に、殺せんせーの声が険しいものに変わる。

 彼の中でどういう基準があって、そんな結論が出たのかはわからないけど、殺せんせーは教師という役割に全力だ。テスト内容は個人の力量で内容を変えているし、暗殺やそれ以外でも生徒に対して親身になってくれる。E組というだけで雑に扱う本校舎の教師達よりも良い先生だというのは疑いようが無い。

 

 ―――あれ?

 

 だけど、ふと思った。

 

「ほう、ならば答えてみせよ。貴様の歪な有り様、その真意は何処にあるのかを」

 

 殺せんせーは、()()()()()()()()()

 そんな僕の疑問は、偶然にもあの男が発した問いとほぼ同じだった。

 

 思えば最初から、殺せんせーのやっている事はおかしい。

 来年の三月に地球を破壊するつもりなのに、やっている事は僕たちの担任だ。しかも教えている事は自分を殺させるための技術。

 自分という脅威を止めさせようとしているのかと思いきや、攻撃は普通に避けるし平気でダメ出しをしてくる。おまけに普通の授業はしっかりと教えてくれて、僕たちの将来についても色々と考えてくれている。……星を壊すと言っているのに。

 

 言っている事とやっている事が()()()()なのだ。今までも何となく疑問に思っていたけど、こうして改めて考えると不自然さしかない。

 だけどこの手の質問に対して、殺せんせーが答える事は決まっている。

 

「さて……答える義理はありませんねぇ。どうせ先生がみんな壊してしまいますから。

 知りたいなら私を殺せばいい。そうすれば見えてくると思いますよ……ま、無理ですがねぇ」

 

 そう言ってこちらのやる気……もとい殺る気を煽るのがいつもの殺せんせーで、今回も同様だ。唯一違うのは、僕ら相手に浮かべていた緑と黄色の縞模様(ナメている顔)ではなく普通の黄色い顔な事くらいだ。あんな事を言っても、未知の攻撃で脱皮を使わされた相手には本気で警戒しているらしい。

 

「ほう―――そうかそうか、そういう事か」

 

 そんな殺せんせーの警戒をよそに、男は随分と上機嫌だ。

 殺せんせーの答えが満足のいくものだったとか? 正直アレを聞いて怒る訳でもなく、普通にそれを受け入れているのが不気味と言えば不気味だ。

 

「……何が楽しいんですかねぇ。貴方を喜ばせる様な事は言ってない筈ですが?」

 

「阿呆め、言及しなければやり過ごせると思ったか? 口を閉ざす事、煙に巻く事。それ自体が失言となる事もあろうさ。

 我相手にはそれで良いのやもしれぬが、同じ事を生徒に告げていては裏の意図も透けるというもの」

 

 裏の意図? どういう事なのか考えようとしたが、それよりも早く男が言葉を続けていく。

 

「まぁよい。思った通り貴様は()()()であったというだけだ」

 

「…………模造品、ですか。

 えぇ、否定はしません。自分が劣化版でしかない事など、百も承知です」

 

 殺せんせーは静かに男の評価を聞き入れている。模造品、という評価が具体的に何を示しているのかは分からないけど、あまり良い意味ではないだろう。

 

「フン、憤る事も無いか。つまらんな。アレの手前動くつもりも無かったが、これに付き合って時間を費やし、あまつさえ影響されるというのも腹立たしい。

 ―――いっそ、ここで殺しておくか?」

 

「ッ……!」

 

 自分の喉以外にも周囲のあちこちから、息をのむ音が聞こえた。さっきまで言っていた殺す気は無いというのは何だったのか。心変わりがあったらしい男の気配が変わった。

 男の目が殺せんせーを睨みつけたその瞬間、視線に殺気を込めた。やった事はただそれだけ。

 しかしその瞬間に、極寒の世界に足を踏み入れたかの様な寒気がこの身を襲った。上から抑えつけられる錯覚さえ覚えるような重圧さえ感じる殺気は、しかしその内の一つとしてこちらに向けられたものではない。

