問題児? 失礼な、俺は常識人だ (怜哉)
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イベント
バレンタインデー


もう作者の暴走以外の何物でもありませんが、書きたかったので書きました。反省も後悔もしていません。
あと、書いてて楽しかったです。


 

 

 

 

バレンタインデー

 

それはチョコで血を、又は血でチョコを洗う激しい戦争・闘争の祭日である。女は好意を寄せている相手に手作りと称した既製品を溶かして固めた物を精一杯デコレーションして贈り、男はそれを貰えるのかどうかと1日中ソワソワしながら過ごし、もし仮に自分は貰えずに自分以外が貰っていたらとりあえずそいつを殴る。

 

本来、バレンタインデーとは聖ウァレンティヌスの殉教の日であり、聖ウァレンティヌスとは恋人達の守護聖人として信仰されてきた3世紀頃の人物で云々。

しかし、こんな情報は彼ら彼女らには関係無い。お菓子会社の陰謀に上手く乗せられて、それぞれのプライド(笑)を掛けて闘う日なのである―――

 

 

 

 

 

「リア充爆発しないかなー」

「唐突に何を言い出すんだマスター」

 

箱庭7桁の外れ、コミュニティ“ファミリア”本拠の屋敷の大広間で、俺の呟きにエミヤが反応する。

 

「いやだってバレンタインだぜ?調子乗ったリア充共が跋扈する、クリスマスに次ぐ厄日だ。だからリア充爆発すればいいのにな、と。もしくは滅べばいい」

「だから、の意味がイマイチ分からないのだが…。それに、その『リア充』というものにはマスターも含まれるのではないか?」

「は?俺?」

 

キョトン、という効果音が似合いそうな仕草でエミヤの方を見る。何を言い出すんだこの紅茶は。

 

「確かに、マスターは立派なリア充の一員だろうな」

「ウェーザーまで...。一体俺の何処がリア充だと」

「ちょいと自分の腰の辺りを見てみろよ。そうすりゃ分かる」

 

ウェーザーの言う事に従い、俺は自分の腰付近を見てみるが、いつもと大して変わっている所はない。強いて言うのなら、静謐ちゃんがいつも通り引っ付いているくらいだ。

 

「特に何もないじゃねえか」

「...そうか。お前にとって、それはもう日常の1部なんだな...」

 

諦めた様な遠い目をしながらそう言うウェーザー。...俺だってこの状況が普通じゃない事くらいわかってますぅ。ただ意識したら負けかなって思っただけですぅ。

 

「というか、エミヤはさっきから何の飾り付けをしてるの?」

「ああ、これか。“ノーネーム”の子供達に与えようと思ってね。材料は余っていたし、それで作ったのだよ」

「そういう所がオカンと呼ばれる所以だよな...」

 

俺も母親から貰ってたわ、チョコ。

 

「という訳で少し出てくる。ああ、マスター達の分もあるから安心したまえ」

「男に貰って何が嬉しいんだよ...」

「全くだな」

 

ハハハと笑うウェーザーだが、実際男に貰っても嬉しくは無い。いや、エミヤのは(数日前にカカオを買っていたのでおそらくガチの)手作りチョコなので相当美味いのだろうが、そういう問題ではないのだ。やはり女の子からのチョコが欲しいと思ってしまう。

 

「...マスターはチョコが欲しいのですか?」

 

今までほぼ無言で引っ付いていた静謐ちゃんが俺にそんなことを聞いてきた。

 

「欲しい。凄く欲しい。あ、でも女の子からに限る」

「そうなんですか」

 

静謐ちゃんはそう言うと、スッと立ち上がって俺から離れる。お、これはまさか...?

 

「...チョコ、作ってきます。夕方には戻ってくるので、少々お待ちください」

「よっしゃキタぁぁあああ!!」

 

叫ぶ俺に背を向け、部屋から出て行く静謐ちゃん。これはキタ!爆発しろとか言ってごめんねリア充の皆!

 

「良かったじゃねえかマスター。俺はお前が本当に街のリア充共を焦がしに行くんじゃないかと思ってたんだが、杞憂に終わりそうで良かったぜ」

「ああ。静謐ちゃんがいなければ、この街のリア充に明日は無かったな」

 

ハッハッハ、と笑い合う俺とウェーザー。いや、正直さっきまでマジでリア充抹殺に行こうかと思ってた。

 

人生初の女子からのチョコを心底楽しみに待つ事に決めた俺は、特に何をするでも無く、ソファに腰を深く沈める。ここ数日、異世界への入り口は調整中だとかで使えなくなっているので、どこかの世界に遊びに行く事も出来ない。

暇だなー、などと思いながら、暖かな陽射しを全身で感じつつ、暫しの微睡みに興じようかと思ったその瞬間。

 

「来るなぁあああ!!!!」

 

絶叫と共に我らがロリッ子、ペストが慌てた様子で大広間へと駆け込んできた。

なんだなんだと、俺とウェーザーが呆気に取られていると、ペストに続いてラッテンも大広間へとやって来た。その手にはハート型のチョコを持ち、その顔はやや上気している。あと目が怖い。

 

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか。さあペストちゃん?このチョコを、一口でいいから食べて?ね?」

「絶っっ対嫌よ!!私見たんだからね!?貴女がそのチョコに怪し気な液体を注ぎ込んでる所!それ絶対危ないヤツでしょ!?」

「そんなことないですよぉ。ただちょっとアレになるだけで...」

「アレって何よアレって!余計に怖くなったじゃない!」

「まあまあ。とりあえず食べてみない?」

「だから嫌だって言ってるでしょ!?」

 

ギャーギャーと言い合う2人を遠巻きに見ていると、ウェーザーは何かしらの危険を察知したのだろうか。音もなくこの部屋から立ち去っていった。斯く言う俺の直感も、早くここから離れろと告げているので、そーっとこの場を離れようとしたのだが――

 

「あ、マスター!ちょっと助けなさいよ!貴方私のマスターでしょ!?なら私を助けてよ!!」

「...見つかった(『逃走中』風)」

「露骨に嫌そうな顔された!?」

 

ペストが俺の表情に不満を持ったのか、それともショックを受けたのかは知らないが、とりあえず助けを求められたので助けるとしよう。...めんどい。

 

「あー、ラッテン?そのチョコは一体?」

 

ペストとラッテンの間に割り込み、ペストを背中に隠しつつラッテンにそう問い掛ける。

 

「これですか?ただのチョコですよ。ほら、今日ってバレンタインじゃないですか」

「だからさっきチョコに入れてた液体は何なのって聞いてるのよ!」

「あれはですね。蔵から見つけてきた薬剤をチョチョイっと調合して作ったホr...栄養剤ですよ」

「今完全にホレ薬って言いかけたでしょ!?言いかけたわよね!?」

 

そんなことないですよぉ、と言い張るラッテンだが説得力は皆無に等しい。

実はこのお姉さん、“ファミリア”に来てから百合に目覚めてしまったのである。原因は定かでは無いが、まあ恐らくペスト絡みだろう。

 

「マスター。ペストちゃんをこちらに渡してもらえます?」

「ダメよマスター、絶対ダメ!」

「まあ今回俺は先にペストから助けを求められたし、ペストは渡さない方向で」

「さすが私のマスターね!恩に着るわ!」

 

パァっと表情を明るくしたペスト。確かにこの表情は愛らしいと思うけど、それ見て鼻血出すとか止めようねラッテン。

 

「くっ、なかなかの威力でした。思わず失神するかと...。それはそうと、マスター。取り引きをしませんか?」

「取り引き?」

 

そう言って、ラッテンは自身の持つその立派な渓谷から1つの箱を取り出した。

...ちょっと待て。どうやったら胸の谷間にあんな箱が入るんだ?巨乳の谷間は四次元に繋がっているという噂は本当だとでも言うのか!?

 

「マスターにコレを差し上げましょう。私の手作りチョコですよ?」

 

ニコッと笑いながらそれを渡してくるラッテン。がしかし――

 

「ふん、あまり俺を見くびるなよ。確かにそのチョコは魅力的ではあるが、賄賂を渡されて仲間を売るほど、俺は腐っちゃいない」

「そうですか。...じゃあ私のアーン付きでどうです?」

「......ペストは渡せないな」

「ちょっとマスター?今の間は何?ねえねえ、今の間は何なの?」

 

正直クラっと来ました。ラッテンだって立派な美女なんだ。そんな美女のアーンとか体験してみたいと思うのが健全な男子ってものだろう?

 

「んー...。じゃあ、それに加えて私から色々とサービスも付けましょう」

「...詳しく」

「マスター!?」

 

ペストが何やら悲痛な叫びを上げて俺の裾を引っ張って来るが、今はそれどころではない。

 

「そうですねぇ...。例えば、口移しとか、私の胸でチョコを挟んで食べさせる、とかですかね?他にも要望があれば言ってくれていいですよ?マスターなら許します」

「...なあペスト」

「な、何よ...」

 

俺は穏やかな顔でペストを見つめ、そして口を開く。

 

「別に貞操失うわけでも無いんだし、少しラッテンに付き合ってあげたら?」

「このエロガッパっ!」

「なにおぅ!?男子なら須らく、美女とイチャイチャしたいと願うものだろう!?健全な男子として当然の行動だと思うのだがどうだろう!?」

「そんな美女だなんて...。少々照れますね」

「そ、そんなに大きいのがいいわけ!?あんなのただの飾りじゃない!脂肪の塊よ、か・た・ま・り!」

「そうじゃねぇ。大きいとか小さいとかの問題じゃなく、相手が可愛いかどうかが今の問題点なんだ!」

「くっ...この面喰い!」

「違う、違う違う違う違う!確かに顔も人の魅力の1つ、いや、8割はそれで決まるのだろう。だがしかし、そこに内面も揃っていなければ、それは俺の求める美女美少女では無いッ!」

「なんの話!?」

 

結局俺まで巻き込んで騒ぎを大きくし、それは騒ぎに気付いたヴォルグさんが止めに入るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ奏者よ。余の至高のチョコをしかと味わうが良い!」

 

ヴォルグさんに騒ぎを治めてもらい、ラッテンを説得して普通のチョコをペストに渡させた後、俺は皇帝陛下に拉致された。いやまあ、抵抗しようと思えば出来たのだが、逃げようとしたら泣きそうな顔をされたので、俺に逃げるという選択肢は無くなったのだ。

そして手渡されたのはハート型のホワイトチョコレート。その周りにはブーケっぽいチョコで出来た華々が添えられている。

 

「うむ、余の手作りだぞ。結婚式はまだ先だが、甘いブーケを受け取るが良い!」

「じゃあ、頂きます。......あ、美味い」

「フフン。そうであろう、そうであろう!何せこの余が作ったのだからなッ!あ、愛情もたくさん注いだのだぞ...?」

「何それ超嬉しい」

 

もにょる嫁王かわいい(確信)

と、ネロが何かを思い出したかのように、1つの箱と手紙を持ってきた。

 

「そう言えば、奏者宛に何処からかこんな物が届いていたぞ」

「箱と...手紙?一体だr...」

 

差出人の名前を見て、俺は言いようの無い恐怖に襲われた。なんで、なんで此処にあの人からの届け物が...ッ!?

 

「ん?どうかしたのか、奏者よ?...なんと」

 

そう言って差出人の名を覗き見たネロも言葉を失う。いやだって、そんなハズは無い。今あの人のいる世界とこの箱庭は繋がっていないハズなんだ...。なのに、なのに...ッ!

 

 

 

『貴方様の清姫より♥』

 

 

 

なんで彼女から届け物が...ッ!

どうやったんだ!?一体、どうやって箱庭に物を送り届けてきたんだ!?分からない。何も、何も分からない!ただ、これだけは言える...。

 

「きよひーマジパネェ」

 

恐る恐る手紙を開封し、中身を読む。

 

 

『春寒の侯、旦那様は如何お過ごしでしょうか?

 

お久しぶりです、貴方様の清姫でございます。

 

 

〜中略〜

 

 

旦那様の周りに私以外の女の気配を感じる今日この頃でございますが、浮気はダメですよ?燃やしてしまいます♥ かしこ』

 

 

読み終えた瞬間、ゾワッと寒気がした。これは...殺気!?何、時空とか次元とか超えての殺気!?何それ怖い!

ちなみに箱の中身は10分の1スケール清姫チョコレート像だった...。食いづらッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、凌太君。チョコを渡しに来てあげたわよ。ありがたく頭を垂れなさい」

「何故そんなに上から目線なのか、説明を要求させてもらおうか」

 

インターホンが鳴ったので出てみると、そこには“ノーネーム”所属の久遠飛鳥、春日部耀、黒ウサギの3人が居た。

 

「ごめんね。飛鳥、今ちょっと虫の居所が悪いみたいで...」

「昨日、結構な自信作の手作りチョコを作ったのですけれど、エミヤさんが持って来て下さったチョコがあまりにも美味しかった為、それが飛鳥さんの琴線に触れたのでございましょう」

「ああ...なるほど」

「別に!私のだって負けてないから!本当だから!」

 

必死の形相で包装された袋からチョコを取り出して差し出してくる久遠。これは、今ここでエミヤのものと比べてみろ、という事なのだろうか?

いやでも、俺まだエミヤのチョコ食ってないしなぁ。

と、少し思い悩んでいると、何を勘違いしたのか久遠が顔を真っ赤にして目には薄らと涙らしきものを浮かべてしまっている。

 

「あー。凌太が女の子を泣かせたー」

「オイ人聞きの悪い事を言うな」

「べ、別に泣いてないわよッ!それにしても、ああそうですかッ!あの赤い執事のチョコを食べた後じゃ、私のチョコなんて手をつけるまでも無いってことね!?」

「いやそういう訳じゃないんだが...。ありがたく、頂かせてもらいます」

 

そう言って、差し出されていたチョコを一気に口内に放り込み、5,6回程咀嚼してから飲み込む。

 

「ああ、普通に美味いぞ。よく出来てるじゃないか」

「ふ、普通!?普通ってどういう事かしら凌太君?」

「お前マジめんどくさいな。美味しいよ、めっちゃ美味しいから」

「あの赤い執事とどっちが美味しい!?」

「エミヤの方はまだ食ってないから分からないけど、多分エミヤだろうな。だってアイツ、カカオ豆すり潰す所から作ってるんだぜ?そんな本格的にも程があるようなモンに勝てるのは、同じく本格的過ぎるモンだけだろうさ」

「くっ...。確かに、そんな手間暇は掛けていないわね...」

 

確かな敗北感を感じ、ガクッと項垂れる久遠。いや、久遠のチョコも十分美味しかったから元気出せって。

 

「元気出して、飛鳥。あ、これ私からのバレンタインチョコ。一応、手作り」

「お、サンキュー」

「お返し、期待してる、すごく」

「おう、任せとけ」

 

久遠を励ましながらチョコを渡してきた春日部。まあ何だかんだ言って女子からチョコが貰えると言うのは嬉しい。例えそれが義理チョコだとしても、だ。

 

「それでは最後は黒ウサギですね。どうぞ、凌太さん」

「まさか黒ウサギまでチョコをくれるとはな。少し予想外だった。まあ、ありがたく頂くよ。ありがとう」

 

そう言って黒ウサギからもチョコを受け取る。すると黒ウサギが不思議そうに問い掛けてきた。

 

「どうして黒ウサギからのチョコは予想外なのでございましょう?」

「いや、てっきり黒ウサギはもう十六夜のものになっているのかと思ってたから」

「な、なな、ななななな何を仰っているのでございますか!?」

「ふむ、その動揺の仕方。これは黒ですな?そこんとこどんな感じよ、春日部さん」

「まだ一線は越えてない感じ、かな?でもそれも時間の問題だと思うよ、凌太さん」

「ほほう?」

 

ニヤニヤと、口元を手で隠しながら春日部と共に黒ウサギを見る。

 

「十六夜の奴、意外と奥手だったのか。ここはいっそ黒ウサギの方から夜這いをだな」

「何を言い出すのですかこのお馬鹿様!」

 

スパァァン!と軽快な音が響く。もはや黒ウサギの御家芸と化したハリセンツッコミが俺に炸裂したのだ。

ふと思ったんだけど、ハリセンで叩かれるツッコミとかなかなか経験出来ない事だよね。

 

 

30分程すると、久遠が多少は立ち直った為、“ノーネーム”連中は自陣へと帰っていった。

春日部の話によると、黒ウサギは十六夜用に手の込んだチョコを用意しているらしいので、今後の2人の進展が楽しみだ。主に黒ウサギをからかう材料として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

待ちに待った静謐ちゃんからのチョコ贈呈の時間帯になったのだが、静謐ちゃんが帰ってくる気配が一向に無い。

ここは箱庭だ。いつもなら「静謐ちゃんは英霊なんだし、大丈夫でしょ」と思うところなのだが、今回はそうも言っていられない。この世界には十六夜然り、白夜叉然り、爺さん然り、俺然りと、その他にも英雄を軽く超える力を持つ化け物達が跋扈している、謂わば魔境なのだ。心配でないはずがない。何より、“ファミリア”は主に爺さんのせいで魔王にまで睨まれているのだ。普段なら何の問題もなく撃退出来るのだが、静謐ちゃんが1人の所を狙われるとさすがにキツイ。

 

「マスター、少しは落ち着いたらどうかね。静謐も世界に認められた英霊の1人だ。そう簡単には倒されないさ」

「それ、箱庭には俺レベル、もしくは俺以上が蔓延ってるって知ってて言ってる?」

「...すまない」

 

エミヤが顔を逸らして謝罪を入れる。うむ、分かれば宜しい。

...いやそうじゃなかった。今は静謐ちゃんの安否だ。リンクは切れていないから、まだ現界しているのは確実だが、安全な状況であるのかどうかは分からない。仮に拉致監禁されていたとしても、ここからでは把握できないのだ。

もうそろそろ捜索を開始しようかと真剣に考え始めたその時、静謐ちゃんが敷地の門を潜っているのが見えた。

 

「ふむ、帰ってきたようだぞ。出迎えてやったらどうだ、マスター?」

「言われなくても」

 

そう言って俺は屋敷を飛び出し、こちらに歩いて来ている静謐ちゃんの方へと駆ける。どことなく元気が無いように見えるのは気の所為ではないだろう。何かあったのだろうか。

 

「おかえり。大分遅かったけど、何かあった?」

「あ、マスター。ただ今戻りました。それで...その...」

 

そう言って静謐ちゃんの目線が手に持っていた袋と俺を交互に行き来する。その目には明らかな不安の色が。なんだ?料理に失敗でもしたのか?

 

「あの、チョコを作ってみたんですけど...。その、全て毒になってしまって...」

「毒」

「どうしても作る過程で食材に触れてしまうので...。一応見映えが良い物を包装してはみたのですが、これは普段の毒素とは比べ物になりません...。肌の接触の20倍、粘膜接触の6倍はあるかと...。人はおろか、英霊ですらも確実に死に至るでしょう...。対毒スキル持ちなら、或いは...、でも......」

 

なるほど。それで渡すかどうかを悩んでいた、と。いくら俺が対毒スキル的なモノを持っていようと、体内に取り込んでしまったらどうなるか分からないという事だろう。ましてやいつもの6~20倍ともなると確かに躊躇してしまうかもしれない。

 

「なあ、それちょっと貸してみ?」

「...このチョコを、ですか?」

「そそ」

 

静謐ちゃんからチョコを受け取り、中身を全部口に放り込む。

 

「ま、マスター...?」

 

何をしているんだとでも言いたげな様子で俺の方を見てくる静謐ちゃん。そんな目線を気にせずに、俺はモグモグとチョコを咀嚼していく。

正直俺にもどうなるか分からないが、死んだ時は死んだ時。その時に考えればいい、とまでは言わないが、ここで食わなければ男じゃ無いと思ったのだ。

何度か咀嚼を繰り返し、そして纏めて飲み込む。全て飲み込むと、不安そうにこちらを見てくる静謐ちゃんを見据えグッと親指を立てて笑ってみせる。

 

「うん、美味い。確かに少し胃がピリピリするけど、それでも美味いよ」

 

近付いて頭を撫でてやると、静謐ちゃんはいつもの様に目を細める。ただいつもと違うのは、そこに少なくない安堵の感情が含まれていることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレンタインとは、数多くの想いが交差する年に一度のイベントである。そこにあるのがプラスの感情か、はたまたマイナスの感情なのかは人それぞれであるが、それでも確かに、そこには想いというものが存在している。

人は、そういう感情無しには生存し得ない。人から感情を抜いてしまえば、それはただの人形と成り下がる。それではあまりにもつまらない。

 

 

 

まあつまり何が言いたいのかと言うと――

 

「バレンタインってのも、捨てたもんじゃねえな」

 

そう呟いて、俺は静謐ちゃんと共に屋敷へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォルグも少しは出てたのに、ワシの出番だけ無かった...」

「「「「あっ」」」」

 

 

 

 



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ホワイトデー

もう遅れたとか、そういう問題では無いくらい遅いですが、一応載せときます。
ちなみに、モードレッドはいない時の時間軸です。
バレンタインを書いた時はまだいなかったから...


 

 

 

 

 

ホワイトデーがやって来た。

もう聖ウァレンティヌスとか全く関係無く、宗教的な意味合いも一切無いお菓子業界発案の陰謀渦巻くイベントだが、来てしまったものはしょうが無い。

 

そしてご都合主義として、俺は現在箱庭の7桁外門に帰ってきていた。

 

「さて、どうするか...」

 

商店街にて腕を組み考え込む男。俺です。

バレンタインにチョコを貰ってしまったので、彼女達にお返しをするべく買い物に来たのだが、何を渡せばいいのか全く分からん。

 

「俺はテキトーに菓子買って渡すわ」

「私も香辛料だけ買って本拠に帰る。まだ下準備しかしていないのでね」

 

そう言って俺を置いて行くウェーザーとエミヤ。いや、エミヤはバレンタインにチョコ渡した側じゃなかったっけ?チョコを上げてお返しもするの?

 

「...うーん......」

 

エミヤの様に1からの手作りは俺には無理だ。出来ないことは無いだろうが、今からじゃ時間が足りない。かと言ってウェーザーの様にテキトーに選んで返すのも違う気がする。昨日の俺よ、何故手作りという手段を思いつかなかった。

 

「おっ、凌太じゃねえか。お前もホワイトデーの買い物か?」

「ん?ああ、十六夜か...。まあそうなんだけど、中々良い物が思い付かなくてなー」

 

1人で商店街をふらついていると、十六夜とエンカウントした。彼も俺と同じく、ホワイトデー用の買い物をしに来たらしい。

 

「どうもこういうイベントは慣れないな。凌太は静謐とか皇帝殿とかがいるから慣れてるかもしれないが…」

「そうでも無いぞ?というか、お前も黒ウサギとかレティシアとかいるだろ」

「......」

「無視すんな」

 

あからさまに視線を逸らしやがって。仕方ない、今日春日部に会った時にでも黒ウサギ達との色恋話を聞くか。

 

「おっ。なんかいい感じの売り出ししてるぜ!」

 

話を逸らすな、と言いたかったが、十六夜が指差した方に「ホワイトデー限定グッズ売り出し中!」という看板が見えたのでとりあえずはそちらに向かう。

 

「へいらっしゃい!お、アンタは耀ちゃんところの坊主じゃねえか。なんだ、耀ちゃんにお返しでもするのかい?羨ましいねー」

 

店に入るなり、愛想の良い笑顔を浮かべるゴツイおっちゃんが十六夜に話しかける。十六夜達“ノーネーム”は今やここの“外門の支配者(ゲート・ルーラー)”であり“地域支配者(レギオンマスター)”らしいからな。知名度はそれなりに高いのだろう。

まあ今回の場合、おっちゃんと春日部の間で友好があるっぽいが。

 

「まあ、そんなところだ。ちなみに春日部には俺以外に本命がいるから、本人の前でそんな事言うなよ?この店が吹き飛ぶぜ、ヤハハ!」

「へぇ、そうなのか。耀ちゃんもやっぱり年頃の女の子なんだねぇ。まあそういう事なら多少まけてやるよ!耀ちゃんには何度も救われてるからな!」

 

春日部が何をしたのかは知らないが、なんか割引きしてくれるらしい。ラッキー。

という訳で、俺と十六夜は別々に店内を物色。各々が買う物を買って店を後にした。

 

そして俺は十六夜と共に“ノーネーム”本拠へ向かった。

距離的には“ノーネーム”の方が近いからな。“ファミリア”の本拠は辺鄙な所にあるし、1度戻るのはとても面倒なのだ。

 

「よっ。久しぶりだな」

「あら、凌太君。箱庭に戻ってきていたのね」

「あ、凌太だ。久しぶりー」

 

広い“ノーネーム”本拠の居間へと入り、そこに居た春日部と久遠に挨拶をする。黒ウサギは別棟で作業をしているらしく、十六夜はそちらに向かった。やはり2人はでぇきてぇるぅ?

 

「とりあえず、ほれ。バレンタインのお返し」

 

俺はギフトカードから箱を2つ取り出す。赤い箱は久遠に、緑の箱は春日部へと渡した。

 

「あら。凌太君にもお返しをするという考えはあったのね」

「どういう意味だそれは」

「さあ?別に貴方が野蛮な非常識人だから、なんて思っていないわよ?」

「...問題児には言われたくねぇな」

「何か言ったかしら」

「別に何も」

 

素直じゃねえな、このお嬢様。

...いや、案外本当にそう思っているのかもしれないが。

 

「ありがとう凌太。開けていい?」

「おう。もちろん」

「じゃあ。......わあ、綺麗...。これ、首飾り?」

 

含んだ笑みを浮かべて俺をからかう久遠とは違い、春日部は素直に喜んでくれたようだ。こういう反応をされるのは悪くない。

 

「まあ安物で申し訳ないけどな。一応、精霊の加護も付いているレアアイテムらしい。装備しているだけで速力アップ!だってさ」

「ふぅん」

 

春日部に渡した首飾りには翠色の宝石が付いている。恐らくだが、アレが何かしらのギフトなのだろう。ドラ○エとかでもあるよね、ああいう装備品。

 

「じゃあ私も...。あら、私のも首飾り?」

「そだな。春日部のとは色違いで効果違いだ。久遠の方の効果は耐久力アップ。どうだ、使えるだろ?」

「ええ、まあ、そうね。私は生身ではとても弱いから、便利ではあるかしら」

 

久遠に渡したのは紅色の宝石があしらってある首飾り。春日部のものと同じく自身のステータス上昇効果が付いているギフトだ。

 

「黒ウサギのも首飾りなんだ。正直、3人とも首飾りってのはどうかと思ったんだが、全員同じものなら当たり障り無いかなって」

「まあ無難ではあるわね」

「...凌太らしいといえば凌太らしい、のかな?とりあえず、ありがとう。お返しをくれた事は嬉しい。大切にする」

「ええ、それは同感よ。ありがとう、凌太君」

「おう」

 

その後、俺は2人と世間話をしてから、黒ウサギの分を2人に渡して“ノーネーム”を後にした。いやだって、黒ウサギに渡しに行って十六夜との時間を邪魔しちゃ悪いし?春日部と久遠から情報は入った。何でもバレンタインの日に黒ウサギと十六夜はくっついたらしい。最近はレティシアも十六夜に対する好意が見え隠れしているらしいので、次会う時が楽しみである。他人の恋路って、見てる分には楽しいよね。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「どうしましょうマスター。ペストちゃんがチョコを受け取ってくれないんですよ」

「まだ諦めてなかったのか...」

 

“ファミリア”本拠に帰ってきたら、なんかラッテンにそんな相談をされたんだが。というか、バレンタインであれだけ拒否されたというのに、なんという鋼の精神の持ち主なんだ...。

 

「今回は惚れ薬なんて入れてないですよー。まあ隠し味として性欲剤は入れましたけど...」

「ストレートに体の関係を求めるんじゃないよ」

「...ちゃんと隠してますもん、性欲剤の味...」

「味て、お前...。効果はあるんだろう?別に百合を否定する訳じゃ無いが、相手の了承は得ろよ?」

「うぅ...」

 

膝から崩れ落ちて項垂れるあたり、了承を得ることは非常に難しいらしい。ま、頑張れよ。

 

「それはそうと、そら。バレンタインのお返しだ」

 

ポイ、と項垂れるラッテンに1冊の本を投げ渡す。

 

「これは?」

「だからお返しだって」

「何の?」

「バレンタインの」

「......私、マスターにチョコあげましたっけ?」

「泣くぞ」

 

なんて事だ。こいつ、チョコを渡した事自体忘れてやがる。

 

「え、あ、いや!ちょーっと待って下さいね...!えーと、えーっとぉ......。あっ!そう言えば渡しましたね、ペストちゃんに渡せなかった惚れ薬入りチョコ!」

「なんだと!?」

 

なんて事だ。まさかアレが惚れ薬入りチョコだったとは。

 

「効果は無かったんですねぇ。失敗作でしたか」

「成功してたらどうしたんだお前」

「その時はホラ、マスターが私に惚れるので結果オーライっていうか?」

「意味が分からん。なに、お前俺にも気があるの?ペスト一筋じゃなかったのか」

「もちろんペストちゃんは大好きですけど、まあマスターも悪くないかなぁ、って」

「なるほど。つまり俺はペストの代わり要員だということか」

「そういう訳じゃないんですけど...、まあいいです。とりあえず、このお返しはありがたく頂きますねー」

「おう」

 

ラッテンはそう言って笑顔で本を持って何処かへ行く。本の内容を確認して行かなかったが、あの本の題名は「あの人を振り向かせる十の方法~ねっとり百合編~」という、何でホワイトデー限定グッズ売り場に置いてあるのか謎に包まれた1品だ。まあアレを見てペスト攻略を頑張って欲しい。お幸せにね。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「奏者よ、これは婚約指輪と受け取って良いか?良いな?うむ、そう受け取ったぞ!」

「落ち着け」

 

春日部達に渡した首飾りの指輪Ver.をネロに渡したらこうなった。嫁王テンション高ぇ。

ちなみに、その指輪には白の宝石があしらってある。赤色と迷ったのだが、今のネロの衣装カラーは白だし、何より久遠と被るので白にした。効果は体力アップだ。まあ英霊であるネロにどこまでの効果があるのかは知らないけど。

 

「む、違うのか?だが奏者からの贈り物、余は嬉しいぞ?いつか婚約指輪もくれるともっと嬉しい!」

「...うん、まあ...うん...」

 

別にネロからの好意を拒む気は無いが、婚約とか全然想像つかねぇわ。いや、結婚したくないとかじゃなく、ただ単純に俺が誰かと結婚する未来が想像出来ねぇ。

 

「そうだ。折角指輪があるのだし、式の予行練習でもするか!?余は何時でも準備万端だぞ!」

「そりゃあ、花嫁衣装常備ですからね」

「うむ!」

 

何だろう、ネロを見ていると心がとても温かくなる時がある。こういうのを『癒し』と言うのだろうか。...なんか違う気もするが、まあそこまで重要な事でも無いだろう。とりあえずネロ可愛い。

 

式の予行練習とやらは後日暇がある時に、という事になった。式の予行練習って、どうせそれが本番になるんだろう?と思わないでもないが、まあその時はその時かと思い、後日やるという約束をした。まあ、その後日っていうのが何時になるのかは俺も分からないけど。というか、「いつかやろうね!」という発言はフラグだと思うのは俺だけだろうか?

...いや、煙に巻くつもりは無いですよ?本当ですよ?

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

という訳で、お返しをする最後の人物、静謐ちゃんの番になった。

ここで重大発表です。実は静謐ちゃん、俺が買い物に出掛ける前からずっと俺の近くにいました。時たま俺に触れてくるが、それ以外は少し離れた所で俺を見ているという、確実に清姫の悪影響を受けた行動を取っていたのでる。何故にストーキングなどというスキルの真似事をするのか、不思議でならない。気配遮断を使わずに敢えて俺に気配を察知させているあたり、更に意味が分からない。

 

「...そろそろ飽きた?」

「...少し」

 

俺の自室でそう声を発すると、ベッドの下から静謐ちゃんが答えた。最近、俺のベッドの下が静謐ちゃんの正位置になりつつある件について。

ベッドの下から這い出てきた静謐ちゃんはそのまま俺の腕に抱き着いてくる。もはやこの一連の動きに違和感を感じ無くなったよ。これが無ければ静謐ちゃんが本物かどうか疑うまである。...思考が毒されて来てるなぁ。静謐ちゃん(毒身)だけに。

 

「買い物してた時も俺を見てたから知ってるだろうけど、はいこれ」

 

そう言って、俺はギフトカードから取り出した箱を手渡す。中身は紫色の髪飾り。例の如く、精霊の加護付きアイテムである。効果は魔力上昇。ネロ同様、英霊である静謐ちゃんにどこまでの効果があるのかは分からないんだけどね。

 

「ありがとうございます、マスター。...あの、付けてもらってもよろしいでしょうか...?」

「髪飾りって他人に付けてもらう物なのか?まあいいけど」

 

静謐ちゃんの差し出した彼女の頭に、俺はパッと渡した髪飾りを付ける。髪飾りとは言ってもそこまで豪華絢爛な造りではない。ヘアピンの様なそれは簡単に付ける事が出来た。

 

「ほい出来た、っと。うん、我ながら静謐ちゃんに似合うものを買ったと思う。可愛い」

「ッ!ありがとうございます!」

「お、おう...。そんな声を張るのは珍しいな。それだけ気に入ってくれたのかね」

「もちろんです。我が主からの贈り物...。大切にします、いつかこの身が朽ちるその日まで」

 

...少々重い発言だが、まあ静謐ちゃんって何時もこんな感じか。気に入ってくれたのなら嬉しいし。

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、そんな感じでホワイトデーは終わりを迎えようとしている。

静謐ちゃんに渡した後はエミヤに最新の調理器具をプレゼントした。暗に、これからも美味い飯をよろしくね! という意図で渡したのだが、まあ喜んでいたので良しとしよう。

 

問題は清姫だったが、爺さんに頼んだら物だけ届けてくれるとの事だったのでお言葉に甘えて爺さんに頼んだ。お菓子詰め合わせを20袋程まとめて贈って、「カルデアの皆で食べて下さい」という手紙を添えた。

 

 

 

ホワイトデーとは何なのか。そんなもの、お菓子業界の陰謀だと断言出来る。バレンタインデー以上に宗教性のないイベントなのだし、実際始めたのが日本の某お菓子会社なのだからしょうがない。それがリアルだから。

でもまあ、お返しを渡した相手が喜ぶ様を見るとこちらも嬉しくなる、と言うことを今回学んだ。それだけでも、ホワイトデーという行事の意義はあるだろう。

...バレンタインデーにチョコを貰ってなかったら、まあ忌々しいだけのイベントだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、ホワイトデーの翌日。ペストが「身の危険をヒシヒシと感じる!」と俺の下へ駆け込んできた。ラッテンは俺が渡したものを有効に使用しているようだ。あの本の内容は知らないが、題名からして碌でもない方法が書いてあるのだろう。

...まあ、強く生きろよ、ペスト。

 

 

 

 



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プロローグ
転生するそうですよ?



初めまして!



 

 

 

「おお、そこな男よ、死んでしまうとは情けない」

「死んでない、死んでないから棺桶に詰めようとしないでお願いだから」

 

俺──坂元凌太(さかもと りょうた)は白髪の老人に絶賛詰められ中だ。

何故こうなってしまったのか?

それは少し前に遡る──とか回想に入る前にこの爺さんどかさないとマジで棺桶に詰められるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー悪かった悪かった。つい悪ノリが過ぎたな」

「ハァハァ...。マジで詰められるとこだった...。テメェ爺さん、笑ってんじゃねぇよ埋めるぞ」

 

ケラケラと笑う爺さんを睨みつけながら地面を指さす。

ちなみに、現在地は俺の家の近所の川原だ。

 

「えー、埋めるとかー、ヤダ私怖いんですけどー」

「自分の歳を考えろよジジイ。いや、アンタの年齢とか知らないけれども。その見た目でそんな発言するな気持ち悪い」

「お前、さっきからワシに対して辛辣過ぎない?ワシ、泣くよ?泣いちゃうよ?」

「うるさい黙れ。てか普通に考えて、いきなり目の前に現れて棺桶に詰めようとした奴に優しくするとでも思うか?いや思わない。さっさと帰れよ爺さん。俺も帰るから」

 

日が暮れて来たのもあり、俺は早く家に帰りたかったので爺さんに背を向けて帰路へ着こうとする。

しかし、爺さんが突然真剣な顔を作り俺を呼び止めた。

 

「いや、そういう訳にもいかんのだよ。坂元凌太」

「ッ!? ...おい爺さん、どこで俺の名前調べやがった?」

 

俺とこの爺さんは初対面だ。もちろん名前なんて教えていない。

俺は爺さんに向き直り構える。

 

「そう警戒するな、小僧。何もとって食おうとか、そんな訳じゃない。ただ、ちと勧誘に来ただけでな」

「勧誘...?」

 

ニッ、と笑う爺さんにより一層の警戒体勢を取る。

 

「勧誘って、なんの勧誘だよ。悪いが俺は部活とか何もしてないぜ?」

「いや、スポーツの勧誘では無い。内容は今は言えないがこれだけはこのワシが保証する──」

 

爺さんが少しタメを作り、目一杯のキメ顔でこう言った。

 

「絶対にお前さんにとって面白いことになるだろう」

「あ、間に合ってるんで。それじゃ」

 

即☆答。

こんな胡散臭い爺さんなんか信じられるかよ!

子供でも知っている。知らない人に連れていかれそうになったら全力で逃げる、と。

俺は小さい頃母親にそう教わった。だから逃げる。全力で!

 

「...え、あ、ちょ、ちょっと待てぇい!!」

 

全速力で逃げる俺を呆然と見ていた爺さんが、ふと我に返って俺を追いかけてきやがった。

てかあの爺さん足速えな!

俺は自分の運動神経が良いと自負している。実際、中学入った辺りから俺より運動出来る奴を、大人を含めて見たことが無い。

なのに、その俺の全速力についてくるとか何者だよあの爺さん...

あ、ちなみに今の俺の年齢は15。高1です。

 

「待てと言うに!この小僧が!」

「うおっ!」

 

色々と考えている間に爺さんに追いつかれて肩掴まれた!

痛い痛い痛い!握力強っ!

 

「痛えよ爺さん!放せ!いや放してくださいお願いします!」

「嫌ですぅ!だってお前逃げるじゃん!」

「いやだからキモいってその言い方たたたたた!!おい爺さん力を込めるな!肩がもげる!分かった!逃げない!逃げないから放して!マジで肩ヤバイ!!」

 

なんとか手を放して貰ったものの、まだ掴まれてたとこが痛い...。折れてないよな...?

 

「で?なんで逃げた?というか、ワシの誘いを断るとか何事だ?」

 

腕を組みながらそう聞いてくる爺さん。

正直今すぐにでも帰りたい、というか逃げたいのだが、そんなことをすれば俺の体がどうなってしまうのかが想像に難くないのでその選択肢を捨てる。まだ命は惜しいのだ。

 

「なんでって...。そりゃ、見知らん爺さんによく分からん勧誘をされたら逃げるわ。傍から見たらアンタ誘拐未遂犯だぞ?」

「うっ」

 

正論かどうかは知らないが、それっぽい言葉をぶつけられ爺さんが言葉に詰まる。

 

「というか、アンタは一体何者なんだよ」

 

俺はずっと気になっていたことを爺さんに聞く。

本当に何者なんだろうかこの爺さん(不審者)は。

 

「ん?ああ、まだ言うて無かったか。良し、その耳かっぽじってよく聞けよ小僧! ワシは──」

 

ゴクッ、と唾を飲む。

そんな俺を見下ろしながら、爺さんは高々と言葉を発した。

 

「神だ!」

「じゃあな爺さん。病院ならこの道真っ直ぐ行ったら右側に見えてくるから」

 

クルッ、と方向転換をしてこの場を離れようとする。

ヤベェ...ヤベェ奴だよこの爺さん!

しかし、またもや爺さんに肩を掴まれた。

痛い痛い痛い

 

「信じられん気持ちは分かる。分かるが帰ろうとするな。分かったか?」

「い、いえす...」

 

めっちゃ凄みの効いた顔...

普通に怖ぇ...

 

「ま、信じてもらえんことは想定内だ。ちゃんと手も打ってる」

「手?」

 

そう言って、爺さんが先ほどの棺桶を取り出した。

ちょっと待て、今それどっから出した!?

 

「では改めて...。ゴホン。おお、そこな男よ、死んでしまうとは情けない」

「死んでない、死んでないからそのデジャヴやめて本当に。ねぇってば、詰めようとしないでっ!」

 

出だしに戻った!

痛い痛い痛い!

無理矢理詰めようとしないでマジ痛い!

 

「良いではないか良いではないか〜!」

 

そんな巫山戯たことを言う爺さんに、俺は棺桶へと完全に詰められていく。怖い。いや普通に怖い。そう思いながら、俺の意識は闇に沈んでいくのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ん、...んん?」

「お、目が覚めたか?」

「ん、ああ。...どこだここ?」

 

気が付くと、俺は不思議な空間にいた。一面真っ白で、特に何も無い空間だ。

 

「神の領域、その中のワシの空間だ。ま、ワシの家みたいなもんだな」

「...は?」

 

いや、待て、待ってくれ。理解が追いつかない。

そ、そうだ!慌てた時は円周率を数えたらいいって誰かが言ってた!

よし、3,1415...。あっ、ここまでしか言えねぇや俺。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

爺さんが呆けている俺を覗き込んできたため、なんとか正気に戻る。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。なあに、高校にはπという便利な記号があるからな。円周率なんて言えなくていいんだ」

「ダメだこいつ早く何とかしないとッ...!」

 

 

 

 

 

 

あれからしばらく時間が経ち、俺はなんとか本当の正気に戻った。

爺さんに往復ビンタされるとか、人生初の体験だったぜ...

で、爺さんの長話が始まったのだが、まとめるとこうだ。

 

1.爺さんは神

 

2.暇だったので下界の様子を見てたら、やけに強い人間(俺)を見つけた

 

3.気になったのでしばらく見ていると、なんということでしょう。その人間(俺)は完全に人を超えた力を持っているじゃないですか

 

4.よくよく観察してみると、人間(俺)は自分(神)と同じ力を持っていた!

 

5.こらイカン! 早速会いに(遊びに)行かないと!

 

ってことで俺の所に来たらしい。

先ほど分かったが、あの棺桶はこの空間に人間である俺を連れてくるための道具だったらしい。「次元転送棺桶」という名前らしい。...知らねーよ、と思った。

 

「さて、ここまでで質問はあるか?」

 

一通り話し終えた爺さんが満足そうに俺に問うて来た。

 

「一つだけ。 結局爺さんは何がしたいんだ?」

 

挙手をして爺さんに聞く。

正直話の内容は半分くらいしか理解していないが、もう一度説明されるのも面倒なので聞かないことにした。

その代わり、爺さんの目的だけはしっかり聞くが。

 

「まあ、アレだ。お前を殺すんだよ。というかもう殺した。最初から言ってるだろ?『死んでしまうとは情けない』と」

「.........は?」

 

意味が分からない。何を言っているんだこのジジイは...

 

「お前が、というかお前の力が強すぎたからな。あのままお前が生き続けてたら、力が暴走して地球滅亡へ一直線だった」

「......じゃあ、何か?俺の持ってる力が有害だから殺した、と?」

「ま、そうなるな」

 

震えた声で聞く俺に、爺さんは軽い口調で答える。

 

なんだよそれ...。俺、もう死んでんのかよ...。本当になんなんだ......

「なんなんだよ!!」

「落ち着け小僧」

 

ドゴッ、という音と共に俺の視界がブレる。

殴り飛ばされたのだ。

 

「え?えっと......え?」

 

なんで俺は殴られた?

殴られた箇所を抑えながら困惑顔で爺さんの方を見る。

 

「落ち着ついたか? ならワシの話をよく聞け。いいか? 別にお前の人生が終わった訳じゃない。いや、正確には一度終わったんだが、このワシがお前に第二の人生をやる。殺したのはワシだし、ワシなりの償いのつもりだ。どうだ? この『勧誘』、受けるか?」

「.........もうどうにでもなれよ...」

 

俺の頭がついに考えることを拒否した――

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃ、転生させるかー。おい小僧、準備しろー」

「おい爺さん、なにヌルッと始めようとしてやがる。まだ聞きたいことがあるんだが?」

 

なにやら魔法陣みたいなものを書き出した爺さんに待ったをかける。

 

「聞きたいことー?ああ、転生特典とかか?それならお前の力をそのまま残しとくからそれで我慢しろ」

「いやそういうことじゃねえよ。ってか、俺の力?って残してちゃヤベェんじゃねえの?よく知らんけど」

「別に残してても大丈夫だろ。あくまでお前が制御し切れなくなったらヤバイのであって、制御しきれれば問題無い。その為に転生させるんだしな」

「え、それ俺を一回殺した意味あんの?」

「そりゃお前、転生っつったら死んでからするもんだろ?」

「いや知らんけれども」

「そういうものなんだよ、覚えとけ。っと、転生の準備出来たぞ。ほれ、その魔法陣の上に乗れ。転生を始める」

「ちょっと待て。あと一つ聞きたい」

「なんだ? もう転生は始まってんだから急げよ?」

 

うおっ、マジだ!

体が透けてる!ヤダ怖い!

 

「俺はどうやってこの力?を制御すればいいんだ!?」

 

まだよく分かってないけど、俺の力ってヤバイんだよな?

上手く制御出来る自信がねぇよ!

 

「その点については大丈夫だ。まず、お前にはいろいろな世界に行ってもらう。これから行く世界はあくまで拠点だ。そこでしっかりとした拠点作りを終えたら、心の中でワシを呼べ。きっと応えるから、たぶん。で、いろいろな世界に行って力を使いまくっとけば制御出来るハズだ、たぶん。」

「そんなフワフワした考えで大丈夫なのか!?スゲー不安なんだけど!」

「大丈夫大丈夫。神を信じろ。じゃ、よい旅を。グッドラック!」

 

その言葉を最後に、俺はその空間から消え去った――

 

 

 

 

 

 




ここまでお読み頂きありがとうございます!
感想や評価等を頂けたらいいなって...(チラッ


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問題児たちが異世界から来るそうですよ?
初めまして異世界...


オリ主の見た目はSAOのキリトみたいな感じです。
能力については今後判明させていきます。


 

 

 

一瞬、目の前が真っ暗になったと思ったら大空へ放り出された俺氏。状況?分かりませんが何か。

 

「なんでだぁぁぁぁ!!!!」

 

気づいたら上空4000Mに放り出されていた。

な、何を言っているのか分からないかもしれないが(ry

 

「わっ」

「きゃ!」

 

俺が狼狽えていると、近くに三人と一匹が新しく現れた。リアル瞬間移動を初めて目にした事に感動を覚え...られる訳がないだろこの状況で。

 

「ど.........何処だここ!?」

 

誰かのそんな声が聞こえたが答えられない。

だって俺も知らねぇし、むしろ俺が聞きたいくらいだわ。

いやまあ、完全無欠な異世界であることは確かだけれども?

 

「ギニャアアァァァ!!」

 

あ、猫が超叫んでる。

猫は高い所から落ちるの慣れてるかと思ったけど、やっぱこの高さは無理か。最早高いとかそういう次元じゃないもんな。風圧半端ない。

というかこれはヤバイ。何がヤバいって全てがヤバイ。元から無い語彙力が更に無くなるくらいにはヤバイ。一周回って落ち着くくら(ry

てかこれ転生後即死コースだって、いやマジで。

とか言ってる間にもう地上近いし死も近いし。

唯一救いなのは落下地点が水面なことか?いや、この高さなら水面だろうが地面だろうが関係ないな。どっちにしろ数瞬先はトマトだわ。

もう、覚悟を決めた方がいいかもしれない。

 

俺は重力に身を任せた。 諦めたとも言う。

すると、ポチャン、という予想外に穏やかな音を立てて着水。

なんか落ちる寸前くらいに膜っぽいのがあったな...。流石異世界、予想を超えてきやがるぜ...。とりあえず転生後即死コースは間逃れたらしい。

あ、ほかの奴ら大丈夫かな?

 

とりあえず近くで溺れていた三毛猫を抱き抱えて一足先に陸へ上がる。すると、ほとんど間もなくほかの三人も上陸してきた。目立った怪我はみんな無いようだ。

 

と、そんなふうに3人を観察していると、短髪の少女が俺の方に歩いて来た。

マズイ、ジロジロ見すぎたかな...?イジメとセクハラはやられた相手がそう思ったら冤罪だろうがなんだろうがやった方が悪いらしい。ひどい話だ。

 

「三毛猫を助けてくれてありがとう」

 

少々身構えていた俺だったが、少女は怒った様子も見せず、俺の抱いていた三毛猫を持っていった。俺の心配が杞憂であって何よりだ。

内心ホッと胸を撫で下ろし、他の2人の方へと視線を移す。

 

「し、信じられないわ!まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

どっちも即ゲームオーバーだよ、と思った俺は間違っていないはず。石の中とか窒息死不可避だろ。

 

「.........いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

「俺は問題ない」

「そう。身勝手ね」

 

二人の男女はフン、と互いに鼻を鳴らして服の端を絞る。先ほど話しかけてきた短髪の少女も服を絞っていた。

というか、女子二人はなかなかに格好がエロいな。服透けてんじゃん。ごちそうさまです。

 

「ここ...何処だろう?」

「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えてたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」

 

短髪少女の呟きに金髪の少年が答える。

何にせよ、俺らの知らない世界であることは確定しているな。爺さんの言う事を信じる信じないとかじゃなく、これが異世界でなかったらなんだというのか。逆に怖いわ。

どうしてこうなった、と軽く頭を抱えていると、金髪少年が髪を乱雑に掻きあげながら口を開く。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

ふむ、手紙とな。...はて?

 

「そうだけど、まずは“オマエ”って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱き抱えてる貴女は?」

 

どうやらこっちの黒髪少女──久遠さんも貰っているらしい。俺知らないんですけど、大丈夫ですかね?

 

「......春日部耀。以下同文」

 

フォウ。短髪少女改め春日部さんも貰ってるっぽいぞ?

俺だけか?俺だけなのか、貰ってないのは。なんだそれ仲間外れ?異世界に来て早々に?...やだ泣ける。

ま、まあこちとら神様転生ですからね。

一回死んでるからね。みんなとは文字通りスタートラインが違うのですよ。...言ってて悲しくなってきた。

 

「そう。よろしく春日部さん。次に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃ったダメ人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

「そう。取扱説明書をくれたら考えてるあげるわ、十六夜君」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

見えない火花を散らす2人を若干引きながら、そして遠巻きに見る。いや、アレに巻き込まれたくはないし。

 

「では最後に、そこの黒髪の貴方は?」

 

そんな事をしていたら俺の番がきた。

あんな自己紹介の後ってのはやりづらいことこの上ない。もう少し順番とか考えて欲しかった。

 

「俺は坂元凌太だ。よろしく。あ、あと俺はその手紙を貰ってないんだが...。仲間ハズレはやーよ?」

「なんだお前、あの手紙貰ってないのか?じゃあ、どうやってここに来た?」

 

金髪少年改め十六夜が俺に聞いてきた。春日部さんと久遠さんも俺を訝しげに見ているし...。俺が一番分かってねえよ、と逆ギレしそうになる。

どうしたものか。いや、普通にありのままを言えばいいのか?

 

「どうって...、死んで?」

「「「は?」」」

 

三人の声が重なった。

デスヨネー。想像はしてました。なぜなら俺が一番状況を理解できていないから。

 

「安心しろ、三人共。俺自身、自分が何を言っているのか、そしてなんでここに居るのかさっぱり分かっていないから」

「...いえ、それはそれで問題ではないかしら?」

「ま、細かい事はそこに隠れている奴に聞くのが早えんじゃねえか?」

 

十六夜が草陰の方を見ながら笑みを浮かべる。その笑顔を簡単に表現するならあれだ。「ショーウィンドウに飾ってあるオモチャを見る少年」だ。

てか、やっぱ気のせいじゃなかったのか、あの青いやつ。さっきから気になってたんだよね。

 

「なんだ、貴方も気付いてたの?」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの二人も気付いていたんだろ?」

「風上に立たれたら嫌でも分かる」

「いや普通に青いの見えてるし」

 

三人は理不尽な招集を受けた腹いせか、殺気の籠った冷ややかな視線を隠れている何者かに向ける。

俺は特に殺気とか込めてない、というか殺気なんてものをそう簡単に出せるってお前ら何者なの?

そんな極めて凡庸な疑問を抱いていると、3人の殺気に耐えられなくなったのか、草陰から人が出てきた。

いや、あれ人か?ウサ耳生えてんだけど...。妖怪?

 

「や、やだなあ御四名様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「いやいや御三人、話くらい聞こうよ。てかこっちから話しかけようとしてなかったっけ?俺の気のせい?」

「「「気のせいだ(ね)(だよ)」」」

「...お前ら実は仲良いだろ」

「あっは、黒髪の方以外取りつくシマがないですね♪」

 

バンザーイ、と降参のポーズを取る黒ウサギ。

しかし、その目は俺たちをジロジロと見ている。値踏みでもしているのだろうか?何故に?

すると、春日部さんが不思議そうに黒ウサギの横に立ち、そのウサ耳を根っこから鷲掴み──

 

「えい」

「フギャ!」

 

力一杯、それはもう力一杯引っ張った。

あの勢いはもげるんとちゃうかな?

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きにかかるとは、どういう了見ですか!?」

「好奇心の為せる技」

「自由にも程があります!?」

「へえ?このウサ耳って本物なのか?」

 

今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。

 

「.........。じゃあ私も」

「ちょ、ちょっと待―――!」

 

今度は久遠さんが左から。

左右に力一杯引っ張られた黒ウサギは、言葉にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊した。

 

余談だが、俺も後から堪能させて貰った。うん、超気持ちよかったよ。

 

 

 

 

 




テスト?ナニソレオイシイノ?

...感想や評価等、お待ちしてます!


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白蛇さまに挑もうかと思ったら...

 

 

「──あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

「いいからさっさと進めろ」

「理不尽極まりないな、お前」

「それが俺だ」

 

お前どこのジャイ〇ン。堂々と言うことではないぞ、それは。

 

「それではいいですか、御四名様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言い」

 

長かったのでテキトーに聞き流しました。

 

まとめると、ここは箱庭という場所で、“ギフト”と呼ばれる神様的な奴らから与えられたものを俺達は持っており、尚且つ人類最高峰のギフト保持者で、それらを使って“ギフトゲーム”なるものを行うそうだ。

なんか他にもいろいろ言ってた気がするけど長かったので忘れた。忘れるって事はそこまで重要な事ではなかったのだろう。とりあえずギフトゲームさえ覚えておけばどうとでもなるまである。

 

説明が終わった後、十六夜の質問に黒ウサギが、

 

「──Yes。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 

と答えたところで質問タイムは幕を下ろした。別に構わないんだけど、俺に質問する時間は与えられなかったんですよね。いや、仮に時間があっても肝心の質問がないんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで説明も終えて箱庭へと向かっている途中、十六夜が俺に話しかけてきた。

 

「なあ凌太。今からちょっと世界の果てってやつを見に行ってみないか?」

「世界の果て?なにそれ超見てみたい。すぐ行こうぜ」

「ヤハハ!お前ならそう言うと思ったぜ!」

 

行くならば皆に一言伝えなければと思い、前を歩いていた久遠さんに黒ウサギへの伝言を頼んでから十六夜と共に世界の果てへと駆け出した。

 

今回分かった事。十六夜さんマジ足速え。動物か何かか?

 

 

 

 

しばらく走っていると、前方に大きな滝が見えてきた。

十六夜はその近くで立ち止まり、後ろを走っていた俺の方を向く。

 

「へえ、結構飛ばしていたんだが普通に着いてくるのか。いい脚してるな、お前」

「い、いや、お前...さ。これ...の...ど...こが...普通に...見えん...の?いくら...なん...でも...速すぎ...だろ...」

 

息も絶え絶え、という状況を正確に体現しながら返事をする。

一方の十六夜は汗もかかずに涼しい顔でこちらを見ていた。こやつ、本当に人間か?

ヤハハ!と笑う十六夜にそんな疑念を抱いていると、背後の滝壺から巨大な白蛇が出て来た。

 

『ふむ、人間がここに来るとは珍しいな。して、貴様らが我に挑むのは知恵か?それとも勇気か?好きな試練を選ぶがよい』

 

......いや、いやいやいやいや、なんなんですかこの大蛇。

喋りましたよ?普通に話しかけてきましたよ?

というか普通にデカイ。何mあるんだよ、一周回ってアホか。

 

「十六夜、ヤベエやつだぞこれ」

「ああ、ヤベエ奴だな、こいつは。何上から目線で物を言ってやがる。試練を選べ?ハッ!そんじゃまずはテメェが俺を試せるのかどうか試してやるぜ!」

 

んー、何言ってんだこのモンスター。

なんかもうどうにでもなれよ。

 

「十六夜さん!凌太さん!」

 

十六夜が白蛇の鼻っ柱を殴り飛ばした辺りで焦った様子の黒ウサギが到着した。

...ん?黒ウサギ?黒ウサギって髪は水色っぽく無かったっけ?なんか赤いんですけど。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?」

「“世界の果て”まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」

「そうだぞ黒ウサギ。このモンスターには何を言っても無駄だと俺は理解した」

「いえ、そういうワケにも...。というか凌太さんも同罪ですからね!?」

「失礼な、俺は普通の人間だ」

「ヤハハ!俺の脚に着いてこれた時点で普通ではないから安心しろよ、凌太」

「なん...だと...?」

 

俺は普通じゃないというのか?

...いや、よく考えたら転生してる時点で普通じゃないわ。なんかヤバイギフト持ってるっぽいし。でも、それでも俺は声を大にして言いたい。十六夜よりは全然人間をしている、と。

 

「ま、まあそれはともかく!御二人が無事で良かった

デス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

「水神?ああ、アレのことか?」

「少し遅かったな黒ウサギ。このモンスターはその水神とやらに既に手を出したぞ?」

「え?」

 

俺と十六夜が指を指した方を見る黒ウサギ。

 

『まだ......まだ試練は終わっていないぞ、小僧共ォ!』

 

すっごくお怒りの水神さまがそこにいた。

是非もないね。だって問答無用で殴り飛ばされたのだもの。

 

「蛇神...!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか!?」

「蛇神来て 試練挑まれ 殴ったよ」

「何故に五・七・五!?」

『貴様、付け上がるなよ人間!我がこの程度で倒れるか!!』

 

蛇神サマがそう言うと蛇神サマの周りにいくつもの水柱をが出現した。

 

「っ!御二人共、下がって!」

 

黒ウサギが庇おうとしてくれたが、十六夜は鋭い眼光でそれを阻む。

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。一緒にいた凌太はともかく、手を出すんならお前から潰すぞ」

 

...本気の殺気って、俺初めて見たよ。先程の湖での殺気は本気じゃなかったんだな。

怖いなぁ、殺気。黒ウサギも殺気に当てられたのか、息詰まらせている。...いや、蛇神に喧嘩売ってた事に対して戦慄してるだけかな?

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』

「寝言は寝ていえ。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

まあ、どう考えても十六夜が勝者だよな。

だって、あの蛇神サマ、十六夜に対抗出来ないでしょうよ。さっき正面から殴り飛ばされたし。

 

『フン、その戯言が貴様の最期だ!』

 

蛇神サマの雄叫びに応えるように川の水が巻き上がる。竜巻のように渦巻いた水柱は蛇神サマの背丈より遥かに高く舞い上がり、何百tもの水を吸い上げる。

竜巻く水柱は計四本。それぞれが生き物のように唸っている。

 

「十六夜さん!」

 

黒ウサギが叫ぶがもう遅い。

竜巻く水柱は川辺を抉り、木々をねじ切り、十六夜と俺の体を呑み込もうとする──。

え?こっちにも一本来てる?え?

ストップ!ストッププリィズ!?

 

「ハッ、しゃらくせぇ!」

「コンチクショウがぁぁ!!」

 

突如発生した、嵐を超える暴力の渦。

十六夜は竜巻く激流の中、ただの腕の一振りで嵐を薙ぎ払った。

俺は無我夢中で精一杯殴りつけたら水柱が爆散した。

...助かったけど、これってあのモンスター(十六夜)と完全に同類ってことですかね?それはなんだか、複雑だなぁ...。

 

「嘘!?」

『馬鹿な!?』

 

驚愕を含んだ二つの声。

俺が一番驚いてるわど阿呆。なんだ、拳一つで水柱爆散て。しでかした俺が一番訳が分からない。

 

「ま、なかなかだったぜ、お前」

 

大地を踏み抜く様な爆音が響き、十六夜が蛇神サマの眼前まで跳躍し蹴りを打ち込む。

蛇神サマぶっ飛びアゲイン。

水面に倒れ込んだため水が周りの森に浸水していく。

召喚時同様に全身が濡れた...。

 

「くそ、今日は良く濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだろうな黒ウサギ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どうした黒ウサギ。ボーッとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」

「え、きゃあ!」

 

十六夜が何やら考え事をしていたらしい黒ウサギの背後に移動し、脇下や股の辺りに手を伸ばしていた。

 

「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるつもりですか!?」

「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」

「お馬鹿!?いいえお馬鹿!!!」

 

疑問形から確定形に変わっとるがな。

いやしかし二百年守ってきた黒ウサギの貞操か...。

 

「十六夜よ、どちらが先に奪っても恨みっこ無しだぞ?」

「おうよ、当たり前だろ?」

「こんのお馬鹿様方っ!!」

 

スパーン!と軽快な音と共に俺と十六夜の頭にハリセンが落とされた。全く、ボケがいのあるツッコミをしてくれるぜ。

にしてもあのハリセン、今どこから出したんだろ?

 

 

 

その後、黒ウサギが蛇神サマから水樹なるものを頂いて大変喜んでいたが、その様子を十六夜は不機嫌そうに睨みつけている。

 

「どうした十六夜?」

「いや、別に。ただ黒ウサギが何か決定的な事を隠してそうでな」

 

フン、と鼻を鳴らしながら呟く十六夜。

すると黒ウサギがこちらに帰ってきた様なので、単刀直入に聞いてみることにした。

 

「なあ黒ウサギ。お前、俺達になんか隠し事してんの?」

「......何のことです?箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームの事も」

 

一気に硬い表情を作り俺の問いに応答する黒ウサギ。

あ、これ完全に隠し事してらっしゃるわ。

顔に出し過ぎだろ、と思っていたら十六夜が更に不機嫌そうに問いただした。

 

「違うな。俺が聞いてるのはお前達の事──いや、核心的な聞き方をするぜ。黒ウサギ達はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」

 

十六夜の指摘にあからさまな動揺を見せる黒ウサギ。もう少しポーカーフェイスというものをした方がいいと思う。

 

「それは...言った通りです。十六夜さん達にオモシロオカシク過ごしてもらおうと」

「ああ、そうだな。俺も最初は純粋な好意か、もしくは与り知らない誰かの遊び心で呼び出されたんだと思ってた。俺は大絶賛“暇”の大安売りをしていた訳だし、他の奴らも異論は無いようだったってことは箱庭に来るだけの理由があったんだろうよ。凌太は違うみたいだがな。だからお前の事情なんて特に気にならなかったんだが、なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」

 

更に動揺を隠せなくなってきた黒ウサギに、十六夜が追い打ちをかけて問いただす。

 

「これは俺の予想なんだが、黒ウサギのコミュニティは弱小か、もしくは衰退したチーム何じゃないか?だから俺達は組織を強化するために呼び出された。どうよ、百点満点だろ?」

「っ!」

「ホラ、包み隠さず全部話せ」

「......」

 

完全に沈黙する黒ウサギ。

いろいろ考えているのだろうが、この場面で黙り込むのは悪手だと思う。あと俺の空気感がすごい。

 

「ま、話さないなら別にそれでもいいぜ?俺達は他のコミュニティに行くだけだしな」

「...話せば、協力してくれますか?」

「ああ、面白ければな」

 

ケラケラと笑う十六夜だが、その目には一切の軽薄さは見られない。

やがて覚悟を決めたのか、黒ウサギが口を開く。俺の空気感が凄い。

 

「分かりました。それでは黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク話させていただこうじゃな気ですか」

 

コホン、と咳払い。もうやけっぱちっぽいな。あと俺の空気感が(ry。

 

「まず、私達のコミュニティには名乗るべき“名”がありません。よって呼ばれる時は名前のないその他大勢、“ノーネーム”という蔑称で称されます」

「へえ、その他大勢扱いかよ。それで?」

「次に私達にはコミュニティの誇りである旗印もありません。この旗印というのはコミュニティのテリトリーを示す大事な役割も担っています」

「ふーん。それで?」

「“名”と“旗印”に続いてトドメに、中核を成す仲間は一人も残っていません。もっとぶっちゃけてしまえば、ゲームに参加出来るだけのギフトを持っているのは百二十二人中、黒ウサギとジン坊ちゃんだけで、後は十歳以下の子供達ばかりなのですヨ!」

 

うわぁ、それは...

 

「もう崖っぷちだな!」

「ホントですねー♪」

 

あ、黒ウサギが膝から崩れ落ちた。

言葉にしてみて改めて自分のコミュニティのヤバさを再確認でもしたかな?あと俺の(ry。

 

「で、どうしてそうなったんだ?」

 

十六夜の質問を受け、黒ウサギの顔が沈鬱になって行く。

 

「全て奪われたのです。箱庭を襲う最大の天災──“魔王”によって」

 

魔王──その単語を聞いた途端、適当に相槌を打っていた十六夜が初めて声を上げた。

その瞳はさながらショーウィンドウに飾られる新しい玩具を見た子供の様だったと、黒ウサギと俺は後に語る。本日2度目。

 

「魔王!なんだよそれ、魔王って超カッコイイじゃねぇか!箱庭には魔王なんて素敵ネーミングで呼ばれる奴がいるのか!?」

「え、ええまあ。けど十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があるかと...」

「そうなのか?けど魔王なんて名乗るんだから強大で凶悪で、全力で叩き潰しても誰からも咎められることの無いような素敵に不敵にゲスい奴なんだろ?」

 

偏見もここまでくると清々しい。

魔王にだっていい奴の一人や二人いるのではなかろうか。いや知らないけど。

 

「ま、まあ確かに、倒したら他方から感謝される可能性はございます。倒せば条件次第で隷属させることも可能ですし。

ですが、魔王には“主催者権限”というものがあります。私達のコミュニティは“主催者権限”を持つ魔王のゲームに強制参加させられ、コミュニティはコミュニティとして活動していく為に必要な全てを奪われてしまいました」

「ふうん。それは新しく作ったら駄目なのか?」

「そ、それは...可能です。ですが!改名はコミュニティの解散を意味します。それでは駄目なのです!私達は何よりも、仲間が帰ってくる場所を守りたいのですから...!」

 

仲間の帰ってくる場所を守りたい、ね。

いいね、そういう厨二っぽいのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。

ただ気になる点がいくつかあるが...、まあ今はいいか。

 

「茨の道ではあります。けど私達は仲間の帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し......いつの日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。そのためには十六夜さん達の様な強大な力を持つプレイヤーを頼る他ありません!どうかその力、我々のコミュニティに貸していただけないでしょうか......!」

「ふぅん。魔王から誇りと仲間をねえ」

 

十六夜が足をだるそうに組み替えながら約三分。

ニッ、と口を釣り上げながら、

 

「いいな、それ」

「―――......は?」

「HA?じゃねえよ黒ウサギ。協力するって言ったんだ。もっと喜べ」

 

黒ウサギは信じられなかったのか、もう二度三度聞き直す。

 

「え、あ、あれれ?今のってそういう流れでございました?」

「そんな流れだったぜ。それとも俺が要らねえのか?失礼な事言うと余所行くぞ」

「だ、駄目です!絶対に駄目です!十六夜さんは私達に必要です!」

「素直でよろしい。空気な凌太はどうする?」

「おい、結構気にしてたんだからな空気なこと。それになんだ?十六夜“は”って。まるで俺は必要無いみたいに言いやがって。確かに俺は十六夜程強くは無いが、傷つくモンは傷つくんだぞ」

 

ここぞとばかりに喋っていくスタイル。だってそうしないと本気で存在を忘れられそうだし。

すると十六夜はヤハハと笑い、黒ウサギはペコペコ頭を下げる。

 

「い、いえ!決して必要無い訳ではございません!必要です!バリバリ必要ですとも!」

「そうかそうか、ありがとう。社交辞令のようなものだと分かってても嬉しいぜ?だが、俺がコミュニティに入るかどうかはまた後でな」

「は?どういうことだよ」

 

十六夜が俺を見てくる。

やだー、コワーイ。

...巫山戯てる場合じゃないかな。黒ウサギなんて泣きそうだし。

 

「いや、いくつか気になる事があってさ。一つは俺が箱庭に来たことも関係してるんだけど...。まあ、どう転んでも黒ウサギ達のコミュニティの為になる様にはするから安心しとけ。それより早く“世界の果て”を見に行こうぜ。話は久遠さん達もいる時にするから」

 

俺が箱庭に来た理由、と聞いて黙る二人。

そりゃそうだ。だって、俺は招待状を貰った訳では無いのだから。

何故箱庭に来たのか謎に思うだろう。

実際は俺にも謎な訳だが...。爺さんの言うことに従うなら、俺はここに拠点を築かなくてはならない(たぶん)。

そこんとこも色々考慮して行動していこうと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

あ、“世界の果て”はもの凄く絶景でした。名に恥じないっていうのはああいうのを言うんだろうなあ。

 

 



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白夜叉というバグ

白夜叉って、どんな手段使えば勝てるんですかね?
仏門に帰依してるとかなんとかで星霊の力を封印してるらしいですけど、それでも勝てるとは到底思えない...


 

 

 

「な、なんであの短時間に“フォレス・ガロ”に喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「準備をしている時間もお金もありません!」「一体どういう心算があってのことです!」

「聞いているのですか三人とも!!」

 

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

 

 

「黙らっしゃい!!!」

 

今あの三人ぴったりハモってたんだけど打ち合わせとかしてたのか?

黒ウサギがプリプリと怒っているのをニヤニヤしながら見ていた十六夜が止めに入る。

 

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売った訳じゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思ってらっしゃるかも知れませんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この“契約書類”を見てください」

 

そう言って黒ウサギが差し出した“契約書類”を十六夜と共に覗き込む。

ふむ。「参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の方の下で裁かれた後、コミュニティを解散する」か。

確かに勝った時の“ノーネーム”へのメリットが無いな。

十六夜も読み終えて感想を口にする。

 

「まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

「でも時間さえかければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は...その、」

 

黒ウサギが言い淀む。

まあ確かに、その“フォレス・ガロ”って奴らは外道だな。特にリーダーは飛び切りの下衆なのだろう。お世辞にも余り良い印象は抱けない。

 

「僕もガルドを逃がしたくないと思ってる。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 

ジン坊ちゃん、と呼ばれた子供も久遠さん達に同調する姿勢を見せている。

......しかし、アレが“ノーネーム”のリーダーか。

などと俺がジン坊ちゃんに対して思考していると、黒ウサギが諦めたように頷いた。

 

「はあ、仕方ない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。それに“フォレス・ガロ”程度なら十六夜さんか凌太さんのどちらかがいれば楽勝でしょう」

 

ちょっと待て。今こいつなんて言った?

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「同じく」

「当たり前よ。貴方達なんて参加させないわ」

 

フン、と鼻を鳴らす十六夜と久遠さん。

 

「だ、駄目ですよ!三人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

十六夜が真剣な顔で黒ウサギを制す。

 

「いいか?この喧嘩はコイツらが売ってヤツらが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら、分かってるじゃない」

「俺に至ってはまだ“ノーネーム”に加入してないしな。そもそもの参加資格が無い」

 

俺の発言に久遠さんが若干不機嫌そうな顔で反応した。

 

「あら、貴方“ノーネーム”に入らない気なの?権力やお金が無いから気が引けた?だとしたらさっさと私達の前から消えてもらえるかしら?」

 

訂正。不機嫌そう、では無く大変怒ってらっしゃいます。

 

「落ち着こうぜ久遠さん。まだ、って言ったでしょ?まだ、って。“ノーネーム”へ加入するかどうかはこれから決める。俺にも事情があるからね。みんなみたいに『招待状』を貰った訳じゃ無いし、いろいろとやる事もあるし。まあ“ノーネーム”の不利益になるようにはしない、これだけは約束するよ」

「あらそう。そう言えば貴方、自分がどうやってこの箱庭に来たのかも分からないんだったわね」

 

俺の言い分に一応は納得してくれたのか、久遠さんが引き下がる。

 

「.........ああもう、好きにしてください」

 

いろいろな事に疲れきった黒ウサギが肩を落としていた。

俺が言えた事じゃないかもしれんが、頑張れ黒ウサギ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、明日のゲームの為にギフト鑑定なるものをしに“サウザンドアイズ”というコミュニティの支店に向かった。

俺も一応同行していいらしい。久遠さんの視線が痛いが、自分の“恩恵”というやつを把握しておきたいので我慢して着いて行く。

道中、立体交差並行世界論とかいうのが話題にあがったが意味が分からなかった。

自慢じゃないが俺は頭が悪い。前の世界(生前と言うべきか?)での俺のあだ名の一つに「赤点保持者(レッドホルダー)」というものがあるくらいには頭が悪い。よく高校通ったな、とはいつも思っている。

 

しばらく歩くと前方に目的地らしい店舗が見えてきた。

その店舗の旗には蒼い生地に互いが向き合っている二人の女神が記されていた。おそらく、あれが“サウザンドアイズ”の旗印なのだろう。

日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップを、

 

「まっ」

「待った無しですお客様」

 

かけさせてもらえなかった。

黒ウサギが悔しそうに店員さんを睨んでいる。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

「ま、全くです!閉店五分前に客を締め出すなんて!」

「いやいや黒ウサギ。これは俺らが悪いわ。閉店直前に押し入ろうとするとか、俺が店員でも追い返そうとするわ」

 

さすがにこちらに非があると思ったので、とりあえず黒ウサギ達を制する。

相手からみたら迷惑な客以外の何者でもないし。

 

「そちらの方の言う通りです。文句があるなら他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます」

「出禁!?これだけで出禁とかお客様舐めすぎでございますよ!?」

 

チラっ、と俺の方を見てくる店員さん。

たぶんさっきみたいに援護射撃が欲しいんだろうなー。

 

「ま、まあ落ち着け黒ウサギ。要は明日のゲーム前に来ればいいんだろう?だったら明日の朝イチで来ればいいじゃないか。な?」

「それでも出禁はやりすぎでございます!」

 

なおもキャーキャー喚く黒ウサギ。

だ、駄目です店員さん。俺には無理でした。

店員さんにアイコンタクトを送る。これが意外と通じるのだから凄い。いや本当に。

 

「なるほど。“箱庭の貴族”であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますのでコミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「...うっ」

 

一転して黒ウサギが言葉に詰まる。

しかし十六夜が何の躊躇いもなく名乗った。

 

「俺達は“ノーネーム”ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの“ノーネーム”様でしょう?よかったら旗印を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

皆が黙り込む。

黒ウサギが言ってたな。名前と旗印がないコミュニティのリスクがまさにこの状況ってわけだ。

商売をする側は客を選ぶ。信用出来ない奴らを扱うようなリスクは冒さない、ってことか。

 

「その......あの......私達に、旗はありま」

「いぃぃぃぃやぁほおぉぉぉぉ!久しぶりだな黒ウサギイィィィィ!」

 

黒ウサギが悔しそうに呟いたその時、店内から爆走して来た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、少女と共に街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んでいった。

 

「きゃあーー......!」

 

遠くなる悲鳴と、ポチャン、という着水音。

俺達は目を丸くし、店員さんは頭を抱えていた。

 

「......おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺にも別バージョンで是非」

「ありません」

「なんなら有料でも」

「やりません」

 

割とマジな二人を横目に見つつ、黒ウサギ達が吹き飛んでいった方に目を向ける。

そこには黒ウサギの豊満な双丘に顔を埋める少女の姿が。

名も知らない少女よ、そこ変わって欲しい。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴方様がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておろう!フフ、フホホフホホ!やっぱり黒ウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

「ちょ、し、白夜叉様離れて下さい!」

 

黒ウサギは白夜叉と呼ばれた少女の頭を掴んで店に向かって投げつける。

くるくると縦回転で飛んできた少女を、十六夜は足で受け止めた。

お前に優しさはないのか。

 

「てい」

「ゴハァ!お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしくな和装ロリ」

 

ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。

一連の流れの中で呆気に取られていた久遠さんが、思い出したように白夜叉に話しかけた。

 

「貴女はこの店の人?」

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

何処までも冷静な声で店員さんが釘を刺す。

すると濡れた服を絞りながら水路から上がってきた黒ウサギが呟いた。

 

「うぅ...まさか私まで濡れる事になるなんて」

「因果応報、かな」

「にゃーにゃー」

 

春日部さんの言葉に同意するかのように鳴く三毛猫。

そういや春日部さんは動物と会話できるギフトを持ってるんだっけか。今の三毛猫の言葉も分かってるんだよなー。ウラヤマ。

と、そんな俺達を見て白夜叉がニヤリと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。予定より一人多いみたいだがそこはよい。それより異世界の人間が私の元に来たということは......遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません!」

 

ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

何処まで本気か分からない白夜叉は笑って店に招く。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない“ノーネーム”。規定では」

「“ノーネーム”だと分かっていながら名を尋ねる、性悪店員の詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

白夜叉の言葉にムッとした表情を見せる店員さん。

そりゃそうだわな。店員さんは規定を守っただけっぽいし。

十六夜達四人と一匹は店員さんに睨まれながら暖簾をくぐる。

 

「すいません。なんか俺らのせいで...」

「いいえ、大丈夫です。それに貴方は止めるように進言して下さいましたし」

「あはは。まあ止まりませんでしたけどね。ありがとうございます」

 

一応店員さんに謝罪をしてから入店すると、店の外見からは考えられない不自然な広さの中庭に出た。

もうちょっとやそっとじゃ驚かんぞ。

どうせアレだろ?魔法かなんかで空間拡張かなんかしてるんだろう?

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

そう言って白夜叉は奥の個室と言うにはやや広い和室まで俺達を案内し、上座に腰掛ける。

 

「さて、もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

この子自分で美少女って言い切ったぞ。

いやまあ確かに整った顔してるけども。

 

「その外門、って何?」

 

春日部さんの問いに黒ウサギが答える。

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

出された箱庭図を見た俺達は口を揃えて、

 

「...超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかと言えばバームクーヘンだ」

「俺もバームクーヘンに一票」

 

うん、と頷き合う四人。

久遠さんの視線が和らいできているからすごしやすいぜ。

 

「ふふ、上手いこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分にあたるな。外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ。その水樹の持ち主などな」

 

白夜叉は薄く笑って水樹に目を向ける。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵か?勇気か?」

「いえいえ。この水樹は十六夜さんと凌太さんがここに来る前に蛇神様を素手で倒して手に入れたのですよ」

「いや、俺は水柱爆散させただけだから。実質十六夜一人で倒したよな」

「なんと!?クリアでは無く直接的に倒したと!?ではその童は神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」

「む、それもそうか」

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いなのですか?」

「知り合いもなにも、ヤツに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。

しかし、それを聞いた十六夜は物騒な光を目に灯して問う。

 

「へえ?じゃあお前はあのヘビより強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者”だぞ。東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者のいない、最強の主催者なのだからの」

 

最強、というワードに問題児達は一斉に瞳を輝かせた。

お前ら戦闘民族か何かなの?怒ったら金髪になっちゃう某野菜人なの?もしかして十六夜って既に至っててその状態を保ったままなの?だったらあの強さも納得ですよ。

 

「そう...ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるの」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

三人の闘争心丸出しの視線を受け、白夜叉が呵々と笑う。

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にゲームで挑むと?」

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

慌てる黒ウサギを白夜叉が右手で制する。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には飢えている。して、そこのおぬしはどうする?おんしも私に挑むのか?」

 

くくっ、と笑いを堪えながら俺に問うてくる白夜叉。

正直、この幼女からは嫌な予感しかしない。

止めとけ、と俺の直感が告げている。気がした。

だが、ただ逃げるのはイヤだ。

 

「そうだな、白夜叉の試練に“挑戦”させてもらいたい」

 

命や俺のギフトをかけた勝負は挑まない。

その代わり、試練には“挑戦”させてもらう。

 

「ふふ、そうか。相分かった。おんしの“挑戦”に応えよう。そして他の三人よ、おんしらにもゲームの前に一つ確認しておきたい事がある」

「なんだ?」

 

白夜叉は着物の裾から“サウザンドアイズ”の旗印が刻まれたカードを取り出し、

 

「おんしらが望むのは黒髪の小僧と同じ“挑戦”か?

―――それとも“決闘”か?」

 

刹那、俺達は白い雪原と凍る湖畔、そして水平に太陽が廻る世界に投げ出された。

 

「...なっ!?」

 

誰かが驚嘆の声を上げた。

文字通り、世界が変わった。

 

「今一度名乗り直し問おう。私は“白き夜の魔王”。太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは試練への“挑戦”か?それとも対等な“決闘”か?」

 

魔王。これが魔王か!

俺、人の事言えねえな。挑戦とはいえ、この強者に挑むことにワクワクしている!

思えば蛇神様と出会った時もそうだった。

あの時は驚愕の気持ちが大きかった事もあり気づかなかったが、心の何処かではワクワクしていたような気がしないでもない。

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

「ああ。これだけのものを見せられたんだ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

「く、くく......して、他の二人も同じか?」

「...ええ。私も、試されてあげていいわ」

「右に同じ」

 

なんだ、結局みんな挑戦か。

ん?そういや俺ってコミュニティに属してないのにゲームに参加出来んのか?

いや、さっき十六夜はまだ“ノーネーム”に入ってなかったのに蛇神様とゲームしてたし、大丈夫か?

そんなことを考えていると、遠くからグリフォンが飛んできた。

...うん、大丈夫、ボクオドロカナイヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ゲームは恙無く行われ、そして終了した。

今回は戦闘系じゃなく、しかも春日部さんが一人でクリアしたので完全に不燃だ。

試練が終わった後、白夜叉が春日部さんのギフトに興味を示し、そこで系統樹がどうとか言っていたがよく分からなかった。

で、肝心のギフト鑑定はと言うと、どうやら白夜叉の専門外なことらしい。

 

「ふむ。四人とも素養が高いのは分かる。しかしこれでは何とも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度把握している?」

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「知らない」

「うおおおい?いやまあ仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

んな事言われてもなあ。

知らんもんは知らん。

 

「ふむ。何にせよ“主催者”として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには“恩恵”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

白夜叉がパンパンと柏手を打つと、俺達四人の前に光り輝く四枚のカードが現れる。

カードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトを表すネームが記されていた。

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明”

 

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

 

パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム“生命の目録” “ノーフォーマー”

 

バイオレットのカードに坂元凌太・ギフトネーム“順応” “???” “転生者”

 

それぞれの名とギフトが記されたカードを受け取る。

黒ウサギは興奮したように俺達のカードを覗き込んだ。

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「商品券?」

「ち、違います!というか皆さんなんでそんなに息があっておられるのです!?このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!耀さんの“生命の目録”だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

「つまり素敵アイテムでオーケーか?」

「だからなんでテキトーに聞き流すのですか!あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

ふーん、と言ってそれぞれ自分のカードを物珍しそうにみつめる。

てか“転生者”ってギフトだったんだ。

それに“???”って...みるからに怪しいな。完全にこれだろ、俺のヤバイ能力って。

“順応”ってのには心当たりが無い。てか順応してるならこの状況に一々驚いてないだろ。頑張れよ俺の恩恵。

 

「本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは“ノーネーム”だからの。少々味気ない絵になっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

いやだから俺まだ“ノーネーム”に属してないんですけど。

まああとで説明すればいいか。

 

「そのギフトカードの正式名称は“ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった“恩恵”の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体は分かるというもの」

「へえ。それじゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

そう言った十六夜のギフトカードには“正体不明”の四文字。

全知を持ってしてもこのモンスターのギフトは分からなかったか...

本当に何者なんだよ、十六夜って。いやまあ人のこと言えないけども。俺も“???”とかいう意味分からんものがあるけども。

 

「ま、俺は凌太のギフトが気になるな」

 

そう言いながら十六夜が俺のギフトカードを覗いてくる。別に隠すようなものでもないと思うし、特に拒むことはない。ついでに“正体不明”に驚いていた黒ウサギや白夜叉も後ろから覗いてきた。

あ、この体勢だと黒ウサギの胸が当たる!

実に素晴ら...ゲフンゲフン、けしからんな!

 

「...またしても“ラプラスの紙片”が解析出来ないギフトだと?」

「それに“転生者”とありますがこれはなんでございますか?」

「“転生者”...そう言えばお前、箱庭には『死んで』来たとか言ってたな...」

 

三人が各々の感想を述べるが、とりあえず落ち着けよお前ら。

 

「まあ待て。聞きたい事は多いだろうが、順番に話して行こうじゃないか。あと黒ウサギ、俺的にはこの状況は嬉しい限りなんだが、集中出来なさそうだしとりあえず離れてくれ」

 

俺に指摘されて、胸が当たっている事に初めて気づいたのだろう。黒ウサギは顔を真っ赤にして湯気まで出していた。

 

「じゃ、とりあえず久遠さん達も呼んでから話そうか。今後どうするかも今話す。そうだな、とりあえずは俺が殺されたところから始めるか?」

 

 

 




駄文が出てくる出てくる。

さて凌太のギフト“順応” “???” “転生者”とはそれぞれどのような能力なのか!?
...正直、“順応”しか決めてません。“???”とか、フワッとしか考えてません。
見切り発車?その通りですが何か。


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拠点を見つけよう

オリジナルが多めに入ってきます。
は?と思うところがあるかもです。


「とまあ、ざっくり話すとこんな感じだな、俺については」

 

所変わって、現在地は白夜叉の私室だ。

先程の女性店員さんが全員分のお茶とバームクーヘンを持ってきてくれたので、それらを口に運びながら俺の過去の話をしていた。

まあ、過去っつっても爺さんに殺された事とその理由、あとはその爺さんが俺を箱庭に送った事しか話していないのでたいして時間はかからなかったけど。

 

「大体の事は分かった。で?お前が“ノーネーム”に入らない理由はなんだ?」

 

一段落着いて茶を啜っていると、十六夜が俺にそう言ってきた。

 

「あー... まあ理由としては四つくらいあるかな。

まず一つ目は、俺が今後どうなるかが分からないから。爺さんによれば、俺は他にも異世界に行くみたいだしな。いつ居るのか、いつまで居るのかも分からない奴がいても迷惑なだけだろ?」

「まあ、一理あるな。で?あとの三つは?」

「あんま焦んなよ十六夜。ちゃんと話すから。

二つ目は、“ノーネーム”現リーダーであるジン坊ちゃんの事が信用出来ない、というかイラついたから」

「なっ!?ど、どういう事でございますか凌太さん!ジン坊ちゃんが信用出来ないなんて!凌太さんはジン坊ちゃんの事をよく知らないでございましょう!?」

 

黒ウサギが声を張り上げる。

当たり前だよな。ほぼ初対面の相手、しかも自分の仲間を悪く言われたらそりゃ怒るわ。

 

「怒る気持ちは十分分かるが、落ち着け黒ウサギ。

俺がジン坊ちゃんに対してイラついた理由は『努力もせずに、自分は何も出来ないと決めつけて行動を起こそうとしなかった』事だ。

さっき聞いたんだけど、十六夜達の招待状だって、黒ウサギ、お前が調達したんだろ?それだけじゃない。生活費だってお前が稼いでたって話じゃねえか。お前が必死こいて金を稼いでいた時、ジン坊ちゃんは何をしていた?ジン坊ちゃんはギフトゲームに参加出来る、言い替えれば戦えるだけの力を持っているのに戦いもせず、かと言ってゲームに必要な知識を蓄えていた訳でもないんだろ?そのクセ、口だけはご立派だ。まあ、普通の子供ならそれでもいい。でもアイツはリーダーだ。仲間の為に死ぬ気で頑張る義務がある。なのに、その義務を果たさず、ただ他人に泣きつくようなリーダーに、俺はついて行きたくない」

「でもっ...!」

 

言い切った俺に黒ウサギは言い返そうとするが言葉に詰まる。

そんな黒ウサギを放っておいて俺は話を続ける。

 

「で、三つ目は、新コミュニティを創って“ノーネーム”と“同盟”を組もうと考えてるから。

同盟を組んでおけば、もし魔王にギフトゲームを挑まれてもそのゲームに介入出来るんだろ?さっき黒ウサギに聞いた。

それに、俺のコミュニティと同盟を組んでいる“ノーネーム”だ、という身分証明にもなるんじゃないか?さっきみたいに、名と旗印が無いから信用出来ない、だから入店お断り。なんて事態も回避できるだろ」

「まあ、そうじゃの」

 

白夜叉が答えてくれました。

さっきのジン坊ちゃんへの事で怒ってるないし、機嫌損ねたかなー、と思っていたのだがそうでもないらしい。

 

「で、最後なんだが...これは爺さんの言いつけとか、“ノーネーム”の為にと思っての事じゃない。でも、今の俺にとって最重要な事だ」

 

もったいぶる俺をみんなが見てくる。

俺は十六夜、久遠さん、春日部さん、黒ウサギと順番に顔を見てから口を開く。

 

「――“ノーネーム”と戦いたい。今は敵わないけど、でもいつか、色々な世界を回ってもっと力をつけて、仲間も見つけて、最高の状態でお前らに挑み、そして倒す。あ、もちろん白夜叉もな!

笑っちゃうかもしれないけど、馬鹿馬鹿しいと呆れるかもしれないけど、俺はそれがしたい。それが俺が決めた目標であり、“ノーネーム”に入らない最後の理由」

 

少々熱っぽくなってしまったが、それが俺の最大の理由なんだから仕方ない。正直、最初の三つは後付けだ。

さて、どんな反応をされることやら。

笑われるか呆れられるか、はたまた肯定してくれるのか。

期待半分にみんなの反応を待つ。

すると、十六夜が静かに口角を吊り上げた。

 

「...ハッ、いいぜいいねいいなあオイ!面白いじゃねえか!その挑戦、乗ったぜ凌太!」

 

十六夜の顔はみるみると獰猛な笑みに変わっていき、最終的に、とても愉快そうに、嬉しそうに笑った。

そんな十六夜に続くように久遠さんと春日部さんの表情にも笑みが現れてきた。

 

「ええ、いいでしょう。私も十六夜君に同意だわ」

「異論は無い。絶対負けない」

 

二人に続き、黒ウサギも口を開いた。

 

「正直、先程の事に黒ウサギは憤りを覚えています。

しかし、こちらとしては凌太さん方にオモシロオカシクこの箱庭で過ごして貰う事は本望でございます。

つまりは、凌太さんのしたいようにする事が、黒ウサギの望みです」

 

四人の意見を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「...ありがとう、俺の我が儘を聞いてくれて。この礼は今度返すよ。『俺達の勝利』ってカタチでな!」

「ハッ!言ってろよ。勝つのは俺らだ!」

 

俺の挑発に、十六夜達が再び獰猛な笑みを浮かべ、それに俺も笑みで返す。

これはあれだな。

オラ、ワクワクすっぞ!

ってやつだな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、コミュニティってどうやって創ればいいの?」

 

いい感じに盛り上がったのは良いんだけど、重要な事が分からなかった。

勝手に名乗ればいいのかね?

 

「それなら、名の旗印を教えてくだされば黒ウサギが箱庭の中枢に申告しますよ?」

 

黒ウサギがウサッ、とそのウサ耳をピンと伸ばしながら言ってくる。

そういや黒ウサギの目と耳は箱庭の中枢に繋がってるとかなんとか言ってたな。

それにしても名と旗印か...

今テキトーに良い感じのやつを考えるか。

うーむ...............

 

「...“ファミリア”とかいいと思う。ちょっとクサいかもしれないけど」

 

なかなかいいものが考えつかずにいたら、春日部さんがポツリと呟いた。

“ファミリア”か。家族みたいな意味だったよな。

 

「いいな、それ。うん、それにするよ。ありがとう春日部さん!」

「そう?役に立ったのなら良かった。

あと、さん付けはしなくていいよ。私も凌太って呼び捨てで呼ぶから」

「それなら私も呼び捨てで構わないわよ、凌太君。同盟者なんですもの。仲良くやりましょう?」

「ああ、分かったよ。久遠に春日部。これからヨロシクな。十六夜と黒ウサギも」

 

そう言って、俺は四人と握手を交わす。

 

「ああ。ヨロシクな、凌太」

「Yes!ヨロシクなのですよ、凌太さん!

あ、名の方は承認されましたので、あとは旗印を申告すればコミュニティ“ファミリア”新設でございますよ!」

 

いつの間にか申告してたのか。

 

「旗印は、そうだな。こんな感じでどうだ?」

 

そう言って、俺は店員さんに貰っておいた紙に考えついた旗印を描いていく。

 

「旗の中心に大きな輪っかが一つ、でございますか?」

「ああそうだ。シンプル イズ ベストってやつだよ。家族で一つに纏まりたいって意味でこれにしたんだけど...可笑しいかな?」

「いいえ、素晴らしいと思いますよ?では、この旗印で申告しておきますね。

..................承認されました。これでコミュニティ“ファミリア”新設完了なのですよ!」

「早いな!?いや、早くて助かるんだが...ま、まあいいか。ありがとう、黒ウサギ」

 

箱庭の中枢って暇なのか?

さすがに早すぎると思う。

 

「いえいえ♪それで凌太さんはどこに本拠を構えるのでございますか?というか、今晩寝る場所ございます?」

「あっ」

 

やっべ。何も考えてなかった...

こういう考えの甘さは、十六夜達とゲームする時に命取りになりそうだし、そういう所も改善していかないとな...

てか、今晩マジでどうしよう?

 

「よろしければ、本拠を構えるまで“ノーネーム”にお泊まりになって貰っても良いのですが、どうなさいますか?」

「んー。あれだけ啖呵切っといて今更泊めて下さいってのもなあ...」

「それならちょうど良い物件があるぞ?」

 

俺が悩んでいると、今までほぼ空気だった白夜叉が俺に一枚の紙を見せてきた。

えー、なになに?

『俺に勝てたら、俺の所有地である広大な土地と屋敷を譲ります。自分の腕に自信のある奴らはかかってこい。強者求む』?なんだこれ。

 

「それはとある馬鹿が開催しておるギフトゲームでな。三年くらい前からやっておるのだが、未だにクリア出来た者がおらんのだよ。まあ広大な土地と言っても七桁外門の外れにあるんじゃがな」

「ふうん、ギフトゲームか。白夜叉は挑戦したのか?」

「いや、私は挑戦しておらんよ。私どころか、五桁以上の者は一人も挑戦しておらん。私達にとって、七桁の外れに土地を持ってもそこまでのメリットは無いしの」

「へー。でも三年間クリアされてないってことは、主催者はそれなりに強いんだよな?」

「まあ、そうだろうのう」

「そうか。そりゃ面白そうだな。よし、このギフトゲーム受けてみる!サンキューな白夜叉!」

「構わんよ。それに、おんしは仲間を集めて私にも挑むのだろう?ククッ、面白そうじゃないか。我ら神仏はほぼ無限の年月を生きる為、常に道楽を求めている。おんしが挑んでくるその時を、楽しみに待っておるぞ」

「おう。首を長くして待っててくれ。絶対勝つ」

 

呵々と笑う白夜叉。

そうして、日も暮れてきて外も薄暗くなってきたので、この場は解散することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなと別れた後、もうすっかり太陽は落ち切り、辺りが真っ暗になった頃に、白夜叉に教えてもらったギフトゲームの開催場らしい屋敷の前に辿り着いた。

 

「ここか。頼もぉう!誰か居ませんかー!ゲームしに来ましたー!」

「んー?なんだ、まだ挑戦しに来るやつがいたのか」

 

とりあえず叫んでみると、暗闇の中から中年っぽい男が出てきた。

この人が主催者っぽいな。

 

「はい!挑戦しに来ました!」

「おうおう。これはまた元気なのが来たねえ。オジサン嬉しいよ。なんせここ一年誰も来てなかったからねえ」

「え、マジですか」

「マジなんですよ、これが。ま、世間話はここまでにして、ちゃっちゃとゲーム始めようか。もう暗いし、オジサン正直帰りたいんだよね」

 

な、なんなんだこの人は...

のらりくらりとしてるっていうか、なんというか...

嬉しいと言った直後に帰りたいとか抜かしたぞこのオジサン。本当に強いのか?

そう思っていると、俺の目の前に一枚の紙が現れた。

 

 

『ギフトゲーム名 “ファイティング”

 

・プレイヤー一覧 坂元 凌太

 

・クリア条件 ヴォルグ=シルグレンドに有効打を一撃与える。

・クリア方法 ホスト側が有効打と認める一撃を与えること。武器使用可。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“天に輝ける騎士団”印』

 

 

ふむ。これがルールか。

打倒、じゃなくて有効打を一発喰らわせられれば勝ち。思ってたより楽そうではあるけど、三年間(ここ一年は誰も来なかったようなので、実質二年間)は負け無しなんだ。油断大敵だな。

 

「有効打、ってのはそっちの偏見で決まるんですか?」

「基本そうだねえ。まあ安心しなよ。オジサン嘘は言わないから。有効打だと判断したら素直にそういうよ」

「OKです。じゃ、始めましょう、かっ!」

 

言うと同時にオジサン改め、ヴォルグさんに突撃する。

全力で地面を蹴り、十六夜のトップスピードに迫る速度でヴォルグさんの懐に入り込み、胸に拳を叩きつける。

 

「うおっ!君速いねえ。オジサン驚いたよ」

 

だか、その拳は直撃する前にヴォルグに片手で止められた。

 

「くっ!」

 

バックステップで距離を取る。

今のは間違いなく、俺史上最速の一撃だった。

けど止められた。

驚いた、と言っているが、ヴォルグさんにはまだ余裕があるように見える。

 

「君、強いねえ。今までの挑戦者の中ではダントツで強いよ」

「ありがとうございます。でも、そんなこと言う割にだいぶ余裕ありそうですけど」

「まあ、これでも死線は超えてきてるからね。上の方で君位のヤツとなら何度も戦ったことがあるんだよ」

 

俺並のヤツらと戦ってきた、か。

...ヤバイ、頬が緩む。

心の底からワクワクすっぞ!

てか、転生してからというもの、闘争心が溢れ出てくるのはなんでだろう?

ま、考えても仕方ないか。今はこの感情に従おう。

 

「じゃ、第二撃、行きますよ!」

 

そう言ってもう一度突進する。

 

「いくら速いといっても、馬鹿の一つ覚えに真っ直ぐ来るだけじゃオジサンは倒せないよ?」

 

ヴォルグさんは言うと同時に、体を半身にして俺の攻撃を避ける。

そして、ガラ空きだった俺の腹に一発の蹴りを打ち込んだ。

 

「ギッ!!」

 

変な声を出しながら吹き飛ぶ俺。

ヤベエ、腹がめちゃくちゃ痛え!

 

「威勢は十分、素質もある。でも、経験が圧倒的に足りてないねえ。まあ、君くらいの歳なら当たり前なのかな?」

「くっそ!」

 

腹の痛みを堪えて再び突っ込む。

 

「だから、そんなんで倒せるほどオジサン甘くないんだけど?」

 

先程と同じように半身になるヴォルグさん。

でも、さっきの俺とは違うんですよ!

 

「ゥオラァ!」

「ッ!」

 

避けられた瞬間に、俺は体を無理やり捻ってヴォルグさんの脇腹に蹴りを入れる。

ヴォルグさんもこれには驚いたようだが、ギリギリのところで両腕を使ってガードされた。

けど、俺もこれがすんなり決まるとは思っていないし、もちろん次の一手も考えている。

 

「もういっ、ぱつ!」

 

俺はガードされている方の反対側に殴り掛かる。

ヴォルグさんは両腕で蹴りの方に対応しるから、こっちのガードは間に合わないハズだ!

 

「ぐっ...」

 

俺の拳はヴォルグさんの脇腹に勢いよく入り、ヴォルグさんは小さく声を漏らして吹き飛んで行く。

蛇神サマの水柱を爆散させた時と同じか、それ以上に力を込めて殴ったので、少なくないダメージを与えたはず!

警戒は解かずに、ヴォルグさんが吹き飛んで行った方を見つめる。

轟々と立ち込めていた土埃がだんだんと薄れていって、目視で立っているヴォルグさんを確認出来た。

 

「ッ!マジですか。今のは過去最高の一撃だったと思ったんですけど、全然効いてないんですか」

「いいや、効いたよ?だいぶ効いた。今のは有効打と言ってもいいんじゃないかな」

 

何事も無かったかのように、スタスタとこちらに歩いてくるヴォルグさん。

いや、全然効いてるようには見えないんですが。

...ん?今「有効打と言ってもいい」って言わなかった?

 

「えっと、それは、このゲームは俺の勝ちってことでいいんですか?」

 

確認するように聞き返す。

 

「うん、そうだよ。君の勝ちだ」

「......なんだか釈然としないんですけど。全然効いてるふうには見えないし」

「いやー、ホントに効いたよ?気を抜いてたら多分意識飛んでたと思う。それに言ったでしょ?オジサン、嘘は吐かないよ」

 

そう、ヘラヘラと答えるヴォルグさん。

なんだか納得出来ないが、今晩泊まるところは欲しかったし、早く拠点も欲しかったので、しぶしぶではあるが俺の勝ちを認めた。

 

 

 

 

今度また挑もう。そして次こそ納得出来るカタチで勝つ!

そう、心に決めた。

 

 

 

 




ご指摘や感想等よろしくお願いします。
あ、あと出来れば評価も!


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爺さん再び

「ほい、これが屋敷のカギで、こっちが門のカギ。倉庫のカギはこれね」

「はあ」

 

そう言って、ヴォルグさんが三つのカギを渡してくる。

どうしても、こう、この人に「勝った」って感じがしないんだよなあ。

 

「畑とかは一応あるけど、ここ三年は何もいじってないから使う時は一度しっかり耕したからの方がいいよ?屋敷内もホコリ被ってる部屋が何部屋かあるだろうから、明日からでも掃除をした方がいいかもねえ」

「はあ」

「あとごめんなんだけどさ。今日までオジサンこの屋敷に居てもいいかな?荷物もまだ纏めてないし、今夜泊まる場所もないからねえ。野宿しろってんならそうするけども」

「はあ、別に構わないですけど。と言うか、ここに住んでたんですね。てことは、“天に輝く騎士団”のメンバーもまだ屋敷内に居るんですか?」

 

寝る場所が無いと言うヴォルグさんの申し出を断る理由も無いので、今夜まで留まることを許可する。

と言うか、“天に輝く騎士団”のメンバーが住んでいるのだったら、立ち退きに少なくとも数日はかかるんじゃないだろうか?物件探しもあるし。

 

「住んでるよ?まあ、今は“天に輝く騎士団”の構成員はオジサン一人なんだけどね」

「え?」

「昔はたくさんいたんだけどね。三年前、“魔王”にやられたんだよ。とんでもない強さの“魔王”にゲームを挑まれて、負けて。そんな中、生き残ったのはオジサンだけだった。幸か不幸か、名と旗印は取られなかったんだけどね」

 

どこか遠くを見つめるように語るヴォルグさん。

マジでか。ヴォルグさんみたいな強い人でも勝てないのかよ、“魔王”って...

 

「で、唯一の生き残りになってしまったオジサンは、一人じゃ魔王には勝てないと諦めちゃったわけだ。かと言って、一度コテンパンにやられたコミュニティに新メンバーが入ってくれるでも無し。そこで、昔の仲間には悪いけど、この土地を譲ることにしたんだよ。でも、ただ譲る訳じゃない。“天に輝く騎士団”リーダーであった俺より強い奴に譲ろうと思ったんだ。そして願わくば、そいつが俺達のコミュニティを潰した“魔王”を倒してくれれば、ってな」

「......ふむ」

 

やばいよコレ思ったより深刻な話きちゃったよコレどうするよ俺!

内心困惑していると、それに気づいたヴォルグさんが苦笑しながら俺に向き直った。

 

「ははっ。いやあ、すまないねえ。こんなオジサンの身の上話を一方的に聞かせちゃって」

「い、いえ。大丈夫ですよ。ははっ...」

 

とりあえずは愛想笑いで返しておく。

どう返事するのが適当なのか分からねえ。

 

「と、とりあえず、もう遅いですし、中に入りましょう?あ、晩飯ってもう食べました?」

「いや、まだだよ。今から食いに行こうとした所に君が来たからねえ」

「そ、そっすか。なら一緒に行きません?てか、俺金持ってないんで奢って欲しいんですけど...」

「なんだ、無一文だったのかい?いいよ、オジサンが奢ろう。今夜の宿泊費とでも思ってくれ」

 

そう言って歩き出すヴォルグさんの後ろに付いていく。

とりあえずはヴォルグさんの身の上話は置いといて、後でいろいろと話を聞こう。そう思った。

 

 

ちなみに晩飯は、昼に久遠たちがガルドと問題を起こした例の“六本傷”の店で食べました。美味しかったです。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

翌朝、俺は少し遅い時間に起き出した。

昨日は一気にいろんな事がありすぎて疲れていたのだろう。それはもうぐっすり眠っていた。

ベットから這い出て、外の井戸まで行き顔を洗う。

井戸水は冷たく、頭を完全に覚醒させるには十分だ。

 

「お、やっと起きたか。おはよう」

 

あらかじめ持ってきていたタオルを手に取り顔を拭いていると、後ろから桑を肩にかけたヴォルグさんが挨拶をしてきた。

というか、その農作業スタイル凄い似合ってますね。

 

「あ、おはようございます、ヴォルグさん。桑なんか抱えてどうしたんです?」

「ああ、折角“ファミリア”に入れてもらったからね。少しでもコミュニティの為に働こうかと。それにオジサンの趣味でもあるんだよ、こういう農作業は。今まで出来てなかったからここいらでまた始めようと思ってね」

「そうですか。何を育てる予定なんですか?」

「んー、とりあえずは基本的なものから...」

 

その後もそんなやり取りを少ししてから、ヴォルグさんは畑へ、俺は食堂へと向かう。

ちなみに、昨晩晩飯を食っている最中に、試しにヴォルグさんをウチのコミュニティに誘ってみたら二つ返事でOKが出た。

元々“天に輝く騎士団”は解散させるつもりだったらしく、だったら俺のコミュニティに入って下さいよ、と言ったら普通に入ってくれた。正直、ラッキー以外の何物でもない。

食堂に着いた俺は、台所にあった余りものの食材かき集める。

集まった食材はパッと見て傷んでるところは無いし、とりあえず焼けばいけるだろう。

そう思い、全食材をフライパンに放り込んで炒めて食べる。まあまあ美味しかった。

 

「よし」

 

腹ごしらえも終えた俺は再び庭に出る。

拠点を用意出来たので、爺さんを呼んでみることにしたのだ。

たしか、心の中で呼べば応えるとか言ってたよな...

 

(おい、爺さん!拠点の用意が出来たぞ!)

 

目を閉じて、心の中で爺さんを呼ぶ。

しかし、一向に返事が来ないので、もう一度呼ぶ。

 

(おい爺さん!爺さんってば!返事しろ!)

 

だが返事がない。

 

(聞こえてんのか爺さん!聞こえてるんだろ!?返事しろや!)

 

返事がない。

そこ後も何度か呼んでみたが返事は返ってこなかった。

あのジジイ、「たぶん」とかぬかしてやがったからな...

やはりテキトーなジジイだったか。

そう決定付け、諦めて目を開ける。

 

「もうちょい確実性のある連絡手段を用意しておけよな、あのテキトージジイ」

「誰がテキトージジイか」

 

突然の背後からの声に驚いて、バッ!と後ろを振り返ると、そこには例の爺さんが立っていた。

 

「おま、いつからそこに居た!?」

「『拠点が用意出来たぞ!』のあたりから」

「なら声かけろや!」

「いやだって目とか瞑っちゃってて面白いかったし?」

 

ブン!と俺の右ストレートが空をきる。

ちっ、全力で放ったのに避けやがった。

 

「まあそう起こるなよ小僧。にしても、これまた立派な拠点を見つけたもんだな。そこらの貴族の屋敷より広いんじゃないか?」

 

俺の攻撃を難なく避けた爺さんは、拠点となった屋敷を見てそう呟いた。

 

「神様に立派だとか言われてと嫌味にしか聞こえないんだが?」

「いやいや、本当に立派だよ。実際、ワシが住んでた家より広いしな」

「マジでか。爺さん以外と質素な生活してたのか?それとも神様って皆そんなもんなの?」

 

この屋敷が神である爺さんの家より広いということに驚きだよ。

 

「まあ、神にもよるな。主神クラスになるととんでもない豪邸建てる奴らもいるぞ?有名所だと、ゼウスとかな。アイツらには天使、所謂お手伝いさんみたいなのが大勢いるからデカイ家を建てる。しかし、ワシくらいのマイナー神はそこまでの家は建てんな。そんな広く造るほど天使らも居ないし」

「そ、そうなのか...」

 

なんか、神様も階級とかでいろいろ変わっていくんだなあ。

というか、爺さんは何ていう神なんだろうか?

 

「なあ爺さん。アンタはどういった神なんだ?」

「ん?ワシか?ワシは武神だよ」

 

武神。闘いの神、か。

...そりゃ瞬殺される訳だわ。勝てるかよ、んなモン()に。

 

「ま、そこらへん、詳しくは今度でいいや。で?俺はこの後どうすりゃいいの?」

 

今後の方針を聞いておかないと、どう動いていいかも分からないしな。

 

「うむ。次は別の異世界に行ってもらう。拠点は今回手に入れたから、次はより強い“力”を手に入れろ」

「は?より強い力って?」

「それは自分の目で確かめて来い。武運を祈るぞ?」

 

そう言ってサムズアップする爺さん。

イラついたのでもう一度渾身の右ストレートを放つが、余裕で避けられた。

 

「ああ、そうだ。異世界に飛ばす前に二つ」

「あん?なんだよ」

「まず一つ。ワシ、この“ファミリア”に入るから」

「はあ?アンタ何言って......いや待て、いえ、どうぞ入って下さい歓迎します」

 

最初は「何言ってんだこの爺さん?」と思ったが、よくよく考えてみると、箱庭の上層のコミュニティには神霊もいるらしいし、何より単純に戦力が増えるのはありがたい。

 

「うむ、見事な掌返しだな。だが賢明だぞ?

そして二つ目だが、新たな世界へ旅立つお前への贈り物だ。神からの恩恵、ありがたく受け取れよ?」

 

どこから取り出したのか、爺さんの手には一本の紫色の槍と黒いスマホの様なものが握られていた。

 

「それは?」

「こっちの槍は知り合いの鍛治神に作ってもらったもので、名を『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』。対神性を持つ武器だ。...正直、アイツ(鍛治神)がなんで対神性なんて付けたのか、全く分からんけどな。何故自分らの首を締めるような武器を...。まあ、小僧は信用出来ると俺が判断したから一応渡すが、それでワシらを殺そうとか思うなよ?」

 

割と本気で心配してるな、この爺さん?

 

「まあ、爺さんが敵対しなければ大丈夫だろ」

「そうか。なら一応は安心だな。

で、こっちのスマホが別の神に造ってもらったものだ。名前は特に付けてないと言っていた。機能は、このスマホ同士なら異世界でも通信可能、ってことだな。お前が望んだ、より確実性のある連絡手段だ」

 

ほう、それはいいな。

毎度毎度心の中で爺さんを呼ぶのとか、めんどくさいし。

まあ、神秘感とか吹き飛んでるけどな。神が造ったスマホて。

槍とスマホを受け取り、ギフトカードの中に入れる。

 

「ワシの番号はもう入ってるから。次の世界でやる事やったら連絡してくれ。それまでワシはこの箱庭で楽しませて貰う」

「お、おう。コミュニティのためにも頑張ってくれ。あと、この槍とスマホありがとな」

 

獰猛に笑う爺さんに若干引きながらもお礼を言う。

 

「あ、そういやまだヴォルグさんの紹介してないな」

 

そう言い、畑の方に目を向ける。

ここからじゃ見えないし、奥の方か、もしくはもう屋敷に戻ったのかな?

 

「ああ、そこは大丈夫だ。今朝のうちに顔合わせは済ませておいたから。ヴォルグのやつも、ワシが“ファミリア”に入ることには大した反対もしていなかったぞ。リーダーであるお前の判断に任せるそうだ。だから安心して行ってこい」

 

爺さんがそう言うのと同時に、俺の足元に魔法陣が展開し、俺の体が透けてきた。

 

「は!?おいちょっと待てやコラ!唐突すぎるだろ!?もうちょっと色々説明とか」

 

あってもいいんじゃないのか!?と、そう言い切る前に、俺の視界は黒で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

あのジジイ、帰って来たら絶対殴る!!

 

 

 

 

 

 




「天屠る光芒の槍」、思いっきりfateの「刺し穿つ死棘の槍」をイメージしてます。
因果逆転なんていうものはありませんが。
あれ、普通の聖杯戦争なら六回ブッパで確実に勝てますよね。
避けたり防いだりしたアルトリアとエミヤはおかしいとしか言いようがない。


次は「カンピオーネ!」の世界にしようと思います。

感想・ご指摘等、よろしくお願いします!


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カンピオーネ!
強者


カンピオーネはアニメでしか見てないので、所々おかしい所があるかもしれません。

場面は護堂がペルセウス倒した後日です。


暗い。何処までも続くのではないかと錯覚されるほどの暗闇。

そこを俺は一、二分程漂っている。

 

ナニコレ怖い。

 

体は動くものの、移動手段がない。

ただただ何処かへプカプカと流れていく。

 

「え、これマジでどうなんの?」

 

不安が俺を襲うなか、俺の進行方向に小さな光が差した。

一応、暗闇から出れそうだと思い安堵の息を漏らす。

いや暗闇を数分間漂うとか、本当に怖かったよ。

帰ったら絶対殴るぞあのクソジジイ!

決意を新たにしていると、光がどんどん近づいて来て、俺はその光に包まれた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「...ん、んん?なんだここ?」

 

光を抜けたその先に広がっていた景色は、完全無欠の異世界でもなく、かといって俺のよく知る日本でも無かった。

目の前には無数の瓦礫の山々。

おそらくそこに点在していたであろう建物は跡形も無く、見渡す限り、無事な建築物は見当たらない。

 

「...世紀末か何かか?」

 

今にも棘付きの肩パットを身に付けたモヒカン集団が出てきても可笑しくない光景に呆然となる。

どうしようもないので、スマホを取り出し爺さんに電話をかけようとすると、遠くから爆発音の様な凄まじい轟音が響いてきた。

 

「......行動しないと何も始まらないか...」

 

そう思い、スマホをしまって音のする方へと向かう。

未だ轟音が聞こえるので、一応注意しながら進んでいく。

 

「なーんか嫌な予感がするな...」

 

息を潜め、瓦礫の山に隠れながら暫く進むと、遠くに人影らしきものを見つけた。しかも複数名。

そいつらが、雷を出したり剣で斬りかかったりと戦闘を繰り広げている。

アイツらがこの轟音を出している張本人であると思っていいだろう。

箱庭に行った後だからか、人が雷纏ってても不思議に思わなくなってるなー、俺。

そんなことを考えながら、もう少し状況を見極めようと近づいていく。

するとだんだん、戦っている奴らの顔が見えてきた。

てか、1人飛んでるな。空飛びながら雷振りまくとか、お前は神か。

 

状況的には、その空を飛んでる顎髭生やした雷男 VS 2人の女の子+男1人、か。奥にもう1人、巫女服の女の子がいるけど、戦闘には参加していないのでノーカウント。

というか、今戦っている4人。なかなか強いな。

特に男2人はヤバイ。十六夜(モンスター)感が出てるよ。

くわばらくわばら、と手を合わせた後、これからどうしようかと引き続き様子を見ていると、空を飛んでる方の男がこちらに視線を向けた。

 

「む、新たな人間か。ふむ、人間にしてはなかなかな呪力だな。しかし、増援にしては些か弱すぎるのではないか?」

 

ヤッベ見つかった!

反射的に隠れていた瓦礫から飛び退くと、一瞬前まで俺がいた場所に雷が落ちてきた。

瓦礫は消し飛び、俺の姿があちらから丸見えになってしまう。

 

「オイオイ、いきなり雷ブッパとはどういう了見だコラ!危うく死ぬところだっただろ!」

 

怒りを顕に、空飛ぶ男を怒鳴りつける。

当たってたら普通にヤバかったぞ今の!

 

「な!?一般人!?」

「どうしてこんなところに!住民の避難は済んでいたのではないのか?」

「いや、日本語話してたし、たまたま逃げ遅れた旅行者とか、そんな感じだろ。オイ!そこのお前!早く逃げろ!」

 

順に金髪少女、銀髪少女、黒髪少年が叫んでくる。

が、それを遮るかのように雷が数発落ちてきた。

俺は第六感とか、直感とかそんな感じのを感じて避けるが、1発だけ喰らってしまう。

 

「ちっ」

「オイ!大丈夫か!?」

 

黒髪少年が心配して声をかけてくる。

いや、大丈夫か?てお前。一般人は雷喰らったら即死だろ。いやまあ俺は常人じゃないから無事だけれども。

 

「大丈夫大丈夫。大丈夫だけどアンタは殴る。一般人だったら即死だぞこの野郎」

 

黒髪少年の方に手を挙げて無事を示し、続いて飛んでる雷男を睨みつける。

 

「嘘!?雷が直撃して無傷!?」

 

金髪少女が驚愕した表情を向けてくる。

...うん、キチガイじみてきてるのは自覚があるよ。

 

「ほう?思ったよりは楽しめそうだ。よいぞ、かかってこい人の子よ」

「上等!」

 

ニタリと口角を上げ、地上に降りてくる雷男。

俺は思いっきり地面を踏み抜き、ヴォルグさんに速いと言わしめた速度で接近。そのまま、雷男の顎に拳を叩きつける。

しかし、俺の拳が相手に当たることは無く、雷の壁の様なものに阻まれた。

 

「フン!!」

 

雷男が拳を握り、俺の腹へと打ち込こまれめり込んでいく。

 

「カハッ!」

 

肺にあった空気が一気に外に出ていき、くの字に折れ曲がりながら少年少女がいる方へと吹き飛んでいく。

 

「よっ、と!大丈夫か?」

「ぐぉぉ...。な、なんとか...」

 

吹き飛んだ先で黒髪少年にキャッチされ、瓦礫に突っ込む様な事態は回避した。

だが、ヤバイことに変わりはない。

今のままの俺じゃ、あの雷男の障壁の様なものを突破することが出来ない。どうすんべ。

 

「護堂!あなたは1度その子を連れて祐里のところまで下がって、怪我の回復に努めなさい!数分は私とリリィで抑えるわ!」

「分かった!エリカ、リリアナ、無茶はするなよ!」

 

金髪少女に言われて、黒髪少年改め、護堂は俺を抱き抱えて後ろに退る。

...人生初のお姫様抱っこを男に奪われた...

 

「護堂さん!大丈夫ですか!?」

 

万里谷と呼ばれた少女が護堂の下へと駆けつける。

 

「ああ、なんとかな」

 

護堂は俺を降ろし、自身の腹部を抑える。

よく見るとその部分の服には穴が空いており、そこから血が今も流れている。

 

「護堂さん、あの神の名が“視え”ました」

「......ここでやるしかないのか?」

 

護堂が俺の方を見て、なんとも言えない表情を浮かべる。

なんだ?俺がいちゃまずいのかね?

まあ、何をするのか知らないが、その前に聞くことがある。

 

「神?あの雷男って神様なわけ?」

「え、ええ。まつろわぬペルーン神、スラヴ神話の頂点とも言われる雷神です」

「武神の次は雷神かー...。てかなんで、神様ってのは有無を言わせず攻撃してくるんだ?」

 

爺さんも俺が気付く前に俺を殺したって言ってたし、何なんだよ神ってのは。

 

「と、とにかく!貴方は逃げてください!ここは危険ですから!」

 

巫女少女改め、万里谷が俺にそう言ってくるが、逃げられないでしょこの状況。

 

「たぶん、逃げようと背中向けた瞬間雷降ってくるぜ?それに俺は多少なりとも強い自信があるからな。大丈夫だ」

 

サムズアップして万里谷さんにそう言う。

見たところ十六夜や白夜叉より強くはないだろう。ここで逃げてたら、十六夜達にも勝てねえよ!

ギフトカードから『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』を取り出し、構える。

 

「そっちは何か、俺がいちゃ不味い事をするんだろ?なら俺は、あの2人と一緒に雷神の足止めでもしておくよ。あの娘ら、そろそろヤバそうだし」

「な、オイちょっと待て!」

 

護堂が静止をかけてくるが、止まらない。

槍を構え、一直線に雷神に接近する。

 

「また来たか」

「ただいまッ!」

 

一気に懐近くに入り込み、槍で腹を目掛けて突く。

またもや雷の障壁に阻まれそうになるが、さすがは対神性と言ったところか。障壁を消し飛ばし、雷神の腹を貫いた。

 

「ぐおぉ!」

 

雷神が呻き声を上げ、俺を引き離そうと大量の雷を放ってきた。

さすがに何発もの雷に耐える事は出来ず、俺は地に落ちた。

 

「チィ!」

 

あと1発、心臓か頭を穿てば勝てたのに!

悔しい思いを舌打ちというかたちで漏らし、再び雷神に向かおうとするが、近くに銀髪少女が倒れているのを見つけた。

おそらく、さっきの俺への攻撃のとばっちりを受けたのだろう。金髪少女も心配そうに寄り添っているが、そちらも満身創痍な感じだ。

このまま俺が戦い続けるのは不味い。この2人、雷の余波だけで死にかねないぞ。

 

「大丈夫か?護堂のところまで避難できそうか?」

「ッ!大丈夫よ、まだ、行ける。戦えるわ」

「いや、君が大丈夫でもそっちの銀髪少女は無理だろ。気絶してるんだし。ここは俺がどうにかするから、その子連れて下がってなよ」

 

そう言うと、金髪少女は悔しそうに口を結び、銀髪少女を抱き抱えて下がっていった。

 

「さてと、待たせ」

 

たな、と続ける前に、雷神がこちらに斧を振り下ろしてきた。

神速の一撃に、俺は防ぐことも避けることも出来ず地面にめり込む。さらにその上から無数の雷が落ちてくる。

 

「......次はあの小僧らか」

 

そう言って、護堂たちの方へ飛んでいく雷神。

俺は叫ぶ事さえ許されないその攻撃に、簡単に意識を奪われた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「っ!ガハッ!」

 

意識を取り戻した瞬間、咳と共に喉の奥から多量の血が出てきた。

それらを全て吐き出し、周りを見渡そうとするが、体の自由がきかない。

うつ伏せのまま、できる範囲で周囲を見渡す。

 

「な、」

 

そこはまさに地獄。

周りには轟々と燃え続ける炎、空から落ちてくる雷、地面にはクレーターがいくつも出来上がっている。

俺の目線の少し先には金銀少女"sが倒れており、その更に先には、仁王立ちの雷神と、その足元に転がる護堂がいた。万里谷さんの姿は見えないが、おそらく何処かで倒れていることだろう。

こちらに気づいた雷神の獰猛な笑みを見た時、俺に死の恐怖が芽生えた。

 

 

 

 

 

――どうしてこうなった?

俺は普通に生活していただけなのに、急に変な自称神の爺さんに殺されて、転生させられて...。

 

箱庭は楽しかった。まだ少ししか過ごしていなかったけれど、強い奴らがたくさんいて、面白い事がたくさんあって、ロマン溢れるところだった...。

 

そこに、新しい家が出来た。まだ2人だけだけど、心強い仲間、家族みたいな人達が出来た。

 

約束もした。ゲームをしようと。また必ず帰ってくると。

 

なのに、なんだこのザマは?また、殺されるのか?

 

 

――――――嫌だ。

 

 

まだ俺は何もしちゃいない。コミュニティだって作ったばかりだし、ヴォルグさんや爺さんにお礼も言ってないし、爺さんをまだ殴ってない。

十六夜達“ノーネーム”にも勝ってないし、まずゲームすらしていない。白夜叉とも戦いたいし、“世界の果て”のその先や、箱庭上層の景色も見てみたい。

行きたいところややりたい事ならまだまだある。満足なんか全然出来てない。もっと、もっと色々な事がしたいし、そして何よりも、

――――生きていたい。

 

そうだ、俺はまだ死ねない。死んでなんかやるものか。やりたい事をやりきるまで、俺が満足しきるまで、俺は意地でも生きてみせる。

 

「う、おォォォ!!」

「フン。まだ立つのか、人の子よ」

 

立ち上がって天を仰ぎ、その後に雷神を双眼でしっかりと見る。

 

「――こんなところで負けてはいられない。この勝負、何がなんでも俺が勝つ。俺がそう決めたんだ。だからお前は、ここで大人しく負けていろ」

 

そう、宣言したその瞬間、

俺の内で、重い門が開くような音がした。

 

 

 

 

 

 




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“???”

キャラの口調とかがイマイチ分からねえ...。
アニメ見直そうかな...


「――ほう?神であるこの我を負かす、か。大きく出たな人の子よ」

 

心底可笑しいように、クツクツと笑う雷神。

――うるせえ。

 

()()()

 

ガチン!と、開いていた雷神の口が勢いよく閉じる。

?なんだ、今の。まるで久遠みたいな...。

考えてる場合じゃねえか。今は、目の前の雷神を屠る!

天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』を強く握り直し、もう1度命令を下す。

 

()()()()!」

 

そう言うと、雷神の動きが止まる。

が、それも一瞬の出来事だった。

 

「図に乗るなよ、人間風情がッ!!」

 

無理矢理に自分の体を動かし、俺の命令に背く。

だが、それでも構わない。一瞬だったが、それで十分だ。

今の俺には、何をどうすれば勝てるのかが頭に浮かんでくる。何故かは分からないが、どうするのが最適解なのか、本能的に見えてくるのだ。

 

――“???”、発動。

 

鐘の音が響く。俺の内だけじゃない。外にも聞こえるような鐘の音が。

同時に、俺から白い光が放出される。

光は瞬く間に周囲を覆い、何もかもを飲み込んだ。

 

「開け、高殿の門」

 

頭に浮かぶ言葉をそのまま発する。

言葉の意味は分からない。夢見心地のような感じで、何をしているのか自分でも把握しきれていない。

でも、これだけは分かるんだ。

こうすれば、あのクソ神に勝てると!

そのまま頭に浮かぶ通りにし、世界を構築する(・・・・・・・)

やがて光は収まっていき、周囲は先程までの瓦礫の山ではなく、だだっ広い草原(・・)になっていた。

 

「これは...」

 

雷神が驚嘆の声を上げる。

そんな雷神にはお構い無しに、俺は雷神に向けて『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』を投擲。狙うはアイツの頭。

 

「くたばれ!」

「むん!?」

 

雷神は咄嗟に障壁を張ったが、俺の槍は障壁ごと雷神を撃ち抜いていく。

だが、それで終わると思う程俺は甘くない。

相手は神だ。やり過ぎるくらいが丁度いい。

俺は雷神へと突進し、槍を握って引き抜き、次は心臓へと突き刺す。

その次も、右肩、右胸、腹、太ももと、次々に刺し穿つ。

 

「フ、フハ、フハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

どれくらい刺しただろうか、風穴だらけの雷神は、心底嬉しそうに笑い出した。

なんだ?気でも触れたのか?

警戒し、もう1度胸に槍を刺す。

 

「ぐほッ!...フハ、フハハハハ!いいぞ人間!いや、新たなる神殺しよ!」

 

血反吐を吐きながらも、未だ嬉しそうに笑う雷神に、少なくない狂気を感じながら、一旦離れる。

 

「我はペルーン!スラブ神話の最高神にして、『雷で打つ者』の名を冠する神である!

パンドラよ、見ているのだろう?今ここに、我を討ち取りし者が現れた!」

 

天を仰ぎ、高らかにそう言う雷神・ペルーン。

こいつは一体何を言っているんだ?パンドラって誰だよ。

 

「ええ、見ていましたわ、ペルーン様。負けたというのに、やけにご機嫌ですのね?」

「ほう、お主がそうか!見よ、そこな人間を!この我と戦い、勝利するなどという規格外の人間を!その者は権利を得た。我らが宿敵、神殺しとなる権利をな!ならば、疾く始めるが良い、魔女よ。愚者と魔女の落とし子を生む暗黒の生誕祭、神を贄として初めて成功する簒奪の秘儀を!!」

 

本当に何を言っているんだコイツは、と思い始めたところで、パンドラと呼ばれた少女がこちらに歩いてきた。

 

「初めましてね、坂元凌太。私はパンドラ。あらゆる災厄と一掴みの希望を与える魔女よ。そうね、あなたの母親になる者だと思ってもらえればいいわ。ママって呼んでもいいのよ?」

「は、はあ。え、それで、その災厄の義母(かあ)さんが、俺に何の用です?俺、今ちょっと忙しいんですけど」

 

上目遣いで可愛らしく言ってくるパンドラさん。

正直、貴女は母親と言うより妹みたいですよ?

 

「あら、凌太は私を母だと呼んでくれるのね。そう呼んでくれた子は初めてだわ!」

「はあ...?」

「そうそう!今忙しいって、ペルーン様の相手が忙しいの?」

 

ヤケに嬉しそうな笑顔を浮かべるパンドラさん。

いえ、別に貴女を母親と思って言ったのではないのですが...。まあ、いいか。

 

「ええ、そうですよ。俺はここで死ぬ訳にはいかないので」

「それならもう大丈夫!ペルーン様は貴方に敗北したと認めたわ!これで貴方は神殺し、神殺しの魔王(カンピオーネ)となったのよ!」

「......は?イヤイヤ、意味分かんないです。だってあの神様、まだ生きてるじゃないですか」

 

指を指し、未だ雷神・ペルーンが健在であることを示そうとする。

が、指を指した先にいる雷神は、何やら足元から消えかかっていた。

...え、なに、何なんですか?

 

「フハハハハ!貴様、名を何という?」

 

消えかけているにも関わらず、高笑いを止めずに質問してくる雷神。

 

「坂元、凌太だけど...。え、なに?アンタ消えんの?」

「うむ、凌太か。良い、良いぞ坂元凌太!貴様は我を打倒した人間、我の力を簒奪せし魔王だ!何人にも負けることは許さん。我が雷霆を手に、その名を世界の果てまで轟かせよ!」

 

そう言って、雷神・ペルーンは完全に消滅した。

 

「な、何だったんだ...?」

 

緊張の糸が途切れ、今まで広がっていた草原も消え去り、先程までの瓦礫の山に戻っていた。

そこで、無茶をしたからだろうか。一気に眠気が襲ってきた。

 

「眠る前に少しだけ助言してあげるわ、凌太。これから、貴方は多くの者と戦うでしょう。それこそ、まつろわぬ神なんかとね。でも、貴方は勝者よ。貴方は貴方のやり方で勝利を収めていきなさい。まあこんなことを言っても、目が覚めたら忘れちゃってるんだけどね」

「それって助言の意味無いんじゃ...?」

 

アハハと笑うパンドラさんに呆れ顔を向ける。

 

「さあ皆様、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴!8人目の神殺しの誕生よ!」

 

パンドラさんがそう言う。

どうでもいいですけど、あなたたちヤケにテンション高くないですか?神様ってそんなもんなの?

そういや爺さんもそんな感じだったわ...。

そんな思考を最後に、俺は睡魔に身を任せて意識を手放した。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

目を覚ますと、俺は大きなベッドに寝かされていた。

天蓋まで付いていて、凄く高価そうに見える(小物感)。

 

「知らない天井だ...」

 

実際には天蓋が邪魔で天井なんて見えないが、そう言わないといけない気がしたので言ってみる。

起き上がって周りを見渡す。広い部屋で、見るからに高級感漂う壺や絵画がセンスよく置かれている。

しばらく部屋を眺めていると、部屋の扉が開かれてメイドさんが入ってきた。

...メイドとか初めて見たぜ。

 

「あ、お目覚めになられたのですね!おはようございます!」

 

にっこりと、可愛らしい笑顔を向けてくるメイドさん。

何この娘すっごく可愛い。

思いがけない癒しにほっこりしていると、新たにもう1人部屋に入ってくる。先程ペルーンと戦っていた金髪少女だ。

 

「お目覚めになられたのですね、王よ」

 

俺が起きている事に気が付くと、恭しく頭を下げてくる金髪少女。

 

「はあ...。え、王?」

 

王ってなんだ?俺は王なんてものになった覚えはないんだが...。

いや、そういや眠る前に魔王がどうとか言われてたような...。

パンドラさんは忘れるとか言ってたけど、ガッツリ覚えてるのは何故だろう?

 

「覚えていらっしゃらないのですか?

御身はまつろわぬペルーンを倒された、8人目の神殺しであられます」

 

あー、何となく思い出してきたわ。

言われた言われた、そんな事。あの時はちょっとぼうっとしてて、あの神様たちが言ってた事を半分くらいしか理解してなかったんだよね。

でも神を殺したってだけで、こんなに恭しく扱われるもんなのか?いや、神殺しとか偉業中の偉業だろうけどさ。

 

「あー、ある程度思い出したわ。でも王ってのは何なんだ?神を倒したら王様になるの?」

「はい。神殺しとは、人類には成し得ない偉業。それを成し遂げた貴方様の様な方々を、我々は神殺しの魔王、カンピオーネと呼んでいます。彼らは神を殺める事で、その神の権能を簒奪し、人を超えた存在へと昇華されるのです」

「へー...」

 

話が大きすぎね?

爺さん、俺王様になったよ。神殺しの魔王だってさ。

......この力使えば、アンタを殴れるよな?

 

「まあ難しい事はいいや。それより、あの時いた護堂や銀髪少女、巫女少女は無事?倒れてたし、割と心配なんだよね。特に銀髪少女は俺のとばっちり受けてたし、申し訳ない気持ちが...。あ、あとここが何処なのかの説明があると嬉しい」

 

俺の質問に、金髪少女は驚いた様な表情を浮かべる。

?俺、なんか可笑しい事言ったか?

俺が困惑していると、少女が気を取り直した様に話し出す。

 

「いえ、すいません。カンピオーネの方々の大半は人間の事を心配するような方ではないので、少々驚いてしまいました。

銀髪と巫女なら大丈夫です。つい先程目を覚ましました。護堂...いえ、我が王も無事でございます」

「そっか。そりゃ良かった。...我が王?てことは、護堂も神殺しなのか?」

「はい。7人目の王、草薙護堂でございます」

「へー、だからあの雷神と互角に殴りあってたのか...」

「ええ。

あとはここが何処なのか、という質問ですが、ここはイタリアが魔術結社“赤銅黒十字”の本拠地、その客室でございます」

 

ふーん、と空返事を返す。

魔術結社とか言われても分からんし。

にしても、イタリアかぁ。俺の知ってる地球と同じなのか?

いや、俺がいた地球とはまた別の世界なのかな?

 

「恐れ多い事と承知の上でお聞きします、王よ。名を、お教えいただいてもよろしいでしょうか?」

「へ?ああ、名前ね。坂元だよ、坂元凌太。呼び捨てで構わないよ?」

「ありがとうございます、坂元様」

 

うーん、様付けってのはなかなか慣れないな。

なんかこう、こそばゆい。

 

「坂元様。お着替えをこちらに用意しております。どうぞ、ご着用ください」

「あ、ありがとう」

 

メイドさんが服を持ってきてくれた。

よく見れば、俺は今上半身裸(包帯を巻いてはいる)だ。

服を受け取り、そそくさと身につける。

そこで、ギフトカードがズボンのポケットに入っている事に気付き、取り出す。

するとそこには、“雷を打つ者”という新しい恩恵が刻まれていた。これが簒奪した権能ってやつか。

 

「そういえば、君たちの名前を聞いてなかったね。教えてもらってもいい?」

「はい。私はエリカ・ブランデッリ。“赤銅黒十字”に所属しております、『紅い悪魔(ディアボロ・ロッソ)』の称号を持つ魔術師です。こちらは私の専属メイドのアリアンナ・ハヤマ・アリアルディ。

ちなみに、先程仰っておられた銀髪の者はリリアナ・クラニチャール。巫女の者は万里谷祐里と申します」

「ありがとう。じゃあさ、エリカさん。悪いんだけど、飯あるかな?なんか異常に腹が減ってて...」

 

彼女らが俺を王と仰ぐのならば、必要最低限の権力は使わせてもらおう。

それに、同じ神殺しとして護堂とも話してみたいし。

 

「畏まりました。すぐに用意させますので、少々お待ちください」

 

ペコリ、と一礼して部屋を出ていくエリカさんとアリアンナさん。

待っていろとは言われたが、護堂と話したかった俺はその言いつけを破り、部屋から出るのだった。

 

 




超テキトーです。
後悔はしてないです。反省はしてます。

“???”の力の一端を発動させてみました。
久遠飛鳥の“威光”とは違うのですが、効果は似てますね。普通にチートです。

感想・評価の方、よろしくお願いします。


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2人の神殺し

「うわー、見るからに高価そうな物がいっぱい...。魔術結社ってのは儲かるのかね?」

 

俺は部屋を出てウロウロと建物内部を歩き回っていた。

壺や絵画、甲冑などいろいろな物が廊下に飾られてある。

これ1つでいくらくらいするんだ?

物珍しそうにそれらを見物しながら廊下を進んでいると、不意に話し声が聞こえてきた。

この声は...、エリカさんか。

声のする方へと近づいていくと、話の内容が聞き取れる距離にまで来た。

エリカさん以外の声。これは護堂か?他にも2人ほどの声が聞こえる。

エリカさんたちは部屋の中で話しているらしく、俺は今、その部屋の前、扉を1枚挟んだ所にいる。

立ち聞きなんてするつもりは無かったのだが、偶然聞こえた会話の中に、耳を傾けるには十分な単語が出てきたので、扉の前で気配を消して聞き耳をたてる。

 

「やはりあのカンピオーネにはご飯を食べさせた後に、すぐにでも出ていってもらうのがいいと思うわ」

「エリカ、そんな風に言うなよ。俺たちはアイツのおかげで助かったんだぞ?」

「まあ結果だけを見ればそうなるわね。でも護堂、よく考えなさい。もし坂元様がサルバトーレ卿と似た考えを持つ魔王だった場合、必ず面倒な事になるわ」

「それは...、確かに」

「私も、今回はエリカに賛成です。魔王の中で、貴方の様な考えの方は少ないのですよ?彼が貴方と同じ日本人だからと言って、必ずしも温厚だとは限りません」

「リリアナまで...。仮にドニみたいな性格でも、同郷のよしみで何もしないかもしれないじゃないか。1度話してからでもいいんじゃないか?」

「いいえ、今回はむしろ、“同郷”であることが問題ね。いい、護堂?1つの国に2人の神殺しが同時に存在するということは、その国を統治する者が2人いるということ。良くて戦争、悪ければ日本が滅ぶわよ?」

「そんな極端な」

「現在、正史編纂委員会は既に護堂さんを王として迎え入れています。しかし、委員会も一枚岩という訳ではありません。中には坂元様側に付き、護堂さんに抵抗しようとする輩が出てくる可能性もあります。その場合、護堂さんの意思は関係無く、下の者だけで争いが起きかねません」

「そ、そうなのか...」

「そうなると、このまま帰すのも問題ね。いっそのこと、今日ここで潰してしまう?」

 

......表じゃあんなに恭しくしてても、裏じゃこんなもんだよなー。知ってた。

てか最後、潰すってなんだよ怖いじゃねえか。

その後も、4人はああでもないこうでもないと議論を続け、最終的には護堂と俺が話してみて、護堂の判断で俺の処遇を決める、という事で一段落着いた。

途中、エリカさんが「これから出す料理に毒を盛ろう」とか言い出した時は堪らず飛び出しそうになったが、護堂がそれだけはダメだとやらせなかった。

ありがとう、護堂。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

あれから暫くして、俺は見つからないように元の部屋へ戻り、再びベッドの中に潜り込んでいた。

いやだって、聞き耳たててたとか気付かれたくないし。

するとそこへアリアンナさんが食事の用意が出来たと報告に来てくれて、そのまま一緒に食堂へと案内してもらった。

案内された部屋には、たくさんの料理が所狭しと食卓の上に並んでいた。

どれもこれも美味しそうではあるのだが、脳裏に先程のエリカさんの言葉が響く。

...護堂に黙って毒とか仕込んでないだろうな?

 

「おう、昨日ぶりだな」

 

料理を訝しげに見詰めていたところに、護堂達が揃って入ってくる。

 

「あ、ああ」

「?どうしたんだよ、そんなに怯えた顔して」

「い、いや、気にすんな。生まれつきこういう顔だ」

 

誤魔化しとは言えないような誤魔化し方をして席に着く。

護堂達もそれに続き各席に付いていった。

 

「それじゃ、とりあえず飯食べるか!」

 

護堂がそう言って料理に手をつける。

良かった、普通に食べてるところを見ると毒は入っていないみたいだな。

ひとまずは安心して、合掌した後に箸をとる。

 

「食事中申し訳ありません、坂元様。私はリリアナ・クラニチャール。魔術結社“青銅黒十字”に属する騎士でございます。先日は御身が私の身を案じて頂いたとのことで、深くお礼申し上げます」

 

そう言って頭を下げるリリアナさん。

頭を下げるくらいなら暗殺計画なんて立てないで欲しい。

もちろんそんなことは言えないので、出来るだけ笑顔を作って対応する。

 

「いいっていいって。俺のとばっちりがそっちに行っただけだし、むしろ俺が謝る方だろ。すまなかったな」

「いえ、勿体ないお言葉」

 

もう1度頭を下げるリリアナさん。

もうやだ人間不信になりそう。

 

「ところで凌太。お前、あの時なんであんな所にいたんだ?事前に避難しろって言われてただろ?」

 

護堂が肉をパクつきながら俺に聞いてくる。

ここは正直に言わないと、護堂と決闘するハメになるな。権能がどの程度まで使えるのかが分かるまでは、コイツとの決闘は避けたい。

だって雷神と殴りあってたし、あの十六夜(モンスター)感も感じたんだぜ?力が使えなかったら普通に負けるわ。

 

「あー、その事なんだけどな。ちょっと長く、というか意味不明な話になるかもだけどいいか?」

「?まあ、俺は構わない。皆は?」

 

護堂が、エリカさん達に了承を求めると、皆静かに頷いた。

 

「よし、じゃあ話すか」

 

そして、箱庭で十六夜達にした話と同じ内容を話し始める。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「信じられないわね」

 

話が終わった瞬間、エリカさんが急に敬語を使わなくなった。

そしてこの一言だ。とうとう本性さらけ出したなこの女狐め!

 

「ところがどっこい。本当なんだなあ、これが」

 

おちゃらけて返してみるが、この静寂な空気は壊れない。

俺はどうにも、こんな重苦しい空気は苦手であるようだ。

 

「証拠はあるのかしら?あるのだとしたら、一考の余地はあるのだけれど?」

「証拠?証拠、んー、証拠なあ...」

 

なんかあったっけ、証拠になるもの。

ギフトカード見せたってたぶん信じないだろうしな。

ちなみに、先程爺さんに電話を掛けてみたのだが留守電に切り替わったので、爺さんに来てもらうという手段は消えている。

何してんだよ爺さん。

 

「あ、戸籍とか調べてみてくれたら分かるかも。この世界に俺の戸籍なんてないからな。なんなら、これまでの経歴を洗ってくれても構わない。どうせ何も出ないんだし」

「そんなもの、いくらでも情報抹消できる。確固たる証拠には足りえないわ」

「んなこと言われてもなあ。他に証拠と言える証拠なんてないし...」

 

睨んでくる女性陣(アリアンナさん除く)に対し、困り顔を向ける。

 

「まあ、当人が異世界人だって言ってるんだから、ひとまずのところは信じようぜ。この状況で嘘を言う必要もメリットもないだろ?」

 

そんな護堂の鶴と一声で、その場は一応収まった。

護堂マジありがとう。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

『は〜いもしもし〜?素敵で無敵な神様で〜っすぅ!』

「くたばれクソジジイ」

 

速攻で電話を切る。本当にあの爺さんは毎回毎回ピンポイントで俺のイラつく事をしてくるな。

今度はあちらから電話がかかって来たので、渋々電話に出る。

 

『もう凌太君ったらヒッド〜イ!そっちからかけてきたのに急に切っちゃうなんてぇ』

「良し分かったアンタは埋める絶対に」

『ハッハッハ!やれるもんならやって見ろよ小僧』

「よぅし、言ったな?首洗って待ってろ駄神」

 

神殺しの力、とくと見せてやんよクソジジイ!

いやまあどのくらいの権能なのか分からないんですけどね?

 

「ま、その話は置いといてだな。爺さん、今こっち来れる?」

『無理だな。今、というかこれから忙しくなる』

「なんかするのか?」

『ちょっと5層のコミュニティにカチコミにな』

「なにそれ超楽しそう俺も行きたい!」

『ダメだ、これはワシが楽しむべくして行う勝負。誰であろうと邪魔だては許さん。もちろん、ヴォルグのやつでもな。それに、お前はそっちで既に楽しんだ後だろう?』

「そりゃそうだけどさあ。

てか、やっぱりあの雷神がいるって知っててここに送りやがったな?危うく死ぬところだったんだが」

『でも生きてるだろ?それで十分だ。

もうしばらくはそっちにいろ。数日後にでも迎え寄越すから。事前に連絡はするからスマホは常備してろよ?』

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 

ハッハッハ!と笑って誤魔化す爺さん。

どうせ言及してもこうやって躱されるだけなので、この話題は終了。電話を切ってギフトカードにしまう。

 

「お電話終わりましたか?」

「あ、はい。すみません、お待たせしちゃって」

 

声をかけてきたのはアリアンナさん。

絶やさぬ笑顔で俺に接してくれる、良い人だ。

 

現在、俺はイタリア内で宿探しをしている。

何故そんなことをしているかというと、まあ率直に言って赤銅黒十字から追い出されたのだ。

あの紅い悪魔ことエリカ・ブランデッリによって。

一応、1週間分程の生活費とアリアンナさんを借り受けたのだが、俺が護堂の近くにいると都合が悪いとか言われて追い出された。

 

それというのも、俺が神殺しであることを隠匿することにしたからだ。

異世界人がいきなり出しゃばってきて日本を巻き込んでの戦争の火種になるとか、俺も本意じゃないし。

雷神・ぺルーンを倒したのは護堂ということして、俺は護堂に助けてもらった通行人Aとして扱うそうである。

エリカ(もうさん付けとかやめた)の言い分は分かるのだが、何も追い出すことは無いんじゃないかと思う。

というか、追い出すなら連れて来るなよ。いや助かったけれども。あのまま瓦礫のなかに倒れてるよりかは万倍マシだったけれども。

 

「もう少しでホテルに着きますので」

 

笑顔でそう言ってくるアリアンナさん。

ああ、今は貴女だけが俺の癒しです。さっきから運転がヤバイですが、それでも貴女は癒しです。

 

程なくしてホテルに着いた。

見た感じ豪華なホテルで、清潔感もある。

キョロキョロと辺りを見回していると、チェックインを済ませてくれたアリアンナがこちらに向かってきた。

 

「こちらが坂元様のお部屋の鍵になります」

「あ、ありがとうございます」

 

鍵を渡してくるその姿にデジャブを覚えながらも、ありがたく鍵を受け取る。

 

「それと、こちら私の携帯と“赤銅黒十字”の電話番号です。なにかお困りの事がございましたら、こちらにおかけ下さい。数日は私や草薙護堂様もこちら(イタリア)に滞在しておりますのて」

「なにからなにまで、本当にありがとうございます」

 

番号の書かれた紙も一緒に渡しきたので、そちらも受け取ると、アリアンナさんは最後に一礼してこの場を去っていった。

さらば俺の癒し系要素、また会う日まで。

 

 

 

 

まあそれはそれとして、今はヨーロッパ観光を楽しむか!

 

 

 

 

 

 

 

 




超テキトーな感じになってしまった...。
だがしかし、これが俺の文才なんです...。

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我は雷、故に神なり

私事ではございますが、お気に入りが100件を超えました!
本当にありがとうございます!超嬉しい!
これからも続けていくので、今後ともどうぞよろしくお願いします!


 

 

 

 

 

“赤銅黒十字”を追い出されてから3日が経った。

俺は今のところ何の不自由も無く過ごせている。

昨日は1日かけてローマを観光してきたのだが、コロッセオが壊れていたのには驚いたよ。

最初は、言語が通じないのでは?という不安もあったのだが、カンピオーネになってからは不思議と外国語がすんなり理解出来るようになったので、その不安は杞憂に終わった。

 

現在の時刻は午前12時を回ったところで、ボチボチと昼食を取る人の姿が見え始める頃だ。

かく言う俺も、手頃なレストランに入って本場のピザに舌鼓を打っている。めちゃウメェ。

ピザを完食した後、しばらく珈琲を飲んでくつろぐ。

さて、これからどうするか...。

観てみたい名所などはほぼ行き尽くしてしまい、今日これからの予定が完全に空白となってしまったのだ。

 

「どっか、人のいないところに行くかなあ...」

 

誰もいない広場とかならなお良し。

何故かと言うと、権能を試してみたいからである。

何となくではあるが、使い方は頭の中に浮かび上がってきている。しかし、知っている、と、出来る、というのはやはり違うので、実践練習がしたいのだ。

ちなみに、“???”の方は全くと言っていい程に再発動の兆しを見せていない。

この前使った時はほとんど無意識下での発動だったし、頭もボーっとしていた為、発動の仕方すら分からない有様だ。

 

「海...は誰かが感電しそうで怖いし、山は山火事になる可能性が...」

 

そうなると、残り候補は無人島の浜辺とかか?

などと考えていると、どこからかは分からないが強い気配を感じた。

この感じ、最近感じたことあるような...

 

「おいアンタ!そこの日本人のアンタだよ!避難勧告が出た!アンタも早く逃げな!」

 

大声で俺に話しかけてきた人物はこの店の店主であるゴツイおっちゃんだ。

おっちゃんはそう言うと、慌てた様子で店仕舞いを済ませてどこかへと走って行ってしまった。

 

「避難勧告って、どこに避難すればいいんだよ...。

ん?避難勧告?」

 

この単語、最近どっかで聞いたような...。

ああ、そうだ。確かこの前、護堂達が雷神を相手にする時に出したとか言ってたな。

てことはアレか。

今感じてるこの気配は神様的なアレなのか。

......良し行こうすぐ行こう今すぐ行こう!

思い立ったが吉日と言わんばかりに、ダッシュで気配のする方角へと駆ける。

権能を試したいと思った矢先にコレだ。運が良いとしか言いようがない。

俺は戦えて、一般市民達は助かる。まさに一石二鳥。

どんな神様かは知らないが、首洗って待ってろよ!

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

3分程走ったところで、海の上に浮かぶ神様を目視で確認できる場所、漁港に出た。

いや、あれは浮いてるってより、水面に立ってやがるな。

大きさは目測で170cmちょい。俺と同じか、ちょっと低いくらいの人型だ。

さて、どうやってあそこまで行ったものか、と考えていると、後ろから護堂御一行が走ってやって来た。

 

「よう護堂、おひさー。護堂もアレ狙いで来たのか?」

 

軽く手を挙げ、護堂に向けて挨拶をする。

正直護堂以外の女性陣には苦手意識しかない、というより、現在進行形で敵意丸出しの目で見られ続けているので敢えて無視をしている。関わらないが吉、と俺の直感が告げているのだ。

というか、何でそこまで敵視しているのかが謎でしかない。

 

「いや、別に戦いたくて来たんじゃないんだけどな。ただ、今1番近いカンピオーネは俺かお前だけらしいし、お前は来ないかもって思ったから一応来たんだ」

「あっそ。ならアイツは俺が貰ってもいいよな?倒したのは護堂ってことにするから」

「まあ構わないけど...。1人で大丈夫か?まだカンピオーネになってから日も浅いだろ?」

 

心配してくれる護堂君マジ優しい。

そこの取り巻き女性陣、少しはアンタらの王を見習えよ?

 

「たぶん大丈夫。もしヤバそうだったら手伝ってくれると嬉しい」

「分かった。キツかったら早めに言えよ?」

「おう。ありがとさん」

 

なにやら女性陣の視線が一層強くなった気がしないでもないが無視。

とりあえず護堂達には一旦下がってもらって、ヤバそうだったら手を貸してもらう、ということで話がついた。

さてと、じゃあ始めますか。

 

「我は雷、故に神なり」

 

聖句を口にする。

発動キーのような役割を果たすこの言葉を口にすると、自分の体から自由に雷を出せるようになる。

これが雷神・ぺルーンから簒奪せし権能、“雷で打つ者”の能力だ。

 

「とりあえずの先制ブッパだ!喰らっとけ!」

 

雷を空高く打ち上げ、その後相手に落とす。

落雷のような技だ。

それを10発程打ち込んでいく。予告無しで。

 

「オラオラオラオラァ!!」

 

獰猛な笑みを浮かべてのその攻撃は、悪役じみていると自覚せざるを得ない。

だが、神様相手に体裁なんて気にしていられないのも事実。というか、そんなの気にしてたらこっちが殺られるっての。

水飛沫が立ち込める中、俺は次の大技の準備をする。

最初の攻撃で倒せると思っているほど俺は甘くは無いのだよ。

水飛沫が晴れてきて、神様の姿が浮かび上がる。

多少の傷は見られるものの、大したダメージが入っているようには見えない。

だが、そんな事は想定内だ。

特に気にすることも無く、俺は技の準備を続けていく。

あと少しで技を繰り出せるか、というところで、水面に立っている神様がこちらを見てきた。

 

「お前、神殺しか?」

「!?」

 

声が聞こえたことに驚きを隠せない。

俺と神様の間の距離は軽く約100Mを超えている。にも関わらず呟いた声が耳に届くのだから、そりゃ驚くわ。

 

「そうかそうか、お前が話に聞く神殺しか。ククク、面白そうだな」

「ハッ!笑ってられるのも今のうちだぜ?」

「む?」

 

驚きはしたが、時間は十分稼げた。

今の時間で溜め込んだ魔力で、俺の周りに数十本の雷の槍を作っていく。

これが今、俺が出せる最大級の広域殱滅技。名付けて、“雷槍の霧雨(ゴッツ・シャウアー)”。

そのまんまな技名だが、分かり易い方がいいんだよ!

 

「全雷槍、一斉発射!」

 

神様目掛けて、空中に作り出した雷槍を全て射出していく。

雷槍は文字通り光速で飛んでいき、海上の神様に吸い込まれるように命中していった。

轟音と共に大量の水飛沫が舞い上がる。

今のは確実に当たったが、これで終わったようには感じられない。残念なことに、こういう直感は良く当たるのだ。

ギフトカードから“天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”を取り出し、注意深く海上を見つめる。

 

「なかなかやるじゃないか神殺し。今のはだいぶ効いたぞ?」

「っ!?」

 

俺の右隣、手を伸ばせば余裕で触れる事のできる距離に、先程まで海上にいたはずの神様がいた。

一応傷は負っているようだが、致命傷には程遠い。

 

「ちっ!」

 

舌打ちと共に“天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”を横薙ぎに振るう。

しかし、槍は神様を捉える事は無く、神様の体をすり抜け、神様の体は霞の様に揺らめき消えてしまった。

 

「まったく、話しかけただけで攻撃してくるとはな。些か酷くはないか?」

 

今度は背後から声がした。

振り向きざまに再度槍を振るうが、結果は変わらずに、槍が虚しく空を切るだけだ。

 

「ちっ、どうなってんだ...?」

「ハハハッ!どうした神殺し、僕が笑っていられるのは先程までじゃなかったか?」

「オイオイ...。マジで何なんだよコレは...」

 

目の前に現れたのは20前後の神様の姿。

その全てが別々の動きをしているため、実体を持つ分身体であろうか?

 

「僕の名はモルペウス、夢を司りしギリシアの神である!

さあ名乗れ神殺し。お互い、戦う相手の名前くらいは知っておきたいだろう?」

「...坂元 凌太だ。覚えとけ」

 

名乗りながらも、状況を打開する方法を模索し続ける。

一気に全部の分身体を吹き飛ばすか?というか、それ以外思いつかねえ。

だが、あの中に本物がいるとは限らない以上、闇雲に攻撃してもこっちが消耗するだけだ。

...どないしましょ?

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

あれから1時間。

もうどうにでもなれという考えの元、俺は片っ端からモルペウスの分身体を屠っていた。

今のところ軽く200は消し飛ばしたのだが、未だモルペウスは健在だ。消しても消しても増えてきて、マジでキリがない。

そろそろ俺の魔力も半分を切ったところだ。

これはそろそろ護堂に出てきてもらわないとヤバイか?というか、この1時間よくずっと見ていられたな。俺なら我慢できねえわ。

 

「おい坂元凌太、僕はそろそろ飽きてきたぞ。まだ続けるのか?」

「ああ?巫山戯んなよまだやるに決まってんだろ」

 

また1体分身を消し飛ばす。

にしても、これだけ消し飛ばして本物に辿り着かないとかどうなってんだ?

 

「いくら消しても無意味だと何故分からない?時間を無駄に消費するだけだ」

「そうかよ。だったらそっちからかかってこいや。そしたらすぐ終わんだろ」

 

さらに3体を一緒に消し飛ばす。

何かないのか?本物を見つけ出す方法は。まさか、俺の前にまだ姿を表していないとかか?

 

「そうしたいのは山々だかな。近寄ったらその槍の餌食だ。それ、対神性の武器だろ?」

「いえ、そんな事実は御座いません。だから本体連れてこっち来い」

「クハハッ!そんな見え見えの嘘に引っかかる程僕は馬鹿ではない」

 

軽口を叩く余裕はあるのだが、如何せん退治方法が分からん。

もういっその事ここら全体吹き飛ばすか?

...ん?吹き飛ばす(・・・・・)

......そ・れ・だ。

 

「そうだそうだよ!最初(ハナ)っからそうすれば良かったんじゃねえか!おい護堂!聞いてんだろ!?1分だ!1分で女性陣連れてここから離れろ!」

「はぁ!?何する気だよお前!」

「ここら一帯を吹き飛ばす!」

「馬鹿か!?」

「いいから逃げろ!あと45秒だぞ!」

「くっそ!後で覚えてろよ!?」

 

文句を言いながらも離れていく護堂達を横目に見ながら、自分の魔力を全てつぎ込んで超特大雷撃爆発(スパーク)の準備を進める。

 

「お前本気か?」

本気(マジ)本気(マジ)、大本気(マジ)だ!本体ごと吹き飛ばしてやるぜモルペウス!」

「くっ!」

 

最初は本体を炙り出す為の虚勢だと思っていたのだろうか、余裕の表情を浮かべていたのだが、俺の魔力が高まっていくにつれて本気だと理解したのだろう。若干顔を青くしているモルペウス。

だがもう遅い。準備は整った。

 

「消し飛べ!“郭大せし雷撃(ゼア・ブリッツ)”ッ!!!」

 

俺を中心に、雷の塊が紫電を撒き散らしながら球状に広がっていく。

俺の残り魔力を全て詰め込んだ、正真正銘の捨て身特攻。

これで倒しきれなきゃ俺が殺られるが、その時はその時に考えればいいだろ。

 

「ク、クハ、クハハハハッ!まさかまだこんな馬鹿げた魔力を残していたとはな!流石に恐れ入ったぞ坂元凌太!うむ、飽きた、というのは撤回だ!存分に、心ゆく戦いであった!クハハハハハハハハハハッ!!」

 

笑いながら雷の塊に呑み込まれていくモルペウス。

その声を最期に、俺の体へとモルペウスの権能が譲渡されてくるのが分かる。

 

「ハハッ、俺も楽しかったぜ、モルペウス」

 

そう言い、俺は魔力切れで倒れ込む。

ああ、本当に楽しかった。それと...

 

ふと周りを見渡し、焦土と化した港を確認する。

 

...これは明日の朝刊の一面を飾るかな?

そう思ったところで、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 




今年も、残すところあと2日と数時間ですね。
皆さん良いお年を!


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怒りました

あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします!


モルペウスと戦った翌日。

俺の予想通り、昨日の破壊跡は朝刊の一面を飾った。カラーで。それはもう大々的に。

朝からその話題がよく耳に入るのだが、そんなの知らん。アレは事故だ、俺は悪くない。悪くないったら悪くない。

だからそこらの人が被害総額の話とかしてても気にしない。ウン千万とか聞こえてもぜっんぜん気にならないんだからね!

 

俺は現在、“赤銅黒十字”本拠へとお呼ばれしたのでそちらへ向かっている。

まあどうせろくな事が無いんだろうけど、アリアンナさんからの電話だったので素直に出向くことにした。

俺は今のところ、この世界で出会った人の中ではアリアンナさんと護堂に対してだけ素直に接するようにしている。だってあの人達マジでいい人達だし。アリアンナさんに至ってはこの世界唯一の癒しだし。いっその事、護堂とアリアンナさんには“ファミリア”に入ってもらいたいまである。

まあそんなことをすればあの紅き悪魔達が黙っていなさそうなのでしないが。

 

そんな事を考えている間に“赤銅黒十字”の正面に辿り着いた。

さて、どうするか...。

このまま無言で侵入しようものなら確実に不審者扱い。既に地に落ちている信頼度的な何かは地面を抉って更に下がるだろう。

かと言ってインターホン等は見受けられない。

このままここで誰か来るのを待つしかねえかなー。

...暇。

 

「あ、もういらしてたんですね!おはようございます!」

「はいかわいー」

「?どうかしたんですか?」

「あ、なんでもないでーす。ちょっと本音が漏れたと言うか何と言うか...」

「??」

 

屋敷の中から出てきたアリアンナさんの不意打ちの笑顔につい本音が漏れる。

困り顔ですらも可愛いなこの人は。ああ、癒しだ。

この世界での癒しは大事だよ?神様と戦って護堂取り巻き女性陣の敵対的視線に耐えて多大な被害総額から目を逸らして...。というハードスケジュールなんだから。

 

「まあ、今のは忘れてください。それで?今日の要件は何ですか?」

「あ、はい!昨日の件について、エリカ様達が話があるそうです!」

 

あー、やっぱりそれかー。

別にいいのにな、そんな話は。前回みたいに護堂が全部やりましたー、でいいじゃん。

...いや、今回は流石に被害がデカすぎるか。

早々に諦めが出てきた。

その後、アリアンナさんの案内の元、とある応接室に通された。

中には護堂とエリカ、リリアナ、万里谷が座っている。

アリアンナさんがお茶を淹れてきてくれて部屋を出ていった後、エリカが厳しい声色で俺に話しかけてくる。

 

「それじゃあ早速だけれど、昨日の不始末の経緯を教えてもらえるかしら?」

 

これまたやけに高圧的だなこの女郎。不正規とはいえ、俺も一応お前らの言うところの魔王なんだけど?

 

「いや、経緯も何も、全部見てたんだろ?そのまんまだよ。というか挨拶ないし会釈くらいしたらどうなんだ?」

「いいから質問に答えなさい。私達が退去した後、何をどうしたら平和な漁港が焦土と化すのかしら」

「平和なて...。神様が現れた時点で平和じゃねえだろうよ。いやまあやり過ぎたかなとは思わなくはないけれども。まあその件はすまなかったな、護堂」

「いや、俺は構わないんだが...」

「それではダメよ、護堂。この男には1度キツく言っておかないと」

 

ねえ、この扱い本当に何なの?怒るよ?俺にも限界はあるんだからね?

 

「それで?昨日は何であんな事をしたのかしら?」

「何でって、そりゃモルペウス倒す為だろうよ」

「それにしても、あんな過剰攻撃をする必要があったの?そもそも、あの場には護堂や私達が居たのよ?素直に私達に任せておけばあそこまで悲惨な被害は出なかったわ」

「いや、俺でもあのくらいはしたかも」

「護堂は黙ってて」

 

...イラァっと来ましたよ今のは。

何なんだコイツ。丸焦げにしてくれようか。

他の2人は微妙な顔をしているあたり、護堂でも多大な被害は出ていたのだろう。

それなのにこの女ときたら...。

 

「さあ、早急に、私達が納得出来うる説明を」

「うるせえな」

「!!」

 

少し、とは言えない程の殺気を込めて言葉を口にする。

護堂を含めた4人が警戒態勢に入るが、知ったこっちゃない。

確かに昨日はやり過ぎたかもしれない。金銭面での補助も受けた。それでも、この苛立ちは抑えきれなかった。

俺だって若干15歳の子供なもんでね。まだ自分の感情を上手く制御出来ない部分もあるんだよ。

 

「俺が今まで少なからず下手に出ていたのは護堂やアリアンナさんがいい人だったからだ。決してお前らに気を許しての行動じゃない。勘違いしてんじゃねえぞ?

何でそんなに俺を敵視してんのかは知らねえが、喧嘩売ってんなら高値で買ってやるよド畜生が」

 

ありったけの殺意と凄みを効かせて言葉を紡ぐ。

護堂は難なく耐えているようだが、他の3人は違った。

恐怖に顔を歪ませ、地面に膝を着いている。

 

「ッ!王よ、どうか怒りをお鎮め下さい。エリカの無礼はどのような手段を使ってでも償います。ですので、どうか命だけは...!」

 

恐怖に震えながらも、リリアナが決死の表情で俺にそう行ってくる。

...ふむ、エリカ以外の奴は今日はあまり敵意の篭った視線や態度を向けてはいないし、ここらで解放してやるか。

そう思い、殺意を収める。

すると、3人は呼吸をすることを思い出したかのように息も絶え絶えにこちらを見てくる。

しかし、そこに敵意などは感じられず、ただただ畏怖の念だけがあった。

 

「...すまないな護堂、つい頭にきてやっちまった。後悔はしてない。殴るなら今のうちだぞ」

「いや、今のはこっちも言い過ぎた。俺の方こそすまない。エリカが失礼な事を言ってしまって。でも、今後は殺意はやめて欲しい。実際に殺す、なんてことはなおらさらな」

「...ああ、分かってる」

 

ここでエリカを殺してしまうのは簡単だが、護堂の手前そんなことをする訳にもいかない。それに、人を殺すのは後味も悪いだろうしな。

 

「...この話はここまででいいか?

被害総額を払えと言うのなら、今後ローンで返せるようにする」

「いや、金なら心配しなくていい。こっちで処理する。というか、表向きは俺がやった事になってるからな」

 

笑いながらそう言ってくれる護堂には感謝しかない。

...こんな事でキレてるようじゃ、トップに立つ人間としてダメなんだろうな。

 

「ありがとう、護堂。心から感謝する」

「いいっていいって!」

 

結局この場はこれで話が終わり、エリカ達の俺に対する感情が敵意から畏怖に変わっただけで、今日は解散になったのだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

その後、何事も無く2日という時間が流れた。

この2日は特に何をするでも無く、ふらっと出歩いて夜になったらホテルに帰ってきて、風呂入って飯食って寝るだけだったが、気持ちを落ち着かせるには十分な時間だった。

今日も風呂から上がって一息ついていると、俺のスマホから着信音が響いてきた。

急いで電話に出てみると、相手は爺さんだった。

 

『もっしもーし!ワシよ、ワシワシ!』

「アンタはちったァまともに電話くらい出来んのか!」

『無理だな。キリッ』

「堂々と否定すんなあと擬音を自分の口で言うな」

『はあ...。全く、お前は本当に注文が多いな』

「おい、何呆れてやがる。呆れるのはこっちだと思うんだが?」

『まあそんな事はどうでもいい。次の行き先が決まったぞ』

「行き先?ああ、次行く異世界の事な。てかそれどうやって決めてんの?」

『箱庭以外はクジ引き』

「マジでか!」

『ウッソ〜!引っかかってやんの〜ww』

「ようし戦争だ。首洗って待ってやがれよクソジジイ!」

『ハッハッハ!ご生憎様、こっちは現在進行形で戦争中だよ。今回はヴォルグとワシの2人がかりで4層の大コミュニティと正面からやり合ってる』

「ねえ、何でリーダーが居ないのにそんな好き勝手やってんの?」

『神だから?』

「...ああ、なんか納得いったわ」

『うむ、理解が早いのはいい事だぞ?

っと、準備終了だ。今回ワシは忙しいからその場からお前を送るぞ?』

「あ〜、はいはい。あ、そうだ。質問いいか?」

『ダメ、嘘、いいぞ』

「それ1回十六夜がやったからもういいよ...。

あ、それでな?この世界って今後はもう来れねえのか?」

『いや、行こうと思えば行けないこともないぞ?その世界を登録しとけば、好きな時に行く事も可能だ』

「マジ?だったら登録頼むわ。まだお世話になった人達に恩義を返せてないし」

『ん、分かった。じゃあ登録しとくぞ。

それじゃ、新世界に行ってこい、若人よ。そのうち、このワシを超えることを期待してるぞ?』

 

その言葉とほぼ同時に、俺の足元に魔法陣が構成されて眩く輝き出す。

 

「おうよ。それに、俺はどの道アンタを殴り飛ばすって決めてるからな。言われなくても強くなって見せるぜ」

 

そう言って、俺は再びあの暗闇へと放り込まれた。




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Fate/Grand Order
オルレアン


...後悔は、してません。



 

 

 

 

今回も長い暗闇の中の航海だ。

例の如く、体の自由は効くが、進行方向などは変更出来ないと言った感じだ。

まあ、下手に動いて変な世界に出るとかなっても嫌なので大人しく流されているのだが。

 

しばらく流されていると、前回同様、進行方向から光が差してくる。

 

「さて、次の世界では周りに敵視されないといいんだが...」

 

そう願いながら、俺は光の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

光を抜けたその先は、広大な草原だった。

“???”を発動したときに顕現したあの草原のような場所に出て、あたりを見渡す。

 

「今度は何処だよここ。なんか空に竜が飛んでるし...。まあ、異世界だよなあ...」

 

そう、今まさに蒼天の空には、何頭もの竜が飛び交っているのだ。

見た感じ、ワイバーンと言ったところだろうか?

とりあえず、龍王、とかそんなのじゃ無さそうなので一応安心するが、それでも相手の戦闘能力は不明だ。

だがまあ、襲っては来ないので無視してても大丈夫だろう。

再度周囲を見渡してみる。

すると、遠くの方でワイバーンが群れをなしている場所を見つけた。

さらに、そこには複数人の人影。

 

もしかしなくても襲われてんじゃね?

 

そう思い、様子見も兼ねてそこに近付いて行く。

すると案の定、兵隊のような団体と、デカイ旗を持った女の子がワイバーンと交戦中だった。

いや、実際に戦っているのはあの女の子だけか。

兵隊達は何かしら言いながら見ているだけだ。

そして、旗を持った女の子と、棺桶を背負った女性が対峙しているのも見て取れた。

旗を持った方の女の子は結構ギリギリな感じだ。

 

これは、一応助けに入った方がいいのかな?

うん、そうだな。見捨てるのは後味悪いし。

 

そう思い、俺はワイバーンの群れへと喧嘩を売ることにしたのだった。

 

 

 

「我は雷、故に神なり」

 

聖句を口にして紫電を纏う。

 

「ひこうタイプにはでんきタイプの技が効くって、昔から相場が決まってんだよ!“雷砲(ブラストォ)”!」

 

拳に纏った雷を、右ストレートにのせてワイバーンへと飛ばす。

これぞまさに雷の大砲ってな。

 

女の子に襲いかかっていた数頭のワイバーンを消し炭に変える。

竜も案外脆いようで助かった。

 

「っ!今のは!?」

 

女の子が驚嘆の声を上げてこちらを見てくる。兵隊達や棺桶背負った女性も、突然放たれた雷に驚きこちらを見てきた。

ヤダ恥ずかしい。

まあ、軽く自己紹介くらいはしとくか。

 

「魔王・坂元凌太。ただ今より、そこの金髪の旗持ち少女の助太刀をする!」

 

堂々と、かつ紫電を散らしながら名乗りを上げる。

第一印象は大事だからな。

 

「ま、魔王...?」

「おうよ!」

 

誰かの呟きにサムズアップで応答する。

そこで、再度雷を腕に纏わせて“雷砲(ブラスト)”をワイバーンに数発放つ。

雷撃を喰らったワイバーンは黒焦げになって墜落していった。

やはりひこうタイプにはでんき技だな。

他にも数頭を焦がしながら金髪旗持ち少女に近付いて行く。

 

「助っ人とーじょー!ってな。とりあえず、襲われてるっぽいから助太刀するぜ?君はあの棺桶背負ってる方頼むわ。俺ワイバーンの方殺るから」

「は、はあ...?えっと、貴方は一体...?」

 

困惑顔を向けてくる少女。

まあ、当たり前か?素性の分からん奴がいきなり味方してくるんだもんな。

 

「詳しい話はこの状況を打破してからな。じゃ、頼んだぜ!」

「あ、ちょっ!」

 

少女の声を無視してワイバーンの群れに突っ込んでいく。

紫電を振り撒き散らし、片っ端からワイバーンを焦がす。

 

「ワハハハ!ワイバーン狩りじゃあ!!死にたい奴から前に出な!」

 

もう悪役そのままである。

そんな自覚はあるが、こういう性分なのだからしょうがない。

土台、俺が正義の味方風に振る舞う事など無理なのだ。

 

 

 

10分もしない内に、30はいたワイバーンは全滅し、地へと伏した。

それらの中には、完全に黒焦げになったものや、いい感じに焼けているものもいる。

...ワイバーンって美味いのかな...?

ま、検証は後だな。

見ると棺桶の女性が撤退を始めているところだった。

別の場所に仲間が2人ほど居たようで、そいつらと共に逃げようとしている。

 

しかし、その仲間の内、黒甲冑を着た奴が奇声を上げながら金髪少女の方にダッシュしてきた。

何あれ怖い。

 

「Arrrrrrrrrthurrrrrrrrr!!!」

「っ!」

 

金髪少女が黒甲冑とせめぎ合う。

その間に棺桶女性ともう1人の男はワイバーンに乗って退去していった。

てかまだ居たのかよワイバーン。全滅させたと思ってたのに。

そんな事を考えながら、少女の援護に向かおうとする。

すると、ワイバーンが飛び去った方向から数人の人影がこちらに向かってきているのが目に入った。

 

ありゃ増援っぽいな。

金髪少女の方は黒甲冑と互角に戦えてるし、先にあっちをやっとくか。

 

そう思い、こちらに駆けてくる奴らへと雷撃を飛ばす。

しかし、その雷撃は盾を持った少女によって防がれてしまった。

 

「盾役がいるのか。面倒だな」

 

とりあえず再度雷砲を放つが、先程と同じく防がれた。

もう1発放とうとしたところで、あちらから魔力弾のような攻撃が飛んできた。

俺はそれを難なく弾き飛ばすが、その隙に相手の接近を許してしまう。

 

「やあァァァ!」

 

というかけ声を伴い、先程俺の攻撃を防いだ盾の少女がその盾を俺に振り下ろしてきた。

おいちょっと待てその盾の使い方正しいんか!?

 

まあ、接近されたところでこの程度の攻撃なら問題ない。

魔力弾と同じく、振り下ろされる攻撃を難なく捌き、受け流しの容量で盾少女を投げる。

 

「マシュ!」

 

オレンジ髪の少女が叫び、それに応えるように盾少女が立ち上がる。

なんだその青春。

盾少女達に気を取られていると、横から魔力弾が飛んできた。

威力的にはそこまで高く無いが如何せん数が多いし、盾少女の守りも思った以上に硬いのでなかなか攻めきれない。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、洛陽に至る。撃ち落とす―――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 

突如として放たれた巨大な暴力の渦。

そうとしか言い表し様のない力の波動が俺に襲いかかる。

 

「な!?おい待てよそりゃねえだろ!」

 

不意打ちによる特大攻撃。よく考えれば、それは俺がモルペウスにやった事なのだが、そんな事は棚上げしてこの攻撃を放った誰かに文句を言う。

気付けば、先程まで近くに居た盾少女は撤退しており、攻撃の延長線上には俺しかいない。

 

「くっそがあああああ!!!」

 

ヤケクソ気味に雷の防御璧を展開する。

二重三重と壁を重ねて攻撃の威力を削っていくが、完全に防ぐ事は叶わない。

削り切れなかった分が俺を呑み込んでいった。

 

「っ〜!ぷはぁ!あ〜、効いた...。まあでも、思ったほどじゃなかったな。雷神の雷の方がキツかった」

 

立ち込めていた土埃が晴れ、俺の姿が顕になる。

服こそ所々破けてはいるものの、目立った外傷はない。

 

「っ!そんな!あのファブニールを退けた攻撃を受けて無傷だなんて...!」

 

相手陣営は驚きを隠せずにいるようなので、追い討ちとして、次はこちらが特大のを放つことにした。

 

「お返しだ、しっかり味わえよッ!“雷砲(ブラスト)”!!」

 

ワイバーンを屠った時よりも大量の雷をのせて相手方に放つ。

単純な威力なら、先程俺を呑み込んだ攻撃よりも高いだろう。

 

「っ!マシュ!宝具展開急いで!」

「はいっ!宝具、展開します!」

 

盾少女、改めマシュが自身の盾を地面に突き立て、俺の雷砲を防ぐ。

くっそ、結構本気で打ったんだけどな。

 

双方の攻撃が防がれた事から、無言の睨み合いが始まった。

こっちから攻撃に転じてもあの盾に防がれる。

かと言って、相手の攻撃は俺に通じない。

そのまま無言の時間が流れる。

 

「Aruuuuuuuuuuuu!!!!!」

 

そろそろ動こうかと思った矢先、黒甲冑の雄叫びが響き渡った。

見れば、旗持ち少女が黒甲冑に押されている。

 

「ちっ!」

 

俺は舌打ちと共に旗持ち少女の方へ駆け、黒甲冑に横から飛び膝蹴りを喰らわせる。もちろん、足に雷を纏いながら。

主に雷の威力で黒甲冑が吹き飛んでいく。

 

「っと。大丈夫か?」

「え、ええ。ありがとうございます」

 

律儀にもペコリと頭を下げてくる旗持ち少女。

すると、吹き飛んだ黒甲冑が雄叫びと共に再度突進してくる。

 

「Arrrrrrthurrrrr!!!!」

「なんだアレ。完全に暴走してんじゃねえかよ」

 

雷砲を放ち、黒甲冑の突進を止めようとする。

しかし、黒甲冑は止まることをせず、自ら雷に突っ込んできた。

 

「Aruuuuuuu!!!!」

 

雷に呑み込まれてなお衰えを見せない黒甲冑の突進に、少なからずの驚きを覚える。

しかし、驚いてそこで終わる、なんて愚行は決して犯さない。

続いて3発の雷砲を黒甲冑目掛けて放ち、なおかつ“雷槍の霧雨”の準備を始める。

あの技は雷槍を作る為の魔力を練るのに時間がかかるのがネックだ。

さすがの黒甲冑も、3発の雷砲をまともに喰らうと少しはダメージが入ったようで、多少スピードが緩んだ。

しかし、微妙に“雷槍の霧雨”の発動に必要な魔力が十分でない。

このままじゃ間に合わないか?と思ったところで、マシュ達が一斉に黒甲冑へ攻撃を加えていく。

...え?お前らその黒甲冑の仲間じゃねえの?

 

「Ar...thur...」

 

そう言い遺し、黒甲冑は消えた。

...そう、消えた。死んだとかじゃなく、消えた。

こう、スーっと、光の粒みたいなものになって消えたのだ。

...もう意味が分からん。

 

 

結局分からず終いのまま、旗持ち少女に連れられてその場を離れる事になった。先程戦ったマシュ達も一緒に。

 

 

 

...正直、気まずいです...。

 

 

 

 




43連で武蔵ちゃん狙ったんですけど、来たのはランスロット(剣)、メドゥーサ・リリィでした。
...いや、十分嬉しいんだけど、君たちじゃないんだ...。
特にランスロット(剣)の時、俺がどんだけ期待したと...!

あ、感想等よろしくです。


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始めての英霊召喚

 

 

 

「すいませんっっしたぁぁぁぁ!!!!!」

 

全力全開の土下座。

まさかあれだけ偉そうに魔王と名乗っておきながら土下座なんぞをするとは微塵も思っていなかったのだが、この状況下ではそうするしかなかった。

 

黒甲冑、改めランスロットを倒した後、暫く歩いて廃棄された砦まで行き、彼女らが現在置かれている状況、即ち人理焼却という事実と、それを打破する為に動いているカルデアという組織についての説明を受けて先程の俺の行動を振り返ってみると、俺はなんて事をしていたんだと心の底から思う。

危うく人理焼却の片棒を担ぐところだった...。

 

「いいよ、そんな土下座までしなくて!こっちも全員無事だったし、ジャンヌを助けようとした結果だったんでしょ?」

 

そんな寛大な対応を見せてくれたのは、人類最後のマスターである藤丸立香さん。

 

「それはそうだけど...、君たちを殺そうとしてた事には変わりないし...」

「倒そうとしてたのはこちらも同じでしたし、ここはおあいこという形でどうでしょうか?」

 

そう言ってくれたのは藤丸さんのサーヴァント、正確にはデミ・サーヴァント、であるマシュ・キリエライト。

他にも、先程の金髪旗持ち少女、改めジャンヌ・ダルク。

魔力弾を打ってきていた2人の内の1人であるマリー・アントワネット。

ほぼ瀕死状態のジークフリート。

この3人も気にしていないと言ってくれている。

もう1人のアマデウス・モーツァルトは特に何も言わないのだが、敵視している感じは無いので気にしてはいないのだろう。

なんとも優しい人達だ。

 

それからもう1度謝罪をし、お礼もしてから今後の話に移る。

俺も妨害した罪滅ぼしとして作戦に参加する事にした。

 

その後色々と話していたが、内容を整理するとこうだ。

 

1、ジークフリートの呪いを解くために聖人を見つけ出す。

2、“竜の魔女”ジャンヌ・ダルクとその仲間を見つけたら可能な限り打倒。

3、アマデウスはマリーの事を愛している。プロポーズ済。

 

という上記の3つ。

俺達はまず1つ目の目的を果たす為に、このフランス領を二手に別れて虱潰しに聖人を探すらしい。

グループ分けはマリーの提案によりくじ引きで行われ、Aチームが藤丸さん、マシュ、アマデウス、ジークフリートの4人。

Bチームは俺、ジャンヌ、マリーの3人だ。

 

俺たちは早速別れて聖人捜索を開始した。

別れる前、アマデウスから、マリアには手を出すなよ的な事を言われたのだが、テキトーに聞き流した。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「ねえ、魔王さん?さっきの雷はどうやって出してたのかしら?貴方、サーヴァントではないのでしょう?」

 

グループごとに別れて捜索を開始してから数分。

マリーが俺にそう尋ねてきた。

その目はまるで純粋な子どものようだ。

ジャンヌもこちらを見てくるあたり、気にはなっていたのだろう。

 

「ああ、あれは権能だよ。神殺しを成し遂げた副産物的なもの」

「神、殺し!?神を...、主を殺した、と言うのですか!?」

 

ジャンヌが信じられないものを見るような目でこちらを見てきて、さらに詰め寄って来る。

ジャンヌ・ダルクと言えば、かの有名な“聖処女”。神の声を聞いて戦場に向かったという英雄である。

神の声が直接聞こえるレベルの信仰者には、その“神”を殺す、というのはやはり信じられないのだろうか?

 

「お、落ち着けって。神って言ってもアレだぞ?“まつろわぬ神”だ。人間に危害を加える系の神様」

 

そう説明して納得させるまでに軽く10分はかかったのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

「まあ!とても楽しそうな旅をしてきたのね!羨ましいわ!」

「まあな。そんなことよりさ、英霊って他にも沢山いるんだろ?

今ここで呼んだり出来ないの?」

 

一通り説明を終えて、ジャンヌがなんとか落ち着いた後、英霊というものに興味を引かれた俺はそう質問した。

 

「まあ、出来ない事はないと思いますよ?やってみますか?」

「やるやるぅ!」

 

無駄にテンションを上げていくスタイル。

ジャンヌは俺の願いを快く受け入れてくれ、何やら地面に魔法陣を描いていく。

ほんまええ人や。

1分もしないうちに魔法陣は描きあげられた。

それから英霊召喚に必要な呪文的なものを教えられ、俺は人生初の英霊召喚を始める。

聖遺物とかは無いので誰かを狙うことは出来ないが、特に狙う英霊もいないので問題ない。

まあ、これで聖人のサーヴァントが来たら今行っている聖人捜索も終わるのだが、それはそれ。

 

「それでは、魔力を込めて詠唱を始めてください」

「おう!

―――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出て、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる時を破却する。

 

―――Anfang(セット)

告げる。

汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世全ての善と成る者。

我は常世全ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

魔力を注ぎ、詠唱を完了させる。

すると、魔法陣が眩く光りだし、辺りがその光に包まれていく。

魔法陣の発光し始めてから少しすると、その光が収まって行き、魔法陣の上に1人の女の子が立っているのが俺の目に入った。

 

「サーヴァント、アサシン。静謐のハサン。

私は貴方に仕えます。すべて、すべて、貴方(マスター)の御心のままに」

 

骸骨の仮面らしきものを付けた紫髪の女の子。

それが俺の呼びかけに応えてくれた、俺の初めてのサーヴァント。

アサシン、とはクラス名だろう。

基本、サーヴァントは真名を人に教えないらしいのだが、ジャンヌ達も既に名乗っているので、今はあまり関係がないのかもしれない。

 

「良かった。成功ですよ、凌太さん」

 

ジャンヌが笑顔で俺に言ってきてくれる。見れば、マリーも笑っている。

お前らアリアンナさんかよかわいいな。

 

「ああ。よろしく、静謐のハサン。

長いから静謐ちゃんでいいかな?」

 

そう言い、無駄にテンションの上がっていた俺は無神経にも静謐ちゃんの頭を撫でてしまった。

別に下心があったとかではなく、単純に頭が撫でたくなったというかなんというか。

まあそれがいけなかったのだろう。

静謐ちゃんはバッと俺の手から逃れてしまった。

...いや、そんなにダメだった?

 

「...?なんとも、無いんですか?私に、触れたのに...?」

「え、別に何ともないけど...?」

 

その場に居た全員が困惑する。

触れても何ともないのか、とかどんな質問だよ。

まるで自分の体が毒か何かみたいに言うんだな。

 

「私の体は毒の体。肌も、粘膜も、体液に至るまで猛毒そのもの。

肌の接触では即死こそしないものの、それなりに毒が回るはず何ですけど...」

 

...マジで毒だったー。

いやまあ英霊とかいうくらいだからそういう人がいてもおかしくないよな、うん。

 

「毒が効かない、ねぇ。アレじゃね?俺の体ってもう普通の人間とは違うらしいし、毒に対する耐性が付いてるとか、そんな感じ」

「人間とは、違う...?」

「まあ、色々あってね。歩きながら話そうか。

ジャンヌありがとう。お陰で戦力が増えたよ」

「いえ、どういたしまして。では行きましょうか」

「ねぇ魔王さん?わたしも魔王さんの話をもっと聞きたいわ!いいでしょう?」

 

再び聖人捜索を開始し、歩きながら静謐ちゃんとマリーに箱庭での出来事と、その後の神との戦いについて話す。

話の途中、静謐ちゃんとジャンヌは時たま驚き、マリーは終始はしゃいでいた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

あれから暫く歩いていると、前方に街が見えてきた。

それと同時に、マシュから連絡が入る。

どうやら、あの街にゲオルギウスという聖人がいるらしい。

そうと分かれば善は急げだということで、俺達は街へと向かって行った。

 

「そちらで止まってください。何者ですか?」

 

街の入口付近に辿り着くと、鎧を着た男性がそう声をかけてきた。

ジャンヌ達と同じ雰囲気、即ち英霊の雰囲気を漂わせていることから、おそらくこの男性が聖人ゲオルギオスだろう。

 

「わたしはサーヴァント、クラスはライダー。真名をマリー・アントワネットと申します」

「俺は、まあマスターってとこかな?坂元凌太だ。で、こっちが俺の契約サーヴァント」

「アサシン、静謐のハサンです」

 

ジャンヌ以外が自己紹介をする。

ジャンヌは“竜の魔女”がいるからか、自ら名を言わなかった。

 

「...なるほど。狂化されてはいないようですね」

「ええ、彼らと戦う側です。それからこちらが―――」

「なるほど、かの聖女ですか。...名は伏せておいた方が良さそうですね。この街も“竜の魔女”に襲われました。1度は私がなんとか退散させましたが、次は不可能でしょう」

「...では、私達と共に来てくれませんか?仲間の“竜殺し”の呪いを解かないといけないのです。ですが、複数の呪いが入り混じっている為、私と貴方が揃っていなければ...」

「...なるほど。事情は理解しました。街の人間の避難が終わり次第出発しましょう」

「ありがとうございます!」

 

俺達の要求を引き受けてくれたゲオルギウスもマジええ人や。

...まあ、こんな時にトラブル発生とかお約束だよね。

 

「Graaaaaaaa!!!!」

 

響く咆哮。

この声はワイバーンか?いやでも、ワイバーンとは別の気配を感じるような...。

 

「この所、ワイバーンの襲撃が多いですね...」

「いえ、この感じは...、“竜の魔女”ッ...!」

「何ですと!」

 

これが“竜の魔女”や邪竜の気配。確かに威圧感はあるな。

まあ、俺が今まで戦ってきた奴らが奴らなので恐怖とかは無いが。

 

「撤退しましょう!今の私達では太刀打ち出来ません!」

 

ジャンヌが焦ったようにそう言うが、そこまでか?

みんなでかかればなんとかなりそうだぞ。なんなら俺だけでもいいまである。

聖人2人が盛り上がっている中、俺は静謐ちゃんに耳打ちする。

 

「なあ、俺が1人で足止めするって言ったら怒られるかな?」

「はい、私が怒ります」

「えー...」

「私は貴方のサーヴァント。貴方がどれだけ強くても、1人で敵陣に送ることは出来ません」

「えっと、じゃあ静謐ちゃんと2人で足止めするって言ったら?」

「マスターに従います」

「っ!」

 

即答だった。

なんかこう、こういう対応は困るというか嬉しいというかなんというか...。

なんとも言い表せない気持ちを胸に、ゲオルギウスが残るとか街の人がどうとか話しているジャンヌ達に提案しようと1歩前に出る。

しかし、俺が言う前にマリーが先に発言した。

 

「ゲオルギウスさまったら、頭も体も、おひげもお硬い殿方ですのね。

でも、そんなところがたいへんキュートです。わたし、感動してしまったみたい。

ですので、―――その役目、わたしにお譲り下さいな」

「え...?」

 

ジャンヌが信じられないといった風にマリーを見る。

確かにマリーだけじゃ厳しいだろうな。

 

「俺と静謐ちゃんも残るぜ。足止めだけなら十分な戦力だ」

「まあ、魔王さん達も残るの?それは心強いわ」

「よっし、じゃあ俺はあの竜の群れの相手な。マリーと静謐ちゃんはサーヴァント頼むわ」

「了解しました」

「ええ、分かったわ」

「んじゃ、ジャンヌとゲオルギウスはサクッとジークの呪い解いてきてくれ。後で追いつくから待っててね」

「ちょ、待ってください!」

「待ちませーん。適材適所ってやつだよジャンヌ。大丈夫、誰も死なせねえよ。マリーに至ってはアマデウスに任されてるし。ゲオルギウスもそれでいいよな?」

「貴方達がそれでいいのならば。私はこの役目を伏してお譲りしましょう」

「...マリー...。待ってますから!」

「ええ、すぐに追いつくわ」

「凌太さんと静謐さんも、どうかご無事で!」

「任せろ」

「はい、ありがとうございます」

 

とまあこんな感じに話はまとまり、ジャンヌとゲオルギウスがこの場を離れて行く。

 

「じゃ、あの男は頼んだぜ、2人共。俺も竜を倒し次第加勢に来るから」

「お任せ下さい、マスター」

「ええ、こちらは任せてちょうだい。それに、彼とは少しお話もあるの」

 

そう言って、こちらに向かっていた男のサーヴァントの方に向き直るマリー。

まあ、1対2だし大丈夫だろう。

 

「無理はするなよ。危なくなったらすぐに逃げるか俺を呼べ」

 

そう言い残し、俺は竜の群れに突っ込んで行った。

槍を出し、4頭のワイバーンと5体のゾンビらしきものを屠っていく。

“竜の魔女”はまだこの場に着いていないが、こちらに向かっているのは気配で分かる。

 

「さあ、早く来い“竜の魔女”。藤丸さん達には悪いかもしれないが、別にここで敵の大本を叩いても構わんのだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、ご指摘、評価等よろしくです。


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フラグって怖い...

正直、後半部分あたりは自己満以外の何物でもありませんが、どうか暖かい目で読んでください。


 

 

 

 

襲い来るワイバーンを焦がし、這い寄るゾンビを貫く。

市民の避難は恙無く終了したらしく、この街に俺達以外の人影は1つも見当たらない。

マリーと静謐ちゃんはサンソンと名乗った男を相手にしている。今のところは優位に立っており、怪我を負うことも無さそうだ。

あちらに雑魚を向かわせない為にも、街を覆う大量のワイバーン&ゾンビを片っ端から倒していると、先程から感じていた“竜の魔女”の気配が街のすぐ側にまで到着していた。

 

「ようやくお出ましか、“竜の魔女”!」

 

急いで残りの敵を倒して、“竜の魔女”の気配がする方向へと駆ける。

マリー達も無事サンソンを倒したようで、俺に続いた。

“竜の魔女”の方も俺達を感知し、こちらに向かっていたようで、思ったよりもすぐに鉢合わせた。

 

「サンソンはやられたのですか。...これで3人。見込んだ者程早く脱落していくとは、皮肉ですね」

 

アイツが例の“竜の魔女”か。マジでジャンヌと似てるな。細部は少し違う所があるけど、これは同一人物って言われたら信じるかも。

まあ、容姿だけならな。

 

「ええ。案外、最後に残っているのは貴女が嫌っている吸血鬼2人なのかもしれませんわね。ごきげんよう、“竜の魔女”さん。随分と遅い到着でしたのね?」

彼女(わたし)は逃げたのですね。―――なんて無様」

 

“竜の魔女”が蔑むような笑みを浮かべると同時に、1本の雷槍が彼女の乗っていたワイバーンを貫いた。

 

「なっ!」

 

咄嗟にワイバーンから飛び降り、こちらを睨みつける黒ジャンヌ。

だがそんなもん知ったことかと言わんばかりに、更に雷槍を放つ。

大半は彼女の出した炎で防がれたが、それでも攻撃は通ったし、例の邪竜とやらは今のところ見当たらない。

これならいける。

 

「貴方は...、カーミラの報告にあった雷を纏う異邦人...。サーヴァント、というわけでは無いようですね」

「お初にお目にかかる、“竜の魔女”ジャンヌ・ダルク。早速で悪いが、ここでご退場願おうか」

 

薄い笑みを浮かべながら雷を走らせ威嚇する。

今はこれでいい。こちらに気を引ければ、それで。

 

「ハッ!少しはできるようですが、人間がサーヴァントである私に勝てるとでも?」

「それはどうかな?俺は普通じゃないという自覚があるが?まあそんなことより、1つ忠告をしてやるよ黒ジャンヌ」

「忠告?随分と余裕があるようですね」

「そう言わず聞いておけよ。きっとためになるぜ?

―――お前、隙多すぎ。戦闘中はもっと周りに気を配れよ?」

 

そう言うと同時に、黒ジャンヌの背中にクナイのような武器が3本突き刺さる。

 

「がっ!」

 

更に俺からの雷槍も加わり、黒ジャンヌに多大なダメージが入る。

暗殺者(アサシン)である静謐ちゃんが居なくなったことに全く気づいていなかったようだ。

あさはかなり、黒ジャンヌ。

 

しかし、世の中そう上手くはいかない。

トドメに、あと数本の雷槍を飛ばそうとしたところで、空から大量のヒトデのような生物が投下されてきた。

 

「っ!下がれマリー!」

「きゃ!」

 

近くにいたマリーを抱えて後方に跳ぶ。

静謐ちゃんはヒトデマンを屠ろうと武器を投げるが、如何せん数が多くてキリがない。

俺の雷で全部まとめて吹き飛ばそうにも、そんなことをすれば街が消し飛ぶ。まだ雷の強さの微調整が出来ないのだ。

どうしたもんかと悩んでいると、増援らしきワイバーンの群れの中から、眼球が飛び出しそうな男が出てきた。

 

「おお、ジャンヌ!大丈夫ですか!?」

「ジルッ...!ええ、助かったわ」

 

ジル、と呼ばれたその男は、魔導書のような本を使い、更にヒトデマンを増やしていく。

 

「ジャンヌ、ここは一旦引きましょう。今の貴女の傷ではこの場は厳しい」

「......ええ、そうね。次はポチ...じゃなかった。ファヴニールも連れてきます。首を洗って待っていなさい、そこのマスター」

「ねえ今ファヴニールのことポチって」

「首を洗って待っていなさい!」

 

そう言い、黒ジャンヌとジルはワイバーンに乗って退去して行き、街には大量のヒトデが残された。

いやコイツらも連れてけよ!

 

まあ、ヒトデマンは個体としては弱かったので、3人で手分けして殲滅しました。多かったです(小並感)。

何度街ごと吹き飛ばそうと思ったことか...

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

全てのヒトデマンを駆逐した後、俺達は急いで藤丸さん達と合流した。黒ジャンヌが回復しきる前に叩こうという算段だ。

ジークフリートの呪いも無事解除されたらしく、俺達が着いた時には大量のワイバーン相手にバルムンクが火を吹いていた。

全力のアレ受けてたら、俺絶対無傷じゃ済まなかったってマジで。まあ致命傷は受けないでしょうけど?

 

「マリー!よく、よく無事で...!」

「ええ、魔王さん達が手助けしてくれたもの」

「なんだ、帰ってきたのかいマリア」

「これで貴方のピアノが聴けるわね、アマデウス」

 

ねえ、俺も無事に帰ってきたんだけど。この空気感、久しぶりだなー。いや別に構って欲しいとかじゃないよ?...ホントだよ?

 

「凌太君もよく無事だったね。隣のその子が例の英霊?」

「ありがとう藤丸さん」

 

ガシッと彼女の手を取って、割と本気でお礼を言う。

いや、構って欲しかったわけじゃないけど、それでも構ってくれると嬉しいじゃん?

 

「えっと...どうしたの?」

「あ、いや、何でもない。それと、この子が俺のサーヴァント、静謐のハサンだよ」

「よろしくお願いします」

 

ペコリと会釈する静謐ちゃん。

ちなみに、今は当初付けていた骸骨の仮面は外している。

なんだろうか、英霊は美男美女だという前提条件でもあるのだろうか?そんな疑問を持つには十分な程に、みんな容姿が整っている。

静謐ちゃん、ジャンヌ、マリー、マシュ、ジークフリート...etc。

まあ、マシュはデミ・サーヴァントらしいが。

 

「...ああ、どうしましょう。安珍様が2人も...」

 

先程から近くでそんな事を呟いている少女がいるが、こっちは気にするなと藤丸さんに言われたので敢えて無視。

 

『これで十分な戦力が揃ったね』

「そうですね。マスター」

「よし、オルレアンを攻めよう」

「ふん、そういう事なら手伝って上げてもいいわよ、子リス」

「あら、エリザベート。わたくしの想い人(マスター)を子リス呼ばわりとは失礼ですよ」

「...アンタ今とんでもない変換しなかった?ま、まあいいけど」

 

エリザベートというドラゴン娘も加わり、もうカオス以外の何物でも無くなったこの場をしきる藤丸さんは本当にすごいと思う。コミュニティのリーダーの1人として、そういう所は素直に見習いたい。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「今夜は明日の決戦に備えて、ここで野営をとりましょう。その前に周囲の安全を確保しないといけませんね。皆さん、戦闘の準備を。囲まれています」

 

日も落ちた森の中、ジャンヌがそう提案した。

が、まあ問題は無い。

 

「敵の排除、終了しました、マスター」

「ん、ありがと」

「へ?」

 

敵に囲まれている事などは既に気づいていた。なので、アサシンの英霊である静謐ちゃんに、敵の闇討ちを頼んでおいたのだ。

闇の中から現れた静謐ちゃんは再び骸骨仮面付けている。何でも、戦闘中や隠密行動時は仮面を付ける事で集中力が上がるとか何とか。それ以外では仮面を外しているのを考えると、スイッチ的な役割を果たしているのだろうか?

 

気の抜けたような声を上げるジャンヌを横目に、一仕事終えてきた静謐ちゃんの頭を撫でる。

人に触れる事や触れられる事があまり無かった、というか、自身の体が猛毒そのものなので自分からそういう事を避けていた静謐ちゃんは、人と接触出来ることが嬉しいようで、こうして撫でてあげると気持ち良さそうに目を細めるのだ。かわいい(確信)。

 

「さてと。じゃ、藤丸さんは先に寝てて良いよ。俺ら見回りに行ってくるから」

「え?それはさすがに悪いっていうか...」

「大丈夫だよ、気にすんな。俺ももう少ししたら寝るからさ」

 

手をヒラヒラと振り、静謐ちゃんを連れてこの場を去る。

しばらく森の中を歩き、目に付いた敵を駆除していく。

あらかた駆除し終えたのでベースキャンプ場まで戻ると、藤丸さんはそれはそれは気持ち良さそうに寝息を立てていた。

きっと疲れが溜まっていたのだろう。そう思い、起きた時に驚くよう、わざと隣で横になることにした。所謂添い寝である。

羞恥心?むしろ俺くらいの年頃でこういうシチュを逃すとでも?

藤丸さんは紛う事無き美少女。役得だと思い、彼女の隣に陣取る。

ちなみに、藤丸さんの隣には清姫、俺の藤丸さんとは反対側には静謐ちゃんが添い寝してたりするのだが、それも含め役得である。

まあ、さすがにこんな夜中の森で寝ていられる程警戒を解いた訳では無いので目は覚ましているが。静謐ちゃんは寝ちゃったけど。

ジークフリート達男性陣は見回りに出ており、残っているのは女性陣と俺のみという、軽いハーレム状態を楽しみつつジャンヌやマリーと話しながら、夜が開けるのを待つのだった。

 

エリザベートが「肉が食べたりないわ!」などと言って森に出ていってしまい、それをジークフリートと俺で迎えに行ったのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「やあ、おはよう。いい朝だね」

 

俺はキメ顔でそう言った。そう、藤丸さんの隣で。朝チュンシチュで。

 

「へ...?え、えっとぉ...え?」

 

困惑する藤丸さん。まあ、朝起きたら昨日出会ったばかりの男が朝チュン的シチュで隣にいたら普通驚くよな。むしろ叫ばないだけマシと言える。

俺は叫んで錯乱する方を期待していたのだが、まあこちらも面白いのでOKだ。

 

「おはようございます、先輩。昨晩は良く眠れましたか?」

「へ?あ、ああ、マシュ...。うん、ぐっすりだったんだけどね?今のこの状況に理解が追いついてないっていうか...。昨日の夜、私何かしたっけ...?」

「いえ、特には。先輩はとても気持ち良さそうに眠っていらっしゃいました」

「そ、そっかー...」

 

クククッ、と、とうとう笑いが堪え切れずに漏れてしまう。

藤丸さんは更に不思議そうにしていたが、どうせマシュがちゃんと説明してくれるだろうし、このままにしておこう。

俺は隣で寝ていた静謐ちゃんを起こし、決戦の準備を粛々と始めた。

途中で事の顛末を知った藤丸さんが何か言ってきたがスルー。

清姫は「わたくしの安珍様に添い寝なんて...。いやでもあの方も安珍様なのだしむしろ2人に挟まれて...」などとぶつくさ言っているがこちらも安定のスルー。安珍なんて人知らないし是非もないよネ!

 

 

 

 

さて、いよいよ決戦の開幕だ。気合い入れて頑張って行こうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、自己満ですねすいません。
でも後悔はしていないッ...!


感想等、ありましたらよろしくお願いします。


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定礎復元

だいぶ駆け足かもです


すっかり日も昇り、朝とも昼ともつかない時間帯になる頃。俺達はオルレアンを目指していた。

道中ワイバーンの群れが複数現れたのだが、俺の雷やジークフリートのバルムンク、更にはゲオルギウスのアスカロンの前では塵芥も同然だった。南無三。

 

『みんな、気を付けろ!敵性サーヴァントだ!』

 

突然、Dr.ロマンの焦る声が響に渡る。宣言通り、目の前には弓を構えたケモノ耳を携える女の子。

ケモノ耳て...。英霊とかもう何でもありか。...いや、何でもありだから英霊なのか?

 

「...殺してやる、殺してやるぞ!誰も彼も、この矢の前で散るがいい!」

「アーチャー...それに、強制的に狂化されている!」

「本来“竜の魔女”の下につくような英霊ではないのでしょうね」

 

ジャンヌとゲオルギウスがそう言うが、狂化がかかってるとかかかってないとか、正直どっちでもいい。相手の本意がどうであれ敵は敵だ。むしろ、あのケモ耳少女が善人なら尚更早く倒すべきだとも思う。

なので、先手必勝不意打ち上等の精神の下、宣言無しの雷槍ブッパを決める。

既に指示を出しておいた静謐ちゃんも続き、俺の雷槍を喰らった後に静謐ちゃんの妄想毒身(ザバーニーヤ)というコンボで瞬殺した。

 

「さ、行こうか」

「......」

 

絶句。

何事も無かったかのように先に進もうとする俺達に、みんな言葉も見つからないように見えるが無視。

と、そこで再びロマンから連絡が入った。

 

『バーサーク・アーチャーの消滅を確認した。同時に極大生命反応!オルレアンからファヴニールが出撃したらしい!いよいよ決戦だ...!』

 

「Graaaaaaaa!!!!!!!!!」

 

ロマンの報告からほとんど間もなく、ファヴニールのものと思われる咆哮が響く。

念のため、静謐ちゃんには気配遮断を使って身を隠してもらうことにした。

 

「隙あらば遠慮なく敵の首を狙いに行っていいからね」

「了解しました」

 

そう言ってすぐに気配を消す静謐ちゃん。

静謐ちゃんの気配遮断はA+。そうそうバレる事は無いだろう。

さて、正面からぶつかるのは俺達の役目だ。キッチリその役目を果たさせてもらいましょうかね。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「こんにちは、ジャンヌ(わたし)の残り滓」

 

暫くして、黒ジャンヌがファヴニールとワイバーンの大軍を引き連れてこちらにやって来た。

昨日受けたダメージはほとんど残っているように見えない。聖杯でも使われたか?

 

「...いいえ、私は貴女の残り滓では無いし、そもそも貴女でもありませんよ、“竜の魔女”」

「?貴女は私でしょう。何を言っているのです?」

「...今、何を言っても貴女には届くはずがない。この戦いが終わってから、存分に言いたい事を言わせてもらいます」

「ほざくな!この竜を見よ!この竜の群れを見るがいい!今や我らの故国は竜の巣となった!」

 

高々と宣言する黒ジャンヌ。

にしてもコイツ、また油断してやがるな?

...そろそろだろう。

 

「竜達による無限の戦争、無限の捕食!これこそが真の百年戦争。邪竜百年戦争だ!」

「「「「「「Graaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」

 

けたたましい竜達の咆哮。だが、その咆哮は何も奮起のための咆哮だけでは無いと俺は思う。

彼らの咆哮はどこか苦悶の声にも聞こえるが、それもそうだ。

黒ジャンヌ達が到着した時点で、静謐ちゃんが竜達のいる空間に毒霧を発生させ始めた。その為、さすがの竜種と言えども毒が回ったのだろう。次々と倒れていくワイバーンを、黒ジャンヌが呆気に取られながら見ている。

最終的には竜の群れは半分以下になっていた。

 

「さて、討掃開始だ」

 

俺の言葉を合図に、ジークフリートとゲオルギウスが残った竜の群れに突撃していく。もう蹂躙以外の何物でもないよネ!

 

「くっ...!ファヴニール!この連中を燃やしなさい!」

「Graaaa!!!!!!!!」

 

ついにファヴニールが出てきた。

が、この邪竜についてはジークフリートが全部任せろと言ってきたので、素直に任せる。

 

「ハッ!貴様と3度も相見えようとはな!―――貴様を再び黄昏に叩き込む!我が正義、我が信念に誓って!!」

「Graaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!」

 

ジークさんマジカッケェ。

 

「我がサーヴァントよ、前に出よ!」

 

黒ジャンヌがそう指示し、前に出てきたのは3人のサーヴァント達。

それぞれが、バーサーク・ランサー、バーサーク・セイバー、バーサーク・アサシンと名乗る。

これからは所謂総力戦。

このオルレアンへ続く平野が最終決戦場と化し、今ここに、壮絶な戦いが繰り広げられようとしている―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆割・愛☆

 

 

 

 

 

 

 

 

結論を言おう。

バーサーク・セイバー、ランサー、アサシンは倒した。あとファヴニールも。

ファヴニールとジークフリートの戦いとか、カーミラとエリザベートの因縁とか、清姫が火を吹いたとか、エリザベートの歌という暴力とか...。その他色々盛り上がる場面はあったのだが、正直長いのでカット。

 

残るは黒ジャンヌとジル・ド・レェのみ。

2人は海魔と呼ばれるヒトデマンとワイバーンを大量に召喚し、そいつらで俺らを足止めして、後方の城まで退去していた。

ワイバーンや海魔達はジークフリートとゲオルギウス、それにマリーとアマデウスが残って相手取ってくれている。

俺達は現在、黒ジャンヌ達を追って城内に侵入中。襲い来る敵を難無く潰しながら奥へと進んで行っていた。

 

「なあジャンヌ。今更なんだけど、あの黒ジャンヌ倒してもいいんだよな?」

「本当に今更ですね。どうかしたんですか?」

「いや、いくら中身が違うって言っても、自分と同じ容姿の奴が目の前で殺されるのはさすがに堪えるかなー、と思って」

「ああ、そういう事ですか。私は構いませんよ。彼女は私では無いんですし、凌太さんが気にすることも無いと思います」

「おっけー、分かった」

 

そう話している間も手と足は止めず、更には奥へと進んでいく。てかこの城ゾンビ多すぎね?

 

しばらく突き進んで行くと、王座と思われる所へ出た。

そこには黒ジャンヌとジル・ド・レェの姿がある。

何か話し合いが始まりそうな雰囲気が醸し出されたので雷撃を放つ。正直話し合いをするつもりとか毛頭ない。

 

「なっ!?ち、ちょっとアンタ!少しは空気読みなさいよ!今会話が始まりそうな感じだったでしょう!?」

「敵・即・ブッパこそ我が信条」

「そんな信条、今すぐ焼き捨てなさい!」

「それは出来ない。

...お前を倒す。我が正義、我が信条に誓って...!」

「子イヌ、アンタ1回ジークフリートに謝ってきなさい」

「凌太くん、さすがにそれは止めとこうよ...」

「なん...だと...」

 

藤丸さんにまで止めろと言われたら今回は止めるしかないかな。今回は。

 

「よぅし、黒ジャンヌ&ジル・ド・レェよ感謝しろ。この俺が、正々堂々と真正面から戦ってやる」

「何でそんなに上から目線で...!頭にくるわね!ジル、殺るわよ!」

「ええ、ジャンヌ!」

「敵サーヴァント、来ます!先輩、指示を!」

「凌太くんの餌食にならないよう注意しながら各サーヴァント撃破で」

 

そんな俺が見境ないみたいな言い方はヤーメーテー。

俺だってちゃんと周りに配慮して雷ブッパしてるんだからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5分で鎮圧完了しました。

まあ、戦力差的にしょうがないよネ。

こちらはマスター込みで7人、対してあちらは2人。...イジメか?

 

「そんな...私が、負ける...?...ッ!まだだ、まだ終わらない!フランスに、世界に復讐するまで終わってたまるかッ...!」

「残念だが、ここまでだよ黒ジャンヌ」

「ぐっ!」

 

倒れふす黒ジャンヌに、トドメの一撃として“天屠る光芒の槍”を突き刺す。

血を吐き、タダでさえ絶え絶えだった息が、虫のようなか細すぎる息になっていく。

ジルは既に座に還した。もう彼女を助ける者は存在しない。

 

「...またな、ジャンヌ・ダルク(・・・・・・・・)

「ッ!」

 

槍を引き抜くと、“竜の魔女”ジャンヌ・ダルクは光の粒子になり消えていった。

彼女が消えた後に1つの黄金の杯が現れる。これが聖杯だろうか?

聖杯らしいものを手に取ると同時に、ロマンからの通信が入った。

 

『聖杯の回収が完了した。これより、時代の修正が始まるぞ!レイシフトを準備は出来ている。すぐにでも帰還してくれ!』

「了解しました、ドクター!」

 

「もう、行かれるのですか?」

「うん、やることがあるから」

 

ジャンヌの問いかけに、藤丸さんが決意の篭ったような表情で答える。

 

「あら、そうなの?ふうん...。ま、目的は果たしたし良しとするわ。じゃあね、子イヌに子リス。悪くない戦いだったわよ」

 

そう言いながら、エリザベートの体もゆっくりと消えていく。

 

「――まあ、これで離ればなれだなんて。でも、安心してください、マスター。私、些か執念深い性質(タチ)なので、どこにいってもきっちり追跡させていただきますわ。だって、それが『愛』ですもの。...ね?」

 

清姫も別れの言葉らしきものをいいながら消えていく。

それにしても、最後の「...ね?」とかマジで狂気を感じる。これがほんものの狂戦士(バーサーカー)か...(戦慄)

 

そうしている間にも、2人は完全に消えてしまった。

おそらく、ジークフリート達も同じように消えていっているのだろう。

時代の修正とやらはそういう事なのだろうか?

 

...

......

.........ん?

これ、俺と静謐ちゃんってどうなんの?

俺はこの時代の人間ではない。もちろん静謐ちゃんも。かといって、このままカルデアにレイシフト出来るのか、と聞かれたら答えはノーだ。だってカルデアでマスター登録してないし。

 

「凌太くん達はこれからどうするの?ウチにくる?」

 

藤丸さんがそう言ってくれるが、実際どうなのだろうか?俺達ってカルデアに行けるの?

 

「質問。俺達ってレイシフトできんの?」

『「「あっ」」』

 

藤丸さん、マシュ、ロマンの声が重なる。その反応は何も考えてなかったって感じだな。

ま、困った時の神頼み。という訳で、爺さんに電話をかける。

Prrrrrというコール音の後、爺さんが勢い良く電話に出た。

 

『もしもし?ワシだよ、ワシワシ!分かる?ワシだって!』

「なんで電話かけられた方がオレオレ詐欺紛いのことをやってんだ。ついでに言うと、俺はまだ爺さんの名前を聞いてねえよ!」

『まあ、それもそうだな。ちなみに、ワシに名はない。随分昔に捨てちまったぜ...キリッ』

「だから自分で擬音を付けるなと...」

『あれー?名を捨てたの下りはスルー?』

「どうせこっちの状況も分かってんだろ?俺と静謐ちゃんをカルデアに送ってくんね?」

『あ、スルーですね分っかりましたー。...で?カルデア宛でいいのか?』

「うん。それじゃ、頼むぜ爺さん」

『ほいほいっと』

 

そこで電話は切られた。これから準備に入るのだろう。

にしても、あの爺さんは謎だらけだな。

武神のクセに転生やら異世界転移やら出来るし、名前も捨てたとか言ってるし...。

ま、深く考えたところで分からんものは分からんな。

 

「あ、何とかカルデアまで行けるそうなんで、今後ともよろしくね。まあ、いつまで居れるかは分かんないけど」

「そうなの?まあ、こちらこそよろしくね!凌太くんは強いから頼りになるよ!...まあ、ちょっとズルいところがあるかもだけど...。あ、静謐ちゃんも歓迎するよー!」

 

マシュも藤丸さんの言葉に同意を示すように頷き、そのタイミングで藤丸さんたちが消える。

おそらくこれがレイシフトなのだろう。

間もなく、俺と静謐ちゃんの足元に魔法陣が展開される。俺達の転移も始まったのだ。

 

「じゃあな、ジャンヌ。またいつか、どこかで会おうぜ」

「はい。また、いつか...。凌太さんも静謐さんも、お元気で!」

「おう!」

「はい」

 

そう言って、俺と静謐ちゃんは光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カルデアに行ったら英霊召喚させようと思ってます。
藤丸立香と凌太の両方ともです。
召喚される英霊に希望などありましたら、ご報告ください。

ご感想、評価等よろしくお願いします。


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英霊

 

 

 

 

 

暗闇の中を彷徨うこと2,3分。

3度目の俺はだいぶ慣れたものだが、転移をするのが今回初めての静謐ちゃんは不安そうで、ギュッと俺の手を握ってきた。何このかわいい生き物。

 

「あ、ほら静謐ちゃん。光見えてきたよ」

 

俺の言う通り、前方からは一条の光が差し込んでいる。

すると少しは不安が取れたのか、手を握る力が少し弱まった。

だんだんと光に近づいて行き、間も無く俺達は光に呑まれた。

 

 

 

光から出て目が慣れてくると、そこは地球の模型のような物と、どこか地下研究室を思わせる機械類が置いてある空間が広がっていた。

 

「やあ、坂元凌太くん。こうして直接会うのは初めてだね。では、一応自己紹介を。僕はロマニ・アーキマン。臨時ではあるが、このカルデアの最高責任者を任されている者だ。本職は医者だから、Dr.ロマンとでも呼んでくれ。よろしく頼むよ」

 

そう言って、手を差し伸べてくるロマン。特に拒む理由も無いので、素直に握手に応じる。

 

「ああ、よろしく頼むよ、Dr.ロマン。俺の自己紹介もいる?」

「いや、大丈夫だよ。オルレアンでの出来事はこちらでモニターしていたからね。君の事情は大体把握しているよ。まあ、最初は信じていなかったけれどね。レイシフト無しで時空遡行をやってのけるんだから、それを信じるには十分さ」

「助かる」

 

藤丸さん達は既に部屋に戻って休んでいるらしいので、改まった挨拶などは明日にしよう。

 

その後はロマンや職員達と他愛のない雑談を繰り広げ、途中で世界的大天才、ダ・ヴィンチ女史を紹介され、その場は解散した。

いやー、彼の大天才がまさか性転換しているとは。モナ・リザが好きすぎて自分がモナ・リザになるとか...。やはり英霊とは何でもありか。

 

そう思いつつ、ロマンが用意してくれた俺の私室へと向かう。

静謐ちゃん用にも私室を用意してくれていたので、彼女はそちらに向かっていった。

用意された私室はわりと広く、綺麗な部屋だった。

まあ、簡素、と言ってしまえばそこまでなのだが。

とりあえず部屋の間取りなどは後日考えることにして、まずは寝ることにした。

カンピオーネというチートボディになったとは言え、徹夜からの戦闘というのは正直キツい。先程から眠気が襲ってきていたのだ。俺はその睡眠欲に従い、備え付けのベットに倒れ込み、そのまま深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、マスター」

「...ああ、うん。おはよう、静謐ちゃん」

 

起きると隣に静謐ちゃんがいた。な、何を言っているのか分からな(以下略

 

まさか朝チュンドッキリを俺がされるとは思ってなかった。まあ、普通に嬉しいんですけどね?

何か夢を見ていた気がするが、寝起きの出来事で内容が飛んでしまった。

 

「マスター。先程、Dr.ロマンが貴方を呼んでいましたよ?なんでも、英霊召喚をする、とか」

「ん、おっけー。すぐ準備するから待っててね」

 

そう言って、手短にシャワーと着替えを終えて部屋を出る。シャワー付きの部屋とかどこのホテルだよ、という思いもよぎったが、今はそれどころでは無いのでスルーした。

 

 

時折すれ違う職員の人達に軽い会釈をしながら足早に管制室へと向かう。

管制室に入ると、既に藤丸さんとマシュの姿があった。

 

「おはよう、みんな。もしかしてもう召喚しちゃった?」

「あ、おはよー、凌太くん。召喚はまだだよ。私も今来たのところだし」

「おはようございます、凌太さん」

「おはよう、凌太くん」

 

みんな律儀に挨拶を返してくれる。

これぞ日本人の心。まあ、藤丸さん以外は名前からして日本人かどうか分からないけれど。

 

「え、でも既に英霊がそこに...」

 

チラッと、藤丸さんの後ろを見る。そこには、昨日消えたはずの清姫がさも当然のように佇んでいた。

 

「おはようございます、安珍様」

「いやだから俺は安珍って人じゃなくてね?」

「またまた。嘘はいけませんよ?燃やしていまします」

「俺にどうしろと...」

 

嘘吐き絶対燃やす系女子、清姫。何故にここにいるの?

 

「ああ、清姫の事は気にしなくていいよ。なんか、私と結んだ仮契約を辿ってここまで来たんだって」

 

藤丸さんが諦めたように呟く。

自力で座からカルデアまで来たと?可能なのか、そんなこと。

ま、まあ藤丸さんが気にするなと言っているし、気にしないでおこう。

 

「さて、それではお待ちかね。英霊召喚を開始しようか!」

 

ダ・ヴィンチちゃんも現れたことで、俺達は守護英霊召喚システム・フェイトと呼ばれるものの前に案内された。

どうやら、静謐ちゃんを召喚した時の様な英霊召喚ではなく、アレをもっと簡易化した儀式らしい。

そのため、触媒として聖晶石という石3個が必要なんだとか。石は特異点で複数個拾えるらしい。

加えて、この召喚では必ず英霊がくる、というのではなく、礼装と呼ばれるものがくることもあるそうだ。

もうこれ、普通に召喚した方が楽じゃね?とも思ったのだが、折角なので運試しにフェイトで召喚してみることにした。

今回は特別に藤丸さんが石を3個くれたので、それで召喚する。

 

まずは藤丸さんから。彼女は石を15個持っているので、計5回召喚するらしい。

まずは1回目。石を放り込むと、光輪が発生し、それが人型になっていく。そして現れたのは、1人の少女。金髪で、どこかジャンヌを思わせる顔立ちの少女だった。

 

「問おう。貴女が私のマスターか?」

 

そう言う少女を目の前にして、藤丸さんとマシュは少し怖がっているように見える。なんでだ?

 

「た、確かに私がマスターだけど...。...もしかして、あの時の騎士王...?」

「あの時?よく分かりませんが、私が騎士王だというのは合っています」

 

藤丸さんが恐る恐ると言った感じで召喚された少女に問いかける。

話を聞いてみると、なにやら青い騎士王は以前戦った相手と似ているとか。ダ・ヴィンチちゃんが言うには、冬木というところで戦った相手は所謂オルタ化しており、この騎士王とは別人だとのこと。

それを聞いて、藤丸さんは安心したように胸を撫で下ろし、騎士王と軽い挨拶を交わした。

よく分からんが、確執的なものが無くなって良かった。

 

続いて藤丸さんの第2投目。

次は光輪が人型にはならず、黒鍵が出てきた。

3回目はライオンのぬいぐるみが出てきて、藤丸さんはこれ以上してもダメだろうと判断して、3回で召喚を止めた。

 

さて、次は俺の番だ。

貰った石を3個放り込み、結果を待つ。

すると光輪が発生し、光が人型になっていった。

 

「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

現れたのは褐色肌の男性。髪は色が抜けたように白く、その身には赤い外套を纏っている。

 

「ああ、よろしく、アーチャー。真名はエミヤでいいのかな?」

「ああ、合っている」

 

頭に彼のステータス的なものが表示され、そこに名前もあったので一応確認してみる。

静謐ちゃんの時も同じようにステータスが見えたので、契約したサーヴァントの能力は自由に閲覧出来るようだ。これは便利。

というか、そんな筋肉あるのに筋力ランクは静謐ちゃんと同じとか。見せ筋?

まあ何はともあれ、俺も無事英霊召喚を終える事が出来たようで良かった。

 

「うーん...。凌太くん、カンピオーネというのはみんなそんなに馬鹿げた魔力を持っているのかい?」

 

ロマンがわりと本気で不思議そうに俺を見てくる。

ダ・ヴィンチちゃんも興味を示しているあたり、大事な事なのだろう。

 

「いや、どうだろう?俺以外のカンピオーネの魔力とか測ったこと無いし...。というか、俺の魔力ってそんなに異常?」

「異常だね、主に魔力量が。君は今、2騎の英霊の現界を1人で、しかもカルデアの補助無しで担っている。にも関わらず、2騎のサーヴァントに対する魔力供給量は1騎のサーヴァントを使役している時となんら変わらない量だ」

 

ダ・ヴィンチちゃんがそう言ってくるが、イマイチ実感がない。魔力だって、カンピオーネになって初めて存在を知ったのだし、他人の保有量とか知ったことじゃない。

 

「んー...。やっぱり“神殺し”なんて事をやっちゃうキチガ...、もとい超人は次元が違うのかなぁ...」

 

ロマンがなにやら失礼な事を言っているが、否定も出来ないのでスルー。

とりあえず俺はおかしいと言うことで話がついた。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

所変わって、俺達は現在カルデア内の食堂に来ている。

騎士王のお腹が盛大に鳴ったので、急遽朝飯を食べる事になったのだ。

調理担当は俺とエミヤ。だが、基本エミヤが1人で作った様なもので、俺は手伝いをしただけである。

エミヤはまるでシェフの如く、色とりどりの料理を完成させていく。エミヤさんマジ上手い。そして美味い。これ、高級ホテルで出せるレベルじゃね?

 

「とても美味ですね!しかしなんでしょう?以前にも食べた事があるような...?あ、おかわりお願いします」

 

そんなことを言っているアルトリアさんは、今ので5回目のおかわりだ。騎士王、さすがッス。

エミヤも「やれやれ」みたいに言っているが、顔は嬉しそうだ。料理を振る舞うのが楽しいのだろうか?

結局、アルトリアは計8回のおかわりをして、ロマンが真剣に今後のカルデアの備蓄を心配し始める結果となった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

翌日。

まだ次の特異点までは時間があるようなので、各自自由時間となった。まあ、ロマンとダ・ヴィンチちゃんは仕事なのだが。

俺は折角なのでエミヤと実戦訓練をすることにした。カルデアには立派な訓練ルームがあり、そこは英霊同士が戦闘しても耐えれる強度を誇るらしい。

ということで、なんの遠慮も無くエミヤと剣を交えていた。俺は剣ではなく槍だけどね。

というか、エミヤって弓兵(アーチャー)だよね?なのに戦闘は剣メインて...。

 

「はぁ!!」

「くっ!」

 

エミヤの剣術は洗練されており、俺如きのにわか槍術では対抗出来ない。

権能を使えばまだ勝負は分からないのだが、今回は権能無しでの訓練と、始める前に決めたので権能には頼れない。正直キツい。俺がどれだけ権能に頼っていたかが目に見えて分かるのだが、今ここで嘆いてもエミヤに勝てる訳もないので一旦その思考を捨てる。

 

そういえば、この槍、“天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”の新能力が発覚した。

今までは単に突いたり投げたりしていただけなのだが、魔力を込める事で淡く発光し、威力と、投擲時には速度が上がるのだ。まあ正直言って雷槍の方が速度はあるし、威力面でも対神以外なら雷槍の方が上なので、普段の戦闘ではあまり関係ないのだが。

それでも権能が使えない状況では十分なパワーアップなので、権能無しの状態では重宝する能力ではある。

 

「甘い!」

「ちょ、まっ!」

 

とうとうエミヤの双剣が俺を捉え、俺は壁まで勢いよく吹き飛んだ。

てか、今の普通に殺しに来てなかったか!?

 

「死ぬわ!」

「いやなに、マスターならこの程度の攻撃、耐えるという確信があったのでね。現に死んでいないだろう?」

「くっ!事実だから何も言い返せない!」

 

そんなこんなで今日の訓練は終えて、エミヤと共に食堂へ向かう。

エミヤ特製スタミナ料理を完食し、途中からエミヤが騎士王アルトリア相手に調理を始めてしまったので、エミヤにお礼を言ってから食堂を出た。

 

「行くぞ騎士王。腹の減り具合は十分かッ!」

「――最後まで私が食べ尽くす。この剣の誇りに懸けて」

 

なんか燃えてんな、あの2人。

去り際に食堂から聞こえてきたエミヤとアルトリアの声に少なくない熱意を感じながら廊下を歩いていく。

マジでカルデアの備蓄は何日持つんだろうか?まあいざとなればレイシフト先で食料調達してくればいいし、何なら爺さんに頼んで箱庭から送ってもらってもいいかもしれない。今度ロマンに提案してみるか。

 

そんなことを考えながら、気ままにカルデア内を歩いて回る。特に何かすることがあるわけではないので、とても暇だ。

静謐ちゃんは朝から見かけないし、藤丸さんとマシュはトレーニングをすると言っていたのでわざわざ邪魔をすることも無いだろう。清姫に関しては気配は感じるのだが、こちらに話しかけてくるでもなく、しばらくストーキングしてから離れていくのだ。あの子は何がしたいんだろうか?

自主トレでもするかな、と思い始めた頃に、俺のスマホが鳴り響いた。

電話相手は爺さん。もう出なくてもいいかな、などという考えが一瞬頭をよぎるが、もしかしたら重大な事かもしれないと思い電話に出る。

 

「もしもし?」

『あ、もしもし?ワシだけど』

「おう。なんか用事?」

『まあそんな感じだな。ついさっき、この異世界同士でも通話出来るスマホの新作が届いたんだよ。それで、お前の仲間達にも渡しとくかな〜、と思ってな』

「マジで?何個届いたの?」

『今のところ2つだな。どうだ、いるか?』

「いるいる、超いる」

『分かった。じゃ、お前の部屋に転送しとくからな。あ、あとついでに言っとくけど、“ファミリア”本拠のお前の部屋と、カルデアのお前の部屋の机の引き出し間を繋げる予定だから』

「それなんてタ〇ムマシン?」

『まあそこは気にするな。それじゃ』

 

そう言って電話は切れた。何気に爺さんが電話で終始真面目に話してたのって初めてじゃね?成長したんだな、爺さん...。

まあそれはそうと部屋に戻るか。仕事の早い爺さんのことだから、部屋に着いた頃にはスマホの方も届いてるだろう。

 

 

部屋に戻ると静謐ちゃんと清姫の2人が俺のベットに潜り込んでおり、尚且つベットの中で牽制し合うという場面に出くわして頭を抱えることになるのだが、それはまた別のお話。

 

その後、「マスターとの添い寝同好会」なるものが出来上がり、俺と藤丸さんが頭を抱えることもまた別のお話。

 

ちなみに、届いたスマホは藤丸さんとロマンに渡した。

俺が箱庭に戻ったり、別の世界に行っても連絡がとれるようにするためだ。

爺さんが言うには、登録した世界には“ファミリア”本拠の俺の部屋の机の引き出しから自由に行き来可能らしい。登録ってなんだろうと思わないでもないが、まあ爺さんのする事なので疑問を抱いたら負けかなと思い、その疑問はそっと胸にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エミヤとアルトリアさん召喚。
毎回言っている気もするけれど、後悔はしていないです。


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永続狂気帝国 セプテム

カルデアに来て早2日。

今日は第2の特異点に出向くそうだ。場所は1世紀ヨーロッパ、古代ローマだとか。

ローマかあ...。俺の中でもローマと言われれば、まず最初にコロッセオが出てくる。なんせ護堂がブチ壊してたし。

今回のレイシフトに同行するのはマスターである俺と藤丸さんを含めた7名+フォウくん。ダ・ヴィンチちゃん以外のサーヴァントは全出撃である。正直過剰戦力な気もするが、まあ楽に勝てるに越したことは無いだろう。

 

大まかな作戦を立て、レイシフトに取り掛かる。

俺はレイシフトするのが今回初めてなので、何気に楽しみにしていた。まあ、やってみたらいつもの転移が明るく、且つ早くなっただけだったが。

何はともあれ、俺達は無事レイシフトに成功した。辿り着いたのは草原。1世紀というだけあって空気がだいぶ澄んでいる。

とまあ、ここでとある問題が。ここ、絶対首都ローマじゃないよね?ただの丘陵地帯だよね?

プラス、丘の向こうから大規模な戦闘の音が聞こえてくる。これは個対個ではなく多対多、つまり軍隊の戦争のような音だ。

...俺が来ると、何故か絶対にこういう音が聞こえるよね。何でだろ?呪い?

ロマンからも連絡が入り、とりあえず戦闘の様子見をすることになった。

 

丘を越え、戦闘の風景が見える所まで行く。

 

「あれは――間違いありません。戦闘中のようです。片方は大部隊で、もう片方は極めて少数の部隊です」

 

マシュがロマンに現状報告をする中、俺は少数部隊の先頭で一騎当千といっても過言ではない働きを見せる女の子を見つけた。あの顔は...、アルトリア?

ジャンヌやアルトリアと瓜二つの顔立ちの少女は、今も尚前線で戦っている。

 

「...とりあえず、あの少数部隊の方の手助けに入る?」

「そうだね。あの女の子を助けよう」

 

俺の提案に藤丸さんが同意し、サーヴァント達も俺達に従うとのこと。

この時代に来て初めての戦闘だ。ちょっち、気合い入れて行こうかね。

 

「じゃ、行こうか。――我は雷、故に神なり」

 

聖句を口にし、紫電を迸らせる。

エミヤとアルトリアも俺に続き、それぞれ自分の武器を構えた。エミヤは今回は双剣ではなく、黒の大型の弓を投影している。

静謐ちゃんとマシュは藤丸さんの守護、清姫は炎を吹いて相手を牽制している。

 

俺は大軍の中心部まで突っ走り、四方八方に雷砲や

雷槍を放っていく。

エミヤは投影した様々な剣を射って、着弾と同時に剣を爆破させて1度に10人以上を倒している。

アルトリアは不可視の聖剣“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”を振るい敵を薙ぎ倒していく。

うん、これガチの過剰戦力だわ。

しばらくすると、敵が俺らを恐れて後退して行った。そりゃそうだわな。だって傍から見た俺達って、雷ブッパしてくる奴、爆弾型刀剣を放ってくる奴、不可視の剣で斬り刻んでくる奴、とキチガイそのものだからな。

 

「剣を納めよ、勝負あった!そして貴公達、もしや首都からの援軍か?見事な戦いぶりであった!うむ、実に好みだ!なんとも言えぬ倒錯の美があったな!よいぞ、余と轡を並べて戦う事を許そう。至上の光栄に浴すがよい!」

 

お、おおぅ...。グイグイ来るなこの娘。そして偉そうだ。

 

「ただの通りすがりの援軍です」

 

藤丸さんが冷静にそんなことを言う。貴女、場馴れし過ぎじゃない?

 

「なんと都合の良い!さてはブーディカめの采配だな?ともあれこの勝利は余とお前達のもの。たっぷりと報酬を与えよう。...あ、いや、すまぬ。つい勢いで約束してしまった。見ての通り、今は剣しか持っておらぬのでな。報酬は首都ローマに帰ってからだ」

 

そう言い、ズンズンと進んで行く赤い人。確かに報酬は欲しいし、ローマも見てみたいけど、それはもう少しお預けかな。

 

「...敵襲だ。相手にサーヴァントの気配もする」

「なんと!ええい、忙しない連中め!余の玉音を妨げるとは不届きなっ!行くぞ、そこの黒髪よ!特別に余の護衛を任せる!」

「えー...。守るとかそう言うのはマシュの役割じゃ?」

「つべこべ言わず着いてこい!」

「ヤダイケメン...」

 

赤いイケメン少女に押され、何故か攻撃特化の俺が彼女の護衛をすることに。自分以外を守るとか、俺の権能と正反対な性質なんですけど。

まあ、任されてしまったものはしょうがない。静謐ちゃんには引き続き藤丸さんの護衛を頼み、エミヤには敵を狩れと一言だけ告げて赤い少女に続く。

彼女に近付く敵を片っ端から焦がしていき、彼女の行く手を阻む敵も感電させる。

...敵であるならば、人を殺しても特に何も思う所が無くなったのは、俺がよりカンピオーネとして成長したからなのだろうか?聞く話によると、カンピオーネは人間に対しての一切の興味が失せるという。ごく稀に興味を引かれる相手も出てくるらしいが、基本的に殺したりしても何も思わないらしい。そう、今の俺の様に。その事に若干自分自身が怖くなりもしたが、今は戦いに集中することにした。

 

「黒髪!そのサーヴァントとやらは今何処にいる!?」

 

前方を走る赤い少女がそう叫ぶので、あたりの気配を探ってみる。

 

「...すぐ近くだ。こっちに向かってきている。もうすぐ見えると思うぞ?」

「ネ...ロォ...!」

 

俺が言うとほぼ同時に、敵性サーヴァントを目視で確認した。

見た感じバーサーカーっぽい。

 

「叔父上...!」

「叔父上!?」

 

赤い少女、あのバーサーカーにネロと呼ばれた少女は驚愕に顔を染め、そう口にする。

てかあれ叔父上?え、身内がサーヴァント?しかもバーサーカー?

 

「いや...いいや。今は敢えてこう呼ぼう。如何なる理由にて連合に属した!.........カリギュラッ......!」

 

苦悶の表情でそう問いただすネロ。てかバーサーカーと会話が成立するのか?ウチのバーサーカーは全く話が通じないんだが?本当に誰だよ安珍って。

 

「余、の......余の、振る舞い、は、運命、で、ある。捧げよ、その、命。捧げよ、その、躰。

すべてを!捧げよ!」

「くっ...!叔父上、何処まで...!」

「やっぱ話が通じる様には見えねえな。ネロとやら、アイツは君の身内らしいが、倒してもいいのか?」

 

今にでも襲いかかって来そうなカリギュラを警戒しながらも、一応確認をとる。後で確執とか出来たら厄介だし。

 

「っ...!...うむ。構わん」

 

葛藤の末、ネロは叔父より自兵を取ったようだ。それを聞き、とりあえず安心してカリギュラとの戦闘に入る。

 

「我は雷、故に神なり。喰らえ、雷砲(ブラスト)ォ!」

 

雷槍よりも攻撃範囲の広い雷砲で、カリギュラごと周りの兵士達も吹き飛ばす。雷砲を喰らった兵士達はもちろん、直撃していない兵士達も風圧で吹っ飛んでいった。

カリギュラも多少は後退させたものの、未だ現界している。

 

「エミヤ!」

「心得た」

 

俺の叫びとほぼ同時に、エミヤの放った爆弾型刀剣が3本、カリギュラの方へ飛んでいく。壊れた幻想(ブロークンファンタズム)という名のその技をモロに喰らい、致命傷を負ったらしいカリギュラに、更に追い討ちをかける為、雷槍を5本ほどぶち込む。

 

「ああ......我が、愛しき、妹の、子...。何故、捧げぬ。何故、捧げられぬ。美しい、我が...。我が...。我が...」

 

そこまで言って、カリギュラは消えていった。光の粒子になっていないところを見ると、これはただの霊体化か?

 

「き、消えた...?叔父上...」

「敵軍、撤退して行きます」

 

マシュが来て、周りを確認してそう結論付ける。確かに、敵兵達が次々と後退して行くのが見て取れる。

 

『敵サーヴァント、カリギュラは霊体化して移動したようだ。撤退、と言ったところかな。お疲れ様』

「ふむ、先程から声はすれども姿が見えぬ者がおるな。感じからして魔術師の類か?」

 

早々に叔父上ショックから立ち直ったネロは、ロマンの声に反応した。確かに、ロマンって声しかきこえないから、知らない人が聞いたら不思議がるよな。

 

『お?魔術の事を理解しているとは、話が早い。そう、ボクとそこにいる7名はカルデアという組織の』

「まあ良い。そこの7名、いや8名!」

『あ、遮られた...』

 

ロマンドンマイ!

 

「姿なき1名は分からぬが、全員見事な働きであった!改めて褒めてつかわす!そなた達の素性を尋ねる前に、まずは余だ。余こそ、真のローマを守護する者。まさしくローマそのものである者。余こそ、ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウスである――!」

「「「な、なんだってー(なんとなく分かってた)」」」

「ふふ!驚いているな、驚いているな!?そうであろう、そうであろう。存分に驚き、そして見惚れるがよい!特別に許す!」

 

フンスッ、と胸を反らす皇帝殿。

とりあえずその格好止めてあげて。アルトリアさんが自分の胸見て悲しそうにしてるから。同じ顔だからショックが大きいんだよ、お願い止めたげて!

 

『まさか、ネロ皇帝が女の子だったなんて...。歴史とは...深いな...』

「何を今更。アーサー王が女の子だった時点で、こういう事もあるって実証されてたでしょ」

 

ロマンの呟きにツッコミを入れて、俺達含む皇帝陛下一行は、首都ローマを目指して再び歩き出したのだった。

 

 

 

 

 




一応、今の所のオリ主のプロフィールを。

【坂元 凌太】男
・年齢―15歳
・誕生日―10月9日
・身長/体重―178cm/65kg
・ステータス― 筋力A、耐久C、敏捷B、魔力A+++、幸運C-
・スキル― 直感B+、魔力放出A、対魔力EX
・恩恵(権能)― “???”、“順応”、“転生者”、“雷で打つ者”、“形作る者”
・契約英霊―静謐のハサン、エミヤ

とまあ、こんなところですかね。
“???”の能力は遠からず判明させる予定です。一応言っておくと、固有結界ではありません。似て非なるものって感じです。
“順応”については、とある事象を起こす事が出来なければ、出来るようにすればいいじゃない。という暴挙に出た能力です。例を上げるのならば、「魔術を使うには魔術回路が必要?なら作ろうじゃないか」といった感じに、自らの体をその事象を起こせるように“変化”させる、というものです。まあ限界はあるし制約もあるので、他人の能力を自由に使う、といったことは出来ません。
“転生者”は生前の記憶を持ち続けるというだけの能力です。プラスで、パンドラと生と死の境界で話した内容まで覚えていられることも出来る、という設定にしました。

以上が大まかなオリ主の設定です。分かりにくかったらすいません。


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ローマ!

地の文多めです。


 

 

「見るがよい、そして感動に打ちふるえるのだ!これが余の都、童女でさえも讃える華の帝政である!」

「すごい賑わってる...!」

「見た感じ、みんな笑ってんなー。ホントに戦時中なのか?」

 

藤丸さんと俺がそう言い、他のみんなも同じような意見を持っているようだ。

 

「うむうむ、そうであろう、そうであろう!何しろ世界最高の都だからなっ!」

 

胸を張り、自信満々に語る第5代皇帝ネロ閣下。まあ、これだけの国を治めているのだから自慢したい気持ちは分かるけどね。

 

その後、少し歩いて王城らしき建物へと案内された。

 

「――さて。今、余のローマは危機に扮している。栄光の大帝国の版図は、口惜しくもバラバラに引き裂かれているのだ。かたや、余が統治する正当なるローマ帝国。この首都ローマを中心とした領域だ。かたや、何の前触れもなく姿を見せた、余ならぬ複数の皇帝が治める連合だ。連合ローマ帝国。奴らはそう自称し、帝国の半分を奪ってみせた。連合はその実態もよく分からぬ。斥候を送れども、いずれも戻って来ぬのでな。『皇帝』どもがいるであろう首都の位置でさえ分からぬ始末だ」

「複数の皇帝達、ですか」

「うむ。余とローマにとって、大逆の輩である。それに...」

 

なにやら暗い表情になるネロ。言い難い事でもあるのだろうか?

 

「...そうだな。お前達は既に見ていたのだった。先程戦った敵将・カリギュラ。余の軍団を単身で屠った男。あの男は...余の、叔父、なのだ...」

『既に死んでいる人間、ということですね?』

「ああ、あのバーサーカーのこと」

 

納得したように頷くカルデア一同。これは相手が聖杯を持っている可能性大ですね。その皇帝達も、おそらく全員が聖杯によって喚ばれたサーヴァントなのだろう。

 

「――正直なところ、連合帝国はあまりに強大だ。各地で暴虐の戦いを引き起こし、民を苦しめている。...余の手勢は少数だ。口惜しいが、思い知らされた。余1人の力では事態を打破することは叶わぬ、と。故にだ。貴公達に命じる、いや、頼もう!余の客将となるが良い!ならば聖杯を手に入れるというその目的、余とローマが後援しよう!」

 

ネロの提案に、俺達は一瞬目を合わせ、全ての判断は藤丸さんに任せる事にした。まあ、聞くまでもなく答えは決まっているのだが。

 

「願っても無い申し出だよ、ネロ皇帝。こちらこそ、よろしくね!」

「おお!そうか、快諾してくれるか!貴公達のうち、2人に総督の位を与えるぞ。それと、先刻の戦いの報酬もな。今日はもう休むがよい。それぞれ、総督に相応しい部屋を用意させよう。いや、休む前にまずは宴か。戦時故に普段通りとはいかないが、贅を尽くした宴を催そうではないか」

「宴...料理...贅を尽くした...。良いですね!」

「では私も腕を振るうとしよう。厨房まで案内してくれるかね?」

 

2名程宴という言葉に反応し、俺達も腹は減っていたのでお言葉に甘える事にした。

 

「おぬし達、酒はいける口か?東方より取り寄せたとっておきの物があるぞ」

「頂こう」

 

飲酒には興味があったところだ。遠慮なく飲ませて貰おう。未成年?カンピオーネに成人もクソもない。

 

「私は遠慮しとこうかな。まだ未成年だし」

「私もです」

 

藤丸さんとマシュは辞退した。なんて真面目なんだろう。人理焼却されても法律に従うとは。

結局、お酒は俺と静謐ちゃん、エミヤだけ頂いた。酒は美味かったんだが、酔えない、というのはちょっと残念だったな。

食事中に、先程の残党が攻めてきたとの報告が入ったが、食事を邪魔されてキレ気味だったアルトリアの宝具ブッパで一瞬にして片付いた。南無三。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

翌日、藤丸さん達はエトナ山というところに向かった。いい感じの霊脈があるらしく、ターミナルポイントを設置するのだとか。

念のため単独行動のスキルを持つエミヤを藤丸さん達に着いて行かせ、俺はネロ達ローマ軍と共に、未だ襲い来る連合兵を相手にしている。

静謐ちゃんは連合帝国の首都捜索にあたらせた。前にも言ったが、静謐ちゃんの気配遮断スキルはA+。こちらから手を出さない限り、敵に気付かれることはまずないだろう。手掛かりは一切無いので、あまり期待は出来ないが、行動を起こさないよりかは幾分マシだ。

 

「それしてもおぬし、強いな。その雷は魔術の類か?」

 

戦闘も一段落ついて小休憩に入ったところで、ネロが話しかけてきた。

 

「あー、まあ魔術って言ったら魔術かな?」

「ふむ。その言い回しだと、正確には魔術では無いのか?」

「そうだねえ...。ネロはさ、神様って信じる?」

「むっ。皇帝である余を呼び捨てとは...。まあいい、今回は特別に許そう。ふむ、神か。余は信じているぞ。何を隠そう、このローマを建てた者は神祖であるしな」

「まあ神祖ってのがどういう括りなのかは知らないけど。俺のこの雷はね、神様から簒奪した力なんだよ。所謂、権能ってやつだね」

「なんと!そなたの力は神の力そのものということか!?」

「そうなるね」

「...ふむ...。凌太、と言ったな。どうだ?客将と言わず、余のものにならぬか?」

「皇帝陛下直々の勧誘とは、嬉しい限りだな。――でも、断らせて貰うよ。俺には、小さいながらも自分の居場所があるからな」

「むう、そうか...。残念だ。気が変わったら言ってくれ。余は何時でも歓迎するぞ?」

「ああ、ありがとな。っと、また敵が来やがった。アイツら残機底無しかよ...」

 

再び現れた敵軍に、俺達は腰を上げて攻撃態勢に入る。

どれだけ群れようとも雑魚は雑魚。サーヴァントでも投入してこない限り、俺とネロが居るこのローマ軍が負けることはありえない。

俺は聖句を口にし、再び雷の嵐を敵にお見舞いしていった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

「ガリアへ行くぞ。皇帝である余自らが出向く。遠征だ!疾く準備せよ!」

 

ネロがそう言ったのがつい30分程前の話。現在俺達はネロ率いるローマ軍と共に首都ローマを離れ、森の中をガリアに向かって進行中である。ローマ兵の準備早い。

藤丸さん達は既に帰ってきており、この遠征にも同行している。静謐ちゃんとはまだ合流出来ていないが、彼女の事だ。すぐに俺を見つけてくれるだろう。そういう確信がある。

 

1時間程馬を走らせたところでガリアに到着した。藤丸さんは馬に乗れないようだったので俺の後ろに乗せた。マシュは盾が邪魔で2人乗り出来なかったし、藤丸さんとエミヤ、もしくはアルトリアとの組み合わせだと清姫が怖かったので、消去法で俺との組み合わせになった。ちなみに、清姫はアルトリアの後ろに乗っていた。

 

 

「皇帝ネロ・クラウディウスである!これより、拝聴を許す!ガリア遠征軍に参加した兵士の皆、余と余の民、そして余のローマのための尽力ご苦労!これより、余も遠征軍の力となろう。一騎当千の将もここに在る!この戦い、負ける道理が無い。――余と、愛すべきそなた達のローマに勝利を!」

『ワァアアアア!!!』

 

ガリアに着くなり、すぐに演説を始めたネロ。さすがは皇帝といったカリスマ性だ。

 

「アルトリア顔はみんなカリスマ性高いのか...」

 

俺が知っているのはジャンヌとアルトリアとネロの3人だけだが、その3人とも高いカリスマ性を持っている。アルトリア顔は他にも存在するらしいので、実は会うのが楽しみだったりするのだ。

 

「青こそ原初にして王道、最強最優のセイバーです。赤など、所詮はポッと出の新人セイバー。青には敵いませんとも」

 

張り合う様にそんなことを口走るアルトリアさん。

なんだろう。今後いつの日か、彼女はセイバー&アルトリア顔絶対倒すウーマンとして現界しそうだ。そして何故かアサシンとして。

 

「やあ、君達がネロの言っていた客将かい?話は聞いているよ。見かけによらず、随分と強いんだってね」

 

俺が宇宙的な電波を受信している間に、赤髪の女性がこちらに近付いていた。気配からしてサーヴァントか?

