魔理沙のタイムトラベル (MMLL)
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第一章 霊夢の異変
第1話 博麗神社にて


2020/6/22追記

西暦下四桁のXは7です


―――博麗神社―――

 

 

 

 西暦200X年7月20日。

 うだるように暑い夏の日の事、私【霧雨魔理沙】がいつものように博麗神社へ遊びに行くと、これまたいつものように縁側でお茶をすすっている霊夢がいた。

 私は箒から飛び降りながら、暑さを吹き飛ばさんばかりに挨拶する。

 

「よう、霊夢! 遊びに来たぜ!」

「あら魔理沙、いらっしゃい。あんたもこんな山の上までよく来るわねぇ、暇なの?」

「おいおい、せっかく来てやったのにつれないな」

「……否定はしないのね」

 

 確かに霊夢の言う通り、博麗神社は人里から遠く離れた山の上に建っている。

 幻想郷を一望できる素晴らしい景観が広がっているのだが、その分道中は険しく、参拝客は殆ど訪れない。

 ちなみに私は空を飛べるから問題ないんだぜ。

 

「それよりお茶くれお茶。喉が渇いて仕方がないんだぜ」

 

 私は霊夢の隣に座りながら催促すると、霊夢は「はいはい」と言いながら一度奥に引っ込み、やがて冷えたお茶を持ってきた。

 早速それを手に取り一気に飲み干す。うん、相変わらず出涸らしのような渋苦い味だな。

 

「なあ、霊夢聞いてくれるか? 最近こんな事あってさ――」

 

 ここ最近起きた出来事を話していく私だったが、霊夢は上の空な様子で「はあ……」とか「ふうん」とか、気のない返事を繰り返していた。

 

「おいおい、なんか今日はテンション低いな。もっといい反応を期待してたんだが」

「今はそんな気分じゃないのよねぇ。はぁ」

 

 常に飄々とした態度の霊夢が珍しくため息を吐いている事が気になり、私はさらに問いかける。

 

「何かあったのか?」

「ちょっとねー……、ここ最近気持ちが上がらないのよねえ」

「どっか調子でも悪いのか?」

「調子が悪いって言うとちょっと違うのよねー。んーなんていうかさ、最近何をやっても楽しくないのよね。私の14年の人生の中でこんな事初めて」

「ふーん、そっか。まあでも、人の一生の内に何度かそういう日もあるだろ。私達はまだまだ若いんだし、これから輝かしい未来が待ってるんだぜ」

 

 そう慰めの言葉をかけたのだが、霊夢はジト目で答える。

 

「なんかその言葉ババくさいわね……」

「うるさい」

 

 それから色々な話を振って会話を盛り上げようとしたけれど、どんな話をしても霊夢は心ここにあらずといった感じで、生返事しか返ってこない。

 

「はあ~あ……つまんないなあ」

 

 しまいには虚空を見上げながら溜息を吐く始末。

 

(こりゃ駄目だな。今日は諦めるか)

 

 そう判断した私は話を切り上げて帰ることにした。

 

「なんだか霊夢と一緒に居るとこっちまで気分が暗くなってくるから今日はもう帰るぜ」

「あっそ。じゃあねー」

 

 立ち上がって持参した箒にまたがった私に対し、霊夢はダウナーな感じのまま手を振っていた。

 私はそれを尻目に、さっさと自宅へ飛んで帰って行った。



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第2話 霊夢の死

――西暦200X年7月21日――

 

 

 

 翌日、私は霊夢と別れた後に新しい魔法を閃いたので、自宅に籠ってその開発に没頭していた。

 机に向かいながら作業を続けていく内に、ふと昨日の出来事を思い返す。

 

「そういえば昨日の霊夢は様子がおかしかったなあ。なんだったんだろうか?」

 

 いつも明るく、暗い気持ちをほとんど見せないあの霊夢が沈んだ気持ちでいるのはかなり珍しい。

 

(ちょっと気になるし会いに行こうかな?)

 

 そんな事を考えていると、突然玄関のドアがバンと大きく開け放たれる。

 

「魔理沙、いる!?」

「うわっ!?」

 

 私は椅子から転げ落ちてしまい、床の埃が舞い上がる。

 

「ゲホッゲホッ」

 

 私は咳払いをしながら急いで起き上がり、飛び込んできた人物に怒鳴り散らした。

 

「アリス! 人の家に入る時はノックしろ!」

「ご、ごめんなさい。急いでて」

 

 私の言葉が効いたのか、アリスは軽く謝った。

 

「まあいいさ。それで一体何を急いでいたんだよ?」

「そ、そうだった! 魔理沙大変なのよ!」

「うわっ、近い近い! だから落ち着けって!」

 

 アリスは何度か深呼吸をした後、ゆっくりと口を開く。そこから語られた言葉は衝撃的なものだった。

 

「魔理沙、落ち着いて聞いてね――今朝霊夢が亡くなったわ」

「おいおい、そんなつまらない冗談はよしてくれよ。今日はエイプリルフールじゃないぜ?」

 

 突拍子もない事を言い出すアリスを笑い飛ばしたが、彼女が真剣な表情を崩さなかったのをみて、私は次第に青ざめていく。

 

「おい……まさか本当なのか……?」

「だからそう言ってるじゃない! 私も信じられなかったけど事実なのよ! ……まあ直接見てもらったほうが早いわね。一緒に来て!」

「あ、ああ!」

 

 私は着の身着のまま外に飛び出し、アリスと共に博麗神社へと急行した。

 

 

 

 やがて博麗神社に辿り着いた私達は、急いで神社の中へと駆けて行く。

 

「霊夢!」

 

 そこには布団の中で穏やかな表情で目を閉じる霊夢と、傍で静かに涙を流す八雲紫が座り込んでいた。

 

「おい、霊夢。起きろよ。もうお昼だぞ? いつまで眠っているんだ? 起きろって!」

 

 肩を揺さぶりながら必死に呼びかけるものの、霊夢が起きる気配は微塵もなく、その身体は冷たくなっていた。

 まさかと思いながら口元に耳を近づけた私は、その残酷な現実に言葉を失った。

 

(噓……だろ? 呼吸が……止まっている…………)

 

 私はそばにいる八雲紫に掴みかかりながら、勢いそのままに問い詰める。

 

「おい、スキマ妖怪! なんで霊夢が死んでいるんだ! 詳しい事情を教えろ!」

 

 スキマ妖怪――もとい八雲紫は、襟元を掴む私の手を振り払おうともせず、扇子で目尻を覆いながら答えた。

 

「……今朝私が霊夢の様子を見に行ったら眠ったままでね。私はそれをずっと見ていたんだけど全く起きる気配がなかったの。それでね、そろそろお昼になるから起こそうと思って傍に近づいたら息をしてない事に気付いたのよ。すぐに永遠亭まで運んだのだけれど、永琳にもう手遅れだって告げられてしまったわ」

 

「手遅れだって!?」

「『死因は睡眠薬を多量に飲んだことによる薬物死で、抵抗した形跡がない事から恐らく自殺で間違いない』と、永琳は話していたわ」

「睡眠薬で自殺だって!? そんなのありえないだろ! どうしてそんなものがあるんだ!」

 

 霊夢の性格からいって自殺を選ぶ訳がない! ――ない筈なのだ……!

 

「というかどうしてそんなものがあるんだよ! 睡眠薬なんて簡単に手に入るものじゃないだろ!」

「昨日霊夢が私を呼びつけて『ぐっすり眠れる薬とかない? 最近夜の寝つきが悪いのよ』って言っていたのよ。それで私は手持ちの睡眠薬を渡したのだけれど……まさか大量に飲むとは思わなかったわ」

「なんだよそれ! ちゃんと薬の使用法の説明はしたのか!?」

 

 私がさらに八雲紫の襟元を強く掴むと、彼女は扇子を放り投げ、大粒の涙を流しながら叫ぶ。

 

「もちろんちゃんと説明したわよ! 『その中の薬を大量に飲んだら人間は死んでしまうからね?』って! だけど霊夢は亡くなってしまったわ! これ以上私にどうしろって言うのよ!? ……私だって、悲しいんだからっ……!」

「そんな……!」

 

 その言葉に、私は全身の力が抜けていく。

 

「……クソッ! なんでだ! なんで自殺なんかしたんだよ霊夢ぅ……!」

「魔理沙……」

 

 私はその場に崩れ落ちたまま、声を殺して泣き続けた。



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第3話 後悔

 ――西暦200X年8月4日――

 

 

 それからはあっという間だった。

 霊夢の葬儀が執り行われ、彼女に関わった多くの人妖が別れを悼み、幻想郷全体が喪に服していた。

 

 

 それと並行して、八雲紫はすぐに次代の博麗の巫女を用意し、皆にお披露目をしていた。

 

 事態が目まぐるしく変わっていく中、私は霊夢の葬式にも出席せず、魂が抜けたかのように部屋の片隅で膝を抱えて座り込んだまま、十五日前の自分の行動をずっと後悔しつづけていた。

 

(あの時私がもっと霊夢の事を気にかけていれば……! あの時霊夢の傍に付いていれば……!)

 

 さらに霊夢との思い出も頭の中に駆け廻る。

 

(紅霧異変、春雪異変、永夜異変……、思い返せば色々な事があったなあ……。もうあの頃のような時間は戻ってこないんだな……)

 

 いっそ私も霊夢の後を追って自殺しようか。そんな危うい考えが頭を掠めたとき、玄関からノックの音が聞こえて来た。

 

(私はここにはいないんだ。帰ってくれ……)

 

 しかし、その気持ちに反し扉がガチャリと開く音がする。

 

「魔理沙ーいる~?」

 

 声の主はアリスだった。

 色んな部屋を探し回り、やがてアリスが私の姿を見つけた所で、此方に近づきしゃがみながら。

 

「ここにいたのね魔理沙」

「……」

「霊夢が亡くなってからもう二週間も経つのよ? いつまでもそんな風に塞ぎこんでないで、元気出して。ほら、お食事を持ってきたわ」

 

 腕に抱えていたバスケットには、サンドイッチが入っていた。

 霊夢が亡くなってからというもの、アリスは時々私の家を訪れてはこうして世話をしてくれている。しかし今の私には彼女の心遣いが苦しかった。

 

「……お前には私の気持ちなんか分からないよ。私が霊夢を殺したようなもんなんだ……」

「……どうしてそんな事を言うの?」

「…………」

 

 困った表情のアリスに答えられないでいると、彼女は私の目を見ながら優しく問いかけた。

 

「ねえ何があったの? あの時からずっと口を閉ざしたままだし、魔理沙さえ良ければそろそろ教えて欲しいわ」

「――私は霊夢が亡くなる前日に霊夢と話したんだ。その時から霊夢の様子がおかしかった。なのに私は霊夢の事を気に掛けることもなく放置して帰ってきてしまったんだ。私が間接的に殺したようなものなんだ……」

「魔理沙……」

「もう私の事は放っておいてくれ! ……一人になりたいんだ」

 

 私の心情を察してくれたのか、アリスの足音が遠ざかっていく。一人残った私は虚空を見つめたままぼんやりとしていた。

 

「私はこれからどうしたらいいんだろうな……。生き甲斐を失っちまったぜ……」

 

 私と霊夢が出会ったのは幼少の頃だった。

 

 霊夢はその頃から達観した性格で、人里で子供達の輪に馴染めなかったのを見かねて私が声を掛けたのが出会いのきっかけだった。

 

 最初は霊夢も面倒くさそうにしていたが、毎日のように遊んで行く内に仲良くなり、すぐに友達になった。

 

 だけど、それからすぐに霊夢は博麗の巫女に指名されて、人里から離れた博麗神社に住むようになり、遊ぶ機会が極端に減ってしまった。

 

 私は霊夢に会うために必死で魔法の勉強をして、魔法使いとなった。それがきっかけで親から勘当されてしまったが、そんなことはどうでも良かった。

 

 初めて私が神社に会いに行ったとき、霊夢はとても嬉しそうにしていて、その時の笑顔は今でもはっきりと脳裏に浮かぶ。

 

 その後私は魔法の森にあった空き家を自分の住処にして魔法の研究をし、霊夢が考えた弾幕ごっこを知って以来、私はそれを研究して霊夢に勝つことを目標としてきた。

 

 だけど霊夢は亡くなってしまった。

 

 あの日以来心にぽっかりと大きな穴が開いてしまった私は、生きる気力や目標を失ってしまい、ひたすら時間を浪費する日々が続いている。

 

(霊夢……なんで死んじまったんだ)

 

 さらにふとした拍子に後悔の念が襲ってきては、私を際限なく苦しめる。

 

(ああ、あの時の自分に言ってやりたい。霊夢の様子をちゃんと気にかけてやれ、と)

 

「魔理沙」

 

 声のしたほうを向くと、部屋の入口にアリスが立っていた。

 

「――なんだよ、帰ったんじゃなかったのか?」

「今の魔理沙を放っておけないわよ。自分の顔を鏡で見てみた? ひどい顔してる」

「そんなの……」

 

 言い淀む私に、アリスはさらに言葉を重ねる。

 

「こんな言い方は酷いかもしれないけどね、いくら後悔しても過去は変えられない。私達に出来るのは前を向いて生きていくことだけなのよ。だから魔理沙、元気出して」

 

 その言葉に私は怒りを感じ、彼女を睨みつけながら言い放つ。

 

「前を向いて生きていけ、だ? そんな簡単に気持ちを切り替えられるか! 私があの時もっと霊夢を気にかけていればこんな事にはならなかったんだ! それなのに、それなのにっ……!」

 

 しかしアリスは言い返すこともなく、さらに私を宥めるように言葉を続ける。

 

「でもね、後ろ暗い気持ちでいるのは良くないと思うの。私はね、魔理沙まで霊夢の後を追ってしまわないか心配なの」

「アリス……」

「もちろん私だって、もしも過去に戻れるのだとしたら霊夢の自殺を止めたいわよ。だけど実際にそんな事は不可能でしょ? だから忘れろ、とまでは言わないけれど、もっと前向きに生きて欲しいわ。それが霊夢への供養になると思うの」

 

(過去に戻る……? ――これだ!)

 

 彼女の慰めの言葉の中に一つの光明を見つけた私は立ち上がった。

 

「それだ!」

「きゃっ、急にどうしたの?」

 

 驚くアリスを意に介することなく玄関へと走り去り。

 

「ちょっと、どこへ行くのよ!?」

「パチュリーのところへ行ってくるぜ!」

 

 アリスの言葉を背に、私は紅魔館へと飛び立っていった。



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第4話 紅魔館にて

 しばらくすると、眼下に紅魔館が見えて来たので、私はゆっくりと地上へと降りて行った。

 紅魔館は人里から離れた霧の湖のほとりにポツンと建っている大きな洋館だ。

 周りは高い煉瓦の壁で囲われており、正門には門番もいる警備が非常に厳重な館で、真っ赤な外装と屋根の天辺に建つ巨大な時計台が特徴的な建物だ。

 

「よし」

 

 綺麗に着地を決め、敷地内にいざ入ろうと歩を進めようとしたその時、門番に声を掛けられた。  

 

「あれ、魔理沙さんじゃないですか? 久しぶりですねー」

「悪いが悠長に話している暇はないんだ。そこを通してくれ」

「何故です?」

「……パチュリーに相談したい事があるんだ」

「へぇ、いつも有無を言わさずその八卦炉で私を吹き飛ばして強引に入っていくくせに珍しいですねぇ。どういう風の吹き回しですか?」

 

 皮肉めいた口調の門番に、私の心はズキリと痛む。

 確かに彼女の言う通り、いつもの私ならそうしていただろうが、今の私はなんというかもう心がグチャグチャで、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

 現にこうして立っているだけでも、震えが止まらず、涙がこぼれ落ちてきそうだ。

 

「それだけ大事な用事なんだ。頼む、入れてくれ」

 

 私は門番に向かって、頭を下げる。

 

「うわっ、魔理沙さんが頭を下げる所なんて初めて見ました。……そこまでするなんて、余程焦っているようですね。――分かりました! 通ってもいいですよ」

「悪い、恩に着るぜ」

 

 私はお礼を言いながら鉄格子の門を開き、中庭を抜けて館の玄関から中に入って行った。

 

 

 

「はあっはあっ……くそっ、この館は相変わらず広いな」

 

 そんな文句を垂れつつ、地下の大図書館に向かって廊下を全力疾走していた時、目の前にナイフを持った咲夜が忽然と現れ、私は急停止する。

 

「魔理沙、また勝手に入ってたのね! 全く、美鈴にも困ったものだわ」

 

 こめかみを押さえながら呟く咲夜に私は反論する。

 

「言っておくがな、今回の私はちゃんと正門から彼女の許可を貰って入って来たんだ。不法侵入してきたわけじゃないぜ」

「本当に? 信じられないわね」

「なんだったら直接彼女に聞いて来いよ。私は急いでるんだからこれで失礼するぜ!」

「あ、ちょっと!」

 

 呼び止める咲夜の声を無視して隣をすり抜け、その奥へと駆けだして行った。

 

 

 

 やがて図書館に通じる階段の元へと辿り着いた私は、そこを一気に駆け下りて、行き止まりにある両開きの扉を勢いよく開いた。

 

「パチュリーいるか!」

 

 突然の私の来訪に、奥のソファーで読書をしていた様子のパチュリーは、ビクっと驚いていた。

 

「魔理沙。急にどうしたの? 最近はおとなしくなったとアリスから聞いていたのだけれど」

「はあっはあっ。やっと追いついた~」

 

 さらに私に続いて息を切らしたアリスが図書館へとやってきた。

 

「ちょっと魔理沙、急にどうしたのよ。置いていかないでよー」

 

 しかし私はアリスの問いには答えず、パチュリーの正面にまで黙って歩いていく。

 

「なあパチュリー。お前に訊ねたいことがあるんだ。話を聞いてくれないか?」

 

 私の真剣な雰囲気を察したのか、パチュリーは本を閉じて、目線を合わせながら聞き返してきた。

 

「急に改まってどうしたのよ?」

「過去に戻る魔法――っていうのはないのか?」

「魔理沙あなた――!」

 

 今の一言で私の考えを読み取ったのか、アリスは驚きの声を上げており、パチュリーもまたアリスと同じ結論に至ったようで、目を細めていた。

 

「――ふ~ん、なるほどね。残念だけど、そんな都合のいい魔法はないわ」

「……そうか」

 

 何となくだけど、そんなもんだろうと薄々感じていたので、あまり衝撃は受けなかった。むしろ本題はここからになる。

 

「それじゃ質問を変えるぜ。時間移動に関する魔道書というのはこの図書館にあるのか?」

 

 私の質問にパチュリーは考え込む素振りを振る舞った後、少し間をおいてから答えた。

 

「幾つか候補はあるけれど、その前に一つ質問いいかしら?」

「なんだ?」

「時間移動に興味を持ったのは、やっぱり霊夢の事がきっかけなの?」

「ああ、そうだ」

 

 私はパチュリーの問いかけに力強く頷き、さらに言葉を続けていく。

 

「もしこの魔法が使えたのなら、あの日に戻って霊夢の死を回避するんだ。今まで塞ぎこんでいた私に見えた唯一の希望の光なんだ。――だから時間移動を私の研究対象にしたいんだ」

 

 切々と訴えかけた言葉を聞いたパチュリーは、再び考え込む様子を見せていた。その最中、傍にいたアリスが口を開く。

 

「時間といえば、咲夜なんか適任じゃないの? 彼女って確か【時間を操る程度の能力】を持ってたじゃない」

「あっ……!」

 

 そういえばアイツは確かそんな能力だったな。いかん、すっかりと忘れてしまっていた。

 

「咲夜の能力は過去に戻れるような能力じゃなかった筈だけれど、一応本人を呼んでみましょうか」

 

 パチュリーはゆっくりと立ち上がり、本が乱雑に置かれている机の上からベルを掴み、清涼な音を鳴らした。

 直後、パチュリーの前に咲夜が現れる。

 

「お呼びでしょうか、パチュリー様」

「貴女に訊ねたい事があるのよ。詳しい話は魔理沙から聞いてもらえるかしら」

「魔理沙が?」

 

 怪訝そうな顔で此方を向いた咲夜に、私は苦笑しながら話し掛ける。

 

「おいおいそんな顔しないでくれよ。実はな――」

 

 私はさっきパチュリーに話した事をそっくりそのまま話した。

 

「なる、ほどね。つまり魔理沙は私の能力を使って過去に飛びたい、と」

「ああそうだ。どんな事だってする。だから頼む、連れて行ってくれ」

 

 私は頭を下げて、咲夜の返事を待った。

 

「残念だけど、私の能力では時間を止めたり空間を広げる事くらいしかできないのよ。時間の加速や減速はできるけど、それはあくまで私の周囲の時間だけ。貴女が考えているような過去や未来への時間移動は不可能よ」

「そうか……。忙しいところ邪魔したな」

「別に良いわ、力になれなくてごめんなさいね。今日はいつものように泥棒に入りに来たわけじゃないみたいだし、お客様として歓迎するわ」

 

 咲夜が指をパチンと弾くと、目の前の机には熱々の紅茶が注がれた人数分のティーカップとお菓子が現れた。

 

「それでは失礼しますね」

「ふふ、いつもありがとう咲夜」

 

 パチュリーの言葉に咲夜はお辞儀をし、また目の前から消えて行った。

 私は席に着き、ティーカップを手に取り口に含ませる。上品な香りが漂い、深みのある味わいでとても美味しく、癒されていくのを感じる。流石咲夜の淹れた紅茶だ。

 束の間の休息、紅茶を味わう私に、パチュリーは問いかける。

 

「ねえ魔理沙、さっきの話の続きなんだけれどね、今まで何人もの魔法使い達が時間移動という魔法に挑んだけれど成功させた人はいないわ。それでもやる気はあるの?」

「ああ、もちろんだ」

 

 私はティーカップをテーブルに置き、パチュリーの目を見てはっきりと頷いた。

 

「……決意は固いようね。分かったわ。関連してると思われる魔道書を幾つか貸してあげてもいいわよ」

「本当か!?」

「ただし一つだけ条件があるわ」

「何でもいいぜ」

 

 パチュリーは大きく深呼吸し、腹の中から声を出すように言った。

 

「――今までこの図書館から盗んでいった本を全部返しなさい!」

「……分かった。すぐに返すぜ」

 

 ビリビリと痺れる耳を抑えつつ私は頷いた。喘息持ちなのに良く声が出るなぁ。

 本当は死ぬまで借りていたかったのだが、こうまで言われては仕方がない。私一人では、この膨大な図書館からそれに関連する魔導書を盗み出すのは無理だろうし、そろそろ下らない意地を張るのもやめにした方が良いだろう。

 

「ならいいわ。小悪魔ー!」

 

 パチュリーが本棚の奥に向かって呼びかけると、「はいはい、何でしょうか?」と言いながら小悪魔が此方に向かって来た。

 

「D-8とT-3の棚から幾つか本を持ってきて頂戴!」

「畏まりましたー!」

 

 パチュリーの命令を受け、小悪魔は本を取りに行ったようだ。

 

「さて、私は一度家に戻るぜ。荷物を纏めてからまた来るからな」

「分かったわ。こちらもあなたがここに戻って来るときには、纏めておくわ」

 

 私は箒にまたがり、図書館を出た後手近な窓から外へと飛び出した。

 そして自宅に戻った後、床に散らかり放題となっているゴミを踏まないように気を付けながら本棚へ行き、手近にあった風呂敷の中に本を入れていく。

 やがて本棚が空になった所で。

 

「確かこれで全部だろう。他にもあったとしても後は知らん! ……てか重いなこれ」

 

 私はヨロめきながら家の外に出た後、立て掛けてあった箒に風呂敷を結び付け、箒に跨って再び紅魔館の地下図書館へと向かった。

 

「お~っす、持って来たぜー!」

 

 私はドサっと机の上に本が入った風呂敷包みを置いた。

 

「あら、本当に持って来たのね。小悪魔、ちょっと確認しておいてくれるかしら?」

「わっかりましたー!」

 

 本に目を向けたままのパチュリーの指示に小悪魔は元気よく答え、私の持って来た本を机の上に並べていく。

 私はその間にソファーに座り、すっかりと冷めきってしまっている紅茶を口にする。ん? 一人減ってるな。

 

「アリスはどうしたんだ?」

「ついさっき帰ったわよ」

「そっか」

 

 しばらく無言のまま、時間が過ぎていくかと思われたが、パチュリーがおもむろに口を開いた。

 

「……ねえ」

「なんだ?」

「なんでそこまであの巫女に執着してるの? 率直に言って貴女は結構友人が多い方じゃない。あまり引きずっても辛いだけじゃない?」

 

 確かに他の人から見ればそう映るかもしれない。だがしかし。

 

「……私にとって初めて出来た友達で、魔法使いを志すきっかけとなった大切な人なんだ。それなのに、私が冷たくしたから霊夢は……」

「……そう」

 

 そっけない返事をして、パチュリーは再び本に目を落とした。話していく内に自然と涙が出てきてしまう私は、まだまだ精神的に参ってしまっているようだ。

 

「パチュリー様ー! 確認終わりましたよー! ここから盗られた本は全部あるみたいです!」

「ご苦労様」

「また何かあればお申し付けください!」

 

 小悪魔はパチュリーに一礼し、図書館の奥へと消えて行った。

 

「さて、約束通り魔理沙に時間移動に関連した魔導書を貸すわ。返却期限は特に設けないけど、きちんと返してちょうだいね」

「分かってるぜ。ありがとな、パチュリー」

 

 私はお礼を述べて、机の上に置かれた二冊の魔導書を手に取り、図書館を後にした。



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第5話 紅魔館にて②

 200X年8月7日

 

 

 

 パチュリーから借りた魔導書を読み始めて早三日、私は未だに悩んでいた。

 

「駄目だー! さっぱり分からねー!」

 

 魔導書に書かれている時間移動の理論について、未だにとっかかりというものが掴めず、机に座ったまま髪をワシャワシャと掻き毟る。

 例えるなら、冷たい・甘い・お菓子と言えばアイスクリーム、柔らかい・甘い・丸いと言えばドーナツ。のように、今まで読んできた数々の魔導書からは連想ゲームのように結論へと結びつけることができていた。

 ところが、この魔導書に記されている内容からはそのように連想させるキーワードが何一つ思い浮かばず、疑問と謎だけが増えていく。

 

「……こうなったら仕方ない。パチュリーに聞きにいくか」

 

(あまり見栄をはっていても仕方ないしな)

 

 私は立ち上がり、箒を取って紅魔館へ飛び去って行った。

 

 

 

 魔法の森の上空を遊覧飛行のようにフラフラと飛びながら目的地へと向かっていた時、ふと、遠くに私と同じような感じで飛んでいる人影を見つけその場に静止する。

 

(ん、あれは早苗じゃないか?)

 

 声を掛けるかどうか迷っていると、早苗は私に気づいたようで、手を振りながら此方に飛んできた。

 

「魔理沙さんじゃないですか! 久しぶりですね~!」 

 

 ニコニコとしながら話す早苗に、私は「そうだな。大体二週間ぶりくらいか?」と気のない返事をする。

 

「アリスさんからあらかたの事情は聞きました。魔理沙さんは霊夢さんの事をまだ……」

「…………」

「その、元気出してくださいね? 確かに霊夢さんの事は残念ですが、いつまでも落ち込んでいたら天国の霊夢さんに怒られてしまいますよ?」

「……分かってるさ、その為に私は……」

 

 手の平をギュッと握りしめて拳を作る私に、早苗は何かを察したように黙り込むが、この瞬間私の中で天啓が閃いた。

 

「そうだ! 早苗の持つ奇跡の力で霊夢を復活させることは出来ないか?」

 

 もし、早苗の力で復活が出来るのなら、もう一度会って霊夢と話したい。そんな願いを込めて訊ねた私だったが、帰って来た答えは無常だった。

 

「そんなの無理ですよ! 幾ら奇跡を起こす程度の能力と言っても、流石に死者を復活させるレベルともなると、力を発揮出来るのに何千年掛かるか分かりませんよ」

「そうだよな……、やっぱりそう都合良くは行かないよな」

 

 早苗は霊夢とも親しい仲だったんだから、それが出来るのならとっくにやっていたはずだ。僅かでも期待するのが間違いだったんだ。

 

「神様でもない限り、死んだ人は生き返りません。ですから私達が霊夢さんの分まで生きていかないと、申し訳が立たないですよ」

「……そうだな」

 

 霊夢の事が話題になる度に、私の胸はヒビが入るように痛み出す。

 

「そ、そういえば! 私これからアリスさんのお家に遊びに行くんですけど、良かったら魔理沙さんも一緒にどうですか?」

「……悪いな早苗。私は紅魔館に行く用事があるんだ」

「そうですか。ではまた今度お話しましょうね! 絶対ですよっ!」

「ああ、また今度な」

 

 終始一貫して暗い気持ちの私に、早苗は気遣うような態度で律儀に話し、ペコリと頭を下げた後、魔法の森の上空を飛んで行った。

 私もまたその後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、紅魔館へと向かった。

 

 

 

 紅魔館へと辿り着いた私は、居眠りしている門番の横をすり抜けて建物の中へと入り、脇目も降らずに大図書館へと向かうが、その最中、廊下でばったりとレミリアに遭遇してしまった。

 彼女は私の姿を視界に捉えると、ご機嫌な様子で挨拶をしてきた。

 

「あら、魔理沙じゃないの。おはよう」

 

 声を掛けられた私は、無視するのも悪いので、立ち止まって挨拶する。

 

「……おはようレミリア。随分と早起きなんだな?」

 

 現在時刻は午前9時過ぎ。夜の世界に生きる吸血鬼にとって最大の弱点である太陽がとっくに昇りきっている時間で、普通ならぐっすりと眠っている時間の筈だ。

 

「いつもこのくらいの時間に起きてるわよ? 人間達と同じ生活習慣にはもう慣れたわ」

「はは、そうか」

 

 吸血鬼が朝方の生活習慣というのも変な話だが、それも些細な事だろう。

 

「ところで魔理沙はどうやってここに入って来たのかしら? 美鈴はどうしたのよ?」

「アイツなら壁に寄りかかるようにしながら寝てたぜ。とてもとても気持ちよさそうにな」

「……はあ。全く、幻想郷に来てからというもの、どうも昼寝癖が付いてしまってるわね。平和ボケしてるのかしら?」

「そうかもしれないですね。後で厳しく言っておきますわ」

「うわっ! びっくりしたぁ。急に出て来るなよ!」

 

 突然レミリアの隣に現れた咲夜に私は驚いてしまったが、レミリアは平然としながら彼女に話しかける。

 

「あら、咲夜。もう準備が出来たの?」

「はい。玄関に一通り荷物の準備ができております」

「ご苦労さま。ふふ、貴女は最高のメイドね。とても誇らしいわ」

「お褒めに与り光栄でございます」

 

 咲夜は仰々しいまでに、レミリアに一礼していた。

 

「これからどこか出かけるのか?」

「たまには人里にでも赴いてみようかと思ってね、咲夜に準備させていたのよ」

「ふーん」

「貴女はパチェの所へ向かうつもりなのかしら?」

「まあな」

「そういえば貴女に盗られた本が全部返って来たって驚いていたわね。今までは『死ぬまで借りていくぜ~』なんて言ってたのに、どういう風の吹き回しなのかしら?」

「……どうしても成し遂げたい事があってな。その為にはパチュリーの協力が必要ってだけだ」

「へぇ……!」

 

 私の言葉の何がおかしいのか、愉悦の笑みを浮かべるレミリアは、私の正面に移動し、顔をじっと見上げた。

 吸い込まれそうな真紅の瞳に、一体何なんだ? と思いつつ、負けじと私もじっと睨みつける。

 

「……ふーん。貴女、中々数奇な運命を辿るようね?」

「は?」

「まるで複雑に絡み合った糸みたいに、沢山の運命があるわね。つい最近まではここまでごちゃごちゃになっていなかったのに不思議。ウフフ、この目で結末を見れそうにないのが残念だわ」

「一体何を言ってるんだよ?」

 

 レミリアは時々思わせぶりな事を言う。果たしてこれは彼女の〝運命を操る程度の能力″に関係する事なのか。はたまた、私を驚かせるためのただの気まぐれなのか。

 

「〝貴女は将来大きな決断を迫られる事となるでしょう。その時が来たら自分の心に従い、後悔のない選択肢を取りなさい″」

「……なんだよそれ?」

「今は分からなくても結構。ただこの言葉を覚えておきなさい。然るべき時が来たらその意味を理解出来るでしょうから。――さあ、咲夜。出掛けるわよ」

「畏まりました。お嬢様」

 

 レミリアは意味深長な言葉を私に投げかけたまま、咲夜を連れ立って玄関の方へ歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿を見送った私は途方に暮れる。

 

「なんだったんだ一体。……まあ、いいか。図書館へ行かないとな」

 

 とりあえず頭の片隅にしまい込み、私は図書館に向けて再び足を動かし始めた。



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第6話 紅魔館にて③

 やがて地下の大図書館へと辿り着いた私は、扉を開けて中へと入った。

 

「パチュリー居るか~!」

「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」

 

 大図書館の奥、理路整然と並ぶ本棚の間に空いた空間に置かれたいつものデスクに座るパチュリーから、気怠そうな返答が聞こえてきた。

 テキパキと図書整理に勤しむ小悪魔を横目に、私はそこから真っ直ぐ彼女の傍へと近づいて行き、借りていた魔導書を机の上に置く。

 

「ここに書かれている内容が難しすぎる」

「……それで?」

「私に教えてくれないだろうか。この通りだ」

 

 そう言って頭を下げながら手を合わせる私。

 パチュリー・ノーレッジという女性は誠意を見せて頼み込めば快く教えてくれる性格なのを私は知っている。……今まではプライドが邪魔して出来なかったことだが。

 返事を待っていると、彼女はポツリと呟いた。

 

「……貴女、変わったわね」

「え?」

 

 思ってもみなかった言葉に、私は顔を上げた。

 

「今までの貴女なら、そんな風に頭を下げて教えを乞う事もなかったし、誰が何と言おうと我が道を進んでいたじゃない。その心境の変化は博麗霊夢が亡くなったからなの?」

「……そう言われてみれば、そうかもしれん」

 

 時間が経てば自然と悲しみは癒える。とよく言うが、自分がトリガーとなって死んだ人の場合には、その法則が当てはまるのだろうか。恐らくそれは“否”だろう。

 今の私はとにかく何かに縋りつかなければ、再び引き篭もってしまいそうだ。昔のように馬鹿をやったり、ふざけたりする気にはなれそうにない。

 

「……やれやれ、貴女がいつまでもそんなんじゃ、調子が狂うわ。ちょっとこっち来なさい。どこが分からないの?」

「実はな――」

 

 私はパチュリーの隣に座って、魔導書を開いた。

 

 

 

「……と、ここはこんな感じに解釈すればいいのよ」

「成程な、その発想はなかったぜ」

 

 二時間にも渡るパチュリーの講義は、私では気づきえなかったとっかかりというものが、頭の中にスッと入ってくるものだった。

 “動かない大図書館”の異名を持つだけあって、知識が豊富だな。と心の中でパチュリーを褒め称える。

 

「大体こんなものかしらね」

「早速帰って実践してみるぜ! ありがとな、パチュリー」

「待ちなさい」

 

 帰ろうとする私をパチュリーが呼び止めて来たため、腰を上げていた私は再びその腰を下ろした。

 

「なんだよ?」

「三日前に貴女が興味を持った時から伝えるべきか迷っていた事だけど、やはりちゃんと話す事にするわ」

「?」

「魔理沙。結論から言うと今のままでは時間移動魔法は絶対に完成しないわよ」

「っ! それはどういう意味だよ!」

 

 パチュリーのぶっきらぼうな物言いに私は声を荒げたが、彼女は冷静に答える。

 

「その二冊の魔導書の著者はね、時間移動の理論を発見するだけで七十年近く掛かっているの。にもかかわらずその理論は実証されておらず、あくまで〝仮説″でしかないの。仮説を提唱するだけで人の一生分の時間を費やしてしまう――それだけ、〝時間″という概念は難解で複雑なのよ」

 

 諭すように言葉を紡ぐパチュリーに、私も頭が冷えてきた。

 

「……結局何が言いたいんだよ?」

「前々から勧めていた事だけどね。これもいい機会だしそろそろ本物の【魔法使い】になりなさい。せいぜい七、八十年程度で塵に還ってしまう人間のままでは、実在するかどうか、完成するかもわからない魔法を発見する前に、死神のお迎えが来てしまうわ」

「!」

 

 パチュリーの言葉に、私は目を見開いた。 

 

「貴女が望むのなら、手助けしてあげても良いわ。よく考えることね」

「……いや、決めたよ。パチュリー、私は魔法使いになるぜ」

 

 そもそも私が完全な魔法使いにならなかったのは、霊夢の存在が大きかったからだ。

 元々私自身不老長寿には興味あったものの、霊夢が博麗の巫女という〝人間側″の立場でいる以上、絶対に妖怪になる事はない。

 大切な親友をおいて行くのは私の本意ではないし、霊夢が人間のまま死ぬというのなら私もそのつもりだった。

 だけどその霊夢がいなくなってしまった以上、人間を辞める事に今更躊躇いはない。

 

「そう……! それじゃ早速始めましょうか」

「おう、頼むぜ」

 

 どことなく嬉しそうにしているパチュリーを少し不思議に思いながらも、私は〝魔法使い″になるために勉強を始めた。

 その後、パチュリーと話を聞いたアリスの手助けもあり、わずか二日で捨食と捨虫の法をマスターし、晴れて〝魔法使い″となった。



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第7話 研究の日々

 魔法使いになったその日から私の日常は一変した。

 パチュリーが話していた通り、お腹が減る事もなくなり夜になっても眠気が訪れなくなった為、必然的に眠る回数がどんどんと減って行って、空いた多くの時間を研究に費やすようになった。

 それに時間に対する自分の認識も大きく変化した。

 何と言えばいいか、〝一週間″のスピードが〝一日″のようにとても速く感じてしまうようになったのだ。

 私が人間だった時、『妖怪達は時間に対してとてもおおらかで、あくせくと働く事がない』と聞いた事があって、実際に知り合いの妖怪達もぐうたらしてる奴が多かった。

 それをまさに今痛感しており、人間だった頃よりもルーズな生活になってしまった。アリスが未だに食事と睡眠をしっかりとっているのも、もしかしたら日常にメリハリを持たせるためなのかもしれない。

 だが悪い事ばかりではなく、良い事もある。

 魔法使いになった瞬間から魔力の量がおおよそ五倍に増え、風向きや大気、地中を流れるマナの動向、星の動き等がはっきりと掴めるようになった。更に真暗な夜でも1㎞先まではっきりと視えるようにもなったし、箒を使わなくても自由に空を飛べるようにもなった。

 人間だった時に『これは最強の魔法だ』と思っていた魔法も、今思い返せば陳腐な物に感じてしまい、その他にも数々の発見や驚きもあったが、まあ数を挙げるとキリがないのでこのくらいにする。

 私は時々紅魔館に赴いてパチュリーに意見を求めたり、近くに住むアリスにちょっかいを掛けられたりしながらも、時間移動の理論を構築する為に研究に明け暮れた。

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから一年経つが、一向に完成する気配がない。

 果たしていつになったら終わるのだろう?

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから五年後、ふと何気なしに鏡を見た時、毎年ちょびっとずつ伸びていた身長が止まっているのに気づいた。

 相変わらず散らかり放題の自宅を漁り、人間だった頃の写真を掘り返してみる。

 

「おぉ」

 

 鏡に写る今の自分の姿と見比べてみても全く姿形が変わっておらず、『ああ、私は本当に魔法使いになったんだな』と、この時強く実感した。

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから十年後、咲夜が亡くなった。

 永琳によると、死因は時間停止能力の使い過ぎによる副作用らしく、本来よりも早く寿命を迎えてしまったらしい。つい最近紅魔館でお喋りした時は元気そうに見えたので、まさかの死に衝撃を隠せない。

 咲夜の葬式は、紅魔館で身内と親しい人間のみ集まってひっそりと執り行われた。

 棺桶に入れられた彼女は、十代の頃の美しさを保ったまま綺麗な姿で眼を閉じており、すぐに動き出してもおかしくない遺体だった。

 (『自分の体内時間を能力で止めているのよ』と生前に咲夜から直接聞いていたので、驚きはない)

 悲しみに包まれた空気で粛々と行なわれた葬式で、レミリアが棺桶に縋りつきながら恥も外聞もなくワンワンと泣いていたのが、今も尚強く印象に残っている。

 享年二十七歳、周囲の人々からとても惜しまれた死だった。

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから二十年後、何気なく人里の中を歩いていたら、親父にばったりと遭遇してしまった。

 二十年振りに再会した親父は、昔のような威厳がなく、白髪や顔の皺、肌のたるみが増えて前に会った時よりも目に見えて老いており、私は時の流れというモノを強く実感した。

 親父は若い頃から全く変わってない私の姿を見て、『……とうとう妖怪になったのか。お前なんか私の娘じゃない! 二度と顔を見せるな!』と強く言い放って、立ち去ってしまった。

 後日、この瞬間を文屋に撮られて記事になっているのを知り頭を抱えることになったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから二十五年後、文屋の天狗から親父の危篤の一報を受け、私は実家へと急行した。

 二十五年ぶりに帰って来た実家に郷愁の念を感じる間もなく、扉を開けて中へ入る。奥の部屋をあけてみれば、布団に横たわっている親父の姿があった。

 最後に会った五年前に比べるとかなり衰弱しきっており、いつお迎えが来てもおかしくない状態だった。

 

「なんで戻って来たんだ」

 

 私の姿に気づいた親父が、口を開いた。

 

「親父が危篤だって聞いたからさ。いてもたってもいられなくて」

「ふん、余計な事を。二度と顔を見せるなと言ったのに」

 

 そう口では憎まれ口を叩くものの、親父の憔悴しきった姿に、反骨心よりも悲しみの方が深く、幾ら親から嫌われようと、やはり私を生み育ててくれた親には非情になりきれない。

 

「……魔理沙よ。お前はなんで魔法使いの道に進んだんだ」

「『興味があったから』ってのもあるけど、決め手となったのは〝後悔″したから、かな。霊夢が自殺してしまったあの時、もっと優しくしてやれば良かったと今でも思ってるんだ。だからその後悔を無くす為に、私は魔法使いになったんだ」

「……そうか」

 

 親父は小さく返事し、それっきり口を閉ざしてしまった。

 翌朝、再び実家を訪れた時には、既に親父は息を引き取っていた。その死に顔はとても安らかなもので、何かに満たされたかのような、清々しさを感じさせる穏やかな死に顔だった。

 私はすぐに葬式を執り行い、葬式には親父と親交のあった人間が幾人か参列し、別れの言葉を述べて言った。

 一方で喪主の私には誰も近寄らず、此方を見ながらヒソヒソと小声で話しており、居心地の悪さを感じながらも葬式を最後まで全うした。

 

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから五十年後、早苗がこの世を去った。享年六十八歳だった。

 早苗が若い頃はよく会って話す事もあったが、年老いてからは空も飛べなくなって寝たきりになってしまい、その頻度が徐々に減って行ってしまった。

 私も定期的には顔を見せていたものの、最後の方は私を私と認識出来なくなるくらい老いてしまい、彼女の若い頃を知るだけに余計悲しかった。

 守矢神社で執り行われた早苗の葬式には、人里の人間達が多く詰めかけて涙を流しており、「ああ、早苗は里の人達から愛されていたんだな」と、感極まる思いを感じた。

 ……人間の友人はこれで全員死んでしまった。ああ、悲しい。

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから、とうとう百年が経つ。

 流石に百年も経つと記憶が記録になってしまい、良くも悪くも人間への接し方、感じ方が変わってしまった。

 幻想郷の勢力も大きく変わり、最早、昔とは状況が大きく違っていた。

 しかしこの年に、いつ終わるかも分からない、先の見えない研究に一筋の光が差し込む。天啓ともいうべきか、神がかり的な閃きが私の中に降りて来たのだ。

 

(こんなチャンスはもうないかもしれない。当分、集中していかないとな)

 

 私はパチュリーとアリスにしばらく会えないかもしれない旨を伝え、自宅に完全に引き篭もって研究の日々を重ねていった。

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから百二十年後。

 失敗が重なり、私は頭を抱える。

 度重なる実験の影響で、私の自宅近辺は火事で焼け落ちた後のように、草木も生えず真っ白になっている。

 あと一歩、あと一歩の所まで来てるのに――!

 

 

 ――時間移動の研究を開始してから百三十五年後。

 うっかりブラックホールを生成してしまい、危うく幻想郷が消し飛び掛ける事態になり、紫にこっぴどく怒られてしまった。

 でもこの実験のおかげで、私は時間移動の手ごたえを強く感じた。完成は近いかもしれない。

 

 

 ――時間移動の研究の開始から百五十年後。

 自宅に引き籠る事五十年、とうとう私は時間移動の謎を解き明かす事に成功した――。



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第8話 研究の完成

 西暦215X年9月15日――

 

 

 

「やった、ついに完成したぜ!」

 

 時間移動の法則、時間の理を解き明かした私は、机の上に散乱している書類が舞う事も構わず、椅子から立ち上がって大きくガッツポーズをする。苦節百五十年、強い達成感と歓喜の気持ちに満ち溢れ、長年の努力が実を結んだ瞬間だった。

 私が開発した時間移動魔法――名づけて【タイムジャンプ】。文字通り過去や未来へ時間を移動する魔法だ。

 時間移動に掛かる移動時間は僅か一分程度、行ける年数は無制限。やろうと思えば恐竜がいた時代、地球が太陽に呑みこまれる何億年もの先の遠い未来にまで移動出来る。

 さらに凄い所は大規模な儀式や生贄・対価が必要なく、中程度のマナと頭の中で何年何月何日何秒と時間を指定するだけで跳べてしまうかなりお手軽な魔法である所だ。

 敢えて欠点を挙げるとすれば、空間座標の指定が出来ない事くらいだ。

 

「後は成功するかどうかだな。まずは五分前に飛んでみる事にするか」

 

 流石に初タイムトラベルで、いきなり長時間の時間移動は怖いので、短い〝時間″を設定する。

 私は壁掛け時計を見て、現在時刻【午後1時5分】を確認した後、一度外に出てから魔法を発動させる。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時!」

 

 胸の高鳴りを感じながら宣言した瞬間、足元に自分の両手を伸ばした大きさくらいの歯車魔法陣が現れ、そこから発せられる光が私を包み込む。

 

「うっ」

 

 その眩しさに目を閉じ、光が収まった頃に目を開く。

 

「成功……したのか?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡せば、そこは自宅の扉の前。窓からそっと中を覗いてみれば、机に向かいながら完成間近のタイムジャンプ魔法の最終調整をしてる〝私″の後ろ姿があった。

 

(私がいる!? って事は成功したんだな!)

 

 私は思いっきりガッツポーズを取るが、すぐに冷静になる。

 

(っと、喜ぶのもいいけど、私の体に問題は出てないか?)

 

 私は自分の体にスキャンを掛けて、どこか異常が出ていないかチェックする。手足はしっかり動くし、眼も良く見えている。記憶もちゃんと残っているし、体内に流れる魔力も問題ない。

 

(よし、どこにも異常なし! 完璧に成功したな! 私の理論は完璧だった!)

 

 そう喜んでいた時、過去の私が急に立ち上がり『やった、ついに完成したぜ!』とガッツポーズしてる姿が見えた。

 

(やばっ、隠れないと!)

 

 この後の行動を予測した私は、急いで自宅の横側の壁、玄関の扉を開けた場所からは死角になる位置に隠れる。

 それからすぐに玄関が開く音がし、足音が聞こえた後『行先は西暦215X年9月15日、午後1時にタイムジャンプ!』の言葉と同時に辺りは閃光に包まれる。

 その光が収束した後、私は顔だけ出して誰もいない事を確認した後に、そこから出た。

 

「ふう、危ない危ない。こんな些細な事でタイムパラドックスを起こしたら敵わんからな」

 

 私が午後1時5分で跳んだ際には、過去に戻っていた〝未来の私″には気づいていなかった。自分の記憶に入れ違いがあるような事は可能な限り避けなければならない。

 私は自宅の扉を開いて中に入り、まだ温もりが残っている机の椅子に着席した。

 

「さて、次は未来に飛べるかどうかなんだが……」

 

 私は壁掛け時計を見上げる。時計の短針と長針は、それぞれ1と2を指していた。

 

「そうだな、10分後に飛ぶか。――タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時20分!」

 

 座ったまま宣言した直後再び光に包まれ、それが収まった頃にゆっくりと目を開く。

 

「成功したのかな」

 

 眼を開いた先には散らかり放題の机があった。さらに目線が低く、お尻と背中に柔らかいクッションが当たっている感触がある事から、椅子に座った状態なのだとすぐに理解する。

 

「おう、間違いなく成功してるぜ」

「!?」

 

 振り返った先には、何と〝私″がいた。

 

「わ、私!?」

「正確に言うと、お前から見て10分後の私だ。何なら時計も見てみろ」

 

 サムズアップしながら答える未来の私から目線を外し、カーテンが閉められ薄暗くなった部屋の壁掛け時計を見上げてみれば、午後一時二十分を表示していた。

 

(未来に行けたか! 良かった良かった、私の魔法は完璧だな)

 

 心の中で安堵した後、私は後ろに立っている〝10分後の私″を見据える。自分をこうして客観的に見るのは、鏡で見る時とは違って不思議な感じがするが、それよりもまずは言いたい事があった。

 

「なんで私を待ち構えているんだよ!? タイムパラドックスが起きたらどうすんだ!」

 

 そんな私の苦情を予測していたかのように〝10分後の私″はこう返した。

 

「お前が10分前に戻った時に、今の私が話している事と同じ行動、同じ言葉を喋れば大丈夫だろ」

「む、言われてみれば」

「それにな、同一人物が出会う事でおかしなことが起こらないか、念には念を入れて確かめてみたかったんだ。でもお互いに何も起こってないみたいだし、これで私の研究が正しいことが実証された」

 

(成程ね)

 

 満足そうに頷く〝10分後の私″の言葉に、私はすぐに意図している事が理解できた。

 

「さあ、実験は成功しただろ? ほら、さっさと帰った帰った」

「なんでそんな偉そうなんだよ……まあいいけどさ」

 

 しっし、と追い払うように邪険な行動を取る〝10分後の私″に呆れながらも、私は元の時間に戻るべく、タイムジャンプ魔法を発動させる。

 

(む、待てよ。ちょうど〝10分前″だと被る恐れがあるな。少し時間をずらすか)

 

 ピッタリ午後1時10分に跳ぶと、もしかしたら時間移動する前の自分に出くわしてしまうかもしれない。無駄なタイムパラドックスを避けるためにも、戻る時間をずらした方が賢明だろう。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時11分!」

 

 眩い光と共に元の時間の一分後に戻った私は、九分後に備えてカーテンを閉めて椅子の後ろに移動し準備をする。

 そして午後1時20分になったと同時に、目の前に歯車の形をした魔法陣が出現し、〝過去の私″が現れる。

 

(ふーん、こうなるのか)

 

 その後私は、一字一句同じ言葉と同じ仕草をし、〝過去から来た私″を送り返す事に成功すると、私は大きく息を吐く。

 

「ふう、何だかどっと疲れたぜ。なるべくもう〝自分″に出会わないようにしよう。頭がこんがらがりそうだ」

 

 続いて私はさらに呟く。

 

「――さて、実験も成功した事だし今すぐ霊夢に会いに行ってもいいんだが、一応アリスとパチュリーには挨拶をしておくかなぁ。もしかしたら、永遠の別れになるかもしれないし」

 

 私の頭の中には、何かと世話になった彼女達の顔が浮かんでいた。未来が変わってしまえば、自分の存在が消えてなくなる事も否定は出来ない。

 

「ついでに150年前に借りた魔導書も返しに行くか。どこへやったかなぁ」

 

 私はごそごそと家探しを行い、やがて探し物を見つけ机の上に置き、風呂敷に包む。続けて机に無造作に積まれた本の一番上にある、一冊のルーズリーフを手に取った。

 

「これどうしよっかなぁ」

 

 ここには時間移動の概要についてザックリと書かれているので、聡明で魔法が使える人間・妖怪ならば、私と同じ魔法が使えるようになってしまう代物だ。

 

「……焼却処分しておくか。好き勝手に時間移動されたら危険だ」

 

 私はキッチンに向かい、すっかりと蜘蛛の巣が張られてしまったガラス張りの食器棚の中から一枚のお皿を取り出す。それを机の上に置き、八卦炉でライターのような微弱な火を起こし、皿の上に置かれたルーズリーフに近づけていく――。

 が、触れる寸前に私は火を消してしまう。

 

「駄目だ。やっぱり、燃やす事なんて出来ない」

 

 このルーズリーフは私の150年の研究成果。血と涙の結晶を燃やしてしまうなんて不可能だ。

 

「とりあえずこれをどうするかは保留だな。後回しにしよう」

 

 私はエプロンドレスの内ポケットに仕舞い込む。

 

「よし、それじゃ出かけよう。こっからだと近いのはアリスの家かな」

 

 私は風呂敷を持って玄関の扉を出て、魔法の森を飛んで行った。



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第9話 別れ

 アリスの自宅に到着した私は、扉をノックしながら呼びかける。

 

「お~い、アリスいるかー?」

「その声は魔理沙!? ちょ、ちょっと待って!」

 

 何やらドタバタとした音が中から聞こえ、ほどなくして扉が開きアリスが現れた。

 

「よお」

「やっぱり魔理沙じゃない! 久しぶりね~! 重力異変を起こした時から数えると、大体15年ぶりかしら?」

「あー、もうそんな時間が経ってたのか」

 

 花が咲いたような笑顔のアリスに、私は自然体のまま答える。毎日机に向かい、変わり映えのない日々を送っていた私にとって、15年の時間はつい1年くらい前という感覚しかなかったので、客観的に言われると少し驚く。

 

「ここで立ち話するのもなんだし入って入って! 今パチュリーも来てるのよ!」

「お、そうなのか?」

 

 アリスにリビングルームへと案内されると、彼女の言葉通り、まったりとティータイムを楽しむパチュリーの姿。彼女は私の存在に気づくと、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「あら、随分と久しぶりな顔がいるわね」

「お前も相変わらず変わってないな」

 

 ここにいるアリスやパチュリーもそうだけど、何年経っても全く姿形が変わらないものだから、150年という時間が経過している事を忘れてしまいそうになる。

 

「ささ、座って座って。今お茶を入れるわ」

「おお、ありがとなアリス」

 

 台所へと向かっていったアリスを見送り、私はパチュリーの左側、窓際の席に座る。そして持って来た風呂敷を丁寧にパチュリーの前に置いた。

 

「これ、お前から借りていた魔導書な。ありがとさん」

「この本を今返すという事は……もしかして!」

「おっと、その話はまた後でな」

 

 私は指を口に手を当てるジェスチャーをする。

 

「紅茶出来たわよー」

 

 ちょうどその時、アリスが台所から現れ、二体の人形を器用に操りながら、紅茶の入ったティーカップを私の前に置いた。

 私はそっとティーカップを口に持っていき、紅茶を口に含む。爽やかな果実の香りと程よい酸味が口一杯に広がり、乾いた喉を潤した。

 

「うーん、美味しいなあ。前よりも腕を上げたんじゃないか?」

「分かる? 今淹れたのはアールグレイという紅茶なのよ。最近紅茶に凝っていてね、他にも色々な茶葉があるの」

「今日もアリスにお茶に誘われちゃってね、はるばるここまで来たのよ。私は家で読書してる方が良いんだけどね」

「パチュリー、たまには外に出ないと健康に良くないわよ?」

「お前相変わらず引き篭もってたのかよ」

「うるさいわね、そんなの私の勝手でしょ」

「そういえばレミリアは元気か? 前会った時はまだ暗かったが」

「最近になって、やっと明るくなってきたわね。少し気持ちが晴れてきたみたい」

「そういえば咲夜が亡くなってからもう140年経つんだっけか。死してもなお主人に想われるなんて果報者だな」

「そうねぇ。でもそれだけ時間が経ってるのなら、いい加減心の整理を付けても良さそうなものだけれど」

「貴女達は元人間だから分からないかもしれないけど、私やレミィのような生まれながらの妖怪はね、〝肉体″よりも〝精神″の比重が大きいのよ。だから、一度大きく精神を乱されると立ち直るのにかなりの時間を要するわ。ましてや、身内の死ともなると……ね」

「まあその気持ちは痛いほど分かるぜ。身近な人間――親しい人の死というのは、思った以上に心にくるからな」

 

 レミリアにはなるべく早く元気になって貰いたいものだ。

 

「ところで魔理沙はどうしてここへ?」

「実はとうとう私の研究が完成してな。タイムトラベルする前にお別れを言おうと思ってここに来たんだ」

 

 その言葉にアリスとパチュリーは驚愕する。

 

「えーっ! とうとう完成したの!? 凄いじゃない!」

「とてもじゃないけど、信じられないわね。それ本当?」

「失礼だな! 実際に私は時間移動したんだぞ!」

「わあっ! ねね、実際にやってる所見せてよ!」

「私も非常に興味があるわ」

「分かった分かった」

 

 少し興奮気味のアリスと、珍しく目を輝かせているパチュリーに頷くと、私は部屋の片隅に置かれている振り子時計の時刻を確認する。

 

「えっと今の時刻は【午後1時50分】か。ちょうどいい。アリス、パチュリー、あっちを見てくれ」

 

 振り子時計の隣に空いた空間を私は指を差す。

 その直後、例の魔法陣と共に、未来から来た〝私″が姿を現した。

 

「「!」」

「お~お~驚いてる驚いてる。ははっ、ほーらこの私がここに居るのが証拠だぜ?」

 

〝未来の私″が愉快そうに喋るが、アリスとパチュリーは彼女に視線を固定したまま、唖然としていた。

 

「それじゃあ私は華麗に去るぜ! じゃあな!」

 

 指をパチンと弾くと同時に、彼女はその場から掻き消えた。

 

「な~んかあの〝私″は妙にテンション高いな。咲夜みたいなことしやがって」

 

 頬杖をついてぼやくその一方で、アリスは興奮していた。

 

「凄いっ、ありえないモノを見たわ!」

「へぇ~やるじゃない。噓じゃなかったのね」

「まあな。名付けてタイムジャンプ魔法、私の自信作なんだぜ」

 

 アリスとパチュリーの賞賛に私は胸を張る。

 

「それでな、私はこれから150年前に飛んで当初の目的を果たそうと思うんだ」

「当初の目的って確か……あ~霊夢のことね。懐かしい名前だわ」

 

 遠い昔を思い出すように、アリスはしみじみと話していた。

 

「……そう。魔理沙、この150年間色々なことがあったけど、貴女と出会えたことに感謝するわ。またいつかどこかで会えるといいわね」

「――はっ、まさかお前からそんな言葉が聞けるなんてな。明日は雪が降りそうだ」

 

 普段はいつも物ぐさな態度のパチュリーから、真っ直ぐな言葉を聞けたことに、私は思わず感動してしまった。

 しかしアリスは私達の会話に疑問を抱いたようで、私達を見渡した。

 

「ちょ、ちょっと。なんでそんな今生の別れみたいな挨拶してるのよ? またこの時間に戻ってくればいいじゃない」

「それはな――」 

「魔理沙はね、博麗霊夢を助けるという理由で魔法使いになったのよ。だけど、ここにいる魔理沙が博麗霊夢の自殺を防いだらどうなると思う?」

「え? んーと………………。っ! そういう、事ね」

 

 少し考え込んでいたアリスはパチュリーの含みある言葉の意味に気づき、青ざめた。

 

「そう、博麗霊夢の自殺という事実が消える事で、魔理沙が魔法使いになる動機が無くなってしまうのよ。人間が150年も生きるのは不可能。それに加えタイムパラドックスが発生してしまうから、もしかしたら博麗霊夢を助け出した瞬間に世界からその存在を消されてしまうかもしれないわね」

「そういう事だ。パチュリー案外詳しいんだな」

「伊達に数百年図書館に引き篭もっているわけじゃないわ。七曜の魔女を舐めないでちょうだい」

「ははっそうだな。思い返してみれば、これまで色々と世話になったな。私からもお礼を言うよ。ありがとう」

「……そんなの今更過ぎるわよ」

「ねえ魔理沙、自分が消えちゃうかもしれないのにそれでも行っちゃうの?」

 

 不安げな表情のアリスに、私はこう答えた。

 

「悪いな、私はこの為に今まで生きてきたようなもんだ。だから、霊夢を救うことさえできればこの世に未練はないんだ」

「でも……」

「それにまだ死ぬと決まったわけじゃない。この世の全てを解明した訳じゃないが、意外と世界ってのは柔軟に出来ているもんだぜ」

「うん……」

「…………」

 

 アリスはいまいち意味が分かっていないようだったが、パチュリーは私の言外の意味を感じ取ったようだ。

 

「んじゃ私はそろそろ行くよ。あまり長居すると気持ちが揺らいでしまいそうだ」

 

 私はすっくと立ちあがり、玄関へ向かって歩き出そうとしたが、ある事を思い出す。

 

「っとそうだ。きちんとアリバイを作っておかないと」

「アリバイ?」

 

 不思議そうな顔をするアリスを横に、私は振り子時計の隣へと歩いて行く。そして心の中でタイムジャンプ魔法を発動して、午後1時50分に遡り、例のセリフを告げて元の時間の30秒後に再び舞い戻った。

 

「おかえりなさい。もしかしてさっきの?」

「そういう事だ。なるべく早いうちに伏線は回収しておいた方がいいからな」

 

 アリスの問いに私ははっきりと頷き、改めて外に出る。

 

「それじゃ私は行くよ。二人とも元気でな」

「気を付けてね!」

「さようなら魔理沙。貴女の成功をここで祈っているわ」

 

 お見送りに来てくれたアリスとパチュリーに手を振り、頭の中で術式を組み立てる。脳内には次々と算式と魔法式が浮かび上がり、魔力のラインが体の中に駆け巡って行く。

 

「タイムジャンプ! 行先は200X年7月20日午後1時!」

 

 目の前が砂時計のようにだんだんと歪んでいき、光に包まれていく――

 

(眩し……!)

 

 私は眼を閉じ、魔法が収束するのを待った。

 



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第10話 運命の日①

 西暦200X年7月20日――

 

 

 

 強烈な光が消えていくのをまぶたの裏から感じ、恐る恐る目を開く。

 目の前にはアリスの家。

 ついさっきまでそこに居たアリスとパチュリーの姿は影も形もなく、さらに周囲の木々から聞こえるセミ達の鳴き声や、先程までの爽やかな秋風が夏の蒸し暑さに変化している事から、時間移動に成功したのはまず間違いない。

 

(でも一応確認しておくかな)

 

 意を決してアリスの自宅の玄関に立つと、ドアを思いっきり叩き続けた。

 

「アリスいるかー? いるなら返事しろー!」

「うるさーい! そんなにドアをバンバンと叩かないでちょうだい!」

「すまんすまん、ちょっと急いでたもんで」

 

 怒りながら家の中から出てきたアリスに、私はとぼけるように口を開いた。

 

「……はあ、全く。それで用は何?」

「今日は何年何月何日か分かるか?」

 

 呆れた表情のアリスに訊ねると一転して怪訝な顔になり。

 

「なんでそんな事聞いてくるの?」

「え? じ、実はカレンダーがどっかいっちゃってさー、分かんなくなっちまったんだ。アハハ……」

 

 咄嗟に言い訳を述べると、再び呆れた様子で。

 

「部屋の掃除くらい定期的にしなさいよもう。大体魔理沙はずぼら過ぎるのよ。前だって――」

「待った! 小言なら後でいくらでも聞くから、今は私の質問に答えてくれ!」

 

 小言が長くなりそうだったので、私はアリスの言葉を遮るように改めて問いかける。

 

「――200X年7月20日よ。これで満足かしら?」

「そうか……!」

 

(やった、長時間の時間遡行に成功した!)

 

 いよいよ念願が叶い、私は満面の笑みを浮かべた。

 正直な所こんなに長い時間を〝跳ぶ”のは初めてで不安だったけど、今のアリスの発言で吹き飛んでしまった。

 

「なんでそんな喜んでるのよ」

 

 急に笑顔になった私の様子にアリスは失笑していた。

 

「いやー助かったぜ。サンキュな! それじゃ私は行くぜ!」

 

 アリスに礼を述べ、私は博麗神社へ飛んで行く。

 

「えっ、本当にそれだけの用なの!? ――変な魔理沙ね」

 

 アリスの驚きの声を背に。

 

 

 

 

 

「よし、着いたな」

 

 私は今博麗神社の上空にフワフワと浮かんでいる。

 辺りに誰もいない事を確認したところで、そのまま神社の境内に降り立とうとしたが、行動に移す前に思いとどまる。

 

「そういえば今の時間だと過去の私に会っちゃうな。どこか隠れられそうな場所はないか?」

 

 私はキョロキョロと辺りを見回し、神社の傍の森に当たりを付け、そこへ降りる事にした。

 その後、気配を殺しながら慎重に縁側の手前の茂みまで移動し、こっそりと様子を窺う。

 過去の私と霊夢が、隣同士に座りながら会話している様子がはっきりと見え、自然と涙がこぼれてしまった。

 

(霊夢……! くっ、絶対助けてやるからな!)

 

 生きている霊夢に飛び出していきそうな気持ちをぐっと堪え、裾で涙をぬぐいつつ霊夢と過去の私の様子を注視する。

 

『おいおい、なんか今日はテンション低いな。もっといい反応を期待してたんだが』

『今はそんな気分じゃないのよねぇ。はぁ』

 

 それからも過去の私が色々話題を振っていくが、当の霊夢は記憶の通り無関心のようだった。

 

『なんだか霊夢と一緒に居るとこっちまで気分が暗くなってくるから今日はもう帰るぜ』

『あっそ。じゃあねー』

 

(ここで私が別れたからあんな事になったんだよな……この先何があったのか見極めないと)

 

 過去の私が箒にまたがって自宅の方角へ飛び去って行った後も、私は茂みに隠れたまま霊夢の様子を見守リ続けていく。

 霊夢は縁側に座ったまましばらく虚空を見つめていたが、ふと何かを思い出したかのように口を開く。

 

「『テンションが低い』か……参ったわね。しょうがないから、あの方法を試してみましょ」

 

 そう言って霊夢は懐から博麗の名が書かれた札を出し、右手に持ったまま詠唱を開始する。

 直後、霊夢の前の空間がチャックのように開き、八雲紫がスキマの中から現れた。

 

「霊夢、むやみやたらに結界を緩めるのはやめてって言ってるでしょ!」

「だってこうでもしないと来ないじゃない」

 

(へぇ、霊夢はそんな方法で紫とアポを取ってたのか。知らなかったぜ)

 

 私が心の中で感心している間も、2人の会話は続いていく。

 

「……はあ、もういいわ。それで私を呼び出した用って何?」

「ぐっすり眠れる薬とかない? 最近夜の寝つきが悪いのよ」

「あら、きちんと規則正しい生活を送っていれば自然と眠れるはずだけれど?」

「それでも治らないから困ってるんじゃない。いいからよこしなさいよ」

 

 霊夢が右手を差し出すと、八雲紫は呆れた様子で。

 

「……はいはい、そういう事ならこれを差し上げますわ」

 

 彼女がスキマから取り出したのは、睡眠薬と書かれたラベルが貼ってある1つのガラス瓶。

 蓋の部分がビニールで包装されており、中にはびっしりと白色の丸薬が詰め込まれていた。

 

「いい霊夢? 寝る前に一粒だけ飲むのよ? その中の薬を大量に飲んだら人間は死んでしまうからね? 気を付けなさいよ?」

「はいはい、分かったわ」

 

 そう注意喚起をして、八雲紫はすぐにスキマの中へと消えていった。

 そして一人になった霊夢は、もらった薬を懐にしまい、ぼんやりとお茶を飲んでいた。



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第11話 運命の日②

 それからもただただぼんやりとしていた霊夢は、日暮れの時間になった頃、何かを思い出したかのように立ちあがり、神社の奥に入って行った。

 私は一旦観察をとりやめ、今まで見てきた霊夢の様子から彼女についての考察を始める。

 

(なんか、ただぼうっとしてるだけだったな。やっぱり調子が悪いのかな? 時間的に多分夕食を作りに行ったんだと思うけど……。これからどうしようか。いっその事睡眠薬を盗んでみるか?)

 

 しかし私はその案をすぐに却下する。

 

(いや、ダメだ。確か寝つきが悪いと言っていたな……。例えこの場で盗んでも、根本的な解決にはならない)

 

 後日霊夢が再び紫に睡眠薬を要求するかもしれないし、もしくは永遠亭で別の薬を貰ってくるかもしれない。

 

(他の手段は……)

 

 私の魔法で眠らせる、アリスか早苗に霊夢の様子を見てもらう――等幾つかの手を考えるも、どれもいい解決策とは思えない。

 

(こうなったら最後の手段を取るしかないか? でもなぁ)

 

 最後の手段とは、今の私が霊夢に会って問題を直接聞くという方法だ。

 しかし私はその方法には消極的だった。

 なぜならここで直接会ってしまう事で、未来がさらに悪い方へ変わってしまうのを避けたいからだ。

 参考にした魔道書には、『人間関係を変えてしまう事で未来が変わる』『本来会う筈のない人間が出会う事で、時間軸に多大なる影響を及ぼす』等と書かれていた。

 それにもしこれが失敗してしまったら、〝私″の存在によって霊夢の救出が一層難しくなってしまう。

 

(どうしようかな……)

 

 そう悩んでいた時、大昔に言われたレミリアの言葉がフラッシュバックした。

 

『貴女は将来大きな決断を迫られる事となるでしょう。その時が来たら自分の心に従い、後悔のない選択肢を取りなさい』

 

(大きな決断……多分ここだ! よし、こうなりゃ当たって砕けろだ。失敗したらその時に考えればいい!)

 

 決意を強めた私は、意を決して茂みから飛び出し、神社に近づいていった。

 

「れ、霊夢ー、いるかー!」

 

 心臓が口から飛び出そうな程バクバクしている中、努めて冷静に呼びかけたのだが、返事がない。

 

(んー? おかしいな。さっきは確かに居たはずなのに)

 

 私は靴を脱いで揃えた後、居住空間へと入っていく。

 

「霊夢ー、いないのかー?」

 

 そう言いながら奥の部屋の襖を開けた先には、畳の上に仰向けのまま倒れている霊夢の姿があった。

 

「!」

 

 私は急いで傍に駆け寄って声を掛ける。

 

「おい霊夢! 大丈夫か!?」

 

(まさか間に合わなかったというのか……?)

 

 そんな焦燥感があったが、幸いなことに霊夢からかすかに返事が返って来た。

 

「魔理沙……? どうしてここに……?」

 

 私は咄嗟に思いついた理由を口にする。

 

「今日のお前は様子が変だったから心配になって戻ってきたんだよ。それより大丈夫か?」

「ご飯作ろうと思ったんだけど、やる気が出なくてねー……、それで寝転がってたの」

「……重症じゃないか。私が作るからそこで待ってろ!」

 

 私は霊夢を寝かせたまま、台所へ向かった。

 

 

 

 神社にあった食材を使い、手早く野菜炒めとご飯と味噌汁を作った私は、霊夢の元へと持っていきちゃぶ台に並べた。

 

「できたぞ! ほら食べるんだ!」

 

 野菜炒めを箸で掴み、未だに寝転がっている霊夢の顔の手前にまで持っていくと、のそりと起き上がりながら。

 

「ちょ、ちょっと、そんな急かさないでよ」

「なんなら私が食べさせてやろうか? ほら、あーん」

「ひ、一人で食べれるから!」

「おかわりもあるからな。しっかりと食えよ!」

「わ、分かったってば」

 

 そんなやりとりをした後、霊夢は私の作った夕食を食べ始めた。

 余程お腹が減っていたのか、5分もかからずに綺麗に平らげた。

 

「ふう、ご馳走様。ところであんたの分はどうしたの?」

「私はいいよ。お腹減ってないし」

 

(それにもう食べる必要もないしな)

 

「ふーん……」

 

 霊夢は私をじろじろと見つめていたが、それ以上追及する事は無かった。

 そして私は、あの時から一番気になっていた事を訊ねる。

 

「それよりも霊夢、一体何があったんだ? 今日ずっと気分が沈みこんでいたじゃないか? 私に相談できない事なのか?」

「……なんでもないわよ」

「なんでもないわけないだろ! 現に私が見に来た時倒れていたじゃないか! それに睡眠薬なんか持ってるし! ……それとも私には教えてくれないのか? 私は霊夢の力になりたいんだ……!」

「……どうしたの魔理沙? いつもと様子が違うわよ?」

「いいから教えてくれ! 頼むよ……! この通りだ……!」

 

 怪訝そうな表情の霊夢に対して私は手を合わせ、必死に頼み込む。

 その願いが通じたのか、霊夢は少しの間逡巡した後。

 

「――笑わない?」

「ああ」

「それじゃ話すわね」

 

 霊夢はぽつぽつと話し始めた。

 

「最近ね、毎日のように悪夢を見るの……」

「悪夢だって?」

「その夢の内容は、いつも深い深い闇へと落ちていくの。必死に逃れようともがいても逃げられなくてね、その闇の中では恐ろしい事が起こるのよ」

「恐ろしい事って?」

「それがね、いつも思い出そうとしても全く駄目なの。只々怖いって感情だけが残っていてね。朝起きたら体中が汗でびっしょりになってるの。そのせいで最近は寝るのが怖くてね……」

「そうだったのか……。いつからなんだ?」

「3日前からなのよ」

「3日前か……」

 

(ここはもう少し情報がほしい所だな……)

 

 私はさらに質問を重ねていく。

 

「何か悪夢を見る心当たりというのはないのか?」

「心当たりと言われてもねえ……? いつもは何となく原因がわかるんだけど、今回に限って勘が全然冴えないのよね」

「うーん」

 

 霊夢の勘はもっぱら当たる事で有名なのに、それが働かないとなると……。

 

(一度3日前に戻ってみるか? だけど……)

 

 私の隣にいる霊夢は、一見いつものように澄ました顔をしているが、僅かながら手が震えているのが目で見て分かった。

 

(これは放っておけないな)

 

「よし、決めた。今夜は私が傍で見守ってやる」

「え?」

「隣に誰かいたら安心して眠れるだろ? 霊夢の様子がおかしかったらすぐに起こしてやるよ」

「――分かった。お願いね」

 

 私の提案に霊夢は少し驚いた様子を見せていたが、素直に提案を受け入れてくれた。



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第12話 運命の日③

「ねえ、じっと見られていると眠れないんだけど」

「何かあったら大変だろ? 霊夢の監視だよ」

 

 現在時刻は22時00分。寝る時間となった為に、霊夢は寝巻に着替え、押入れから取り出した布団を畳に敷いて横になっていた。

 私が寝る為の布団もそばに敷いてあるが、もちろん眠る気などさらさらない。壁に背を預けながらあぐらをかくように座り、じっと霊夢を見ていた。

 

(こういう時魔法使いって便利だよなぁ。そういえば初めて徹夜した時、疲れが全くなくて驚いたこともあったっけ)

 

 遠い昔の記憶を思い起こしていた時、枕元に置かれている睡眠薬入りの瓶を開けようと布団から手を伸ばしている霊夢の姿が見えたので、私は釘を刺す。

 

「霊夢、その睡眠薬は飲むなよ?」

「えーなんでよ? 私最近眠れないって言ったはずだけど?」

「そんなものに頼ったら、起きたいときに起きれなくなるだろ? 悪夢が覚めなくなったらどうするんだ」

「んーそうね。分かったわ、飲まないことにする。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 霊夢は部屋の灯りを消して、目を閉じた。

 暗くなった部屋の中を月の光が淡く照らし出す。

 

(さて、と)

 

 私は辺りの警戒をより一層強めていった。

 

 

 200X年7月21日――

 

 

 

 現在の時刻は日付変わって7月21日の午前2時、俗に言う丑三つ時だ。

 先程まで聞こえていた鈴虫の鳴く音や、謎の鳥の鳴き声などがピタリと止まり、草や木の葉の擦れる音や、川のせせらぎが微かに耳に聞こえて来る。

 そして肝心の霊夢は、現時点では安らかな寝顔ですやすやと眠っている。

 

(今のところ周りで何か変わった事が起きた様子はないな。……にしても、気持ちよさそうに寝てるなあ。思えば霊夢の寝顔って、小さいとき以来見たことがなかったな)

 

 子供の頃はよくお泊り会をやっていたのだが、成長してからは、だんだんとその機会がなくなっていってしまった。

 

(懐かしいなあ。おねしょをしちゃった時どっちがやったかで大ゲンカしたっけ。結局一緒の布団だったから犯人は分からずじまいだったな)

 

 そんな幼少の頃の思い出に耽ってると、突然霊夢が苦しみだした。

 

「……ぅぅぅぅ」

 

 顔は苦悶の表情に溢れ、額には汗が滲む。

 

「霊夢! おい! 霊夢!」

 

 私は眠る霊夢を揺さぶりながら必死に声を掛けるものの、うめき声を上げたまま起きる気配はない。

 

「また落ちる――! もう嫌――! 誰か助けて…………!」

「! 霊夢起きろ!」

 

 私は薄生地の掛け布団をひっぺ返し、無理やり上半身を起こした後に肩を大きく揺さぶる。

 そんな荒療治が功を奏し、霊夢ははっと目を覚ました。

 

「ここは……」

「大丈夫か霊夢! お前凄い辛そうだったぞ!」

「魔理沙……魔理沙っ!」

 

 私の顔を見て安心したのか、霊夢が泣きそうな顔でしがみついて来た。

 

(!?)

 

 思いも寄らぬ行動に私は一瞬動揺しながらも、霊夢が落ち着くのを待った。

 

「……落ち着いたか?」

「うん……」

「……何か分かったか?」

 

 霊夢は私を見上げる。

 

「……今ならはっきりと思いだせる! でかいカバ見たいなやつが急に私の夢に出てきて、そいつが暗闇の中へ私を引き摺り込もうとするのよ!」

 

 そう叫ぶと、外の繁みからガサリと物音が聞こえて来た。

 

「追うわよっ!」

 

 霊夢はすぐに私から離れて、枕元に置いていたお祓い棒を手に取り、一目散に音のする方へと飛んで行く。

 私も後を追って飛び出していくと、繁みから全身が黒い影のようなモヤに覆われた、カバのような形の妖怪を見つけた。

 

「あんたね! 私に毎晩毎晩悪夢を見せていたのは!」

 

 霊夢はビシっと指を突きつける。

 するとそのカバっぽい形の妖怪は、野太い声で「……ちっ、バレたか! 後少しで博麗の巫女を殺れたものを! こうなったら仕方がない。今ここで葬り去ってやらあ!」と激昂して、霊夢に飛び掛かっていく。

 

「っと」

 

 霊夢が攻撃を避けた後、私は前に出て「助太刀するぜ!」と、その妖怪に向かって魔法弾を1発ぶちこむ。

 

「ぐおっ」

 

 急所に当たったその一撃で妖怪の動きが鈍り、攻撃するには絶好のチャンスとなった。

 

「今だ、霊夢!」

 

 私が叫ぶと同時に、霊夢の懐から妖怪退治用のお札が飛び出し、その妖怪に貼りつく。

 

「これでトドメ!」

「ギャアアアアアァァァァ!」

 

 札が貼りついた場所にお祓い棒を振り下ろし先端部分が命中、カバっぽい形の妖怪は断末魔の雄たけびをあげながら消滅した。

 

「ふう」

「お疲れさん」

「ありがと。――にしても、まさか人の夢の中に入って来る妖怪がいるなんてね。迂闊だったわ。もっと結界を強くしないとダメね」

 

 そう言いながら霊夢は再び懐からお札を取り出し、縁側の軒下の庇部分に貼りつけ、口頭で詠唱していった。

 恐らく〝悪意を持った妖怪″を避ける結界の効果をより強くしてるんだろう。

 

「……よし! これで大丈夫ね」

「本当に大丈夫か? もう今回みたいな事は起きないだろうな?」

 

 念を押すように訊ねると、霊夢は自分の胸をドンと叩き「これなら大丈夫よ。私の腕を信じなさい!」と明快に答えた。

 

「……そっか。ならいいんだ」

「今回は魔理沙のおかげで無事解決できたわ。もし私だけだったらどうなっていたことか……。ありがとうね!」

「お、おう。解決できて良かったぜ」

 

 霊夢は弾けるような笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べていたが、私は照れ臭くなってしまい顔を背けてしまった。

 

「さ、無事に解決したことだし寝ましょうか。ふわぁ、今日はいい夢が見れそうねえ」

 

 大きなあくびをしながら霊夢は神社の中へと戻っていく。

 

「念には念を入れて朝まで見張っておくぜ。その方が安心だろ?」

「そう? それじゃ悪いけどお願いするわね♪」

 

 霊夢は再び布団に戻って眠りにつき、私も近くで見張りを再開する事にした。

 

 

 

 

 

 現在時刻は午前7時。今日も雲一つない青空で、太陽が照らす日の光が夜の涼しい空気を温め始め、これから暑くなる事間違いなし。

 朝まで見張っていたが、結局霊夢が再度うなされることはなく、終始穏やかな表情で眠っていた。

 

(ここ最近まともに眠れていなかったみたいだからな……良かったぜ)

 

 やがて霊夢がゆっくりと起きてきた。

 

「おはよう霊夢」

「ふあ~、おはよう魔理沙ー」

 

 霊夢は目をこすり、大きく欠伸をしていた。

 

「ずっと見ていたけど穏やかな顔で寝てたぜ。霊夢の方はどうだった?」

「うん。悪夢は見なかったわ。今日は久々にすがすがしい気持ちで起きれた」

「そりゃ良かったぜ。――さて、霊夢の問題も解決したことだし、私はそろそろ帰ることにするぜ」

「えーもう帰っちゃうの? 朝ごはんくらい食べていきなさいよ?」

 

 帰ろうとする私を霊夢が引き止めるが、私は「ごめんな、霊夢」とやんわり断る。

 霊夢の気持ちは私にとってとても嬉しいことだけど、あまり長居しすぎて〝私"が二人いるのが他の幻想郷の住人にばれてしまうのはあまり好ましい事ではない。

 ただでさえこの神社は妖怪が集まりやすいのだ、文屋の天狗にでも見つかったら色々と面倒くさい。

 それに、もう霊夢とは二度と会えないのだから、これ以上愛着が湧いてしまうと、別れるのがますます辛くなってしまう。

  

「……そう、残念ね」

 

 私の気持ちを察してくれたのか、霊夢はそれ以上私を追求することはなかった。

 私はすぐに立ち上がり、歩き始めようとしたところで足がもつれて転んでしまう。

 

「いたっ」

 

 咄嗟に手を付いて受け身を取ったので頭を打つことはなかったが、足をぶつけてしまった。

 

「大丈夫?」

「ちょっと足がもつれただけだから大丈夫だ」

 

 私は再び立ち上がり、今度は転ばないよう慎重に歩いて縁側に辿り着き、そこから靴を履いて外に出る。

 霊夢も寝巻姿のまま見送りに着いて来てくれた。

 

「別れる前に一ついいか? 今日私が霊夢の神社に泊まっていた事はここだけの秘密にしておいて欲しいんだ」

「どうして?」

「……あまり言いふらされるのは恥ずかしいからな。私も次会った時は知らんぷりをするから、霊夢も頼むよ」

「ふ~ん、魔理沙も照れ屋なのねぇ、いいわ、黙っていてあげる」 

 

 適当な言い訳だったけど、霊夢はニヤケながら了承した。

 

「助かるぜ。それじゃ霊夢――さよなら」

「またね魔理沙~!」

 

 私は帰る間際、微笑みながら手を振る霊夢の姿を、何度も振り返りながらしっかりと目に焼き付け、魔法の森に飛んで行った。

 そして自宅やアリスの家とは程遠い森の中に着陸し、大きく深呼吸をして息を整える。

 

「さあ帰るぞ。覚悟を決めろ、私」

 

 霊夢を救い出せたのだから未練はないが、私の存在が消失するかもしれないという思考が、じりじりと追い詰める。

 

「ふうーーー。よしっ!」

 

 大きく深呼吸をした後、意を決して魔法を発動する。

 

「っ【タイムジャンプ】! 時間は、西暦215X年9月16日午前11時!!」

 

 足元に歯車模様の魔法陣が出現し、視界に見える全てが渦巻いていく。

 私はそっと目を閉じ、魔法の終了を待った。




2020/6/20 追記

本文中で霊夢が「まさか人の夢の中に入って来る妖怪がいるなんてね」と言っていますが、作中の200X年7月21日時点では原作の東方神霊廟までしか起きておらず、東方紺珠伝の異変はまだ発生していない為、ドレミー・スイートとの面識はありません。

2021/9/24 追記

また今回の話で霊夢が退治した妖怪はドレミー・スイートではなく、あくまで夢の中に入り込む能力を持つ無名の妖怪(オリジナルキャラ)です。
ドレミー・スイートが霊夢の死に関与した事実は一切ありません。


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第13話 暗示

 ――西暦????年?月?日――

 

 

 

(ん……)

 

 タイムジャンプを発動してから体感的には5分以上経過した頃、いつまで経っても魔法が終わる感触がなく、不思議な浮遊感を覚え目を開く。

 

(んなっ……!)

 

 視界の先には、鬱蒼と茂った魔法の森ではなく、地平線の果てまで何もない大地と空が広がっていた。

 空は漆黒に染まり、アナログ時計・デジタル時計・日時計・振り子時計・機械時計等のありとあらゆる種類の時計が無数に浮かび上がっているが、その全てが違う時刻を指しており、どれが正しい時刻なのか分からない。

 大地もまた墨汁で黒く塗りつぶされたような色をしていて、地面から少し浮かんでいる私を中心に、放射状に白く塗られた細い道が伸びていて、その果ては見えない。

 さらに今いるこの謎の空間は、体内を流れる血流音や心拍音、耳鳴りが聞こえてしまうくらいに静寂で、人っ子一人、いや、生物が生息している気配すらない。

 

(なんだここ!? 一体何がどうなって――!)

 

 叫びかけた時、私は声が出せず、首から下が全く動かせない事に気づいた。

 さらにこの空間の中は、世界の法則自体が幻想郷とはまるで違うらしく、魔法を発動しようとしてもなぜか不発に終わってしまう。まさに八方塞がり、万事休す、四面楚歌だ。

 

(動けないなんて……どうすれば)

 

 再び四方を見渡してみるも、現状を打破出来そうな種や仕掛けもなく、どんどんと不安な気持ちが募って行く。

 

(これが……これが時間移動をした者の末路なのかな……。こんなわけのわかんない所を、私は永遠に漂い続けるのか……?)

 

 悲観した気持ちに浸っていたその時、大地が大きく揺れ始める。

 

(な、なんだ!?)

 

 見ると大地がひび割れ、360度無数にあった白い道が次々と崩落していく。

 同時に宙に浮かぶ無数の時計の針も滅茶苦茶に動き出し、その音がこの世界に反響していく。

 

(何が起こっているんだ……?)

 

 今の状況を理解出来ず唖然としている最中にも、地鳴りをあげながらどんどんと大地は崩れていき、ついには目の前に二本の道のみが残されていた。

 すると今度は、その場に漂うだけだった私の体が何かの意思によって後ろからゆっくりと動かされて、その分岐路で再び静止する。

 

(これは……どちらかを選べってことなのか?)

 

 だがその予想に反し二本の内の片方の道も崩壊してしまい、残る道は一つだけとなった所で、示し合わせたかのように全ての時計の短針と長針がピタリと停止する。

 直後、この空間が波のようにうねり始め、私の体も粉になっていく。何もかもが意味不明なこの異常事態に、私はパニックになるどころか、はっきりと覚醒していた。

 

(……ああ、これは――! そうか、そうだったのか!)