 殺せんせーに向けられた殺気の余波だけで、烏間先生とビッチ先生を含むこの場の全員が恐怖を覚えている。直接向けられる殺せんせーは堪ったものではないだろう。

 

「やれやれ全く……違うと言っておきながら、結局目的は暗殺ですか。

 まぁ良いでしょう。色々と好き放題言ってくれましたしねぇ。初撃のお礼も合わせて、念入りに手入れしてやりますとも」

 

 向けられている筈の殺気をものともせずに、殺せんせーはヌルヌルと何時もの笑い声を上げる。ようやく普段の調子が戻って来たらしい。その触手の先には幾つもの研磨道具や艶出し道具が見て取れる。……磨くんだろうか、あの鎧。

 

「ほぅ、手入れときたか。反撃でも報復でもなく、手入れと」

 

「えぇそうです。それが私を殺しに来た者への対処ですので。

 なので覚悟しなさい―――その鎧も武器も何もかも、太陽の下で直視するのが困難なくらいピッカピカにしてやりますよ!」

 

「そうか……ならばやってみせよ」

 

 何の行動も起こしていないけど、男の纏う殺気がより一層強くなる。酷薄な笑みを浮かべたのが雰囲気で分かった。遂に戦闘が始まるのだ。

 あの男が何をやったにせよ、最初の一撃で殺せんせーに脱皮を使わせたことは事実。多分殺せんせーもその攻撃の正体はまだ把握していないんだろう。それを見極めるためなのか、手入れ道具を手にしながらも自分から率先して動こうとはしていない。それだけ警戒している証拠と言っていい。

 

 僕達の方にも緊張が走る。これまでビッチ先生や修学旅行のスナイパーといったプロの殺し屋が殺せんせーを狙う場面は幾つもあったけど、実際にこの目でその場面を見るのは初めてだ。律がそれに近いのかもしれないけど、生徒だから微妙な所かな。

 何はともあれ、殺せんせーにダメージを与えかけた攻撃だ。見ておかなきゃ。

 そんな事を考えて、僕はしっかりと目を凝らす。

 

 

 目を凝らしたからこそ、それが現実とは思えなかった。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 僕だけじゃない。

 クラスメイトも、先生達も、殺せんせーまでもが呆気にとられる。

 

 その現象を起こした張本人であるその男以外の全員が、その光景に己の目を疑った。

 

 

 

「―――『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』」

 

 

 男の声が、妙に響いた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 理解を超えたモノ、というのは多く存在する。僕たちの場合、殺せんせーがその代表格だろう。

 残像で分身を生み出す超スピード。あらゆる教科に対応した教育能力。専用の武器でなければ傷つけられない謎の触手。存在そのものが僕たちにとっては理解不能な生物だ。

 

 E組1の漫画好きである不破さん曰く、漫画などで非日常的な世界に触れていると、いざ何か起こった時に素早く対応できるようになるらしい。実際、不破さんは殺せんせーを受け入れるのも速かったような気がする。

 だから、殺せんせーなんて非常識が服を着て笑っている様な存在と日常的に接している僕らE組は、普通の人よりもそう言った事に耐性があると思っていた。

 

 ……その僕たち全員が理解できず、呆気にとられる光景が目の前に広がっている。それは殺せんせーも同様だったらしく、警戒しながらも固まってしまっていた。

 

「……何だ、それは」

 

 消え入るようなか細い疑問の声が、殺せんせーの喉から絞り出された。()()というのが何を指しての事なのかは、言うまでもない。

 

 

 

 男の背後の空間に、黄金の波紋が浮かんでいる。

 まるでそこに金色の水面があって、そこに一石を投じたかの様な波紋が波打っているのだ。

 

 そしてその波紋から、一本の武器が顔を覗かせている。

 遠目でよくわからないが、ある程度の形状は輪郭から察せられる。薙刀を思わせるその武器は、何度か目にした事があった。もっともそれは漫画やゲームでの話で、実物を見るのはこれが初めてになるが。