 

「えっと、貴女は...?」

「私?私はブーディカ。一応、ネロ公陣営のサーヴァントだよ。クラスはライダー。よろしくね」

「ブーディカ!?」

 

ブーディカと名乗った女性に驚くマシュ。そんなに有名な人なのか?ごめん、俺そういう知識に疎くて...。

後で聞いた話だと、ブーディカという人物は、生前ローマと戦って負けたブリタニアの勝利の女王らしい。色々と卑怯な作戦等で自分の娘まで酷い仕打ちを受けているなど、とてもローマに協力するような経歴の持ち主でな無いとのこと。ブーディカ本人に、そこの所の心情などを聞いてみると、当時の皇帝はネロだったのだが、実際に手を出してきたのはその臣下で、ネロはブリタニアの件には関わっていなかったのだとか。まあ当然ネロに対して怒りは覚えるし、その怒りは消えていないが、今はネロより連合帝国の方が頭にくるのでネロの仲間になっているとか云々。

ついでにスパルタクスという筋肉(マッスル)も紹介された。何故か彼の言っていることの意味が理解出来たのは俺とエミヤだけだったが。

 

とまあ、そんなこんなでガリアの兵士達と無事合流し、ブーディカ達と話していると、敵斥候部隊を発見したという報告が入った。斥候部隊の速度は速く、追撃が難しいとか。

 

『まずいぞ。こちらの情報を持っていかれる。ここで叩いておいた方がいいだろうね』

「了解。エミヤ」

「分かっている」

 

エミヤを連れて、この周囲で1番高い崖の上に駆け上がる。

 

「見える?」

「ああ。北西約3kmから4kmの地点に後退する軍がある。おそらくアレが例の斥候だろう」

「やれる?」

「愚問だな。私を何のクラスだと思っている?」

 

フッ、とニヒルに笑って見せるエミヤ。ごめん、正直ハウスキーパーか何かだと...。掃除洗濯料理、家事全般はなんでもござれだもんなあ。

 

「じゃ、やっちゃって」

「了解した。――投影(トレース)開始(オン)

 

エミヤは黒い弓と、捻れた剣のようなものを投影する。こうして見ると、やはりアーチャーなのだと確認できるな。

 

「――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

今までの弓矢とは比べものにならない量の魔力を含んだその螺旋剣は一直線に飛んでいく。

エミヤはそれを更に3本、敵斥候部隊のいる方角へと放った。

 

「敵の掃討、完了したぞマスター。残党も無しだ」

「...俺が言うのもなんだけど、容赦ねぇな」

「フッ、何を言う。敵に容赦をかけるなど、三流もいいところだ。それはマスターも分かっているはずだが?」

「違いない」

 

そんなやり取りをしながら崖から飛び降り、ブーディカとガリア兵士達に斥候部隊殲滅の報告を入れる。

 

「...全然働いて無いですね、私...」

「ま、まあ今回はアーチャーの方が合ってる仕事だったから!落ち込む事はないよ?ね?」

 

アルトリアが落ち込み、藤丸さんが励ますという光景も見て取れたが、俺が何を言っても逆効果だろうと思いそっとしておいた。

 

「さて、それじゃ始めようか」

「?」

 

ブーディカが突然そんなことを言い出した。何を始めるつもりだろうか。まさか宴とか言わないよな?いやまあ大歓迎ですけども。

 

「あの...始めるとは、一体...?」

 

マシュがとても不思議そうにブーディカに聞き返す。

 

「あんた達の腕を疑っているわけじゃないけど...。いや、疑っているのかな?ガリアの支配者――皇帝のひとり、アイツは強い。アレと真っ向から戦えるのか、それともちょっとした援軍だと思えばいいのか。その腕、ちょっと試させてね?あ、そこの少年とアーチャーは参加しなくていいよ。あんた達の強さは十分、あの皇帝と戦えるよ」

 

俺とエミヤは除外され、藤丸さん&マシュ&清姫&アルトリア vs ブーディカ&スパルタクス で模擬戦をやるらしい。

 

「良いでしょう。この戦闘を持って、私の名誉を挽回する!」

 

アルトリアが燃えている。藤丸さんとマシュもやる気だ。清姫?やる気を出してる藤丸さんを赤面しながら見て「ああ、凛々しいお顔も素敵です♡」とか言ってる。ここまで来るといっそ清々しいよね。

 

という訳で、模擬戦が始まった。

やはりと言うか、さすがは騎士王。戦闘が始まると同時に魔力放出でブーストしてスパルタクスに突撃し、吹き飛ばす。スパルタクスも立ち上がったが、あれ致命傷じゃないよな?模擬戦で大事な戦力失うとか止めてよね。

マシュや清姫も奮闘し、ブーディカとほぼ互角にやり合っている。

 

「マスター、ただいま戻りました」

「ん?ああ、おかえり。どうだった?」

 

戦闘を(いざとなったらスパルタクスを救助出来るように)眺めていると、偵察に出ていた静謐ちゃんが帰ってきた。決して周囲の索敵を怠っていた訳ではないのに静謐ちゃんの接近に全く気付かなかったあたり、さすがは気配遮断A+だと思う。

 

「敵の本拠地を発見しました。以前映像で見た、レフ・ライノールと思われる人物もそこにいます」

「へぇ...?戦力は?」

「レフ・ライノール、サーヴァント3騎、一般兵士数千。それは確認出来ましたが、それ以上いてもおかしくは無いと思います」

「ふむ...。まあ大丈夫かな...。うん、お疲れ様。この後は俺と同行してくれ」

「はい。...それで、その...」

「うん?どしたの?」

「あ、いえ、その...。あ、頭を...」

 

モジモジと呟く静謐ちゃん。

なんだろうか。何か言いたい事でも...。...ああ、そういう。

静謐ちゃんがして欲しいであろう事を想像し、そっと彼女の頭に手を置く。

 

「ありがとう、静謐ちゃん。助かったよ」

「っ!」

 

一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに顔を緩ませて身を任せてくる。かわいい。

しばらくこうしておきたかったが、模擬戦を終えた清姫がチロチロと火を吹き始めたので手を離す。あの子マジで燃やしてきそうで怖いんだもの。

 

 

 

その夜はプチ宴が開催された。ブーディカお母さんがブリタニア料理を振舞ってくれたり、それにエミヤが対抗して色々と料理を出したり、ブーディカ絶賛本場ローマの風呂に入ったり、バーサーカー(スパルタクス)はお湯に入れると大人しくなるという発見にロマンが騒いだり...。あ、あとオカン属性が2人になったり。

 

 

頭痛がすると言って寝込んでいたネロが起きてきたところで、食事を続けながらながら静謐ちゃんが入手してきた情報をみんなに話す。

レフ・ライノールがいる、という情報はカルデア勢を戦慄させ、同時に戦意を高揚させることにも繋がった。

 

今日のところはもう夜も遅いということで、簡単に今後の方針を決め、それぞれ寝床に着いた。

今夜は清姫は藤丸さんの方へと行っている。なので今は静謐ちゃんと2人きりだ。なんでさも当然のように静謐ちゃんと2人きりかって?理由は静謐ちゃんが俺の寝床に潜んでいたからだ。本来俺と同じテントで寝るのはエミヤの予定だったのだが、そのエミヤに頼んで交代して貰ったとのこと。

まあ別に一緒に寝るのが嫌だとか恥ずかしいとか、そういう事は無いので普通に寝るけど。むしろ嬉しいしね。

 

「...マスター...」

 

寝言でそんな事を言う静謐ちゃんはかわいい。そう確信しながら俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 



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瞬殺だね?分かるとも!

ぐだぐだ感が否めない...


翌日からの俺達の行動は速かった。

とりあえず、エミヤとアルトリアとスパルタクスが一般兵士を薙ぎ倒して行き、その隙に僭称皇帝である赤いDEBUへと接近し油断している間に半殺し。聖杯の情報を吐かせて座へと還す。連合帝国の『皇帝』が歴代ローマ皇帝達だと判明してネロがショックを受けていたが、それは本人が乗り越える事だと判断し敢えて放置した。

 

その後別働隊として動いていたらしいサーヴァント、荊軻と呂布両名と合流し、ネロが立ち直ったのを確認してから連合帝国首都へと進軍。数千の兵士を塵芥のように吹き飛ばし、道中現れたカリギュラを屠り、俺達は今連合帝国首都の門前に到着していた。

電撃戦とはまさにこの事。イタズラ女神とか狐な猫とか竜兼アイドルの少女とかは知らない。赤毛の少年とかその先生も知らない。知らないったら知らない。

 

 

 

『ワァアアア!!!』

「うむ―――要するに決戦である!」

 

連合帝国首都を目前にし、一気に士気の上がるローマ軍。道中の戦闘で戦死者無し、というのも効いているのかもしれない。

 

「今こそ、余と、余の兵たる貴様達の力を集める時。この戦いを以て、ローマは再びひとつとなろう!忌々しくも『皇帝』を僭称せし者共よ、今こそ、偽物のローマが潰える時だ!余の兵達よ、余の剣となり戦え!我が剣は原初の情熱(ほのお)にして、剣戟の音は(ソラ)巡る星の如く。聞き惚れよ、しかして称え、更に歓べ!余の剣たちよ!」

『ワァアアアアア!!!!!』

 

うわすっげぇ、今空気が震えたぞ。某プロ野球チームの応援かよ...。いや、音量だけならそれ以上か。

 

「すっごい士気の高さだねぇ」

「はい。戦闘も既に始まっています。サーヴァントの反応はありませんね」

 

藤丸さんが呆然と呟き、マシュがそれに答える。

 

「さて、俺らも王宮攻略に行こうか。レフの野郎もぶん殴らないといけないしな」

「うん、そうだね。―――行こう!」

 

藤丸さんの号令を合図に王宮へと進むカルデア勢。ネロと少数のローマ兵と合流したところでロマンから報告が入った。

 

『来たぞ、サーヴァント反応だ!』

「了解。俺も感知した。近いな」

 

前方に現れた強い気配。これは確実にサーヴァントだろう。

 

「...勇ましきものよ。実に、勇ましい。それでこそ、当代のローマを統べる者である」

「むっ...」

「こちらも視認しました。王宮入口付近に巨躯の人物が1名」

 

色黒の巨漢が紡ぐその言葉は、この騒がしい戦場の中でもハッキリと聞き取れる程の声量である。えげつない声量してやがるな。

 

「なっ――!まさか...あれは...い、いや、しかしそんなことが...」

「...大丈夫か?」

 

あの巨漢を見るなり、明らかに顔色を悪くするネロ。おそらくあのサーヴァントも歴代皇帝の1人なのだろうが、この反応はカリギュラやDEBUの時とは比べ物にならない程だ。

 

「ローマ...。アレは、いや、あの御方は...。一瞥しただけで分かってしまう...。あの御方こそ――ローマ、だ」

「ネロよ。我が愛し子。お前になら分かるはずだ。(ローマ)こそ、連合帝国の首領である。(ローマ)へと帰ってこい、ネロよ。(ローマ)はお前を許そう。(ローマ)だけが、お前の内なる獣までも許せるのだ。そうだ――(ローマ)が、ローマだ」

「そんな...。貴方だけは...貴方だけは違うと...余は、信じていたのだ、信じていたかったのだ...。しかし、貴方は余の前に立ちはだかるのか!紛うことなき、ローマ建国王!――神祖ロムルス...!」

 

あれが、先日ネロが話していた、ローマを建てた人物。神祖ロムルス。確かにそれなりの力と威厳は感じる。連合帝国の民衆や兵士達も、あのカリスマ性に魅せられたのだろう。他ならぬネロも。

 

「っ!敵兵多数接近!ネロさんを狙っていると思われます!マスター、指示を!」

 

マシュの一声でその場のほぼ全員が戦闘に入った。ロムルスは王宮へと下がって行く。ネロは顔色を必死に取り持ち、戦線に復帰しようとする。

が、俺はそれを止めた。本人は隠しているつもりだろうが、ネロの光に陰りが出てきている。このままではこちらの兵の士気に関わるだろう。

 

「なあネロ。お前、今、あの神祖に連なりたい、全てを委ねたい、そう思ったろ」

「ッ!そんなことは...。いや、無いと言ったら嘘になるな。...うん、正直に言うぞ?言ってしまうぞ?余はあの御方に下りたくて仕方が無い。それが、余の偽らざる本心だ」

 

心から、本当にそう思っているのだろう。そう感じ取れる程に、ネロの言葉には意志が籠っていた。

 

「そっか。......じゃあ、そうすればいいんじゃねえの?」

「――は?」

 

真剣な表情をしていたネロが、一気に唖然とする。

 

「別に、それが正しいと思うならそうすればいいだけの話だろ?お前の好きにすればいい。ただまあ、その時は敵同士になるけどな。俺は敵が誰であろうと、容赦なんてしないから。自分の正しいと思った事をやりたいようにやれよ、第5代皇帝陛下殿」

「...余はてっきり、止められると思っていたのだが」

「止めて欲しかった?」

「――いや、違うな。うん、きっとそれは違う。...あの御方は建国王その人だ。余が間違っているのなら、神祖がそう断ずるのならば、全てを任せてしまいたい。だが、だがそれは出来ぬのだ。あの御方はきっと間違っている。連合にいる民を見よ、兵を見よ!誰1人として笑っておらぬ!いかに完璧な統治であろうと、笑いのない国があってたまるものか!ならば、余は、余は...」

 

今、ネロの中では、俺には計り知れない葛藤や苦悩が渦巻いているのだろう。しかし、それは俺がどうにか出来るものでは無いし、どうにかしていいものでも無い。ネロ自身が考え、答えを出すべきだ。けど、ほんの少しの助言程度ならばいいだろう。

 

「このまま神祖に挑むのならば、俺は最大限の手助けをする。逆にお前が敵に回ったら、その時は俺が責任を持って打ち倒そう。安心して、自分の信じた道を行け」

 

「...ああ、そうだな。余は大事な事を忘れるところだった。相手が誰であろうと迷うことはない。余は、余のなすべきことを成そう。感謝するぞ、凌太。目の覚めた気分だ」

 

ネロは憑き物が取れたような、晴れ晴れとした表情を見せる。どうやら、神祖に挑む方を選んだようだ。

 

「よし、なら早速王宮に攻め込むか。侵入経路は、静謐ちゃん、任せていいね?」

「はい。既に数箇所からの侵入経路を把握済みです」

 

ヤダこの娘有能過ぎない?

藤丸さん達も一通り敵を倒し、俺達に合流した。さて、ここからが正念場だ。カルデア勢はレフ・ライノールと聖杯、ネロはロムルスを目指し王宮へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「――来たか、愛し子」

「うむ、余は来たぞ!誉れ高くも建国を成し遂げた王、神祖ロムルスよ!」

「...良い輝きだ。ならば、もう1度呼び掛ける必要はあるか、皇帝(・・)よ」

「いいや、必要ない。今、そなたが口にしたように――過去も、現在も、未来であっても。余が、ローマ帝国第5代皇帝に他ならぬ!」

「許すぞ、ネロ・クラウディウス。(ローマ)の愛、お前の愛で見事蹂躙してみせよ!」

 

と、トントン拍子で戦闘が開始された。

相手は神の子、神祖ロムルスだ。であるならば、この戦いは(カンピオーネ)の独壇場でもある。

最初から手加減をするつもりなどさらさら無かったが、強制的に体がベストコンディションとなり、いつも以上、正確にはモルペウス戦以後最大の高揚感に胸が高鳴る。

その上、こちらには5騎のサーヴァントとネロがいる。負ける要素はゼロと言っても過言では無いだろう。

 

 

 

 

実際に結論として、俺達はロムルスに圧勝した。まあ戦闘では主に俺が暴れてしまったのだが。王宮をボロボロにしてしまった。神さまを相手にした時のカンピオーネはヤバイ。周りが本気で引く位にヤバイ。

 

「...眩い、愛だ。ネロ。永遠なりし真紅と黄金の帝国。その全て、お前と、後に続く者達に託す。忘れるな。世界(ローマ)は、永遠だ」

 

そう言い遺し、光の粒子になって消えていく神祖ロムルス。

 

「サーヴァント反応の消失を確認。我々の勝利です」

 

マシュが言った通り、既にロムルスの気配は感じない。カリギュラの時の様に、霊体化して撤退ということは無いだろう。

 

「さて。...次はアンタだ」

 

ロムルスの気配は感じない。だが、別の気配は感じる。直感に従って雷を放ち、相手の出方を待つ。

 

「やれやれ、いきなり攻撃してくるとは。私の存在に気付いていたのか?」

「...レフ・ライノール...っ!」

 

藤丸さんが憎々しげにそう口にする。今出てきたワカメ野郎が、話に聞く人類の敵って事で間違いはないようだな。

 

「驚いたよ。ロムルスを倒すなんてね。冬木の時より力をつけたのかな?だが、所詮はサーヴァント。聖杯の力には逆らえ」

 

ドゴォオオオ!!!!

 

レフが何かを言い終わる前に、轟音と共に王宮の天井が吹き飛んだ。

俺が雷でレフごと吹き飛ばしたのだが、ノーモーションから雷速で放たれた雷に反応出来た者はいなかった。まあ、サーヴァント達は見えてたかもしれないけど。

 

崩れ落ちてきた瓦礫に潰されたのか、あるいは雷によって消されたのかは定かではないが、とにかく、レフの気配は跡形も無く消え去った。そして、偶々俺の足下に転がってきたソレを手に取り、高々と掲げる。

 

「聖杯、取ったどー!」

 

これにて、この特異点の修復は終了したのだった。

みんな漫画の様に口をポカーンと開けて固まっているが、終わったったら終わったのだ!

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「いやー...ぐだぐだだったと言うかなんと言うか...」

『結局、レフの正体も、彼らの目的も分からずじまいだったね』

「だからゴメンって。あのまま話聞いてたら面倒臭い事になるって俺の直感がビンビンいってたからさー」

「それにしてもやり過ぎだと思います」

「うむ。城の上半分が全て吹き飛んだしな。死者が敵の1名のみとは、運が良かったとしか言いようがない」

「反省してます...」

 

時代の修正が進む中、俺達は崩れ去った王宮を出て話をしていた。主に俺のやらかした事について。

ブーディカ達、聖杯に呼ばれたサーヴァント達は既に座に還ったようで、王宮を出ても彼女らの姿は見当たらない。

 

「......」

「ん?どうかしたのか?アルトリア」

「...いえ、私の宝具とほぼ同レベルの攻撃を、生身である凌太が放っていて...。私の存在意義に少し疑問を感じていただですよ、アーチャー...」

「よしマスター、とりあえず土下座だ」

「なんでさ!」

 

空気と化していたアルトリアが本気で落ち込んでいる。ま、まあ是非もないよネ!

 

「まあ、安珍様ったらお強いんですのね。素敵です♡」

「ええ、さすがです、マスター」

「ありがとう。今は君達の異常性が心に染みるよ」

 

と、そんな冗談を言っていたらだんだんと俺の体が粒子となり始めた。それに続き、カルデア勢の体が次々に粒子となっていく。

 

「凌太、なにやら足下から薄くなっているぞ!もしや、お前達も消えるのか!?立香も、マシュも...。そうか。消える、か...」

「楽しかったよ、ネロ皇帝陛下。今後のローマの繁栄、期待してるぞ?」

「...うむ、そうだな。そなた達が帰る未来にも、ローマはあるだろう。だから、別れは言わぬ。礼だけ言ってこう。――ありがとう。そなた達の働きに、全霊の感謝と薔薇を捧げる、とな!」

 

ネロの言葉を聞き届けたところでレイシフトが始まり、俺達はカルデアへと帰っていった。

 

 

 



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礼装とは一体?

魔力計 : 一定の閥値を超えた魔力を感知し、その方向を示す。この計測器が反応するということは、それは通常ではありえない魔力の高まりであり、示した先にあるものが尋常である保証はない。


 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」

 

そう唱えるのは藤丸さん。

特異点から帰って来てから既に1日が経った。ローマでも聖晶石が多数見つかった為、俺達はフェイトを使って英霊召喚をしている最中だ。詠唱すれば礼装ではなく英霊が来てくれるというオカルトチックな話を聞いたので、現在藤丸さんが実践している。ソースはマギ☆マリ。

 

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

詠唱が終わり、光輪が発生する。今回は聖晶石を一気に30個使っているので、合計10回の召喚が行われる。

 

黒鍵’s「( *・ω・)ノやぁ」

「何故!」

 

藤丸さんの悲痛な叫びが木霊する。5連続での黒鍵はさすがに同情するよ...。

すると、6回目にして光輪が3本になる。これは英霊が来るという確定演出だ。

 

「牛若丸、まかりこしました。武士として誠心誠意、尽くさせていただきます」

「よう。サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうやマスター」

「我こそはタマモナインの一角、野生の狐、タマモキャット。ご主人、よろしくな!」

 

3連続で英霊が来た。これはなかなかいいんじゃないだろうか?

残りの2回は魔力計と魔導書が出てきた。魔力計の針が俺を向いてロマンとダ・ヴィンチちゃんが騒いでいたが、もう気にしないことにした。

 

「うっし、次は俺だな」

 

俺もちゃっかり聖晶石を拾っていたので、今回は自分の石で召喚する。拾った石の個数は9。3回分全部使うつもりだ。

まずは1回目。詠唱は長いので俺はしない。

光輪が発生する。しかし、今回はいつもと少し違かった。なんと、光輪の色が青から虹色に変化したのだ。そして、その虹色の光輪が人型になっていく。

 

「うむ!サーヴァント・セイバー、ネロ・クラウディウス。装いも新たに再登場だ!嫁セイバー、或いはネロ・ブライドと呼ぶがよい!」

 

そこには、つい昨日別れたハズの第5代皇帝がいた。何故か白い花嫁衣裳を着込んで。

 

「ネロ!?凌太くん、ネロだよ、ネロ!」

「――――――うん」

 

興奮気味にはしゃぐ藤丸さんとは対照的に、俺の反応は薄いものだった。あくまで表に出した反応は、だが。

正直、最初にネロを見た時は驚いた。何故花嫁衣裳なのか、再登場ってなにさ、嫁とは、など様々な疑問が浮かんだが、結局最後は脳が考える事を拒否したのだ。だって絶対答えとか出ないし。強いて答えを出すならば、彼女がローマだからだろうか(意味不明)。

気を取り直して召喚を再開する。

続く2回目、今度は光輪は1本だった。

 

「...なぁにこれぇ?」

 

出てきたのは麻婆豆腐。...いや何故?

 

「ふむふむ...。ふぐっ!か、辛い!!」

 

何の躊躇も無く、ネロがマーボーを手に取り食べ始める。...なぁにこれぇ。

 

「よく分からないものを食べちゃいけません。腹が減ってるなら飯を用意するから。エミヤが」

「いやしかし、これはなかなかに美味だぞ?凄く辛いが、それがまた良い!」

「...一口取っといてくれ」

「あ、私もー!」

 

マーボーの味が気になったので、ネロに頼んで一口分残しておいて貰うことに。藤丸さんも気になったらしくネロに頼んでいた。

 

マーボーは気になるがとりあえず召喚を進める事にした。残りの聖晶石をフェイトに放り込むと、またしても光輪は1本。少し気落ちして礼装を待っていると、突如強大な気配が現れた。

 

「Graaaaaaaa!!!!」

 

そんな咆哮を上げたのは巨大な猪、いやINOSISIだ。...もう1度言うぞ?なぁにこれぇ...。

 

「ちょっ!これ魔猪!?」

「魔猪?」

 

ロマンの言う魔猪が何なのかは知らないが、このままではフェイト本体が破壊される可能性もある。

というわけで、大人しくさせることにした。

 

「おすわり」

 

殺気にも似た威圧感を放ち、そう口にする。

どれだけ大きかろうが所詮相手は一介の獣。自分より圧倒的な強さを見せつければ上下関係の様なものが発生するだろう。

証拠に、先程まで雄叫びを上げていた魔猪は俺にビビったのだろうか、今は大人しくなっている。だが、おすわりはしていないので、もう1度言ってみる。

 

「お・す・わ・り」

 

ビシッ、と綺麗におすわりをしてみせる魔猪、いやINOSISI。心無しか冷や汗ダラダラな気がしないでもない。

 

「よーしよし、いい子だ」

「さすが魔王(凌太くん)!僕達に出来ないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる憧れるゥ!」

 

ロマンがまたもや騒いでいるが無視。ほとんど事実だから言い返せないし。

俺に大人しく従ったINOSISIをギフトカードに納めて、今回の召喚は終わった。このINOSISIは礼装ということでギフト扱いになっている。持ち運びも楽なので助かった。

あ、麻婆豆腐は美味しかったです。辛かったけど。

ただ、「フフッ、愉悦」という幻聴が聞こえたのは何だったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

その後食堂に集合し、昼飯を食べながら今回召喚された英霊たちとの自己紹介等を済ませる。エミヤとクー・フーリンの間になにやら火花が散っていたが、安定のスルー。突っ込んだら長くなりそうだし。

そして、やはりというか、ネロに俺達の記憶は無かった。時代の修正がされて、俺達との戦いの記憶も消えてしまったのだろう。まあしょうがないよネ。

 

昼飯を終えた俺は、折角なのでクー・フーリンに手合わせを頼むことにした。ケルトの大英雄、光の御子と名高いクー・フーリンの主装備は槍。曲がりなりにも俺がよく使っている武器は槍なので、槍術を習う事にしたのだ。

 

「喰らえ!」

「甘いぜ坊主!」

 

交差する深紅と紫の槍。魔力放出を駆使して全速力でクー・フーリンに迫るが、こちらの攻撃は全ていなされる。今回も修練と言うことで権能は使わないでいるが、これは普通にキツイ。攻撃が全く当たらないし、速度でもクー・フーリンが若干上だ。最初こそ拮抗していたのだが、10分もすると徐々に俺が押されてきた。さすがは歴史に名を残す大英雄。俺のような若造とは地力が違う。

 

「天をも穿て、我が紫槍」

 

こんな厨二な事を言ったところで別段威力が上がるわけではないのだが、何かあるのでは?と相手に思わせる為に敢えてこんな恥ずかしい言葉を口に出す。というか、英霊って宝具使う時に凄く厨二なセリフ吐くよね。いやカッコいいんだけれども。憧れ的なものが無いと言えば嘘になる。

 

「ブチ抜け――天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)ッ!」

 

言葉と共に槍を投擲する。魔力も出来るだけ詰め込んでいるので威力だけなら雷槍よりも高い。だが、

 

「ハッ!俺に当てたきゃ因果逆転の槍でも持ってくるんだったな!」

 

俺の放った槍がクー・フーリンに当たることは無く、ゲイ・ボルグの一振りで薙ぎ払われてしまった。

槍を投擲したことで俺に若干の隙が生まれ、そこを上手くつかれゲイ・ボルグを突き付けられた事で俺の敗北が決定した。

 

「...参った、降参する」

 

両手を上げ、降参のポーズをとると、クー・フーリンも突き付けていた槍を下ろした。

 

「いやー。なかなかやるじゃねぇか坊主」

 

先程の、相手を射殺さんとするような獰猛な表情とは打って変わって、ニカッと眩しい程の笑顔を見せるクー・フーリン。ヤバイ、兄貴って呼びたい。

 

「まだまだだよ。権能無しじゃ、英霊レベルの強さを持つ奴らには敵わないし」

「いや、俺と同等に戦えてたし十分だろ。現代の人間がここまでやるとは思わなかったぜ」

 

本気で感心する兄貴だが、正直なところ本当にまだまだだと思う。兄貴はまだ本気じゃなかったし。

その後は少しの休憩を挟んでから、槍術についての手ほどきを受けた。伝説の大英雄に教えを乞ける俺は非常に恵まれていると思う。お陰でまた1つ上に近付けただろう。

 

 

 

「さてと。今日はこのくらいにしとくか」

「応ッ!ありがとうございました!」

「いいってことよ。さて、飯に行くか」

 

兄貴との修練を始めてから5時間。そろそろ腹も減ってきたので今日のところはこれで引き上げることにした。

エミヤが作っていてくれた夕食を食べてマイルームに戻る。マイルームは俺が修練している間にエミヤが掃除してくれたらしく、埃1つ見当たらない。エミヤさんマジオカン。

風呂に入ってから、当然のように俺の布団に入り込んでいた静謐ちゃんと共に眠りにつく。もう誰かが布団の中にいることに慣れてしまった自分がいるよ。

長い時間修練をしていた為に、瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってきて、俺はそれに抗うこと無く眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

「...天井が違う」

 

目を覚ますと、そこはカルデアのマイルームでは無くなっていた。幸か不幸か、隣には小さな寝息をたてる静謐ちゃんもいる。

体を起こして近くにあった窓から外を見てみると、雲一つ無い見事な晴天が広がっていた。

...これは間違い無いな。

Prrrrr、とスマホが着信音を鳴らす。スマホを手に取り電話に出ると、その相手はロマンだった。

 

「もしもし、ロマン?」

『ああ、良かった!やっと繋がった!凌太くん、君は今何処にいるんだい!?突然君と君が契約しているサーヴァント達の反応がカルデア内から消えて、こっちは大混乱だよ!』

 

キーン!と耳鳴りがする程に大声で話すロマン。よっぽど心配してくれているのだろう。ありがたい事だ。

 

「あー、すまん。ちょっと予想外の出来事が発生して...」

『予想外?まさか何処かの特異点に強制転送されたとかじゃないよね!?』

「まあ、それに近い感じかな?」

『近い?本当に今何処にいるんだい?』

 

ロマンの問いかけに、俺自身、今置かれている状況をもう1度確認する為に外を見る。...うん、やっぱ間違いないわ。

 

「修羅神仏の遊技場...、箱庭」

 

 

 



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問題児たちが異世界から来るそうですよ?②
箱庭再び


センター試験終わった...。二重の意味で...


 

「よしジジイ、覚悟はいいな?歯ぁ食いしばれ」

「ヤダマジ凶暴ぉー。ちょっと再会早々やめてよねぇー」

「くっそ!巫山戯た事言いながら避けんな!」

 

魔力放出も駆使して、更に神相手と言うことで身体能力が飛躍的に上昇しているこの状態でも全く攻撃が当たらない。マジで何なんだこの爺さん。

暫くしてから、これは時間の無駄だと判断し攻撃をやめる。結局全部避けられた...。

 

 

 

 

「で?何で急に呼んだんだ?しかも無許可で」

 

朝飯として焼き魚と味噌汁、白米を前にしながら爺さんに事の事情を聞く。ちなみにこの食事はエミヤが作ってくれた。というか、俺が起きてきた時には既にエミヤは台所に立っていたのだが、こいつにこの状況に対する疑問などは無かったのだろうか?

 

「ん、これは美味いな。お母さんおかわり」

「私は母親ではないのだがね。というか、私は神にまで母親扱いされるのか...」

 

そんな事を言いながらも素直におかわりをついでくるエミヤさんマジオカン。

ちなみに、今食卓を囲んでいるのは俺と爺さんと静謐ちゃんの3人だ。ヴォルグさんは既に朝食を済ませたらしく農作業へと行った。ネロはまだ寝ているのを空き部屋で発見された。

 

「オカンの飯が美味いのは同感だが俺の質問に答えてくれ」

 

飯をパクつきながら爺さんに再度質問する。あ、この焼き魚美味い。

 

「ああ、白夜叉からお前宛に招待状が来たから呼ぼうと思ってな」

「招待状?」

 

爺さんは味噌汁を啜った後に懐から1通の手紙を取り出して、それを俺に投げ渡した。確かに“サウザンドアイズ”の印が押されている。白夜叉から直々の招待状?面倒事になる予感しかないな。

 

「ふむ......、ふむ?......ほほう、これはこれは。あ、ご馳走様ー。今日も美味かったよ」

「お粗末様。それで?その白夜叉とやらからの手紙には何と書いてあるんだ?」

 

テキパキと俺の食器を下げながらそう聞いてくるオカン。このオカンは俺をダメ人間にするかもしれない。

 

「北の方で面白い事やるから来い、だってさー。ついでに仕事の依頼もするってよ」

 

そう言って手紙をエミヤに見せる。

 

「ふむ...、マスター。この魔王襲来の兆し有り、というのはどういう事だ?魔王とはマスターの様な神殺しのことか?」

「いや、この世界の“魔王”ってのは神殺しじゃないな。まあ簡単に言うと、相手に強制的に喧嘩吹っかけて荒らす奴らの総称かな?」

「なるほど...。一概に魔王と言っても、世の中には色々な種類の魔王がいるのだな」

「そゆこと」

 

エミヤが出してくれた熱いお茶を啜りながらそう説明する。頼んでいないのに、丁度お茶が欲しいタイミングで持ってきてくれるとか貴方俺の嫁ですか。

 

「それで、この呼び出しには応じるのか?」

「まあ、白夜叉からの申し出だからね。断る訳にもいかないでしょ。あと単純に魔王と戦ってみたい」

 

白夜叉も、その昔は魔王としてこの箱庭に名を轟かせていたらしいし、今回の魔王にも期待は出来るだろう。

 

「まあ静謐ちゃんとエミヤ、それとネロは連れて行くとして...。爺さんはどうする?」

「今回はパスする。明日からまた上層の奴らとゲームをする予定が入ってるからな」

「お前マジで自由か」

「だってしょうがないだろ?魔王が“主催者権限”まで使って強制的に挑んでくるんだから。ワシは悪くないもん」

「だからその外見で、もん、とか付けんなと何度言えば...ってか魔王?ねえ今魔王と戦うって言ったの?ねえ」

「ああ、言ったぞ?この前ぶっ倒した連中が魔王雇って来てな。まあ魔王と言っても今回ワシが戦う奴は三下だろうけど」

「魔王にも三下とかあるんだ...。まあいいや。じゃあ爺さんは不参加って事で」

「あ、あとヴォルグの奴も連れていくから」

「マジか。じゃあ行くのはカルデア勢だけ?」

 

まあそれでも十分な戦力なわけだが。

 

「あ、勝手に決めちゃったけど、静謐ちゃんとエミヤは大丈夫?」

「私はマスターに従います。未来永劫、いつまでも」

「お、おう...。エミヤは?」

「私も構わないよ。マスターに従うのが我々サーヴァントだ。好きなように使うが良い」

「ありがと。じゃあ後はネロか...」

 

2人から了承を得る。ネロが起きてきたらネロにも聞くか、と思いお茶のおかわりを貰おうとした所で、食堂の扉が勢いよく開けられた。

 

「うむ!話は聞かせてもらった!面白そうではないか。余も混ぜるが良い!」

「食事中に扉を勢いよく開けるな!埃がまうだろう!」

 

意気揚々と入室してきたネロを一喝するオカン。折角カッコよく入ってきたのに第一声が叱責とは、憐れだ。

 

「う、うむ、すまぬ...。いやそんな事より先程の話だ!どこかに出かけるのだろう?余もついて行くぞ!」

「そんな事とは何だ!」

「ひうっ!」

 

今のはネロが悪い。

その後もクドクドと説教を受けるネロ。あ、正座させられた。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、坂元様」

「おひさ。白夜叉いる?」

「はい。奥でお待ちですよ。例の“ノーネーム”の方もいらっしゃってます」

「ん、ありがと」

 

店員さんにお礼を言ってから、以前行ったことのある白夜叉の私室へと向かう。

 

あれからエミヤの説教が小1時間程続き、ようやく正座から解放されたネロが「すぐ行きたい!」と言うので、俺達は今“サウザンドアイズ”支店まで出向いていた。

 

「こんちわー」

 

ガラッ、と襖を開けて白夜叉の私室へと入る。

するとそこには懐かしの面子、十六夜に春日部、久遠、ジン、そして白夜叉の姿があった。

 

「お、凌太じゃねえか。久しぶりだな」

「あら凌太君?貴方も呼ばれていたの?」

「久しぶりだね」

 

問題児三人衆がそれぞれ返事をする。ジンは若干敵意の籠った目で見てくるだけで、挨拶はしてこない。まあ心当たりが無い訳では無いので特に気にしないが。エリカ達に比べればどうってことないし。

 

「おお、よく来たの。箱庭から出ていると聞いていたので、あまり期待はせずに招待状を出したのだが」

「招待状来たからって事で強制箱庭送還だよ。まあ楽しそうだからいいけど」

 

肩を竦める仕草をして見せると白夜叉達はカラカラと笑った。

 

「して、そこの後ろのおんし等は何者だ?死霊の類か?」

 

不審そうに静謐ちゃん達を見る白夜叉に同調して、十六夜達の視線も英霊達に集まる。

 

「余こそはローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウスである!だが、今のこの姿は新衣装だ。なので!余のことは嫁セイバー、或いはネロ・ブライドと呼ぶが良い!」

 

俺が英霊について説明しようとしたその矢先。ネロが胸を張って堂々とそう公言した。

 

「ネロ?しかもローマ皇帝って、あの“暴君”と言われたネロ・クラウディウス本人なのか!?」

 

十六夜が驚いた様な声を出す。てか、十六夜って古代ローマの皇帝の名前とか知ってたんだ。久遠や春日部がピンときてないところを見ると、俺が無知過ぎるという訳では無く、単に十六夜が博識なだけっぽい。強くて頭もいいとか、お前どこの主人公。

 

「あー、そのネロで間違い無い。白夜叉の死霊っていうのもあながち間違いじゃないのか?」

「どういう事だ?」

 

久遠と春日部が完全に話について来れていないが、1から丁寧に説明していると日が暮れそうなのでスルー。

とりあえず英霊や聖杯戦争について、俺が持っているだけの情報は話すことにした。

 

「ネロ達は所謂“英雄”と呼ばれる人物達で」

「ちょっと待って。その話長くなる?」

 

いざ語り出そうとした所で、春日部から待ったがかかる。

 

「多分長い。けどどうした?」

「それはまずいかも。...黒ウサギ達に追いつかれる」

 

ハッ、と他の問題児2人とジンも何かに気付く。黒ウサギがいないなー、と思ってたら、この問題児たちはまた何かしらやらかしていたらしい。

 

「し、白夜叉様!どうかこのまま、」

「ジン君、黙りなさい(・・・・・)!」

 

ガチン!と勢いよくジンの下顎が閉じる。久遠の恩恵が働いたのだろう。その隙を逃さず、十六夜が白夜叉を促す。

 

「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」

「む、むう?別に構わんが、何か急用か?というか、依頼内容を聞かず受諾してもよいのか?」

「構わねえから早く!事情は追々話すし何より――その方が面白い!」

 

十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。

 

「そうか、面白いか。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ、我々神仏の生きる糧なのだからな」

「んん!?」

 

白夜叉の悪戯っぽい横顔に悲鳴を上げるジン。どうでもいいが俺達に説明の1つでも無いものだろうか?

暴れるジンを嬉々として取り押さえる十六夜達。彼らを余所目に、白夜叉がパンパンと柏手を打つ。

 

「――ふむ、これでよし。お望み通り、北側に着いたぞ」

『......は?』

 

見事に一致した声を上げる問題児達。俺はと言えば、まず北側というのがどこの地域を指すのかすら知らなかった為に驚くことさえ出来なかった。

ただ、その後の出来事には驚かざるを得なかったが。

 

「見ぃつけた、のですよおおおおおおおおおおお!!」

 

ズドォン!!と、絶叫と共に何かが降ってきた。

その声に問題児達が跳ね上がる。着地時に巻き起こった土埃から姿を表したのは髪を真っ赤に染めた黒ウサギ。

 

「ふ、ふふ、ふふふふ...!ようぉぉぉやく、見つけたのですよ、問題児様方ぁ...!」

 

あ、これガチギレのパティーンじゃね?十六夜達本当に何やらかしたの?

 

「逃げるぞッ!」

「逃がすかッ!」

 

十六夜は久遠を抱き抱えて崖を飛び降り、春日部は旋風を巻き上げて空に逃げていった。が、運悪く春日部だけ黒ウサギに捕まってしまう。

そして、黒ウサギが春日部の耳元で何かを呟いたかと思ったら、その春日部を俺に向かって投げつけてきた。

 

「きゃ!」

「よっ、と。大丈夫か?まあ、なんと言うか、災難だったな」

 

飛んできた春日部を受け止め、地に下ろす。

 

「凌太さん!何故ここに居るのかは知りませんが耀さんの事をお願い致します!黒ウサギは他の問題児様方を捕まえに参りますので!」

「お、おう。よく分からんけど頑張れよ...」

「はい!」

 

十六夜達を追って崖からダイブする黒ウサギ。...何をしたらあそこまで怒らせられるのだろうか?

 

「...とりあえず、茶でも飲むか?」

「...うん」

 

取り残された俺達は、白夜叉の提案に素直に乗ってお茶を啜る事にした。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

「ふふ、なるほどのう。おんし達らしい悪戯だ」

 

俺達は今、お茶を啜りながら、春日部から事の経緯を聞いて歓談していた。英霊がどうとかの話は、今夜、白夜叉の依頼内容と一緒に、黒ウサギ達も集まった時にする予定だ。

 

「マスターマスター、余は街に行きたい。蝋燭が歩いている街など楽しいに決まっている。まあ、余のローマには敵わないだろうがな!」

 

春日部の話など我関せず、と言った風に、目をキラキラさせてそう言う皇帝陛下。

 

「あー、はいはい。白夜叉、悪いんだけどちょっと席外すわ。夕方くらいにここに帰ってくればいいかな?」

「ああ、いいとも。存分に楽んでこい」

「おう。静謐ちゃんとエミヤも来る?」

「行きます」

「私は1人で見て回るよ。色々とじっくり見てみたいのでね」

「おっけー。春日部は?」

「私は...ここに残ってるよ。今街に出ると、後で黒ウサギが怖いし...」

「ん、了解。じゃ、3人で行くか!」

 

静謐ちゃんとネロを連れて街へと繰り出す。実は俺も見て回りたかったんだよね。

 

こうして、俺&静謐ちゃん&ネロの3人による、なんちゃってデートが始まったのだった。

 

 

 



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北側

「こっちの服など、とても似合うではないか。マスターもそう思うだろう?」

「うん、かわいいと思う」

「え、あ、あの...、ありがとう、ございます」

 

赤面する静謐ちゃんマジ天使。

街に繰り出してから俺達がまず向かったのは洋服店である。理由としては、まあ静謐ちゃんの為だ。

静謐ちゃんの体は毒で出来ている。血潮も毒で、心は硝子かどうかは知らないが。

そこで俺達は考えた。静謐ちゃんが人混みに入るとどうなるのか、と。答えは単純、死人が出る。肌に触れただけでアウトなのだし、人混みなんかに入ったら他人に即☆毒☆付与、である。

どうしようかと考えていたところ、「長袖の服を着れば、他人に肌は触れないだろう?」というネロの一声によって、静謐ちゃんの洋服選びが始まったのだ。ネロは何だかんだ言ってもセンスは良いし、見ていて楽しい。

ただ、花嫁衣装で洋服選びをしている姿は非常にシュールではある。

 

「うむ、やはり美少女は良いな!着せ替えをさせていて、とても心が踊る!」

 

ネロがやたらとはしゃいでいるが、現代でのショッピングは初めてだと言っていたので無理はないのかもしれない。

洋服選びが始まってから約1時間。ようやく静謐ちゃんの服が決まった様だ。

 

「どうだマスター。美少女は何を着せても似合うものだが、これは特に美しいのではないか?さすが余だな!」

 

フフンッ、とネロはもう既に見慣れたドヤ顔をしながら胸を張る。

 

「あの、マスター...。ど、どうで、しょうか?」

「うん、かわいい。そして尊い」

「だろう?」

 

恥ずかしそうにモジモジと服装の感想を求めてくる静謐ちゃんを見て、思わずネロに親指をたててしまった。

今の静謐ちゃんの服装は、ライトパープルのタートルセーターにロイヤルブルーのもこもこなショートパンツ、黒のタイツというものだ。うん、かわいい(確信)

 

「ではマスター、会計を済ませたら早速街へと出向くぞ!」

「はいはい。ん?ネロは服、買わないのか?」

「余は既にこの乙女の戦闘服があるからな!」

 

またもや胸を張るネロ。この娘は胸を張らないと気が済まないのだろうか?

とりあえず会計を済ませて店を出る。と、その瞬間、俺達に向かって時計塔が倒れてきた。

まあ今更そんなことで焦る程、俺が経験してきた世界は甘くはなかったのだよ。

 

「行けウリ坊、君に決めた!」

「Graaaaaaa!!!」

 

INOSISI改めウリ坊(ネロ命名)をギフトカードから出して、こちらに倒れてきていた時計塔を粉々に破壊させる。

細々とした飛礫(つぶて)は破壊しきれなかったので、それらは俺の雷と静謐ちゃんのクナイで撃ち落とす。

 

「2人とも大丈夫か?」

「うむ、余は大丈夫だぞ」

「私も問題無いです。ただ、服が少し汚れてしまって...」

 

しょんぼりと、悲しそうな顔をする静謐ちゃん。

 

「よし、原因ぶん殴ってくる」

「顔が怖いぞマスター」

 

ネロが何か言ってきたが関係ない。俺の癒しを悲しませた奴は許さん。

時計塔が倒れてきた方向に目をやると、その先には2つの人影が見て取れた。何か戦ってるっぽいし、アイツらだな?

ネロと静謐ちゃんにここで待っているように言ってから、争っている2人を殴りに行く。

よく見ると、暴れていた2人は十六夜と黒ウサギだった。十六夜の野郎笑ってやがるな。よぅし、手加減は無しだ。報いを受けろ!

 

「――やめんかぁ!!!」

『ごふぅ!!』

 

周りが見えていない2人の頭を勢いよく叩き落とす。仲良く苦痛の声を上げ、地面へと落下していく十六夜と黒ウサギ。

 

「オイコラ凌太、何しやがる!俺達の勝負に横槍入れ」

「黙れ。今回はお前らが悪い。アレを見ろ」

「あ?」

 

崩れ去った時計塔を指差して、2人に現実を見せる。十六夜はともかく、黒ウサギは流石にやり過ぎたと思ったのか、決まりの悪い顔をする。

 

「アレ、死人が出てても可笑しくないからな?」

「うぅ...。も、申し訳ないです...」

 

上から睨みつけて2人を正座させる。さあ、説教の時間だ!

 

「そこまでだ貴様ら!!」

 

厳しい声音がこの場に響く。俺達の周りには炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が集まっていた。

 

「あ?何だお前ら。こっちは忙しいんだよさっさと失せろ」

 

元々腹が立っていたことに加えて、説教の出鼻をくじかれたので、嫌悪感を晒してそう言い放つ。

 

「り、凌太さん。あの方達は北側の“階層支配者”――“サラマンドラ”のコミュニティですよ」

「マジでか」

 

そう言った黒ウサギは痛烈に痛そうな頭を抱え、両手を上げて降参するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

――境界門・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。

俺達は“サラマンドラ”のコミュニティに連行され、この本部まで来ていた。ここに来る途中に静謐ちゃん達とも合流している。エミヤは見つからなかったが、まあアイツなら大丈夫だろう。どっかのレストランで料理振る舞ってそうだしなぁ、あの執事(バトラー)

 

「随分と派手にやったそうじゃの、おんしら」

「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」

「胸を張って言わないでくださいこのお馬鹿様!」

 

スパァーン!と黒ウサギのハリセンが奔る。その後ろでジンが痛そうに頭を抱えていた。

 

「俺は制裁を加えただけなんだが」

 

何故俺まで連行されるのか、と目線で抗議する。すると長身の軍服を着込んだ男が鋭い目つきで俺達を高圧的に見下す。

 

「ふん!“ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「あ?」

 

明らかに“ノーネーム”を侮辱し、こちらの話も聞こうとしないこの男の態度に思わず威圧的な声が出る。色々な事が重なりに重なってそろそろ限界が近づいてきた。

 

「双方落ち着かんか。それにマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろう?」

「ちっ」

 

白夜叉が俺達を窘める。俺は忌々しげに舌打ちをし、マンドラと呼ばれた男から目を背ける。

 

「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んでいただきありがとうございます。貴方達が破壊した建造物の件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようなので、この件に関しては不問とさせていただきます」

「...誰のおかげだと」

 

ボソッと呟いた俺の声は誰に届くでもなく、空気に溶けていった。

 

「ふむ。いい機会だから、先の続きを話しておこうかの」

 

白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、マンドラだけが残る。

サンドラは人が居なくなると、硬い表情と口調を崩し、玉座を飛び出してジンに駆け寄り、年相応の少女っぽい笑顔を向けた。

 

「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたって聞いて随分心配してた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

同じく笑顔で接するジン。何、恋人か何か?

 

「魔王に襲われたと聞いて、本当はすぐに会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式の事でずっと会いに行けなくて...」

「それは仕方ないよ。だけどあのサンドラがフロアマスターになっていたなんて―――」

「気安く呼ぶな、名無しの小僧!!」

 

ジンとサンドラが親しく話していると、マンドラが激昂し、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。ジンの首筋に触れる直前、その刃を十六夜が足の裏で受け止め、俺はマンドラの首筋に槍を突き付ける。

 

「貴様、何をする!その武器を下げろ!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜクズ野郎」

「...知り合いの挨拶にしちゃ穏やかじゃねえな。止める気無かっただろお前」

「当たり前だ!サンドラはもう北のフロアマスターになったのだぞ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れ、恩情を掛けた挙げ句馴れ馴れしく接されたのでは“サラマンドラ”の威厳に関わるわ!この“名無し”のクズが!」

 

睨み合う俺達を止める為、サンドラが慌てて間に入る。

 

「マンドラ兄様!彼らはかつての盟友!こちらから一方的に盟約を切っておきながら、その様な態度を取られては我らの礼節に反する!」

「礼節よりも誇りだ!その様な事を口にするから周囲から見下されるのだと、」

「これマンドラ。いい加減に下がれ」

 

呆れた口調で諌める白夜叉。しかし、マンドラは尚も食ってかかってきた。

 

「“サウザンドアイズ”も余計な事をしてくれたものだ。同じフロアマスターとはいえ、越権行為にも程がある。南の幻獣・北の精霊・東の落ち目とはよく言ったものだ。此度の噂も東が北を妬んで」

 

言い終わる前にバチィッと紫電が迸り、マンドラは白目を剥いて気絶する。人1人気絶させるくらいの電圧なら聖句無しでも発動出来るのだ。

 

「...すまない、あまりにも腹が立ったから。“サラマンドラ”からの喧嘩なら買うぞ?フロアマスターがなんぼのもんじゃい」

「い、いえ!こちらにも非がありますし!」

 

ぶんぶんと首を横に振るサンドラ。十六夜はヤハハと笑い、黒ウサギとジンはどこか諦めた様な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお?コレはなかなかいい眺めだ。そう思わないか御チビ様、凌太?」

「ああ、俺も素晴らしいと思うぜ」

 

軽く今回受ける依頼についての話をした後、俺達は“サウザンドアイズ”旧支店へと帰ってきていた。久遠が何やら埃だらけだったので、女性陣は先に風呂に入り、今はその女性陣が上がってきた直後なのである。静謐ちゃんは皆と入ると毒が心配だという事で一緒には入らず、俺の隣で煎餅をパクついている。

 

「黒ウサギやお嬢様、そして皇帝陛下の薄い布の上からでも分かる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥっと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ」

 

スパァーン!と桶が2つ飛んできた。耳まで真っ赤にした久遠と黒ウサギが投擲したものである。特に痛くは無かった。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

「残念。俺は別のコミュニティだ」

「黙らっしゃい!!」

 

スパァーン!と本日2度目の桶が飛んでくる。特に痛くは無かった。

 

「ふふっ、見蕩れるのも当然のことよな。余の美しさの前には、さすがのマスター達も魅力付与確定である。これはもう余のスキルに魅了系のものを追加しても良いのではないか?ん?」

「はいはい、かわいいねー」

「そうであろう、そうであろう!」

 

フフンッ!と自慢げに胸を張るネロ。実際『皇帝特権』で魅了付与のスキルも使えるんじゃね?いやでも『頭痛持ち』があるから成功しにくいのか...?

 

「...君も大変ですね」

「...はい」

 

一方は組織主力に問題児しかいない。

一方は組織の幹部が最大の問題児。

そんな虚しい哀愁を分かち合う店員さんとジン。その裏で、同好の士を得たように握手をする白夜叉と十六夜の姿があったのは言うまでもない。

 

「ん?なんだねこの騒ぎは?」

「あ、オカンおかえり」

「ああ。すまない、少々遅くなった。道中、とあるレストランで臨時のバイトの様なものをしていてね」

「やはりか」

「ん?まあそのお礼にと大量の豚肉と野菜を頂いた。なので、今夜は人数も多いし手軽に鍋にしようと思うのだが」

 

そう言って手に持っていた袋を見せてくる。確かに具材に出来そうな食材がたくさんあるな。

 

「お、なんだなんだ?俺達にも振る舞ってくれるのか?」

 

エミヤの発言に反応して“ノーネーム”勢が身を乗り出してくる。

 

「当然だ。お前達はマスターの良き友人だと聞く。ならば夕飯の一つくらいご馳走するさ。準備をしてくるから、風呂など先に済ませておくと良い」

 

そう言って厨房へと向かうオカン。もう最後の一言とか完全に母親の言葉だよな。

 

「じゃ、風呂に入ってくるかね。十六夜とジンはどうする?」

「あ、僕は寝る前に入ります」

「俺は飯の後で入るから1人で入ってきていいぜ」

「ん」

 

という訳で、俺は大浴場を独り占めする事になった。風呂に行ってみると、そこは満天の星空が一望できる露天風呂が広がっていた。

はぁー、と感嘆の声を漏らし、体や頭を洗ってから風呂に浸かる。なんかお湯すらも普通の風呂とは違う気がするな。温泉でも引いてるのか?

 

「ふぃ〜。極楽極楽、っと。何だかんだで転生してからの間、まともな風呂に入ったのってガリアでだけだったからなー。後はシャワーで済ませてたし」

「そうなのですか?」

「うん、カルデアやホテルでもお湯を溜めるのが面倒でさー」

「湯船に浸からないと疲れは取れないと聞きます。コミュニティ本拠にもここと同じ位広い露天風呂があったので、帰ってからはそのお風呂に入られてはどうですか?」

「へぇ、知らなかった。そんな広い風呂がウチにもあったんだねえ。うん、帰ったら1度入ってみようかな。......それで?何で居るのかな?いや混浴だし居ても可笑しくは無いけど」

 

そう言って何の気配も感じさせず、いつの間にか俺の隣で湯船に浸かっている静謐ちゃんに問いかける。あ、ちなみに、ちゃんとバスタオルを体に巻いているので大事なところは見えていない。......別に残念だとか思ってないデスヨ?

 

「マスターのお背中をお流ししようかと思ったので」

「あ、うん」

 

そう言って更に擦り寄ってくる静謐ちゃん。

...少し想像して欲しい。俺は思春期真っ盛りの男、そして隣には誰もが美少女と認めるであろう容姿の同年代の女の子。加えてその静謐ちゃんは俺に対する好意を隠そうとしていない。

...俺の理性は既に決壊寸前ですよ。いくらカンピオーネと言えども、性欲くらいは人並みにあるんですよ。布団での添い寝ですら危うい時があるのだ。況や風呂場をや。

とうとう限界を感じ、俺の理性が音を立てて崩れ去ろうとする中、静謐ちゃんがそっと腕に絡まる様に抱き着いてきた。あのね、胸がね、当たってるんですよ。...もう色々とダメだわ。

―――据え膳食わねばなんとやら。お父さん、お母さん、オカン。僕は今、大人の階段を登

 

「いいところで申し訳ないのだが、マスター。風呂で事に及ぶとのぼせるぞ?」

「ホワッタライヤー!!!」

 

急なエミヤ(オカン)の登場に、最早意味の全く分からない悲鳴の様な何かを上げる俺。静謐ちゃんもビクゥっと体が跳ね上がっている。

 

「ちょ、何時からそこに!?」

「ちょうどマスターの腕に静謐が抱き着いたあたりからだが?いや、邪魔する気は無かったのだが、のぼせてしまうといけないと思ってね」

 

カァァっと顔を真っ赤にする静謐ちゃん。俺だって恥ずかしいわ。アレだ、母親にエロ本見つかった時の心情はこんな感じなのだろうか?

とりあえず、俺達は顔を赤くしながら湯船から上がった。エミヤがすれ違いざまに、俺だけに聞こえるように「ネロや他の皆には黙ってておくよ。こういうのは、バレると後が酷いからね」と言って笑みを向けていた時は、本気で殴ってやろうかと思った。そして、「お前そういう経験あるのかよ」とも思った。

なんだろう。どこか別の世界軸でこの赤いオカンが「可愛い子なら誰でも好きだよ、オレは」などという事を言っている姿が見えたのだが、気のせいではない気がする。

 

 



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斑ロリ

ちなみに、神様がギフトゲームで報酬稼いだり、戦った相手のコミュニティから金を巻き上げていたりするので、“ファミリア”の財政は大変潤っています。


『いただきまーす!』

「「い、いただきます...」」

「ああ、召し上がれ」

 

風呂から上がるとすぐに夕飯が出てきたので、みんなで食卓を囲んだ。白夜叉や店員さんも一緒に食べている。

 

「ん?どうしたのだマスター?なにやら元気が無いように見えるが...。それに静謐も」

「な、何でもないよ、うん。なあ静謐ちゃん?」

「...はい」

「?」

 

ネロが心配そうに俺達を見てくるが、やましい事があるだけに今はそれが心に刺さる。くっそ、あの時エミヤが来なければ、もしくはもう少し早く来ていればこんな事にはッ...!

 

「そう言えば、英霊とか聖杯戦争について教えてくれるって約束だったな。凌太、説明してくれないか?

 

鍋をつつきながら、十六夜がそんな事を言ってくる。

 

「あ、ああ。それは別にいいけど、俺よりエミヤの方が詳しいだろうから、エミヤに説明してもらった方が分かりやすいと思うぞ?」

「そうか。じゃあオカン、説明頼む」

「だから母親では無いと何度言えば...。まあいい。聖杯戦争についてだったな。ではまず、君達は聖杯というものを知っているかね」

「キリスト教の、最後の晩餐に使われたっていうあの聖杯か?」

「ああ、その認識で構わない。その聖杯は『願望機』と呼ばれる魔術礼装としても用いられている。そして、その『万能の願望機』を求める7人のマスターと、彼らと契約を交わした7騎の英霊達がその覇権を争うのが『聖杯戦争』と呼ばれる儀式だ。英霊とは、過去から未来まで、あらゆる英雄英傑の魂を信仰などによって精霊の領域まで押し上げた人間側の守護者の事だ。それら英霊達を、聖杯の力を借りて召喚し、使役する。そして勝ち残った1組のマスターの英霊に聖杯は下る。まあ簡単に言えばそんなところか」

 

十六夜と白夜叉、そして黒ウサギ以外は話に付いてこれていない様子だ。まあ、俺も半分くらいしか理解できてないけど。

 

「ふぅん。じゃあ凌太は聖杯戦争に参加してるってことか?」

「ああ。ただ、俺が参加してる聖杯戦争は普通の聖杯戦争じゃないらしいけどな」

「というと?」

「俺も詳しくは知らないんだけど、とある人物によって人理が焼却されたんで、その原因を潰そうぜって感じだな」

 

 

〜特異点や聖杯探索についての説明中〜

 

 

「なるほど。なかなか面白い事になってるんだな」

「人類の危機を面白いとか言っちゃう十六夜さんマジパネェ」

「ヤハハ!」

 

愉快そうに笑う十六夜だが、かたや白夜叉や黒ウサギは神妙な顔つきになっている。まあ、人類滅亡なんて聞いたら普通ああなるよな。

 

「そう言えば、おんしが使っていたあの雷の恩恵はなんなのだ?先程話に出てきた魔術というやつか?」

 

白夜叉は俺の能力にも興味を持った様で、そう聞いてくる。まあ、以前“???”などと言うよく分からん恩恵が発覚しているし、気になるところなのだろう。

 

「そんなところだな。ただ、あれは普通の魔術とは訳が違う。正確には神から簒奪した権能だよ」

「簒奪?神仏とゲームをして恩恵を授かったのか?」

「いや違う。神を殺して、その神が持つ能力の一端を奪って“神殺しの魔王”ってやつになったんだよ」

「「なッ!?」」

 

絶句。まさに開いた口が塞がらないといった風の白夜叉と黒ウサギ。問題児達は彼女達が驚いている意味がよく分かっていないのか、首を傾げている。

 

「なあ黒ウサギ。神殺しってのはそんなに驚く事なのか?確かに神を殺すのはヤバいのかもしれないが、箱庭じゃ珍しくないんじゃないのか?」

「な、何を言っているんですか十六夜さん!“神殺し”とは正真正銘、紛う事無き最強の魔王、人類最終試練(ラストエンブリオ)の1つですよ!?重要なのは“神仏を殺した”という点では無く“神殺しである”という事です!彼らは明らかに意思を持って人類と神霊を撃滅しにかかっている、いわば怪物そのものなのですよ!?」

「いやいや、そんな大した事じゃないから。なんなら黒ウサギでも余裕でなれるよ?神殺しの魔王」

「なッ!?」

 

本日2度目の開いた口が塞がらない状態。これは根本的な“神殺し”に対する認識が違うっぽいな。いや怪物ってところはあながち間違いじゃないけど。

 

「多分2人が想像してる“神殺し”とは違うと思う。これは前の前の世界での出来事なんだけど、俺達みたいな神殺しを成し遂げた奴らを総称して神殺しの魔王、カンピオーネって呼んでたんだよ。“まつろわぬ神”っていう神様達が現世に現界して跋扈(ばっこ)してる様な世界でさ」

 

その後20分程、まつろわぬ神、神殺しの魔王(カンピオーネ)、簒奪した権能、等について説明した。

なんとか箱庭での“神殺し”との違いは理解出来たらしい。

 

誤解(?)が解けた後は、俺が今まで経験してきた異世界冒険譚や十六夜達“ノーネーム”のペルセウス戦等を話して盛り上がったのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

――境界門・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。俺達はその来賓席に来ていた。

 

『長らくお待たせ致しました!火龍誕生祭のメインギフトゲーム・“造物主達の決闘”の決勝戦を始めたいと思います!進行及び審判は“サウザンドアイズ”専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』

 

黒ウサギが満面の笑みを振りまくと、歓声以上の奇声が舞台を揺らした。

 

「うおおおおおおおお月の兎が本当に来たああああああああぁぁぁああああ!!!」

「黒ウサギいいいいいい!お前に会う為にここまで来たぞおおおおおおお!!!」

「今日こそスカートの中身を見てみせるぞおおおおおおお!!!」

 

...最早犯罪者の域である。神聖化されたアイドルとか、そういう次元じゃないな、これ。

 

「やはり余もあのステージに立つべきなのではないか?いや、絶対に立った方が盛り上がると思」

「ステイ」

 

目をキラッキラに輝かして今にも飛び出そうとするネロを窘める。

 

「そう言えば白夜叉。黒ウサギのミニスカートを絶対に見えそうで見えない仕様にしてるってのはどういう了見だコラ。チラリズムなんて趣味が古すぎるだろ。昨夜語り合ったお前の芸術に対する探究心はその程度のものなのか?」

「そんなことを語っていたの?」

 

馬鹿なの?という久遠の声は十六夜と白夜叉には届かなかった。

白夜叉は、双眼鏡に食らいついていた視線を外して不快そうに十六夜を一瞥する。

 

「フン。所詮、小僧もその程度の漢であったか。そんな事ではあそこに群がる有象無象となんら変わらん。おんしは真の芸術を解する漢だと思っていたのだがの」

「...へえ?言ってくれるじゃねえか。つまりお前には、スカートの中身を見えなくする事に芸術的理由があると言うんだな?」

 

まるで決闘前の様な緊張感が走るが、話の内容は低レベルだ。全く、これから春日部の決勝戦が始まるってのに...。続きはよ。

 

「無論。考えてみよ。おんしら人類の最も大きな原動力は何だ?エロか?成程、それもある。だが時それを上回るのが想像力!未知への期待!知らぬことから知ることの渇望!――何物にも勝る芸術とは即ち...、己が宇宙の中にあるッ!」

 

ズドオオオオオン!!

という効果音が聞こえた気がする。

 

「なっ......己が宇宙の中に、だと...!?」

「そうだッ!真の芸術は内的宇宙に存在するッ!乙女のスカートの中身も同じなのだ!見えてしまえば只々下品な下着達も――見えなければ芸術だッ!!」

 

ズドオオオオオン!!

という効果音がまた聞こえた気がした。

 

「...馬鹿なのか?」

 

そんなエミヤの、心からの呟きが2人に届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、春日部の決勝戦が恙無く開始された。相手はあのジャック・オー・ランタン。かの有名なカボチャのお化けだ。

前半は春日部が優勢だったのだが、あのカボチャ、本気を隠していた様で後半は春日部の防戦一方。結局、春日部の敗北という形でゲームは終了した。というか“不死”とかどうやって倒すんだよ。

 

「...オイ白夜叉。アレ、何だ?」

 

唐突に、十六夜が上空を指差して白夜叉に問う。気になったので俺もその方向を見上げると、そこには夥しい数の黒い封書が舞っていた。

 

「黒く輝く“契約書類(ギアスロール)”......まさか!?」

 

黒ウサギが落ちてきた黒い封書を手に取ってそれを開ける。

 

 

『ギフトゲーム名“The PIED PIPER of HAMELIN”

 

・プレイヤー一覧 : 現時点で三九九九九九九外門境界壁の舞台区画に存在する参加者、及び主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター : 太陽の運行者、星霊 白夜叉。

 

・ホストマスター側 勝利条件 : 全プレイヤーの屈服、及び殺害。

 

・プレイヤー側 勝利条件 : 一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

“グリムグリモワール・ハーメルン”印』

 

読み終えた瞬間、最初の変化が始まった。

突如として白夜叉の全身を黒い風が包み込み、彼女の周囲を球体が覆ったのだ。

白夜叉の抵抗も虚しく黒い風は勢いを増し、その場にいた白夜叉以外の全ての者を一斉に吹き飛ばす。

 

「ちっ!」

 

俺は舌打ちと共に舞台側へと着地する。見ると、俺達“ファミリア”と“ノーネーム”が舞台側、“サラマンドラ”一同は観客席へと飛ばされていた。

 

「魔王が現れた。......そういう事でいいんだな?」

「はい」

 

十六夜と黒ウサギのやり取りが続く中、俺は上空を見つめる。ちょうど、4つの人影が壁から飛び降りて来ているのだ。おそらく、というか確実にアレが魔王御一行だろう。

 

「ま、詳しいルールは分からんが、とりあえずアイツら倒せばいいんだろ?十六夜達はどれの相手をする?」

「俺は黒い奴、レティシアがデカイ奴だ」

「了解。じゃあ俺らは白い奴とちっこい奴だな」

 

確認を取ると同時に十六夜は嬉々として身体を伏せ、舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍した。

てかマジはえぇ。弾丸か何かなの?

 

「んじゃ、俺らも行くか。念のため宝具の準備もしててね」

「「「了解(した)(うむ!)」」」

 

レティシアも飛んでいってしまったので、俺達は4人で走って行く。やっぱり空飛べる恩恵とか欲しいなあ。

 

 

 

 

境界壁には結構すぐに着いたのだが、既に戦闘は始まっていた。上空1000M位の壁際で十六夜と黒い軍服の男が、その下の地上ではレティシアとデカブツ&白い女&ちっこい少女が。

...十六夜君は何で壁に直立不動で立っているのかな?アイツ今までに出会ったどんな英雄英傑よりもバケモノじみてるよな。

 

「遅くなってすまん。これから白と斑ロリは俺らが受け持つ」

「ああ、頼む。さすがに3対1はキツかったところだ」

「なんなら全部俺らが相手してもいいんだけど?」

 

レティシアの近くまで行き、そう伝える。すると、最後の俺の言葉に相手の斑ロリと白い女性が食いついてきた。

 

「何ですって?私達を、貴方達みたいな無名の人間如きが同時に相手取る?...舐められたものね」

 

明らかに不快感を醸し出しながら俺を睨む斑ロリ。

 

「ああそうだ。何なら1人でも殺れるんじゃないか?まあ慢心したらダメだと偉い人も言ってた気がするから皆でかかるけど」

 

挑発。これ以上無いという程の月並みな挑発である。これに乗ってくれたら嬉しいんだが...。

 

「...いい度胸ね。死んでその蛮勇を悔やみなさい」

 

よし乗ったぁ!これは僥倖。というかチョロ過ぎるぜこの娘。

 

「ってことで、全部貰うけどいい?」

「まあ、相手もその気ならしょうが無い。任せたぞ、同盟者殿」

「おう、任せろ。てことでネロ、よろしく」

 

魔王の中には、星を砕く程の一撃でなければ倒せない相手もいると聞く。だが、今の俺達にそんな攻撃力は無い。いや本気出せばどうとかじゃなく、試した時点でこの街ごと皆吹き飛ぶ。ならばどうするか、簡単な事だ。

 

「うむ、任せよ!そこの少女らも中々に愛らしい容姿だが、マスターの命とあっては仕方ないな!――春の陽射し、花の乱舞!皐月の風は頬を撫で、祝福はステラの彼方まで!開け、ヌプティアエ・ドムス・アウレアよ!」

 

ネロの宝具、『星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)』の発動。世界の上から黄金劇場を投影するという大魔術。

さて、先程の答え合わせだ。相手に攻撃が届かない場合はどうするか。

 

「――相手を弱体化させればいいじゃない」

「なっ...!」

 

それが誰の驚嘆の声なのかは分からない。レティシアかもしれないし、あの斑ロリや白い女性かもしれない。だが、もう遅い。既に捉えた(・・・)

 

「さて、ここからはずっと俺らのターンだ。覚悟しろよ、魔王様?」

 

これから始まるは魔王の蹂躙。完膚なきまでに、奴らの全てを打倒する。



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魔王討伐 そして...

ちなみに今の力量差はこんな感じです。

爺さんや白夜叉などの化け物 >>> 斉天大聖など >>>>>>十六夜 > 凌太 ≧ 英霊(武闘派) >>《超えられない壁》>> 春日部 > 久遠 > 一般人

って感じです。
凌太が権能を全力で使ってくると「十六夜 > 凌太」→「十六夜 ≧ 凌太」、又は「凌太 ≧ 十六夜」に変化したりします。
英霊にも色々いますし、AUOや大英雄、冠位クラスは十六夜より上になる事もあります。


※あくまでも、この作品の中での評価です。


「――熱く、熱く、蕩けるように。貴方の体と心を焼き尽くす」

「ちょ、これヤバイですよマスター!」

 

毒霧の発生に危険を感じ取った白い女性改めラッテンが、斑ロリ改めペストに向かって叫ぶ。

 

「『妄想毒身(ザバーニーヤ)』」

 

静謐ちゃんはペストに音も無く近付き、彼女の頬に手を置きながらそっと口付けをする。...俺、相手が男だったら静謐ちゃんの宝具使用絶対に許可しないわ。

 

「なっ!くっ...はな、れ...!」

 

どうにか耐えようとするペストだが、即死級の猛毒に耐えるのにも限界がある。

証拠に、ペストはすぐに膝から崩れ落ちていった。

 

「マスター!!」

「おっと。味方の心配もいいが、自分の身の心配もしたまえよ?――投影(トレース)開始(オン)

「くっ!」

 

ペストに駆け寄ろうとするラッテンをエミヤが足止めする。こちらの決着も時間の問題だろう。

 

「さて、そろそろ俺も働きますか。我は雷、故に神なり」

「BRUUUUUUM!!」

「行くぜデカブツ!唸れ――雷砲(ブラスト)ォ!!」

 

俺の数倍はあろうかという図体のデカブツを飲み込む程の雷による暴風が荒れ狂う。シュトルムと呼ばれたデカブツは為す術無くその圧倒的な暴力の前に消え去った。

 

「はい終わり。オカン、そっち終わったー?」

「ああ、たった今斬り伏せた。戦闘終了だ」

 

手に持っていた投影、干将・莫耶を消しつつ、俺にそう報告してくる。その後ろには力無く倒れているラッテンの姿も確認出来た。これぞまさに完・全・勝・利!というやつだな。

 

「...いやはや驚いた。主殿達から強いとは聞いていたが、まさかここまでとは...」

 

レティシアが本気で慄いていたが、まあこういう反応はいつもの事なので気にしない。

 

「よっし、後は十六夜が黒い方を倒してればゲーム終了かな?まあアイツなら心配無いだろ。ネロ、ありがとう。もう宝具解除していいよ」

「ふむ、少々物足りぬな...」

 

戦闘を一切行っていないネロは不燃焼だと顔に出して黄金劇場を解除する。

 

「次は優先的に戦闘に参加させるから...」

「約束だぞ!」

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻って境界壁・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

「――魔王のゲームは終わりました。我々の勝利です!」

 

そんな黒ウサギの言葉にワァッ!と歓声が上がる。中にはあまりのスピード解決にヤラセなのでは?と疑う者も出てきたが、雷を一撃落としたらそいつらは全員黙った。

 

「あ、アイツがあの(・・)“ファミリア”のリーダー...!」

「何!?知っているのかそこの人!」

「ああ。あくまで噂なんだが、今上層で暴れ回ってる老人がその“ファミリア”というコミュニティの一員らしい。その老人は6層のコミュニティを倒すこと20回、5層以上のコミュニティを倒すこと10回以上、魔王のコミュニティを倒すこと6回と、この1ヶ月で信じられない程の戦果を上げている。それも、ほとんど全てを1人で殺っているらしいんだ。ついた異名が『悪魔(キチガイ・オブ・キチガイ)』。箱庭三大問題児が、箱庭問題児四天王になるのは時間の問題だって話だぜ...」

「マジかよ...。ならこのスピード解決も納得だな」

 

なにそれ初耳なんですけど。マジであの爺さん何やってんの?

まあそれについては帰ってからゆっくりじっくり問い詰めるとして、今は楽しもうと気持ちを切り替える。現在は魔王戦で壊れてしまった建物、及び美術品の修繕、そして祝勝会の準備をしている。あまりにも早すぎた電撃戦ではあったが、魔王を退け、しかも死傷者無しという結果にここの連中が騒ぎ出したのだ。もちろん白夜叉主導で。

春日部や黒ウサギ、ジンは“サラマンドラ”や“ウィル・オ・ウィスプ”の連中と談笑中。十六夜と久遠は何処かに行ってしまった様で姿が見えない。が、そんな事はお構い無しに宴の準備は進んでいく。

というかウチのエミヤさんマジで活躍してるな。砕けた美術品を修繕し、その片手間に他の修繕班に指示を出し、更に料理にまで手を出し始めた。...楽しそうなので放っておこう。

 

そうして修繕もあらかた終わり、宴の準備が整ったので食って歌って踊っての大宴会が始まった。その日は1晩中、翌日の朝日が顔を出すまでどんちゃん騒ぎが続いたのだった。

 

...なぁにこれぇ。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい、リーダーさん?」

「......よぅし、爺さんだな?またあのジジイがやらかしたんだな?出てこいやオラァ!!」

 

翌日、“火龍誕生祭”の全ゲームも無事に終了したので“ファミリア”本拠邸に帰ってくると、玄関の前をペストが箒ではわいていた。

一瞬思考がフリーズしかけたが、すぐに原因に心当たりがあることを思い出し、全力で叫ぶ。

 

――魔力放出全開、対神性槍『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』準備、魔力装填完了。

 

「呼んだかい、マイリーダー?」

「ブチ抜け!」

 

全力で、過去最速の槍を何処からともなく現れた爺さんに向けて投擲する。その速度は光の如く。というか雷纏わせて投げたので文字通り光速で爺さんの胴体へと飛んでいく。

 

「ワカメのように、しなやかに」

「なっ!?」

 

直撃寸前、爺さんが身体をくねらせて槍を避けた。後から追撃してくる雷すらも全てクネクネしながら避けていく。クソがマジで苛つくんだがあの動き!

 

「甘いな、甘すぎるな小僧!さっき喫茶店で食べてきた『ガチ盛り!ホイップのせのせハチミツだらだら、バターも盛りに盛ったアナタに贈るパンケーキ♡』よりも甘々だ!」

「...それ、美味しかったか?」

「いや全く。不思議な事に味がしないんだ...」

 

味がしないのに甘いとか、これ如何に。まあとりあえずそのなんたらパンケーキは食べたくないな、うん。

いつも通りと言えばいつも通りのグダグダ感が出てきたので攻撃を止める。...毎回本気で当てにいってるんだけど全ッ然当たらねぇ。

 

「まあいいや。...で?」

「で、とは?」

 

わざとらしく首を傾げる爺さんに本気で腹を立てながら、メイド服姿で箒を持っているペストの方を指差す。

 

「あれはどういう事だって聞いてんだよ。あの魔王は確実に殺したはずだが?」

「ああ、それな。生き返らせて隷属させた」

「......ふむ。パードゥン?」

「生き返らせて隷属させた。お前を転生させられるんだぞ?更に1人や2人や3人を生き返らせるくらい出来るだろうよ」

「まあ一理ある、のか?...ちょっと待て今なんで3人まで言った?」

「そりゃお前、3人連れて来たからに決まってるだろ?」

 

...今回の事で再認識した。この爺さんについて深く考えたら負けなのだ、と。

 

 

 

 

 

「よう、リーダー!これから世話んなるぜ」

「まさか生き返っただけじゃなく、またマスターと一緒のコミュニティだなんて。なんか運命感じちゃいますねマスター♪あ、今はもう元マスターなんだし、ペストちゃんって呼んだ方がいいですかー?」

「やめてッ!」

「本当にいたよ...」

 

予想通り、残り2人の白黒コンビも室内に居た。黒い方に至ってはソファで寛いでやがる。元マスターに掃除させといて自分はサボりとか。

 

「シュトロムは粉々になってたからどうしようもなかったがな。コミュニティの戦力強化、したかったんだろう?まあワシが居ればどんなコミュニティ、どんな魔王相手でも負ける事は無いと思うが、ワシが封印される場合も考えてな。これでお前の野望に1歩近付いたんじゃないか?」

「...はぁ。何でもお見通しってか?さすが神様」

 

俺の野望。まあそんな大層な事では無いが、この箱庭で数あるやりたい事の1つだ。

 

「この箱庭で頂点のコミュニティを目指す、か。中々良い目標だが、お前はこのワシが選んだ(・・・)人間だ。それくらいやって貰わないとな」

 

ククッ、と笑みを浮かべる爺さん。

 

その時の俺に、爺さんの言った『選んだ』という意味を理解する術は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて問題です。これから行く世界は何処でしょーか?制限時間は10秒!」

「はぁなぁせぇえええええ!!!」

 

コミュニティ本拠に帰ってきてから3日後。今此処に、あの河川敷の再来とも言える光景が広がっていた。珍しく大人しいなって思ってた矢先にこれだ!なんで、なんでその棺桶に詰めようとするの!?ねぇ!ねぇったら!!

 

「はーい時間切れでーす。答えは行ってからのお・楽・し・み、でしたー!それでは、アデュー!」

「くっそぉおおおお!!」

 

カンピオーネの筋力でも逆らえない爺さんの力に圧倒されて棺桶に詰められる俺。せめていつもみたいに暗い空間を漂う方法で異世界に送って欲しかった。

 

「あ、英霊達もそっちの世界に同時に着くように送るから安心しろ」

 

そんな爺さんの声を最後に、俺の意識は途絶えるのだった...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

〜現在のコミュニティ“ファミリア”の構成メンバー紹介〜

 

 

1人目 : 自他ともに認めるキチガイ。リーダー、坂元 凌太。

 

2人目 : 規格外中の規格外。自称武神、神様。

 

3人目 : 実力未知数。ほんわか系オジサン、ヴォルグ=シルグレンド。

 

4人目 : 山の翁、歴代ハサン・ザッバーハが1人。“毒の娘”、静謐のハサン。

 

5人目 : 我らが頼れるオカン。正義の味方、エミヤ。

 

6人目 : 言わずと知れたローマ。第5代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス(ブライド)。

 

7人目 : 元魔王。コミュニティ唯一のロリにして“黒死斑の御子(ブラック・パーチャー)”、ペスト。

 

8人目 : 元“幻想魔導書群(グリム・グリモワール)”所属。ウェーザー河の化身。おちゃらけ兄貴肌、ウェーザー。

 

9人目 : 同じく元“幻想魔導書群(グリム・グリモワール)”所属。ネズミと人心を操る悪魔の具現体。ペスト及び可愛い子大好きお姉さん、ラッテン。

 

10人目 : そして忘れちゃいけない我らがペット。ケルトが産んだ神すら屠る伝説のINOSISI、ウリ坊。

 

 

 

 

これから更に増えていく事を考えると、箱庭上層に名が轟くのも、そう遠い未来では無いのかもしれない。

 

 




次どの世界に飛ばそう...


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ハイスクールDxD
悪魔?へぇ...で?


 

 

 

「...スター、お...ター。...を覚ませ、マスター!」

 

...誰かの声がする。ついでに硬い所に寝そべっている感じもする。

 

「う、ううん......はっ!此処は何処、敵はどれ!?」

「敵がいるとことは確定なのかね?いや、確かに私が此処に来た時に襲ってきた生物はいたが...」

「やはりか」

 

俺が箱庭以外の異世界、又は特異点に着いた時には必ず周囲で戦闘が展開されてるからな。今回は襲撃だけらしいのでいつもと比べるとマシだ。ひどい時は街1つ廃墟になってるからな。

 

「おはようございます、マスター」

「む、目を覚ましたかマスター。敵は既に無力化、拘束したぞ?」

「ああ、おはよ。アンドお疲れさん。そいつは何処にいる?」

「そこの鉄骨に貼り付けてある」

 

クイッ、っとエミヤが顎で奥の方を示す。

見るといかにも「私人外です」という風貌のラミアの様な生物が気絶した状態で捕縛されているのが目に入る。

ついでに周りを見渡してみると、此処は廃工場の様な建築物の室内である事が推測出来た。時間帯は夜。何時くらいかまでは分からないが、天井にある窓からは綺麗な月が覗いている。

 

「そのラミアっぽい奴、なんで襲ってきたんだ?」

「理由は不明だが、まあ恐らく驚いたのだろう。何せ、突如として私達が虚空から現れたのだからな」

「なる」

 

確かにエミヤの言う通りだ。俺だって、目の前にいきなり見知らん奴が出てきたら思わず殴り飛ばす自信がある。

 

「貴方達、そこで何をしているの!?」

 

ラミアっぽい人が目を覚ましたら話を聞くか、という結論に至ったその瞬間。工場の正面扉が開かれ、そこから女性の声が響き渡った。

近所迷惑でしょ、声のボリュームを落としなさい。...あ、もしかして警察?

 

「補導か?」

「いや、どうだろう?学生に見えるが...」

「あ、本当だ。制服来てるな」

 

コソコソと話す俺とエミヤに痺れを切らしたのか、女性が再度大声で呼びかけてくる。

 

「質問に答えなさい!貴方達は誰で、此処で何をしていたの!?」

 

語尾を先程よりも強めているし、今は誰が敵かも分からないので素直に答える事にした。いやまあ?敵対しても負けない自信はありますけどね?

 

「坂元凌太、15歳。ここでは特に何もしていませんが何か」

「あらあら、ではそちらに繋がれているはぐれ悪魔は何なんですの?」

 

先程まで声をかけてきていた紅髪女性の後ろから黒髪ポニテの女性が言ってくる。気配を探ってみると、彼女らの後ろにも更に3人程いる事が分かった。5人とも人間とはどこか違う感じの気配だ。

 

「寝込みを襲われたらしいので仲間が反撃しました。反省はしています」

「いくら4対1とは言え、人間がはぐれ悪魔を...?まさか貴方達神器(セイクリッド・ギア)の保持者?」

「セイク...?いえ、知らない子ですね」

 

更に言うとあのはぐれ悪魔だっけ?はネロが単騎で屠ったそうだよ。

 

「...そうね。1度私達に付いてきて貰えるかしら」

「だがことわr」

「もちろん拒否権は無いわ」

「えー...」

 

台詞を最後まで言わせてもらえず、しかも同行を強制させられるというこの仕打ち。まあ傍から見たら俺達って不審者以外の何者でもないし、ここは大人しく付いていくか。それにコイツらなんか色々知ってそうだしな。

 

「一応付いて行くけど、3人はそれでいいか?」

「私は構わんよ」

「うむ、余も構わぬぞ?」

「マスターに従います」

「そう言うと思ってた。んじゃま、行きましょうかね」

 

3人の同意を確認してから紅髪の女性達に付いて行く。

ちなみに、例のはぐれ悪魔と呼ばれたラミアっぽい奴は、紅髪の女性に欠片も残さず滅された。俺並に容赦無かったな、あの女。

 

どこかへ向かう途中、相手5人のうち1人がネロと静謐ちゃんにいやらしい目を向けていたので制裁として殴り飛ばしたのはまた別のお話。相手のリーダーっぽい紅髪の女性からお咎めは無かったので反省はしていない。まあ何か言われても反省する気はサラサラ無かったがな。俺の仲間に不快な思いをさせる奴への慈悲など無い。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

暫く歩きながらお互いの名前程度は教え合いつつ、俺達はとある学校の木造校舎、その中のオカルト研究部と書かれたプレートの部屋に案内された。

 

「単刀直入に言うわ。私達は悪魔なの」

「はあ...」

 

部屋に入るなり、置いてあったソファに腰掛ける紅髪の女性、改めリアス・グレモリー。

というか、そんな事を若干ドヤ顔で言われても...。こちとら数日前に悪魔と戦ってきたばかりですよ?

 

「信じられないかしら?」

「いや別に」

「あら、それは話が早いわね。他にも堕天使や神、天使などがいるのだけれど...」

 

 

 

とまあかれこれ30分くらい3種族間の戦争の事や悪魔事情、今のリアス・グレモリーの立場などの話が続いた。正直半分以上どうでもいい話だったが、この世界には強い奴らも多いという情報は有益だ。運が良けりゃ有能な奴らをコミュニティに誘えるだろうしな。

 

「私達からは以上よ。それでは、貴方達の素性を話してくれるかしら?」

「とあるコミュニティのリーダー兼マスター」

「ただのしがない弓兵だ」

「ローマである!」

「アサシンです」

 

上から俺、エミヤ、ネロ、静謐ちゃんの順である。嘘は言っていないよ、嘘は。

流れるような説明(笑)を聞き、なんとまあ意外にもすんなり信じたリアス・グレモリーとその眷属達。コイツらは些か危機感が足りないのではないだろうか?

 

「そう。どこの組織のリーダーかは知らないけれど、貴方達、私の眷属にならない?」

「結構です」

「...他の3人は?」

「私はマスターに全てを捧げていますので」

「私も間に合っている」

「うむ。余もマスターは凌太1人で十分過ぎる程十分だ」

 

即答。一切の思考の余地も無く誘いを断った俺達に多少の疑問を抱いたらしいグレモリーは、更に俺に質問してくる。

というか各々のその反応は素直に嬉しいな。

 

「そう...。理由を聞いてもいいかしら?」

「理由も何も、俺が眷属になるメリットが無い。こっちの3人は今言った通りだしな」

「...分かったわ。けど、監視も兼ねて、貴方達にはこのオカルト研究部に入部して貰うわよ」

「だがことわ」

「拒否権は無いわ」

「えー...」

 

本日2度目のこの対応。せめて最後まで言わせてくれよ...。

 

「それじゃあ、今日はこの辺で解散にしましょうか。凌太達は明日も此処に来ること、いいわね?」

「だがこと」

「拒否権は無いわ」

「...うん知ってた」

 

そうして、何故かオカルト研究部への入部が決定してしまい、俺達は校舎から出ていったのだが...。俺達は何処で寝ればいいんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず徹夜で街を探索したその翌日。俺達は再び木造校舎へとやって来ていた。

昨日は暗くてよく見えていなかったのだが、ここは駒王学園という高校らしい。今の時間帯は夕方で、ちょうど生徒達が帰路に着く頃だ。なので、先程からチラホラと制服姿の人を見かける。...生前、勉強嫌だったけど学校自体は結構好きな場所だったんだよなぁ。

 

「失礼しま」

 

パンッ!

 

「す?」

 

扉を開けて部室に入った瞬間、乾いた音が木霊する。音の発生源を見てみると、何やらリアス・グレモリーがイッセーを平手打ちしていた。

 

「何度言ったら分かるの? ダメなものはダメよ。 あのシスターの救出は認められないわ」

 

緊張した空気が流れる中、状況が全く分からないので近くに居た木場に事情を聞く。

 

「あれなに?」

「ああ、こんにちは。うん、ちょっとね...」

 

木場が言うには、イッセーがとあるシスターを堕天使から救い出したいと言ったらしい。だが、シスターというのは神側の人間である。なので助ける事は出来ないとリアス・グレモリーが言った事が原因らしいが...。正直どっちもどっちだよなー。

堕天使、ねぇ...。

 

「大事な用事ができたわ。私と朱乃はこれから少し外へ出るわね」

「部長、まだ話は終わって――」

 

俺が少し思案していると、イッセーとグレモリーの話は進んでおり、神器は想いの力で動くとか何とか言い残してグレモリーが部室から出ていった。

...あの、俺達呼び出しといて声もかけずに退室とか何なんですか?

 

そして、何だかんだで俺達もそのアーシアとかいう少女を助けに行くことになった。なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に空は暗くなっており、街灯の光が道を照らす時間となっていた。

現在地は教会の近く。そこで様子を窺っている状態だ。

...ちなみに、ここの調査も昨日と今朝で済ませている。何なら相手の戦力、及び教会の内部構造まで知っているまであるが、一応イッセー達に付き合って様子見をしていた。

 

「この図面を見る限り地下が怪しいね。聖堂へ侵入するのは簡単だろうけど、問題は待ち受けているであろう刺客を倒せるかどうかだね」

 

木場のその見解は間違っていないと思う。相手は100人に満たない神父共と堕天使4人程。イッセー達の実力は知らないが、話に聞く堕天使の光とやらは悪魔には効果バツグンらしいからな。苦戦はするだろう。

ま、危なくなったら助けるって方向でいきますかね。

 

 

暫く様子見をしてから突撃した俺達。イッセーが聖堂の扉を勢いよく開けると、中からパチパチと拍手が聞こえてきた。見ると白髪の神父らしき男が笑みを浮かべながらこちらを見据えている。

 

「ご対面!再開だねぇ、感動的だねえ!俺としては2度と会う悪魔はいないってことになってたんだけどさ!ほら、俺メチャクチャ強いんで悪魔なんて初見でチョンパなわけですよ!1度会ったらその場で解体、死体にキスしてグッドバイ!それが俺の生きる道でした!でも、お前らが邪魔したから俺のスタンスがハチャメチャ街道まっしぐら!ダメだよねぇー。俺の人生設計を邪魔しちゃダメだよねぇー!だからさ!ムカつくわけで!死ねと思うわけよ!つーか死ねよ!このクソ悪魔のクズ共がよォオオオオ!!」

「長い!」

 

思わず突っ込んでしまう程の長い口上の後、神父は懐から拳銃と柄だけの剣らしきものを取り出す。ブォン!と剣らしきものの先端から光の刃が出現した。なにあれカッコイイ。ビームサーベル?

 

「テメェら、アーシアたんを助けに来たんだろう?ハハハ!あんな悪魔も助けちゃうビッチを救うなんて悪魔様はなんて心が広いんでしょうか!てか、悪魔に魅入られた時点であのクソシスターは死んだほうがいいよね!」

「死ぬ?おい、アーシアは何処だ!」

「んー、そこの祭壇の下に地下への階段が隠れてございます。そこから儀式が行われている祭儀上へ行けますぞ?」

「そーかよ!セイクリッド・ギアァ!」

 

イッセーの激昂に呼応するかの様に、左腕に赤い籠手が顕現した。

...あの籠手、なんかヤバイ感じがするんだが...。

 

「潰れて」

 

ドォン!と、近くに置いてあった長椅子を神父に向けて投げる子猫ちゃん。見た目によらず、結構な怪力なんですね。

 

「ワーオ、しゃらくせぇ!」

 

神父は小躍りしながら飛んでいった長椅子をビームサーベルで一刀両断、愉快そうに笑っている。

しかし、その両断された長椅子の影から木場が接近する。完成な死角からの攻撃ではあったが、神父はそれに反応し、木場の剣をビームサーベルで受ける。

というか木場はいつの間に剣なんて装備したんだよ。

 

「んー、んー!邪魔くせぇ、しゃらくせぇ!テメェら何でそんなにウザイのよ!もうチョベリバ!死語てゴメンね、死語に許してちょ!」

 

そう言いながら銃弾を放つ神父だが、それを木場は全て避けた。ふむ、木場のやつなかなか速いな。

 

「やるね。キミ、かなり強いよ。だから、僕も少しだけ本気を出そうかな―――喰らえ」

 

低い声音に続くように、虚空からもう1本剣を創り(・・)、さらにその剣を黒いモヤのようなものが覆っていく。木場の闇剣と神父のビームサーベルが接触した瞬間、闇が神父のビームサーベルの光を文字通りに喰っていく。

 

「な、なんだよこりゃ!」

「『光喰剣(ホーリー・イレイザー)』。光を喰らう闇の剣さ」

「な!テメェも神器持ちか!」

 

驚く神父に、イッセーが1発重い拳を振るう。直前に『戦車(ルーク)』にプロポーションしていたらしく、神父が後方に吹っ飛んで行った。

 

「あの時はよくもアーシアを殴ってくれたな。1発殴れてスッキリした気分だ」

「...んー。...あらら、クズ悪魔に殴られたうえ、訳分からんこと言われてますよ...。っけんな!」

 

激昂を飛ばす神父だが、もういいや。飽きた。

 

「はいそこまで。敗者は大人しくご退場願いまーす」

「あん?」

 

何言ってんだコイツ、という目線を向けられるが無視。

木場やイッセーの神器とやらは見れたし、もうそろそろ地下に向かわないとそのアーシアって子もヤバそうだからな。

 

「...おいおい。クズ悪魔共と一緒に居たから気付いてなかったけど、お前人間?」

「そうですが何か」

 

まあ俺を人間と言っていいのかは分からんけどな。カンピオーネになると体の作りも変質する、みたいな話も聞いたことあるし。

 

「ハ、ハハハ、ハハハハ!え、何?ただの人間が俺ちゃんを退場させるって?おーおー、言ってくれるねぇ!それじゃあやってみて下さいよぉ!」

 

ハハハ!と笑う神父に向かって歩き出す。

室内じゃ俺の権能は危険だし、何よりこんな奴に権能を使うまでもないか。

 

「歯ぁ食いしばれよ」

「はいはい、ちゃぁんとぼくちゃんのパンチを受けてブラァ!!」

 

何やら余裕そうに突っ立っていたので、遠慮無しにぶん殴る。そう、岩を粉砕出来るレベルの威力で。

パリィン!というガラスの破壊音と共に外へ吹き飛んでいった神父。遠慮無しとは言っても、ある程度加減はしたので死んではいないだろう。たぶん。きっと。

 

「凌太、お前...」

「あーはいはい。そういう反応は後でいいから。アーシアって子を助けるんだろ?さっさと行こうぜ」

 

俺がした事を理解し切れずにいるイッセー達を催促し、俺達は地下祭壇へと足を向けた。

 

 

 

 

「余は常々思っていたのだが、やはりマスターは容赦が無いな」

「ああ。さすがは『鬼、悪魔、凌太!』と言ったところか」

「はいそこ、聞こえてるからね?俺でも傷つくことくらいあるんだよ?というか俺の名前を鬼畜の別称で使うな」

 

 




どの世界に飛ばすかを悩みに悩んだ結果、最終的にルーレットアプリで決めました。


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兵藤一誠

前半の主人公の空気感...


「アーシアァアア!!」

 

バァンッ!と勢いよく扉を蹴破りながらアーシアの名前を叫ぶイッセー。それに続いて俺達も地下室の中へ入る。

おーおー、神父っぽい奴らがたくさんいますなぁ。ま、調べてた数と同じくらいだけど。気配遮断って本当に便利なスキルだよね。

 

「いらっしゃい。悪魔の皆さん?」

「...イッセーさん?」

「ああ。助けに来たぞ!」

 

イッセーが微笑みを向けるとアーシアは涙を流した。というか俺らは悪魔じゃないんだが。

 

「イッセーさん...」

「感動の対面だけれど、少し遅かったわね。今、儀式が終わるところよ」

 

堕天使レイナーレがそう言うと同時に、アーシアの体が光りだす。

ちっ、もう少し早く手助けに入っとけば良かったか...。

 

「あぁあ、いや、いやァアアアッッ!!」

「アーシア!」

 

絶叫をあげるアーシアに近付こうとするイッセーだが、その道を神父達が塞ぐ。数だけはいるからなコイツら。いくら悪魔の火力があろうとも、これはなかなかにめんどくさいぞ。

 

「これよ、これ!これこそ私が長年欲していた力!これさえあれば、私は愛を頂けるの!」

 

神父どもを屠っている間に、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)がレイナーレに奪われたようだ。眩い閃光が室内を埋め尽くし、その光が止むと、そこには緑色の光を全身から発する堕天使がいた。

と、そこでようやくイッセーがアーシアの下へ辿り着く。

 

「...イ、イッセー、さん...」

「アーシア、迎えに来たよ」

「......はい」

 

あまりに弱々しい声。彼女の声からは全く生気が感じられない。

 

「無駄よ。神器(セイクリッド・ギア)を抜かれた者は死ぬしかないわ。その子、死ぬわよ」

「ッ!なら神器(セイクリッド・ギア)を返せッ!」

「アハハ!返すわけ無いじゃない!」

 

嘲笑を高らかにあげるレイナーレ。ほぼ他人の俺から見てもイラつくんだ。イッセーの心中は計り知れない怒りや憎悪で埋め尽くされているだろう。例えてみれば、“ファミリア”やカルデア勢などの誰かが俺の目の前で殺されかけている上に嘲笑を向けられているようなものなのだ。......100%殺すわ。徹底的に痛めつけた後でゆっくり殺す。最終的には塵すらも残さないだろうな。

 

「...夕麻ちゃん」

「うふふ、貴方を夕暮れに殺そうと思っていたからその名前にしたの。素敵でしょ?ねえ、イッセーくん?」

「レイナーレェェエエエエエエ!!!」

『Dragon booster!!』

 

イッセーの怒りに応えるように、左腕の籠手が動き出した。手の甲の宝玉から眩い輝きが放たれる。

 

「アハハハハハ!腐った糞ガキが私の名前を気安く呼ぶんじゃないわよ!」

 

レイナーレは嘲笑を浮かべながら光の槍をイッセーに向かって投擲する。槍は真っ直ぐに飛んでいき、イッセーの両太ももを貫いた。

 

「ぐぁああああぁああッ!!」

 

ジュウゥゥゥ、と肉の焼ける音と鼻を突く臭いが充満する。悪魔にとって光というのは猛毒そのものらしいし、相当痛いんだろうな。

...人の肉が焼ける臭いに慣れてる自分がいるよ。ほら、俺よく動物とか人とか雷で焼いてるから。

 

『Boost!!』

 

イッセーの籠手の宝玉から再び音声が響く。明らかに先程より力が増してるな。アレがイッセーの神器の能力か?

 

「うぉおおおおッ!!」

『Boost!!』

 

イッセーの力が更に上がり、無理矢理に光の槍を引き抜く。太ももの風穴から大量の鮮血が溢れるが、イッセーはそれを無視するようにレイナーレに向かって歩き出した。

 

「...大したものね。下級悪魔の分際で堕天使の作った光の槍を抜いてしまうなんて。でも無駄。私の光が貴方の体内に巡り渡り、全身にダメージを負わせる。治療が遅れれば死ぬわ」

「――こういう時、神に頼むのかな」

 

ポツリと、イッセーが言葉を漏らす。レイナーレは疑問符を浮かべているが、イッセーは構わずに言葉を紡いでいく。

 

「でも、神様はダメだ。アーシアの事で今神様嫌いだし。じゃあ、アレだ。魔王様なら俺の頼みを聞いてくれますかね?いますよね?聞いてます?俺も一応悪魔なんで、ちょっと願いを聞いてくれませんかね?」

「どうしようもないわね。こんなところで独り言を始めてるわ、この子」

「......」

 

呆れたような、馬鹿にしたような声を出すレイナーレとは反対に、俺は静かにイッセーの言葉に耳を傾ける。

 

「今から目の前のクソ堕天使を殴りたいんで邪魔が入らないようにしてください。乱入とかマジ勘弁です。増援もいりません。俺が何とかしますんで。ああ、足も大丈夫です。なんとか立ちますから。だから、俺とコイツだけのガチンコをさせて下さい。――1発でいいんで、コイツを殴らせてください」

 

そう言いながら、気合いや根性だけで立ち上がったイッセー。...ああ。いいな、いいね、いいなあオイ。こういう馬鹿は見てて楽しい、根っからの主人公タイプだ。だから――

 

「――その願い、確かに聞き届けた。神殺しの魔王、その一端として、お前の願いを叶えよう」

 

ドォォン!!と、俺を中心に魔力の波動が放たれる。それはイッセーを取り囲んでいた神父達を根こそぎ吹き飛ばしていった。

 

「行ってこい、兵藤一誠。誰にも邪魔はさせない。あのクソカラスに、最高の一撃をお見舞いしてやれ!」

「......ハ、ハハ!何が何だかさっぱりだけど、悪魔ってもの捨てたもんじゃねぇな!なあ、俺の神器(セイクリッド・ギア)さん。目の前のコイツを殴り飛ばすだけの力はあるんだろうな?いっちょトドメとシャレ込もうぜ!」

『Explosion!!』

 

イッセーの神器からより一層強い光が放たれる。...アレはヤバイ。単純な力だけを見るならば、アレは下手したら英霊クラスと同等のモノだ。

 

「...あ、有り得ない。何よ、これ。どうして、こんな...。な、なんで、どうして、貴方の力が私を超えるの?...この、肌に伝わる魔力...、魔の波動は中級...いえ、上級クラスの悪魔のそれじゃないッ...!」

「――覚悟しろよ。そして吹っ飛べ、クソ堕天使ッ!!」

 

ゴッ!と派手な音が鳴り響く。イッセーの拳はレイナーレの顔面に食い込み、そのまま彼女は後方へと吹き飛んでいき、壁へとめり込んでいった。

 

「ざまーみろ」

 

肩で息をしながら、イッセーはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、アーシアは戦闘中に息を引き取ってしまっていた。最後の力を振り絞りアーシアを抱き抱えたイッセーは相当悔しそうに口を結んでいたが、こればっかりはどうしようもない。爺さんならどうにか出来るのかもしれないが、先程から電話が繋がらないのだ。あの爺さん、大事な時に限って電話に出ないよな。

 

「お疲れ。堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

イッセーの肩をぽんと叩き、賞賛の言葉を送る木場。見れば木場も大分ボロボロだ。

 

「無事に勝ったようね」

 

地面に魔法陣のようなものが展開され、そこからグレモリーと姫島が現れた。

 

「ぶ、部長...。ハハハ、なんとか勝ちました」

「ふふ、偉いわ。さすが私の下僕ね」

「ゴホッゴホッ!」

「ん?」

 

咳き込む音が聞こえたのでそちらを見ると、壁からずり落ちたレイナーレが意識を取り戻していた。まあ、辛うじて目を開けられるだけで、体の方は全く動く気配がないがな。全身の骨が折れているだろうし、当たり前と言ったら当たり前だ。

 

「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」

「...グレモリー、一族...」

「初めまして。私はリアス・グレモリー。短い間でしょうけど、お見知りおきを」

 

笑顔で応対するグレモリーだが、その目は笑っていない。

 

「冥土の土産、という訳では無いけれど、貴女がイッセーに負けた原因を教えてあげる。この子、兵藤一誠の神器(セイクリッド・ギア)はただの神器(セイクリッド・ギア)じゃないわ。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、神器(セイクリッド・ギア)の中でもレア中のレア。時として魔王や神すら超えると言われる至高の神器、『神滅具(ロンギヌス)』の1つなのよ」

 

曰く、その神器は10秒毎に持ち主の力を倍にすると言う。...なにそれチート?え、だって10秒毎に力が倍加するんだろ?そんなもん長期戦に持ち込むなり、戦闘が始まる1、2時間前から倍加させとくなりしてたらどんだけパワーアップするんだよ。俺の権能よりもチートじゃん。マジ引くわー。

 

「イ、イッセーくんッ!私を助けて!」

 

と、いきなりレイナーレが命乞いを始めた。声が若干高くなっているようだが、何を言っているんだコイツは?

 

「この悪魔が私を殺そうとしているの!私、貴方の事が大好きよ、愛してる!だから、一緒にこの悪魔を倒しましょう!」

 

ふーむ。ガチでアホなのかなこのカラス。でもまあいいや。こんな奴でも利用価値はある訳だし。

 

「グッバイ、俺の恋。部長、もう限界ッス...。頼みま」

「異議あり!」

 

俺はバッ!と手を挙げてそう言う。すると皆の視線が一気に俺に集まった。

 

「...何かしら?今からこの堕天使を始末しないといけないのだけれど?」

「そうそれ、ちょっと待って。コイツ、俺が貰うから」

「「「なっ!?」」」

 

複数の声が重なる。その中にはエミヤやネロの声も入っていた。静謐ちゃんも声こそ出さないものの、疑問には思っているような表情をしている。まあ、理由を話してないし是非も無いよネ!

驚く皆とは反対に、俺の言葉を聞いて笑みを浮かべるレイナーレ。先程の俺の魔力も感じていただろうし、助かりそうな道が見えて嬉しいのだろうか。

 

「あ、ありがとうそこの君!名前も知らないけれど、私を助けてくれるのね!?」

「...ああ、命は助けてやるよ」

「血迷ったのかマスター!?そんな奴を助けてなんになる!?」

 

エミヤが血相を変えて言い寄ってくる。こんなエミヤは初めてだ。根は正義感で出来ているような男なので、レイナーレのような外道を助ける事に少なくない抵抗があるのだろう。

 

「ちゃんと理由はある。今さっき思いついたからまだ言ってないけど。それについてはすまない。――おい、レイナーレ。お前の命を助ける代わりに、俺の要求を2つ受け入れろ」

「ええ、いいわ!」

 

最早助かりたい一心のレイナーレは食いつき気味にそう言う。...やっぱコイツ馬鹿だわ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!これはこの土地の管理者である私の、敷いてはグレモリー眷属の問題よ!?貴方が口出ししていいとでも思っ」

「いいから黙ってて。...まず1つ。この教会を俺達に譲れ」

「分かったわ。それで、もう1つは?」

 

憤慨するグレモリーを他所に、俺は要求を突きつけていく。

 

「2つ目は、レイナーレ。こちらが指定するお前の権利、及び所有物の譲渡だ」

「なんッ!?」

 

さすがにコレを即許容は出来ないのだろうか。あからさまに動揺を見せる。

そして、この一言で俺の意図を察したのか、静謐ちゃん達は納得したような顔を浮かべる。

 

「...ちなみに、どんな権利を要求するの?」

 

不安そうに自分の体を抱きながら聞いてくるレイナーレ。何だろう、コイツは俺がエロい事を要求するとでも考えているのだろうか?そんな貴女には、馬鹿め、と言って差し上げますわ!

まあ確かに容姿やスタイルはかなり良いのでそういう自意識過剰な思想を持つ事も納得出来なくは無いけれども。

というかコイツ、アーシアの神器を使って徐々に回復しつつあるな。まあレイナーレ程度が全快になったところで俺達の敵ではないが。

 

「お前ら堕天使の頭。アザゼル総督への謁見を要求する。あ、所有物の方はアーシアの神器な」

「「はぁ!?」」

 

またもや驚きの声をあげるグレモリー眷属とレイナーレ。...え、これってそんなに驚くこと?

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、貴方はアザゼルがこの街に居ることをつきとめたから会いに行こうと?その時に戦闘になると色々マズイだろうと配慮した結果がレイナーレを通しての謁見だった、と。そう言いたいのね?」

Exactly(全くその通りだ)!」

 

グレモリーからの質問にそう答える。

あれから暫く、俺は事の事情を説明していた。

 

「はぁ...。というか、アザゼルがこの街にいることに驚きよ。私達でも今まで気付かなかったのに、よく気付いたわね、貴方達」

「え、いやだってこの街に2つ桁違いの気配がいるだろ?それの片方を辿って行ったらアザゼルの所に着いたんだよ」

 

何を当たり前の事を...あっ…(察し)。そうかなるほど、コイツら気配の察知が出来ないのか。もしくはただ単に危機感や責任感の薄い奴らなだけなのかだな。どっちにしろ、それでよくもまあ土地の管理者だなんて大口が叩けたな。全く管理出来てねえじゃん。管理者(笑)

 

「あの総督、マジで日本に染まってたぞ。部屋着は浴衣で、部屋の装飾も鎧一式とか富士山の絵とか...。あれ、富嶽三十六景だったら相当高価だぞ。堕天使総督って儲かるのかなぁ...。まあそれはともかく、アレは一朝一夕で用意出来るものでもないし、結構入り浸ってると思うぞ?」

「そんな...。そこまでの侵入を許していたなんて...。そ、それで、もう1つの気配の方も堕天使なの?」

 

焦るようにグレモリーがそう聞いてくる。本当にコイツが管理者名乗ってていいのか?

 

「もう1つは悪魔っぽかったぞ。アザゼルと一緒にいる所も目撃した」

「悪魔が堕天使の総督と密会...?」

「はーい、考えるのは後にしてねー。今からこの教会の大掃除を始めるから出てった出てった。ウチのオカンが目を輝かせて掃除用具を持ち始めたから急げよー」

「フッ。掃除するのはいいが、別に一晩で終わらせてしまっても構わんのだろう?」

 

行くぞ廃教会、ホコリの貯蔵は十分か!などと宣いながら、ハタキと洗浄スプレーを持って教会の奥へと消えていったオカン。エミヤってたまにおかしなこと言うよな。

 

「...まあ今日のところは帰るわ。ただし、明日も駒王学園の部室に来なさい」

「だがこ」

「拒否権は無いわ」

「...デスヨネー」

 

その後、グレモリー眷属達はアーシアの死体を持って教会から出ていった。アーシアは悪魔の駒で蘇らせるらしい。ここでやればいいのに、とも思ったが、つい先程すぐに出ていけと言った手前、そんな事は言えなかった。

 

 

 

 




いろいろと無理矢理なところがありますが、どうか暖かい目で見守って下さい。


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焼き鳥

 

 

「マスター、風呂の掃除が終わったぞ。私は壁や床の補修をしてから食事の用意をするので、今のうちに入っておくように」

「はーい」

 

もう補修という言葉が無ければ完全に日常の中の母親との会話のそれである。

というかこの教会風呂まであるのかよ。地下部屋に風呂、キッチンやトイレもあるらしい。奥には寝室のような部屋が3つ程あり、各部屋にベットも備え付けてあるとの事。最早ちょっと豪華な家じゃん。

 

「レイナーレはどうする?先に入るか?」

 

ネロや静謐ちゃんの姿は見えないので、何処かで掃除をしているのだろう。そこで、唯一目に入ったレイナーレに声をかける。

コイツも一応女性だしな。風呂くらいは入らせてもいいだろ。

 

「...いい。後で入るわ」

 

元気なく答えるレイナーレ。まあ、当然と言えば当然か。コイツの役目はアザゼルへの手土産みたいなものだからな。レイナーレの引渡し、という名目でアザゼルに接近するわけだし、コイツが処罰を受けるのは目に見えている。今回の計画は独断だったらしいからな。

 

「あっそ」

「...」

 

レイナーレは先程からずっと聖堂の隅っこで体育座りをしている。パッと見可哀想にも見えるが、やった事が事なのでフォローの余地もない。まあする気もないのだが。

そんなレイナーレを横目に、俺は風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほー、結構デカイな」

「そうですね」

 

風呂場に入ってみて気付いたが、浴槽がだいぶ広い。3、4人くらいなら一緒に入れそうな大きさだ。

.........。

 

「...なあ静謐ちゃん。なんでさも当たり前かのように俺の背中を流してるの?いや、嬉しいんだよ?嬉しいんだけどね?」

「♪〜」

 

質問に答えようぜ静謐ちゃん...。何この既視感。

風呂場に入って頭を洗っている最中に、突然背中を洗われ始めたら普通ビビるよ。

 

「前回は流す事が出来なかったので、その、リベンジ、というか...」

「なるほど」

 

納得して良いのかは分からないが、嬉しいことには変わりないのでそのまま続けてもらうことにした。どうせ甘い空気になったらオカンが止めにくるんだから大事には至らない、いや、至れないだろ(諦め)。

そんなことを考えていると、静謐ちゃんの手が止まった。

もう終わりか。名残惜しい気がしなくは無いが、まあずっと洗ってもらうわけにもいかないしな。

 

――そんなことを考えていた瞬間が、俺にもありました。

 

ふにゅん。と、俺の背中に、手とは違う更に柔らかな感触が伝わってくる。...ゴクリンコ。

 

「き、気持ち良い、ですか?マ、マスター?」

 

そっと首だけを回転させて、後ろから抱きつくようにしている静謐ちゃんの顔を覗き込む。すると、そこには彼女の真っ赤に染まった可愛らしい顔が...。

 

「......えっと、うん。気持ち良いけど、恥ずかしいんだったらやめようよ」

 

精一杯の痩せ我慢で理性を保ちつつ、冷静なフリをする。内心、本当に獣と化しそうなくらいドキドキというかムラムラというか、そんな感情(劣情)が入り乱れているのだが、ここで我慢出来なければ以前の二の舞だ。エミヤに止められてまた恥ずかしい思いをする。

 

「というか、急にどうした? いつも擦りついてはきてるけど、今日は何というか...大胆?」

「先程、各寝室の掃除をしていた時に、その、えっちな本が出てきて...」

 

オイ聖職者、なに教会にエロ本持ち込んでやがる!別に性欲を抱くなとは言わないが、場所は考えろよ場所は!お前らに聖職者を名乗る資格はねぇ!

 

「それで...男の人は、こうされたら喜ぶって書いてあって...」

「...なるほど」

「えっと、その...どうで、しょうか...?」

「......我慢ってなんだっけ。理性?ナニソレオイシイノ?」

 

我慢ならない。と、勢いで静謐ちゃんを襲おうとした時、悪夢は再びやって来た。

 

「だから風呂での行為はのぼせると言っただろう。そこら辺にして上がってきたらどうだ?夕飯も出来ているぞ?」

「分かった、分かってたはずなのにッ...!」

 

ダンッ!と拳を地面に叩きつける。ちくしょう、途中までは我慢出来ていたのに!そして何故エミヤはちょうど良いタイミングで乱入してくるんだ!?

 

「いいから早く上がりなさい。今夜はシチューだ。冷めないうちに食べることをオススメする」

「ちくしょう!」

 

俺達はまたしても、耳まで真っ赤にしながら風呂を駆け出たのだった...。

その時の俺の瞳に心の汗が少量溢れ出ていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の夕方。俺達は素直にオカルト研究部部室へと向かっていた。なにせ俺達に拒否権は無いそうだからな。

 

ちなみにアザゼル総督との対談は2週間後という事になった。え、何故2週間後かだって?それはね、今日の昼に会いに行ったらシェムハザとかいう堕天使副総督がやって来てアザゼル総督を連れて行っちゃったからだよ。そのシェムハザに事情を話したら2週間後にまた来いって言われた。その時にレイナーレの引渡しも終了している。

部下に耳を引っ張られながら連行される堕天使総督を見て、堕天使にも色々あるんだなあ、と思った。

 

「良かったのか、マスター?あの堕天使を渡してしまって。相手が必ずしも約束を守るとは限らないぞ?」

「ん?ああ、大丈夫だよ、たぶん。勘だけど」

「マスターの勘は良く当たりますし、大丈夫なのでは?たぶん直感BかB+くらいあると思いますよ?」

「なんと!」

 

雑談を繰り広げながら木造校舎へと入る。

すると、部室の方に若干強い気配が存在していることに気付いた。レベル的にはおそらくレイナーレより数段上。英霊レベルには到達してないくらいか。

 

「なんでこう、毎日がイベントデーなんだろうな?少しはゆっくり出来ないものか...」

 

はあ。と嘆息しながら部室の扉を開く。どうせ面倒事なんでしょう?分かるとも。

 

「以前にも言ったはずよ、ライザー!私は貴方と結婚なんてしないわ!」

「ああ、以前にも聞いたよ。だが、そういうわけにもいかないだろう?キミのところの御家事情は切羽詰まってると思うんだが?」

「余計なお世話よ!」

 

扉を開けると、そこにはグレモリー眷属以外にホスト風の男とメイド姿の女性、そして15、6人程度の少女がいた。

いや、いくらこの部室が普通のものより広いからってこれは詰め込み過ぎでしょ。人口密度高ッ!

 

「あら、あなた方は...?」

 

目の前の口論にどう反応すれば良いのか迷っていたところ、メイド姿の女性がこちらに気づき声をかけてきた。その事で他の連中も俺達の存在に気付いたようで、一気にこちらに目を向けてくる。

 

「あら凌太。今頃来たの?」

「そっちが呼んだくせに酷い言われようだな。終いにゃ帰るぞ」

 

グレモリーがこちらを見てそんな事を口走る。今頃ってなんだよ。まだ日も高いし遅いってことは無いだろう。

 

「お嬢様、こちらの方々は一体?」

「そうだぞリアス。この場に人間なんて連れ込むんじゃない」

「...こちら、坂元凌太とその仲間達。左からアーチャー、ローマ、アサシンと名乗っていたわ」

 

おい、あの自己紹介を間に受けてたのかよ。いやまあ嘘じゃないけどさ。

 

「凌太?まさかこの方が堕天使の件の...?」

「ええ、そうよ」

 

メイドの人からの視線が突然警戒の色を濃くした。なんだ?どんな説明したんだよグレモリー。

 

「まあ、今はそんな人間どうでもいい。リアス、俺はフェニックス家の看板を背負った悪魔なんだよ。この名前に泥を塗るわけにはいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界の建物なんかに来たくなかったしな。というか、俺は人間界があまり好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、これは耐え難いんだよ!」

 

ボワッ!とホスト風の男を中心に炎が巻き上がる。コイツここが木造校舎だってこと忘れてねえか?火事になったらどうするんだよ。主に修繕費とか。

 

「俺はここにいるそちら側の奴全員を燃やしてでもキミを冥界に連れかえ」

 

言い終わる前に、ドォン!という音と共にホスト風の男の右腕が消し飛ぶ。

 

「ガッ!?」

 

突然の出来事に疑問と苦痛の声を上げながら、自身の腕を吹き飛ばしたものをみるホスト男。そこには紫紺の槍が紫電を帯びながら存在していた。そしてその槍の持ち主である俺は、崩れ落ちたホスト男を見下ろしている。

 

「りょ、凌太!お前一体何を!?」

 

叫ぶイッセーや驚いている周囲を無視して、俺は男に言葉をかける。

 

「オイ色男。お前、自分の言葉に責任を持てよ?」

「な、何を――」

 

腕を再生しつつ、そう聞いてくるホスト男。コイツ、再生能力持ちかよ。

 

「『全員燃やす』、だと?やれるもんならやってみろ。その場合、次に消し飛ぶのはお前の命だがな。俺は、俺の仲間に手を出す奴は許さないって決めてんだよ」

 

明らかに殺気を向けられた事に加え殺害宣言までされたのだ。それも俺だけでなく俺の仲間にまで。舐められたものだな。

というか会った直後からウチの静謐ちゃんとネロに下賎な視線を向けていたので、今の攻撃はそれの制裁も込みである。慈悲などかけぬ。

 

「そこまでです、坂元凌太。武器を収めなさい」

 

音もなく俺に近付き、そう言ってくるメイドさん。とても静かで迫力のある声だ。おそらく、今この場にいる悪魔の中で一番強いのはこの女性だろう。この人何者だ?

 

「......もう1度俺を怒らせたら殺す」

 

そう言って槍を収める。ギフトカードには仕舞わず、いつでも殺れるように手に持っておくことにした。

とりあえず殺意だけは抑えたので、それを確認してメイドさんが話し出す。

 

「...婚約話に決着がつかない。このことは旦那様もサーゼクス様も、そしてフェニックス家の方々も重々承知でした。そこで、最終手段を取り入れます」

「最終手段?どういうこと、グレイフィア?」

「お嬢様、ご自身の意思を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着を付けるのは如何でしょうか?」

「――ッ!?」

 

メイド改めグレイフィアさんの意見に言葉を失うグレモリー達。というか『レーティングゲーム』?ギフトゲームみたいなものか?それはもちろん俺も参加出来るんですよね?ね?

 

「...つまり、お父様方は私が拒否した時の事を考えて、最終的にゲームで今回の婚約を決めようってハラなのね?どこまで私の生き方を弄れば気が済むのかしら...ッ!」

「では、お嬢様はゲームも拒否すると?」

「...いえ、まさか。こんな好機は無いわ。いいわよ、ゲームで決着をつけましょう、ライザー」

 

こうして、グレモリー眷属の修行期間を設けた10日後にレーティングゲームなるものを開催することが決定した。「修行期間とか要らないから今から殺ろうぜ」と言ったら、グレイフィアさんから「あなた達の参加は認められません」とか言われた。曰く、眷属しか参加出来ないのだとか。そのルール今すぐ改編して、そこの焼き鳥(ライザー)殴れないッ!

 

 

 



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修行期間

年齢的には小猫と主人公は同じなので、小猫の口調はタメ口にしました。


 

 

 

 

「さあキリキリ登れ!修行はもう始まっているのだぞ!」

「ひー...ひー...」

 

クワッ!とした顔を作り喝を飛ばすエミヤ。その先には息も絶え絶えなイッセーの姿が。

現在俺達はとある山に来ている。なんでもここら一帯の山々はグレモリー家の所有地らしいので、ここで山篭りの修行を行うそうだ。それに俺達も頼まれて同行しているわけなのだが...。山が所有地とかなにそれどこの貴族だよ。

 

「あの、イッセーさん。やっぱり私も手伝いましょうか?」

「いいのよ、アーシア。イッセーはあれくらいやらないと強くなれないわ」

 

アーシアとグレモリーの会話が聞こえる。ちなみに、イッセーの背中には2mはあろうかという程の荷物が背負われている。自分の荷物+グレモリーと姫島の分もあるそうだ。...何をそんなに持ってきたんだ?

 

「エミヤさん、山菜を摘んできました。今夜の食材にしましょう」

「ふむ、よもぎか。それなら今夜のオカズの1品はよもぎの天ぷらにするか」

 

木場が涼しい顔でイッセーの隣を通り過ぎてくる。木場もイッセーと同じくらいの量の荷物を背負っているのだが、汗一滴かいていない。

 

「全く、だらしが無いなイッセー。ほら、小猫ちゃんだって平気そうに登ってんだぞ?頑張れ」

「...お前に言われら頑張るしか無くないか?」

 

そう言ってイッセーはとても情けなさそうな顔を俺に向けてくる。

 

「意味が分からん」

「いや、だからさ...。登山開始時からずっと逆立ちでここまで登ってきてる奴より疲れてるとか、こう、情けないから頑張るしかないっていうか...」

「ああ、そういう。まあとりあえず頑張れ」

「くっ...!うぉりゃああああ!!」

 

叫びながら一気に山道を駆け上がるイッセー。そんだけ根性があるなら大丈夫だろ。さて、あと一息頑張って登りますかね。

 

 

 

 

登山開始から約2時間程してから、俺達は木造の別荘に到着した。これもグレモリー家の所有物らしい。普段は魔力で風景に紛れて人前には現れない仕組みになっているらしい。人払いの1種だろうか。

 

「はあ...はあ...はあ...。や、やっと着いた...」

「休んでいる暇はないぞ兵藤一誠!」

 

へたり込むイッセーにエミヤの喝が飛ぶ。ヒィッ!というイッセーの悲鳴も聞こえる。南無三。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石にイッセーが動けないということで、暫く休憩を挟んでから修行に入ることにした。今は全員動きやすい服装に着替えている。

俺達は一応、今回の修行のコーチとして呼ばれている。堕天使やライザーの1件もあり、俺達4人がとんでもない強さだと理解したので修行をつけてもらおうという事になったらしい。なので、俺は快くその依頼を受けた。あの焼き鳥を俺が殴れないなら、コイツらに殴ってもらえばいいじゃない、という魂胆だ。

 

「さて、これから本格的な修行を始めるわけだが...。まず木場」

「なんだい?」

「お前はひたすらエミヤと模擬戦な。エミヤがいいと言うまで続けること」

「うん、了解したよ」

 

木場はそう言ってエミヤの近くに行き挨拶をする。木場は剣を使うし、エミヤが適任だろう。え?エミヤは弓兵(アーチャー)だろって?...弓兵ってのは弓()使える兵士、の略だろ?(震え声)

 

「木場以外は俺やネロ、静謐ちゃんと模擬戦。グレモリーの戦術についての講義等は夜にでもエミヤかネロに聞くように」

「よっしゃ、やったるぜ!」

 

イッセーの声と共に、各人が頷いたところで修行を開始する。エミヤと木場は少し離れた場所でするらしく、森の奥へと歩いていった。

 

「さて、それじゃあ始めるか。あ、イッセーは最初は不参加。2回目から出てこい。あと例の籠手は発動させとけ」

「あ、ああ。分かった。ブースト!」

『Boost!』

 

籠手から出る音声と共に、イッセーの力が倍加する。前回見た時も思ったが、あれはチートだ。やろうと思えば世界最強になれるレベルの。ただし、それは使用者の度量が伴ってこそ実現することでもある。必ず限界というものが存在するはずだ。今のイッセーでどこまで耐えれるか知っておかないとな。

 

「じゃあ女性陣方。遠慮は要らない。全力で、俺を殺すつもりでかかってこいや」

「じゃあ私から。えい」

 

別に全員でかかってきてもいいんだけど。そう言おうとしたら、ブンッ!と小猫ちゃんの大振りな拳が俺を襲ってきた。彼女は『戦車(ルーク)』という悪魔の駒の特性を持っているらしい。曰く、馬鹿げた腕力と強固な防御力。実際、その特性には目を見張るものがある。静謐ちゃんより小さい少女が、岩をも砕く怪力を持つのだ。だが。

 

「大振りすぎ。そんなんじゃ当たらねえし、少し上のレベルの奴には攻撃自体がきかねえよ」

「なっ!」

 

放たれた拳を俺は片手で受け止める。全力の攻撃が容易く止められた事に驚いたのか、小猫ちゃんから声が漏れた。

 

「力に振り回されてる様なパンチは意味がないぞ。威力を一点に絞るとか、フェイントを入れるとか工夫しないとな」

 

そう言って、俺は小猫ちゃんの腕を掴み投げ返す。上手く着地したようだが、未だ驚愕しているようで、再び攻撃してこようとはしていない。

すると次は姫島が動いた。

 

「あらあら。女の子を投げ飛ばすなんて、乱暴な男性ですね。雷よ!」

 

悪魔の羽を広げて空中に翔んだ姫島が、両手から紫電を撒き散らし俺に雷を落としてくる。

ドゴォン!という轟音が響き、雷が俺に直撃した。

 

「あらあら、死んでいませんわよね?」

 

あらあらうふふ、と微笑みを浮かべる姫島。あの人は確実にドSだと、後にイッセーは語った。

 

「いい感じだけど、まだ威力が弱いな」

「...あら」

 

舞い上がる土煙の中から無傷の俺が姿を表すと、姫島は驚いた顔を浮かべる。小猫ちゃんと同じく、自身の攻撃に多少なりとも自信があったのだろう。

 

「我は雷、故に神なり。少し手本をみせてやろう。雷ってのは、ここまで威力が上がるんだぜ?」

 

ズドォォン!という爆音と共に、隣の山の上半分が消し飛んだ(・・・・・)

 

「不死身を倒すってんだから、せめてこのくらいは余裕で出来てもらわないとな」

「............」

 

もはや姫島の顔に笑顔はない。ただただこの状況に対して引いていた。解せぬ。

続くグレモリーも、滅びの魔力とやらを弾いたら姫島と同じような顔をした。まことに解せぬ。このくらいやらないと勝てねえってばよ。

 

「...も、模擬戦もいいけれど、その前に各自パワーアップが必要じゃないかしら?ええ、スポーツでも練習試合の前には練習をするものでしょう?」

 

冷や汗を垂らしたがらそう提案してくるグレモリー。姫島と小猫ちゃんも首を縦に振っている。

 

「ふむ、それもそうか...。よし、じゃあ次イッセーと試合したら各自の修行に入るってことで。イッセー、さっさと始め......イッセェェ!!」

 

見るとイッセーが泡を吐いて倒れていた。クソッ!やけに静かだと思ってたら気絶してたのかよ!思ったよりも限界が低過ぎるな。まだ5分も経っていないぞ。これは早急に対処しないと10日後のゲームが本当にヤバイかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lesson① イッセーと小猫の場合

 

 

「Graaaaaaaa!!!」

「うわぁああああああ!!!!」

 

イッセーが目を覚ましてから、俺はすぐさまイッセー改造計画に乗り出した。コイツが強くならないと話にならない。イッセー、詳しく言うとイッセーの中にいるものの力は今後も絶対に必要になる。そこでこれだ。題して「疾走!驚異のINOSISIからの逃亡 in 山」である。

 

「ほらほら、死ぬ気で走れよー。じゃないと踏み潰されるぞー」

「チックショオオオオ!!」

 

絶叫を上げて走るイッセーをウリ坊が追いかける。これだけ見てるとギャグ漫画みたいだが、実際追いつかれたら瀕死という、非常に厳しい修行だ。とりあえずこれを5分×3セットと予定している。4日目あたりからは10分×4セットに切り替えようかな。

 

「凌太君、ランニング20キロ終わったよ。次は何をすればいい?」

 

イッセーに声掛けをしていると、汗をかいて呼吸も乱れている小猫ちゃんがやってきた。彼女にはとりあえず走ってくるように言ったのだが、ここまで早く終わらせるとは思っていなかった。さすがは悪魔と言ったところか。

 

「次は組み手をするか。もうすぐイッセーの走り込みが終わるからそれまで休んでてね」

「うん」

 

小猫ちゃんは素直に頷き、持っていたリュックから水を取り出して飲み始めた。

さて、あとはイッセーか。小猫ちゃんと一緒に、イッセーとも組み手をしよう。どっちも素手で殴る系だから、一緒に修行をつけたほうが効率いいしな。

 

「ほらイッセー、あと1分だぞー。走れー」

「しぬぅううううう!!」

 

 

 

 

 

Lesson② 姫島の場合

 

 

「なに?魔力が切れた?へぇ、そう。だったら明日の分を絞り出せ」

「...は、はい!」

 

魔力が切れてもう雷が出せないと言ってきた姫島に、無理矢理雷を発生させる。必死に魔力を練って雷を出そうとしていると、ようやく火花程度の雷が出てきた。

 

「なんだ、できるじゃないか。自分の限界を自分で勝手に決めるなよ?限界を超える、なんて事を言い出す奴もいるが、限界は超えられないから限界なんだ。まだできるってことは、そこがお前の限界じゃないってことだ。自分の限界を知るいい機会だし、今日この場でとことん絞り出せ。気絶したら連れて帰るから」

「はい!」

 

最初は年上のお姉さんという雰囲気を醸し出していた姫島だが、途中からそんな雰囲気は霧散した。限界に近付き、自分を取り繕うことが出来なくなってきているのだろう。

現グレモリー眷属で最強なのはおそらくこの姫島だ。イッセーや木場が土壇場でどこまでの力を発揮するのかは分からないが、普通に戦ったら姫島に軍配があがると思う。それに彼女はグレモリーの「女王」だという。いわゆる切り札らしいので、彼女のパワーアップは欠かせない。

俺の中でのパワーアップ優先順位はイッセー→アーシア→姫島→木場→小猫ちゃん→グレモリーの順だ。アーシアという最大の回復役は絶対に強化しないといけないからな。彼女には各人の修行場所を駆け回ってもらい、手当り次第に回復させていかせている。それしか方法思いつかなかったし。

 

「も、もう、無理...」

「まだまだァ!明日の分が切れたのなら、明後日の分を絞り出せぇ!」

「は、はいぃッ...!」

 

結局、この修行は昼過ぎに姫島が気絶したところで終了した。今日だけで姫島が限界と言ったのが6回。そのうち再び立ち上がれたのが5回だった。幸先がいいな。明日はどこまで耐えれるのか楽しみだ。

 

イッセーは、姫島だけでなく俺も相当なドSだと後に語った。

 

 

 

 

 

 

Lesson③ グレモリーの場合

 

 

グレモリーも姫島と同じ方法で修行をつけようと思っていたのだが、どうも彼女は自身の戦闘力向上よりも戦略的知識を増やしたいらしい。なのでネロに頼んで講義をしてもらう事にした。なんだかんだ言ってネロは「暴君」だけでなく「名君」とも言われる古代ローマ皇帝だからな。戦術については俺なんかより何倍も詳しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり日も落ちた頃、全員が今日のメニューを終わらせて別荘に帰ってきた。

既に夕食の用意は済ませてあり、帰ってきた人から順にガッツいていく。今日の夕飯はエミヤ作のカレーと山菜天ぷらだ。美味い。

 

「ウマッ!なにこれマジで美味い!」

「...おいしいです」

「ああ、これはお店でも通用するどころじゃないね。それ以上だ」

「ふっふっふ。そうであろうそうであろう!ウチのシェフは一流だからなッ!」

「誰がシェフか」

 

エミヤの手料理を初めて食べるグレモリー眷属達は驚嘆と賛美の声を上げる。うむ、やはりウチのオカンは最強。

 

「あら、朱乃は?まだ帰ってきていないの?」

「そういえば見てないですね?」

 

グレモリーが夕食を食べている最中に姫島の不在に気付いた。もう時刻は既に8時を回っている。心配するのも無理はないか。

 

「姫島なら部屋で寝てるよ。修行中に気絶したんで運んどいた」

「なにィ!?オイ凌太!お前朱乃さんが気を失っているのをいいことに変なことしてないだろうな!?」

「するかバカ。イッセー、お前明日のトレーニングメニュー3倍な」

「な、そりゃねえよ!」

 

アハハという笑い声が部屋に響く。こういう雰囲気は割と好きだ。

 

「ところで凌太。貴方から見て、今の私達に勝機はあると思う?」

「ないな。確実に負ける」

「...そう」

「だけどまあ、イッセーの仕上がり次第では光は見えるだろ」

「え?俺?」

 

まさか自分に話が飛んでくるとは思っていなかったのか、イッセーがあからさまに驚く。

 

「そ、お前。この少ない日数でどこまで成長が出来るのかによるな。あ、そういやオカン。木場はどうだった?」

「筋はいい、才能もやる気もある。ハッキリ言って嫉妬すら覚える程だ。だが残念ながら時間が足りないな。たった10日では飛躍的なパワーアップは叶わないだろう」

「んー。じゃあやっぱり次のゲームの鍵はお前だ、イッセー。お前の神器、それはマジのチートだぞ?お前が耐えられる倍加のキャパシティを増やせば、本当に神だって殺せるさ」

 

そう言てわれて、イッセーは自分の腕をマジマジと見つめる。そこに籠手はないが、何かしら思うところもあるのだろう。

 

「あ、そう言えばずっと気になってたんだけどさ。凌太がこの前言ってた『神殺しの魔王』ってなんなんだ?お前、悪魔じゃないし本当に魔王ってわけじゃないんだろ?異名か?」

「ん?いやそのまんまの意味だけど?神を殺したから神殺し。魔王ってのも、まあそのまんまの意味だよ。悪魔の王じゃなくて悪魔のような王って事だと思うけどな」

 

何でもないようにそう言う。この世界にも神様って居るらしいし、俺みたいな奴も前例はあるんじゃないのか?

 

「はぁ!?神を殺したとか、え、マジか!?いやでも凌太だからなぁ......」

「そ、そんな...主を、殺した...?いえでも凌太さんだったらありえる...?」

「...ありえない、と言い切れない。だって凌太君だもの」

「ああ、少しだけ納得したよ」

「お前ら言いたい放題か」

 

何故毎回神を殺したと言ったらここまで驚かれるのだろうか?俺の周りには結構いるけどな、神を殺せそうな奴。十六夜とか護堂とか英霊とか。白夜叉とかいうバグキャラも入れれば、知ってるだけで10人は超えるぞ?

とりあえずいつも通り説明して納得させる。アーシアはジャンヌのように熱心な信仰者だったので、納得させるのにだいぶ時間がかかったのは言うまでもない。

 

 

 



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別に、これ以上になってしまっても構わんのだろう?

 

 

 

 

「1,997...1,998...1,999...」

「うん、やっぱお前アホだわ。いや、頭がとかじゃなく存在そのものが」

「2,000...っと。なに、馬鹿にしてんの?喧嘩なら言い値で買うぞ?伝説の龍がなんぼのもんじゃい」

「絶対勘弁」

 

修行開始から8日。やっぱり見ているだけではつまらないということで、3日目あたりから俺も一緒に修行をすることにした。

現在はイッセーと共に筋トレ中。イッセーにはどこぞの野菜人よろしく、50kgの重りを付けて腕立て伏せ・腹筋・スクワットを各100×5セット、ウリ坊からの逃亡という名のダッシュ15分×4本を課している。それに加えて魔力向上や接近戦闘の訓練も相当量しているので、普通だったら過労死してもおかしくない程の量のトレーニングメニューをこなしていた。本来予定していた量の倍近くはこなしている為、その分成長もしている。いや、正直イッセーの根性には驚かされているよ。

 

そして俺がこなしているメニューはと言えば、重り100kgで、ダッシュは同じ量だが筋トレ回数はイッセーの20倍程である。確かにアホみたいな数字ではあるが、ここまでしないと負荷が掛からないのだから仕方が無いじゃないか。

 

「そんじゃ組み手始めようぜ」

「よし来た!行くぞドライグ!」

『応ッ!』

 

あ、そうそう。修行開始2日目にしてイッセーの中にいたもの――「赤い龍の帝王」、ドライグが目を覚ましました。ついでに修行開始6日目にはイッセーが「禁手」とやらに至りました。というかもうあれだよね。ドラゴン強ぇ。

 

「よっしゃ、カウント終了!輝け、ブーステッド・ギアァァ!!」

『Welsh Dragon Balance breaker!!!』

 

イッセーの叫びに呼応して、赤く輝く鎧がイッセーの体を包んでいく。

「赤龍帝の鎧」。これが「神滅具(ロンギヌス)」と呼ばれる最強の神器の1つ、その「禁手化」だそうだ。イッセーから放たれるオーラは通常状態の比では無く、明らかに別格になっている。この状態ならば、もう既に主であるグレモリーよりも強いぞ。

 

「最初から全力でいくぞ、ドライグ!」

『ああ、出し惜しみは無しだろう?今までの組み手で十二分に理解したさ。坂元凌太はバケモノだと』

「おい、赤い龍の帝王(バケモノ)にバケモノとはいわれたくないぞ」

 

そんな軽口を叩きながら俺達は殴り合う。まあイッセーの攻撃は当たってないけど。

 

「―――我は雷、故に神なり」

『ッ!来るぞ相棒!』

「ああ、分かってる!だが敢えて、全力で迎え撃つ!」

『ハハッ!いいぞ相棒!それでこそ赤龍帝を名乗る者だッ!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

「いっけェェ!!」

 

超々倍加の魔力砲弾。それは英霊達の宝具となんら遜色のない代物だ。下手をしたら約束された勝利の剣(エクスカリバー)の少し下くらいの威力はあるかもしれない。文字だけ見るとそこまで凄いようには見えないが、実際山が吹き飛ぶレベルだ。もうこのあたりの山は3つ程消し飛んでいるのだが、内2つはイッセーのコレが原因だったりする。...俺が言うのもなんだが、自然破壊も甚だしいよな。

 

「全力で行くぞ、雷砲(ブラスト)ォオ!!」

 

全力全開の雷砲を放ち、イッセーの魔力砲弾を打ち破る。威力は4分の1程度まで下がったが、俺の雷砲は消えること無くイッセーに襲いかかった。ま、鎧纏ってるし死にはしないだろう。

 

やがて土埃が収まって来て、鎧も無くなり、倒れ伏すイッセーの姿が視認できた。あ、でもまだ意識あるっぽい。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ...。あー、クソ!また負けた!」

 

イッセーは悔しそうに、仰向けになりながら天を仰ぐ。

 

「やっぱり『赤龍帝の鎧』の展開時間が問題だな。今のところ、何もしなければどのくらい保てる?」

『オーラを使わなければ30分程度、普通に戦うなら20分程度といったところか。だが、先程のような全力出力は3分と持たないだろうな』

「3分か...。相手があの焼き鳥ってことを考えると、ちと厳しいか?」

「はあ、はあ、はあ。な、なあ。ライザーの野郎はそんなに強いのか?」

 

息を整えつつ、イッセーが俺にそう聞いてくる。ふむ、ライザーの強さか。

 

「強さ、という面だけを見ればイッセーの方が上。けど厄介なのが、アイツらフェニックスの不死性だ。聞いた話じゃ、アイツらの再生能力は精神力に比例するらしいから、何回も殺して心を折れば勝てると思うんだが...」

『今の相棒では出来て10回殺せるかどうか、といったところだろう。その程度で心が折れてくれれば良いのだがな』

「多分無理、なのか?...だーッ!クッソ!まだまだ修行不足ってことなのかよ!?」

「いや、お前は十分頑張った。というかたった8日でその成長ぶりは可笑しいと思う。ようこそ、バケモノの世界へ」

「それってお前と同類ってことか!?」

 

おい、なんだか嫌そうじゃねえか。え?俺ってばそんなにバケモノ?一緒にされたくないくらいの?

全く失礼な。俺だってちょっと神様殺したり、漁港や王宮や山を吹き飛ばしたりするだけだってのに...。うん、確かにバケモノですわ。

 

「マスター、少しこちらへ」

 

そんな事を考えていると、静謐ちゃんがスッと音もなく現れ耳打ちをしてきた。彼女にはここ数日間、駒王町に居た数人の堕天使達の監視をさせていたのだが、何か進展があったのだろうか?

 

「おいイッセー。もう昼過ぎだし、今日のところはもう休め。いいな?」

「ああ、分かった」

 

そう言い残して静謐ちゃんと森の方へ向かう。暫く歩きイッセーが見えなくなったところで静謐ちゃんが話を切り出した。

 

「彼らに動きがありました。決行は4~5日後、駒王学園を中心にして駒王町を破壊していく、との事です。今回の計画は堕天使総督の指示ではなく、完全な独断であると言っていました」

「なるほどねぇ」

「あと、コレ。駒王学園のオカルト部部室を襲おうとしていた神父から奪ったものです」

 

そう言って、静謐ちゃんは1振りの剣を取り出す。黄金色のそれは、明らかに聖なる気を発していた。

 

「名を『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』。分裂した聖剣エクスカリバーの1つです」

「エクスカリバーって、あのエクスカリバー?え、勝利が約束されてるアレ?」

「アルトリアさんが持っていたアレです」

「マジか...。そういや神父はどうしたの?殺した?」

「はい。襲ってきたので刺しました。あの、ダメだったでしょうか?」

「いや、別に構わないよ。うん、偵察お疲れ様。今日からはこっちにいてもいいから」

 

そう言ってお礼と共に彼女の頭を撫でる。そうすると静謐ちゃんは目を細めて気持ち良さそうにするので、見ているこちらも癒される。ああ、尊い...。

 

 

 

 

――さて、俺の方も準備を始めますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。各自明日の下山の準備を始めだしたころ、俺の部屋に姫島が訪ねてきた。

 

「凌太君、少しよろしいですか?」

「ん?ああ、いいぞ?」

「ありがとう。失礼しますね」

 

そう言って、姫島は俺の対面に腰を下ろす。風呂上がりなのだろうか、頬がうっすらと上気し、髪はしっとりとしている。正直、非常に目を引かれます。

 

「今回の修行、付き合って頂いて本当にありがとうございました。お陰で、私や他の皆も目覚しい成長を遂げましたわ」

「ん、別にいいよ。俺にもメリットのある事だし」

「あら、何かメリットが?」

「まあな。ま、今はその話はいいや。それで?ただお礼を言いに来ただけじゃないんだろ?」

「...はい」

 

俺が質問すると、姫島は俯いた。何か思い詰めている雰囲気だが、何かあったのだろうか?

 

「...凌太君は、堕天使をどう思っていますか?」

 

決心したように、姫島は泣きそうな顔でそう聞いてくる。堕天使?それってそんな泣きそうになるくらい重要な話なの?

 

「堕天使、ねぇ...」

 

少し考えていると、姫島がどこか不安そうにこちらを見てくる。やはり相当重要な話っぽいのだが、ここで気を使って嘘を言っても仕方が無いしな。まあ基本、俺が他人に気を使う事は無いけどな!だって魔王だし、しょうがないよネ!

 

「正直言って、特に何もない。空飛べていいなー、くらいにしか思ってないかな」

「――っ!...堕天使よ?イッセー君やアーシアちゃんを1度は殺したし、街を破壊しようとした事もある、あの堕天使ですよ?嫌悪感を抱いたりしないの?」

 

破壊しようとした事がある、というか現在進行形でその計画練ってますけどね。

 

「『この前人間が殺人や爆破テロをしたらしいぜ。やっぱ俺、人間の事嫌いだわー』とはならないだろ?それと同じ。別に堕天使が何をしても、それはただの個人としての堕天使であって、それが堕天使全体の考えとは限らないし。堕天使が悪い事したから堕天使全部を嫌いになる、なんて事は無いな。俺が好いたり嫌ったりするのは、あくまでもそいつ個人だ」

 

一通り話すと、それを聞いた姫島が泣いていた。

......what!?何故!?why!?俺、そこまでの事を言ったか!?

突然の事に俺は多少驚いたが、姫島は涙を拭って微笑みを浮かべる。

 

「...急にごめんなさい。嬉しかったものだから。...私は、人間と堕天使の間に生まれた者なんです」

 

そう言いながら、姫島は背中から翼を広げた。片方が悪魔の、もう片方が堕天使の翼だ。

 

「汚れた翼。悪魔の翼と堕天使の翼、私はその両方を持っています。...この羽が嫌で、私はリアスと出会い、悪魔になったの。でも、生まれたのは堕天使と悪魔、その両方の翼を持ったおぞましい生物。汚れた血を見に宿す私にはお似合いかもしれません」

 

そこで姫島は1度話を切り、俺の方に微笑みを向けてきた。

 

「ですが、貴方は...ふふっ。ああ、なんだが救われた気分だわ。凄く、心が軽い。ありがとう、本当にありがとう、凌太君。私、ようやく決心がつきましたわ」

 

満足そうな、そして嬉しそうな声と表情の姫島。正直俺としては何がなんだがさっぱりなのだが、本人が満足そうなので良しとしよう。

 

「それでは、おやすみなさい、凌太君」

「おう、おやすみ」

 

そう言って、姫島はいつもの笑顔を浮かべながら俺の部屋を出ていった。

パタン、と扉が閉まり、姫島の足音がだんだんと遠くなる。

 

「...それで?そっちも何か俺に用事?」

 

姫島の足音が完全に聞こえなくなってから、俺はそんな事を声にする。

 

「......気付いていたんですか?」

 

すると、俺のベッドの下からもぞもぞと静謐ちゃんが這い出てきた。まさか本当にいるとは...。直感ってスゲー...。

 

「いや全く。なんとなく居そうだな、って思ったから」

「...やっぱりマスターは高ランクの直感スキル持ちだと思います」

「そうかもなー。で?本当にどしたの?最近の添い寝は堂々と正面から来てたのに、いきなり忍び込んでくるなんて真似をして」

 

テキパキと下山の準備を進めながら静謐ちゃんにそう声をかける。まあ準備と言っても明日使わない物をギフトカードに収納していくだけなのだが。

 

「その...」

 

ベッドの下からベッドの上に移動し終えた静謐ちゃんは、どこかぎこちなく1つの枕を取り出し、それで口元を隠す。そこには“Y”,“E”,“S”の3文字が......。

 

それからの俺の行動は早かった。

 

「(周囲に気配...無し。台所辺りにエミヤとイッセーがいるが、まあ大丈夫だろう。部屋の鍵は...ちっ、閉まってない。後でさり気なく閉めて...。次、カーテンと窓は...よし、こっちは閉まってる)」

 

この間、僅か約0.06秒である。

俺はゆっくりと立ち上がり、部屋の鍵をしっかりロックしてから静謐ちゃんの方へ振り返る。

 

「えっと...その枕の意味、分かってる?」

 

コクン、と声も無く頷く静謐ちゃん。その顔は真っ赤だが、悪くない。いや寧ろそれが良い(混乱)

 

「...兵藤さんが読んでいた本に、これをやると、男の人は喜ぶって...えっと...」

 

イッセーの野郎、こんな所にまでエロ本を持ち込んでやがったのか。この前グレモリーと混浴して、その時に彼女の乳を突いて『禁手』に至ったと言っていたが、アイツのエロ魂は底知れないな。色々な意味で。

 

「で、監視の為に街に下りた時にその枕を買ってきた、と」

「いえ、これは手作りです」

「なん...だと!?」

「エミヤさんに裁縫を教わって作りました」

「オカン...あいつ本当に何してんの...?」

 

まさか手作りだったとは。しかもエミヤ直伝の裁縫と来たもんだ。さすがは我らがオカン兼執事(バトラー)。家事ならなんでも出来るんたな。

 

「それで、その、3日分の魔力供給も必要ですし...ダメ、でしょうか?」

 

上目遣い+潤った目。それの破壊力は計り知れない。いやもうヤバイですね、ハイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その晩、俺が1匹の野獣と化したのは言うまでもない。

 

 

 

 



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ゲーム

 

 

 

 

 

山を降りた翌日。

グレモリー眷属達は駒王学園オカルト研究部部室に集まっていた。そこには俺達やグレイフィアさん、そして当然ながらライザーとその眷属達も居る。

グレモリー眷属側には緊張が走り、ライザー眷属側には余裕の色が見て取れる。

...言っとくけど、今のグレモリー眷属を1対1(サシ)で相手に出来るのってライザーくらいですからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前、グレモリー眷属がライザーに勝つのは厳しいと言ったな。あれは嘘だ。

正確には俺が嘘をついた、という訳ではなく、ライザーが思ったよりも遥かに弱かったのだ。

 

 

ゲーム開始早々、グレモリー眷属がやらかした。

体育館にて待ち伏せていたライザー眷属複数人を子猫ちゃんが纏めて薙ぎ倒し、その後襲ってきた敵の女王の全力の一撃をイッセーが防ぎきり、その女王は姫島の新技、というか本来の力である雷光を喰らって一撃ダウン。その後出てきた敵も木場の魔剣創造(ソードバース)による魔剣の雨で一掃。戦闘に参加しないというライザーの妹を除くと残るはライザーのみという、この状況になるまで10分かかっていない。

 

そしてライザー(1人) vs グレモリー眷属(全員、しかも無傷)という構図が出来上がった。ライザーを囲むグレモリー眷属という図は、もうイジメ現場のそれである。

そして始まったライザー討伐だが、イッセーが禁手化したことで即座に3回殺され、そこで心が折れたらしくライザーがリザインしたのだ。...ライザー弱っ。

 

結果、ライザー眷属は逃げる様に去っていき、そしてグレモリーとライザーの婚約話は破棄された。グレモリーがとても得意気にライザーを見下していたけれど、今グレモリー眷属で最弱なの貴女ですからね?なんで上級悪魔という奴らは慢心したがるのだろうか、疑問でならない。まあその慢心のお陰で俺はこれから得するんだけどな。

 

 

 

 

「お疲れさん。余裕だったな」

 

全くの無傷で帰ってきたグレモリー眷属を労う。いや、まさか全員ノーダメージで終わるとは俺も思ってなかったわ。

 

「ええ。口ほどにも無かったわね」

 

フフンッ、と得意気な笑みを浮かべて返答するグレモリー。いやお前何もしてないじゃん、と思いはしたのだが黙っておく。

 

「おっ、まだまだ余力有りって感じだな。もしかして不完全燃焼?」

「まあそうね。もう少し手応えが無いとこちらもつまらないわ」

 

だからなんでお前そんなに...。いや、グレモリーはこういう奴なんだと諦めよう。まあ同じ王としてどうかとは思うけど。

 

「それじゃ、俺達とゲームしね?きっと楽しめると思うぞ?」

「あら、それはいいわね。今の私達の力がどこまで貴方達に通用するか試してみたいわ」

 

トントン拍子で進んでいくゲーム開催の予定。

やだ、グレモリー、チョロ過ぎ!?

 

「それで、場所はどうするのかしら?今使った空間を使う?」

「いや、場所はこっちで用意してある。ちょい待ってて」

 

そう言ってスマホを取り出し電話をかける。相手は爺さんだ。

 

「あ、もしもし爺さん?前に頼んどいた準備終わってる?......ああ、ああ、はいはい。...オッケー。じゃ、今から頼むわ」

 

何をしているんだ、という目で見てくるグレモリー眷属。静謐ちゃん達には既にやることを伝えていたので特に不思議そうにはしていない。電話が終わって2,3秒すると、虚空に突如として黒い穴が空き、そこから爺さんが飛び出してきた。...タイ○マシーンの出口みたいだな。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!やあ、神様だよ!」

「うわっ!なんか出てきた!」

 

イッセーがそう声を上げる。他の皆もほぼ同じように思っているような顔をしていた。まあ、それが普通の反応だよな。

 

「普通に登場できないのかアンタは」

「だって普通に登場してもつまらないじゃん?」

「つまるつまらないの問題じゃなくてだな...。まあいいや。それより爺さん、ここにいる全員いけるか?」

「フッ、ワシを誰だと思っている?」

「駄神」

「まあ間違っちゃいないが...」

「認めちゃったよこのジジイ。で?いけるのか?いかないのか?」

「余裕」

「よし、じゃあやってくれ」

 

グレモリー眷属が呆気に取られている間に爺さんが魔法陣を展開する。そして、その場にいた全員がその世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆で暗闇の空間を漂い、そしてその空間から出ると、そこは見渡す限りの広大な荒野が広がっていた。

 

「なっ──」

 

誰かがそんな声を漏らすが、それもまあしょうがない。俺も最初箱庭に送られた時はこんな反応だったしなー(遠い目)。

 

「何処だ、ここ!?」

「ここは箱庭の6層、元“天に輝ける騎士団”の領地さ。魔王にやられて弱体化した所を別の魔王に奪われていたんだが、この前そこの爺さんが取り戻してきてくれてな」

 

イッセーの叫びに答えたのは、いつの間にか来ていたヴォルグさんだ。ヴォルグは懐しそうに地平線を眺めている。

というか爺さんも金銭面以外で役に立ってたんだな。

 

「ま、とりあえずゲーム始めようぜ。審判は誰がする?」

「それならこの兎にやらせよう」

 

そう言って爺さんがポイッと縄でぐるぐる巻きにされた黒ウサギを放り投げてきた。

......。

 

「...黒ウサギ何やってんの?」

「それは黒ウサギが聞きたいのですよッ!!!」

 

ジタバタと暴れる黒ウサギだが、縄が解ける気配はない。しょうがないので解いてやると、黒ウサギは物凄い速度で爺さんに詰め寄っていった。

 

「いきなり目の前に現れたと思ったら問答無用で拘束してこんな所に連れてくるとか、一体全体どういったご了見でございますかッ!?」

「好奇心のなせる技。反省はしていない」

「なんたるデジャブ発言!!」

 

ウガーッ!と髪を緋色に変化させながら唸る黒ウサギ。

 

「すまん黒ウサギ。謝礼金と報酬は出すから...」

「くっ...。ま、まあ凌太さんに免じて今回は水に流すのですよ。次からはちゃんと説明してからにしてくださいねッ!」

「だが断る!」

「何故!」

 

あー、話が進まねえ。もうこの2人無視して進めるか。まだ言い合ってるし。

 

「と、言う訳でゲームを始めようか」

「どういう訳で!?」

「まあまあ。とりあえず流れに身を任せろ。──考えるな、感じるんだ」

「意味が分からん!」

 

イッセーの悲痛な叫びをスルーしつつ、手早く契約書類(ギアスロール)を作成していく。

 

 

 

『ギフトゲーム名“紅の悪魔と神殺し”

 

・プレイヤー一覧 : 坂元凌太、静謐のハサン、エミヤ、ネロ・クラウディウス、グレモリー眷属

 

・ホストマスター側 勝利条件 : 〝王〟の打倒

 

・プレイヤー側 勝利条件 : 〝王〟の打倒

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

“ファミリア”印』

 

まあこんな感じかな。作成した契約書類(ギアスロール)をグレモリーに見せる。

 

「この王というのは私の事?それでもう1つの王が凌太?」

「いんや、そうとは限らない。まずゲーム前に各陣営で王を決める。そして選んだ王を相手に伝えずにゲームスタート。相手の陣形を見て王を予測する。早く王に検討を付けた方が有利になる、と。そんな感じだ」

「へぇ。面白いそうね。分かったわ、このルールでいきましょう」

「あ、それとただ戦うだけじゃ面白くないし、負けたら罰ゲームな」

「ええ、いいわよ」

 

ルールを確認したグレモリーは笑顔で了承してくる。だが罰ゲームの内容を確認しないのは甘いとしか言いようが無いな。まあ言わないけど。

 

「あ、そのゲームワシも参加するぞ」

 

黒ウサギとの言い合いを終えたらしい爺さんがヌッと現れ、契約書類(ギアスロール)にサラサラと書き込んでいく。名前は無いらしいので、プレイヤー一覧の所に「武神サマ」と書いていた。

 

「おいおい爺さん。アンタが参加したらイジメになるだろ?」

「ハッハッハ!安心しろ小僧。ワシが参加するのはこっち陣営だから」

 

そう言ってグレモリー眷属側に立つ爺さん。...待て、待て待て待て待て。

 

「...それはズルイ」

 

混乱する頭で何とか声を絞り出し、そう言う。しかし爺さんは何処吹く風といった感じだ。

 

「ワシを倒すんだろ?前に言ってたよなぁ?え?まさかあれば虚言だったと?もしかして凌太君はビビりだったのかなぁ?ん?ん?」

 

これでもかという程に煽ってくる爺さん。その顔イラつく...ッ!

 

「ああいいよやってやろうじゃねえかこの野郎ォ!!!」

 

もはやヤケクソである。煽りだとは分かっているのだが、ここでこの爺さんを殴っておかないと後が面倒くさい。絶対面倒くさい。

 

「という訳で、よろしくな悪魔の子供達よ」

「別にこちら側につくのは構わないのだけれど、貴方戦力になるの?」

「言ってくれるなグレモリーのお嬢さん。これでもワシは凌太より強いぞ?」

「「「なっ!」」」

 

グレモリー側ではちょっとした騒ぎが起こっていた。くっそ、あのジジイ絶対負かす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより、ギフトゲーム“紅の悪魔と神殺し”を開催します。審判はこの黒ウサギがお務めさせていただきますので、ルール違反は一切出来ないのだと心に置き止めてくださいね。それでは、開始してください!」

 

黒ウサギの宣言と共に、イッセーが禁手化のカウントを始めた。木場も大量の剣を地面から生やし、姫島は魔力を高め始めている。

 

「エミヤはイッセーの対応を頼む。あと出来れば木場も。他はネロと静謐ちゃんで相手してくれ。俺は爺さんに専念したいから」

「うむ、任せよ!まずは余が出るぞ!」

「いや全員でいけばよくね?」

「余・が・出・る・ぞ!」

「アッハイ」

 

異常なやる気を見せるネロの熱意に負け、とりあえずネロに先陣を切らせる。と、それに応えるように子猫ちゃんも1歩前に出てきた。お、おい、まさか正面から受けるつもりじゃ...?

 

「イッセー先輩、お願いします」

「おう。頑張れよ、子猫ちゃん」

 

そう言ってイッセーは高めていたオーラを子猫ちゃんに譲渡する。カウントは既に終わっており、いつでも赤龍帝の鎧を顕現させられる状態っぽい。これはなかなか面倒くさそうだな。

 

「防御力は(ルーク)の強みです。負けません」

「ふむ、子猫か...。そなたは可憐故、余り傷付けたくはないが敵として出てくるならば仕方ない。我が剣技、しかと見せつけようではないか!」

 

そう言い、ネロは原初の火(アエストゥス エストゥス)をゆっくりと大きく回しだした。

 

「折角の機会だ。しばし私情を語ろう。──告白するぞ。余はマスター、いや、奏者が大好きだッ!」

「な、なんだってー(うん、知ってた)」

 

言いつつ、ネロは子猫ちゃんへと突っ込んでいく。そして斬りつけざまにとんでもない爆弾を投下してきた。そして言葉通り子猫ちゃんが爆発した...。

というかオイ、静謐ちゃんとか姫島からの目線が痛いんだが。ヘーイ嫁王ゥ、その気持ちは嬉しいんだけどサー、時間と場所は弁えなヨー。いや知ってたけどさ。

 

「フッ、これでマスターも私と同様の気苦労を抱える事になったな。何、先人として相談には乗るさ。マスターのサーヴァントとして、いや、人の心を持つ友人として当然の事。女性に翻弄される気持ち、私には分かるぞ。だって女難の相持ってるしネ!」

「お前、本当に今までどんな経験してきたの?主に女性関係で」

 

そんな事をエミヤと話し、静謐ちゃんを宥めていると、不意に爺さんが動いた。動いた、というか若干力を込めやがったんだあのジジイ。大技後で隙だらけのネロを狙う気か?させん。

え?子猫ちゃん?炭だらけだけど辛うじて立ってるよ。

 

「ッ!後は頼んだぞお前らッ!」

 

それだけ言い残して、全速力で爺さんに突撃する。それは常人に視認できるレベルの速度では無く、実際グレモリー達には俺が瞬間移動でもしたかの様に見えただろう。しかし──

 

「ほっ!」

 

間の抜けた声を発し、爺さんは俺の拳を完全に避ける。まあこれは予想の範囲内。というかこれが当たるとは最初から思っていない。本命はこっちだ。

 

「爆ぜろ」

「む!」

 

振るった拳とは反対の掌から強烈な閃光を発する。爺さんの視界を一瞬奪い、それを回復させる前に回し蹴りで吹き飛ばす。

 

「おっ?」

 

初めて攻撃が当たったのはいいのだが、全く効いている気配が無いのは悔しいな。吹き飛びながら意外そうな声を出してやがる。まあいいや。

 

「我は雷、故に神なり!」

 

バチバチィ!と紫電を迸らせながら再度爺さんの方へと突進していく。既に最初の場所からは1000m以上離れており、そちらの戦闘はよく見えないし、見てる余裕もない。ただ爆発音のようなものは聞こえるので大分暴れているのだろう。

 

「フハハ!攻撃が当たったのは初めてだな小僧!少しは成長したと見える」

「ハッ!余裕こいていられるのも今のうちだぞクソジジイ!」

 

魔力を練り、雷槍を作っては投げ作っては投げの作業を繰り返す。12本投げて全て避けられたのは多少腹が立つが、気にしてはいられない。即座に次の行動に移る。

掌を空へと向け、そこに膨大な魔力の奔流を巻き起こす。

 

「迸るは閃光、神をも屠る我が紫電。来たれ神滅の雷 神苑の雷霆。天を駆けよ、地を穿て。我が敵を死の灰へ──奔れ “振り翳せり天雷の咆哮(ネメジス・アルピルク)”!」

 

閃光が空を覆い尽くし、魔力の奔流が1箇所に収束していく。それは今までの雷咆などとは比べ物にならない魔力と威力を誇る一撃。その標準を爺さんへと合わせ、いつでも発射可能にする。

 

「なっ!?」

 

爺さんに明らかな驚愕の表情が浮かんだ。それはそうだ。これには対神効果も搭載してある。爺さんはそれを感じ取ったのだろう。

これはヤバイと判断したのだろうか、爺さんが回避する為に駆け出そうとする。が、それを許す俺ではない。

 

「──“千の蛇(シュランゲ)”、発動!」

 

先程避けられて地面に刺さっていた雷槍の間を繋いで巨大な魔法陣を形成し、設置型の魔術を発動させる。

 

「うわキモッ!蛇キモッ!」

 

足元の魔法陣から出てくる無数の蛇を見て爺さんがそう叫ぶ。その全ての蛇が爺さんに巻き付き拘束する。どうせ爺さんならものの数秒で術式ごと吹き飛ばすのだろうが、今はその数秒さえあればいい。ここで決めるッ!

 

「全力で撃つぞ、死ぬなよ爺さん!」

 

腕を振り下ろし、それに同調するように空に滞在していた暴力の渦(カミナリ)が轟音を伴い降り注ぐ。死ぬなとは言ったが、殺す気は満々だ。その気でいかないと倒せる気がしないし。

もはや言葉では表現し切れないような音が轟々と鳴り響き、人知を超えたソレは爺さんに直撃する。

 

 

1,2分程すると雷が収まっていき、徐々に視界が開けてくる。

 

「...化け物めッ...!」

 

──土埃が収まって見えてきた景色は、ぽっかりと空いた底の見えない縦穴と、その中心で宙に浮かぶ人影...。爺さんは無事だった。だがそこに声は無い。悲鳴も苦悶の声も高笑いも、いつもの軽薄な笑い声さえも聞こえない。それが言いようも無く怖い。まるで嵐の前の静けさのような...

 

「──開け(・・)高殿の門(・・・・)

 

ポツリと呟いた爺さんの声が不自然な程に木霊する。というか、アレって、まさかッ...!

 

俺の嫌な予感は的中したようで、想像通り、爺さんを中心に白い光が広がっていった。それは俺をも包み込み、そこは爺さんの世界へと再構築されていく──

 

「見事。実に見事だ小僧。いや、坂元凌太よ。ワシにここまで本気を出させたのは、お前でたったの4人目だ。誇っていいぞ」

 

光が収まると、そこには白亜の城が佇んでいた。一点の曇りもない、真っ白で高潔な城。

神域。その言葉がぴったり当てはまるような空間が、其処には在った。

 

「ではその誇りを胸に──跪け(・・)

 

ズドォン!と、今まで空間にあった俺の体が地面へと引き付けられる。それは正に神の言葉、神の命令だ。抵抗する術など人間は持っていない、否、持てるはずが無い。それは神に与えられた高位の権能、その一端である。人が逆らって良いわけが無い。そう、人間(・・)は。

 

「クッソがァアアアア!!!!」

 

必死に目の前の神に逆らい、立ち上がる。頭が割れそうに痛いし、体の内側は自分で分かる程にグチャグチャだ。

これ、放っておいたら俺でも死ぬな。

そう確信しながらも、俺の双眼は爺さんを見据える。目を逸らせば、ここで屈せばどんなに楽だろうか。そうすれば、きっと爺さんは俺に攻撃を加えない。笑って俺を労ってくれるだろう。人の身で良くやった、と。ここまでやるとは思っていなかった、と。

...巫山戯るな。そんな慰めは要らない、そんな侮辱は耐え難い。俺にだってプライドの1つや2つの持ち合わせはある。それに何より、

 

「俺は、誰にも、負けたく、ないッ!」

 

血反吐を吐きながら立ち上がる。命令に逆らっただけでこの始末だ。爺さんと戦えば、俺の体はあと1分と持たないだろう。まあ、その時は明日の分の元気でも絞り出すか。

 

「ほう、立つのか。いやはや、今日はお前に驚かされっぱなしだな」

 

本気で驚いた様な顔を浮かべた爺さんは、だが、と言葉を紡ぐ。

 

「今日の所はワシの勝ちだ」

 

その言葉と同時に、幾千幾万の光の矢が俺を襲う。避ける事も防ぐ事も、ましてや反撃する事も叶わず、数本の矢が俺の五体を貫いた時。

 

『“ファミリア”、グレモリーチームの〝王〟を撃破!これにて、ギフトゲーム“紅の悪魔と神殺し”は終了!“ファミリア”の勝利です!』

 

黒ウサギのアナウンスが聞こえ、それとほぼ同時に夥しい量の矢が静止した。

 

「お、こっちよりあっちの決着が早かったか。まあ、英霊が相手じゃ、あの悪魔っ子達もそう長くは持たないよなー」

 

薄い笑みを浮かべて、世界を元の空間に戻す。その笑みは果たしてグレモリー達への労いの意味が込められているのか、或いは──

 

そこまで考えて、俺は重い瞼を閉じた。

 

 

 

 



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それでいいのか総督よ

 

 

 

 

 

目を覚ますと、そこは駒王町で拠点にしている教会の寝室、そのベッドの上だった。同じ布団の中では静謐ちゃんが規則正しい寝息をたてながら添い寝をしている。

何故俺は此処に...?

と考えていると、ノックも無しに寝室の扉が開かれた。

 

「む?おお、目を覚ましたのか奏者よ。3日も寝たきりだったので大分心配したのだぞ?」

 

ズカズカと入って来たのはネロ。ノックという素晴らしい文化を理解して欲しい。じゃないといつかラッキースケベに巻き込まれるぞ皇帝殿。俺やエミヤの着替えシーンとか誰得だよ。

 

「ん、すまんな...。って3日?そんなに寝てたのか?感覚的には数時間くらいだったんだけど...」

「あと2時間程で丸3日になるな。血塗れで穴だらけの奏者が運ばれて来た時は、あの場にいた皆が度肝を抜かれたぞ。というかよく生きていたな。いや嬉しいのだが」

「あー、思い出してきたわ...。はぁ、結局俺は負けたんだなぁ...」

 

手で顔を覆いながらそんな事を口にする。ああ、記憶がハッキリしてきたからか、余計悔しい気持ちが湧き出てきた。命令に逆らって立ち上がったのはいいが、結局最後は負けた。それも完膚無きまでに、だ。負けたくないなどとタンカを切って起きながら、なす術無くあの矢に貫かれた。ゲームが終わるのがもう少し遅ければ俺は確実に死んでいただろう。ああ、あのタイミングで決着付いて本当良かった(シミジミ)

 

「で、その奏者って何?」

「奏者は奏者だが?」

「アッハイ」

 

少し気になったので聞いてみたが、まあまともな答えが返ってくる訳も無く、もう考えない事にした。あれだよね。清姫の『「旦那様」と書いて「ますたぁ」と読む。その心は愛一色です!』というのと同じだろ?狂化してるなら仕方ない(暴論)

 

「それはそうと奏者よ。そちらはものすごい戦いだったようだな。特にあの落雷。大分離れていたのに、余達も衝撃波だけで飛ばされたぞ」

「あー、あれなー。一応俺の必殺技だったんだけど、あのジジイ五体満足で耐えてやがった。俺なんかよりよっぽど化け物だろ」

 

寝る間も惜しんで完成させた俺の必殺技。まあ寝る間を惜しむ、というか寝てる間に完成させたんだが。

 

俺のもう1つの権能『形作る者』は、夢に干渉する能力である。自分が見たい夢を見れたり他人の夢に入り込んだりできる、まあぶっちゃけ戦闘では一切役に立たない権能だ。正直に言うと俺も分身とか使いたかったのだが、発現した力がこれだったのだから仕方ない。

それにこの能力も使い方によっては役に立つ。夢の中の記憶はしっかりと残るし、夢の中で自由に動き回る事もできる。よって、俺は寝ている間、夢の中でずっと術式開発に勤しんでいたのだ。“千の蛇”と“振り翳せり天雷の咆哮”の2つしか作れなかったのだが、それでも十分だと思っていた。これであの爺さんも倒せると...思ってたんだけどなぁ...。

 

「まあ、流石は神と言ったところだな。奏者も十分な化け物だが、あの老人もなかなかな化け物っぷりだ」

「...いつか絶対勝つし」

「うむ、それでこそ余の奏者だ」

 

少し不貞腐れたように呟くと、ネロは何故か満足そうに笑って胸を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、2週間ぶりだな小僧」

「久しぶり、ダメ総督」

 

目を覚ました日の夜、俺達は駒王町内のとあるマンションの一室で堕天使の総督と会っていた。通されたリビングのテーブルにはエミヤが淹れた紅茶が湯気を上げている。...最初、「紅茶が紅茶を淹れてきた」とか思ったのは秘密です。

 

「この前はウチの馬鹿共が世話になったな。お前が連れてきたレイナーレ以外全員死んでやがったぜ」

「いや、そっちは知らない」

「ふん、まあいいさ。それで?何か話があるって事だったが?...うまっ」

 

紅茶を啜りながらそう聞いてくる堕天使総督・アザゼル。最後の一言で尊厳的なものは霧散したな、という言葉を俺はぐっと飲み込んだ。

 

「ああ。本当は別の事を言おうと思ってたんだが、ちと事情が変わってな。アンタ、コカビエルの動向は把握してたのか?」

 

コカビエル。先日、俺が意識を取り戻す前に学園で暴れ回ろうとした結果、俺は出る事が出来なかったので、代わりに出向いたエミヤが無双して屠ったカラス幹部である。

 

「ああ、その件か...。すまない、正直全く把握してなかった。何せ昨日までシェムハザに拘束されてたからな。あの野郎、執務室で俺を2週間もずっと監視してやがったんだぜ...?」

「寧ろ何故そうなるまで遊び惚けてたんだよ」

「いや人間界の文化が面白くてなぁ」

 

ハッハッハと笑い声を上げるアザゼル。さてはこいつ反省してねぇな?まあいいや。

 

「コカビエルは、まあ俺の仲間が殺した。それは知ってるな?」

「ああ。そこの紅茶淹れてきた兄ちゃんが殺ったんだろ?ヴァーリから聞いてるぜ」

「ヴァーリ?...ああ、あの白龍皇か。とりあえずコカビエルの件について、お前はどう思ってんの?」

「まあ、あんな奴でも古くからの仲間だったからな。少しは残念にも思うが、生きて帰ってきても俺がコキュートスにでもぶち込んでただろうよ。あ、紅茶おかわり」

 

アザゼルはそう素っ気なく言葉にする。というかどんだけ紅茶の紅茶を気に入ったんだよ。

 

「そっちが何とも思ってないならそれでいい。でもその件で少なからずお前には責任を取ってもらうぞ」

「まあ、それが妥当だろうな。この街から出ていけ、ってところか?」

「いんや、別にどっかに行けなんて言わねえよ。あれだ、俺達と同盟組め」

「は?」

 

悲しいかな。何言ってんだコイツ、みたいな目で見られる事に慣れてきた俺がいる。

まあそれから箱庭とか俺とかの事情を話し、んで、とりあえず俺が申請したら増援として俺達と戦線を張って欲しいという旨を伝えた。もちろん、俺達も堕天使側から申請があれば人材を送る、とも。

 

「...まあ、コカビエルを圧倒出来るような奴が何人も派遣されるってのは悪い話じゃないかもな。だが生憎と、俺はもう戦争をする気は無いんでね」

 

その話には乗れない、と遠回しに言ってくる。

 

「だが、何らかの形で責任は取らんと面目が立たないな。そうだな...。あ、そうだ」

 

そう何かを思い出したようにリビングを出ていき、奥の部屋からダンボール箱を3箱程持ってきた。

 

「それは?」

 

俺が聞くと、アザゼルは目を輝かせて、よくぞ聞いてくれました!的な顔を向けてくる。

 

「これはグリゴリが開発した人工神器モドキだ」

「ほう、人工とな」

 

堕天使が作ったのに人工とは一体?それにモドキとは?

 

「ああ。それで、この中から好きなものをお前らにやろう。それで今回の件はチャラにして欲しい。ほれ、これなんてオススメだ」

 

などと言いながら1つ宝玉を手渡してくる。緑色に輝くそれは、何やら強い力を宿しているっぽい。

 

「お、こっちの剣もいいぞ。それにこの盾とか、こっちの弓も良い出来だな」

 

ポイポイと様々な人工神器を取り出すアザゼルの姿は一瞬某猫型ロボットに見えたりもしたのだが、なんかもうそれにツッコミを入れるのも面倒くさいのでスルーする。というか武器も特には要らないんだが。

などと思っていると、俺の足元に1本の槍が転がってきた。明るい黄色のそれは、何処と無く兄貴のゲイ・ボルグに似ている気がする。

 

「なあ、この槍は?」

「ん?ああ、それは昔アッサルの槍の複製品を作ろうと思って作った失敗作だな」

「失敗作?」

「そんなんだよ。アッサルの槍は呪文を唱えれば必中するっていう代物なんだが、そいつは必中しなくてな。代わりに、投げても手元に戻ってくるって効果が付与されてんだよ。全く、どこで間違えたらそんな効果が付くのかね?いや作ったの俺だけど」

「必中じゃなくても戻ってくるってだけで十分凄い能力じゃね?」

 

まあ要するに投げボルグの必中抜きって事だろ?そんなもの、こちらの技量で当ててしまえば何の問題も無い。

 

「俺この槍がいい」

「そんなんでいいのか?他にも伝説の生物を封印したやつとかあるぞ?」

「この槍がいい」

「そ、そうか。お前さんがそれでいいならいいんだが...。そっちの兄ちゃんやお嬢さん方は何がいい?」

「ん?私は特に欲しいものは無いな。ただ少しそこらのものを解析させてもらうだけでいい」

 

そう言って床に散らばっている武具を見たり触ったりしていくエミヤ。アイツ、全ての武器を解析して投影出来るようにする気だな?せっこいわー。

 

「余も要らぬな」

「私も、特には必要ない、です」

 

静謐ちゃんとネロは興味なさげな反応を見せる。ネロに至っては鼻を鳴らしていた。

 

「そうか...。俺の自信作も沢山あるんだがなぁ...」

 

そんな2人の反応を見て、どこか哀愁を漂わせる堕天使総督殿。アザゼルって、実は結構いい人なのでは?いや人じゃないけど。堕天使だけど。

 

 

その後、何やらエミヤの投影魔術に興味を示したアザゼルが色々とエミヤと話し込み初めたのはまた別のお話。ただまあ、彼らがロケットパンチの話題に入った時は俺も会話に参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アザゼルと別れてから数十分後。まだ日を跨いで少ししか経っていなかったので、俺達は駒王学園旧校舎オカルト研究部部室へと赴いていた。

それというのも、例のゲームの罰ゲームを執行する為だ。俺は爺さんに負けたが、ゲーム自体はこっちの勝ちなんだし、権利はあるだろ。

 

「入るぞー」

 

3度のノックの後、扉を開き部室に入る。そこには見馴れたグレモリー眷属達と、もう1人、知らない青髪の女性がソファに腰掛けていた。

 

「お、凌太じゃねえか!生きてたんだな!」

「ようイッセー、ムカついたから殴るぞ」

「なんでだよ!?」

 

再開早々何やら失礼な事を言ってきたイッセーに握り拳を見せて脅しつつ、グレモリーに目を向ける。

 

「あら、久しぶりね」

「おう。コカビエルの時は動けなくてすまんな」

「別に構わないわ。イッセーだけでも互角以上に殺り合えたし、エミヤがいたもの」

「むっ。よく見れば、そちらの赤い御仁はこの間の...」

 

グレモリーの言葉に反応した青髪の女性がエミヤを見つめ、そして立ち上がり深く頭を下げる。

 

「先日は私の友人共々、助けていただき感謝する。あの夜、行き倒れていた私達に夕食を恵んでくれた事は一生忘れない」

「ああ、構わんよ、あれくらい」

 

何してんだよオカン。コカビエル戦で助けたとか、そんなんじゃないのかよ。

 

「...俺、まだ本調子じゃないし正直もう寝たいから要件だけ言うぞ。罰ゲーム執行しに来た」

 

もはや考えることも面倒になってしまい、淡々と要件だけを突き付ける。グレモリー側も、まあ負けたのだから仕方ない、といった雰囲気で俺の言葉を待っていた。若干1名、青髪の子だけが状況を把握出来ずにいたが、構ってやるのも面倒だ。

 

「罰ゲームの内容は、俺の要求を何でも1つだけ聞くこと。OK?」

「ええ、構わないわ」

「よし。んじゃお前ら俺らのコミュニティの傘下な」

 

さらりと、何でもない様に告げると、グレモリーは理解が追いついていない様で、首を傾げている。

 

「コミュニティの傘下?それは私達に貴方の下僕となれ、と言っているの?」

 

私はそれでも構いませんわ...。などと姫島が呟いていたが敢えてスルー。本当に面倒なんです。まだ血が足りていないのか知らないが、目を覚ましてからずっと力が抜けている感じがするのだ。

 

「厳密にはそうじゃないんだが…。まあアレだ。お前らはこのまま此処に滞在していていいが、俺が申請したら俺の元まで来い、って事だ。俺の仲間になる、と解釈して貰っても構わない」

「そんなもの、グレモリーの名を冠する者として、そして1人の王として願い下げ」

「拒否権は無いぞ」

 

いつかの仕返しとばかりにドヤ顔でそう告げてやると、グレモリーの顔が曇った。相当なお嬢らしいし、他人から命令されることに少なからず抵抗があるのだろう。まあ俺には関係無いが。

不満そうなグレモリーに、俺は1枚の羊皮紙を見せる。

 

「...それは?」

 

訝しげに羊皮紙に書いてある内容を見るグレモリー。

ここに書いてある内容はこうだ。

 

『ギフトゲーム“紅の悪魔と神殺し”

 

・ 勝者、“ファミリア”

・勝利報酬、リアス・グレモリー以下“グレモリー眷属”への絶対命令権

 

“ファミリア” 印』

 

「前回のギフトゲームでの勝利報酬。負けた方が罰ゲーム、ってのは覚えてたよな?その罰ゲームってことで、俺達“ファミリア”に対する、1回限りの絶対服従権(首輪)を俺は要求した訳だ」

「そんなもの、私達は把握して無かったわ!無効よ、無効!」

 

俺の仲間になるのはそこまで嫌か。いやまあ見ようによっては俺達の下僕っていう立ち位置に見えなくはないが。

 

「把握してなかった、知らなかった。そんなの箱庭じゃ通用しないんだな、これが。不死を殺せと言われても殺せない方が悪い、空を飛べと言われても飛べない方が悪い、ってな。罰ゲームの内容を確認しなかったそっちが悪かったって事で」

 

そう言い残し、羊皮紙をヒラリと投げながら俺は部室から退出した。まあグレモリーもそのうち、この内容は悪くは無い、と気付くだろう。何故なら、俺達の仲間になるという事は要するに、俺達の力も借りられるという事だ。ぶっちゃけ、先程アザゼルに要求して拒否された内容とほぼ変わらない。俺達の優先度が少し上がっているだけだ。

 

と、そんな事を考えながら教会への帰路に着くと、急な倦怠感が俺を襲った。力が吸われている様な、そんな感覚が広がり、俺は思わず膝を着く。

 

「む、どうした奏者よ。やはりまだキツかったか?」

「無理もない。アレだけの血を流したのだ。今日のところはすぐに帰って寝ると良い。明日の朝にでも美味い飯を大量に用意しておいてやるさ」

「キツイのでしたら、私が肩を貸しましょうか?」

 

3人が心配そうにこちらを見てくる。

大丈夫、と言おうとすると、突然俺達の足元を見た事のある魔法陣が覆った。

 

「ちょ、馬鹿かあのジジイ!?」

 

目を潰す勢いで広がる光が俺達を襲い、静謐ちゃん達の姿も視認出来なくなる。と、軽い浮遊感を感じる。これはいつも異世界間の移動時に感じるものだ、と思い至った時には、俺はもう暗闇の空間に放り出されていた。1人で。

 

 

 

 

 

 

「ふっざけんなぁああああ!!!」

 

 

 

 

俺の悲痛な叫びは誰に届くでもなく、暗闇に消えていったのだった。

 

 

 



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真剣で私に恋しなさい!
ふざけんなよジジイ


 

 

 

 

 

 

マジで何を考えているんだあのジジイはホンマ殴ったろか?いや返り討ちだわ...。

などと考えていると、いつもの様に前方に光が見えてきた。体が光に包まれ、だんだんと景色が見えてくる。そう、とても綺麗な、上空からの(・・・・・)雄大か景色が。

 

「...ははっ。すっげーデジャブ」

 

薄い乾いた笑顔を浮かべながら、俺は地上へと落下して行った。

...諦めって重要ですわ。

 

と言っても、前回とは違い俺はこういう事に慣れてしまっている。

...よくよく考えると、俺が普通の生活を送っていたのは僅か2ヶ月程前なのだ。つまり、たったそれだけの期間でここまでキチガイじみてきている、という事だ。我ながら馬鹿じゃないのかと思う。

だがまあそこに嘆いても仕方がないし、全部あのクソジジイのせいだという事で結論づけて、俺は地面の方を見る。どうせアレだろ?また誰か戦ってるんだろ?分かるとも。

 

「...今、ヘリコプターとすれ違ったな...」

 

下を見下ろした瞬間、俺はヘリコプターの横を通り過ぎていた。なんかカメラ回してたんだけど、もしかして全国放送とかじゃないよね?違うよね?もしそうだったら俺、空から落ちてきた青年Aとかになるんじゃね?それは嫌だわ普通に。

それに地上でも予想通り、何やら合戦をしていた。何故か体操服の奴が多い気がするが、合戦は合戦だ。弓矢が飛び交い、刀や槍での打ち合いが行われている。魔法とかは使われていないっぽいので、今までのファンタジー全開な世界とは違うようだ。脳筋な世界である可能性は非常に高いが。

そして俺の予想着地点では、銀髪やら黒髪やらの女の子4人が激しく殴り合っている。

 

「川神流、星殺し!」

 

黒髪の女の子がそんな技名を叫びながら拳を繰り出すと、よく分からないエネルギー的な何かが放出され、敵と思しき女の子2人が吹き飛んでいった。ついでに地面もエグれている事から、相当の破壊力なのだろうと推測できる。英霊クラスの攻撃、と見て良いだろう。やはり脳筋の世界か。

 

「ちょっとそこ退いてねー」

 

まあ何はともあれ着地しなければならなかったので、とりあえず声をかける。俺に空を飛ぶという手段は今のところ無いので着地点を大幅に変えると言う事は出来ないのだ。そのうち空飛びたいなー。

と、俺の声に気付いたらしく、女性陣はそこから飛び退いた。

そして綺麗に着地。体操選手さながらの着地である。目測で上空2000m程からの落下にしては割と落ち着いて着地出来たのではないだろうか。俺ガンバッタヨ。

 

「んー?誰だお前?」

「通りすがりのしがない旅人です。どうぞ戦闘をお続け下さいな」

 

訝しむ周りの人達にサラッと嘘を付きながらその場から離れようとする。だって面倒そうだし。それに俺、まだ全快してないんだよ。力が半分も入らないしさ。

そそくさと退散しようとしたその時、空から1枚の手紙が落ちてきた。それは明らかにおかしい軌道で俺の元に降ってきたので、俺はその手紙を手に取る。宛名は俺だった。気になったので封を切って中身を見ると、そこにはこう書いてあったのだ。

 

 

 

『坂元 凌太 へ

 

よう、元気か?ワシだよワシ!お前をボッロボロに負かした武神様だよ!

で、唐突だけど今のお前の状態を伝えようと思う。

 

まず1つ目。お前の魔力と身体能力はある程度封印させてもらった!具体的な数字を言うと、魔力が10分の1、身体能力が3分の1程度だな。お前強くなり過ぎたから、その位しないと修行にならないだろうという、ワシからのサービスだ。心から喜べ。

 

そして2つ目。サーヴァント達は箱庭に強制送還したから、そっちにはいないぞ。1人で頑張って来い☆

 

そっちには戦闘狂も多いし、それなりに強い奴らもいるから、実践を踏んでこい。それじゃ、更に強くなる事を期待してるぞ!

 

無敵で素敵な武神サマ より 』

 

 

 

......。

 

.........。

 

...............。

 

 

 

「ざっけんな!!!!」

 

ビリビリッ!と手紙を破り捨て、更に踏みつける。この行き場の無い怒りを全て受けたその手紙はズタボロになり見る影もなく、地面には亀裂が走る。

冷静に考えると、地面に亀裂が走る程の馬鹿力を発揮しておきながら、これが本来の力の3分の1だというのだから、俺の本気とは一体どれ程の威力を持っていたのだろうか、と少し憂鬱になったりもするのだろうが今はそれどころではない。

あのジジイは1度殺さなければならない。俺はそう思った。

 

「ははっ!誰だか知らないが、お前だったら少し楽しめそうだな!此処にいるって事はこの川神大戦に参加してるんだろ?なら私と戦え!」

 

そう言いながら殴りかかって来る黒髪の女の子の拳を受け止めながら、俺はフフフと笑いを漏らす。

 

「ふ、ふふふ...。もうどうにでもなれってんだコンチクショウがぁああ!!!!!」

 

地面を踏み砕いただけでは物足りず、好都合だとばかりに俺は女の子と対峙する。手紙にもあったが、とりあえず強くならねばならない。そしてあのジジイを葬るのだ絶対に必ずabsolutely(是が非でも)!!

 

「喰らえ見知らん少女よ!雷砲(ブラスト)ォ!」

 

手に雷を纏わせ、それを拳と共に放出する。

明らかにいつもより威力が落ちている。これも爺さんの仕業かクソが!

 

「なっ!?電流!?」

 

驚いた少女はそのまま雷砲に襲われ、その身を焦がされた。...え?

 

「あれ...?もしかして俺、やりすぎた...?」

 

今までの怒りは何処とやら。冷静さを取り戻し、やっべー、殺しちゃった?などと思考を巡らす。今更人1人殺した所で何とも思わない俺ではあるが、それでもまだ、辛うじて女の子に暴力を振るい、あまつさえ殺してしまったという事に罪悪感の欠片くらいは湧いてくる。

どうしたものかと思っていたら、黒焦げ少女が少し動いた。

おっ、まだ生きてる!

 

「...しゅ、瞬間、回復!」

 

そう口にした少女の体は、見る見るうちに元の綺麗な状態へと戻っていき、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「あちゃー。やっぱりそう簡単にはやられてくれないかー」

「ふん、流石は百代だな。それでも、アレで大分力は削れたハズだ。ここで決めるぞ!」

 

もう1人の黒髪少女と銀髪お姉さんがそう言って今しがた黒焦げ状態から回復した少女へと殴り掛かる。

...途中参加の俺に何も突っ込むこと無く戦闘を続行するあたり、戦闘狂が多いってのは本当かもしれない。

ただまあ冷静になったと言っても、俺の怒りが完全に収まった訳ではないのだ。俺は静かにギフトカードからアザゼルに貰った槍を取り出し、空高く跳躍する。

 

「纏めて死なない程度に吹き飛べ──『アッサルの槍・レプリカ』!」

 

投擲された槍は百代と呼ばれた少女の足元に着弾し、爆発する。魔力を込めてそうなるようにしたのだ。そして役目を終えた槍は俺の手元へと戻ってくる。これは便利。

 

着地と同時に、百代がまたしても瞬間回復とか言って全快し、俺に殴りかかってくる。それチートじゃね?と思うが、チートの権化である爺さんを見てきた後だとこの程度ではチートとは言えないのか?とも思う。

そして俺と百代の拳がぶつかり、衝撃波が生まれた瞬間、パン!パン!と空砲が鳴り響く。

 

「川神大戦、終了!」

 

何処から現れたのか、いかにも仙人という風貌をした老人がそんな宣言をしたと同時に、百代は拳を収めた。

なんだ?川神大戦?そういやさっきもそんな単語を聞いたけど、なんだよ川神大戦って。というか、これって俺此処にいちゃ面倒くさいやつじゃね?ほら、俺って空から降ってきた身元不明の男だし、警察に突き出されたら絶対面倒だよ。逃げるのは簡単だけどさ。

などと考えながら、俺はそっとその場を後にした。

 

 

その5日後、俺は空腹やら魔力切れやらが原因で倒れるのだが、この時は知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─夢を見た。箱庭にいる夢だ。

ココ最近はずっと術式開発の為に自分の夢をいじってたから、自然と見る夢とか久しぶりだなー、などと思いながら俺は大広間のソファに腰かけていた。

周りには静謐ちゃんやネロがいて、エミヤが軽食を作ってくれて、ヴォルグさんとウェーザーが談笑しており、嫌がって逃げるペストをラッテンが追いかけている。とても穏やかで、心休まる空間である。...しかし、何かを忘れている様な...?

 

『やっはろー☆ いつもニコニコ貴方の傍にいるかもしれない、這い寄る混沌的存在、神サマでっす!』

 

 

 

 

 

「バルス!!!」

「うわっ!」

 

夢の中でヌッと這い出てきた爺さんの言動に腹が立ち、思わず滅びの呪文を全力で唱えてしまった。もちろん魔力込みで。

あの爺さんはクトゥルフ神話に関係していてもおかしくはないと思う。

ん?というか今、誰か知らない奴の声が聞こえたような?

 

「び、びっくりしたー...」

 

横を見ると、そこには自身の胸に手を当てて驚きを表現している1人の黒髪美少女が。あれ、この人どっかで見た気が...。

それに、ここ何処だよ。魔力の絶対量がどこまでなのか試してた所までは覚えてるんだけど...。

と、事のあらましを思い出していると、ぎゅるるるぅぅぅぅぅぅ...、と俺の腹が盛大に自己主張してきた。そういやここ数日まともに食ってなかったからなぁ。

 

「あ、お腹が減ってるのかな?納豆食べる?」

「...食べる」

 

聞きたい事はあるが、まずは腹ごしらえといこうじゃないか。昔の人は言いました。腹が減っては戦は出来ぬ、と。そういう訳で俺は遠慮なく白米と納豆+αを頂いたのだった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「はーい、お粗末様」

 

出された白米を丼で5杯、納豆2つ。それに加え、漬物や干し魚などのオカズを完食して合掌する。

 

「ふう、美味かった...」

「そう言ってくれると嬉しいよ。これからも是非松永納豆をよろしくね!」

 

ニコッと明るい笑顔で実家の商品を薦めてくるこの娘はきっと商売上手なのだろう。可愛いし。というか納豆とか久しぶりに食ったわ。今後機会があれば買おう、松永納豆。

 

「ところで君、なんでウチの前で行き倒れてたの?それに君って、この前の川神大戦で百代ちゃんと互角にやり合ってた人だよね?どこであんな力を付けたの?あと、あの時の爆発した槍って何?自作の武器?」

 

一気に飛んできたマシンガンクエスチョンに、俺はテキトーに答えていき、とりあえずの説明は終わらせる。まあ爺さんの事とか異世界の事とか封印がどうとかは面倒くさいので省略したが。彼女には、俺は「武者修行中に道に迷って倒れた人」と説明しといた。嘘を言ってないことは無い。清姫がいたら確実に炎が飛んできているであろうが、此処にはいないので問題ナシだ。

 

「俺のことはもういいな?んじゃ、アンタの説明を頼むわ。飯まで御馳走になっておいてなんだが、俺はアンタの名前すら知らないからな」

 

松永納豆、と先程言っていたので、おそらく苗字は松永なのだろう。だがそれ以外の情報がまるで無い。それに彼女だけではなく、この世界の情報も圧倒的に足りていない。一応、ここが川神市と呼ばれる日本のどこか、という事だけは分かったのだが、それ以外はてんで分からない。やはり情報収集の為にも英霊召喚してみるかな?アサシンのサーヴァントが来れば俺なんかよりも有益な情報を集めてくれるかもしれないし。

 

「あ、自己紹介がまだだったね。私は松永燕。川神学園の3年生で────」

 

 

その後何だかんだで彼女の事やこの地の事を聞くことができた。詳しい事は省くが、とりあえず川神院とかいう道場的な場所がある事、川神学園という武術専攻のキチガイ学校がある事、九鬼とかいうよく分からん大財閥がある事を把握しておけば良いだろう。武者修行なら川神院に行けば良い、とは松永の談。どうせ行く当ても無いので、彼女の助言に従って俺は川神院へと足を向けることにした。

 

 

 

「──っと、その前に」

 

松永家を出て暫く歩き、丁度良さげな河原を見つけたところでとある魔法陣を地面に書いていく。1人では色々と面倒そうなので、とりあえず英霊召喚をする事に決めたのだ。長らく、と言っても1ヶ月ちょっと程だが、俺には常に英霊達が近くにいた。俺は基本脳筋であるという自覚がある。それ故に、先人達の知恵で助けて欲しい事も多々あるのだ。エミヤの存在とかマジで助かってた。主に飯とか。

 

「さて、と。こんな感じだったかな」

 

昔、ジャンヌが1度だけ書いてくれた魔法陣の記憶を辿り、英霊召喚の為の準備を終える。聖遺物とか触媒とか無いし、そして何より聖杯が無いのだが、とりあえず試すだけ試してみようと思う。

 

「詠唱は...まあこの間と同じでいいか。...うっし。

──素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

魔力を込め、うろ覚えの詠唱を唱えていく。ちゃんとした英霊召喚はこれで2度目だ。正直言って成功するかは五分五分である。成功したらラッキー!くらいの気持ちでいこう。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

詠唱を終えると同時に、魔法陣が眩く発光し始めた。そして段々と光が収まっていき、人影が視認出来る程になる。おっ、案外やってみるものだな。英霊召喚、成功だ。

 

「セイバー、モードレッド推参だ。父上はいるか!」

「......」

 

現れたのがフルアーマー完全装備の、恐らくファザコン入ってそうな英霊でも成功は成功だ。...成功だよね?ね?

 

 



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令呪

 

 

 

 

 

──いきなりだが、俺のここ1週間を振り返ってみようと思う。

 

まず今日から丁度1週間前。俺はこの世界に飛ばされた。それも1人で。そしてそれから5日。俺は魚などをヒット&イートして食欲を満たしていたのだが、色々あって魔力が底を尽き行き倒れてしまった。そして昨日、俺は松永燕に介抱され無事復活。その日の内に剣の英霊、叛逆の騎士・モードレッドの召喚に成功。何だかんだで彼女とは気が合いその日の内に意気投合した。今やお互い肩を組んで「俺達相棒!」とか笑顔で言えちゃうレベルである。良く考えるともう既にここから可笑しいのだが、スルーするとしよう。

そして現在、俺は川神院という武術の総本山を名乗る場所で修行をしていた。なんでさ...。

 

 

 

 

 

「まだまだ行くぞ凌太ァ!ヒャッホウ!」

「そんな掛け声で飛びかかってくんな!...おいちょっと待て、エネルギー砲は禁止だって言っただろ?なんで拳に気を溜めてるの?...おまっ、バカか!それだったら俺にだって考えがあるんだぞ!!」

 

既に出していた『天屠る光芒の槍』に加え2本目のアッサルの槍を取り出し百代が放ってきたエネルギー砲を弾く。

何故にこんな実戦訓練を行っているのか?俺も知らん。昨日この川神院を訪ねたら流れるように入門させられ、そして住み込みで稽古を受けて今に至る。

俺自身意味が分かってないが、今の俺と百代の力は拮抗しており、単純な腕力では百代に軍配が上がるかもしれないというこの条件。修行には持ってこいの状況ではあるので素直に戦っているという訳だ。それにしても百代さんテンション高杉ィ。

 

「両者そこまで!百代、そろそろ登校時間じゃぞ?」

「今いい所なんだ!邪魔するなジジイ!」

 

仙人風の老人──川神鉄心が声を掛けてくるが、興奮しきっている百代は聞く耳を持たない。お前はアレか、狂戦士と書いてバーサーカーと読む種類の生き物か?

 

とりあえず俺はまだやり足りないと駄々をこねる百代をなだめ、また続きは夕方にしようと言って学校へ行かせる。俺は学校に行かないのかって?学費を払えるような大金は所持してないわい。

 

「さて、と。じゃあやろうか、モーさん」

「おう!ま、どうせ俺の勝ちだろうがな!」

「言ってろ。俺は相手が誰であろうと本気で殴るぞ?」

 

そう言って俺達も川神院を出る。行き先は近所の山だ。丁度中腹辺りにいい感じの広場があるらしいので、今日はそこでモーさんことモードレッドと手合わせする予定なのだ。弱体化してから初のサーヴァント戦、しかも相手は最優と言われるセイバーだ。それに、良くは知らないが、モードレッドはあのアルトリアの息子で円卓の騎士だったらしい。息子?と疑問には思ったが、まあ偉人の性転換など見慣れたもので、特に驚きはしなかった。

 

そして俺vs.モーさんという、環境破壊と言う名の修行が始まるのだった。翌日の新聞に『消し飛んだ山!武神の八つ当たりか!?』とかいう見出しで大々的に報道されていたが、港ですら吹き飛ばした事のある俺にとっては些細な事だ。よって俺は見ないフリに徹した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川神院に強制入門されてから早1週間。

日課となっている昼間のモーさんとの手合わせを終えて休憩している途中、俺はとある事に気付いた。それは──

 

「どうしたんだマスター?手の甲なんか眺めて」

「いや...。令呪って、サーヴァントに対する絶対命令権とか言ってたよな、と思って」

 

そう、俺の手の甲に存在している3画の令呪の事である。既に4人の英霊と契約しているのに令呪が3画だけというのは謎だが、まあそれなりの仕様があるのだろう。例えばほら、1晩休んだら令呪が1画だけ復活してるとか。

 

「まあ絶対命令権とも言えるな、令呪は」

 

何を今更、という口調でそう言ってくるモーさん。

...絶対命令権、か...。試して見る価値は大いにある。

 

「...よし」

 

俺は腰を上げ、足を肩幅に開いて立つ。モーさんは俺の意図が読めていないのか、俺の行動を不思議がっているが、説明するよりやって見せた方が早いだろう。

 

「──令呪を以て命ずる。俺の下へ来い、アサシン、アーチャー、セイバー!」

 

令呪を使う事を意識しながらそう命令を下す。すると、令呪が赤く光りだし波動の様なものが広がっていく。そして──

 

「ぐっほ...!」

 

無言のタックルが2つ、俺を襲った。

 

「奏者、奏者、奏者!!遅い、呼ぶのが遅すぎるぞ奏者よ!余は...余は本気で泣くところだったのだぞ!?」

 

半泣きのネロと静謐ちゃんが凄い勢いで飛び付いてきたのだ。見るとエミヤの姿も確認出来る。よし、成功したな。クハハ、見たかジジイ!貴様を出し抜いてやったわ!

 

俺は先日気付いた事がある。それは、俺と静謐ちゃん達英霊とのパスが未だ通っているという事だ。だから現界するのに必要な魔力は俺から流れていたし、どうにかして静謐ちゃん達をこちらに喚べないかと考えていたのだ。

そして先程、令呪というモノの存在に気付いたという訳である。令呪を見てみると、手の甲にあった3画の令呪は全て消えていた。1人喚ぶのに1画と考えると妥当だろうが、これからは同じ手段が取れないと言うのは痛い。本当に1晩寝たら回復しないかなー。

 

俺は飛び付いてきた静謐ちゃんとネロの頭を撫でながらそんな事を考える。すると、今まで静かだったモーさんがワナワナと震えているのが目に入った。

 

「ち、ちちち、ちちちち父上ェ!?」

 

何を言っているんだこの娘は。父上ってアルトリアの事だろ?ここにアルトリアなんていな...ああ、そういう。

モードレッドが指指していたのはネロ。確かにアルトリア顔だしな、ネロって。

 

 

 

 

 

 

 

「また新しい女が...マスター、浮気...清姫さんにも報こk...」

「話し合おうか静謐ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に令呪による強制召喚を終えた俺は、4人のサーヴァントを連れて山を降りる事にした。何をするにしてもまずは拠点を見つけなければならない。鉄心さんに頼んで全員を川神院におかせてもらおうかな。

あ、あとモーさんの誤解は解けました。でも、カルデアにならアルトリアが居るよ、と伝えるとあからさまにソワソワしだした事から、この娘はファザコンだと確信した。

 

「それにしてもそこの2人、ちょっと、というかかなりマスターに近付きすぎないか?」

「ふむ、静謐は大体いつもこうだが、ネロが常に抱きついているのは珍しいな。長期間マスターと会えなかった弊害か?」

「って事はそっちのアサシンはいっつもマスターに引っ付いてんのか...」

「おっ、なんだよモーさん、嫉妬か?」

「はぁ!?ちょ、おまっ、何言ってんだよバッカじゃねえの!?バァカ、バァカ!!」

「うむ。奏者よ、余はハーレムを作るのに反対はしないぞ。寧ろ勧めるドンドンやれ。そうすれば自然と余の周りにも可愛い女子達が...」

「やはり浮気...、報告...」

「やっぱり1回ちゃんと話し合おう。な?」

「やれやれ...」

 

女難の相持ちのバトラーが肩を竦めて呆れたようにこちらを見てくる。見てないで助けろよ、とは思うのだが、もし俺がエミヤの立場でも助ける方法が見つからないだろうと思い至り、声にはしなかった。

 

「あれ、凌太じゃない。何してるの?」

 

本気で話し合いを始めようとしていると、タイヤを引きずりながらランニングをしている少女──ワン子こと、川神一子と遭遇した。彼女とか川神院で何度も顔を合わせており、それなりの友人関係は結んでいた。まあ1週間ちょっとで結ばれる友情などたかが知れているが。

 

「修行の帰り。そっちはランニングの途中か?」

「ええ!沢山修行して、早くお姉様に追い付きたいもの!勇往邁進よ!」

「...そっか、頑張れよ」

「うん!じゃあ、また後でねー!」

 

そんな事をいいながらランニングを再開し、走り去っていくワン子。ふぅむ、言ってはなんだが、あの子が正規法で修行して百代に追いつく、というのは不可能に近い。どうしても才能の壁というのは存在してしまうのだし...。越えられない壁、というものが、百代とワン子の間には佇んでいる。まあ正規法以外の方法で、というのならば幾らか手段はあるのだが。例えばホラ、神殺しになるとか、魔法を覚えるとか。

まあ、懇願されればそういった方法を教えるのも吝かではない。

 

「ん?奏者、『また後で』という事は、今の娘とまた会うのか?」

「ああ。アイツは、今俺が世話になってる川神院って所の娘さんでな。飯時とか鍛錬中に顔を合わせるぞ。言っとくけど、アイツが俺に恋愛感情を向けてるとかないからね?ワン子には他に好きな奴いるらしいし」

 

少し俺の腕を握る強さを上げていた静謐ちゃんに言い聞かせるようにそう言う。ネロや清姫辺りまでは許容しているらしいのだが、それ以外は駄目らしい。最後にオカルト研究部の部室を訪れた時には、姫島に対して若干の敵意の様なものを向けていたし。

 

「ふむ、マスターが世話になっているのか。それでは、私が料理を以て礼でもしなければな」

 

腕がなる、と1人気合を入れているシェフは無視して、俺達は川神院へと続く道のりを歩いて行き、暫くすると川神院の門が見えてきた。

と、その時、俺達とは反対側の道から見知った顔ぶれの連中が歩いてくる。百代やワン子も属する『風間ファミリー』というグループだ。

 

「ん?おっ、凌太じゃないか。今帰ってきたのか?それじゃあ飯の前に軽くやろう!な!」

「落ち着け狂戦士」

「そうだよ姐さん。そんな事より、俺としてはそっちの人達に興味があるんだけど。...なんで花嫁衣装?」

 

百代が嬉々として闘気を開放してきたが、それを彼女の弟分である直江大和が仲裁に入る。そして、静謐ちゃん達に興味を示してきた。まあ先程のワン子がズボラなだけであって、普通は気になるよな。花嫁衣装で出歩くような輩、気にならない方が可笑しいし、明らかに一般人とは別格な奴が俺含め5人もいるのだから。

大和の言葉で、俺の周りに居る英霊達も強そうだと感じ取ったのか、百代が一層瞳を輝かせている。マジで戦闘狂だなコイツ。

 

「ふむ、余に興味があるのか。良い良い、分かっておる。察するに、余の麗しさに見蕩れたか!!」

「キミは少し、謙虚な心を持ってみたらどうなんだ...?」

「この皇帝にそんな事言っても今更って感じでしょ」

「...それもそうか」

「要するに強いのか?なあ、強いんだろ?」

「ステイ」

 

とまあ、良い感じに混沌としてきたのでとりあえず川神院に入る。百代や大和と一緒にいたその他複数名は話に付いてこれていないのか、呆然としながらも俺達に続き川神院へと足を踏み入れる。普通何も言えないよねこの状況。

 

 

 

 

 

「それじゃあとりあえず、凌太からやろう」

 

と言って聞かない狂戦士を落ち着かせる為、一旦模擬戦を行うことにした。エミヤは買い出しに出たので、オカンの帰りまではやるつもりである。

風間ファミリーの面々も、元々今日は百代達と一緒に食べる予定だったらしく、大人しくエミヤに御馳走になるそうだ。なのでエミヤと共に黛由紀江も買い出しに出ている。ただ御馳走になるだけというのは心苦しいので、との事らしい。良い子じゃ。

 

「戦闘中に考えて事かぁ!?ホラホラ、ドンドン行くぞぉ?ヒャッハー!!」

「お前の脳内は世紀末か」

 

馬鹿げた事を叫びながら放たれる百代のラッシュを捌きながら、とりあえずツッコんでみる。これでも結構ギリギリなのだが、それを悟られないようにする為だ。この子マジで馬鹿力なんですけど、さっきから腕が痺れてるんですけど!

 

「ふぅむ。奏者と互角に殴り合うとは、あの娘もキチガイか?」

「姐さんがキチガイなのは全世界の人間が知ってるよ。何せ、姐さんは世界最強の武神だからね」

「なんと。やけに強いと思ったら、あやつ神だったのか」

「い、いや、武神っていうのは所謂通り名ってやつで、別に本物の神様って訳じゃないんだけど...」

 

まあ、俺と一緒に旅してたら神様とか普通に出会うし、まず身内いるからね、武神。ネロが本物と思うのも仕方ない。

 

「川神流・炙り肉!」

「あっつ!!」

「ははは!!余所見してるからこうなるんだ!」

「あっつ、ちょ、マジ熱...、焼けるわボケェ!!」

 

俺の腕を掴み容赦無く焼いてくる百代の手を振り払い、一旦距離をとる。うわ、ちょっと焦げてるし...。俺に魔法系の神秘は効かないんだぞ。回復系も然りなんだから加減というものを覚えて欲しい。

 

「まだまだァ!川神流・無双正拳突き!」

「お前マジウザイ超ウザイ!」

 

そう言いながら全ての正拳突きを捌いて反撃に出る。百代は基本大振りなので隙が出来やすい。なのでそこを狙う。

百代の攻撃が止む一瞬に彼女の股下へと足を踏み込ませ、肘で腹を一発。そうすると百代の体が少し浮くので、両手掌底打ちで吹き飛ばす。

そこから俺の反撃が始まろうという所で、エミヤと黛が帰ってきたのが目に見えた。

 

「っ...。おい百代、今日はここまでだ」

「はあ!?今いい所なんだからもう少し...」

「ダメだ。エミヤ達が帰ってくるまで、って約束だろ?」

「むぅ...ケチ」

「へーへー。ほら、もう行くぞ」

 

ジト目で睨んでくる百代をスルーしながら室内へと上がる。鉄心さんにまだ静謐ちゃん達の居住許可を得ていなかったので、とりあえずはそれからかな。

 

 

 

 

 

 



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川神武闘会

明日はいよいよ卒業ですよ。
進路が決まってない状態での卒業とか本当に怖い...。
せめて大学の合格発表が終わってから卒業式をしてくれませんかねぇ...。


 

『拝見、坂元凌太殿

 

令呪の存在にようやく気付いたか。

これは一応、お前の機転がどれ程きくかを試そうと思っての事だったんだが...。うん、遅すぎww

 

って事で英霊達はそのままそっちに残しておいてやるけど、もうちょい機転きかせれるようになれ。

あ、お前の力の封印は続行するから。この間お前に光の矢を刺した時、体内に直接刻印施した魔法陣があるから、強制解除したいなら体切って破壊するしか方法は無いぞ?まあ臓器と直結してるから、やったら多分死ぬだろうけどw

 

じゃあなーww

 

武神様より』

 

 

「キャラ変わってねえかこのジジイ...?」

 

手紙を読み終えた俺には、最早怒るという気力すら湧いてこなかった。もうそれすら通り越した呆れの領域へと入っているのである。というか何故一々手紙送ってくんのあの爺さん?電話で直接言えば楽なものを。

 

 

鉄心さんに静謐ちゃん達の居住許可を貰いに行くと、その鉄心さんからこの巫山戯た手紙を手渡されたのだ。

なんでも、川神流の郵便受けに投書されていたらしい。

 

とまあ、そんなイレギュラーな出来事はあったが、無事に鉄心さんからの居住許可を頂けた。そういう訳で、今夜は俺達の歓迎プチパーティをする、らしい。エミヤが張り切ってたから料理の方も楽しみだ。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

翌日。

 

「ふむ、大惨事だなこりゃ」

 

昨日、というか今日の明け方まで騒いでいた俺達は、そのまま寝てしまっていたらしい。エミヤが作ってきてくれた料理や皿は全て片付いているものの、その後の酒盛り(川神水)の際に用意したつまみや空ビンなどが床じゅうに散乱していた。

そして、恐らく俺が一番最初に目を覚ましたのだが、もう既に太陽は空高く登っており、今は昼前後といった時間帯だ。

 

「川神水とやらでも、結局酔えなかったなぁ...」

 

昨日の出来事を思い出しながらそんな事を口にする。

俺は「酔う」という感覚を覚える前にカンピオかーネというチートボディになってしまった為、恐らく一生酔える機会を失ってしまっている。そこに後悔の念が無いと言えば嘘になるのだが、過ぎてしまった事を嘆いてもしょうがないと思い、部屋の掃除へと移行する。

すると、その掃除の音で目を覚ましたのか、モーさんが目を擦りながら体をムクリと起こした。というか、英霊ってのは本来睡眠や食事を必要としないはずじゃ...?

 

「おはようモーさん。悪い、起こしたか?」

「ん、いや別に構わねえよ。ふわぁ...」

 

欠伸を噛み殺しながらポリポリと頭を搔くモーさん。

ふむ。こうして見ると、言動はともかく、モーさんも立派なボーイッシュ系美少女なのだが、それを言うと怒りそうなので黙っておく。というか初日に性別の事に触れたらめっちゃ嫌悪されたし。よくもまあアレから仲良くなれたもんだと、我ながら不思議に思う。

ふぅむ...。俺、モーさんみたいなタイプは普通に好みなんだよなぁ。いや、好みの問題であって別に恋愛感情があるとかそういうのではないんだけれども。...それも言ったら怒られそうだな。モーさんだけでなく静謐ちゃんにも。

 

「...あの弓兵は?」

「ん?あれ、そういや見ないな。どこ行ったんだろ?」

 

言われてみれば、確かにエミヤの姿がない。

キョロキョロと辺りを見回していると、机の上に1枚の置き手紙があった。そこには今夜の晩飯の買い出しに出る事と、起きたら部屋の掃除をしておくように、という旨が書き記してある。うーむ、今日も絶好調で俺達の母親やってんなー。

 

「とりあえずこいつら全員叩き起して掃除すっか」

 

ぺしぺしと寝ている奴らの頬を叩いて起こしていく。数名程二日酔いなのか、「頭痛がする...」と言って水を飲みに行ったのだが、川神水ってノンアルコールだったよな?それでも二日酔いとかなるんだ。

 

「ふわぁぁあぁあ...。むう...もう昼か...。よし、目覚まし代わりに1戦やっとくか凌太」

「やんねーよ。さっさとここ片付けろ」

 

ぶつくさと文句を言いながらも片付けに入った百代を横目で見ながら、俺もゴミを片していく。

ふむ、こんな感じの日常も悪くない。転生(?)させられてからこの方、戦闘に次ぐ戦闘、時々修行というハードスケジュールだったからな。ゆっくり出来る事に越したことは無い。まあ力が半減以下になっているのであまりゆっくりもしていられないのだが。

 

「そういえば凌太は今度の大会には出場するのか?」

「大会?」

 

ペットボトルとそのフタを小分けしていた大和が俺にそんな事を聞いてきた。

 

「そ、毎年恒例『川神武闘会』。九鬼主催で、市と川神院が協力して行われる一大イベント。TV放送もされる大きな大会さ」

「ほう、所謂天下一武道会的な?」

「そんな感じ。で、どうするんだ?」

「んー...。修行の一環として出てみるのもアリかな」

「え、凌太も出るの!?うー...、ライバルが増えるぅ...」

 

俺達の会話を聞いていたらしいワン子が何やら項垂れているが、気にしない。誰かが言ってたよ、「世の中の理不尽は全て己の実力不足」って。まあその定義でいくと、爺さんの俺に対する理不尽は、主に俺の実力不足という事なのだろうか...。

 

「おっ、いいねぇ。その大会の優勝者には私とのエキシビションマッチを受ける権利が与えられるんだ。燕も出ると言っていたし、楽しみだなぁ!」

 

1人ワクワクし出した百代も安定のスルー。もしコイツと戦う事になったら全力で潰しに行こうとは思った。負けるのは普通に嫌だしね。

 

「マスターが出るなら俺も出てみようかなー」

「余も吝かではないぞ?」

「マジですか」

 

これは思った以上に壮絶な戦いになりそうだ。

静謐ちゃんとエミヤはきっと出ないだろうが、俺+この2人が出るというだけで大会は破綻したも同義だろう。ドンマイ、川神武闘会運営本部の皆さん。

 

「その、凌太。自分もその大会に出場するのだが、稽古に付き合って貰えないだろうか」

「あ!ズルイわよクリス!ねぇ凌太!私も一緒に修行していい!?」

「別にいいけど...。俺なんかより、この川神院で稽古付けてもらった方がいいんじゃないか?」

「それはそうなのだが...。お前とモモ先輩の戦いを見ていると、つい一緒に修行したくなるというか...」

「あ、それ分かるわ!こう、魅せられる?ってやつ!」

「マスターがカリスマスキルを習得...」

「皇帝である余の伴侶としては当然のスキルだな!」

 

なんと、俺はいつの間にか皇帝陛下の伴侶となっていたらしい。そしてカリスマスキルを習得、っと...。

...当人である俺自身が、一番理解が追いついてないってどうよ?それにカリスマスキルって本来そんな効果のスキルなのか?

 

 

とまあ色々頭を抱えたくなる案件はあるが、とりあえず皆で仲良く地獄の特訓をすることになったのだった。悪魔が音を上げた修行内容なので、地獄の、とつけても決して間違いではないだろう、うん。

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

さて、川神武闘会開催当日になりました。

 

『天候にも恵まれ、絶好の開催日和となりました今年の川神武闘会!強者達の気合いもヒートアップしておりまぁーすッ!』

 

実況の元気良いアナウンスが響く中、また1つの試合が終わりを迎える。大会は既に後半戦。残すは準決勝と決勝、そして武神・川神百代とのエキシビションマッチだけである。

え?今までの試合?カットです。

 

「うむ!やはり凌太は強いなぁ...」

「モーさんも大概だったわぁ...」

 

ボロボロに打ち負かされたワン子とクリスが揃ってそんな事を口にする。

それを見ていた風間ファミリーのキャップ、風間翔一が口を開いた。

 

「お前ら少しくらい粘れよなー」

「うるさいうるさいっ!仕方ないだろう!相手はあの凌太だぞ!?」

「モーさんも、その凌太と互角くらいの強さなのよねぇ...」

 

クリスは憤り、ワン子は項垂れながら観客席へと続く通路を歩いていた。もちろんその隣には俺もいる。本来ならば、俺は勝ち残っているので選手控え室に向かわなければならないのだが、自販機が観客席への通路にしかないので一緒に歩いているのだ。

 

「ま、クリスもワン子もいい線いってたさ。あんま落ち込むなよ?」

「むぅ...。自分を倒した本人にそんな事を言われてもな...」

「それもそうか。お、自販機発見。じゃ、また後でなー」

 

風間ファミリーに手を振って飲み物を買いに行く。早くしないと準決勝始まるな。

ちなみに、準決勝のカードは“俺 VS ネロ”・“松永燕 VS モードレッド”という組み合わせだ。今回はネロともガチンコ勝負なので、正直勝てる保証は何一つ無い。それに、仮にネロに勝ったとしても次は恐らく、というかほぼ確実にモーさんだ。こちらも厳しい戦いになるだろう。そしてそれに勝っても百代戦が待っている。キッツイですわー。

そう考えてながら控え室へと戻ると、スタッフが俺を呼びに来た。もう時間か。よっし、いっちょ気合い入れて行くか!

 

 

 

 

『さあさあ始まりました、川神武闘会準決勝!対戦するのはこの2人!今までの試合をほぼ一撃で決めてきたネロ選手と、こちらも圧倒的な戦闘能力を見せ付けて勝ち上がってきた坂元選手だぁ!!』

 

アナウンスのそんな紹介を聞きながら、目の前に対峙するネロを見据える。彼女も、不敵な笑顔を浮かべたままこちらを見返してきている。

 

「ふっふっふ。いよいよだな奏者よ。先に言っておくが、奏者が弱体化していようと余は手加減などせぬぞ?」

「当たり前だ。手加減したら嫌いになるからな」

「それは困る!!全力で戦うから余の事を嫌いにならないでくれ奏者!」

「お、おう...」

 

軽い冗談のつもりで言ったのだが、ネロにとってはそうでなかったらしい。どんだけ俺の事好きなんですか照れるじゃないですかそして嬉しいじゃないですかヤダー。

 

「両者共、準備はよろしいですね?」

 

審判が確認の為に聞いてきた言葉をしっかりと聞き、俺達は意気揚々とそれに答える。

 

「うむ!」

「応!」

「それでは、試合開始ッ!」

 

ゴーン!とゴング代わりの鐘が鳴り響くと同時に、俺は槍を、ネロは剣を構えて飛び出した。槍と剣が交差し、鍔迫り合いながら両者獰猛に笑みを浮かべ────

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

『それでは川神武闘会、いよいよ決勝戦の開始ですッ!それでは両者、入場して下さい!!』

 

アナウンスが流れ、ステージの上に登る。対面上にはモードレッドが口角を上げながら待ち受けている。

 

準決勝、俺とネロの試合は20分という長期戦になった。両者1歩も引かず、剣と槍がひっきりなしに火花を散らす。そんな戦いで、ネロに隙が多くなったのだ。ネロの性格上、長引く戦闘は余り得意ではない、と思う。戦争という事なら話は別だろうが、これは一対一の勝負だ。焦りもあり、不用意に飛び込んで来た所をカウンターで場外へと投げ飛ばした。

で、モードレッドの方は普通に勝っていた。松永も最後まで粘り、数発だけではあるがあのモードレッドに有効打を当てたのだが、力及ばず地に伏した。

 

という訳で、決勝戦のカードは俺 VS モードレッドとなり、その試合が今から始まろうとしている。

 

「よう、マスター。父上っぽい人を倒して良くここまで来たな」

「父上っぽい人ってお前...。あと何で俺が挑戦者側みたいになってんの?」

「いいんだよそんな事は。ノリだ、ノリ。それにお前さんがマスターではあるが、当然俺の方が格上だしな。文句あるか?」

「大アリだよこの野郎。良い機会だ、この試合で白黒ハッキリ決めようか」

 

おちゃらけた雰囲気を醸し出す俺達だが、実際どちらも油断など微塵もしていない。毎日のように手合わせをしているので、相手の手の内や攻撃パターンなどはお互い良く知っている。

ちなみに、この大会も今までの鍛錬も、修行という事で権能は使っていないし、この試合でも使う気は毛頭無い。俺は権能に頼り過ぎている節があるので、それを直す為の手段だ。

まあ権能無しで英霊、しかもその中で強い部類に入る奴らを相手にするのは凄くキツイし、普通に戦ったら俺が負ける。しかし、その地力差を埋めるのが技術だ。まあ圧倒的な暴力の前には技術なんて無意味なんだけどネ。

 

「それでは、試合開始ッ!」

 

試合開始の声と鐘が鳴る。と、俺は持ち前の速度でモードレッドの背後を取り、槍で一薙ぎ。それはギリギリで反応したモードレッドの剣に防がれたが、俺は最近二槍流になったのだ。

今鍔迫り合っている方とは逆方向を、もう1本の槍で穿つ。傷は回復魔術を用いて後で綺麗に治すので遠慮はしない。というか遠慮したらこっちが負ける。

 

「クッソが!」

「女の子がそんな下品な言葉遣いをしちゃいけません!」

 

剣の一閃を回避しモードレッドに注意を投げかけつつ、俺は後方に飛び退く。

しかしそこで攻撃の手を休める程俺は善人ではない。手負いの今を狙うのが俺ですよ。

 

「吹き飛べオラァ!!」

 

魔力を込めたアッサルの槍を、モードレッドに向けて投擲する。飛翔する槍を上手く剣で弾いたモードレッドだが、甘い。その槍は爆発するんだよ。

 

「なっ!?武器が爆発した!?」

「まだまだお前に見せてない技もあるって事さ。ほら、余所見してるとやられるぞ!」

 

爆発を直で受けてほぼ無傷で爆煙より姿を表したモードレッドに多少驚きながら、戻ってきたアッサルの槍と天屠る光芒の槍を構えて再び特攻する。

だが、モードレッドが剣を振るい、槍ごと俺を吹き飛ばした。そして、魔力が抜けて行く感覚が俺を襲う。

 

「...奥の手を見せてないのは俺だって同じだ。──これこそは、我が父を滅ぼし邪剣。」

 

モードレッドが剣を両手で構え、そこに魔力を集中させていく。というか俺の魔力も持っていってるんですけど。これ宝具じゃね?もしかしなくても宝具ですよね?

 

「ちょ、バっ、待て!」

「ハッ!誰が待つかよ!それじゃあ蹂躙するぜぇ!『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

振りかざされた圧倒的な暴力の渦。電撃の様なビームが俺を襲う。

“地力差を埋めるのが技術。まあ圧倒的な暴力の前には技術なんて無意味なんだけどネ”。先程の自分の言葉が脳内で木霊する。

 

──あっ、これダメなやつじゃね?

 

一応魔力で防御壁を張ってみたが、そんなもの無いも同然という勢いで全てを飲み込んでいく。

そうして、モードレッドの宝具が俺の体を覆った。



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VS百代

支離滅裂とはまさにこの事。
最近、自分ですらよく分からなくなってきたこの作品ですが、どうぞ温かい目で見守って下さい。


 

 

 

 

 

『おおっとー!?モードレッド選手の繰り出した謎の雷ビームが坂元選手に直撃だぁ!!...え、というか今の雷なに?』

 

至極真っ当な疑問を抱いたアナウンスを聞き流しながら、俺は平然と立っていた。俺の周りにはまだ土煙が立ち込めているので観客側からは見えないだろうが、恐らく俺が無事な事をモードレッドは気付いているはずである。

え?何故俺が無事なのかって?そんなの俺が知るか。アレじゃね?俺の躰にはもう“雷”自体が効かないとか、そんなんじゃね?いや確証は無いけども。でも雷成分を吸収した感じがあるんだよなぁ。何気に魔力回復してるし、力も増している。ふむ、カンピオーネの身体は神秘の塊デスネ。

 

「...おいおい。キチガイって話は聞いてたけど、ここまでかよ...」

 

無傷とは言わないが、まだまだ平気そうな俺の姿を目にして顔を引き攣らせるモードレッド。この表情はアレだ。俺が、『振り翳せり天雷の咆哮』の直撃を受けて無傷だった爺さんを見た時の顔ってああいう表情だったんだろうなぁ、と思わせる表情だ。まあ似たような事をしでかしてるんですけどね?

 

「──さて、モードレッド」

「あ?」

「無断で宝具使用+魔力徴収した罰、覚悟しろよ?」

「え」

 

 

その後、宝具開放直後で動きが鈍っていたモードレッドが、一時的とは言えパワーアップした俺に蹂躙されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

『エキシビションマッチ、武神・川神百代 VS 川神武闘会優勝者・坂元凌太の試合もヒートアップして参りました!川神百代選手を武神たらしめる絶技、瞬間回復が幾度の無く坂元選手を苦しめるー!!』

「マジでウザイよそのチート技!」

 

モードレッドを下して優勝を決めた俺は、百代にエキシビションマッチを挑んでいた。試合開始から早10分弱、俺は既に20回程百代を倒したのだが、又しても瞬間回復で復活してくる。

 

「チートはどっちだよ。私を1回倒す奴すら今までほとんど出てこなかったのに、お前はもう私を何10回と倒してるじゃないか!ワクワクするなぁ、楽しいなぁ!さあ、もっと闘ろう!」

「お前もう少し疲れるとかさ、可愛げを見せたらどうなの?」

「そんなもの知らないさ!それに私は美少女だからな。それだけで十分に可愛げがあるだろう?」

「事実だけど自分で言うなよ」

「アハハハハ!」

 

などと会話を交わしつつも、俺の槍と百代の拳が衝撃波を生みながらぶつかり合う。というか槍の先端を拳で受け止めるとかなんなの?

暫くそんな摩訶不思議な衝突が続くと、不意に百代が俺の槍を掴んだ。

 

「捕まえたぞ...、川神流・人間爆弾!!!」

 

そしてそのまま自爆。しかし、弱体化しているとは言えチートボディな俺に大したダメージは入らない。百代だけが黒焦げである。南無三。

まあすぐに瞬間回復で復活するから、別に自爆技も怖くは無いのだろう。だが、その瞬間回復が使える制限回数もそろそろ限界のはずだ。大和から聞き出した情報によると、百代の瞬間回復使用回数制限は30回程らしい。現在20回弱は使わせているので、ストックもあと少しだ。

 

「やっぱり効かないか。ちぇっ、瞬間回復無駄に使っただけかー」

「お疲れさん。そろそろ限界だろう?大人しくやられとけ」

「嫌だね。折角全力で闘えるんだし、もっと楽しまなけりゃ損だろ?」

 

そう言って再度向かってくる百代の右ストレートをいなし、よろめいた所にカウンターを喰らわせる。熱くなって興奮している為か、動きが単純化されているので攻撃をいなしやすい。まあ、その分パワーがえげつない程上がってるんだけどな。多分、禁手化したイッセーよりも上だぞ、今のパンチの威力。まともに受けたらタダじゃ済まない気がする。

 

「アハハハハハハハハハハハ!!!」

「ハハハハ、怖いよ百代ちゃん」

 

最早笑い声以外の言葉すら発さなくなった百代に若干どころでは無い狂気を感じながら、彼女の攻撃を躱したり流したりしていると、さすがに腕が痺れてきた。百代はそろそろ限界だろうが、俺もヤバイ。

 

「サクッとキメるか」

 

百代のラッシュを全て避けてバックステップで後方に避難。そしてアッサルの槍を投擲する。百代は案外耐久が低いので、アッサルの槍の爆発でもすぐに黒焦げになってしまう。逆に言えば、もし百代の耐久が高ければ俺に勝ち目は無かったということだ。マジでバケモノだよな、この子。まあ俺も同列なんだろうけど(諦め)

 

「しゅ...んかん、回ふ......ッ!?」

 

黒焦げになった百代が又しても瞬間回復を使おうとするが、発動しない。

これはとうとう使用制限が来たか?そうっぽいな、これは勝つる!

 

「年貢の納め時、ってなぁ!これでトドメだ、喰らっとけ!」

 

魔力で身体強化を施した体で、全力で槍を振るう。貫通して殺すのはさすがにダメだと俺でも分かるので、槍の側面、棒状の部分で思いっきりぶん殴る。体力もほぼ底をついていたらしく、ほぼ無抵抗で場外へと吹っ飛んでいき、この勝負の決着が着いた。

最後は無理矢理感があったが、勝ちは勝ちなので素直に喜ぶ事にしよう。盛り上がりに欠ける?もっと派手な技で決めろって?そんな事を言う奴には、権能使用不可の俺にそんな事を求めるなと言ってやる。

 

『......あっ、け、決着ぅー!!誰がこんな事を予想したでしょうか!?武神・川神百代敗れる!!勝者、坂元凌太選手!!!』

 

呆然と静まり返っていた観客席に、事態をやっと理解した実況のアナウンスが駆け巡る。

気分が良かったので、そのアナウンスに合わせて握り拳を掲げると、それに少し遅れて観客席が湧いた。

き、気持ちいい...

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「うぅ...。凌太が強いのは分かってたけど、まさかお姉様が負けるなんてぇ...」

 

大会も終わり、風間ファミリーと俺達は電車に揺られながら帰路に着いていた。俺達の放つ異様な雰囲気に当てられたのか、この車両は貸切状態である為、皆思い思いにおしゃべりしている。

そこで、何故かワン子が、百代が敗れた事を大変嘆いていた。

 

「何で本人よりワン子の方が落ち込んでんの?いやまあその御本人様は逆に喜んでらっしゃるけれど」

「強い友人が身近にいるのはこんなに心躍るんだな!」

「俺、こいつに勝った気が全くしないんだが」

 

高らかに笑う百代を尻目に、俺はもう1人黄昏ている少女の方を見る。松永燕、彼女もこの大会に少なくない思い入れがあったらしく、モードレッドに負けてからずっとあの調子だ。まあ理由は知らんし聞く気も無いけど。

 

「流石でしたねマスター。カッコ良かったですよ」

「うむ!それでこそ余の伴侶よな!」

「余の...伴侶...?」

「ステイ」

 

ネロの言い回しに反応した静謐ちゃんを宥める。だって今、怪しい目付きでネロの手を掴もうとしてましたよ?殺る気だったよね?この前は聞き流していたが、2回目は我慢ならなかったらしい。

というか、静謐ちゃんも性格変わってきてない?

 

「なあマスター。魔力勝手に持っていったのは謝るからさー、そろそろ正座やめt...」

「ダメ」

「デスヨネー」

 

現在モードレッドには罰として車内の床に正座させている。だってあれ、下手したら俺は疎か、観客まで死んでたかもしれないんだし、寧ろこの程度で済ませる事に感謝して欲しいくらいだ。

そして、俺が怒っているのが俺の魔力を勝手に使った事だけだと思っている間はずっと正座ですね。いや魔力を勝手に持っていったのも怒ってはいるけど。

 

暫くの間、そんな他愛もない雑談を繰り広げていると、ふと俺のスマホが鳴った。

それに気付いた俺は即座に電話を繋ぐ。

 

『もっしもーし!』

「くたばれ」

 

それだけを言い残して通話を終わらせる。大会が終わって一段落したこのタイミングであの爺さんが電話をかけてくるってことは、どうせ碌でもない事を言い出すに決まってるんだ。

再度電話がかかって来たが無視。聞かなければ事は起こらないんじゃね?という淡い期待を持っているのだ。

そして暫くすると通知音が鳴らなくなった。ふう、これでもう少しはゆっくり出来そうだ。さて、とりあえず帰ったら飯でも食べ...

 

「マスター。手紙だ」

「なんで受け取っちゃったかなぁ...」

 

不意に降ってきた手紙を何の躊躇も無く手にしたエミヤを恨みがましく見つめ、渡された手紙を見る。宛名は俺、差出人は十中八九爺さん。嫌な予感しかしない。開けなければ、まだワンチャンあるか...?

 

「おい凌太、その手紙今突然降ってこなかったか?ここ車内だぞ?」

「なんで見ちゃってるのかなぁ...」

 

密室投書擬きを目撃した大和が、皆に聞こえる程の声量で俺に問うてくる。それを聞いた皆々様が興味を示してるじゃないかどうしてくれる?

 

「おお!それはジャパニーズ忍者の仕業では無いのか!?」

 

1番興味を示してきたクリスが手紙を覗き込んできた。というか、今時ジャパニーズ忍者とか言う外国人がいたのか。

 

「はしゃぐなクリス。そして寄るな。弾みで封が切れたらどうするんだよ」

「何?封を切ってはダメだったのか!?」

「そりゃあもちろんだとも。多分それ開いた瞬間絶対何かが、起こ、る......おいちょっと待て。手紙どこいった?」

 

ネロが驚きの声を上げるより若干前、手に持っていた筈の手紙が俺の手中から消え去っていた。そして周りを見てみると、時既に遅し、ネロが封を切った状態で恐る恐るこちらを見ていたのだ。

 

 

..................。

 

 

「もうヤだ...」

 

案の定手紙からは強い光が発せられ、瞬く間に俺達を包む。そして俺達の視界は暗転し、浮遊感に襲われる。

今回は一応、静謐ちゃん達も居るようだが、それでも許せない事はあるのだ。

 

「ネロさぁ。麻婆豆腐の時もそうだったけど、不用意に何かを仕出かすの辞めようよ」

「...すまぬ」

「なんでお前らこの状況で落ち着いてんの!?え、マジでこれ何なんだ!?」

「落ち着きたまえモードレッド。これはアレだ、神の悪戯的な何かだ」

「神の悪戯!?余計訳分かんねぇよ!!」

「俺と契約して、普通の出来事が待っているとでも?」

「納得した」

 

途端に落ち着いたモードレッド。自分で言っておいてなんだが、マジでかお前。

 

「ネロ、手紙見せて」

 

もう起こってしまった事はしょうが無いので、とりあえず手紙を見てみる。

 

 

 

『アホの小僧へ

 

異世界転送の準備が出来ましたー、ザマァ見ろー。お土産も持って来い良いお土産を持って来ぉい。

 

 

P.S. お風呂上りに耳掃除をすると、湿っている。

 

あと土産ってのは行けば分かるだろうけど、その世界特有のモノだぞ。別にワシの為じゃなく、ワシを倒す為に持って来い』

 

「ムカつく...ッ!」

 

怒りを超えて呆れへ、そしてまた怒りへと俺の心情が変化した。やはりあのジジイは1度ボコボコにしなければならない、俺はそう思った。

 

 

 

「やっぱり良く考えると訳が分からないんだが」

「考えるな。感じるんだ」

 

 



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IS〈インフィニット・ストラトス〉
ISというガ○ダム擬き


「...ありのまま今起こった事を話すぜ。暗闇の中に一条の光が見えたと思ったら空中に放り出されていた。な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何故こうなっているのか分からない。催眠術だとk...」

「それは今言う事なのか!?」

 

例の如く、空中に放り出された俺は冷静に今起こった事を把握していた。

目測約1000m。これが俺達が放り出された時の高度だ。これ、普通にヤバイと思う。死なないまでも、粉砕骨折とかするんじゃないかな?

 

「全治1ヶ月で済めば良いけど...」

「普通高度1000mから落ちて全治1ヶ月なんて事はないがな。まあマスターなら無傷すら有り得るが」

 

モードレッド以外は落ち着いている事から、「ああ、コイツらもこの不条理さに慣れてきたんだな」と感慨深く思う。そのうちモードレッドも慣れるのだろう。慣れって怖いね。

ちゃんと着地の事を考えないとそろそろヤバイな。地面まであとどれくらいよ?

と、思った時だった。俺達は突然、何かに抱き抱えられたのだ。

 

「大丈夫かお前ら!」

 

頭上から響く声。そこで俺は自らの状況を理解した。

 

──俺は、人生2度目のお姫様を男に奪われたのだ、と...。

 

 

「不幸だぁああああ!!!!」

「うおっ!?なんだどうした!!」

 

助けて貰った感謝よりも、お姫様だっこを一度ならずニ度までも男に奪われたショックの方が俺の中では大きかった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

俺を救った男、織斑一夏に抱き抱えられながら俺は地上へと降りた。というかそのモビルスーツみたいな奴カッコイイな。

周りを見ると、静謐ちゃん達もそれぞれ別のモビルスーツ集団に助けられていた。

 

「まあ、助けてくれてありがとう」

「おう、気にすんな!」

 

ニカッと笑うこのイケメン君は、どこか護堂と似た雰囲気がある。どっちも俺をお姫様だっこしたしね!

 

「おい。貴様らは一体何者だ。どうして空から落ちてきた?」

 

一息付いていると、黒いスーツを着込んだ女性がそう言ってきた。まあそこは気になりますよね。

でもまあ、正直に「神様に転送させられました」などと言っても頭の沸いた奴と思われるのがオチなので、いい感じの言い訳を考える。

 

「...とある科学者に人体実験としてテレポーテーションの被検体にされまして」

「何...?」

「まあ実験は失敗し、俺達は見知らぬ土地に転送させられたのです。しかも失敗した場合は帰って来なくて良いと言われております。帰ってきてもお前達に居場所は無い、とも...。うぅ...」

 

嘘泣きを加え情に訴える作戦。帰る場所が無い、路頭に迷っていると遠回しに伝えたことだし、居住地まで用意してくれれば良いなぁ。

その際、空気を読みそうに無いモードレッドとネロは予め令呪で黙らせておく。特にネロは何を言い出すか分からないからな。

1度は無くなった令呪だが、何気に復活しているのだ。1晩経って、本当に令呪が1画だけ回復していた時は驚いた。そして3日で全快である。ナニコレ便利。その便利性から、俺の令呪使用率は格段に上がっている。今回のように、しょうもない事で令呪を使う事もしばしばだ。

 

「...テレポーテーション、テレポートか...。まさかそれを実現出来る者がいるとはな...。まさかアイツが?いやしかし...」

 

などとブツブツ言い出した女性を見ていると、一夏がモビルスーツから降りてきた。

 

「帰って来なくてもいいとか、酷い奴がいたもんだな。千冬ね...じゃなかった、織斑先生。コイツら、暫くここに泊めておくのってできないのか?」

「それは出来ない。ここはIS学園だからな。ISを扱えない者がいてもこちらが困るだけだ」

 

IS。それはもしかしなくてもあのモビルスーツの事ですかね?あれに乗れれば拠点が確保出来る...?

というか普通にアレ乗りたいんだが。

 

「じゃあ俺らがそのIS?に乗れれば問題はないんだな?」

「...まあこちら側としては、IS操縦者が増えるのに越した事は無いが...」

 

と、織斑先生とやらが言うので、いざモビルスーツ搭乗です!モビルスーツとかって男の子の夢だと思うんだ。

 

話に着いてこれていない生徒らしき人達を尻目に、俺は置いてあったモビルスーツへと近付いて行き、搭乗席へと乗り込む。

搭乗席にはボタンなどは無く、最初は操作の仕方が分からなかった。だが、乗り込んで少しすると自然と動かし方が頭に浮かんできたので、それに従い動かしていく。

 

「お、動いた!いやー、長年の夢が1つ叶ったぜ...」

「奏者!次!次は余が乗りたい!!」

「あ、俺も俺も!」

 

令呪によって黙らされていたネロとモードレッドが、目をキラキラさせながらこちらに寄ってきた。それはまるで少年がショーケースの中に欲しいオモチャを見つけた時の顔だ。

俺もそんな顔をしていたと、後にエミヤが言っていた。そういうエミヤもソワソワした顔でISを見ていたのだが。結局静謐ちゃん以外は皆、ロボット系が好きなのだ。

 

 

その後、何やら周りの人達が騒ぎ出していたのだが、そんな事はお構い無しに俺達はISで遊びまくったのだった。エミヤだけは何故か操縦できなかったが、ISの解析をしているだけで楽しそうだったので良しとしよう。

 

 

 

 

 

という訳で、俺達(エミヤ除く)はISが操縦出来ると分かった。そして俺達は織斑千冬に連れられて軽い面談の様なことをしてから入学書類とやらにサインし、トントン拍子でIS学園への入学が決まった。入学料授業料等は国が払ってくれるらしいので免除。男でISを扱えるのはこの世界で俺と一夏だけらしいし、そこに関係しているのだろう。所謂研究サンプル提供料で学費を賄っているようなものだ。

一応、静謐ちゃんとネロ、そしてモードレッドも学生として入学。エミヤはその解析力を買われて技術要員としてIS学園に入るらしい。上手く行き過ぎて怖い気もするが、とりあえず流れに身を任せようと思う。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

この世界に来て2日目。俺達はIS学園の1年1組に編入という形で入学した。昨日の出来事や、男である俺がISを操縦出来るという事から、俺達は多大なる注目を浴びている。ネロはその注目の目を嬉々として受け止めているが、静謐ちゃんは居心地悪そうに、モードレッドは見世物にされている様だと言って嫌がっている。

 

──なので殺気を放って全員黙らせました。反省は微塵もしておりません。

 

「おい凌太、今の何だ?なんか背筋が寒くなったんだけど...、殺気?」

「ご名答」

「マジで?」

 

俺の殺気が余程恐ろしかったのか、今や面と向かって話しかけてくる奴は数人程度しかいない。その1人が一夏だ。他にも篠ノ之箒、セシリア・オルコット、のほほんさんこと布仏本音など、物怖じしない連中が俺の机の周りに集まっている。それにしても学園に男子が2人しかいないとか、これなんてギャルゲ?一夏にはハーレム状態を邪魔してしまって本当に悪いと思ってる。

と、ここで休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。皆自分の席に戻っていく中、教室の扉が開かれる。そしてそこから入室してきたのは、織斑千冬と、何を隠そう我らがオカン、エミヤである。

そして、織斑千冬が教卓に立ち、全員が着席したのを確認してから口を開いた。

 

「こちら、今日から着任の先生だ。エミヤ先生、自己紹介を」

「ふむ...。知っている、或いは昨日見た者も多いだろうが、一応自己紹介をしておこう。新任のエミヤだ。短い間であるだろうが、よろしく頼む」

「「「ブフォ!」」」

 

エミヤの自己紹介を聞き、俺とネロ、モードレッドは同時に吹き出した。見れば静謐も方を震わせている。

 

「...何かなマス...、坂元達。どこかおかしいところでも?」

「いや、エミヤ先生て!」

 

技術要員として雇われている事は知っていたが、まさか教師も兼任していたとは。これは爆笑必至である。だってあのエミヤがピチッとしたスーツを着込み、先生などと呼ばれているのだ。いつものエミヤを知っている者ならば笑うよ普通に。オカンの間違いじゃねえの?モードレッドなんて指指して笑ってるし。

 

「...投影、開始(トレース・オン)...」

 

我慢ならなかったのか、エミヤがチョークを投影して俺達4人に投げつける。まあ全員避ける訳だが。そうすると被害を受けるのは後ろに座っている奴らで...。

 

「きゃー!チョーク投げを喰らった人達が倒れたわよ!」

「しっかりして!衛生兵(保健委員)衛生兵(保健委員)ーッ!」

「くっ、ダメよ!完全に気を失ってる!」

 

大惨事である。よって、エミヤ先生と生徒のファーストコンタクトは失敗に終わったのだった。

 

「先生、さすがに関係の無い生徒に攻撃を加えるのはちょっと...」

「なんでさ...」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

そして、俺達が入学してから数日が過ぎた。その間にも、俺の部屋割りをどうするのかとか、生徒会の介入がウザイだとか、エミヤが食堂で学生用の朝飯を作っていたとか、その他にも色々とあったのだが、今日はなんと、このクラスに転校生が2人来るらしい。俺達の前にも2組に凰鈴音が転入してきたばかりで、この転校生ラッシュに皆驚いているとの事。というか何故に鈴以外の転校生・転入生を1組に集めるのか。

しかも、今回の転校生の1人は、一夏、俺に続く3人目の男性IS操縦者らしいとの噂が。

俺に対する周りの反応は、初日の殺気が原因なのか、遠巻きに見てくる程度に収まっている。まあ最近は話し掛けてくる奴も増えたのだが。それでも一夏と比べるとマシな方だ。一夏へのあのしつこい接し方を見ていると、次に来る奴も大変なんだろうなー、とは思う。ネロの様に、注目されるのが好きな奴ならそれで良いのだが、もしその逆だった場合は手助けくらいしてやろう。主に殺気出したりとか。

 

「では山田先生、HRを」

「は、はいっ」

 

今日の連絡事項を言い終えた千冬が山田先生へとバトンタッチする。この先生は何かと慌ただしいというか、落ち着きが無いというか...。

 

「ええとですね...。今日はなんと、転校生が来ています!しかも2名!では、入ってきて下さい!」

 

山田先生の呼び声を聞き、教室のドアが開いた。教室に入ってきた2人の転校生を見て、クラスがざわめきだす。ふむ、金銀コンビですか。しかもどちらも美形...。というか片方、銀髪の方は眼帯付けてるんだが。医療用ではなく、ガチの黒眼帯。お前何処の大佐だよカッコイイなおい!

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

金髪の方、シャルル・デュノアはにこやかにそう告げて一礼する。

 

「こちらに僕と同じ境遇の人が2人いると聞いて本国より転入を...」

「きゃ...」

「...はい?」

『きゃああああああーーーっ!』

 

ソニックブーム。そんな言葉を連想させる程の声量でクラスの女子の歓喜の叫びはあっという間に伝播した。

 

「男子!3人目の男子!」

「噂は本当だったのね!」

「しかもウチのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

元気だな女子諸君。これ、恐らく学園中に響いただろうな。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介終わってませんから〜!」

「............。」

 

教員に自己紹介を求められても沈黙を貫くという、如何にも軍人風な銀髪少女。ヤダ、俺の中二心にとても響く...。

 

「...挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

「...はあ。ここではそう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました。...ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「.........え?あ、あの、以上ですか?」

「以上だ」

 

漂う空気にいたたまれなくなった山田先生がぎこちない笑顔でラウラ・ボーデヴィッヒにそう聞くが、返ってきたのは簡潔な即答だった。そして、ふと一夏と目を合わせると、無表情だった顔に若干の怒りが現れる。そして──

 

パシンッ!

 

唐突に一夏を平手打ちした。え、なに?一夏の奴、とうとう惚れさせた女に復讐されるの?

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

何あの子面白い。ボーデヴィッヒの言葉からして、恐らく彼女と一夏に面識は無い。初対面の女子に突然お前を認めない宣言とか。

 

「いきなり何しやがるッ!」

「ふん...」

 

一夏の激昂は軽く流し、来たとき同様にスタスタと空いている席に行くボーデヴィッヒ。席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなる。

銀髪、黒眼帯、軍人風な態度、教師を教官呼び、そして寡黙キャラ...。完全なる厨二病の姿である。何あの子面白カッコイイ!