 

 この空間の謎、時間軸の正体、因果律のメカニズム、世界の記憶。

 肉体が消滅していく間際で真理を悟った私の意識は、糸が切れた人形のようにぷっつりと落ちていった。

 

 

 

 ――――――side out ――――――――

 

 

 

 幻想郷の中心にある人間達の集落――通称人里。

 そこから徒歩ですぐの場所に位置する【迷いの竹林】。中は同じような竹林が密集し方向感覚を狂わせることから、その名の通り一度入ったら二度と出る事が出来ないとされている。

 それ故に、興味本位で入る人間はいない。

 そんな竹林の奥深くに、【永遠亭】の看板を掲げた伝統的な日本建築の建物がひっそりと建っている。

 江戸時代の大名が住むような大きな屋敷、枯山水の石庭が一望できる和室に二人の女性が座っていた。

 黒髪の女性はハサミやジョウロで盆栽の手入れをしており、銀髪の女性は座椅子に座り、アンティーク調の机に向かって山積みになっている書類の整理を行っていた。

 彼女達の間に会話はないが、お互いを尊重し合うような、信頼しきっている柔らかい空気が流れていた。

 しばらくの間時計の秒針が刻む音、ハサミの音、紙を書きなぐる音だけが響いていたが、ふと盆栽の手入れをしていた黒髪の女性がその手を止めた。

 

「……ふふ、世界が変わった。過去が変わった。未来が変わった」

「……姫様? どうなされました?」

 

 静寂を破るように言葉を発した黒髪の女性を、銀髪の女性は筆を止めて訝し気な表情で振り返っていた。

 姫様と呼ばれた黒髪の女性は、手早く片づけをした後すっと立ち上がる。

 

「永琳、少し出かけて来るわ。留守番よろしくね」

「それでしたら、すぐに護衛を付けさせますので少しお待ちを」

 

 立ち上がろうとする永琳に、黒髪の女性は軽く手を振る。

 

「別に必要ないわ。今日は一人で歩きたい気分だから」

「……はあ、そうでございますか。では、なるべく夕飯の時間までには帰って来て下さいね」

 

 永琳は腑に落ちない様子で再び机に向かい、その言葉を背に黒髪の女性は部屋を出る。

 そして黒髪の女性は縁側を歩きながら「この世界線は果たしてどうなるのかしら……くすくす、楽しみね」と独り言を呟いていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――



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第14話 魔理沙の忘れ物

2017/08/21 誤字修正しました。
2020/06/24 文章表現が間違ってたので一部修正しました。


 西暦200X年7月21日―― 

 

 

 

 side――博麗霊夢――――

 

 

 

「またね魔理沙~!」

 

 何故か名残惜しそうに何度も振り返る魔理沙に、見えなくなるまで手を振って見送った後、私は神社へと引き返していく。

 

「それにしても、昨日今日となーんか変だったわねぇ。魔理沙ったらまた何か企んでいるのかしら?」

 

 そんな独り言を呟きながら下駄を脱いで、自宅へ上がると、畳の上に一冊のルーズリーフが落ちているのに気づいた。

 

「あれ? これって……」

 

 拾い上げてじっくりと観察してみたけど、両面の表紙には何も書かれていなくて、まるで新品みたい。

 私は自分の記憶を探ってみたけど、こんなルーズリーフが自宅にあった記憶はない。

 ってことはつまり。

 

「魔理沙が忘れて行ったのね。もしかしたらさっき転んだ時に落としちゃったのかな?」

 

 確か昨日まではなかった筈だし、確証はないけどそう考えるのが一番しっくりくる。

 今すぐ届けに行けば間に合うかなあと思ったけど、お腹がぐうと鳴ってしまった。

 

「ま~次会った時でいっかなぁ。今はご飯食べよっと。あ、その前にお布団を片付けなきゃ」

 

 私は魔理沙のルーズリーフを畳の上に置き、布団を片付けてから台所へと向かった。

 

 

 

 この後魔理沙が来るのを待ち続けていたけど、結局今日は誰にも会うことなく、神社で静かな1日を過ごした。

 

 

 

 西暦200X年7月24日――

 

 

 あれから3日後、魔理沙が神社に遊びに来たので、ずっとお喋りをした。

 魔理沙はいつも、アリスや紅魔館、早苗の事とか色んな話をしてくれて、実は彼女の話を聞くのが密かな楽しみだったりする。

 でもそれをストレートに言うのは気恥ずかしいから、つい誤魔化しちゃうんだけどね。

 私も最近の出来事を話したんだけど、4日前のお泊り会について口を滑らせそうになったので、慌てて口を塞いだ。

 魔理沙は少し訝しげにしてたけど、私はうまくごまかしてなんとかその場を凌ぐことができた。当の魔理沙も4日前に泊まっていってくれた事について一切話題に出さなかったし、約束はきちんと守らないとね。

 

(あ、そうだ。確か忘れ物があったんだっけ)

 

 3日前に畳に落ちてたルーズリーフの存在を思い出して、縁側に座る魔理沙に差し出した。

 

「ねえ、これって魔理沙の物でしょ? 神社に置き忘れていったみたいだけど」

「なんだこりゃ? 私はこんなもの知らんぞ?」

「……え?」

 

 心底不思議そうな表情でルーズリーフを見つめている魔理沙。その目に嘘はなく、心からそう思っているみたい。

 

(あれー? 確かに魔理沙の忘れ物だと思ったんだけどなあ。おっかしいなあ)

 

 やがて夕方になって魔理沙が帰った後、何かヒントがないか、ちょっと申し訳ないなぁと思いつつ、中を拝見させて貰うことにした。

 ルーズリーフのページには、謎の数式やヘンテコな図、良く分からない文字が紙いっぱいにびっしりと記されていて、私にはチンプンカンプンだった。

 

(さっぱり分からないわね)

 

 内容はぜんぜん分からないけど、なんらかの魔法のことが記されているんだろうなぁ、というのは何となく分かる。

 それに読み進めていくと、どのページにも【時間】という単語が良く出てきていて、二重丸が付けられていた。

 

(……少し考えてみましょう)

 

 4日前の昼間に会った魔理沙は、今日みたいに呑気で楽しそうに話をしてた。

 だけど、私といてもつまんないって言って午後になって一度帰った。

 でも夕方になって、私が倒れた時に魔理沙が駆けつけてご飯を作って食べさせてくれた。

 その時の魔理沙は何か雰囲気が変わっていて、いつものおどけた様子はまるでなくて、とっても必死そうだった。

 さらに夜~深夜に掛けて起こった事件についても、まるで自分の事のようにとても親身になって接してくれて、私が抱えていた問題も解決してくれた。

 翌朝、私と別れる間際にとっても名残惜しそうに帰っていった……。

 それから3日後――つまり今日になって彼女と再会したけど、あの時のことが嘘のように、いつもとおんなじお調子者の魔理沙だった。

 いくら約束したこととはいっても、あれだけ熱心だった魔理沙が、すぐに気持ちを切り替えられるのかな? まるで本当に知らないみたい。

 極めつけは魔理沙が落とした筈のルーズリーフを見せた時の反応、そして中に記されている謎の魔法? や【時間】というワード。

 一見すれば些細な謎だけど、それが次々と結びついて、一本の線になっていく。 

 自分で言うのもなんだけど、私は生まれつき勘が鋭く、これまでの異変も自分の直感を信じて行動してきた。

 

(〝あの時の魔理沙″はもしかして――!)

 

 一つの答えを導き出した私は、暗くなりはじめた空を見上げた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――



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第15話 改変された歴史

 ――西暦215X年9月16日午前11時――

 

 

 

 side ――霧雨魔理沙――

 

 

 

「う、ううん?」

 

 風で草木が騒めく音が周囲から聞こえ、背中から伝わるひんやりとした感触で私の意識は覚醒する。

 辺りは深い深い魔法の森が広がっており、広角レンズ越しに覗いた世界のように淵が丸く見えていることから、私は地面に倒れているのだと自覚する。

 

「――っ! 私は生きているのか!?」

 

 ハッと起き上がり、体に着いた土を払いながら全身を触ってみる。

 どこかのお嬢様みたいに幽体になっている訳でもなく、スキャンを行ってみても体にどこも異常はない。

 結論から言うと私はちゃんと生きていた。

 

「……あれは夢だったのか?」

 

 黒く染まった不気味な世界、無数に浮かぶ時計に白い道、離散していく意識。今思い出しても薄気味悪さを感じる。

 あれが夢だったなんて、到底信じられるものではないのだが……。

 

「それに、私が生きているという事はやはり……」

 

 過去を変えることが出来なかったか、もしくはかねてからの予想通り〝分岐″したのか。

 

(あの夢の中の空間で垣間見た真理、あれがもし本当に正しいのなら……)

 

 前々から考えていた仮説が、より真実味を増す事になる。

 

「まあ、ここで考えていても仕方がない。とりあえず今が何時で何処なのかきちんと確認しないと」

 

 私は西暦215X年9月16日午前11時を指定して跳んだ筈。

 タイムジャンプに間違いはないはずだが、あんな不吉な夢を見てしまったので不安が残る。

 私は自宅へ文字通りの意味で飛んで行った。

 

 

 

 やがて自宅に辿り着いた私が、玄関の扉を開けて中に入ると、視界に飛び込んできた光景に衝撃を受けた。

 

「なんだこれ!?」

 

 足の踏み場がないくらいに散らかっていた私の家は、ゴミ一つなく綺麗に整理整頓されており、飾り付けた覚えのないファンシーな装飾や、設置した覚えのないキュートな家具が置かれていた。まるで今でもここに人が住んでいるような……。

 家を間違えてしまったのかと錯覚し、一度外に出てみるも、この一軒家はまごうことなき私の自宅だった。

 

(まさか時間を間違えて跳んでしまったのか?)

 

 私は再度自宅に入り、リビングの壁に掛けてあるカレンダーを見る。

 215X年と書かれたカレンダーは9の月まで捲られ、日付は1の日から一個ずつ○が付けれられていて、16の部分が最後になっていた。

 

(日付は間違ってない。ってことは元の時間に戻ってこれたんだ)

 

 とりあえず安堵するものの、様々な謎が浮かび上がってくる。

 

(となると、この部屋はどういうことだ? ここは確かに昨日まで私の家だったはずなんだが……。〝バタフライエフェクト″でも起こったのか?)

 

 バタフライエフェクトとは外の世界の有名な言葉だ。意味は『非常に小さな事象が因果関係の末に大きな結果につながる』という考え方を指し、それを知った時『そんな考え方があるのか』と驚愕したのを覚えている。 

 

(それに霊夢はどうなったんだろうか)

 

「うーん……」

 

 その場に立ち尽くしたまま考え込んでいると、後ろからバサっと何か柔らかい物が落ちる音がした。

 振り返ると、玄関先に驚愕の表情を浮かべているアリスが立ち尽くしており、足元には彼女が抱きかかえていたと思われるバスケットがひっくり返っていて、布や綿が散乱していた。

 

「お~アリスじゃないか。ちょうどいい所に来てくれたな。少し聞きたい事が――」

 

 私が最後まで言い切る前にアリスがすぐ傍まで駆け寄り、「ままま、魔理沙!? え、う、嘘!? ど、どうしてここに!?」怒涛の勢いで質問してきた。

 普段冷静なアリスからは考えられない激情に気圧され「お、おいおい。少し落ち着けよ」と彼女を宥めようとしたが、「落ち着いてなんかいられるわけないでしょ! なんで魔理沙がここにいるのよ!?」と、逆に火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。

 

「はっ! ま、まさか偽物!? よりにもよってその姿に化けるなんて許せない! 正体を現しなさい!」

 

 アリスは瞳から大粒の涙を流しつつ、指先に付いた見えない糸を繰って、普段連れ歩く上海と蓬莱に槍と剣を持たせ、臨戦態勢に入る。

 

「えっ、ちょっ待て待て待て! 私は本物だ!」

「問答無用! くらいなさい!」

「うわっ!」

 

 槍を構えた上海の突進に、慌てて頭を庇うようにしながら伏せた後、アリスの横を通り抜けて上空へと逃げる。

 

「待ちなさい!」

 

 アリスも私の後を追って空に飛び上がってきており、あの様子では地の果てまで追いかけて来そうだ。

 

「ちっ、仕方ない。悪く思うなよ、アリス」

 

 私は腰に下げていた八卦炉を突き出すように構え、魔法を発動する。

 

「喰らえ! 恋符【マスタースパーク】!」

 

 手の平サイズに収まる八卦炉から、馬鹿でかいレーザーが発射され、アリスの体を覆いつくす。

 

「キャアアアアアア!」

 

 アリスは防御態勢を取る間もなく、悲鳴を上げながら墜落していった。

 もちろんこの魔法は本気じゃない。あくまで私が本物の霧雨魔理沙であることを示す為のデモンストレーションだ。

 私はアリスの落下地点へゆっくりと降りていき、仰向けになって倒れている彼女に告げる。

 

「今の魔法を見てもまだ私が偽物だと言い張るつもりか?」

 

 アリスはむくりと起き上がり、服に着いた土を払いながら言った。

 

「……信じられないけど、今のスペル、この魔力は魔理沙本人のようね」

「分かってくれたか」

 

 私はホッとするが、アリスの疑念はまだ晴れていなかった。

 

「じゃあどうして魔理沙がここにいるの? 貴女、100年前に亡くなった筈じゃなかったの?」

「……私が死んだって? 100年前に? 何かの間違いじゃないのか?」

「そんな筈ないわよ! だってあなたの最期を看取ったし、――あなたの葬式の喪主も務めたんですもの」

「!」

 

 尻すぼみに声が小さくなっていくアリスは、私が死んだと本気で言っているようで、動揺を隠せない。

 

「――とりあえず場所を変えましょう。貴女の家で詳しく話を聞かせてちょうだい」

「そうだな。お互い、情報交換が必要だ」

 

 アリスの提案に賛同し、私達は自宅へと向かった。



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第16話 霊夢の結末

「それじゃ、話を聞かせてちょうだい」

 

 私は今、大きく改装された自宅の居間にあるダイニングテーブルに向かい、アリスと対面している。

 テーブルの上にはアリスが人形に用意させた紅茶とマカロンが2人分置かれていた。

 

「話を聞かせてと言われてもなあ、まず何が聞きたいんだ?」

 

 私はお茶を一口飲みながら訊ねた。

 

「なんで魔理沙は生きているの? 100年前に亡くなったんじゃなかったの? それに〝魔法使い″になってるなんてどういう事?」

 

(やっぱりそう来たか)

 

「うーん、何て説明したらいいのかな。私はアリスの知ってる〝霧雨魔理沙″とは別人なんだよ」

「え、どういうことよ?」

「その質問に答える前にさ、100年前に死んだ〝私″の状況を詳しく教えてくれないか?」

 

 というのも、私は現に今こうして生きてるんだから、死んだはずと言われても答えに困ってしまうからだ。

 けれどアリスの狼狽振りから、過去が変わったのはほぼ間違いないとみていいだろう。

 どこまで話せばいいか計るためにも、まずは情報が欲しかった。

 

「質問に質問で返すのかしら?」

「実は私も混乱していてな、まず死んだ〝私″がどうなったのか聞かせてくれないと、話しようがないんだ。だから頼む」

「……しょうがないわね」

 

 怪訝な表情のアリスは、渋々といった感じで答える。

 

「私の知ってる〝魔理沙″はね、今からちょうど100年前に天寿を全うしたわ」

 

(100年前か……今の私が164歳だから、計算すると64歳で死んだことになるのか。くしくも早苗と同じ年に死んだ事になるのか)

 

「まるで霊夢の後を追うように亡くなってしまったから、たった一年で立て続けに親友を失ってしまったあの頃の私はとても悲嘆していたわ」

 

 霊夢という言葉に私はピクリと反応する。

 

「――ってちょっと待て。その言い方だともしかして霊夢も亡くなっているのか?」

「ええ、そうよ。今から101年前ね。享年63歳だったわ」

「死因は!?」

「魔理沙と同じく寿命よ」

「そうか……!」

 

(霊夢が寿命で死んだ……、という事は自殺を防げたんだな! 過去を変えることが出来た!)

 

 長年の目標を達成できたことで、歓喜の感情を得たが、同時に(……良かったけど、なんだろうなこの気持ち。結局過程が違うだけで、霊夢はもうこの時代にはいなくなってるんだよな……)と虚しい気持ちが去来し、とても複雑な気分を抱く。

 

「霊夢が他界した時は幻想郷全体が深い悲しみに包まれたわ。彼女のお葬式の時は生前親交があった大勢の人妖達が集まってね、盛大に惜しまれながら見送られていったわ」

 

(私が知る歴史と同じか……、やっぱり霊夢は愛されてるんだな)

 

 霊夢は昔から妖怪に愛され懐かれる不思議な魅力を持っていたので、納得できる話だ。

 

「霊夢らしいな。ついでに聞きたいんだが、100年前の〝私″はどんな死にざまだったんだ?」

「私の知ってる魔理沙はさ、年老いても若々しく精力的に生きていてね、最後まで〝普通の魔法使い″のまま死んでいったわ。私とパチュリーが何度か種族としての魔法使いになるよう薦めたけど『人の一生は短い。だからこそ、その短い人生の中で懸命に生きる姿、輝きこそ何よりも美しいんだ』って断られてしまったわ」

「……ふっ、何格好つけてるんだよ〝私″は」

 

 過去の〝私″のあまりにもキザったらしいセリフに、思わず乾いた笑いが出てしまった。

 

「……私からは以上よ。今度はこちらの質問にも答えてくれる? あなたは何者なの?」

「実はな――」

 

 私は150年前の7月20日に霊夢が自殺した事、それがきっかけで真の魔法使いとなって時間移動の魔法を開発した事、そしてたった今霊夢の自殺を回避してこの時間に戻ってきたことを簡潔に話した。

 

「そんな……信じられない……!」

 

 私の話を真摯に聞いていたアリスはとても驚いていた。

 まあ無理もないだろう。私が逆の立場だったら同じことを言っていただろうし。

 

「信じられないかもしれないけど、それが私の歴史なんだ。お前は知らないだろうが、アリスには時間移動魔法の研究の際に色々と助けてもらったんだぜ?」

 

 自宅に一人籠って研究してた時も、アリスは定期的に私の様子を見に来てくれていた。それが心の支えにもなっていたので、彼女には本当に感謝しかない。

 

「……ふうん。それが事実だったとして、おかしい所があるわ」

「なんだ?」

「本来霊夢が自殺する〝事実″を貴女はなかったことにしたじゃない? でもそうしたら貴女が種族としての魔法使いになる動機も消えるし、〝霊夢の自殺″という歴史が消えた事で、貴女が過去に戻る必要性も無くなると思うんだけど?」

 

 アリスの指摘は誰もが思い浮かべるものだろう。

 実際私の認識する歴史と、アリスが認識している歴史は異なるわけで……。

 

「私はな、誰が過去を覚えているかで未来が変わるものだと思っている」

「?」

「200X年7月20日に過去が変わったことで世界が分岐したんだよ。このケースでは【霊夢が自殺した世界】と【霊夢が自殺しなかった世界】だ」

「分岐? さっぱり分からないわ……」

「そうだな。図で説明した方が早いか。アリス、紙とペンを貸してくれないか?」

「はいどうぞ」

 

 アリスは人形を器用に操って、紙とペンを人形に運ばせ、私の前に置いた。

 

「サンキュ」

 

 私は軽くお礼を言いながらペンを取り、真っ新なメモ用紙に一本の線を引き、右端の一歩手前付近に215X年と書く。

 

「この線は世界を現していてな? 仮に〝世界線″と名付けよう。この世界線では、200X年7月20日に霊夢が亡くなってしまった」

 

 私は線の左側の方に区切りを付け、区切りの上に200X年7月20日と記してそこに△を付ける。

 

「私はこの2週間くらい後から時間移動魔法の研究を開始し、その150年後――215X年9月15日に時間移動魔法を完成させた」

 

 私は215X年と書かれた場所に9月15日を書き足して、そこに丸を付ける。

 

「魔法を完成させた私は過去に舞い戻り、霊夢を助けて、自殺をなかったことにした」

 

 215X年から200X年と記された場所に向かって半楕円状に矢印を書き、そこに丸を付ける。

 

「そうするとこのようになる」

「!」

 

 私は200X年7月20日の場所から、下に線を伸ばして、上の線と並行になるように横一直線に伸ばした。

 

「世界線が二本になったわ……」

「上の世界線をA、下の世界線をBとすると、私がAの世界線で215X年から200X年に遡って霊夢を救出した。その時に世界線が分岐して、私はBの世界に――つまり今私達がいる【霊夢が自殺しなかった】世界線に移動したんだ」

 

 これが今迄の推察と体験から導き出した結論だ。

 朝にパンを食べたかご飯を食べたか――極端な話そんな些細な行動でも世界は分岐するのだ。

 この宇宙には無数の世界線が存在していても不思議じゃない。

 

「もしくは〝霊夢が自殺する″という結果を〝霊夢が自殺しなかった″という結果に変えた事で、この時間軸が〝霊夢が自殺しなかった″歴史に上書きされた可能性もあるが……、私がここにこうして存在してる以上、その可能性は低いだろうな。だからまあこの世界線分岐説が有力だと思うぜ。どうだ? 納得できたか?」

 

 長々と解説を終えた私はすっかりと冷めてしまった紅茶を飲んで一息つくが、説明を受けたアリスはポカーンとしていた。

 

「……正直魔理沙の説明を聞いても半分も分からなかったわ」

「まあそうだろうな。私もまだ完全に解明しきれてはいないんだ。でもこの説が最有力なのは確かだぜ」

「へ~凄いのね。なんだか私の知る魔理沙とは大違い」

「私はこれ一筋で150年間探究し続けてきたからな。この分野では誰にも負けないつもりだぜ」

「ふぅん」

 

 アリスは関心したように相槌を打った後、さらに問いかけてきた。

 

「これからどうするの?」

「そうだなぁ。もうやりたいことはやったし、霊夢の墓参りでも行ってこようかなあ」

 

 前の世界線では、彼女の死を認めたくなくて結局行く事が出来なかったので、天寿を全うしたこの世界ならきちんと向き合える気がする。

 

「アリス、霊夢の墓がある場所を教えてくれないか?」

「……残念だけど私も知らないの。なんでも、博麗に代々伝わるお墓に入れられたらしいんだけど、場所が分からないのよ」

「なら今代の博麗の巫女にでも聞いてこようかな」

「やめておいた方がいいわよ。今の博麗の巫女は霊夢と違って妖怪を毛嫌いしてるから、素直に教えてくれないだろうし、逆に退治されてしまうわ」

「そうなのか……じゃあやめとくか」

 

 アリスは真剣に忠告してくれているようなので、私は思い留まる事にした。

  

「もう一つ質問いいか? なんだか私の自宅の内装がガラリと変わってるんだが、アリスは何か知らないか?」

「魔理沙が亡くなった後、ここを取り潰しちゃうのは惜しいと思って私が再利用させてもらってたのよ」

「なんだ、そうだったのか」思ったより軽い理由でホッとした私は「そういう事ならまたここに住んでもいいか?」

「構わないわよ。また魔理沙と一緒に過ごせる時が来るなんて、思ってもみなかったもの。そのくらいお安い御用だわ」

「ありがとな、アリス」

 

 ご機嫌なアリスにお礼の言葉を述べ、その後私達は和やかなムードでとりとめもない話を語り合っていった。

 やがて外が暗くなりアリスが帰った後、1人残された私は今日の話を頭の中で整理していた。

 

(霊夢はどうやら盛大に見送られながら亡くなったようだな。本当に無事に助けることができて良かった良かった)

(そして過去の〝私″は、種族としての魔法使いにならず人のまま死ぬことを選んだんだな。まあ私も、霊夢の自殺がなかったら同じ選択を取っただろうしな)

(……これから私はどうしたらいいんだろうな)

 

 大きな目標を達成した事で、私はすっかりと生きる目的を失ってしまった。

 何かこう、心の中の情熱というか、そういうモノが消えてしまった。

 

(……それになんだろうなこの気持ち。なんだかモヤモヤするぜ)

 

 アリスから霊夢の顛末を聞いてからというもの、私の中には悶々とした気持ちが渦巻いていた。

 過去を変えられたのは嬉しいのだが、何かが足りない、満たされていない気がするのだ。

 

(はあ……)

 

 霊夢との思い出を心に留めて、私はこれから先の生を歩んでいく――。

 私にはもうそれしかない。

 

「今日はもう寝よう」

 

 眠らなくても良い魔法使いの体ではあるが、どんどんと気分が暗くなっていくだけだ。

 ならばいっそ、朝まで眠って気持ちを切り替えた方が良い。

 私は寝室に向かい、ベッドに入った。




この話で第一章完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。


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年表(第一章)

第一章で起きた出来事を年表としてまとめました。
本編とは関係ないので読み飛ばしてくれても構いませんが、興味のある方はぜひ読んでみてください

文末に(旧)と書かれている項目は、魔理沙の時間移動によって変わった部分の歴史です

西暦下四桁のXは7です


 西暦200X年7月17日 霊夢が悪夢を見始める     

 

 

 西暦200X年7月20日 この物語の全ての始まり。

 

      7月20~21日未明頃  睡眠薬の飲みすぎによる霊夢の死亡 (旧)

         

           【A】の地点から続き。タイムジャンプ魔法を完成させた魔理沙は、人間だった頃の魔理沙が家に帰った後に霊夢と接触。上手く言いくるめて、霊夢の家に泊まる。

        

            午後10時 霊夢が就寝。魔理沙は異変を見逃すまいと、付きっ切りで様子を見守る。

        

         7月21日午前2時 うなされている霊夢を叩き起こし、悪夢を見せていた元凶となる妖怪を退治。

        

          同日午前7時 霊夢起床 すっきりと起きて、これにて一件落着。それを見届けて魔理沙、150年後に帰る。

        

          同日 魔理沙が未来へ帰った後、霊夢は魔理沙が忘れて行ったルーズリーフを発見する。

         

         

      

      7月21日 アリスの知らせにより、魔理沙は霊夢の死を知る  (旧)

      

      

         7月24日 遊びに来た魔理沙に、霊夢が三日前のことについて訊ねるも反応なし。ここで霊夢は、三日前の魔理沙が、自分の知らない未来の魔理沙ではないかと疑いを持つ。

         

      

      8月4日 魔理沙、過去にさかのぼることを決意。パチュリーの元へ知識を仰ぎに行く。(旧)

      

      

      8月7日午前9時 レミリアの予言。パチュリーに勧められ、種族としての魔法使いになることを決意。(旧)

      

      8月9日 魔理沙、種族としての魔法使いになる。(旧)

      

      

 西暦201X年6月5日 咲夜 仕事中に倒れ、そのまま帰らぬ人となる

 

      6月6日の未明頃 咲夜死亡

      

 

 

 西暦202X年   魔理沙父に、魔理沙が人間を辞めたことを知られる   (旧)

            

 

 

 西暦2032年   魔理沙父、死亡する              

 

   西暦2056年 霊夢(タイムトラベラー魔理沙の干渉により、人としての寿命を全うした霊夢)亡くなる

 

 西暦205X年 東風谷早苗亡くなる  

 

      

       西暦205X年 霧雨魔理沙(人間、タイムトラベラー魔理沙が過去を変えたことにより、時間移動の研究をしなかった歴史の魔理沙)亡くなる。

 

 

 西暦210X年頃  魔理沙、時間移動について手ごたえを掴む(旧)

 

 

 西暦212X年頃 魔理沙、時間移動の研究に息詰まりを感じている。(旧)

 

 西暦2142年  魔理沙、時間移動の研究の際に、うっかりブラックホールを生み出してしまい、紫にこっぴどく怒られる。(旧)     

        

        

 

 西暦215X年9月15日 魔理沙、とうとう時間移動魔法、【タイムジャンプ】を完成させる。ちょっと前に戻ったり、ちょっと後に跳んだりする実験も成功し、満足。 (旧)

 

           協力してくれたアリスとパチュリーに別れを告げて、200X年7月20日に戻る  ⇒ 年表【A】に跳ぶ。 (旧)

           

 

         9月16日 魔理沙帰還。アリスに襲われることもあったが、事情を説明。アリスからも事情を聞き、魔理沙は過去を変えられたことを知る。

                    

   同日 輝夜が魔理沙の歴史改変に気づき、行動を開始する。

 

       

           

 時系列不明の時間軸での出来事。

 

 1度目(1章の最後で霊夢を助けた時)魔理沙が明確に未来を変えたことによる、暗示。

 



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第二章 紅魔の主従
第17話 パチュリーとの再会


この話から第2章となります。


 翌朝、すっかり気持ちが切り替わった私は紅魔館を訪れていた。

 何もする事がなくなった身ではあるが、せっかくだからこの世界のパチュリーに会って話をしたくなったわけで。

 

「それにしても全然変わってないなぁ」

 

 最後に訪れたのは私の認識で10年前だったが、その時と外観はなんも変わらない。

 

「門番も相変わらず寝てるし……」

 

 壁に寄っかかったまま気持ちよさそうに寝ている門番をスルーして門の中に入り、中庭を突っ切って紅魔館の扉を開く。

 

「うわぁ……」

 

 綺麗な外観や整備された中庭とは裏腹に、紅魔館の内部は非常に汚かった。

 煉瓦造りの壁や天井にはところどころヒビが入り、大理石の床に敷かれたレッドカーペットには、汚れやくすみ、皺やほつれが目立っていた。

 廊下に飾られている彫刻や絵画、天井から吊り下げられたシャンデリアはどこか埃っぽく、遠くでは妖精メイド達が箒やはたき等の掃除道具を持ったまま、掃除せずに好き放題に遊びまわっていた。

「これも咲夜がいなくなった影響か……」

 

 私が元いた世界の咲夜も人間のまま亡くなったので、恐らくこの世界でもそうなのだろう。

 彼女ほど優秀なメイドは存在しなかったし、数少ない人間の友人だったので、改めて惜しい人を亡くしたなと痛感する。

 

(……)

 

 私は立ち止まって心の中で咲夜に黙祷を捧げた後、図書館へ歩を進めていった。

 

 

 

 やがてすぐに図書館へ到着すると、勢いよくドアを開け放つ。

 

「お~っすパチュリー! 元気かー!」

「……えっ!?」

 

 奥に向かって平然と歩く私の姿を見たパチュリーは、読んでいた本をその場に落とし、唖然としたまま固まっていた。

 

(お~お~、あのパチュリーがこんなに驚いてるなんて、面白いな)

 

 笑いを堪えながらも更に近づいていく。

 

「相変わらずここに引き篭もってるのか? ちゃんと外に出てるか?」

「貴女もしかして――魔理沙!?」

 

 パチュリーは急に立ちあがって此方に駆け寄ってくると、その手でペタペタと私の体を触り始めた。

 

「ちょっ! 何するんだ!」

 

 私はすぐにパチュリーの手をひっぺ返すも「これは幻じゃないのね……!」と彼女は未だに愕然としているようだった。

 

「失礼な奴だな。私は現に今、ここにこうして居るんだぜ?」

「死んだ筈の人間がどうして現世に居るのかしら? しかも10代の頃の姿にまで若返っちゃって。閻魔様に追い出されたのかしら?」

「お前なあ……」

 

 パチュリーの毒舌に呆れながらも、私はこれまでの経緯を話す。

 説明を聞き終えたパチュリーは少しガッカリした表情で、いつものソファーに着席した。

 

「……そう、あなたは私の知ってる魔理沙ではないのね。残念だわ」

 

 その言葉に私は少し苛立つ。

 

「過去の私も、今ここにいる私も霧雨魔理沙だ。その言い方はないんじゃないか?」

「でも貴女は、この時間軸の私との思い出や経験を共有してないでしょ? 姿形は同じ霧雨魔理沙でも、私から見れば別人なのよ」

「……あーそうかい。なんだよなんだよ、せっかくお前の顔を見に来てやったのに」

 

 私はパチュリーの対面に椅子を持ってきて座り、テーブルに肘を付きながらそっぽを向いた。

 

「あら、別に貴女を否定している訳じゃないのよ? そんな拗ねないでちょうだい」

「ふーんだ」

「全く、子供っぽいんだから……」

 

 呆れたような声が聞こえたが、ふと逆の立場になって考えてみる。

 

(でもよく考えてみたら、パチュリーも私と同じ気持ちなのかもな)

 

 パチュリーの反応を見る限り、この世界の〝私″も彼女とは良き友人だったのだろう。それが全くの別人になっていたのだとしたら……。

 

「……ところで、さっき貴女が話していたタイムジャンプってかなり興味深いわね。時間移動という大魔術を成功する魔法使いが現れるなんて思いもしなかったわ」

 

 空気を変えるようにパチュリーが話しかけてきたので、前を向いて会話をすることにする。

 

「この魔法が完成できたのもお前のおかげだよ。ここに保管されていた魔導書を参考にしたんだ」

 

 私が正当に借りた魔導書の名前を挙げると、パチュリーは目を輝かせながら言う。

 

「あら、そうだったの! ここの本が役に立ったのなら、私としても誇らしいわ」

「ただ時間移動は完璧にマスターしたんだが、世界の仕組みについては未だに全容を解明できてないんだよなあ。さっき霊夢を過去に戻って助けたって話したろ? それで現在に戻ってみたら私が死んでる事になってるしさ。よく分からないんだよな」

「……過去が変わったことを認識しているのは貴女だけだと思うわ。私の記憶では霊夢が自殺したという事実はなくて、人間として天寿を全うしたという事実しかないからね」

「同じような事をアリスにも言われたぜ。この事象をぜひ実験してみたいとは思うんだが、さすがに気軽にやるわけにもいかないよなあ」

「そうね。今のあなたは時間移動という神にも等しい力を持っているもの。あまり言いふらさないほうがいいと思うわよ? 絶対あなたの力を狙って襲ってくる輩がいるだろうし」

「ああ、分かってる。忠告ありがとさん」

 

 なんだかんだ言いつつ、パチュリーは世界が違っても変わっていないようで安心した。

  

「ところで話は変わるけどさ、ここに来る途中妙に屋敷の中が荒れてたんだが、やっぱり咲夜はもう居ないのか?」

 

 咲夜の話題を出した途端、パチュリーは感傷的な表情になった。

 

「咲夜……懐かしい名前ね。彼女はとても優秀なメイドだった。本当に惜しい人を亡くしたわ」

「そうか……。私の記憶では140年前に亡くなってしまったんだが、この世界はどうなんだ?」

「あら、あなたの時間軸でもそうだったのね。……彼女はあまりにも早く亡くなってしまったわ。時間停止という能力の関係上、早逝してしまうのは明白だったのにね」

 

(ううむ、並行世界と言っても霊夢の死以外はほとんど変わってないのか?)

 

 やはりよく分からない。

 

「葬式の時、レミリアは滅茶苦茶号泣してたんだよな?」

「レミィは彼女の事を特に気に入っていたからねぇ。亡くなってしばらくは生気が失われた状態が続いていたから、見てる私もつらかったわね……」

 

(やっぱりそうなのか)

 

「今は大丈夫なのか?」

「あの頃よりひどくはないけれど、今でも彼女の死を引きずっているみたいね。この館が荒れ放題なのもそのせいよ」

「そうか……」

 

 どうやら此方の世界のレミリアは、未だに立ち直りきれていないらしい。

 最後に会った時の彼女は気丈に振舞っていたが、やはり死別の悲しみはそう癒えるものではないのだろう。

 

「――こうして昔話で盛り上がるのもいいわね。最近はもう、この図書館に来る来客なんてアリスくらいしかいないから……」

「私も体感時間的にはここに来るのは10年振りなんだよ」

「……そうだったの。ついでに聞くけどそれまで来なかったのはどうして?」

「タイムジャンプ魔法の研究が大詰めを迎えていたからな。集中してやっていたら、いつのまにかそんだけ時間が経ってたんだ」

「……凄い集中力ね。私には真似できそうにないわ」

「霊夢を助けたいという一心だったからな。同じ事が二度出来るとは思えないぜ」

 

 私は肩を竦めた。

 

「魔理沙はこれからどうするつもりなの?」

「まだな~んも決めちゃいないぜ。目的を果たした後の事は考えてなかったからな」

 

 150年前のあの夏の日に犯した過ちを正し、霊夢を救うことさえ出来れば良いと思っていた。

 

「――でも、そうだな。たぶん魔法の森でひっそりと生きていくだろうな」

 

 目的を果たした今、時間移動を使う機会はもう訪れないだろう。

 

「……そう。それならたまには図書館へと遊びに来てちょうだい。歓迎するわ」

「おお? お前からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったぜ。珍しいな」

「咲夜に続いて魔理沙まで亡くなった時、友人がいなくなる辛さを痛感した……ただそれだけのことよ」

「そうか」

 

 そうして話している最中、突然図書館の扉が開け放たれ、レミリアの声が響き渡る。

 



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第18話 レミリアの願い

「ねえ、パチェ~ちょっと聞きたい事があるんだけど――!?」

 

 私と目が合うと、レミリアは口をあんぐりと開き、面白いくらいに驚いていた。

 心の中でその反応を楽しみつつ、私は旧知の友人に声を掛けるような態度で口を開く。

 

「よぅレミリアじゃないか。久しぶりだな? 元気か?」

「魔理沙!? あなたどうして……!」

「実はな――」

 

 私の元へ一直線で向かってきたレミリアに、これまでの事をかいつまんで説明した。

 

「そんな、貴方は別の世界からやってきた魔理沙だと言うの!?」

「別の世界――うん、まあそうだな。たぶんそれが一番しっくりくると思う」

 

 本当は大分違うのだが、そこを説明するのも面倒くさいのでとりあえず肯定しておく。

 

「彼女の話は本当よ。さっき時間移動魔法の理論を簡単に聞いたけど、この私ですら理解できない魔法理論を展開してたもの。これが嘘なら詐欺師の才能があるわね」

「おいおい……」

「……そうなの。でも、これは願ってもないチャンスかもしれないわね」

 

 そうポツリと呟いたレミリアは、佇まいを整え、私の顔をはっきり見たうえで発言した。

 

「ねえ、魔理沙。私を過去に送ってくれないかしら?」

「! レミィ!」

「過去にだって? 何故だ?」

 

 妙に動揺しているパチュリーが気になるが、今は不可解な事を言いだしたレミリアの方が気になっていた。

 

「魔理沙、十六夜咲夜って名前のメイドがいた事を覚えてるかしら?」

「お~よく知ってるぜ? この世界でも140年前に亡くなったらしいな?」

 

 早逝だったことを覚えているし、ついさっきも彼女の話題があがり、思い出話に花を咲かせていた所だ。

 

「私はね、咲夜の身をもっと案じてあげればよかったと、亡くなってからずっと後悔してたの。だからお願い! 一度、一度でいいから咲夜に会って謝りたいの!」 

 

 今にも泣きそうな表情で懇願してくるレミリアに、私はきっぱりと告げる。

 

「残念だがそれは出来ない相談だ」

「なんでよ!?」

「レミリア、お前は確か〝運命を操る程度の能力″を持っていたよな?」

「それが何か関係あるのかしら?」

「時間移動ってのはな、非常にデリケートなんだ。そんな魔法とお前の能力が合わさってみろ。相乗効果が起こって、時空の狭間に落ちてしまうかもしれないんだ」

 

 時空の狭間は全くの無が支配し、時間の概念がなく、永遠にそこから抜け出す事が出来ないとされている。もしそこに落ちてしまったら只事では済まない。

 

「さらに付け加えていうならな、因果律ってしってるか? 時間移動と運命操作の共通点はそれを操作する事だ。そんな似た力を持った存在同士がぶつかれば、ただではすまないんだ」

「私はそれも覚悟の上よ!」

「お前が良くても私は嫌だよ! そんな危険な賭けに乗る事はできん!」

 

 実際この魔法の実験の最中、何度か向こう側へと引っ張られそうになったのだ。あれだけは二度と起こしてはいけない。

 

「魔理沙の意見に私も賛成するわ。きちんと話の筋が通っているし、恐らく本当の事だと思うの」

「パチェまで!? そんなぁ……うぅぅぅ」

 

 その場に泣き崩れてしまったレミリアは、いつもの傲岸不遜な態度ではなく、一人の少女のような反応をしていた。それになんとなく気まずさを感じてしまった私は、こんな提案をする。

 

「あ~その、アレだ。お前を連れていく事は出来んが、何か伝言とかあれば伝えてやってもいいぞ?」

「本当に!?」

 

 急に起き上がり、目を輝かせているレミリアに「お、おう」と気後れしながらも答える。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 レミリアは翼を広げ、急加速しながら図書館を飛び出していった。

 

「あんな約束をしちゃってよかったのかしら?」

 

 一連の流れを見ていたパチュリーの問いかけに、私はこう答えた。

 

「私も死別の悲しみは痛いほど分かる。あんな顔されたら断れないさ」

「……そう。くれぐれもタイムパラドックスを起こさないように気をつけてよね」

「分かってるよ」

 

 それから数分後、一枚の手紙を持ったレミリアが現れた。

  

「この手紙を在りし日の咲夜に渡してほしいのよ。私の想いの丈が綴ってあるわ」

「はは、いいぜ。時間はいつだ?」

「……私はね、咲夜を眷属にして永遠に手元に置いておきたくてね、その選択を迫った日が200X年9月1日なのよ。だからその日にお願いするわ」

「! 分かったぜ」

 

 まさかの200X年――霊夢が自殺する筈だった年を指定された事に驚きながらも了承した。

 

「どこか跳ぶのにいい場所はないか? 私の時間移動は空間座標の指定まではできないんだ。過去のお前達にもし見られたらまずい」

 

 今はすっかり寂れてしまっているようだけど、200X年頃の紅魔館なら大図書館の利用者もそこそこ多いだろう。

 

「それなら第二倉庫が良いと思うわ。あそこ普段は人の出入りが少ないし」

「第二倉庫ってどこだ?」

「ついてきて」

 

 歩き出したレミリアの後を追って立ち上がった時、パチュリーは口を開く。

 

「魔理沙、過去の私によろしくね」

「はは、時間があればな」

 

 そんなやり取りを交わし、私はレミリアの後をついて行く。

 屋敷の1階の片隅にある第二倉庫に案内され、レミリアが見守る中私は150年前へタイムジャンプしていった。

 



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第19話 咲夜との遭遇

 ――西暦200X年 9月1日午後1時――

 

 

 

「っと」

 

 眩しい光が収まり、次第に自身の視界が鮮明になっていく。

 私は今薄暗い第二倉庫の中におり、周囲に置かれている物の配置が幾つか変わっていることから、今回も無事に過去へ跳ぶことが出来たようだ。

 倉庫の壁に掛けられた時計を確認すると、時刻はちょうど午後1時を指しており、時間指定に寸分の狂いもなかった。

 

「さて、行きますか」

 

 私は少しだけ扉を開き、顔だけ出して廊下に誰もいない事を確認した後、倉庫部屋を出る。

 そしてなるべく物音を立てないよう、抜き足差し足忍び足で慎重に歩いて行く。

 

(そういえばこの日って私は何してたんだっけなぁ、多分家にいたと思うんだけど……)

 

 正直150年前に、私が何をしていたかと問われてもはっきりと思い出すことは出来ないが、霊夢の救出という理念の元で、時間移動魔法の研究をしていた事だけは確かだ。

 しかし、この時間軸は【霊夢が自殺した】歴史をなかったことにした為、自宅に居ると断言できない。よって、この時代の〝私″がどんな行動を取るか予想がつかない。

 ……のだが、私はそこまで深刻に捉えておらず、楽観的に考えていた。

 

(まあ、いざとなったらやり直せばいいかな)

 

 なにせ私には時間移動という最強の切り札があるし、仮に過去の私にばったり出くわしたとしても、いくらでも誤魔化せるだろう。

 今迄の言説を全否定するようだが、この世界線の〝霧雨魔理沙″と今の私とでは、これまでに歩んできた人生や経験、さらに人格と思考回路がまるっきり違う為に、〝姿形と環境がよく似た別人″だと言っても過言ではない。

 なので余程の事をしなければタイムパラドックスが起こる事もない、と私は踏んでいる。

 

「さーて、咲夜はどこにいるかな?」

 

 自らの気配を殺しつつ、キョロキョロと周囲を見渡しながら廊下を歩いていくうちに、中庭へと通じる扉が見えてきたので、なんとなしにその扉から外に出る。

 この中庭は紅魔館を囲う外壁に覆われ、端から端までは結構な距離があり、十字路の中心に設置されている噴水から、蒸し暑い空気を癒すような涼気を感じた。

 その道沿いに作られた花壇には色とりどりの花々が咲き誇り、鼻孔をくすぐるフレッシュな芳香が庭を包み込む。花々には花粉を求めて蝶や鳥が集まり、せっせと交配活動に勤しむ姿があった。

 

(こうしてじっくりと見てみると、よく管理された綺麗な庭だよなあ)

 

 いつも図書館に用事があって、中庭を碌に見ずに駆け抜けていたので、腰を据えて眺めた事はなかった。

 

(この庭をあの門番が一人で管理してるって話だからな。本職顔負けだなこりゃ)

 

 白玉楼の庭師に負けない腕前に心の中で関心していたその時、周囲に異変が生じた。

 

(――!)

 

 サンサンと降り注ぐ太陽の日差しや穏やかに流れる噴水、草花を揺らす微風や花々に止まる蝶も静止し、鳥の囀りや虫の鳴き声といった環境音も急に途絶えてしまい、まるで写真の中に入ってしまったかのようだ。

 

「これは……!」

 

 小声で呟いた筈の驚嘆すら、拡声器を通した時のように周囲に響き渡り、私は慌てて口を閉じる。

 鮮やかな色彩に彩られた世界が変化を止め、全ての生き物が精巧な人形のように停止する世界。この感覚に私はすぐに当たりを付ける。

 

(これは時間停止か!)

 

 私の研究では、時間移動が出来るようになると、時間の流れに囚われずに観測が出来るという仮説があった。

 そして今、時間が停止したこの世界でもその影響を受けず普段通りに活動出来ているので、この説は見事正しかったことになる。

 

(でも問題は何故このタイミングで時間が止まったか――だな。少し様子を見てみるか)

 

 私はその場に立ち尽くして、息を殺しながらじっと待機する。

 やがて、真後ろの開け放たれた扉の向こう側から、コツコツとハイヒールの足音が微かに聞こえ、その音は次第に近づいてくる。

 この時間が止まった世界で動ける人物といえば、幻想郷広しといえどただ一人――。

 

「はあ、また泥棒猫が侵入している。美鈴は一体何をしてるのかしら?」

 

 時間を操るメイドこと、十六夜咲夜のため息が背中越しに聞こえてきた。

 



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第20話 時が止まった世界の中で

(探し人が向こうからやってきたけど、さてどうしよっかな)

 

「それに魔理沙はなんでこんな場所にいるのかしらね? こうして見た所本は持っていないみたいだけど……」

 

 彼女は微動だにしないよう努めている私の周りをウロウロとしており、その姿にふと妙案、というか悪戯心に近い着想を得る。

 

(そういえば、咲夜って時間停止中は何してたんだろうな)

 

 私の知る十六夜咲夜という人間は、主に忠誠を誓い、決して弱みを見せず、常に〝完全で瀟洒″であろうとし続けた少女だ。

 そんな彼女にとって、時間が止まった世界は絶対不可侵の領域、格好つけた言い方をするなら〝聖域″と言ってもいい。

 もしかしたら何か面白いものが見れるかもしれない、と思い、私は少し様子を見る事にした。

 

「…………」

 

 咲夜は無言で私をじっと見つめていたが、やがて右手を伸ばして私のとんがり帽子を取り上げた。

 彼女はそれを自分の頭に被せると、ポケットから手鏡を取り出し、鏡を見ながら帽子の角度を整え、様になるように調整していた。

 

(なんだ?)

 

 ウィッチハットにメイド服という、なんともミスマッチな格好に首を傾げる私。

 目の前でしばらくじっと鏡の中を覗いてた咲夜だったが、やがて鏡をポケットにしまい。

 

「マジカルメイド咲夜ちゃん、可憐に参上! ――なーんてね。クスッ」

 

 明後日の方向を向きながら指を指す決めポーズを取っていた咲夜に、私は我を忘れて思わず爆笑してしまう。

 

「…………ぶ、ぶふっ、アーハハハハハハ!! ま、『マジカルメイド咲夜ちゃん』ってなんだよっ! は、腹が痛いっ……!」

「!?」

 

 咲夜はぎょっとしてすぐに振り返っていたが、私はなおも笑いが止まらない。

 

「ま、まさか咲夜にそんな趣味があったとはなぁ、アッハハハ。くくっ、意外と可愛い所あるじゃないか。アハハハハハ――」

 

 大笑いしていたその時、顔の横を何かが掠めた。

 目の前にいる咲夜に焦点を合わせてみれば、顔を真っ赤にしながら鬼のような形相でナイフを握る姿があった。

 

「あんな姿を見られてしまった以上、もう生かしてはおけないわ! 死になさい!」

 

 その直後、ナイフを顔面目がけて勢いよく投擲してきた。 

 

「うわっ!」

 

 私は慌てて避けたものの、咲夜は自身のスカートの中に手を突っ込み、太ももに巻かれたベルトに仕込まれたナイフを素早く取り出し、次々と投げてくる。

 

「な、なんでそんな怒ってるんだよ!? や、やめろって! 当たったらどうするんだよ!」

 

 青ざめた私は逃げ回りながらそう叫ぶも、咲夜は「うるさーい!」と怒鳴って聞く耳を持たず、今度はメイド服の裏側に仕込んでいたナイフを取り出し、それを投げながら私を追いかけてくる。

 

「ギャアッ、今服を掠めたぞ! ちょ、本当にヤバイって!」

「うるさいうるさーい! 待てこらー!」

「うわあー!!」

 

 そんな命がけの追いかけっこがしばらく続いたが、とうとう咲夜は手持ちのナイフを切らしたようで、踵を返して地面に散らばっているナイフを拾いに行く。

 すかさず私は咲夜に向かってタックルを仕掛けて、彼女を地に組み伏せる。

 

「は、放してよ!」

「今退いたらまたナイフを投げてくるだろうが! 絶対退かないからな!」

 

 咲夜の上に馬乗りになってからしばらく取っ組み合いが続いたが、ジタバタしていた咲夜はやがて大人しくなり、溜息をつく。

 

「……はぁ。もう追い回したりしないから離れてちょうだい。手首が痛いわ」

「おっと、すまんな」

 

 私はすぐにその場から退くと、咲夜はゆっくりと起き上がって埃を払う。

 その後帽子を返してもらい、私はそれを自分の頭に被った。

 

「あーあ……服が汚れちゃったわ。しかもあんな姿を魔理沙に見られるなんてとんだ失態ね。きちんと時間を止めた筈なのに」

「だ、誰にも言いふらしたりしないから心配すんなって」

「本当に頼むわよ?」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、世界が再び動き始めた。

 ギラギラと降り注ぐ夏の日差し、噴水から流れる水の音、微風で騒めく草花に鳥の鳴き声、自然音や喧騒が聞こえて来た。

 

(ああ、これが日常なんだな。やっぱり無音だと落ち着かないぜ)

 

 そんな感想を抱く私と裏腹に、咲夜はただ驚くばかり。

 

「え、えぇ……!? そんな、どうなってるのよ?」

 

 次に咲夜は懐から手の平サイズに収まる年季物の懐中時計を取り出して、竜頭(りゅうず)をカチッと押し込む。

 確か彼女の懐中時計は【時間を操る程度の能力】のトリガーになっていた筈。

 その記憶の通り、世界の時間が再び停止し、辺りは再度静寂に包まれた。

 

「……ちゃんと時間が止まってる。私の能力がおかしくなってる訳ではないのね」

「ああ、そうだぜ」

 

 咲夜の呟きに私は肯定すると、彼女は顔を此方に向けて問いかける。

 

「貴女なんで止まった時の中で動けてるのよ? 昨日ここに来た時は、確かに止まっていたじゃない」

 

(昨日? ……ああ、この時代の〝私″か)

 

「実はな、私は150年後から来たんだ」

「なんですって?」

 

 彼女は眉間に皺を寄せた。

 

「信じられないのか?」

「当たり前よ。時間移動がとても難しい事は、この能力を持つ私が一番よく知っていますもの」

「私がこの世界で動けている事が、その証明にはならないか?」

「むむ……」

 

 彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて大きく息を吐いた。

 

「……まあ、いいわ。それで、魔理沙は何をしにこの時間に来たのかしら? 150年後から来たって事は、貴女は魔法使いになったのでしょう?」

「ご明察。この時間に来た理由はな、150年後のレミリアから、お前に手紙を渡してほしいと頼まれたからだ」

「お嬢様から?」

「今日レミリアから、重大な話をされなかったか?」

「……そういえば今朝、お嬢様から『今晩重要な話があるから、後で私の部屋に来なさい』と言われたわね。なんで貴女がそれを知ってるのよ?」

 

(げっ、まだレミリアが選択を迫る前かよ。跳ぶ時間をミスったな)

 

 心の中で舌打ちするが、私はそれを顔に出さずに会話を続ける。

 

「未来のレミリアから聞いたからだ」

「なるほどね、未来から来たのであれば、私とお嬢様しか知りえない情報も知っていると」

「……あーそういうことになるな」

 

 偶然ではあるが、咲夜は私が未来人であることを納得してくれたみたいだ。

 

「そしてこれが、150年後のレミリアから受け取った手紙だ」

 

 私はポケットから封がされた一枚の封筒を咲夜に手渡し、受け取った彼女は慎重にそれを開いた後、真剣な目つきで手紙を読み始めた。 



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第21話 咲夜の信念

「…………」

 

 手紙を読み進めていた咲夜は次第に険しい表情になっていき、終いには怪訝な顔つきになっていた。

 

「ねえ、これ本当にお嬢様がお書きになった手紙なの?」

「どんな内容だったんだよ?」

「ひたすら『ごめんなさい』『私が悪かった』『もっと貴女を労わってあげればよかった』『どうか私と一緒に生きてちょうだい』みたいな謝罪文ばかりが続いてるんだけど」

「おぅ~……、そうだったのか」

 

 どうやらレミリアは私の予想以上に重症だったようだ。

 

「一体未来で何があったのよ? この文面的に私がとっくの昔に死んでる事は分かるけど、それにしたってこれは……」

「別に話しても構わんが、それを聞く覚悟はあるのか?」

 

 少し大袈裟な私の言葉に、咲夜はたじろぐ。

 

「な、何よ。まさか私は何かお嬢様に顔向けできないようなことをしてしまったの?」 

「いや、顔向けできないことというか、実はお前の死に関係あることでな……」

「私の死に関係する事? ……気になるわ、話してちょうだい。覚悟は出来てるわ」

「ああ、分かった」

 

 咲夜の真剣な心意気を汲み取り、私は未来を伝えることにした。

 

「まず結論から言うとな、お前は今から10年後の201X年6月5日に突然倒れてしまうんだ。その後一度も意識が戻らないまま、翌日の6月6日には死ぬんだよ」

「……意外と早いのね」

 

 突然『お前は死ぬ』と言われても、咲夜はクールな表情を崩さなかった。

 

「咲夜の急死に紅魔館の連中も悲しんでな、私の元にその一報が届いた時は大変驚いたぜ」

 

 私の体感時間では140年前、現在の時間から見て10年後に起こるであろう出来事を思い起こす。

 

「……想像してもあまり実感が湧かないわね。死因はなんだったの?」

「死因は能力の使い過ぎによる魂の摩耗らしくてな。それを永琳から聞かされたレミリアは号泣して、『咲夜の事をもっと気遣ってあげればよかった』と口にしてたんだ」

「……なるほど。それがこの手紙に繋がると」

 

 確認を取るような咲夜の言葉に、私はコクリと頷いた。

 

「そう、そうだったのね……」

 

 話を聞き終えた咲夜は、真剣な表情で考え込んでいた。

 

「今も時間を止めてるけど、無理してないか?」

「そんなことは全然ないし、私の体はどこにも異常はないけど……。でも無駄に止める必要はないわね」

 

 そう言って懐中時計の竜頭を押すと、時間が再び動き出した。

 

「……レミリアは魂が抜けてしまったかのように、すっかり元気がなくなってしまってな、見ていてとても痛々しかったよ」

「……私はこんなにも、お嬢様に愛されていたのね……。てっきり、私が逝ったらすぐに忘れ去られるものだとばかり……」

 

 眩しい太陽を見上げながら、咲夜はポツリと呟いていた。

 

「レミリアは、お前をこき使いすぎた結果早死にしたと思い込んでいるからな。忘れたくても忘れられないだろう」

 

 その悔恨の念は計り知れない。

 もしかしたら私が霊夢の異変に気付かなかったあの頃よりも、激しく落ち込んでいたのかもしれない。

 

「咲夜はこの結末に関して、恨んでいないのか?」

「そう言われてもねえ……、まだ私はピンピンしてるし、その時にならないと答えようがないわ」

「それもそうか」

 

 私は自身のミスを反省し、この案件の本題とも云える質問をする。

 

「それでお前はどう返事をするんだ? レミリアはお前にもっと長生きしてもらいたいと思ってるらしいが」

 

 咲夜はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ごめんなさい。やっぱり私はお嬢様の気持ちに答えることは出来ないわ」

「理由を聞いてもいいか?」

「私はね、人であることに誇りを持っているわ。人として生まれた以上人として死にたい。妖怪達から見たら人の生涯なんてあっという間かもしれないけど、その短い人生を懸命に生きるのが人間らしい生き方だと思うの」

 

 さらに咲夜は語って行く。

 

「それにね、もし私が寿命を伸ばして数百年生きられるようになったとして、私はその長い人生でお嬢様に忠誠を誓って仕え続ける事が出来るのか? 人間だった頃のように、日々を一生懸命努力しながら生きる事が出来るのか? ……そんな恐怖があるのよ」

「……成程な」

 

 人としての誇り、妖怪としての生の恐怖――まあ咲夜の気持ちは分からないでもない。

 私も霊夢を救うという目標を果たしてしまった今、彼女の危惧する通りこれから緩慢に生きていく事になるかもしれない。人生の道標や目的も何もなく一日一日を過ごしていく事は、果たして生きていると言えるのだろうか。

 

「……魔理沙はさっき、私が倒れるのは10年後の6月5日で、死ぬのが6月6日だと言ってたわよね?」

「ああ。このまま何も対策せずに日常を送ればな」

「なら10年後の6月6日の夜、白玉楼にて貴女を待つわ」

「! それは……!」

 

 咲夜の言葉の意味にピンと来た私は、眼を見開いた。

 

「私の人生が終わった時に初めて、お嬢様の手紙にきちんとした返事が出来ると思うのよ。だから魔理沙、悪いけど付き合ってもらえるかしら?」

「……別に構わんが、お前は〝本当にそれでいいのか″?」

 

 念を押すように訊ねると、咲夜は私の眼を見ながら「ええ、もちろんよ。私はお嬢様に命を捧げた身。例えどんな結末が待ち受けていようと、最期まで自分の役割を果たすまでよ」と言い切った。

 

「見上げた忠誠心だな。レミリアが悲しむ理由がよく分かる」

 

 彼女の覚悟に、私は心の底から敬服していた。

 

「……さて、私はそろそろ仕事に戻るわ。また10年後に会いましょう」

「ああ」

 

 歩き出した咲夜に、一つ言い忘れていた事があり、呼び止める。

 

「ちょっと待ってくれ」

「なにかしら?」

「私が未来から来たことは皆に内緒にしておいてくれないか? 無論〝この時代の私″にもだ」

「ふふ、そんなの百も承知よ。時間旅行者の鉄則ですものね」

 

 咲夜はいたずらっぽい笑みで答えた。

 

「分かってくれているんならいいんだ。邪魔したな」

 

 彼女は手を挙げて答え、そのまま紅魔館の中へと入って行った。

 

「さて、私も移動を始めるかな」

 

 さすがにここだと目立ってしまうので、私は紅魔館を出て、霧の湖を突っ切り、人気が少ない森に移動して、魔法を発動する。

 

「タイムジャンプ発動――行先は西暦201X年6月6日午後10時!」

 

 例の如く足元に魔法陣が出現し、私はこの時代から跳び立っていった。



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第22話 咲夜の結末

 201X年6月6日――

 

 

 

 やがて時間移動が終わるのを感じ取り、私は目を開く。

 さっきまでの眩い青空は夜の闇に包まれ、辺りには月と星の明りだけが照らされていて、フクロウやホトトギス等の鳥の鳴き声が森の中から聞こえてきた。

 ここは10年経っても、何の変わりもないただの森のようだ。

 

「……行くか」

 

 私はふわりと浮かび上がり、幻想郷の最果てにある白玉楼を目がけて夜空を飛んでいく。途中で人里上空を通過したが、夜の火がぽつぽつと付くのみで、人通りは皆無だった。

 

(そういえば、親父の葬式以来かれこれ125年は人里へ行ってないな……)

 

 今の201X年という時間から考えれば15年後になる計算で、体感時間と現実時間の差が大きく、時間移動とはなんとも不思議なものだと改めて実感した私であった。

 そんな事を考えながら無言で飛び続ける事およそ20分、私はとうとう白玉楼へと通ずる長い階段へと辿り着く。

 幻想郷は森や林が多く緑豊かな土地が豊富で、野生動物や虫の類も多く、ここもその例に漏れず木々が沢山立ち並んでいるのだが、この辺だけは不思議と生き物の気配がなく、しんと静まり返っている。

 階段の麓に降り立って見上げてみれば、その先の空間に断層が出来て穴がポッカリと空いており、人魂らしき白い幽霊がその中を漂っているのが見える。

 さらに階段の脇に目を向けてみれば、獣道に近い荒れた小道が存在しその奥には小さな林が存在する。

 この先には八雲紫とその式神達の住居があると言われているが……、まあ今はこっちに用はない。

 私は視線を目の前の階段に戻した。

 

(よし、登るか!)

 

 私は意を決して、白玉楼へと続く階段の上を並行になるように飛んで行き、冥界へと通じる穴に飛び込む。

 景色はがらりと変わり、階段の脇に立ち並ぶ深緑の木々は満開の桜となり、雲で覆われたかのように真っ白な空には、大量の人魂が自由に飛び回っていた。

                                   

(やっぱり、いつ来ても不気味なくらい綺麗な場所だよなぁ)

 

 ついでにここに来てから薄ら寒さも感じているのだが、気温が下がって寒いというよりは、この土地特有の陰気な空気が原因なのではないかと思う。

 さて、そんな事を考えつつ階段の上を飛んでいくと、やがて終点、白玉楼の入り口たる門に辿り着き、私はその前に着地する。

 正面にあるのは、立派な瓦屋根のある長屋門。右を見ても左を見てもなまこ壁が続き、その果ては見えない。

 私は早速その門を潜り抜けようとしたところ、奥から足音が聞こえて来たので、立ち止まる。

 やがてその主は姿を現した。

 

「こんな僻地に来る物好きは誰かと思えばあなたですか。久方ぶりですね、霧雨魔理沙」

「妖夢か。久しぶりだな」

 

 やや硬い表情をしている妖夢に、私はいつも通り挨拶をした。

 

「それにしても何だか少し若返っているような――ああ、成程」

「なんだよ?」

 

 首を傾げたがすぐに一人納得した様子で頷いた妖夢に、私は眉根を寄せた。

 

「いえ、咲夜から聞いていた通りなので」

 

 そして妖夢は私に背中を向ける。

 

「彼女からあらかたの話は伺ってます。ついて来てください」

「ああ」

 

 私は妖夢の後に続いて、白玉楼の門を潜り抜けた。

 

 

 

 なまこ壁に囲われた白玉楼は、洋城みたいな外観の紅魔館とは対照的に、伝統的な和風の武家屋敷が威風堂々と建っていた。

 庭には松や桜等の樹木が植えられ、小川には景観に溶け込むように掛けられた銀杏の掘り込みが為された木の橋。随所には石造りの灯篭が飾られ、池には鹿威しや大小様々な庭石が並べられて、隅から隅に至るまでよく手が行き届いており、そこには小さな大自然が広がっていた。

 それは永遠亭の枯山水に負けないくらい美しく、かつて『幻想郷で一度は行ってみたい三大名所』と呼ばれただけの事はある。

 そして庭の中心には、一際存在感を放つ巨大な枯れ木――【西行妖】があり、その周辺にのみ流れる空気が違っているのを、少し離れた場所からでもはっきりと感じる。

 

「咲夜はあそこに見える【西行妖】の下です。それでは、私はこれで」

 

 たったそれだけを言い残し、妖夢は屋敷へ去って行った。

 

「やれやれ、よりによってあの木の下で待ってるのかよ……。あれには碌な思い出がないんだよなあ」

 

 かつての春雪異変の出来事を思い出し、苦い記憶が甦る。

 

「でもま、仕方がない。行くか」

 

 私は土を踏みしめ、小川のせせらぎを横目に、一歩一歩歩いていく。西行妖の木の下には、目を閉じたまま寄りかかるように佇んでいる咲夜の姿が見えた。

 そして私の接近に気づいた彼女は開口一番にこう言った。

 

「来てくれたのね」

「当たり前だ。約束したからな」

「貴女みたいなずぼらな人が、ちゃんと時間通りに来てくれて安心したわ」

 

 生前と何ら変わりなく、飄々とした態度の咲夜になんとなく安心感を覚えつつ、私はさらに口を開く。

 

「幽霊になった気分はどうだ?」

 

 彼女の体は半透明に透けていて足が無く、いつものメイド服とは違って、頭に天冠を被った純白の着物――俗に言う死装束を身に纏い、誰が見ても死んでいると一目で分かる姿だった。

 

「気分がどうと言われてもねぇ。肉体がなくなった影響なのか知らないけど、とても解放感がある感じ。この姿もまあ、中々悪くないわ」

 

 着物の袖を持ち上げ、幽霊となった自分の姿を見せるような仕草を取る咲夜。

 

「死んだ理由ってのはやっぱりアレか?」

「ええ、貴女の予言通りにね。昨日仕事の途中にパッタリと倒れて、気づけばこんな姿でここに居たわ」

「そうか。結局最後まで自分を貫いたんだな」

 

 哀れむような、悲しむような複雑な気持ちを込めた私の言葉に、咲夜ははっきりと頷いた。

 

「……咲夜はこんな結末を迎えて未練はないのか?」

 

 10年前と同じ質問をもう一度、幽霊になった彼女にぶつけた。

 

「もちろん。こうして命の灯が燃え尽きた最後の瞬間までお嬢様に仕える事が出来たのだから、感謝こそすれ、未練何てこれっぽっちもないわ」

 

 私の質問に咲夜はきっぱりと答え、満足そうなその目に嘘偽りはなかった。

 彼女は心の底から自分の人生を誇りに思っているのだろう。

 そんな彼女の生き様に敬意を表しつつ「……お前がそう言ってくれるのなら、きっと未来のレミリアも報われるだろう。しっかりと伝えておくぜ」と答えると、咲夜は途端に難しい表情になった。

 

「……その事なんだけどね魔理沙。先に一つ謝っておくわ」

「……なんだよ?」

「10年前、貴女が来たあの日からずうっと考えていたんだけどね、やっぱりお嬢様を苦しませることはできなかったわ。今後のことを考えると、どうしても我慢できなかったの」

 

 その妙に歯切れの悪い物言いに、私は眉を潜める。

 

「つまり何が言いたいんだ?」

「貴女が未来のお嬢様から預かって来た手紙……、それの返事を一昨日お嬢様に伝えたの」

「!」

「お嬢様は私の言葉を吞み込めていないようだったけれど、それでも私は生きてる間に伝えることができて満足だわ。きっとこれで、お嬢様の苦しみも少しは癒されると願いたい所ね」

「……何て、伝えたんだ?」

「『私はお嬢様に仕えることが出来て幸せでした。ですからもう、私の事で苦しまないで未来を生きてください』とね」

 

 咲夜の眼には涙が薄らと浮かんでいたが、彼女の口は止まらない。

 

「未来を変えるような事をしてごめんなさいね。でも、私のワガママでお嬢様の誘いを断って人間であることを貫いた手前、それだけは譲れなかったの……」

「別に構わないさ。お前には話していなかったが、私は私で重大な目的があってそれを当の昔に果たした。その事実がきちんと残ってさえいればいい。咲夜が気に病む必要はない」

 

 私にとって多少未来が変遷しようと、〝霊夢の自殺を未然に防いだ″という事実が確定されていれば、あとのことはどうでも良い。私は全知全能の神様でもないし、そこまでの責任を負うつもりはないし。

 

「……薄々感じていたけれど、やっぱり貴女ってこの時間の〝霧雨魔理沙″の未来の姿ではないのね。言ってみれば、〝幻想郷″とよく似た並行世界の霧雨魔理沙かしら?」

「今の話でそこまで分かるのかよ?」

 

 咲夜の本質を突くような発言に驚き思わず聞き返すと、彼女は勝ち誇るかのようにこう言った。

 

「私の能力をお忘れ? そのくらい理解できて当然だわ」

「……なるほどな」

 

 時間を操る程度の能力――まだまだ謎が多いな。

 

「それにもう一つの証拠としては、今の霧雨魔理沙は24歳。貴女と違って背も伸びたし、スタイルも良くなってね、大人びた女性に成長してるわよ?」

「マジか!」

 

 少女の姿で成長が止まった私からしてみれば、〝大人になった私″に興味がないこともないが、それを見てしまったらアイデンティティーが崩れてしまいそうなので、やっぱりやめておく事にする。

 

「霧雨魔理沙はこれからどうするのかしらね? もう結婚して子供がいてもおかしくない年頃なのに、いつまで魔法使いとしてやっていくのかしら?」

「そんなの私に聞かれても困る。そう言う咲夜はどうだったんだよ?」

 

 過去形なのは、彼女がもう亡くなってしまっているからだ。

 

「私はお嬢様に命を捧げた身だから結婚とか興味ないし、そも吸血鬼の館で働いてるから人里では私まで化物みたいな扱いされて、出会い自体がなかったのよねぇ」

「やれやれ、酷い話だな」

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまった。

 こんないい女性を放っておくなんて、里の男性は見る目がなさすぎる。

 

「……そろそろ時間のようね」

「え?」

 

 何を――と問いかける前に、咲夜の半透明な体がさらに薄く消えつつあるの気づいた。

 幽霊が現世に留まる理由は、一般的にはこの世に未練があるからだと言われている。ならば咲夜にとって、私との約束が現世に縛り付けていた未練だったのだろうか。

 

「咲夜――いや」

 

 彼女は例え未来のレミリアに懇願されても、意思を曲げなかったような強い意志の持ち主だ。何を言っても無駄だろう。

 なので私は、別れの言葉を告げることにした。

 

「咲夜、お前と知り合えてよかった。咲夜との出会いが私の人生に大きな花を咲かせてくれた。かけがえのないものを沢山貰った。――今までありがとう」

「……そういうセリフはね、私じゃなくて意中の男性に言うべきよ?」笑顔とも泣き顔ともとれる曖昧な表情を浮かべる咲夜。

「はは、悪いな。私の時は咲夜が急に倒れちまって、お別れの言葉も告げられないまま逝っちまったから、つい感傷的になっちゃってさ」

「そう」

 

 その間にも咲夜の体はどんどんと消えていき、私の涙腺からは冷たい液体が流れていた。

 

「――さよなら、咲夜」

「魔理沙……! ふふ、もし生まれ変われたなら、その時にまた会いましょう」

 

 咲夜は笑って見せ、間もなく風に舞って消えていった。

 

「……咲夜」

 

 消えていった空を見上げ、すぐ目の前で成仏した咲夜の名前を呟いた。

 

「……彼女は無事に輪廻転生の輪に乗ったわ。地獄の最高裁判長の判決を受けた後、また新たな生命として生まれ変わるでしょう」

 

 余韻に浸っていた私を引き戻すような声に、涙をぬぐいながらその主の方へと振り返った。

 

「……幽々子か」

 

 そこには優雅に佇む西行寺幽々子と、彼女の傍らに無言のまま控える妖夢の姿があった。

 

「ここに流れ着く魂は数知れず。けれどそれら全てに千差万別の人生や十人十色の人間ドラマがあって、何年経っても飽きないわ」

「……いい趣味してんな。お前」

「お褒めに与り光栄だわ」

 

 私の皮肉などものともせず、幽々子はニコリと微笑んだ。

 

「用も済んだし、私は帰る。邪魔したな」

「あら、もう帰ってしまうの? 折角来たのだから、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「ここは生者にとって、お世辞にも居心地が良いとは言えないからな」

 

 人間味がない――いや、生気のない美しさの白玉楼は異質すぎた。

 

「慣れてしまえばここは理想郷なのだけれどね。残念だわ」

「私はまだここのお世話になるつもりはないぜ」

 

 そうして立ち去ろうとする私の背中に、幽々子は言葉を投げかけた。

 

「さすれば一つ忠告を。あなたの持つ力は輪廻の輪、運命ですら捻じ曲げてしまう強力なもの。その力の重みを認識し、くれぐれも多用しないことね。閻魔様に目を付けられても知らないわよ?」

「……ご忠告どうも」

 

 それだけを言い残し、私は白玉楼を後にした。



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第23話 レミリアの変移

 ――西暦215X年9月17日 午前11時――

 

 

 

 白玉楼を出た私は、人目の付かない適当な場所で215X年9月17日午前11時、レミリアに頼まれた時間の30分後に帰り、紅魔館へ向かっていた。

 彼女への依頼の報告もあるけど、咲夜が201X年に起こした行動によって未来が変化している可能性があるので、それを確認する意味もある。

 空を飛び続けることおよそ30分、ようやく紅魔館が目視で確認できる距離まで近づいた私は、その門前にゆっくりと降り立った。

 すると、壁に寄りかかったまま瞼を閉じていた門番が目を開き、ゆっくりと此方に近づいて来た。

 

「お待ちしていましたよ。魔理沙さん」

「え?」

「一応確認させてもらいますが、貴女はお嬢様の頼みで150年前の9月1日に向かい、それを終えて今この時間に戻って来たばかり――と考えてよろしいですね?」

「そうだけど。なんでそれを知ってるんだよ?」

 

 今朝レミリアの屋敷に入る時には、確かコイツは熟睡していて事情を知らない筈。

 それなのにこの物言い、何だかまるで私が来るのを待ちかねていたみたいだ。

 

「その事についてもお嬢様から説明がございますので中へどうぞ。地下一階の大図書館にてお待ちです」

「はあ、分かったぜ」

 

 妙に丁寧な応対をする門番に首を傾げつつ、私は門をくぐって紅魔館の中に入っていった。

 

 

 

「おお!」

 

 玄関を開けた瞬間、私は新たな未来の変化に気が付いた。

 荒れ果て散らかり放題だった紅魔館の中は、大理石の床や天井、さらには煉瓦の壁に至るまで、まるで新居の様に磨き上げられ、埃一つ落ちていなかった。

 廊下を歩けば、怠惰で移り気のある事で知られるメイド妖精達がせっせと家政婦としての仕事に勤しむ姿が見られ、その統率された様はさながら軍隊のようだった。

 そして図書館の扉を開けて中に入れば、奥のテーブルにレミリアとパチュリーが向かい合わせに座り、何やら話し込んでいる様子。

 

「おーい、来たぜー!」

 

 自らの存在をアピールしつつ彼女達に近づくと、会話を止めて声を掛けて来た。

 

「いらっしゃい、待っていたわよ」

 

 さながら旧知の友人に話しかけるように喋るレミリア。

 

「……凄い、レミィの話していた事は本当だったのね。こんなことがあるなんて……!」

 

 対して、驚嘆と動揺が混じったような声色で私を見つめるパチュリー。その反応から、確実に〝今朝″とは違う未来に来たと認識し、レミリアに問いかける。

 

「レミリア、お前はこの私を知っているのか?」

「ええ。貴女は良くやってくれたわ。私が今こうして立ち直れているのも、全て貴女のおかげと言っても過言ではないわ」

「お、おう。そうか」

 

 柔和な笑みを浮かべながらストレートにお礼を言って来たレミリアに、私はくすぐったさを感じ、話題を逸らす。

 

「あーそういえばさ、跳び立つ前と比べて、屋敷の中が随分と綺麗になっていたんだが。一体どんな手品を使ったんだ?」

「ん? ……ああ、成程。残念だけどね、それは違うのよ魔理沙。貴女は一つ大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「まずね、私の認識では魔法使いになった貴女と出会うのは初めてだし、150年前に跳ぶように依頼した事実もない。それはパチェも同じ」

「え、本当に?」

 

 私がパチュリーの方を見ると、彼女はそれに肯定するように頷いた。

 

「ならどうして」

 

 ――そんな訳知り顔で話せるんだ? そう口にする前に、レミリアがその答えを出した。

 

「140年前の6月4日、咲夜が亡くなる前日に全てを聞いたの。その時は言葉の意味が分からなかったけれど、翌日に咲夜が倒れた時、私はそれが真実だと悟ったわ」

 

 レミリアは遠い昔を懐かしむように語っていく。

 

「最初は咲夜の死を大いに悼んだけれど、彼女はそんな私を望んでいなかったからね。無理矢理にでも元気を出して、踏ん切りを付けたわ」

 

『私はお嬢様に仕えることが出来て幸せでした。ですからもう、私の事で苦しまないで未来を生きてください』

 

 その言葉による心境の変化が、今のレミリアにとって良い方に出たのだろう。

 

「だからね、改めてお礼を言わせてもらうわ。ありがとう。手紙を送った〝私″も、報われている筈よ」

「……それは良かった。私も過去に戻った甲斐があったぜ」

 

 その後レミリアやパチュリーと会話を楽しみ、夜まで非常にゆったりとした時間を過ごしていった。

 別れ際に「またいつでもいらっしゃい」と、昔のレミリアでは考えられないような温かい言葉に、(ああ、丸くなったんだな)と思った私だった。

 自宅に到着して家の中に入った所で、ふと、ある疑念が頭の中を掠めた。

 

「あ、そういえば……」

 

 未来が再び変わった事で、もしかしたら昨日のようにまたアリスに説明をしないといけないのかもしれない。

 レミリア達の反応を見るにその可能性が非常に高い。

 

「……面倒くさいからまた今度でいいか。今日は色々疲れた、もう寝よう」

 

 私はベッドに潜り込み、睡眠魔法を掛けて眠りについた。




この話で第二章は終わりです。
ありがとうございました。
次の話から第三章に入ります。


以下第二章で起きた出来事を時系列順に纏めました。
文字数は約600文字です
興味の無い方は読み飛ばしてくれても構いません。


 西暦200X年9月1日 
 
【B】 紅魔館で咲夜に遭遇。未来のレミリアがどうなってるかについて事情を説明したが、咲夜の信念故に断る。そして咲夜自身の気持ちを改めて問うために、死亡日時の10年後に跳ぶ。【C】へ
 
 
     同日深夜⇒レミリア、咲夜に眷属になるよう勧めるが、咲夜は魔理沙に説明したのと同じように断る。
 
 
 西暦201X年6月4日  咲夜が死亡する前日、レミリアは咲夜から西暦200X年9月1日に有った出来事や、思いの丈全てを聞きだした。
      

 西暦201X年6月5日 咲夜が仕事中に倒れ、そのまま意識が戻ることなく帰らぬ人となる。
 
      6月6日の未明頃 咲夜死亡
      
      
【C】 同日午後10時 魔理沙は白玉楼にて、幽霊となった咲夜から、自分の人生は満足だったと聞く。そして、幽々子お墨付きの元、輪廻転生の輪に乗るのを見届けて、報告のために西暦215X年9月17日に戻る。



 西暦215X年9月17日 紅魔館に立ち寄った魔理沙、しかしそこはかなり荒れ放題だった。パチュリーとの昔話に花を咲かせていた時、レミリアに会った魔理沙は、咲夜の過去を変えて欲しいと頼まれて、140年前に時間遡航する。西暦200X年9月1日午前10時30分 【B】へ   (旧)


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第三章 幻想郷
第24話 西暦215X年の博麗神社


この話から第三章になります


 ――西暦215X年9月18日――

 

 

 

「今日は何処へ行こうかな~」

 

 翌日、秋風が吹き始め秋を感じ始めた晴天の日、私は幻想郷の空をあてどもなく飛び回っていた。

 二日連続で紅魔館へと向かうのは少しつまらないし、タイムジャンプを完成させるまで碌に出掛けることもなかった。もうやるべき事はやり尽くした感があるので、こうしてブラブラするのも良いだろう。

 

「♪~♪~」

 

 鼻歌を口ずさみながら飛んでいたその時、すぐ前を猛スピードで何かが横切って行き、突風に見舞われたので急停止する。

 

「ん?」

 

 何事かと思いその場に静止して見れば、先程横切った〝何か″は再び折り返して止まり、その姿を現した。

 

「あやややや! 誰かと思えば魔理沙さんではないですか! 貴女は亡くなった筈ではなかったのですか!? しかもそんな10代の頃の肉体に若返っちゃって、一体どんなトリックを使ったんですか!?」

 

(げげっ)

 

 矢継ぎ早に質問をしながら、デジタルカメラで遠慮なくフラッシュを焚く文に、私は面倒くさい奴に見つかったなと心の中でため息を吐いた。

  

「……お前には関係ないだろう。あっち行ってくれ。私は忙しいんだ」

 

 前の時間軸の時でも亡くなった親父との喧嘩の場面を見られ、それを面白おかしく記事にされた事もあり、あまり関わりたくない気分だ。

 

「あやや、冷たいですねぇ。ですが、こんな面白そうなネタを見つけたんですから離れませんよー! さあさあ、答えてください!」

 

 手帳を取り出し、メモを取る姿勢を見せながらグイグイと迫って来る文に、私は「秘密なものは秘密だ。教えることは出来ないぜ」と短く答えるまでに留める。

 文に私が事情を話せば、まず間違いなくそれをネタに面白おかしく記事を書き上げるだろう。

 前の時間軸でパチュリーが話していたように、時間移動能力を持つことを多くの人妖に知られるのはあまり好ましくない。

 記事にしないという条件ならば教えても構わないのだが、コイツが新聞のネタにしないという保証もない。結局の所、私は彼女のことが信頼出来ないのだ。

 

「ふふ、そうですか。ですが幻想郷最速の名を誇るこの私から逃げられるとお思いですか? 魔理沙さんが首を振るまで私は諦めませんよー!」

 

 不敵な笑みを浮かべる文。

 確かに彼女は物凄く速い。

 鴉天狗という種族的に移動速度が速いのはもちろんの事、文は【風を操る程度の能力】を持っているので、自分だけ常に追い風にして飛び続けるなんて芸当もできるのだ。

 私がかつて人間だった頃、文に何度か速度勝負を仕掛けたことがあったが、てんで歯が立たなかった。だけど今は、あの時とは違って幾らでもやりようがある。

 

「残念だが文。お前は私には付いてこれないだろうさ。じゃあな!」

 

 そう言って全速力で発進すると、直後「ほう、言ってくれますねぇ。いいでしょう、その喧嘩乗りました!」と文も追いかけて来た。

 魔力をフルに使い、足から飛行機のジェットエンジンの要領で放出する事で、圧倒的なスピード、時速に換算すると100㎞以上の速度を出したのだが、文はそれをいともたやすく上回り、私のすぐ隣に並行飛行した。

 

「あれあれ? まさかこの程度ですかぁ? 私はまだまだ全然余裕ですよぉ?」

 

 嘲笑うようにニヤニヤしている文だったが、私にとってはこれは想定内。むしろここからが本番だ。

 

「いつまでそんな余裕を保てるかな?」

 

 私は格好つけるように指をパチンと弾く。

 すると隣同士並び合うように飛んでいた文が、徐々に徐々に後退していき、私との距離が離れていく。

 

「え、何がどうなって。体が重い……!」

 

 さっきまで余裕綽綽だった文は急に焦り始め、翼をふんだんに動かしていたが、それでもじわりじわりと離されていく。

 私はそれに優越感を感じつつ種明かしをすることにした。

 

「答えは簡単、文の周りだけ時間の進む速度を遅くした。幾らお前が風より疾く飛ぼうが、時間の流れには逆らえないだろう?」

「ええっ、それって100年以上昔に亡くなった紅魔館のメイド長の能力じゃないですか! 何故魔理沙さんがそんな力を?」

「それは秘密だ。それじゃあな文!」

「あ、ちょっと!」

「心配しなくてもその術はいずれ解けるから大丈夫だぜ!」

「そうじゃなくてですね――!」

 

 何かを呼びかけている文を後目に、私はそのまま彼方へと飛んで行った。

 

 

 

 やがて文の姿が完全に見えなくなる所まで飛んだ頃、私は一息ついた。

 

「ふう、逃げ切ったか」

 

 今はこうして逃げることが出来たが、文は割と執念深いのでいずれまた追いかけてくるだろう。

 というよりか、この時間の〝霧雨魔理沙″が当の昔に死んでいる為に、私がこれから幻想郷の住人として生きていくためにも、私を知る妖怪達にはいずれ自らの事情を打ち明かさないとならないだろう。

 

(色々と先が思いやられるな)

 

 そうしてふと下を見ると博麗神社があるのに気づく。

 

(いつの間にこんな場所まで……。まあでもせっかく来たんだし、今代の巫女でも見ていくか)

 

 霊夢が死んだあの日から、私は博麗神社には全く寄らなくなり、博麗の巫女の情報も意図的に遮断してきた。

 だけどそろそろ、ちゃんと前を向いて過去を割り切らないといけないのかもしれない。

 

(アリスは今代の巫女は危ないって言ってたけど、まあちょっと顔見るだけなら大丈夫だろ)

 

 私はゆっくりと神社の敷地へと降りていく。ところが――。

 

「あ痛っ!」

 

 降りていく最中、空中で透明な何かにぶつかってしまい、私は空に弾き飛ばされてしまった。

 

「ったくもう、一体なんだ?」

 

 私はぶつかってしまったあたりを、目を凝らしてじっと注視する。すると、うっすらとした透明な壁が張られているのを発見した。

 

「これは……結界か?」

 

 それから神社の上空をグルっと一周してみたが、結界は神社を囲むように隙間なく張り巡らされていて、侵入する余地がなさそう。

 さらに言えば、この空はある程度の風が吹いているにも関わらず、神社の敷地内に生えている木々は揺れていなかった。

 恐らく、この結界の外からは中が見えないような特殊な術式が埋め込まれているのだろう。

 

(うーん、どうしたもんかなぁ)

 

 そんなことを考えていた時、目の前に二つのリボンが出現し、同時に空間の裂け目が生じてそこから割って現れるように八雲紫がお目見えした。

 

「うふふ、こんにちは魔理沙。博麗神社に何かご用?」

 

 スキマの縁に肘を付き、上半身だけ体を出している彼女に、私は疑問をぶつける。

 

「なんで結界が張られているんだ?」

「今代の巫女は妖怪が大嫌いみたいでね、神社に妖怪が入ってこれないように結界を張り巡らしているのよ。職務熱心なのは良い事だけれど、私にとっては悲しいことだわ」

 

 花柄の扇子で顔を覆い、よよよ、と大袈裟に哀しむ仕草を見せる八雲紫だったが、私は敢えてそれをスルーする。

 

「ふ~んそんなことになってたのか。博麗の巫女を一目見てみたかったが残念だな」

「あ、でもね。もし彼女に会いたいのなら鳥居を潜るように入れば大丈夫よ」

「そうなのか? サンキュー」

「今代の巫女に会うのなら注意することね。彼女は妖怪への憎しみが強いから、下手すると滅ぼされちゃうかもしれないわよ?」

「……物騒だな。せいぜい気を付けるよ」

 

 八雲紫はそう言い残してスキマの中に消えていったところで、私はある点に気づく。

 

(……ん、待てよ?)

 

 この時代で私と出会った知り合いの妖怪達は皆、私の姿を見て多かれ少なかれ驚いていたのだが、彼女だけは特段驚いた様子を見せず普通に応対していた。まるで最初から私を知っていたかのように。

 自意識過剰と言ってしまえばそれまでだが、それでも何かが引っかかる。

 

「まあいいか。それじゃ行きますかね」

 

 深く考えてもしょうがないと判断し、私は高度を下げて、そのまま神社の鳥居をくぐり抜けていった。

 

 

 

「ぐえっ」

 

 鳥居を潜りぬけ中に入った途端、私の体は急激に重くなり、参道の石畳に墜落してしまう。

 

「いててて、なんだ?」

 

 重い体を起こして周囲を見渡しても特に怪しいものは見当たらず、私は自分の体に注意を向けてみる。

 すると、その原因がすぐに判明した。

 

(魔力がないじゃん!)

 

 私が保有していた魔力が全て霧散してしまっており、墜落した原因も魔力が消失したことで、体を支えられなくなったことだと気づく。

 この不可解な現象に私はすぐに当たりを付けた。

 

(なるほど、この結界の中は妖怪の力を無力化するのか。……まあ、分かっていた事とはいえ自分が妖怪化したのは事実なんだな)

 

 今更ながらこんな形で自分の現実を突きつけられたが、自分の選択したことなので微塵も後悔はない。

 私は洋服の土埃を軽くはたいた後、境内の奥へ歩いていく。

 博麗神社は150年経っても閑古鳥が鳴いているらしく、参拝客の姿は見えなかったが、境内はきちんと綺麗に清掃されており、霊夢と違ってその辺をさぼるような巫女ではないようだ。

 そして神社の裏手にある縁側に、霊夢が着ていた脇をざっくりと開けた独特な巫女服を着た1人の少女が、座布団の上で正座をしているのを見つけ、私は彼女に近づいていく。

 年は10代後半くらいで黒髪黒目のショートヘア、目つきが鋭くクールな印象を受ける容姿だ。

 

「よう」

 

 私は友達に接する時のような感じで声を掛けたが、彼女は鋭い目つきで睨みつける。

 

「あんた誰?」

 

 その声には警戒心がこもっており、明らかに私は歓迎されていない様子だったが、構わず会話を続けていく。

 

「私は霧雨魔理沙。魔法使いだ。お前は?」

「博麗杏子よ。どうやってここに入ったの?」

「さっきスキマ妖怪に会ってな。アイツにこの神社の入り口を教えてもらったんだ」

「……ちっ、あの老獪(ろうかい)女め」

 

(スキマ妖怪で通じるのか……)

 

 彼女は敢えて聞こえるように舌打ちをした後、さらにこんなことを言いだした。

 

「なら私が妖怪嫌いだっていうのも知ってるよな? 今すぐ私の前から消え失せてくれ」

「……なんでそんな妖怪嫌いなんだ?」

 

 ここまで妖怪に敵愾心(てきがいしん)を抱く人間はそうそういないし、ましてや博麗の巫女は幻想郷の人と妖怪のパワーバランスを司る役割の筈。何故こんなに強い感情をむき出しにしているのか、私は気になって仕方がなかった。

 

「会ったばかりの奴に話す義理などない。今すぐ帰らないのであれば、ここでお前を滅してもいいんだぞ?」

 

 彼女は懐から博麗と書かれたお札と、赤白模様の陰陽玉を取り出し、臨戦態勢に入った所で、私は慌てて手を振りながら答える。

 

「おいおい待てよ。幻想郷には弾幕ごっこというゲームがあるだろうが。そんなガチで向かってくるなよ」

 

 妖怪と人間、捕食し捕食される関係でしかなかった世界において、人間でも強大な力を持つ妖怪と対等に渡り合えるように、と八雲紫発案の元、霊夢によって制定された弾幕ごっこ。

 以後妖怪が人間を食べることはほぼなくなり、殺伐としていた幻想郷は一定の平和が保たれるようになったと、昔紫から聞いたことがあった。

 

「フン、お前知らないのか? この結界の中に入ってきた妖怪はな、問答無用で滅してもいいというルールがあるのを」

「何!? そうなのか?」

 

(あのスキマ妖怪そんなこと一言も言ってなかったぞ!)