 青龍偃月刀―――日の光を反射して煌めいて見えるそれは、恐らく多くの装飾が施されているのだろう。美術館や博物館に飾られているような見事な武器がそこにはあった。

 

 問題はそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事だ。黄金の波紋が出現して、その中から現れた。言葉にすればそれだけだけど、それがどういう原理なのかが一切分からない。

 少しして頭に浮かんだ予想としては、立体映像(ホログラム)の空中投影だ。それですら技術的に考えれば無理な話なのだが、律の存在を考えればまだ可能性がある。

 

 しかしその予想は、次に起こった事で否定される。

 

「にゅやぁっ!!?」

 

 空中に浮かんだ青龍偃月刀。手に持って武将の如く振り回すのが正しい使い方なんだろう。だけど出現が非常識な武器は、攻撃方法も非常識だった。

 男が一切のアクションを執っていないにもかかわらず、謎の方法で出現した武器は猛スピードで殺せんせー目掛けて()()された。何の予備動作も無く放たれたそれは、一秒前まで殺せんせーが居た場所に着弾して爆風を撒き散らす。多分初撃と同じなんだろう。アレが殺せんせーに脱皮を使わせた一撃だ。

 

 とはいえ、黙って()られる殺せんせーでもない。二撃目は驚きながらも回避に成功している。それでも警戒心故にか、何時もの様な余裕のある回避じゃなくて距離を大きくとる回避だった。

 

 土煙の向こうに、地面に刺さった青龍偃月刀が見える。あの武器が間違いなく今の攻撃に使われた事の証明であり、あれが確かな物質として其処に存在している証拠だ。僕の考えていた立体映像という仮説はアッサリと否定される。

 

「……何よアレ。意味不明だわ」

 

 殺せんせーも非常識の塊と言っていい存在だけど、それでも超スピードによる分身なんかはまだ理解が出来た。だけどこれはまるで理解できない。プロの殺し屋でもあるビッチ先生が本気で困惑しているのが、アレの不気味さを強調していた。

 

 

 ―――だけど、今の一撃で武器は失われた筈……

 

 そう思った僕だったが、それを嘲笑うかのように視界の端が光で満ちる。頭を掠めた嫌な予感を確かめるために、その方向へ眼を向けた。

 

「……え」

 

「まさか―――」

 

「……何なんだ、アレは」

 

 そこには、幾つもの非常識(黄金の波紋)が浮かんでいた。

 

 

 ここ最近の天候で見慣れてしまった、水たまりに出来る雨の波紋。それを黄金に染め上げたかの様な光景が、あの男の背後に広がっている。つい先ほど武器を吐き出した砲門とでも呼ぶべきそれが、幾つもの武器を出現させていた。

 

 何の飾り気も無い直剣があった。豪奢な装飾のある馬上槍があった。対照的な意匠の双剣があった。黄金で出来た斧があった。

 どうやって使うのかよく分からない剣があった。何に使うのかよく分からない形状の武器があった。武器と呼んでいいのかわからない物があった。

 

 この世に存在するあらゆる武器の中から適当に選んだかの様な、まるで統一性の無い武器の数々。唯一共通している事は、それら全てが殺せんせーを殺す目的でこの場に現れたという事。その数は10を軽く超える。

 

「手入れと言ったな。雑種()()()

 

 静かになった校庭に男の声が響く。喜悦を含んだその声色は、獲物をいたぶる獣のそれだった。

 

「我の財宝は数が多い。総数は数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程でな……これでも氷山の一角よ。

 何もかも磨いてやると己で言ったのだ、どこまで凌げるか見てやるとしよう―――励めよ?」

 