 

「あー...ゴホン!ではHRを終わる。各人はスグに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦を行う。解散!」

 

パンパンと手を叩いて千冬が行動を促す。さて、俺らも更衣室に行きますかね。

 

「おい織斑、坂元。デュノアの面倒を見てやれ、同じ男子だろう」

「君たちが織斑君に坂元君?初めまして、僕は...」

「ああいいから。それより移動が先だ。ここは女子が着替えるからな」

 

そう言って俺達3人は慌ただしく教室を出ようとして、そこで気が付いた。いやまあ俺はさっきから気付いてたけど。

 

「アレが転校生ね!」

「ヤダイケメン...!」

「爽やか系の織斑君に、孤高の存在的坂元君、それに可愛い系イケメンが加わるなんて...ッ!」

 

そう、噂と今朝のウチのクラスの叫び声を聞きつけた他クラス他学年の女子に囲まれているのだ。既に正面出口は絶たれている。

 

「遅かった...!どうする!?このままじゃ女子の着替えを邪魔した挙句に授業に遅刻するという惨事に...」

「ふむ...。おい一夏、それからデュノアも。口閉じとけ、舌噛むから」

「へ?」

「おい凌太。お前何する気...」

 

一夏とデュノアが何か言っていたが、とりあえず無視して2人を肩に担ぐ。そして静謐ちゃんが開けていてくれた窓から飛び出した。そして着地、&ダッシュ。時速にしておよそ60km/hのダッシュである。公道を走る普通車くらいのスピードだ。耳元でデュノアと一夏の悲鳴が聞こえたが、気にせず俺は更衣室までの道のりを駆け抜けた。

その際、デュノアの体(その一部)が異常に柔らかい事に疑問を覚えたが、今気にすることでも無いか、と頭の片隅に追いやった。

 

 

 

 

余談だが、登校4日目にしてモードレッドが、更にその2日後にはネロがちょくちょく授業をサボり始めた。

モードレッド曰く、俺は不良息子として名を馳せているのに、何故真面目に学校なんぞに通わなけりゃならんのか、と。

全く、仰る通りです。まあ俺は何気に学園生活を楽しんでるからいいんだけど。

そしてネロ曰く、皇帝たる余がつまらないと思うことをすると思うのか?面白そうな講義には顔を出すが、他は行かないぞ、と。

自由ですな皇帝殿。

まあ2人ともIS実技授業には毎回出席しているので、ISというモノに触れるのは好きなんだなと思う。

 

 

 




ちなみに、モードレッドは男性用の制服を来ています。


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フランスの貴公子(偽)

「ええと、皆さん準備はいいですかー?これから訓練機を1班1体取りに来て下さい。数は『打鉄』が3機、『リヴァイブ』が2機です。好きな方を各班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

山田先生が普段よりしっかりしている。

先程の模擬戦でオルコットと鈴を軽くあしらったからだろうか?いやー、何気に実力あるんですね。

そして現在、各専用機持ちをリーダーにしたグループ実習が行われている。俺の専用機は本来既に届いている予定だったのだが、まだ俺の手元には無い。いや、一応届きはしたのだが、現在エミヤに貸し出しているのだ。理由としては、ISを1度しっかり解析してみたいから、だとのこと。まあ別に専用機があろうがなかろうが、今はどちらでも良いので快く貸した。

そして今、調子に乗ったエミヤによって俺の専用機は跡形もなく解体されているのだが、この時の俺はまだその事実を知らない。

 

そして俺が割り当てられた班はボーデヴィッヒ班。最初は『話しかけるなオーラ』全開で、人とのコミュニケーションを拒んでいる様子だったボーデヴィッヒだったが、良くも悪くもそういった空気を読まなかった俺によって、その沈黙は破られている。

ちなみにネロと静謐ちゃんは鈴班、モードレッドはオルコット班だ。

 

「なあなあ、その眼帯何処で売ってたんだ?やっぱり大佐を意識してのファッション?口調とか態度とかもそれっぽいし、何よりその銀髪が良いな。いやー、俺も銀髪に憧れてた時期があったんだよ。銀髪の手入れって大変だって聞くけど、実際どうなの?」

「えぇい、五月蝿いぞ貴様!私は此処に遊びに来ている訳では無いのだぞ!」

 

今まで寡黙キャラを貫いていたボーデヴィッヒと、転入初日の出来事で「孤高の存在」とかまことしやかに囁かれている俺が話しているのを、物珍しそうに見るボーデヴィッヒ班の面々。俺だって興味の沸いた人間に対してはある程度対話を持ちかけたりもするのだ。

何を隠そう、俺にもこういう厨二の時期があった。だって、当時から既に他人とは違ったスペックを持ってたからね。中1の時の100m走で7秒台とか、明らかにおかしい。

で、そういった境遇からも、「俺って他人とは違うんじゃね?」という思想が芽吹いてしまったのだ。いや、本当に他人とは違ったんだが。

という訳で、俺はボーデヴィッヒに少なくない親近感を抱いている。

 

「おいボーデヴィッヒ班!進行が遅れているぞ、急げ!」

「はい、教官」

「織斑先生だ、馬鹿者」

「はい。...さて、では次の者は前へ」

 

千冬に注意され、滞っていたIS実技授業を再開するボーデヴィッヒ。まあ原因は主に俺な訳だが。

 

「にゃははー。さかさかがあんなに喋ってるの初めて見たよー。いやー、新鮮だったねぇ」

「俺は話す時は話すぞ?あとさかさかやめい」

「えー。じゃあマスマスは?」

「...それ、俺がマスターって呼ばれてるから?」

「うん、そうだよー」

「...さかさかでいいです」

 

布仏とそんな会話をしていると、今まで俺に話し掛けて来なかった女子達も少しずつ話し掛けてきた。中には俺の事を「さかさか」と呼ぶ者も出てきたが、まあ呼び方なんてどうでもいいかと開き直り、その呼び名を受け入れる事にした。

そんなこんなでクラスメイトとの距離が少し縮まったところで今日の授業は終了。各班、自分達が使ったISを片付けて着替えへと向かっていく。俺も一夏やデュノアと共に更衣室へと向かおうとするが、デュノアは1人先に帰っていった。先程も、更衣室で何やら顔を赤くしていたし、コレは万が一があるかもしれない。まあ別にどうでもいい事ではあるんだけどね。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「...一夏、これはどういう事だ」

「ん?」

 

篠ノ之箒の冷たい声が響き、一夏はそれに気付かない様子で素っ頓狂な声を上げる。

現在の時刻は午後1時前、昼休みの時間帯だ。そして俺達は学園の屋上で昼飯をつついていた。

普通、高校の屋上といえは色々な理由で立ち入り禁止なのだが、ここIS学園は違う。屋上は美しく整備され、花壇には色とりどりの花々が咲き誇っている。円状のテーブルも用意されており、晴れた日には割と賑わう憩いの場だ。

今日はデュノア目当てで食堂に集まっているのか、この屋上は貸し切り状態となっている。まあ彼女らお目当のデュノアはここにいる訳ですが。

 

「天気がいいから屋上で食べようって話だっただろ?」

「そうではなくてだな...」

 

一夏の返答に落胆する箒。その横に並ぶのはオルコットと鈴、そしてデュノアだ。俺の周りには静謐ちゃんやネロ、モードレッドもいる。エミヤ?アイツは食堂で飯作ってます。最近は「今日のエミヤ定食」などというメニューが食堂に追加されたらしい。何やってんのあの人。

その後も何やら話し込んでいる2人を放っておいて、俺はエミヤ手作り弁当...ではなく、俺の手作り弁当を広げる。俺も少しくらい料理が出来るので、出来るだけ自分で弁当を作る様にしたのだ。昨今は男も料理する時代だしな。

 

「おっ、マスターの弁当美味そうだな。一口貰っていいか?」

「流石あのアルトリアの系譜、良く食うなぁ。お前さっきパン食ってただろ?早弁とか言って」

「別に父上は関係ないだろ。それに俺は腹が減ってるから飯を食う訳じゃないしな。魔力なら十分過ぎる程貰ってるし。これはアレだ。ただ単に美味い物が食いたいだけだ」

「奏者よ、余も欲しいのだが」

「...まあ、予想していた事ではある。ホレ、お前らの分の弁当」

 

そういってギフトカードから3つの弁当箱を取り出して渡していく。静謐ちゃんは特に何も言っていなかったが、こちらをジッと見ていたので恐らく欲しかったのだろう。違かったら俺が恥をかくけど。

弁当を受け取った3人は嬉しそうな顔をし、それぞれ食べ始める。うむ、美味そうに食ってくれるのは嬉しいぞ。

3人の表情を確認してから、俺は自分の分の弁当に手をつける。ふむ、エミヤには劣るがまあまあ美味いのではないだろうか。と、自分の料理に自己評価を付けていると、ネロが服の裾を引っ張ってきた。

 

「奏者、奏者!余もあれがやりたい!」

「あれ?」

 

ネロが興奮気味に指差す方向。そこには、一夏が箒にアーンをしている光景が広がっていた。いつもは毅然とした態度の箒も、やはり惚れた男からのアーンは堪えるのだろうか、しどろもどろとなっている。てか一夏君や、キミは本当に自覚無いの?オルコットと鈴がめっちゃ睨んでるんだけど、彼女らの真意に気付いてる?まあ、織斑一夏IS学園ハーレム計画は順調に進んでいるようで何よりだ。本人に自覚無しのハーレムだが。

 

「...ふむ。じゃあホレ、アーン」

「アーン...。むふぅ!良いなこれは!もう一回だ奏者よ!」

「へーへー。はい、アーン」

「アーン...。ん〜〜!!」

 

弁当の定番メニュー、唐揚げと卵焼きを1つずつネロに食わせる。幸せそうなネロを見て、対抗心でも燃やしたのかオルコットと鈴も一夏にアーンをねだり始めた。

 

「...マスター」

「ああ、はいはい。静謐ちゃんもね。はい、アーン......あ、コラ、箸を舐るな!」

「ん...」

 

俺の指まで舐めてきそうな勢いの静謐ちゃんを静止して、もう1つオカズを提供する。ネロもそうだが、よくもまあこんな事で幸せそうな顔をするよなぁ。そこまで好かれているのかと思うと嬉しい反面、何故俺?という感想も出てくる。他にも良い男は沢山いるだろうに。本当に何でなんだろうな?

 

「マスターおかわり!」

「そういうところがアルトリアの系譜なんだよなぁ...」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

夜。壮絶な話し合いの結果、寮での俺の部屋割りは一人部屋という事になっていたのだが、今日からはデュノアが相部屋となるらしい。...俺の予想が正しければ、日本の倫理的に考えて非常にマズイ状況になるのだが、まあ此処は治外法権らしいし大丈夫だろ。という訳で、俺はデュノアの相部屋を普通に了承した。

 

「今日からよろしくね、凌太」

「おう」

 

晩飯は昼の面子で食っていたのだが、その際に女子包囲網&質問攻めにあっていたデュノアが、やっと開放されたのか食後2時間後にしてようやく部屋にやって来た。

 

「俺はもう風呂入ったから、好きな時に入っていいぞ。まあ男が入った後のお湯が嫌なら入れ直す必要もあるけどな」

「大丈夫だよ。それに僕、普段はシャワー派だし」

「ふぅん。あ、それと洗濯だけど、自分の下着を男の下着と一緒に洗われるのが嫌なら自分で洗えよ。そこまで面倒は見きれん」

「分かったー。...え?あ、いや!男同士なんだし、別に下着を一緒洗っても問題は無いよね!?」

 

見るからに動揺し始めたデュノア。何となくカマを掛けてみたんだが、案外チョロイなこの子。

 

「まあ男同士なら問題無いかもしれんが、ほら、お前女子だし」

「うぇえ!?な、なんで凌太がそれを知ってるの!?」

「昼間抱えた時、男と比べて体が柔らかかったし、俺や一夏が着替えている時にも顔真っ赤にして目を逸らしてただろ?まあホモという線もあったけど、最終判断はさっきの質問の答えと俺の勘」

 

何でもない風にお茶を啜りながらそう言い放つ。

 

「...えっと、うん。バレたんじゃしょうがないね。僕は男じゃないよ。ちょっと色々と理由があって、実家から男装しろって言われて...」

 

沈んだ様子で語り出したデュノア。何、見破られたのがそんなにショック?時間の問題だったと思うんだけど?特に千冬とかにはもうバレてるだろうしな。

 

「まあ、お前んとこの実家がそういう命令を下した理由は分からんでもない。デュノア社っていったら量産機ISのシェア世界第3位の会社だろ?そんでもって、最近は経営危機って話も聞く。そこで、お前という世にも珍しい『男のIS操縦者』を広告塔にしようってハラか?」

「...うん、その通りだよ。そしてもう1つ。同じ男子なら、日本で登場した特異ケース達と接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを盗れるだろう...ってね」

「つまりアレか。一夏の白式データや、俺の個人データなんかを盗んで来い、と」

 

舐められたな、完全に。デュノア社ねぇ...。いっその事潰すか?もちろん物理で。

 

「そんなところだよ。でも凌太にはバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ潰れるか他企業の傘下に入るか。まあどの道今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいい事かな。それにしても、転校初日で見破られるなんて思ってもみなかったよ」

 

諦めた様な笑顔でそう告げるデュノアだが、別に諦める必要は無いんじゃね?

 

「大丈夫だろ、多分」

「え?」

「ほら、此処って治外法権らしいし。外からの介入は出来ないそうだぞ?実際、俺が此処にいられるのもそのお陰だしな」

 

このIS学園は独立国家みたいな学園なのだと、この世界に来た時に千冬から教えられた。そうでなきゃ、戸籍すら無い俺達は学校なんてものに入学出来る訳が無い。

 

「帰りたいなら話は別だが、残りたいなら残ればいい。それを否定出来る奴は此処にはいねぇよ」

「...うん、そうだね。ありがとう凌太。とりあえずは、この学園に残る事にするよ」

「別に構わねえよ。こんなの気まぐれだ、気まぐれ」

 

 

 

という訳で、デュノアはこのまま学園に残る事になった。いや、別に帰ってもらっても俺は構わないのだが、本人が残りたいと思っているのなら残った方が絶対に良い。でもゴメン。気が向いたら、そのうちデュノア社潰してるかも。もちろん物理で。

そして一応、一夏や静謐ちゃん達にはデュノアの素性を知らせておいた。特に一夏は知っておかないと、知らず知らずのうちにセクハラしまくりそうだしな。見ていて面白そうではあるのだが、デュノアがさすがにセクハラ行為は嫌だと言ってきたので渋々一夏にも報告した。

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

デュノアの女子発覚から数日後。未だ俺達以外に、実はデュノアは女なのだとバレていない事に若干驚いている頃。俺はとある噂を耳にした。

 

「『月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑一夏と交際出来る』?なんだそれ」

 

転校当初とは違い、クラスメイトとも少しずつ会話をするようになった俺はクラスの女子からそんな噂を聞いた。一夏と付き合えるのならば、俺やデュノアとも付き合えるのか、という質問だったのだが、答えはもちろんNOだ。そんな話があってたまるか。でもまあ面白そうだから一夏と付き合えるという部分は否定しなかったけど。アイツもそろそろ身を固めた方がいいと思う。ハーレム作ってもいいけど自覚は持てと、声を大にして言いたい。

 

 

時間は放課後。俺もその学年別トーナメントに向けて射撃訓練でもしてみるかと思い、第3アリーナへと向かっていた。その道中に例の噂を聞いたという訳だ。

ちなみに、俺の専用機はまだ手元にない。エミヤが解体してしまい、戻すのに時間がかかるとかで未だ未実装なのだ。ついでに俺の権能、雷に耐えられるように耐電機能を付けてくれるらしいので解体した事は許した。ISに乗りながら権能を使う事もあるだろうからな。耐電仕様は有難い。

 

で、アリーナに着いた訳だが、何やら先客が暴れていた。

 

「鈴!セシリア!」

 

一夏もいるらしく、何処からか彼の叫び声が聞こえる。

今アリーナで暴れている、もとい闘っているのは鈴&オルコット VS ボーデヴィッヒだ。2対1にも関わらず、ボーデヴィッヒが押している。

鈴の専用機が『甲龍』、オルコットのが『ブルー・ティアーズ』、そしてボーデヴィッヒのが『シュヴァルツェア・レーゲン』。確か、これらは全て第3世代だったはずだ。今現在の最新機と言える。それが3機もいっぺんに闘っているのだから見応えあるなぁ。

 

と、悠長に見物していると、ボーデヴィッヒが他2人を薙ぎ倒した。鈴とオルコットのシールドエネルギーは底を尽きかけ、機体維持警告域(レッドゾーン)を超え操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと到着する。

しかし、ボーデヴィッヒが攻撃の手を緩めることは無い。ただ淡々と鈴とオルコットに暴行を加えるのみである。普段ほぼ無表情な顔に確かな愉悦の表情を浮かべた時、一夏が動いた。

 

「うおおおッ!」

 

白式を展開し、同時に《雪片弐型》を構築して『零落白夜』を発動させた。一夏はアリーナの障壁をぶち破り、ボーデヴィッヒへと飛翔する。

 

「その手を離せ!!」

 

力の限り精一杯、という感じで刀を振り下ろしボーデヴィッヒに斬り掛かる。だが、その刀がボーデヴィッヒに当たることは無く、一夏の体は停止した。

あれは確かこの前エミヤが言っていた『慣性停止能力』、AICってやつか。相手の動きを任意で停められるとかチートだよなぁ。まあ、ああいった能力には必ず何処かに弱点があるもんなんだけどな。

 

「やはり敵では無いな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の1つでしかない。──消えろ」

 

そう言ってボーデヴィッヒが肩の大型キャノンの砲口を一夏に向ける。

が、流石に知り合いが何人もやられかけているのに黙っている程俺は大人しくない。素早く一夏とボーデヴィッヒの間に入り、ギフトカードから取り出した『神屠る光芒の槍』で大型キャノンを破壊、後に回し蹴りでボーデヴィッヒをISごと後方へ蹴り飛ばす。

 

「な!?貴様、坂元凌太ッ!」

 

ボーデヴィッヒの驚愕に満ちた声が第3アリーナ全体に響く。まあ驚くのも当然っちゃ当然だ。何せ生身でISの兵装を破壊しただけでは無く、そのまま蹴り飛ばしたのだ。この世界の常識ではそれは有り得ない事である。だが生憎と俺の常識はこの世界とは違うので、生身の人間がISを蹴り飛ばすのも全然ありだ。

 

「ボーデヴィッヒさんよ。別に模擬戦するのは構わないし、弱者をいたぶって愉悦に浸るのも結構だが、せめて人目は気にしろよな」

「全くだ馬鹿者共が」

 

俺の忠告に合わせてアリーナに出てきたのは我らが鬼教官、織斑千冬だ。というか、居たならさっさと出てきて下さい。俺が注目浴びてるじゃないですか。

 

「やれやれ、アリーナのバリアまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「教官がそう仰るなら」

 

素直に頷いたボーデヴィッヒは、ISの装着状態を解除する。アーマーは光の粒子へと変換されて弾き消えた。

 

「織斑にデュノア、お前達もそれでいいな?」

「は、はい!」

「僕もそれで構いません」

「良し。では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁じる。解散!」

 

パンッ!と千冬が強く手を叩く。それはまるで銃声のように鋭く響いた。



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学年別トーナメント

「............」

「............」

 

所変わって現在地は保健室。ボッコボコにされた鈴とオルコットが、ベッドの上で何やら不貞腐れていた。

 

「別に助けてくれなくて良かったのに」

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

「それは無い」

 

一夏(惚れた相手)にカッコ悪い所を見られたからだろうか、よく分からない強がりを言い放つ鈴とオルコットだったが、無慈悲にも俺のツッコミが入る。だってあの状況から逆転勝ちとか無理だろ。ISだって活動限界だったんだし。

 

「はい、烏龍茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて。ね?」

 

デュノアが買ってきた飲み物をひったくるように受け取り、中身を一気に飲み干す。そんなに喉乾いてたのか。

 

「それにしても凌太。前から思ってたんだけど、君の身体能力は一体どうなってるの?」

「どうって...。見たまんまだが?」

 

不思議そうに質問を投げ掛けてきたデュノアにそう返答する。が、彼女だけでなく他の面子も興味を持っているようで、そんな曖昧な答えでは納得出来ないという視線をいただいた。

どう答えたものかと悩んでいると、遠くから複数の足音が聞こえてきた。それは地鳴りとなり、どんどんこちらに近付いて来ている。そして保健室のドアが吹き飛ぶように開けられ、数十人程の女子が保健室に雪崩れ込んできた。

 

「織斑君!」

「坂元君!」

「デュノア君!」

 

保健室に入ってくるなり我先にと俺達に手を伸ばして来る女子達。見ると、それは全員1年の女子だった。

 

「な、なんなんだ!?」

「「「「「これ!!」」」」」

 

一夏が叫ぶと、女子生徒一同は1枚の申込書のようなものを突き出した。一夏がそれを受け取り朗読する。

 

「なになに...?えー、『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦を行う為、2人1組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』」

「ああ、そこまででいいから!とにかくっ!」

 

そしてまた一斉に伸びて来る腕、腕、腕。もはやホラーの域だ。お化け屋敷とかこういう演出あるよね。

 

「私と組もう、織斑君!」

「私と組んで、デュノア君!」

「是非私と、坂元君!」

 

どうしていきなり学年別トーナメントの仕様が変わったのかは知らないが、とにかく今この場に来てきる女子連中は学園に3人しかいない男子と組もうとここまで勇み迫っているのだろう。めんどくさっ。

 

「えっと、悪いな!俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

「あ、オイ一夏!俺を見放すのか!?」

「だ、だってしょうがないだろ?こんな状況でシャルルを女子と組ませる訳にはいかないし、お前はホラ、静謐とかネロとかいるだろ?」

 

すまんと頭を下げる一夏だが、そんな事どうでもいい。一夏とデュノアが選択肢から消えた今、女子生徒の狙いは俺だ。これはヤバイ。

という訳で退散しようか。

 

「デュノアッ!そこの窓開け!」

 

一番窓に近かったデュノアに窓を開けさせ、そこからダイブする。ここは3階だが、俺にとってはそんな高さは関係ない。最高で上空4000mを経験してますからね。

 

「あっ!坂元君が逃げた!」

「ターゲット、着地後中庭を激走中!」

「良し。者共、往くぞ!」

 

などという会話が聞こえてきたが無視。それに、たかだか一般人に捕まる程俺は落ちぶれていない。俺を捕まえたければ静謐ちゃんクラスの気配遮断保持者を連れてきな!

 

 

 

* * * *

 

 

 

逃走を終えて、俺は自室へと帰ってきていた。デュノアはシャワーを浴びているらしく、シャワーの水音とデュノアの鼻歌が部屋まで聞こえてきている。

 

「どうすっかなぁ...」

 

どうするのか、とはもちろん学年別トーナメントのパートナーである。最初は静謐ちゃんやネロに頼もうと思ったのだが、それだと俺は片方としか組む事が出来ない。それだと確実にどちらかが機嫌を損ねる。それは面倒だ。やっぱここは当たり障り無くモードレッドで行くか?モードレッドは今の所俺に対する絶対的な好意は見られないし、何より彼女の中で俺という存在は「異性」という前に「マスターであり友達」というカテゴリーに入っている。若干異性として俺を見てくる事もあるが、それは本当に稀だし、特に問題は無いだろう。良し、明日にでも誘いに行くか。

と、自己完結した所で脱衣場の扉が開かれた。そこには当然の如く、タオル1枚を纏ったデュノアの姿が。

 

「...なんで男と同室なのにそんな無防備な格好で出てくるんだよお前」

「え?凌太!?い、いつから居たの!?」

 

まさか気付いていなかったと申すかこの娘は。そろそろ帰ってきそうだと分かりそうなもんだけどな。

 

「とりあえず、服着てこいよ」

「う、うん...」

 

デュノアはしずしずと自分の服を取り、再び脱衣場へと入っていく。そろそろ千冬に願い出て、現在一人部屋のネロかモードレッドの部屋に移動させた方がいいかもしれない。静謐ちゃんも一人部屋だが、静謐ちゃんと同室と言うのは死人が出るかもしれない。あの子、偶に寝息が毒ガスになることがあるからな。そうなるとやはりネロかモードレッドの部屋だろう。いやでも周りはデュノアが女だって知らないし、それだと世間体的にダメなのか?

暫くそんな事を考えていると、いつもの寝間着のジャージ姿に着替えてきたデュノアが顔を赤くしながら脱衣場から出てきた。

 

「...えっと、見た?」

 

何を、とは聞くべきでは無いのだろう。大体予想つくし。

 

「まあ、チラリと」

「っ!......凌太のえっち...」

「おいちょっと待て。さっきのは不可抗力だろう?いやまあ眼福だなあ、とは思ったけど、見ようとして見た訳じゃ無いぞ?」

「ま、まあ僕にも非はあるけど...」

 

そう言ってとりあえずこの件は流すことになった。と言うか俺は悪くないのに何で、どっちも悪かったよね?という雰囲気になっているのだろうか。解せぬ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

そして時は過ぎ、学年別トーナメント本番当日。俺は無事モードレッドとペアになることに成功したのだが、予想外の事態に見舞われていた。

 

「──で?弁解は?」

「すまない、本当にすまない」

 

腕を組んで仁王立ちする学生と、正座する教員。そんな異様な光景が、エミヤの工房と化したこのラボで広がっていた。

 

「予定では昨日の夜までには仕上がると聞いていたんだが?」

「すまない、本当にすまない」

「お前はジークフリートか」

 

申し訳なさそうに俯くエミヤ。こうなったのにも訳がある。実はこの男、俺の専用機を解体した挙げ句にスグには元に戻せないなどと口走り、更に納期を過ぎても完成させていないのだ。

 

「いや、思った以上に耐電機能の取り付けに苦労してね。今のままではマスターの最大電圧は疎か、半分程度の電圧にも耐えられない」

「...まあ、それが理由なら仕方ない、か。俺の権能が原因だし、エミヤを責めるのはお門違いだな。...はぁ、しゃーない。今回は『打鉄』でどうにかするかね」

「本当にすま」

「もういいよそのネタは!」

 

 

 

とまあこんな事があり、俺とモードレッドは『打鉄』で今大会を乗り切ることとなった。まあ俺がISに求めているのは戦闘力よりも機能性、「そーらを自由に、飛びたいなー。はい、IS〜(ダミ声)」というものである。常々願っていた飛行手段が手に入ったのだ。これで上空4000mからの紐なしバンジーも怖くない。

 

「...なあマスター。お前さんとペアになってから、やけに視線を感じるんだが...」

「気にすんな」

「いやでも、明らかに一般人が放つレベルじゃない殺気が...」

「...気にすんな。大丈夫、もし短刀が飛んできても何とかするから」

「それって静謐が見てるって事だよな!?え、それヤバくないかマスター!?俺死なない!?」

「大丈夫、大丈夫。さすがに静謐ちゃんも仲間を殺る事は無いと思う。...多分」

「多分!?」

 

そんな会話を繰り広げていると、アリーナでは織斑&デュノア VS ボーデヴィッヒ&箒の試合が始まっていた。俺とモードレッドの試合は次なので、アリーナのIS出入口で待機しつつ、一夏達の試合を観戦する。

 

「ほう。一夏とデュノアは良い連携だな。まあデュノアが一夏に合わせてる感はあるけど」

 

試合開始直後、一夏とデュノアはボーデヴィッヒ達を各個撃破する作戦に出ていた。

シュヴァルツェア・レーゲンのAICは厄介だ。AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。慣性停止能力。これは一夏の様な猪突猛進の奴には相性最悪なのではないだろうか?

案の定、一夏はスグに停止させられる。だがそこはデュノアがフォローし、良い感じにボーデヴィッヒを追い詰めていく。しかし、ボーデヴィッヒのパートナーである箒も黙ったままではない。彼女は専用機持ちではないので、俺達同様『打鉄』を纏っている。

果敢に攻める箒だが、ボーデヴィッヒがそれを邪魔に思ったのか、箒を押し退けて一夏との鍔迫り合いに入る。そしてその隙にデュノアが箒を制圧、試合は1対2の状況へと以降した。

 

で、なんだかんだあり、終始デュノア一夏ペアが優勢になりながら試合は終盤へと入った。

一夏が囮となってボーデヴィッヒに隙を作り、そこにデュノアが六十九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》、通称『盾殺し(シールド・ピアース)』を打ち込む。それは確実にボーデヴィッヒへとダメージを与えシュヴァルツェア・レーゲンの残量エネルギーを根こそぎ持っていく。

更に3発程撃ち込まれ、機体も限界を迎えたのか、ISに紫電が走り始めた。

 

──そこで、最初の異変が発生した。

 

 

「ぁあぁああぁあ!!!!」

 

ボーデヴィッヒの張り裂けんばかりの絶叫が響き、同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、デュノアがISごと吹き飛ばされた。

 

「おいマスター。アレ、ちょっとヤバくねえか?」

「ああ。ISの暴走か?」

 

訝しげに見ていると、シュヴァルツェア・レーゲンが変形していっている。いや、あれは変形なんて生易しいものじゃないな。原型も残さずに変わるというのは変形の域を超えている。

 

「ちっ。行くぞモードレッド!静謐ちゃんはエミヤと一緒に生徒達の避難経路確保!」

「おう!」

「了解」

 

あ、本当に静謐ちゃんいたんだ。

と、少し驚きながらも、俺とモードレッドはISも着けずにアリーナへと飛び出す。まあ俺達の場合、ISそのものが戦闘の邪魔になるのだから着けないのは当たり前なのだが。

 

「場合によっちゃ宝具使用も許可する。まあ必要無いだろうけど」

「了解した。久しぶりの戦闘だ、派手に行くぜ!」

「設備を壊すなよー。修繕費とかバカ高そうだからなー」

「保証はしねぇ!」

 

テンション高っ。ココ最近実戦なんて無かったからかなぁ。俺もISにかまけてばかりで手合わせもして無かったし。でも設備の修繕費は国からの報酬じゃ賄えきれないしなぁ...。万が一の場合はエミヤに給料分けてもらおうかな。

 

「Take that , You fiend!!」

 

ノリノリで暴走ボーデヴィッヒ(仮)に斬り掛かるモードレッドを放っておいて、俺は一夏とデュノアに駆け寄り状況確認をする。というか、いつの間にか一夏がやられてるんだが。ISも強制解除されている。

 

「おいお前ら、無事か?」

「凌太!う、うん。僕は大丈夫だけど、一夏が...」

「アイツ...絶対ぶん殴ってやる...ッ!」

「何興奮してんのコイツ?」

 

生身で暴走ボーデヴィッヒ(仮)へと立ち向かおうとしている一夏。何?何でそんなキレてんの?

 

「ラウラのあの姿。なんでも織斑先生の姿を模してるらしいんだ」

「ああ理解した。さすがシスコン。でもまあ、今回は俺らに任せとけよシスコンハーレム野郎」

「あ゙!?」

 

並々ならぬ怒気を含んだ一夏の声を無視して、現在モードレッドが戦っている所へと駆ける。

と、そこでアナウンスが響いた。

 

『非常事態発生、トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧の為教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!』

「ハッ、関係ないな!」

 

警告など聞いてやる義理はない。何気に俺も最近戦っていないし、欲求不満ではあるのだ。槍で人型の動くものを穿つだけでも結構な不満解消になるだろう。

 

「って事で覚悟しろガラクタ!」

「あっ!おいマスター、そいつは俺の獲物だぞ!」

「知らん!こういうのは早い者勝ちだろ!」

 

吠えるモードレッドと競いながら暴走ボーデヴィッヒ(仮)を相手取る。

何気に強いので中々攻めきれずにいるが、どんな奴にでもやはり隙というのはあるものだ。そしてやっと隙を見せた暴走ボーデヴィッヒ(仮)の頭を俺の槍が捉え、モードレッドが宝具を開帳する。

 

「ぶち抜け、『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』!」

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!」

 

...え?いやいやいやいや、ちょっと待て。ちょっと待ってよモーさんや。ヤベェんじゃねコレ。ボーデヴィッヒの奴、ヘタしたら死ぬんじゃね?俺はまあ雷が効かないから良いけど、機械相手に電撃ってどうよ?

 

「ぎ、ぎ......ガ...」

 

バチバチと紫電が走るシュヴァルツェア・レーゲン。その後、黒くなったそのISは崩れ落ち、中にいたボーデヴィッヒが視認できた。彼女が気を失うまでの一瞬、俺とボーデヴィッヒの目が合う。眼帯が外れて顕になった金色の左目。

...ヤバイカッコイイ!オッドアイとか!しかもカラコンとかじゃなくガチの!カッコイイ!

 

弱々しいその眼差しをしっかりと受け止め、崩れ落ちるボーデヴィッヒを抱き抱える。まあ宝具の直撃を喰らったのだから弱っているのは当たり前なのだろうが、何やらそれだけではなく、助けを求めているような瞳のボーデヴィッヒ。それを見て助けてやりたいと思った俺は、どうやら自分の思っている以上にこの少女のことを気に入っているらしい。

 

 

 

 



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金銀コンビはチョロイン

何度でも言います。
やり過ぎたとは思いますが、後悔はしていません。


 

 

 

 

 

 

──強さとは何なのか。

 

眠っているボーデヴィッヒが寝言で漏らした、苦しそうな、そして悩んでいるような声の言葉だ。丁度俺が彼女を保健室へと運んでいる途中にそんな事を言い出したので、聞こえている訳では無いだろうがその言葉に適当に返答してみた。すると、何となく彼女の表情が柔らかくなったので良かったと思う。

 

 

 

今回の事件をイイハナシダナー案件で終わろうとしたその数時間後。

 

「どうしてこうなった...」

 

現在地はIS学園寮の大浴場。本来ここは男子禁制なのだが、今日はボイラー工事とかで女子も使用禁止となっているらしい。しかし、そのボイラー工事が思った以上に早く終わったので、今日くらい男子勢で大浴場を満喫して良いと山田先生からお達しがあった。

そこまでは良い。俺も広い風呂は嫌いではないので大浴場を使えるのは大歓迎である。

しかし、しかしだ。

 

「どうしてこうなった...」

「ん?どうしたのだ奏者よ。同じ事を2度も口にして」

「いや、大事な事だから...」

 

そう、今この大浴場にいるのは男だけではないのだ。寧ろ男は俺だけである。何故一夏がいないのか。理由としては、一夏は俺がボーデヴィッヒを保健室に運んでいる間に入り終えたからだ。折角だから一緒に入りたかったと言った一夏に若干のホモ疑惑が浮上したが、この際それはおいておく。

問題は今のこの状況だ。本来俺1人で入るはずだった大浴場には、ネロを始め、デュノアや静謐ちゃんもいる。

もう1度言おう。どうしてこうなった...。

ちなみに静謐ちゃんも共に浴槽に浸かっている。少し痺れるだろうが、とりあえず俺の魔力を膜として静謐ちゃんの体に纏わせる事で毒素の流出を阻止しているのだ。まあ肌に直接お湯が当たっている訳ではないので、正確には浸かっていないのだが。

いや、そうじゃない。今の問題点から話がそれた。

 

「...なんでここにいるの?」

「「マスター(奏者)がそこに居るからです(だな!)」」

「僕はえっと...、お風呂に入りたかったから?」

「どこの登山家だお前ら。デュノアのは真っ当な意見っぽいが別に全然真っ当じゃないからな」

 

という訳である。もう訳が分からない、というか勘弁して欲しい。俺だって健全な男子高校生であって、女子、しかも美少女のカテゴリーに入る奴らと混浴とか普通に理性がヤバい。だが、ここで理性を無くしてはいけない。俺は知っている、風呂場でイチャつくとオカンが来るという事を。静謐ちゃんもそれが分かっているのか、そこまでくっついては来ない。利口だよ、うん。

しかし、ネロはいけないとてもいけない。さっきから凄く密着してきている。裸で。タオルを体に巻くなどという事はせず、裸で。理性が危ないちょー危ない。

 

「ネロさんや、その、少し離れてみては如何です?」

「嫌だ!聞けば、奏者と静謐は既に何度か共に湯浴みしたそうだな?余は羨ましい。なので、今回は余の番だ。奏者よ、なんならここで契りの予行練習と洒落こんでも良いのだぞ?」

「それはいけない。落ち着けネロ。それをするとオカンが来る」

「...あれは恥ずかしいですよ、ネロさん」

 

思い出したのか、どこか遠い目をする静謐ちゃん。あれは恥ずかしかったもんねぇ...。

 

「むぅ。オカンめ、無粋にも程があろう。だったら奏者よ。今夜奏者の部屋に行く故、その時にでも」

「凌太の部屋には僕も居ることを忘れてないかな?」

 

目の据わっているデュノアが、やけに迫力のある声でネロの台詞を遮る。デュノアの目に光が無いんだが。ハイライトさん、仕事して。

 

「ならばいっその事3人で良いのではないか?余は構わんぞ?寧ろ良い。奏者と美少女を同時に...」

「え、さ、3人!?えーっと...あの、凌太が良いって言うなら...」

「何を言おうが俺の意思は無視ですよね分かります」

 

というかデュノアが俺に惚れている意味が分からない。いくら同室とはいえ、それだけで惚れる程甘くは無いだろう、多分。一夏とペアを組んでいたし、絶対に一夏に惚れるんだろうなと思っていたのだが、予想が外れた。それにしても何故俺?百歩譲って静謐ちゃん達が俺に惚れるのは分かる。マスターだし、静謐ちゃんにとっては唯一毒が効かない相手だし。しかし、デュノアは違う。別段俺との特別な繋がりがある訳でもなく、周りの男が俺だけということも無い。それにこの学園には「織斑一夏」という絶対的なイケメンがいるのだ。そいつとも交流を持っていて、何故俺なのか。不思議でならない。まあ「恋はいつでも奇想天外」などと言っていた人もいるし、そういう事なのだろうか。

 

 

「なあデュノア」

「シャルロット」

「は?」

「シャルロット・デュノア。それが僕の本名なんだ。だから、僕達だけの時はシャルロットって呼んで?」

「...じゃあシャルロット。少し、俺の昔話をしよう」

 

行為に及ぶ前に、これは言っておいた方が良い。だって、俺の境遇に引く奴も少なくないだろうから。

 

俺は神殺しであり、人殺しだ。今まで数え切れない程の人間を殺してきた。セプテムなんかは数千数万の兵を殺した。そして、それになんの躊躇もしない殺人鬼。知人友人仲間は別だが、人が死ぬことに対してなんの興味もないし、殺しても何も思わない。俺は、そんなバケモノなのだ。そんな奴を、お前は本当に好きだと言えるのか?

 

こう言えば、シャルロットも俺に対する好意を無くすだろう。この世界において、人殺しは忌むべき行為なのだから。

 

 

 

 

 

 

──そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「なぁにこれぇ...」

 

俺は今、自室のベッドの上にいる。そして俺の上にはネロとシャルロットが。

しつこいようだがもう1度。どうしてこうなった...。

 

なんでも、シャルロットは別に俺の事について引かなかったらしい。曰く、他人に興味が無いのはカンピオーネの特性の様だから仕方がない、根は優しいと知っている、ここに残ればいいと言われたのが嬉しい、とのこと。

だがまあこれでハッキリした。シャルロットさんは良い人であると同時にチョロインです。

 

 

 

そしてその夜。

シャルロットもネロも凄かったよ、うん(意味深)

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

翌日。朝のHRにシャルロットとボーデヴィッヒの姿が無かった。ボーデヴィッヒは昨日の怪我が治っていないのだろうが、シャルロットは今朝「先に行ってて」と言い、まだ教室に姿を見せていない。

 

「み、皆さん、おはようございます...」

 

そんな事を考えていると、最近一夏に惚れ始めている山田先生が何故かふらふらしながら教室へと入ってきた。

 

「えっと、今日はですね...、皆さんに転校生を紹介します。転校生といいますか、既に紹介はすんでいるといいますか...、えぇと...」

 

また転校生?多すぎだろ転校生、もうちょい自重というものを...、あっ…(察し)。

 

「じゃ、じゃあ入ってきてください」

「失礼します」

 

そう言って入ってきたのは、予想通りシャルロット・デュノアその人である。シャルル・デュノアではなく、ちゃんと女子制服を纏ったシャルロット・デュノアとして入室してきたのだ。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

ぺこりと礼をする彼女の姿に、クラスの連中は皆呆然としたままだ。まあこのクラスでシャルロットの正体を知っていたのは俺、静謐ちゃん、ネロ、モードレッド、一夏の5人だけ、エミヤや千冬といった教師を合わせてもたったの7人なので、まあ当然と言えば当然だ。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした、という事です。はぁ、また寮の部屋割りを組み直す作業が...。はぁ...」

 

なるほど、山田先生が項垂れていた理由はそれか。俺の時も苦労をかけたなあ。まあ、ガンバ!

と、そこでクラスの女子達が騒ぎ始めた。

 

「え?デュノア君って女...?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」

「ん?ちょっと待って。坂元君って同室だから知らないってことは...」

「そういえば、昨日って確か男子が大浴場使ったわよね!?じゃあ坂元君だけじゃなくて織斑君も!?」

 

ザワザワッ!という喧騒が一斉に教室を包み、あっという間に溢れかえる。

そして教室のドアが蹴破られ、ISアーマーを展開した鈴が隣のクラスから乗り込んできた。

 

「死ね、一夏ぁああッ!」

「俺は何もしてないぞ!?」

 

とまあ、死傷者が1名出たが問題はないだろう。強く生きろよ、一夏。

と、それに続き、鈴によって蹴破られたドアからボーデヴィッヒが入室してきた。この状況(一夏瀕死)で落ち着いているあたり、この子はきっと大物だろう。

 

「よう、ボーデヴィッヒ。怪我はもういいのか?」

「ああ、問題ない。ISの方もコアは辛うじて無事だったし、既に修繕済だ」

「へー。丈夫なんだなー、っと」

「んなっ!?何故避ける!」

「そりゃあ顔をいきなり近付けられたら反射的に避けますよ。いやね?これが2人きりとかなら問題はないんだけど、今はほら、静謐ちゃん達が見てるから。死ぬよ?ボーデヴィッヒが。毒殺か、或いは刺殺で」

「くっ...。まあいい。坂元凌太!お、お前は私の嫁にする!決定事項だ、異論は認めん!」

「ほう。婿ではなく嫁とな」

 

これまた斬新な告白だことで。あと静謐ちゃん、殺気出すのは良いけど毒素を出すのはやめようね。ほら、周りの人達苦しそうだから。

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする!」

「そいつ絶対日本の漫画とか好きだろ」

「奏者!」

 

ガタッ!と立ち上がるネロに注目が集まる。え、何?

これは修羅場になるのか?と、皆が見守る中、ネロは満面の笑みで顔を上げた。え、本当に何?

 

「Good job!」

「発音いいなぁオイ」

 

ネロの発言にクラス皆が昭和臭くズッコケる。

どうやらネロもボーデヴィッヒの事を気に入っていたらしい。主に容姿とか。

そして、ネロのその行動を見て何かを諦めたのか、静謐ちゃんが放っていた殺気が収まった。...静謐ちゃんには後でフォロー入れとこ。

 

 

 

それにしても、何故ボーデヴィッヒまで。一夏がいるだろう一夏が。お前の愛しのブリュンヒルデの弟が。いや、女の子に好意を持たれるのは嬉しいんだけどさ。

しかもシャルロットと同じく俺の素性を話しても、自分も軍人として人を殺す訓練をしていた、だから問題は無い。とか言い出すし。

これも俺の新スキル「カリスマ(偽)」の効果なのか...?うぅむ、否定しきれん。

 

...それにしても、この短期間で2人も俺に惚れるとか絶対におかしい。近いうちに悪い事でも起きる前兆か何かかな?

 

 



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臨海学校

 

 

 

 

 

季節は初夏。学年別トーナメントが終わってから1週間が経ち、現在は7月上旬となっている。

そんな、少し蒸し暑く感じ始めた初夏の朝。俺はシャルロットが女だと公言したことにより、再び1人部屋に戻っていた。

 

──まあ、この1週間1人で寝たことはないんだけれども。

 

「...今日もか」

 

目覚めた俺の隣、要するに同じ布団の中には現在ラウラが居る。ココ毎日、誰かしらが俺の寝ている間に布団に忍び込んでくるのだ。部屋の鍵はちゃんと閉めているのだが、どうやってか毎晩侵入してくる。酷い時は静謐ちゃん、ネロ、ラウラの3人が全員居ることもあった。というか、お前らよく寝ている間に静謐ちゃんと接触しなかったな。

寝ている間は夢の中で集中しているので中々侵入に気付けない。まあ気付いても止めはしないだろうけど。だってこのシチュは普通に嬉しいし。

隣で穏やかな寝息をたてて寝ているラウラの頭を軽く撫でる。補足だが、1週間前、つまり「お前は私の嫁」宣言をされた日に呼び方をボーデヴィッヒからラウラに変えろとの要望が本人から入ったので呼び方はラウラにしている。

 

と、そこでスマホの着信音が入った。ウザイ。

 

『もしm...』

「ウザイ」

 

最近恒例の即切り。嗚呼、今日も今日とて平和だなぁ。

 

「ひっどいな小僧」

「どこから湧いたクソジジイ」

 

急に目の前に現れた爺さんに文句を言いつつ、槍で爺さんを攻撃する。まあ普通に避けられたが。

 

「帰れジジイ。ウチの子が起きるだろ」

「ウチの子て...。なんだ、父性でも湧いたか?」

「うん、少し」

 

ラウラはこう、娘みたいな感じがするんだよなぁ。いや、子供持ったこと無いけど。

 

「...じゃあ小声で」

「おう」

「前々から言っていた異世界間を行き来出来る云々の話なんだが」

「ああ、例のタ○ムマシン擬きな。結局1度も使った事がない、あの」

「そうそれ。実を言うと、まだ完成してなかったんだよ。出口が安定しなくて、何処に出るか分かったもんじゃなかったんだ」

「お前それ今言う?もし俺が使ってたらどうしたんだよ」

「明日の事は明日考えよう、って格言を知ってるか?」

「要するにノープランか。まあ爺さんのことだし、今更驚きはしないけど。で?」

「それがやっと完成したから一応連絡にな。出入口の場所を書いた紙は此処に置いとくから、子育て頑張れよ」

「そこまでラウラを子供扱いしてねぇよ。まあサンキュ」

 

とまあ、比較的珍しい平和なやり取りを済ませると、爺さんが部屋の机の引き出しを開け、中に入って消えた。マジでタ○ムマシンかよ。

 

「ん...。なんだ、もう朝か...?」

「お、目ぇ覚めたか。おはようラウラ」

「ん...おはよう...」

 

ちょうどラウラも目を覚ましたので、俺達はさっさと身支度を済ませる事にした。

タ○ムマシン擬きの事は、まあ来週から臨海学校が始まるし、俺の専用機もまだ完成していないのでそれらが終わってからでも良いだろう。

 

「とりあえず、ラウラは次からちゃんとパジャマを着て寝ような。毎回言ってるけど」

「毎回聞かれるので毎回答えているが、夫婦というのは包み隠さぬものだと聞いている」

「これも毎回言うが、意味が違うからな?」

「そうか?でもまあ、目は覚めるだろう?」

 

別のものも起きるわ、とは流石に言えなかった。俺はそこまで変態ではない。仕方なくラウラの説得は諦めて着替えを始める。ラウラはこの部屋に自分の制服を置いていたようで、既に着替え終えていた。

 

暫くして支度を終えた俺達は、いつものメンバーで朝食を摂る。いつものメンバーとは、エミヤ除く俺達異世界組と一夏、箒、オルコット、鈴、シャルロット、ラウラの10人だ。食堂の大テーブルはちょうど10人用なので、大体はいつもそこで食事を摂る。余談だが、最近地道に人気を伸ばしてきた「今日のエミヤ定食」は今や看板メニューとなっている。流石に美味いよオカン。こりゃ当然人気も出るわ。

でもまあ、飯が美味いのとエミヤが作業サボってるのは別だよね。あの野郎、俺の専用機に行き詰まったからって生徒会長の妹のIS作りに協力してるらしいな。しかもソイツと良い感じになってるとか。あの女難の相持ちめ、こっちは静謐ちゃんから情報が入ってるんだぞ。これはお仕置き決定だな…。

 

──ということで、エミヤへの魔力供給を切りました。反省などする気もございません。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「という訳で、行くぞ奏者!」

 

どういう訳かは知らないけれど、とりあえずネロ達に拉致されました。唐突すぎんだろ。

 

ネロ曰く、臨海学校間近だろう?それならば水着が必要だと思うのだが?ん?、とのこと。それとこの状況となんの関係があるというのだろうか。

とまあ、詳しい経緯は省くが、今俺達はIS学園を飛び出し、街へと繰り出していた。何気に学園外に出るのは初めてだな。

 

ちなみに今いるメンバーは俺、静謐ちゃん、ネロ、モードレッド、シャルロット、ラウラだ。なんでも、ネロが彼女らとも買い物がしたいんだとか。各人の服装は、俺とラウラは学園の制服。静謐ちゃんは箱庭であしらった服一式。シャルロットはライトグレーのタンクトップの上に半袖のホワイトブラウス、そしてスカート。ネロは安定の花嫁衣装。ここまでは良い。いや花嫁衣装もどうかとは思うのだが、まあ良い。問題はモードレッドだ。

 

「モーさんや、もうちょいマシな服装はなかったのか?」

「はぁ?別にこの恰好も普通だろ」

「ブリテンには羞恥心という概念が無かったのか...?」

 

モードレッドの今の服装。それは一言で表すと水着の亜種だ。いつもの鎧は脱ぎ、下半身は腰巻きのようなものとニーソックス。これだけでも十分恥ずかしい恰好なのだが、極めつけは上半身だ。なんとまあ、胸部を布1枚でぐるっと巻いただけである。少しズレたら見えるぞ、何がとは言わないけど。

 

普段女の子扱いすると不機嫌になるクセに、なんでそうもふしだらな恰好をするのか。今のお前はどこからどう見ても痴女の仲間だぞ?

 

「はぁ...。水着買うついでにちゃんとした服も買ってやらないとな...」

「まあマスターがそう言うなら。よろしく頼むわ」

「凌太。私の嫁として、私の私服も選んで貰いたいのだが。そうだな、まずは副長の言っていた『どうていをころすふく』から」

「その副長の言うことを信じるのはやめとけ。まあ欲しいなら買ってやるけど。とりあえずは水着だろ?」

「うむ!では行くぞ!」

 

やけにテンションの高いネロに引き連れられて水着売り場へと向かう俺達。面子が面子なので、道中色々な視線に晒されたが、とりあえず男共には殺気をくれてやった。慈悲など無い。

 

 

水着売り場の前に着き、各々が自分の水着を選んでいる時。女子連中は水着を選ぶのに時間がかかっているが、男である俺はさして時間はかからない。

なので自分の分の会計を済ませた後、店の外で暇を持て余していた。金銭面についてはさほど問題はない。俺の個人データを国に渡す事で高収入を得ているので、まあ女性陣の水着と服、あと今日の食事代くらいは大丈夫だ。それに、出費を渋るとネロが五月蝿いしな。

 

時たま俺に命令してくる女尊男卑思想の持ち主共が居たが軽く殺気出して追い払い、警備員も呼ばれたがソイツも殺気で萎縮させる。殺気って便利だよね。

そんな事をしていると、ネロが小走りでこちらまで走ってきた。

 

「奏者よ。ちと水着選びに悩んでいるので、奏者が決めてはくれぬか?奏者の趣味も知っておきたいしな」

「まあ良いけど。でも俺、自慢じゃないがセンス悪いぞ?」

「構わん。奏者の好きなものを買う」

 

そんな感じで始まった水着購入イベントだが、男の俺にとって女性水着売り場など完全アウェーである。まあその程度で萎縮する俺ではないが。

 

「んー...。やっぱネロは赤のイメージだし、赤色かな。柄はローマっぽく薔薇柄...。あれ?ローマっぽいって何だ?」

 

と、自分の良く分からない言葉に自分でツッコミを入れながらも水着選択を終える。

 

その後も度重なる「これなんてギャルゲ?」なイベントがあったのだが、長いので割愛。全員分の水着を買ったところで、同じ水着売り場に来て居た一夏達と遭遇したので、とりあえず皆で昼飯を食べに行った。そんでもって帰宅。海は長い事行っていないので普通に楽しみにしながら、臨海学校までの日々を過ごすのだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「ははははは!楽しいぞマスター!波乗りいただきィ!」

「はしゃいでんなぁ」

 

待ちに待った臨海学校自由時間。

照り注ぐ太陽の下、真っ赤なビキニを着込んだモードレッドがはしゃぎながらサーフィンをしている。サマーモードレッド、略してサモさん、てな。

そして何処から持ってきたのか、ブリテンの宝物庫にでも置いてありそうな盾をサーフボード代わりにしている。アレを見たエミヤが 「アヴァロン柄だと...!?」 と軽く戦慄していたが気にしないでおこう。それにほら、モードレッドって何だかんだで父上マジリスペクトしてるから。

 

「あ、凌太。此処にいたんだ」

 

ふと、声に呼ばれて振り向くと、そこには黄色を基調とした水着を身に付けたシャルロットとバスタオルお化けがいた。

 

「ようシャルロット。で、ラウラは何してんの?」

「あー、ちょっと待ってね。ほらラウラ、出てきなってば。大丈夫だから、ね?」

「だ、大丈夫かどうかは私が決める...」

 

いつもの威風堂々としたラウラにしては珍しく、モジモジしながら弱々しい声を出している。何を恥ずかしがっているのだろうか?いや、恥じらいを持つということは良い事なんだけどさ。君、いつも裸で俺の布団に入り込んで来てるよね?

 

「ほら、折角水着に着替えたんだから、凌太にも見てもらわないと」

「ま、待て。私にも心の準備というものがあってだな...」

「もー。そう言ってさっきから全然出てこないじゃない。一応僕も手伝ったんだし、見る権利はあると思うけどなぁ」

 

そういえば、ラウラとシャルロットは同室になったらしい。先月のトーナメントでは文字通り死闘を繰り広げていた2人だったが、今では普通に仲が良いようだ。ラウラはまだ対人関係を苦手としている節があるので、シャルロットの様な社交的な子と居れば色々と変わるかもしれない。まあ、人生において対人関係に明るくなければならないなどという綺麗事は言わないけど。

 

「うーん、ラウラが来ないなら僕だけ凌太と遊んでこようかな〜」

「な、なに?」

「ふふん、そうだね、そうしようよ凌太」

「ま、待て!わ、わわ、私も行くっ!」

「バスタオル巻いたままで?」

「ええい!脱げばいいのだろう、脱げばッ!」

 

そう言ってばばばっと身に巻いていたバスタオルをかなぐり捨て、水着姿のラウラが陽光の下に現れる。

 

「くっ...。笑いたければ笑うがいいッ...!」

「いや別に。可愛いと思うぞ。似合ってる」

 

ラウラが着ていたのは黒のビキニで、レースをふんだんに使った1品だった。一見下着のようにも見えるその水着を着込んだラウラの髪は、いつもの飾り気のないストレートでは無く、左右で1対のアップテールとなっている。そして恥じらいからくる紅潮した頬やモジモジとした振る舞い。うん、可愛い(確信)

 

「しゃ、社交辞令なのだろう...?」

「逆に聞くが、俺が世辞でものを言うとでも?」

「うっ...、確かに...」

「僕も可愛いって褒めてるのに全然信じてくれないんだよ。あ、ちなみにラウラの髪は僕がセットしたの。折角だからオシャレしなきゃってね」

「グッジョブだシャルロット。ツインテールは良い文化。あ、遅れたけどシャルロットも似合ってるぞ、その水着」

「え、あ、うん。ありがと」

 

女の子が照れる姿って可愛いよな。などと思っていたら、急に魔力が持っていかれる感覚が俺を襲った。え、何事?

 

「『逆巻く波濤を制する王様気分(プリドゥエン・チューブライディング)』!! ぃやっほぅう!!」

「アレ宝具?もしかして宝具使ってる?なんか津波レベルの波を乗りこなしてるけど、あの波って魔力で生み出してるよね?」

 

穏やかな海水浴場の一角に津波レベルの高波が発生するという奇怪な光景を目の当たりにし、俺はまたもや無許可で宝具を使用したサモさんに施す罰を考え始めた。川神武闘会に続き、これで2度目だからな。エミヤと同じ魔力供給を切るでいいか。

今は楽しんでいる様なので目を瞑るが、夜からは魔力供給無しだ。慈悲はかけるが罰はしっかり与えないとな。

 

「奏者よ、余はスイカ割りというものをしてみたいのだが!」

「唐突に出てきて唐突な願いを言うね、君は。まあ用意してあるけど」

 

どこからともなく現れたネロの要望に応えるべく、あらかじめ(エミヤが)用意していたスイカをギフトカードから取り出す。やはりオカンは気が利く。褒美と言ってはなんだが、今から魔力供給を再開してやろう。単独行動スキル持ちでも、流石に1週間の間ずっと魔力供給がなければキツイものだ。俺の専用機調整を怠った事は十分に反省していたようだし、そろそろ許しても良い頃だろう。

ちなみにネロは俺が選んだ赤薔薇柄の水着を着てくれている。

 

「スイカ割り。それは、目隠しした挑戦者が周りの声だけを頼りに、手に持った棒でスイカを割る遊戯である。挑戦者は前もって回転し、平衡感覚を鈍らせてから開始することもある。一般的には砂浜などで行う競技だが、保育園や幼稚園、地域のイベントなど、数多くの場で行われており、日本の夏の風物詩として確立してきた。公式ルールも農〇共同組合(JA)が設立した『日本スイカ○り協会』が1991年に発表している。詳しくは『日本スイ○割り協会』HPを見てね!」(Wikipedia参照)

「アンタその協会の回し者か何か?」

 

急に現れた謎の女生徒にツッコミながら、ネロに目隠し用の手拭いを渡す。棒は手軽な物が無かったので、とりあえず天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)を渡した。いや、丁度良いかなって。折角の聖剣なのに全然出番が無かったし、この辺りで活躍してもらおう。

 

「うむ!目隠しもしたぞ!準備万端だ、いつでもこい!」

 

ヤケにやる気なネロ皇帝。何で?

とまあ疑問には思ったが、やりたいと言うのでやらせよう。周りにいた連中も結構ノリ気だし。

 

「ネロさんもっと右だよ右ー!」

「いや、左だって!」

「騙されないで!真実はいつも1つ。そのまま真っ直ぐよ!」

「斜め右に18度、約4.3m地点だよー」

 

最後ヤケに正確か数値まで言ったな。いやまあ、明後日の方向を指示されている訳だが。

 

「ふむふむ......。む、見切った!」

 

周りの声を全て聞き、そして自分の直感に従って聖剣を振り下ろすネロ。振り下ろした先には────

 

「ちょ、待っ!」

 

何故か一夏が。どうやらまた何かをやらかして鈴とオルコットに追われていたらしく、それから逃げていたら斬りかかられたとのこと。不幸か。

 

 

 



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天災

スイカ割りの後は女子連中に誘われてビーチバレーに興じ、途中で織斑千冬とガチンコラリーを繰り広げるなど、俺は割と楽しい時間を過ごしている。だが、静謐ちゃんが未だ浜辺に姿を現していない事が気がかりだ。自身の毒を気にしてなのか、若しくは別に理由があるのか。それは分からないが、そろそろ探しに行ってみようかな。

 

 

 

 

とか思い至って数分後。

宿に戻り、静謐ちゃん探索をしていると、目の前から不思議の国のアリス風少女が走ってきた。...秋葉原から来たのかな?

 

「やあやあハロハロー!君が坂元凌太であってるかな?」

「いいえ人違いです」

 

異世界に来てたら培われてきたスルースキルを駆使し、不思議の国のアリス(仮)をやり過ごす作戦。いやだって関わったら面倒そうだし。

 

「そっかー。ちーちゃんに頼まれたから、この天才・束さんが紅椿のついでに坂元凌太とやらの専用機も調整してあげようと思ってるんだけど、違うならいっかー」

「いいえ私が坂元です」

 

なんてこった。まさかこの不思議の国のアリス(仮)がISの製造者である篠ノ之束だったとは。ん?でも確か彼女は行方不明じゃなかったか?まあ細かい事はいいや。とりあえず今は専用機優先でいこう。

 

「そうかい、君があの坂元凌太か。いやー、まさかいっくん以外の男がISを動かせるとはねー。束さん驚きだよ」

 

マジマジと不躾に俺の体を観察してくる天才。そんなに見ても何も出てこないぞ。俺が普通じゃないという結論以外は。

 

「ふむふむ。あ、そうだ、1つ聞きたい事があるから正直に答えてね」

「別にいいけど」

「それじゃー、単刀直入に聞こうか。君は、ISのことをどんな風に見てる?」

「ISの事をどう見ているか?」

「そうそう、そうなのだよ!」

 

テンションがよく掴めない人だが、今の質問には少なくない真剣味を感じ取れた。それに応えるという訳では無いが、出来るだけ正直に言おう。まあ、基本的に人に対して気を使うなんて事をしないのが俺なんだけどネ!

 

「ぶっちゃけ空を飛ぶ為の手段の1つ、って感じかな。モビ○スーツという男心を擽る仕様の上、空まで飛べるってんだから俺的にはマジ最高。それに、その気になれば宇宙まで行けるんだろ?夢が広がるよネ!」

 

そうなのだ。先日の授業で聞いたのだが、ISは本来、宇宙探索機を目的として作られたらしい。宇宙とか行ってみたい。

 

「...それだけ?他にも、ほら。戦争になったら有利になれる軍用機だー、とか思わないの?」

「まあ戦闘でも使えるんだろうけど、俺個人としては戦闘より空を飛ぶって事の方が重要だ。人類の夢だろ、空中飛行って」

「.........ははっ。あー、これはちーちゃんの言った通りだなぁ。うん、コイツは他とは違う」

「オイコラ。俺が変わってる事に自覚があるとはいえ、人に言われると腹が立つんだぞ」

 

なんともまあ失礼な奴だ。出会って早々に変人呼ばわりしてくるなんて...。あれ?今まで出会ってきた奴らも大体こんな反応だったっけ?

 

「ふっふっふー。よぅし、りょーくん!」

「りょーくん?」

 

出会って2分弱で変人呼ばわりされた挙句、あだ名までつけられた。まあ俺も心の中じゃ不思議の国のアリス(仮)とか呼んでたしおあいこか。

 

「とりあえずりょーくんの専用機を組み立てて来るねー!明日の朝辺りにちーちゃんから呼び出されるだろうから、その時箒ちゃんと一緒にフィッティングとパーソナライズをするよー!遅刻するなよりょーくん!」

 

と、嵐の様に現れて嵐の様に去っていった稀代の天才の背中を見送る。

 

「...何だったんだ?まあ専用機作ってくれるらしいし、ほっとこ」

 

という訳で、俺は束のせいで中断していた静謐ちゃん探索を再開し始めた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

数分後。

俺は旅館内でスク水の上に薄いピンク色のパーカーを羽織った静謐ちゃんを発見する事に成功していた。だが、その静謐ちゃんの顔は落ち込んでいるような感じだ。

 

「よっ。何してんの?」

「あ、マスター...」

 

普段も余り抑揚のない口調の静謐ちゃんだが、今日は特に弾みがない。というか完全落ち込んでる感満載だ。

 

「...誰が原因だそいつぶん殴ってくる」

「あ、いえ、別にそういうのでは無くて...」

 

割と真剣に殴りに行こうとしたのだが、静謐ちゃんが違うというのでやめておこう。

 

「えっと、その...。マスターは相川さんを知ってますか?」

「相川?ウチのクラスの相川清香?」

「はい、その相川さんです。割と仲良くしてもらっている人なんですが...。それで、その、先程相川さんと一緒に海辺へ行こうとしていたのですが、不注意で手が触れてしまって...」

 

ああ、なるほど。それでそんなに落ち込んで...、...え?待ってそれ相川さんヤバくない?

 

「掠っただけなので死には至りませんでしたが、やっぱり身体に毒が効いてしまったようで...。顔色を悪くしながら部屋に戻っていきました。一応、エミヤさんに報告して面倒は診てもらったんですけど、まだ気分が優れないようで...」

 

良かった、死人は出ていないらしい。流石に死人が出ると学園にはいられないからな。

でもまあ、毒かぁ。宝具になるぐらいだから相当強力なんだろうけど、俺はほとんど何も感じないからなあ。

 

「...私は暗殺者なのに、いつの日か殺したくないと思った...。思って、しまった...」

 

悲しそうに、哀しそうにそう語る静謐ちゃん。正直こういった雰囲気は苦手でしょうがないのだが、ここで空気読まなきゃこの子のマスターではない気がするので黙って話を聞き続ける。

 

「...貴方と出会えて本当に良かった。私が触れても死なない貴方。でも、他の人は違う。みんな、みんな...触れれば死んでしまう、苦しんでしまう。それが...怖い...っ」

「......」

 

...困った。非常に困った。これはどう返せばいいの俺?スルーは論外としても、何言っていいのか分からないんだが。それに、俺は他人が死のうが別にそこまで気にする性格じゃないしなぁ。下手な慰めは返って静謐ちゃんを傷つけそうで怖いし。んー.........。

 

ダメだ何も思い付かん。

 

「...俺は死なないさ」

 

とまあ、とりあえず頭を撫でながらそんな事を言ってみる。正直何の答えにもなっていないしこのクサイ台詞は身悶えする程恥ずかしいが、名案を思い付かなかったんだから仕方ない。

 

「っ!...ありがとう、ございます...。私に触れても死なない貴方。私に触れてくれる、優しい貴方。...永遠に、仕えます、マスター」

「うん。よろしくね、静謐ちゃん」

 

とりあえず何とかなったっぽい。いや、多分静謐ちゃん自身はまだ悩みを抱え続けるのだろう。それは俺も心苦しい。聖杯でどうにかならないか...?もしくは魔術...それこそ爺さんに勝ったらその報酬としてどうにかしてもらうのも良いかもしれない。何だかんだで爺さんは何でも出来そうだしな。

現時点で俺に出来るのはここまでだ。静謐ちゃんの悩みを解決する術など持っていない。だから、今後その手段を見つけていこうと決意した。

 

 

 

 

その30分後には相川の体調も良くなり、静謐ちゃんには入念に魔力膜を張って3人で海へと向かった。その後も、俺がサーフィンに興味を持ってサモさんにご指導頂いたり、みんなで遠泳勝負をしたりなどあったが、まあ楽しかったという事実だけをここに示しておこう。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は現在午後7時。大広間を3つ繋げた大宴会場で、俺達は夕食を取っていた。

 

「うん、美味い!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ。しかもこのわさび、本わさじゃないか。高校生の飯じゃねえぞ」

 

美味い美味いと言って刺身をパクつく一夏。...それ、多分さっきエミヤが捌いてたやつです。あと、他のメニューの小鍋と山菜の和え物、それに赤だし味噌汁とお新香もエミヤが関わってました。

 

先程厨房前で聞いた会話は以下の通りだ。

 

『エミヤ先生...、いえ、エミヤ師匠(せんせい)!私に、料理を教えて下さい!』

『フッ──ついて来れるか?』

『は、はいッ!』

『いいだろう...。イメージするのは、常に最良の料理だ──』

『最良の...料理...ッ!』

 

以上。

 

もう訳が分からない。流石、一流シェフのメル友が100人いるだけはある。

 

「ねぇ凌太、その『本わさ』って学園の刺身定食でついてるのとは違うの?」

「ああ、シャルロットは知らないか。本わさってのは本物のワサビをおろしてるから本わさ、定食についてくるのは練りわさってやつなんだよ。ワサビダイコンとかをおろしたものに着色したり合成したりして見た目と色を似せてるんだ」

「ふぅん。じゃあこれが本当のワサビなんだ」

「まあな。でも練りわさも美味いっちゃ美味いぞ。俺は正直どっちでもいいが」

「へー...。はむ...。っ!?」

「おいバカ。ワサビを丸ごと食う奴があるか」

「そ、奏者ー!ワサビが、ワサビがぁ!!」

「こっちもか...」

「...ここは私もワサビ一気をしてマスターの気を引かねば...!」

「無理に食おうとするなよ静謐ちゃん。地味にキツイから、ワサビって」

 

もうカオスすぎる。一夏は一夏でオルコットや鈴などと騒いでるし、最早食事中の雰囲気ではない。まあ宴会という意味では間違っていないが。

 

「お前達は静かに食事することもできんのか」

 

襖が勢いよく開かれ、それと同時に千冬の声がこの空間を支配した。いやマジで。場の空気が一瞬にして凍ったぞ。

 

「どうにも体力が有り余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜ランニングを...」

「いえいえいえ!とんでもないです!静かに食事させて頂きますです!!」

 

そう言って一夏の周りに群がっていた女子達はいそいそと各自の席に戻っていく。蟻の子を散らすとはこの事か。

 

「織斑、それに坂元。あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ」

「わ、わかりました...」

「いや、俺は悪くなくね?」

 

五月蝿かったのは一夏とその周りな訳で、俺達はまだ静かなもんでしたよ。一夏に注意するのは、まあ分かるが、俺は関係ないし悪くない。

 

「坂元、教師には敬語を使うように」

 

それだけ言い残してこの場を去っていく千冬。敬語使えとか今更感ありすぎじゃね?とは思ったが、まあ気にしても仕方がないので、俺達は食事を続ける事にした。

 

「......はむ。~~~~~っ!!」

「だから止めろと言ったんだよ静謐ちゃん。ホラ、水」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「いやー、凌太と一緒に風呂に入るのって初めてだな!」

「そのテンションの高さに、俺は『織斑一夏ホモ説』を強く提唱したくなる。...言っとくが俺はノーマルだぞ?普通に女が好きだから」

「俺だってノーマルだし女の子が好きだけど!?」

 

一夏と2人で露天風呂に浸かりながらそんな会話を繰り広げる。また1つ、一夏ホモ説が強くなりそうな発言を聞きながら、目の前に広がる海と満天の星空を見る。うん、この景色はなかなかのものだ。

 

「ところで一夏。お前、学園の女子で誰が好み?というか好きな奴いる?」

 

唐突な恋バナ。いやだって気になるじゃん?

 

「突然だな...。うーん...」

「やっぱり千冬みたいな感じが好きなの?」

「んー。まあ嫌いじゃないけど、千冬姉は姉弟だしなー。恋愛対象っていうと少し考える...」

 

シスコンが何やら真面目な事を言い出した。それにしては、今日の海でも千冬見る目だけ周りと違ったんだけどコイツ。ホモかシスコン...。まあ人の趣味だし口出しはしないけどさ。

 

「そういう凌太は誰が好みなんだ?」

「好みというだけなら一番はモードレッドだな。気が合うし。まあそれで恋愛感情を抱くかどうかは別だけど」

 

モードレッドはどちらかと言うと友達って感じだしな。

 

「へー、意外だな。てっきり静謐やネロが好みなのかと思ってた」

「好みじゃない訳じゃねえよ。ただ一番と聞かれたらモードレッドなだけで」

「ふぅん。じゃあ好きな人は?」

「好きな人ってんなら仲間全員だがな。恋愛対象ってことだろ?それだったら、お前が知ってる範囲で静謐ちゃん、ネロ、シャルロット、ラウラだよ。俺は基本、向けられた好意には応えるぞ?」

「俺が知ってる人だけでそれって事は、他にもいるのか?」

「機密事項です」

「...お前、一夫多妻制って知ってる?」

「知らん。俺がルールだ」

「お前は神か何かなのか?」

 

いいえ神殺しです。という台詞は説明が面倒くさそうなのでぐっと飲み込んだ。

 

「まあ俺の事はいいさ。とりあえず一夏、お前は箒や鈴、あとオルコットとかのこともちゃんと考えとけよ」

「ん?何でここで箒達が出てくるんだ?」

「マジかお前...。まあいいや、そこら辺は自分で考えろ。そこまで面倒は見切れん。それじゃ、お先に」

「あ、オイちょっと!」

 

呼び止める一夏を置いて、俺は脱衣場に戻る。ぱっと体を拭いて髪を乾かし、旅館備え付けの浴衣を着込んで自室へと向かう。

 

部屋割りは何故か俺が一人部屋で一夏は千冬と相部屋という。別に一夏と一緒が良かったとか、1人が嫌だとかではないのだが、何処と無く一夏との差別を感じる。聞けば、一夏の部屋にはどうせ女子連中が集まるだろうからその予防策として千冬が同室なのだそうだ。尚且つ、ここは学園外であるため外部の敵などが奇襲を仕掛てくる可能性も十分ある。その敵が狙うのは当然世界に2人しかいない男性操縦者。だから防衛上の問題でも一夏と千冬が同室になったらしい。

...俺は別に襲われてもいいってか。いやまあ襲ってきた奴を返り討ちにする自信はあるし、実際半殺しどころでは済まないかもしれないけれど。

 

「それに、どうせ誰かしら布団に入り込んでくるんだろう?知ってる」

 

達観、という訳では無いが、最早日常になりつつある出来事を容易に想像する。うむ、嫌じゃない、寧ろ良い。

それに、明日は待ちに待った俺の専用機が完成する日だ。天災が仕上げてくれるとのことなので、納入日をオーバーすることはまず無いだろう。

 

実に、実に楽しみだ。



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待ってましたマイ専用機

 

 

 

 

臨海学校2日目。今日は午前中から夜まで丸1日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。だがまあ、専用機が完成する事に比べればそんなもの些細な事だ。まだ自分の目で見てないからな、俺の専用機。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

はーい、と一同が返事をする。流石に1学年全員が揃っているのでかなりの人数だ。

 

「ああ、篠ノ之と坂元。お前らはちょっとこっちに来い」

「はい」

「うっす」

 

打鉄用の装備を運んでいた箒と、最初から呼ばれる事が分かっていた俺は千冬の下へと向かう。そして静謐ちゃんとネロ、モードレッドも着いてきた。何故。

 

「...私は篠ノ之と坂元だけを呼んだのだが」

「良いではないか。余も奏者の専用機が見たいのだ!」

「俺も見たい。それに試験運用とか面倒だしな」

 

悪びれる様子もなくそう言い放つ2人。静謐ちゃんは無言で俺の傍に寄ってきている。愛いやつめ。

 

「お前ら...。はぁ、まあいい。どうせ言っても無駄だろうからな...。それより篠ノ之と坂元。知っているだろうが、お前らには今日から専用──」

「ちーちゃ~~~~んっ!!!」

 

千冬が何かを言い終わる前に、ISらしき装備を装着した兎擬きのアリスが物凄い速度で砂煙と共に走ってきた。なにやってんのあの天災。天災らしく、強風ぶちかましにきましたとか?ないか。

 

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあハグハグしよう!愛を確かめ...ぶへっ」

 

そのままのスピードで千冬へとダイビングハグをしようとした篠ノ之束の顔を、当の千冬は片手で掴む。アレは痛い。

 

「五月蝿いぞ、束」

「ぐぬぬぬ...。相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」

 

なんとか自力でアイアンクローから脱出した束はそのまま着地。次に箒の方を向いた。

 

「やあ!」

「......どうも」

「えへへ、久しぶりだねっ。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが...ガッ!」

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ...。し、しかも日本刀の鞘で叩いた!酷いよ、箒ちゃん!」

 

カオスすぎる。流石天才、その存在そのものが喧騒の権化のようだ。

 

「束。そろそろ坂元達に専用機を見せてやったらどうかね」

「んー、そうだねー。それじゃあ皆、あの大空をご覧あれ!」

 

いつの間にか近くにいたエミヤが束に声を掛け、それと同時に束が指を天に向けると2機のISが降ってきた。比喩はない。マジで降ってきた。というか「ご覧あれ」って言ったのとほぼタイムラグ無かったんだけど。微塵も空を見上げてねえよ。

 

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃんの専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製ISだよ!」

 

降ってきたISの1つ。真紅の装甲に身を包んだ箒の専用機体は、なんと最新にして最高の1品らしい。え、何それうらやま。

 

「そしてそして!続いてはりょーくんの専用機こと『トニトルス』!魔術なんていう不思議パワーを盛り込み、魔力をエネルギー源とした、既存のISとは文字通り別次元のISだよ!」

「おお!カッコイイではないか!」

 

ネロがそんな歓声を上げる。うん、本当にカッコイイ。紫色って好きだし。

 

紅椿とは別のもう1つの薄い紫色のIS、『トニトルス』。こちらは俺に合わせて魔力で動くようにしてくれたらしい。助かるなぁ。

 

「さあ箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!あ、オカンはりょーくんの方お願いね。箒ちゃんの分が終わったら手伝うから」

「任された。という訳で、始めるぞマスター」

「ほいさ」

 

と、トントン拍子でフィッティングとパーソナライズが始まった。

...俺は、エミヤが束を呼び捨てにし、そして束がエミヤをオカンと呼んでいる事に対して絶対に突っ込まないぞ...ッ!

少しの会話を挟んだ後、ものの3分で紅椿の設定は終わった。てか早いな。こっちはまだ10分の1くらいしか終わってないぞ。

 

「エミヤ先生おっそーい」

「あれは束が異常に早いだけだ。私が遅いわけではない」

 

冷やかし程度にエミヤへと文句を言いつつ、テスト稼働として空を飛び始めた紅椿の方を見る。

 

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

『え、ええ。まぁ...』

 

オープン・チャンネルで箒と喋りながら何やら操作をする束。空中に出ているのは武器データか?それを箒へと送信すると、データを受け取った箒が2本の刀を抜き取った。

 

その後も武器やら性能やらのテストをし続ける箒と紅椿。ああ、早く俺も空を飛び回りたい!

と、そんな事を考えていると、血相を変えた山田先生がこちら側に走ってきた。

 

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生!」

「どうした?」

「こっ、これを!」

 

山田先生が小型端末を千冬に手渡す。そしてその画面を見た千冬の表情が強ばった。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし...。エミヤ先生、専用機持ちは?」

「1人欠席しているが、それ以外は揃っているな」

 

ああ、エミヤがIS組み立て手伝ってた生徒会長の妹...、確か更識簪、だったか?そいつの姿が見えないと思ってたら休んでたのか。

 

「山田先生は他の職員に通達してください」

「は、はい!」

「全員、注目!現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上!」

 

突然のテスト稼働中止に戸惑いを隠せない1年一同。まあ無理もない。普通、特殊任務行動とか言われても分からないよな。

不測の事態にざわつき始めた一同だったが、千冬がそれを見逃すはずもなく。

 

「とっとと戻れ!以後、許可なく室外に出た者は我々で拘束する!いいな!!」

「「「は、はいっ!」」」

 

千冬の一喝で女子達が慌ただしく動き出す。接続していたテスト装備を解除、ISを起動終了させてカートに乗せる。その姿は今までに見たことのない怒号に怯えているようにも見える。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!それと、篠ノ之と坂元も来い。......静謐達の同行も特別に許可する」

 

当然のように俺について来ようとした静謐ちゃん達に諦めの表情を浮べながら、仕方なく同行を許可する千冬。まあ、彼女は俺達の正体も知っているし、戦力になると判断しての決断だろう。

 

というかその前に1ついいですか。

 

「俺、まだフィッティングが終わってないんだけど...」

「すまないマスター。全力でやってはいるのだが」

 

とりあえず紅椿の調整を終わらせた束にパパッと調整して貰った。スゲー早かった。そしてエミヤが泣いた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

旅館の1番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺達専用機持ちと教師陣が集められていた。

証明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった。教員は学園の訓練機を使って空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちにしてもらう」

 

なるほど。その福音とやらが暴走して近くを通るから撃墜しようってか。面倒くさそうだな。まあ、IS戦闘の良い実戦経験になると考えればいいか。

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するよに」

「はい」

 

早速手を挙げたのはオルコットだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「分かった。ただし、これらは2カ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には然るべき処罰が下る」

「了解しました」

 

オイ、なんか知らんけど勝手に了解されたんだが。

などと抗議を口にする前にデータが開示された。

 

 

まあ、そのIS情報を見て話し合った結果、束の乱入&助言もあり、一夏・箒の2名で福音の追跡及び撃墜をすることとなった。つまんね。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

結論を先に言おう。作戦は失敗、一夏は意識不明の重体となって旅館へと運ばれてきた。

 

有り体に言って、ほぼ箒の慢心及び手に入れた力のコントロール不足によるミスである。

紅椿などという破格な性能を持つ最新鋭機を貰い受け、自分も専用機持ちとなった事で舞い上がっていたのだろう。それに加えて一夏が密漁船を庇ってしまい、その隙をつかれた、というのもあるが、やはりそれを差し引いても箒に非があるだろう。まあ、一般的にはそれが普通だ。強大な力を手に入れれば、その分慢心しやすくなる。斯く言う俺も、権能を手に入れた当時は相当慢心していたし、それが原因で爺さんに殺されかけた。だからまあ、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 

しかし、意識不明のまま布団に横たわる一夏の側で箒は酷く落ち込んでいた。

 

「これは予想外か?それとも予想通りなのか?天災兎さんよ」

 

ポツリと、誰にも聞こえない程の声量で呟く。

俺は大体の事情を理解しているつもりだ。今回の福音暴走の件、おそらくだが束が関係している。浜辺での教師陣のやり取りを聞いて怪しげに口角を上げていたのが、俺が確信を得た理由だ。

予測ではあるが、あの天災は福音をジャックしたのだろう。目的は、大事な妹の華々しい晴れ舞台。暴走した専用機を追撃し、専用機持ちとしてデビューさせる。と、そんなところだろう。

だが、そんな事情は知った事ではない。作戦は失敗した。これが事実だ。ならば次はどうするか。答えは簡単だろう。

 

「目標ISを、ここから30km離れた沖合上空に確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見出来た」

 

端末を片手に俺の下へとやって来たラウラを、俺は頷きながら迎える。

 

「OK。流石ドイツ軍特殊部隊、やるな」

「ああ──それで、行くのか?」

「当然」

 

当初の作戦は失敗した。ならば次は新しい作戦を行うのが普通だ。まあ俺の独断で行動するんだけど。

 

「ラウラ、シャルロットを呼んできてくれ。俺1人で殺れるだろうが、一応保険としてな」

「了解した」

 

上層部からの待機命令?はっ!知った事かよ、そんなもん。俺は『魔王』だからな。自由に、気の向くままにやらせてもらう。

 

箒の方は放っておいても大丈夫だろう。鈴やオルコットが喝を入れに行っているし、何よりあれは個人で乗り越えなきゃならない問題でもある。あまり親しくもない俺が行ったところで何にもなりはしないしな。あとは一夏の回復を信じるしかない。そうだ、ネロのスキルでもかけとくか?“人に愛を”とかいう回復スキル持ってたよな、たしか。

 

今回、静謐ちゃん達は留守番だ。ISが無い以上、どうしても空中戦では足で纏いになる可能性の方が大きい。それに、あの程度ならば俺だけでどうにでも出来る。あ、これは慢心とかじゃなく客観的に見た事実だよ?

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

海上200m。そこで静止している『銀の福音』は、まるで胎児の様な格好で蹲っていた。

 

「さて、と。とりあえずはコイツの性能チェックテストからだな。行くぜ、『トニトルス』」

 

そう言って、俺は紅椿にも引けを取らない速度で福音へと接近する。

 

「──?」

 

俺の接近に気付いたのか、福音が不意に頭を上げるが、もう遅い。

 

「まずは右腕!」

 

避ける仕草をするも間に合わず、福音の右アームが中を舞う。

『トニトルス』の装備、名称『槍戟』。まあぶっちゃけ普通の槍だ。だが、普段俺が使っている槍の様な計上ではなく、槍の先端が膨らんでいるタイプ。かえしが付いていると考えれば、まあ大雑把な戦闘になりやすいIS装備としては使える武器だろう。

 

右腕を飛ばされて尚、こちらに攻撃を仕掛けようとする福音を蹴り飛ばして一旦距離をとる。

 

「速度は十分。あとは耐久か」

 

言いながら、福音の放つ銃弾を全て避け続ける。

耐久を確かめると言ってわざと攻撃を喰らい、それで活動停止しては元も子もない。それこそ慢心というやつだ。なので攻撃をわざと受けるなどという愚行は犯さない。ならばどうやって耐久度を確かめるのか。そんなもの簡単だ。

 

「──我は雷、故に神なり」

 

実に1ヵ月半ぶりに聖句を発する。つまり、権能の行使だ。

俺が本気で放つ雷の電圧は約1億~5億V。人が即死するレベルの、自然界で発生する雷と同等だ。

今回放つのはその半分以下。大体500万V程だ。本気でやったら耐久値が足りなくて壊れました、とか言われても困るし。

 

「この位は耐えろよ『トニトルス』!雷砲(ブラスト)ォ!」

 

放たれた雷は真っ直ぐに福音へと襲いかかり、確実にダメージを与える。

雷砲を放った右腕を見てみると、何事も無かったかのように佇む右腕が確認出来た。

 

「そんじゃあもうちょい上げて行くぜ!オラァ!!」

 

そして威力を倍以上上げた雷砲を数発ぶっぱなして福音を消しにかかる。未だ『トニトルス』は健在。雷で壊れる様子は微塵も見られない。うん、上出来。

 

「トドメだ。受け取れ、福音!」

 

耐久度も確認し終えた俺は、上空に100本近くの雷槍を作り出す。これで魔力は4分の1を失うが、ここで決めれば問題は無い。

 

 

 

 

時間にして7分弱。コア以外、その9割が消し飛んだ福音の上に俺は立っていた。7分半というその時間で『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の制圧は終わりを迎える。いや、制圧と言うよりは破壊か。何せ跡形もなくぶっ壊したのだから。

福音の中に人の気配を感じた気がしたが、まあ今となっては後の祭りだ。

何度も言うが、俺は神殺し、魔王・カンピオーネなのである。見知らぬ人物を救う様な英雄(ヒーロー)でも無ければ、他人の死に心を痛める聖人でもない。他人の事などどうでもいい、自分と仲間以外基本眼中に無い、そんなクズ野郎である。

そんな俺が他人を気遣って自分が苦労する方法を取るなど、土台無理なのだ。

 

 

まあ、俺の容赦の無さに少なからず引いていたシャルロットを見て若干凹んだのは事実だが。

次からは少しだけ気をつけよう、うん。

 





余談ですが、更識簪は正義の味方や英雄(ヒーロー)に憧れを抱いている、みたいな描写が作中にあったので、
「あ、エミヤって正義の味方じゃん」
と思い、2人の関係的なものを思いつきました。

ほら、エミヤさん女難の相とか持ってるし、楯無さんとか巻き込んで面白い事になりそうな気が...、え?しない?...デスヨネー

感想・評価・アドバイス等、よろしくお願いします


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Fate/Grand Order②
救援要請来てた...


本能寺復刻きましたね。


「さて、今回みんなに集まって貰ったのは他でもない。なんかヤバイ事になってるからみんなで乗り切ろうぜって話だ」

 

夏。もうセミも忙しなく鳴き始め、若干煩わしいなー、と思ってきた今日この頃。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の一件が起こってから、既に3週間が経とうとしていた。

 

「ヤバイ事?また何か厄介事を持ち込んできたのか、あのご老体は」

 

やれやれ、と肩を竦めるのは我らがオカン・エミヤ先生。今日は日曜の為職務はお休みだ。

 

「いや、今回爺さんは関係ない。というか俺が悪い」

 

そう言って、もう一度部屋を見渡す。

 

今回、俺の急な呼び出しに応え、このクソ暑い中わざわざ俺の部屋まで出向いてくれたのは、エミヤ、静謐ちゃん、ネロ、モードレッド、シャルロット、ラウラの6人である。声を掛けた全員が集まってくれた。ありがたい。

 

「回りくどい言い方しないでさっさと要件を言えよ、マスター」

 

棒アイスを咥えながら催促をかけてくるモードレッド。白いへそ出しタンクトップ(俺はキャミソール亜種と呼んでいる)とショートパンツだけという何ともラフな格好だが、まあ布一枚を巻いていた時期よりかは幾分マシだろう。

 

「えー、じゃあぶっちゃけるわ。...先週、カルデアからの救援要請があったんだけど、スマホ全然見てなくてさ。ついさっき確認した」

「ブゥッ!」

 

俺の話を聞いて、エミヤが飲んでいたお茶を吹き出した。わあ、テンプレートだぁ。

 

「ちなみに内容はこう。

『凌太君ッ!至急、至急カルデアまで来てくれないか!?アメリカが...立香ちゃん達が危ないんだ!これを聞いているなら、早くッ!』

...もう一度言うと、この録音音声は1週間前のものです」

「それはマズイな...」

「だろう?てことで、諸君らには明日にでも旅立てるよう準備して欲しい。あ、シャルロットとラウラは来なくていいよ。お前らには国や学校もあるしな。一応、俺達居なくなるよって報告の為に呼んだんだ」

 

ぱんぱん、と2度手を打ち、解散の意を伝える。まあ準備とかはほとんど要らないのだが、エミヤは教員採用の為、色々と手続きが必要だろう。

英霊陣はその合図で部屋から出ていき、各自準備を始める。まあ、仲の良かった連中に暫く留守にするという報告等が主だろうか。相川とか。

 

「嫁。そのカルデアとやらに行くとして、いつまで帰ってこないんだ?」

「分からん。2度とこっちに来ない事は無いだろうけど、もしかしたら1年後か2年後、或いは10年後なんて事もあるかもな」

「え!?そ、そんなに長く!?」

「本当に分からないんだよ。半年後くらいにひょこっと現れるかもしれないし。次はいつ何処で何が起こるかなんて分かったもんじゃねえ。だってこっちには駄神がいるし」

 

あの爺さんが絡むと最悪死ぬからな、俺。

 

「ふむ。ならば私もついて行こう。夫婦とは、いついかなる時でも共に在ると聞いている」

「ぼ、僕も!」

 

2人して付いて来ると言い張るが、そうだな、少しシュミレーションでもしてみるか。

 

1、シャルロット&ラウラ特異点にイン

2、少なくとも、アルトリア達が居て死にかける様なガチの戦場、もしかしたらそれ以上

3、俺は力を十全に使える状態では無い

4、死

 

結論、2人共に死亡...。ダメじゃん。

 

「死ぬだろうからダメ。それに、さっきも言ったけど、お前らには国があるだろ。2人は代表候補生なんだし、ここで死ぬのは本意じゃないだろ?」

「っ...それは、そうだが...」

 

ドイツという国の命運を握っていると言っても過言では無いであろう立場のラウラは、流石にこれで尻込みする。軍所属なのだし、当たり前だろう。ま、IS学園を卒業して、それでも俺達について来たいと言うのならば、その時は連れて行くが。

 

「...僕は、フランスに居場所なんてないと思う。デュノア社は未だに経営難、僕の正体がフランス政府にバレたら十中八九牢屋行きだし...。それなら、愛国心なんかよりも、好きな人と行動を共にする事を優先するよ、僕は」

 

そういやそうだった。余りにも自然と女子に戻って再入学してきたからすっかり忘れてたけど、コイツお国にバレたらヤバイ隠し事してたんだった。

 

「...とにかく、今回はダメだ。ガチで死ぬかもしれないし。...卒業後、その時になっても俺達について来たいと思うのならそう言え。その時は2人共連れてってやるよ」

 

 

 

という訳で、遅くとも2年半後にまた此処に来る事になりました。

シャルロットもラウラも、ついて行きたいという思いは変わらないと豪語していたので、恐らく近いうちに“ファミリア”へと入る事になるだろう。まあ、俺が生きていればの話だが。

アルトリアやその他強力なサーヴァント達が居ても尚死にかける様な戦い、ねぇ...。普通に怖いんですけどそれ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「やりたいこと、行きたい場所、見つけたら〜♪迷わないで、靴を履いて、出掛けよう〜♪ということでタイ○マシンに乗ろうと思います」

「まさかあの秘密道具に乗ることになるとはな...」

 

正確にはタ○ムマシン型の時空遡行機らしいが。

いや、机の引き出しを開けたら真っ暗な空間が広がっててさ。その中にポツンと乗り物が浮いてたんだよ。で、その乗り物の形がまんまタイムマ○ンだったって訳。

その乗り物に行き先を入力すると、その世界まで送っていってくれるらしい。ガチの秘密道具じゃねえか。

 

「よーし、みんな乗ったなー?んじゃ、出発進行ポチッとな」

「おい、その機械が爆発しそうな掛け声はやめてくれないか」

 

自爆フラグのセリフを吐き、意気揚々と出動ボタンを押す。エミヤの突っ込みにも大分慣れた。というかコイツ、漫画やアニメのネタにヤケに詳しいな。

 

「アラホラサッサー!」

「やめろと言っている!!」

 

と、こんな感じでタ○ムマシンは動き出し、暗闇の中を暫く進んだ後、いつもの如く、前方に現れた光へと飛び込んでいく──

 

のかと思ったら、いきなり急カーブして、俺達だけ光の中へと放り出された。

 

「「なんでさー!!」」

「おお!奏者とエミヤの声がハモった!」

「それは今関心することなのか!?」

 

もうぐだぐだである。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「へー、ここがカルデアかー」

 

光を抜け、モードレッドが第一声を上げる。そっか、モードレッドはカルデアに来るの初めてなんだっけ。

 

光の先はカルデアのマイルームだった。俺が前に居た時と何ら変わっていないところをみると、誰もこの部屋を弄ってはいないのだろう。

 

「とりあえず管制室に向かうか。ロマンやダ・ヴィンチちゃんもそこに居るだろうし」

「そうですね旦那様♡」

 

..................。

 

「......OK、大丈夫だ。落ち着け俺」

「あらあら、そんなに汗をかかれて...。風邪を引いてしまいますよ?」

「元凶が何を言ってやがる」

 

何事も無いように、俺に気取られる事も無く俺の隣に居た緑がかった髪の少女。うん、まあ清姫だよね。何をナチュラルに俺達の会話に入ってきているのだろうか。

 

「清姫さん、お久しぶりです」

「おお、清姫か。久しいな」

「...すまないマスター。彼女の接近に全く気が付かなかった」

「大丈夫。俺もだ」

「え?誰、コイツ?」

「お久しぶりです、静謐さん、ネロさん、エミヤさん...。初めまして其処な新人サーヴァント。後で少しお話があります...。その前に旦那様(ますたぁ)?私の勘が告げているのです。少々、浮気癖が強いのでは?燃やしてしまいますよ、安珍様?」

「落ち着け、落ち着くんだ清姫。俺は安珍じゃない。だからチロチロ出してる火を収めろ」

「あらあら、またそんな嘘を...。燃やそうかしら」

「ステイ。本当に待ってくれ清姫さん。俺は悪くない筈だ。そう、その安珍とやらが悪いのであって、俺じゃない。OK?」

「つまり、貴方が悪いという解釈ですよね?」

「違います。俺の前世は多分ツチノコとかだから」

「レア度的に言うとあながち間違ってないのか...?」

 

エミヤが真剣に悩み始めた。ねえ、考えてないで助けてオカン!

俺は基本、向けられた好意には応えるようにしているが清姫の場合は別だ。だって清姫が好きなのは安珍なのであって俺ではない。そんな、自分以外の奴に向けられた好意にどうやって応えろというのか。...無理じゃね?

 

 

 

 

その後もなんやかんやあって、何とかマイルームから出る事が出来た。

が、また此処で問題が生じたのである。

 

「セイバァァァ!!」

 

ネロに襲いかかるジャージ姿の変態を殴り飛ばし、ついでに軽い電撃を喰らわせる。不審者撃退だね。

 

「さて、確か管制室はここを右で...」

「ちょ、無視!?私は無視なのですか!?殴った挙句に無視とか、貴方さてはドSですね!?」

「マスター、そこを右に曲がったら次は左だ」

「ガッテム!!」

 

五月蝿いなあ。てか気絶させるつもりで雷打ったのに普通に立ち上がりやがったぞアイツ。

...ん?あの顔はアルトリア顔...?

 

「ち、父上ぇ!?」

「む?そちらのセイバーはモードレッド卿...。キャメロットだけでは飽き足らず、このカルデアの窓まで叩き割りに来たのですかこの不良息子は!!」

 

不良息子...。え、もしかしてあれアルトリア顔じゃなくてアルトリア本人?

 

「...久しぶりだな、アルトリア」

「誰の事ですか?アルトリア?知らない子ですね。私のコードネームはヒロインX。昨今、社会的問題となっているセイバー増加に対処する為に召喚されたサーヴァントです。ということで私以外のセイバーは死ね」

「何を言っているんだこの子は」

 

懲りずに再度ネロに斬りかかって来たので殴り飛ばす。学習しないなぁ。

 

「じゃ、行くか」

「うむ、そうだな」

「私は少し食堂に寄ってもいいかね?」

「ん、後で飯食わせてね」

「了解した」

「え、みんな父上スルーなのか!?折角、あの父上が俺を息子って言ってくれたのに!」

「ほらモードレッド、置いてくぞー?」

「......ああ、アレがマスター達の通常なんだな。今やっと理解した...」

 

モードレッドの奴、今何かを悟ったな。

ということでヒロインXという謎キャラを放置して、俺達は管制室へと向かった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

その後は誰にも遭遇すること無く、暫く歩くと管制室へと到着した。

 

「おっひさー。いや、待たせてマジで悪い」

 

と、無遠慮に管制室の扉を開けてそう言う。中にはポカンとした表情の藤丸さんとロマンの姿があった。

少しの間沈黙が続いた後、ようやくロマンが口を開く。

 

「...えっと、凌太君?いつ帰ってきてたのかな?」

「ついさっき」

「伝言を聞いたのは?」

「昨日」

 

ガクッと項垂れるロマン。いや、だから悪かったって。

 

「え、じゃあ次は凌太君も私達と一緒に来れるの?」

「おう。藤丸さんが嫌じゃなければな」

「全然そんなことない!寧ろ歓迎するよ!今まで何度死にかけたことか...。凌太君が居れば少し安心出来る!」

「お、おう...」

 

若干涙を浮かべる藤丸さんを見る限り、今まで相当な冒険をしてきたのだろう。一緒に行くのが楽しみのような怖いような...。死なないように頑張ろう。

 

「せ、先輩ッ!大変です、通路の真ん中でヒロインXさんが倒れて......って、え!?凌太さん!?いつから居らしてたんですか!?」

「10分くらい前から」

 

血相の変えて管制室に駆け込んできたマシュは、俺達を発見すると驚きの表情を浮かべた。まあ、予告無しで来たからね。しょうがないネ。

 

「それに、そこに居るのはモードレッドさんじゃないですか!お久しぶりです!」

「あ、本当だ!凌太君再来のインパクトで気が付かなかったよ...」

「は?誰だお前ら。俺と会ったことあるか?」

「え?いえ、この間ロンドンでお会いしましたよね?」

「ロンドン?知らねぇな、覚えてねぇ」

「そ、そんなぁ...。私と培った愛は偽物、虚像だったとでも言うの!?」

「はぁ!?愛ィ!?俺とお前がぁ!?」

「先輩、嘘をつかないで下さい」

「ますたぁ?今、嘘をついたのですか...?燃やし...」

「ごめんなさい軽いジョークです。だからその炎引っ込めてお願い」

 

...カオスすぎるしぐだぐだすぎる。なんだこれ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「んんっ!さて、思わぬ助っ人である凌太君も到着した事だし、次の特異点のブリーディングを始めよう。判明した第6特異点だが、時代は13世紀。場所は聖都として知られるエルサレムだ。正確な年号は──」

 

と、ロマンの説明が続くが、正直そこまで世界史の知識がある訳ではない俺には分からない事が多い。まあとりあえず聖杯取ればいいだろうと思い、適当に聞き流す事にした。

 

今回出向くメンバーは全員で8名。俺、静謐ちゃん、ネロ、藤丸さん、マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、織田信長、邪ンヌだ。

エミヤは食堂でアルトリアズに捕まり出撃不可、モードレッドはヒロインXを追って何処かに消えた。...もうちょいファザコンを隠す努力を続けようよ、モーさん。

藤丸さんの方も、何やら「コスト的に4人が限界かな...」などと呟いてこの面子に決まった。コストってなんだろう。

邪ンヌと俺の間で少しイザコザがあったが、まあ俺がトドメを刺したのだからしょうがない。暫く怒鳴り散らすと、鬱憤が晴れたのか俺に対する敵意も少しは和らいでいた。

織田信長も女の子だったんだね、と軽く驚愕したが、まあ慣れたよ。

 

その後も、特異点の難易度がEXだとか、ダ・ヴィンチちゃんの出撃にロマンが物申したりとか、まあ色々あったが、俺達は無事レイシフトに成功した。ああ、ついでにフォウくんも付いてきたよ。

 

そして現在。

 

「目が、目がぁ!!」

 

俺の目に襲いかかる異物を涙を流し必死になって取り除きながらそう叫ぶ。マジで目が痛いんだが!!

 

「ここがエルサレム!?砂漠じゃないの!?」

「こんなところがエルサレムであってたまるかー!」

「先輩、皆さん!とりあえずあちらの岩陰へ移動を!このままだと飛ばされてしまいます!」

 

とまあ、砂漠の砂嵐の中に放り込まれていた。最初から死活問題に直面したんだが。流石難易度EXと言ったところか。先が思いやられるなぁ...。



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古代王は良い文明...?

第6章辺りから難易度がグンと上がった、と思ったのは私だけではないはず...!


 

 

 

 

 

 

「ブチ抜け──“天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”ッ!」

「これが魔王の三段撃ちじゃあ!!」

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・へイン)”ッ!」

 

よく分からない動物の骨を風避けにして現在置かれている状況を整理しようとした瞬間、よく分からない目玉達に襲われ、リアル目玉焼きを作った後に今度はスフィンクスっぽい奴に襲われた。いや、襲われている、と言った方が正しいか。

 

「なんなのコイツ!宝具があんまり効かないんですけど!?」

「文句を言う前に手を動かせ邪ンヌ!雷砲ォ!!」

「チッ、分かってるわよ!ハッ!」

 

最初は権能を使わずに戦おうとか思っていたのだが、そんな甘い考えは10秒で那由他の彼方へと消え去った。

このスフィンクスの強さ可笑しいって。前脚蹴りの威力がシャレにならないレベル。こんなんチートやチーターや!

 

「もう1回...、ブチ抜け──“天屠る光芒の槍”ッ!」

「ガァア...」

 

放った槍がスフィンクスの脳天を穿ち、やっとスフィンクスの動きが止まる。そして、暫くするとスゥっと消えていった。

 

「...ヤベェ。最初の敵からこのレベルは本当にヤベェ」

 

肩で息をしながら、俺達みんながそう思った。いや、邪ンヌやノッブの宝具を喰らって尚も健在とか何者だよスフィンクス。

 

「んー。やっぱりカルデアとは通信が繋がらない...。とりあえずこっちはこっちで行動を起こそうか。スフィンクスは一応倒したけど、次大群で来られると正直マズイ。その前に近くの水源地まで行こう。マッピングはもう済んでる。立香ちゃんもそうしたいだろう?」

「冷たい水をいっぱい飲みたいです!」

「私もマスターに賛成です」

 

という訳で水源地を求めて歩き出す。途中、ネロと邪ンヌとノッブが歩き続ける事に文句を言ってきたが今はどうしようもないので我慢してもらう他ない。

 

 

「マスター、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「...ちょっと、息がしずらいかも...」

 

暫く歩いた頃、藤丸さんの顔色が悪い事にマシュが気付いた。疲れたのかね?

 

「...やっぱりね。魔力の濃度が濃すぎるんだ。立香ちゃん、はいこれ」

「酸素ボンベ...?いつの間にこんなものを...」

「今さっきチョチョイとね。急ごしらえだけど、これは魔力遮断マスクだよ。この大気は人間にはきつい。まあ凌太君は別っぽいけど」

「流石は奏者と言ったところか」

「アンタ本当に人間なの?」

「あー、はいはい。どうせ俺は人外じみてますよ」

 

と、少し不貞腐れてみたところで俺はとんでもない事に気付いてしまった。

 

「...みんな止まれ。そして回れ右。続いて直進だ。要するに引き返そうと提案している」

「何故じゃ?水源はスグそこなのじゃろう?」

 

ノッブがそう聞いてくる。確かに水源は目と耳の先だ。だが、そこには絶対に立ち入れない。何故なら──

 

「...あー、そういう事か...。うん、これはダメだね。凌太君の言う通り、ここで引き返そう」

「だから何故かと聞いとろうが。疾く答えんか」

 

不思議そうに再度聞いてくるノッブ。いや、だからさ──

 

「この先を注意深く見てみろよ。それが答えだ」

「この先?えっと...、あ、何か影が見えますね。数は...」

「ひぃ、ふぅ、みぃ...軽く30くらい?でもあれなんなの?」

「全部スフィンクス」

 

俺の言葉にダ・ヴィンチちゃん以外が戦慄する。当たり前だ。つい先程戦ったスフィンクス。それは、全員でかかってやっと勝てた相手なのだ。そんな奴が計30体以上。驚くなという方が無理である。というかこんなところでスフィンクスを放し飼いにしてる奴は誰だよぶん殴ってやる!

 

「みんな理解したな?よし、じゃあここから引き返...、なんでこうなるのかなぁ...」

「マスター、どうかしたのですか?」

「あ、いや、なんかあのスフィンクスの群れの方からね?何人かの気配が近付いてきてるんだよ。それも凄い速さで」

「あっ、ホントだ。レーダーに反応がある...。凌太君、よく気付いたねぇ。そろそろ目視で確認できる距離だ。一旦隠れよう」

「と言っても、見渡す限りの砂漠なんじゃが」

「デスヨネー。しょうがない、迎え撃つぞ」

「うん、分かった。マシュ、邪ンヌ、ノッブ、戦闘準備」

「「「了解(しました)(じゃ!)」」」

「静謐ちゃんとネロもね」

「了解しました」

「うむ!」

 

なんでこう、イベント続きなのか。

修行が出来てラッキー!と思うべきか、それとも不幸と思うべきか...。

 

「見えました!あれは...10名程の人です!あと、髑髏の面をつけています!」

「え?髑髏?」

 

マシュの報告を聞き戦闘態勢に入る俺と静謐ちゃん以外のメンバー。

いやいやいや、ちょっと待ってね?え、髑髏?それってハサンじゃね?前に静謐ちゃんに聞いたことがある。ハサンという名は襲名性で、静謐ちゃん以外にも何名かハサンの名を持つサーヴァントがいるらしい。

...絶対ソイツらじゃん。

 

「チッ!先回りされたか!兵士を差し向けているとは、流石は太陽王よ。女王を拉致しておけばあの怪物共は襲ってこん。しかし、人間の兵士は別だ。考えたな、太陽お...。ちょっと待て。そこにいるのは静謐か?」

「はい。えっと...、お疲れ様です?」

 

やはりハサンだったか。しかも静謐ちゃんを知っているらしい。これは話が早い。

 

「初めましてだな、ハサン。突然で悪いが、とりあえず話を──」

「何故ここにいるのだ、静謐!貴様は聖都の騎士に拉致監禁されている筈だろう!?まさか...聖都側に着いたのか!?」

 

何故か1人で盛り上がるハサン。

というか、今聞き捨てならない事を言わなかったか?

 

「おいハサン某」

「気安くその名を呼ぶな、馬鹿者!」

「んなこたどうでもいい。静謐ちゃんが拉致監禁されているだと?そこら辺詳しく」

「は?詳しくも何も、お前の隣に居るだろう!」

 

ダメだ、話にならない。というか、コイツら女を拉致してやがるな。さっき女王とか言ってたし。

...致し方無し。

 

「とりあえずその担いでる女を置いて此処を去るか、俺に消されるか、もしくは情報を吐くか。選べ」

「凌太君、消すのはいけないよ」

「...藤丸さんの要望により、消すのは勘弁してやる。だからそれ以外で選べ」

「何を言っている!我ら山の民、是が非でもこの食料を持ち帰るッ!」

「だから情報と女をだな...。もういい、こうなりゃ力ずくだ」

「ってことでマシュ達もやっちゃって。殺さずに、峰打ちとかでね」

「はい!マシュ・キリエライト、出ます!」

 

 

 

 

という訳で開催されたカルデア組 VS. ハサンズ。まあ結果は見えていた通りだ。俺達の圧勝です。

 

「くっ!お前達!食料だけでも持ち帰るぞッ!」

「あっ、おい待て!情報吐いてけやゴラァ!!」

「ははは!待てと言われて待つハサンが何処にいる!」

 

それを言い残してハサンズは逃亡。一応、担がれていた女だけは手に入れた。

静謐ちゃんが拉致監禁されている、というとても気になる事を言っていたが、今は打つ手がない。なので、とりあえずは目の前の問題を先に解消することにした。

 

「良し。とりあえずその女連れてあのスフィンクスの群れの中を突っ切ろうぜ。さっきのハサン達の話が本当なら、ソイツが魔除けになるはずだ」

「そうだね。この人起こす?」

「いや、縄と猿轡だけ取って、寝かせたままで行こう。眠らされてるっぽいし、下手に起こして俺達が誘拐犯と間違われても困る」

 

という訳で、俺達は魔除け(女)を連れてスフィンクスの群れを難無く素通りし、神殿らしき建物へと向かった。

ハサンと戦っている最中から俺達を見ている気配があったが、別段襲ってくる事も無かったのでスルーしても大丈夫だろう。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

「フハハハハ!地上にあってファラオに不可能無し、万物万象我が手中に在り!」

「どうしてこうなった...ッ!」

「ちょっと凌太!口じゃなく手を動かしなさい!」

 

邪ンヌから叱責を受ける。奇しくも、それは先程のスフィンクス戦で俺が邪ンヌに言った事とほぼ同義の言葉だった。

 

現状を説明しよう。

魔除けの女──ニトクリスを連れて神殿に辿り着いたは良いものの、そこでニトクリスが目を覚まし俺達が誘拐犯だと誤解。その誤解を解くためにスフィンクスと戦い、それを退けると神殿への入室を許され、中に居たファラオ・オジマンディアスとやらと謁見をしようとした筈が、何故かオジマンディアスの気分で戦闘に発展してしまった。

もう訳が分からない。はいそこ、いつもの事だとか言わない。

というかオジマンディアスが聖杯持ってるし、ここでコイツ倒せば終わりじゃね?

 

「出ませい!」

「放てい!」

「うむ、余の見せ場だな!」

 

少し離れた所ではニトクリス VS. ネロ&ノッブが戦っている。あっちは大丈夫だろう。問題はこっちだ。

 

「フハハハハ!地上にあってファラオに不可能無し、万物万象我が手中に」

「もうそれ聞き飽きたわ!何度目だよ!」

 

巫山戯たサーヴァントだが、性能も巫山戯ているとしか言いようがない。マジ強い。というかピラミッドが降ってくるんだけど!

 

「これは憎悪によって磨かれた、我が魂の咆哮──“吼え立てよ、我が憤怒”ッ!」

「我が叡智、我が万能は、あらゆる叡智を凌駕する──“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”!」

「ハハッ!良いぞ、多少はやるか」

 

邪ンヌとダ・ヴィンチちゃんのダブル宝具を受けてあの涼しい顔である。ここのヤツらは全員チートか。

 

「───フッ。遊びと言いつつ熱が入ったわ」

 

ふと、攻撃を辞めて玉座に座り直すオジマンディアス。

良かった、このままガチンコで殺し合いをしてたら結果は分からなかったしな...。

というか、ピラミッド内でピラミッドが降ってくるって何なんだろう?

 

 

 

その後、あれよあれよという間に豪華な食事をご馳走になり、喰ったなら帰れと神殿から追い出された。

追い出される前、オジマンディアスが色々と言っていたが、要約するとこうだ。

 

お前らは来るのが遅すぎた。とうの昔にこの時代の聖杯は余のものである。しかし、この時代を支配しているもの、つまりお前らカルデアの敵とは聖地エルサレムに座する獅子王、純白の獅子王である。だからとりあえずこの残酷な世界を見聞してこい。次に余の前に現れた時は敵同士、慈悲はかけぬ。じゃあな。

 

 

とまあ、そんなところか。正直半分くらいしか理解出来なかったが、ダ・ヴィンチちゃんが訳知り顔で頷いたりしていたのできっと大丈夫だろう。

とりあえず飯は美味かったです。

 

「ああ、もう少し神殿を見て回りたかったのですが...。建設王、せっかちで...」

 

マシュが本当に残念そうに項垂れる。ネロが「ローマの方が上だが、この建物も悪くはなかった。ローマの方が上だがな!!」と言っていたので、建築的芸術は非常に高いのだろう。俺には豪華絢爛なピラミッドにしか見えないが。

 

「何が不満だというのです!王はあなた方に水と食料まで持たせたのですよ!?」

「それに関してはマジでありがとう。気分屋だったけど気前は良かったな」

「...当たり前です。王は無慈悲な方ですが、勇者には寛大な方です。それに、王はあなた方を気に入ったようです。特に藤丸立香の空気というか、雰囲気でしょうか」

「恐縮です」

「さあ、疾くお行きなさい。エジプト領を出れば、そこは終末の世界。...良い旅を」

 

そう言い残し、ニトクリスは去っていった。

空飛ぶスフィンクスの頭に乗って。いいなー。

 

「私も1回でいいからスフィンクスに乗ってみたーい!」

「ところでダ・ヴィンチちゃん。先程から何やら弄くり回している様だが、何を作っておるのだ?余にも見せよ!」

「ふっふーん!良くぞ聞いてくれました!これからは長旅になりそうだからね。このように、砂漠用移動車など作ってみましたー!名付けて、万能車両オーニソプター・スピンクス!」

「フォウ、フォーーウッッッッ!(特別意訳:ダ・ヴィンチちゃんってバカだよねー!)」

 

あれ?今、フォウくんの言っている意味が頭に浮かんだような...?

 

「これは...、どこからどう見てもバギーです、先輩!この13世紀においては最早オーパーツかと!」

「バギー?戦車と似たようなものか?いや、それにしては平たいな...」

「...車の様なものですか?」

「まあ、この見た目は車と変わらないよね」

 

という訳で、この砂漠を移動する為の足は確保したし、水や食料も持っている。しかし問題は...

 

「これ、どっからどう見ても5人乗りなんだけど。なに?あとの3人は走れっていうの?」

 

そう。今邪ンヌが言った通り、このバギーは5人乗りなのである。ダ・ヴィンチちゃんってバカだよねー!

 

「いやー、材料が足りなくて、これ以上の大きさにするのは無理だったんだ。ぎゅうぎゅうに詰めれば全員乗れるよ」

「...3人か...。2人なら俺が運べるぞ。それで丁度だな」

「え?それって凌太君が2人担いで走るってこと?それは申し訳ないよ」

「いや、飛ぶ」

「...飛ぶ?」

「飛ぶ」

 

飛ぶ、という手段に心当たりのある静謐ちゃんとネロ以外の「何言ってんのこの人」的な視線を安定のスルーでやり過ごしながら、ギフトカードから1つのブレスレットを取り出す。そして──

 

 

 

 



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円卓の騎士にロクなのはいない(偏見)

 

 

 

 

「ヒャッホー!」

 

世紀末臭漂う声を上げながらバギーで疾走する藤丸さん。バギーにはマシュ、邪ンヌ、ネロ、ダ・ヴィンチちゃん、フォウくんが乗っている。

 

「先輩、そろそろお疲れではありませんか?宜しければ運転をお変わりしますが...」

「んー。それじゃあマシュ選手、お願いね」

「はい!お任せ下さい!」

「お疲れ立香ちゃん。冷たい飲み物は如何かな?その他マッサージ等も取り扱ってるよー」

「なんかもう便利過ぎる...」

「ちょっとマシュ、次は私に変わりなさいよね!」

「何を言うか。次は余の番だ!」

 

これはもう軽い遠足なのではないだろうか。

 

「いやー、それにしてもこの機械は乗り心地が良いな!結構な速度を出しているというのに、ほとんど風を感じ無いとは驚きじゃ」

 

肩に乗るノッブからそんなお褒めの言葉を頂いた。

 

「そうであろう、そうであろう!」

「何でネロさんが得意気なのでしょうか?」

「突っ込んじゃダメだよ、マシュ。アメリカで十分理解したでしょ?彼女はローマなんだ...」

「なるほど」

 

何を言っているんだコイツら...。砂漠の暑さにやられたか?

 

「それにしてもその機械...、ISって言ったっけ?凄く解析したいんだけど、後で解体してみてもいいかい?」

「ダメに決まってんだろ」

「ちぇー」

 

解体されたら戻らないっていう恐怖があるんだよ、今の俺には。

 

「っと、そんな事を言っている間にもう砂漠を抜けるね。みんな、ジャンプの衝撃に備えてー。...よし、マシュ今だ!」

「はい!マシュ・キリエライト、跳びます!」

 

スピンクス号が宙を舞い、華麗に着地。

俺達はというと、普通に飛行したまま砂漠を抜けた。

 

砂漠を抜けた俺達の目に映ったのは、見渡す限りの死の大地。前方の死、後方の砂漠とは、どちらがマシか分からんな。

 

「...これは酷い。これが本当の中東の大地...?こんなの、人間が生きていける環境じゃないよ...」

 

藤丸さんが呟く。実際その通りだ。燃え盛る大地、灰色の空。地面は地割れを起こしており、草木など見る影もない。あるのは死んだ倒木くらいだ。

 

「...食い物だぁ!ヒヒッ、砂漠の人喰い獣から逃げてきたんだな...?ありがてぇ、ありがてぇ、俺達の為に生き残ってくれて...」

「肉だ、肉だ、肉だ!美味そうな女もいる!」

「...囲まれとるのぅ。こやつら...人間か?」

「これは...喰種化してる、元人間ってところかな。立香ちゃん、峰打ちで済ませるのはいいけど、それも最低限だ。こうなった人間は助からない。...童貞はここで捨てていけ」

「ッ!マスター、来ます...!指示をッ!」

 

数十人の喰種に襲われながらも尚、人を殺す決心がつかないのか、藤丸さんは。

それは彼女の良い所であると同時に、彼女の決定的な弱点だ。誰かを助けるということは、誰かを倒すことと同義である──そう、エミヤは言っていた。俺も同感だ。だから俺は、仲間を守る為に他人を殺す。

 

「静謐ちゃん」

「既に毒霧の散布を開始しています。時間の問題かと」

「分かった。──藤丸さん、今ここで決断するんだ。生かすか、殺すか。生かしても何の利益も無い。寧ろ殺して楽にしてやった方が、あいつらにとっては良い結末だろう。だが、藤丸さんがそれを許さないというのなら、人を殺さないというのなら、俺は出来るだけ配慮しよう」

「出来るだけとか言っちゃう辺り、オヌシらしいのぅ、神殺し」

「茶化すなノッブ」

 

...こんな決断を年端もいかない少女に迫るのは酷だろう。まあ、俺の方が年下らしいけど。俺の思想は大分カンピオーネの特性に感化されている。しかし、藤丸さんは普通の人間だ。いくら人類最後のマスターなどと言う肩書きを持っていても、中身は年相応の少女なのだ。人を殺す事に抵抗が無い筈がない。

 

「...ごめんみんな。やっぱり、峰打ちで...」

 

絞り出した声は弱々しく、自信の無いものだった。

殺す方が良いということは理解している。だが、それでも殺したくない。という事だろうか。

 

「...静謐ちゃん、毒霧の散布は中止。殺さずに無力化する」

「了解しました」

「ネロ、峰打ち出来る?」

「当然だ!」

 

という訳で、極力殺さない方向で行くことになりました。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

喰種達を皆峰打ちで無力化したあと、底無しの優しさを見せた藤丸さんにより、水を彼らに与えその場を去った。藤丸さんマジ慈悲深い。

 

暫く進むと、難民と思われる集団に遭遇した。そして彼らに何処に行くのかと尋ねると、聖都に向かうという答えが返ってきた。獅子王は難民を全て受け入れてくれる、月1で開かれる“聖抜”という儀式に参加すれば誰しもが理想郷に行けるのだ、ということ。何それ胡散臭ぇ。宗教勧誘でそんな手口使う奴ら居るよな。俺は体験したことある。というか、全員受け入れるクセに聖抜ってなんだよ。選ばれた奴しか受け入れない気満々じゃねえか。

 

「とにかく、まずはその聖都へ向かうしかないよね」

 

というダ・ヴィンチちゃんの一声で聖都へと向かう事に。

途中でロマンとの通信も回復し、夜になったが漸く聖都とやらに辿り着いた。

 

「凄い人数です。軽く1000人はいるでしょうか...?これが全員、聖抜待ちの難民...?」

「これは益々怪しいな。こんな人数、そう易々と受け入れられる数じゃない。確実に選別した後に、そいつらだけを受け入れてるんだろう」

『そうだね。恐らく凌太君の言う通りだ』

「ん?門から何人か騎士っぽい奴らが出てきたわよ」

「...うへぇ...。何アイツら、サーヴァント並の魔力量なんだけど。いや、そこいらの英霊より強いかもだ」

「砂漠の時から思ってたけど、ダ・ヴィンチちゃんのその杖便利だよね。魔力量も測れるんだ」

「ふっふっふー!何せ天才の持つ杖だからね。そりゃあもう万能さ」

 

などと話していると、なんの前触れも無く辺りが昼になった...。え、何事?

 

「ごめん寝てた!?」

「いや、藤丸さんは寝てないから安心して。...それよりなんだ、これ?幻術かなにか...?」

 

俺達だけではない。ここにいる全員が困惑している様子だ。...いや、騎士達は何事も無い感じだな。ってことは、これが例の聖抜か?

そんか憶測を立てていると、聖都の門から1人の騎士が出てきた。...もうヤダ、アイツ桁違いに強そうなんですけど。俺の直感が、絶対に戦うなと告げてるんですけど。

 

「落ち着きなさい。これは獅子王がもたらす奇蹟──“常に太陽の祝福あれ”という、我が王が授けて下さったギフトなのです」

 

...なんだろう。アイツとは絶対に気が合わない気がするのは気の所為だろうか。

 

「嗚呼、ガヴェイン卿!円卓の騎士、ガヴェイン卿だ!聖抜が始まるぞ、聖都に入れるぞ──!」

 

難民達がそう声を上げる。

てか、は?円卓の騎士?ガヴェイン?何それ話が違う。獅子王はリチャード1世じゃなかったのか?

 

「...有り得ない。そんな事があってたまるものか...」

『レオナルド?どうしたんだい?いつもの君らしくないぞ?というか聖抜は始まったのかい?』

「...みんな、早くここから離れよう。今すぐにだ」

「賛成。アイツはヤバイ。負けるとは言わないが、確実に勝てるとも思わない。それにほら、後ろからもっとヤバイ奴が来やがった」

 

クイッと、顎でガヴェインの後ろ、正確にはその上を見るよう促す。

正門の上に立つ、獅子を思わせる兜と真っ白な鎧に包まれたいかにもな人物。恐らくあれがオジマンディアスの言っていた“純白の獅子王”だろう。なるほど、確かに白いな。

 

「──最果てに導かれる者は限られている」

 

やっぱりか。ここで難民達を選別して、選ばれた奴のみ聖都へと導くって事かよ。

 

「人の根は腐り落ちるもの。故に、私は選び取る。決して穢れない魂。あらゆる悪にも乱れぬ魂。──生まれながらに不変の、永劫無垢なる人間を」

 

獅子王がそう言うと、難民達が眩い光に包まれ始めた。...いや、違うな。よく見ると、光を発しているのは1000人近くいるこの難民の中でたったの3人。それ以外に変化はない。つまり──

 

「聖抜は成された。その3名のみを招き入れる。回収するが良い、ガヴェイン卿」

「御意。皆さん、誠に残念です。ですがこれも人の世を後に繋げるため。王は貴方がたの粛正を望まれました。では──これより“聖罰”を始めます」

「クソが、やっぱりそう来たかッ!」

 

ガヴェインが言い終わると、文字通り“粛正”が始まった。そう、()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、待って、嘘でしょう!?ねぇ、待って、殺さないで、殺さないで、殺さな...ッ!」

 

聖都から出てきた聖騎士、いや粛正騎士共はほぼ無抵抗の難民達を虐殺していく。これが聖抜、これこそが聖罰。どこの世界、どこの国でも、所詮はこんなものだ。いくら高潔を謳おうが、殺す時は殺す。たとえそれが、自分達を頼りにしてきた一般人であろうと、だ。

 

「くっ、完全に囲まれている。初めからそのつもりだったんだ、聖都の騎士は。...でも、私達だけなら逃げられる。立香ちゃん、分かっているね?」

「ええ、みんなの突破口を開く!」

「はい!何処でもいい、騎士達の円陣の一部を崩します!」

 

言って、特攻していくマシュと藤丸さん。

 

「...はぁ、ウチのマスターはお人好しの馬鹿ですね」

「まあ、マスターはそんな奴じゃよ。そして、それがあ奴の良い所じゃ。オヌシも分かっておるじゃろ?」

「...ええ、まあ」

 

藤丸さんを守る為、そして難民を救ける為に邪ンヌとノッブも騎士達に挑んでいく。

...はあ、人が良いってのは、思ったよりも疲れるんだなぁ。

 

「ダ・ヴィンチちゃんはバギーの用意。護衛にネロを付ける」

「うむ、了解した」

「静謐ちゃんは俺に付いて来い。敵はあのクソ騎士どもじゃなく、ガヴェイン卿。どうせ襲ってくるんだ、先に足止めするぞ。ダ・ヴィンチちゃんは突破口が開いたら出来るだけ多くの難民を連れて退避。俺を待つ必要は無い、全力でこの場から離脱する事だけを考えろ」

「構わないけど、君は大丈夫なのかい?」

「ハッ、俺を誰だと思ってる。稀代の大天才、レオナルド・ダ・ヴィンチを引かせた神殺しその人だぞ?」

「うん、なんだか安心したよ。頑張ってね!」

「おうよ。行くぞ静謐ちゃん!」

「了解しました」

 

ダ・ヴィンチちゃんとネロを残して、俺は門前で悠々と構えているガヴェインに突撃する。あちらも俺の存在に気付いたらしく、剣の柄に手をかけた。

 

「我は雷、故に神なり。...サーヴァントは殺してもいいんだったな。全力で行くぞ」

「ふむ。異教徒にもまだ、貴方がたのように“戦う者”がいたのですね」

 

ゆったりと、余裕綽々といった感じでスルリと剣を抜くガヴェイン。

そんな彼に、俺は紫電を迸らせながら突っ込んでいく。

相手は格上、しかも何かしらの恩恵を受けていて身体強化までされているっぽい。反則だろそんなの。

まあ、敵にそんな文句をつけても始まらない。まずはそのチートをどうやって足止めするかが問題だ。

 

「喰らえや、雷砲!」

「ッ!」

 

一点集中の貫通力マシマシの雷砲を放つが、ガヴェインは少し驚いただけで、剣を用いて無傷で雷砲を受け流す。だが、仰け反らせる事はできた。

 

「貫け──アッサルの槍ッ!」

 

脳天目掛けてアッサルの槍を投擲する。が、惜しくも避けられてしまった。

 

「川神流・星殺し!」

「くっ!」

 

俺は川神院でグータラしていた訳ではない。百代が頻繁に使っていた技の1つや2つ、既に習得済みだったりするのだ。まあ、剣の腹で止められたけど。

 

「──強いですね。...“異邦の星輝く時、白亜の結託はひび割れ、王の威光は陰り、神託の塔は崩れ落ちる──”......残念です。このような出会いでなければ、或いは共存の道もあったでしょうに」

「んなモンねぇよ。だって俺、多分お前と気ぃ合わねえし」

「そうですか。残念ですね」

 

残念とは言うものの、魔力の高まりが半端じゃないところを見ると殺る気満々なようだ。ヤダ怖い。

剣を中腰に構え、さらに魔力を高めるガヴェイン。

 

「短い間しか見ていませんが、スグに分かる。貴方は強敵だ。この聖剣を使うに値する程の、ね」

 

フッ、と不敵な笑みを浮かべるガヴェイン。うわ、気持ち悪っ。

 

「この剣は太陽の移し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎──」

 

不意に剣を上空へ放り投げ、そして落ちてきたそれを手にする。ガヴェインの足元には、彼を中心に数字の描かれた魔法陣が拡がり、さらに気温も急激に上がっていく。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”!」

 

ガヴェインが横一閃に聖剣を振るうと、炎の波が俺に襲いかかる。

あれはマズイ。触れたら火傷どころじゃすまないぞ絶対に!

咄嗟に雷で何重もの壁を作り出す。1枚1枚がトラックの突撃にも耐えられる程の強度を誇る雷の壁が、ガヴェインの放った火焰に紙屑のように打ち破られていく。炎の波は壁を全て打ち砕き、俺を呑み込み──

 

 

 

「...これは驚きです。まさか、アレに巻き込まれて生きているとは」

「ははっ。頑丈なのが数ある取り柄の1つでな」

 

無事、とは言い難い程の火傷を負いながら、俺はギリギリ立っていた。まだ権能も使えるし、足も動く。

まだ、戦える。

宝具、転輪する勝利の剣。アレはまともに喰らってはいけない代物だ。アルトリアの使っていた“約束された勝利の剣”より数段上の威力。まともに受ければサーヴァントでさえ消滅するだろう。元々強力な攻撃なのに、恐らくガヴェイン達円卓の騎士は何かしらの恩恵を受けていると、先程ダ・ヴィンチちゃんが言っていた。ホントいい加減にしろ。

 

だがまあ良い。目的は果たした。

辺りの気配を探ると、既に藤丸さん達の気配は無い。無事に離脱したようだ。さて、それじゃあ俺達もそろそろ引き上げるか。

 

「じゃあな、サー・ガヴェイン。今回は引き分けだ」

「おかしな事を言うのですね。貴方の足止めでカルデアのマスター達はこの場を離脱した。それならばこの戦い、貴方の勝利でしょう?見事でした、異邦のマスターよ。だが貴方はここで死ぬ。次はな...い...?なんだ...意、識が...?」

 

抗弁を垂れていたガヴェインが、突然の目眩に膝をつく。ふむ、やはりこの手は有効だな。

 

「行くぞ、『トニトルス』」

 

ギフトカードからブレスレット状の待機中『トニトルス』を取り出し展開させる。そして飛翔。

 

「こんなこともあろうかと用意しておいた口径20mm M61 バルカンだ。喰らっとけ」

 

6砲身ガトリング式回転式キャノン砲に分類される口径20mm M61 バルカン、計6,000発の弾幕を張る。全ての弾に魔力を込めている為、1発1発の威力は格段に上がっている。まあガヴェインの野郎、無茶苦茶なくらい堅いから効かないだろうけど。一々腹立つな、アイツの高性能。

 

「静謐ちゃん、もう毒霧はいいから乗れ!退くぞ!」

「はい」

 

ふっ、と『トニトルス』の肩に飛び乗る静謐ちゃん。いやー、いくら頑丈でも毒は効くんだね。ガヴェインの奴、まだ膝をついてやがる。ざまぁ。

 

自分の強さに自信のある奴ほど慢心しやすい。それは明白だ。そして、そういった強者が俺と戦っていると、大体は静謐ちゃんがいなくなっている事に気が付かない。

まあ静謐ちゃんの気配遮断が働いているとは言え、流石に慢心し過ぎじゃないですかね、英霊諸君。




オリ鯖について、活動報告の方でアンケート的なものを取ろうと思います。
ご意見がある方は是非コメントをよろしくお願いします。


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山の翁

やはり、ハサンは苦労人だったのだ...


 

 

 

 

 

ガヴェインが毒でよろめいている間に、静謐ちゃんを乗せて聖都正門前を全速力で離脱する。

追手が来ない事を確認して手頃な岩陰へと降り立ち、ISを解除。それと同時に、多大なダメージに耐え切れず倒れ込んでしまった。やっぱキツイわ、ガラティーン直撃は。

 

「ッ!大丈夫ですか、マスター!?」

「おー...。そんな声張ってる静謐ちゃん初めて見た...」

「そんな事より傷の処置を」

「大丈夫大丈夫。少し寝れば治ると思うし、悪いけど休んでいこう」

「...分かりました。では、私はここで見張りをしているのでゆっくり休んで下さいね、マスター」

「ん...」

 

優しい笑みで俺を覗き込む静謐ちゃんの顔を見ながら、俺は限界を迎えて気を失う様に眠りについた。

そう、S.M.T.(静謐ちゃん.マジ.天使)!などと思いながら...

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ん、ん...」

 

どのくらい寝ていたのだろうか。俺は照り注ぐ太陽の光で目を覚ました。

 

「あ、おはようございます、マスター。体の調子はどうですか?」

「んー...。ん、大丈夫」

 

傍に居た静謐ちゃんの呼びかけに、俺は立ち上がり体を少し動かしてからそう答える。

傷は完全に癒えたし、魔力も9割程は回復している。久しぶりに夢を見ずに寝たので、頭もスッキリしていた。

 

「そうですか。それは良かった...」

「おう。心配かけたね」

 

静謐ちゃんの頭を撫でながらそう言う。目を細めて喜ぶ表情を浮かべる静謐ちゃん。癒される...。守りたい、この笑顔。

 

「さて。それで、俺はどのくらい寝てた?」

「1日半程です」

「マジでか」

「マジです」

 

そりゃそんだけ寝てれば傷も回復しますわ...。いや、普通はしないんだろうけれど?

それにしても少し寝すぎたな。さっさと藤丸さん達に追いつかねぇと。あっちに円卓からの追撃が行っててもおかしくないし。

 

「ちょっと急ぐか。...いや待てよ。藤丸さん達って何処に逃げたんだ...?」

 

そうだ、離脱後の集合場所を決めてなかった。クソ、やらかしたな...。ここからじゃ気配察知も出来ない程遠くに行っているっぽいし、万が一真逆の方向に進んでしまうと面倒だ。

 

「マスター。この時代には『アサシン教団』、山の民と言われる者達がいます。難民を連れているのなら、彼女らはまずはそこに向かうかと」

「『アサシン教団』?なにそれハサンの出身地か何か?まあいいや。静謐ちゃん、そこまで案内出来る?」

「お任せ下さい」

 

という事で、俺達は山岳地帯を目指して進む事にした。道中、襲ってきたワイバーンや空飛ぶ目玉を焼いて食べたんだが、あれ結構美味い。

 

 

 

* * * *

 

 

 

ISで飛ぶこと半日。山岳地帯の麓付近で漸く藤丸さん達の姿を捉えた。だが、そこには何故かダ・ヴィンチちゃんの姿がなく、代わりに華奢な騎士が居た。

 

「...ダ・ヴィンチちゃんがもう1回性転換した...?」

「有り得ないと思います」

 

混乱した俺の意味不明な呟きに、静謐ちゃんが冷静な突っ込みを入れてくる。

 

「あ、凌太君!良かった、無事だったんだね」

「ふふん!当然であろう!何せ余の奏者なのだからな!」

「俺の代わりにネロが得意気になる事に慣れてきた件について」

 

藤丸さん達の近くに降り立つと、彼女らは俺に気付き声を掛けてくる。しかし、藤丸さんやマシュは何処か元気がない。そしてダ・ヴィンチちゃんの不在。辺りにダ・ヴィンチちゃんの気配は微塵も感じられない。......ああ、なるほどそういう...。

 

「ちなみにそっちの銀髪イケメンは何者?アンタ、この前砂漠で俺らを見てた奴だろ?見た感じ聖都陣営、しかも円卓の騎士っぽいけど」

「...砂漠での事もご存知でしたか。貴方の言う通り、私は円卓の騎士が1人。真名をベディヴィエールと申します」

 

丁寧にお辞儀をしながら自己紹介してくるベディヴィエール。何故円卓の騎士が藤丸さんに味方するのかと疑問に思っていると、俺の考えを察したのか、彼の方から説明が入った。

何でも、ベディヴィエールはあのマーリンに送り出されて獅子王を止めに来たとかなんとか。マーリンは俺でも知っているキャメロットの宮廷魔術師だ。ロマン曰く、究極の引き篭もりにして魔術師(クズ)中の魔術師(クズ)

で、藤丸さん達と利害が一致した為、行動を共にする事を決めたらしい。

 

あと余談だが、ベディヴィエール君はウチのネロを見て大層驚いたそうな。そりゃあ見た目はほぼアルトリアだからね、仕方ないよネ。一部圧倒的に違う部分があったのでアルトリアとは別人だと理解したらしいが、それを言ったらお前らの王にカリバーされるだろうから注意しろ。

 

 

 

合流してから暫く進んだところで、俺達はとある英霊に呼び止められた。

うん、普通にハサンだよね。だってこの辺りは『アサシン教団』とかいう集団の本拠地らしいし。

それとさっき知ったんだけど、アサシンの語源ってハサンだったんだね。

 

「我らの村に何用だ、異邦人。これみよがしに騎士など連れ、て、...。静謐の、そこで何をしている?」

「マスターに抱きついています」

「十分に異質な光景なんじゃが、既に違和感が無くなってきたのぅ...」

「む。静謐め、いつの間に。余も負けていられん」

「暑い」

 

どちらかと言えば気温の高いこの地域で2人に抱き着かれると結構暑い。

というか邪ンヌがものすごく引いてるんだけど。もうそろそろ離れよう?ね?

 

「......はっ!いかんいかん、そうではない。ふぅ、危うく騙されるところだった。やるな、異邦人」

「この状況のどこに騙す要素があったんだよ...」

「フン......貴様らの所業は物見より報告されている。“異国の者が、我らの同胞を救った”とな」

『サラッと話を逸らした感があるけど、こちらの事を知っているというのは好都合だ!誤解される心配はないんだね?よし、まずはこちらの状況を...』

「黙らっしゃい!!この声だけの臆病者が、出る幕などないわ!」

『ひぇ!ご、ごめんなさい!?』

「ロマンが英霊達に好かれない件について」

「私もキライよ、あんなモヤシ」

『酷い!』

 

ロマンは基本いい奴なんだけどなぁ...。確かに胡散臭いというか、そういう所はあるけれど、本当はいい奴なんです。きっと。

 

「待ってくれ、山の翁よ。この人達は我らを助けてくれた恩人だ。今は円卓に追われている。どうか匿って欲しい。...今まで散々貴方たちを迫害しておいて、虫の良い話だとは分かっているが...」

「...その罪の意識があるのならば良い。ここの民は皆善人だ。自分たちが迫害されていたとも思っていないだろう。しかし、そちらの異邦人達は別だ。貴様らを村に入れる訳にはいかぬ。そして帰す訳にもいかぬ。追い返した貴様らが、騎士共にこの村を売らないとも限らないのでな」

 

ハサンの言葉にマシュが「先輩はそんな事しません!」と反論しているが、ハサンの言い分は一理ある。俺だって、立場が逆ならそうするだろうし。

 

「構えるが良い。これは暗殺にあらず、戦闘である。死にたく無ければ先にこちらを倒すのだな!」

 

───ほう?

 

「そうかそうか。なら遠慮なくやらせてもらおう」

「消し炭にしてあげましょう」

「我が前に立つもの、その悉くを討ち滅ぼさん!」

「奏者よ、鮮やかに勝ちに行くぞ!」

「先輩先輩、皆さんやる気満々です。殺る気も満々です!」

「うん、凌太君がいるとこうなるよね。知ってた。とりあえず峰打ちでお願いね、凌太君。ベディもその銀腕で切り裂かないようにね」

「ベディですか...。いえ、長い名前ですしね」

『これは酷い』

「...あれ?もしかして相手を間違えた...?」

 

重大な事に気付いた様子のハサンだが、時既に遅し。特に意味の無い全員の全力攻撃がハサンを襲う──!

 

 

 

* * * *

 

 

 

「チーン」

 

戦闘開始から1分後。ハサンが身動き1つ取らなくなりました。

 

「まああれだけの攻撃をいっぺんに受けたらそりゃこうなるよね。是非も無いよネ!」

「挑んで来たのはあちらです。自業自得というやつですね」

「ああ、呪腕さんが...」

 

ノッブと邪ンヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、静謐ちゃんは瀕死のハサンを心配そうに見ている。というか、あのハサンは呪腕っていうのか。

 

「よう、強いな兄さん達。呪腕殿を瞬殺か」

 

倒れている呪腕をみんなで囲むというヤンキーじみた行動に出ていると、山から1人の弓兵が降りてきた。

 

...はっはっは。やっぱこの特異点はおかしいって。なに、あの英霊?スフィンクスくらいならサシで殺れるんじゃね?

──殺られる前に殺るか。

 

「おいおい、そこの兄さん。そんなに殺気立つなよ。俺は敵じゃない」

「今しがたアンタの仲間に挑まれたんだが、それでも信用しろと?」

「あー...。そこの呪腕殿も本心ではお前さんらを受け入れたいんだよ。アンタらの報告を受けた昨日なんて“素晴らしい、素晴らしい!これほどの快事が他にあろうか!”って喜んでしな。だがまあ、村の長としては、そう易々と村に引き入れる訳にはいかなかったんだろうよ」

「なるほど」

 

確かにこの弓兵からは敵意を感じないし、話の内容も理解できる。組織の頭とは、それほどに面倒なのだ。

俺?俺はほら、リーダーって言っても拳で語る系リーダーだから(震え声)

 

「...凌太君、どうする?」

「俺は、まあ信じてみようかと思う。信頼は出来ないけどな」

「んー...。じゃあ、とりあえず村まで連れてってもらう?」

「そだな」

 

という事で、気絶した呪腕のハサンを抱えて村へと入る事となった。

その後、目を覚ました呪腕と一悶着あったが、まあ例の弓兵・アーラシュの説得により事なきを得た。

というかアーラシュってお前...。そんな大英雄を引っ張ってくるんじゃありません。やっぱおかしいわ、この特異点。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

『フッ──別に、美味しい料理の調理方法を伝授しても構わんのだろう?』

「なんでそんな無駄にフラグを建てるの?」

 

村に来てから早1週間が経った。

俺達は村で匿ってもらう代わりに、村人の為に食糧調達をする事にしている。しかし、この場で高度な調理技術を持っている者がおらず、毎日ワイバーンの丸焼きや目玉焼き(真)で済ませていた。だが、さすがに1週間ずっと同じ味付けは飽きが来る。なので、現在はエミヤによる料理講義が行われているのだ。参加者は俺とマシュ、あと邪ンヌ。意外にも邪ンヌが参加しているのである。まあ、彼女も女の子ということなのだろう。さっき影で「マスターの為に料理が上手くなりたいなんて事はありません。ええ、ありませんとも!」とか言ってたし。藤丸さん愛されてるなー。

 

『ではまず、その目玉の周りの肉を削いで──』

 

という訳でレッツクッキング。

エミヤの指示通りに調理を進めていき、徐々にまともな料理が出来上がっていく。

流石はオカン、教えるのも上手い。帰ったら料理を本格的に習ってみようかな。

 

 

『──最後に、匂い付けで柑橘系の果汁をかければ完成だ』

 

時間にして1,2時間。漸く調理が終わった。

目の前に並ぶのは色とりどりの美味そうな料理達。今までの丸焼きとは打って変わって、見た目的にも申し分ない出来だ。

 

「ふぅ。ありがとうございました、オカ...エミヤ先輩。これで先輩にも美味しい料理を食べてもらえます!」

『なに、大した事ではないさ』

 

嬉しそうに笑うマシュ。藤丸さん愛され過ぎ。

一方邪ンヌは荒れていた。

 

「ちょっと!全然上手くいかないんですけど!教え方下手すぎなんじゃないの!?」

「おうおう、ウチのオカンに文句があるなら聞こうじゃないか。場合によっては俺の雷が走るぞ」

「......いえ、何でもありません」

 

などと、俺達がワイワイしていると藤丸さんが厨房に駆け込んできた。何らや慌てているようだが、何かあったのだろうか?

 

「マシュ、邪ンヌ、凌太君!西の村が円卓の騎士に襲われてる!」

「っ!」

 

最初に反応したのはマシュ。

即座に盾を持ち出し、厨房を飛び出した。

 

「...はぁ。マシュも大変よね。自分に力を貸した英霊が円卓の一員ってだけで、今のアーサー達の所業がより一層許せない、なんて」

「確かに。アーサー王や円卓の騎士と言えども、元々は人間だ。間違いだって犯すし、考えようによってはあっちも正義なんだがなぁ」

 

つい昨日発覚した事実。マシュってば、円卓の騎士の一員でした。

正確にはマシュに力を貸した英霊が円卓の一員らしい。しかも、円卓の中でも割と上位の存在。

うーん、難儀だ...。

 

「とりあえず、西の村とやらの救援に行くか。藤丸さんとマシュが行く気満々だし、俺達も行かなきゃな」

「ええ、分かっています」

 

という訳で、出来上がった料理をギフトカードにしまい、俺達も厨房を出る。

 

「おお、凌太殿!凌太殿も手を貸して頂けるのですか!」

「まあな。それで?西の村ってのは何処にあるんだ?敵の規模は?」

「西の村はその名の通り、ここから西に行けば着きますな。ただ、どんなに急いでも2日はかかる」

「敵は円卓の騎士1人と粛正騎士が複数。敵将は遊撃騎士・モードレッドだ」

「は?」

 

アーラシュの言った敵情報で、耳を疑う言葉が出てきた。

え、何やってんのモーさん。

 

「ここから向かっても間に合わない...。あっちからこっちの村に避難してもらうしかないのかな?」

「それが今打てる最善の手でしょうな。だが、何人生きて逃げられるか...」

「俺ちょっと行ってくるわ」

「いえ、いくら凌太殿の足が速かろうと、さすがに待に合わな、い...?凌太殿、その珍妙な機械は?」

「IS」

 

トニトルスを展開した俺を見て、驚いたように聞いてくる呪腕。アーラシュも少なからず驚いているっぽい。そういやまだ見せた事なかったっけ。

 

「そっか、空を飛べば速いね!じゃあ凌太君は先に行ってて。私達も急いで向かうから」

「OK。行くぞ、静謐ちゃん、ネロ」

 

未だ驚いている様子の呪腕とアーラシュをスルーして、俺達は飛んで西の村へと向かう。

遠方に煙の上がっている場所があるので、恐らくあそこが西の村だろう。

 

「奏者よ。相手はモードレッドらしいが、どうするのだ?」

「とりあえず話を聞く。罰を与えるのはその後だ」

「分かった。なら周りの騎士共は任せておけ。余と静謐で蹴散らしておこう」

「頼む。キツそうだったら宝具も使っていい。全力でやれ」

「うむ!」

「了解しました」

 

軽い作戦会議を終えたところで丁度西の村付近へと着いた。

村では粛正騎士達が村民を痛ぶり、村の中心では砂漠で出会ったハサンがモードレッドを前に苦戦しているのが確認できる。

俺は村の一画に降り立ち、IS展開を解除する。そんな俺達に気付いた騎士が2人ほど襲ってきたが、ネロが即座に斬り捨てた。

 

「じゃあ周りの騎士は任せたぞ、2人とも」

「任せておけ、派手に行くぞッ!」

「主命を受諾。参ります」

 

残りの騎士へと突撃していく静謐ちゃんとネロ。

あっちは2人に任せるとして、俺はこっちだな。

 

「よぅ、モードレッド」

「あ?気安く人の名を呼ぶんじゃねえよ。誰だ?」

「あ!貴様は砂漠の!クソッ、モードレッドだけでも手一杯なのに...ッ!」

 

何やら勘違いをしているらしいハサンは無視して、俺はモードレッドと睨み合う。

 

「...楽しそうにしてんな」

「あ?楽しいもんかよ。俺はランスの取り逃がした奴らを捉えて処刑を取り消しにしてもらわなきゃならないのに、ここにはソイツらが居ねぇ。チッ、完全に無駄足だ」

「そうか」

「ああ、そうだよ。で?結局お前は誰だ?」

 

ハサンから意識を逸らすこと無く、こちらにそう聞いてくる。処刑とか、色々と聞いたい事はあるが、今は於いておこう。

 

「...知らないならそれで良い。でもまあ、それはそれ、これはこれ」

「あ?何言ってやがる」

「とりあえずは───お仕置きの時間だ」

 

これから始まるはお仕置き。そう、OSIOKIである。

 

「死ぬ程痛いぞ?覚悟しろファザコン!」

「ファザ...!?べ、別に父上の事好きとか、そんなんじゃねえし!ホントだし!」

 

アルトリアは女性なので、正確にはマザコンなのかもしれないが、まあそれも置いておこう。

 

そうして、俺は図星を突かれて赤面するモードレッドへのお仕置きを執行するのであった──

 

 

 

 



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遊撃騎士・モードレッド

ぐだぐだしてきた...


 

 

 

 

 

「この縄ほーどーけー!!」

「却下」

 

戦闘を開始してから10分程。決着は着いた。

俺をただの人間だと思って油断する奴などに俺が負ける訳がない。初手で既に結果は決まっていたも同然だ。

だが、終盤になると、自分の不利を理解したモードレッドが、あろう事か山ごと自爆しようとしやがったのだ。

なのでそれを阻止した上での拘束である。クラレントも取り上げ、今はギフトカードに収納している。念には念を、だ。

 

「奏者よ、こちらも終わったぞ」

「ん、お疲れ」

「え、父上?」

「そのネタはもういいよ」

 

剣を振り、付いた血を振り払いながらそう報告してくるネロ。その後ろには、粛正騎士達が山積みにされている。一応殺してはいないようで、積まれた騎士達は小さな呻き声を上げていた。

 

「おーい!凌太君、遅れてごめ...、わお」

「これは酷いですね」

 

ようやく追いついた藤丸さん達が山積みの騎士とグルグル巻にされているモードレッドを見て若干引いている。殺していないのにこの反応、解せぬ。

 

「おっ、流石だな凌太。俺が出るまでもなかったか」

「これじゃあ、儂等がわざわざアーラシュ砲で来た意味がないの」

「本当よ...。もう2度とあんなのには乗らないわ...」

 

アーラシュ砲...?なにそれ面白そうな響きだね。

 

「あ!お前ら、ランスが逃がした叛逆者か!?それに、そっちのお前はチキン野郎!なんでテメェが叛逆者側にいやがる!?」

「...貴方に語りかける言葉はありません。恨み言があるのは私も同じです、この不忠者」

「んだとテメェ!!」

「...まあ、円卓の騎士で込み入る話はあるだろうけど、今は俺の話を聞けよモードレッド」

 

全身をグルグル巻にされてもエビのようにピョンピョン跳ねながらベディに噛み付くモードレッドと、アーサー王最期の原因とも言えるモードレッドを敵視するベディを宥めて、俺はモードレッドへと向き直る。

 

「モードレッド、お前が俺達の知るモードレッドでない事は分かった。だが1つ提案だ。この特異点だけでいい、俺のサーヴァントになれ」

「ハッ!そんなもんお断りだぜ!」

「...そうか。じゃあしょうがない」

 

ギフトカードからクラレントを取り出し、それでモードレッドを縛っていた縄を切ってやる。

 

「ちょ!凌太殿!?」

「何をやっているのですか、凌太!」

 

ハサンとベティが驚愕の表情で俺に迫るが、俺は彼らを無視して自由になったモードレッドへと向き直る。

 

「あ?なんだよ、どうして縄を解いた?」

 

不思議がるモードレッドを、無言で見つめる。

俺の行動が本気で分からない様子で、みんなが俺を見ている。

 

「...お前に記憶が無いとは言え、モードレッドは俺の仲間だ。縛られたまま殺されるのを見たいなんて思わない」

「そりゃどういうこった。俺を見逃そうってか?」

「違う」

 

俺は静かに槍を構え──

 

「お前を殺す」

 

明確な敵意をモードレッドへと向けた。

 

 

 

「先輩先輩。あれは、かの有名な生存フラグなのではないでしょうか?私、日本のテレビアニメの資料で見た事があります!」

「よく知ってるね、マシュ。そうだよ、あれは生存フラグ。あのセリフを言われた人は必ず生き残る」

「はいそこ、ガン○ムの話は他所でしてね」

 

マシュの無情な一言で場の空気は一気に緩くなった。

 

 

......シリアスな雰囲気など無かったんだ、いいね?

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「生存フラグ回収、お疲れ様です凌太さん」

「それなんにも嬉しくないから」

 

モードレッドに「お前を殺す」宣言をしてから数十分後、俺はマシュからそんな労いの言葉を頂いていた。本当に嬉しくないんだが。

 

結局モードレッドには逃げられた。せめて、ちゃんと戦闘の中で死なせようと思ったのだが、今度はこちらが油断した。宝具をブッパしながら後退していくあの姿は正しく英霊。つまりなんでもありだと言う事。いや、宝具の反動で後方に飛ぶとかなんなんだよ。予測なんて出来ないわ。

去り際にマシュを見て驚いていたが、まあマシュに力を貸しているのは円卓の騎士の1人らしいのでそれ関係だろう。

 

「まあ、撃退したと言えば聞こえは良いでしょう。実際、凌太殿のお陰で死者はゼロですし」

「フン!それでも私は砂漠で受けた辱めを忘れはしないぞ!あの後の部下達の冷たい視線...くっ!」

 

そうそう。さっき助けた百貌のハサンに共闘を申し出なんだけど、何故か敵視されてるんだよね。

 

「ふむ。あの百貌のがここまで嫌悪するとは...。凌太殿、一体何があったのです」

「昔砂漠でちょっとね」

「ええい、終わった事のように話すな!お前達のせいで私は散々だ!念入りに計画したニトクリス拉致計画を邪魔され、さらにはそんな怨敵に助けられたなどという屈辱まで負わされるとは...!初代様に知られれば間違いなく首を刎ねるられるだろう!私は絶対にこやつらとは共闘しない!貴様もどうかしているぞ呪腕!よりによって円卓の騎士どもを信用するなど!」

「ははは。まるで以前の自分を見ているようですなぁ。これは説得し難い」

 

はははじゃねえよ呪腕の。呑気に茶なんか啜りやがって。こちとら、あの円卓と戦う為に少しでも多くの戦力が欲しいんだが。

 

「よーし、じゃあ1回戦うか!」

愚者(ばか)かお前は!私に勝ったら信用するとでも思ったのか!?逆に警戒するわ!愚ー者(ばーか)愚ー者(ばーか)!」

 

藤丸さんが脳筋な思想を持つようになってしまった...。原因は俺達でしょうねすいません。

 

「ははは。まあそれはそれとして、百貌の。例の件はどうなっている?」

「...あれか。進展はない。最初は逃げ出したか円卓側に付いたのかと思ったが、アイツは違うな。私達の知っている方は未だ捕まったままだ。このままでは死を待つだけであろう」

「うむ。それは困った、実に困った。どこかに我々以上に強く、単独行動に向いており、しかもサーヴァントを使役できて、力になってくれる、そんな御仁がいればいいのだが...」

「そんな都合のいい助っ人がいるものか!バカも休み休み──いや。いたな、そんな愚者が。目の前に」

 

話を聞いた藤丸さんが無言でシャドーボクシングを始めた。なにそのアピール。

 

「先輩。私達でお力になれる事があるようですね」

「はい。率直に言いますと、山の翁の1人が敵に捕らわれているのです」

 

と、今の現状を説明してくる呪腕の。

そういや砂漠でも、百貌のが静謐ちゃんを見て何か言ってたよな。そう、確か拉致監禁がどうとか...。

 

「その話詳しく」

「えっ?は、はい。我らの仲間である山の翁の1人が敵に捕らわれていて...」

「名前は?」

「そちらにいる者と同じ、静謐のハサンです」

「よし殺そう。円卓の騎士は皆殺しだ」

 

今宵、1人の狂戦士(バーサーカー)が生まれた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

時は過ぎ、現在は昼。荒野の中を、俺達は静謐ちゃんが捕らわれているという円卓の砦へとむかっていた。

ベティは霊基がボロボロになっていたので、村で強制待機。よほど無理をしていたのだろうとは、ロマンの談。

 

「殺す」

「凌太君、一定の時間間隔で殺すって言い出すの辞めようよ」

「いいや。静謐ちゃんを拷問している奴がいたら徹底的に嬲り殺す」

 

1人で特攻しなかっただけまだマシと言えよう。とりあえず円卓は殺す(狂化済)

 

『おっと、これは...。前方に強力なサーヴァント反応だ。うん、なんとも面白い反応をしているな。カラフルというかなんというか...。円卓の騎士では無いと思うよ』

「それって色モノ...」

 

藤丸さんが別の意味で強敵である事を理解した瞬間、その面白色モノ枠であろうサーヴァントを目視で確認した。

 

「きゃああああああーっ!助けてぇー!誰か何とかしてぇー!」

 

こちらに向かってきているサーヴァントは、何やら龍種に追われているようだ。ワイバーンが数頭と、あとはドラゴンが1頭。あ、スプリガンも居る。

よし、円卓の騎士を相手取る前の肩慣らしだ。全員まとめてぶっ飛ばしてやる!

 

「我は雷、故に神なり。喰らえクソトカゲ!」

 

ひこうタイブにはかみなりタイブの攻撃で攻める。こおりタイブでも可!

 

「中々に荒れてるわね、アイツ...」

「そりゃあ、あの神殺しは仲間が死ぬ程大事らしいからな。静謐が捕まっていて、更には拷問されていると聞いたらああなるのは必然じゃろ」

「とりあえず皆も凌太君の餌食にならないようにあの女の人を助けようか」

「はい。マシュ・キリエライト、落雷に注意しながら行きます!」

 

俺に続いてマシュ達も攻撃に加わるが、もう既に8割方焼いた。あとはワイバーン2頭とドラゴン、それと1人の英霊だけだ。

 

「クハハハハハハ!死ね死ね死ね死ねぇい!」

「奏者が完全にバーサーカーになった...」

「私のせいで...。すいません...」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

その後も色々あったのだが割愛。

大事な事だけ言うと、面白い反応のサーヴァントは三蔵法師らしい。てっきり敵かと思って攻撃仕掛けたのだが、明らかにドラゴンから逃げ惑っていたのでとりあえず先にドラゴンを撃破。その後は泣きじゃくる三蔵を藤丸さんがあやし、仲間に引き入れていた。藤丸さんコミュ力高ェ。

三蔵法師の弟子も円卓の砦に捕まっているとかで、そっちも一緒に助けよう、という話になっていた。

 

 

 

 

そして現在。

 

「邪ンヌ、ネロ、凌太君を抑えて!」

「くっ!このっ...!大人しくしなさいよ!」

「落ち着け奏者!」

「離せ!アイツら殺せない!」

 

すっかり暗くなった時間に、俺達は円卓の砦へと辿り着いた。砦に着き、隣にいる静謐ちゃんとは別の静謐ちゃんの気配を感じ取り、俺の理性は限界に近付いていたのだ。

そして、俺の理性を打ち砕く出来事が先程起きた。

 

 

『先日捕らえた山の翁が、いくら拷問しても口を割らない』

『こんな夜中にアグラヴェイン卿が出向いて来るのは、山の翁の拷問かもう1人の捕縛者の処刑かもしれない』

 

 

先程、砦の巡回をしていた兵士達が話していた内容だ。

先日捕らえた山の翁、これは確実に静謐ちゃんの事だろう。そして、現在感じている捕まっている方の静謐ちゃんの気配は極めて弱々しいものだ。ウチの静謐ちゃんと比べると、およそ10分の1以下。それ程弱っているという事だ。拷問官殺すブチ殺す。

 

「落ち着かれよ凌太殿。今しがた、私の耳が多数の馬の足音を聞き取った。それはつまり、もうすぐアグラヴェインが来るということ。このまま砦へ入れば、帰り際にアグラヴェインめと鉢合わせるでしょう。そこで、ここは2手に別れるべきかと」

 

呪腕がそう提案してくる。そして、彼から提示された作戦は次の通りだ。

 

1、百貌を地上に残し地下牢へ潜入。

2、三蔵の弟子と静謐ちゃんを助け出し地上へ。

3、その間百貌は地上で陽動&俺達の退路を確保。

4、そして百貌の確保しておいた退路から逃げる。

 

というもの。特に反対意見がある訳でもないのでその作戦を採用。

闇に紛れ、俺達の救出劇が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「侵入成功。静謐ちゃんの気配は...あっちか」

 

音も無く砦へと侵入し、地下牢へと入る俺達。

地上には百貌と、一応ノッブにも残って貰って、現在絶賛陽動中だ。いつアグラヴェインが来てもおかしくはない為、出来るだけ急いで静謐ちゃんとトータという三蔵のお弟子を連れて退散しなければならない。

最初は、静謐ちゃん(捕縛中)とトータを連れて砦から出たら、アグラヴェインや兵士ごと砦を消すつもりでいたのだが、それはダメだと藤丸さんに止められた。兵士の中には善良な人もいるのだから、巻き添えで殺すのはダメだ、とのこと。甘過ぎるぜ藤丸さん。

 

『凌太君がいると僕の案内なんて必要無くなるんだよなぁ...。ああ、どんどん役立たずになっていく...』

「元気出してロマン!」

 

ロマンがエコロケで地下牢の構造を把握して道順を教える前に、俺が静謐ちゃん(捕縛中)の気配を辿って進んでしまうのでロマンが拗ねました。いやだって、こっちの方が早いし。

 

「ん?あっちにもう1つ英霊っぽい気配が...。トータって奴か?」

「え!? ドコドコ!? トータはどこにいるの!?」

 

ポツリと呟いた俺の声に反応し、物凄い勢いで迫って来る玄奘三蔵。アンタ本当に坊さんなのか?

 

「えっと、多分ここら辺に...、おっ、隠し扉発見。この先だな」

「ホントに!? おーい! トーター!! そこにいるのー!?」

「...ん?この落ち着きの無い声は...もしや三蔵か!」

「トータ! ホントにいたのね! 流石は凌太、伊達に神様殺してないわね! あ、でもやっぱり神を殺すのはいけない事だと思うの。これからはしちゃダメよ? おーい、トーター! 今行くわー!」

 

玄奘三蔵を一言で言い表すと、嵐のような人。明るい性格と言えば聞こえは良いが、兎に角落ち着きがない。こりゃ、悟空や猪八戒などの生前の弟子達もさぞかし迷惑被っただろう。まあ、そういうところに惹かれたのかもしれないが。

 

「本格的にモヤシの出番が無くなって来たわね...」

「奏者はいつもこんな感じだからな。慣れるしかあるまい。まあ、Dr.ロマンにはドンマイという言葉をかけてやろう」

『ぐす...』

「げ、元気出して下さいドクター!」

 

俺はちょっと本気出して気配を辿っているだけなのに...。解せぬ。

 

「きゃああー!た、助けてー!凌太助けてー!」

 

なんで一瞬目を離しただけでピンチに陥っているんだあの坊さんは。まあ、三蔵自身結構強力なサーヴァントなんだから自分でなんとか出来るだろ。

 

「たーすーけーてー!」

「トラブルメーカーもいいところだッ!」

 

再三にわたる救助要請。そしてスプリガン2体という割と本気のピンチを迎えていた三蔵を助ける為に槍を構える。ああ、俺は静謐ちゃん(捕縛中)を助けて拷問官を屠る為にここに来たのに、どうしてこうなった。

 

 

 

 

スプリガンを迎撃し、トータとやらを無事に救助した。トータは日本の英霊で、真名を俵藤太。平安時代あたりに活躍した日本の龍殺しらしい。ごめん、日本は出身国だけど初耳だわ。何?藤原秀郷という名前で後世に伝わっている?藤原は日本史選択生の敵だ(違う) 日本史でどれだけ藤原氏の暗記に悩まされたことか...ッ!

 

「まあいいや。さっさと静謐ちゃんの方に行くぞ」

『ああ、そうした方がいい。今、地上で動体反応を検知した。そう、凌太君じゃなく僕が検知した!』

「そういうのいいから報告はよ」

『あ、うんごめん。えっと...、恐らく、地上で戦闘が起こっているんだろうね。アグラヴェインが来たと思って間違いないだろう』

 

面倒くさいが好都合でもある。ここで円卓ナンバー2を潰せば少しは優位になるだろう。

 

「百貌やノッブ達がやられる前にここを出る。急ぐぞ!」

 

そう言って駆け出す。藤丸さんはマシュに抱えられている為、ある程度は速度を出すことが出来た。

少し走ると、俺達は地下牢の最奥部に到着した。鉄の扉でガッチリと閉められた部屋が佇んでいる。静謐ちゃん(捕縛中)の気配はこの部屋の中から。ならば突き破るまでよ。鉄の扉がなんぼのもんじゃい。

 

『鉄の扉を殴り飛ばすなんて...』

 

ロマンが軽く戦慄していたが無視。というか、俺のバケモノ性とか今更過ぎるだろ。

 

部屋に入るとまずは濃厚な血の匂いが漂ってきた。そして、部屋の奥には静謐ちゃんが鎖に繋がれていた。

...おい、これは地下牢じゃなくて拷問室じゃないのか?

 

「......誰?...まだ、諦めていないの...?」

 

普段から言葉に余り抑揚の無い静謐ちゃんだが、今のは確実にいつもよりも弱っている声だ。俺はスグに静謐ちゃん(捕縛中)の元へ走り、拘束具を破壊する。

 

「...誰?私に触れても、死なない、貴方は...?」

 

拘束具を破壊した瞬間、足元がふらついてよろけた静謐ちゃんを支える為に、そして今までの拷問を耐えた賛美として静謐ちゃんを抱きしめる。

やはりというか何と言うか、こちらの静謐ちゃんに俺の記憶は無いらしい。だがまあ、それでも構わない。記憶がなくとも、俺の仲間である事に変わりはないのだから。

 

「...私ばかりズルイ...」

「自分に嫉妬とは、中々に稀有な体験をしておるな静謐よ。だが同感だ。余達にも構え、奏者」

「もう少しシリアスを続けさせてはくれませんかねぇ...」

『はっはっは。最強のシリアスブレイカーである凌太君が今更何を』

 

解せぬ。

 

 

 

 

 



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アッくんとじいじ。

⚠注意─この作品は、作者の独自解釈が含まれています。




 

 

 

 

 

『みんな、早くそこから出た方が良い。上にはアグラヴェインも待ち構えているんだ。急がないと百貌のハサンと信長が危ない』

「そうだね。凌太君、静謐ちゃんは任せていい?」

「おうよ」

 

俺は未だ足元がふらついている静謐ちゃんを担ぎ、その場を後にしようとする。するとそれを見た静謐ちゃんも俺に擦り寄ってきてそれに静謐ちゃんが対抗し更には静謐ちゃんがそれに対抗し...etc.

 

...もう自分で言っていて何が何だか分からない。

 

「あ、凌太君の頭がショートした」

「奏者ー!!」

 

カオスすぎる。ただただカオスすぎるぞこの状況。

 

『大分面白そうな状況だけど急ぐんだ凌太君。百貌のハサンと信長公だけではいつまで耐えられるか分からない。すぐに合流して、休めるところまで一気に退散しよう』

「それは急性というものだ。休息ならばここで取っていけばいい」

「...!」

 

俺が殴り飛ばした扉の方から、1人の黒い騎士がやって来た。彼の後ろには複数人の粛正騎士の姿も確認できる。察するに、あいつがアグラヴェインなのだろう。静謐ちゃんズの事で頭がいっぱいだった為、敵の接近に全く気が付かなかった。というか、こういう時こそロマンの出番だろ。

 

「こんにちは諸君。そしてようk...」

「アッサルの槍!」

 

アグラヴェインが何かを言い終わる前に、俺の放った槍がアグラヴェインの肩を貫く。

敵が口弁を垂れる前に不意打ちの先制槍投擲。これ常識。

 

「走れ!一気に抜けるぞ!」

 

粛正騎士を3人纏めて殴り飛ばしながら、皆の退路を切り開く。

アグラヴェインからは特別強い力は感じられない。恐らく獅子王からの“恩恵(ギフト)”とやらを受けていないのだろう。それが己の力量に対する過信から来ているのか、それとも他の理由があるのかは知らないが俺達にとっては好都合だ。しかし、如何せん此処は場所が悪い。地下で俺が全力で闘おうものならば、俺達は仲良く生き埋めだ。俺だけなら別に構わないのだが、今は弱っている方の静謐ちゃんと藤丸さんがいる。なのでそんな無茶は出来ない。

 

「邪ンヌ、そっちの奴ら全員焼け!」

「はぁ!?なんで私がそんなこと。あんたが自分でやりなさいよ!」

「バッカお前、俺はこっちの奴らをやるんだよ!手伝えっつってんだ!」

「邪ンヌ、凌太君の手助けお願い!」

「チッ...。貸し1つですよ、坂元凌太!」

「おう。マスターの命令には素直なのな、お前」

「うるさいッ!」

 

最初の槍で肩を貫かれたアグラヴェインは未だ動かず、部下である粛正騎士に指示を出すに留まっている。

アグラヴェインさえ動かなければ、こちらも全力で戦わずに済む。生き埋めにはならないだろう。

 

「藤丸さん達は離脱出来た?」

「ええ、今は既に砦の外へ出ているそうよ!」

「分かった、俺らも退くぞ」

 

煙幕と時間稼ぎの為に拷問室の唯一の出入口を破壊し、出口を無くす。これである程度は時間稼ぎが出来るはずだ。いくらアグラヴェインが“恩恵”を受けていないと言っても、円卓の騎士というだけで相当の実力者だと分かる。このまま地上で戦っても勝てるだろうが、こちらに被害が出ないとは限らない。それに、藤丸さんの方針でここからすぐに離れなければならないのだ。

 

俺と邪ンヌが急いで地下牢を抜けると、外では既に馬を用意し終えている藤丸さん達が待っていた。

 

「急げ奏者!」

「邪ンヌは馬に乗って!静謐ちゃんズは毒があるから凌太君が連れて行ってね!」

「了解。行くぞ『トニトルス』」

 

そうしてアグラヴェイン達が上がって来る前に砦を離脱。一気に山まで駆ける。いや、俺は飛んでいるけど。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「サルゥ、酒を持てぇい!! 宴じゃぁー!!」

(おれ)はサルではないが...、まあいい。さあ、呑め呑めぃ!」

 

という事で宴が始まった。楽しい。

 

 

一晩中馬を走らせて西の村に辿り着いたら、藤太殿が自身の宝具で米を大量生産したのである。藤太殿マジリスペクトっす!!

米を炊き、そこらにいた動物を狩って肉料理を用意し、そして米を発酵させた酒、米酒も大量に用意した。これはもう宴待った無しである。

 

「いやはや、天晴れな飲みっぷり!1升を一息とは、アーラシュ殿と凌太殿も中々イケる口ですな!」

「いやいや、藤太殿こそ!なんと気持ちの良い食べっぷりか!」

「ワハハハ!2人とも、流石は歴史に名を残す大英雄!その名に恥じぬ飲み食いっぷりだ!」

 

女が3人寄れば文殊の知恵、男が3人寄れば酒盛りのバカ騒ぎである。アーラシュと藤太は完全に出来上がっており、酒に酔えない俺は空気に酔った。

 

「うむ!宴とあらば盛り上げ役が必要であろう。奏者よ、ここは余の美声で盛り上げるべきだと思うのだがどうだろうか!?」

「おう!やれやれぃ!」

「ストップ音テロ!」

 

藤丸さんがやけに必死でネロの独壇ライブを止めに入り、ネロは不満そうにそれに逆らう。マシュと邪ンヌも止めに入ってようやくネロが大人しくなった。藤丸さん達はホッと安堵し、ネロは不貞腐れてヤケ食いし始めた。まあ、勢いで許可を出した俺が悪かったのかもしれない。

 

「凌太様、どうぞ」

「マスター、こちらを」

「お、おう...」

「いやはや。すっかり懐かれましたな、凌太殿」

「まあ片方は昔から懐いてくれてたから、この状況を予想していなかった訳じゃないけど...」

「はっはっは。静謐はその特性ゆえ、生前も英霊となった今も、人と触れ合う事が出来なかった。それが今や、好きなだけ触れ合える者がいる。舞い上がるのも仕方ない事でしょう」

 

呪腕の言う通り、特に捕まっていた方の静謐ちゃんボディタッチが多めだ。というかずっと俺の腕などを触ってきていてる。それだけ触れても死なない相手が珍しいのだろう。なら好きなだけ触らせてやろうと思う。静謐ちゃんに触れられて悪い気はしないしな。

 

「まだまだ行くわよ!おにぎり百連如来掌 !」

「「「おぉーー!!」」」

 

子供たちの歓声が上がる中、三蔵の中国拳法擬きも炸裂し、更に宴は盛り上がっていく。

この宴の騒ぎや灯り、そして食料を求めてやって来た動物達がいたが、奴らには運がなかった。アーラシュや藤太といった狩りが得意な弓兵によって返り討ちに遭い、今では皆仲良く鍋の中である。やはりワイバーンは美味。

そうして夜はふけていき、村全体でのバカ騒ぎは東の空が白んでくるまで続いたのだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「アズライールの廟?」

「はい。我らハサンの祖、初代“山の翁”ハサン・サッバーハ様がおられる場所です。あの御方にかかれば、ガヴェインなど恐るるに足らず」

「なにそれ怖い」

 

宴を終えた朝。俺達は今後の話をしていた。

呪腕の話によると、その初代ハサンが力を貸してくれれば、聖都の門番であるガヴェインもどうにか出来るとのこと。

更にロマンの補足では、そのハサンは死を告げる大天使アズライールとも呼ばれるらしい。天使て。

まあ戦力が増えるならば問題はない、寧ろ大歓迎だ。呪腕以外のハサン一同はやたらと反対していたが、最終的にはその初代ハサンに助けを求める事になった。

 

そして現在。

 

「高い高い高い!え、ちょっと待って、こんなに高いなんてあたし聞いてないんだけど!」

「ええい、暑さも寒さも地下も高所もダメときた!お主、それでも三蔵法師か!?その調子でよくぞ天竺までの魔境を越えられたものだ!」

「あれは事前に気合い入れてたの!頑張ったの!功徳全開だったの!!でも聞いてないのはダメ!あたし、何事もいきなりはダメ何だってばーー!!」

 

とまあ、賑わってます。

 

「...フッ。あの廟の礼拝が、これほど賑やかになる時が来ようとは...」

「もはや遠足だよな」

 

断崖絶壁。

まさにその言葉通り、俺達が歩いている道は崖だ。しかも道幅は非常に狭い。確かに落ちたらタダでは済まないだろう。

 

「ふ、ふふふ、ふん!こ、こここんな高さで悲鳴を上げるなど、せ、聖人と言ってもその程度のようですね」

「そ、そそそ、そういう邪ンヌも声が、ふ、ふふ、震えてるよ?」

「お主も声が震えとるぞ、マスター」

 

死を告げる大天使とやらに会いに行くのに、なんとも賑やかである。俺が言うことでもないかもしれないが、緊張感皆無ですね。

 

「リョータ!腕、腕貸して!あたしの弟子でしょ!?なら貸して!」

「弟子になった覚えは一切ないんだが」

「こいつはいつもそうなのだ。(おれ)の時もそうだった」

「ぎゃてぇ!あたし高いのダメなの!肩でもいいから貸してー!」

 

元々俺にあった玄奘三蔵のイメージは既に跡形もなく消え去った。歴史とは、なんと残酷な事よ...。

 

 

 

 

絶壁を歩くこと2日。一晩休んで、翌日にアズライールの廟とかいう場所についた。出入口で幽霊系エネミーが待ち構えていたが、まあ瞬殺ですよね。村の警護として残ったアーラシュと、決戦の準備をする為に兵を集めに行った百貌以外の全味方サーヴァントがいるのだ。幽霊ごときに負ける訳が無い。

 

『ここがアズライールの廟か...。特に変わっているようには見えないけど...』

「いえ、ドクター...。これは現地にいないと分からない重圧です」

 

マシュの言う通り、この空間には途轍もないプレッシャーがある。まあ爺さんの方が数段上の圧力をかけてくるがな。それでも、サーヴァント1騎が放つ圧力としては破格のものだ。ガヴェインなどとは比べるまでもない。戦力として多いに期待出来るだろう。

と、警戒しながら進んでいた藤丸さんを不可視の攻撃が襲った。

 

「っ!マスター!」

 

咄嗟にマシュが防御したが、攻撃の出処が分からない。

一応聖句と共に“天屠る光芒の槍”を構え、周囲に気を巡らせる。

 

『どういう事だ!?そちらにはサーヴァント反応どころか、動体反応もないぞ!?それに、今立香ちゃんの反応が消えた!こちらの観測では、立香ちゃんはもう死んでいる!』

「なにそれ怖い!?」

「───魔術の徒よ」

「はぁー!」

「...!」

 

なんだなんだ。藤丸さんが死んでるとかいう観測結果が出たかと思ったら、どこか麻婆豆腐大好きそうな声が聞こえてきて、そしたらハサン3人が同時に平伏したんだが。な、何を言っているのか(ry

 

と、そこで俺も気が付いた。

目の前に、『何か』がいる。

 

「───魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ。汝らの声は届いている。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが──我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す。静謐の翁よ、これに。汝に祭祀を委ねる。見事、果たして見せよ」

「ぁ───ああ、ああああ!?ひぃ!やぁ......!?」

 

麻婆神父のような声の主、恐らく初代ハサンが言い終わると、黒い炎の様な何かが静謐ちゃんを包み込む。あ、やられてるのは特異点の方の静謐ちゃんです。

...文字だけだとどっちがどっちだか分からんな。あだ名的なものを付けるか。俺と契約している方の静謐ちゃんは「静謐ちゃん」、この特異点で出会った方の静謐ちゃんは「静謐のハサン」か「静謐の」でいいかな?いいよね、うん。

 

「この気配...。精神を乗っ取られたか!」

「初代様!お使いになられるのでしたら私を...!静謐には荷が重すぎまする!」

「戯け。貴様の首を落とすのは我が剣。儀式に使えるものではない。静謐の翁の首、この者たちの供物とせん。天秤は一方のみを召しあげよう。過程は問わぬ。結果だけを見定める」

「そうか、なら死ね」

「!?」

 

一瞬。まさに一瞬の出来事だ。

初代“山の翁”がいるであろう場所が塵と化した。

 

「ちょ、凌太殿!?」

「なにやってるのよアンタ!なんか重要な話してたしょう!?」

「だから?」

 

慌てふためく周囲を見ずにそう返す。

そうすると、俺の声を聞いた全員がすくみ上がったのが分かった。いや、声というより、俺が出している殺気に反応したのかもしれない。これはいつも牽制程度に使っているレベルのモノではない。純度100%のシンプルな殺意だ。

 

「...どういうつもりだ、人ならざる者よ」

「黙れクソ天使擬きが。供物はお前の首に変更だ」

 

勝機など皆無。真っ当な手段で勝てるなどとは思わない。それほどの相手だ。爺さん程ではないだろうが、それでも俺より強い事に変わりはない。だが、その程度の理由で静謐のハサンを助けない訳が無い。

 

「おい、神殺しの奴マジギレじゃないか?もしかして、この場所も危ないんじゃ?」

「そうですね。マスターが本気を出すと半径2キロは消し飛びます」

「奏者が箱庭で使った技を出すとなると、まず間違いなくここら一帯は底無し穴になるであろうな」

『それはもう人として達してはいけないレベルだよ...』

 

後ろでなにらや喋っているが関係ない。というか、気にしてたら俺の首が飛ぶ。さっきから地味に不可視の斬撃みたいなものが俺の首目掛けて飛んできているのだ。今のところは全て避けるか受け止めるかしているが、気を抜いたら死ぬ。

 

「晩鐘は汝の名を指し示した」

「だからどうした」

 

未だ姿を見せない山の翁を、気配だけを頼りに攻撃していく。

『教祖』という事実や、『死告天使(アズライール)』といった天使の名を冠するからだろうか。微小ではあるが神性を感じるので、俺の基本ステータスが上昇するだけでなく、“天屠る光芒の槍”の特攻対象として認定されている。勝機があるとすればそこだけだ。

 

「──迸るは閃光、神をも屠る我が紫電」

「っ!皆逃げろ!アレ(・・)がくるぞッ!」

 

ネロが声を張り上げる。爺さんが施した封印的な何かのせいで、この技の威力は以前の3分の1程度となっている。皆への被害は最小限にするよう、極めて細い一撃にするつもりだが、このアズライールの廟が消し飛ぶのは不可避だ。建物ごと消え去るが良い。

 

「来たれ神滅の雷、神苑の雷霆。天を駆けよ、地を穿──」

「熱く、熱く、蕩けるように。あなたの体と心を焼き尽くす。『妄想毒身(ザバーニーヤ)』」

 

俺が技の準備を終える前に、邪魔をしてきたのは山の翁ではなく静謐のハサンだった。先程ベディが言っていたが、やはり精神支配を受けているようだ。それで俺を殺しにかかった、と。だが、俺に毒は効かない。たとえそれが宝具であってもだ。

 

「チッ...。ごめんな静謐の。ちょっとだけ眠っていてくれ」

「ぅ...」

 

宝具『妄想毒身』は敵に接触してこそ真価を発揮する宝具。というかぶっちゃけキスだ。粘膜接触が1番毒が効くからキスという形式をとっているらしいが、俺は男相手にこの宝具を使わせる気はサラサラない。女相手でも若干躊躇する時がある。

だが、今回はその宝具が幸をそうした。体が接触しているので、その接触面から軽い電流を流して気絶させたのである。

 

「...ふむ。結果だけを見ると言ったのはこちらだ。過程の善し悪しは問わぬ──これもまた、解なりや」

「は?」

 

静謐のハサンを気絶させ、再び山の翁へと向き直ったらそんな事を言われた。何を言っているのだろうか?まさか、これで儀式は終了だとでも?

 

「よくぞ我が廟に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」

「......は?」

 

声と同時に、今まで姿の見えなかった山の翁が自身の姿を俺の前に現した。骸骨の面を持つ、大剣を構えた剣士風の大男。これが初代“山の翁”、『死告天使』の姿。

 

...どうやら儀式は終了したらしい。

気合い込めて向き直ったのに、何だか肩透かしを喰らった気分だ...。

 

 

 



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ぎゃてぇ!

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだで儀式が終わったので、俺は廟の外に避難していた皆を呼び戻しに行った。

 

『さっきのアレ、観測魔力値が上級宝具の10倍以上あったんだけど...』

「ダメだよ、Dr.ロマン。凌太君の蛮行について深く考えちゃダメ。感じなきゃ」

『考えるな。感じるんだ、か。なるほど、その通りだ。凌太君という規格外なキチガイの事は考えても答えなんて無いもんね』

「喧嘩売ってんのかお前ら」

 

規格外なキチガイとか、一体俺は何者なんだよ。

 

「次からあの技を使う時はあらかじめ一言かけろよ、奏者。でないと余達も巻き添えを喰らってしまうではないか」

「あ、うん。それは本当にごめん」

「すいません。もう1人の私のせいで...。本当にすいません」

 

責任を感じたのか、静謐ちゃんは平謝りを続けている。

呪腕は俺のした蛮行について、ただただ怯えていた。

 

 

 

「よくぞ我が廟に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」

「あ、それもう1回言うんだ」

 

みんなを連れて廟に入ると、山の翁がもう1度自己紹介をする。以外と良い奴なのかもしれない。まあ、静謐のハサンを精神支配した事は決して許さないが。

 

「剣士...?山の翁の初代が剣士なんて...」

『いや、驚くのはそこじゃないぞマシュ。そのサーヴァント、そのアサシンは...、まさかグラ──』

「無粋な発言は控えよ、魔術師。汝らの召喚者、その蛮勇の値を損なおう」

 

そう言って、山の翁はその大剣を一閃する。その斬撃は立体映像のロマンを真っ二つに斬り裂いた(・・・・・)

 

『あわわ、ごめんなさーーい!!...あれ?どうなってるんだ、映像がこないぞ!?』

 

...こりゃ驚いた。こいつ今、概念そのものを斬ったのか?もしかしてさっきまでの斬撃もそのつもりで放ってた?...死ななくて良かった...。

というか「汝らの召喚者」? ロマンは召喚される側じゃないはずだが...。

 

「...初代様。恥を承知でこの廟に訪れたこと、お許し頂きたい。この者達は獅子王と戦う者。されど、王に届く牙があと1つ足りませぬ。どうか...どうか、御力添えを。全ては我らが山の民の未来の為に」

「...2つ、間違えているな。以前と変わらぬ浅慮さだ、呪腕」

「...と、申しますと?」

「魔術の徒、汝らに問う。獅子王と戦う者──これは(まこと)か?汝らは神に堕ちた獅子王めの首を求めている。その言に間違いはないか?」

「それは...違う、かな」

「立香殿!?」

「...もう1人は?」

「別に獅子王の首なんかに興味は無い」

「凌太殿まで!?」

 

何やら戦慄している呪腕だが、本当に興味が無いのだから仕方が無い。敵として眼前に立ち塞がるのなら容赦なく殺すがな。

 

「牙が1つ足りぬ、と申したな。果たして、あと1つで良いのか?」

「...正直、ハサン達じゃ全然足りない」

「立香殿...!?」

「──汝らは、知らなくてはならぬ。獅子王の真意、太陽王の戯言、人理の綻び。そして、全ての始まりを。それが叶った時、我が剣は戦の先陣を切ろう。太陽の騎士、ガヴェインといったか。我が剣は猛禽となりてあの者の目を啄もう。我が黒衣は夜となって聖都を呑み込もう」

「ごめんなさい骸骨の人!全然言ってることが分からない!もうちょっと分かりやすく言って!」

「ちょ、三蔵ちゃん!骸骨の人て!せめてキングハサンとか...」

「先輩!キングハサンも失礼かと!」

「良い。好きに呼ぶが良い。我が名はもとより無名。拘りも、取り決めも無い」

「えっ...。じゃあ『じいじ』で!」

「どうします、信長?ウチのマスター、とうとう可笑しくなりましたよ?」

「落ち着け黒聖女。元よりマスターは可笑しいじゃろ」

 

...イマイチ締まらないなぁ。

 

「──砂漠のただ中に異界あり。汝らが求めるもの、全てはその中に。砂漠においてさえ太陽王めの手の届かぬ領域。砂に埋もれし知識の蔵。その名を、アトラス院と言う」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「はぁー、やっと太陽の下に戻ってきたー!色々あったけど、皆無事で何よりだったわね!」

「うむ。初代様の協力は得られましたな。しかし、まさかこの首が繋がっていようとは」

「全くだ。危うくもう1ラウンドおっ始めるところだったな」

「凌太殿、あれは本気で寿命が縮むので勘弁して貰いたい...」

 

とまあ、現在皆で下山中です。

行きは2日かかったが、帰りは急げば日が暮れる前に下山出来そうだ。

 

『──ザ、ザザ...、あ、やっと通信が元に戻った!一体どうなったんだい!?立香ちゃんの状態はモニター出来てるんだけど、音も映像も拾えていない。事の顛末を教えてくれると助かるんだが』

「実は カクカクシカジカ...」

 

唐突に復帰した通信の向こうからくるロマンの要望に丁寧な説明で答えていくマシュ。

暫くすると説明が全て終わる。

 

『うーん、その時代のアトラス院かぁ...。いや、オジマンディアス王の砂漠は紀元前なんだっけ。だったら魔術協会が出来る前のアトラス院って事だよね。危険だろうなぁ...』

「先輩がアトラス院に行く事、ドクターは反対ですか?」

『え、何で?行こうよ、アトラス院。そこに行けば獅子王の真意、円卓の目的が分かるんでしょ?なら止める理由はない!』

「...意外です。極めて危険ですので、てっきりドクターは反対するものと思っていました」

『そりゃあ危険だろうけど、危険じゃない特異点なんて無いからね。それにそこには凌太君が居るんだろう?目には目を、歯には歯を、規格外には規格外を、ってね』

「やっぱお前喧嘩売ってんだろ」

 

もはや話し合いなど不要。帰ったらお仕置きだべぇ。

とまあ、そんな他愛もない話をしながら俺達は順調に山を下り、東の村へと向かう。

下ること半日。日も暮れて辺りが薄暗くなってきた頃、俺達は村のすぐ近くまで来ていた。帰りは楽だったと、皆が一息ついたところで藤太がある事に気付く。

 

「──待て、なんだあれは!どうなっている!?」

「藤太殿、何かおかしなものでも?」

「そうか、お主達にはまだ見えぬか!火だ!村から火の手が見える!あれは──聖都の騎士たちだぞ!?」

「ッ!」

 

藤太の指摘で、俺は両眼に魔力を込めて視力を上げる。すると、藤太の言う通り村に複数人の粛正騎士が確認できた。アーラシュが居たはずだが、彼の姿は今のところ確認出来ない。まさかやられた...?いや、アーラシュ程の大英雄がそう簡単に敗れるわけが無い...。となると、もしかして円卓の騎士が2人以上で攻めてきた?

 

「立香殿、御免!先行いたしまする!静謐は立香殿の護衛を!凌太殿、それにサーヴァントの皆、伏してお願いする...!村の者の救助を...!」

 

それだけ言い残し、呪腕は村へと駆ける。

え、てか1人で行ったら死ぬぞ呪腕。

 

「言われるまでも無いわ!行くわよ、トータ、リョータ!」

「うむ!我らは村の東に回ろう!」

「え、俺も?」

 

俺の師匠(仮)に強制連行され、俺も村の東に回ることに。ネロと静謐ちゃんも着いてきている。

 

走って5分程。漸く村に到着し、目に付いた騎士から順に屠っていく。

 

「ええい、アーラシュ殿は何をしている!?あの御仁が居ながら敵の侵入を許すとは!」

「この村からアーラシュの気配は感じない。どこか遠くに飛ばされたか、或いは消滅したか...」

 

俺達は着々と騎士を消していき、そんな愚痴を零す。

愚痴を零しながらも全ての騎士を消滅させると、丁度藤丸さんが村に到着した。

そして、彼女らを襲う複数の斬撃も見受けられる。

一応、全てマシュが防いでいるようだが...、なんで然も当然かのように斬撃を飛ばすんだ英霊ってやつらは。普通無理だろ、そんな芸当。

今斬撃を飛ばしているのは赤髪の男。竪琴のようなエモノを構え、弦を弾く事で斬撃を生み出しているっぽい。なんで楽器から斬撃が放たれるんだよ(憤慨)

 

「ほわぁちゃーーー!!」

「ぬぅん!」

 

何やらベディと話していた赤髪の男へ三蔵と藤太が攻撃を仕掛ける。別方向から呪腕も攻撃してきた。

周りを確認すると粛正騎士は全滅、残るはあの赤髪だけとなっている。

 

「──不甲斐ない。このような雑魚も足止め出来ないとは...。粛正騎士達の性能をもう一段階上げてもらわなくてはいけませんね」

「寝言は寝てから言いなさい!貴方、無事では帰さないわよ、トリスタン!」

「円卓の騎士、トリスタン。貴様だけは決して許さぬ...、石榴と散れ!」

「許さないのはこちらも同じです、山の翁よ。我が王はあなた達を赦しはしない。あなた達が邪魔だてしなければ、我らの計画は既に完遂されていたのだから。──時が来ました。見上げなさい、西の空を。その酬いを、無念と共に受け入れる時です」

「な、なんだと...。まさか、まさか...ッ!」

 

赤髪の騎士、トリスタンが西の空の方角を示す。すると、光の柱のような何かが落ちているのが確認出来た。そして──

 

「...そん、な......」

 

全員に戦慄が走る。

当たり前だ。だって、たったの一撃で西の村が消え去ったのだから。

...ごめん。皆驚いてるところ悪いけど、俺もさっきアズライールの廟で似たような事しようとしてた。

 

「これが獅子王の裁き。聖槍ロンゴミニアドによる浄化の柱。──悲しい。何の理由もなく、言葉もなく、ただそこに在るだけで美しいものは、こうも悲しい」

「卿──卿らは正気なのか!?これが、こんなものがアーサー王の所業だと、そう言うのか!?」

「無論!正気でなくて粛正が許されるものか!ヒトを残さんが為、我が王は聖断された!裁きに情があってはならない。彼の王は、ついに人の心を完全に切り捨てたのだから!」

「......!」

 

...なんか、俺を置いて勝手に盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ攻撃してもいいかな?いいよね?よしやろう。

 

雷砲(ブラスト)ォ!」

「なっ!」

 

不意打ち上等。ベディとトリスタンが話している間に、トリスタンへと攻撃を仕掛ける。トリスタンもまさかこのシリアスなタイミングで攻撃されるとは思っていなかったのか、モロに攻撃を喰らった。

 

「...アンタ、本当に空気読めないわよね」

「奏者は空気が読めない訳では無いぞ? 空気を読んで、その上で空気をぶち壊しているのだ」

「余計にタチ悪いわよッ!」

『流石最強のシリアスブレイカー...。僕達に出来ない事を平然とやってのける。そこにシビれる、憧れるぅ!』

「喧しい」

 

ロマンに突っ込みながら槍を構える。雷砲が直撃したからと言っても、その程度で倒れる程円卓の騎士は甘くない。

爆煙の中から出てくるトリスタンを目にし、俺だけでなくその場の全員が一斉に構えた。

 

「...私は悲しい。まだ我らに抗うのか、異教徒」

「うん」

 

言いながらアッサルの槍を投擲。俺は頭を狙ったのだが、トリスタンは上手く避け、槍は彼の右腕を穿つ。殺り損ねはしたが、まずはトリスタンの右腕を吹き飛ばす事が出来た。次は左腕か。

 

「くっ...! ──痛みを歌い、嘆きを奏でる。『痛哭の幻奏(フェイルノート)』ッ!」

「ふん。──三千世界に屍を晒すが良い...。天魔轟臨!これが魔王の『三千世界(さんだんうち)』じゃあ!!」

 

竪琴から放たれる無数の斬撃と、種子島式改造火縄銃の銃弾がせめぎ合う。右腕が無いのにノッブと撃ち合っているあたり、トリスタンは相当な弓の腕の持ち主なのだろう。もしかしたらアーラシュとも撃ち合えるかもしれないな。

 

「そのまま持ち堪えなさい、信長! ──これは憎悪によって磨かれた、我が魂の咆哮。『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』ッ!」

「ぐぅ...!」

 

信長との撃ち合いで手一杯だったトリスタンは、邪ンヌの宝具を無防備の状態で喰らう。うわー、あれは痛いわ...。黒炎で焼かれた後容赦なく串刺して...。

 

「──...ああ。...少々長く、この世界に居過ぎたようだ...。...ベディヴィエール卿、いや、友よ。我らが、王を......」

「トリスタン卿...」

 

流石に限界だったのか、トリスタンは光の粒子となって消滅した。ベディが感慨深そうな表情を浮かべているが正直そんな場合じゃない。さっきの光の柱、俺達の方にも来てるぞ。

 

『1戦終えたばかりで申し訳ないけど、上空に高密度の魔力反応を感知!皆、一刻も早くその場から離れるんだ!』

「いやいやロマンよ。村人助ける為に騎士を倒したのに、その村人見捨てて逃げるとか有り得ないでしょうよ」

『うっ...、確かに...。で、でも!ここで立香ちゃんに死なれたら困るんだ!』

「...初めから分かってた事だろ?このままじゃ全滅だ。あちらさんが本気を出せばこうなるのは目に見えていただろう?」

 

背後から、そんな声が聞こえた。バッ、と後ろを振り返ると、そこには──

 

「ア、アーラシュ殿!?」

 

血だらけのアーラシュが立っていた。

 

「よっ。すまん、ドジをした。あっさりやられて谷底に落ちちまった。...はあ、2日は持たせると言ったのにこの始末だ。文句、苦情、叱責はじゃんじゃん言ってくれ。──まあ、それは後か。失態は見せたが、最期に見せ場は残っているな」

「おい。矛盾って言葉知ってる?後で説教してやるから、今はその傷治せ。ネロ、スキル使って回復」

「うむ、任せろ。ブーケごと受け取るが良い!」

「おっ...?」

 

ネロのスキル『人に愛を』。理論は全くの不明だが、何故か回復効果のあるスキルだ。他にも『天に星を』や『地に花を』といった補助スキルを持っているネロだが、その一切が俺に通用しないので今まで殆ど使った事がない。

 

「さて。察するに、最期の力であの光の柱を防ぐつもりだったんだろうが、別にアーラシュが死ぬ事はない。俺がやる」

「...死ぬ気か?」

「ちょ、え!? 死んじゃダメだよ!? 凌太君がここで居なくなっちゃったら、この後私達だけでどうしろと!?」

「俺の存在価値とは。戦う以外は必要とされてないのかね?」

「あ、いや別にそういう意味じゃ...」

 

そんな冗談を言いながら、自身の全魔力を一点に集中させていく。残り魔力全てを注ぎ込めばなんとかなるだろ。

 

「皆下がっとけ。マシュは村人が避難してるっていう洞窟を守るように宝具展開。飛ばされんなよ?」

「え?」

「ネロ。必殺技出すから、皆の避難誘導は頼んだ」

「任せよ!さあ皆の者、さっさと洞窟まで往くぞ。でないと谷底まで飛ばされるのでな」

「え? え?」

「急いで下さい、マシュ。マスターはやると言ったらやる御方。ここでは巻き添えを喰らう」

「え?ちょ、え?」

 

疑問を持つマシュを連れて洞窟へと向かう一向。藤丸さん達も疑問符を浮かべながらもネロと静謐ちゃんに付いて行く。

藤太とアーラシュは何故か残ったが、まあ見届人がいても良いだろう。飛ばされないようにと、しっかり釘を刺しておく。

 

「さてと、じゃあやるか。──迸るは閃光、神をも屠る我が紫電。来たれ神滅の雷、神苑の雷霆。天を駆けよ、地を穿て。我が敵を死の灰に」

 

迫り来る光の柱に向かって、本来上から放たれるこの技を下から撃つ。上から撃ったらここらの山ごと消え去るからね。

 

「これは...。この圧力は、一体...」

「とてつもない魔力が渦巻いてやがるな...」

 

後ろで何やら酒盛りをしながら話をしている藤太とアーラシュを横目で見ながら、更に魔力を練る。出し惜しみは無しだ。ぶっ倒れる覚悟でこの一撃を放つ。

 

「──奔れ。『振り翳せり天雷の咆哮(ネメジス・アルピルク)』ッッ!!」

 

轟音と眩い光を伴った人知を超えた暴力の渦。理論上は神すらも塵芥と化す必殺の一撃。まあ、爺さんは普通に耐えたので、必殺などとは言えなくなったのだが。封印的なアレで威力も以前より落ちているのだが、それでも十分な威力を誇っている。証拠に、聖槍ロンゴミニアドの光の柱を打ち消す事に成功した。相殺では無い。単純な威力という面では完全に勝った。

 

技の反動で村は半壊、余波で飛ばされないようにと釘を刺していたアーラシュと藤太も何処かへ飛ばされたようだ。これは酷い。

 

「でもまあ、いっかぁ...」

 

そう言い残して、魔力を使い切った俺は膝から崩れ落ち、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 




別に、アーラシュとオジマンを共闘させてしまっても構わんのだろう?


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これは酷い...

最初に謝っておきます。
今回の話は、本当に酷いです。何が、というか、題名通り酷い事になってます。カオス祭りです。


 

 

 

 

 

 

「これは酷い...」

 

目を覚ました俺が最初に見た光景は、俺達の到着が遅れて助ける事の出来なかった十数名の村人の死体と、ほぼ俺のせいで破壊された家屋の残骸だった。

何でも今から火葬するそうで、死体を1箇所に集めているのだとか。

 

「おはようございます、マスター」

「ん、おはよう...。他の皆は?」

「あちらで作戦会議中です」

 

静謐ちゃんが俺の起床に気付き近付いて来たので、現状を聞く。

マシュの宝具によって、俺の繰り出した技の余波から村人達を守る事には成功したらしい。何処かへと飛ばされたアーラシュ達も無事だったそうだ。

そして今は、アトラス院へと向かう為の話し合いをしているらしい。まあ俺は強制参加デスヨネ。良くは知らないが、アトラス院は危険らしいからな。藤丸さん達だけで行かせる訳にも行かないだろう。

 

静謐ちゃん除く3人のハサンとアーラシュを残して俺達はアトラス院へと向かう事にした。もう一度円卓の騎士が村を襲撃してきた時にアーラシュが自滅宝具を放たなければ良いが...。まあアーラシュ以外に村人を防衛出来る奴がいないのも事実。こんな事ならアルトリアズからエミヤを強奪してくれば良かったな。アイツなら単独行動で数日間は俺からの魔力供給を必要としないし、防衛戦も得意だ。まあ無いものねだりをしても始まらない。アーラシュが宝具を使わざるを得ない状況にならない事を願うばかりだ。

 

 

百貌の話によると、アトラス院周辺は魔物やスフィンクスも跋扈してるらしいし、気合い入れて行くか。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「きゃあぁぁぁ!!な、なによアンタ達! ちょ、まっ!こっち来ないでよぉ! 獅子の体に人面とか、気持ち悪いわよ! ちょ、ビーム!? 目からビームとか反則でしょ!? ヤメテ、飛び道具はヤメテ! あたしキャスターなんだから! ちゃんと肉弾戦で来なさいよぉ! うぅ、リョータァ、トータァ!たーすーけーてー!」

「ええい、手のかかる師匠だな、チクショウ!」

「全くの同感だ!」

 

砂漠に入り、スフィンクスの姿もチラホラ見えてきた。というか三蔵が連れて来た。キャスターとは肉弾戦をするものなのか、初めて知った。

 

 

 

対スフィンクス戦も大分慣れてきて、今では俺1人でも倒せるようになった。基本、頭を打ち抜けば死ぬ。

襲い来るスフィンクスやゲイザー、キメラなどを悉く蹴散らしていくと、遠くにスフィンクスの群れが見えた。パッと見で約30頭。さすがに全部相手にするのはキツイ。どうしたものかと考えていると、後方から複数の馬の駆ける音が聞こえてきた。サーヴァントの気配も感じるので、円卓の騎士の遊撃部隊だろうか。何にしても今この状況で円卓とドンパチやるのは宜しくない。下手したらスフィンクスも一斉に襲ってくるぞ、これ。

だが、時間は待ってくれないものだ。隠れる場所もないし、第一、迷いなくこちらに向かって来てきるところを見ると、アチラは俺達の気配を察知しているのだろう。ならどこに隠れても無駄だ。静謐ちゃんは気配遮断を使えるが、他は使えない。俺も気配遮断を使えない事は無いが、ランクが低いし、不意打ち程度にしか使えない。

 

「追いついたか。諸君らと間見えるのもこれで3度目だが、リーダーを目にするのはこれが初めてだな。円卓、遊撃騎士ランスロット。王の命により、諸君らの身柄を拘束す、る...?待て、そちらに居られるのは、もしや我が王?それにベディヴィエール卿だと!?」

「余はそなたの王では無いぞ。余は皇帝であり、奏者の嫁だ!」

「召喚時、自分で嫁“王”って言ってた様な...」

「それはそれ、これはこれだぞ奏者よ。細かい事は気にするでない」

「...『奏者の嫁』、ですか...。どちらが正室なのか、そろそろこのローマ皇帝と雌雄を決さなければならないようですね...」

「落ち着け静謐ちゃん。ステイ、ステイだ」

「ほう、嫁ですか...。これは人妻ニアとしての血が騒ぐ」

「殺すぞランスロット卿」

「そうですね。私も何故か、あの騎士はボッコボコにしなければならない、そんな気がするんです。殺りましょう、凌太さん」

「マシュも落ち着いてねー。凌太君に感化されてるよー」

「突っ込まない...、私はもう突っ込まないわよ...ッ!」

「混沌としてきたのぅ。いや、今更か。あの神殺しがいる限りシリアス展開は有り得ない、という事か。是非も無し」

「ノッブとか、俺以上のシリアスブレイカーじゃないですか、ヤダー」

「何を言う。儂はシリアス成分だけで出来ているといっても過言では無い、第六天魔王こと織田信長であるぞ!そんな儂がシリアスブレイカーとか、有り得ないじゃろー?全く、最近の魔王は。まず態度がなっとらんよ、態度が。先輩魔王である儂をもっと敬わんか」

「そうよリョータ! トータもだけど、師匠であるあたしをちゃんと敬って!」

「...もう、何も言わんよ。後は頼んだぞ、弟弟子(りょーた)

「丸投げ!?」

 

 

まさに混沌(カオス)。もはや追いかけてきたランスロットまでもを巻き込んでの大混沌である。収拾なんてつかないよね。

 

そう誰もが、主に俺が収拾をつける事を諦めかけたその時、勝利の女神が降臨なさった。

 

「何をやっているのですか、この不埒者ども! ここが太陽王ご執心の地と知っての狼藉ですか!」

 

スフィンクスの群れの上空に、巨大ニトクリスが現れたのだ。魔術的なホログラムか何かだろうか?それでもまあ、これで流れが変わる筈!

 

「不敬ですよ!」

「きた、巨大ニトリきた!これで勝つる!」

「ふ・け・い! ですよッ! 誰がお値段以上ですかッ!」

「ファラオが日本の大手家具企業を知ってるの!?」

「くっ、ニトクリスならこの混沌も収めてくれると思ったのに、更にグチャグチャになる予感...ッ!」

「なんですか! 人がせっかく助け舟を出して上げようとしているのに!」

 

どうやら、無闇矢鱈と場を荒らしに来た訳では無いらしい。だったらそのお言葉に甘えて、さっさとこの場をおさらばしよう。

 

「全員走れ! 目標、スフィンクスの群れ! 襲ってきた奴は片っ端から沈めてやるから、何も気にせずアトラス院まで突っ走れ!」

 

俺の号令に従い、全員が一斉に駆け出す。もちろんランスロットも追ってきたのだが、何故かスフィンクス達がランスロットの足止めをしてくれている。さすがファラオ、俺達に助け舟を出したという言は本当だったらしい。今度会ったらお礼言っとこう。

 

「そのまま殺っちゃって下さい、スフィンクス!」

「何がマシュをそこまで突き動かしてるの!?ねえ正気に戻って、マシュ!」

 

...逃亡しながらマシュが危ないことを口走っていた。必死になってマシュを宥める藤丸さん。というか、マシュは本当にどうしたのだろうか?

 

と、そんな馬鹿な事をやっていたマシュと藤丸さんがきえた。というか落ちた。そして三蔵、藤太、ベディも落ちていく。

...気付かなかった。穴が、魔術で偽装されてたのか。

そう気付いた時には、地上に残っていた俺達も落とし穴へとフォールンダウンしていた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「いつつ...。お尻から落ちてしまいました...。み、皆さん、無事ですかー?」

「出席番号1番、藤丸立香、います...」

「華麗に着地しました。ベディヴィエール、ここに」

「...苦厄、舎利子色不異空...。はい...玄奘三蔵、ちゃんと出席してますー...」

「凌太、とりあえず無事だ。他の奴もちゃんと落ちてきてる」

「フォーウ...」

 

点呼確認をしつつ、真っ暗なこの空間で必死に目を慣らしていきつつ、敵がいないかと気配も探る。

...知らない気配が1つ。だが、悪い感じはしない。敵意はないだろう。まあ油断なんてしないが。

槍を取り出して構えつつ、知らない気配がする方へと向き直る。

 

「ふむ、全員無事だったらしいね。それは僥倖。今灯りを付けよう。目がチカチカするだろうが、そこは我慢してくれ」

 

知らない気配の人物はそう言って地下空間に火を灯していく。浮かび上がってきた地下空間はまるで迷宮(ダンジョン)。石垣の様な造りで、いくつもの通路が施されている。

そして室内の装飾等がハッキリと見えて来ると同時に、知らない気配の人物の姿も明らかになってきた。

 

「やあ、こんにちは諸君。そしてようこそ、神秘遥かなりしアトラス院へ! 私はシャーロック・ホームズ。世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵。探偵という概念の結晶、“明かす者”の代表── 君たちを真相へと導く、最後の鍵という訳だ!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

いきなり俺達の前に現れた男、シャーロック・ホームズ。コナン・ドイルの推理小説の主人公、架空の探偵を名乗るこの男、とても胡散臭い。何を考えているのか分からないし、第一、シャーロック・ホームズって実在するのか?

 

そう思ったのだが、サーヴァント界では架空の人物が英霊となる事もあるらしい。藤丸さん達の話によると、4つ目の特異点ではあの連続殺人鬼である『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』が集合思念体という形で現界し、更には絵本までもが英霊化していたらしい。

それを考えると、探偵の祖とも言える程に知名度の高いホームズが英霊として存在していても不思議ではないのかもしれない。

 

その後ホームズが、バベッジからの依頼がどうとか、人類史最大の殺人事件がどうとか、その他にもなんか色々言っていたが、正直あまり理解出来なかった。というか誰だよ、ミスター・バベッジって。藤丸さん達は知ってる風だから大丈夫なんだろうけどさ。

そして、なし崩し的にホームズと行動を共にする事になった。ホームズはイマイチ信用ならないが、まあ裏切ろうものならばその場で殺せば良いか。

そう思い、アトラス院の中央部へと足を運ぶ事にした。道中自律型防衛飛行ゴーレムが俺達の進行を阻んだが、戦力差的に見ても俺達が負ける要素は無い。サーヴァント8人(ホームズ除く)+俺だからね、仕方ないね。

襲い来るゴーレムを蹴散らしながら進むこと数十分。随分長く歩いた末に、俺達はようやくアトラス院の中央部へと辿り着いた。

 

「ここがアトラス院の中央部...。先輩、見てください!地下なのに空があります!」

「ホントだ! それに、この部屋の感じ、カルデアの管制室に似てる?」

「中心にあるのはあのオベリスクがアトラス院最大の記憶媒体、擬似霊子演算器トライヘルメス。カルデアに送られた霊子演算器トリスメギストスの元となったオリジナル品だ。だから、カルデアと造りが似ているという訳だね」

「オリジナル...、これが...!」

 

何やら驚いている藤丸さんとマシュだが、正直どうでも良い。さっさと用事を済ませようよ。

そんな俺の思考を読んだのか、ホームズがツカツカとトライヘルメスへと近付いて行った。

 

「さて、アクセス権は既に入手している。本来ならスタッフに一声かけるところだが...、見ての通り、完全な無人だ。申し訳ないが、勝手に使わせてもらおう。──ではトライヘルメス、冥界を飛ぶ鳥よ!私の質問に答えてもらおう!あらゆる記録、記述から抹消されたある事件。2004年の日本で起きた、聖杯戦争の結末を!」

「聖杯戦争!?まさか、特異点Fの事ですか!?」

「ああ、そうだ。私が幾ら探っても、その聖杯戦争について出てきたのは7人のマスターとサーヴァントの真名だけ。勝者の名は分からなかった。──っと、そんな事を言っている間に回答が返ってきた。2004年、日本で起きた聖杯戦争。その勝者の名はマリスビリー・アニムスフィア」

「っ!?まさか、所長の...?ってことは、前所長は聖杯を手に入れていた?」

「Yes。そして不可解な事がもう1つ。彼には1人の助手が居たのだよ。その人物は翌年、特例としてカルデアのスタッフに招かれている。22歳で医療機関のトップとは恐れ入る」

「...Dr.ロマン...、ロマニ・アーキマンですね?」

「それもYesだよ、ミス・キリエライト」

 

...ふむ。雲行きが怪しくなってきたな。ロマンは悪人には見えないが、先日の初代ハサンの発言の事もある。ロマンは確実に何かを隠しているだろうな。それも、この『人理焼却』という大事件の核心に触れる様な何かを...。

 

まあ、ロマンが自分から言い出さないならばそれでも良い。俺の直感はロマンが悪人ではないと告げているし、もし仮に俺の直感が外れていたとしても、その時はその時だ。俺は目の前の敵を倒すだけ。ロマンが敵であるならば、その時は全力を以て叩き潰し、そして俺の経験値の糧とするまでだ。

 

 

 

 

 

「──さて、次の謎を解き明かす前に...。ミス・キリエライトへの回答も返ってきた。ついでのようで悪いのだがね」

「私への...ですか?あっ、もしかして私に力を貸してくれている英霊の真名ですか?」

「その通り! 確証が無いので明言はしなかったが...、今は事実として伝えられる。聞き止める覚悟はいいかな、ミス・キリエライト?」

「待ってください!それは本人が自分で気付くべき事柄です!我々が口を出す事ではない!」

「いいや私は打ち明ける!誰もが正解に気付いている以上はね!その上で真実から逃げるのは愚か者のする事。ミス・キリエライトは愚者なのかね?答えはノーだ!」

「ッ!しかしながら、我等円卓の騎士として...」

 

「グダグダやってないでさっさと言え」

 

ごちゃごちゃと口論するホームズとベディだったが、俺の一言で静まり返る。というかもうそろそろ長話は疲れたんだよ。言うなら言え。

 

「...色々と台無しだよ、凌太君...」

「お主、皆が思っていても言えなかった事をサラッと言いよったな。さすがシリアスブレイカー」

 

シリアスブレイカーでも何でもいいからさっさと済ませて欲しい。まだ俺達の位置はバレていないとは言え、いつランスロットが追いついてくるか分からないのだ。こんな狭い地下空間じゃランスロットに軍配が上がる。出来るだけ早く地上に上がりたい。

 

「...良いのでしょうか、マスター...」

「まあ、ロマンが足りないけど...良いんじゃない?」

「そう、ですね。もう少し、特別なものが良かったです...。教えてください、ミスター・ホームズ。私の真名を。この盾の、本当の名前を」

 

そう言ったマシュの目には決意が篭っている。まあ、これで宝具の解放が出来るかもしれないし、出来なかったとしてもそれは何の問題もない。この真名明かしにはプラスの事柄しかないのだ。

 

「──了解した。では探偵らしく、全ての種明かしといこう。そもそもカルデアはどのようにして英霊召喚を安定させたのかだが...」

「そういうのいいからさっさと言わんかい。こちとら急いでんだよ。チンタラ説明している間にランスロットが駆け込んできたらどうすんだお前」

「...探偵をなんだと思っているのかな、ミスター・サカモト。まあいい。確かに、ここでサー・ランスロットと戦闘になるのは避けた方が良さそうだ。本来私達探偵が種明かしの前に言うものではないが、結論を言おう。ミス・キリエライト。君に力を貸してくれている英霊、その真名はギャラハッド。円卓の騎士の1人にして、ただ1人聖杯探索に成功した聖なる騎士だ」

 

 

俺の催促により、ロマンもへったくれもなく真名が明かされたのだった。

...いや、マシュには悪いと思うけど、ランスロットが来たら本当にキツイし、何より長話は疲れたんだよ。俺だけじゃなく、この場にいる全員が。

 

 

まあ、ごめんね、マシュ。

 

 

 

 



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お父さん最低です

FGOでは、いよいよ『ぐだぐだ明治維新』が始まりますね。
土方さんとか限定礼装とか欲しいけど...、石が無いんじゃあ...。


 

 

 

 

 

 

色々あったが、俺達は無事地上に出てきた。帰りも敵が出てきたのだが、ワイバーンはまだしもグレートドラゴンが配置されてるのはどうなんだよ。死ぬかと思ったわ。

 

ホームズの種明かしは帰り道で歩きながら聞き、そして獅子王がしようとしている事も聞いた。

『自国とその民以外を完全に切り捨てる』、獅子王がしようとしている事はそういうものらしい。今回の特異点は魔術王による人理焼却ではなく、獅子王が人類史からこの世界を引き離している事から引き起こってきる特異点なのだとか。最果てにて輝ける槍、か...。面倒になってきたなぁ。とりあえず獅子王ぶっ飛ばせばOK?

 

まあ、そんな話は置いといて。現在の話をしようか。現実から目を逸らすのはいけないよね。

 

「覚悟は良いですか、お父さん!」

「その呼び方どうにかならないか!こう、複雑な気持ちになるのだが!」

「ランスロット卿の家庭は複雑でしたからねぇ...」

「やっちゃえ、マーシューカー!」

「はいっ!歯を食いしばってください、お父さん!」

「だから呼び方をだな!」

「ほら、突っ込めよ邪ンヌ。俺の時みたいに」

「嫌よ、面倒くさい。それに、私はもう突っ込まないって決めたのよ」

「フォウ、フォーウ!!」

 

端的に言ってマシュが暴れだしました。

マシュに力を貸している英霊、ギャラハッドはランスロットの息子だったらしい。ギャラハッド本人は、マシュ曰く「父と思っていたのは幼少期だけ」と思っているらしい。まあ人妻ニアとか言い出しちゃう父親なんざ俺もノーセンキューだ。

 

アトラス院の出口付近でホームズと別れた後、外に出るとそこではランスロットが待ち構えていた。もしかしたら、という思いで、獅子王のやろうとしている事を知っているのか、とランスロットに問う。知らないのであれば、そして、それを知ったランスロットが王に叛逆するのであれば万々歳。しかし、返ってきた答えはYesだった。ランスロットはもちろん、円卓の騎士は全員が獅子王の目的を知っている。その上で従っているのだと明言した。

そこでマシュがキレた。「おーこーりーまーしーたー!!」って言ってた。そして、感情が高まったからなのか、それとも真名を知ったからなのかは分からないが、マシュの姿が変わったのだ。いつものへそ出しではなく、ちゃんとお腹も守る鎧へと進化し、剣も携えていた。エミヤが考慮していた「マシュ、あの子はお腹を冷やさないだろうか...」という心配もこれで晴れるだろう。

そして、マシュが使っていた擬似宝具である『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』が真名開放『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』へと昇華された。マシュを中心に巨大な白亜の城が召喚された時はまあまあ驚いたよ。ランスロットの宝具を防ぎきっていたし、シールダーという名の通り、こと「防衛」というカテゴリでは彼女より優れた者を俺は見た事も聞いた事もない。

 

まあ、それはともかく。

 

「さあ観念して下さいお父さん!次はお城を落としますよ!」

 

攻撃力も高い方かもしれない...。

 

「そこまで!?ちょ、落ち着いて下さいマシュ殿!それはさすがにランスロット卿が死にますって!」

「やっちゃえ、マーシューカー!」

「立香まで!? りょ、凌太!貴方からも静止の言葉を掛けてください!」

「...南無三。ランスロットは、良い、騎士だった...」

「諦めた!?諦めたらそこで試合終了ですよ凌太!」

「や、やめろ...、やめるんだマシュ...。落ち着いて、そう、落ち着いて私の話を聞いて欲しい。うん、私の負けだ。だからその振り翳してる盾を一旦降ろしてだね...」

「これは全ての疵、全ての怨恨を癒す我等が故郷──」

「わーッ!待って待って待って!待ってくださいマシュ殿!ほら、ランスロット卿も負けを認めているのですし、ここは穏便に!ね!?」

「──...ちっ。ベディさんに免じて今日は許します。次、私の前で悪事や女性にだらしない発言、又は行動をとった場合、貴方には天罰ではなく我らが故郷が落ちると知ってください」

「い、いえす、さー...」

 

今舌打ちしたぜあの子。マシュ、恐ろしい子...!

 

とまあ、色々あったがランスロット卿が仲間になりました。何でも、彼自身、獅子王のしている事を良しと思っている訳ではなく、王の騎士として振る舞っていただけらしい。俺達、特にマシュとベディに負けた以上は王の騎士は名乗れないし、敗者の命は勝者に預ける、との事だ。やったね、戦力が増えたよ。ただ、ネロに手を出したら容赦なく座に還す。もちろん静謐ちゃんへ手を出した場合も然りだ。そこら辺はちゃんと線引きして欲しいね、自称・人妻ニア。

 

 

 

という訳で、ランスロットを仲間に引き入れた俺達は、彼が難民を保護していた村へと赴いていた。そこには、ランスロットが聖抜をして選ばれ無かった人々や獅子王の意向に背いた騎士達が保護されており、騎士、砂漠の民、山の民などが数多く生活しているようだった。

 

「この穀潰し! 顔に似合わずやりますね、お父さん!」

「ぐはァ!」

 

ランス は 100 の ダメージ を うけた。

 

「感想がヘビィだわ、マシュ」

「父親に対する娘の反応とか、普通こんなもんじゃろ。まあ儂はどちらかと言うと親父殿好きだったけどな。ほら、好き過ぎて葬式で遺灰を鷲掴んでバラ撒いちゃうレベル」

「愛情が微妙に歪んでる気がしないでもないわね、それ...」

 

と、そんな話に耳を傾けていると、難民キャンプの中から覚えのある気配を感じた。ふむ、やはりというかなんというか。しぶとく生きてたのか。

 

「なんだい、騒がしいと思ったらやっと到着したのか。いやはや、待ちくたびれたよ」

「フォー──」

「え──」

「ダ──!」

「ハァイ!ナイスリアクションだね、諸君!久しぶり、と言っておこうかな?万能天才ダ・ヴィンチちゃん、数日ぶりに登場サ☆」

 

自爆テロ紛いの事をしでかした天才が、何の悪びれた様子も無く、飄々と俺達の前に現れた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「──もう一度聞きますよ、何を言っているんですか?」

「......いやぁ、遠目で見ても凄く美人だったから...」

「お父さん最低です」

「ぐはァ!!」

 

ランス は 300 の ダメージ を うけた。

 

というか、今のはランスロットが全面的に悪い気がする。自爆テロ紛いに突っ込んできたダ・ヴィンチちゃんを、美人だからという理由だけで助け出し、更には保護していたとは...。これが円卓最強の騎士か(驚愕)

 

難民キャンプは砂漠をギリギリ超えた荒野に位置するので、ロマンとの通信も復活。アトラス院での成果も、ホームズと遭遇した、という事実だけを隠して報告した。ホームズの存在を隠す事は本人きっての頼みだったからな、仕方ない。

 

 

さて。無事ダ・ヴィンチちゃんとも合流し、更にはランスロットとその騎士団まで仲間になった。正直、これが俺達に用意出来る最大の戦力であると俺は思っていたのだが、藤丸さんは違ったらしい。

 

「オジマンディアスに声をかけよう」

「...正気ですか?」

 

ベディの疑問も尤もだ。しかし、オジマンディアスとニトクリスをこちらに引き込めれば、それほど嬉しい事はない。あの太陽王達は強いからな。

 

「俺は藤丸さんに賛成だ。オジマンディアスのやつに『俺達は獅子王に勝つだけの力があるぞ』と誇示出来れば、アイツはこちら側に付くだろう。勘だけど」

「確かにの。儂もそうじゃが、領主や王等という奴らは、強い方と同盟を組む。負け戦などしたくは無いからな。まあ、自ら劣境に立とうとする変態は別じゃろうが」

「...ということは、オジマンディアスと肩を並べるだけの戦力を見せつければ良いの?」

「そういうこったな。大丈夫、オジマンディアスは自称・神王だし、強い神性も感じた。なら、俺の独壇場だ。任せろ」

「なんか、別の意味で不安になってきたなぁ...」

 

とまあ、そんな話し合いがなされて、対オジマンディアスを決行する事になった。

ベディは一旦山へ帰還。山の翁たるハサン達に現状を伝えに行ってもらった。ベディの霊基は俺でも分かる程にボロボロだ。護衛無しでは多少の戦闘は避けられないだろうが、それでも良い休暇になるはず。彼の力は、最終決戦である獅子王戦の為に温存しておいてもらわないと困る。

それに、オジマンディアスならベディ抜きでも大丈夫だ。何故って?神殺しの魔王(カンピオーネ)たる俺と円卓の騎士が2人、第六天魔王、竜の魔女、ローマ皇帝に毒の娘、玄奘三蔵、東洋一の竜殺し、そして万能の天才。これだけ揃っているのだ。負けるビジョンが見えない。この勝負、エンディングが見えたぞ!

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

という訳で、1晩野宿で明かした後、俺達は再び太陽王の城、もといピラミッドへと帰ってきた。『首を洗って待っていろ』という手紙をダ・ヴィンチちゃんが送り付けていたらしく、到着早々スフィンクスの群れが襲ってきたが、それらはランスロットとその騎士達が相手取ってくれている。その間に、俺達はピラミッド内へ侵入。三蔵が「このピラミッドは獅子王の聖都と同じ、シェルターの役目を担っている。つまり、太陽王は獅子王と同じ考えを持っている」などと言っていたが関係ない。勝てば官軍負ければ賊軍、要するに力で捻じ伏せれば良いのだ。対ファラオ2人か...。オラ、ワクワクすっぞ。

 

「...止まりなさい、不敬ですよ!」

 

時たま襲い掛かる謎のヒトデマンを蹴散らしながら玉座へと足を運んでいると、不意にそんな声が聞こえた。

 

「...女王、ニトクリス...!」

「ほう、ニトリか」

「だから、誰がお値段以上ですか!!本当に不敬ですよ、坂元凌太!」

「古代ファラオが日本の大手家具企業の名を知っているなんて...。天才の私ですらそれは予想していなかった...」

 

藤丸さんと同じ感想を述べているダ・ヴィンチちゃんは放って置いて、俺は聖句を唱えて槍を構える。今回使用するのはアッサルの槍ではなく神屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)だ。本気を出す、という事である。手加減なんてしている余裕はない。

 

「この前は世話になったな、ニトクリス。助かった」

「...いえ、構いません。そしてよくここまで辿り着きました。その事は素直に賛美しましょう。ですが、それと試練はまた別のモノ。力無き者の声を、ファラオ・オジマンディアスのお耳へと届かせる訳にはいきません。互いの理念、思想はナイルの猛りに流す時。この先に進みたければ、我が屍を乗り越えなさい!」

 

カツン!と、手持ちの杖を床に打ち付けるニトクリス。どうやら、あちらも本気のようだ。発している魔力量が以前戦った時と比べ物にならない程多い。だが、それはこちらも同じこと。単純な数の暴力であるし、更には俺達も本気を出すのだ。

 

「行くぞ、ニトクリス」

「...宜しい。勇者とは、そうでなくてはなりません。──では、試練を始めます!王に拝謁したければ、我が召喚に応じた異形を屠れ!我が名はファラオ・ニトクリス!勝利の暁には、そなたらに栄光へと道を指し示そう!」

「そんなのはいらん。俺達が勝ったらお前が俺達の仲間になる。それだけでいい」

 

そう言って、ニトクリスが召喚した異形、ゾンビらしき兵士達を雷で焼き尽くしながらニトクリスに詰め寄る。

 

「くっ! 出ませい!」

 

襲い掛かる俺の雷をギリギリで避け、ニトクリスは更に異形を召喚する。今度はゾンビではなく、白いよく分からない物体。やけに据わった目をしており、布を頭から被ったようなその姿に似合わず、強力な神性をソレから感じる。

 

「...まあ、関係ないか」

 

軽く10体は出てきたソレを纏めて雷で屠り、再度ニトクリスに接近する。槍を当てれば俺の勝ち。敵が神に近い程、この槍は真価を発揮するのだ。...本当に、何故爺さんの知り合いである鍛冶神とやらは自分らの首を絞めるような武器を俺なんかに渡したのだろうか?もしや、これを使って爺さんを討ち滅ぼせというお告げだろうか?だったらごめん。爺さんに勝つにはまだまだ力が足りないです。

 

「ブチ抜け、“神屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”!」

「ホルアクティッ!」

 

突き穿った俺の槍を、ホルアクティとかいう飛行物体で受け止めるニトクリス。ホルアクティはボロボロに崩壊して塵となったが、ニトクリスは未だ健在である。なかなか攻めきれないな。室内だし、雷を所構わずぶちかませる訳じゃないし、相手がすばしっこい。というか、藤丸さん達は何してんの。援護プリーズ。

 

「凌太君ガンバレー」

「儂は信じとるぞ、凌太!そなたなら、必ず勝つって!」

「その無駄に可愛らしい声をやめなさい、信長。貴女のその声を聞くと寒気がします」

「えー」

「ダ・ヴィンチちゃん、そなたは何をしておるのだ?」

「良くぞ聞いてくれましたー!ふっふーん。実はね、凌太君の戦闘場面を録画してるんだー。後で見直そうと思ってね。今後のレイシフトシュミレーターのエネミーの強化に役立てようと思うのだよ」

「ふむ。エネミーが全員奏者の様になってしまったら、地獄絵図も良いところだな」

「頑張って下さい、マスター」

「ふぅむ。やはり凌太は人とは言い難いな。本当に生きた人間なのか?英霊である、と言われた方が納得出来るのだが...」

「流石はアタシの弟子ね!」

「働けテメェらぁ!!」

 

皆さん、レジャーシートを敷いて観戦してやがった。藤太に至っては酒まで持ち出してやがる。戦えよお前ら。一応はマスターである俺を対英霊戦で1人にするな、と声を大にして言いたい。

 

「...勇者とは、時に孤独なものですよ、凌太」

「くっそぅ!!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

その後、半分キレた俺の手によってニトクリスは下された。気絶したニトクリスを担いで玉座に向かう。

 

「ニトクリスを下したか。良い、褒めてつかわす。して、何用だ、異邦のマスター共よ。余に首を預けに来たか、あるいは情けを乞いに来たか。どちらでも良いぞ?望むままに殺してやろう」

「要件は既に伝えるでしょ?」

 

余裕綽々といった感じでそう還す藤丸さん。

...いかにも自分達がニトクリスを倒して試練を乗り越えましたよ的な雰囲気を出してるけど、試練乗り越えたの俺だけだからね?君達は見てただけだからね?

 

「ふむ...。確か、余に共に戦え、などという戯言だったが...、なんと、あれは本気だったか!ふはははははは!!余ともあろう者が真偽を見抜けぬとは!腹を抱えて笑った挙句焼き捨てたわ!だが許す、特に赦す!あれほどまでに笑ったのはいつぶりか!認めよう、異邦のマスターよ。貴様には才能がある。余りにも現実離れした夢を見る才能がな!空想を知らぬ余には到底持ち得ない才能だ、ふはははははは!」

「...ちょっと、それは無いんじゃない、オジマンディアス王。あたしは兎も角、立香は本気なのよ?」

 

俺はどうなんだ、と思ったが、まあ今気にするべきはそこではないためスルーする。

 

「貴様は...。余の断りも無しに砂漠を渡った玄奘三蔵か。良い、その偉業に免じて質問することを許す。述べよ」

「ありがとうございます、オジマンディアス王。...貴方は、聞いた通りの人なのね」

「なに?」

「...言いたい事は沢山あるけれど、今は置いておくわ。でも、世界の果てはすぐそこまで来ている。それを貴方は分かっているの?余の民を守る、なんて言っているけど、貴方は民の事を理解していない。貴方と違って、砂漠の民は砂漠を失いたくないのよ!エジプトを救う?自分の民だけを救う?そんなの、獅子王と変わらないじゃない!貴方、エジプト最強の王様なんでしょ!?だったら、自分の領地だけじゃなくて、世界も救いなさいよ、バカーーッ!!!」

「.....................」

 

まさかまさかのマシンガントーク。さしもの太陽王も絶句である。開いた口が塞がらないとはこの事か。

...なんというか、流石だよ。我らが師匠(自称)は。

 

「ふは、ふはは、ふはははははは、はははははははは!!!」

「うわっ、急に笑い出して...。壊れたの?あの王様」

 

邪ンヌが心底引いたような表情を浮かべるが、確かに暴論とも取れる三蔵の言葉を聞いて不愉快を通り越していっそ痛快になっているのかもしれない。めっちゃ笑っとるがな、太陽王。

 

「はははは!...ふむ、それは我が思想の外にあった。だが、余に...、ファラオ・オジマンディアスに世界は救えぬ。優れた王とは、すなわち暴君でもある。支配し、脅かす側の王である。故に、余に世界は救えぬ。余は君臨し続けるのだ。倒されるべき王として、な」

「...オジマンディアス王...。でも、それは偶々だったんじゃない?今回くらいは善い事をしても、仏罰は当たらないと思うの」

「ふっ── それはどうかな?少なくとも、今の余は貴様らを殺したくて仕方が無い!玄奘三蔵、貴様の問いは中々に良かった!だが貴様の言葉の中には1つ、徹底的に足りぬものがある!」

 

そう言ったオジマンディアスは、懐から聖杯を取り出した。オジマンディアスを取り巻く魔力の奔流が半端じゃない。何を仕掛ける気だ?

 

「え、足りないってなに...? あたし、また失敗しちゃった?」

 

泣きそうな顔でそう言う三蔵。それに追い討ちをかけるように、オジマンディアスが口を開いた。

 

「言うまでもなかろう?貴様らが世界を救うに値するか否か──、その証明がされていない。故に、余がその機会を与えてやろうと言っているのだ!」

 

高らかにそう宣言するファラオ・オジマンディアス。すると、彼は自身の腕を傷付けて血を聖杯に注ぎ、それを一気に飲み干した。

何をしているのかは分からないが、とりあえず奴を倒せば万事解決なのだろうという事は理解した。ならばやる事は1つである。

 

「大丈夫だよ、お師匠。アンタは何も失敗なんてしてない。大丈夫、後は弟子達に任せろ」

「うむ、よく言ったぞ弟弟子。三蔵の弟子になった覚えがない者同士、派手にかますとしようか!」

 

三蔵法師には、やはり高いカリスマ性があるようだ。弟子になりたいとまではいかないが、この人を助けたいとは強く思う。それは俺だけでなく、藤太や藤丸さん達も一緒のようだ。全員が、対オジマンディアスに向けて構えを取り始める。俺も槍を構え、担いでいたニトクリスを隅っこに置いた。

 

その間にオジマンディアスの体に変化が起こる。よく分からない金色の肉柱へと化したのだ。

...原型留めてないんだけど、これは変身で片付けて良い案件なのかな?

 

「我が名はアモン、魔神アモン ─── いいや、真なる名で呼ぶが良い。余の大神殿で祀る真なる神が1柱!其の名、大神アモン・ラーである!」

 

 

後に知ったのだが、人理の大敵、倒すべきラスボス。その名をソロモン。そして、そのソロモンの使い魔、魔神柱。

その魔神柱の1柱が、今俺達の前に現れた目が沢山付いた金色の肉柱らしい。

 

 

...ふむ、分からん(現実逃避)

 

 

 



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神殺しの本領

 

 

 

 

 

 

 

 

大神アモン・ラー。古代エジプトにおける最高位の神性。その名を冠する通り、今のオジマンディアスは“神”そのものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───だったら、結果は見えてるよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、退避、退避ーッ!!凌太君が暴れるぞぉ!!」

 

藤丸さんの号令で、俺とオジマンを除く全員がこの玉座からの避難を開始する。当たり前っちゃ当たり前かもしれない。だって、今の俺は“神”を目の前にした神殺しの魔王(カンピオーネ)なのだ。要するに馬鹿みたいに身体能力及び魔力が跳ね上がっているのである。

 

「ヒュウ!やっぱり神殺しなんて事をするキチガイは可笑しいなぁ!魔力計が壊れる程の魔力量ってどんだけさ!この特異点で私の杖は何回壊れれば気が済むんだい!?」

「言うとる場合か!ここも危ないんじゃぞ!?下手したらピラミッドごと崩壊じゃ!」

「これ普通に死ぬわよ!?何考えてんのよ、あのバカは!」

 

...すまない、特に何も考えていない。

 

『神を相手にする』。そう考えた瞬間、強制的に身体能力と魔力が跳ね上がったのだ。これは箱庭で爺さんと闘った時より少し弱いくらいの力。つまり全盛期とほぼ同等の力が湧いてきている。何故急にここまで力が戻ったのか、そんな事は知らない。高い神性を前にしたら封印とか関係無くパワーアップするとか、そんな所だろう。まあ理由は兎も角、この勝負は勝った。

 

「──我は雷、故に神なり」

 

聖句を唱える事で、玉座の間に大量の紫電が迸る。溢れ出た雷だけで、オジマンディアス...、いや、大神アモン・ラーの1部が抉られる。しかし、その抉られた部分は即座に修復された。驚異の回復力だな。面倒だ。

 

だが。

 

「その目玉、全部纏めて真・目玉焼きにしてやるよ!」

 

雷槍を数十本作り出し、同時に射出させる。狙いは目玉。まずは視覚を潰す。

 

「オラオラオラオラァ!!」

 

修復しても即座に雷槍をぶち込む。それを100回程続けた所で大神アモン・ラーの修復は間に合わなくなった。この時既に、玉座の間には俺とアモン・ラーしかいなくなっている。気絶していたニトクリスも藤丸さん達が外へ連れていったようだ。

 

ならば遠慮なくいかせてもらおう。

 

 

そうして、後に藤丸さんに「もうこれ、人理修復とか凌太君だけで出来るんじゃない?ソロモンやっつけて来てよ。こう、サクッとさ。楽勝でしょ?」と言わしめる戦闘、もとい一方的な暴力が始まった。......始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「ふむ。しかしまあ、あまり良いものではないな、魔神柱化というものは!」

「あっさり戻りやがったなぁ...」

 

大神アモン・ラーを下し、トドメの一撃として全力の雷砲(ブラスト)をぶっぱなしてピラミッドの上層部ごと撃ち抜いた。

やり過ぎたかなー、殺しちゃったかなー、などと思っていたのだが、なんとまあ予想に反してオジマンディアスは生きていた。さすがに無傷とはいかなかったようだが、致命傷は避けているっぽい。

 

「当然である!余は太陽王、神々の王なれば!だが、良く戦った!その力は神を名乗る獅子王めに届く刃である!」

「......うん」

 

強がりも良いところだ。あれだけボロクソに負けといて...。

 

「ファラオ...!ご無事ですか!?何やら良くないものと凄まじい雷電を見たのですが!」

「おっ、ニトクリスじゃん。あれ、藤丸さん達は?」

「後ろにいるよー。いやぁ、また無茶をしたねぇ...」

 

ゾロゾロと風通しの良くなった玉座に帰ってくる面々。良かった。巻き添えを喰ってないか心配だったが、皆無事だったようだ。

 

「...何故だろうか。余はこの光景に少しデジャヴを感じるのだが...」

「そうですね。生前のネロさんと共に戦った時、マスターはとある宮殿をこのような状態にした事があります」

「ああ、そんな事もありましたねぇ...」

 

マシュがしみじみと遠い記憶を呼び戻していた。確かに昔、ローマでもレフを殺った時に宮殿を上半分吹き飛ばした。あの時と状況が似ていると言われれば似ているかもしれない。

 

「──さて、何の話だったか」

「共同戦線の話だ、太陽王」

「分かっておる。戦いの後では気まずかろうという、余なりの配慮だ。流さぬか、鰐頭め」

 

ワオ、太陽王まじツンデレ。

 

「汝らは力を示した。ならば余は答えなければならぬ」

「まあ、ニトクリスもオジマンディアスも凌太君が単身で倒したけど...」

 

ボソッと藤丸さんがそう呟いた。確かに、ここで戦ったのはランスロット達と俺だけだ。

 

「余の民だけを守るのは獅子王と同じ、か。玄奘三蔵、貴様の言う通りだ」

 

その後オジマンディアスの反省の言葉を聞き、そして聖杯を貰った。本来なら聖杯を入手したこの瞬間、特異点は修復されるはずなのだが、今回は違う。獅子王、ひいては聖槍ロンゴミニアドを破壊するまでは終わらないのだ。

 

「やる事があるので余はこのエジプトから離れられぬ...。そういうつもりではあったが、まあ、この有り様では守るも何も無いな。既に廃墟と化しているし、貴様らと共に戦場にて王威を振るった方が早そうだ。良かろう!余の神獣兵団を貸し出す!そしてニトクリスと余自身は今この時を持って貴様らの同盟者である!失望させるなよ、異邦のマスター共!」

 

オジマンディアス と ニトクリス が なかま に なった !

 

...ピラミッドの件については、本当にすまないと思っている。

 

 

一応、エジプトの民達を安全な場所まで避難させる為にオジマンディアスとニトクリスは一時エジプトに残るそうだ。決戦が始まるまでには合流するらしいので、それまでは別行動だ。しかし、王であるオジマンディアスや人の良いニトクリスが約束を違えるとは思えないし、大いに安心できる戦力が手に入った。これで獅子王に勝てるだろう。...過剰戦力?仕方ないじゃないか、そうなってしまったんだもの。

 

 

余談だが、こちらの陣営にはアーラシュがいるよ、とオジマンに伝えたら大層喜び、且つやる気になっていた。オジマンがアーラシュをリスペクトしているというダ・ヴィンチちゃんの話は本当だったらしい。さすがは大英雄アーラシュ、居るだけで俺達のプラスになる。そこにシビれる憧れるぅ!

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「むぅ...。ちょっち、やり過ぎたかな〜......」

 

そんな俺の独り言は山岳の闇夜に溶けていく。砂漠を後にして、数日ぶりに帰ってきた山の村ではノッブ主催の大宴会が開かれた。明日の決戦に備えて英気を養おうというコンセプトだったのだが、殆どが酔い潰れる程の盛りを見せている。そんな中、腹も膨れた俺は1人、夜風に当たりに来ていた。

 

やり過ぎた、とは戦力増幅の事、それからハサン達の事である。

戦力に関しては、なんかもう凄かった。

神殺しの魔王()、円卓の騎士が3人、ローマ皇帝(ネロ)、“山の翁”が5人、竜の魔女(邪ンヌ)第六天魔王(ノッブ)、玄奘三蔵に東洋一の龍殺し(トータ)、大英雄アーラシュ、万能の天才(ダ・ヴィンチちゃん)、オジマンディアス、ニトクリス、神獣兵団、粛正騎士(ランスロット部隊)、そして一般兵が約1万。

 

...大陸が滅ぶんじゃないかな?

 

獅子王側の粛正騎士がどの程度いるのかは知らないが、こちらにも対粛正騎士用の切り札があるし何も問題はない。

ガヴェインと再戦したい所だが、あの3倍ゴリラは初代“山の翁”が抑えるそうなので彼は無視する。

残る戦力はモードレッドとアグラヴェイン、そして獅子王。彼らを倒す為の戦力など、とうに集め終えている。

...本当にやり過ぎたかもしれないが、まあ楽に勝てるならそれに越したことは無い。

俺の出番は、聖都の門をぶち破る事だけだ。あれは普通の攻撃では傷1つ付けられない代物らしいが、聖都とは獅子王の槍であるロンゴミニアドで創られている。つまりあれは神造物なのだ。それならば、俺の“神屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”で壊せるはずである。

 

そしてもう1つやり過ぎた事柄が。

先程、最後の打ち合わせとか言ってハサン達と戦ったのだが、テンションの上がっていた俺が瞬殺してしまったのだ。明日までに万全に回復出来るか、少々心配である。ごめん、百貌の。

 

「ふん〜ふ〜、ぎゃ〜て〜、ら〜ら〜、は〜ら〜ぎゃ〜て〜。めでたし〜はらそう〜、ほじ〜そわか〜♪」

 

...なんつー鼻歌だよ。

 

「ふん〜ふ〜...ん?あら、リョータじゃない。1人でどうしたの?散歩?」

「まあ、そんなところかな。そっちは?」

 

崖の淵に座り込んでよく分からない鼻歌を歌っていたのは三蔵だった。なになら巻物っぽいものを持っているが...、何してんだろ。

 

「あたし?あたしは日課の書き物よ。今日の出来事を巻物に記してるの。いづれこれが三蔵法師苦難道行全百巻としてカルデ...いえ、お寺に並ぶんだから」

 

...カルデアにも何やらそれっぽい資料がある、とマシュに聞いたが、まさかこいつ...。

 

「はい、どーぞ!隣に座りなさいな。ちょっと怖いけど、この崖からの景色、綺麗よ?」

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

指定された通り、三蔵の隣に腰を下ろす。三蔵は書き物を終えたらしく、巻物の筆を片付けていた。

 

「.....................」

「.....................」

 

無言。特に話題の無い俺はボーっと星空を眺めるが、三蔵はこの沈黙が苦手なようだ。あからさまにソワソワしている。

 

「...もう!なんか喋って!」

「お、おう...」

 

余程我慢ならなかったのだろうか。顔を真っ赤にしながら話題提供を促してくる。...ふぅむ、話題なぁ...。

 

「じゃあ、明日の話でもする?抱負とか」

「明日の抱負?つまりガッツって事ね?バッチリよ!」

「The・脳筋思考。さすが俺と旅をしただけあるなぁ...」

「...そうね。マシュや立香ともこんな話をしたわ。あの時は獅子王の事も、そしてオジマンディアス王の事も良く理解していなかった」

「ちょっと待て。俺の脳筋思考を藤丸さん達と既に話してたの?え、何で?」

「だからどっちの味方をするのか、どっちが正しいのか。あたしには分からなかった」

「無視ですかそうですか。ちくしょう」

「だからキミ達の味方をする事にした。あなたや立香が1番分かりやすかったから」

「ふーん...。今は?」

「今はハッキリ決まってる。リョータ達の味方である事は変わらないけど...、あたしはあたしの信条にかけて獅子王と戦う。聖槍は絶対に壊してみせる。とっておきの仏罰で獅子王の目を覚まさせてあげるんだから!」

「...そりゃあ頼もしいな。期待してるぜ、自称・俺のお師匠様?」

「ええ、任せておいて!」

 

実際、三蔵は強力なサーヴァントだ。単純な強さではなく、その存在がとんでもなく強い。そういうところは素直に尊敬するし、心強いのだ。

 

「...ねえ、リョータ。あのね?その、この時代を救ったら...、その、ご褒美として...あたしも......。ううん、やっぱり何でもない」

 

三蔵が何かを言いかけ、そしてやめた。だがまあ、この会話の流れで大体は察せる。ネロの言葉を借りると「愛いやつめ」ってところか。

 

「...三蔵、ちょっとだけ我慢しろよ」

「え?...アイタッ!」

 

そう言い、三蔵の了承も得ずに彼女の髪を手櫛の要領で梳く。その際に髪を数本ちぎり、自分のポケットに入れた。さすがにギフトとはみなされないようで、ギフトカードには収納できなかったのだ。

 

「ちょっと、何するのよ!痛かったじゃない!」

「悪い悪い。でもほら、本人の髪の毛って聖遺物代わりになるからさ」

「聖遺物?代わり?...あっ」

 

俺の行動の真意を察した三蔵が、なにやら驚いた様な顔でこちらを見てくる。

 

「明日まで頑張ったらそのご褒美として、お前をカルデアに喚んでやるよ。まあ、召喚者が俺か藤丸さんかは分からんがな」

 

三蔵の視線が何となく恥ずかしく感じた俺は、立ち上がってその場を去る。その去り際に、エミヤ仕込みのニヒルな笑み、格好つけた笑みというやつを三蔵に向けてやった。

...恥ずかしい。エミヤの奴はこんな事を平然とやっていたのか。そりゃ女難の相も出ますわ。

 

そのまま村に戻ろうとしたら、三蔵も後ろからトコトコと着いてきた。その顔はニコニコとした満面の笑顔だった。自己満の部分も多々あったが、まあ彼女にとっても良い事を俺はしたのかもしれない。良かった。

 

「ありがとう、リョータ。これが終わったら、正式にあたしの弟子にしてあげるから、楽しみに待ってなさいよ!」

「弟子にはならん」

「なんでよー!?」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「じゃあ、蹂躙を始めちゃう?」

「女の子、そして人類最後の希望が言う言葉じゃねぇなぁ」

 

決戦当日。時間は午前7時。目視で聖都が確認出来る位置に、俺たち反獅子王連合軍は陣取っていた。

今はオジマン達エジプト勢と初代“山の翁”を待っている状態だ。だが、そろそろ仕掛けなければこちらが後手に回る事となる。面倒だが、ガヴェインは俺と2,3人の英霊で相手取るしかないだろう。

 

と、進軍の準備を整えた瞬間に初代“山の翁”が動いた。一瞬だが、奴の気配を感じ取れたのだ。俺なんかに気取られずに登場する事も出来ただろうに、何というか、律儀な人だ。

そして、その気配と共に砂漠で経験した砂嵐が巻き起こった。十中八九、じいじの仕業だろう。

 

『驚いたな。その砂嵐からは魔力を感じない。つまり完全なる自然現象だ。まさに“天からの恵み”ってやつだね』

「今、砂嵐の中に髑髏仮面が...。じいじ、来てくれたんだ!」

「立香殿、その呼び名は我らの心臓に悪い。いや本当に」

 

始まる前からハサン一同に精神的ダメージが入ったが、まあ大丈夫だろう。

 

「全員弓は捨てろ!この嵐では使い物にならん!速さが命だ、全力で駆けよ!総員、進めぇ!!!」

「「「「「「オォオォォォオオオ!!!!!!」」」」」」

 

ランスロットの掛け声と共に、遊撃騎士達が突き進む。敵は粛正騎士、嘗ての同胞。誰が好き好んで闘おうか。それでも彼らは剣を取る。彼らの王、獅子王の誤ちを正す為に。ならば、俺は少しでも彼らの力になろう。正確には、俺の仲間が、だが。

 

「さあ、出番だ。好きなだけ暴れて来い」

 

 

──皆は覚えているだろうか?

我らがコミュニティ“ファミリア”の愛玩動物を。

 

 

「──やれ、ウリ坊!キミに決めた!」

『GRAAAAAAAAAA!!!!!』

 

その気になれば神とか催淫ホクロ持ちの槍兵とかをも殺す、キチガイ魔境ケルトの産んだ食物連鎖の頂点。INOSISI のウリ坊である。

 

「ウリ坊!ウリ坊ではないか!今まで見かけないと思っておったら、そんな所におったのか!」

「...久しぶりに見ました。兵藤一誠の稽古を付けていた時以来でしょうか?」

「べっ、別に忘れてた訳じゃないよ?ホントだよ?ただウリ坊に相応しい出番が今まで無かっただけでね?」

 

嘘である。実は、ギフトカードに入れてた食料が紛失していたので調べたら、ギフトカード内でウリ坊が食っていた事が発覚したのだ。そしてそこでウリ坊の存在も思い出した、という事である。いや、本当ごめんね、ウリ坊。あと、ギフトカード内で飯とか食えるんだ。内部構造ってどうなってんだろ?