 

「……その様子だと本当に知らなかったようだな。そのまま返してやろうと思ったが気が変わった。お前はここで滅ぼしてやるよ。ああ安心しな、苦しまずに逝かしてやるから」

 

 目を丸くして驚いた私を彼女は鼻で笑った後、啖呵を切って私に襲い掛かってきた。

 

「冗談じゃない! 私は帰らせてもらうぜ!」

 

 私は急いで鳥居へダッシュし、そこから外へ出ようとした。

 だが――

 

「無駄だ」

「なっ!」

 

 鳥居にはいつの間にか結界が張られており、それにぶつかった私は地面に叩きつけられてしまう。

 

「お前はこの結界の中に入ったが最後、もはや出ることも敵わないのだ。さあ、観念しろ!」

 

 彼女は死刑を執行する刑務官のように、ゆっくりと此方へ歩いてきた。

 

「ま、待て! 落ち着いて話し合おうぜ! な?」

 

 必死に彼女を宥めようとしたが、まるで聞く耳を持っておらずその歩みが止まる気配もない

 

(まずいまずいまずい! これはどうしよう――!? ――――っておぉ?)

 

 この状況を打開する解決策を必死に考えていたその時、ある事に気付く。

 

(タイムジャンプ魔法が使えるじゃないか! よし、これでとりあえず逃げよう!)

 

 そうと決めた私は頭の中で魔法式を急いで練り、宣言する。

 

「と、跳べ!」

 

 宣言したと同時に、私のいる座標に魔法陣が出現し、体中が眩い光に包まれていく。

 

「!」

 

 私の異変に気付いた彼女がお札を投げてきたが、それが届く前に魔法の発動を終えていた為周囲が歪み始め、この時間から消えつつあった。

 

(ふう、間に合ったか……って、ああっ!)

 

 そう安堵したのも束の間、私は致命的なミスを犯した事に気づいた。

 

(し、しまったぁぁぁ! 時間指定を忘れたぁぁぁぁ!)

 

 巫女に焦って跳躍先の時刻を決めずにタイムジャンプを発動してしまった為、どの時間に跳ぶのか分からない。

 恐竜が闊歩する時代に行ってしまうかもしれないし、地球が太陽に呑みこまれる瞬間に行ってしまうかもしれない、最悪、時間の狭間に閉じ込められ永遠に彷徨ってしまうケースも考えられる。

 今更その時間を指定しようにも、魔法は完全に動き始めてしまっているために、時すでに遅し。この時間から薄らと消えゆく私の中で恐怖心が芽生えていた。

 

(あぁ私はどの時間に跳んでしまうんだろうか? 頼むから安全な時間に跳んでくれよ……!)

 

 私は目を閉じ、心の中で祈りながら時間移動が終わるのを待ちつづけた。



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第25話 幕間 人里にて

 ―――――――――side out――――――――――――

 

 

 

 幻想郷、人里――

 霧雨魔理沙が博麗神社で博麗杏子に襲われる事件が発生したその頃、永遠亭を出た黒髪の女性は迷いの竹林を抜けて人里に降りて来ていた。

 目的は一つ。何者かによる過去改変の影響を探ること。

 

「竹林の中は相変わらず鬱蒼と茂ってて変わった様子はなかったし、人里に何かあるのかしら?」

 

 22世紀にも関わらず、江戸時代のような木造長屋の住宅が立ち並ぶ街を彼女は一人歩いていく。

 注意深く辺りを見回す彼女は、その端麗な容姿と相まって通行人から注目を集めていたが、彼女はそれを全く意に介さず町を歩き回っていた。

 そんな挙動不審な彼女を、人里に入って来た時からじっと観察していた一人の女性がいた。

 その女性は青みがかった銀髪が特徴的で、彼女はしばらく経っても、その不審な動作を止める気配のない黒髪の女性を見かねて近づいて行った。

 

「……おい、そこで何をしているんだ?」

 

 銀髪の女性に声を掛けられた黒髪の女性は歩みを止めて振り返った。

 

「あら、貴女は確か寺子屋の……」

 

 黒髪の女性は銀髪の女性を値踏みするような視線で見つめた後、困り顔で口を開いた。

 

「ええと……どちら様でしたっけ?」

「……上白沢慧音だ。何度か会ってるだろう」

 

 憮然としながら、銀髪の女性は名乗りを挙げた。

 

「ああー! そうそう、確かそんな名前だったわね。ごめんなさい、私ったらうっかり度忘れしちゃった」

 

 自己紹介された黒髪の女性は、手をポンと叩きながら軽く謝罪した。

 

「……はあ、もういいよ。それで、永遠亭のお姫様が人里に降りて来るなんて珍しいな。何の用だ?」

 

 上白沢慧音は少し呆れつつ、皮肉交じりに用件を尋ねた。

 

「そう警戒しなくても良いじゃない。ただの散歩よ。別に何かをしようってわけじゃないわ」

「でもね、家を一軒一軒ジロジロと見て回りながら歩くあなたの行動は、客観的に見てもかなり怪しいけど? それをただの散歩と言い張るのは無理があると思うんだが」

「うーん。それなら一つ、慧音先生にお訊ねさせてもらおうかしら」

「……なんだ?」

「私はね、〝修正された過去″を探しているのよ。何か思い当たる節はないかしら?」 

「何だと!?」

「うふふ、その反応からして【歴史を食べる能力】を持つ貴女といえど、気が付かなかったようね」

 

 驚嘆している上白沢慧音の反応を見て、黒髪の女性は僅かながら優越感に浸っていた。

   

「いつだ!? いつ何時歴史が変わったんだ!?」

「どの年代の過去が変わったのかは分からないけど、〝歴史が変化した瞬間″は私の体感だと二日前と今日の2回ね。特に二日前の方が、〝揺れ″が大きかったわよ」

「そんなことがあったなんて……全然気が付かなかった……!」

 

 悔しい表情の上白沢慧音に、黒髪の女性は言う。

 

「〝有り得たかもしれない可能性の世界″の話ですし、それが変化してしまった以上、貴女の能力は及ばないかもしれないわね」

「む、でも満月の時ならば分かるかもしれないだろう。決めつけないでくれ」

「ああ、そういえば貴女はその時が全力を出せるのでしたね。これは失礼を」

「あややや、これはこれは珍しい組み合わせですねぇ」

 

 二人が口喧嘩を始めそうな時、それを遮るように頭上から快活な女性の声が響く。

 両者が会話を中断して空を見上げると、そこには小脇に大量の紙束を抱える射命丸文の姿。彼女がすっと両者の隣に降り立った所で、黒髪の女性が話しかける。

 

「貴女は確か新聞屋の……ええと、射命丸さんでしたっけ?」

「あやや! まさか永遠亭のお姫様に名前を覚えていただいていたなんて、感激です!」

「ふふ、貴女の記事はいつも楽しく拝読させてもらっているわ」

「そう言って頂けるのは貴女だけですよ~。最近はもう購読者が増えなくて大変なんですよー」

「あらあら、苦労しているのねえ」

 

 そんな会話の横で、上白沢慧音は「……私の名前は覚えていなかった癖に、なんでこんな奴の名前は知ってるんだ……」と、二人の耳に入らない程度の声量で失意混じりに呟いていた。

 

「ところで射命丸さんは何故ここに?」

「ああ、そうでした。号外ですよー! ついさっき急いで書き上げたばかりなので新鮮な情報です! さあさあ、見て行ってください!」

 

 半ば押し付けるような形で、射命丸文は上白沢慧音と黒髪の女性に号外紙を手渡した。

 A2サイズの両面印刷された号外紙の一面には、至近距離から撮られた仏頂面をした霧雨魔理沙の全身写真が載っており、隣に大きく『怪奇! かつて幻想郷に数々の旋風を巻き起こしたお騒がせ魔女が復活!?』との見出しが躍り、その下には本文が続いていた。

 その一面の見出しと写真だけを見た上白沢慧音は、不思議そうに呟いた。

 

「これ――魔理沙の写真じゃないか! それも若い頃の! 確か彼女は205X年に亡くなった筈だし、何かの間違いではないのか?」

 

 上白沢慧音は100年前に人里で行われた葬式に参列しており、その時の記憶は今もはっきりと残っていた。

 

「いやいや、確かに見たんですよー! この写真が何よりの証拠です!」

「……合成写真じゃないのか?」

「失礼な! 私は清く正しい射命丸ですよ!? 今まで記事を捏造した事なんてないですよ!」

「……余計信じられないな」

「そんなぁー!」

「そうよ! きっとこれだわ!」

「「!」」

 

 新聞を熟読しながら考え込んでいた黒髪の女性が突然大声をあげた事に二人は驚き、会話が止まる。

 

「ねえ射命丸さん。彼女の居所について何か知らないかしら?」

「あいにく逃げられてしまったので現在地は分かりませんが、昔住んでいた場所なら知ってますよ。……その代わりと言っては何ですが、永遠亭の内部事情を少ーし教えて貰えませんかね?」

「構わないわよ。ふふ、交渉成立ね」

 

 そうして黒髪の女性は射命丸文に何かを耳打ちし、彼女は「ほうほう」と頷きながら手帳にメモを取っていった。

 

「……こんなもので宜しいかしら?」 

「ええ。貴重なネタの提供ありがとうございます! 後日記事にさせてもらいますよ! では約束通り魔理沙さんの住居を教えます。場所は――」

 

 射命丸文は黒髪の女性に住所となる目印を丁寧に教えた後、自分の手帳の一ページを破りメモ書きを手渡した。

 

「わざわざありがとう」

「いえいえ、このくらいどうって事ないですよ。それでは私は号外紙を配りにいかなければいけないので、ここで失礼しますね!」

 

 射命丸文は翼を広げて空に飛んで行き、それを見送った後に慧音が尋ねる。

 

「今から行くのか?」

「話を聞く限りだと、ここから結構遠いみたいだしまた明日にするわ。夕ご飯の時間までに帰らないと永琳に怒られちゃうのよ」

 

 空の頂点で輝く太陽が徐々に傾き始め、もうすぐ夕暮時になりそうな時間となっていた。

 

「はは、そうか。明日行くのならば私にも声を掛けてくれ。魔理沙が今更現れたのも気になるし、お前の話が事実なら幻想郷の歴史家として放っておけん」

「別に構わないけど、寺子屋の仕事は大丈夫なの?」

「明日はちょうどお休みだからな、何をしようか考えていた所だったんだ」

「あらそうだったの」

 

 そして二人は詳細な時間と待ち合わせ場所を取り決めた後、黒髪の女性は上白沢慧音と別れて永遠亭に飛んで行った。



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第26話 ここはいつ?

 side 魔理沙

 

 西暦????年?月?日――

 

 

 

「ん……」

 

 少しして時間移動が終わったのを感じ取った私は、恐る恐る目を開ける。

 あの恐ろしい巫女の姿は無く、目の前には博麗神社が建っている。

 

(良かった。時間移動は成功したらしいが……、ここは何時だ?)

 

 本当はすぐに元の時間に帰っても良かったのだが、せっかく来たのでこの時間の情報を集めよう。

 そう思って何気なく後ろに振り返ると、衝撃的な光景が広がっていた。

 

「な……なんだよこれは!?」

 

 私の好きだった青く澄んだ空は、夕焼けよりも真っ赤に燃え上がり、緑豊かだった山や平地に広がる森は全て枯れ果て、明らかに体に悪そうな紫色の瘴気がそこら中に充満していた。

 ここから遠くに見える霧の湖は完全に干上がっており、魚の死骸が湖底に散乱している。ほとりに建っていた筈の紅魔館は瓦礫の山になっていて、崩れた時計台だけが寂しく残されていた。

 さらに人里があった方角を見てみると、鉄筋がむき出しになった高層ビル群が建ち並び、到底人が住んでいるようには見えない。

 まるで世界の終わりのようなひどい有様に、思わず「ここは……地獄なのか?」と呟いてしまった。

 

「うぇっ、しかもなんだこの匂い。ゴホッゲホッ」

 

 おまけに腐った油のような不愉快な匂いも立ちこめており、それを意識した途端に咳が出てしまった。私は口元を抑えつつ、改めて博麗神社に注意を向けてみる。

 ついさっきは一瞬しか見ていなかったので気づかなかったけれど、よくよく観察してみれば此方も酷い有様だった。

 崩れ落ちた瓦屋根、ドア枠から外れて傾いているボロボロの障子、深い亀裂が走りいつ崩れてもおかしくない支柱……。

 参道の石畳も粉々に砕け、鳥居は真っ二つに割れた状態で倒されていた。

 

「これが……博麗神社なのか」

 

 一瞬並行世界を疑ったが、こんなひどい有様であっても、私がよく見知った博麗神社であることに間違いはなく、ここが別の世界である事は否定された。

 

「まさか本当にここは幻想郷だと言うのか……?」

 

 一体この時代では何があったのだろうか。

 私は博麗の巫女に話を聞こうと思い、神社の縁側に駆けて行くと、そこには博麗の巫女ではなく八雲紫が座っていた。

 この壊れた世界で顔見知りに会えたことに安堵する反面、彼女もまた、私の記憶とはかけ離れた姿となっていた。

 透き通るような金色の髪はボサボサに乱れ、ハリとツヤがあった端正な顔はやつれてしまっていて、艶やかなドレスは擦り切れている。さながら彼女の精神状態を反映しているかのように。

 更にこうして観察していても、瞬きもろくにせずにただただぼんやりと真っ直ぐを見つめているだけで、何を考えているのかすらも分からない。

 とても声を掛けにくい雰囲気ではあったが、それでも私はお構いなく傍に駆け寄った。

 

「おいスキマ妖怪! これは一体何があったんだ!」

 

 私の声に彼女が顔を上げると、哀愁溢れる表情で呟いた。

 

「……うふふ、まさか遠い遠い昔の人間が目の前に現れるなんてね。こんな幻覚が見えてしまうなんて、いよいよ私も死期が近づいているのかしら……」

「しっかりしろ! 私は今ちゃんとここに居るぞ!」

 

 耄碌(もうろく)しかかってる八雲紫を正気に戻すべく、私は彼女の肩を揺さぶる。

 だが彼女は「フフフフフ、こんなに私を呼びかけてくるなんて、まるで本当にそこに居るみたい。そんなことある筈ないのにね……」と澱んだ眼で虚空を見つめたまま呟くばかり。

 

(ダメだ……、完全に壊れている……)

 

 私はひとまず彼女の異常については後回しにして、とりあえずこの状況について訊ねることにする。

 

「……なあ紫、どうしてこんなひどい有様になったんだ?」

 

 もしかしたら話が通じないかもしれないと思いながらの質問だったが、彼女は悲しげな表情を浮かべながら答えてくれた。 

 

「うふふ、見ての通りよ。幻想郷は壊れちゃった。妖怪も、人も、あらゆる生物は全て死に絶えて、後に残されたのは私だけ。アハハハハハッ、惨めでしょう?」

「なん……だって?」

 

 いつも飄々とした態度の八雲紫が狂ったように笑っている事に、私は何かおぞましいものを感じたが、そんな事よりも気になる言葉が。

 

(妖怪も人も全て死に絶えた……だって!? そんな、あり得ないだろ)

 

 幻想郷に住む妖怪たちは皆名うての実力者ばかりだ、そんな彼女たちが一人残らず逝ってしまうなんて全く想像が出来ない。

 

「……今は〝いつ″なんだ?」

「ふん、可笑しなことを聞くのね。今日は5月6日、立夏よ。暦上では田植えや種まきが始まり、草木が芽吹き始める時期なのだけれど、もはやここには何も残っていないわ。アハハハハ」

「いやいやいや、そうだけどそうじゃない!」

 

 確かに今の幻想郷には草木の一本すら残っていなさそうだが、それは期待していた答えではない。

 

「今は西暦〝何年″なのか教えてくれ!」

「? 今年は幻想郷第122A季、西暦に直すと300X年になるわね」

「300X年だって!? なんてこった……!」

 

 紫の言葉に、私はハンマーで頭を殴られたかのような強い衝撃を感じていた。

 

(とんでもない時間に来ちまったな。まさかここが850年後の未来だったとは……)

 

 夢も希望もないこの惨状に、もはや何も言葉が出ない。



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第27話 原因

(どうしたもんかな……)

 

 こんな未来を見せつけられてしまってはすぐ215X年に戻るのは躊躇われる。しかし幻想郷の創造主たる八雲紫がこんな調子ではどうすることも出来ない。

 そんな時、ふと彼女がじっと私を見つめている事に気づく。

 

「……それにしても、どうしてこのタイミングで魔理沙が現れたのかしら。地獄も白玉楼もまともに機能してない今、彼女の魂が出てくることは有り得ないのに……」

「紫。私は215X年から時間移動して来たんだ。博麗杏子に結界の中で襲われてな、とっさにタイムジャンプを使ったらこの時間に漂着しちまった。この惨状に驚きしか出ないぜ」

「時間移動ですってぇ!?」

 

 八雲紫の独り言に返事をしたその時、澱んだ目をしていた八雲紫に光が戻り、急に立ちあがる。

 さらに私に詰め寄りながらこう言った。

 

「う、嘘!? そそそ、それって本当なのかしら!?」

「お、おうそうだ。今から過去に遡ることもできるし、もっと未来に行くこともできるぜ」

 

 突然の態度の変化に戸惑いながらそう答えると、彼女は踊るように喜んでいた。

 

「なんて事……! 幻覚だと思っていた魔理沙が本人で、しかもこんなチャンスが訪れるなんて――!」

 

 そして完全に正気を取り戻した様子の八雲紫は、私の手を取った。

 

「ねえ、魔理沙。お願いがあるの! あなたにしかできない事なのよ!」

「な、なんだよ」

「今から500年前の西暦250X年5月27日に戻ってその時の私にこう言ってほしいのよ! 『A-10とNH-43の部分を修復するように』って! それだけで昔の私ならすぐピンと来るわ!」

「いや、待て待て。引き受けても構わないが、それをすることで一体何がどうなるんだ? 悪いがその辺を説明してくれないか?」

 

 崩壊した幻想郷、過去の自分への伝言……。

 これだけで何となく彼女の頼みについて見当はついたが、直接その理由を聞いておきたかった。決して意地悪なんかじゃない。

 

「……いいわ。説明してあげる。この幻想郷が崩壊してしまったのはね、博麗大結界の維持管理が行き届いてなかったからなの」

 

 そう前置きをし、彼女は手を放してから語り始めた。

 

「私がこの異変に気付いたのは今から70年前の11月11日。あの日突然幻想郷を覆う博麗大結界が破れて、外の世界の〝常識″が大量に雪崩れ込んできてね、この世界の法則が乱れてしまったわ」

「なんとか延命できはしないかと、ありとあらゆる手を尽くしたけれど、結果はご覧の有様。千年以上に渡って積み上げてきた全てがパーよ」

 

 両手を広げるようなポーズを取る八雲紫。彼女の口はまだ止まらなかった。

 

「こんなことになってしまった原因を調べたらね、その崩壊のきっかけが500年前にできた小さな小さな結界の綻びだったみたいなの」

「それが何百年もかけてどんどん広がっていってしまって、気づいたときには手遅れだったってわけ。だから500年前に戻って結界を修復してくれれば絶対幻想郷は崩壊しないはずなのよ! うぅ……」

「……なるほど、要するにお前の管理不行き届きの結果こうなってしまったって事なのか」

 

 話を聞き終えた私がそう言うと、彼女は罰が悪そうに答えた。

 

「……まあそう言われても仕方ないわね。言い訳させてもらうと、定期的な見回りにも気づかないほどの見えない綻びだったのだけれど、結果こうなってしまったものね」

「ああ、いや。別に責めるつもりじゃなかったんだ。済まなかった」

「別にいいわよ。……それで、どうかしら? やってもらえる?」

「任せておけ! 確かに伝えておくぜ!」

 

 おずおずとした感じでお願いしてきた彼女に私は快諾した。私としてもこんな姿の幻想郷は見たくないし、こんな未来は認めたくない。

 

「ありがとう。よろしく頼むわよ」

 

 少し涙目になった彼女の言葉に頷き、私は頭の中で時間移動の式を構築していく。

 

「タイムジャンプ! 行先は500年前! 250X年5月27日正午!」

 

 私は彼女の目の前で500年前へ跳んで行った――。



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第28話 26世紀の博麗神社

 西暦250X年5月27日――

 

 

 

「っと」

 

 魔法が終了した私は、すぐに周囲の状況を確認する。

 そこは先程までの地獄のような景色ではなく、空は青く、山や大地には緑が溢れ、鳥の囀りや自然の匂いがして、私のよく知るいつもの幻想郷が広がっていた。

 

「やっぱりこの景色の方が落ち着くなぁ」

 

 というか、200X年から500年経っても全く風景が変わらないのも凄い気がする。

 

(まあ、いいや。さて、早速用事を済ませるか)

 

 そう思って行動しようとした時、私の後ろから可憐な声がした。

 

「あ、あなた……!」

「ん?」

 

 振り返ると、少し離れた所から霊夢や博麗杏子と同じ赤白の衣装を身に纏う一人の少女が、唖然とした表情で私を指さしていた。

 彼女の年は10代前半くらい、霊夢と同じく黒髪黒目で、髪型は背中に掛かるくらいのストレート。頭に赤いリボンを付けて、おっとりとした雰囲気を出している清廉で可愛らしい女の子だ。

 その衣装を見た私はすぐに今代の博麗の巫女と当たりを付けた。

 

(あ~そういえばここ博麗神社だったな。――てか、あの妖怪を無力化する結界なくなってるじゃん。良かった良かった) 

 

 そんな事を思っていると、彼女は私の近くに寄ってきた。

 

「い、今突然そこにパッと現れたよね!? どうやったの!?」

「……あー、まあ私の能力とでも思ってくれ」

 

 説明が面倒くさいので私は曖昧にぼかすことにした。

 

「すご~い! ねえねえ、お名前はなんていうの?」

「霧雨魔理沙だ」

「わぁ素敵なお名前ね~! あたし博麗麗華っていうの! よろしくね!」

 

 満面の笑みを浮かべながら手を差し出した彼女に、私は「あ、ああ。よろしくな」と気押しされながらも握手を交わした。

 どうやら250X年の博麗の巫女は人懐っこい性格のようで、初対面の相手でも全く物怖じしていなかった。

 

「それにしても麗華って、なんだか霊夢に似てるな」

 

 名前もそうだし、容姿も霊夢が髪を伸ばしたらこんな感じになるだろうなって印象を受ける。

 まあサバサバした性格の霊夢とは対照的といってもいい所だが。

 

「そうなんです! あたしの麗華って名前はね、大昔に数々の偉業を成し遂げた偉大な巫女の霊夢様から頂いてるの!」

「そ、そうだったのか」

「今あたしが頭に付けてるこのリボンも、霊夢様が着けていたのと同じデザインなんですよ!」

「うんうん」

「それでねそれでね――!」

 

 それからも一方的に捲し立てるように喋り続ける麗華。

 私は適度に相槌を打ちながら聞いていたが、麗華の会話のペースは止まらず楽しそうに話していた。

 自分で会話の口火を切っておいてなんだが、このままだといつまで経っても会話のペースを握れそうにない。

 そう思った私は、彼女の言葉を遮るように言葉を発する。

 

「他にもですね――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。会話の途中に悪いが1つ麗華にお願いがあるんだ」

「はい、なんでしょう?」

 

 笑顔一つ崩さず返事する麗華。

 

「スキマよ――ごほん」

 

 いつもの癖でスキマ妖怪と呼び捨てにしそうになった所で、咳ばらいをする。

 

「八雲紫に用があるんだ。ここに呼ぶことはできないか?」

「はい、できますよ! 少し待っていてくださいね!」

 

 麗華は神社の縁側に駆けていき、建屋の奥に向かって「紫さ~ん、お客様ですよー!」と呼びかけた。

 すると奥から「はいはい、私に何か用かしら?」と八雲紫が現れ、私を見て「――って魔理沙じゃない! ええっ、どうしてここにいるのよ!?」と見てはいけないものを見てしまったかのような驚き方をしていた。

 

「あれ? もしかしてお知り合いなんですか?」

「ええ、彼女は霊夢の幼馴染でね、生前一番仲が良かったのよ」

 

 麗華の疑問に八雲紫がそう答えると、麗華は目を輝かせて喜んだ。

 

「そうなんですか!? 魔理沙さん凄い人と友達だったんですね! ぜひぜひ霊夢様のエピソードを聞かせて下さい!」

「ああ、私の用が終わったら話してやるからちょっと待っててくれ」

 

 そして私は、縁側に座る八雲紫に近づき、呆れながらに話しかける。

 

「――にしてもスキマ妖怪、なんで博麗神社にいるんだよ?」

「それはもちろんこの子が心配だからよ。もし悪い男や妖怪達に襲われたりしたら大変でしょ? だからよく顔を出しているのよ」

「お前なあ……さすがに過保護すぎやしないか?」

 

 とんでもない理由に私はますます呆れてしままったが、紫はあっけらかんと「少し過保護なくらいがちょうど良いのよ」と答えた。

 

「それより魔理沙、私に何の用? 当の昔に亡くなった筈の貴女が何故生きているのか、理由も添えてほしいわ」

「簡単に言うと、私は215X年に時間を自由に行き来できる魔法を開発してな、お前から見ると私は過去の人間なんだ」

 

 そう答えると、紫は目を丸くする。

 

「へえ……つまり今の貴女は時間旅行者だと言いたいのね? そして貴女は私の知る霧雨魔理沙ではない、と」

「ああその通り。そしてこの時間に来た理由は一つ。とある人物からお前に伝言を預かっているからだ」

「伝言? 誰からよ?」

「未来のお前からだ」

 

 私がそう言うと彼女はポカーンとしていた。

 

「未来の私? 何言ってるの貴女」

「本当の事だ。私は500年後の300X年5月6日から来た。そして未来のお前に『A-10とNH-43の部分を修復するように』と伝えるよう頼まれたんだ」

「どうして私が独自に振り分けた幻想郷の結界識別コードを貴女が知っているのよ?」

 

 軽く驚いた感じの八雲紫に私はこう答える。

 

「だから言ってるだろ? 500年後のお前に伝言を頼まれたって。この言葉通り一度見てきたほうがいいぜ。未来のお前はそれを切実に望んでいた」

 

 一心不乱に頼み込むあの時の紫の姿は、今も鮮明に焼き付いている。

 

「……」

 

 私の言葉に彼女は少し考えた後こう答えた。

 

「――まあ確認するだけなら何もないでしょうし、いいでしょう。貴女の言葉に乗ってあげます」

 

 あくまで上から目線の彼女は、傍で黙って話を聞いていた麗華に「麗華、私はちょっと結界の様子を見てくるわね」と言い残してスキマを開く。

 

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 八雲紫はスキマの中へと消えて行き、後に残されたのは私と麗華だけとなった。

 

「さて、どうなるかだな」

「……あの! それで霊夢様のエピソード聞かせてもらえませんか?」

「おお、いいぜ。何から聞きたいんだ?」

「お任せします!」

「分かった。そうだな、まずはこれから話すか――」

 

 私は縁側に座り、八雲紫が戻ってくるまで霊夢の思い出話をしていた。

 

 

 

「~って事があってな。あの時はめっちゃ大騒ぎだったんだぜ」

「あはは、そうなんですか。霊夢様ってとっても面白い方だったんですね」

「ただいま~」

「あ! お帰りなさい。紫さん」

 

 麗華とお喋りを楽しみ、そろそろ日が沈みそうな時間になった時、八雲紫が戻って来た。

 

「魔理沙、あなたの言葉嘘じゃなかったのね。調べてみたら確かに結界の綻びが見つかったんだもの。もちろんすぐに直しておいたけど、普段の私では気づけないくらい小さな綻びだったわ」

「そうかそうか、それは良かったぜ」

 

(これで500年後の惨劇を避けることができたのだろうか。確認しに行く必要があるな)

 

「ところで、この綻びを放置していた未来はどうなっていたの?」

「幻想郷が崩壊してたぜ。こんな綺麗な風景は跡形もなくなっていたし、この神社も倒壊寸前だった」

「……それ本当? あの程度でそんな大げさな事になるとは思えないのだけれど」

 

 八雲紫は私の言葉をあまり信じていないようだった。 

 

「ま、信じるも信じないも勝手さ。――さて、それじゃ私はそろそろ行くことにするぜ」

 

 そう言って立ち上がると、麗華は名残惜しそうに。

 

「魔理沙さんもう行ってしまうんですか?」

「いつかまた遊びに来るよ。お前と話しているのは楽しかったぜ」

「はい、待ってます! ぜひまた来てくださいね!」

 

 麗華は笑みを浮かべ、八雲紫が続いて口を開く。

 

「魔理沙、次はどの時間に向かうつもりなの?」

「500年後の様子を見ておこうと思ってな。幻想郷が無事なのを見届けたら私は元の時間に帰るさ」

「……そう。なら500年後に再びこの場所で会いましょう。魔理沙」

「ああ。それじゃあな」

 

 私は八雲紫の言葉を背に、再び500年後の5月6日へと跳んで行った。 



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第29話 誤算

 ――西暦300X年5月6日――

 

 

 

 時間移動が完了した時、私は宙にいた。

 

「んなっ!?」

 

 そして驚く間もなく、重力に従って落ちていく。

 私は咄嗟に空を飛ぼうとしたが、何故だか浮遊魔法が発動せず、いつものように浮かび上がることができない。

 というよりか、周囲の様子も大きく変貌している。

 幻想郷特有の超自然的な神秘性は消え失せ、雄大な自然は何やら機械的な町並みに変貌していた。

 すぐ真横には全面ガラス張りの高層ビルが建っていて、それと同じような建物が遥か先まで建ち並んでいる。

 まるで昔紫から伝え聞いた外の世界の都市のようだが、今は悠長に観察している暇はない。

 石で舗装された道路の中央を走る自動車と、路肩を歩く人々。それらが豆粒のように小さく見える事から推測するに、地上数百メートルの高さから落下しているからだ。

 

「クソッ!」

 

 何故こんな高い所から落ちているのか? そもそもここはどこなのか? などと考えている余裕はない。

 今は一刻も早くこの状況を何とかしないといけない。

 旧都に住み着く鬼ならいざ知らず、魔法使いの私がこの高さから地上に叩きつけられたら、確実にミンチになってしまう。

 私は腰に下げた八卦炉を掴み、地表目がけて宣言する。

 

「マスタースパーク!」

 

 私の切り札の反動で落下速度を緩めようとするものの、それは全開の時の極太の光線とは程遠く、窓の隙間から差し込む光のようにか細いもので、地表まで届かずに掻き消えてしまう。

 とどのつまり、魔力が圧倒的に足りていなかった。

 

「くっううっ!」

 

 私は必死にマスパを出し続け、何とか落下速度を緩めようとする。

 だがその速度は依然として風を切るように疾く、生存ラインには到底届かない。

 

(まずい――まずい!)

 

 どんどんと地上が近づいているにも関わらず、状況が好転しない事に私は大いに焦っていた。

 しかし魔法もパラシュートも無く、開かれた窓すらない今、これ以上の最善手が思い浮かばない。

 時間旅行者の私が時間が欲しい、やり直したいと切に願うのは、なんという皮肉だろうか。

 結局殆ど減速できないまま、地上にかなり近づいてしまい、デッドラインは間近に迫っていた。

 

(ああ――私も今度こそ終わりなのかもしれないな。ならば!)

 

「おまえらどけええええ!」

 

 せめて他の人達に迷惑を掛けないようにと、私は地上を歩く通行人たちに大声で叫んだ。

 

「ん?」

「なんだなんだ?」

 

 通行人達が立ち止まり一斉に上を見上げると、パニック状態になり叫んだ。

 

「うわああああ! 飛び降りだああああああ!!」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

「キャアアアアアアア!」

 

 中年男性、青年、若い女性など、性別も年齢も違う通行人達は落下地点から逃げて行き、近くには誰もいなくなった。

 

(これでいい……。気休めにもならないだろうけど、一応頭だけは守っておこう)

 

 最早蚊取り線香のように弱くなってしまったマスパを放ちつつ、死の覚悟を決めていたその時だった。

 一人の少女が真横の高層ビルから現れ、私の真下、落下予測地点で立ち止まった。

 

(!)

 

「そこの嬢ちゃん上だ上! 危ないぞ! 早く逃げろー!」

 

 退避した中年男性がその少女に向けて必死に呼びかけていたが、彼女はそれを無視して私を見上げる。

 そして少女は腕を手前に真っ直ぐに伸ばしたまま、私との距離を測るように少しずつ移動し、やがてすぐ真下に立ち止まる。

 それはまさしく、落ちてくる私を受け止めようとしているような……。

 

「無茶だ嬢ちゃん! 死ぬぞ!」

「私の事はいい! はやく逃げろ!!」

 

 中年男性に続いて私もそう呼びかけたが、少女はその体勢を維持したまま私をじっと睨みつけている。

 

(あ――)

 

 地上が目前に迫り、私は反射的に目を閉じる。

 直後、柔らかい感触と強い衝撃が襲い、意識が吹き飛んだ。

 ――トマトが潰れた時のようなグチャリとした嫌な音と共に。



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第30話 生と死

「……ううっ」

「おぉ……!」

「目を覚ましたぞ!」

「すげえ!」

「生きてるぞあの娘」

「奇跡だわ!」

「良かったぁ」

「身代わりになったあの少女も報われたな」

 

 周囲の喧騒と、感心したような声に引っ張られるように私は目を覚ました。

 

「イテテテテ」

 

 ゆっくり起き上がると首から下にじんわりとした痛みがあったけど、猛烈に痛いって程ではなかった。

 

(ほっ、死を覚悟していたが助かって良かった。受け止めてくれたあの女の子には感謝しないとな……)

 

 そんなことを思っていたその時、至近距離から男性の大声が響く。

 

「傷者の少女が目を覚ましました!」

「!?」

 

 私はビクっとしながら慌てて視線をあげた。

 天高くまで伸びる高層ビルの下、手を伸ばせば届くくらいの距離に、顎にマスクを下げて全身水色のブカブカな衣装を身に纏った若い男の人が立っていた。

 その衣装の左胸には救急救命士と刺繍が施されており、字面的に命を急いで助ける役割を持つ人なのだろう。

 ついでに今気づいたことだが、私は彼のお腹の高さに浮かぶストレッチャーに寝かされていたようで、胸から下には毛布が被せられていた。

 彼のすぐ近くの路肩には、上部に赤色灯、真っ白なボディーに救急車と赤くペイントされた自動車が停車している。救急救命士が乗って来た車なのだろうか?

 隣には、陰陽玉のように白と黒にくっきりと分かれた細長いボディーの自動車が停車していて、日本警察と黒文字でペイントされていた。

 高層ビルも自動車も幻想郷には全く無い物だが、紫からその存在だけは聞いていた。

 だけど紫が話してた自動車にはタイヤというものがあったはずなんだけど、目の前の二台にはそれが無く、地面から10㎝ほど浮いている。

 さらに少し離れた場所からは、私達を囲むように野次馬が集まっていて、幾人かが丸型レンズがくっついた箱型の機械をこっちに向けて、シャッターを切っていた。

 あの形状は恐らくデジタルカメラという奴だろう。

 

(ちょっ、何勝手に撮ってんだ!)

 

 そう文句を付けようとした時、救急救命士の男の人が私に声を掛けて来た。

 

「君、名前は?」

「え? あ、はい。霧雨魔理沙です」

 

 敬語で丁寧に答えると、その男の人は胸ポケットに手を伸ばす。

 手のひらサイズの薄くて平たい機械を取り出すと、画面を何度か触りながら言った。

 

「え~と、霧雨魔理沙さんね。ふむふむ、ついさっきここでバイタルチェックをした限りでは骨や筋肉、神経に異常は見られなかったけれど。どうだい? ちゃんと手や足は動くかな?」

 

 彼に言われるがままに私は指先や足先に力をこめてみる。

 すると、先程まで感じていた痛みや硬直は無くなっていて、自分の意図する通りにはっきりと動いた。

 

「特に痛みもないですし、大丈夫です」

「そうかそうか。大事なくて良かったよ。一応病院で詳しい検査を受けることも出来るけど、乗っていくかい?」

「い、いえ。大丈夫です」

 

 後ろの救急車を指さしながらそう提案してきた彼に、私はやんわりと断った。

『乗っていくかい?』の意味は分からなかったけれど、救急車という文字と病院で検査という言葉から推測するに、これは怪我した人や病人なんかを急いで治療施設に運んでくれる乗り物なのだろう。

 怪我がないと分かった以上、それに乗る必要はない。

 むしろそんなことよりも聞きたい事があった。

 

「あの、私を助けてくれた少女がいる筈なんですけど、彼女はどこにいますか? 一言お礼を言いたくて」

「それはっ……!」

 

 私が質問した途端、彼は気まずそうな顔に変わり、言葉を詰まらせていた。

 彼の態度を不審に思い、再び周囲を観察して見ると、私が落ちて来たと思われる歩道の一部が目に付いた。

 そこでは背中に〝警察″と記された紺色のジャンパーを身に付け、腕に〝警察官″と文字が記された腕章を着けた二人の壮年男性が、その場を隠すようにくしゃくしゃのブルーシートで囲っていた。

 さらに同じ恰好をした三人の若い警察官が、現場の近くで地面にしゃがみ込んだまま周囲の状況を調べており、重い空気が流れていた。

 

(……)

 

 何気なしに私の体に掛けられていた毛布を少し捲ってみると、自分のエプロンドレスの前面やスカートに血がべったりと付いていた。

 私がどこも怪我していないのは私自身が良く分かっているし、隣の彼もそれを保障していた。

 つまりこの血の主は……。

 

「まさか――!」

「あっ霧雨さん!」

 

 嫌な予感を抱いた私はストレッチャーから飛び降り、彼の制止を振りきってブルーシートに囲われた場所に駆けていく。

 

「おい君! 入っちゃいかんよ!」

 

 途中、私の接近に気づいて警察官が呼び止めていたが、私はその間を上手に潜り抜けてブルーシートの中に突入した。

 

「!!」

 

 中の光景を見た私は、絶句してしまった。

 灰色の地面にはおびただしい量の血だまりができていて、そこを中心に少女の〝体だったもの″が服の破片と共に散らばり、最早元の姿も判別できないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。

 さらにその凄惨な現場では、ビニール手袋をはめた二人の救急救命士の男性が死んだ目で後片付けをしている。

 この現場の光景、そして救急救命士の彼らの行動――それはつまり、誰がどう見ても遺体の処理をしているとすぐに理解出来るわけで……

 その事実を否応なしに理解してしまった私は、感情を抑えきれず絶叫した。

 

「そ、そんな……! イヤアアアアアアア!!」

 

 見ず知らずのあの少女は私の身代わりとなってしまった……。

 私のせいで……。

 

「こ、こらっ! 勝手に入るんじゃない!」

 

 ぎょっとした様子の救急救命士達が手を止めて私を見上げる中、ブルーシートの外から慌てて入って来た壮年の警察官に後ろから羽交い絞めにされた私は、そのまま引き摺りだされた。

 

「離してぇ! 離してよぉっ!」

「お、おいっ暴れるな! 落ち着けっ!」

 

 手足をバタつかせて抵抗するものの、この警察官の力はかなり強く、一介の少女でしかない私の力では抜け出す事が出来なかった。

 

「被疑者が錯乱している! 取り押さえろ!」

 

 羽交い絞めにしている壮年の警察官の指示で駆けつけてきた別の警察官が、暴れる私の腕や足、さらに腰を掴み、ますます身動きが取れなくなってしまった。

 

「よし、そのまま連行しろ!」

「待ちなよ」

 

 その時、聞こえるはずのない少女の声がブルーシートの中から聞こえ、私を含めた全員の動きが止まる。

 直後、ブルーシートがはためき始めたかと思えば、不死鳥の形をした炎が巻き上がり、一瞬で消えた。

 そして炎の中心から一つの人影が現れ、その姿を現した。

 

「大の男が女の子によってたかって襲いかかるなんて、恥ずかしくないのかい?」

 

 突然の出来事に尻餅を付いた救急救命士、唖然とした様子の警察官、水を打ったかのように静まりかえる野次馬達。

 そんな彼らの中心で、少女は格好つけたように佇んでいた。

 一方私は、その少女の顔に見覚えがあり、錯乱状態に陥っていた頭が一気に冷静になった。

 

「お前は――! 妹紅じゃないか!」

「久しぶりだな魔理沙。こうして顔を合わせるのは約九百年ぶりか?」

 

 西暦300X年、見知らぬ土地の遠い未来で再会した妹紅は、クールな笑みを浮かべていた――。



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第31話 少女の正体

「い、今の炎何!?」

「あの女の子生きてたみたいだぞ!」

「噓ー! マジで? 信じられない!」

「お、俺は確かに潰れる瞬間をこの目で見たぞっ!」

「つーかあの銀髪の子めっちゃ可愛くない?」

「モデルさんなのかな?」

「もしかして映画の撮影なのか?」

「撮影? カメラどこー?」

 

 妹紅が完全に姿を現し、言葉を話したことでギャラリー達が騒いでいた頃。

 

「ま、まさかあの状態で生きていたというのか……? 馬鹿な……有り得ない……!」

 

 ついさっきまで妹紅の遺体を拾い集めていた救急救命士の男性は、愕然とした様子で呟いていた。

 まあ妹紅の蘇生(リザレクション)を間近で見ていたのなら、そんな反応をしてもおかしくはない。

 私も初めて見た時は度肝を抜かれたものだ。

  

「あー?」

 

 その周囲のどよめきを知り、妹紅は辺りを軽く見まわすと「……あー、これは手品さ。どうだ驚いたろ?」と肩をすくめる。

 

「手品だって?」

「あれが?」

「あんなの初めて見たぞ」

「CGじゃないのか?」

「嘘だろ?」

「どんな種があるっていうんだ?」

 

 しかし野次馬たちは妹紅の弁明を聞かず、半信半疑の眼差しを向けていた。

 そして警察官達はいつの間にか私から離れ、妹紅を取り囲んでいた。

 

「……この状況について詳しい説明を求める。署までご同行願おうか」

「悪いけどそんなつもりはないわ。私に近づくと火傷するよ!」

 

 直後、妹紅の体から炎が噴出して火だるま状態になり、警察官達はおののきながら一歩下がった。

 

「な、なんだあいつ……! 化物か!?」

 

 炎の中で平然としてる妹紅に対し、野次馬のうちの一人がそう呟くと、彼女は悲しい笑みを浮かべながら振り向いた。

 

「……ああ、そうさ! 私は化物さ! さあ、早く退散しないと焼き尽くしてやるぞ!」

 

 そう言って火の玉を作り出すと、野次馬達のいる方角に向けて思いっきり投げつけた。

 着弾と同時に爆発と火柱が上がり、一面パニックになった。

 

「うわあああああ!」

「キャアアア!!」

「に、逃げろおおお!」

「焼き殺される!」

「ひえええええ!」

 

 着弾した場所や妹紅の性格を考えると、明らかに当てるつもりのない火の玉ではあったが、野次馬と救急救命士の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 残されたのは私と警察官達だけとなり、老年の警察官が部下らしき警察官達に指示を出す。

 

「クッ、なんてことだっ! 市民を守れ! 発砲を許可する!」

「「「「はっ!」」」」 

 

 警察官達は秩序だった動きで腰に下げたベルトから機械チックな細長い筒状の物を取り出し、それを一斉に妹紅に向ける。

 あれは確か本で読んだ事がある……〝銃″とかいう外の世界で使われている武器だっけか。

 しかしそれにしては、私が見た時よりも随分と洗練されたデザインみたいだが……。

 

「ふっ、これじゃまるで私が悪者みたいじゃないか。ひどい話だな」

 

 銃口を向けられている妹紅は自嘲するように笑っていたが、警察官達は警戒態勢を崩さない。

 

「これが最後通牒だ。大人しく投降しろ! さもなければ撃つぞ!」

「ふん、嫌だね。やれるもんならやってみな」

 

 それを妹紅は拒否すると、老年の警察官は大きくため息を吐いた後、部下に向かって指示を出した。

 

「撃てぇぇぇぇ!!」

 

 刹那、警察官の手元から風船が破裂するような音と同時に光線が発射されて、妹紅は全身をそれに貫かれる。

 

「ぐはぁっ……!! ぐぅぅっ!」

 

 血液が噴出し、体に細い風穴が空いたその姿は明らかに致命傷であり、普通の人間なら絶命してもおかしくないものだった。

 だが妹紅は頭や全身の至る所から血を流しつつも倒れておらず、血気迫る表情で啖呵を切る。

 

「ほらほらどうした! この程度か!? 化物の私を殺してみろ!」

「う、うわああああああ!」

「馬鹿な……!」

「な、なんだよこいつ!」

「ひいっ……」

 

 警察官達は皆銃を下げながら後ずさり、恐怖の表情を貼り付けて、すっかりと怯んでしまっているようだった。

 そしてその隙を付き、妹紅は警察官達の間を縫うように通り抜け、私の元に来た。

 

「今の内に逃げるよ! ついてきて!」

「お、おう!」

 

 私は妹紅の手を取り、彼女と一緒に駆けていく。

 

「――はっ! お、追えー! 絶対に逃がすな! 取り押さえろ!」

「我々の手では負えない! 本部から応援を要請しろ!」

「「はっ!」」

 

 背中から一拍遅れて聞こえてきたそんな声と共に。



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第32話 藤原妹紅が語る幻想郷の結末

2016年最後の投稿になります
良いお年を


 

「はあっはあっはあっ」

「こ、ここまで来ればもう大丈夫だろうっ……!」

 

 血塗れの妹紅と街の中をしばらく走り続け、執拗に追いかけて来る警察官達をようやく振り切る事が出来た私は、ビルとビルの間の細い路地裏に隠れて一息付く。

 道中通行人たちが皆有り得ないものを見るような目つきをしていたが、逃げるのに必死で人の目を気にしている余裕はなかった。

 

「くうっ」

「だ、大丈夫か?」

 

 気が抜けてしまったのか、いきなり倒れ込んでしまった妹紅に私は慌てて声を掛ける。

 よくよく考えてみれば、彼女は立ってるのが不思議なくらいの大怪我を負っていたので、こうなってもおかしいことではない。

 

「ちょっと離れていてくれ、一回死んでリセットする」

「う、うん」

 

 妹紅の指示に従い、私はその場から少し離れた。

 それを妹紅が確認した後、地に伏せたまま妹紅は自爆する。

 直後、先程と同じように不死鳥の形をした炎が巻き起こり、その中から怪我一つない姿の妹紅が現れた。

 

「相変わらず妹紅のリザレクションは凄いな。流石蓬莱人といったところか」

「はは、こんな能力あまり嬉しくないんだけどね」

 

 妹紅は自嘲するように呟いた。

 

「ついでに魔理沙の汚れた服も、綺麗にするよ」

 

 妹紅は手の平に透き通るような青い炎を生み出し、それを私に近づけた。

 すると私の全身が炎に包まれるも、火傷する程熱い訳でもなく、まるでお風呂に入っているかのような心地よい暖かさだった。

 やがて青い炎が消えると、私の服に付いていた血痕や、ついでに汗や汚れなんかも綺麗になった。

 

「これは浄化の炎って言ってな、体を清める効果があるんだ」

「そんな技があるのか。サンキュな。この服どうしようかと思っていたところだったんだ」

「私の方こそ、もうちょっとスマートに受け止めることができれば、こんな大事にならずに済んだけどな」

「いやいや、それでもお前が身を挺して守ってくれたおかげで私はこうして生きている。ありがとう」

 

 文字通り命を投げ打って私を受け止めてくれた妹紅には、本当に感謝しかない。

 

「止せよ、別に大したことじゃないからさ。ところで魔理沙、どうしてあんな高い所から降って来たんだ?」

「それが私にも分からないんだ。何故か魔法は使えないし、確かに博麗神社からこの時代に跳んだ筈なのになあ」

 

 タイムジャンプ魔法は空間座標の指定が出来ない――つまり、時間がどれだけ変わっても跳ぶ前と全く同じ場所に出てくる事になっている魔法だ。

 なのでここは幻想郷の筈なのだが……、それにしてはどうも文明が発展し過ぎている気がするし、魔法が全く使えなくなってるのがおかしい。

 200X年⇒250X年の時と、250X⇒300X年でこんなにも色々と変わってしまうのだろうか?

 そんな事を考えていると、妹紅からこんな質問が出てきた。

 

「ねえ、この時代に跳んだっていうのは?」

「実はな――」

 

 私は妹紅にこれまでの経緯を簡単に説明した。

 

「……成程な。紫の言っていた通りか」

「その口ぶり、妹紅は何か知っているのか?」

 

 妙に納得したような態度で頷く妹紅に私が聞き返すと、彼女は少し逡巡するような態度を見せてから答えた。

 

「……そうね、結論から言いましょうか。幻想郷は200年前に完全に滅びてしまったんだ。……外の世界の人間達によってね」

「滅んだ!?」

 

 淡々と話す妹紅の言葉に、私は動揺を隠せなかった。

 

(何故だ……何故滅んでしまったんだ? 紫の指示した通り確かに結界を直した筈なのに)

 

 しかも元の歴史では幻想郷が滅亡したのは293X年の筈だが、今回は280X年と130年も滅びの時が早まっている。

 この違いは一体何なのだろうか?

 それに加え、最後に妹紅が話した言葉も私にとっては聞き捨てならないものだった。

 

「しかも外の世界の人間達にってどういうことだよ?」

「言葉通りよ。今からちょうど200年前、幻想郷に突如外の世界の軍隊が侵略してきてな。あれよあれよという間に科学の手が入って、今ではこんな無機質なコンクリートジャングルに生まれ変わってしまったという訳」

「なんだって……!?」

 

 最悪な事に、私が今いるこの場所は200年前まで幻想郷だった土地のようだ。

 

(……成程、私が空から落ちて来たことにも納得がいった)

 

 タイムジャンプ魔法は割と手軽に使える時間移動だけれど、前述のとおり空間座標がそのまま動くことがないのが唯一の欠点だ。

 これはあくまで推測だが、博麗神社は山の上に建つ神社なので、200年の間にその山や神社が取り壊されてしまった為に空から落ちるはめになったのだろう。

 

「……紫は? 八雲紫はどこにいるんだ?」

 

 一体何故こんな事になってしまったのか。

 あいつに会ってもっと詳しい話を聞きたい――その思いは、妹紅の言葉によって砕かれることとなる。

 

「……彼女は200年前に亡くなったよ。最期まで幻想郷を守る為に奮闘していたけれど、外の世界の科学力には敵わなかった」

「……噓だろ?」

 

 紫が亡くなったって?

 アイツは殺しても死なないような、それこそ不老不死なんじゃないかってくらい強力な大妖怪だ。

 そんな彼女が亡くなったなんて、到底信じられるものではない。

 だが妹紅は、そんな私の心情を汲み取ったかのように。

 

「信じたくない魔理沙の気持ちも良く分かる。だけど私は、紫がこの世から消えていく瞬間をこの手で看取ったんだ」

「…………」

「紫にかかわらず〝幻想″が崩壊し、世界の全てが科学によって解明されてしまった今、最早幻想郷の住人で生き残っているのは私だけさ」

 

 妹紅は吐き捨てるように言った。

 妖怪達は人間の〝非常識″によって存在する事が出来るという。

 ならばもはや幻想郷が無くなってしまった今、この世界には神も妖怪も居ないのだろう。

 

「……永遠亭の連中はどうしたんだよ?」

 

 あそこにいる永琳ともう一人……名前なんだったけか。そいつらも確か妹紅と同じ蓬莱人だったはずだ。

 

「……永琳と輝夜は200年前に月の都に帰っちまったよ。私も誘われたけど、地上でやる事があったから断ったよ」

「そうか」

 

 妹紅は悔しいような、寂しいような複雑な表情をしていた。

 

「……私はね、紫の遺言を元に、この町でずっと魔理沙が来るのを待っていたんだ」

「え?」

「『もう幻想郷は持たない。今から200年後の5月6日、博麗神社に私達とは別の未来を歩んだ霧雨魔理沙が現れるわ。彼女ならこの未来を変えてくれるはず。私にはもう貴女しか頼れる人がいないの。どうか力になってあげて』ってな」

「!」

「最初私は何のことかさっぱりわからなかったさ。だけどね、紫の話通り今日この日に魔理沙が現れてビックリしたよ。運命ってのは本当にあるんだなって」

 

 妹紅は続けてこう言った。

 

「だからさ、魔理沙。世界を変えてくれやしないだろうか? 600年前に逝ってしまった慧音の為にも、私は元の幻想郷を取り戻したいんだ」

「勿論だ。私だってこんな未来を望んでいない。頼まれるまでもないさ!」

「ありがとう……! 嬉しいわ」

 

 懇願してくる妹紅に私は快諾した。

 こうなったら何が何でも元の幻想郷の姿を取り戻してやる! そう決意を深めた私だった。

 

「……とはいっても、何をどうすれば戻せるんだろう?」

 

 妹紅は『外の世界の科学力によって幻想郷が滅んでしまった』と話していた。

 科学力とは一体何なのだろう?  

 

「その事だけどね、紫からメッセージを預かっている。これを見た方が早い」

 

 そう言って手渡してきたのは、手の平に収まるサイズの黒くて細長い機械で、中心には丸い溝で縁取りされたスイッチが取り付けられていた。

 

「これは?」

「ソイツは【メモリースティック】と言ってな、真ん中のボタンを押すと中に予め記録された映像と音声が空中の透過ディスプレイに流れる仕組みになってるんだ」

「分かった」

 

 私はその説明を受け、ボタンを押してみる。

 すると、メモリースティックの上に四角く囲われた半透明な画面が現れ、そこに八雲紫の姿が浮かび上がった。

 その背後は四角いコンクリートの壁に覆われており、彼女がどこにいるのか分からない。

 さらに遠くから爆発音のようなものが時折聞こえてくるので、一体外がどうなっているのか気になる所だ。 

 

「『ハアイ魔理沙。元気?』」

「ああ、私はこの通り元気だぜ」

「魔理沙、その映像に話しかけても返事は来ないぞ」

「そんなの分かってるよ」

 

 ただ、ディスプレイの中の紫は、何となく無理して元気そうに振舞っているようにも見えたから。

 

「『もう妹紅からある程度事情を聞いてると思うけど、魔理沙には過去に戻って、幻想郷が崩壊する原因――つまり人間達が幻想を暴いてしまうのを防いでほしいのよ』」

 

(そういえばそんな事言ってたな……。しかし、幻想を暴くとはどういう意味だ?)

 

 幻想とは夢、夢といえば幻想のように、言ってしまえば人の考えや気持ちと言い切ってしまってもいい。

 そんなフワフワとしたものを暴くとはどういう意味なのか?

 心の中の疑問に答えるように、画面の中の紫は説明を始めた。

 



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第33話 八雲紫が語る幻想郷の結末と人間の歴史

「『……19世紀後半に起こった産業革命をきっかけに人間達は爆発的な進化を遂げて来たわ。それ以降文明の発展と共にあらゆる贅を尽くして行った』」

「『それでも人間の欲望は飽き足らず、20世紀後半にもなると今度は宇宙に目を向け、そこに眠る膨大な資源目当てにこぞって宇宙開発に乗り出し始めたの』」

「『しかしそれを快く思わなかった月の民は、宇宙ステーションの破壊・人工衛星の撃墜等数々の手を講じて妨害を行ってきたわ。……恐らく地上の生物が宇宙に進出することで、月に穢れが貯まると思ったのでしょうね』」

「『21世紀半ば頃、ようやく人間達は月に何かしらの知的生命体が存在する事に気づき彼らが宇宙開発を阻害していた事実を知るも、人間達は宇宙への進出を諦めず技術開発を続けて行ったわ』」

「『とある国は月に向けて、和平交渉のメッセージを送ったけれど、月の都はそれに応じなかった』」

「『また別の国は有人ロケットを月に送り出したけれど、途中で月の都からの攻撃に遭い、宇宙の藻屑となって消えていった』」

「『終いには月の裏側目掛けて核ミサイルを発射した国もあったけれど、月の都の防衛システムによって核融合すら起こらない素粒子レベルにまで分解されてしまってね、さらに報復としてその国に数十個の弾道ミサイルが降り注いだのよ』」

「『月の都は幻想郷に張られている博麗大結界と同じような結界が張られているから、物理的な干渉は全く届かないし、地上からは見えないようになっているの。だから当時の人間達は、月人達の技術力に恐れおののいていたわね』」

「『そんな月からの度重なる妨害にとうとう人間達は折れて、24世紀にはもう宇宙開発を行う国は無くなっちゃってね、それを話題に出す事すらタブー視されるようになったわ』」

 

(何というか、凄い話だな……)

 

 私もかつての異変で月の都に行った事があり、その技術力の高さに感心したことがあったけれど、まさかここまで凄まじいものだとは思わなかった。

 

「『一方変わって21世紀以降、地上では宇宙開発と並行して行われていたノアの箱舟計画が成功し、世界の人口は徐々に減って行った。28世紀に突入する頃にはもう、日本の人口も最盛期の1億2800万人から2000万人まで減少したの』」 

「『だけど、これまでの宇宙開発や科学の発展に伴って、地球が何億年と掛けて蓄積してきた天然の資源が枯渇気味になってしまい、世の中には〝合成品″が溢れ〝天然物″はほぼ失われてしまったわ』」

「『合成品は天然物と外見や性能、味や栄養素も全く変わらない。とはいえ生物としての本能か、はたまたその稀少さ故か、愚かで強欲な人間達はひたすら天然物を求めて行った』」

「『――その結果、西暦275X年に人間達は幻想郷の存在に辿り着いてしまったの』」

 

 淡々と外の世界の世情を語っていく紫。

 幻想郷とはあまりにスケールが違いすぎて言葉の意味が所々分からない部分もあるけど、何とか自分なりに解釈していった。

 紫の話はまだまだ続いていく。

 

「『そもそも幻想郷は〝幻と実体の境界″と〝博麗大結界″の二つに包まれているの。これは外の世界の〝常識″に対して幻想郷を〝非常識″とする結界でね。これによって幻想郷に存在するものは、外の世界が迷信・幻とする非常識となるわ。だから本来は、外の世界が繫栄すればするほど、〝非常識″の側である私達妖怪の勢力が大きくなって幻想郷はより〝幻″に近くなるの』」

 

 その話は私も聞いたことがあるものだった。

 さらに紫の話を補足するならば、この結界によって、外の世界からは幻想郷の存在を確認することはできず、幻想郷内に入ることもできないし、同じ様に幻想郷の中からも外の世界の様子を確認することはできず、幻想郷から外へ出ることはできなくなっている。

 ……その筈なのだが、何故外の世界の人間達に発見されてしまったのだろうか。

 

「『木を隠すなら森の中ということわざがあるように、幻想郷は人目の付かない山の奥深くに創ったわ。そうする事で緑溢れる雄大な自然と博麗大結界の相乗効果で、存在を上手にカモフラージュしてくれたのよ』」

「『……でもね、人間達はその自然を私利私欲のために次々と破壊してしまったの。27世紀頃にはもう、雄大な自然は幻想郷がある山を除いて日本から失われてしまったわ』」

「えええっ!?」

 

(外の世界の人間達は何考えてるんだよ……。森がなくなったら暮らしていけないだろうに) 

 

「『博麗大結界はあくまで幻想郷の存在を隠すだけ。幻想郷がある山を隠すことは出来ないの。それ故に『日本で唯一太古の昔から現存する広大な原生林』として日本中から注目を浴びてしまい、沢山の人々が押し寄せた……』」

「『私は持ち前の能力を駆使して、人間達の手が入らない様に必死に手を尽くしたわ。それはもう、寝る間も惜しむくらい。……今思えばこの過程で、『あの原生林には科学では解明出来ない何かがある』と思われたのかもしれないわね』」

 紫は憂いた表情で呟いた。

 

「『そして西暦280X年、私達は大きな転機を迎えてしまった』」

「『日本の【柳研究所】に所属する研究チームによって、霊魂や迷信といったいわゆる〝非常識″なものが解明され、完全に数値化されたデジタルデータとして記録されるようになってしまったの』」

「『それにより私の力は弱体化してしまい、幻想郷を覆っていた二つの結界は消滅。外の世界の常識が流入してしまったが為に〝非常識″を拠り所としている妖怪達は皆消滅してしまったわ。私達は人間の畏れがないと、存在する事が出来ないからね』」

 

(…………)

 

 語られていく言葉に、私は開いた口が塞がらなかった。

 だって非常識を科学的に解明するなんて、予想の斜め上を行く行為だし。私の使う魔法だって、感覚的に〝そう″だと理解するのであって、科学的にそれを捌いてしまうなんて有り得ない。 

 

「『だから、魔理沙には〝非常識″を解明したこの憎い研究所を潰して欲しいわ! こいつらさえいなければ、私の能力でどうとでもなったのよ!』」

 

 紫は怒りを露わにしていた。

 

「『詳細なデータはこのメモリースティックの別領域に入ってるわ。この映像が終わった後、ボタンを短く2回連打すれば表示されるから、後で確認してみてね』」

「『……私はこれから最後の悪あがきに打って出るわ。魔理沙がこの映像を見てる頃には、恐らく私はもうこの世に居ないでしょう。後のことは全て貴女に託します』」

「『絶対に280X年に来ちゃダメよ! ……この時代に来てももう、手遅れだから』」

 

 そして映像が途切れ、少し待っても画面には砂嵐しか映らなくなった。

 私は再びスイッチを押して電源を切る。

 

「どうやら物凄く大変な事になっちまってるようだな……」

 

 外の世界の情勢、そして科学力……、人間は何故ここまで貪欲なのか。

 元人間として吐き気がするような思いだ。

 私と同じことを思ったのか、隣で映像を見ていた妹紅も涙ながらにこぶしを握り締める。

 

「……私はどうしても外の世界の人間が許せない。不老不死になって人々から忌み嫌われながら生きて来た私を、幻想郷は暖かく迎えてくれた。私に取って唯一の居場所で、思い出深い場所だったのに。それをアイツらはっ……!」

 

 怒りに震える妹紅。

 

「だから魔理沙。私はどんなことでも協力するつもりだ。遠慮なく言ってくれ!」

「ああ。こっちこそよろしく頼むぜ!」

 

 打倒柳研究所に向け、私と妹紅は固く握手を交わした。








 ≪【柳研究所】⇒国内外から集まったエリート科学者集団が所属する。オカルトや神などの、いわゆる非科学的存在を科学的に解明する事に成功し、幻想郷を壊滅させた。しかしそれと同時に、外の世界のあらゆる宗教は教義を失い滅亡することになる。30世紀、科学によって人々の願いまで解明されてしまった今、心は貧層になり、夢や希望が語られる事のない世界となった≫









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第34話 方針

「よし! それじゃ紫が残したデータを見てみるか」

 

 私は手に持っているメモリースティックのボタンを短く2回押す。

 すると、先程のように再び透過ディスプレイが浮かび上がり、そこに文字や写真や数値等のデータが規則正しく羅列された。

 試しにその画面を触って動かしてみると、その方向にページがスクロールされていき、そこにも同じような情報がズラリと並べられていた。

 私はそれに目を通していく。

 

「うーん……これはまた中々骨が折れそうだな」

 

 紫の遺したデータは、パチュリーの大図書館に収められている魔導書のように英語や魔界言語で記されているわけではなく、きちんとした日本語で書かれているので、別に未知の言語という訳ではない。

 これには柳研究所に勤める構成員の氏名や顔写真、セキリュティーの厳しさ、兵力、妖怪にとって注意しなければならない兵器といった内容が記されているのだが……、データを読む限り、ここは本当に研究施設なのかと疑ってしまうくらい警備が厳重だからだ。

 汎用人型兵器、無人航空機、戦車などの様々な現代兵器に加えて、そのどれもが非常識的な存在を無力化する細工が施されており、私の天敵となるアンチマジック装置も多く配備されていた。

 これはもはや一種の要塞と言っても過言ではない。

 

「どうしたもんかな……」

 

 というかよくよく考えてみれば、幻想郷を壊滅させてしまうような組織を私と妹紅の二人だけで潰すのは不可能だ。

 幻想郷には私や妹紅以上の実力者がごまんといるのに、そんな彼女達ですら彼らに倒されてしまったのだから。 

「ねえ一つ思った事があるんだけど、言ってもいい?」

 

 私が考え込んでいた時、横で同じデータを覗き込んでいた妹紅が口を開いた。

 

「何か気づいた事があるのか?」

「これってさ280X年時点のデータな訳じゃん? ならもっと昔の、それこそこの研究所が出来たばかりの黎明期に襲撃すれば楽に済むと思うんだけど」

「その手があったか!」

 

 それは私にとって目から鱗が落ちるような名案だった。

 早速妹紅の言葉に従い、研究所の歴史部分を重点的に探していく。

 

「研究所が出来た日付はどこだ~…………お、ここか?」

 

 やがてそれが記されている項目を見つけた私は、その箇所を注視する。

 

「なるほど、この研究所は西暦250X年5月27日に創設されたのか」

 

 その日付は、ちょうど紫が幻想郷に出来た見えない程度の小さな結界の解れを直した日付だった。

 果たしてこれは偶然なのだろうか。 

 

「西暦250X年5月27日かあ、その時って私何してたかなあ……」

「まあ何はともあれ行先は決まったな。よし、早速この時代に――!」

 

 と、ここで私は先程の出来事を思い出す。

 

「――ってそうじゃん! 魔法が使えないんだよ! どうしよう!」

「まあさっき紫が話してた通り、魔法とか妖術とか陰陽術といった〝幻想″はこの世から消え去ってしまったからねぇ。こうなっていてもしょうがないでしょ」

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないぞ! 時間移動出来なかったら私は……!」

 

 私はこの未来を変えることも、元の時代に帰る事も出来なくなってしまう。

 緊急事態、絶体絶命、四面楚歌、そんなネガティブな言葉ばかりが思い浮かぶ。

 そんな私に、妹紅は優しい声でこう言った。

 

「まあ待って。まだ諦めるのは早いよ魔理沙」

「え?」

「実はね、この時代にもまだ博麗神社があるんだ。そこにいけばもしかしたら何とかなるかもしれない」

「!」

「案内するから付いて来て!」

「おう!」

 

 そうして走り出した妹紅の後に、私も続いて行った。

 

「――あれ、そういえば妹紅ってさっき妖術を使っていなかったか?」

 

 確か妹紅は生き返った時や、警察官をビビらせていた時に使っていた。

 

「私が蓬莱の薬を飲んだ時代ってさ、博麗大結界なんかなくてもちょっと町の外に出れば普通に妖怪がいたんだ。蓬莱の薬は飲んだ瞬間に魂が固定される。だからどんなに世界が変わろうと私は私で在り続けるのさ」

「あーなるほどね」

 

 妹紅が生まれた時代は確か飛鳥時代だと聞いたことがある。

 幻想が溢れた時代に生まれた人間だからこそ、今でも妖術が使えるのだろう。

 私はそう納得し、目的地に向かって走り続けて行った。



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第35話 神社へ

 町中を歩いていくことおよそ10分、隣を行く妹紅は歩道の途中で立ち止まった。

 

「着いた着いた。ここだよ」

「えっここ?」

 

 案内された場所は、つい先程私が空から落ちてきた現場だった。

 ざっと辺りを見渡してみても、鉄筋コンクリート造りの高層ビルや舗装された道路を行き来する自動車、何かの端末を持ちながら歩道を往来する歩行者しか見えない。

 私がよく知る博麗神社の、いわゆる神社建築様式の建物なんて影も形もなく、もちろんここに来るまでの道のりの中にもそんなものは見当たらなかった。

 

「どこにもないじゃん」

「博麗神社はこのビルの屋上にあるんだ」

「ええっ!?」

 

 指さした先にある建物は、私が落ちる寸前に妹紅が出て来たビルだった。

 ガラス扉の入り口付近には【博麗ビル】と建て書きが記されており、それがこのビルの名前なのだと理解出来る。

 博麗ビルの外観は、この町ではよく見かける灰色で無個性なデザインで、天まで届きそうなくらい――というか、屋根が見えないくらい超高いビルだった。

 しかしよくよく見てみれば、周りに建っているビルもこの博麗ビルと同等以上の高いビルばかりなので、もしかしたらこの時代では普通なのかもしれない。

 

「さあ、行くぞ。入るなら警察の連中がいない今の内だ」

 

 確かにその言葉通り、博麗ビルの前は歩行者はあれど警察官の姿はなかった。

 

「勝手に入っても大丈夫なのか?」

「ここのオーナーとは知り合いなんだ。『いつでも来ていいよ』って言われてるから問題ないよ」

 

 そして私と妹紅は博麗ビルの中に入って行った。

 

 

 

 博麗ビルに入ってすぐのエントランスホールは、壁や床、天井に至るまで顔がぼんやりと映り込むくらい磨き上げられていた。

 全面ガラス張りの入り口からは、太陽の光が差し込み、無色感をより際立たせている。

 正面には、黒く塗りつぶされた鋼鉄製の扉が5つ並べられているだけで、他に通路らしきものは一切ない。

 その扉の横には、それぞれ上矢印と下矢印を模した透明なボタンが壁に埋め込まれ、扉の上には黒い帯に透明な数字が刻まれていた。

 私はそれに近づき、扉の一つを思いっきり引っ張ったり叩いたりしてみたけれど、まるで石のように固くて動かすことが出来ない。

 

「なんだこれ、この扉全然開かないぞ?」

「これはエレベーターって言ってな、人や荷物が高い所や低い所に移動する時に使う機械仕掛けの乗り物なんだ。そこのボタンを押すと作動するよ」

「ふーん、こんなもの使わないと移動出来ないなんて不便なんだな」

「はは、まあこれもこれで便利なものだよ」

 

 そう言いながら、妹紅は上矢印模様の透明なボタンを押す。

 すると、簡素な電子音と共に目の前のドアが開く。

 

「来た来た」

 

 私は妹紅の後に続いてその中に入って行く。

 そこは黒い壁に囲まれた密室となっていて、5、6人も乗ればすし詰め状態になりそうな程に狭く、天井からぼんやりと照らし出される灯りがその閉塞感を強めていた。

 妹紅は入り口のドア付近に埋め込まれた黒い画面をポチポチと操作する。

 すると、扉がすっとしまった後小さなモーター音と共に体が浮き上がる感覚が生じた。

 扉の上に設置された黒いモニターの数字が、上矢印と共に一つずつカウントアップされていくことから、私達は上階に向けて昇って行っているのだろう。

 妹紅はモニターを見上げながら呟く。

 

「行先はこのビルの150階にある展望台さ。そこに博麗神社が建っているんだ」

「150階って、なんだよそれ!?」

「しかもこのビル、高さは570mなんだって。信じられないよね」

「はぁ~ため息しか出ないな」

 

 私の自宅は2階までしかないし、紅魔館だって3階までしかない。

 随分と高い建物だなとは思っていたが、まさかこれほどまでとは思いもしなかった。

 別に幻想郷を貶す訳ではないが、外の世界は発展具合が桁違いすぎて、何だか最近は驚きっぱなしだ。

 

「妹紅は随分と外の世界に詳しいんだな」

「幻想郷が壊れて200年、ずっと外の世界で暮らしてきたからね。そんだけの歳月があれば嫌でも詳しくなっちゃうのさ」

 

 そして妹紅は続けてこう言った。

 

「……私はね魔理沙に感謝してるんだ」

「え?」

「850年前のあの日、やさぐれていた私を優しく諭してくれたからこそ、今の私があると言っても過言じゃないよ」

「え、ちょっと待って、本当になんのことだ?」

 

 850年前という時点で、この世界にいた元々の霧雨魔理沙ではなく、私の事を言っているのだと分かる。

 だけど、全く身に覚えのない事でいきなり感謝されても、戸惑うばかりだ。

 

「え? いやだって――」

 

 そう言いかけた時「――あっ! なるほど、そういうことね。魔理沙、悪いが今の言葉は忘れてくれ」

 

「ええー? なんだよ、気になるじゃんか?」

「いや、本当に何でもないんだ」

 

 思わせぶりな言葉が気になるけれど、妹紅は自分で勝手に納得してそれっきり口を閉じてしまった。

 やがてモニターにカウントアップされていく数字が150になった頃、再び簡素な電子音と共にエレベーターの扉が開いた。

 



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第36話 300X年の博麗神社

「さあ、着いたな」

「うわあ……!」

 

 エレベーターの外に出た私は、その光景に驚いた。

 柵で囲まれ、透明な八角形の膜のようなものに覆われたビルの屋上。

 目の前には赤色の鳥居、奥には扁額に博麗神社と記された神社の拝殿。1000年前、私が人間だった頃となんら変わらない姿でそこに建っていた。

 

「博麗神社だっ!」

 

 その興奮と同時に、博麗の神社の周囲にそびえ立つ高層ビル群の無機質な街並みが、私を現実に呼び戻す。

 しかしそれでも、変わり果てた世界において幻想郷の面影が残っている事実に、胸の奥でこみ上げてくるものがあった。

 奥に目をやると、拝殿に向かって手を合わせるスーツ姿の老人が佇んでいた。

 妹紅と共にその老人に近づいていくと、私達の気配を感じ取ったのか、参拝を止めゆっくりと振り返る。

 彼はポケットに手を突っ込んだまま立っている妹紅の姿を見ると、柔和な笑みを浮かべた。

 

「おやおや、妹紅ちゃんじゃないか。今日も来てくれたのかい?」

「こんにちはお爺さん。今日は友達と一緒にお参りに来たんだ」

「どうも、霧雨魔理沙です」

 

 その場の空気を読み、いつものように馴れ馴れしくせずに軽く会釈する。

 

「これはこれは。儂はこのビルのオーナーを務める佐藤という者じゃ。今時の若者にしては珍しく信心深いのう。感心な事じゃ」

 

 嬉しそうに頷くお爺さん。

 私と妹紅は少女の姿のまま不老長寿・不老不死になったので、実際の見た目よりも遥かに長生きしている。

 このお爺さんよりも実は私と妹紅の方が年上だと思うけれど、今それを口にするのは野暮な事だ。

 

「……遥か昔、ここには幻想郷という国が在ってな、そこには神様が住まわれていたのじゃ。しかし嘆かわしい事に、科学の発展と共に人々は神様を忘れてしまったのじゃよ」

「政府はやれ娯楽緩和政策とか、自然融和政策とか打ち出しているようじゃが、ご先祖様たちはそんな事をせずとも日々の感謝を忘れずに生きて来た」

「しかし今やもう、人々は心の安寧さえも失い、社会の歯車になってしまっておる。まるで死ぬ為に生きているようじゃ。全く、何のためにこの世に生を受けたのか分かりやしない」

 

 憂いた表情で語るお爺さん言葉の意味はところどころ分からなかったけれど、この世の中について嘆いていることだけは、はっきりと分かった。

 私達が微妙な表情をしている事に気づいたのか、老人は愚痴を止めた。

 

「……っと、いきなり長話をしてすまないねぇ。お嬢ちゃん達には何の関係もないことなのに」

「いえ……」

 

 私達はまさにその幻想郷を取り戻そうと頑張っているので、あまり関係がないとも言い切れない。

 

「儂はそろそろ行くよ。妹紅ちゃん魔理沙ちゃん、好きなだけゆっくりしていきなさい」

 

 そう言い残し、老人はエレベーターに乗って下に降りて行った。

 

「……驚いたな、まだ幻想郷を知っている人間がいるなんて」

「柳研究所によって一度は破壊され尽くしたこの神社を再建させたのも、あのお爺さんなんだってさ。なんでも、祖父が幻想郷に住んでいたとか」

「へぇ」

「中でも材料となる木材を集めるのが非常に大変だったみたいでさ、このビルのおよそ1.5倍の建築費が掛かったんだって」

「えぇ? 信じられない」

 

 私の感覚では、神社なんかよりも150階建ての超高層ビルの方が建築費が掛かってそうなもんなんだがな。

 幻想郷では至る所に自生しているモノが外の世界ではそこまで貴重なものだったとは。

 人間達が幻想郷に攻めて来た理由がよく分かった気がする。

 

「でもそれだけ手間がかかっても、あのお爺さんは神様を求めたってことなのかもしれないな」

 

 たとえどれだけ科学が発展しようとも、神様に対する畏怖の念は誰しもが持つものなのかもしれない。

 

「さて、私もお参りをしようかな」

 

 私は一歩前に出た後、軽く会釈をしてからポケットに入っていた5円玉を賽銭箱に投げ入れる。

 そして屋根から釣り下げられた本坪鈴を鳴らし、祈りを捧げる。

 

(博麗の名もなき神様。どうか私に力を与えてください!)

 

 幻想郷が崩壊してしまった今、もう神様は存在しないのかもしれない。

 しかし神社というのは神様が住まわれる社なのだ。もしかしたらという気持ちが膨らんでいく。

 そんな願いが通じたのか私の中で〝流れ″が変わり始めた。

 

「こっこれは――!」

「ど、どうしたんだ?」

 

 突然大声を出した私に一瞬驚いた妹紅に私はこう答えた。

 

「凄い! 魔力が満たされていく……!」

 

 例えるなら空っぽのバケツに水が注がれていくように、マナが体の隅々にまで行き渡るのを感じていた。

 幻想が消えてしまった31世紀、もしかしたらこの場所が幻想が満ちる最後の砦なのかもしれない。

 そしてバケツが満タンになったところで、私は妹紅の方を向いた。

 

「よっし、これで時間移動が出来そうだ! これも妹紅のおかげだよ、ありがとな!」

 

 何度も言うが本当に妹紅には感謝の気持ちしかない。

 私だけだったらあの高さから助からなかっただろうし、この場所に辿り着く事もなかっただろう。

 

「くすっ、それは良かった。私も一緒にいけるかな?」 

「理論的には可能なはずだけど、実際に試した事がないから分からない。もしかしたら失敗しちゃうかもしれない。……それでも良いのなら」

 

 私だけならば99.99%以上の確率で成功するのだが、私以外が一緒に跳ぶとなるとその意味合いは大きく変わってくる。

 なので妹紅の質問に対して私は嘘偽りなく正直に答えた。

  

「なあに私は不老不死なんだ。失敗したって何とかなるでしょ」

「――ははっ、それもそうだな。うん、一緒に行こうか」

 

 呆気らかんと言い放ったメンタルの強さに、私は自然と笑顔になっていた。



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第37話 そして過去へ

「跳ぶ時間は500年前の5月27日だっけか」

「うん。その日の午後4時5分に跳ぶつもりなんだ」

「なんでそんな夕方なの?」

「私がこの時間を指定して跳んだ時刻が午後4時だからな。色々とややこしくなるから、〝私″とかち合いたくないんだ」

「成程ね。時間移動する時って何か儀式とかやるのか?」

「いや、そんな大それたことはしないよ。タイムジャンプ魔法は私と私の周りごと転移するんだ。それは私の触れる範囲が広ければ広い程成功するようになってる」

 

 何故このやり方にしているかといえば、まず一番の理由は範囲を自分だけにしてしまうと私の着てる服や所持品などが跳躍前の時間に置いていかれちゃうからで、人としても女としてもそれは絶対に許されないから。

 さらにもう一つ、跳んだ先に人や物があっても、私を覆う空気の圧力でそれを押しのけて着地するという意味合いもある。

 もしこれがないと、壁の中に体がはまってしまうような事態になりかねない。

 空間座標を自由に指定出来ればこんな問題は起きないのだけれど、あいにくそこまで手が回らなかった。

 

「ふ~ん、よく分からないけど魔理沙の近くに行けばいいの?」

 

 そう言いながら妹紅は私の目と鼻の先まで近づいて来たが。

 

「いやいや、もっとこんくらいやらないと」

 

 私は手を伸ばし、妹紅にそっと抱き着く。

 

「なっ、いきなり何するんだよ!?」

 

 彼女は驚きながら私を突き飛ばして距離を取った。

 

「でもこれが一番成功率の高いやり方なんだぜ? さっきも話した通り、私が触れる範囲が多いほど、時間移動の成功率が上がるんだ。失敗すると最悪どの時間にも所属できず永遠に時間の狭間をさまようはめになるぞ?」

「!」

「嫌かもしれないけど、少しの間だけ我慢してくれないだろうか」

「……はあ、そういうことならしょうがないな。いいよ」

 

 妹紅は溜息を付きながら、腕をだらりと垂らした。

 

「それじゃ失礼して……」

 

 私は一歩前に踏み出し、腕を妹紅の肩のあたりにまわすように抱き着いた。

 ふわりとした花のような柔らかな香りと、彼女の温もりが身体全体に伝わり、私もなんだかふわふわと温かい気持ちになってくる。

 今の私と妹紅は、お互いの肩の上に顔を乗っけるような形となっている。

 

「私の魔法が終わるまで目を閉じておいた方が良いぜ? 時間酔いするかもしれないからな」

 

 時間移動の最中は、自分が立つ場所は変わらず視界だけが渦巻きのように360度回転するので物凄く酔ってしまう。

 酔い止めの魔法を使えば我慢できないこともないけれど、そんな無駄なことに魔法を使いたくないし、見ていても全く面白い訳でもないので、目を閉じていた方がいい。

 

「分かった」

 

 そして私は頭の中で算式と魔法式を構築して行き、タイムジャンプ魔法の準備に取り掛かる。

 

「それじゃ跳ぶぞ? 心の準備は良いか?」

「OKだ! どんとこい!」

 

 覚悟を決めたような威勢の良い返事を聞き、私はタイムジャンプ魔法を発動させる。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦250X年5月27日午後4時5分!」

 

 時間を指定したところで、足元から妹紅の体がギリギリ入るくらいの歯車模様の魔法陣が出現した。

 ところがいつまで経っても魔法陣の歯車が回りだす気配がなく、一人で跳ぶ時には聞こえてこなかった時計の針が刻む音が聞こえ、その音はどんどんと遅くなっていく。

 まるで魔法が止まっていくような現象に、私はすぐに当たりを付けた。

 

(これは……そうか! 妹紅が重いのか!)

 

 誤解のないように言っておくと、この〝重い″の意味は体重的な意味ではない。

 こうして抱き着いていれば分かることだが、妹紅は平均よりもちょい痩せくらいの体型なので、極端に重いと言う訳ではない。

 私が言いたいのは〝魂″の重さだ。

 蓬莱人は例え体が無くなってしまっても魂から復活する完全不滅の存在だ。文字通り魂の質が他の生物とは違うのかもしれない。

 

(まずいな……)

 

 これは完全に私の失態だ。

 現状、時間移動の遂行に大きな遅延が発生していて、このままではタイムジャンプ魔法が完全に完了する前に私の魔力が尽きてしまう。

 でももうタイムジャンプを宣言してしまった以上、下手にキャンセルすれば何が起こるか分からないのでもはや後に引くことはできない。

 

「タイムアクセラレーション!」

 

 私は咲夜が使っていた周りの時間を加速させる魔法を使用し、私の保有する魔力が尽きてしまう前にタイムジャンプ魔法を完全に発動させる、いわゆる〝発動時間″を大幅に短縮させる荒業を使う。

 

「お、おい。何だか別の魔法を使ったみたいだが大丈夫なのか?」

 

 耳元から妹紅の不安そうな声が聞こえるがそれに答えている余裕はなかった。

 

「妹紅、スマンがもう少しくっつかせてもらうぞ!」

 

 妹紅に一言詫びを入れた後、私は遠慮を止めて彼女にしがみつくように体を密着させ、時間移動に掛かるエネルギーのロスを減らしていく。

 

「ちょっ、え!?」

「マジックバースト!」

 

 それに追加して、魔力が尽きて無くなってしまう前に自分の体力を削って魔力爆発を起こし、速度を加速させる。

 その甲斐あって、錆びついたかのように硬い歯車は徐々に動き始め、油を注したように完全に軌道に乗っていった。

 しかしその魔法の反動は大きく、一気に疲れが押し寄せ私の頭の中は真っ白になっていた。

 

(あ、意識が……ヤバイ)

 

 妹紅を手放さないよう気を付けながらも、私の意識は暗闇に落ちて行った。

 

 

 

 ―――――――― side out ――――――――――――

 

 

 

 黒く塗りつぶされた大地に、宵闇のような夜空。

 そこには丸、三角、四角、菱形など様々な形の数え切れない無数の時計が浮遊していたが、その針は全て抜け落ちていた。

 大地には不規則になぞられた白い細道が地平線の先から先まで伸び、その果ては留まるところを知らない。

 そしてこの瞬間にもまた、大地には新たな白色線がなぞられていった。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――



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第38話 妹紅は思う

 西暦250X年5月27日午後4時5分

 

 

 

 side――藤原妹紅――

 

 

 

「マジックバースト!」

 

 突然私にしがみついてきた魔理沙が叫んでから、頭の中で何だかグルグルとした感覚が続いている。

 もしかしたらこれが時間移動の感覚なのかな。

 

(気持ち悪い。早く終わってほしいな)

 

 心の中で願いながら目をつぶって待ち続けていると、しばらくして何だか空気が変わった気がした。

 それは都会の色んな化学物質が混ざりあった鼻に付く匂いじゃなくて、故郷のような温かさで……。

 

「魔理沙? もしかして終わったの?」

 

 未だ私に抱き着いたままの魔理沙に小声で聞いてみたけれど、返事が返ってこない。

 

(うーん、なんかあの不快感もないし、終わったのかな?)

 

 私は思い切って目を開き、言葉を失った。

 

「――!」

 

 高台に立つ私の視界いっぱいに雄大な山々と一面を覆う深緑の木々が広がり、澱みない風が山を撫でるように吹き抜けると、森がささやくように揺れて葉吹雪が舞っていた。

 耳を澄ませてみれば、小鳥のさえずりや虫の鳴き声。鼻孔一杯に広がる草木の香りに、大気一杯に広がる幻想。

 そこには、今はもう失われてしまっていた大自然が広がっていた。

 

「ああ、ここは……!」

 

 200年以上昔には確かにあった大自然、狂おしいまでに熱望し、炎のように恋い焦がれた幻想郷。

 万感の思いが胸に去来し、気づけば私の頬を涙が伝っていた。

 

「本当に、戻って、来たんだなっ……!」

 

 どんな名画ですら霞んでしまう心震わす光景に、幻想郷で育んだ数々の思い出が走馬灯のように甦る。

 私は我を忘れて、ただただその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 それはどれだけ続いたのだろうか。

 五分しか経っていないようにも感じるし、一時間も経っているようにも感じる。

 我に返った私は涙を袖でぬぐいさり、何故だかずっとしがみついたままの魔理沙に呼びかける。

 

「……っと、いつまでも呆けているわけにもいかないな。ほら魔理沙ー、そろそろ離れて欲しいんだけど~?」

 

 だけどまたまた返事がないし、それどころか寝息のようなものが聞こえてくる。

 

「んん?」

 

 まさかと思いながら私の体から魔理沙を引きはがしてみると、そこには安らかな顔で目を閉じる彼女の姿が。

 

「なんで人の肩で寝てんのよ……。ほら、起きなさいよー。着いたわよ?」

 

 呆れながら魔理沙の肩を揺すったけれど、「スースー」と穏やかな呼吸が聞こえてくるだけで、全然起きる気配がない。

 

「あらら、どうしよっかな」

 

 過去の世界に連れて来てくれた恩もあるので、気持ちよさそうに眠っている魔理沙を無理矢理たたき起こすのは流石に忍びない。

 私の自宅は迷いの竹林にあるんだけど、そこにはきっとこの時間の私が居ると思うから行けないし。かと言って寝てしまった魔理沙を置いて行くわけにもいかない。

 辺りはすっかり橙色に染まり、もうすぐ夜が訪れそうな時間だ。

 てかここはどこなんだろう。

 周りをキョロキョロと見回してみると、後ろに立派な博麗神社を発見。

 

「あ、そっか。跳ぶ前と後で全く場所が変わらないんだっけ」

 

 納得していたその時、神社の物陰から私達を見つめている女の子を見つけて目が合ってしまった。

 

「「あ」」

 

 一瞬沈黙が流れると、その女の子はちょこちょこと此方に近づいて来た。

 

「あのあのっ、妹紅さんは先ほどから何をしていらっしゃるんですか?」

 

 おっかなびっくりといった感じで質問するこの女の子。

 赤と白の脇がざっくりと開いた巫女服を着ているし、たぶん博麗の巫女なんだろうなぁと思う。

 

「ええと、ちょっと途方に暮れててね。うーん、何と説明したらいいかな?」

「?」

 

 実は未来から来ましたー。と言っても変な人に思われそうだし。

 それにこの女の子とこの時代の私は知り合いみたいだけど、この子誰だったっけなあ……。

 500年も前の話だと、かなり記憶が曖昧になってしまう。 

 どう接すればいいかなと思って言葉を選んでいると、その女の子は私が抱きかかえている魔理沙に気づいて大声をあげた。

 

「あー! 魔理沙さんじゃないですか!」

「知りあいなの?」

「はい。少し前までお話していました。でもどうして? さっき500年後に行くとか言ってたのに」

 

(魔理沙の知り合い……そうか、思い出した!)