 言い終わると同時に、無数の武器が雨となって襲い掛かった。




ギルガメッシュに殺せんせーをどう呼ばせるかで結構悩みました。結果、アルテラへの雑種もどきをヒントに雑種くずれに。
普通に襲いかかってますが、まだ殺意はそんなにありません。エルキドゥの友人試験が白野にも適応されているくらいに考えてください。
白野を預けてもいい相手か試す。不適格なら死ねって感じです。人類最古のモンペ。



ヴリトラちゃん引けました。かわいい。
多分こたつに負けると思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33.蹂躙の時間

あけおめ(空白の一年)
遅れた理由は誘惑に負けたというのが総括です

前半殺せんせー中心の第三者視点、後半は烏間先生視点です



 

「にゅやぁぁあああっ!!?」

 

 自分へ向けて飛来した十数本の宝剣の群を前に、殺せんせーは悲鳴を上げながらもこれを回避した。着弾の衝撃で地面が捲れ上がり、綺麗に整備されていたグラウンドは、たちまち周囲の山道と大差無い状態になってしまう。

 その光景から、あの謎の攻撃が有する破壊力が嫌でも分かってしまい、殺せんせーの背中にぬるりとした汗が流れる。視線を男へと戻せば、すぐ目の前まで新たな武器が迫っていた。顔を歪ませながらこれも躱す。攻撃の射線から逃れようと横へ逸れると、地面が砕ける音に混じって移動した先から風切り音が聞こえて来る。足元を狙って回転した斧が横から襲ってきた。飛び越える様にしてこれも何とか躱す。

 

(私の知識にも無い、全く未知の攻撃。想像以上に厄介ですねぇ)

 

 雨霰と打ち出される煌びやかな武器を躱しながら、殺せんせーはこれがどれだけ理不尽な攻撃なのかを再認識する。

 

 弾速自体は然程速くは無い。常人なら瞬きの合間に殺されてしまうような速さではあるが、音速で動ける自分にとっては落ち着いて回避が可能な速さと言える。しかし、だからと言って普段から殺し屋に対して行っているような煽りムーブを行う事が出来る訳では無い。

 これがただの銃弾であればそうしただろう。未知の技で飛来する剣であったとしても、それだけならやはり煽っていた。それをしないのは、そう出来ないだけの理由があるからだ。

 

 先ず単純に数が多い。

 息を吐く暇もなく、次から次へと自分を殺しに無数の武器が飛来する。しかもその全てが自分を狙っているという訳ではなく、幾つかは避けた先への牽制や、見当違いの方向へ放たれた物さえある。自分にとって脅威となる攻撃を遊び駒に使われるというのは、殺せんせーにしても初めての経験だった。

 しかもこの攻撃は銃弾ではなく大質量の武器類だ。着弾の衝撃で地面が荒れ、次の攻撃を回避しにくくなる。それは自分狙いもそれ以外も変わらない。

 だからこそ、向かってくる攻撃が自分を狙っているのかそうでないのか、狙っていないとしてそれが何処に落ちて状況がどう変わるのか。土煙で劣悪な視界の中で、その判断を行い続けながら回避をしなければならないのだ。同じ高速で飛来する攻撃であっても、銃弾を相手にする以上の脳内リソースを消費させられていた。

 

 更に悪辣な事に、この攻撃は軌道が直線では無い。先ほどの斧の様に、大きく弧を描いて横や後ろから襲いかかってくる物も多いのだ。直線で飛んでくるだけなら左右に躱せば問題無いが、これによって視界の外にも警戒をせねばならず結果として負担が増える。

 

 自分の身体能力を発揮出来ていないという事もある。殺せんせーの最高速度はマッハ20ではあるものの、初速からそんな速さが出せる訳では無い。最も速く動かせる腕の部分でさえ、初速は精々時速600キロ。全身を動かすならもっと遅い。急激な進路変更に伴うブレーキや、状況判断に思考を費やす意識の隙間。そういった事が重なった結果、殺せんせーは凄まじく遅い行動を強いられていた。

 

(いっそある程度の被弾を覚悟してスピードを出せば或いは……いや、喰らっていい攻撃ではないですか)