 

「フハハハハ!存分に暴れておるではないか、同盟者よ!」

 

ギフトカードを訝しげに眺めていると、上空から偉そうな声が聞こえてきた。いや、実際偉いんだけどさ。

 

「ファラオ・オジマンディアス、降臨である!」

「讃えなさい、山と聖都の民達よ!太陽王のお通りです、伏して尊顔をご覧なさい!」

「きた、ファラオズと神獣兵団きた!これで勝つる、楽に勝つる!」

 

藤丸さんが興奮した様子でそう語るが、まあ分からないでもない。エジプト勢の到着。これを以て俺達の全勢力が揃ったのだから。

オジマンディアスの登場にアーラシュが笑いながら話しかけ、それにオジマンディアスが何とも言えない表情で応対しているが、まあ放っておいても大丈夫だろう。今は俺の仕事を果たす。

 

「んじゃ、盛大にいきますか」

 

そう言って、俺は空高く跳躍する。別に聖都の門の前まで移動しても良いのだが、こんなふうに上空から放つ攻撃の方が、相手に与える印象は強いものだ。

大体300m程の高さで最高点に達し、一瞬の停滞が訪れる。

 

「ブチ抜け ── “神屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)”ッ!!」

 

詰め込めるだけ魔力を詰め込んだ対神武器が、一直線に聖都の門へと飛翔する。狙いは1寸違わず、放った槍は門の中心へ吸い込まれるように突き刺さった。そして──

 

「門が吹き飛んだぞぉ!!」

 

一般兵の誰かがそう叫び、歓喜の声をあげる。ふむ、いっちょ上がり、ってところか。

 

「んじゃあ、俺は槍の回収とガヴェインの足止めしてくるわ。初代“山の翁”がガヴェインと闘ってたらそのまま俺も聖都に入る。それでOK?」

「OK。ありがとね、凌太君。さあ、私達も負けてられないよ!マシュ、邪ンヌ、ノッブ!」

「はいっ!」

「当然です。あんなス馬鹿(スカした馬鹿の略)なんかに遅れを取ってたまるもんですか」

「いや〜、あの神殺しに遅れを取るのは当たり前じゃろ〜。あんなんチートぞ?」

「空気読んでノッブ!」

 

若干締まらないが、まあ大丈夫だろう。それに彼女らにはダ・ヴィンチちゃんとアーラシュ、ベディ、そしてエジプト勢がついている。心配など、するだけ無駄というものだ。

 

 

 

 

その後は静謐ちゃん達を引連れて槍を回収し、ガヴェインと数回打ち合ったら初代“山の翁”が参戦して来たので、俺はその場を離脱。ガヴェインはじいじに任せて俺達は聖都に向かう。

途中で三蔵と藤太にも合流し、外の粛正騎士達はエジプト勢とアーラシュ、そしてウリ坊に、モードレッドとその部隊はランスロット達に任せて全員で聖都に侵入。獅子王が居るであろう城へと駆ける。

すると、先に聖都に入っていた藤丸さん達に追いついた。やけにゆっくり進んでいるなと思ったら、現在はモードレッドを相手にしているらしい。おい、何してんのランスロット。

 

「ちっ、面倒な...。帰ったらモーさんはお仕置き決定だな」

「言われもない事で仕置を受けるのか、モードレッドは...」

 

藤太がそう口にするが、別に本気でお仕置きをする訳ではない。ただ、ちょっとグチグチ言うかもしれないけど。

 

「仕方ない。三蔵と藤太、ネロはそのまま突っ込め。俺とハサン一同は背後からモードレッドに奇襲を......、ワオ」

 

藤丸さん達に加勢しようと、各英霊に指示だしをしていると、聖都の城から光の柱が上がった。その光量、そして魔力量は全盛期の“振り翳せり天雷の咆哮(ネメジス・アルピルク)”と同等程だ。

 

「何よあれ!?獅子王はもう聖槍の準備を終えてたの!?」

「諦めんな、何とかする」

 

騒ぐ面々を黙らせ、そして魔力を練る。出来るかどうかは分からないが、俺の全力を以てあの光の柱を破壊する。

 

「全員離れてろ。というか、ハサン以外は藤丸さんと合流、モードレッドを叩いてこい。ハサンは予定通り隙を伺ってモードレッドに奇襲。そうだな、W静謐でアイツの命を刈り取ってこい。呪腕と百貌は陽動込みでモードレッドの剣を奪取。宝具を撃たせるな。よし、全員...」

 

行け!と言う前にまた驚くべき事が起きた。

 

「奏者!なんかピラミッドが落ちてきたのだが!」

「ファラオ!さすがファラオ、頼りになる!」

 

恐らくオジマンディアスの全力であるピラミッド落とし。光の柱から放たれた“裁きの光”もニトクリスが冥界の鏡とやらで反射させているのが、遠目ではあるが目視で確認出来る。さすがエジプト勢、伊達に偉そうじゃないな!

 

「んじゃ、オジマン達が頑張ってくれてるから、その間にモードレッド撃破で。散!」

 

サッ、と俺とハサン一同が建物の陰に隠れる。ネロ達はそのまま直進、間も無くモードレッドと激突した。

その間に俺はモードレッドの背後へ回り、隙を伺う。待つこと20秒。思ったよりも早くモードレッドが隙を見せた。浅はかなり。

 

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣!」

「知ってる」

「んなっ!?」

 

モードレッドが宝具を放とうとする瞬間、魔力を込める為に動きが止まるのだ。そこを狙って俺と呪腕、そして分身した百貌が寄って集ってモードレッドを攻撃、そしてクラレントをモードレッドの手から奪う。

剣を奪われた事でまたモードレッドに隙が生まれる。そこを見逃す程、山の翁は優しくは無い。

 

「熱く、熱く、蕩けるように」

「あなたの体と心を焼き尽くす」

 

「「“妄想毒身(ザバーニーヤ)”」」

 

2人の静謐のハサンが、同時にモードレッドへと接触する。あれは対毒スキルを以てしても、完全に無効化することは難しいだろう。俺はほら、そもそも毒自体が効かないから効果は無いだろうけど。

 

「ガッハ...ッ!クッ...ソが!俺を、倒すのは...アーサー王だけ、だッ!こんな、と、ころで...!」

「例え相手が誰であろうと、敵に慈悲なんてかけないよ、俺は」

 

最期の意地か、即死級の毒を喰らってもまだ立ち上がったモードレッドに、槍を突き刺す。それは正確にモードレッドの霊基を穿ち、現界を保てなくなったモードレッドは消えた。

...気持ちの良いものじゃねえな。記憶が無いとは言えども、仲間を殺すってのは。まあ敵として俺の前に立ち塞がったんだから是非も無いないよね。

 

「さてと。オジマンの方はどうよ?」

「オジマンディアス王の宝具、光の柱と拮抗しています!ですが、壊すまでには至りません...ッ!」

「ふぅむ...。加勢するか?」

 

1度はやめた魔力練りを再開しようとしていると、またもやとんでもない光量の攻撃が光の柱へ襲いかかる。流星のようなソレは、拮抗しているピラミッドと柱の接点へ直撃し、全てを巻き込んで消滅させた。

 

「ワーオ......」

「今のは...」

「うむ。綺麗ではあったが、どことなく儚いものを感じる光であったな」

 

...こちらにはアーラシュが居た。まあ、そういう事だろう。その内、またカルデアとかで会う機会もあるだろうし、その時に目一杯文句を言ってやる。

 

まあ、アーラシュへの文句は置いておいて、今の一撃で光の柱は消え去り、城への道が開かれた。

残る円卓の騎士はアグラヴェイン1人。しかも、モードレッドが居なくなった今、アグラヴェインはランスロットが相手取る事となっている。騎士同士で並々ならぬ因縁的な何かがあるのだろう。いや、良くは知らないけど。とりあえずは俺達は獅子王に集中しようか。

 

「ささ!凌太さん、サクッといっちゃいましょう!」

「おい、藤丸立香。てめぇ、次は働けよ?」

「い、いえっさー...」

 

藤丸さんが俺に全てを任せようとしてきたので、眼光を効かせて脅す。ニトクリス戦のこと、俺はまだ根に持ってるからな。

 

 

 

 

 



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女神ロンゴミニアド

 

 

 

 

 

無事に城内へ侵入した俺達は、獅子王のいるであろう最上階を目指していた。

ハサン達は一旦外に出て、現場の指揮を執っている。アーラシュは消滅、オジマンディアスとニトクリスも随分消耗しているらしく、粛正騎士を相手取れる者が居なくなった為だ。ウリ坊は正門を抜ける際に回収しているしね。

ハサン達と別れ、城内の階段を駆け登っていると、後方から強い気配を感じた。この感じは...、ガヴェインか?

 

『ッ!皆、後ろからサーヴァント反応だ!これは...、』

「ガウェインでしょ、知ってる」

『デスヨネー』

「モヤシも本格的に役立たずね」

「今更じゃろ」

 

イマイチ緊張感が無いが、まあしょうがないネ。

とにかく今はガウェインだ。正直もう時間がない。手っ取り早く片付けるか。

 

「藤丸さん、獅子王は任せた。ガヴェインは俺達が受け持つ」

「OK。すぐ追い付いてね!」

「おう」

 

迷いも無く階段を駆け上がる藤丸さん一向と三蔵、そして藤太。だが、ベディがまだこの場に残っている。何してんだ?

 

「凌太...、私も手を貸しましょう」

「は?」

 

何を言ってるんだこの馬鹿は。

 

「ガヴェイン卿は強い。凌太がいくら強くても、彼をたった3人で抑えるのはキツイでしょう。ですので私も加勢する」

「もう一度言うぞ。は?」

「いえ、ですから。ガヴェイン卿は強いのです」

「だから何」

「...え?」

 

この馬鹿は、俺達がガヴェインに負けると思っているらしい。全く失礼な。

 

「余り俺達を舐めるなよ、ベディヴィエール。ガヴェインくらいすぐに倒して藤丸さんに合流するさ」

「...凌太よ、貴殿は強い。しかし、ガヴェイン卿を倒せると言うのなら、それは驕りだ。私の銀の腕を全力で酷使して、4人でかかっても尚勝算は低い」

「だから、舐めるなと言っている。それに、お前の目的は何だ。打倒・ガヴェインか?違うだろ。獅子王の誤ちを正しに来たんだろうが。だったらガヴェイン如きに足止めを喰らうな。露払いは俺達に任せて、お前はお前の目的を果たせって言ってるんだよ、この馬鹿が」

「なんっ...!」

「疾く往くが良い、銀腕の騎士よ。奏者は負けぬし、余も静謐も付いておる。それに、奏者のなけなしの気遣いする心を無駄にするでない」

「おいネロさんや。なけなしってなんだよ、なけなしって」

「マスターが珍しく気を遣っていらっしゃるのです。ここは素直に好意に甘えるべきかと」

「静謐ちゃんも、珍しくってなんだよ」

 

本当に失礼な奴らだな。というか、俺はどんな奴だと思われてるんだよ。

 

「ですが...」

 

ここまで言われても尚食い下がるベディ。本当面倒な奴だな。いや、優しさから来ている面倒さなんだろうけどさ。

こうなりゃ強硬手段に出るしかあるまい。幸い、ここから最上階までは階段の一本道の直線だ。距離はあるが、出口はうっすらと見えている。

 

── 唐突だけど、アーラシュフライトって楽しそうだよね。いや、俺は乗った事ないけど。

 

「口を開くなよ、ベディ。舌を噛む」

「はい?」

 

言っている意味が分からない、という風なベディを無視して、彼を槍投げの要領でしっかりと持ち上げる。

 

「えっ、いやっ、ちょっ...えっ?」

「吹っ飛べ!『人間投擲(サカモトスローイング)』ッ!!」

「デェェジャァァァヴうぅぅッ!!」

 

時速は...大体200km/h程だろうか?人間ならとっくに息が出来なくなる程度の速度でベディヴィエールは飛翔していった。既に藤丸さんには追い付いているか、もしかしたら追い越している頃か。

 

「ふぅ...、良し!」

「良しではないぞ、カルデアのマスター...!」

 

ベディを投げ飛ばした方向とは逆の階段から、必死の表情のガヴェインがやって来た。

全く、じいじめ、本当に最低限の手助けしかして行かなかったな。ま、正門を素通り出来ただけマシか。

 

「よう。遅かったじゃないか、太陽の騎士様?」

「...ええ、お陰様で...。久しぶりですね、異邦のマスター。そう言えば、貴方の名前を聞いていなかった。改めて名乗ろう。私は円卓、獅子王の騎士、ガヴェイン」

「ほう?獅子王の、ねえ。...まあいいや。俺はカルデア...、いや、“ファミリア”がリーダー、坂元凌太だ。良く覚えとけ」

「“ファミリア”...?カルデアのマスターでは無いのですか?」

「ま、兼カルデアのマスターってとこだな。本業は“ファミリア”のリーダーだよ。正当なカルデアのマスターはもう1人の女の子の方」

「...なるほど。だが、どちらにしろ貴殿を倒さなければならない事に違いはない。我が王の目的の為、あなたにはここで死んでもらうッ!」

 

言い切ると共に、ガヴェインは手に持つ聖剣ガラティーンを一振りする。その余波で彼の回りの空気が霧散し、短期決戦の為に撒いている途中だった毒ガスも払われた。

 

「チッ、気付いてやがったのか」

「二度と同じ手は喰らわない。ハァッ!」

 

毒霧を払った事で調子付いたガヴェインが、低い姿勢のまま突っ込んで来る。だが、こちらも毒霧が防がれた時の場合を想定していなかった訳ではない。槍でガラティーンを受け流し、1度距離を取る。

 

「敵は奏者だけではないぞ、太陽の騎士よ」

 

俺と対峙するため、一瞬ではあるがガヴェインがネロから視線を外し、そこをネロが狙っていく。そして、それに反応しようとして生まれたガヴェインの死角から、今度はクナイの様な短刀が数本迫る。何とかそれにも対応しようと、ガラティーンを持っていない方の鎧の籠手だけでクナイを受け止めようとして生まれた隙を、俺の権能が強襲する。

3人同時攻撃。普段なら、これにエミヤの全投影一斉掃射やモードレッドの宝具なども加わるのだが、今は居ないので仕方がない。それに、あの2人が居なくても、この3人同時攻撃ですら、並の英霊どころかトップクラスの英霊でも全てに対応するのは難しいのだ。神霊ですらも相手取れる同時攻撃を、毒霧を防いだ事で少なからず調子に乗っていたガヴェインにどうにかできるはずも無く。

 

「ごあっ!」

 

無理に全てに対処しようとした結果、ほぼ全ての攻撃を一身に受けた。普通ならこれで終わり、英霊なら消滅しているだろう。だが、ガヴェインは立っていた。獅子王の恩恵とは恐ろしいものだと、常々思わせる。

 

「...威力だけなら、今の攻撃は、我が身に受けた獅子王の聖槍とほぼ同等かそれ以上だ。素直に驚いた」

「あっそ。こっちもお前の異常な硬さに舌を巻いてるところだ」

 

無傷とまではいかないが、想定していたダメージの半分も喰らっていないように見える。本当に頑丈だな、この3倍ゴリラ。

だが、俺の姑息な戦闘方法は変わらない。正攻法でも負けはしないだろうし、時間をかければ勝てるだろう。しかし、今は時間が無いのだ。よって、この戦いは早期決着で済ませる、という最初の目標を完遂する。

 

「ネロ」

「うむ!春の陽射し、花の乱舞。皐月の風は頬を撫で、祝福は(ステラ)の彼方まで。開け!ヌプティアエ・ドムス・アウレアよ!」

 

『招き蕩う黄金劇場』。生前のネロが自ら設計し建設したローマの劇場『ドムス・アウレア』を魔術によって再現したものであり、固有結界とは似て非なる大魔術。己の願望を達成させる絶対皇帝圏であり、1度展開すれば、中にいる者は誰であろうと抜け出せない。別名『世界最古のジャイアンリサイタル』。要するに超我儘空間なのである。ネロらしいね。

 

「最近は歌う暇が無くてストレスが溜まっていたのだ!戦闘中でありながら、そんな余の為にステージ展開を許可してくれるとは。さすがは奏者!」

「...まあ、いいや。やっちゃえ、ネーローカー!」

「うむ!しかと聞き惚れよ!」

「...耳栓、持ってくればよかったかな...」

 

静謐ちゃんが耳を塞ぎながらボソッと呟く。そんな事言ったらダメだよ、静謐ちゃん。ネロに聞こえたら泣いちゃうから。それはとても面倒だ。

 

『世界最古のジャイアンリサイタル』。その名に恥じぬ、立派と言えば立派なネロ単独ライブは、ものの数分でガヴェインがダウンしたため終了した。...ネロって、もしかして音波攻撃系の宝具も使えるんじゃね?ほら、エリザベートみたいなやつ。藤丸さんの話だと、カルデアにいるエリザベートはネロの事をライバルだと言っているらしいし、あながち使えない事も無いのかな?

 

 

 

あ、俺は偶にネロの歌唱練習に付き合わされているのでネロの歌に対する免疫は付いてます。大丈夫、全然聞いていられる。最近は寧ろとても良い歌声だなって感じてきた(末期症状)

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「憐れガヴェイン、音波に沈む...。アーメン」

「うむ、余の美声に打ちひしがれたか。無理もない。何せ、この余が歌ったのだからな!ふふ、奏者よ、惚れ直しても良いのだぞ?」

「そうだねー」

 

超音波的な歌で三半規管をやられたらしいガヴェインの霊核を槍で穿ち消滅させた後、俺達は藤丸さん達に追い付く為に階段を駆け登っていた。

フラフラになって、顔を真っ青にしたガヴェインを倒すのは簡単でした。

 

それはそうと、あと数十秒で最上階に出る。藤丸さん達や獅子王の気配は既に感じ取っているし、何より戦闘音が聞こえる事から、今現在戦っている事は明らかだ。

...不意打ちで、一気呵成に畳み掛ける?

 

「──じゃ...を......な!に...げん!」

 

微かに聞こえる、獅子王のものらしき声。何処かで聞いたことのあるようなその声の主を、最上階に入る扉の影からこっそりと見る。敵は獅子王、女神にまで登り詰めた存在である。どんな顔をしてるのか、藤丸さん達には悪いがコソコソと拝見させて頂こう。

 

「...ん?」

 

気配を消し、誰にも気取られぬようにそっと最上階を覗く。静謐ちゃんはもちろん、ネロも『皇帝特権』で気配遮断を使用させている。

そして、初めて拝む獅子王の素顔。それは、何処と無く隣の皇帝に似ていて、尚且つ体付きも似ていた。ひょっとしたら体付きの方はネロより凄いかもしれない。

 

薄々勘づいてはいた。獅子王は、俺の知るアルトリアでは無いという事を。円卓の騎士が出てきた時点で獅子王=アルトリア・ペンドラゴンだというのは分かっていた。だが違う。圧倒的に違う。

 

「......乳...上?」

 

兜と共に鎧も一部外したその姿、というよりその胸部に目が行った。行ってしまった。それ程の存在感、それ程の圧力。

 

かつて第5代ローマ皇帝は言った。「女の王ならば、胸は大きく無くてはならぬ」、と。...正確には違うかもしれないが、そんな感じのニュアンスだった。

ネロの暴論を適用させるのならば、彼女は正しく“王”である。

 

 

───要するにお胸が大変ふくよかでいらっしゃる。

 

 

「ロンドンの時も思ったんだけどさぁ...」

 

ポツリ、と藤丸さんの呟いた声が、辛うじて俺の耳に入る。その声には少なくない怒りが込められていた。...何故?

 

「──アルトリアに胸があってたまるかぁ!!」

 

俺の思考が少しズレ始めていた時、藤丸さんのそんな悲痛な叫びが木霊した。...なんだろう、胸にコンプレックスでもあるのだろうか?藤丸さんも小さい方では無いと思うんだがなぁ。

 

それはそうと、今は不意打ちの件である。あのネロに己の存在を隠せなどと言う無茶をさせているのだから、出来るだけ早めに攻撃を加えたいところだ。

そう考えていた時に、丁度邪ンヌが炎で目眩しをし、ノッブが火縄銃で弾幕を張った。これは好機。

 

まるで影の様に、俺と静謐ちゃんが獅子王の背後に回る。ネロにはそんな芸当は無理そうだったので、彼女には乳上に気付かれないように藤丸さんと合流するように伝えてある。

獅子王は聖槍の一振りで邪ンヌの炎を掻き消し、散弾をものともせず馬上に構えている。こちらには気付いていないみたいだな。

ならば、このタイミングを逃す手は無い。

 

「なんッ!?」

 

獅子王の死角から襲い掛かる雷撃、そしてその逆方向から迫る槍の強襲。どちらもまともに受けた獅子王は体勢を崩す。俺の放った槍は彼女の右肩を穿ち、肉を抉り取る。獅子王が右手で持っていた聖槍を落とさなかったのは、素直に誉めるべきだろう。

だが、まだ俺達のターンだ。というか、ずっと俺達のターン。

貫かれた肩を抑え、苦悶の表情を浮かべる獅子王に、今度は短刀が襲い掛かる。それは寸分違わず獅子王の右肩、俺の槍に貫かれた部分を捉えた。そしてトドメだと言わんばかりの『妄想毒身(ザバーニーヤ)』。ほぼ無抵抗で静謐ちゃんの宝具を受けた獅子王は、耐えきれずに馬から落ちた。

馬に乗っているってことは、クラスはライダーか?いや、聖槍を持っているしランサーかもしれない。とりあえず馬は潰しとくか。

という訳で馬とその周囲に雷槍を計12本打ち込み、馬の動きを封じる。

これで残るは獅子王のみ。馬の方が宝具であったとしても、既に馬は使えない。

 

「ふっ...。見たか、俺と静謐ちゃんの不意打ち2連撃。これは立てまい。さあ覚悟しろ獅子王...、いや、乳上!」

『乳上!?』

「アンタ、また馬鹿みたいなあだ名付けたわね...。そんなに大きいのがいいの?」

「違うそうじゃない。胸の大きさなど、まあ少しは判断基準になるかもしれないが、大事なのは中身だ。誰かがこう言っていた。『中身より優れた外見に価値は無い』と。つまりはそういう事だ」

「どういう事よ」

「まあ、吾も女好きだからな。言いたい事は分かるぞ」

「一緒にすんなよ、藤太」

 

倒れ付す敵を前にしてこのダベりである。慢心にもほどがありゃしないかね?いや、事の発端は俺だけど。

 

「聖槍、抜錨──ッ!」

 

一瞬。眼前の敵から本当に一瞬の間だけその場の全員が目を離した、離してしまった。だが、それが致命傷となる。強者との戦いとはそういうものだと知っていながら、俺はまた油断し慢心し...そして、驕った──

 

 

 

───訳ではない。

 

「遅延術式『千の蛇(シュランゲ)』、解放」

「これは──! くッ、離れろ!爬虫類風情がッ!」

 

使い物にならない右手ではなく、左手で聖槍を構えていた乳上に、文字通り千匹の蛇が絡みつく。あの爺さんですら解除に手間取った拘束術式。いくら女神と言えども、そう易々と抜け出せるものでは無い。

 

「ふん。何の為にわざわざ12本も雷槍を投げたと思ってんだ」

「奏者よ、普通そこまでは予想出来ないぞ?」

「気持ち悪い!リョータ、アレ気持ち悪いわ!」

「...爺さんにもそんな事言われたなぁ。そんなにキモい?」

「気ッ持ち悪いわよ!何が嬉しくてあんな大量の蛇を一身に受けなきゃいけないわけ!?こればっかりは本気であの獅子王に同情するわ!」

「えぇ...」

「私は割と好きだよ、蛇。クリクリした目とかよく見たら可愛いよね」

「先輩!?」

「マスターの趣味は理解出来ない部分があるの。ま、儂も別に嫌いでは無いがな」

「理解者がいてくれて助かる。ま、その話は置いといて...。おい、ベディ」

「...なんでしょうか、凌太」

 

蛇の中に沈む獅子王を、割とマジで心配しているような顔のベディに声を掛ける。

 

「なあベディ。俺さ、ずっと考えてたんだけど...、その腕って何?」

「ッ!!」

「?何を言ってるんだい?彼の右腕はマーリンが預けたアガートラム、ヌアザの右腕だろ?」

「違う。何となくだけど、アレは違う気がする。アレから感じる気配は...そう、まるでエクスカリバーだ」

 

はぁ!?、と一斉に声を上げる。まあ、当たり前といえば当たり前だ。

聖剣エクスカリバー。アーサー王の所持する、星が生み出した『約束された勝利の剣』。俺はその本物を見た事があるし、その聖剣を7つに分けたものの一振りも所持している。間違えようがないだろう。

 

「──やはり貴方は鋭い。確かに、この右腕はエクスカリバーです。私が、3度目すらも湖に返せなかった聖剣そのものだ」

 

彼は語る、己の愚かさを。自身が成してきた1500年にも及ぶ旅路の果て、最果ての地にて再開したマーリンの話を。

 

──そして、自身の目的を。

 

「王よ。今は話すことも出来ないが、この剣を返す時がきたようです。貴女は覚えていらっしゃらないでしょうが...、私は騎士王、アーサー・ペンドラゴンの騎士だ。私は貴女を討つ。その過ちを正す為に──ッ!!」

 

騎士は戦う、かつて己の王だった者を討つ為に。

騎士は剣を摂る、自身の罪を償う為に。

 

 

忠節の騎士は、己の生命を代償に、己の生涯を意味あるものへと昇華させた。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「...ベディヴィエール卿、消滅。聖剣返還を...確認、しました...」

 

手先から泥土へと変わっていきながら、その生命を燃やしてサー・ベディヴィエールは目的を果たした。獅子王に巻きついていた蛇ごと聖槍を破壊し、かつて果たせなかった王の命を果たしたのだ。

 

『...こちらも特異点の崩壊を確認した。時代を呑み込もうとしていた重力変動は消滅。聖槍の消失によって聖都も消えようとしている。時代の乱れも無くなった』

 

ロマンの言う通り、聖槍の破壊によってこの特異点は復元されようとしている。だが、聖槍を失い、その呪縛から解き放たれた獅子王、アルトリア・ペンドラゴンが戦意喪失しているかと聞かれれば、答えはノーになる。

 

「────。」

「おっと、まだやる気かい?聖槍は破壊され、キミはその呪縛から解放された。もう私達と戦う理由も無いのでは?」

「...王に歯向かう者を生かして帰す道理はない。それに、これを未だ振るっていないにも関わらず、私に勝ったなどと吹聴されるのも心外だ」

「ヤダ、負けず嫌いにも程がある!そこはやっぱりアルトリアなんだね!」

 

カルデアのアルトリアも、余程の負けず嫌いなようだ。まあ、王様なんてどこもそんな感じでしょ。勿論俺もね。

俺も、そして他の皆も臨戦態勢に入った瞬間、三蔵と藤太が消えかけ始めた。

 

「えっ!ちょっと、まだ終わってないんだけど!これからなんだけど!?」

「その通りだ!魔力もまだある。消えるには早かろう!」

 

叫ぶ2人だが、よく考えればこの強制退去は当然の事だ。何せ、聖槍を破壊し、こちらは既に聖杯を取得しているのだから。

程なくして俺達の強制レイシフトも始まろうとしていた。足元から徐々に薄くなっていっている。

だが、アルトリアだけは別だ。彼女は消えない...否、後には消えるが、そのタイミングは今ではない。

 

「──彼女は自力でここまで来た神霊だ。だから、聖槍を失えばそこで終わり。あの獅子王は“ここで終わる”んだ。次に槍を持ったアルトリアと出会っても、それは彼女ではない。聖槍の獅子王は、この聖都と共に滅びるんだよ」

「...そんな...。じゃ、じゃあベディヴィエールさんの行為は、...無駄、だったと...?」

 

「無駄ではない」

 

マシュの疑問に、今までと比べて多少は晴れ晴れとした表情の獅子王が答えた。

 

「かの騎士の行為は無駄ではない。卿の思惑通り、私はこうして解放された。そして私という過ちも、決して無駄ではなかった。嵐の王に成り果てた私にのみ、知り得る真実があったのだから」

 

獅子王は全てを語った。自分が見たもの、ソロモンの偉業、そして、最後の特異点の話を。

 

...ぶっちゃけ頑張らないといけないよ、という事実しか分からなかっただけだが、まあいいだろう。

 

「さて、じゃあ俺達は帰るか。ありがとな、獅子王。そしてすまなかったな。不意打ちなんて、騎士にとっちゃ最悪の戦闘手段だろ」

「構わない。それに、私は騎士王ではなく獅子王だからな」

「そっか」

「リョータ!カルデアに帰ったら、絶対にあたしを喚んでよね!」

「吾も頼むぞ、弟弟子」

「三蔵は大丈夫だろうけど、藤太は保証しない」

「なにィ!?それはどういう意味だ!?」

「聖遺物とか無いし」

「それは三蔵も同じ事であろう!?何故吾だけ!」

「へっへーんだ!残念だったわね、藤太!あたしはちゃーんと、リョータに髪の毛を渡してあるんだから!」

「なんだとぅ!?くっ、このダメ師匠め!そういうところだけはしっかりしよってからに!」

 

そんなグダグダした会話をしながら、三蔵と藤太は消滅した。

...うーん、三蔵達も割とシリアスブレイカーなところがあるよなぁ。

 

「ちゃっかりしねるわね、アンタ。なに?ネロや静謐だけじゃ飽き足らないわけ?」

「何言ってんのお前。飽く飽かないじゃないぞ?俺は、自身のコミュニティの戦力強化が出来るなら躊躇いはしない。それに、三蔵がカルデアに来たいって言ったんだよ。別に俺のところって訳じゃない」

「あっそ。まあそういう事にしておいてあげましょう」

「英雄色を好む、というのじゃし、凌太がはーれむを築いても不思議はないのぅ」

「築きたくない事は無いが、まあ面倒そうだよなぁ」

 

今でさえ静謐ちゃんが暴走しそうな時があるのだ。ハーレムなんて作ったら死人が出てもおかしくない。

まあ、既にハーレムみたいな状況にはなってるんだけどね?

 

 

話が大分逸れたが、これにて第6特異点は終わりを迎える。

 

俺達は、カルデアに帰るのだ。

 

 

 

 



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幕間

FGO編は一気に人理修復まで書き上げようと思います。
少し長くなるかもしれませんが、どうぞお付き合い下さい。


 

 

 

 

 

カルデアに帰って来てから2日。今日は藤丸と共に英霊召喚をすることになっている。何故2日も間が開いたのかと言うと、まあ俺がぶっ倒れていたからだ。カッコよく言うなら泥のように眠ってた。...俺だって疲れるんだよ。特に今回はほぼ寝てないから余計に。

あと余談だが、今朝「もう何度も一緒に戦ってるんだから、いつまでもさん付けはしなくていい」と藤丸に言われたので、今は呼び捨てになっている。

 

 

さて、例の如く、召喚は藤丸から始める。

今回は特異点先で見つけた聖晶石は計24個。うち18個は俺の取り分になった。今回はエジプトで俺任せな戦闘があったので、その功績だという。それに、なんでも藤丸はダ・ヴィンチちゃん工房から幾らかの石を購入してきているらしい。買えるんだ、石って。

 

「来い!獅子王来い!あとベディや円卓の騎士も来い!」

 

藤丸が投入した石は全てで60個。回数にして20回分の聖晶石をフェイトに投げ込んでいる。

マシュの話によると、1番酷かった時で石を200個近く浪費したそうだ。一応だが、カルデアの役員、というかマスターとして、藤丸には給料が出ている。その分をほぼ全てダ・ヴィンチちゃん工房で石に変えてくるらしい。なんて事だ。カルデアから貰った筈の金は、全てカルデアに還るのか。

ちなみに俺には給料など1円も出ていない。不平等だ。

 

「応えよう。私は貴女のサーヴァント、ランサー。最果ての槍を以て、貴女の力となる者です」

「我が名はオジマンディアス。王の中の王。全能の神よ、我が業を見よ──そして絶望せよ!」

「円卓の騎士、ガヴェイン。今後ともよろしくお願いします」

「円卓の騎士、嘆きのトリスタン。召喚の命に従い参上致しました」

「セイバー、ベディヴィエール。これより貴女のサーヴァントとなりましょう」

「サーヴァント、セイバー。ランスロット、参上致しました」

「うむ。サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。──久しいな、カルデアの諸君」

 

総勢7名のサーヴァント召喚。それも全員が強力な英霊だ。というか、獅子王が召喚出来るのって驚きなんだが。まああの特異点での獅子王とは別人らしいが。

 

「きぃぃぃたぁぁぁぁあぁぁあぁあ!!!!」

 

最早キャラ崩壊もいい所な藤丸の歓喜の叫び。

またアルトリア顔やセイバーが増えたことにより、謎のヒロインXが怒り狂いそうだが、まあ放っておこう。

 

続いては俺の番。早速三蔵の髪の毛をフェイトの前に置き、石を9個放り込む。

 

「玄奘三蔵、御仏と弟子のリョータによる導きでここに現界したわ!ええっと...クラスはキャスター!よろしくね、リョータ!」

「サーヴァント、キャスター。天空の神、ホルスの化身、ニトクリス、召喚に応じ参上しました。この様なファラオの身ですが(ry 不敬ですよ!」

「キャスターのバーゲンセールかよ」

 

藤丸はセイバーが多めだったが、俺はキャスター多めだな。というか女性しか来ないのは何故?ウチの男性サーヴァントはエミヤしかいないんだけど...。もしやアイツの女難の相でも働いてるのか...?

礼装としてライオンのぬいぐるみも来たが、アルトリア(槍)が物欲しそうな目で見ていたので彼女に渡し、再度召喚を続ける。

 

「サーヴァント、ルーラー。ジャンヌ・ダルク。...またお会いできて、本当に良かった」

 

...ふぅむ。別に男が来て欲しい訳では無いが、こうも女性続きだと何か陰謀めいたものを感じる...。いや嬉しいんだよ?ジャンヌとか久々に会えたし。

 

続く召喚は全て礼装。あっという間に最後の3個となった。そして最後の召喚。光の輪は3本になり、それは人の形を取っていく。

 

「サーヴァント、道摩法師。キャスターのクラスで参上した。で、僕みたいなハズレサーヴァントを引き当てたのはどこの誰だい?」

 

現れたのは黒で統一された文官束帯を身に纏う、黒髪短髪の20代前半程の日本人風男性だった。線は細く、無精髭を生やした、いかにも呪術師といった風貌だ。

道摩法師といえば、あの芦屋道満か?

 

「俺がマスターだが、文句あるか?」

 

自身をハズレサーヴァントだとのたまわる目先の男にそう問いかける。それと共に彼のステータスを見たのだが...まあ、ハズレというだけはあるか。先に召喚した三蔵やニトクリスと比べると、どうしても見劣りしてしまう程のステータスではある。まあ一部とんでもない数値にはなっているが。

 

「いや別に?ただ、希望を言うのなら女のマスターが良かったなぁ」

「そりゃ悪い。残念だが、俺で我慢してくれ」

「了解だマスター。さて、これからよろしく頼むよ」

 

そう言って握手を求めて来る芦屋道満。別に拒む理由も無いので素直にそれに応じる。

 

これにて英霊召喚は終了。控えめに言ってもカルデアの戦力増長は十分に叶う結果となった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

真名:道摩法師(芦屋道満)

 

クラス:キャスター

 

性別:男性

 

属性:秩序・中庸

 

身長/体重:169cm/52kg

 

ステータス:筋力/E ・ 耐久/E ・ 敏捷/D ・ 魔力/A+++ ・ 幸運/D ・ 宝具/B+

 

 

* * * *

 

 

 

 

「おお!貴方が神か!」

「いいえ神殺しです」

 

召喚を終え、腹を満たしに食堂へ向かう途中。通路で邪ンヌと術ジルにバッタリ会った。

召喚した英霊達は皆一緒にいたので、その中にジャンヌもいたのだ。そして、それを発見した術ジルが半発狂した。

あ、ちなみにヒロインXは既に沈めました。英霊召喚室を出てすぐにセイバー勢とアルトリア(槍)、そしてジャンヌを襲ったので、返り討ちにした。いや、戦力的に見てヒロインXに勝機など無かったのだ。キャスターが3人いるからね、相性的に見ても仕方ないね。

 

 

移動中に出会ったのは、何もその3人だけではない。俺の知っているだけで、兄貴、タマモキャット、牛若丸、カエサル、カリギュラ、ロムルス、アタランテ、ヴラド3世、カーミラ、サンソン、エリザベート、ジークフリート、ゲオルギオス、アマデウス、そしてマリー。

たった数百メートルでこれだ。というか、俺の知っている、もしくはあった事のある英霊達にはほぼ全員会った。昨日までは疲れでぶっ倒れてたし、皆と会う機会も無かったんだよなー。

 

「よくこんなに多くの英霊を集めたね」

「まあ、色々と犠牲にしてきたから...。主にお給料とか」

「なるほど」

 

非常に遠い目をしだした事から、並々ならぬ金額を注ぎ込んだのだろうことは容易に想像できる。カルデアは食費がタダだからね、食費分まで削れるもんね。

というか、人類最後の望みであるマスターの英霊召喚で金取るってどうなんだよ。

 

「ちなみに1番金を掛けたサーヴァントは?」

「邪ンヌかなぁ。ジャックも大分頑張ったけど」

「ジャック?」

「うん。ジャック・ザ・リッパー」

「...本当に居たんだ、ジャック・ザ・リッパー」

「そりゃ居るよ〜。これがまた可愛くてねぇ、グヘヘ...」

「よだれよだれ」

 

未だ謎に包まれている連続殺人鬼(仮)を溺愛する人類最後の希望...。字面だけ見ると完全にアウトだな、これ。

そんな一抹の不安を抱きながら、俺達は食堂へと入った。確かエミヤがいるはずだが、久しぶりに俺自身で調理でも──

 

「弓兵、おかわりだ!」

「おかわりお願いします、エミヤさん!」

「アーチャー、こちらにもおかわりを」

「もっきゅもっきゅ」

「ターキーだ、ターキーを寄越せ弓兵!」

 

──アルトリアの系譜、というかアルトリアがいっぱい...。こりゃヒロインXという対セイバー用決戦兵器なんてシロモノが出てくるのも納得だわ。アルトリア多すぎ。

 

「ええい、私以外のセイバーはデストロイ!あ、こちらも大盛りをお願いします!」

「お前もか」

 

なにこれ世紀末?

 

「──フッ。...食料の貯蔵は十分かッ!」

「足りねぇよ馬鹿野郎!ちょっくら食料庫見てくるが、余り期待はすんなよ!ここは頼んだぜ、赤いの!」

「心得た!...別に、この量の調理を1人で捌いてしまっても構わんのだろう?」

「なにあれ」

 

赤い人と緑の人が何か頑張ってらっしゃる。一方は見覚えがある、というかウチのオカンだが、もう1人は誰だろうか?

 

「あれ、マスターと...そっちは凌太?うわー、懐かしいね!こっちに来てるってのは聞いてたけど、来た瞬間特異点に行っちゃって、帰ってきたら帰ってきたでずっと寝てるんだから。お姉さん心配しちゃったよ」

 

厨房にいたのはエミヤと緑の人だけではなく、懐かしのブーティカもだったらしい。彼女の手には大量の食材が山積みにされていた。...これだけあっても足りないとか、やはりアルトリアの食欲は凄まじいのか(戦慄)

 

「久しぶりだな。いやー、この食堂もすっかり英霊達の巣窟になっちまって...。これ、世界を敵に回しても余裕で勝負できるだろ」

「あはは!まあ、立香はそれだけ優秀なマスターだって事だよ。ね!」

「いやぁ、照れるなぁ」

 

顔を赤らめて身を捩る藤丸を横目に、ブーティカが抱えていた食料の半分を持つ。

 

「手伝うぞ。これでも少しは料理出来るんだ」

「それは助かるよ。何せ、ここ最近はよく食べる子が増えたからねぇ。食べる事はいい事だけど、ちょっと手が足りなかったんだ。エミヤ君にも頑張ってはもらってるんだけどね」

「奴はオカンだ。料理を振る舞うこと自体に幸福を感じるような奴だから、存分にこき使ってくれて構わない。マスターである俺が許可を出す」

 

あはは!と笑いながら厨房の中へと入っていくブーティカ。俺もそれに続き、ギフトカードからエミヤ自製の黒色エプロンを取り出し装着した。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ヘイお待ち!」

「ほう...、中々筋が良いな、凌太」

「美味しいです、凌太さん!」

「もっきゅもっきゅ」

「ジャンクなフードも寄越せトナカイ2号!」

 

やばい、これはキツい。料理を作った瞬間からその料理が消える。なんて食欲魔神どもだ。ちゃっかり名前覚えられてるし。最後のはなんか違ったけど。

 

「「「マスター(旦那様)(奏者)の手料理が食べられると聞いて」」」

「また増えやがった...ッ!」

 

そろそろアルトリア勢の食欲も満たされてくる頃かと思っていたら、新たな刺客が現れた。まあこちらはそこまで食べる方ではないのでまだ大丈夫だろう。

 

「あっ、久しぶりだなマスター!俺にもご飯くれよ!」

「アルトリアの系譜...ッ!」

 

大丈夫だろうとか思った矢先にモードレッドが食堂へインしてきた。アイツも結構食うんだよなぁ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

翌日。

食料調達の為に色々な時代へとレイシフトし、なんとか1週間分の食料を確保した。本来なら1ヶ月以上持つ筈の量だが、アルトリアが計7名居る為、持って1週間の見積もりだろう。また明日か明後日辺りに食料調達行かないとなぁ。

 

食料調達を終えた午後。俺はとある人物に拉致された。...何故。

 

「あーあ。お前さんも運が悪いというかなんというか...。いや、実力的に必然だったのかもしれないな」

「え、兄貴?」

「おう」

 

俺が無理やり引き連れられてきた訓練場に居たのは、何を隠そう俺の槍術面での師匠、クー・フーリンだった。というか、兄貴は何を言っているのだろうか?実力的?必然?

 

「力を見せるが良い、勇士よ。出来なければお前の命を貰うまで」

「ッ!」

 

強烈で濃厚な殺気。それは俺を一瞬のうちに臨戦状態まで持っていくには十分過ぎるレベルである。

このままでは死ぬ。そんな直感に従ってその場を横っ飛びで離れると、一瞬前まで俺のいた場所に数本の朱槍が突き刺さった。

 

「おお、やるな」

 

ケラケラと笑いながら、兄貴も臨戦状態に入る。そんな兄貴に油断は無い。それもその筈、現在放たれている威圧感だけならば、あの獅子王よりも上だ。

 

「覚悟しな、坊主。ここから先は本物の地獄だぞ」

「えっ」

 

冷や汗をかいた兄貴の姿が消える。権能を行使していない今の状態でも辛うじて俺がついていけるかどうかという程の速度。恐らく、兄貴はまだ本気の速力では無いだろうが、それでも十分過ぎる程に速い。

だが、この威圧感の主はそんな速度の兄貴の突きを余裕を持って回避し、更に反撃までしてみせた。

吹っ飛ぶ兄貴、湧き上がる疑問。今のこの状況はなんだ?兄貴の反応からして敵襲ではないっぽいが、命の危険はヒシヒシと感じる。何これ怖い。

 

俺を攫った、威圧感を出しまくっている人物。全身タイツの女性は、再び俺に標準を合わせた。

全く訳が分からないが、反撃しないと死ぬという事だけは分かった。なので、最初からフルスロットルで行く。

 

「我は雷、故に神なり」

 

聖句を口にし、全身から紫電を撒き散らす。強敵との戦闘とだけあって多少は基礎ステータスが底上げされている。

 

「甘い」

 

だが、見えなかった。直感だけを頼りになんとか回避したが、今の突きは殆ど見えなかったのだ。何あの人マジ怖い。

 

「オラァ!」

「フン」

 

いつの間にか復活していた兄貴の攻撃も軽く受け流し、再度兄貴を吹っ飛ばす。

 

「ランサーが死んだ!」

「死んでねぇよ!」

 

兄貴は吹っ飛びながらも空中で体勢を整え、華麗に着地しながら俺の発言に反論してくる。いや、何故だかこれだけは言わないといけない気がして...。

というか、マジでこの全身タイツの女性は何者なんだ。兄貴と似たような服装だが、同郷の人?だとしたらまあこの強さも納得ですよ。ケルトとインドはおかしい、これ常識。

 

「よそ見とは余裕だな」

「ちょ、まっ!」

 

意図せず兄貴に意識が行ってしまい、その隙を全身紫タイツ(仮)につかれ、またしても大量の朱槍が飛んでくる。すんでのところで避けたが、1本掠った。というか、あれゲイ・ボルグじゃね?え、ゲイ・ボルグを複数本ぶん投げてくるって何事?真名解放とかされたら俺普通に死ぬよ?いや冗談抜きで。

 

「シッ!」

 

ゲイ・ボルグらしき朱槍を投げた全身紫タイツ(仮)を兄貴の朱槍が襲う。だが、それもどこからか取り出した新しい朱槍で防がれた。マジ何者なんだあの人。

 

 

 

その後も、権能を行使して尚且つ 兄貴&俺 VS. 全身紫タイツ(仮)の実質的な殺し合いは続いた。

ちょうど1時間経つか経たないかというところで、部屋に侵入者の気配を感知した。これはブーティカか?

 

「おーい!そろそろ晩ご飯だから、そろそろ引き上げて来てねー!」

 

...俺の緊張感とは真逆の、明るいというか、間延びした声が響く。

 

「...ふむ。では今日はここまでにしておこう」

「だはぁー!終わった終わったぁ...。あぁ、死ぬかと思った...。てかゲイ・ボルグ2槍流ってオレの立場無くね?」

 

ブーティカの声で一気に戦闘態勢を解く全身タイツ2人組。

...一体何なんだ。

 

「なあ兄貴。結局あの女の人って何者?俺、何も知らないまま殺されかけてたんだけど」

「あ?なんだよ師匠、坊主に自分の事教えてねぇのか?てか何も教えずにいきなり修行に付き合わせるとか、アンタ鬼か。...いや、そりゃあ鬼に失礼だったな」

「良く言ったクー・フーリン。そこに直れ」

「...スイマセンデシタ」

 

師匠?え、兄貴の師匠?それってまさか......!...やっぱ分かんねえや、誰だよ。何となく神性っぽいのは感じるが、まさか半神とか言わないよね?

 

「ふむ、紹介が遅れたな。スカサハだ。影の国の女王などをしている」

「ついでに言うと年齢不詳のバケモンだ。逆らわない方がいいぜ。容赦ってモンがねぇからな、このバb」

「何か言ったか?」

「いえ、何でも。綺麗なお姉さんだぞって」

「うむ」

 

...とりあえず2人の力関係は何となくだが分かった。俺も逆らわないようにしておこう。まだ死にたくないし。

 

にしても、影の国の女王ねぇ。また大層なバケモノが出てきたな。それにバケモノはスカサハだけじゃない。クー・フーリンも十分にバケモノだし、オジマンとかの神代に生きた奴らってのは殆どがキチガイじみている。...修行相手に困らないと考えればいいだろうか。まあその修行で命を落としたら本末転倒もいいところだろうが。

 

 

 

* * * *

 

 

 

第7特異点の特定は終わっているらしいが、その時代が神代なので、満ち溢れているであろう魔素から藤丸の安全を確保するためにスタッフ一同が頑張っている中、俺達は色々な事を経験していた。あ、ちなみに俺の安全なんて誰も考えてなかったよ。エジプトで平気だったんだから別に問題ないだろって判断なんだろうけどさ。

 

まあそれは兎も角。古代ウルクを目指す前に本当に色々なイベントがありました。

 

 

鬼ヶ島擬きの島に飛ばされてゴールデンなお供たちと鬼退治をしたり、事故で南国っぽい無人島へとレイシフトしてウリ坊の仲間らしき奴らを倒しつつサバイバル生活(YARIO村式農作業含む)をしてみたり、また別の島に移動して喋る猪達とハイテクを用いてのカオス状態を繰り広げていたり、魔法少女の治める世界でエミヤ一家(仮)と戦ったり、ローマのローマによるローマの為の祭典に参加したり、ノーマルなエリザとハロウィンなエリザがフュージョンして完成したブレイブなエリザと共にエジプト勢と不毛な争いを起こしたり、オルタでリリィでサンタなジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ・ランサーを相手にエミヤや天草四郎と「俺が、俺達がサンタムだッ!」とか言って薔薇の黒鍵投げてみたりしてました。

 

 

事細かに言っていくとキリがない程に濃ゆい時間を過ごし、その経験の中で俺がまた1つ強くなったかなってぐらいで、やっと第7特異点へと向かう事が出来るようになったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

もう正直お腹いっぱいな感じなんだけど、まだ冒険続けるの?神代とか面白そうだけど、絶対一筋縄じゃいかないよなぁ。

 

 

 



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神殺しが神代にインしました()

CCCコラボでBBちゃんが配布だと知った時、ふと頭に浮かんだこと。


奈須きのこ&ワダアルコ「BBは圧倒的な後輩力とヒロイン力を持っている」
マシュ「私の立場は!?」
???「後輩キャラは私だけ。正ヒロインと後輩の座は渡さない!」

対後輩キャラ用決戦兵器。コードネーム M.K.
『謎の後輩ヒロインM』爆☆誕!


うん、ないわ...。


 

 

 

 

 

 

 

「やって来ました古代シュメル!さて、早速ですが、私達は今どこにいるでしょーか!?」

「知らんよ」

 

どこぞの謎解き冒険バラエティのオープニングみたいな台詞言ってるけど、実際ここどこだよ。

 

 

 

 

第7特異点、古代シュメル。確か、そんな所に行くという話は聞いていた。そして、レイシフト先はこの時代最大の都市だとも。

だが断言しよう。俺達がレイシフトしたのは最大の都市なんかじゃない。ましてや草原や砂漠でもない。

何を隠そう、上空200Mの地点だ。

慌てる藤丸と英霊達。だがしかし、よく考えてみて欲しい。

 

──俺にとっては、上空200Mとかラッキー以外の何ものでもない。何せ最高で4000Mを経験してるからね、当然だね。

 

別にISを展開する程では無かったが、生身の人間である藤丸を無事着地させる為にトニトルスを展開させて地上に降り立ったのだ。

そして冒頭へ戻る。正直に言って、まだ右も左も分かっていない状態です。

 

『調査結果が出たよー。どうやらウルクの周辺には結界が張ってあるみたいだ。その結界に弾かれた結果が空中ダイブだね』

 

ダ・ヴィンチちゃんからの映像越しの情報を得て、とりあえず現在置かれている状況を把握する。

 

 

ちなみに今回俺が連れて来ている英霊は静謐ちゃん、道満、モードレッドの3人だ。というか、この3人しか暇そうじゃなかった。ネロはロムルス達と用事があるなどと言い出して欠席。ジャンヌは邪ンヌやジル、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ達と、ニトクリスはオジマンやクレオパトラと各自用事があるそうで不参加。三蔵に至っては発見すら出来なかった。どうせまたどっかで藤太とかに迷惑でもかけているのだろう。

エミヤは、今厨房から抜けられると困る、とブーティカ達に止められた。オカン活躍しすぎ。

 

そして藤丸の引き連れる英霊はマシュ、エウリュアレ、ジャック、そして金時(騎)である。神代なんだし、神秘殺しの頼光さんとかスカサハ師匠とか連れてきたら?と提案したのだが、どちらも用事があり来れなかったそうだ。ネロ達が「ちょっと叔父上達と用事がある!」と言い出した時も思ったのだが、人理より大切な用事とは一体何なのだろうか?

 

まあ過ぎてしまったものは仕方がない。このメンツでやりきるしかないだろう。それに、神代とか普通に神仏が闊歩してる時代なんだろ? それって俺のホームグラウンドって事じゃないですかやだー。

 

「...見渡す限りの廃墟です。これではウルクまでの食料調達なども望めないかと...」

『うぅん、せめて召喚サークルが設置出来たらなぁ...。いや、カルデアの食料も底を尽きかけてるんだけどね?』

「ウチのアルトリアが本当にすいません」

 

綺麗な土下座をする藤丸を横目に見つつ、辺りの気配を探る。今の所強力な気配はない。ちょろちょろと動物っぽい反応はあるが、まあ俺の敵ではないだろう。

ここ神代は空気中に魔力が満ち溢れている。魔力濃度はオジマンの喚び出していたエジプト領よりも濃い。藤丸はダ・ヴィンチちゃん特性のマフラー型マスクで事なきを得ているが、俺はそんな補助具など支給されていない。まあ魔力が溢れていて力が湧いてきているので特に問題はないだろう。

というかこの時代に来てから常にカンピオーネとしての特性が働いている。つまりはこの空気中の魔力自体が神性を帯びているのだ。神代とは恐ろしいなぁ。

 

「ま、それは置いといて。こっちに向かってる魔獣どもを片付けるか」

「うん、解体するよ!」

『え?...あ、本当だ!今までに無いパターンだからか確認が遅れた!いやまあ凌太君がいる時はいつもそうだけど、それはいいや。兎に角、紀元前2600年、古代シュメルにおける初戦闘だ!気を引き締めて...』

「大丈夫だ問題無い。既に倒した」

「ふぅ...バラバラになっちゃった」

『ヤッフゥ!いつも以上にやる気出してるね神殺しの魔王君!』

「さすが大将の友人だ。いつ見てもゴールデンだぜ!」

 

まるで沖縄のシーサーを思わせるよく分からない獣を蹂躙し、再度周辺に視線を巡らす。今の魔獣の群れはあれで全部だったのか、他に襲ってくる奴はいない。まあ隠れている奴らはいるが、襲ってこないならばシカトしてても良いだろう。

とりあえず一息吐こうかと思った矢先。強力な神性(・ ・)が高速で近づいてきている事に気が付いた。

 

「どーいーてー!!!」

 

何となく三蔵と会合した時のデジャヴを感じたが、まあそれはそれ。声の主は何か飛行物体に乗ったまま、藤丸一直線に降ってくる。

 

「あの、先輩。どこからか声がしませんか?」

「間に合わない、これは躱せない」

「諦めたぞコイツ」

 

目に見えない強力な力の様な何かによって身動きを取らない藤丸に、例の神性を持つ“何か”が思いっきり突っ込む。死ぬ程の衝撃では無かったが、当たりどころが悪ければもしかするし、何より普通に痛そうだ。

 

「マ、マスター!?ご無事ですか!?今、全体的にベージュ色の物体が45°の角度で空から降って...来たの...です...が...?」

「フォウ...ハニー、フォーウ!」

「フォウよ、お前やはり知性があるな?」

「フォウ?」

 

明らかに「ハニー」と口にした我らが愛玩動物らしいフォウを言及しつつ、藤丸の安否を確認する為、物体の落下に伴って巻き上がった砂埃が晴れるのを待つ。

 

「あいたたた...」

「いたた...酷い目に遭ったわ...。まさか地上から狙撃されるなんて...。でも思ったよりダメージが少ないのは幸運ね。これも私の普段の横暴(おこない)がいいから──ってあれ?」

「やあ。さて......裁判の、時間だ!」

「ふぇ!?な、何よアンター!?」

 

次から次へとイベントが...。神と袂を分かつ前の時代は退屈しないなぁ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「まあまずはさっきの事故の示談をしよう」

「示談...?示談ってつまり裁判!?い、いいえノーよ、その手には乗らないわ!どんな接触事故にせよ、乗り物に乗っていた方が不利なんでしょ!?私知ってるんだから!」

「落ち着け」

 

よく分からない方向へと話が進もうとする中、なんとか目の前の神様らしき人物から情報を聞きだそうと話題の修正にかかる。

 

「さっきの事故は両者不注意って事でかたをつけよう。俺もその気になれば止められたのに止めなかったし」

「マスターが真面目な事言ってる...。今日は槍が降るのか...?」

「本当に槍を降らせるぞ、お前だけに」

「マスターは最初から真面目な人です」

「...モードレッドは後でオハナシがあります。まあそれはそうと、アンタ誰?神性の感じからしてまず間違いなく神仏の類だろうけど」

「...アンタ達、私を知らないって本気で言ってる?」

「あら、自分が万人に知られていると勘違いでもしているのかしら?だとしたらメソポタミアの神様っていうのは相当なナルシストの集まりなのでしょうね」

「何ですって!?...って、アナタもどこぞの神っぽいわね...」

「話をややこしくしないでくれ頼むから。俺達は異邦人なんだよ。この土地の人間じゃない」

「マスターは人間かどうかも怪しいがな」

「道満シャラップ」

 

ああもう面倒くさい。もういっそこの神をぶん殴るか?(脳筋思想)

 

「要するに、アンタ達は異邦からの客人ってこと?...にわかには信じ難いけど......ま、そういうこともあるか──いいでしょう、その話を信じます。アナタ達は何も知らないってことね?...だったら不敬、破廉恥、無礼も仕方ないか。遠い異国の野蛮人ですものね」

「言ってくれるじゃないか。野蛮人の本領を見せてやろうか?」

「凌太君シャラップ」

 

色々な事が面倒になってきて脳筋思想が芽生えた俺の暴言を藤丸が諫める。

 

「ちなみに私は何も教えないわ。でも、アナタ達は教えなさい。そう、例えば──この辺りに大切な物が落ちてなかったか、とか!」

「はい?」

「フォウ?」

『面倒くさそうだなぁ』

「それな」

 

いきなり抽象的な事を言い出した女神(仮)を訝しげに見る俺達。主語をしっかりと言って欲しい。

 

「kishaaaaaa!!」

「きしゃー?...え、北?北って言ったの?そうなの!?」

「なあマスター。こいつの耳、腐ってんのかな?」

「たぶん」

「違います、ミス・アンノウン。これは...」

『ごめん!凌太君なら既に気付いていただろうが、周りを囲まれている!さっきの魔獣と同じ反応だ!』

「まあ、俺も面倒だったからシカトしてたけど、襲ってくるなら話は別か」

「マスター達は下がってな。次は俺がやる」

 

相当数が隠れていたようで、パッと見で約100体のシーサー擬きが出てくる。数が数だけに、権能も使わないといけないかなー、などと思っていたらモードレッドが一歩前に出た。

 

「その下がれって、私にも言ってる?全く、誰にものを言ってるのかしら、このお上りさんは!」

「あ?」

「気にすんなモードレッド。神ってのはみんな可笑しいんだ」

「ちょっと、全部聞こえてるんですけど!?」

「まあまあ、ミス・アンノウン。ここはモーさんに任せて。凌太君に暴れられるよりマシだから」

「おい藤丸、それはどういう意味か、じっくり聞かせてもらおうか」

「ねぇ。私、そろそろ飽きてきちゃったんだけど」

「エウリュアレさん、もう少し我慢してください」

「おかあさん、アレ、解体していい?」

「今回は我慢してね」

「えぇー...。はぁい」

「なんなら俺っちとベアー号で奴らを一掃しても」

「ステイ」

 

なんだろうこれ。毎度毎度、命の危険もあるというのにのに緊張感の欠片も見受けられない。...俺のせいかな?

 

「とーにーかーく!ここは俺がやるっつってんだ!」

「おう。宝具も自由に使っていいぞ。今回はお咎めなしだ」

「マジで!?サンキュー、マスター!」

 

礼を言うとモードレッドはクラレントを構え、宝具を放つ為に俺から魔力を吸い取っていく。

何度も言うが、ここは神代だ。空気中に魔力が満ちているし、何よりカンピオーネとしての特性が働いている為、魔力量の絶対値も上がっている。モードレッドの宝具を全力解放したとしても、数十発はいけるんじゃないかな。これで封印も解くことが出来れば、あの爺さんに一矢報いる事が出来るかもしれん。

 

「それじゃあ蹂躙するぜぇ!これこそは、我が父を滅ぼし邪剣...『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

俺という魔力炉を得たモードレッドは、それはそれは生き生きと戦った。戦闘民族か何かかな?

 

 

 

* * * *

 

 

 

「私、弱い者は助けないけど、強い者も助けないわよ?だって、強いんだから助けなんていらないでしょ?」

 

そういって戦闘中に離脱した女神(仮)。一体彼女は何だったのだろうか?

 

女神(仮)が居なくなった後も、モードレッドの働きで敵対魔獣を殲滅する事に成功した俺達。そして最後の毒竜(パシュム)を焼き殺した辺りで、俺達の前に不審な人物が現れた。

 

「初めまして、僕の名はエルキドゥ。人類と神を繋ぎ止める役割も持つ者。お会いできて光栄です、カルデアのマスター」

 

そう言って俺達の前に現れた彼...いや彼女か?性別不詳の人物...いや人ですらないのか?とりあえず緑がかった髪のエルキドゥを名乗る奴が現れたのだ。そしてソイツは、俺達が魔獣に囲まれている時から、少し離れた所でずっとこちらを見ていた。それに気付いていたのは俺と道満だけ。怪しい行動に出ている自称エルキドゥを信用したロマンが、コイツに着いていけなどとぬかした。正直言って俺は反対だが、良くも悪くも、最終決定権は藤丸にある。彼女が着いていくと言ったのならば大人しく着いていくだけだ。

 

 

 

そしてそんな事をした結果、酷い目に遭いました。

あのエルキドゥを名乗る者、奴にハメられたのである。ウルクに向かうなどと言っていたが、あれは真っ赤な嘘。上手く誘導させられ、俺達はなんの準備もなく敵陣へ乗り込む所だった。

それを阻止したのが、道中偶然遭遇した花の魔術師と名高いマーリン。ロマン曰く、「魔術師(クズ)中の魔術師(クズ)」。森の中で出会った彼は、小さい女の子を引き連れて俺達とエルキドゥを名乗る者の前に現れた。フードを被った女の子がエウリュアレを見て異常に怯えていたが気にしないでおこう。知ったが最後、必ず面倒なことになると俺の勘が告げている。

それはそうと、フォウくんに「マーリンシスベシフォーッウ!」と言わしめた花の魔術師は幻術的な何かで偽エルキドゥを撒き、ウルクまでの道のりを案内してくれた。最初こそ、「コイツも偽エルキドゥの様に裏切るのでは?」などと勘繰っていたカルデア組だったが、彼をよく知っているであろうモードレッドの信じても良いんじゃないか発言と、何より今までに何度もカルデアへ魔力補充を行っていたという事実が発覚した為に、一応は彼を信じる事となったのだ。

 

 

そして現在。

 

「新加入、新加入だよー!秋の麦酒の大量加入だ!」

「王のご贔屓、ドゥムジ工房の最新作だ!」

「両替ー、両替はこちらでー!」

 

マーリンの案内の下、無事ウルクに辿り着いた俺達の目の前に広がる光景は、人類滅亡の危機に瀕した者達の悲観な姿ではなく、なんとまあ、とても賑わっている街並みと、顔を上げる笑顔の人々だった。

 

「すっごい賑わってるー!?」

「いつぞやのローマを思い出すな」

 

この街を知っていたマーリンを除く全員が驚嘆の声をあげる中、俺達はこの国を治める英雄王、ギルガメッシュの下へと歩き出す。

 

この時代の現状は、このウルクに来るまでの1日でマーリンから聞いた。

 

簡単に纏めると、

① 『三女神同盟』とかいう、文字通り女神達がウルクを襲っている。

② 彼女達の狙いは、ギルガメッシュが隠し持っているであろう聖杯。

③ 現在表立って攻めてきているのは、女神の1柱が生み出している魔獣のみであり、女神達による直接攻撃は受けていない。

④ 魔獣達を食い止めているのがウルクの北側に聳え立つ壁『バビロニア魔獣戦線』。

⑤ 都市のほぼ8割以上が壊滅状態。現在はウルクに難民として避難生活を送っている。

 

とまあ、こんなところか。

女神同盟とか何それ面倒くさそう。というか、さっきの黒髪ツインテールのアイツ、もしかしてその同盟に組みしてる女神じゃないだろうな?

 

 

もしアイツが敵だった場合でも、今のメンツならば互角以上にやりあえる自信はある。そこは問題ないのだ。そう、そこは。

 

「何度も言わせるな、戦線の報告は新しいもの程良い!更新を怠るな!自分達が忙しなく働いた分だけ、敵の好機が減ると知れ!楽に戦いたければ足を止めるな!」

「はっ!秘書官による粘土板作りを1時間ごとに、運搬車3台追加します!」

「良い、では次だ。本日の資源運搬の一覧はこれだけか?...エレシュ市からの物資運搬に遅延が見られるな...。街道に魔獣が出たか。東方の兵舎から20人を派遣し、魔獣共の駆逐に当たらせよ!指揮官はテムンに任せる。ヤツの地元だ、土地勘もあろう...む?なんだこの阿呆な仕切りは!パシュムの死体はエアンナに送らぬか!学者共が暇を持て余しておるわ!今こそあの小賢しい頭を働かせてやる時だ!」

「はっ!ティアマト神研究班にすぐに!こちらはギヌス市からの返信です」

「...ぬう!おのれギルスの巫女長め、ほざきおって!食糧がまだ残っているのは分かっておるわ!出し惜しみなどしても無駄だ、底を突くまで戦線に送れと伝えろ!世界が滅びては元も子もない、地上の食糧は冥界には持ち込めぬとな!──ところで、タバドの娘が産気づいたと聞いた。巫女務めを1人と、栄養のつく果実を送ってやれ。タバドには3日間の休暇を与えるが良い。孫の顔はいい英気に繋がるだろう」

 

...暴君が賢王してる...。

 

 

マーリンの顔パスで何事も無く王宮へ通された俺達が見たものは、カルデアに居る世界最古のジャイアニストでは無く、立派に賢王を務めているギルガメッシュだった。何あれ一周まわって怖い。

 

 

 

英雄王ギルガメッシュ。彼の者は紛う事無き“王”である。世界最古のジャイアンリサイタルを開くのがネロならば、世界最古のジャイアニズムの思念を持つのがギルガメッシュだ。「我も物は我の物、世界全ての財も我の物!」と豪語する彼は、今現在カルデアにてオジマンと水面下の奇妙な友情を育んでいるはずだ。ニトクリスがいつも胃を痛そうに抑えている事から、相当危なっかしいのだろう。何度ニトクリスの胃潰瘍を治療した事か...。

彼は「愉悦部」なるものをカルデア内に設立し、オジマンもその一員として入部している。どちらも「俺が1番、アイツが2番」と思っている為に一応は上手くいっているが、いつあの雪山ごとカルデアが消え去ってもおかしくはない。オジマンだけで無く、ギルガメッシュとも実際に戦った俺が保証しよう。アイツらが本気で殺り合ったら世界の半分以上は確実に滅ぶ。

ちなみに、俺もその「愉悦部」とやらの一員として数えられているらしい。何故って?そりゃお前、成り行きでギルガメッシュと戦って、『天地乖離す開闢の星』無しの状態とはいえ彼と同等以上にやりあったからね。以前に魔神柱化したオジマンを倒したという事実も重なり、俺は彼らに「我ら(オジマンとギル)に続く3番目の“王”」、そして「勇者」であると認められたのだ。正直面倒この上ない称号だが、無下にしてヘソを曲げられても困るので素直にその誉れを受けた。...大体「愉悦部」ってなんだよ。

 

おっと、話が逸れた。

兎に角、ギルガメッシュ≒更に強い力と傲慢さを持ったジャイ〇ン、という方式が成り立つ筈である最古の王は、その暴君さを潜めて賢王として君臨していた。あんなのギルじゃねぇ、と呟く藤丸の気持ちも分かる。

 

「ギルガメッシュ王!魔術師マーリン、お客人をお連れした!」

「えっ...ちょっ、手...!」

「せ、先輩!待ってください、マーリンさん!」

 

まさかの賢王っぷりに度肝を抜かれていた藤丸を、マーリンが手を引いてギルガメッシュの前へと連れていく。どうでも良いが、迷わず藤丸の手を取ったあたり、やはり奴も円卓の一員なのだなと納得した。本当、ベディ以外碌な奴が居ねぇな、円卓の騎士。モードレッドも何だかんだでファザコンだからね、仕方ないね。

 

「む?」

「帰還したのですね、魔術師マーリン。ご苦労でした、王もお喜びです」

「.........(いや別に喜んでいないが、という目)」

「それで、成果の程は?」

「ダメだね、今回も空振りに終わったよ。西の杉の森には無いね、アレは。...まったく、王様が何処に置いてきたのかさえ覚えていれば、こんな事にはなっていないだろうに」

「口を謹みなさい、マーリン。粘土板を持ち帰った時、王は偶然お疲れだったのです。...極度の疲労で記憶が飛ぶなど聞いたことはありませんが、王がそう仰るのならば本当なのです。貴方は粛々と、王の命令に従っていればいい......マーリン、そちらは?見るからにウルクの民ではありませんが...」

「良い、おおよその事は理解した。シドゥリ、貴様は下がっていろ」

「ギルガメッシュ王...?“神権印章(ディンギル)”を持ち出すなど...まさか...?」

「そのまさかよ。この玉座を暫し汚すぞ!なぁに、最悪異邦人が数人天に還るだけだ!我は忙しい、言葉を交わして貴様らを知る時間も惜しい程にな!よって、戦いを以て貴様らの真偽を計る!構えるが良い、天文台の魔術師共!そしてマーリン、貴様は手を出すな!引っ込んでいろ!」

「それは助かる。だって私は戦闘が苦手だからね!そしてアナ、すまないが、彼女らの手助けをしてあげなさい。何せあの王様、自分は器用だと言っているが、手加減なんて出来ないからね!」

「...マーリンは後で殺します。それに、別に手助けは要らないのでは?というより、あまり邪魔をしたくはないです」

「ん?それはどういう...ああ、なるほど」

 

マーリンが何を納得したのかは知らないが、まあ今はどうでもいい。とりあえず、今はギルガメッシュに集中しなければ。

見れば、彼はまだ天命を全うする前のギルガメッシュ王。つまりは生者だ。それに、よく分からない魔導書の様な物を取り出した事から、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)をフル活用してくる事は無いだろう。またいつもの慢心か、それとも他に理由があるのかは知らないが、このままであれば勝てる。こっちにはモードレッドを始めとした強力なサーヴァント達。そして【男性特攻】などという効果の宝具やスキルを持つエウリュアレがいるのだ。最悪、俺が出なくてもいいんじゃないかな?いや、そういう慢心は捨てて、全力で向かうけどね?

 

 

 

 




魔獣達の母「...なんだ?先ほどから悪寒が止まらん...」


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賑わいの街・ウルク

 

 

 

 

 

「ふん。天命を帯びた者とは如何かと戯れてみたが、そこの小僧を除けば単なる雑種ではないか!」

『英霊達を差し置いて王様に認められるマスターって...』

「さすが凌太君、私達に出来ないことを平然とやってのけるね」

「嬉しくはない」

 

突然始まった戦闘で、こちらも成り行きで応戦した訳だが...。なんとまあ、俺以外認められないという事態が発生してしまった。いや可笑しいだろ。確かにね?ギルガメッシュが相手だし、ある程度の本気は出したよ?室内戦闘における例の如く、王宮の天井もぶっ壊したしね?...うん、風通しが良くなったんじゃないかな(現実逃避)

 

「我が手を貸す価値も無ければ、我に使われる価値も無い!玉座を壊した罪を問うのも煩わしいわ!」

「壊したのは凌太君です、王よ」

「おい」

「ふん!此度は見逃す、出直して来るが良い!」

「先輩先輩。ギルガメッシュ王、自身が認めた筈の凌太さんも追い出そうとしています。何故でしょう?」

「彼がキングだからさ...」

「もうちょい緊張感持てよお前ら」

「解体するよ!」

「フハハ!暗殺者如きが吠えよるわ!童は童らしく、我の治めるこのウルクで過ごせばよいものを!」

「あ、ちょっといつものギルの面影が...」

「ゴールデンじゃねえノットゴールデン野郎に興味はねえな。いつものゴールデンな鎧はどうしたゴールデン」

「ゴールデンゴールデン五月蝿いぞ坂田」

 

雷系サーヴァント、モードレッドと金時がなにらや話しているが無視。エウリュアレに関しては完全に興味を失ったのか、戦闘中からアナの方へ行ってしまっていた。アナのあの嬉しそうで尚且つ多少の恐怖を抱いている表情は気になるがそっちも今は無視。せめて俺だけでもギルガメッシュの話を聞かなければ、いつあの王がキレるか分かったもんじゃない。流石に本気のギルガメッシュを止められると思う程、俺の考えは甘くないのだ。慢心無しのギルガメッシュと戦闘とか、考えたくも無い。

 

『どういう事だマーリン!あの王様、カルデアに全然興味がないじゃないか!いや、凌太君には多少の興味を示していたけれど!』

「うーん、おかしいなぁ。やっぱり人理修復の事とか話してないからかなぁ」

『はぁ!?まさかマーリン、君は何も教えていないっていうのかい!?くっ、やっぱりマーリンなんかに期待したのが間違いだったのか!立香ちゃん、もう1度ギルガメッシュ王と話をしてみよう!いくら彼でも、きちんと説明すれば理解してくれる筈だ!』

「その必要はない。聞こえているぞ、姿なき者。我は全てを見通す。この通り、天命を全うする前の身ではあるが...“英霊召喚”についても理解している。...ふん、貴様らの霊基一覧とやらに、我の名が記されている事もな。フッ、まあそこの三流マスター如きに我を召喚出来るとは思わんが...」

「いるよ、王様。カルデアに」

「なにィ!?」

「大分前、第4特異点と第5特異点の間の期間くらいに来てくれましたぞ、王よ。ちなみに呼符と呼ばれるもので来ましたぞ」

「なんだとゥ!?」

 

思わず身を乗り出したギルガメッシュ。そして、そんな彼の座っていた玉座から1つの黄金色の高杯が転げ落ちる...。

 

えっ。

 

「ッ!先輩、聖杯です!」

「ギルめ、やっぱり隠し持っていたのか...。さすが世界最古のジャイアニスト、聖杯なんていう願望機を放っておく訳ないよね」

「...ふん、伊達に我を喚び出してはおらぬか。そうだ、この世も財は須らく我が物である!そして、貴様らの目的はコレであったな。...よもや、我に聖杯を寄越せなどとのたまわるつもりではあるまい?」

「ふぅむ。交換材料が足りないかなぁ...。あ、そうだ」

 

何かを考え付いたらしい藤丸が、真顔でギルガメッシュに提案する。嫌な予感しかしないのは俺だけではないはず。

 

「『三女神同盟』を倒す。それと引き換えは?」

「──ふ、ふは、ふはは、ふははははははははははははははは!!!倒すだと?貴様らが?あの女神どもを?ふはははははは!」

「ちょ、何さ!私だって真面目に話す時ぐらいあるんだからね!?」

 

心外だ、という風に講義してくる藤丸だが、実際馬鹿げた提案であることに違いはない。いや、俺も同じ考えには至ったのだが。

 

「水差しを持てシドゥリ!これはマズイ、命がマズイ!こやつらは我を笑い殺す気だ!未来における最高峰の道化師を連れてくるとは!」

「............」

 

黙るカルデア勢だが、こちらの発言が軽率だったことも確か。

だが忘れないで欲しい。こちとら神様と対峙するなど片手では足りない程に経験しているのだと。

 

しかしながら、ギルガメッシュが続けた言葉は、俺達を馬鹿にしたものでは無かった。

 

「──ふぅ、今のは中々だった。後で王宮詩に記しておこう。王、腹筋大激痛、と。だがな、我は全てを見通した上で述べたのだ。“貴様らは不要だ”と。ウルクは我の治める国、我が護るべき土地だ。カルデアの手助けなど受けるまでもない。良いか、その程度の手駒で女神どもに挑もうなどと、決して思い上がらなぬことだ」

 

暗に、お前達では女神に勝てないと言われてしまった。よし、力を見せつけようか(脳筋)

 

「ご歓談中失礼します、王!」

「ご歓談などしておらぬわ。どこに目を向けておる」

「え?...あ、いえ。王の笑い声がシグラッド中に響き渡っていたので、さぞかし愉快な話をしているものだと...」

「たわけ、箸が転がるだけで愉快な年頃もあろう!...いや、今はそれは良い。して、何用だ!」

 

全力で魔力を練ろうかと思ったその瞬間、玉座の間に1人の兵士が駆け込んできた。なにやら慌てているようだが...っと、なるほどそういうことか。こちらに向かってくる、感じた事のある気配を1つ感知した。

 

「は!ティグリス河の観察所より伝令!上空に天舟の移動後を確認、猛スピードでウルクに向かっているとのこと!『三女神同盟』の1柱──女神、イシュタルです!」

 

 

 

* * * *

 

 

 

「うん、あの時の胸が控えめな女の子だ。さて、と──...再審議の、時間だ...ッ!」

 

藤丸がおかしな事を口走っているが安定のスルー。現在、先の戦闘で見渡しの良くなった天井から見覚えのある女神様が降りてきている。

 

「め、女神イシュタルだぁ!総員退避、退避ー!酷い難癖を付けられるぞー!」

「どこのヤクザだよあのツインテール」

 

おおよそ自身の土地の神に出会った人間の発言とは思えない言葉を口にしながら兵士達が退避していく。末代まで呪われたくないとか、どちらかと言うと悪魔と遭遇した時のセリフじゃね?

 

「誰よ、控えめとか言った奴!末代まで呪うなんて生半可な神罰じゃ済まさないわよ!?」

「本当に呪うんかい」

 

女神とは...。いや、何も言うまい。俺の知る女神も大抵変な奴だし。エウリュアレとかステンノとかアルテミスとか。

 

「ねえ、あなた今、失礼な事を考えなかった?」

「秘匿事項です」

 

無駄に勘の鋭いエウリュアレの指摘を受け流し、とりあえず槍を2本構えて、続けて聖句も唱える。

『三女神同盟』の1柱、女神イシュタル。あの兵士は確かにそう言った。ならばコイツを倒せばギルガメッシュと交渉できるんじゃね?

 

「あら、あなた達は...。ふぅん、そういう事。まあいいわ、あんた達がそっちにいる事で最後の良心も吹き飛んだし、変な噂流されても面倒だし?そこの金ピカと一緒に撃ち殺してあげるわ!」

「む?貴様ら、イシュタルめと既に面識があるのか?...ふはははははははははは!!! 良いぞ、興が乗った!1度のみ、我と共に戦う不敬を許す! いくぞカルデアの!女神退治だ!」

「言われなくても」

 

戦闘準備が整っていた俺がまずは突っ込む。イシュタルとかいう女神は未だ空を飛んでいるが、特に問題はない。跳躍し、接近と共に“アッサルの槍”を投擲。当然ながら、空中を自由に移動出来るイシュタルには避けられてしまうがそれは想定済み。回避行動をとった後というのは案外隙が生まれやすいものなのだ。そこを狙い、かかと落としでイシュタルを、彼女が乗っていた天舟ごと地に落とす。そして“神屠る光芒の槍”に魔力を込め、イシュタルへ向けて投擲。しかし、すんでのところで避けられてしまった。くそ、流石は女神と言ったところか。

着地し、戻ってきた“アッサルの槍”を掴んで再度構える。この間、約7秒以下である。藤丸とか付いてこれてないよね。

 

「...王よ、共闘とか必要です?」

「....…........(なんとも言えない、という微妙な表情)」

「おかあさんの友達すごーい!」

「ま、俺達のマスターだからな!」

「ええ、マスターは既に人を辞めていますが素敵です」

「...僕もそろそろ驚かなくなってきたよ...」

『それが良いよ芦屋君。君のマスターはキチガイだからね』

「あれぞまさにゴールデン!...同じマスターなんだし、大将も出来るんじゃないか?」

「いや無理でしょ。私と凌太君を一括りにしないで。彼は文字通り次元が違うんだから」

「凌太さんはそろそろ霊基一覧に名前が載ってもおかしくないと思います。というか、載ってない方がおかしいです」

「フォウ!(特別意訳:それな!)」

 

なにやら騒いでいるがいつもの事なので今はスルーする。

 

「ちょ、ちょっとアンタ!な、なな、何いきなり殺しにかかってんのよ!死ぬかと思ったじゃない!」

「殺す気は無かったよ。まあ、身動き取れないように足や腕の1本や2本、それにその天舟は破壊しようと思ってたけど...」

「死ぬわよ!?それ、下手したら普通に死ぬわよ!?てか何よその槍!嫌な感じしかしないんですけど!?」

「機密事項です」

 

対神という効果の気配を勘的な何かで感じ取ったイシュタルが、未だ地面に突き刺さっている“神屠る光芒の槍”を指差しながら叫ぶ。...アレであの天舟くらいは壊しておきたかったな。折角イシュタルを地面へと落としたのに、もう空中に逃げている。トニトルスを展開しても良いが、アレはイマイチ小回りが利かないからな。天井が開けている(破壊済)とはいえ、室内で戦闘に使うのは些か不便である。

 

「これは権能の出し惜しみなんてしてる場合じゃないかも...。というか、もう私のものじゃないウルクなんかに気を使って出し惜しみとか、なんか自分で言っててイラッときたわ。うん、もうどうでもいい。シグラッドやギルガメッシュ諸共吹き飛ばしてあげ......ん?ねえ、そこの人間。アンタが庇ってる後ろのソイツ、誰よ」

 

なにやら不穏な事を口走りかけたイシュタルが、藤丸とその後ろへと目を向けた。

 

「へ?後ろって...アナとエウリュアレしかいないけど...」

「ふぅん...なんだか因果な事になってるのね...。気が変わったわ。そもそも私、ちょっと枕を取りに来ただけだし」

 

そう言って、イシュタルは天舟に乗って徐々に上昇していく。既にシグラッドを抜けている為、空中戦においてイシュタルに劣る俺が追いかけても無駄だろう。いや、ギルガメッシュや藤丸にやれと言われればやるが。

 

「なんと、女神イシュタルともあろう者が尻尾を巻いて逃げるのか?」

「はっ、何言ってるんだか。私は散歩がてらに少し寄っただけ。気ままにウルクを眺めて、気ままに弓を引いて、気ままに大地を蹂躙するのよ。じゃあね、裸のウルク王。精々北の魔獣共と仲良くやってなさい。それとシドゥリ、ギルガメッシュが死んだらウルクを助けてあげないこともないから、白旗の準備をしておきなさい」

 

それだけ言い残し、イシュタルは登場時同様、超スピードで去っていった。てか速いな、アイツ。トニトルスでも多分追いつけんぞ。

 

「白旗...?なんの事でしょうか?」

「チッ...頭を冷やしたか。悪運の強い女よ。もう少しで対愚女神捕縛ネットが展開出来たというのに...忌々しい」

「そのようで。天舟アマンナがある限り、女神イシュタルを捕らえるのは難しいようですね」

「まあいい、仕事の続きだ。随分と時間を無駄にした。励むぞ、シドゥリ」

「は。ではディグルス河の氾濫対策から」

 

時間にして10分も続かなかった対イシュタル戦を終え、ギルガメッシュ達は何事も無かったかのように業務へと戻ってしまった。もうちょい労いとかあっても良いと思うんだ。

 

「んー、これは仕方ない。今日は今夜の宿を探す事にしよう。王様は気分屋だからね。明日になれば話を聞いてくれるかもしれないよ?」

「聞かぬぞ、たわけ。ウルクは現在、未曾有危機にある。貴様らカルデアなんぞの遠足に付き合っている暇はない」

「遠足て...いやまあ遠足っちゃ遠足だけどな。時代を越えてまで遠くに足を運んでる訳だし」

「そういう事じゃないと思うよ」

「ギルガメッシュ王。君もそろそろ休んだ方が良いんじゃないか?第3者に任せる事も大事だと私は思うなぁ」

「いらぬと言っている。それにマーリン、貴様を召喚したのは誰だ?他ならぬ我であろう。であれば、我の為だけに働け」

「んー、それを言われると弱いなぁ」

『いや何を普通に流しているんだい!?え、マーリンを召喚したのがギルガメッシュ王!?ウルクの祭祀場じゃなくてか!?』

「おや?私はそう言ったつもりだが。そう、彼こそは『戦う者』から『唱える者』に装いを変えた賢王。ウルク市を、しいては世界を護る為、魔術師としてその神血を奮う、普段より何割か話の分かる、綺麗なギルガメッシュ王さ!」

「きこ〇の泉にでも落ちたか...?」

 

綺麗なギルガメッシュてお前...

 

「ふん。業腹だがな...。此度の災いは我1人が強ければ良い、というものではない。民を、国を、そして民の生活を。メソポタミアの全てを救う。その為には全てを使って戦うしかあるまい?故に王律鍵(ざいほう)は封じ、魔杖に持ち替えた。そこな半魔を召喚したのもその一環よ」

『カルデアとは別物の、正真正銘の英霊召喚ってやつかぁ...。なんか、自信無くしちゃうなぁ。いくら古代王だからって、そう簡単に英霊召喚を成功させちゃうなんて...』

「えっ、英霊召喚ってそんなに難しい事だったの?ごめん、普通に静謐ちゃんやモードレッド喚んだわ」

『...自信、砕け散っちゃうなぁ......』

「ドクター、お気を確かに!相手はあのギルガメッシュ王と凌太さんです、気にしない方が良いかと!」

 

古代王と同列視されたよ俺。でもまあ、出来ちゃったもんはしょうがなくね?

 

「そこの少年は本物の化け物だね。神代で幾らか難易度が下がっているからこそ、ギルガメッシュ王は英霊召喚に成功したのだから。神秘の枯渇間際な西暦で召喚を成功させる事は私でも難しい。ましてや21世紀なんて、困難極まるね」

「そういう事だ。貴様らの行いは傲慢極まるものではあるが、カルデアの召喚システムは神域の才が成したもの。その努力、研鑽、そして奇蹟を我は笑わぬ。そして、その細い糸のような希望に応える努力もな。フン───第6特異点までの働き、見事である」

 

ギルガメッシュが人を褒めた。なんて事だ、本当に綺麗なギルガメッシュじゃないか(驚嘆)

 

「だが、それと我の時代の話は別だ。我は貴様らを必要とせん。とうしても我の役に立ちたいと言うのならば、まずは下働きから始める事だ。シドゥリ!こやつらの待遇は貴様に一任する!面倒だろうが、面倒を見てやるが良い!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「という訳で、追い出されてしまいましたね...」

「俺は見どころがあるって話はなんだったんだ」

「仕方ないね。彼はキングだから」

「フォウ!」

 

ジグラッドを追い出された俺達は、そんな事を愚痴りながらシドゥリと呼ばれた祭祀長に案内される事となった。

 

「そう言えばシドゥリさん!白旗っていうのは降参するって意味ですよ!」

「え?ぁ...お恥ずかしい、聞かれていたのですね。先程のイシュタル様のお言葉の意味が分からなくて...」

「白旗って、やっぱ古代じゃ使われない表現なのか?」

「そうですね。少なくとも私は聞いたことがありませんし...。イシュタル様の依り代になった少女の国と、貴方達の国は同じなのかもしれませんね」

 

...なんだろう。今、カルデアでエミヤが悲嘆に暮れた気がしたんだが...。気の所為だろうか?

 

「王は貴方達を不要と言いましたが、無価値、無意味とは言いませんでした。王に話を聞いて貰いたければ、功績を上げるのが一番かと」

「功績というと、魔獣退治等でしょうか?」

「任せろ、修行がてらに全滅させてやる」

「凌太君ステイ」

「唯一王に認められた貴方様ならば戦線加入も十分に可能でしょうが、それは兵士達の仕事です。そうですね...貴方達には市で行われている仕事を見ていただきたい。所謂、何でも屋というものですね。仕事の斡旋は私が手配致しましょう。とりあえずの所は、皆さんを専用の宿舎にご案内致します。どうぞ、付いてきて下さい」

 

という訳で、まずは下働きから始まりそうです。...どうしてこうなった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「皆さん、麦酒は行き渡りましたか?マシュと立香、それから凌太は未成年なので果実水を」

「すみません、私は水がいいのですが...。麦酒は苦くて...」

「俺は逆に酒がいいんだが」

「それはすみません。アナも英霊だと聞いていたのでてっきり...。ミルクでいかがですか?蜂蜜入で甘いですよ?それから凌太は水で我慢してください。未成年の飲酒はここウルクであっても禁止です」

「まさかの」

 

現代から約5000年前ですら未成年飲酒は違法だと言うのか。

 

「それでは、立香達のウルク赴任を祝して、ささやかではありますが歓迎の席を設けたいと思います。いいですね?...それでは、カンパーイ!」

「カンパーイ!......いやぁ旨い!この1杯の為に半日掛けて掃除したようなものだね!」

「ほとんど凌太君がやったけどね」

「オカン直伝の家事スキルだ。エミヤに至っては家事に本気で取り組んだからあの筋肉が出来上がったらしいが...。ま、今はいいや。とりあえず掃除の功績として今日は飲酒の許可をですね」

「却下です」

 

とまあ、有り体に言って宴が始まりました。もはやいつもの事だよね。

 

「今回は我慢しなよ、凌太君。ほら、果実水も結構美味しいよ?」

「そうだぜリョータ!俺っちも酒より果実水が好みだしな!」

「それはお前が酒に弱いからじゃね?」

「ゴールデン!それを言っちゃあいけねぇよ!」

「先輩!このお魚、香辛料も無いこの時代でどうやって味付けをしているのでしょうか!気になります!」

「マシュは楽しそうだね」

「はい!それというのも...」

 

心底楽しい、といった表情を浮かべているマシュが料理から目を逸らして視線を向けたその先には、とある3人の人物がいる。

 

「ささっ!どうぞ金時殿!お噂はかねがね、頼光四天王が1人、その活躍は勇名限りなく!あ、私も源でございますゆえ!」

 

何を隠そう、源義経こと牛若丸である。他にも弁慶やレオニダスといった、カルデアで見た事のある英霊達がこのカルデア大使館(藤丸命名)に集ってきたのだ。...このカルデア大使館にいるメンツで魔獣戦線に出れば魔獣なんて余裕で圧倒できそうだがそれはそれ。考えてはいけないのだ、きっと。

 

「お?なんだ、大将の子孫ってことか?...とりあえず飛び跳ねるのをやめろ」

「金時さんはいつも通りですね。牛若丸さんの服装にタジタジです」

「そりゃあんな軽装じゃなぁ...」

 

オフ時のモードレッドの服装(胸部布1枚)や静謐ちゃんより危なっかしい服装ではある。なにせ鎧が鎧として機能していないのだ。鎧とは身を護るための武具であるのに、彼女のそれは肩と上胸部、それから腰周りを少ししか防衛出来ていない。とりあえず鎧の定義から話し合った方が良さそうだ。

 

 

その後も宴会は続いたが、色々と長かったので割愛。重要な事と言えば、ギルガメッシュが7騎のサーヴァントを1人で召喚 & 現界維持をしているという事と、ウルクの現状、そして偽エルキドゥに関する情報だ。エルキドゥはやはり既に死んでいるらしい。ギルガメッシュ本人がその最期を看取ったとのこと。それ故に、ウルクの誰もがあのエルキドゥを語る何者かを、本物とは信じていないということだ。

 

 

とまあ、少し重い話もした翌日。シドゥリから早速仕事を斡旋され始め、俺達の労働の日々は始まった。

ちなみにマシュ、アナ、マーリン以外の英霊達と俺は交代制で戦線に出るよう、レオニダス大先生からお達しが下ったが、まあそれは別の話だろう。

 

 

 

1日目、羊の毛刈り

 

「............羊が.........」

「......目の前を通り過ぎて行きました......」

「ひどい事件だったね...」

 

羊のモコモコを楽しみにしていたマシュ、アナ、そして藤丸が絶望するという大事件(笑)が起こった。いや、確かに驚いたけどさ。

 

「まさか巫女所の方々がお金を払ってまで毛刈りをするとは思わないでしょ...」

「やはり貨幣制度は悪い文明。予約制とか良くないです...」

 

...まあ、女の子にも色々な楽しみがあったんでしょう(適当)

エウリュアレが項垂れるアナを見て極上の笑みを零すという、既に大分見慣れた光景が広がるなか、肩を落とした3人の影は夜のウルク市内に消えていく...。なにこれ。

 

 

 

5日目、浮気調査

 

「本日の仕事は、まあ有り体に言ってしまえば浮気調査です」

「ほう、浮気調査とな。それは犯人が気になるところだ。なあ?5日間行方を眩ませて遊び歩いていた人妻ニアの道満君?」

「はっは、何の事やら...。ちょ、そんな目で見ないでくれよマシュ嬢。大丈夫だって、その人には手を出してないから」

「その人には、ですか...。お父さんと同じニオイがしますね、芦屋道満さん」

「フルネームやめて、怖いから」

 

と、一応犯人では無いらしい朝帰りの道満と付いて行きたいと言った牛若丸を連れて浮気調査を開始したところ、とんでもない事になりました。

 

 

「た、たいへんな事件でした...」

「たいへんな事件だったねー......」

『まさか奥方が地下に住む謎の種族で、地上世界への進軍を目論んでいたとは...』

「しかも郊外に溶岩地帯が広がってたしな。大冒険だった...そう、一言で表すならハロウィンの時の様な...」

「マスターの為とあらば、再度溶岩を泳ぐ事も吝かではありませんが」

「静謐ちゃんステイ」

『でも悲しい事件でもあったよね...。彼女の愛は本物だった。その愛が世界を救うだなんて...』

「火を吹く愛とか、世界共通だったんだね...」

 

...恐るべきは溶岩水泳部と言うことか(違うことは無いかもしれないが多分違う)

 

「でもほら、だから言っただろう?僕は悪くない!さあマスター、無実の罪を被せた事への謝罪を願おうか。さぁ、さぁ!」

「くっ、イラつく...まあ、すまn」

「あ、道満さん!こんな所に!あの、突然でしかも差し出がましいようですが、出来れば今夜も...。その、旦那は戦線ですし、今夜は帰って来ませんから...。待ってますね!」

「............そう、僕は悪くないはずだ」

「ギルティ」

 

確かにスタイルの良い綺麗な人ではあったが、まさか本当にたったの5日で人妻に手を出していようとは。これは有罪判決待ったなし。

 

「明日からは魔力供給無しでタダ働きだ」

「そんな殺生な!」

 

 

 

15日目、兵士育成・100人組手

 

「真夏の裁定者直伝 ── ハレルヤッ!」

「ぐはァ!」

「悔いッ」

「うぐッ!」

「っ改めろ!」

「「「ぐはぁぁあぁあ!!!!」」」

「先輩、人が飛んでます」

「そうだねー」

「既に見慣れた光景ね。行くわよメd...アナ。私、表通りの屋台に行きたいの」

「えっ、ちょっ」

「アナ、エウリュアレに気を付けてねー」

「あらマスター、それはどういう意味かしら?」

「なんでもなーい。ま、レオニダスの講義は私達だけで受けとくから、夕飯までには帰ってね」

「ええ、分かったわ」

「...それでは、失礼します。...待ってください姉様」

「ふん、出直してきなシャバ僧共!」

「「「「い、いえす、さー...」」」」

「あ、終わったねー」

 

とまあ、権能無しでの100人組手を終えた俺は一息つき、改めてこう感じていた──

 

「──町娘の嗜み(ステゴロ)激強」

「それな」

 

夏場に遭難した影の国の南国島。そこで俺はステゴロの強さを垣間見たのだ。そして真夏の裁定者の戦闘をよく観察し、足捌き等を覚えたのである。なんかもう、彼女はステゴロ派という種類の流派を習得している気がしてならないが、聖人はみんなそんなもんだよなと思い直した。

 

「さてと。兵士諸君!凌太殿は大変(頭と身体能力が)おかしいが、普通は60人程度で限界がくる!だがしかし、そんな時にどうやって戦うかを諸君らには良く学んで欲しい!」

「「「「「うぉおおおーーー!!!」」」」」

 

何このウルク兵達の異常な士気の高さ。

 

「それではこれより頭の訓練です。元気な時程強い、というのは当然のこと。万全な状態の肉体に、出来ない事などないのですから。しかし、戦闘が始まれば“万全の状態”は秒単位で遠ざかっていく。ですので、ベストコンディションの維持より、バットコンディションとの付き合い方を学んで欲しい」

「「「「「うぉおおおーーー!!!!」」」」」

「なるほど、確かに」

「あ、凌太君がレクチャー受けてる。あれ以上強くなってどうするんだろ?」

「凌太さんの目指している場所は分かりませんが、私も講義を受けてきます!マシュ・キリエライト、一味違うシールダーとして帰ってきますのでマスターはそこでお待ちを」

「ほどほどにねー」

「戦場で『あ、やばいな』と感じたらすぐに下がる!そして休息を取る!敵が襲ってきたら即座に起きて反撃すれば良いのですから!」

「えっ、いやそれは...えっ?」

「なるほど、そういう手段もあるのか。勉強になる」

「マスターやレオニダスさん以外は出来ない芸当ですよ、それ。少なくとも私は出来ません」

「静謐ちゃんは出来るんじゃね?ほら、気配遮断とか...」

「出来ません」

「アッハイ」

 

...なんやかんやで俺の戦闘技術(精神面)が強化され、今日の仕事は終了。全く、レオニダス大先生のスパルタ式講義は最高だぜ!

 

『キチガイがキチガイから何かを学ぶと、一体何ガイになるんだ...』

「認識外」

『...なるほど。僕達が認識出来る範囲を超えるんだね、彼は』

 

失礼な、俺はまだ常識人の範疇だ。比較対象が爺さんだし。

 

 

 

 



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三女神

「芦屋道満は安倍晴明の妻を寝取った」という話を聞いたので、道満は人妻ニア、という設定にしました()


 

 

 

 

 

 

「なんなんだ貴様らは!何故その様な面白い出来事ばかり貴様らの身に降り掛かる!?スキルか?そういう呪いの類のスキルなのか!?」

「そんなこと言われましても...」

「凌太君がそんなスキル持ってるんだと思いますぞ、王よ」

「ふざけるな。どっちかっていうと藤丸の方が面白体質だろ」

「いやいや、そんなまさか。凌太君には劣るよ」

「いやいや、それこそまさか。自信を持て、藤丸立香。君のトラブル気質も大概だぞ?」

「ええい、どちらでも良いわ!」

 

とまあ、ウルクに滞在してから早1ヶ月。毎日、その日の労働報告をギルガメッシュの下へと報告に行っていた俺たちは、ほぼ毎回起こる珍事件をそのままギルガメッシュに話していた。そしたらこの有様である。まあ色々あったからね、仕方ないね。藤丸が引き起こした「羊肉が無ければ、豆を食べればいいじゃない」事件に始まり、「神殺しが征く、ドキドキ☆冥界探索!(首の)ボロりもあるよ、全員即刻退避せよ!」、「ウルク頂上決戦、最高のお菓子職人の座は誰の手に!?」、「VS.地底人〜前哨戦編〜」、そして「VS.地底人〜最終決戦編〜」など、それはもう色々な事があったのだ。

 

「...待て雑種...いや、立香」

「え?あれ、今名前を...?」

「呼んだが何だ?呼ぶ価値があるから呼ぶ、ただそれだけの事だ。それはそうと、貴様らに仕事をやろう。喜ぶが良い、我直々の王命であるぞ?」

 

 

と言う訳で、詳しく話せば軽く3日3晩は続く冒険譚を乗り越え、漸く王に認められたらしい藤丸達はギルガメッシュ直々の王命を受けウル市へと向かう事になった。

俺?俺はレオニダスに戦線に来るよう言われているので同行不可です。ウル市の調査も大事だが、戦線維持はそれ以上に大事なのである。だってここが崩れたら全てが終わるからね。

そして、マーリンとアナを引き連れた藤丸が意気揚々とウルクを出ていってから2時間後。俺はウル市にも行ってみたかったという鬱憤を晴らすかのように、牛若丸やモードレッドと共に全力で暴れております。

 

「いやはや、凌太殿が来る日はいつもの3倍以上、魔獣の討伐が成されますな。あれは逸材だ、やはりもっと筋肉を付けさせ、更に高みへ登らせなければ」

「それは何の使命感ですかな...?」

 

後ろでレオニダスと弁慶がそんな話をしているが、特に気にしない。気にしたら負けかなとも思っている。ただまあ、レオニダスの講義であれば前のめり気味で受けるかもしれないが。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「── 以上がウル市の現状です。敵性サーヴァントを撃退出来ず、住民の保護も出来ませんでしたが...」

 

翌日、ウル市から帰ってきた藤丸達の報告を聞いた。どうにも面白い事になっているらしいね。

 

「ぐ、ぬ...!そしてむざむざ撤退してきたのか...ッ!記念すべき初の王命、その報告でまたもや馬鹿話を...ッ!」

「お、王よ、落ち着いてください。彼らは無事に帰ってきた、それだけで十分な成果では──」

「なんだその面白サーヴァントは!我も直に見たかったぞ!やはり貴様、そういう類のスキル保持者であろう!?ええい、次に我抜きでそのような面白い展開を迎えるなよ!?我にも我慢の限界はあるのだぞ!?」

「仲間外れにされた子供ですか王よ!?」

 

...このギルガメッシュ王、実は若返りの秘薬でも飲んでいるのではなかろうか。身体のではなく精神の。というかシドゥリさんも大変デスネ。

 

「それにしても、俺も見てみたいなー、そのサーヴァント。ジャガーマンだっけ?」

『やめろマスター。あれはジャガーではない、タイガーだ。迂闊に手を出すのは得策ではない。...そこまでにしておけよ冬木の虎...ッ!』

「...エミヤには何があったんだ...」

 

藤丸達がジャガーマンなる不思議面白サーヴァントと遭遇した際、偶然にもロマン達にコーヒーや毛布などを届ける為に管制室に赴いていたエミヤは、マンなのに女性であるそのバグサーヴァントの顔を見てしまったらしい。そしたらこうなった、と...。訳が分からん。

 

『義理の父、見知らぬ義理の母、見知らぬ義理の妹2人ですら頭がパンクしかけているというのに、更に増えるのか...!』

 

...なんか分かった気がするが触れないでおこう。それが優しさなのだと、俺は思う。

 

 

 

* * * *

 

 

 

ジャガーマンなどという謎に包まれた面白サーヴァントの存在が報告された1週間後。藤丸達が俺の知らない間に何処ぞの街へ赴き、天秤の粘土板なる物を回収しつつイシュタルと戦闘したという事件はあったが、比較的平和に過ごしていたとある朝。

カルデア大使館に思わぬ客が来訪してきていた。

 

「そろそろシドゥリの口上も飽きてきたころだろう?今日の任務は我が直々に言い渡す。光栄に思え」

「フォウ!?」

 

そう、ギルガメッシュ王その人である。王よ、暇なのですか?

 

ギルガメッシュが言い渡した仕事とは簡単なもので、シベリア湾の水質調査の為の海水調達だそうだ。通行券は2人分しか取れなかったとの事で、今回は藤丸とマシュの二人旅である。俺も偶にはウルクの外に出たいのだが、今日も今日とて北壁防備なのだ。

ギルガメッシュも(シドゥリに内緒で)付いて行ったというのに、何故俺はウルクから出る機会に恵まれないのか...。というかですね、俺に黙ってイシュタルと戦うとか何やってんだって話ですよ。神との戦いなら俺も混ぜろ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「喜べ凌太。貴様をウルクの外へ出してやろう」

 

水質調査から帰ってきたギルガメッシュは、シドゥリにまさかの腹パンを喰らいながらも俺達にそんな任務を言い渡した。シドゥリのパンチは腰が入っていてとても良いパンチだったのだが今は置いておく。気にしたらダメなのだ。

 

「先日、凌太や牛若丸達の働きで魔獣共を迎撃した。この後6日は魔獣共は現れまい。その機にニップル市から生き残りの者共をウルクへ避難させよ。それが成されたら貴様らを不要と言った事を撤回しよう。人理を修復するに値する者たちとして、この我の名代となるが良い!」

 

とまあ、そんな感じで特異点到着時以来、初のウルク市外散策である。めっちゃ楽しみ!

 

 

とか思っていた時期が俺にもありました。

 

「凌太さん、今日も頑張りましょう!」

「期待していますよ、凌太さん!」

 

ウルク兵達の賛美の声に手を振って返しつつ、深い、それは深いため息を零す。

だってそうだろう。「ウルクから出してやる」と言われたのだから、それなりに期待だってするだろう。なのに、なのに......

 

「凌太殿、作戦の確認を暫し。まずは私がこう、ガーッとやりますから、それに続いて私を巻き込まないようにドカァン!とやってください。あ、モードレッド殿も凌太殿と一緒にドバァン!と1、2発」

「牛若丸様、そう擬音ばかりでは凌太殿達も分かりにくいでしょう...」

「分かった...はぁ...」

「任せろ」

「えっ!?今のでお分かりで!?」

「うるさいぞ弁慶、凌太殿達なら分かるんだ」

 

牛若丸達と軽く確認事項を確認してからそれぞれ位置につく。

 

ギルガメッシュの言う「ウルクの外」とは、普段俺達が戦っている北壁付近から約5km離れた荒野。そこだったのだ。出す出す詐欺とかきっとこう言うものなのだろう。無事にこの特異点を修復したら出るところに出なければならないかもしれない。裁判長、及び裁判官はアルトリア一同で。

 

さて、いつもより少しだけ離れたこの地点で俺達のやる事といったら、もちろん魔獣退治である。藤丸達、そしてニップル市の住民達を安全にウルクまで避難させる為の道作り、と言った方が適切かな?

まあ目的はどうあれ、やることは同じ。襲い来る魔獣を屠る簡単なお仕事である。王とは聖剣をブッパするだけの簡単なお仕事をする職業なのだと、某太陽の騎士も言っていたり言っていなかったり。俺の場合は聖剣でなく雷だったり槍だったりなのだが、それはそれ。かの騎士の言い分は大体合っているのかもしれない。

 

「さてと。いつまでも恨み言を言ってても始まらんし、ちょっくら魔獣焼きでも......ん?」

 

牛若丸がガーッと殺り始めたので俺もドカァンといくかと思い至ったのだが、どうにも魔獣の数が多い事に気が付いた。

おかしい。魔獣共は一昨日までにあらかた駆逐したはずだ。しかし、現実はこの数...ざっと見て万単位で蔓延っている。それもただの魔獣だけでなく毒竜まで出てくる始末。これは...

 

「...まさか、新しい指揮官が現れた...?」

 

俺達がウルクに来る前、敵の将軍という役割を持つ個体は確かに存在していたらしい。しかし、そいつは俺達が来る前に死んだ、とも聞いている。ギルガメッシュが召喚した7騎のサーヴァントが1騎、巴御前と共に消滅したらしい。それで、魔獣共には頭となる個体が居なくなり、統率が雑になった。故に今回の作戦の前提となったような、ほぼ全体が一気に休暇に入る、などという事態がしばしば起こっていたのだ。しかし、新しい知恵のある指揮官が台頭してきたならば話は変わってくる。

というかこれ、絶対に指揮官がいるだろ...。

 

とまあ、そこまでは良かった。いや、良くは無いが、まだ対処できる範囲であったのだ。指揮官が現れたなら、まずはそいつを潰せばいい。戦争における必勝法の1つ、「敵の大将をまず討ち取る」を執行すれば良いだけなのだから。

 

しかし、事態は更に急変する。

 

「...まあ、いつかは来るかなと思ってたけど...なにもこのタイミングでこなくても...!」

 

北側より結構な速度こちらに向かう巨大な気配。否、神性(・ ・)。確実に『三女神同盟』の1角を担う女神だろう。

しかもこのタイミング。十中八九、この魔獣達の親である女神(ヤツ)だ。あー、やだやだ。今は藤丸達の援護っていう別任務があるし、何より周りのウルク兵を気遣いながら戦わなくちゃならないってのに。来るなら俺が全力出せる時に来いよ(憤慨)

などと思いながらも聖句を唱え、臨戦状態を整える。が。

 

「...............来ねーのかよ!」

 

まさかの素通りだった。

敵さんは地面の中を移動しているらしく、俺の真下を通過して行ってしまったのである。まさか見向きもされないとは。これは怒るべき?神殺しとして、神に無視されたのは怒るべき案件?

 

「な、なんだこれは!地震か!?それともエビフ山が噴火でも───」

「いや違う!ニップル市の方を見ろ!あれは、あれは──」

「アレは、ティアマト神だ...。恐ろしい、噂は本当だったのか...やはり北の女神はティアマト神だった!」

 

突如姿を表したのは、全長100mはあろうかという程の巨体。ここからは少し遠いが、それでも巨大だと言う事は分かる。というかティアマト神って何者だ?

 

「ッ!ヤベェぞマスター!あのデカブツが出てきた場所、多分藤丸達がいる!」

「さすがトラブルメーカー、女神自ら襲いに来るとは...」

「悠長な事言ってる場合かよ!」

 

元気良く俺にツッコミながら目の前の魔獣達を屠るモードレッド。

ちなみに、今回俺と共にいるのはモードレッドと静謐ちゃんだけだ。道満はその性質、というか、彼が持つ呪いにも似たスキルのせいで今回は不参加。ウルクで留守番しているのである。

 

道満──道摩法師が持つスキル『我が利は人の和に如かず』。簡単に言うと、戦闘において絶対に勝つ事が出来ないという、お前マジか、と言いたくなるスキルである。まあある条件を満たせばこのスキルを無効化出来るらしいが、今はまだ無理なのだそうだ。...なんで俺はアイツを連れて来たんだろうか...?いや、今回は連れていかなければならない、と俺の直感が囁いたので連れてきたのだが...失敗だったかもしれない。この特異点で道満がした事と言えば、マーリンと共に人妻漁りしたくらいだからな。

 

「とりあえず、周りの魔獣屠ってから藤丸達の方に向かうか」

 

そう言いながら雷をブッパし、手早くかたをつけて藤丸の下へと駆ける。

牛若丸は俺達より一足早くニップルへ向かっていたらしく、今は女神から逃げる藤丸達を庇いながら戦っているのが見て取れた。

 

「あ、凌太君!」

「おう。無事か?...って、アナとエウリュアレは?それにフォウも一緒にいたはずじゃ?」

 

藤丸達と合流し、とりあえず彼女らの安否を確認していると、エウリュアレとアナ、そしてフォウが居ない事に気付いた。まさか殺られたとか言わないよな?

 

「それなら心配ない、とは言いきれないが、2人とも一応現界はしているよ。偽エルキドゥに襲われてね。傷を負ったアナはキャスパリーグに転移させた。エウリュアレも付き添いでね」

「...転移?マジで何者なんだよフォウ...。まあ生きてるなら大丈夫か。で、その偽エルキドゥは?」

「あの女神──ゴルゴーンの元に居るよ」

「ほう...。ん?ゴルゴーン?兵士達はティアマトとか言ってたけど?」

「ああ。一応、ティアマト神の権能は持っているらしいがね」

「ふぅん。...良く分からんのは分かった。それはそうと、アイツは『三女神同盟』の1柱って事でいいんだな?」

「ああ、それは変わらない。彼女こそ『三女神同盟』が1柱にして、魔術王ソロモンがこの特異点に送った聖杯を持つ者だ」

「......とりあえず倒すか」

 

なんかもう情報が多すぎて良く分からなくなってきたので、1回何も考えないようにした。

 

「藤丸達はそのまま撤退、北壁を越えろ。マーリンもな。じゃ、静謐ちゃんはいつも通り毒霧散布、モードレッドは俺と一緒に接近戦な。てかそろそろ牛若丸もヤバそうだし急ぐぞ!」

 

ゴルゴーンの長い尾に潰されそうな牛若丸を見て、慌てて飛び出す。

尾をくぐり抜けギリギリで牛若丸を保護、そして離脱。完全に潰したと思っていたらしいゴルゴーンの驚いた顔を見ながら、モードレッドに魔力を回す。

 

「やれ!」

「おう!『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!」

 

もはやお馴染みとなりつつあるモードレッドの宝具ブッパ。大量の魔力と雷がゴルゴーンを襲い、その巨体を覆い込む。

が、さすがは女神というべきか。宝具の直撃を喰らって、ほぼ無傷の状態で佇んでいた。

 

「──またしても虫が増えたか。フン、目障りな」

「あ?虫だと?このモードレッドが?」

「落ち着けモードレッド。神なんて大体そんなもんだろ。油断慢心大いに結構、その隙を突かれて死んでいく奴らだ」

 

言いながら抱き抱えていた牛若丸を降ろし、槍を構える。偽エルキドゥの姿は見えないのが唯一気になるところだが、今はこっちに集中しよう。もし仮に藤丸達を追っていたとしても、あちらには金時やジャック、それにマーリンもいる。防御に関してはマシュより上の奴を俺は見たことがないし、多分大丈夫だろう。

 

「すみません、凌太殿。助かりました」

「おう、後で麦酒奢りな。あ、もちろんシドゥリには内緒だぞ?」

「...ええ、承りました。今夜は我らだけの秘密の宴会を催しましょう。それではその宴の前座に、女神退治と参りましょうか」

 

俺、モードレッド、牛若丸の3人でゴルゴーンの前に立ち塞がる。静謐ちゃんの毒霧がゴルゴーンに効果を及ぼすまで約5分...いや、ゴルゴーンの全長と屋外ということを考えると良くて10分ってとこか。まあいい。そのくらいであれば持ち堪えて見せよう。...別に、毒霧を待たずに倒してしまっても構わんのだろう?

 

「癇に障る奴らだ。特にそこの人間...人間?まあいい、そこの真ん中の男は特に気に食わない」

「まさか初対面の女神からまず最初に人間かどうかを疑われるとは」

「もうさすがとしか言いようがないな、マスター」

「仕方ないですね。私も若干疑っている節はありますし」

「マジでか」

 

まさかの味方(牛若丸)からも疑惑が浮上していたとは。一体俺が何をしたと......まあ、心当たりがない事はないかな、うん。魔獣相手にサーヴァント以上の戦果を叩き出したり、地底人を1人で撤退させたりしたしね、仕方ないね。

 

「お待ちください、母上」

 

話が若干逸れてきた中、今まで姿の見えなかったエルキドゥが姿を表し、ゴルゴーンに静止の提案をする。てか今どっから出てきた?

 

「なに?」

「ここでこの人間...?を殺すのは簡単でしょう。しかし、ボクらにとっての真の問題は他の女神でしょう?彼女らと戦う為の戦力補充、これがウルク攻めの第2の目的です。第二世代の魔獣(子供)達の誕生の為、人間はまだ利用する価値がある。それに、人間はもっと苦しめて殺さなくてはならない。...貴女は既にギリシャの神ではありません。メソポタミアの神、ティアマト神なのです。どうか母上、今一度お考えを」

「......ふん。我が息子の寛容さに感謝するんだな。だが滅びの運命は変わらぬ。これより10の夜の後、ウルクを滅ぼす。その時が貴様らの最後だ。恐怖に怯え、同胞を蹴落とし、疑心に狂え──人獣に身を堕とした後、惨たらしく殺してやろう!」

 

などと口走って再び地面に潜るゴルゴーン。...なんだろう、拍子抜けも良い所なんだが。てかエルキドゥの真意が分からん。先に述べた理由も本当なのだろうが、何か別の理由もありそうではある。まあ分かんないけど。

 

「...勘違いはしないでくれよ。確かにボクは君たちを助けたが、別に君たちの仲間になったとかじゃない」

「知ってる。どうせ何かあるんだろ?...いや、根は案外優しかったりするのか?」

「はっ、まさか。ボクや母上にとって、人間は駆逐すべき対象でしかない。...そうだね、ここらでそろそろ名乗っておこうかな。ボクの名はキングゥ。原初の女神、偉大なるティアマト神によって造られた新人類。神々の最高傑作であるエルキドゥをモデルにして造られた完全な存在、完璧な次の人間としてデザインされた。だから安心して欲しい。人理は終わらない、ここから始まるのさ!」

 

超ドヤ顔で名乗りを上げた偽エルキドゥ改めキングゥ。何をそこまで偉ぶっているのかは知らないが、こちらとしては好都合だ。そろそろ毒霧散布の時間も十分。ゴルゴーン...いや、ティアマト神は逃したが、キングゥだけでも殺っとくか。

 

「ああ、そうそう。毒霧なら期待しない方がいい。ボクが気付かない筈が無いだろう?」

「まさかの」

 

なんてこった。俺達の、文字通り必殺技であった毒霧がまさかバレていたなんて(驚愕)

あのガヴェインにすら気付かれずに膝をつかせたのに...。

 

「そういう訳だ、ボクはもう行くよ。じゃあ、母上の予言通り、10の夜が過ぎた頃にまた会おう。次はギルガメッシュも...いや、いいか」

 

そう言って飛行離脱していくキングゥを、俺達は眺める事しか出来無かった。いやだって速すぎるし。ISじゃあんな速度出ないって。

 

「...なんだかなぁ...」

 

色々と拍子抜けではあったが、今は残りの魔獣退治をするべきか。こうしている今も、ウルク兵達は死闘を繰り広げ、実際に死んだり連れていかれたりしているのだから。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「イシュタル本体はこれっぽっちも使えんが、奴の従属である天の牡牛(グガランナ)は別だ。よって、まずはイシュタルめを仲間にする。契約は立香か凌太がせよ」

 

ゴルゴーン襲来の後、残っていた魔獣を駆逐もしくは撤退させた俺達は、ギルガメッシュにそんな事を言われてエビフ山に向かう事になった。まあ例の如く、道満はウルクで留守番中だが。

でもやったね、事実上初のウルク市外活動だよ!

 

 

 

そんな風に浮かれていた時期が俺にもありました。

 

「よし帰ろう。すぐ帰ろう」

「藤丸に賛成だ、嫌な予感しかしない」

「ダメですよ、立香、凌太。嫌な事から目を逸らしてはいけません」

「いやでもねアナ?俺は思うんだよ、何で逃げたらダメなのかって。逃げる事は立派な作戦の1つであり、逃げるからこそ見えてくる新しい答えもあるんじゃないかって」

「気持ちは分かりますが我慢してください。私だって姉様の嫌がらせを我慢しているんです」

「...なんか、ごめん」

「いえ」

 

襲い来る容姿の可笑しい動く石像を薙ぎ倒しながらようやく着いたイシュタルの寝床兼神殿。エビフ山の頂上付近にあるそれは、なんかもう見た目から悪い予感しかしないものだった。入り口に黄金の招き猫が鎮座してるんだぜ?面倒事になる予感しかしない。

 

「兎に角イシュタルに会おうか。何、いざとなったら私も手を貸すさ」

「最初から貸してはくれないんですね」

「まあマーリンだしな。仕方ねぇだろ」

 

円卓組の話を聞き流し、意を決して神殿へ足を踏み入れる。

...うわぁ...中も金ピカじゃん...。これ、ギルガメッシュの事を悪趣味とか言えないぞ。

 

「...ゴールデン...」

 

金時が何やら感銘を受けているが無視。悪趣味なのは2人だけじゃなかった。

 

「ふん。よくもまあ、ぬけぬけと私の前に出てこられたわね、カルデアのマスター?」

 

で、暫く進むと、玉座らしき部屋に出て、そこに居座るイシュタルに遭遇した。

 

「女神イシュタル、どうか話を聞いて下さい」

「は?何よ、私と戦いに来たんじゃないの?そっちの...凌太だっけ?彼はやる気みたいだけど?」

「俺の事は気にするな。神を目の前にしたら闘争本能が抑えられないだけだから。大丈夫、襲いはしない」

 

嘘である。話を聞かないようであれば、いつでも武力行使に出て強制的に話を聞かせる気満々である。問答無用で襲われたジガラッド(前回)の事もあるからね、仕方ないね。

 

「ふぅん?...で?何よ、話って。一応、撃ち抜く前に聞いてやろうじゃない」

 

そう言って、とりあえずは弓を下ろすイシュタルに安心しつつ、藤丸が交渉を始める。

 

「まずは凌太君、アレを」

 

藤丸に促され、仕方なくギフトカードから1つの王冠を取り出してイシュタルに見せる。

...何故俺がこんな役を...。いや、ギフトカードとかいう四次元ポケット擬きの便利グッズを持ってるからなんだろうけどさ。

 

「...え?ちょっと待って、何それ!え、そんなにラピス・ラズリが付いてる王冠って...え、なに、くれるの!?神か!?」

「フォウフォフォーウ!(特別意訳:チョロいぞこの女神!)」

「しっ、静かに」

「イシュタル、これは手付け金である。繰り返す、これは手付け金である。私の話を聞けば、こちらを差し上げるが...どうか?」

「えっ.......................。............................。.....................。」

 

続く沈黙。女神イシュタル、大分悩んでいるらしい。チョロいぞマジで。

 

「ちなみに、こちらの要求は私達に協力することなんだけど...その報酬としては、バビロンの蔵の財宝、その1割......いや、2割を提供するが、いかがかな?」

「えっ。いやちょっと待って、バビロンの蔵ってギルガメッシュが未来に向けて作ってる、完成すれば底無しとかいうアレでしょ?その1割or2割...い、いいえ!さすがに眉唾物だわ!」

「では2.5割で」

「2.5!?それってつまり、25%ってこと!?」

「言うなれば4が3になるようなものですね」

 

真顔でよく分からない事を言う藤丸。いや、確かに25%の説明としては間違っちゃいないが...。

 

「い、いえ!騙されないわ!どうせ裏があるんでしょう!?」

「そうですか...。では今回の話は無かった、という事で」

 

藤丸の視線に応え、王冠をギフトカードへと再収納しようとして...

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

金星の(赤い)悪魔から待ったがかかった。

............。

 

「ちょっと、ちょっと待ってね?絶対よ?やっぱり辞めたとか言わないでよね?.............................。....................................。..............................。..............................」

「.........」

「.........」

「......(ゴクリ)」

 

又しても続く沈黙。時間にして約2分後、イシュタルが口を開いた。

 

「...よし、決めたわ!貴女達に力を貸してあげようじゃない!よく考えれば、魔獣の女神なんかに人類を滅ぼされちゃ、私に宝石を貢ぐ奴らもいなくなっちゃう訳だし?私の美しさを後世に語り継ぐ奴も死んじゃうし?うん、大丈夫。世界が7回滅びるのと同じ位悩んだし、何も問題無いわ!」

 

チラチラと俺の手元の王冠を見ながらそう語る金星の(赤い)悪魔。俗物だなぁ。

 

 

 

 




『我が利は人の和に如かず』B-
実力的には安倍晴明にも劣らないにも関わらず、生涯勝つことが出来なかった、というものからきたスキル。こと勝負事において、相手が誰であろうと勝つことは出来ないという、もはや抑止力とか無辜の怪物などを疑うレベルのダメスキル。解消条件もあるにはあるが、通常の聖杯戦争では決して成し得ない条件の為、勝つことは不可能に近い。マスターが英霊を相手取れるレベルのキチガイならば話は別だが、基本そんなマスターなどいない。基本はいないったらいない。...どこぞの過負荷な先輩みたいだね、と突っ込んではいけない。


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生きているなら神様だって──

 

 

 

 

 

 

無事(?)イシュタルを仲間に取り入れる事に成功したその帰り道。結局は藤丸と仮契約をしたイシュタルに今までの鬱憤を晴らすかの如く襲いかかる謎生物、ゴーレム、そして悪天候を申し訳ないと思いながらも全て薙ぎ倒しつつ、俺達はエビフ山から脱出していた。

日が傾きかけ、さすがに夜間の移動は危険だという事で、放棄された民家で1晩明かしていた時、外で見張りをしていた俺の下へイシュタルと同じ気配のイシュタルじゃない金髪少女が来るというよく分からない出来事は起こったが、比較的平和にウルクへと帰還した。

 

そして現在。

 

「うぉおおおお!!!」

「んー、真っ直ぐ向かってくるその意気や良し、と言ったところでショウカ?でも、貴方には高さが足りまセーン!」

「えっ...うわぁああああ!!」

 

とまあ、人が舞ってます。ナニコレ。

ウルクに戻ってきて間もなく、南門に女神が攻めてきたという一報が届いたのだが、駆けつけて来てみればこの有様である。もう一度言おう、ナニコレ。

 

「おやマスター、帰ってきてたのか」

「え、道満?何故にここにいらっしゃる?」

「いや、ちょっと用事があって近くに来ていたんだけど...まさか女神様が直々に攻めてきているとはねぇ...。よし、僕は何も見なかった」

「逃げんなよ...」

 

そうこうしている間も、ウルク兵達は次々と宙に舞っていく。

そんな惨事を生み出しているのは南米風の女性。イシュタル曰く「翼のある蛇」、ケツァル・コアトルという女神、だそうなのだが...何してんだあの女神(ヒト)

 

「ちょ、凌太君なにぼんやりしてるの!?さっさと行って!」

「え、俺が?」

「凌太君以外だれが相手取れると...」

「ふっ、オレに任せろ。相撲なら負けねぇ」

「えっ」

 

そして何故だか金時が挑むという珍事。

 

「高さが足りまセーン!」

「免停だけは勘弁じゃんよォオ!!」

「金時ぃいい!!」

 

そして当然の如く負ける金時。そりゃそうだろ、相手はおかしいくらい強力な神格を持ってる神だぞ。素手で勝てる訳が無い。てか免停ってなんだ、お前今ベアー号乗ってなかっただろ。

上空高く舞い上がった金時をアナが鎖を上手く使って助ける中、俺もとりあえず臨戦態勢に入った。

 

「あら?アナタ達は...例のマスター達デスカ?」

「その通り!そして問おう、何故こんな事をするんだ、ケツァル・コアトル!」

 

気合いを入れる時は何故か雰囲気の変わる藤丸の一喝を受け、ケツァル・コアトルが押し黙る。

...いや何故に?

 

「──あはは!いやぁ、マスターさん、私の好みだからちょっと驚いちゃいましたヨー!秩序で正義で一生懸命とか、お姉さんのツボすぎて反則デース!」

「えっ?」

 

...何言ってんだあの女神。百合?

 

「マスターさんが私と婚約するなら、私、そっち側についてもいいネー!」

 

訂正、彼女は百合です。

 

「よし、婚姻届作ってくるから待ってろ」

「何言い出してんの?バカなの?」

「失礼な、本気に決まってんだろ。婚姻するだけであれだけの戦力が仲間になるって言ってんだぞ?乗らない手は無い」

「私にはマシュがいるんだよ!?」

「先輩!?」

 

なんてこった、藤丸も百合側だったか。大丈夫、こちらにはその道の先達(ラッテン)がいる。アドバイスなら貰ってやろう。いや、ラッテンは上手くいってないけど、未だペストに逃げられてるけど。

 

「まあ残念デスが、それは大人げないわよね。女神げはあるけれど。さて、何故ウルクを滅ぼすのか?その質問に答えましょう。それは私達が、人間を殺す為に母さんに喚ばれたから。こればかりは変えられない前提なの。私も、他の2柱もこれを全うするわ。でも、方法自体は私の自由デショ?太陽を落として全滅なんてつまらない、そう、私は楽しみたいのデス。憎しみで戦いたくないのデスヨ。なので──私は1人1人丁寧に殺していって、人類を絶滅させると決めたのデース!」

「1人1人ステゴロで!?」

「アホなのか?いやアホなのか」

 

だがしかし、彼女はそれを本当に達成しそうで怖い。なんせあの金時がやられてるからな。金時の筋力値はA+、それで力負けするとか単なるチートじゃないですかやだー。

 

「さて、それでは、私はそろそろ帰りマース!」

 

俺達がステゴロ最強定説を提唱しかけていた間に数人のウルク兵を投げ終わったケツァル・コアトルが突然そんな事を言い出した。なんだ、気でも変わったか?

 

「試合は1日100人まで!それ以上やると相手のコト忘れちゃうから!戦闘は作業にしてはいけまセーン!」

「野菜人の類か?戦闘を心から楽しんでるっぽいな、お前」

「当然デース!貴方も似たような感じだと思うけれど、違う?」

「む...」

 

コアトルの言葉を否定し切れないのが現実。実際、戦闘を楽しんでいる節は多少ある。だがまあ野菜人並ではないな、うん。

 

「また明日、太陽が昇ったら100人ぶち殺しにきマース!それでは皆さん、アディオ〜ス!」

 

笑顔で手を振りながら、ワイバーンとはまた違った翼竜に乗ってウルクを去っていくコアトル。どうやら本気で1日100人組手を繰り返す気らしい。なんたる脳筋。やはり神ってのはロクなのがいないのか。

 

「...どうして私に視線を配るのかしら?」

「私にも一瞬目を向けたわね?なに、死にたいの?」

「いえ別になんでも。ただまあ、神ってのはロクなのがいないんだなって再確認してるだけ」

 

ジト目、というか若干の殺気が篭った目でこちらを睨み返しているイシュタルとエウリュアレは一時放置し、俺は目下の問題にあたる事にした。

目下の問題、それは──

 

「なるほど、アレがジャガーマンか」

「えっ!?」

 

驚いた様に俺の視線が向いている方向を見る藤丸。その先にはえっほえっほと先程コアトルに投げられたウルク兵達を荷台に詰め込む虎の着ぐるみ。なるほど、確かに(タイガー)だ。そして謎過ぎるぞあの(ジャガーマン)。加えて神格も相当なものだ。きっと強いんだろうなぁ。ギャグ系キャラっぽいし、殺しても死ななそうて怖い。

だがまあ、そこは問題ない。あの虎はこちらを全く意識していないのだ。圧倒的に格下である人間を相手にもしないというのは分かるが、そういう慢心が自分の死期を早めるのだと、神々はそろそろ理解した方が良いと思う。

 

「全く、ククルんってば神使いが荒いよねー。結構手間なんだけど、人間運ぶのってヴニャーー!!!!」

 

何やらぶつくさ言いながらウルク兵達を担ぐジャガーマンの背後に気配を消して接近し、人はもちろん下位の英霊ならば即死するレベルの電圧を纏った拳を脊椎に叩き込む。これも田舎の町娘流ステゴロの1つ、『鉄拳聖裁』だ。この拳を受けると、愛知らぬ哀しき竜(タラスク)ですら愛を知らないままに爆散する。ああ、私は悲しい。

だがそこは腐っても神。若干焦げてはいるが意識はまだ保っているらしい。無駄にしぶとい、さすが神無駄にしぶとい。

 

「いきなり何してけつかるか!!死ぬよ?私じゃなかったら死んでるよ!?」

「いやほら、本能的に?」

「ふむ...ならば仕方ない。本能を前にしては、時に神すらも無力よ...」

 

チョロいとかの次元じゃないぞこの女神。あれだ、きっとバーサーカーなんだ、コイツ。何処と無くキャットに似た雰囲気あるし、それだったら説明がつく。そう信じよう。

 

『ロマン、コーヒーを持ってきた...また出たか冬木の虎!いい加減にしろ!』

「さすが幸運E、タイミングが良すぎる」

 

ピンポイントで管制室を来訪するエミヤの幸運値に軽く驚嘆しつつ、金時と道満以外の英霊と共にジャガーマンを取り囲む。金時さんはやられて間もないので待機、道満は気付いたらもういなかった。マジでなんなんだアイツ。戦えるようになったら目一杯こき使ってやる。

 

『気を付けて、皆!この前も言ったけれど、そのサーヴァントは神霊だ!凌太君がいるからまだ大丈夫だろうけど、気を引き締めてね!』

「英霊より先にマスターを頼りにするなと心から言いたい」

「ははっ、何を今更。長らく人類を眺めてきた私が保証する、君は人間の枠を余裕で超えているよ。あの円卓ですら生前からここまで馬鹿げた者は居なかったさ!」

 

マーリンうるさい、などと思いながら戦闘態勢を整える。

彼らは俺なら問題ない、みたいな事を言うし、恐らく藤丸達もそう思っているのだろう。しかし、別に俺は最強という訳じゃない。俺と爺さんの戦闘を見ていた静謐ちゃんやエミヤ、そしてネロなら分かるだろうが、負ける時は普通に負けるのだ。しかも今の俺は、神殺しとしての特性が働いているとは言え、あの時より幾分か能力が下がっている状態なのである。相手にもよるが、正直に言って単騎で神に勝てるなどとは思えない。

オジマン戦で無双しただろって?それは相手が神性がバカ高い神のなり損ないである魔神柱だったからです。純度ほぼ100%の神霊相手とか勝てる保証は無いです。だから、一応取り囲みはしたけどその場で観戦に徹しようとしている皆さん、お願いだから手伝って下さい。

 

『はぁ...。正直関わりたくは無いが仕方が無い。マスター、耳をかせ』

 

画面の向こう側から心底嫌そうな顔のエミヤがそう言うので、そちらに聴覚を集中させる。

 

『いいか?一言一句違わず、とまでは言わないが、────と言え』

「...えっ、それ俺が言うの?マジで?」

『いいから早く。あの虎がこれ以上辛抱強く待ってくれると思うのか?』

「その通り。囲まれたのに無視されるっていう珍しい対応を受けている私だが、そろそろ我慢の限界。というかお腹の限界。人間食べちゃう系女神だからね、私って。という事で雷パンチのお返しです、死ねニャア!!」

 

どこからともなく取り出された猫の手のような棍棒を振り回すジャガーマン。お前本当はジャガーでもなければ虎でもなく猫なんじゃないか、やはりキャットか、などと思いながらも意を決してエミヤの言葉を復唱する。

 

「な、なんて綺麗なんだ!実は美神なのでは!?」

「...ワンモア」

 

ピタッ、と振り上げた棍棒を止め、真剣な目付きでこちらに聞き返してくるジャガーマンと、「お前何言ってんの」的な目線でこちらを見てくるカルデア一同+α(アナ、マーリン、イシュタル)、そして殺気の篭った目で射抜かんばかりに凝視してくる静謐ちゃん。だから言いたくなかったんだ...!

 

「...な、なんて綺麗...なんだ...。実は美神...なのでは...?」

 

もう色々な感情が入り混じって今にも消え入りそうな声で、しかしハッキリと相手に聞こえる様に再度復唱する。...もうやだ周りからの視線が痛い。というか静謐ちゃんからの視線が本当に怖い。

 

「...アナタ、名前は?」

「...坂元、凌太...です...」

 

思わず敬語になるほどに動揺していた俺を更に追い討ちが襲う。

 

「...召喚されて見ればマスターのいないはぐれサーヴァント。だがしかし、我がマスターここに見定めり。うん、要するに寝返ります!よろしくね凌太サン!」

『イシュタルの時から薄々思っていたけれど、チョロいな女神!?』

 

ロマンうるさい。もうチョロいとかそんな問題じゃないんだよ本当に。俺的には動きが鈍ってくれれば御の字って感じだったのに、まさかの寝返りである。このような状況になるであろう事を理解した上で俺にあのセリフを言わせたエミヤ絶許。

 

『すまないマスター。だがそれが一番手っ取り早い方法だったんだ。藤ね...冬木の虎は神霊なのだし、性格は兎も角戦力的には申し分ないだろう...。すまない、本当にすまないと思っている。だからそんな目で私を見るなマスター。画面越しでも怒気が伝わって......リン!? リンナンデ!?』

「は?」

 

俺からの非難の目を受け謝罪を入れていたエミヤが、何故か急に取り乱す。なんだなんだ、誰だリンって。

エミヤが見ているであろう方向に目線をやり、リンとやらの正体を確かめようとする。だが、そこには未だ呆れ顔で俺を見ているイシュタルしかいない。

イシュタル=リン?なんだそれは意味が分からん。確かにイシュタルはどこの時代の人間の体を依り代にしているのかは分からないが...あっ(察し)

 

「...なんかまあ、ドンマイ?」

『なんでさ!』

 

 

その後も何だかんだあり、主に俺とエミヤの精神をガリガリ削りながらも話は進んでいき、とりあえず南のジャングルへ向かう事となった。目的は『マルドゥークの斧』。かつてティアマト神に致命傷を与えたと言われる大きな斧だそうだ。マーリン曰くそれはウル市、ひいてはコアトルの神殿にあるらしい。ギルガメッシュの命でそれを取りに行く事になったのだ。

 

そして現在。

 

「テメェら、カタギの皆さんには手ぇ出すなっつったよな?」

「ス、スマネェ姐サン!ダガ、姐サンハ裏切ッタ!」

「ソ、ソウダ!俺タチヲ言イクルメタクセニ裏切ッタ!」

「そうか...最早分かり合えぬ。どっせぇい!!」

「「「「グワァァアァア!!!」」」」

 

...なんかよく分からない漫才を見せつけられています。

 

「フッ、ジャガーは全てを知っている──さて、進もうか皆さん!」

「「「「「..................」」」」」

 

最早誰1人としてツッコミ無しである。それも当然、何だかんだで適応力が高いのだ、このメンバーは。

森林の謎生物が人語を喋っていたり、何故かジャガーマンの事を姐さんと呼んでいたり、ジャガーマンの着ぐるみの下が現代マフィア風の黒服だったりしても、決して突っ込んだりしないのだ。...まあ正直整理が追いついていないというのもあるのだが。

 

そしてそんな漫才じみた戦闘を観戦しながら歩くこと半日。俺達は漸くウル市に到着した。

ジャガーマン曰く、コアトルはウルク兵達に即死級の攻撃を喰らわせた後、強力な蘇生(リバイブ)もかけているらしい。良い戦士として育てる為だとか云々。嘗ては王として君臨していた事もあるらしく、そういった事は得意なのだそう。いや知らんよ、と思った俺はそこまで悪くない筈。

 

流石に日が暮れてしまったので今日の所は一旦休憩を取ることにし、コアトル戦は明日に持ち越す事になった。その晩もイシュタル擬きの金髪少女が出てきて何やらアドバイスを残していったが、アドバイス以外は気にしない事にした。というか俺が例の(なんて綺麗なんだ云々)発言をしてからというもの、静謐ちゃんが頬を膨らませながらも俺から離れようとしない為、明日の戦闘はどうしようか結構本気で考えていた為に思考から除外したとも言える。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

翌日。ウル市からの移動で半日を要してしまった俺達は、太陽が天高く昇りきった時間帯になって漸く神殿へと辿り着いていた。

マヤの神殿を思わせる造りのそれには巨大な斧が突き刺さっており、神殿の最上部には宝石のようなものも確認できる。アレがマーリンの言う『太陽石』、コアトルの神格を支えている物体だろう。

一旦、神殿を見渡せる草陰に隠れて気配を消しながら様子を伺う。まあイシュタルやエウリュアレなど、気配を隠す気0な奴らもいる訳だが、そこは気にしない。アサシンでもない女神に気配を消せなどといっても無駄だろうし。

すると、丁度コアトルが翼竜に乗って帰ってきた。恐らく、本日分の100人組手を終わらせて来たのだろう。

 

「私の考えた作戦では、まず凌太君がケツァル・コアトルの気を引いて、次に凌太君がケツァル・コアトルの足止めをし、そして凌太君がケツァル・コアトルと死闘を繰り広げている間に私達がケツァル・コアトルの神性の元である宝玉を壊す...って流れなんだけど」

「9割方俺の仕事じゃねえか巫山戯てんのか死ぬわ俺が」

「だよねー...。ていうか今のその状況で戦える?」

「...正直厳しい」

 

今のその状況、とは、未だ俺の腕から離れようとしない静謐ちゃんの事だ。とりわけ、今回の相手がまた女性だという事で警戒の色をより一層強めている。

 

「今回マスターは不参加です。相手の女神をまた口説くかもしれない」

「いや俺別に口説いたことなんて」

「『なんて綺麗なんだ』」

「いやだからあれはエミヤが」

「『実は美神なのでは』」

「.........」

 

とまあ、こんな感じである。ここ最近は余り構ってやれなかった事も関係しているのか、今回の静謐ちゃんはややしつこい。別に嫌とかじゃないが、密着して離れようとしないので戦闘は厳しいだろう。雷を出したら静謐ちゃんが感電するし。

 

「んー...。仕方ない、私も奥の手を出しますか」

「えっ」

 

そんなものがあるならエジプトとかでも使って欲しかった。そう思っていると、藤丸がおもむろに服を脱ぎだす。なんだなんだ、女神相手に色仕掛けか?それが奥の手だとでも?そんなバカな。

そろそろ本当に頭がパンクしそうになっていると、藤丸が着ていた白いカルデア制服の下から出てきたのは肌や下着ではなく、黄色と白を基調とした全身タイツ。より一層意味が分からん。いや待てよ...タイツ...全身タイツか...

 

「分かった。ケルト式神殺しか」

「違う」

 

なん...だと...。俺が導き出した答えが間違っていたというのか...。まあ藤丸はスカサハ師匠から本格的な戦闘指導を受けてはいないので当たり前といえば当たり前か。では一体その全身タイツにどんな秘策があるというのか。

 

「まあ見てなよ。今回は凌太君が観戦する側って事で。マシュ、皆、行くよ!」

「はい!」

「うん!」

「了解じゃんよ!」

「しょうがないわね。アナ」

「はい、姉様」

「やれやれ、戦いは苦手なんだけどね」

「あっ、ちょっと!私を置いていかないでよ!」

 

と、何故今までコソコソしていたのか分からなくなるほど元気良く草陰から飛び出し、コアトルに対峙する藤丸達。...ジャックによる不意打ちとかを考えていた俺にとって正面からやり合うというのは余りオススメ出来ない戦闘方法だが、バカが付くほどの真面目である藤丸には不意打ちより正攻法の方が性に合うのだろう。それに戦力的には勝てる見込みも十分ある。だがまあこれは言わせてもらいたい。アサシンに正面からの戦闘をさせるな、と。

 

「ハーイ!ようこそ私の太陽神殿へ!脇目も振らずに一直線、とっても素敵デース!もちろん今日の事だけじゃありまセーン!私の襲撃からここまで、シークタイム無しの超特急!予想通りでウキウキしてきました!立香さんならそうだろうと信じて待ってた甲斐がありマース!ほんっとうに、なんていうか───」

 

藤丸の登場を満面の笑みで迎えていたコアトルに、初めてみる凶悪と言って良い程の笑みが現れ、チラリと俺の方を見てくる。えっ。

 

「エリドゥの外で時間潰しとか、不意打ちとか、そんな事されなくて良かったわ。そんな腑抜けたマネをしていたら、主義に反して(みなごろし)にしていたからネ?」

「ッ!敵サーヴァント、物凄い圧力です...!」

「凌太君が戦える状態じゃなくて良かった、本当に良かった!」

 

...藤丸の言う通り、俺が前線に出るとなったら気配遮断からの雷パンチ、もしくは問答無用で“天屠る光芒の槍”の一閃も有り得た。というかほぼ確実にそうしていた。一撃で仕留めきれなかった場合、俺即刻ゲームオーバーだったわ...。うん、案外俺の幸運値も捨てたものでは無いのかもしれない。ありがとう、静謐ちゃん。

 

「おっと、私とした事が大人げない。後ろの彼の雰囲気と、そっちにいてはいけないお馬鹿さんの顔が見えたから、ちょっと野生に帰ってしまったわ」

「あ、ヤバ。戦闘になったら真っ先に殺されるわ、私。そんな未来を予知したわ、確実に。助けてマイマスター」

「強く生きて下さい」

「わっははは!ここでまさかの見切り!」

「アナタには常に手加減抜きデース。3枚に下ろしマース!」

「ねえガチで助けて凌太サン、これ本当に死ぬやつ。ククルんの目がガチで殺る目だもの、飢えた肉食獣が獲物を見つけた時並の殺気だもの」

「明日を信じて下さい」

「マジでか!?」

 

悲嘆に暮れるジャガーマンからそっと視線を外しつつ、俺は手頃な岩に腰掛けて静謐ちゃんの頭を撫でる事に専念する事にした。今回は観戦に回ると決めたのだ。いや、本当にヤバそうだったら流石に参戦するけど。

藤丸にも奥の手があるっぽいし、まずは様子見って事で。

久々に頭を撫でられて気持ちいいのか、目を細める静謐ちゃんに和みを感じながらも、俺と静謐ちゃん、そしてモードレッドは完全に観戦モードに入る。嗚呼、観戦のなんと楽な事か。今までほぼ戦闘づくしだったし、少しは良い休憩になるだろう。

 

「あら、そっちの彼は戦わないの?醸し出す雰囲気は少し苦手だけれど、強そうだし、楽しみにしていたのに。...まあいいデス、それじゃあ戦いを始めましょう、立香さん!方法はどうあれ、私を倒しに来たのでしょう?その勇気と行動力に敬意を表します。いかなる闘争、いかなる挑戦からも退きません。だって、私はそれが楽しいから!人間は隅々までいじり甲斐のある生き物です!殺してよし。生かしてよし。脅してよし。庇護してよし。私にはもう第一世代の記憶はありませんが、代を積み重ねた情報種子がこう言うのです!人間たちを愛している。人間たちと共存したい。この生命種こそ、私たちの生き甲斐だと!」

 

...うん、ヤベェ女神(ひと)だわやっぱり。もはやサイコパスを疑うレベル。

 

「その主張は破綻してるよ!」

「はい!生き甲斐である人間を、アナタは滅ぼそうとしているではありませんか!」

「え、えへへ...。正面から叱られるの、くすぐったいデスネ!癖になりそうです!」

「ドM!?ごめんM体質は間に合ってますから!」

「そんなんですか!?」

 

赤面するコアトルに突っ込む藤丸、そしてその突っ込みに突っ込むマシュ。ジャックをはじめ、イシュタルとマシュ以外のサーヴァントは平然と今の会話を聞き流しているあたり、藤丸の奇行は日常茶飯事だというのが推し量れる。実際、俺も慣れつつあるしな。

 

「立香、これ以上コイツと話しても無駄よ。この土地にも色々な神がいるけど、コイツは別格!ここまで愛情の出力方法がズレてる神性は他に無いわ!」

「ヤー!照れるネー!なぜ私が立香にラブラブだと分かったネー!」

「デ・ナーダ。ムーチョムーチョ!」

「結構シリアスな雰囲気でいきたいので!先輩は覚えたてのスペイン語は控えて下さい!」

 

やはり真のシリアスブレイカーとは藤丸ではなかろうか。カンピオーネとなった今だからこそ理解出来た先程のスペイン語、訳すと「どういたしまして。もっともっと!」ってところか。何が言いたいんだ奴は、文意が全く分からん。

 

「さて、アナタ達の狙いは太陽石でしょう?私を止められた時間だけ、マスターにチャンスが与えられる。いいわ、その試合形式でいきましょう。でも、その前に1つだけお願いがあるの。──立香さん、どんな戦いであれ、喜びを忘れないでネ?私は楽しいから戦うのです!人間だって楽しいから戦うのです!憎しみを持たなければ相手を殺すまではいかないわ!それがチャリブレの醍醐味、美点だわ!だからアナタもこのピンチを楽しんでね?そうすれば、もっと分かり合える筈なのデース!」

 

ケツァル・コアトルの属する神話体系は、宇宙から来訪した生物が神としてその地に根付いたモノである。

確かそんな話をマーリンから聞いた気がする。あながち『ケツァル・コアトル某野菜人説』も間違いじゃないのかもしれない。

 

コアトルの言い分に僅かな間葛藤した藤丸は、先程までの巫山戯た雰囲気からは想像出来ない程の真剣味の篭った目でコアトルを見据え、こう言い放つ。

 

「──アナタとは...ケツァル・コアトルとは分かり合えない」

 

もう一度言うが、巫山戯た雰囲気は全くない。シリアスそのもので言い放たれた言葉を受けたコアトルが固まるのも無理はないだろう。

それに、コアトルはあそこまで自信満々で語ってたからな。当然同意がくると思っていたというのもあるだろう。笑顔のまま、約10秒程固まっている。

 

「──ハッ!?え、戦いを楽しめないとか、それ、私の全否定デース...。後ろの彼は先日同意してくれたのに...。いいわ、なら逆に聞いてあげる!立香さんにとって、戦いとは何なのかしら!?」

「その後の『楽』の為に、全力で乗り越えるものです」

 

...ふむ。よくは分からんが、何となく俺の観念と似た部分はあるかもしれない。俺にとっての戦いとは、強くなって箱庭で上を目指す為、仲間を守る為、そして爺さんを倒す為に行う修行の1種。それ以上でもそれ以下でもない、って感じだ。 ...いや、やっぱり根本的な所で違っているのかな?まあ今はどっちでもいいか。別に聞かれてるの俺じゃないし。

 

「──そう、貴女はそういう人間だったのね。素敵な答えだわ。捻り潰してあげたくなっちゃうくらい、素敵。いいわ、なら見事、私を乗り越えていきなさい!ああ、楽しいわ、楽しいわ!アナタの世代まで育ってくれれば、私達が夢見た人類が生まれるなんて!」

 

いいながら棍棒のような物を構えるコアトル。藤丸側も、俺達3人は参戦していないが、それ以外は全員構えをとる。そう、全員(・ ・)

 

「...何してんだ?藤丸も戦うのか?んな無茶な」

 

そう、藤丸も構えているのである。まさか藤丸自らの肉弾戦が奥の手のは言わないよな?だったら流石に本気で止めるぞ?

 

「さあ、いきマース!楽しみまショウ!?」

 

この神代において常時カンピオーネとしての特性で能力が向上している今の俺の能力値、及び闘争本能が更に上昇する程の闘気と神性。そんなバカげたオーラを纏った女神が、一直線に藤丸達へと突っ込む。

 

「生きているなら──」

 

コアトルの突進をマシュが受け止める中、藤丸がゆっくりと手を掲げた。その手は銃の様な形を作っており、微弱ではあるが藤丸の魔力が集中しているのが分かる。

 

「生きているなら、神様だって止めてみせる───」

 

銃の形を作っている手の指をマシュを押しているコアトルに向け、狙いを定め...

 

「──ガンド!」

 

魔力の塊を放つのだった───

 

 

 

 




ガンド(ほぼ確定のスタン付与)って実際の戦闘の中で使えるならほぼ最強じゃね?思っているのは私だけではないはず...


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冥界探索

シリアス展開を期待していた方々に本当に申し訳ないと思っています。しかし、私の文才と作風ではこれが限界だったんです。シリアス展開なんて書けなかったんです。...すまない。


 

 

 

 

 

 

 

「──ガンド!」

「ホワッ!?」

 

藤丸の放った魔力弾は見事コアトルに命中し、紫電の様なものがコアトルを覆う。

 

『突然だが説明しよう!今立香ちゃんが放った“ガンド”とは、我がカルデアで開発されたカルデア戦闘服に内蔵されている魔術式の1種なのだ!効果は単純、喰らった者は誰であろうと一定時間スタンする!』

「なにそれ強い」

 

確信を得て強いと断言できる藤丸の奥の手「ガンド」。問答無用でスタンとは恐ろしや。

 

「今だ、ジャック!」

「うん!──此よりは地獄。“わたしたち”は炎、雨、力...殺戮を此処に──『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』!」

 

ジャックの体を黒い霧のようなものが覆い、一瞬で身動きの取れないコアトルに接近。からの滅多斬り。昨晩のイシュタル擬きが言うには、コアトルには善属性の英霊の攻撃は全くと言って良いほどに効かず、逆に悪属性ならば効果的なのだそう。金髪少女がどこからそんな情報を入手し、どう言った心境、及び理由でその事を俺達に伝えたのかは知らないが、一応は真実であるらしい。先日、金時が負けたのが良い証拠だ。金時の攻撃が全無効化されていたのならば、彼が負けたのも頷けるというもの。

だがしかし、相手は腐っても女神。確実に攻撃は通っているが、それでも倒れない。まだスタンの効果は持続しているので、その隙に藤丸は神殿最上層部“太陽石”を破壊しに向かう。

そして、藤丸が神殿の中腹あたりを越えた頃、コアトルがスタンから解放された。見ている俺の気分はまさに、TV番組「逃○中」におけるハンター放出のそれである。

 

それからは早かった。

こちらの悪属性はジャックのみ。一応静謐ちゃんも悪属性だが、戦闘には参加していないのでノーカンだ。

ジャック以外の攻撃が効かない状態で一体何秒持つのか。結論から言おう。1分ちょっとしか持たなかった。

サーヴァント達を蹴散らしたコアトルは猛スピードで藤丸を追いかける。だがこのタイミングでは藤丸が“太陽石”を壊す方が早いだろう。この勝負はギリギリ藤丸の勝利で終わるかと思われたその瞬間。何を思ったのか、藤丸が突然立ち止まったのだ。いや本当に何してんの。

何だかんだで藤丸の隣に移動していたイシュタルと数回言葉を交わした後、「やはり高さが必要だ!」などと叫んだ藤丸をイシュタルがイナンナで上空100M以上まで持ち上げ、そして離す。結果、藤丸の天空ペケ○拳の様な何かがコアトルに炸裂、勢いよく転がる2人。そして起き上がったら何故かコアトルがデレッデレな顔でこちら側に寝返るという珍事。最早俺の思考処理能力の域をマッハで超えている事態が頻発している件について物申したい気持ちでいっぱいだが、物申したら物申したで面倒そうなのでスルーする事にした。

世の中諦めも大事なのだと、俺は最近心底思っている。

 

 

 

 

 

 

 

『えっと...』

「何も言うなロマン、コアトル以外誰1人としてこの状況には付いていけてないから。というかもう疲れたんだが」

『あのキチガイの権化にここまで言わせるとは...。さすが神代、さすが女神と言ったところか...』

「俺だって少し前までは普通の一般市民だったからな。許容範囲の限界も近い」

「『だった』というあたり、マスターの自覚が伺えますね。自身がキチガイだという現実の」

「だな」

 

静謐ちゃんとモードレッドがウンウンと頷いているがスルー。最早何も言うまい。

 

それはそうと、先程から自己紹介やら何やらをしている藤丸たち一同とコアトルの方は、コアトルに無視され続けているジャガーが今にも暴れそうな雰囲気を醸し出している。ちょっと目を離しただけなのに、あの虎は何故こうもすぐに問題を起こそうとするのか。やはり仮とは言え俺と契約したからなのだろうか。...俺は悪くないよね?ね?

 

「そっちの不穏な雰囲気の貴方もよろしくネ!」

「不穏て...いやまあ神にとっちゃ天敵みたいな存在なんだろうけどさ。まあよろしく」

 

暴れそうなジャガーをブッ飛ばしたコアトルが笑顔で手を振ってくるのでとりあえず会釈だけ返しておく。遠くでジャガーがピクピクと痙攣しつつ蹲っているがそちらは無視。ジャガーが悪い、きっと、たぶん。

 

「さて、話を戻しまショウ。アナタたちの目的は私の排除よりも、マルドゥークの斧の回収ではなくて?」

「その通りだ。ゴルゴーンを倒すにはあの斧の破壊力が必要となる。凌太君の“天屠る光芒の槍”でもいけるかもしれないが、何事も備えというものが大事だ。大事なんだが...どうしようか、アレ」

 

困った様な口ぶりのマーリンが目を向ける先にある斧──推定で100mを軽く超えた巨大な斧を、俺達も見上げる。ちなみに番人代わりの巨体レスラー擬きは排除済だ。神性特攻などという特性を持っていたが、静謐ちゃんから戦闘する許可を得た俺が藤丸たちとコアトルが話している間に一体残らず粉々にした。イマイチ理解が及ばない事へ対する良い鬱憤晴らしになりました。

...はいそこ、静謐ちゃんと俺、どっちがマスターか分からないとか言わない。

 

「斧があんなに大きいなんて聞いてない。これでは僕たちだけでは運べないぞ」

「それはそうでしょう。アレはエリドゥと同じ重さですし」

 

街1つと同じ重量って何なんだ、どういう基準だ。というか街の重さって何を基準に測って(ry

だがまあ、単に運ぶだけならば特に問題は無いだろう。

 

「なあコアトル。アレって誰の所有物なんだ?」

「え?えっと、元々は神々の所有物だけど、今はもうほとんど放棄されてる様なものだし、番人を倒したのは貴方だから凌太サンのものってことになると思いますケド...」

「おっ、マジでか。なら手間が省けた」

 

俺の発言を不思議がる一同を残してサッサとマルドゥークの斧に近付き、ペタペタと触れてみる。うん、多分大丈夫、いける。

 

「何をしているの?いくら貴方でも、ソレを運ぶのは無理よ?」

「まあ筋力値で言えば俺は貧弱だし、普通に考えたら無理だろうな」

『それで貧弱とかどの口が...』

「いや本当だって。俺の筋力値とかせいぜいD、魔力放出全力でD+かCくらいだろ。権能使ってもC+に乗るかどうかくらいだ」

『生身の人間が英霊基準の能力値を持ってる時点でそれは貧弱とは言わない』

 

ロマンのツッコミを聞き流しつつ、俺は1枚のカードを取り出し、斧へと近づける。すると、その巨大な斧は吸い込まれる様にそのカードへと入っていった。やはりギフトカードは有能、十六夜や黒ウサギ曰く、超素敵アイテム。その名に恥じぬ便利さだ。

 

『「「「「「「わぉ...」」」」」」』

 

見渡せば、既に見慣れた辺り一面の呆れ顔。

今回は俺じゃなくて箱庭の技術の問題なのに...解せぬ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「じゃあ俺、先に帰ってるわ。魔獣戦線の方も一応参加しとかないとだし」

 

マルドゥークの斧を回収した後、コアトルが藤丸に是非見てもらいたい場所があると言い出したので、俺と静謐ちゃん、モードレッドは一足先にウルクへ帰還する事にした。魔獣の攻撃が少なくなっているとはいえ、全くの0でも無い。ウルクにはレオニダス大先生達がいるが、マーリンの言葉を借りると「何事も備えが大事」なのだ。

 

とは言ってもそこまで急いで帰る必要は無いし、俺達3人は徒歩で帰る。だがそれは間違いだと気付いた時には既に遅かった。

1日半かけて帰ってきたウルク、そして報告へと向かったギルガメッシュの玉座で見たもの。それは──

 

「王!!しっかりしてください王よ!!」

 

ギルガメッシュの死体だった──

いや何故に。え、死んだの?あのギルガメッシュが?そんな馬鹿な。

 

「おいシドゥリ、どういう訳だ説明プリーズ」

「えっ...あ、凌太...帰ってきていたのですか...」

 

必死にギルガメッシュを叩き起こそうとしているシドゥリに問い詰める。彼女は俺に気付くまでずっと、ギルガメッシュの胸倉掴んで往復ビンタをしていたがそんなの気にしない。

 

「...王から目を離した私が悪いんです...。ここ数日、王はご多忙でした。あの王が目眩がする、という程ですから想像を絶する疲労が溜まっていたのでしょう...。ああ、気絶させてでも王を一時休ませるべきでした...!」

「......えっ、要するに過労死?」

「...はい」

 

祭祀長とは思えぬ暴力的発言を聞いて一瞬惚けてしまったが、要するに過労死したらしい。...人って、本当に疲労でしぬんだなぁ...。いや論点そこじゃねえわ。

 

「...いや待て、少し待て。確かここって、魂の死と肉体の死は別物なんだろ?」

「ええ、確かにそうですが...。しかし、冥界に落ちた魂が自力で這い上がってくるなど、いくら王でも有り得る話ではありません...」

「つまり、誰かの助力があればいいと?」

「...そうですね。冥界に赴き、王の魂を見つけ出し、地上へと送還する。それが出来れば、王は蘇る事も可能でしょう。ですが、今の冥界にはエレシュキガル様が居られます。ただでさえ冥界では如何なる英霊も神性も無力と化す上に、あの方まで居られるのでしたら、何人たりとも生還する事は極めて困難です」

 

ふむ...。なんだかんだ言ってもどうにかする手段はあるらしい。だったらそれを行う他ないだろう。ここでギルガメッシュに脱落してもらっては困る。最後には彼の“天地乖離す開闢の星”でとりあえずブッパとかしなきゃならない状況になりそうな気もするし、何よりキングゥ対策としてもギルガメッシュには居てもらわないと困るのだ。

 

「じゃあ俺が行ってくるわ。あ、牛若丸と弁慶も連れて行くから、北壁の兵士を多めに投入しといてくれ」

「え!?ちょ、話を聞いていなかったのですか!?冥界に行っては生きて帰ってこれる保証などどこにも無いのですよ!?」

「余り舐めるな。そのエレ...なんとかには勝てないかもしれんが、別に負ける気もない。それに、そいつと戦う必要ってあるの?」

「それは...。で、ですが!エレシュキガル様に認めて貰わなければ冥界から死者の魂は持ち帰れません!かと言って、神がそう簡単に、しかも人間の言うことを聞いてくれるはずも無い!」

「まあ、そこら辺はよく知ってるよ。神ってのは大抵、人間を格下に見るからな。まあその時はその時。大丈夫、1度は冥界から生還した事もある俺だ。前回は冥界でも問題無く権能が使えたし、案外英霊の方も無力化されないかもよ?けどまあ、念の為にレオニダス大先生も連れていきたいところなんだが...」

 

さすがに守備の要であるレオニダスを戦線から外す訳にもいかない。というかそれをしたらウルクを守る英霊が居なくなるのでどの道ダメだ。ふむ、やはり5人で攻め入るしかないか。くそ、天草四郎と風魔小太郎(ツインアーム・ブリゲイド)が生きていてくれればなぁ。若しくは、現在ボイコット中のイバラキンがこのタイミングで帰ってくるとか。

 

「なら彼も連れて行くといいよ、マスター。戦線は僕が受け持とう」

 

と、悩んでいる俺の背後から聞こえてくる軽薄そうな声。何を隠そう、我らがタダ飯食らいで人妻ニアの道満だった。何してんだコイツ。

 

「何、ウルク兵達は既にレオニダス殿なしでもやっていけるだけのメンタルはついている。それに、今朝方、僕の方の準備も終わったからね。今日からは僕も戦えるよ、マスター」

「ならお前が来いや」

「ははは!それは無理な相談だ。何故なら、僕が戦えるのはこのウルク周辺だけだからね、仕方ないね」

「んだよ役に立たねぇなあ!」

「...やはり道満さんは役に立たない」

「グハッ!」

 

今まで黙っていたモードレッドと静謐ちゃんの無慈悲な口撃が道満を襲う!

まあ俺もほぼほぼ同意見な訳だが。しかし、レオニダスを連れていけるというのは大いに助かる。そこは素直に感謝しよう。...いや、今まで全然働いてなかったからやっぱり感謝出来ねぇわ。

 

「で?魔獣相手にレオニダス達なしで本当に大丈夫なのか?自称ハズレサーヴァント」

「そこは問題無い。こうなった僕は強いよ?うん、結構強い」

「...まあ、そこまで言うなら信じよう」

 

何処からそんな自信が湧き出ているのかは知らないが、嘘は多分言っていない。その実力をこの目で確かめられない事は残念だが、魔獣戦線は道満に任せて冥界に向かうか。

 

「という訳で話はまとまった。牛若丸、弁慶、そしてレオニダスは借りるぞ。というか俺が仮契約しとく。ギルガメッシュが死んだ今、アイツらの現界する魔力が無いだろうしな」

「............分かりました。それでは凌太、頼みましたよ」

 

という訳で、神殺し一同による第2回冥界探索が開始される事となったのだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「ほう、ここが冥界ですか...。若干寒いくらいで、他は普通の洞窟なんかと変わらないですね」

「こんな彷徨う亡霊の渦巻く洞窟が普通であってたまるか」

 

襲い来る亡霊達を薙ぎ払いながら、つまらなそうにそう呟く牛若丸。なんだ、お前が生きていた時代の洞窟は普通に幽霊が蔓延ってやがるのか。嫌だなそんな洞窟。

 

前回、俺が冥界に落ちたルートで冥界へと赴いてから数分。既に倒した亡霊は20を超えている。まあさすが冥界といったところだろうか。数が半端じゃない。

 

「おや?凌太殿、前方に大きな門が。アレが例の『七つの門』でしょうかね?」

「ん?あ、ホントだ...。んー、まあとりあえず進むしかなくね?」

「ならば私めにおまかせを!如何なるトラップにも、この筋肉で以て回避、或いは耐え抜いてみせますとも!」

「おお、先生がやる気だ...!」

 

いつも通りの熱いレオニダスが先陣を切り、門へと近づく。さて、一体何が起こるのか。もしヤバそうだったら即座に助けに入れるよう、全員が身構えるなか、レオニダスが門の下へと辿り着いた。

 

『答えよ── 答えよ──。冥界に落ちた生者よ、その魂の在り方を答えよ──』

「筋肉ですッッッ!」

 

間髪入れずにそう答えるレオニダス大先生、さすがです。

 

『──そうか。だがしかし、この問いは二択である。故に、その二択から選べ──。では罪深き者、坂元凌太に問う』

「えっ、俺?」

 

なんか急なご指名が来たんだが。ナニコレ。

 

『美の基準は千差万別のようで絶対なり。黒は白に勝り、地は天に勝る。であれば────エレシュキガルとイシュタル、美しいのはどちらなりや?』

「えっ」

 

何その質問意味が分からん。そして向けられる殺気。言わずもがな、静謐ちゃんである。...イミワカンナイ!!

 

「凌太殿お早く!ギルガメッシュ王の命がかかっておる故!」

「牛若丸様、お言葉ですがギルガメッシュ王は既に死んでいます」

「ええい黙れ弁慶!こういうのは気持ちだ!ですよね凌太殿!?」

「...ソダネ」

 

ヤバイ、人選ミスったかもしれない。というかもう俺とモードレッドとレオニダスだけで来た方が良かったのでは?

 

『答えよ──答えよ──』

 

なんか催促してくるんですけどこの門。え、この状況で俺にどうしろと?

 

「くっ...ええいままよ!エレシュキガルで!...待って、本当に待って静謐ちゃん。2人ならどっちが美しいかって質問だから、2人以外に選択肢が無かっただけだからッ!」

 

泣きそうな顔で迫ってくる静謐ちゃんを宥めながら門の返答を待つ。というかこの質問設定したヤツ出てこいぶっ殺してやる!

 

『イシュタル、B─U─Z─A─M─A─!よ─ろ─し─い─!』

 

...なんだろう、イシュタルに対する私怨を感じる。

それはそうと、門からの返答と『ピンポンピンポーン!』などという陽気な音が聞こえたと思ったら突如現れた下位の霊を即座に穿つ。

そして(身体的には)無事に門をくぐり抜け、先を急ぐ事にした。静謐ちゃん?俺に張り付いてますが何か。

 

 

暫く歩くと、またもや門が建っていた。もう嫌になる、まだ2回目だけど。

 

『答えよ── 答えよ── 。財の分配は流動なれど、相応の持ち主は1人なり。地に在りし富、その保管は一方に委ねるべし。即ち──財を預けるにたるのはエレシュキガルとイシュタル、どちらなりや』

「「「エレシュキガルで」」」

 

俺、静謐ちゃん、モードレッドの声が重なる。いやだって、目の前でイシュタルの金や財宝に対するあの態度を見たら...ねえ?

 

『S─A─F─E─!ま─か─す─の─だ─!』

 

又しても出てきた亡霊を難なく屠り、次こそは精神的にも無事に先に進む。今回はかなり易しい問題で助かった。

 

そして続く第三の門。また変な質問が来るのかと身構えていた俺の耳に届いたのは際ほどまでの門の声では無く、既に聞き慣れつつある高笑い。姿を確認するまでもない、こんな高笑いをする者を俺は2人しか知らないのだから。...いやそれだとやっぱり確認必要だわ。

ってことで声のする方に目をやると、やはりというかなんというか、ギルガメッシュ王がそこにいた。

 

『答えよ──こt』

「フハハハハハハハ!出迎えご苦労!む?さては冥界のあまりの寒々しさに怯えているな一見さんめ!冥界に詳しい我の案内は必要か?」

『答えy』

「ちょっと待って。別に怯えてる訳じゃ無いとか、ただ呆れてるだけだとか、案内なら是非お願いしますとか、色々言いたい事はあるけどさ。これは真っ先に聞きたい。冥界に詳しいってなに」

「フッ、言葉のままよ。冥界なぞ我の庭だ。何度も来ているからな」

「マジでか」

 

この世界は残す所なく我が庭よ!

などとカルデアのギルガメッシュは豪語していたが、まさか冥界までその範疇だったとは。もう助けとか要らなかったんじゃないかな。

 

「だがまあ、今の我は死者だ。それ即ち、エレシュキガルめの法律下にあるということ。ヤツの許可無くして地上に出る事は叶わん。よって王たる我が命じる。凌太よ、我の為に冥界の門を抜け、エレシュキガルめを懲らしめるが良い!」

「元からそのつもりだよ王様。んじゃ、さっさと先に進むか」

 

勝てるかどうかなどは分からない、などと口にしたらキレられそうなので黙っておく。大丈夫、戦力的には十分に戦えるはずだ。...たぶん。きっと。

 

『......答えよ〜...ねえ答えて〜...』

「チャンスだマスター、門が精神的に弱った」

「門が精神的に弱るとはこれ如何に」

 

ギルガメッシュに気を取られてスルーされ続けた門の声は弱々しく、なんかもう悲壮感漂っていた。...ごめん。

 

「おっと、忘れておったわ。良いぞ、第3の門よ。述べよ」

『.........共に戦う仲間......親愛、敬愛、そして勝利に相応しいのは.........どちらだと、思いますか?』

 

敬語、自信喪失の果てに敬語である。...すまない。

にしても、今回はエレシュキガルとイシュタルの二択では無いらしい。いや、単に言い忘れているだけかもしれないが。

 

「二択じゃないなら、“ファミリア”だな」

 

という訳で戦闘開始。そして終了。ギルガメッシュも加わった俺達にとって、最早彷徨う亡霊など敵ではない。

 

 

続く第4、第5、第6、第7の門も難無く乗り超え、俺達は宮殿らしき建築物の前に来ていた。ギルガメッシュ曰く、これがエレシュキガルの住処らしい。ふむ、中から知ったような気配がするんだが。

 

『恐れよ、祈れ、絶望するがいい、人間ども...いや、この場に真っ当な人間がいないのかしら?』

「俺俺、英霊でも半神でもない人間がここにいるって」

『嘘なのだわ。私にもそれくらい分かるのかしら』

「そろそろ諦めて下さいマスター。貴方は人間の域では無いのです」

「くっ...確かに一般人の域は超えたと思っていたが、まさか人間と疑われすらしなくなるとは...ッ!」

「身から出た錆だぞマスター」

 

宮殿という名の荒野に入ると、いきなり現れた巨大な幽霊っぽいヤツが現れた。そしてこの言い様である。酷いとは思わんかね。...思わないですかそうですか。

 

『コホン。気を取り直して......我こそ死の支配者。冥界の女主人。霊峰を踏抱く者。『三女神同盟』が1柱、女神エレシュキガルである!』

「あ、はい。3日ぶりッスね」

『「「「「.........は?」」」」』

 

なんとまあ、綺麗に揃った声である。俺を仲間外れにして練習していたのかと言いたくなるほどにはタイミングもバッチリだった。

 

『...ど、どういう事かしら。私は......じゃなくて、我は貴様とは初対面のはずだが?』

「いやさっきまで俺もそう思ってたけど、ほら、目の前で見て気配を感じたら分かるというか。イシュタル擬きの金髪少女だろ、アンタ」

「ああ、あの夜の...」

 

静謐ちゃんも一応面識はあるし、1人なるほどと頷いている。他は尚も首を傾げっぱなしだが。

 

『えっ、気付いてたの!?何時から!?どうやって!?』

「エビフ山を下山した日から、普通に見た目で」

『なっ...なっ...なっ...ッ!』

 

何やら言い淀んでいるエレシュキガル。逆に気付かれていないと思っていた方が驚きだ。というか藤丸も会った事があるとか言ってたし、この女神、やはり相当ドジなのだろう。イシュタルの半身らしいし是非もないかな。

すると、今まで巨大な幽霊の姿だったエレシュキガルが淡く光りだし、徐々に人型を取っていく。そしていつもの金髪少女の姿になった。

ふむ、だがしかし謎は解けたな。さっきまで忘れてたが、この金髪少女の正体が気にはなっていたのだ。

 

「し、知っててあんな恥ずかしいこと?アナタや彼女に話してたの、私?」

「まあ藤丸も気付いてたっぽいし、そうなるな」

「い、い───いやぁああああ!!こんな筈じゃない、こんな筈じゃなかったのにぃ!」

 

悲鳴を上げ、頭を抱えながら膝から崩れる金髪少女改めエレシュキガル。そんなにショックだったのだろうか?

 

「将来、確実に敵なる予感...今のうちに」

「何をする気だ」

 

スッ、と足音を消してエレシュキガルに近付こうとする静謐ちゃんをとりあえず止める。さすがにこんな状況下で殺る訳にもいかないだろう。

 

「い、いえ!そうはいかないわ!予定は狂ったけど、それはそれ、これはこれ。アナタ達をここで殺す事に変更はありません。ゴルゴーンの襲来まであと3日。その前に私がウルクを落として大杯を手に入れる。それで、この世界の人間はおしまいよ。そこは坂元凌太、貴方や藤丸立香でも遠慮なんてしないわ」

「ふむ。横から失礼するぞエレシュキガル。空気を読まぬ王を許すが良い」

「あら何よ、殺す気も無かったのに勝手に過労死した王様。貴方はゴルゴーンにでも殺されるといいのだわ」

「フハハ!言うではないか。だがしかし、これは問うておかねばなるまいて。──エレシュキガル、貴様はクタ市の都市神である。それにも関わらず『三女神同盟』に加担したその罪、理解しているのであろうな?」

「はっ!何を聞くのかと思えばそんな事!私は冥界の主よ。地上全ての魂を冥界へと納める事こそ我が使命。そこに何の後悔もないわ!」

「──良く言った。ならば罪には問わぬ。だが首を出せ。敗北を以て貴様の罰としよう!」

 

罪には問わないが罰は与える。さすがギルガメッシュ、暴君だ。

 

「凌太殿、我らはいつでも行けますよ!仮契約とは言え、今の主は凌太殿。敵の首、指示1つでもぎ取って参りましょう!」

「首取りオバケ怖い...。まあ殺られる前に殺るってのは賛成。じゃあいっちょ、やりますか」

 

対神武器“天屠る光芒の槍”の矛先をエレシュキガルに向け、魔力放出も使って臨戦態勢を整える。ギルガメッシュとの対話の途中で気配遮断からの不意打ちも狙っていたが、冥界はエレシュキガルの支配下だという事を思い出して留まった。言うなれば冥界全てがエレシュキガルの知覚範囲なのだから、俺程度の気配遮断などすぐに見破られておしまい。最悪、エレシュキガルがキレて手が付けられなくなるまである。それは避けたかったが為の断念だ。

 

「──その前に、凌太。1つ聞きたい事があるの」

「...俺?」

 

特に構えもせずに俺を見据えるエレシュキガルに、一応返事はする。警戒は解かないが。

 

「ええ。...私は気の遠くなる時間、ここで死者の魂を管理してきた。自分の楽しみも、喜びも、悲しみも、友人も──何もないまま、自由気ままに天を翔る半身を見上げてきた。そんな私を罪に問うの?今更、魂を集めるのは間違いだと指摘するの?ずっと1人で──この仕事をこなしてきた私の努力を、誰も褒めてくれないの?」

 

...何かと思えばそんな事。

 

「...はいはい、おつかれさん。がんばったがんばった」

「ちょっと、何よそれ、何なのかしら。馬鹿にしてるとしか思えないのだけれど?」

 

不服そうに睨んでくるエレシュキガルだが、別段気にする事は無いし、今の態度を訂正する気も無い。それにこれはチャンスでもある。ここで一発、俺はそう簡単に女性を口説かないのだと周り...特に静謐ちゃんに示す必要があるのだ。

 

「アンタのしてきた偉業は認める。というか認めざるを得ないさ。俺みたいな10年そこらしか生きてない若輩者には理解できない程、アンタは頑張ってきたんだろうが...。アンタを褒めるかって聞かれたら別だろ。ここまできたのに逃げるな、エレシュキガル」

「ほう、分かっておるではないか凌太。やはり貴様は愚かでは無いらしい」

「...ちょっと、勝手に納得しないでくれるかしら?」

「なんだ分からんのかエレシュキガル、冥界の女主人よ。凌太はこう言っているのだ。『認められるべきは貴様の偉業であり、貴様ではない。己の不遇に嘆くも良い、別の道を模索するも良い。だが、自らの行いから逃げるな』と」

「だいたい合ってる。さすが王、話が分かる」

「フッ、当然よ!」

「...そう。そういう事。まあいいわ。......──じゃあ、行くわよ」

 

そう言って、エレシュキガルが登場時と同じ霊の姿に戻る。それと同時、俺を懐かしい感じが襲った。これは──

 

「おいちょっと待て、じいじ並の死の気配とかなにそれ怖い」

「フン、その『じいじ』が誰かは知らんが、相手は冥界の女主人、死を司る女神であるぞ。この程度、造作も無かろう──来るぞ凌太、死ぬなよ?」

「えっ、それフラグ?死亡フラグだったりする!?」

 

そうして、割と真剣な死の危険が俺達を襲うなか、対エレシュキガル戦は幕を開けた。

 

 

 

 

 



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戦力過多だね?分かるとも!

話が進まねぇ...


 

 

 

 

 

 

「これがぁ...スパルタどぅぁあ!『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)』ァァァッ!!」

「怨霊調伏ならば拙僧の領分。レオニダス殿にばかり見せ場はやらせぬ!念仏など後回しだ、どっせい!!」

 

とまあ、漢2人が張り切ってうじゃうじゃ出てきた亡霊を相手どる中、俺はモードレッドと牛若丸に魔力を回しながら聖句を唱えて雷を纏う。

作戦としてはまずモードレッドがブッパして、次に牛若丸が斬って、そして俺の槍と雷でトドメという流れを構想しているが、まあ上手くはいかないだろう。

という訳でギルガメッシュにも頑張って貰う事にした。現在はキャスターとなって魔術しか使わないギルガメッシュだが、それでも十二分に強いのだからチート臭い。

 

「覚悟しなさい、決して出られない死の籠に入れてあげる!」

「断固拒否する!」

 

巨大化した事で動きが鈍くなったエレシュキガルの全体攻撃を全員が回避しながら攻撃の隙を伺う。

静謐ちゃんには一応、毒霧散布の為に気配遮断で隠れたうえで舞って貰っているが、正直気付かれる可能性の方が非常に高いし、第一毒が効くのかどうかも分からない。あまり期待しない方が良いだろう。

という訳で、いい加減避けるのも面倒になってきたし反撃に出ようか。

 

雷槍を10本程造って投擲、エレシュキガルの両腕を地面に縫い付ける。そしてモードレッドの宝具開帳。大量の魔力と雷の渦がエレシュキガルを覆う。そしてそれを目眩し代わりにして牛若丸も宝具を開帳。ギリギリで狙いを逸らされたが、まずは左腕を切り落とす。そしてギルガメッシュが雷系統の魔術で攻撃している間に魔力を充填し、“天屠る光芒の槍”に注ぎ込む。そして投擲。槍は真っ直ぐに飛んでいき、エレシュキガルの胸部を貫いた。そして最後にダメだしの雷砲、からの『我が麗しき父への叛逆』を再度叩き込む。

 

...うん、正直やり過ぎたとは思います。

 

最初こそ死を覚悟しながら戦いに挑んでいたが、最早悲鳴すらあげずに霊の姿から人型へと戻るエレシュキガルを見てなんだか申し訳ない気持ちが湧いてきてしまった。白目とか剥いてるし。だが、あれだけの攻撃をモロで喰らったのに死んでいない辺り、さすが神だと思う。

とはいえ、冥界の主などというラスボス級の神との戦闘がよもや10分かからずに終わるとは。見ればレオニダス達も亡霊退治を終えていた。...流石に不憫だと思わざるを得ない状況ですね。だがまあ負けた奴が悪いって事で。

 

「さて、我の戒めも解かれたな。勢い余って気絶させてしまったが...。凌太よ、コヤツの処遇、貴様が決めて良いぞ」

「なんで俺」

「決まっておろう。我はウルクに帰るからだ。今は時間を無駄に出来ぬからな。では、先に帰っているぞ」

 

そう言い、ギルガメッシュはあっさりと地上へ帰っていった。えっ、マジで俺に一任すんの?

 

「どうするマスター?なんなら今のうちに殺っとくか?」

「んー、どうしよう......ファッ!?」

 

仕方ないので未だ目を覚まさないエレシュキガルの処罰を考えていると、背後から斬撃が飛んできて、そして追い越して行った。な、何を言っているのか分から(ry

その斬撃はエレシュキガルを正確に捉え、そして両断する。え、何事?

 

「──愚かなり」

 

すると、斬撃の飛んできた方向から老人の声が聞こえた。慌てて振り返るとそこには深くローブを被ったどうしようもなく異様な老人が1人佇んでいる。

どうしようもなく異様、というのは何もその老人の風貌がという訳ではない。いや、風貌も異様っちゃ異様だが、ネロの常時花嫁衣装装備とか牛若丸のなんちゃって鎧などの方がよっぽど異様なのでスルーする。

では目の前の老人のどこが異様なのか。簡単だ。この老人、気配が無いのである(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。目の前に居るにも関わらず、一切の気配を感知させない事が異様でなくて何だと言うのか。更に言えば、斬撃を飛ばすのだって常人では不可能な事なのだ。英霊連中は当たり前の様に斬撃を飛ばしたりするが、本当に奴らの方が俺なんかよりキチガイだと思う。

 

「貴様、何者だ。気絶していたとは言え、神を易々と斬って見せるその手腕、只者ではあるまい。だが1つ物申す、何故首を斬らなかった?」

「牛若丸様、今の論点はそこでは無いかと」

「弁慶うるさい。私にとっては大事な事なんだ。こう私のぱーそなりてぃ?とかそういう物の問題なんだ」

「首取りオバケ怖いよぅ...」

 

っと、巫山戯てる場合じゃないな。正直、今ここであの老人に全滅を喰らっても可笑しくはない状況ではあるのだ。先程の斬撃も、風の変化で何とか察知出来ただけであって不可視だったし......いや待て、不可視の斬撃?

 

「──案ずるな、神殺し達よ。良く見るがいい。我が斬ったのは肉体に有らず、『三女神同盟』の契りのみ」

 

言われてからエレシュキガルの方を横目で確認すると、確かに身体は無事っぽかった。さっきの両断された様に見えたのは何だったんだ。殺気による幻覚?いや殺気すら感じられなかったけれども。

それはそうと、不可視の斬撃に概念切断...。えっ、それって...

 

「ッ!?」

 

俺よりも少し早く気付いたらしい静謐ちゃんが、顔を真っ青にしながらものすごいスピードで平伏する。やっぱりそうだよね?

 

「...なんでここにじいじが?」

「我が名はじいじでは無い」

「いやでもですね?気配を全く感じさせず尚且つ概念そのものを切断するなんて変態じみた事出来るのはじいじしか」

「じいじではない」

「アッハイ」

 

...じいじでは無いらしい。いや本人が認めないだけでほぼ100%じいじで決まりなんだけどね?静謐ちゃんとかまだひれ伏してるし。

 

「冥界の主人が目覚めた後に伝えよ。汝の縛りは既に無し、己が信念に従い行動せよ。と」

「ちょっと待って消えようとしないでまだ早い」

 

言うだけ言って消えようとするじいじ(仮)を慌てて呼び止める。

 

「如何用か」

「その、なに?同盟の契りだっけ?それを斬ったらどうなんの?」

「同盟とは、3柱の女神が契りし不可侵の条。これを断つこと即ち、女神の枷を解き放つことなり」

「えっと...要するに?」

「冥界の女主人による複合神性、及び羽毛ある蛇への攻撃を可能とする」

「...複合神性ってのがゴルゴーンで、羽毛ある蛇はコアトルだっけか...」

「是なり」

 

じいじの言葉は一々分かりずらくていけない。簡潔にいこうぜ。

それはそうと、なんだってじいじはエレシュキガルの同盟の契りとやらを斬ったのだろうか?ゴルゴーン討伐だけならば既に過戦力もいいところなんだが...。やっぱり一筋縄じゃ終わらないんですかね。確かに俺の直感的な何かもゴルゴーンやキングゥを倒しただけでは終わらないんじゃないかと訴えてきてはいる。例えるなら「私が倒れても第2第3のティアマト神が...」的な?...何それ自分で言ってて怖い。

だとしたら、じいじにはもう一仕事してもらわなくては。

 

「じゃあさ、一応コアトルの方の同盟の契りも斬ってきてくれない?」

「請け負った」

 

そう言って今度こそ消えていくじいじ(仮)。

ふうむ、なかなか面倒な事になってきたぞぅ。

 

「...とりあえず、エレシュキガルどうすっかな...」

 

正直言ってゴルゴーン戦に於いてエレシュキガルの力は必要無い。もともとマルドゥークの斧と“天屠る光芒の槍”だけでゴルゴーンは殺れる予定だったし、何よりこちらには対ゴルゴーン最終兵器と言える者もいるのだ。今更戦力が増えようが、余り俺達のプラスにはならない。

だがしかし、あのじいじ(仮)がそれを理解していないとも考えにくい。エレシュキガルに何かの価値を見出し、尚且つそれが俺達の役に立つと判断したからこそ姿を現したのだろう。

...やっぱ第2第3のティアマト神とか出てくるのかなぁ。次は誰だ、アルテミスか?玉藻ナインの一角か?それともティアマト本人の御降臨か?ダメだ、どれが出てきても面倒事になる未来しか見えない。

 

そうやって俺が割と本気で唸っていると、エレシュキガルが目を覚ました。

 

「っつつ......あら? 私はどうなって...?確か嫌な感じがする槍に貫かれて...貫かれて!?私死んだの!?」

「まだ生きてるから黙ってて」

 

目覚めた直後から騒ぎ出すエレシュキガルを一旦黙らせ(肉体言語)、正座をさせてから今後の方針を再度確認していく。

 

第1にゴルゴーンについて。

ゴルゴーン襲来まであと3日と少し。これは問題無い。なんなら明日にでもこちらから奇襲をかけれるまである。

 

第2にエレシュキガルについて。

とりあえずこれは保留で。

 

第3にキングゥについて。

キングゥはゴルゴーンから引き離しておきたいところだ。出来れば俺かコアトルを主軸とした編成パーティで、ゴルゴーンと同時進行、或いはその前に撃破したい。ゴルゴーン戦に駆けつけられたら面倒だろうしな。

 

最後はゴルゴーンとキングゥを倒した後について。

良くある話で、ゴルゴーンを倒したら「ふっ、奴は所詮我らの中でも最弱」とか言いながら更に強い奴が出てくる、というのが1番に警戒するべきパターンだ。ティアマト神でないのにその名を名乗っている時点できな臭い。ゴルゴーンは無駄に力を蓄えているらしいし、その蓄えた力で真のティアマト神を降臨させる、というパターンもありえる。その場合の黒幕は恐らくキングゥ。

 

ふむ、やはりどう考えても面倒くさそうだ。

となれば、エレシュキガルは一応味方に付けておいた方が良いのかもしれない。じいじ(仮)が出てきたのもそういう訳だと思うし。

 

「よし、エレシュキガル。お前の処置が決まったぞ」

「...え?」

 

まさかの正座を喰らって若干泣きかけていたエレシュキガルが驚いた様にこちらを見上げてくる。どうでもいいが神を見下すのは若干良い気分だ。

 

「まあ俺からの処罰を告げる前にじいじからの伝言だ」

「...色々と言いたい事はあるけれど、とりあえずそのじいじって誰なのかしら?」

「『汝の契りは既に無し、己が信念に従い行動せよ』だそうだ」

「無視?私無視されてる?」

「じいじの言葉の上で言おう」

「あ、これ完全なる無視なのだわ」

 

ちょっとうるさい黙ってて。

 

「とりあえずお前、藤丸と仮契約結んでこい」

「...は?」

 

素っ頓狂な声を上げるエレシュキガルだが、こういった反応にも慣れてきた俺がいる。

 

「何故私が人間なんかと契約しなきゃいけないのかしら」

「敗者に拒否権はありません」

「...私は人間が嫌い。私の頑張りを褒めてくれない貴方も嫌い。だから全てこの冥界に叩き落とそうと...」

「拒否権はありません」

「......でも私は」

「拒否権は無いと言っている」

「ひぅ...」

 

割と本気で殺気にも似た威圧感を出しつつ、正座するエレシュキガルに上からものを言う。仮にも神という存在に対してこの態度は失礼にあたるのだろうが、まあ俺は神殺しだからね、仕方ないね。

 

「いいのかマスター?コイツ、今までウルクの奴らを何人も殺してるんだろ?」

「見ず知らずの市民の事を気にかけるなんて、モーさんは優しいなぁ」

「そういうのじゃねぇよバカ」

「拙僧もモードレッド殿に同意見ですな。エレシュキガルめに冥界へと連れ去られた市民の中には、少なからず知り合いも居申した」

 

ふむ。確かに兵士の中でも2割程度はそういう理由で精神的に死んだとされる奴もいるらしいことは聞いていた。だがまあ、それも特に問題はないだろう。

 

「エレシュキガルが許可を出せば皆生き返るだろ。それでチャラってことで」

「...まあ、マスターがいいならそれでいいんだけどな」

「よしよし、モーさんは良い子だなぁ。で、弁慶達は?」

「......拙僧も、凌太殿がそう仰るのなら異存はありませぬ」

「ん。なら決まりだな。じゃあさっさと帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

話は纏まったので、俺達も地上へ帰ろうとしたその時。エレシュキガルがまたもや待ったを掛けてきた。

 

「何、まだ言いたい事でもあんの?」

「えっ、と。その、私...冥界から出れないんだけど...」

「えっ」

 

まさかの事実発覚。なんて事だ、まさか冥界から出ることすら叶わないとは...。いや待て、それこそあのじいじが把握していない訳が無い。何か解決方法も存在している筈だ。

 

「今まではどうやって地上に出てたんだ?」

「イシュタルの身体を勝手に借りていたのよ。夜、アイツが眠ってる間とかにね。だから貴方達と会えたのは夜だけだったという訳」

「ふむ...つまり依り代があればいいと?」

「ええ」

 

となると...どうしようか。イシュタルに憑依して地上に出てきて貰っても、その間にイシュタルが居ないのでは意味が無い。どうしたものか...。

 

「あっ、あれは?イタコの真似事を祭祀場の誰か、もしくは素質のある奴にやってもらうとか出来ないの?」

「出来なくは無いけど...多分、そのイタコ役の人間は死ぬわ。私やイシュタルを召喚しただけで、巫女場の人間は死んだのだし...。神を降ろすとはそういう事なのだわ」

「むう...」

 

やばい、手詰まりだ。もうエレシュキガルとか連れていかなくてもいいんじゃね?(諦め)

 

「道満殿に頼めば良いのでは?」

「流石だ戦場の天才、褒めてつかわす」

「頭を撫でて頂ければ!」

 

牛若丸の閃き、悪くない。

道満なら依り代に代わる変な式神でも造ってみせるだろう。逸話的にそういう事も出来そうだし。確かスキルに“陰陽道”とかいう式神作成可能なものも持っていた筈だ。それが出来なければ...まあエレシュキガル参戦は諦める方向で。最悪、じいじに「冥界から出られない」というエレシュキガルに課せられた制約を斬ってもらうか。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「いや、普通に出来ないよ?というか逆になんで出来るなんて思ったの?」

「oh......」

 

冥界から帰ってきてすぐ、門の近くにいた道満を捕まえて例の件、エレシュキガル降臨用の式神作成が可能かどうかを聞いたのだが返ってきたのはNOという返事。まあ冷静に考えたら普通出来ないよな。

 

「くっ...!すいません凌太殿、私の至らぬ提案のせいで...っ」

「いやまあ、これは俺も悪いからなぁ」

 

心底悔しそうに握り拳を作る牛若丸に若干のフォローを入れつつ、本格的にエレシュキガル不参戦を視野に入れる。

最初はエレシュキガル無しで戦う気満々だったのだし、そこまで問題は無い。無いのだが...

 

「おい、どうするんだよマスター。あの女神、地上に出れるって凄い喜んでたんだが」

「............」

 

そうなのだ。エレシュキガルに「地上に出れるかもよ」という根拠の無い希望を示したら、パァッ!という効果音が付きそうな程破顔させて喜んでいたのである。戦闘前に語っていた事からも、冥界から出られない彼女は地上へ対する憧憬が強いであろう事は容易く推測できた。

 

...うん、罪悪感が無いと言えば嘘になるよ。

 

「とは言っても、もう手が無いしなぁ」

「全く、道満が使えないから」

「道満さん、役立たず...」

「そこで僕を責めるのは違くない?僕悪くないよね?ね?」

 

もはや大した意味の無いモードレッドと静謐ちゃんの罵倒が道満を襲う。南無三。

 

とは言え、道満が悪いかと言われればそれは違うだろう。それどころか、彼は良くやってくれていたらしい。

道満を捕まえる前に出会った顔見知りの兵士達が口を揃えて「道満殿は凄かった。どれくらいかと言うと凌太殿が戦線参戦した時くらい凄かった」と言うほどだ。

...もう、サーヴァントと同じ括りとして語られる俺は、一般人ではないと自覚せざるを得なくなったが。で、でもまだ常識人である事を捨てた訳じゃないんだからねッ!!(ヤケクソ)

 

 

とりあえずエレシュキガルについてはギルガメッシュやマーリン、ロマンやダ・ヴィンチちゃん等、専門っぽい人達に相談するかと考え、ひとまずはジグラッドへと足を運ぶ事にした。

レオニダス達が戻ってきた事で魔獣戦線から一時離脱し、息抜きだと言い張りながら人妻漁りに行こうとする道満を令呪を使って強制連行して、ウルクの大通りを進んでいく。

 

と、不意に目に入った人影に気が行く。

それもそのはず、その緑髪の人影は見覚えのある、しかしこの街で見てはいけない顔であるのだから。

 

「...疲れてんのかな、俺。確かにこの特異点来てからロクに寝てないけど、まさか幻覚を見るレベルの疲労が溜まってるなんて...」

「疲れているのでしたら私が膝枕でも何でもしますが。というか寧ろバッチコイなのですが」

「静謐ちゃん、やっぱりキャラ変わってきたよね…」

 

キラキラした目でこちらを見てくる静謐ちゃんを軽く諫めつつ、1度目を擦ってから再度その人影があった方を見る。

...うん、やっぱりいるわ。んでもって花屋の婆さんと笑顔で話してやがるわ。

 

「オイコラ、なんでこんな所にいやがる」

 

最大限の警戒をしながら、その人影──キングゥに声をかけた。

すると、袋いっぱいの果実を抱えたキングゥがこちらへと振り返り、出会った当初のような笑みを浮かべる。

 

「何故、か...そうだね。強いて言うなら、人を守るためかな」

 

花屋の婆さんに丁寧にお辞儀をしてから、こちらへと返答してくるキングゥ。...キングゥ?

 

「まあ、君たちは確実に勘違いしているのだろうね。でもそれは無理もない事だ。では、自己紹介でもしてみようかな。僕はエルキドゥ、友の喚び声に応えて起動した、ただの兵器さ」

 

 

* * * *

 

 

「フハハハハ!驚いているようだな、凌太よ!よいよい、言わずともその顔を見れば分かるぞ?」

「うるさい、説明早く」

 

キングゥ擬きであるエルキドゥを連れ...いやキングゥがエルキドゥ擬きなんだっけ?もうどっちでもいいか。

とりあえず、大通りで出会ったエルキドゥを名乗る人物を連れ、足早にジグラッドへと向かった。

玉座にて俺の姿を確認したギルガメッシュがニヤニヤとしだした事から、彼が確信犯である事は間違いない。

 

「はい、ギル。頼まれてた果実類。お釣りは面倒だったから全部果物屋の店主に渡してきたよ」

「構わん。...む、おいエルキドゥ、ブドウが無いではないか」

「ああ、ブドウは醸造の方に回されてて、今は食用としてはあまり出回っていないらしいよ」

「何?葡萄酒など、ウルクではまだ主流ではないはず...はっ!?まさかまたあの娘か!?ええい、枝豆のつまみの件と言い、味を占めた民衆がアルコール中毒にでもなったらどうするのだ!」

「すまないギルガメッシュ、葡萄酒は俺が飲みたかったから造ってもらった」

「貴様か凌太!」

「凌太!あれほど飲酒はダメだと言いつけたにも関わらず、私に秘密にして飲んでいたのですか!」

「俺だって皆と飲みたかったのでござる!」

「くっ、無駄に腹が立ちますねその口調...ッ!モードレッド殿!ハサン殿は凌太に甘いし、道満は普通に使えないので、貴女に凌太が飲酒しようとしたら止めるようお願いしていたはずですが!?」

「いやぁ、最初は止めたんだが、マスターと飲む酒は美味くてな!」

「つまり買収されたと!?」

「僕の扱いが雑、というか非道い言われ用な件について。これでも割と高名な術者なんだけどなぁ」

「ドンマイ」

 

というか、ウルクに来た1週間後に葡萄酒製造を依頼した俺だが、葡萄酒の熟成に年単位の時間がかかるという事をすっかり失念していた。なので、今製造中の葡萄酒を俺が飲む事はほぼ確実に無いだろう。残念だ。

 

おっと、話が逸れた。

 

「それより、エルキドゥの事だよ。なんでいる?というか本当にキングゥじゃねえの?気配が一緒なんだが」

「貴様にも違いは分からぬか。まあ仕方あるまい。キングゥとエルキドゥ、2人は同じ器だからな。違うのは中身だけ。容姿、気配、性能は全くの同じと見て良いだろう。次にエルキドゥを喚んだ理由についてだが...これは我が逆に聞こう。凌太、それからそこのセイバー。貴様らは直感持ちだな?ではその直感に従って答えよ。此度の戦い、ゴルゴーンめを打倒したらそれで終わりだと思うか?」

 

巫山戯た雰囲気を霧散させ、真剣な声音で問うてくるギルガメッシュ。

まあ、敵がゴルゴーンで最後じゃないっぽい事は俺でさえ感じていたし、ギルガメッシュが気付いていない訳もないか。

 

「俺はまだだと思う。まあ、本当に勘の域を出ないけどな。モードレッドは?」

「オレもマスターに同感だ。嫌な予感もしやがる」

「ふむ、やはりか...。我は直感持ちでは無いが、虫の知らせの様なものを感じてな。そこで、牛若丸達の魔力供給を凌太が行っている今、多少なりとも余裕が出来たが為に戦力増量を図ったのだ。ま、エルキドゥが来るとは思ってもいなかったがな!」

 

...どうやらそういう訳らしい(適当)

というか、ギルガメッシュ自身がエルキドゥを召喚する為の触媒と言っても過言ではないのではないだろうか…?違うか。

 

「それでは凌太よ。冥界から帰って早々だが、貴様に王命を下す。藤丸らが帰還すると同時に北にあるゴルゴーンめの神殿へ移動、あの女神を叩き伏せて来い。エルキドゥ、貴様もだ。作戦は貴様らの好きにするが良い」

 

...という訳で、ゴルゴーン達へと奇襲を仕掛ける事となった。

 

 

 

エレシュキガルの件、どうしよ...。

 

 

 

 

 




あと2,3話で第7章を終える予定です。...予定です。


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ティアマト

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ。オケアノス、ロンドン、アメリカと、今までの戦力不足が嘘みたいだねぇ。...どうしてこうなった」

「すまない、とは言わんぞ俺は」

 

冥界から帰った翌朝。俺は藤丸達と共に北の防壁へと移動していた。徒歩で半日程かかるのだが、夜明け前から移動を開始したので、昼前には到着出来そうである。

 

...現在この場にいる戦力の報告でもしておこうか。

 

俺、静謐ちゃん、モードレッド、牛若丸、弁慶、ジャガーマン、エルキドゥ、藤丸、マシュ、ジャック、エウリュアレ、金時(騎)、マーリン、アナ、イシュタル、コアトル、ウルク兵約500人。

 

うーん...獅子王の円卓相手でも互角以上に渡り合える戦力だわ、これ。

 

レオニダスと道満はウルク防護として残して来たが、それでも戦力過多過ぎる戦力である。

エレシュキガル?知らん(諦め)

 

『いやぁ、もうこのメンツで魔術王に挑んで来てよ。勝てるでしょ、このパーティなら』

「それな」

 

シミジミとそう述べるロマンと藤丸を無視して歩を進める。

 

その後も時折現れるはぐれ魔物を片手間で屠りながら歩き、予定通り、昼前に北壁へと辿り着いた。

 

『それじゃあ作戦会議、というか確認をしておこうか』

 

今まで本気で空気だったロマンが、ここぞとばかりに仕切り出す。...ごめん、割とマジで忘れてた。

 

『林に待機している魔獣1万頭。これは女神イシュタルとジャガーマン、モードレッド、静謐のハサンが担当する。凌太君と女神ケツァル・コアトルは“鮮血神殿”へマルドゥークの斧を叩き込み、ゴルゴーンの神性を削ぐ。その後は2人とも魔獣駆逐に回りつつ、キングゥに備えてくれ。残りの立香ちゃん達は凌太君達が神殿を破壊したのを見計らって神殿内に侵入、ゴルゴーンを打倒してくれ』

 

と、出発前に決まっていた作戦を意気揚々と語るロマンを、皆暖かい目で見る。話し終えたロマンが得意顔な辺り、相当話したかったんだろうな、と全員が察しているのだ。ジャガーマンは空気を読まなそうだったので事前に令呪を切って黙らせた。令呪の無駄遣い?ロマンの精神安定は大事なんです。

ロマンの存在感が少しだけ戻ったので再び現場で話を進める。というかロマン達カルデア役員は今回、藤丸の存在証明で手一杯なのだ。こちらに介入している暇は本来ほぼ無い筈なのだが...まあ、通信は出来てきるのだし、空気のままは嫌だったのだろう。今はダ・ヴィンチちゃんと共にヒーヒー言いながら作業をしている。南無。

 

「じゃあゴルゴーンは藤丸達に任せるけど...大丈夫か?」

 

藤丸に向けて、では無く、アナとエウリュアレに向けてこの言葉を投げかける。

ゴルゴーンの正体も然ることながら、アナの正体も丸分かりであることから、この意思確認は必要だろうと思ったのだ。

 

「あら、貴方にも誰かを心配する心があったのね。驚きだわ」

「俺をなんだと思ってんだこの女神は」

「頭の可笑しい私達の天敵という認識だけれど?それよりもあの子...ゴルゴーンを相手に出来るか、という質問だったわね。折角の貴方のなけなしの気遣いを無駄にするようでとても嬉しいけれど、心配無いわ」

「この性格の悪さよ......、いや、これはイイ性格してるって言った方がいいか」

 

俺は別にM属性は持っていないので、そんな嗜虐心溢れる笑顔を向けられても困るだけです。自重しろ女神。

 

「...私も大丈夫です。私は元々、ゴルゴーンを倒す為にここへ喚ばれました。覚悟ならとうの昔に...」

「ああ、いや。そういうのいいから」

 

死ぬ気の垣間見えるアナに、お前何言ってんの感を出して嘆息する。

 

「お前の言う覚悟って死ぬ覚悟だろ?そんなのするだけ無駄だ無駄。生き残って、そして勝つ事だけ考えろ。それにな、差し支えるなんて真似をしたらお前の姉さんが黙ってねえぞ」

「分かってるじゃない、神殺しさん?貴方への評価を少しだけ改めてあげる」

「そりゃどうも」

 

どうせロクでもない評価がまた更にロクでもないものになったのだろう。エウリュアレだからね、仕方ないね。ステンノが居ないだけマシというものだ。...俺は忘れない、カルデアで遭遇した女神達に遭わされたあの災悪を。詳しくは語らないが、カルデア全体を巻き込む事態へと発展し、俺の心が真っ黒に染まりかけたとだけ言っておこう。ロマン曰く、「リョータ・オルタという化け物の片鱗が見えた」だそうだ。

 

「......分かりました、善処します。姉様に怒られるのは、その、怖いですし...」

「よし。それじゃあ決行まで時間もあるし、それまでは各々自由に過ごすって事で」

 

とまあ、いい感じの空気で終わろうとしたこの作戦会議だが、そう簡単には終わらなかった。

 

「...ダメだ、気になってしょうがない...。凌太君、『差し支える』じゃなくて『差し違える』だと思うんだけど、そこの所どうでしょう」

 

藤丸の放つ指摘に、全員が顔を逸らして笑いを堪える中(女神2柱は爆笑)、俺は顔を両手で覆ってその場に蹲る事しか出来なかった。

 

 

暇が出来たら絶対に語彙力を付けよう。赤面しながらも、俺は心にそう決めた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

3時間後。

遅れて到着した残りのウルク兵(コアトルによる強化、及び狂化済)と翼竜軍団と共に戦線を張り、俺達は魔獣蔓延る林へと向かっていた。

本来なら明日の夜明けと同時に奇襲を仕掛けるのがベストなのだろうが、高ランクの『気配察知』を誇るキングゥがあちらにいる以上完全な奇襲などは出来ないし、下手をすればこちらが逆に奇襲を喰らう。なので、もう開き直って正面突破しようぜ、という事になったのだ。

 

「...魔獣の数は約1万、正確な数字は1万と2246頭だね。西側の方が手薄だ。そちらから神殿へと向かおう」

「すっげ。そんな細かいところまで分かるのかよ...。俺が感じれるのは、なんとなく沢山居るな、ってぐらいなのに...」

 

エルキドゥの驚異的な『気配察知』能力を目の前にして改めて感服する。これは静謐ちゃんの『気配遮断』が看破されたのも納得だわ。

そして、それと同時に、こちらの戦力もキングゥ相手には既にバレているという事も差している。

高い戦闘能力に気配察知、更には変身まで出来るとか優秀過ぎるだろコイツら。

 

「それじゃあ凌太君。私達は先に行ってるから、神殿の破壊、よろしくね」

 

そう言って魔獣達が比較的少ないらしい西側から林へと新入していく藤丸達を見送り、こちらも準備を始める。

 

「...確認だけどさ。お前、これ本当に投げれんの?」

「まあ投げるだけなら出来マース。細かいコントロールとかは無理よ?」

「それでも十分スゲェよ...」

 

神代の連中はヤバイ、改めてそう思った。

コアトルが投げられると豪語する物、それは今しがたギフトカードから取り出したマルドゥークの斧である。こんな都市1つと同程度の重量とかいうアホみたいな武器を平気な顔して投げれるとか(呆れ)

 

それじゃあいきますヨー!とか陽気に言いつつ本当に斧をぶん投げるコアトルを見て、コイツと正面からやり合う事だけは何としても避けようと切に思った。

 

そんな感じで俺が軽く戦慄していると、遠くから何かが破壊される音が鳴り響いた。恐らく、というか確実にコアトルの放った斧が神殿へ直撃したのだろう。

本来なら、この行為が「三女神同盟」なるものへの違反と見なされ、コアトルに文字通り天罰が下る。だが、その契約はじいじ(仮)が断ち切ったのでお咎め無し。...思ったんだけど、俺達(カルデア組)って必要ですかね?もうじいじとエルキドゥ、イシュタル、コアトルだけでゴルゴーン殺れるんじゃね?ジャガーマンも巫山戯た存在だけど、その分戦闘能力の方も大概巫山戯てるし。そしてギルガメッシュが召喚した英霊達+野良サーヴァントのアナ...。いやこれマジで俺達要ります?

 

と、割と本気でそんな事を考えていた時だった。

 

「ッ!リョータ、後ろ!」

 

コアトルの鬼気迫る叫びと共に、ほぼ反射的に横へと跳ぶ。そして、俺の左腕が貫かれた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。そのまま俺の左腕、正確には左の二の腕は引きちぎられ、鮮血を散らしながら弧を描いて宙を舞う。

 

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

 

咄嗟に俺の左腕を貫いた物が飛来してきた方向、つまり背後を確認する。すると、俺の真後ろ、その地面から、見覚えのある黄金の鎖が数本飛び出ていたのだ。

 

──やられた。

 

コアトルの声で咄嗟に回避行動が取れた事が不幸中の幸いだろうか。本来の狙いであった頭への直撃は避けられたっぽいが、それでも片腕を失った。戦場で油断すると死ぬ、という事を嫌という程理解していた筈なのに、またやってしまったのだ、俺は。圧倒的な戦力差を前にして、気付かぬ内に慢心していた。

 

「やあ。随分と面白い事をしてくれたじゃないか、坂元凌太」

 

前方から声が聞こえる。と同時に、俺は未だ宙を舞っている左腕を回収。ギフトカードへと収納する。『魔王の左腕』とかいうギフトネームが付与されたが気にしない。そんな事を気にする前に、止血の作業へと移行する。

 

「川神流、炙り肉!」

 

右腕で発動させた、百代から奪った技で切断面を焼いて止血する。腕一本失って、その断面から止めどなく流れ出る血の量はすぐに致死量まで達する。それを防ぐには、こうするのが早いと判断したのだ。雷は俺に通じないし。

痛みならば我慢出来る。実際、これ以上の重症だって経験してきたのだし。しかし失血は別だ。これは訓練や根性論などではどうしようもない。致死量超えたら普通に死ぬ。

人の肉が焼ける、既に慣れてしまった臭いを知覚しながら、怒気を含んでこちらに声を掛けてきた前方の人物へと視線を移した。

 

「三女神同盟が1柱、ケツァル・コアトルの従属...いや、君達風に言うと『仲間にした』が正しいのかな?まあそれはどうでもいい。問題はそこじゃない。何故天罰が下らない?女神間の同盟は破れない、これは絶対だ。例え上位の神であろうと、これは覆せない。──何をした?」

「機密事項だ」

 

律儀に答えてやる義理も無いので適当に流す。第一、じいじを知らない奴に真実を話した所でそれを信じる訳が無いのだ。俺だって、自分の目で見てなければ信じないわ。

 

「...ふん、まあいいさ。少し予定は早まったが、それだけだ。大した問題は無い。例えケツァル・コアトルであろうとも、母さん(・ ・ ・)には勝てないんだしね」

「あら、言ってくれるわねキングゥ? 自分で言うのもなんだけれど、私、ゴルゴーンよりも強いわよ?」

 

えっ、何それ初耳。ガチで俺らの存在意義が無くなってきてないですかね?

 

「なんだい、マーリンはまだ話していなかったのか...。ハハハ!思い上がらない方が良いよ、羽毛ある蛇。本物の(・ ・ ・)母さん(・ ・ ・)()強い弱い(・ ・ ・ ・)()次元(・ ・)()測る(・ ・)事は(・ ・)出来ない(・ ・ ・ ・)

「...どういう事?」

 

訝しげにコアトルが聞くが、キングゥはそれに答えようとはしなかった。

その代わりに鎖を数本飛来させる。

 

「世界の終わりまで──いや、新世界の始まりまであと2日。今の母さんが倒されたとしても、今日を以て世界は生まれ変わる。それを待たずして死ぬがいいさ、カルデアの諸君」

「ハッ!言ってろサイコ野郎!」

 

コアトルとキングゥが無駄に話し込んでいる間に、俺は魔力を十二分に充填し、尚且つ遅延術式の準備をする事ができた。

左腕の損失によって、俺のバランス感覚は著しく低下している。手数も減るし、接近戦などは俺が圧倒的不利。であるならば、魔術等で渡り合うしかないだろう。

 

「前衛は任せて下サーイ!派手にいきマスヨー!」

「よし任せた。俺の魔術に巻き込まれない様、背後にも注意しとけよ」

「...それ割と本気で心配ね。...面倒がって私ごとキングゥを殺ろうとかしないでネ?」

「善処する」

 

結構本気で心配そうな顔をするコアトルと共に、構えを取りつつキングゥへと向き直る。

 

「旧型の分際で、粋がらないで欲しいな。母さんの怒りを知るがいい。滅びの潮騒の聞きながら──死ね、旧人類!」

 

明確な怒気と殺意を隠そうともせずに、鋭い目付きでこちらを睨むキングゥ。自身の周りに無数の『天の鎖』を侍らせ、攻撃態勢を整えている。

 

本当に火花でも散りそうな程に3人の視線が交差する中、戦いの火蓋は切って落された。

 

 

* * * *

 

 

「『母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)』!」

「マカナの強度を見せてあげマース!フルスイングネ!Su escape.(吹き飛びなさい)¡Hasta los confines de los cielos!(天の果てまで)

 

飛来するいくつもの『天の鎖』をマカナ1本で迎え撃とうとするコアトルに、俺は手に貯めた魔力を譲渡させる。一誠の『Transfer』を模したものなのだが、契約していない英霊に直接魔力供給をさせるにはとても便利な技だ。

 

コアトルは宣言通り、打撃武器であるマカナを豪快に振り抜いてキングゥごと『天の鎖』を打ち返す。というか数本余波だけで跳ね返してたんだけど。マジでかお前。

 

という風に、怪獣大決戦という名の戦闘を繰り広げること十数分。互いに疲れを隠しきれなくなってきており、若干肩で息をし始めていた。

俺も、直接的な戦闘行為こそ少ないものの先程の失血が大いに効いており、疲れというよりも虚脱感が俺を襲っている。肉が食いたい。

 

「ちっ、相変わらず馬鹿げた怪力だね。まさかそんな石器で弾き返されるなんて...」

「ヤー!全開の私と力で張り合うなら、戦神か悪神でも喚ぶしかないわよ?」

「これ以上神を召喚させる様な発言をしないで下さい。フラグになったらどうするんだ」

「それはそれで楽しそうよね!」

「戦闘狂ェ...」

 

やはり神は神か。頼もしいっちゃ頼もしいのだが、何処か不安になるな...。

 

「ッ!この気配、まさか母さんが?...そうか、あのアナとかいう英霊か...。クソッ、時間を取られすぎた!」

 

こちらが馬鹿な話をしていると、急にキングゥが顔色を変えた。

今のセリフを聞いた感じ、藤丸達がゴルゴーンを倒す事に成功したのだろうか?そんな重要な情報を俺達に聞かれる様な音量で呟くキングゥマジ浅はか。

 

「遊びは終わりだ、ケツァル・コアトル、坂元凌太」

「遊びて。お前割と本気だっただろ」

「うるさい黙れ。──これより世界は1度終わる。旧人類は皆滅びる運命にあるが...母さんを殺した奴らは別だ。僕が直接手を下す。じゃあね、旧人類(坂元凌太)。精々、滅びの運命に抗ってくれ」

 

言いつつ、イシュタルよりも速い速度で飛び、この場を離脱するキングゥ。恐らく神殿へ向かったのだろうが...まあ心配は無いだろう。あっちにはエルキドゥもいるし。

それよりも問題なのは、キングゥの言葉である。

『世界が1度終わる』と、確かに奴はそう言った。十中八九、本物の母さん、とやらが原因と見ていいだろう。であるならば、その元凶を無くす事こそが、この特異点を修復する最終目標と受け取れる。

 

「私は一応、立香サン達と合流しマース。貴方は魔獣戦線に行くか、もしくは後方で休んでいて下サイ。その腕では、ロクに走れもしないでしょう?」

「ん、そうだな。確かにこのままじゃタダの足で纏いになりかねないし、1回休憩を......とか思ってる最中に面倒そうな事が起こってるんですけど」

「?一体何が...なるほど、私も感じました。これは酷いわね...」

 

コアトルと共に、南の空をじっと見つめる。

何を隠そう、そちらの方角に謎の気配が突如として現れたのだ。しかも1つや2つではない。俺が感知出来ただけでも、既に5万は超えている。

そしてその異常事態という現実を裏付けるかのように、まるで地球そのものが震えているかの様な地鳴りが起こり始めた。

これマジで世界の終わりなんじゃないだろうな。

 

「コアトル、お前はさっき言ったように、1度藤丸達と合流してくれ。俺は何人かの英霊を連れて、南方の様子見でもしてくる」

「了解ネ。でも、無茶はダメよ?死ぬのもね」

「おう。俺もまだ死にたくはないしな。程々にしとくよ」

 

言って、俺とコアトルは逆方向へと同時に駆け出す。

 

事態は差し迫っている状態だ。今感じている謎の気配。それらの個体値は、恐らく上位の魔獣と同等かそれ以上だ。そんなものが、知覚出来るだけで数万体。街だけではない。俺達だって一斉に襲われたら危ないのだ。いくら一騎当千の力を持つ英霊でも、圧倒的な物量に対抗し続ける事は出来ない。一騎当千とは即ち、2千,3千で来られたら勝てないという意味と同義なのだ。まあその状況にもよるが。

 

そんな事を考えて走っていたのだが、俺は中々速度を出せずにいた。左腕を失った事で全身のバランス感覚が狂い、真っ直ぐに走る事ですら困難になっているのだ。

 

「これはさすがに戦力外通告受けるかな...」

 

そう愚痴りながら、ギフトカードから紫色のブレスレットを取り出し、『トニトルス』を展開させる。空を飛べばバランス感覚もクソもない。

暫く飛び、魔獣達との戦闘を繰り広げているモードレッド達と合流する。

 

「マスター!ヤベェ、南の方から嫌な感じがする!」

「ああ、分かってる!モードレッド、それから静謐ちゃんも乗れ!イシュタルは魔獣を全滅させ次第ウルクに向かってくれ!」

「えっ、ちょ!?何!?何が起こってるってのよ!?」

「察せ女神(イシュタル)!なんかこう、神的な力で!」

「何言ってんのアンタ!?」

「リョータサン!私は!私はどうする!?なんなら私自ら南方へ赴いて、貴方の認めた美の神としての力を遺憾無く発揮することも決して吝かでは」

「ステイ!」

「まさかの!」

 

というかジャガーの屠ってる魔獣の量が尋常じゃない。アイツの周りに転がってる遺骸が全体の3分の1くらいあるんだが。アーチャーであるイシュタルより大量に殺ってるって本当になんなの。美の神なんて勿体無い、やはりお前は死と戦いの神だよ。

 

そのまま、ジャガーの手綱をイシュタルに押し付...任せて、両肩に静謐ちゃんとモードレッドを乗せながら全速力で南へ向かう。

すると間も無く、感じていた謎の気配の正体が見えてきた。てか正体というか何というか...。

 

「...なんだアレ」

「キモッ」

「黒いですね...」

 

上から俺、モードレッド、静謐ちゃんの順で思った事をそのまま口にする。

...正直に言おう、『生理的に無理』という経験を俺は初めて体験した。なんだアレ、本当になんだアレ。きもっち悪ぃ。

 

南の空と海を覆い尽くす紫に近い黒色の生物。それが、先程から感じ続けている謎の気配の正体だった。

一応人型とも取れる形状はしているものの、アレを人型だと──人に近い生き物だと、認めたくない。

俺は、基本的に自分以外の事には無関心であると自負している。無関心とはつまり、好きも嫌いも無いということだ。それが、見ただけで拒絶反応を起こす程に、俺はヤツらを受け付けない。生理的拒否。良く女子達が口にする言葉であるが、まさか自分がそれを体験する側に回るとは思っていなかった。体験される側は分からないけど。

 

「ヤバくねぇか?アレ、一体どんだけいるんだよ...」

 

モードレッドの戦慄した声が耳に届く。

確かに、目に見えているだけで軽く10万程度はいるのではないだろうか。辛うじて陸へは到達していないものの、それも時間の問題だ。未だ海から溢れ出るあの黒い生物は、すぐにでも陸へと上陸を始めるだろう。

 

「1回退いた方がいいか?さすがにあの量は捌ききれん」

「いやマスターなら案外いけそう...って、おい、マスター。お前、左腕はどうした」

 

ISの装備で今まで気付いていなかったのだろう。不意に目に入った、いや入らなかったのか。とにかく、あるはずのモノが無い事実に気付いたモードレッドが訝しげに聞いてくる。

モードレッドの発言で静謐ちゃんも俺の左腕が喪失している事に気付いたらしく、焦った様な顔を向けてきた。

 

「あー、これな。さっきキングゥにやられた」

「はぁ!?マスターが敵に!?冗談だろ!」

「事実だっつの。それにお前が知らないだけでこれより酷い怪我だってしてきたぞ、俺。なあ静謐ちゃん」

「まあ、あのご老体と戦ってきた時は全身穴だらけでしたけど...」

「え、マジか!?それで生きてるマスターやっぱ普通じゃねぇ...」

「俺の非人間性とかはどうでもいいんだよ」

 

そんな馬鹿な会話をしていると、突如トニトルスのプライベートチャットに通信が入った。...えっ、この時代で、というかこの世界で誰からISに連絡が来るんだよ...。

疑問に思いながらも、さすがに無視する訳にはいかないので、音声通信だけを繋げる。

 

「もしもし?」

『おお!本当に繋がった!なんなんだいそのISっていう機械は...』

 

通信越しに聞こえてきたのは、既に聞き慣れてしまった何処か頼りない声。

ごめん、ISが何なのかは俺も良く理解してない。そこら辺は束にでも聞いて。

 

「どうしたロマン。藤丸の存在証明とやらはいいのか?」

『えっ?ああ、それなら問題無い。レオナルドが全力を出しているからね。それより、君は今南に居るって話だけど、そっちはどんな状況?』

「んー...まあ一言で言うと『ヤバイ』かな」

『あの凌太君を以てしてヤバイと言わしめる状況か...。それはマズイな...。追い討ちをかける様だけど、こちらはマーリンが脱落した』

「は?何やってんだあのバカ。えっ、アナ達は?」

『マーリン以外は無事だよ。アイツはまあ、この事態を未然に防ごうとして失敗したんだ。それよりもだ。君の主観でいい。マーリンの欠けた現在のこちらの戦力で、今の状況を打破し、更にその特異点を修復する事は可能かい?』

 

ロマンに問われ、再度黒い生物達に目をやる。既に数万体程が陸へと登り始めており、海に隣接されていた観測塔も既に襲われている。

 

「...正直言って、俺には分からん。敵の絶対数も分からないし、何より総大将がどれかも分からねぇ。手の打ちようが無い」

『敵の総量、及び総大将はこちらで計測した。総数は今の所は約1億。総大将は女神ティアマト。これはゴルゴーンの様な、権能だけのティアマトでは無く、本物のティアマト神だ。エルキドゥにも確認を取ったから間違い無いよ。そして今、ティアマト神は海の底にいる』

「1億か...。それはキツイな。先にティアマトを殺れば、あの黒いヤツらは消えたりするの?」

『恐らくそうだろう。彼らはティアマト神が創り出した新人類だと、キングゥは言っていた』

 

新人類とかマジでか。あんなのが人類だと?ないわー、マジひくわー。

っと、そろそろ離脱しないと、俺達も標的になるな。

 

「とりあえず、一旦俺もウルクに戻る。藤丸達にはそこで合流しよう。ティアマトが海から出てこない事にはどうしようもないからな。それまでは北壁で耐久戦だ」

『了解。立香ちゃんにもそう伝えておくよ』

 

それを最後に、ロマンが通信を切った。

同時に、俺もトニトルスに魔力を通してその場を離脱する。

 

黒い生物らの歩みは思ったよりも速くはない。この調子だと、奴らが北壁に辿り着くまでに3時間程度と見て良いだろう。

全戦力でかかれば、恐らくだが防衛だけなら可能だ。しかし、そこから更に戦力を裂き、対ティアマトとなると正直キツイ。ティアマトが海から顔を出すまでに黒い生物をどれだけ駆逐出来るかが勝負の鍵になりそうである。

 

 

...というかマジでこの腕どうしよう。回復系の神秘は効かないしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「差し支える」は最初普通に書き間違えてて、後から気付いたのでそのままネタにしました。
別に文字数稼ぎじゃないですよ?...本当ですよ?


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ラフムってキモイよね

※この作品は、作者の偏見及び独自解釈が大いに組み込まれています。ご了承ください。



 

 

 

 

 

「あ、凌太君お疲れ...ってその腕どうしたの!?」

「かくかくしかじか四角いムーヴ」

「ごめん何言ってるか分かんない。腕だけじゃなくて頭も殺られたんだね...可哀想に...」

「いややられてねぇよ、大丈夫だよ。何となくで察せよ」

「そうよ、マスター。この男の頭は元々やられてるわ」

「よぅし喧嘩だ。表出ろ下姉様」

「あら、ここは既に表では無くて?そんな事も理解出来ないなんて、やっぱり頭がやられてるんじゃないかしら?」

「......帰ったらアステリオスにある事ない事全部チクる絶対チクる」

「ちょっと止めなさいよ!?」

 

そんな風に北壁にて合流した藤丸達(主にエウリュアレ)とじゃれあいながら、レオニダス率いるウルク兵団とも合流する。

 

今揃えられる全戦力が集結したこの北壁。ここが本当の意味での最終(デッド)ラインである。

ここが落とされたらウルク、延いては世界・人理そのものが終わると言ってもなんら過言ではない。まあこの聖杯戦争に於いては「カルデアの敗北=人理終了のお知らせ」という図式が常に成り立っているので、今までの状況と余り変わりはないのだが。

 

それはそうと、この集まった戦力にギルガメッシュが下した命令はただ1つ。

 

『勝て』

 

何ともまあ、簡単に言ってくれるものだ。他にも色々と言う事があるだろうに。詳細な作戦とか。

しかしまあ、突き詰めれば何の道“勝たなければいけない”という事に変わりはない。その点で言えば、この命令は簡潔でしかも的を大いに得ているのだろう。にしても簡潔すぎやしませんかねぇ?

 

だがそんな事に文句を付けている暇はない。戦慣れしており、尚且つ戦術的な天賦の才を有している牛若丸が指揮を執り、約3万のウルク兵を布陣に付ける。正直こう言った戦術的な事に関しては牛若丸に勝てる気がしないのでそっちは完全に任せ、俺はとりあえず飯を食べる事にした。血が足りん。

非常食としてギフトカード内に常備している食料を取り出し、軽く焼いてからかぶりつく。暫く食べ続けると、漸く新しい血ができてきたのか、虚脱感が割とマシになってきた。と同時に、例の黒い生物──ラフムと呼称されたモノが目視で確認できるまでに近付いているのに気付いた。

 

「凌太殿!ラフム、約5万体、来ます!」

「分かってる」

 

牛若丸からの報告も受け、腰を上げる。

うん、大丈夫だ。いける。体力はほぼ戻った。

カルデアの魔術師(キャスター)勢特製の秘薬である『魔力回復薬』を一気に2本煽り、失っていた魔力も取り戻す。

 

「全員、加減・出し惜しみは一切無しだ。最初(ハナ)から全開で行くぞ!」

『オォォォオォオ!!!!!』

 

何これ耳が痛い。

士気を上げるにしては月並み過ぎる俺の台詞に応え、3万に及ぶ屈強な兵士達の野太い声が空気を震わせる。心無しか地面まで揺れている気がした。というか今の台詞、俺の契約してる英霊達に向けて言った言葉なんだが...マジかお前ら。

 

「カリスマなのか何なのか。とりあえず、さすがはマスターだ、といったところか。略してさすマス」

「くだらない事言ってないでお前も働けよ、道満」

「分かってるさ。何気に初めてだからね、マスターに僕の戦闘を見せるのは。まあ、サーヴァントになってマトモに戦闘出来た事自体が今回初めてなんだけど」

「今までお前を召喚してきた歴代のマスター達に軽い同情を覚える発言をありがとう」

「どういたしまして」

 

訳の分からない礼を言われた後、道満は自身の懐から長方形に切りそろえられた紙を取り出し、宙に放る。次は白砂を取り出し、同じく宙にばらまいた。

 

御薩婆訶(おん・そわか)

 

道満が呟くように唱えた呪文の様なモノを合図に、紙切れがその姿形を変貌させ、白砂は集結して幾つかの塊へと成っていく。紙は中型犬、白砂は燕の様な形へと変化したんだが...あの燕、もしやTSUBAMEじゃないだろうな。

 

「へぇ、これが噂に聞く陰陽道か。なんかテレビとかで見たことあるのと同じだな。つまらん」

「そんな神秘感の薄れる事を言わないでくれないかい?これでも、式神召喚とか高難度の技なんだからね?平安時代でも、日本では5人くらいしか使えなかったんだからね?」

「すごーい」

「馬鹿にしてるだろうキミ」

「いやいや、そんな事はない」

 

何やらジト目で見てくる道満だが、本当に凄いとは思っているのだ。ただまあ、目新しさという面では...ねえ?ドラマとか映画とかでよく見るし。

 

「...まあいいか。それじゃあマスター、宝具の使用も許可してくれるかな?」

「おう。魔力なら気にすんな。さっき回復薬飲んだし、全然余裕だから」

「それは僥倖」

 

ニコリと笑いながら、道満は少し後ろにある井戸へと歩み寄って行った。

 

ここで余談だが、道満が自身の力を解放、というか、あのクソみたいなスキルを無効化する方法は、あの井戸に関係している。

生前、芦屋道満という男が安倍晴明との決闘に勝てた試しは1度たりとも無い。それは変えることの出来ない事実だ。しかし、道満は1つ、清明との決闘で使用しなかった...いや、使用出来なかった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)式神が在る。それは道満の奥の手であったが、同時に諸刃の剣だったという。よくある話、その式神が強力過ぎて生前の道満では制御が出来なかったのだそうだ。故に、道満はその式神を井戸に封じ、決闘へと臨んだ。

 

であるならば、史実とも言える道満の特性を打破するには、史実と違う事をするのが道理だろう。

よって、道満のスキル『我が利は人の和に如かず』を無効化するには、その式神を使用する事が条件なのだそうだ。

 

しかし、話はそこまで簡単ではない。単純ではあるが、簡単では無いのだ。

それは何故か。何を隠そう、その井戸に封印していた式神を使う為に、更に条件が課されているからだ。

 

式神の封印を解く方法。それがまあ面倒なのである。

まずは井戸を5つ、五芒星の型を取るように造る。もうこの時点で面倒極まりないのだが、更にここから、それらの井戸に魔力を注ぎ続けなければならない。時間にして約半年、短くても3ヶ月は続けなければならないそう。そんなの、準備が終わるより先に聖杯戦争が終わるわ。

今回は神代という空気中の魔力濃度がアホみたいに濃く、しかも強力な龍脈が流れている時代なので、僅か1ヶ月程度で終わったらしいが、普通の聖杯戦争ではまず間に合わない。

 

そして更にネックなのが、その式神の使用範囲である。何故かは知らないが、井戸に封印していた式神が活動できる範囲というのは、井戸でかたどられた五芒星を中心にして半径約3km程。その範囲を越えると消滅してしまうらしい。ついでに、5つある井戸のうちたった1つを壊されても消滅。本当に面倒なスキルを持ってしまったものだ。流石、ハズレサーヴァントを自称するだけはある。

 

今回、その5つの井戸はウルクと、ウルクに隣接する北壁を中心にして、直径約10km程で造られている。なので、道満の活動範囲はウルクや北壁周辺に限定されているのだ。

 

「汝、日ノ本最古の鬼にして、神さえ恐れぬ益荒男なれば。谷が八つに峰九つ、戸を一つで鬼八塚。あららぎの里に住みし鬼よ」

 

井戸付近まで辿り着いた道満が、そっと呟きながら井戸へと魔力を注ぎ込む。というか、思ったより魔力持っていかれるな。まあ問題は無いが。

 

「さあ、出番だ鬼八。存分に暴れてくるといい──『式神開放、前鬼招来』」

 

道満が宝具を開帳し、井戸の中で膨大な魔力の奔流が渦巻く。

暫くすると、井戸の底から人型のなにかが出てきた。それは──

 

「■■■■■■ーーー!!!!」

 

──ヘラクレスによく似ていて、肌も浅黒く、加えて極めて高い神性を持っている鬼だった。

 

「...待って。ちょっと待って」

「いや、それは無理だね。僕の前鬼──鬼八は、1度解き放たれたら、全てを狩り尽くすか、もしくは死ぬまで止まらない、生粋の狂戦士だから」

「いやそれ、最早ただのヘラクレスだろ!?」

 

これは突っ込まずにはいられない。だってヘラクレスのパクリなんだもの。あの巨大な斧は持っていないが、狂戦士、神性持ち、肌の色等、酷似している点が多い。

 

「まあ、あの大英雄と似ている、というのは認めよう。僕も最初見た時は驚いたさ。でも、やっぱりというか何というか。前鬼は、ヘラクレスの足元くらいのスペックしか無いよ」

「それでも足元くらいはあるのかよ...」

 

こんな会話をしている最中も、イシュタルでさえ1体屠るのに苦労しているラフムを、劣化ヘラクレス擬きである前鬼は既に10体以上は泥へと還していた。というか、アイツら死んだら泥になるんかい。キモッ。

 

「L@anrLnrー!!」

「何言ってるか分からないけど馬鹿にされてる事は分かった」

 

前鬼の戦果に感心していると、こちらにも数体のラフムが寄ってきた。

そのうち、何やら雄叫びを上げて襲ってきた1体のラフムを殴り飛ばす。さすがに素手の1発では殺りきれなかったようで、吹き飛んだ先で痙攣するだけだったが。...やっぱ素手で殺りまくってるあの前鬼おかしいって。

雷を使ってこちらへ来たラフムを全部泥にして、今度はヘラクレス擬きではなく戦場へと目を配る。

 

「...なんか無駄に強いな、コイツら」

 

思わずそう呟いてしまう程には、このキモ生物は堅牢だった。イシュタルの弓でも簡単に貫けないところを見ると、ウルク兵では手も足も出ないだろう。実際、5人1組で戦っているウルク兵達は、徐々に死体の山へと変わっていっている。

 

「凌太殿!このままではこちらはジリ貧です、どうにかなりませんか!?こう、超広範囲高威力な高位宝具並の必殺技とかで!」

「それはマスターに求める事では無いなぁ。まあ出来なくもないけど」

「自分で言っておいてなんですが、マジですか!?さすマス!」

「何それ流行ってんの?」

 

道満といい牛若丸といい、よく分からない略語を使わないで欲しい。何故か劣等感を感じるじゃないか。

まあそれは置いておいて、今のこの状況を打破する事が先決だろう。

...仕方ない。1度使ったら暫く使えなくなるが、ここで奥の手を出しとくか。出し惜しみは無しと言ったのは俺だし。

 

「牛若丸、3分やるから、前線の兵士達を一旦退かせろ。巻き添え喰らう」

「了解です!弁慶、貴様も手伝え!」

「御意!」

 

俺の言葉を聞き、前線へと駆けていく2人。彼らの背中を見ながら、俺はギフトカードから1振りの剣を取り出す。

 

「...マスター、それってもしかして...」

「おう。そのもしかしてだ」

「鬼八ーッ!鬼八ーッ!戻って、お願い戻って!そっちにいたら死ぬ!間違い無く!」

「■■■■■ーーー!!!!」

「ダメだ、やっぱり聞いちゃいねぇ!」

 

焦った様に声を張り上げる道満。無理もない、立場が逆なら俺でもそうする。

 

俺が手にしている剣、それは聖剣だ。詳しく言うとエクスカリバーが分割したモノの1つ、『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラビットリィ)』。何だかんだでスイカ割りにしか使われていない、哀れな聖剣である。

本来コレは、エクスカリバーの7分の1の威力しか無い剣であり、エミヤの投影する永遠に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)の方が断然強い。

にも関わらず、何故コレが俺の奥の手にまで伸し上がったのか。簡単だ。ダ・ヴィンチちゃんを始めとした英霊達、世界に認められた科学者だったり魔術師だったりが魔改造に魔改造を重ねたのである。最早この剣は聖剣と名乗って良いモノでは無くなっているのかもしれない。それ程までにぶっ飛んだ性能になっているのだ。

 

「よし、全員下がったっぽいな。3分経ったし、やるか」

 

そう言い、俺は剣を上段に構える。

英霊達も全員下がらせたので、現在は俺が最前線に立っている事になる。前鬼は強制的に還したらしい。

なので、ほぼ全てのラフム達が俺を狙ってくる。が、そんなもの全くもって関係ない。

カルデアの電力により、事前に極限まで詰め込まれていた魔力が唸りを上げ、可視化する程の高密度な魔力が剣から濁々と溢れ出る。

 

──時は来た。

 

「喰らえ──『魔改造されし元聖剣だったナニカ(オリジナルを超えちゃったんだよカリバー)』ァアア!!!」

 

剣を振り下ろすと同時に吹き荒れる、星の息吹を束ねた輝ける命の奔流を軽く超越したナニカ。世界に認められた英雄達の叡智が火を吹き、ついでに神代の大地も文字通り火を噴いた。つまり、放った俺ですら若干引くレベルのビームが地殻を抉り、色々と突破した結果、真っ赤な溶岩が湧き出してきたのだ。更に別の場所では、抉り取られた地面の下にぽっかりと空洞が開いている。てかあれもしかしなくても冥界じゃね?...マジ引くわー。

 

『どうだいどうだい、主に私が手掛けた最強と言っても過言ではないトチ狂った元聖剣の威力は!いやぁ、モデルは凌太君の“振り翳せり天雷の咆哮”なんだけどさ、使用者としての意見や感想が聞きたいなあ!』

「まじひくわー」

『その台詞を待っていた!凌太君にはいつも驚かされっぱなしだったからね。偶には天才として、この溢れんばかりの才能で君を驚かせたかったんだよ!』

 

無駄にテンションの高いダ・ヴィンチちゃんを当然の如くシカトし、貯蓄していた全魔力を失った聖剣をギフトカードにしまう。

その後、暫く漂っていた魔力の残滓が霧散し、溶岩の溢れ出る元平野が顔を出した。

 

「敢えて聞くわ。貴方、本当に生身の人間?破壊神とか言われた方が納得出来るんだけど」

「俺は悪くない。ダ・ヴィンチちゃんを始めとしたカルデアの英霊達が悪い」

 

呆れた様に質問してくるエウリュアレと、白い目で見てくる後ろの藤丸や英霊、加えて兵士達への弁解を図るが...まあ無駄だろうなぁ。

 

だがまあ、白い目で見られる代償というか何というか。ウルクへと迫ってきていた約3万体超のラフムはほぼ全滅した。何体か運良く生き残っている個体もいるが、なんら問題は無い程の量しかいない。

 

「エルキドゥ、ティアマトの方はどうなってんの?まだ出てこない?」

 

他と同様、白い目で俺を見ていたエルキドゥに声を掛ける。すると、エルキドゥは一瞬だけ集中し、口を開いた。

 

「...まだだね、動きはない。本来目覚めるのは2日後って話だったし、まだ完全に目を覚ましてはいないのかもね」

「ふむ...ふむ?つまり何だ。ティアマトは今、海底で眠ってるって事?」

「まあそうだね。恐らく、という言葉が頭に付くけれど」

 

確かに、マーリンがティアマトを夢の中で抑えてたとか、そんな事をロマンが言ってたような気がしないでもない。本来の予定より2日も早まった覚醒日。それ故にまだ目が覚めていない、即ちまだ夢を見ている可能性がある、と...。

 

眠ってる、眠ってるか...。

 

「...だったら夢の中で決着付けるのもアリか...?」

「おい皆ー、マスターがまた変な事言い出したぞー」

 

割と真剣に思案していたのだが、モードレッドには変な事だと判断されました。解せぬ。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「夢の中にダイブする?ごめんちょっと意味分かんない。ナー〇ギアでも造るの?」

「夢の中は仮想空間では無いな」

 

ソードでアートなオンラインデスゲームは始まらないのだよ。

 

とまあ、俺が考えついた作戦は、当然の如く理解されなかった。まあ是非もないね。

俺が提示した作戦は、“寝ているなら、その夢の中に入ってそこで潰そうぜ”という、字面からでは全くもって意味不明なモノである。正直、俺にも成功するかどうかは分からないし、何より本当にティアマトが眠って夢を見ているのかどうかも分からない。

だが、このままラフム達と戦い続けて死人を増やしながらティアマトが顔を出すのを待つくらいならば、試す価値くらいはあるはずだ。

問題は、その夢の中には俺1人しか行けない事だ。マーリンが居れば2人で行けたのかもしれないが、ないものねだりをしてもしょうがない。それに、別に俺1人で倒し切らなければならないという訳でもない。叩き起して海面に引きずり出せばいいのだ。

 

「リョータ、結局俺達はどうすりゃいいんだ?正直、まだ話に付いていけてねぇ」

「ん、そうだな...。イシュタル、ティアマトを倒せるだけの火力ってお前に出せる?」

「無理。というか、母さんに弓を引くなんて出来ないわよ。精神的に」

「むぅ...コアトルは?」

「ティアマトと戦ったことはないし、何とも言えないわね。まあ負ける気は無いけれど。ちなみに、マルドゥークの斧も、神殿を吹っ飛ばした時点で神性も一緒に吹き飛んでるから期待できないわよ?」

「エルキドゥと私、それからケツァル・コアトルが協力すれば何とかなるかもしれないけど...」

「僕は嫌だよ、イシュタルと共闘なんて。それで100%勝てるなら考えるけど、五分五分だしね」

 

めんどくせえ、こいつらホントめんどくせえ。何をしたんだよイシュタル、エルキドゥにここまで嫌悪されるとか。

 

「...仕方ない。とりあえず、俺の護衛をしといてくれ。ラフムがきたら撃退するって流れで」

「護衛って...。凌太君には必要無くない?」

「むしろ私達が護衛される側だと思うのですが、どうでしょう」

 

藤丸とマシュが不思議そうに聞いてくる。

...藤丸は兎も角、マシュよ。お前(シールダー)だろ。守る事を他人に任せるなよ...。

 

「いいか?俺はこれから寝る」

「何言ってんだコイツ」

「イシュタルうるさい、黙ってて。わざわざ口にしなくても皆そういう目で俺を見てきてるから。...コホン。俺のもう1つの権能に『形作る者』ってのがある。これは夢を司る神から簒奪した権能で、自分で好きな夢を見れたり、人に見せたり、あとは他人の夢に入り込めたりする能力だ。これを使ってティアマトに接触、これ以上被害が出る前にティアマトを夢の中で倒すなり叩き起すなりする。ここまではオーケー?」

 

見渡すと、一応全員が頷いたのでそのまま説明を続ける。

 

「夢の中に入れるのは俺1人だ。よって、ティアマトを倒せる確率は極めて低い。というかそもそも夢を見てるのかどうかすら怪しいレベル。で、俺が倒せなかった場合は、海面から顔を出すであろうティアマトをほぼ全員で出撃して殴る。タコ殴りだ」

『さすがの脳筋作戦。安心したよ、やっぱり凌太君は凌太君だ』

「どういう意味だコラ」

 

ロマン失礼まじ失礼。

 

「兎に角、まずはティアマトの夢に潜ってみる。夢を見てたらそのまま殴り起こしてくるから、俺の護衛をしつつ、いつでも出撃できるように準備をしておいてくれ」

 

というわけで、ガバガバではあるものの、『対ティアマト戦 in 夢』と仮称される作戦は始動した。作戦名命名はロマン。もう少しどうにかならなかったのか。そんな事を考えながら、俺は瞼を下ろした。

 

 

* * * *

 

 

「さて...」

 

無事に眠る事に成功し、俺は今、夢の世界とやらにいる。戦場で即座に寝れた事は、(ひとえ)にレオニダスの指導があったからに違いない。やはりスパルタ的指導は役に立つ、はっきりわかんだね。

ちなみに、俺の左腕はしっかりとある。夢の中なのだ、そのくらい出来るさ。まあ現実世界では相も変わらずちょんぎれてるがな。

 

それはそうと、早速ティアマトの夢を探さなければ。

他人の夢とは、俺が今居る“夢の世界”の中に光球として無数に点在しているのだ。“夢の世界”が宇宙で“他人の夢”が惑星、と考えて貰えれば良いか。とりあえずそんな感じだ。

そんな星を、俺はふわふわと漂いながら探す。他人の夢とは基本、その夢を見ている奴が現実世界の俺に近ければ近い程、夢の世界でも俺の近くに存在している。現在、あの混沌とした世界で夢を見ている奴など限られているので、探す事自体は比較的楽だろう。

 

「あれか...」

 

いくつかの夢(瀕死の兵士達の走馬灯的な何か)をスルーしながら捜索を続けると、ソレはすぐに見つかった。

誰の夢であるのかを判断するのは俺の感覚だ。直感と言ってもいい。何となく、「あっ、あれは〇〇の見てる夢だな」と認識出来るのだ。

 

ティアマトが夢を見ていた事に対して軽い安堵を覚えつつ、早速その夢に潜る。時間的余裕は余り無いのだ。躊躇している暇など皆無である。

 

光球に触れてその中に潜ると、そこは海底だった。

息は出来るし、光も微量ではあるが届いているので本当に海底という訳ではないのだが。その海底で、俺以外の1つの人影を発見した。

 

青みがかった長い髪と、渦巻いた太い角のようなものを携えた何か。人型を取るソレは、目を閉じ、胎児の様に丸くなっている。

 

「......誰?」

 

あちらも、侵入者である俺の存在に気付いたようで、声を発しながらゆっくりとその瞳を開けた。

 

その赤い目から放たれるのは圧倒的敵意───などではなく、限りない“無”だった。俺の事など歯牙にも掛けていない、という訳でもないだろう。微睡みからくる意識の低下なのか、それともそういう性質の神なのか。それは分からない。だが、俺という人類(・ ・)()無関心(・ ・ ・)である事だけは事実だ。

 

おかしい。関心が無いのであれば、別にラフムなどというモノを生み出してまで人類を滅ぼす必要はない。邪魔だと判断したのなら話は別だが、そういう感じでもない。一体何なのだろうか?

 

──まあ、関係ないか。

 

「初めましてだ、ティアマト神。俺はまあ、人類救済の手助けをしている者と認識してもらって構わない。それはそうと、とりあえず起きてもらうぞ」

 

自己紹介とも言えない自己紹介と要件を簡単に、そして一方的に伝えて魔力を込める。日頃から夢の中でトレーニングしている俺にとって、夢の中で自由に動くなど、文字通り朝飯前だ。起きたら朝飯だしね。

 

「...この、感覚は...。...そう。貴方が、あの方(・ ・ ・)()...。確かに、その傍若無人の如き言動は似てる、かも......」

「あの方?何言ってんだコイツ」

 

スッ、と真っ直ぐに立ちながら何かを理解したかのようにそう呟くティアマト。「あの方」というのが誰を差すのかは分からないが、どうせロクでもない奴なのだろう。...それは遠回しに「お前ロクでもないな」と言われているってことだろうか?初対面の神にそこまで言われるいわれはない。まあ悲しい事に、そういった神の発言には慣れてしまっているのだが。

 

「...私を、起こすと言うけれど。私が起きたら、世界が、滅ぶ...。それは、理解している、はず...」

「その前に殺す」

「...そう。やっぱり、あの方に似てる...」

 

だから誰だよあの方。

 

「でも、今の貴方じゃ、私には勝てない。まして、あちらの私には...」

「あちら?何、お前って2人いるの?ゴルゴーンなら倒したが?」

「違う...。ゴルゴーンは、私の権能を、少しだけ譲っただけの、偽物。現実世界の、私は、ビーストの側面が濃い、から...」

「ビースト...なるほど、玉藻ですね分かります」

「...違う」

 

曰く、ティアマトには2面性があるのだとか。

1つは人類の母としての側面。もう1つが裏切られた事への復讐を望む側面。今回、現実世界を侵食しているのは後者、しかも人類悪として現界しているらしい。正直違いは良く分からないが、とりあえず強いという事だけは分かった。まあそれが分かったところで、俺達のやる事は何一つ変わらないのだが。

 

「どうでもいいんで、とりあえず起きてください。断るなら強行策も辞さない、というか寧ろそういう気概で来てるから」

「...自分勝手...」

「そういう性分なんで」

 

槍を創り出し、それを構えながら腰を落とす。

これで何時でも攻められる、というか今攻める。

 

「...分かった。起きる」

「へっ?」

 

水圧も水の抵抗も一切存在しない海底で、地面を踏み抜き突撃しようとした所で、思いもよらなかった言葉が俺の耳に届いた。...ホントなんなのコイツ。思わず間の抜けた声が出たじゃないか。

 

「起きる。どうせ、あの世界は滅ぶ、から。少しくらい早くても、変わらない...」

「ほほぅ。つまり俺達では手も足も出ないと...。舐めんなよこの駄神が」

 

絶対殺す。瞬☆殺する。

 

「...勝てる可能性も、0じゃない。ギルガメッシュか、貴方が、覚醒とかしたら、分からない」

「そんな運良く覚醒するかよ。このままの状態で、ビーストのお前とやらを穿ち抜いてやる」

「...貴方は、あの方と似てるから...土壇場での覚醒とか、普通にしそう......キチガイ、だし...」

「おい待て誰だあの方って。ねぇちょっと待って起きないでもう少し眠ってて俺に色々教えてから起きてねえってば!!!」

「...じゃあね。また、後で...」

「待てェェェェエエ!!」

 

俺の渾身の叫びも虚しく、夢の中からティアマトは退出して行った。どっちが自分勝手だよ、言うだけ言って消えやがって。それと消える寸前に少し笑ってたのが拍車をかけて腹立つ。「フフ、愉悦」とでも言いたげな顔だったぞアレ。

 

......落ち着け、落ち着くんだ俺...。大丈夫、現実世界でアイツをぶっ飛ばしてから聞けばいいじゃないか。そうだ、そうしよう。よし、とりあえず地上でアイツを倒すか(テキトー)

 

 

 

* * * *

 

 

 

「おはようございます、マスター」

「ん...」

 

目を開けると、俺の目の前には静謐ちゃんの顔と小さめだが確かに自己主張している双丘が。後頭部にはやわっこい感触。言わずもがな、静謐ちゃんに膝枕されてます。うん、実に素晴らしい。じゃなくて。

 

「おはよう。そして朗報です。ティアマトが起きた」

「ああ、僕も感知した。あと少しで海面に出てくるだろうね。どうするんだい、凌太?」

「全力を以て叩き潰す」

「...マスター、お前なんか怒ってないか?」

「ああ、怒っているとも。言いたいだけ言って消えるとか、これだから神って奴らは...」

「それいつものマスターじゃね?」

「モードレッド君、キミは帰ったらモードレッドちゃんの刑だ。ヴラド三世とメディアに頼んでフリッフリのドレスを着せてやる。大丈夫、元が良いからきっと似合うぞモードレッドちゃん」

「ガチギレかよ...てかやめろよ?ホントにやめろよ?そういうの似合わないから、マジで」

「大丈夫大丈夫」

 

モードレッドは本当に丸くなった。召喚当初は女扱いしただけでキレてたのに、今となっては殆ど嫌がりもしない。水着になった辺りから何か吹っ切れた感があるよな、アイツ。

と、そんな風にふざけながらも俺は立ち上がる。

覚醒する気配など一切ないし、何より馬鹿にされた感が否めず大変腹が立っているので、とりあえず全力で潰す事にする。

あの海に、他でも無いティアマト神の後悔と懺悔の涙を流し込んでやろうじゃないか。

 

 

 

 




夏イベ復刻か...
去年の水着ガチャ大爆死の悪夢が蘇る...

それにこの後、まだ本番が控えてるしなぁ。静謐ちゃん、ネロ、ジャンヌ、そして何よりエミヤの水着が...くるといいなぁ。

浴衣とかも良いよね!


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パワーインフレ

そろそろ『スーパー神殺し(カンピオーネ)』とか出てきそう(大嘘)


 

 

 

 

 

『塵も積もれば山となる』

 

 

 

 小さなモノでも、積もり重なればそれは大きなモノになる。そのような意味合いである上記の諺を聞いた事のある人は多いだろう。

 斯く言う俺も、小中学生時代には教員達から良く言い聞かされたものだ。学業が若干どころではない程に悪かった俺は、他と比べて特に言われた方だろう。放課後、わざわざ職員室に呼び出されてまで言われた。もうそれはうんざりする程言われ続けたものだ。

 確かに、言葉の意味は理解出来る。塵という極小のモノであっても、何億何兆と積み重なっていけば、そのうち山レベルに到達する事もあるだろう。

 だがしかし。今一度、皆も考え直して欲しい。

 

 ──塵だぞ?