 

 その言葉に私はピンと来た。

 

「もしかして麗華ちゃん?」

「? ええ、そうですけど。そんな改まってどうしたんですか?」

「実は私ね、魔理沙と一緒に500年後から来たんだ。だから人里にいる私じゃない私なんだよ」

「ええっ、そうなんですか!? ほぇ~何だか凄いですね」

 

 少し日本語がおかしくなってしまったけど、麗華はふんわりと納得してくれたみたいだ。

 確かこの時代の私は240X年に逝ってしまった慧音の跡を継ぎ、人里の守護者として働いていた筈だ。

 麗華も人里によく遊びに来ていて、博麗の巫女と人里の守護者という同じ人側の立場同士という事もあって、色々と話をしたり世話を焼いた記憶がある。

 

「だけどね、この時間に戻ってきたら急に気絶しちゃったみたいなんだ。悪いけど休む場所を貸してくれないかな?」

「それは大変! すぐ準備してきます!」

 

 神社の中庭に向かって駆けていった麗華。

 

「よいしょっと。……少し重いな」

 

 魔理沙を背負い込み、本人が聞いたら怒りそうな事を呟きながら麗華の後に付いて行き、神社の縁側から上がり込んだ。

 その後魔理沙の靴も脱がせて踏石に並べた後、襖が開いた奥の部屋に向かい、麗華が敷いておいた敷布団に魔理沙を寝かせた。 

 

「これで良し」

 

 掛け布団を掛けると、心なしか魔理沙は気持ちよさそうに表情を崩していた。

 

「悪いね、ここまでしてもらっちゃって」

「いえいえ、このくらい大したことないですよ! ……そうだ! せっかくですし泊っていきますか? もう遅い時間ですし」

 

 壁掛け時計を見てみれば、夕方の五時を回ったくらいの時間だった。

 

「いいの?」

「遠慮しなくていいですよ! 魔理沙さんのお友達ならいつでも大歓迎です!」

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 晴れやかな笑顔をした麗華の誘いに乗ることにした。

 ちょうど寝泊まりする場所に困っていたところだし有難い。

 

「はい! それではあたし、今から御夕飯を作ってきますので待っててくださいねー」

「私も手伝おうか?」

「いえいえ、妹紅さんは座っててください! 一人で大丈夫ですから!」

 

 そう言って麗華は、奥の台所に消えてしまった。

 手持ち無沙汰となってしまった私は、縁側と直結した畳部屋に戻りちゃぶ台の前に座った。

 

「どうしようかな」

 

 これからの段取りを考えるためにも、まず魔理沙が目を覚まさないことにはどうにもならない。

 

「あら、珍しい顔がいるわね」

 

 誰もいない筈の部屋に突如女性の声が響いたかと思うと、目の前にざっくりと〝裂け目″が出来て、そこから紫が現れた。

 

「おおっ、紫じゃないか! いや~久しぶりだなぁ!」

 

 その懐かしい顔に感激していると、彼女は途端に不機嫌な顔になる。

 

「……あなたと名前を呼び捨てにされるような仲になった覚えはないのだけれど?」

「! ……すまん、悪かったよ」

 

(そうだった。この頃の私と紫はまだ仲が良い訳じゃなかったっけ)

 

 彼女と親交を深めるきっかけになったのは200年前、柳研究所が多数の軍勢を引き連れて幻想郷に侵略してきた時だった。

 幻想をも打ち砕く現代兵器によって妖怪達が次々と倒れていく中、私は持ち前の不死性を活かして多くの敵を屠り、紫もまた境界を操って外の人間達の侵略を食い止めていた。

 私達は最後の最後まで戦い抜き、紫と下の名前で呼び合うような親しき仲になったのもこの時だった。

 

「それで、何故あなたがここに居るのかしら? おまけに魔理沙までいるじゃない。500年後に跳んだんじゃなかったの?」

 

 奥の部屋で眠っている魔理沙を一瞥した紫が不思議そうに訊ねてきたので、私は答える。

 

「私はね、西暦300X年から魔理沙と一緒に来たんだ。間違ってしまった過去を変えるためにね」

「は?」

「それ以上は当事者じゃない私の口から話すことは出来ない。続きはあそこで寝てる魔理沙が起きてから聞いて」

 

 今もスヤスヤと眠っている魔理沙を指さしながらそう説明した。

 私の歩んできた歴史と魔理沙が語る歴史では大きな食い違いが生じるだろう。

 私はあくまで魔理沙の〝おまけ″でしかないので、それを語る資格はない。

 

「ふむ……」

 

 紫は私をじっと見た後、指先で小さなスキマを開いてその中を覗き込み、一瞬驚きながら私とそのスキマの中を見比べていた。

 そして彼女はスキマを閉じながらこう言った。

 

「……なるほど、嘘はついてないみたいね。良いでしょう。また明日事情を聞かせてもらうわ」

「うん、また明日ね」

 

 紫はスキマを閉じて、そのまま中に消えていった。

 その直後、桃色の生地に花柄模様の可愛らしいエプロンを身に着けた麗華が現れた。

 

「あれれ? 妹紅さん一人ですか? 確かに話し声が聞こえたと思ったのに」

「さっき紫が来てたんだ。話し声は多分それじゃないかな」

「そうですかー。帰ってしまって残念です」

 

 ちょっとガッカリした感じに俯いた後、麗華は再び台所へ戻って調理を始めた。

 

(暇ね……煙草でも吸ってこようかな)

 

 再び一人になった私は腰を上げて外に出た後、懐に入れたシガレットケースから煙草を一本取り出し、口に加えてから火を点けた。

 甘いバニラのようなフレーバーが肺の中にすっと入り、心が落ち着いていく。

 

(うん、やっぱりこの味が一番だな)

 

 退屈しのぎの嗜好品として何気なく始めた煙草も気づけば2000年以上。

 よく煙草は身体に害を及ぼすと言うけれど、不老不死の私にとってそんなのあってないようなものだ。

 とはいえ人前で吸う事は滅多にないのだけれど。

 

(ふう……)

 

 外はもう真暗になり、近くの森からコオロギやバッタの鳴き声が微かに聞こえてくる。

 煙草を口に加えポケットに手を突っ込んだまま見上げてみれば、宝石をばらまいたような美しい星空が360度に広がっていた。

 

「すごく綺麗だなぁ……、こんなのいつ振りだろう」

 

 紫煙と共に感嘆の句が自然とこぼれた。

 外の世界で生きて早200年、ギラギラと輝くネオンにまみれた都会ではすっかり見れなくなってしまった光景。

 

(やっぱり幻想郷は素晴らしいな。見るもの聞くもの全てが美しい。絶対にこの箱庭を守らないとだね)

 

 そう改めて心に誓った私だった。

 やがて、星空に見入っていた私を現実に引き戻す声が耳に入る。

 

「妹紅さーん! ご飯出来ましたよー!」

「うん、今行くよ」

 

 私は火が付いた吸殻を掴み、一瞬炎を出す事で灰に燃やし尽くしてから神社の中に上がり込む。

 

「うわぁ、すっごく美味しそう!」

「ふふ、召し上がれ」

 

 ちゃぶ台に並べられた麗華の料理はごく普通の家庭料理だったけれど、とても絶品で、ここ200年合成食料ばかりを食べて来た私にとっては思わず涙が出てしまうほど美味しく、麗華を心配させてしまった。

 食後、麗華と共に後片付けをしてから「未来から来た妹紅さんの話をもっと聞きたいです!」とせっついてくる彼女に押され、外の世界の話や自分の半生などを適当に話していった。

 その間にも魔理沙は起きる気配が全くなくて熟睡していたし、多分もう朝まで起きないんじゃないかな。

 やがて完全に夜も更けてきたので寝る支度を始め、熟睡状態の魔理沙を挟むように布団を敷いて私と麗華は布団に入った。

 

「ふふ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 そして電灯が消され、部屋は真っ暗になった。

 

(明日から色々と忙しくなりそう。頑張ろう、私!)

 

 そう決意を込めて私は目を閉じた。



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第39話 博麗神社の朝

魔理沙視点に戻ります


 西暦250X年5月28日午前8時――――――

 

 

 side ――霧雨魔理沙――

 

 

 「ん……」

 

 遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声で目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

 ――なんてことはなく、ここは私がよく知る間取りの部屋。かつて霊夢が寝室として使っていた博麗神社の一室で、そこに私は布団に寝かされていたのがすぐに分かった。

 壁掛け時計の短針は8、長針は12を指している。

 

「朝の8時か……。ここ博麗神社だよな? なんでこんなところで寝てるんだっけ」

 

 確か250X年に跳ぼうとしたら妹紅が重くて、無理矢理自分の力を引き出したら意識が遠くなって、妹紅から離れないようしがみついて、それから――

 

「駄目だ。思い出せない……」

 

 それに何だか夢を見たような気がするけれど、記憶が曖昧でよく分からない。

 

「妹紅はどこへ行ったんだろう」

 

 どうやらこの部屋にはいないみたいだが……。

 

「まあいいや。とりあえず顔でも洗ってくるか」

 

 私は布団から起き上がってそのまま洗面所に向かい、顔を洗ってからボサボサの髪を手ぐしで整え、皺になった服をある程度様になるように伸ばして身嗜みを整えた。

 それからさっきの部屋に戻って布団を畳んで押入れに仕舞った後、洗面所とは反対方向、縁側に通じる畳部屋へと続く襖を開いた。

 

「――てなことがあってね。悪いんだけどさ、もうしばらく使わせてくれないかな?」

「お気になさらないでください。今日は特に来客のご予定もないですし、ゆっくりしていってくださいね」

 

 するとそこにはちゃぶ台の前に座りながら雑談を話し込んでいる妹紅と麗華の姿があって、私の気配に気づいた二人は顔を此方に向けた。

 

「おっ、起きたか! おはよう魔理沙、良い朝だな!」

「おはようございます魔理沙さん!」

「おはよう。妹紅、麗華」

 

 私は挨拶を返しながら妹紅の隣に座る。

 

「お前が急に倒れちまうもんだから、ここまで運び込むの大変だったんだぞ? どうしたんだよ?」

「え? あーそれはな、誰かと一緒に跳ぶのが初めてだったから加減を間違えたんだ」

 

『妹紅が重かった』って正直に答えたら怒りそうなので、適当な理由を言い繕うことにする。

 

 そして私は麗華に向かって「知らない間に迷惑かけたな」と、謝意を込めた。

 

「そんな、気にしないでください! 魔理沙さんならいつでも歓迎ですから!」

「そうか? ならいいけど……」

 

 正直何故麗華がここまで私に良くしてくれるのか不思議でしょうがない。

 

(うーん、私何かしたかな?)

 

 そんなことを思っている間にも麗華は立ち上がり「これで全員揃った事ですし、今から朝御飯作ってきますね! お二人は待っていてください!」

「私も手伝うよ」

「いえいえ、魔理沙さんはお客様なんですから、どうぞゆっくりと寛いでいてください!」

 

 そう言って彼女は台所へと向かっていった。

 

「麗華の料理は凄く美味しいからな。かなり期待できるぞ」

「そうなのか?」

「私が外の世界にいた時なんかずっと粘土みたいな食事ばっかりだったからな。味付けも諸に化学調味料がドバドバ掛けられてるって感じで。美味しいと言えば美味しいんだけど、なんだかご飯を食べてる気がしなかったよ」

 

 その時の事を思い出したのか、少し暗い表情で話す妹紅。

 多分妹紅が言ってるのは映像の中で紫が話していた合成品とかいうもののことだろう。

 

「その点麗華の料理は素朴で繊細な味付けでさ、素材の味を上手に引き出しているんだよね。まさに大味必淡って感じ」

「へぇ~、妹紅がそこまでオススメするなんてよっぽど美味しいんだな。楽しみだ」

 

 私はキノコ料理なら誰にも負けない自信はあるが、それ以外だと良くも悪くも大味な味付けの料理になってしまうので、きっと麗華の方が料理の腕前は上なのだろう。

 

「そういえば妹紅は幻想郷がなくなってから、どうやって過ごして来たんだ?」

「適当に日雇いの仕事をして日銭を稼ぎながら日本各地を転々としてたよ。私はこんな体だからさ、あまり一か所に留まれないんだ」

 

 不老不死の妹紅は何年経っても姿形が変わらない。

 1年や2年程度なら誤魔化せるかもしれないが、10年20年も経つと怪しまれてしまうのだろう。

 

「特に面倒だったのが戸籍がない事でさ。殆ど全ての公共交通機関や国のサービスが全く受けられないし、買い物するのも一苦労。職に就くのも中々大変で、何度か危ない橋を渡ったもんさ」

「戸籍ってなんだ?」

「〝自分″が〝自分″だと証明する紙さ。外の世界では人間一人一人に国から発行されてさ、戸籍がないと外の世界では〝存在しない人間″として扱われるんだよね」

「それはまた……大変だったんだな。ちなみにどんな仕事をやっていたんだ?」

「土木工事とかビルの清掃といった肉体労働もやったし、飲食店で接客業もそつなく行なったし、基本好き嫌いなく何でもやったぞ。特に旧フクシマ地区の原発処理に関連した仕事が作業内容の割に賃金が高くて楽だったなぁ」

「……駄目だ。自分で聞いておいてなんだがさっぱり分からん。妹紅の言葉が異世界語にしか聞こえないぞ」

「外は幻想郷とは全く違う世界だからな。私も慣れるまでかなり時間が掛かったよ」

 

 それからも妹紅のとりとめのない話を聞いていると、ふと思い出したかのように言った。

 

「ああそういえばさ、昨日紫に会ってな? 今日の朝頃に再び話を聞きに来るってさ」

「いつの間にそんな約束を取り付けたんだ?」

「昨晩魔理沙が寝てる時に突然ヌルっと出て来たんだよ。でもこれはチャンスかもしれないぞ」

「チャンス?」

「忘れたのか? 私達は柳研究所を潰しに来たんだ。協力者は一人でも多い方が良いだろう。特に紫は幻想郷でも屈指の実力者だ。味方になってくれたら心強い」

「それもそうだな。んじゃ彼女が来たらそれを提案してみるか」

「ご飯出来ましたよ~」

「おっ、出来たみたいだな」

「手伝いにいくか」

 

 私と妹紅は立ち上がり、料理の配膳を手伝った。

 そしてそれぞれの座席の前に並べられた後、麗華の「いただきます」の音頭の後に私達も声を揃え、いただくことにした。

 今日の朝御飯は鮭の塩焼きにきんぴらごぼう、ご飯にワカメと豆腐の味噌汁、キュウリとかんぴょうの漬物と、和風なメニューだ。

 まず最初に鮭の切り身に箸を入れて口に運ぶ。

 

(これは……!)

 

 焼き加減は言わずもがな、脂が乗った鮭の身が口の中でとろけていき、塩加減も絶妙に効いている。

 次に鮭の塩焼きの付け合わせとして皿に盛り付けられたきんぴらごぼうに箸を伸ばす。

 醤油とカツオのだしが素材に浸透していて、味のムラがなくとても美味しい。

 桜の花があしらわれた白いご飯茶碗に軽く一杯分盛り付けられたお米は、湯気が立ちこめ宝石のようにキラキラと光り輝き、噛めば噛むほど甘みが増していく。

 こげ茶色の汁椀によそられたワカメと豆腐の味噌汁は、薄すぎずしょっぱすぎずちょうど良い塩梅に仕上がっている。

 梅の花があしらわれた、四寸ほどの小皿に添えられた漬物も、新鮮な野菜のように噛みごたえが良く、麴の味と野菜の旨みが濃縮されていてご飯がよく進む。

 麗華の料理はどれを取っても非の打ち所がなく完璧だった。

 

「これは……! 凄く美味しいな」

「ふふ、お口にあったようで良かったです」

 

 特別な訳でもないただの朝御飯がどうしてこんなにも美味しいのだろう。

 妹紅も「幸せだ……!」と呟きながら、料理をじっくりと味わっていた。

 

「ご飯おかわり!」

「私にもちょうだい!」

「ふふ、そんな慌てなくてもまだありますから、沢山食べてくださいね~」







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第40話 話し合い

「いや~美味しかったよ。ご馳走様」

「クス、お粗末様です」

「た、食べ過ぎた……。ウップ。動けない……」

 

 漫画張りに膨らんだお腹をさすっている妹紅に「親父かお前は。食い意地張りすぎだろ」とツッコミを入れた。

 その後食事の後片付けを手伝い、それが終わってひと段落ついた頃、どこからか紫の声が聞こえて来た。

 

「はぁい。約束通り来たわよ~」

「うわっ!」

 

 ちゃぶ台の下から現れた紫に、私は不覚にも驚いてしまった。

 

「紫さん、おはようございます!」

「おはよう。麗華は今日も元気ねぇ」

 

 そう言いながら紫は私の正面に座り、私から左に妹紅、右に麗華、正面に紫という座席順になっている。

 

「お前さあ、普通に出てこれないのかよ?」

 

 苦言を呈すが、紫は「え~だってインパクトがあった方が面白いじゃない」と、愉快そうにするばかり。

 

「そんなの誰も望んでないから」

「つれないわねぇ」

「彼女の言う通りです。紫様、御戯れも程々になさってください」

「あなたまでそんな事を言うのかしら。お堅いわねえ」

 

 ここにいる誰でもない凛とした声が響き、紫が背後に視線を向けた先には、横一直線に開かれた新たなスキマ。

 それがざっくりと開くと、中から尻尾を生やした一人の女性が現れた。

 

「……藍か」

「こうして会うのは久しぶりだな霧雨。貴様の事情は紫様から聞いているよ」

 

 彼女は鋭い目つきで、私達を見下ろしていた。

 

「わぁっ! 藍さんいらっしゃい!」

 

 八雲藍の姿を見た途端、麗華は彼女の尻尾に飛び込んだ。

 

「ふわぁ、このモフモフとした感触は、最高ですねぇ」

 

 なんとも心地よさそうに尻尾を撫でている麗華に、藍は首だけ後ろに向けて言った。

 

「麗華、いきなり飛び込んでくるのはやめてくれないか」

「いいじゃないですかー。あたしと藍さんの仲でしょう?」

「……触っても構わないが痛くしないでね」

「はーい」

 

 そして藍はそのまま紫の隣に正座した。

 

「普段は裏方に回るお前がここに来るなんてどういった風の吹き回しだ?」

 

 私の問いかけに答えたのは紫だった。

 

「藍を呼んだのは私よ。貴女がこことは異なる時間軸を生きる〝彼女″を一緒に連れて来るなんて、余程未来が深刻な事態に陥ってると思ってね。そうでしょう?」

 

 紫は私と妹紅を見比べながら、自分の推測は正しいと言わんばかりの顔。

 

「……流石に察しが良いな。実はな――」 

 

 私は西暦300X年で体験した出来事や話を事細かに話した。

 

「――と言う訳。残念ながら幻想郷は滅びてしまい、世界から妖怪はいなくなった。そしてこれは未来のお前が遺した形見の品だ」

 

 ポケットからメモリースティックを取り出し、ちゃぶ台の上にそっと置いた。

 

「まさか外の世界の人間達がそこまでやってのけるなんてね。これは想定外だわ」

「にわかには信じがたい事です」

 

 普段から見せている余裕たっぷりな態度を珍しく崩す紫と、苦い顔をする藍。

 さらに妹紅は発言する。

 

「あの時の悪夢は今でも時々思い出すんだ。あんな未来は認められない。そんな思いで私は魔理沙についてきたんだ」

「……なるほどね。魔理沙、この記憶媒体の中にあるデータを見ても良いかしら?」

「構わないぜ。そこのボタンを押せば作動するようになってる」

 

 紫はスキマを使いちゃぶ台の上に置かれたメモリースティックを手元に移動させたのち、ボタンを押した。

 路地裏で見た映像が再び映し出され、彼女は私に向けて語っている〝自分″のメッセージを真剣な面持ちで聞いていた。

 

「「…………」」

 

 メッセージの再生が終わった頃には、紫と藍は何とも言えない苦々しい表情をしており、場の空気が重くなる。

 やがて自動的に柳研究所のデータが空中にざっと映し出されると、紫は画面を触り、データを読んでいく。

 

「妖怪を実数として表すことで存在意義の崩壊を起こす……? 何よこれ、妖怪の天敵じゃないの。他にも音波の反響によって、幻の揺らぎを見つけだして……?」

 

 眉をひそめる紫の隣で、藍が発言する。 

 

「船や潜水艦などに付けられているソナーのような機械もあるようですね」

「『幻想を幻想と至らしめる畏れこそが我らの天敵たりうる。然らば、人類の英知をここに集結し新たなステージを迎える。』<中略>『最終的には仏教における解脱を分析・解明して輪転を掌握。死後の世界を構築する事に成功し、人は死の束縛から解き放たれた』か。……へぇ、随分と興味深い話ね。たかが人間が生命の理を捻じ曲げるだなんて、神にも等しい所業じゃないの」

「輪転は確か地獄の女神とその手先である地獄の裁判長が管理していた筈。人間は彼女達ですら凌駕してしまったのでしょうか」

「300年後の〝私″が遺した記録ですもの。間違いはないでしょう」

「私から言わせてみれば、不死なんてつまらないだけだけどな。なんで人間達がそこまで生に縋りつくのか理解できん。何度死にたいと思った事か」

「形のない生こそまさに不毛。もしかして蓬莱人の本質ってそこにあるのかしら?」

「さあどうだろうな。それを知りたいのなら永琳が適任だろう。最もアイツがすんなりと教えてくれるとも思わないが」

「今は蓬莱人の在り方に付いて議論している場合ではないでしょう」

「それはさておき――」

 

 その後も紫と藍と妹紅の3人はデータを見ながら真剣に話し合っていて、外の世界についての知識が乏しい私はひたすら聞き役に徹していた。

 ちなみに麗華は、イソギンチャクのようにうねうねと動く藍の尻尾を、猫じゃらしに興味を示す猫のように手を伸ばして捕まえようとしていて、ついつい目を奪われてしまう。

 

「――この幻想郷の未来の為にも、私と藍も協力した方が良さそうね」

「助かる。紫と藍がいれば百人力だ。280X年の時とは全然状況が違うし、此方から先手を打って出ればどうにでもなるだろう。後はその場所なんだけど……」

「この研究所はN県F市の――住宅街から少し離れた森の奥に建っているみたいね。ここからだと遠いけど、まあ私のスキマを使えば一発で行けるわ」

「うん、移動面は問題なしだな。次はどうやってあの研究所を潰すかなんだが……っておい魔理沙、さっきからずっと黙りこくってるけど、ちゃんと話聞いてるか?」

 

 妹紅に突然話を振られた私は、藍の尻尾から視線を戻す。

 

 妹紅に突然話を振られた私は、藍の尻尾から視線を戻す。

 

「え? お、おう聞いてるぜ。そうだな、魔法かなんかでドカンと爆発させちゃえばいいんじゃないか?」

「それが一番手っ取り早いな。採用だ。それじゃ早速襲撃を掛けよう!」

 

 ウキウキで乗り込もうとする妹紅に、紫が待ったを掛ける。

 

「待ちなさい。事はそう単純にはいかないのよ」



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第41話 話し合い②

「なんでさ?」

「外の世界のあらゆる情報はクラウド化されて電子の海に残されているわ。もちろん柳研究所だって例外ではないでしょう」

「あーそっか。それを失念していたな」

「……雲?」

 

(雲ってあれだろ? 空にプカプカ浮いてるやつ)

 

 妹紅は今の説明で納得していたようだったが、私には何故この話の流れで天気の話が出てくるのかさっぱり分からなかった。

 そんな私の心を読んだかのように、紫が解説する。

 

「外の世界にはね、特殊な通信規格群を用いて全世界のパーソナルコンピュータや通信機器が接続されたネットワーク――【インターネット】が存在するの。そしてこのネットワークに接続し、地球のどこにいてもネットワーク上のデータにアクセスすることが出来る……これをクラウドサービスと言うのよ」

「ほぅ~パソコンとやらにそんな機能があったとはなぁ」

 

 私自身は実物を見たことがないが、そういう外の世界の道具がある。と早苗が生きていた頃に聞いたことがある。

 

「もちろんこの幻想郷はインターネットにも繋がらないし、VHFやUHF等の電波も入ってこないようにしてあるわ。あまり技術革新を進めすぎると、外の世界の二の舞になってしまいますもの」

 

 紫の言葉はいやに実感が籠っており、きっと彼女の中では過去にとても重い出来事があったのだろう。

 

「……話が逸れたわね。とにかくこの部分に関しては、藍が対処してくれるから問題ないわ。彼女はとても優秀なハッカーでね、この時代のスパコンにも負けない頭脳の持ち主なのよ」

「ネットワーク関連については、私にお任せください」

 

 藍は胸を張っていた。

 

「つまり話を纏めると、研究所を爆破する前に一度研究所内に侵入して、パソコンの中にある研究データを消去する必要があるのか」

「ええその通り。でもそれだけではまだ足りないわ。もっと根っこの部分を絶たないとダメよ」

「む」

 

 紫は空間に立体表示された透過ディスプレイをいじる。

 スーツに白衣を纏い、顔中に皺が刻まれ口髭を生やした一人の老人の顔写真を表示した。

 

「【柳哲郎】。この記録では『元々は精霊信仰について研究していた科学者だったが、人が夢を見る際、脳の電気信号に一定のパターンがある事を発見。加えて、外部から人の夢に干渉する法則を確立し実験を成功させた。これは後に【柳理論】と呼ばれ、さらなる発展を目指して250X年5月27日に柳研究所を創設』とあるわ。この男こそが幻想郷が滅亡する原因を作った全ての元凶でしょう。つきましてはこの男を――」

 

 手に持った扇子を閉じ、ディスプレイに映し出された男の首元で横にピシャリと切った。

 それはつまり――

 

「……殺すのか?」

「ええ。万全を期すためにもそれが最善かと」 

 

 紫はあくまで冷徹に言い切り、妹紅や藍も異を唱えなかった。

 

「しかし殺すのは流石に……。何か別の手立てがある筈だろ。きっと説得すれば何とかなるんじゃ……」

 

 やりすぎではないのか? そんな心を見透かすかのように紫は口を開いた。

 

「魔理沙、腹を括りなさい。科学者という連中はね、自分の好奇心を満たす為なら例え破滅に至る道と分かっていても嬉々として歩くような人種なのよ。言って聞かせてどうにかなるものじゃないわ」

「…………!」

「大丈夫。私が直接手を下すから貴女が手を汚す必要はないのよ」

 

 私は反論が出来ず、黙り込んでしまった。

 何故なら科学者の在り方は、方向性は違えど魔法使いと似たようなものなので気持ちは分かる。

 

「納得がいかない、そんな顔をしてるわね。彼の研究のせいでこの素晴らしい幻想郷が滅亡し、多くの妖怪が消滅してしまうのよ? 何故迷う必要があるのかしら?」 

 

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 私は今まで好き勝手に生きてきたけれど、誰かに危害を加えるような行為はしたことがなかった。

 ましてや殺しなんてもってのほかだ。

 それに生まれついた頃から妖怪の紫や藍と違って、私は人間から魔法使いになったので、そう易々と受け入れることはできない。

 どうすれば良いのか迷っていると、藍の尻尾で遊んでいた麗華が立ち上がり、紫の方を向いた。

 

「紫さん、あたしからもお願いします。外の世界の出来事なのであたしが止める義務も権利もありません。でもだからと言って黙って見過ごすわけにはいきません。できれば別の方法を取ってもらえませんか?」

「麗華まで……」

 

 麗華の懇願に力強い意志を感じたのか、紫は目を見開いて驚いていた。

 そしてしばらく逡巡する様子を見せた後。

 

「……分かったわ。この男の命は取らない。ここに約束するわ」

「良かったぁ」

 

 麗華は胸をなでおろしており、私も心の中でホッとしていた。

 

「紫様がそう仰るのであれば私は構いませんが、どうするおつもりです? 彼こそが諸悪の根源だと思うのですが」

「フフ、その辺りはきちんと考えているから安心しなさい。私にいい方法があるの」

 

 紫はあくどい笑みを浮かべていた。

 

「よし、それじゃ行こうぜ! 思い立ったが吉日、善は急げって言うだろう?」

「ちょっと待って。魔理沙は外の世界で魔法が使えないだろ? また昨日みたいなことになるんじゃないの?」

「あ」

 

 妹紅に指摘され思わず間抜けな声を出してしまった。

 

(そうだった……、うっかり忘れていたぜ)

 

 彼女達と違い、私は魔法がないと一般人と変わらないので、その辺を解決する必要があるな。

 

「それに今は真昼間。人が居ない深夜に狙った方が良いでしょう。その間に此方も情報収集をしておくわ」

「よろしく頼む。時間は何時にするんだ?」

「……そうね。午前0時に決行で宜しいかしら?」

 

 時計を横目に見てみると現在時刻は午前9時30分。

 作戦まで大分時間が空きそうだ。

 

「ああ、それでいいぜ」

「ではまた後程」

 

 紫はスキマを扉のように縦にざっくりと開き、向こう側へ歩いて行った。

 藍も立ち上がり、彼女に続こうとしたところで麗華に呼び止められた。

 

「藍さん、もう行ってしまうのですか?」

「作戦が終わったらまた来るから、ね」

 

 藍は柔和な笑みを浮かべながら麗華を優しく撫でた後、スキマの中に消えていった。



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第42話 準備

少し長いです


 紫と藍が帰り、麗華と妹紅と私の三人が残された一室で、麗華はすっくと立ち上がった。

 

「魔理沙さん妹紅さん。あたし人里に食材を買いに行きたいので、申し訳ないのですが留守番をお願いしてもいいですか?」

「構わないぜ」

「そんな気を使わなくてもいいよ。どこにも行くつもりないし」

「ありがとうございます! それでは行ってきます!」

 

 麗華はふわふわと人里に飛んでいき、妹紅と二人きりになった。

 

「作戦まで十四時間もあるのか~、暇だなあ。昼寝でもしてようかなぁ」

 

 壁に寄りかかりながら欠伸をしている妹紅を横目に、私は考え事をしていた。

 

(まず問題点が二つあるんだよな)

 

 一つ目の問題は、先程妹紅に指摘された通り外の世界だと魔法が使えない事。

 恐らく博麗大結界が出来る20世紀以前なら、場所を気にすることなくどこでも使えるのだろうが、それ以降の年代になると科学の発展により外の世界の幻想が失われてしまう。

 つまり実質、幻想郷の中でないと時間移動が使用できないということになる。

 この世界線の未来のように幻想郷が滅亡してしまっていた場合、未来への一方通行になってしまい過去に帰れなくなってしまう。

 幸い妹紅のおかげで事なきを得たけど、今後も時間移動を繰り返す以上、この致命的な問題は改善しないといけない。

 そしてもう一つの問題は妹紅との時間移動についてだ。

 彼女の魂は他の人間や妖怪とは違って〝質量″が違うので、魔力を多量に消費してしまう。

 少なくともあと一回は、彼女を元の時代に帰す為に時間移動しなければならないので、これも改善する必要がある。じゃないとまた跳んだ先の時間で気絶しかねない。

 幸いこのどちらも改善すべき所は明白なので、苦労することはないだろうと思う。

 私は早速行動を起こすことにした。

 

「なあ妹紅」

「ん、なに?」

「私一度215X年に戻るわ」

「はあっ!? なんで?」

 

 こっくりこっくりと舟を漕いでいた妹紅は、釣り針に掛かった魚のように食いついてきた。

 

「さっき妹紅が話していた通り、私は幻想郷の外に出ると魔法が使えなくなる。だから一度元の時代に戻ってその辺りを改善しないといけないんだ。留守番なら一人で充分だろ?」

「まあいいけどさ。ちゃんと帰って来いよ?」

「分かってるさ。時間は……そうだな、今から5分後には戻って来るよ」

 

 そうして跳ぼうとしたところで、重大な事実を思い出す。

 

「しまった、ここで移動したらまたあの結界に閉じ込められるな」

「結界? なんだそりゃ?」

「215X年の博麗神社はさ、妖怪の力を封じ込める結界が張り巡らされているんだよ。その代の博麗の巫女が妖怪嫌いらしくてさ」

「ふ~ん」

 

 それから逃れようとしたのがきっかけで西暦300X年に跳ぶはめになり、結果として幻想郷の滅びの未来を変えるために奔走しているのだ。

 本当に世の中何が起こるか分からないな。

 

「境内から少し出た所から跳ぶか」

 

 そう呟き神社から出ようとした時、「……ねえ魔理沙」と神妙な声で呼び止められた。

 

「なんだ?」

「……いや、やっぱり何でもない。忘れてくれ」

「何だよ? そんな思わせぶりな言い方されたら気になるじゃないか」

「本当に何でもないんだ。これは私の心の弱さだから」

「はぁ?」

 

 それっきり妹紅は黙り込み、口を開く気配がなかった。

 妹紅の不可解な言動に首を傾げつつも、私は神社を出た。

 そして参道から続く階段を少し降りていき、ちょうど中段辺りで立ち止まった所で呟く。

 

「確か跳んだのが9月18日の午前11時だったから……その二時間後に設定すればいいか」

 

 そうして改めて時間移動を開始して、350年前に戻って行った。

 

 

 

 ――西暦215X年9月18日、午後一時――

 

 

 

 タイムジャンプが成功して、指定した時間に戻って来た私は、背中から感じる結界の気配を察してすぐさま博麗神社から逃げ出した。

 幸いあの博麗杏子が襲撃してくることはなく、息を切らしながらも無事に自宅へと戻って来る事が出来た。

 

「はあっ、はあっ」

 

 そして呼吸を整えてから扉を開いて中に入り、玄関にある帽子掛けにウィッチハットを吊るす。

 とその時、モワッとした汗の匂いが鼻に付く。

 

「……折角だしシャワーでも浴びてこようかな。この服少し匂うし」

 

 客観的な時間では〝今朝″浴びたばかりなのだが、神社で死にそうな目にあったり250X年で泊まったりなどと色々あって、主観的な時間では丸二日以上経過している。

 それを意識した途端、体のべたつきを感じて少し気持ち悪いと感じ始めてきた。

 

「うん、やっぱり入ろう」

 

 私は入浴の準備を始め、それを終えた後、更衣室の扉をガチャリと閉めた。

 

 

 

「ふう~さっぱりしたなぁ」

 

 軽くシャワーを浴びて浴室から出た私は、隣接されている更衣室でバスタオルを手に取り、身体に付いた水滴を拭う。

 その後下着を履き、クローゼットに掛けてある予備のエプロンドレスに着替えた。

 そして洗面台の前に立ち、ドライヤーで髪を乾かしながらウェーブ状に櫛で整えて、髪を右側だけおさげにして結びリボンを付けた。

 

「よおっし、完璧!」

 

 一通り身なりを整えた私は、意気揚々と更衣室を出た。

 それからキッチンに向かい、ヤカンでお湯を沸かした後、戸棚に入っているインスタントコーヒーの粉末をマグカップに入れる。

 数分後に水が沸騰してから私はマグカップにお湯を注ぎ、リビングのソファーに腰かける。

 身体を包み込むくらいフカフカなクッションに背中を預け、淹れたてのインスタントコーヒーを飲みながら寛いでいた。

 

「この時代の幻想郷はこんなにも平和なのになぁ。未来ってのは本当に分からないものだな」

 

 ガラス越しに窓の外を覗いてみれば、色付き始めた紅葉がちらほらと窓に張り付き、赤とんぼが空を舞っていた。

 春から秋に色濃く変わりゆく季節は美しいもので、これも時間移動の醍醐味の一つなのかな、と私は思う。

 しばらく頭を空っぽにしてぼんやりと外の景色を眺めていたが、マグカップの中身が空になった頃、思い立ったように立ち上がる。

 

(……さて、そろそろ動き始めようかな。どこかに紙と書く物はないか)

 

 マグカップをキッチンに置いてから部屋中を探し回り、やがて机の引き出しの中に真白なA4サイズの紙束と万年筆を見つける。

 

「ちょうど良い。これを使うか」

 

 私は机に向かった後、紙束から一枚引き抜いて自分の前に並べる。

 それからタイムジャンプ魔法の魔法式の一部分を書き出していき、数分後にはA4サイズの紙半分が魔法式で埋め尽くされていた。

 そして該当する部分を改竄して別の魔法式へと書き直していく。

 

(この箇所を置換して……と。こんな感じかな)

 

 私は先程紙に書いて訂正した箇所を脳内で構築していき、タイムジャンプ魔法の〝重さに関する制限値″を緩和させた。

 

「これでよし」

 

 次に妹紅と一緒に跳ぶ時、前回のように気絶することはなくなるだろう。

 随分呆気ないと思うかもしれないけど、一から魔法を創る時よりもとても簡単なので、少し改善するだけなら30分も掛からずに終わってしまうのだ。

 

「次は妖怪の山に向かうか」

 

 私は立ち上がり、帽子掛けに掛かっているウィッチハットを被って家を発った。

 

 

 

 妖怪の山の麓にある玄武の沢に降り立った私は、森の中を流れる川の流れに沿って河川敷を歩いていた。

 玄武の沢は歩いて渡れる程度に川幅が狭く、腰に浸かるくらいの水深で川底がくっきりと見える程透き通っている。

 川中にはアユやイワナといった淡水魚が泳いでいて、下流にある人里では飲用水や食料源として重宝されている。

 更にこの時期は落葉樹から舞い落ちた木の葉が水面に浮かび、とても風情のある風景となっているが、妖怪の山という地理条件からここに来れる人間はおらず、この素晴らしい景色を満喫出来るのは妖怪ばかりだ。

 さて、私がここに来た理由。それは外の世界で魔法を使えるようにするためだ。

 ガソリンを入れないと車が動かないのと同じように、どんな魔法も発動するにはマナという燃料が必要だ。

 あらゆる生命の源たる水場は他の場所と比べてマナが蓄積されやすく、集めるには持って来いの環境だ。

 

「さて、どの場所が良いかな?」

 

 キョロキョロとしながら歩いていると、「お~い盟友ー!」と聞き覚えのある元気な少女の声が聞こえてくる。

 

「ん?」

「ここだよー!」

 

 川上の方を見てみると、川の流れに身を任せながら手を振るにとりの姿があった。

「にとりじゃないか! 何してるんだー?」

 

 そう呼びかけると、にとりは川を泳ぎはじめ、私の目の前で川から上がる。

 

「最近河童の川流れっていう故事がある事を知ってね、実際に試していた所なんだよ」

「……へぇ。それでどうだったんだ?」

「水が冷たくて気持ち良かったよ。今が真夏だったらもっと最高だったかな」

 

 にとりはあっけからんとした様子で答えていた。

 

(河童の川流れってそういう意味だっけか?)

 

 どうもにとりは意味を履き違えているようだけど……。

 

「まあそんな事はどうでもいいんだ。それよりもさ、あんたに頼まれていた物が遂に完成したんだよ!」 

「は?」

「いやー長かったなぁ~。私の発明人生の中でも一二を争う傑作だよ。我ながらこんな物を創り出してしまう自分の才能が恐ろしいね!」

「ちょっと待ってくれ、何のことかさっぱり分からないぞ」

 

 一人で盛り上がっているにとりに私は困惑していた。

 時間移動の研究に着手してからというものの、私はアリスとパチュリーくらいしか頻繁に会う事はなかったし、それも〝霊夢を救出する前″の世界線の話だ。

 この世界線での〝私″は100年前に亡くなっている筈なのに、にとりはまるでつい最近にも私と会って話しているような反応をしている。

 これは一体どういう事なんだろう?

 

「うんうん、分かってる分かってる。そんなに心配しなくても、約束通り皆にはちゃんと内緒にしてあるからさ、安心して?」

 

 気安く私の肩をポンと叩くにとり。

 

「【来るべき時が来たら私の元においで】。こっちはもう準備が出来てるからさ。それじゃあね~!」

「あっおい!」

 

 にとりは再び川に飛び込み、そのまま下流へと流されて行った。

 

「……何だったんだ一体」

 

 結局彼女とは最後まで話が噛み合わなかった。

 

(でもにとりが嘘を吐くとは思えないし、頭の片隅に留めておくか)

 

 私は再び歩き出した。

 

 

 

 しばらく河川敷を歩いていると、水面が叩きつけられるような音が微かに聞こえて来た。

 

「もしかして!」

 

 急いで駆けつけてみるとそこには落差およそ5m程度の滝壺があり、水面から飛び跳ねた水しぶきが霧を作り、この一帯だけ気温がガクっと下がっていた。

 

「お、この辺りが良さそうだな。ふうー」

 

 私は一度深呼吸をして、精神を落ち着かせていく。

 魔法とはとても曖昧なもので、術者の精神状態によって効果が大きく左右されてしまうために、気持ちが不安定だと狙った通りの効果を導き出せない。

 なので魔法使いには常に冷静である事が求められる。

 これは万国共通、恐らく世界が変わっても不変の法則だろう。

 ちなみに敢えて感情を剝き出しにする事で大きな効果を得る魔法もあるらしいけど、それは全体で見れば1%程度に過ぎないので、やはり冷静沈着である事が一番大切なのだ。

 

「よし」

 

 気持ちを充分に落ち着かせた所で、私は滝壺の周囲に漂っているマナを手繰り寄せるように集めていき、同時に頭の中で呪文を唱えていく。

 空気の流れが変わっていき、大気中に含まれているマナの密度がさらに濃厚になり、辺り一帯は濃霧に包まれていった。

 

「――――――」

 

 小声でブツブツと呪文を唱えながらその濃厚になったマナをさらに凝縮していき、手の平に一粒のカプセルを創りだした。

 敢えて名前を付けるとしたら、【マナカプセル】と呼ぶべきだろうか。

 これを飲めば身体から流出した魔力が回復し、魔法が使えるようになる。 

 これ一粒で普通の魔法なら十発、マスタースパークは一発、タイムジャンプ魔法は二回使える計算だ。

 私はしばらくこの一連の動作を繰り返し、マナカプセルを創りだして行く。

 やがてそれを十個創り出したところで、周囲の霧が薄くなっていき、さらには流水量や周囲の木々が萎れていってるのを見て呪文の詠唱を中断する。

 どうやら周囲のマナが枯渇しつつあるようだ。

 これ以上は環境に良くないと判断した私はその場を後にした。



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第43話 作戦

間違えて投稿してしまいました。
申し訳ありません


追記 西暦が間違っていたので修正
申し訳ないです


 西暦250X年5月28日――

 

 

 

 再びこの時代に戻って来た私は、神社の鳥居をくぐって敷地内に入り、社の中に上がり込む。

 

「驚いたな、本当に5分で帰って来たのか」

「私にとって遅刻という概念はもう存在しないのさ」

「はは、なんだよそれ」

 

 そんな軽口を叩きながら、私は妹紅の正面に座った。

 

「それで、どうだったんだ?」

「準備万端だ。これを飲めば外の世界でもバッチリ魔法が使えるようになるぜ」

 

 私はマナカプセルを見せながら自信満々に言った。

 

「へぇ、じゃあ今夜がかなり待ち遠しいな。早く約束の時間にならないかな」

 

 と呟いたところで、妹紅は私の顔を見た。

 

「そうじゃん! なあ、すぐに深夜に行こうよ! その時間だと私眠くなっちゃうし、こうして待ってるのも暇だしさ!」

「別にいいけどさ、麗華に相談してからにしようぜ。留守番を頼まれていることだし」

「それもそうね。ちょっと気がはやり過ぎたわ」

 

 その後妹紅と適当に雑談を交わしながら時間を潰していると、しばらくした頃に大きな紙袋を抱えた麗華が買い物から帰って来た。

 

「ただいま~! あっ」

「おっと危ない」

 

 縁側と畳部屋を仕切る襖のレールに躓き、崩れ落ちそうになった荷物を私は咄嗟に支えた。

 

「す、すみません」

「随分沢山買ったんだな。手伝うよ」

「はい。お願いします」

 

 それから麗華と共に台所に向かい、野菜と果物を適切に仕分けながら冷蔵庫に仕舞っていった。

 やがてそれがすべて終わった頃、麗華は軽く頭を下げた。

 

「ありがとうございました。わざわざ手伝ってもらっちゃって」

「麗華にはここの所、色々とお世話になってるからさ、これくらい気にしなくていいよ。それよりさ、話したいことがあるんだ」

「はい! なんでしょう?」

「私さ、これから妹紅と一緒に紫との約束の時間に跳ぼうと思うんだ」

「え、そうなんですか?」

「さっき妹紅と話し合って決めた事なんだ。だからごめんな」

 

 妹紅の言葉もそうだし、私自身も改善したタイムジャンプの出来栄えを確認したいという狙いがある。

 

「そうですか~、分かりました! でもこの埋め合わせはいつかきちんと払ってもらいますよ?」

「うん分かったよ」

 

 それから妹紅と共に境内に出た後、麗華が見守る中私は妹紅に密着し、魔法の詠唱に入る。

 いつものように歯車の形をした魔法陣が現れ、ギアが回って行く。

 

「タイムジャンプ!」

 

 魔法陣から光が溢れ出て、私は目を閉じた。

 

 

 

 やがて魔法が終了した気配を感じ、目を開ける。

 春の朗らかな日差しは影を潜め夜の冷たい空気が空を支配し、月明りが神社を照らし出していた。

 私は妹紅から離れて、一人心の中で喜んだ。

 

(よし、成功した。今のところ体に何も不具合は生じてないし、これはもう成功と言ってもいいだろう)

 

「ほぉ~一瞬で夜になっちまったな。今何時だ?」

 

 感心しながら空を見上げる妹紅に、私は「約束の時間の5分前に設定したから、23時55分だな」と答える。

 

「ふわぁ~ぁ……、魔理沙さん、妹紅さん。こんばんはです」

「!」

 

 舌たらずな甘い声が聞こえ、咄嗟に振り向くと、そこには麗華の姿があった。

 

「れ、麗華!?」

 

 彼女はいつもの脇が開いた巫女服でなく、リボンを外して白装束に着替えており、周りの雰囲気とその衣装から一瞬幽霊に見えてしまい心臓が跳ね上がったのは内緒だ。

 

「な、なんでここに?」

「午前0時に跳ぶと聞いたので……少し前から待っていたのですが…………」

 

 彼女は昼間のような快活さはなく、目を擦りながらフラフラとしていて、とても眠そうにしていた。

 

「…………」

「おっと危ない」

 

 地面に倒れ込みそうになった麗華を、私はとっさに支える。

 

「す……みません。もう……限界な、ので、神社に………戻ります……ね。頑張っ……て…………ぐう」

 

 途切れ途切れの言葉はついに完全に途絶え、腕に抱える麗華からは寝息が聞こえてきた。

 どうやら本当に眠気の限界だったのだろう。

 

「う~ん、何だか悪いことをしちゃったな。とりあえず中に入れないと」

「手伝うよ」

「おう、サンキュ」

 

 妹紅と二人で麗華を抱えて社の中に入って行き、予め敷いてあった布団に寝かせた。

 

「おやすみ」

 

 そして社を出た頃何もない空間にスキマが浮かび上がり、紫と藍が現れた。

 

 

 

 西暦250X年5月29日――

 

 

 

「ふふ、時間通りね。いえ、時間にぴったりと合わせたのかしら?」

 

 どうやら紫は私達が時間移動したことを察知していたようだ。

 

「まあな」

「藍、その荷物はなんだ?」

 

 妹紅の質問で八雲藍に目を向けてみれば、紺色のリュックを背負っているのに今更ながらに気付く。

 

「この中には研究所で使う工作道具が入っている。精密機器が入ってるから触らないでくれ」

「ふ~ん」

「それで段取りはどうするんだ?」

「まずこれを見て頂戴」

 

 紫がスキマの中から取り出したリモコンのようなものを空中に向け、ボタンを押す。

 すると、私達の前に透明な画面が浮かび上がり、そこには立体的な地図が映しだされた。

 

「これが柳研究所の全体図よ。敷地面積二千平米の土地に3階建ての鉄筋コンクリート製の建造物があってね、研究所の周りは鉄製のフェンスで囲まれ、柵の上部には有刺鉄線が張り巡らされているわ。さらに敷地内には外敵の侵入を感知する赤外線センサーと、銃を持った十二人の警備員が交代で巡回しているの」

「ただの研究所にしては随分と警備が物々しいな。骨が折れそうだぜ」

 

 それが私の思い浮かんだ感想だった。

 

「でも安心なさい。私のスキマならこれらの警備をすっ飛ばして、目的の部屋に直結出来るから」

「つくづく思うが、境界を操る程度の能力って便利だな。セキュリティなんてあってないようなものじゃないか」

 

 万能なこの能力があるからこそ、八雲紫は大妖怪になれたのかもしれない。 

 

「そして私達は3階の中央にあるサーバールームに乗り込むわ。そこのサーバーから藍がハッキングを仕掛けてメインコンピューターに侵入し、社内ネットワークとクラウド上から目的のデータを消去する」

 

 八雲藍の方をちらりと見ると、彼女は私の視線に気づき頷いた。

 

「藍の掴んだ情報では室内を巡回する警備員は2人。あなた達には藍がハッキングしてる間、見張りをお願いするわ。それが終わったら破壊活動に励んでちょうだい」

「任せてくれ。全てを燃やし尽くしてやるよ!」

「分かった」

 

 妹紅は右手の拳に炎を纏い、意気揚々としており、かく言う私も、少しワクワクした気持ちになっていた。

 

「さて、それでは行きましょうか」

 

 紫が右腕を振るうと同時に目の前の空間が裂け、人が通れるくらいの大きめのスキマが出現する。

 

「私の後についてきなさいね。さもないと、命の保証は出来ないわよ」

「おいおい、おっかないこと言うなよな」

「冗談よ」

「どうだか」

 

 私は肩を竦めつつ、紫の後に続いてスキマをくぐっていった。



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第44話 柳研究所①

今更ですが評価に対するコメントが寄せられていることに昨日気が付きました。
評価してくださった方、ありがとうございます。





 スキマの中は異空間となっており、一筋の光すらも差し込まない暗闇には無数に浮かび上がる巨大な〝目″が三百六十度全方位に広がっていて、控えめに言っても気持ちの良いモノではなかった。

 

「お前よくこんな気味の悪い空間を出入りできるなぁ。気分悪くなったりしないのかよ?」

 

 堪らずボヤくと、先頭を歩く紫は顔だけ此方にむけながらこう言った。

 

「慣れてしまえば何とも思わないわ。それにね、妖怪として威圧感を与えるためにもこれくらい不気味な方が良いのよ」

「へぇ」

 

 紫は2000年以上を生きる大妖怪だが、外の世界の女子高生でも通用するくらい若々しい容姿を持つ。

 私も昔、人里で女だからと言う理由で侮られた苦い経験があるので、もしかしたら紫も過去に似たような経験をしたのかもしれない。

 

「さあ、もうすぐ到着よ」

 

 そうしてスキマを出た先には明度が高い暗闇が広がる大きな部屋があった。

 そこには背丈以上の高さの本棚のような形をした黒い箱が縦一直線に何列も並んでいて、それらから重低音が、擬音で表すならばブオーンって感じの耳障りな音が聞こえてきた。

 さらにこの部屋には窓がなく、出入り口は角にガラスがはめ込まれた一枚の扉だけで、閉塞感があるな。という印象を受ける。

 

「ここがサーバールームなのか。なんか雰囲気が暗いな」

「暗いな。電気付けちゃ駄目なの?」

「灯り付けたらバレちゃうでしょ。じきに目が慣れるし、それまで我慢我慢」

「ちぇっ」

「それじゃあ藍、早速始めて頂戴」

「はい」

 

 紫の指示を受け、藍はまず手近にある黒い箱の扉を開く。

 中には群青色に光る平べったい機械――恐らくこれがサーバーと言うものだろう――が幾つも積み上げられ、コードが蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、それでもなおコードを接続出来そうな穴が幾つか空いていた。

 

「ふむ……なるほど」

 

 ざっと中身を見渡した藍はその場に座り、背負っていたリュックサックを床に置き、中の荷物を取り出していった。

 そして水色のケーブルをサーバーに繋いだ後、先程取り出した拳大程度の小さな機械につなぎ、その小さな機械と折り畳み式のパソコンをまた別のコードで接続した。

 彼女がパソコンのスイッチを入れると真っ青な画面が表示され、白字で記された英文が点滅しており、キーボードを叩くと、今度は黒色の小窓が瞬間的に幾つも開いたり閉じたりしながら高速でスクロールされていった。

 ……というか藍のやってる事が分からなさ過ぎて、この描写ですら曖昧になってしまっている。

 

「侵入成功。次はどこにデータが入っているかだが……」

「そんなのすぐに全部消去しちゃダメなのか?」

「今の時代、サイバー攻撃された場合に緊急避難先のサーバーに情報が移動するプログラムが組まれていることもある。だから関連性のあるファイルを紐づけして、一斉にデリートしないと意味がないんだ」

「へぇ」

 

 そう言いながら、藍はその中を次々と精査していく。

 そんな中、ふと気になるタイトルのファイルを見つけた私は、藍に言う。

 

「ん、なんだこれ? ちょっと止めてくれ」

 

 藍が手を止めると、画面には【テラフォーミングコロニー計画について】というタイトルのファイルがあった。 私は早速そのファイルを開き、中身を読み上げていった。

 

「えっと……。『21世紀初頭、人類は多くの問題に直面していた。人口の爆発的な増加や二酸化炭素の排出による大規模な環境変動、それに伴う食糧危機。有機性資源の枯渇による民族問題の悪化、世界各地で局所的に勃発する紛争。世界各国の人工衛星・ISS(国際宇宙ステーション)の破壊、それによる国際緊張の高まり……。ここに挙げた一例では足りない程問題が発生し、地球は限界を迎えつつあった』」

「『ところが204X年、人類に大きな転機が訪れた』」

「『兼ねてから世間では『宇宙開発が成功しないのは、宇宙人の妨害があるからだ』と噂されていたが、204X年、NASA(アメリカ航空宇宙局)との共同観測チームが〝UFOが月の裏側から出てくる瞬間″を捉える事に成功。鮮明な映像と共に『月の裏側には、人類よりも遥かに高い文明を持った未知の知的生命体が潜む可能性が極めて高く、彼らがこれまでの宇宙開発を阻害していた可能性が高い』と公表し、全世界に衝撃が走った。世界各国はこぞって月に住む知的生命体にコンタクトを取ろうとしたものの、ことごとく失敗。その間にも彼らの妨害が止むことはなかった』」

「『その最中、〝自らの正義″を主張して月目掛けて核兵器を使用したとある国家があった。しかし宇宙空間に出たところで月から放射された謎の光線により消滅。逆鱗に触れたかの国は発射された88発の弾道ミサイルにより壊滅。首都・軍事拠点・インフラ設備、その他大勢の死者や財産が失われ国力は著しく低下。その国は国家としての機能を果たせなくなり、月の軍事力に世界中が大いに震撼した』」

「『前述した地球が抱える様々な問題、そして我々人類に対して敵対的な未知なる知的生命体の存在。これを受け、我々日本を含む先進国をリーダーとして、人為的に惑星の環境を変化させて人類の住める星に改造しそこに移住する――通称テラフォーミングコロニー計画が考案されると、即座にCOPUOS(国連宇宙空間平和利用委員会)により勧告として纏められ、同年の国連総会で採択された。しかしそれ以後月からの妨害は苛烈を極め、人工衛星やロケットの撃墜は勿論の事、世界中の巨大望遠鏡もレーザー光線のようなもので次々と破壊されてしまい、プロジェクトを推し進めていった各国は甚大な被害を被った』」

「『結果として22世紀に入る頃には計画は頓挫。この計画は幻に終わることとなった。これを契機に、産業革命以後続いて来た人類の発展は頭打ちを迎えて徐々に衰退していった。さらに残念な事に、公的に宇宙開発が終了したとされる24世紀に至るまで、月の文明の姿どころか知的生命体の影すら掴むことすら叶わなかった』……か」

 結構硬い文章なので、途中で何度か噛みそうになりながらも全部読み上げた私。

 どうやらこのファイルは、西暦280X年の紫が遺した記録をより詳細に、人間側から見た視点による記録のようだ。

 外の世界で使われていると思しき用語が沢山使われているので、半分くらいしか文章の意味が分からなかったが、『食糧危機』や『紛争』といった単語から察するに、外の世界は私の思う以上に深刻な問題を抱えていたようだ。

 このファイルで語られている宇宙に関するゴタゴタがあった時も、当時の幻想郷は特に大きな争いもなく至って平和だった。と私は記憶している。

 

「月の連中は気に入らないけれど、これに関していえば人間達の自業自得としか言いようがないわね。同情する余地はないわ」

「いつの時代になっても人の本質ってのは変わらないな。やれやれだ」

「愚かな人間達に相応しい末路だな。……さあ、霧雨。そろそろ退いてくれないか? あまり時間を掛け過ぎるとセキリュティシステムに感知される可能性があるんだ」

「おお、邪魔して悪かったな」

 

 私はパソコンの前から退き、入れ替わるように藍が正面に座り込み、再び作業に入って行った。

 

「目的の達成にはまだしばらく時間が掛かりそうです。皆さんは休んでいてください」

 

 そうして藍はブツブツと一人で呟きながら、完全に作業に没頭していった。

 

「休むも何もまだなーんもやってないんだけどなぁ」

「こうして待ってるのも暇だし、いっそのこと誰か来ないかな」

 

 妹紅が冗談交じりに呟いたその時、入り口の扉が乱暴に開かれた音が耳に入る

 

「「!」」

 

 私はすぐさまサーバーの影に張りつくように隠れながら、顔だけ出して扉のある方向を窺う。

 そこには、懐中電灯で足元を照らしながらゆっくりと歩く一人の男がいた。

 

「ふぁ~あ~あ。あークッソねっみぃなぁ。早く交代の時間が来て欲しいぜ」

 

 頭を無造作にかき上げながら大きな欠伸をしており、彼の身に付ける青い作業服から察するに、この研究所の警備員なのだろう。 

 私はすぐ隣で様子を窺う妹紅に、小声で話しかけた。

 

「おい。妹紅が『誰か来ないかな』とか言うから本当に来ちゃったじゃないか」

 

 藍はまだハッキングの最中なので、ここで見つかってしまうのはまずい。

 

「……悪かったよ、そんな目で見ないでくれ。私がやるから魔理沙は下がってて」

 

 私は無言で頷いて後ろに一歩下がり、妹紅はサーバーの角に行き、じっと息を潜めて機会をうかがっていく。

 一歩一歩足音が聞こえ、懐中電灯の光が届く範囲にまで近づき、男の体が見えた瞬間、妹紅は飛び出した。 

 

「はあっ!」

「ぐほぁっ……!」

 

 脇腹にものの見事にボディーブローを喰らった男は、そのまま床に崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。

 白目を剝き口から泡を吹いてるので、余程強烈な一撃だったのだろう。

 

「ふう。何とか気づかれずに済んだかな」

「お疲れ。なかなかいいパンチだったぞ」

 

 私はありのままの感想を述べた。

 

 

 

 妹紅が警備員をノックアウトして以降、特にこれといったアクシデントもなく、退屈しのぎに妹紅と駄弁っていると、ずっと画面に向かって作業し続けていた藍が口を開いた。

 

「見つけました! 恐らくこれが300年後の紫様が遺したデータの原形かと思われます」

「おっどれどれ?」

 

 その言葉を聞いて画面をのぞき込んでみると、文字や数字が不規則に並ぶランダム性の高い文章がずらっと並ぶファイルが表示されていた。

 私には何が何だか分からなかったが、紫はそれを見てこう呟いた。

 

「もう既にここまで解明しているとはね……、恐ろしいものだわ。藍、早速そのデータを消し去りなさい」

「承知しました」

 

 八雲藍は一本のUSBと書かれたスティックを自分のノートパソコンに指し、エンターキーをタイプした。

 すると、画面の中に映し出されたファイルが瞬く間に消去されていく。

 

「これは私がプログラムしたデータ消去ソフトでな、起動すれば二度と復元できないくらいにデジタルデータを壊すんだ」

「へぇ、よく分からんがこれで大丈夫なのか?」

「私の腕に間違いはない」

 

 私の疑いに八雲藍は自信ありげに断言していた。

 そしてしばらくすると、デリート完了のウインドウが出現し、画面の中は全て真白に消え去っていた。

 

「ん、終わったの?」

「これで完了です。この研究所内のデータ、さらにはクラウド上にあるバックアップファイルまで全て抹消されました」

「よくやってくれたわ。さあ、後は――」

 

「貴様らここで何をしている!」

 紫の言葉を遮るように男の大声が響き、懐中電灯の光が向けられた。

 眩しいなと思いながら光の方向を見て見ると、そこには先程妹紅によってノックアウトされた警備員とは別の男が。

 

「あらあら、見つかってしまいましたわね」

「いつまでも交代要員が帰ってこないと思えば、まさか侵入者がいたとはな。……おい、しっかりしろ!」

 

 駆けつけた警備員の男が、地面に倒れている男に呼びかける。

 すると倒れていた男が目を覚まし、咳をしながら起き上がった。

 

「うっ……ゴホッゴホッ。チクショウあの女め……! 許さねえ!」

 

 妹紅によって倒された男は殴られた箇所を抑えつつ、激しい敵意を向けていた。

 

「一体どこから入り込んだんだ! それに……狐?」

 

 困惑する男の一方で、当の八雲藍は見向きもせずに持参した荷物をリュックサックに仕舞い込んでいた。

 

「なあなあ。最終確認だけどさ、もうやっちゃっていいんだよな?」

「ええ。もう用事は済ませましたので、存分に」

「よっしゃ、やっと出番が来たか!」

「何をベラベラと――」

 

 直後、妹紅は拳に炎を纏わせると扉が開きっぱなしだったサーバー内部を思いっきり殴りつけた。

 すると、小規模な爆発音が生じ、火が瞬く間に燃え広がっていった。

 

「うわああああ! き、貴様ら何を!」

「はっ、おっさん! 早く逃げないとお前らも焼き尽くすぞ!」

 

 そう言って妹紅は炎弾を放ち、男達のすぐ真横のサーバーに直撃させた。

 

「な、なんだあの女っ! 手から炎をだしてやがる!」

「クソッ、俺達じゃ手が負えん! 引き返すぞ!」

 

 男達は脇目も降らず一目散に逃げて行き、妹紅は「……情けないな。さっきまでの威勢のよさは何所へ行ったんだか」と肩を竦めていた。

 それを見て私もポケットに入れておいたマナカプセルを飲み込んだ。

 

「んじゃまー私もそろそろ暴れさせてもらおうかな。魔符、《スターダストレヴァリエ》!」

 

 八卦炉から星形の弾幕を無数にばら撒いて部屋中のサーバーに直撃させ、次々に壊して行く。

 この私のスペル、本来ならば弾幕ごっこ用に殺傷能力を抜いてあるのだが、今回は手加減抜きの大盤振る舞い。自らの魔力をありったけに込めているので威力は折り紙付きだ。

 

「不死《火の鳥-鳳翼天翔-》!」

 

 妹紅もまた、不死鳥を連想させる巨大な火の鳥を創りだして一直線に放ち、それが通った部分は焦げた跡だけが残っていた。

 そして炎は壁や天井に燃え移って行き 同時にけたたましいサイレンが鳴り響く。

 

「そろそろこの部屋から出ないとまずくないか?」

「だな。丸焦げになっちゃう前に出るとするか」

 

 私達は燃え上がるサーバールームから駆け足で退室していった。

 



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第45話 柳研究所②⇒未来へ

「もういっちょ! 不死《火の鳥-鳳翼天翔-》!」

「スターダストレヴァリエ!」

 

 警報音が鳴り響き、天井から雨のように水が降り注ぐ中、研究所内の施設を手当たり次第に破壊していく私達。

 しかしやはり建物の規模が大きいために、中々スムーズに壊し切れない。

 

「なあ紫もスペルカードを使ったらどうだ?」

 

 破壊行為を繰り返す私達をただ黙って見守るだけの紫が気になった。

 

「あら、私も参加して良いの?」

「何を遠慮してるのかは知らんが、手伝ってくれ。私と妹紅だけじゃ手が足りん」

「うふふ、なら私もド派手に行かせてもらいましょう」

 

 紫は右手の平にスキマを出現させると、そこからせり出してきたスペルカードを掴み、宣言する。

 

「《廃線「ぶらり廃駅下車の旅」》!」

 

 巨大なスキマが紫の横に開くと、踏切の鐘の音と共に連結した電車の車両が猛烈な勢いで飛び出す。

 壁に激突すると同時にものすごい轟音が生じ、建物が大きく揺れた。

 

「うひゃぁ~、すっごい威力」

「こんなの当たったらひとたまりもないな」

 

 電車の通った跡は壁や障害物などおかまいなしに壊されていて、その果てには外が見えていた。

 

「なんだ今の音は!」

 

 とその時、フルフェイスマスクを被った集団が電車の通った跡から現れた。

 その数は7人で、全員が銃を抱えていることから、紫の情報にあったこの施設を守っている警備員なのだとすぐに分かった。

 

「侵入者だ! 生かして返すな!」

 

 警備員の一人が言うと、皆規則正しい動きで銃を構える。

 

「撃て!」

「やばっ!」

 

 とっさに回避しようとした瞬間、私の正面にスキマが出現し発射された銃弾はその中に消えていった。

 

「なっ……! 消えた?」

「ななな、なんだあれはっ……! ギョロギョロとした目がっ!」

 

 少なからず動揺した様子の警備員達を見て、紫は愉快そうに微笑む。

 

「うふふふふ」

 

 紫が右腕を振るった瞬間、彼らの真後ろにスキマが開き、そこから飛び出した弾丸が腕や足を貫いた。

 

「ぐわああああああ!」

「ぐううっ!」

 

 彼らはうめき声をあげながらその場に崩れ落ちていき、最早立つことすらもままならない様子。

 

「お、おい。流石にやり過ぎなんじゃないか」

「大丈夫よ、麗華との約束ですもの、ちゃんと致命傷は避けてあるわ。……さあ、そのまま帰りなさい」

 

 紫が左腕を振るうと、今度は彼らの足元にスキマが開いた。

 

「うわああああああ!!」

 

 彼らは悲鳴と共にスキマの中に吸い込まれて行き、何事もなかったのように閉じられた。

 

「あいつらどこへやったんだ?」

「近くの病院に送り届けてあげたわ。きっと今頃お医者様のお世話になっていることでしょう」

「お優しいことで」

 

 その後残りの警備員を適当にあしらいつつ次々と施設内を壊していくと、やがてそこかしこでミシミシと軋む音がしはじめ、建物が大きく揺れていった。

 

「あら、そろそろ崩れてきそうね」

「冷静に観察してる場合か!? 外に出るぞ!」

「流石に生き埋めはしゃれにならん」

 

 そうして、床に散らばる瓦礫などを乗り越えていきながら駆け足で外に出て行った。

 ある程度離れた所から柳研究所を振り返ると、壁や天井の至る所に穴が空いて煙が昇り、いつ倒壊してもおかしくないくらいにボロボロになっていた。

 

「後一撃で崩壊しそうだな」

 

 私はマナカプセルを飲み込み、八卦炉を構える。

 

「んじゃ、最後にトドメの一撃加えてやるぜ! マスタースパーク!」

 

 私の手に持った八卦炉から超極太な虹色の光線が発射されて空の果てに消えていき、その軌道上にあった建物は完全に呑みこまれた。

 やがて徐々に出力が弱まり完全に消えた頃、後に残されたのは、瓦礫の山と下火になりつつある炎だけだった。

 

「終わったわね」

「ここまで破壊し尽くせば、再起するにもかなりの時間を要するでしょう」

「は~一番のトリを持ってかれちゃったか。私が壊したかったのになぁ」

「悪い悪い。つい、な」

 

 そして余韻に浸る間もなく遠くの空からサイレンの音が聞こえてきて、何やら騒がしくなりそうな雰囲気が出て来た。

 

「紫様、そろそろ退散した方が宜しいかと」

「そうね。人間達に見つかる前に帰るとしましょう」

 

 紫はスキマを開いて中に入り、私達もその後に続いて行った。

 

 

 

 

 

 スキマを通じて再び幻想郷の博麗神社に戻って来た私達。

 月明りに照らし出された境内はしんと静まりかえり、夜空には流星群が見えていた。

 

「ん~やっぱ幻想郷が一番落ち着くわねぇ。外の世界は窮屈で仕方がないわ」

「紫様と同意見です。ここは私達の故郷ですからね」

「んじゃ、私はこれから妹紅を連れて未来が変わったかどうか確認しに行くから、ここで一旦お別れだな」

「ええ、よろしくお願いするわね」

「ご武運を祈ります」

「元の時代に帰ったら何しようかなぁ。自由に歩き回ってみるのもいいかなぁ」

「おーい妹紅、跳ぶからこっち来てくれ」

「分かった!」

 

 そうして私と妹紅は再び抱き合う形となる。

 

「500年後、またここで会いましょう」

「ああ、それまでまたな紫。タイムジャ――」

 

(……待てよ?)

 

 いざ時間移動しようとしたその時、一抹の不安が頭をよぎり、言葉が止まる。

 

(まずないと思うけど、もし、もしも未来が変わってなかったとしたら……)

 

 前回この位置から未来に跳んだ時、ものすごく高い所から落ちる羽目になり、あの時は今までの人生で五本の指に入る程焦った。

 そのトラウマが、私に躊躇いを生じさせる。

 

「……どうした魔理沙? 跳ばないのか?」

 

 抱き着いている妹紅から不思議そうな声が聞こえてくる。

(流石にまた落ちるってことはないか。……ないよな? うん、ないない) 

 

 映像の紫の中のお願い通りに動いて、幻想郷が滅びる原因をたった今この手で壊滅させてきたところだ。

 きっと私の考えは杞憂に過ぎないだろう。

 

「いや、何でもない。タイムジャンプ!」

 

 例のごとく、足元に時計の形を模した魔法陣が出現する。

 

「行先は西暦300X年5月7日、午後1時!」

 

 歯車が回り始め周囲の光景が歪み始めたところで、私は目をつむった。

 



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第46話 side out 紫の思惑

 ――――――――side out――――――

 

 

 

「行先は西暦300X年5月7日、午後1時!」

 

 霧雨魔理沙の言葉を皮切りに、彼女と藤原妹紅の両名はタイムジャンプ魔法陣に包まれながらこの時空間から消えていった。

 再び静寂が訪れた境内で、八雲藍はポツリと呟いた。

 

「……行ってしまいましたね」

「次の再会は500年後……、妖怪の身といえどもとても長い時間だわ……」

 

 遠い未来を見果てるように夜空を見上げる八雲紫に、八雲藍は続けて。

 

「今更ですが紫様、霧雨魔理沙を信用しても良かったのですか? 彼女の魔法は天地の法則をも捻じ曲げる危険な能力なのでは? いつ我々の存在が脅かされてもおかしくありません」

「またその話? 心配は無用よ藍。魔理沙は他の誰にも負けないくらいに幻想郷をこよなく愛しているわ。その気持ちがある限り、敵対する理由はないでしょう?」

「……随分とあの魔法使いを買っているのですね」

 

 八雲藍が不服そうに主張すると、八雲紫は興味深そうに口を開く。

 

「あら、藍がそこまで食い下がってくるなんて珍しいわね」

「いえ、そういうわけでは……」

「今から2000年以上昔、私がまだ妖怪として未熟だった時の話だけどね」

「え?」

 

 唐突な昔話に八雲藍は首を傾げていたが、八雲紫はそれに構わず話を続けていった。

 

「当時の私はその辺の野良妖怪にも劣るくらいに力が弱くてね、自分の能力もよく把握出来ていなかった。そんな私が強力な妖怪に襲われて殺されそうになった時、颯爽と助けだしてくれた女の子がいたのよ」

「……過去にそんなことがあったのですか、初耳ですね」

 

 驚き混じりに相槌を打つ八雲藍。八雲紫はさらに話を続けていく。

 

「その女の子は結局最後まで名前を名乗らずにいなくなってしまったけれど、今思い返してみれば彼女は未来から来た魔理沙だったんじゃないか――と思うのよね」

「! それはなぜです?」

「彼女はついさっき未来に跳んで行った魔理沙と瓜二つの容姿だったし、去り際に『遠い未来で宜しく!』って言葉を残していったのよ。あの時は何を言っていたのかさっぱり分からなかったけれど、昔から抱いていた疑問がここ最近になってようやく解けたわ」

「……つまり紫様は、その時の恩義を彼女に感じている、と?」

「そこまで大袈裟なものではないわよ。ただ、あの子を好意的に見てるのは確かね。あの女の子との出会いが、私の妖怪観に影響を与え、人間に興味を示すようになったきっかけの一つですもの」

「失礼ですが紫様。霧雨魔理沙が過去の紫様を助け出すことで、貴女にいい印象を与え、未来で自分が上手く立ち回れるように画策した可能性もあるのでは?」

「彼女がそこまで狡猾な性格だとは思えないわ。一見派手で騒がしく見えても、心の中では常識的で優しい心を持つ娘ですもの。それは貴女もよく分かっているでしょう?」

「む……」

 

 同意を求めるような八雲紫の言葉に、八雲藍は言葉を詰まらせる。

 そして「……紫様がそこまで仰るのなら、私は口を慎みます。出過ぎた真似をしました」と一礼した。

 

「ええ、それで良いわ」

 

そして八雲紫は裾を翻し、自らの目の前にスキマを開く。

 

「紫様。どちらへ?」

「これから最後の仕上げにあの男の元へと行ってくるわ。藍、念のためにここで待機していなさい」

「かしこまりました」

 

 八雲藍の深々としたお辞儀に見送られながら、八雲紫はスキマの中に消えていった。

 

 

 

 同時刻、F県N市――

 

 

 

 都会から少し離れた郊外に位置する閑静な住宅街、その一画に一際大きい住宅が堂々と建っていた。

 その2階の寝室、電気が落とされた薄暗い部屋のベッドには一人の老人が熟睡しており、部屋の中は無音に包まれていた。

 しかし突然、その静寂を破るように枕元に置いてあった携帯電話がけたたましく鳴り出した。

 熟睡中だった老人は強制的に意識を覚醒させられ、おぼつかない手つきでベッドに入ったまま携帯電話を手に取る。

 ディスプレイの画面には『佐藤』の文字が表示され、老人は自らの研究所の副所長の顔を思い浮かべながら呟く。

 

「………こんな夜中になんだ一体」

 

 画面に表示されていた午前2時05分という時刻に呆れつつも、老人は携帯電話の通話ボタンを押した。

 

「おい佐藤。今何時だと思っているんだ。こんな真夜中に掛けてくるなんて非常識とは思わんのかね?」

『す、すみません。ですが柳所長! 緊急事態でして!』

 

 開口一番に苦言を呈した老人だったが、電話相手の声色から真剣な話だと判断し、その態度を軟化させた。

 

「……一体どうしたというのかね?」

『研究所から非常通報があったので、わたくし現場に急行したのですが……、わたくしたちが勤める研究所が跡形もなく壊滅しておりまして……!』

「なんだと!?」

 

 寝耳に水の出来事に老人の眠気は一気に吹き飛び、すぐに飛び起きた。

 

『幸い死人は出ていないみたいなのですが、研究所内の設備は全て使い物にならない状態になっておりまして、完全復旧にはかなりの時間を要するかと……』

「研究データはどうなっている! こんな時の為にバックアップを取っておいただろう!」

『そ、それがですね。先程確認しましたが、複数のクラウド上に残してあったバックアップファイルが完璧に消去されておりまして』 

「馬鹿なっ……! あのサーバーには5000万円を投じた最新鋭のセキリュティプログラムを入れてあったのだぞ! それが破られたというのか!」

『し、しかし実際に突破されておりまして……。今現場でデータの復元を試みているのですが、意味のないデータがノイズのように入り組んでおりまして復元は非常に困難かと思われます。この手口からして、恐らくその道のプロ、超一流のハッカーによる犯行かと思われまして、はい……』

「ぐぬぅぅ! 侵入経路はつかめているのかね!?」

『……これはあくまでわたくしの推測なのですが、そのハッカーは当研究所のサーバールームに直接侵入し、内部からハッキングしてデータを消去した後、証拠隠滅も兼ねて研究所を破壊したのかと……!』

「ぬうううう!!」

 

 電話越しに聞こえてくる部下の狼狽振りに、老人は激しく苛立ちながらもさらに問いかける。

 

「研究所に配置しておいた警備兵はどうした! アイツらには高い金を払ってるんだぞ!」

『警備兵達も負傷して病院で手当てを受けておりまして……、どうやら謎の襲撃者たちにやられてすぐには動けない状態とのことでして……』

「ええい! 儂も今からそっちに向かう!」

『所長――』

 

 怒りが頂点に達した老人は荒々しく携帯電話を切り、ベッドの上に叩きつけた。

 

「クソッ、いったい何が起こってると言うのだ!」

「先程の電話の通りですわ」

「!?」

 

 薄暗い寝室に突如と響く気品溢れる女の声に老人は振り返る。

 その視線の先には、美しくも妖艶な雰囲気を出す一人の女が〝スキマ″の上に座っていた。

 

「な、何者だ! その雰囲気……貴様人間じゃないな! 妖怪か!」

「ご明察。私、幻想郷という土地で管理者を務めております八雲紫と申します。以後お見知りおきを、〝柳哲郎″さん?」

 

 過剰なまでの慇懃無礼な敬語を使う八雲紫の態度に、老人――柳哲郎は苛立ちを見せる。

 

「……やはり妖怪どもの楽園は実在していたのかっ! おのれっ、儂に何の用だ!」

「あなたの研究は踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまいました。よって、一つ警告を」

 

 言葉を区切り、彼女は壁一面に広がる大きさのスキマを開いた。

 

「これ以上私の世界を踏み荒らすような真似は辞めなさい。さもなくば――」

 

 スキマの中に密集した目が一斉に柳哲郎を捉える。

 

「悪夢のような体験を味合わせてあげるわ」

「っ!」

 

 強力な殺気を漏らしながら言い放たれた言葉に、自らの命の危機を感じ、身の毛もよだつような感覚を覚える柳哲郎だったが、彼は震えながらも答えた。

 

「わ、儂は止まるつもりなどない! それが未来の為、ひいては人類の為になると信じているからだ! 消え失せろっ、妖怪め!」 

「……そう。なら、もういいわ」

 

 八雲紫は表情を消しながらスキマから立ち上がって近づいて行く。

 

「こ、殺すのか、この儂を!」

「殺したりなんかしないわ。――ああ、でも。もしかしたらこれは、人間にとっては死と同じなのかしらね?」

「なにを――」

「さあ、消えなさい」

 

 柳哲郎の目の前で八雲紫が指を弾いた途端、彼は意識を失い床に倒れ込んだ。

 

「永遠にさようなら、うふふふふっ」

 

 八雲紫はそれを冷たいまなざしで見つめ、踵を返すようにスキマの中に戻って行った。

 

 

 

 

 四日後。

 

『続いてのニュースは、柳研究所の襲撃事件についての続報です。先月29日の午前一時頃、N県F市にある柳研究所が何者かに襲撃を受け建物が全壊した事件で、同日の午前三時頃、同市にある自宅で柳研究所の所長、柳哲郎さんが倒れているのが関係者により発見され、O病院に搬送されていた事が捜査関係者への取材で明らかになりました。柳哲郎さんは搬送先の病院でおよそ三時間後に意識を取り戻しましたが、錯乱状態にあり現在も意思疎通が困難な状態との事です。N県警は先に起こった襲撃事件と何らかの関連性があるとみて、回復を待って事情を聞く方針です。なお、未だに犯行グループのメンバーや、犯行に使われた武器、犯行グループの背後にある組織の情報が掴めておらず、N県警に対する批判が高まっています』

 

「ふふ……」

 

 テレビのニュース映像を見ながら、八雲紫は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ――――――――――――

 



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第47話 変わらなかった未来

評価付けてくださった方、ありがとうございます。



 ――side 魔理沙――

 

 

 ――西暦300X年5月7日――  

 

  

 

 西暦300X年に再び戻って来た私は、またもや空中に投げ出されていた。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 妹紅の体から剥がれ落ちてしまった私は、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 すぐに魔法で飛ぼうとしても、またもや魔力が霧散して使えず、頭の中がパニックになってしまっていた。

 

「助けてぇぇぇぇ!」

「魔理沙っ!」

 

 そんな私を、背中から炎の翼を生やした妹紅が一気に急降下して受け止めてくれた。

 

「た、助かったよ。ありがとう妹紅。本当に、助かった」

 

 妹紅の肩にしがみつくように腕をがっちりと回し、涙目になりながらも感謝の言葉を口にした。

 ここまで怯えている私を笑う人もいるかもしれないけど、何も縋りつくものがなく重力のままに落ちていくのは冗談抜きで怖い。

 一度体験してみれば、私の気持ちも分かる筈だ。

 

「どういたしまして。てか、どうなってんのこれ? 来る前と全く変わってないんじゃない?」

 

 翼を羽ばたかせ、とても高い位置で滞空したまま周囲を見渡している妹紅。

 それに釣られて私もキョロキョロしてみると、辺りには高層ビルがそこかしこに立ち並び、眼下には豆粒のように小さな人々と道路を走る自動車……と、緑豊かで温もり溢れた幻想郷の面影は感じられなかった。

 

「あの天井が尖がっているビルも、あっちの風車が付いてるビルも、こっちのガラス張りのビルも見覚えがあるんだよね」

 

 幻想郷が500年で発展したのか? と一瞬思ったが、それにしては魔法や心霊の類の気配も感じないし、妹紅の話通り、前回この時間に来た時に見た記憶のある建物があった。

 

(未来が変わっていない……? これはどうなってるんだ? 柳研究所を破壊して終わりじゃなかったのか……? それとも、計画が完璧ではなかったのか?)

 

 250X年の行動で幻想郷が救われると思っていた私にとって、この事態は予想外すぎて謎は深まるばかり。

 そんな思考の海に潜りそうになった私を呼び起こすように、妹紅が話しかけてくる。

 

「それでどうする魔理沙ー? ずっとここにいると、他の人間に見つかっちゃうかもよー?」

「と、とにかくこのビルの屋上に行ってみよう。もし未来が変わっていないのであれば博麗神社がある筈だ」

 

 私が指さしたのは、真隣に建っている250X年に跳ぶ時に使った博麗ビル。

 跳ぶ前に交わした紫との約束もあるし、博麗神社が今も現存するのかどうかを確かめておきたかった。

 

「分かった。しっかり掴まっていてね魔理沙」

 

 そして私は妹紅に抱きかかえられたまま屋上に向かった。

 

(!)

 

 と、ここで今更ながら、私はお姫様抱っこのような形で抱えられているのに気づいて少し驚いたが、妹紅は私を真剣に助けてくれたので、そんな些細なことを気にする必要もないだろうと思い、何も言わなかった。

 やがて妹紅は翼をバサリとはためかせながら、ビルの屋上に降り立った。

 

「はい、着いたよ」

「ありがとう」

 

 妹紅にお礼を言いながら、自分の足で屋上に着地した。

 やはり地に足のついた場所は素晴らしいな、と思いながら歩いて行くと、博麗神社の拝殿の前に狐色の日傘を指して優雅に佇む八雲紫の姿を見つけ、立ち止まる。

 

「あ……」

 

 その姿は、さながら深窓の令嬢のようにとてもさまになっていて、荒野に咲く一輪の花のように美しかった。

 彼女は私達の気配を察知すると、こちらへ振り向いて、涙ながらに口を開いた。

 

「500年ぶりね……魔理沙、妹紅。とても懐かしいわ……。あなた達にとってはほんの一瞬しか経っていないのでしょうけれど、私には非常に長い時間だった……。会えて嬉しいわ……」

 

 やつれた顔で、疲れきったような、悼むような声の紫を痛々しく思いながらも、私は近づいて問いかける。

 

「……一体何があったんだ? ここは幻想郷じゃないのか?」

 

 紫はその言葉に顎を軽く引くように頷き、悲愴な面持ちで答えた。

 

「ええ、ええ。ここは確かに幻想郷があった場所で間違いないですわ。だけどね、結局のところ結果は変わらなかったのよ」

「え? ……どういうことだよ?」

「あの日、確かに柳研究所は壊滅して、頭を失った研究チームは後日解散したわ。けれどね、西暦282X年に、田中研究所が幻想を解明してしまったの……」

「「!」」

「後はご存知の通り。私の奮闘も虚しく、あのメモリースティックで訴えていた〝私″の言葉通りの結末を辿ってしまったわ。地上に残ったのは私一人だけ……、滅びの時間も20年しか引き延ばすことが出来なかった」

 

 悲痛な面持ちを崩さず語る紫に、私も妹紅も何と返せば良いのかわからず場を無言が支配してしまう。

 

(クソッ、どうして、どうしてこうなってしまったんだ!)