 

 ダメージを前提に速度を上げて振り切る事も考えたが、すぐにその考えを破棄する。今はこの程度の速さだが、あれより上が無いとも限らない。

 そして何より、その作戦を行うには不確定要素が大き過ぎる。

 

 水溜りの処理をしようとしていた自分に対して放たれた攻撃。それが銃や爆発物ではなく金剛杵(ヴァジュラ)という所に少し面食らいながらも受け止めようと触手を伸ばし、先端が弾け飛んだ時の事を思い出す。

 対触手物質の存在無く自分にダメージを与えたそれに動揺したのも束の間、強烈な爆発を巻き起こしたそれから逃れるために咄嗟に脱皮を使用した。その事を考えれば、あえて喰らうという事が出来るはずも無い。

 

 殺せんせーは通常の兵器では殺せない。それは彼の暗殺に携わる者達の間では常識だ。銃弾は体内で溶かされてしまい、ミサイルの爆風よりも速く動いて爆発から離脱する。故に対先生物質で作られた武器で殺すしかないのだが、何事にも例外というものは存在する。

 

 殺せんせーの有する触手細胞とでも呼ぶべき体組織は、脅威的なエネルギーを内包している。高速移動や再生能力、そして撃ち込まれた銃弾の融解などはこのエネルギーに由来するものだ。

 つまり、このエネルギーと同等ないし上回るエネルギーを有する物であれば、現行の兵器でも理論上突破は可能となる。しかし街中でナパーム弾や核兵器による攻撃を行う訳にもいかないため、この方法は不採用となっている。同じエネルギーを持つ触手を利用した兵器であればあるいは、といった所だ。

 

 その理屈で行けば、この武器群は殺せんせーを殺せるのである。

 

(私の触手が持つエネルギー……それと類似していながら全く別のエネルギーをあのヴァジュラは内包していた。他の武器も同様であると考えた方がいい。どういう物なのか不明な以上、できれば危険は冒したくありませんねぇ)

 

 眼前を通り過ぎて行く円月輪(チャクラム)を見送りながら、殺せんせーは自身の警戒レベルを最大まで引き上げる。

 この奇怪な方法による攻撃は、間違い無く自分の命に届き得ると。

 

 大きく弧を描いて後方から迫る鎌をやり過ごし、抉り込む様に胸元へやって来たナイフも躱す。すぐ足元に大剣が突き刺さり崩れる足場から距離を取ると、三方向から長柄武器による挟撃が待ち構えていた。これも滑る様にして躱す。

 自分の周囲に絶え間なく撃ち込まれて行く全ての武器が、一本の例外も無く理解の埒外にある。そんなものが現在進行形で何十本と存在している事に、改めてこの男の出鱈目ぶりを確認した。

 

「中々粘るではないか。良いぞ、そうこなくてはな。それでこそ出向いた甲斐があったというものよ」

 

 戦闘が開始して初めて、男が声を上げた。

 それはほんの少しの驚きと悦を纏った声色であり、まるで闘技場で奮戦した剣闘士に向けられた賞賛にも似たものだった。

 

 そうしている間にも、男の背後からは幾つもの波紋が生まれ、多くの武器がずらりと並んでいる。ここで初めて、殺せんせーは攻撃ではなく相手の方を注視した。

 現れた武器の中から、無造作に一本を()()()()。これまでには無かった動きだ。

 手にしたのは薙刀の様な長柄の武器だ。刃の形状からすると、戦鎌かもしれない。

 

「では―――これはどうだ?」

 

 この宝剣の雨の中、切り込んでくるかと僅かに身構えた殺せんせーの読みに反して、男はその場で鎌を振るった。いくら長柄武器とはいえ、それでも届かない程に両者の距離は離れている。だから攻撃が届くはずは無い。

 

「ッ!?」

 

 その届くはずのない攻撃により、殺せんせーの片腕が飛んだ。

 

「上手く避けたではないか。今ので終わるかと思ったが、もう少しばかり楽しめそうだな」

 

 上機嫌に笑う男とは対照的に、殺せんせーは目の前で起きた事が信じられず、激しい動揺に襲われていた。

 

(……今のは、何だ?