 

 積み重なるとは言っても、それは所詮、どこまで行っても塵にすぎないのだ。吹けば飛ぶ。だって塵だもの。集めた落ち葉が風で飛ぶよりも簡単に、山になる予定だった塵は儚く飛び散り、そして霧散するだろう。捻くれた、良く分からない事を宣っているのは重々承知しているが、そう思わずにいられない事も事実。教員達にそう言い返したら、もれなくお説教されましたけれども。

 

 まあ要するに、だ。

 

『GRAAAAAAA!!!!!!』

「ヤバい、魔猪ヤバい!超強い!」

「見てください先輩!ラフムがまるでゴミの様です!」

 

 ──そういう事である。

 

 

 * * * *

 

 

「うぅっ...ちょっと酔った...」

「先輩、大丈夫ですか?すいません、酔い止めは今手元に無くて...」

「身体に魔力巡らせとけば大丈夫だろ」

 

 まあ、お察しの通りである。

 流石、その気になれば神とか勇者とか竜種とか迷いを抱いた槍使いとかをも倒すケルトの獣。向かってくるラフムを強靱なヒヅメで蹴散らし、飛んでくるラフムを何故かルーン文字が刻まれている牙で穿ち、ティアマトの姿が見える海岸まで一直線に駆け抜けるとかまあまあ常軌を逸している。これも俺の影響だ、などと言い放ったロマンには帰ったらO☆HA☆NA☆SHIをしなければならないと思いました、まる

 ウリ坊に乗っての直線強行突破、とても楽でした。藤丸は顔を青くしているが、まあそのうち治るだろう。

 

 それはそうと、現在俺達の目の前に広がるのは黒く染まったペルシャ湾。現在進行形でラフムが湧き出ているが気にしない方向でいこうと思う。何故か俺達を避けているのだ。まあ「何故か」と言っても理由は大体分かるのだが。というか、そろそろラフムの言語が理解出来るようになってきてしまった。奴らの使う言語はロマン曰く、地球上に存在しないモノで、尚且つラフム同士でしか疎通の叶わない言語らしい。...それが分かっちゃうとかカンピオーネの能力便利すぎ。でも、今回ばかりはあまり嬉しくないなぁ。

 

n@、yUnibEtte。aitur@yUnibEtte(なあ、ヤバいって。アイツらマジヤバいって)

sUrnAe(それな)tKnanOkroKMoTonA(特にあの黒髪の男はマズイ)

kKwrjaNmtnIAzk(関わらないでおこうぜ)

 

 ...色んな意味で嬉しくないなぁ。

 

「どうしたマスター、顔が引き攣ってるぞ?」

「いや...ちょっと聞きたくない会話がな...」

「は?」

 

 疑問符を浮かべるモードレッドだが、まあこれもスルーしよう。

 

「エルキドゥ」

「分かってるよ。あと30秒程で顔を出すはずだ」

「相変わらず正確スギィ。...あれ?そういやキングゥは?」

「逃げたよ。僕を見たら何故か狼狽えてね」

「あぁ...何となく想像できた」

 

 エルキドゥの体を使っているキングゥには、微かにだがエルキドゥの記憶も残っているっぽい。藤丸やマシュから聞いた、岬でのギルガメッシュに対する態度から考えても、それは信憑性が高い。であるならば、目の前に現れたエルキドゥから逃げるのも思い描けはする。予想はしていなかったが。

 

「で、聖杯は?キングゥと戦ってた時に感じたんだが、聖杯持ってるのってアイツだろ?」

「聖杯も持って逃げられたよ。まあ、そこは追々どうにかすればいいさ。それよりほら、ティアマト神のお出ましだ」

 

 エルキドゥが顔をペルシャ湾の方へと向け、俺達もそちらに目線をやる。

 

 最初に出てきたのは、あの大きな角だった。それを皮切りに、顔、胴体、足と、すぐに全身が海の中から出現し、更には海の上に立った。...なんだろう、あの立ち姿にデジャヴを感じる。分身とかしないだろうな?

 

『LAAAa a a a a !!!!』

 

 その口から発せられた咆哮は大気をも揺らす勢いで、波紋のように周囲に広がる。

 

「くっ...!凄い威圧感です...!これが...原初の神...ッ!」

 

 マシュが驚愕の声を上げるが、俺も別の意味で驚いた。

 

 ──アイツ、理性飛んどるやんけ。

 これがビーストか。やはりタマモ(バーサーカー)なのでは...?

 

「ビーストっていうからハロウィンマシュ的な感じかと思ってたんだけど...まあ似たり寄ったりだね、あの服装。スタイルもいいし。スタイルもいいし!」

「2回言ったな藤丸のやつ...。というかあれは服なのか...?」

「どっちでもいいですが、さっきから金時殿は何故顔を背けているのですか?」

「何故って...アイツの服装がさぁ...ゴニョゴニョ...」

「いやだからアレは服と言っていいのか?」

 

 モードレッドが不思議そうにしているが、まあ、アレを服だとは俺も思わない。秘部と腕しか隠していないモノなど、俺は服とは認めない。まあ着る奴によっては目の保養になるかもしれないが、少なくとも今のティアマトには「一泡吹かせる」という気持ちの方が強いので、いやらしい目を向ける気にはなれ無い。

 

「とりあえず、恒例の先制ブッパだ。それが終わったら皆で攻めるぞ」

「皆でって、アンタ、ラフムはどうすんのよ。今は何故か襲ってこないけど、戦闘になったらさすがに襲ってくるでしょ?」

「そこは大丈夫だろ」

「何を根拠に言ってるわけ?」

「まあ...ちょっと...」

 

 奴らの会話が聞き取れた、とか言ったらまた非人間扱い...いや、それ以上の異物として認識されそうだし黙っとこ。

 

「とにかく!襲ってきたら倒せばいいだろ、倒せば!それとも何か!?お前はあんなよく分からん生物に()負けるってか!?」

「はぁ!? “も”って何よ“も”って!分かったわよ、ラフムを全部無視すればいいんでしょ!?いいじゃない、やってやるわよ!」

「...チョロい」

 

 静謐ちゃんちょっと黙ってて。

 

 まあそれはともかく。顔を出したティアマトをずっと放っておく訳にもいかない。そろそろ仕掛けるか。

 

「モードレッド、宝具使用を許可する。さっき道満にも言ったが、魔力の方は気にするな。全力で行け」

「はっ!そういう払いがいいところ、好きだぜマスター!任せろ、海ごと全部消し飛ばしてやる!」

「おう。んで藤丸。イシュタルと、とりあえずエウリュアレにも宝具を使わせてくれ」

「ちょっと、とりあえずって何よ。オマケみたいに言わないでちょうだい」

「私は無理なんだけど。ラフムはともかく、母さん本人に弓を引くなんて出来ないってさっきも言わなかった?」

「藤丸、令呪」

「了解ー。令呪を以て命ずる。宝具を使用せよ、アーチャーズ」

「「アーチャーズ!?」」

「2人だけでいいの?」

「ああ、この場からティアマトを狙えるのは2人だけだろ。エルキドゥ、お前も頼む。魔力は俺が渡すから」

「分かったよ。僕は兵器だ、存分に使っておくれ」

 

 という訳で、円卓の騎士に女神2柱、神が作りし“意思持つ宝具”、そして神殺しの5人で先制ブッパをかますという割と悪夢な光景が広がろうとしていた。...これで決まれば楽なんだけどなぁ。

 

「じゃあ行くぞー。4人とも、準備はいいな?...よっしゃ、行くぞゴラァ!!」

 

 見渡すと、女神どもを除き、モードレッドと藤丸、そしてエルキドゥが頷き返してくれた。準備が早いのは良い文明。

 怒号とも呼べるような咆哮を上げ、俺も一気に魔力を高め、その全てを“天屠る光芒の槍”へと注ぎ込む。加減など無い。一撃で殺す勢いで攻める。

 

「吹き飛べ、『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァ!!」

「仕方ないわね。やるわよ、やればいいのでしょう?──『女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)』!」

「ああもう!どうなっても知らないからね!?私は悪くない世間が悪い!もっと言えばそこのリョータが全部悪い!──『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』ッ!」

「ブチ抜け『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』ッ!」

「五月蝿いな、イシュタル。少しは静かに出来ないのかい?優雅(笑)に華麗(笑)に大胆にやりなよ。──『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』」

 

 エルキドゥ辛口ェ。俺はスルーしたのにお前が反応するんかい。本当に何があったの、この2人?

 

 まあそれは兎も角。

 俺達の放った宝具連発は予想通り、喰らう側からしたら地獄以外の何物でもない光景になっていた。いや、俺のは宝具じゃないけど。

 

 まずモードレッドの放った魔力&電撃がティアマトを襲い、続いてエウリュアレの弓矢が胸付近に直撃。ティアマトは女性認定なのでエウリュアレの男性特攻は効果が無いが胸に当たれば少なくないダメージがあるはずだ。

 そしてその弓矢に追随する様にイシュタルの弓矢も直撃。さすがは対山宝具とかいう規模のおかしい宝具なだけがある。直撃したと同時に噴火の如く地面から溶岩が火柱の様に溢れ出す。下は海なのにどうなっているのだろうか、とも思ったが、英霊でしかも女神という、その存在自体がチートの様なモノなので無視することにした。

 続いて、俺の放った槍がティアマトの左胸、つまり心臓のあるであろう位置を穿つ。藤丸をもってして「ゲイなんちゃら」と言わしめた槍の直撃、しかも対神武器に加えて対神魔力とも呼べる質の魔力を盛りに盛りまくった一撃である。効いていないはずが無い、というか効いていなかったら俺は泣きそうだ。対神とか(カンピオーネ)の専売特許だぞ。

 それだけでも相当なダメージ量だろうが、トドメとばかりにエルキドゥが黄金の鎖となって既に2回貫かれたティアマトを再度貫く。

 ......もはやイジメ現場ではなかろうか、この状況は。

 だがしかし、相手は曲がりなりにも原初の神などという存在である。それに俺は今まで、何柱かの神々と相見(あいまみ)え、そして死闘を繰り広げてきたのだ。この程度で倒せると楽観していたら殺られる...気がする。

 

「っと。2度もやられてたまるかってんだ」

「ちっ」

 

 ティアマトへの追撃を考えていると、背後から何かが来そうな感じがした。幾度となく俺を助けてきた直感に素直に従って、若干バランスを失いながらも横に跳ぶ。すると、一瞬前まで俺が居た場所を、ついさっきティアマトを貫いた黄金の鎖と全く同じモノが通り過ぎ、ついでに舌打ちも聞こえた。てか直感マジ便利。これからも頼むぜ俺の直感。

 

「エルキドゥが居なくなったのを見計らったかのようなタイミングだな。というか気配消すとかマジでヤメロ」

暗殺者(アサシン)並の気配遮断が使えるキミには言われたくないな」

 

 不意打ちが失敗した攻撃主、キングゥが素直に姿を現した。面倒なタイミングで来たな、本当に。油断してた訳じゃないんだが、アイツの気配に気づけなかった。エルキドゥなら気づけたのかもしれないが、エルキドゥは今ティアマトに突っ込んで行ったしなぁ。...とりあえずあっちは任せよう。大丈夫、エルキドゥはギルガメッシュと正面から打ち合うような英霊だ。ティアマト相手でもそう簡単には負けないだろう。

 

「暗殺者並なわけあるかよ。俺の気配遮断なんて精々Cランクくらいだろ」

『凌太君、それは暗殺者並と言っていいレベルだよ...』

「え?いやだって暗殺者ってA+くらいあるはずじゃ...」

『比較対象がハサンだよねそれ。そんな暗殺者のモデルみたいな人達と比べちゃダメだって。暗殺者なのに気配遮断スキル持ってない娘もいるんだよ?』

「ああ、あの自称セイバー他称アサシンのカルデア屈指ギャグ要員サーヴァント?」

『そうそう、あのユニバースな...』

『私はセイバーですからッ!!』

『うわっ!きゅ、急に出てこないでくれよアサトリア君!』

『アサトリア!?アサトリアですって!?私はセイバーですし、何よりあの強くて綺麗な型月のドル箱、無敵で素敵な青セイバーとは全くの無関係ですよ!?ええ、あの元祖ヒロインのアルトリア・ペンドラゴンとは全くの無関k』

「ええい、うるさいッ!!オカン!」

『はぁ...。行くぞX、皆の邪魔をするんじゃない』

『離して下さいネームレスレッド!私にとって譲れないモノがここにあるッ!』

『食事の用意が済んでいるぞ』

『すぐ食堂へと向いましょう。譲れないモノ?ヤツは死んだもう居ない』

 

 ...ギャグ要員の本領を存分に発揮していったな、あのセイバーの皮を被ったアサシンという名のバーサーカー...。

 っと、話が逸れた。というか逸らされた。

 

「で?お前はなんなの?逃げたり自分から向かってきたり、何がしたいわけ」

「ふん。キミ達が母さんに攻撃なんてするからだよ。大人しく自分達の最期を震えながら待っていたなら、僕が動くことも無かったのに」

「逆に聞くが、正義感の塊の様な藤丸達や、神殺しである俺が黙っているとでも?」

「...まあ、そうだね」

 

 なんだろう。今、何かを諦めたような目を向けられた気がする。い、言っとくけど俺は戦闘狂じゃないからね?単に神が相手だと本能に似た何かを奮起させられるだけであってね?ホントだよ?まあ強い奴と戦うのは修行にもなるし嫌いじゃないけとね?どちらかと言えば好きな方だけど、狂ってる程じゃないよ?

 

「ふん。全開のキミ相手なら僕とも互角にやり合うんだろうけど、今のキミでは役不足だ。さっきの跳び退き方からして、片腕を失ったのは相当大きかったみたいだね。まだバランスが取れてないんだろう?」

「よく見てるじゃないか」

 

 そう、俺はまだ片腕を失ったことによる重心の傾きを調整しきれていないのだ。ある程度は慣れてきたが、接近戦となれば俺が不利になるのは火を見るより明らか。

 

 ──だが、それはサシで(・ ・ ・)、しかも接近戦( ・ ・ ・)()なれば(・ ・ ・)の話である。

 

「──凌太殿、ここは拙僧におまかせを。拙僧の奥の手をご覧ぜよう。敵将・キングゥよ。 貴殿のその宝具、この拙僧が貰い受ける」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げるキングゥの前に立った弁慶は、その薙刀を地面に突き刺してそう宣言する。今までマジで空気だったし、そろそろ目立ちたくなったのだろうか?

 

「我が所有する七ツ道具。薙刀・鉄の熊手・大槌・大鋸・さすまた・つく棒・そでがらめ。それに加える八ツ目の武器、即ち──『八つ道具』」

 

 弁慶がそう呟き、何やら魔法陣にも似た曼荼羅の様なモノ、要するによく分からない紋様が弁慶を中心に広がり、キングゥの足元にも達した。そして薄らとその紋様が光りだしたかと思えば──次の瞬間、キングゥ(・ ・ ・ ・)()宝具(・ ・)()黄金(・ ・)()()()()弁慶(・ ・)()手元(・ ・)()現れた(・ ・ ・)

 

「..................は?」

 

 それは誰の声だったか。そんな事も分からない程に、場が困惑した。

 

 ...落ち着け、大丈夫。弁慶も普段巫山戯ているとは言え、世界に認められた英雄の1人だ。理解不能な事柄の1つや2つやらかしても可笑しくない、可笑しくない...。いや、やっぱり可笑しいわ。

 

「ふむ。クラスは同じランサーでも、やはり武器は違ってくるものだ。いや、今は復讐者(アベンジャー)であったか...。まあそれは兎も角、最近は弓を使わない弓兵(アーチャー)然り、目で殺す槍兵(ランチャー)然り、クラス名に拘らない武器を使用するのが流行りですからな。乗るしかない、この流行(ビックウェーブ)に!牛若丸様、見ていて下さいね!」

「いいから早く行け」

 

 牛若丸に足蹴にされる天の鎖を持つ弁慶。うん、なんだこれ。

 

「...ちょっと...ちょっと待ってくれ。.........えっ? 何?何なんだい?武器を奪う宝具?」

「正確には宝具を奪う宝具ですな」

「............えっ?」

 

 気持ちは分かる、分かるぞキングゥ。英霊って理不尽だよなぁ...。

 

「さてと、こんな感じですかな...。『母よ、始まりの叫をあげよ《ナンム・ドゥルアンキ》』!」

「...え?いや、そんな...だって...え?それは、(エルキドゥ)、の──」

 

 ...............(傍観)。

 

 ............。

 

 ......。

 

「凌太殿!聖杯を手に入れましたー!」

「牛若丸様、それは拙僧の手柄という事をお忘れなグバラッ!?」

 

 ──......俺達は何も見なかった、いいね?

 

 

 

 * * * *

 

 

「......何があったんだい?」

「俺は何も見ていない」

「...そうかい...」

 

 無事にティアマトの元から帰ってきたエルキドゥの第一声に、牛若丸と弁慶以外の全員が顔を背けた。現実を受け止めきれていないのだろう。無理もない。まさかあんな出鱈目な方法でキングゥを倒すとか一体誰が予想できるよ?少なくとも俺は予想出来なかった。

 

 まあ予想外ではあったが、無事(?)聖杯を奪取する事に成功した俺達。

 しかし、やはりというかなんというか。この特異点が修復される気配は未だ感じられずにいる。今回の特異点も聖杯を取っただけでは終わらないらしい。やはり人類史滅亡を現在進行形で進めている元凶を叩かなければならないのか。

 

「エルキドゥ、ティアマトは?いや、だいたい想像出来るけど」

「生きてるよ。僕が突撃した時に、周りにいた大量のラフムを壁代わりに使われてね。トドメを刺すには(いた)れなかった。やっぱり、あのラフム達、ひいては海をどうにかしないといけないね」

「海をどうにかしろって言われてもなぁ...」

「凌太殿ならいけそうですけどね」

「いや、無理だろ。湖とかならまだしも、相手は海ぞ?太陽を落とすとかしないとどうにも出来ねぇって」

 

 まあ太陽か、もしくはソレと同等の熱量&質量を持つモノが落ちようものならば、海だけでなく地球そのものが消えて無くなりそうではある。色々な意味で現実的では無い。

 ならばどうするか。

 

 ──どうしよう...。

 

「ラフムを全滅させるとかは?」

 

 不意に声を発したのは、人類最後の希望である藤丸立香。人類最後の希望も遂に頭が狂ったらしい。ラフムの総数分かってんのかコイツ?

 

「......因みに聞くけど。いやホントは聞きたくないけど。今のラフムの総数ってどのくらい?俺が感知出来るだけでも軽く万単位なんだけど」

『こちらで検知出来たモノは相も変わらず約1億体だ。ここに来るまでに、数にして10万体程倒してきたけど、単純計算で1,000倍ってところだね』

「だ、そうだが。藤丸さんや、これでもラフム全滅作戦を実行する気かな?」

「......なんか...ごめん...」

 

 そう、ラフムの全滅など、土台無理なのだ。ラフムやティアマトごと海を消し去るのも不可能、ラフムの全滅も不可能。ラフムはティアマトを自分の命を賭してでも守る。あの黒い生物達に『命を大事に』などという思考があるのかは知らないが、ティアマトを守る事に関しては自らをただの防御素材として身を投げ出す事は分かった。ラフムは今までの扱い(ウリ坊による軽い討掃など)で、一見雑魚にも見えてしまうが、実は非常に強固な生物なのである。イシュタルの弓にすら耐えるのだから、その強度は折紙付きだ。そんな奴らが重なり合った壁として立ちはだかった場合、破るのにはそれなりの労力を用する。正直言ってコチラのジリ貧以外の何物でもない。ティアマトの方もダメージは負っているであろうが、時間があれば回復するのが神というモノ。奴はただのサーヴァントではない。正真正銘、神なのだ。...いや、ビーストなんだっけ?もうどっちでもいいか。とりあえず強いんです。

 

「何か、何か手は......何か...!」

 

 藤丸が思わず口に出してしまう程に熟考するが、良い方法は出てこないらしい。かく言う俺自身も、何一つとして良い案が浮かばない。もういっその事、この世界は諦めてカルデアのみんなで箱庭に帰るか、などという逃げの思考が出てくる程だ。俺らしくもない...という訳でもない。勝てないなら逃げるぞ俺は。まあ修行をして強くなって、いつか絶対に勝ってみせるが。

 しかし、今回は俺単体でどうにかなる問題ではない。

 

 圧倒的戦力不足。「こっちの戦力過多すぎワロタ☆」などとほざいていた今朝までの自分をぶん殴ってやりたい。いやそれが出来たからといって何の解決にもならないんですけどね?

 

「あっ、そうだじいじ!じいじがまだ居るはずだよ!」

 

 藤丸がバッ!と顔を上げてそう言った。

 じいじってまだ居るのかなぁ...。

 

「居たとして、あの人...人?とりあえず、じいじ1人が増えるだけじゃなんの解決にも.........いや、なるか?仮契約でも何でもして、じいじに魔力回しまくって晩鐘鳴らしっぱなしにすればワンチャン...?」

「それはマスターが魔力の枯渇で死にます」

 

 ふむ...。どのみちジリ貧には変わりないらしい。

 というか、じいじにやって貰うならば、俺が雷槍を創ってラフムの壁を突破しつつティアマト本体も貫くという作戦に出た方が早そうだ。どのみち俺の魔力が持ちませんけど。

 ...いや、じいじだったらラフム無視してティアマト本体を殺れるのか?まあないものねだりに変わりはないか。

 

「ちょっといいかい?」

 

 俺達が本気で行き詰まっていると、エルキドゥが不意に手を上げて発言の許可を取ってきた。特に拒否する理由も無いので許可を出す。

 

「どうぞ」

「ありがとう。じゃあ1つ質問なんだけど...凌太が今持ってるモノって何?」

 

 ピッ、と人差し指で俺の手元を指差すエルキドゥ。人に指を差すのはマナー的によろしくないが、そんな事を気にしている場合ではないし、そもそも気にする性格でもない。

 導かれる様に、エルキドゥの指と視線の先である俺の手元を見てみる。

 

「...信じたくはないが、聖杯だな」

「どれだけ現実が受け止められていないのさ...。本当に何があったの?」

「『知らぬが仏』という諺が極東には存在する」

「.........。」

 

 あれは知らない方が良いモノだと、俺は思う。宝具を奪ってその宝具でトドメを刺す、だけならまだしも、それ以外にも色々と信じられない事をしていたからな。敢えて詳しくは言わないが。

 

「で?聖杯がどうした?」

「えっ...あ、ああ。その聖杯、魔力はまだ残っているだろう?」

「そりゃあもう。俺じゃ測りきれないくらいにはな」

「そうだろう?じゃあここからは提案なんだけど...凌太、聖杯にパスを繋ぎなよ」

「......やだ、エルキドゥってもしかしなくても天才...?」

 

 そうして、若干頭の可笑しい作戦擬きが、エルキドゥの口から言い渡されたのだった。

 

 

 * * * *

 

 

「うわっ...なんだこれ、魔力量半端じゃない。気を抜いたら爆発しそう...」

 

 と、いう訳で。俺は早速、聖杯とパスを繋ごうと奮闘していた。普段やっている英霊とのパスの繋ぎ方とは真逆の、俺が魔力供給される側としてのパス。これが意外と難しかったりする。まあ出来ない事はないが。

 

「っと...ふむ、こんな感じか。...ちょっと引くくらい魔力が溢れてくるんだけど。てかこの流れてくる魔力を外に出さないと俺の容量(キャパ)超えそう」

「そんなに」

 

 藤丸の驚きの声を聞きながら、俺は聖杯から止めどなく溢れてくる魔力の制御を必死に試みる。割と冗談抜きで制御ミスったら身体の内側から爆発しそう。それ程に強大な魔力がこの聖杯には内蔵されていたのだ。まあそう簡単に魔力に喰われる俺じゃありませんけどね!(強がり)

というか、この『魔術王の聖杯』の放つ魔力に喰われたら、恐らく魔神柱擬きになるぞ。俺が。

 

「さて...とりあえず1万体から──」

 

 最悪の未来を一瞬思い浮かべたが、ある程度制御が出来る様になったので、まずは小手調べ程度に雷槍を空いっぱいに創り出してみた。数はぴったり1万本。普通ならこれで俺の保有魔力の4分の3以上は持っていかれるのだが、今は全然余裕だ。聖杯マジパネェ。

 

 ──これはいける。

 

 そう確信した俺の行動とは、実にシンプルなモノだった。

 秒間百単位で雷槍を高速創造し、出来上がった雷槍(モノ)から次々に投擲していく。それだけだ。

 ただそれだけで──ラフムの総数は、既に半分(5,000万)を切っていた。

 

『いやぁ...“圧巻”の一言だねぇ...。一撃でラフムを仕留めるだけじゃなく、文字通りの瞬殺を続けるとか』

「やっぱり私、要らなくない?もう凌太君だけで魔術王とやり会えるでしょ。今まで集めた聖杯全部渡すから、軽く魔術王殺ってきて欲しい」

『それが無理と言い切れないのが怖いなぁ...』

 

 その魔術王とやらを見た事が無いから何も言えないが、単騎はおそらく無理だ。封印無しですら勝負は分からないし、何より今は片腕を失っている。

 聖杯のバックアップもおそらく次は使えないし使いたくない。聖杯から強制供給される魔力量が俺の容量を超えているのだ。さっきから頭痛が止まらないし、内臓にもダメージがきている感覚がある。こんなのを自身の心臓、もしくは魔術炉として利用していた魔神柱やキングゥ達はやはり何処か可笑しいのだろう、間違いない。それに下手したら本気で内側から爆発するか魔神柱になりそうで怖い。

 

「確かにこの光景は色々と凄ぇが...さすがのマスターもそろそろ限界か?鼻血が出てきてるぞ」

 

 そんなモードレッドの指摘で、自分が思った以上にボロボロなのだと初めて気付いた。脳に不可かけ過ぎたのかね、鼻血が止まらん。そりゃ頭痛もするわ。

 

「まだ大丈夫。限界ってのは超えちゃいけないライン、つまりは死ぬ間際だろ?だったらまだ余裕ある」

「マスターの限界の定義は人間の域じゃねぇよ」

 

 モードレッドもおかしな事を言う。限界なんぞ、元来そういうモノだろうに。限界を超えるとか言っちゃってる奴らは真に限界に至り、そしてソレを超えたんじゃない。まだ限界じゃ無かったというだけ......なんだ?今ティアマトの目が紅く光ったような...?

 

「ッ!?」

 

 危険を察知した俺はすぐさま身をかがめる。それとほぼ同時、一瞬前まで俺の頭があった場所を紅い一条の光が過ぎ去った。

 ...なんでみんながみんなヘッドショットを狙ってくるのか。普通に怖いんだが。

 と、何とか避けきれたティアマトからの攻撃らしき光線は遥か後方の山脈へと衝突し、山脈(それ)を消し去った。()ではなく山脈(・ ・)を、だ。...なんだこれ。

 

「パワーインフレェ...」

 

 思わずそんな事を口にしてしまう。ビーストヤベェ超ヤベェ。

 皆が消滅してしまった山脈を呆然と眺めていると、エルキドゥが突然声を張り上げる。

 

「ッ!また同じのがくる!次は1発じゃない、何発か来るよ!」

「マシュ宝具、早く宝具!」

「いや防ぐとか無理ですよあんなの!?」

「諦めないで!諦めない心が世界を救ったり救わなかったりするのよっ!」

「凌太さん、その口調気持ち悪いです!あとどっちですか!?」

「おっ、落ち着いてマシュ!落ち着いてひ〇りマントを探して!」

「落ち着くのは先輩ですよ!?現実から目を逸らさないで下さい!」

 

 某SF人情なんちゃって時代コメディの様なノリになる程に場が混乱する中、ふと聞き覚えのある声が俺達の耳に届いた。あとついでに本能的に恐怖を覚える音も聞こえた。

 

「落ち着きなさい、マシュ・キリエライト。キミのその盾は絶対に崩れはしない。キミの心が折れない限り、絶対(・ ・)にね」

「あ、あなたは──」

『マーリン!?そんな馬鹿な!? お前はあの時死んだはず!』

 

 そう、俺の知らないところで勝手にくたばったらしいマーリンがそこにいた。というかロマンよ、そのセリフはフラグだよ。主に敵キャラに使うやつ。

 

「感動の再開はまた後でね。今は早急に対処すべき問題が目の前にあるだろう?マシュ、早く宝具を使用しなさい。じゃないと私達、全滅するからね」

「で、でもっ...あんな出鱈目な攻撃、私では防ぐ事なんて...」

「大丈夫だ。キミに力を貸しているギャラハッド、それに自分自身を信じなさい。こと守るという面で、キミ以上の者を探す方が難しい。──グランドの名において保証しよう。キミ達(・ ・ ・)()物語(・ ・)()()祝福(・ ・)()満ちて(・ ・ ・)いる(・ ・)!」

 

 マーリンの言葉に同調するかの様に、彼を中心として広大な花の庭園が構成されていく。これが噂に聞く理想郷(アヴァロン)だろうか。先程までの曇天が嘘の様に暖かな陽射しが降り注ぐ。

 

「私も全力でサポートしよう。大丈夫、呪文は苦手だけど、噛まない様にすればそこらの魔術師(キャスター)よりずっとマシな支援が出来る。──さあ、ボクに人類最高峰のハッピーエンド、その序章を見せてくれ!」

 

 

 

 

 




次で第7章を終わらせます。...思った以上に長かった...。


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じいじマジ空気

 

 

 

 

「これは全ての以下略!『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

最早詠唱的な台詞を口にする余裕も無い。割とギリギリに展開されたマシュの宝具によって、白亜の城と紅の閃光が正面からぶつかり合う。

 

暫くの間、何とかティアマトの攻撃を耐え続けたマシュは、魔術の深奥などという何やら凄いっぽい支援魔術を行使し始めたマーリンの助力もあり、無事に俺達を守り切った。マシュ、守りだけならお前がナンバー1だ...。というかマーリンの魔術が地味に凄い。実体が有る幻術とか、俺、この目で見るのはこれでたったの2回目だぜ。

そしてこの男マーリン、なんと海を消したのだ。いや、正確には『消した』というより『花で埋め尽くした結果消えた』、だが。

見渡す限りの庭園。色とりどりの花々が咲き乱れ、俺達の背後には巨大な塔も出現した。幻想的、とはこの事だと思う。実際幻想(幻術)だしな。

 

「さあ。あの海、ケイオスタイドは封じた。これでキミ達があの泥に触れても大丈夫だよ」

「え、あの泥って触れたらマズかったのか?」

「えっ?知らないのかい?じゃあどうやってティアマト神と戦って...?」

「遠距離ブッパ」

「OK理解した」

 

マーリンによって明かされた新事実。あのラフム製造媒体としか認識していなかった泥──ケイオスタイドは、触れたらマズかったらしい。まあ確実に触れたであろうエルキドゥが無事なので、俺も大丈夫な気はする。対魔力でどうにかなるんじゃね?

 

「ッ!ラフム、来ます!」

 

マシュの弾けるような警告で、俺も再び魔力制御を開始する。まだラフムが此処に到達するまでに幾分かの余裕はあるので、そこまで焦って準備する必要も無いだろう。などと思っていると、俺達の最後方にいるマーリンの更に後方から、やたらデカイ魔力を感知した。サーヴァントクラスか?

 

「奔れ!『羅生門大怨起』ィ!!」

 

怒号と共に、燃え盛る巨大な腕が俺達の頭上を抜け、大量のラフムを巻き込みながらティアマトへと飛来する。しかし、大層な魔力の篭ったそれ()もラフムの数には勝てず、ティアマトに届く前に失墜した。てか今のって...。

 

「──許さん...許さんぞ!どこのどいつかは知らぬが、吾の山を消し飛ばすなど断じて許さん!酒呑にも見せてなかったんだぞ!?どうしてくれる?焼いてくれるわァアアア!!」

 

吾の...吾の居城をよくもォ!!と、若干涙目で訴えながら攻撃を続けるちっこい鬼──ギルガメッシュの元から逃げ出した(牛若丸が追い出したとも言う)、茨木童子の参上である。...うん、今更感半端ないな。

金時が若干微妙な顔をしているが、ここは抑えて貰おう。ややこしくなるからね。

 

茨木童子は、俺達とは別の勢力としてこの戦場を駆け巡る。敵は同じだが手を組むつもりは無いと、泣きながら暴れる茨木童子の背中が言っていた。...そんなに酒呑童子に見せたい城が出来ていたのだろうか?少し可哀想に思わないでもない。

 

「チッ。アイツが暴れてるってのに、俺が黙ってる訳にはいかないジャンよ!大将、俺っちもちょっくらベアー号を鳴らして来るぜ!」

「おー!やっちゃえ金時、骨は拾うよ!」

「フォウ...(何言ってんだこのマスター...)」

 

うーむ...。そろそろ低位の動物会話スキルも取得したのかな?(迷走)

てかフォウ君はいつの間にか居なくなってたけど、またいつの間にか戻ってきたな。なんなんだこの謎マスコットは。そして藤丸は金時に頑張って欲しいのか死んで欲しいのか...。ツッコミどころ多すぎだろ。パワーだけじゃなくボケのインフレも激しい件について。

 

「さて...、殺るか」

「おいマスター。毎度思うんだがお前、たまに変な変換してないか?」

「比喩は無い」

「...OK。そうだな、マスターはそういう奴だ。頼むから俺達をマスターの攻撃に巻き込むなよ?」

「是非も無し」

「どこか不安になる返答ですね...」

 

文句を口にしながらも、既に俺という存在に慣れてしまったモードレッドと静謐ちゃん。モードレッドに至っては、今の今まで戦闘態勢を取っていたのだが、俺の発言を聞いて即座に防御態勢を整えた。順応してやがるぜ...。

 

今、俺の手元には『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』は無い。先程投擲したままなので、今頃ティアマトの足元辺り、最悪海底にでも転がっているだろう。エルキドゥが回収してきてくれれば良かったのだが、ないものねだりは良くない。今あるものだけでどうにかするしか無いのだ。

 

手持ちの武器は聖剣擬きとアッサルの槍。聖剣の方は既に魔力が切れてしまっているので、必然的に俺の装備はアッサルの槍のみとなる。しかし、槍を使っての近距離戦は今の俺には分が悪いし、この遠・中距離からの投擲もラフムに邪魔されて無理だろう。やはり魔術や権能中心で頑張るしか無いか。

 

「バフは必要かな?」

「要らない。というか使えない。俺には魔術全般効かないから」

「...対魔力の域を超えてるんじゃないのかい、それ?」

「だから(カンピオーネ)の対魔力ランクはEX(規格外)なんだよ」

 

言いつつ、聖杯からの膨大な魔力を用いて魔術式を構成していく。既に対ティアマトで使った魔力量は、封印を施される前の俺の全魔力の10倍以上になるのだが、未だ魔力の底が見えない。聖杯って凄いんだなぁ(小並感)

 

とりあえずはいつも通り、敵の行動を封じる為に千の蛇(シュランゲ)を発動させる為に雷槍を投擲する。ラフム達に妨害されないよう極めて乱雑的に放ち、意味の無い攻撃だと奴らに思わせながらそれぞれの配置に成功させ、念のため2重3重に張っていく。魔法陣さえ構成してしまえばこっちのものだ。後は俺が魔法陣に魔力を通すだけで発動する。

 

 

──ここからはずっと俺達のターン。この千の蛇(シュランゲ)という拘束魔術は、あの爺さんが唯一解けなかった技なのだ。時間があれば解かれていたかもしれないが、それでもガンドと同等かそれ以上の効果はある。ティアマト(原初の神)とはいえ、全く効かない訳が無い。

 

聖杯というバックアップを得た今の俺に、魔力暴走以外の敗因は無いに等しい。マーリンがいる事で俺以外の皆は回復しながら戦えるし、魔力制御さえミスらなければ負けるビジョンなど見えない。そう、魔力制御さえ、ミスらなければ。

...逆に言えば、魔力制御をミスった時点で負けなのだが、そこはほら、気合でなんとかしよう。

 

 

* * * *

 

 

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ...。まず凌太君の発動した魔術がティアマトと大量のラフムを拘束し、動きを封じたんだ。それだけでも『なんなのこの人...人?』と思ったが、それだけじゃ終わらなかったんだ。極光というに相応しい光体が上空に現れたかと思ったら、ギルの『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』もかくや、というレベルのナニカが振り降ろされ、そのナニカがマーリンの出した庭園だけじゃなく、その下の海すら半分消し飛んだんだ...。それで生きてるティアマトには流石に肝が冷えたけど、私達が戦慄していたらなんかゴーン...ゴーン...という鐘の音が聞こえてきて......。最後はまた例の極光がティアマトに命中して、ティアマトが完全消滅したんだ。塵も残らなかった...。頭がどうにかなりそうだったぜ...。催眠術とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ...まあ凌太君といたら大体こんな感じだけど」

『そ、そうかい...。報告ありがとう...』

 

 

さっきの発言がフラグかと思った?普通に勝ちましたが何か。

 

 

聖杯からの無限とも思える魔力供給に頼りきり、尚且つ最終的に出張ってきたじいじのお陰でなんとかなったのだが、まあ勝ちは勝ちである。トドメを刺したのは俺だったし。

しかし、ティアマトに『あの御方』とやらの正体を聞けずじまいで終わってしまった。結局誰なんだよあの御方。爺さんか?それとも、俺に元から備わってるこの『力』とやらに関係ある誰かか?どっちにしても話だけは聞いときたかったなぁ。まあ後の祭りか。そのうち何処かで知ることも出来るだろう。たぶん、きっと。

 

「あぁ、全身くまなく()てぇ...」

「そりゃあ、あれだけ魔力を使えばね。聖杯に貰っていた魔力とはいえ、行使していたのは凌太君なんだ。なんの代償も無しにアレだけの力が使える訳が無いだろう?むしろ、それだけで済んだ事を喜ぶべきだと私は思うね」

「そんなもんか...。もう緊急時以外は聖杯なんて使わねぇ。心に決めた」

「それがいい。適度なバフならいざしらず、あれほどのドーピングを使い続ければ、いつか必ず身体が壊れる。それはキミでも変わりはないだろう」

 

マーリンの言葉を聞いて素直に頷く俺は今、身体中の力という力が抜け、しかも筋肉や神経がボロボロになるという重症を負っていた。これが“代償”というやつで間違いないだろう。本当に力が入らないしアホみたいに身体中が痛い。

ティアマトの完全消滅を確認したので聖杯とのパスを切った。そうしたらその瞬間に魔力枯渇で気絶し、痛みで跳ね起きるという体験をした俺は現在、普通に倒れている。立つ力もない、いやマジで。ドーピング、ダメ、絶対。というスローガンが頭をよぎった。

 

「おっ...?」

 

ティアマトを倒した事でこの特異点の異常が完全に修正され始めたのだろう。徐々に強制退去が始まりつつある。最後にギルガメッシュやシドゥリ達と、俺主導で製造したワインで1杯やりたかったんだが、それも無理か。...いや、シドゥリは俺に酒を飲ませてくれないかな。アイツにはなんか、正面きっては逆らいがたいんだよなぁ。

 

俺達カルデア組だけでなく、野良サーヴァントであるアナとコアトルの強制退去も始まった。ジャガー?奴は北壁に道満と一緒に置いてきましたがなにか。戦力的に道満1人じゃキツそうだったからな。ジャンケンで負けたジャガーが悪い。

適当な別れの言葉を交わし、アナとコアトルが消える。まあ藤丸の事だ。すぐにカルデアで召喚するだろう。再開の日は近いのかもしれない。

俺と仮契約を結んでいる牛若丸達も、俺が居なくなり次第座へと還るだろう。

 

というか待って欲しい。今、動けない俺の代わりにエルキドゥが槍を海底へ探しに行ってくれているのだ。戻ってくる前に退去してしまったら俺は自身の主武器を失うハメになる。それだけは避けたい。あっ、藤丸の強制退去が終了した。俺もそろそろ限界じゃね...?足元とか既に消えかかってるし。

 

...急げエルキドゥ、速さが全てだ...!

 

「おや、ギリギリになってしまったかな?」

「待ってたエルキドゥ!そういうのいいから槍は!?はよ、槍はよ!消えちゃうから!」

「えっ、あ、ああ...。はい、これ。しっかり海の底まで落ちてたよ」

「ありがとうエルキドゥ。この恩はたぶん忘れないかもしれない!」

 

エルキドゥから手渡された槍を急いで受け取り、礼の様なことを言う。すると、とうとう俺にも限界がきた。エルキドゥの苦笑、そして膝から崩れ落ちた茨木童子の悲愴感漂う表情を最後に、俺はその時代から弾かれるのだった。

 

...帰ったら、カルデアの茨木童子にパフェでも食わせてやろうかな...。

 

 

* * * *

 

 

「おかえり、凌太君。今回も大活躍だったね。うん、大活躍だったね」

「素直に言ったらどうだ」

「キチガイだったね!」

「オカン。ロマンの食事、今日から3日間粥だけな」

「酷いっ!」

 

カルデアへと帰還したのは俺が最後だったらしく、管制室には今回の特異点へ赴いた俺以外の全員が揃っていた。

 

「それで、凌太君。聖杯は?」

「ん?ああ、ほら」

 

ダ・ヴィンチちゃんの催促に応え、ギフトカードにしまっておいた聖杯をダ・ヴィンチちゃんの足元へと放り出す。

...言っておくが、俺はまだ立てないからね?今も管制室の床に仰向けで横たわっている状態だ。情けないことこの上ないが、立てないのだからしょうがない。

 

「まったく、聖杯の扱いが雑だなぁ。これ、本来は英雄達が必死に奪い合うレベルの物なんだけど......っと。よし、場所は特定できた。ロマン」

「ああ。立香ちゃん、凌太君。帰ってきて早々に悪いんだけど、次のオーダーだ。ソロモンの居場所が判明した。これより、最終オーダーを開始する。立香ちゃん達にはこれから1日...いや、2日の休暇を与えるから、それぞれ最終決戦の準備を済ませておいて欲しい」

「お前、俺のこの姿見てそれ言うの?」

「はっはっは!凌太君なら数時間程度でひょっこり回復するでしょ?」

「するかバカ。腕一本無いんだぞ」

 

まったく、仮にもドクター(医者)が言うセリフかよ。医学に携わる者というのは患者を絶対に助ける意思を持ってだな──

 

「患者は何処ですか!緊急治療を開始します!」

「えっ」

「貴方が患者ですね?これは酷い、外見だけでもボロボロではないですか!でも大丈夫、安心しなさい。私が貴方を救います。そう、例え貴方を殺すことになってでも!」

「...えっ」

「これは本格治療が必要ですね。今すぐに手術を開始します。ミス・メディアリリィ、手術室の用意を!」

「了解です!大丈夫ですよ凌太さん、貴方が苦しんでいるというのなら、まずはその痛みをぶっ壊します!」

「凌太君、達者でね...」

 

藤丸達に綺麗な敬礼をされながら、動く事の出来ない俺はナイチンゲールの肩に担がれて管制室から運び出される。

 

......婦長達には勝てなかったよ。

 

 

* * * *

 

 

あれから数時間という時が経った。

現在地はカルデア管制室。ソロモンの居城へ乗り込む為のレイシフトや、藤丸の存在証明の準備などを忙しなく行っているカルデア役員を横目に、俺はロマンに話をしに来ていた。

 

「ほら見ろ。やっぱり数時間で治ってるじゃないか」

「...婦長って、普通の治療も出来たんだなぁ。めっちゃ丁寧だった」

 

ロマンのジト目を軽く流しながら、そんな事を呟く。

婦長とメディアリリィによる傷付いた内臓の手術と、パラケルスス自作の怪しげな薬を服用、そして持ち前の回復力である程度までには回復した。軽い戦闘程度ならしても良い、と婦長からの許しも出たので大丈夫なのだろう。...婦長やメディアリリィが保証していたとは言え、あのパラケルススが作った薬っていうのは不安だよなぁ...。

っと、そんな事を言いに来たんじゃない。

 

「ロマン、確か休暇は2日って話だったな?」

「というよりも、こちらからあちらへレイシフト出来るのが2日後だけなんだよ。しかも滞在出来るのは短期間...そうだね、数時間程度じゃないかな。それを超えると戻ってこれなくなる」

「ほう...。まあとにかく、2日は時間があるんだな?」

「そうだね。正確には、後1日と16時間程度だ。けど、それがどうかしたかい?」

「いや、ちょっと腕を治そうかなって」

 

俺の左腕は未だ千切れたままである。俺が断面を焼いてしまったせいで、通常の手術では接合不可能だったのだ。まああの時止血してなければその時点で死んでいたので、俺が悪い訳ではないのだが...。

 

「治るのかい?君には魔術は効かないんだろう?だったらそれを治す手段なんてどこにも...」

「まあ、俺が飛ばされてたのは異世界だからな。こっちの世界の常識が通用しない事もあるさ」

「それもそう...って、え?ちょっと待ってくれ。まさか、まさかとは思うけど君、このタイミングでまた異世界に行くとか言い出さないよね?」

「大丈夫大丈夫、2日で戻るって」

「信用出来ないんだけど!?僕が留守電を入れてから1週間以上放置してた人の話なんてね!」

「でも、俺の腕はあった方がいいだろ?戦力的に」

「それはそうだけど...いや、キミが最終決戦に間に合わない事の方が問題だ。許可は出せない」

 

まあ許可とか無くても行きますけど、と思ったが、案外本気で怒られそうだったので黙っておいた。言わないだけで勝手に行くけど。

と、俺が適当に場を濁してさっさとこの場を去ろうと考えていたところ。突然、管制室の扉が開き、聞き覚えのある声が響いた。

 

「ふっふーん。心配いらないわロマン!今回、リョータにはアタシが付いて行くから!」

「余計心配なんですけど!?」

「なっ、なんでよ!?」

 

突然現れた、俺に一言も無く俺に同伴すると言い出した人物──玄奘三蔵はロマンのツッコミに不服そうな声を上げる。まあ確かに、三蔵の幸運値はEX。ロマンが不安に思う気持ちも十分分かる。

三蔵が若干涙目になっていると、またしても管制室の扉が開き、またしても聞き覚えのある声が響く。

 

「安心してください、ドクター。私も付いて行きますから」

「う、うーん...。キミがそう言うなら...いやでもなぁ...」

「あぁ〜!!アタシの時と反応が違うじゃない!なんなの!?本当になんなのよぅ!?」

 

次に現れた、またしても俺に一言も無く俺に同伴するという人物──ジャンヌ・ダルクは、聖女らしい朗らかな笑みを浮かべる。...なんだこれ。

 

「ううーん.........。凌太君、本当にすぐに戻ってこれる?」

「おう」

「神に誓って?」

「いや、俺はその神を殺す側だからそれはなんとも...」

「あっ、そっか...。うん、絶対に時間内に戻ってこれると約束してくれるなら、僕から許可を出そう」

 

...よく考えたら、俺はロマンに「ちょっと居なくなるけど治療に行ってるだけだから探さなくていいよ」と言いに来ただけなんだが。一体いつから許可を貰わなくてはならなくなったのか。まあくれるってんなら貰うけど。

 

「おう、任せとけ。上手く事が進めば必ず戻ってこれるから。じゃ、そゆことで」

「あっ、ちょっと待ってよリョータ!アタシも付いて行くからね!ねぇ聞いてる!?」

「ではドクター。失礼します」

 

俺はスタスタと管制室の外へ歩き出し、三蔵がそれに焦るように追いかけ、ジャンヌが一礼してから管制室の扉を閉める。

後方で「ちょ!上手く事が進めばって何!?ねぇ凌太君!?」という声が聞こえたが、俺は知らないフリをしてマイルームへと駆けた。時間が無いからね、仕方ないね。

 

 

* * * *

 

 

「それで、お前ら本当に付いてくんの?別に戦闘とかする気無いし、一応エミヤだけ連れていこうとは思ってたけど」

 

ロマンの追跡が無い事を確認し、歩きでマイルームへと向かう途中。

俺は、後ろをトコトコと付いてくる三蔵とジャンヌにそう聞く。

 

「付いていきますよ。凌太が向かう先で戦闘が起きない訳がありませんし」

「信用が無いって怒ればいい?」

「ある意味で信用の表れです」

 

凄い真剣な顔で言われたんだが。流石に落ち込むぞ。

 

「アタシは暇だったから!」

「...まあ、三蔵らしいと言えばらしい理由」

 

ハツラツと言う三蔵は、本当に砂漠を超えた聖人なのだろうか。時々疑わしくなるよな。まあそれと同じくらいに聖人らしいところも見せるんだけど。

 

「それに、彼なら元から付いて行けませんでしたよ、きっと」

「は?なんで?」

「つい1時間程前、このカルデアに数騎のサーヴァントが召喚されました」

「あっ」

「お察しの通りかと。...彼は...エミヤは、自室に引きこもってしまいました。心は硝子ですからね、仕方ありません」

 

エミヤの災難はまだまだ続くらしい。

頑張れエミヤ、負けるなエミヤ。いつかきっと、幸運値の壁を超えた幸せがキミを待っている──

 

...そろそろ本気でオカンの精神が心配になってきた。魔術王戦が終わって箱庭に帰ったら、キチンと療養してもらった方が良いかもしれない。

 

「そう言えば、まだ聞いていなかったのですが」

「ん?」

 

エミヤの事を割と真剣に心配していると、隣からジャンヌが疑問を投げかけてきた。

 

「これから向かうというのは何処なのですか?」

「あっ、それはアタシも気になってた!」

 

ジャンヌの発言に呼応するように、三蔵も俺を見てくる。行き先も知らないのに付いて行くとか言ってたのかコイツら、と思わないでも無かったが、それはそっと胸にしまった。言っても無駄だろうし。

 

「まあ、言っても分からないだろうけど...」

 

三蔵やジャンヌを召喚してから、俺はこの世界以外には出向いていない。なので、この2人と道満、そしてニトクリスは箱庭すら見た事が無いのだ。あ、箱庭はモードレッドも見た事ないな。

兎に角、この2人に地名を言ったところでピンとはこないだろうが...一応言っておくか。

 

「日本の駒王町。天使とか堕天使とか悪魔とか妖怪とかetcが住まう、ありふれた街だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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ハイスクールDxD ②
人外魔境・京都




うーん...。中々なカオスになってきたぞぅ。


 

 

 

 

 

 

「へぇ、ここが異世界なんだぁ。...あんまり異世界感はないわね」

「そうですね」

「ああ。俺達の目の前にはぐれ悪魔がたむろってはいるが、まあ悪魔なんて最早日常茶飯事だよな。心臓オイテケ」

 

そんな各々の感想を言い合いながら、俺達はタイムマシン擬きから降りる。

タイムマシン擬きに乗って時空の狭間の様な空間を漂うこと数分。俺達は目的地である世界へと到着していた。今回は振り落とされる事は無かった。

 

俺達が降り立ったのは半廃墟と化した教会。最早神の加護など受けていない山の中にひっそりと建つこの教会は、はぐれ悪魔などにとっては良い住処なのだろう。まあ今は俺達“ファミリア”の支部となっているので、不法侵入者は情け容赦無く消えて貰うが。

その点で言えば、聖人を2人も連れてきたのは正解だったのかもしれない。三蔵の有難い(笑)お経を聞いたはぐれ悪魔達は、頭を抱えながら次々と消滅していく。

 

そんな感じで軽く10体は居たはぐれ悪魔を文字通り消し、俺達は教会を出る。三蔵がせっせとお経を唱えている間、ジャンヌが倒れてしまっていた教会の像を立て直し、更にその像と安置場の掃除をしていたのだが気にしない。

 

「それでリョータ。その腕どうやって治すの?魔術、効かないんでしょ?」

 

整備された山道を抜けて街道に出た辺りで、三蔵がそう聞いてくる。どうでもいいが、今の時間は恐らく夜明け前だ。そのまだ暗い時間帯に、いや、もう時間帯とか関係なく、三蔵とジャンヌの格好は職質されるレベルなのではないだろうか。霊体化させるか、もしくは服を買わないとなぁ。流石に国家権力を相手取るのは面倒だぞ。戦力的とかの問題ではなく。

 

「魔術は効かないけど薬は効く。要するに体内から効く系のものなら、多分俺達カンピオーネにも効果はあると思うんだ。実際、パラケルススの怪しげな薬は効果があったしな」

 

まあパラケルススの薬も、破壊され尽くされた筋細胞と神経類の回復の手助けをしただけで、完治はおろか腕もくっつかなかったんだけど。

それを聞いた2人は分かった様な分かっていない様な表情を浮かべた。

ふむ、やはり口で説明するより見せた方が早い気がする。

 

 

 

 

「という訳だからフェニックスの涙をくれ」

「ごめんなさい、一切話が見えないわ」

「いいから出せ。ほら、魔王の妹とかいう重要ポストなんだからいいもん持ってんだろ?」

「...ヤンキーのカツアゲ現場...?」

 

少々悪ふざけを入れながら、目の前の紅髪と白髪の少女──リアス・グレモリーと塔城小猫と久しぶりに顔を合わせる。

 

現在地は駒王学園旧校舎2階のオカルト研究部部室。東からやっと太陽が昇り始め、周りが明るくなってきた頃。警察等に見つかる事無く街中を歩き、10分程度でこの場所に到着した。道中、なんか超魔術的術式云々で生き返ったらしいフリードっぽい物体を軽く一撃で物言わぬ灰に変えた、という出来事があったが些細な事だろう。超魔術的術式ってのは若干気になったが、フリードの理性が完全に蒸発していたのを見る限り、確実にロクなものでは無いと予想できる。

 

「というか、よくこんな時間に部室に居たな。なに、お前らの家ってここなの?」

「そんな訳が無いでしょう。私も子猫も仕事帰りよ」

「ん」

 

仕事...。ああ、あの民間人に悪魔召喚させてその召喚者の言う事を聞くってやつか。それがこんな朝帰りみたいな時間まで続いてるとかなんかエr...いえなんでもありません。

 

「そういやイッセー達は?駒王町には居ないっぽいけど」

「ああ、イッセー達は今京都に行ってるわ。2年生は昨日から修学旅行なのよ」

「マジか」

 

だからイッセー達はいないのか。暇そうなら対魔術王戦に連れていこうと思ってたんだけどなぁ。ま、いないのならしょうがない。2年組抜きでもグレモリー眷属なら十分な戦力になるだろ、きっと。それよりも、だ。

 

「とりあえず、フェニックスの涙くんね?見ての通り、左腕が斬り落とされてな」

「...やっぱりそれは見間違いとかじゃ無かったのね。いいわ。契約上、一応は仲間らしいし、フェニックスの涙をあげましょう......と、言いたいところだけれど」

「今は無いよ、フェニックスの涙。念のためにって、イッセー先輩達が残りの2個を持っていったから」

「マジでか」

 

曰く。最近、『禍の団(カオス・ブリゲード)』なるテロ組織の過激派が目立って暴れ出したらしく、全世界的にフェニックスの涙の需要が急上昇しているのだとか。で、赤龍帝というものは強者や戦いを引き寄せやすい性質がある上に、イッセーは各方面から注目されているらしいので、もし襲われた時の為にと持って行ったらしい。アーシアもいるというのにフェニックスの涙まで持って行ったのかアイツ。

というか『禍の団』ってなんだ。邪魔するなら潰してやろうか。無限の龍神がなんぼのもんじゃい。

 

「どうしますか?」

 

まだ見ぬテロリスト集団との正面衝突まで考えが至っていた時、ジャンヌが口を開く。そうだ、俺は別にテロ撲滅に来た訳じゃない。そこら辺はイッセーがどうにかするだろ。アイツならいつか龍神の域に達しそうだし。

 

「...京都に行く、しかないかなぁ。ちなみに聞くけど、新しいフェニックスの涙を入手するとしたらどれくらいの時間がかかる?」

「ざっと4ヶ月といったところかしら。いくら優遇してもらったとしても、1ヶ月が限界ね。それ位需要が高まってるのよ」

 

1ヶ月は流石に待てないよな。最終決戦に遅れるとか、そんな次元じゃないぞ。

 

「1ヶ月も待てないし、京都に行きましょうよ!アタシ、ちょっと興味あるかも!京都ってあれでしょ?お寺とかたくさんある所でしょ?だったら1度くらい見てみたいわ!」

「旅行気分かコイツ」

 

とは言え、京都に行ってイッセーからフェニックスの涙を貰うのが1番手っ取り早いのも事実。...やっぱりそうするしかないかな。

 

「...仕方ない。じゃあぱぱっとISで飛んで」

「デンシャっていうのに乗りたい!」

「だから旅行気分かお前は。時間がかかるわ。それに仮にもお前三蔵法師だろ。どうせなら徒歩で行くくらいの気概を見せろよ」

「嫌よ!なんで便利なものがあるのに使わないの?あるものは使わなくちゃいけないと思うわ、アタシ!」

「だから電車より便利なISを使ってだな」

「三蔵さん、電車は辞めませんか?距離的に考えても新幹線の方がいいかと」

「お前もかジャンヌェ...」

 

文明の利器に頼り過ぎだろ。いや、電車とかと比べたらISも圧倒的な文明の利器だけれども。

 

「はぁ。京都に行く分には構わないけれど、目立つ行動は謹んでちょうだい。ただでさえ世界中がピリピリしてるんだから」

 

グレモリーの溜め息をききながら、結局は俺が折れて新幹線で京都まで行く事になった。お前ら俺を早く帰らせる為に付いてきたんじゃないの?何故わざわざ時間のかかる移動手段を取ろうとする?と、疑問に思ったが、「シンカンセン!シンカンセン!」と子供の様に目を輝かせている三蔵を見るとそんな事は言えなかった。

...新幹線って、今からでも席は空いているのだろうか?三蔵の喜びようからして、恐らく霊体化して乗るという手段は取りそうにない。全力で新幹線を楽しむ気だろう。何がそんなに楽しみなのか。絶対ISの方が面白いと思うんだけどなぁ。まあそこら辺の感覚は人それぞれだし、強く言う気は無いけど。

兎に角、今日中に東京ー京都間の新幹線3席分の確保。しかも出来るだけ近く、欲を言えば横1列になる席順となると...。もう最悪バラバラでも良いかな。...今日中に着けるといいなぁ。

 

 

 

* * * *

 

 

「トーキョー駅ー!」

「テンション高過ぎ。少しは抑えて」

 

何故か無駄にハイテンションな三蔵を宥めつつ、平日の昼ながら人の多い東京駅に若干嫌気がさす。いや、人混みって疲れるじゃん?

ただでさえ最近は一般人に興味が湧かなくなっているのだ。これだけ多いと人間がゴミの様に見えるのも無理はないのかもしれない。見せてやろうか、神殺しの(いかづち)を。

 

 

まあ、なんだかんだで東京ー京都の新幹線3席の予約は取れた。しかも横一列で。新幹線ってもっと混んでるイメージだったんだけど、案外当日でどうにかなるものなんだな。

 

「ああ、凌太君と久しぶりに会えたと言うのに、もう離れなければならないなんて...。やっぱり私も京都に...」

「ダメよ朱乃。こちらにも仕事があるのだから」

「むぅ...分かっていますわ」

 

何故だか見送りに来たグレモリーと塔城、そして今朝は見なかった姫島。更に今回が初対面となる吸血鬼のギャスパー・ヴラディ。以前は気配しか感じていなかったので、ちゃんと会うのはこれが初めてである。まあ、今もダンボールの中に閉じこもってますけどね。

平日の昼にも関わらず彼女らが学校に行っていないというのは、何も俺達の見送りという訳では無い。いや、それも少しはあるのだろうが。

曰く。『禍の団』ではない組織のテロ行為がグレモリー領付近で発生したらしく、それの鎮圧をしに冥界まで行くのだとか。そのついでに見送りに来たらしい。てかグレモリー領には現魔王が居るんじゃなかったのか?まあ他魔王の詳しい事情に余り興味はないけど。

 

という訳で、結局ダンボール箱から出てこず、声をかけても「ヒェッ...」としか言わなかったギャスパーを除く3人と適当に挨拶を交わし、俺達は新幹線へと乗り込んだ。

 

因みに、今のジャンヌと三蔵はそこらの洋服店で買った服を着込み、武器等もしまっている。流石にあの格好で新幹線に乗せる気は俺には無かった。いや、武器なんて持ってたら駅員か警備員に普通に止められるだろ。

 

ジャンヌは、白を基調とした膝下まであるノースリーブワンピースの上に薄手のパーカー、そして麦わら帽子という、まあ普通に可愛い感じの服装をチョイスしていた。うん、可愛い。文句は何も無い。

 

俺は以前エミヤから支給されたユニ〇ロの長袖Tシャツ&長ズボンである。基本、俺の服装は、最初から持っている学ラン一式とIS学園の制服、そしてこのユニ〇ロセットの着回しである。足りなくなったら現地調達というスタイルだ。俺の服装もまあ、特に問題は無いと思う。

 

問題は三蔵だ。

もうね、アホかと。

 

ジャンヌと三蔵が服を買っている間。俺はタイムマシン擬きの回収と両替をしに、待ち合わせ場所を東京駅と指定して2人と離れていたのだ。

京都からすぐにカルデアへ行く為にタイムマシン擬きを回収し、移動費の入手の為に第7特異点で拾っていた鉱石を鑑定して貰って大金を得た。箱庭の通貨は大量に持っているが、日本円はそれ程持っていなかったからな。服代だけで消える金額しかなかった。そして新幹線の料金はバカにならないのだ。しかも3人分ともなると、手持ちの金では全く足りなかった。まあ思った以上に鉱石が高額で売り飛ばせたので今は十分余裕があるが。

 

まあそんなこんなで俺は2人から数時間程離れた。

で、東京駅で2人と合流して、俺はそれを後悔した。

 

三蔵の今の服装。それは、白いTシャツとジーパン。そこまではいい。俺も似たようなものだ。しかしここからがいけない。

そのTシャツの前にはデカデカと「天竺」の二文字がヤケに達筆で書かれており、背中には「Go!West!gogo!」の文字が。そして何故か指ぬきグローブとジャラジャラしたネックレス。更にはTシャツの丈が合っていないのか、それとも狙っているのかは知らないが、とりあえずが腹がチラチラと見えている。

 

一言でいうとダサかった。オシャレとか、そっち関係に疎い俺でも分かる。これは酷い。なんで指ぬきグローブとか買ったし。ネックレスは輪袈裟という坊さんが首に付けてるやつがあるので、それと似た感覚で買ったのだろう。そう考えればまだ分からなくもない。だが指ぬきグローブは全く分からない。ジャンヌも何故止めなかったし。そしてそのTシャツの丈。もっと長(ry

 

まあ周りから奇異の目を向けられるが、新幹線の時間的に買い直している時間は無かったので深くは突っ込まないでおいた。一般大衆の奇異の目線は悲しい事ながら慣れてしまっているしな。ネロの花嫁衣装と比べればまだマシなのかもしれないし。

 

 

 

で、現在。

 

「ダウト!」

「残念。私が出したのは本当に9です。はい、三蔵さん。山札全部受け取ってください」

「くぅぅ!!」

 

俺達はダウトをしていた。

 

どうしてこうなったのか。三蔵が景色を見ることに飽きたからである。お前本当になんで新幹線に乗りたがったの?

最初こそ高速で流れる景色に興奮していた三蔵であったが、10分もしないうちに飽きたらしく、事前に買っていたらしいトランプで遊ぼうと言い出したのだ。その結果がコレである。ダウトの前は七並べ、その前は大富豪をした。スタンダードであるババ抜きをしない辺りよく分からない。七並べとか新幹線内でする遊びじゃねえよ。まあ楽しかったけど。

 

 

そんなこんなで時間は過ぎ、あっという間という程ではないが、まあ電車や車などと比べるならば圧倒的に早く京都へ着いた。

 

「やっぱりお寺巡りは基本よね。あ、元興寺ってどこかしら?昔、私のところに勉強しにきた道昭君が確かそこのお寺出身だったんだけど」

「元興寺は奈良ですよ。時間もありませんし、そちらは次の機会にしましょう。とりあえずはお昼ご飯を食べませんか?」

「マジの観光客かお前ら」

 

新幹線から降り、改札から出た辺りで後ろを振り向くと、そこには旅行雑誌じゃ〇んを広げ今後の予定を組んでいるジャンヌと三蔵がいた。傍から見たらタダの日本語が流暢な外国人観光客だぞあいつら。

 

「大丈夫よ、まだ時間はあるし!リョータも楽しんで行きましょ!師匠命令よ!」

「俺の師匠はランサー陣だけです」

 

スカサハ然り、兄貴然り、レオニダス然り。その他の槍兵達にも、大変お世話になってます。たまに鍛錬で死にかけるけどね。

 

「それより湯豆腐とか食べてみませんか?にしきそばとか...あっ、この一銭洋食というのも美味しそうですね!」

「アルトリア顔はみんなそんななのか...」

 

まあ確かに、時間は既に昼を過ぎている。腹も減ってくる頃だろう。果たしてサーヴァントが空腹になるのか、という疑問はあるが。

 

「...確か京都には有名なラーメンチェーン店もあったはずだな」

「ラーメン!それもいいですね...。お菓子・デザート類は食後、移動中にでも食べるとして、最初はガッツリいきましょう!」

「ちょっと!お寺巡りも忘れないでね!?」

 

...まあ、折角京都に来たんだ。三蔵の言う通り、俺も少しくらい楽しもう。時間に遅れなければロマンも怒らないだろう。うん、そう信じよう。

何気に京都って初めて来たんだよな、楽しみだ。

 

 

* * * *

 

 

「わあ、いい景色ね!紅葉してたらもっと綺麗かも」

「まあまだ紅葉の季節には早いからな、仕方ない」

「...生存率85.4%ですか......いける」

「ステイ」

 

京都到着から数時間が過ぎ、俺達は清水寺へ赴いていた。というか「いける」じゃねえよ。そりゃサーヴァントだしこの程度の高さじゃ死なないだろうけども。

 

あとどうでもいいかもしれないが、京都に来てからというもの、セクハラ行為を働く輩を良く見かける。今のところ俺達に実害は無いので無視しているが、一体いつから京都はセクハラが横行する都市になってしまったのか。これが日本の歴史ある街の姿だとでもいうのか。...案外間違っていないのかもしれない。結構見かけるよね、電車とかでセクハラしてる奴。

 

「ここって法相宗のお寺?」

「いえ。元はそうだったようですが、今は独立して北法相宗大本山と名乗ってるらしいですよ」

「そうなの?でも元は同じよね!なんか感慨深いわ」

 

確か法相宗は三蔵が開いたんだっけか。いや、弟子だったっけ?まあどっちでもいいか。とりあえず三蔵が関係している宗派だったのは確か。

 

それは兎も角。少し前からイッセー達の気配が消えたのが若干気になる。

ここ京都に入ってから、いつでも合流出来るようにとイッセー達の気配を探り、ついでに何故かアザゼルの気配も見つけ、それからずっと感じていた彼らの気配が纏めて消えたのだ。気にならない訳が無い。まああのメンツがそう易々と負けるとも考え辛いのでそこまで心配はしていないが。とりあえずアザゼルはなんでいるの?観光?確かに日本文化好きそうだったしなぁ。

 

「日も若干傾いてきたし、そろそろイッセー達に合流しとくか。気配が消えた所にでも行けば会えるだろ、多分」

「そうですね。美味しいものも沢山食べれましたし...。あっ、まだ地主神社に行ってません! あそこの恋占いの石は是非試さなくては!」

「女子高生かお前。てかジャンヌってキリスト教徒じゃないの?仏教に頼っていいのか」

「そこは問題無いと思いますよ?主は寛大ですし。それにそんな事を言い出したら私が神殺しであるマスターのサーヴァントをやっていること自体ダメになるでしょう」

「まあ、それもそうか」

 

というか、相手は誰だろうか。ジル?天草いい加減に四郎時貞?それともカルデアの役員とかだろうか。

まあ誰との恋愛成就を願っているのかは知らないが頑張って欲しい。ほら、人の恋愛って見てる分には面白いし。痴情のもつれとかに巻き込まれるのは面倒だけどな。安珍と清姫とかいい例だと思う。清姫の扱いとか、未だ困ってるんだけど。

それはそうと、そろそろマジでイッセー達を探すか。宿泊費は一応あるが、余り遅くならない方がいいだろう。この数時間でロマンからの連絡が何件か来ているし。どんだけ心配なんだよアイツ。

 

因みに、カルデアに2つあったはずの例の異世界通信可能スマホだが、現在は1つしか無いようだ。なんでも、1つはダ・ヴィンチちゃんを初めとした科学者系サーヴァント組が「どういう仕組みか超気になる!」などと言って解体したらしい。結果は何も分からず、しかも直せもしなかったのだとか。まあ神が造ったモノだしな。理解出来ないのも仕方ないのかもしれない。

 

 

という訳で、恋占いの石とやらはジャンヌに諦めてもらって、俺達はイッセー達の気配が消えたポイントへと足を運ぶ事にした。この京都はイッセー達悪魔だけでなく堕天使総督アザゼル、天使っぽい何か、妖怪的な何か、それから強い人間など、その他諸々の気配が蔓延るという中々に混沌な町へとなっている。さすが千年魔京と言ったところか。箱庭とまでは言わないけど色々と集まってんなぁ。俺達が来たことで拍車がかかったとも言える。

 

「ん?」

 

そんな事を考えながら適当に歩を進めていると、とある変調に気が付いた。

 

「...なんか、人少なくね?というか0じゃん」

「言われてみれば...。皆さんもう夕食を食べているのでしょうか?」

「たぶんそれは無い」

 

現時刻は午後4時過ぎ。そこかしこにある甘味処で間食でもしているのならまだしも夕飯にはまだ早すぎる。というか、仮に夕飯時だったとしてもこの人気の無さは異常だ。軽く辺りの気配を探ってみるが、半径100m以内には人どころか、犬や猫、鳥といった獣の気配すら感じない。それより遠く、半径100m以上の場所には人の気配を数多く感じることから、気付かない間に俺達が異世界に飛ばされた、という訳でもないだろう。単純に、この場所から人が不自然なまでに遠ざかっているのだ。

 

...今気付いたんだが、この京都をぐるっと一周、ものすごい数の悪魔やら天使やら妖怪やらの気配が取り囲んでいる。なんの包囲網だ。俺とか言われたら泣くぞ。そして全員纏めてぶっ飛ばすぞ。

 

「──やあ。君が坂元 凌太、で合っているかな?」

「人違いだ、ほかを当たれ。それじゃ」

 

人や獣の気配は無かったが、それ以外の気配は感じ取れたんだなこれが。

俺達の目の前に現れた3つの人影。1人は妖怪、もう1人は人間っぽい気配を感じた。そして、声を掛けてきた男からは悪魔の気配、そして、龍の気配も感じる。要するにイッセーと似た気配だ。そこから導き出される答えは1つしかない。

 

“絶対に面倒な連中だ”、ということである。

 

関わらないが吉。瞬時にそう判断した俺は、相手を適当にあしらって場を離れる事に決めた。今は面倒事に首を突っ込んでいる場合ではないのだ。

 

いつものメンツなら、このまま逃走紛いの行動に出て終わっていたのかもしれない。エミヤとかは合理主義な所があるし、そもそも自身に不利益しかない面倒事はなるべく避ける。静謐ちゃんに至っては俺の行動に殆ど口を挟まないし、他の奴も大抵話を合わせてくれる奴らだ。ネロはたまに空気読まない時があるし、爺さんはよく分からないけど。

まあ兎に角、そんなメンバーと旅をしてきた俺はすっかり失念していたのだ。俺が今連れているのは、曲がりなりにも聖人(真面目な部類の人間)なのだということを。

 

「ちょっとリョータ!そういうのはダメよ、嘘とかそういうのは!ちゃんと向き合って話をしなさい!」

「そうですよマスター。折角訪ねて来てくださったのですから、そう無下に扱うものではありません」

「ねぇお前らマジでなんなの?俺を早く帰らせる気があるの、ないの?どっちなの?」

 

変な所で真面目を発揮する聖人2人に本気で疑問をぶつける。やっぱり俺一人で来た方が良かったのでは?

 

「そちらの女性2人が言うまでも無く、こちらで君の顔は把握していたからな。確認までに、と声をかけたんだが...。まさか初手で逃げられそうになるとは思っていなかったぞ、坂元凌太」

 

全体的に白い、龍の気配を醸し出す男が不敵に笑いながらそう言ってくる。

 

「...まあ、名前は合ってる。で?お前らは?」

 

普段は美徳なのだろうが、今ばかりは無駄な真面目さを見せる2人に促され、渋々会話に応じる。まあ大体の予想は出来ているが。

 

「俺はヴァーリ・ルシファー。今代の白龍皇だ」

「お帰りください」

 

やはり白龍皇だったかぁ。面倒だなあ、本っ当に面倒だなあ。聞いた話じゃ、今代の白龍皇──目の前のヴァーリという男は稀代の戦闘狂として名高いらしい。しかもそれ相応の戦闘力も有している、と。そんな奴が片腕無くした俺に何の用だよ。そして後ろの男女。そっちも面倒なんだろうなぁ。

 

「私も名乗らないとダメなのかにゃん?まあ一応、黒歌っていうにゃ。よろしくね、神殺しちゃん?」

「そういうキャラはジャガーとかタマモとかで間に合ってます。というかなんで俺が神殺しだって知ってるんですか帰ってください」

「では私も。アーサー・ペンドラゴンです。以後、お見知りおきを」

「早急に帰ってく......待て。ペンドラゴン?」

「ええ。かの騎士王、アーサー・ペンドラゴンの子孫などをやっておりますので」

「...ちょっと待ってね。はーい、2人とも集合ー」

 

一旦話を止め、三蔵とジャンヌを呼んでヴァーリ達に聞こえない様に話す。流石に事の重要性的な何かを感じ取ったのか、今度は素直に声を抑えてくれた2人。さっきそうして欲しかったなぁ。

 

「どう思う?」

「どう、と言われましても...。本当なんですかね?」

「あんまり信じられないわよね...。要するにアルトリアの子孫ってことでしょう?それとも、この世界はアルトリアじゃなくてちゃんとアーサーなのかしら?」

「分からん。けどちょっと気になるのは確かなんだよな...」

「どうしますか?」

「んー...。とりあえず様子見で。襲ってきたらまあ、その時は然るべき対処を」

「了解しました」

「お説教ね、分かったわ」

 

若干三蔵の理解に疑問を持ったが些細な事だろう。やる時はちゃんとやってくれる英霊だし。

 

「すまなかったな。ちょっとこちらに動揺が走ったもので」

「仕方のない事です。伝説とも言える人物の子孫なのですからね」

「...うん、まあ、そうだね」

 

正確には別の意味で困惑したのだが言わないでおこう。虚を突かれただけで、別にこの世界のアルトリアが...まあアーサーかもしれないが兎に角。騎士王に子孫とやらがいてももおかしくないのだ。だって異世界なんだし。そう考えればまあ、うん、大丈夫。エミヤとアルトリアの子孫なのかな、とかいう飛躍しきった考えを抱いたりとかしてないよ。

 

「では、こちらも名乗りましょうか?そちらにばかり名乗らせる、というのも礼儀に欠けるでしょうし」

 

コホン、と1つ咳払いをしてから、ジャンヌが口を開く。まあ、別に名を名乗るくらい構わないか。...あれ、本来英霊の真名って他人に知られたらダメなんだっけ?確か真名がバレる事でその英霊の弱点も露出するとかなんとか...。まあ細かい事は気にしないでいいか。特異点とかでもなんの躊躇もなく自身の真名名乗ってるしな、こいつら。

 

「では私から。──我が名はジャンヌ・ダルク、クラスはルーラー。主に仕える身ではありますが、今は神殺しのマスターにも仕えています」

「じゃあ、次はアタシね! アタシは玄奘三蔵。御仏と、あとはリョータの導き(ラック)とかでリョータの元に召喚されたわ!クラスはキャスター! よろしくね!」

 

...なんか、名前以外も普通に公表しやがったぞこいつら。危機感とか、そういうのは無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前頂いた、
『ティアマトを倒したのだからその分の権能を得るはずでは?』
という質問に対して、
『パンドラの儀式がないから無理ですね。だから見送りました』
という旨の返信をしたのですが...

よくよく調べてみると、パンドラさんの儀式が必要なのは1回目のみで、2度目以降は儀式を必要とせず、ただ単に「パンドラが満足する戦いっぷり」を披露すれば良いだけみたいですね。

私の確認不足でした、すいません。


ティアマト分の権能、どうしようかなぁ...。


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英雄派



ヴァーリ「曹操達が京都で何か企んでいるそうだ。最近はあいつのちょっかいも目に余るからな。俺達も行ってお灸を添えてやろう」
美候「あぁー......ワリィ。おれっちはパスだぜぃ」
ヴァーリ「なに?」
美候「なぁんか嫌な予感がするんだよなぁ。こう、会いたくない奴に2人も会って、最終的にボコられる未来が見えるぜぃ...」
ヴァーリ「...何だそれは?」

という会話が、ヴァーリ一味が京都に行く前にあったような無かったような。



 

 

 

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクに玄奘三蔵...だと?」

「...これは一体...?三蔵法師はまだしも、ジャンヌ・ダルクの子孫は別にいるはずですが...」

「あー...。なんか変な気の流れをしてるなー、って思ってたら、なるほどそういう...。世の中まだまだ不思議がいっぱいだニャー...」

 

三者三様、というか男女別の反応を見せるヴァーリ達。というかジャンヌの子孫もいるのか。...あれ?ジャンヌって確か19歳で死ぬまで処女だったはずじゃ?確かに捕まった後誰かしらに犯される、というのは中世における女性死刑囚の定番ではあるのだろうが...。その短期間で子供が...?いや、これは突っ込んだら負けのパターンだろうか。きっとそうなのだろう。この世界のジャンヌ・ダルクはウチのジャンヌと違う可能性も浮上してるしな。

 

「んでまあ、俺が坂元さんですよっと。それで?俺に何か用事でもあるのか白龍皇」

「ん?あ、ああ。いや、用事という程でもないんだがな。曹操達を追ってきてみれば、以前コカビエルを屠った赤い剣士の仲間、そしてグレモリー眷属や赤龍帝・兵藤一誠を育てた張本人を偶然見つけたものでね。声をかけたくなるのは自然だろう?」

「何言ってんだこいつ」

 

どうやら戦闘狂という噂も間違ってはいないらしい。闘気が満ちている、とでもいうのだろうか。さっきまでジャンヌ達の名前に少なくない驚きを見せていたヴァーリだったが、今は怪しげな眼光で俺を見据えている。...もう一度言うが、俺は今は片腕が無いんだぞ。戦闘とかやめて欲しい。雑魚相手ならまだしも相手は白龍皇。英霊クラスといって過言じゃない。後ろの2人も同様である。仮に俺が万全でない状態でやり合うとなると、単純に頭数が足りていないのだ。

 

それと、曹操ってもしかしなくても三国志のヤツか。呂布で間に合ってんだよ帰れ。

 

「...どうでもいいけど、赤い剣士ってエミヤの事?一応言っておくと、あいつ弓兵だぜ?」

「何?いや、そんなはずが無い。アレが弓兵?双剣を使いこなし、木場祐斗の様に剣を精製して戦っていたぞ。あれはどうみても剣士だろう」

「まあその意見自体には俺も概ね賛成だ。弓兵(アーチャー)...“弓”兵とは一体何なのか」

 

最早普通に弓を使っているアーチャーの方が少ないのではないだろうか?剣を投げたり石を投げたりダーリンを投げたりして「アーチャーですが何か」と言い張る連中ばかりだからな、俺が会ってきたアーチャーは。最近は銃を使ってる奴はまだマシ、とまで思えてきた。

 

「ん?なんだ、イッセー達の気配が...」

 

昨今大して問題視されていないアーチャーの定義について少しばかり考えに耽っていると、突然としてイッセー達の気配が現れた。しかも今度は相当強い気配になっている。例えるなら、戦闘が終わった直後でまだ熱が冷めきってないみたいな?ふーむ...確実に何かが起こってるよなぁ。外を取り囲んでる連中も、微妙だがさっきより増えてるし...。これはますますヴァーリ達に構ってる暇はないぞ。

 

「おい白龍皇。戦いたいならまた今度にしてくれ、いやマジで。ほら、俺今左腕ないじゃん?完治してからの方がお前も楽しめると思う」

「ほう?俺は今回、行方不明だったお前を偶然見つけたから声をかけたんだが...そうか、戦ってくれるのか」

「えっ」

 

あっ、これ墓穴掘ったやつ──

 

そう気付いた時には既に遅し。めっちゃ嬉しそうに口角を上げるヴァーリと呆れた様な他の連中の顔を見ながら、俺は近い将来この戦闘狂と戦うハメになってしまった事実に打ちひしがれるのだった。

...いや、別に戦うこと自体は嫌いじゃないんだけどね?

 

 

 

* * * *

 

 

「喰らえリア充!そして死ね!ドラゴンショットォオオオ!!!」

「ウザイ」

 

血の涙を流すイッセーのドラゴンショットという魔力弾を時に受け流し時に避け時に相殺しながらやり過ごす。つか地味に威力上がってんだけどこの技。もしかしたら思った以上にイッセーは強くなっているのかもしれない。

 

ヴァーリの対応は後々考えることにして、とりあえずイッセー達に合流したらこれだ。因みに理由としては、「なっ!?お、お前また新しい美少女を侍らせやがってぇ!?ぶっ殺してやる!しかも全員もれなく巨乳だと!?ふざけるな、ふざけるな!バカヤロォオオ!!」との事だ。ヴァーリやアーサーもいるのだし、俺だけに当たるのは違うと思う。というかお前も人の事言えねぇだろ。アーシアに加えて青髪短髪少女と茶髪ツインテ、酔いつぶれてる白髪の人、しまいにゃ狐幼女が一緒にいるんだぞ。俺より酷いわ。

 

因みに、今俺達が居るのは桂川にある嵐山公園中之島地区。黒歌による人払いの術式によって人っ子1人いないこの場所でイッセー達と合流したのだ。ついでにヴァーリの仲間であるらしいルフェイというアーサーの妹にも出会った。

 

「よぉヴァーリ。お前さん、よくもまあこんな所に来れたな。しかもその小僧と一緒とは...。おい坂元凌太、お前、まさか『禍の団』に組みしてたりとかしないよな?」

「する訳ないだろアホか。というかお前こそなんでイッセー達と一緒にいるんだダメ総督」

 

ナチュラルにイッセー達グレモリー眷属、悪魔と行動を共にしている堕天使総督を若干のジト目を以て見る。それに茶髪ツインテの子は天使っぽい気配がするし...。三大勢力の対立とやらはどうしたんだお前ら。

 

「なんだ、知らなかったのか?...ああ、例の『箱庭』とやらに帰ってたのか?」

「まあそんなところだよ。で?」

「ああ、実は少し前にな──」

 

曰く。長年睨み合いを続けてきた三大勢力は、これ以上の牽制は互いに無意味だと悟り、加えて『禍の団』という共通の敵が出来た事から同盟を結んだらしい。しかも各勢力のトップ組は割と仲が良いのだとか。そしてアザゼル本人は現在、駒王学園で化学教師兼オカルト研究部顧問を勤めているらしい。

 

「まあそれはともかく」

「お前、自分で話せって言ってきてそれはないだろ...」

 

俺はアザゼルに話すだけ話させて適当にその話を切り上げ、本題に入ろうとする。いやだってそこまで面白い話でもなかったし...。

 

「誰でもいいからさ、『フェニックスの涙』持ってねえ?持ってたらちょっと譲って欲しいんだが。というか寄越せ」

「だからどこの賊ですか貴方は...」

 

ジャンヌが諌めてくるが気にしない事にした。俺だからね、仕方ないね。

 

「ああ、それなら俺が持ってるぞ」

「でかした総督」

 

ぱっと手を上げたのは予想していたイッセーではなくアザゼル。まあ顧問らしいし、物の管理をするならコイツなのだろう。イッセーとか、なんか無くしそうだしな。

 

「ふむ...。別にくれてやってもいいが、1つ条件がある」

「OK分かった要件を呑もう。曹操だっけか。そいつだったら全力を以て潰してやるからさっさとソレを寄越してくれ。腕が無いのはなんかムズムズするんだよ」

「お、おう...。案外すんなり、というか要件を言う前に聞き入れたな...」

 

別に人間の1人や2人、今更どうと言うことではない。英雄の子孫だろうが所詮は英霊でもないただの人間である。相手が神殺しの魔王(カンピオーネ)とか、そのレベルに達しているのであれば話は別だが、それでもこの英霊2人に二天龍、堕天使総督にアーサー王の子孫、そして俺というメンツで負ける様な敵ではないだろう。慢心もせぬ。全力で最速で倒す。もしくは可能ならば仲間に引き入れる。人の身でありながら、全力でないとは言え聖書にも記されるレベルのアザゼルと正面からやり会える様な人材だ。箱庭や異世界で鍛えれば『箱庭』でも通用するくらいに強くなるかもしれない。

 

そう密かに“ファミリア”戦力増強計画を練っていると、アザゼルがその懐から1つの瓶を取り出し、俺に投げ渡す。初めて見るが、恐らくこれが『フェニックスの涙』なのだろう。

腕を接着させる為に早速上着を脱ぎ、ギフトカードから俺の左腕を出してジャンヌに持ってもらう。

茶髪ツインテ──確かさっきイッセーがイリナと呼んでいた少女とアーシア、そして狐幼女が「ヒッ...」と短い悲鳴を上げたが気にしない方向で行く。まあ普通、生首ならぬ生腕が突然出てきたら驚くわな。

 

右手で持った瓶の蓋を口を使って開け、数滴を切断された方とそうでない方の左腕の断面へ垂らし、残った分を一気に飲み干す。

 

「そっとだぞジャンヌ。そーっとだ。方向間違えるなよ...?」

「分かっていますから黙っててください。集中してるんですから」

「えぇ...」

 

胃袋を中心に、フェニックスの涙の効果が身体中へと巡るのを確認してから、俺はジャンヌにそう言う。まあ何故か怒られたが。

 

腕の接着というのは想像以上に難しい。まずもって接着方法自体が難しいのだが、それより厄介なのは方向だ。腕の方向を1ミリでも違って接着してしまうと、それは殆ど取り返しのつかない自体になってしまう。掌を外側に向けて着けるなど尚更だ。

意外と、と言ってしまうと失礼かもしれないが、意外と手先が器用で几帳面なジャンヌなら多分大丈夫だろう。というか大丈夫じゃないと困る。

 

「えっと...今更だけどさ。あの人達誰?」

「それは私も気になってました...うぷっ」

 

今回が初対面であるイリナと、漸く酔いが醒めたらしい白髪女性が、青髪少女にそう問いかける。てか俺、あの青髪少女の名前知らねぇや。確かエミヤが飯を恵んでやった的な事を言っていた気がするけど...。

というか白髪女性の方は水でも飲んできて下さい。まだ夕方だぞ?なんでもう酔い潰れた上に二日酔い気味なんだよ。

 

「ああ、イリナとロスヴァイセはあった事が無かったな。九重も聞いておくと良い。奴こそは──」

 

ゴクリ...という音が聞こえそうな程に緊張感が走る。その話題の対象は未だ腕の接着が終了せずに焦ってるんですけどね。あ、ちょっとくっついてきた気がしないでも無い...。すげぇなフェニックスの涙。

 

「ご飯をくれる親切な人の主人(マスター)だッッ!!」

「なっ、なんだってー!?」

「いや合ってるけど違うから」

 

白髪もといロスヴァイセと狐幼女もとい九重が疑問符を浮かべる中、イリナだけが驚愕の表情を浮かべる。

 

...青髪の中で、エミヤという存在は飯を恵んでくれる存在として固定されているのだろうか。エミヤからは、空腹だけでなくコカビエルとかいう堕天使幹部からも救った、と聞いていたんだがな。

 

...まだ完全にくっつかないなぁ。まあ少しずつくっついて来ている感覚は確かにある。時間の問題だろう。...ヤバイ、なんか切断面が痒くなってきた。回復している証ではあるのだろうが...ああ!超掻き毟りたい!

 

「何を悶えているのですかマスター!手元がズレます、動かないでください!」

「お...おう...いやでもめっさ痒くて...」

「でもじゃありません!腕を逆向きにくっつけますよ!?」

「何その新手の脅し、すっげぇ怖いんですけど!?」

「あの...、凌太さん。私も手伝いましょうか?ご存知でしょうが、回復なら私、結構得意なんです」

「ん?ああ、いやいい。気持ちは有難いが、アーシアの力は俺が弾いちゃうからな」

「そうですか...」

 

しおらしい表情を浮かべ、1歩前に出てきたアーシアがその1歩を下げる。やはりこの子は優しいのだろう。

アーシアが下がったのを見て、次はアザゼルが俺に問いかけてきた。

 

「なんだお前、魔術や呪いの類が一切効かないとは聞いていたが、支援系の魔術も効かないのか?難儀な奴だな」

「まあな。けど、これは俺が戦える力を手に入れた代償だし、別に後悔はしてねぇよ?確かに面倒な体質だけどな」

「ほう?つまりお前は回復や身体能力向上系の支援が無くとも神を殺せる程の戦闘力を持っているという事だな?俄然やる気が出てきたぞ、坂元凌太」

「...いや、自分で魔力放出とかして身体能力は上げるぞ?素の状態で神々なんかと戦ってられるか。瞬殺されるわ」

「つまり強いという事だな?」

「何なの、お前のそのポジティブ思考っぽい考え方。怖いわ」

 

などとヴァーリを若干引いた目で見ていると、左腕の感覚が少しずつ戻ってきた。漸く神経も繋がり始めたか。未だ相当痒いが、我慢だ。ここで再び悶えたらジャンヌが何をしでかすか分からない。聖人怖い。

 

「よっし。まあ大体はくっついたな。ありがとうジャンヌ、もう離していいぞ」

「えっ?もうですか?」

「え?...うん、もういいよ?」

「...そうですか...」

 

なんで少し名残惜しそうなんだよ意味分かんない。聖人怖い。

 

「ふむ...。エミヤさんもそうだったけど、凌太君、キミも良い体付きをしているね」

「キモイ発言は控えろよ木場。俺にそっちの趣味はない、そういうのはイッセーとかヴァーリとかに言え」

 

確かに俺は、ケルト式鍛錬やらスパルタ式肉体改造などの影響で大分引き締まった体になっている。「細マッチョ」などという矛盾した体型をしているのだ。

でもさ、男にそれを褒められるってさ......なんか...ねぇ?

 

「いや、なんで俺達なんだよ!ヴァーリは知らねぇけど俺は女の子が好きだ!もっと言うならおっぱいが大好きだ!」

『やめろ相棒!そういう発言が「おっぱいドラゴン」や「乳龍帝」の認知に繋がるんだぞッ!』

「俺も特に同性愛の趣味は持ち合わせていないし、普通に女性が好きだ。尻に女性の魅力を感じる」

『何を言っているんだヴァーリ、やめてくれ!アザゼル達から密かに「ケツ龍皇」と言われたく無いんだ私は!そういう役はドライグにでもやらせておけ!』

『俺だって望んでこの呼び名で呼ばれてる訳じゃないんだぞ白いの!俺だって二天龍だ、不名誉にも程があるッ!なにが「おっぱいドラゴン」だ、なにが「乳龍帝」だ!これも全部、相棒がこんな性癖(性格)だから......俺だって...俺だって...天下の二天龍なんだぞ!?うぉぉおおおおおん!!!』

「な、泣くなよドライグ!確かに俺が悪いけどさ!」

 

カオス過ぎる。なんだこれ。

 

「アハハ...。まさか僕の何気ない一言でここまでの自体に発展するなんてね」

「そうだぞ木場。元はと言えばお前の良い体付き発言が原因なんだ。あとでドライグとアルビオンに謝っておきなさい」

「そうするよ。でも、良い体付きっていうのは本音だよ?」

「誰か助けて!木場(イケメン)に襲われるッ!」

「何ですって!?マスター×イケメン...それはアリなのでは...ハッ!そうじゃないそうじゃない...。マスターの身は、守護聖人の名の元に私が守りますとも!」

「ダメだ、この聖女腐ってやがる...ッ!」

「まだ引き戻せるラインギリギリに立ってます!大丈夫、まだ大丈夫!それにまだ普通に男女の関係の方が好きです私」

「それも聖女としての発言としてどうかと思うぞ...。三蔵、同じ聖人としてちょっとコイツに説教を──」

「そう言えば、ダ・ヴィンチちゃんが『凌太君 × クー・フーリン』とか『凌太君 × アストルフォきゅん』とか、あとは『子ギル × 凌太君』とかいうタイトルの本を書いてたなぁ...」

「よぅし説教の時間だッ!お前ら全員正座しろゴラァアアア!!!」

 

俺はこの時学んだ。

百合とかホモとか、そういう他人の趣味を否定する事はほぼほぼ無いが、自分がそれに巻き込まれたらその限りではない、という事を。

 

とりあえず、カルデアに帰ったらダ・ヴィンチはお仕置き確定ですね。

 

 

 

* * * *

 

 

そんなこんなで2時間程の時間が過ぎた。

時刻は午後6時過ぎ。空は薄紫色に染まり、カラスの鳴き声が山の方へと遠ざかる。いつも思うんだが、カラスって夕方になると山に帰るけど、夜はまたゴミを漁りに街まで戻ってくるよね。鳥目とはなんだったのか。

 

「ふむ...よし、もう大丈夫だな」

 

そんなカラスの事を考えながら、軽くジャブなどをしてみて、腕に違和感が無いことを確認する。

もうどこから見ても、数刻前まで腕がちょん切れていたなどと言われても大体の者は信じないであろう程に綺麗に繋がった腕を擦る。

たったの半日程度ではあったが、片腕が無い事への不安が半端じゃなかった。ちゃんと繋がって良かったと、心の底からそう思う。

 

イッセー達学生組は修学旅行中だという事で、今は他の学生達と合流させている。折角の修学旅行なのだ。楽しまなければ損だろう。俺も行きたかった、高校の修学旅行。

 

アザゼル教諭の話だと、そろそろ自由時間も終了し、全員宿泊先のホテルに帰っている頃らしい。

なので、イッセー達にはその時間にホテルから抜け出して貰い、曹操らの討伐に参加してもらう。それまでは俺も休息しておけと言われたのだ。

 

で、その約束の時間になり、イッセー達と再合流を果たした。

 

「では早速、曹操ら『英雄派』の討伐に向かおうと思います」

「はい、凌太せんせー!」

「何かねイッセーくん」

「英雄派の連中をどうやって見つけるんですかー?」

「うむ、良い質問だ。三蔵くん」

「ん?なーに?」

「──適当にそこら辺散歩してきていいよ。俺達後ろから付いていくから」

「え?ホント!?やったー!!あたし、まだ気になる場所あったのよね!」

 

とまあ、漫才紛いの会話を繰り広げ、三蔵を先行させるという作戦に出る俺達。アザゼルとかヴァーリには冷たい目というか引いている目というか、なんか無性にイラつく視線を向けられ、残りのイッセー達は「何やらせてんだコイツ?」という視線を向けられているが、まあその理由は分からないでもない。

だが亜空間に居るという相手の気配が感じ取れない以上、こうするのが一番手っ取り早いのだ。

 

『EX』とは『規格外』という意味である。即ち、スキルランクがEXだからといって、必ずしもAより上とは限らない。規格外とはその言葉通り、規格された枠の外側に在るということ。良くも悪くも、色々とぶっちぎっているという事なのだ。

 

そして再三になるが、三蔵の幸運ランクはEX。確かに三蔵の運の良さは神がかり的なモノを感じる。良くも悪くも、である。

 

要するに何が言いたいのかというと──

 

「キャアア!!リョータ、助けてリョータァ!なんか変なのある!変な空間の狭間っぽいのがある!いやぁ!?なに!?なんか吸い込まれるんですけど!怖い!たーすーけーてー!!」

 

──こういうことである。

 

「よぅし、でかした三蔵!さすが、水を求めたら何故かファフニール擬きを召喚したとかいう最早伝説級の逸話を持つだけはある!あのファフニール擬き、割と強かったんだからなこの野郎!」

「お前ら一体どんな経験してきてんだよ...」

「ふむ。要約するとあの玄奘も強いという事だな、理解した。後ほど手合わせ願おう」

「何言ってんだコイツ」

 

アザゼルの言葉に皆が頷くなか、ヴァーリだけは何故か目を輝かせていた。ホント何なのお前。

 

「とりあえずあの中に入るぞ。こちとら時間が余り無いんだ、サクッと決めて帰るぞ」

 

そう言い、既に体の半分が消えている三蔵の元へ駆け、三蔵と共にギルガメッシュの「王の財宝」の様な空間の歪みへとダイブする。

歪みを抜けたその先は、先程までとなんら変わらない景色が広がっていた。唯一違うのは、今まで感じていた気配が一斉に消えた事だろうか。どうやら本当に現世から隔絶されているらしい。固有結界的な何かか?

 

俺と三蔵に続いて、ジャンヌ、アザゼル、ヴァーリ、イッセー、etcと、次々にこの空間に入ってくる。

 

「まさか『絶霧(デイメンション・ロスト)』なしでこの別空間に干渉するとはな...。その女、何者だ?人間...じゃ無いよな?」

 

全員がこの空間へと入った辺りで、アザゼルが思案顔で三蔵を見ながらそう聞いてくる。

 

「だからさっきから言ってるだろ。玄奘三蔵、言わずと知れた三蔵法師だよ」

「...はぁ。まぁた英雄様の子孫かよ。まるでバーゲンセールだなぁオイ」

「いや子孫とかじゃなくて本物の。リアル初代三蔵法師」

「は?...いやいやいや、そんな訳あるか。俺は会ったことねぇけど、玄奘三蔵は人間だったって話だぞ?生きてる訳ねぇだろ常識的に考えて」

「そこは俺も気になっていた。そちらの金髪の女性はジャンヌ・ダルクだという話だが...まさかこちらも本物か?」

「モチのロン。なんだお前ら、信じてなかったのか」

 

というかイッセー達が話についてこれてないな。アザゼルとヴァーリへと俺の返答を聞いて疑問符を浮かべている。黒歌だけはそうでも無いという顔をしているが。ふむ...。この世界に聖杯というものは確かに存在するらしいが、『聖杯戦争』、或いは『英霊』という概念は存在しないのだろうか?

 

「まあ、そこら辺の説明は後日暇があればするとして。とりあえずアイツらの相手でもしとくか」

 

言ってから手短に聖句を唱え、コソコソと建物の物陰に隠れていた曹操達へと軽く先制攻撃を加える。

ジャンヌとアザゼル、そしてヴァーリ一味は気付いていたらしく、俺が言う前に既に臨戦態勢を取っては居たのだが、イッセー達は俺の突然の攻撃に驚いた表情を浮かべていた。うーむ、イッセー達も気配の察知くらいはできるようになった方がいいと思うんだがなぁ。

 

「──これまた急に攻めてきたな。どうやってここに入ったんだ?それに...何故ヴァーリ達がここにいる?」

 

崩壊し、砂埃の漂う廃墟から、1人の男の声が聞こえる。声からしてまだ若い、俺とそこまで変わらない年齢だろうか。まあ年齢(そんなもの)はそいつの強さを計る場合の宛にはならないけどな。

 

男の発言から間もなく立ち込めていた砂埃は霧散し、数人の姿が目視で確認できるようになった。

...なんか口の周りにきな粉や餡蜜っぽいのが付いてる奴がいるんだが。食事中だったの?

 

「ルフェイに聞かなかったのか?お前が俺達にちょっかいを出すのでな。直々に潰しに来たんだよ、曹操」

 

ヴァーリが白い羽──『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を展開させながら曹操に殺気にも似た闘気をぶつける。

 

俺はアザゼルから、事前に曹操ら『英雄派』について説明を受けている。さすがに戦力差も知らずに奇襲をかけることはしないし、そこまで愚かではない。

 

廃屋の上に立つ先頭の学生服を着込んだ青年が曹操。その隣にレオナルド、ヘラクレス、ジャンヌ、ゲオルグ、そしてジークフリート。写真付きのアザゼルの説明は大変分かりやすく、全員の神器の性能まで頭に入っている状態だ。もちろんまだ謎を含む神器や敵の実力もある。しかし、それを加味しても、俺とイッセー、ヴァーリ、アザゼル、保険で木場とジャンヌ、三蔵が居れば圧倒できるだろう。初対面の奴の実力は把握し切れていないが、ヴァーリ一味は言わずもがなで、ロスヴァイセは元オーディンの護衛戦乙女、イリナは天使のA(エース)だというので、それなりに強いと予測する。

 

つまり、単なる頭数だけでなく、戦力的にも負ける要素は見つからないという事だ。

 

ただ気になるのが、資料に無かった3,4人と遥か後方に見える金色の狐である。アザゼルに問いかけの意味で視線を送るが、あちらも分からないといった表情を向けてきた。まあ人間の方から感じられる気配は微々たるものだ。神器にさえ気を付ければどうという事はないだろう。

問題は狐の方だが...あれ九尾じゃね?え、伝説級の妖狐じゃん?

 

「母上!」

「母上?」

 

イッセーの影に隠れていた九重が、九尾を目にした途端に叫び出した。てか母上て。お前九尾の娘だったんかい。それにしては気配が弱過ぎるような...。子供ならこんなものなのか?将来強くなるのかね?まあ、今はどっちでもいいか。

 

「二天龍、グレモリー眷属、堕天使総督、ミカエルのA、それから...そっちは人間かな?とにかく、またとんでもない戦力を連れてきたものだね。これもドラゴンの特性ってやつかい?」

 

槍を取り出し、肩でトントンとやりながら俺達を値踏みしてくる曹操。というか今、俺やジャンヌ、三蔵がイッセー達二天龍の元に集まった人間として一括りされたんだが。人間という判断は間違ってないが、完全に舐められた感がある。ちょい癪に障るな。

 

「──ガッ!?」

 

という訳で、気配遮断からの某聖人式徒手空拳をお見舞いした。攻撃の対象であった見知らぬ青年は視界の及ばぬ遠方へと吹き飛んでいった。資料に無かった奴なので先に潰しておく。厄介な神器とか持ってたら面倒だしな。

 

気配遮断というのは、見える見えないの問題ではない。よって、速度的にはそこまで無かった俺の移動も、周りから見たら瞬間移動のように感じられるだろう。

証拠として、英雄派の連中だけでなく、味方であるイッセー達も唖然としているのが見て取れた。ヴァーリだけはなんか楽しそうに口角を上げていたが、もう既に慣れたものである。

 

「──こっちは時間が限られてるんでな。出来るだけ遊びは無しで行くつもりだ。生きたきゃ死ぬ気で耐えろよ、『英雄』」

 

 

 

 

 

 




ティアマトの権能についてのたくさんの案や助言、本当にありがとうございました。何個かは運対で消されてしまいましたが...大変、権能を持たせる場合の参考になりました。
活動報告の方にもティアマトの権能について載せていますので、今後権能などについてまた何かあれば、そちらにお願いします。

...とりあえず、どの案を採用してもチートじみるのは避けられないかなぁ...。


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詠唱は良い文明だと思うのだが、どうだろう



キャラ崩壊が著しい(もの凄い今更感)


 

 

 

 

 

 

 

 

「くッ! この...ッ」

 

 いつの間にか自分達の近くに接近していた俺に驚いたのであろう敵方の情報無しの青年その2が、右手を俺に向け黒いモヤのようなものを打ち出してくる。これは闇...いや、影か。

 

 それなりの技であるようで、少なくない魔力量を感じ取れる。が、速度も精度も甘すぎる。

 

「なんッ...」

 

 飛んできた黒モヤを片手で軽くいなした俺に再度驚愕する青年その2。驚くのは勝手だが、簡単に隙を作るというのは失格だ。

 次は気配遮断無使用で普通に地面を踏み抜き、その勢いそのままで頂肘を見舞う。そもそもの威力が高い肘打ちに高速移動による慣性も乗っている為、威力としては申し分ない一撃を腹部に受けた青年その2は、先の青年と同じように遠方へと吹き飛ぶ。違いといえば、苦悶の声すら上げられなかった事だろうか。肘がめり込んだ瞬間に気絶してたからなぁ。

 

「っ...。一体何者だ? 見ない顔だけど...新たな神器持ち? ...いや、これほどの実力なら俺の耳に入ってるはず...。まさかアザゼルの奥の手か? 今の肘打ちはともかく、初撃はまるで見えなかったぞ」

「そういう考察はいいからさっさと全員構えろ。本当に死ぬぞ、っと」

「グブッ!?」

 

 言いながら、背後から襲いかかってきていた男を回し蹴りの要領で蹴り飛ばす。先程の青年その2に喰らわせた攻撃と同等程度の威力で蹴ったのだが、その男はギリギリでガードをすることに成功した。まあガードの上からでも蹴りの振動は十分に伝わったようで、後ろの着物屋へと突っ込んで行ったが。

 確か今の男はヘラクレスの子孫だったか。さすがあのチート神話主人公の子孫を名乗るだけはあると言うべきか、ヘラクレスの子孫が今程度の攻撃で吹き飛ばされるなと言うべきか...。確実に後者だな、うん。

 

「お前ら練度低過ぎだろ。仮にも英雄の子孫を名乗るなら、せめて今のくらいは防ぎきれよ」

「...ははっ。これでもそこらの上級悪魔や天使より強いつもりだったんだけどな...。キミは人間...だよね、一応。本当に何者だ? もしかして、キミも英雄の子孫だったりするのかな」

 

 冷や汗を隠し切れていない曹操が、腰を落としながらそう聞いてくる。隣のジークフリートも剣を構え、その他も戦闘態勢に入った。

 

「特にそんな特別な先祖はいないはずだが。...英雄。英雄ねぇ」

 

『英雄派』を名乗る曹操連中。最初こそ仲間に引き入れられるかな、などと考えていたものだが...。

 

「なぁ曹操。お前は『英雄』を見たことがあるか?」

「うん? いや、どうだろうね。僕達みたいな子孫なら常日頃目にしてるけど?」

「なるほど分かった。──お前ら、『英雄』って奴らを舐めすぎだ。冒涜していると言ってもいいな」

「......まるで本物を見たことがあるみたいに言うんだな。キミに何が分かるっていうんだい? 見た感じ、俺達と同じでまだ20年も生きていないだろう?」

「分かるさ。きっとお前らにも分かるよ、今すぐにでもな」

 

 は?という声は聞こえなかった。代わりに、シャラン! という金属音と、ドンッ! という打撃音が静寂な京都の街中に響きわたる。

 

「御仏的に貴方達を放っておくわけにはいかないわ! 聞いた話じゃ悪い事を企んでるみたいじゃない! そういうのはダメって、お父さんやお母さんに習わなかったの!?」

「三蔵さんの言う通りです。それにそこの貴女、ジャンヌ・ダルクの子孫を名乗る貴女です! 本来このような感情は抱くべきではないのですが...なんか気に入りませんね貴女! なぁにが私の子孫ですか、魂を継ぐ者ですか!そんな事はその邪悪な心を浄化してから言いなさい! 或いはオルタを名乗なさい! それに私は生涯、子など産んだ覚えはありませんよ! 特定の男性などもってのほかですからねマスター! え? ジーク君? 彼は例外ですから! 好きとか嫌いとか、そういうのじゃなかったんですからねっ!」

「えっ、あっ、うん。...え? なんで最後俺に言ったの? ジークって誰だ。あと何でちょっとツンデr」

「流れです! 真意の程は察してください!」

「アッハイ」

 

 私服ではなく、魔力で編んだいつもの服装を戻った2人が、それぞれ錫杖と旗で地面を突いていた。

 それにしても、ジャンヌのキャラもイイ感じに壊れてきたなぁ。最初はちゃんと聖人らしく振る舞ってたはずなのに...どうしてこうなった。

 

「...『私の子孫』? 『子など産んだ覚えはない』? ...どういうことだ。その女性は一体何を言っている?」

「そのままだよ曹操。お前らの目の前にいるのは正真正銘、世界が認めた英雄だ。因みに俺という存在は、お前らの到達目標と言ってもいい」

「.........本当に何を言っているんだ? 世界が認めた英雄? 俺達の到達目標? つまりなんだ。そちらの女性2人は歴史に名を刻んだ英雄その人で、キミは人間の最高峰まで登り詰めたということか? ...バカバカしい。そんな事はある訳ッ!」

 

 理解が追い付いていない曹操を、横から白い軌道が襲う。直前で気付いた曹操はその一撃を槍で受け、バックステップをすることで威力を軽減し、同時に距離をとった。

 

「ふっ。俺達を忘れてくれるなよ、曹操。坂元凌太にばかりかまけているとあっさり殺られるぞ」

「ヴァーリッ...!」

 

 曹操を襲ったのは全身を白い鎧で覆ったヴァーリだった。

 アレが白龍皇の光翼の禁手化(バランス・ブレイカー)か。フルアーマーとか、赤龍帝の篭手と全く同じ仕様なんだな。形状(フォルム)が若干違うくらいか?

 まあ、強い事だけは嫌でも分かる。禁手化しことにより元々多かった魔力量は倍以上に跳ね上がっているし、性能の方もきっと上昇しているのだろう。今の攻撃は中々の速度だったし。

 

「イッセー。こっちは俺らだけで大丈夫だから、お前らグレモリー眷属はあの妖狐をどうにかしてこい。アザゼルも連れて行っていい」

「べ、別に構わねぇけど...。そっちは本当に大丈夫なのか?」

「なんだ、俺を疑ってんのか? ...いや、確かにお前らの前で爺さんに手酷くやられたからなぁ。信用が無いのかもしれんが...こいつら程度、なんなら俺1人でもどうにかなるさ」

「...言って、くれるじゃ、ねぇかッ! クソがァアア!」

 

 イッセー達に話しかけていると、ようやくヘラクレスが立ち上がってきた。人間としては十分に褒められるタフさだが、俺達のステージに立てるレベルではないな。

 

「オォオォオオォォ!!!!」

 

 ヘラクレスは頭部からだくだくと流れ落ちる流血を乱暴に拭い、自身を鼓舞するような雄叫びを上げながら、真っ直ぐに突進してくる。瀕死に近い状態だからか、行動が単調過ぎるな。まあ、あれだけ血を流しているのだし、仕方の無いことかもしれない。大量に失血しようとも戦闘中は冷静であれ、というのは、ただ(・ ・)()人間(・ ・)に求めるレベルではないだろう。

 

「ッ! やめろヘラクレス、短気を起こすな! 一度下がって回復してから──」

「俺を相手によそ見とは、随分と舐められたものだなッ!」

「くっ! 邪魔だヴァーリ!」

 

 ヴァーリの拳と曹操の槍が交差し、小さくない衝撃波が発生する。あちらは白熱しているようだし、曹操はヴァーリに任せとくか。同じ対神の槍の使用者として一度戦ってみたかったけど...まあヴァーリが出張ってるし是非もないよね。他を全員屠ってもまだ決着がついてなければ、その時は俺が貰おう。

 

「バランス、ブレッ!!」

 

 神器を発動させ、更には禁手化しようとして俺に迫っていたヘラクレスを、魔力放出で強化された筋力値を活用して殴り飛ばす。

 相手が格下だろうがなんだろうが、手加減や慢心をすれば一矢報われる。俺に殺られてきた神々や格上の存在達は、格下である俺にそうやって負けてきたのだ。俺が奴らと同じ過ちを犯す訳にはいかないだろう。

 

「ぐ、おぉぉ......」

 

 再度吹き飛ばされ、意識があるかすら怪しいヘラクレスは、それでも尚立ち上がる。

 ...ふむ。先程の感想は撤回しなければならないかな。ただの人間と、見下した言い方をした事は撤回だ。確実に格上の相手へと、明らかにオーバーキルじみた攻撃を食らっても立ち向かう。強大な力へと挑むのは勇気ある行動で、英雄と呼ばれる人間の前提だ。一歩間違えればただの蛮行となる行動は、だかしかし、どの英雄も通る道である。

 英雄とは、勇者とは、それ即ち愚者である。そう言ったのは一体誰であったか。

 

 ──まあ相手が英雄だろうが勇者だろうが、立ちはだかる限りは徹底して潰しますけどね?

 

「我は雷、故に神なり。喰らえ、“雷砲(ブラスト)”ォ!」

 

 ボロボロの体のヘラクレスを無慈悲な雷撃の渦が襲う。是非もないよネ。

 雷砲という追い討ちをかけられたヘラクレスは流石に耐えきれなかったようで、(すす)だらけになりながら白目を剥いて倒れ伏した。気絶しただけでまだ死んでいない辺り、相当にタフだと言わざるを得ないが...まあイッセーなら今のも耐えるだろうな。

 

「よくもヘラクレスを...! はッ!」

 

 ヘラクレスが倒されたのを見たジャンヌ(子孫)が、剣を十数本程創って俺に投擲する。

 確かジャンヌ(子孫)の神器は『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』とかいう、木場の魔剣創造に似た神器だったな。ってことはあれ全部聖剣ってこと?何それ強い。

 

 それなりの速度で飛翔する聖剣だったが、俺に届く前に空中で全て叩き折られる。

 

「貴女の相手は私ですよ、自称・私の子孫」

「くっ! なんなの貴女!? 急に出てきて自分はジャンヌ・ダルク本人だなんて(のたま)って! 更には私はジャンヌ・ダルクの子孫でないと、魂など受け継いでいないと豪語する! 本当になんなのよッ!」

 

 悲痛とも感じられる声を上げながら、更に数十本にも及ぶ聖剣を創り、投擲するジャンヌ(子孫)。しかし、その悉くがジャンヌの旗で防がれ、叩き落とされる。

 

「もし仮に貴女が本当に私の子孫であったとしても、貴女が自分の意思でテロ組織に加担している時点で私の魂を継いでいるとは認めません! とりあえずはお説教のお時間ですっ! ツインアーム・リトルクランチッ!」

 

 などと言いながら、その両手から赤と緑の光球を飛ばすジャンヌを見て俺は思った。

 

 やっぱり英雄って奴らにはこの何でもアリ感がないとね、と。

 

 いやそれにしてもまさか自分のオルタのリリィの技を使ってのけるとはなぁ...。邪ンタにあの技を伝授したサンタアイランド仮面も驚くことだろう。俺も驚いたよ。

 

「仏罰覿面! 行くわよ! 『五行山・釈迦如来掌』!」

 

 声のする方を見てみると、そこには無数の謎モンスターと対峙する三蔵、黒歌、アーサー、そしてルフェイの姿があった。

 あれが『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』か。何気に一番警戒していた神器だが、実際に目にするとそうでも無い。確かにモンスターの数は脅威になり得るが、個々の強さという面ではそれ程でもない。三蔵の拳法に加え、黒歌やルフェイの魔術、アーサーの戦闘力を見る限り問題はないはずだ。いざとなれば術者であるレオナルド少年本人を抑えれば良い話。あちらも任せておいて大丈夫だろう。

 ってことは、必然的に俺の相手はゲオルグとジークフリートか。前衛と後衛が揃っているのは面倒だが...まあ大丈夫だろ。

 

「もう一度言うぞ。こっちは大丈夫だから、あの妖狐をどうにかしてこい。あっちに暴れられると面倒だ。それに九重。あれはお前の母親なんだろ? だったらお前が責任を持ってどうにかしてこい」

「う、うむ! 心得た! 行くぞイッセー! 母親を救い出すのじゃっ!」

「お、おう...。俺達が苦戦した相手を圧倒とか、やっぱ凌太を心配するだけ無駄だったか...」

「まあ凌太君が異常だって事は分かってたけどね」

「神々を相手にして尚、勝利を据ぎ取る方ですからね、凌太さんは...。前回の敗北は相手のお爺さんが強すぎたのでしょう」

「...私は知らないのだが、主ではない神を殺したというのは本当なのか?いや、あの戦闘力を前にして疑うのもあれだが...」

「あの人って、あの赤いシェフの主人なんでしょ? 確かエミヤさんって言ったかしら、あの赤いシェフ。エミヤさんもコカビエルを圧倒する力を持っていたのだし、その主人である凌太君が強いのも納得といえば納得よね」

「あの力でオーディンのクソジジイも殴ってくれませんかね...」

 

 最後不穏な台詞があったんだけど。元護衛から「殴られればいいのに」とか言われる神話体系のトップって何者だよ。

 それはそうと早く行ってくれないかな。こちとらあの妖狐がいつ攻撃を仕掛けてくるかと気を張りっぱなしなんだが。

 

「クククッ。赤龍帝の相手を望んでいたんだが、まさか彼以上の実力者と手合わせ出来るとはな。僕も案外、運が良いらしい」

「運が良いジークフリートとか、それはもはやすまないさんじゃねぇ。幸運値Eになってから出直してこい」

 

 不敵な笑みを浮かべるジークフリートと、無言で何やら術式を練っているゲオルグに向き直り腰を落とす。

 俺達が睨み合っている間にイッセー達は妖狐の方へと向かったらしく、グレモリー眷属とイリナ、そしてアザゼルの気配が遠のいていくのを感じた。

 

「ははっ! ヘラクレスがやられたんだ、こちらも最初から全力でいかなければ手も足も出ないな! ──禁手化(バランス・ブレイク)ッ!」

 

 何が楽しいのか、笑いながらそう叫んだジークフリートの背中から、4本に及ぶ腕が生える。うーむ...。話には聞いていたが、実際目にすると中々グロい絵面だな。阿修羅とかそんな次元じゃないんだが。

 

「僕の神器『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』は亜種でね。その禁手もまた亜種、『阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)』。能力は単純、腕の分だけ力が倍加するだけが...技量と魔剣だけで戦える僕には十分過ぎる能力だとは思わないかな?」

「思わないね。不足だらけだ」

 

 地面を蹴り、ジークフリートへと一気に肉薄する。一瞬遅れて反応しようとしたジークフリートだったが、もう遅い。

 俺は、6本となったジークフリートの腕に持たれている5本の聖剣と1本の光の剣のうち、見覚えのある1本を持つ神器の腕を掴み、力任せに(・ ・ ・ ・ )引き(・ ・)ちぎった(・ ・ ・ ・)

 

 そして腕ごと剣を奪って再度距離をとる。ゲオルグも一応攻撃魔術を打ってきたが、その全てが俺によって撃ち落とされた。

 

「ジークフリート!」

「なんっ...がぁあぁぁッ!?」

 

 ゲオルグの声を聞き、一瞬遅れて自らの腕が千切られた事を認識したのだろうか。いくら神器の腕とはいっても、痛覚は確かに存在するらしい。血は出てないが。

 まあ、ジークフリートが叫び声を上げるのは何も激痛からだけではないだろう。腕が無くなる。それは思った以上に精神を抉るのだ。ソースは数刻前までの俺。まあジークフリートの場合は6本もあるので、少しは精神的ダメージも軽減されるだろうけどな。

 

「技量だけで戦える? 十分過ぎる能力? 何を慢心してるんだお前は。しかも格上相手に。アホか」

「ぐッ...! か、格上、だと...? お前が、僕よりかッ!?」

 

 なんともまあ驚いた事に、ジークフリートは俺とヘラクレスの戦いを見ても自分の方が格上だと思っていたらしい。お前マジか。

 

「んー...。とりあえず名乗りでもあげとくか。そういえばまだちゃんと名乗ってなかったしな。まあ戦闘に於いて名乗りとか本来必要無いんだけど」

 

 言いながら、どうせやるなら威厳を出そうと思い、紫電を迸らせながら気合いを入れる。

 

「曹操達も余裕があるなら聞け。俺は坂元凌太。箱庭第七桁コミュニティ“ファミリア”のリーダーにして、“神殺しの魔王”の1人。そして、お前らが目指す『人間の最高峰』、その一角だ。──さっきも言ったが、死ぬ気でこいよ。でないと死ぬぞ」

 

 過剰演出気味に、無駄に紫電や魔力を撒き散らした甲斐があったらしく。先程まで笑っていたジークフリートからは余裕が無くなり、聞いていたゲオルグ、そして曹操、レオナルドからも同じ様な反応が見て取れた。

 やはり『神殺しの魔王』という単語が効いたのだろうか。曹操に至ってはヴァーリと(せめ)ぎ合いながら何やらブツブツと言っている。

 因みに、ジャンヌ(子孫)の方は自分の先祖が出てきた事で既に頭がパンクしていたのだろう。まずもってこちらの話を聞いていなかった。

 

 それにしてもこの剣、普通にバルムンクじゃん。なんか見たことあるなー、と思ってたけどまさか本物とは。ジークフリートの子孫というのも、あながち全くのデマかせという訳ではないのかもしれないな。ん?いや、ジークフリートじゃなくてシグルドの末裔だったっけ?...まあどっちでも同じか。ブリュンヒルデ曰く、ジークフリートとシグルドはほぼ同じらしいし。

 

「さて、と。再度俺を警戒し始めたところで、コイツの正しい使い方を見せてやろう」

「...何だと?」

 

 千切られた腕を抑えながら、苦痛と疑念と警戒心の入り混じった顔を向けてくるジークフリート。ゲオルグは先程から魔術を放ってくるが、俺に届かせるには殺傷力が足りない。悉くが俺が薄らと張っている魔力障壁により無効化されていく。

 

 ふむ。詠唱から始めるか。何事も雰囲気は大切だ。それに、言霊というのは案外影響力が大きかったりする。俺の聖句が良い例だろう。ってことで。

 

「邪悪なる龍は失墜し、世界は今、洛陽に至る」

 

 奪い取ったバルムンクを構え、魔力を注入していく。この宝具は何度も見たし、一度この身で受けた技だ。龍殺しの効果は期待出来ないにしても、発動だけなら真似できる。威力も同等といっていいだろう。

 

「なん、だ、アレは...。あの剣に...バルムンクには、あんな力が...」

 

 色々と限界が来ているのだろうか。ジークフリートが惚けたように、バルムンクから溢れ出る色鮮やかな魔力を見つめている。...これ死ぬんじゃね? まあその時はその程度の奴だったと割り切るか。

 

「ッ! ジークフリート、避けろ! 早くッ!!」

「──撃ち落とす。『幻想大剣・天魔失墜(バ ル ム ン ク)』ッ!」

 

 ゲオルグが悲鳴のような叫びを上げながら防御魔法陣を形成するが、急造の魔法陣でどうにかなるレベルの攻撃ではない。ジークフリートを守る様に展開された魔法陣は容易く破られ、魔力の奔流がジークフリートに迫る。

 

「クソッ......クッソォォオオォォオ!!!」

 

 最期はヘラクレスと同じく、残りの聖剣でバルムンクという巨大に立ち向かおうとするが、奮起するのが遅すぎた。

 剣を握り、足に力を入れた瞬間。ジークフリートは魔力の渦に飲み込まれ、意識を容易に刈り取られた。原型を留め、生きているだけ儲けものだろう。奮起するのが遅すぎた、とは言ったが、もう少し遅ければ肉塊と化していてもおかしくなかった。その点で言えば、ギリギリで間に合ったと言えるだろう。

 

 しかし。これで英雄派は既に4人を失った。2人は気絶、もう2人は行方も生死も共に不明。

 魔獣は三蔵達がどんどん屠り、それに負けじとレオナルドも次々と魔獣を生み出す。3人がかりでも手数が足りないのか?...いや、よく見れば少しずつではあるが三蔵達の方が押してるな。流石にレオナルドの体力的な問題があるのだろう。

 

 ジャンヌ達の方も何か言い合いをしつつ、聖剣と旗を互いに振るっている。ジャンヌ(子孫)の方は禁手化したらしく、聖剣でできた竜を使役していた。「竜を使うとは、やはりオルタですか!」などとジャンヌが叫んでいるが、正直俺もそう思いました、まる

 

 曹操の方も、ヴァーリ相手に押されてはいないが押してもいない。互角ってところか。曹操の槍は聖槍、つまり悪魔であるヴァーリとは相性が良いはずなんだが...。それをものともしないヴァーリを称賛すべきか、それとも単に曹操にヴァーリを倒すだけの技量が無いだけか。

 どちらにしろ、ヴァーリが攻めきれていないのも事実だ。あれは長引く可能性も高いな。

 

「術式構築、空間標準固定、魔力装填完了...」

 

 他の戦況を観察していると、ゲオルグがぐんぐんと魔力を高めていき、空中に50に及ぶ多種多様な魔法陣を構築していた。見た感じ火、氷、風、地面、空気、雷、闇、光、etc.と、本当に様々な属性の魔法陣だ。魔術に関しては確実に俺より手練れであろう。まあ、関係ないけど。

 

「全魔術、フルバースト!!」

 

 ヘラクレスとジークフリート、そしてその他2人と、4人も仲間をやられたからだろうか。少なくない怒りが垣間見える怒濤の魔術連弾。火の玉が、氷塊が、風刃が、光と闇の槍が。その他にもありとあらゆる魔術が一斉に俺へと迫る。

 確かに、これ程の魔術は脅威となることもあるだろう。だが、異世界の魔術師や神とかいうアホみたいな連中とドンパチやってきた俺にとって、この程度の弾幕など合って無い様なものである。

 

「纏めて吹き飛ばす。“雷砲(ブラスト)”!」

「んなっ!?」

 

 迫り来る魔術連弾を、俺は雷砲の一撃で全て掻き消した。放たれた雷撃は魔術を相殺するのではなく、全てを呑み込んで更にゲオルグへと飛来する。

 

「くっ!」

 

 しかし、その雷撃が届く前にゲオルグが『絶霧』を使って空間転移を行いその場を離れた。

 雷撃はこの擬似京都の建物を幾多も巻き込みつつ、彼方へと消えて行く。ギリギリで空間転移を使用したゲオルグは、魔力消費が激しかったからか、或いは恐怖からかは分からないが、冷や汗をかき、肩で息をしている。

 空間転移、思った以上に厄介だな。

 

「くそっ、なんだ今のデタラメな魔力の雷撃は...。何なんだよお前ッ!」

「言っただろう。神殺しだ」

 

 縮地と呼ばれる奥義には未だ届かずとも、それに準ずるレベルにまで洗練された歩法でゲオルグとの距離を詰める。瞬間移動紛いの空間転移だが、それも絶霧あっての技である。ならばその絶霧が発動する前に仕留めるまで。初歩的なことだ。

 

 咄嗟に魔法陣を構成するゲオルグだったが、俺はその魔法陣ごと殴り飛ばす。魔法使いだというゲオルグは身体的にはそこまで強靭では無かったらしく、あっさりと意識を刈り取られた。

 

 これで5人目。思った以上に手応えがない。まあ時間もかからないし困りはしないのだが。

 

 ふと三蔵達の方を見てみると、あちらもレオナルドの生み出す怪物達を狩り尽くし、レオナルド本体を拘束していた。アザゼル曰く、『英雄派』の身柄はこの後冥界へ引き渡されるそうだ。俺達の味方になる気配もないし、ここは素直にアザゼルに任せておくか。

 

 残りはジャンヌ(子孫)と曹操のみ。ジャンヌ(子孫)の方も、そろそろ決着が着くだろう。問題は曹操 VS. ヴァーリの方だが...、曹操の奴が禁手化してからヴァーリが完全に攻めきれなくなっている。曹操の背に出現した光輪。アレが悪魔であるヴァーリを苦しめているらしい。悪魔ってのも案外不便な生き物なんだな。

 

 ヴァーリも一応、仲間に引き込もうと考えている候補だ。それも『英雄派』よりも優先度は高い。ここで死んでもらう訳にはいかないのである。

 

 え? 節操無さすぎだろって? 仕方ないじゃないか、こうでもしないと箱庭上層では生き残れないんだから。出会った強者は皆引き抜き候補だ。まあそいつの性格や俺の直感で「あ、こいつはないわ」と思ったら即座に敵認定、或いは無視するが。そういう目線で見たら『英雄派』はほぼほぼ失格だけどな。終始、俺という存在を理解出来ないというだけで困惑し、戦闘に集中しきれていなかった。その点青年その2とヘラクレスはまだマシだと言える。何も言わずに奇襲を掛けてきたのはあの2人だけだからな。曹操もまあ、妥協点ではあるか?

 

「おいヴァーリ、キツイなら俺がやるぞ」

「ははっ! 何を言っているんだ、やっと体が温まってきたところだぞ!」

「くっ...! ダメージは確実に入ってるはずなんだけどな。効いている気が全くしないよ...!」

「効いてるさ曹操! ああ、とてもな! だが、まだ手を隠しているだろう? 早く全力を出せ!」

「これでも全力でやってるつもりなんだけどねっ!」

 

 光輪に加え7つの光球を辺りに浮遊させている曹操が、その光球の1つをヴァーリへと飛ばす。が、それをヴァーリは半減させ、また半減させの繰り返しで最終的には光球を消滅させた。しかし即座に光球は復活し、また曹操の周りを浮遊する。さっきからずっとこんな感じだ。どちらかの体力が尽きるまで決着は着かないだろう。...正直、見てるのは飽きてきた。

 

「めんどくさい。どけヴァーリ! 一手で決める!」

「何!?」

「ちょっと待て、ヴァーリだけで手一杯なんだぞ...!」

 

 2人の驚愕した声を聞きながら、俺は『天屠る光芒の槍』を取り出して魔力を込める。曹操は別に神仏などではなく、正真正銘生粋の人間なのでわざわざこの槍を使う必要はないのだが......まあ、曹操の奴に本物の『神殺しを成した槍』というものを見せてやろう。『振り翳せり天雷の咆哮(ネメジス・アルピルク)』? あれはこの擬似京都を俺以外の全てを巻き込んで壊滅または消滅させそうなので却下です。というかそもそも、先程からの三蔵による宝具連発が原因で魔力が足りないのだ。確かに「戦闘になったら宝具とか自由に使っていいよ」と事前に言ったが、まさか連発するとはなぁ。流石にキツイですね。

 

「──唸り狂うは天を撞く玲瓏の紫光、瞬きの間に全てを貪れ。神雷招来、修羅滅殺! ブチ抜け、『天屠る光芒の槍(ダイシーダ・リヒト)』ッ!」

 

 言霊は割と大事だという事を最近学んだ俺。槍に雷撃の付与をする際、こういった言葉を添えるのは威力向上に繋がるし、何より俺の気分が上がるという事に気が付いてしまったのだ。フッ、またつまらぬ発見をしてしまった...。

 

 以前にも言ったかもしれないが、俺はこういう、いわゆる『厨二』系のものは好きだ。

 自分で考えた、というか自然と湧き出てくる言葉をそのまま詠唱としているだけだが、それがまた割と気に入っていたりする。自分自身、言ってる意味は良く分かってないけどネ!

 

 それはそうと。

 魔力と雷が十分に装填された紫紺の槍は目にも真っ直ぐに曹操の足元へと着弾し、魔力の膨張による爆発と雷の追撃が曹操を襲う。直接貫かなかったのは別に慈悲などではなく、単に曹操を試しただけだ。これで防ぎきるなり耐えるなりすれば、まだ仲間に引き込む余地はある。まあここまでされた相手に大人しく付いていくのか、という疑念はあるが。

 

「......おい坂元凌太。あれは俺の獲物だった。あと、情けない話ではあるが一瞬死を覚悟した。一応は味方なはずだろう。突然、しかも背後から攻撃をするな」

「でも無事じゃん? 俺は信じてたぜっ! あと曹操の件はほら、お前らの決着が長引きそうだったし。心配すんな、お前さえ良ければこの後曹操なんかより強い奴らの所に連れていってやるから」

「...本当か? 約束だぞ、違えるなよ」

「おう」

 

 どんだけ戦闘狂だよこいつ。などと思いながら漸く爆煙が晴れてきた槍の着弾点に目をやる。

 曹操は...っと、全身黒焦げだが死んではないな。けど意識は確実に飛んでるか。光球の能力で少しは防御したらしいが、それでも防ぎきれなかったらしい。確かに今の攻撃は『約束された勝利の剣』より高威力だっただろう。しかし、イシュタルやコアトルの宝具には劣る。コアトルのはジャンルが違うかもしれないが、今の攻撃に耐えられない、または避けられないのならば、所詮はそこまでの人材だったということ。証拠にヴァーリはちゃんと避けている。何だかんだで耐えることもできただろう。まあ無事では無かっただろうが。

 

「うわぁ...。前から思ってたんだけど、ホントに容赦ってものが無いわよね、リョータって。あれ、普通なら死んでるわよ? 無益な殺生はダメなんだからね?」

「容赦なんかしてたら死ぬ、って世界で生きてるからなぁ。三蔵も俺らと一緒に色んな世界に行けばすぐに理解するはずだぞ?」

 

 完全にレオナルドや彼の創造した怪物達を無力化した三蔵達が、俺の元へと寄ってくる。因みに、レオナルドは気絶させられた上に縛られ、今はアーサーに担いでいた。

 

「ふぅ。これでまた、1つの使命をやり遂げた気がします」

「...うん、なんというか...おつかれ」

 

 ジャンヌの方も無事勝利を収めたらしく、目を回しているジャンヌ(子孫)を担いできた。

 それにしてもジャンヌのやり切った感が凄い。スッキリした顔をしている。ストレスでも溜まっていたのだろうか。エミヤといいジャンヌといい、精神的な療養が必要な奴が多い件について。いや案外、ジャンヌは本来このような性格で聖女という概念が生真面目な彼女の性格を生み出していただけなのかもしれない、という疑惑はあるが。

 

 まあその辺りは置いておくとして。

 後は妖狐をどうにかすれば一件落着である。簡単なお仕事でした。この場に出てきていた『英雄派』は全滅。飛んでいった2人の回収は冥界の使者とやらに任せよう。気配が感じ取れない程に小さくなっていて、2人がどこに居るか分からねぇし。

 

 魔術王との最終決戦まで後25時間程。これは余裕を持ってカルデアに帰れるのではなかろうか。

 

「このまま何も起こらなければすぐにカルデアに帰りましょうね! あたし、エミヤさんの作った麻婆豆腐が食べたいわ!」

「フラグ発言するのはこの口か? なんで口にしちゃうの? なんでそんなぽんぽんフラグを建てちゃうの? ねぇなんで? あと何故に麻婆豆腐」

いひゃい、いひゃい(痛い、痛い)ほっへたひっはらはいてぇ(ほっぺた引っ張らないでぇ )!!」

 

 ...なんか一気に不安になってきた。

 

 

 

 

 

 



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ぎゅわーん、ぎゅうぃーん、花火がドーン!


※サブタイには特に深い意味はありません。強いて言うなら、水着ネロがウチのカルデアにご降臨されたからです。


 

 

 

 

 

 英雄派退治を終わらせた俺達は、とりあえずイッセー達との合流を計る事にした。先程まで例の妖狐が纏っていた禍々しい気配も霧散しているし、イッセー達も上手くやったのだろう。

 

 「ようイッセー、こっちは終わったぞ。そっちも無事っぽいな」

 「ああ、うん...そだね」

 

 気絶した英雄派の連中を肩に担いでイッセー達に合流したらなんか引かれた件について。解せぬ。

 

 「こっちから見えたあの常軌を逸しているとしか言えない威力の爆発と雷撃...アレはなんだ? 神器の類か? 爆風だけで飛ばされそうになった、というか何人かは実際飛ばされたんだが」

 「え? いや、普通に権能だけど?」

 「権能...」

 

 アザゼルにまで引かれたんだが。まことに解せぬ。

 

 「それよりこの妖狐は結局なんなの? 襲ってくる気配も無かったし、戦闘はしてなかっただろ? 案外大人しかったよな」

 「あ、ああ。この妖狐は京都妖怪の御大将でな。今回は『英雄派』達に洗脳を施されていただけで、敵意は無いんだよ。お前達がゲオルグを倒した時点でその洗脳は解けたからな。だから戦闘は起きなかったんだ」

 「洗脳ねぇ...。尚更納得いかねぇな。洗脳してたなら、この妖狐を俺達に差し向けてもよかっただろ? 英雄派なんかよりずっと強そうなんだが」

 「それはこの御大将がエサだったからだ。曹操らは京都と狐の御大将の放つ気をエサに、グレートレッドを喚ぼうとしていたのさ」

 「グレートレッド? なにその超赤そうな名前。どっかの神か?」

 「『赤龍神帝』グレートレッド。間違いなく、この世界最強の1つだ」

 

 答えたのはアザゼルではなくヴァーリ。何やら熱意の篭った発言だったが、その赤龍神帝とやらに思い入れでもあるのだろうか? ...いや、最強とか言ってたし、ただ単に戦いたいだけかもしれない。

 つか赤龍神帝て。なに? 赤龍帝の上位互換か何か? ってことはそいつも龍かな。さすが幻想種の中の最強種。この世界でもその猛威は大いに振るわれているらしい。会ってみたいような会いたくないような...。

 

 とまあ、そんな風に自己完結しようとしていたところ。何やら知らない、そしてとんでもなく強い気配が感じられた。しかもその出処が分からないときたもんだ。これさっきの三蔵のフラグ回収案件じゃないだろうな? というか、つい先程までその赤龍神帝を喚ぶ為のエサとやらがバラ撒かれていたこのタイミングでの登場って...。

 

 「おい、なんか来るぞ。しかもバカみたいに強い奴。これってその赤龍神帝じゃね? タイミング的に。なんか神性っぽいのも感じるし」

 「何ッ!? くっ、遅かったのか...!? い、いや、まだ大丈夫なはずだ。グレートレッドはこちらから手を出さなければ大人しいだろうし...おいヴァーリ! 絶対に手を出すなよ!? これはフリじゃないからな!」

 「分かっているさ。さすがの俺でも、今の実力でかの赤龍神帝に勝てるとは思っていないからな」

 「ヴァーリ(戦闘狂)がそこまで言うとは...。実際、俺やジャンヌ達とその赤龍神帝、単純な戦闘力としてどっちが強い?」

 「赤龍神帝だな。俺はお前達の全力を見た訳ではないが...。そうだな、全盛期のアルビオンやドライグが各100体も入れば五分の勝負になるんじゃないか?」

 「そんなに」

 

 それは正攻法じゃ勝てませんわ。

 もし将来的に戦う事になったら龍殺し系の武具や魔術の準備が必要だな...。術式だけでも案を練っておこう。

 

 「ん...? この感じってもしかして......んんー?」

 「そういう意味深な発言マジ止めて」

 

 脳内で対龍の構想を練っていると、三蔵がまたもや呟く。本当にやめて欲しい。言霊という単語があるように、言葉というのはそれなりの力を持ってるんだぞ。フラグになりそうな発言は思い付いても胸に秘めていて欲しい。

 まあ三蔵のフラグ建築は今に始まった事でもないし、正直俺も人の事を言えない節があるが。

 

 そんな事を思っていると、俺達から見て西側の上空30m程の位置が裂けた。

 ...うーん...『空間が裂ける』とかいう超常現象を見慣れてしまった俺がいる。爺さんとか片手間でやってのけるからなぁ。

 

『オオオオォォォォォォン!!!』

 

 空間の裂け目から姿を現したのは1体の龍。

 しかし、その色は赤ではなく緑。一瞬、とある願いを叶えてくれる龍を思い浮かべるような、体が細長い所謂東洋型のドラゴン。

 感じる力はそれ程強いようには思えない。いや、普通に強いのだが、聞いていた赤龍神帝程では無さそうだ。

 

 「白竜? ねぇ、あれ白竜よね!?」

 「白竜? 何、あのドラゴン知り合いなの?」

 「うん! あたしの愛馬!」

 「馬」

 

 西遊記の物語は悟空ら3弟子と牛魔王、金角・銀角くらいしか知らない俺だが、あれはどう見ても馬じゃないだろ。言うなれば愛龍...なんだそれ。

 

 「白竜は元来龍でしたが、西遊記の物語の中でなんやかんやあり、馬に姿を変えて三蔵法師達と天竺へ向かったんですよ」

 「説明ありがとう」

 

 俺の心中を察したらしいジャンヌが横から解説を挟んでくれた。さすがに詳しいな。

 

 「白竜──西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)玉龍(ウーロン)か!?」

 「えっ!? そ、それって五大龍王のですか!?」

 

 アザゼル達も何やら騒ぎ出したが、俺としては龍よりその上の奴が気になるんだが。あれ、多分龍より強いぞ。

 

 「大きな『妖』の気流、そして『覇』の気流。それらによって、この都に漂う妖美な気質がうねっておったわ。...だが、それも新しく現れた気流が全てを呑み込んだ。そこの神性擬きを纏ってる小僧。お前、何者じゃ...い...? いや待て、待ってくれぃ...。小僧の隣の女...てめぇは...」

 

 龍の背から飛び降りてきた小学生にも満たなそうな背丈の人影は、年老いた声音でこちらに問いかけてくる。そして何故か勝手に困惑した。隣の女...。ジャンヌと三蔵がいるが、十中八九三蔵の方だろうなぁ。

 

 「はっ! あたしティンときたわ!」

 「お前何処の社長だ」

 

 一瞬訝しげに玉龍の背から降りてきた人影を見ていた三蔵が声を上げた。

 相手──金色に輝く体毛に法衣っぽい服を纏った黒い肌で猿顔の...気配的に妖怪...? いや神性も感じる。妖怪から神へとのし上がった系の奴か? とりあえずその猿も、三蔵の方を未だ訝しげに見ていた。

 

 「...性別とかは違うがやっぱり...お師匠...?」

 「そういう貴方は悟空ね!? 姿形は違うけれど、雰囲気が何となく悟空だわ! もー! あたしを置いて何処をほっつき歩いてたの!? 色々大変だったんだからねー!?」

 

 ......ややこしくなってきた(確信)

 

 

 * * * *

 

 

 

 「緊箍児(きんこじ)が儂の頭に無い今、玄奘を敬えど、恐れる道理は一切無し。 いくぜぃお師匠。 いつぞやのリベンジマッチ、異世界のアンタで果させて貰うぜぃ!!」

 「ふっふーんだ! あたしだって昔よりすっごく強くなってるんだからね! 御仏パワー、甘く見ないでよ!」

『えっ、これオイラはどっちの味方をすべき...?』

 

 何だかんだで三蔵と猿の妖怪 ── 孫悟空の戦闘が始まり、玉龍が困惑している件。どうしてこうなった。経緯? 分かりませんが何か。本当に唐突に始まったのだ。まあ異世界とはいえ、三蔵法師と孫悟空って言ったら色々あるからな。玉龍の板挟みも見ていて可哀想に思わなくもない。まあ特に助け船は出さないけれど。

 

 「カルデアで読んだ『西遊記』! あれの主人公ってあたしなのになんでか悟空が主人公みたいになってるじゃない! お師匠の影を薄くする弟子なんてどこの世界にいるのよぅ!!」

 「ここだぜぃお師匠!」

 「そういう話じゃなくてー!!」

 

 ...何だか両者楽しそうなので放っておいて大丈夫だろう。とりあえず三蔵に魔力だけは回しとくか。

 2人が戦っている間に、俺はイッセー達グレモリー眷属とアザゼル、ヴァーリ一味、それから天使だというイリナに声をかけることにした。

 ...ヴァーリが三蔵達の戦いに混ざりたそうにしているのをアーサーとルフェイが抑えているがそっちも無視。

 

 「なあアザゼルよ。今回のテロ組織『禍の団』、『英雄派』の捕縛。俺達の活躍は言うまでもないよな?」

 「え? あ、ああ。まあそうだが...突然どうした。というかあれ(三蔵VS.悟空)は放っておいていいのか?」

 「大丈夫だろ。三蔵には十二分に魔力を送ってるし、もし負けそうなら俺やジャンヌも介入する。それに三蔵は五行山出せるし、孫悟空という存在相手になら有利に進められるだろうしな。多分だけど」

 「五行山が出せるってなんだ...? いや、もう突っ込まないでおこう」

 「おう。まあそれよりも、だ。そんな功績者である俺達には然るべき報酬があってもいいと思うんだ。正直、『フェニックスの涙』1瓶だけじゃ割に合わない」

 「...何が望みだ? 人工神器なら失敗作含め腐る程あるが...」

 「『アッサルの槍』にはいつもお世話になってます。けど、今は武器は要らねぇかな。それより、俺が今欲しいものは即戦力だ」

 「即戦力? なんだ、戦争でもおっ始める気か? この世界を巻き込むつもりだったらこの場でお前を討つぞ」

 「やれるもんならやってみろ。その場合は容赦はしないからな。この擬似京都と共に灰になりたいなら臆せずかかってこいや。...まあ戦争なんてしないけど」

 

 俺の発言に一瞬身構えたアザゼルだったが、別にここで堕天使狩りをする気は無い。というか貴重な戦力を失ってたまるか。

 

 「...じゃあ何故戦力を欲する?」

 「強いて言うなら、人類を救うためって事になるのか」

 「人類を救うだと? どういう意味だ」

 

 何も分かっていない様子のアザゼルやイッセー達。まあ無理もない。というか分かってたらアザゼル達の情報網は異世界にまで及んでいるということになる。何それ怖い。

 とりあえず魔術王が行った人理焼却の、俺が知っている限りの話を掻い摘んで話すことにした。三蔵と孫悟空の戦闘という名のじゃれあいもまだ終わりそうにないし、時間はまだ丸1日ある。人類滅亡の危機を、精々面白おかしく語ってやろうじゃないか。

 

 

 * * * *

 

 

「..................話がデカすぎる」

 

 魔術王の企みとやらをほぼ全て話し終えて、イッセーがやっと絞り出した言葉がそれだった。うん、分かる。

 

「...それで、その人理修復の為に、一介の下級悪魔である俺達にどうしろと?」

「あん? 決まってんだろ、魔術王と戦うぞ。ここにいるグレモリー眷属は強制参加な」

「なんで俺達の参加は決定事項なんだよっ!?」

「前回のギフトゲームの勝利報酬」

「そうでしたねっ!」

 

 ヤケに元気なイッセーと苦笑いの木場&アーシア。理解が追いついていないゼノヴィアとロスヴァイセを横目で見つつ、俺はアザゼルに向き直る。ヴァーリは放っておいても付いてくるだろ。

 

「人理だけじゃなく教え子も危険なんだ。来ないっていう選択肢は無いよな、アザゼル先生?」

「...脅してんのかお前...。分かったよ、行けばいいんだろ? 人間は好きだ。滅びようってんなら止めるさ。それが異世界であってもな。あと純粋に異世界っていうモノが見てみたい。それに英霊ってやつらもな」

 

 そっちが本命か。まあ分からないでもない。俺も最初は異世界という存在に胸を踊らせたものだ。今? 厄介事しかない所だと認識していますが何か。いや楽しいんだけどね?

 

「アーサー、ルフェイ、黒歌。俺は坂元凌太に付いて行くが、お前達はどうする?」

「僕は行きますよ。ご先祖様であるアーサー・ペンドラゴンに会ってみたいですしね」

「わっ、私も行きたいですっ」

「ん〜。私はどうしよっかにゃ〜。そこの神殺しちゃんが私に強い子種をくれるっていうなら考えてもいいにゃん。ホントは天龍を狙ってたんだけど、その天龍より強いのなら話は別。どうにゃん? 自分でいうのもなんだけど、私って結構美人だとおm」

「よし。じゃあヴァーリチームは黒歌以外参加だな。正直助かる」

「なに、俺は強者と戦えれば十分だ。因みに坂元凌太より強い英霊はいるのか?」

「おう。そりゃあもうごろごろいるぞ。ケルトとかインドとか古代王とか」

「ほう? 俄然楽しみだな」

「英霊と戦うのはいいけど、とりあえず魔術王倒してからにしてくれよ」

「フッ。分かっている」

「......ねぇ、私はいつまで無視されればいいの?」

「えっ。いやだって黒歌は不参加って」

「言ってないけど!? 強い子種くれたら考えるって言ったにゃ!!」

「いや、そういうの間に合ってるんで。イッセーとかに言えよ。きっと血の涙を流して喜ぶぞ」

「赤龍帝ちんには前に言ったんだけど、話を有耶無耶にされて結局ダメだったにゃん。因みにヴァーリには一刀両断」

「なん…だと…」

 

 ヴァーリはともかく、まさかあの性欲の権化と言っても過言じゃないイッセーが据え膳を食わないとは...。黒歌は美人の部類に入るし、何より胸もデカイのでイッセーが断る理由はないと思うんだが...。世の中、不思議な事が多いな。

 

「ってことで私とレッツ子作り!」

「しないから」

 

 別に性欲が無いわけではないが、そこまで飢えているわけでもない。ここで黒歌の誘いに乗ったら後が怖いしね。それに、強ければ誰でもいいという、特に俺に対して好意を向けている訳では無い黒歌と肌を重ねる気はない。体だけの関係とか俺の趣味じゃないです。

 

「むー。いいにゃいいにゃ。私の誘いを断るならホントに付いて行かないだけだし」

「おう」

「...いいのかにゃー。私の仙術とか魔術とか、割と強力なんだけどにゃー。なんなら『英雄派』のゲオルグくらいなら片手間で倒せるくらいなんだけどにゃー」

「それは凄い。これからも精進してくれ」

「.........猫は冷たくされると死んじゃう生き物なんです」

「なんなのお前」

 

 猫って冷たくされると死ぬのか。いや死なねぇだろ。むしろ孤高を愉しむ様な生き物だろ(偏見)

 

「連れてってやれ。そいつ、ヴァーリと同じで意外と寂しがり屋らしいぞ?」

「俺は寂しがり屋じゃない断じてない」

「私だって別に寂しいとかじゃにゃいし!」

「何そのツンデレ発言」

「はっ! これは新たな2人のライバルの予感...? 静謐さんとネロさんに連絡をっ!」

「はいそこ。面白そうなネタ見つけた! みたいな顔しない。というか今ヴァーリを頭数に入れたな?」

「はいっ! 私的にはSっ気のあるマスターが受けに回るというギャップがとても良いと思います!」

「うん分かった。とりあえず説教から始めようか」

 

 ジャンヌの心情はイマイチ分からん。俺に好意を向けているのかと思いきや、別にそうでもない様な態度もとる。まあ俺の自意識過剰と言われればそこまでなのだが。

 ふむ、やはりジーク君とやらが好きなのだろうか。それはそれで面白そうであるが、そのジーク君がロクでもない奴だった場合、お付き合いなんてマスター許しませんからねっ!

 

「んじゃまあ、とりあえず全員参加って事で」

「つまり私との子作りを認証したという事でオーケー?」

「しつこい」

 

 擦り寄って来る黒歌を怪我をしない程度に投げ飛ばす。あんな性格ではあるが、黒歌の戦闘力も中々に侮れない。先程の戦闘では多彩な魔術で多くの魔獣を屠っていたので、その実力は認めざるを得ない。

 敵が魔術王だけでなく、プラス魔神柱72柱であるという可能性が非常に高い今、黒歌のように広域殲滅技を持っている奴は何人いても困らないものだ。聞いた話、ロスヴァイセもそういう系の戦闘スタイルらしいので頼もしい。

 

「悪魔や堕天使と共に戦線を張る、というのは聖女的にアウト気味ですが...、まあ良しとしましょう。既にマスター(神殺し)と共に戦っていますし、今更ですね。それに、戦力的には申し分ありません」

「だな。まあ欲を言えばもう少し欲しいところだが」

 

 確かに戦力的には多大な強化が叶った。しかし、これで満足という程ではない。せめて残りのグレモリー眷属は連れていきたかったところだが...自身の領地が危険だというのなら連れて行けない。領地や領民を守るのは王の務めであるし、仮にも魔王を名乗る俺がそれを疎かにさせる訳にはいかないだろう。

 

 グレモリー達は諦めて今の戦力でどうにかするか、と俺が考え始めた時。今度は擬似京都を覆う結界が粉々に破壊された。

 ...おい。まだ三蔵達が戦ってるんだからちょっと待てや。現実の京都に被害が出るぞ。

 

「魔法少女マジカル☆レヴィアたん、参上☆」

「お帰り願えますか」

「話は聞かせて貰ったわ!」

「いや全然聞いてねぇだろ。帰れって」

 

 また変なのが来たんだが。そして地味に強いのがまた怖い。下手したらヴァーリ超えじゃん。魔法少女って奴らはやはり化け物級なのか(『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』に競り勝ったとかいう魔法少女を思い描きながら)

 

「レ、レヴィアタン様!?」

「様付けとか。魔法少女設定どこいった」

 

 イッセー達が目を見開いて例の魔法少女の方を向く。てか三蔵達止めないと被害が出るな。

 

「うわーんっ!! 悟空が如意棒で遠慮無しにお師匠様の頭叩いたーっ!!」

「そりゃあ叩くだろうよぅ。戦いをなんだと思ってる。てか、お師匠の出した五行山。アレ結構トラウマだから今後はやめてくれぃ...」

「あー...。はいはい、痛かったねー。よしよし」

 

 さすがにフォローのしようが無かったので、とりあえず泣きついてきた三蔵の頭を(さす)ってやることにした。あー、たんこぶになってるな。英霊でもたんこぶとかできるのか。

 しかし、丁度いいタイミングで戦闘が終わってくれて良かった。あのまま続けてたら間違いなく明日の朝刊の1面を大々的に飾っていただろう。俺もう嫌だよ、朝イチで多額の被害総額からそっと目を逸らすのは。

 

「あっ! こんな所にいたんですかアザゼル様! いきなりいなくならないで下さいってあれほど......って坂元凌太!?」

「あ?お前は...あー、えっと確か...レ、レ......レオタード!」

「レイナーレよっ!」

 

 おしい、もう少しだった。てかコイツ、なんで平然とここにいんの? イッセーやアーシアにとっては憎い相手だろうに。

 

「レイナーレは最初牢屋にぶち込んでたんだが、何やら改心したみたいでな。今はシェムハザの命令で俺の秘書をやってんだ。はぁ...。俺が仕事をサボってると、こいつがすぐにシェムハザの野郎に報告するから、最近はロクに遊べもしねぇ」

「へぇ...。いや別に俺としてはどうでもいいんだけどさ。イッセーとアーシアはいいのか?」

 

 イッセーは純情な心やその他諸々を、アーシアは命を奪われた相手だ。普通なら許せないだろう。俺は、俺を1度殺した爺さんをいつかぶん殴ると決めている。許す許さないで言えば、俺は爺さんを許しているのだろうが、それでも怒りはあるからな。

 

「私は...その、正直、まだ少し苦手意識はあります。ですが、私はこうして悪魔として転生し、生きています。そのお陰でイッセーさんやオカ研の皆さん、学園の皆さんとも仲良くなれました。今の私に不満はありません。主への祈りを捧げられないことは少し残念に思いますが、それだけです」

「俺もまだ、レイナーレのことを完全に許せた訳じゃないけどさ...。アーシアがこう言ってるんだし、俺も、騙されたとか、そんな小さな事をいつまでもグチグチと言ってられないよ」

「ふぅん...。寛大だな」

 

 俺は会う度に殴りかかってるけどな。まあ成果は0だが。

 

「なにやら感傷に浸ってるところ悪いんだが、そろそろ儂は九尾の姫さんと、あとそこの魔王少女と交渉したい。さっさと帰ってこいと天帝から言われとるんじゃ。どこか、そこらの旅館で始めよう。玄弉へのリベンジも果たしたし、気分良く京都料理に舌鼓を打てるってもんだぜぃ」

「悟空のバカー!!!」

「それより魔王少女とな」

「ちょっと猿のおじいちゃん! 魔王少女じゃなくて魔法少女よ、ま・ほ・う!」

 

 魔王少女...レヴィアたん...。おい、もしかしなくても四大魔王の1角か、コイツ。どうりでえげつない魔力を纏ってるわけだ。いや勝てない事はないけど。

 

「話は私も聞かせて貰った!」

 

 自称魔法少女の正体にある程度気付くと、次は地面に見覚えのあるような無いような魔法陣が展開され、そこから声だけが聞こえてくる。赤く光る魔法陣の光が収まると、そこにはグレモリーと2年以外のグレモリー眷属、いつぞやの銀髪メイド。そして──

 

「ッ!!」

 

 ───とんでもなく嫌な感じの魔力を内包している赤髪長髪の男が現れた。

 

 ほぼ反射的というか、本能的というか。とにかく、言いようのない悪寒に襲われた俺は、その悪寒の元である赤髪の男からバックステップで距離を取り、ギフトカードから槍を取り出して即座に構える。因みに、三蔵は飛び退いた際に着地点に置いた。

 

「おや。そこまで驚かせるつもりは無かったんだけどな」

 

 赤髪の男は俺の反応に逆に驚いたような声を発する。

 

 ...ヤバイ、本気でこの男はヤバイ。いや、男というより『得体の知れないナニカ』と言った方が適切だろうか。俺の直感が全力で警鐘を鳴らしている。

 見た目はイケメン風だが、人の皮を被った...いや、この場合は悪魔の皮か。もはや悪魔と呼べるのかどうかすら怪しいレベルである。明らかに他とは次元が違う、文字通りの別次元。堕天使総督・アザゼルや魔王・レヴィアタンと比べても、その存在は異常としか言いようが無い。...さっきから冷や汗止まらないんだけど。

 

「そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな。 私だって少しは傷付くんだよ?」

「奴は本能的なところでお前の実力を感じてるんだろうよ、サーゼクス。ったく、獣並の危険察知能力だな」

 

 アザゼルが親しげに話しかけた赤髪の男──サーゼクスは警戒し続ける俺を見て苦笑いを浮かべた。

 サーゼクスって言ったら、確かレヴィアタンと同じ四大魔王の...。これ、同じ魔王ってカテゴリーで括っていいのか? 魔神とか、そういう別称でもいいとも思うんだが。

 

「やあ、キミが坂元凌太君だね。話は妹達から聞いているよ。それにそっちは...白龍皇とその仲間、それと、そちらは闘戦勝仏殿ですか。白龍皇・ヴァーリ君はあの会議以来だね」

「セラフォルー・レヴィアタンに『超越者』サーゼクス・ルシファー。現魔王が直々に、しかも2人もご登場とはな。それに加え、坂元凌太とその仲間、俺達『禍の団』、赤龍帝とリアス・グレモリーの眷属、堕天使総督、女悪魔最強と名高いサーゼクス・ルシファーの『女王』、京妖怪総大将、そして闘戦勝仏に五大龍王・玉龍。これらが1箇所に集まるとはね。ははっ。全く、この面子で戦闘が始まったら、京都は一体どんな戦場になるのやら。塵も残らないんじゃないか?」

 

 そんな軽口を叩くヴァーリだが、正直こんな化け物どもと戦うとか冗談じゃない。やるなら“ファミリア”総出で挑むくらいの意気込みが必要だ。なんなら“ノーネーム”やカルデアも巻き込むか?...いや絶対面倒だわ。

 

「安心しろ、とは言わないけどね。仮にも君はテロリスト集団だし、本来ここで捕まえておくべきなんだけど...。人類の危機に立ち上がろうとしている悪魔を、無慈悲に捕まえる訳にもいかないかな。それに、被害を出しているのは『旧魔王派』や『英雄派』だろう? だから、今回は見逃そう。ただし、悪事を働けば容赦はしない」

「それはそれは。寛大な心の持ち主だな、サーゼクス殿」

 

 薄ら笑いを浮かべながら目の前の化け物に話しかけられるヴァーリは、もしかしたらもの凄い大物なのかもしれない。単にサーゼクスの奥の方にある力を感知し切れていないだけかもしれないが。

 

 それはそうと、レヴィアタンやサーゼクスは何故この場に現れたのか。まさか俺に会うためとは言うまいな。...いや、レヴィアタンはともかくサーゼクスの方は覚えがあるわ。だって妹とその眷属を半強制的に傘下にしたからね、是非も無いね。こちらのルールに則ったやり方とはいえ、家族としては見過ごせないのかもしれない。...嫌だなぁ、この時間に余り余裕が無い状況でこんな化け物と戦うの。てか『超越者』ってなんだよ。

 

「先程も言ったが、そう警戒しなくていい。私は別に、君達と戦いに来たわけでは無いからね」

 

 出来るだけ温和な態度で話しかけてくるサーゼクスに、俺は未だ警戒を解けずにいた。これでも、自分の直感には結構な信頼をおいている俺としては、その直感に抗うのは出来るだけ避けたい事なのだ。

 

「...ふむ。妹を負かした事について、私が怒っていると思っているのかな?」

「恐らくそうでしょう。というか、実際に怒っていらっしゃいますよね? 先程から微小ではありますが、滅びの魔力が滲み出ています」

「......どうやら私は自分が思っていた以上に怒っているらしい。いや、きちんとしたルール下での結果らしいし、リーアたんも最近は納得してきていたから、自分では許している気になっていたんだが」

「このシスコン魔王め」

 

 サーゼクスをグレイフィアが諭し、そしてアザゼルがニヤニヤとサーゼクスを弄る。...この3人をまとめて相手取るのも、今の俺ではキツイかな。全盛期ならまだ互角くらいにはやり合えたかもしれないけど...。いやまあ、やり方次第では今の状態でも勝てますけどね?

 

 とりあえず形だけでも警戒は解くとしよう。そうしなければ話が進まないのも事実だ。グレモリーのことをリーアたんとか言ったのもスルーしていいだろう。

 

「さて、凌太君の警戒も若干緩まったところでもう一度。──話は聞かせて貰った!」

「貰ったわ☆」

 

 ──どうやらこの世界の魔王というのは、とても愉快な連中らしい。

 

「なんでも、異世界の人類の存続が危ないらしいね。それはいけない。人間には割とお世話になっているし、黙って見過ごす訳にはいかないな。私達も手を貸そうじゃないか、凌太君。差し当たっては私の女王、グレイフィアを連れて行ってくれて構わないよ。ああ、もちろんリーアた...リアス達もね」

「お久しぶりです。改めて、サーゼクス・ルシファーが女王・グレイフィアと申します。以後お見知り置きを」

「あっ、はい」

 

 グレイフィア が なかま に なった !

 

「俺達堕天使陣営は...そうだな、俺とレイナーレでいいだろう」

「わ、私も行くんですかっ!? 何処に何をしに行くのかもイマイチ理解していない私が!?」

 

 レイナーレ が なかま に なった !

 

「儂は行けんのぅ。天帝が許可を出さんじゃろうし。玉龍も無理だぜぃ。ま、頑張れよお師匠」

 

 そんごくう と ウーロン は なかま に ならなかった !

 

「じゃあ私も行」

「かせるわけないだろう? セラフォルー、現魔王が今この世界から離れる訳にはいかない。それは分かってるね?」

「うぅ〜☆」

 

 ...とりあえずレヴィアタンの語尾に☆が付いているように感じるのはなんなのだろうか。魔王少女の特異能力か何かだろうか。え? 気にしたら負け? うん、そうだと思ってた。てか魔王はダメなのに堕天使総督は離れていいのだろうか。まあ来てくれるって言うんだし俺としては全然構わないけど。

 

 

 

 まあ何はともあれ。とりあえずは戦力を選出できた事を喜ぶべきだろう。魔術王の実力は未だ未知数。これで絶対に安心だとは言えないが、それでも無いよりは何倍もマシだ。

 とりあえず爺さんに連絡を入れて、“ファミリア”も出動させよう。そうすれば、割と簡単に勝てるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結構テキトーに終わらせてしまった感が否めない...


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FGO 終局
決戦前の休息、という名のナニカ



今回はちょっと短めです。


 

 

 

 

『あ、ワシ不参加で!』

「ぶっ飛ばすぞ」

『やれるものなら』

 

 なんだかんだでカルデアに帰ってきて小一時間が経った頃。俺はとある電子シュミレーション演習場の片隅で爺さんに電話をかけていた。もちろん応援要請をするつもりだったんだが...速攻で断ってきやがったぞあのジジイ。

 

「理由は。正当な理由を述べろクソジジイ」

『んー...。まあ、強いて言うならワシの舐めプが招いた失態っていうか?』

「...もうちょい詳しく。意味が分からん」

 

 激しい衝突音が木霊する中、気を抜けば聞き取れないような電話越しの爺さんの声を拾う。周りがうるさい。

 

『まあぶっちゃけると封印されました』

「何やってんの? ねぇ何やっちゃってんのお前?」

『フッ──慢心せずして何が王かッ!』

「神だろお前、巫山戯んなよ!?」

 

 曰く。爺さんはその暴れぶりから“魔王連合”なる集団に目を付けられ、それを尽く返り討ちにしていたらしい。しかし相手も馬鹿では無かったようで、爺さんに武力で勝てないと判断するやいなや、あの手この手で爺さんを無力化させようとしたらしい。“魔王連合”としては、他の主な計画に爺さんが介入する事態を防げればいいだけらしく、ならその間だけ大人しくしておいて貰おうと考えた。で、その相手の策略にあっさり嵌った結果が封印だ、と。...やっぱり2,3発ぶん殴ろうかな。

 

『まあ封印っつっても、「このギフトゲームをクリアしない限り別のギフトゲームへの参加、及び現ギフトゲームからの撤退を禁ずる」的なやつだけどな。その気になれば2日で決着を付けられる。が、それじゃ遅いだろう?』

「遅すぎるわ」

『だよな知ってた。だからワシは不参加だ。他の連中は送ってやってもいいぞ?』

「......おい爺さん。お前本当に動けないんだろうな? 面倒臭いからとか、そんな別の理由で来ないんじゃなくて」

『...さて、とりあえず“ファミリア”の連中と、サービスで魔力もカルデアに送るか』

「オイ待てやジジイ」

『いや、封印されてるってのは事実』

「...もしかしてわざと封印された、とか?」

Exactly(その通り)!』

「テメェ本気でぶん殴るぞ」

『やれるものなら。というかだな、ワシが行ったら面白くないだろ。魔術王とかソロモンとか瞬殺ぞ?』

「まあ確かにそうかもしれんが...」

『それにな、神には神の事情ってやつもあるんだよ、小僧。今回の件、ワシはパスだ。分かったな?』

「...まあ納得は出来ないが、理解はした」

『物分かりがいいのは良い事だぞ小僧。じゃ、ヴォルグ達は1時間後くらいにそっちに送る』

「ん」

 

 そう言って電話を切る。

 しかし困った。爺さんが来れない事じゃなく、あのバグキャラを封印出来る奴が現れたという事がだ。確かに以前、白夜叉もギフトゲームで封印された事がある。それを考えると、爺さんが封印されるってことも条件次第じゃ有り得ない話ではない。しかもあのジジイ、わざと封印されたとか抜かしてたからな。

 それに“魔王連合”とかいう組織の事も気になる。爺さんは、その気になればその“魔王連合”が仕掛けてきたギフトゲームを2日でクリア出来ると言った。だがしかし、逆に言えば、あの爺さんがその気になってもクリアに2日はかかるという事だ。

 “魔王連合”かぁ...。打倒魔王を掲げている十六夜達“ノーネーム”は必ずぶつかる相手だろうし、場合によっては俺達“ファミリア”も参戦するだろう。

 

 ふぅむ......問題多すぎワロエナイ。

 

「こんの...ッ!」

「ハァッ!!」

「ははっ!いいぞ、そのいきだ。まだまだ果てるなよ!」

 

 ちょっとした諦念を抱きながら、俺はボケッと目の前で繰り広げられている稽古という名の死闘を傍観していた。戦いを繰り広げてるのは我らがスカサハ師匠と二天龍である。イッセーとヴァーリは既に禁手化しているにも関わらず、スカサハ師匠はまだまだ余裕を見せている。うん、やっぱおかしいわあの人。

 因みに、俺の隣には尊敬する青タイツの人が気絶して地に伏している。南無。

 

「ん? なんだ、連絡は終わったのか? だったらお主も入ってこい、凌太。お主も儂を楽しませてみよ!」

「いや、流石の師匠も3人がかりはキツイでしょ」

「なぁに、既に赤い方は沈んだ。それに、お主が入れば儂も本気が出せると言うものだ!」

「イッセーが死んだッ!」

 

 なんて事だ。いつの間にかイッセーが兄貴と同じ状態に...!

 見ればヴァーリも肩で息をしており、限界も近そうだ。

 ...仕方ない。まだ魔力が回復仕切っていないが、決戦の時間まではまだ1日程ある。俺も修行に励む事としよう。死なない程度に。

 

 

 * * * *

 

 

「し、死ぬかと思った...」

 

 スカサハ師匠との稽古を終え、シュミレーション電子空間から出てきたイッセーが最初に呟いた言葉がそれだった。うん、分かるぞイッセー。俺もたまにそう思ってるし。

 

「くっそぅ...あのおっぱいに見とれたばっかりに...ッ!」

 

 どうやらイッセーはいつでもイッセーらしい。一周回って感心すらする。まあ確かに師匠の全身タイツは体のラインをやけに強調する衣装であるし、グレモリーの乳をつついて禁手に至ったイッセーが反応しないはずもないか。

 

「アレが英霊か...強いな」

 

 ヴァーリがしみじみと呟く。

 俺が参戦した事で若干の本気を出した師匠相手に瞬殺されていたし、ヴァーリにも思うところがあったのだろう。

 てか、師匠も師匠で大人げないというかなんというか...。ルーン魔術で槍に対龍の措置を施していたのだ。そりゃ二天龍と言えどもキツイですわ。

 

「なぁ凌太。お前、いつもこんな無茶苦茶な修行してんのか?」

「まあ、基本そうだな。酷い時はもっと酷いが」

「...お前が化け物じみているのは必然な気がしてきた」

 

 イッセーがドン引きしているが、まあ実際俺自身引いているので何も言わない。

 実は、俺は師匠の言いつけで、修行の際は魔力放出を制限されるのだ。魔力放出をしなかったら俺のステータスは途端に下がる。するとどうだろうか。師匠相手に技術だけで乗り切らなければならないというのは非常に厳しい反面、どうにかしなければ死ぬという思いが俺の技術向上を促すという結果になったのだ。我ながらなんという脳筋修行。本当、良く生き残ってるなぁ、俺。

 

 

 俺達がカルデアに帰ってきてから約2時間が経過しようとしている。カルデア内は、来たる最終決戦を前に適度な緊張感に包まれ──てはいなかった。

 

 食堂では。

 

「おかわりっ!」

「シロ......アーチャー、こちらにもおかわりを。大盛りで」

「もっきゅもっきゅ......弓兵、次はテリヤキバーガー20個だ。急げ」

「あっ、こちらもお願いします!」

「も、もう無理......ゴフッ」

 

 カウンターに並んだアルトリア、アルトリア、アルトリア。総勢6名のアルトリア+モードレッド、そしてその隣にはアルトリアsに劣らない量を食べているルフェイと、腹をパンパンに膨らませて机に突っ伏しているアーサー(子孫)の姿がそこにはあった。

 

 見なかった事にした。

 

 

 

 とある研究所と化した1室では。

 

「これが俺の歴代最高傑作。UFOだァッ!」

「す、凄い...凄いわアザゼル総督さん!ええ、マハトマをヒシヒシと感じるもの!」

「ふぅむ。堕天使とやらの技術力も馬鹿には出来ぬ。それはそうと総督殿。このUFOには直流を使っているのかな?」

「戯けた凡骨め。ここまでの作品だ、当然交流に決まっているだろう」

「ああん?」

「おおん?」

「あー...。因みに動力源は魔力だ。電力じゃねぇよ」

「ねぇアザゼル総督さん! 他には無いのかしら。こう、マハトマを感じるものは!」

「ああ、あるぜ。マハトマは良く分からんがな。例えば...」

 

 見なかった事にした。

 

 

 

 とあるトレーニングルームでは。

 

「ハレルヤッ!」

「くっ...! これがかの有名な聖女マルタの拳かっ。進化したデュランダル、エクス・デュランダルが軋むとは...恐れ入るッ!」

「貴女もスジがいいわね。今は悪魔でも、元は主に仕える為の聖職者だったとか。いいわ、時間の許す限り、みっちり体の使い方を教えてあげる!」

 

「えっ!? 貴方がゲオルギウスさんですか!? 本物の!?」

「ええ。確かに私はゲオルギウスですが...貴女は?」

「あっ、私、紫藤イリナって言います! 転生天使で、ミカエル様のAをやらせてもらってますっ!」

「ほう。天使ですか。可愛らしい方ですね。1枚宜しいですか?」

「聖ゲオルギウスがデジカメ!? 現代風ですねっ!」

 

 ──見なかった事にした。

 

 

 

 とある通路では。

 

「落ち着いてっ! 落ち着いてMr.ムニエルっ!」

「HAHAHA!! こんな男の娘目の前にして、この私が落ち着いていられるとでも思っているのかい立香ちゃん!」

「ヒィッ! 来ないで下さいぃいいい!!!」

「ヒャッハー!!」

「変態死すべし慈悲は無い。えい」

「ゴバァッ!」

「Mr.ムニエールッ!」

「うゎわあぁぁあぁあんっ! ごわがっだよぉおお!!」

「よしよし、大丈夫だよギャーくん。半日は気絶させるつもりで殴ったから」

「ふ......ふふふ...フハハハハ!! 私がその程度で負けるとでも? 諦めるとでも!? 甘い、甘いな猫又少女! アストルフォきゅんやデオンくんちゃんに若干の距離を置かれている今ッ! 私には癒しが必要なんダブラァッ!?」

「働いて下さいMr.ムニエル。それとも、あの穀潰しの様に私の盾の錆になりたいですか?」

「...悪かった。反省する。だからその盾を下ろしてくれマシュ嬢。あとその凍てついた目もヤメテ。私はランスロット卿程心も体も頑丈じゃないんだ。まだ命は惜しい」

 

 ───見なかった事にした。

 

 

 

 とある別の通路では。

 

「あれがノブナガ!? あ、あっちはサムライやニンジャもいるわ!」

「あの新選組の羽織りを着ている人はもしかして...こっちの世界の師匠...?」

「うん? なんじゃ貴様ら、神殺しの奴が連れてきた連中か。儂らに用か?」

「ふむ...悪魔、と聞いていたのでもっと禍々しい容姿を想像してござったが...なんとめんこい。そう思わないか、風魔殿?」

「黙って下さい。僕は小次郎絶対殺すマン、マスターの静止が無ければ今にでもブリゲイってるところです」

「ん? そんなに新選組の羽織りを見て...どうかしましたか、少年? はっ! これはアレですね、私のファンという展開ですね!? 最近マスターも他の鯖に現を抜かしてましたが、これはこの美少女剣士である沖田さんの時代再来の予兆...? ヤッター! 沖田さん大勝利ー!!」

「夢は寝てみろ人斬り」

「ふっふーんだ! 羨ましいんですか? まあ所詮ノッブは配布星4サーヴァ(割愛」

 

 ────全力で見なかった事にした。

 

 

 

 我がマイルームでは。

 

「あらあら。姫島朱乃さんと言いましたか。今回、私の(・ ・)旦那様に色目をお使いになったとか。お覚悟、宜しいですか?」

「あらあら、うふふ。ご冗談を。凌太君はまだ誰のものでもないでしょう?」

「将来的に奏者が余の伴侶となるのは確定的に明らかではあるがな」

「「...ほう?」」

「珍しいですね静謐さん。貴女は真っ先に噛みつきそうな話題ですけど」

「別に...マスターの正妻ポジは私ですし」

「いつになく強気な発言だな静謐よ。それに救国の聖処女よ、お主もやけに大人しいではないか。...ハッ!? もしや先の異世界旅行で奏者に手を出した、もとい一線を越えたのか!? 聖処女から聖女にクラスチェンジしたのでは無かろうな!? くぅっ! 余だって一応奏者との経験はあるのだぞっ!!」

「まだ越えてませんよ。それに、そういう行為はちょっと生前の処刑前のトラウマが...。いえ、別に嫌という訳では無いんですけど。マスターが望まれるのであれば、私は一線も、そしてトラウマをも越えてみせましょう」

「それより聞き捨てならない台詞がありましたね、ネロ皇帝。旦那様との経験? ふふっ、世迷いごとを。『ぶいあーる恋愛しゅみれーしょん』とやらをダ・ヴィンチちゃんさんに作らせたのですか?」

「そんな事はない。余と奏者、そしてシャルロットは、3人で共に熱い夜をだな」

「シャルロット? ふむ、また新しい女ですか...」

「うむ。奏者のカリスマは留まるところを知らぬ故な。あと、ラウラという、これまた可愛い乙女もいて...」

 

 ──気配を消して全力で逃亡した。

 

 

 

 とまあこんな風に、皆は割とリラックスしているのである。まあ、ある意味での緊張感がある奴らも一部いたが。

 とりあえず、緊張して本来の力が出せないだとか、気負いすぎて空回りするだとかの問題は無さそうなので、一応は安心する。これから世界の命運を掛けた戦いが始まるというのにこの落ち着きようは流石としか言いようがないな。

 

「うわっ! なんだこれ!?」

 

 女性陣に見つかりたくない一心でマイルームから撤退した俺は、適当にカルデア内を歩いていた。だって見つかると面倒そうだからね、仕方ないね。

 そんなこんなで暇を持て余していると、偶然通りかかった管制室の中から聞こえるロマンの声を拾った。アイツいつでも驚いてんな。

 

「どうした?」

「えっ、あ、凌太君。いやちょっと有り得ない量の魔力が何処からか送られてきて...」

 

 なるほど。爺さんが魔力を送るとか言っていたな。それか。

 

「有り得ないって、どのくらい?」

「...今までの特異点でカルデアが消費した魔力の1.5倍くらいかな...」

「うーん、何やってんだあのモンスター」

 

 どんだけ魔力持ってんだあのジジイ。俺の魔力全部使ってもギリ足りるかどうか...待てよ? もしかしてあのジジイ、俺の魔力を封印してるとか言っときながら、別の場所に溜め込んでたんじゃないだろうな? それが今回送られてきた魔力だとか...。いや、流石に考えすぎか。爺さんがチートなのは今に始まった話じゃないしな。

 

「うわぁっ!?」

「今度はなんだ」

 

 再度叫び声を上げたロマンを、少し思案していて視線を落としていた俺は、顔を上げてロマンの方を見る。

 するとそこには、ぽっかりと空間に穴が開いている光景が。俺には既に見慣れてしまった光景も、ロマンにとっては驚くべき光景だったらしい。まあそれが通常の反応か。

 

「きゃぁあああぁぁぁあ!!!」

「怖い怖い怖い怖いっ!」

「あっはっはっは!」

「笑ってんじゃねえよオッサン! こっちは必死なんだぞ!」

 

 懐かしく騒がしい声が穴の中から聞こえてくる。俺も最初は怖かったなぁ、あの暗闇。

 暫くすると、空間から予想通りの4人が出てきた。まあ、放り出されてきたという方が正しいか。

 

「はぁ、はぁ、はぁ...こ、怖かった......」

「なんなんですかアレ...。というかなんなんですかあのおじいちゃん...。問答無用で放り込まれたんですけど...」

「あっはっはっはっ!」

「なんでアンタはさっきから笑ってんだ!」

 

 へたり込むペストとラッテンに、何故か笑っているヴォルグさん、そしてそれに突っ込むヴェーザー。

 良く考えれば数ヶ月ぶりの再会か。懐かしいと感じるのも無理はないのかもしれない。

 ...今後は偶に帰ろう、不意にそう思った。

 

「よっ。久しぶりだな」

「はぁ、はぁ...えっ?あ、あらマスター。久しぶりね」

「失態を隠そうとしても遅いですよ、ペストちゃん。まあそこも可愛らしいんですけどねっ!あ、それとご無沙汰ですマスター」

「久しぶりだね、凌太。いやホントに。タイミングが悪くて、キミが帰ってきてる時はおじさんがいない事が多いからね」

「ったく...。まあ、久しぶりだなマスター」

「おう」

 

 四者四様、というやつだろうか。皆相変わらずだった。

 

「えっと...凌太君の知り合い、って事でいいのかな?」

「ああ。“ファミリア”の奴らだ。戦力的にも頼りになるぞ?」

「この空間にってうわっ! きゅ、急に閉まらないでよ、びっくりしたぁ...。えっと、さっきの空間に開いた穴は?」

「爺さんの権能的な何かじゃね? 俺もよく理解してる訳じゃないけど、いつもそれ使って異世界間を行き来してる」

「突っ込まない...僕はもう突っ込まないぞ...ッ!」

 

 何やら一大決心らしき事を呟いているが、放っておいて大丈夫だろう。

 

 何はともあれ、これで準備は整った。決戦まであと残り20時間を切ったところ。スカサハ師匠にも体を休めろと言われているし、この前カルデア内に設置されたとかいう銭湯にでも浸かって、6時間程仮眠室で寝よう。マイルーム? 戻りたくないデース。

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、『最強の女王』という評判に敏感に反応したコノートの女王様が、一方的にグレイフィアさんをライバル視し始めた模様。「王多すぎ問題って女王にも当てはまってない!? 女王は私だけで十分よっ!」などと供述しており...


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フライト


やり過ぎた感は多いにありますが、何か? (開き直り)


 

 

 

 

 

 

 

 

「──来たね。遂に、この時が」

 

 館内の案内放送にて管制室に呼び出された俺達に、ロマンが神妙にそう告げる。いつも首に手を当て、不安そうにしていた瞳は決意に満ちており、真っ直ぐに俺達を見据えていた。どこか覚悟を決めたようにも見えるロマンは、尚も言葉を続ける。

 

「これより最終オーダーを発令する。行先は魔術王の居城。僕等はこれを『冠位時空神殿』と仮称する事とした。敵は魔術王・ソロモン。人理を焼却した張本人、倒すべきラスボスと言ったところかな」

 

 一言一言にヤケに力を込めて言葉を紡ぐロマンを、藤丸は不安そうな顔で見つめていた。これじゃあいつもと立場が逆だね、と苦笑気味に呟いたダ・ヴィンチちゃんの言葉を拾い、俺もそれに同意する。

 

「...立香ちゃん。キミは今までとてもよくやってくれたね。一般枠だったキミが、急に人類救済の鍵だと、最後の希望だと周りから言われて困惑していた事は良く覚えている。でもキミは投げ出さず、そして諦めることもなく、七つの特異点やその他の突発的に発生した特異点の修復を──」

「そういうのいいから」

 

 何やら語りだしたロマンを、俺はいつもの調子でバッサリと切る。決戦前のそういう感傷に浸る雰囲気って余り好きじゃないんだよ、俺。フラグになりそうだし。

 

「...最後くらいもうちょっとシリアスをさぁ...」

「別にこれを最後にする気なんて毛頭ないし。ここにいる全員、俺が認めた奴らなんだ。死なせる訳がないだろ? だから、そういうのは全部終わってから、祝勝会のスピーチにでも取っておけよ」

 

 最後の方は少し笑みを浮かべながら、努めて不敵に言い放つ。不安など微塵もない、という態度で言えば多少なりとも兵士の士気は高まるだろう。それに、誰も死なせる気が無いというのは紛れもない本心である。だから死にかけるような修行をしてまで力を付けているのだ。まあもちろん、俺1人では手の回らない事も確かにあるのだし、その分は各個人に頑張ってもらうしかないが。というか英霊の皆さんに至っては逆に俺が助けて欲しいくらいなのだが、それは言わぬが花だろう。きっと。多分。

 

「ふっふっふ。流石は余の奏者である。実にクサイ台詞ではないか。まさにローマ!」

「ローマとは一体...(哲学)」

 

 いつもの訳の分からないドヤ顔を披露するネロを見て、どこか暗い表情だった者も不意に笑みを浮かべる。これでいい。気負ったって何にもならないし、ミスしか生まないのだ。まあ俺の偏見的意見ではあるがな。

 

「ははっ......ふぅ。そうだね、これが最後なんかじゃない。この戦いに勝利して世界を元通りにした後に、思う存分、カルデアの英雄譚に花を咲かせようか!」

 

 

 * * * *

 

 

 あれから数分後。

 今まさに、人理継続保障機関カルデアにおいて事実上過去最大規模のレイシフトが行われていた。問題はイッセー達にレイシフトをする適正があるかどうかだった訳だが、全員問題無くレイシフトできるらしい。

 

 

 マスターは俺を含め2名。

 それに対し、英霊(サーヴァント)数は70を超えている。本来有り得るはずのない数字ではあるが、爺さんが送ってきた魔力が、その不可能を可能としているのだ。

 そして俺が呼んだ異世界組が十数名。敵が魔術王1人だけだというのならば、これは明らかなる戦力過多。しかし、世の中そんなに甘くは無いだろう。きっと魔神柱が沢山出てくるか、もしくは魔術王の仲間が複数名いるに違いないのだ。良くも悪くも、バランスを取ってくるのが世界の摂理というものである。是非もないよネ。

 

 

 

 レイシフトを終えた俺を待っていた景色は、決して良いとは言えないものだった。景色もそうだが、この空間に蔓延している気配もいけない。確か(ビースト)だったっけか、あの人類悪(ティアマト)のクラス名は。それと同じ気配がこの世界を支配している感覚だ。それに、微小ではあるが身に覚えのある気配も感じる。

 

「よっ、と」

 

 周りに気を配っていると、藤丸とマシュも無事にレイシフトしてきた。現在レイシフトが完了しているのは全体の半数程度。流石に一気に出来るような事ではないらしい。

 

『気を付けてね、皆。もう気付いてるかもしれないけど、そっちには災害の獣の反応で埋め尽くされている』

 

 立体映像が浮かび上がり、そこからダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえた。今回の案内はロマンじゃないのだろうか? まあいてもいなくてもあんまり変わりはないけど。

 もしかしてティアマトみたいなのが出てくるんじゃなかろうな、と多少警戒の色を濃くしていると、何処からか乾いた拍手が聞こえてくる。気配は...ダメだな。さっきから探ってはいるのだが、如何せん魔力濃度が高すぎて上手く察知できない。メソポタミアを軽く越えてるだろこれ。まあ魔力濃度が高いというのはデメリットばかりでは無いし、気配察知の方もすぐに慣れるとは思うが...。

 

「ようこそ、カルデアの諸君。災害の獣の反応を感知するとは、随分と鼻が利くようにィ!?」

「ちっ」

 

 気配の位置を完全に把握することは出来ずとも、ある程度の場所は検討がつくし、何より音は普通に聞こえる。音源は特定出来るということだ。なのでそこに雷砲を放ってみたのだが...少し狙いが甘かったようで、紙一重で避けられてしまった。五感の鋭さには意外と自信があったんだがなぁ。

 だが、今ので音だけではなくその姿を目視で確認することが出来た。

 岩陰から転がる様に出てきた人物はどこかで見覚えのあるような緑のワカメ。どこだったっけな...。まあ、この場で出てくるって事は敵確定でいいだろう。

 

「...あ、相変わらずだな坂元りょぅ」

「てい」

 

 気配遮断を使ってワカメの背後から接近、そして雷を纏った拳で一突き。はい終了。ワカメの上半身が吹き飛んだ。

 

「...ねぇ、マシュ? 今のレフ教授じゃなかった?」

「私は何も見ていません。見ていません」

「あっはい」

 

 藤丸とマシュの会話を筆頭に、味方側が少し騒がしくなる。やれ情け容赦もないだとか、やれ鬼畜すぎるだとか...。敵に温情をかけるのは三流だと、僕は思うんです。

 

「───ギ」

「あん?」

 

 今しがた、完全に命を刈り取ったワカメから声らしき音がした。...発声器官も何も無いのにどうやって声を出してんだ? こわっ。

 

「ギ、ギギギ、ギャハハハハハハッ! 無駄だ、何もかも、お前の行動は無駄に終わる! ハハハ、ハハハハハハハハハグゥッ!」

 

 再生したらしいワカメ...思い出した。こいつ、俺がローマで殺ったカルデアの裏切り者か。

 まあ誰でも構わないが、再び立ち上がったソイツをもう一度殺す。次は先程より電圧を上げて骨ごと灰に変える。表情1つ変えずレフ・ライノールを再度殺す俺にまたもや味方からのひそひそ声が聞こえたが、復活したからといって一々驚いていられるかっての。

 そういや、気付けばレイシフトは全員無事に終えたようだ。因みに、俺は今回道満以外の全員を連れてきている。道満はスキルの性質上、短期決戦では足を引っ張るだけだからな。

 

「無駄だ無駄だ無駄だ無駄だ!」

「っ! これは...驚くべき事ですが、再生でも復元でもありません。今、新しいレフ・ライノールが誕生しました!」

 

 マシュが驚愕に目を見開くと同時、カルデアとの通信にノイズが走る。

 

『うわぁっ!? な、なんだ今の衝撃は!? 何が起こってる!?』

『が、外部からの攻撃です! っ! 北部観測室、反応ロスト!天文台ドームに過度の圧力を確認しました!』

『なっ...!? 電力を全てこの管制室と各要所に回すんだ! ここが落とされたらカルデアそのものが終わる!』

『第二攻撃理論の正体が判明しました! 魔神柱です! カルデアの外に1、2、3...計8柱の魔神柱の反応を確認!』

『8!? くっ...、レオナルド! キミが隠し持ってる資源(ソース)でどうにかならないか!?』

『無理だ。私が直接出るという手もあるが、良くて1柱と心中だろうね。残っている英霊で戦える者は少ない。万事休すってやつか』

 

 何やら慌ただしいと思ったら、カルデア本拠地が攻撃されているらしい。敵戦力は魔神柱8柱。かなり厄介な出来事だが...まあ、カルデア付近が戦場になるのならば、そこまでの心配は必要ないだろう。

 

『っ! カルデア外部の魔神柱、2柱の消失を確認しました!』

『何だって!? い、一体誰が...』

『霊基の照合終了、外で魔神柱と戦っているのは...道摩法師、芦屋道満です!』

『道満君っ!? え、いやでも彼にはスキルが...』

「アイツ召喚してから何ヶ月経ったと思ってんの。とっくに陣地作成は終わってるって」

『いつの間に! というか彼、そんなに強かったのかい!? い、いや、でも助かった。レオナルド、他に戦えるサーヴァントも早急に向かわせてくれ!』

 

 道満の数少ない活躍を耳にしつつ、俺は再三レフを殺す。が、奴は何度でも蘇って、否、新しく生まれてきた。不死身って訳じゃないみたいだが...厄介だな。そして更に悪い事に、エジプトで対峙した事のある気配──ここに来て微小に感じ取れていた魔神柱の気配が、先程と比べてより一層濃ゆくなってきている。これは本格的に魔神柱全部を相手取らなければならないかもしれない。...いや、8柱はカルデアにいるから、残り64柱か。まあどちらでも厄介極まりない事に変わりはない。それに何より時間が惜しい。...仕方ないか。

 

「アーラシュ」

「ん? なんだ凌太、手を貸すか?」

 

 俺が呼ぶと、今どき珍しい弓を使う弓兵、アーラシュが英霊の群れの中からひょこっと顔を出した。

 ...今更だが、英霊の群れってなんだそれ。圧巻を通り越して呆れるレベルである。

 

「この特異点の中央辺りに玉座っぽいのが見えるだろ?」

「ああ。あの白いやつだな」

「そうそれ。でさ──あそこまで藤丸達を飛ばせる?」

「ちょっ、凌太君!?」

「正気ですか!?」

 

 藤丸とマシュ、そしてベティ、邪ンヌ、ノッブ、呪腕が顔を青く染めるが気にしない。

 

「そうだな...。定員5人ならいける。ただ、敵に邪魔されない弓矢作成の時間が欲しいな。この距離だと結構大きめに作りたいから...2分くらいか」

「オーケー、任せろ」

「私達がOKじゃないんだけど!? 全然これっぽっちも大丈夫じゃないんですけど!? ねぇ聞いてる!? アーラシュフライトはイヤーー!!!」

 

 必死に抗議する藤丸達だがそんなの知ったこっちゃない。別に俺がISを使って運んでやってもいいが、それでは定員的に藤丸とマシュしか連れていけない。だから却下。一番手軽な方法があるのだから、それを使うに越したことは無い。

 

「藤丸、どうでもいいけど連れていくメンバーは決めとけよ」

「うぅ......。じゃあマシュと...」

 

 半泣きだが、流石に潜ってきた修羅場が修羅場。藤丸は切り替えてメンバー選考に入った。こいつのメンタルもまあまあ逸般人だよな。

 

「貴様らなんぞをあの玉座に近付ける訳にはいかない。ここで死んでゆけ、カルデアァ!」

 

 既に8回は殺されたレフがそう叫び、その体をうねうねと人型から柱状へと変形させていく。有り体に言って、その過程は非常に気持ち悪かった。

 

「我が名はフラウロス! 魔神柱72柱、情報局フラウr」

「『雷砲(ブラスト)』」

「「「「「うわぁ.........」」」」」

 

 名乗りを上げようとしていたレフ改めフラウロスを殺ると、俺の後ろで哀れみの声が零れた。だったら聞くけどお前ら、敵の口上を聞くメリットを教えろ。

 

「きっ、貴っ様ァアアア!!先程から甘んじて攻撃を受けていれば、調子に乗りおってからにッ!」

「甘んじて攻撃を受けてる時点でどうなんだよお前」

 

 そんな油断や慢心をしているから雷砲程度で死ぬんだ。アモン・ラーを名乗った魔神柱はもっと手強かったのに。

 

「もういい。全力を以て貴様らを排除する! 顕れよ、顕れよ、我が同胞! 我ら魔神柱の恐怖を刻みつけよッ!」

「おおう...。まあ予想通りの展開ではあるが...実際目にすると気持ち悪いな、これ」

 

 フラウロスの呼び掛けに呼応するように大地が震え、至る所から魔神柱が生えてくるという光景は異常としかいいようがない。魔神柱のバーゲンセールとはこの事か。

 と、ここでアーラシュから声がかかる。

 

「凌太ッ! 弓と土台の準備は出来たが、アイツらが邪魔で玉座を狙えない!」

「じゃ、じゃあアーラシュフライトは中止の方向で...」

「よし分かった。アイツら吹き飛ばそう」

「知ってたッ! どうせ無駄だって知ってたけど、一縷の希望を掛けて提案しただけだもんっ!」

「な、泣いてるんですか? しっかりしてください先輩。大丈夫ですよ? このマシュ・キリエライト、必ずや先輩を無事に着地させますから。ね?」

 

 そんなに嫌なのか、アーラシュフライト。楽しそうなんだけどなぁ、アレ。

 まあとにかくだ。今はとりあえず玉座までの道を切り開く事に専念しよう。

 ここから玉座までの間に立ち塞がる魔神柱はフラウロスを含め15柱程。少し多いな。元聖剣を使っても全部は無理か...?

 

「凌太。パワーが必要なら俺も手伝うぜ! 俺だってあれから強くなってるんだからな! な、ドライグ」

『ああ。相棒は強くなったぞ。そこは自信を持って言える』

 

 火力的な心配をしていると、イッセーがそう声を上げた。確かに『赤龍帝の篭手』の倍加能力を用いた一撃の破壊力は計り知れない。イッセーの器次第で何処までも強くなれるのだから。...俺の周りには俺よりチートな奴が結構居る件について。爺さんは別枠だとしても、十六夜とかその筆頭だろ。

 

「お前達だけでは心許ない。オレも手を貸そう」

 

 そう言って出てきたのはインドの大英雄、根はアホみたいに優しいカルナさんである。彼がその気になって宝具を放てば、魔力量次第では俺をも上回る火力を打ち出す可能性もある。そういう事実を加味すれば、この3人で十分だろう。

 

「念のために魔力をいくらか渡しとく。ネロ、お前もカルナにバフをかけてくれ」

「うむ、了解したぞ! 施しの英霊よ、大サービスだ。受け取るが良い!」

「すまない、感謝する」

「他のバフかけれる連中はイッセーにかけてくれ。出来るだけ多くな」

 

 そう言うと、各支援系サーヴァント達がイッセーへとバフをかけていく。あれだけ重ねがけされてたら魔改造のレベルまで登るんじゃないだろうか。

 

「うおぉぉぉおお!! スゲェ! 部長のおっぱいをつついた時より力が溢れるぜっ!」

『やめろ相棒! 本気でやめてくれ!! 周りの白い視線を感じないのかお前は!』

 

 やはりイッセーはどこまでいってもイッセーのままか。それと今「部長(グレモリー)のおっぱい」という単語に反応し、グレモリーをチラリと見た上で親指を立てて良い顔をしている騎士共。気持ちは分からないでもないが自制しろ。じゃないとお前らの後ろの騎士王らの聖剣が火を吹くぞ。

 

「今からきっかり30秒だ。それで今出せる最大火力の一撃をぶっ放すぞ」

「了解した」

「おうっ!」

 

 言って、俺も準備に取り掛かった。天閃の聖剣・魔改造ver.をギフトカードから取り出し、魔力を解放させ始める。解放された高密度の魔力は一気に溢れ出し、気を抜けばこの乱流に飲み込まれそうになる程だ。特に強化無しの状態でこれとは、相変わらずえげつないなぁ。

 

「──我、目覚めるは王の真理を天に掲げし赤龍帝なり。無限の希望と不滅の夢を抱いて王道を往く。我、紅き龍の帝王と成りて、汝を真紅に光り輝く天道へと導こう!」

 

 イッセーがそう唱えると、イッセーの体を真紅の鎧が覆う。普通の禁手とは明らかに違う気配。イッセーもあれから修行を積み、次のステージへと至った事は疑いようが無かった。さすがは俺が見込んだ男だ、とでも言っておこう。今のイッセーは十二分に強い。

 

 ...さて、30秒経ったしそろそろ撃つか。

 

「喰らえ──『魔改造されし元聖剣だったナニカ』!」

「──『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』ッ!」

「クリムゾンブラスターァァアァアア!!!」

 

 敢えて形容するならば、『太陽の一撃』であろうか。そう言える程の質量とパワーを含んだ3つの極光線は互いに交わることなどなく、それぞれで魔神柱を葬っていく。漫画でありがちな融合技は今回発動しない。何故って? 俺達3人にそこまでのチームワークがないからである。あれは技を繰り出す全員の呼吸であったりタイミングであったり、果ては相性がドンピシャで合っていないと成功しない。俺達3人がそんな事をやろうとしても、精々互いが相殺しあって逆に威力が半減するだけである。だったら失敗する未来しかない掛け算ではなく、単純に足し算をした方が良い。小学生でも分かる事だ。

 

「アーラシュ!」

「おうっ! しっかり掴まってろよ、お前ら!」

 

 そう言って、アーラシュは特大の弓を引く。

 因みに乗っているのは藤丸、マシュ、メディア・リリィ、金時(狂)、ヘラクレスである。それなんてチート編成? さすが人類の未来を背負う人間だ、容赦が無い。この女、完全に殺る気満々である。にしても火力バカ過ぎるだろ。

 

「行くぞッ! 口を閉じろ、舌を噛むからな! 3、2、1──ステラァアアア!!」

「何それ縁起悪ぃ──」

「■■■■■■ーーーッ!!」

「ゴールデェ──」

「「きゃあああぁぁ──」」

 

 不穏極まりないセリフと共に放たれた特大の矢と土台は藤丸達を乗せてもの凄い速度で玉座へと飛んでいく。ジェットコースターより楽しそう(小並感)

 

「...爆発オチじゃなきゃいいが...」

 

 おっと。もう魔神柱が新しく生えてきそうだな。藤丸達をたたき落とす気か? 誰がやらせるかっての。

 

「「真の英雄は目で殺すッ!」」

 

 俺とカルナの瞳からほぼ同時に放たれた光線が魔神柱に着弾し、ピカッと光って爆発する。ふむ、奴らの爆発フラグだったのか()

 

「ちょ、え、はぁ!? 今の何だよ凌太! 目からビーム出てたぞ!? そっちの白い人も!」

「ただの視線だが?」

「俺のはカルナの技を真似てるだけの魔力光線だ。似てるけど別物だよ」

「視線......? 魔力光線は理解出来るけど...視線...?」

『考えるな、感じるんだ相棒。インドは魔境だ』

 

 ドライグの言う通りだ。インドに限らず、英霊なんてものを理解しようとしない方がいい。頭が痛くなるだけだからね。俺もその『考えるな、感じるんだ』というカテゴリに入っているらしいが、まあ確かに、冷静に考えると俺もまあまあ頭のおかしい事をしでかしているし、そう捉えられても仕方ないのかもしれない。...若干納得いかないけどな。

 

「よっし。着地の方も無事成功だ。で? これからどうする、凌太? マスター(立香)の指示を仰げない以上、俺達はお前の指示に従うぜ?」

「そうだな...」

 

 アーラシュの言葉に、少しだけ考え込む。

 目の前には数多の魔神柱。今まではなんの支障もなく倒せたが、相手の被害は実質0である為、俺達の攻撃はほぼ無意味だったという事になる。だが、放っておく訳にもいかないだろう。というか、相手がそれを許さないだろなぁ。

 やはり全面衝突しかないか、などと考えていると、突如白い軌跡が魔神柱の群れの中へと飛来した。

 

「坂元凌太。俺は好きにやらせてもらうぞ! さて、72柱の悪魔を名乗るからには、それなりに楽しませてくれるんだろうな?」

 

 1人獰猛に口角を上げ、白い鎧を纏ったヴァーリは魔神柱の群れに臆すること無く突撃していく。命知らずにも程があるだろ。俺でも魔神柱を5柱以上相手にして無事でいられる自信はほぼ無いというのに。

 ...仕方ない。どうせ俺が先行するつもりだったのだし、少し先を越されただけか。

 

「全面衝突だ。藤丸達が魔術王を倒すまで持ち堪える、なんて悠長な事は言わない。なんなら、さっさとかたをつけて藤丸の援護に回るつもりで行くぞ」

 

 言って、俺は槍を構える。敵は魔神柱が64柱。対するこちらはマスター1人に英霊70基前後、そしてその他異世界組。正直に言って、爺さんが送ってきた魔力に限りがあるこの状況で、俺達が終始優位に立つ事は厳しいだろう。だがやるしかない。大丈夫、どいつもこいつも国だの世界だのを救ってきたチート共だ。そう易々と殺られる様なタマじゃないだろ。

 

 問題は敵が本当に無限だった場合である。その場合は魔神柱をいくら倒しても意味が無い。大元である魔術王(・ ・ ・)を叩くしかない。...あれ? これって、俺も魔術王のところに向かった方が良かったんじゃ...?

 ...後悔しても遅いか。状況が未だハッキリしない以上、魔力供給者であるマスターがどちらにも付いていないといけないだろうし、俺が移動するのは魔神柱相手にこの面子でどこまでやれるかを見極めてからでも遅くはない...はず。多分、きっと。

 

「さあ、狩りの時間だ。敵は全人類共通の敵。遠慮は要らないだろう? 各自全力を以て──奴らを潰せ!」

 

 

 

 

 

 

 




友人が、
「デレマスの世界に行かせてネロを中心に何人かプロデュースしようぜ!」
と言ってきたので、軽く構想を考えた結果。
2話目辺りで軍隊と全面戦争する流れになったので却下になったのはまた別のお話()


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ロマニ・アーキマン


4週連続で模試ってなんなんですかね...


 

 

 

 

 

 

 

『物事は全て、できるだけ単純にすべきである』

 

 彼の天才、アルバート・アインシュタインはそう言ったそうだ。

 なるほど確かに。普通に考えて複雑なものより単純なものの方が良いだろう。少なくとも俺はそうだ。まあ、アインシュタインはこの言葉の後に『単純にしすぎるのもいけない』とも言っているのだが、まあいい。

 で、だ。今、俺の目の前で起こっている至極単純な状況を説明しよう。

 

 

 ───撲殺天使がご降臨した。

 

 

「あなた方魔神柱はこの世界を、そして我ら人類を毒するもの。私が殺すべき存在、 私が滅すべき害! ──(キル)(キル)(ジャーム)!!」

 

 などといいながら魔神柱を狩るクリミアの天使。看護婦とは一体? という疑問を持たずにいられない光景である。まあ狂戦士だからね、仕方ないね。...それににしても強い。婦長だけでなく、ベオウルフや狂王を初めとしたバーサーカー連中がその猛威を存分に振るっている。アンデルセンや玉藻、アイリといった支援系サーヴァントの回復技に加えてアーシアの神器、そしてジャンヌの無敵効果付与という加護を受けた彼らは、それはもう鬼のようだった。本物の鬼を見たことがあるから間違いない。それと、しれっと狂戦士の中にマルタさんが混じってるけれど、まああの人もある意味狂戦士だから。

 

 そして狂戦士連中に負けず、異世界組、特に二天龍が奮闘している。イッセーは『真紅の赫龍帝』、ヴァーリは『覇龍』の進化版である『白銀の極覇龍』の状態に至っており、両者共に英霊にも劣らない戦闘能力を魅せつけている。

 木場もエミヤと並んでほぼ無限といえる聖魔剣の雨を降らせ、イリナとゼノヴィアは魔剣&聖剣ブッパ(イリナにはジークフリートの末裔から剥ぎ取った数本の魔剣の内の一振りを渡した。天使が魔剣って何それ堕天? とも思ったが使いこなしているようなので無問題)を繰り返し、ロスヴァイセとルフェイ、黒歌は多彩な魔術をほぼ絶え間無く発動させ、姫島は雷光、グレモリーは滅びの魔力を惜しげも無く披露していた。彼女らの魔術は神代の魔術師であるメディアも、多少だが認める程のレベルなので、威力的には申し分ない。グレイフィアと子猫はバーサーカー組に混ざって物理で殴り、ギャスパーは敵の時を止め...時を止めるとか何それチート?

 まあいいや。で、残りの堕天使組だが...。

 

「ヒャァッハァーー!!!」

「いいわ、いいわよアザゼル総督! それでこそマハトマよっ!」

「もっ、もう止めて...戻しちゃう、さっき食べたラーメン戻しちゃう...っ! ア、アザゼル、さ、ま......うっぷ」

 

 UFOが2機、特異点の空を舞っていた。ちょっとキラキラしたものも見えた気がしたが見なかった事にする。てかアレで藤丸達送れば良かったんじゃね?...まあ後の祭りか。

 

「にしても...これはちと不味いかもな」

 

 適当に雷撃を放ちながら、俺はそう愚痴る。

 

「全くだぜ、クソッ。さっきからもう何十体倒したと思ってんだ。キリが無いにも程ってもんがあんだろ」

 

 俺の近くで棍棒の様な笛を振り回し暴れていたヴェーザーも、俺の小言を聞いて同意を示した。

 ヴェーザーの言う通り、俺が認知しているだけでも既に50柱を超える魔神柱を倒しているのだが、未だ敵の数は減る兆しすら見せないでいる。今はまだ優勢なのでマシだが、この状況が続くようなら全体の士気に関わるだろう。減らない敵、というのは思った以上に精神的にくる。

 

「やっぱり、大元を叩くしかないんじゃないかい? それにほら、()も例の玉座とやらに向かってるよ?」

 

 大剣を担いだヴォルグさんも俺の近くに来てそう言う。

 というかこの人、さっきから短剣や槍、長銃に二丁拳銃、ワイヤー、蛇腹剣、果てはトランプなど、多種多様な武器を全て使いこなしているんだが、本当に何者なのだろうか。というかトランプで魔神柱にダメージを与えるとか神業にも程がある。もしかしたら俺はとんでもない人を仲間に引き込んだのかもしれない。爺さんといいヴォルグさんといい、ジョーカーじゃなきゃいいんだけどな。

 

 それはそうと、ヴォルグさんの指差す方を見てみる。

 玉座へと至る正門の様な場所。藤丸達はその門の上を飛び越えて行ったが、その男はちゃんと正門を(くぐ)ろうとしていた。というかちょっと待て。あれって...

 

「......おい。あれ、もしかしてロマンじゃね?」

「そうだねぇ。カルデアとやらに居たドクター君だ。彼、戦えるのかい?」

 

 呑気にそんな事を言うヴォルグさんだが、今の論点はロマンの戦闘能力以前の問題である。

 

 ロマンが何かを隠している事には薄々気付いていた。それがこのグランドオーダーの最重要項目に関わっているであろう事も。しかし、結局ロマンが自らその隠し事を明かさないという事は、俺達にすら明かせない程の重要な事柄か、或いは別の意味があるのか、その2つだ。だから深くは追求しなかったし、知る気も余り無かった。

 だが、ここでロマンが出てくるという事はつまり──

 

「マスター! いま玉座の方にロマンらしき人影が向かっているのだが!」

 

 少し考え込んでいると、エミヤも俺の下に駆けてきてそう報告してくる。

 

「ああ。俺も今気付いた。くそっ、ロマンの気配が感知出来ないとか、魔力濃度濃すぎだろここ...。やっぱり俺も魔術王の方に行くか。丁度いい。エミヤ、お前も付いてきてくれ」

「了解した」

「よし。ジャンヌ!」

 

 遠くで各員に対して無敵状態を付与しているジャンヌに向かって、俺は声を張り上げる。

 

「はい! 何ですか!? こっちは結構忙しくて手が離せなのですが! 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』! マスター、魔力下さい魔力! あの人(バーサーカー+α)達、ちょっと特攻し過ぎじゃないですかね!? ああもうまたっ! 『我が神はここにありて』ッ!」

「お、おう...。まあ頑張れ...? ああいや、そうじゃなくて! ジャンヌ、ここの指揮は任せていいな!?」

「この戦場で、彼らのマスターである立香以外の指揮が意味を成すと思ってるんですか!? 皆が皆自由に暴れまくる渾然一体の超混沌空間ですよ!?」

「ごもっともで! でもまあ頑張って手網を取ってくれ! 誰も死なすなよ! 魔力は好きなだけ使っていいから!」

「まあやれるだけはやりますっ! 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』ゥゥッ!」

 

 ...念のために『魔力回復薬』飲んどくか。下手すりゃ俺の魔力が枯渇しそうな勢いだな。

 

「じゃあヴォルグさん、ヴェーザー、こっちは任せた」

「任された。おじさん、ちょっとだけ本気を出してみようかな」

 

 今まで本気じゃなかったと申すかこのおじさん。底が知れねぇなぁ...。

 

「俺もやれる事はやるが、さっさと敵の頭を取ってくれよ? じゃないとこっちがジリ貧だ」

「分かってる。行くぞエミヤ」

 

 言って俺はトニトルスを展開し、肩の装甲にエミヤが飛び乗る。

 

「行かせるかッ!」

 

 道中、やはり俺の行く手を阻む魔神柱。情報局フラウロス。その他にも数柱の魔神柱が俺を叩き落そうと攻撃を仕掛けてくるが、空中を自由に飛ぶ術を手に入れた俺にとってそれらの攻撃を躱すことは容易い。

 

 それと、先程気付いた魔神柱らの弱点がある。いや、弱点というよりは特徴と言った方が適切かもしれないが。兎に角、その弱点もしくは特徴とは、奴らはその場から殆ど動かない、或いは動けない、という事である。根を張っているのかは知らないが、奴らはその場から動かずに攻撃を仕掛ける。例外として三蔵が宝具でぶっ飛ばした時などは地面から離れるが、それ以外は全くと言って良い程動かないのだ。だから、所謂固定砲台状態の攻撃を空中で避けるなど容易い、という訳である。是非も無し。

 

 避けるついでにバルカンを展開し、魔力を込めた弾幕を魔神柱らに見舞いする。ギフト持ちのガヴェインには全て防がれたこのガトリング砲だが、魔神柱相手なら通る。やはり昼間のガヴェイン卿はチート。

 

 蠢く魔神柱達の頭上を飛翔し玉座へと続く門に到着、そしてそのまま全速力で通り抜ける。門を抜けてからというもの、ビーストの気配がより一層濃ゆくなったが気にせず、時速にして約120km/h程で飛行し玉座へと向かう。

 案外距離があり、玉座の足元、藤丸達が居る位置が見えてくるまでに3分程かかってしまった。

 

 俺がそこに着いた時、見馴れたロマンの姿は既に無く、居るのは藤丸、メディア・リリィ、金時、ヘラクレス。そして倒れて伏すマシュとそれを庇うように立っている資料で見たソロモンと瓜二つな人影、最後の1人が「人型の鹿」と形容出来そうな個体であった。

 正直状況が良く理解出来ないが、とりあえずはあのヤケにごつい鹿人間が敵の親玉、魔術王を名乗っていた者と考えて良い筈だ。ソロモンの方からはロマンと同じ気配も感じるし。

 

 目視で確認出来るとはいえ、距離はまだ大分ある。敵とロマンらしき人物が何かを話しているが、さすがに聞き取れない。しかし、こういう時の為にという訳では無いが、俺には多少、読唇術の心得がある。まあ戦闘中に役に立つから、という理由でケルト勢(主にスカサハ)に叩き込まれた観察眼を応用しただけの猿真似だが。それでも的中率は高い筈だ。多分。きっと。

 

 それによると、ロマンらしき人物の方が「ああ、初めからそのつもりだった。ボクはボク自身の宝具で消滅する。ゲーティア、お前に最後の魔術を教えよう」と告げている。

 

 

 ......ほう?

 

 

「エミヤ、降りろ」

「む? まあ構わないが...何故だ?」

「いいから早く」

「...了解した」

 

 途中でエミヤを降ろし、トニトルスにありったけの魔力を注ぎ込んで速度を上げる。

 その間も、ロマン達は俺の接近に気付くことなく、或いは気付いた上で無視しているかの様に事を進めていく。

 

「第三宝具『誕生の時来たれり、其は全てを修めるもの』。第二宝具『戴冠の時来たれり、其は全てを始めるもの』。そして──神よ、あなたからの天恵をお返しします。第一宝具、再演。『訣別の時来たれ」

「はいドォオオンッ!!」

「リブラッ!?」

 

 時速200km超の速度から繰り出されるライダーキック(鉄)がロマンの横腹を強襲した。英霊であるなら死にはしないだろうが、それでも身悶えする程の激痛が襲うことは必至である。

 

「ぐぉおぉぉぉ......」

 

 真横に吹き飛んで岩に直撃したロマンは、瓦礫と化したその岩の下で蹴られた横腹を抑えながら苦悶の声を漏らしている。無理もない。無防備であの蹴りを喰らえば俺だってああなる。並の人間は言わずもがな、中級悪魔程度でも五体がひしゃげて死ぬだろう。

 

「ちょ、えっと......凌太君...? 突然現れて何をしてるのかなーって、私気になってみたり。いやそれはロマンにも言えた事だけど...」

 

 藤丸が困惑仕切った様子でそう聞いてくるが、懇切丁寧に説明してやる気はない。というかその前にマシュをどうにかしなければ。

 

「これ、フェニックスの涙。あと魔力回復薬。マシュに飲ませとけ」

「え? あっ、うん...ありがと」

 

 ISを解除した後、ギフトカードから英雄派の連中から戦利品として回収したフェニックスの涙と魔力回復薬、その2つの瓶を取り出して藤丸に渡す。フェニックスの涙で傷を癒して魔力を補給させれば一先ずは大丈夫だろう。それ以降は俺がどうこう出来る問題ではない。それこそドクターであるロマンの領分なのではなかろうか。まあそのドクターは未だ(うずくま)っているのだが。

 

 ...にしても、敵の攻撃でマシュが倒れるってのは考え難いな。マシュの守りが破られた時はこちらが全滅する時だと思っていたのだが...見る限りマシュ以外はほぼ無傷だ。メディア・リリィが回復魔術を掛けたのだろうか? なら何故マシュは倒れている? ...相も変わらず状況がイマイチ分からないが、今はそっちに構ってばかりいる訳にもいかないか。

 

「...貴様は...、確かフラウロスの報告にあった人間だな。急に現れたと思えばすぐに居なくなり、そして又もや現れた...。何者だ」

 

 ゲーティア、と呼ばれていた個体が俺にそう問いかける。魔術王は過去と未来を視る千里眼の持ち主だと資料には書いてあったが、俺の登場は視えなかったのだろうか? それとも奴はそんな能力を持っていないとか?

 まあ今はどちらでもいい。それに、知られていない方が好都合である。こちらの手の内も知られてないのだから。

 

「そういうお前は魔術王...でいいのか? ソロモンの容姿をした奴は今蹴り飛ばしたが」

「...あの無能な王と我々は違う。いいだろう。無慈悲な王(ソロモン)を足蹴にし、結果として我々を救った褒美、という訳では無いが、貴様にも我々の名を語る。我が名はゲーティア、人理焼却式・魔神王ゲーティアである!」

 

 高々と名乗るゲーティアだが、気になる台詞があったな。人理焼却“式”とはなんだ? それに自ら魔神王を名乗ってはいるが、こいつから神特有の気配は感じられない。それどころか人の気配ですらない。なんだろう、確実に感じた事のある種類の気配なんだけど...。

 

「我々は名乗った。ならば次は貴様の番であろう。坂元凌太、という名は知っている。だが、貴様の正体は何一つ分からない。人ではある...だが、神に似たモノも混ざっている。ふん、我々の理解が及ばぬ存在など、実に不愉快なことである」

「俺が何者かって、なんだそりゃ。哲学的な問題なら他をあたれ」

 

 言いながら、魔力を練りに練っていく。

 相手が神の類ではないので、魔力と身体能力の爆発的な向上がない。だから地道に魔力を練っていくしかないのだ。神を相手にする時は魔力が湯水のように溢れ出てくるから楽なんだけど...まあ嘆いても仕方が無い。今やれる事をやるしかないのだ。

 

「マスターの正体など、それこそ神ですら分からないかもしれないがな」

「お前は到着早々何言ってんだ」

 

 要らない一言もあったがエミヤも無事に到着し、ロマンとマシュ、藤丸以外が戦闘態勢を取る。...ちょっと強く蹴り過ぎたかな。まあじきに回復するだろう。何気なくメディア・リリィが治癒魔術を掛けてるし。

 

「──気に入らないな。坂元凌太よ、貴様は何故我々に楯突く? 何故ヒトを助ける真似をする? 私には分かる、貴様は自身以外の人類など気にも止めぬ人間だろう。それに、その気になれば我々の偉業の影響が及ばぬ場所まで行く事も出来るだろう。なのに何故、人類を救うのだ、坂元凌太」

「知らん」

「......なんだと?」

 

 意外そうにするゲーティアだが、別に意外でもなんでもないだろう。奴の言った通り、俺は他人に興味が無い。もはや完全にカンピオーネという生物に染まってしまったのだろう。俺の身内が巻き込まれないのなら、人類が滅びようが栄えようがどちらでもいい。

 勿論、藤丸達が死ぬのならば俺は全力で敵を排除する。だが、今回は藤丸達全員を箱庭まで運べば良い話なので、俺が躍起になってゲーティアという人類の敵を倒す理由にはなっても動機としては不十分だ。

 なら、何故俺が今ここに立っているのかだが──

 

「まあ強いて言うなら、修行の一環だな。カルデアの連中には悪いが、今回の戦い、このグランドオーダーは俺にとってそれ以上でも以下でもない」

 

 だからこそ、そんな修行程度の出来事で大事な仲間を死なせる訳にはいかない。まあ修行だろうが聖戦だろうが、俺の身内を死なせる気は一切無いのだが。

 

 それに何度か言ってきた事だが、俺は紛れもないクズである。自覚があるだけまだましかもしれないが、それでも俺が生物を殺す事にも躊躇しない、時と場合と相手によっては楽しんでさえいる異形である事に変わりはない。

 

 そこでガラガラと瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 

「ぐっ...ゲホッゲホッ...し、死んだかと思った...。視界が急にブレるって中々の恐怖なんだね...。初めて知ったよ。っていうか、ボクはなんでいきなり蹴られたのさ...」

 

 見れば、ロマンが漸くヨタヨタと立ち上がっていた。良かった生きてた。

 

「誰も死なせないって、お前の前で言ったのにお前が自殺するような真似するからだ。自業自得」

「そんな理不尽な...。それに、今のでボクの奥の手はゲーティアにバレた。もう通用しないだろう。...君は最後の希望をその手で消したんだ。その自覚はあるのか?」

「うるさい黙れ。仮に今のでゲーティアに勝てたとして、お前が死んでたら話にならねぇっつってんだよ。俺は強欲なんだ。落ちてくる実は全て拾う。お前が死ぬ以外の手段でゲーティアを倒すさ」

「なっ!?......はぁ。まあ、君はそういう奴だったね。それで、具体的な作戦は?」

「今から考える」

「.........Pardon(パードゥン)?」

「今から考える。神殺しの魔王(カンピオーネ)っていうのは『強者』の称号じゃない、『勝者』の称号だ。敵が何者であろうが勝ち方を見出す。それが俺達なんだよ。どうにかする」

「...まあ、いいか」

 

 諦念を抱いたロマンは渋々ゲーティアの方に向き直る。俺、人生諦めって非常に大事だと思うんだ。

 

「良かった、ロマン生きてたッ! っていうかロマン、さっき死ぬ気だったでしょ!? 私、そういうの結構分かるんだからねっ! 何度アーラシュと素材集めに行ったと思ってるの!」

「おいちょっと待てや」

 

 藤丸の日々ステラってる発言を聞き多少の悶着はあったものの、今は敵が目の前にいる為に追求は後からする事にした。だがこれは言いたい。いくら再召喚出来るからと言って、あんなに気のいい大英雄を使い捨てみたいに扱うな、と。お前は間違ってる...っ。

 

「で、マシュは? 正直アイツが居てくれた方が勝率が上がるんだが」

 

 槍を2本構えながらそう聞く。フェニックスの涙の効果は俺が実証済みだ。マシュならそろそろ回復してきそうなものだが、未だ戦線に復帰してきていない。

 

「...マシュはもうダメだよ。そういう運命なんだ」

「どうにかしろやドクター。一応はカルデアの医療トップだろ」

「君は本当に勝手だな。...まあ、手段が無いことは無い。でも今は時間が足りない。この戦いが終わってからじゃないとなんとも...」

「だったら余計早目に決着つけなきゃな。んじゃもう一つ質問だ。ゲーティアってなんなんだ(・ ・ ・ ・ ・)?」

「なんなのか、か...。簡単に言えば、ボクの死体の中で独自の思想を持った72柱の魔神の集合体。『正しい道理を、効率的に進めるシステム』として生前のボクが創り出した、意思を持つ魔術だ」

 

 自責の念に駆られているのか、少し暗い顔をして語るロマン。まあやってしまった事は仕方ない。前を向こうぜ。

 

「魔術って事は...お前の、ソロモン王の宝具の1つって事?」

「いや、宝具ではない。宝具に似てるけど、全くの別物。奴は魔術に、人に使役される存在にすぎない。だからこそ、奴は神になろうとしたんだ」

「要するに今のゲーティアは魔術そのものが意思を持ってるだけの存在だって認識でOK?」

「まあそうだね。でも、それがどうかしたのかい?」

 

 これは...勝ったか?

 

「...活路が見えた。とりあえず敵の注意を引いといてくれ。金時とヘラクレスも少しの間頼む」

「えっ? まあいいけど...」

「任せろ。あのクソ野郎に地獄を見せてやる」

「■■■■■ーーッ!!」

「わっ、私も支援を頑張りますっ!」

「おう。神代の魔術、期待してるぜ? 藤丸はマシュに付いといてやれ。マシュにとって、お前が近くにいるって事が1番の心の支えだろうよ。あ、フォウもな」

「う、うんっ...」

「フォウ!フォーウッ!」

 

 そう言い渡し、各人が動き出す。勿論、俺も。

 

「エミヤ、投影。分かるな?」

「ああ。ただ、少し時間が欲しい。あれだけの敵だ、投影する武器の質を出来るだけ上げておきたい」

「分かった。何分いる?」

「3分...いや、万全を期するなら5分と少しだな。質だけじゃなく数も必要だろう?」

「まあ一応な。じゃ、終わったら声をかけるなりしてくれ」

「了解した。では、私は一旦下がる」

 

 そう言って、エミヤは霊体化して後方の岩陰まで下がった。

 こういう時に念話が使えれば便利なんだが...やはりというか何というか、令呪を通した念話であっても俺の体はそれを無効化してしまう。こういう時はカンピオーネの特性が煩わしいな。まあそれ以上の恩恵があるし、贅沢は言っていられないのだが。

 

 しかし、何故念話はダメなのに令呪の使用は出来るのだろうか。もっと言えば俺が英霊と契約出来ている事自体、驚くべき事なのかもしれない。まあ出来てしまったのだし、今も問題無く、各英霊達とのリンクは繋がってるので気にしない方向でいこう。気にしたら負けなのだ、きっと。

 

「さて、俺も少しハメを外すか」

 

 下で魔神柱と戦っている俺の契約サーヴァント逹による宝具連続使用やエミヤの投影により、俺の魔力は絶賛垂れ流し状態だ。また1本、魔力回復薬を呷る。...予備は残り1本。ギリギリ持つかどうか、と言ったところか。

 

 ───まあ、別に魔術だけが俺の戦闘手段ではないわけで。

 

 最低限の魔力解放を使用し、黄と紫の軌道を奔らせる。

 この数ヶ月、どれだけ鍛えてきただろうか。最初の頃は吐くまでやるのが当たり前。慣れてきてからも死と隣り合わせの日々。しかも修行中に許されているのは今と同じ最低限の魔力解放のみ。もはやこの戦闘が楽とさえ思える程の濃ゆい修行内容だった。

 その結果。身体能力の方は兎も角、今の俺の近接戦闘技術は生半可なものではなくなっている。以前にも増して化け物じみてきた事に俺自身が1番引いている状態だ。

 

 

 ありがとう師匠、ありがとう俺に修行を付けてくれた英霊の皆。でも、俺はもう2度と、本当にもう2度と、あんな修行はしたくないというのが、心からの本音です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マシュについては、ゲーティアの第三宝具を防いで消滅する前に寿命的というか身体的というか、そういう理由で倒れた、という事にしています。アメリカからの帰還後に起きたアレと同じです。


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ゲーティア

すいません、投稿が遅くなりました! 純粋にネタが浮かばなかったです!(開き直り)

そして、しつこいようですが再度言っておきますね。

※この作品には作者の独自解釈、及び曲解が含まれています。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥッ...! 貴様らぁあ!!」

 

 叫びながら無数の魔力弾を連射してくるゲーティアだが、俺はその全てを避け、或いは弾いてゲーティアに接近。槍で脇腹を抉り、カウンターが来る前にバックステップで後退する。ゲーティアは傷をすぐに癒やすが、その一瞬の隙を突き、ロマンによる隠匿魔術によって気配を極限まで薄めていた金時とヘラクレスが背後に現れ、同じくロマンによる強化魔術により元から強力だった彼らの、より一層強烈な一撃がゲーティアの両肩を襲う。そして彼らもすぐに後退。バーサーカーとは思えない程の慎重な戦闘っぷりである。

 

 ヒットアンドアウェイ。それが俺達の選んだ戦法であり、確実に敵へダメージを通すやり方だ。本来ならローリスク・ハイリターンであるこの戦法がいつまでも上手くいく程世の中甘くは無いのだが、今は時間さけ稼げればそれで良い。

 だが、時間稼ぎに集中しすぎて攻撃の手を少しでも休めればゲーティアの宝具が飛んでくる事は必至だ。ロマン曰く、その宝具の威力は俺でも無事でいられるか分からないレベルらしい。俺の耐久を基準に考えるな、と言いたいが確かにバーサーカー連中よりは堅いな。まあ兎に角。ゲーティアに宝具を撃たせない為の波状攻撃。俺が小手先の攻撃を仕掛けて隙を作り、そして強化バーサーカーがダブルで殴るという作戦だ。どうしても出来てしまう攻撃の間はメディア・リリィの魔術で補っている。

 

 そういう訳で再度ゲーティアへ肉薄しようとしていると、後方から声がかかった。

 

「退けマスター! 打ち込むぞ!」

 

 それを聞き、俺は即座に突撃を中止し膝に掛かる負担を無視して全力で飛び退く。と同時、数十本にも及ぶ『偽・螺旋剣Ⅱ』がゲーティアに直撃し、大爆発を起こした。

 ...もう少し遅かったら俺も巻き込まれてたんじゃね? 危なかった...。

 

 大火力の矢型爆発螺旋剣により大量の砂塵が舞う。

 確かにエミヤの放ったほぼ全ての矢は直撃した。だが、その程度で(くたば)るならば苦労はしない。確実に生きているだろう。しかもほぼ無傷で。

 

「エミヤ、武器は?」

「投影は完了している。念には念を、ということで全部で13本投影した。足りるか?」

「十分」

 

 そう言って俺はエミヤから武器を受け取り、ギフトカードに収納する。流石に1度に13本は持てないからな。

 

「エミヤ、ロマン、あと藤丸。3人にやってもらいたい事がある。手短に言うぞ──」

 

 ボソボソと声を(ひそ)めて作戦内容を掻い摘んで話す。やってもらいたい事を全て言い終えてから数秒後、舞い上がっていた砂塵がゲーティアによって薙ぎ払われた。

 

「小癪な。 この程度の攻撃が我々に効くと思っているのか?」

「フッ。私はそこまで楽な死線は(くぐ)ってきていないさ。勿論、ここにいる全員もな。安心したまえ、ここからが本番だ。──行くぞ魔神王、魔力の貯蔵は十分か」

「エ...エミヤ先輩......それ、多分...フラ...グ...」

「マシュが目を覚ました!? でもちょっと黙ってようね!」

 

 ...何やらゴタゴタしているが、やる事はやって欲しい。あとマシュはお願いだから回復に努めて。

 

「I am the born or my sword...──『赤原猟犬(フルンディング)』!」

 

 巫山戯ているのかとも思ったエミヤだが、存外真面目にやるつもりの様だ。良かった、これ以上巫山戯るつもりだったら2、3発殴るところだった。

 

「フンッ!」

 

 5本程の赤い軌道を記しながら飛翔する赤原猟犬は、ゲーティアの眉間を撃ち抜く寸前で防がれた。が、それは予想済みだったらしいエミヤは焦る事なく伝説級の武器を続々と投影して投げつける。

 

 にしても容赦なく魔力を持っていくなぁ。

 エミヤや下で魔神柱と戦ってる面子も然る事ながら、カルデアにいる道満への魔力供給が存外に多い。まあ、あっちに残っててまともに戦える英霊は道満とダ・ヴィンチちゃんくらいだからな。あとはイリヤやクロエといった子供組の一部も残ってはいるが、それでも魔神柱8体はキツイのだろう。ロマンがここにいるって事はダ・ヴィンチちゃんは管制室から離れられないだろうし。

 まあ魔力回復薬はもう1本あるので大丈夫だろう、そんな事を考えながらラスト1本を呷る。

 

 エミヤが刀剣を投擲している間、ロマンは自身の背後に無数の魔法陣を展開させる。その数はゆうに百を超え、その属性、及び体系もそれぞれ異なるものばかりだ。さすが魔術の祖と言われているだけはある。こと魔術に関して、俺程度では足元にも及ばない。

 

 だが、相手はソロモン王の作り上げた魔術式。当然の如く、ロマンが使用する魔術はほぼ全てゲーティアも扱えるらしい。威力も全く同じというのは若干驚きもしたが、それでも想定外という訳では無い。それにエミヤやメディア・リリィも同時に攻撃しているので、純粋に手数で勝っているのだ。

 段々と全ての攻撃を処理しきれなくなってきたゲーティアは、自身にダメージを与える可能性のある攻撃だけを防ぐようになる。結果、ゲーティアの周りには狙いの逸れた(・ ・ ・)様に(・ ・)見える(・ ・ ・)刀剣や魔術が着弾し、少しずつ砂塵を巻き上げていた。

 

 

 ......そろそろか。

 

 

「...随分と大人しいな、坂元凌太。貴様なら真っ先に仕掛けてきそうなものだったが」

 

 攻撃を防ぎながら、ゲーティアは意外そうに呟く。無理もない。敵どころか味方(ロマン)にさえも不意打ちを喰らわせる俺が、今は大人しくしているのだ。そう思わない方がおかしいだろう。まあさっき会った奴に俺の何が分かるのか、という話ではあるのだが。

 それに、別に俺は大人しくしてはいない。奴もじき理解するだろう。俺の勝利への貪欲さ、有り体に言って卑怯さを。勝てば良いのだ。

 

 

 ──もう十分だろう。時は来た。

 

「ガンドッ!」

 

 突如放たれるガンド。動作主は勿論藤丸である。俺、麻痺(スタン)付与ガンドは打てないからね、仕方ないね。まあ突貫系ガンドなら打てるが。

 

「くっ、小癪な...ッ」

 

 ガンドは見事ゲーティアに命中し、身動きを取れなくする。さすが、神をも止めるカルデア技術開発部の魔術礼装。神性溢れるコアトルですら止めたガンドは、ゲーティアも例外無く麻痺(スタン)させる。

 数秒もすれば解除されるかもしれないが、その数秒があれば十分だ。

 

 先程藤丸達に言い渡した作戦...と呼べる程高尚なものではないが、兎に角彼女らに伝えた内容はこうである。

 

『倒すのでは無く目隠しを目的として、威力より数を重視した攻撃をし続けろ。砂埃で視界が悪くなってきたらガンドでゲーティアの動きを一瞬でいいから止めろ。後は俺が殺る』

 

 実にシンプル。シンプル・イズ・ベストとは正にこの事だ。...違うか。まあいい。

 兎に角、ここからは俺の仕事だ。準備は全て皆が整えてくれた。後は俺が決めるだけである。

 

 ゲーティアとは、自立し、自らの意思を持った魔術式である。この事実は他でもない、ロマンとゲーティア本人から確認したものだ。間違いは無い。というか間違いがあったら困る。

 72柱の魔神の集合体にして、“人間の不完全性”を克服しようとしている呪い。その根源は、生前のソロモンが彼の魔術で生み出した従属型魔術生命体に他ならない。であれば──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── 別に、その一切を原初に還しても良いのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』!!!」

「「「「なっ!?」」」」

 

 気配遮断をフル活用し、砂塵に紛れてゲーティアの背後に接近。からの一撃必殺である。ゲーティアは目を剥き、味方布陣からも驚嘆の声が上がる。

 

「貴様ッ、何故そこにいる!?」

 

 ゲーティアが叫ぶ。その疑問も最もだろう。何故なら、俺の姿は未だ尚ロマンの隣にあるのだから。

 ...まあネタバラしをするのなら、俺の魔力残滓をロマンが固定化、俺と殆ど同じ気配を纏った像を造り出していたのである。ロマンマジ優秀。その間に俺はロマンとエミヤ以外にバレない様に気配遮断を使って身を隠し隙を伺う。敵を騙すならばまず味方からとも言うし、そういう駆け引き的なものに慣れていない藤丸の目線でバレない様、彼女には黙っていたのだ。

『破戒すべき全ての符』に至ってはロマンにも伝えていなかったので、多少の驚きもあるだろう。自分の自殺覚悟の一撃と同格の無力化だからな、是非もないよね。

 

「ぐっ...ッ! 舐めるなぁ!!」

 

 だが、いくら俺の気配遮断のランクが最近上がったとは言え、攻撃する瞬間は感知されてしまう。その一瞬は常人なら気付かぬ間、達人の域に居る者でなんとか反応出来るレベルだが、ゲーティアはその達人の域に居たらしい。一瞬で幾重にも魔術防壁を構築し、『破戒すべき全ての符』の刃を防いだのだ。

 (いびつ)な形状をしたルルブレの穂先がゲーティアの展開した魔術防壁と衝突し、数枚の防壁を無効化する。

 完全に初撃が防がれた。それには多少驚いたが...備えあれば憂い無し。エミヤの仕事に感謝しなければ。

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)!!」

 

 すぐに2本目を取り出し、残りの防壁を最初の1本で破壊しながらゲーティア本体を2本目で狙い撃つ。ルルブレ二刀流とは、魔術師にとって悪夢以外の何物でもないのではなかろうか。斯く言う俺も権能が防がれるので戦力は格段に下がる。宝具はルルブレの効果範囲外らしいが、ゲーティアは宝具ではなく、今は少し異質なだけの魔術式である。要するにルルブレは天敵なのだ。

 

「莫迦な......莫迦な莫迦な莫迦な莫迦な莫迦なァッッ!!!」

 

 迫り来る『破戒すべき全ての符』を、ゲーティアは為す術もなく見つめ、叫ぶだけである。だが、俺の手元は狂わない。全力で、その曲がった刀身をゲーティアの心臓部へと奥深く抉り突く。慈悲など掛けぬよ。

 

「ガブッ......。...巫山戯るな...巫山戯るなよ...ッ......この、この程度で...我々3000年の悲願を...終わりの無い、滅びの無い理想の星を...ッ! こんな所でぇええ!!!」

「残念無念ってか。だが死ね」

「ガッ...!」

 

 念には念を。こういうものは念を入れ過ぎても困る事はない。

 という訳で更にもう1本、『破戒すべき全ての符』を胸部に突き刺す。それでは終わらない。合計で13本もあるのだから、この程度で終わらせる訳が無い。オーバーキル? それがどうした。殺して(ころ)して(ころ)し尽くす。それが俺の取る戦法だ。一回殺した程度じゃ生き返ってくる可能性があるからな。是非も無い。

 

「......うわぁ...」

 

 藤丸の口から漏れる同情の様な息が聞こえる。悲しい哉、もう既に聞き慣れてしまった。...でもこれだけは言っとくけど、俺の現性格形成の元凶の1つは貴女が契約している某女王様ですからね?

 

「......まだだ...」

「あん?」

 

 刺されながらゲーティアが呟く。

 というかタフすぎるだろ、こいつ。現在進行形で体が分解されてる筈なんだが...。

 

「まだだ、まだ終わっていない! 最後のその瞬間まで宝具を回せば良い、貴様らを始末してから再度この体を構築すれば良いだけだ! 死ね人間、死ねソロモン! 我々は魔神王ゲーティア、新世界の神である!」

 

 こいつ一体どこのキラだろう。などと一瞬思ったが、口にしたら場の雰囲気が崩れそうなので黙ってルールブレイカーを突き刺す。俺だって空気くらい読む時は読むのだ。まあ読んだ上でぶち壊すことも多々あるのだが。

 

「ッ! 凌太君、今すぐ離れるんだ! 宝具が来るぞ!」

「マジでか! でもそっち行って俺、というか俺達助かるのか!?」

「あっ」

「さてはテメェ何も考えてねぇな!?」

 

 だがまあ、ロマンの言う事も確かだ。対人理宝具なんてものを食らって生きていられる自信はあまり無い。それに、仮に俺が無事でも他が死ぬだろう。

 まだルルブレが数本手元に残っているが、宝具相手では分が悪い。さっさと下がろう。...下がったところでどうするか、という問題は残るのだが。エミヤの『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』&俺とロマンの防御魔法陣でゲーティアの宝具の威力を削ぎ、防御力向上バフで俺以外の防御力をアシストしつつメディア・リリィが俺以外を回復......あっ、これ俺だけ死ぬヤツ。

 ...ま、まあ大丈夫だろ、俺だし(意味不明)

 あとは俺の全力『振り翳せり天雷の咆哮(ネメジス・アルピルク)』を撃って相殺...出来たらいいなぁ。

 

「...私が防ぎます」

「マシュ!!」

 

 若干の焦りを抱いていた俺の耳に届いたのは、盾を杖替わりにして立ち上がったマシュと焦った藤丸の声。声こそ出していないものの、ロマンも驚いているようだった。まあさっき運命がどうちゃらとか言ってたしなぁ。

 

「...まあ、マシュに防げなかったらここにいる誰も防げないだろうしな。任せた。俺達でバックアップする。ロマン、それでいいよな?」

「え?あ、ああ、うん。問題無い...ことは無い、かな。確かにマシュの宝具の特性上、心が折れない限りその守りは崩れない。けどそれは『盾』だけであって、マシュ本人が耐えきれるかどうかは別問題。今のマシュなら尚更だよ」

「それは...」

 

 ふむ、実際どうなんだろうか。俺はゲーティアの宝具の威力を知らない。『約束された勝利の剣』の数百倍の威力、だったか。うん、正攻法じゃまず無理だわ。

 

「フン、無駄話は済んだか? であれば死ぬがいい、カルデアマスター、英霊、坂元凌太、そして愚王ソロモン! 第三宝具展開、誕生の時来たれり、其は全てを修めるもの。──塵と消えろ、『アルス・アルマデル・サロモニス』ッ!!」

 

 こっちでごたついている間に、ゲーティアが宝具を発動させた。初めて見る、人類史全てを収縮したという大魔力の砲撃。

 

 うーん...アレ、防げる? まあやるしかないんだけど。

 

「下がってください、皆さん。宝具、展開します!──『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!! ハァアァァアアァァァ!!!!」

 

 爺さんとの戦いで見せた『振り翳せり天雷の咆哮』の十数倍はあろうかという程の魔力砲と、マシュの展開した白亜の城がせめぎ合う。今の所拮抗しているようだが...やはりロマンの言う通り、マシュの体が持ちそうにない。マシュの肌が、所々耐えきれずに裂けてきているのが見て取れた。

 

「ロマンとメディア・リリィは全力でマシュに防御バフかけろ! エミヤはアイアスでマシュにかかる衝撃緩和! 藤丸は全令呪使ってマシュに魔力を回せ!」

 

 言って、俺もマシュを覆うように耐衝撃用障壁を張りつつ魔力を渡す。マシュのスキル『魔力防御』は、彼女が保有している魔力に比例して防御力を高めるスキルだ。令呪三画分の魔力と俺の魔力が合わさればそれなりの量になるはずである。

 出来うる限りの抵抗は見せなければ。こんな所で死ぬとか本当に冗談じゃない。

 

「大将! 俺達はどうする!?」

「金時とヘラクレスは...えっと...マシュが飛ばされないように支えるとかしてて!」

「おう!」

「■■■!!」

 

 防衛に関しては、正直に言って邪魔でしかないバーサーカー連中も役に立とうと奮闘している。

 だが、それでも足りない。人類史全てを束ねた熱量は着々とマシュの体を襲い、壊す。彼女の意地なのかどうかは知らないが、宝具の余波は俺達まで届かない。『自陣防御』の効果はマシュ自身には反映されないのだと、いつか藤丸が言っていた。

 

「くっ...やはりダメか...!」

「諦めないでロマン! まだ...まだ何か人類を...いや、マシュを守る方法は無いの!?」

 

 勝手に諦めムードに入ったロマンと、彼に懇願する藤丸を横目で見ながらマシュへと注ぐ魔力を更に練る。

 

 一応はゲーティアの分解は現在進行形で進んでいるようで、下の英霊達の宝具使用が止まった。恐らく魔神柱らが消滅、或いは再起不能となっているのだろう。今までそちらに回していた分の魔力もマシュへと送るが......まだ足りないのか。

 

 ......クソッ。こうなったら、未完成だし、9割以上の確率で暴走して俺の五体が爆散するかもしれないが、一か八か例の恩恵を──

 

「『Half Dimension(ハーフ・ディメンション)』! なんッ!? コフッ!」

「フェ!? な、なんだぁ!?」

 

 集中しており、ゲーティアの攻撃を防ぎきること以外の思考を一切放棄していた俺の耳に、新たな声が聞こえてきた。そして何故か吐血する音も聞こえた。何だ何だ、沖田さん大勝利案件か? 思わず変な声が出たじゃないか、恥ずかしい。

 

『しっかりしろヴァーリ!』

「くっ...、たった1度の半減で俺のキャパシティを超えるか...。強い力を感じでここまで来たが、まさか翼からの排出すら間に合わないとはな......ハハッ、なんて破壊力だ...!」

 

 振り返るとそこには血反吐を吐きながらもゲーティアの宝具威力に心を踊らせて口角を上げている馬鹿(ヴァーリ)の姿があった。戦闘狂怖いよぅ...。ってか何でいるんだコイツ。まあ結果的に助かったんだが......他のメンバーはどうした。まあ今はいっか。いてもいなくてもあんまり変わらない気もする。あっ、でもイッセーの魔力超倍加からの譲渡とかは欲しいなぁ。

 

 それにしても、ヴァーリは倒れたがその代償にゲーティアの宝具威力を文字通り半減した。この功績は大きい。これなら今の超強化済マシュなら難無く防げる。問題は宝具を連発された場合だが...もう2度と撃たせねぇ。

 

「はぁっ!ハア...ハァ...ハァ...」

 

 宝具を全て防ぎきったマシュは、盾を地面に突き刺してそれを支えにかろうじて立つ。無事...とは言えないが、全員生きてはいる。

 

「ふん、防いだか。だが無駄だ。 光帯は尽きぬ。手負いの貴様らに何度防げるか...見物だな。第三宝具展開!」

「うっさい。黙ってくたばれ、死に損ないの魔術風情が!」

 

 宝具再補填までにかかる僅かなクールタイム。そこを狙って全力で地面を蹴りゲーティアに接近する。

『破戒すべき全ての符』はもういいだろう。外見は繕っているようだが、ゲーティアの内面は既に9割方崩壊している。これ以上しても効果はあまり望めない。ならば正面から捻り潰す方が早いというものだ。早急に無慈悲にぶっ潰す。

 

 俺はギフトカードから2振りの剣を取り出す。片方はダインスレイブ、もう片方はディルヴィング。両方ともジークフリート(子孫)を倒した際に戦利品として頂戴したものだ。戦闘後、ジークフリートが所持していた剣が全て、何故か俺を主と認めたのだから仕方がない。貰えるものは貰うぞ。何気に強いしな。単なる攻撃力だけを見るのなら、相手が神、ないし神性持ちじゃない場合は『天屠る光芒の槍』よりこっちの魔剣の方が高かったりする。伊達に伝説の魔剣とは呼ばれていない。まけんつおい。

 

 え? スカサハ師匠との修行ばかりで、剣の扱いは出来ないんじゃないかって? ......あの修行オバケが槍の扱いしか指導しないとでも? 魔境の智慧は剣術にも通じていたのですよ。勿論弓術も、馬術も、魔術ですらも教え込まれた。...いや、教え込まれたというより出来なきゃ死んでたから止む無く習得した、といった方が適切かな。まあ1番得意な武器は? と聞かれれば槍と答えるのだが。

 

 兎に角。大抵の戦闘技術は身に付いている。なんなら裁定者(ルーラー)などのエクストラクラス以外のクラス適性を持っている(持たされた)まである俺である。伝説の魔剣だろうが何だろうが使いこなして見せるさ。

 

「ダインスレイブ」

「これは...氷か!!」

 

 名を囁きながら左手でダインスレイブを振り上げる。

 すると、ゲーティアの足元から数十本の氷柱がゲーティアを狙うように生えてきた。これがダインスレイブの能力だ。まけんつおい。

 

「効かぬわ!!」

 

 ゲーティアは腕を振るい襲いかかる氷を薙ぎ払う。が、別に氷のみで倒せるなどとは微塵も思ってはいない。

 目的は氷柱で動きを多少制限し、続く大振りの準備を整えることだ。

 

「ディルヴィング!」

「ゴッ...!」

 

 残っていた魔力を付け焼刃程度だが筋力増強に回し、全力でゲーティアへと振り下ろす。

 ディルヴィングの能力はその破壊力の高さだ。人は選ぶが、その選んだ人物が一般人であれ、一撃でコンクリにクレーターを作れる程の破壊力を持っている。要するにまけんつおい。

 

 このまま頭蓋を潰すか。さすがに頭が潰れれば死ぬだろう。死ななかったら...その時考えるか。

 ゲーティアの体は着実に崩壊しつつある。段々と崩壊してきているこの神殿と比例していると考えて良さそうだ。...というか、もう玉座付近以外はほぼ崩れてきているな。モタモタしてたら俺達まで帰れなくなりそうだ。急ごう。

 

「フンッ!」

 

 剣を持つ両腕に力を入れて、上段の姿勢からゲーティア目掛けて振り下ろす。ディルヴィングは綺麗な軌道を描いてゲーティアの眉間にクリーンヒット。声も上げられずにゲーティアの体が1度跳ねる。

 そして再度剣を振り上げ、全力で降ろす。それを5,6回繰り返した辺りでゲーティアは釘の様に首から上だけを残して地面に埋まってしまっていた。唯一見て取れる顔面もギリギリ輪郭を残してはいるが、原形は留めていない。...ちょっとやり過ぎた感が無くもないな。ラスボスの扱いじゃねぇぞコレ。

 

「......ははっ。やるな、人間。...いや、坂元凌太。見事だった」

「なに爽やかに負けました感出してんのお前? 首だけ出してる状態でその台詞言ってもシュールなだけだぞ」

「フッ。確かにな」

 

 ...何だろうコイツ。いきなり親しみやすそうな声と表情を浮かべだしたんだが。いや、顔は俺が輪郭変えちゃったからそう見えるだけかもしれないけど。

 

「そうだな。本来はマシュ・キリエライトに聞く予定だったのだが...貴様に聞くことにしよう。坂元凌太よ、お前は今の世界をどう思う? 生まれながらに死を確定されている、この世界のシステムを」

「知ったこっちゃないな。俺は死ぬのは嫌だし、仲間だって死なせたくないが...無限の生が必ず幸せだ、とも言えないと思う。というかだな。20年も生きていないガキにそんな事聞くなや。分かるわけねぇだろ」

「...確かに、そうかもしれないな。だが、お前は生きる事に必死なのだろう。それが分かっただけでも収穫なのかも知れん。私も、少しだけ『生きる』という事に興味が湧いてきたよ」

 

 ......正直に言っていい? 何言ってんだコイツ。さっきまで「人類とかまじいっぺん死んで来い。私が新たな神だ!」みたいなこと言ってた奴の台詞じゃねぇよ。

 

「貴様のいる世界...我々でも見通す事が出来なかった世界...確か、お前は『箱庭』と呼んでいたか。そこに行けば、私も生きられるのかもしれないな」

「おいやめろフラグを建てるな! そういうの全部爺さんが回収する恐れがあるんだぞ!」

「ほう? それはいい事を聞いた。私も生きてみたくなったんだ。そう、『無限』でなく『有限』の生を謳歌する為にな」

 

 既に消えかかっていたゲーティアは、最後に少しだけ笑って光の粒子となった。...なんかしんみりした空気を作っていったけど本当にやめて欲しい。爺さんは今ギフトゲーム中らしいので多分聞いてはいないだろうが、それでも少しでもゲーティア復活とかいう可能性を残しては欲しくなかった。だってもう1度戦うとか面倒だもの。ルルブレ対策とか絶対してくるだろ。

 

「凌太くーん! 早くしないと戻れなくなっちゃうから! っていうかもう若干手遅れ感ある!」

 

 背後で藤丸がそう叫ぶ。この神殿からのレイシフトは何かしらの理由があって1箇所からしか出来ないとかで、最初ここに来た場所まで戻らなくてはならない。その為に藤丸達は俺がゲーティアを埋めたと同時に帰る準備をしていたのだが...。

 というか手遅れ感ってなんだ? ちょっと言ってる意味が分からないですね。

 

「走ればまだ間に合う...だ...ろ......うーん、手遅れ感ハンパねぇ」

「でしょ? 割と本気でピンチだよね。一周回って落ち着いちゃってるんだけどさ」

「お前のメンタル強過ぎるだろ」

 

 呑気にそんな事を話だながら、俺達が帰るべき方向を眺める。......うん、もう道すら無いよね。瓦礫だけは所々浮遊しているが、あれを経由しても戻れるかどうかは分からない。というかこっちにはマシュとヴァーリという怪我人2人に身体能力は一般人の藤丸がいる。結構手詰まりだなぁ...。せめてあと1人、俺以外に空を飛べる奴が居れば全員運んでいけるかもしれないのだが...。

 

「...よし。いっちょ賭けに出よう。まず俺が藤丸をレイシフト出来る位置まで投げる。次にマシュ、ヴァーリ。最終的には全員俺が投げるんだ。上手くいく確証は無いけど」

「却下」

「ですよねー。ヴァーリ、グレモリー眷属で誰かこっちに来ねぇの? 悪魔なら飛べるだろ?」

「いや、魔神柱が倒れた時点でレオナルド・ダ・ヴィンチから帰還命令が下っていてな。俺は無視して来たが、他の連中は素直に帰っているだろう」

「まじかー...。因みにヴァーリ、お前今飛べる?」

「......正直に言って無理だな。体の中がぐちゃぐちゃになっていて、立っているのが精一杯だ。ははっ、世界は広いな。あんな強者がいるのなら、グレートレッドを倒し、白龍神皇の座に着いてから『箱庭』とやらに行くのも良いかもしれない。心が踊る...!」

「血を吐きながら言うな。普通に怖いから」

 

 しかし困った。ヴァーリが飛べないとなると、俺が全員分運ばないといけないのだろうか?『トニトルス』に乗せられるのは2人なんだが...無理すればいけるか?