 

 自分の無力さに対して苛立ちを感じた頃、ふと、藍の姿が見えないのに気づく。

 

「……そういえばさっき、『地上に残ったのは私一人だけ』って言ってたけど、もしかして藍も……?」

「藍は私を逃がすために犠牲になって……うぅぅっ!」

「……そうか。ごめん」

 

 私の問いかけに答えた紫の目からは、涙が零れ落ちていた。

 この反応から予想するに、彼女は外の人間の現代兵器に敗れ、命尽きる最期まで紫のために忠誠を尽くしたのだろう。

 私には冷ややかな態度をとっていた彼女だけれど、こうして亡くなってしまった事を知ると悲しい。

 続いて妹紅が紫に質問をした。

 

「……なあ、紫。この時代の〝私″はここには来ていないのか?」

「この時代の貴女は282X年に、永遠亭の蓬莱人達と一緒に月へ移り住んでいったわよ。きっと今も、月で安穏と暮らしてるんじゃないかしらね」

「何!? そうか、地上に残らなかったのか……」

「厳密に言うと私が月へ移住することを薦めたのよ。彼女はね幻想郷が無くなってしまっても、たった一人で研究所の関係者を襲撃していってね、世間では『不死身の超人』という異名と共に国際指名手配、生け捕りの懸賞金に一兆円もの額が懸けられていたわ」

「!!」

「復讐の鬼となったあなたを見つけて説得するのは大変だったけれど、こちらの事情……つまり、あなた達の存在について話したらなんとか折れてくれたわ。今頃月から私達を見てるかもしれないわね」

 

 春の日差しが降り注ぐ空を見上げてみたが、雲を突き抜ける高さのビルは見えても、昼間なので月は見えなかった。

 

「……私も紫に会わなかったら同じことをしていたのかな」

 

 そう呟く妹紅の言葉には、とても実感が籠っているようだった。

 そして再び重い空気が漂いはじめ、会話が止まってしまった中、私はポツリと呟いた。

 

「……しかし、参ったな。まさか柳研究所を壊しても、今度は別の研究所が幻想を暴いてしまうとは」

「ああ。柳研究所が終わりじゃなかったんだな」

 

 一つの研究所を潰しても、別の研究所が研究を完成させて同じ結論に至る……これは盲点だった。

 次こそは、同じ事がないようにしないといけない。 

 

「次は田中研究所を潰せばいいんだな。私達に任せてくれ」

「今度こそ、こんな結末を辿らないようにお願いするわね」

 

 そう言って紫は、メモリースティックを手渡してきた。

 

「ここには田中研究所についての詳細なデータが入ってるわ。また250X年の柳研究所を壊滅させたあの時間の私に渡してちょうだい」

「分かった」

「それと、次からはマヨヒガにある私の自宅に直接来てちょうだい。あの子……麗華にはあまり心配かけたくないのよ」

「麗華か……」

 

 彼女の名前を呼ぶ時だけより強い感情が入っていた。

 これは予想だけど、紫は歴代の巫女を看取って来た中でも、特に麗華とは親しくしていたようなので思い入れが強いのだろう。

 私にとってはついさっき出会ったばかりの子でも、この時間ではもう遠い昔の人になってしまっていた。

 

「よし、こうなったらとことんやってやるぜ! 絶対に幻想郷を救ってやる!」

「ああ!」

 

 藍や麗華、そして紫のためにも、私は自分に言い聞かせるように気合を入れる。

 

「妹紅、準備は良いか?」

「もちろんだ!」

 

 私はマナカプセルを飲んで魔力を十二分に満たした後、妹紅と抱き合い500年前の5月29日へと跳んだ。



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第48話 変わらない未来

 ――しかし、結果は変わらなかった。

 西暦250X年以降、何度過去に戻って研究施設を壊滅させても、また別の研究施設が幻想を解き明かす法則を見つけ出し、幻想郷へと侵略してきてしまう。

 紫自身も未来の自分の末路を聞いて対策を立て、(外の世界の情勢を調べたり、結界を強化するなど)警戒をより強めてはいたものの、やはり最後は人間達によって幻想郷は壊滅させられてしまう結果になってしまっていた。ならばと今度は妹紅が外の世界の情報機器を使い、怪しい研究施設を見つけては次々と破壊していったが、逆にそれが人間達の警戒心を強めてしまったのか、当初よりも幻想を解き明かす法則が発見される時間が100年も短くなってしまい、幻想郷の滅亡が更に早まってしまっていた。

 人間達が発見する幻想を解き明かす法則は、私達の天敵のようなもので、どれだけ強い妖怪であっても抗う事の出来ない強力な法則のために、事前に準備して人間達を迎え撃つという作戦は取れなかった。

 そんな失敗を10回ほど繰り返した頃、いつまでも終わる気配が見えないいたちごっこに私は疲れ果ててしまった。

 

「……どうやら今回も駄目だったようね」

「すまん……。はあ~……どうすればいいんだこれ」

 

 再びこの時間に帰って来た私を冷ややかな目で見てくる紫に返す言葉もなく、頭を抱えるばかりだ。

 現在時刻は300X年5月7日、午後3時。場所は博麗ビルの屋上に建つ博麗神社の前。

 座り込む私の隣には、無機質な鉄の床にくたびれた様子で座っている妹紅と暗い顔をした紫がいて、口数も少ないまま重い空気が流れる。

 

(いったいどうすればいいんだ……)

 

 どうやっても人間達の侵攻を止めることが出来ず、もはや打つ手がない状況に私は辟易としつつあった。

 そんな時、ぽつりと妹紅が呟いた。

 

「潰しても潰してもまた別の研究所が現れて、幻想郷が滅亡する未来へと収束してしまう……もしかして、幻想郷の滅亡は定められた運命なのか?」

 

 その言葉に、私は立ち上がり真っ向から反論する。

 

「運命だって……? そんなのあるわけない! だって過去が変わったからこそ紫が今ここにいるし、霊夢だって自殺しなかったんだ!」

 

 霊夢が自殺する過去を変えたのは言わずもがな、紫が死んでいたのは私が二回目に西暦300X年に来た時間軸だけで、それ以外の時間軸では常にこの博麗ビルの屋上で待ち構えていた。

 これも、私が最初の時間軸で未来の情報を教えたからで、未来が変わった結果だと言える。

 

「私は運命なんて陳腐なものは絶対に認めないからなっ!」

 

 そう啖呵を切った私に紫が口を開く。

 

「でもね、私の視点からみれば何度も何度も未来の失敗を聞かされて、自分なりに変えようと様々な手を尽くしても、結局未来が変化しなかったのよ? この現状に対する絶望感は半端なものではないわ」

「……紫には本当に悪いことをしたよ」

 

 ここまで計11回、一番最初の世界線――250X年の小さな結界の解れが発生していたあの日――から協力してもらってきた。

 私の中では過去に抱いていた〝何を考えているか分からない胡散臭い妖怪″という評価は覆り、〝幻想郷の為に身を粉にして働く妖怪″という評価にまで爆上げされている。

 紫のためにも、そして今は亡き幻想郷の住人達のためにも、ここで諦める訳には行かない! ――そう強い決意を固めつつ、私は口を開いた。

 

「ここまで失敗が続くとなるとさ、もっと別の原因が幻想郷滅亡のトリガーを引いているんじゃないか?」

「ええ? でも今まで外の世界の人間達に〝幻想を暴かれて″幻想郷が滅んでいるんだぞ。他に何の理由があるっていうんだよ?」

「それは分からないけどさ……、でもこんだけ沢山失敗してるんだし、そうとしか考えられないじゃん」

「むう」

「原因ねぇ……」

 

 妹紅は唸り、紫も考え込んでいる様子なので、私も座り今までの出来事を整理して考えてみようと思う。

 まず事の発端は215X年、何気なく訪れた博麗神社で博麗杏子に襲われた事だ。

 あの時は妖怪の力を封じる結界が張られていた為にタイムジャンプ魔法しか使えず、しかも切羽詰まっていたので時間指定を忘れており、その結果として辿り着いた時刻が西暦300X年だった。

 最初に辿り着いた300X年の幻想郷は、空が真っ赤に壊れて大地が腐り、生き物が全くいない死の土地になってしまっていた。

 そんな壊れた幻想郷の博麗神社に座ったまま悲観に暮れていた紫曰く、こうなってしまった原因は250X年に入った僅かなひびが広がったからだ、と言っていた。

 私はすぐに250X年に戻ってその時代の紫に事情を説明して直して貰い、未来を確認するために改めて300X年に跳んだ。

 ところが今度は、幻想郷が外の世界に侵食されて文明が大きく発展した大都会になってしまっていて、妹紅に助けられていなければ私も死んでいるところだった。

 そうなってしまった原因が、今度は人間達の科学によって幻想が解明されてしまったことで、博麗大結界が効力を失った事によるものだった。

 私は妹紅と共に再度250X年に戻り、紫にまたまた事情を説明して協力を願い、そして発端となった研究所を破壊してデータも完全に消去した。

 今度こそ三度目の正直かと思えばそうではなく、幻想郷の未来は人間達によって踏みにじられており、その原因が潰した研究所とは別の研究所が幻想を解明した事によるものだった。

 その後何度も過去に戻って研究所を潰しても、しばらくすればまた違う研究所が解明してしまい、幻想郷は消滅してしまっている……。

 ここで私が思うに、最初の〝生命がいない土地″になってしまった幻想郷と、人の手により大都会になった元幻想郷の歴史の違い――もしかしたらここに何かヒントがあるのかもしれない。




BADENDっぽい終わり方ですがまだまだ話は続きます



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第49話 深まる謎

 そんな風に自分なりに考えをまとめて話したところ、まず妹紅が口を開いた。

 

「なるほどね……、魔理沙はその時魔法が使えたんだよな?」

「ああ」

 

 この世界線では神社にお祈りを捧げないと魔力が使えなかったのに対し、あの幻想郷では普通に使えていた。

 

「それだとまだ完全に博麗大結界が機能を停止したわけではないのか。魔理沙、その廃墟になった幻想郷には行けないのか?」

「無理だな。ちょっと説明が難しいんだけど、西暦250X年5月27日に【小さな解れを直す】という過去に確定させてしまったから、廃墟になった幻想郷へ向かうにはその部分を〝解れを直さない″歴史に修正しないといけないんだ」

「ふーん……」

「それにな、あの惨状を見たら戻りたいとは思わん。まだこの綺麗に整備された街の方がマシだよ」

「へぇ」

 

 妹紅は分かったような、分からないような曖昧な返事をしていた。

 そんな時、ずっと黙って考え込んでいた紫が急に口を開いた。

 

「これはあくまで推測なのだけれどね、西暦250X年に発生した〝小さな解れを直す″行為そのものが、結果的に幻想郷の崩壊のきっかけとなったんじゃないかしら」

「……ん? どういう事だ?」

 

 言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。

 

「最初に襲撃した柳研究所、覚えているかしら?」

「ああ、ばっちり覚えてるぞ」

 

 今思い返せば、私達の活動の原点ともなり、長い戦いの始まりとなった場所でもある。

 

「そこで藍がサーバーにハッキングした時、私はずっと藍の後ろで内部データを読んでいたのだけれどね」

 

(そうだったのか)

 

 確かあの時の私は、妹紅が警備員を一発ノックアウトしたことをネタにしながら無駄話をしていたと思う。

 

「そこで『西暦250X年5月27日、観察対象としていたXポイントにアクションが発生。疑念が確信に変わり、本格的な研究所が発足した今日この日に幸先の良いスタートを切る事が出来た』という記述があったの」

「ということはつまり、博麗大結界の傷はその研究所の奴らが付けたって事なのか!?」

「その可能性が高いわ」

「そうだったのか……!」

 

 全く関係ないと思われていた事象に柳研究所の連中が関わっていたという新たな真実に、私は驚きを隠しきれなかった。

 

「とはいえあの小さな解れを放っておくと、傷が広がって先程魔理沙が話した通りの未来になってしまうわ。もっと前の過去に何かヒントがある筈よ」

「もっと前か……」

 

 まず幻想郷が博麗大結界によって外界と隔絶されたのが紫の話では19世紀後半、外の世界で明治維新が起こった頃らしいので、それより昔の時代は省いてもいいだろう。 

 そして西暦250X年5月27日に結界の解れが発生し、ここから幻想郷の崩壊へのカウントダウンが始まることになる……。

 つまり19世紀後半~26世紀までの間に、原因があるとみて間違いない。

 

(およそ600年か……この期間から原因を特定するにはちょっと長すぎるな)

 

 私は頭を振り絞って考えていくものの、結論が出そうにないので考える素振りを見せている彼女達に訊ねてみる。

 

「妹紅や紫はさ、何か心当たりとかないのか?」

「私は主に竹藪で暮らしつつ、たまに輝夜と〝遊ぶ″日々を送ってたからなあ。600年前に慧音が亡くなってからはずっと人里の守護者を担ってたし、その時も特に心当たりってのはないな。紫はどうだ? 幻想郷の維持管理をやってるくらいだし、何かあるだろ」

 

 妹紅に話を振られた紫は、少し考えてから発言した。

 

「それがねぇ、本当に思い当たる節がないのよ。異変はちょくちょく起こってたけど、それは全く関係ないでしょうし」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

 

 もしかしたら今までに起こった異変の何かが、原因の可能性というのもなくはないだろうに。

 

「自らの力の誇示、幻想郷の征服、自勢力の拡大、妖怪同士の対立、支配構造の変革、単なる気まぐれ、偶然が積み重なって起きた異変……幻想郷が滅ぶまでに、様々な理由で多くの人妖が数百もの異変を起こしたわ」

 

 遠き日を懐かしむように紫は語り続けていく。

 

「でもね、〝幻想郷″という箱庭を滅ぼす目的で起こされた異変は一つもないのよ。昔と違って科学が発展してしまった時代、博麗大結界が壊れてしまえば自分達の存在が消えてしまいますもの。自分で自分の首を絞めるような愚行をするはずもないわ」

「……言われてみれば確かに」

「だからね、幻想郷内には犯人はいないし、滅亡のきっかけもないと思うのよ」

「そうか。う~ん……」

 

 ちなみに私は時間移動魔法の開発の為、パチュリーばりにずっと家に籠っていたので、原因とかさっぱり分からん。

 昔のように異変に積極的に参加することもなかったし。

 

「こうなったら手当たり次第に跳んでみるか? しらみつぶしに探して行けば原因が見つかるかもしれん」

「……出来ればその方法は最終手段にしておきたい」

 

 妹紅の提案したやり方は、例えるなら砂浜に落ちた砂金一粒を見つけ出すような途方もない方法だ。

 手間と労力が掛かる割にリターンが少なすぎる。

 

「何か取っ掛かりのようなものがあればいいんだけどなぁ……」

「「「………………」」」

 

 私の呟きは風に舞って消えていき、場は再び無言に包まれ、行き詰ってしまった。

 そんな状況を打破するために、私はこんな提案をする。

 

「……ここで考えても分からないし、まず外の世界の歴史を調べてみよう。そうすれば何か分かるかもしれない。紫、この町に図書館はあるか?」

「ええ、あるわよ。案内するわ」

「妹紅もそれでいいよな?」

「そうだな。ここでじっとしているよりかは取り敢えず動いてみるってのはありだと思う」

 

 そうして私達は立ち上がって、エレベーターに向かって歩き出して行った。

 

「能力は使わないのか?」

「あまり目立つのは良くないわ。幸いここから歩いて10分くらいのところにあるから、歩いて行きましょう」

 

 そしてエレベーターが到着し、私達は地上へと降りて行った。



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第50話 歴史調査

 紫の先導の元、〝市立図書館″と看板が立てられたビルに辿り着いた私達は、自動で開く引き戸式のドアをくぐって中に入って行った。

 

「ここが外の世界の図書館か……」

 

 全面ガラス張りで天井が吹き抜けになった開放感あふれる部屋には、書架が規則正しくズラリと並べられており、奥には読書スペースが設けられていた。

 しかしよく見てみれば、書架に並べられている本はハードカバーしかなく、この図書館の利用者と思われる人々は皆、手元にある小型の機械をいじっていた。

 これはどういうことなのか? と疑問を口にしようとした時、右手にある受付のカウンターから一人の女性がやってきた。

 

「市立図書館へようこそ~、こちらが我が図書館のデータベースにアクセス出来る端末となっております。お帰りの際に、カウンターに返却してくださいね」

 

 そう言いながら何やら小型の四角い機械を渡された私だったが、利用方法が分からない。

 

「端末って?」

「図書館のご利用は初めてですか?」

「はい、そうですけど」

「ではこの端末の使い方を説明しますね~」

 

 受付のお姉さんの説明を要約すると、この機械の中には10億冊以上もの古今東西、ありとあらゆる場所から集められた本が入っていて、それら全て無料で閲覧できるとの事。

 手の平に収まる程度のこんな小さな機械にそれだけ膨大な数の本が入っているのにも驚きだが、それなら本棚は必要ないのではないか?

 それを受付のお姉さんにたずねてみると、こんな答えが返って来た。

 

『今は全ての本が電子書籍化されていますが、遥か昔にはこのように本が並べられていたのですよ。我が国では1831年から続く図書館としての文化を残す為にも、敢えて書架を置いているのです』

 

 それを聞いて、何もかもがハイテクになった時代にも、文化を尊重する気持ちが遺されていることに少し感心した私だった。

 それから読書スペースに移動した私達は椅子に座り、早速目的の本を端末で探すことにした。

 

「ちょうど3人いるし手分けして探してみようぜ。きっと何か、幻想郷滅亡のきっかけとなる大きな事件がある筈なんだ」

「都合よく見つかるといいけどなぁ」

「私は19世紀後半から22世紀を調べるから、妹紅と紫はそれ以外の年代をやっておいてくれ」

 

 ちなみに22世紀以前を選んだのは、単純に私が215X年の人間だからだ。

 幾ら幻想郷と外の世界が、文化も風習も文明レベルも隔絶されているとはいえ、先の未来を知ってしまうのは生きる楽しみが奪われてしまうのであまり好きじゃない。

 

「私は23世紀と24世紀を調べてみるよ」

「では私は25世紀と26世紀を」

 

 そうして私達は調べ物を開始した。

 機械を作動させると、四角形の機械の真上にホログラムが浮かび上がり、文章がズラリと並べられていた。

 そもそも一口に歴史と言っても、それを題材にした本は無数にあるわけで、そこからさらに絞り込んでいかなくてはいけない。

 

(とりあえず大きな出来事から探ってみようかな)

 

 幻想郷は日本にあるので、取り合えず日本の歴史に大きな影響を及ぼしたと思われる重大な出来事を、私の判断でピックアップしていく。

 世界規模で起こり、何千何億もの人々が亡くなった三度の戦争、多数の死者を出した五度の巨大な自然災害、月に住む未知の宇宙人の発見、海の向こう側の国で起こった大規模なテロ事件、全ての農作物の生育期間が半分になった第二次農耕革命、機械の台頭による労働革命……。

 ざっと数えるだけでもこれだけの出来事があり、候補から外れた出来事の中でも興味を引くものが多い。

 

(ううむ……どれだろう)

 

 選択肢が多すぎて悩んでしまった私は、隣に座る妹紅に話しかけた。

 

「妹紅は何か分かったか?」

「わっからないなー。なんかこの時代ってさ、現実や仮想空間を問わず自分たちの利益を追求した戦争ばっか起こっててさ、夢も希望もないんだよねぇ」

「戦争か……」

 

 私の調べた範囲の年代でも、後の年代になるにつれて各地で戦争が増えて行ったような記述があった。

 もしかしてこの勃発する戦争に何かヒントがあるのだろうか。

 

「魔理沙の調べている年代の頃から、世界中でナショナリズム旋風が巻き起こり、これまでのグローバル社会を否定するような動きをする国々が増えた気がするわ。人々は争い憎しみ合い、それがまた新たな火種となる。まさに負の連鎖ね」

「話を聞くだけだと、何だか人間達は心の余裕というものが無くなっているように思えるな」

「実際そうなのでしょうね。人の欲望が科学を発展させて、自分たちの為だけに地球を吸いつくしてきたのですから」

「そもそも幻想を解明する研究が始まったきっかけってなんだろうな? だって今まではそんなのなかったわけだろ?」

「いや、そんなの表に出ないだけで秘密裏に行われてたりするんじゃないのか?」

「私の記憶してる限りでは、外の世界の天然資源が少なくなって、最後に遺された幻想郷のある山々に目を付けられたからだと。23世紀以降に頻発している戦争も、主義主張はどうあれ、大本を辿れば資源不足が原因みたいね」

「なんだかそれだけを聞くと、人間って害悪な存在でしかないな。もちろんいい所も沢山あるんだけど、悪い部分ばかりが目立ってる気がする」

 

 確かに、あまり悪く言いたくはないが正直外の世界の人間達の行動は目に余るものばかりだ。

 

「いっそのこと人間がいなくなってしまえばいいのにな」

「そんなの無茶苦茶だろ……」

 

 と妹紅にツッコミを入れた所で、私の中で天啓のような閃きが起こった。




もう分かる人は分かっているかもしれません


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第51話 魔理沙の閃き

(待てよ? 確かテラフォーミングコロニー計画とかいうものがあったな)

 

 柳研究所で見たあの計画は、端的に言えば他の星を自分達が住めるように改造してその星に移り住むという計画だった。

 資源不足の結果戦争が勃発し、その過程で幻想を解明する技術が発展してしまうのであれば、人間達の目を宇宙に向けさせてしまった方が良いのではないか?

 発想が飛躍しすぎているような気がしないでもないが、割と筋道が通っているようにも思える。

 

「その案、悪くないな。外の世界の人間達に居なくなって貰おう」

「「えっ?」」

 

 妹紅と紫が驚きながら私を凝視するので、こう語った。

 

「妹紅、紫。柳研究所を襲撃した時、私がテラフォーミングコロニー計画についての文章を読み上げたのを覚えているか?」

「ああまあ……大体は」

「でもそれがどうしたの?」

「あの計画で人間達は宇宙に飛び立とうとしてたんだ。それを月の都によって邪魔されて結局地球に留まるしかなかった。実際に〝過去の紫″も、宇宙開発がとん挫したことで地球上の資源の消費が加速して、天然資源が豊富な幻想郷に目を付けられた――と語っていた。つまりだ。月に行って人間達の邪魔をしないように月の民を説得するって作戦はどうだ?」

「私は賛成だな。取り敢えずやってみる精神は大事だし、まあ失敗したらまたやり直せばいいんだしさ」

「……特別反対する理由はないけれど、月の連中を動かすのはかなり手強いわよ? あなたにそれが出来るの?」

 

 気楽な態度で賛成する妹紅に対し、紫は慎重な姿勢を崩さなかった。

 その言葉には暗に『この私でも出来なかったのに』という言外が含まれているように思える。

 

「そんなのやってみないと分からないだろ。案ずるより産むが易しってことわざもあるくらいなんだし大丈夫だって!」

「……あなたのそういうお気楽な所は羨ましいわ」

「それは褒めてるのか? けなしてるのか?」

「さあ、どうでしょう。それよりもいつの時代に行くか決めてあるの?」

 

 上手くはぐらかされたような気もするが、私はそれを追求せずに答える。

 

「テラフォーミングコロニー計画のレポート、そして紫が遺したメモリースティックの話によると、20世紀後半には宇宙開発は始まっていた。そして私達が第二次月面戦争で乗り込んだ年は2006年。これ以前に行くと色々と整合性が取れなくなるし、私がなかったことにした霊夢の自殺の事実が改変されるかもしれない。それを踏まえて出来るだけ早い時間の方が好ましいだろう」

「つまり?」

「月に向かう年は200X年にしようと思う」

 

 2006年――それは、霊夢が自殺してしまった200X年の一年前だ。

 

「なるほどね。ちなみに月までどんな手段で行くつもりか、ちゃんと考えているのかしら?」

「問題はそこなんだよな……、紫、お前の力を貸してくれないか?」

「嫌よ」

「はあっ、なんで?」

 

 即答されてしまったので、思わず理由を聞き返した。

 

「第二次月面戦争の結末は、知っての通り私達の大敗だったでしょ。月の連中に土下座までして許してもらったんだから、もうあまり関わりたくないのよ」

「そんなこと言わずに協力してくれよ、な? 幻想郷を救う為だと思ってさ」

「……よく考えてもみなさいよ。魔理沙の作戦が確実に成功するとも限らないし、それが正しいと決まったわけでもない。あなたの行いで月の連中の怒りを買って幻想郷がさらに危機に晒されるかもしれないのよ? 私が貴女の立案に反対しないことが、最大限の譲歩だと思いなさい」

「うぐっ」

 

 紫にしては珍しく弱気な発言に私は説得を試みたものの、ここまで言われてしまっては、無理に強要することは出来なかった。

 

「とにかく別の方法で行ってちょうだい。それこそ、あの時紅魔館の連中が造ったロケットみたいにね」

「ロケットか……」

 

 紅魔館のロケットは月で大破しちゃったからもうないし、また造ってくれるように頼みこんでも紫と似た理由で断られるかもしれない。月で痛い目にあってたし……。

 だから一から造らないと行けないんだけど、私にはそんな技術なんてないし、勿論月へ行けるような都合の良い魔法もない。

 ロケットにしろなんにせよ、何か方法はないだろうか。

 

(誰か協力してくれそうな人はいないかな。技術者とか…………)

 

 と、思考を巡らせたところで、ある人物の顔が思い浮かんだ。

 

(……待てよ? 確かにとりが『来るべきときが来たら私の元へおいで』って言ってたな)

 

 あの時のにとりは、明らかに訳知り顔で、まるでつい最近〝私″と出会ったことがあるような感じの態度だった。

 来るべき時が今なのかはわからないけど、どん詰まりの現状を打破するためにも、きっと何かヒントがあるかもしれない。

 

「妹紅、今から215X年に飛ぶぞ」

「へ? 急にどうしたんだ?」

「前に私が250X年の博麗神社から215X年に戻った時にたまたまにとりに会ってな、『来るべき時が来たら私の元へおいで』って言われてたんだ。ちょっとその件について確認しておきたいんだ」

「いや、でも……それは……」

 

 今まで時間移動に積極的だった妹紅が珍しく渋る様子を見せていた。 

 

「……もしかして、ここに残りたいのか? なら無理にとは言わないが」

 

 思えば前回も、私が215X年に跳ぶって話をしたときに、何か思わせぶりな事を言っていた。

 妹紅にとってこの年に何があるのだろうか?

 

「――ああもういいよ! 私も一緒に行くから! うん!」

「? ならいいけどさ」

 

 半ば自暴自棄のような口調で答える妹紅に、私は首を傾げるばかりだ。

 

「そうだ。今まで聞かなかったけどさ、紫も一緒に来ないか?」

 

 彼女が味方になってくれるのなら私としても心強いし、こんな人間の科学が発展してしまった未来にいても面白くないだろう。

 そんな気持ちでかけた誘いだったが、紫はこのように返した。

 

「私はいいわ。過程がどうあれ結果的に幻想郷の崩壊を止めることが出来なかったんですもの。過去に戻っても悲しいだけですわ。私は、ここで未来が変わるのを待つことにしますわ」

「……分かった」

 

 寂しそうに呟く紫の心には、きっと複雑な思いが渦巻いているのだろう。

 

「それと、にとりに会うのなら一つ助言をして差し上げますわ」

「助言?」

「私の記憶ではあの子の企みは失敗に終わって、失望のまま幻想郷に帰って来ていたわ。99%ではなくて100%必ず成功する方法を取りなさい」

「……ん? もしかして紫はにとりが何をするのか知っているのか?」

「ええ、もちろん。私も彼女の企みに乗っかって多大な出資を投じたんですもの。それに今なら分かるわ。これもまた未来へと繋がる布石だったってことがね」

「なんだよ~気になるなぁ」

「行けば分かることよ。その方が先の楽しみがあって面白いでしょう?」

 

 この時代ではもうすっかり過去の出来事なのに未来の楽しみとはこれいかに。

 それから私達は博麗ビルの屋上へと向かい、私と妹紅は時間移動の準備に入った。

 近くで紫が神妙な面持ちで見守る中、妹紅に一つお願いをする。

 

「妹紅、悪いが私を抱えてもっと高く飛んでくれないか? 215X年の神社は妖怪殺しの結界があるんだ」

「うん」

 

 妹紅は背中から炎の翼を生やしてゆっくりと飛び上がり、私はビルの屋上からさらに高い場所、おおよそ50mくらい上昇した。

 

「このくらいでいいよ。ありがとう」

「うん……」

「どうした? 元気ないみたいだけど」

 

 思えばここに来るまでもちょっとフラフラとしていたような気がする。

 

「いあ、なんか疲れて眠くなってきちゃってさ。ちょっと頭がぼんやりとしてきた感じ」

 

 言われて見れば田中研究所辺りからずっと連戦続きだったので、碌に休んでもいなかった。

 こうして時間感覚が狂ってしまうのも、時間移動の弊害なのかもしれない。

 

「それは良くないな。折角だし私の家で休んでいってくれ」

 

 妹紅のためにも、私は跳ぶ時間を少し変更することにする。

 

「――タイムジャンプ! 行先は西暦215X年9月18日午後9時!」

 

 空中に浮かぶ足元に歯車模様の魔法陣が出現し、光に包まれて過去へと跳んで行った。

 

 

 

 西暦215X年9月18日―――

 

 

 

 やがて時間移動が終わり、空気が変わった事を察知した私は魔力を放出する。

 

「……着いたか。ありがとう妹紅」

 

 お礼を伝えながら妹紅からすっと離れ、自らの魔力でその場に浮かんだ。

 満開の星空が広がる空の元、真下には結界で囲まれた博麗神社があり、見た感じ何も変わっては居なさそうだ。

 

「へぇ、これが魔理沙の言ってた結界って奴か。凄いことになってんな」

「妹紅は知らなかったのか?」

「私は基本こっちのほうには来ないからな。霊夢が巫女だった頃に、たまに宴会に参加した程度さ」

「ふーん……」

 

 と、ここで冷たい秋風が私達の体を襲い、妹紅は震えていた。

 

「ううっ、寒いな。さっきまで暖かかったから、寒暖の差が余計身に沁みる」

「そうだな。早く帰るか」

 

 そうして私と妹紅は、魔法の森にある自宅に飛んでいった。

 

 

 

「大丈夫か?」

「あーなんかすっごく眠くなって来た。ちょっとヤバイかも」

 

 自宅に着いた頃にはもう、妹紅はおぼつかない足取りになっており、気を抜けば倒れてしまいそうだった。

 

「二階に上がってすぐの突き当りの部屋が寝室になってるから、そこ使ってくれ」

「悪いね。それじゃおやすみ~」

「おやすみー」

 

 そして妹紅は階段を上がって行き、部屋の扉が閉められる音が響いた。

 一人残された私は、薄暗い家の中を見渡すも、特に何も変わった様子はない。

 

「……私もシャワー浴びて寝ようかな。起きててもしょうがないし」

 

 そうして浴室へと向かって体を洗い流し、いざ寝ようと思った時、妹紅に私のベッドを使わせているので自分の寝る場所がないことに気づく。

 少し考えたのち、ソファーに寝転がることに決めた私は、自分に睡眠魔法を掛けて深い眠りに落ちて行った。 



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第52話 突然の来訪者

 西暦215X年9月19日――――

 

 

 

 翌朝、玄関の扉を叩く音で私は目を覚ます。

 

「ん……」

 

 窓からは暖かな日差しが差し込み、寝ぼけ眼で壁掛け時計を見てみると、現在の時刻は朝の9時。

 こんなにも長く眠ってしまうなんて、私も気づかなかっただけで相当疲れが溜まっていたらしい。

 そんな風に状況を整理している今もなお、ノックの音が聞こえてくる。

 

「はいはーい! 今出るよ!」

 

 私はソファーから飛び起きて玄関の扉を開く。

 

「こんにちは、貴女が霧雨魔理沙さんね?」

 

 そこには、高貴な身分を連想させる着物を着た、長い黒髪が目を引くとても綺麗な女性が立っていた。

 

「へぇ、あの新聞は本当だったのか。たまには真実も載っているんだな」

 

 彼女の隣にはもう一人、青いワンピースを着た女性もいて……確か人里で教師をやってる上白沢慧音だっけかな。その二人が玄関先に立っていた。

 私を見ながら何やら関心した様子の慧音は放っておき、最初に話しかけて来た黒髪の女性に返事をした。

 

「あんたは確か永遠亭の……えっと……」

 

 確かに見覚えはあるのだが、名前が思い出せずここで言葉が詰まってしまう。

 すると彼女は、いたずらっぽく微笑みながら答える。

 

「あら、忘れちゃったの? 私の名前は【蓬莱山輝夜】よ?」

「おお、そうそう! 思い出した思い出した」

 

 何せコイツは永遠亭に行っても全然顔も見せないし、普段から何をしているのか全く持って分からないので印象が薄い。

 

「それで輝夜、こんな遠い所まで来るなんてよっぽどのことがあったんだろ? 私に何の用だ?」

「私の持つ永遠と須臾を操る程度の能力。特に後者の能力が珍しく効果を発揮してね、この時間軸の歴史が変わったことを察知したのよ」

「!!」

 

 予想だにしていなかった言葉に私は驚愕するが、輝夜はさらに話を続けていく。

 

「それでね、一体誰が歴史を変えたんだろう? って思って探していたら人里でこんな新聞が配られてたのよ」

 

 そう言って手渡されたのは、【文々。新聞】と題字が書かれた表裏一枚だけ印刷された新聞だった。

 一面には号外の文字が踊り、私が魔法の森上空を飛んでいる写真と共に、『怪奇! かつて幻想郷に数々の旋風を巻き起こしたお騒がせ魔女が出没!?』と見出しが記されていた。

 

「アイツいつの間にこんな記事を……」

 

 これは客観的な時間で昨日の朝の話だろう。

 カメラを向けられた覚えはなかった筈なのに、抜け目のない奴だな。

 

「聞けば貴女って今からちょうど100年前に死んだらしいじゃない。それなのに今ここにいるってことは歴史が変わったって事でしょ? だからちょっとお話を聞かせてもらいたいなあって。ダメ?」

 

 手を合わせてウインクしながら可愛らしくお願いする輝夜。

 男性相手ならばメロメロになる仕草なのかもしれないが、私は女なので特に何の感情も浮かんでこない。

 

「まあ別にいいけどさ。慧音は何の用だ?」

「私も彼女と似たような用事だ。もし幻想郷の歴史を変えたのなら、歴史の編纂をする者として話を聞かせてもらいたい」

 

(そういえばそんなことやってたな)

 

 人里の守護者として働いている彼女には、昔色々とお世話になったこともある。特別に断る理由もないだろう。

 

「なるほどね。んじゃま立ち話もなんだし入ってくれ」

「お邪魔しま~す」

「へえ~ここが魔理沙の家か。意外と綺麗にしてあるんだな」

「『意外と』は余計だ。取り敢えず適当なところに掛けててくれ。今コーヒー淹れてくるから」

 

 慧音と輝夜を促した一方で、私は台所に向かう。

 そしてインスタントコーヒーを人数分淹れてから、私が寝ていたソファーの正面に並ぶように座っていた輝夜と慧音に渡す。

 

「ありがとう」

 

 慧音は普通に受け取り、輝夜は「最近のコーヒーは安物でもいい香りがするのね。なかなか悪くないわ」と言いながら口にしていた。

 

「それは嫌味か」

「え、思ったことを言っただけだけど?」

 

 キョトンとしている輝夜からは悪意は感じられず、本当にただの感想として話しているようだ。

 

「はあ、まあいいけどさ」

 

 私も安物を出したので強くは言えないが、どうもこのお姫様は天然というかなんというか。

 

「魔理沙。早速だが話を聞かせてくれないか?」

「そうだな、何から話せばいいか。まず私自身の話だけど――」

 

 そう前置きし、私は時間移動を覚えるきっかけとなった出来事を語っていった。

 

「――と、言うわけなんだ」

「……なるほど。あの霊夢が自殺とは考えられんな」

「あの鬼巫女、私のことを遠慮なくボコボコにしたからねぇ。彼女の性格的に自殺なんてするようには思えないけど」

「私も信じられなかったけど、実際に起こってしまったんだ。それから私は150年掛けて時間移動を独学で習得して、過去に戻って霊夢の自殺を回避してきたってところかな」

「150年とは……その執念は賞賛に値すべきモノなのだろうな」

 

 慧音が深く感心したような言葉を述べる一方で、輝夜はさもどうでもよさそうにこう言った。

 

「あの巫女が亡くなった原因って何だったのよ?」

「カバみたいな形の悪夢を見させる妖怪でな。連日自分が死ぬような悪夢を見せて、霊夢を精神的に追い詰めていったんだ」

「なんだかありきたりな理由ね。もっと劇的なドラマがあってもよさそうなのに」

「そういうのはもうお腹いっぱいだよ。輝夜は他人事だからそんなことが言えるんだ」

 

 現在進行形で抱えている未来の幻想郷の問題を考えれば、たった一度の時間遡航で過去を変えることが出来たのは僥倖だろう。

 

「しかし弱ったな。まさか霊夢が200X年に死んでいたのが正史だったとは、どう編纂したら良いものか……」

「それは違うわよ上白沢さん。世界は可能性の数だけ無限に存在するの。ここにいる彼女がいた世界がたまたま博麗霊夢が自殺する選択肢を取ってしまった世界だったってだけ。歴史が変われば認識も変わる。それを察知するのは特別な能力でもない限り不可能よ」

「ふむ、だとすると、魔理沙のようにまた別の世界にいる同一人物が来ることもあるのか?」

「ないとは言い切れないけどその可能性は皆無よ。例えるなら世界とは一本の巨大な木みたいなもの」

「巨大な木?」

「根っこを私達がいる宇宙だとするなら、幹は幾つもの可能性を内包する世界、枝は可能性の具現化、葉はさながらこの世界に息づく命といったところかしらね。そこから伸びた枝が交差する事は決してないわ。けれど彼女だけは例外。枝から枝へ移動することも出来るし、枝から幹に戻ることも出来る。伸びきった枝を切り落とす事も出来るし、その枝を伸びる前に戻すことも出来る。幹から新たに枝を生やす事もできちゃうし、幹そのものを枯らすことも出来るわ。葉っぱでしかない私達が幹に干渉するのは不可能だけれど、それを可能にしてしまうのがタイムトラベルなのよ」

「ふむ……」

「…………」

 

 長々と語った輝夜の言葉に慧音はうなったまま考え込み、私も雰囲気に呑まれ黙り込んでしまう。

 それは私の考えていた世界の仮説に結構近く、思考を読んでいたのかとさえ錯覚してしまうものだった。

 

「輝夜はどこまで知ってるんだ?」

「流石にすべてを見通せるわけではないわ。ただ、私の能力の特性として人々の可能性を集めて異なった歴史を持つことが出来るだけ。だから私はどこにでもいるし、どこにもいないのよ」

「はあ……」

 

 相変わらず輝夜の能力は意味が良く分からない。

 現に慧音も言葉の趣旨がつかみきれず、困った顔で輝夜を見ているじゃないか。

 

「あーあ、それにしても本当につまらないわね。それだけの力を持っておきながら、やることがたった一人の女の子の死期を変えただけなんて」

「つまらないとはなんだよ! 私にとっては非常に大きな事だったんだぞ!」

 

 思わず立ち上がり食って掛かるように主張するが、輝夜は座ったまま手を振るジェスチャーをする。

 

「ああ、違うの。決して貴女のした事を蔑むつもりはないのよ。ごめんなさい、言葉の綾だわ」

「……ならいいけどさ」

 

 溜飲が下がった私は着席する。

 

「私が言いたかったのはね、もっと派手に大それた事をするつもりはないの? ってことよ。だってそれだけ大きな力を持ってるんですもの。自由に振舞ってもよいのではなくて?」

「そう言われてもなぁ。だってむやみに歴史を変えるのは良くないだろ」

 

 バタフライエフェクトという言葉があるように、何がきっかけとなって歴史の改竄が起こるか分からないのだ。

 仮に何かのはずみで科学の発展とは別の原因で幻想郷が滅亡でもしてしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。

 そうなってしまえば、元の歴史に戻すことや、原因の特定にも大変苦労することになる。

 

「魔理沙の言う通りだぞ。気分次第で適当に歴史を変えられたら、現在が滅茶苦茶になるかもしれないじゃないか」

「でも私はもう毎日が退屈していてね、生に飽きた、とでも表現した方が良いかしら。そんな気分なのよ」

 

 普通の人ならば、『生きていれば良いことも嫌な事もある』みたいなありふれた言葉で激励されるかもしれないが、輝夜に限っていえばそれは例外だ。

 途方もない時間を生きてきた蓬莱人の彼女にとって、趣味や目標といった人生の道標となり得るものは全てやり尽くしてきたのかもしれない。

 

「だから何かもっと面白いことが起こって欲しいわ」

「また何か異変を起こすつもりじゃないだろうな?」

「そんな怖い顔しなくても大丈夫よ上白沢さん。異変はもうあれっきりで懲りてるわよ」

 

 そんなやり取りを聞いて、ふと思い当たる節が。

 

「お、そうだ。デカい事といえば私に少し心当たりがあるな」

「心当たりがあるの!? なになに?」

「正気か?」

「そんな怖い顔しないでくれ慧音。これはな、幻想郷にとっても悪い話ではないんだ。あのな――」

 

 これまでの経緯を話し、月に行く方法について何かいい案がないかと訊ねようとしたその時、階段から降りて来る足音が聞こえてきた。




ここで訪ねて来た慧音と輝夜の詳細については
『第25話 幕間 人里にて』で描写しています


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第53話 妹紅の人間関係

「ん~魔理沙? 何だか騒がしいけど、誰かお客さん来てる……の……!」

 

 あくびをしながら階段から降りて来た妹紅は、リビングにいる私達を見て固まった。

 そんな彼女に慧音は立ち上がり、近づきながら優しく声を掛ける。

 

「あれ、妹紅? こんなところで会うなんて奇遇だな。魔理沙の家に泊まっていたのか?」

「慧音っ――!」

 

 答える間もなく妹紅は突然駆け出していき、慧音に正面から抱き着いた。

 

「妹紅!?」

「この感触、この、声。ううっ、まさか、また、こうして会えるなんて……っ、グスッ。本当にっ、良かったっ……!」

 

 面食らってポカンとしている慧音とは対照的に、妹紅はぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていた。

 

「……何があったのか分からないけど、私でよければ胸を貸すぞ」

 

 戸惑いながらも慧音はすすり泣く妹紅をそっと抱きしめており、傍から見ると子供をなだめる母親のように、母性を感じさせる姿だった。

 そんな場面を唖然とした表情で眺めていた輝夜は、やがて不貞腐れながら私がかろうじて聞き取れるくらいの声量で呟く。

 

「まるで感動の再会って感じね。こうも目の前で見せつけられると面白くないわ」

 

 しかしその一方で、私は妹紅の行動原理についてある程度の予測を立てていた。

 

(あーそうか。慧音は確か240X年に亡くなったって妹紅が言ってたな)

 

 妹紅は慧音と生前とても仲が良かった。と本人の口から聞いていた。

 私も霊夢の自殺を防ぐために時間移動をしたので、死別の辛さは痛いほど分かる。

 これはあくまで推測に過ぎないが、妹紅がこの時間へ転移する際に渋っていたのは、もしかしたら彼女と会いたくなかったからなのかもしれない。

 彼女の死については心の整理を付けていたのに、その決意が揺らぐことになるからだ。

 自らの不老不死ゆえに、今まで数々の出会いと別れを経験し、筆舌にし難い苦労を重ねて来たと前に彼女から聞いたことがある。

 こうして友達にまた会えたのは素晴らしいことだが、同時に再び残酷な現実を突き付けられることになるかもしれない。

 

(………………)

 

 それはまさに今の私にも当てはまることであり、心に何とも言えない複雑な感情が胸にわだかまりとして残る。

 やがて妹紅はひとしきり泣きはらした後、そっと慧音から離れた。

 

「……グスッ。いきなり抱き着いたりしてごめん慧音。もう大丈夫、ありがとう」

「本当に大丈夫か? 只事ではなかったぞ」

 

 慧音の右肩に残された涙の跡が妹紅の情動の強さを表しており、未だに目鼻が赤く、震える声の彼女を心配しているようだ。

 

「それは……」

 

 言葉に詰まった妹紅を見て、傍観していた輝夜がやや意地悪そうな笑みを浮かべながら。

 

「ふふ、妹紅にもこんな一面があったなんてね。後でからかってあげよ」

「ん? あー、輝夜! おまえいつからそこにいたんだよ!」

 

 妹紅は初めて輝夜の存在に気づいたように指を指した。

 

「いつからも何も最初から居たわよ。貴女が気づかなかっただけでしょ。感動的なシーンだったわ。クスクスクス」

「ぬぬぬ、よりにもよってコイツに見られていたとは……!」

 

 いたずらっぽく笑う輝夜に妹紅は顔を真っ赤にしながら頭を抱えていたが、すぐに立ち直り。

 

「でも本当、懐かしいな。なんだかんだ言ってお前と再会できて良かったよ」

「……え、貴女本当に妹紅? 何か変なものでも食べた? ちょっと気持ち悪いんだけど」

 

 優しい笑顔という形容詞がピッタリな表情をしている彼女に、輝夜は顔を引きつらせていた。

 

「なっ、気持ち悪いとはなんだよ! 失礼だな!」

「だって本当のことじゃないの。妹紅が私に優しい言葉を掛けるなんて、あなたのキャラじゃないわ」

「……そこまで言うか。おい、表に出ろ! 一回死んでその認識を改めろ!」

「上等じゃない! 返り討ちにしてあげるわ」

 

 売り言葉に買い言葉、輝夜も立ち上がり外に出ようとしかけた所で、慧音がその間に割って入る。

 

「やめないか二人とも! 今日はそんなことをしに来たわけじゃないだろう! 私の目の黒い内は殺し合いなんかさせないからな!」

「……ごめん」

「はいはい、分かったわよ」

 

 妹紅はしょんぼりとした様子で謝って輝夜は元の席に座り、二人は矛を収めた。

 

「というかどうして慧音と輝夜がここにいるんだよ? 特に輝夜、お前なんかほとんど竹藪から出てこないくせにさ」

「あら、随分な言い草ね。私がここまで足を運んだのは、彼女が幻想郷に現れたからなのよ?」

「え?」

「あーその事なんだけどな」

 

 私は妹紅に先程までの話の流れをかいつまんで説明する。

 

「……へぇ、私が寝てる間にそんなことを話していたのか」

 

 私の隣のソファーに座った妹紅は、納得がいったように呟いた。

 

「まさか貴女がこんなところに居るなんて思いもしなかったわ。知ってたらもうちょっと準備していたのに」

「準備ってなんだよ!?」

「妹紅、改めて聞くが一体何があったんだ? 私で良ければ話を聞くぞ?」

「えっと、その……」

 

 慧音の声色や態度は彼女を心から心配しており、事情を話すべきかどうか迷っているようだった。なのでここは私から助け船を出すことにする。

 

「実はな、ここに居る妹紅は私が西暦300X年から連れて来たんだよ」

「「え!?」」 

「ちょっ、なんでばらすんだよ!」

「元々話すつもりだったし良いだろ? さっきみたいなことをしでかしておいて、誤魔化すのは無理だ」

 

 驚く二人と対照的に慌てた様子の妹紅を宥めさせるように私は言った。

 傍から見れば、先程の妹紅は演技とかで済ますには無理があるくらい鬼気迫る行動だった。

 もしあれが演技なのだとしたら、私は妹紅に対する評価を改めなくてはならないだろう。

 

「西暦300X年ってなになに? その辺の話詳しく教えなさいよ」

「分かってるって。実はな――」

 

 若干興奮した様子の輝夜に、私はこれまでに体験した出来事をかいつまんで話した。

 

「――と、いうわけなんだ」

「わぁ、何それ! すっごい面白そうじゃない! というか、私って幻想郷が滅んだ時月に帰っているのねぇ。一生戻る事はないと思ってたけど、人生分からないものね」

「未来の幻想郷はそんなことになってるのか……はぁ」

 

 目を輝かせている輝夜とは対照的に、慧音は暗い表情をしていた。

 

「それじゃつまり、さっきの妹紅は」

「ああ。ネタバラシしてしまうと、妹紅が生きている時代にはもうお前はこの世からいなくなっているんだ」

 

 押し黙ったままの妹紅の代わりに私が説明すると、慧音は妹紅に視線を向け、お互いに目と目が合う形となっていた。

 

「妹紅は、私が死んでもなお覚えていてくれたのか」

「当たり前だ! 慧音には今まで散々助けられたし、色々な思い出を作った。――忘れられるわけ、ないよ」

「そうか……、妹紅にとって私はそれだけ大きな存在だったのだな……」

 

 切々と訴えるように語り掛ける妹紅に、慧音は神妙な態度で頷いていた。

 その抑揚や表情には複雑な思いが込められているようで、悟り妖怪でもない私が彼女の心情を斟酌するのはとても難しい。

 なので私は彼女達の会話には混ざらず、手持ち無沙汰な様子の輝夜に改めて訊ねることにした。



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第54話 輝夜の提案

好評価付けてくださった方ありがとうございます。


「輝夜、少しいいか?」

「ん、なあに?」

「未来の話についてなんだが……」

「さっきの滅亡した幻想郷がどうのこうのってやつ?」

「そうそう。今私と妹紅はさ、300X年の幻想郷を救うために色々と画策していていな、そのうちの一つとして月の都に行きたいんだ。輝夜、何かいい方法を知らないか?」

 

 輝夜は元々月の都に住んでいたと聞く。

 もしかしたら何か有意義な方法を得られるかもしれない、という期待を込めての質問だ。

 

「う~ん、そうねぇ。まず月に行くには主に4つの方法があるのよ」

 

 彼女は指を四本立てた。

 

「4つ?」

「まず一つ目は、空に浮かぶ月を追いかけて行く方法。かつて月の民が地上から月に向かう時に使った方法で、直近だと151年前に紅魔館から発射されたロケットが当てはまるわ」

「そのロケット私も乗ってたなぁ。でもあれ着地に失敗して月の海で大破しちゃったし、代りのロケットの当てなんてないぞ」

「なら二つ目は能力を使って行く方法。一例を挙げると、妖怪の賢者が用いる境界を操る能力とか、ね」

「その方法は使えないな。西暦300X年の紫に『魔理沙の作戦が確実に成功するとも限らないし、それが正しいと決まったわけでもない。あなたの行いで月の連中の怒りを買って幻想郷がさらに危機に晒されるかもしれないのよ? 私が貴女の立案に反対しないことが、最大限の譲歩だと思いなさい』って断られたし。多分この時代の紫に頼み込んでも似たような答えが返ってくるだけだろう」

「三つ目の方法は月の羽衣を使って宇宙を飛んで行く方法。デメリットは幾つかあるし時間も掛かるけど、確実に月の裏側に辿り着けるわ」

「ふむふむ、後一つは?」

「夢の世界の第四槐安通路を通って月に行く方法ね。今挙げた中で一番現実的なのはこの方法だと思うわ」

「へぇ~そんなものがあるのか」

 

 まさか夢の世界で地上と月が繋がっているなんて、おとぎ話のような話だな。

 

「あら? 月の羽衣は分からなくてもしょうがないけど、第四槐安通路についていえば、異変の時に貴女も永琳が創った紺珠の薬を飲んで、そこを通って月へ行ったじゃないの」

「え、そうなのか?」

 

 そう言われても私にとっては全くの初耳なので、戸惑うばかりだ。

 

「もしかして、貴女がいた世界って月の都が侵略される異変は起こらなかったのかしら?」

「初耳だな。ちなみにその異変はいつ頃起こったんだ?」

「今から149年前の――」

 

 輝夜が口にした日付は、2008年――霊夢が自殺した翌年だった。

 

「あ~そうだったのか。私さ、その頃は霊夢を救うために時間移動の研究に没頭しててさ、完成するまで異変は全部スルーしてたんだよ」

 

 幻想郷に神霊が沢山沸きあがったあの異変を最後に、私は交流を閉ざし、幻想郷に深く関わらなくなった。

 200X年7月21日、霊夢が亡くなってしまったあの日から、私の行動理念や性格は大きく変わってしまった気がする。

 

「なるほどねぇ、歩んできた世界が違えば歴史や行動が大きく変わるのね。ふふ、面白いわ」

 

 さらに輝夜は続けてこう言った。

 

「それで、あなたに月の住人を説得できるのかしら? 彼らはその辺りの融通が利かないし、ましてや地上の人間ともなると門前払いにされるわよ?」

 

 鋭い視線を向けてくる輝夜に、私はこう答える。

 

「月の連中の頭の硬さについては、前に行った時によく味わったから分かっている。作戦はまあそれなりに色々と考えているさ」

「……その言い方だとろくに考えてないのね」

「ハハハ……」

 

 実際に0ってわけじゃあないけど、1か2ぐらいしかないのも事実なので、冷めた目つきで見つめる輝夜に笑ってごまかすしかなかった。

 

「まあいいわ。それなら今から永遠亭に来る? 月に行く方法について永琳と相談してみましょう」

「良いのか?」

「だってこんな面白そうなイベントに参加しない手はないでしょ。私は逃亡の身だから一緒に行くことは出来ないけど、帰ってこれたら事の顛末を聞かせて頂戴ね」

「助かるよ」

 

 話が纏まった所で私と輝夜が立ち上がると、妹紅がこちらに意味ありげなアイコンタクトを送ってきた。その意味をすぐに理解した私は、彼女にこう言った。

 

「妹紅はここに残っていてくれても構わないぞ。慧音とは積もる話もあるだろうし」

 

 そして私と輝夜は、未だ考え込んでいる様子の慧音と無言の妹紅を残して家を出た。

 

「そうだ。ちょうど通り道だし、一度にとりの家に寄ってからでも良いか?」

 

 空を飛んで行けるとはいえ、永遠亭はここからだと結構な距離があるので、道中にある妖怪の山に行っておきたかった。

 月に行く目途が立ったとはいえ、にとりの意味深長な発言はやっぱり気になるし。

 

「さっき言ってた話? ええ、別にいいわよ。私も少し興味があるわ」

「ありがとう。よし、それじゃ行こう」

 

 そして私と輝夜は妖怪の山へ向けて飛んで行った。




作者は東方紺珠伝の内容を知らずにここまで書いていたので、感想欄で指摘してくださった方ありがとうございました。


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第55話 妖怪の山

高評価ありがとうございます。
励みになります。


 やがて妖怪の山近辺に到着した私と輝夜は、昔の記憶を引っ張り出しながら、玄武の沢にあった筈のにとりの家を上空から探していた。

 

「確かここら辺だった筈だけど……」

「本当にこんな辺鄙な場所にいるのかしら? 周りに川と森しかないじゃないの」

「お前ん家だって周りは竹藪しかないだろうが……おっと、あれだ」

 

 そんなやり取りをしてる間に、ほとりに昔の記憶と合致したにとりの住宅を見つけ、家の前に降りていく。

 隣にはにとりの自宅よりも数倍、いや、数十倍の大きさのレンガ造りの巨大な格納庫が二棟建っていて、多分これは彼女が発明品を製造する時に使う作業場なのだろう。

 私は玄関の扉の前に立って、ノックをする。

 

「お~い、にとりいるか~?」

「はいは~い!」

 

 元気のよい返事と共に扉が開き、快活な笑顔のにとりが現れた。

 

「遂に来てくれたんだね魔理沙! およ? そちらの人は誰だい?」

「初めまして、私は蓬莱山輝夜よ。よろしくね河童さん」

「私は河城にとり! よろしくね!」

 

 単純ながらも育ちの良さを感じさせる自己紹介に、にとりもフランクに返していた。

 

「それで、『来るべき時が来たら私のもとにおいで』ってのはどういう意味なんだ?」

「ふふん、それじゃ二人ともちょっとついてきて! 見せたいものがあるんだ!」

 

 玄関を出たにとりの言われるがままについていき、1分もしないで格納庫の前に到着する。

 

「シャッターオープン!」

 

 そう言って、にとりがいつの間にか手に持っていたリモコンを押すと、シャッターで覆われていた入り口が自動で上がっていく。

 やがて完全に格納庫が開かれ、照明が点灯すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

「!」

 

 天井からは無数のコードがぶら下がり、壁や床には用途不明の機械が数多く埋め込まれており、幻想郷とは思えないくらいに機械的で、何でも出来そうな印象を与える施設。

 そのど真ん中に鎮座していたのは、巨大な翼が生えた黒と白に塗りつぶされた鉄の塊――外の世界では【飛行機】と呼ばれる乗り物――だ。

 

「これぞ【宇宙飛行機】! なんと、これさえあれば月にだって行けちゃうよ!」

「おいおい、これは凄いな!」

「へぇ……!」

 

 その全長や幅は私の何十倍、目算だが30m以上はあるのではないだろうか。後ろにはこれまた自分の何倍もの大きさの巨大な三つの噴出口が束ねられており、力強さを感じさせるものだった。

 思わず胸が高鳴ってしまうのも不思議ではないだろう。輝夜も目を見開きながら静かに驚いているようだった。

 

「ふふ、驚いたろう? この宇宙飛行機には反重力形成装置が導入されていてね、機体の周囲に反重力フィールドを展開することで滑走路が無くても重力に逆らって垂直に飛ぶことが出来るし、従来のロケットのように大気圏外に出る為に莫大な燃料を使用する必要もなく、燃料タンクを切り離す必要性がないんだ。さらに機体には改良型カーボンナノチューブを使っているから軽くて丈夫、しかも特殊樹脂を用いた断熱材により摂氏1000℃の熱にも耐えられるくらいの耐熱性があるのさ。さらにさらに! エンジンには従来のロケットエンジンとジェットエンジンの良い所を融合した新世代型のエンジンを搭載していて――」

「いやそういう技術的な話はいいから、この宇宙飛行機の中を見せてくれよ」

 

 ペラペラと得意げに技術論を語って行くにとりだったが、あいにく私にはさっぱり分からないしあまり興味もない。

 このまま黙っていれば延々と話が続くのは間違いないだろう。

 

「むう……しょうがないなあ。それじゃついて来て」

 

 にとりは少し不満そうにしながらも、宇宙飛行機の胴体に設置された高さ数m程度の扉を開いて中に入って行き、私達も宙に浮かびながらその後について行った。

 機内は結構広く、目算でおおよそ8畳以上はあるのではないだろうか。壁や天井にはいくつかのボタンやコード、チューブのようなものが張り巡らされており、一枚だけ、丸型で何層ものガラスが嵌め込まれている頑丈そうな窓が取り付けられていた。

 入って左側の先端部分に続く扉を開けるとそこはコックピットとなっていて、沢山のメモリやおびただしい数のボタンが四方に配置され、二列ある座席の前側には操縦かんが付いていた。

 

「へぇ~、これはまた凄いなあ」

 

 再び前の部屋に戻って、今度は入って右側の扉を開けてみると、そこは壁際に二段ベッドが固定された睡眠スペースとなっており奥には三つの扉が付いていた。

 一番左の扉の先は小さな更衣室とシャワールーム、真ん中の扉はキッチンと食料を貯蔵できる場所、右側の扉にはホースのようなモノが設置されたトイレに繋がっていて、この中でしばらく住めそうなくらいに設備が整っていた。

 

「こっちも凄いなあ。いや、本当に凄いとしか言いようがないぞこれ」

 

 別に馬鹿にするつもりは全くないが、こんな高度な技術が詰まった乗り物をにとりが造ったとは思えないくらいによく出来ている。ひょっとしたら外の世界でも知られていないような最先端の技術が使われているのではないか。

 輝夜は感触を確かめるように壁や天井を軽く叩いたり、設備を触ったりしながら感心した様子で言う。

 

「へぇ~結構本格的なのねぇ。これなら本当に月まで行けそうじゃない?」

「当たり前さ! これを完成させるのに20年も掛かったんだ。その出来栄えは保証するよ!」

「たった20年で造ったの!? よくやるわねぇ……」

 

 感心するように呟く輝夜だったが、私はそんなことよりも気になることが一つ。

 

「なあ、もう一度聞くけどさ。本当にこれを造るように私が頼んだのか?」

 

 幾ら記憶の底を探ってみても、思い当たる節がないのだ。疑ってしまうのも不自然ではないだろう。

 

「もちろんさ。20年前の4月11日、魔理沙が私の家に来て宇宙飛行機を造ってくれるように頼んだんじゃないか。今、魔理沙は滅亡した未来の幻想郷を救うために奔走してて、月に行くのもその一環なんでしょ?」

「……そうなのか」

 

 図ったようなタイミングで私の元に現れたチャンス、そしてにとりの『これさえあれば月にだって行けちゃうよ!』というセリフ。

 間違いない、これは〝未来の私″が予め仕組んだ出来事だ。だとするならば、この宇宙飛行機で月に行くことに必ず意味がある。

 もしかしたら月の民を説得することが、幻想郷を救うなにかのきっかけになるのかもしれない。

 

「にとりさん、材料はどうやって手に入れたの? こんなロケットを造る部品なんて幻想郷にはないでしょう?」

「全部自前で造ったんだよ。幸い魔理沙にこの宇宙飛行機の設計図と一緒に材料の練成図も貰ったし、地底、天界、冥界など幻想郷中のあらゆるところを探し回って材料を集めてね、隣の建物で加工・製造したのさ。」

「ふーん、なるほどねえ」

「まあ、それでもどうしても手に入らないものがあってさ、八雲紫さんに頼み込んで外の世界から取って来てもらったのもあるんだけどね」

 

(なるほど、博麗ビルの上で紫が言っていたのはこの事だったのか)

 

 合点がいった私は、続いてこんな質問をする。

 

「ところでこれはどうやって操縦するんだ? なんだか難しそうなんだけど」

「何を言ってるんだい? これは私が操縦するんだから」

「えっ、本当に大丈夫か?」

 

 まさかの回答に不安になった私が聞き返すと、にとりは眉をひそめる。

 

「む、ちゃんと試運転もしているし大丈夫だよ。制作者の私が操縦するんだから、ちゃんと私を信じてちょうだい!」

「分かったよ。それならお願いするぜ」

 

 自信満々に断言するにとりを断る事も出来ないので、了承することにした。

 まあこの複雑そうな宇宙飛行機を操縦しろと言われても、覚えるのに大分時間が掛かりそうだし、にとりに任せた方が良い。

 

「私も月の技術に興味があったんだよねぇ。幻想郷よりも大分発展してるそうじゃないか。上手く持ち帰る事が出来れば、ムフフフフ」

 

 あくどい笑みを浮かべているにとりに、輝夜がポツリと言葉を漏らした。

 

「そう上手く行くと良いけどね」

「む、あんたは私の最高傑作を馬鹿にするのかい?」

「違うわよ。月の都には博麗大結界に似た不可視の結界が張り巡らされているのよ。この宇宙飛行機で行けるのは精々月の表側まで。裏側に辿り着けるとは思えないわ」

「ええっそうなの!? そんな話聞いてないよ~……」

「んじゃこの方法では駄目なのか」

「まあ待ちなさい。早とちりするのは良くないわよ」

「え? どういう意味だ?」

 

 露骨にガッカリとしているにとりに代わって私が輝夜に訊ねると、得意げに「月の羽衣を取りにいきましょう。確かあれは月の裏側へ自動的にナビゲートしてくれる機能が付いていたし、この宇宙飛行機に組み込めば確実に行けるはずよ」と話した。

 

「ほぉ~それはまた便利なもんだな」

 

 課題が見つかったかと思えば、すぐにまた新たな道が開けてくる。

 こうもとんとん拍子に話が進むのも、未来の私のシナリオ通りなのかもしれない。

 

「にとり、私は一度永遠亭に行くから、また後で戻ってくるよ」

「んじゃその間、私は準備して待ってるね~」

 

 それから私と輝夜は、当初の予定であった永遠亭に向けて出発した。



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第56話 永遠亭へ

 妖怪の山を出てゆらりゆらりと跳び続ける事15分、ようやく永遠亭がある迷いの竹林が見えて来た。

 

「見えて来たわね」

「ああ」

 

 迷いの竹林とは人里近くに存在する広大な竹林だ。

 ここに生い茂る竹はとても成長が早く、しかも日々変化するために目印を付けづらい。加えて緩やかな傾斜により方向感覚も狂うため、一度入ったら二度と出られないと言われている事からこの名が付けられている。

 空を飛べばいいじゃないか、と思った人もいるだろうが、竹林には常に霧が立ちこめているため真っ直ぐ突き進むのが難しく、それは竹林上空も例外ではない。

 まさに魔境と呼ぶべき恐ろしい土地だろう。

 

「しっかり付いてきなさいよ?」

 

 無言で頷き、私は迷いの竹林の中に突入した。

 そこは外から見ても分かる通り、数えるのも馬鹿らしくなる程に竹が鬱蒼と生い茂っていて、道らしき道は何もなく、早くもどこが北でどこが南か分からなくなって来た。

 そんな天然の迷宮を一筋の迷いなく先行する輝夜を目印に、竹と竹の間を縫うようにゆっくりと飛んでいく。

 

「しっかしこうしてみるとほんっとに竹ばっかだな。よくこんな立地に住んでいられるなぁ」

「住めば都って言葉があるでしょ。まさにそれよ」

「へぇ、そんなもんなのか。迷ったりしないのか?」

「一見目印とかないように思えるけど、長く住んでいるとその辺も感覚で分かるのよ」

「ふーん……」

 

 会話もボチボチにずっと飛んでいくと、やがてぽっかりと竹が綺麗に刈り取られた一帯に出る。霧が晴れて空がはっきりと見えており、陽光が巨大な屋敷を照らしだしていた。

 なまこ壁に覆われたその屋敷は、古来から続く由緒正しい大名屋敷のように格調高く趣を感じさせるもので、ここに元から建っていたと錯覚させるほど自然に溶け込んでいる。

 間違いない、あれが目的地の永遠亭だ。

 

「やっと着いたわね。今回は何事もなく辿り着いて良かったわ」

「おい、なんだよその含みのある言い方は」

「さて、なんでしょうね」

 

 永遠亭の敷門の前に降り立った私と輝夜は、そこをくぐって敷地内に入った。

 奥にある建物へと続く石畳を歩く途中、ふと庭の方を見てみれば、地面にびっしりと敷き詰められた砂利の上に流れるような波模様が描かれた美しい枯山水が目に入った。

 

「これまた素晴らしいな。白玉楼の庭も凄かったがここもかなり凄いぞ」

「ふふ、ありがと。兎たちに伝えておくわ」

 

 そしてやっと玄関に辿り着いた私は、引き戸を開けて中に入って行った。

 

「お邪魔するぜ~」

 

 玄関で靴を脱いで永遠亭の中に上がった私は、先を歩く輝夜の後についていく。

 すれ違える程度の幅の廊下の横、幾つもの襖や障子が閉められている中、私から見て右側の襖が開いているのに気づく。輝夜もそれに気づいていたようで、その部屋の前で立ち止まり視線を向けていた。

 私も同じようにそっちを見てみると、7畳程の畳部屋にウサ耳を生やした長い薄紫髪の少女が一人、こちらに背を向けてせっせと竹編みの薬籠に薬を詰めていた。

 

(アイツ確か鈴仙だよな?)

 

 何故か立ち止まった輝夜に視線を送ると、口元で指を止めるジェスチャーをしていたので、開きかけた口を閉じる。

 そして輝夜は気配を殺しながら抜き足差し足ゆっくりとその背中に近づいて行き、手の届く距離まで近づいたところで飛びついた。

 

「ただいまイナバー!」

「うひゃああああああ!!」

 

 不意打ちを喰らうようにのしかかられた鈴仙は素っ頓狂な声を挙げながら畳に倒れ込み、ひっくり返された亀のようにもがいていた。

 さらにその衝撃で籠が横転し、中に詰められた薬類が畳の上に散らばってしまった。

 

「い、いきなり何をするんですか輝夜様!」

「クスクスクス、なにもそこまで驚かなくてもいいのに」

「いいから早く退いてください! お、重い……」

「はいはい、分かったわよ。ふふっ」

 

 輝夜は堪え切れない笑いを浮かべながら鈴仙の背中からそっと退いた。

 

「イタタタタ」

 

 鈴仙は背中を抑えながら起き上がって周囲を見渡した時、再び大声をあげた。

 

「ああーっ! せっかく詰めたのにまた散らかってる……。トホホ、またやり直しかぁ」

 

 その心情を表すかのように、鈴仙の耳はしょんぼりと折れ曲がりクタクタになっていた。

 

(あの耳面白いな)

 

 やがて鈴仙は大きくため息を吐きながら立ち直り、畳の上を這いずり回りながら薬を拾い始めていく。

 

「はぁ……。ところで、輝夜様はいつ此方に戻られたんですか?」

「ついさっきよ。私の目論見は間違っていなかったわ。証拠にホラ、廊下の方見てみなさいよ」

 

 その言葉に鈴仙は手を止め、四つん這いの恰好のまま首を此方に向ける。

 私と鈴仙の視線が交錯し、何とも言えない間が流れた後、彼女はポツリとつぶやいた。

 

「うわっ、ほんとに魔理沙さんだ。あの新聞の情報は噓じゃなかったんだなぁ」

 

 あの新聞とは間違いなく文々。新聞のことだろう。

 輝夜と慧音も人里で新聞を受け取り、コイツ自身もよく人里に赴いて薬売りをしているのできっとその時に知った筈。

 だが私はそんなことよりも聞き捨てならない発言があった。

 

「おい鈴仙。今の『うわっ』てなんだよ。失礼なやつだな」

「自分の胸に手を当てて考えてみてください。そうすれば自ずと分かる筈です」

「なんだよそれ……」

 

 この時間軸に生きた〝霧雨魔理沙″は、よほどやんちゃなことをしでかしていたのだろうか。

 ここに居る私とこの世界線で生きていた〝霧雨魔理沙″とは考え方も信条もかけ離れてしまっているために、心当たりがない。

 とはいえ、表情や声色を読む限りでは明確な拒絶や嫌悪感を抱いているわけではなさそうなので、深刻に捉える必要はないのかもしれないが……。

 

「まあそんなわけでね、今から永琳の元に行くところなのよ」

「はあ、そうなんですか」

 

 そして輝夜は廊下に戻り、「それじゃあね。お仕事頑張って」と声を掛けてから奥へ歩いていき、場に再び奇妙な空気が流れた。

 

「……まあその、なんだ。頑張れよ」

「うう、まさか魔理沙さんにまで優しい言葉を掛けられるなんて……」

 

(本当にこの時間軸の〝私″は何をしでかしたんだよ……)

 

 昔の自分の行動に首を傾げつつ、私もその部屋を後にした。



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第57話 月の羽衣

 長い廊下の角をいくつも曲がりながら屋敷の奥へ奥へと歩いて行き、やがて輝夜は障子が閉じられた部屋の前で立ち止まる。

 障子には床に座る人影が映されていて、そのシルエットから女性だとすぐに分かった。

 

「永琳、私だけど、入ってもいいー?」

「どうぞ」

 

 返答をもらった輝夜が扉を開き、遠慮なしにずんずんと中に入って行った。

 私もそれに続くように部屋の中に入ると、15畳程度の簡素な畳部屋の奥、座卓の横に姿勢正しく正座している永琳の姿があった。

 座卓には山積みになった紙束に書きかけの書類とペンがあり、恐らく何かの仕事をしている最中だったと思われる。

 

「よう、永琳。久しぶりだな」

「あらあら、魔理沙おばあちゃんは随分とまあお若い姿になって現れたのね」

 

 久しぶりに再会した孫を見るような温かい眼差しの永琳に、私は意気消沈しながら「……おばあちゃん言わないでくれ。結構心にくるから」と返した。

 

「ほら言った通りでしょ! あの新聞は本当だったのよ!」

「なるほど、姫様の言葉は正しかったようですね」

 

 なぜか勝ち誇っている輝夜を、永琳は柔らかい目で眺めていた。

 次に永琳は私に視線を向けると、体全体をなめ回すように目線を動かしながら口を開く。

 

「それにしても、一度死んでから若返って現世に現れるなんてどういうトリックなのかしら? 一回その体、解剖して詳しく調べてみたいところね」

 

 その態度や表情は至って真剣で、全くの冗談で言ってるわけではなさそうなのをひしひしと感じた私は慌てて言った。

 

「そ、そんな大層な物じゃないぜ。あのな――」

 

 解剖されてはたまらないので、私はその場に座ってここに至るまでの自分の軌跡を簡潔に話し、ついでに私がここに来た目的を伝える。

 

「……つまり話を纏めると、貴女は100年前に亡くなった霧雨魔理沙とは別人で違う世界線からやって来た霧雨魔理沙だと。そして今のあなたは未来の幻想郷を救う為に活動していて、その一環として月に行きたいから、ここに置いてある月の羽衣を貸してほしい。ということね?」

「そうだ」

「永琳、私からもお願いするわ。彼女のやることって、なんだかとても面白そうじゃない?」

 

 私と輝夜からのお願いに永琳は私を見ながら少し考え込み、やがて口を開いた。

 

「ずいぶんとまあ突拍子のない話ですけど、良いでしょう。あなたが嘘を吐いている訳ではないようですし。取ってくるから少し待っていなさい」

 そう言って永琳は立ち上がって私の脇を通って部屋を出て行き、およそ5分後、両手に箱を抱えて戻って来た。

 

「これが月の羽衣よ」

 

 元の場所に正座した永琳がその箱を開けると、中には綺麗に折りたたまれた半透明の布が入っていた。

 手に取って広げてみると、それは2,3m程の長さで、魔力のような見えない何かが籠っているのを感じた。

 

「輝夜からこれを組み込めば月の裏側に行けるって聞いたんだけど本当か?」

「本来の用途はそれを身に着ける事で月の都と地上を行き来する道具なのよ。けれど、姫様の仰る通りこれを宇宙飛行機に埋め込めば確実に到着出来るでしょうね。……あなたは知らなかったのかもしれないけど、遥か昔、いわゆる第二次月面戦争で紅魔館のロケットに乗った時にも、月の羽衣の一部を埋め込んでいたのよ?」

「え、そうだったの?」

 

 ここで知った新たな真実に、キョトンとした私。

 

「知らなかったのならそれはそれで別にいいけどね。大事な物だからきちんと返してね」

「勿論わかってるよ。もうそういう手癖の悪いことからは足を洗ったんだ」

 

 月の羽衣が入っていた箱を永琳から受け取りながら答えた。

 

「それともう一つ助言を与えるわ。月に行くのなら、月がよりよく見える満月の日を狙うと良いわよ?」

「分かった。そうさせてもらうよ」

 

 そして箱の中に畳んで仕舞い込んだ後、小脇に抱えたまま立ち上がり、永琳の部屋を後にしようとする。

 

「それじゃ私はこれで失礼するぜ。ありがとな、永琳」

「気を付けてね」

「せっかくだから私も宇宙飛行機が飛ぶところを見届けてこようかな。いいわよね?」

「もちろんだ。てか、輝夜には竹林の出口まで案内してもらわないと困る」

 

 私は輝夜と共に部屋を出た。

 

 

 

「ん?」

 

 永遠亭を出た所で、何やら敷門の向こう側が騒がしい事に気づいた。

 

「輝夜あああ! 出て来ーい!」

 

(この声は!)

 

 声の主に心当たりを感じた私は、少し駆け足で敷門に向かって行く。

 

「も、妹紅さん、少し落ち着いてください。あまり騒がれると困ります!」

「退いてくれ鈴仙ちゃん! アイツに話があるんだ!」

 

 門を出ると、薬籠を背負い込んだ鈴仙が食い下がる妹紅を制止させていて、只事じゃない様子。

 

(あれ? なんで妹紅はあんなに怒ってるんだ?)

 

 首を傾げていると、後ろからついてきていた輝夜が私の一歩前に出る。

 

「あら、妹紅じゃないの。あの先生とのお話は終わったの?」

「……は? なんで慧音の名前が出てくるんだよ。お前には関係ないだろ!」

「え、ええ? だってさっきまで一緒にいたじゃないのよ?」

「知らないよそんなの! 誰かと見間違えたんじゃないのか?」

 

 戸惑っている輝夜をよそに、妹紅は語気を強めて怒りを露わにしていた。

 

「どうしたんだよ妹紅、そんなに怒っちゃってさ。何かあったのか?」

 

 その言葉に妹紅は初めて私の存在に気づいたように、一瞬驚いたように見え。

 

「ん? 確かあんたは……霧雨魔理沙だっけか。とっくの昔に亡くなったって風の噂で聞いてたけど、生きてたのか?」

「いや、何を言って――」

 

 まるで久しぶりに会った知人のようなその口ぶりに、私はこの違和感の正体を悟る。



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第58話 魔理沙と妹紅

(そうか! ここにいる妹紅は私と一緒に過去に来た妹紅じゃなくて、この時代の妹紅なんだ!)

 

 確か彼女の自宅は迷いの竹林にあった筈だし、未来の彼女は遠い昔に結構な頻度で輝夜と殺し合いをやっていたと話していた。

 その〝遠い昔″である現在、ここで〝この時間軸の妹紅″に出会ってもなんもおかしくない。

 私は早速輝夜に耳打ちする。

 

「なあ。たぶんここにいる妹紅はきっとこの時代の妹紅だと思うぜ。ほら、なんか雰囲気が全然違うだろ」

 

 すると輝夜もまた声を潜めながらこう言った。

 

「……ああーたしかに! この話の噛み合わなさはそんな感じがするわね。あの妹紅ったらさっきの妹紅とは違って私に敵意剥き出しだし」

「どうするんだ?」

「さっきのネタでちょっかいかけてみようかしら。面白い反応をしそうだし」 

「おい! なに二人でコソコソ話してるんだよ!」

 

 小声でヒソヒソ話をしていたのが気に障ったのか、怒鳴りつけてきた妹紅。

 そんな彼女に、輝夜は皮肉めいた笑みを浮かべながらこう言った。

 

「あーら、もしかして妹紅ったら嫉妬してるの? あなたの大好きな輝夜様が、他の女と仲良くしてることに」

「は? お前脳みそ腐ってんのか?」

「うふふふふ、照れなくても良いのよ? 私に構ってもらえないから寂しくてしょうがないんでしょ? 妹紅ちゃんは寂しがり屋ですものねぇ」

「……殺す!」

 

 輝夜に散々焚きつけられた妹紅は右腕に炎を纏い、彼女目がけて突っ込んでいった。

 

「いいわ。かかってきなさい!」

「あわわ、どうしよう」

 

 鈴仙がどうしたらいいか迷っている中、輝夜もまた妹紅に向かって行き、二人が激突しようと言う所で。

 

「ストップだ!」

 

 私がありったけの大声で叫ぶと、二人の動きはピタリと止まった。

 

「二人とも喧嘩はやめてくれ。特に輝夜、妹紅を挑発しないでくれ。今はそんなことしてる場合じゃないだろ」

「クス、そうね。ついついからかいたくなっちゃって。ごめんね妹紅ー私は忙しいの。また今度遊んであげるわ」

「はあっ!? なんだよそれ! 私にも詳しく説明しろ!」

 

 納得いかない様子の妹紅は再び激昂し、このままでは再び喧嘩になってしまいそうな空気なので、私は輝夜の一歩前に出て説明することにする。

 

「妹紅、実を言うとね。私はタイムトラベラーなんだ」

 

 すると妹紅は表情を変え、こちらに大きく関心を示した様子。

 

「タイムトラベラーって、時間を行ったり来たりするあの?」

「ああ。そして私には未来の幻想郷を救う目的があって、その為に輝夜に協力して貰っているんだ。だから今ここで喧嘩されては困る」

 

 妹紅は一瞬考え込む素振りを見せた後、私の目をはっきりとみる。

 

「…………なあ、魔理沙は過去にも戻ることが出来るのか?」

「もちろん出来るぜ。範囲はどこでも、いつまでもだ」

「なら少し話を聞いてくれないか。頼みがあるんだ」

「……構わないぜ、話してくれ」

 

 彼女にはここより遥か未来で助けられた恩があるし、真剣な態度から読み取るに、もしかしたら重大な話なのかもしれないので、邪険にすることは出来ない。

 

「私はね、この不老不死の肉体が憎くてたまらないんだ。父上を侮辱した輝夜への恨みで、普通の少女だった私は蓬莱の薬を飲んでしまったんだ」

「それから先は後悔ばかりの日々。何故こんな愚かなことをしてしまったのか? と常に苦しんできた。だからさ、過去に戻って私が蓬莱の薬を飲むのを阻止してくれないか。……私を殺してくれないか?」

「…………」

 

 ひしひしと語る妹紅の言葉に、先程までの喧騒は嘘のように静まり返り、竹の葉が風で擦れる音だけが響いていた。

 無言のまま形容しがたい微妙な表情をしている輝夜と鈴仙。

 しかし私は、この話を聞いた時点で答えは決まっている。

 

「悪いけど、それはお断りだ」

「なんでだよ!?」

「私は命を奪うためでなく、救うために時間移動魔法を覚えたんだ。そんな遠回しの自殺に付き合う事は出来ん」

「アンタには分からないかもしれないけどな! 私はもう生きるのにうんざりしてるんだよ! この老いない死ねない体のせいでどこに行っても化物扱いされた! 忌み嫌われてきた! 友達ができてもすぐに別れが来てしまう! 人としても、女としての幸せも享受出来ないままずっと一人で生きてきた私にとって、それがどれだけ辛いことか分かるか!」

 

 心の奥底に溜めこんだ激情を吐き出す彼女の口は止まらない。

 

「ああ、そうさ! どうせ私の苦しみなんか誰も理解してくれない! 誰も見てはくれない! 結局私はいつまで経っても一人なんだっ……!」

 

 静まり返った竹藪の中、涙を流しながら訴える彼女は心の底からそう思っているのだろう。

 しかし歴史を紐解いてみれば、不老不死は人類の夢とされ、それを目指して錬金術や魔法などを切磋琢磨してきた人間が数多くいる。

 なので彼女の苦しみを理解することも共感することもできないし、誰が何を言っても言葉の重みなんてものは存在しないだろう。

 だけどそれでも、彼女は一つ、決定的な勘違いをしていることだけは分かる。

 

「それは違うぞ。妹紅にだって居なくなったら悲しい想いをする人がいるだろう。死別の苦しみが痛いほど分かるのなら、なおさら自分が消えることで残された人の気持ちを考えたらどうだ」

「私にそんな人なんて――」

「上白沢慧音、彼女は違うのか?」

「……!」

 

 その名前に妹紅は明らかに動揺し、言葉を詰まらせた。

 私は妹紅と慧音の関係性について詳しくは知らないが、今朝未来の妹紅が慧音と再会を果たした時、彼女は泣きじゃくる妹紅を何も言わずに抱きしめて宥めていた。

 さらにその後も『何があったんだ?』と何度も心配そうに訊ねていたのを間近で見ている。

 だから、慧音は妹紅の事をかなり目をかけているのが部外者の私でもよく分かる。

 

「彼女だってお前が居なくなったら悲しむだろうし、私だって悲しくなる。陳腐な言葉かもしれないが、私は妹紅に生きてもらいたいんだ。ここより遥か未来でお前にはかなり助けられた、迷い苦しんだ時心の支えとなってくれたんだ」

「私が……魔理沙を?」

 

 妹紅は信じられないといった感じに私を見ている。

 

「それに輝夜だって少なからず妹紅の事を良く思っているはずだ。違うか?」

「え? あーうん、そうね。妹紅とはもう腐れ縁みたいなものだし、居なくなっちゃたら私も寂しいわ」

「!」

 

 彼女に取っては仇敵である筈の輝夜から掛けられた優しい言葉にいたく驚いた様子。

 好きの反対は無関心という言葉があるように、輝夜が妹紅のことを本当に嫌っているのならばいちいち相手などせず徹底的に無視すれば良いだけだ。

 そうしないのは少なからず思うところがあるという事だ。

 

「ほらな? 妹紅はもっと周りを見た方が良い。気づかないだけで、お前の事を気に掛けてくれている人がいるんだから。そうすればきっと、幸せだって手に入るさ」

 

 何か良いきっかけさえあれば、いつか妹紅の境遇を理解してくれる男の人が現れるかもしれない。

 

「くっ……」

 

 妹紅はこの場から逃げるように反対方向に走り去ってしまい、場に再び静寂が訪れた。

 やがて走り去った方角をじっと見つめていた輝夜は、傍にいる私が辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、呟いた。

 

「……彼女のお父様には悪いことをしてしまったわね。もう少し体の良い断り方をすればよかったかしら……」

 

 結局その後も口数少なく、沈んだ空気のまま私達は竹林の外に向かい、「では私はここで」と一礼してから人里に飛び去る鈴仙と別れた後、にとりの自宅に向けて出発した。




もうお気づきの方は多いと思いますがこの話の出来事が3章36話の『神社へ』で妹紅が話していたエピソードになります。


※ここから下は本編とは関係ないので読まなくてもよいです。


ちなみに魔理沙がここで妹紅のお願いを承諾していた場合こんな展開を考えていました。
          ↓

妹紅は魔理沙に蓬莱の薬を飲む前に戻って私を殺して欲しい(もしくは飲まないようにしてほしい)と頼み込む

それを聞いた魔理沙は紆余曲折あってその依頼を受けて平安時代へ飛ぶ。

妹紅が薬を飲むタイミングでその薬を奪い取り現代へ戻る

アリスに話を聞くと藤原妹紅という存在は知らないとの答えが帰ってくる

その後竹藪の中の永遠亭の様子を見に行く

するとそこにはまるで息ながらにして死んだような様子の輝夜がいた

永琳に事情を聞くともう生きるのに飽いてしまってもう心が折れて死んだような状態との事(永夜沙事件の時は久々にイキイキとしていた)

永琳が「輝夜はもう長い生に心が折れてしまった。私では彼女の心の穴埋めができなかったのが悔しい」と言う (さらに「そういえば蓬莱の薬が~」等の話を出して伏線を出すのもあり)

永遠亭を後にして改めてアリスと、慧音先生に話を聞くと。異変が起きた時収束させるのが大変だったとの事。最後には八雲紫がでしゃばってきて何度も何度も殺しまくった挙句に収束したという話を聞く。今でも思い出したかのように幻想郷を荒らしにくるのでその対処に手を焼いている。と

それを聞いた魔理沙は妹紅の依頼を受けて自分が平安時代へ飛んだ直後の時間に飛び、突然現れた妹紅に自分がいなくなった時何が起こるかを話す。

しかし信じようとしない妹紅

ならばと魔理沙は証拠を見せるべく再び妹紅がいない未来へ飛び、文からビデオカメラを借りるor霖之助の店からビデオカメラを購入した後、妹紅がいないために輝夜が暴れている姿等を撮ってくる(もしくは妹紅本人を連れて行くのもあり ※ただしこうすると矛盾が生じるのでうまく考えなければならなくなる)

ある程度撮った後妹紅の元へ戻っていき、その映像を妹紅に見せる

それを見た妹紅の決断(やっぱり私は死にたいor輝夜の苦しむ姿を見て私が支えてあげなきゃ……とか 慧音先生のためにも生きてあげて……等生きる理由を見つける)(このプロットでは生きる理由を見つけるを選択)
蓬莱の薬を飲んで永遠の生を受けることを決意

魔理沙平安時代へ飛び、薬を奪い取ろうとしている自分に声を掛けて簡単に説明をして奪い取るのをやめさせる(もしくは輝夜と妹紅が仲良くなれるように工作をするという展開もあり)

再び現代へ戻る

妹紅の姿を捜して竹藪の奥の永遠亭へ行く

中へ行くと2人仲が良さそうに過ごしているのが手に取れた

魔理沙の姿に妹紅が近づき過去の事を清算して生きていく的な和解をする的な発言をして感謝の言葉を述べる。

fin
  

このプロットは今までの整合性やキャラクター同士の人間関係、時間軸の矛盾、そして魔理沙の性格的にその選択はしないだろうと考えて没にしましたが、このままお蔵入りにするのももったいないので公開することにしました。




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第59話 月へ行こう

最高評価ありがとうございます!



 しばらくしてからにとりの自宅へと到着した私は、格納庫の中で宇宙飛行機のメンテナンスをしていた彼女に声を掛ける。

 

「おーいにとりー! 月の羽衣借りて来たよ!」

「待ってたよ!」

 

 にとりがこっちに来るのを見計らって、私は箱から月の羽衣を出した。

 

「へえ~これが月の羽衣かぁ。なんだか不思議な雰囲気を感じるよ」

 

 にとりは空に向かって掲げながらしげしげと見つめていた。

 

「永琳曰く満月の日に飛んだ方がより成功率が高くなるらしいから、その日に飛んだ方が良いと思うんだ」

「だったら今日満月だしちょうど良いじゃん」

「あれ、そうだったっけ」

 

 彼女に指摘されて初めて気づいた私。

 ここの所時間移動し過ぎてるせいか、月齢が曖昧になってしまったのかもしれない。

 

「それでさ、私が月に到着したい時間が150年前、200X年7月30日なんだけど、その時間でも構わないか?」

 

 私が時間遡航したいと思っている200X年で、私が霊夢の自殺を防ぐ時間以降で一番近い満月の日がこの日になる。

 月の最新技術を盗みたいと思っているにとりとは考えが相反することになるのだが。

 

「全然オッケーさ! むしろ時間移動が体験出来るなんて、ワクワクするよ!」

 

 にとりは快諾してくれたので、私もホッとした。

 

「よっし。それじゃ早速この羽衣をエンジンに組み込んでくるよ!」

「頼む。私は一度家に戻って協力者を呼んでくるから」

「協力者? ってことは魔理沙以外にもこの宇宙飛行機に乗りたい人がいるのかい?」

「ああ。藤原妹紅っていうんだけど、乗せても平気か?」

 

 かねてから言おう言おうと思っていたけれど、話すタイミングを逃してしまっていた。

 

「この宇宙飛行機は最大4人まで乗れるからオーケーさ。私はメンテナンスしてるから、その間に連れてきなよ」

「分かった。なるべくすぐ戻って来るよ」

「ねえねえ、私も立ち会ってもいい? 凄く興味があるのよ」

「もちろん!」

 

 にとりと輝夜は宇宙飛行機の下部、巨大な噴出口がある方へと向かって行き、私は格納庫を後にした。

 

 

 

 それからおよそ15分後、自宅に辿り着いた私は遠慮なしに玄関の扉を開く。

 

「おかえり魔理沙」

「ただいま。どうだ? 話はついたか?」

 

 今の妹紅と慧音は先程の席に座ったまま動いた形跡がなく、特に何かイベントが起こったようには見えなかった。

 

「うん。私はもう大丈夫。慧音と久しぶりに話せて楽しかったよ」

 

 憑き物が落ちたかのように清々しい表情で答える妹紅だったが、対照的に慧音は少し硬い表情をしていた。

 

「どうした? なんだか浮かない顔をしているな」

 

 傍に近づきながらそう尋ねると、慧音は少し迷ったようなそぶりを見せてから口を開く。

 

「なあ魔理沙。私はこれから妹紅とどう接すればいいんだろうな……?」

「え?」

「どうも彼女は私に対する依存性が強すぎる気がするんだ。いずれ死に逝く私にこれでは、本人のためにも良くないと思うんだが」

「それだけ仲が良いなんて結構なことじゃないか。何を気にする必要があるんだ?」

「……私の知る妹紅は心を閉ざし、自ら人を遠ざけている印象があるからな。目の前にいる妹紅とのギャップが激しくて、少し混乱しているのかもしれない」

 

 私が思うに、この時代の妹紅と未来の彼女とでは積み重ねてきた経験が違うので、その間に性格や彼女への思い入れが変わってしまっていてもおかしくはない。

 失ってから分かる幸せとはよく言ったもので、私も霊夢とはもっと過ごしていたかった。という気持ちがある。

 

「それは違う、それは違うよ。慧音」

「え?」

 

 慧音は驚いたような顔で妹紅を見た。

 

「私が今こうして生きていられるのも、慧音との数々の思い出があるからなんだ。慧音がいてこそ今の私があるんだ。それを否定することはすなわち、今の私をも否定することになっちゃう。だからそんなこと言わないで」

「……すまなかった。今の言葉は忘れてくれ」

 

 それっきり二人の会話は止まり、この場に重い空気が流れる。私はそんな雰囲気を払拭するように口を開く。

 

「そういえば妹紅。良いニュースがあるぞ」

「良いニュース?」

「実はね――」

 

 私は妹紅がいない間に妖怪の山と永遠亭で起こった出来事を話す。

 

「……妖怪の山に宇宙飛行機か。なんともまあ、スケールのデカイ話だな」

 

 妹紅は目を見開いて驚き。

 

「そういえば、最近、とてつもなく大きな飛行物体が空を飛んでいた――という話を聞いたが、あれはにとりの実験だったのか」

 

 慧音もまた、宇宙飛行機に思い当たる節があったようだ。

 

「まあそういうわけで、月に行くための算段が整った。今から行こうぜ!」

「分かった。行くよ」

「それなら私も見届けさせてくれ」

 

 そうして妹紅と慧音は立ち上がり、私の自宅を出た。

 そしてにとりの自宅へ三人並んで飛んでいる間、隣を飛ぶ妹紅がこんなことを言いだした。

 

「そういえば魔理沙。竹林で過去の私に出会ったんだろう?」

「ああ」

「あの時の私はとてもやさぐれていてさ、何もかもが嫌になってた時期だったんだ。みっともなくて情けないよね」

 

 自嘲気味に笑いながら、妹紅は言葉を続ける。

 

「あれから私は、自分の身の振り方についてじっくり考えて、もっといろんな人と友好的になろうと思ったんだ。だから、きっかけを作ってくれた魔理沙に感謝しているんだ」

 

(そうか!)