 刃先がブレたと思ったら、私の目の前に()()()()が現れた!?

 武器のギミックや殺し屋のスキルではとても説明出来ない、まるで魔法じゃないですか!)

 

 自分を袈裟斬りにしようとしたそれを条件反射でどうにか躱したが、未知の現象に硬直した代償は片腕で払わされる事になった。そして、命の危機を前にして動揺して立ち止まってしまった代償もまた、足の数本で払わされた。

 

「さて、少しばかり楽しくなってきた。まだ倒れてくれるなよ?」

 

 加虐の楽しみに満ちた笑みを浮かべた男が残酷に言い放つ。その手には、先程の鎌が握られたままだ。

 再び射出された無数の武器を前に、休む間もなく殺せんせーは駆け出した。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 今目の前に広がっている光景は、果たして現実なのだろうか。

 生徒達を背に庇いながら、ふとそんな事を思った。

 

 突如として起こった爆発。あの化け物に対する襲撃。

 あいつにとって奥の手である脱皮を初手で潰し、更に今も回避一辺倒に追い込んでいる。攻撃方法こそ理解が出来ないが、あの化け物が窮地に追い込まれているのは確実だ。

 

 黄金の男は間断なく武器の射出を続けている。刃の雨はグラウンドを叩き、巻き上げる砂塵が視界を遮る。それを切り裂くようにして別の武器が飛来して、地面に深く突き刺さった。

 

「にゅやぁああああああっっッ!!?」

 

 奴の絶叫が砂埃の向こうから聞こえてくる。地震にも似た地響きが大気と地面から伝わって来る。あの豪雨の中で生き延びているという事だ。その回避能力には驚愕するしかない。しかしその回避能力を、あの攻撃は間違いなく上回っている。

 一度攻撃の切れ目を狙って上空に逃げたが、その後すぐに地上に戻った。どうやらあの武器類はある程度軌道を操れるらしく、空に逃げた奴の全方位から武器が襲い掛かり、空への逃亡を許さなかった。

 更に奴は徹底的に得意分野を潰されていた。武器の雨は奴に対して鳥籠の様な役割も果たしており、奴が最大のスピードを発揮できるだけの広さを与える事がない。

 

「ねぇ、カラスマ」

 

「何だ」

 

「アンタ、アレが何か知ってる?」

 

 横からイリーナの声が聞こえた。轟音に遮られながらも、その音の発生源から眼を逸らさずに話を続けていく。

 

「……知らん。どこぞの国で開発された新兵器じゃないのか」

 

 自分で口にしながら、それはないと思った。だが可能性があるならそれくらいしか無いだろうとも思う。イリーナも同意見だったらしく、馬鹿を言うなと言葉が返って来た。

 

「あんなものを視認できないように隠し持てて、打ち出せる。しかもそれに際して体を動かす必要は無し。途中から振りまわし始めた武器に至っては理解すら出来ない。

 ……殺し屋の技能スキルで誤魔化せる範囲を超えまくってるわ。そんな兵器あってたまるもんですか」

 

 まるでファンタジーだと言って、イリーナは自分の意見を締めくくった。

 プロの殺し屋として様々な技術に秀でるイリーナの意見にはある程度信用出来る。その光景は、成る程確かに魔法(ファンタジー)だと言いたくなる理不尽さだ。或いはもしかすると本当に魔法の類なのかもしれない。

 

「……奴は、これで死ぬかもしれんな」

 

「え?」

 

 気付けば、ふと口を衝いて言葉が出た。イリーナが驚きでこちらを振り向いたのが分かる。背中に幾つか視線を感じるので、生徒達にも聞こえていたのだろう。

 