 

「あのっ、私は自分で飛べますので」

 

 俺が思案していると、横からメディア・リリィのそんな申し出があった。なんとありがたい。でもこの子軽いし、正直そんなに変わらないかな...。

 

「僕もだ。一応、神代の魔術師として名を残している身だしね。でも今は魔力がちょっと足りない。1人なら運べるけれど...メディア・リリィは?」

「すみません...私は自分1人しか...」

「いや、気にすんな。自分で飛べるだけありがたい」

 

 メディア・リリィに続きロマンも口を開いた。3人減るならいけるか? ギリギリな事に変わりはないけど...無茶すればなんとかってところか。

 

「よっし...じゃあロマン達は先に行っておいてくれ。俺は速度があんまり出せないだろうからな」

「はいっ!」

「分かった。じゃあ立香ちゃん...それからフォウもおいで」

「えっ、ちょっと待って。なんで藤丸」

 

 言い切る前に、ロマンは藤丸を抱き抱えて飛翔していく。...野郎、比較的軽い奴連れていきやがって...ッ! ヘラクレスとか金時とか連れて行けよな!

 

「...仕方ない。ホラ乗った乗った。狭いのは我慢しろよ。あ、金時はヴァーリを、ヘラクレスはマシュを持っててくれ。2人とも怪我してるし、何より場所が無いからな。誰かの上に乗せるしかない。エミヤは...俺が持つか」

 

『トニトルス』を展開しながら全員にそう伝える。

 俺含め6人が乗ったトニトルスは心無しか悲鳴を上げている様にも感じた。...頑張れ。俺も頑張るから。

 

「乗ったな? んじゃ行くか。...ねぇ飛ばないんだけど」

「確実に重量オーバーだな。だが、このISの構造上、注ぎ込む魔力量次第では飛べるはずだ。頑張れマスター」

「てんめ...他人事みたいに...っ。フンヌッ!!」

 

 カラに近かった魔力を無理やり捻り出し、トニトルスに注ぎ込む。すると、どうにかこうにか浮く事は出来た。浮ければこちらのものである。ゆっくりではあるが、俺は平行移動を開始した。本当にゆっくりながらも、着実に前へと進む。この調子ならなんとかなりそうだ。良かった。さあ、気を抜かずに最後まで行こうか。

 

 

 

 

 ......あっ、今体内とISの両方から、何かが切れる様な聞こえちゃいけない音がしたんだがっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応、今の主人公のステータスです。()内は封印無しのものになります。


【坂元 凌太】
性別:男

年齢:15

ステータス:筋力 D(B+)/敏捷 B(A++)/耐久 C(A)/魔力 B(A+++)/幸運 B

スキル:直感 B+/魔力放出 A/対魔力 EX/気配遮断 A/騎乗 B/気配察知 C/カリスマ C+/頑健 EX/原初のルーン E/戦闘続行 B



とまあ、fate仕様で記述するとこんな感じですね。うーん、チート臭くなってきたぞぅ(今更感)


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カオスのるつぼ()

Twitter「禁書3期キタコレ!」
私「えぇ〜? ホントでござるかぁ〜?(疑心暗鬼)」
公式「ホントでござるよぉ〜」

禁書編、考えておこうかな...


 

 

 

 

 

 

 

「無理だな、お手上げだ。私では直せん」

 

 カルデア内部のとある工房にて、我らがオカンが匙を投げた。なんでさ。

 

 

 俺達はつい昨日、崩れ去る終局特異点から命からがら(比喩なし)帰還した。昨日1日は俺は疲れやら魔力不足やらで完全にぶっ倒れており、他の連中は珍しく吹雪が止んだカルデアの外で仲良く雪遊びをしていたそうだ。仲間ハズレいくない。言われれば無理してでも起きてたのに。

 

 まあそれは兎も角。

 特異点から帰還する際、ISから聞こえた何かが切れる音の正体を確かめる為に、エミヤに点検してもらったのだが、返ってきた返事がこれである。というか壊れてたんかい。

 

「ダ・ヴィンチ女史はどうだ? どうにか出来そうかね」

「んー...ちょっと私もお手上げかなー。というかこれ、直すんじゃなくて新しくした方が早いんじゃないかい? この...コアっていうの? これは無事だけど、それ以外殆どの回線が切れてる。コアと回線を繋げようにも、このコアの解析が出来ないんだよね〜。本当になんなのさこれ。地球上にある物質なのかい?」

「さあな。そこは束に聞いてくれ。私もよく分からないのでね」

 

 ...要するに手詰まりらしい。おいどうしてくれんだ空飛べねぇじゃねえか。というか殆どの回線が切れてて良く飛べたな。奇跡だろ。ありがとうトニトルス、君の頑張りは俺達を救った...。

 

「あっ、ここに居たのねマスター! ちょっと匿って!」

 

 感謝と同時に本気でどうしようか考えていると、工房の扉が勢い良く蹴破られ、我らがロリであるペストが駆け込んできた。そして俺に了承を求め、俺が了承する前に俺の背後にあったトニトルス(残骸)の陰に隠れる。

 するとそれとほぼ同時。蹴破られた扉が再度意味も無く蹴破られた。なんなの、その扉に怨みでもあるの?

 

「「病原体(ペストちゃん)はここですか!!」」

「いいえ違います」

 

 飛び込んで来たのはお馴染み、婦長とラッテンである。この2人、理由は違えどペストを捕らえる事に躍起になっているのだ。

 婦長は純粋にペストを滅殺する為。「純粋」に殺そうとしているので本当に怖い。というかペストの事を病原体呼ばわりするのはやめて欲しい。

 そしてラッテンはその婦長からペストを匿う為。ならペストはラッテンに匿って貰えば良いじゃないかと思うかもしれないがそうは問屋が卸さない。ラッテンがペストを捕らえたが最後。保護という名の軟禁が待っているだろう。しかも2人っきりで。R18展開にならないという確証もない。そりゃあペストも俺の所に逃げ込んでくるというものだ。

 

 俺は学んだのである。別に他人の趣味をどうこう言うつもりは無いが、自分が標的にされるのは御免こうむると。ラッテンとペスト、どちらの味方をするかと聞かれれば俺はペストを選ぶ。ペストはノーマルなのだ。婦長? 渡す訳が無いだろう。

 

「ふむ...ここに駆け込んだと思ったのですが...。貴方達も気を付けて下さい。黒死病は凶悪です。腺ペスト、敗血症、肺ペスト。どれが発症しても数日で死に至ります。くれぐれも、発見したら近寄らず私に報告するよに。では」

「むーっ! だからペストちゃんはそんな誰彼構わず発症させる子じゃないんですぅ! 危ない子認定は改めて貰いたい!」

「何度言ったら分かるのですか! 菌・即・斬! 死んでからでは遅いのですよ!」

 

 ギャーギャーと言い合いながら再度ペスト散策を続ける2人。暫くして声が聞こえなくなってから、ビクビクしたペストが出てきた。

 

「ラッテンは結構真面目な事言ってたじゃん。案外本当にお前の安全確保が目的なんじゃねぇの?」

「だっ、騙されないで...! 私も最初はアイツを信じて匿って貰おうとしたら『喉が乾いたでしょう? はい、これお茶です』っていいながら惚れ薬飲ませようのしてきたのよ...? 誰が信用するかっての」

「ラッテンェ......」

 

 思っていた以上にラッテンはやらかしていたらしい。軽く犯罪だろ。

 

「それでマスター。ISの方はどうするつもりだ?」

「んー...。やっぱ飛行手段は欲しいしなぁ...。これを機に飛行魔術を覚えるのも手っちゃ手だが...ISの方がカッコイイしなぁ...」

 

 他人が聞いたらどうでもいいと言われそうではあるけれど、俺に取っては大事な事なんです。

 

「...やっぱ製作者に見てもらうのが1番手っ取り早いよな。よし、とりあえず一旦IS学園に行くか。あれ、学生証ってまだあったっけ?」

「っ!? どこか行くの!? なら私も連れてって! あの2人がいない場所に連れてって! 出来れば今すぐ!」

「あー......すまん。あと1日...あ、いや、半日ちょい待って。まだ疲れが取れきってないから」

「じゃ、じゃあとりあえずマスターのギフトカードに避難させて!」

「お、おう...。なんというか、必死だなぁお前。いや、気持ちは分かるんだけど」

 

 そう言って慌てて俺のギフトカードに避難するペスト。どんだけビビってんだよ...。あっ、ギフトカードに学生証入ってた。これギフト認定されてるんかい。最早ただの四次元ポケットになりつつあるな...。

 

「ねぇねぇ凌太君。私も行ってみたいなって」

 

 俺が学生証の確認をしていると、横からちょっと上目遣いのダ・ヴィンチちゃんが何やら懇願してきていた。うーん...美人なんだが中身おっさんなんだよなぁ...。

 

「えっ? いや...ダ・ヴィンチちゃんはダメでしょ」

「なんでさっ!?」

「そりゃあキミには仕事があるからだよ。遊んでる暇は無いよねぇ、レオナルド?」

「げっ、ロマニ......」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの背後に薄らと笑みを浮かべながら立っている男。そう、たった今テレポートしてきたDr.ロマンである。テレポートとか何それ凄い。

 

「いや聞いてくれロマニ。これは別に遊びとかじゃなくて私にも解析出来ないこの『コア』を作った奴に会いたくて、ちょっと話とかしたいなーって思ったりしちゃったりしてだね?」

「何言ってんのキミ? 今の状況分かってる? ねぇ分かってる? 魔神柱に破壊された施設の修復、マスター候補計47名の無許可コールドスリープ、マシュの問題。その他にも色々と問題がある......しかもその最高責任者がボクなんだぞ!? サーヴァントに戻った! このボクが責任者! 本当、近いうちに視察に来る時計塔の使者になんて言えばいいのさっ!?」

「はっはっは! ロマニは馬鹿だなぁ。だから全職員で必死にグランドオーダーのログを書き換えてるんじゃないか」

「馬鹿はどっちだ! キミがいなけりゃ終わるものも終わらないんだぞ! ほら仕事だ仕事! 立香ちゃんが封印指定されてもいいのかキミは!?」

「くっそぅ...IS製作者とか会ってみたかったなぁ。いやまあ、私が本気を出せば似たようなモノは作れるし、なんなら量産型ザ〇なら今すぐにでも作れるんだけどね!」

「くっ...! ちょっと見てみたいけど今は改変作業が先だ!」

「ちぇー」

 

 ロマンに先導され、少々不貞腐れながらも工房を後にするダ・ヴィンチちゃん。量産型ザ〇は俺もちょっと見てみたい...というか乗ってみたい...。赤くて3倍速いやつとかも作れるのかな?

 

「エミヤはどうする? 学園には一応辞表出してきたんだっけ?」

 

 ロマン達が退室した後、蹴破られた扉を溶接していたエミヤにそう声をかける。ってか簡単に溶接してるけどそれって難しいんじゃねぇの? ただの扉じゃなくて自動ドアだし。 前から思ってたんだけど、オカンスペック高すぎない?

 

「ああ。教員など私のガラでも無いしな。悪いが今回、私はパスだ。理由としては『今回はお前の番じゃない。大人しく飯を作っていろ』というお告げが聞こえた気がしてね。簪が心配ではあるが...まあそこはマスターに任せるとしよう」

「その天啓、もしかして爺さんからじゃないだろうな...?」

「否定し切れないのがあの老神の怖いところだな」

「否定してくれよぉ...」

 

 なんか爺さんの掌の上で踊らされてる感が半端じゃないが、ここで俺が流れに逆らう事すらもあの駄神は予想していそうなので特に考えない事にした。まあ本当に踊らされているとしても、それが俺にとって良い方向に事が転ぶなら別に構わないしな。ただ少々腹は立つが。

 

「じゃあ誰か暇そうな奴がいたらそいつ連れて......」

 

 と、そこまでいいかけたところで、俺はとある気配を感知した。

 なんか結構高めの神性がこっちに向かってきてるんだが。というかなんだこの神性? イシュタル? 似てるけどどこか少し違う様な気が...あっ。

 

「──フ、フフ、フフフ......見ぃつけたぁ!! なのだわ!」

「oh...」

 

 折角エミヤが直した扉は10分と持たずに破壊されてしまった。南無。

 慈悲もなく扉を蹴破って入室してきたのは何を隠そう、冥界の女主人様である。そういや藤丸が余ってる石を全部使うとか言ってたな...。なんで最終決戦が終わった後に来たんだこの女神は。召喚する方もする方だが応える方も応える方である。

 というかなんでこいつ怒ってんの? ちょっと身に覚えがありませんね。

 

「そこ! 坂元凌太! よくも私を騙したわね!」

「は? 騙したとは一体。俺が何をしたと?」

「こんの...しらばっくれないで欲しいのだわ! 貴方が地上に出してくれるって言ったから私楽しみにしてたのに、気付けば最終決戦まで終わってましたぁ!? ふざけないでくれるかしら! 怒髪天を衝くとはこのことなのだわ!」

「.........そんな事もあったね」

「完全に忘れてた!? ...フフ、いいのだわいいのだわ...どうせ私なんてその程度の存在なのよ...陰キャラならぬ陰神なのだわ...フフフフフフ」

 

 怒ったり凹んだり、なんとも感情の起伏が激しい神だ。...いや、主に俺が原因なんだけど。エレシュキガルには悪いが結構本気で忘れてた。言い訳させてもらうと、気にかけてるような余裕が無かった。だがまあ、悪い事をしたとは思ってるよ。忘れてたけど。

 

「これはひどい...」

「ん? ニトリ?」

「だから誰がお値段以上だと...まあ良いです。今の私にその事について怒る気力はありませんし」

「...なんかごめん」

 

 日頃オジマンディアスやギルガメッシュのスレスレのやり取りに神経をすり減らしているニトクリスは今日も今日とて神経をすり減らしているのだろう。本当、お疲れ様です。あの2人が激突したら折角平和になったカルデアが吹き飛ぶからな。俺とアーラシュ、あとエルキドゥの3人がかりでも鎮められるかどうか...。まあどっちにしろ絶対に無事では済まない事だけは目に見えている。

 

「それで、俺になんか用事?」

「部屋の隅で膝を抱えているあの神を連れてきたのです。坂元凌太の所へ案内をしてくれと言われたので、同じ冥界の神として手助けを、と。...まさかこうなるとは思ってもみませんでしたが」

「ああー...。まあ気にすんな。オカンが何とかしてくれるって」

「そこで私に丸投げか...まあ構わないが...。そこのキミ、マカロンでも食べるか?」

「何故ナチュラルにマカロンを取り出しているのですかあの弓兵は...ハロウィンでもないでしょうに」

 

 マカロンに若干の興味を示して一旦泣き止んだエレシュキガルは今は放っておこう。後で謝っとけば大丈夫だろ。今話しかけて変に腹を立てられたらかなわないしな。

 

「ああ、そう言えば凌太。貴方にオジマンディアス様達から伝言を預かっていますよ」

「伝言?」

「ええ。まあ直接聞いた訳ではなく、文が玉座に置いてあったのですが。...コホン。『無事人理が救われた祝いとして、我々愉悦部は南国の島にレイシフトしてキャンプなどに興じる事にした。本来部員は強制参加だが、余は偉大な王である。よって傷付いた貴様は、来れれば来る、というスタイルで構わん。参加したくなれば来るが良い。行先はロマニ・アーキマンに伝えてある。余の偉大さに平伏し、感謝するが良い!フハハハハ!』...だそうです」

「うーん...どうでもいいがニトリのモノマネが無駄に上手い」

「無駄とはなんですか、無駄とは!......えっ、そんなに上手いのですか? 偉大なるファラオ・オジマンディアスの真似が上手い...うぅん...誇って良いのか、それとも畏れ多いと思うべきなのか...うぅぅん......」

 

 何やら頭を捻りだしたニトリは一旦置いておいて、とりあえずキャンプは不参加だな。ってか俺以外の部員って確か乳上とかイスカンダルとかクレオパトラとかだろ? その他にもクセの強い奴らばっかりだし...うん、やめとこう。

 

「あれ? そういやニトリは不参加なのか? 真っ先に付いて行きそうだけどな」

「......いえ...その...ちょっと席を外したら...置いて行かれてて......」

「......とりあえず胃潰瘍の治癒から始めようか」

「...お願いします...」

 

 なんか本当にニトクリスが不憫に思えてきた。大抵はオジマンディアスと一緒にいるのに、なんでちょうど席を離れた瞬間にキャンプ計画の発案と決行がなされてるんだよ。不幸か。いや、それとも胃の負担が少しでも減ったと思うべきなのか...。

 

 そこらの判断に少し悩んでいると、ニトクリスがこちらに背を向け、その長い髪を前へと流し背中の肌を晒してきた。俺はその背に、正確には腰より少し上辺りに手を当てる。別に下心とかないんだからね。いや、ツンデレ仕様とかそんなんじゃなく、本当に。ただ単にニトクリスの胃潰瘍を治療するには、直接体に触れた方が圧倒的に効率が良いからだから。

 

「ふわぁあ......これは、いつ受けても気持ちの良いものですね...。こう、私の体の中に凌太の温かいモノが流れ込んできて...んふぅ......とても、気持ち、いいです...」

「お前それ狙ってるだろ。絶対周りの誤解を誘ってのセリフだろ」

「そんな事はありません。別に、凌太が周りから誤解されて問い詰められるのを見て日頃の鬱憤を晴らそうとか、そういった狙いは一切ありません。ええ、ありませんとも。......あっ、そこっ......んっ...いいです...気持ちいいですよ、凌太...」

「こいつ......もう治療してやらんぞお前」

「すみません悪ふざけが過ぎましたね反省しています」

 

 割と本気で謝ってくるニトクリスを見て、仕方なく治療を続行する。

 別に誤解されようが何をされようが構わないのだが、清姫の暴走が1番怖い。あいつら愛さえあればマグマの中をバタフライで泳いだりするからな...。俺もさすがにマグマに入った事は無いが、まず間違いなく焼けると思う。下手したら骨すら残らんぞ。体を魔力の膜で覆えばまだ耐えられるかもしれないが...あいつら素だからなぁ。愛、怖いなぁ...。...今更だけど、清姫のマスターって藤丸だよね? なんで俺も狙われてるわけ? 謎だわ。

 

「ですが、気持ちが良い、というのは本当です。それに今回はいつにも増して良いですね」

「ああ。ちょっと仙術ってやつを覚えてな。まだ使いこなせてるわけじゃないが、結構便利だろ?」

 

 子猫や黒歌を見ていて勝手に覚えただけだが、これが割と便利なのだ。仙術は魔術ではない。いや、似たようなものなのだが、俺にとっては大違いである。

 まず、この仙術というのは、所謂「気の流れ」というものを掴む事が大事だ。黒歌は仙術を攻撃に回していたが、それを体の内側に向ければいい。つまりは身体の気の流れを掴み、循環させる。

「気」は魔力とは若干違う。まあ説明するには長くなりすぎるし、俺自身正確に把握している訳ではないのだが、要するに仙術を覚える事によって俺がパワーアップしたということである。無茶をし過ぎて切れた筋細胞とか神経が1日半大人しくしているだけで回復しているのも仙術によって自己回復力を上げたからである。魔術や呪い系統のモノと違って、これはカンピオーネの体にも効果を示すのだ。ここが仙術と魔術の大きな違いだろう。勿論、いくら仙術であっても呪いは俺には効かないのだが。あくまでも「体に元から備わっている能力を促進する」事だけしか出来ない。まあ逆に、体内の気の流れを著しく乱されたら俺の身体能力も下がるのだが。その辺り、今後は注意していこう。仙術使いが現れない保証は何処にもないし、現に2人には会ってるわけだからな。

 

「ほい終わり。とりあえずは治したが、あんま負荷をかけすぎるなよ? 英霊の胃に穴を開けかけるストレスとか異常すぎるだろ。俺はお前のマスター...お前に言わせれば同盟者か。まあどっちでもいいけど、何かあったら治療以外で俺を頼って貰っても全然構わないからな。寧ろどんどん来い」

「...ええ、そうですね。今後はなるべくそうしましょう。では早速、少しお願いがあります」

「おう」

「先程少し聞こえたのですが、これから何処かに行くのでしょう? 私も同行させなさい。少し羽を伸ばしたい気分なのです。...いえ、オジマンディアス様と共にいる事が不満だとか、息苦しいとかではないのですが...」

「まあ、気持ちは分からんでもない。そうだな、見捨てられた可哀想なニトリを今回は連れて行こう。なに、ニトリのスペックなら危険なんてほぼ皆無な世界だ。安心して楽しめるだろうさ」

「そうですか! それは楽しみです。ああ、それから───誰がお値段以上ですかッ! 不敬ですよ! あと見捨てられた訳では無いですからッ!! 可哀想な子扱いなど不敬です! 不敬不敬!」

 

 そんなこんなでお供2人目も決定した。お供が必要なほど危険な世界ではないのだが、やはり1人よりも複数の方が楽しいものである。まあ、この考えには個人差があるだろうけどな。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 食堂にて。

 

「ああそうだ。ちょっと凌太、そう言えば私、思い出したのよ」

「何を」

「母さんが言ってた『あの方』かもしれない奴の話」

「詳しく」

 

 唐突に始まった極めて重要であろう話題。なにもこんな所で言うことは無いのかもしれないが、まあ場所など些細な問題だろう。とりあえずその話詳しく。

 

 IS学園に行く前に腹拵えでもするかと、とりあえず謝罪して機嫌を直して貰ったエレシュキガルとエミヤ、そしてニトクリスと共に食堂に向かい、そこでイシュタルと遭遇。エレシュキガルとイシュタルの間に若干不穏な空気が流れたが、そこは偶々近くにいた藤丸によって収集が付けられた。さすが人理を救ったコミュ力お化け。神の間を持つとか尋常ではない。

 

「で、誰なんだ『あの方』ってのは」

「ちょっと落ち着きなさいよ。それにまだ確定した訳じゃないし...あくまで『かもしれない』の話よ」

「構わないから早く」

「アンタ、こういう時は落ち着き無いのね...。まあ当然なんでしょうけど。気軽に聞き流すくらいが丁度いいくらいの信憑性なんだけど...まあいいわ」

 

 そしてイシュタルは語り出す。創世の神ティアマト、そしてその他のイシュタルより以前から世界に存在していた神々達から語り継がれ...はしなかったが、まことしやかに囁かれていた『伝説』を。

 ...唐突に始まり過ぎて何か裏があるんじゃないか、もしかしたら本当に爺さんの掌の上なのか、などという考えも一瞬()ぎったが、まあ深くは考えない事にした。なる様になるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 イシュタル曰く。

 

 ───昔々...ん? ちょっと待って。よく考えたら創世より昔って何?......まあいいわ。どうせお約束の口上とかだろうし。じゃあ改めて。昔々、こことは違う別の世界に、1人の人間の少年がおりました。少年は周りとは明らかに違った、特異な力を有していましたが、聡かった少年は親以外にその事を知られる事なく、平和な日々を過ごしました。父親は少年が物心つく前に他界していましたが、優しい母の元ですくすくと育った少年は、いつしか青年になりました。

 

 青年には、幼少時から仲の良い友人、親友がいました。何がキッカケで仲良くなったのか、彼らは覚えていませんでしたが、兎に角仲が良かった事は事実です。

 青年の特異な力は日に日に増大していましたが、青年それを完全に抑え込み、必死に周りに合わせ、そしてやはり平和に過ごしておりました。

 

 しかし、ある日突然、青年の日常は崩れ去ります。親友が死んでしまったのです。青年は悲しみました。悲しくて悲しくて3日3晩泣き続け、1月以上塞ぎ込んでしまった程です。

 

 それから暫くして、青年の親友が死んでから1年が経ちました。青年は何とか平常を取り戻していましたが、冷静になる程に疑問を幾つも抱え込みました。

 

 何故親友は死んだのか。病気? いいや、親友は至って健康だった。ならば事故? それはもっと無い。なぜなら親友に外傷は無かったのだから。それなら何故? 何故? 何故...?

 

 考えて考えて、青年は1つの答えに辿り着きます。

 

 ...もしや、自分と同じ、特異な力の持ち主がやったのか?

 

 それは当たらずとも遠からず、といったところでした。しかし、当時の青年が憶測だけで原因を突き止める事は出来ませんでした。

 

 なので青年は旅にでました。母には直接告げずに、手紙だけを残して。

 宛はありませんでした。しかし、正体不明の元凶を探し出すということは、青年が本気を出せば十分可能に出来る事だったのです。

 

 青年は歩きました。山を越え、海を渡り、世界の果てと呼ばれる場所までひたすらに歩き続けました。

 

 そこで青年は、1柱の神と出会います。

 少年の勘が告げていました。目の前の神が犯人だ、と。

 

 青年は神に問いました。

 貴方が私の親友を殺したのか?

 

 その問いに、神は億劫そうに答えます。

 そうだ。

 

 更に青年は神に問います。

 何故、親友を殺さなければならなかったのか?

 

 神は尚も億劫そうに答えます。

 別に。偶々、特に理由も無く殺した...んだと思う。覚えてないけど。

 

 その後も何度か問答は続きましたが、神は終始面倒そうに答え続け、最後には答える事すらしなくなりました。その神にとって、目の前の青年やその親友など、どうでも良かったのです。

 青年は怒りました。親友を殺された時点でかなり怒っていましたが、神の態度が青年の怒りに油を注いだのです。

 

 

 だから青年は殺しました。目の前の神を。自らの手で。その特異な力で。

 

 

 これで青年の復讐劇は終わり。結局は悲しみと怒りしか生まなかった青年の旅は幕を下ろす。

 

 その筈でした。

 

 世界の果てからの帰り道。青年は幾多の神々に襲われ続けました。曰く、青年が殺した神の位は、その世界でも相当上位だったそうです。

 仇討ち、という訳ではないのでしょうが、位の高い神をたかだか人間に殺されて黙っている程、その世界の神々は温厚では無かったのです。

 

 青年に襲いかかる数々の天災。時には神本人が出向いてくる事もありました。

 しかし、神という存在そのものに辟易していた青年は、その悉くを蹴散らし、一掃しました。青年が抑え込んでいた特異な力は絶大でした。天災、異形、神獣、そして神。誰1人として、青年に挑んで勝てた者はいません。

 

 神々は考えました。あの青年(バケモノ)を倒すにはどうすればよいか、と。そして1つの結論に至ります。青年の体が壊せないのなら、心を壊せばいいじゃない。

 

 神々はすぐに行動に出ました。青年が帰り着くその少し前に、青年の母親を無惨に八つ裂きにしたのです。青年がより絶望するよう、ギリギリのところで殺さず、青年が彼女を発見したその瞬間に死ぬ呪いをかけました。

 

 神々の作戦は成功しました。思惑通り、青年を深い絶望の谷へと突き落としたのです。

 心が壊れれば、体もその影響を受けるだろう。そう思った神々は、たかが1人の、心の壊れた人間に、全勢力をもって突撃する計画を立てました。

 

 しかし、青年は神々の思惑を超えました。

 深い深い、絶望という言葉すら生温い淵に立たされた青年は、神を怨み、運命を恨み、自分を憾み...そして ──

 

 

 ──── 世界を殺しました。

 

 

 世界を殺した青年は虚無の中、1人塞ぎ込みます。

 

 どうしていれば親友や母親は死なずに済んだのか、どうしていれば自分は周りに災厄を振り撒かずに済んだのか、どうしていれば。

 そんな事を、青年はたった1人で悩み続けました。

 

 神の血を浴び過ぎた青年は、既にヒトでは無くなっていました。その為、青年は永遠に等しい命を持ちました。この何も無い空間で、たった独りの永遠を、絶望と悲壮に明け暮れながら過ごしました。

 

 それから百年経ったか、将又(はたまた)千年経ったか。青年は殺した世界を、自らで創り上げる事を決めました。自分が神となり、不安も絶望も悲しみも無い理想郷。そんな夢のような世界を創る事に決めたのです。

 

 斯くして青年は、神の座へと至ります。

 

 宇宙を創り、星を創り、生物を創り、そして、ヒトを創り。青年は理想郷を完成させました。争いも起こるし、死もある世界でしたが、青年()は決して、自らが創ったもの達を絶望させる事だけはしませんでした。

 

 暫くすると青年()は、世界の管理を絶対の信頼を置いている数人に任せ、旅に出る事にしました。

 世界の秩序も安定した軌道に乗った為、気晴らし程度に遊ぶ事にしたのです。息抜きは大事凄く大事ィ、とは青年()の談。とても長い間頑張ってきた青年()を止める者は居らず、寧ろ快く送り出された青年()は、ありとあらゆる世界へと遊びに出掛けました。

 

 青年の旅は未だ続いているようです。もしかしたら今、あなたの世界に居るのかもしれませんよ?

 

 

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

「...って感じだけど、どう?」

「いやどうって言われても......とりあえずスケールがでかすぎない? 途中からよく分かんなくなったんだけど。何処だよ世界の果てって。いや、俺も見た事あるけどさ世界の果て。そして神も神だよ、急に出てきやがって。なんで親友殺したんだよイミワカンナイ。あと世界殺したって何?」

 

 イシュタルの話を一通り聞いたが、結果良く分からなかった。ただまあ、爺さんの過去話というのなら多少の可能性はあるのかもしれない。確証など皆無だが。

 

「まっ、そりゃそうよね。私だって意味分からないし。っていうか、この話自体つい昨日まで完全に忘れてたし」

「あっ、私も思い出したのだわその話。でも、私が聞いたのとはちょっと違うのだわ。私が聞いた話では、その青年の父親が実は全ての黒幕で」

「その話絶対に長いからいいや。どうせ最後にはその青年が世界殺すんだろ?」

「まあ、そうだけれど...ちょっとくらい聞いてくれてもいいのに......」

 

 すまない。けどさっきから食堂の周りの廊下を婦長とラッテンがウロチョロし始めたんだ。それに合わせて俺のギフトカードも震え始めたんだ。ペスト怖がり過ぎ。ってかあの2人は勘良すぎ。何、だいたいの居場所分かってんの?

 

 と、その2人とは別にもう1人。確かな足取りでこちらに向かってくる気配があった。

 

「ああ、ここに居たんだね凌太。マスターも。そちらは...エレシュキガル神か。お久しぶりです」

「あらエルキドゥ、久しぶりなのだわ」

「ねぇ私もいるんだけど」

「ところで凌太。キミに聞かせたい話があってね」

「コイツ...!」

 

 エルキドゥ、安定のイシュタルスルーである。まあ喧嘩吹っ掛けないだけマシか。

 

「俺に?」

「うん。以前ティアマト神が口にしたという『あの方』についてなんだけど、それに関係しているかもしれない話をついさっき(・ ・ ・ ・)思い(・ ・)出して(・ ・ ・)()

「......因みに、それはとある青年が世界を殺す話で合ってる?」

「ああ、そうだよ。なんだい、知っていたのか」

「奇遇ね。私も昨日思い出したのよ、その話」

「...なんか気に食わないね。イシュタルと同じなんて」

「よぉし、ちょっと表出なさいアンタ。昨日の雪合戦の決着つけてあげる」

「返り討ちだよ」

「まあまあ、落ち着いて2人とも。今外凄い吹雪だから」

 

 火花を散らすイシュタルとエルキドゥを藤丸が仲裁するという、割とよく見る光景を横目に見ながら、俺はエレシュキガルに問いかける。

 

「なあ。お前もさっき思い出したのか? その青年の話」

「えっ? まあ、イシュタルの話を聞いてるうちにぼんやりと。今まで(・ ・ ・)()完全(・ ・)()忘れてた(・ ・ ・ ・)()だわ(・ ・)

「へぇ...」

 

 ...これは、なんというか...。誰かが記憶を弄ってる可能性があるなぁ...。3人がほぼ同じタイミングで思い出す、という事はまああるのかもしれないが、3人ともが完全に忘れていたがほぼ同時に思い出した、という事が問題だろう。

 それに絡んでる話が話だしな。もし爺さんなら、例え相手が神や神造兵機であろうと記憶を弄るくらいは片手間でやってのけるだろうし。...このアホみたいな伝説、バカに出来なくなってきたなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




...風呂敷を広げ過ぎた感が凄い。


次のIS編は決めたのですが、その後の主人公に向かわせる世界についてのアンケートを、活動報告の方で取ろうかと思います。是非ご意見を(懇願)


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IS〈インフィニット・ストラトス〉②
「フッ、残像だ」



活動報告の方のアンケート、沢山のご意見を頂いて恐悦至極にございます。ありがたやありがたや...。いや、本当にありがとうございます。素直に嬉しいです。

期限については特に設けていないので、今後も気の向いた時にでも書き込んで下さると幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 爺さんと思われる人物...神物? まあそんな感じの奴の話を聞いた俺の反応といえば、

 

「ふーん」

 

 程度である。話を聞く前のテンションはどうしたと自分でも思わなくもないが、結論としてそういう感想しか出てこなかったのだから仕方がない。

 

 爺さんの過去が判明しようが何しようが、爺さんは俺の目標であり最優先打倒(ブン殴り)対象であり仲間である。そこは何一つ変わらない。まず先程の話に出てきた青年が爺さんだという確証もないのだ。今気にすることではないだろう。仮に「あの方」=「青年」=「爺さん」なのだとしたら、俺はもう1度ティアマトをぶん殴らなければならなくなるのだが。爺さんレベルのキチガイだと認識されるのは心外だ。

 

 

 

 で、そういった話を聞き終わった後。とりあえずイッセー達だけは元の世界に返そうという事になり、各自が帰る準備を終え、後はタイムマシン擬きに乗るだけという頃。

 

「ねぇ帰りましょうって! 研究なんてあっちのラボでいくらでもすればいいじゃないですかぁ! 帰りましょうよアザゼル様ぁ!! あそこにいる聖女マルタ2人がこっちを真顔で見てるんですよぉ!...あっ、杖とガントレットとタラスクの整備を始めた!? ちょ、アザゼル様、ホントに早く帰りましょう! 滅されちゃいますから! 鉄拳で聖裁されちゃいますからぁ!!!」

「分かった、分かったから泣くなって...。くっ、夢の永久機関開発に携わりたかったぜ...」

 

 イッセー達を元の世界に送り返す直前に、この様な出来事があった。なんかもう、必死だった。

 

 というか永久機関とかいう阿呆みたいな代物を作ろうとすんなと、声を大にして言いたい。なんでも、万が一協会や教会、そして国連を敵に回してもなんとかなるように無限電力供給炉を作りたいだとかなんとか。そんなの聖杯使えよバカヤロー、と思わないでも無かったが、すぐに自身で味わった副作用を思い出してぐっと言葉を飲み込んだ。せいはいこわい。カンピオーネの筋細胞ズタズタにするとか何なのだろうか。やはり代償無しのチートなど無い、地道に修練を積めという事なのだろうか。...きっとそうなんだろうなぁ。

 

 まあそれは兎も角。英霊に留まらず神や(ビースト)すらも止める『ガンド』などというチート魔術式を開発したカルデアのキチガイ開発局に加えて、英霊陣とアザゼルが手を組めば副作用無しの聖杯擬きすらも作れそうではある。このメンツに束とか加えたらどうなるのだろうか。まあ十中八九俺の想像を超える事だけは確かである。

 

 あとついでに言うなら、黒ひげとイッセーが手を組んで女子風呂覗き未遂事件などという愚行を犯し、両者共女性陣にガチで殺されかけるという事件が起きたが、それはまた別のお話。深くは語るまい。ドライグが泣いた、とだけ言っておこう。

 

 

 

 そして現在。

 

「良い闇ですね。なんというかこう...落ち着きます」

「ここでそんな感想聞いたの初めてだわ。俺とかまだ少し怖いんだけど、この場所」

 

 無事にイッセー達を元の世界に送り届け、「修学旅行中だってこと忘れてた!」などと叫び飛び出して言った2年組を見送り、残ったグレモリーとヴァーリにいつの間にかギフトカードに入っていた異世界通信型連絡機・通称黒スマホを渡してから10数分後。

 俺とニトリを乗せたタイムなマシンはゆっくりと暗闇を進んでいた。ペストは完全に別の世界に入り切るまでギフトカードから出ないと豪語し、その言葉通り、未だ彼女は俺のギフトカードから出てきていない。どんだけ怖いんだよ。トラウマになってるんじゃないだろうな?

 

 そんな心配をしながら時間遡行機械を進めること10分程。前方に出口が見えてきた。いつ振り下ろされても良いように体勢を整えていたのだが、特に何もなく出口である光の穴を抜ける事に成功した。...不安だ。何も無い事が逆に物凄く不安だ...っ!

 

 

 

 

 光を抜けたその先にあった光景は、数ヶ月前に俺が出ていった部屋。そして、

 

「フンフフー、フ○デリカ〜♪」

 

 ...鼻歌交じりにベランダで布団を干している金髪少女(アイドルじゃないよ)の後ろ姿だった。いや、ホントなんでさ。

 え? 部屋間違えた? いやいやそんなはずがない。だって、ちゃんと俺に割り当てられた部屋に座標指定したはずだし...ああ、いや。これ作ったの多分爺さんだしな。そこら辺テキトーでも不思議じゃないか。

 

「うんっ、いい天気! 偶には凌太の部屋の掃除でもしておかないと、もし万が一凌太が帰って来た時困るもんね〜。フンフンフフーン、フンフフー」

「お前は俺のエミヤか」

 

 どうやら俺の部屋で間違いは無いらしい。無駄に爺さんを疑ってしまった。許せ爺さん。だが反省はしていない。日頃の行いが行いだから仕方ない。

 

「ふぇっ!? えっ、あれっ? 凌太? えっ?」

「おう。久しぶり...で合ってるよな?」

「あっ、うん。久しぶり...」

 

 異世界間の時間軸が一緒かはよく分からないしな。カルデアでの数ヶ月が、こっちでは数日って事も十分有り得たが、どうやらそういう事はないらしい。ちらりと見た備え付けの電波時計に示されている日にちが、俺がここを出た真夏から数ヶ月経っている事を証明している。...もう秋か。もうすぐ俺の誕生日だな。いや、最早誕生日とか意味を成してないけれど。確実に前の誕生日から1年以上過ぎてるけれど。

 

「ここが異世界ですか...余り私達のいた世界軸と変わりは無いように見えますね」

「まあ、同じ地球だしな。箱庭とかになると結構変わるぞ? なんたって世界の果てが存在するような世界だからな。きっとあの下には大亀とかがいると思うんだ」

『......異世界着いた? もう誰も追ってこない?』

「着いた着いた。だから安心しろ、ラッテンも婦長もいないから」

 

 キョロキョロと周りを見渡すニトリと、震えた声で確認を取ってからソロソロと外へ出てくるペスト。俺やニトリの登場もそうだが、1人の少女がカードから出てくる様はベランダの金髪少女、シャルロット・デュノアを驚かせるには十分を通り越していたらしい。『開いた口が塞がらない』という言葉をそのまま体現していた。まあ是非も無い。なんの連絡も無く突然来たからな。でも連絡手段が無いんだから仕方ないよね。

 

 

 

 * * * *

 

 

「なあ一夏。なんで俺は正座させられてるんだ?」

「まあこっちにも色々あったんだよ...大人しく従っておいた方がいいと思う」

 

 驚きで固まってしまったシャルロットが正気に戻るのを待つこと数分。今度は弾けたかのように張り上げられたシャルロットの声を聞きつけ、2人部屋でしかない俺の部屋に一夏、篠ノ之、鈴、オルコット、ラウラ、その他大勢の野次馬が大勢集まってきた。

 どうやら今日は日曜だったようで、寮内をウロチョロしていた生徒達が一挙に集まっているらしい。人口密度とか凄いことになっている。静謐ちゃんがいたら死人が2桁単位で出るくらいには凄い。というか暑い。完全に蒸し風呂状態である。俺と一夏以外は女子なのでムサイという事はないが、シンプルに暑い。知り合い以外はどっかに行っててくれないかな。いやマジで。

 

 久しぶりに人払いの殺気でも放つかと考えている中、颯爽と登場したのが我らが担任・織斑千冬その人である。よぅし、これでこの野次馬騒ぎも修まるぞぅ。など思っていたのだが、何故か彼女に正座させられて現在に至る。解せぬ。

 

「こんな大衆の中心で正座とか...マスター、ホントに何したの? また泣かせる様な事したの? 夜道で背後から刺されるの?」

「またってなんだまたって。俺はまだ誰も泣かせてないぞ。味方は」

 

 敵なんざ幾ら泣こうが喚こうが関係無い、という意気込みの元に実際何人も泣かせてきているが、味方は泣かせてない。...はず。きっと。

 

 

 その後は千冬の睨みでとりあえず野次馬組を部屋から追い出し、現在俺の部屋にはいつも絡んでいた連中が勢揃いしていた。いや、いつも、という言葉には語弊があるな。

 一夏とそのラヴァーズが居るのは分かる。シャルロットやラウラ、そして千冬もだ。だがしかし、なんで生徒会長とその妹がいるのだろうか。いや、生徒会長は割と話していた、というか一方的な干渉は受けていたけれど、妹の方は全く絡み無くね? 普通に初対面なんだが。本当、何故残った? キミの憧れているであろうエミヤは此処には居ないぞ? ...まあいいか。エミヤに様子を見ておいてくれと頼まれていたし、別に拒絶する理由も特にはないしな。とりあえず放置で。今俺が対処すべき問題はそこではない。

 

「...で、俺はなんで正座させられてんの? 本当に覚えがないんだが」

「なに。貴様らが突然消えた事でこちらが迷惑を被ったのでな。ちょっとした説教をしてやろうというのだ。歯を食いしばれ」

 

 とんだ体罰教師がいたものである。まさか迷惑を被ったから生徒を殴るとは...。説いて教えると書いて説教と読むのだが、どうやら千冬の場合は違うらしい。薄々感じてはいたが、やはりマルタ的説教理論思考の持ち主だったか...。まあそれを大人しく受ける俺ではないのだが。

 

「ふんッ!」

 

 俺の脳天を捉えようと振るわれた千冬の拳は、明らかに常人のソレを超えていた。

 ...そう言えば、頭を叩かれると脳細胞が死滅する、みたいな話を聞いた事があるのだが、あれは本当なのだろうか。まあ真実がどうであれ、今の俺には関係ないか。

 

「なんっ!?」

 

 正座する俺の頭を捉えたと思われた千冬の拳は、虚しくも空を切る。というか俺の頭をすり抜ける。

 これには流石の千冬も驚きを隠せないようで、思わずといった感じで声を漏らす。それは周りも同様だ。ニトリ以外、全員の顔に驚愕の色が見て取れる。フフッ、愉悦。さて、そろそろ種明かしをば。

 

「──フッ、残像だ!」

 

 千冬の背後に立ち、ビシッとサムズアップなどを決めてみる。どうしてだろう、なんか変なテンションになってきている気がしないでもない。でも楽しい。楽しいは正義。よってこのテンションをもう少し引きずろうと思います。

 

「くっ、お前のISにそんな高性能な立体映像装置が搭載されているなどという報告は受けていないぞ...。そもそも、今のホログラムには確かに気配があったが」

「え? いや、別にISとか使ってないし。自前の残像だけど? 気配があったのはアレ、俺の魔力やら気やらの残滓を固定化して象った像だからな。まあニトリにはバレてたみたいだけど」

「当然です。気配遮断の方は流石の一言ですが、残像の方はまだまだ不安定。並の魔術師(キャスター)であれば誰でも気付くでしょう」

「だよなー。一応、ロマンのを真似てるつもりだったんだけど...練度が足りないか。まだ実戦じゃ使い物になりそうにないな」

「細き流れも大河となる。そんな言葉もあるように、腐らずに修練していけばいずれ成功するものです。凌太、貴方は少し急ぎ過ぎな傾向があります。まだ若いのですから、ゆっくりと丁寧に、地に足つけて人生を歩んで行きなさい」

「お、おう...。なんか急に真面目な話になったな...」

 

 妙に高かったテンションも一気に落ちたわ。いや、先人からの助言というものは非常に有難いのだけれども。というか河系の諺を出してきたのはナイル川を意識しての事ですかね...。ニトリがナイル川好き過ぎな件について。史実的にはナイル川を上手く利用しているらしいが...余り考えない様にしよう。これ以上はニトリの(トラウマ)的なナニカに触れそうで怖い。

 

「魔術...またオカルトの話か...。この目にして尚信じられんな。......『未知』、か。なるほど、これはあいつが動くのも頷ける。原理が全く分からん」

「ごめんちょっと話が見えない」

 

 

 曰く。彼の天災兎こと、篠ノ之束が亡国機業(ファントム・タスク)なる組織に加担したらしい。その理由が『魔術を駆使した新型ISの実戦投下によるデータ収集』、及び『〈トニトルス〉型の量産計画実現』の為なのだとか。そして束自身魔術に関しての知識があまり無く、尚且つ俺達が居なくなった後のこの世界で魔術を扱える人材が見つからなかったが為に、数打ちゃ当たる形式で手当り次第のデータ収集に勤しんでいるらしい。つい先日も一夏が襲われたとかなんとか。

 ...ごめんやっぱりちょっと意味が分からない。俺は悪くなくないか? 魔術等に関しては不可抗力だろう。全て束が勝手にやっていることだ。やはりさっきの拳骨は千冬の八つ当たりか。

 

「そこら辺割とどうでもいいけど、その束って今何処に居んの? ちょっと用事があるんだけど」

「分からん。前は連絡をつけることも出来たが、今では応答しようとしないからな。連絡を絶ったアイツを見つけ出せる奴はいないだろう。因みに篠ノ之。お前の方はどうだ?」

「私も織斑先生と同様です。一夏が襲われたという話を聞いてから連絡を試みたのですが、繋がりませんでした」

「ふむ...篠ノ之や私でもダメとなると、本気で奴を見つけ出せる奴はいないんじゃないか?」

「つまり手詰まりであると?」

 

 なにそれ面倒くさい。ちょっとその亡国機業とかいう奴ら潰して来ようかな...。あ、いや。そいつらの居場所が分からないのか。俺は機業の構成員に会った事が無いし、気配察知で見つけ出す事も出来ない。というか、この広い世界を虱潰しに探すとなると時間がかかりすぎる。素直に束だけを探した方が早そうだ。...まあその束の居場所にも検討は付いていないんですけどね。もし宇宙とかにいたら、今の俺では感知など不可能だ。深海も同様である。どちらも普通に気配察知の範囲外だ。...あっちから干渉してくるのを気長に待つのが一番早いのかもしれないな。

 

「...そうだな。1つ、束の奴が現れそうなイベントがある」

 

 息抜き感覚でもう1度IS学園の生徒でもやってみるかと思っていると、千冬からそう声がかかった。

 ...イベント...素材...修行...。うっ、頭が...っ!

 

「何故そんな悲痛な表情を浮かべているんだお前は」

「いや...ついこの前必死に花びらとか集めたなーって...」

「何を言っているんだ貴様」

 

 益々疑問を膨らませる千冬だが、こればっかりは理解できまい。ボックスは良い文明だが、周回は宜しく無い文明である。何が宜しく無いって、師匠らに闘技場まで拉致られてからの連日戦闘が宜しく無いのだ。『周回』と名付けられたスカサハ師匠発案のこの修行。兄貴ーズを始めとしたケルト戦士やベオウルフなどの戦闘狂、全然すまなくない舞い降りし最硬のすまないさん、無駄に本気を出してくる古代王ズ、ステラ祭り、終いにはボックスを回す為などと(のたま)い、目を血走らせながら特攻を仕掛けてくる藤丸一行という闇鍋じみたメンツで連日戦い続けようという、ただ単純にこちらを殺しに来ているだけ修行内容だった。何日だったかな、覚えているだけで10日くらいはほぼ不眠不休で戦い続けた。普通に死ねるよね。というかよく生き残れたよね俺。ネロ祭、恐ろしい子...!(錯乱)

 

 話が盛大に逸れたな。元に戻そう。

 

「んで? そのイベントってなんだよ」

「貴様の表情の原因が気になるが...まあいい。今日から約2週間後、IS学園の1年は修学旅行に行くことになっている。奴ら亡国機業は一夏、白式を狙っているようなのでな。学園を離れたそのタイミングを狙ってくることは十分考えられる。私も参加する以上、束が出張ってきてもなんら不思議ではないだろう。そこでだ、坂元凌太。貴様、一夏や他の専用機持ちの護衛として、修学旅行についてくる気は無いか?」

「そこは生徒としてじゃないんですかねぇ......」

 

 俺もまだ一応この学園の生徒って事になっているはずなんだが。ほら、学生証あるし。退学してないし。

 

 まあ俺の立場は兎に角だ。いつ来るかも分からない天災をただ待ち続けるよりも、出る可能性のある場所にこちらから赴く方が早いのは確かだろう。修学旅行に遭遇するのはこれで2回目だな、などと思いながら、俺は千冬の申し出を受けるのだった。

 

 

 * * * *

 

 

「それで凌太。そっちの2人は一体誰なのかな?」

 

 ひとまずはいい感じに話が纏まり、俺が椅子に腰を下ろした瞬間。今まで黙っていたシャルロットが口を開いた。その顔は表面上は笑みを浮かべているが、目は笑っていない......という事は無く、純粋に2人の事を疑問に思っている顔だった。そっちの2人とは、まあニトリとペストの事ですよね。

 

「ああ、皆にも紹介しとかないとな。こっちの褐色の方がニトリ、斑ロリの方がペストな。んで、こっちの制服着てる奴らが右から織斑一夏、篠ノ之箒、オルコット、鈴、ラウラ、シャルロット。こっちの体罰教師が織斑千冬だ。あっちの薄青髪の2人は簪と生徒会長...そういや生徒会長の方の名前は知らねぇや」

 

 と、テキトーに各自の名前を相互に紹介する。案の定ニトリとペストからは不満が上がったが、もう諦めた方がいいと思う。ニトクリスのニトリ呼びも、ペストは斑ロリだという風潮も、すでに身内では共通認識となっているのだ。まあ本気で嫌がるのならすぐにでも止めるが、両者共そこまで嫌がってはいないので、今後もこの呼び方は続くだろう。強く生きて下さい。

 

「ふむ...嫁の新たな嫁候補、という認識で大丈夫か?」

「ニトリ達はそういうのじゃないよ。というか嫁の嫁候補とは一体。やっぱ黒ウサギ隊の副官と1回OHANASHIした方がいいと思う」

 

 人目も憚らず、ナチュラルに俺の膝の上に腰を下ろしながらそう聞いてくるラウラに、俺は彼女の頭を撫でながら答える。若干のドヤ顔で撫でられてるラウラ可愛い。

 というか、静謐ちゃんが毎度本当に自然に膝に乗ってきたり抱きついたりしているから、こういった事が起きても動揺しなくなったよね。俺も、そして周りも。慣れって怖いね。

 

「仲が良いのは結構だが、私がお前らの担任であるうちは不順異性交遊など許さんからな......おいデュノア。何故あからさまに目を泳がせる?...まさか貴様...」

「ね、ねぇ凌太! 僕、魔術とかに興味あるなーって!」

「...坂元。説明」

「魔術より気とかの方が扱い易いかと」

「そっちではない」

 

 そうは言ってもだねチミぃ...俺だって思春期真っ盛りの男の子である。他人、しかも女性に対して真っ正面から、僕達がやりました、とは言えんだろう。その程度の羞恥心の持ち合わせくらいあるわ。

 

「でもまあ実際。魔術より気の方が分かり易いんじゃないかな。ほら、箒とかはそういうの分かるだろ? 座禅の時の精神統一。あれに似た感覚だよ」

 

 襲い来る千冬のアイアンクローを軽くいなしつつ、話題変換を試みる。というか一夏やその他の皆さんや、失笑してないで助けてはくれまいか。

 

「...まあ、それなら多少は分かるが...。しかし、アレはそんなオカルトチックなものではないぞ?」

「まあ、精神統一だけで強くなれるのは達人とかの域の連中だけだろう。でも、なにもそんな極地に立たなくてもいい。極地に至るのと気の扱いを覚えるのとは別物だからな」

 

 そうだな。どうせ暇なんだし、コイツらの魔改造(強化)をしてみるというのもいいかもしれない。それに、人に教える事で見えてくる何かがあるかもしれないしな。そうだそうしよう。

 

 思い立ったが吉日、という訳で、まだアイアンクローを諦めていなかった千冬にアリーナの使用許可を貰えるよう、俺は話を持ちかける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔力の気

無駄に強化していくスタイル。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。それじゃあ早速、第1回『護衛される前に自衛手段を持とうぜ! とりあえず修行な!』作戦を開始するか」

「なんですかその作戦名は...」

 

 ところ変わって第3アリーナ中央。

 俺の部屋では狭過ぎるのであの場は一旦解散し、30分後の今、各自動き易い服装に着替えこの場に集合していた。

 俺とニトリとペスト、あと千冬は普段通りの服装で、他は全身タイツというこの状況。俺らは兎も角、千冬はスーツのまま運動するつもりなのだろうか。というか人間の限界に迫っている千冬が、今更修行をする必要などあるのだろうか。まあそこら辺は本人の自由だよな。それに、千冬が魔力や気の扱いを覚えれば百代レベルにまで成長するかもしれない。それはそれで楽しみである。主にスパーリングの相手として。

 

「で、なんでアンタらもいるんですかね」

「あら、いいじゃない。私達だけ仲間外れなんて嫌よ?」

 

 扇子で口元を隠しながらそう言ってくるのはIS学園生徒会長。名前は知らない。興味もあまり無い。

 

「その...エミヤ先生がやってた構造把握? っていうのを身に付けたくて......そうすれば、また1歩エミヤ先生に近付けそうだし...」

 

 そう言ってきたのは更識簪。何気に初会話である。というかやっぱりエミヤ関連で俺に絡んできてたのか...。エミヤめ、カルデアの職員も何人か落としていたが、まさか生徒にまで...この調子じゃ、エミヤに落された女性がこの学園にもまだ何人か居そうですね...。例えばウチの副担とか...。流石は女難の相の持ち主だと言っておこう。

 

 それにしても構造把握か。俺も一応は出来るが、エミヤ並ではない。見ただけで解析出来るとか本当なんなのさ。俺にはそんな芸当は無理な訳で、俺では彼女の理想通りに教えられるとは思えない。まあそこはニトリに任せるか。偉大なるファラオとかメジェド神とかの力的な何かでどうにかしてくれるだろう(適当)

 

「まあいいや。とりあえず始めようぜ」

「始めると言ってもだな...。私達は魔術だか気だかの扱いどころか、その存在の認知も出来ていないのだが?」

 

 ラウラの言葉にニトリ以外の皆が同意を示すように頷く。...ねぇペストさん、何故貴女はそちら側に立っていらっしゃるんですかね?

 そんな俺の疑問を含んだ視線を感じたのだろう。ペストがこちらに向けて口を開く。

 

「ほら、私って魔術なんて使わないじゃない? そもそも使う必要が無かったのだけれど。でも最近、私も強くならなきゃって思い始めたのよね。じゃないと、マスターの(そば)にいたらすぐ死んじゃいそうだし」

「さいですか」

 

 元魔王が死を覚悟する程に俺の周囲は危険だとでも言うのか。...案外間違いじゃないな。というか寧ろ「魔王? 何それ美味しいの?」的な感じの奴多いからな。ペストは身体能力もある程度は高いし、彼女が使う『死の風』は間違いなく強力だ。だが、それだけは足りない。完全に継ぎ目を無くした全身鎧(フルアーマー)で身を固められたら『死の風』は効かないし、病気にならない・呪いは効かない、といったギフトも存在する。俺やアーラシュのように病気等への強い抵抗や、静謐ちゃんのように自身で中和したり菌を死滅させたり出来る者も、箱庭では少なくないだろう。

 要するに、ある程度の対策をすればペストはほぼ無力化出来るという事だ。それ(能力)だけで通用するほど、箱庭や異世界は甘くないと俺は思う。

 

「んじゃ、ペストも教わる側な。ニトリは教える側でいいだろ?」

「ええ、構いませんよ」

 

 という訳で強化修行(魔改造)、始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 ............「誰の」とは言ってなかったりする。

 

 

 

 * * * *

 

 

 ──午前6時。未だ太陽は顔を出し切っておらず、微妙に水平線の彼方の空が白んできたかどうかという時間帯。大海原に面する学園の外壁の上に立っている俺は、心地良い潮風が吹き抜けるのを肌で感じながら、ゆっくりと両目を閉じる。

 

 

 修行を始めてから今日で5日。皆、順調に成長してきている......という事は無く。未だ魔力や気を操るどころか、感知出来る段階にすら到達していない者が多い。ペストと千冬以外は認知すら出来ていないのが現状だ。いや、ペストは元々感知は出来ていたので実質千冬一人ということになるのか。

 

 ニトリ曰く。普通、このような力の扱いには時間がかかるのが当たり前で、半日やそこらで習得する俺が異常なだけなのだとのこと。今回それを身を以て実感した。俺の覚えの良さは異常、はっきり分かんだね。どうしてこの覚えの良さが勉学に反映されないのか。昨日の数学の小テストとか平均点切ってたんだが。

 まあ俺の頭の悪さはこの際どうでも良い。いや良くは無いが、今は置いておこう。先日から授業に復帰しているのも、まあ些細な問題だ。勉強が嫌いな訳じゃないからね。

 そうでは無く。今俺が思案している事は、一夏達の完成度や勉学などとは別の事だ。

 

 彼らの修行を始める前、俺はとある選択を一夏達にさせた。『魔術』を選ぶか、『気』或いは『仙術』を選ぶかという選択だ。以前も言ったかもしれないが、魔力と気は全くの別物であり、それぞれに個々人への適性がある。俺の場合はどちらにも強い適性があるらしいが、それは今はいい。

 兎に角。一夏達をそういう適性で分別した結果、『気』が一夏、千冬、箒。『魔術』がその他という結果になった。気の適性者少な過ぎワロタ、とか思わなくも無かったが、別にペストらに気への適性が無いとかではなく、何方かと言えば魔術特化だというだけらしい。ニトリがそう言ってた。

 でまあ、とりあえず『魔術』組と『気』組に別れて修行を開始する事になったのだ。まあ成果はほぼゼロに等しいのだが。

 

 それで、その修行をしている途中。正確には昨日の夜。俺はとある疑問を抱いたのである。

 

『あれ? 魔術と気を両方同時に使ったらいいんじゃね? 威力倍加とかそれこそ王道じゃん』と。

 

 一夏達にはまだ無理だ。どちらか一方ですら習得出来ていないのだから当たり前だろう。ニトリも気を扱えないので同じである。じゃあ俺は?

 

 そう思い立ち、今朝はこうして日の出る前にそれを試しに来たという訳である。思い立ったが吉日、良い言葉だと思います。いや思い付いたの昨日だけど。

 

 

 

 普段から意識的に支配(コントロール)している魔力と気を少しだけ開放し、両者を同時に練り上げる。体内をとめどなく循環する魔力と気は互いに勢いを増し、第3者に可視化出来るレベルの密度で外へと溢れ出す。

 

「右手に魔力弾、左手に気弾...」

 

 ユラユラと蒸気の様に舞っていた魔力と気を、それぞれ別々に凝縮させる。バレーボール程の大きさに固定したそれらを大体同程度の密度に保ちながら、今度はその2つを融合させる作業に入る。

 

「っつ!」

 

 掌に走る若干の痛み。丁寧にゆっくりと混ぜ合わせていたのだが、すぐに暴走し爆発してしまった。力と力の反発は俺の思っていた以上に大きいようだ。初っ端から体内で試さなくて良かったと心底思う。下手したらこんな朝っぱらから汚い花火が咲くところだったぜ...

 

「もう少し低密度で...大きさも一回り小さくして...」

 

 はたから見たら気持ち悪い奴だな、と自覚しつつ、俺はブツブツと呟きながら再度挑戦してみる。

 言葉にした通り、次はソフトボール程度の大きさで固定し、密度も適度に低くする。が、また失敗。俺の手に火傷を負わせる程の威力で爆発する。威力、熱量共に申し分無いが、敵に放つ前に爆発していては話にならない。どうにかして上手い具合に融合させる事は出来ないものか。もう少し魔力と気の量を減らす...もしくは同程度ではなく、どちらか一方の量を増やしてみるか...。球状にしてから混ぜるのではなく、混ぜ合わせてから球状に固定するか...。

 

 そんな感じで試行錯誤を繰り返すこと十数分。俺は漸く魔力と気の融合に成功した。最終的には野球ボール程度まで小さくなったそれを、目の前に広がる大海に適当に放り投げる。距離にして200m程先の海面に落ちたソレは、ポチャン...という小さな音を立てて海中へと消えて行った。

 .....................。

 

 ...............。

 

 .........。

 

「......えっ。まさかただの球体に成り下がった?」

 

 予想では小さいながらも爆発が起きると思っていたのだが、そんな俺の予想を裏切るように、海は大変穏やかである。悲しい。まさかのポロロン案件だったか...。

 それなりのエネルギーを内包していたのは確かな筈だが、攻撃力が無ければ意味を成さない。これは敵に投げ当てる投擲鈍器として使うしか無いのか...。

 そう思い、この十数分の努力がほぼ無意味だった事に軽く落胆していたのだが、又もや俺の予想は簡単に裏切られる事となる。

 

 諦めて部屋に戻ろうと海に背を向けたその時。魔力と気を融合させた球体...長いわ。安直だが魔力気弾と仮称しよう。魔力気弾が着水した辺りから、結構な大きさのエネルギーが突如として現れたのだ。慌てて振り返るそこには、──魔力気弾着水地点を中心に、直径にして約100mに及ぶ大穴が出来ていた。

 

 先程までの心地良かったそよ風は、飛沫を含んだ暴風へと化して駆け巡る。大量に舞い上がっている水飛沫と水蒸気が、元々そこに在った筈の海水が弾け飛び、或いは蒸発した事を示していた。

 感じ取れたエネルギー量は、俺が投げた魔力気弾が内包していた量の、軽く10倍以上。通常状態の俺が全力で放つ雷砲とほぼ同等の力。

 

 ......おい。俺が目を離したのってほんの一秒やそこらだぞ。そんな一瞬の間に一体何があった。なんか急に膨張し過ぎててワロタ! とか言えばいいですか()

 

 とは言え、これは良い意味での予想外だ。まさかここまで高威力になるとは。野球ボール程度の大きさでこれなのだ。もっと大きくしたらと思うと軽く寒気がする。だってやり過ぎたら俺も巻き込まれるからね。

 未だ吹き付ける大型台風もかくやという爆風と、急に空いた穴へ轟々と流れ落ちる海水の騒音。そして、けたたましく耳を突く警報を聞きながらそう思う。...警報?

 

『生徒及び職員全員に連絡! 正体不明の高熱源反応をIS学園近海にて確認! 一般生徒の皆さんは各自自室に待機! 職員、専用機持ちは至急、第2アリーナへ集合して下さい! 繰り返します! 正体不明の───』

 

 山田先生の焦った声が拡声機越しで学園全域に響き渡る。学園内の何処からでも視認出来る電光掲示板には『◤◢緊急事態発生◤◢』の文字が何度も点滅していた。

 

 

 ...うん、まあ......静かに職員室へと重い足を運ぶしか選択肢は無かったよね...

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「はぁ...疲れた」

 

 昼休み。晴れ渡る晴天の下で、俺は弁当を3つ引っ張り出しながら息を吐く。

 ヒガンバナが綺麗に花開いているIS学園の屋上に、俺達は昼食を取る為に集まっていた。他は相も変わらず、千冬とシャルロット、あと簪を除いた修行と同じ顔ぶれだ。シャルロットと簪は購買に飲み物を買いに行くとか何とかで今はいない。じきに来るだろう。俺の友人の少なさに自身で呆れそうになりもするが、まあ仕方がない。それに俺は、数ではなく質で勝負する派なんです。

 

「説教、思った以上に長かったなぁ。まあ午前の授業が全部自習になったし、オレ的には良かったんだけど」

「こっちは何一つ良くねぇよ。煉瓦の壁やら大量のメジェド神やらに包囲されてて逃げられなかったし。というかだよ? ニトクリスさんはなんで宝具発動させてまで俺を軟禁してたんですかね?」

「然るべき対処です。それと、お弁当はありがたくいただきます」

 

 そう言ったニトリは俺の差し出した弁当を受け取り、蓋を開ける。俺製、エミヤ印の弁当だ。ただの弁当と侮るなかれ。エミヤ特製秘伝の調味料がふんだんに使われているのだ。秘伝なのに俺の手に渡った事へのツッコミはしてはいけない、いいね?

 

「相変わらず美味しいわね...マスターの手作りのクセに」

「意味が分からん。俺の手作りのクセにってなんだ」

 

 ニトリよりも先に、掠め取るように弁当を取って食していたペストが呟く。エミヤに指導してもらったのだから美味いのは当然だ。だが俺の手作りのクセにっていうのは本当になんなのだろうか。地味に傷付く。

 

「私の中のマスター像ではこう、アホみたいな筋力で食材を潰して、大釜で一緒くたにかき混ぜてるイメージなのよね」

「てめぇ俺を何だと思って......あと料理なめんな」

「いやだって。マスターってそういうイメージあるでしょう? とりあえず潰す全部潰す。容赦無く、悉くを捻り潰すイメージ。ねぇニトクリス?」

「えぇ、まあ。否定はし切れませんね」

「マジでか」

 

 俺に対する身内からのイメージが...。そんなに酷いイメージを与える事したかな?......してたわ、うん。数え切れないくらいには沢山してたわ。

 

「嫁。私やシャルロットの分の弁当は無いのか?」

「え? いや、お前ら確か自分で昼飯は作ってたよな?」

「私ではなくシャルロットが、だがな。...無いのか?」

「えっ、うん、普通に無いね。なんかごめん。明日...は日曜か。明後日からは作るから。あっ、俺の分ならあるけど。俺は非常食用の缶詰とか食うから」

「いや、それはさすがに嫁に申しわけ...いや、やはり半分貰おう。クラリッサに聞いた『はい、あーん』というモノを所望する」

「あれ、なんかデジャヴ...あとそろそろ嫁呼びやめて」

 

 言いつつ、俺のおかずだったつくねハンバーグを箸で一口サイズに切り、鯉や燕の子の様に口を開けて待っているラウラに食べさせる。...介護ってこんな感じなのかな、とかいう感想を口にしようものならレーザーが飛んできそうなので胸の内にしまっておこう。無駄に施設破壊をすることは無い。ただでさえ今朝の件でウン百万という修繕費を叩き付けられたのだ。これ以上重ねてたまるかっての。...というか、俺が金を持ってたからいいものを、普通学生にそんな金額を提示しますかね...教師陣の正気を疑う。まあ即座に耳を揃えて払った時の教師陣の反応は面白かったけども。この前鉱石とか金塊とかを大量に換金しておいて良かった。

 

「うむ、美味いな。...正直、ついこの間までは斑ロリの言う通り、凌太が料理出来るなんて思っていなかったぞ」

「おうこらそこの眼帯銀髪。私を斑ロリ呼ばわりするのはやめなさい。外見で言えば貴女も私とそこまで変わらないでしょう。...いやこれマスターが元凶よね。おうこらマスター、ちょっと責任取りなさい」

「えぇ〜」

「露骨に面倒そうにするなっ!」

「お待たせー。みんなの分の飲み物も...って、あっ! ラウラだけずるい!」

「凌太の作ったこのハンバーグ、美味いぞ。シャルロットも貰うといい」

「なあ、そんなに美味いのか? オレも一口...あっ、本当だ、美味い」

 

 わいのわいのと昼の屋上に楽しげな声が広がる。

 なんて言うかこう、平和っていいよね。

 

「ねぇ見てよニトクリス。マスターの顔。なんであんなに幸せそうにしてるわけ? キモい」

「それはアレでしょう。日頃生きるか死ぬかのサバイバルを強制させられてきたので、この平和さに和んでいるとか、そういう感じだと思いますよ」

「あぁ、なるほどそういう...マスター、不憫な子...。キモいとか言ってごめんね?」

 

 なんか向こうで哀れみの目を向けてくるロリがいるが、まあ気にしないでおこう。ああ、平和って素晴らしい! ...これ以上は止めておいた方がいいな。フラグになりそうだ。

 

 終いには全員が俺のおかずに手を出し始めたため、ギフトカードから鯖缶を取り出して食す。エミヤがいると缶詰なんて中々食べられないので地味に楽しみだったりする。たまに食べる鯖缶って美味しいよね。

 

 向こうでは女性陣が俺の弁当の味付けがどうとか、一夏はどれが好みなのかだとか、セシリアにだけは絶対に料理させるな死人が出るだとか、色々と盛り上がっていた。...セシリアの料理ってそんなにヤバイのか。しかもセシリア本人にその自覚は無いっぽい...。おいそれ一夏死ぬんじゃねぇの?

 

「それより凌太。アレ(・ ・)、どうしますか?」

 

 軽く一夏の今後を心配していると、不意にニトリが俺だけに聞こえるように言ってきた。彼女は視線だけを斜め上空へと向けている。

 

 ニトリの言う“アレ”とは、3日程前から俺達を監視している飛行物体の事で間違いないだろう。そして監視主はあの天災兎こと篠ノ之束。というかアイツ以外は有り得ないだろう。ステルス機能だかなんだか知らないが、割と警備網が厚いはずのIS学園に軽々と侵入し、3日も滞在していることからかなりの隠密性だと言わざるを得ない。それ程の技術力を束以外が持っているとは考えづらいしな。

 まあ俺、ニトリ、ペストには即座にバレていたのだが。それぞれ直感だったり魔術結界への干渉がどうだったりと、気付いた理由は様々だ。それにあの偵察機らしきモノ、多少魔術による隠蔽が成されているのだ。確かにステルス性は飛躍的に上がったのだろうが、俺達相手だとそれが逆に仇になってしまっている。

 

「別に放っておいてもいいだろ。害にはならないだろうし。ニトリ達が嫌だって言うなら対処するけど?」

「いえ、凌太が無視するというのならそれでいいです。ペストもよろしいですよね?」

「ん。まあ、構わないわ。ちょっかい出してくるなら別だけど。ご馳走様でした」

「はいよ、お粗末さん」

 

 空になった弁当箱を受け取り、ギフトカードに収納する。いや、これホント便利。カード内のものはいくら時間が経ってもそのままの状態で保存されている。つまり、放課後になり部屋に戻ってから先程の弁当箱を取り出しても、今のままの状態で出てくるということだ。油やその他諸々の汚れが時間の経過と共に強固にこびり付くこともない。何と便利なのだろうか。サッと洗うだけで済むので本当にありがたい。食材保存としても使えるし、これは最早劣化版王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)と言っても過言ではない気が...いやさすがに過言か。

 

 ギフトカードの利便性を改めて認識し、感心していた俺に突如詰め寄る影が一つ。長く艶やかなブロンドの髪を太陽の光に反射させるその人物──セシリアはこう言う。

 

「凌太さんっ、私に料理をお教え下さいませんか!?」

「はいこれクッ〇パッド。この通りにやってね」

「そんなっ!?」

 

 一夏の命の為にも、ここは素直に料理を教えた方が良いのかもしれないが、まずはクッ〇パッド大先生に頼ろうと思う。面倒だし是非も無いよネ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日。何故かクッ〇パッド大先生の調理方針に反旗を翻したセシリアの半独創料理によって学園内で犠牲者が出てしまった為、仕方なく俺が1から料理を教えるはめになったのだが...それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 




個人的な理由で、これから2月半ばくらいまでは月2~3回投稿という亀更新が続きそうです。本当に申し訳ない(待っている人がいればの話)です。2月を過ぎれば時間が出来るので、それからは投稿速度をあげます。

尚、私の中で終わらせ方だけは出来上がっていますし、今後どれだけ投稿が遅くなろうとも、途中で投稿自体を辞めるという事は十中八九ありません。なので、どうかこれからもご愛読の程よろしくお願いします。


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文化財保護法って知ってる?

多少どころじゃないくらい無理矢理感半端ない...。まあ今更だけど。
あと束やクロエのキャラがよく把握しきれてない気がしないでもないですね。......独自解釈です(逃げ)


 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉおおおおーー......!」

 

 時間は少し過ぎ、今日は皆が待ちに待っていただろう修学旅行初日である。空は雲一つ無い群青色で染め上げられ、良い旅行日和だと言える。

 

 そんな晴天の下、京都行きの新幹線が駆け抜ける。

 窓際の席に陣取ったニトリは高速で流れゆく景色を窓越しに見て目を輝かせ、溜息にも似た感嘆の声を漏らしていた。正直言うと自分らの足で走った方がこれより速かったりもするのだが、それはそれ。乗り物という事に興奮を覚えているのだろう。三蔵やジャンヌもそうだった。まあ彼女らはものの10分程度で飽きていたのだが。ニトリもきっとすぐに飽きるだろうな。

 

 それにしても、あの意思を持っているかのようにぴょこぴょこと動くニトリの頭部に付いている耳のようなモノは本当に何なのだろうか。凄くかわいい。()い(確信)

 などと思っていると、隣に座っていたペストが顔色を悪くし始めている事に気付いた。

 

「大丈夫か? だからこれに乗る前に酔い止め薬を飲んでおけとあれ程...」

「そんなもの、私には効かないわよ。...多分」

 

 まだ返事をする余裕はあるようなので、背中を摩ってやる。と同時にペストの体内の気の流れを調節し、乗り物酔いの症状を緩和させる作業に入る。乗り物酔いは、酔った奴のバランス感覚を正してやれば割と治るものだ。それでも治らなければ...荒療治(吐かせる)しかないかな(治療放棄)

 幸いにもペストは気の調節だけで何とか持ち直したようで、顔色も少しずつ朱色を取り戻してきていた。良かった、うら若き乙女を大衆の面前で吐かせるとかいう悲劇に陥らなくて。

 

 念のために回復してきてからも治療は続ける。しかしまあ、まさかこんな直線的な動きしかしていない乗り物で酔うとは思わなかった。この子三半規管弱すぎない? 酒とか飲ませたら一瞬で潰れそうだな。気を付けよう。

 

 と、そんな事をしていると、シャルロットがこちらに向かって通路を歩いて移動してきていた。おい、危ないから走行中の車内であんまり歩き回るんじゃない(唐突な常識思考)

 

「ねぇ凌太。僕とラウラ、キミと一緒の行動班になろうと思ってるんだけど、大丈夫かな?」

「行動班? ああ、別にいいけど...」

「やたっ! じゃあラウラにもそう言っておくねー!」

 

 パタパタと小走り気味に今来た通路を戻って行くシャルロットの背を眺めながら俺は思う。「そういうのって普通、当日じゃなくて事前に決めとくものなんじゃ?」と。まあ気にしてもきっと無駄だろうし流しておこう。

 

 ...一学生として然も当然のようにこの場にいる俺だが、傍から見たら修学旅行前と当日だけ来てる素行の悪い奴として映っているんじゃなかろうか。いや、もしかしたら失踪した後にひょっこり帰ってきた級友程度の認識なのかもしれないが。まあ今更他人の評価なんて気にしないけれど。身内は気にするよ? 多少は。

 

 そうだな、折角の京都だ。回るのはこれで2回目になるが、全く同じ街並みという事も無いだろう。しかもこの時期は紅葉がピークを迎える頃でもある。そんな時期に一学年全員分の宿泊部屋を用意することが出来、尚且つ結構な高級旅館を取れるとは、さすがIS学園と言ったところか。臨海学校の時も相当な高級旅館だったし、財力半端ないなこの学園。まあとにかく目一杯楽しませてもらおう。

 妖怪とか面倒事とかありませんように。...ああいや、束が絡んでくる可能性があるから面倒事は避けられない、というか避けちゃダメなのか...。

 

「ほぁあああぁぁ......!」

 

 ...まだ外を見てたのかニトリよ。かわいい(確信)

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「新幹線...良い文明ですね...」

「まあ、楽っちゃ楽だよな」

「なによ、走った方が絶対速いに決まってるじゃない...。乗り物なんて...乗り物なんて...!」

 

 片方には感動を、もう片方にはトラウマを植え付けた新幹線の旅も終わりを告げ、俺達は京都の地に足を付けた。こちらの天気も大変良く、日に当てられた紅葉が輝いて見える。

 目に見えて浮き足立つ生徒達を統率するように、千冬が拡声器も無しに全体に良く通る声で指示を出し始めた。

 

「これからひとまず宿に移動する! 全員、荷物の置き忘れが無いように、順番にバスに乗り込め(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)!」

「─────」

 

 ...ペストの災難は続く。

 

 

 まあ走ったけどね。俺とペストだけ。

 バスなどに遅れを取る訳もなく、大勢の観光客や現地の人達に二度見三度見を繰り返されながらもバスと並走したもの。そりゃあ周りからも引かれるってもんですよ。...修行だと銘打って一夏だけでも巻き込むべきだったな(八つ当たり)

 

 そんなこんなで宿にも着き、各自自身の荷物を割り当てられた部屋へと運ぶ。一般生徒は自主的な班割りで部屋が決まっており、一夏は当然の如く色々な意味で最高の護衛がいる部屋へと配置されていた。最高の護衛とはもちろん千冬である。

 余談だが、一夏の部屋割りは最初、単なる戦闘力だけなら学園に留まらずこの世界最強と言っても過言ではない俺やニトリ、ペストと同室が良いと判断されていた。だが、それに異を唱えたのは何を隠そうニトリとペストである。別に男と同室な事を気にしたという訳では無い。彼女ら曰く「凌太(マスター)が護衛したら、万一護衛対象が襲われた場合、その護衛対象ごと消し炭になる可能性がある」とのこと。失礼にも程があるだろう。俺だって敵味方の区別くらいは付けるわ。

 だが、ニトリ達のその言葉に納得させられた俺以外の一同は全員一致で千冬の部屋に一夏を割り当てる事に賛成しやがった。俺はそんなに信用がないですかそうですか。

 少し不貞腐れてもみたものの、別に男と同室になる事に固執するつもりなどこれっぽっちも無かったので、俺もその案には賛成した。同じ宿に泊まるのだから、侵入者が現れればすぐに気付けるだろうし。

 

 

 荷物を置いた後は各自で自由行動、その後夕方に清水寺へ集合するという日程なのだそうだ。行動班とかは特に決められていなかった。ボッチに優しい制度である。まあ見た感じこの学園にボッチはいないのだが。イジメとかはあるのかもしれないけどな。まあ他人の幸不幸など俺には関係の無い事である。身内が良ければそれで良い。

 

「すまない、少し待たせたな」

「お待たせっ。じゃあ、行こっか!」

「ん」

 

 わりかし最低な事を考えていると、荷物を置き終えたらしいラウラとシャルロットが駆け寄って来る。俺達3人には特に手荷物は無い、というか全てギフトカードにしまっているので、自然と俺達がシャルロット達を待つかたちになっていた。

 

 無事合流し、まずは寺巡りからだと息巻くシャルロット達の後ろを付いて行く。どうでもいいかもしれないが、ニトリ達4人の仲が深まっているようで何よりだ。所謂ガールズトークとやらが目の前で行き来している光景を見ながらそう思った。

 そして気付く。俺に向けられている複数の視線に。両手に花どころの話では無いこの状況に、現地の人間らしき男達が嫉妬100%の視線を向けてきているのだ。なのでこれでもかという程のドヤ顔を返してやった。

 

「凌太、何してるの?」

「いや、ちょっと俗に言う勝ち組の余裕ってやつを見せつけてやろうかと思って」

「?」

 

 ふふっ、愉悦。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ガイドマップ片手に寺という寺を巡り、めぼしい寺社を全て回りきった頃には既に午後4時を過ぎていた。少し小腹の空いてくる時間帯である。昼飯は一応食べたものの、京都に限らず観光地には食欲をそそる物が数多く陳列しているものだ。それに時期は食欲の秋。ついつい間食をしてしまうのも仕方の無いことだろう。

 

 適当な茶屋に入り、目の前に広がる景色に少なくない感嘆を覚える。

 真っ赤な紅葉の中に所々まだ緑が残っているという景色はとても見応えがあり、俺にもまだそのような風情を感じる心が残っているのだと安心させてくれた。

 

「それにしても、こっちの京都は平和だな」

 

 兎の形をした和菓子を摘み上げながら、ポツリと声を漏らす。いつも思うのだが、なんで最近の菓子類はこう、実際の生物に似せてくるのだろうか。この兎やクリスマスケーキでよく見るサンタの菓子など、食べるのに一瞬躊躇する形状をしている。ニトリやラウラなどはまだ食べるかどうか悩んでいる様子だ。 パティシエの皆さんは猟奇的なご趣味でいらっしゃるんですかね。

 

「凌太のいた世界の京都は平和じゃ無かったの?」

 

 兎の和菓子を諦めて三色団子を食べていたシャルロットが、俺の呟きに反応した。

 

「ん、俺の出身の世界の京都は知らんけど、この前行った京都は色々いたからなぁ。悪魔に堕天使に妖怪、あと英雄の子孫かっこ笑かっことじとか。こっちではまだ霊くらいしか見てないし、平和なもんだ」

「ちょっと待って幽霊いたの!?」

「おう。なんだ、霊と遭遇した時もやけに静かだと思ってたら見えてなかったのか。ほら、そこにもいるぞ」

「うひゃあ!?」

 

 シャルロットの背後を指差してやると、彼女は面白い様に肩を跳ねさせて席を立つ。反応が初々しいね。こちとら幽霊なんぞ見飽きてきたからなぁ...。

 

 シャルロットの反応に少し和みながら霊へと向き直る。シャルロットが食べる事を諦めて置いておいた兎の菓子に興味を示していたり、コック服らしき服装をしていたりと、生前は料理人、しかもパティシエといったところだろうか。何故にパティシエがこんなところに。昨今の同業者の趣味に興味でも引かれたか?

 まあこの人にも色々あったのだろうと思い、適当に話しかけて冥界におかえり頂くことしにた。ニトリの鏡ですぐだからね、冥界。お手軽である。

 

「いや、話の分かる人で良かった。すんなり冥界まで行ってくれたな」

「全く...私の鏡を便利な冥界行きアイテムか何かだと思っているのですか? 不敬ですよ」

「というかアレを話の分かる人、すんなり行ってくれた、って判断するのはどうかと思うのだけれど。暴れそうになってたのをマスターが殺気で黙らせただけじゃない。というか死人に殺気って有効だったのね、初めて知ったわ...」

「「 ─── 」」

 

 絶句しているシャルロットとラウラだが、直に慣れるだろう。悲しいかな、俺と関わりを持った奴は大体すぐに順応する。皆曰く「理解出来ないので逆に諦めがつく」のだそう。俺から言わせてみれば英霊や神といったものの存在とかの方が圧倒的に不思議なのだが、そこの所どうだろう。え、あんまり変わらない? デスヨネー。

 

 また1人彷徨える亡霊を丁重に(実力行使で)冥界へと送り届け、茶を啜る。抹茶が美味い。

 

「...嫁よ。今の様な奴らは私達でも、今後の頑張り次第では見たり退治したり出来るようになるのか?」

「また嫁呼び...まあいいけど。そうだな、どうにかなるとは思うぜ? 俺だっていつの間にか見えてる様になってたし。退魔の術とかが教わりたいなら、俺より道満の方が断然いいと思う。『生き残る』って事に重きを置くなら、俺が戦い方を教えよう。大丈夫、これでも生き残る事に関しては自信があるからね。まあどっちにしろ、まずは魔術なり仙術・気功なりを習得する方が先だよ」

「むぅ...先は長いようだ」

「だね...」

 

 若干遠い目をするシャルロットとラウラだが、別に焦る必要は無いと思う。少々言い方は悪くなるが、弱い仲間でも助けられる様に、俺は強くなるのだ。エゴ以外の何物でもない考えだが、やっと見つけた俺の居場所(“ファミリア”)だけは絶対に失いたくないからな。

 

 ──来たか。

 

「さてと。もうそろそろ集合時間だろ? 悪いけど、お前ら先に行っててくれ」

「え? いや、先に行くのは別に構わないんだけど...なんで?」

 

 不思議そうな表情を浮かべるシャルロットがそう聞いてくる。俺が今回京都に来た理由を知っているなら簡単に予想が付きそうなものだが...。

 

「束が来たからちょっと話してくる。どうせそっちに敵さんの刺客なり何なりが向かうだろうけど、一般人の護衛とかはニトリ達に任せていいよな?」

「はい、構いませんよ」

「気配察知というのは、なんとも便利なものだな...衛星からの映像を一々解析する必要もないとは」

「ラウラでもそのうち出来る様になるさ。意外と簡単だからね、これ」

 

 そう言って、茶屋の会計を済ませてから4人と別れる。

 

 京都に来てからその数を約3倍に増やした監視カメラ付き飛行物体のレンズのほぼ全てが俺を捉えていることから、束は俺の動向を把握しているだろう事は予想出来る。それでも束の気配は先程から一切動いていないということは、俺と会わない気は無いということだろう。それは好都合だ。サクッとトニトルスを直して貰って、あわよくばウチのコミュニティに勧誘しよう。新兵器開発やIS整備の為にも有能な技術者が欲しいと常々思っていたのだ。稀代の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチに負けずとも劣らない程の脳を持っている束ならば文句は何一つないというもの。頑張れば対神兵器とかも造れそうだし。あと超絶合体巨大変形ロボとかも...ドッキングとかホントに生で見てみたい(少年心)

 

 そんな夢と期待に胸を大きく膨らませながら、俺は束の元へと駆けるのだった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 数分走り、現在地は醍醐寺の五重塔の天辺。五重塔の代名詞と言える東塔のモノより若干背は低いものの、ここから見る西日に染まった京都の街並みも中々良いものだ。

 

 一般人はまず足を踏み入れないその場所に、今は3つの人影が存在していた。

 1人目はこの古都には不釣り合いな不思議の国のアリス風の服装を着込む女性。鼻歌交じりにホログラム化させたキーボードを弄るその女性はもちろん、俺のお目当てである天災兎である。2人目はその隣に佇む少女。彼女に見覚えは無いが、どこかラウラと似ている気がする。容姿というよりも、その在り方が。まあただの直感だが。

 

「やあやあハロハロ〜! お久しブリーフだねりょーくん! 数ヶ月ぶりかな? 急に姿を消すから束さん、当時は柄にもなく焦っちゃったよ!」

 

 不意にホログラムを消した束が、足首まであるスカートを翻えさせながらこちらに振り向き、3人目である俺に向けて笑顔を見せる。某嵐を呼ぶ幼稚園児風の挨拶に突っ込むべきか一瞬悩んだが、束自身何も考えてもいなさそうだったので(すんで)で思い留まった。

 

「神出鬼没はお互い様ってな。ところで早速、今日会いに来た要件についてなんだが...」

「うんうんっ、分かっているともさ! トニトルスが壊れたんでしょ? トニトルスの使用履歴や機体情報は束さんのところに転送しておいたからね、すぐに直せるよ」

「仕事が早くて助かる」

 

 礼を言いながら、ギフトカードからトニトルスを取り出す。すると何処からともなく様々な機材を取り出した束が早速トニトルスを弄り始めた。

 

「うーん、まさか魔力量に耐え切れずにショートするなんてねぇ。大分余裕を持って上限値は設定してた筈なんだけどなぁ...。あっ、映像データはギリ復元出来そうだね。......ほうほうなるほど。ふぅん、異世界ね...だから通信すら一切届かなかったのか...」

 

 次々と部品を交換したり溶接したりする束の作業を隣から覗き込む。というか映像データとかあったのかよ。

 それに束の呟きを聞く感じ、魔力についての理解はだいぶ深まっている様に思える。流石に魔術を行使するまでには至っていないだろうが...あ、いや、隠蔽魔術使ってたな。自力で魔術行使にまでこぎつけるとか益々持って天才過ぎる。俺でさえ神という手本がいたのだが...束さんマジチートじゃないですかヤダー!

 

「なあ束よ」

「なんだいりょーくんよ」

「やっぱお前、亡国機業だかなんだかに協力するよりさ、俺の所に来いよ」

「おっ? それは愛の告白かな? かな? 全くもー、『俺のものになれ』だなんて、高校生の癖におマセさんなんだからー!」

「お前分かってて言ってるだろ。仲間にならないかって事だよ」

 

 わざとらしく体をくねらせる束に今回はツッコミを入れておく。隣の少女の視線に若干とは言えないレベルの殺意が込められたからな。一応の弁解というか、真意をちゃんと言葉にして伝えておかないと襲われそうだ。

 

「ふっふー! まあ束さんを手に入れたいのなら、もっとロマンチックでエキゾチックに、そして何よりエキセントリックに誘ってくれないとねー! っと、ほい終わりっ」

 

 束はケラケラと笑いながら軽快にキーボードで何かを打ち込み、全ての機材をまた何処かへとしまう。量子変換とかそんな感じの、ISの展開や武器の格納などに応用されているアレだろう。というかロマンチック(空想的)エキゾチック(異国的)、そしてエキセントリック(奇人的)な勧誘とは一体。それら3つは共存出来得るのだろうか...? あとそろそろ殺気を鎮めて貰っても構わないかなそこな少女よ。何をそんなに警戒しているんだ。

 

「そういうりょーくんこそさー、私の玩具(仲間)になりなよ! 魔術使い、こっちの世界には案外少なくてね? 魔術の研究も捗らないし、隣に居てくれると助かるかなって束さんはお願いという名の脅迫をしてみたり」

「脅迫? お前が? 俺を?」

「うんうんそうそう、そうなのだよ! 三食昼寝に加えて私とくーちゃんという2人の美少女付き! いい話だと思うけどなー、男の子なら入れ食い案件だと思うけどなー」

「いやそういうの間に合ってるんで。というかそれの何処が脅迫なんだよ...」

 

 何が楽しいのか、先程からずっとケラケラ笑っている束を呆れた目で見る。俺を脅迫しようなんざ1000年早い。今まで様々な状況を乗り越えてきた俺は何者にも屈さないという自信が...

 

「トニトルスを返して欲しくば大人しく私の仲間になるが良い!」

「卑怯...余りに卑怯...ッ!」

 

 一瞬で屈しかけた。人質ならぬ機質とは卑怯過ぎるぞあの兎...ッ! 今まで会ってきたどんな悪魔や鬼よりも悪に染まっていると言っても過言じゃない。

 

「束様。時間です」

「りょーかーい。 ほにゃらば行こうかポチッとな!」

 

 今の今まで黙っていた少女が口を開き、それに応えて束が怪しげなボタンを人差し指で押す。一瞬爆発に備えた俺は某アニメに毒されしまっているのかもしれない。最早手遅れ感すらある。

 

「ねぇりょーくん。私と1つ、ゲームをしよう」

 

 身構えていた俺に束がそんな事を言ってきた。

 

「...ゲーム?」

「うん、ゲーム。束さんが勝ったら私と一緒に来てよ」

「俺が勝ったら?」

「そうだねぇ...。この天才、束さんが直々に、何でも1つりょーくんの言う事を聞こうじゃないか! エッチな事でもいーよ? りょーくんも男の子だもんね、性的な意味で束さんを見るのも仕方ないよ...ポッ」

「ポッ、じゃねぇよ。何で俺の願いが性的な要求で確定されてんだ。というかさっさとトニトルス返せ」

「さありょーくん! キミはこの申し出を受けるかな!? 受けないかな!?」

「くっそ話が通じねぇ... バーサーカーかコイツ...!」

 

 良妻賢母な猫狐が一瞬頭を()ぎる中、今の状況を確認する。

 束が仕掛けてきているゲームはルールが一切不明。負ける気はさらさら無いが、ゲーム内容が科学的知識に完全依存するようなものだったら、俺は手も足も出ずに負ける可能性が非常に高い。やはりまずはルール確認からだろう。

 

「ルールは?」

「ゲームを受けるなら教えてあげる」

 

 事前にルール説明すら無いとかマジかコイツ。

 だが、ゲームを受けないという選択肢は十中八九間違いだ。科学的知識に偏らないゲーム内容に期待するしかないか...。

 

「分かった。受ける」

「そうこなくっちゃ! ではでは、ルール説明〜! まずはあちらをご覧あれ!」

 

 束はそう言い、街の中心の方を...正確には停車しているモノレールを指差した。しかもただのモノレールでは無く、IS学園が使用するモノレールだ。何故かこれからモノレールに乗って移動するらしく、モノレールの中にはIS学園の生徒達の気配が密集している。その中には当然ニトリのモノもあった。ペストは外で待機している。余程乗り物が嫌になったらしいな...。

 と、ペストの軽いトラウマについて考えていると、そのモノレールが動き出した。...おい、俺がまだ乗ってないんだが。まさか置いていく気か? 私は悲しい...。

 

「あれを今さっきハッキングして、メインシステムを乗っ取ったんだよ。あと時限爆弾も仕掛けてる。とびきり強力なヤツね!」

「時限爆弾とかまたベタな物を...」

「ちっちっち。ベタとは王道、王道こそ正義なのだよりょーくん! あとねー、そろそろだと思うんだけど...あっ、来た来た。お次は西の空をご覧あれ!」

 

 言われるがままに西の空へと目を向ける。と、そこには無数の影が西日を背にこちらへと飛んできている光景が広がっていた。数にして88個のあの影は...

 

「あれ全部ISか?」

「そうだよ! 束さん特性の新型IS、対りょーくん用に大量生産しちゃったんだー」

 

 つまりコイツは、世界に存在するISのコアとは別に新しく88個も増やした、と言っているのだろうか。しかもそれが対俺用だとは...。はて、対俺用とは一体? もしやコイツ、前から俺と戦う事を想定してやがったな? 2週間も監視だけして直接干渉してこなかったのはそういう理由なのだろうか。...何故?

 

「それからお次はあちら!」

 

 次に束が指差したのは新型ISの群れとは別方向の南の空。そこには複数のISの軌道が見て取れた。あれは...一夏と箒、オルコットに...あと何故か更識楯無もいるな。アイツ学年違うのになんでいるんだよ。

 まあとりあえずそれは置いておくとして、その知人4人が、見知らぬ奴らと京都の街を破壊しながらドンパチしていた。......ねぇホント何やってんのあの人達。馬鹿なの? ここに文化財やら何やらが何個あると思ってんだ。というか今オルコットの流れ弾が壊したのってもしかしなくても清水寺の舞台ですかね...。

 

「...で? 3つとも見たが、アレが何?」

「あれ? 思った程焦らないんだね? まあいいや。りょーくんの勝利条件は簡単。モノレールを止めて爆弾を解除、無人機88機+いっくん達と戦ってる亡国機業構成員の捕縛、或いは撃退、その2つともを達成する事。りょーくんが連れて来てた2人の協力も認めるよ。束さんの勝利条件は、りょーくんが勝利条件を達成出来なかったらだね。じゃあ制限時間は10分! 因みに時限爆弾の方は後5分しかないよ。それじゃあゲームスタートぉ!!」

「.........えっ」

 

 ...もしかしてこの兎、俺の事舐めてる? いや完全に舐めてますね...。ちょっと俺の力を見せしめる必要がありそうだ。

 

 モノレールの方はニトリが何とかするだろうし、もししなければ俺が行ってどうにかしよう。まずはあの大量の無人機からだな。

 

「我は雷、故に神なり──とりあえずぶっ飛べ、“雷砲”ッ!」

 

 五重塔から飛び降りながら聖句を唱え、着地してから雷の暴風を広範囲で西の空へとぶっ放す。折角俺が感動した街並みなのだ。出来るだけ街は傷付けない方向でやろうと思う。

 

 本物の天災が無人機を襲う。幾ら最新鋭のISとは言え全機が無事で済むわけが無い...と思っていたのだが。

 

「むっふっふー! 甘い、甘いぜりょーくん! 塩コショウと砂糖を間違えてふりかけた焼肉くらい甘々だぜっ!」

「例えが分かりずら過ぎる。というかそれは甘いというより不味いのでは?」

 

 勝ち誇ったかの様に塔の上で束が胸を張り、よく分からないことを豪語した。流石に焼肉に砂糖は合わないんじゃなかろうか? ...今度試してみよう(好奇心)

 

「りょーくんがこの世界に於いて最強なのは多分紛れもない事実だよ。でも、それはりょーくんの魔術...その雷に依存する。つまり雷さえどうにかすればいいんだよ。だからね。あの無人機は全部耐電仕様なのさっ! 自然界で発生する雷程度じゃあ、あの大軍は破れないよ!」

「...ふむ。お前の言いたい事は大体分かった。──やっぱり俺を舐め過ぎだ」

 

 確かに権能の威力は絶大だ。それを封じる手段があるというのならば、俺の攻撃力は下がるだろう事は間違いない。だが、俺の真髄はそこではない。それに、雷が効かないなんて事は大した問題ではないのだ。だって、雷以外で攻撃すればいいのだろう?

 

 腰を落とし、手刀の構えを中段で取る。ちょうど居合い抜きのような姿勢だ。そこに、魔力を凝縮させる。

 イメージは円卓の騎士・ベディヴィエールが扱う宝具、銀色の腕(アガートラム)。実際は全くの別物だが、アレをモデルにし、魔力で光輝くの剣を右手に造りあげ───横一閃。それだけで、伸縮可能な魔力剣は遥か上空の雲すら切り裂く。...調節ミスって無駄に長くし過ぎたのは内緒。

 

「なんっ...はぁ!?」

 

 束の張り上げた驚愕の声が木霊する。無理もない。絶対の自信を持って俺に差し向けたIS達が、たった一撃の下でその数を半分以下に減らしたのだ。サッと気配察知で残機数を調べると、残りはたったの26機のみ。ざっと4分の3くらい削ったことになるのか。流石に最新鋭ISも、機体そのものが切り裂かれれば壊れるらしい。自己修復機能とかついてたら面倒だったが、それも付いていないようだ。

 

 束は俺の力を過小評価していた、というよりは知らなかったと言った感じなのだろうか? 映像データを復元したとか言ってたから、てっきり俺の私生活全て筒抜けなのかと思ったていたのだが、そうでも無いらしい。精々がISを展開している時だけの映像っぽいな。

 

「さて、残りはあと9分と40秒くらいか? サクッと行ってみよう」

 

 俺を舐めたのが運の尽き。ここから先はずっと俺達のターン。全力で行くぞこれが手加減だっ!()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ? シャルロットとラウラの出番が少ない?
じ、次回からは出番を...増やせたらいいなぁ(願望)


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ああそうだ、技術者が欲しかったんだよ

蘆屋道満、FGOで出てきちゃったんですけど。しかもビーストの可能性も匂わせてきてますし...。安易にオリ鯖なんて登場させるんじゃなかったかな...?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おら一夏腰入れろ、刀をテキトーに振るな。箒は(りき)みすぎ。...おいオルコット! 建物壊すなっつってんだろ! レーザー撃つ時は上空に向かって...えっ、何お前金閣寺壊したの? ねぇアホなの? 文化財保護法ってググってこい。下手したら外交問題案件だぞ」

 

 ゲーム開始から約8分が経った。開始1分足らずでISの大軍を鉄くずの山に変えた俺は、戦場を俺の傍にシフトさせてきた一夏達へと助言を投げかけている途中だ。だが、そろそろゲームの終了時間も差し迫っている。悠長に構えていては万が一がありそうだし、俺も戦闘に参加した方が良い頃だろう。

 

 因みにだが、モノレールの方はニトリが何とかした。具体的にどうやったかと言えばまあ...メジェド神が頑張ったのだ。まずニトリが召喚した全長8m超の巨大メジェド神が何食わぬ顔でモノレールを止め、次に通常サイズのメジェド神の大軍がモノレールを隅から隅まで調べ上げ爆弾を発見、処理したのである。「ぬーん」という擬音がぴったり合う様な佇まいの巨大メジェド神が表情一つ変えずに直立不動のままでモノレールを止めた時は誰もが呆気に取られたものだ。いや、実際超シュールな光景だったからね。

 

 とりあえず残り時間の確認をしようと束の方をチラリと見たのだが...。

 

「このままじゃりょーくんがあっさり勝っちゃうつまり私がりょーくんの言う事を聞かないといけなくなる訳でって事はやっぱりりょーくんも男の子なんだし目の前に餌が落ちてたら飛び付いちゃう狼だよねでも束さんも初めてだし初めてはやっぱり好きな人とっていうかちーちゃんとかいやでもちーちゃんはそういうのじゃないし別にりょーくんが嫌な訳じゃないけどやっぱりりょーくんもそういうのじゃないしでもでも......」

 

 ...何やらこことは違う場所を見ている様なのでそっと目を逸らす事にした。お花畑か何かなのかあいつの脳内は。馬鹿と天才は紙一重だとよく言うが、ダ・ヴィンチちゃん然り束然り、彼女らを見ていたらその言葉の信憑性が格段に上がる。まあダ・ヴィンチちゃんはただの頭がずば抜けて良い阿呆だが。

 とにかく今の束では会話も儘ならないので、俺はクーちゃんと呼ばれていた少女の方へと視線を向ける。

 

「なあ、残り時間とか分かる?」

「残り1分と32秒です」

 

 思っていた以上に正確な数字が返ってきた事に若干驚くが、まあ束と行動を共にしている様な奴なのだし、別段不思議でも無いかと考えを改める。

 それにしても残り1分半か。一夏達が時間内に敵を倒せるとは思えないし、やっぱり俺が動いた方がいいだろうな。

 そう考え、敵対している3人を順に見る。

 

 オルコットと箒が戦っている奴は...まあ言動からして下っ端だろう。口が悪く動きに無駄が多い奴は大体やられ役だと相場が決まっている...と俺は思う。

 で、次に一夏が戦っている奴だが...まあまあ強い。彼女自身もそうだが、ISの性能も他2人とは格が違う様に見える。正直、一夏1人で良く持ち堪えているなと感心しているのだ。これが主人公特性か...。

 んで、ラストは生徒会長と戦っている奴。こっちも普通に強い部類に入るだろう。IS学園の生徒会長とは学園最強の称号だと以前聞いた覚えがある。そんな楯無が苦戦しているところを見ると、総合力では3人の中で1番上なのだろう。実際、一夏は楯無に勝てた試しが無いと言う話だしな。

 

 強い方と弱い方、どちらを先に仕留めた方が楽かと言われれば弱い方と答えるのが俺である。だって強い奴と戦っている時に横槍入れられると面倒だからね。まああの3人程度なら纏めて相手をしても片手で事足りるのだが。

 とまあ、そういう訳で。箒達が相手をしている奴から捕縛しよう。何、殴って縛ってポイするだけの簡単なお仕事だ。1人5秒で終らせてやる。

 

 直線距離にして目測約50m。地面を抉る様に踏み砕き、空飛ぶ目標の背後へと1秒未満で到達する。

 そして気付かれる前に所謂「首トン」というやつをして意識を刈り取り、ISの装甲を剥いで肢体をギフトカードから取り出したロープで拘束する。こんな事もあろうかとロープを収納しておいて良かった。もしもの備えは大事だね。

 首トンから拘束までの間は僅か3秒、移動時間と合計で4秒である。目標である5秒を下回った事に軽い達成感を覚えますね、ええ。ん? ISの絶対防御? 貫通しましたが何か。

 

 突如として目の前の敵が無力化された事に目を丸くしている箒とオルコットを横目に地面へ着地。拘束した女性を適当にそこらへ放り、続けて跳躍する。

 次は一夏と相対している黒い奴だ。こちらは俺の接近に辛うじて勘付いた様だが、残念な事に速度が足りない。俺から逃げる事は不可能だった。先程の女性の時と同じく絶対防御を粉砕する威力の手刀を繰り出し、首に比較的優しく触れる。それだけで終わり。少女は声すら発すること無く意識を手放した。そこからまたISを剥ぎ取り、ロープで拘束し、着地。ぐったりとする少女をそこらに投げ置く。こちらの総合時間は5秒弱。まあ目標時間通りだ。順調順調。

 

「オータム! M!」

 

 と、ここで楯無と戦っていた上司っぽい奴が声を上げる。戦闘中によそ見かよ余裕か、などと思ったのだが、見れば楯無の姿が無かった。サッと気配を探ってみれば、楯無は現在鴨川の水中に居る。やられたのか、将又(はたまた)潜伏中なのかは知らないが、とりあえず残りの1人も俺が仕留めておこう。その方が逃げられる心配も無いというものだ。

 

 念のため気配を消して高速で背後に接近、からの手刀。全員同じ手であっさりやられてくれるから非常に楽だ。まあ見えてすらいないのだろうが。黒いISに乗ってた奴が俺に気付いたのも、恐らくはISの性能によるものだろう。生身で俺の速度を見切れるような猛者はこの世界には居ないかもしれない。だって世界最強と名高い千冬が見切れなかったからね。まあ、気の扱いや察知の仕方をマスターすればある程度は反応出来るようになるだろうが。

 

 そんな事を考えながら最後の1人も拘束し、着地する。これでゲームクリアではないだろうか。確認の意味を込めて視線を束に...いやアイツはダメだ、まだメルヘン世界から帰ってきていない。という訳で視線を横にスライドさせてクーちゃんの方に向ける。目は閉じているものの、俺の視線とその意味に気付いたクーちゃん。しかし、そんな彼女は困った様な表情を浮かべるだけだった。まあ、ゲームマスターたる束があれだからなぁ。誰が見ても俺の勝ちでゲーム終了なのだが、自分が勝手に判断(ジャッジ)していいものかと悩んでいるのだろう。...仕方ない。このまま放っておくつもりだったが、束を現実に引き戻すか。

 

「おーい、帰ってこーい」

 

 束に近付き、彼女の頬をぺちぺちと叩きながらそう声をかける。ゲーム開始まで殺気紛いの視線を俺へと向けていたクーちゃんもこれには苦い表情を浮かべるしか無いようで、特にこれと言って敵意は見せていなかった。

 

「つまり最終的にいっくんとりょーくんがランデヴー...ハッ!? 私は何を!?」

「それはこっちのセリフだ、てめぇ今何考えてやがった...ッ!」

 

 腐ってる奴が俺の身の回りに多い件について。非常に由々しき事態だ。俺の処女を守らなければならないと心に決める日も近いかもしれない。...おい冗談じゃねぇぞ俺にそっちの趣味はない!

 

「あっ.........もしかして...終わったの?」

「終わったな。ISの大軍の撃破、モノレールの静止に爆弾処理、んで敵の捕縛。完璧だ」

「あー......要するにいっくんとりょーくんがランデヴー?」

「ホント何言ってんのお前」

 

 人類の宝である束の脳は本格的にショートしているのかもしれない。というかランデヴーって最早死語だろ。チョベリグとかと同世代くらいじゃね? その辺りは俺が生まれる前に流行ってた言葉らしいけど。

 

「りょーくん対策で2週間もかけて作った自信作達がこうもあっさりやられるなんて...あの子に譲ったISも、性能だけ見ればトニトルスの完全上位互換機体だったのになぁ...」

「あの子? ってどいつだ」

 

 というか魔力で動くISを一般人に渡したところで使い物にならないだろ。普通に紅椿の方が強い。なんなら第2世代のISを使った方がマシまである。そこらへんは...考えてたけど面白そうだから無視した感じですかね。もしくは魔力源を別に用意しているのか。それだったらまあ...いややっぱり紅椿とか第4世代の方が強い気がする。

 まあどちらにせよ、こいつは十六夜レベルの快楽主義者なのではなかろうか?

 

「ほら、あそこの黒髪の子。気に入ったからISの提供だけしちゃった。あ、因みに私、亡国機業と協力してる訳じゃないよ? ISを一機だけ作ってあげただけだから。りょーくんはなんか勘違いしてたみたいだけどっ!」

「えっ。...千冬ェ...」

 

 千冬の提示した情報を安易に信じたのがいけなかったか...。やっぱ他人から得た情報は裏を取らないとダメかな。今回は特に問題は無かったが、今後間違った情報に踊らされないように気を付けよう。

 とまあ、そんな俺の決意は置いといてだ。束が指差した方を見てみれば、そこには東洋人風の黒髪少女が気絶したまま拘束され放置されていた。...ふむ。年端もいかない少女を拘束した、という字面だけ見ると犯罪臭半端ないな。今はうつ伏せで倒れている為顔はよく見えないが、さっき少しだけ見た感じ大分整った容姿をしていたと思う。束が気に入ったって、もしかして顔が気に入ったとかそういう事だろうか?

 

「んー...まあ仕方ないかな。私がりょーくんの本気を見誤ってたって認めるしかないね、これは。うん、このゲーム、りょーくんの勝ちってことで!」

「おう。ああ、それとな、アレ全然本気とかじゃないから」

「...ほっほぉう? 因みに本気を出したらどのくらい強いのかな?」

「どのくらいかって聞かれてもな...神を殺すくらい?」

「あっはははは! 神を殺すくらいとか本気で意味分かんないねっ!」

 

 確かに比較対象が神とか自分で言ってて意味が分からんな。半神どころかモノホンの神までもが身内にいるから感覚が狂っているのかもしれない。まあ神だからと言って必ずしも強いという訳ではないのだが。

 

「ところで勝利報酬の話だが」

「.........優しくしてね?」

「何時までお花畑な思考回路を続けてるんだ。とにかくトニトルスを寄越せ」

「えっ、あっはい、どうぞ」

 

 何故か敬語になった束からトニトルスを無事受け取り、内心ホッとする。戻ってきて良かった。

 

「それで? あの3人どうするよ。まあ順当にいけば警察に引き渡しなんだが...」

「え?」

「え?」

 

 敬語の次は何故か驚いた様な声を上げた束。思わず俺も聞き返す形になってしまった。

 

「いや、これは普通に警察預かりの事件だよな? 器物破損とか殺傷罪とか...てかそもそもコイツらテロリスト集団だし」

「...そうじゃなくて、えっと......勝利報酬の話は一体どこに?」

「は? トニトルス貰ったろ?」

「いや...トニトルスは確かに勝利報酬だけど...その、ほら。『なんでも言うこと聞く』ってやつ」

「えっ、それってトニトルスとは別報酬扱い?」

 

 何それ聞いてない。いや俺が勘違いしてただけか。じゃあどうする? さっきから束が心配しているらしい束との肉体関係はまず無いとして、トニトルス魔改造計画でも立案するか? ISで戦う気は無かったのだが、そろそろ本格的に空中戦の対処も考えないとだし...。いやいっその事束に“ファミリア”に入ってもらう? 強制的に仲間にするっていうのは俺的にあまり好ましく無いのだが、束は嫌がらない気もする。

 正直、束は非常に欲しい人材だ。全体的にハイスペックを通り越した根っからの天才だし、努力もしている...と思う。まだ全然未熟だとは言え、ほぼ独学で簡易な魔術程度なら習得出来るような奴だ。欲しくないわけが無い。あと普通にトニトルスの整備士要員として必須。エミヤじゃ限界があるからなぁ。...うん、そうしようか。

 

「じゃあアレだ。俺、“ファミリア”っていうコミュニティのリーダーをやってるんだけど、お前それに入ってくんね?」

「“ファミリア”?」

「そ。箱庭っていうthe・異世界にある俺達の本拠地。もしこの申し出を受けるなら、科学に化学に魔術に超能力、なんでもありな神々の遊技場やその他異世界での素敵生活がお前を待っている訳だが...まあ別に強制はしないよ」

「むぅ...それは私にとっての脅迫だって分かって言ってるでしょ。束さんが躍起になって研究してた魔術だけじゃなくて、それ以外にも色々と面白そうな単語が並んでたし」

 

 俺の提案にウンウン唸る束。正直意外だ。てっきりすぐに食いついてくるものだと思っていたのだが...。

 

「えっと...束さんと何を話してたんだ? というかなんで束さんはここにいるんだ?」

 

 と、ここで一夏が俺達へと近付いてきた。箒とオルコット、あとついでに生徒会長もいる。箒とオルコットは束に対して苦手意識があるのか、2人共一夏の後ろに隠れる様に立っていた。

 

「いや、ちょっとしたゲームを。あと朗報。束ってば別に亡国機業に協力してた訳じゃないんだとさ。まあISを一機提供してたみたいだけどな。ここにいる理由は...あれじゃね? 俺を倒す為とか、そんな感じ?」

「なんだその少年漫画の主人公のライバルみたいな理由...。っていうか束さんが亡国機業にISを流した時点でそれは協力と呼べるんじゃないのか?」

「一機だけなら何も問題ないだろ。それもさっき撃破したしな」

「...オレはもう驚かないぞ」

 

 諦めたような表情でそんな言葉を溢す一夏。俺も初めて“サウザンドアイズ”に出向いた時くらいに同じこと言ったっけな。ああ、まだ比較的通常に生きていたあの頃が懐かしい。というかまさか俺が驚かれる側になるとは...何と言うか、感慨深いものだなぁ(遠い目)

 

「凌太くん。篠ノ之博士の事とか、亡国機業の事とか、聞きたい事は色々とあるのだけれど、とりあえずは置いておくわね。今織斑先生から連絡が入ったの。『一緒にいる馬鹿を何が何でも私の前に連れてこい』だそうよ」

 

 と、何やら電子機器を弄っていた生徒会長がそう報告してきた。というか俺としては貴女がなんでここにいるのかを聞きたいんですが。いや京都に入ってきてたのは知ってたけど、なんで1年の修学旅行に付いて来たのこの人? 学校は? 千冬もまずは学校をサボタージュした生徒会長への説教を優先しようぜ。

 

「えっ、何それちーちゃんおこなの?」

 

 俺の提案を聞いてからずっと唸っていた束だったが、千冬の伝言を聞いて正気に戻った。その顔は引き攣っており、少なくない恐怖を感じている様に見える。

 

「りょ。はーい、逃げないでねー」

「やめてりょーくん離して! 多分だけどこれちーちゃんすっごく怒ってる! このままじゃ脳が! 束さんの脳が飛び出るっ! 人類の宝がぁあ!!」

「大丈夫大丈夫。即死じゃなければ助けられるから。...即死じゃなければ」

「2回言った!? 大事な事だから2回言ったの!? ねぇそうなの!?」

 

 ジタバタと暴れる束の襟を掴んで捕獲する。というかそんなに怖がるだったらこんなテロ紛いの事なんてしなけりゃ良かったのに。

 

「知的好奇心とか未知とか、そういうのには束さん逆らえないんだよ!」

「おいナチュラルに人の心を読むな」

「天才だからね、是非も無いよねっ! っていうかクーちゃん助けて!」

「良い機会なので1度怒られて来てください。潜水艦内の掃除とかをちゃんとしない件についても」

「まさかの裏切り!? クーちゃんは味方だと思ってたのに!!」

 

 八方塞がりとはこの事か。

 うん、なんて言うかまあ...生還を祈ってるぞ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「この頭か? この頭が余計な事を考えるのか?」

「ギブ! ホントギブ! やめてちーちゃんホント待って! これ洒落になってないよ!? めり込み方が今までの比じゃ無いんだけど! なんか握力強くなってない!?」

「安心しろ。今の私の握力は林檎を指2本でジュースに変えられる程度だ」

「安心出来る要素が全くの0! というか指2本で林檎ジュース作るとかそれ握力云々だけで説明できる事象なの!? ...あ、待って、ちょっと気持ち良くなって来た気が...」

 

 所変わって、現在俺達は宿泊ホテルのとある一室にいた。簀巻きにした束を担ぎ、クーちゃん改めクロエ・クロニクルを肩に座らせながら無事に動き出したモノレールの後を追い、すっかり夜になった頃にこの旅館に着いたのだが...束を千冬に差し出した瞬間にこれである。まあ束の自業自得と言ってしまえばそこまでなんだけどな。あと何か新しい扉を開きかけてるぞあの天才...。

 

 そう言えば、結局捕らえた機業構成員の3人は束がこちらの手に渡った以上特に用も無いのでテキトーに放置してきたのだが...まあまだ外も凍死する程寒くは無いし、自力で何とかするだろう。頑張れ。

 

「はぁ...それで? なんでまたこんな事をしでかしたんだお前は」

 

 俺の指導により強化されたアイアンクローを解いた千冬が、蹲る束を見下ろしながらそう問いかける。それにしてもさっきのアイアンクローは痛そうだったな。こめかみから聞こえちゃいけない音が聞こえてきたぞ。束の足も宙に浮いてたし。

 

「待ってちーちゃん、流石の束さんもまだ回復し切れてない...」

「いいからさっさと吐けこのド阿呆が」

「今日ちょっと辛辣過ぎない!?」

 

 本気で涙目になっているであろう束に若干の哀れみを向ける。まあ連行してきたの俺だけど。

 

 因みにだが、この旅館にてニトリ達とも合流した。今は温泉に行っていてこの場にはいないが、合流した際に恙無くモノレール静止と爆弾処理を行ったニトリを褒めていたのだ。そしてその時、顔を合わせたラウラとクロエの間に何故か険悪な空気が始めたのである。いやまあクロエの一方的な感情のようだが。一旦2人を離してクロエに話を聞くと、何やら2人の生い立ちに触れる事が原因らしい。

 

 曰く、2人は所謂試験管ベビーというやつであり、姉妹関係にある。が、クロエの方はラウラが妹であることを否定しているとか何とか。

 ...一応話だけは聞いてみたけど、これは俺にはどうしようも無い問題だよなぁ。

 ラウラは“ファミリア”に入る事がほぼ確定しているようなものだし、クロエも束が“ファミリア”に入ったら付いてくるだろう。だったら和解の手助けくらいはしてやりたいが、本人達にその気が無いのであればどうしようもない。まあ、とりあえずこの問題は保留した。ラウラ達を不幸な目に合わせた奴らだけでも潰して来ようかとも思ったが、それらの組織は既に束が壊滅させたらしい。どうやら俺の出番は最初からないようだ。

 

「『ちーちゃんが楽しんでくれるかと思って』『りょーくんに勝とうと思って』...。まさかそんな理由でテロリストに専用機を提供し、更には生徒全員を巻き込んだ爆破テロまでしでかすとは...束の性格は相変わらずか...」

 

 そんな事を考えているうちに束の拷問は終わった様で、束が物理的な、千冬が精神的な頭痛から両者共に頭を抱えていた。世界の頭脳と肉体のトップがこの有様である。大丈夫かこの世界。

 

「まあその専用機も完全に破壊したし、爆破もニトリが未然に防いだし、特に問題は無いだろ?」

「大アリだ馬鹿者。今回の爆破未遂テロの対処に国が動き、そして悉くが撃破された。そこの阿呆が提供した新型ISによってな」

「おうふ。てか国家軍隊がたった1人に全滅とか。それ日本大丈夫か?」

「軍の練度の低さは私も危惧している。だが、問題はそこではない。その爆発魔とIS提供者が私の手元にいるという事実が面倒なんだ。国は軍隊を動かす上で、衛星による監視も行っていたらしい。そしてそこに現れたのが国家指名手配中の犯人。しかも大勢の人間の命に関わる事件を引き起こしていたが、それも未然に防がれて犯人の身柄が私の元にある事を国は把握している。今は国からの連絡を山田先生が対処している最中だが、いつ軍隊がここに押し入ってくるかも分からん。そうすれば束は疎か、生徒達の安全すら怪しくなってくる」

「そんな事をすれば俺が黙っちゃいないが?」

「それも問題なんだ坂元。貴様、世界を滅ぼす気か? 軍がやられれば次は暗部が、それすらも退ければ次は他国、次は多国籍軍か? まあその様に、向かってくる敵を倒しても次々に貴様を襲う勢力は現れるだろう。そして現状、お前を止められる勢力はこの世界には無いと見ていい。しかもニトクリスやペストもいるのであれば、まず人類に勝ち目は無い」

「私が本気出せば少しくらい抵抗出来る...」

「貴様は黙っていろ束。それとも臨死体験でもしてみるか? 安心しろ、死にかけても坂元なら何とか出来るだろうさ」

「ギャアアアア!! 頭がぁああ!!!」

 

 青筋を浮かべながらアイアンクローをする千冬と、女性に有るまじき悲鳴を上げて苦しむ束。というか頭捻り潰したら即死だぞ。それはフェニックスの涙でもどうにもならないって。

 

 それにしても...確かに面倒だな。別にこの世界を滅ぼすくらいなら出来なくは無いだろうが、明らかに面倒臭い。そして世界を敵に回しても俺に何のメリットも無いとくれば、世界を滅ぼす意味など本当に無いのだ。俺の労力と死人が無駄に増えるだけである。

 

「まあ取れる選択肢としては2つじゃね?」

「ほう、何か策でもあるのか? 言ってみろ。ぶっ飛んだ作戦でなければ採用しよう」

「その前に離してちーちゃん! ホント死ぬから!!」

 

 とりあえず千冬にアイアンクローを解除させ、束が落ち着いてから口を開く。

 

「まず1つ目は、普通に束をここから逃がす事だろ。全世界勢力から今日まで逃げ切ってるような奴だし、逃げられたところで誰も文句は言えないだろ」

「まあそうなんだが...こいつをここで逃がしていいのかと私は思う。今後また生徒に危害を加えないとも限らないのでな」

「さっすがちーちゃん、私の事分かってるぅ!」

「束ステイ。まあ、こいつがいつ暴走するかなんて分かったものじゃないわな。んで2つ目の提案。束を異世界に連れて行く事。ここから逃がしはするけど監視下には置けるようにする、って言い方の方が千冬的には安心出来る?」

「む...」

 

 俺の2つ目の提案について少し考える千冬。実際それが皆が幸せになれる手段だと俺は思う。別にこの世界に2度と帰って来れない訳でもなし、千冬や箒に会いたくなれば何時でも帰って来れるのだ。その上で束が大好きな未知との遭遇も待っている。そして俺は多大な戦力を得る。win-winとはまさにこの事ではなかろうか。冴えてるな俺(自画自賛)

 

「問題は束が異世界行きを迷ってるって事だな。何を悩んでるのかは知らんけど」

「んー。確かに異世界には興味あるんだけど...私まだ宇宙に行ってないしなぁ」

「宇宙? ...ああ、確かお前がIS作ろうと思ったのって宇宙に行く為だったっけ? けど、束の科学力と実行力なら宇宙くらい今すぐにでも行けそうだけどな」

「まあ太陽系内くらいは行けなくもないだろうけど...それでも色々と課題も残ってるんだよ。宇宙、舐めたらアカンで」

「そんなもんか。まあ宇宙だしなぁ」

 

 宇宙という未開地は何がある分からない。十二分に準備を整えてもまだ不十分、という一見矛盾したような事が普通に起こり得る場所なのだろう。怖いのは未知のウイルスや磁場などかな。ウイルスは言わずもがな、ISという精密機械に乗って行く以上、予想外の磁気などは致命傷になり得るのでは無いだろうか。その辺り詳しくは分からないけど。

 

「でもまあ、異世界にも宇宙はあるよね? だったら異世界に行ってみるのもいいかなー、って」

「おっ、マジでか。正直来てくれると非常に嬉しい」

「むっふっふー。りょーくんがそこまで言うのなら束さんも黙っちゃいないよ! なんなら各異世界の謎とやらも束さんが明らかにして上げようじゃないか! うん、そう考えるととってもドキがムネムネだねっ!」

「世界の謎とか規模大き過ぎてちょっとよく分からないけど、もしそれを完遂出来たならありえないくらい凄い偉業だって事は分かる。頼もしいな」

「でっしょー!? ふっふっふ、遂に束さんも異世界デビューする日が来たのかぁ。異世界が存在するって事は知ってたけど、実際に行く日が来るなんて思って無かったよ。楽しみだなぁ」

 

 まだ見ぬ異世界へと思いを馳せる束。良かった、何だかんだで新戦力ゲットだぜ。

 

「なんなら千冬も来るか? 勿論、一夏も連れてな。お前らはこれから強くなるだろうし」

「......いや、遠慮しておこう。今の私は教師だ。そう簡単に生徒達をほっぽり出せはしない。まあ、異世界とやらに興味が無いと言えば嘘になるがな」

「そっか。まあ気が変わったら一声掛けてくれればいいから」

「心に留めておこう」

「ねぇりょーくん。勿論クーちゃんも連れて行っていいんだよね?」

「おう、元からそのつもりだよ。まあラウラとの折り合いに難航しそうだけどな」

「りょーかーい! じゃあ話も纏まったし束さんも温泉行ってこよーっと! ほらほらー、ちーちゃんも一緒に!」

「今は生徒の使用時間だ。また後でな」

「えっ。...ちーちゃんが...拒否、しない...? こっ、これってまさかまさかのデレ期来た!?」

 

 ぃやっふぅ!! と束は小躍りでもしそうな程に喜びを体で示す。そんなに嬉しいか。

 

 これで、我がコミュニティ“ファミリア”に新たなる戦力が加わった。技術面ではカルデアの技術開発局にも劣らない成果を上げてくれるだろうと大いに期待している。まあガンド並の快挙は無理かもしれないけどな。英霊だろうが神だろうが問答無用でスタンとか本当におかしいからねあの術式。

 

 まあ兎に角。本来の目的であるトニトルスの修理は完遂し、更に新戦力まで手に入ったのだ。今回は良いこと尽くしだと本気で思う。

 俺は確かな満足感を覚え、気分良く旅館の露天風呂へと足を運ぶ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q. 爺さん(神さま)に勝てるのって誰がいるの?

A. 全力の白夜叉(白夜王)、ドラゴンボールキャラの上位陣、ORT、殺生院キアラ、初代山の翁、正義感とか周りへの配慮とかを全部かなぐり捨ててガチの本気を出してきたウルトラマン。まあその辺りならワンチャンあるんじゃないですかね? あとは化け物の巣窟である型月作品から魔法使い、真祖、死徒二十七租などを始めとする変態達ならある程度の勝負にはなるんじゃないでしょうか(白目)

結論を言えば、爺さん(神さま)と渡り合えるキャラは探せば居ます。物理的にだったり、特殊能力的にだったりの違いはありますが。まあその殆どが「どうしようもないもの」、或いはそれに準ずる存在ではあるんですけどね。
え? 爺さん強過ぎワロエナイって? ...大丈夫、作者である私自身が一番引いていると思いますから()


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チートのインフレほど恐ろしいものはない

な、なんとか年内に出せた......


 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、凌太。今から風呂だろ? 待ってたんだよ、一緒に行こうぜ!」

「ホモォ...」

 

 とまあ、そんなやり取りがあったのが10分程前の話。

 現在俺と一夏は共に高級旅館の男露天風呂で星空を眺めていた。...一応、一夏とは常に1m以上の距離を維持している。万が一があってからじゃ遅いからね。

 

「そういや、前もこんな事あったよなー。ほら、臨海学校の時」

 

 俺がボーっとしていると、一夏が突然に口を開く。

 

「あー、確かにあの時も露天風呂だったっけ」

「オレ、温泉って好きなんだよな」

「ジジくせぇ、と以前なら言ってただろうけど、今は同意。温泉はいい文明だ。疲れが取れる」

「さすがの凌太でも疲れることはあるのな」

「俺だって一応は人間だぞ。そりゃ疲れる事も沢山あるって」

「“一応”な」

「そう、“一応”」

 

 というか実の話、俺がまだ人間なのかどうかは怪しかったりする。 神殺しの魔王(カンピオーネ)になった時点で体の構造は変化してるからな。今の俺は半神半人に近い。ゲーティアも言っていたが、俺には人間と神の気配が共生しているのだ。《人間》というカテゴリに居ながら権能を得た影響で《神》のカテゴリに片足突っ込んでいる、どっち付かずの状態なのが今の俺なのだろう。

 

「あっ、そうだ凌太! ちょっとこれ見てくれよ!」

「んー?」

 

 少し思考に耽っていると、一夏がテンション高めに俺を呼んだ。その声に応え、顔だけを一夏に向ける。

 当の本人は俺を呼ぶだけ呼んで、今は目を瞑っている。せめて何の用事なのかくらい教えて欲しい。

 

 一夏の行動を多少訝しんでいると、一夏の気が徐々に膨れ上がっているのに気が付いた。おお、こやつ気の扱いを覚えたと申すか。

 

「──っと。どうだ!? ちょっとだけだけど、“気”ってやつのコントロールが出来るようになったんだ!」

「そうっぽいな。おめでとう、千冬に続いて2番目のスタートライン到着だ」

「おう! ってまだスタートラインかよっ!?」

「当たり前だろ? 何もかもここからだぞ」

 

 しかしまあ、一夏の成長は目覚ましい。俺が見てきた中で一番成長が早かったのはダントツで兵藤一誠(イッセー)だが、あれは少なからず『悪魔の駒』やドライグの影響があった。それに比べ、一夏には何も無い。そこからたった2週間で気の扱いを多少は覚えたのだから、それは十分凄い事だと思う。恐るべきは織斑の血か。血統云々で言うなら箒も期待出来るな。

 

「そうだな...。一夏、次の目標を提示してやろう」

「おう! どんと来い!」

「ん、意気込みは十分」

 

 そんな気合い入れまくりの一夏の目の前で、俺は右手を真っ直ぐ突き上げた。自然、一夏の視線は俺の右手へと注がれる。俺が何をするのかという疑念と、何を見せてくれるのかという期待の両方が篭った眼差しを受けながら、俺は右手に気を集め、固定し、全長100mを超える程度の極大の光剣を作り出す。

 

「.........」

「おい、なんだその『ああ、やっぱこいつダメだわ...』みたいな目は」

「いや、だって......えぇ...? 無理だろこんなの。一般人に出来る所業じゃねぇよこの逸般人め」

「え、なんで今俺ディスられた?」

 

 解せぬ。俺はただ次の目標を提示してやろうとしただけなのに。誠に解せぬ。

 

「てかこれ、見た目程困難な技じゃねぇよ。そもそも技ってレベルじゃない。ただの気のコントロールだ」

「いや簡単だとか難しいだとかの問題じゃなくて。オレにここまでの量の気は無いと思うんだが、そこのところどう考えてるんだ?」

「そこはほら。気合いと根性」

「根性論だけで全てをどうにか出来ると思うなよ!?」

 

 そんな事を言われても困る。実際、修行などについては根性論が一番良いのだから。強くなるにはどう足掻いても頑張るしか道は無いんだって。

 

「頑張れ一夏。これ、極めれば星だって斬れるから。理論上は。これで千冬とか箒とか、その他諸々も全部守っちゃえよYou!」

「星を斬ってどうやって守るんだよ...というかスケールがデカすぎてもう何も言えねぇよ...」

 

 まあ俺でも星を斬るとかは出来ないけどな。単純に光剣の硬度が足りないし、星を斬れる程の長さの刀身を振り抜く筋力も無い。あくまで理論上はの話だ。いやまあ? 将来はどうなるか分かりませんけどね?

 

「...でもまあ、刀くらいの長さに調整したら使えるよな、それ。よっし。とりあえず、手の周りに気を固定させるってところを目指してみるか」

「なんだかんだで頑張る奴って好きだぜ。...あ、性的な意味じゃないからな? 勘違いすんなよ?」

「しねぇよ!!」

 

 とまあ冗談を交わしながら、俺は光剣を霧散させ、再度湯に浸かった。一夏は一夏でうんうん唸りながら手に気を集めようと努力している。いや今やるのかよ。

 

 

 

 結局一夏が気を具現化させて剣を創造する事は出来なかったが、その行動力と努力は非常に評価出来るし、何より今後の成長に見込みがある。

 そこで一応、一夏個人にも“ファミリア”(うち)に来ないかと誘ってみたが、返事は千冬のそれと同じだった。千冬が行かないのであれば自分も行かずに姉を守る、そう言って首を横に振ったのだ。なんたるシスコン。だがまあ、これは素直に尊敬できる。

 

 また気が変わったら声をかけてくれ。一夏にそう言い残して、俺は風呂から上がろうとした。

 立ち上がり、湯船から片足を踏み出したその時。

 

「「「「きゃああああああ!!!!」」」」

「アッハハハハハ!!!」

 

 4つ程の悲鳴と、1つの笑い声が貸切状態だった男湯に響き渡り、空から何やら蜘蛛の様な物体が露天風呂へとダイブした。

 

「なっ、なんだぁ!?」

 

 巻き上がった水柱...いやこの場合は湯柱と言うべきか。とりあえず突然降ってきた物体を前に、一夏が素っ頓狂な声を上げる。無理もない、正直俺も状況が分からない。

 数メートル程の高さにまで至った湯柱はすぐに収まり、蜘蛛の様な物体の全貌がハッキリと見て取れるようになる。

 

「...何してんだ? 束さんよ」

 

 背中に背負ったランドセルの様な機械から5本のアームを展開させている我がコミュニティ新メンバーがそこにいた。いやホント何やってんだこの人。

 展開されたアームはそれぞれ人を1人ずつ掴んでおり、順番にクロエ、ラウラ、シャルロット、ニトリ、ペスト。先程の悲鳴はクロエを除いた捕獲組、笑い声は束とみてまず間違いないな。というか束以外もれなく全裸なのは何でなんでしょうかね? アームで大事な所は隠れてるけどさ。まあ唯一全裸じゃない束もタオル1枚を巻き付けているだけの半裸状態なのだが。...本当に理解が追いつかない。

 

「何ってそりゃあ異世界に行くんだよ! さあレッツゴー異世界! 摩訶不思議が束さんを待っている!」

「俺からすればお前も十分摩訶不思議だよ」

「りょーくん程じゃないから安心しなよ」

「何を安心していいのか全く分からねぇな」

「そっ、そんなのどうでもいいので服を! せめてタオルをください!」

 

 平気で会話をする俺と束に、捕まっていたニトリが勢いよく叫んだ。よくよく考えれば、この場にいるほぼ全員が産まれたままの姿であるという、日本、しかも京都の温泉では中々お目にかかれないであろう光景が広がっている。いや全裸だとか半裸だとかそれ以前に、束の背負っている機械が既に珍景なのだが。

 

 その後もギャーギャーと騒ぐ女性陣を、束は仕方なさそうに下ろした。だがまあ、それで彼女らの秘部を隠す物が無くなった訳で、その事で更に悲鳴を上げる女性陣。そんな中、一夏は女性陣の裸を見ないようにと、律儀にも体ごと後ろを向いて目を逸らしていた。耳まで真っ赤にしているところを見るに、別段異性の裸体に興味が無いとかそういう訳では無いようだが...真面目か。

 

 とりあえず常に携帯しているギフトカードから適当な衣類を人数分取り出し、彼女らに渡す。男物ばかりだしサイズも合っていないが、全裸よりはマシだろう。というかニトリは魔力で服を編めば良かったのに。

 

「んで? 結局なんで男湯にまで強行してきたんだ? しかもそんな格好で。...とりあえず服着ろよ」

「ん、ありがとりょーくん」

 

 予備で持っていたエミヤ支給のユ○クロのシャツとズボンを束にも渡す。湯船から上がってから大きめのサイズの服をモゾモゾと着込み、再度俺へと向き直る束。

 非常に場違いな感想かもしれないが、女性が大きめの男物の服を着てるのって、なんて言うかこう...グッとくるものがあるよね。

 

「ひ、酷い目に遭ったわ...」

「不敬です不敬です不敬ですっ! 不敬極まってますよ篠ノ之束!」

「アッハハハハ!!」

 

 ニトリに詰め寄られつつも、何が面白いのか束は笑い続ける。それにしても...

 

「お前、よくその2人を捕まえられたな? 他は兎も角、ニトリとペストはそう簡単に捕まる様な奴じゃないと思うんだが」

「ふっふっふ。そんなの基礎的な事なのだよワトソン君」

「誰が助手だ」

「まあぶっちゃけね、お風呂入ってるところの不意を打ったら見事に釣れたんだよ」

 

 束は自慢げになる事もなく、淡々とそう言ってのけた。いや、いくら不意をついたとしても反撃くらいはしそうなんだが...いや待て。確かニトリは第6特異点の時、砂漠で百貌らに捕まってたな。

 

「『私仲間になったよー! よろしくねっ! という訳で裸の付き合いといこうじゃないか盟友諸君!』って言いながら近付いてきて、実際普通に喋ってただけだったのに突然...不覚だったわ」

「未熟とは言え私とてファラオの一端。その(ファラオ)を捕らえるなど不敬極まりないですが...かと言って『仲間』というのは本当のことでしょうし、手を出す訳にもいかず...」

「ああ、なるほど。それで今に至る、と」

 

 ニトリ達の甘さが出たと言うことか。まあ事前に「束は仲間に引き入れるかも」と2人に言ってたしな。束の言葉を信じてしまうのは仕方の無い事だし、実際仲間になったというのは事実だ。今回はニトリ達が手を出し、束との間に軋轢が生まれなくて良かったと思うべきか。流石の束と言えども、ニトリ達が武力行使に出たら勝てないだろうし。

 

「それより急ごうよりょーくん! Hurry up!」

「なんでそんなに焦ってんだよ」

「これが焦らずにはいられないって! さっきちーちゃんがね? 『日本軍だけじゃなく、日本に潜入していた大国の小隊もこっちに来てる。更に悪い事に、既に多国籍軍も動き出している』って血相変えて報告してきたんだよね。なんか、昔私がシステムをハッキングした国が総出でここに向かってるらしいよ? 白騎士事件の件はバレてないはずなんだけどなぁ」

「ほう? 因みにだけどお前、その白騎士事件とやらの時、何カ国ぐらいにハッキング仕掛けたんだ?」

「んーっとね、ミサイル持ってる国は全部かな」

「多国籍軍は日本を沈める気なんですかね...?」

 

 ミサイルを所持している国ってどのくらいだ。20カ国くらい? 別に撃退もやってやれない事はないけど...関西全土くらいはもれなく更地になりそうだな。

 

「『坂元が災厄の魔王として歴史に名を刻む前にさっさと異世界に行け』ってちーちゃんがうるさくってさー」

「心配されてるのは俺達の安全じゃ無かった件について」

 

 まあ俺らの心配などするだけ無駄か。今更機械程度に遅れを取る俺達ではない。というか、天災こと篠ノ之束がこちら側に着いている以上、機械の類で俺達に挑むなど自殺行為もいい所だ。そこのところ、多国籍軍とやらはちゃんと考えているのだろうか? というよりなんでもう多国籍軍が動いてんの? 俺まだ何もしてないよね? もしかして京都破壊の主犯格俺だと思われてる? 冤罪もいいところだ、俺は逆に止めてた側の人間だっての。

 

「でもま、日本を火の海にするのは俺も本意じゃないしな。何でか知らないけど攻めて来てる敵さんと遭遇する前に、さっさとここから撤退しますか」

 

 そう言って、ギフトカードからタイムマシン擬きを取り出しポチポチと操作を始める。操作と言っても行き先の設定をするだけなのだが。

 

「あー、そういや結局クロエは付いて来るの?」

「はい。束様が行くのなら何処までも」

 

 なんだろうその絶対的忠誠心。ちょっとデジャヴ(自身の某契約サーヴァントを思い出しながら)

 

「んじゃ一夏、後は頼んだ」

「えっ。後ってなんだよ?」

「んー...軍の相手とか?」

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが本当に馬鹿だなお前は! なんだよ軍の相手って!? 出来るわけ無いだろこの馬鹿!」

「ここにきて我が弟子の口が悪くなってきた事を、俺は非常に悲しく思う」

 

 とまあ、そんな一夏の罵倒をBGMにマシンの設定も恙無く終え、今更ながらに体を拭いて服を着込む。割と本気で忘れていたが、俺と一夏は腰にタオルを巻き付ける事もせず、ずっと裸の状態だった。いや、一夏は未だ素っ裸だけど。

 

 そんな一夏の全裸を、そして少し前までは俺の全裸をも、自身の顔を覆った手の指の隙間から興味深げにチラチラと見るというテンプレ行為をしている金銀コンビの女子(おなご)らが......ん?

 

「そういや束よ、どうしてシャルロット達も連れて来たん?」

 

 そう、ほかの衝撃等が強くて軽く流していたが、何故に束はシャルロットとラウラもひっ掴んで来たのだろうか? たまたま居合わせただけ、じゃ無いよな多分。

 

「え? なんでって...だってこいつらも一応はコミュニティの同士なんでしょ? 一緒に行くんじゃないの?」

 

 俺の問いに、束は「何を言ってんだろうこの人?」 とでも言いたげにそう返してくる。

 

「ああ、なるほどそういう。けど、こいつらがウチに来るかどうかってのは2人が卒業してから決めるってこの前...」

「いや、それは撤回させて貰いたい」

 

 束にシャルロット達の事情を説明しようとすると、それにラウラが待ったを掛けた。

 

「撤回?」

「ああそうだ。私も、そして当然シャルロットも、お前達に...凌太に付いて行くぞ。シャルロットと話して決めた」

「決めたって...今? そりゃまた随分と直截だな」

「ううん、そうでもないよ? この数ヶ月、僕とラウラが考えた結果なんだ」

「へぇ? なんだ、故国を捨てる覚悟でも出来たのか?」

「捨てる、というとまた違ってくるが。以前、凌太達が居なくなってから今後の事、主に卒業後の事についてクラリッサ...黒ウサギ隊の副官や隊員達に相談したら背中を押されてな。そこから自分でも考えて、やはり私はお前に付いて行きたいという想いが強かったから、この結論に至ったんだ」

「僕は元々、本国に帰るつもりは無かったからね。それに前にも言ったけど、僕は居場所の無い故国なんかより、好きな人の隣を選ぶような女の子なんだよ」

 

 ラウラとシャルロットはそう言い、その瞳には少なくない決意やら覚悟やらを浮かべていた。俺達と一緒に居たら死ぬかもしれないというのは理解しているだろうに、それでも付いて来たがるとはなぁ。それを喜んだ方がいいのか、自分の命をもっと大事にしろと叱るべきか...。どっちもかな。エミヤも交えてみっちりと叱ってやろう。そしてその後、暖かく迎えてやればいい。勿論、束やクロエも同様に。

 

 

 

「確かに、凌太は比較的整った顔をしていると思いますし、身内に対してのみではありますが、性格も問題ないでしょう。...ですが、それにしても些かモテすぎなのでは? “ファミリア”内だけでどれほど凌太に惚れている、無いしそれに準ずる気持ちを持った女性がいるのですか。これはある種の呪いの力を感じます。赤いアーチャーに渦巻くアレと同じ方向性の力を」

「マスターもあのシェフ兼弓兵と同じで罪な男ってことでしょ? ま、そのくらい魅力的でないと私のマスターなんて名乗らせないけれど」

 

 軍との正面衝突、及び関西の更地化を回避する為にマシンに乗り込む際、背後からそんな会話が聞こえたが無視した。ニトリの感知が本当なら、俺はエミヤと同じく女難の相を持っているという事になる。だが、そんなの俺は認めない。俺はただ向けられる好意に出来る限りで応えているだけだ。女難の相なんて持ってない。

 

 というかそもそもの話。 “女難” とは “男が女に関する事で災いを受ける” という意味合いの事であって、モテるからといってそれが女難に直結する訳では断じて無い。

 それに俺は女に対して甘いのでは無く味方全員に対して甘いのであり、それならば女難では無く仲間難とでも言うべきではなかろうかと強く提唱したいのだがどうだろうか。...はて、俺は一体何を言ってるんだろう?

 

 まあ兎に角だ。第2の人生を自由気儘に生き抜いている俺が女難の相持ちであるなど決してあるはずが無い。現実逃避だなんだと言われようが認めない。認めないったら認めない。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「ほほぉう? これがIS...インフィニット・ストラトスの設計図かぁ。......ふむ、なるほどそうなってたのか」

「へー。設計図(ソレ)見るまでISの構造を把握出来て無かったんだ? レオナルド・ダ・ヴィンチ、稀代の大天才なんて言われてても所詮はそんなものか」

「むっ。言ってくれるねぇ、小娘。おいロマニ! 私ちょっと休憩貰うよ! 天才の名はどちらに相応しいかこの小娘に教えてやろうじゃないか!」

「レオナルド、キミは科学専門じゃないんだからそんなに張り合わなくてもいいんじゃ...?」

「そうはいかない。才能で負けるなんて天才たる私のプライドが許さないからね。さあ見てろよー、とにかくすっごいの造るぞぅ!」

「ふぅん...ま、楽しみにしてるよレオナルド・ダ・ヴィンチ。でも本物の天才である束さんは更にすっごいのを造って...って、あ! こらネコ科動物! その回路はそっちに繋げるんじゃなくてこっちだって!!」

「いやしかしだね束くん。そっちに繋げてしまうと直流にならなくてだね...」

「往生際が悪いぞ凡骨。篠ノ之嬢は交流を所望しているのだ。フッ、やはり交流こそが正義!」

「あぁん?」

「おぉん?」

 

 なんだこれ。......えっ、なんだこれ?

 

 あ、ありのまま、今...というかこの数分で起こった事を話すぜ...。

 箱庭に行く前にとりあえず静謐ちゃん達を拾う為にカルデアに寄ったんだが、全員を探して連れて来るまでのたった2、3分という短時間で科学者勢が何やらエヴァ〇ゲリ〇ンの様な巨大ロボらしき物の製造を始めており、尚且つ同時進行でレオナルド・ダ・ヴィンチ(天才)VS. 篠ノ之束(天才)という勝負が始まっていて、そして毎度の如く直流と交流が喧嘩腰になっているという構図が出来上がっていたんだ...。超能力だとか、そんなチャチなもんじゃない。時系列へと干渉する魔法の域に達しているとしか思えないスピードでトラブルを起こしてくれたぜウチの新メンバーは...。

 

「あー...束? 盛り上がってるところ悪いんだけどさ、全員連れてきたから早いとこ箱庭に行きたいんだよね。そこら辺を婦長が彷徨(うろつ)いててペストがビビってるし」

「あっ、りょーくん? ごめんなんだけどさ、私とクーちゃんは一旦ここに置いてってよ。ちょっとやらなきゃいけない事ができたから...!」

 

 そう言って工具片手、そして良く分からない機械を背にした束が、闘争心剥き出しの目で俺の方を向き、そう言った。

 燃えてんな、こいつ。いや、案外自分と張り合える奴らと生まれて初めて出会ってテンションが上がっているだけかもしれない。

 

「はぁ...仕方ないな。じゃ、満足したらロマンに言って俺に連絡寄越してくれ。迎えにくるから」

「ほいほいりょーかーいっ! ほらネコ科動物! そっちは直流で繋いでいいから落ち込んでないでさっさと手を動かす!」

 

 過労死者を量産する勢いで人を働かせるブラック企業推奨者であるエジソンが扱き使われてやがる...。

 

「あっ、凌太さん。お疲れ様です、終局特異点以来ですね。その節はお世話になったみたいで...ありがとうございました!」

 

 束とクロエは一旦置いて、とりあえず箱庭まで行こうかとしていると、背後からそんな声がかけられた。振り返ればマシュが立っており、満面の笑顔を俺に向けている。

 

「マシュ? なんだお前、もう動けるようになったんだな。寿命がどうとかって話はどうなったの?」

「......デリケートな部分に土足で踏み入ってきましたね...。いえ、私が私自身の出生について思い悩んでいる、という訳ではないのですが...。流石は凌太さんといったところでしょうか」

 

 マシュは一瞬だけ苦い表情を浮かべたものの、すぐにいつもの表情に直す。

 

「まず言うと、私は無事です。寿命も問題ありません。この先約6、70年は私の寿命が無くなる事はないと思います」

「その辺り、詳しい事はボクから説明しよう、凌太くん」

 

 マシュの言葉に続き、次はロマンが俺の背後からそう言う。何なのお前ら、人の背後から話しかけるのが流行ってんのか。

 

「マシュは...言い難いんだけど、1度死んだ。キミがいなくなって2日ともたずにね」

「は? いやでも現に生身で目の前に...」

「うん、マシュは生きている。生き返らせたって言い方が1番適切かな?」

「oh...。流石は魔術王、不可能を可能にするなぁ」

「いや、流石のボクでも生物の完全な蘇生は無理かな。まあ試した事はないけど」

「じゃあ今俺の目の前で生きてるマシュは何なんだよ。お前じゃない誰かが生き返らせたとか?」

「まあ、当たらずとも遠からずってところかな。ほら、この前まで悪魔の子らがいただろう? ボクとしてはあんなに可愛いグレモリーがいる世界があるなんて、と驚きだったんだけど今は置いておくとして。重要なのはリアス・グレモリーの眷属達が転生時に使用したという悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だ」

「ほう」

 

 何となく察せたが、まあ一応続きも聞くことにしよう。寿命が数十年に抑えられてるのにも訳がありそうだし。

 

「本当に偶然なんだけど、時間神殿での戦闘時に彼らのバイタルチェックとして身体状況をスキャニングした際に悪魔の駒も解析されててね。そのデータを元にして、カルデアの総力を上げて作ったのが...これさ」

 

 そう言ってロマンがポケットから1個の将棋の金将の駒を取り出した。......おい待てまさかお前!?

 

「名付けるなら、少し安直だけど『人類の駒』かな? コレを使ってマシュを人間へと転生させた。因みにマシュに使ったのはこれと同じ『金将』の駒だよ」

「まさかと思ったけどマジでかお前ら」

 

 やはりカルデア技術開発者の連中はおかしい。とうとう蘇生にまで手を出しやがった。そんなんチートや、チーターや!

 

「まあ不完全な品なんだけどね。急造だし、何よりボク達には完全に未知の領域だ。素材も謎、製造方法も謎。分かってるのは構造だけ、っていう状況だったから、もう四苦八苦なんてレベルじゃなかったよ。職員だけじゃなくてサーヴァントの皆にも協力してもらってなんとかなったけど...。この駒をマシュに使ったのも賭けだったんだ。いやぁ、成功して本当に良かったよ」

「か、賭けだったんですか......初耳です...。いえ、結果的に助かっているので文句は無いのですが...」

 

 まあ死人に了承なんて取れないからな、仕方ない。

 にしても人類の駒ねぇ...。本当、えげつない物を作ったもんだな。

 

「キング...いや王将か? それはやっぱり藤丸?」

「............うん、本当にすまないと思っている」

「は?」

 

 え、なんでこいつ謝ったの? 俺が不思議そうな目線をロマンに向けていると、マシュがなんとも言えない微妙な表情で口を開いた。

 

「駒の存在が英霊の皆さんに露呈した結果、その......第1次眷属枠争奪戦争が、開始されてしまったんです」

「なるほど理解した」

 

 何やらカルデアに居る英霊達が少ないと思ったらそんな事してたのか。まあ、藤丸は英霊達に愛されてるからなぁ。藤丸がここにいないのもそれが理由か。

 英霊陣も英霊陣で成功するかも分からない眷属化を巡って戦争まで起こすとは...流石です。

 てか人類の駒を英霊に使ったらどうなるんだ? 受肉的な感じ? いやでも神性持ちや半神の奴らは生物としてのランクが下がるんじゃないのか? ギルガメッシュやオジマンといった奴らもカルデアに居ないから、彼らも戦争に参加してるんだろうけど...そこら辺どう考えてるんですかね。

 

「まあいいや、とりあえずマシュが無事ならそれで。束とクロエは置いていくから、取り扱いに十分注意してくれ。もし束がダヴィンチちゃんを初めとした英霊陣と協力して面倒事起こしたら連絡よろ。俺が責任を持って対処する」

「ははっ。彼女、もう既によく分からないロボットを造ってるじゃないか。これ以上の面倒事が起こる可能性もあるのかい? 本当、心底勘弁願いたいね。全く、こっちは時計塔とかへの誤魔化しで大忙しなのになぁ」

 

 乾いた笑みを浮かべるロマンは、相も変わらずやつれて見えた。先日、ロマンお気に入りのネットアイドル「マギ☆マリ」の正体がマーリンだという悪夢のような現実を突き付けられた事も、ロマンの心労に拍車をかけているのだろう。ご愁傷さまです(合掌)

 

「強く生きろよ、ロマン。んじゃあ俺らは行くわ。そろそろマジで婦長がペストの存在に勘付きそうだし」

「分かった。気を付けて...なんて、キミに言うだけ無駄かもしれないけどね」

「では、さようなら。凌太さん、それに静謐さん達も。また今度」

 

 ロマンやマシュと各自挨拶等を交わし、俺達“ファミリア”は束とクロエを残してマシンに乗り込む。

 まさか束達がカルデアに残るとは思っていなかったが、まあやりたい事があるなら自由にやらせてやろうと思う。折角異世界にまで足を運んだのに抑圧されるなんてのは息苦しいだろうからな。

 

 全員が乗り終え、そのままマシンを発進させる。行き先は箱庭が“ファミリア”本拠。何気に箱庭に行くのは今回が初めてだ、という奴が多い。それに爺さんに会うのも。

 爺さんと会えば、彼ら彼女らは理解するだろう。あのチートの翁の規格外性を。皆が皆俺のことをチートの権化の様に言うが、アレが本物のチートなのだと。

 

 まあその辺りはどうでもいいか。箱庭自体チートの集まりみたいなものだしな。それよりまずは、戦闘になったら真っ先に死にそうな2人、シャルロットとラウラの育成から始めよう。別に箱庭でなくても、他の異世界でもいい。とにかく対魔王戦で死なない程度には強化しなくては、安心して箱庭に置いておけない。ウチのコミュニティは(主に爺さんのせいで)多数の魔王やその他勢力から恨み辛みを買っている。そいつらにいつ襲われてもおかしくないし、“魔王連合”なんていう物騒な連中もちょっかいを出してきているらしい。まずは、言い方は悪いが、“ファミリア”最弱の2人の強化は必要不可欠なのだ。

 

 さて、どんな修行を付けてやろうかな。

 

 この時の俺の顔を見た者は後に、口を揃えてこう語った。

『これが愉悦部か...』と。

 

 そして俺はこう思った。

「お前らそれ言いたいだけだろ」と。

 

 

 

 

 

 




次話からようやくシャルロットとラウラの強化に入れそうです。2人の強化の方針については、次に行く世界に沿ったものになりそうですね。ありがたい事に、皆様からたくさんの案を頂いているので、その中からあみだくじで決めようと思います。是非是非お楽しみに。

では皆さん、良いお年を!


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アカメが斬る
上には上がいる


明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!

修行場所はアカメが斬る!に決まりました。厳格なあみだくじによる結果です。

今年の2月終わり頃からは更新速度をあげられるようにしないと...


 

 

 

 

 

 

「修行がしたい? よろしい、ならばワシが一肌脱ごうじゃないか」

「待ってまだ何も言ってない」

 

 箱庭第7桁辺境、“ファミリア”本邸の大広間。

 久しぶりにここへ帰ってきた俺は、そこにある大きなソファに腰かけ、シャルロットやラウラと今後について話し合っていた。すると、爺さんが突然やってきて突然そんな事を言い出したのだ。

 

「てか、どこに行ってたんだよ爺さん。俺らが帰ってきた時、この屋敷には居なかったよな?」

 

 そう、俺達がここに帰ってきた時、この屋敷はもぬけの殻だったのだ。まあどうせ爺さんは色々な所をほっつき歩いているのだろうと思い、特には気にしていなかったのだが。

 

「ああ。ちょっと6桁の方にな。ほら、お前が昔に空けた大穴を塞いできたんだよ」

「ああ、あれ。てかまだそのままだったのかよ...。まあわざわざ塞いでくれてありがとな」

「いいってことよ。それにワシ、最近農業にハマっててな。穴を塞いだついでに6桁の所有地を全て耕して巨大農園にしてきた。今後はワシ、豊穣神を名乗ろうと思うんだが...どう思う?」

「お、おう......(どうでも)いいんじゃないかな...」

 

 本当、会う度に謎が深まるなこの駄神...。なんだよ、豊穣神と名乗ろうと思うんだが、って。意味分かんねぇよ。そういうのって神が自分で決めるもんなの? 自身の性質とか人々の信仰とかで決まるんじゃないのか? ...まあ、あのジジイについて深く考えても泥沼に嵌るだけかもしれないな。うん、放っておこう。それがいい。

 

「じゃあワシの肩書きは今後、ワシが飽きるまでは豊穣神に決定な。で、その豊穣神にフルボッコにされた神殺しよ。そこの2人を修行させたいんだって?」

「フルボッコにされたのは事実なんだが...腹立つなクソジジイ。まあいいや、どうせまだ勝てねぇし。そうだよ、シャルロットとラウラの修行は考えてる。でもアンタにだけは絶対任せないからな?」

「信用ないなぁ、ワシ」

 

 当たり前だ。このジジイに任せた日には、修行として魔王と戦わせるとか言い出しても全く不思議じゃない。スカサハの師匠は俺の限界ギリギリを攻める修行を考案してくれていたが、爺さんはその辺りの加減を知らなそうだし。

 

「爺さんみたいな最強キャラに修行付けさせたら、それこそ2人の命が何個あっても足りねぇよ」

「最強? それは違うぞ小僧。ワシは最強なんかじゃない。ワシより上も当然いる」

「マジでか」

 

 ちょっと本気で勘弁して欲しい。パワーインフレは悪い文明、破壊されるべきだと心底思う。

 

「マジだとも。事実、ワシはこれまでに1人、どう足掻いても勝てなかった奴がいる」

 

 爺さんは腕を組み、昔を懐かしむ様に口を開く。

 

「そいつはよく分からない存在でな。あれが人間だと信じたくはないが、紛れもない人間だった。小僧の様な神殺しでもなく、ましてや半神でもない、ただの人間だ。今でも忘れぬよ。あの眩しく光るハゲ頭、黄色いタイツの様なものを着込み、白いマントを翻す男との戦いをな」

 

 ......正直、聞きたくは無かった話を聞いた気がする。人間のままでこのチートの翁を倒せる奴がいるなど、知りたくなかった。自信が無くなるとかいうレベルじゃない。そんなものは塵へと化した。というか本当に人間なのかそいつは。爺さんと互角にやり合うでもなく勝つことの出来る人間とか想像もしたくない。まあ会ってもみたいが。そいつが好戦的だった場合は会ってその場で瞬殺、なんて事もありえる。やっぱりそいつとは会わない方が安全だな、うん。

 

「この広い世界、アイツ以外にもワシより強い奴はいるだろうな。ま、それはさておきだ。もし異世界で修行するのなら、このワシがいい事を教えてやろう」

「いい事? まさかまた面倒事じゃないだろうな?」

「安心しろ。小僧が思うほどワシは酷い性格はしていない。ワシが理不尽なまでに無茶をやらせるのは小僧だけだ」

「嬉しくない特別扱いをありがとよ。で? そのいい事ってのは?」

「ああ。ちょっと時空間遡行機を出してみろ」

 

 言われて、俺はギフトカードからタイムマシン擬きを取り出す。すると、爺さんがそれをポチポチと弄り始めた。そして数十秒すると、ボタン等を弄っていた手を引っ込める。

 

「さて。これで終了だ」

「...結局、いい事ってのは何なんだよ」

「まあまあ、焦るな小僧。ほれ、そこのディスプレイを見てみろ」

 

 爺さんが示すので、渋々そのディスプレイを確認する。そこには電光の数字が記されている。それ以外に目立ったものは無いので、この数字が爺さんの言う「いい事」なのだろう。何を意味する数字なのかは分かんないけど。

 

「この数字は?」

「それはいわゆるデス度だ」

「デス度」

 

 んー、何言ってるんだこのモンスター。思わず同じ単語を繰り返してしまったじゃないか。

 意味の分かるようで分からない単語に俺が(ほう)けていると、俺の向かいに座っていたシャルロットがおずおずと手を上げた。

 

「あの...今まで置いてけぼりだったんですけど...その、質問いいですか...?」

「敬語は無しでいいぞ、シャルロット・デュノア。ラウラ・ボーデヴィッヒもな。ワシは寛大な神だ。同じコミュニティの同士である以上、タメ口だろうが気にはしない。気軽に絡んでくれて構わないぞ。それで、質問とは?」

「あっ、はい...じゃなくて。ええっと...この、デス度っていうのは何なの?」

「そのままの意味だ。ワシセレクトの世界で死ぬ確率を、デュノアとボーデヴィッヒの2人に合わせて提示している。因みに、今のお前ら2人が第7特異点、古代ウルクに行った場合のデス度は98%だ」

「「98!?」」

 

 爺さんの提示した数字を聞き、シャルロットとラウラは声を揃えて目を見開いた。まあほぼ確で死ぬ数値だからなぁ。

 にしても、俺の時とは対応が違いすぎやしないだろうかこのジジイ。俺と話す時は8割方ふざけてるのに...何故だ。この扱いの差は何なのか。解せぬ。

 

「じゃあ今表示されてるこの23%っていう数字は、俺が同行するとして、どの程度まで下がる?」

 

 マシンのディスプレイに表示された数字を指差して、爺さんにそう質問する。このジジイの対応については考えないようにした。常々思っているが、この駄神について深く考えてしまったら負けなのだろう。何に負けるのかは知らないけど。

 

 そして目先の問題、爺さん曰くこの『デス度』なるものの方が重要だと判断した。この数字の上下がそのまま2人の死に直結する、とまで単純ではないだろうが、関係が深いのは確かだ。下げられるなら下げた方がいいだろう。死なせる気なんて毛頭無いけどな。

 

「小僧が参加するなら...そうだな。その世界の特性にもよるだろうが、今の小僧が2人を全力で死守するのならば、大体5%未満ってところか? もし対小僧に特化したような奴が居たら、話は変わってくるがな。ま、心配ならあと1人は連れて行くことだ。出来れば英霊が好ましいが、まあウチの連中は揃いも揃って強いから、誰でもいいだろ」

「...そだな。念のためもう1人連れて行くか」

 

 俺1人では2人同時に守れない事があるかもしれない。その場合を危惧して、もう1人連れて行くのが得策であろう事は明白だ。さて、どっかこの近くに暇そうな奴は...

 

「腹減った! マスター、飯!」

「そういうのはオカンに言いなさい」

 

 テキトーに気配察知をし、近くにいる暇を持て余してそうな奴を見つけようとしていると、大広間の扉が勢いよく開けられ、そこからモードレッドが顔を見せた。なんで腹が減っているのにわざわざ広間に来て、しかも真っ先に俺にそれを言うのか。まずは食堂へ直行するのが道理なのでは?

 

「まあいいや、ちょうどいいし。モードレッド」

「なんだ? 因みにオレは今、グラタンが食べたい」

「後でな。それよりさ。今からちょっとシャルロット達の修行に行くんだけど、護衛として付いてきてくんね?」

「修行だぁ? んだそれ、しちめんどくさそうじゃねぇかよ。それよりオレはグラタンをだな」

「そうか。じゃあ仕方ない。モードレッドは俺達が帰ってくるまで飯抜きな」

「酷いな!? ってかなんでオレなんだよ、静謐とか連れて行けばいいじゃねえか! グラタン!」

「お前どんだけグラタン食いたいんだよ...。静謐ちゃんはいないよ。今はどっか行ってるっぽい」

「あいつ...こんな時に限っていないとか...!」

 

 確かに静謐ちゃんがいないのは珍しいかもしれない。いつもなら俺の膝や肩の上、ソファの下、屋根裏や床下などなど、俺の近辺にいるんだけど...。まあいないものは仕方ないよね。

 

「ま、飯抜きは冗談だし、本当に来たくないなら別に無理強いはしないよ。ただ、来てくれたら助かる。2人の命もかかってるしな」

「は? そんなあぶねー場所に行くのかよ。...ったく、しゃあねぇなぁ」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、モードレッドは同行する意を俺達に示した。面倒そうにしているがその実、シャルロットとラウラが心配だ、というモードレッドの温情が手に取るように分かる。モーさんは優しいなぁ。

 

「あ、そういや勝手に決めちゃってるけど、シャルロットとラウラはそれでいい?」

「僕は構わないよ。それにほら。凌太レベルの人達が跋扈してる様な場所に居るよりは安全そうだし」

「私も、嫁達に迷惑をかけない程度まで強くなれるのなら異論は無い」

「あー...それはちょっと保証しかねるが...まあ爺さんが選んだ世界なんだろ? だったら無意味な異世界旅行にはならないだろうし、大なり小なり強くはなると思う。そこはお前らの頑張り次第だな」

 

 と、いう訳で。どんな世界に行かされるのかは知らないが、とりあえず修行場所は決まった。内容は...まあその世界に行ってからでいいだろう。

 人間、というか生物には限界というものが存在する。存在しないのならそれはもう生物じゃねぇ。

 で、その限界とは、言い換えれば“才能の壁”とも言える。シャルロットとラウラではどうあがいても英霊レベルにまで強くなる事は出来ないだろう。良くて千冬レベルに及ばないくらいか。それが彼女達の限界だ。

 そして、正攻法で限界を超える事は何者にも出来はしない。せいぜい限界の域を広げる程度である。

 

 ──だが、邪道であれば、限界を大幅に超える手段は確かに存在する。例えば、俺がいい例だろう。神を殺す、またはそれに準ずる偉業を成し遂げ、生物としてのレベルを上のステージへと繰り上げる。これが1つの手段として挙げられる。

 

 そしてもう1つが、武具などによるブーストだ。イッセー達の様な神器持ちを考えてみれば良いだろう。

 武具のスペックは決して侮れない。斯く言う俺も、神殺しの魔王になるきっかけである雷神ペルーンを倒す事が出来たのは、対神武器である“天屠る光芒の槍”に寄る所が大きい。

 

 今回俺がシャルロットとラウラの強化で推奨するのは後者のやり方だ。前者のやり方、つまり、神殺しなどは、そう簡単に成し遂げられる偉業ではない。あれは自身の運に依存する所も大きいし、俺やモードレッドが付いていても、全員纏めて死ぬ可能性が普通にある。

 

 よって、まずは2人の武器の見繕いから始めた方がいいかもしれない。ISも戦闘に運用する事は出来るが、それじゃ弱いしなぁ。今から向かう世界でいい感じの武器が手に入れば御の字だ。

 

 

 まあそんな感じで、俺、モードレッド、シャルロット、 ラウラの4人はタイムマシン擬きに乗り込む。因みに爺さんは、豊穣神としての仕事が云々などと抜かし、既に広間から姿を消していた。本当に自由だなあいつ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 マシンに乗り、いつもの様に不思議空間を進むこと数分。俺とモードレッドはいつ来るかも分からない浮遊感に備えて身構える。

 

「なんで2人共そんなに緊張してるの?」

 

 気を張り巡らせる俺とモードレッドを見て、シャルロットがそう聞いてくる。

 

「いつも通りなら、このまま大空へダイブした後に自由落下コースだからな。下手すりゃ戦場のど真ん中に放り出される」

「「えっ」」

 

 俺の言葉にモードレッドが頷き、シャルロットとラウラは揃って声を漏らした。

 事実、俺がカルデアに行く時以外は大体空中ダイブか戦場乱入なのだ。警戒しないわけが無い。

 

「お前らも一応、いつでもISを展開できるように準備しとけ」

 

 そう注意を呼び掛けるとほぼ同時。目の前の空間に穴が開き、俺達4人はそこから放り出された。

 そして広がる、見渡す限りの夜空。所々雲が目立つ空の反対側に目を向ければ、そこには広大な大地が遥か遠方に見て取れる。

 

 ふむ。目測でだいたい500mってところかな?

 ...本当、この適当な座標設定はどうにかならないものか。俺達じゃ無かったら即死だぞこれ。

 

「きゃ───」

「なっ───」

 

 だがしかし、俺は既に慣れたもので、焦ること無く重量に身を任せる。ある程度落下してからISを展開してモードレッドを担ぐか、と考えていると、俺の隣から驚嘆に満ちた声が俺の耳に届く。その声の主達はもちろんシャルロットとラウラであり、突然の出来事に思わず声が出た、といった感じか。

 

「ほら落ち着け。まだ地面激突まで時間はあるから。一旦冷静になってからISを展開しろ」

「いやっ、でもっ、これっ──!?」

「くっ...!」

 

 落下しながらもシャルロット達に話かけ、冷静さを取り戻すようにと言い聞かせる。が、やはり一般人には、突然の高度500mからの自由落下は精神にかなり堪えるようで、2人共気が動転しており、中々ISを起動出来ずにいた。

 

「はぁ...まあ、仕方ないかな」

 

 つい先日まで(比較的)平和な世界で生きてきた女子高生には、些か刺激が強過ぎたようなので、とりあえず俺が3人を抱える事にする。これからはこの程度は自力で何とか出来るくらいの精神力(メンタル)を付けて貰いたいものだ。まあ俺と一緒にいれば嫌でも付くだろうけどな。

 

「おいマスター。ちょっと下見てみろよ。面白そうな事してるぜ?」

 

 未だ顔を青くしているシャルロットとラウラを宥めていると、モードレッドが俺にそう報告してきた。

 それに従い下を見てみる。するとそこには複数の人影が。激しい金属音や爆音も聞こえてくることから、十中八九戦闘中だと思われる。

 

「うへぇ...やっぱこういう場面に遭遇すんのかよ...」

「どうするマスター? このままあそこに降りるか? それとも、どっか別の場所に移動でもするのか?」

 

 モードレッドが俺に選択権を委ねてくるが、残念。もう既に遅そうだ。

 

「っ!! マイン、上です!」

「上? って何よアレ、増援!?」

 

 見つかった(逃〇中のナレーション風)

 

 敵の察知能力が高いのか、それとも慌てふためく金銀コンビの声が思った以上に響いていたのか。まあ後者だろうな。だが今はそれはどうでもいい。問題は、ツインテピンク髪のマインと呼ばれた少女が、背丈程の巨大な銃器の銃口をこちらに向けている、ということである。

 

「ま、どうせこうなるだろうとは思ってた。モードレッド、やっていいぞ」

「えっ、いいのか? そっちの2人の修行なんじゃねぇの?」

「相手の実力も分からないのに2人をぶつけるのは少し怖い。それに......この状態じゃまともに戦えないだろ」

 

 そう言い、肩に乗せていたシャルロットとラウラに目を向けると、2人はぐったりとした様子で元気が無い。どうやら、突如自分達を襲った恐怖やら何やらで疲れ果ててしまったようだ。

 

「あー...まあ、一般人ならその反応が普通だよな。っし、それじゃあいっちょ暴れてくっかぁ!!」

 

 出撃許可を得たモードレッドは獰猛に口角を上げ、赤雷を撒き散らしながら地上へと飛び降りる。

 2対1だが、モードレッドなら問題はないだろう。久々の実戦という事もあり、お楽しみ中のモードレッドはさておき、俺はゆっくりと着地して2人を地上に降ろす。

 

「地面......よ、良かったぁ〜...」

「これが異世界か...くっ、油断していた。まさか突然空へ投げ出されるとは...!」

 

 俺も味わった異世界の洗礼を受けたシャルロットとラウラは、大地の頼り甲斐に軽く感動している。その気持ちは本当に分かる。突然の紐なしバンジーは死を覚悟するからな。

 

 そんな2人にペットボトルの水を渡し、宥めていると、ツインテピンク髪の少女達と交戦していた方、筋肉犬を引き連れたポニテ少女がこちらに声をかけてきた。

 

「貴方達は何者ですか? 帝国軍...ではありませんよね。かと言って、一般市民でもない。その機械と、後ろで戦っている人が持っている剣は両方とも帝具、或いは臣具とみて間違いない...。名乗って下さい。貴方方がナイトレイドの仲間でない事は分かります。ですが、帝国に仇なす“悪”であれば、私は正義を執行する」

「あ?」

 

 気になるワードが幾つか出てきたが...なんだこいつ。 あと隣のムッキムキな犬っぽい二足歩行のやつもなんなんだ。犬擬きの方は明らかな殺気を向けてきてるんだが。てかあれ犬か?

 

「あー...なんだ。その、ナイトレイド? とか言うのは知らないし、帝国ってのも知らん。俺達は辺境育ちでな。世間に疎いんだ」

「ナイトレイドは疎か、帝国も知らない...?」

 

 あっ、やべ。もしかしてその帝国ってのは世界共通認識だったか? 角が立たないよう、適当に言い訳して退避するつもりだったんだが...下手を打ったかな。

 

 こちらを訝しむポニテ少女を見て、少し失敗したかと思っていると、先程から殺気がダダ漏れだった犬っころとふいに目が合った。すると、その犬っころは俺に向かって、更に威嚇してくる。本当なんなんだあいつ。

 

「コロ? ......コロが警戒してる...?」

「Gruuu......」

 

 なんで警戒されてるんだよ意味分かんねぇ。なんだ、俺の本性でも嗅ぎ取ったのか? 動物ってそういうのに敏感だっていうし。

 

「GRAAAA!!!」

 

 俺が勝手に自己完結しようとしていると、コロと呼ばれた犬っころがとうとう俺達に向かって突進を仕掛けてきた。地面を駆ける両足の膂力は、熊のそれを軽く超えている。ますます犬かどうか怪しくなってきたな。この世界特有の生物説が濃厚か。

 

「まあなんでもいいか。それにちょうどいい。シャルロット、ラウラ。気力体力はもう回復したろ? さっさとIS展開しろ」

「う、うんっ!」

「了解した!」

 

 襲い来る巨体から視線は逸らさずに、隣でへたりこんでいた2人にそう指示を出す。それと同時進行で、口を大きく開いて俺達を噛みちぎろうとしているコロを蹴り飛ばす。

 

「コロ! くっ、コロが反応したという事は“悪”の者...? 反乱軍とは別勢力の不穏分子...? ──いや、どっちでもいい。“悪”であるというのなら、後ろとナイトレイド諸共に、私がお前達を断罪するッ!」

「冤罪も甚だしいな。こちとらまだ悪い事はしてねぇっつの」

 

 突然襲いかかってくるし、なんならお前らの方が悪だ、とも思ったが、まあ正義だの悪だのというものは、所詮は主観に依存する性質だ。このポニテ少女から見れば、俺達は悪の存在に該当するのだろう。意味は分からないけど。

 

「凌太。僕もラウラも、一応ISを展開したよ。僕達はどうすればいい?」

「よし。それじゃあまずは実戦だ。何でかは知らないが、あのポニテ少女と犬っころは俺達を敵認定したらしい。だったらこっちも抵抗するしか無いだろう? だから...とりあえず、アイツら倒せ」

「アバウト!!」

「流石は嫁、指示がシンプルだな。だが分かり易くていい。行くぞシャルロット。まずはあの謎生物から叩く」

 

 あの謎の犬は戦闘能力も謎だが、今蹴り飛ばした感じ、そこまで強いという印象は受けなかった。あれならシャルロットとラウラでも十分対処できるだろう。それに、危なくなれば俺が割って入る。

 

 とまあそんなこんなで、修行と言うには些か疎かな実戦訓練が幕を上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、余談ですがクリスマスイヴにエレちゃんがご降臨しました。まったく、最高のクリスマスプレゼントを貰ってしまったなぁ!(歓喜)


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帝具? え、なにそれ強いの?

もうすぐセンター試験ですね。去年のセンター試験で失敗したのも、今ではもういい思い出に......いや、全然なってないですけど。その後二次試験でめちゃんこ苦労しましたし...

まあとりあえず。受験生の皆さん、頑張ってください!(直前期にコレ読んでるかは分からないですけど)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空を完全に覆い尽くした曇天の下。シトシトと小雨が降り注ぐ中、甲高い打撃音と銃声、そして獣の咆哮が木霊する。

 

「GRAAAAaaaa!!」

「嘘!? まだ再生するの!?」

「くそっ! 不死身なのか、こいつは!?」

 

 唸る獣──コロ、と呼ばれた謎生物を相手にするシャルロットとラウラは、悲鳴にも似た声を上げた。

 それもそのはず。謎生物コロは、既に4回、シャルロット達によってその頭を吹き飛ばされている。にも関わらず、未だにその強靭な顎で2人を喰いちぎろうと、その巨体に似合わない素早い身のこなしでシャルロットとラウラを追い詰めているのだ。

 

「おいマスター。こっちは終わったぞ」

「ん。気絶させたの?」

「おう。別に殺す事はねぇだろうし、こいつらから聞き出せる情報もあるだろ。『帝具』とかいうやつの情報とかな」

 

 そう言って、モードレッドは担いでいた2人の女性を地面に降ろす。五体満足で横たわるツインテピンク髪の少女と紫チャイナ服の女性をチラリと見、ギフトカードからロープを取り出してモードレッドに渡す。目を覚まし暴れられる前にそれで拘束しておけ、という意味だ。

 

「んだよ、そんくらい自分でやれよ」

「男の俺がやるよりも、モードレッドが縛った方が幾らか絵面がマシなんだよ」

「はっ、今更マスターが他人の目線を気にするのかよ。そんなもんはもう手遅れだぞ。それより、アイツら大丈夫なのか?」

 

 結局、紐で拘束することはせずに、俺とモードレッドはシャルロット達の戦闘へと視線を移す。ピンクや紫が復活して暴れても、まあ俺とモードレッドがいれば瞬殺出来るだろう。モードレッドも、十分に対処出来ると判断しての行動だろうし。

 

「ちとヤバイかもな。そろそろISの活動限界だ」

 

 戦闘が始まってから、既に10分以上が経過しようとしている。その間に、あのコロとかいう生物からシャルロットとラウラが貰ったダメージは決して少なくない。ポニテ少女は後ろで立っているだけなので、2対1と数の上では優位に立っているのだが、如何せんコロの再生能力が高過ぎる。普通、どれだけ再生能力が高くても、頭が吹き飛んだら死ぬものではないのか。緑肌の人もビックリの性能である。

 

「...仕方ないか。2人共! 一旦下がれ!」

 

 このままではジリ貧だ、俺はそう判断し、2人を下がらせる為に声を張る。

 その声を聞きつけたシャルロットとラウラは素直に従い、ISに搭載されている飛行用ジェットの逆噴射で俺の元へ帰ってきた。

 

「コロ、逃がすな!」

「こっちの台詞だ」

 

 俺達を逃がすまいと、ポニテ少女の指示を得たコロが地面を踏み込み、タックル紛いの攻撃を仕掛けてくる。

 だが、いくら素早いと言っても所詮は一般レベルでの話だ。音速を超えているらしい某一番隊隊長を始めとする数々の英雄英傑と渡り合い、そして何より、逆廻十六夜などという人類の域を超えた速度を叩き出すキチガイを知っているのが俺である。そんな俺にとって、正面から突っ込んで来るだけのコロなど歩いているのとほぼ変わらない。

 

 俺はコロの反応出来ない程度の速度でコロの懐に入り込み、右足でコロの腹部を蹴り上げる。

 

「Graa...!」

 

 短い苦悶の声にも聞こえる唸りを発しながら、その巨体は上空30m程にまで上昇。それに追随するように、俺は一気にコロの隣にまで跳躍する。

 

「ばいちゃ」

 

 軽くそう言いながら、ガラ空きだったコロの横っ腹に回し蹴りをお見舞いする。空中でまともに防御も出来なかったコロは、まるで風を切るかの様に遥か遠方へと吹き飛び、やがて夜の闇へと消えていった。

 

「コロ!」

「余所見してんじゃねぇ。てめぇはてめぇの心配してろ」

 

 俺の体が未だ空中にある中、地上から俺を見上げていたポニテ少女にモードレッドが接近する。

 完全に隙を付かれたポニテ少女は驚愕に目を見開き、咄嗟にモードレッドへと攻撃を仕掛けるが、そんなものが円卓の騎士に通用する訳もない。ポニテ少女より放たれた拳は、乾いた音を立ててモードレッドの掌に止められる。

 

「てめぇも飛んどけッ!」

「んなっ!?」

 

 片腕で人1人を持ち上げ、振り回し、俺がコロを蹴り飛ばした方向へとブン投げるモードレッド。為す術もなく投擲されたポニテ少女は、俺の視界からも、そして俺の索敵可能範囲からも徐々に消えていく。というかあれ、着地失敗したら普通に死ぬんじゃね?

 

「......僕達の奮闘って一体...」

「一瞬で片が付いたな」

 

 着地した俺とモードレッドを相互に見て、シャルロットは若干項垂れ、ラウラは感心したような顔を見せている。

 

「お前ら、オレやマスターを比較対象にしない方がいいぜ? オレ達は文字通り、今のお前らとは格が違うからな。実力もだが、実戦経験においてもオレらとお前らじゃ天と地の差がある。何、自分らの無力に打ちひしがれるこたぁねぇよ。オレ達...特に、マスターと一緒にいれば嫌でも強くなるだろうしな」

「そうそう。ゆっくりでいいんだよ。俺の周りには強い奴も多いし、そいつらの戦い方を見るなりなんなりして、ちょっとずつ強くなればいいさ」

 

 と、俺とモードレッドで励まし...とは少し違うが、そのような言葉をかける。

 別に焦る必要は無いのだ。誰だって最初は弱い。生まれながらの強者もいるにはいるが、そんなものは本当に一握りにすぎない。一歩一歩、地に足つけて進んでいけばいい。

 

 まあ、それは一旦置いといて。

 

「で、こいつらどうするよ?」

 

 俺達を勝手に敵認定する輩もいなくなり、地面を打つ雨音が良く聞こえる程に閑散とした夜道に横たわる2人の女性を見下ろしつつ、意見を求めるように呟く。

 

「とりあえずは雨の凌げる場所を見つけようぜ。デュノアやボーデヴィッヒもあんまし濡れたく無いだろ? あとはアレだな。食料と調理場。マスターのグラタンが食いてぇ」

「だからどんだけグラタンに飢えてんだよお前...」

「あっ、グラタンは僕も食べたいなって思ってたんだよね」

「むっ、2人共グラタンなのか。私はスパゲティが食べたかったのだが...嫁が作るならグラタンでも構わない」

「...まあ作る分には構わないけどさ。だったらまずは拠点探しだな。こいつらも連れていくか。大事な情報源だし」

 

 そう言って、俺は転がっているナイトレイドとか呼ばれていた2人を担ぐ。

 一先ずは雨を凌がなくてはならない。今夜のところは本格的な拠点ではなく、適当な宿泊施設を探すかと考えつつ、俺達は街道を歩き出した。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「くそっ、傘も常備しとけば良かったな...」

 

 宿泊施設を求めて歩き始めた俺達だったが、雨足がだんだんと強くなってきたこともあり、シャルロットとラウラの体力が落ちてきていた。このままでは風邪を引いてしまうな、と本気で危惧し始めた時、モードレッドが俺に声をかけてきた。

 

「ん? マスター。アレ、民家じゃねぇか?」

 

 その声を聞き、俺はモードレッドの指差す方を見てみる。

 それは街道から逸れた森の奥。闇夜の中に揺らめく微量な光が見てとれる。

 

「ホントだ、薄らと光が見えるね」

 

 シャルロットもその光を捉えたようで、そう口にした。

 

「...気配が無いな。空き家...って訳でも無いだろうし」

「とりあえず行ってみようぜ。オレらはともかく、このまま雨に濡れ続けたらデュノアとボーデヴィッヒが風邪引いちまう」

「ま、そうだな。行ってみるか」

 

 モードレッドの意見に賛成し、俺達は整備された街道から外れて獣道の様なぬかるんだ小道へと足を踏み入れる。そんな足場の悪い道を歩くこと数分。俺達は民家と思われる建築物の前へと到着したわけだが...。

 

「っ...シャルロット、ラウラ。お前らちょっとここで待ってろ。あ、こいつら任せるぞ」

「え? う、うん。分かった」

「了解した」

 

 目の前の建築物、その室内から異変を感じ取った俺は、担いでいたピンクと紫の女2人を降ろしてから、モードレッドと共に室内へと上がる。

 

「チッ。なんか臭ぇと思ったらこういう事かよ...」

 

 入って室内を見回すなり、モードレッドが悪態をつく。俺も、モードレッドと似たような感想を抱いた。

 

 人が死んでいる。それも男女2人というところを見るに、生前は夫婦だったのだろうか。仲良く...と言うと不謹慎だが、男が女を庇うように、重なって血の海の中心で横たわっている。両者共に腹部が抉られ、中の臓物も食い千切られているという状況を見るに、腹を空かせた肉食獣に襲われたといったところだろう。

 

「これ、獣の仕業だよな」

「だろうな。外では雨に掻き消されてたが、中は獣の臭いで満ちてやがる」

「もしかしてさっきのコロみたいな奴らが野生動物として普通に跋扈してるんじゃないだろうな? だったらこの世界、シャルロット達にとって相当厳しい環境だぞ」

「マスターレベルが跋扈してる箱庭よりは全然マシだろ」

 

 そう言われると弱い。カルデアの英霊集団が可愛く見えるレベルだからな、箱庭は。爺さんに施された封印を解いたとしても、俺程度では良くて4桁並の実力しか無いだろう。3桁以上とか本当何なのさ。

 

 まあ、箱庭の異常性は置いておくとして。

 家主がいないのなら、この家を少しの間使わせてもらおう。まずは掃除からだな。義理はないが、家を使わせて貰う礼だ。この2人は埋葬してやろう。いや、この世界の弔い方が埋葬で合ってるのかは知らないけど。

 

「死体と血だけさっさと片して、シャルロット達も家に入れるか」

「んじゃオレは寝床の準備でも」

「モードレッドは外に穴を掘っておいてくれ」

「...ま、そのくらいはしてやるか」

 

 そう言い、モードレッドは夫婦らしき男女を担ぎ、裏口から外へと向かう。シャルロットやラウラに死体を見せない様に気を使ったようだ。

 

 そして部屋に残った俺がする事といえば、この部屋一面に飛散した血飛沫と鼻につく血と獣の臭いの処理である。本来それらの処理には時間がかかるものだが、今の俺にはちょっとした裏技があるのだ。

 俺は指先に魔力を込め、ツラツラと床や地面に文字を綴る。

 

 ルーン魔術。北欧神話にも登場する、文字を用いて神秘を発生させる魔術の一種。廃れた魔術として卑下に扱われていた時代もあるそうだが、はっきり言ってチート魔術の一種である。原初のルーンなるモノを習得し、それらを組み合わせれば大体なんでも出来るのがこの魔術だ。

 まあ『なんでも出来る』とは言っても、それはルーン魔術の究極に達した者、つまりはスカサハ師匠などのみであり、俺はまだその領域には立てていない。

 だが、それでも幾つかの原初のルーンを俺は修めた。血や臭いの処理程度であれば文字通り片手間で済む。

 

 綴ったルーン文字が輝きだし、それぞれが与えられた役目を従事する。ものの数秒で室内にこびり付いた血はもちろん、臭いまでもが綺麗さっぱり無くなった。

 多少齧っただけでこの性能。本気でルーン魔術を習得したら一体どうなってしまうのか。うーむ。これは師匠がルーン魔術を余り多様したがらない理由も分かる。これに慣れたらダメになるな、絶対に。どこぞの猫型ロボットに引けを取らない便利さだ。終いには「助けてルーンえもん!」などと意味の分からない発想に至りそうで怖い。依存しないように気を付けよう。

 

「さて、と。んじゃ、皆を呼びに行くかな」

 

 処理のし残しが無いか確かめた後、俺は外で寒さに震えているであろうシャルロットとラウラを室内へ招き入れる為、玄関へ足を向けた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「美味い。さすがマスター、安定の美味さだな。おかわり!」

「グラタンを米よそう感覚で作れると思うなよ...。5分待て」

「それでも5分で作れるんだ...物理法則とか色々無視してるよね、それ」

 

 掃除その他を終えた俺達は現在、仲良くテーブルを囲んで、モードレッド御所望のグラタンに舌鼓を打っていた。

 この家には電気もガスも通っていなかったが、そこは魔術の出番。火を出すなど容易なのである。薪は室内に備蓄されており無事だったので、それに火を灯して暖炉に()べ、シャルロット達が寒がらない程度に室内の温度を上げる。

 

 調理器具や食料を拝借して恙無くグラタンを作れる環境を整えた俺は、機密事項並のエミヤ流調理術で以って短時間でのグラタン作りに成功した。フッ、別に法則などに従わなくても良いのだろう?

 

「はいマイン。あーん、してください。あーん」

「やらないって言ってるでしょ!? っていうかこの縄解きなさいよーー!!」

「うっせぇぞマイン! 飯くらいもうちょっと静かに食えねぇのか!」

「名前を覚えられた!? ほらシェーレ! アンタのせいで変な奴らに名前覚えられちゃったじゃない!」

 

 俺がキッチンでテキパキとグラタンを作っていると、食堂からそんなやり取りが聞こえた。元気なのはいい事だと思うよ、俺は。まあエミヤなら黙ってなかったかもしれないけどな。あいつ、食事マナーにはうるさいところあるし。

 

 

 現状を掻い摘んで説明しよう。

 まず、俺とピンクツインテ少女、あとチャイナ服の女性を除く3人は、室内の掃除が終わった後にすぐ風呂に入れた。風邪でも引かれたら困るしな。で、その間俺は飯の用意をしていた訳なんだが...。そんな時、マインと呼ばれるピンク髪が目を覚まし、自分達を解放しろと暴れ出したのだ。まあ2秒で大人しくさせたが、その音でシェーレと呼ばれたチャイナ服の女性も目を覚ました。こちらも暴れるだろうと判断し、マインと同様縄で拘束したのだが、これが思った以上に抵抗が無かったのだ。何故誘拐犯紛いを相手にして敵対心を抱いていないのかは知らないが、そのような者を拘束しておく理由もない。よってシェーレのみ解放し、食卓に並んで飯を食う事も許可して今に至る訳である。

 

「ほら、グラタンおかわりお待ちどう」

「おっ、サンキュー!」

 

 きっちり5分で調理を終え、いい感じに焦げ目の付いたグラタンをモードレッドの前に置く。さて、皆には食後のデザートとして先日作ってギフトカードに保存していたプリンでも配るか。

 

「...やはり凌太は嫁だな。嫁力が高すぎる」

「嫁力ってなんだよ、主夫力的な何かか? 別にこのくらい、少し練習すりゃ誰でも出来るだろ?」

「いや、少なくとも世の理を無視した調理時間を実行するのは私には無理だ」

 

 美味い美味いと俺の作った飯を食べる皆(マイン以外)を見ていると、「ああ、作って良かったな」という気持ちになる。喜ばれるのは結構嬉しいかも。

 

 で、だ。

 

「さてシェーレよ。飯は食わせた。だからこっちの質問に答えてくれ」

「質問...ですか? ええ、いいですよ? 私に答えられるものであれば、ご飯のお礼として答えます」

「ちょっとシェーレ!」

「大丈夫ですよ、マイン。私も言っていい事と悪い事の区別くらいつきますから」

 

 尚もギャーギャーと騒ぎ、こちらを睨んでくるマインは無視する。そういうのには慣れてるし。

 

「じゃあ質問だ。さっきのポニテ少女が言ってた『帝国』、『反乱軍』、『ナイトレイド』、そして『帝具』に『臣具』。これらの単語について知ってる事を話せ」

 

 最早質問ではなく命令の様だが、立場的には俺達の方が上なので仕方ない。こっちは勝者、あっちは敗者なのだ。

 

「帝国を知らないのですか?」

「何かしらの国家だって事は分かる。それ以外の情報が欲しい。首都の場所に統治領土範囲、あとは出来れば戦力とかな」

「でしたら答えられます。まず首都の場所ですが──」

 

 その後、シェーレは反乱軍とナイトレイド以外の事を細やかに教えてくれた。まあポニテ少女の発言からするに彼女らがナイトレイドなる集団である事は明白だし、その組織が反乱軍の一部であろう事は容易に推測出来る。まあ自分らについて他人に教えたくないという気持ちは分からなくもないので、別に構わないのだが。

 

「で、これが帝具ねぇ。そんなに強そうには見えないけど」

 

 一通りの説明が終わり、帝具についても多少の知識を付けた俺はギフトカードから1丁の長銃を取り出し、まじまじと見つめる。見た目はISに搭載されてる銃と変わらない。どっちもビーム出るしな。

 

「ちょっとそれアタシのパンプキン!」

パンプキン(かぼちゃ)て。その始皇帝とやらのネーミングセンスを疑うな」

「返しなさいよ、この変態!」

「何故変態呼ばわりされるのか。解せぬ」

「女の子を縛るのが変態じゃなかったらなんだってのよ! しかも何か結び方がいやらしいし!」

「いやらしい結び方とは一体。亀〇縛りをしてる訳でもないだろうに」

 

 まあいいや。“ファミリア”内では何故か俺がドSだという噂が流れているくらいだ。今更気にしなくてもいいだろ。しかも、マインは所詮他人だ。身内以外から何と思われようが構わない。

 

「ま、帝具にはもっと色んな種類があるだろ。シャルロット、ラウラ。お前らはどう思う?」

「どう思うって?」

「強化素材として」

「ああ、そういう。いいんじゃないかな? 兵器って事はISとの相性がいいものもあるかもだし。僕は賛成だよ」

「私も異論はない。使えるモノは使う」

 

 という2人の意見も頂き、本格的に帝具入手を視野に入れる。炎とか水とか風とか...あとは雷なんかを扱う系の帝具はないだろうか? シャルロットとラウラの基本戦闘スタイルはISを用いるものだし、身体能力向上系は余り意味がないかもしれない。まあ見つけたら片っ端から回収していって、その中から2人の気に入った物を使えばいいか。

 

「ま、帝具云々は今後考えていけばいいだろ。とりあえず今日のところは寝とけ。そろそろ眠気も限界だろ?」

「あっ、バレてた? 実はさっきから凄く眠くて...」

「私はまだ大丈夫だが...そうだな。疲労を残すのは避けた方がいいか。次はいつ戦闘が発生するか分からないしな。それで嫁よ、私達の寝室は何処だ?」

「ああ、お前らの寝室は右奥の2部屋、モードレッドはその向かい側。俺とシェーレ、マインはここな」

「ちょっ!? なんでアタシ達がアンタ何かと!!」

「勘違いすんなバカピンク。頭の中までピンクかお前。俺は監視役に決まってんだろ。寝首かかれたら目も当てられねぇからな」

 

 ここまで攻撃的な奴を放っておけるわけが無い。俺やモードレッドは大丈夫だが、シャルロットとラウラは普通に危険だ。それにマインだけではない。シェーレも寝首をかきに来ないとは言い切れないし、ナイトレイドとやらがコイツらを取り返しに夜襲を仕掛けてくる可能性だってあるのだ。

 

 それを考慮すると、俺が起きておくのが1番いい。ハサン連中並の気配遮断スキルの使い手でも無い限り、俺に察知出来ない気配はないと自負している。もし仮にナイトレイド側にハサンレベルの奴がいたとしても、起きていればいくらでも対処は可能だ。一応、各部屋には防護のルーン文字を刻んでいるし、俺が駆けつけるまでは英霊だって足止めできるだろう。早速ルーン魔術に頼ってしまっているが、身内の安全を確保する為だ。仕方ない。

 

「監視役ならオレも手伝ってやろうか? マスターから十分な魔力を貰ってるし、英霊(オレ)に睡眠は必要無いからな」

「...そうだな。んじゃ途中からは頼むわ」

「おう!」

「それじゃあ2人には悪いけど、僕はもう寝るね? さすがに疲れちゃって」

「では私も。おやすみだ」

 

 欠伸を噛み殺すシャルロットが席を立ち、それにラウラが続く。まあこの世界に来る前から色々あったからなぁ。しっかり休んで明日以降に備えて欲しい。

 

「それでは、私はそこのソファをお借りしますね」

「ちょっとシェーレ! なんでアンタそんなにマイペースなのよ!? もう少し警戒心ってものをねぇ!」

「いいぞ、俺は椅子があるから。マインは床な」

「なんでよ!!」

 

 元気だなぁ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「ルーラルルーラルスーサスシムズー、ジームームズマシマホシハミゼン...」

「何よその奇妙な歌」

「受験生の味方になる歌だ」

「は?」

 

 夜中。シャルロットやラウラ、モードレッド、そしてシェーレも寝てしまい、すっかり静かになった部屋でテキトーな鼻歌を歌っていると、マインが話しかけてきた。というかシェーレが本当に寝るとは思ってなかった。大丈夫かこの人。

 

「それよりさっさと寝たらどうだ。夜更かしは美容の大敵だぞ? お前の相方は気持ち良さそうに寝息を立ててるし」

「...シェーレはちょっとズレてるのよ。普通は敵の目の前でなんて寝れないわ」

「敵て。別に俺達はまだお前らの敵じゃないんだけどな」

「はっ。人を拘束、誘拐しておいてよく言うわね」

「そりゃお前が銃口向けてきたからだろ。...にしても、コレの構造はどうなってんだ?」

 

 そう言って、俺は手に持っていた帝具(パンプキン)を机の上に置く。

 

 暇潰しがてら、帝具とやらの構造でも調べてみるかと没収していたパンプキンを手に取ったのだが、これが全くと言っていい程分からない。まず動力源が見当たらないし、かと言ってレボルバーの様な物があるわけでもない。一体どういう理屈でビームを出してるのだろうか?

 

「ふんっ! パンプキンはね、アタシの帝具なの。アンタなんかには扱えないわよ」

「ふーん。つまり使い手を選ぶ系の武器って事か...。ま、別に関係無いけど」

 

 椅子から腰を上げ、窓際まで歩いてからその窓を開ける。訝しげにこちらを見てくるマインを無視しつつ、未だ雨の降っている夜の森へとパンプキンの銃口を向け...引き金を引いた。

 

「────え?」

 

 マインの口から漏れる小さな声。

 その揺れる瞳の先には、パンプキンから放たれた光線により幹を焼かれた数本の木々が映っていることだろう。

 

「んー...なんか弱くね? さっきはもっと強かった気がしたんだけどな...」

 

 俺は煙を吹くパンプキンを見つつ、まあこんなものかと思い直して窓を閉める。

 この程度だったらシャルロット達が持ってる粒子砲の方が強力だな。パンプキンは強化素材候補から外すか。

 

「ちょ......」

「ちょ?」

「ちょっと待ちなさいよ!! なんっ、なんで!? なんでアンタがパンプキンを使える訳!?」

 

 気が動転したかのように、縛られたままで俺に詰め寄ってくるマイン。そこまで驚くことなのだろうか?

 

「なんでって...そりゃコイツ(パンプキン)が俺を使い手として認めたって事だろ? なんも不思議な事はない」

「そりゃ......」

 

 自分専用だと思っていた武器を簡単に扱われて焦ったのだろうか? まあいいや。次はこっち、万物両断エクスタスか。

 

「これは...硬いな。さっきクラレントと打ち合ってたってのに刃毀(はこぼ)れも無し、か」

 

 巨大なハサミの様な帝具を持ち、チョキチョキと切る仕草をして見せる。

 

「何かテキトーな物は...っと。これでいっか」

 

 試し斬り出来る物を探して室内を見渡すと壁に鉄製の斧が飾ってあったので、それを取る。

 

「ちょ、ちょっとアンタまさか...」

「そのまさかだ」

 

 屋根に当たらないよう気を付けながら斧を上に投げ、落ちてくるそれをエクスタスで斬る。

 正確に捕えられた鉄製の斧は、まるでバターか何かのように軽く斬られる。斬った瞬間に手へと伝わってくる感覚も殆ど無い。そして相変わらずの刃毀れ無しときたものだ。

 

「ほう...こっちはいい感じだ。これは候補入りだな」

「ちょっと待ちなさい。いえ待ってください」

「あん?」

 

 急に敬語を使い始めたマインを振り返る。

 

「なんだよ。みんなが起きるだろ、もっと声のボリューム落とせ」

「無理」

「即答かよ...何をそんなに騒ぐ事があるんだよ。エクスタスも俺を認めただけの話だろ?」

「だけの話だろ? じゃないわよ! 平然と帝具を2つ使うとか何なの!? アンタ何者よッ!」

「はぁ? 別におかしくはないだろ」

「おっかしいわよッ!! いい!? 普通ね、帝具を使えるのは1人1つまでなの! 2つも使うなんて、体への負担が大き過ぎて無理なのよ! 分かる!?」

「そうなの? でもさ、出来たもんはしょうがなくね? 認めたくはないけど、“俺だから”って理由で説明もつくだろ。認めたくはないけど」

 

 大事な事なので2回言いました。

 

 尚も騒ぎ続けるマインを恒例のスルーでやり過ごし、未だ降り続く雨音に耳を傾ける。てかシェーレはよくこの騒音下で起きないな。一周回って凄いわ。

 

 そろそろモードレッドが起きてくる時間だ。そしたら俺も一眠りしよう。そう思いながら、俺は暖炉へ新しい薪を()べた。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当に今更なのですが、ティアマト神から簒奪した権能について少々。とりあえず権能はあります。ですが、ちょっと使うタイミングが無いと言うかなんと言うか。一定条件下でのみ発現、という設定にしたのが誤りだったか...。
権能の内容については追々。「アカメが斬る」では使う機会が無いかも知れませんが、出来るだけ早く出したいと思います。


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僕達異世界探検隊

やはりと言うかなんと言うか、「アカメが斬る」の世界観に於ける主人公とモードレッドの異端さが半端じゃない......


 

 

 

 

 

 

 

「さて。じゃあ探索にでも行きますか」

 

 翌日。昨晩降り続いた雨は上がり、空では太陽が激しい自己主張を行っていた。体感温度的には初夏くらいだろうか? 昨日の雨の影響もあり、蒸発したジメジメとした空気が鬱陶しく肌に纒わり付いてくる。

 

「探索ねぇ...。で? なんでアタシは簀巻きにされて担がれてるのかしら? 暑いんだけど」

「そりゃお前、か弱い女の子を一人で留守番させとく訳にもいかないだろ?」

「ふーん? ...ちょっとはまともな言い訳をする気は無いの?」

「折角の人質をそう簡単にほっぽり出す訳にはいかないだろ?」

「余計酷いわよッ!」

 

 ジタバタと俺の肩で暴れる芋虫ピンクことマインとそんな漫才を繰り広げながら、大きな水溜りを跳び越える。因みに、シェーレはモードレッドの見張り付きとはいえ、一応は拘束無しでの行動を許している。どうして2人の扱いにここまでの差があるのか。まあマインが一向に大人しくならないからに他ならないんですけどね。試しに今朝、一度だけ拘束を解いてみれば真っ先に俺に殴りかかってくるという暴挙に出たのだ。俺だったから良かったものの、もしシャルロットやラウラに攻撃を加えていたら簀巻き程度では済ませていない。モードレッドだったら? マインが返り討ちに遭って重症を負うという結果は目に見えてますね。

 

「ねぇ凌太。探索ってさ、街にでも行くの? 例の帝都ってとことか」

 

 数ある水溜りを飛んだり跳ねたりして避けながら、シャルロットがそう聞いてきた。どうでもいいけど、そんなに跳ねたら泥も跳ねるから気を付けた方がいいと思う。

 

「いんや、まずは帝都以外だな。昨日俺達がやり合ったのが帝都の軍人だったらしいし、万が一にも国家転覆罪とかで指名手配されてたら面倒だろ?」

「あ、そっか」

 

 かと言って、どこを調査するのか未定なのは事実である。反乱軍、出来ればナイトレイドとやらに会って交渉や情報の搾取など色々としてみたいところだ。帝国は既に敵に回した可能性があるからな、コンタクトを取るなら反乱軍関係の方が楽だろう。一応人質もいるし。

 

「なあ、芋虫ピンク」

「芋虫ピンク!?」

「騒ぐなって。じゃあマイン。因みに聞くけどさ、ナイトレイドの本拠地ってどこ?」

「はぁ? そんなの教えるわけないでしょ!? バッカじゃないの!?」

「まあそうだよなぁ」

 

 予想通りに騒ぐマインから一度視線を切り、後ろを歩くシェーレへと向ける。

 

「シェーレ」

「すみません。それは私も答えられません」

「そっかー」

 

 まあ予想通りの事ではある。さすがにこの2人が素直に答えるとは俺も思ってなかったし。

 

「仕方ない、ここは勘だな。モードレッド。俺は東か南の方が怪しいと思うんだけど、お前はどう思う?」

「どっちかって言うと南だな。つかマスター、お前も直感持ちなんだし一々オレに聞かなくてもいいんじゃね?」

「俺よりモードレッドの方がランクが高いからな。それに、二人の意見が一致した方が気持ち的にも楽だろ?」

「ふーん。そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 

 興味を失ったかのように俺から視線を外すモードレッドと入れ替わりで、次はマインが俺に声をかけてきた。

 

「東は崖よ。その崖の下も危険種の巣が多くある森だからオススメはしないわ」

「おっと。なら南を目指すか。ご忠告どうも」

「はぁ!? ちょっ、馬鹿なの!? 普通そういうのは東を目指すモンでしょ!? 少しはアタシを疑いなさいよ!」

「ウンウン、ソウダネー。じゃあ南に進むけど、シャルロット達もそれでいいだろ?」

「うん、いいよ。っていうか、絶対南側にナイトレイドとかいう人達の隠れ家があるよね」

「そうだな、私もそう思う。分かり易くて助かるぞ、芋虫ピンク」

「なっ...!?」

「今のはマインが悪いと思います。帰ったらボスに報告ですね」

「ちょっ、はぁ!? 何意味分かんないこと言ってんのシェーレ!?」

 

 一周回って面白く感じてきたやり取りを聞きつつ、太陽の位置などから割り出した南の方角へと足を向ける。それにより尚のこと焦り始めたマインを見るに、この世界での方角はどうやら俺達の常識と一致しているようだ。

 

 そんな事(この世界の常識)を、マインやシェーレとやり取りする中で少しずつ理解していき、俺達は歩を進め続ける。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「...ん? 全員ストップ。それ以上前に進むなよ」

 

 歩くこと数十分。

 森の中という唯でさえ歩きにくい地面が、昨晩の雨により出来た泥濘(ぬかるみ)で更に歩きにくくなっているものの、俺達は順調に南側へと進んで来ていた。

 

「どうしたの凌太? 何かあった?」

 

 止まれ、と言い放った俺の顔を隣から不思議そうに覗き込んでくるシャルロットに、目の前を指差して彼女の視線を誘導する。

 

「そこ、よく見てみろ。すっげぇ細い紐が張ってある。索敵用の仕掛けだろうな」

「チッ」

 

 俺の肩に担がれている芋虫ピンクの舌打ちが聞こえる。ってことは、やっぱりこの紐は罠か何かなのだろう。

 

 ワイヤー系の罠と言えば、ポピュラーなところで索敵用や切断用。毒を塗っている、なんてモノも考えられるか。だとしたら無闇に触れる訳にもいかない。俺は大丈夫だろうが、他がアウトだ。

 

「マイン...は答える訳ねぇか。シェーレ、このワイヤーって何の為の罠なんだ?」

「ノーコメントでお願いします」

「そっかー...。だったら、この先にいる奴らがナイトレイドで間違いないか?」

「ノーコメントで...って、この先に誰かがいると分かるのですか?」

「余裕。大体五、六人ってとこか? 強いのが二人くらいいるが...まあ俺達の敵じゃない。それにその反応を見るに、アレがナイトレイドで間違いなさそうだな」

 

 驚きを隠せずに目を見開いて、シェーレと芋m...マインは俺を見る。この世界では気配察知は珍しいのだろうか。エルキドゥのような高い気配察知スキルを持っている奴を知る俺としては、この程度のアバウトな気配察知では自慢にもならないのだが。エルキドゥなら相手の正確な位置までピンポイントで察知し、俺には分からない色々な情報を手に取るように把握する。アレと同じくらいのランクにまで上げるのが俺の目標の一つでもある。

 

 まあとにかく。今は目の前の事に気を()こう。先程からマインが必死になってワイヤーに触れようとしている事から、あの罠は索敵用の可能性が一番高い。触れたが最後、俺達の存在がナイトレイド側に察知されるのだろう。だが、それは大した問題ではない。なぜなら俺達はナイトレイドと敵対する気は(今のところ)ないのだから。まあ帝国側とも敵対する気は(今のところ)無いのだが。

 

「さて、どうするか...」

 

 この罠を解除するのは簡単だし、そんな事をしなくても空を飛べば問題はない。だが、それは何だか味気ない。かと言ってわざと罠に掛かるというのも華が無い。もっとこう、派手で面白可笑しい方法はないものか。

 

「なぁマスター。なんならオレが斬ろうか?」

「それだ」

 

 手を顎に当て悩む仕草を見せる俺に、モードレッドがそう提案してくる。うん、それなら派手だ。マインやシェーレ、まだ見ぬナイトレイド達の驚く顔を見るのも面白いだろう。あ、シャルロットとラウラも驚くかな?

 

「よし、それでいこう。モードレッド。魔力は気にすんな、宝具使って全力でいけ」

「よっしゃ! 任せとけ!」

 

 宝具の使用許可を貰ったモードレッドが意気揚々とクラレントを構える中、近くに居たシャルロットが俺に話かけてきた。

 

「宝具ってアレ? 英霊って人達が使える必殺技、みないな」

「そう、それ。そういや宝具見るのは初めてだっけ? モードレッドのは特に強力だからな。見ておいて損は無いだろ」

 

 言って、シャルロットとラウラ、ついでにシェーレを庇うようにして俺の背後に誘導する。マイン? まだ俺に担がれた状態でジタバタしてますが何か。

 

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣!」

 

 全員を守れる位置に移動させると、それを待っていたかのようにモードレッドがクラレントから赤雷を走らせ始めた。それを中心にして魔力の奔流が巻き起こり、赤雷の放電で周りの木々や地面が乱雑に穿たれる。...これ、後処理しないと火事になる可能性もあるな。まあその時はその時になってから考えよう。明日は明日の風が吹く、っていう諺もあるくらいだし。

 

「なっ、何よあれ!?」

「帝具ですか!? 帝具ですね!?」

「赤い雷...雷...凌太とお揃い...。いいなぁ。僕も電撃系の魔術覚えたいなぁ...。雷系の帝具って無いのかな?」

「というか、何故こんな至近距離で見ている雷が赤いんだ? どういった原理で赤く見えている?」

 

 順にマイン、シェーレ、シャルロット、ラウラがそれぞれの感想を口にする。若干シェーレのキャラがブレている気がしないでもないが、まあそれ程までに目の前の状況に驚いているのだろう。今日のモーさんはなんかいつもよりノッてるし、是非もないネ。

 

 思った通りに俺達の方にまで迫り来る赤雷を、魔力で作った半透明の防御壁で防ぐ。これがなかったら俺以外全員感電死確定だっただろう。愉悦型魔術礼装が使っていた魔法陣をほぼそのまま再現したこの防御壁。初めて使ってみたけど、コレ結構優秀だな。これからもちょくちょくお世話になるかもしれない。

 

「よっしゃ、行っくぜぇ!? 『 我が麗しき(クラレント)...」

 

 獰猛に笑いながら、モードレッドはゆっくりとその極光の剣を振り上げ、そして容赦なく振り下ろす。

 

「──父への叛逆(ブラッドアーサー)』ァあああああ!!」

 

 荒れ狂うは暴力の具現。一切を薙ぎ払う無慈悲の奔流。マスター(魔力炉)である俺から徴収した膨大な魔力を、これでもかという程に限界まで注ぎ込んだ紫電の一閃が草の根など残すはずもなく、辺り一帯を森から荒野へと変貌させた。

 

 

 

 

 .........ちょっとオーバーキルすぎやしませんかね。

 

 

「ははっ! おい、見てたかマスター? 多分オレ史上最高出力だったぜ、今の!」

「そうだね」

「いやー、今の一撃に宝具三回分くらいの魔力を無理矢理突っ込んだってのもあるけど、やっぱオレとマスターの相性がいいんだよな。マスターのアホみたいな魔力量は勿論、魔力系統が雷に寄ってるってのがデカイな、うん」

 

 どうやらモードレッドは自身の放った一撃に満足してるらしく、腕を組み上機嫌にウンウンと頷いて何かを納得していた。

 それとは真逆に、俺の肩と背後では顔を青く染め上げたマインとシェーレが小刻みに震えているのだが...まあ当然なのかもしれないな。周囲直径約五十メートル内で無事なのは俺の背後のみ。俺を起点として扇状に広がった部分だけなのだ。モードレッドがクラレントを振り下ろした方向に至ってはキロ単位で更地と化している。全く、環境破壊もいい所だ。まあ山脈レベルで自然破壊を犯した事もある俺が言える立場ではないのだが。

 

 だがしかし。さすがにここまでやればナイトレイドも大人しくはしていまい。帝国軍が出張ってくる可能性も無きにしも非ずだけど、まあその時はその時。どっちかに付くか、第三勢力として大盤振る舞いするか、その時の状況と俺達の気分で決めればいいだろう。目下、今はナイトレイドだ。

 

「おっ。動いた動いた。真っ直ぐこっちに向かってるな」

 

 前方に気を配ってみれば、七キロ程遠方にあったナイトレイド(暫定)の気配がこちらに向かってきている事が分かった。人間にしては中々の速度だ。まあそれでも、人間の域は出てないか。

 

「どうすんだマスター? 戦うのか? 戦うんだな?」

「なんでだよ。まずは話をしよう。こっちでの定住地も欲しいし、ナイトレイドに転がり込む方向で」

「えー! そんなのつーまーんーねーえー!」

「何お前、欲求不満なの? フラストレーション溜まっちゃってんの? 後で相手してやるからちょっと大人しくしてて」

「もう手遅れ感あるけどね、これ。モーさんちょっとやり過ぎじゃない?」

「んだよ、いーだろ別に。マスターから思いっ切りやっていいって言われたし」

「俺が悪いってか」

「まあ嫁の判断ミスと言えなくもないな。派手さならテキトーに加減しても十分だったろうに」

「おう、なんだなんだ。寄ってたかって俺へのイジメか? よぅし、いいだろう。ならば全面対決だ。今夜の食事は無いと思え」

「「「すいませんでしたッ!!」」」

 

 俺を非難しておらず、しかも自炊出来るシャルロットまで一緒に謝ることはないと思うんだが。

 

 とまあ、そんな漫才のような会話をしていると、例のナイトレイド(暫定)達の姿が目視で確認できる所にまで近付いて来ていた。シャルロット達もそれに気付いたようで、弛緩していた気持ちを多少引き締める。まあ荒野を真っ直ぐに突っ走って来てるからね。気配察知が出来ずとも発見は容易だったのだろう。え、マインとシェーレ? 二人とも産まれたての小鹿、もしくは虎を目の前にしたチワワみたいって言えば分かる?

 

 さて、そんなガクブルな二人は放っておくとして。

 

「そこの透明な奴ー。居るのはわかってる、大人しく出て来なさーい」

 

 目先二十メートル程の地点にいる、姿の見えない相手に声をかけることにした。モードレッドは勿論気付いていたが、他は全く分かっていなかったようだ。俺の指摘に驚いて周りをキョロキョロしていることからそれは容易に推測できる。

 

「俺達は別にお前らナイトレイド(暫定)と敵対する気はない。そっちから手を出して来なければな」

「......はっ。よく言うぜ、森をこんなにしやがったクセによ」

 

 続いて透明な相手に声をかけると、今度はちゃんと返事が返ってきた。そしてバチバチと放電があった後、一人のフルアーマーで固めた、恐らく男が姿を表す。あの鎧が帝具で、透明化はその能力なのだろうか。それともアイツ個人の能力?

 

「ブラート!」

 

 そのフルアーマーの人物の姿を視認したマインが、何やら嬉しそうな声を上げた。チラリとシェーレの方も見ていると、そちらもどこか少しだけ安心したような顔を浮かべている。

 

「よぉマイン。シェーレも無事だったか」

「これが無事に見える!? さっさとこいつら倒してこれ解いて! この中すっごく蒸れてて気持ち悪いの!」

「こら、暴れんな芋虫ピンク、大人しくしてたらすぐ解いてやるから。......で、お前の事はブラートって呼べばいいか?」

「ああ。もしくはハンサムと呼んでくれ」

 

 ブラートと呼ばれたフルアーマー男は、キランッ! という効果音が似合いそうなサムズアップを決めてそう言った。またキャラが濃いのが出てきたな...。顔が見えないからハンサムかどうかも分からん。が、ここはとりあえず相手に合わせてみよう。

 

「じゃあハンサム。さっきも言ったが、そっちから手を出してこない限り、俺達はお前らと敵対するつもりは無い。俺達が帝国に目を付けられてる可能性がある以上、そっちの味方にもなり得るんだが......って聞いてる?」

 

 交渉にでも入るかと話を始めたのだが、どうやら目の前のハンサム、ブラートはこちらの話を聞いていないように見える。どこか上の空っぽいんだよな...なんでだ?

 

「ハンサム......初めて...呼ばれ......はッ!? くっ、初っ端から精神を揺さぶってきたか...ッ!」

「何言ってんのコイツ?」

 

 自分で呼べって言ったくせに。じゃあいいや、ブラート呼びで統一しよう。

 と、そんな割とどうでもいい事を考えていると、ブラートの後ろから複数の人影が走って近付いて来る。そしてブラートとほぼ横一列になるように位置取った後、全員がこちらに敵意を向けてきた。まあこちらは人質を取ってるし、是非も無い対応ではある。

 

「後続の連中も到着したな。さて、こちらとしては、とりあえずそっちと話し合いがしたいんだが...お前らの頭って今いる?」

「私だ」

 

 ぬるっと会話に入ってきたのは眼帯銀髪の女性。ちょっとだけラウラとキャラが被ってる感があるな。まあ容姿だけかもしれないけど。

 

 自らをナイトレイドのボスだと言った女性と、その周りには、自称ハンサムだがそう呼ばれると何故か動揺するブラートという男、黒髪ロングの刀を持った少女、片手剣を背に担いだ少年、緑色とかいう珍しいような見慣れたような髪色の少年、どこか野生を感じさせる露出度高めの女性、というまあまあ濃ゆい連中。皆一様に戦闘態勢を整える中、ボスを名乗った女性が再度口を開いた。

 

「...話し合いに応じよう。場所や日程はどうする?」

「あ? あー...場所はお前らの住処がいいな。まあ嫌ならここでも構わないけど。日程は今すぐだ」

「......分かった。我々のアジトへ向かう」

「ちょ、ボス!?」

「うるさいぞ芋虫ピンク」

「芋虫言うなッ!」

 

 と、言う訳で。その後ナイトレイドの連中から多少の反論が上がったものの、結局俺達はナイトレイドのアジトにまで足を運ぶことになった。ちょっと警戒心薄すぎて心配にならないでもないが、まあ折角上手く事が進んでいるのだ。野暮なツッコミで台無しにする必要はないだろう。

 

 俺達を先導するようにボスと呼ばれる女性が踵を返す。ナイトレイドのほぼ全員に警戒されながらも、俺達はそれに続いて歩き出した。

 

 思った以上にトントン拍子に進むこの状況に若干警戒しながらも、俺はナイトレイドとの交渉まで漕ぎ着けることに成功した。シャルロットとかラウラとか、あとモードレッドですらも置いてけぼりにしているこの急展開下ではあるものの、まあそこまで政治的要因とか堅苦しい事が絡んでくる話でもないし、気楽にいこうと思う。

 

 

 あと、道中ブラートがチラチラと俺を見てくるのが凄く印象的でした。見られるたびにちょっと寒気が...。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「では早速こちらから質問だ。お前達は何者だ?」

 

 ナイトレイド隠れ家。その大広間にあたる一室にて、俺達とナイトレイドは長机を挟んで対面していた。というかこのアジト、思った以上の豪華な内装をしている。いつぞやの魔術結社と赤い悪魔を思い出すくらいだ。廊下にあった壺一つで一体いくらするのだろうか? お前ら本当に反乱軍なの?

 

「何者か、ねぇ...」

 

 唯の通りすがりの魔王とその一向だ、というのは簡単だが、その後が絶対に簡単では無いので口にはしない。だが...さて、俺が何者か、という問いに俺はどう答えれば良いのだろうか? 哲学チックな話、つまりはヒトの定義についてでも議論していくか? ......いや、面倒過ぎるし脱線にも程があるな、それは。

 

「ま、旅人ってのが妥当だな。修行の旅の途中、ってとこだ。あ、あとそこの緑少年。今お前がせっせと張ってる糸だけど、もしこっちに少しでも危害加えたらさっきの森みたくここも潰すから。そこら辺気を付けろよ?」

「ちっ...気付いてたのかよ......」

 

 俺の指摘を受けた緑髪の少年は小さな舌打ちをした後、その手に持つ篭手のようなモノでこの部屋に張り巡らせている途中だった糸を回収し始めた。

 

「...すまなかった。こちらとしても、自分らの本拠地に得体の知れない相手を招き入れるのは少しばかり怖い。それなりの対処をさせてもらっていた」

「それは別に構わないよ。警戒するのは当たり前だろ。ただ、それでこっち側に被害が出るようなら、俺は容赦なんてしないからな」

 

 割りかし本気の殺気を向けながらナイトレイド全員に忠告する。実際、その気になればこのアジトごとナイトレイドを抹殺するなど容易いのだ。まあ理由が無いのならそんな事はしないけど。

 

「......肝に銘じておこう。それでは質問の続きだ。お前と帝国との関係は?」

「また随分とストレートに聞いてきたな」

 

 俺の放つ殺気に一瞬たじろいだものの、即座に気を取り直したナイトレイドのボスは話を続ける。さすがは一組織のトップに立つ人間だといったところか。てかこいつらの名前なんだ。未だ三人しか分からないんだけど。

 

「帝国との関係なんて無いに等しいぞ? 帝国と絡んだのだって、昨日帝国軍の奴ぶっ飛ばしたくらいだしなぁ。敵認定されてるか、そうじゃなきゃ無関係だ。...つっても、どうせ信じれないだろ?」

「まあ、簡単に信じるわけにもいかないな」

「だろ? で、俺達をここに置いとくのはどうか、ってのが俺達からの提案だ」

「...ほう?」

「俺達は雨風凌げる場所が欲しい、お前らは信用ならない俺達を監視できる。どうだ?」

 

 これはいい提案なのではなかろうか(自画自賛)。

 まあナイトレイド側としてもアジトを見られた相手をむざむざ返すわけにもいかず、かと言って俺達を倒せるかと言えば100%ノー。であるならば、俺の提案は悪くないはずである。そして、ここで更に追い討ちをかけることにした。

 

「で、お前らが俺達を信用できると判断したら、俺がお前らの手伝いでもしてやろう」

「..................分かった。その提案に乗ろう」

 

 長考の末、ナイトレイドのボスは俺の提案を受け入れた。よし、少し簡単過ぎて手応えが無かったが、これで拠点となる場所の確保は出来た。それだけで修行の方も捗るだろう。安心して休める場所があるっていうのは精神的にも良い。そしてもちろん、約束通り申請があれば俺もナイトレイドの手伝いに出るつもりだ。これぞwin-winの関係というやつではなかろうか。

 

「...ねぇ、この際アンタがウチに転がり込むのはいいわ。でもね、アタシからちょっと言っておかないといけない事があるのよ」

「あ? どうしたマイン」

 

 せっかくいい感じに話が纏まりそうなところで、マインが口を挟んできた。まあ俺達がここに居座る事には反対していないみたいだが。昨日の俺の暴挙(帝具同時使用)を見たから、俺の戦力に期待でもしているのだろうか? 宜しい、全力...はマズイかもしれんが、出来る限りで応えてやろうじゃないか。

 

 そう思い、多少ドヤ顔で意気揚々と返答してやろうと準備していたのだが、マインの主張はそれとは少し違ったらしい。

 

「さっさとコレ解きなさいよーーーッ!!!!」

 

 ──天井から吊るされた簀()インは、青筋を立ててそう言った。

 

「ってか! なんで誰もこの状況に突っ込まないワケ!? 誰か助けなさいよッ!」

「いや、なんか雰囲気的に突っ込みづらくて......」

 

 ギャーギャーと怒り散らすマインに、片手剣担いでる方の少年が申し訳なさそうな顔をして近付いて行く。が、どう解けばいいのか戸惑っているようだ。......ふむ、もういいかな。

 

「ほら、動くなよマイン。下手に動くと怪我するぞ」

「は? ちょ、アンタ何する気──きゃ!?」

 

 言い終わる前に、マインを縛っていた縄がハラリと切れる。そして縄という彼女を空中に留めていたモノが無くなれば、自然の摂理として地面に落ちて行くわけで。

 

「ヘブッ!?」

「いたっ!」

 

 マインの下にまで来ていた少年と、額を仲良くごっつんこ。唇じゃなくて良かったね、とだけ言っておこうか。

 

「...アイツ、今何したの? 俺には何も見えなかったんだけど...」

「右手を振るったように見えた。だが、早過ぎて残像程度しか視認出来なかった」

「ああ、俺もアカメと同じように見えたな。ありゃ手刀か?」

「アタシもギリ見えたくらいだ。......いやぁ、おっそろしいなぁ。こりゃ仲間に引き入れるまではいかなくても、敵対だけは絶対にしない方が良さそうじゃない? ねぇボス」

「...そうだな。エスデスやブドーだけで手一杯なんだ、これ以上帝国側に大戦力が増えるのは我々の不利にしかならん」

 

 ...おいマジか。今のほとんど見えてなかったの? ちょっと真空波作って縄を斬っただけなんだけど。

 

「なんつーか、拍子抜けだな。こんなんだったらマスターだけで十分だったんじゃねぇの? こんなのしかいないんだったらマスターだけで二人とも守りきれるだろ」

「それはちょっと思った。けどまあ、備えといて損するって事は無いだろ」

「...いや、普通今のは見えないよ。何したの?」

「ちょっとばかり真空波を」

「わお」

「嫁達の感覚は狂っているのだろうが、将来的には私達もそのステージに立つ必要があるのだろうな...」

「まあそのうち何とかなるさ」

 

 とまあ、こんな感じでこの世界における拠点は見つかった。ナイトレイドとの接触もわりかし好感触だ。よぅし。凌太、二人(シャルロットとラウラ)の指南頑張っちゃうぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の主観だけじゃなくて、第三者目線の語り部も入れていった方がいいのだろうか......


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Sデス...?ちょっと名付け親出てこい

忙しい時期もあと一週間程でようやく終わりそうです。本当キツかった...。更新速度が著しく落ちてからも読み続けて下さった皆様、本当にありがとうございます。感想や評価等頂いた時にはそれはもう嬉しかったです。書く励みでした。

来週か再来週からは更新速度を上げていけるので、どうぞこれからもよろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 

「ォォオオオオオ!!」

「よっ、と」

「ヘブラッ!?」

 

 なんとも奇妙な悲鳴を上げて、少年──タツミが孤を描いて空を飛ぶ。十m程吹き飛んだ後、俺に蹴られた腹を押さえてピクピクと痙攣していたタツミは、やがてパッタリと動かなくなった。南無。

 

 

 俺達がナイトレイドのアジトへ住み込み始めてから、早五日が経った。初日こそナイトレイドのメンバーから警戒されていた俺達だったが、その日の夜に俺が夕飯を振る舞ったらなんか懐かれ、二日目からは仲間同然の扱いを受けるようになったのだ。唯一マインからはまだ若干避けられている気がしないでもないのだが、まあ彼女にしでかした所業が所業なので、マインの反応も無理はないだろう。鬼畜だったな、という自覚はあるのだ。まあ改正する気はないけどネ。

 

 因みにだが、先日モードレッドが壊滅させた森の周辺には人払いの結界とやらを形成しておいた。以前道満に習った陰陽術の一種とルーン魔術を併せた擬似結界なので、そうそう破れはしないだろう。あのままにしておくと、帝国側にナイトレイドのアジトを発見される危険性があったからな。自分らの尻拭いくらい自分でやるか、と思い立っての行動だ。まあそれをしたらラバックが「俺の糸結界の立場! 俺の存在意義!」と叫んでいたが、俺は気にしない。

 

 そして現在。先程まではシャルロットとラウラの修行を行っていたのだが、二人の体に限界がきたので今は休憩中。暇を持て余した俺はタツミの修行に付き合っていた、というわけである。それにしてもこの少年、奇怪な悲鳴はともかく、中々に見所がある。これはタツミの指南役であるブラートも育て甲斐があるだろう。

 

「おっ、やってるな」

 

 タツミが倒れて暇になった俺が少しばかりここ数日の事を回想していると、いつもの鎧を外したラフな格好のブラートがこちらに手を挙げながら歩いてきた。

 

「噂をすれば影がさす、ってか。ようブラート。任務帰りか?」

「おう。てか噂? なんだ、俺様がハンサムだって噂か?」

「違う。そして近付いてくんな。顔が近い」

「照れるなよ...」

「照れてない。寄るな顔赤らめるな本気で蹴るぞ」

 

 やけに距離を縮めようとしてくるブラートを押し返す。タツミにも言い寄っている所は既に目撃済だ。これは本気で距離を取っていかないと俺が危ない。このままではジャンヌ達の養分になってしまう。俺の精神衛生上、それだけは阻止しなくてはならない。俺は最近、本当の意味でペストの苦悩を理解した。

 

「ああ、リョータ、ここに居たか」

 

 無駄に強い力で俺に迫ってくるブラートと互角の(・ ・ ・)力比べをしていると、ナイトレイドのボスであるナジェンダが声を掛けてきた。それを聞き少しだけ気を逸らしたブラートを横薙ぎに蹴り飛ばし、俺はナジェンダに向き直る。

 

「ナイスタイミング」

「あ、ああ...そうか...」

「俺に何か用事か? ならちょっと待っててくれ。アレ(ブラート)埋めてくる」

「程々にな......」

 

 大丈夫だ。埋められた程度であの筋肉達磨は死にはしない。一昨日の昼に埋めたが、その日の晩飯の席には元気に着いてたからな。ギャグ補正でもかかっているのだろうか? 以前カルデアで聞いたことがある。この世には世にも奇妙な粒子が存在している、と。ぐだぐだ粒子とかそんな感じのアンノウン粒子を生成しているんじゃなかろうか、あの筋肉。

 

 そんな事を考えながら気絶したブラートを埋める。顎を蹴り抜いたので、一瞬死んだかなーと思ったのだが普通に生きてた。頑丈だなコイツ。

 

「よし、これで半日は出られないだろ」

「もはや遺体遺棄案件だぞソレ」

「死んでないからセーフ」

「それはそれで生き埋め事件なんだが...まあいい。ブラートなら大丈夫だろう。それよりリョータ、三十分後に集会がある。お前達にも参加して欲しい」

「はいよ。...そういやブラート埋めちゃったけど、それ参加させなくていいのか? いや、埋めた張本人が心配する事じゃないんだけどさ」

「......まあ、ブラートには夕食時にでも報告すればいいだろう」

 

 それでいいのかボス、とも思ったが、それこそ俺が言える立場ではない。俺は大人しく頷き、気絶しているタツミを大広間にまで運ぶ作業へと移る事にした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ブラート生き埋め事件からきっかり三十分後。俺はモードレッド、シャルロット、ラウラの三人を連れて、アジトで一番広い部屋にいる。集合場所を聞いていないのに気付いたのが十分前の事だが、集会・報告会・作戦会議等は大体この部屋で行うと言っていたので間違ってはいないだろう。

 

 一番乗りでこの部屋(以後会議室と仮称する)に着いた俺達。修行の疲れから一時ダウンしていたシャルロットとラウラは既に回復しており、先程まで昼寝をしていたモードレッドも眠そうに瞼を擦っている。

 俺達の次に現れたのはマインとシェーレ。この二人組はよく見るな、などと考えていると、マインがあからさまに威嚇してきたので視線を外す。相変わらず嫌われてるなー、俺。

 その後もアカメ、タツミ、レオーネ、ラバック、ナジェンダと続々と集まってきた。驚いたのはブラートが何事も無かったかのような顔で会議室に入ってきた事だ。ホントなんなのこいつ。不死身か。

 

「それでは報告会を始めよう。レオーネ」

 

 ブラートの姿を確認して慄いていたナジェンダだったが、すぐに気を取り直してレオーネに発言を促す。ナジェンダの精神力も中々侮れないものがあるのかもしれない。まあただ単に考える事を止めただけかもしれないが。

 

「はいよ〜。今日帝都に偵察に行ってきたんだけど、やっぱりマインは顔バレしてた」

「...そう。あーあ、これじゃオフの日にショッピングも出来ないじゃない。......ん? ちょっと待ってレオーネ。アタシ『は』?」

「そうそう。マインの想像通りだよ。マインの手配書は街中に出回ってたけど、リョータ達のは全く無かった。敵認定されなかったっぽいな」

 

 おお、それはありがたい。別に今更俺が指名手配される事については何も思わないが、シャルロットとラウラは嫌だろうしな。

 というかそもそもの話。俺らはナイトレイド構成員でもなけりゃ革命軍所属って訳でもない。唯の居候グループだからね。指名手配される方がおかしい。だからマインさんや、無言で俺の脛を蹴ってくるのやめませんか。いや痛くは無いけどさ。

 

 それにしても、マインが指名手配されたということは、モードレッドが投げ飛ばした例のポニテ少女は無事だったということだろう。良く生きてたなあの子。あの投擲速度から考えて、普通の人間なら着地に成功したとしても挽肉だろうに。もしかしてあの少女、案外普通じゃなかったりしてな。実は改造人間でしたー、とか。ははっ、無いな。

 俺の投げた犬なのか熊なのか分からない謎生物コロの安否は不明のままだが、まあ気にしなくてもいいだろう。生きてたら生きてたで、特に俺達の不利益になることはないだろうし。もしまた敵対した時はシャルロット達にリベンジさせてみようかな。コロを自分達だけで倒せれば、きっと二人の自信に繋がるだろう。

 

「蹴るのはそれくらいにしておいてやれ、マイン」

「フンッ!」

 

 ナジェンダの仲裁で漸く蹴る事を止めたマインだが、不満はまだ残っているらしい。鼻を鳴らしてそっぽを向き、あからさまな「私、怒ってます」オーラを出している。なんなのこの子めんどくさい。

 

「さて、次は悪いニュースだ。エスデスが北の勇者率いる北方の反乱勢力を蹂躙し、帝都に戻ってきたらしい」

 

 極めて重々しく、ナジェンダはそう告げる。それを聞きブラートやアカメ、ラバックなども体を強ばらせた。なんだ? エスデスって奴、そんなにヤバイのか? まあ確かに自己主張の激しい名前だとは思うけど...。いや、まだそのエスデスって奴がサディストだと決まった訳じゃないか。決めつけいくない。

 

「あのドS将軍、もう帰ってきやがったのかよ...ッ!」

 

 結局Sなんかい。しかもドの付くSとな。因みに凄く無駄な知識かもしれないけど、この『ド』って英国戦艦ドレッドノートに由来してるらしいな。ってことはこの世界にもドレッドノートが...?

 

 そんな無駄に偏った知識で意味のわからない考察をしていると、ナジェンダが新たに口を開く。

 

「レオーネ。帝都へ行き、エスデスの動向を探ってきてくれ。無理はするな、最低限の偵察だけだ。決して戦おうなどと思うなよ」

「オーライオーライ」

 

 テキトーに返事をするレオーネだが、その顔を見ればエスデスに手を出そうと考えているのは丸分かりである。それを心配そうに見るナジェンダが再度忠告するも、レオーネの態度は変わらない。まあレオーネは自分の腕に自信が有るようだし、自由にやらせてやればいい、と俺は思う。失敗しようが成功しようが、それは彼女の成長に繋がる可能性が高いからだ。まあ死んだらそこまでなんだけども。

 

「はぁ...まあいい。エスデスの帰還と時を同じくして、帝都で文官の連続殺人事件が起きている。被害者は文官四名とその部下複数。問題は、その現場にこの紙が残されていたことだ」

 

 そう言って、ナジェンダは一枚の紙切れを俺達に見せてくる。そこには、ナイトレイドのトレードマークがデカデカと描かれ、その下には解読不能の文章が羅列していた。ふむ、言葉は日本語とほぼ同じなのに、文字は全く違うのか。面倒だな。

 

「『ナイトレイドによる天誅』...? 俺達に罪を擦り付ける気か」

「でもさ兄貴。こんなの普通、偽物だって分かるだろ? 犯行声明なんてわざとらしい」

「最初はそう思われていた。が、今ではナイトレイドの仕業だと断定されている」

「はぁ!? なんで!」

「殺された文官達を護衛していたのは皆一流の戦士だった。彼らが簡単に殺せるとなると、我らナイトレイドしかいない。そう思われているんだろう」

「クソッ!」

 

 .........。これ、俺達いる意味ある? ほぼほぼ関係なくね?

 

「犯人は恐らくエスデス配下の三獣士。これ以上奴らの好き勝手にはさせん。次に襲われるであろう文官を、こちらで三人に絞った。彼らの護衛が今回の任務になる。リョータ、すまないがお前も協力して欲しい。お前の戦闘能力の高さはブラートやタツミ達から聞いている。是非、力を貸してくれ」

「ああ、なるほど。だから俺も呼んだのか。いいぞ、引き受けよう。家賃代わりにゃ安過ぎるくらいだ」

「助かる」

 

 にしても護衛か...。殺しじゃないならシャルロットやラウラも連れて行こうかな? 実戦も適度に取り入れていった方がいいだろう。アレだ、現場に慣れるってやつ。やっぱり訓練と実戦は細々としたところで違ってくるからな。

 

 そんな事を考えていると、ブラートが目を輝かせてナジェンダにこんな提案をし始めた。

 

「そういう事なら、チーム分けは俺とタツミとリョータの三人で...」

「「却下」」

 

 ...タツミと俺は、なんだか仲良くなれそうである。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 翌日。早速その護衛任務とやらに駆り出された俺は、頬を撫でる(ぬる)い風を感じながら、ゆっくりと流れる景色をぼんやり眺めていた。...まあ霧が深くて景色なんて殆ど見えないんだけどね。霧うぜぇ。

 

 俺は今、河川上を遊覧する豪華客船に乗り込んでいる。今回俺が宛てがわれた護衛対象サマがこの客船に乗っているからだ。それに伴い、俺達護衛も豪華客船に相応しい変装して船に乗り込んだのである。護衛されてる文官本人にすらバレないようにしながら、だ。まあ普通に考えて、国家転覆を計っている暗殺集団に護衛させる訳ないしな。それにしても燕尾服とか初めて着たわ。

 

「むっ、このケーキは中々美味いな...。凌太、これを食べるがいい。嫁の作ったモノには多少劣るが、美味いぞ。...おお、そうだ。ふふん! 喜べ嫁、私が『はい、あーん』をしてやろう! どうだ、夫婦っぽいだろう?」

「とりあえずラウラの俺に対する呼び方が未だ統一してないの、突っ込んだ方がいい?」

「むぅ.........はい、あーん」

「.........」

「あーん!」

「はいはい......ん、なんだ本当に美味いな」

「だろう?」

 

 ニコニコと頬を弛ませるラウラかわいい、とかはとりあえず置いといて。本当に美味いな、このケーキ。知らない味もいくつか入ってるし...この世界特有の食材や調味料か? なにそれ超気になる。後で暇があったらここのシェフとちょっと話しよー。

 

 因みに、ラウラは黒を基調としたドレスを身に纏っている。肩を大胆に晒す作りであるそのドレスはラウラよく似合っているし、ワンポイントで左胸と鎖骨の間に付いている紫の薔薇も良く映えていると俺は思う。それにしてもどっかで見たことある服装だな...あっ、某女神だ。ラウラのコーディネートのテーマは『片田舎のご令嬢』なのだそうだが...フッ、あの女神の服装が田舎の令嬢をイメージした衣装とほぼ同じとか愉悦だな。俺は忘れない、あの怒りを。次に会ったら意味深な笑顔を向けてやろう。

 

 それはそうと、そのドレスが醸し出すご令嬢感を相も変わらず彼女が付けている眼帯が半分程打ち消している。医療用の白いヤツならまだしも、大佐とか軍曹とかが付けてそうな黒いヤツだからな。嫌でも目立つというものだ。まあそれでも、ラウラの可憐さにやられて言い寄って行く男も数多くいたのだが。

 そいつらはまあ、今現在は倉庫の中で仲良く眠ってもらっている。ラウラにいやらしい目を向けてたからね、是非もないよネ。

 

 あとついでだが、俺の変装のテーマは『ラウラお嬢様の側近執事』である。ラウラが提案してきたこのコンセプトだが、イマイチ良く分からない。まあラウラは満足しているようだから、俺としては別に構わないのだが...俺は結局、ラウラの何なのだろうか? 現状としては元クラスメイトでありコミュニティの同士であり嫁であり執事である。...ふむ、分からん。

 

「なぁにイチャついてんのよアンタ達。今は任務中なのよ、バカじゃないの?」

 

 俺とラウラが主従関係(偽装)の枠を越えたやり取りを見ていたらしいマインが、そう言いながら近付いてきた。

 

 因みにマインも田舎上がりのご令嬢役である。絶賛指名手配中の奴が何堂々と顔を晒しているんだと思わないでもないが、手配書が出回ってからまだ時間が経っていないからか、マインの正体に気付く者は今のところ現れていない。まあ現れたら現れたで俺が対処する事になっているのだが。主に記憶を消す(物理で殴る)、という方法で。

 

 そんなマインお嬢様の着ている服は、やはりピンクを基調にしたドレスである。普段から着ているドレスっぽいモノより大分煌びやかに飾り付けられたそのドレスは割と似合っており、余り違和感はない。外見もそうだが、中身もだ。ほら、お偉いさんとこのご令嬢って馬鹿みたいに我儘なイメージがあるじゃん?(偏見)

 

「何を言う芋虫ピンク。私と嫁は夫婦だ、いついかなる時も仲睦まじいのが普通だろう?」

「ねぇラウラ。色々と突っ込みたいところはあるんだけど、とりあえずそろそろその呼び方やめてくれない?」

「む、そうか? すまなかったな芋虫」

「それもうただの悪口だからね!?」

「冗談だ、そう怒るなマイン。ほら、このケーキをやろう」

「こんなものでアタシを買収しようだなんて百年早......美味しいわね、これ」

「だろう?」

 

 怒れるマインも甘味の前では無力だった。やはり女の子ってのはそういう生き物なのだろうか? だったらやれ太っただの、やれダイエットだのと一々騒がないで貰いたいものだ。男からしたら違いなんてほとんど分からないと言うのに。寧ろ少しくらい肉が付いていた方が(ry

 

「あれ、そういやシェーレは?」

 

 女の不思議な習性的な何かについて考えていると、ふとシェーレが頭を()ぎった。その事について他意は決して無いが、そこでシェーレの姿が見えない事に気が付いたのだ。まさか船内で迷ってるんじゃないだろうな、あの天然ドジっ子娘。

 

「ああ、シェーレならさっき客室に戻ったわよ。船酔いしたんですって」

「シェーレェ......」

 

 大丈夫なのかあの人は。人としてもだが、暗殺者として。護衛任務中に船酔いで部屋に籠るプロの暗殺者とか聞いたこと無いぞ。まったく、ウチの静謐ちゃんを見習って欲しい。

 

 

 

 今回、この豪華客船にて、帝国のわりかし偉い文官である小太りのおじさんの護衛の任に着いたのは、俺、ラウラ、マイン、シェーレの四人だ。チーム分けは結局くじ引きで決められた。俺達の他はモードレッド、シャルロット、タツミの三人と、ブラート、アカメ、ラバックの三人、その二チームに分かれている。ブラートが肩を落としている隣で、俺とタツミが揃って安堵したのは記憶に新しい。

 

 適当にクジ引きで決めたにしては良い感じにパワーバランスが取れていると思う。ブラート班が少し心配ではあるが、まあブラートとアカメがいればそうそう正面から負けることは無いだろし、ラバックの帝具『千変万化クローステール』は索敵にも特化している。奇襲されてあっさり殺られる、という事もないだろう、きっと。

 

「それにしても...アタシ達の護衛なんて意味あるのかしら? あのおじさん、ずっと肉のカーテンの中なんだけど」

「さぁな。まあ襲われないならそれに越したことはないんじゃないか? 私としては美味な料理に舌鼓を打てているので、今この状況に関して何の文句もない」

「アンタねぇ...ま、それもそうよね。別の文官の所に行ったか、それとももう襲撃をやめたのか...どっちにしろ、何も無いならそれがいいわ」

 

 なんだろう、それ絶対フラグだと思うんですよマインお嬢様。これは少し気を引き締めた方が良さそうですね...。

 

 と、改めて俺は周りに注意を向ける。正直護衛対象のおじさんなどどうでもいいが、今回はラウラがいる。慢心してラウラがやられましたー、などという状況を作る訳にはいかないのだ。

 

「ん...ふぁ...」

 

 怪しい奴はいないか、と周囲に気を配っていると、隣からそんな間の抜けた音が聞こえてきた。目を向けてみればそこには、口元を手で抑え、瞳には若干の涙を浮かべているピンクお嬢様の姿が確認できる。

 

「おいピンク」

「マインよ」

「お前まで任務中に気を抜いてんのか。欠伸なんかしてんじゃねぇっての。死ぬぞ」

「アンタ本当こっちの話聞かないわよね...。別に気を抜いてる訳じゃないわよ。ただ、何故か突然眠気が襲ってきて...」

 

 そう言いつつ、マインはもう一度欠伸をもらした。本当に大丈夫かコイツ? 何、ナイトレイドってそういう集団なの? まともな奴いないの?

 ナイトレイドという暗殺集団について多少の疑念を抱いていた俺だったが、どうも今回はマインが悪いという訳ではなさそうだ、という事に気が付いた。

 

「ん...凌太、すまない...私も、眠気が......」

「ラウラも? ...ってなんだこれ、乗客全員眠りかけてる...?」

 

 周りを見渡せば、欠伸を噛み殺している者や、既に眠りに落ち床に倒れている者など、とにかく眠気に襲われている者がほとんどだった。なんだ、どういう事だ? 気体状の睡眠薬でも撒かれたか? え、それって現在進行形で奇襲されてるってこと? やっぱりさっきのはフラグだった...?

 

「ラウラ、IS展開。マインも気張れ、眠んなよ」

 

 とりあえず、二人を襲う眠気をどうにかしなくてはならない。薬ならISを展開して外気を遮断すればどうにかなるだろう。マインにも魔力の防御膜を作って纏わせてやれば問題は無いはずだ。シェーレは...もうダメだろうなぁ。今頃は心地よさそうな寝息をたてていることだろう。

 

「ッ...ダメだ...眠気が、引かない...!」

 

 辛抱ならず、ラウラが膝を付いた。見ればマインも限界が近そうだ。なんとか立ってはいるものの、目は虚ろで焦点が合っておらず、頭はこっくりこっくりと船を漕いでいる状態だ。

 

「チッ、原因は薬じゃない...ってことは、帝具か」

 

 気付けば、周りは俺以外の全員が倒れていた。ラウラとマインも遂に限界を迎えたようだ。

 

 と、そこで俺は、俺以外に動く気配を察知した。

 

「あぁ? なんだ、起きてる奴がいるじゃねぇかよ。ったく、大人しく眠っとけば殺さずに......って、オイオイ...お前の後ろで眠ってる奴、ナイトレイドのマインじゃねぇか? ってこたぁお前もナイトレイドか! うはっ! いいねぇいいねぇ、今日はついてるぜぇ!」

 

 そういいながら出てきたのは大柄の男。その手にはこれまた大きな斧を携えている。大きい以外は普通の斧に見えるけど...もしかしてあれも帝具?

 

 それにしてもなんだこいつ。頭に付けてるあの黒いのは...もしかして猫耳か? え、マジ? しかも白目剥きながら笑ってるとか...。何ソレ怖い。てかあれ、最早三白眼とかいうレベルじゃないぞ、黒目が一切無い。意識ちゃんとあんのか? 実は寝てて、今の台詞全部寝言とかだったりして...それ何て悪魔憑き(エクソシスト案件)

 

「よぉし、決めた。お前達は俺の経験値にする!」

 

 なんだ唯のバトルジャンキーか。

 

 そう結論を下すとほぼ同時、目の前のバトルジャンキーは何の変哲もない両手剣を俺の方へと放ってきた。

 

「さあ、武器を取れ。そして俺と戦え!」

 

 そう言い、帝具と思わしき斧を構えるバトルジャンキー。こいつが例の三獣士である事は容易に予想できる。別にここで瞬殺してしまってもいいのだが、それではわざわざラウラを連れて来た意味がないしなぁ...。とりあえずラウラ起こすか。ついでにマインも起こしてやろう。

 

 投げ渡された剣を拾うでもなく、かと言って戦闘態勢を取ることもしない俺に痺れを切らしたのか、白目バトルジャンキーが苛立たしげに声を上げ始めた。が、俺はそれを総スルー。立ったままに電流を甲板へと流す。

 

「「ぴぎゃっ!?」」

 

 スタンガン程度の電圧で放電したところ、そんな声が静寂な船上に響く。うん、雷の出力調整も大分上手くなったな。

 

「いっつつ......」

 

 頭を軽く振りながら、ラウラとマインが起き上がる。雷で起こそうという俺の目的は達成された。あとは二人に任せよう。

 

「起きたな二人共。早速だが構えろ。敵さん、もう準備万端っぽいぞ」

「え?」

「ッ! ちょっとバカ! さっさとアタシのパンプキン渡しなさい!」

「誰がバカだ」

 

 ラウラよりも先に状況を理解したマインは、俺に預けていた得物を要求してきた。即座に戦闘準備に入れる辺り、さすが殺し屋稼業だと言える。それに一拍遅れ、ラウラも肩に装備されてあるレールカノンの砲口を白目男に向けた。咄嗟の判断や順応力に多少欠けるか...。早速今後の課題を見つけたな。

 

「ほう? 三対一か? いいぜいいぜぇ! 来いよ、纏めて俺の経験値にしてやらぁ!!」

 

 何を勘違いしているのか想像に(かた)くないが、とりあえずはラウラの実戦経験を積ませる良い機会に恵まれた事に感謝だ。白目男の言葉を借りるなら、奴にはラウラの経験値になってもらう。

 目の前の男は、今のラウラで互角か少し上程度の実力だ。まずはマインとタッグを組ませて戦わせてみるか。三獣士って言うくらいだし他に二人仲間がいるのだろうが、そっちは放置でも構わない。襲ってきたらラウラとマインに忠告だけはするが、基本は二人に任せよう。

 

「ラウラ、マイン。基本俺は手を出さないから。自由にやっていいぞ」

「了解した」

「言われ無くても!」

 

 しっかりと相手を見据え、構える二人の姿を見るに、眠気はすっかり飛んだようだ。しかし、まだ突然襲った眠気の原因が分かっていない以上、それの警戒は必要である。俺だけが何も感じていないとなると、やっぱり帝具の可能性が一番高いな。眠気を強制してくるのは厄介だ。原因を特定し次第、速急に対処する必要がある。そっちは俺がしておくか。ラウラとマインには白目男の相手に集中してもらおう。

 

 ...ふむ。ついでだ、マインにも少しは助言してやろうかな。別に、ナイトレイド陣営の全体的な戦力強化に携わっても構わんのだろう? タツミの稽古はもう付けてるんだし今更ではあるが。

 

 ともあれ、これで本来の目的は達成出来そうだ。シャルロットの強化がラウラより遅れる結果にはなりそうだが...まあその分、シャルロットには別の機会を与えれば良いだけのこと。今はラウラの修行に集中すべきだ。油断大敵、慢心ダメ絶対。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作から逸脱し過ぎてしまった......