 

「……博麗ビルで話してた意味、やっと分かったよ」

 

 あの時は何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、今更ながらに気づいた。

 私にとってたった今行われた出来事が、妹紅にとっては遠い過去の出来事だったという認識の違いだったのだろう。

 

「いっつも慧音に言われてた事が、魔理沙に言われてようやく気付くなんて、やはり強情だったんだろうな」

 

 妹紅は過去を悔やむように呟いていたが、私は、この失敗を生かして自分が変わる事が出来たのなら、それはそれで良い経験になったのではないかな。と思う。

 その後も何とも言えない雰囲気のままにとりの自宅近くの格納庫へと辿り着き、その中に入って行く。

 声を掛けようと口を開きかけた所で、私達の気配に気づいたにとりが機先を制するように喋り始める。

 

「あっ来た来た! こっちは準備オッケーだよ! いつでも行ける!」

「こっちも例の協力者を連れてきたぜ」

 

 そう言って私は隣にいる妹紅を指さす。

 

「私は藤原妹紅だ。ここから850年後の未来から来てな、魔理沙とは協力関係にあるんだ。よろしく頼むよ」

「へぇ、あんたが魔理沙が言ってた協力者ってやつか。私は河城にとり、よろしくね」

 

 お互いに自己紹介をしている中、慧音は巨大な宇宙飛行機を見上げながらにとりに尋ねた。

 

「ふむ、こうして間近で見るとかなり大きな乗り物だな。月までどのくらいの時間で行けるんだ?」

「着陸などの時間込みで、大体12時間もあれば確実に到着できる筈さ!」

「そんなすぐに着くのか。大したものだな」

 

 大昔に紅魔館のロケットに乗った時は2週間近く掛かった記憶があるが、その時よりも断然早く到着できそうだ。

 

「んじゃま、さっさと行こうぜ」

「ちょっとちょっと、勝手に仕切らないでよね! この船を造った私がリーダーなんだから」

「ははは」

 

 こうして私、妹紅、にとりの三人は宇宙飛行機に乗り込んだ。



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第60話 月へ行こう②

高評価ありがとうございます。



今回の話は少し長いです。


「へぇ~これが宇宙飛行機の中か。すっごいなぁ」

 

 初めて搭乗した妹紅は、若干声が上ずり、興奮気味にキョロキョロと見回していた。

 私はにとりがコックピットに向かっていく姿が見えたので、その後についていく。

 コックピットに入った彼女は操縦席に座り、椅子の下から取り出したヘッドセットを被って、コックピット内のボタンやスイッチをポチポチと押していく。

 すると巨大な重低音と共にエンジンが掛かり、機体が振動を始めた。

 

「うわっ、うるさいな~」

 

 この音は、例えるならドリルで掘削する時のような身体に響く爆音で、今呟いた言葉すら、多分誰にも聞き取れなかっただろう。

 眉間に皺を寄せながら耳を塞ぐ私に、にとりが無言でヘッドセットを差し出し、頭に被るようにジェスチャーをする。

 私はウィッチハットを脱いでにとりの後ろの座席に置き、それを装着する。

 すると、あれほどうるさかったエンジン音が一気に静かになり、騒音に対する不快感が和らいだ。

 

「なんだこれ! めっちゃ静かになったぞ!」

 

 少し興奮気味に話した言葉は、耳の中で独特なエコーが掛かりながら反響していった。

 

「機内はかなりうるさいから会話する時はこれを着けていてね。この宇宙船内ならどれだけ離れていても届くから」

「へぇ、便利な物だな」 

 

 口元に伸びたマイクに向かって喋るにとりの声が、両耳に取り付けれられたスピーカーから鮮明に、ちょうど良いボリュームで聞こえてきていた。

 

「ちなみにハウジング部分に付いているボタンを押せば、通信機能がなくなってただの耳栓になるよ」

「ハウジング? ああ、これか」

 

 聞きなれない言葉だったが、にとりがヘッドセットの耳を覆うカバーみたいな部分の横に付いているボタンを指さしていたのですぐに分かった。

 

「宇宙に出れば周りが真空状態だから、少しはマシになるんだけどね」

 

 そう言ってにとりは正面を向き、今度はコックピットに備え付けられているマイクに向かって発声した。

 

「エンジンを温めないといけないから、発進するのに10分くらいかかるよ。それまで自由に機内を歩き回って構わないけど、その時になったら一度コックピットに戻って来てね~」

 

 壁面に設置されたスピーカーから、エンジン音に負けないくらいの音量でにとりの声が響き渡るが、このヘッドセットからは適度な音量で聞こえてきていた。

 

「そうだ。なあにとり、過去の月へと行く方法についてちょっと良いか?」

「おっなんだいなんだい? 実はその辺、気になってたんだよ~」

「私がいつも時間移動をする時、タイムジャンプ魔法の対象を自分に設定しているんだ。だけど今回はこれを応用して、タイムジャンプ魔法が及ぼす範囲をこの宇宙飛行機全体に広げようと思うんだ」

「ふむふむ、するとどうなるんだい?」

「宇宙飛行機を跳ばすことで、この乗り物の中にいる人や物全てが過去や未来に跳べるようになる」

「わぁ! それは凄いね!」

 

 普段その範囲を狭くしているのは、誤って周囲にある物質や生き物を別の時間へと跳ばさない為で、原理的にはこのような事も可能だ。

 

「そのための下準備としてさ、この宇宙飛行機の床に魔法陣を描いておきたいんだ。10分もあれば終わると思うからさ、少し手を加えてもいいか?」

「オーケーオーケー! ズバッとやっちゃって! いや~この機体がタイムマシンになるのかぁ。一度は諦めた夢とはいえ、ワクワクしてきたよ」

 

 にとりが笑顔で快諾したちょうどその時、扉が開き妹紅がコックピットへとやってきた。

 

「         」≪へえ~ここがコックピットか≫

 

 感心したような表情で口をパクパクとしながら周囲を見回している妹紅だったが、その声は今も鳴り続けるエンジン音にかき消されてしまっているので、私達には届かない。

 そんな彼女に、にとりは近づきながらそっとヘッドセットを差し出し、私にしたのと同じジェスチャーをした。

 妹紅は私と彼女の頭を二度見した後、それを被る。

 

「あ~あ~、私の声聞こえてる?」

「うんうん、聞こえる聞こえる! すっごい高性能だねこれ」

「機内は結構うるさいから、会話する時はこれを着けていてね。この宇宙船内ならどれだけ離れていても届くから。それと耳に付いてるボタンを押せば通信が切れるようになってるんだ」

 

 にとりは、これまた私にした時と同じ説明をしていた。

 

「ところで座席が4つあるみたいだけど、私はどこに座ればいいんだ?」

「好きな席に座っていいよ。なんなら私の隣に座る?」

「おっ、いいのか? 特等席じゃんか!」

「そのかわり、副操縦士として少し操作を覚えてもらう事になるけど」

「……私は素人だぞ? こんな難しそうな乗り物を操れるとは思えないんだけど」

「簡単簡単! いい、まずはね――」

 

 そう言いながら、宇宙飛行機の操縦方法をにとりは身振り手振り交えながら説明していくが、傍から聞いてるだけでも専門性が高く、理解するのにはかなり頭を使いそうで、妹紅は若干頬を引きつらせながら話を聞いていた。

 

「頑張れよ、妹紅」

 

 苦笑しながら私はコックピットを出て、宇宙飛行機の中で一番広く、ハッチがある部屋に向かう。

 今から始めるのはタイムジャンプ魔法の応用、ハウジングに付いたボタンを切って未だに続いているにとりのレクチャーを遮断し、大きく深呼吸して気持ちを整えていく。

 

(ふうー……)

 

 遠くから静かに響き渡るエンジンの音が、適度に集中する環境を整えているような気がした。

 

(よし、やるか!)

 

 精神統一してから私は床に右手をつき、頭の中で魔法の算式を組み立てながら小声で詠唱を始める。

 

「――――――――――」

 

 指先から紋様が広がって行き、アンティーク時計のように緻密な歯車の形をした一つの大きな魔法陣となっていく。

 やがてそれが壁や天井に達したところで、魔法陣は機体に染み込むように徐々に消えていった。

 

「これでよし」

 

 今の工程を行うことで、にとりの言った通りこの機体がタイムマシンと化し、この中にある全ての物が時間移動出来るようになる。

 ただし、この機体の中で私がタイムジャンプ魔法を発動しないと移動出来ない制約があるが、それでも人や物を大量に輸送出来るのは大きな魅力となる。

 もちろん、妹紅の時のように重量制限で引っかかることのないようにちゃんと計算してあるので大丈夫だ。 

 そしてコックピット内へと戻ってくると、お互いに向かい合って口を動かしているにとりと妹紅がいたので、私はスイッチを入れた。

 

「――って訳なのさ」

「ああ……うん……」

 

 饒舌に語るにとりに対してげんなりとしている妹紅を見かねて、私はにとりに声を掛ける。

 

「あー私の方は終わったんだが、もうそろそろ10分経ったんじゃないか?」

「それもそうだね! それじゃ発進しよう!」

 

 にとりは正面に座り、発着に向けて準備を開始する。妹紅はどこかホッとした様子を見せていた。

 私はにとりの後ろにある座席に座ると、彼女はこう言った。

 

「発着陸する時はシートベルトをちゃんと着けておいてね」

 

 それに従い、私と妹紅は座席に備え付けられているベルトを腰に巻き付ける。

 

「なあ、今更なんだけどさ、普段着のまま宇宙に出ても平気なのか? 宇宙に出るときは宇宙服というものが必要だと聞いたぞ?」

 

 シートベルトを着け終わった妹紅がにとりに質問すると、彼女は機器のスイッチを入れながら答える。

 

「その点は心配ないさ。この宇宙飛行機は有害な宇宙線を防ぐハイライトバリア、常に地上と同じ一気圧を保つ与圧装置、万が一の時の為の生命維持装置、ついでに航行上にある障害物を探知・破壊も可能な防衛機構も兼ねている移動要塞なのさ。だから宇宙服なんていらないよ」

「なるほどね。その辺の対策もバッチリってわけか」

「そういう事! それじゃ発進するよ~」

 

 にとりが操縦桿を取ると、宇宙飛行機はゆっくりと前に進んでいく。

 

「今から発進しまーす! 巻き込まれないよう気を付けて~」

 

 外部にスピーカーで呼びかけると、話し込んでいた様子の慧音と輝夜は進路上から少し離れて遠くに移動していった。

 

「にとり、時間移動するタイミングなんだが、この宇宙飛行機が発射された直後でも良いか?」

 

 今この瞬間で過去に戻ると、その時代の私達にバレてしまう可能性があるので、余計な諍いを起こさない為にも幻想郷を飛び立ってからが望ましい。

 しかし、かといって月に到着してから時間移動すると、月人達の視点から考えてみれば何の前触れもなくロケットが出現することになり、彼らに怪しまれて交渉に失敗するかもしれない。

 なので地球から月に飛び立ったという事実が必要だ。

 それにもし万が一時間移動に失敗したとしても、この時代の地球内なら幻想郷に戻ることが出来るが、宇宙で失敗してしまった場合宇宙空間に放り出されてしまう可能性がある。そうなってしまったらもう終わりだ。

 ちなみに月や宇宙で時間移動が出来るかどうかについてだが、月でも普通に魔法が使えたことを踏まえると、タイムジャンプ魔法の原理的にも使用できると私は考えている。

 

「オッケー好きなタイミングでやっちゃって! あ、でも発着陸の瞬間は危ないからやめておいた方がいいかも」

 

 やがて薄暗い格納庫から完全に出て陽の光を浴びた頃、にとりはコックピットにあるボタンを押した。

 

「反重力装置起動!」

 

 すると周囲に透明な膜のようなものが発生。軽い歪みが生じて、地面と並行のまま風船のようにふわふわと浮かび上がっていく。それになんだか体中が軽くなり、なんというかふんわりとした感覚になっていた。

 

「この装置を起動させることで、発進する時に掛かる強烈な【G】(加速度)を打ち消すのさ。正直この装置を造るのが一番大変だったよ」

 

 にとりの誇らしげな言葉を聞き流しながら地上を見てみれば、私達に向かって手を振っている慧音と輝夜の姿があり、私も手を振り返した。 

 そして大体100mくらいまで浮かび上がった頃、機体が徐々に傾いて行き、完全に斜めになった所で静止。

 

「さあ、宇宙へ向かって発進!」

 

 にとりが思いっきりレバーを倒すと、ヘッドセットをしてても聞こえてくるくらい大きな、ドカンという爆発音と同時に空に向かって発進していった。

 その速度はとてつもなく速く、グングンと速度を上げていき、ものの数秒で雲の上を越えて行ってしまっており、にとりの背中から速度計を覗いてみると5000km/hと表示されていた。

 

「時速5000km!?」

「地球の衛星軌道上に出るには最低でも約7.9km/s、そこから地球の重力圏を脱出するには約11.2 km/s必要だからね。まだまだ速くなるよ?」

 

 え~と秒速ということは時速に換算すると……前者は約28,400km、後者は約40,300kmか。なんというか途方もなさすぎて現実味がない数字だな。

 

「というか魔理沙、後一分もしないで大気圏に出ちゃうけど時間移動しなくていいのかい?」

 

 その言葉通り、速度計には30000㎞/hと表示されていた。

 

「うわっ、ならもうこのタイミングしかないな。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年7月30日午前8時!」



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第61話 時間の謎

高評価ありがとうございます。
嬉しいです。



 タイムジャンプを宣言した直後、先程までの明るい青空から一転し、とても真っ暗な空間に出ていた。

 

「なんだ? もう宇宙に出たのか?」

「いや、それにしては星も見えないしなんか変だよ。こんなに時計が沢山浮かんでいるなんて」

 

 不安そうに喋るにとりの言葉通り、この空間の中には様々な形をした無数の時計が漂っており、そのどれもが統一性もなく滅茶苦茶な時間を指していた。

 

「しかもこの地面に敷かれた白い線はなんだ? 規則性があるようでかなりめちゃめちゃじゃないか」

 

 妹紅の言葉を聞いて地上を見てみると、黒く塗りつぶされた大地には真っ直ぐに引かれた白線が縦横無尽に書きなぐられており、その果ては見えない。

 二人はこの状況に困惑しているみたいだったけど、私にはこの場所に見覚えがあった。

 

(ここはいつかの……)

 

 一番最初に215X年から200X年に戻り、霊夢の過去を変えて再び215X年に跳んだ際に垣間見た謎の空間。こうして私の前に再び現れた事で、あれが夢ではなかったのだと改めて認識した。

 

(あの時はどうやって出たんだっけかな……)

 

 途中で意識を失ってしまった為、その後がどうしても思い出すことが出来ない。

 

「あー! よく見たらエンジンや計器も全部止まってる! どうなってるの!?」

 

 にとりは悲鳴にも近い叫びを上げながら、ボタンを色々と押し、宇宙飛行機を動かそうと努力していた。

 

「魔理沙は何か分からないのか? タイムジャンプしてからこんなことになってるんだぞ?」

「…………」

 

 若干の非難を含む声色で私に訊ねてくる妹紅に何も答えることができず、顔を窓側の方へと背けてしまう。私だって、今何が起きているのかさっぱり分からないので答えようがないし。

 と、その時、視界の隅にキラリと輝く一抹の光が見えた。

 

「にとり、ちょっとハッチを開けてくれるか?」

「え? どうして――」

「いいから頼むよ!」

「わ、分かったよ」

「どこへ行くんだよ魔理沙!?」

 

 妹紅の言葉を背に私はヘッドセットを脱ぎ捨ててコックピットを飛び出し、ゆっくりと開いていくハッチが完全に開ききるのも待たずに外へと飛び出した。

 暖かくも寒くもなく、そして疲労感すらも全く感じず自らの足音だけが響き渡る奇妙な空間の中を、コックピット内から見えたほんの僅かな光目がけて走って行く。

 やがて宇宙飛行機の機体が豆粒のように小さくなるくらいまで駆けた頃、その光の元へとようやくたどり着いた。

 

「これは……!」

 

 光の正体、それは私の腰くらいの位置に浮かんでいる懐中時計だった。

 外縁は金色に施され、文字盤には巧みな意匠が施されており、手に取ってみれば超自然的な力強い脈動を感じ、これは只の時計ではないとすぐに理解した。

 そしてこの時計は長針、短針、秒針共にⅫの部分を指しており、カチ、カチ、カチと針を刻む音がするものの秒針は全く動いていなかった。

 

(針の止まった時計か……、いや、これは針が〝動けない″時計なのか?)

 

 針が刻む音は確かに聞こえてくるのに、まるで何かに阻まれているかのように秒針が進もうとしない。これは一体何を暗示しているのか。 

 

(今までこんなことは起こらなかった。最初に時間移動をした時もこんな場所に連れてこられはしたけど、結果的にみれば時間移動そのものは成功していた……)

 

 あの時との違いは何だろうか? それはもはや考えるまでもない。

 

(……もしかして、超高速で移動中にタイムジャンプしたからこんなことになってしまったのか? それとも宇宙に出ようとする瞬間に跳んだからこうなったのか?)

 

 まだ原因を断定出来るわけではないが、一番の違いはこれらにある。ならば私はどうすれば良いのだろう。

 

(たぶんだけど、この時計はこの空間の象徴的な存在なんだ。その針が動かないのなら時間移動はいつまで経っても終わらない――かもしれないな)

 

 この懐中時計に何かヒントがある、と判断した私はより詳しく調べてみる。

 ところがその最中どこか変な場所を押してしまったのか、懐中時計の裏蓋が僅かにズレてしまい、その隙間から中の歯車が剥き出しになってしまった。

 

「や、やばっ」

 

 慌てて戻そうとするものの、無理矢理にでも力を強く込めれば簡単に曲がってしまいそうなので、うまく元通りに嵌める事が出来ない。

 そんな風に時計と格闘する事おおよそ5分、私はもう開き直る事にした。

 

(……もういいや。思い切って開けちゃえ!)

 

 捻じ曲げたりしないように力を加減しながら、そっと裏蓋を開けていく。

 

「わぁ……!」

 

 片手に収まる程のサイズに所狭しと積みこまれた大小様々な歯車は、錆一つなく銀色に輝いていて、その一品一品が見事に噛み合った惚れ惚れするような美しい細工となっている。まさに小さな芸術が広がっていた。

 

「綺麗だなぁ~」

 

 時計にあまり詳しくない私でも、このきめ細かに施された歯車細工には、思わず感嘆の息を漏らさずを得なかった。

 そうしてうっとりとしながら眺めていると、裏蓋の後ろ側、外からは見えない裏側部分に何かが刺さっているのに気づいた。

 

「なんだこれ?」

 

 引き抜いて手の平に転がしてみると、それは人差し指の先端から第一関節までの長さの小さな金属棒だった。

 

「んー?」

 

 時計のパーツってことは分かるが、何に使うのかがさっぱり謎だ。

 私は歯車が完全に剝き出し状態となっている懐中時計の内部をじっくりと観察していくと、ちょうどこの小さな金属棒が刺さりそうな小さな丸穴を発見した。

 試しにその丸い穴の入り口付近にそっと金属棒を合わせて見ると、ピッタリと重なり、そのまま丸穴の奥深くへと押し込むことが出来そうな感じだ。

 

(よし、それならこのまま押し込んでみるか)

 

 時計の内部を傷つけないように慎重に押し込んでいくと、カチっという音と共にガッチリと嵌り、引っ張っても取れそうにないくらいによく噛み合った。

 

「これで正解なのか?」

 

 そう問いかけても答えは返ってこなかった。

 でも多分、この懐中時計の構造的にこうするのが正しいと思う。

 やがて懐中時計から発せられる超自然的な力がより強くなり、針の刻む音が少し大きくなったように感じる。

 

(もしかして時計が動き始めたのかな?)

 

 すぐにひっくり返して文字盤を見てみるも、その予想に反して秒針は全く動いていなかった。

 

「なーんかあとちょっと何かやれば動きそうな気配があるんだけどなぁ。…………待てよ?」

 

(確かこういう古い時計はねじを回すことで動くって聞いたことがあるぞ)

 

 実際に在りし日の咲夜も、能力を使う際に懐中時計の上部分に付いている竜頭を押し込むことで時計を動かしたり止めたりしていた。

 でもこの懐中時計に付いている竜頭はとても硬くて、押したり回したり出来ない。ならば、もしかしたらついさっき刺した金属棒がねじになっているのかもしれない。

 私は他の歯車に触らないように神経を尖らせながら、丸穴から数cm程度飛び出している金属棒をつまんだ。

 

「ほっ」

 

 無事成功した事に対して、時計に吹きかけないように安堵の息を吐きながら、私は次の動作に入る。

 

(さて、問題はここからなんだよな)

 

 一般的には時計回りにねじを動かすことで正常に時計が動作する。

 しかしこの空間内ではそんな常識は通用しない。何故なら私は今過去に戻ろうとしているのだ。

 今まで針が前に進もうとしているのに進めなかったことを考えると、この場合は逆に回すのが正解だろう。

 私はねじを掴む右手の親指と人差し指を反時計回りに一回転ゆっくりと捻ると、懐中時計がブルブルと震え出した。

 

「うわっ!」

 

 思わず手放してしまったが、その懐中時計は地面に落ちる事無く宙に浮かび続け、重々しい音を立てながら裏蓋が締まり此方に半回転した。

 文字盤のⅫを指す長針・短針・秒針は小刻みに震え、一際大きな鐘の音と同時に、オーラのような不可思議な〝何か″が私目がけて発せられる。

 

「っ!」

 

 身の危険を感じ咄嗟に自分の腕を交差させるように顔を防いだが、そんなのお構いなしにオーラが全身を包み込む。

 一瞬目が眩んだが、すぐにそのオーラは収まって私の体の中へと入って行った。

 

「い、いったいなんなの……?」

 

 その困惑をよそに、目の前の懐中時計は〝反時計回りに″動き始めていく。それに呼応するかのように、この空間に浮かび上がっている無数の時計達も針を刻み始めていった。

 もちろん、それらの時計全ても〝反時計回り″に。

 

「成功……したのか?」

 

 唖然としたまま呟く間にも、目の前の懐中時計は反時計回りに針を刻んでいき、その速度は次第に早くなっていった。

 

「! 戻らなきゃ!」

 

 第六感的な直感を感じ取った私は、急いで宇宙飛行機へと駆けていく。

 その間にも時計の針の音はどんどんと大きくなっていき、耳鳴りのように脳内に直接響き渡っていく。

 後ろを振り返ってみれば、先程まで私が居た場所は真の暗闇になっており、もはや後戻りはできない。

 

「げげっ」

 

 逃げるように宇宙飛行機内に飛び込んだ私は、急いでコックピットに駆けていく。

 

「魔理沙! どこ行ってたんだよ?」

「というか何かしたの? なんか雰囲気がさっきとぜんぜん違うんだけど」

「説明は後だ! にとり、今すぐ発進してくれ!」

 

 困惑している様子の彼女達の言葉を遮りにとりに催促する。

 

「でもこの機体何故か全然反応しないんだよ。もうどうしたらいいのか」

「大丈夫、今ならちゃんと動く筈だ。早くしないとこの空間の崩壊に巻き込まれる!」

「崩壊!?」

「わ、分かったよ!」

 

 にとりがコックピット内のボタンやスイッチを素早く押して行くと、直後、爆音が響き渡ると共に機体が振動を始めていった。

 

「――あれ!? エンジンが動くようになってる!」

「驚いている暇はないぞ! とにかく真っ直ぐ突っ切ってくれ。きっとこの先が出口になってる!」

 

 私はヘッドセットを被りながらにとりに指示を飛ばす。確証は無かったが、確信に近い予感があった。

 

「オーケー! 全速発進!」

 

 サムズアップしたにとりは、レバーを思いっきり引く。直後、体奥に響くような地響きの音と共に肉体に強烈な負荷がかかる。

 

「ぐうっ……!」

 

 後ろからメーターを覗いてみれば6000km/hと表示されており、窓の外の景色は全て線上になっていた。

 

「きっつ……」

 

 思わずそう漏らすと、にとりは苦笑しながら「反重力装置を起動していてもやっぱり来るねぇ」と言っていた。

 

「それで一体何があったんだよ?」

「実はな――」

 

 私は先程の出来事を説明した。

 

「そんなことがあったんだ」

「ああ。私もこんなことになるとは思わなかったんだ。心配かけてすまなかった」

「別に怒っていないよ。魔理沙が分からなかったんじゃ、しょうがないし」

「それにしても針が止まった懐中時計ねぇ……。この空間といい、時間移動って不思議なことばっかり起こるんだね」

「全くだな」

 

 にとりの言葉に同意する。本当に奥が深いと言うか、謎が多すぎて自分はまだまだ未熟なんだなと強く感じさせる。

 

「んー? なんかだんだんと周囲の〝闇″が明るくなってきてない?」

 

 不思議そうに呟くにとり。一瞬矛盾しているように感じる言葉だが、確かに少しずつ暗闇の明度が高くなっていっているような気がする。

 そしてしばらく進んでいくと、周囲の闇よりほんの少し明るい闇の渦が目の前に現れた。

 

「きっとあれが出口かな。よ~し、飛び込むよ!」

 

 私達はその闇の渦の中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 ――――――side out――――――――

 

 

 

 霧雨魔理沙達を乗せた宇宙飛行機が時空の渦へ飛び込んだ後、宙に浮かぶ時計達の針は次第に遅くなっていき、やがて完全に静止した。

 もちろん霧雨魔理沙が弄りまわしていた〝懐中時計″も例外ではなく、その役目を終えたかのようにゆっくりと減速していき、この世界に再び静寂が訪れた。

 それが永遠に続くかと思われた中、一寸先も見通せない闇の奥深くからハイヒールの足音が聞こえ、その足音の主は懐中時計のすぐ近くで立ち止まった。

 

「フフ」

 

 その人物は愛おしさを感じさせる手つきで既に止まっている懐中時計を手に取ると、それを優しく撫でていた。

 

「数多に存在する〝偽物″の中からたった一つの〝本物″を見抜き、なおもこの時計の仕掛けを理解し正しく駆動させるなんて、素晴らしいお手並みだったわ」

 

〝彼女″は銀髪蒼眼が印象に残る美麗な容姿で、この闇の中でも一際目立つ純白のドレスを纏い、気品さを感じさせる声色していた。

 

「有史以後から時の最果てに至るまで、時間の法則を解き明かした人間は数あれど、その誰もが時の試練に失敗し永遠に時の回廊から抜け出すことはなかった――」

「その理を覆しただけでも素晴らしいことなのに、時の力(私の力)を浴びても平然としているなんてね。あの子は私の見込み以上の逸材かもしれないわ」

 

 霧雨魔理沙を褒め称えている彼女は、心の底から喜んでいた。

 

「魔理沙。時の試練を乗り越えた貴女ならこの私に拝謁する資格があるわ。いずれまたこの場所で会いましょう。その時は盛大にお出迎えしなきゃね。フフフフフ」

 

 誰にともなくそう語った彼女は再び闇の中へと消えていき、時の回廊は再度静寂に包まれた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――



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第62話 宇宙空間

高評価ありがとうございます。




 西暦200X年7月30日――

 

 

 side ――――魔理沙――――――

 

 

 

 闇の渦から飛び出した先は、またもや真っ暗な空間だった。

 

「ん? なんだよ、全然景色が変わってないじゃんか」

「何言ってんのさ。ここ宇宙だよ! ほら、窓の外をよく見てみて!」

 

 興奮を抑えきれないにとりの言葉に従うと、果てしない暗闇の中に無数の星々が燦然と輝き、先程までいた場所とは明らかに違う光景が広がっていた。

 さらにコックピット内の後ろ側、両サイド一杯に他の星々よりも一際美しい巨大な星が見えていて、青色に輝くそれは間違いなく私達の住む惑星――地球だ。

 

「うわぁ~すっごく綺麗だなぁ……!」

 

 地球は半分以上が海に覆われ、北西から南に掛けて緑と茶色が混ざった巨大な大陸が広がり、表面のあちこちには雲が広がっている。

 それはもう目を奪われるような美しさで、言葉では表現し尽くせない絶景が広がっていた。

 

「これが地球か~スッゴイなぁ~、あれが日本かな?」

 

 妹紅が指さす先には、渺々たる大海に面する飛びぬけて大きな緑色の大陸――ユーラシア大陸の東端、海に囲まれている細長い弓のような形をした島が浮かぶ。あの特徴的な形は間違いなく私達の故郷、日本だ。

 

「地図で見たのと全く同じ形をしてるんだな~」

 

 私はそんな当たり前のことをつぶやいていた。

 

「うんうん。もうこの景色を見る事が出来ただけでも宇宙に来たかいがあったね!」

 

 にとりも目に見えて興奮した様子で周囲の景色を眺めていた。

 そして私は日本の南東側に広がる大海――太平洋上に目線を移した時、ふと気になる物を発見した。

 

 

 

「ん? あれなんだろ?」

 

 それはこの宇宙飛行機から遥か遠く、トンボの羽のように沢山のパネルが付いた巨大な人工建造物が地球の軌道上を飛んでいた。

 近くには、羽に〝endeavor″と記された私達の乗る宇宙飛行機に似た形の乗り物がくっついている。

 更に宇宙空間には、巨大な人工建造物から伸びた沢山のパイプに繋がれた状態で浮かぶ一人の人間がいて、つま先から頭のてっぺんまで隙間なく完全に防護された白い服を着用している。背中の平たい箱や、ガラスが嵌め込まれたヘルメットはとても重そうだ。

 

「あれって多分外の世界の人間だよね」

「ちょっとズームしてみよっか」

 

 にとりがそう言うと、頭上にあるモニターにその巨大な人工建造物がくっきりと映しだされる。もちろん宇宙空間にいる人の顔も鮮明に表示されていて、30~40代くらいの男性のようだ。

 

「見た感じ日本人じゃなくて白人っぽいね、宇宙服の肩に星条旗が付いてるしアメリカの人間じゃないかな」

「へえ~そうなのか」

「この時代にはもう宇宙に人が出てたんだなぁ。私の暮らしていた頃なんか、宇宙の話なんか一切出てこなかったのに」

 

 しみじみと呟く妹紅の言葉を聞いた時、私の脳内にテラフォーミング計画の内容が思い浮かぶ。

 

「もしかしてあれって宇宙ステーションじゃないか? ほら、紫の話だと21世紀初頭の外の世界の人間達は宇宙に積極的に出ていたらしいし」

「あ~言われてみればそれっぽいな」

「だとすると時間移動はちゃんと成功したのかな」

 

 自然と口をついて出た疑問に答えてくれたのはにとりだった。

 

「地球の衛星軌道上を飛んでいる人工衛星から今電波を拾ったんだけどね、現在時刻は西暦200X年7月30日午前8時25分って表示されているよ!」

「お~なんだかんだで成功したのか! 良かった、良かった」

 

 いつもなら成功している感覚というか手応えがあるんだけど、あの変な空間に飛ばされてしまったから自信がなかった。

 なのでにとりの言葉と、215X年にはもう無くなってしまっているであろう宇宙ステーションの存在によって、時間移動の成功が保証されたのは本当に嬉しい。

 結局あの謎の空間についての疑問は解けなかったけど、終わり良ければすべて良しということで納得しよう――。

 そう思っていたのだが、妹紅は私と違って納得していないみたいでこんなことを口にする。

 

「なあ疑問なんだがさ、その時刻ってのは何を基準としてるんだ?」

「え? 時刻は時刻だろ? それ以外に何があるっていうんだよ」

「外の世界――じゃなくて地球では時差ってのがあってさ、場所によって時刻が違うんだよ。幻想郷が昼だとしたら、幻想郷から見た地球の裏側にある国は夜になってるんだ」

「へぇ~それは知らなかった」

「だからさ、今にとりが言った時刻ってのはどこの国の時刻なんだ? 今私達は幻想郷じゃなくて宇宙にいるじゃん? それによって大分変わって来るだろ」

「……確かに」

 

 妹紅に指摘されるまで宇宙の時間なんて考えたことすらなかった。

 恐らくあの謎の空間から脱出する時に、時間転移する時の空間座標がずれてしまったのだろうと思うが……。

 私のタイムジャンプは、過去も未来も全く同じ場所に出てくるようになっているので、今回のようなケースは完全に想定外だ。

 

「えっとね~、人工衛星からの情報だとUTC――協定世界時によるものみたいだよ。宇宙の時間=この時間と置き換えて間違いないみたい」

「協定世界時ってなんだよ?」

「外の世界で、〝時刻″の基準となっている時間の事だよ。イギリスのロンドンを基準として世界中の国々の時間が定められているんだ」

「ん? ってことはもしかして協定世界時=日本時間じゃないのか?」

「そうそう。日本時間の方が9時間進んでいることになるから、幻想郷は今200X年7月30日午後5時27分ってことになるな」

 

 妹紅はにとりの傍にあるモニターに表示されている【AD200X/7/30 8:27:32 UTC】という数字を見ながら、私の疑問に答えていた。

 私は215X年の幻想郷から跳ぶ時、確かに200X年7月30日午前8時と指定した。

 勿論その時は時差なんてものを考慮してはいなかったし、その存在すら今知ったくらい。なのに指定した時刻にきちんと時間移動が出来た。

 

「ってことはさ、私の時間移動は、時間移動中に遠く離れた場所へワープしても、跳んだ先の土地の時間に自動的に変換されることになるぞ! これは新発見だ!」

 

 全くの偶然だけれど、新たな法則を発見出来たことに私は喜んでいた時、コックピット内の下方にあるランプが緑色に点滅している事に気づいた。

 

「にとり、なんかそこ光ってないか?」

 

 私はコックピットに付いているランプが緑色に光っている事に気づく。

 

「あ、本当だ。なになに……、これ通信の合図だね。発信元は――あそこに浮かんでいる宇宙ステーションからみたい」

「宇宙ステーションから?」

 

 何気なく頭上のモニターを見てみると、先程の宇宙服の男性がこちらに向かって人当たりの良い笑顔で手を振っていた。

 

「どうしよっか?」

「いや、ここは応答しない方がいいだろう。私達は未来から来たんだ。あまり外の世界に影響を与えたくない」

「分かった。それじゃ切っておくね」

 

 にとりはそう言ってボタンを操作すると、緑色のランプは消えた。

 そして頭上のモニターも電源が落ちて真っ暗になり、ゆっくりと飛行していた宇宙飛行機は再び動き出した。

 

「ここから先は自動運転に切り替えるから、好きに歩き回ってもいいよ。月に到着するのは午後8時を予定してるよ!」

「約12時間かぁ。結構長いなあ~」

「私が乗った時なんか二週間近く掛かったんだから大分早い方だぜ? まあのんびり行こうじゃないか」

「それもそうだね。よーし、んじゃちょっと歩いてこよっかな」

 

 そう言って部屋の外に出ようとした妹紅に対して、にとりが口を開いた。

 

「コックピットから出る際に何個か注意点。こことキッチン・トイレを除いてオービタ内は基本的に無重力状態にしてあるから、移動する際は気を付けてね!」

「ああそっか。ここは宇宙だから重力がないんだよな」

 

 にとりに注意されて初めて気づいたように妹紅は口にしていた。

 まあこのコックピットは普通に地上と同じように重力が働いているので、うっかりと忘れてしまうのも分かる。

 

「あれ? でもなんでトイレは無重力じゃないんだ? キッチンは火とか使うから危ないのは何となくわかるけどさ」

 

 その疑問に、にとりは渋い顔をしながら答える。

 

「……無重力状態だとね、地球と違って液体は下に落ちずに球になって空気中に漂うんだよ。それだけでもう言いたいこと分かるよね?」

「うへえ、それはやばいな」

 

 その惨状を予測したのか妹紅は苦い顔をしていて、かくいう私も想像しただけでも気分が悪くなってきた。

 ちなみに私は魔法使いなので老廃物を体外に出す行為をする必要がなく、その全てが自動的に魔力として変換される。なので基本的にトイレへ行く必要はない。

 

「それとシャワーを使う時も、地上と違って小さな水の球が無数にばら撒かれるようにお湯が出るから、水の球が口にへばりついて窒息する――なんて事故も起こりえるから気を付けてね」

「へぇ~そんな事になるのか」

 

(無重力って面白いなぁ)

 

「思いつく限りで注意した方が良いところはそれくらいかな? それじゃしばらくは自由行動でいいよ~」

「オッケー」

 

 そうして妹紅はコックピットの扉を開けて、部屋の外へと一歩踏み出そうとしたが、踏み出した足は地面には付かずに身体ごとふわりと浮かんでいった。

 

「お、おおお?」

 

 妹紅は困惑したまま中空で一回転し、そのまま天井に正面からぶつかった。

 

「あたっ」

 

 なおも勢いが止まらず今度は床にぶつかりそうになったところで、妹紅は床に手を付きながらバク転の要領で、また天井に向かって浮かんでいった。

 そしてまた天井に衝突しそうになったところで、張り巡らされた緩衝材が付いたパイプを掴み、その勢いを止めた。

 

「これが無重力か~。面白いなぁ」

 

 妹紅はコウモリのように逆さに張り付きながら、子供のような笑顔を見せていた。

 

「魔理沙もそこで突っ立ってないでこっち来なよ! 面白いぞ!」

「どれどれ?」

 

 私もそれに従って前に一歩足を踏み入れたが、やっぱり普通に歩くことはできずにフワフワと浮かんでいった。

 

「ええっ!」

 

 上手く制御しようと手と足を動かしても思うようにいかず、方向転換するのも難しく。

 

「はははっ、なんだこれ! めっちゃ楽しい!」

「でしょでしょ!」

 

 しょっちゅう空を飛んでいる私だけど、自分の意思で浮くのではなく〝浮かされる″この感覚はなんだかとても新鮮だった。

 

「でも髪の毛がちょっとウザったいなぁ。」

 

 無重力なためか普段のように髪の毛が真っすぐ下に伸びず、扇子のようにブワ~っと広がって顔にかかってしまっていて、かくいう私も結構凄いことになってる。

 

「ちょうどヘアゴム余ってるけど使うか?」

「お、サンキュー」

 

 ポケットに入れてあったヘアゴムを妹紅に手渡し、ついでに自分も鬱陶しくならない程度に髪を縛り止めた後、しばらくの間無重力を楽しんでいった。

 




史実では宇宙ステーションの完成日時は2011年7月21日です。

本文中にある通り宇宙空間内は協定世界時、幻想郷・月の都は日本時間を基準とします。

本当は月の自転・公転周期は地球とは少し違い、およそ30日になるのですが、ややこしくなってしまうので地球と同じくグレゴリオ歴を採用し、365日・24時間とさせていただきます。
申し訳ありません。


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第63話 休息

 適当に遊んでいくうちに、無重力空間での動き方のコツを何となく掴みはじめた頃、妹紅は唐突に呟く。

 

「はあ~なんだか飽きてきたな」

「早っ!」

「よく考えてみたらさ、普通に空飛ぶことができるし無重力って言ってもあまり新鮮味がないんだよねぇ」

 

 天井に足を向けるようにプカプカと浮かんでいた妹紅は、そのまま綺麗に一回転して空中に浮かんだままその場で静止。先程までの無重力に引っ張られているような状態ではなく、完全に自分の意思でコントロールしているようだ。

 

「おいおい、宇宙なんて滅多に来れないんだからもっと楽しもうぜ?」

「でもさぁ――」

 

 そう言いかけた時、妹紅からぐうと腹の虫が鳴る音が聞こえた。

 

「!」

「はは、んじゃご飯でも食べに行くか」

「……うん」

 

 お腹を抑えながら少し恥ずかしそうにしている妹紅と一緒に、キッチンルームの手前まで平泳ぎのように移動していく。

 そして壁に備え付けられたボタンを押して扉を開き、そのまま中へ入ろうと指先が扉の境目を越えた所で、床に急激に引っ張られて叩きつけられる。

 

「!?」

 

 さらにその反動で、手の平が付いたまま体が宙に浮かびあがる。そして逆立ちのようにキッチンルームへ乗り越えた時、一気に加速して床に叩きつけられた。

 

「ぐふっ、ゴホッゴホッ」

 

 受け身を取ることも出来ず、もろに背中を強打してしまい、全身に鈍い痛みが駆け巡って息が苦しくなる。

 その惨状をキッチンルームの手前で目の当たりにしていた妹紅は、心配そうに口を開く。

 

「だ、大丈夫か? なんか倒立に失敗したみたいな感じになってるぞ?」

「な、なんとか。けれど――」

「?」

「身体が重くて起き上がれない……」

 

 今の私は、両腕が両耳に付き、スカートがめくれ上がったまま両足の内股がくっついた状態で床に倒れているのだが、体がまるで磁石のように張り付いてしまい、力を込めても腕や足を動かせないのだ。

 同時に強い倦怠感のようなものが私を襲い、気力がなくなっていくのをひしひしと感じていて、自分の体の異常に困惑していた。

 

(ちょっとにとりに聞いてみるか)

 

 私はヘッドセットのインカム越しに、コックピットにいるにとりに呼びかけた。

 

「にとり、キッチンルームってもしかして重力強くなってるのか?」

「この宇宙飛行機内で重力がある場所はどこも地上と同じになってるよ~、それがどうかしたの?」

「なんかキッチンルームに入ろうとしたら急に動けなくなったんだけど……」

「あ~それはたぶん、無重力に慣れちゃったせいで体がパニックになってるんじゃない? 宇宙にしばらくいると骨や筋肉の力が衰えるっていうし」

「そうなのか? しかしそれにしたってこれは本当にきついぞ」

「それは魔理沙が普段あまり運動してないからじゃないの?」

「うぐっ」

 

 確かに魔法使いになってからというものの、机に向かう日々がずっと続いていたので、人間だった頃のように精力的な活動はしてこなかった。図星を突かれた私は、反論の言葉もでない。

 

「しょ、しょうがない。こうなったら魔法を使うか」

 

 パチュリーのことを笑えないな、と思いながら私は飛行魔法を使って宙に浮き、地上と同じように床の上に足を伸ばす、いわゆる直立姿勢をとってから魔法を解除する。

 すると途端に足に大きな負荷がかかり、思わず倒れ込みそうになるところを踏ん張った。

 

「はあっはあっ」

 

 心臓が速いテンポで鼓動を刻み、手汗が滲み出る。

 

「普段から自分の体にはこんな強い力がかかっていたのか……」

 

 重力と無重力の差、そんな当たり前のことを改めて知った私だった。

 そんな一連の流れを、ぷかぷかと浮かんだまま眺めていた妹紅は「ここに入る時は着地に注意しないといけないっぽいね。よ~し、ここはかっこよく入ってみようかな」と呟き。

 

「それっ」

 

 私と同じように引き戸の向こう側に手を差し出すと、やはり重力に従って床に吸い寄せられていく。

 ところが妹紅は、私とは違いしっかりと腕を伸ばしながら床を蹴り飛ばし、その勢いのままキッチンルームに入っていく。逆立ち体勢から足先がキッチンの床に付いた瞬間、妹紅は強く蹴り上げ、くるっと一回転して綺麗に着地した。

 

「すごいな!」

「えへへ、ありがと」

 

 ものの見事なハンドスプリングを決めた妹紅に、私は自然と拍手をしていた。

 

「だけどこれ、地上と比べると結構体中がジンジンくるねぇ。なんだか自分の体じゃないみたいだ」

「だろ? かなりきついよな」

「重力のある部屋とない部屋を移動するときは飛行術を使った方が良さそうね。今みたいな移動は大変だし」

 

 そんなことを話しながら奥へと歩いていった。

 

 

 

 

 キッチンルーム内は目算でおおよそ10畳ほどの小さな間取りとなっていて、奥のキッチン以外は壁に固定された長椅子のみ置かれており、白く塗りつぶされた内装が清潔感を印象づける。

 キッチンの向かい側には、幾つかの扉が付いた金属製の棚が取り付けられていて、それぞれの棚に『食器』『調味料』といったメモ書きが貼られている。

 調理場へと向かってみると、一番目立つ場所にこんな張り紙が張ってあった。

 

『宇宙航行中に火を使った料理を作る時は、換気扇の下にあるボタンを必ず押して空気循環システムを稼働させてね! byにとり』

「換気扇の下のボタンってこれか?」

 

 妹紅の言葉で横を見れば、キッチンの隅の天井に設置された換気扇の壁横に青いボタンがあった。

 試しにそれを押してみると、ブオーンという音と共に換気扇が回り始め、肌ではっきりと感じ取れるくらいの気流が発生しはじめた。

 

「へぇ~こうなるのか」

 

 もう一度そのボタンを押すと、装置が止まってキッチンルーム内の風がピタリと止んだ。

 周りを見渡してみてもなんだか妙に機械的で、ガスコンロではなく、IHクッキングヒーターと記された機械的な調理用具が設置され、私の思い描くキッチンのイメージとはかけ離れた形をしていた。

 

「なんか普通のキッチンじゃないよなこれ。やっぱり宇宙だからか?」

「かもな。それよりまだ続きが書いてあるみたいだぞ」

『端っこのほうにある冷凍庫の中に食材と保存食がたーくさん入ってるから、お腹減ったらそれをどーぞ! ちなみに調味料はキッチンの向かいの棚の中に入ってるよ!』

 

 そのメモの通りに部屋の隅へと向かうと、壁にガッチリと固定された私の背丈以上の大きさの箱を発見する。

 

「これかな」

 

 正面に取り付けられたスイッチを押すと扉が自動的に開き、中からひんやりとした冷たい空気が流れ込む。

 冷凍庫の中には色とりどりの野菜や肉、パックに入ったゲル状の何か、キラリと艶が出た新鮮そうなきゅうりがその種類ごとに棚に分けられていた。

 ……きゅうりの数が妙に多いのは気のせいだろうか。

 

「お~結構たっぷり入ってんじゃん! これだけあれば1週間は暮らしていけそうだな」

「向かいの棚に調味料が入ってるって書いてあったな」

 

 続いて私が調味料の入った棚を覗いてみると、そこには砂糖・塩・酢・醤油・味噌といった一般的な家庭に置いてある調味料や、カレールーやスープの素なんかも一通り揃っていた。

 

「これらも全部にとりが揃えたのかな」

 

 宇宙飛行機の開発に加えてこういった食料などの調達もこなしている苦労を考えると、なんだかタダ乗りしてしまっているのが申し訳なく思えてくる。

 

(なんだかんだと深く聞かなかったけど、この辺の事情も後で聞いてみようかな)

 

「何食べようか?」

「せっかく宇宙に来てるんだし、ここでしか食べれないようなものを食べたいな」

「だとすると……これか?」

 

 妹紅が冷凍庫の奥から取り出したのは、パックに入ったゲル状の何か、で表面には『にとり特製宇宙食』と記されていた。

 

「宇宙食か~これどうやって食べるんだ?」

「『袋に入れたまま電子レンジで3分暖めれば出来上がり』と書いてあるな。電子レンジはどこだ?」

 

 キッチンの中をくまなく探し回ることおよそ5分、冷凍庫の隣の壁に埋め込まれていた電子レンジを発見し、表記されている通りに暖める。

 チープな電子音が鳴った後、食器棚から紙パックの皿と割り箸を取り出して盛り付け、長椅子に座ってから一口食べてみる。

 

「うん!?」

 

 グチャリという生々しい食感と共に、胡椒で味付けられた肉の味がして、あまり美味しいとは言えなかった。 

 ざっくりと言えばコンビーフのような味付けで、おかずに白米が欲しくなるところだけど、さっき探した時にはお米は見つからなかったので、この宇宙飛行機内にはないのだと思う。

 

「あ~これはアレだね。私が外の世界で良く食べてたやつだ。なんだかげんなりとしてくるなこれ」

「食事がまずいとテンション下がるなぁ……」

 

 二人で意気消沈としながらも、残すのはもったいないのでなんとか全部食べ切り、空腹を満たした。



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第64話 魔理沙の異変

警告タグに含まれる描写があります。
ご注意ください。



 あまり美味しくない食事を終えて、後片付けも済ませた後、『到着まで暇だから寝るわ』と言って妹紅は睡眠スペースに向かい、ベッドに寝転がってしまった。

 これは余談だが、無重力空間で寝る場合、ただ横になるだけでは体が浮かんでしまう為、ベッドに備え付けられたシートベルトに体を縛り固定させる必要がある。

 一人手持ち無沙汰になってしまった私は、少し考えた末にシャワーを浴びる事にした。

 よくよく考えてみたら、今朝は輝夜と慧音の訪問で目が覚め、それ以降も色々と飛び回っていたので身だしなみをしっかりと整える間も無かった。

 私はフワフワと浮かぶ体を器用に動かしながら、更衣室の前へと移動し、扉を開けて中に入る。

 更衣室の中は5畳ほどの小さな部屋で、扉の横にある巨大な全身鏡が目立つくらいで、ごく普通の部屋だ。

 扉を閉めて鍵をかけた後、鏡の足元に取り付けられた蓋つきの籠の中に、ずっと付けていたヘッドセットを収納した。

 地上にいた時はヘッドセットが手放せなかったけれど、今はその音もほとんど聞こえず、震えるような滑らかな音しか聞こえてこない。

 

「ふう」

 

 続いて着ている洋服を脱ごうと思い、襟に手をかけるが、いつものように床に足を付けて踏ん張ることが出来ないので、上手にスルッと脱ぐことができない。

 

「ん、脱ぎにくいな」

 

 少し悪戦苦闘しつつも何とか脱ぎ終わり下着姿になった私は、エプロンドレスを籠にしまおうと鏡の方を向いたところで、絶句した。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

 鏡に映る私の体には、エプロンドレスによって隠れていた部分――胸の谷間あたりから首元や肩、お腹に掛けて黒色の滑らかな曲線が円を描くように、まるで歯車のように凹凸を付けた模様となって素肌に刻まれていた。

 しかもその黒い模様は一筆書きのように全て繋がり、体の正面に留まらず背中にまで伸びているようなので、すぐに体を捻って鏡に背中を向ける。

 すると今度は、黒色の線が背中いっぱいに広がってローマ数字表記の時計の形を刻み込んでいて、あまりにも堂々とした、不気味さすら感じさせる模様にショックを受けてしまう。

 

「どどど、どうなってるんだ!?」

 

 これが壁画とか絵画に描かれた光景なら『少女の背中に描かれた時計が鑑賞者に強いメッセージ性を~』みたいな感想で終わってるところだけど、いざ現実として自分の身に起こってしまうともう、笑うことができない。

 私は急ぎ体を鏡の正面に向けた後、ブラとドロワーズも脱ぎ捨て素っ裸になってみたところ、この謎の黒い線はお腹で止まるどころか膝頭まで伸びていた。

 しかも、この黒い線は今もほんの少しずつ勢力を伸ばし続けているようで、私の体は徐々に徐々に侵食されているようだった。

 

「な、なんなのよこれぇ……なんで、こんな……うぅっ」

 

 私にはこんな自分の体をマーキングするような趣味はないし、もちろんその手の魔法も使った事すらない。

 今の状況に涙目になっていたが、そこで思考停止する訳にはいかない。

 

「……これはなにかの呪いなのか?」

 

 すぐさま自分の体にスキャンを掛けて調べてみたけれど、この模様の正体や効果について一切分からず、その間にも黒い線はどんどんと私の体を侵食していき、じわじわと恐怖心が私の心に芽生えていく。

 

「お、落ち着くんだ。私。まずこうなってしまった原因を考えてみよう」

 

 今まで散々タイムジャンプを繰り返してきた私だけれども、これまでこんな模様が浮かび上がるようなことはなかった筈。

 確か前回――西暦215X年9月18日の夜に自宅でシャワーを浴びた時は、自分の肌には特に異常はなかったと記憶している。

 そこから私の主観的には1日、たった1日しか経っていないのにこの有様だ。

 

(これはもう、原因として考えられるのは〝あの時計″しかないな……)

 

 宇宙飛行機で高速移動中にタイムジャンプしたことで迷い込んだ、時計ばかりが宙に浮かぶ真っ暗な空間。そこで見つけた、他の時計よりも不思議なオーラを放つ謎の懐中時計、そこから発せられた光が原因なのだろう。体に刻まれた時計模様からしても間違いない。

 

「うぅ、どうしたら良いんだろう?」

 

 現時点ではこの模様を刻まれたことによる害を感じていないが、これが全身に回った時にどうなるのかさっぱり分からない。

 それにいつまでもこんな姿でいるのは嫌だし、もし誰かにこの姿を見られたらまるで私が危ない人みたいに思われてしまう。かと言って下手に魔法を使ってしまうと、さらにこの状態が悪化するかもしれないので、迂闊に魔法を使う事も出来ない。

 

 さっきは動転していてその可能性に気づかずにサーチ魔法を使ってしまったけれど、なんともなくて良かった。と今更ながら思う。

 私は何度か正面や背中を鏡に向けながらこの模様を観察していく内に、ふとあることに気づく。

 

「よくよく見てみればこの模様、なんで一か所だけ空白になっているんだろう?」

 

 私の胸の上すらもおかまいなしに侵食してしまっているのだが、唯一胸の谷間にあるみぞおちの近く、つまり心臓の真上部分だけが侵食されずに綺麗に残されていた。

 

「てかこれ、よく見てみたら背中の時計から心臓に向かって線が伸びているような気がするな」

 

 またはその逆、心臓付近から伸びて行った黒い線が、私の背中に立派な時計を描いたようにも見える。

 どっちが正しいのかは分からないが、とにかくここがキーポイントになりそうだ。

 

「うーん、ここに何かあるのかな?」 

 

 少し悩んだ末に、私は自分の左手を、謎の模様がポッカリと開いた心臓付近に当てる。

 すると直後、体中に広がっていた線が一気に左手の中へと収束していき、そこから体内へと入りこんでいった。

 

「ぐうっ……!」

 

 異物が体の中に入っていく気持ち悪さもそうだが、一気に鼓動が跳ね上がって心臓付近に強い負荷がかかり、胸をえぐり取られるかのような激痛が生じて、思わず胸を強く抑え込んでしまう。

 それはもう、今まで体験した事のないような痛みで、自分の心臓が壊れてしまうのではないかと思えるような感覚が続き、自然と脂汗が流れ出てしまう。

 

「っ……く……あ……!」

 

 歯を食いしばりながら痛みで飛びそうになる意識を必死に堪え、その場にうずくまってひたすら治まるよう私は願い続けた。



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第65話 魔理沙の異変②

高評価ありがとうございます。
嬉しいです。




 それからどれだけ時間が経ったのだろうか。

 我慢していく内に胸の痛みが引いていき、私は顔をあげる。

 

「うぅ……治まったのか……?」

 

 握りしめていた左手をゆっくりと放して鏡を見ると、さっきまで体全体に浮かんでいた時計模様は綺麗さっぱり消えており、ペタペタと自分の素肌や胸を触ってみても特に何もなかった。

 

「ほっ、良かった~。一時はどうなることかと思ったぜ」

 

 そう安心するのも束の間、私はすぐに異変に気付く。

 

(痛みはなくなったけど、なんだかおかしい……)

 

 体の奥底から滾るような力を感じ、私の意識、というか精神のようなものが変わり、なにかスイッチのようなものが入った気がするのだ。

 形にできない感覚がなんなのかを探るため、自分の意識の奥底へと瞑想していくと、次第に思考が形と成っていき、その一部が数字として脳内に表面化していった。

 

(?)

 

 その数字は左から順番に『A.D.200X/07/30 11:21:49』と表示されており、こうしてじっとしてる間にも、コロンで区切られた右端の二桁の数字はどんどんとカウントアップされている。

 

(これは……もしかして西暦と日時を表しているのか?)

 

 A.D.というラテン文字に左端の4ケタの数字、スラッシュで区切られた2桁の数字2つが、まさに〝今日″を表しているので、これはきっと偶然ではないだろう。

 残りの数字の正確性について確かめたかったけれど、この部屋には時計がない。すぐさまヘッドセットを付けて、にとりに通信する。

 

「にとり、今ちょっと話せるか?」

「ふわぁ~なんだい?」

「今何時何分か分かるか?」

 

 現在、私の頭の中では『A.D.200X/07/30 11:23:05』と表示されているが、果たして。

 

「えっとね~今の時刻は午前11時23分だよ。月に着くにはまだまだ時間が掛かりそうだね~」

「! ありがとう、にとり」

 

 私はお礼を言ってヘッドセットを外す。

 にとりの言った時刻と、私の頭の中に浮かび上がる時間は、ぴったりと一致していた。

 

(間違いない。A.D.は西暦を表すラテン語Anno Dominiの略称で、他の数字は今の年月日と時刻を表しているんだ!) 

 

 原理はさっぱり不明だが、これもあの時計模様の力の影響なのかもしれない。

 

(ってことはだ。今が11時23分なら幻想郷の時間は……)

 

 9時間ズレているので計算しようとした瞬間、頭の中に浮かび上がる数字が変化し、『A.D.200X/07/30 20:24:01』となった。

 

(そんな、勝手に変化するなんて)

 

 すぐに現在時刻を強く念じると、『A.D.200X/07/30 11:24:15』と元に戻った。

 どうやらこの【頭の中の時計】は、私が望む時間へと勝手に切り替わってくれるらしい。

 便利だなぁ、と思う反面で、どんな原理で今の時間を表示しているのだろう? と考えると、何だか怖くなってしまった。

 

「ん、これは……?」

 

 続けて私は、鏡に映る自分の顔に何か違和感を覚え、顔を近づけた。

 

「……歯車?」

 

 左眼はなんともないのだけれど、右眼の虹彩部分に黒色の歯車の形をした模様が金瞳を囲むように浮かび上がっており、それは明らかに異質だった。

 すぐに片目ずつ交互に手で塞ぎながら周囲を見回したが、どちらの目で見ても同じ景色が見えるので、見え方が変わったってわけじゃなさそうだ。

 ならこの紋章のような模様は一体なんなんだろう?

 

(試しに、ちょっと意識を集中してみようかな)

 

 先ほどはイメージとして体の中心部分へ意識を集中させていたが、今度は右眼に向けて意識を集中させていく。

 すると、視界がだんだんとぼやけて真っ暗になっていき、目の前の鏡ではなく別の場所が映り始めた。

 

「ここは……どこなんだ?」

 

 そこは真っ暗で、どこが上か下かもわからない不思議な空間、白い塊のようなものが幾つか転がっているようだが、ぼんやりとしていてつかめない。

 

(もっと意識を集中させないと)

 

 やがてカメラのピントが合っていくように、光景が鮮明になったところでその場所の正体を掴んだ。

 

「これはっ……!」

 

 そこは数時間前に迷い込んだ多種多様の時計が浮かぶ謎の空間に非常によく似た場所で、地面には人間のモノと思われる骸骨が何個か転がっていた。

 

「ひぃっ!」

 

 怖くなってしまった私はすぐに普段と同じように意識を戻すと、ちゃんと自分の顔が映っていた。

 

「今のはいったい……」

 

 しかも右眼に浮かび上がっていた紋章のような模様はいつの間にか消えて、元の金瞳に戻っていた。

 

「???」

 

 立て続けに起きた謎が謎を呼ぶ展開に、私の頭の中はクエスチョンマークで一杯になっていた。

 他にも何かが変化したような気もするんだけど、あくまで〝気がする″だけなので、確実に〝そうだ″と断言できない。

 しばらくその場で考えこんでいたけれど、情報が少なすぎて結論が出なかった。

 

「……考えても仕方ない。まあとにかく収まってよかったということで、取り敢えずシャワー浴びようかな」

 

 いつまでも素っ裸でいると寒いし。

 まあそのうち何とかなるだろう――そんな風に気持ちを切り替え、入浴の準備を進めることにした。

 私は身に付けている髪留めを外して、籠に仕舞い、ついでに宙に浮かびっぱなしの下着も一緒に戻した。

 

「入浴道具はどこかな?」

 

 キッチンの設備を見る限りでは、それらも用意されている可能性が高いと思い、部屋の中をくまなく探し回る。

 

「おっこれかな?」

 

 やがてタオルや石鹸などの入浴に使う道具が足元の箱の中に入っていたのを見つけ、適当な量を取ってシャワー室の扉を開けた。



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第66話 休息②

多くの高評価ありがとうございます。
とてもうれしく思っています。


 白塗りの壁で囲まれたシャワー室の中は、大の字になって寝転がれる程度の広さとなっていて、浴槽はなくシャワーノズルだけが壁から伸びている。

 

「んじゃまず体を濡らそうかな」

 

 私はシャワーノズルを手に取って蛇口を回した。

 ノズルの先端から雨粒のように湯気が立つ水の塊が小さな球となって空気中に放出され、浴室内に漂いだす。

 その小さな水球に手を伸ばしてみると、人肌くらいのお湯が水玉のように肌に張り付いて離れなかった。

 

「お~これ面白いなぁ」

 

 地上と宇宙での水の流れの違いを新鮮に思いながら、私はいつものように体を洗っていった。

 特に髪が富士山のように上に向かって広がってしまい、頭を洗うのが少し大変だったけれど、それもまた面白い経験だったので対して苦にはならなかった。

 そして全身が石鹸の泡塗れになり、洗い流そうと思って蛇口をひねった所でふと、ある事に気づく。

 

「そういえばこれ、体を洗い流した後どうしたらいいんだ?」

 

 地上では頭からお湯をかければ自然と洗い流されるのだが、この場所は水が上から下へと流れ落ちないのではそうはいかない。

 何かヒントがないか室内を見回したところ、排水と書かれたボタンを発見。早速そのボタンを押すと、壁と床の一部分がパックリと開き、強烈な風によってお湯や泡が吸い込まれていく。

 私も危うくそこに吸い込まれそうになり、慌てて扉の取っ手を掴むアクシデントがあったものの、無事に排水が終わった。

 

「そうだ。良い事思いついた」

 

 私は再び人肌くらいのお湯を出し続けていき、やがて充分な量が貯まった所で蛇口を止める。その後手でかき集めて体全体がすっぽりと埋まりそうな湯球を創り出し、その中に入っていた。

 

「ふぅ~これは中々いいんじゃないか?」

 

 私の首から下がすっぽりとお湯の球に覆われ、さながらお風呂のように体全体がポカポカと温まり、しかも無重力なので、揺り籠のようにプカプカと浮かび上がる。

 これもまた、地球では絶対に味わえない心地よい感覚だ。

 次に私は最初に入った時から気になっていた事に、改めて注目を向ける。

 

「この窓って書かれたスイッチはなんだろうな?」

 

 それは入り口から左側の壁に埋め込まれているのだが、もちろんこのシャワー室には窓なんかない。

 

「ちょっと試しに押してみるか」

 

 すると、機械の作動する音と共に、スイッチのあった場所に顔がギリギリ入るくらいのガラス張りの小窓が出現し、そこからは満点の星空が見えた。

 

「うわ~綺麗だなぁ!」

 

 地上から見上げる星空と、至近距離で見る星空はまた違ったもので、星屑をばら撒いたような幻想的な光景は、思わずうっとりとしてしまうものだった。

 

「ふふ、これもちょっとした贅沢だな」

 

 私はしばらく外の景色を楽しんでいった。

 

 

 

「あ~気持ち良かった~」 

 

 おおよそ30分後、シャワー室から出た私は身も心もスッキリとした気分になっていた。

 お風呂は心の洗濯なんて言葉もあるが、今ならその気持ちが良く分かる。

 ちなみに入浴後の室内は、現在暴風のような風が吹き荒れており、中に入る事はできない。

 この工程は残った水分や湿気を吸い取るためで、宇宙飛行機内で水分を放置するのは禁忌に近く、面倒でも必ずしなければいけない事なのだそうで、ついさっきまで私は丹念に室内の水気をふき取る作業をしていた。

 その面倒くささを差し引いても、やっぱり無重力でのシャワーは良かったと思う。

 

「ふう~……」

 

 大きく息を吐きながら、私は使い終わったタオルをダストボックスに入れ、入浴道具を元の場所に仕舞う。

 それが終わった私は、再び全身鏡を見つめる。

 

「う~ん……いつも通り、だよなぁ」

 

 そこには見飽きた自分の裸が映るだけで、特に体に異常が出ているようには見られない。

 もちろん入浴中にも痛みや異変は起こらなかった。

 さっきの異変は一体何だったんだろうか?

 そんなわだかまりを抱いたまま、私は着替えていった。



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第67話 にとりの夢

評価ありがとうございます。


 着替えを終えて、いつものようにビシッと決めて更衣室を出た私は、にとりの様子を見るためにコックピットへと向かうことにした。

 その途中で睡眠スペースを通ったが、ベッドからは静かな寝息が聞こえるのみで何の反応もなく、熟睡しているようだった。

 やがてコックピット前の扉を開いた私は、先程の反省を踏まえ、魔法で自分の体を制御しながら綺麗に入室した。……妹紅のようにあんなアクロバティックな着地は私にはできないし。

 自動でドアが閉まると同時に、にとりが口を開いた。

 

「どうしたの~魔理沙? なんか石鹼の香りがするけど、もしかしてシャワー浴びてた?」

「ああ、まあな」

 

 にとりは椅子の背もたれを倒し、くつろいでいるようだった。

 

「この宇宙飛行機について幾つか質問があるんだけどさ、今時間あるか?」

 

 するとにとりは椅子の背もたれを起こし、「うんうん、いいよ! 何でも聞いてちょうだい!」と口にしたので、私はにとりの隣の座席に座った。

 

「じゃあまず一つ目の質問なんだけどさ、この宇宙飛行機は私が依頼したって言ってたけど、当時のことについて詳しく聞かせてくれないか?」

「ん? ってことはもしかして、今のあんたは私に依頼をしてきた魔理沙よりも昔の魔理沙なのかい?」

 

 私は頷く。

 

「ふ~んなるほどねぇ。な~んか話が噛み合わないと思ってたけど、そういう意味だったのかぁ。見た目は全く同じなのにねぇ」

 

 ジロジロと頭のてっぺんからつま先まで私の姿を見つめたのちに、彼女はさらに言葉を続けていく。

 

「当時のことを詳しくと言われてもねぇ、出発前に話した通り20年前――いや、この時間だと130年後か。213X年4月11日の昼過ぎに、魔理沙が私の家を訪ねて来て宇宙飛行機の制作を依頼してきた。ただそれだけのことだよ」

「こういっちゃなんだが、なんでその依頼を受けようと思ったんだ?」

「月の技術は幻想郷よりだいぶ進んでるって話を聞いていたから、一度行ってみたいと思っていたし、何より魔理沙が持って来た宇宙飛行機の設計図は、私の技術者魂に火を付けるくらい魅力的だったのさ」

「へぇ。その設計図がどこから手に入れたか、その私から聞いてないか?」

「い~や全然。そんな細かいことが気にならないくらいに私は設計図に夢中になっていたから、魔理沙がいつの間にかいなくなっていたことすら気が付かなかったよ」

 

(うーむ、入手経路は不明か……)

 

 にとりに設計図を渡した〝私″が、今の私の延長線上にある〝私″ならば、私もいずれ設計図を手に入れて213X年に戻ってにとりに依頼をしないといけないのだろう。

 現時点ではそんな伝手は全くないのだが、いずれ手に入る機会があるのだろうか?

 

「そこまで断言されると見てみたくなるなあ」

 

 ダメ元でそう呟いてみた所、驚くべき答えが返って来た。

 

「今は手元にないけど、地球に戻ったら見せてあげるよ」

「え、本当に!?」

「別に減るもんじゃないしね」

 

(これはチャンスかもしれないな)

 

 にとりを興奮させたというその設計図を見れば、何か手がかりが掴めるかもしれない。

 

「他には何か質問あるかい?」

「この宇宙飛行機を建造する時紫に手伝ってもらったって言ってたけど、その辺はどうやって?」

「まあ最初の一年は幻想郷でも集まる素材ばかりで造れていったんだけどね、どうしても手に入らない物があって悩んでいた時に、たまたま八雲紫さんに出会ってね、『最近幻想郷中を歩き回って沢山の物を集めているようだけど、何を企んでいるのかしら?』って聞かれたんだよ」 

「なんて答えたんだ?」

「『私は今ロケットを作っていてね、月の都に行って技術を盗んでみたい』って言ったらね、『あなたの持つ発明品を幾つか渡してくれれば、あなたが望む物を手に入れて差し上げましょう』と言って快く了承してくれたよ」

「紫がそんな簡単に……」

 

 私のイメージ的に紫はそう単純に協力とかしない印象があるのだが、どうやらそれは違ったみたいだった。

 

「今はまだ技術的な問題が山積みなんだけどね、いずれ超光速航行を実現させて、宇宙の果てまで行ってみたいなぁって思ってるんだよ」

「超光速航行?」

「光の速さを越えて移動することさ。この宇宙飛行機はマッハ100が限界だけど、光は秒速およそ30万キロ、マッハで言うとおよそ874030もの速度を出してるんだ」

「そんなに光って速いのかぁ、途方もないな」

「うん。でもそれだけじゃなくてね、この宇宙は誕生して138億年とも言われているんだ。つまり、光の速さで移動できたとしても果てに行くのに138億年掛かる計算になっちゃってね、それを解決できるのが超光速航行なんだよ!」

「へぇ、叶うと良いな」

 

 熱弁を振るうにとりには申し訳ないが、私はあまり科学について詳しくないし興味もないので、どうしても反応が淡白になってしまう。

 また同じ話をされても困るので、私は話題を変えることにした。

 

「ところで話変わるけどさ、キッチンにあった大量の食料や調理器具はどこから?」

「答えは簡単。無縁塚に流れ着いた外の世界の物を参考に私がリメイクしたのさ。食材とかも全部私が人里で買って用意したし、別に変なところはないよ?」

「それにしてはずいぶんと準備が良くないか?」

 

 にとりの主観から考えてみれば、昨日私と出会い、その翌日に私が訪ねてきたのだ。

 たった一日で水や食料その他諸々を用意する時間があったとは思えない。

 

「私の家ではね、私が造った電化製品テストも兼ねて常に沢山の実験を行っていてね。あの食材はその一環なんだ」

「実験? まさか変な物が入ってたりしてないよな?」

「とんでもない! あれはフリーズドライっていう、外の世界でも幅広く使われている冷凍技術を使って凍らせた食品なんだ。あの冷凍庫に入ってる食材は半年前に買った物ばかりだけど、事前にちゃんと試食して安全性に問題がないことを確かめてあるから大丈夫だよ」

「半年前!? は~すっごいなぁ」

 

 にとりの技術力の高さには驚かされてばかりだ。

 もしかしたら彼女の自宅は、小さな工場になっているのかもしれない。

 

「他には何かあるかい?」

「うん、まあ今気になっているのはこのくらいかな」

「分かったよ。――そうだ! あのさ、私ちょっとお腹減っちゃってさご飯食べたいんだ。少しの間ここにいてくれるかい?」  

「別に構わないけど私は素人だぜ? 操縦なんてできないぞ?」

「今はエンジンを切って慣性飛行してるから何もしなくてもいいよ。ただ、このコックピットの上に付いてるランプが赤色になったら私を呼んでくれればいいからさ」

「ああ、分かった」

「それじゃよろしくね~! さ、ご飯ご飯~♪」

 

 そう言ってにとりは、鼻歌を口ずさみながら扉の外へと出て行った。



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第68話 魔理沙は考える

2020 07/28 一部表現を改めました

2020 12/14 読みやすくするために地の分に空行を挿入しました


 ブルブルと機体の静かな振動だけが響くコックピットに一人残された私は、せっかくなのでこれからのことについて考えることにした。

 

(まず私がしなくてはいけないのは、月の民の説得なんだよな)

 

 少し今までのあらすじを簡単に振り返ってみようと思う。

 

 これまでの時間移動において、年数にばらつきはあるものの、西暦300X年の未来では必ず科学の力によって幻想郷は滅びて、外の世界と同化してしまっていた。

 

 紆余曲折の末に、その原因が月の民達による外の世界の人間達への宇宙開発の妨害なのではないか――と目を付けた私は、西暦215X年に逆戻りし、にとりと輝夜の協力を取り付け、妨害を行わないよう月の民へお願いするためにロケットに乗った。

 

(しかし、説得って言ってもどうやって行えばいいかな)

 

 そもそも月の民達が何を考えているのか分からないし、ここから数百年に渡って外の人間を地球に封じ込めるくらいだから、よほど強い意志があるのだと思う。

 交渉を優位に進めるこちらのカードといえば、未来の知識とその結末、そして〝紫が死ぬ間際に遺したメモリースティック″くらい。

 

 この手札で上手くいくのか甚だ不安だ。

 

(それにまた新たな謎も増えたんだよなあ)

 

 宇宙飛行機の高速飛行中に飛ばされた時計だらけの謎の空間、そして身体中に大きく刻まれ、すぐに胸の奥深くに消えていった時計の刻印。

 これらの謎について少し落ち着いて考えてみても良いかもしれない。

 

(とは言っても更衣室で起こったことについては結論が出なかったし、謎の空間について考察してみるか)

 

(あの空間に跳んでしまう理由として、時間移動が関係しているのは間違いないんだが……)

 

 実は私自身、タイムジャンプの原理について全て理解している訳ではない。

 

 これを誰かに話せば『それでよく今まで時間移動できたな』とか『そんな適当で時間移動出来てしまうのか』みたいなツッコミをされるかもしれないが、本当のことなのでしょうがない。

 

 タイムジャンプとは、私達が今いる三次元世界とは違う高次元の世界へ魔法陣を介して侵入し、その世界を経由して時を移動した後に、三次元世界の元の場所に戻ってくる仕組みとなっている。

 

 この世界において、時間とは川の流れのように、過去という名の上流から未来という名の下流へ常に一方向へしか流れない。私達が住む世界で川を遡ったり一気に川を下るには、膨大なエネルギーが必要となってしまう。

 

 ところが、研究中に偶然見つけ出した〝高次元の世界″は、何度か観測を重ねた結果、私達が抱く時間の既成概念に囚われず、時の流れが滅茶苦茶だということが分かった。

 

 さっきと同じ例えで表すなら、水が下流から上流に流れたり、何の前触れもなく波が発生したり、急にピタリと水の流れが止まるようなイメージで、この高次元の世界では、川を移動するのにさほど苦労する事もなく、過去や未来の往来が簡単にできてしまう。

 

 私のタイムジャンプ魔法とは、いわばこの〝高次元の世界″を安全に、そして進みたい方向へと舵取りできるようになる羅針盤のような魔法と言ってしまってもいい。

 

(これに則って考えてみると、私が何度か迷い込んでいるあの場所は高次元世界ってことになるんだが……)

 

 いまいち断言しきれないのは、その正体について解き明かしきれていないからだ。

 

 観測といっても、〝時の流れ″と〝高次元世界が在る″のが判っただけで、私達の住む世界の法則とかけ離れた未知の世界であることに変わりはない。

 

 便宜的に高次元の世界と名付けてはいるが、それすらも正しいのか不明で、いつから在るのか? 生き物は存在するのか? などまさに分からないことだらけだ。

 

 それに、あの時計だらけの空間が現れる時と現れない時の条件も、見当が付かない。

 

 普段タイムジャンプする時は、視界がグルグルと渦巻きのようにうねるだけで、そんな場所へと飛ぶことはないはずなのに。

 

 一度目は霊夢の自殺を防いで200X年から215X年へ戻った時、二度目は215X年から200X年へ、宇宙飛行機に乗って高速飛行中に時間遡航した時に迷い込んでいる。

 

 どちらとも200X年から215X年へと時間移動したタイミングで現れているので、この150年の間に何かあるのだろうか? 

 

 もしくは歴史が大きく変わる瞬間にあの高次元の世界が出現するのか。

 

 でもそう考えると後者の理由が説明つかなくなるな。

 

 まさか宇宙に飛び出たという理由で歴史が変わる訳でもないだろうし、仮にそうだとしても、何が変化したのか分からない。

 時間を移動する力を持っていても、全てを自由にコントロールできる訳ではないからだ。

 

「う~ん……」

 

 なにか取っ掛かりのようなものがあれば一気にすべて解決しそうな気もするが、今の私には何も思い浮かばず唸るばかり。

 偉そうに色々と考えてみたけれど、結局のところ分からない事だらけだ。

 

「お待たせ~」

 

 そんな風に考え込んでいると、食事を終えたにとりが戻って来た。

 コックピット内のデジタル時計を見ると、にとりが立ち去ってから30分も経過していた。こんなに考え込んでしまっていたのか。

 

「いや~ありがとね~魔理沙。おかげでお腹いっぱい食べれたよ」

 

 にとりから微かに野菜の匂いがするので、もしかしたら冷凍庫に入っていたあのきゅうりを食べたのだろうか。

 

「それは良かったな。ところで月まで後どれくらいで着くんだ?」

 

 宇宙は真っ暗なので実感はわきにくいが、今の時間は午後2時すぎくらいだ。

 

「ん~このペースだと後6時間くらいかなぁ」

「はーまだまだ長いな。私も寝てこようかな」

「うん、そうするといいよ。着きそうになったら起こしてあげるから」

「悪いな」

 

 私はコックピットを出て睡眠スペースへと移動し、妹紅の向かい側のベッドで仮眠をとることにした。

 



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第69話 side out 宇宙ステーションでは

感想欄でにとりの宇宙船を見た時の宇宙ステーションの人々の反応を知りたい というのがあったので書いてみました。



 ――side out――

 

 

 

 

 月に向かう宇宙飛行機内で、時間旅行者霧雨魔理沙がベッドで仮眠を取る事を決めた同時刻。

 場所はアメリカ合衆国テキサス州ヒューストンにあるジョンソン宇宙センター。

 ここではNASAの管制センターとして、アメリカ合衆国の全ての無人・有人宇宙飛行を統制・監視し、国際宇宙ステーション上で実施されるアメリカの様々な活動の指揮を執っている。

 そんな施設内部の奥深くにある、とある会議室。

 そこには2人の男が座り、彼らの視線は会議室の壁一杯に設置された巨大なスクリーンに写る、とある宇宙船に向けられていた。

 

「これが報告にあった、例の宇宙船かね?」

 

 正面に座る男に問いかけるスーツ姿の50代男性。

 スキンヘッドが目立つ彼の名はジョン・パウエル。アメリカ合衆国国防長官を務める元軍人だ。

 

「はい、間違いありません」

 

 畏まった態度で答える、同じくスーツ姿の40代のメガネ男。

 彼の名はラッツ・ウィルソン。とある高名な大学を卒業し、現在ジョンソン宇宙センターの行政官――最高責任者――を務めている。

 

「この国籍不明の宇宙船は宇宙時間本日午前8時ちょうどに、ISSからおよそ5㎞離れた場所に突如として出現しました」

「ふむ……」

 

 ラッツ・ウィルソンの説明を聞きながらジョン・パウエルは唸るように、スクリーンを見つめていた。

 スクリーンには、太平洋上高度400㎞付近、熱圏に宇宙飛行機が何もない場所から忽然と現れる瞬間が繰り返し映し出されていた。

 

「解せんな。何故この宇宙船は何もない場所から現れている?」

「それが我々にも分かっていません。出現地点の座標から推測するに、一番近い国は日本です。なので在日米軍に連絡をとってみたのですが、ここ最近種子島宇宙センターからロケットが発射された事実はないとのことです」

「ほう……」

「この宇宙船に向けて、ISSの外でミッションを行なっていたダニエル宇宙飛行士が手を振りましたが反応はありませんでした」

「では無人の宇宙船ということかね?」

「それが、ISS内のロシア人宇宙飛行士ユーズが通信を試みた所いきなり切断されてしまい、月の方角へと進んでいきました。中に誰か人が乗っているのはまず間違いないでしょう」

 

 ラッツは手に持っていたリモコンを操作し、映像のリピートモードを止めて通常再生させた。すると場面が飛び、宇宙飛行機が地球の外気圏近くで静止する映像へと切り替わる。

 そして画面の端にダニエル飛行士の手が映った直後、その宇宙飛行機のエンジンが火を噴き、月へ向かって高速飛行していった。

 

「これは――! なんということだ、信じられん」

 

 映像を見たジョン・パウエルは、現代の相対性理論では明らかに説明が出来ない挙動に驚愕していた。

 

「実際にISS内の宇宙飛行士たちも『まるでSF映画に出てくる宇宙船のようだ』と、興奮気味に語っておりました」

「他に何か情報はないのか?」

「映像分析によると、あのエンジンは少なくともマッハ80近くの出力が出るそうで、これは我が国――いえ、下手すればこの地球上に存在しうる有人飛行ロケットの性能を遥かに超えていると思われます」

 

『さらにですね』と補足し、ラッツ・ウィルソンは言葉を続ける。

 

「この宇宙船周囲の光がねじ曲がってみえることから、船内では完璧な重力制御がなされていると思われます。他にも未知のテクノロジーが散見されていまして、まさに現代のオーパーツと言っても良いでしょう」

「我が国ですら重力制御には手こずっているというのに、まさか日本はもう開発に成功しているというのか?」

「もしくは、【宇宙人】なんて可能性もありますけどね」

 

 冗談交じりに話したラッツ・ウィルソンを、ジョン・パウエルは咎めなかった。

 

「……否定は出来んな。アポロ計画の際、我が国は世界で初めて月面へ人を送り込む事に成功した。しかし、月の裏側の調査は何度試みても不可解な出来事が頻発し、足を踏み入れることができなかった……。私は月の裏側に宇宙人がいるのを否定できんよ」

 

『最も、これは公に話したら狂人扱いされるがな』とジョン・パウエルは付け加え、ラッツ・ウィルソンは苦笑していた。

 

「とにかくこの宇宙船の動向を注意深く見守る必要がありそうだな。今どの位置にいるのか把握できているのか?」

「それがですね、地球から5万km程離れた時点で、対象を見失ってしまいました」

「原因は?」

「不明です。現在NASAの総力をあげてこの宇宙船の行方を追っています」

「ウィルソンよ、この宇宙船に関する情報は最重要国家機密として扱う。マスコミの取材があっても上手く誤魔化すのだぞ」

「承知しました」

 

 その後も二人は情報交換を続け、話は4時間にも亘って続いていった。




※この話に出て来た人物はフィクションです。


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第70話 月面着陸

文字数少なかったので追加投稿


 ――side 魔理沙――

 

 

 

 

「もうそろそろ月に到着しそう! 二人ともコックピットに戻って来て!」

「うん……?」

 

 耳の奥まで響き渡るような拡声器の声で、私の意識は強制的に覚醒する。

 

「ふわぁ~あ、やっと到着か」

 

 向かいのベッドを見れば、大あくびをしながらベルトを外している妹紅の姿があり、彼女も今の拡声器で目が覚めたようだ。

 

「って魔理沙も寝てたのか」

「暇だったからなぁ。次月に行く事があったら暇つぶしできそうな道具を用意した方がいいかもしれん」

「はは、そうだな」

 

 そして私と妹紅は無重力の船内を泳ぐようにコックピットへ向かい、扉を開ける。

 

「おおっ!」

 

 いの一番に飛び込んできたのは、コックピットの窓一面に映り込む巨大な月の姿で、表面に空いたクレーターも肉眼でバッチリと捉えられる距離に私達はいるようだ。

 

「こうして間近で見るとでっかいなぁ」

「月は地球の4分の1程度の直径らしいからね。地球のみならず太陽系全体で見てもかなり大きい衛星なのさ」

「へぇ~」

 

 そんなうんちくを聞きながら、私と妹紅は座席に座ってシートベルトを着用した。もちろんヘッドセットも忘れない。

 

「皆席に着いたね? それじゃ今から着陸の準備にはいりま~す」

 

 表側の月周辺を滞空していた機体は動き出し、月の裏側へ回り込むように舵を取った。

 

「こっから見た感じだとただの岩しかないようにみえるがなぁ」

「でもなんだか、月からはエネルギーを感じるよ。これも月の羽衣の影響なのかもしれないね」

 

 窓から地表を覗き込む妹紅は不思議そうに呟く。

 確かに月の裏側もまた、表側と同様にボコボコとしたクレーターや岩だらけで、一見すると何もないように見える。

 だがそれは仮の姿であり、外の世界の人間達を欺くフェイクであることを私は知っている。

 

「このまま降りて行けばいずれ分かるさ」

 

 そしてにとりは操縦桿を動かしながら、徐々に速度を落としつつ高度を下げていくと、ある地点――具体的な高さは分からないが――で透明な何かが私の体を通り抜けていく感覚が生じた。

 その直後、眼下に見えていた無機質な荒野から一転してコバルトブルーの海が視界いっぱいに広がり、それは月の表側まで続いていた。

 もちろんこの〝海″とは比喩的表現ではなく言葉通りの意味であり、私も初めてここに来た時は驚いた記憶がある。

 

「海だっ!」

「わぁすごい、まさか月に海があるなんてなぁ」

 

 遠くには月独特の中華風の建物群が見えており、私達は間違いなく月の都がある結界の内側に侵入している。

 

「にとり、あの砂浜に着陸できそうか?」

「やってみるよ!」

 

 前回は着陸に失敗し、この海のど真ん中にロケットが沈んでいった苦い記憶があるので、にとりが無事に着陸してくれることを祈るばかりだ。

 

「滑走路がないみたいだから、垂直着陸を狙ってみるよ」

 

 そう言いながらにとりは砂浜上空まで宇宙飛行機を近づけた後、レバーを操作して旋回しながらゆっくりと速度を落としていく。

 重力フィールドの影響か、周囲の景色が蜃気楼のようにぼやけて霞んでおり、何となく体全体に負荷が掛かっているように感じる。

 やがてエンジンが完全に停止し、空中でピタリと止まった後、地面と平行になりながらゆっくりと高度を下げていき、静かに砂浜へと着陸した。

 

「ふう~……、着陸成功だね」

「あ~良かった」

 

 にとりは安堵したように大きく息を吐き、かくいう私も心の底からホッとしていた。

 

「いよいよ月面に降り立つのか。ちょっとテンション上がって来たな」

「ヌフフ、楽しみだなぁ」

「よし、外に出るか」

 

 私達は外に出ていった。

 

 

 

 ――西暦200X年7月31日 午前5時――

 

 

 

 空に広がる無限の星々の中心には一際存在感を放つ地球が煌々と輝き、海からはたゆらかなさざ波の音が聞こえ、海岸沿いに茂る木々には熟れた桃がなっていた。

 この海の名前は豊かな海という名前らしいのだが、その名に反して海中には魚一匹いないらしく、ここで釣りをしても何も釣れない。

 更に言うと今の私達は生身で月の大地に立っているが、特に体に異常はない。

 表側の月には大気が全くないのだけれど、どういう訳か結界の内側は酸素があって普通に呼吸ができるので、特別な装備は必要ないのだ。

 

「これが月から見た地球かぁ。おっきいなぁ~」

 

 妹紅はポケットに手を突っ込みながら夜空を見上げている。

 海上に浮かび上がる地球が水面に反射して合わせ鏡のように映り込み、ここでしか見れないファンタジックな風景が目の前に広がっている。

 私も思わずその風景に見惚れていると、にとりがこんなことを言いだした。

 

「それじゃここからは別行動で行こうか」

「別行動?」

 

 その言葉に私は振り向いた。

 

「私は今からあの都に忍び込んでくるから、あんたたちはあんたたちの用事を済ませて来なよ。また後でこの場所に集合ってことで!」

 そう言った直後、にとりの姿は徐々に消えていき、終いには完全に周囲の風景と同化してしまった。

 

「フフフ、この光学迷彩スーツがあれば恐れるに足らず! 今の気分は大泥棒♪ 待ってろよ~」

 

 小悪党のようなセリフを言い、月の都の方角へ、まっさらな砂浜に足跡が付けられていった。

 

(そう簡単に行くとは思えないが大丈夫かな……)

 

 にとりの作戦に一抹の不安を覚えたが、まあこっちはこっちでやることがあるのでいつまでも気にしていられない。

 

「それじゃ私達も行こうか?」

「そうだな」

 

 景色を眺めていた妹紅に声を掛け、私達も月の都へと歩き出して行った。



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第71話 月の都

 砂浜をしばらく歩き続け、ようやく都の入り口に辿り着いた時だった。

 何もない空間から私達を取り囲むように10人の玉兎が忽然と現れ、一斉に銃剣を構える。

 

「!」

「な、なんだ!?」

 

 私達が驚いていると、都の中から二人の少女が此方にゆっくりと歩いてきて、玉兎が道を開ける。

 

「あら、久しぶりね~元気だった?」

 

 帽子を被った長い金髪の少女が、旧知の友人に会った時のようにフレンドリーに話しかけて来たのに対し。

 

「侵入者は貴女達でしたか。見ない顔もいるようですが」

 

 その隣に立つポニーテールの少女は、険しい目つきで私を睨みつけている。

 

「久しぶりだな豊姫、依姫」

 

 歓迎されていない事をひしひしと感じながらも、それを受け流すように挨拶をした。

 

「今回は随分と立派なロケットで来たのね? 幻想郷にあんな乗り物があるとは思わなかったわ」

「貴女が造ったのですか?」

「いや、違う。優秀な技術者が経済的な支援を受けた結果誕生した努力の賜物だ」

「ふうん……」

 

 豊かな海の浜辺に着陸した宇宙飛行機は、ここからでも分かる程存在感がある。

 

「魔理沙、こいつらと知り合いなのか?」

「前回月に来た時にちょっと、な」

「私は綿月依姫です。主に月の都の防衛、地上の監視の任に就いています」

「同じく綿月豊姫よ」

「藤原妹紅だ。よろしくな」

 

 そう言って妹紅は手を差し出すが、彼女達はその手を握り返さず、厳しい視線を向けていた。

 

「ふーん。あなたが八意様の話にでてきた蓬莱人ね。地上に持ち出された禁忌の薬を飲んだとか」

「益々捨て置けませんね。月の都において蓬莱の薬を服用した者は大罪人として扱われます。何故ここに来たのですか」

「うっ、どうやら歓迎されていないようだな……」

 