 この任務に従事する際、あのタコの経歴や()()については、断片的にではあるが情報を得ている。奴の多彩な技能や学習能力にも、その情報を考えれば納得がいく。

 そしてそこから考えれば、奴の知識が全く当てにならない()()()()()であれば、学習するよりも速く畳み掛ける事が可能なのではないだろうか。

 

「……まぁ、そうね。アレならアイツも殺せるでしょ」

 

 ため息交じりにイリーナが吐き捨てた。残留が決定した矢先の出来事故に複雑な心境なのだろう。彼女の奇襲にしてやられた自分としては、少し不憫にも思う。

 後ろで生徒達がざわつき始めた。彼等からすれば百億を横から掻っ攫われるという事以外の何物でもない。一方的に巻き込んでおいて何も報いてやれないのは申し訳なく思うが、彼等にとってはこの方が良いのだろう。善良な中学生に殺しなんて経験させるべきでは無いし、何より彼らはこれで危険とは無縁の日常に戻れる。それを思えば、ここで奴が死ぬ方が生徒達のためだ。とはいえこちらの都合で巻き込んだのだ。謝礼として幾らか用意しておく必要はあるだろう。

 

 ―――そして、あの男の事を報告しなければ。

 

 奴同様、常識が通用しない戦力を持つ人物。そんなもの、政府に危険人物として報告しない訳にはいかない。場合によっては今回奴を殺すために繋がりを持った殺し屋たちを、そのままあの男の排除に向かわせる必要もあるだろう。

 

 そこまで考えた所で、戦場に変化があった。破砕音と悲鳴ばかりが鳴り響いていた場所から、ふと気付けば奴の声が変化している。

 

「ヌルフフフフ」

 

 聞こえて来るのは、いつもの聞き慣れたにやけ笑い。それは奴が余裕を取り戻したことを意味する。

 あの正体不明の男でも奴を殺し切ることは出来なかったらしい。

 

「殺せんせーが笑ってる……」

 

「あれでも生きてんのかよ……バケモンだな」

 

 政府の人間としては奴が健在であることに加えて、また一人厄介な存在が増えたことに頭が痛い。しかし僅かばかりの安堵を感じているのは何故なのだろうか。

 しかしそれは俺だけでは無いらしい。イリーナは横で胸を撫で下ろし、後ろで騒いでいる生徒達の声からも切羽詰まった雰囲気は無くなっている。

 

「ハ、その状況で笑えるか」

 

「えぇ、笑いますとも。未知の技術ゆえに多少は驚きましたし、ダメージも負いました。しかし慣れてしまえばどうということはない―――あなたの攻撃はもう見切りましたよ」

 

「言うではないか、雑種くずれ―――!」

 

 唐突に男が片腕を突き出した。再び()()()()()()する斬撃がやって来るのかと思ったが、前に出た腕に武器は無い。代わりとばかりに、背後に広がる黄金の波紋と同じものが腕の前に出現した。それらは拳銃のシリンダーの様に回転し出したかと思うと、マシンガンの如く大量の刀剣を吐き出した。

 

「にゅや、そうきましたか……ならば!」

 

 範囲こそ狭いが、その弾幕密度はこれまでの比ではない。そんな攻撃に対して奴の取った行動は早すぎて視認できない。しかし先ほどまでと違って回避するのではなくその場に立ち止まっている事と、断続的に聞こえる金属同士の接触音を聞く限り、何をしているかはおおよそ察しがつく。

 5秒ほどの集中砲火が終わった時、土煙の中から現れた光景はその答え合わせだった。

 

「言ったでしょう、見切ったと―――ならばこんな芸当も可能という事です」

 

 緑と黄色の縞模様の(ナメている)表情を浮かべる奴の手には、いつの間にか2本の武器が握られている。豪奢な装飾が施されたそれはどう考えても奴の持ち物ではなく、相手が打ち出した物を掴み取ったのだろう。言葉にするなら簡単だが、実際にやろうとすればどれだけ困難な事か。平然とやっている辺り、見切ったと言うのは本当らしい。