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帝具の性能も案外ピンキリなんだなって

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ? 三人がかりじゃないのか? ふん、まあいい。ナイトレイドのマインだったら、俺の経験値として十分だぜ! かかって来な、俺の最強への足掛かりにしてやるよぉ!!」

「はっ、言ってなさい偽者!」

 

 白目ジャンキーが吼え、マインは躊躇い無く引き金を引く。しかし、マインの威勢に伴わず、パンプキンから発射されたレーザーの威力は低い。白目男の斧の腹で軽々と弾かれる。

 

「ハッハァ! その程度かよぉ、ナイトレイドのマイン!」

「ちっ、やっぱりピンチが足りないわね...」

 

 マインそう悪態をつき、無駄と分かった単発発射から乱発へと攻撃方法を切り替える。だが、相手もそれなりの実力者。その程度の攻撃を防ぐ事は造作もないらしく、余裕の表情を浮かべながら斧の一閃で全ての散弾を薙ぎ払った。

 

「フッ──!」

 

 と、そこでラウラが背後から白目男に近付き、ブレードを振るう。タイミングとしては最良に当たるその攻撃は、白目男の背中へとヒットする。だが、

 

「ぐ...ゥヲラァアア!!」

 

 浅い。もう一歩踏み込みが足りなかった。

 多少の怪我こそ負わせたものの、白目男は腰を回してラウラへ斧を振り抜く。幸い、ISには絶対防御があるのでラウラ本人にダメージは無いが、もし生身なら今ので終わっていただろう。殺すつもりで行け、とまでは言わないが、もう少し厳しく攻めた方がいいだろうな。

 

 斧の一振りでラウラが弾き飛ばされると同時に、次はマインが攻撃を仕掛ける。だがやはり、威力が足りない。

 

 やっぱり「ピンチになるほど威力が上がる」っていう性能はピーキーすぎやしないだろうか。玄人向けの武器、と言えば聞こえは良いが、自身の危機を前提とした武器性能は扱いが難しいというレベルではない。俺なら進んでは使いたく無いな。マインの奴、もしかしてマゾヒスト?

 

 そんな事を考えている間も、目の前の戦闘は続いている。どちらも引かぬ接戦...というか、どちらも攻めきれていない。決定打に欠けるラウラ&マインに、単純に手数が足りないために防御重視の戦術を取らざるを得ない白目男。最初の奇襲を警戒し出した白目男は常にラウラの動きを把握し、マインの小威力の光銃弾は斧の一振りで薙ぎ払う。

 

 対するラウラとマインと言えば、マインが牽制し、その隙をラウラが突く戦法を取っているのだが、マインの攻撃はその威力の低さから牽制としての働きを十分に果たせず、ラウラのほぼ必殺AICが発動出来ない。その上、技術で劣るラウラの攻撃は白目男に悉く防がれる始末。

 

 このままではジリ貧、先に体力の尽きた方が負けだろう。そう思って戦闘を見ていると、こちらに近付いて来る二つの気配を察知した。

 

「残りの三獣士か...。そこまで強くは無いけど、三対二はちょっちキツいかな?」

 

 ピンチになればマインが強くなる。それを加味しても微妙なところ。シェーレが居れば...いや、それだとマインの攻撃力がイマイチになるのか。本っ当に扱い難いなあの帝具。作戦を立てるのも面倒だ。不利な戦況をひっくり返すのには凄く役立つんだろうけどなぁ。とにかく、パンプキンの底が分からない事にはどうしようもない。試しに三対二の戦況にしてみて、その程度のピンチでのパンプキンの性能を見てみるのも良いかもしれないな。ヤバそうだったら俺が割って入る。

 

 全部任せるとは言ったものの、奇襲されてハイ終わり、では話にならない。とりあえず新手の牽制だけは、俺がしておこう。

 

 俺はおもむろに船の垣立の一部を剥ぎ取り、それに魔力を込めて硬化させる。大きさは拳より少し小さめの木の破片。それを魔力でコーティングし、親指、人差し指、中指の三本で握る。そして、三獣士の残り二人がいる方向へと、ワインドアップで投擲した。

 

 時速にしておよそ千km/hオーバー。拳銃より若干遅め程度の破片は、白目男の頬を掠りながら、その背後へと爆音を伴って着弾する。俺命名「十六夜砲(偽)」。本物は第三宇宙速度という意味の分からない速度を叩き出す、物理法則完全無視の超高速直線弾道砲なのだが、俺にはそんなアホみたいな速度は出せない。今の俺では最大限の身体強化を施しても、約千km/h程度までしか出せないのだ。本当十六夜くんチート過ぎて困る。だいたい第三宇宙速度ってどのくらいの速さなんだよ、俺ちゃんと見切れるんだろうな?

 

「ちょっ、何今の!? アンタ何したの!?」

「スクリュー気味のストレートを投げた」

「投げ...? ごめんちょっと意味分かんない」

「凌太について深くは考えるなマイン、感じるんだ」

 

 ラウラもだいぶ俺に慣れてきたな。ある程度の事では動じない精神力が付いてきた、という事だろう。いい傾向だ。けど十六夜みたいな本物の化物連中はこのレベルじゃないから気を付けて。

 

「っと、そんな馬鹿話してる場合じゃないな。敵の増援来るぞ」

 

 瓦礫と化した船の中程を指差し、注意を促す。先程の投擲は命中させていないので、敵も全開の状態だ。少なくとも身体的には。

 

「増援? ハッ! いいじゃない、いいピンチね!」

「敵の増援を喜ぶとは......マイン、お前はマゾなのか?」

「ちょっと変な事言わないでくれる!? 違うわよ!? 違うからね!?」

 

 マインがいじられキャラに定着しつつあるな。まあ楽しそうだし放っとこ。

 

「──随分なご挨拶だな、ナイトレイド。この威力、当たっていたら私達はひとたまりもなかっただろう。ダイダラが苦戦しているのも頷ける」

 

 そう言いながら、初老に差し掛かろうかという程の男が、瓦礫の奥から歩き出てくる。細身ではあるものの、その強さは白目男──ダイダラを凌駕しているだろう。中々に油断のならない相手、とみた方がいい。

 

「三人も残ってたんだ。僕の笛音を聞いてるはずなのに...タフなのが多いんだね、ナイトレイドって」

 

 初老の男の後ろから出てきた二人目の人影。次は、男と言うよりも少年と言った方がしっくりくる容姿をしている。その少年は、手に持っている笛をヒラヒラと振り、どこか呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

 あの笛が敵の帝具、眠気の原因か。あの笛で奏でる音を聞かせることによって聞き手側の眠気を誘う、と。いや、もしかしたら眠気だけでは無いのかもしれない。

 

「...ふむ。ダイダラよ、一対三では分が悪いだろう。私が手を貸す」

「あぁ? 別にいいけどよ、マインは俺が貰うぜ?」

「構わない。では他二人は私とニャウが受け持とう」

 

 と、何やら敵さんは勝手に組み合わせを決めたらしい。しかし、その組み合わせではパンプキンの性能が十分に確認出来ない。それじゃあ余り意味がないのだが......いや、そもそもの目的はラウラに実戦経験を積ませることだ。まず優先すべきはラウラであり、パンプキン及びマインは二の次にすぎない。であるならば、実力的にも数的にも劣る戦闘をラウラに経験させる方を優先すべきか。

 

 そこまで考えたところで、初老の男性が動いた。

 

「ナイトレイドとあれば、加減は無用。全力でいかせてもらうぞ」

 

 そう言って、彼は近くにあった水樽に手を突っ込む。

 何かの能力か、と警戒しながら見ていると、樽の中の水が、一匹の蛇の様な形になった。

 

「ッ! ブラックマリンね...」

 

 初老男の持っている帝具に心当たりがあるのか、マインがそう呟いた。

 

「ブラックマリン? 黒の海ってなんだそりゃ、本当始皇帝とかいう奴のネーミングセンス疑う」

「ブラックマリン、触れた水を操る事が出来る帝具よ。気を付けなさい。ここは河川上、言わば敵のテリトリーど真ん中ってことよ」

 

 へぇ、面白そうな能力の帝具だな。どれがその帝具なのか分かんないけど。それらしい物と言えば...あの指輪か?

 

 そう、俺が少し注意深く観察していると、ラウラがぼそりと呟いた。

 

「黒の海...いいな」

「おっ? なんだラウラ、アレ気に入ったのか?」

「...多少な。能力もそうだが、何より名前がいい。私の専用機シュヴァルツェア・レーゲンの日本語訳は黒い雨。どうだ、何か運命的なものを感じないか?」

「ふむ。要するに欲しいと」

「............まあ」

 

 俺は特に運命とかは感じないが、ラウラがそう感じているのなら、きっと運命とかそんな感じのものなのだろう。で、あるならば。

 

「ラウラ、あいつ一人で倒せ。そしたらあの帝具はお前の物だ」

「何? ...いいのか?」

「いいも何も、それが勝者の権利だろ。戦利品だ」

「ふむ...少々荒っぽいが、それもそうだな」

「...ねぇ、分かってる? アンタ達のその言い分、盗賊とかのソレと同じだってこと」

「知らねぇな、なんせこちとら魔王とその仲間なんで」

「魔王?」

 

 小首をかしげるマインは放っておく事にして、俺はラウラの側に行き、彼女に話かける。

 

「ラウラ。俺とマインで他二人は受け持つ。お前はあの初老男と一体一で戦え。殺せ、とまでは言わないけどな、容赦はするなよ。でないと死ぬのはお前になりかねない」

「分かっている。そういう訓練は軍で受けてきた、心配しなくていい」

「そっか。まあ、もしもの時は俺がいる。存分にやってきていいぞ」

「ああ、分かった」

 

 さて、ラウラの方は準備万端。後は初老男以外の二人を引き剥がす。

 マインにやらせてもいいが、それだと時間がかかりそうだ。だったら俺がやろう。十秒あれば余裕だ。

 

 俺は足に魔力を集中させ、甲板を蹴る。肉眼で捉えられるか微妙な速度の上、気配遮断も併用している為、ここにいる全員に俺の移動は見えていないだろう。まあそれこそ、十六夜辺りには余裕で見切られるんだろうけどな。

 

 敵に気付かれる前にその背後へ周り、ダイダラとニャウの首根っこを掴む。そして上空へ投擲し、もう一度高速移動。マインの隣まで行く。

 

「おいマイン、ちょっとパンプキン貸せ」

「えっ、何でよ。っていうかアンタ、今何したの? 敵二人がいきなり吹き飛んで行ったんだけど?」

「背後に移動して首根っこ掴んで投げただけだっての」

「...オーケー、分かったわ。よーく理解した。アンタの事は深く考えちゃダメだってことがはっきりとね」

「いいからパンプキンはよ」

 

 呆然とするマインから、俺は半ば強奪する形でパンプキンを取り、絶賛自由落下中のダイダラとニャウへと片手で銃口を向ける。

 

「いいかマイン。お前に一つ教えてやる」

「...何よ? 言っておくけど、アタシは瞬間移動なんて出来ないからね?」

「んなことしろなんて言わねぇって。そうじゃなくて、パンプキンの使い方についてだ」

 

 狙いを定め、いつでも発射出来るよう用意しつつ、マインに話かける。

 

「パンプキンはピンチになるほど強くなる。危機的状況時の使用者の精神力を使って。これで合ってるな?」

「ええ、まあ......」

「って事は、だ。別に、使用者自身がピンチに陥らなきゃいけないなんて道理はない」

「は? いやだから、ピンチになんないとパンプキンの火力が上がんないのよ」

「だから。パンプキンの能力向上に必要なのは、ピンチの場面じゃない。ピンチ時に湧き出る使用者の精神だ。だったら──」

 

 そこで俺は一旦言葉を切り、パンプキンの引き金を引く。全くピンチではない、寧ろ優位ですらあるこの状況で放たれるパンプキンの光線はさぞかし微弱なものだろう。そう、何の工夫も施さずに放てば。

 

 俺が引き金を引くと同時、船上に轟音と爆風が吹き荒れた。出処はもちろん、俺が手に持つパンプキン。発射された光線は、直径で約十五メートル程だろうか。

 パンプキンから放たれた一条の光柱は、状況を余り理解出来ていなかったダイダラとニャウに直撃する。

 

 およそ十秒程だろうか。漸く、パンプキンが光を吐くのを止めた時、そこに二人の影は無く、変わりに帝具が二つ、虚しくも水中に落ちていった。

 

「──っとまあ、こんな感じに、全然ピンチじゃなくてもこの程度の威力なら...あっ、パンプキンから黒い煙が...」

 

 やばいどうしよう。なんかヤケに熱いし、もしかして壊れた? オーバーヒート?

 内心アタフタしていると、マインが物凄い顔で迫ってきた。

 

「ち、ちちちょ、ちょっとアンタッ!!!」

「えっ、あ、ごめん。なんかこれオーバーヒートしてるかも」

「そっちじゃなくて! いやそっちも重要なんだけどやっぱりそっちじゃなくて!!」

「? だったらなんだよ?」

「なんだよ、って...いやいやいやいや! 今の威力何なの!? そこまでのピンチなんて無かったでしょ!?」

「近い近い」

 

 俺に掴みかかる勢いで詰め寄るマインを、パンプキンを持っていない方の手で押し退ける。

 

「別に不思議な事でもないだろ? さっきも言ったし、お前が一番理解してるだろうけど、パンプキンの動力源は使用者の精神力だ。危険に晒された時の精神力を喰って、パンプキンの威力は向上する」

「だから! 今この状況はそんな威力が出る程のピンチじゃ...」

「はぁ...やっぱ分かってなかったのか」

 

 溜め息を一つ吐き、マインの方へと向き直る。正直ラウラの方に構ってやりたいのだが、まあ仕方ない。初老男も驚いた様子でこちらを見ており、まだ戦闘が始まる様子はないし。

 

「いいかマイン。パンプキンの火力を上げる時、別にピンチに陥る必要は無いんだ」

「はぁ!?」

「そうだな...言葉にしにくいんだが、自分で自分の心を追い込む、みたいな? 自分が一番ピンチだった時を思い出したり、もしくは考え得るピンチの状況を想像したり。そうすりゃ自然と火力は上がる」

 

 因みに俺が想像した場面は爺さんに殺されかけた瞬間だ。様々な修羅場を超えてきた俺だが、アレ以上の危機的状況は経験した事がない。あれ、あと一秒くらいゲームが終わるのが遅ければ、間違いなく俺死んでたからな。爺さんの事だから何かしらの手を打って俺を生き返らせるつもりだったのかもしれないし、もしかしから死んだらそこまで程度に思っていたのかもしれない。どちらにしろ、俺の一番の臨死体験であることに変わりは無い。

 

「マイン。お前はもう少し、自分の扱う武器について知った方がいいぞ?」

「そんなの......」

「事実だろ」

 

 まあ、俺だって自分の使う武器の力を十全に引き出せる訳じゃない。他人の事を言える立場じゃないんだがな。

 

 さて、マインへの対応は後に回すとして、次はラウラだ。正直言って、今のラウラではあの初老男に勝つのは少々厳しいかもしれない。全快の状態ならいざ知らず、今は例の帝具で弱っている。動きがいつもと比べて大変鈍くなってしまっているのだ。

 

「...ふむ。さすがはナイトレイドと言ったところか。我ら三獣士のうち、二人がやられるとはな。そこの少年、名を聞いておこう」

「あ? 何言ってんのお前。お前の相手は俺じゃなくてそっち」

 

 悠長に俺の名前を聞いてくる初老男に対し、俺は呆れた風にラウラの方を指差す。

 

「そういう事だ。貴様の相手はこの私、ラウラ・ボーデヴィッヒが務めさせてもらう」

「......なるほど。ではこちらも名乗っておこう。エスデス様の忠実なる下僕。三獣士が一人、リヴァ。貴様らが死ぬまでの短い間だが、お見知り置きを」

「ほう? 言ってくれる」

 

 言って、ラウラは砲筒を初老男──リヴァに向ける。

 それと同時、リヴァは水を操り、複数体の水槍を浮遊させる。

 

 まさに一触即発。船上には緊張が張り詰め──ラウラが先に動いた。

 

「はぁああ!!」

 

 ブースターを展開し、瞬時加速。速度に任せてブレードを振るう。が、その一撃は水の壁に防がれた。浮遊していた水槍の形を崩し、シールドとして再構築したのだ。水の抵抗というのは空気の比ではない。銃弾ですら止めるその壁は、ラウラの攻撃など容易く受け止める。

 

「何ボーっとしてんのよアンタ! やるなら今でしょ!? 三人がかりでさっさと──」

「黙っとけ」

 

 ラウラとリヴァの攻防を見ていたマインが、未だ俺が持っているパンプキンを捥ぎ取ろうとしてくるが、俺はパンプキンを離さない。

 

「なっ...!? 何言ってんのよアンタ!」

「お前こそ何言ってんだよ。俺はラウラに任せてんだ、お前は黙って見とけ」

「はぁ!?」

 

 ジタバタと暴れ、パンプキンを強奪しようとするマインの顔を、左手の掌で抑える。

 そうしている間も、ラウラとリヴァの戦闘は続いていた。

 

 戦場は船から河へ移行し、水上にはリヴァが、空中にはラウラが陣取り、互いに中・遠距離攻撃を交差させる。だが、どう足掻いてもリヴァの優位は覆らない。それもその筈、敵の武器は水で、戦場は河なのだ。敵に弾切れは無く、攻防共に隙も無い。これが陸地ならまた話は変わったのかもしれないが...まあ、たらればの話は一切の意味を成さない。

 

「ふむ。諦めたらどうかね、ラウラ・ボーデヴィッヒ。キミでは私に勝てない」

「さて、それはどうだろうな?」

 

 降参を促すリヴァに、ラウラは笑みを向けた。

 なんだ? 何か手があるのか...?

 

「行くぞッ!」

 

 ラウラはそう言って、防御を捨てて突撃をかけ始めた。迫り来る水槍や龍を模した水流を全て受けてなお、少しも引かずにブースターでごり押す。

 

 なるほど、防御を全部エネルギーシールドで受けて接近する気か。それならば勝ち目はあるかもしれない。ISのエネルギーが切れるが早いか、ラウラの攻撃が当たるのが早いか。要するにラウラは賭けに出たのだろう。

 勝率は俺にも分からない。俺がISについて余りに無知過ぎるからだ。ISはあくまで飛行手段で武器として見ていない、というのもあるが、先程マインに言った「自分の武器をよく知れ」とは完全に自分を棚に上げた発言だったのだと痛感する。

 

 俺は、いつの間にか手に入れていた騎乗スキルを使ってISを無理矢理に動かしているだけで、その仕組みはよく理解していない。だから、ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの総エネルギー量も、そしてどの程度の強度なのかも分からない。

 あぁ、これじゃ見ているこっちの方がハラハラするなぁ...。せっかく束が身内にいるのだし、今度ISについてしっかり習ってみるかな。

 

 それはそうと、捨て身に出たラウラは、リヴァとの距離をどんどん詰めていく。そんなラウラに対し、リヴァは水槍の連弾を一旦止め、何やら集中しだした。小技を止めて大技を繰り出す気なのだろう。

 

「水圧で潰れろ。深淵の蛇!」

 

 リヴァが右手を掲げると、その手に付けている指輪が輝き始めた。それと同時に、リヴァが立っている水面が隆起し、巨大な蛇へと形を変えていく。

 

『キシャアアア!!!』

 

 なんという事か、水で象られただけの蛇が声を発したぞ。生きてんのかアレ? だとしたら凄いな、あの帝具。水に生命を吹き込むのか。

 

 蛇は大きく口を開け、真っ直ぐに飛来するラウラへと対峙する。威力は十分、あの蛇に呑まれれば、いくらISと言えどひとたまりもない。エネルギーを一瞬で使い果たしてしまうだろう。

 

 だが、ラウラには一つ、絶対の技がある。

 

「はぁッ!!」

 

 ラウラが掌を蛇に向ける。するの、ラウラを呑み込まんとしていた蛇が、まるで凍ったかの様に動かなくなった。

 

 AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。 ラウラ曰く停止結界は、対象の動き、力のベクトルをゼロにする能力なのだそうだ。そこにベクトルの大小は関係ない、一体一における反則技。膨大な集中力を必要とするラウラの必殺技は、見事に水蛇の動きを停止させた。

 

「何!?」

「チェックメイトだ!」

 

 言って、ラウラは驚愕に固まるリヴァの正面へ着水する。そして銃口をリヴァに向け──引き金を引いた。

 

「ぐわぁあッ!!」

 

 蛇の停止に集中力を割いていたからか、将又(はたまた)優しさなのか、ラウラの放ったレールカノンがリヴァを仕留める事は無く、彼の左腕を肩からごっそり吹き飛ばすに留まった。

 

 命を奪うには至らなかったものの、腕一本失ったリヴァはその場に崩れ落ち、帝具を扱う為の集中力も切らせたらしく、そのまま河に沈んで行った。

 ラウラは沈むリヴァを拾い上げ、俺達の方、船の甲板へと飛んで来る。リヴァは気絶している様で、ぐったりとしていた。

 

「お疲れさん」

「ああ」

 

 軽く労いの言葉を掛けると、ラウラも短い返事を返した。見た感じ、ダメージは打ち身程度で済んでいるな。ISの絶対防御は優秀、はっきり分かんだね。まあ、先程俺が打ったパンプキンの一撃レベルの攻撃を喰らえば絶対防御ごと消し飛ぶだろうし、慢心は良くないんだけどな。

 

「なんだ、やるじゃない、ラウラ。でも、なんでそいつ殺さないの?」

「狙うだけの集中力が無かったんだ。停止結界の方で手一杯でな。それに、あの出血量ではどの道時間の問題だろう」

「ふぅん...。さっきの蛇を止めた技、停止結界って言うのね。そのあいえすっていう機械、本当に帝具じゃないの? 帝具って言われた方が納得出来るんだけど」

「違う」

 

 二人がそんな事を話している時、リヴァの指が微かに動いた。そして、止まること無く流れ出ていたリヴァの血が爪楊枝程の大きさに固定され、無数の散弾として俺達を襲う──前に、俺が、俺達と血の散弾との間に防御壁を展開する。

 

「「「なっ!?」」」

 

 リヴァは攻撃が防がれた事に、ラウラとマインは攻撃されていたという事にそれぞれ驚嘆の声を上げる。

 

「ラウラ。敵が生きて近くにいる限り、気は抜くなよ。じゃないと今みたいに奇襲されるから」

「あ、ああ...すまない、助かった」

「ん」

 

 リヴァの方を見てみれば、今のが最期の足掻きだった様で、出血多量で既に死んでいた。腕一本失い、止血しなければそうもなる。血を操れるなら止血するべきだったのだろうが...まあ、敵にもそれなりの覚悟があったのかもしれない。

 

「さて、と。じゃあさっさとここ離れるか。周りの奴らが起きたら騒ぎになる。その前に帰るぞー。マイン、ラウラ。お前らはシェーレ探して叩き起してくれ。俺は河に落ちた帝具回収してくる」

「命令されるのは癪だけど...そうね、アンタの言う通りだわ。シェーレ探してくる」

「おう」

「凌太、私はその...」

「ん? ああ、ブラックマリンな。確かリヴァの右手に......っと、この指輪か」

 

 そう言って、俺は指輪型の帝具、ブラックマリンをリヴァの指から回収する。ここで、俺がラウラの指に直接はめてやればラウラは喜ぶのかもしれない。試しにやってみるか。

 

「ほらラウラ、指出してみろ」

「なっ!? り、凌太が付けてくれる...のか?」

「おう。そっちのが喜ぶかと思ったんだよ。嫌なら止めるぞ?」

「嫌では無い! 嫌なものか! で、ではよろしく頼む...!」

 

 少し興奮気味に右手を差し出してくる。...右手?

 

「左手じゃなくていいのか?」

「あ、ああ。左手は本番まで取っておきたいんだ。だから、右手」

「そっか。まあ結婚するまでは右手に付けとくって人もいるらしいしな。んじゃ、付けるぞ。薬指でいいんだろ?」

「う、うん......」

 

 耳まで真っ赤に染めるラウラだが、決して右手から目を逸らそうとはせずに、じっと指輪がはまるところを見つめている。...言ったら雰囲気壊れそうだから言わないけど、この指輪って武器なんだよなぁ。しかも今さっきオッサンの指から強奪した指輪。全然ロマンチックな代物じゃないんだけど...ま、ラウラが喜んでるんならそれでいいか。

 

 そんな事を考えながら、俺はラウラの指に指輪をはめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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帝都

......ノラと皇女と野良猫ハートにハマってました。どハマりでした。面白かったです。


投稿速度上げるとか言ってたのにすまない...本当にすまない...っ!


 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふーんふーん...ふふっ」

 

 三獣士との戦いから一晩開けた今日、俺達はナイトレイドのアジトに帰ってきていた。

 

 ちょうど昼飯を食い終わり、使った食器等を洗っていると、居間の方からラウラの機嫌が良さそうな鼻歌が聞こえてきた。

 

「ラウラ、機嫌良さそうだね? 何かいい事あった?」

 

 目に見えて機嫌の良いラウラに、シャルロットがそう問いかけた。無理もない。隣で鼻歌なんぞを歌われれば普通気になる。

 

「ふふん! 聞いてくれシャルロット、そして驚いてくれ。私は、自分の帝具を手に入れたのだ!」

「えっ、ホントに!? 昨日ゲットしたの!? うわーっ! ねぇ見せて見せて!」

「いいだろう!」

 

 楽しそうにキャッキャと盛り上がる声を聞きながら、俺はタツミと並んで皿を洗う。皿洗いと言えば下っ端の仕事の様な感じだが、やってみると意外と楽しいものだ。

 むっ、この汚れ取れにくい...。

 

「...帝具かぁ」

 

 しつこい油汚れと格闘していると、隣でそんな声が聞こえた。見ると、タツミが何やら羨ましそうにラウラの方を見ている姿が目に入る。

 

「なんだタツミ、お前も帝具欲しいのか」

「まあ、そりゃな。オレもいつか超絶カッコイイ帝具使ってみたいぜ」

「インクルシオとか?」

「ああ! 兄貴のインクルシオは超カッコイイよな!」

「確かに。しかも強いしな」

 

 カチャカチャと皿を洗いながら、以前に見たインクルシオの事を思い出す。見た感じは二天龍の神器に似ている。性能は断然二天龍の神器の方が上だが、インクルシオも十分強い。ブラート本人の強さも相まって、現時点ではブラートがナイトレイド最高戦力の座に君臨していると言っても過言ではないだろう。まあ、アカメの村雨も大概チートだけどな。一斬必殺ってなんだ。

 

 まあ、ナイトレイド同士で戦えば、恐らくブラートが生き残るだろう。しかし、その他の敵と、となれば話は変わってくる。ナイトレイドの連中はそれぞれ面白い帝具を持っているし、それに強い。タツミだって、帝具を持てばもっと強くなるだろう。是非ともシャルロットやラウラと切磋琢磨して欲しいものだ。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 夜。ナイトレイド隠れ家内に与えられた俺達の部屋にて。

 

「給料を貰いました」

「「「おおー」」」

 

 俺の発言を聞き、モードレッド、シャルロット、ラウラの三人の声が綺麗にハモった。

 

「なんか、昨日の護衛任務の報酬の分け前らしい。俺達四人分がこれなんだと」

 

 そう言って、俺は一つの麻袋を、皆に見える様に机に置いた。

 

「こっちの通貨はよく分からないが、ナジェンダ曰くそれなりに入っているらしい。そこで、とりあえずこの金で日用品を買い揃えようと思う」

「日用品だぁ? んなもんいらねぇだろ、それより何か旨いもん食いに行こうぜ!」

「モードレッドは必要無くても、シャルロットやラウラには色々と必要な物があるだろ。下着とか。いつまでも同じやつを、洗ってすぐ乾かして着る訳にもいかないだろうしな」

「そんなのマスターが作ればいいじゃん」

「確かに作れるっちゃ作れるけど、必要なのは下着だけじゃないからな。次に報酬が入ったらどっか美味いもの食べに連れて行くから、今回は我慢してくれ」

「ちぇっ。仕方ねぇ...約束だかんな」

 

 モードレッドの説得に成功した。明日の飯はモーさんの好物を作ってやろう。

 

「日用品かぁ。確かに、色々必要な物はあるよね」

「女子は特にな。例えば生r」

「おっと、それ以上はセクハラだよ?」

「しかし凌太よ、日用品を買うと言うが、まさか帝都に行く気なのか? 先日、そこの兵士と戦ったばかりなのだが...」

 

 少し心配そうに、ラウラが言う。三獣士や、この世界に来た時に戦った帝国兵の事を思い出しているらしい。

 

「まあ大丈夫だろ。手配書は出てないらしいし」

「そうか。...うん、そうだな」

「よっし、そうと決まれば善は急げだ。明日にでも帝都に行こう。モードレッドはどうする?」

「そうだな...一応着いて行ってみようかな。ナイトレイドの連中が口を揃えて言う『腐り切った帝国』の首都。それを、この目で一度見ておくのも悪くねぇ」

「うし。じゃあ明日、朝飯食ったら帝都に繰り出すか!」

 

 ってな感じで帝都行きが決まり、この場は解散する。各々が寝るまでの時間を思い思いに過ごそうとする中、俺は一人風呂へと向かう事にした。

 

 ナイトレイドの風呂は温泉だ。源泉掛け流し。本当お前らの隠れ家豪華過ぎないか、隠れる気無いだろ、と突っ込みたい。そもそもさっきの報酬もそうだが、ナイトレイドないし革命軍の収入源ってなんだ。ナイトレイドは市民からの依頼を受けているようだが、それだけでは食っていけないし、アジトをここまで豪華にする事も出来ないだろう。謎だ。

 

「まあ、別に豪華な分には何も文句無いんだけどな。むしろいい」

 

 そう独り言を零しながら、俺は服を脱いで浴槽へと向かう。

 すると、浴槽には既に先客がいたようで、湯気の立ち込める奥から話し声が聞こえてきた。

 

「なぁ、タツミ。お前、ウチの女子連中ならぶっちゃけ誰が一番好みだ?」

「え? そんなこと言われてもな...。今、オレは強くなるのに夢中だから...選ぶとか、そんな身分じゃないよ」

「はーっ、固いなぁ、お前」

「これだけ女が揃ってる中で誰にも興味を示さない...つまり、隠された選択肢があるわけだな!!」

「「......はい?」」

「俺もさ、初めは興味無かったんだけど、従軍中に色々あってな...」

「「は、はぁ......え?」」

 

 ......風呂入るの明日でもいいかな。

 

「ん? おっ、なんだリョータじゃねぇか! お前も風呂か?」

 

 見つかった。しかもよりによってブラートに見つかった。ちっ、仕方ない。逃げようとしてるラバック捕まえて俺も風呂に入るか。

 

 タツミに言ってラバックを捕獲させ、俺はささっと体と頭を洗って湯船に浸かる。ああ、気持ちいい。星も良く見えるし最高だな。...ブラートからの視線が無ければ。本当顔を赤らめないで下さいお願いします。

 

「ん? なぁリョータ、お前、胸のとこにそんな刺青してたっけ?」

 

 出来るだけブラートの視線を無視する事に努めていると、タツミからそんな事を聞かれた。タツミとは、ナイトレイドに転がり込んだ初日に風呂で遭遇している。その時は刺青なんてしてなかったから気になったのだろう。

 

「ああ、ついこの前な。ちょっとした封印だよ」

「封印? なんだよお前、『俺の中には悪魔が眠ってる』とか言い出したりしちゃう奴なの?」

 

 ラバックが呆れた様に言ってくるので軽くチョップをお見舞いしつつ、せっかくなので説明を続ける事にした。

 

「自慢じゃないが、俺はお前らの何倍も強い」

「自慢じゃねぇかよ」

「まあ聞けってラバック。お前らより強い俺だが、上を見れば掃いて捨てるほどの強者がいる。そいつらに勝つ為に、俺は強くなりたい。だったら修行するしか無い訳で。そこで、この封印だ。これはルーン魔術っつってな、色んな事が出来る便利な魔術なんだよ。それを使って、俺の力に制限を付けてんだ」

「すっ、すげぇえーー!!! かっけぇえーー!!!」

 

 タツミが瞳を爛々と輝かせて、若干高い声を上げた。ここまで良いリアクションを取られると俺も少し照れるな。

 

「そのルーンだか魔術だかは分かんないが、具体的にはどのくらいパワーダウンしてるんだ?」

「筋力は三分の一くらいだな。魔力は十二分の一くらい」

「魔力...?」

 

 ラバックが魔力という単語に反応したが、そっちの説明は面倒そうなのでスルーする。

 

 それに、これは正確には封印じゃない。魔力を封印してしまったら英霊への魔力供給量が足りなくなってしまう。

 そこで、俺が考えたのが“封印”ではなく“小分け”である。まずは、俺の持つ魔力を十二個に均等に分ける。そして、俺が自由に使えるのがその中の一個だけに限定。他の使っていない十一個は、供給分ともしもの時の予備だ。

 筋力の方は単純な封印だが、こちらもすぐに解ける様にしてある。もし強敵と戦っている最中に、俺の封印が原因でシャルロット達を守れなかったら話にならないからな。

 

「魔力も良く分からないけど、筋力の方も別の意味で分かんないな。十二分の一とか数字を言われても...。こう、誰かと比較した説明が欲しかったんだけど...」

 

 困ったようにラバックが言うので、身近なところでの比較対象を考えてみる。

 

「んー、そうだな......ブラートと同等か少し下くらいじゃね? まあ、俺は身体強化も出来るから、俺とブラートが戦えば俺が優位に立つんだろうけどな」

 

 まあ優位に立つも何も、俺達(カンピオーネ)からすれば相手の戦闘力なんてあんまり関係無いんだけどな。ステータスだけで勝敗が決まるんなら俺はまつろわぬ神は疎か、中位の英霊にも勝てない。

 

「えっ!? リョータ、お前兄貴に勝てるのか!?」

「リョータならありえるだろうな。軽い組手しかしたことはないが、リョータからは底知れない何かを感じた」

「ホント意味分かんないなお前」

 

 いつもながら、周りの俺に対するこの反応は誠に解せぬ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 翌日、昼。

 

「ほぉん、これが帝都か」

 

 帝都のとある大通りにて、俺はふと、そんな事を口にした。

 街並みはまあまあ綺麗に整えられているし、大分賑わっている。俺達の周りは大勢の人間が行き来しており、とてもでは無いが、悪政を敷かれている国とは思えない。まあ首都だから豊かなだけなのかもしれないけどな。

 

「おお、思っていたより賑わっているではないか」

「うん、そうだね。聞いてた感じ、もっと酷い場所かも、なんて思ってたんだけど」

「............」

 

 物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡すラウラとシャルロットと違い、モードレッドは黙って人の群れを見ていた。目線を追ってみれば、そこには一人の青年と三人の少女の姿が。ちょうど少女達が青年に服を買って貰っているらしく、キャッキャと楽しそうに笑っていた。

 

「あっ、マインの手配書」

 

 モードレッドは何を考えているのだろうか、などと考えていると、俺の隣でフードを深めに被ったタツミが一枚の貼り紙を指差してそう言った。

 そちらの方を見れば、マインと非常によく似た絵の描かれた貼り紙が貼ってあり、少し見渡せば至る所に貼り出されているのが分かる。

 

「へぇ...上手いもんだな、マインの小憎たらしさが良く表れてる絵だ」

「確かに」

 

 俺の独り言にタツミが反応し、同意を示す様に頭を縦に振った。

 二人してマインに失礼な感想を抱いていると、シャルロットが若干興奮気味な声色で俺に話しかけてきた。

 

「ねぇ凌太、凌太! 僕、あのお店見てみたい!」

「ん? よっし、んじゃまずはそこ入るか」

「あ、じゃあオレはラバックの所行ってくる。姐さんも待ってるらしいし」

「りょーかい」

 

 タツミとはここで別れる事にし、俺はシャルロットの後に続いて店に向かう。

 最初は何の店か分からなかったが、入って見れば服屋である事が分かった。店内には様々な服が置いてあり、日本ではコスプレの部類に入りそうな服もいくらか並んでいる。まあ、英霊の服装とかほぼコスプレみたいなものだし、そういう系の服も見慣れてる。別段珍しいものでも無い。

 

 シャルロットはコスプレ風の衣服にも興味を抱いている様子だったが、一般的な服の方を物色している。着てみたいけれど普段着としてはちょっと...といった感じだろうか?

 

「凌太、ちょっと見てくれ」

「ん?」

 

 俺も何かテキトーは服を買おうかな、などと思っていると、ラウラが俺の裾を掴みちょいちょいと引っ張ってきた。振り返って見れば、そこには黒い猫が。つなぎの様な服で、黒猫の様なデザイン。猫耳だけでなく尻尾まで完備という徹底仕様。あれだな、愛い。

 

「あっ、それこっちにもあるんだー!」

 

 ラウラの服装にちょっとばかり呆けていると、シャルロットがラウラの服装に反応した。「こっちに“も”」とはどういうことだろうか?

 

「これね? 僕がラウラに買ってあげたパジャマに似てるんだよ。僕とお揃いで、僕のは白猫なんだー。凌太は見たことない? ラウラのこの格好」

「無い。初めて見た」

 

 というか、ラウラの奴パジャマ持ってたのか。俺の布団に潜り込んでくる時はいつも裸だったし、寝る時は裸族なのかと思ってた。パジャマを持ってたんならちゃんと着て欲しかったなぁ...。

 

「白猫のもあったぞ、シャルロット」

「え、ホント!? んー、じゃあ買おっかなぁ...。あれ、結構気に入ってたんだよね」

「いいんじゃね? ラウラのも可愛いし、シャルロットもきっと似合うだろ」

「本当? なら買おっと! ラウラも買うでしょ?」

「う、うむ...。......可愛い...」

 

 ラウラが照れて顔を赤く染めたが、暫くするとシャルロットと一緒にキャッキャと服を物色していた。さて、女子の服選びはこれからが長いだろうし、俺も普段着を見てみようかな。

 

 暫く店内を見て周り、手頃な服を二着程選ぶ。シャルロット達はまだ服選びの最中っぽいし、先に会計を済ませておくか。そう思い、レジの方へと向かっている途中。店内の隅で、何やらコソコソとしているモードレッドを見つけた。

 

 ...気になる。

 気配を消し、そーっとモードレッドの背後へ近付いて行く。すると気付いた、モードレッドが何かを持っている事に。まだモードレッドが俺に気付く様子がないので、背後からその物を覗き見る。

 

「.........ドレス?」

「とぅわ!?」

 

 思わず漏れた俺の声に、モードレッドが「ビクゥッ!!」 という音が聞こえて来そうな勢いで驚いた。

 

「マッ、マママママッ、マスター!?」

 

 おぉ、こんなに焦ってるモーさんは久しぶりに見たな。いや、もしかしたら過去最高かもしれない。俺の姿を確認すると同時、アタフタと手元を狂わせながらも手に持っているドレスを棚に戻す。

 

「............み、見た...のか?」

 

 耳まで赤く染め上げ、若干涙の溜まった目で上目遣いに見てくるモードレッド。なんだこのモーさんめっちゃ可愛い。これがギャップか。

 

「見た。いいじゃん、ドレス。似合うと思うぞ。なんなら買っちゃえば?」

「なっ...! 〜〜〜〜ッ!!!」

 

 なんで照れてるんだろうコイツ? まあ、普段ドレスなんて着るキャラでもないしな。ちょっとばかり恥ずかしいのかもしれない。

 

「ド、ドレスなんて知らねぇし! オレは先に出とくぞッ!!」

 

 照れ隠しなのか怒りなのか、赤面したまま逃げるかの様に店を出ていくモードレッド。...えっ、もしかして俺のせい? アイアムギルティ?

 

「...仕方ない」

 

 多分6:4くらいで俺が悪いのだろう。モードレッドは女扱いをすればキレるし、かといって男扱いしてもキレるめんどくさい奴だ。それを知ってたのにドレスを勧めた俺に若干非があるんだと思う。後でフォロー入れとかないとな、などと思いながら、俺は少しだけ棚を見て回ってから買い物を済ませた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「む? 凌太、あの店に入ろう」

 

 服も買い終え、再び道をふらついていると、今度はラウラがそう提案してきた。

 

「...あれ、ランジェリーショップか?」

 

 看板の文字こそ読めないものの、見るからに男子禁制感溢れる店だった。解読不能な看板の文字の横には女性物の下着の絵が描いてあるし、ランジェリーショップでファイナルアンサー。

 

「ん、じゃあ行ってきていいぞ。俺はそこのカフェっぽい所で待ってるから」

「何を言う。凌太も来い」

「は?」

「夫婦として、嫁の好みは把握しておく必要がある。一緒に選んでくれ」

「いやでもさ、ラウラはともかくシャルロットやモードレッドが嫌がるだろ?」

「僕は構わないよ? むしろ、僕のも選んで欲しいっていうか...」

「オレはどっちでもいい」

「賛成多数だな。行くぞ凌太」

「えぇ......」

 

 とまあ、俺が下着を選ぶ事になった。なってしまった。

 

 ...まあ、決まったものは仕方がない。今更他人の目を気にする様な性格でも無いし、選ぶのなら真剣に選ぼう。...下着選ぶ基準ってなんだろう? 別に他人に見せる様なもんじゃないし、俺のパンツなんて『文系男子』と大きくプリントしてあるような物もあるくらいテキトーに選んでいる。ま、なるようになるか。

 

 そんな事を考えながら、俺は人生で初めて、女性の下着販売店に足を踏み入れた。と同時、俺達四人に店内からの視線が集まる。...いや、俺だな。俺だけに視線が集まってるな、これ。まあ男が入ってくれば気にもなるか。

 

「あっ」

「?...あっ」

 

 声が聞こえたので、何となくそっちの方を見てみると、そこにはオレンジ色の下着を持った見覚えのあるポニテと、リードで繋がれた犬っぽい生き物がいた。

 

「やっぱり! 貴方達はこの前の!」

 

 俺と目が合ったことで確信を得たらしく、ポニテ少女がコロを引きずってこちらに近付いて──途中で止まった。

 

「......何故、男性の貴方がここに?」

「お前こそ、なんで店ん中に犬連れてきてんの?」

「あ、二人が真っ先に気にするところ、そこなんだ?」

 

 ポニテ少女を、正確にはコロを見て、警戒の色を濃くしていたシャルロットが意外そうにそう言った。確かに、互いにもっと色々気にすべき事があると思う。

 

 だが、相手が以前の様な見境無しのバーサーク状態でないのなら対話の余地がある。なんで俺らが指名手配されてないのか、とか実は結構気になってたんだよね。

 

「買い物だよ、日用品を買い揃えてんの。俺はこいつらの付き添い」

「買い物...付き添い、ですか」

「おう。お前は?」

「セクハラですか? 現行犯で逮捕しますよ」

 

 まあ、そりゃ下着売場でそれを聞いたらそうなるわな。ISなんかなくても、最近は女尊男卑の傾向にあるからなぁ。いや、この国もそうなのかは知らないけど。

 

「それよりお前、よく無事だったな? オレ、結構な速度でぶん投げたんだけど」

 

 そうモードレッドがポニテ少女に言う。純粋に驚いているっぽい。

 

「はいっ! 私、鍛えてますから!」

 

 それを聞いたポニテ少女は、何故か笑顔を浮かべてそう言う。笑顔の意味もイマイチ分かりかねるが、それ以上に、一般人が鍛えた程度であれを耐えれるという方が分からない。もしかして英霊にも並ぶ様な天性の肉体の持ち主か、とも思ったが、目の前の少女からはそんな特別な気配は感じない。

 

「それより!」

 

 俺の思考を断ち切る様にポニテ少女が声を上げ、そして凄い勢いで頭を下げた。何だ何だ、突然どうした?

 

「この前は突然襲ってしまい、すいませんでしたッ!」

 

 この時、俺は久々に周りの視線というものを意識した。

 

 

 

 

 ──曰く。

 

 先日はナイトレイドに恩師を殺されて気が立っていた。いや今も立ってますけど。

 

 まあそのせいで、ナイトレイドとの戦闘に割って入ってきた俺達にも腹が立った。

 

 でも後日、上司に「いやそれ、多分国外の奴。だってナイトレイドとも戦ってたんでしょ?」と指摘され、俺達への考えを改めて先程の謝罪に繋がる、と。

 

 

 とりあえず各自下着を買ってから、向かいのカフェのテラスに陣取って謝罪の理由を聞いたら、そんな感じの返答がきた。

 

「因みに聞きますけど...本当に、貴方達はナイトレイドとは関係無いんですか?」

 

 一段落ついた後、ポニテ少女──セリューが、ケーキを食べる手を止めて俺達に聞いてきた。一応の確認のつもりだろう。

 

 だが残念というか何というか、俺達四人ともナイトレイドとがっつり関係持っちゃったんだよなぁ。

 けどまあ、わざわざここでセリューと敵対する必要はないだろう。

 

「無関係じゃないよな、戦ったし」

「あっ、それもそうですね。じゃあ聞き方を変えます。貴方達は、反乱軍に所属しているんですか?」

「だったら答えはノーだ。帝国の悪評は聞くが、進んで潰そうとは思ってねぇし」

「なら良かったです! もし貴方達が悪なら、ここで正義を執行しなければならないところでした!」

 

 ここは無言で流しておこう。コーヒーを啜り、自然に話を終わらせる。いや自然かどうかは分からないけど。

 

「おいマスター。いいのかよ、あんな事言って。オレら、一応ナイトレイドに協力してる立場だぞ?」

 

 セリューがコロの相手をして注意がこちらから逸れている間、モードレッドが小声で耳打ちしてきた。シャルロットとラウラも同じような事を思っているようで、俺に視線を向けてくる。

 

「別に嘘は言ってない」

「いやそりゃそうだろうけどよ...」

「それに、俺は本当に反乱軍に味方する気も無いぞ。寝床を提供してくれてるから、その見返りを肉体労働で返してるだけだ」

「じゃあ昨日貰ってた給料はなんだよ」

「それはそれ、これはこれ」

「うわぁ...」

 

 くれるってものはありがたく貰う、これ基本。

 小声での会話を終えたのとほぼ同時、セリューがこちらに話掛けてきた。

 

「あっ、そういえばリョータ! 貴方達は、遠方から修行の為に帝国まできたんですよね?」

「ん? 別に帝国を目指してた訳じゃないけど、まあそんな感じ」

「だったら、この後開催される武闘会に出場してみませんか? エスデス隊長主催の腕自慢大会で、優勝者には賞金も出ますし......これはホントは内緒なんですけど、余ってる帝具の使用者探しの為の大会なんですよ。あ、帝具って分かります?」

「帝具は分かる。コロもそうなんだろ? それより、エスデス隊長?」

 

 予想もしていない人物の名前が突然出てきたので、そこを掘り下げていく事にした。

 

「はい。私、この度異動が決まりまして。警備隊からエスデス隊長直属の特殊警察、イェーガーズっていうチームに配属されたんです」

「ああ、噂は何度か聞いたな。なるほど、セリューは優秀なのか」

「いえいえ!」

 

 それにしても、エスデスか。帝国最強と謳われるドS将軍、興味が無い訳がない。それに帝具も手に入るかもしれないと来たもんだ。

 

 だが、エスデスと戦える訳でもない大会に出場するメリットは少ないのではなかろうか。シャルロットとラウラは参加させても良いかな...?

 

「都合が合えば参加するわ。教えてくれてありがとな。じゃ、俺達もう少し買う物があるから」

「はいっ! 私もそろそろお仕事の時間ですので、ここでお別れですね。それじゃ、またいつか!」

 

 そう言って、セリューは自分の分の勘定を置いて、俺達に手を振りながら走って行った。

 

「...で、参加する?」

「大会か? オレはパス。ぜってぇつまんねぇし」

「私は参加してもいい。実戦は積んでおいた方が良さそうだしな」

「ボクも参加してみようかな。帝具も欲しいし」

「んじゃ、二人は参加だな。俺とモードレッドは観戦しとくわ。あ、ISは使わない方がいいぞ。ラウラはブラックマリンもな。てかブラックマリンは一応俺が預かっとく。何かの弾みでエスデスに見られてみろ、戦争待ったナシだ」

 

 とまあ、そんな訳になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現段階での主人公のステータス(爺さんの封印+自分で施した制限込みVer.)をFate仕様で表したものです。封印無しの方は下記から+三~四段階、制限の方は+一~二段階アップです。

【坂元 凌太】男・16歳
筋力 D-/ 敏捷 C / 耐久 D/ 魔力 C+ / 幸運 B

スキル:直感 B+/魔力放出 A+ / 対魔力 EX / 気配遮断 A / 騎乗 B / 気配察知 B / カリスマ B+ / 頑丈 EX / 原初のルーン C / 戦闘続行 B

恩恵(権能):“???”/“順応”/“転生者”/“雷で打つ者”/“形作る者”/“大海を統べる者”


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カニクリームコロッケ

謎のヒロインX、爆死しました


 

 

 

 

 

「では、決勝戦! 東方 鍛冶屋タツミ! 西方 旅人シャルロット!」

 

 司会の青年の宣言と同時、観客から歓声が沸き立つ。

 

「いっけぇデュノア! タツミなんざぶっ飛ばせぇ!!」

「なにおぅ!? タツミー! 勝ったらおねーさんがいい事してやるから勝てー!!」

 

 俺の隣でも、モードレッドとレオーネが他の観客の例に漏れず盛り上がっていた。最初こそつまらなそうにしていたモードレッドだったが、シャルロットが勝ち進むにつれて、だんだんと熱の篭った声援を送るようになっていた。

 

「......シャルロットには勝って欲しいが、しかし......むぅぅ......」

 

 盛り上がるモードレッドとレオーネとは反対に、観客席で座っているラウラはどちらを応援するべきか煮え切らない様子で唸っていた。

 

 ラウラはこの大会、初戦でタツミに敗れたのだ。中々に良い試合だったのだが、最終的には才能で上回るタツミに軍配が上がった。

 タツミはそのまま、ラウラ戦以上に苦戦する事は無く、それどころか余裕を持って決勝まで勝ち上がった。

 

 シャルロットはと言えば、多少の苦戦を強いられた試合も見られたものの、特に目立った強者と当たる事なく無事に決勝の舞台に上がっている。元々、シャルロットは素手でも成人男性と張り合えるだけの実力があった。まあ、そこはラウラも同様なのだが。ラウラも、初戦からタツミと当たらなければ勝ち上がっていたに違いない。腕自慢大会と聞いていたのだが、そこまでの実力者は参加していなかった様だ。

 

 闘技場でシャルロットとタツミの決勝戦が始まり、会場のボルテージは更に上がる。ラウラの時もそうだったが、シャルロットとタツミの試合は、会場の観客達を楽しませるには充分過ぎる程の接戦となっている。

 

 武器無しでの組手であれば、ラウラ、シャルロット、タツミの三人に余り差はない。男女の間に否応無く阻まる筋力差という点、そして単純な才能という点でタツミの方が上回っているが、それもシャルロットやラウラの工夫でどうにかなるレベルの差でしかない。まあ、伸び代で見ればタツミがダントツなのだが。

 

「それにしても......」

 

 と、俺は一旦試合から目を離し、壇上の奥で肘を付きながらつまらなそうに試合を眺め...いや、今は若干前のめり気味に試合に魅入っている、噂の帝国最強ドS将軍へと視線を向ける。

 確かに強さという面で、あの女はナイトレイドの頭三つ分くらい抜きん出ている。更に、そこに帝具の能力が上乗せされると考えるなら、今のナイトレイドが総出でかかっても勝てる保証は無い。だけど...。

 

「...やっぱ、敵じゃないんだよなぁ」

 

 少し過大評価を下してみても、制限無しの俺やモードレッドに勝てるとは思えない。あれが最強の一角なのだとしたら、やはりこの世界で俺の脅威になる人間はいないのだろう。まあ、今の俺は弱体化しているのでいい勝負になるのかもしれないけどな。帝具の能力が絶大だという話だし、慢心は身を滅ぼすと身を以て知っているので油断はしない。

 それに、俺とモードレッドの脅威ではないというだけで、シャルロットやラウラ、そしてナイトレイド達にとっては圧倒的な強敵だ。もし俺が反乱軍側に味方し、帝国と正面切って戦う事になったら真っ先に潰そう。

 

 そこまで考えたところで、意識を再び試合へと戻す。

 舞台上では、未だシャルロットとタツミの攻防が続いていた。だが、両者互角という訳ではなく、タツミ優先の戦況であるようだ。

 

 タツミが拳を振るい、シャルロットがそれをいなす。タツミのラッシュは続き、徐々にシャルロットが押され始めた。気付かぬうちに舞台の端に追い詰められ、焦ったシャルロットが反撃を試みるが、タツミは冷静にそれを見切り、合気道の要領でシャルロットを投げ飛ばす。

 上手く着地したシャルロットだったが、タツミはすぐに接近してまたラッシュ。先程の繰り返しである。

 

 それを二、三度繰り返したところで、とうとうシャルロットが場外に弾き出され、今日一番の盛り上がりを見せていた決勝戦の勝敗が決した。

 

「シャルロット場外! よって、勝者タツミ!」

 

 司会の少年が右手を挙げて宣言し、またもや会場が揺れる程の歓声が鳴り響く。中には、女相手に可哀想じゃないか、という野次も飛んでいたが、そんなのは的外れの野次だろう。どっちも真剣に戦っていたのだ、可哀想もクソもない。むしろ女相手だからと手加減する奴の思考回路の方が可哀想だ。そういう奴ほど、すぐ底が見える奴が多い。

 

「ぃよっしゃあああ!!! よくやったぞタツミー!!」

「くっ...デュノアも頑張ってたけど...ちっ。タツミの方が上か」

「やべぇ......俺、シャルロットちゃんにも勝てる気がしないんだけど...」

「安心しろラバック。お前は素手じゃシャルロットにもラウラにも確実に勝てない」

「何を安心すればいいの!?」

「大丈夫だぞ、ラバック。素手ならお前より私の方が強い」

「リョータの言ってる事を言い方変えて言っただけじゃん! 大丈夫の意味を一億回くらい調べ直して来て、ラウラちゃんッ!!」

 

 ラバックを弄って遊んでいると、タツミの前にエスデスが下りてきた。この大会では賞金も出るらしいし、直接渡すのだろうか? それか、イェーガーズへの勧誘かもしれない。

 

 そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 タツミがドS将軍に攫われた。

 そんな報告がナイトレイドにされたのは、ナジェンダが革命軍本部に向かった少し後の事だ。

 

 流れるように首輪をはめられ気絶させられたタツミは、そのままエスデスに引き摺られて宮殿へと運ばれて行った。それはもう手際良く誘拐されたのだ。見ていて少し感心した程である。

 

「...で? どうするよ、ボス代行?」

 

 レオーネが、ボス代行──アカメにそう問う。

 ナジェンダが居ない今、ナイトレイドの指揮権はアカメが握っている。正直ブラートの方が適任な気がしないでもないが、ナジェンダが任命したのだから問題はないのだろう。

 

「......とりあえず、拠点を一時的に更に山奥へと移そう」

「ま、そうすべきだな。ここがバレる可能性もある」

 

 アカメの案に、ブラートが賛成の意を示した。思ったより冷静な判断を下す。さすが暗部の人間といったところだろうか。私情を挟まない事は、組織としては良いことだ。ただ、ここでタツミ奪還を諦めるようであれば、組織としては良くても俺からの印象が宜しくない。

 

 だが、俺のそんな心配は杞憂に終わった。

 

「タツミは大事な仲間だ。勿論、無策で突っ込んだりはしないが...最大限出来る事をする!」

 

 アカメが宣言し、それに皆が頷いた。

 うん、そういう事なら俺も手を貸そう。

 

「具体的な案はあるのか? 言ってくれれば俺も手伝う」

「本当か? それは助ける。じゃあ、みんなには、それぞれ行ける限界の範囲内で見張って欲しい」

 

 行ける限界の範囲内、か...。

 

「だったら俺、宮殿に潜入してくるわ。なんならタツミとも合流する」

 

 サラッと、そんな事を言ってみた。

 そんな俺のセリフにいち早く反応したのは、既に聞きなれたマインの高い声である。

 

「はぁ!? バッカじゃないの!? アンタってホントバカ。宮殿がどんな所か分かってて言ってるわけ!?」

「お? なんだマイン、俺の心配なんてするようになったのか?」

「ち、違うわよッ! アンタがあまりにバカな事言うから呆れてるの!」

 

 呆れてる奴の態度じゃないけどなぁ。マインなりに、俺に仲間意識を持ってきているのかもしれない。

 

 そんなマインに同調するように、他のメンバーも俺を止めようとしてきた。宮殿がいかに堅牢な場所なのかとか、捕まったら悲惨な未来が待っているだとか。様々な情報を俺に言い聞かせてくる。

 

「ふむ...。余裕じゃん?」

「「「「「「「バーカ!!」」」」」」」

「おおぅ......」

 

 全ての忠告を聞いた上で答えたらこれである。ナイトレイド全員にアホの子を見る目で見られたが、悲しいかな。そんな風に見られる事に慣れてしまった。

 

「まあ見とけって。潜入なんざ本当に余裕だから。んじゃ、一足先に行ってくるわ」

 

 言って、俺は気配遮断を使用しながらナイトレイド拠点を後にした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ナイトレイドの拠点を出てから三十分後。

 宮殿内を我が物顔で闊歩する男が一人。俺です。

 

 宮殿への潜入は簡単だった。門番はもちろんのこと、宮殿の上空を飛び回っている危険種も、気配遮断スキルを使用した俺に気付く事は無かったのだ。

 

「さて、タツミはあっちか」

 

 言って、宮殿の通路を不規則な動きで進む。設置してある罠の数は相当なものだが、それだけだ。回避するのは容易い。様々な罠を掻い潜りながら、タツミの気配を辿って行く。

 

 暫く歩き、俺はとある一室の前で足を止めた。

 この部屋の中からタツミと、その他複数の気配が感じられる。

 

 タツミ以外で知っている気配はエスデスとセリュー、あとコロ。そして、名前は知らないが、先程の大会で審判をしていた青年。恐らく、青年含めたその他の知らない気配は噂のイェーガーズの奴らなのだろう。なるほど、確かに強い。エスデスがずば抜けた強さを誇っている為に多少見劣りしてしまうが、ナイトレイドとも互角にやりあえるメンツが揃っているのではなかろうか? ただまあ、ブラートレベルは居ない。ナジェンダとブラート、そしてアカメの三人掛りでエスデスと対峙し、その他はその他で戦うのが一番良いかもしれないな。

 

 ...さて、それじゃあこれからどうしようか。

 

 タツミを奪い返すのは簡単だ。このまま部屋に突入し、タツミを抱えて走り去ればいい。

 

 だが、それは少々つまらない。

 それに、タツミには経験を積んで貰いたい。

 

 今のタツミでは、イェーガーズの誰にも勝てないだろう。単純な身体能力という面ではタツミとイェーガーズにあまり差はない。しかし、帝具を持っていないタツミでは、帝具持ちであるイェーガーズに勝てる見込みが無いのだ。

 

 帝具の有無、その絶対的とも言える差を埋めるには、敵の情報を知り尽くす事しかないだろう。その上で対処法を考え、実行する。敵を知り己を知れば百戦錬磨...あれ、なんかちょっと違うな。まあいいか。とにかく、情報は重要なのだ。

 

 今のタツミは「エスデスに気に入られた一般人」という認識を持たれている。であるならば、その認識を覆す前にスパイとして働く事がベストだろうと俺は考える。

 

 ここはタツミとは接触せずに監視一択か。そう結論を出したのだが...それだと俺がつまらない。

 せっかくこんな場所まで赴いたのだし、何かしらのアクションを起こしてみたいのだ。ぶっちゃけ、この世界に来てから暇なのである。

 

 タツミに対するイェーガーズの認識を変えず、尚且つ俺が行えるアクション。何かないだろうか...?

 

 とりあえず、中の状況をより理解する為に、天井裏に入り込んで内部を視察する。気配でも大体の事は分かるが、やはり目で見た方が確実だろう。

 

「いや、だから! オレは宮仕えする気は少しも無くてですね!?」

「ふむ、私に反抗するところもまた良い」

「話聞いて!?」

 

 部屋の内部を伺ってみれば、縄で椅子に縛られたタツミが、イェーガーズと思われる連中に囲まれ、そしてエスデスと何やら口論にも満たないやりとりをしている最中だった。

 

 ...さて、どうするか。

 

 このまま普通に部屋に侵入し、宮殿への潜入なんて楽だったぜはっはっは、とでも不敵に言い放つか。

 

 将又、タツミとエスデスの間に光るだけの魔法陣を形成し、皆の目を眩ませている間に魔法陣中心部に着地。あたかも転移したかのように見せる、という手もある。

 

 

 だが、どの方法を取ったとしても、それは宮殿の警戒度を上げる結果にしか繋がらない事は明白だ。だってそうだろう。普通に登場するにしても、転移に見せかけるにしても、宮殿に容易に侵入できる奴がいる、というだけで帝国側はきっと大いに焦る。罠の数や練度を高め、見張りや巡回の数も増やすだろう。

 そうなれば、ナイトレイドや反乱軍には不利益にしかならない。一応、ナイトレイドには世話になっている身だ。無駄に不利な状況へ追い込もうとは、流石の俺も思わない。

 

 だったら、宮殿内でタツミ以外の目に留まる事態は避けるべきだろう。接触するのならば、タツミが一人の時か、もしくは宮殿外へ出た時を狙った方が良い。

 

 そう結論付け、良いタイミングを気長に待つかと思っていたところ。下から都合の良い会話が聞こえてきた。

 

 話によれば、イェーガーズは今夜、ギョガン湖という場所にある山賊の砦を潰しに行くそうだ。それにはタツミも同行させるようだし、ちょうど良い。その時にタツミと接触する。イェーガーズに目撃された時は...まあ、その時考えよう。身体能力だけで判断するなら俺の圧勝。だが、帝具という未知の兵器を使われるとなると、俺一人では危ないかもしれない。俺に絶対的な優位を誇るような性能の帝具がある場合も考えられるからな。油断しては足元を掬われる。

 

「けどまあ、久しぶりにスリリングな体験でもしてみたいもんだ」

 

 油断してはダメだと分かっていながら、そのような思考も持っている俺がいる。

 

 基本的に、俺は俺の身よりも仲間の安全などを考慮する。それは単に、仲間が死ぬという事が俺の最も忌避する事であるからだ。仲間が大事だということはもちろんのこと、俺が自己中心的な性格だからということもある。仲間が死ぬ、或いは不幸な目に遭って不利益を被った場合、俺がモヤモヤするのだ。それが嫌だから、俺は仲間の安全を第一に考える。

 

 だがまあ、偶には何も考えず、頭を真っ白にして強敵と戦いたい。というのが、俺の本音だった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 イェーガーズの会話を盗み聞きし始めてから数時間後。

 日はとっくに落ち、月明かりが照らす山奥に、その人影はあった。

 

「いいか、タツミ。良く見ておけ。あれがイェーガーズだ」

「す、すげぇ...!」

「なに、お前もあれくらい出来るようになるさ。なぜならこの私が指導するのだからな」

「うっ...いやだからオレは......」

 

 小高い丘で、その二人──タツミとエスデスは、手を繋ぎながら下の様子を窺い、そんなやり取りをしている。

 

 下の様子、というのはイェーガーズによる戦闘の事だ。

 いや、最早戦闘とは呼べないかもしれない。山賊と思しき連中を、各人帝具を用いてただただ殲滅していく蹂躙劇。斬って、撃って、殴って、蹴って、焼いて、貫いて。チームワークと呼べる行動をしているのは天を舞う優男のみであり、その他は自由に暴れ回っている状況だ。

 

 中でもエグいのは火の帝具。アレはただの火ではないらしく、水を掛けても地面に擦り付けても消えはしない。対象を燃やし尽くすまで決して消えない、必殺の炎。アレを喰らえば、いくら俺でもダメージが蓄積する。

 ああ怖い怖い。絶対に喰らっちゃダメなやつだわアレ。不用意に突っ込まなくて良かったー。あの火の帝具の性能を知らずに相対して、万が一にでも炎に包まれてみろ。俺多分死んでた。死なないまでも、一生を炎と共に過ごすハメになっていただろう。

 

 あれは使用者を討つんじゃなく、帝具そのものを破壊した方が良さそうだ。そこまで考え、全ての帝具の性能をある程度把握したところで、俺は気配遮断スキルの使用を止める。

 

「ッ、誰だ!?」

 

 突然現れた俺の気配に焦りでも覚えたか、エスデスが腰を落として警戒の色を濃くしながらこちらを睨みつけてくる。

 一拍遅れて、タツミも俺の方へと視線を向けた。最初こそ多少の警戒心を孕んだ目をしていたタツミだったが、俺の姿を確認すると同時に希望に満ちた目へと変わった。

 

「リョータ!!」

「お前は...」

 

 タツミが俺の名を呼び、エスデスは訝しげにこちらを見る。

 

「よぉ、タツミ。こんな所で奇遇だな」

 

 ヒラヒラと右手を振りながら、月明かりの下に出る。

 

 エスデスは俺を警戒したまま、それでもタツミの手を離さない。その為に、タツミが逃げ出せないでいるのだ。

 どうやってタツミを逃がすか、と考えていると、エスデスが俺に声をかけてきた。

 

「お前、昼間の大会で私を見ていた奴だな?」

「へぇ? よく分かったな、俺が見てたって。ほんの数秒だったはずだけど」

「フン。あまり私を舐めるなよ」

 

 ふむ。帝国最強の名は飾りではないらしい。やはり、それなりの能力はあるようだ。

 エスデスへの評価を改めていると、続けてエスデスが問い掛けてくる。

 

「それで? お前はタツミの何なんだ」

「何だかんだと聞かれれば答えてやるのが世の情けな訳だが...そうだな、裸の付き合いをした仲だ」

「ほう? そうか、タツミが私に中々(なび)かないと思えば......なるほど」

「...えっ、何がなるほど?」

「バカリョータ! 誤解を招くような事言うな!!」

 

 え、俺が悪いの? そんな変な事は言ってな......ん?

 

「いや違うからな? 誤解だからな!? 裸の付き合いってのは風呂に一緒に入ったってことで...」

「つまりは混浴という事か」

「「俺(オレ)たち同性ですけど!?」」

 

 っと、そんな馬鹿な事をしてる場合じゃなかったな。

 遊んでたら他の奴らが帰ってきやがった。

 

「隊長〜! 悪の抹殺終わりました〜! ...ってリョータ!? なんでこんな所に!?」

 

 声のする方に目を向けると、顔にまで返り血を付けた可憐()な少女、セリューがものすごく良い笑顔で手を振りながら、こちらに小走りで近付いてきている姿が見えた。

 

「偶然タツミを見つけてな。昼間に拉致られた知り合いを見かけたら、そりゃ気にもなるだろ?」

「あー...そう言えば隊長、タツミのこと強引に連れて来たんですっけ?」

「まあ、愛おしくなったからこう、ガチャリと」

 

 そんな理由で首輪付けられて拉致られるとか、タツミには同情の念を禁じ得ない。

 

「...それで、貴方は何故ここに? もしやとは思いますが、まさかあの駆け込み寺に用事でもおありで?」

 

 セリューの後ろから歩いて来ていた優男、確か名前はランとか言ったか。そいつが羽の帝具を起動させながら俺にそう聞いてきた。分かってたことだけど、かなり警戒されてるなぁ、俺。

 

「別に、そんなトコに用はないな。興味も無い。俺が今日ここに来たのは、ちょっとした修行の一環だよ」

「修行?」

「応ともさ。セリューには話したけど、俺は修行の旅の途中でな。ずっと遠くから来てる。そんな俺が、夜に危険種狩りをしてる事は別段おかしくないだろ?」

 

 努めて飄々とした態度を保ちつつ、テキトーな嘘を吐く。まあ、修行の旅の途中ってのは丸っきり嘘ってわけでもないけどな。

 

「危険種もいいですけど、私と一緒に悪も狩りましょうリョータ!」

「機会があればな」

「待ってます!」

 

 ある意味純粋なセリューの危険な誘いを雑に流しつつ、今の状況を確認する。

 

 未だタツミはエスデスに手を握られているし、周りにはイェーガーズが勢揃いしている。ここから五キロ程離れた場所にはアカメが、半径一キロ以内には透明化したブラートが待機しているとはいえ、エスデスから逃走する事は困難だろう。俺が本気を出せばどうにか出来るかもしれないが、それをしてしまえばわざわざ俺が自分で自分に制限をかけた意味が無い。

 

 もう面倒だし、いっその事俺が全員を相手にするか?

 

「...ふむ、惜しいな」

 

 俺がヤケを起こそうかと一瞬思った時、エスデスが何か呟いた。

 

「惜しい? 俺がか?」

「ああ。貴様の実力は確実に将軍級、上手く育てさえすれば、将来は私と比肩するかもしれん」

「.........あっそ」

「危険種を狩りに来た、と言っていな? 私やイェーガーズの面々を前にしても飄々としている...随分と肝の据わった奴だ」

「そりゃどうも」

「それに見たところ、私より年下だろう?」

「多分そうだろうな。俺、今十六くらいだし」

「やはりな。そして、貴様は帝国外の出身だと言ったな? それは辺境という意味か?」

「辺境...まあ、俺が生まれ育った場所は確かに田舎だったな」

「なるほど。では最後だ。笑え」

「フハハハハハ!!」

「いやそういうのじゃなくて」

 

 なんだろう、この問答。何か意味でもあるのか?

 

「...まあ、笑うのはいい。それに、私好みの笑顔が見られたところで、今の私にはタツミがいるしな」

「...え、オレ?」

 

 突然名前を出されたタツミが、意味が分からないという風に自分を指差した。

 

「私は愛人を作らん。タツミがいるなら、貴様は無用だ」

「あれ? なんか俺振られた感じになってない? なんで?」

「ドンマイです、リョータ」

 

 ポン、とセリューが俺の肩に手を置き、慈しむ様な目を向けてきた。なんでさ。

 

「恋人候補としては無用だが、戦力としては有用だ。リョータ、と言ったな。貴様、タツミの師の一人なのだろう?」

「...師匠なんて呼べるかは分からんが、まあ戦い方を多少は教えてるな」

「では、リョータ。お前もイェーガーズの補欠に入れてやろう」

「......なんて?」

「イェーガーズの補欠に入れてやると言ったんだ。私は今、優秀な部下を三人も失っている。あの三人の代わり、と言えばいいのか。その分の戦力が欲しいところだったんだ」

 

 ......話が明らかにおかしな方向へ向き始めた件について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ワイルドハントハント

無理矢理感が半端じゃないですが、もうアカメでネタが浮かばないんです...! すまない...こんなに時間をかけたのに全然面白い展開を思い付けなくてすまない...!


 

 

 

 

 

「...もう一度言ってみろ、ウェイブ」

「すいません...いやほんと、すいません.....」

 

 イェーガーズに与えられた部屋にて、ドS将軍の冷たい声と、青年の泣きそうな声が響く。

 

「はぁ...。クロメ、石」

「ん」

「ほぐぁ!!」

 

 無慈悲にも下された罰を受け、ウェイブが更に苦悶の声を上げた。それにしても本物の石抱とか、俺初めて見た。

 

 

 俺とタツミがイェーガーズ補欠に採用されてから今日で二週間。

 今日はイェーガーズの仕事である賊狩り...ではなく、危険種狩りに俺とタツミは同行した。タツミとウェイブ、エスデスとクロメとセリュー、俺とボルスさん、ランとスタイリッシュ、という四チームに分かれ、それぞれ危険種が多く生息する地域に赴いたのだが...ここで、タツミが脱走したのである。

 

「リョータ。お前、タツミの師だろう。どこに行ったか分からないのか?」

「知るわけ無いだろ。師匠っつっても、別にそこまで深い関係じゃ無いんだよ」

 

 嘘である。俺はタツミの居場所を知っているし、なんなら脱走の手伝いをしたまである。帝具持ちでないタツミが、機動力に秀でた帝具を持っているウェイブから一人で逃げられるわけが無い。

 

 だがしかし、宮殿の外で、しかもエスデスの監視下から逃れられればタツミの脱走は成功したも同然だ。二人きりになったところで、不貞隠しの兜を装備したモードレッドが襲えばそれで終了である。ウェイブを殺すまでは無くとも、どこか遠くへタツミをぶん投げて、そのままタツミが帝都に帰らなければそれで良い。そうなれば、タツミは未知の敵との戦闘途中に不幸にも行方不明になった、と判断され易いし、宝具である不貞隠しの兜の効果から、ウェイブから話を聞いたセリューがモードレッドの正体に行き着く可能性も低くできるだろう。まあ、バレたらバレたでその時考えるつもりだが。

 

 ...というか、今回ウェイブはそんなに悪くなくない? 確かにウェイブはタツミを見失った上モードレッドに負けたが、エスデスだったとしても結果は変わんなかっただろうし...。

 

 

 この作戦は、昨日の晩の時点でモードレッド達に報告していた。

 俺達はなにも、宮殿内に監禁されている訳ではない。タツミはほぼ軟禁状態だったが、俺は帝都の宿をとり、そこで寝泊まりしていた。

 素性の分からない相手を雇う、という事も大概だが、その相手をここまで自由にさせるなど、一周回って尊敬してしまいそうになる。

 

「はぁ...。まあいい。そのうちタツミとは再開する、そういう予感もあるからな」

「それは俺も同意だな」

 

 まあ、敵として、という言葉が前に付くだろうけど。

 そんな感想は心の内に秘めつつ、チラッと部屋を見渡す。

 

「スタイリッシュの奴、まだ帰ってきてないのか」

「そうなんです。ドクター、どこまでタツミの探索に行ってるんでしょう?」

 

 俺の呟きをセリュー広い、こてん、と可愛らしく首を傾げる。

 うーん...そういう風にしてりゃ普通の可愛い女の子なんだが...。この二週間で見てきた正義執行中のセリューの顔と態度を見たら...ねぇ? 顔芸かよ、と思わず突っ込んでしまった。

 

 まあそれはひとまずおいといて。

 スタイリッシュが居ないという事は、タツミの、しいてはナイトレイドの拠点を見つけた可能性がある。スタイリッシュ本人から聞いた話だが、奴は死刑囚を実験体にして様々な特性も持った改造人間擬き軍団を持っているらしい。その中に追跡に優れた個体がいてもなんら不思議ではない。

 そして、スタイリッシュ達が返り討ちに遭う事も。

 

「...はっ。モードレッドがいるんだぞ、スタイリッシュ程度が勝てるわけがねぇ」

 

 今度は誰の耳に届くでも無く、俺の呟きはウェイブの(うめ)き声にかき消された。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 タツミ脱走から数日後。

 いつまで経っても帰る気配が無く、連絡一つ寄越さないスタイリッシュの死亡が断定された。

 俺は事前にモードレッドを介してその事実を知っていたし、イェーガーズの面々も予想はしていたのか、余り驚きは見られなかった。

 若干一名が非常に悲しみ、結果としてイェーガーズ全体のナイトレイドへ対する憎悪が募る事となったが...まあそれは些細な問題だろう。俺の敵になるのかどうか、そこが重要なだけだ。

 

 スタイリッシュはモードレッドが単騎で屠ったらしく、彼の持っていた帝具はモードレッドが回収し、そのまま戦利品として保持しているらしい。なんでも、自分が使う訳ではないが戦闘に参加してないナイトレイドの連中にくれてやるのは惜しいから(たばね)に渡す、とかなんとか。

 シャルロットに渡す事も考えはしたが、余りお気に召さなかったらしい。なにやら狙っている帝具があると言っていたが、どこにあるのかまで把握しているのだろうか? 入手を手伝おうかと思い、そう提案したのだが、自分で手に入れたいからいいと断られてしまった。まあ自主性が高いのは良い事だと思う。是非自力で手に入れて貰いたい。

 

 さて。これでイェーガーズはスタイリッシュとタツミの二人を失った訳だが、やることは変わらない。

 今日も今日とて、帝都周辺の賊や危険種を狩っていく。以前と変わったことと言えば、俺も本格的にイェーガーズの仕事に参加し始めたということだろうか。

 

 というわけで。俺は現在、生傷の癒えきっていないウェイブと共に山賊狩りに赴いていた。というか現在進行形で狩っている。慈悲? ...いえ、知らない子ですね。

 

「うっわ......ホント容赦ねぇな、お前...」

「油断して反撃されるのが一番馬鹿な事だぞ、っと。ほい、これで殲滅完了。軽い運動くらいにはなるかなって思ったけど、そうでも無かったな」

 

 生きているのか死んでいるのかも分からない山賊の山を築き上げた俺は、ぱんぱんと二回手を打つ。

 タツミがいなくなってからは実戦風の手合わせをする事も無くなっていたので、最近は少し運動不足気味だ。それを解消しようとこの賊狩りに参加したのだが...如何せん、賊の練度が低過ぎた。危険種相手の方がまだ運動になったわ。

 

 そんな感想を抱きながら、とりあえず生き残っている者を数人縛り、近くで待機していた帝国兵(エスデスの直轄兵)に引き渡す。反乱軍に関する情報を持っているかもしれないから拷問するとかなんとか。こんな奴らが反乱軍と繋がってるなんて思えないし、多分エスデスが拷問したいだけだろう。もうドSっていうレベルじゃないよな、アイツ。

 

「...なぁ、リョータ」

「ん? なんだよウェイブ。心配しなくても手柄は全部俺が貰う」

「いやそんな事じゃ無......はっ? いや、えっ、はぁ!? そ、そりゃ無いだろ!? ってかここは『手柄は山分けな』とか言うとこだろ!?」

「はぁ? 何言ってんのお前? 今回俺しか働いてねぇじゃん。お前何もしてないじゃん。それで手柄だけ分けて貰おうとか、ちょっと虫が良すぎるぞ?」

「いやっ、そうだけど...そうだけどよぉ!」

 

 何やらウェイブが呻いているが、そんな事で手柄をくれてやる程俺は親切じゃない。給料に関わってくるのだ、そう簡単に譲りはしないとも。

 

「あっ、いや! 俺はこんな話がしたかったんじゃなくて!」

「あん? だったらなんだよ」

 

 拷問用の生き残りを回収し終えたエスデスの私兵が、残りの山賊らを虐殺し始めた頃、ウェイブがやけに真剣な目でこちらを見てきた。というかここからさっさと離れたいんですけど俺。別に山賊がどうなろうが知ったことではないが、好き好んで虐殺シーンを見たいとも思わない。

 

「リョータ! 俺に...俺に修行をつけてくれ!」

「だが断る、って言ったら?」

 

 面倒そうな話が出てきたので、テキトーな事を返しながら帝都方面へ歩き出す。

 正直今日は完全な無駄足だった。これなら宮殿で茶でも啜りながらコロと戯れていた方が楽しかったかもしれない。

 意外かもしれないが、動物は好きなのだ。犬と猫、どっちが好きかと聞かれればどっちもと答えるくらいには。...自分で言ってて意味分かんねぇなこれ。とりあえず、愛玩動物を愛でる心は一応持っている。ウリ坊だって可愛がっている...と思う。一時期は忘れていた時期もあったが、それでも思い出してからはそれなりに可愛がってるんだよ、うん。

 まあ害意を持っているのなら、愛玩だろうがなんだろうが容赦は一切しないが。

 

「...っ! 待ってくれ!!」

 

 一瞬呆けていたウェイブだったが、去ろうとする俺を引き止めるように立ち塞がる。

 

「ヤだよめんどくせぇ。何か話すにしても、とりあえず帝都に戻ろうぜ。腹減ったし」

「なら俺が奢る! 何だっていい、お前が食いたい物を腹一杯食わせてやるから! だから!」

「だから修行つけろってか? ...なんで俺なんだよ。エスデスとか、会った事はねぇけどブドーとか、適任者なら他にも色々いるだろ」

 

 言いつつも、足は止めない。後ろから聞こえてくる断末魔的な叫びが不快なのだ。エスデスの奴、自分の兵士まで全員ドSを超えた変態で編成してるのかよ。

 

「ブドー大将軍はずっと篭ってるから会えない。隊長にも頼んだけど、お前の強さは既に完成されてる、って言ってばかりで...。それに、リョータの戦闘スタイルは俺と似てるだろ?」

「戦闘スタイルが似てる? 俺とお前が?」

 

 はて? ウェイブの戦闘スタイルは主に肉弾戦(ステゴロ)。対する俺の戦闘スタイルといえば、なんでもありのトリッキーなものだと思う。権能や魔術が主流だが、武器も扱うし、殴るし蹴る。不意打ちもする。幸いというか何と言うか、武具の扱いはスカサハ師匠らから習っているし、ウェイブの様なステゴロ戦法も真夏の裁定者を見て覚えた。川神流も覚えたは覚えたが...あれは普通の拳法を派手にしたくらいだからな。天使にすら届き得る拳と比べてしまうと、やはり少々見劣りしてしまう。

 

 まあとにかく。俺とウェイブの戦闘スタイルは余り似ていないはずなのだが...。あ、そっか。俺イェーガーズの前じゃ素手で殴ったり蹴ったりしかしてないから勘違いしてるのか。

 

「頼む、リョータ! ...俺はタツミを守れなかった。記憶にモヤがかかったみたいに、当時の事はよく思い出せないけど...手も足も出ずに、何者かに負けた事だけは覚えてる。そのせいでタツミは行方不明になったし、ドクターは死んだ...。そんなんじゃダメなんだよ! 俺はもっと強くなって、国民を守らないといけないんだ!!」

 

 何をそんなに必死になっているのかと思えば...なるほど、そういう事か。

 

 なんで国民を守る義務がウェイブにあるのかは知らないが、守るべきものが守れないんじゃ自分に腹が立つだろう。確かにそれは分からないでもない。けど。

 

「だが断る」

「っ!?」

 

 心底驚いた顔をするウェイブを放り置き、今晩のメニューを考えながら帰路に着く。最近は魚料理ばかりだったし、今日は肉にするか。なんなら宮殿の中庭でBBQでもしてやろうかな。

 

「待ってくれよ!」

 

 各お偉いさん共に怒られそうな図を想像していると、ウェイブが俺の肩を掴んできた。

 

「んだよ。しつこいぞ」

「頼む! 俺を強くしてくれ!」

 

 俺の非難がましい視線をガン無視しつつ、ウェイブが頭を下げる。

 

「...はぁ。というかさ、エスデスにも言われたんだろ? 今のお前が、お前の限界なんだよ」

 

 ウェイブは強い。状況次第ではブラートやアカメに勝てるかもしれない程には。だが、まだ伸び代のあるアカメ達とは違い、ウェイブは既に伸びきっている。頭打ちしているのだ。

 

「そりゃ確かに、鍛えれば多少は強くなると思うぞ? けど、飛躍的なレベルアップは望めない。それでもいいなら付き合ってやるけど?」

「!! ああ、構わない! それに、限界なんて超える為にあるようなもんだろ!」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべるウェイブを見て...俺は心の内でイラついた。

 

 限界を超える。そんな事、そう簡単に出来る訳がないだろう。

 そういう事を言い出す奴は、自分の限界を自覚していない奴だ。人が限界を超えたいなら、人を辞めるしかない。

 はたして、そんな覚悟がウェイブにあるのだろうか?

 

 まあ、ウェイブがやりたいと言うのならやらせてやろう。組手でもすれば、俺のいい運動になるかもしれないし。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 タツミ脱走から一ヶ月半。

 

「リョータ。私はこれから南に行く。いわゆる出張だ。だから弁当を頼むぞ」

「は?」

 

 キッチンで葱を切っていた俺に、我らがエスデス隊長殿はそう告げた。

 

「三日分用意してくれ。出来れば日持ちする物が好ましいが、いざとなれば私の能力で冷凍保存するので問題ない」

 

 それだけ言うと、エスデスはキッチンから出ていった。

 ...え、何? なんで俺弁当作んないといけないの? というか出張ってなんだ?

 

 とまあ色々と疑問はあったが、とりあえず三日分、九食分の弁当を用意する事にした。

 

 

「だったら買い物行かないとな...」

 

 イェーガーズの夕飯の支度がまだ途中だが、仕方ない。

 そのうちボルスとかが来て勝手に進めてくれるだろう。因みに、イェーガーズの調理当番は俺とボルス、あと偶にウェイブだ。女性陣にはもう少し頑張って貰いたい。まあセリューは兎も角、クロメやエスデスが料理している姿など想像もつかないが。

 

 まだ下準備の段階だったのが幸いした。

 とりあえず葱を切り終えた俺は、買い物に行って来るからあとよろしく、というメモを残し、イェーガーズ共用の財布を片手にキッチンを後にする。

 

 

 宮殿内の廊下で噂の大臣とすれ違ったり、ブドー大将軍と初の会合を果たしたりと、結構なイベントがあったが...まあそれは置いといて。

 

「ちっ。大臣の息子だかなんだか知らねぇけど面倒な事しやがって...」

 

 愚痴を零しながら、街の商店街を歩く。

 現時刻は昼とも夕方ともつかない様な時間帯。夕食には早過ぎるが、それでも普段から夕飯の食材目当ての人混みが絶えない時間帯...なのだが。今現在、この商店街にはほとんど人影が見て取れない。

 

 理由は単純。三週間程前に帰って来たという大臣の息子が好き勝手暴れているのだ。気に食わない店を見つけたら破壊し、気に入った女を見つければ自分のおもちゃにする。そんな暴挙が大臣の息子という名の元に行われ続けた結果、ここ最近は店がまともに経営されなくなったのである。本当ふざけんなよ。

 

「おーい、ここ開けろー。俺だから。大臣の息子じゃないからー」

 

 肉屋の前でそう叫ぶ。付近には破壊されはばかりの店が数件ある事から、ついさっきまで大臣の息子率いるワイルドハントとかいう奴らが居たことはまず間違いない。こんな好き勝手暴れて、後先考えなさ過ぎだろ。これじゃ誰だって叛乱したくなるっての。

 

「...あ、ああ.....なんだ、リョータさんか...」

 

 呆れた目で破壊された店を見ていると、ビクビクとした様子で店主のカルビが顔を出した。

 

「おう。なんだよ、そんなにビビって。そんなにワイルドハントが怖いか?」

「そ、そりゃ怖いに決まってんだろ!? 相手はあの大臣の息子だぞ!?」

「でもアンタ、確か拳法の心得があるとか言ってなかったか?」

「腕っ節の問題じゃねぇんだって! それに、多分俺じゃ大臣の息子には勝てねぇしよ...」

 

 ふむ。まあ大臣の息子の方をしっかり見た事がねぇから分かんないけど...ま、勝てないって思ってるうちは勝てねぇだろ。

 

「そんな事より。挽肉と豚肩ロース薄切り肉、あと牛すね角切り肉。あるだけ詰めてくれ」

「そんな事って...はぁ。毎度」

 

 溜息を吐きながら、カルビは俺の指定した肉を白トレイに入れて俺に渡す。それを受け取り、金を渡してから俺は肉屋を去った。

 その後も数件店を周り、必要な食材を買い揃えて宮殿に戻ろうとしている途中。俺はそれに遭遇した。

 

「おー、いい女も何人かいるじゃねぇか。よぉし、お前、俺のおもちゃ決定な」

「おいシュラ! 独り占めは良くねぇなぁ! 俺にも寄越せ!」

「じゃあ私はそこのイケメンくんもーらおっと!」

「んー.....ちっ! 天使達はいねぇのかよ...つまんね」

 

 とある劇場の前で、複数人の男女によるそんな会話が聞こえてくる。いや、会話として成り立ってない奴もいたけれど。

 その劇場は帝都でも割と有名で、噂くらいは俺も聞いた事がある。俺がイェーガーズに入ってからはちょくちょく帝都に来ているシャルロット達も観た事があるらしく、良かったと言っていた。

 

 そんな劇場は見るも無残に破壊され、残った役者達も毒牙にかかろうとしている。

 

「ワイルドハント...」

 

 ボソリと、その蹂躙を成した奴らの総称を呟いた。

 話には聞いていたが、実際に見てみると呆れる程の奔放さだ。正義狂いのセリューや、根の優しいウェイブが見たら間違いなく噛み付きそうな光景である。

 

 そう考えながら、俺はそのワイルドハントの横を通り抜けようとした。何故って、そうしないと宮殿に行けないからである。絡まれるのも面倒だし、何より俺は今生肉を持っているので、気配遮断を使ってさっさと宮殿へ向かう事にした。だが、人生そう簡単には進まないらしい。

 

「何をしているんですか!!」

「あん?」

 

 聞き覚えのある怒号の後に、不機嫌そうな大臣の息子の声が背後から聞こえる。

 何となく、というかほぼ正確に後ろの光景が予想出来たが、一応確認の為に振り向いて見た。するとまあ、面白いくらいに予想通りの光景がそこにあった。

 

「貴方方の行動は営業妨害及び建築物損壊罪、そして傷害罪に当たります! つまり悪...ング!?」

「はーい、そこまでー」

 

 大臣の息子に向かって指を差し、お前達は悪だと詰め寄る正義狂い・セリューの口を、彼女の背後から塞ぐ。無視を決め込む、という手段もあったが、まあ仮にも同じ釜の飯を食った仲だ。むざむざ(・ ・ ・ ・)殺される(・ ・ ・ ・)のを(・ ・)放って(・ ・ ・)おく(・ ・)のも多少、いやミリ単位で気が引ける。

 

「...なんだぁ? てめぇらは?」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに、大臣の息子がそう聞いてくる。

 その態度に腹が立ったのかセリューが暴れようとするが、俺に抑えられている為に暴れられないでいた。セリューを抑えることでコロも間接的に抑えられるのが楽でいいな、このコンビ。

 

 別にこいつらが暴れるのは構わないのだが、如何せん相手が悪い。

 立場とか権力とかの理由もそうだが、何より戦力差が半端ではないのだ。

 

「ん? その犬っころ...確かヘカトンケイルとかいう...。ってことはお前ら、例のイェーガーズか?」

 

 コロの事を知ってやがったか。

 いや、別に俺がここでセリューと一緒に暴れてもいいのだ。だがそうすると、俺達は帝国にはいられない可能性が高い。悪名高い大臣も、さすがに息子を殺されたらキレるだろう。俺とセリュー、下手をすればエスデス除くイェーガーズ全員が指名手配されかねない。エスデスが何かしらの手を打つかもしれないが、それでも本気になった大臣相手に無罪を勝ち取れる保証が無いのだ。現段階で大臣とエスデスとの力関係が完全に把握し切れていないのが痛いな。

 

「ンンーー!! ンー、ンンンーー!!!」

「セリュー黙って」

 

 尚も大臣の息子に喰ってかかろうとするセリューの拘束を継続しつつ、コロのリードを握り歩き出す。

 

「おい、無視か? 俺は大臣の息子だぞ、そんな俺を無視するか? 普通」

「...........」

「ンンーー!!」

 

 ホント暴れないでセリューさん。さっきから貴女が叫ぼうとする度に唾が掌に飛んでるから。やめて。

 

 内心でセリューに文句を垂らしつつ、無言のまま足は止めない。

 大臣の息子? ふん、全く怖くないね。俺を怖がらせようってんなら修行に飢えたスカサハ師匠でも連れて来い。

 

「こんの...! はっ、いいぜ、その根性は認めてやる...。だが、それは蛮勇って言うんだぜ? 歯ァ食いしばれ餓鬼ィ!!」

 

 何やら一人で訳の分からない事を言いながら、大臣の息子が俺に殴りかかって来る。

 まあ、確かに弱くはない。シャルロットやラウラでは勝ち目は余り無いかもしれないと思える程に。確かに、威張り散らすだけの実力はある。キチンと鍛えればそれなりに強くもなるだろう。だが所詮、弱くはない程度でしかないのだ。

 

 俺は溜め息を漏らしながら、体を少しだけ横に逸らして大臣の息子の拳を避けた。まさか避けられるとは思ってもいなかった大臣の息子はそのまま前のめりに倒れ込む形になり、俺は追い討ちとして背中を少し蹴る。すると、大臣の息子は地面に思いっきり顔面を強打した。

 

「テメ.....!!」

 

 鼻を手で押さえながら、非難じみた目を俺に向けてくる大臣の息子。鼻を押さえている手の指の間からは血が滴っている。あれは痛い...。

 

「はぁ...。お前、シャアとか言ったか」

「あ゙あ゙!? シュラだシュラ! テメェ舐めてんのかクソ餓鬼!!」

 

 もはや唯のヤンキーにしか見えなくなってきた大臣の息子(笑)に向かって、もう一度溜め息を漏らして見せる。そうするだけで面白いくらいにシュラの怒りのボルテージが上がっていくのだから単純なもんだ。

 

「まあどっちでもいいけどな。とりあえず今日はお互い見なかった事にしよう。今生肉持ってるんだわ、俺。早く調理するなりエスデスに冷凍させるなりしないと」

「はぁ!? この俺を足蹴にしておいて言う台詞がそれか!? 本当にブチこr...」

「おっと足元にゴミがー」

「ンガッ!?」

 

 未だ地面に這い蹲っていたシュラを踏みつけつつ、俺は宮殿に向かう為に再び歩き出す。

 シュラは今ので意識を手放したらしく、立ち上がっては来なかった。だが、それはシュラに限った話である。その仲間は、さすがに黙っていなかった。

 

「おぃおぃ兄ちゃん、俺らのボス踏みつけといてそのまま帰るってなぁナシだぜぇ?」

「お前ら本当、田舎のヤンキーか何かなの?」

 

 指をポキポキと鳴らしながら、おかっぱっぽい髪型の男が俺に近づいて来る。その男だけでは無く、ほかのワイルドハントの連中もいつでも動ける様に準備をし始めた。

 ...ふむ。いくつか帝具持ってるっぽいけど...まあいいや。ラウラは既に入手済だし、シャルロットも欲しい帝具は他にあるっぽいからな。

 

「今はお前らに用なんて無い。さっさとそこのボス連れてけ。あ、宮殿に帰るなら俺達とは少し時間空けてから帰れよ」

「ああ? お前、まぐれでシュラを倒したからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」

「まぐれでもなんでもいいから俺達を帰らせろよ。肉が傷んだらどうするんだ。言っとくけどな、肉が腐ってキレるのは俺だけじゃないんだぞ? 食材を無駄にしたらボルスもキレるし、何より楽しみにしてた弁当のおかずが無くなったって知ったらエスデスがブチギレる」

「んなっ! チッ、エスデス.....!!」

 

 おー、便利便利。名前出しただけで相手が尻込みするとか、あのドS将軍もたまには役に立つな。

 

 

 

 

 結局、特に争いごとを起こす事無く宮殿へと辿り着いた俺は、暴れるセリューを眠らせて(物理)から早速料理に取り掛かる事にした。先程エスデスに聞いたところ、出るのは明日の昼前らしいので、とりあえず今夜は下準備だけだ。素材に味をしっかり滲ませる。

 ちゃんとした調理は明日の朝にでも始めようと思い、俺は一旦宿に帰る事にした。今日はモードレッドとシャルロットとラウラの三人が来るという連絡を貰っているので、彼女らの晩飯も作る事になっているのだ。...俺、最近料理しかしてないな。

 

 

 

 

 日もすっかり落ちた頃。俺は自分の泊まっている宿に辿り着いた。

 ここまでの道のりは飲み屋街で、少し前までは朝まで飲み騒ぐような奴らも居たのだが、今ではどこの店ももぬけの殻だ。これもワイルドハントの影響か、などと頭の隅で考えながら部屋のドアノブに手をかける。

 部屋の中からは三人の気配もしているし、既に来ているのだろう。そう思い、扉を開ける。

 

 するとそこには──目に涙を、今にも溢れんとばかりに蓄えたシャルロットがへたり込んでいた。

 

「...何これどういう状況?」

「あっ、凌太!」

 

 俺に気付いたシャルロットが声を上げて抱きついてくる。

 え、何これ本当にどういう状況?

 

「...遅かったな、嫁」

「すまねぇ...オレがちゃんとデュノアの近くに居ればこんな事には...!」

「いやだからどういう状況なんだよ今」

 

 とりあえずシャルロットをあやしながら、モードレッドとラウラに視線を向ける。

 本当にどうしたのだろうか? 財布でも落とした?銀行が無いこの世界じゃ全財産入った財布を落とすのは確かに泣きたくなってもおかしくはないが...。

 と、そこで怒りで顔を染めたモードレッドが重々しく口を開いた。

 

「シュラとかいう奴らに、シャルロットが裸に剥かれかけたんだ」

「帝国潰す今すぐなう」

 

 もはや慈悲は無い。大臣の息子を殺るのだから、帝国との衝突は避けられないだろう。そうなればイェーガーズともやりあわなければならない。...だが、そんな事知った事じゃない。俺の逆鱗に触れたんだ。帝国諸共血祭りに上げてやる、あのクソ白髪野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ワイルドハントハント2

...すいませんでした。

まさか一ヶ月も間が空くとは...。エタったわけでも、エタる予定も無いので、どうか最後までお付き合いください。本当にすいませんでした。


 

 

 

 

 

 

 

「つまり、シャルロットが一人でアイスを買いに行った際に不運にもワイルドハントと遭遇。剥かれかけたところにラウラが来て二人で何とか逃げた、と」

「……うん」

「その時モードレッドは?」

「オレは元々遅れて来る予定だったんだ。でも…こんな事になるんだったら一緒に来れば良かった!」

 

 モードレッドが怒りに任せて床を殴ると、木製の床は簡単に壊れる。破壊された床を見て、俺も同じく怒りのはけ口からくる破壊衝動に駆られるが、そんなことをしても俺の怒りは収まりそうにない。まあ、それはモードレッドも同じだろうが。

 

「モードレッドは悪くねぇよ。俺が事前に気を付けておくべきだった」

 

 ワイルドハントと遭遇すればシャルロットやラウラだけでは対処しきれないかもしれないという可能性は、少し考えれば出てきたはずだ。それを、モードレッドがいるから大丈夫、などと完全に思い込んでいた。これでは何の為に俺とモードレッドが付いて来たのか分からない。

 

「ま、反省は後からだ。今は大臣の息子とワイルドハント、ついでに帝国をまとめてぶっ潰すぞ」

「当たり前だ。誰の仲間に喧嘩を売ったのか、絶望するまで教え込んでやる!!」

 

 俺が立ち上がり、モードレッドも続いて立ち上がる。

 

「しかしだな。帝国の殲滅など、私達だけで決行していいのか? いや、戦力的な意味ではないのだが、せめてナイトレイドには伝えるべきだろろう」

「じゃあ伝えよう。今から式神でも飛ばして、あいつらが来る前に全て終わらせる。 ま、今の時点で何人かは帝都中にいるから、そいつらは間に合うかもしれないけどな」

「それは伝えたと言えるのか…?」

「言えるさ。それにな、ラウラ。俺は身内がやられた分は自分達でやり返さなきゃ気が済まないんだよ。ナイトレイドなんかに任せられるか」

 

 そもそも、今のナイトレイドの戦力では帝国全体をいっぺんに相手にするのは難しいだろう。新メンバーが加わったらしいが、それでもエスデス一人に及ばない。明日、エスデスがいなくなった頃合いを窺うという手段もあるが、そんな面倒なことをするなら俺達だけでやった方が何倍もマシだ。

 

「とりあえずはワイルドハントへの逆襲が最優先だ。帝国も反乱軍も、あっちから仕掛けてこない限りは基本無視でいい。ラウラは帝具も使っていいぞ。それからモードレッド、大臣の息子は殺すな」

「了解だマスター。死んだ方がマシと思えるくらいのトラウマを植え付けるんだな?」

Exactly(その通りだ)

 

 さすがモードレッド、俺の思考を理解しているな。

 

「…ごめん、みんな。迷惑かけてるのは分かってるんだけど、一つだけ我儘を言ってもいいかな?」

 

 俺とモードレッドが頷き合い、ラウラが若干引くなか、シャルロットがそう口を開いた。

 

「ん? ああ、いいぞ」

 

 別段断る理由も無いので、頷いてシャルロットの我儘とやらを聞くことにする。

 

「…あのね、僕に絡んできた人…シュラって言ったけ。その人、僕が相手をしてもいいかな?」

「…なんでだ?」

 

 理由は簡単に推し量れるが、一応念のために聞いておこう。

 

「だって、やられたのは僕だもん。とっても嫌な思いをして、とっても怒ってるんだよ! さっきまでは『怖い』っていう感情の方が強かったけど、今は心底腹が立ってるんだ!」

 

 憤り、熱が入ったように感情を吐露し始めたシャルロット。その目からは「あの野郎、絶対に殴る」という強い思いが見て取れた。

 

 ………あれ? シャルロットって、こんな血の気の多い()だったけ? もしかしなくても俺の影響かなー? などと考えながら、俺はシャルロットの我儘を受け入れた。

 問題は、シャルロットが大臣の息子に勝てるのか、ということだが…まあ、本人がやりたいと言っているのだからそれを尊重してやりたい。厳しそうだであれば俺も参戦する。あくまでメインはシャルロットなので、後方援護に徹しよう。俺やモードレッドの怒りの矛先は……ほかのワイルドハントの連中でいいか。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「あれ? リョータさん? こんな夜更けにどうされたんですか? それに、その後ろの方達は…?」

 

 ワイルドハントハント計画が立ってから数十分後。

 俺、モードレッド、シャルロット、ラウラの四人は帝都中心に聳える宮殿の門前へと赴いていた。

 そこで俺達の姿を確認した門番が、不思議そうに聞いてくる。

 彼の質問に答える義務などありはしないが、答えない理由も無い。ここで下手に時間を食うより、ある程度の答えを返した方が早いだろう。

 

「ちょっと大臣の息子に用事がな。後ろの三人は俺の仲間だ。とりあえずここを通してくれ」

「仲間…? ああ! 噂のハーレムですか!? いやー、全員可愛くて羨ましいなー! 最近はセリューさんもその毒牙にかけたとかかけてないとか」

「なにその噂、初耳なんだけど。出所詳しく」

「それよりもそのセリューさんって人について詳しく。僕知らないんだけど?」

「嫁…お前という奴はまた…。次はどんな女だ」

 

 シャルロットとラウラにそう迫られるも、俺は知らない悪くない、としか答えることが出来ない。呆れたような態度のモードレッドがわざとらしく咳をしたところで俺達は本来の目的を思い出し、この問題の談義は全てが終わった後に回す事になった。

 

 ニコニコと笑う門番に軽い殺意を飛ばしつつ、俺達は宮殿の門を潜った。

 既に大臣の息子の位置は把握しているため、迷いなく歩を進める。現在、大臣の息子は寝室にいるようだ。

 

「ラウラ。噴水とかを見かけたら出来るだけ触っとけよ」

「ああ、分かっている」

 

 宮殿内には景観を良くする為なのか、噴水がいくつか作られている。それらの水に触れれば触れるほどに、ラウラの手数は増えていく。この帝具を宮殿内で使うということは、自分達が三獣士を殺ったと公言しているようなものだが、今はそんな事は関係ない。

 

「──陛下の城で、無粋な殺意を振り撒いているのは誰だ」

 

 最短距離を行くために中庭を突っ切っていると、予想通りの番人が俺達の目の前に現れる。

 

「どけ、ブドー。今はお前に用なんて無いんだよ」

 

 溢れる殺気を抑えることなく、俺はブドーを見上げてそう言う。

 宮殿の番人、大将軍ブドー。彼もまた、エスデスと並んで帝国最強と謳われている男である。

 それを聞いた時「はて? 最強が二人いるとは一体?」という感想を抱いたのだが…はっきり言おう。エスデスの方が強い。故に帝国最強はエスデスであり、ブドーは二番目なのである。

 

 まあ、そんなどうでもいい情報は放って置いて。

 

「リョータか。今の貴様にこの宮殿へ足を踏み入れる資格はない。早々に立ち去れ」

「話を聞かねぇ野郎だな、お前も。そこをどけっつてんだ。三度目は無いぞ」

「話を聞かぬのはそちらだ。リョータ、貴様が引かぬというのであればこちらも──」

 

 威圧感を増し、俺達に一歩近付いたブドーだったが、言葉を言い終える前にその姿は掻き消え、同時に右側の壁が豪快に弾け飛んだ。

 

「警告はしたぞ」

 

 一言添え、邪魔者(ブドー)の居なくなった通路を再び歩き出す。

 

「なあマスター。今の奴って確かブドーとかいう大将軍だろ? 殺したのか?」

「さぁな。まあ、アイツも雑魚じゃない。まだギリギリ生きてんじゃねぇの?」

 

 別に殺すつもりの攻撃ではなかった。当たり所が悪ければ分からないが、あの程度ならば耐える事も出来るだろう。まあ、少なくとも一ヵ月はまともに動けなくなっているかもしれないが。

 

「んなこた今はどうでもいい。それよりシャルロット。もうすぐ大臣の息子とのご対面だ。気ぃ締めろよ」

「う、うん…!」

 

 緊張した面持ちで、シャルロットが返事をする。

 

 

 シャルロットではシュラに勝てない。ISを装備しても、ギリギリでシュラに軍配が上がる可能性が高いだろう。

 だがそれでも、シャルロットは戦う意思を俺達に示した。だったら、それを応援せずして何が仲間だろう。

 俺に打てるだけの手は打った。後はシャルロットがどこまで頑張れるかだ。もちろん、頑張りだけではどうにもならないかもしれない。実力差という厳しい現実は確かに存在する。だが、そんなものはいくらでもひっくり返せることを俺自身が証明してきた。ならば、シャルロットにもそれを期待してみようじゃないか。

 

「もし本当にヤバそうだったら、俺かモードレッドが割って入る。だから、って訳じゃないけどさ。当たって砕けるつもりで挑んで来い」

「砕けちゃうの!?」

「いや、できれば砕けてほしくないんだけどな」

 

 そんな多少気の抜けた会話をしていると、せわしない大量の足音が夜の宮殿内に響きだした。先ほどの音で叩き起こされた兵士達がこちらに向かってきているのだ。

 その中にはもちろん、イェーガーズのメンバーのものも含まれている。今確認できるだけで…五人か。結構多い、というかボルス以外全員いやがるな。すぐに到着しそうなのは二人。他はまだ遠い。

 

「さっきも言ったけど、ワイルドハント以外は基本無視でいい。邪魔する奴だけ薙ぎ払え」

「「「了解ッ!」」」

 

 最終確認を終えたところで、俺達は大量の帝国兵達と接敵した。

 俺の顔は宮殿内で割と知れ渡っている。それは当然、イェーガーズ所属、つまりは仲間としてだ。故に、兵士達は俺を見ても敵意や殺気といったものを示さない。

 

「ッ! リョータ!?」

「ようウェイブ。悪いがここ、通らせてもらうぞ」

 

 雑兵の中から見知った顔が現れたので、そいつに軽く声をかける。何度も言うが、今の俺達の標的はワイルドハントのみだ。そのほかは正直どうでもいい。

 

「ま、待てよ! さっきの馬鹿でかい音について、何か知ってるんじゃねぇのか!?」

「知ってるけど答える義理はねぇ。ウェイブ、俺達の邪魔すんな」

「ッ……!」

 

 眼光鋭く、ウェイブを射抜く。

 萎縮したウェイブを一瞥し、俺はシュラの居る所へとさらに歩を進めようとするが───

 

「止まれ、リョータ」

 

 ───そう易々と事は進まないらしい。

 

 一瞬にして気温が下がる。つい今しがたまでは少し暑い程度の気温だったのだが、今では吐く息が白くなる程にまで低下した。周りを見れば、徐々に氷が張られていかれているのが分かる。

 これは牽制だ。ここで大人しく止まらなければ敵として排除するぞ、という敵意一歩手前の警告だ。

 だがそれは、俺に敵意を向けるというその行為は、俺に対してさして意味を成さない愚策である。

 

「我は雷、故に神なり」

 

 久々の聖句を唱え、雷電を放出する。

 それだけで氷は掻き消え、兵士達も吹き飛んだ。シャルロット達に当たらないようにする為に多少出力を抑えてコントロールに徹した為、ほとんどの兵士は死んでいないだろう。だがそれでも、俺が兵士を攻撃したことは変えようのない事実だ。それは俺が、帝国に牙を剥いたという事実の裏付けに他ならない。

 

「……フン。私はお前を、それなりに高く評価していたんだがな」

「…一応、忠告はしといてやるよ。そこをどけ、エスデス」

 

 雑兵がいなくなったことにより姿を目視で確認したエスデスへと、俺は雷を散らしながら忠言する。

 

「この私に命令するとはな」

「忠告だっつってんだろ」

「どちらも似たようなものだろう。そして、返事はもちろんNOだ」

「そうかよ」

 

 エスデスの返事を聞くと同時、俺は雷撃を飛ばした。だが、それは幾重にも重ねられた氷壁によって拒まれる。

 

「チッ」

「雷、か。ブドーの奴から帝具を奪ったか」

「あ? あんなよく分かんねぇモンと一緒にすんな。自前だ」

 

 言葉を交わしながらも、雷と氷の攻防は続く。雷撃は氷壁に阻まれ、氷は雷に破壊される。お互いに攻めきれていないのが現状だ。

 半端な雷撃じゃ意味ないな。けど、モードレッドはともかく、シャルロットとラウラがいるのに室内で本気を出す訳にもいかねぇし…。

 

「大臣の息子はこのまま真っ直ぐ進んで三番目の角を曲がれば見つけられるはずだ。お前ら、先行け」

 

 俺の言葉を聞いた三人は無言で頷き、攻防の合間を縫って駆け抜ける。

 

「行かせねえよ!!」

「うるせぇ、邪魔だ!」

 

 グランシャリオを装備したウェイブがモードレッド達の前に立ち塞がるが、相手が悪い。

 クラレントすら抜かずに、モードレッドが前蹴りを叩き込む。なんとか反応し、両腕をクロスして防御したウェイブだったが、蹴りの衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされた。壁に激突し、その壁を破壊して俺達の視界からウェイブが消える。

 蹴り飛ばしたウェイブを気に留める事もせず、モードレッド達はシュラを殴るために走り出した。

 

 先ほどのブドーと似た状況に陥ったウェイブは、いくらグランシャリオを装備していたといっても、馬鹿には出来ないダメージを負っているだろう。ただブドーとは違って、きちんと反応して防御もしていたので、割とすぐに動けるようになるかもしれないが。

 ブドーはノーガードの状態で、しかも俺に顎を蹴り抜かれたからな。ウェイブがあれを受けたら即死だっただろう。

 

 ……さて。

 

「エスデス。お前が俺を高く評価していたように、俺も割とお前を評価してる。俺やモードレッドには及ばないが、それでもこの世界でお前は最強に近いんだろう」

「ほう? 随分と強気だな、リョータ。私がお前より弱い(・ ・)と、そう言っているのか?」

「そうだ。けど勘違いすんなよ? 俺は本当にお前を高く評価してんだ。帝具の能力もそうだが、なによりその戦闘センスが良いな」

 

 帝国最強として君臨する絶対強者。他を寄せ付けない圧倒的な才能で頂点に居座るお山の大将。それがエスデスであり──爺さんと出会う前の俺の姿だ。

 自分の才能に溺れて、どこまでも傲慢な態度で達観したつもりになっている愚者。

 

「お前は強い、それは認めよう。だけどそれは、この世界っていう小さな井戸での話だ。大海には、お前なんて片手で殺せるような魑魅魍魎どもがひしめき合ってる」

「………何の話をしている? この世界? まるで自分が違う世界から来たような口ぶりだな」

「その通りだ……つっても、お前は信じないんだろうなぁ。まぁいいさ、今は関係ない話だ。これで二度目だ、三度目はない。今すぐそこをどけ、エスデス」

「……ふん。何を言っているのかは知らんが、私の答えは変わらん」

「そうか。残念だな」

 

 交渉はここに決裂した。

 本当に残念だ。エスデスのことは、割と気に入ってたんだけどなぁ。

 

 だけど、こいつが俺達の邪魔をするのなら、敵対するのなら仕方がない。

 

「歯ぁ食いしばれ、とは言わねぇよ。覚悟は決まってんだろ?」

「覚悟だと? それを決めるのはお前だろう、リョータ。確かにお前は強いが、自惚れるなよ?」

「そうかい。だったら──泣くほど後悔しやがれ」

 

 言って、俺は地面を蹴る。

 なんてことは無い、ただの直進。この程度の速度であれば、エスデスも付いてこれる。そう、速度だけならば。

 

「川神流、虹色の波紋(ルビーオーバードライブ)

 

 小さく呟き、拳を振るう。俺の攻撃が見えているエスデスは、鼻で笑って防御の姿勢に入った。

 

「はっ、やはり口だけか。この程度の攻撃が──ゴブァッ!?」

 

 それ以上の言葉は続かない。体内から溢れる血液が、それ以上の発言を許さない。

 

 川神流、虹色の波紋。殴りつけた部分から波紋状に衝撃が伝わっていき、相手の体内を破壊する、川神流の奥義の一つ。川神鉄心や百代から直に食らったことのある俺が断言する。あれは相当痛い。でも俺泣かなかった。

 

「慢心は強者の特権だ。弱者の分際で慢心すればどうなるか……先輩として教えといてやるよ」

 

 自分の事を棚に上げた発言を引っ提げ、俺はゆっくりとエスデスの方へ歩み寄る。

 ドSの将軍の瞳には、既に恐怖と後悔の色が滲んでいた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「……思ってる以上に情が沸いてんのかな、俺」

 

 足元に転がっているエスデスを見下ろしつつ、そんな事を呟いた。

 血みどろになっていたり、腕があらぬ方向に曲がっていたり、骨が肉を破って突き出ていたりと、なかなかに重症ながらもかろうじて息をしているエスデス。 その姿に、十数分前までの強者の貫禄など一切無い。

 

「ま、いっか」

 

 情が沸いていようがいまいが、エスデスがこれ以上動けないことに変わりはない。

 帝国最高戦力である大将軍二人を早々に撃破したのだから、帝国へ対する警告としては十分すぎる戦果だ。 オーバーキル感が若干否めないが、まあそんなの誤差だろ誤差。 そんなことより、今はシャルロットだ。

 

 意識を集中させ、シャルロット達の気配を探る。

 どうやら、既にワイルドハントとの戦闘に突入しているらしい。 ちゃんとモードレッドも一緒にいるようなので、今回はあまり心配いらないかもしれない。 まあ油断してると痛い目をみるので、急いで合流しようとは思うのだが。

 

 そしてもう一つ、俺にはやる事があることが分かった。 シャルロット達の気配を探る過程で見つけた者達への対応だ。

 

「おい、そこの蝙蝠(こうもり)。 お前、もしかしてナイトレイドの新メンバーか?」

 

 窓際にぶら下がっていた蝙蝠へ、俺は声をかける。

 外見は完全に蝙蝠のそれだが、気配は人間のものだ。 恐らく帝具の能力なのだろう。 完璧な変態能力だな。

 

 俺が声をかけたことに驚いたのか、蝙蝠の躰が若干強張る。 そしてすぐさま飛び去ろうとするが…まあ捕まえるよね。

 

「おいおい、逃げんなよ」

 

 ジタバタと暴れる蝙蝠を片手で握る。 ふぅむ…感触も本物と変わりないっぽいな…。 重さも五キロ前後程しかないし、人間が変身しているとして、質量保存の法則とかどうなってんだろ? すげぇなぁ、帝具って。

 

「暴れんな暴れんな。 別に取って食いやしないから、とりあえず話を聞け」

「…………」

 

 しばらくすると観念したのか、蝙蝠が大人しくなる。 そして、ポンッ、という音と共に蝙蝠から白い煙が出た。 白煙はみるみるうちに蝙蝠の躰を覆い尽くし、やがて人間大にまで膨らむ。

 

「………手、放してくれる?」

「ん? ああ、すまん」

 

 聞こえてきたのは女の声。 逃げ出しそうな気配もないので、素直に手を放すことにした。

 声を聴いてから待つこと数秒。 白煙の中に、一人の少女の姿を確認した。 赤いリボンの付いたヘッドフォンを付け、棒付きの飴を加えた明るい茶髪の少女だ。

 

「で? お前がナイトレイドの新メンバーってことでいいわけ?」

「…そういう君は、噂のリョータでいいのかな?」

「俺の質問に答えて欲しいんだが…ま、いっか。 どんな噂かは知らねぇけど、確かに俺がリョータくんですよ、っと」

 

 どこか怯えているかのように話す少女に訝し気な視線を向けるが、すぐにその理由を理解した。

 考えてみれば当たり前だ。 この少女は、俺がエスデスを一方的にリンチした事を知っているのだ。 いくら俺が軽い態度でいようと、帝国最強を凌ぐ化け物という認識を持たれてしまっているのなら意味が無い。

 

「あー…本当に敵対するつもりは無いぞ? お前らが俺達の邪魔さえしなけりゃな。 外で待ってる四人にもそう言っとけ」

「……聞いてた通り。 意味分かんないね、アンタ。 気配察知とか言ったっけ? タツミ達がいるのは宮殿の外なのに、なんで正確な数まで分かるワケ?」

「なんでって聞かれてもな。 文字通り、気配を察知してるだけだよ。 お前らもできるだろ?」

「そりゃあ、少しくらいなら相手の気配とか分かるけど」

「それの範囲がバカ広くなった感じだよ」

「ごめん、やっぱ意味分かんない」

 

 別にどっちでもいいからさっさと行ってくれないかなこの人。

 

「おい、そろそろ行かねぇとイェーガーズの連中がここ来るぞ。 お前弱いんだから、ランにでも見つかったら逃げ切れないかもしれないぞ?」

「むっ。 確かに私は弱いけど、初対面の奴にそんな軽々しく言われるのは腹立つんですけどぉ」

「さっさと行けっつってんの」

「…………最後にこれだけ聞かせて。 リョータ、貴方は私達の味方? それとも敵?」

 

 極めて真剣な面持ちで、少女がそう聞いてくる。

 今日、わざわざ危険を冒してまで単身俺の下へやって来たのは、この質問の為なのかもしれない。

 

「…まあ、少なくとも敵じゃねぇな。 今のところは」

「………それは、今後裏切る可能性があるってこと?」

「ちょっと違う。 さっきも言ったけどな、お前らが俺達の邪魔さえしなけりゃ、俺らは敵対なんてしねぇよ」

 

 これは本当だ。 既に帝国は敵に回したも当然だが、反乱軍と敵対する理由は今のところ無い。 ナイトレイドとはそれなりの関係を築いたはずであるし、なおさらだ。 まあそれはイェーガーズにも言えた事だったのだが、状況が悪かった。 もしシャルロット達に危害を加えていたのが反乱軍だったのなら、俺は何の躊躇もなく反乱軍を潰していただろう。

 要するに、俺の琴線に触れたら即敵認定。 そんな簡単な話なのだ。

 

 

 俺の返答に一応は納得したのか、少女は再度蝙蝠に変身して飛び去った。

 

「さて。 上官のこんな姿見たら、あいつらどんな反応すんのかね?」

 

 シャルロット達にまだ余裕がある事を確認してから、今こちらに向かってきている三人の方へと意識を向ける。

 無駄な死傷者を望んでいるわけじゃない俺としては、話し合いだけですんなり終わらせたいのだが……まあ、まず無理だろうなぁ。

 そんな風に考えてしまい、俺は思わず溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




できればあと一、二話で締めたい


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賽は投げられた

 

 

 

 

「これは...」

「隊長!」

 

 ランが呟き、セリューがエスデスの下へ駆け寄った。

 少し遅れてやって来たクロメは、八房の柄を握り締めながら俺に声をかけてくる。

 

「...あなたがやったの?」

「ああ」

「ッ! ...あっちにウェイブも倒れてた」

「そっちは俺じゃない」

 

 俺の返事にラン、セリュー、クロメが目を剥く。

 まあ当然だろう。つい数時間前まで仲間として親しく話していた奴が急に敵に回れば驚きもする。

 だが、ランとクロメはすぐに状況を飲み込んだらしく、俺に対して戦闘態勢を取った。その辺りはさすがと言えるな。

 

「落ち着けお前ら。確かにエスデスをボコったのは俺だけど、別に殺したわけじゃねぇ。それに、俺達の目的はお前らと敵対することじゃねぇんだよ」

「...俺“達”、ですか」

「言っとくけど、俺が反乱軍のスパイだった、なんてオチも無いからな?」

 

 達、というところに反応したランへそう言う。確かにナイトレイドとの関係はあったが、反乱軍に味方したつもりは毛頭ない。友好なのはあくまでナイトレイドという一団体なのだ。

 

「さて、まあ俺の事は今はいいんだよ。お前ら、この現状を見て、まだ俺に敵対する気があるか? 無いならそこをどけ」

「...それは無理な相談ですね。我々は、身を挺してでも帝国を守る立場にあるので」

「勘違いすんなよ、ラン。俺の目的は帝国じゃない。大臣の息子と、ワイルドハントだけなんだよ」

「ワイルドハント...?」

 

 ん? なんか今、ランの様子が...。

 

「.....リョータ。説明して下さい」

「あ?」

 

 ランの纏う雰囲気が少し変わり、それに気を回していた俺に、セリューがそう聞いてくる。力の抜けた様にゆらりと立つその姿はまるで幽鬼かゾンビのよう。いつぞやの特異点でみたエネミーと似ている。

 

「貴方はなぜ、隊長をこんなにしたんですか? 貴方はなぜ、帝国を裏切るようなマネをしているんですか? 貴方はなぜ──悪に堕ちたのですか?」

 

 ヤバいこの子目は笑って無いけどめっちゃ笑ってる。

 

 やはりセリューの悪い癖が出たか。

 もはや信仰の域にまで達している、純粋な正義狂い(バーサーカー)。たまに出るセリューのこの顔は、ウェイブと共に付けた彼女の二つ名、「顔芸のセリュー」の由来になった。いやマジで同一人物とは思えない程に歪んだ顔になるからなこいつ。

 

「年頃の女の子がそんな顔をするのはやめ...」

「質問に答えてください」

「アッハイ。 ...つってもなぁ。 別に裏切ったわけじゃないし、悪堕ちしたわけでもないんだよな。エスデスだって、そっちから挑んで来たから返り討ちにしただけだし」

 

 全て本当の事だ。悪堕ち、というか、そもそも俺の本質は悪であるのだし、この短期間で堕ちたわけではない。強いて言うなら神殺しの魔王(カンピオーネ)として新たに生まれ落ちた際に、ついでに悪にも堕ちたのだろう。力に対する代償、もしくは付属的なものだ。

 

 だが、そんなものは目の前の正義ジャーキーには関係ない。

 奴が気にしているのは、俺が悪かどうかという事だけ。己の信念に従い、()を滅さんとする歪みきった正義感に支配されている。

 まあ、普段なら悪即滅の勢いでコロをあてがうのだが、今回は俺に対話を求めてきている。多少は俺に対して仲間意識があったという事なのだろうか?

 

「...はぁ。分かった、セリューは俺の邪魔をするってんだな? で、そっちの二人はどうするよ? 俺にもあんまり時間がないんだ、さっさと身の振り方を考えろ」

 

 まあ、仲間意識があろうがなかろうが関係ない。重要なのは、俺の邪魔をするのか否かという事だけだ。

 

 対話と並行して、気配を探ってシャルロット達の状況を大雑把にだが把握する。

 今はまだ、シャルロットやラウラに大きな怪我は無さそうである。ワイルドハント全員を一気に相手取っているらしいが、モードレッドの活躍もあり、互角にやり合えている。まあモードレッドが本気を出したらワイルドハントなんざ一瞬で灰になりそうなものだが、そこは上手く力を抑えているのだろう。今回の主役はシャルロットだ。

 

「...リョータ。貴方は言いましたね、ワイルドハントだけが標的だ、と。 ではなぜ、エスデス隊長や帝国兵の皆さんまで襲っているのですか?」

「言ったろ。俺達の邪魔をしたからだ」

「邪魔ですか...。ではなぜ、ワイルドハントにこだわるのですか?」

「俺の仲間が手を出されかけた」

「手を出されかけた?」

 

 不思議そうに繰り返すラン。未遂に終わったのになぜ仕返しをするのか、などと考えているのだろうか?

 

「.....分かりました。ワイルドハントを...あの男を始末できるのであれば、私は貴方の邪魔はしません。その代わり、私を同行させてください」

「は? え、断るけど」

 

 急に何言い出してんのこいつ?

 

「...どうしても、ですか?」

「いやまず意味が分からねぇんだよ、っと」

 

 襲いかかってきたコロを右足の回し蹴りで文字通り一蹴しつつ、ランに問い返す。ランが何を企んでいるのかは知らないが、連れて行くデメリットはあってもメリットが一切無い。

 

「チャンプ、という男を覚えていますか? 球の帝具を扱う、太った男です」

「ああ? あー...うん。いたな、そんな奴も。で?」

「私はその男に怨みがある。私が自らの手で殺さなければ気が済まない程に...。本来はもう少し時間をかけるはずでしたが、今こうしてチャンスが目の前に転がっている。これを見逃さない手は無いでしょう」

「へぇ...」

 

 意外だな。ランがここまで殺気立ってるのは珍しい。まあ珍しいっつっても、せいぜい数ヶ月程度しかランとは共に行動していないのだが。その間しかランの事を見ていないのに珍しいもクソもないか。

 

「じゃあ好きにすればいいさ。邪魔しないってんなら、俺にお前を攻撃する理由は無い」

「ありがとうございます」

 

 ランが俺を油断させようとしている、という線も捨てきれないが、その時はその時だ。寝首をかこうってんなら素直に返り討ちにするまで。何も問題無いな。

 

「ラン! 貴方まで悪に堕ちるんですか!」

「セリューうるさい」

 

 言って、コロをぶん投げてセリューにぶつける。

 セリューはDr.スタイリッシュにより体を弄られている、いわゆる改造人間だ。あの程度で死にはしないだろう。まあ生かしておく理由も既に無くなったのだが。

 

「クロメ。あとはお前だけだ。 どうする?」

 

 セリューを物理的に黙らせたあと、俺はクロメにそう問う。

 彼女は理解しているはずだ。己の全てを使っても俺に勝てない事に。クロメはその辺の感覚は割と鋭いし、何より俺の実力はエスデスの無惨な姿が如実に語っている。あれを見てもなお、直線的で単調な攻撃を仕掛けてくるセリューは馬鹿なのだろうか?

 

「...あなたは、本当に反乱軍じゃないの? ナイトレイド...お姉ちゃんとは、本当に関係ないの?」

 

 だが、実力差を理解して尚、クロメにも譲れないものがあるらしい。

 ここで嘘はいらないし、今までもこいつらに嘘をついた事はない。...あ、いや、一回だけあるか。

 まあとにかく、ここは正直に話そう。はぐらかす様な言い方じゃなく、嘘偽りの無い真実を。

 

「俺は反乱軍じゃない。これは断言する。けど、無関係って訳でもないな」

「それは、どういう意味?」

「そうだな...。単刀直入に言う。俺はナイトレイドとの繋がりがある」

「「っ!!」」

 

 俺の言葉に、クロメだけでなくランも驚愕に目を剥いた。

 

「でも、お前らについた嘘は一つだけ。タツミについてのみだ。それ以外は全て真実だよ」

「タツミ? ここでその名が出てくるという事は...」

「...タツミも、ナイトレイド?」

「ああ」

 

 短い返事を返し、さらに俺は言葉を続ける。

 

「勘違いの無い様に言っとくが、俺はナイトレイドの構成員じゃない。簡単に言えば居候だ。何回か家賃替わりに仕事を手伝ったりもしたがな」

「居候...? すいません、リョータ。話が全く見えない」

「簡単な話だよ。俺は帝国に拠点が無かった。セリューに襲われた時にナイトレイドとも会ってて、成り行き上そいつらと同行した。なんやかんやあってナイトレイドと仲良くなった。こんだけ」

 

 本当に成り行きでしかない。もしあの時、セリューが俺達を攻撃してこなければ、俺達は帝国側に居候していたかもしれないしな。

 

「まあ重要なのは、俺は反乱軍の仲間でも、帝国の仲間でも無いって事だ。ナイトレイド、アカメとはもちろん関係があるが、顔見知り程度だな」

 

 一緒にいた時間はイェーガーズの方が圧倒的に長いし、もしナイトレイドとイェーガーズのどちらかを選べと言われれば、俺はイェーガーズを選ぶ可能性もある。所詮はその程度の関係でしかない。まあ気に入ってはいるのだが。どちらかと言われればイェーガーズかな、うん。

 まあ現段階ではどっちを選ぶとかの話では無く、どっちが俺達の邪魔をするのかってところが重要なわけだが。

 

「反乱軍じゃない...でも、帝国の味方でもない。そういう事?」

「ま、そうだな」

「...帝国に牙を剥く気は?」

「さあな。そこはあの大臣の出方次第だ」

 

 まあ、既に大将軍を二人も戦闘不能に追い込んでいるので、帝国側としては俺らの事を敵認定せざるを得ないかもしれないが。

 

 俺の答えを聞き、未だ自分の答えを出せずにいるクロメに、俺から声をかける。

 

「邪魔する気が無いならそこをどけ。迷ってんなら道を譲れ。ま、邪魔するってんなら俺は押し通るだけだけどな」

 

 言って、俺は一歩を踏み出す。

 クロメは動かない。というより、どうすれば良いのか分からないのかもしれない。

 クロメには仲間もいるし、いた。過去に死んでいった、帝国に洗脳されていた仲間達がいたのだと、いつかアカメから聞いた事がある。だからクロメは帝国を裏切らない。失った仲間達の為にも裏切れないのだと。

 

 

 

 ──正直、知ったこっちゃない。

 

 死んだのなら、それは死んだ奴が弱かったのが悪い。守れなかった奴が弱かったのが悪い。弱さは絶対悪だ、とまでは言わない。だが、自分が弱かったが故に起きた悲劇であれば、恨むべきは自分。そして、己の弱さ故に死んでいった故人、自分の弱さ故に守りきれずに死んでしまった仲間に対して出来る償いなど、存在しない。それが俺の持論だ。反論は認めるが、俺はその反論意見を肯定しないだろう。

 

 

 

 閑話休題(まあ、そんなどうでもいい話は置いといて)

 

 

 

「ラン。お前、本当にいいんだな?」

 

 立ち尽くすクロメを抜き去り、尚も着いて来るランに向かってそう聞く。

 

「...ええ」

「あのな、ラン。俺は別に、俺らに協力しなけりゃ潰すなんて言ってないんだぞ? 大人しく道を譲るんなら手出しはしない、そう言ってんの」

「...分かっています。ですが、私は元々、帝国を中から変えるつもりでイェーガーズに入隊しました。反乱軍の様なやり方に頼らず、帝国を変える手段を取ろうと考えたからです」

「だったら余計ダメじゃね? 俺、下手すりゃ大臣の息子諸共に帝国を滅ぼすかもしれねぇんだけど? そんな覚悟決めてまで殺したいのか、そのチャンプルーって奴を」

「チャンプです。...はい。私は、あの子達の無念を晴らし...何より、私自身の胸に住まうこの憎悪をあの男にぶつけなければ気が済まない」

「...ふぅん」

 

 ランの過去に興味は無いが、それなりの理由があるようだ。

 であるならば、俺はこれ以上ランを止めない。

 

「じゃ、行くか」

「はい」

 

 クロメは動かない。未だに動けないのか、動かない事が彼女の出した答えなのか。どちらかは知らないが、動かないのであればどちらでも構わない。

 

 だがここで、一人と一匹が立ち上がる。

 

「──...コロ、“狂化”ァ!!」

「Graaaaa!!!!」

 

 セリューが息を吹き返し、コロの奥の手を使用したらしい。

 どこぞの大英雄の様に肌を赤黒くさせたコロが、宮殿を揺らすのではないかと錯覚させる程の咆哮を上げる。

 本来であれば、この不意打ちの様な超音波に耳をやられるのだろう。下手をすればバランス感覚まで狂うかもしれない。現に、隣のランは耳を抑えてフラフラとしている。

 だが、俺にとってはなんの脅威でもない。ただの耳障りな音だな、程度の認識だ。なぜなら──

 

「あの地獄(ジョイント・リサイタル)に比べりゃあ、なんてことねぇんだよ」

 

 その奇声は人の正気を狂わせ死に至らしめるという、狂響植物マンドラゴラ。その狂声を軽く相殺出来るだけの声を持つ者が二人、互いの声を殺すこと無く、むしろ相乗効果を生むかのようにデュエットするというこの世の地獄。

 俺はその地獄を三度超え、更には単独ライブにも両手では足りない程に強制参加させられている。そんな俺に音波攻撃を仕掛けてくるとかまじ浅はか。

 

 俺に攻撃が効いていないとはつゆ知らず、セリューの指示に従ってコロが突進してくる。大型トラックですら正面からぶつかったらひしゃげるであろう威力の突進を、俺は足で受け止め、そして蹴り上げた。

 

「覚悟はできたな? セリュー」

 

 言って、空中にいるコロの元まで跳ぶと、まるで初めて会合した時のような構図になった。

 セリューは目を見開いている。数ヶ月も一緒に活動していて、俺をこの程度で殺れるとでも思っていたのだろうか? だとしたら本気で浅はかすぎる。

 邪魔するのであれば、俺はセリューを敵と見なす。だがまあ...きっと、俺はイェーガーズに絆されたのだろう。殺しはしない。半殺しだ。

 

「──星のように...」

 

 コロの足を掴み、セリューへと投擲する。

 肥大化したコロの巨体はセリューへと命中し、セリューはコロと床にサンドされた。だが、これでは終わらない。殺しはしないが半殺し。意識くらいは刈り取らねば。

 

 さすがに投げ飛ばされた程度では大したダメージは入らなかったらしく、コロが起き上がろうと床に手をつく。その隙間からはセリューが這い出ようとしていた。

 

「逃げ場は無いぞ」

 

 腕立ての要領で起き上がろうとしているコロの背中を殴りつけ、そのまま連続で拳を振るう。床には亀裂が入る程の衝撃が行き届き、コロの下敷きになっているセリューも無事では済まない。

 

「鉄拳」

 

 連打を止め、溜めを作って右の拳を握りしめる。

 

「聖裁ッ!!」

 

 そして、コロの背中へ振り下ろした。

 

 言っておくが、本気ではない。本気で殴ったらコロが死ぬ。核ごと爆散して終わりだ。愛知らぬ哀しき竜のように。...タラスクは何度蘇り、そして何度爆散したんだろうか? 愛を知らないんだぞ、もっと優しくしてやってよ聖女様っ! と思った事も一度や二度ではない。ハレルヤ(神を賛美せよ)とか言いながら容赦無く相棒を粉砕する聖女サマまじイェーガー。

 

 まあ、とにかく。

 

「んじゃ、急ぐぞ、ラン。今ちょっとシャルロットがピンチだから」

「.......え? あ、はい」

 

 呆けていたランを呼び、駆け足で廊下を行く。

 セリューとコロは完全に気絶しているし、クロメは俺達の邪魔をする気は無いらしく突っ立ったまま。残る不安要素は羅刹四鬼くらいか。まあ不安になるほどの敵じゃ無いが、一般兵と比べれば強い。警戒しないよりはマシだろう。

 

 

 つい数十秒前、俺がコロを蹴り上げたのとほぼ同時に、シャルロットが吹き飛んだ。相手は恐らく大臣の息子。ISの絶対防御があるためにシャルロットは無事だが、心配なものは心配だ。

 どう処分してやろうかあの野郎、などと考えながら、俺はランのギリギリ着いてこれる速度で廊下を駆けた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「.....ふむ。モードレッド、説明」

「...シャルロットが雷使った」

「.......ほう?」

 

 現場に駆け付けた俺が見た光景は、プスプスと黒煙を上げながら倒れ付す大臣の息子と肩で息をするシャルロット、という図だった。

 何が起きたのか分からないが、なんやかんやでシャルロットが勝った事は分かる。

 

「まあ、なんつーか...。お疲れさん、シャルロット」

「はぁ...はぁ.....り、凌太...。へへっ、僕、勝ったよ...?」

「ああ、頑張ったな。おめでとう」

 

 言って、シャルロットの頭を撫でてやる。

 何をどうやったのかは知らないが、頑張ったのなら褒めてやらなければ。

 シャルロットがどうやって大臣の息子を倒したのか、シャルロットが雷を使ったというのはどういう事なのか。色々と気になる事はあるが、まずは別にやるべき事がある。

 

「さて、残りのワイルドハント諸君。テメェらのリーダーはウチのシャルロットが倒した訳だが...まだやるか?」

「あ゙? 上等だ、かかってこいやゴラァア!!」

 

 慈悲のつもりでかけた忠告は意味を成さず、おかっぱ頭の男が興奮した様子でそう叫ぶ。自分らの頭がやられた上に俺とランが増援として来たというのにこの態度。随分とオツムが緩いらしい。

 

 よろしい、ならば殲滅だ。

 

「ラン。チャンプって奴はあのデブでいいんだな?」

「ええ、間違いありません」

 

 少し見渡し、ピエロの様な男を指差してランに問うと、ランから肯定の声が聞こえてきた。

 

「よし。ならアイツはお前が殺れ。危なそうだったら援護もしてやる。モードレッド! あそこのデブピエロ以外はフルボッコだ! 皇帝に突き出すのは大臣の息子だけで十分だろうから、手加減は要らねぇぞ!」

「ハッ! 了解!! 行くぞ、有象無象共がッ!」

 

 漸く本気を出せる様になった事で興奮しているのか、モードレッドから赤雷が迸る。モードレッドがあんなにやる気出してるんだし、もう俺いらないんじゃないかな。

 

「ラウラ、お前は大臣の息子持って一旦下がれ! 巻き添え食らうぞ!」

 

 そうラウラに告げ、俺もシャルロットを抱きかかえて後退する。

 モードレッドがその気になれば、ワイルドハントなど瞬殺できるだろう。しかし、それと同時に宮殿の耐久値もマッハで減る。現に、モードレッドが魔力を放出しただけで壁に亀裂が走っていた。先程までの戦闘でもギリギリで保っていただけだったのだろう。このままじゃ生き埋めだ。

 

「モードレッド! 俺らは一旦外出とくから、気が済んだらお前も来い!」

 

 モードレッドの返事を待つ事無く、俺はラウラと共に今来た道を戻る。

 廊下を駆け始めて数秒後、後方から盛大な破壊音と砂塵が舞った。

 

「やっべ...! 急ぐぞラウラ! 全力で飛ばせ!」

「言われなくてもやっている!!」

 

 如何にISと言えど、瓦礫の山の下敷きになって無事でいられる保証は無い。出来るだけ早く宮殿を出なければならないだろう。

 

 ...にしてもモードレッドの奴、ちょっと暴れ過ぎなんじゃねぇか? アイツだって、ラウラやシャルロットが生き埋めになったらヤバいかもしれない事は分かってるだろうに。ワイルドハントが相手なら、俺達が宮殿の外へ出るまでの時間など十分に稼げるはずなんだけど...。

 

 ──もしかして、この揺れの原因はモードレッドじゃない?

 

 その思考に至った俺は、以前小耳に挟んだ言葉を思い出した。

 帝国の最終兵器、至高の帝具。何の誇張も無く、正真正銘最強の帝具がこの帝国にはある、と。

 

「ッ!」

 

 俺は走る事を一旦止め、天井に向かって雷砲を放つ。

 天井に直径五メートル程の風穴を開けると、それに向かって跳躍した。

 

「ラウラ!」

「あ、ああ!」

 

 跳ぶ間際、ラウラの名を呼んで着いて来る様に顎で指示する。

 俺の意図は十分にラウラに伝わったようで、多少困惑気味ではあるものの、俺に続いて天井の穴へ飛び込んだ。

 

 天井をぶち抜いて急造した脱出路を抜け、俺達は宮殿の外へ出る。

 俺もトニトルスを展開して浮遊し、宮殿から十分な距離を取った。帝具によって飼われている飛行型の危険種が襲い掛かってくるが、それらの尽くを問答無用で蹴散らす。

 

「どうしたのだ、凌太。何をそんなに焦って...」

「構えろ、ラウラ」

 

 言って、更に上昇しつつ宮殿を見下ろす。

 不思議そうにするラウラだったが、大人しく俺の言葉に従って身構えた。

 俺達の見下ろす宮殿の揺れは、未だ収まっていない。モードレッド達が戦っている場所は特にだが、宮殿全体が揺れているのだ。

 

「ね、ねぇ、凌太...。これ、もしかして地震...?」

「違うだろうな。ほら、見てみろお前ら。帝国最終兵器のお出ましだ」

 

 何か嫌な予感でも感じ取ったのか、多少震えた声で疑問を口にする。

 だが、シャルロットの嫌な予感は的中していた。斯く言う俺の予感も正しかったらしい。

 

 宮殿が割れ、そこから推定高度百メートル超えの巨人が現れた。

 マントを羽織り、その顔を厚いフィルムで覆った巨人はゆっくりと首を横に回し、そして俺達の方を見て首の動きを止める。

 

「...なぁ嫁よ。あの巨人、私達を見てないか?」

「.....ああ、見てるな」

「...なんか、エネルギー砲みたいなのを撃つ準備してない?」

「.....ああ、してるな」

「「...ヤバい?」」

「.....ヤバい」

 

 その瞬間。眩い紅の閃光が、俺達の視界を覆い尽くした。

 

 

 

 




結局帝国潰さなきゃ話が収まらなくね?
とか思いつつある今日この頃です。


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新しい朝

 

 

 

 

 

 

 巨人が宮殿を破って現れ、闇に染まる帝都の空に紅い閃光をもたらした。突然の強い光によって目がやられ、綺麗に見えていた星空も塗り潰される。

 その光景は、進撃の巨人、なんて言葉を連想させる程だ。いや、実際には進撃なんてしていないのだが。突っ立って口から光線吐いてるだけなのだが。

 

『嫁! 無事か!?』

 

 通信機(チャット)越しに、ラウラの焦った声が俺の鼓膜を刺激する。

 

 俺は、巨人の破壊光線が被弾する前にラウラを投げ飛ばした。完全に光線を防ぎ切る自信が無かったからだ。俺とシャルロットだけなら問題は無かったが、ラウラもとなると不安が残った。

 

「大丈夫。俺もシャルロットも無事だよ。そっちは?」

『あ、ああ。私は無事だ。一応、シュラという男もな』

「結構。ラウラは一旦この場を離れろ。南側の帝都門外にナイトレイドの連中が集まってるから、そこに合流してもいい」

『.....分かった。この男はどうする?』

「一応持っとけ。でも、もし邪魔になったんなら捨ててもいいぞ」

 

 と、そこまで言って、俺は地面に降り立つ。

 シャルロットを一旦降ろさなければならないし、何よりモードレッドと合流しようと考えたからだ。

 

「シャルロット、お前もラウラと一緒に行動しとけ。あの巨人帝具の一撃はまずい。ISの絶対防御を破るかもしれない」

 

 ISの絶対防御は絶対ではない。果てしなく矛盾している事だが、それが事実だ。強力過ぎる攻撃をまともに食らえば絶対防御は破られる。

 

「...いや、僕も戦うよ。僕だっていつまでも守られてばかり、逃げてばかりなんかじゃない。それに、ほら。今の僕にはこれも使えるんだよ?」

 

 そう言って、シャルロットが両腕を俺の方へ向けてきた。

 今までISに隠れてよく見えなかったが、シャルロットの細い両腕には似つかわしくない、ゴツイ籠手が装備されている。

 

「どこかで見たことあるような...ないような...?」

「これ、ブドー大将軍が持ってた帝具だよ。雷神憤怒・アドメラレク。前から僕が欲しかった帝具なんだ」

 

 まさかの告白。っていうかこの子、いつの間にブドーから帝具なんて掠めてたんだ?

 

「さっきのワイルドハントとの戦闘中にね、僕、吹き飛ばされちゃったんだ。でね? 別にダメージとかは無かったんだけど、飛ばされた先にブドー大将軍が倒れてて...。悪いかなって思ったんだけど、何か新しい力が無いとシュラに勝てそうに無かったから、貰ってきちゃった」

 

 そんな盗み気味な真似を...。シャルロットも変わっちゃったなぁ...。

 けどまあ、別に悪い変化じゃない。勝つ為、生き残る為には手段を選ばない。それは戦いにおいてとても大事な思考だ。

 

「...仕方ない。でも、危なくなったら投げ飛ばしてでも離脱させるからな」

「うんっ!」

 

 アドメラレクは俺の権能と相性が良い。いつでも雷のチャージが可能ならガス欠の問題は解消されたも同然だ。

 運良くシャルロットに適性があった事は驚いたが、それでも十全に使いきれるわけではないだろう。強力な帝具な事に間違いはないが、ブドーの様に扱えなければ脅威度は下がる。シャルロットがどれほどアドメラレクを扱えるのかを見てから、シャルロットを離脱させるかどうかは考えよう。

 

「...ちょっと過保護過ぎるのかな、俺」

 

 もう少し放任の方がシャルロット達にとって良い結果に繋がるのかもしれない。

 そう思いながら、俺はトニトルスを解除する。制空権なんて、あの巨人相手には無いも同然だ。であるならば、より小回りの効く生身の方がやりやすい。そもそも、トニトルスに搭載されている兵器じゃ、あの巨人の相手にならないだろう。豆鉄砲みたいなもんだろうな。

 

「じゃ、いくぞシャルロット。気ぃ締めろよ」

「うん!!」

 

 勢いのある返事を聞き、俺は地面を蹴り砕いた。

 一気に巨人へと肉薄し、とりあえずその顔面を殴りつける。

 

『リョータ。余は貴様に期待していたのだがな...』

「そーかい。俺は帝国に期待なんてしてなかったよ」

 

 巨人から放たれる声はまだ幼さの残る高い声。聞き覚えがある声だ。

 皇帝に期待されていたとは初耳だが、所詮は大臣の傀儡。大臣が悪だと言えばそれは悪になってしまう。割といい子だな、と思っていたため、大臣の傀儡にされている事に若干の哀れみを感じる。

 まあ、だからといって容赦はしないのだが。

 

 割と本気で殴ったのだが、多少頭が後ろに逸れるのみだった。

 見た目通り頑丈だ。だが、どうにも出来ない程ではない。

 魔力を練り、腕に集中させる。足場がない今、全身に魔力を張り巡らせるのは無駄だ。踏ん張りが効かないのだから、単純な腕力のみで殴るしかない。

 

 額の一点集中でラッシュを放つ。踏ん張りが効かないとは言っても、俺の拳は一撃一撃が岩を砕けるレベルだ。それだけの威力を額に受け続ければ、壊れないとしても倒れはするだろう。

 

『くっ...』

 

 秒間十数発程度の速度で殴り続けていると、予想通り巨体が後ろに傾く。倒してしまえばこちらのものだ。マウントを取ったとは言えない程の体格差があるものの、上から叩いた方がやりやすい事に変わりはない。

 

 だが、往々にして事はそう簡単には進まないらしい。

 

 倒れかけた巨人は片足を引く事で体勢を立て直し、お返しとばかりに拳を振るってくる。

 巨体に似合わない素早さだ。地上であれば余裕を持って躱せるが、足場が無い空中では避けられそうにない。ISの展開も間に合わないだろう。

 諦めて両腕をクロスして防御の体勢に入る。が、そんな俺をシャルロットが横からかっさらった。

 

 ブフォン!! などという風切り音と共に台風並みの強風が俺達に叩きつけられるが、シャルロットは辛うじて飛ばされずに耐え切った。

 

「大丈夫、凌太!?」

「ああ。助かった、ありがとう」

 

 拳が当たっていても大したダメージにはならなかっただろうが、喰らわない方がマシなのは明らかだ。素直にシャルロットへ礼を言う。

 

「にしても、この体格差は面倒だな」

「体格差って言っていいのか分からないくらいにサイズが違うけどね」

 

 俺達からしてみれば、超高層ビルを相手にしているような状況だ。正直どこから攻めていいのか悩む。やっぱ足か?

 

「とりあえずアイツの足を潰そう」

「身動きを取れなくしてフルボッコ?」

「そうだ」

 

 最近シャルロットやラウラが逞しくなってきた。順調に俺の思考に染められてきている。いいね。

 

「じゃあ、僕が右足をやるよ」

「いけるか?」

「頑張る!」

 

 ...まあ、やるって言ってるんだから任せようかな。厳しそうだったら俺が加勢すればいいだけの話か。

 

「OK。だったら右は任せる。けど、無茶はすんなよ?」

「凌太こそね!」

 

 言って、俺はシャルロットから離れる。いつまでも一緒にいたらいい的にしかならないし。

 それにしても、威勢のいいこったな。強力な帝具を手に入れた事が自信に繋がっているのだろうか? だとしたら早めに矯正した方がいい。過度な自信は慢心に繋がる。

 だが、矯正(それ)はまた後日でいいか。今は目の前の巨人をイェーガーする事に集中しなければ。

 

『くっ、ちょこまかと...!』

 

 ブンブンと大振りの拳を振るう巨人だが、地面という足場がある以上、あんな攻撃には当たらない。巨大さ故の低速度。威力だけをみればかなり強いが、当たらなければ意味が無い。

 

 そうして攻撃を尽く避けつつ、俺はアッサルの槍を構える。

 今は俺が巨人の気を引いている状態だ。そうなる様に誘導している。その間にシャルロットが右足を破壊し、俺は遠距離攻撃で左足を破壊する。俺まで巨人の足元に行ってしまっては、巨人は足を移動させるだろう。そうなればシャルロットが踏み潰される可能性も高くなるし、何より破壊が困難になる。

 

「オラオラどうしたウスノロぉ!!」

『っ! くっそォおおおお!!!』

 

 皇帝とは言え、相手はまだ子供。こんな安い挑発でも簡単に乗る。

 俺も人の事を言える程大人ではないが、それでも皇帝よりかは大人なつもりだ。

 

 迫り来る拳を紙一重で避けつつ、シャルロットと通信を繋ぐ。

 

「そっちはどうだ。まだ時間かかりそうか?」

『大丈夫、いつでもやれるよ!』

 

 通信越しに元気な声が聞こえてくる。

 

「よし。んじゃあいくぞ? 一、二の...」

「『三ッ!』」

 

 言って、俺はアッサルの槍を全力で投擲する。

 紫電を纏う黄色の槍は、逸れること無く巨人の左足首を抉り穿ち、更に爆発を起こした。それとほぼ同時に右足付近でも稲妻が走り、右足を破壊──出来てねぇじゃん。

 

「...おいシャルロット」

『ごめんなさい!!』

 

 速攻で謝ってきたシャルロットに対し、俺は何とも言えない感情と共に溜息を吐き出す。

 やはり無理だった。付け焼き刃の力では、至高の帝具とやらには通用しなかった。いや、そもそも帝具ではあの巨人に勝てないようになっているのかもしれない。なんてったって至高だからな。

 

「まぁいいや。それよりシャルロット、早くそこを離れろ。踏み潰されるぞ」

 

 戻ってきたアッサルの槍を掴み、シャルロットにそう警告する。

 右足の破壊が失敗に終わったとは言え、左足は破壊できた。それに、元々この巨人の相手は俺一人でやる予定だったのだ。シャルロットには悪いかもしれないが、俺一人の方がやりやすい。

 

『おのれ.....おのれおのれおのれ!! 賊風情がぁああ!!!』

 

 左足を潰されたことで片足を付くハメになった皇帝が、忌々しげな声音で俺へと叫ぶ。

 俺の知っている皇帝はもっと穏やかな口調だった気がするが...まあ状況が状況だし、何より俺自身が挑発したし。冷静さを欠くのも仕方がない。坊やだからね...。

 

 と、ちょっと巫山戯てみるものの、巨人の口から破壊光線が放たれたので咄嗟に回避。惜しくも俺に避けられた光線は、帝都の一角を一瞬で灰に変えた。

 

「...さっきから思ってたんだけど、この数分で何人死んだ?」

 

 帝都民にさしたる思い出の無い俺だが、自身の国の民を何の躊躇も無く戦いの巻き添えにする皇帝に対し、俺は僅かながらの疑問を浮かべる。

 無辜の自国民を守らないどころか、戦いの巻き添えになることに何も思うところはないのだろうか? 幾ら腐りきった国とは言え、それは大臣が原因だと思っていた俺は間違っていたのかもしれない。自分が治める国の住民を、なんの理由も躊躇いも無く殺す。目の前の巨人を操る少年には、皇帝としての、王としての、人の上に立つ者としての器が無い。

 

「ま、だからどうしたって話なんだけどな」

 

 少年に器があろうがなかろうが関係ない。

 向かってくるのなら敵だ。敵であるなら排除する。たったそれだけの単純な理由で、俺は今から千年続いたという帝国を滅ぼす。

 

「立てよ皇帝(ウスノロ)。死にたくなけりゃあ、死に物狂いで足掻いてみせろ」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

『うっ、をぉおおおおおおお!!!!』

 

 地を揺るがす声を伴い、巨人が立った。

 

 .....いや、「立てよ」とか言ったのは確かに俺だけれど、まさか本当に立つとは思ってなかった。

 だってあの巨人、左足首から下がないんですよ? それに、巨人の方にダメージが入った時に悲鳴を上げる辺り、皇帝と巨人の痛覚はリンクしていると思われるんですよ? そんな状況で、生まれてこのかた甘い汁を啜らされ続けてきた子供が根性みせるとは思わないじゃないですかぁ?

 

 だがまあ、問題は無い。根性をみせたことは素直に褒めるが、至高の帝具如きじゃ俺には勝てない。この数分のやりとりでそれは分かった。

 

「ごめん、凌太!」

 

 どうやって倒してやろうかと考えを巡させていたところ、上からそんな声が俺へと投げかけられた。

 

「別にいい。それより下がれ。後は俺がやる」

「でもっ!」

 

 見上げれば、シャルロットは泣き出しそうな顔で俺を見ている。

 余程悔しかったのだろう。新たな力を得て、ちょっとした万能感を感じていた直後の敗北。やっと次のステージに進んだと思ったら、即座に新たな壁が立ちはだかった事への失望感。

 シャルロットの気持ちはよく分かる。権能を手に入れ、順調に強くなってきていたところで、俺は爺さんに惨敗した。あの時の俺と似た感情を、今のシャルロットは抱いているのだろう。

 

「気にすんな、とは言わねぇぞ。この際だから言うけど、お前じゃまだまだ力不足だ。“ファミリア”に籍を置いてる限り、箱庭では生き残れない」

「っ!」

 

 厳しいことを言うようだが、これが事実だ。

 “ファミリア”は(主に爺さんのせいで)様々なところから睨まれている。そんなコミュニティに籍を置いていれば、否が応でも激しい戦いに巻き込まれるだろう。

 俺は仲間を殺させるつもりは一切無いが、俺自身箱庭では弱い部類に入るだろう。上を見れば限りがない。そんな俺が、果たして本当に仲間全員を守り通せるのだろうか?

 答えは否である。爺さんやヴォルグさん、そして英霊組がいてもなお、シャルロット達は危険に曝されるだろう。

 

「シャルロット。お前はまだ弱い。それをしっかりと自覚しろ」

「っ.........う、ん...」

 

 自分の弱さを肯定することは、思ったよりも難しい。

 俺だって嫌だった。自分が弱いと認めようとしても、どうしてもプライドが邪魔をする。

 だが──

 

「自分の弱さを受け入れたなら、あとは這い上がるだけだろ? まだまだもっと、俺達(・ ・)は強くなれる」

 

 守られてばかりではいられない。

 シャルロットとラウラはそう言った。言ったのならば、その言葉に責任を持ってもらう。是が非でも、彼女らには強くなってもらう。

 

 その間の期間、シャルロットとラウラが強くなるまで彼女らを守るのが、俺の義務だ。勢いに押され、ただの人間でしかなかった二人を巻き込んでしまった、俺の義務。

 

「焦るなよ、シャルロット。焦っても結果はついてこないぜ。地に足着けて、ゆっくりと。一歩ずつ進んでいけばいい」

 

 シャルロットは確かに強くなった。確かな一歩を踏み出している。それはラウラも同じこと。彼女らは、彼女らの信念に従って、俺の傍に立とうと足掻いている。

 

「もう一度言うぞ、シャルロット。後は俺がやる」

 

 ならば次は、俺が義務を果たす番だろう。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 その後は早かった。

 エスデスと戦っていた辺りから自身に対する制限を解いていた俺にとって、片足を失った至高の帝具など相手にならない。

 

 俺はまず、槍の投擲で巨人の右足を破壊した。

 両足を失ったことで巨人は仰向けに転倒。両足の次は両腕だな、と思い両腕を千切り、胴体だけになった巨人の胸辺りを思う存分殴って踏み潰して雷を落としていると、そのうち動かなくなったのである。

 

 機能が停止したことを確認した俺は、至高の帝具を解体、もとい破壊していき、内部にいた皇帝を引きずり出した。

 

 

 そして現在。

 ほぼ全壊した宮廷にて、俺は大臣の前にいる。

 

 

「よぉ。気分はどうだ、大臣?」

 

 大臣からの返事はない。それもそのはず、大臣は口を布で縛られており、喋ることが叶わないのだ。

 だから、俺は返事を期待して大臣に問い掛けたのではない。ただ単に、恐怖を煽るためだけに問い掛けた。

 

 現在、この場にいるのは皇帝と大臣、そしてエスデス、ウェイブ、セリュー、クロメ、ブドーだ。クロメ以外、口だけでなく全身を縛った上でうつ伏せにしている。まあ大臣以外は全員気絶しているのだが。

 大臣の所へ向かう途中、瓦礫の下敷きになっているのを見かけたから何となく運んできたんだが...こいつらよく生きてたな。

 

「ぶっはァあ!!!」

 

 エスデス達の生命力に軽く感心していると、近くの瓦礫が突然吹き飛び、中からモードレッドが出てきた。その手はクラレントではなく、気絶したランを掴んでいる。

 

「お疲れ、モードレッド」

「お、おう...。死ぬかと思ったわ.....」

 

 モードレッド一人であれば、霊体化すれば良かっただけの話だろう。だが、モードレッドの傍にはランがいた。なんだかんだで甘いモードレッドは、ランを見捨てられなかったのだろう。

 

「優しいなぁ、モーさんは」

「と、突然なんだよ...気持ち悪ぃな...」

 

 素直な気持ちでモードレッドを褒めていると、トニトルスに通信が入った。見てみると、相手はラウラのようだ。

 

「どした?」

 

 切る理由も無いので、通信を繋ぐ。

 

『凌太。今、時間は大丈夫か?』

「ん? んー...まぁ大丈夫っちゃ大丈夫だけど、何かあった?」

『ナジェンダが、凌太と話がしたいと言っていてな』

「ナジェンダ? ああ、別にいいよ。そのままナジェンダに喋らせてくれ」

 

 わざわざナジェンダの元まで行くのも面倒だし、チャットで十分だろう。

 数秒待つと、通信画面にナジェンダの顔が映し出された。その顔は、どこかやつれているようにも見える。きっと気のせいではないだろう。

 

『...とりあえず問おう。リョータ、お前、一体何をやらかした?』

「やらかしたとは人聞きの悪い。俺はただ、帝国を実質上滅ぼしただけなんだが?」

『十分やらかしてるだろう、それは!!』

 

 何を怒ってんだ、こいつ? 反乱軍の最終目標も帝国の打倒だと聞いているし、別に不都合は無いはずなんだけど。

 

『私達がどれほど苦労して作戦を考えていたと思っている!? 大臣だけを殺しても意味は無い、大臣に加担する主要な役人達も纏めて始末しなければならないんだ!』

「んなこと知ったことかよ。ムカついたからやった、反省はしていない」

『この.....ッ!』

 

 怒りに震えるナジェンダだが、俺としては本当に知ったことじゃない。成り行き上やっちゃったんだから仕方ないだろ。

 

「とりあえず、皇帝と大臣は生け捕りにしてある。宮廷の真ん中辺りに捨てとくから、欲しけりゃ勝手に拾え。ラウラは一旦俺の所に来てくれ」

 

 ラウラに集合するように伝えた後、俺はすぐに通信を切ろうとした。

 だが、最後に言っておくことが残っているのに気付き、通信切断を中止する。

 

「ああ、そうだ。ナジェンダ、よく聞けよ? 俺らは反乱軍の味方じゃない。成り行き上ナイトレイドに協力してはいたが、それもこの瞬間までの話だ。今後、俺達に敵対する意思があるなら好きにしろ。だがその時は、決死の覚悟をして来いよ?」

 

 それだけ言い残し、俺は通信を切る。

 

 タツミやブラート、アカメなど、面白そうな奴はいた。ブラートやアカメは帝具の能力だけでなく素で強いし、タツミは伸び代がある。その他の連中も、割と気に入っていることは事実だ。

 だが敵対すると言うのであれば容赦はしない。ナイトレイドの連中は気に入っているが、大切なのは比べるまでもなく俺の仲間。単純な優先順位の問題である。

 

「凌太」

 

 そろそろ夜も明けるし、ラウラと合流してからどうするかな、などと考えていると、シャルロットが俺の名前を呼んだ。

 シャルロットの治療はすでに終えている。傷一つ残さない完璧な治療だと自負できる程だ。

 

「なに?」

「あの...その.....本当に、ごめんなさい...」

 

 まさに恐る恐るといった感じで、シャルロットが頭を下げる。

 謝罪の理由は、十中八九先程の出来事絡み。戦力になれなかったことをまだ引きずっているのだろう。

 

「いーよ、別に怒っちゃいないしさ。ただ、今後は自分の力を過信しすぎんなよ?」

「...うん」

 

 ふむ...。だいぶ自信やら何やらが砕け散ってしまったらしい。まあそれも仕方ないのかもな。あとは時間をかけていくしかないだろ。多分。

 さっきは鞭を打ってしまったし、次は飴を与えなきゃな。

 そう思い、俺はシャルロットに励ましの言葉の一つでもかけてやろうとした。

 

 だが、この世界の神は俺にすんなりと事を行わせるつもりがないらしい。

 ここで、俺が全く予想できていなかった不測の事態が発生する。

 

「やっほー、りょーくーん!! 来ちゃったー!!」

 

 聞き覚えのある声が頭上から飛んでくるので見上げてみれば、なんとまぁ。

 ──空から兎さんが降ってきているではありませんか。

 

 ...ごめんこの世界の神様。悪いのは全部ウチの駄神(爺さん)でした。

 

 

 

 

 

 

 




アカメ編のあとは一旦箱庭に帰るか、それとも別の異世界編に突入するか...どうしよう...。
箱庭に帰るのなら、原作三巻の時間軸に合わせようかと思ってます。蛟魔王 VS 十六夜 VS 主人公っていうのを書いてみたい。


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更なる可能性

 

 

 

 

 

 

 

 ──お月様から兎さんが降ってきた?

 

 ふと、そんなワードが脳裏を過ぎるくらいには、俺は現実を受け入れられていなかった。

 だってそうだろう? 突然空からいないはずの身内が降ってくるとか、一体誰が思うよ?

 

 呆けている俺の目の前で、彼の天災兎は一回転して綺麗に着地する。何かしらの手段で一時的に重力を無視したのだろう。魔力は感じなかったから、またよく分からない機械でも持っているのだろうか?

 

「やっほー、りょーくんっ! ハロハロー! えへへ〜、来ちゃった!」

 

 ニパッと笑う天災兎こと篠ノ之束。

 笑顔を向けられた俺はちっとも笑えない。疑問ばかりが浮かぶが...最終的には“考えない”という結論に落ち着いた。どうせ爺さんが一枚噛んでいるのだろう。今頃俺の呆けた顔を見て笑っているに違いない。何それ腹立つ。

 

「えっと...久しぶりだな、束。いきなりどうした? なんかあったのか」

「んー、そういうのじゃないよ。ただ興味本位で来てみただけっ!」

「...さいですか」

 

 興味本位だけで異世界に来る人間とか、よく考えなくても凄いな。未知に対する恐怖心は無いのだろうか?

 ...いや、俺も異世界に対しての恐怖心とかは持ってないな。

 

「いやー、それにしても暴れてるねぇ、りょーくん。さすがカンピオーネ、やる事が一々ド派手だね!」

「違うと言い切れないのが悔しい。.....ん?」

 

 今の束の台詞、少し引っかかるな...。まるで俺以外のカンピオーネも知ってるみたいな言い方だった。まさか他の神殺しと面識があるとか...?

 

「ふっふっふー! りょーくんの思っている通りさっ!」

「ナチュラルに人の心を読むな。...えっ? 何お前、俺以外のカンピオーネと面識あんの?」

「モチのロンなのだよ!」

 

 ビッ! もサムズアップしてくる束に、俺は驚くしかない。

 

「ほら、豊穣神か何か知らないけど、“ファミリア”に神様いるでしょ? あのお爺ちゃんにりょーくんが行ったことのある異世界に飛ばしてもらってたんだー」

「何やってんのお前ら」

「でねでね? 私が会ったのはねー、草薙護堂とアイーシャ、アレクサンドル・ガスコイン、サルバトーレ・ドニの四人だよ! いやー、りょーくんに負けず劣らず、みんな化物揃いだったねー」

 

 護堂以外誰も知らねぇんだけど。

 あー、いや、サルバトーレ某は知ってるな。護堂から話を聞いたくらいだけど。確か『剣の王』とかなんとか。護堂曰く、問答無用で全てを断ち切るんだっけか。

 

「川神百代って奴も強かったけど、カンピオーネ程じゃないし〜。悪魔やら天使やら堕天使やらもダメだね〜。いや、モブにしては強かったんだけどね? あー、でも二天龍は別。特に白い方ね。それと、神仏は文字通り次元が違かったよ」

 

 ペラペラと自身の経験談を語っていく束。こちとらそろそろ驚き疲れてきたんだが。シャルロットとモードレッドを見てみろ。全く話についてこれてないぞ。

 というか、悪魔も天使も堕天使も、単純な戦力という点で言えば束より強い。カンピオーネと比べるのがまず間違っている。

 

「...あれ? そういやクロエはどうした?」

「クーちゃん? クーちゃんは“ファミリア”の本拠にいるよー。カンピオーネとまつろわぬ神との戦いに巻き込まれた時に大怪我しちゃって。お爺ちゃんに頼んで傷は塞いでもらったんだけど、大事を取って休んでもらってるんだよ」

「はぁ!?」

 

 え、何こいつら。俺の知らないところで神と戦ってたのん?

 

「安心してよりょーくん! クーちゃんはピンピンしてるし、私も無事だったから! それに、そのまつろわぬ神も草薙護堂が倒してたしね!」

 

 ...まあ、無事だってんなら文句はない。

 とりあえず、今度護堂に会ったら一応礼でも言っとくか。

 

 と、遠い世界の護堂に感謝の念を抱いていると、ISで飛んでこちらに向かってきているラウラを横目で捉えた。

 

「しっ、篠ノ之博士!? えっ、なぜこんな所に!?」

「んー? おお、ラウラ・ボーデヴィッヒ...だったよね、確か」

 

 束の存在に気付いたラウラは真っ先に声を上げるが、束はラウラの問いには答えなかった。さっき俺に言ったからいいや、とでも思っているのだろうか?

 

「それでねそれでね! 話戻すんだけどさ、りょーくん。この世界、面白かった? 個人的にはカルデアが一番面白かったんだけど、あそこと比べてどう?」

「そうだな...。ま、そこそこってとこか。強い奴はいないけど、帝具なんていう、おもしろひみつ道具がある」

「ていぐ? って、帝国の帝に武具の具って書いて帝具?」

「その通り」

 

 言って、俺はギフトカードから一つの帝具を取り出し、それを束に手渡す。

 手袋型の帝具で、数ヶ月前にモードレッドが戦利品としてスタイリッシュからブン取った神ノ御手『パーフェクター』。

 

「ほれ、それが帝具だ」

「これ? んー...ただの手袋じゃないって事は分かるけど...。ちょっと付けてみてもいい?」

「いいぞ。元々、それは束にやるつもりだったからな。俺以外に適性なかったし」

「ホント!? やったー! りょーくんからのプレゼントだー!!」

 

 パーフェクターを手に入れたのはモードレッドなので、正確に言えばモードレッドからのプレゼントということになるのだろうが...まあいっか。嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる束を見て、俺は真実からぞっと目を背けた。

 

「ん...ぁ...? .....っつ!」

 

 と、俺が目を背けたその先で、拘束されていたエスデスが目を覚ました。目を覚ましたはいいものの、大怪我による激痛に苛まれて顔を顰める。

 

「なんだエスデス、起きたのか」

「...リョ.....タ.......!」

 

 常人ならショック死してもおかしくない程度の激痛が走っているはずなのだが、さすがは帝国最強と言うべきか。歯を食いしばり、俺を睨みつける姿は実に勇ましい。

 

「んー? りょーくん、そいつ何?」

「この国最強の奴だよ。さっきボコった」

「ほーん。強かった?」

「そこそこ」

 

 人間として最高峰だとは思う。総合力で言えば百代には及ばないだろうが、帝具の能力はそれなりに強力だ。魔力とかじゃないから、俺やモードレッドの対魔力でも無効化できないし。

 

「...そうだな。なぁ、エスデス。お前、俺の仲間になる気はないか?」

「な...ん.....」

「ああ、悪い悪い。その怪我じゃまともに喋れないよな」

 

 言って、俺は回復魔術を使用してエスデスを、ついでにウェイブ、クロメ、セリュー、ランも回復させる。四人も直に目を覚ますだろう。

 

「さて、もう一度言っとこうか? エスデス...いや、イェーガーズ全員、俺の仲間になる気はないか?」

 

 イェーガーズの隊長はエスデスだ。隊の決定権は彼女にある。まあ、帝国はもう無いも同然だし、元上司に従う道理なんて無いだろうけど。

 

「...断る。そう言ったら?」

 

 既にエスデスの拘束用の縄は切られている。氷の刃を生成し切ったらしい。すぐに逃げ出す、ないし襲いかかってこないのは、実力差を十分に理解しているからだろうか。

 

「別に。好きにすればいいさ。俺に再戦して死ぬのも良し、この大陸を出て外国に行くも良し。お前が何を選択しようと、俺は止めない。けどまあ、一応これだけは言っておこう。俺達と来れば、退屈はしないぜ?」

 

 俺が異世界を渡るのは、爺さんの気まぐれと修行以外に、“ファミリア”の戦力を増やすという目的がある。エスデスは下層程度の実力があるし、ほかの連中も鍛えれば強くなりそうなスペックを持っている。

 

 ...そういや、ボルスを見てないな。どこ行った? まさか死んでるんじゃないだろうな...?

 

「...なるほど。私を満足させるほどの新たな戦場がある、と。そういう事だな?」

「おうよ。で? どうする?」

「ふんっ。断らせてもらおう」

「...そっかー。ま、仕方ねぇな」

 

 性格がヴァーリと似てるからホイホイ着いてくるかと思ったんだけど...あてが外れたなぁ。ほかの連中にも一応聞いてみようとは思うけど...そっちも無理か? まあ無理なら無理でもいいんだけど。

 

「束。俺はもう箱庭に帰ろうかなって思ってたんだけど、お前はどうする?」

 

 この世界でやるべき事はある程度やった。帝具という武器を手に入れたことでシャルロットとラウラの強化は済んだし、扱い方を覚えるのは箱庭に帰ってからでも遅くはない。

 

「りょーくん帰るの? んー、だったら私も着いて行こっかなー。帝具も何個かは持ってるんでしょ?」

「まあな」

「だったらいいや! 私も一緒に帰るよん!」

 

 

 

 と、いう訳で。

 

「じゃあ皆ー、帰る準備するぞー」

『はーい』

 

 そういうことになった。

 

 

 * * * *

 

 

 帰る準備と言っても、やる事は少ない。

 俺とモードレッドは特に荷物が無いため、シャルロットとラウラの荷物をギフトカードに突っ込むだけだ。その後はちょっとした観光をするくらい。

 

「金は全部、何かしらの物に変えといた方がいいぞ。別の世界じゃ使えない可能性の方が高いからな」

「んー、だったら小物とか買っとこうかなぁ。確か、可愛いアクセが露店に...」

「嫁が帝都を廃墟に変えたことを忘れたか?」

「あー!? そうだったぁ.....」

「主犯は俺じゃねぇ、皇帝だろ」

「なぁマスター! 焼肉食いに行こうぜ、焼肉! 近くの街探せば焼肉屋くらいあるだろ」

「あー、束さんも行きたーい! りょーくんの奢りでねっ」

「ああ、いいぞ。金はある」

「ひゅー! りょーくんカックイィー!!」

 

 正直、この中で一番の金持ちは俺だろう。イェーガーズの給料パネェ。帰る前にどっかで宝石でも買っとくか。

 

「.....なぁ」

 

 と、俺達が今後の予定を立てている途中。

 呆れたような声が、俺達の耳に届く。随分久しぶりに聞くこの声の主は、最近成長の目覚ましいタツミだ。本当に伸び代あるよなぁ、コイツ。

 

「...リョータ。一つ聞いていいか?」

「ん? なんだよタツミ。お前も食いに行くか?」

「行く。あ、いや、そうじゃなくて」

 

 割と即答だった。焼肉は食べたいらしい。正直な奴め。

 

「...なんで、ナイトレイドのアジトで平然と寛いでんだ?」

 

 タツミの疑問はそこらしい。タツミ以外にも、数人のナイトレイド構成員が俺達を訝しげに見ている。

 

「なんでも何も、荷物取りに来たんだろうが」

「それは分かるよ。うん、分かる。...なんで寛いでんだって聞いてんの」

「悪いか」

「いや悪かねぇけどさ...」

 

 今この場にいるナイトレイドは六人。タツミ、アカメ、ブラート、シェーレ、マイン、それから...確かチェルシーとかいったか。その全員が、俺達への警戒心を抱いている。その代表としてタツミが口を開いたのだろう。

 

「...ま、お前らが警戒すんのも分かるけどな。けど、俺言ったろ? 俺達に敵対しない限り、俺はお前らの敵じゃない。俺が先にお前らを敵認定することはないんだよ」

「それ、信用できるだけの材料が無いし」

 

 そう言ったのはチェルシーだ。咥えている飴の棒をピンと立てている様子からして、言葉通り俺を信用していないのだろう。ま、アイツとは一回しか面識無いし、それで信用しろってのも無理があるか。

 

「信じるも信じないもお前らの自由だよ。んじゃ、そろそろ俺らは行くわ。...ああ、一応聞いとくけどさ。お前ら、俺らの仲間になる気ってあったりする? これから始まるのは新しい国造り。そんな世の中で、お前らみたいな闇にどっぷり浸かった連中は表に出れない。それだったら、俺らと一緒に別の場所で暴れてやるって思える奴、いる?」

『.........』

「...そ」

 

 俺の問いかけに返ってきたのは六人分の沈黙だけ。

 予想はしていたが、ブラートかアカメ、せめてタツミくらいは仲間に欲しかった。

 因みに、俺はイェーガーズの連中にもフラれた。全滅だ。軽いポロロン案件である。悲しい。

 

「んじゃタツミー、焼肉食い行くぞー」

「いや俺も行くのかよ!?」

 

 自分から行くって言い出したクセに。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「おっ、この肉美味いな。なぁ、これ何の肉なんだ?」

「エアマンタのバラ肉です」

 

 帝国が廃墟になったというのに営業を続けていた商魂たくましい店にて、俺達は焼肉を食っていた。特級危険種の肉を出してくるとは...やるな、この店。

 

「じゃあこのエアマンタのバラ肉をあと五人前頼む。それからCセット八人前と、米大盛り十杯」

「はいっ、よろこんで!」

「あ、あと酒」

「よぉろこんでェ!」

 

 元気の良い返事をし、店員が厨房に下がっていく。

 在庫を食い尽くす勢いで注文しているが、主に食べるのは俺ではない。モードレッドと...あとアカメが食べるのだ。本当、こいつらのどこにそんなに収まってんだ? あとなんでアカメ達も着いて来てんの?

 

「タツミよぉ、俺はお前しか誘ったつもりはなかったんだけどなぁ」

「まぁ、チェルシー以外はお前のこともある程度知ってるし、一緒に仕事もした仲だからな。飯くらいいいだろ?」

「別にいいんだけどさぁ...。さっきまでの警戒心どこいった?」

 

 結局、あの場にいた全員が焼肉屋に着いて来た。金銭的な問題はないのだが、こいつらの切り替えの早さに若干呆れる。チェルシーもメロンソーダ啜ってんじゃねぇ。本当にさっきまでの警戒心はどこに捨ててきたんだ。

 

「すいませーん、レアチーズケーキくださーい」

「あ、じゃあアタシはいちごパフェ。シェーレもデザート食べる?」

「そうですね...。ではバニラアイスをお願いします」

 

 警戒心も捨て、ついでに遠慮も捨てたらしい。全部俺の奢りと聞いた連中が、なんの躊躇いもなく注文している。後で太ったとか言っても知らないからな。太った云々は、本当に俺は悪くない。

 

「まあいいじゃねぇかよ、リョータ。ほらほら、もっと飲め! タツミもな!」

「てめぇは俺らに酒飲ませてどうする気だ、ブラート。一応言っとくが、俺は酔わない体質だからな?」

「.....。飲め飲めタツミィ!!」

「俺だけが標的になった!?」

 

 いや、本当に酔わせて(ナニ)する気なんだコイツ? おっと、少し寒気が...。強く生きろよ、タツミ。

 

「そういえばさぁ、りょーくんって、権能はどこまで掌握してるの?」

「掌握? いや、分かんねぇけど...なに? 掌握率とかあんの?」

「んー、あるらしいよー? 草薙護堂曰くね。あ、エアマンタおいしー!」

 

 何それ初耳なんですけど。

 まあ問題無く権能使えてるし、完全に掌握してるんじゃないか? いやでも、もしまだ完全には掌握できてないとしたら...?

 

「もっと上がある、か...」

 

 掌握が進んだとして、何がパワーアップするのだろうか? 雷系の攻撃を受けた際の魔力吸収率が上がる? 夢の世界でできる事が増える?

 まあなんでもいい。強くなれるというのであれば、決してマイナスにはならないはずだ。

 レベルアップの為には、もっと鍛えて、そして戦う必要がある。強者との、それも格上との戦いが望ましい。爺さんは...ダメだ、格上過ぎて話にならねぇ。もっと実力差の開き過ぎていない奴、それこそ同族(カンピオーネ)とか。十六夜もいいし、英霊もいい。運がいいのか悪いのか、俺の周りには強者が多い。ここはポジティブに、いい修行相手がたくさんいると思えばいいだろう。

 

 とりあえず今は──

 

「すんませーん、Cセット十人前追加でー」

「よろこんでぇ!!」

 

 モードレッドとアカメの腹を満たすことが先だろう。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「えー! リョータの奢りで焼肉食い放題とかいいないいなー! 私も行きたかったぁ!!」

 

 焼肉屋食べた後、満腹になった腹を抱えながらナイトレイドの拠点へ戻ると、ある程度の仕事を終えたらしいナジェンダ達がいた。ソファの上で駄々をこねているのはレオーネだ。こいつも結構肉を食うからな。もはやライオネルと同化しつつあるんじゃねぇの? ってレベルで。

 

「...一週間後、元皇帝の公開処刑が決まった。そして、今後は一人の王を立てない。これからは新しい国の始まりだ」

「へぇ。で、それを俺に言って何を求めてんの?」

「.....リョータ、新しい国の力になる気は」

「ねーよ」

 

 俺は誰かの下につく気はないし、この世界に留まる気もサラサラない。それはナジェンダにも言っていたはずなので、若干の落胆の色は窺えるものの、ある程度は予想していたような顔だった。

 

「皇帝の処刑はまあ妥当だとして、大臣やエスデスはどうすんだ?」

 

 多少気になったので、俺はナジェンダにそう聞く。あの二人も処刑だろうか?

 

「大臣は市中引き回しの後、恨み辛みのある者が一人ずつ傷を与えてゆっくり殺していく。そうでもしなければ、民衆の気が収まらないからな」

「うっわ、惨いなー」

「仕方ないさ。奴がしてきたことを考えればな。エスデスには...逃げられた」

「逃げた? アイツが?」

 

 正直意外だ。エスデスのことだから、反乱軍を一人で相手取るくらいのことはしそうだと思ってたんだが。

 

「ああ。下手に暴れてお前が出てくるのを恐れたらしい。全く、あの化け物を恐れさせるとはな...。ほかのイェーガーズについては、一応捕らえている。さすがに処刑などの罰はないだろうが、どうなるかは決まっていない。こちらに協力的であれば、その力を新国家の為に奮ってもらおうと考えている」

「そっか。そういや、ボルスは見つかったのか?」

「ああ。妻と子供を郊外へと避難させていたらしくてな。帝都に戻ってくる前に帝都が無くなっていたそうで、呆けているところを確保した」

 

 無事だったのか。それは良かった。

 避難させていた、ということは奥さんと子供も無事なのだろう。

 ボルスは自己犠牲の嫌いがあるが、根は心優しい男だ。今後とも、家族共々幸せに暮らして欲しいと思う。俺が他人の幸せを願うなんて滅多にないことだが、こればっかりは本音なのだから仕方がない。

 

「──っよし。んじゃあ帰るか」

 

 両手で膝を叩きながら、俺は立ち上がる。

 シャルロット達の買い物も焼肉帰りに済ませたし、もうやるべき事はやった。長居は無用、という訳ではないが、留まっておく理由もない。

 

「...リョータ、我々に協力してくれる気は」

「くどい。何回聞かれても俺の答えは変わんねーよ、ナジェンダ」

 

 ナジェンダが心配しているのは、十中八九エスデスだ。俺やモードレッドがいなくなった後、あの戦闘狂が何をしでかすかが分からない。それが怖いのだろう。

 

 だが、そんな事は俺の知った事ではない。これからも頑張って鍛えて、エスデスに対抗できるだけの力を付けろだけは言っておこう。

 

「ブラート、アカメ。エスデスを殺れるとしたら、お前らだろうさ。インクルシオと村雨の能力でな。あとは、お前ら自身がどこまで強くなれるのか。そこにかかってる。ま、頑張れよ?」

 

 そう言い残して、俺はギフトカードから取り出した時空遡行機(タイムマシンモドキ)に乗る。ほかのメンバーも全員乗り終えたことを確認し、タイムマシン擬きを発車させた。

 シャルロットやラウラはナイトレイドの連中と別れの挨拶的なことをしていたが、モードレッドは何もしていない。束は言わずもがなである。

 

 やがて、俺達は完全に世界から隔離された。

 見渡す限りの闇の中を、タイムマシン擬きに乗って漂う。

 

「りょーくん。今どこに向かってるの?」

「箱庭だよ。クロエのことも気になるし、一回戻っておこうと思ってな」

 

 言っている間に、暗闇に一筋の光が差す。出口だ。

 束以外がいつ振り下ろされてもいいように身構えていると、俺達の予想を裏切るかのように、タイムマシン擬きは緩やかに光へと突っ込んで行った。些か拍子抜けするものの、安全に越したことはないと、とりあえず一息吐く。

 

 安心した俺達が、光を抜けた先で見た光景は──

 

 

 

「にゃーん! ...違いますね...もう少しこう、あざとく...にゃぁ〜ん」

 

 

 俺の部屋のスタンドミラーの前で、ネコミミを付けながらポージングと発声の練習をしている聖女(ジャンヌ)の姿だった。

 

 

 

 

 




一度箱庭編をやってから別の世界に飛ばそうと思います。
箱庭編はあんまり長くしないつもりです。


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問題児たちが異世界から 来るそうですよ? ③
そうだ、南へ行こう


更新が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
今後は早めに更新できるよう頑張りますので、どうか温かい目で見守ってください。


 

 

 

 

 

 龍。ドラゴン。

 彼の存在は、幻想種の中の最強種である。あらゆる生命の頂点に君臨しながら、その生命樹を持たないという矛盾を持つ例外中の例外種。

 無から生まれ、その後は単為生殖、或いは単為発生することで純血を受け継がせてきた彼らだが、体の大きさは他の単為生殖する生物より巨大である。世界を背負っていた、という伝承があるほどなのだから、文字通り比べ物にならないだろう。

 純血の吸血鬼が莫大な力を持つ理由に、龍から生まれた種だから、というものがある。絶大な力を保持する龍から生まれたのだから、強靭なのは当たり前と言って良いのかもしれない。

 ワイバーン? あれはTSUBAMEより弱いって知り合いのNOUMINが言っていたので例外です。いやもしかしたらTSUBAMEが龍種を超える存在であったのかもしれないが、それは今回関係の無いことだ。次元を超える鳥類などいなかった、いいね?

 

 

 

 さて、なぜ俺が突然龍の話などをし始めたのかというと、それにはれっきとした理由がある。それは──

 

「...いやぁ...デカいなぁ」

「ヤハハハ! ヤベェな、全体がまるで見えねぇ!」

「...もしかしてお前、ちょっと怒ってる?」

「お? よく分かったな。まあ、楽しみにしてた“収穫祭”を邪魔されたんだ。今はお呼びじゃねぇんだよ」

「ふぅん?」

 

 とまあ、目の前...正確には俺らの頭上高くに、その最強種様が悠々と浮かんでおられるからである。

 いやもう本当、どうしてこうなった。

 

 

 * * * *

 

 

 

 話は数日前まで遡り、俺が箱庭に戻ってきてから二日が経った日の昼下がり。

 ジャンヌが羞恥心から引き篭もるという問題こそあるものの、特にやる事のなかった俺は、食堂でアイスクリームを頬張っていた。

 

「あー...なんか面白いこと起きないかなー...」

 

 スプーンを咥えピコピコと上下に動かしながら、俺は今の心情を吐露する。

 正直、暇で暇で仕方がない。いっそのこと異世界に一人で乗り込むか、と考えてしまうほどには。

 だが、その計画は実行されることはなかった。実行しようと考えた直後、携帯に着信が入ったからだ。

 

「んぁ.....。爺さんか」

 

 届いたのは一通のメール。

 差出人は『クソジジィ』と表記されている。

 

 爺さんは今、本拠(ここ)にはいない。俺が箱庭に戻ってくる前日に、一人でどこかに行ってしまったのだとエミヤから聞いた。

 

 そんな爺さんが、俺にメールを寄越してきた。

 

 この状況で送られてくる爺さんからのメールが、面倒事に繋がるのは絶対的に明らかだ。が、現状を考えると面倒事でも無いよりマシだ。

 という訳で、俺はメールを開いて内容を確認する。

 

 

 

『件名:南へ来ちゃいなよYOU!

 

 本文:拝啓、坂元・K・凌太くんへ。

 やっほー! 最近どぅ? げんきぃ? 相変わらずワシを倒すとか銀河が消滅するより有り得ない夢を見続けてんのぉ!? プークスクス!』

 

 くっそ、マジでウザいなこのジジイ。

 だがまあ、今の俺はイベントに飢えている。この程度なら我慢してやろうじゃねぇか。

 

『そんな坂元・クソザコナメクジ・凌太くんに──』

バルス(滅べ)

 

 破滅の言葉を魔力を込めて発してから、俺はメールを閉じ、削除し、ついでに携帯の電源も落とした。

 野郎、なんで名前の間にKってアルファベットを入れてんのかと思えば...。

 

 と、そこで何故か携帯に電源が入り、そしてメールを受信する。

 俺は何もしていないのに...。こんなことができるのは爺さんしかいないだろうし、逆に別の奴が出来たらそれはそれで怖い。...あ、束なら出来るのかな?

 

 仕方なく、俺はメールボックスを開いて今届いたメールを確認する。

 やはりというかなんというか、メールの差出人は爺さんだった。

 

 

『きっとさっきのメールは途中で読むのを止めただろうから、もう一度送るぞ』

 

 それが分かってるなら巫山戯るな、と言いたいところだが、あのジジイに何を言っても意味の無いことだと思っているので直接は言わない。なので俺は許そう。だが神殺しの槍(こいつ)が許すかな!?

 

 ...続き読むか。

 

『どうせ暇してるであろうお前に朗報だ。今、南側で面白いイベントをやってるから、来たければ来ればいい。ワシは一足先に参加してる。今日までは前夜祭で、明日からは本格的なゲームが開催されるから、来るなら早めにどうぞ』

 

 先程とはうって変わり、おふざけ無しの文面だ。

 こんな文が書けるなら最初から以下脱線が半端ないので略。

 

 しかし、南側か...。爺さんが面白いと言うくらいだし、本当に面白いのかもしれない。そして何より、俺は今絶賛暇の売り出し中。買いたいという声があれば、俺は言い値で売る。要するに、だ。

 

 俺は大きく息を吸い込む。そして、本拠全体に響き渡る声量で、こう叫んだ。

 

「南側行きたい奴、この指とーまれっ!」

 

 要するに、そんな面白そうなイベントに参加しない手はないってことですよ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 とまあそういう訳で、爺さんからメールを貰った翌日。

 俺を含めた南側で開催されているイベント“収穫祭”に参加する面子は、本拠の大広間に集まっていた。

 

 集まったのは俺、ヴェーザー、ラッテン、ラッテンに連行されてきたペストの四人。

 

「俺含めて四人か...。まあ十分だろ」

 

 正直言うと、ネロや束辺りは来ると思っていた。ネロは祭り好き、束は未知好きなので、未知の土地で開かれる祭り、という単語に食いつくと思っていたのだ。

 だがまあ、ネロは頭痛がすると言って寝込んでいるし、束に至っては本拠にいない。クロエを連れてどこかへ行っているらしい。なので、まあ仕方の無いことだろう。元魔王とその一味が集まっているだけで戦力的には十分と言って過言じゃないだろうし。

 

「“収穫祭”か...。昔ちょっとだけ覗いたことはあるが、参加するのは初めてだな。ラッテンは?」

「同じく。だからちょっとだけ楽しみなのよねぇ。だってほら、“アンダーウッド”って魔王にやられる前は綺麗だったし、今はもう復興してるんでしょ?」

「らしいな」

 

 どこかワクワクしたように話すヴェーザーとラッテン。彼らは大分昔からこの箱庭に存在していたらしいし、そりゃ俺より詳しいよなぁ。てか今気になる発言があったんだけど。

 

「魔王にやられた?」

「ん? ああ、マスターは最近外界から来たから知らねぇのか。何年くらい前だったかな? 南側は一度、魔王によって半壊させられてるんだ。今回の“収穫祭”は、完全復興を記念するイベントでもあるんだろうな」

「へぇ?」

 

 南側がやられた、ということは、階層支配者も負けたのだろうか? 白夜叉と同じ地位に就く者がやられたとなると、相手の魔王は俺より強いのだろう。まあ、別に今はどうでもいい事なんだけど。

 

「んで? そろそろ出発したいんだけど、ペストは結局着いてくんの?」

 

 ラッテンに引きずられて来たペストに、俺は最後の確認を取る。

 自分の意思でここまで来たのではないようなので、一応本人の意思を確認しておかないと。

 

「...行くわよ。せっかくだし、南の美味しいモノでも食べるわ」

「なぁんでも好きなだけ奢りますよー、ペストちゃんっ。...マスターが」

「俺かよ」

 

 まあ別に構わないけどさ...。

 

 因みにだが、“ファミリア”はお小遣い制が存在している。

 全ての管理はオカンが請け負っており、月に一度、箱庭の通貨でお小遣いが配られるのだ。

 それで足りない分は自分で稼ぐか、或いは家事の手伝いをしてお駄賃を貰う形を取っている。

 

 俺は専ら自分で稼ぐ派だが、ラッテンはお駄賃を貰う派である。

 故にというか、なんというか。必然的に俺の方が金を持っているのだ。だってそうだろう。俺は色んな所で拾ってきた鉱石やら道具やらを換金しているのだ。一回で稼げる量が違う。昔ギルガメッシュの仕事を手伝った際に貰った金塊はまだギフトカードに残してあるが、売ったらどれほどの値段になるのやら...。おっと涎が。

 

「よしっ。じゃあ、この四人でいっちょ暴れてやりますか!」

『おー!!』

 

 そう意気込み、俺たちは境界門を目指して“ファミリア”本拠をあとにした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「ねぇ、ヴェーザー」

「...なんだ、マスター」

 

 意気揚々と境界門を潜った俺たちは、地球一周分では及ばない程の距離を一瞬で移動し、現在南側へとやってきていた。

 そんな俺たちを待っていたのは、想像を遥かに絶する光景。

 

「南ってさ、確か清涼感溢れる水の都市、って聞いてたんだけど?」

「...ああ。うん、そのはずだ。ほら見ろマスター、水なんざそこら中に流れてるし、中心には立派な大樹があるじゃねぇか」

「さてここでぇ? マスターに問題でーすっ。あの大樹はぁ、一体何メートルくらいあるでしょうか?」

「え.....五百くらい?」

「ピンポンピンポーン! 大正解(だいせいかーい)! さすがの観察眼ですねぇ、マスター?」

「え? あ、うん。ありがとう.....?」

「何の話してんのよアンタら...」

 

 俺たちの目の前には、確かに想像を絶する光景が広がっていた。

 話に聞いていた、“アンダーウッド”と呼ばれる大樹は壮観だ。あんな巨大な樹木は見たことが無いし、箱庭でも有数の神木だという。

 そしてその大樹を中心とした大瀑布は、スケールこそ世界の果てに劣るものの、その存在感と見た者に与える感動は負けていない。

 

 だが、しかし。しかし...その...。ちょっと想像してたのと違うっていうか...?

 

「...“収穫祭”ってなんだっけ?」

「やめろマスター、今全員が必死こいて現実逃避してるんだから」

 

 荘厳な大樹に、圧巻の大瀑布。そして──なんかうじゃうじゃいる巨人、幻獣、魔獣。

 

 曇天の空に垣間見えるのは、もはや巨大という言葉を当てはめて良いのかすら分からない程の体躯を誇る龍。

 

 この際、俺の心情を正直に口にしようではないか。

 

「やっべぇ何これ超面白そう!!!」

「何を言っているのかしらマイマスターは!?」

 

 明らかな戦場を前にしてテンションの上がってしまうのは、やはりカンピオーネとしての特性だろうか。異常事態だと分かってはいるが、それでもワクワクしてしまう。高揚感、と言うべき感情が溢れ出て止まらないのだ。

 

 特にあの龍はいい。グレードレッド対策で練り上げた対龍術式が日の目を見る時が来たのかもしれない。

 いや、まだアレが敵で、しかも倒していいのかは知らないけど。

 

 とにかくだ。こんな面白イベントに誘ってくれた爺さんに心の中でほんの少し、ちょっとだけ感謝の言葉を述べつつ、俺は元気に駆け出した。

 

「あっ、おい待てマスター!」

「まあマスターなら仕方ないわよね。なんだかんだ言って、まだ二十年も生きてない子供なんだから。さ、私たちも行きましょう?」

「チッ...しゃあねぇなあ!」

「.....絶対に龍とだけは事を構えたくないんだけど?」

「それは同意ですけれど...全部、マスターの気分次第ですよねぇ...」

 

 などと話しながらも、三人とも俺に続いて戦場へと駆け出す。

 俺がそれに満足し、よっしゃやるぞぅ、と意気込んで魔獣の一匹を蹴り飛ばした時。

 遠くにいた巨人の群れの先頭、その一人が、“アンダーウッド”に向かって軽々と宙を舞った。

 

「「「「──────は?」」」」

 

 そんな馬鹿げた光景に、俺たち四人は揃って絶句する。

 だってそうだろう。今、あの大樹に突き刺さった巨人は、自分の力で跳躍したのではない。何者かに投げ飛ばされたのだ。

 

 咄嗟に、俺は気配探知の範囲を拡大させる。

 するとどうだろう。巨人を投げ飛ばす人間の気配が、それはもうヒシヒシと感知できるではないか。

 

「あー...。うん、まずは“アンダーウッド”に行こう。爺さんの気配も“アンダーウッド”の方にあるし、まずは主催者に挨拶すんのが礼儀だよな。ってか、あの戦場はもうダメだ」

「それはいいんだが...。あれ、誰が戦ってるんだ?」

 

 乾いた笑みを浮かべながら、ヴェーザーがそんな事を聞いてくる。

 恐らく答えは分かっているのだろうが、一応の確認の意味で聞いてきているのだろう。その気持ちは分からないでもない。あんな反則みたいな剛力、誰が信じるかっての。

 

「十六夜」

「あ、やっぱり?」

 

 今度は諦めたかのような表情をするヴェーザー。こいつは確か、北側で十六夜とやり合ったことがあるんだったっけ。

 

「十六夜って確か、“ノーネーム”の子よね? ヴェーザーが負けたっていう」

「マスターといいその十六夜って奴といい、最近の人間ってなんなの? どこで遺伝子に異常が出ちゃったのかしら」

 

 俺の方を見ながら、ペストが呆れたように俺の方を見てくるが、俺と十六夜を同列に扱ってもらうのは困る。

 今の俺の強さは、カンピオーネに成った事によって得た強さだ。神を殺めてその権能を強奪し、身体の構造もパンドラの儀式によってちょっとイジられている。

 俺も元々は一般人よりは少しだけ強かったかもしれないが、それでも人間という種族の常識を逸脱していたわけではない。

 だが、十六夜はどうだろう。超常的な力を持って生まれ、その力は(カンピオーネ)と同等...いや、凌駕する程に絶大。それに、特にこれといった修行も積んでいないと、十六夜本人が言っていた。

 

 改めてここに宣言しよう。

 十六夜という存在そのものがチートの問題児がいる限り、俺はいたって常識人であると。

 

 

 * * * *

 

 

 

 二人目の巨人が突き刺さった大樹、“アンダーウッド”のちょうど真ん中辺り。そこに、何人かの知っている気配を感じた。

 

 今現在、俺たちはその大樹の根本にいるわけで、目測二百五十メートル程の位置へ移動するのに、さすがに跳躍だけではキツいものがある。いや頑張ればきっと行けなくはないけれど。

 

 まあ、今は見栄を張っている場合ではない。こうしている間にも、十六夜は暴れ回っているのだ。

 ただでさえ出遅れた感があるのに、これ以上蚊帳の外にいる訳にはいかない。

 俺はギフトカードからトニトルスを出し、装着する。

 

「ほら、三人とも乗れ。飛ぶ」

 

 そう言えば、三人とも素直に従った。

 ラッテンが右肩、ヴェーザーが左肩、ペストはラッテンの膝の上。うん、これは完璧だ。ラッテンがペストをぬいぐるみのように抱き締めており、ペストが若干苦しそうにしているが、それほど問題はない。

 

 三人を乗せ、俺は“アンダーウッド”の中腹を目指して飛翔した。

 途中、大樹から生えているかのような格好で突き刺さっている巨人を避けつつ、無事に中腹まで辿り着く。

 そこには、まるで社長室かのような空間が広がっており、中には複数名の人影が確認できる。その中には、俺が知っている者もいた。

 

「よぉ爺さん。早速来たぜ」

「おう、小僧。早かったな」

 

 まずは一番手前にいた爺さんに声をかけつつ、三人が肩から降りるのを待ってトニトルスを解除する。

 

「黒ウサギにジン坊ちゃんか。久しぶりだな」

「...あっ。えっと...い、YES! お久しぶりなのですよ、凌太サン!」

「おっ、お久しぶり...です?」

 

 俺が突然現れた事に驚いたのか、若干反応が遅れていたが、しっかり挨拶は返してくれた二人。その二人に返事代わりの軽い笑みを向けたあと、残る一人に向き直る。

 二本の角を側頭部から生やした、健康的な褐色の肌をした女性。どこか、北側で見たことがある気がしないでもない容姿だ。

 

「そっちは...初めまして、だよな? 北側で会ってなけりゃだけど」

「ああ、初めましてになるな。“ファミリア”のリーダー、坂元凌太殿」

「へぇ? なんだ、俺のこと知ってんのか」

「もちろんだ。私が招いたゲストなのだからな」

 

 ほう。.....俺、招かれた覚えがないんですが。

 チラリと爺さんを見てみれば、舌を出しながら自身の額を軽く握った拳でコツンッと叩いていた。何あれキモい。じゃなくて。どうやら爺さんは招待状を貰っていた事を俺たちに黙っていたらしい。何故隠してたのか全く意味が分からないが、きっとそういう意味の込められた『テヘペロ』なのだろう。キモい。

 

 気を取り直して、俺は女性の方を見る。

 やや露出の多い衣装を身に纏っているが、そんなもんはもう見慣れた。今更動揺なぞしない。

 

「名乗りが遅れたな。私はサラ。サラ=ドルトレイクだ。コミュニティ“一本角”の頭領(リーダー)、そして“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の代表を務めている者だ」

 

 そう言って、女性──サラは、朗らかに笑いながら俺に手を差し出してきた。恐らく、握手でも求められているのだろう。箱庭にも握手の概念ってあるんだ、と軽く考えた後、俺はサラの手を握る。

 

 ...というか、巨人が自分のコミュニティの本拠にぶっ刺さってるのに、何を朗らかに笑ってるんだろうこの人? 俺はそう訝しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




目標 : 8月末までに問題児編を終わらせ、9月には新章に突入させる。


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どうやら、俺がいると話が脱線せずにはいられないらしい

 

 

 

 

 

 ──異変が起きたのは、俺とサラが握手を交わしている時だった。

 

 黒ウサギの耳がピーンっと伸び、何かを聞き取り始めたと思えば、間髪入れずに大声で叫び出す。

 

「箱庭上層から返信が届きました!! 審判権限(ジャッジマスター)の権限で、このゲームを一時中断し.......え?」

 

 地の果てにまで届くように腹の底から声を張り上げていた黒ウサギが、一瞬にして固まる。

 それもそうだろう。審判権限を行使してゲームを中断したにも関わらず、空に浮く巨龍がこちら側に攻撃を加えてきているのだから。

 

 天に昇る強風が、“アンダーウッド”全域を襲う。

 その圧倒的な風力は人や獣のみならず、しっかりと建てられていた建築物すらも巻き上げている。ハッキリ言って威力も規模も次元が違う。これじゃあまつろわぬ神と同等かそれ以上、つまり神霊を相手にしているようではないか。...あっ、それ俺の専門じゃん。

 などと馬鹿げた考えはすぐにモノと一緒に吹き飛んだ。このままでは俺たちのいる大樹も危ない。

 

「オイオイおいおい黒ウサギィ! ゲーム中止してんじゃねぇのか!?」

「しっ、していますっ!! してますよっ! ですので、これは攻撃ではございません! ただの(・ ・ ・)移動(・ ・)です(・ ・)ッ!!」

「「「はぁ!?」」」

 

 黒ウサギの言葉を聞いていた複数人が、一斉に素っ頓狂な声を上げる。その中にはもちろん、俺の声も入っていた。

 だが、その続きは続かない。

 

「うおっ!?」

「ちょっ、ヴェーザー!? 手に捕ま...きゃ!?」

 

 上昇気流に巻き込まれ、ヴェーザーとラッテンが大空へと投げ飛ばされたからだ。

 

「バッ...! おい爺さん、ちゃんと見とけよな!!」

 

 近くにいた爺さんを非難しつつ、俺もヴェーザー達を追って、文字通り風に乗る。

 訪れる浮遊感。いつもの落下している感覚と似ているが向かっているのは全くの真逆、という状況に若干驚きながらも、風を受ける体の面を上手く調整してヴェーザーとラッテンを追う。

 慣れって怖いね。そう思う今日この頃。

 

「うぉおお!!??」

「きゃあああ!!!」

 

 突然空中に頬り出されたからだろうか。ヴェーザーとラッテンの二人は動揺しているようで、空中でジタバタとしている。

 そんな二人を小脇に抱えるようにして救助し、ISを展開させて雲の上まで連れていかれることを防ぐ。

 ISのジェット噴射でなんとかその場で耐えている俺たちの横を、人や獣、巨人、触手の怪物などが次々と連れ去られていっていた。

 

 やがて、凄まじかった風はその威力を失った。

 龍が移動を終えたのだろう。俺は二人を抱えてゆっくりと大樹の中腹、爺さんとペストがいる部屋まで降り立つ。

 他の連中は、翼がある者は自力で、そうでない者は翼のある者に助けられて、それぞれが地上へと戻ってきている様子だ。巨人達は誰に助けられるでもなく、普通に落下していたが。

 

「...ったく。やっぱやべぇなぁ、龍種は。いや、あの龍が別格なのか? 玉龍(ウーロン)ファブニール(ポチ)はアレほどじゃなかったしなぁ」

「...ポチ?」

 

 戻ってきた俺の呟きにペストが若干反応するが、大した問題じゃないのでここはスルーする。

 それにしても、あの龍は今まで見てきた奴らとは桁が違いすぎる。一応ちゃんと対龍の魔術は創り終えているものの、それが効くのかが分からない。てかそもそもあの龍なんなの。なんであんなのと喧嘩(ゲーム)する事になってんだ?

 

「あー...とりあえず、今の状況説明してくれる? 主要人物集めてからでもいいからさ」

「あ、ああ...。分かった、少し待っていてくれ」

 

 俺が全体に向かってそう言うと、サラが答えてくれた。

 部下に指示を出し、その部下が慌てて部屋を出ていく。それに続き、黒ウサギとジン坊ちゃんも外へ駆け出した。チート野郎の十六夜や飛べる春日部はともかく、防御力が紙の久遠は少々心配だ。高さ五十メートルから地面に叩き付けられただけで致命傷と成り得る。

 

「...んで? 爺さん、アンタがいるのになんでまだこのゲームに勝ってないんだ? 今黒ウサギが中断させたゲーム、“収穫祭”とは無関係なんだろ? 察するに、あの龍が突然攻めてきたって感じなんだろうけど...いや、それとも巨人だけが敵なのか?」

 

 待っている間は暇なので、とりあえず爺さんと情報の共有、というよりも一方的な搾取をする為に、柄にもなく部屋の隅っこに突っ立っている爺さんへ話しかけた。

 

「まあ落ち着け小僧。まずワシは、このゲームに関してできるだけ助力はしない」

「は? なんで」

「ワシが何もせんでもクリアできるゲームだからだ。そりゃ当然、ワシがその気になればすぐにクリアできるけれども。それじゃ意味がないだろう? 神はヒトを助ける存在じゃない。少なくともワシはな。ヒトの可能性を摘み取り、成長を阻害する手助けなんざ以ての外だ。だから、今回は手を出さない」

「ふぅん.....。で、本音は?」

「正直ちょっと面倒臭い!!」

「爺さんのそういう性格(トコ)、俺は嫌いじゃないよ」

 

 最近は色々な経験や努力の成果もあって大分マシになったが、俺の脳ミソはあまり出来が良くない。それが現実であり、そこから目を背ける事は箱庭にいる限り不可能だ。

 だが、ないものねだりをしても事は上手く転ばないのもまた事実。今持っているモノだけで切り抜けなければならない。

 そう考えると、爺さんの不参加も、俺の切れるカードが一枚減っただけだ。その分、他のカードで補えばいい。

 

「サラ。“ギアスロール”見せてくれ。ゲームの内容くらいは話し合いが始まる前に知っておきたい」

「ああ、構わない。これだ」

 

 サラから手渡されたのは、いつか北側で見た黒い羊皮紙。

 確かこれ、魔王のゲームの時に発生するギアスロールだったか? ってことは今回の相手も、いつぞやのペストと同じく魔王。魔王の強さはピンキリだと聞いたが、あの龍が魔王だった場合は間違いなくピンの方。最上位と言われても疑いはない。

 

 まあとにかく。ゲームの内容に目を通せば何かしらの情報は得られるはずだ。

 そう思い、俺は思考を一旦切り替えて羊皮紙に視線を落とす。

 

 

 

 

『ギフトゲーム名“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”

 

 プレイヤー一覧

 ・獣の帯に巻かれた全ての生命体。

 ※但し獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを一時中断とする。

 

 プレイヤー側敗北条件

 ・なし(死亡も敗北と認めず)

 

 プレイヤー側禁止事項

 ・なし

 

 プレイヤー側ペナルティ条項

 ・ゲームマスターと交戦した全てのプレイヤーは時間制限を設ける。

 ・時間制限は十日毎にリセットされ繰り返される。

 ・ペナルティは“串刺し刑”“磔刑(たっけい)”“焚刑(ふんけい)”からランダムに選出。

 ・解除方法はゲームクリア及び中断された際にのみ適用。

 ※プレイヤーの死亡は解除条件に含まれず、永続的にペナルティが課される。

 

 ホストマスター側勝利条件

 ・なし

 

 プレイヤー側勝利条件

 一、ゲームマスター・“魔王ドラキュラ”の殺害。

 二、ゲームマスター・“レティシア=ドラクレア”の殺害。

 三、砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ。

 四、玉座に正された獣の帯を(しるべ)に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 

  “ ”印 』

 

 

 

 

「.....はぁ?」

 

 パッとゲーム内容を確認して、出てきた言葉がそれである。

 獣の帯に巻かれた全ての生命体、ってなんだ。そんでペナルティ。ゲームマスターを倒さなきゃならんのに、そのゲームマスターと戦ったら刑を受ける? 十日以内に勝利条件をすべてクリアしろ、ということだろうか。

 

 そして、何より分からないのがゲームマスターの名前にレティシアという名前が出てきていることだ。

 北側で一度会ったレティシアと同一人物なのだとしたら、それは不可解すぎる。彼女は“ノーネーム”三大問題児の共有ギフトとなっていたはずだ。まさか叛乱でも起こしているのだろうか? それとも、同名の別人か。

 

「.....よし、分からん。お前ら、ちょっと知恵貸してくれ」

 

 悔しいが、今ここで俺が一人考えても時間の無駄だ。解ける未来が全く見えないし。

 だから俺は仲間に頼ろう。俺一人では無理でも、ここには俺より出来の良い頭脳を持った人間...悪魔? まあそんな感じの奴らが三人いる。三人寄らば文殊の知恵、という諺もあるくらいだ。ここで一人で解くことに意固地になる必要はない。

 

 羊皮紙をペスト、ラッテン、ヴェーザーの三人にも見えるように、そこらの適当な机の上に置き、四人でそれを囲む。

 

「《魔王ドラキュラ》...確か、私とラッテンが北側で戦った金髪の奴よね? あの吸血姫の」

「ですねぇ。まあ、あの時はすっごく弱体化してたみたいですけど」

「弱体化してた? お前ら二人とシュトロム相手に一人で立ち回ってたじゃねぇか。あれでか?」

「ええ。《魔王ドラキュラ》...かの串刺し公が本来の(ギフト)を持っていれば、私みたいな木っ端悪魔はひとたまりもなかったはず。まったく運が良かったんですよねぇ。...いえまあ? その後すぐにマスター達に殺されちゃったんですけど?」

「...あの時は敵同士だったんだから仕方ねぇだろ」

 

 その話は一旦置いておくとして。

 しみじみと語るラッテンの態度から、本当に弱体化していたのだろうとは思う。ならば、今のレティシアはどうなのだろうか? 本来の力を取り戻していたとして、それがどれほどの強さなのかを俺は知らない。というかそもそも、レティシアを倒す事を“ノーネーム”の連中が許すかどうか、という事も分からない。

 

「...こりゃあ、どのみち会議でも開くしかないかなぁ」

 

 勝手に事を進めて同盟者(“ノーネーム”)と敵対するのは、出来れば避けたい。

 それに、焦っても事は上手く進まないものだ。今回は味方として十六夜もいるのだし、決定するのはあいつらと話し合ってからでも全く遅くないだろう。

 

 そう考え、俺は十六夜たちが来るのを大人しく待つことにした。

 

 

 * * * *

 

 

 

 あれから数十分後。

 なんだかんだ言いつつも、ゲームの攻略を中々諦められずにいた俺がギアスロールとにらめっこしていると、複数の気配がこの部屋に近付いてきた。

 

「よう、凌太がいるんだって?」

 

 無遠慮にノックもなく開かれたドアから姿を表したのは、金髪に学ランという風貌の少年──逆廻十六夜だ。トレードマークの一つだったヘッドホンが見当たらないことに少しばかり疑問を抱くが、そこまで大した問題ではないと思考の隅に追いやる。

 

「久しぶり、十六夜。お前、また派手に暴れてたなぁ。巨人ぶん投げてたろ」

「ヤハハハハ! お前もそんくらいできんだろ?」

「無茶言うな。全力で身体強化してもギリギリだわ」

「なんだ、出来んじゃねぇかよ!」

 

 久しぶりに顔を合わせた十六夜は、やけにテンションが高い。龍を目の前にしてテンションでも上がっているのだろうか? まあ、自分で快楽主義者とか言っちゃう奴だからなぁ。

 

「まったく...十六夜君といい凌太君といい、本当に人間離れしてるわよね」

 

 ため息を伴って部屋へ入ってきたのは、赤いドレスを身にまとった久遠飛鳥。彼女自身も十分逸般人の域にいる人間なのだが、確かに身体能力という点では、俺や十六夜の足元にも及ばない。

 

「久遠も、久しぶりだな。北側以来だ」

「ええ、そうね。お久しぶり、凌太君。それから...そちらの魔王さんたち? いえ、『元』魔王、と呼んだ方が良いのかしら?」

 

 そう言って久遠が目を向けたのは、ペストたち三人。

 まあ、気にもなるだろう。倒したはずの敵が、目の前に悠然といるのだから。

 幸いにも、どこかから情報自体は入手していたのだろう。黒ウサギ同様、一目見ても驚いている様子はない。

 

「ふん...マスター、アイツらが“ノーネーム”?」

「ああ。十六夜は見たことあるだろ? ヴェーザーをぶっ飛ばしてたし」

「おいマスター、少しは言い方ってもんがあんだろ?」

「だが事実だ」

「ぐっ...む.....」

 

 ヴェーザーが口篭ったところで、見知らぬ仮面騎士が入室してきた。

 それに続き、猫耳の少女が入室し、それを確認したサラが号令をかける。

 

「各コミュニティ、要人は揃ったようだな。ではこれより、このゲーム...“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”の攻略会議を開こうと思う。各人、適当な席に着いてくれ」

 

 サラはそう言うと、真っ先に上座へ腰を下ろす。

 当然の如く俺らのまとめ役として振舞っていることに若干の苛立ちを覚えるものの、この地ではサラがトップなのだろう。そう思い、大人しく近くの席に座った。

 

 全員が、とはいかないが、重要人物らしき者が全員席に着いたことを確認したサラが、ゆっくりと口を開く。

 

「では早速始めよう。だがその前に、軽くそこの連中の紹介をしておこう。彼らは、私が今回の“収穫祭”に招待したコミュニティ、“ファミリア”だ。そちらの神には、先日世話になった。実力も皆が知っている通りだ」

「世話になったって、爺さんに? おい爺さん、アンタ何したんだよ。手は出さないんじゃなかったのか?」

 

 俺は疑問を孕んだ目と言葉を爺さんに向ける。

 

「ああ、昨日あの巨人族をボコっただけだ。放っておけば“アンダーウッド”が滅びていたかもしれんからな」

「は? いや、十六夜がいるんだからそれはねぇだろ」

「残念ながら、俺がこっちに来たのは巨人共が襲ってきた後でな。お嬢様や黒ウサギの話を聞く限り、そこの神サマがいなけりゃ相当ヤバかったらしい」

「マジでか」

「えっへん!」

「えっへんじゃねぇよ爺さん気持ち悪い」

「辛辣ぅ」

 

 いや辛辣も何も、客観的な事実を述べただけだ。

 まあそれは置いといて。

 

「話を元に戻すぞ? そこの少年が“ファミリア”のリーダー、坂元凌太。後ろは...すまない。実は私もそこまでは把握していないんだ。凌太、この場で紹介してもらおう」

「あ? ...右のちっこいロリから順に、ペスト、ラッテン、ヴェーザーだ」

 

 サラの物言いに少なくない苛立ちを覚え続けている俺だが、まあこの場では我慢するとしよう。ここでこいつらに喧嘩を売っても意味はないし。今の俺の興味対象はあの天にいる龍だ。アレと戦う為には、このゲームから外される訳にはいかない。

 

「ちっこいロリって何よ? マスター、訂正して」

「じゃあちっこいアリス」

「...もしかしてだけど、アリスコンプレックスから取ってる? ならより一層やめて欲しいんだけど?」

「そうだぜ凌太。ネーミングセンスってのは大事だ。ここは斑ロリ一択だろ」

「それだ」

「ああもう!! アンタら発病させるわよ!?」

 

 さらりとそっぽを向く俺と、ヤハハと高らかに、そして愉快そうに笑う十六夜。そんな俺たちに本気で怒ったのか、ペストの顔は怒りで赤く染まっていた。

 ...少々やりすぎたかもしれない。まあ後でアイスでも奢ってやるとして、とりあえず今は話を元に戻そう。

 

「んで、このゲームの攻略、どうする?」

「あ、ああ...自分らで逸らした話を自分らで元に戻すのか...なんというか、身勝手な連中だな」

「うるせぇぞ痴女」

「痴女!?」

 

 何やら狼狽しているようだが、サラの風貌はどこからどう見ても痴女のそれだ。慣れたとは言え、世間一般の感覚では即通報モノである。露出狂って本当に怖いよね。

 

「.....おほん。ま、まあ気を取り直して...。そちらの猫人族の少女が、“六本傷”の頭領代行、キャロロ=ガンダック。そちらの仮面騎士が、“ウィル・オ・ウィスプ”の参謀代行、フェイス・レス殿だ」

「よろしくお願いしますね、“ファミリア”のリーダーさんっ!」

「.....」

 

 猫耳少女が元気にそう告げ、仮面騎士は無言でお辞儀をする。にしても、頭領代行に参謀代行て。代行ばっかりかこの会議は。

 それにあの猫耳の方。こいつはどっかで見たことあるような...ないような?

 

「あ、思い出した。猫耳のアンタ、確か喫茶店で会ったことあるな。東にある“六本傷”の喫茶店の店員だろ?」

「あっ、はい! 覚えていてくれたんですね〜! 今後も是非是非っ、我ら“六本傷”を御贔屓に〜!」

「それは約束しかねる」

「なんで!?」

 

 オカンがいるから外食とかあんまりしないから、とわざわざ言うのも些か面倒なのでそのままスルー。こちらとしてはさっさと攻略会議を始めたいのだ。さっきから俺を中心にして脱線しまくっているが、俺はきっと悪くない。社会が悪い。

 

「...もういいか? いいな? よし。ではこれから会議を始める。...と、その前に」

「まだあんのかよ」

「すまないな。だが重要な事だ。聞いてくれ」

 

 サラの表情と声音から、事の重要性を多少なりとも感じ取った俺たちは、大人しくサラの言葉を待つ。

 そんな俺たちを一周見渡してから、サラは重々しくその口を開いた。

 

「“黄金の竪琴”が奪還されたのと同時に、“バロールの魔眼”も奪われた。そして、ここ“アンダーウッド”へ攻撃が仕掛けられたとほぼ同時刻、東と北にも魔王が出現したらしい」

「それは.....魔王が、徒党を組んで“階層支配者(フロアマスター)”を倒そうとしている、ということかしら?」

 

 サラの言葉を受け取った久遠が、そんな結論を口に出す。

 魔王が徒党を組んだ...。ああ、例の魔王連合とかいう奴らか。.....え? それって爺さんを実質封印してた奴らじゃねぇの? 本当に俺らだけで大丈夫?

 

「...爺さん」

「なんでちゅかぁ? 凌太くんったら、魔王連合相手にビビっちゃってるんでちゅかぁ? しょーがないでちゅねぇ。おー、よちよち」

「死ね()く死ね今すぐにYou Die!!!」

 

 本気の回し蹴りを爺さんの顔面目掛けて放つが、当然の如く避けられた。俺の蹴りが生み出した余波で部屋の風通しが良くなってしまったが、そんなのは知らない。爺さんは今ここでシメる!

 

「へぇ? 魔王連合、ね。面白いなぁ、オイ。だがまあ、これで納得はいった」

 

 俺と爺さんの攻防を軽やかにスルーして話を進めているのは、公式チートこと十六夜だ。彼の中では殺し合いもスルーできる許容範囲だったらしい。さすがとしか言いようがない。そして爺さんは死ね。

 

「えっ? あ...え? アレは.....。いっ、いや...。うん、そうだな、無視しよう。それがいい、私たちの精神衛生上。それで、何が納得出来たのだろうか?」

 

 一瞬戸惑っていたものの、すぐに思考を切り替えるサラもさすがと言えるか。伊達に大規模なコミュニティを率いてはいない、ということだろう。あと爺さんはくたばれ。

 

「まず確認したい。サラ、つったな? お前が、戻ってくるはずの“サラマンドラ”の後継者、ってことで間違いないか?」

「ああ、そうだ」

「なら、前回の魔王襲来...そこの黒死病(ペスト)たちが北側を攻めたことも、もちろん知ってるな?」

「もちろんだ。その件に関しては、“ノーネーム”や“ファミリア”に礼を言う」

「そうか。...じゃあ、その魔王を手引きしたのが、“サラマンドラ”だったってのは?」

「そんな!?」

 

 ガタンッ! と席を勢い良く立ち上がったのは、困惑の表情を明らかにしている黒ウサギ。

 そんな黒ウサギとは対照的に、サラは落ち着き払った様子で十六夜に返答する。

 

「まあ、父上ならやりかねないだろうな。サンドラの力を皆に知らしめる。そういう意図があったのだろうよ」

「いや、話はそんなに単純なモンじゃなかった」

「...と、言いますと?」

 

 今まで黙り続けていたフェイス・レスが、興味を示したように十六夜へ問い直す。

 その間も俺は爺さんに殴りかかり蹴りかかっているのだが、一向に当たらない。てかそのニタニタした笑みを引っ込めろ腹立たしい。

 

「ペストたちの狙いはサンドラじゃない。東の階層支配者、白夜叉だった」

「そうか! 同時期に南の階層支配者を倒されたのも、主犯が同じと考えれば辻褄は合う! そういうことですね、十六夜さん!」

「そういうこった、おチビ。そして、それらの主犯が──」

「──父上だ、と。そう言いたいのか?」

「確証はねぇよ。だが、答えはそこに転がってる。なぁ、ペスト...いや、“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”サマ?」

 

 そこで十六夜が鋭い視線を向けるのは、呆れと驚きを織り交ぜたような表情で俺と爺さんのやり取りを見ていたペストだ。

 突然話を振られた(本人が意識を逸らしていたのでそう思った)ペストは、少しビクッと肩を跳ねさせた後、ラッテンから状況を耳打ちされて佇まいを正す。コホン、と一つ咳払いをしてから、いつものように不敵な笑みを顔面に貼っつけて話し出した。

 

「さあ? どうかしらね? ただまあ、私たちの狙いが白夜叉だったのは正解よ。だって私、太陽が憎かったんですもの」

「...まあ、今はいいさ。にしても、その魔王連合の奴らが階層支配者を倒すことで得られる利益ってのはなんなんだ? ペストはまあ、太陽への恨みやらなんやらで白夜叉を狙っただけだとして、それ以外も色んな因縁でもあったのか?」

「階層支配者の打倒で得られるモノ...という事でしたら、一つ思い当たるフシがあります」

 

 十六夜の疑問へ、フェイス・レスが軽く挙手しながら返答した。

 と、そこで俺は爺さんの反撃に遭う。意識を会話に向け過ぎた。横薙ぎに振るわれた爺さんの腕が俺の腰を捉え、俺はくの字になって真横の壁に吹き飛ばされる。

 

「っつぅ...! ゴホッ、ゴホ...」

 

 なんとか壁を貫通する事はなかったものの、思った以上に体の受けたダメージが大きい。単純な破壊力ではなく、内臓にでも直接衝撃でも与えられたか...。

 湧き上がる嘔吐感を気合いで抑え込む。一応、傷付いたら自動で発動する封刻印型の回復魔術を体内に仕込んであったのだが、その魔法陣ごと砕かれたらしい。一向に発動する気配がない。体内からじゃないと魔術が効かない体質だから、わざわざ頑張って体内に魔法陣を仕込んだってのに...。また造り直さないといけないのか。

 

「クッソが.....」

「わっはっは! まだまだ甘いなぁ、小僧。さてさて、会議の続きをどうぞ?」

 

 とても良い笑顔でそう告げる爺さんを、俺は恨みがましく睨みつける。だがまあ、今回も俺の負け。弱い俺が悪いので、それ以外睨みつけることはせずに、大人しく自分の席に着く。

 

「...いつかぜってぇブン殴る。タコ殴りにしてやる」

「はっ。百二十二年早いわ、小僧」

「なんだその具体的な数字は...?」

 

 この流れはいつものことだ。爺さんの一撃で俺が負け、そしてそれ以外の追撃はせずに勝負を終える。非常に不本意だが、これに慣れてしまっている俺もいるのだ。非常に不本意だが。

 

 損傷は持ち前の回復力で完治しつつあるし、爺さんの言う通り、そろそろ会議に真面目に参加するとしよう。

 

「さて。騒がせたな。続きを始めよう」

 

 平然と、何事も無かったかのように会議再開を促す俺に対し、さすがの十六夜ですら一瞬固まってしまっていた。

 

 ...なんだ。その...悪かったよ。

 

 

 

 

 



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攻略会議には十六夜が一人居れば大丈夫だと思う

8月中に問題児編終わらせたいとか言ってたのにこの始末である。


 

 

 

 

 

 

 俺と爺さんの戯れが終わった後、場が凍りついたかのように固まったが、ここにいる面子は、伊達や酔狂でコミュニティの重役を担っているわけではない。

 “六本傷”のケモ耳少女とジン坊ちゃん以外は、僅か数秒で平静を取り戻していた。

 

「まあ、悪かったな。いきなり暴れちまって」

「まったくだ。後ほど、破損した箇所の修理費を請求させてもらう」

「まあ当然だな。分かった、あとでちゃんと払うわ。爺さんが」

「ワシかよ」

 

 部屋を見渡せば、所々に風穴が開いていたり、ヒビが入っていたりと酷い有様だった。これはさすがに俺(と爺さん)が一方的に悪い。

 幸いと言うかなんと言うか、貯蓄には困っていない。俺の「お前絶対黄金律のスキル持ってるだろ」的なまでの金稼ぎもそうだが、何より爺さんが上層のコミュニティから勝ち取ってきた金がデカい。何気にウチのコミュニティに貢献してるんだよな、このジジイ。

 

 

 閑話休題(まあ、そんな事はどうでも良くて)

 

 

「このゲーム、どうやってクリアする?」

 

 俺は、十六夜達“ノーネーム”の方を見ながらそう言った。

 今の台詞は、暗に「レティシア倒していいの?」という意味を含んだ問いだったのだが、問題なく“ノーネーム”全員に伝わったようだ。

 ...ところで、春日部はどうしたんだろう。トイレかな?

 

「それより先に、フェイス・レス。さっき言いかけてたことがあんだろ?」

「え? あ、えっと...その、何の話でしたっけ?」

「階層守護者を倒したら手に入るモノの話だったろ?」

 

 どうやら話の内容が飛んでしまったようなので、俺が顔無しさんへ教えてやる。原因は俺にあるようなもんだし。

 

「あ、ああ...ええ、そうでしたね。以前、“クイーン・ハロウィン”より聞き及んだことがあります。“階層支配者”が壊滅、もしくは一人となった場合に限り、その上位権限である“全権階層支配者(アンダーエリアマスター)”を決める必要がある、と。その場合、暫定四桁の地位と相応のギフト──太陽の主権の一つを与え、東西南北から他の“階層支配者”を選定する権利が与えられる、とも」

「た、太陽の主権の一つと暫定四桁の地位だと!?」

「そんな制度があるのですか!?」

 

 顔無しさんに声を荒らげて問い返すのは、黒ウサギとサラだ。

 何をそんなに驚いているのかは知らないが、まあそれなりに大変なことなのだろう。

 それにしても太陽の主権ときたか...。ガウェインとかに持たせたらくっそ強くなるのだろうか? 味方ならいいけど、敵としてはもう戦いたくないなぁ。だって攻撃が通らないんだもの。

 

 と、俺がいつぞやの三倍ゴリラ戦を思い起こしていると、顔無しさんが再度口を開いた。

 

「私も何を授かったのかは知りません。しかしクイーンの話では、就任した前例は白夜叉と初代“階層支配”、レティシア=ドラクレアだけだと伺っています」

「レ、レティシア様が“全権階層支配者”...!?」

 

 更に声を荒らげて驚く黒ウサギ。

 この反応には、むしろ顔無しさんの方が驚いていた。

 

「...“箱庭の貴族”ともあろう者が、“箱庭の騎士”の由来を知らないのですか?」

「うっ...く、黒ウサギは一族的にぶっちぎりで若輩なので、あんまりにも古い話は.....」

「まあ仕方ないだろ」

 

 自慢のうさ耳をへにょらせてそっぽを向く黒ウサギに、まさかまさかの十六夜が助け舟を出す。なんだ、こりゃまた珍しいこともあったもん──

 

「ぶっちゃけ黒ウサギは“箱庭の貴族(笑)”だからな」

「その渾名を定着させようとするのは止めてくださいっ!!」

 

 ...違った追い討ちだった。

 

 さっきまでへにょらせていたうさ耳を今度はウガー!! と逆立たせて怒る黒ウサギ。本当に感情豊かなウサギだ。ウチのネロにどことなく似ている。

 そんな黒ウサギを目の当たりにした顔無しさんは、しばし思案する素振りを見せ、

 

「なるほど、“箱庭の貴族(笑)”でしたか」

「真面目な顔で便乗するのはもっと止めてくださいっ!」

 

 しっかり便乗していた。

 なんだこの人、案外面白い人だな。

 

 ここまでは黙って話を聞いていた俺だが、こうなってしまっては大人しくはしていられない。乗るしかない、このビックウェーブに! ...ちょっと意味が違う気もするけどまあいっか。

 

「おいおい黒ウサギ。真面目な顔も何も、顔無しさんは仮面付けてんだから表情なんて読めねぇだろ? そういうところだぜ? “箱庭の貴族(恥)”」

「ちょっ、」

「「それだっ!!」」

「それだっ!! じゃないですよこのお馬鹿様方ァああああ!!!」

 

 スパパァーン!! と、黒ウサギ愛用のハリセンが奔る。

 顔無しさんは俺、十六夜、久遠の頭を捉えたハリセンに一瞬目をやってから、ポツリと呟いた。

 

「.....“箱庭の貴族(恥)”」

「これ以上引っ張ると本気でシリアスに戻れなくなりますよぉ...」

「大丈夫、元からシリアスなんてなかったんだ。いいね? “箱庭の恥”」

「“箱庭の恥”!?」

 

 まあ、こうやって至極テキトーに黒ウサギを弄ってみたのだが、そろそろ本題に戻りたい。

 

「で? レティシアが昔めっさ偉い、その...全権階層支配者? ってやつだったってのは、今回のゲーム攻略に関係あるのか?」

「分かりません」

「あっそ。なら、関係してる可能性もあるわけだ。続けてくれ」

「はい。.....“箱庭の貴族”ともあろう者が、“箱庭の騎士”の由来を知らないのですか?」

「そこから再開するんですか!?」

 

 間違いない。このフェイス・レスって人、面白い人だ。

 けど、そろそろ引き際だろう。真面目に攻略の話がしたい。

 そう思ったのは顔無しさんも同じだったようで、ふざけるのを一旦止めて真面目に対応し始めた。

 

「私も詳しく知っているわけではないので詳細は省きますが.....“全権階層支配者”となったレティシア=ドラクレアは、その権力と利権を手に、上層の修羅神仏へ戦争を仕掛けようとしたそうです」

「レ、レティシア様が戦争を.....?」

 

 へぇ? 神様相手に戦争とか、(神殺し)が言えたことではないが、中々に穏やかじゃないな。てかそれどこの西遊記だよ。

 

「その戦争を阻止しようとした同族の吸血鬼たちが革命を決起し、吸血鬼は同族同士の殺し合いの末に滅んだと聞き及んでいます。これは当時を知るクイーンの話ですから、まず間違いないかと」

 

 顔無しさんの話を聴き、うっ、と怯む黒ウサギ。大方、自分の知るレティシアとは行動が結びつかないのだろう。まあ随分昔のことらしいし、その間に考え方が変わるなんてことも珍しくないんじゃないだろうか。

 

 と、そこで今まで黙っていたサラが何故か頷いた。

 

「なるほど.....第四の勝利条件である“玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を穿て”とは、当時の革命主導者を差し出して殺せ、という意味だったのかもな」

「違うだろ、多分」

「...なに?」

 

 憶測を語るサラに、一応の反論はしてみる。まあ放っておいても十六夜がどうにかするんだろうが、ちょっとはこういう場(ゲーム攻略)でも存在感を出していかないとナメられてしまいかねない。それは避けたかった。

 

「このゲーム、そんなに簡単にクリア出来るんだったらとっくの昔にクリアされてるだろ。仮にその主導者がまだ生きてたとして、この広い箱庭でどうやって見つけ出す? 手掛かりもないし、人海戦術なんてやっても何十年かかるか分からない。ペナルティの件もあるし、時間は限られてるんだぞ?」

 

 はい論破、とばかりに俺は言葉をそこで切る。

 ぬっ...と閉口するサラを見て、十六夜が取り纏めるように口を開いた。

 

「ま、大体は凌太の言う通りだが、どちらにせよ、現状では情報不足が否めない。そこで提案だ。この場に残って巨人族から“アンダーウッド”を守る部隊と、敵の居城に乗り込んでゲームクリアを目指す部隊を編制する。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”同盟なら、空を翔ける幻獣も山ほどいるだろ?」

 

 そこまで言った十六夜は、チラっとジン坊ちゃんに目配せした。

 リーダーである坊ちゃんに最終的に締めくくってもらおうという考えだろうか。過保護っていうか、なんていうか...。

 

「そ、それに、攫われてしまった人達の安否も気になります。今後の話は捜索隊を送り、その報告を待ってから再度話し合いの場を持つということで如何でしょう?」

「.....分かった。精鋭を選出し、二日後の晩までに部隊を編制しよう。その時はこの場のコミュニティの力を借りる事になると思うが、よろしく頼む。あと、心ばかりの持て成しではあるが、貴殿らのコミュニティには最高主賓室を用意してある。そちらでゆっくりと休んでくれ」

 

 一応の議長であったサラに促され、参加者たちが一斉に席を立つ。

 これで、初日の会合はお開きということだ。会議の中で得られることは少なかったが、それは俺に限った話。十六夜なら、有意義にこの情報を使うのだろう。

 

 

 そうこう考えているうちに、俺たち“ファミリア”と“ノーネーム”、そしてキャロロとかいう獣人の少女は、大樹の幹に釣り下がった水式エレベーターに乗り込み、ゆっくりと下っていく。

 

 ...さて、そろそろいいか。

 もう十分に距離は開いたし、盗聴の危険もないだろう。ソースは俺の直感。

 

「...それで?」

「それで、って何が?」

 

 俺の唐突な問いに、久遠が不思議そうに反応した。

 

「十六夜、お前ならもう全部分かってんだろ?」

「まあ、謎解きくらいは終わっているが」

 

 ───.....は?

 と、エレベーターで七人分の声が重なった。

 久遠、黒ウサギ、ジン、キャロロに加え、ペスト、ラッテン、ヴェーザーの七人の声だ。

 爺さんだけは何の反応もなかったので、爺さんも謎は解き終わっていたのだろう。無駄にスペックが高いからな、このジジイ。無駄に。

 

「そう聞いてくるってことは、凌太も解けてんだろ?」

「いや? 全然分からんが。お前ならきっと解けてんだろうなー、って思っただけだよ」

「は? .....クク、ヤハハ!! あー、こりゃあやられたぜ。上手くかまをかけられたってワケだ!」

「そんなに上等なもんじゃないんだけどなぁ」

 

 周りを置き去りにして、俺と十六夜の話は進んで行く。

 

「それで? なんでさっさとクリア方法を教えない? 何をそんなにしぶってんだよ」

「どっかの馬の骨にうちの美髪メイドを隷属させられちゃ、それこそ殺し合うしかねぇだろ?」

「お前レティシア大好きか。.....いやごめん、俺も仲間がそうなったら相手を消し炭にするわ」

「だろ? だから凌太、お前も気を付けてくれよ」

「うっわこいつ、遠回しに俺にゲームクリアすんなとか言い出しやがった。...まあいいや。でも、あの龍と殺り合う時は俺も参加させろよ?」

「分かった。お前はゲームクリアの手助けはしてもクリアそのものはしない。その代わり、龍と戦う時はお前も参加させる。これで契約成立だな」

「OK」

 

 爺さん以外誰も着いてこれていない中、俺と十六夜だけが爆走していく。

 ...ごめんて。周りのことなんも考えないで話進めたのは悪かったから、そんな顔をしないでくれお前ら。

 

 

 * * * *

 

 

 

「さて、じゃあ早速だか凌太。手を貸してくれ」

 

 エレベーターで下って来た俺たちは、それぞれのコミュニティごとに主賓室へ案内された。その間に色々と幻想的な光景を見ることが出来て中々に楽しかったのだが、楽しかっただけなのでここは割愛。

 

 一度部屋で休憩を挟んだあと、十六夜に呼び出されて言われた言葉がそれだ。

 

「いいけど、なにすりゃいいんだよ」

 

 “ファミリア”と“ノーネーム”は同盟関係だ。それ以前に、今回は簡易契約もあることだし、手伝えることは手伝う。そう決めた俺は、二つ返事で承諾してから内容を聞いた。

 

「今の俺たちには、空へ行くための足がない。聞けばお前、空を飛べるらしいじゃねぇか」

「つまり、俺に足になれってことか。それは別にいいんだが...春日部はどうしたよ? アイツのギフトなら、上手く使えば二、三人は運べるだろ?」

「あれ、言ってなかったか? 春日部は空にいる。あの龍の背にな」

「.....は?」

 

 なんでだよ。ってかアイツなら降りてこれるはず...。それが出来ない状況にある? 怪我か、ギフトの消失か...或いは、誰かを助けているか。

 

 ...まあいい。春日部がいないのであれば、今の“ノーネーム”に龍の元までいく手段はない。だったら、足の一つや二つ、なってやろうじゃねぇか。

 

「...因みに、アーラシュフライトっていう手段もあるんだが」

「アーラシュフライト? なんだ、大地を割った伝説の弓使いになぞった方法なのか?」

「アーラシュって聞いて即その情報が出てくるお前の知識はどうなってんだ? まあ兎に角、アーラシュフライトってのはな? 超巨大な弓と矢を作って、その矢に乗って飛行するっていう画期的な移動方法で...」

「そんなもの却下に決まっているでしょう!?」

 

 そう言ったのは久遠だった。

 見れば、黒ウサギやジン坊ちゃんも顔を青くしている。笑っているのは十六夜だけだ。なんだよぉ...面白いのにさ。

 

「ヤハハ! ま、それは今度の機会だな!」

「おうよ。せっかくだし、アーラシュに頼んどくか? 十六夜も本場の方がいいだろ」

「あの大英雄と知り合いなのか!? ...そういや、英霊とかいう奴らを使役してたな、お前。ってこたぁ、アーラシュも“ファミリア”に?」

「いんや? アーラシュはいない。カルデアっつう所にいるんだけど、連絡自体はいつでも取れるぞ?」

「いつか俺もそのカルデアって所に連れて行ってくれ!」

「え? お、おう...いいよ?」

 

 随分と前のめり気味に頼み込んでくる十六夜に多少困惑しながらも、俺は話を元に戻すために咳払いを一つする。

 

「それで、誰を連れて行けばいいんだ?」

「あ、ああ。そうだったな。それじゃ、俺と──」

「私も行くわ」

 

 十六夜の言葉を遮り、力強く言ったのはまたまた久遠である。

 それには十六夜も多少驚いたようで、一瞬目を見開いた。

 

「お嬢様、だけどな──」

「十六夜君が、ゲームの大一番っていう時に私を遠ざけているのは、自分なりに分かっているわ」

 

 悔しそうに、久遠は十六夜を見つめる。

 

「でも、今回は人手が足りない。危険を冒してでも乗り込むべき。そうでしょう?」

「...そうだな。それに、お嬢様の気持ちも分かる。俺だって、身内にここまでされといて黙っていられるわけがねぇ」

 

 でも、と十六夜は続ける。

 

「お嬢様を、俺は連れて行きたくない。いざというとき、お嬢様が危険に晒されることで俺の動きが制限されるのは避けたい。はっきり言おう。お嬢様じゃ力不足だ」

 

 目を細め、一言一言を力強くそう告げた。

 さすがに言い過ぎなんじゃないかとも思うが、これは“ノーネーム”の問題だ。俺が口出しするのは違うだろう。

 

「っ.....私だって、」

「だが」

 

 またもや逆接を使って久遠の台詞を遮る十六夜。

 その口には、微かな笑みも浮かべられている。

 

「お嬢様が、それなりの力を付けていたのなら話は別だけどな? .....それじゃ、移動の件は頼むぜ、凌太」

「え? あ、おう。任せろ」

 

 それだけ告げて、十六夜は部屋から出ていった。

 パタン、と扉が閉まり、十六夜のいなくなった部屋には静寂だけが残る。

 なんだろう、すごく雰囲気が重いんだが。

 

「あー...まあ、なんだ。結局、十六夜のやつは誰を連れて行くのか明言しなかった。だったら、久遠にもまだチャンスはあるってことだろ? 頑張れ」

「頑張れって...。...ねぇ凌太君? 貴方は、私はどうすればいいと思う?」

「あ?」

 

 いつになく弱気な声音で、久遠は俺へそう聞いてきた。

 先程の十六夜の台詞がだいぶ効いているのだろうか、明らかに元気がない。まあ正面から「お前じゃ力不足だ」と断言されては仕方ないかもしれないが。

 

「あー...そうさなぁ...。とりあえず修行でもしとく?」

「修行って...あと二日もないのに、それで間に合うのかしら?」

「それは知らねぇよ。けどやらないよりマシだろ」

「.....まあ、それはそうね」

 

 久遠のギフトは他人やそのギフトを支配するモノだと聞いているが、恐らく彼女の恩恵の真価はそこではないはずだ。

 白夜叉曰く、十六夜、久遠、春日部の三人は人類最高峰のギフトを所持しているという。であるならば、格下の相手を支配できる、なんていうだけの能力ではないはずだ。

 未だ成長途中、もしくは支配は本当の能力の副産物にすぎないのかもしれない。

 

 だが、たった二日でギフトを昇華させるのは不可能だろう。

 それよりも、久遠にはやるべき事が別にある。

 

「久遠のギフトは、使い方によっちゃあ十分に役立つだろう。ま、ギフトの能力上、前衛は無理だろうけどな。前衛の支援、つまり後衛に適してると思うぜ? でも、ギフトだけを育てても意味はない。久遠が真っ先に鍛えるべきは、護身術だろうな」

「護身術...?」

「そう、護身術。さっき十六夜も言ってたろ? 『戦闘中に久遠が危険に晒されて、自分が動けなくなるのは避けたい』って。要するに、自分の身は自分で守れるぞ、って十六夜に証明できればいいわけだろ?」

 

 まあ、久遠は生身の人間で、肉体的には一般人のそれ程度。

 どれだけ頑張ったとしても限界があるだろうが、やはりやらないやりは断然マシだと思う。

 

「確かに。飛鳥さんは自身の防御力がほかの御二方と比べて著しく低いです。命は大事ですからね、護身術を修めておいて損はないと思うのですよ」

「...そうね。それが一番いいかもそれないわ」

 

 黒ウサギも賛同し、久遠は納得したように頷いた。

 この短時間でどこまでできるかは分からないが、頑張ってほしい。

 

「まあそういうわけで、頑張れよ久遠。んじゃ、俺はちょっと“アンダーウッド”の散策に...」

「待ちなさい」

 

 大樹の中に広がる美麗な水路を観に行こうとする俺の背に、久遠の言葉が投げかけられる。

 

「...んだよ」

「修行をしろ、だなんて貴方は言うけれど、私には基礎の知識すら無いのよ? どうやって修行しろと言うのかしら。そういう訳で、凌太君。貴方、私の修行に付き合いなさい」

「はぁ? なんで俺が」

「別に構わないでしょう? 何か断る理由でもあるの?」

「そりゃあ.....特にはないけど」

「ならいいじゃない。さあ、頼んだわよ凌太君?」

「お前、それが人にモノを頼む側の態度かよ...」

 

 別に、修行に付き合う程度は全く構わない。

 だが、こんな態度を取られて大人しく付き合ってやるのも癪だ。

 

 そんな事を考えていると、今まで黙っていたジン坊ちゃんが意を決したように一歩前へ出てきた。

 

「あの...凌太、さん。ボクからも、その...お願い、します」

「あ?」

 

 そう言って、ジンは俺へ頭を下げてくる。

 

 

「飛鳥さんは、ボクらの大切な同士です。その同士の願い...どうか、聞き届けて頂けないでしょうか」

「ジン君...」

 

 緊張した様子でそう言うジンを見て、久遠が小さく呟く。

 ジンの発する雰囲気から、彼の真剣さが伝わってきたのだろう。斯く言う俺にも十分に伝わってきている。

 

 ...本当は、俺に頭を下げるのは嫌なんだろうなぁ。

 ジン坊ちゃんに嫌われている自覚はある。そりゃ、“ノーネーム”への所属を断ったり、その理由の一つに「リーダー(ジン)がイヤだ」と言ったりしたのだから、嫌われるのは当たり前だろう。

 

 そんな俺に対し、仲間のために、と頭を下げたのだ。

 

「...ま、いっか。ジン坊ちゃんに免じて、久遠の態度は大目に見てやるよ」

「...そう。ありがとう。ジン君も、ありがとうね」

「い、いえ...」

 

 とまあ、そんな感じで。

 

 よく分からないが、俺が久遠の指南役として選ばれたらしい。

 若干「これ、別に俺じゃなくて黒ウサギでもいいんじゃね?」と思わないでもないのだが、なってしまったものは仕方がない。

 

「やるからには徹底的に、が俺のスタンスだ。覚悟しろよ?」

「えっ」

 

 久遠の引きつった笑みを見ながら、俺は悪魔も泣き出すトレーニングメニューを構想し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 



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久遠飛鳥、魔改造計画

 

 

 

 

 

 

 ジン坊ちゃんの株が俺の中で高騰した後、俺は久遠と、それからついでに黒ウサギを連れて適当な広場へ向かった。

 

 ここ“アンダーウッド”内は広いもので、探せばちょっとしたドーム型の空間がいくつか点在している。その一つを修行場所に選んだ。だって近いからね。

 俺や黒ウサギにとっては少々狭いと感じる程度だが、久遠にとってなら十分な広さだろう。

 

「さて、それじゃあ修行を始めようと思うんだが...久遠。お前、運動はできるのか?」

「まあ、人並みには。貴方や十六夜君、春日部さんみたいな馬鹿げた力ではないけれど」

「ふぅん? ...ちょっと失礼」

 

 言って、俺は久遠に近付き、彼女の肩に手を置く。

 俺の行動の意味が分かっていない様子の久遠と黒ウサギを無視して、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

「.....うん、まあそこそこだな。一般人としては悪くない」

「? 今のでなにか分かったのですか?」

 

 首を傾げながら聞いてくる黒ウサギ。

 その疑問は久遠も抱いているようで、俺の返答を待っている。

 

「ちょっとした魔術だよ。久遠の身体の構造を解析したんだ。骨格や筋肉の付き方、強度、柔らかさとかのな」

「やっ、柔らかさ!?」

 

 久遠が顔を真っ赤にしたかと思うと、突然俺の顎めがけて右アッパーを放ってきた。

 頭を軽く動かすだけで簡単に避けられたが...いきなり何しやがるんだコイツは?

 

「おい久遠。俺だってな、怒る時は怒るんだぞ?」

「それはこっちのセリフよ! この変態!!」

「あん? ...なあ黒ウサギ、久遠の奴は一体何を言ってんだ?」

「正しい事を言っているのですよ」

「は?」

 

 分からん。女の子とはそれなりに関わってきたはずだが、未だに女心ってやつは全く分からん。なんでこんなにキレてんだ?

 

 勝手に身体能力を調べたのがダメだったのだろうか。

 確かに、そこから体重とかも分かっちゃうしなぁ。

 

「ったく...悪かったよ、勝手に身体のこと解析しちゃって。でも久遠。お前、すっげぇ健康的な体重だから、何も気にすることはn.....っと。いきなり殴りかかってくんなよ、危ねぇなぁ」

「うるさい黙りなさいこの変態!! 体重!? 女性の体重まで調べたの貴方は!?」

「筋肉量とか脂肪の量とかから大体は推測できた」

「『記憶を無くすまで壁に頭突きしていなさい』!!!」

「だが断る、っと。俺に“威光”は効かねぇよ」

 

 カンピオーネの特性では“威光”を防ぐことは出来ないが、“神殺しの魔王”になったことで久遠より格上と認定されているのかもしれない。

 まあどちらにせよ、俺クラスの相手に対して、久遠は圧倒的に無力なのだ。なんならデコピンで終わる。

 

 今回の相手はレティシアや龍。

 今の久遠では、全くもって話にならない。

 

「なぁ久遠。“威光”以外の恩恵(ギフト)って持ってるのか?」

「.......一応」

 

 暫くこちらをキッ、と睨んでいた久遠だが、やがて大人しく返事をしてきた。そんなに身体の解析をしたのがダメだっただろうか。

 

「へぇ? 因みに、それは戦闘でも使えるのか?」

「ええ。...ここなら出しても問題なさそうね」

 

 そう言って、久遠は自身のギフトカードを取り出し、天井に向かって掲げる。

 すると、ワインレッドのカードから淡い閃光が放たれ、カードの中から紅い巨人が雄叫びと共に現れた。

 

「DEEEEEEEEEN!!!」

「うっせ」

 

 無駄にデカい咆哮をあげる巨人は、まるで甲冑を全身に纏ったかのようなフォルムをしている。

 巨人と言っても、先程見た奴らよりは一回り小さいし、正直言ってそこまで強力なギフトには思えないが...何かしらのスキルがあるのだろうか?

 

「凌太君が北側でペスト達を倒したあと、とある精霊達に案内されて見つけたのがこの“ディーン”よ」

「こいつに何ができる? ただ中途半端にデカくてパワーがあるだけ、ってんなら、悪いが今回は役に立たないと思うぞ?」

「中々に挑発的な台詞をありがとう。でも、ディーンの能力はそれなりに優秀よ?」

 

 何やら得意気な顔でこちらを見てくる久遠と、それに呼応するかのように「DeN」とこれまた得意気な声...声? まあそんな感じの音を出す鉄人形。

 

「このディーンの素材は、神珍鉄と呼ばれるものなのでございますよ」

 

 得意気な二人を差し置いてそう言う黒ウサギ。

 神珍鉄? どっかで聞いたことがあるような...ないような?