 静かな怒りが込められた依姫の言葉に、伸ばされた手は自然と降ろされていき、気まずそうに俯いた。

 さらにその怒りの矛先は私の方にまで向けられる。

 

「魔理沙、貴女もです。以前あれほど痛めつけられたのにも関わらず懲りない人ですね。ここに何の用ですか? あの時の復讐に来たというのなら受けて立ちますよ」

 

 そう言って腰に下げた刀の柄に手を掛ける依姫に、私は「ま、待て。別に復讐しに来たわけじゃないんだ。武器は仕舞ってくれ」と慌てて止める。

 何せ彼女には普通の実力勝負はもちろん、弾幕ごっこすらまるで敵わなかったので、戦う展開になってしまうと非常にまずい。

 咲夜の時間を操る程度の能力でさえも打ち破られてしまったのだ、戦闘に向かないタイムジャンプ魔法では太刀打ちできないだろう。

 

「私はお前たちと話をしたくてここに来たんだ。少しでいいからさ、話を聞いてくれないか? な? な?」

「……ふむ、まあいいでしょう」

 

 両手を上げて戦意のないアピールをしながら訴えたのが効いたのか、依姫は態度を軟化させた。 

 

「それで話とは何です?」

「単刀直入に言うとな、私と妹紅は今から1000年後、西暦300X年の未来から来たんだ」

「あらあら、随分と愉快なジョークね。幻想郷の流行りなのかしら」

「……気でも触れましたか? 宜しければ腕利きの医者を紹介しますが」

「私を可哀想な人扱いするんじゃない!」

 

 先程までの厳しい視線から一転して痛ましい人扱いされたことに、声を荒げてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「その未来では幻想郷が滅びてしまってな、私はそれを変えるために月に来たんだ。決して嘘なんかじゃない、本当の話だ」

 

 そう話すと、彼女達は困り顔で顔を見合わせ、そしてこう言った。 

 

「……仮にそれが真実だとして何故月に来たのです? 私達と地上の問題は一切関係ないでしょう」

「これまでの経緯を話すと長くなるぜ? 聞いてくれるか?」

 

 私が依姫の目をじっと見つめ返すと、心意気が伝わったのか大きく息を吐き。

 

「……良いでしょう。私の自宅に案内します」

 

 そして依姫は周囲の玉兎達に「玉兎部隊は引き続き防衛の任に付きなさい」と指示を出すと、彼らは構えを解き、三々五々それぞれの仕事に戻っていった。

 

「それでは付いてきてください」

 

 その言葉に従い、私達は後をついていった。

 

 

 

 月の都は人里のような純和風建築とは異なり、中華風のオリエンタルな建築様式の建物が建ち並び、その文化、風習共に幻想郷とはかなり違っていて、まるで外国に来たような気分だ。

 表通りは活気に溢れ、街路を往来する玉兎達や、道端で立ち止まりながら会話を楽しむ玉兎の姿があちこちに見られ、中には綿月姉妹の姿をみて一礼する玉兎もいた。

 通り沿いの飲食店らしき建物からは食欲をそそる八角の匂いが漂い、室内からは談笑する声が耳に入り、町としての雰囲気も良さそうに思える。

 そして遠くには一際目立つ丸屋根が二つ付いた宮殿が建っており、先導する綿月姉妹の進行方向的に、私達はあの建物へと向かっているようだ。

 

「意外と地上と変わらないんだなぁ~。私のイメージ的にはもっと辛気臭い場所かと思っていたよ」

 

 キョロキョロしながら感心したように呟く妹紅に、先導している依姫が反応する。

 

「私達も元を辿れば地上から月へと渡った身。地上と文化様式が似るのも必然と言えましょう」

「もしかしたら地上の文化も、私達が遺して行った文明の名残なのかもしれないしね~」

「それは……どうなんだろうか」

 

 冗談とも、本気とも取れる豊姫の言葉に首を傾げるばかりだ。

 

「まあお姉さまの冗談は置いておくとして、ここは物資的、技術的な豊さが満たされた理想的な場所です。地上のような穢れた土地とは違うのですよ」

「ふ~ん」

 

 そんなこんなで口数も少ないまま到着した場所は、予想通り、都の入り口からも見えていたあの宮殿だった。

 100平米以上はありそうな広大な土地に威風堂々と建つその宮殿は、一言で言えば〝荘厳な″という形容詞がピッタリ似合う建物だ。

 規則正しく敷き詰められた石畳は、正面の宮殿に繋がる石段へと続き、雑草一本生えず隅々まで管理が行き届いていた。

 屋根は竹を割ったような形の緑瓦が敷き詰められ、所々にシーサーに似た魔除けの像が置かれており、その姿は今にも動き出しそうな躍動感を持っている。更に建物の柱や外壁、手すりや天井までが深紅と緑を基調にした華麗な色合いとなり、どの部分を切り取ってみても意匠が凝らされており、感心してしまうものだった。

 窓には格子状の障子が嵌め込まれ、和を感じさせるものだが、外回廊の壁に施されている竜を象った彫刻が、この宮殿を訪れる者を威嚇するように睨みつけ、強烈なインパクトを与えていた。

 本殿から独立した離れからは、玉兎達の声出しや怒声などが聞こえ、時々竹刀打ちの音も聞こえてくる事から、恐らくあそこが玉兎たちの訓練場になっているのだろう。

 宮殿の門をくぐって中に入った私は「すっごい立派な建物だな~」と圧倒されていた。

 

「客間に案内します。むやみやたらに歩き回らないように」

「はいはい」

 

 そうして正面の石段を昇り、宮殿の中へと入って行く。

 宮殿内部も外観に負けず至る所に豪華絢爛なデザインが施されており、異国情緒溢れる雰囲気の中、多くの玉兎達がせわしなく働いていた。

 廊下を渡り、いくつもの部屋を通り抜け、ようやく案内されたのはこじんまりとした客室だった。

 とはいっても、この宮殿基準での小さめの部屋なので、目算だが20畳以上はあるのだと思う。

 部屋に備えつけられたインテリアや絨毯、テーブル、椅子などの家具も全て中華風の意匠が凝らされていて、私とは住む世界が違う天上人の住いのように思えた。

 そしてメイド服を着た2人の玉兎が人数分の紅茶と一口サイズのお茶菓子を持って来た後、私達に一礼してから退室して行った。

 

「さて、それでは詳しく聞かせてもらいましょうか。もし狂言であれば、容赦しませんからね」

「怖い事言うなよ。実はな――」

 

 そう前置きして私はこれまでのあらすじを話していった。



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第72話 交渉

高評価ありがとうございます。
情景描写に力を入れていたのでとてもうれしく思います。





「――以上だ」

「……………………」

 

 一通り話を聞いていた綿月姉妹は、神妙な態度のまま無言を貫き、考え込んでいるようだった。

 最初は話半分って感じの態度で聞いていた綿月姉妹だったけど、紫の映像と未来の科学技術が入ったメモリースティックの内容を見せた途端に目の色を変え、真剣な態度になっていた。

 やはりこの中身が分かる人にとっては、明確な脅威となっているのだろうか。

 

「そういう訳だからさ、人間達への宇宙開発の妨害を止めてくれないか? 彼らが宇宙に目を向けてくれれば、きっと幻想郷は滅びずに済む。これが私が何度も時間移動を繰り返した上で導き出した結論なんだ」

「………………」

 

 お願いするように発した言葉にも彼女達は反応せず、ただひたすら無言を貫き、顎に手を当てじっくりと考えているようだった。

 カチコチと時計の針が刻む音だけが部屋に響き、それが永遠に続くかと思われた頃、石像のように固まっていた依姫が口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、そのお願いを聞く事はできません」

「……何故だ?」

「地上に蔓延する〝穢れ″を月に侵入させない事。それが私達の役目でもあり、使命でもあります。これから貴女が語る通りの未来になるのであれば、尚更地上への干渉を止めるわけには行きません」

 

 その言葉に賛同するように、豊姫も頷く。

 

「そうね。地上人がここまで科学を発展させるなんて驚きだわ。私達の文明レベルの一歩手前まで来てしまっているもの。此方ももっと切磋琢磨しなければなりませんね」

 

 どうやら彼女達は、私が話す未来を聞いた結果、より外の世界の人間達を締め付ける方向性へ結論を出してしまったようだ。

 

「しかしそれだとこっちが困るんだが……、幻想郷が滅亡するんだぞ? お前たちはそれでもいいのか?」

「そう言われましてもこちらにはこちらの事情があります。私達に頼らずとも別の方法を考えてみて下さい。時間は無限にあるのでしょう?」

 

 その言い草に少しカチンと来た私は、少し強い口調で言い放つ。

 

「あのな、私がこれまでどれだけ苦労してきたか分かっているのか? また一から手掛かりを探さなきゃいけないんだぞ?」

「未来で月が無くなっているのならともかく、西暦300X年でもちゃんと残っているそうじゃないですか。私達が積極的に協力する義理はありません」

「む……」

 

 冷たくあしらわれてしまい、言葉を詰まらせていると、隣でずっと黙って話を聞いていた妹紅がこんな質問をした。

 

「そもそもさ、アンタらが言う〝穢れ″ってなんなのさ? さっぱり意味が分からないんだけど」

 

 〝汚れ″ではなく〝穢れ″という表現を使っていることから、もちろん物理的な汚れという意味ではないだろう。

 

「それを説明するとなると、私達が月に来た理由から話すことになりますが、宜しいですか?」

 

 妹紅は頷き、依姫は語っていった。

 彼女の話をざっくりと纏めると、【穢れとは生きる事と死ぬことで、それは生存競争によって発生し、物質や生命から〝永遠″を奪い変化をもたらす事】らしい。

 遥か昔、月の民達がまだ地上人だった頃、月夜見という賢者がそれに気づき、『このままでは〝穢れ″によって命を奪われてしまう』と懸念し、全くの穢れのない浄土である月へ行くことを提唱し、ロケットを作ってそれに乗り込み月へと移り住んだ。

 それにより月人達は穢れから解放され、月に移り住んだ生き物は寿命を捨てた。ということらしい。

 

「地上の人間達は非常に欲深く、宇宙に進出すればこの月どころか太陽系全てを貪り尽くすことでしょう。そうなれば穢れが蔓延し、私達も脅かされることになります。……あなた達の事情には同情しますが、他を当たってください」

 

 長々とした説明を終えた依姫は、最後に申し訳なさそうに謝っていた。

 確かにそれに対して反論は出来ないし、これまでの人間の行動的にそうなる可能性は高い。

 だがしかし、ここで諦める訳にはいかない。この道筋に未来の〝私″が関与している以上、このまま手ぶらで帰るわけには行かないのだ。

 せめて何か手掛かりが欲しい。

 

「そこを何とか頼むよ。私も全面的に協力するからさ」

「これだけ断る理由を述べているのにしつこいですね。ここまで言っても聞く耳を持たないのであれば実力行使も厭わないですが?」

 

 依姫は刀身をちらつかせ、威圧感を与えてきていたが、私はそれに怯まずに主張する。

 

「……確かに今はそれで良いのかもしれないがな、アンタらはいつまでも人間達を抑えられると思っているのか?」

 

 私の言葉に食いつく様に、依姫は刀から手を放した。

 

「それはどういう意味です?」

「確かに西暦300X年時点では月の都も平穏無事だったろう。でもさっき『私達の文明レベルの一歩手前まで来てしまっている』と話してたよな? もし人間達が月の都の妨害を乗り越えて宇宙に進出してきた場合どうする? 1000年近く邪魔され続けて来たんだ。きっと深い憎しみを抱いていると思うぜ?」

「そういえば、私が外の世界に居た頃の創作作品ってさ、〝悪役と言えば月に住む宇宙人″と言われるくらい、世の中に固定観念が植え付けられていたなぁ」

 

(マジか)

 

 私の言葉を援護するように横から口を挟んだ妹紅に、思わず心の中で驚いてしまったが、依姫は毅然とした態度を崩さなかった。

 

「それは詭弁でしょう。地上人が文明を発展させる速度よりも私達の進歩の方が早いです。あなたが話した通りにならないように此方も手を打つだけです。その仮定はあり得ません」

「幻想郷だってな、博麗大結界という常識と非常識を分かち、外の世界の科学が発展すればするほど効力が強くなる結界が張られていたんだぞ。それすら人間達の科学によって解明され、破壊されてしまったんだ。本当に〝あり得ない″と言い切れるのか?」

「……何が言いたいのです?」

「世の中は刻一刻と変化し続けているんだ、100%完全なものなんてない。――今からでも遅くない、友好的に接すれば人間達だってお前たちの事を分かってくれるんじゃないか?」

「そんな可能性の話で首を縦に振るわけには行きません。人類の歴史は戦争の歴史です。皆仲良くなんて綺麗ごとは通用しませんよ」

「歩み寄ろうとすらしていないのに何を言ってんだよ! 頭でっかちだなお前は!」

 

 思わず立ち上がり怒鳴りつけると、依姫も同じ目線で向かい合い「私は現実的な話をしてるだけです! あなたの方こそ頭お花畑なんじゃないですか!?」と挑発。

 

「誰が頭お花畑だ! 失礼な奴だな!」

「事実でしょうが! 自分の発言を思い返してみなさいよ!」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着けよ」

「一旦冷静になりなさい?」

「……すまん」

「私としたことが……申し訳ありません、姉さま」

 

 売り言葉に買い言葉。妹紅と豊姫の宥める言葉で、ヒートアップしていた頭が急速に冷えていき、身を預けるように腰を落とした。

 

「……私は時間移動ができる。何かそっちの願いを叶えるからさ、頼むよ。幻想郷を救うと思ってさ」

「…………」

 

 依姫は私をギロリと睨みつけるだけで、肯定とも否定とも取れない態度を取っていた時、少し考え込む様子の豊姫が口を開いた。

 

「……一つだけ、この案を受けてくれるのなら、貴女の頼みを聞いてあげてもいいわよ」

「「「え?」」」

 

 その言葉に、この場にいる全員の視線が一斉に集まった。



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第73話 条件

最高評価及び高評価ありがとうございます。
とてもうれしく思います。






「私達が地上の人間の宇宙進出に反対しているのは、さっき依姫が説明した通り『地上に蔓延する〝穢れ″を月に侵入させない事』それが理由よ」

 

 確かに依姫はそんなことを言っていたな。

 

「つまり〝穢れ″が月にさえ入ってこなければ、そして〝穢れ″を浄化する手段さえあれば私達に反対する理由はないわ」

「話が見えないな。何が言いたいんだ?」

「結論から言いましょう。【原初の石】をある程度――そうねぇ、10㎏くらい持って来てくれれば、地上への干渉を止めるわ」

「原初の石?」

 

(聞いたことがないな……。なんか凄そうなイメージはあるけど)

 

 それが私の第一印象だった。

 

「初めて聞く名前だな。取って来ても構わないが、それはどこにあるんだ?」

「どこにもないわよ」

「は?」

 

『持ってきて欲しい』と頼んだくせに『ない』と答えるなんて、こいつは一体何を言っているんだ?

 

「より正確に言うと、〝今この時代″にはもうなくなってしまっているの」

「……情報を小出しにしないでもっと詳しく教えてくれ」

「私達が生まれ落ちた地球――正確な年代は今も不明だけれど、それはおおよそ45億5000万年前に誕生したと言われているわ。その頃は地表は全てマグマに覆われ、生き物は誕生していなかった……。ちなみに月も、同じ頃に物凄くおっきな天体が地球に衝突して分離し、砕け散った岩石が固まって誕生した『巨大衝突説』が有力とされているわ」

「……ああ、それで?」

 

 いきなりスケールが大きな話になったことに困惑しながらも、私は豊姫の言葉の続きを待った。

 

「それからおよそ1億年後、地球が現在のような大きさになっていくと同時に地表を覆っていたマグマは冷えていき、大量の水蒸気が発生した。その大気中の水蒸気が雨となって1000年以上に渡って地表に降り注ぎ、それはやがて海になったわ」

 

 どうやら豊姫が語っているのは地球誕生の歴史のようだ。

 

「そこからさらに4億年後――今からおよそ40億年くらい前に原始海洋に最初の生命が誕生し、その2億年後に生物が海から這い上がったと言われているの。それ以降進化と発展を続け、現在に至るわ」

 

(最後の部分、大きくはしょったな)

 

「原初の石――それは、太古の地球、生命が誕生した頃に存在したとされる石でね、星を形作ったエネルギーが大量に含まれていたらしいの。でも地球に生命が誕生し、過酷な生存競争の過程の内に、地上は穢れで満たされ星の力を失ってしまった……」

 

『あくまで仮説の域を出ないんだけどね』と補足した豊姫は、さらに話を続ける。

 

「その原初の石には恐らく【穢れ】を除きとり、私達に新たな力を与え、真の浄土にする力がある筈。その石を月に持ち込んで解明して、力を増幅させることが出来れば、人間たちが宇宙進出してきても問題はない、と考えているのよ」

「なるほど。つまり話を纏めると、私に40億年前の地球に時間移動して、その石を月に持って来い、というわけか」

「ええ。でも当時の地球は常に隕石が降り注ぐ危険な状態だったらしいから、跳ぶなら39億年前が良いと思うわ。貴女のタイムジャンプは時間制限がないのでしょう?」

「ああ。実際に試したことはないが理論的にはどの時間でも行けるぜ」

「なら問題ないわね。どう? やってくれるのかしら?」

「そうだな……私は別に構わないが」

 

 返事を出そうとしたところで、横からこんな声が入って来た。

 

「そんな昔に跳んで大丈夫なのか?」

「どういう意味だ妹紅?」

「外の世界の有名な例え話なんだけどさ、生命が誕生する確率は『25mプールに時計の部品を投げ込み水流だけで時計が組み上がる確率』と同じなんだって」

「そんなの不可能なんじゃないのか?」

 

 時計はシンプルな見た目の割に非常に精巧に出来ているから、たとえ水の流れで自然に同じ場所へ部品が集まることがあっても、〝時計″として組み上がるところは全く想像できない。

 何千何百――下手すれば何億何兆と試してみても時計が出来ることはないだろう。

 

「つまりそれくらい奇跡に等しい確率で、地球に生命が誕生したってことなんだよ。もしそんな大昔に行くことで、バタフライエフェクトが発生したらどうする。最悪生命が誕生しなくなる可能性もあるんだぞ?」

「ふむ…………」

 

 妹紅の鋭い指摘に私は答えられなかった。――というかそんなこと考えたことすらなかった。

 どう答えるべきか迷っていた時、口を出したのは豊姫だった。

 

「その可能性は万に一つもないでしょう。そもそもあなたはバタフライ効果を勘違いしているわ」

「え?」

「原初の地球は今の地球に比べて重力も弱いし、大気中の酸素もない。今と全く物理法則が異なるのよ? 今の時代から見れば異世界のようなもの。バタフライ効果は、起きる前と起きた後の世界の条件が同じでないと起こりえない」 

 

『それに』と付け加えた後、さらに豊姫はこう続けた。

 

「この世界はあなた方が思っている以上に良く出来ているわ。心配しなくても大丈夫よ」

「いやでも、バタフライエフェクトってのは、些細な出来事が結果的に大きな出来事に変わるって意味なんだけど」

「あまりにも些細過ぎる変化は、事象を変えるにあたらず、通常と同じような結果へ収束するのよ? 私はてっきり、それを承知の上で時間移動をしているのだとばかり思ってたけど」

「この例えで言うなら、あなた達が原始海洋をむやみにかき回したり泳いだりしなければ、未来は変わりません。地上で石を採取するだけなら何の影響もないでしょう」

 

 豊姫が自信満々に断言したことで、妹紅は押し黙ってしまった。

 

「ならその案に乗るぜ。それだけで済むなら安いもんだ」

「大丈夫かな……、何もなければいいんだけど」

 

 妹紅は不安そうに呟いていた。

 

「さて、早速時間遡航しようと思うんだが、今『酸素がない』って言ってなかったか?」

 

 もしそれが本当なら、何か対策を講じないと呼吸が出来ず活動不能になってしまう。

 

「ええ、原始の地球の大気濃度は今のように窒素と酸素で構成されてなくてね、主に水素やヘリウムガスで構成されているらしいの。ちなみに大気中に酸素が含まれるようになったのはおよそ23~20億年前。シアノバクテリアや植物プランクトンが光合成を始めたことがきっかけと言われているわ」

「へぇ~そうなのか。随分と詳しいんだな」

 

 まるで学術書からそっくりそのまま引用したかのようにペラペラと語る豊姫に、私は感心していた。

 

「一時期地球の歴史に嵌ってね、調べてたことがあったのよ」

「ふーん。なら調べる手間が省けたな」

「もしあなた方が原初の地球へ赴くのであれば、こちらも最低限の支援を行いましょう」

「驚いたな。お前は反対じゃなかったのか?」

「お姉様の決定なら拒否する理由はありません」

「それなら協力を頼むよ。取り敢えず宇宙服だっけ? それが欲しい」

「分かりました。早速用意しておきましょう。ロケットに積んでおきます」

 

 そう言って立ち上がったちょうどその時、扉がノックされる音が聞こえ、皆の視線が一斉に扉に集まった。



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第74話 捕まったにとり

最高評価並びに多くの高評価ありがとうございます。
完結できるよう精いっぱい頑張ります。


投稿が遅くなって申し訳ありませんでした。


「失礼します。綿月様、少し宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

 

 豊姫の言葉で入り口の扉が開く。

 現れたのは、目つきが悪く何となく素行が悪そうに感じる一匹の玉兎だった。

 彼は私達の姿に一瞬驚いていたが、すぐに表情を戻し、綿月姉妹へと歩み寄って行った。

 

「どうしたの?」

「月の中枢の立ち入り禁止区域に潜り込んでいた〝スパイ″と思しき人物を捕らえたので、そのご報告と処遇について伺いに参りました」

 

 ソファーに座ったままの綿月姉妹に向けて、敬礼しながら淡々と報告していく素行の悪そうな玉兎。

 それを横で聞く私は(スパイ? ……まさかにとりじゃないだろうな?)と、不安が募る。

 思えばにとりが一人で忍び込んでから既に1時間以上も経っている。時系列的には捕まっていてもおかしくない時間だ。

 

「あらあら、侵入者だなんて。一体どこから入り込んだのかしら」

「その者は今ここにいるのですか?」

「ええ。連れてきていますよ。――ほら、こっちに来い!」

「う、うぅ……」

 

 その玉兎が入り口に向かって怒鳴りつけると、もう一人の玉兎に押し出されるように、よく見知った人物が扉の中に入って来た。

 

「にとり!」

「ま、魔理沙ぁ……助けてぇ~……!」

 

 私の悪い予感は見事に当たってしまい、思わず額に手を当ててしまった。

 後ろ手に縛られ、険しい目つきの玉兎に現在進行形で銃を突きつけられている彼女は、青ざめた表情でブルブルと震えており、恐怖におののいていた。

 

「……知り合いですか?」

 

 私の反応に気が付いたのか、依姫は怪訝な表情で問いかけて来たので、彼女のことを紹介する。

 

「ああ、彼女は河城にとりって言ってな。外に宇宙飛行機あるだろ? あれはにとりが造った物でさ、彼女の運転で私と妹紅はここまで来れたんだ」

「なるほど、そうだったのですね」

「豊姫様、依姫様、この者は如何なされますか? ご命令とあればすぐにでも〝処分″いたしますが」

 

 素行が悪そうな玉兎の言葉の直後、険しい目つきの玉兎は、銃の後ろについてる尖がっている部分――あれは撃鉄だっけか?――を引く。

 ガチンという鉄がぶつかったような音と共に、にとりの後頭部に銃を押し当て、引き金に指を掛けており、彼の風貌も相まって、脅しではなく本気でやりかねない。

 するとにとりは顔面蒼白になり、涙ながらに命乞いを始める。

 

「ゆ、許して……、も、もうしないから……! 命だけは助けて……!」

 

 それに続けて私も「ほ、ほら、にとりも深く反省してるみたいだしさ、許してやってくれよ。な?」と、フォローする。

 依姫は顎に手を当てながらにとりをじっと睨みつけ、考え込んでいたが、おもむろに立ち上がると、にとりの目の前で見せつけるように刀を抜いた。

 

「ひいっ!」

「お、おい!」

 

 にとりの小さな悲鳴、私の制止する声、驚きの表情で見つめる妹紅、傍観する豊姫。

 様々な視線が依姫に注目する中、気迫あふれる表情で「二度とこんなことをしないと誓えますか?」と、普段よりも若干低めのトーンで問いかける。

 

「ち、誓います! 誓うから許してぇぇぇ……!」

 

 にとりは大粒の涙を流しながらひたすら頭を下げており、心から反省しているように見える。

 

「……いいでしょう。次はありませんからね。――解放してあげなさい」

 

 依姫の指示に玉兎たちはすぐに離れ、懐から取り出したナイフで、後ろ手に縛ったロープを切った。

 極度の緊張感から解放されたにとりはその場にへたり込み、「こ、怖かったよ~……」と、鼻をすすりながら泣いていた。

 

「だ、大丈夫か? てかなんでバレたんだよ?」

「光学迷彩で機械の目から姿は隠せても、匂いや体温までは誤魔化せなかったんだ……。トホホ」

「あ~……それは災難だったな」

 

 妹紅がすぐさま近寄って行きにとりを宥めている一方で、依姫が二匹の玉兎に向けて声を潜めながらいったこの言葉を、私は聞き逃さなかった。

 

「ふふ、ここまで怖がってくれるのなら、脅しをかけた意味があるというものです。貴方たち、名演技でしたよ」

「依姫様こそ素晴らしい演技でした」

「この日のためにいっぱい練習した甲斐があったものです」

 

 どうやら依姫は最初から本気で殺すつもりはなかったらしく、少し強面な玉兎たちも巻き込んだ演技だったようだ。

 あまりに気迫のこもった演技に私もすっかりと騙されてしまい、なんだかちょっと悔しい。

 その後一言二言何か言葉を交わした後に玉兎たちは退室し、依姫は再び私に向き直る。

 

「今玉兎達に宇宙服の用意をするよう指示を出しておきました。その準備が終わるまでしばらく休んでいくといいでしょう」

「サンキュな」

「それでは私はこれで」

「また後でね~」

 

 依姫と豊姫は退室し、客室に私・妹紅・にとりの3人だけが残された。

 未だ涙目になっているにとりを慰めつつ、私はこれまでの流れを説明し、「39億年前の地球に戻りたいから協力してくれるか?」と訊ねた所、「あの人達の頼みってのは少し気に入らないけど、面白そうだからOK!」と了承してくれた。

 その後も適当に雑談しながら時間を潰していると、「準備が出来ました」と玉兎が呼びに来たので、私達は宇宙飛行機へと向かった。



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第75話 過去の地球へ

誤字報告ありがとうございます

2021/01/11追記 感想欄で指摘を受けたので滅菌処理についての描写を追加しました。


「来ましたね」

 

 宇宙飛行機の前には依姫と豊姫が待っていた。

 

(ん? なんかさっきと違うな)

 

 機体にはなんか光沢が出ているし、私達の近くにはハッチに続く階段状の通路が新設されている。

 しかも入り口の扉付近には防護服を着た玉兎達が整列していて、どことなく緊張感が漂っているようにも思える。

 随分と改造されているようだけど、にとりは先程の脅しがトラウマになってしまっているのか、依姫を見た途端に私の後ろに隠れてしまった。

 

「準備が出来た――と聞いて来たんだが」

「ええ、必要な物は既に積み込み済みです。ここに同じものを用意したので、説明を聞いてください」

 

 依姫が指差した先には四匹の玉兎たちが並んでおり、左から三番目までの玉兎の足元には大きな荷物が置かれ、右端の玉兎の足元には、屈めば人がすっぽりと入れそうな大きさの箱が置かれていた。

 

「開けなさい」

 

 依姫の指示を受けた三匹の玉兎が、手際よく荷物の封を開けていく。

 

「これが宇宙服です」

 

 中に入っていた宇宙服は、ここに来る途中に宇宙ステーションで見た服と非常によく似ていた。

 しかしデザインは似通っていても、生地はこっちの方が薄いし、飾りつけも少ないのでなんだか動きやすそうに思える。

 

「宇宙服には危険な宇宙線や、宇宙塵・微小隕石の衝突、さらに宇宙空間の激しい温度差から身を守る効果があります。原初の地球で活動する際は、この服を着て外に出てください」

「スッゴイでっかいな。何キロあるんだこれ」

「およそ10キロあります」

「10キロ!? めっちゃ重いじゃんか」

「これでもかなり軽量化されているのですよ? 外の世界の宇宙服はこれより10倍も重いのですから」

 

 少し誇らしげに語る依姫に、次は妹紅が質問をする。

 

「この背中にある長方形の箱みたいなものはなんだ?」

「生命維持装置です。ここから空気や水が送られてくるのです」

「何分くらい活動できるんだ?」

「丸一日活動できますよ」

「そんだけ動けんなら余裕そうだな」

 

 確かに余程のアクシデントがなければ問題なさそうだが、これまで何度も予想だにしていなかったトラブルが起こったので油断はできない。

 それから宇宙服の機能や着脱方法について玉兎から簡単にレクチャーを受けた後、依姫は切り出した。

 

「次に一番肝心な原初の石の輸送方法についてです」

「輸送方法って、そんなの適当に石を拾って持って来ればいいんじゃないのか?」

「そういう訳にはいきません。ここまで輸送する時に穢れに触れてしまえば、効力が失われてしまいます。――あれを見てください」

 

 依姫は右端の玉兎の足元に置かれた箱を指差した。

 

「この箱の中は外気と触れ合わないよう真空状態となっており、穢れが侵入しない特殊な構造となっています。ここに原初の石を入れて来て下さい」

「分かったぜ」

 

 私ははっきりと頷いた。

 

「にとりさん。運転手はあなただそうですね」

「ひぃっ!」

 

 突然声を掛けられた彼女は軽く飛び上がり、私の後ろに隠れたままブルブルと震える。

 

「……取って食ったりしませんから、こっち向いてくださいよ」

 

 呆れ混じりに話したが、にとりはまるで人見知りな子供のように私にしがみついたまま、無言で首を振るだけだった。

 

「ならそのままでいいので聞いてください。先程玉兎たちに命令して、貴女の宇宙飛行機に温度計を設置させました。もし危険なようであればすぐに撤退してください」

「あ、ありがとう……」

 

 結局彼女は最後まで目を合わせる事なく、か細い声でお礼を言うだけだった。

 

「私ってそんなに怖いのでしょうか?」

「あれだけ脅せば誰だってビビるだろ。当事者でない私ですら息を呑む迫力を感じたからな」

「……喜ぶべきところか、悲しむべきところか、複雑な気分ですね」

 

 依姫は形容しがたい表情で呟いた。

 

「ねえ、さっきから気になってたんだけどさ、この通路はなんなんだ?」

「これは検疫所ですよ」

「検疫?」

「地球は〝穢れ″のみならず、汚れで満ちた星でもあります。なので万が一にも原初の地球に影響が及ばないように、微生物やウイルスを排除する必要があるのですよ」

「あ~なるほどねぇ」

「既に機内と機体は滅菌工程済みなので、後は貴女達が綺麗になるだけです。さあ、中に入ってください」

「私少し前にシャワー浴びたばっかなんだけどなぁ」

 

 そんなことをぼやきつつ私達は扉の中へと入り、妹紅の浄化の炎やエアーシャワー等の消毒措置を受け、問題ないことを確認して機体の中に乗り込む。

 滅菌処理をしたというだけあって、床や壁はピカピカに磨き上げられているし、なんとなく空気が澄んでいるような気もする。

 窓の外を見れば、ハッチに取りつけられていた通路が外されていた。

 

「それじゃ出発しようか」

「そうだな」

 

 私達はコックピットに向かっていき、依姫たちが見守る中、月を出発していった。

 

 

 

 月の結界を潜り抜け、再び宇宙空間上に出た頃、ふと妹紅がこんな疑問を口にする。

 

「そういえばさ、どのタイミングで39億年前に戻るつもりなんだ?」

「私達が最初に地球から宇宙に出て来た辺りでいいだろ。過去と今とで大幅に地形も変わってるだろうし、地球の中でタイムジャンプするのはなんとなく危ない気がする」

 

 あくまで直感でしかないけれど。

 

「わあっすごい! グングンスピードが出るよ」

「どうしたにとり?」

「月の人達は燃料も補給していってくれたみたいでね、質のいいオイルを使っているから、かなり伸びがいいんだよ」

「ってことは他にも何かあるのかもしれないな」

「見て来るか」

 

 そうして宇宙飛行機内を探索したところ、3着分の宇宙服が入った荷物と、穢れから隔離する特殊な箱がキッチンの隅に置かれているのを発見した。

 さらに冷凍庫には来るときに見なかった食材――特に宇宙食が多く積まれており、この量なら多分10日は過ごせるのではないだろうか。

 早速月の都製の宇宙食を食べてみた所、これまたとても美味しく、地上の食事とほぼ変わらない味付けがなされていた。

 その後も適当に遊んだり、仮眠を取るにとりに変わってコックピットで待機したり、取り留めのないことをしながら、時間を潰して行く。

 そして特にアクシデントもなく、私達はおよそ12時間掛けて再び地球へと戻って来た。

 

「や~っと辿り着いたな」

 

 コックピットに座る妹紅は、地球を見ながら呟いた。

 現在時刻は協定世界時200X年7月31日22時10分。周囲には特に目立つシンボルもなく、往路にあった宇宙ステーションもこの場所からは見えない。

 

「よし、それじゃ早速跳ぶぞ。準備はいいか?」

「オッケー!」

「いつでもいいぞ!」

 

 にとりと妹紅の元気の良い返事を聞き、私は高らかに宣言した。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は紀元前39億年の7月31日正午!」

 

 その直後、宇宙飛行機が一瞬だけ縦に大きく揺れた。

 

「な、なんだ!?」

「あ、あれ!」

 

 座席についたままキョロキョロと見回していると、にとりが大声で正面を指さした。

 そこに視線を移すと、すぐ目の前にあの時見た黒い渦が発生しており、まるで私達を手招きしているかのような雰囲気を感じる。

 

「……誘っているのか。にとり、あれに飛び込んでくれ」

「了解!」

 

 にとりはグッとレバーを下げ、背中に推進力を感じながら、黒い渦の中へと飛び込んでいった。



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第76話 太古の地球

 ――紀元前39億年7月31日――

 

 

 

 渦の中に飛び込んだものの、景色は先程とあまり変わらず、広大な宇宙があるのみだった。

 

(んー? てっきりあの時計だらけの変な場所にいくと思ったのになぁ)

 

 また妙な事に巻き込まれるかもしれない、と身構えていたのが馬鹿みたいだ。

 

「魔理沙、外見てみろ!」

 

 興奮気味の妹紅の声に釣られてコックピットの外を見てみると。

 

「これが……39億年前の地球なのか?」

 

 ガラリと変わってしまった地球の姿が、そこにはあった。

 表面の半分以上が銀色に濁った水で覆われ、私の時代では7つに分かれていた大陸が一か所に固まり、とてつもなく巨大な大陸になっていた。

 さらにその大陸の表面は、西暦200X年の時は緑と茶色が混ざり合った色をしていたけど、この時代は茶一色でなんだかとても寂しい。

 

「緑がないと侘しいなぁ。200X年の地球は凄く美しかったのに」

 

 それに地球の大きさが少し小さくなっているような気もするし、月も私の時代よりも遥かに近い場所に在る。まさに今、私は惑星の創成期に立ち会っているのだろう。

 地球の外観が著しく変化しているので、まず間違いなく時間移動は成功しているが、念のために現在時刻を確認するべく、コックピット内の時計に視線を向ける。

 しかしエラーを叩き出していたので、仕方なく私は自分の脳内時計へと意識を向ける。

 すると『B.C.3,900,000,000/07/31 12:10:09』と表示され、あまりに桁違いな数字に眩暈がしてしまった。

 

(うん、やっぱり時間跳躍は成功してるのか。となると、あの黒い渦は高次元へ侵入する〝門″みたいなものか?)

 

 この辺の謎もいずれ検証しないといけないだろうが、まずは原初の石を探すことから始めよう。

 

「にとり、早速降りてみてくれ」

「オーケイ!」

 

 にとりはレバーを強く引き、地球に向かって再突入していった。

 窓から見える景色がコロコロと変わっていく中、やがて宇宙特有の陰湿な空気でなく、星の中へ入った事を意識させる景色に変化していった。

 外は鳥影一つ見えず、雲一つない晴天。依姫たちが設置した温度計によると、外の気温は80度という猛烈な酷暑になっているが、この機内は適温に保たれているので暑さは感じない。

 眼下にはひたすら銀色に輝く大洋が広がり、四方を見渡しても水平線が見えるだけの、寂しい景色。

 

「海ばっかだな。大昔にはまだ日本列島は存在していないのか」

「陸地はどこにあるんだろう?」

「地図もないし、地道に探すしかないね」

 

 注意深く周囲を観察しながら海上をひたすら飛び続けていると、やがて陸地が見えて来た。

 

「見えた!」

 

 空から見下ろす限り、その大地は果てなく続き、月の表面のように沢山のクレーターが空いて凸凹としていた。

 遠くには、雲を突き抜け、空の天辺まで届きそうな巨大な岩山――山脈というべきか? 大地を取り囲むように聳え立ち、さながらお伽話に出てくる魔女が住んでそうな、おどろおどろしい雰囲気があった。

 あんな山があるなんて話は聞いたことがないし、きっと現代に至る過程で崩れ去ってしまったのだろう。

 宇宙飛行機は海岸を乗り越え、ある程度内陸まで機体を走らせた後、着地出来そうな比較的なだらかな地形に速度を落としながら、ストンと綺麗に着地した。

 

「よーし完璧!」

「んじゃ早速着替えて外に出るか」

 

 私と妹紅は立ち上がってキッチンルームに向かい、宇宙服を取り出した。

 いつもの洋服と違って重いので着るのは少し大変だったけど、お互いに協力しながら何とか着用することが出来た。

 宇宙服は例えるなら着ぐるみを着ているような感覚で、少し暑苦しく感じたが、宇宙服の正面に付いた緑のボタンを押した途端、服の内側に心地よい風が吹き抜けた。

 

「私はここでサポートするからさ。頑張って!」

「おう、任せてくれ」

 

 宇宙服内部から聞こえて来たスピーカーに肯定し、私は依姫の箱を抱えつつ妹紅と共に外へと出た。

 

 

 

 大地は荒野のように寂れ、周囲が海に囲まれているのに草木一本、苔一塊すら生えない異様な光景が広がっている。

 空は昼間にも関わらず夕焼けのように赤く染まり、一回り、いや二回り程度大きな太陽がギラギラと大地を照らしつけ、同時に夜のように綺麗な星々が光っていた。

 これも現在の地球と大気中の成分が大きく違うからだろう。

 

「ここが原初の地球かぁ」

「私達が人類で初めて地上に降り立った人間ってことになるのかな」

「豊姫の話だとこの時代の生物は皆海にいるらしいし、そういうことになるな」

「フフ、何だかワクワクしてきちゃったよ。まるで世界を独占したような気分だ」

「私達は原初の石を拾いに来たんだ。当初の目的を忘れるなよ?」

「はいはい、分かってるよ」

 

 とはいえ周囲を見渡してみても、手ごろな石の塊は落ちていなさそうだったので、少し歩いて探すことにする。

 重力が小さい影響なのか、体が軽く宇宙服の重さは感じないので、少し服が擦れて鬱陶しいことを除けばいつもと変わらない。

 だが時々、小さな、本当に小さな隕石が海に落ちては波しぶきを上げているので、頭上にも気を配り、直撃しないように気を付けないといけない。

 

「全然石なんか見当たらないなぁ」

「こんなことならつるはしでも持ってくるべきだったか」

「魔理沙は時間移動できるんだろー? 今ちょっと未来に跳んで取ってきなよ」

「ここが現在の何処かも分からないのに気軽に跳べないって」

 

 今の私達は、現在の日本列島がある位置から西へ地球半周分くらいの距離を移動した場所に降り立っているので、ここから未来に跳べば、まあ間違いなく異国に辿り着いてしまうだろう。

 無暗に騒ぎを起こしたくないので、ここは気長に探すことにする。

 

「まあこうして歩いて探すのも良いだろ。どうせ石ころなんだからすぐに見つかるって」

 

 そんなこんなでキョロキョロとしながら歩いていると。

 

「おっ、あれなんかいいんじゃないか?」

 

 ちょうど進行方向上に、私の腰くらいまである大きな丸石を発見した。

 近づいて触ってみると、表面は卵のようにひんやりスベスベとしていて、光に反射して眩い輝きを持っていた。

 さらに触れた部分から、力強さを感じさせるオーラのようなものを感じ、何となく気持ちが癒されていく気がする。

 

「これが原初の石なのかな」

「多分そうじゃないか? 不思議な力を感じるしさ」

「んじゃーこれを月に持っていけばいいのかな」

「そうだな。ちょうど箱に入りそうなサイズだし」

 

 私は持って来た箱を床に下ろし、蓋を開いて立て掛けた。

 

「よし、箱に入れるぞ。妹紅はそっち側持ってくれ」

「あいよ」

 

 お互いに向かいあうように立ち、腰を屈めて石の下側を掴んだ。

 

「せーので持ち上げるぞ。せーの!」

「ふっ!」

 

 大地を強く踏みしめ、腰と腕に力を込めた瞬間、ゴムのようにひょいっと持ち上がり、手を離れて50㎝程度空中に浮かび上がってしまった。

 

「うわっ! ととと、ふう」

 

 すぐに落ちて来た石を妹紅と受け止め、息を吐く。見た目の割に軽いんだなこの石は。

 

「運ぶぞ。いいか?」

「ああ」

 

 カニのように横へ二歩歩き、箱の中にゆっくり落として蓋を閉めた。

 

「オーケーオーケー」

「戻ろうか」

 

 帰り道は、妹紅と一緒に箱の淵をもって転ばないように慎重に横歩きで移動していき、やがて宇宙飛行機の元に辿り着くとハッチが自動的に開いた。

 そしてそのまま中へ入り、キッチンルームに箱を慎重に下ろした。

 

「よっし、ミッション完了だな」

「元の時代に戻ろうか――」

 

 ヘルメットを脱ごうとしたその時、にとりから通信が入ってきた。




この話以降プロット的に非常にややこしい展開となり、現在これまでの話と整合性が取れるかどうかチェックしています。
更新速度が落ちるかもしれませんが、完結に向けて尽力していますのでご了承ください。


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第77話 未知との遭遇

現在の話から3章の完了まで整合性が取れることをプロット上で確認できました。
後はひたすら続きを書くことだけなので、完結に向けて頑張っていきます。





「ちょっと待って! 何かこっちに物凄いスピードで近づいて来てる!」

「何かってなんなのさ?」

「どうせただの隕石じゃないのー?」

 

 いや、隕石ってだけでも結構大事な気もするが。

 

「隕石じゃないよ! 人工物だよ!」

「ええっ!? そんなの有り得ないだろ!」

 

 今は紀元前39億年、人間どころか虫一匹地上にいない世界なのだ。その時代に人工物とはこれいかに。

 

「と、とにかく、すぐ近くに落ちてくるよ!」

 

 急いで外に出て空を見上げてみると、高速の飛翔体が雲をふかし、放物線を描くように落下していくのが見えた。

 それは頭上の遥か高い場所を飛んでいき、唸るような轟音をあげながらすぐ近くの大地に墜落。辺り一帯に砂埃が舞い上がった。

 

「なんだなんだ!?」

 

 やがて砂埃が晴れると、そこには銀色の鋼鉄の塊が大地を抉り取るように深々と突き刺さっていた。

 周囲には新たなクレーターが発生しており、その墜落の衝撃を物語っていたが、そんなことよりも。

 

「え、えっ? なにあれ? もしかして、宇宙船?」

 

 その鋼鉄の塊は宇宙飛行機の半分くらいの大きさで翼がなく、円盤のような洗練されたデザインだった。

 こんな精巧なデザインの物体が自然に生えてくるとは思えないので、何者かが制作した――と考えるべき。

 しかし繰り返しになるが、今は紀元前39億年、人っ子一人いない世界だ。地球の大陸の形や外の気温、そして時々落ちてきている隕石がそれを証明している。

 それはつまり――。

 

「ま、まさか中に宇宙人がいるのか……?」

 

 妹紅は息を呑んだ。

 確かにこの広い宇宙なら、地球や月以外にも知的生命体――つまり宇宙人なんてものがいてもおかしくはない。

 だが、それはあまりにも非現実的すぎて、まだ私以外の時間旅行者が宇宙船に乗って現れた――と考える方が現実的だ。

 しかしどっちにしても、この状況は異常すぎる。

 

「ど、どうしよう魔理沙?」

「どうするって何がだ?」

「察しが悪いな! あの宇宙船っぽいものを確認するかってことだよ!」

「ええ!? いやでも、もし下手に触れることで後世への影響が起こったら……」

「でもあれを放っておいていいのか? もし本当に宇宙人とかだったらやばいだろ。時代が時代だし」

 

 その時、墜落してきた謎の人工物から警報音が発せられた。

 

「「!」」

 

 会話を切り上げてすぐそちらへ注目し、何が起きてもいいように警戒する。

 

「ねえ、なんか警報音が鳴ってない!?」

「にとり、いつでも逃げられるように準備をしておいてくれ」

「わ、分かった!」

 

 すぐに宇宙飛行機に搭乗できるように謎の人工物から距離を取りつつ、注視を続ける。

 緊張感が漂う中、やがてスモークと共にハッチが開かれる。現れたのは意外にも一人の少女だった。

 

「女の子……?」

 

 その少女の見た目は10代後半くらい、赤髪赤目のボブカットヘアで目鼻立ちが良く、可憐な顔立ちで、作業服のような恰好をしていた。

 少女は不安げな表情で周囲をキョロキョロと見回していたが、遠巻きに眺めていた私と目が合うと、一瞬驚いた表情をしつつすぐさまこっちに向かって駆けて来た。

 

「あ。こっちに来た!」

「どうしよう。逃げた方がいいのかな」

 

 戸惑ってる間にも距離を詰めて来た彼女は、私達に向かって話しかけて来た。

 

「〇△××〇△◇◆〇×◇◆×〇△×」

 

 彼女は身振り手振りを交えつつ懸命に訴えているが、どこの言語ともつかない言葉なので、全く理解できない。

 

(何を話しているのかさっぱり分からないぞ……)

 

 そんな私の気持ちが伝わったのか、彼女は一度宇宙船に引き返した後すぐに戻って来た。

 彼女の片耳にはイヤホンがはめられていて、そのコードは右手に持つ箱のような機械へと繋がれている。

 

「あ、あのっ。これであたしの言葉がわかりますか?」

「お、おう。はっきりと伝わっているぞ」

「ほっ良かったぁ」

 

 彼女が持つ箱のような機械にはスピーカーが付いていて、彼女が発する可憐な声と全く同じ声質のネイティブな日本語が同時に聞こえてくる。

 仕組みはさっぱり分からないが、多分翻訳機みたいなものだろう。

 

「あたし、アンナと言います。失礼ですけど、貴女達はこの星に住んでらっしゃる方ですか?」

「そうだけど……」

 

 厳密に言うと今の時間ではなくはるか遠い未来になるけど、間違いではない。

 

「あたしは惑星探査員としてこの銀河系を調査していたのですが、この惑星を通りかかった際に突然エンジンが故障してしまい、この星に落ちてきてしまいました」

 

 アンナと名乗った少女はチラッと後ろの宇宙飛行機に視線を向け。

 

「どうか近くのコロニーまで案内してもらえませんか? このままでは母星に帰れないんです……」

 

 すがるような目で手を組んでお願いをしてきたが、それよりも訊ねたい事があった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれないか。幾つか質問させてくれ」

「?」

「その口ぶり、もしかしてアンナは宇宙人なのか?」

「はいそうですよー。ここからおよそ一億光年離れた場所にあるプロッチェン銀河のネロン星系、その中のアプト星から来ました」

「!」

「ヤバイよ。まさかこの時代に宇宙人が来ていたなんて……! 未知との遭遇を果たしちゃったよ」

 

 妹紅は興奮半分戸惑い半分といった感じの反応を見せており、かくいう私も雷に打たれたかのような衝撃を受ける。

 

(宇宙人は実在していたのか……!)

 

 私的に宇宙人といえばグレイのような奇形の姿や、頭から触角が生えた動物みたいなのを想像していたが、彼女の容姿は地球人だと言われても何ら違和感がないので、良い意味で裏切られた形となる。

 しかも彼女は一億光年離れた惑星からやってきたと言う。

 それはつまり、にとりが話していた超高速航行――光よりも速く飛ぶ方法を確立していることになり、アンナの星は現代よりも科学力が高いのだろう。

 

「ねえ、魔理沙! 今彼女、一億光年先から来たって言った!? 言ったよね!?」

 

 私と同じような事を思ったのか、耳元のスピーカーからにとりの通信が入って来る。

 

「ちょ、にとり。私が話してるんだから、引っ込んでいてくれ」 

「えー! だってさ、私が欲している知識の結晶が目の前にあるかもしれないんだよ!?」

「ちゃんと後で話す機会を設けるから、とにかく静かにしてくれ」

 

 その後もスピーカーの向こう側から不満げな声が聞こえてきたが、敢えて無視して目の前の少女に質問を重ねていく。

 

「惑星探査員ってなんだ?」

「未知の惑星の調査を行う仕事に就いた人の事を言います。惑星の環境・生物の有無・文明の発展度合いなど多岐に渡って調査するのですよー」

「何の目的で?」

「この広い広い宇宙全てを知り、航海図を作る事です。そしてもし文明レベルが高い星があれば、その星の方々と交流を深めて互いに発展していき、宇宙に平和をもたらす――そんな崇高な目的で動いています!」

 

 喋っていくうちにアンナの言葉に熱が籠って行き、強い使命感を持ってこの仕事に取り組んでいることが肌から伝わってくる。

 

「なのでどうかご協力お願いします。私を助けてください」

 

 アンナはペコリと頭を下げる。

 彼女の言葉や態度からは嘘は感じられず、私の目に曇りが無ければ今まで語った言葉も本心から話しているのだろう。

 しかし、そんな彼女に今から残酷な真実を告げなければならないとなると、少し気が滅入ってしまう。

 何故なら――。

 

「残念だけどね。この星には私達以外の生き物はいないんだ」

「え!? そ、それはどういう意味なんですか?」

 

 目を丸くして驚くアンナ。

 

「言葉通りさ。この星はね、大体一億年くらい前に海に原始生命が自然発生したばかりでさ、まだ地上にすら上がってきていないんだ」

 

 この星の全てを見たわけではないが、ここまで鳥一羽、虫一匹見かけてないので、多分間違いない筈。

 

「そ、そんな……とんでもない未開の星に落ちてしまうなんて……。これからどうしよう……」

 

 アンナは膝をつき、その背中には悲壮感が漂っていたが、やがて首を傾げつつ立ち上がる。

 

「あれ? で、でもそれならえっと、あなた達はいったい? さっきこの星の住人だと仰ってましたよね?」

 

 私と妹紅を交互に見ながら不思議そうな表情をするアンナ。

 

「どうする? 素性を明かすのか?」

「そうだな。このまま置いてけぼりにするのは可哀想だし」

 

 妹紅と軽く相談して素性を明かすことに決めた私は、意を決して口を開いた。

 

「私達は39億年後の未来からここに来ているんだ。ちょっとこの時代に用事があってね」

「私はただの付き添いだけどね」

 

 原初の石や月の民に関する説明は面倒なので省く。

 

「ひょえぇぇぇ! 貴女が伝説のタイムトラベラーさんなんですか!? 凄い、凄いですよっ! まさかこんな辺境の星にいるなんてっ! 握手してください!」

 

 びっくり仰天したアンナは私の手を取りぎゅっと握りしめ、しばらくブンブンと振り回していたが。

 

「……なあにそれぇ?」

 

 彼女の激しいテンションの落差に呆気にとられ、思わず間抜けな声を出してしまう。

 すると素に帰ったアンナは手を放し、得意げな顔でこう答えた。

 

「す、すみません。一人で盛り上がってしまって。ええとですね。あたしの星では、既に研究者たちによって時間の流れがほぼ全て解明されてまして、一般人でも簡単に閲覧できるくらい情報開示レベルが低いのです」

 

 一瞬アンナの話が分からず言葉に詰まるが、頭の中で何度も反芻し、ようやく呑みこむことが出来た。

 

「……ってことはつまり、アンナの星の人達は誰でもタイムトラベルできるのか!?」

「はい」

「とんでもないな……」

 

 私が150年掛けて導き出した時間移動が、まさか39億年前に、しかも1億光年離れた星では一般常識レベルだということに、驚きよりも落胆の方が大きい。

 そんな私を差し置いて、妹紅はアンナに訊ねる。

 

「でもそれだとさ、みんながみんな好き勝手にタイムトラベルして自分の都合良く歴史を変えちゃってさ、歴史が滅茶苦茶になるんじゃないの? あ、でもやっぱりそれも並行世界理論で万事解決なのか?」

「だろうな。恐らくタイムトラベルする際に並行世界に分岐することで、タイムパラドックスは解決して――」

 

(…………あれ?)

 

 と、自分で言葉にしてから違和感に気づいた。

 



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第78話 魔理沙の推論

多くの感想ありがとうございます。






(待てよ? 過去を改変しても並行世界に分岐するんだとしたら、時間移動に意味はあるのか?)

 

 これまでの例で考えると、私は本来起こる筈だった〝西暦200X年の霊夢の自殺″の原因を取り除いたことで、この世界の霊夢は自殺することもなく人として天寿を全うした。

 

 しかしこの並行世界理論で考えると、〝霊夢が自殺した世界″と〝霊夢が自殺しなかった世界″の二つが、同時に存在することになる。

 

 そうなると、私が霊夢の自殺に介入したことにより、私だけが〝霊夢が自殺しなかった並行世界″に移動しただけとなり、〝霊夢の自殺″そのものは防げていない事になる。

 

 つまり突き詰めて考えていけば、〝咲夜が過労で倒れ、手紙を書かなかったことによりレミリアが未だに立ち直れていない世界″、〝廃墟となった幻想郷、その壊れた博麗神社でただ一人私を待ち続けている紫″、さらには〝人間達の侵略によって都会となった元幻想郷の博麗ビルの屋上で、今が変わる事を待ち続けている紫″の並行世界も存在していることになる。

 

(なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだ私はっ……!)

 

 霊夢の救出という結果に満足して、その先の事を全く考えていなかった。言うならば、思考停止してしまっていた。

 私なりに全てを救ってきたつもりが、実は全くの見当はずれで、当事者は今もなお苦しみ続け、私だけが幸せになってしまっていた――

 

「……大丈夫か魔理沙? なんか顔色悪いぞ」

 

 それが顔に出ていたのか、妹紅に心配されてしまったが。

 

「大変なことに気がついてしまった、妹紅……。私はとんでもない思い違いをしていたんだっ!」

 

 震える声で、妹紅に縋りつく。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「たとえ時間移動して歴史を変えたとしても、別の並行世界に分岐するのなら根本的な問題の解決にならないんだっ! これがどういう事を意味しているか分かるかっ!?」

 

 残された彼女達の事を考えると自然と語気が荒くなり、強く胸を締め付けられ、涙が溢れ出してしまう。

 私はこれまでの行いを懺悔するかのように、先程纏めた自分の考えを吐露していったが。

 

「……なんだ。今頃気が付いたのか」

「え……?」

 

 激情する私とは打って変わって淡白な反応だった。 

 

「西暦300X年の路地裏で魔理沙の理論を聞いたあの時から、とっくにその結論に至ってたよ。過去を真の意味で変えることなんてできないって。それでも私は、どんな犠牲を払ってでももう一度平和な幻想郷の世界を見届けたい――、その気持ちで協力を申し出たんだ」

「妹紅……」

『まあ、あの息苦しい世界にいるのが嫌だった――ていう打算的な目的もあったけどね』と切ない笑みを浮かべながら、妹紅は答えていた。

 

 彼女の覚悟は、深く考えていなかった私よりも複雑なものでいて、とても虚しいものだった。

 しかし、そんな不幸しか生み出さない残酷な現実を認めたくなかった私は、目を丸くしていたアンナに助けを求めるかのように問い詰める。

 

「――そうだっ! なあ、アンナ! さっき『時間の流れが全て解明された』って言ってたよな!? だったらさ、アンナの星では時間軸の仕組みはどう解釈されてるんだ!? 教えてくれ!」

「は、はいっ!」

 

 アンナは一瞬驚きつつも、言葉を選びながら答えていった。

 

「え、ええとですね、先程『アンナの星の人達は誰でもタイムトラベルできるのか!?』という言葉に頷きましたが、少し語弊があります」

「……どういうことだ?」

「この宇宙には、科学では解明できない理屈や事象が山ほど存在します。その中でも時間移動は最たるもので、理論や方程式が完璧でも必ず失敗してしまうのです。なのであたしの星では眉唾物扱いされてまして、殆どの人が関心を持ってません」

「理論や方程式が完璧でも成功しない?」

「へぇ、にわかには信じられんな」

 

(成功しないってことはつまり、理論が間違ってるってことなんじゃないのか?)

 

 アンナの話を聞いても頭にクエスチョンマークが浮かぶばかりで、言葉の意味がさっぱり分からない。

 

「この事象に関して、研究者達は『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と結論付けたため、一般公開されています」

「神様が制限してる――って、そんなのありえるのかよ!?」

「でも現実として過去や未来に行けた人は一人もいません。どれだけ科学が発展しても、解明できないものはあるのです」

 

 幻想郷には豊穣の神様だったり、山の神様だったり多岐に渡って色んな神様が住んでいるので、時を司る神様が居てもおかしくはない。

 だがしかし、これまで何度も時間移動を行っているが、今まで一度もそんな存在に出会った事はないので疑問が残る。

 それにアンナの言葉が真実なら、何故私だけが時間移動出来てしまうのか不思議だ。

 

 彼女の言葉に則るならば、私の時間移動の方法が神様の目をも盗むような方法だった――もしくは私が神様に特別に選ばれた存在ということになるが、さすがに自分がそこまで凄い人間だと自惚れてはいない。

 それに時間の神様が存在するのだとしたら、こうして絶望に打ちひしがれている私を嘲笑うような、性格の悪い奴に違いない。

 

「それで貴女の疑問についてなのですが、あたしの星でも『宇宙は幾つもの並行世界に枝分かれしている』や、『並行世界は存在せず宇宙は一つしかない』、さらには『そもそも時間移動など出来る筈もない』など多くの意見があります。しかし、時間移動に成功した人間は一人もいないので完全に実証されておらず、仮説の域を出ません。なので、時間移動を成功させている貴女のほうが、この宇宙の誰よりも正確な情報を持っている筈です。……お役に立てなくて申し訳ありません」

 

 懇切丁寧な説明と共に丁重に謝られてしまったが、私はどうすることもできず、「あぁ……」と情けない返事をしながら、地面に手を突き、くずおれてしまう。

 

(これまで私がしてきた事――いや、今までの私の人生に意味はあったのか……?)

 

 過去を改変する事で、皆が幸せになる素晴らしい未来へと進んでいく――。

 そんな自分の芯となる、心の支えとしてきた部分が呆気なく崩れてしまい、何もかもがどうでもよくなってしまう。

 今だって幻想郷を救う為に生命すら誕生していない大昔に跳んできたのに、〝人類の宇宙開発を月が妨害しなかった″並行世界に分岐してしまうのであれば、その行為すらも無駄な気がしてならない。

 

「あ~でもさ、ほら! まだ並行世界論と決まったわけじゃないだろ? 時間軸が一つだったら魔理沙が過去を変えることで世界が塗り替えられていたかもしれないじゃん! 諦めるのは早いって!」

 

 くずおれたままの私に妹紅が慰めるように言葉を掛けて来るが。

 

「もし宇宙が一つ、時間軸が同一なのだとしたら、この世界線に生きていた‟私”の延長線上の未来が今の私にならなければならないんだよ! じゃないとタイムパラドックスが生じて整合性が取れなくなる。私はこの世界の〝私”が歩んだ霊夢が自殺しなかった歴史――西暦200X年7月30日~西暦205X年の記憶――もないし、何より西暦215X年にアリスからこの世界線の〝私″が寿命で死んだ事実を聞いている。つまり、並行世界論なのはほぼ間違いないんだ」

 

 永琳の『魔理沙お婆ちゃん』発言、天狗の記事、その他西暦215X年で出会った妖怪全てが私に対して甚く驚いていた事から、この世界線の〝私″が天寿を全うしたのは間違いない。

 

「はぁ~……」

 

 最早ため息しか出てこない。

 根本的な解決とならないなら、これでは何のために時間移動を習得したのかわかったものではない。

 こんな苦しみを味わうのなら、タイムトラベルなんてするんじゃなかった――そんなネガティブな考えすら思い浮かんでしまう。

 

「…………」

 

 39億年前の大地に重苦しい空気が流れ、全員が押し黙ってしまい、聞こえるのは自分の息遣いのみ。

 そんな中、アンナはこの沈みきった空気を変えるかのように、悪く言えば空気を読まずにおずおずと口を開いた。

 

「……えっとあの~、あなた達のお名前を伺っても宜しいですか?」

「……そういえば自己紹介がまだだったな。私は霧雨魔理沙だ」

「私は藤原妹紅。よろしくね」

「魔理沙さんに妹紅さん、ですね。魔理沙さん、事情はよく分かりませんけど元気を出してください。きっとあなたのやってきた事は無駄ではない筈です」

「そんな気休めは止してくれ……。もう何もかもが嫌になったんだよ……」

「魔理沙。私達には待ってくれている人がいるんだ。その人達の想いを裏切るつもりなのか?」

「でもさ……、もう時間移動なんてしたって無意味なんだよ……。私にはもう何もできないんだ……」

 

 これまで関わって来た人達全てを裏切ってきたのかと思うと、本当に申し訳なさで一杯になってしまう。 

 

「……では魔理沙さん。それなら今、この時代で、あたしを助けてもらえませんか?」

「え?」

「先程も話した通り、あたしが乗って来た宇宙船が故障してしまったので、その修理に協力して欲しいのです」

 

(ああ、そういえばそんな話だったな……)

 

 ペコリと頭を下げるアンナを見上げながら、もう遠い昔のような話を思い出す。 

 

(……よくよく考えてみれば、私よりもアンナの方が不安が大きいだろうな)

 

 アンナの立場から考えてみれば、仕事中に一億光年離れた見ず知らずの星に墜落してしまい、しかもそこはまだ地上に生命が発生していない未開の地で、帰る手段が完全に断たれた状態となっている。

 顔には全く出していないが、心の中ではきっと大きなショックを受けているだろう。それにも関わらず、自分の事を棚に上げて私を励ましてくれている。

 

(……何もかもを諦めるには早いな。きっとアンナの方が不安で一杯なはずだし、立ち上がらないと)

 

 問題を先送りするように――良く言えば気持ちを切り替えることにして、私はくずおれた状態からゆっくり上がる。

 

「ああ、分かった。そんなに畏まらなくても協力するつもりだったしね。妹紅もそれで良いよな?」

「もちろん。でも魔理沙、大丈夫なのか? 目が赤いぞ?」

「ひとまず目の前のことに集中するよ。並行世界云々の話は後だ」

「……そうか」

「すみません。ありがとうございます」

 

 アンナは穏やかな笑みを浮かべていた。 



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第79話 修理

 さて、アンナの船を修理する方向性で決まったことに異論はないが、問題が一つ。

 

「えっと。私にお二人の何かお手伝いできることはありますか?」

「悪いけど私に直すことは不可能だな。専門外だし」

「右に同じく」

 

 私の時代――39億年後の未来よりも高度な科学力を持つ星から来た、いわばオーバーテクノロジーの塊を、きちんと修理する技術を持ったメカニックがいるかどうかだ。

 

「それなら魔理沙さん達がいた時代から、直せそうな人を連れてこれたりしませんか?」

「多分無理だろうな」

 

 月の民に妨害されていたとはいえ、人類は西暦300X年時点になっても宇宙へ飛び立つ事すらできず、地球に引きこもっている状態なのであまり期待は出来ない。

 その事実を伝えると、アンナは「……そうなんですか。この星は果てしない未来でもまだ、技術的ブレークスルーが起こってないんですね」と残念そうに呟いていた。

 しかしまだ諦めるのは早い。

 

「私が乗って来た宇宙飛行機に『河城にとり』というエンジニアがいてさ。彼女に見てもらうのはどうだ? 何せ後ろの宇宙飛行機をたった一人で建造したし、腕前は保証するぜ」

「まあ最悪直らなかったとしても、この時代に置いてくことはしないし、安心しても良いよ」

「あの宇宙船を……!? ぜひお願いしますっ!」

 

 頭を下げるアンナに、藁にも縋るとはまさにこの事なんだろうな、と思いつつ私は「そういうわけだからさにとり。アンナの宇宙船を見てくれないか?」と、宇宙服内の通信器に向かって呼びかける。

 

「すぐにいくよ! …………」

「どうした?」

 

 快活に了承の返事をしたが、通信は切られていないので不審に思い訊ねてみる。 

 

「さっきの話全部聞こえてたよ。魔理沙、めげないでね。私は応援してるからさ」

「……ありがとな」

 

 そして通信は切られ、ものの5分程度で工具箱を片手にぶら下げたにとりがやって来た。もちろん、宇宙服を着るのも忘れていない。

 

「貴女がアンナちゃん? 私は河城にとり、よろしくね!」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」

「それじゃ案内してもらえるかな?」

「はい!」

 

 アンナは元気よく返事をして墜落した宇宙船の元へと歩いて行く。少しの好奇心を覚えた私と妹紅もその後に付いていく事にした。

 にとりは宇宙船の底面部分でしゃがみ込み、小さな扉を開く。

 

「ここがエンジン部分なんですけれど……」

「どれどれ?」

 

 にとりは隣で指差すアンナに従い、工具箱から懐中電灯を取り出して照らし出す。

 

(ほぉ~)

 

 私も頭上から覗き込んでみたが、基盤のようなものにタコ足配線の如くコードが入り乱れ、やはり何がなんだかわからない。

 隅から隅までエンジン部分を注意深く観察していたにとりは、やがて「アンナちゃん、このエンジンの設計図みたいなものはないかな?」と訊ねる。

 

「ありますあります! ちょっと待っててくださいっ!」

 

 駆け足で宇宙船の中に入って行ったアンナは、1分も経たないうちに戻って来た。

 

「これです!」

 

 右手で差し出したのは、指一本程度の小さな長方形の機械だった。

 メモリースティックによく似てるなぁ、と思いながらアンナの手元を見ていると、その機械から空中に3Dホログラムの設計図が投影される。

 こじんまりとした円筒状の形をして、パイプのようなモノが辺りにくっつき、各部には見たことのない言語で注釈と思しき文章が記されていた。

 

「ふむふむ、これは凄いね! 見た事も聞いたこともない技術が使われているよ! アンナちゃん、この文字は何て書いてあるんだい?」

「ここはですね――」

 

 アンナは順番に読み上げていき、にとりは真剣にメモを取っていく。

 

「――以上です」

「なるほどね。大体構造は分かったし、二~三時間もあれば直せるかも」

「本当ですか!? ぜひ、お願いします!」

「任せてちょうだい! ヌフフ」

 

 にとりは胸を張って答え、工具箱を広げて本格的に修理に取り掛かったので。

 

「にとり、私に何か手伝えることはあるか?」

「う~ん今のところ特には。何かあったら無線飛ばすからさ、魔理沙と妹紅は適当に時間潰してていいよ」

「分かった」

「アンナはここに残ってくれる? 色々と聞きたいことあるし」

「もちろんです!」

 

 そうして、にとりは本格的に修理を始めていった。

 

「んじゃにとりのお言葉に甘えて、作業が終わるまで宇宙飛行機で休ませてもらおうかな」

「だな。ここにいても役に立てそうにないし」

 

 楽しそうに作業を行いながらアンナと話すにとりを横目に見ながら、私達は宇宙飛行機に戻っていった。



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第80話 妹紅の疑問

※2018/04/07 読みやすいように一部改稿しました。

※2021/01/30 更に読みやすくしました。


「…………」

 

 機内に戻った私達は睡眠スペースのベッドに腰かけ、ヘルメットを脱いで静かに隣に置いた。

 

「ふう~、やっぱヘルメット着けてるとなーんか圧迫感あるよなぁ。魔理沙もそう思わないか?」

「…………」

 

 正面のベッドに座り、同じようにヘルメットを脱いだ妹紅が話しかけてきたが、今の私には呑気に雑談する精神的な余裕はなかった。

 さっきまでは、にとりやアンナと話すことでネガティブな気持ちを紛らすことが出来たが、改めて腰を落ち着かせたところで、再びネガティブな感情に苛まれてしまう。

 

「はぁ」

 

 妹紅は大きくため息を吐き、正面のベッドから私の隣に移動した。

 

「いつまで落ち込んでいるんだよ? そんなに暗く落ち込む姿なんて魔理沙らしくないぞ?」

「明るく振舞えるわけないだろ……。私にとってはかなりショックな出来事なんだからさ……」

 

 並行世界論では過去改変など不可能――その事実が重くのしかかり、私をいたく苦しめる。

 沈黙がしばらく続いたが、やがて妹紅が口を開いた。

 

「……私さ、あれからずっと考えてたんだけどさ、やっぱり並行世界説は間違っていると思うんだよ」

「だからもう気休めはいらないって言ってんじゃん。あっち行っててくれよ」

「まあいいから聞いてくれって。確かに魔理沙の仮説は割と筋が通ってると思うよ? でもさ、一つ気になる所があるんだよ」

「……なんだよ?」

 

 このまま邪険にしてしまうのも酷いかな、という感情に加え、妹紅の話に少し興味が湧いた私は、顔を上げて彼女に視線を向ける。

 

「この宇宙飛行機のことだよ。確かにとりが西暦213X年に魔理沙から設計図を貰ったって話らしいじゃん?」

「……それがどうしたんだよ?」

「でも魔理沙は設計図の存在すら知らず、渡した事実もない。これってさ、原因に対する結果――つまり因果が逆転してるよね」

 

 その事は確かに気になってはいたが、それが何か関係あるのだろうか。

 

「もし、時間移動して過去を変えた瞬間に並行世界へ移動するのならさ、因果そのものが消滅するから、未来の魔理沙が宇宙飛行機の設計図を渡す動機がなくなると思うんだ」

「?」

「未来の魔理沙は西暦213X年4月11日に設計図をにとりに渡して、20年後に今の魔理沙――未来の魔理沙から見て過去になる――が完成した宇宙飛行機を利用している。これってつまり、西暦213X年から西暦215X年まで、世界の時間が繋がっている証拠にならないか? もし並行世界が存在するのなら、未来の魔理沙が設計図を渡した時点で世界が分岐して、今の魔理沙が宇宙飛行機を利用することはなくなるだろうし」

「……待ってくれ、話を頭の中で纏めるから。え~っと……」

 

 今の世界線とは違う別の世界線から来た私がにとりに設計図を渡した時点でさらに別の世界線に分岐するのなら、元々の世界線にいた私は――

 ……駄目だ、ややこしすぎる。きちんと一から整理して考えてみよう。

 

 まず最初のきっかけが西暦215X年9月18日。

 あの時はタイムジャンプ魔法の強化の為に一度元の時間の自宅に戻り、重さに関する制限を取っ払った。続いて外の世界で魔法が使えるようにするために、予めマナを蓄えて置こうと思い玄武の沢を訪れた。その際、上流から流されてきたにとりと偶然出会い『あんたに頼まれていた物が遂に完成したんだよ!』という言葉を聞いた。

 

 あの時は何のことかさっぱり分からず、頭の片隅に留めておくだけにして、柳研究所を襲撃するために西暦250X年へ戻って行ったが、今思い返してみればこの時点で、未来の私による伏線が張られていた。

 

 そして私が宇宙飛行機の存在を明確に知った日が、西暦215X年9月19日、慧音と輝夜が自宅を訪れた日だ。

 

 延々と湧いてくる幻想を解明する研究所を潰しててもキリがない、という事で私の発案の元、月の民を説得する流れとなった。

 しかし問題は月へ向かう手段で、この時私は西暦215X年9月18日に聞いたにとりの意味深長な言葉を思い出し、一度その日に遡ることに決めた。

 

 そして翌日、思わぬ訪問客でもある輝夜の提案で永遠亭に向かう事になり、道中妖怪の山へと寄り道した時に宇宙飛行機の存在を知る。さらににとりの証言で〝未来の私″が仕組んだ事と理解した私は、この方法で月に向かう事を決めた。

 

 こうして整理してみると、〝未来の私が設計図を手渡した西暦213X年4月11日″から〝柳研究所を壊す前の西暦215X年9月18日″、そして〝柳研究所やその他沢山の研究所を壊した後の西暦215X年9月19日″の世界線は違うことになる。

 

 そうなると西暦213X年4月11日に設計図が手に入った瞬間に世界が分岐したのならば、西暦215X年の私は宇宙飛行機に辿り着けず、結果的に現在の状況と矛盾してることになり……。

 

(あーもう、こんがらがってきたぞ! 訳分からん! ――いや、待て。こう考えればいいのか?)

 

 自棄になりかけたが、何とか踏みとどまってさらなる長考に突入する。

 まず柳研究所に関していえば、そもそも西暦215X年には存在しないし、西暦250X年5月29日に私達が破壊したことで世界が分岐した為、この時点では世界線は同じなはずだ。もっと整理して考えよう。

 

 私がこれまで歩んできた軌跡を辿ると、まず霊夢が自殺した世界線――私がタイムトラベラーになるきっかけとなった最初の世界線――をAとして、西暦200X年7月20日に時間遡航し〝霊夢が自殺しなかった″過去へと改変することで、AからBの世界線へと移った。

 

 その後紅魔館を訪れた際、レミリアの願いもあって私は西暦200X年9月1日に舞い戻り、その時代の咲夜へ手紙を届けた。でも咲夜はレミリアによる吸血鬼化を拒み、『201X年6月6日に亡くなる』結果は変わらなかった。しかし、自分の寿命を伝え聞いていた咲夜が10年越しの手紙を送る事で、レミリアは後悔から立ち直り、それに伴って私はBからCの世界線へと移動した。

 

 次にややこしいのはCの世界線にまつわる時間の流れだが、これもまあなんとか説明がつく。

 

 まずCの世界線の未来――西暦300X年では幻想郷が滅亡してしまっており、その原因は博麗大結界の解れだと分かったので、一度250X年5月27日に戻り、紫にその事実を伝えた。

 その後に未来へ戻ると、今度は幻想郷が人間に侵略されて都会になってしまっており、妹紅に話を聞いたところそれが人間による幻想の解明だと分かり、色々と失敗を重ねつつも頑張ってきた。

 Cの世界線の未来も含めると、失敗した回数は合計で12回。失敗する度に世界線が一つずつずれていったのだとしたら、私が西暦300X年の博麗ビルの屋上で月へ行くと決断した世界線はOになっている筈だ。

 

 上述の通り、世界が分岐する一番早いタイミングが西暦250X年5月29日ならば、このCの世界線とOの世界線の歴史は、未来の幻想郷が〝滅亡して廃墟″になるか、〝滅亡して人の手により都会″になるかの違いでしかないので、西暦250X年5月28日以前の世界線はC≒Oが成り立つ。

 

 だがしかし、ここで問題になるのは、【〝未来の私″が西暦213X年4月11日のにとりに設計図を渡したのがどの世界線なのか】、【その設計図を渡した〝未来の私″が、どこの世界線からやって来た私なのか】の二点だ。

 

 私の考えだとCの世界線だと思うのだけれど、C~Oの世界線で幻想郷が滅亡した原因を考えると、AとBの世界線の未来でも幻想郷が滅亡している可能性が非常に高い。そうなってくるとAの世界線で渡された可能性も浮上するが、妖怪の山であんな大きな乗り物を建造しているなんて話は、見た事も聞いたことがない。

 ……しかし、この世界線の私はとにかく霊夢を救う執念で研究を続けてきたので、もしかしたら知らなかっただけかもしれない。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、〝未来の私″がどの世界線でにとりに設計図を渡したのか、断定できないのだ。

  

 続いて【その設計図を渡した〝未来の私″が、どの世界線からやって来た私なのか】についても、並行世界論では断定できない。

 

 何故なら、過去に跳んで歴史を変えるたびに新たな並行世界に分岐するのであれば、実質的に並行世界が無限に存在することになるからだ。結果的に時間移動可能な〝私″もその世界の数に合わせて無限に存在することになり、今こうして考えている間にも増え続けていることになる。

 

 仮に今より未来の私が並行世界に移動した時、それに私も引きずられて別の並行世界に跳ぶことになるのだろうか? もしくはこの世界に留まり続けるのか。私は世界が分岐する瞬間を感じ取れないので分からない。

 

 この問題については、無限に〝私″が存在するのであれば〝私″とは何なのか、世界とは何なのか? という哲学的な命題に行き着いてしまうので、考えるだけ無駄だ。それにもし、これまでの仮説で基準としてきたAの世界線が、私の預かり知らぬ所で未来の〝私″によって改変された結果なのだとしたら、前提から間違っていることになるのでこの仮説も無意味となる。

 

 随分と長くなってしまったが結論を出すと、【〝妹紅の疑問に対して、並行世界論ではどうとでも解釈が取れてしまうので収拾がつかず、真実を導き出せない″】。

 世界線、及び時間軸が一本ならまだ納得のいく説明がつけられるが、今の私と〝人間のまま死んだ霧雨魔理沙″が結びつかない理由が証明されない限り、この説を信じられない。

 なのであまり使いたくはないが、〝並行世界″という万能ワードを使ってこの現象に強引に辻褄を合わせるのなら、恐らくこうなるだろう。

 

「……やっと妹紅の言いたい事が分かったよ」

「結構長かったな。で、魔理沙はどう思ってるんだ?」

「その未来から来た私が〝西暦213X年4月11日に河城にとりに設計図を渡す″事が予め確定している世界に、現在の私が別の並行世界から移動してきた。と考えれば説明がつくだろう」

 

 要するに決定論という奴だ。自己同一性が否定されている以上、並行世界論を覆すにはまだまだ弱い。

 

「……つまり運命だと言いたいのか?」

「ああ、そうだ」

 

 歴史を改変した瞬間に並行世界に分岐してしまうのであれば、即ち全ての人間の行動は運命という名の超自然的意志によって予め定められていることになる。

 

 よく可能性は無限大なんて言葉があるが、普通の人間は未来を知る手段を持たないので、幾ら自分なりに考え抜いて決定した行動であっても、未来から見ればそこに至る経緯、過程など無視して、予め定められた『結果』のみが存在することになる。

 もし並行世界が存在せずに世界線が一本しかないのであれば、過去を変えた瞬間に未来は真っ新になり、世界は一から作り直されることになる……筈だ。

 

「魔理沙らしくない言葉だな。博麗ビルで『私は運命なんて陳腐なものは絶対に認めないからなっ!』と啖呵を切った魔理沙はどこへ行ったんだ? この言葉に私も大きく励まされたんだけどな」

「…………はぁ」

 

 妹紅の言葉は私の胸に深く突き刺さり、堪らず大きなため息が出てしまう。あの時は中々過去が変わらないことに苦しみながらも、いつかより良い未来が待っていると信じて疑わなかった。

 だけど、今は違う。

 幾ら未来を変えても根本的な解決にならないことを知ってしまったから。

 むしろ最初から知らなければよかったとさえ思ってしまう。

 

「っ! うぅ……」

 

 思いを巡らせたところで、遠い未来の別の並行世界で待ちぼうけしている紫やレミリアのことが頭に浮かび、クリアだった視界が滲みはじめていく。

 

「……とにかくあまり思い詰めないでくれよ。私は魔理沙が心配なんだ」

 

 そう言いながら、妹紅はぎゅっと私の手を握る。

 

「しばらくこうしてあげるから、元気出してくれ、な?」

「…………」

 

 彼女の優しい言葉に否定も肯定もせず、私は静かに涙を流していた。

 その間、妹紅は無言のまま頭を撫でてきたリ、肩に手を回してたりしてきたけれど、私はただただ悲嘆に暮れていた。




今回の話を纏めると、魔理沙の現在の知識では妹紅の疑問に対して並行世界論では説明しきれず、並行世界論そのものに疑問を投げかけるという話です。




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第81話 アンナとの別れ

 妹紅に慰められながら、ただただ無為な時間を過ごす事約二時間。にとりから『修理が終わったよ!』と連絡が入ったので、深くため息を吐きながら重い腰を上げる。

 積極的に話しかけてくる妹紅に生返事を返しながらヘルメットを被り直し、再びアンナの宇宙船へと向かって行った。

 

「~ってことなんだよ」

「そうなんですか~、ありがとうございます♪」

 

 そこには地面に散らかった工具を箱に戻すにとりと、細長く光る謎のパイプのような物を持ちながら談笑するアンナの姿があった。

 

(なんで楽しそうに話していられるんだよ……。――っ!)

 

 和気藹々とした姿を見て、一瞬黒い気持ちが湧き上がってしまった自分の思考に、嫌な女だなと自己嫌悪に陥ってしまう。

 

(ああ……もう最悪だ。嫉妬するなんて私らしくもない)

 

 そんな葛藤をよそに、妹紅はにとりに声をかける。

 

「終わったのか?」

「うん、これで多分直った筈なんだけど。なにせ宇宙船の修理なんて初めての事だからねぇ。アンナ、ちゃんとエンジンが掛かるかどうか確認してくれる?」

「はいっ!」

 

 元気よく返事して、アンナは駆け足で宇宙船に乗り込んでいった。

 

「……魔理沙大丈夫? なんだか目が赤いよ?」

「私のことは気にしないでくれ。大丈夫、大丈夫だから」

「でも……」

 

 まだ何か言いたげなにとりだったが、私の険な雰囲気を感じ取ったのか、黙りこんだ。

 自分が明らかにムードを悪くしている事を理解しているが、かと言って明るく振舞える程気持ちの整理も付いていない。

 会話もなく微妙な空気が漂う中、ふと、アンナの宇宙船に変化が生じる。

 静かに撫でるような音を立てながら宇宙船の上部のライトが点灯し、地面に深々と突き刺さっていた機体が1m程度浮かびあがる。

 

「にとりさん、動きましたよっ!」

 

 開いたハッチから輝く笑顔を覗かせるアンナに、にとりは白い歯を見せながらサムズアップしていて、どうやら修理は完璧だったようだ。

 それからアンナは宇宙船を着陸させた後、私達の前に降りてきた。

 

「一時はどうなることかと思いましたが、これで母星に帰ることが出来そうです! ありがとうございました! 貴女達は命の恩人です!」

「いやいや、私は特に何もしてないし、お礼ならにとりに言ってくれ」

「私も良い体験をさせてもらったし、むしろこっちがお礼を言いたいくらいさ」

 

 快活な笑顔を見せるアンナは、今の私にはとても眩しいものに思えてしまい、俯いてしまう。

 

「それと魔理沙さん! 貴女にもぜひお礼をさせてください!」

「私?」

 

 名前を呼ばれた私は、顔を上げて彼女を直視する。

 

「もし魔理沙さんと出会うことがなければ、きっとあたしはこの星で朽ち果てていたことでしょう。無限に続く時間の中、貴女と出会えた運命に感謝します」

「運命って……」

 

 なんだかとても表現が大袈裟すぎるし、ほんの少し前までその言葉に悩まされていた私にとって痛烈な皮肉のような気もするけれど、彼女は心の底から思っているようなので、頭ごなしに否定するのは躊躇われた。

 そして彼女は私と目を合わせて、手をぎゅっと握りしめる。

 

「例えこの世界が数多ある可能性の一つだったとしても、あたしが魔理沙さんに救われた事実は変わりません。あまり悲観的にならないでください。貴女がやってきた事には必ず意味があります!」

「……!」

 

 アンナの力強い意志を持った瞳に圧倒され、たじろいでしまう。

 それから手を放したアンナは、ポケットから何かを取り出し、私の右手に握らせる。

 

「これはささやかですがお礼です。受け取ってください」

 

 手渡されたものは、一本のメモリースティックだった。

 

「これは?」

「日本語訳された近距離航海用の宇宙船作製データです」

「え?」

「……あたしは辛いことがあった時、宇宙に飛び出して星を見に行くんです。どんよりとした宇宙の闇に吞み込まれないように、負けないように、と強く光り輝く星々の力に、あたしも負けてられないぞー! って励まされるんです。この太陽系にはプロッチェン銀河にはない素敵な星々が沢山ありますので、魔理沙さんもぜひ、星を間近で見てみると良いですよ♪」

「アンナ……!」

「……いつか必ず貴女に会いに行きますので、その時には笑顔の魔理沙さんを見せてくださいね?」

 

 それが不可能なことだと分かっていても、こうして会ったばかりの私を気遣ってくれていることに、胸が一杯になる。

 ずっと私に寄り添って身を案じてくれた妹紅もそうだし、にとりも気遣ってくれている。

 私は結局自分のことしか見えていなかったんだな……。

 

「……ありがとな」

 

 まだ完全には明るくなれないけれど、少しだけ気持ちが楽になった気がする。

 アンナは微笑みながら大きく頷くと、一歩後ろに下がり。

 

「それではあたしはそろそろ行きます! 皆さん本当にありがとうございましたっ! この御恩は一生忘れません!」

「元気でな~!」

「気を付けて帰るんだよ~!」

 

 アンナは再び深々と頭を下げた後宇宙船に乗り込み、ハッチが閉じられる。

 直後ふわりと宙に浮かび上がり、窓から別れを惜しみながら手を振るアンナに私達も手を振り返し、宇宙へと飛び立っていった。

 天へと昇って行く飛行機雲を見ながら、私は感傷に浸るように呟く。

 

「一期一会。もうアンナと会う事はないだろうな……」

 

 ほんの数時間ではあるが、アンナは私に強烈な印象を与え、心に一つの波紋を投じていった。

 彼女は『貴女がやってきた事には必ず意味があります!』と断言していたが、この出会いも未来に繋がっていくのだろうか? その答えもいずれ見つけ出さければならないだろう。

 

「……私達も元の時代に戻ろうか」

「うん」

 

 この場から立ち去る事に名残惜しさを感じつつ、私達も宇宙飛行機に引き上げていった。

 

 

 

 宇宙服を脱いでいつもの恰好に戻り、コックピットに座って発進を待っていると、横から妹紅が口を出してきた。

 

「なあ、アンナのプレゼントはなんだったんだよ? ちょっと見てみようぜ」

「そうだな」

 

 にとりのせわしない手の動きから、まだ発進には時間がかかりそうだと判断した私は、ポケットからメモリースティックを取り出して外面に付いたボタンを押す。

 すると表面の小さなガラス球から光が放射され、空中に投影される。

 

「なんだこれ?」

 

 画面には、細かい紙面が幾つも重ねられたファイルが表示されており、その一枚一枚には特殊な形の謎の図面と、各部分の特徴について解説が付いた文章が表記されていた。

 アンナは『近距離航海用の宇宙船作製データ』と話していたけど、こんなに複雑な内容だったとは。

 

「ああーー!」

「!!」

 

 感心していたその時、ずっと作業していたにとりが手を止め、投影された画面を見て大声をあげた。

 

「き、急に大声を出すなよ!」

「これ! この宇宙飛行機の設計図だよ!」

「なんだって!?」

「間違いないよ! だってこの図に見覚えがあるもん! 私の家にあるのと全くおんなじだよ!」

 

 興奮気味に語るにとりの横で、顎に手を当てながら妹紅が呟く。

 

「……ってことはアレか? 未来の魔理沙が設計図を手に入れたのはこの瞬間だったってことなのか?」

「そう……なのかもな」

 

 予想だにしていない展開に、私は困惑するばかりだ。

 

「ってことはやっぱり並行世界論は間違いなんじゃないのか? やっぱり因果がおかしくなってるじゃん」

「……ひとまず200X年に戻ろう。考えるのは後だ」

 

 また深く考え込むと、気持ちが沈んでしまう。

 それなら現実から逃げるように、目の前の事に集中した方が良い。

 

「準備できた! それじゃ発進するよ~!」

 

 宇宙飛行機は地球を脱出し、宇宙空間へ飛び出す。

 もうこの時代に来る事は無いだろう。

 

「よし。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年8月1日午後6時!」

 

 直後、再び縦に機体が大きく揺れたかと思えば、今度は下に吸い込まれていった。



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第82話 奇遇な再会

 ――西暦????年??月??日――――

 

 

 

 

「!」

 

 タイムジャンプした直後、今までとは違う雰囲気を感じ取った私は、すぐさま窓の外に視線をやる。

 いつの間にか停止した機体。無機質な光が機内を照らす中、外は先程までの瞬く星々がまるで幻のように消え去り、宇宙とは似て非なる深淵の闇に包まれていた。そして宙に浮かび上がる多種多様な形をした針も時間もデタラメな時計達が、この場所が普通ではないことを物語っている。

 どうやら今いる場所は、初めて幻想郷から宇宙へ飛び出した時に迷い込んだ時計だらけの世界のようだ。

 

(どうしてこんなタイミングで……?)