 

 この後の事はある程度予想できる。生徒達や殺し屋にやっていた手入れをあの男にも行って、それで授業再開といった所だろう。奴もそのつもりなのか、表情を変える事なく得意げに語りだす。

 

「ヌルフフフ……さて、ご自慢の攻撃はこうして―――」

 

 だが、戦況が再び動く。

 奴の言葉は、両手に持った武器が突如爆発した事で遮られた。

 

 悲鳴と残像を残しながら奴が後退する。超至近距離で爆弾が起動した様なものだというのに、奴は多少のダメージでそれを切り抜けていた。

 そんな事も可能なのかと驚いた所へ、男の声が響いた。

 

「―――誰の許しを得て我が宝物に手を触れている?」

 

「――――――」

 

 叫んだような音量があったわけではない。

 だが、爆発の後ほんの一瞬だけあった静寂を乗っ取るようなその声はよく響き……それまで考えていた事を全て忘れさせるほどの怒気に満ちていた。

 

「手垢と粘液に塗れた財など回収する気も起きん。興醒めも良い所だ」

 

 男と自分たちの距離は十分離れていると言うのに、その声はよく通る。先程までの騒音が嘘のような静けさも影響しているのだろうが、それ以上にあの男から注意を逸らせないのだ。先程までの上機嫌な様子から一転して夥しいほどの殺気を振り撒くあの男が次に何をするのか。少しでも目を逸らせばその瞬間に殺されそうな気配に、自然と全神経が集中している。

 ふと気づくと、自分が懐に手を伸ばしたままの姿勢で硬直していることに気づく。殺気に反応して武器に手を伸ばしたものの、あまりの脅威に動けなくなってしまったということだ。

 

 余波で()()なのだ。直接この殺気を向けられている奴がどれ程の重圧を感じているのかなど想像もできない。

 

「少し遊んでやる程度の予定だったが、気が変わった―――貴様は此処で殺す」

 

 冷徹に放たれたその言葉は、さながら王の裁定だったのだろう。言葉に呼応するかの様に、再び黄金の波紋が宙に広がっていく。先程までの背面に展開されるのではなく、奴を中心としたドームを形成するかのごとく、無数の波紋がほぼ同時に展開される。戦場は一瞬で光り輝く水面が支配する場所と化した。

 最初に見せたそれとは、数も規模も展開速度も全てが文字通りの桁違い。奴が見切ったと言ったものが、真実ただの遊びでしかなかった事が証明されてしまった。

 何も知らないものが見れば何と幻想的な光景だと感激しただろう。だがあの内側で展開されるものがどれ程の地獄なのか、考えるだけで恐ろしい。

 

「これ、は―――」

 

「見切った、と言ったな。

 ならば生き延びてみせろ。それで先の不敬は水に流してやろうではないか」

 

 せせら笑うような言葉だった。結果はもう見えていると言わんばかりの尊大さで放たれた言葉が奴に突き刺さる。

 そう言いながら許す気など無いのだろう。宣言通り、此処で確実に殺すという意思は隠されもせず、見てわかる通りだ。いくら奴でもあの全てを回避できるとは思えない。一撃でもまともに喰らえば動きは止まり、そこへ他の全てが集中する。

 

 そうだ。奴は今日、此処で死ぬ。

 

 もはや確定したその未来に、こんなにも呆気ないものなのかとどこか他人事の様な感想を抱いた。




触手エネルギーと魔力は別のものですが、お互いに干渉が可能くらいの設定です。だから殺せんせーにも攻撃が通る感じですね

殺せんせーが狂スロみたいな事してますが、ただ持ってるだけです。あいつみたいに奪ったりは出来てません。
対先生物質ではないので触れても触手は溶けないようになってます。

次回は渚くん視点でのスタート予定。長かったので2回に分ける形になりました。まだザビ子は出てこないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。