 

「ご存知ありませんか? かの西遊記にも登場する孫悟空...斉天大聖が持っていたとされる伸縮自在の武具、如意棒にも使われていたものです」

「ああ、なるほど。あの猿爺(さるじじい)が持ってたアレな?」

「そうそう、そのお猿のお爺さんが.....って違いますよ!? 斉天大聖様は男性ではありませんし、外見は老いてもいらっしゃいません!」

「全くの真逆じゃねぇか。俺が会った孫悟空は、背の低い老猿の妖怪だったけどなぁ」

 

 箱庭にいる孫悟空は女なのか。

 まあ、あの織田信長や沖田総司なんかが実は女だったんだし、なんなら三蔵も女だったしな。全然ありえなくはない。

 

「まあ孫悟空の話はこの際どうでもいいとして。その神珍鉄? ってやつで造られたその鉄人形は、デカくなったり小さくなったり出来るって訳か」

「YES! でも、それだけでは無いのですよ。飛鳥さんの“威光”の力で、本来は変わらないはずの重量まで変えられるのです!」

 

 ふふん! と得意気にウサ耳をウサウサさせる黒ウサギ。...ウサウサさせるってなんだ?

 自分で言っててよく分からないが、とりあえず黒ウサギはとても誇らしげだ。

 

 紅き巨人、ディーン。

 如意棒と同じ...いや、その上位互換の性質を持つ鉄人形。

 その恩恵がどこまで強力なものなのか、少し興味が湧いてきた。

 

「よっし。それじゃあちょっと()ってみるか」

「え?」

「さあ久遠、さっさと準備しろー。気ぃ抜いてると一瞬で終わるぞ?」

「えっ、えっ...?」

「えぇっとぉ...。凌太サン? なんで準備運動を始めておられるので...?」

「ん? なんでってお前、準備運動は大事なんだぞ? 筋肉はキチンと伸ばしましょう、それが怪我をせずに長い時間戦える秘訣です。ってレオニダス先生が言ってた」

「ここでスパルタ王の登場でございますか!? 凌太さん、ちょっと人脈が広すぎるのでは!?」

「まあ確かになー。ギルガメッシュやアレクサンドルス3世やオジマンディアスやアーサー王辺りとは同じ部活に所属してるし、龍王とか名乗ってた玉龍にも会ったし、スカサハ師匠には修行をつけて貰ったし、クー・フーリンは兄貴だし、色んな神話の神と戦ったし、そのうち三柱は殺したし」

「最後とんでもないこと言いましたね!?」

「私達も、神様の一柱や二柱殺せるようにならないといけないわね、黒ウサギ」

「滅多なことを言わないで下さいこのお馬鹿様!!」

「...ごめんなさい、十六夜君なら今のままでも多分倒せるわ」

「そういう問題じゃないんですよぉ.....」

 

 黒ウサギは月の兎の末裔。仮にも帝釈天という神の眷属だ。

 だからかもしれない。目の前での「神殺したんだぜ」宣言や、同志の「神殺そうぜ」宣言に対して、人並み以上に胃を傷めているのは。

 

「話がそれたな。とりあえず、さっさと始めるぞ久遠。時間が無いんだから」

「始めるって...私と凌太君が戦うの? ここで?」

「ああ。安心しろよ、手加減はちゃんとする」

「っ、いいじゃない、面白いわ。でも、手加減なんていらない。全力でかかってきなさい!」

 

 軽い挑発をしてみれば、久遠は簡単にヒートアップする。

 俺も割と人のことは言えないかもしれないが、それにしてもチョロすぎるなこのお嬢様。

 

 俺は五十mほど後ろに跳んで、久遠やディーンと距離をとる。

 黒ウサギが何やらオロオロしているが、熱くなった久遠には彼女は視界に入っていないらしく、気合十分に俺を向かい受ける体勢に入っていた。...あっ、そっちからくるわけじゃないのね。

 

 まあ、それが堅実な戦い方だろう。

 久遠にとって、俺は未知数の力を持った相手。

 そんな相手に無策で飛び込んで行くほど、久遠はアホではなかったということだ。

 

「──けど、まだまだ甘いな」

「っ!?」

 

 ビクッ、と久遠の肩が跳ね、そして尻もちをついて倒れた。

 俺が一瞬で距離を詰めたから驚いたのだろう。

 そりゃそうだ。久遠からしたら、五十mも離れた場所にいた奴が、瞬きした次の瞬間には目の前にいたのだから、驚かない方が可笑しい。

 

 だがそれは、一般人に限った話。

 この箱庭で、しかも打倒魔王を掲げて生きていくのならば、この程度で驚かないで欲しい。

 例え相手の動きが見えなかったとしても、驚いて尻もちをつく、なんてことをしてはいけない。一瞬で勝負が決まってしまうからな。

 

「ほら、しっかりしろ」

 

 言って、久遠に手を差し伸べる。

 暫く放心していた久遠だったが、おずおずと俺の手を取って立ち上がった。

 

「さて、じゃあ第二ラウンド開始だ。次はちゃんとディーンを狙うから」

「え、ええ」

 

 未だ気の抜けていた久遠にそう声をかけてから、再度後ろに跳ぶ。

 久遠が余りにも無防備だったから思わず久遠本人を狙ってしまったが、本来はディーンの力を確かめるために仕掛けた戦いだ。

 神珍鉄の鉄人形。相当の神秘を秘めているであろうディーンの実力を見せてもらおうじゃないか。

 

「いくぞ」

「っ、迎え撃ちなさい、ディーン!!」

「DEEEeeeeEEEN!!!!」

 

 今の久遠は俺の動きを見ることすらできていないので、攻撃する前に一言宣言してやる。

 “アンダーウッド”の大空洞響き渡るディーンの雄叫びをゴング代わりに、俺は地面を踏み抜いた。

 

 巨大とはいえ、今のディーンは全長三m程度。

 その頭部までの直線距離は、およそ六十mといったところか。

 その程度の移動距離、一秒あれば十分だ。

 

「右だ。ガードしろ」

 

 懇切丁寧に、そう言ってからディーンの頭部の右側に蹴りを入れた。

 俺の蹴りがヒットする直前、ディーンの右腕が間に入ったが、そのガードの上からディーンを蹴り飛ばす。

 

「ディーン!!」

 

 久遠が叫ぶが、もう遅い。

 ディーンは勢い良く吹き飛んでいき、すぐに壁へと衝突した。

 “アンダーウッド”全体が揺れる程の衝撃だったが、見ればディーンはどこも壊れていない。なるほど、硬さはそれなりにあるようだ。

 

「ほら、まだ()れんだろ? 立てよ」

 

 極めて挑発的に、右手の人差し指をクイクイっ、とさせながら言い放つ。

 そんな安い挑発に乗せられたのかは知らないが、久遠の激昂にも似た叫びが大空洞に響いた。

 

「『立ちなさい、ディーン』!!」

「DEEEeeeeEEEN!!!!」

 

 雄叫びと共に、ディーンの体躯も大きくなっていく。

 それに合わせ重量も増加しているようで、ディーンの足は地面へめり込んでいた。アレでは満足に移動も出来ないだろうに。無駄な増量だ。

 そう思っていた俺だったが、すぐに考えを改めるハメになる。

 

「DEEEeeEEEEN!!!」

「お?」

 

 ディーンは右腕を後ろに引き、そして思い切り良く前へ──つまり、俺の方へと打ち出した。

 するとどうだろう。超重量の拳が、俺に向かって飛んで来たのである。

 

「...いや、伸びてるのか」

 

 正面から見たら、まるでロケットパンチの様に見えているのだが、実際は右腕が伸びたのだろう。

 呑気にそんなことを考えながら、迫ってくるディーンの拳に向かって右手を差し出す。

 

 ズンッ! と伝わる、拳の重み。

 それ自体は大した威力なのだが...残念。俺はそれより上の暴力を知っているし、身をもって経験している。

 

 数m程後方へ押されたが、足の指の力だけで止まることもできた。

 全力の魔力解放で筋力を底上げすれば、今程度の攻撃であれば片手で防げる。俺の力も割と全盛期に近付いてきているかもしれない。毎日地道にトレーニングしてきた甲斐があるというものだ。

 

 攻撃を受け止めた俺は、次は左手も使ってディーンの拳を掴む。

 

「どっせぇえい!!」

 

 そして奇妙な掛け声と共に、背負い投げの要領でディーンを投げ飛ばす。

 思ったよりだいぶ重いが、どうにもならない程ではない。

 

「DEeeN...!?」

 

 地面に背中から打ち付けられ、短い苦悶の声のようなモノを吐いたディーン。

 本当はさっき十六夜がしたみたいに、壁に突き刺してやろうかと思って投げたのだが、さすがにそこまでは無理だった。重い。

 

「だっはぁ!! ...あー、重かった」

 

 手をパンパンと(はた)きながら、俺は軽く一息つく。

 このディーンより巨大な巨人を軽々と投げ飛ばしていた十六夜は、一体どんな体の構造をしているのだろうか。本当に人間なんだろうな? 実は神霊です、とか言われた方が色々納得できるんだけど。

 

「...まさかディーンを投げるなんて、本当に馬鹿げた力ね、貴方」

「十六夜の方が馬鹿げてるだろ」

「まあ、それは言えているけれど」

 

 さて、十六夜の異常性はともかくとして。

 

「さあ、第三ラウンドの始まりだ。まさか、この程度がお前の全力だなんて言わないよな? 久遠」

「言ってくれるじゃない。やるわよ、ディーン。あの男に一泡吹かせないと気が済まないわ」

「大空洞の損害が酷いので程々でお願いしたいのですが.....あっ、これ聞いてないパターンでごさいますね?」

 

 あとで絶対に怒られるのデスよ.....と頭を抱える黒ウサギを意識して無視しながら、俺と久遠&ディーンの第三ラウンドは始まった。始まってしまったのだ。

 

 

 

 ──三十分後、大空洞は暫く使用不可能な状況にまで追い込まれました。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「結論を言おう。ディーンはそれなりに強い。けど、久遠が隙だらけすぎてやばい」

 

 大空洞を一つダメにして分かったことがそれだ。

 

 サラにしっかり怒られた後、俺と久遠は一度外へ出ていた。

 先の龍の件もあり、今この街で開店している店や屋台はない。八割が廃墟となった街中で、なんとか残っていた鉄製の椅子を偶然二脚見つけたので、今はそれに腰掛けている。

 

 廃墟に出てくるくらいなら部屋に戻れって?

 黒ウサギに頭を冷やしてこいって言われて“アンダーウッド”から追い出されたんだよ。

 

「そう...そんなに私、隙だらけだった?」

「そりゃあもう。あの三十分で軽く千回は殺せた」

 

 馬鹿正直にディーンの相手をしなければ、もっと殺せたかもしれない。

 それくらいに、久遠自身の身のこなしがなっていないのだ。

 これでよく、箱庭にいて今まで無事に生きてこれたな、と素直に驚くレベルである。まあどうせ、十六夜が過保護になって助けてたんだろうけど。

 

 だが今回、嫌という程自分の無力さを思い知ったはずだ。

 久遠の表情を伺ってみれば、とても暗い顔をしていた。相当落ち込んでいるようだ。

 

「どうする?」

「...どうする、って?」

「このまま諦めて、今回は“アンダーウッド”の守護に徹するか。それとも、死ぬ直前まで頑張って、十六夜と一緒に春日部を助けに行くか」

「.....死ぬ直前まで頑張れば、私は春日部さんの所に行けるの?」

「まあ十中八九無理だろうな。せめてあと半年あればなんとかなったかもしれないけど」

「半年あっても絶対の確証は無いのね」

「まあな。.....いや待って」

 

 ちょっとした案を思い付いた俺は、疑問符を浮かべる久遠を放ってギフトカードを取り出した。

 なんだ、あるじゃないか。久遠を強くする道具が。

 

「久遠。お前の異能は、ディーンみたいなギフトの強化もできるんだよな? それは、対象が何でもできるのか?」

「え? ...そうね、多分できるんじゃないかしら」

「よし、ならこれに使ってみろ」

 

 そう言って俺が久遠に渡したのは、一つの縦笛。

 

「? 何、これ?」

「ちょっとした面白アイテムだよ。その笛から出る音色を聞いた奴の感情を自由に操る、って感じだった気がする」

「気がするって、貴方ね...」

 

 アルトリコーダーのような形をしたそれは、以前入手した戦利品。エスデスの部下の...三獣士とかいう奴らの一人が持っていた帝具だ。名前は忘れた。というか、そもそも聞いた覚えがない。

 この帝具の効果はナジェンダから聞いた覚えがあるが、どれも俺には意味の無いものだった。

 だから使い道が無かったし、すっかり存在も忘れてたけど、そういやギフトカードにしまってあったんだった。

 

「これを吹けばいいの?」

「ああ。んで、その武器の奥の手...まあ隠し技的なやつがあってな? その効果が、自身のステータス向上なんだよ」

「つまり、ドーピングってことかしら?」

「まあそうだな。つっても、春日部が恩恵(ギフト)使って肉体強化してんのと同じだよ。“箱庭”じゃ反則でもないし、ズルでもない。ま、騙されたと思って吹いてみろよ」

「.......それじゃあ...」

 

 恐る恐るといった様子で、久遠はゆっくりと唄口を軽く咥える。

 久遠が息を吹き込むと、少し低めの音が、廃墟と化した街に響き渡った。

 

「へぇ...」

 

 音楽など、そういった芸術的な事は俺には分からない。

 だが、これがとても綺麗な音色だというのは分かる。聴いていて心休まる、そんな音だ。

 ただ音を出しているだけではなく、しっかりとした旋律を奏でている。何かの曲だろうか? 音楽とかはあんまり聴かないからなぁ...。分からん。

 

「あら。良い音色ですねぇ」

「やっぱそう思うよな? 俺もリコーダーくらい吹いたことあるけど、あんな綺麗な音は出なかったぞ」

「.......ちょっとは驚いてもいいんじゃないですか? マスター?」

 

 突然俺に声をかけてきたのは、そろそろと背後から忍び寄ってきていたラッテンお姉さんだ。

 このお姉さん、俺を驚かせたかったのだろうか? 久遠は久遠で演奏するのに集中してて気付いてないし。そういうところだぞ久遠。

 

「俺に気取られたくなかったらハサン並の気配遮断スキル身に付けなきゃな」

「ハサンって静謐さんのことですか? ...静謐さんみたいな完璧なストーキングは無理ですかねぇ」

 

 気配遮断スキルなんて持ってないくせに俺の気配察知に引っかからない元一般人の寺娘もいるけど。

 

 まあ、そんな話はどうでもいい。

 

「で、何しに来たの」

「ちょっとしたお散歩です。暇だったので」

「ペストやヴェーザーは?」

「二人ともどこか行っちゃいました。ペストちゃんとイチャイチャしたかったのに...」

「.....程々にな」

 

 ヴェーザーは知らないが、ペストはきっとラッテンから逃げたんだろうなぁ。気持ちは分かるよペスト。

 心の中でペストに同情していると、演奏に満足したらしい久遠が縦笛の唄口から口を離し、そしてゆっくりとこちらを見て口を開く。

 

「完っ璧に騙されたわ!! ...って貴女いつからそこにいたの!?」

「マスターマスター。あれが私の望んでた反応です。いいリアクションありがとねー!」

 

 ...色々と忙しない奴らだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中途半端な終わり方になってしまった...


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『我は雷、故に神なり』

オリ主 VS 十六夜 VS 蛟劉が書きたかっただけなのに、どうしてこうなった?

...もう少し、問題児・“アンダーウッド”編にお付き合い下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 “アンダーウッド”大河下流、大樹の根本。

 久遠飛鳥魔改造計画、二日目。

 

 ...正直に言おう。久遠が強くなるビジョンが見えない。

 

「そもそも、たった二日で目に見えて強くなるとか無理だろ...」

 

 何かしらのキッカケがあればいい。

 強敵との激闘の末に何かの力に目覚めたり、強力な恩恵を簒奪したり。

 そういった特別なイベントがあれば話は別だった。

 

 ...いや、違うな。

 俺がそのイベントを起こそうとして失敗したんだ。

 

 

 久遠に魔術を教える──失敗。

 

 

 久遠に強力な武具を与える──不適合、或いは筋力不足で失敗。

 

 

 久遠をメインにおいて神殺し──久遠の猛烈な拒否により未遂。

 

 

 その他にも色々試してみたが、尽く失敗か未遂に終わってしまった。

 神殺しに関しては強い弱いはあまり関係ないので除くが......やはり、問題になってくるのは久遠の脆弱さだ。

 

 魔剣や聖剣、その他伝説級の武具を装備させてみたのだが、久遠にそれを振るう筋力が無かったのである。筋力不足は想定外だった。

 

 今日はそういったイベントに頼るのを諦め、地道に戦闘訓練をしていたのだが...。開始三時間で久遠が倒れてしまったので、今は休憩の時間にしている。

 リフレッシュのために、俺達の訓練を見守っていた黒ウサギが久遠を風呂へ連れて行っているため、久遠はこの場にはいない。だからこそ、俺も弱音を吐く事が出来ているのである。

 

「マスターが頭を抱えてるなんて、随分珍しいこともあるもんだな?」

 

 久遠の育成方法について模索していた俺に、そんな声がかけられる。

 声の主はヴェーザー。たまたま近くを通りかかったヴェーザーを捕まえて、久遠との特訓に付き合ってもらっていたのだ。

 俺はため息を一つ零してから、ヴェーザーの方へ体を向ける。

 

「ヴェーザーも何か案を出してくれよ。長生きしてんだろ?」

「すまないが、こればっかりはな。あの嬢ちゃん次第っつーか、所詮“与えられる側”の俺じゃあ手が出せねぇ。地道に頑張るしかねぇわな」

「.....だよなぁ」

 

 考え得る事は片っ端から試した。

 勿論、全ての武具が使用不能という訳では無い。低位の武具なら久遠でも扱えたのだが...それでは劇的な戦闘力向上は叶わなかった。

 

 ...手段がない訳では無い。久遠の精神を壊すことを代償にするような強行策ならある。

 だが、それは最終手段にもしたくない。

 

「諦める、しかないのかなぁ」

「ま、それが妥当だろうな。残念だが、それがあの嬢ちゃんの限界だ。ヒトっつうのは、マスターが思ってるほど丈夫じゃねぇ」

「俺も一応、そのヒトなんだけど」

「ハハッ、面白いジョークだ」

 

 本当に失礼な奴だな。

 まあ、ヴェーザーの事はいい。今は久遠だ。

 

「つっても、一回引き受けたことを簡単に放り出すのもな...。ヴェーザー、久遠の恩恵のこと、お前はどう思う?」

「どう思う、ってのは?」

「今以上の効力を発揮出来るのか。例えば、そうだな。味方の能力値を向上させつつ、相手の能力値を下げる、みたいなことが可能だと思うか?」

「どうだろうな? けどまあ、それが出来たとしても、嬢ちゃん自身が弱いままじゃ意味がないだろ」

「それもそうか...」

 

 なら、自身の能力値を向上させるのは?

 真っ先に思い付くはずの能力の使い方だろう。

 それを久遠が実践していないのは...まあ、それなりの理由があるのだと思う。デメリットがあるのか、或いは出来なかったのか。

 

 そもそも、久遠の生まれ持つ恩恵とはなんなのだろうか?

 “威光”は、相手の自由を奪う恩恵じゃない。恩恵を支配する恩恵、というのも何か違う気がする。

 

 ...いや、今考えることじゃないか。

 

「ま、ギリギリまで足掻いてみるか。そろそろ久遠も戻ってくるだろうし、また頼むぜ、ヴェーザー」

「また組手相手か? まあ別にいいけど...」

「次からは俺も参加する。二対一だ」

「イジメか?」

「試練って言って欲しいもんだな。なんかこう、強敵と戦うことで能力が覚醒する、みたいなのをちょっとだけ期待してる」

 

 まあ、そう簡単に覚醒なんてしないだろうけど。

 

 

 

 * * * *

 

 

 “アンダーウッド”、主賓室。

 

 ゲーム攻略を数時間後に控えた現在。

 俺達“ノーネーム”に対して与えられたその部屋で、俺はベッドに倒れ込んでいた。

 

「...結局、久遠の強化は終わらなかったかぁ」

 

 まあ、そういうことである。

 今日一日、久遠には戦い続けてもらった。

 実戦に勝る訓練はない。それは、俺が身をもって知っていることだ。

 本来なら魔獣の蔓延るジャングルに一ヶ月くらい放り込んでおく、くらいの過酷なものをやらせた方が強くなれるのだが、如何せん時間が無さすぎる。

 

 まあそれはともかく。

 ボロボロになる久遠を見兼ねた黒ウサギが、久遠に“アンダーウッド”へ残ることを進言したのだ。

 

 久遠自身も、薄々限界を感じてはいたのだろう。

 黒ウサギに言われた直後は悔しそうに唇を強く結んでいたが、やがてゆっくりと頷き、黒ウサギの進言を受け入れた。

 

「...他人事じゃ、ないんだよな」

 

 久遠のぶち当たった壁は、俺も現在直面している壁でもある。

 能力値の限界。それが、俺と久遠の前に立ち塞がる壁だ。

 

 自分の能力値がカンストしている、とは言わない。まだ上はあるだろう。

 だが、そう簡単に伸びることはもうないと思う。

 

「ステータスが伸び悩んでるなら、鍛えるべきなのはやっぱり恩恵...権能だよなぁ」

 

 権能。

 神を神たらしめる、神のみに使用が許された特権能力。

 

 俺が簒奪したのは、三つ。

 雷神ペルーンより簒奪した力。

 夢の神モルペウスより簒奪した力。

 塩水の神ティアマトより簒奪した力。

 

 このうち、きちんと使えるのはペルーンから簒奪した権能、『雷で打つ者』だけだ。

 モルペウスから簒奪した権能は戦いに向く能力ではないし、ティアマトから簒奪した権能に至っては条件が揃わないために未だ使用したことすらない。

 

「それに、一番使い慣れてるのが『雷で打つ者』だしな」

 

 さて、この権能を伸ばすことは果たして可能なのか。

 以前、束が言っていた事を思い出す。

 権能には掌握度というものが存在する、と。

 

「権能ってのは、どんな力だ?」

 

 カンピオーネが権能を行使する場合、そこには鍵が必要となる。『聖句』だ。

『聖句』を唱えることで、俺達カンピオーネは神々にのみ使うことが許されていた、圧倒的な力を使うことができる。

 

 ではなぜ、権能の行使に『聖句』を唱えることが必要なのか。

 それは、自己暗示をかけるためだ。

 

 権能の仕組みなんて、人間には分からない。実際に使っている俺ですら分からないのだ。

 権能を行使できる体はあるが、行使できる技術がない。

 

 そこで登場するのが、『聖句』の詠唱による自己暗示だ。要するに、俺たちカンピオーネは、『何となく』という感覚で権能を行使しているのである。

 

 

 ──とまあ、そんな難しいことを、俺は今まで考えたことがなかった。だって、今の今まで問題なく使えていたのだから。

 だが、それではダメだ。俺は、今より先に進まなくてはならない。

 

「我は雷、故に神なり...か」

 

 権能を簒奪した後、自然と頭に浮かんできたこの言葉が、俺の『聖句』(自己暗示)

 昔は雷と神サマが同一視されていたというし、特に意味の無い、それっぽい文句なのだと、俺は勝手に解釈していた。

 

 だが、そうじゃない。この言葉は、俺が思っているような、意味の無い言葉なんかじゃないはずだ。

 だとすれば。この『聖句』に、何かしらの意味があるのだとすれば。

 

「我は、雷」

 

 俺は雷。...雷は、俺?

 ...そうだ。そうだよ。今まで何十回、何百回と唱えてきたのに、なぜ気付かなかったのか。

 

「雷を出すだけだったら、ちょっと魔力があれば出来る。モードレッドみたいな英霊じゃない、普通の人間でも可能だ」

 

 それはおかしい。

 人を、生物を超越した力である権能が、その程度であるはずがない。

 

 そも、魔術が効かないはずの俺が、なぜ雷だけは無効化せずに吸収するのか。

 権能であれば普通にダメージを負うはずの俺が、なぜ自分の(権能)に焼かれないのか。

 

「俺の権能の本質は、そこ(雷を出すこと)じゃない」

 

 俺の権能。

 雷の神から奪い取った、神々の力。

 

 俺がいつも言っていて、一度たりとも気にしなかった言葉は常に、俺へ力の本質を伝えていたのだ。

 

「『我は雷、故に神なり』」

 

 その日、その時。

 俺は初めて、『権能(神の力)』を行使した。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「凌太。お前、居残りな」

「ちょっと待て意味が分からん」

「居残り。文字通り、そこに居残るさま。またはその人物をさす」

「誰が単語の意味を教えろっつった」

 

 

 “アンダーウッド”大河下流、大樹の根本。

 

 ゲーム攻略を一時間後に控えた現在、この広場には様々な参加者が集結していた。

 主要コミュニティ四つの主力に加え、サラの呼び掛けに応じた幻獣が立ち並ぶ光景は中々に心躍るモノがあるのだが...。

 

「なんで俺が居残りなんだよ」

 

 十六夜の言葉により、俺の気分は下がってしまった。

 そりゃあ協力するとは言ったが、なんで俺が居残りを命じられなきゃならないんだ?

 

「凌太に頼んでた空の足な? アレ、グリーに頼むことにしたから」

「グリー? 誰だそりゃ」

『私だ。久しいな、人間。名は確か...坂元凌太といったか』

「いや誰だお前」

 

 突然話し掛けてきたのは、数いる幻獣の中の一頭。

 鷲の頭に獅子の体...ってことは、こいつグリフォンか? グリフォンに知り合いなんていないはずなんだけど...。

 

『ほう? 私の言葉が理解出来るか。ならば話は早い。白夜叉様のゲーム盤以来、と言えば分かるか?』

「ゲーム盤.....。あっ、もしかしてあの時のグリフォンか? 春日部とゲームしてた?」

『その通りだ。改めて、久しいな、坂元凌太』

「おう、久しぶり」

 

 そっか、あの時のグリフォンか。

 グリフォンを見たのはあの時だけだったし、見分けなんて出来ない。あの時は幻獣の言葉も分からなかったし。

 

 その後もたわいない話をグリーとしていると、十六夜と、いつの間にか来ていた黒ウサギ、久遠が意外そうに声を掛けてきた。

 

「へぇ? 凌太、お前本当にグリーの言葉が分かるんだな」

「そうなのでございますか? ではもしかして、他の幻獣の言葉も?」

「それなりには。知性がアレば大丈夫なんじゃね?」

「でも、以前はグリーの言葉を理解出来ていなかったようだけど? 新しくギフトを手に入れたの?」

「まあ、新しいギフトってことになるのかな。カンピオーネになった時から、神獣や幻想種の言葉は大抵分かるようになったんだよ。ほら、戦う時に相手の言葉が分からないと不便だろ?」

「神獣や幻想種と戦う事が前提なのでございますね.....」

 

 そりゃお前、戦うに決まってんだろ。

 だってあっちから仕掛けてくるんだから。

 

「まあそんなことはどうでもいいんだよ。それで? グリーに乗るから俺は要らねぇってか」

「そうなる。悪いな、凌太」

「.....勝手にあの龍の上に乗り込んでやる」

「行ってもいいが、ゲームクリアなんてした日には俺らと戦争だからな。その辺、ちゃんと考えてくれよ?」

 

 指を鳴らすな、指を。

 分かったから。ゲームクリアはしないから。

 

 一通り俺を脅し終えた十六夜は、他の幻獣ともコミュニケーションを取りたいと言い出し、黒ウサギを連れて幻獣の元へ走って行った。

 俺の近くに残ったのはグリーと久遠。そして、ちょうど十六夜達と入れ替わる形でやって来たラッテン、ヴェーザー、ペストの三人。

 

「ただいま戻りましたぁ。挨拶回り、意外と大変ですねぇ」

「挨拶回り? なんだお前ら、そんなことしてたのか」

「そりゃするだろうさ。今回限りだろうが、一応味方なんだからな。つか、本当はマスターが行かなきゃならねぇんだぞ? 俺ら“ファミリア”のリーダーなんだからな」

「へー」

「へー、って貴方ね...。ヴェーザー、私達のマスターはコミュニケーションというものを知らないみたいよ?」

「失礼だな。俺だってコミュニケーションくらい取れるわ」

「但し興味のある奴に限る、って言うんだろ? どうせ」

「分かってんじゃん、ヴェーザー」

 

 ただの人間には興味ありません。

 宇宙人、未来人、超能力者以下略。

 

 それはそうと、本当にどうしようか。

 挨拶回りはまあ、ラッテン達がしてくれたらしいからもういいとして。ゲームに関して。

 本当なら、十六夜を乗せて巨龍の背に聳える古城に乗り込むはずだったのだが、その予定も崩れてしまった。

 

「巨人屠るか、ゲームクリアしない範囲で古城の探検に行くか」

「最強種を相手取る予定の人間が吐く台詞じゃないわね...。ま、マスターは自由にすればいいんじゃない? 私はほら、能力の適正上、巨人族の相手をすることになるだろうけど」

「能力の適正? なに、黒死病って巨人に有利なの?」

「そ」

 

 短く返答してきたペスト。

 まあ、彼女がそう言うのだからそうなのだろう。なんでかは知らないけど。

 よく分からないが、そういうものなのだと納得した俺に、意識外のところから不意に声が掛けられた。

 

「巨人族はペストに任せとけ。そりよりも、お前は別のことに集中するんだな」

「.....背後にひっそりと立つの、止めてもらっていいですかねぇ」

 

 常に気を張って周囲の気配を探っている俺の背後に、全く気取られること無く接近する者が一人。

 そんなことが出来るのは、俺が知っている限り十人未満。その中で、この場(“アンダーウッド”)にいるのは爺さんだけだ。

 

「あ、ビビった? ビビっちゃった? プークスクス!」

「消し飛ばすぞ糞ジジイ」

 

 露骨に挑発してくる爺さんに向けて、射殺さんばかりの視線と怒気をぶつける。

 図星を突かれたからとかじゃない。そういうんじゃないよ、決して。

 

「消し飛ばす、ね。まあやれるもんなら。...小僧、一つ忠告してやる」

「あ? んだよ突然。気色悪ぃな」

 

 警戒心マックスで爺さんの言動を注視する。

 油断したが最後、何をされるか分かったもんじゃないからな。

 

「そう警戒するな。割と真面目な忠告だ。小僧──『図に乗るなよ』」

「っ!?」

 

 瞬間、とんでもないプレッシャーが俺を襲った。

 物理的なダメージが入っているのではないかと疑いたくなる程の重圧を受け、脂汗が止まらない。

 気を抜いたら一瞬で意識が持っていかれる。そんな確信が持てる程の、圧倒的な威圧感。

 しかもそれは、俺だけに向けて発せられているようで、近くにいる久遠やペスト、ラッテン、ヴェーザーらは、一体何が起こっているのか分からない、という顔をして俺を見ている。

 

 久々に味わったこの感覚。最後に味わったのは...確か、魔王ルシファーとの対面の時? いや、ゲーティアの宝具を前にした時だったか。

 そんな圧力を俺に掛け続けながら、爺さんは厳かに口を開く。

 

「小僧。ちっとばかし上手く権能を使えたからって、それで天狗になってんじゃねぇだろうな? もしそうなら、お前、今日死ぬぞ?」

 

 爺さんの口から淡々と述べられる、そんな言葉。

 それはいつもの軽口ではない。先程爺さんが言った通り、真面目な忠告だ。

 

「──...はっ。お生憎様。テメェみたいな化け物を知ってるからな。たった一個の権能じゃ天狗になんてなれねぇんだよ...!」

 

 震えそうになる体を無理矢理押し込めて、俺は爺さんにそう返す。

 今の台詞は真実だ。確かに俺は昨日の晩、権能の掌握に成功した。

 だが、それだけだ。強くなりはしたが、爺さんという規格外が身近にいる限り、俺が図に乗ることは二度とないだろう。謙虚は日本人の心だし。

 

 俺の返答を真実だと認めたのか、爺さんは放っていたプレッシャーを完全に消す。

 それと同時に、俺の気力も尽きた。

 ドッと疲れが体を襲い、その場に座り込んでしまう。

 

「良いだろう。先日も言った通り、儂は手を出さんからな。最強種...神霊とすら互角かそれ以上にやりあえるのが、あの巨龍だ。アレと戦うってんなら.....まあ、死ぬ気で頑張れ」

 

 そう言って、爺さんは俺の額を右手の人差し指で軽くつついた。

 爺さんの指先はどこか安心するような温かさを持っており、不覚にも呆けてしまう。

 

「期待してるぞ、小僧」

 

 それだけ言い残し、爺さんは踵を返して“アンダーウッド”内部に入って行く。

 主賓室に戻ったか、もしくは“アンダーウッド”の天辺という特等席に向かったのか。

 

 どちらにせよ、あの爺さんはアレだけを言うために俺の背後に忍び寄ったのだろうか? もしかしなくても暇だな?

 

「だっ、大丈夫? 一体どうしたの?」

 

 大樹の影に消えていく爺さんの背中を呆然と眺めていると、久遠がオロオロとした様子で声を掛けてきた。

 やはり、さっきの圧力は俺以外には向けられていなかったのだろう。あれだけのプレッシャーを、ピンポイントで俺だけに当てられるのか...。

 

 爺さんの恐ろしさを改めて実感しながら、俺は久遠に「大丈夫」とだけ伝えて立ち上がる。

 

「ったく、わざわざあんな忠告しなくても分かってるっつの」

「あの老神の気遣いでしょ? 実際、マスターでも巨龍を相手にするのはキツいと思うのだけど。最悪どころか、十中八九死ぬわよ?」

「.....大丈夫だよ。奥の手はある」

「.....そ。ならいいけど」

 

 まあ、たった今できた奥の手だが。

 

「もう、ペストちゃんは素直じゃないですねぇ。マスターが心配ならそう言えばいいのに。私、マスターが死ぬのは嫌よ! って」

「ちょ、はぁ!? 何言ってんの!? 巨人族より先に貴女を黒死病で蝕んであげましょうか!?」

「まあこんな態度だが、ペストもマスターのこと心配してんだ。無茶はすんなよ?」

「だから私は心配なんて...!!」

「善処する。無理だと思ったら即離脱するわ。だから安心しろよ、ペスト」

「っ.....私を無視すんなぁ!!!」

 

 ギャーギャー騒ぐペストを生暖かい目で見守りながら、俺は今後の行動について考える。

 巨人族の方は、まあ大丈夫だろう。黒ウサギや久遠に加え、巨人族に優位に立てるというペストもいるのだ。こっちは任せても問題はないと思う。

 

 しかし、巨龍組は十六夜がいる。

 十六夜と一緒に行動したとして、約束の対巨龍戦以外で俺の出る幕はないだろう。

 それはなんだかつまらない。

 

「.....やっぱり、十六夜より先に古城探索に行こっかなぁ」

 

 ゲームをクリアしたら“ノーネーム”と戦争になる。

 なら、ゲームをクリアしなければいいのだ。探索程度でクリアすることはまずないだろう。だったら春日部が既にクリアしているだろうし。

 

「春日部の安否確認ついでに、軽く古城探索に行くか」

 

 そういう訳で、俺の行動は決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




因みに魔改造に失敗した飛鳥さんですが、オリ主の指導により、身体能力は原作よりだいぶ強くなってます。
成人男性くらいなら余裕で組み伏せられる、プロボクサーのパンチを避けられる、力士には力負けする、程度です。


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落雷の温度は約三万℃、石が溶ける温度は約二千℃

 

 

 

 

「さて...どうしよっか」

 

 そう呟く俺が今いるのは、古びた城の城門前。

 空気の薄いこの場所は、巨龍の背中だ。

 

 十六夜からの依頼が無くなったので、俺は暇潰しがてら敵情視察にきているのである。

 あわよくばこの龍の弱点とかを見つけられないかなー、などと思いながら、気配を消して龍の背に上陸した俺を待っていたのが、この古城だ。

 

 どうしよう、というのは他でもない。この城に足を踏み入れるかどうか、ということである。

 

「なーんか強い気配があるんだけど、これレティシアか? レティシアの気配なんてもう覚えてないんだよなぁ...一回会っただけだし」

 

 龍の圧倒的な存在感で感知しづらいが、確かにこの城内には誰かがいる。それも、今の(・ ・)俺より強い奴が。

 レティシアがそんなに強いというイメージはなかったのだが、今は状況が状況だ。魔王となったが故に超強化されている、という線も捨てきれない。

 

 ...まあ、いっか。

 調べてみなければ埒が明かない。レティシアかもしれないし、そうでないかもしれないが、どちらにしろこの場所(龍の背)にいるってことはゲームと無関係ってわけでもないだろうし。

 そう思い至った俺は、城門を潜って城内に潜入する。

 

 城内は、古びた外見から想像できる通りの風化しきったものだった。

 床や天井、壁には幾多のヒビが走っており、ちょっと本気で蹴れば崩れ落ちそうな程に老朽化している。...龍の背に建てられた城がここまで古くなってるって、それじゃあこの龍は一体どれだけ生きてるんだ?

 そんな疑問を頭の片隅に浮かべながら、朽ちた廊下を数分ほど歩き進る。

 所々に出没する黒い謎生物を避け、時には抹殺しながら探索を続けていると、俺の耳が何かの音を拾った。

 

「──.....だと思っ.....。...ラ、撃退のじゅ.....か?」

 

 それは、少年というイメージが当てはまるような、少しだけ高い男の声。はっきりとは聞き取れなかったが、どうやら誰かと話しているらしい。

 声が木霊しやすい城内とはいえ、声が聞こえるほどの距離まで近付いても上手く気配が掴みきれないか。声の主の正確な位置が分からない。想像以上に厄介だな、この充満してる龍の気配。

 

 まあ、文句は後だ。

 より一層自分の気配を消し、さらに簡単な認識阻害系のルーン魔術を合わせて第三者の視覚からも消える。

 抜き足、差し足、忍び足。一切の音も消し、知覚されることを全力で回避しながら、声のする方へと近付いた。

 

「...、.....は万端で...。今頃は.....め尽くし.......」

「...っかー。私は.....かと思って.....」

「...ん? な...でだ?」

 

 近付くにつれ、当然声もはっきりと聞き取れるようになる。

 現在確認できた声の種類は三つ。つまり、通信越しの通話でない限り、この先には最低でも三人は誰かがいる、ということだ。

 もしかしたら、城内から感じている強い気配の相手がいるのかもしれない。慎重にいかなければ。

 

「.....そ.....すね。リ.....うことも.......るわ。...剰戦力、もしくは援軍のあてがあるのでは? 例えば、例の軍神とか。いえ、今は豊穣神でしたか」

 

 .......ん?

 

「それは...考え得る限りで最悪の出来事だけど、多分違うと思います。だってあのおじいちゃん、約束は守ってくれそうだもの。勘だけど。あと考えられる援軍は牛の王様くらいだけど、その王様は“鬼姫”連盟を援護してます。なので、考えられるのは次の二通りです!」

 

 はっきりと会話の全てが聞き取れる距離まで、俺は声の主達に近付いた。ここまでくれば、さすがに気配も感知できる。この先にいるのは、合計で四人。うち一人は、下手をすれば十六夜クラスのイレギュラーだ。もう少し歩けば、姿も視認できるだろう。

 

 ...それより今、ちょっと気になるワードがいくつか出てきたな...。

 最近まで軍神だった豊穣神? しかもおじいちゃん?

 

「一つ目は、参加者側の謎解きが難航している可能性。...だけど、このケースはありえないと思ってます。今回の収穫祭にガロロ大老が来ているなら、時間さえあれば解答に至れる謎解きだと分かるはず。それにペストちゃ.....じゃなくて。“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”を倒したコミュニティも来ているなら、謎解きが難航しているとは思えません」

 

 少女だと過程できる幼さの残った声はそこで一旦区切られる。

 と、ここで俺は声の主達を視認することに成功した。

 今の声は、予想通り少女のもの。日本人のような、黒髪黒目を携えた子供がそこにいた。

 そのそばにいる白髪の少年と黒いローブを纏った女性、柱の影に隠れるように立っている人がどうかも分からない気配の奴の三人から視線を集めながら、少女は緊張感を帯びた声音で話を続ける。

 

「これは、おじいちゃんが参戦するって事の次に最悪の想定です。地上の参加者たちは既に謎解きを終えていて、尚且つ強行軍を決行しなければならない状況にある。例えば、組織の重鎮が、何かの手違いで敵城に運ばれてしまった、とか」

 

 瞬間、古城が音を立てて軋みだした。

 四人が突然、周囲を威嚇するように殺気を飛ばし始めたのだ。

 一瞬「まさかバレた...?」と焦った俺だったが、どうやらそういう訳ではないらしい。証拠に、誰一人として俺に向かっての殺気は飛ばしてきていない。あくまでも警戒のための殺気。この場に敵がいた場合、それを炙り出すためのものなのだろう。

 

 ならば、俺が焦る必要はない。四人全員が全員、鋭い殺気を放っているが、それでも俺の気配遮断を看破できるほどの相手ではないようだ。

 ...けど、アイツはヤバいな。あの白髪少年。

 城に入る前から感じていた気配の出処があの少年だ。十六夜より強いとは言わないが、恐らくは同等レベル。あまり戦いたくはない相手だ。

 

 息を潜め、次の行動を考える。

 目の前では、殿下と呼ばれる白髪少年が切り札だとかなんとかいう話をしているが、それは俺にとってあまり関係の無い話。まあ、言い換えればあの白髪少年より上の奴は出てこないということなので、ひとまずは頭の隅に置いておく。

 

 さて、どうしたものか...。

 この場で奴らと戦うことも視野に入れつつ、思考を巡らせる。

 目の前の四人を纏めて相手取って、俺が勝てる可能性は低い。白髪少年がいなければ問題はないだろうが...いや、それは慢心だな。実力は未知数、能力的に俺にマウントを取れる相手かもしれない。

 

 だが、今回は俺一人で戦うわけではない。

 もう少しすれば、十六夜率いるゲーム攻略組が到着するはずだ。だったら.....あれ? なんか俺、戦う前提で色々考えてない?

 ...どうやら、俺は自分で思っているよりも戦闘に飢えているらしい。最後に全力で戦ったのは一体いつだったか...。正直、あの白髪少年とは戦ってみたい。サシなら勝つことも不可能ではないはずだ。サシなら。

 

 .....いや、やめておこう。

 下手に手を出して負けるなんて馬鹿げてるし、何よりこの後には巨龍戦が控えてる。ここはスルー一択だろう。

 そう結論付け、気付かれる前に撤退することにした。だが、その前に一つ、気になることがある。

 

 この奥にいるのは誰だ?

 

 柱の影に隠れている奴のことではない。

 そのもっと奥。ここからでは視認できない位置に、もう一つ気配がある。しかも、それなりに強い。

 

 確認してみる価値はあるか。

 幸い、この場に俺の存在を感知出来ている者はいない。ならば、ここで退くのも確認してから退くのも大差ないだろう。

 そうと決まれば即実行だ。

 身体強化をかけて一足で、とも考えたが、過剰に魔力を使うと感知される恐れがあるので、壁に沿いながらそっと歩く。気配に加え視覚や嗅覚からも認識されないように色々な技術を駆使しながら四人の間を抜けた俺は、安堵するより先に奥へ進んだ。

 

「...ビンゴ?」

 

 本当に小さく、俺はそう呟く。

 奥の部屋...恐らく玉座であろう場所にいたのは、いつか見た金髪メイド吸血姫。その瞼は下ろされており、一見寝ているように見える。

 

「おい、レティシア。起きろ」

 

 玉座の裏に隠れながら、俺はレティシアにそう囁きかけた。

 下手に大声を出せば、先程の四人に気付かれる。しかし、小言での声掛けではレティシアが目を覚ます気配は無かった。

 

「.....しゃーねぇ」

 

 この場で起こすことを諦めた俺は、レティシアを眠らせたまま運び出す手段に移行しようと考えたのだが──それが間違いだった。

 

「んな!?」

 

 レティシアの体に触れた、その瞬間。

 突然腹部に強烈な殴打を食らった俺の体は、軽々と壁を破壊しながら吹き飛ばされる。

 

「っつつ.....。...ん? んー、あー.....えっと、ハロー?」

 

 無抵抗のままに吹き飛ばされた俺の体がようやく止まった場所は、つい先程まで覗き見していた広間の中心。つまり、敵陣のど真ん中だ。

 そんな場所に突然人が壁を破壊しながら転がってきたら、そりゃあ注目もするだろう。当然、今の俺も穴が空くのではないかという程の視線に晒されていた。

 

 呆然としている四人が我に返る前に、俺達の前に、一つの人影が降り立つ。

 

「っ! 貴様、あの疑似餌に触れたのか!?」

「は? いや知らない」

 

 殿下、と呼ばれていた少年が俺に向かってそう叫ぶが、疑似餌なんてものを触った覚えはない。俺が触れたのはレティシアであって.....ん?

 

「ごめんやっぱ嘘。多分触ったわ、疑似餌」

「チッ。馬鹿が」

 

 柱の影から、そんな声が聞こえてくる。

 いや知らなかったんだって。ごめん。

 

「えっと、殿下でいいのか? あのさ、この際お前に聞くけど、あの影なに? 倒していいやつ?」

 

 俺を殴ったであろう、目の前の人影を指差しながら、俺は殿下にそう聞いた。

 人影、とはその言葉通りだ。人の形をした影が、俺達の前に立ち塞がっているのである。...よく見りゃ、レティシアに似てんなぁ。やっぱり俺がレティシアに触れたのが原因なのだろうか?

 次にどう動くべきかを模索していると、俺より先にレティシアの影が動く。

 

「チッ。おい殿下、どうなんだ。倒していいのか、悪いのか? もっと言やぁ、コレを倒すことでこのゲームにどんな影響が出るんだ?」

「...ふん。貴様に教える義理はないな、坂元凌太」

「あ?」

 

 レティシアの影が放つ攻撃を躱しながら殿下に問いかけるが、返ってきたのはそんな素っ気ない答えだった。まぁ教えないってところは分からないでもないが...なんで俺の名前を知ってんだ?

 

「俺達がお前の名を知っているのが不思議か? あの老神の所属するコミュニティのリーダーにして、神殺しを名乗る者だぞ。俺達が知らないわけが無いだろう?」

「いや『知らないわけが無いだろう?』とか言われましても」

 

 影の槍を避け、時には弾きながら殿下の言葉に耳を傾ける。

 それにしても、老神ねぇ。やっぱりコイツら、もしかしなくても爺さんの言ってた“魔王連合”って奴らか?

 

 ...まぁ、いっか。

 よくよく考えてみれば、この影を倒したところでゲームがクリアされる可能性は限りなくゼロに近い。だって謎解きしてないからね。

 問題は“魔王連合”の奴らに俺の権能()を見られてしまうことだが、奴ら俺のことを知ってるらしいし、別にいいだろう。

 

雷砲(ブラスト)

 

 拳に魔力を込め、雷に変換させてから勢いよく撃ち抜く。

 俺の拳から放たれた雷の一撃はレティシアの影を容易に呑み込み、古城の天井ごと塵に変えた。

 

「...嘘。たった一撃で...?」

「話以上の実力ですね。さすがはあの豊穣神の所属するコミュニティの長、と言ったところでしょうか」

 

 小柄な少女と、黒ローブを羽織った女性がそう呟く。

 さて、このまま穏便に事が進めばいいのだが。

 

「必要ないかもしれないが、一応挨拶だ。“ファミリア”がリーダー、坂元凌太。以後よろしくな、“魔王連合”」

 

 居住まいを正してそう言えば、殿下が一歩前に出てきて俺に返答してくる。

 

「“魔王連合”...ああ。そう言えばあの老神が俺達のことをそう仮称してたな。ではそれに倣って、“魔王連合”が一員、殿下と呼ばれている者だ。真名の方は控えさせてもらおう。構わないな?」

「別にいいよ。興味もない」

「そうか。...それで? 坂元凌太。貴様、単身この城に乗り込んできて、一体何の用だ?」

 

 そう言って明らかな戦意を示してくる殿下。

 それに合わせ、ほかの三人からもそれなりの敵意が飛ばされてくる。

 

「落ち着けよ。別にお前らと戦う気はない。今はな」

「今は、ときたか」

「ウチの駄神が世話になったみたいだしな。聞いたよ、お前ら強いんだろ? そのうち戦ってみたいとは思うが...今じゃない」

 

 それに、こいつらは“魔王連合”なんて呼ばれてる奴らだ。打倒魔王を掲げてる“ノーネーム”と同盟を結んでいる限り、そのうち嫌でも戦う日がくるだろう。それまではお預けかな。

 

「では、何をしにここまできた? まさか、龍の背に乗ってみたかったから、などとは言わないだろうな?」

「ギクッ」

「.......本気か?」

「冗談だよ、冗談。半分は。だからそんな目で見るな頼むから」

「半分は冗談じゃないんだ...」

 

 呆れたように、少女が半眼で俺を見る。

 場を和ませようとちょっとお茶目に口で擬音を発してみたのだが...くそ、やらなきゃ良かった。結構恥ずかしいし。

 

「コホン。ま、目的って言われれば敵情視察だな。それに、俺らのコミュニティの同盟者が龍の背中(ここ)にいるんだよ。そいつらの安否確認も兼ねてる」

「っ! じゃあやっぱり...」

「そ。ほかのコミュニティの重鎮もこっちに飛ばされてるみたいでな。さっきそこの女の子が言ってた、最悪の事態ってやつだ」

「.....さっき言っていた、だと?」

 

 殿下が何か反応したが、無視だ無視。

 何かを言われる前にこっちが聞く。

 

「俺は今回、このゲームをクリアする気はないんだ。龍と戦えればそれで十分」

「龍と戦う? この最強種と? 本気で言っているのか?」

「オフコース」

 

 未だ柱の影から出てこない奴の声に、そう返答する。

 

「...さすがあのお爺ちゃんの仲間だね。考え方がおかしいよ」

「そうか? ...まぁ、そうなのかもなぁ。最悪死ぬし」

「それが分かっているのに戦うのですか? 態度によらず、自殺願望をお持ちなので?」

「そうじゃない。俺はただ全力で、後先考えずに戦ってみたいんだよ、黒ローブ」

「く、黒ローブ...? また安直な呼び名ですね」

「嫌なら名乗れ」

「.......アウラです」

「ホントに名乗んのかよ」

 

 ちょっと予想外だったが、まあ問題はない。寧ろ得だろう。...いや得はしてないな、うん。

 

「まぁいいや。殿下、でいいんだよな?」

「ああ、構わない」

「んじゃ殿下。ここで戦ってもお互い得はない。それに、もうすぐ“ノーネーム”率いるゲーム攻略組が到着するはずだ。お前、自分の存在を知られたくないんだろう? だったら戦ってる場合じゃないよな?」

「フン。貴様に見られた時点で存在は隠せていないだろう」

「別にほかの奴らに言ったりしねぇって」

 

 まあ、十六夜辺りが勘づくのは時間の問題かもしれないが。

 

「貴様を信用しろと?」

「俺から他人に教えるなんざしねぇよ。(クソジジイ)に誓ってな」

「信用の欠片も無いね、神殺しさん?」

「ま、この世の何に誓ったって、お前らが俺を信用することはねぇだろ? 俺がお前らに信用してもらうために出来ることなんざ何もないんだよ」

 

 そういや、昔カルデアで見た魔術礼装の中にセルフ・ギアス・スクロールとかいうのがあったかなぁ。著名したら絶対にその契約を破れなくなる、みたいな効果の。

 ま、その効果も俺には効かないのかもしれないし、何よりそんなの使う気なんてさらさら無いんだけど。

 

「信用出来る手段ならあるさ」

「あ?」

 

 殿下が、何故か不敵に笑いながらそう言ってきた。

 なんだろう、嫌な予感しかしないんだが。

 

「──お前を殺す」

 

 言葉と同時、殿下の足元が陥没した。というより、殿下が自身の脚力で粉砕したのだろう。

 俺がギリギリ目で追える速度で、殿下の拳が俺の頬を掠る。

 

「...ふん、今のを避けるか」

「残念だったな。奇襲には慣れてるんだ」

 

 言いながら、俺は右足を殿下の腹目掛けて蹴り上げる。

 それは殿下に避けられてしまったが、想定内だ。とりあえず殿下と距離が置ければそれでいい。

 

「四対一。さすがの貴方でも、この状況は不利だよね?」

「さて、どうでしょう。神殺し舐めんなよ?」

 

 殿下よりも速い速度で、黒髪の少女が俺の背後を取った。

 内心では驚いているが、それを表に出したら相手に余裕を持たせてしまう。ギリギリところで取り繕い、強がってみたのだが...なんだよ、今の速度。黒ウサギや十六夜より速い...?

 まあ、それならそれで仕方がない。それよりも次の対処をしっかりしなければ。

 

 俺を中心にして、円状に雷を放出する。

 これなら、後ろに退くなり防御に回るなりするはずだ。その間に脱出路の確保を...

 

「...は?」

 

 思わず、俺の口からマヌケな声が漏れた。

 背後にいた、黒髪の少女。彼女は俺の雷を受けたはずなのに、平気な顔をして俺の背中に短剣を突き刺してやがるのだ。

 

 久々に感じる、じわじわと広がる熱い感覚。

 だがそんなものよりも、俺の思考は驚愕で支配されていた。

 

「チッ。離れろ!」

 

 無理矢理腰を回して、少女の脇腹に蹴りを放る。

 

「おっと」

 

 ...が、その蹴りは虚しく空を斬るだけだった。見えなかったが、恐らく少女の異常な速度で避けられたのだろう。

 

「...出し惜しみしてる場合じゃねぇな、こりゃ」

 

 俺が目でも追えない速度。それは最早、光速に至る領域だ。

 だが、そうだとしたら、彼女の攻撃手段は理に適わない。

 光の速度が出せるというのなら、その速度のまま斬るなり突くなりすればいい。そっちの方が威力が上がるし、何より確実に攻撃が通るだろう。だって見えてないんだから。

 

 その辺はよく分からないが、考えるのは後だ。

 

「我は雷」

「ッ! 奴を止めろ!」

 

 殿下がそう叫ぶが、もう遅い。

 

 少女が飛び退いたことにより、俺に数秒の猶予が出来た。

 たった数秒、然れど数秒。それだけあれば、俺が奥の手を出すには十分すぎる。

 

「故に、神なり」

 

 瞬間、暗い広間を照らす光が(ほとばし)る。

 石壁を突き穿ち、天井を撃ち崩すソレは、俺の体から放出される雷だ。

 

「悪いが、加減は無しだ。全力でいかせてもらうぞ」

 

 そう宣言する俺の言葉に、嘘偽りはない。

 本当は対巨龍戦のために温存しておきたかったのだが、こればかりは仕方ない。殺られる前に殺る。

 

 今の俺は本気も本気、正真正銘の全力全開だ。

 ──全呪解放(・ ・ ・ ・)全ての(・ ・ ・)戒めを(・ ・ ・)解き放つ(・ ・ ・ ・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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雷光は天空にて斯く迸り

 

 

 

 

 

 

 今回、俺が用意できた切り札は二つ。

 雷神ぺルーンより簒奪した権能『雷で打つ者』の真骨頂──肉体の雷化。

 そして爺さんからの贈り物(ゴーサイン)──封印の解呪。

 

 しかしながら、二つ目の切り札、封印の解呪については、恐らく時間制限があると考えた方がいい。力を抑制されたままでは巨龍には対抗できないはずだと判断した爺さんからのサービスなのだろう。

 .....よくよく考えれば、この封印を俺の許可なく勝手に施したのは爺さんなので、実際にはサービスでもなんでもないのかもしれない。ただまあ、本気を出せるというのは喜ばしいことだ。

 随分と久しぶりな気がするな、本当の意味での本気(フルパワー)が出せるのは。存外、ワクワクしている俺がいる。やはり俺にも戦闘狂のきらいがあるのだろうか? ...それはそれで嫌だけど、否定はできないんだよなぁ。

 

 

 さて、まあそんな話は置いておくとして、だ。

 今やるべきことを、きっちりやらなければならない。

 

「一人目」

 

 バチッ! という音が響くよりも先に、俺の掌がアウラの頭を掴んだ。

 今の俺は雷そのもの。そんな俺の手で頭を直接掴まれれば...最悪の場合死に至る。

 声を出す暇もなく意識を失ったアウラをそこらへ投げ捨て、続いて黒髪少女の背後に移動。この場の誰かに知覚されるよりも遥かに速く、少女の背中を殴り飛ばす。

 

「二人目。これで半壊だな?」

 

 俺がそう言い終えるより少しだけ早く、気を失った黒髪少女が古城の壁を突き破った。

 俺の振るう拳は雷の一閃。自然界で発生する落雷よりも、少しだけその威力は高めとなっている。

 そんなものが背中に直撃し、身体中を電気が駆け巡ったらどうなるか。普通の人間なら無事ではいられない。心臓停止という事態に陥っても、なんら不思議ではないだろう。

 

 この少女は何らかの能力を持っていたようだが、知覚されなければ発動しない能力だったらしい。しかも直接触れてやれば、防御のしようもないというものだ。肉体そのものを強化するタイプの能力だったら話は別だったが...まあこの仮定の話こそ別だろう。今すべきことではない。

 

『チィッ!!』

 

 柱の陰からようやく姿を現した男は、みるみるうちにその姿を変質させていく。

 獣化、とでも言うのだろうか。ライオネルを使用したレオーネと似た感覚だが、アレよりも更に獣の気配が濃ゆい。...ってかアレじゃん、まんま鷲獅子じゃん、あの姿。もしかしてこっちが本当の姿だったりする?

 

『吹き飛べェ!!』

 

 そう叫び、謎の鷲獅子は咆哮(ブレス)を放つ。

 確かに大した風圧だが、この程度が俺に通用するとでも思っているのだろうか?

 

「三人目。...匹か? まあどっちでもいいけど。あとはお前だけだ、殿下」

 

 一瞬で無力化した鷲獅子の首を右手で締め上げながら、俺は殿下へと視線を向ける。

 この状況に至るまで、時間にすると約二十秒。封印の解呪がいつまで続くのかは分からないが、これならなんとかなりそうだ。ヤバくなったら逃げる。

 

「.....なるほど。強い...いや、速いな」

 

 目の前で味方全員が倒された殿下の瞳には、静かな口調とは裏腹に怒りの色が垣間見える。だが、そこには一切の焦りの感情は見られない。

 焦りよりも怒りの感情が勝ったのだろうか。そうであればやりやすいんだがなぁ。

 

 まあ、その辺りは気にしても仕方がない。先手必勝。というか、速度で勝っているのだから先手を取らない理由はない。後手必殺? 殿下に俺を目視で捉えることは不可能なのだから問題ない。...ないよね?

 一抹の不安を抱えながらも、俺は一瞬で殿下の懐へと移動する。

 

 殿下は気付いていない。やはり、さすがに雷速は知覚できていないようだ。

 少しだけ安心しながら、俺は殿下の腹を目掛けて拳を振──

 

「──捕まえたぞ」

「っ!?」

 

 そこに立っていたのは、ほぼ無傷の殿下だった。

 

 俺の拳は、確かに殿下を直撃した。雷の一閃は、間違いなく殿下の体を打ち抜いたはずだ。俺の身体は未だ雷のまま。要するに、雷そのものの直撃を受けてなお、殿下は無傷だったということ。

 そして何より俺を困惑させたのは...殿下の左手が、俺の右腕を握り潰さんが勢いで掴んでいるということだ。

 

 雷を掴むなど、自殺行為だと言う前に不可能のはずだ。

 仮に絶縁体のような体質、もしくは恩恵を持っていたとして、雷という一定の形を取らない物を掴むというのは可能だろうか? いや不可能だ。水を弾く素材を使った手袋をしたとして、流れる川の水を掴む事が出来ないことと同じである。ごく一部を掠め取れたとして、それもすぐに流れ落ちる。

 

 ...なんて、言ってる場合じゃあねぇんだわ、これ。

 

「とりあえず、これはアウラの分だ」

 

 そう言って、殿下は右手を握り締めて俺の顔面へと容赦なく叩きつける。痛い。凄く痛い。なんで痛いんだよ今の俺雷のはずじゃんなんで物理が効くんだよ意味分かんない。

 

「次はリンの分」

 

 軽く混乱している俺の胸に、続く二発目の拳が振るわれた。

 今の俺には吐く血すらも雷に変換されているために、口から紫電が放電する。意味分かんない。

 これで後方に殴り飛ばされていれば良かったのだが、殿下が俺の右腕をしっかり握り締めているため、飛ぶに飛べない。自力で逃げ出すことも先程から試しているが、中々抜け出せないでいた。なんて怪力してやがる。

 

「まだいくぞ。次はグー爺の分だ。その次は...まあ、なんでもいいか」

 

 それだけ言い残し、殿下のラッシュが炸裂する。

 一秒間に百発はくだらない。無数の拳が俺を襲う。

 

「なめっ...ん、なァ!!」

 

 俺とて、ただ殴られ続けるつもりはない。

 体を捻り、雷速の蹴りを殿下の脇腹へと叩き込む。雷のままではまた防がれる可能性もあったため、ヒットの瞬間に脚を実体化させてみれば、予想通り殿下の体はくの字に曲がって横に飛んで行った。

 その際、殿下が俺から手を離したのは本当に良かった。一緒に吹き飛ぶとかアホらしすぎる。

 

「ハァ、ハァ.....クッソ、どこも怪我はしてねぇけど...ダメージはちゃんと入ってやがんな...。雷化してなけりゃ何本の骨が逝ってたんだよ」

 

 軽く愚痴りながら、実体化させた脚を再度雷化させる。

 それと同時、壁に衝突して破壊し、その瓦礫に埋もれていた殿下がユラりと立ち上がった。

 

「ふむ。さすがに目では追えないか」

 

 ポンポン、と服に着いた埃を払い落とす殿下には、俺と違ってダメージがあるようには思えない。

 

「チッ、化け物め」

「貴様には言われたくないな、神殺し(バケモノ)

 

 同じ《魔王連合》というグループに属していても、殿下は文字通り格が違う。雷が効かない? いや、それだけならまだいい。下手をすれば、俺の攻撃は何一つ通用しないのかもしれない。単純にスペック差があるのだ。

 

 ...いや、弱気になるな。速度では完全に俺が勝ってる。ヒットアンドアウェイの戦法を取り続けていれば或いは──ッ!?

 

「考え事とは、余裕だな」

 

 不意に俺の視界がブレたかと思えば、俺の頭上から殿下の声が聞こえてくる。なんだ? 後頭部が痛いし、目の前が真っ暗だ。なるほど、地面に顔面を打ち付けてるから暗いのか。...なんで俺、地面に顔面強打してんだ?

 

 待て、理解が追いつかない。

 殿下による攻撃を受けたのは明確だ。かかと落としでも食らったのだろう。今の状況がそれを如実に表している。

 では何故、俺はその攻撃を食らった? 殿下の動きはまるで見えなかった。つまり、殿下は俺よりも速い? いや、そんなことがあってたまるか。ってことはテレポートの類か? 空間転移の使い手なのだとしたら、俺に速度でのアドバンテージはほぼ無いと思っていい。...えっ、何それヤバくない?

 

「目で追えないのはお互い様。であれば、パワーで上回る俺が優位か? まあ、木っ端な神を殺した程度で付け上がる奴に負けてやるつもりは最初(ハナ)から無いがな」

「...木っ端たぁ、言ってくれるじゃねぇかよクソガキ。アイツらと戦ったこともないくせに」

 

 しかしまあ、ぺルーンやモルペウスなら殿下でも勝てるだろう。このクソガキはそれくらいに強敵だ。ティアマトは別格だが.....ふむ。思考がズレたおかげで少しは冷静になれたな。

 

 速度では俺が勝っている。それは事実だろう。

 問題は、俺も殿下の動きを目で追えていないということ。

 確かに、俺は殿下よりも速い。だがそれは、殿下の動きを目で追えるということと同義ではないのだ。

 

「いくぞ、神殺し。死にたくなければ構えろ」

 

 またしても、殿下の姿が消える。

 相も変わらず、その動きを目で追うことはできない。だが、俺の方が速いというのであれば、いくらでも対処できる。

 

 殿下の姿を見失ったことを知覚すると、俺はすぐさま右に跳んだ。

 するとどうだろう。一瞬前まで俺がいた場所に、拳を振り切った格好の殿下の姿を確認することができる。

 

「ちっ、もう見切られたか」

 

 攻撃が当たらなかったことにより、殿下が悪態をつく。

 キョロキョロと周りを見渡し、とっさに避けた俺と目があった。

 

 やはり、目で追えなくても対処のしようはある。捉えきれなくなったら直感に頼って回避し、殿下の動きが止まったところを狙えば何の問題も──

 

「じゃあ、もう少し速度を上げるか」

 

 そんな声が聞こえてくる前に、俺は咄嗟に伏せる。首筋に悪寒が走ったのだ。

 案の定、とでも言うべきか。一瞬前まで俺の頭があった場所を、細い脚が風ごと薙ぎ払った。いわゆるカマイタチ、真空波のような現象を起こすほどの豪脚を放ったのは、もちろん殿下。なんなんだよこのガキは本当に。

 

 避けられたのは本当に偶然だが、この偶然(チャンス)を逃すわけにはいかない。予備動作無しで、雷速の右ストレートを殿下の顎目掛けて振るう。

 

「ッ...!」

 

 自画自賛できるほど綺麗に入った俺の拳は、殿下を軽く宙に浮かすことに成功した。

 

「お返しだ。これは俺の分!」

 

 一度地面から脚を離させれば、あとはずっと俺のターン。殿下が空を飛べない事を一心に祈りながら、攻撃を畳み掛ける。

 

 下からアッパー気味の拳を左右合わせて十二発。破壊された古城の天井を抜け、大空に放り出された殿下を空中で横に蹴り飛ばし、先回りしてさらに上空へ蹴り上げる。そしてまた先回りをし、かかと落としで蹴り落とした後は、更に更に先回りしてもう一度上空へと蹴り上げる。

 

 ずっとこれの繰り返しだ。地面へ脚を付かせる隙を与えず、空中戦に持ち込んでフルボッコ。

 あとは、殿下のダメージ蓄積量が限界を迎えるのを待つだけ。唯一の問題は、いつ封印が再発するのかということだけだが...。こればっかりは完全に運次第だ。

 

「グッ...ガッ...!」

 

 一発一発に殺意を込めて、常に全力の一撃をヒットさせる。先程までは余裕のあった殿下だったが、確実にダメージが入り始めている。

 俺のタイムリミットが先か、殿下の体力が尽きるのが先か。そんなデッドヒートを繰り広げていた俺の耳に、完全に予想外だった声が届いた。

 

『図に乗るなよ、小僧ォオオオ!!!』

 

 横目で声のした方をチラリと見れば、そこには黒い龍がいた。今俺たちが乗っている巨龍のようなタイプではなく、巨大な四肢を持った漆黒の西洋龍。いつぞやに対峙したファヴニール(ポチ)の小さい版、と表現するのがピッタリな龍だ。

 だが、小さいとはいえ、それはファヴニールと比べた時の話だ。ワイバーンなんかよりは全然大きいし、内包している力も桁が違う。やはり最強種は最強種、ということだろうか。

 

 そんな黒龍が、俺に向けてその大きな口を開いていた。

 口内にはみるみるうちに膨大なエネルギーが蓄積されていき──そのエネルギーを炎に変換して解き放つ。

 

「チッ!」

 

 どこからともなく現れた黒龍が放つのは、炎の咆哮(ブレス)

 今の俺に致命傷を与えられるほどの威力ではないが、無視できる威力でもない。避けるなり防ぐなり、何かしらの対処が必要だ。

 そしてそれが、決定的な隙となる。

 

「...次は俺の番だな?」

 

 魔力の壁で炎を防いだ俺の頬に、殿下の強烈な蹴りがめり込んだ。先程とは立場が逆転し、今度は俺が吹き飛ばされる。

 

 空中で踏ん張れもしないのに、一体なんでこんな威力が出るのか。星が見えたぞ。つーかもっと根本的な話で、なんで雷に物理が効くんだよ。おかしいだろ、普通に考えて。.....あ、そっか。普通じゃないのか。

 

 そんな納得出来そうで出来ない結論に至っていると、古城の城壁より外側、城下町らしき街中の大通りに着弾した。...いや、俺の場合は落雷の方が正しいか?

 

「...地面に衝突しても痛くない...。やっぱり物理は効かないよなぁ。クッソ、なんで殴れるんだよあのガキは...!」

 

 仕組みが一切分からない攻撃に対し多少考察してみるも、分かることは何も無い。精々が、雷無効のギフトでも持っているのだろうか? といった憶測だけだ。この憶測が正しかったとして、そこから勝つために必要な手段は...

 

「──...凌太?」

 

 必死に思考を巡らせていると、ふとそんな声が聞こえた。

 

「.....ああ、春日部か。久しぶりだな」

 

 声のした方へ視線を向けてみれば、そこには見覚えのある短髪のスレンダー娘の姿があった。所々汚れているものの、目立った外傷はないようだ。

 そして、そんな彼女の後ろには、他にも複数の人影がある。その中には、見覚えのあるカボチャもいた。

 

「お前は...確か“ウィル・オ・ウィスプ”の...」

「ヤホホホ! ええ、ジャックです。こうして話すのは初めてですね、“ファミリア”のリーダー」

 

 空気を読んでか読まずか、軽快に笑ってみせる大悪魔。いや表情は変わっていないんだが。

 

「凌太、どうしたの? いや、あのお爺ちゃんが収穫祭に参加してたから、凌太もくるのかなー、とは思ってたけど...。あとそれ、なんで光ってるの?」

「お前らを助けてゲームをクリアするついでに、この龍と戦いにきたんだよ。光ってんのはアレだ。俺の権能(ギフト)

「「龍と...戦う?」」

 

 権能の部分は見事にスルーし、「龍と戦う」という部分をピックアップして、馬鹿なの? という目を向けてくる春日部とカボチャのお化け。

 みんなこんな反応だな。賛同、とはちょっと違うけど、ちゃんと受け入れてくれたのは十六夜と爺さんだけか。まぁいいんだけど。

 

「それより。今すぐ逃げろ...いや、逃げるぞ、お前ら。詳細は省くが、このままだと俺らは死ぬ」

 

 殿下のいる方向を注意しながら、俺は春日部達に忠告する。

 死ぬ、は言い過ぎかもしれないが、まあ全滅はするだろう。春日部とカボチャ以外に戦える奴が何人いるのかは知らないが、パッと見たところ強い奴はいない。精々囮や盾として使えるくらい、か。まあ、それは春日部が許さないだろうから却下するとして、そうなるとただの足でまといでしかない奴が多数。

 殿下だけで手一杯なんだ。加えて、広域殲滅型の攻撃(ブレス)を持つ龍も相手にするとなると少々キツい。

 

 それに、そろそろ俺の方が時間切れだ。

 

「逃げるって...何から?」

「十六夜級の化け物から。今十六夜達がこっちに向かってるから、さっさと合流すんぞ。そうすりゃなんとかなる」

「...ヤホホ。その化け物とは、こちらに飛んできている黒龍のことですかねぇ?」

「あん?」

 

 カボチャの言葉を聞き、俺は再度古城へと注意を向ける。

 確かに、黒龍はこちらに飛んできていた。目視でも確認できているし間違いない。

 だが、殿下はどうした? あのガキ、古城から動いていやがらねぇのか? 気配を探ってみても、感知こそできるが正確な位置は掴みきれない。クソ。この巨龍の気配、ホントに邪魔だな。

 

「とにかくだ。さっさと逃げるぞ」

「でもレティシアが...」

 

 レティシアの安否を気にしてか、逃走に躊躇する春日部。

 カボチャの方にしても、逃げる気はあまり無いように見える。敵が黒龍だけだと思い込み、それなら倒せると思っているのだろうか。...立場が逆なら俺もそう判断するだろうから、何も言えねぇなぁ。

 

「レティシアは無事だよ。少なくとも死んじゃいない。さっきこの目で確認した」

「! じゃあ助けに──」

「それが無理だったから、俺が今ここにいるんだろ」

 

 未だレティシア救出に固執する春日部へ、少し語尾を強めてそう言う。春日部の主張も分かるが、足でまとい(コイツら)を守りながら殿下となんか戦っていられない。春日部に何かあれば十六夜が黙っていないだろうし、ここは逃げの一手だろう。逃げることは恥じゃない。

 

「...御二方、構えなさい。きますよ」

 

 カボチャがそう言うので見てみれば、こちらに向かってきている黒龍が大きく開口している姿が目に入る。なるほど、さっきのアレ(ファイヤ・ブレス)か。

 

「なっ──」

「なるほど。さすが“ファミリア”のリーダーが焦るだけの相手、ということですかね。アレはマズい...!」

 

 勝手に間違った解釈をし、勝手に納得したらしいカボチャの声に余裕が無くなる。カボチャ一人ならどうとでもなるのだろうが、後ろの連中を守るとなると難しいのかもしれない。

 こちらの事情など当然無視で、炎の咆哮は放たれる。

 カボチャが俺たちを庇うように前に出るが、俺はそれを押し退け前へ出た。

 

 

 悲鳴が上がる。混乱に満ちた声が、俺の後ろで舞い上がる。

 俺の行動に対するもの、自らの命、または大切な者命の危機に対するもの。大地を焼き尽くすほどの灼熱を前にして、悲鳴の種類は、主にこれらに分けられる。

 

「──うるせぇ」

 

 それら一切を一蹴するように、俺はそう呟いた。

 

 大地を焼き尽くす灼熱の炎。なるほど、そいつは恐ろしい。最強種の襲来。なるほど、そいつは絶望的だ。

 だがしかし、今ここには俺がいる。

 

「退けよ、駄龍。お前じゃ俺に勝てねぇっつうのが分かんねぇのか」

 

 大地を焼き尽くす灼熱の炎? 最強種の襲来? んなもんとっくに経験したし、越えてきた。今更恐れることはない。

 

「...これはこれは。噂に違わぬ実力者のようですねぇ、“ファミリア”のリーダー」

「うそ。アレを、防いだの...?」

 

 後方から、そんな声が聞こえてきた。

 俺が張った魔力の壁は、あの程度の炎なら完璧に防ぐ。

 俺を起点として、俺の後方には扇形の安全地帯が広がっていた。そこ以外は抉られるように焼かれており、それに恐怖する者、生き残ったことに安堵する者などの声も聞こえる。安全地帯から外れ、死んだ者はいないようだ。

 

 まあ、春日部以外の誰が生きようが死のうが興味はあまりない。俺の興味の対象は、現在殿下という化け物に固定されている。

 全ての権能(チカラ)を出し切れば、まだ勝機はあっただろう。だが、力を行使するだけのら条件が揃っていないし、何よりもう俺の方が限界だ。

 

『──なるほど。小僧を追って来てみれば、こんな場所で巡り会うとはな。コウメイの娘よ』

「退けっつってんだろうが。何を無視してやがるこのトカゲ野郎」

 

 忠告を無視したのだから、俺が手加減する理由もなくなった。いや、元々手加減なんざするつもりはなかったのだが。

 何やらこちらに知り合いがいたようだが、再会の感傷に浸る時間をやるほど俺は優しくない。というか、いつ殿下が襲ってくるのか分からないこの状況で、敵を放置する理由は本当に無い。

 人質ならぬ龍質にしてやろうか。とまあ、そのくらいだろう、この龍の利用価値は。

 もちろん、龍質など取るつもりはない。是が非でも勝たなくてはならない時以外でそんな手段を取るのは、俺の好みじゃないしな。

 

「俺お手製の対龍魔術だ。歯ァ食いしばる前にくたばりやがれ、空飛ぶトカゲ」

 

 封印が再発する前にあの龍をぶっ倒してから離脱しよう。

 そう決めた俺は、空中に直径十mは優に超えるほどの魔法陣を展開する。

 

 目には目を。歯には歯を。龍には龍を。

 対龍というものを考えた時、真っ先に思い浮かんだ答えがこれだった。ただの龍では意味がない。より確実に龍にマウントを取れる龍が必要だ。

 

「ドラゴンにはこおり。常識だよなぁ?」

 

 魔法陣の中心に、一振りの西洋剣を放り投げた。

 その剣が魔法陣に触れれば、徐々に魔法陣と融合し始め、やがて剣は虚空に消える。

 

「.....なんだ、ありゃ」

 

 名前も知らない老いた獣人が、後ろでそんなことを呟く。

 かろうじて声を発せたのはその老獣人だけ。そのほかは、今の光景に圧倒されている様子だ。

 

「終わらせろ、氷の龍王」

 

 さぁ、蹂躙の始まりだ。

 終わったら逃げるぞ。

 

 

 




できれば今月中に次話投稿したいな、とは思ってます。


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かの勝者、わりと敗北しているにつき

お久しぶりです。まだ生きてます。

今後はオリ主主観以外のものも入れていこうかとおもいます。そっちの方が楽だって気付いたので。とりあえず今回は第三者主観でいきます。
あとこれ、番外編も含めると100話目です。もうそんなに書いたのか...。書き始めてからもう2年以上経ったんだもんなぁ...。
という訳で、これからも自己満足全開の文を書いていくと思いますが、どうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

「終わらせろ、氷の龍王(ダインスレイブ)

 

 凌太の声が廃墟に響く。

 それと同時に、周囲の温度がグンと下がった。

 

「...なに、アレ...?」

 

 先程、老いた獣人──ガロロ=ガンダックが呟いたのと同じ言葉を、春日部耀は震えながら口にした。

 彼女達の目線の先に在るのは、飛来してきた黒龍などより断然巨大な氷の龍。その頭部だ。

 未だ魔法陣から這い出ている最中で全体像は見えないが、推測で全長約三十mはあるだろうか。そう思える程の大きな頭と、圧倒的な存在感。

 

「...ぃ、おい! 聞いてんのか春日部!」

「っ、」

 

 肩に手をやられ、耀はビクリと跳ねる。

 慌てて龍から目を離し、目の前に来ていた少年へと目を向けた。

 

 坂元凌太。自身が所属するコミュニティ“ノーネーム”と同盟を組む“ファミリア”のリーダーであり、問題児三人組と一緒に箱庭へ呼ばれた少年。

 時たまふらりと箱庭に現れては好き勝手に暴れ周り、その馬鹿みたいな力で他者を魅せる。自分以上で十六夜並の問題児。それが、耀が目の前の少年に抱く印象の一部だった。

 

「ったく、呆けんのは後にしろ。さっさと行くぞ。おいカボチャ! 誘導は任せていいんだな!?」

「ヤホホホ! 案内はよろしいですが、その呼び名はなんとかならないですかねぇ?」

 

 突然降ってきた時とは違い、今の凌太はどこも光っていない。

 ついでに言うと、服も来ていない。上下共にだ。

 そんな全裸野郎が目の前に立っていればどうなるか。もちろん、股間の男の象徴も目に入ってしまう。

 

「...? .....!?」

「あん? 暴れんな春日部。逃げるぞっつってんだろ」

 

 声にならない悲鳴を上げる耀へ対し、凌太は平然と接している。そしてあろう事か、耀を肩に担ぎ始めたではないか。

 まるで米俵か何かのように担がれたことで、耀の視線の先には古傷だらけの尻が現れる。

 

「ちょ、降ろして!」

「死にたくないなら黙ってろ。本気でヤバい奴がいるんだよ」

「それ絶対凌太の事だよ、この変態!!」

 

 ジタバタと暴れる耀を抑える凌太だったが、すぐに耀の様子がおかしいことに気が付いた。

 おかしい。この少女はこんなに取り乱すようなキャラだったかな、と。

 頭の片隅で逃げきるための算段を立てつつ、凌太は耀の言葉を脳内で反芻し、解読していく。

 

「.....変態?」

 

 耀の最後の言葉に辿り着いた時、凌太はようやく違和感に気付く。

 

 ──ヤケに下がスースーするな。いや、下だけじゃなくて全身...?

 

「...ふむ。なるほどそういう...。まあ落ち着けよ春日部。これは事故だ、わざとじゃない」

「なんで!? なんで落ち着いてるの!?」

 

 凌太曰く。

 いや、雷そのものになってたんだから服なんてすぐ燃え尽きちゃうじゃん?

 

 耀曰く。

 何言ってるのか分かんないけどはよ服を着ろ。

 

 

 

 

 顔を真っ赤にした耀に言われて、凌太は一瞬で服を魔力で編み、身に纏う。今回はいつもの制服やエミヤ支給である某ファストファッション店のような服ではなく、黒のスキニーパンツに紺色の開襟シャツという姿だ。

 

「はいはい。これで満足か?」

「なんで私がわがまま言ったみたいになってるの!?」

 

 凌太の肩で騒ぐ耀だったが、それも長くは続かなかった。

 

『逃げられるとでも思うのか、人間!!!』

「ああ、思うね。そら、頭上注意だ」

 

 吼える黒龍に対し、どこからともなく雷が落ちてくる。

 それは紛うことなき凌太の仕業であり...その時間を以て、凌太の技は完成した。

 

『────────』

 

 声は無い。

 だが、その威圧感こそが声だとでも言うように、音のない咆哮が周囲に広がる。

 

 氷の龍王、ダインスレイブ。

 かつて英雄派のジークフリートが所持していた魔剣の一つであるダインスレイブ。それを核として造り上げられたものが、この龍である。ダインスレイブの逸話に『こおり』を司るなどというものは一つもないが、実際ダインスレイブは氷を司っていた。であるならば、と凌太が改造して威力を底上げし、さらに古代ルーン文字も織り交ぜた魔法陣を通すことで、氷の魔剣は絶対零度の龍王へと姿を変えたのだ。

 

 まあ、龍とは言っても、氷の龍王(ダインスレイブ)そのものに意思はない。一種のゴーレムのようなものだ。

 そんなゴーレムに、凌太が命令したことはたった一つ。

 

 《終わらせろ》

 

 

 

『───────』

 

 遂にその全身を現した氷の龍王は、その威圧だけで突風を巻き起こす。

 全長約三十m。だいたいビル十階ほどの巨体を誇る龍王は、迷うことなく黒龍へと視線をロックした。

 

『チィッ! 何から何まで化け物か...!』

 

 黒龍──グライアは吐き捨てるようにそう言い、攻撃目標を凌太達から氷の龍王へと変更した。

 エネルギーを蓄積し、炎のブレスを撒き散らす。地殻すらも抉るそのはかいこうせんは、だがしかし。氷の龍王に届くことは叶わない。

 

『なんっ──!?』

 

 グライアの言葉が詰まった。

 グライアだけではない。その光景を見ていた者のほとんどが、目の前で起こった出来事に理解が追いついていない。

 だが、それもそうだろう。

 

 凍ったのだ。自信の一撃であった炎のブレスが。灼熱を誇る熱炎が。あろう事か、龍王が纏っている冷気だけで。

 龍王が攻撃を防いだのではない。ただ、飛んできたものが勝手に凍っただけ。

 

 言葉を無くすグライアに、氷の龍王はゆっくりと手を伸ばす。

 近付いただけで、灼熱を誇る炎があの有様だ。それが、直接触れられればどうなるか。グライアの未来は想像にかたくない。

 

 

 

 

 怪獣大決戦の現場から退却しつつも、凌太に担がれていたことで終始しっかりと戦闘を見れていた耀は、後にこう証言する。

 

『あれは間違っても戦闘なんかじゃない。ただのイジメだった。ちょっと敵に同情しちゃうくらいにはイジメだった』

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 “アンダーウッド”上空。吸血鬼の古城。

 

 すっかり破壊し尽くされたその場所で、殿下は一人佇んで...否、正確には血反吐を吐いていた。

 

「...チッ。思ったよりもダメージがデカい。...あの神殺し、確か増援が向かっているとか言っていたな。このまま奴と戦い続けるのは危険か...」

 

 凌太の抱える問題(封印解除の制限時間)を知らない殿下は、そうして凌太への追撃を諦める。

 かつての同胞とでも言うべきペスト、ヴェーザー、ラッテンの三人を打ち負かした際の主力コミュニティ二つ。《ファミリア》と《ノーネーム》は今回も手を組んでいるらしい、という情報は殿下も知っている。さらに、《ファミリア》にはペスト達三人が所属していることも把握済だ。

 それだけの戦力を相手にするにはまだ早い。そう判断した殿下は、倒れているアウラを抱えて古城をあとにする。

 

「...で、リンはどこまで飛ばされたんだ...?」

 

 どこかにかっ飛んだゲームメイカーを探すのに小一時間かかり、その間に某豊穣神と遭遇して弄ばれるなどの事件があったりするのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「...ん?」

 

 氷の龍王による一方的な殲滅が終わった後。殿下という強敵から耀を逃がそうとしていた凌太が、何かに気付いたようにふと足を止めた。

 

「? どうしたの、凌太」

 

 すでに凌太の肩から降りた耀が、凌太の方を気にするように振り返る。

 黒龍という目に見えた脅威が無くなったためか、耀にあまり緊張感はないように見える。それは耀だけではなく、ほかの面々もそうだった。

 

「いや、あの野郎の気配が遠くなっていくなって」

「あの野郎?」

「...ああ。俺がさっきまで戦ってたやつ。十六夜並のバケモンだよ」

 

 一瞬、殿下達との口約束が凌太の頭をよぎるが、先に約束を破る...というか、守ろうとすらしなかったのは殿下達だ、と思いなおす。

 

「そんな...凌太が負けるような相手がここ(龍の背中)にいるなんて...」

「ふざけんなまだ俺は負けてねぇよテキトー言ってんじゃねぇぞ」

 

 そう。勝ってはいないが負けてもいない。

「撤退=負け」ではなく「撤退=勝負の延期」と捉える凌太の思考上、確かに負けてはいないのだ。

 

 とまあ、そんな負けず嫌い野郎は放っておくとして。

 実際、凌太と殿下が戦えば、凌太の方が分が悪い。全力を出せるのに時間制限があるほか、ここでは全ての権能を扱える条件が整っていないのだ。あのまま戦い続けていたとして、負けていたのは恐らく凌太の方だったであろう。慎重になった殿下が退いたのは、凌太達にとって僥倖以外のなにものでもない。

 

「負けてないっていっても、凌太が『逃げよう』って提案するくらいには強いんでしょ? ...まぁそれでも、 そいつのそばにレティシアがいるなら、私は行かなきゃ」

「落ち着け。もう少し待てば、多分あのガキは古城からいなくなる。まだ慌てるような時間じゃないんだ。一回十六夜達と合流すんぞ」

 

 勝者(カンピオーネ)として意地でも負けたくないし、仮に負けたとしても負けたままではいられない凌太にとって、殿下と戦うこと自体は反対ではない。凌太とて死ぬのは嫌だが、負けることの方が嫌らしい。

 

 だが、耀を守ることを念頭に置いている限り、さすがの凌太も無理をすることはできない。自分のプライドと身内の安全。この二つを天秤にかけた結果、後者へと傾いたのだ。

 

「ちなみになんだが、春日部」

「なに?」

「お前、今回の謎解きって出来てる?」

「このゲームの? まあ、一応」

「.....そっかー」

 

 少しだけ、凌太の顔に悔しさが滲み出る。

 はっきり言って、凌太はまだほとんど勝利条件が分からずにいた。分かっているのは“魔王ドラキュラ”を殺害するか、“レティシア=ドラクレア”を殺害すれば終わるということ。

 “魔王ドラキュラ”=“レティシア=ドラクレア”であると考えられる以上、その二つは実質的に一つとカウントされるし、レティシアを殺すことは“ノーネーム”へ喧嘩を売るも同義。それは避けたい。

 

 となると必然、第三、第四の勝利条件の謎解きをしなければならないわけだが...。

 

「『砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ』ねぇ...。そもそも文として成立してんのか、これ?」

 

 第三勝利条件は全くの理解不能。星空を集めるまでは、可能かどうかは置いておくとして、なんとか理解できた。だが、実際に玉座に捧げなければならないのは獣の帯。星空どこいった? というのが凌太の考え付いた先だ。

 

 第四の勝利条件『玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て』についてはまだ理解できる。が、それは第一と第二の勝利条件と同じではないのか? と、そう思ってしまうのだ。仮に革命指導者≠レティシアなのだとしても、この広い箱庭で、宛もなく、たった一人を探し当てるなど困難極まる。単純に時間の問題もあった。

 

「.....いや...星と、獣?」

 

 星と獣で関連して凌太の頭に浮かんだのは、どこぞの熊のぬいぐるみ。星に召し上げられた色男の末路。

 そこからさらに関連して出てきたのは、星座である。

 

「朝のニュースとかでよくある、干支とかじゃなくて......なんだったっけ?」

 

 落ち着いてきた凌太に、ふとした考えが降りてきた。

 ようやく謎解きへの活路か見えてきたところで、隣を歩く少女の方から声が飛んでくる。

 

「あっ。凌太、あれ。あれ十六夜達だ」

 

 そう言った耀は、どこか安心したような表情で正面を指さす。

 十六夜とグリー、そしてその他ゲーム攻略組の姿を確認した凌太は、一旦謎解きへの思考を絶ってから、十六夜達のいる方へと気持ち早足で進んで行った。

 

「よう、ようやく着いたか、十六夜」

「あん? なんだよ凌太。お前、姿が見えないと思ったらこんなとこにいやがったのかよ?」

「おう。暇だったんで、一足先に敵情視察をな。レティシアも見つけたぞ」

「あの城の玉座だろ? ...つーか、あれ本当に城なんだよな? なんか他の建築物と比べて、破壊のされ方が半端ないんだが...」

 

 目を凝らして城を見る十六夜が、そんな疑問を零した。

 誰に向けたでもない、ただの独り言だったそんな呟きを拾ったのは、グリーとの挨拶を済ませた耀だ。

 

「さっきまでは結構綺麗だったんだけど、なんか城内から出てきた雷に粉砕されちゃったんだよ」

「なるほど。つまり全部凌太が悪いんだな?」

「酷い言われようだ」

 

 ちょっと死闘してただけなのに、と凌太は文句を言うが、実際のところ八割くらいは凌太が悪い。

 そんな凌太を見て軽く肩を竦めた十六夜は、キョロキョロと興味深げに辺りを見渡す。

 

「にしても、城以外は随分と綺麗なままなんだな」

「? なんでお前、ちょっと残念そうなんだよ。綺麗に残ってんのはいいことだろ? 知らんけど」

「いや、空の古城といえばもっとこう、古代文明を包む緑豊かな場所の方がロマンがあるだろ?」

 

 珍しく辛口な評価を下す十六夜に、凌太は「いや、知らん」と興味なさげに返す。実際あまり興味はないのだろう。何気にミーハーなところのある凌太にとって、ロマンへの価値観は十六夜とは異なるのかもしれない。

 

「ま、そんなことよりレティシアだ。俺はもう謎解きは終わってるが、春日部の方はどうだ?」

「うん、解けたよ。第三勝利条件だけだけど。“砕かれた星座”...黄道十二宮の欠片も、アーシャ達が見つけてきてくれたよ」

「あっ、そうだそれだ。かに座とか射手座とかのやつ。朝のニュースの星座占い」

 

 そこで凌太はようやく思い出したらしいが、ぶっちゃけどうでもいいので全員が無視する。

 

「ふぅん? その欠片、今手元にあるか?」

「うん、あるよ。これ」

 

 耀が取り出した数々の欠片を見た十六夜は、あることに気が付いた。

 

「...足りない」

「え?」

「足りないんだよ。蠍座と射手座の間、蛇遣い座の欠片が。レティシアの所へ行く前に欠片探しだな」

 

 そう言って、十六夜は軽く方角を確認した後に迷いなく歩きだす。

 場の全てを置き去りにする十六夜の行動は、どこか少し焦っているようにも見えた。

 

 

 * * * *

 

 

 

「俺が最初に目を付けたのは、ゲームタイトル“SUN SYNCHRONOUS ORBIT”だった。その次が第四勝利条件“鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て”かな」

 

 無事に最後の欠片も手に入れた十六夜は、レティシアのいる玉座の間へ向かう途中でゲームの解説をしていた。

 ゲーム攻略の一歩手前まできていた耀は悔しげに、ほとんど解けていなかった凌太は感心するように、十六夜の言葉に耳を傾ける。

 

「なに、簡単な言葉遊びだ。“革命”の綴りは“Revolution”だろ? この単語は多義語でな、同時に“公転”って意味もある。つまり“革命”の主導者ではなく“公転”の主導者と正すことで、全てが繋がる仕組みになっているのさ」

 

 先の戦闘でボロボロになった城内を歩く。

 数はおよそ百。元々城下町に飛ばされていた者達に加え、地上から飛んできたゲーム攻略組がまとまって行動しているのだから、城内は足音が絶えない喧騒をみせている。

 

「つまり十六夜の話を総合すると...『公転の主導者である、巨龍の心臓を撃て』っていうのが、第四勝利条件?」

「腑に落ちないこともあるが、まぁ概ねそういうことだ。ってことで、悪いな凌太。勝手に巨龍を倒されると困る」

「んあ? ああ、別にいいよ。それはしょうがねぇことだし。それにもう、この龍と正面から戦える力は残ってねぇ。不意打ちならワンチャンあるが、そんなのはつまんねぇしな」

 

 不意打ちならワンチャンあるのか...と、話を聞いていた十六夜以外の全員が引く。

 そんなことをしているうちに、一行はレティシアのいる玉座に辿り着いた。

 

「...来たな」

 

 ズカズカと足を踏み入れる一行を見たレティシアは、そう呟く。

 

「なんだお前、目ぇ覚めてたのか」

「お前は...たしか凌太と言ったか。さては、お前が私の影を倒したな?」

「なんか襲われたからやっちった」

 

 軽く言葉を交わす凌太達を横目でみつつ、十六夜と耀が手分けしながら星の欠片をそれぞれ配置していく。ジャックやアーシャ、サラも手伝おうとしたが、そこは十六夜が頑なに拒否。手違いで“ノーネーム”以外がクリアしてしまうことを警戒しての対処だろう。

 残るは十三番目の欠片、蛇遣い座だけとなったところで、十六夜がレティシアを鋭い目で見つめ、問い掛ける。

 

「...信じていいんだな?」

「ああ。これで巨龍は消え、私も無力化され...それでゲームセットだ」

 

 儚く笑うレティシアを見て、十六夜は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、最後の欠片を窪みに填める。

 その瞬間、配布された全ての“契約書類(ギアスロール)”に勝利宣言がなされた。

 

 

 

『ギフトゲーム名“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”

 

 勝者・参加者側コミュニティ“ノーネーム”

 敗者・主催者側コミュニティ“ ”

 

 *上記の結果をもちまして、今ゲームは終了となります。尚、第三勝利条件の達成に伴って十二分後、大天幕の開放を行います。それまではロスタイムとさせていただきますので、何卒ご了承ください。夜行種は死の恐れもありますので、七七五九一七五外門より退避してください。

 参加者の皆様はお疲れ様でした』

 

 

 

「.....どういうこと?」

 

 何度も何度も“契約書類”を読み直した耀は、意味が分からない、というふうにゆっくりとレティシアを見る。

 

「そこに書いてある通りだ。今から約十分後、箱庭の大天幕が解放され、太陽の光が降り注ぐ。その光で巨龍は太陽の軌道へと姿を消すはずだ」

「.......レティシアは、どうなるの?」

「死ぬ、だろうな。龍の媒介は私だ」

「...っ、だって、無力化されるだけだって...!」

「すまない、あれは嘘だ」

 

 にべもなく告げるレティシアに、堪らず耀は胸倉を掴もうとする。が、その手は虚しくすり抜けて空を切った。

 

「な、何これ!?」

「言っただろう? 私の身体は龍の媒介だと。この玉座の私は、侵入者に対する疑似餌。いわば精神体のようなものだ。本来なら私に触れると影が撃退に現れるのだが...そいつはそこの神殺しが倒したらしいのでな」

 

 レティシアに苦笑をむけられた凌太は、無表情で睨み返す。

 そして、玉座の前で項垂れたまま両腕を戦慄かせる耀を一瞥したあと、ゆっくりと口を開いた。

 

「さっきから黙って聞いてりゃごちゃごちゃと。うるせぇっての。十六夜、春日部、俺は先に行くぞ」

 

 そう言ってくるりと踵を返す凌太の背に、十六夜はわかりきっているであろうことを問い掛けた。

 

「おい、どこ行く気だ?」

「とりあえずは龍の頭付近だな。だいたいの生物は頭を潰せば死ぬ。もうゲームはクリアされた。なら、俺が倒しても文句はないだろ?」

 

 振り返ることなく、凌太は人混みを押し退けながら進む。

 だが、十六夜はそれを待ったをかけた。

 

「分かってねぇなぁ、凌太。巨龍を殺すんじゃない。巨龍の心臓を撃つんだ」

「? 同じことじゃないのか?」

「お前、第四勝利条件の説明聴いてなかったのか?」

「いや聴いてたけど...殺せば同じことかなって...」

 

 何やら軽い調子で会話をしながら、十六夜は凌太の後に続く。

 それに続こうと耀も立ち上がったところで、呆然としていたレティシアが飛び出しそうな勢いで叫びだした。

 

「んなっ...!? ま、待てお前達! くっ、誰かあの三人を止めろッ!」

 

 しかし、誰も三人を止めようとはしない。

 当たり前だ。誰だって、ここでそんな邪推なことはしたくないのだろう。

 レティシアの声を背に受けながら、三人はどうやって心臓を撃ち抜くのかの話をしながら玉座を後にする。

 

 

 

 

 ───数分後。荒れ狂う巨龍へ二つの極光が撃ち込まれ、最強種の断末魔が“アンダーウッド”全域に轟くこととなる。

 下層のコミュニティの人間の手によって最強種が消滅させられたことは、後に箱庭を震撼させることとなるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何が今月(2018年11月)中には投稿したいだふざけんな(ごめんなさい)
今後はこういったことがないよう、気を付けます。


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諦めたらそこで試合終了って、それ一番言われてるから

 

 

 

 

 

 夕焼けで朱色に染まる高原に、ザァと旋風が砂塵を巻き上げて竜巻く。

 そんな高原の片隅には、場に似つかわしくない光景が広がっていた。

 

「...テメェ、俺とやり合うつもりか?」

「貴方が引かないのであれば、それもやむなしです」

 

 周りに緊迫感を撒き散らしながら、二人の猛者は睨み合う。

 そのプレッシャーだけで、並の生物は怯え萎縮してしまう。二人の周りを警戒するかのように囲っている殺人鳥ペリュドンの中には、あまりの圧力に気を失ってしまっているものもいるほどだ。

 

「ちょっと面白い奴だなって思って、こっちが下手に出てりゃあよぉ...調子乗ってんじゃねぇぞ、三下ァ...!」

「.......」

 

 青筋を立て怒りを露わにする渦中の片割れ──凌太は、その手に魔剣を握り締めながら、もう片方の人物──フェイス・レスに闘気をぶつける。

 神をも震わせる(武者震い的な意味で)彼の怒気を正面から受けているにも関わらず、フェイス・レスに焦りは見られない。静かに、愛刀の柄へと手をかけた。

 

 まさに一触即発。

 傍観する者達が固唾を呑む中、先に動いたのは凌太だった。

 地面を蹴り穿ちながら、雄叫びと共に、疾風が如くフェイス・レスへと肉薄する。

 

「そこのベヒモス(仮)は俺の獲物ォ!! テメェにゃ譲らねぇえええええええ!!!!!」

「私が先に斬ったでしょうがァァあああああああああ!!!!!」

 

 緑溢れる高原が荒野へと姿を変えるのは、時間の問題だった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 巨龍襲撃から半月の時間が流れ、現在の“アンダーウッド”収穫祭本陣営。そこでは、先のゲームで片角を失ったサラが頭を抱えていた。

 

「.....巨龍襲来でめちゃくちゃになった“アンダーウッド”を、我らは半月で収穫祭を再開できるまでに復興させた。させたのに...何故壊す? なぁ何故壊す!? 答えてみろ貴様ら!!」

 

「「だって隣のこいつ(彼)が.......あぁん?」」

 

 二人して正座させられている凌太とフェイス・レスは、互いに視線をぶつけて火花を散らす。仮にも叱責を受けている者の態度ではない。

 

「...........」(何ガンくれてやがる、やんのかコラ。という目)

「...........」(こっちの台詞です、やるんですかコラ。という目)

「...........」(上等だ、表出ろ。という仕草)

「.........コクリ」(頷き)

 

「ストップ・ザ・お前ら」

 

 無言で睨みあったかと思ったら、次は無言で部屋を出ていこうとした凌太とフェイス・レスを、怒りより先に焦燥を感じたサラが止める。またどこか破壊されてはたまったものではない。

 

 

 元を辿れば、ただの負けず嫌いのぶつかり合いだった。

 “狩猟祭”に参加した凌太とフェイス・レス。両者がほぼ同時に倒した巨大魔獣(仮称ベヒモス)を巡り、互いに譲ることをしなかったがための大喧嘩。ルーン文字で改造を施された凌太の魔剣が文字通り火を噴き、その尽くをフェイス・レスが弾き返す。そんなことが十分も続けば、高原も荒野へとシフトチェンジするわけである。

 

「はぁ...まぁ、今回の件は不問とする。両名とも、先の戦いでの功績があるしな」

「彼は何もしていないのでは? 謎解きも巨龍退治も、全て“ノーネーム”の功績。私は巨人から“アンダーウッド”を守りましたが」

「ぐっ...!」

 

 フェイス・レスの口撃にたじろいだ凌太は、小さな苦悶を声にした。

 彼女の言う通り、“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”で凌太がしたことは何もない。精々がレティシアの影を倒したくらいだ。殿下達“魔王連合”との戦いはゲームとは無関係だし、謎解きも十六夜が全て解き切った。巨龍退治にも参戦したはいいのだが、実質的に『巨龍の心臓を撃ち抜いた』のは十六夜のギフトだ。

 なので今回、凌太はほとんどゲームクリアに貢献していないのである。

 

「とにかくだ! 今後こういったことがあれば、問答無用で退去してもらう他ない。分かったな? 分かったら大人しく────」

「ぎ、議長! “二翼”の長と“ノーネーム”の娘が喧嘩して蛟劉殿が仲裁に入ったのですが!!」

「ええい次から次へと!!!」

 

 部下からの報告を受けたサラは青筋を浮かべつつ、事の対処に当たるのだった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 日付は変わり、“狩猟祭”の行われた二日後。

 “ヒッポカンプの騎手”・参加者待機場、大樹の水門に設けられたスタート地点では、熱い、それは熱い視線が交わされていた。

 

「負けた方が土下座」

「望むところです」

 

 二人の参加者───凌太とフェイス・レスの視線の交差で、物理的に熱が発生している。

 以前の“狩猟祭”での遺恨が残っているこの二人、今回の“ヒッポカンプの騎手”で白黒つけるつもりらしい。他の参加者を寄せ付けない威圧感が放たれる。

 

「はぁ...まったくうちのマスターときたら、まだまだ子供ね」

「そうですねぇ。でもまあ? 私はマスターの年相応なところが見れて嬉しいですけどー」

「それより俺は、かの女王(クイーン)直属の騎士様がこんなことしてることのが驚きだわ」

 

 ペスト、ラッテン、ヴェーザーがそれぞれの感想を口にしていると、不意に他所から声が投げかけられる。

 

「おい凌太、こりゃあ一体どういうことだ?」

「あん?」

 

 バチバチに威嚇しあっていた二人の片割れが、声のする方へ視線を向ける。するとそこには、“ノーネーム”の誇る問題児三人組が一人、十六夜が仁王立ちしていた。

 

「どうもこうもねぇよ。この顔無しが喧嘩売ってきたから買っただけだ」

「おかしなことを。正しく訂正しますとですね、“ノーネーム”の少年。売ったのは彼、買ったのが私です。先に突っかかってきたのは彼ですから」

「あ゙?」

 

 もはやベヒモス(仮)のことなど忘れたのだろうか。とりあえず「こいつには負けてはいけない」という思いが、今の二人を突き動かしているのかもしれない。

 だが、十六夜が聞きたかったのはそんなちっぽけなことなどではなく。

 

「なぜラッテンを騎手にしない? そのエロエロな体をなぜ太陽の下に晒させない? お前はアレか? 馬鹿なのか?」

「馬鹿は貴方なのですよこのお馬鹿様ァあああああああ!!!!!」

 

 スパァーン! と抜けの良い音が響く。毎度お馴染み、黒ウサギによるハリセン一閃だ。相変わらずキレがいい、と凌太が感心してしまうくらいには綺麗に十六夜の後頭部を捕らえていた。

 

 今回、凌太率いる“ファミリア”は運営側からヒッポカンプをレンタルした。その場合、騎手が女性であれば水着にならなけらばならないという耳を疑うようなルールが存在するのだ。

 そして、その肝心の“ファミリア”の騎手は凌太、つまり男である。ラッテンという見目麗しい女性がいるにも関わらずムサイ男が騎手になっていることが気に食わなかったらしい。

 

「いやしかしだな黒ウサギ。ラッテンの育ちの良い胸部や服の隙間から時折見える絹のような白い肌は実に扇情的でこれは水着になっても変わらずいやそれ以上のエロスを醸し出すに違いないし大人の魅力ってのは健全男子の憧れだそうだよなぁ凌太」

「そういう雰囲気ではございませんでしたでしょう!? ございませんでしたでしょう!!??」

 

 早口になる十六夜の頭を、もう一度ハリセンが捉える。

 叩かれる直前に同意を求められた凌太は、一つ大きなため息を漏らしてからこう言った。

 

「まったくもってその通りなのだ」

「って乗るのでございますか!? 今のため息は!? というかなんかこう、もっとシリアスな展開だったのでは!?」

「いやだって...ねぇ? ホントのことだし」

「さすが凌太、俺が認めた男なだけはあるな! つーか分かってんならラッテン騎手にしろや」

 

 

「どうしましょう。私、水着に着替えた方がいいのかしらね、ヴェーザー?」

「...いや、俺にそれを聞くのか?」

「ふんっ! なによ、あんなのただの贅肉じゃない...! 私だって成長できればきっと...」

「やーん! テンプレツンデレのペストちゃんもかわいー!!」

 

 川辺で参加者を集める鐘が鳴り響いたのは、渦中にいたはずのフェイス・レスが置いてけぼりにされてから間もなくのことである。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 収穫祭三日目である今日も、宴は続いていた。

 酔い潰れて寝て、二日酔いのまま起きて、また酔い潰れるまで飲み続ける。そんな不健康極まりない行為を続けられるのも、収穫祭の醍醐味だ。

 

 その中でも特に注目を集めていたのが、“ラプラスの小悪魔”という小さな群体悪魔たちが断崖をスクリーンにして映し出す“ヒッポカンプの騎手”だった。

 未来を予見するという“ラプラスの悪魔”。その端末が“ラプラスの小悪魔”という群体悪魔である。彼女たちは圧倒的な情報収集能力を所持しており、その情報を本体の悪魔に送信する力を持つ。

 しかし今は本体が休眠している為、別の働き口に駆り出されていた。それが『集めた情報を映像機のように映し出す』というアルバイトだ。ギフトゲームの状況を観客に伝えられるこの能力は、今や箱庭全域で愛好されていた。

 参加者以外でも、賭博として楽しめるこのレース。自分の買った馬券を握りしめている者も少なくない。

 手に汗握り、スクリーンに映し出された映像を食い入るようにガン見する。彼らの視線の先にあるのは白熱するレース.....などではなく。

 

「黒ウサギの水着万歳! 黒ウサギの水着万歳!!」

「白夜叉様万歳! 白夜叉様万歳! 白夜叉様万歳!!」

「ここに来て良かった...! 我が生涯に一片の悔い無しッ!!」(吐血)

 

 露わになった黒ウサギの肢体だった。

 まだレースも始まっていないというのに、観客席では収穫祭で一番の盛り上がりをみせている。

 

『えー、諸君! ゲーム開始前に、まず一言───黒ウサギは実にエロいな!』

 

 収穫祭最高主賓として“アンダーウッド”に赴いていた白夜叉は、己に信仰心が集まるのをヒシヒシと感じながら、マイク越しに高らかと宣言した。

 雄々ォオオオオオオオオオ!!! というオーディエンスの歓声と共に、黒ウサギから岩が投擲されてくる。

 見事ヘッドショットを決められた白夜叉の側頭部から鮮血が舞った。気を取り直したように、コホンと咳払いした白夜叉は再度言葉を続けた。

 

『それでは本当に一言───黒ウサギは本当にエ』

 

 ガシュッ! ズガシュッ!! ズガシャァンッ!!!

 

『うむ。さすがに痛いので本題に。皆も知っておるだろうが、この度の収穫祭は我々“サウザンドアイズ”からも多くの露店を出しておる! しかし残念ながら、ゲーム開催を準備する時間が無かったのだ。そこで考えたのだが、大盤振る舞い、出血大サービス!! この“ヒッポカンプの騎手”を勝ち抜いた参加者(コミュニティ)には“サウザンドアイズ”からも望みの品を贈呈すると宣言しておくぞ!』

 

 白夜叉の宣言に、会場からは様々な声が上がる。

 より闘志を燃やす者、参加しなかったことを悔やむ者、んなこた知らん黒ウサギたんぺろぺろと鼻息を荒くする者。

 そんな中、凌太は素朴な疑問を口にする。

 

「...白夜叉ってロリじゃなかったっけ?」

 

 どうみても絶世の美女。お前も水着になれやコラ、と言いたくなるような女性が白夜叉を名乗っているのだ。仏門だの神格返上だのの事情を知らない凌太は首を傾げるが.....まあ外見が変わるとかよくある話だよな、と謎の自己完結を図る。

 その無頓着さに呆れるのは、“ノーネーム”からの参加者、飛鳥と耀だ。

 

「貴方、色々気になったりしないの?」

「気にはなってるさ。白夜叉のやつ、この前とは比べ物にならないくらい強くなってる。外見の変化ともそれなりに関係があるんだろうなぁ、とは思うけど...まぁ今のところ白夜叉と殺し合う予定はないし?」

「貴方ねぇ...」

「仕方ないよ飛鳥。だって凌太だし」

「分かってんじゃん。春日部の言う通りだぞ久遠。なんてったって俺なんだ。あとは結構好みな感じに成長したなぁ、ってくらいだ」

「待ってその話詳しく。好みって何? 異性的な話?」

「え、そこ食い付くの?」

 

 とまあ、(凌太にとっては)無駄な世間話を交わしているうちに、ゲームは開始間近となってきた。

 言いたいことの残っていそうな耀を連れて、こちらもどこか少しだけ不機嫌そうな様子の飛鳥は自分の乗るヒッポカンプの方へと歩いていく。

 

「マスターって基本バカよね」

「は?」

「そういうところですよ、マスター」

「えぇ...ラッテンまで...(困惑)」

 

 

『マスター(奏者)には面と向かってストレートに想いを伝えなければ何も伝わらない。彼はそういう人だ』

 

 そういや“ファミリア”の英霊陣がそんなこと言ってたなぁ、と同士の言葉を思い出したヴェーザーは、苦い笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 “ヒッポカンプの騎手”スタート地点。

 そこは現在、一種の地獄と化していた。

 

『きゃぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!???』

『何これ!? 何これぇ!?』

 

『ポロリが! 夢にまで見たポロリもあるよ♡ が今目の前にッ!』

『.....っ! .....っ!!』(鼻血)

『YAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!』(勝利)

 

 渾然一体。玉石混交。周章狼狽。

 (被害者)は困惑と羞恥を、(幸運者)(白夜叉含む)は歓喜の猛りを。それぞれが己が心を声にして叫び狂う。

 

 

 こうなってしまった原因は、現在レースのトップを走る者の仕業に他ならない。

 

 

「くっ...まさかあんな手を使ってくるなんて!」

 

 暫定一位(加害者)の手を逃れた飛鳥は、なんとかその者に追い付こうと手綱を握り締め、そして歯噛みする。

 睨み付ける視線の先には、見知った者の姿。“アンダーウッド”で度々接触する女性、フェイス・レスが先頭を爆走していた。

 

 フェイス・レスが使った非道極まりない手段。それは武装破壊だった。

 武装破壊。それは戦闘において有効な手段の一つと言えるだろう。だが今回は話が違う。このゲームでの武装とは、すなわち水着。つまり、その武装を破壊するということは、あらゆる女性騎手を素っ裸に剥くということだ。

 なんたる非道、絶対に許せない。昭和生まれの奥ゆかしい日本人の心を持つ飛鳥は、絶対にあの大罪人(フェイス・レス)をぶちのめす、と心に決め、必死の形相でヒッポカンプを走らせる。

 

 対して、ゲーム開始前からフェイス・レスをぶちのめすつもり満々だった凌太はと言えば...まだスタート地点から動けずにいた。

 

「おいラッテン離せ!! ペストもだ! 動けねぇだろ! くそ、走れピッポ!!」

「ヤです! 絶対イヤ! だって見えちゃうじゃないですか!! 早くギフトカードに入れてぇええええ!!!」

「ここにカード隠してるのは知ってるんだからね! 早く私達を入れなさいよ、この...!」

「ちょっ、おま!? どこ触ってんだペストてめぇ! あっ、こらラッテンまで!? 助けてヴェーザー、痴女共に襲われる!!」

「ハハッ」(他人事)

 

 しっかり被害に遭っていたラッテンとペストが、ゲームを離脱してギフトカードに入ろうと凌太にまとわりついているのだ。

 そのせいでヒッポ(レンタルヒッポカンプの名前。命名ヴェーザー)を上手く走らせることが叶わず、こうして出遅れてしまっているのである。

 

「くっそ! 仕方ねぇ!」

 

 出来れば二人を脱落させたくなかった凌太だが、このままでは勝てないと判断し、二人をギフトカードの中へと避難させる。

 そこでようやくスタートを切れたのだが、既にトップとの差は歴然。フェイス・レスは水路の分岐点へと入る直前だった。

 

「チッ、無駄な時間取られちまった! 急ぐぞヒッポ!」

『応ッ!』

 

 雄々しく吼えるヒッポ(だが(おんな)だ)に頼もしさを覚えながら、唯一生き残ったヴェーザーと共に水路を駆け抜ける。

 ヒッポにバフを盛りながら、分岐点に差し掛かった凌太は迷いなくフェイス・レスと同じ道を選ぶ。他に最短で行けそうな道も直感で感じ取ってはいたのだが、どうしてもフェイス・レスと同じ道を辿って勝ちたかったのだ。

 

 普通のヒッポカンプの三倍の速さで走るヒッポ。水路の爆速で登り、もう少しでフェイス・レスの背を捉えるかといったところで、凌太達の前を行くフェイス・レスが、断崖絶壁から(なだ)れ落ちる大滝を登り始めた。

 

「うっそだろおい...」

 

 鯉の滝登りなんて生易しいものではない。完全に重力やら何やらの物理法則を無視しているとしか言いようがない目の前の光景に、凌太の口から思わず声が漏れる。が、彼女の騎馬にできて自分の騎馬(ヒッポ)にできないわけがない。

 

「いけるか、ヒッポ」

『お任せください、我が主よ。我はヒッポカンプ、海神の馬車をも引く誇り高き神獣なれば!』

 

 実に頼もしいヒッポの宣言を聞き入れた凌太は、満足そうに口角を上げる。

 

「乗れヴェーザー!」

「お、おう!」

『お二人共、しっかりお掴まりください! 全力で飛ばしていきますッ!!』

 

 騎手とサポーターを背に乗せたヒッポは、雄々しい咆哮を轟かせ滝を登り出した(だが(おんな)だ)。

 

 

 

 絶壁から降ってくる大滝を登るのに、そう時間はかからなかった。距離こそあるものの、重力を思わせない速度で滝を駆ける二頭のヒッポカンプには関係ない。平水地と変わらない勢いで駆け上がる。

 

「ははっ! やっと追い付いたぜェ、顔無しィ!!」

「くっ...!」

 

 フェイス・レスの騎馬に追い付いたことで、闘争心を露わにした凌太は獰猛な笑みを浮かべる。

 驚異の追い上げに舌を巻くフェイス・レスだったが、なんとか追い越されることだけは阻止し、両馬はほぼ同時に滝を登りきった。

 

 デッドヒートを繰り広げながら頂きへと辿り着いた凌太達を待っていたのは、まさかまさかの大海原。そして、その中央に()る果実に手を伸ばしている飛鳥の姿だった。

 

「チッ、先を越されてたか!」

「勝つのは私です!」

 

 後から来た者同士、即座に果実を回収する。

 これで“ノーネーム”との差は無くなったと言ってもいい。だがそれにより、三者による睨み合いが始まった。

 この場に辿り着いた三つのコミュニティ、その中でも主力を誇る十六夜、フェイス・レス、そして凌太が牽制し合う。そんな均衡を破ろうと、凌太が動こうとした時───海が震えた。

 

「っ、まさか...この程度のゲームで動くというのですか? “枯れ木の流木”と揶揄されたあの者が...!?」

 

 異変の原因に気付いたフェイス・レスの、彼女らしからぬ怯えを含んだ言葉。

 地鳴りが始まり、そして強く。滝の下を震源としてだんだんと近付いてくるソレは、大噴火のように水柱を上げてその姿を現した。天まで届くかという水柱には、一頭の騎馬と騎手の影。先程までの地鳴りが大河と滝の流れを逆流させるものだったと知った凌太達に、今日一番の戦慄が走る。

 

「いやぁ、参った参った! 寝坊したらこんな時間になってもうた。無理やりねじ込ませてもろたんに、白夜王には悪いことしてもうたなぁ」

 

 胡散臭い関西弁を話している眼帯の男の名は、蛟劉。西遊記でも名を馳せる七大妖王、蛟魔王である。

 突如として現れた最後の参加者は、濡れた髪を掻き上げて凌太達を一瞥する。

 

「でも良かった。君らがこんなとこでトロトロしとったおかげで、簡単に追い付けたわ。此れなら、優勝も容易そうや」

 

 絶対の自信と覇気を持って告げる蛟魔王。

 その覇気に当てられたのか、凌太の体が小刻みに震える。

 

「は、ははっ...いいねぇ、最高だ。俺の全力(・ ・)、お前ら相手になら初披露してもいい。滾ってきたなぁ、オイ!!」

 

 強者の覇気。それは勝者(カンピオーネ)の本質を引き出すのには、十分すぎるシロモノだった。

 まるで神と対峙した時のような高揚感と闘争心。体の奥から溢れ出る魔力を紫電へと変換しながら、魔王は強者の登場にうち震える。

 

 しかし、蛟劉はそんな凌太に呆れたような顔を向ける。

 

「あんなぁ。なに喜んどるんかは知らんけど、すぐ行動に移さんはアカンよ。おかげでこっちの準備が整ってもうたやないか」

「あん?」

 

 馬鹿にされたと思った凌太が不機嫌そうな声を上げると、蛟劉は馬上で右腕を掲げる。すると、先程の数倍はあろうかというほど大きな地鳴りが彼らを襲い、そして次の刹那──“覆海大聖(海を覆いし者)”の名は伊達ではないのだということを、誰もが思い知った。

 

「まさか...つ、津波!?」

「デカい! つーかヤバい! 逃げろお嬢様! このままじゃゲームオーバーになるぞ!」

 

 十六夜がゲームのルールを思い出し、焦ったように叫ぶ。

 禁止事項では“水中に落ちた者は落馬扱いで失格とする”と明記されていた。それが海中であっても、水中は水中。失格となってしまうのだ。

 同じく窮地を知ったフェイス・レスは、一目散に滝へと向かって走りだす。そして迷うことなく、百mはあるかという高さからダイブした。

 

「お嬢様も続け! 他に手はない!」

「〜〜〜ッ、...ぁああああもうッ! 失敗したら、骨は拾いなさい!」

「オーケー、任された!」

 

 必死の形相で飛鳥も山頂からダイブする。

 

 それを見届けた十六夜は、次は己の身を守るために拳を握った。津波を殴って霧散させようというのか。やはり無茶苦茶をする問題児である。

 だがそれは、取り越し苦労に終わることとなった。

 

 

 

「《我らが母の潮騒を聴け》」

 

 

 

 

 誰一人として予期しない、不可解な光景が広がった。

 

「な、なんや.....?」

「こりゃあ一体...」

 

 ピタリ、と。

 全てを呑み込むはずだった大津波が、ありえない形で静止する。

 まるで凍ってしまったように、宙でピタリと止まっているのだ。

 

 余裕の笑みを浮かべていた蛟劉も、腰に力を入れ拳を振り抜こうとしていた十六夜も、失格を覚悟していたヴェーザーも、フェイス・レスや飛鳥の着地方法に唖然としていた観客も、進行役・運営側である黒ウサギや白夜叉までも。

 今起こっていることへの理解が追い付いているものは、一人を除いて誰もいない。

 

「“覆海大聖(海を覆いし者)”、ね。大層な力だが...残念。俺の支配権の方が格上だったな」

 

 少年が、津波の上から尽くを見下ろしながらそう言った。

 これこそが彼の本気。原初を司る最古の権能。

 

 

 神を殺めし大罪人は、なんとも楽しそうに笑っている。

 

 

 

 



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創世神話ーエヌマ・エリシュー

勢いに任せて書くとこうなるぞ、という反面教師的な。


 

 

 

 

 原初の海の神にして混沌の象徴、ティアマト神。

 彼女を殺したことで凌太が手に入れた権能の名は『大海を統べる者』。

 その発動条件は、自身の一部が“海”と接触すること。

 彼の持つ権能は、海洋の支配ではない。それはあくまでも能力の一端にすぎず、その本質は別にあった。

 

 

 

 

「しゃらくせぇええ!!!」

 

 一度は静止した大津波を、十六夜が己の拳をもって弾けさせる。

 相変わらずどんな腕力してやがるんだ、と凌太が若干の呆れを含んだ視線を十六夜に向けていると、横から十六夜とは別の拳が迫ってきた。

 

「《我は雷、故に神なり》」

「なんっ...!」

 

 蛟劉の攻撃を雷化することで避け、さらにカウンターを放つ。

 カウンターの方はギリギリで防がれたものの、蛟劉の顔には一筋の汗が流れていた。

 

「おいおい...ありゃあアカンやろ。ホントに人間なんか?」

 

 かの七大妖王・第三席、蛟魔王をしてその言葉を口にさせる。

 自分を上回る海の支配権、そして雷化による物理無効と超速度。それだけで五桁の上位に食い込める実力だ。こんな下層で燻っているにしては、あまりにも大きな原石すぎる。

 

「(まぁ、それはあっちの小僧にも言えたことやけどなあ)」

 

 言って、もう一人の原石──十六夜に視線をやれば、第三宇宙速度で凌太へと飛びかかっている最中だった。

 そしてあろうことか、雷と化している凌太の顔面を素手で殴り飛ばし、さらに追い討ちをかけている。ギフト無効化のギフト、とは考えにくい。それではあの驚異的な身体能力が説明できなくなってしまう。その二つのギフトが共存するなど、有り得ない話だ。

 

「っテェ...! だからなんで雷を殴れるんだお前らは!!」

「ヤハハハハ!! 知るかよ、殴れるんだから仕方ねぇだろ?」

「軽々しく物理法則無視するような奴らはこれだから!」

「悲しいこというなよ、凌太。海を操るうえに雷なんてもんになるお前も大概だぞ?」

 

 どっちもどっちだ! と観客席から声がした気がするが、二人は気にしない。

 三合ほど拳の打ち合いを終わらせると、空を飛べない十六夜は一旦地上へと降りる。浅瀬を狙い、膝下が海水に浸る覚悟を決めて着地した。

 

「チッ。体の一部が浸っただけじゃ失格にはならないのか」

 

 ピッポを一旦離れさせ、凌太は宙に浮く。

 海を支配下におき、さらに雷化すれば浮遊もこなせる凌太にとって、落水して失格になることは有り得ない。フェイス・レスや飛鳥が先行しているこの状況では、十六夜を倒すより失格にさせた方が早いだろうと思っていたのだが、どうやらそれも難しそうだ。

 

「ヴェーザー! お前先に行って顔無し達の妨害してこい!」

「えっ? い、いや、でもよマスター。十六夜(クソガキ)と蛟魔王を一人で倒すつもりなのか?」

「テキトーなとこで抜け出す! つーか早くしないと手遅れになんだろうが急げ!!」

「あ゙あ゙! ったく、ホントに自分勝手なマスターだ...ッ!」

 

 言って、ヴェーザーは崖から身を投げ出す。

 途中途中で岩の出っ張りを足場にしながらも、ヴェーザーはそれなりの速度で先行する二人を追いかける。雷速や第三宇宙速度などと比べてしまうと見劣りしてしまうが、それでも駆ける海馬に追い付ける速度である。

 

「へぇ? 確かヴェーザー川の化身、だったな。あんなに速かったのか」

 

 以前ヴェーザーと戦ったことのある十六夜は、意外そうに呟いた。

 それもそのはず、ヴェーザーは以前より断然パワーアップしている。というより、凌太からのバックアップが大きいだろう。

 凌太を主に据えているヴェーザーやラッテン、ペストらには、凌太から魔力が供給されている。そのための経路(パス)を、英霊との契約を模倣し、繋いであるのだ。まぁ正確にはルーン魔術で強引に繋いでいるのだが、今は関係のないこと。

 

「余所見してんじゃねぇぞ、十六夜」

 

 そういう凌太の背後には、空を覆い尽くさんがばかりの雷槍の群が現れている。

 一発一発が岩を砕く、雷の槍。物量勝負だとでも言わんばかりに、見る見るうちに雷槍はその数を増やしていく。

 

“雷槍の霧雨”(ゴッツ・シャウアー)、だったかな。確か、そんな技名だったはずだ」

 

 権能を手に入れた当時、夢神(モルペウス)と戦っている最中にテキトーに名付けた、魔力に物を言わせたゴリ押しの広域殲滅技(笑)。

 軽い調子で技名を思い出しながら、文字通り雷槍の雨を降らせる。

 回避は不可能。被弾覚悟で突っ込んでくるか、それが出来なければ気絶して退場するほかない。

 蛟劉の方は分からないが、十六夜の速度はあの殿下と同程度。今の凌太では見切れない。なら、ある程度予想出来るようにこちらが仕向けるしかないだろう。

 

 全神経を張り巡らせ、十六夜と蛟劉の攻撃に備える凌太。

 両者どちらかの姿が視認できなくなったらすぐに飛び退いて、動きが見えるまで減速したところを捉える。そういう心構えでいたことが、最大のミスだった。

 

「あの小僧ばっか気にしよってからに。僕のこと、忘れとんとちゃうよな?」

 

 不意に、凌太の右隣から声がする。

 慌ててそちらを見れば、薄い笑みを貼り付けた蛟劉がそこにいた。

 おかしい、自分は蛟劉にも気を配っていたはずだ。現にまだ下には蛟劉の姿が...と思ったところで、凌太の視界がブレる。

 

「ヤハハッ! 余所見してんじゃねぇぞ凌太ァ!!」

 

 雷槍の中を軽々と突っ切ってきた十六夜の拳が、凌太の左頬を完璧に捉えたのである。

 第三宇宙速度などという頭のおかしい速度で殴られた凌太は、雲の上までカッ飛んだ。天幕に激突し、そこでようやく理解が追い付いた。

 

「ちっ、くしょ...幻覚(デコイ)かよ...ッ、」

 

 なんてことはない。凌太も普段使っている手段を、蛟劉も使っただけ。その隙を付いて、十六夜が突貫してきたのだ。

 二人のコンビネーション、というわけでもないだろう。互いが互いを上手く使った、といったところだろうか。

 

 やはり油断ならない。

 蛟劉の実力を測りかねていた凌太だったが、十六夜並の実力者であると仮定して、戦略を立てる。

 まぁ戦略とは言っても、あまり時間が残されていないこの状況で取れる手段は一つだけしか思いつかなかったのだが。

 

「すぅ...はぁ...。さて、やるか」

 

 天幕に張り付きながら一つ深呼吸をし、そして元の場所へと落雷する。

 そろそろ戻ってくるだろうと予測していたのだろう。十六夜と蛟劉に大して驚いた様子は見られないが、それでも三秒程度は余白ができた。その数秒に全霊をかけて、凌太は権能を行使する。

 

「《仔よ、我が愛しき仔よ。その誕生を、今ここに祝福しよう。生まれ落ちし汝の名は────キングゥ》」

 

 ゴゥ、と旋風が舞い、海面が大きく波打つ。

 咄嗟に攻撃しようと十六夜と蛟劉が踏み込むが、少し遅い。彼らが地面を、あるいは水面を蹴ろうとしたところで、彼らの体は黄金の鎖によって拘束された。

 強引に引きちぎろうと十六夜は藻掻くが、中々破れない。蛟劉も同様だ。寧ろ藻掻くにつれて拘束が強くなっている気さえする。

 

「チィ! クソッタレがぁあああ!!!」

 

 が、そう簡単に大人しくなるなら問題児などというレッテルは貼られていないだろう。額に青筋を浮かべるほど(りき)んだ十六夜は、とうとう黄金の鎖にヒビを入れた。

 

 

「へぇ? 中々やるみたいだね、人間」

 

 

 十六夜が奮闘する中、彼の耳に感心したような声が響く。

 その声は凌太のものでもなければ、蛟劉のものでもない。中性的な印象を持たせるその声の主は、海の中から現れた。

 

 ──否。たった今、海の中から生まれ落ちてきた。

 

「そんなことよりも...やぁ、久しぶりだね。いいや...初めまして、というべきかな。母さん。会えて嬉しいよ」

 

 若葉色の長い髪と、灰色の目。

 白い貫頭衣のようなものを着込んだ少女とも少年ともとれるその者は、恭しく頭を垂れた後に笑みを浮かべる。

 そんな明らかな敬意を向けられた凌太はといえば──

 

「気色悪っ」

 

 鳥肌を立たせていた。

 

「ははっ。酷いなぁ。僕をこういう風に設定したのは母さんじゃないか」

「いやそりゃそうだけどさ...つかなんだよ母さんって」

「うん? 母さんは母さんだよ。おかしなことを言うなぁ」

「えぇ.....」

 

 軽口を交わし合いながらも、貫頭衣の者──キングゥは、凌太に対する敬意を放つ。

 そんな二人の会話に割り込んだのは、鎖の破壊音。そしてそれに、十六夜の言葉が続く。

 

「はぁ、はぁ.....キングゥに...母さんだあ? 加えて海関連ってことは...。凌太、お前のその権能(ギフト)は原初の海の神、メソポタミア神話に登場する創世神の片割れ...ティアマトから簒奪したもんか?」

「さあ、どうだろうな。他の神ぶっ殺して奪った創世の力かもしれないし、単なる幻覚かもしれないぞ?」

「はっ、抜かせよ」

 

 とは言いつつも、それでは黄金の鎖について説明が付かないと、十六夜は頭を回し続ける。

 鎖といえば、同じメソポタミア神話でも登場していた。世界最古の王と友情を結んだ、神に創られし粘土人形。二人が天の牡牛を討った際、人形の方が使っていたはずだ。それを模したものなのか? それとも、神話通りのキングゥではない?

 様々な可能性が浮かぶが、どれも確証が得られない。戦いながら謎解きでもするか、と十六夜が拳を構えたところで、凌太がキングゥに指示を出す。

 

「キングゥ。お前、あの二人抑えてろ」

「無理」

「いやお前ならできるって。母さん信じてるからね」

「...はぁ」

 

 仕方ないなぁ、とでも言いたげに息を吐くキングゥ。

 そしてその両手から、十六夜に向かって新たな鎖を弾き出す。

 

「しゃらくせェ!!」

「っ!」

 

 神をも押さえつける鎖は、拳一つで破壊された。

 これには、さすがのキングゥの顔にも焦りが浮かぶ。

 そしてさらに悪いことに、とうとう蛟劉も天の鎖から抜け出した。

 

「さすがにこれはキツいかな...母さん、もう一人くらい『仔共』を出してよ」

「んな時間はねぇ。俺はもう行く」

「そうは言っても...」

「母は信じていますよ」

「いや母さん」

「頼んだぞ、我が子よ」

「母さん!!!」

 

 必死に助けを求めるキングゥを応援しつつ、凌太は海を踏む。

 すると、一本の水路が上がり、ゴールの方向へと伸びていった。

 

「ヒッポ!」

『合点承知之助!』

「本気で僕を置いて行っちゃうのかい母さぁあああん!!!」

 

 こんな状況下でもヒッポは恐怖を表に出さず、それどころか勇み立つ。優勝したらこの海馬を貰おうかな、そう思いながら、凌太は雷化を解いてヒッポの背に跨る。

 なお、残されたキングゥは全力を尽くしてみようと決意した。ここまでされても凌太への敬意は消えていない。

 ありったけの鎖で足止めしようと奮起するキングゥに対し、凌太()は背を向ける。クズだ!! と観客席及び実況席から声が聞こえてくるが、そんなことを気にする凌太ではない。

 

「よっしゃあ! ゴールまで駆け抜けるぞヒッポォ!!」

『主よ、しっかりおつかまりください! とばしますよヒャッハァ!!!』

 

 崖の上からゴールまでの最短距離。一度崖下に降りるより遥かに短く、しかも蛟劉のように水流を操作することでスピードも上げる。

 爆速で駆け抜ける凌太の視界に、ドタバタと妨害の横行している先行組が写り込んだ。ヴェーザーは上手くやったようだ。

 

「ワッハッハァ!! 残念だったな顔無しィ! この勝負、俺が貰っ──」

 

 高テンションだった凌太の声が途切れる。

 何事かとヒッポが背を確認してみれば、そこに主(仮)の姿はなかった。その代わり、不敵な表情を浮かべる金髪の少年と眼帯の青年がヒッポの背に立っている。

 

「ヒヒン...(あっ、これダメだわ)」

 

 良くも悪くも精神の拠り所であった主(仮)を失ったヒッポは、大人しく進行を止めた。

 

 

 その後は十六夜vs蛟劉という大決戦が行われ、結果は十六夜の勝利という形で終わりを迎えた。蛟劉が勝手に降参し、十六夜がそれに不機嫌になるなどということもあったのだが、今はあまり関係のない話。

 

 “ヒッポカンプの騎手”は“ノーネーム”が優勝。

 二位に輝いたフェイス・レスは銀賞という立場で大きい顔をするのはなんとなく嫌───ではあったが約束は約束なので凌太に土下座させるつもり満々で表彰式に臨んだという。

 

 

 * * * *

 

 

 

 “アンダーウッド”最高来賓室。

 “ファミリア”に貸し出されたその部屋の、無駄にだだっ広いベッドの上で、凌太は静かに目を開いた。

 

「ん.....ここは...?」

 

 酷く痛む首を擦りながら、凌太は身を起こした。

 やけに柔らかいベッドが小さく軋む音と被るように、声がかけられる。

 

「目が覚めたのですね」

「あ? ...顔無し?」

「フェイス・レス、もしくは騎士様とお呼びください、負け犬」

 

 ベッドの隣にある椅子に腰掛けていたらしいフェイス・レスは、手元の本をパタンと閉じ、仮面越しに凌太を見据える。

 負け犬、という単語に一瞬憤ろうとした凌太だったが、ようやく自分の置かれた状況が理解できたのだろう。すぐに口を締め、悔しそうに拳を握った。

 

「そっか。負けたか」

「ええ。それはもうド派手にぶっ飛ばされて。よく生きていましたね? “ノーネーム”の少年のみならず、あの蛟魔王の一撃をノーガードで受けたというのに」

 

 曰く、凌太が勝利を確信して高笑いしていた時、後ろから十六夜と蛟劉に同時に殴り飛ばされたらしい。

 山河を砕く一撃が、二発分。それを背後からモロに受けたのによく生きていたものだ、とフェイス・レスは感心する。

 首が痛むってことはそこを殴られたのだろうか、そう思った凌太は再度首を擦るが、特に目立った外傷もなければ、骨なども無事らしい。まあ骨折程度であれば数時間で治るのがカンピオーネの特性なので、もしかしたら折れていたのかもしれないが。

 

「ゲームの結果は?」

「.....優勝は“ノーネーム”。我ら“ウィル・オ・ウィスプ”が二位でした。他のコミュニティは全部失格したそうです」

「八割はあんたの功績(せい)だろ」

「褒めても何も出ませんよ」

 

 それにしても、蛟劉は失格になったのか。十六夜が勝ったのかな、と想像を膨らませる。

 七大妖王第三席、蛟魔王。彼に打ち勝ったのだとしたら、やはり十六夜は相当な実力者なのだと分かる。

 

「やっぱ、十六夜はすげぇなぁ」

「貴方も十分人外じみていますけどね。海を操ってみたり、雷になってみたりと...本当に人間ですか?」

「人間だよ。まだ一応はな」

 

 神を殺したり、英雄英傑達に死を覚悟させられるほどしごかれたりしたが、まだ人間ではあると凌太は言い張った。

 まだ痛む首を気遣いつつも、凌太はベッドから這い出る。目が覚めたのならば、ここにいる理由はない。もう“収穫祭”は終わってしまったかもしれないが、酒宴くらいは続いているだろう。ならば十六夜も蛟劉もまだいるはずだ。

 

「どこへ行くつもりですか?」

「十六夜と...それから蛟劉んとこ。負けたままでいられるかよ」

 

 なんだかんだで、凌太と十六夜が直接ぶつかったのは今回が初めてだった。それで改めて「十六夜の方が強い」と分かりはしたが、だからと言って負けたままというのは悔しい。レースという縛りがなければもう少し上手く立ち回れたし、可能ならば再戦したい、というのが凌太の思いだ。

 

「はぁ...まあ再戦するも酒宴に参加するも貴方の自由ですが、貴方は私にも負けているということをお忘れなく」

「あ?」

「“ヒッポカンプの騎手”、私は二位で貴方は失格。誰がどう見ようとも、私は貴方に勝利している。約束、果たしてもらいますよ?」

「んぐ...」

 

 フェイス・レスは言っているのだ。今ここで約束を果たせ(土下座しろ)と。大人しく負けを認め、敗者らしく這い蹲れと。

 それっぽい理由を告げて退出することでなんとなく有耶無耶にしようとしていた事を口にされ、凌太は変に息を吸い込んでしまった。だが、もし立場が逆なら自分も同じことをしだろうと思うと、これ以上はぐらかす気にはなれない。

 変に律儀な面を見せた凌太は、渋々と膝を折る。

 

「えー、あー...今回は顔無し...じゃなくて、えー、フェイス・レスさんの獲物を横取りしてしまいー、誠に申し訳なくー」

「心が篭っていませんね、やり直し」

「てんめ...! あー、クソ!! 俺が悪かった! すまない!」

 

 勢いに任せて言い放った謝罪の言葉と土下座に、フェイス・レスは満足げに鼻を鳴らした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「なあ凌太。今そこでこの部屋から出てきた騎士様とすれ違ったんだが...なんであんなホクホクした顔してたんだ?」

「言いたくない」

 

 両手いっぱいの食べ物を持って来賓室へと入ってきたのは、逆廻十六夜だ。ちょうどフェイス・レスと入れ違いで入ってきた彼は、彼女の浮かれた表情への疑問を凌太へと尋ねるが、凌太はそっぽを向いて話そうとしない。

 まぁいいか、ととりあえず疑問を頭の隅に追いやった十六夜は、屋台で手に入れた謎肉の炙りを口に運ぶ。

 

「そういや凌太、あの緑髪の男女...キングゥってのは、結局なんだったんだ? メソポタミア神話のキングゥだってんなら、あの鎖が分からない。そっちの神話で鎖といえば、有名なのは天の鎖とかだが...あれはギルガメシュの友、エンキドゥが使ったもんだろ」

「お前は本当、なんでも知ってんなぁ」

 

 ギルガメッシュもエルキドゥも、凌太は実際に彼らに会うまで名前すら知らなかった。腕っ節もあって超がつくほどの博識、人類代表チートこと逆廻十六夜に凌太は軽く引く。

 

「俺は敗けたしな、少しなら教えてやるよ。さっきお前と蛟劉の相手をしてもらってた奴の名前は、間違いなく“キングゥ”だ。でも、その外面(がわ)は違う。中身はキングゥのものだが、その姿形や性能はエルキドゥ...お前のいうエンキドゥのものなんだよ」

「...は?」

 

 明確な力の差を見せつけられた相手の素っ頓狂な声を聞き、面白そうにクツクツと笑いながら凌太は話を続ける。

 

「俺がカルデアっていうとこに行ってたのは知ってるよな?」

「ああ。確か、一度焼却された人類を救済するために過去にとんで歴史を修正するとかいう.....待て。つまりなんだ、お前、まさか...」

「ご明察。紀元前二千...何百年かくらいの古代バビロニア、俺はそこに行ってきた」

「何それめちゃくちゃ羨ましいなんで俺も誘ってくれなかったんだ」

「いや急いでたし...」

 

 掴みかかってきそうな剣幕の十六夜を凌太が抑える。

 なんとか十六夜を落ち着かせた凌太は、咳払いをしてから再度口を開いた。

 

「そこで出会ったのが“エルキドゥの死体を乗っ取ったキングゥ”だった。んで、俺は今回、そいつを“創った(産み落とした)”んだ」

「.....つまり、お前の権能(ギフト)は何らかの創生を司るもんだってことか。つーかもう絶対ティアマト神だろ」

「想像に任せるよ」

 

 ドンピシャで正解を言い当てられてはいるものの、凌太はそれをおくびにも出さない飄々とした態度を崩さない。

 見舞品だ、と十六夜から差し出された謎肉を頬張りながら、いつか絶対に再戦して勝ってやると凌太は闘志を燃やしたのだった。

 

 

 

「...これ美味いな」

「だろ? 何の肉なんだろうな?」

 

 

 

 

 

 




こんな謎展開&亀更新な話なのに、皆さんまだ読んでくださって、更には「オリ主に行かせたい世界」みたいなやつの候補まで投げてくれてとても嬉しいです。まぁそれは一旦置いておくとして、Twitterの方でも同じ応募をしてたんですけど、ちょいちょい「アイマスシリーズ! ラブライブ! バンドリ!」っていうのが届くんですよね。
もうこれどこを目指すべき話なのかわっかんねぇな()


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FAIRY TAIL
妖精って綺麗なイメージあるけど、伝承ではゴリクソ怖く書かれてるよね


やるとこまでやってやんよ(ヤケクソ)
あと『大海を統べる者』やキングゥなどについての説明はそのうち後書きとかで軽くします。

平成最後の投稿。
私も1世代前の人間になるんですねぇ...


 

 

 

 

 

 Prrrrrrr...Prrrrrrr...Prrrrrrr...ガチャッ

 

『おう、クソジジイ。テメェまたやりやがったな?』

「ワシは“クソジジイ”なんて名前ではありません」

『じゃあそろそろ名前教えろ』

「フッ...名などとうの昔に捨てておるわ...」

『マジいっぺん死んでこい』

「死ねとか言っちゃいけないって小学生の頃習わなかったかなー? あー、そっかー! ぼくはまだようちえんちぇいなんでちゅねー? .....話の途中で電話切りやがったぞあの小僧。おいオカン、子供の躾はちゃんとしとくもんだぞ?」

「いや、今のは貴方が悪い。全面的に」

 

 

 箱庭二一0五三八0外門郊外、“ファミリア”本邸。

 優雅にアフタフーンティーなどと洒落こんでいた老人、もとい老神は、突如かかってきた電話の相手への文句を垂れる。

 茶請けを持ってきたエミヤは、そんな老神を呆れたように見る。

 

「それで? 今回は私達のマスターに何をしたんだ?」

「んー? どっかテキトーな異世界に飛ばした。マカロンうまー」

「供は?」

「二人」

「.....ならまあ、少しは安心か」

「三人とも別々の場所に飛ばした」

「何一つとして安心ではなかったな」

 

 己の主人の安否を案じ、エミヤは空を見上げる。

 ここではないどこかの世界で、主はちゃんと食事を摂れているだろうか、お腹を冷やしてはいないだろうか、と...。オカンはやはりオカンだった。

 

 

 

 * * * *

 

 

[凌太side]

 

 

『死ねとか言っちゃいけないって小学生の頃習わなかったかなー? あー、そっかー! ぼくはまだようちえんちぇ』

 

 電話越しの声をそこまで聞き、怒りに任せて通話を切る。

 いやー、相っ変わらず腹立つわー。俺の煽り耐性が低過ぎるのか?

 ツー、ツー、と鳴る電話を一旦ギフトカードにしまい、周りを見渡す。紅葉している葉で覆われた森...だと思うんだが、如何せん暑い。日本の真夏くらいはある。溶けそう。

 というか俺はさっきまで“ファミリア”本拠の自室で寝てたはずなんだけど。あのクソジジイめ、どっか異世界飛ばすなら前もって言えよマジで。目を開けたらそこは異世界でした、とかほんと意味分からんからな。

 

「とりあえず飯」

 

 ギフトカードに常備している保存食を引っ張り出し、口の中に放り込む。保存食とは言っても、そのほとんどは俺かオカンによる手作り弁当だ。ギフトカードの中は物が劣化しないからな。食品だって収納した時と同じ鮮度で取り出せる。便利なんだよなぁ。

 エミヤ印の鯖の味噌煮弁当を完食した後、お茶を飲んでから散策へと出かける。

 とりあえず目指すのは、木々の間から見える巨大な木だ。下手すれば“アンダーウッド”と同じ程度の高さはありそうな大樹を目指し、落ち葉を踏む心地よい音を聴いていると、ふと人の声が耳に届いた。

 

「あなた...」

 

 小さいが、強い意志の篭っている声。怒気、と言い変えても良いかもしれないソレを聞き、俺は振り返る。

 

「誰だ」

「それはこちらのセリフですよ、部外者の方。我ら“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”の聖地に、一体何の用事ですか? そもそも、この島にどうやって侵入したのですか?」

 

 気配を一切感じ取らせない相手。警戒心をMAXにして振り向いてみれば、そこにいたのは十歳前後の女の子。白に近い金髪は軽くウェーブがかっており、毛先が地面に着きそうなほど長い。

 側頭部に羽根みたいなのが着いてるけど...あれ耳か? 亜人的なアレなのだろうか。それともただの髪飾り?

 種族の判別に少々戸惑ってしまったが、それより気になることがある。

 

「“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”ってのは、なんかの組織名だよな? すまない、他人らの聖地だとは知らなかったんだ。つーかそもそも、俺は気付いたらここにいた。だからどうやって入ったのかも...まぁ手段が分からないでもないんだが、俺自身がやったことじゃないし出来ることでもない。だから許してくれ」

 

 無闇に争いを起こす必要はない。大人しく謝罪をし、相手の反応を窺う。

 ...それにしても、随分と現実離れした雰囲気の子だな。まるで人形みたいだ。容姿も整ってるし。将来はさぞ美人になることだろう。まああんまり興味ないけど。美男美女とかそろそろ見飽きてきたくらいだしな。贅沢なことを言ってるかもしれないけど、大事なのは外見より内面だぞってじっちゃも言ってた。

 

「...嘘は言っていないみたいですね。どうやってここに来たか分からないとのことですが、帰り方は?」

「手段がないわけじゃないんだけど、今は無理っぽい」

 

 タイムマシン擬きもないし。爺さんには頼りたくないし。

 

「そうですか...。であれば、仕方ないですね」

 

 許してもらえただろうか。だったらさっさとここから出ていこう。あの大樹は気になるが、これ以上聖地とやらに居座られてはこの少女も困るだろうしな。

 

「じゃあ、俺はこれで。ずっと真っ直ぐ進めば聖地から出れるよな?」

「不可能ではありませんが、厳しいかと思いますよ? だって我らの聖地はこの島全土ですし。四方を海に囲まれているうえ、最寄りの大陸までは相当な距離があります」

「...孤島ときたかー」

 

 それは予想外だった。わざわざ孤島なんかに飛ばすなんて、爺さんは何を考えているのか。何も考えてないんだろうなぁ、きっと。

 けど、海なら問題はない。海の上くらい歩けるし。

 そんなふうに考え、改めて少女に向けて別れを告げる前。少女が俺より少しだけ早いタイミングで口を開いた。

 

「なので、脱出の手伝いはこちらでやらせていただきますね」

「え? いや、別に必要ないけど」

「え? .....もう迎えの人呼んじゃいましたけど」

「いつの間に」

 

 どこかに連絡する素振りも見せなかったところをみるに、念話とかそういう系統の連絡手段を持っているのだろう。便利だなぁ。俺も念話、したいなぁ。こう、顔色は変えずに敵前で仲間と作戦会議するとかさ、なんかカッコイイじゃん。いや格好の良い悪いだけじゃなくて、普通に便利だし。

 俺が叶わぬ夢を描いていると、少女は顔を俺から見て右側に向ける。

 

「来たみたいですよ」

 

 少女に倣って右...少女視点での左側へと意識を向けてみた。

 なるほど確かに、四人ほどがこちらに向かってきている。にしても、なんだこの気配? どっかで感じたことあるような.....?

 妙なデジャブに首を傾げていると、いつの間にか少女の姿が見えなくなっていた。それとは逆に、“迎えの人”とかいう奴らの声が聞こえてくる。

 

「おいナツ! 本当にこっちで合ってるんだろうな!?」

「間違いねぇ! 初代の声がしたのはこっちだ! あと誰かは分かんねえけど、人間の匂いもする!」

「サラマンダーの言う通り、確かにこの先から人間の匂いがしやがる。悪魔の心臓(グリモアハート)の残党か?」

「家族を脅かす敵は倒す! それが漢ォ!!」

 

 やたら気合いの入った声と共に、俺の視界に四人の人物が映った。

 パンイチのイケメンと、白いマフラーを巻いた少年、眉やら話やら耳やら腕やらに鉄杭がある男、白髪ゴリマッチョ。なんとも個性豊かな四人だ。にしてもマフラー巻いてる奴と鉄男、あの二人の気配、やっぱどっかで...。

 

「見つけたぞ! 火竜のォ、鉄拳!!!」

 

 先頭を走っていたマフラー野郎が、拳に炎を纏いながら殴りかかってくる。魔力を感じるし、魔術だろうか。

 襲われてしまっては反撃するほかない。それにさっきの言葉...火竜とか言ってたな。それで思い出した。マフラー野郎と鉄男の気配はアレだ、イッセーやヴァーリに似てるんだ。目の前の二人も、その身に龍を宿しているのかもしれない。なら油断は出来ないな。

 

 炎の拳をギリギリまで引き付け、半身になって避ける。拳が宙を切り、相手の体が少し前のめりになったところを狙って、喉元に蹴りを一発。

 

「グバッ!!」

「うおっ!?」

 

 蹴りは綺麗に入り、後ろにいたゴリマッチョを巻き込んで吹き飛んでいく。残りの二人はさすがに警戒したのか、足を止めてこちらの様子を窺う体勢に入った。

 

「ナツが一撃で...!?」

「クソッ」

 

 さて、攻撃されたから反撃したが、このままでは俺はただの悪党になってしまうのではなかろうか。さっきの女の子が言うにはここは聖地、まぁ一種の私有地なわけだし、不当に入ってきたのは俺の方だ。侵略者とみなされても仕方のない立ち振る舞いである。

 ここは穏便に。もう手遅れだが、できるだけ穏便に。残り二人と話し合い、俺はここから出たいだけだと説明するしか──

 

「アイスメイク、槍騎兵(ランス)!」

「鉄竜剣!!」

 

 こっちがコミュニケーションを図ろうとしたらこれだ(半ギレ)

 氷の槍と鉄の剣が迫ってくる。なんでそんなに血気盛んなんだろう。俺も人のこと言えないけどさぁ、さすがに自分の土地に勝手に入ってきたくらいで殺しにかかったりはしないわ。多分。

 それにしても、この二人も魔術師か。威力も人間にしては中々いい線いってるとは思うが...所詮は魔術なんだよなぁ。

 氷の槍は俺に触れた瞬間霧散し、鉄の剣も受け止めたらただの腕に戻った。というか腕を鉄剣にする魔術て。ヘンテコな魔術使うやつだなぁ(全身を雷化させる人)

 

「何ッ!?」

 

 パンイチ男が驚愕に目を見開く。鉄男も同じようなリアクションをし、動きが止まった。チャンスはここだ。

 

「あー...アンタら、お仲間に連絡貰って来たんだろ? ほら、金髪ウェーブの小さい女の子の」

「.....初代のことか? ッ! テメェ、まさか初代に手ェ出しやがったのか!?」

「なんもしてねぇよ。幼女にゃ興味ない」

 

 失礼な奴め、人をロリコンみたいに.....あっ、いや、攻撃したとかいう意味の『手を出した』? ...わ、わかってたし。

 

「とにかく。その、初代? 女の子とさっきここ会って、迎えを呼んだから島から出て行けって言われてな。俺も気付いたらここにいた身だし、連れ出してくれるってんならありがたい話だと思って」

「気付いたらここにいた、だぁ?」

 

 怪訝そうに俺の言葉を繰り返すパンイチ男。

 傍から見て怪しいのは確実にあっちだろ。つーかなんとなく流してるけど、突然攻撃してくるパンイチ男ってなんだよ。やっすい怪談か。

 俺も怪訝な視線をパンイチ男に向けていると、鉄男が口を開く。

 

「その初代はどこにいんだよ」

「知らない。アンタらの声が聞こえてきたくらいで消えちまってた」

「ギヒッ、信用出来ねぇなぁ? とりあえずテメェは大人しくやられとけ!」

 

 酷い話だ。

 せっかくこっちが素直に謝ったり穏便に済ませようとしてるってのに...。やっぱ(ガラ)じゃないのかなぁ、こういうの。

 剣やら棍やらブレスやら、鉄男が放ってくる魔術をテキトーにあしらい(無効化し)ながら、ため息をこぼしてみる。まぁ穏便にことが済まないのなら俺らしい手段を使うまで、か。

 

 攻撃をいなすだけだったが、次は反撃に出よう。

 振り下ろされる鉄棍(腕)を受け止め、握り潰すつもりで掴んでから地面に叩き付ける。

 苦悶の声を上げる鉄男に電撃を直で流してみたらそのまま気絶してしまい、残るはパンイチ男だけとなった。

 

「なぁ、実力差はもう分かったろ? 俺と戦ってもお前に勝ち目はないんだからさ、大人しく俺を島から出す手伝いをするか、こいつら連れて帰るかしてくれ」

「クッ...調子に乗りやがって...!」

 

 乗ってないんだよなぁ。この前負けたばっかで乗れないんだよなぁ。

 パンイチ男.....おい待ていつの間にか全裸男にシフトチェンジしてるんだけど。なんだこいつ怖っ。いつ脱いだんだよ、気付けなかったんだけど。え? もしかして俺タルんでる? 無意識に慢心して注意散漫してる? そんな馬鹿な。

 ま、まぁそれは置いといて。気は引き締め直すとして、だ。

 全裸男の奴、なんか「どうやったら勝てる? 魔術の無効化には何かタネがあるはず...どうすれば奴に攻撃が通る?」とか考えてそうな顔してるんだけど。タネとかねぇよ、自前の対魔力だよ(タネ)

 

「はぁ...もうめんどくせぇな」

 

 そう言ってから、俺は魔力を練る。

 相手も相手で、自分らの聖地に踏み入られた怒りからなのか、冷静さが欠けているように思う。そういう時は一度時間を空けるべきだ。俺だって人間だし、まだまだ未熟だし、感情的になることは多い。人間だもの、お互い様だね。ってことで、ここは広い心でこいつらを許してやろうじゃないか。

 そんじゃ、とりあえずぶっ飛ばすか(クールダウンだ)

 

「歯ァ食いしばれよ、変態」

「あ?」

 

 練った魔力を右手に集約し、雷に変える。バチバチと走る紫電を見た変態全裸男は、腰を少しだけ落とした。

 スタンガンより高電圧に調整し、変態男の懐へと入り込む。俺の動きが見えていなかったであろう変態男は驚いたような顔をして飛び退こうとしたが、間に合わないし間に合わせる気もない。

 

「ガッ.....」

 

 変態男の左胸に、電気を纏った右手で掌底を打ち込む。

 意識は刈り取るが死にはしない、そんな威力に調整して打ち込んだが、どうやら思惑通りことは進んだようだ。軽く泡を吹いて前倒れに気絶した変態男を受け止め...るようなことはせず、そのまま地面に転がす。

 いやだって全裸の男なんか受け止めたくないし.....。

 

「火竜の咆哮ォオオオ!!!!!」

 

 今後の方針を考え直そうとしていると、横からそんな声と共に炎が飛んできた。

 何もしなくても無効化はできるが、さっきのマフラー少年に加えてゴリマッチョ野郎もまだ意識があるようだし、まとめて片付けよう。

 

雷砲(ブラスト)

 

 腰を回し、拳に乗せた雷を放射する。

 炎を飲み込み、マフラー少年とゴリマッチョも巻き込み、さらにその後ろの木々も巻き込んで、雷の砲撃(ビーム)は猛威を振るった。

 十秒もすると、ところどころ帯電している部分があるものの、雷は霧散する。残ったのは焦げ付いた土や木炭、そして二人の人間。ギリギリ死んではいないらしい。もし一般人程度の耐久しかなかったら今のでお陀仏なんだが、予想通りある程度は鍛えてるっぽいな。

 

 “迎えの人”を()してしまったからには、別の手段でこの島を出なければならないかもしれない。せっかくだからこの世界の色んなところを見て回りたいし、聖地云々を抜きにしても島を出るのは構わない。

 しかしまぁ、最近は一人で異世界を渡り歩くということが少なかったし、同行人、ないし現地に詳しいやつを見つけたいのも事実。降ってきた機会だし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)とやらと交流を持ってみるのもいいかもしれないな。...もう敵認定されてるかもしれないけど。

 

 倒れている四人が走ってきた方向を少し探ってみれば、多数の気配が探知できた。多分あれが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だろう。

 話の通じる奴がいればいいんだけどなー、などと軽く考え、気絶している四人を引きずってそちらに向かうことにした。

 

 

 

[凌太side out]

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 天狼島の砂浜付近に停泊している、とある船の甲板にて。

 ルーシィ・ハートフィリアは、茹だるような暑さに脳を溶かされるような感覚を味わいながら(熱中症一歩手前)、ぼんやりと島の方へと視線を向ける。

 

「ナツ達、遅いな〜」

 

 潮の匂いを含む湿った風を肌に受け、靡く金色の髪を抑えながら、少女は呟いた。

 ルーシィの言葉を広い、小さな老人が顎を(さす)りながら同じく島の中心部、ナツと呼ばれる人物達が走っていった方向を見る。

 

「まったく、『初代の声がした!』などと言って勝手に飛び出して行きおって。もう出航の準備は整っとるんじゃがなぁ。エルザ、悪いが少し様子を見てきてはくれんか」

「分かりました」

 

 老人に指示を出されたエルザという赤髪の女性は、すぐに頷き了承の意を示す。

 船から飛び降り、島の方へと足を向けたその時。背の高い植物がガサガサと音を立てて揺れた。何かの生き物が動いている、と警戒したエルザは、その手に剣を召喚し、柄を強く握る。

 

「んー? ナツ達帰ってきたー?」

 

 船の上にいたルーシィにも植物の動きが見えたのだろう。暑さにやられている少女はダラけきった声で、誰ということもなく問いかける。

 だが、それを肯定する者はいない。植物の揺れに気付いたのは、ちょうどそちらを向いていたエルザ、ルーシィ、そして老人の三人のみ。ほかにも多数の人間がこの船には乗っていたが、皆別のことをしていて気付いてはいなかった。

 

 エルザと老人が鋭い目付きで揺れる植物を見つめる。

 しばらくガサゴソと揺れた植物の間から出てきたのは、黒い髪の少年だった。

 この島に無断で入ってきたらしき部外者。それだけでも十分に警戒するにたる人物ではあったが、さらにエルザ達の警戒心を高める要素を、その少年は持っていた。

 

「...貴様、何者だ」

「ああ、アンタらが妖精の尻尾(フェアリーテイル)?」

 

 質問には答えず、逆に質問を投げてくる不審者──坂元凌太。

 彼の手によって引きずられてきたものは、エルザ達の仲間。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の構成メンバーである、四人の魔導士だった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地に現れた、気絶し傷付いた仲間(かぞく)を引きずる謎の男。エルザの頭には“敵”の文字が()ぎる。

 老人やルーシィも目を見開き、ルーシィは腰に掛けていた黄金の鍵に手を伸ばす。

 

「あー...落ち着いて俺の話を聞け。俺は漂流者だ。お前らに対して害意はない」

「私達の仲間を傷付けておいて、よく言ったものだ」

「そりゃいきなり襲われたら反撃もしますわ。反省はしてないこともない」

 

 数度の言葉の横行で、エルザは、男には本当に敵意も害意もないのではないかと思う。男が本当にただの漂流者だったとして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)悪魔の心臓(グリモア・ハート)との抗争やアクノロギアへの敗北を経験したばかりで気が立っているであろうナツ達が早とちりし、一方的に攻撃を仕掛けても不思議ではない。

 しかしながら、S級魔導士昇格試験にも参加できるほどの実力者であるナツ達四人を一人で倒せる相手でもあることに違いはない。エルザ達にとって、決して油断はできない状況だ。

 

「あー...えっと、森の中で十歳くらいの女の子に会ったんだ。金髪の、なんか天使見たいな格好した子に」

「...初代のことか?」

「私のことですか?」

「そうそう、確か初代とか呼ばれてたそこの女の子に.....お前、ホント気配消すの上手いなぁ」

「「「しょ、初代!?」」」

 

 気付いたら例の少女は船の舷縁に腰を降ろし、足をパタパタとさせていた。その出現を全くと言っていいほど感知出来なかった凌太は少しだけ悔しそうな顔をするが、それを見ていたのはこの場で初代と呼ばれる少女だけだった。

 悪戯が成功した子供のように、少女はくすくすと笑う。

 

「ああ、そうだ。彼の言っていることは真実です。少し調べてみましたが、私が彼と遭遇した付近で不思議な波、のようなものを感じました。恐らく時空か何かを越えた者、神隠しに遭った者...彼の言葉どおり、“漂流者”という表現が一番しっくりきますね。三代目、彼を島の外へ出してあげてください」

「は、はぁ...まあ初代がそうおっしゃるなら...」

 

 展開に着いていけていないであろう老人は、とりあえず頷く。

 騒ぎ...というほど煩くはなかったが、何やら異変が起きていることに気付いたほかの妖精の尻尾(フェアリーテイル)メンバーや救援組がぞろぞろとやってくるなか、「神隠しってのは言い得て妙だな。...あれ? 言い得て妙って使い方合ってる?」などと独り言を漏らしながら初代へと言葉を投げる。

 

「突然消えたと思ったらそんなことしてたのかよ」

「はい。少し気になったもので。時空を越えた者、というのは前例がないわけでもないようですし」

「そうなのか?」

「ええ。まぁ、私が直接会ったわけじゃないんですけどね。古い文献に書いてありました」

 

 それより、と少女は凌太に笑いかける。

 

「私、メイビスっていいます。貴方は?」

「坂元凌太」

「サカモトリョウタ...変わった名前ですね」

「確かに“元”は珍しいな。普通“本”だし」

「いえ、そこは知りませんけど。というかそれ抜きでも十分珍しいですよ」

 

 そりゃあ国境どころか世界なんてものを越えればなぁ、と思うと同時に、ここが地球ではない、少なくとも日本という島国やそれに似通った国は無いのだろうと凌太は憶測する。あったとしても知名度の無い少民族だろう。

 

「サカモトリョウタ...ではリョータ、と。私、貴方に興味が湧きました」

「ごめんなさい俺小さい子はちょっと...」

「恋愛脳やめてください。それに私見た目ほど幼くないっていうか寧ろおばあちゃんみたいな...コホン。そういうことではなくですね」

 

 凌太の存在が気になりつつも、初代(メイビス)と話していることで近寄れず遠巻きに見ながら出航の準備をしている周囲の面々をあえて無視する二人。

 気を取り直したメイビスは、「私、気になります!」という目をしてズイっと凌太の方へ前のめりになる。

 

「私の姿、リョータは見えているんですよね?」

「は? まあ、見えてるけど」

 

 何を突然? と首を傾げる凌太をよそに、メイビスはさらに興味津々な様子で凌太を眺める。

 

「本来なら、貴方は私の姿が見えないはずなんです。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を刻んだ者にしか見えない、そのはずなんですが」

「なぜか俺には見えてる、と。つーことはあれか、メイビスは幽霊的な何かなのか」

「そうなります」

 

 初めから違和感のようなものはあった。普段冥界に還している霊とはまた少し違った存在らしいが、全く違うというわけでもないのだろう。

 

「これから貴方はどうするのですか?」

「ん? そうだな...ま、テキトーにブラブラしとくつもりだよ。被害者な俺には目的なんてもんはないし、気楽にやるさ。一応、妖精の尻尾(フェアリーテイル)との繋がりは持っとこうと思うけどな」

「そうですか、それは良かった」

「なにが」

「リョータ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってみる気はありませんか?」

「俺にメリットがないので却下。それに俺は誰の下にも付く気はねーよ」

「別に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に骨を埋めろ、というわけじゃありませんよ? ただ、身寄りがないのであれば魔導士ギルドに仮所属するのも悪くないんじゃないですか? それに、ギルドに入るということは誰かの下に付くという意味ではありません。私達の仲間になる...もっと緩く言えば、他よりも親しい友人になる程度に捉えてもらって構わないです」

 

 ヤケに薦めてくるけどなんか腹黒い思惑でもあんのか? と訝しむ凌太だったが、他でもない彼の直感がそれを否定している。

 メイビスからすれば、興味の対象を手元に置いておきたいという気持ちと.....それから、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の戦力について考えた結果の提案だった。

 最強最悪の龍、アクノロギア。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を全滅寸前にまで追い込んだ、いつ襲ってくるのかも分からない強大な存在。それに対処するために、凌太というアクノロギアに匹敵しかねない戦力を欲しがったのだ。

 

「(リョータの魔力...()とはまた違った《何か》を感じる。ヒトでありながらその範疇に収まらない、その圧倒的な保有量もさることながら、ヒトのそれとは質が違う...気がします)」

 

 凌太から悪い感じはしない。では良い感じがするのか、と聞かれればそれも違うと言うしかないのだが、少なくとも引き入れてマイナスにはならないだろう。勘の域を出ない憶測ではあるが、不思議と間違っている気はしない。

 

「んー...まあ、いっか」

「ホントですか!」

 

 パァ、と効果音が付きそうなほど表情を明るくするメイビスの眼前に、凌太は人差し指を立てた右手を突き出す。

 

「ただし条件がある。俺は一時的に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属するだけで、抜ける時は抜ける。俺が気に食わない状況になったり、帰れるようになったりした時だな」

「道理です。無理に居続けることはありません。私達にそこまでの強制力はありませんし」

 

 本音を言うと妖精の尻尾(フェアリーテイル)の将来のためにも永住して欲しいが、言葉にした通り無理強いはできない。そんなものは彼女の求めた“ギルド”ではなくなってしまう。

 

「しかし、脱退する際にいくつか守ってもらいたい掟があります」

「掟?」

「はい。一つ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益になる情報は生涯他言してはならない。二つ、過去の依頼者に濫りに接触し個人的な利益を生んではならない。三つ、たとえ道は違えど強く力のかぎり生きなければならない。決して自らの命を小さいものとして見てはならない。愛した友のことを生涯忘れてはならない。この三つは厳守してください」

「ん。まぁ、その程度なら問題ない」

 

 そんなこんなで、凌太の妖精の尻尾(フェアリーテイル)への所属が決定した。現・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の誰一人として承諾していない、というより話がよく聴き取れず、彼らの知らないところで勝手に決定してしまったのである。

 

 

 ───まあ、知ったところで反対する者もいないのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)というギルドなのだが。

 

 

 

 

 




あばばばば(上手く話が書けずにモヤモヤして発せられた奇声)
カンピオーネの魔術無効化能力って、魔導士(魔術師)にとって天敵以外の何物でもないですよね。これはオリ主無双しますわ(フラグ)


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身体を鍛えるのは時間がかかるけど衰えるのは嘘みたいに早い

 4月は忙しくて書けないかなって思ってたんですけど意外と書けたので投稿します。
 平成も残り少なくなってきました。令和になっても多分そんなに変わらない日常が待ってるんだろうなと思いつつ、程々に頑張って生きていきます。


 

 

 

 

 

「えー、じゃあ改めて。今日からしばらく妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属することになった、坂元凌太だ。よろしく」

 

 所々でぱちぱちと拍手が鳴る。

 天狼島から所移ってフィオーレ王国。の端の端。オンボロの名が相応しい建物内で、凌太は簡潔な自己紹介をしていた。

 

「サカモトリョウタ...変わった名前だな」

「メイビスにも言われた」

「メイビス? あ、それより! リョータはどんな魔法使うの?」

「神の御業の真似事」

「あっはっは! 神の御業とはまた大きくでたなぁ。具体的にどんな魔法なんだ?」

「色々あるけど、一番得意なのは雷系のやつ」

「ってことはラクサスと同じだな!」

 

 やんややんやと質問攻めに遭う凌太。

 天狼島からの帰りの海路で一応の自己紹介はしていたのだが、初顔合わせの者や諸事情(船酔い)で船上では聞けなかった者達のために、もう一度自己紹介をしていた。

 

「リョータァ! 俺と勝負しろ!」

「いいよ、雷砲(ブラスト)

「アバァアア!!!」

「おいこらギルドを壊すな!」

「あのナツが一撃で...スッゲェなリョータ! お前、凄い魔導士だぜ!!」

 

 ただでさえオンボロなギルドを壊されて四代目マスターは声を荒らげ、リョータの見せた魔術(魔法)に興奮した様子のマックスは、手放しで凌太を褒める。

 

 七年もの間行方不明だった者達の帰還、加えて新メンバーの加入とくれば宴待ったナシだ。元々騒ぐのが好きな者が多い妖精の尻尾(フェアリーテイル)では、この七年間の出来事や天狼島での出来事、そして凌太の話を肴にして、久方ぶりのどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。天狼組にとっては一日ぶりの再会だが、居残り組はそうではない。積もる話も多いのだ。

 

 自己紹介も終え、ある程度の質問にも答え、ようやく解放された凌太はカウンターで酒を呷ろうと考える。質はあまり良いとは言えなそうだが、いつぞやに飲み損ねた葡萄酒があったので手に取った。

 そこで、騒ぎには混じらず給仕のような仕事をこなしていた白髪の女性、ミラジェーンと軽く会話を始める。

 最初は他愛のない話だった。どの酒が美味いだとか、ツマミにはこれだとか。主に飲食の話をしていたが、次第に妖精の尻尾(フェアリーテイル)についての話へとシフトする。

 

「うちにはね、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が四人もいるのよ」

「滅竜魔導士? ああ、ナツとかガジルとかか」

「ええ。その二人のほかに、ウェンディとラクサスもそうなの」

 

 そう言い、ミラは青い髪の少女と金髪の男を指差す。

 男の方は強そうだし凌太が感知できる魔力も大したものだが、少女の方は竜を倒せるような人物には見えない。というのが凌太の意見だった。

 

「けどまぁ、滅竜を謳うくらいだ。それなりの実力はあるんだろ」

「ええ。特にラクサスはS級魔導士って言って、うちでもかなり上位の実力者なのよ? まぁ、今は破門されてるんだけどね」

「破門された奴がいていいのかよ」

「状況が状況だし、誰も反対はしないと思うわ」

 

 ラクサスは天狼組の危機に駆け付け、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を救ったのだという。ならば破門が解けるのも時間の問題だろう。

 

「S級魔導士か。ラクサスのほかには誰がいるんだ? そのS級って奴らは」

「エルザとギルダーツ、それからマスターもよ。ちょっと前まではミストガンっていう人もいたんだけど」

「それから、ミラもS級だぞ」

 

 二人の会話に入ってきたのは、今しがた名前の上がったエルザだった。凌太の隣に腰掛け、ミラに苺のショートケーキを注文する。

 

「元、ね。今はもう現役引退してるの」

「しかし実力は折り紙付きだ」

 

 出てきたケーキのスポンジ部分をフォークで切り取り、口に運びながらエルザはミラを評価する。

 凌太も、ミラの高い魔力は感じ取れていた。ミラの中になんとなく悪魔のような気配の残滓があることから、憑依系なのかと予想する。

 その後、誰がどんな魔法を使うかの説明を受けていたところ、中央の方から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

 酒も入っているのだし、喧嘩の一つや二つは起こるものだろうと思い無視しようとしていた凌太だったが、少しばかり気になる単語が出てきたために意識を向ける。

 

「父ちゃんは悔しくないのかよ! 恥ずかしくないのかよ!! 天狼組は帰ってきた、俺はもう七年も待った! これ以上は待てねぇよ! なぁナツ(にぃ)、手っ取り早くフィオーレ最強のギルドになる手段があるんだ!」

「ロメオ!」

 

 見れば、大人と子供が言い争いをしている最中だった。

 ロメオ、と呼ばれた少年は、父親でもある四代目マスター(マカオ)(マスターの座は一旦マカロフに返されているため、厳密には元四代目マスター)から視線を外し、ナツに意思の篭った目を向ける。

 

「大魔闘演武っていう、フィオーレ中の魔導士ギルドが集まる祭りがあるんだ! それに出て優勝すれば、フィオーレ最強の魔導士ギルドになれる!」

 

 熱く語るロメオの目は爛々と輝いており、すでに優勝した妖精の尻尾(フェアリーテイル)を夢想しているように見える。

 だが現実はそんなに甘くない、と主張するのがマカオ達居残り組だ。

 

「あんなの生き恥晒すだけだ! 天狼組だって七年もブランクがある! なぁマスター、アンタからもなんとか言ってくれよ」

「ふぅむ...確かに、四代目の言う通り、今のガキ共でどこまで通用するのか...」

「その言い方はやめてくんないかな、三代目」

「因みに、優勝賞金は三千万J(ジュエル)だぜ」

「良し出るぞ小僧共ォ!!」

「「「「マスター!?」」」」

 

 マカロフの一言により、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は三ヶ月後に控えた大魔闘演武への参加を決定。去年までの散々たる結果を思い出して鬱々とする居残り組とは対照的に、天狼組は胸を踊らせる。

 

「大魔闘演武、最強を決める祭りかぁ。いいなそれ、ロマンがある」

 

 今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の現状から言って、ここで優勝して頂点に輝くのは難しい。天狼組不在の間に勢力を伸ばしたギルドは数知れず、中でも剣咬の虎(セイバートゥース)という魔導士ギルドは名実共に現代の最強ギルドなのだという。そこを倒さなければ、頂点には行けない。まさにジャイアントキリング、最弱だったギルドが最強を下す。実にロマンがあると、凌太は少しだけ興奮した。

 居残り組からは未だ不満が漏れているが、マカロフの一喝でそれも治まる。

 

「出ると決めたからにはとやかく言っても仕方あるまい! 目指せ三千ま...ンンっ、目指せフィオーレ(いち)! チーム妖精の尻尾(フェアリーテイル)、大魔闘演武に殴り込みじゃあああ!!」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が大魔闘演武への参戦を決めてから、早三ヶ月。修行だなんだと飛び出して行った天狼組と同じく、凌太も大陸を渡り歩いていた。当地限定グルメに舌鼓を打ってみたり、未発達であるが故に残っていた絶景を見に行ったり、道中襲ってきた闇ギルドをしめて舎弟(凌太不認知)を作ったり。

 強敵と出会うことこそ無かったものの、それなりに充実した時を過ごした凌太は、マグノリアに戻ることなく、大魔闘演武会場のある首都クロッカスへと足を運んでいた。

 

「マカロフから送られてきた手紙に書いてた宿ってここだよな? まだ誰もいないんだけど」

 

 各地で暴れ回っていた凌太(無自覚)の居場所は、少し調べれば分かる。というより、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に苦情が届くのだ。幸い、各自賠償金は全て凌太が負担している。もはや中ランクの黄金律スキルを獲得したと言っても過言ではないほど、凌太は金銭に困らなくなっていた。しかしまぁ、金は払ったから万事解決、とはならない事例も多い。その分の苦情がギルド本拠に届くので、自動的に居場所は知れたのだった。

 

「多分合ってると思いますけど...」

「まだ誰も来てないんじゃない?」

 

 手紙に記された住所と目の前の宿を見比べる凌太の横から、少し幼い声と高い声がする。ウェンディ・マーベルと、その相棒である空飛ぶ猫、シャルルの声だ。

 何故二人が凌太と一緒にいるのかというと、この三ヶ月間凌太とともに旅をしていたからだ。

 凌太が放浪に出る前、せっかくだから同行人が欲しいと思った凌太は、ギルド内で募集をかけた。結果として立候補してきたのはウェンディとシャルルのみ。なので、二人+一匹旅が始まったのだ。

 

 ウェンディが凌太について行ったのは、シャルルに薦められたから。なんでも、凌太と行動を共にすることで飛躍的にパワーアップするウェンディの姿、という未来を視たのだという。

 事実、ウェンディは三ヶ月前とは比べ物にならないくらい強くなった。気まぐれで凌太が課す修行を乗り越え、凌太の引き起こす騒動に毎回巻き込まれ、揉みに揉まれた結果だ。

 

「しゃーない。どっかその辺で時間潰すか」

「あっ、それならさっきの喫茶店入りましょうよ! あそこのパフェ、美味しそうでした...」

「雑誌にも取り上げられてたわよね、あそこのパフェ」

「ああ、なんだったっけ。名前聞いただけで胸焼けしそうなやつだろ?」

「『スペシャルストロベリーシュガーホワイトチョコマシマシハチミツソルトクリームアイススイートパフェ』ですよ、凌太さん!」

「早口言葉かよ。よく噛まずに言えたな」

「えへへ」

「そこ、照れるとこじゃないわよ、ウェンディ」

 

 もはやどんなパフェなのか想像もつかないような名前を聞き流し、凌太たちは来た道を戻る。

 凌太にとっては興味のないパフェだが、ウェンディやシャルルはとても楽しみなようで。ニコニコしながら歩くウェンディは、浮かれて前方への注意が疎かになっていた。だからだろう、すれ違うはずだった人物とぶつかってしまったのは。

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 ウェンディがぶつかった相手は、まだ少年といえるほどの男だった。つんつんとした金髪は、どこかナツを思わせる。

 

「ちゃんと前見て.....お前、妖精の尻尾(フェアリーテイル)か?」

 

 悪態をつこうとした少年は、ウェンディの肩に刻まれている紋章を見て立ち止まり、ウェンディの肩を握って問いかけた。

 

「えっ? あ、はい、そうですけど...」

「じゃあナツさん知ってるだろ!? 火竜(サラマンダー)のナツ・ドラグニル! あの人が大魔闘演武に出るってホントなんだよな!?」

「えっと...私まだ出場メンバーを知らなくて...」

「はぁ? ちっ、じゃあもういいよ」

「おいスティング、行くぞ」

 

 スティングと呼ばれた少年は、乱暴にウェンディを押しのける。それに怒ったのは、彼女の親友であるシャルルだった。

 

「ちょっとアンタ! ぶつかったのはウェンディが悪いのかもしれないけど、その後のアンタの行動はなによ! ウェンディは謝ったわ、今度はアンタが謝りなさい!」

「あ? 喋るネコ...レクター達と同じ種族か?」

「シャ、シャルル、私は大丈夫だから...!」

 

 憤るシャルルを(なだ)めるようとするウェンディとは逆に、シャルルのボルテージは上がっていく。しかし、たかだかネコに本気になって言い返すほどスティングも子供ではない。むしろ「レクターやフロッシュ以外の喋るネコ初めて見た」と感心しているほどだ。

 

「おいウェンディ、シャルル。何やってんだ、早く行くぞ」

 

 二人がゴチャゴチャやっていることに気付いた凌太が、ウェンディ達に声をかけた。腹の減ってきていた凌太はさっさと食事を済ませたいのか、早く来るよう二人を促す。

 

「ほ、ほらシャルル! リョータさんも呼んでるから、ね? あのっ、すみませんでした!」

「シャー!!」

 

 未だ威嚇するシャルルを抱え、ウェンディは凌太の元へと駆ける。

 

「なんだったんだ?」

「スティング、早く行くぞ。みんな待ってる」

「あ、おう」

 

 

「お前ら、何やってたんだ?」

「あの、私が人とぶつかってしまって...」

「あの男、ちゃんと謝ったウェンディを乱雑に突き飛ばしたのよ!?」

 

 プリプリと怒るシャルルの視線の先には、白みがかった金髪の少年の姿が。その他にも数名ほど、個性的な服装や外見をした面子がまとまって道の真ん中を歩いていた。

 その中で凌太が注目したのは、スティングとその隣を歩く黒髪の少年だ。

 

「...あの二人、ウェンディと同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だな」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「ああ、竜の気配が混ざってる。間違いない。そんで一緒に行動してるっつーことは...もしかしたらあいつら、噂の双竜かもな」

「双竜...剣咬の虎(セイバートゥース)の!」

 

 大魔闘演武優勝、ひいてはフィオーレ(いち)の魔導士ギルドを目指す妖精の尻尾(フェアリーテイル)において、絶対に避けては通れない存在。剣咬の虎、セイバートゥース。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が勝ち進めば確実にぶつかるであろう相手を、ウェンディとシャルルは呆然と見つめる。最強と名高いギルドの主力メンバーを相手にしていたと分かって、遅れて緊張してきたのかもしれない。

 それを見越したのか、凌太はわしわしとウェンディの頭を雑に撫でる。

 

「安心しとけ。もしお前がアイツらと戦うようなことがあっても、今のお前ならそう簡単には負けねぇよ」

「勝てる、とは言わないのね」

「そりゃあまだ断言は出来ねぇなぁ。せめてあと一年あれば、ってところか。まあ別に、勝てないわけじゃない。やり方次第でどうとでもなるさ」

「そう、でしょうか?」

 

 不安げに、ウェンディはそう呟く。

 

「リョータさんは、私は強くなったって言ってくれますけど...私、あんまり自信持てなくて...本当に私、強くなったんでしょうか?」

「はぁ? お前、あんな力(・ ・ ・ ・)まで使えるようになってまだ言うのか?」

 

 呆れたようにため息を漏らす凌太。

 しかし、ウェンディの悩みは本物だ。凌太やシャルルは強くなったと言ってくれるが、それがお世辞である可能性も決して0ではない。或いは、強くなったといってもそれは極めて微々たるもので、今の時代には追い付けていないのではないか。そういう不安がウェンディの頭から離れないのだ。

 

 不安がるウェンディを見て、凌太は先程より少し強くウェンディの頭を掴むように撫でる。

 

「俺を信じろ。お前は確実に、そんでもってすげーパワーアップしてるよ。なんたってお前、俺に一撃入れたんだぜ?」

 

 事実だ。数日前に行ったサシの組手で、ウェンディは凌太の腕に蹴りを入れることに成功している。凌太へのダメージはほぼ0で、その後瞬殺されもしたが、それでも攻撃が当たったことに違いはない。

 

「でも...それもたった一回きりですし...」

「たった一回、されど一回。三ヶ月前のこと思い出してみろ? ナツにガジルにグレイ、それからエルフマン。あの四人でも俺に一発だって届かなかったんだぞ? 少なくともウェンディ、今のお前は三ヶ月前のアイツらよりは確実に強い。だから自信持てよ」

 

 慢心しろってことじゃないぞ? と笑いながら言う凌太を見て、ウェンディは小さく微笑んだ。彼女の性格上、そう簡単に自信は持てないかもしれない。だがそれでも、悲観しすぎることはないのかもしれない、と。そのくらいには思えるようにはなっていた。

 

「んじゃ、さっさと飯食いに行くぞ。えっと...スペシャルストロベリーホワイト.....」

「スペシャルストロベリーシュガーホワイトチョコマシマシハチミチュソルトクリームアイススイートパフェですよ、凌太さん!」

「お前今噛んだろ、ハチミチュって」

「噛んでません」

「じゃあもう一回言ってみろ」

「スペシャルストロベリーチュッ」

「ほらみろ言えてねぇじゃねぇか」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 あれから二時間後。

 凌太とウェンディ、そしてシャルルは、指定されていた宿に足を運んでいた。

 

「意外と美味かったな、パフェ」

「三人でやっと食べ切れるくらいの量でしたけど、すっごく美味しかったです! ね、シャルル?」

「ま、まあまあだったわ」

 

 厳選された果実がどうとか、塩が意外と効いていたとか、そんな他愛もない話をしつつ宿に着いた凌太達を待っていたのは、衝撃の展開だった。

 

「ウェンディは選抜チームに入っとるのでの、しっかり準備しといてくれぃ」

「ほぁぇ?」

 

 再開の挨拶もそこそこに、宿で待ち受けていたマカロフからそんな言葉が飛び出てきた。全く予想していなかったのか、ウェンディは間抜けな声を漏らしてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? なんで私が...ほかの皆さんは!?」

 

 数秒の時間をおいて、ようやく事態を理解したのだろう。ウェンディは焦ったようにマカロフに言いよる。

 

「まぁまぁ落ち着きなさい。ウェンディのほかはナツ、グレイ、エルザ、ルーシィじゃ。お前ら五人はチームを組んでおったろう? 今回は総戦力よりチームワークに重点をおいたんじゃ」

「な、なるほど...それなら私が選ばれたのも理解できなくは...」

 

 そんな風にマカロフにいいように言いくるめられたウェンディは、明日から試合に出るならその前に王都を観光しておきたいと言ってシャルルと共に宿を飛び出していった。見た目通りチョロいんだよなぁあの子、などとウェンディの身の心配をしつつ、宛てがわれた部屋に行こうとした凌太は、マカロフに呼び止められる。

 

「リョータ、お前にも大魔闘演武に出てもらうぞ」

「は? いや、出てもらうもなにも、俺選抜チームじゃないんだが?」

 

 素直に疑問に思った凌太は、首を傾げた。

 そんな凌太に、マカロフは不敵な笑みを送る。

 

「フッ...此度の大会、ギルド内から二つまでチームを出せる...つまり、ぬしには妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームとして参戦してもらう」

「Bチームだぁ?」

「頼む! この通りじゃ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が優勝するためにぬしの力を貸してくれ!」

 

 両手を合わせて頭を下げるマカロフを見て、凌太は考え込む。

 

「(確かに俺が出れば優勝できるかもしれねぇな。いや、慢心とかそういうのじゃなく。相手がただの魔導士である以上、俺に勝てる奴がいるってのは考えにくい。正直言ってこんな出来レース紛いなこと、あんまり好みじゃないんだが...)」

 

 仲間の命や失えない尊厳がかかっていれば話は別だが、基本的に凌太は勝負事を楽しむ傾向がある。多少手段を選ばない時もあるにはあるが、それでも『確実に勝てる勝負』を楽しいと思えるほどではなかった。

 しかし、仮にでも自分が籍を置いている組織のトップが、頭を下げてまで頼み込んできている。その事実に、思わない所がないでもなかった。

 

「(ま、もしかしたら魔術...魔法に依存しない戦闘力の持ち主もいるかもしれないしな。それかウェンディみたいな強化特化型の奴とか)」

 

 まぁどっちにしろただ観戦してるよりは楽しいだろ、そう結論を出し、凌太は首を縦に振る。

 

「分かった、出てもいいぞ」

「おお! そりゃ助かるわい! ふふっ、これでギルダーツがいない分はカバーできたかの」

「因みに、そのBチームってのは他に誰がいるんだ?」

「うむ。ガジル、ラクサス、ジュビア、それからミストガンじゃ」

「ミストガン? って確かもうギルドにはいないんじゃなかったか」

 

 以前ミラから聞いた話を思い出し、マカロフに問う。

 

「そうなんじゃが...なんと言ったものか」

「俺から説明しよう」

 

 口篭るマカロフを訝しげに見ていた凌太の横から、マカロフとは違う声がした。

 そちらを見てみれば、目元以外の全てを外套などの布で隠した、いかにも怪しげな男が立っていた。

 

「お前がミストガン?」

「そうであるとも言えるし、違うとも言える」

「んだよ、めんどくせぇな。はっきり言え」

「全く、せっかちな奴だな...。俺はジェラールという。ミストガンという男と同一人物とも言える存在だ」

「なんだお前、ミストガンって奴と融合でもしたのか」

「違う。ミストガンとは、別世界の俺のことだ。そのミストガンは元の世界へ帰り、今はこちらにはいない」

「...なるほど。だいたいは理解した。んで? そのミストガンの代わりに、こっちの世界のミストガンであるお前が妖精の尻尾(フェアリーテイル)メンバーとして大会に参加する、と。...いいのかそれ? 普通に反則じゃね?」

「勝つためじゃ! それにミストガンを妖精の尻尾(フェアリーテイル)から脱退させた気もなければ脱退したいとも言われとらん。だったらこやつもミストガンってことで」

「暴論がすぎるな」

「や、やっぱりダメかのぅ...?」

 

 反則という言葉にビクビクし始めたマカロフを見て、凌太は一つ息を吐く。

 

「まあいいんじゃねぇの? バレなきゃ」

 

 そんなこんなで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームは結成された。

 少しは楽しませてくれる奴がいればいいんだけどな、と。ちょっとばかりの期待を胸に、魔術師の王(カンピオーネ)は魔導の祭典へと足を踏み入れる。

 

 

 

 




 ウェンディ魔改造計画。


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若者も老人も、キレたら何するか分からないから気を付けろ

令和もよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 大魔闘演武に参加することになった凌太は、ミストガン(ジェラール)とともに指定された宿部屋まで向かっていた。

 夜中の十二時までには部屋に居ろ、という大会運営側からの指示もあるし、何よりやることがないのだ。

 

 二人で部屋に入ってみれば、そこには三人の先客がいた。

 

「ラクサスにガジル、あとジュビアだったか。マカロフから話は聞いてるよな?」

 

 一斉に集まった視線を受け、凌太は挨拶よりも先にそう問いかける。

 三人の中で最初に反応を示したのは、ベッドに腰掛けていたラクサスだった。

 

「ああ。ちゃんとジジィから説明があったぜ。ついさっきだがな」

「不満は?」

「別にねぇよ。ミストガンの代わりに脱獄囚を出すくらいだ。正真正銘、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員であるお前を拒む理由はない」

「そっか。俺にやられたことのあるガジルは?」

「テメェ喧嘩売ってんのかコラ」

 

 挑発するような凌太に青筋を立てるガジルだが、拳を上げることはなかった。勝てないからとか、そういう理由からではない。一度負けた相手に思うところがないでもないが、今はチームメイトだ。

 それに、凌太の実力は身をもって知っている。そして何より“勝利報酬”のためにも、今凌太と敵対するつもりはなかった。

 

「...フン」

「特に不満は無し、と。ジュビアは?」

「私も特には」

「つーわけだ。誰もお前も拒みゃしねぇよ。俺個人としてはむしろ、同じ雷使い同士仲良くしたいね」

「ギヒッ、テメェから『仲良く』なんて台詞が出てくるとはな」

「うっせ」

 

 凌太が思っていたよりもチームメイトは不仲というわけではなさそうだ。ほぼ無関係者(ジェラール)元破門者(ラクサス)、それに凌太に対し悪い印象を持っている可能性があったガジルがいるのではチームワークは最悪と言ってもいい状態ではないか、と危惧していた凌太は若干出鼻を挫かれたような気分になった。

 呆けてしまった凌太だが、すぐに気を取り直して部屋の中を見回す。

 

「今夜十二時には絶対にここに居ろっつう通達があったけど...夜中からドンパチ始めんのか?」

「さぁな。夜の闇を利用したゲームなのかもしれないし、一斉に大会のルール説明があるのかもしれない。俺たちも何も知らされてねぇんだよ」

「そっか。そんじゃあと約半日暇があるわけだ.....暇だな」

 

 時計を見てみれば、針は正午を少し過ぎた程度の時間帯を示している。こんなことならウェンディに着いて行けば良かったかな、と思いながら、凌太はラクサスの座っているベッドとは違うベッドに身を投げた。

 

「俺は夜まで寝る」

「呑気な奴だな。俺は少し街でも見てくるか。ミストガン...ジェラールはあんまり出歩けないとして、ガジルやジュビアはどうすんだ?」

「あん? 俺は...飯でも食いに行ってくるか」

「私はグレイ様を探します!」

 

 元気に部屋を飛び出していくジュビアに続き、ラクサスやガジルもタラタラと部屋を出る。

 ジェラールも用事があると言って部屋を出て行ってしまったため、部屋に残っているのは凌太のみとなった。

 

「...一人になんのは久しぶりだな」

 

 思えばこの三ヶ月、凌太のそばには常にウェンディかシャルルがいた。特にウェンディは、修行のこともあるが、凌太の冒険譚を聞くのが好きだったため、夜も度々凌太に話を強請(ねだ)っていた。ウェンディが寝付くまで、凌太は自分の経験を面白可笑しく語り、ウェンディが眠りについてからは自分の夢に潜って仮想の強敵を創り出し、ただひたすらに戦う。

 落ち着いて眠るのは久しぶりだった。

 

 さすがに無いとは思ったが、一応念の為に自作の目覚ましをセットして寝坊を防ぐ準備をし、凌太は久々の安眠を貪り始めた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 凌太が目を覚まし、他のチームメイト達も無事に部屋へ集合し、十二時を告げる鐘が鳴り響く。

 街の上空に現れた巨大カボチャ人間の虚像(ホログラム)により、『予選』についての説明がなされる。参加チームが多すぎるため、良い具合に間引きしたいようだ。

 予選を勝ち抜けるチームは全部で八チーム。膨大な魔力でクロッカス上空に構成された迷宮を踏破した順位で本戦出場チームを決めるのだという。

 

 それを聞いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームが真っ先に思い付いたのは、敵がマッピングした地図を奪ってゴールすることだった。実際、相手への攻撃が禁止されていないこのゲームにおいて、その選択肢は正しい。しかしながら、ここには凌太がいる。

 

「んな面倒なことするより、直接ゴール目指した方が早ぇだろ」

 

 そう言った凌太(直感持ち)は、ずんずんと進み出す。

 あまりにも迷いのない凌太の歩みに、Bチームは戸惑いながらも大人しく着いて行った。そうすればどうだろう。ほんの十数分で、ゴールに辿り着いてしまった。ぶっちぎりの一位である。

 大会運営どころか味方までもを驚愕させた凌太は、何食わぬ顔で迷宮を後にした。

 

 

 * * * *

 

 

 

 翌日。クロッカス中央、丘の上の闘技場《ドムス・フラウ》

 大魔闘演武本戦の会場であるその場所で、凌太達Bチームは映像ラクリマの映し出す光景を観ていた。

 

「ギヒッ...観客全員からブーイングされるなんざぁ、ウチも嫌われたもんだな」

 

 そう呟くガジルに、皆無言の同意を示す。

 映像の中では、予選を八位で通過した妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチームが大ブーイングを受けている途中だった。万年最下位のギルドの上位八位は確定したのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

 Aチームではナツが吼えてエルザに宥められているようだが、Bチームでは本気でキレている者はいない。どれだけ嫌われていようが、自分達に実害は無いからだろう。

 それより、凌太の意識は違うところに向けられていた。

 

「...エルフマン?」

「ウェンディがいないな。何か事故でもあったか?」

 

 凌太の呟きを拾ったジェラールが、ウェンディの不在に気付く。

 Aチームに所属しているはずのウェンディの姿がない。昨晩のゲームで負傷したという可能性もあるが、ウェンディの実力を知っている凌太としては、その可能性は低いと考えていた。

 疑問は募るが、時は待ってくれない。

 

「私達もそろそろ行きましょう」

 

 ジュビアに言われ、七位の四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)の入場を映していた映像ラクリマを切り、Bチームは控え室を後にする。

 

 

 Bチームが入場門に辿り着くと、すぐに司会のアナウンスがあった。

 

「それではお待ちかね、第一位の登場です! 二位の剣咬の虎(セイバートゥース)に大差を付けました! 堕ちた羽が再び翔くのか!? 予選一位通過はまさかまさかの───妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームだァああ!!!!」

 

 熱の篭った司会の紹介を受け、凌太達妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームは競技場へと姿を現した。

 同じギルドであるAチームやその他参加ギルド、そして観客は一同呆然とするが、すぐに会場を揺らすブーイングが巻き起こる。

 

 

 ──また妖精の尻尾(フェアリーテイル)だと!?

 

 ──セイバーを抑えて一位なんて、一体どんな汚い手を使ったんだ!?

 

 ──つーか同じギルドから二チーム出るとか反則だろ!

 

 ──弱小ギルドはさっさと帰れ!!

 

 

 それはもう酷いものだ。

 罵詈雑言の嵐、一位通過チームの出迎えとは到底思えない。

 しかしながら、そんな言葉は右から左。特に気にした様子もなく、Bチームはドムス・フラウの中央へ悠々と歩を進める。

 

「おいお前ら!! Bチームってなんだよ、聞いてねぇぞ!」

「ギヒッ、言ってないからな」

 

 喰いかかるナツにガジルが余裕を持って返す。一位だ八位だと言い合っている二人を放っておき、凌太はエルフマンへと声をかけた。

 

「なぁ、ウェンディはどうしたんだ?」

「あ? あぁ...ウェンディは...」

「それが聞いてよリョータ!!」

 

 凌太とエルフマンとの間に割り込んできたのは、怒りを隠そうともしていないルーシィだった。

 エルフマンに聞こうと思っていた凌太だが、別に誰から聞いても同じだと、ルーシィの方へ視線を向ける。

 

「あいつら、ウェンディを闇討ちして大会に参加できなくしたのよ!? しかも『これは挨拶代わりだ』とか言ってきて!!」

「あいつら?」

大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の奴らだ」

 

 怒りで説明が足りていないことに気付かないルーシィに変わり、エルフマンがとある大会参加チームを射殺さんばかりに睨みつけながら補足した。

 凌太がエルフマンの視線を辿れば、いかにも「お前ら潰してやるぜ」と言いたげな表情でこちらを見ている集団と目が合う。

 

「(ウェンディがやられたっつーからどんな奴らかと思えば...ただの雑魚じゃねぇか。...いや、それでもウェンディを潰せるってことは、対魔法か、もしくは対竜滅魔道士的な何かがあんのかもな)」

 

 一応注意しておくか、と。大鴉の尻尾(レイヴンテイル)への対応を決めた凌太の背中に、聞き覚えのある声が投げかけられる。

 

「そーーしゃーー!!!!」

「ん? うおっ」

 

 凌太が振り返ってみれば、目の前は暗闇だった。

 軽い衝撃と柔らかな感触が凌太に降りかかり、薔薇の香りが鼻腔を抜ける。

 

「.....ネロ?」

「うむ! 奏者の愛しい花嫁、ネロ・クラウディウスであるっ! 会いたかったぞ、奏者!!」

 

 凌太の視界を塞いでいた双丘から脱出し──ようとしたらより一層強く抱きしめられ、諦めて目上げるように視線を上に向ければ、そこには満面の笑みをこれでもかと浮かべたネロの顔があった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)や他ギルド、司会者、それから観客らから様々な声が上がるが、それらを一旦全て無視して、凌太とネロは言葉を交わす。

 

「お前、どうしてこんなとこに?」

三月(みつき)ほど前だったか、気付いたら見知らぬ草原にいてな。どうせあの老神めの仕業だろうとはアタリが付いたが、奏者も他の者も見当たらず少しだけ心細くなってしまっていたところ、そこのミリアーナに出会ったのだ」

「ミリアーナ?」

「あー! ちょっとネロちゃん、勝手にバラさないでよー!!」

 

 ネロが視線を向けた先では、フードを深くまで被った人物がネロに文句を飛ばしていた。すまぬすまぬと軽い調子で返すネロにため息を一つこぼし、顔を隠すように被っていたフードを取り払う。

 露わになったミリアーナの顔を見て、エルザが驚愕の声をあげる。

 

「なっ...お前、ミリアーナか!?」

「たった今ネロがそう言ったやん」

「あーあ、最終日までエルちゃんには黙ってようと思ってたのになぁ...」

「すまなかったな、ミリアーナ。奏者が相手だとつい浮かれてしまうゆえ、許せ」

 

 若干理解が追いつかないところもあるが、そんなこと凌太にとっては慣れっこだ。むしろ理解が十全に出来ている時の方が少ない。

 とりあえずネロの抱擁から脱出した凌太は、名残惜しそうにするネロに再び問いかける。

 

「会えたのはいいんだけど、なんでここ? お前、そのミリアーナって奴らのギルドに入ったのか?」

「うむ、その通りだ! 魔導士ギルド人魚の踵(マーメイドヒール)、愛い者の多いギルドであるぞ? 此度の祭典、奏者とはライバルということになるな!」

「あー、いつかの武闘会を思い出すな」

 

 再会を喜ぶエルザとミリアーナ、そしてブーイングや司会の進行をほぼ全て無視する凌太とネロは、久々の再会も束の間、対戦相手として瞳に闘志を灯す。暇になるかもと思っていた凌太は、ネロと戦えるなら退屈はしないだろうと、少しだけ楽しみが増えたことに喜ぶ。

 

 

 尚、後のルール説明でバトルパートの参加者は大会側が勝手に決めると聞き軽く落胆した。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 大魔闘演武、開始。

 壮大な歓声とともに、一つ目の競技が始まる。

 競技名は『隠匿(ヒドゥン)』。まずは様子見だと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームからはジュビアが出る。

 グレイやその兄弟子との三角関係擬きを見た後、凌太は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に貸し出されている医務室へ足を運んでいた。

 

「邪魔だよ、帰りな」

「あ?」

 

 医務室に辿り着いたまでは良かったのだが、中へ入ろうとした凌太はとある女性に止められる。

 彼女の名はポーリュシカ。妖精の尻尾の顧問薬剤師だ。こと医療に関して妖精の尻尾(フェアリーテイル)で彼女より長けた者はいない。だからこそ、今回の大魔闘演武では医療班としてクロッカスまで出てきているのだが...。

 

 そんなことは知りもしない凌太は、初対面の老人に入室を拒まれて若干腹を立てる。

 

「どけよばぁさん。俺はウェンディとシャルルに用があるんだ」

「聞こえなかったのかい? 帰れって言ってるんだ」

 

 年上だろうがなんだろうが、どこまでも不遜な態度を崩さない凌太と、人間嫌いなポーリュシカ。互いに初対面ということもあり、どちらも強気の態度をとる。

 そんな二人の睨み合いに終止符を打ったのは、凌太の目当てであるウェンディだった。

 

「んん...あれ? ここって...え? リョータさんに...グランディーネ?」

 

 今目を覚ましたのだろう。状況があまり理解できていないように、周りをキョロキョロと見回している。

 ポーリュシカが振り返った隙をつき、凌太は医務室に侵入した。

 

「あっ、コラ!」

「大丈夫か? ウェンディ」

 

 ポーリュシカを無視し、凌太はウェンディに近寄る。三ヶ月の時間を共にしたのだ、さすがの凌太でも心配くらいはする。

 

「心配しないで、グランディーネ。リョータさんはいい人だから。はい、私は大丈夫です。正直、なんでここで寝てたのかは分からないんですけど...」

「フンっ...魔力欠乏症だね。一度に魔力を失い過ぎたんだ。あとアタシをグランディーネと呼ぶな」

「そういえば、なにか小さな動物が飛びかかってきてから力が抜ける感覚があったような...」

大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の連中にやられたらしいな」

 

 凌太の滞在を諦め気味に認めたポーリュシカの診断を聞いた凌太は、ウェンディの額に右手をやる。多少赤面するウェンディだが、それを気にする凌太ではない。アワアワしだすウェンディに、凌太は自身の魔力を注ぎ込み、しばらくしてから手を離す。

 

「どうだ、少しは楽になったか?」

「え、えっと...はい」

「グランディーネっつったか」

「ポーリュシカだ。二度とその名で呼ぶんじゃないよ」

「じゃあポーリュシカ。こいつは魔力回復薬だ。シャルルが目を覚ましたら飲ませてやってくれ。原液のまま飲ませたら魔力の過剰摂取になるかもしれないから、水かなんかで薄めてな」

 

 ギフトカードから取り出した小瓶をポーリュシカに投げ渡し、凌太はウェンディに向き直る。

 

「ウェンディ。早く良くなって大会に出ろ。そんでカラスどもをぶちのめせ」

「──はい。私だって、やられたままじゃいられませんっ!」

 

 ウェンディの力強い言葉を聞いた凌太は、満足そうに笑ってから医務室を後にする。そろそろ隠匿(ヒドゥン)も終わる頃だろう。バトルパートで指名され、さらに大鴉の尻尾(レイヴンテイル)と当たったら見せしめとしていたぶってやろうと心に決めながら、凌太は会場に続く廊下を歩く。

 

 

 * * * *

 

 

 夜。

 クロッカスのとある飲食店にて。

 

 結論から言うと、凌太の出番は無かった。

 バトルパートに指名されたのはジェラールで、聖十のジュラを相手に謎の負け方をしたのだ。

 Aチームから出場したルーシィも、大鴉の尻尾(レイヴンテイル)相手に善戦し、勝利一歩手前までいくも、外野から魔力を消されるという妨害を受け敗北。妖精の尻尾(フェアリーテイル)大鴉の尻尾(レイヴンテイル)への憎悪は更に膨れ上がり、一日目は終了した。

 

 大会一日目、優勝を目指し奮起していた妖精の尻尾(フェアリーテイル)だったが、蓋を開けてみれば最下位と第七位(下から二番目)

 目も当てられない結果となってしまった彼らは、今日の反省は明日以降の方針で真剣に過ごしている──と思ったら大間違いだ。

 

「飲め飲めぇい!! 明日は勝つぞガキ共ォ!」

「明日は俺が出る!!」

「ギヒッ、火竜(サラマンダー)が出るなら俺も出るか」

「酒どんどん持ってきな! 全然足りないよ!」

「カナ、昼間も飲み歩いてたんでしょ? よくそんなに入るわよね...」

 

 今日惨敗したギルドとは思えないはっちゃけぶりだ。

 飲み、食い、騒ぐ。いつも通りの妖精の尻尾(フェアリーテイル)がそこにいた。

 

「騒がしい連中だな」

 

 口では文句を言いつつも、凌太は愉快そうにその光景を眺める。

 少しだけ高い酒を呷っていると、店の扉が勢いよく開かれた。

 

「奏者! 奏者はおるか!!」

「あ? ネロ?」

「おお、奏者! やはりここにいたのだな!」

 

 突然乱入してきた人物は、ネロ・クラウディウス。凌太の契約英霊にして、現在は人魚の踵(マーメイドヒール)の一員だ。

 そんな彼女は、凌太の姿を確認すると同時に駆け出し、飛ぶ。

 

「っと...どうした? なんかあったのか」

 

 飛んできたネロを受け止めながら、凌太はネロに問いかける。

 ネロは頬をプクーッと膨らませながら、不満げに返した。

 

「どうした、ではあるまい。せっかく会えたというのに、奏者は全然余に会いにきてくれぬし...。いくら違うギルドに所属しているとはいえだな...余は寂しいのだ。もっと余に構え」

「あー.....。すまなかったな、許してくれ」

 

 謝罪を入れてから、凌太はいつものように頭を撫でてやる。

 それで多少は満ちたのだろう。ネロの膨れていた頬は緩み、ほわっとした顔が浮かぶ。

 

 そんな、突然二人の世界を構築しだした凌太達に、おいてけぼりを食らっている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々は疑問をぶつける。

 まず声をかけたのは、昼の試合で負った怪我を凌太に治してもらったルーシィだった。

 

「ねえリョータ。そのネロって子、人魚の踵(マーメイドヒール)の子でしょ? あんた、知り合いなの?」

「知り合いっつーか、俺の仲間だよ」

「うむ! 余の名はネロ。ネロ・クラウディウス! ローマの皇帝にして、奏者の嫁である!」

 

 嬉しそうに凌太に抱きつくネロと、否定も肯定もしない凌太と、皇帝だの嫁だのイマイチ処理が追い付いていない妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 今宵の宴はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 



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ライオンは兎を狩る時も全力を出すらしい

 

 

 

 

 大魔闘演武、二日目。

 本日の競技パートは《戦車》。妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームからはガジルが出場していた。

 

 が、まさかまさかの乗り物酔いで結果は七位。

 Aチームから出場していたナツは六位だった。

 

 

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って乗り物に弱いんだな。そういやウェンディも馬車とか乗った時は酔ってたっけ」

 

 随分グロッキーになって帰ってきたガジルを見ながら、凌太はふとそんなことを思い出す。

 そうしている間にも、二日目のバトルパートは着々と消化されていった。エルフマンが根性で勝利をもぎ取ったことに感心していると、カボカボ言っている司会が次の組み合わせを発表する。

 

「えー、次のカードの発表カボ! 青い天馬(ブルーペガサス)から一夜=ヴォンダレイ=寿! そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームからはサカモトリョウタだカボ!」

「おっ、やっと出番か」

 

 名前を呼ばれ、よくやくやってきた出番に多少ウキウキしながら凌太はリングへ向かう。

 

「リョータ、あの一夜という男、ふざけた言動ではあるが実力は本物だ。気を付けろ」

 

 選手控え用の観戦席を出ようとしたところで、ジェラールが凌太に忠告をする。

 それを聞いた凌太は軽く右手を上げて応え、観戦席を後にした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ドムス・フウラ中央。

 ネロが若干反応していた名を持つ会場からは、朝から絶えず歓声が響いている。みんな喉頑丈すぎひん? とは凌太の談。

 

「フッ...久しぶりだね、リョータくん」

 

 ナツやガジル、エルフマンのおかげで多少マシにはなったものの、歓声の中に混じる罵声をしっかり耳に捉え、かつ無視する凌太を待っていたのは、やけにキラキラした小さいおじさんだった。

 

「? あー、えっと...?」

「おや、忘れてしまったのかい? 君たちが天狼島から帰ってきた際、ギルドに挨拶しに行ったのだがね」

「あー、思い出した思い出した。あのホスト集団みたいな奴らか」

 

 一夜や青い天馬(ブルーペガサス)のことを思い出した凌太は、ポンっ、と手を叩く。

 その仕草に満足したのか、一夜が無駄にポーズをキメながら凌太に語りかける。

 

「ナツくんやガジルくんすら軽く(あしら)うキミが相手では、私も本気を出すしかあるまい。弟子達も見ていることだしね」

「おう、全力でこい。俺を楽しませろ」

 

 両者ともに軽く口角を上げる。

 それとほぼ同時、試合開始の鐘が鳴り響く。

 

『試合開始だカボ!!』

 

「力の香り(パルファム)! ンンンン...メェーン!!!」

 

 試合が始まるやいなや、一夜は試験管を二本取り出して自身の鼻に突っ込む。すると、二頭身だった一夜の身体は筋骨隆々なマッチョマンとなった。思わず「キモッ」と呟いた凌太はきっと悪くない。

 

 盛り上がった筋肉に力を込め、一夜はその拳を振るう。

 だが、それが凌太に当たることはなく。簡単に避けられた拳は空を切り、地面へと激突する。

 

『おぉーっと! 青い天馬(ブルーペガサス)の一夜、すごいパワーだ!』

 

 カボチャとは違う実況者が、一夜の攻撃を見てそう評価する。

 確かに、一夜の一撃は強力だった。無手で地面を軽く抉るという威力は、人間にとって驚くべきパワーである。

 

「へぇ。口だけじゃないみたいだな」

「フッ、当然だよ。さぁどんどんいくぞッ!」

 

 パワーだけでなくスピードも中々にある攻撃が、休むことなく凌太を狙う。だが、当たらない。全て最小限の動きで避けられる。

 三分ほどそんな光景が繰り返されたところで、ようやく変化が生まれた。

 

「んー...もういいか。飽きた」

 

 そう言った凌太は、岩をも砕く拳を指一本で受け止める。

 力の差を示すためのパフォーマンスは、多いに効果を発揮した。

 

『なんと!? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチーム、リョータ、一夜の拳を指一本で止めてしまったァ!!』

『ふんむ...スごいね、彼は。魔法を使った感ズもないス、身体(スんたい)能力だけでアレを止めるか』

 

 正確には魔力で肉体強化をしているのだが、元評議員であるヤジマをもってしてもそれは分からなかったらしい。

 会場がザワつく中、凌太は一夜の拳を押し返す。

 

「ヌゥ!?」

「気張れよ、オッサン」

 

 体勢を崩した一夜に短く忠告しつつ、凌太は魔力を雷に変質させていく。

 全身から紫電を撒き散らした後、その雷を右腕に集中させ、放つ。『魅せる』ことを意識しながら放たれた雷は、一夜を丸ごと呑み込んだ。

 

 一夜の拳が岩を割るのだとしても、凌太の一撃は鋼鉄ですら粉砕する。

 

 

「メ.......ェン...」

『一夜ダウーン!! 勝者、妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチーム、サカモトリョウタァああ!!!』

 

 涼しい顔で右手を掲げ、勝者であることを示す凌太。

 万年最下位だった妖精の尻尾(フェアリーテイル)の快進撃は始まった。オーディエンスは沸きに沸き、昨日とは真逆の歓声がドムス・フウラを震わせる。

 

「...虚しいなぁ」

 

 実力の半分どころか一割も出していない中での勝利。それで割れんばかりの歓声を浴びても、凌太は喜べなかった。

 元々他人からの評価など興味のない凌太が戦いに求めるのは、栄光ではない。面白さ、楽しさだ。

 

「(まぁ、今回はその“栄光”を取り戻すための戦いなんだけどな)」

 

 七年前、最強と謳われていた時代の妖精の尻尾(フェアリーテイル)を凌太は知らないが、それでも()妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員だ。だったら虐げられていた連中のために勝ってやろう、そのくらいには思えている。

 

 

 * * * *

 

 

 

 大魔闘演武、三日目。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチームはエルフマンに代わり、本来の参加者であるウェンディが参戦する。

 

 三日目の競技パートは伏魔殿(パンデモニウム)

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームからは、名前からして少し面白そうだと思った凌太が出ようとするが、それを押し退けたのがカナだった。

 

「? お前、何してんの?」

「んー? ミストガンの代わり。リザーブ枠だっけ? それ使ってんの」

「なんでまた」

「そりゃあ、評議員がゲストで来てるからなんじゃない? アイツ、一応脱獄犯だからね」

 

 酒樽を抱えるカナは、少し覚束無い足取りで会場へと向かう。

 パンデモニウム。デーモンの全て、などと名付けられるような競技に出てみたかった凌太だったが、是が非にでもというわけでもない。どこからともなく二つ目の酒樽を取り出したカナを見送ることにした。

 

 

 

 

 

「ほえぇ...」

 

 競技パートが始まって十分かそこら。

 そんは間抜けな声を出したのは、ジュビアだった。

 そんな彼女の目線の先にあるのは、空中に映し出されたとある映像。その中では、それはもう壮絶な光景が広がっている。

 

 凶悪な怪物達を次々斬り伏せていく、傷だらけの妖精女王(ティターニア)。誰もを畏怖させ、魅了する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の完全復活を象徴するかのような光景だ。

 

「エルザ・スカーレットねぇ。戦ってんのを見るのは初めてだけど、聞いてた通り結構強いな」

「リョータさんもすごく強かったですけど、エルザさんもやっぱりすごいですね。でもまぁ、こっちにはリョータさんに加えてガジルくんやラクサスさんもいるし、ウチ(Bチーム)優勝できるんじゃないですか? グレイ様に聞いてもらうお願い、ちゃんと考えなきゃ...!」

「リョータ、お前は百体のモンスターを相手にできるか?」

「余裕」

「うーんこの」

 

 ラクサスの疑問に答えた凌太を見て、ジュビアは呆れたように言う。

 ガジルもラクサスも同じような感想を抱いたところで、エルザが最後のS級モンスターを斬った。

 

「おー、ほんとに勝ったなあいつ。ん? でもこれさ、他のチームの順位はどうなるんだ? 同率ビリ?」

「さぁな。運営側もこうなるとは思ってなかったんだろ」

 

 ラクサスの予想は当たっていたらしく、何やらかぼちゃのマスコット(マトー君)が慌ただしく舞台裏へと駆け込んでいくのが見える。

 

 そのまましばらく待っていると、再びマトー君が顔を出した。

 

「えー、審議の結果、残りのチームには別のゲームで順位を決めてもらうことになったカボ」

 

 説明されたゲームのルールは、簡単に言うと魔法の威力勝負。正真正銘、純粋なパワーバトルだった。聖十のジュラやセイバーの黒雷使いがいるとなると、カナには厳しい勝負となってしまう。

 

 

 

 

 

 ────はずだった。

 

 

「止まらないよ! なんせ私達は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからね!!」

 

 他を寄せつけない圧倒的な威力を誇る魔法を遠慮なくぶっ放して、カナは高らかに宣言する。昨日から続く妖精の尻尾(フェアリーテイル)の快進撃。観客達が魅せられ、心奪われるのにそう時間はかからない。

 

「...すげぇな、今の魔術...いや、魔法か」

「つっても、魔法はお前にゃ効かねぇんだろ? ほんとに、魔法界でお前の存在はバグすぎんだよ」

「いや、今のは俺にも無効化できないな。多分」

 

 呆れたように言うラクサスに、凌太は特に顔色を変えることもなく応える。

 

「リョータさんでも無効化できない魔法もあるんですね」

「そりゃあな。俺達は少し強いくらいの人間の魔法、魔術、呪術は打ち消せる。けど、一定以上強力になると無効化できなくなるんだよ。まあ防げばいいだけなんだが」

「防げるんですか、アレ(フェアリーグリッター)を」

「できると思う。アレより強い一撃にも堪えたことあるし」

「やっぱりバグじゃないですかヤダー!!」

「お前キャラ」

 

 キャラ崩壊の加速するジュビアを気にかけつつ、凌太は先程の魔法を思い出す。

 妖精三大魔法の一つ、妖精の輝き(フェアリーグリッター)。その威力は絶大で、凌太の全力の雷砲(ブラスト)よりも威力は高いかもしれない。ちょっとした宝具と考えてもいいだろう。

 

「...俺達?」

 

 凌太の言葉に違和感を抱いたガジルが、ふと違和感の正体を口にする。それでようやく気付いたのか、ラクサスも訝しげに凌太を見る。キャラ崩壊中のジュビアは大して興味を示さなかったが。

 

「あ? あー、別に間違ったとかじゃねぇよ。俺みたいな奴は何人かいるんだ。神殺しの魔王、カンピオーネって奴らがな」

「神殺し...? そういやサラマンダーの野郎が言ってたな。悪魔の心臓(グリモアハート)とやりあった時、滅神魔導士とかいう奴と戦ったとか何とか。そいつもサラマンダーの炎が効かなかったって話だったが、それか」

 

 勝手に納得するガジルにあえて何も突っ込まない凌太。多分違うだろうが、一々訂正するのも面倒だと思ったのだろう。

 

「(それにしても、滅神魔導士か。いつか会ってみてぇな)」

 

 ガジル達の関心が少し薄れたところで、凌太は凱旋するエルザとカナをぼんやり眺めながらそう考える。

 

「(滅竜魔導士は竜から魔術を教わった。なら、滅神魔導士は神から教わったってことになんのか)」

 

 まだ見ぬ滅神魔導士に期待を寄せながら、凌太は再び観戦モードに移行する。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 競技パートの興奮冷めやまぬうちに、三日目のバトルパートが始まる。

 

「三日目バトルパート、第一試合の組み合わせ、発表だカボ! 四つ首の仔犬(クワトロパピー)からセムス! 人魚の踵(マーメイドヒール)からはネロ・クラウディウスだ! ...カボ!」

「うむ、キャラは固定せよ、マトー君。まあ余が言えたことでもないかもだが。それはともかくとして、だ。ついに余の出番である!」

 

 歓声を受けながら、ネロは堂々と入場する。

 女だらけのギルド、人魚の踵(マーメイドヒール)。セイバーや天馬ほどではないが、彼女らは男性陣からだけでなく、女性からも人気が高い。会場は(特に野太い)声援で満たされる。

 

 対する四つ首の仔犬(クワトロパピー)のセムスは、会場の雰囲気に呑まれて緊張したのか、大人しく入場した。ワイルドさなどもはやどこにもない。

 

「ネロ・クラウディウス...リョータの嫁か」

「まだ結婚はしてねぇけどな」

「ギヒッ、まだってこたぁいずれは...」

「おいガジル、お前そんな人の恋愛事情に首突っ込むキャラだったか?」

「数週間程度しか一緒にいない奴のキャラとか分かんのか?」

「ごもっともで」

 

 思わぬガジルの反論に何も言い返せなくなった凌太は、大人しく肯定した。

 

 

 一方、妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム観覧席。

 

「おっ、ネロって奴か。この前店に来てたよな」

「そうなんですか?」

 

 エルザの活躍に騒いでいたナツだったが、バトルパートに出てきた顔見知りに興味を示した。

 唯一ネロのことを知らなかったウェンディは、こてんと首を(かし)げる。

 

「ああ、ウェンディはいなかったのだったな。開会式と、それから一日目終了後の反省会(打ち上げ)。その二つでリョータに絡んできた奴だ。なんでも、リョータの仲間らしい」

「リョータの嫁とも言ってたわよね〜」

「嫁!?」

 

 そんなやりとりをしている間に、ネロとセムス、両者が会場の中央に揃った。

 

「それでは、試合開始だカボ!」

 

 マトー君の宣言と共に、開戦の合図である鐘が鳴らされる。

 真っ先に動いたのは、セムスだった。巨体を高速で回転させ、ネロに迫る。

 

「ふむ」

 

 まるでコマのようなセムスの攻撃を、ネロは片手で持った愛剣で受け止める。何度かそんな交差があったのち、ネロはセムスを蹴り飛ばし、地面に剣を突き刺した。

 

「このような者の相手では、余の実力を出すまでもない。──だが! 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。格下相手には圧倒的な力量差を魅せつける、それが奏者のやり方だったな?」

 

 そう言ったが早いか、ネロは魔力を高めていく。

 己の魔力と、凌太の魔力。その両方を掛け合わせ、大魔術の構築を開始した。

 

「オリンピア・プラウデーレ! 門を開け、独唱の幕を開けよ! regnum caelorum et gehenna(レグナム カエロラム エト ジェヘナ)! 築かれよ我が摩天! 今ここに、我が至高の光を示せ!」

 

 両腕を広げたネロの紡ぐ言葉に呼応するように、世界が歪む。

 暴君ネロの願望を達成させる絶対皇帝圏。固有魔術と似て非なる大魔術。世界の上に世界を構築する、ネロの宝具。

 

『これは!? .....な、なんでしょう、すごいことが起こっているというのは分かるのですが...。解説のヤジマさん』

『ふむ...とんでもない魔力は感ズるがね...』

 

「ま、理解なんて出来ないわな」

 

 司会と解説の会話を聞いた凌太は、そりゃそうだと言う。

 ネロのやろうとしていることを理解できているのは、術者であるネロを含め、このドムス・フラウにおいてたったの三人(・ ・)だ。

 

 何が起きているのか分からず、皆驚くこともできていない。ただ困惑が積もるだけだ。

 だが、それももうじき終わる。

 

「観衆よ、我が才を見よ。万雷の喝采を奏でよ。しかして称えるが良い、黄金の劇場を!!」

 

 変化が明白になった。

 白を基調としていたドムス・フラウは赤い劇場に姿を変え、豪華絢爛さに拍車をかける。

 

『な、ななな、な──なんとぉ!?』

『...こりゃたまげた。彼女は何者かね? 人ズゃないと言われた方が納得できる』

『これは...幻術なのか...? たった一人で、我々全員を巻き込むほどの...!?』

 

 魔導士ではない司会よりも、魔導に触れているヤジマや、ゲストとして来ていた評議員のラハールの方が驚きは大きい。

 現存する魔法で、世界を塗り替えるなどというものは存在しない。してはいけない。発覚し次第即封印指定。世界の塗り替えとは、そうなるほどの危険性を孕んだ魔法なのだ。

 まぁ、ネロのソレは塗り替えとはまた違うものだし、気付いている者もほぼいないのだが。

 

 観客席、大会参加者にも大きな動揺が走る。

 それはそうだろう。自分が座っている場所が、見ていた風景が、一瞬にして全くの別物になったのだ。驚くな、という方が無理である。

 

 ──だが、そこはフィオーレの民。順応は早かった。

 

「すっ、すげぇええええ!!!!」

「これ魔法!? 本当に魔法!?」

「魔法じゃなきゃなんだってんだ! とにかくどちゃくそにすっごい魔法なんだよ! 知らんけど!」

「ハァハァ、そんなことよりネロたんカワユス。ぺろぺろしたブギャッ!!」

「おい今人に雷落ちたぞ!!」

 

 若干の被害を出しつつも、観客達は興奮を隠そうともせずに会場──黄金劇場を震わせる。

 対して、各参加者ギルドの面々は驚きの方が大きいらしかった。皆が皆、言葉を失っている。ネロが所属する人魚の踵(マーメイドヒール)でも、それは同じだ。

 

「うむうむ、よい喝采である。しかし残念ながら、今日のところはこれで終幕だ。更なる強者との闘う機会があるのならば、その時が余の本気を魅る時となるだろう。ではセムスとやら、覚悟は良いな?」

「ヒッ...!?」

 

 ネロは地面に突き刺した原初の火(アエストゥス エストゥス)──空気の読める愛剣を抜き、円を描くようにしてからゆっくりと上段に構えた。

 怯えるセムスを相手に、ネロは一切の容赦を見せない。まさに兎と獅子。慢心も驕りも捨てた獅子(ネロ)が相手では、か弱い(セムス)に万が一もの勝ち目もない。

 

「謳え──星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)!」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 [凌太side]

 

 

「それでは第二試合、剣咬の虎(セイバートゥース)ルーファス VS 青い天馬(ブルーペガサス)イヴ、試合開始だカボ!」

 

 ネロの圧勝という形で幕を下ろした第一試合。

 戦闘が終わったことによりドムス・フラウは元の姿に戻り、たった今第二試合が始まった。

 

 ネロが本気を出すとは俺も思ってなかった。だってほら、実力差がありすぎるから。いくら俺でも虫を殺すのに奥義なんて出さんし。

 呆れにも似た態度を取る俺をどう見たのか、ジュビアが頬をひくつかせながら俺に聞いてくる。

 

「あ、あの...リョータさん...? つかぬ事をお聞きするのですが...」

「? おう、何」

「えっと...リョータさん達って何者なんですか? とても普通の人間だとは思えなくて」

「そりゃ普通じゃないからな」

 

 神を殺した魔王と、世界に認められた英霊。少なくとも普通の人間ではないと思う。

 

「じゃあ何者なんだよ、って聞かれても正直困る。お前らも知ってる通り、俺達はお前らからすれば異世界人だ。そもそもからして常識も違うからな」

「確かに...エドラスでは《魔力を持ってる》ことが異常だった。お前やさっきのネロって奴からしたら、俺達が驚きすぎてるだけなのかもしれねぇ」

 

 なんかガジルが納得したみたいなこと言ってるし、とりあえず黙っておこう。そうすりゃそれぞれが勝手に解釈すんだろ、多分(放棄)

 まぁそんなことはおいといて。試合はいい感じに盛り上がってきている。

 

「ふーん...記憶の造形魔法とかいったっけ。便利な魔法だな」

 

 記憶から魔法を作り出す魔法、とかメイビスは言ってたな。適正属性関係無く、相手の魔法をコピーする魔法らしい。チートだよなぁ。魔力が持つ限り、って制限があるとしても破格だ。そもそも“魔力が続く限り”なんてのは全ての魔導士に当てはまるから弱点なんて呼べない。滅竜魔法もコピーできるんかな? ネロの宝具は? 俺の権能は? 魔力を使って起こした事象を“魔法”と呼ぶのなら、それら全て使えるはずだ。ますますチートくさい。

 

 俺ならどう戦うか。そんなことを考え始めた矢先に、天馬のホストが倒れる。ルーファスとかいう造形魔導士の勝ちだ。それにより歓声が上がるが、先程までのものと比べるとどうしても見劣りしてしまう。あ、いや、聞き劣りか? まぁどっちでもいっか。

 

 ほどなくして、次の対戦カードが発表された。

 うちのチームからはラクサス、大鴉の尻尾からアレクセイが出るそうだ。

 カラス共は何か企んでいるようだが、まぁ問題はないだろう。ラクサスは弱くないしな。ルーシィや、おそらくウェンディの魔力を消した奴。そいつの存在が少しだけやっかいだが、まぁなんとかなんだろ。

 一応注意だけはしておこう。ラクサスのことはそれなりに気に入っているし、ウェンディの仇ってのもある。いざとなれば俺が出て全員フルボッコだ。

 

 

 

 




評価とか気にしないんだぜ! 自己満で書いてるんだぜ!
とか言ってたけど、正直なところ評価や感想をいただけると奇声あげるくらいには嬉しいのでください(直球)


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最初から本気を出すのはだいたい負けフラグ

オリ主まじで動かねぇな()


 

 

 

 

 

 

「それではバトルパート第三試合! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチーム、ラクサス・ドレアー! VS. 大鴉の尻尾(レイヴンテイル)、アレクセイだカボ!」

 

 第三試合のカードが発表され、会場が沸く。

 絶賛人気沸騰中の妖精の尻尾(フェアリーテイル)が出るから、というのもある。それにプラスして、各ギルドのマスターが実の親子というスパイス付きだ。

 

「レイヴン...ラクサスなら大丈夫だろうけど、またアイツらが妨害なんかして来た日にぁ...」

「そん時は俺が出る」

 

 カナの不安を含む呟きに対し、凌太は「ちょっかい出されたら大鴉を潰す」と宣言する。

 

「...少し意外です。リョータさんは、あまり妖精の尻尾(フェアリーテイル)に執着は無いものだと思っていました」

「別に執着はねぇよ。ただ、このギルドもラクサスも嫌いじゃないってだけだ」

 

 凌太の意外な言葉にBチームが多少驚いていると、会場中央にラクサスとアレクセイが辿り着いた。

 

 大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の連中の妨害を防ぐ。そんな思いでマスター・イワンやアレクセイ以外の選手を監視する妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々。武器まで持ち出し、徹底的に妨害行為を妨害するつもり満々だが...それは無駄だった。

 

「おい。あれ、幻術だぞ」

 

 凌太が呟く。

 突然の言葉に反応が遅れるBチームを置き去りに、試合開始のゴングは鳴り響く。それと同時、アレクセイの拳がラクサスの顔面を捉え、ラクサスの巨体が宙を舞った。

 ラクサスの強さを身をもって知っているガジルが驚愕の声を上げ、すぐに凌太に問いを投げた。

 

「幻術っつったか、お前」

「ああ。まだラクサス達は動いてすらいねぇ。つーか、ありゃ確実にルール違反だろ。五対一だぞ。一人はマスターだし」

「五対一に、マスターだと!?」

 

 思わず大きな声を出したガジルは、もう一度会場を凝視する。しかし、幻術かどうかが分からないのだろう。数秒、数十秒と凝視するが、困惑したような表情は晴れない。

 ガジルだけではなく、他の面々も幻術かどうかは分かっていない。だが、凌太が無意味な嘘をつくとも思えなかった。

 

「あちらが五人できているのなら、こちらも出ましょう!」

「ストップがかからないってことは、運営側も幻術を見抜けてないってことだ。敵がどこにいるのかも分からないアタシ達が今出たら、逆にこっちが反則負けしちまう...!」

 

 ジュビアとカナがアタフタとするが、対する凌太は大人しいものだ。

 肘を付き、興味が薄そうな目で会場を見つめる。

 

「焦んなよ。アイツら五人合わせたって、ラクサスの方が強い。ほら、今一人倒したぞ。ルーシィの魔力を消した奴だ。こりゃ万が一も無くなったな」

 

 淡々と語られる不可視の事象。

 ガジル達に見えるのは一方的にやられているラクサスだけで、それが本当かどうかさえ分からない。だが、自分達が焦っても状況が好転しないと考え直したのか、ジュビアとカナは未だ困惑しながらも試合(幻)を見守ることにした。

 

 

 数分後。

 ドムス・フラウに現れたのは、倒れ伏した大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の面々と、悠然と立つラクサスの姿だった。

 幻術を使っていたアレクセイ、もといマスター・イワンが倒されたと同時に幻術は解け、運営側がやれ反則だ失格だと騒いだ後にラクサスの勝利宣告がなされた。それにより、またもや力量を見せつけた妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向けて大歓声が鳴り響く。

 

 警備隊に連れられて行くイワンと何かしら言葉を交わしたラクサスは、どこか浮かない顔で帰ってきた。

 

「お疲れさん、ラクサス」

「...お前、あれ全部見えてただろ」

「ああ。一瞬助けに出ようかとは思ったけど、お前なら大丈夫だろうと思って無視した。良かったな? 家族の敵を自分の手で潰せて」

「ッ!? おまっ、聞こえてたのかよ!?」

「神殺しの五感舐めんな」

 

 柄にもなく顔を真っ赤に染めるラクサスを揶揄うように、凌太はニヨニヨとした笑みを浮かべる。

 他にもラクサスが吐いたカッコ恥ずかしい台詞を羅列し、ラクサスが照れ隠しで雷を乱射。観覧席が一部壊れるという事故もあったが、それはまた別の話。すぐに凌太が直したので問題にもならなかった。

 

「(ルーメン・イストワール、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の闇ねぇ...。ちっとだけだけど、気になるな)」

 

 五感が優れている凌太は、普通なら観声にかき消されて聞こえないはずのイワンの呟きすらも聞き取れる。別に聞き耳を立てたわけでもないが、聞こえてしまったものは仕方がない。

 凌太がチラリと妖精の尻尾(フェアリーテイル)の応援席を見てみれば、メイビスが凌太を凝視していた。尋常ならざる存在であるメイビスもイワンの言葉を聞き取り、さらに凌太も聞き取ったということにも気付いているのかもしれない。

 それにより、凌太はさらに興味を抱く。単なる興味本位の域を出ないが、凌太はルーメン・イストワールという単語を頭の隅に置いておくことにした。

 

 

 * * * *

 

 

 

「三日目最終試合、対戦発表だカボ! 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)、シェリア・ブレンディ! VS. 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム、ウェンディ・マーベル、カボ!」

 

「おっ、ウェンディか」

 

 対戦カードの発表を聞き、凌太は会場に目をやる。

 ウェンディの相手は、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のシェリアという少女。ピンク色の髪を大きなリボンでピッグテールに纏めている。

 

「そういや、ウェンディはリョータと一緒に修行してたんだってな?」

「ああ。アイツは強くなったぞ? ガジル、今のウェンディならお前とでもいい勝負が出来ると思う」

「ギヒ、言ってくれるじゃねぇか」

 

 凌太の発言を親バカ的な台詞だと捉えたのか、ガジルは鼻で笑うように答えた。実際、たった三ヶ月でウェンディがガジルに追い付くなど考え難い。それに加え、ガジルもこの三ヶ月で尋常ではないほどの修行を積んでいる。普通に考えて、凌太の台詞は親バカのそれにしか聞こえない。

 だが、凌太は身内贔屓こそするものの、意味の無い嘘はつかない。

 

「まぁ見てろって。相手もそこそこ強いみたいだし、ウェンディの本気も見れるかもしれないぞ」

 

 そう言って、凌太はウェンディの対戦相手、シェリアに視線を向ける。と同時、シェリアが何もない場所で躓き、転んだ。

 会場が呆気に取られる中、真っ先にシェリアに手を貸そうと駆けようとしたウェンディもまた、何もない場所で躓き、そして転んだ。

 先のラクサスの試合とはうって変わり、なんとも和やかな空気がドムス・フラウを包む。

 

「...本当に俺とタイマン張れるくらい強くなったんだろうな?」

「.....ま、まぁあれはほら、愛嬌だから?」

 

 少しだけ不安になりつつ、しかし凌太は言葉を覆すことはしない。目は泳いでいるが。

 

 

 

『さぁ、両者立ち上がり位置に着いたため、ただいまより大魔闘演武三日目バトルパート、最終試合を開始します!』

 

 司会の宣言に合わせ、開戦の合図である鐘が鳴る。

 最初に動いたのはウェンディだった。

 

「行きます! 天竜の翼撃!!」

 

 風が集まり、塊となってシェリアに迫る。

 それ自体はシェリアに避けられてしまったが、その威力は三ヶ月前とは比べ物にならないほどに上がっていた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々がウェンディの成長に驚いているうちに、二撃目が放たれる。

 

「天竜の鉤爪! 砕牙!」

「ッ...!」

 

 シェリアに言葉を発する間すら与えず、ウェンディは猛攻する。

 全て紙一重で避けられているが、それすらもウェンディの想定内。むしろ予定通りだった。

 シェリアが攻撃を避けるために大きく跳び、自由に動けなくなったところで、ウェンディは魔力を高める。

 

「天竜の、咆哮ォ!!!」

 

 直径十メートルはある巨大な竜巻が、ウェンディの口から放出される。殺傷力の高い攻撃でもある咆哮は、空中で身動きの取れないシェリアを呑み込んだ。

 しばらくして暴風が治まると、傷だらけで地面に伏して動かないシェリアと、無傷のまま息一つ崩していないウェンディの姿が確認できた。

 

 圧倒的。

 相手に一切の反撃の余地も与えず、ウェンディの完勝が決まった。

 

 

 ───ように見えた、次の瞬間。

 

「ふぅー! いやぁ、アナタ凄いね! 今のはすっごく痛かった!」

 

 ウェンディが一瞬目を離した隙に、傷だらけだったはずのシェリアが、無傷で立ち上がっていた。

 これにはウェンディも驚きを隠せない。が、そこはさすが凌太と時間を共にした者。すぐに戦闘態勢を整えた。

 

「(自己回復の魔法、しかも凄い速さ...!)」

 

 自身にはできない自己回復魔法。体力を回復させるウェンディとは違い、シェリアは傷を癒す。

 

「(傷は見える限り全部塞がってる。じゃあ体力は? 魔力は? 情報が少ない。少し様子見...)」

 

 シェリアの魔法について考察を立てていくウェンディ。

 それを見たシェリアは、なんとも楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「さぁ! 戦いを楽しもう!」

 

 そう言ったシェリアは、ウェンディと同じように風を集める。

 ただウェンディと違う点が一つ。それは、集まった風が黒いこと。

 

「天神の北風(ボレアス)!!」

「ッ! 天竜の翼撃ッ!!」

 

 ぶつかり合う風は拮抗し、爆風となって霧散する。

 

「スキありだねっ。天神の舞!」

「なっ、きゃぁあ!!!」

 

 視界の悪さを利用し、ウェンディの懐に潜り込んだシェリアは黒い風を巻き起こしてウェンディを吹き飛ばした。

 宙に舞ったウェンディを目掛けて、シェリアは更なる追撃をかける。

 

「まだまだ行くよっ! 天神の...怒号ッ!!」

「くっ...天竜の咆哮!!」

 

 荒れ狂う神の息吹は、竜の咆哮を呑み込み、更に巨大な嵐となってウェンディを襲う。なんとか避けようと藻掻くウェンディだったが、間に合わず。黒風の渦に巻き込まれ、ズタボロになって落下した。

 

「く、ぅ...!」

「! ...凄いね、アナタ。今のをまともに受けてまだ意識があるんだ?」

 

 本当に意外だったのであろう表情を浮かべ、シェリアはウェンディに問いかける。

 

「ねぇ。アナタじゃ私には勝てない。だから降参して? これ以上は無駄にアナタを傷付けるだけだよ」

 

 シェリアは決してふざけているわけでもなければ、ウェンディを蔑んでいる訳でもない。本心から「無駄だからやめよう」と提案している。

 

 その慢心が命取りだ。

 

「──.....“アームズ”...“アーマー”、“バーニア”ッ!」

 

 シェリアの提案を受け入れることなど到底できず、ウェンディは得意の付与魔法を発動した。“アームズ”(攻撃力向上)“アーマー”(防御力向上)、そして“バーニア”(速度向上)。シンプルだが、それゆえに使いやすく、何にでも対応できる強化だ。

 ウェンディは痛む傷を我慢し、歯を食いしばりながらも立ち上がった。

 

「...うそ。立っちゃった...」

「シェリアさん、さっき言ってましたよね? 『戦いを楽しもう』って。...私は貴女やあの人みたいに、戦いが好きとは思えません。けど!! 私は、私の家族(フェアリーテイル)のために全力で貴女と戦います!」

 

 小さな体からは想像もつかないほどの迫力を伴うウェンディを見て、シェリアの表情はますます明るくなっていく。

 

「愛! 愛だよウェンディ! うん、やっぱり愛は素敵だね!」

 

 言って、シェリアは膨大な魔力を練り始める。

 シェリアの元へ風が集まり、黒へと変わり、さらにそれは漆黒の羽へと姿を変えた。

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の面々からかかる静止の声を全て無視し、シェリアは己の全力の『愛』をもってウェンディと対峙する。

 

「全力の気持ちには全力で応える。それが『愛』!! ──滅神奥義! 天叢雲剣!!!」

 

 生物の命を容易に刈り取る暴力は、ウェンディを丸々呑み込んで大空へと羽ばたいた。

 

 

 * * * *

 

 

「──滅神奥義! 天叢雲剣!!!」

 

 シェリアの放った攻撃を見て、妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームでは動揺が走っていた。

 

「避けろウェンディ!!」

 

 カナが大声で叫ぶも、そんなものは風に邪魔されてウェンディに届くことはない。

 今シェリアが放ったのは、人一人程度であれば簡単に挽肉にできそうな威力の攻撃だ。さすがに危険だと思ったのか、ラクサスやガジルが止めに入ろうと飛び出しかける。だが、それを止めたのは凌太だった。

 

「どけ!!」

「黙ってろガジル。ラクサスもだ。心配すんな、ウェンディはあの程度の攻撃じゃ負けない。それにもう遅せぇよ」

 

 凌太の言う通り、既に天叢雲剣はウェンディに直撃したあとだった。

 ウェンディの姿は漆黒の羽の中へと消え、目視できない。

 感じ取れる魔力量、それから推察できる魔法の威力からして、アレをまともに受けて人間が生きていられる確率は低い。ましてやウェンディでは、と妖精の尻尾(フェアリーテイル)では絶望が生まれる。

 

「ウェンディイイイイ!!!!」

 

 Aチームの方からも、悲痛を叫ぶナツの声がした。

 それらを見て、聞いてもなお、凌太の顔から余裕が消えることはない。

 代わりに、というわけでもないだろうが。凌太は小さな声で呟く。

 

「やれ、ウェンディ」

 

 

 

「──天竜の、波颪(なみおろし)!」

 

 天に向かって羽ばたいていた黒羽が、内側から爆散する。

 そこから現れたのはウェンディだった。だが、先程までとは違う点が数個。

 淡いピンクに染まった髪と、背中から生える小さな純白の羽。

 外見だけではない。魔力も身体能力も、何もかもが桁違いに上がっている。

 

『ドラゴン...フォース...』

 

 解説として大会に招かれた元評議員、ヤジマが、マイク越しにそう呟いた。

 ドラゴンフォース。滅竜魔法の最終形態。竜を滅するために竜と同じ力を宿した魔導士が、内に眠る真の力を引きずり出した結果のもの。その魔力は本物の竜ですら凌ぐのではと囁かれるほどだ。

 滅竜魔導士が辿り着く究極点に、ウェンディは今立っている。

 

「はぁああ!!」

 

 今のウェンディは、大気を支配下に置く天空の王。

 風を手足のように操り、飛行まで可能にした彼女は、シェリアに向かって直進する。

 本来ならそれは悪手だ。馬鹿正直に正面から突っ込むなど、愚かにも程がある。

 だが、今のウェンディにはそれを覆すだけのスピードがあった。

 

 シェリアが反応するより遥かに速く、ウェンディは風を纏った拳をシェリアにぶつける。

 

「ガッ...!」

 

 肺から息を吐きながら、シェリアは後方に殴り飛ばされた。

 一度地面をバウンドし、壁に衝突する。骨の一本や二本は確実に飛び出ているだろう。

 瞬時に回復魔法を使用するシェリアだが、すぐにウェンディの追撃が襲う。

 ダメージを受けては回復し、すぐにまたダメージを受ける。そのやり取りが何度かなされた後、シェリアが反撃に出た。

 

「凄い! 凄いよウェンディ! これが愛、これぞ愛! でも、私の愛も負けてない! いくよっ。滅神奥義、天叢雲剣!!」

 

 空気がある限り、魔力がある。

 少しずつ空気を食べて魔力を貯めていたシェリアは、それを一気に解放した。威力は先程より上。荒ぶる暴風がウェンディに迫る。

 

「なら私も応えます、シェリアさん! 滅竜奥義! 照破・天空穿!!」

 

 風が結界のように周囲を囲み、その中央で怒号が如き旋風が巻き荒れる。

 漆黒の羽と風の波動。この二つは逸れることなく正面からぶつかり合った。激しく拮抗するかと思われた奥義のぶつかり合いは、予想を反して一瞬でケリがつく。

 

 激しい風に曝され、まともに目も開けられない。そんな状況から脱した観客、そして司会者が見たものは、今度こそ地に伏せ沈黙するシェリアと、肩で息をする傷だらけのウェンディだった。

 

『こ、これは...今度こそシェリアたんダウンです! 勝者! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム、ウェンディ・マーベルぅうう!!!』

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 [凌太side]

 

 時間は少し巻き戻る。

 

「さぁ! 戦いを楽しもう!」

 

 そう言ったシェリアは、黒い風を纏ってウェンディと戦い始める。

 その中で、シェリアが技を繰り出す度に気になる単語を発しているのを俺は聞き取った。

 

「...天神?」

 

 感じる魔力は多少異質だけど、神のそれじゃない。神性も何一つ感じないし、シェリアが天神だって可能性はないだろう。ってことは...。

 

「天神を殺した、滅神魔導士?」

「神を殺したのかどうかは知らねぇが、アレがサラマンダーの言ってた滅神魔法なのかもしれねぇな」

 

 ふむ。確かにガジルの言う通り、滅神魔導士だからっていって必ず神を殺したのかなんて分からないし、多分殺してはないんだろう。ナツやガジル、ウェンディなんかは竜を殺すどころか育てられたって言ってたしな。ってことは、シェリアは神に育てられたってことか?

 

 滅神魔法。いつか見てみたいとは思ってたけど、まさかこんなに早くお目にかかれるとは。てかこの魔力の感じ、セイバーの黒雷使いと似てね? 何、もしかしてアイツも滅神魔導士なの? 雷の滅神魔導士? 何それ面白そう。一回戦ってみてぇな。

 

 そんなことを考えながら、俺はわりと真剣に試合を見守る。

 ウェンディが本気を出せば多分勝てるだろうけど、相手が隠し球を持ってない確証はない。というか持ってるって思ってた方がいい。滅竜魔導士(ウェンディ)がドラゴンフォースなら、滅神魔導士(シェリア)はゴッドフォースとか? ...なんか世界とか創れそうだな(小並感)

 

「天神の怒号!」

「ッ! 天竜の咆哮!」

 

 両者のブレスが激突し、暴風が吹き荒れる。

 付与(エンチャント)なしとはいえ、ウェンディよりシェリアの方が威力は上だ。

 力比べに負けたウェンディは、そのまま倒れる。まだ意識はあるようだが、ダメージは決して少なくないだろう。

 ウェンディはシェリアと違って自己回復はできないし、少しヤバいかとも思ったが、それでもウェンディは立ち上がった。

 この時シェリアに言われたように、このままじゃ負けると思ったのだろう。ようやく得意の付与魔法を使い、自身にバフを盛る。これでシェリアの魔法と互角、もしくはそれ以上になったはずだ。

 

「...すげぇ」

 

 奮闘するウェンディを見て、ガジルがポツリと呟いた。成長したとはなんとなく分かっていたが、ここまでとは思っていなかったのだろう。ふふん、師匠として鼻が高いぜ。いやまぁ模擬戦したり実践積ませたりしてたら勝手に俺の動きを吸収して強くなってたんだけど。ウェンディに関しては俺特になんもしてねぇな。師匠とかおこがましがったですわ。

 

 その後、滅神奥義とやらを受けそうになったウェンディが、直撃する直前にドラゴンフォースを発動。黒い羽に巻き込まれながらも、中から粉砕するという演出をしでかした。

 それからはウェンディの独壇場だ。相手の攻撃は薙ぎ払い、俺の戦いを見て身に付けたであろう拳法擬きでシェリアを圧倒する。

 

「どうだガジル。お前とでもいい勝負くらいできそうだろ? ま、まだまだ足りないところは多いし、今はまだお前やナツの方が強いだろうけどな」

「.....ギヒッ。予想以上だクソッタレ。どんな修行をしたらあんなに強くなりやがるんだ」

「俺に着いてきたからだろうなぁ」

 

 実際問題、ウェンディがドラゴンフォースを発動させたのは俺が原因だと思う。

 聞いた話では、過去にナツがドラゴンフォースを発動させた際には、外部からの干渉があったらしい。自身と同じ属性で、なおかつ自身の許容量を大きく超える魔力を喰らうことが発動の鍵なんだとか。

 

「模擬戦の途中、俺が実験で天空魔法の真似事をしたんだよ。滅竜魔法に興味あったし、『天竜の咆哮ー』つってな。まあ滅竜なんていう属性は付かなかったんだけど、天の属性は付いた。それを避けきれなかったウェンディがそれを喰っちまってな? そしたらああなった」

「いや、ああなった、って...」

 

 ジュビアが呆れたように俺を見る。こいついっつも呆れてんな。

 ウェンディが最初にドラゴンフォースを発動させたのは、まぁ言うなれば事故みたいなもんだ。そこから自由に発動できるようになったのは、ウェンディが頑張ったから。いやー、あの子結構努力家よ?

 

「滅神奥義! 天叢雲剣!」

「滅竜奥義! 照破・天空穿!!」

 

 滅神と滅竜。神と竜では、確かに神の方が上かもしれない。

 だが、それがどうした。ウェンディはこの三ヶ月、権能(神の力)を操る俺を相手にしてきたのだ。

 

『こ、これは...今度こそシェリアたんダウーン! 勝者、 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム、ウェンディ・マーベルぅうう!!!』

 

 いやシェリアたんてお前(蔑み)

 

 

 




今まで黙ってたんですけど、フェアリーテイルのキャラの中ではウェンディ推しなんですよ(多分周知)


《3日目終了時点 結果》
1、剣咬の虎   34P
2、人魚の踵   32P
2、妖精の尻尾A  32P
4、妖精の尻尾B  30P
5、蛇姫の鱗   26P
6、青い天馬   18P
7、四つ首の仔犬 14P
✕、大鴉の尻尾  失格


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