 

 西暦200X年から紀元前39億年に遡った時にはこんなことなかったのに。

 

(結局どれも推測でしかないんだよなぁ。モヤモヤしてしょうがない)

 

 前回は偶然発見した超自然的な力を放つ懐中時計を動かすことで、世界が動き出してこの場所から脱出できたけど、今回も同じことをしなきゃいけないのだろうか。

 

「はぁ、しょうがない。にとり、外に出たいからハッチを開けてくれないか?」

 

(こう何度も変な場所に巻き込まれてしまうのも何とかしないといけないな。一度隅から隅まで歩き回ってみるか?)

 

 ヘッドセットを脱ぎ、外に出た時のプランを考えながら扉が開くのを待っていたが、いくら待ち続けても返事がない。

 

「お~いにとり、どうしたんだ? 聞こえてるか?」

 

 首を傾げつつも、後ろからポンと肩を軽く叩いてみたが、何の反応もなく硬い感触が伝わってくるだけ。

 

「?」

 

 不審に思い、私は腰を上げてにとりの横に回り込んだところで、彼女の異変にようやく気づく。

 

「!?」

 

 なんとにとりは、目を見開いたまま真顔でレバーやスイッチに手を掛けたポーズのまま硬直していたからだ。

 

「ちょ、どうしたんだよ!?」

 

 慌てて肩を揺らしてみても、首がガクンガクンと揺れるだけで返事がなく、表情も全く崩れない。その姿はまるで、等身大の河城にとり人形に成り代わってしまったかのような不気味さを感じさせる。

 

「――まさかっ!?」

 

 すぐに体を反転させて妹紅に駆け寄っていったが、私の嫌な予感は見事に的中してしまった。何故なら彼女もまた、にとりと同じように足を組んだ状態で正面を見たまま、精巧なマネキン人形のように停止していたからだ。

 

「おい妹紅! 聞こえているか!?」

 

 必死に呼びかけながら顔の前で手を振ったり、肩を揺すったり、思い切って頭をシェイクさせたりくすぐってみたりなどあらゆることを試してみたが、やはり反応はない。

 

「どういう、ことなんだ……」

 

(以前はこんなことなかったのに……)

 

 理解不能な現象が立て続けに起こり、頭がパンクしてしまいそうだ。感情のままに泣き叫びたくなったが、理性を必死に繋ぎとめて、その衝動をぐっと堪える。

 

(落ち着け……落ち着くんだ私。にとりと妹紅に何が起こってる?)

 

 一度席に着いて、固まってしまった二人を改めてじっくりと観察するも、両者共に瞬き一つせず虚空を見つめたままだ。

 先程あれだけ揺らしまくったのに全く反応がないので、眠っている可能性は低いだろう。そもそも目が開いたままだし。次に、もしかしたら亡くなってしまったのではないか――という最悪の可能性を考えたが、にとりはともかく、不老不死の妹紅までもが完全に反応が無いので、この説もあり得ない。

 これは、そう。まるで世界の時間が止まってしまっているような――。

 

(……もしかして時間停止か? でもあれは咲夜の専売特許な筈じゃ)

 

「!」

 

 その時、視界の隅で何かが動いた気配を感じすぐさま振り返る。閉じられていた筈のコックピットの扉がいつの間にか開いており、一拍遅れたタイミングでハッチが開く音も遠くから聞こえて来た。

 

「……これは誘っているのか?」

 

 誰も何もボタンを操作していないのに、扉が開く怪奇現象。明らかに何者かが介入しているとしか思えない。

 

『あたしの星では『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と結論付けられました――』

 

 深刻な表情で語ったアンナの言葉が脳内によぎる。

 

 もしかしたら本当に、この謎の空間に〝神″がいるのかもしれない。

 

「よし、行くか」

 

 私は意を決してコックピットの外に向かった。

 

 

 

「…………」

 

 機体から降りて外に出た私は、気を引き締めて周囲を警戒する。

 暑くもなく寒くもなく、静寂に包まれた世界。濃霧の中に放り込まれたかの如く、100m先すら望めない視界の悪さ。にも関わらず、空中に浮かぶ時計だけは、どれだけ遠くに離れていても視力の限りくっきりと見えている。

 というかこの場所は何年何月何日なんだろう? そう思って脳内時計に思考を巡らしたが。

 

「エラーか?」

 

 これまでどんな場所でも正確に時間を伝えて来た脳内時計は『????』と表示されており、もしかしたら時間の概念が存在しない場所なのではないか? という疑念が残る。

 

(……考えていても仕方ない。謎を掴むには前に進むしかないだろう)

 

 一歩、二歩と、柔らかくも硬くもない地面を踏みしめ、前も後ろも分からない不確かな場所を探りながら気を配る。

 

(あまり離れ過ぎると帰れなくなりそうだな)

 

 以前来た時よりも視界が悪くなっているので、慎重に行動しないと永遠の迷子になってしまいそうだ。

 ひとまず近い場所からうろついていこうかなぁ、と思い始めたその時、この空間全体にハイヒールの音が響き渡る。

 

「!」

 

 息を殺して立ち止まり、耳を澄ませながら全方位へと気配を探っていく。その音は徐々に大きくなっていた。

 

(こっちか!)

 

 体を90度ずらし、万が一の為に八卦炉に手を掛けつつ、足音の主を待ち構える。

 1秒が10秒のように長く感じる体感時間。闇に包まれた空間から徐々に人影が見え始め、その主は完全に姿を現した。

 

「クスッ、久しぶりね魔理沙」

「お前はっ――!」

 

 予想だにしていない人物の登場に、私は驚愕した。

 見た目10代後半くらいの若々しい容姿、シルクのような流れる銀髪におさげをぶら下げたボブカットヘア。サファイアのような蒼い瞳。クールな印象を受ける端正な顔立ち。

 それは私の数少ない人間の友人の一人で、紅魔館のメイド長として働いていた【十六夜咲夜】と瓜二つの女性だった。

 だが彼女はもう遠い過去の人物だ。まさかこんな場所で再会するとは思えない。

 

「――私が知る咲夜なのか?」

 

 愕然とした私の口からまず真っ先に出て来たのは、相手の正体を確かめるような言葉だった。

 

「ええ。かつて紅魔館でお嬢様に仕えて白玉楼で別れを告げた、あなたが良く知る十六夜咲夜本人ですわ」

「!」

 

 私の問いかけに微笑みながらはっきりと肯定したことで、多くの疑問が口から飛び出す。

 

「なんでお前がこんな所にいるんだ!? 201X年に亡くなった筈じゃなかったのか!? てかここがどこか知っているのか!? しかもその恰好は……!」

 

 咲夜は生前? に着けていたトレードマークとも呼べるメイド服ではなく、純白のロングワンピースを身に纏い、イメージとしてはブーケのないウエディングドレスのような清廉とした印象を受ける装いだった。

 

「フフ、混乱しているみたいだし、一つずつ質問に答えていきましょうか」

 

 そうして咲夜は語り始めた。



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第83話 時の女神

高評価ありがとうございます。



「まず私の正体なんだけどね。私は時間の概念の象徴――ざっくり言ってしまえば神に近い存在なのよ」

「時間の神だって?」

 

 唖然としている私をよそに、咲夜は言葉を続けていく。

 

「遥か昔、ビッグバンによりこの宇宙が誕生し、〝無″しか存在しなかった世界に〝時間″の概念が確立された瞬間に、〝私″も誕生したの。その時から全宇宙の時間の流れを統括し、因果が崩れないように宇宙を書き換えて、現在の法則を創造したわ」

「なんかもう途方もない話だな……」

 

 アンナという宇宙人の存在といい咲夜の素性といい、衝撃的な事実が多すぎてもう一生分驚き尽くしたかもしれない。

 

「そして魔理沙がいるこの場所は私の領域――【時の回廊】よ」

「時の回廊?」

「今真の姿を見せてあげるわ」

 

 そう言って咲夜は右腕を掲げ、指を弾く。

 氷が割れた時のような清涼な音と共に、真っ暗だった空間が一気に明るくなり、この場所の全容が見えて来た。

 空に浮かんでいた時計は消えてなくなって、変わりに雲一つない青空がどこまでも広がっている。

 北東の方角には、天を貫く高さの巨大な時計塔。外観はざっくり言えば紅魔館の時計台に非常によく似たゴシック建築様式。しかもこの距離からでもはっきり時計の文字盤が読めるということは、多分数㎞~数十㎞は離れているんじゃないかな。詳しくは分からないけど。

 続いて正面に目を向けると、私と咲夜・宇宙飛行機を囲むように幅が100m以上の広い通路があり、路肩部分には古びた石柱が一定の間隔で建てられている。この通路はどこまでも続いていて、終点は見えない。

 通路の外側――石柱の向こう側――は見る方角によって違う景色が広がっている。

 一方には満開の桜が咲き乱れる風光明媚な場所と、茜色に色付いた落葉樹から葉がヒラヒラと舞い落ちる雅な紅葉が広がる地域が見える。

 またもう片方には、先程の巨大な時計塔が目立つ荒涼とした砂漠地帯が地平線の果てまで続いていて、ある境界を過ぎると雪だるまが作れそうなくらい雪が降り積もる地域となっている。

 四季の象徴となる景色がいっぺんに並ぶ、気候も地形も常識も吹き飛んだごちゃまぜな世界となっていた。

 

「ほぉ~まさかこんな愉快な場所だったとはなあ」

 

 さながら観光客のようにキョロキョロとする私に、咲夜は説明を続けていく。

 

「ざっくり言ってしまえば、ここは〝時間の概念が誕生した瞬間から、時の最果てまで自由に通行可能な通路″だと思ってくれて構わないわ。物質的にしろ精神的にしろ時間移動する手段は幾つかあるけれど、どの手段で跳ぶにしても必ずここを通らないと過去や未来に行けないの。私がそうなるように宇宙の法則を〝創った″からね」

 

 その言葉には自信が満ち溢れており、生前? の彼女と性格が変わっていないことに、安心感を得ていた。

 

「……お前がとにかく凄い存在だと言うのは分かった。でもそしたら、幻想郷にいた十六夜咲夜は何だったんだ?」

 

 幻想郷で出会った彼女が人間だったのは、当時葬式に参列した私や彼女の死亡診断書を記した永琳が証明している。しかし咲夜が全宇宙の時間を司る神様で、気が遠くなるような時間を過ごして来たのであれば、これは明らかにおかしいことになってしまう。

 すると、今までニコニコしていた咲夜は陰りを見せ始める。

 

「……森羅万象全てに、始まりがあれば終わりがある。それはこの宇宙でも例外ではないわ。ありとあらゆる存在は時間の檻から逃れられず、生滅を繰り返す。まさに栄枯盛衰ね。時の回廊から眺めていた私は常に孤独だったわ」

「はぁ」

 

 唐突に壮大なバックストーリーを語り始めた咲夜に生返事を返すことしかできなかったが、彼女は気にする様子もなく語って行く。

 

「けれどそんなある時、宇宙の辺境に位置する天の川銀河、そこの太陽系第三惑星に、時間の概念に革命を起こした天才と〝永遠″の概念を持つ人間を発見した。これは魔理沙もよく知る人物よ」

「そんな人いたっけ?」

 

 自分の交友関係を思い巡らしながら、様々な人妖の顔を思い浮かべつつ関係ありそうな人物を絞っていき、やがて該当する人物に行き当たる。

 

「あっ! もしかして永琳と輝夜か?」

「正解。八意永琳は宇宙一の天才よ。物質的な肉体を捨てて無機質な肉体を得る、もしくは精神的な構造体に分離することで疑似的な不老長寿に辿り着いた存在はいたけれど、完全なる不老不死を実現させたのは〝八意永琳″ただ一人なのよ」

「そして蓬莱山輝夜も、ただの人間には有り余る〝永遠と須臾を操る程度の能力″を保有している。私と同格の神様になっていてもおかしくないわ」

「へぇ、そうだったのか」

 

 咲夜はさも凄い事のように語っているけど、私から見た二人の印象は〝戦闘も医術も何でもこなす凄腕の名医″と〝浮世離れした優雅なお姫様″でしかないので、いまいち実感が湧かなかった。

 

「でもそれが何の関係があるんだ?」

「私の中では、時間の理を覆す不滅の存在が現れるのは完全なイレギュラーだったのよ。一体どんな人物なんだろうと気になって、彼女達が生きる時間に意識を向けた」

「そこで日本の○○にある幻想郷という土地を発見してね、永琳と輝夜が多くの時間を過ごす未来を観測した私は、自分の力を徹底的に貶めて分身を創り出し、彼女達の秘密を探るために幻想郷に潜入させたのよ。このままの姿で干渉すると時間軸が崩壊する可能性があったからね。……それが人間〝十六夜咲夜″の正体」

「……んーとつまり分霊みたいなもんか?」

 

 異変の時に神奈子が創り出していたようなアレを思い浮かべる。

 

「ちょっと違うけどまあそう解釈してくれて構わないわ。けれどここで、大きな誤算があった」

「誤算?」

「どこをどう間違えてしまったのか、神格を落として人間の自分の分身を創り出す過程で記憶を写しそこねちゃってね、真っ新な状態になってしまったの。人格や知識、一般常識は残っているのにエピソード記憶だけが存在しない……、いわゆる記憶喪失の状態ね」

「!」

「その時の私の主観では、右も左も分からない状態でいきなり見ず知らずの土地に放り出されて、自分の行動も、名前すらも思い出せない状況にパニックに陥っていた……。そんな私をお嬢様は優しく迎え入れてくださったわ。結局当初の目的は果たせなかったけれど、幻想郷は空っぽだった私に多くのモノを与えてくれた。特に生まれてこの方名前のなかった私に〝十六夜咲夜″という個人名と、温かな居場所を与えてくださったお嬢様には、感謝してもしきれないわ」

「そうだったのか……」

 

 語り終えた咲夜は、晴れやかな表情をしていた。

 今思い返してみれば、生前の咲夜は自分の過去について多くを語ろうとしなかったが、それが記憶喪失なら納得は付く。

 それにレミリアに名前を付けられるまで、時の神としての個人名が存在しなかったのにも驚きだ。名前のない自分なんて、全く想像が付かない。

 だが話を聞いていて、少し腑に落ちない点がある。

 

「一つ疑問なんだけどさ、咲夜は過去も未来も全て見通せる存在なんだろ? ならどうして幻想郷に分霊を送り出す時に、〝記憶を失う″未来を回避しなかったんだ? 未来が見えるなら完全な状態で幻想郷に行けるだろ?」



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第84話 主観と客観

「む」

「結局お前はレミリアをダシに使ったんじゃないのか?」

 

 自分でも底意地の悪い質問だとは思っているが、つい気になってしまい口に出してしまった。

 何故ならレミリアは本気で咲夜に頼り過ぎてしまった事を悔やみ、プライドの高い彼女がそれを投げ捨ててまで過去を変えて欲しいと懇願してきたのだ。もし咲夜がその未来を知りつつ敢えて何もしなかったのだとしたら、かなり独善的であると言わざるを得ない。

 私の言わんとすることが伝わったのか、咲夜はムッとした表情で答える。

 

「確かに私は無限の時間を見通すことが出来るわ。けれどね、それはあくまで時間軸の外側――時間の概念が存在しない時の回廊――から眺めている私の主観でしかないの。分かる? 私が世界に介入したことで、観測した歴史が改変されてしまったのよ。気づいた時にはもう、幻想郷に記憶喪失の私が存在していた……。一度送り出してしまった以上、やり直しは利かないのよ」

「……ちょっと待て。どういう意味だ? 咲夜は時間の流れから独立した客観的存在、いわば観測者ではないのか? その〝変化した歴史も込み″で、未来を見通せないのか?」

「そもそも時間という概念を客観的に見る事は不可能よ。何故なら主観をどこに置くかで大きく変わってしまうから」

「は?」

「じゃあ魔理沙に聞くけれど、過去・現在・未来っていつからいつを指すの?」

「そんなの、西暦215X年9月19日が現在でそれ以前が過去。それ以降が未来なんじゃないのか?」

「それは魔理沙の主観が西暦215X年9月19日にあるからよね? なら仮に西暦220X年に主観を置いた場合なら、過去・現在、そして未来はどうなると思う?」

「……西暦220X年が現在になって、それ以前が過去、それ以降が未来になるな」

 

 主観が50年ズレることで、過去・現在・未来の定義もそっくりそのまま50年ズレる事になる。

 

「つまり主観とは、どこか一点に留まる事なく時間の流れに乗って常に未来へと流動性を持っているの。それは無機物有機物問わず、宇宙の全ての存在に当てはまるわ。でもその例外が私と魔理沙。時間の流れを飛び越える存在にとって、主観はないに等しい」

「ふむ……」

 

 観測者の〝主観″がどこに委ねられるかで過去・現在・未来の定義が変わる――咲夜の説明は、的を射ているように思える。

 

「地球では、時間が人間によって1日=24時間・1時間=60分・1分=60秒と定義されているように、常に規則性を持って過去から未来へ流れているわ。敢えて客観性を見出すとしたらここね。人間は強引にでも客観性を創り上げなければ、自らの生活が成り立たなくなってしまうから」

 

 確かに、今や当たり前のように使われている時制の概念が無かったら生活はめちゃくちゃになっているかもしれない。三時のおやつの時間も分からなくなるし。

 

「幾ら私でも二つの主観を同時に持つことはできない。幻想郷に人間の十六夜咲夜が出現した瞬間に、私の主観は〝幻想郷に記憶喪失状態で現れた十六夜咲夜″と、〝時の回廊に居る私″に別れたの。時の回廊に居る私が時間軸に干渉してしまえば、再び歴史が改変されてしまうから手出しは無理。だから、人間の十六夜咲夜が人としての生涯を閉じて、その魂が輪廻の輪から抜け出て本体である私の元に戻るのを待っていたのよ」

「成程なぁ」

 

 纏めると、時間とはあくまで相対的なもので、絶対的な客観性を保つためには時間の外側である時の回廊に居なければならない。そこから動いてしまえば宇宙の歴史が変わってしまい、客観性が崩れてしまうって事か。

 それなら色々と納得がいく。もしあんな結末を事前に知っていたのだとしたら、悲嘆に暮れるレミリアを放っておくわけがないだろうし。

 

「そして魔理沙の疑問に対する答えはこうよ。『私が幻想郷で十六夜咲夜という人間として過ごしていた時は、時の神としての〝私″の存在や使命なんかすっかり忘れて、人間として日々を一生懸命生きていた。お嬢様を心の底から敬愛し、忠誠を誓っていた』。この言葉に噓偽りはないわ。二度とお嬢様を侮辱しないでもらえる?」

「わ、悪かったよ」

 

 鋭い眼で睨みつけられたので、素直に謝った。

 ちなみに咲夜のウエディングドレスっぽい衣装については、その方が神様っぽく見えるという理由で着ているだけで、特に拘りがあるわけではないようだ。

 

 

 

「これで魔理沙の疑問には一通り答えたと思うけど」

「いや、まだ聞きたいことがあるんだ」

 

 咲夜の身の上話も大事だったが、それよりももっと核心に迫る真実を聞きたい。

 

「なあに?」

「世界の解釈についてだ。この宇宙に並行世界は一体どれだけあるんだ? いや、そもそも時間の流れとはなんなんだ?」

 

 どれだけ仮説をこねくり回しても、世界の内側にいる私には正しい判断が下せない。ならばいっそ、最も良く知る存在に話を聞いた方が手っ取り早い。こんな機会はもうないかもしれないし。

 

「並行世界? 魔理沙はどこまで知ってるの?」

 

 私はこれまでの出来事と自分の考えを咲夜に全部説明する。

 

「なるほどね。少し長い話になるけど良いかしら?」

 

 私は無言で頷いた。

 

「ではまず結論から話しましょうか。この宇宙には〝並行世界、多次元宇宙といった存在はないの″。宇宙は一つ、時間軸は過去から未来へと常に繋がっているわ」

「なん……だって?」

 

 咲夜の言葉に耳を疑い、心なしか体が震えて来る。

 

「現時点の魔理沙が知り得る情報かつ貴女の主観に沿って話すのなら、貴女がこれまで過去を改変したことで〝霊夢が自殺した歴史″〝お嬢様が私の死に悲嘆する歴史″〝狂った八雲紫が待ちぼうけしている歴史″は無かった事になって、歴史は〝霊夢は天寿を全うし″、〝お嬢様は私の死から立ち直り″、〝幻想郷跡地で八雲紫が未来を変えるのを待ち続ける″結果に塗り替えられたわ」

 

 霊夢達の話が取り上げられていくたびに、心臓が早鐘を打ち続けていく。

 

「ってことはつまり……私は霊夢も、レミリアも救うことができたのか……?」

「その通りよ。貴女はもう思い悩む必要はないの。貴女の行動によって間違いなく歴史が――世界が変わったのだから」

「噓じゃないんだな!?」

「本当よ。そんなに信じられないのなら、今の言葉を神託扱いにしても良いけど?」

「良かった……! 本当に良かったっ……!」

 

 咲夜の言葉は、不思議と胸の中にストンと落ちてくるように響いた。

 自分がこれまでしてきた全てが報われた事。彼女達が真の意味で救われたのを知り、気づけば頬を涙が伝っていた。

 

 

 

「……落ち着いた?」

「ああ、なんか済まないな。見苦しい所を見せちゃって」

 

 しばらく涙を流し続けてようやくほっと一息ついた所で、だんだんと頭が冷静になってくる。

 

「で、でもさ、世界が同一なら、人間の霧雨魔理沙と魔女になった私が結びつかなくなるんだが、それは矛盾じゃないのか!?」

 

 私はこの疑問に解を出せなくて並行世界理論を提唱した。ならば、咲夜はこの答えを知っているのだろうか?

 そう思いつつぶつけた疑問に、咲夜は考える素振りすら見せずきっぱりと断言した。

 

「矛盾はしていないわ。何故なら世界は常に折り重なっているから。貴女が人として亡くなる過去も、時間を移動する術を身に付けて今こうして私と会話する過去も、確かに歴史としては存在したのよ」

「???」

 

 言葉の意味がわからず、私の頭はクエスチョンマークで一杯になっていた。

 

「……その顔を見る限りよく分かってないみたいね。図で書いて説明しましょうか」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、時の回廊のど真ん中に2人掛けの机と椅子が出現し、机の上には真っ新な紙束と筆記用具が置かれていた。

 

「どこからこんなもの出したんだよ?」

「細かいことは気にしないの。座りなさい」

「はぁ」

 

 既に着席していた咲夜に急かされながら、私も対面に座った。



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第85話 時間の真実

感想欄で説明は一纏めにした方が良いとアドバイスを頂いたので、この話に全てを詰め込みました。
総文字数5937文字です。

2021/02/14 文章の改稿と追記を行いました。


 彼女はHBの鉛筆を手に取って、真っ新な紙に一本の横線を引き、それぞれの端に過去・未来と記す。

 

「まずイメージとして、世界はこの一本の線だと思ってちょうだい」

「おう」

 

 咲夜は横線の左端付近に〝西暦200X年7月20日″、右端付近に〝西暦215X年9月15日″と注釈をつけた縦線を追加する。

 

「一番最初の霊夢のケースで例えると、魔理沙が西暦200X年7月20日に跳んで過去を変えた時、世界はこのように変化していったの」

 

 続けて、西暦215X年9月15日から西暦200X年7月20日にかけて半円状に矢印を伸ばした後、そこから、元々記されていた横線の上をなぞって真っ直ぐ横線を引き、右端に【霊夢・生】と付け加える。

 寸分の狂い無く綺麗に二度書きすることで、横線――つまり世界線は鉛筆の濃さで例えるならHBからBにまで濃くなった。

 この行為が意味することはすなわち。

 

「世界が……上書きされた?」

「その通り。魔理沙が西暦200X年7月20日に歴史を改変したことで、この日以降の時間軸も上書きされたのよ。魔理沙の仮説と大きく違うのは、〝IF(もしも)の世界が存続するかしないか″」

 

 私がアリスに説明した時は、西暦200X年7月20日の出来事を変えた時に歴史が分岐すると話した。だが咲夜によるとそれは大きな間違いで、並行世界に分岐することは有り得ないと言う。

 

「しかしこれだと元々の世界、私が過去を変える前の世界はどうなるんだ? ……ま、まさか消えてなくなってしまうのか?」

「違うわ。【西暦200X年7月20日に霊夢が自殺した】歴史を元に、【霊夢が自殺した事実は無くなり、西暦200X年7月20日には何も起こらなかった】という歴史へ〝上書き″するだけ。世界はあくまで一つしかないから」

「つまり私が過去を変えた場合、〝改変前の歴史は全て改変後の歴史に塗りつぶされる″ってことか」

「過去が変わるきっかけを除いてね。私が挙げたケースで言えば霊夢がちょうどこの条件に当てはまるけれど、彼女の場合自ら命を絶ってしまったから、死後の記憶は残っていないでしょう」

「……ん? ってことはもしかして、レミリアや紫も改変される前の過去を覚えているのか!?」

 

 私の指摘に咲夜は頷いた。

 

「間違いなくそうでしょうね。魔理沙が過去を変えてから再会した時、二人に何か言われなかった?」

 

 その問いかけで記憶の底を漁っていくと。

 

「……そういえば」

「思い当たる節があるようね」

 

 レミリアには『貴女は良くやってくれたわ。私が今こうして立ち直れているのも、全て貴女のおかげと言っても過言ではないわ』と感謝され、紫には一緒に過去へ戻ろうと誘った時『過程がどうあれ結果的に幻想郷の崩壊を止めることが出来なかったんですもの。過去に戻っても悲しいだけですわ。私は、ここで未来が変わるのを待つことにしますわ』と断られた。

 当時は何とも思わなかったけど、今思い返せばこの含みを持たせる言い回しは世界が同一であることの伏線だったのかもしれない。

 

「ここまでの話を纏めると、【魔理沙が過去を変える度に、世界は新たな歴史へ書き換えられる】。貴女以外で変わる前の歴史を認識できるのは〝過去が変わるきっかけとなった当事者″と、時の回廊で観測する私。例外は輝夜くらいでしょうね」

「輝夜も?」

「彼女の〝永遠と須臾を操る程度の能力″は、世界の上書きを受け付けないのよ。だから魔理沙がどれだけ歴史を書き換えたとしても、輝夜だけは以前の歴史を持ち続けることになるわ」

「成程なあ」

 

 私の家で語っていた輝夜の仮説は結果的には間違っていたものの、あれは今までの体験の裏付けだったんだろう。今度輝夜に会った時にこの話を伝えることにしよう。アイツの性格的に喜びそうな気がする。

 

 

 

「さて、次の疑問『何故人間の霧雨魔理沙とタイムトラベラー霧雨魔理沙が結びつかないか』については、このように説明できる」

 

 咲夜は鉛筆の先端で紙に記された世界線を指す。

 

「私はさっき、この世界線をそのままなぞったわ。一見すると一本しかないように見えるけど、実際にはピッタリ二本重なっている。つまり魔理沙が時間移動して歴史を改竄するたびに、世界が動いた痕跡がミルフィーユのように幾層も積み重なっていくの」

「……どういうことなんだ?」

「先程も話した通り、世界は0から再構成されるのではなく、元々存在した時間軸上に新たな〝上書き″を施すわ」

 

 咲夜は西暦215X年9月15日、と記された縦線部分に鉛筆の先端を向けた。

 

「この日付は貴女が150年掛けて時間移動の理論を確立し、タイムトラベラーとなった日」

 

 再確認させるように述べた後、鉛筆を置いて黒色のマジックペンを手に持ち、この縦線と世界線の交点に印を付ける。 

 

「魔理沙のように時間の理に至り、なおかつ私の認可を受けた知的生命体は時間軸上の〝特異点″になるわ。マジックペンを消しゴムで消すことができないように、特異点になった知的生命体は因果の理から外れ独立する。つまり時間軸が上書きされても存在が消えることはないの」

「!」

「何故なら上書きする前の世界線の痕跡――〝霊夢の自殺を防ぐ為に魔理沙が時間移動を習得し、過去に戻って歴史を変えた″という因果が礎となって、〝霊夢は天寿を全うした″という歴史になったから。これが完全に世界の記録から消滅してしまうと因果律の崩壊が発生してしまうのよ」

「タイムパラドックスってやつか」

「そう。結果として西暦205X年に亡くなった人間の霧雨魔理沙と、今ここで私と会話しているタイムトラベラー霧雨魔理沙は〝容姿も思考も人格も全く同じ別人″になるの。人間魔理沙≠タイムトラベラー魔理沙。これが答えよ」

「……限りなくそっくりな同姓同名の別人ってことになるのか」

 

(まるでドッペルゲンガーみたいだな。ただ一つ違うのは、どっちも本物だということだけど)

 

 咲夜の理論では、今の私が人間の〝霧雨魔理沙″に干渉しても、親殺しのパラドックスは起こらないことになる。

 私と〝私″が結びつかない理由については納得出来たが、話を聞いてまた新たな疑問が生まれた。

 

「一つ疑問なんだが、妹紅の存在についてはどう解釈すればいいんだ? 彼女が生きる時間――西暦300X年5月6日時点で、〝私と一緒に時間移動を繰り返す妹紅″と、〝紫の誘いで西暦282X年に地球から月の都に避難した妹紅″の二人がいる訳だが……、タイムトラベラーじゃない彼女も特異点になるのか?」

 

 後方に停まる宇宙飛行機の中で、今も止まったままの二人を思い浮かべる。

 

 にとりに関してはまだ過去も未来も改変してないので、このにとりは同一性を保っている筈だけど、妹紅については事情が違ってくる。

 

 まず前提として、先程咲夜は『魔理沙のように時間の理に至り、なおかつ私の認可を受けた知的生命体は時間軸上の〝特異点″になるわ』と話していた。言い換えれば、私のように時間を自由に移動する手段を持たなければ特異点にならないとも解釈できる。

 

 実際、私が過去を改変したことで、西暦215X年9月17日のレミリアと西暦300X年5月7日の紫は、改変前の記憶こそあれど、改変後の歴史に沿った人生を送っていた。

 

 しかし妹紅の場合、私と一緒に何度も時間移動して歴史改変を繰り返したことで、既述の通り二通りの歴史を辿った妹紅が存在している。

 

 咲夜の理論に当てはめるなら、特異点化の条件を満たしていない彼女が二人いる事実はタイムパラドックスを引き起こしていることになるのだ。

 

 ちなみに彼女達が動かなくなった理由は、咲夜の登場で何となく想像ついたので、これについては訊ねない。

 

「ちょっと説明が難しいんだけどね、特異点になった魔理沙に引っ張られるように、彼女も一時的に特異点化して世界の上書きから逃れてるって言えば伝わるかしら」

「どういうことだ?」

「歴史改変は宇宙の記録全てを塗り替える壮大な現象。全ての事象は改変後の歴史に沿って事実が上書きされるわ。けれど特異点と共に行動する知的生命体は、歴史が確定するまでの間暫定的に保護されるのよ。何故ならその時点では彼女の存在が世界にとって不確定な状態にあり、特異点の〝観測″によって存在が証明されているから」

「……ちょっと待ってくれ。それじゃあ妹紅が私から離れたら存在が消えてしまうのか? そんなの――」

「結果的にはそうなるけど早とちりしてはダメ。存在が消えると言っても死ぬわけじゃないの。その時その歴史に沿って生きて来た元々の自分へ、歴史が変わる前の人生と変わった後の人生の二つの記憶を持って再構成されるから」

「えーと、それは妹紅で例を出すなら〝私とタイムトラベルをした記憶″を持つ妹紅と、〝タイムトラベルせずに生きてきた記憶″を所持することになるのか?」

「そうそう、その通り。そして特異点化が解消されるタイミングは、改竄された後の歴史に生きる〝自分″と顔を付きあわせた時、もしくは時間移動する因果が過去改変により消え去った時。先程の妹紅の例では、西暦300X年時点で幻想郷が存続する未来に変わった時になるわ」

「マジか……」

 

 これまで幻想郷を復活させようと一緒に頑張ってきたのに、当の本人はその目で見届けられないことに、何だかやるせない気持ちになってしまう。

 

「でもね、繰り返す事になるけど死ぬわけじゃないのよ? 融合……一体化するって表現が近いわ」

 

 二人の妹紅が組体操のように肩の上に立つ姿が頭をよぎったけど、首を振ってすぐにそのイメージを取り消す。

 

「それだと記憶と現実の違いで混乱したりするんじゃないのか?」

「思い出と記録の違い――って例えればいいかしらね。自分で身を持って体験してきた記憶と、本から得た客観的な記録では脳に残る印象は大きく変わってくるでしょ? それと同じように改変前の世界の記憶はまるで夢のように、自分ではない別の誰かのように捉えられる」

「ふ~ん。だけど私は過去の自分に会った時にはそんなこと起こらなかったぜ?」

 

 時間移動を完成させた西暦215X年9月15日、実験と称して〝5分前″と〝10分後″に跳んだ事を思い出す。

 

「それは跳んだ時間がごく僅かで、尚且つ未来に大きく影響を与えるような出来事ではないからね。何故ならその輪の中で因果が完結してるから。だけどもっと大きな歴史の分岐点で過去の自分に影響を及ぼした場合、魔理沙の記憶も先の妹紅の例のように再構築されるわよ」

「へぇ」

 

 咲夜の言葉を具体的な例を挙げてイメージすると、現在の私が過去に戻り、未来を変えるトリガーとなる出来事に介入しようとしている〝私″に『これこれこうだからこうしてくれ』みたいなことを言って取り止めさせると、その過去の私が行った通りに現在の私も再構築されるのだろう。

 今の所私はさっき話した実験以外で〝未来の私″と直接顔を合わせてないし、変わる前の記憶と変わった後の記憶の二つを持ち合わせていない。

〝未来の私″が致命的な失敗を犯して、過去に戻って来るようなことがないように祈るばかりだ。

 

 

 

「ふう」

 

 もうどれだけ咲夜と話し込んでいるのだろう。体感的には30分以上話している気がするけど、ここには時間の概念が無いので分からない。

 

「どう? 色々と判って、気が済んだかしら?」

 

 その問いかけに私はゆっくりと首を横に振った。

 何せ彼女と話せば話すだけ興味関心が増えてしまい、キリがない。許されるなら延々と語り続けたいくらいだ。

 しかし、咲夜の表情にも疲れが見えてきているのでこれを最後にしようと思う。

 

「最後に質問いいか?」

「ええ。どうぞ」

「紀元前39億年の地球に跳んだ時の話なんだけどさ、その時アンナって異星人に会ったんだよ」

「あら、それで?」

「そこでタイムトラベルについての話になったんだけどさ、アンナの星では『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』って結論が出ているらしいんだけど、これは事実なのか?」

 

 アンナの口ぶりではまるで私以外に時間旅行者は存在しないような言い方だったし、これが真実なのかそうでないかで、これから私が取りうる行動も変わってくる。

 

「地球時間の紀元前39億年時点でその結論に至れる成熟した文明を持つ星となるとプロッチェン銀河かもしくは……、成程ね」

 

 咲夜は何やら一人で納得し、そして。

 

「ええ。それは事実よ」

「!」

 

 きっぱりと断言したことで私は驚いた。

 何故私なんだ? ――そう訊ねる前に、咲夜は理由を語りだした。

 

「この宇宙は言葉で表せられないくらい広く、星の数だけ生命体が存在するの。そして高度な知性を持った生命体が高度な文明を築き上げた際には、すべからく時間に目を付けて時間移動を試みようとするわ」

「……へぇ、それで?」

 

 どうもこの咲夜は物事を大袈裟に語り過ぎる癖がある気がする。神様になってから視点が大きくなってしまったのだろうか。

 

「けれど時間は誰にでも等しく平等に流れる絶対的な概念。一個人によって歴史が滅茶苦茶になってしまわないように、時の回廊に仕掛けを施したのよ」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、彼女の手の平の上に懐中時計が出現する。

 

「それはあの時の!」

 

 宇宙飛行機に乗って西暦215X年の幻想郷から西暦200X年に時間跳躍した時に迷い込んだ、真の姿を現す前の時の回廊の中で探し当てた懐中時計だった。

 咲夜が生きてた頃に肌身離さず持っていたのになんとなく似ているなあとは思っていたけれど、まさか本当に彼女の持ち物だったとは。

 

「時の回廊のどこかに在るこの時計を見つけ出し、正しく動かすことで初めてここを利用する権利が与えられるの。これまで時間の理に至った何百人もの知的生命体が挑戦したけど、みんな無残に散っていったわ」

「…………」

 

 その〝散っていった″がどういう意味かは、咲夜の雰囲気で何となく察しがついた。

 

「けれど魔理沙はたった一度で、完璧に理解して行動した。全宇宙の過去から未来全ての時間において、能動的に時間移動を行える存在は貴女(霧雨魔理沙)だけ。この事を誇るといいわ」

「はぁ、そうなのか」

 

 いつの間にかそんな重大なイベントに巻き込まれていたことに対して怒るべきなのか、それとも咲夜に認められたことに喜ぶべきなのか。一瞬迷った結果気の抜けた返事になってしまった。

 

「――と、まあここまでが時の神としての建前」

「えっ?」

「十六夜咲夜という一個人として、誰かが不幸になる歴史を認めたくなかったのよ。魔理沙がこの史実を変えてくれるのを期待して……というのが一番の大きな理由。魔理沙は私の代わりに良くやってくれてるわ」

「……そっか」

 

 なんだかんだ言いつつも、咲夜が幻想郷や生前の人間関係に対して愛着を持っていることに嬉しく思う私だった。




ここまで読んでくれてありがとうございました。

今回の話でご不明な点や疑問点等がもしございましたら、お気軽に感想やメッセージを送ってください。



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第86話 咲夜の助言

最高評価及び高評価ありがとうございます。
力を入れた部分を評価されたことにとてもうれしく思っています。


「ん~っ! ふうー!」

 

 ずっと席に着いたまま話し込んでいたので体が硬くなってしまい、私は大きく伸びをする。

 

「ちょっと、はしたないわよ」

「んなこと言ってもなあ。疲れたんだし仕方ないだろ」

 

 私は席から立ち上がり、今度は背伸びをして足の痺れをほぐしていき、充分気が済んだところで彼女に向き直る。

 

「咲夜、色々と教えてくれてありがとな。ようやくスッキリしたよ」

 

 時間の流れとは私の予想以上に難解なもので、自分だけでは絶対に分からなかったと思う。

 勝手に勘違いして勝手に絶望していた私に救いの手を差し伸べてくれた咲夜には感謝しかない。

 

「ふふ、どういたしまして。魔理沙にはぜひ真実を知っておいてもらいたかったからね。紀元前39億年の地球で絶望していた貴女をここから観測していて心苦しく思っていたのよ」

「そうだったのか」

 

 まさかあの話を聞かれていたなんて。一体咲夜はどこまで見ているのか気になる。

 

「それとね、私が魔理沙を呼びよせた理由はもう一つ。貴女へのお願いと幾つかの助言を与えようと思って」

「なんだよ?」

「この先、もし人間の頃の私に会っても、時の神としての私の存在は内緒にしておいて」

 

 思いがけない言葉に聞き返す。

 

「それは……いいのか?」

「幻想郷で過ごしたかけがえのない体験が今の私に繋がっているのよ。だから出来れば私の運命を変えないで欲しいわ」

「分かった。覚えておこう」

 

 まあ元々むやみやたらに誰かの人生を弄るつもりはなかったので、咲夜の望みをかなえるのは容易いことだ。

 

「それで、私への助言ってのはなんだ?」

「その前に確認するけれど、貴女がこれから取る行動は、〝宇宙飛行機の因果を解消させてから、原初の石を西暦200X年8月2日の月の都へ届ける″で合ってる?」

「そのつもりだが」

 

 時間軸が一本でつながっているのが分かった以上、未来を変えてしまう前に西暦213X年4月11日のにとりに設計図を手渡さないといけない。それが恐らく必然なんだろうし。

 すると咲夜は身を乗り出して目と鼻の先まで顔を近づけ、私をじっと見つめる。彼女のサファイアのような蒼い瞳には、困惑する自分の顔が映っていた。

 

(なんだ?)

 

 その不可解な行動について理由を聞く前に、咲夜は離れて視線を外す。

 

「う~ん……やっぱり、そうなるのよねぇ」

「……言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

 

 思わせぶりな態度は気になってしょうがないし、何より咲夜の発言なのが興味をくすぐらせる。

 

「魔理沙、原初の石を月の都に届けた後、貴女は西暦215X年9月20日に妖怪の山に向かい、宇宙飛行機を降りてにとりと別れる」

「ああ」

「それから妹紅と一緒に西暦300X年5月8日に時間移動して、幻想郷の未来を確認するつもりでしょ?」

「……驚いたな、私が考えていた段取りと全く一緒だ」

 

 別に咲夜を疑っていたわけではないけど、こうしてピタリと当てられると時の神としての力は本物なんだなって改めて実感させられる。

 

「だけどね、その確認は宇宙飛行機に乗ったまま行うことをお薦めするわ」

「宇宙飛行機に? なんでまた――」

「ここで理由を話したら、魔理沙はその知識を元に多かれ少なかれ行動を変えちゃうでしょ? だから未来を事細かに伝えられないの。……でもたとえどんな結果が待っていたとしても、それを乗り越えた先に貴女が望む未来がやってくるわ。この言葉だけは覚えておいてね」

「む、分かったよ」

 

 憂いた表情をした咲夜の含みのある言葉回しが気になるところだが、別に難しいことでもないので素直に助言に従うことにしよう。

 

「さて、そろそろ行くとしようかな。咲夜、いい加減時間停止を解除してやってくれないか」

 

 咲夜が指を弾くと停止していた宇宙飛行機のヘッドライトが点灯し、そのすぐ後、コックピット内から私達を見下ろすにとりと妹紅の姿が見えた。

 さらに、宇宙飛行機の遥か前方、時の回廊の通路を塞ぐように白色の渦が発生する。

 

「あれは時空の渦。あそこに飛び込めばここから出られるわよ。もし時の回廊に来たくなったら、タイムジャンプ先の時間指定を時の回廊にしてね」

「説明サンキュー。それじゃあな咲夜」

「またね魔理沙。無事を祈ってるわ」

 

 別れの挨拶を交わして、私は宇宙飛行機へと戻っていった。

 

 

 

 

「魔理沙!」

「おかえり」

 

 コックピットに戻って来た私を二人は温かい笑顔で迎え入れてくれた。

 

(そういえばこの二人は時間が止まってたんだっけな)

 

 事情を説明しようと口を開きかけたその時、妹紅が口を開く。

 

「咲夜と魔理沙の話、全部聞こえていたよ。並行世界論じゃなくて良かったな」

「私は話の内容が難しくて所々分からない部分があったけど、全てが悪いことじゃないってのはよく分かったよ」

「え!? だってお前ら私が呼びかけても全く反応してなかったじゃないか!」

 

 自分でもちょっとやり過ぎたかもって思うくらいに、大きな刺激を与えていたのに。

 

「体は動かなかったけど意識はしっかりあったんだよ。必死に呼びかけてたのに答えられなくてごめんね」

 

 そう弁明するにとりの横で、妹紅は『くすぐり攻撃はかなり効いたけどね。笑い死ぬかと思ったよ』と苦笑していた。

 

 私は身を乗り出して窓の外を見ると、いつの間にか机と椅子が片付けられた時の回廊で、此方を見上げる咲夜と目が合いウインクをしてきた。

 

(はぁ、アイツは何がしたいんだよ)

 

 しかし説明する手間が省けたので、そこに文句をつけるのはやめておくことにする。

 

「まあ聞いていたのなら話は早い」

 

 私は座席に着き、ヘッドセットを嵌めた。

 

「にとり、それじゃ時の回廊を出たいから発進してくれ」

「オーケー! あの渦に飛び込めば良いんだね?」

「うん。そして跳び先は西暦200X年8月1日じゃなくて、西暦215X年9月19日なんだ」

「あれ、原初の石を届けにいくんじゃないの?」

「もちろんそのつもりだ。でもその前にやっておかないといけないことがあるんだよ」

 

 私はポケットに入れていたアンナから貰ったメモリースティックを見せる。

 

「咲夜の口ぶりや今まで得た情報から考えると、月の都に原初の石を引き渡した瞬間に間違いなく歴史が変わる。でもその前に、私が西暦213X年4月11日のにとりに宇宙飛行機の設計図を渡さないとダメなんだ」

「「?」」

 

 現時点で未来の幻想郷が滅んでしまう原因は、月の民による宇宙開発の妨害により地球の資源が急速に浪費され、自然が豊富な幻想郷が目を付けられてしまったから。

 なのでここで原初の石を月の民に渡してしまえば、人間達の宇宙開発も順調に進み、やがて宇宙へと飛び出し、結果的に幻想郷へ目を向けられる可能性は少なくなる筈。

 それに加えて【月の羽衣】や【第四槐安通路】といった月へ向かう手段が幾つかある中、敢えてにとりの宇宙飛行機で月へ向かう選択をした理由は、未来の〝私″が彼女の発明に関わっていると知ったからだった。

 つまり〝月の民による宇宙開発の妨害が行われる歴史″を変える前に、宇宙飛行機の設計図をにとりに渡すことで、【過去の私が宇宙飛行機に乗る選択を取る因果が成立する】。

 咲夜は時間の流れに客観性はないと話していた。それすなわち【現在の私】の主観で歴史が変わることを意味する。

 この理屈を疑問符を浮かべている二人に話すと。

 

「あーなるほどね。ここでやっておかないと、過去の魔理沙が月へ行けなくなっちゃうんだな。……なんかもうややこしいな」

「私にとっては過去の出来事がこれから始まるなんて不思議だねぇ」

「それがタイムトラベルの難しさでもあり、面白さでもあると思うぜ。ははっ」

 

 時間の仕組みを勘違いして咲夜と会うまでずっと悲観していた私だったけれど、ようやく現状を楽しむ余裕がでてきた。

 

「ん? でもそれならなんで素直に最初から西暦213X年に跳ばないんだよ?」

 

 妹紅の疑問を予測していた私は、あらかじめ考えていた答えを出す。

 

「幻想郷には博麗大結界があるだろ? あれって紫と藍と当代の博麗の巫女が管理している筈だし、もし私達がその時代で侵入したら絶対彼女達が駆けつけてくると思うんだよ」

「無用な混乱を避けるために、ってことか」

「そうそう。一度幻想郷の中に入ってから、西暦213X年4月11日に跳ぼうと思って」

 

 西暦215X年9月19日――私達が宇宙へ飛び立った日ならば、何もおかしなことはない。そこから20年前に遡るつもりだ。

 ちなみににとり曰く、この宇宙飛行機には紫の能力が組み込まれているらしく、博麗大結界を越えられない心配はないとのこと。

 そうして話が纏まったところで、宇宙飛行機が飛び立つ準備が整う。

 

「よ~し行こう!」

 

 にとりはレバーを引き、爆音と共に発進。

 さてタイムジャンプするに当たって時差を踏まえて計算すると……。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月19日午前6時!」

 

 程なくして時空の渦へと飛び込んでいった。

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

 霧雨魔理沙達を乗せた宇宙飛行機が時の回廊を脱出した後、一人残された十六夜咲夜は、真剣な表情で周囲の四季模様――時間軸に視線を送り、彼女の行く末を観測する。

 緊迫した空気に包まれる中、あらかじめ視ていた〝未来(結末)″の変化を観測した瞬間、彼女の顔は僅かに綻んだ。

 

「はぁ、良かった。これで【魔理沙の死の運命】は回避されたわね。幻想郷の〝私″の例もあったし伝えるべきかギリギリまで迷ったけど、やっぱり正解だったようね」

 

 しかし安堵したのも束の間、変化した後の未来を観測した十六夜咲夜の表情は暗くなる。

 

「けれど……この歴史は酷いものね。月の民は独善的な選択を取ったけれど、功利主義の観点から見れば結果的に正しかった……。不幸な未来が待っているけれど、幻想郷を救うステップアップと思って頑張って欲しい所ね」

 

 それから十六夜咲夜は、霧雨魔理沙が歩む可能性が高い道筋の観測――おびただしい数の可能性――を続けていき。

 

「! フフッ」

 

 彼女が望んだ未来を観測した十六夜咲夜は、優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ―――――――――



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第87話 にとりへの依頼

 ――side 魔理沙――

 

 

 ――西暦215X年9月19日午前6時(協定世界時)――

 

 

 

 時空の渦に飛び込んだ瞬間、明るく陽気な景色から一転して、真っ暗で辛気臭い宇宙に窓の外は変化した。

 黒く覆われた宇宙の闇に散りばめられた無数の星の光。中心には西暦200X年と変わらずデカデカと映る青い地球の姿。39億年前に大きく西へ移動したせいか、私達の日本列島(故郷)ではなく、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸、北アメリカ大陸の一部が見える。

 ざっと見た感じでは、ある一点を除いて特に何かが変わった様子はない。

 だがそのある一点、西暦200X年と違うのは、地球の周囲――確か衛星軌道上だっけか?――を漂うゴミの量が目立つことだ。

 そのどれもが何かの機械の残骸のようなものばかりで、10㎝くらいの小さな鉄の塊もあれば、この宇宙飛行機並みのデカさの塊、さらには西暦200X年に見た宇宙ステーションっぽい形をしたかなり巨大な残骸も漂っている。当時の宇宙ゴミの量を1とすると、この時代は50くらいありそうだ。

 ……いや、『漂う』と言う表現は正しくないな。地球の周囲を矢のような速さで周回してるし。もしあれに当たってしまえばひとたまりもないだろう。

 この時代の宇宙がこんなに汚いなんて知らなかった。幻想郷から見上げる空は、美しかったのに。

 

「スペースデブリばっかりだな。こんなに多いと地球へ再突入するのも難しいんじゃないか?」

 

 今私達が乗っている宇宙飛行機は地球全体を俯瞰できる場所にいるので、ここに留まっていれば安全だが。

 

「そうだねぇ。タイミングを計ればやれなくもないけど……」

「タイミングを掴まなきゃいけない時点でなんかもうダメっぽくないか」

「う~ん、じゃあ一度西暦200X年を経由してから、改めてこの時間に来ようかな」

 

 ここは無理する場面でもないし。

 私は一度当初の目的時間である西暦200X年8月1日午後6時にタイムジャンプ。

 そこからユーラシア大陸の東端に移動した後日本列島へ大気圏突入を果たし、地球の成層圏内に入った所で西暦215X年9月19日午後3時に跳んでいった。

 

 

 

 タイムジャンプ後、にとりはレーダーを見ながら日本列島上空を移動していき、やがて幻想郷のある○○上空に辿り着いたところで、宇宙飛行機は下降を始める。

 宇宙に近い場所から博麗大結界を通過して雲が浮かぶ高さへ、そして雲を突き抜け地上が見え始めてきたくらいの高度になったところで速度を落とし、にとりは反重力装置を起動。巨大な機体を器用に操りながらヘリコプターのように自宅前へ垂直着陸させた。

 にとりは自宅で休憩する為に、妹紅は外の空気を吸いに、私は20年前へ跳ぶために。それぞれの理由で宇宙飛行機から降りると、出口には輝夜と慧音が待っていて、それぞれ驚きの表情で私達を見ていた。

 

「お前達もう帰って来たのか!? 少し前に飛んで行ったばっかりじゃないか!」

 

 空を指さしながら驚嘆する慧音を見て私は現在の時刻を確認する。脳内時計は『AD215X/09/18 15:12:02』と表示されていた。

 

「出発の10分後に設定して帰って来たところだからな。私達の主観ではもう2日以上経っているんだ」

 

 そのほとんどが月と地球の移動時間だけど。

 

「私の主観と魔理沙の主観では体験する時間が違っているのか。なるほどなぁ、これが時間移動か。う~む、さっぱり想像できん」

 

 唸る慧音の横で輝夜が「それで、もう目的は果たせたの?」と訊ねてきたが。

 

「実はまだ途中なんだ。私はやらなきゃいけない事があって今から20年前に戻るから、詳細は妹紅から聞いてくれ」

「げっそこで私に振るのかよ」

「私は自宅に戻ってるから後はよろしくねー」

 

 嫌そうな顔をする妹紅の横で、にとりは少し疲れた表情で家の中に入って行った。

 

「ウフフ、それじゃ詳しく聞かせてね妹紅~♪」

 

「なんでそんなご機嫌なんだよお前は……」

 

 輝夜の態度に妹紅は呆れていたが、話す事そのものを拒否するつもりはないようで、「しょうがないな」と前置きしてから二人に語り始めた。

 そして私は彼女達と少し距離を取って、周りに何もないことを確認してから、タイムジャンプ魔法を発動した。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦213X年4月11日午後1時!」

 

 例によって足元に歯車の形をした魔法陣が出現し、私は過去へと跳んで行く。

 

 

 

 

 ――――西暦213X年4月11日午後1時――――

 

 

 

 

「っと」

 

 時間移動特有のなんとも言えない感覚が終わり、目を開く。

 秋の涼しい気候から、春の訪れを思わせる穏やかな陽気を肌で感じ、遠くからはウグイスの鳴き声も聞こえてきた。川面には桜の絨毯が敷かれており、隙間からはイワナやヤマメなどの春の魚が泳ぐ姿も見える。

 春うららとはまさにこのことで、この心地よさに欠伸が出てしまった。川辺に寝転がってそのまま昼寝したくなったが、すぐに誘惑を振り払う。

 

(さっさと用事を済ませよう)

 

 私はすぐ横に建つにとりの自宅に注目する。

 人気のない妖怪の山の中、玄武の沢のほとりにポツリと建つ、取り立てて特徴のない普通の一軒家。だが20年後と大きく違うのは、自宅の横に巨大な格納庫が建っていない部分だ。

 扉の前まで歩いて行きノックをすると。

 

「はいはーい! 今でまーす!」

 

 元気な返事と共に此方へ近づく足音が聞こえ、ドアがガチャリと開かれる。

 

「よっ元気か?」

「あんたはっ――もしかして魔理沙なのかい!?」

 

 もはや何度目かも分からないこの反応に、心の中で苦笑してしまう。

 

「正真正銘本物の霧雨魔理沙だぜ?」

 

 だけど今まで出会った知り合い達の中で、死後100年近い時間が経っても〝霧雨魔理沙″を忘れた妖怪は一人もいなかった。

 それだけ霧雨魔理沙という人間は、幻想郷の住人に良くも悪くも強烈な印象を与えていたのだろう。この事実について喜ぶべきことなのかもしれない。

 

「うっそー! えぇ~なんで!?」

「実はな――」

 

 私は当時の自分の状況及び未来のにとりから聞いた話と辻褄が合うように情報を取捨選択しつつ、これまでの経緯を話していった。

 具体的には、私がタイムトラベラーになった理由、未来の幻想郷の結末及び月へ向かう理由、そして移動手段について。にとりは好奇心旺盛な様子で、私の話を食い入るように聞いていた。

 

「ふむふむ、事情は良く分かったよ。まさか未来ではそんなことになってるなんてねぇ。こんなに平和なのに信じられないよ」

「それでどうだ? 依頼を請けてくれるか? 可能ならば誰にも見つからないように造って欲しいんだが」

「ちょっと現物を見てからかなぁ。その設計図ってやつを見せてくれる?」

「ほい、この中にあるぜ」

 

 ポケットからメモリースティックを取り出し、彼女に手渡した。

 

「これはなに?」

「このメモリースティックの中にデータが入ってるんだ」

 

 顔の前に持っていきながらジロジロと見つめるにとりに、私は使い方を一通り説明し、データを空中に投影させる。

 

「ふむふむ。ほうほう……」

 

 彼女は透過ディスプレイに映るデータを真剣に目で追って行き、やがて1ページ読み終えた所で目を輝かせた。

 

「これはすごいよ! こんな凄い乗り物がこの世にあったなんてっ!」

 

 小躍りせんばかりに喜ぶにとりはさらに。

 

「これを造るにはまず設備が足りないなぁ。それに材料も見た事がないやつばっかだし。あっ! でも設備はあの時の発明を流用すればいいかな?」

「にとり?」

「完成には何年かかるかなぁ。でも、これだけ素晴らしい物ならどれだけ時間が掛かっても――」

「お~い聞いてるかー?」

「まず何から始めたらいいかな――」

 

(聞こえて無さそうだな)

 

 目の前で呼びかけても反応せず、にとりは宇宙飛行機の設計図に完全に魅了されており、自分の世界に入ってしまったようだ。

 だけど、彼女はちゃんと建造する意思を表明してくれたので、この調子なら歴史通り20年後には完成しているだろう。

 

「……帰ろうかな。にとりー! 私は20年後にまた来るからその時はよろしく頼むぞー!」

 

 ブツブツと独り言を呟きながら自宅に戻って行くにとりの後ろ姿に呼びかけたが、果たしてちゃんと届いていたのだろうか。

 そんな不安を残しつつ、私は元の時間に戻って行った。



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第88話 出発

高評価ありがとうございます。


 ――――西暦215X年9月19日午後4時――――

 

 

 

 元の時間の妹紅達の行動を踏まえ、出発前のおよそ40分後に帰って来た私。

 

「――ってことがあって、今に至るわけだ」

 

 その目論見通り、ちょうど妹紅の話が終わるタイミングに来たようだ。

 

「ふ~む、そんな事があったのか。魔理沙も大変だったんだな」

「依姫、豊姫……懐かしい名前を聞いたわね。今は何しているのかしら」

「異星人もそうですが、まさか大昔に亡くなった紅魔館のメイド長がそんな凄い存在だったとは。なるほどなるほど、とても面白い話ですねぇ」

 

 ……なんかいつの間にか一人増えてるし。

 

「あっ、ちょうど噂の魔理沙さんが帰ってきましたよ~!」

「なんでお前ここにいんの?」

 

 私はずかずかと踏み入り、営業スマイルを貼り付けている鴉天狗――射命丸文に問いかける。

 

「今から大体一時間くらい前の話です。私はその頃人里で新たなネタ探しをしていました。そんな時、妖怪の山から爆発音が聞こえてきたんですよ。ええ、それはもう幻想郷中に響いてそうな物凄い音でした」

 

 文の言葉に同意するように、慧音も「耳を塞いでても、脳に直接叩き込まれるような轟音だったな」と呟き、輝夜も静かに頷いていた。

 

「すぐに振り返ってみると、火を噴きながら天高く飛んでいくロケットが見えまして。私はすぐさま翼を広げて全速力で追いかけたのですが、あとちょっとで届きそうなところで、それは博麗大結界を抜けてしまったんですよ」

 

(え、文ってあの速度に追いつけそうだったのか!? 確か時速5000㎞以上出てた筈だぞ!?)

 

 幻想郷最速の名は伊達じゃないな。と心の中で感心しつつ、言葉の続きを待った。

 

「なので仕方なく妖怪の山に降りてみたところ、このお三方を見かけましてね。それでお話を伺っていた所だったんですよ~」

「……なるほど」

 

 よくよく考えてみれば、妖怪の山は彼女のテリトリーだし、あれだけ目立つことをしたらすぐに見つかってもおかしくない。

 

「いやぁ~魔理沙さんがタイムトラベラーだなんて驚きましたよ。どうしてタイムトラベラーになったんですか? 時間移動するってどんな気分なんですか? 次はどこの時間に向かうか決めてるんですか? 私も体験してみたいんですけど」

 

 矢継ぎ早に訊ねて来る文に対し、私は簡潔に告げる。

 

「悪いがその質問に答えるつもりはないし、無暗に時間移動させるつもりもないぞ。諦めてくれ」

「あやや、冷たいですねぇ。……ですがまあいいです。さて、どんな記事を書きましょうかねぇ」

 

 そう言って手帳に何やらメモ書きを始めた文に、私は待ったを掛ける。

 

「ちょっと待ってくれ」

「なんでしょう? もしかして気が変わって私の取材を受けてくれる気になりましたか?」

 

 その言葉に無言で首を振りつつ、私はこう言った。

 

「今日聞いた話はオフレコで頼むよ」

「おや、それはまたどうして?」

「大多数の人間に知られると都合が悪いからだ。私については好き勝手に書いてくれても構わないが、時間移動関連の話――特に未来の幻想郷の結末については伏せておいてくれ。それが衆目の目に晒されたらどうなるか、聡明なお前なら分かる筈だ」

 

 今抱えている問題が一通り片付いた時、私はこの時代の幻想郷で時間の流れるままに日々を過ごすつもりでいる。なので、私の素性については知られるのが早いか遅いかの違いでしかない。

 だが過去や未来の出来事に関する話は別だ。こんな突拍子もない話を信じる人間がいるとも思えないが、この話が知れ渡ることで不信感が広がり、幻想郷の存続そのものが危ぶまれる可能性も否定できないからで。

 

「……何か勘違いされているようですが、今日の話について元から記事にするつもりはありませんよ?」

「えっ、そうなのか?」

「だって魔理沙さんは破滅の未来を変えるために動いているのでしょう? 私の新聞には真実しか書きませんから、そんな裏付けの取れないネタは載せるつもりはありませんよ~」

「そ、そうか」

 

 文の性格的に拒否される事も覚悟していたのだが、すんなりと事が運んで良かった。

 

「そのかわり――と言っては何ですが、850年後の幻想郷で魔理沙さんに取材させてくださいね?」

「ははっ、その時は全部話してやるよ」

 

 そうして話がひと段落付いた頃、続いて妹紅が口を開いた。

 

「ところで魔理沙。帰って来たって事は成功したのか?」

「ああ。跳ぶ前と後で未来が何も変わっていないし、にとりはちゃんと仕事をやり遂げてくれたんだろう」

 

 私のすぐ近くには立派な宇宙飛行機が鎮座しており、慧音と輝夜もここにいる。歴史に狂いはなかった。

 

「はぁ、それにしてもにとりは20年も前からこんな物を作ってたんですねぇ。灯台下暗しとはまさにこの事です」

「?」

 

 文はなんだかガッカリしていたが、よく意味が分からないので放っておくことにする。

 

「んじゃ私の用事も終わったし、改めて150年前の月に行くか。にとりは?」

「まだ家にいるんじゃない?」

「呼んでくる」

 

 そうして自宅で休んでいたにとりを呼び出し、私達は宇宙飛行機に乗り込む。

 ついでに、にとりに宇宙飛行機の設計図を貰った時について改めて訊ねたが、言葉の差はあれど彼女の語る内容は以前と全く同じだったので、やはり因果は無事に成立したようだ。 

 

「手筈はここに来た時と同じように、博麗大結界を抜けた瞬間に時間移動するから、それでよろしく頼む」

 

 にとりは頷き、慧音と輝夜が遠巻きに見守り、文は様々な角度からカメラのフラッシュを焚いて写真を撮っている中、宇宙飛行機は再び宇宙に向けて発射された。

 そして一度目と同じく宇宙に飛び出す寸前で、私はタイムジャンプを宣言する。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年8月1日午後2時!」



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第89話 月の賢者

 ――西暦200X年8月2日――

 

 

 

 すんなりと150年の時を遡った宇宙飛行機は、そのまま大気圏を抜けて宇宙に飛び出し、月を目指して飛んで行った。

 移動中は特に大きな出来事もなく、にとりが自宅から持ち込んだトランプや将棋、すごろくなどのアナログゲームを楽しみつつ、およそ半日後に月の裏側に到着。事前に場所が分かっていた事もあり、今度は月の都の入り口付近に着陸することができた。

 現在時刻は西暦200X年8月2日午前10時。幻想郷と宇宙の時差、そして移動時間を考慮したタイムジャンプが見事に成功し、当たり障りのない時間に到着することが出来た。

 綿月姉妹と顔を合わせたくないと言うにとりを残し、私と妹紅は二人がかりで原初の石が入った箱を抱えて外に出る。間もなく私達の到着を待ち構えていたかのように、都から綿月姉妹とその配下の兎たちが現れた。

 

「ご苦労さまです。中を拝見しても宜しいですか?」

「いいぜ。よし、降ろすぞ」

「うん」

 

 私と妹紅は中身を傷つけないよう、息を合わせて慎重に地面に下ろし、その後で蓋を開ける。

 正方形の箱の上側からテカテカと光る巨大な石の塊を覗き込む綿月姉妹。しばらくじっと見つめた後、ゆっくりと手を伸ばした。

 

「なるほど、これが原初の石ですか……。一見すると普通の石に見えますが、触ってみると明らかに違いますね」

「上手く言葉にできないけど、神秘的な力を感じるわ。これなら――!」

 

 豊姫は愛おしそうに、石の表面を撫でていた。

 

「お前達の希望通り39億年前の地球に跳んで、手ごろな大きさのを持って来た。これで良いか?」

「ええ、充分よ。約束通り、地上の民達への妨害は止めましょう」

 

(よし、これで未来は変わりそうだな)

 

「だけど今すぐにと言う訳にはいかないわ。原初の石の解析を行って穢れを除く効果を実証した後、この月の都の意思決定を行う賢者様方の承認を得るプロセスを踏む必要があるの」

「なんかその言い方だと、計画が頓挫する可能性がありそうだが」

「魔理沙がこの月を出てすぐに、賢者様方が集まる会合であなたの話をしましたが、保守的な意見が多く状況はあまり芳しくありません。ですがこの石の力を見せれば上層部も理解を示してくれるはずです。必ず約束は守ると誓いましょう」

「……分かった。お前達を信じよう」

 

 できる限りの手は打ったし、月の実態の全てを知るわけでもないので、後は彼女達に任せるしかないのも事実。

 もしダメだったのなら、その時にまた新たな手を考えるしかなさそうだ。

 

「さて、用事も済んだし帰ろうかな――ん?」

 

 宇宙飛行機に引き返そうとしたその時、視線を感じて立ち止まる。

 

「どうかしたか魔理沙?」

「いや、なんか視線を感じるんだけど」

 

 そう呟きつつ辺りを見渡してみると、都の入り口から口元を抑えた一人の少女が私を覗いており、彼女と目が合った。

 ルビーのような赤い瞳にハーフアップに結った銀髪。服装は白いジャケットに紫色のワンピースを着用している。そして背中から片側だけ生える天使のように白い翼が特徴的。

 頭からウサ耳が生えてないので玉兎ではないようだが、翼が生えているのでただの人間でもないだろう。

 

「あそこから覗いてる少女は誰なんだ?」

 

 そう言って彼女に向けて指を差す。

 

「あの方はサグメ様ですね」

「サグメ?」

 

 聞き覚えのない名前に首を傾げると、依姫がさらに詳しい解説をしてくれた。

 

「フルネームは【稀神サグメ】。月の賢者の一人で、あなたの案に好意的な意見を表明された方ですよ。……最も、なぜあんな場所から覗いているのかは分かりませんが」

「へぇ」

 

 そう話している間にも彼女は此方にゆっくり近づき、私の前で立ち止まった。

 無表情で私の目を見つめるサグメにプレッシャーのようなものを感じつつ、問いかける。

 

「わ、私に何か用か?」

「………………」

 

 しかし彼女から反応はなく、相変わらず口元を抑えたまま無言を貫いていて、依姫達もどうしたらいいか手をこまねいている様子。

 

(あ~これは私から切り出した方が良さそうだな)

 

「黙ってるだけじゃ何も伝わらないぜ? どこぞの悟り妖怪と違って私は読心能力を持ち合わせてないからな。何もないなら私は帰らせてもらうが」

 

 面と向かってきっぱりと告げたのが功を奏したのか、彼女は言葉を選ぶようにゆっくりと語り始めた。

 

「……依姫から事情は聞いているわ。あなたは150年後から来た時間旅行者だそうね?」

「そうだけど、それがどうかしたか?」

「……やっぱりね」

「なんだよ?」

「あなたは時を飛び越え、どれ程の事象に介入し、起こり得た結果を改竄してきたの? もしくはする予定なの?」

「……何が言いたい?」

「あなたからとてつもない力を感じるのよ。それこそ私の言葉と同等、もしくはそれ以上の強い力をね。恐らく私が何を語ろうと、あなたの運命に影響を及ぼせないでしょう。確定した事象や結果を不確定にしたうえで自由に選び直せるあなたと違って、私は観測者ではないのだから」

「??」

 

 彼女が何を言いたいのかよく分からないが、サラッと重要な事を言ったような気もする。

 

「けれどこれだけは言わせてもらうわ。あなたが39億年前から原初の石を月に持ち込んだ――この瞬間から【閉鎖的な月の都の運命は動き始めた】。【例え誰であってもこの結果は覆せない】。舌禍をもたらす女神の名において保証しましょう」

「!?」

 

 サグメは特に抑揚が強い訳でもなく、至って普通に、冷静沈着に話しており、彼女の迂遠な言い回しに周りはピンと来ない様子だった。

 しかし私からしてみれば、会話の一部分に、例えるなら言霊のような不思議な力を感じ取ったがために、身の毛がよだつような恐怖を覚えていた。

 

「地上の民が為そうとする事柄は、かつて月の民が通った道と非常に似ているけれど、根本的な所に違いがあるわ。その事実を念頭におけば未来がどうなるか自ずと見えてくるわ。用心することね」

 

 最後まで煙に巻くような言い回しのまま、彼女は都の中に帰って行った。

 

「……なんなんだアイツは」

 

 時の回廊の咲夜と言いサグメと言い、どうも私の周りには満足にコミュニケーションを取れる人物が少ない気がする。もっと分かりやすい言葉を使って会話のキャッチボールをして欲しい。

 

「……驚きましたね。サグメ様があんなに饒舌に自らの考えを語るなんて」

「魔理沙に何か惹かれる所があったのかしら」

 

 しかし私の気持ちとは裏腹に、依姫と豊姫はサグメの後ろ姿を見て少し驚いているようだった。

 

「随分と意味ありげな内容だったな。舌禍をもたらす女神だっけ? これが本当ならまずくない?」

「確かに、サグメ様の最後の言葉が気になりますね。また新たな何かが起ころうとしているのかもしれません」

「そんな事言われても知らん。なるようになるしかないだろ」

 

 自らそう名乗った以上、自分の口から語る言葉がどうなるか分かっている筈。いたずらに事態を悪くするような悪手はとらないと信じたい。

 

「まあでも、もし未来で何か不都合なことがあったら知らせに来るよ」

 

 サグメの話していた通り、未来の歴史を知った上で対策を立てられるのが時間移動の強みだし。

 そう言葉を発したところで、ふと、輝夜から聞いた話を思い出す。



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第90話 兆し

感想をいただきましたが、稀神サグメを悪役・黒幕にする意図はありません。誤解を招く表現で申し訳ございませんでした。


(あ、そういえば149年前――この時代から見ると来年か。確かその年に月の都が襲撃される異変が起こるんだっけか)

 

 史実では霊夢達が解決する手はずになっているが、この時代に私が干渉した事でどうなるか。

 

(どうしよう、伝えた方が良いのかな)

 

 道徳的な観点からみるなら、異変が起こらないように動いた方が良いのかもしれないが、そうすることでまた新たな未来が誕生する可能性がある。

 仮にここで異変が起こらないように警告した場合、それによって生じるバタフライエフェクトはどれ程のものか。

 

(う~ん情報が足りない)

 

 何度も繰り返すことになるが、私は幻想郷に神霊が湧き上がった異変を最後に、俗世との関わりを絶って時間移動の研究に没頭していた。

 なので、来年にこの地で起こる予定となる異変の原因や首謀者、さらにどのような過程を経て霊夢が異変を解決したのか詳しい内容が分からない。

 

(こんなことになるなら輝夜からもっと詳しく聞いておくべきだったか)

 

 少し考えた末に、私は敢えて伝えない選択肢を取る事にした。まあ輝夜の態度が遠い昔の思い出話――みたいな感じだったし、無理に未来を変える必要もないだろう。

 

「どうかしましたか?」

「なんでもない。それじゃあ私達は今度こそ帰るよ。繰り返しになるけどさ、原初の石の件よろしく頼むぞ」

「分かっていますよ。サグメ様が協力してくださいますし、きちんと遂行します。これから1000年後に向かうつもりなんですか?」

「ああ。その年の5月8日に向かうつもりだ」

 

 ちなみにこの日付は、私が月に行こうと決断して西暦215X年に戻った翌日だ。

 あまりキツキツに予定を詰め過ぎると、過去や未来の自分と行動時間が被ってしまう恐れがあるので、タイムラインがややこしくならないよう、敢えて日付や時刻にゆとりを持たせるように心掛けている。

 今の所これで上手くいってるしね。

 

「1000年かぁ。そんな先の未来まで私達生きていられるかしらねぇ」

「月人の寿命は知らんが、紫は普通に生きてたしお前達も大丈夫だろ」

「あの妖怪も大概長生きなのね」

 

 そんなやり取りを交わし、綿月姉妹が見守る中私達は月を出発した。

 

 

 

 

 およそ半日に渡る月への復路を終え、私達はようやく地球と目と鼻の先くらいの距離まで帰って来た。

 

「ふう~やっと地球まで戻ってこれたか。最初は宇宙ってことでテンション上がったけど、こうも移動時間が長いと息が詰まるな」

 

 窓の外一面に広がる地球を見ながら、妹紅は疲労感を吐き出すように呟いた。 

 確かに、この閉鎖された空間に半日も閉じ込められるのは長すぎてダレる。

 

「いずれ月まで一瞬で行けるようにこの機体を改良するつもりさ。アンナの宇宙船を修理したとき、光速飛行のヒントをもらったからね」

 

 にとりはケラケラと笑いながら妹紅の呟きに答えていた。

 

「よし、それじゃさっさと大気圏突入しちゃおうか」

 

 そう言って舵を取ろうとしたにとりを私は制止する。

 

「いや待ってくれ。時間移動する場所はこの場所で頼むよ」

「え? でも西暦215X年の宇宙はスペースデブリが多すぎて、地球へ再突入するのを断念したじゃん。忘れたの?」

「前にさ、未来で柳研究所を潰し回ったって話したじゃん? その中にテラフォーミング計画があったのを思い出したんだよ」

「あ~確か地球が抱える問題が多いから別の星に移住しましょう。って計画だっけ?」

「そうそう、よく覚えてたな。それでな? 少し考えてみたんだけど、あの惨状は人間達の宇宙進出を月の民達が妨害した結果だと思うんだよ。だからさ、原初の石を渡して人間達の邪魔をしないと約束した今の歴史なら、宇宙ゴミは無くなってるかもしれない」

 

 人工衛星らしきゴミやロケットらしき残骸などが見えた事からして、西暦215X年の外の世界の文明が宇宙に飛び出す力は充分にあった筈。

 

「幻想郷は博麗大結界によって、人や物全てが外界から隔絶された陸の孤島、いわば異世界みたいなものだ。だから基本的には外の世界の歴史を変えたとしても幻想郷には全く影響が及ばず、逆に幻想郷内の歴史を変えたとしても外の世界には何も影響はない」

 

 もし影響があるとすれば、幻想郷の管理者たる八雲紫とその式神くらいだろうが、例え歴史が変わったとしても彼女のスタンス的に幻想郷の在り方を変えないだろうし、大局的に見れば何も変わらないことになる。

 

 なので未来において、外の世界の人間が幻想郷を滅ぼしてしまう歴史になってしまっているのは、完全なイレギュラーだ。

 

「だからさ、今ここで確認しておきたいんだよ。やってくれるか?」

「あ~なるほどねー。うん、分かったよ」

「ありがとな」

 

 私は呼吸を整え、いざ魔法の宣言をする。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月20日午前3時!」

 

 

 

 ――西暦215X年9月20日午前3時(協定世界時)――

 

 

 

 幻想郷との9時間の時差を考え、幻想郷時刻で正午になるように時間移動を行った後、何か変化したかなと思いながら窓の外に視線を向けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

 窓枠一杯に広がる地球を背景にして、飛行機型やカプセル型等様々な形の宇宙船が何隻も飛んでおり、その中には『関西空港⇔火星第一空港直行便』や『(株)地球トラベル主催金星観光ツアー』と外装にペイントされた機体も飛んでいた。

 

 さらに地球の周囲――地球に非常に近い領域だから地球域とでも呼べばいいのかな?――には、宇宙船が同時に10隻くらい通れそうな巨大なリングのようなものが浮かんでおり、先程の『関西空港⇔火星第一空港直行便』と書かれた宇宙船がその中を通過した瞬間、目にも止まらぬスピードで火星のある方角に向かって飛んで行った。

 

 地球と宇宙の境界線上には、塔のような細長い建物が二基並び、四方八方からやってくる宇宙船はそこを通過して地球に突入している。更に衛星軌道上に大量に溜まっていた宇宙ゴミは綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 地球域がどれだけ変わっても、緑と水が豊富な生命の星、地球は200X年と変わらず存在していた。

 

「随分と見違えたな。地球の周囲を宇宙船が飛び交うなんてまさにSF映画の世界じゃないか」

 

 窓に身を乗り出しながら、妹紅は感心したように呟き。

 

「あのリングはなんだろう? さっきバビューンって飛んで行ったし、加速装置みたいなものなのかな」

 

 にとりは宇宙に浮かぶリングのようなモノを冷静に分析。

 

「こうして宇宙進出に成功してるってことは、綿月姉妹はちゃんと約束を守ってくれたってことなんだろうな」

 

 私は遠くに浮かぶ月を見ながら誰にともなく呟いた。

 

 西暦215X年の今、間違いなく現在は変化したわけだし、きっと西暦300X年になればさらに様変わりしているのだろう。長い長い旅もようやく終わりが見えてきた。

 

「よし、それじゃ幻想郷に戻ろうか。にとり、よろしく頼む」

「分かった」 

 

 にとりは舵を取り、宇宙飛行機は地球に向けて発進して行った。

 

 

 

 

 時刻は西暦215X年9月20日午後0時20分。博麗大結界を通過した宇宙飛行機は幻想郷上空を滞空している。

 眼下には残暑の日差しに照らし出された鮮明な緑が広がっている。宇宙では過去が変わったことで多くの宇宙船が行き交っていたけれど、幻想郷は普段通り、科学から――文明から取り残された雄大な景色が残されていた。

 

「うんうん。やっぱこの景色は落ち着くなぁ」

 

 私は窓際に立ちながら、生まれ育った故郷を慈しむように呟いた。

 宇宙は星々が綺麗なのは認めるけれど、ず~っと夜が続くし景色も変わり映えがないしで、あまりにメリハリがなさすぎて飽きてしまう。

 

「ここから見下ろす限りでは、幻想郷は特に何も変わってなさそうだね。私の自宅もちゃんと残ってるみたいだし」

 

 操縦席に座るにとりはモニター画面のズームされた映像を観ながら呟いた後、続いて首だけ此方に向けながらさらにこう言った。

 

「それで魔理沙。再確認だけど、空を飛んでいる今の状態で西暦300X年に跳ぶんだね?」

「ああ。咲夜の忠告もあったしな」

 

 このことに関しては、月から幻想郷に戻ってくるまでの移動時間中に話し合って決めたことだ。

 

『(未来の)確認は宇宙飛行機に乗ったまま行うことをお薦めするわ』。この言葉はつまり、幻想郷を一望できる位置で時間移動すれば良い――という解釈で合っているはず。

 

「それにしても、咲夜はなんでわざわざ宇宙飛行機を指定したんだろうね? 私達は自力で空を飛べるのに」

「分からないけど、きっと意味があることなんだろう。その答えは未来で判明するはず」

「そっかー、それもそうだね。あまり考える必要はないのかも。うん。私は準備できてるから、いつでもいいよー」

 

 軽く言葉を交わして会話が終了し、にとりは再び正面を向いた。

 

「よし、それじゃ未来に跳ぶか――」

「ねえ魔理沙」

「……どうした?」

 

 これまで口数少なかった妹紅の様子の変化を感じ、いったん魔法を取り止めて彼女に向き直る。

 

「未来を変えてくれてありがとう。そして、もう会えないと思っていた人に再び会わせてくれてありがとう。魔理沙には感謝してもし尽くせない。とても楽しかった」

「なんだよ急に? 今生の別れでもあるまいし」

「もしかしたら未来に跳んだ瞬間、ここにいる私は消滅して、〝改変後の歴史の藤原妹紅″と同一化してるかもしれないから……。今の私が一個人として意思を持っているうちに伝えておこうと思って」

 

(……そういうことか)

 

 宇宙進出に成功し、未来で外の世界の人間が幻想郷に侵攻する動機が消えた歴史になったことで、妹紅が私と共に過去へ跳ぶ因果が無くなり、西暦300X年5月7日に時間移動した瞬間に妹紅は同一化する。咲夜の話が事実ならこうなる筈だ。

 

 咲夜は『繰り返す事になるけど死ぬわけじゃないのよ? 融合……一体化するって表現が近いわ』と強調していた。

 自分の自我が消えるという事実に恐怖心があってもおかしくなさそうだが、妹紅はそんな様子をおくびにも見せず、全てをやり遂げたような、充実感あふれる笑顔を浮かべている。

 とはいえ、これはあくまで私の勝手な想像でしかないので、本心では違う事を思っているのかもしれない。蓬莱人は特殊な死生観を持ってるらしいし。

 

「……私こそ、妹紅には何度も励まされたし助けられもしたよ。お礼を言うのはこっちの方だ」

 

 そう言って私が右手を差し出すと、妹紅もそれに応じるように右手を伸ばし、私達は数十秒に渡り固い握手を交わした。

 ビルの屋上から落ちそうになった時や、紀元前39億年の地球で勝手に並行世界理論と勘違いして落ち込んでいた時など、窮地や苦境に陥った時に支えてくれた彼女には本当に感謝している。

 もし私が男だったら惚れていたかもしれない――なんてことすら思ってしまうほどに。

 

「にとりも、短い間だったけど協力してくれてありがとね」

「ううん、気にしないで。また会おうね!」

「ああ!」

 

 妹紅とにとりのあっさりとしたお別れの挨拶を見届け、その頃合いを見計らって私は切り出した。

 

「――さあ、それじゃ未来に行こうか」

「うん」

 

 現在時刻は西暦215X年9月20日午後12時50分。

 私は前を向き、右手に残る彼女の温もりを振り払うかのように右腕を掲げ、腹の奥底から声を振り絞るよう高らかに宣言する。

 

「タイムジャンプ発動!」 

 

 私の中の魔力が形と成って世界を塗り替えていき、燃えたぎるように心が熱く、深くなっていく。

 正面にある電源が落ちたモニターには、光の反射によって固い表情をしたにとりの顔が映りこみ、横に目をやれば固唾を飲んで行く末を見守る妹紅の姿が。

 

「行き先は西暦300X年5月7日正午!」

 

 瞬間、正面に闇よりも暗い時空の渦が出現し、宇宙飛行機はその中に吸い込まれていった。

 

 

 

 タイムジャンプが無事に成功し、西暦215X年9月20日から西暦300X年5月7日へ時間移動する刹那。一秒が永遠に続きそうなくらいに意識が引き伸ばされた中、脳裏の奥底に不思議な場景が浮かぶ。

 四季折々の景色が瞳に映る時の回廊の真ん中で、直立不動の姿勢をとっている私。しかし意識と肉体は前へ――未来へと、見えない意思によって動かされている。

 この光景が延々と続くと思われたが、とある地点からぱったりと景色が様変わりし、光すらも飲み込んでしまいそうな深い闇になっていたのだ。……まるでその先が寸断されているかのように。

 

(!?)

 

 これが一体何を暗示しているのか。また何か新たな異変が起ころうとしているのか。そんな思考すらも時の彼方へ置いてけぼりにされてしまう現況で、私の意識と肉体は暗闇の未来へ飛び込んでいった。



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第91話 歴史の終焉 閉ざされた未来

多くの最高評価及び高評価ありがとうございます。
完結に向けて頑張って行きます。



2023年10月24日追記

文章が一部欠けていたので修正しました
申し訳ありません。


 ――西暦300X年5月7日正午――

 

 

 

「――っ!」

 

 脳を直接シェイクされたような強い違和感の後、私の意識は現在に戻る。何かとてつもない幻を見たような気がして、心臓が早鐘を打ち、息苦しい。

 

(夢か……)

 

 ふう、と大きく息を吐いて呼吸を整えつつ、目の焦点を正面に合わせる。無機質な銀色の床が目前に見えることから、私は膝に手をつきながら俯いていたようだ。

 

「大丈夫?」

 

 すぐに顔を上げると、心配そうな表情で私を見る妹紅の姿があった。

 

「ちょっと眩暈がしただけだから大丈夫。それより妹紅、お前……私が分かるのか? てか、今の状況を普通に覚えているのか?」

 

 口にしてからちょっと日本語がおかしいなと思ったが、妹紅にはちゃんと私の言いたかった事が伝わったようで。

 

「え? あ、そう言われてみれば変ね。今まで魔理沙と時間移動しながら色んなことをやってきた体験や記憶はちゃんと残ってるけど、自分に身に覚えのない記憶となると……んー?」

 

 彼女は少し落ち着かない感じで考え込んでいた。

 

(これはどういうことなんだ?)

 

 てっきり二つの記憶を持ったまま再構成されるものだとばっかり思っていたが、実際は違うのだろうか。または私と共にタイムトラベルした妹紅の記憶が、元々の妹紅を侵食した……?

 

「ねえ、それよりも外を見て! 私達、宇宙にいるみたい!」

「なんだって?」

 

 にとりの冷静な指摘を受け、すぐさま窓の外を覗いてみると、上も、下も、全部真っ暗な闇に散りばめられた星ばかり。私達はいつの間にか宇宙に出てしまっていた。

 

「あれーおっかしいな。私のタイムジャンプは空間座標の指定はできないんだが」

 

 そのせいでビルの屋上から自由落下するはめになり、危うくトラウマになりかけた苦い記憶もある。ここまで完璧だった私の魔法に、今更異常が起こるとも思えない。

 

「それに随分と閑散としてるみたいだな。西暦215X年では宇宙船が沢山飛んでいたのに」

 

 妹紅の言う通り、少し見渡す限りでも地球域には宇宙船らしき残骸が多数浮かんでおり、宇宙の辛気臭さをより強調している。それに何か大切なモノが無くなってしまっているような……。

 

「まあとりあえずさ、にとり。地球に戻ってくれないか?」

「……その事なんだけどね、さっきからずっと探してるんだけど、地球が見つからないんだよ」

「へ? そんな馬鹿な」

 

 改めて窓の外を注意深く観察したが、目を皿のようにして探しても見つからない。そもそも、地球は太陽系の中でも一線を画す美しい水の惑星だ。有象無象の星々に埋もれる筈がないのに。

 

「……本当だ。え、なんで見つからないの? おかしくない?」

「跳ぶ時間が間違った可能性はないの? 例えば地球が誕生する前の時間とか」

「いや、ちゃんと西暦300X年5月7日への時間移動は成功してるんだ。それは間違いない」

 

 それを裏付けるように、脳内時計は『AD300X/05/07 12:14:54』と現在時間を叩き出している。

 

「じゃあまさかとは思うけど、魔理沙のタイムジャンプに異常があって別の銀河に飛ばされた……とか?」

「こ、怖いこと言うなよ」

「う~んでもね、星の位置的にちょうどこの辺りに地球がある筈なんだよね。だってほら、あっちに月が浮かんでるでしょ?」

 

 にとりの指差す先に視線を向ければ、宇宙に浮かぶ有象無象の星々よりも強い輝きを放つ円状の巨大な星が浮かんでいる。少し違和感を覚えるものの、それはまぎれもなく地球の衛星、月だった。

 これが意味することはすなわち――。

 

「それってつまり、地球が消えた……ってことになるのか?」

 

 状況的にそうとしか思えない。だがしかし、そんな突拍子もないことがありえるのだろうか。

 

「いやいや、ちょっと待ってよ。未来が変わる前までは確かにあったんだし、地球が消えるなんて、そんな非現実的なことが起こるわけないでしょ」

「もしかしたら公転軌道がずれて明後日の方向に飛んで行っちゃったんじゃないの?」

「それこそあり得ないだろう。公転軌道が大きくズレたら全ての動物が死滅する、って本で読んだことあるし、そんな大きな災害があったら月も無事じゃ済まないはずだ」

「んーじゃあなんで地球はなくなっちゃったんだろうね?」

「「「…………」」」

 

 にとりの疑問に誰も答えようがなく、沈黙の時間が流れる。

 

「……よし。こうなったら月に行ってさ、依姫たちに事情を聞きに行こう」

 

 地球の消失――これは緊急事態と断言していいだろう。この時間に来る時に見たあの悪夢が頭をよぎり、私の中で嫌な胸騒ぎがしていた。

 

「そうだね!」

 

 停滞していた宇宙飛行機は、月へ向かって動き始めた。

 

 

 

 

 ――西暦300X年5月8日 午前0時30分(協定世界時)――

 

 

 

 半日にわたる長い移動時間を経て、私達は再び月に戻って来た。

 時間移動した場所からは遠くて分からなかったけれど、だんだんと目的地に近づくにつれて異常を感じ、こうしてすぐ傍まで月を俯瞰できる位置に宇宙飛行機をつけたことで、違和感の正体が判明した。

 

 まず月と言えば、殆どの人が『兎が餅つきをしているように見える影模様』を連想すると思う。しかし今はその面影はまるでなく、大きな隕石が衝突したかのように地表の凹凸がより激しくなっており、まん丸だった月の外周部分の一部が欠けてしまっている。

 

「クレーターが増えてるみたいだな。本当に何があったんだろう?」

「地球が消えたのと何か関係があるのかな」

 

 ここに来るまでの間、ずっと探し続けていたけれど、結局発見できずに終わった。

 

「月の都が無事だといいんだが……」

 

 月の裏側へ回り込もうと、にとりが舵を切った時、突然機内のスピーカーから警告が発せられた。

 

『そこの不審な宇宙船に告げます。今すぐその場に止まりなさい! これ以上近づくようであれば撃墜しますよ!』

「わぁっ!」

 

 機内に響き渡る甲高い声に、にとりはすぐに急ブレーキを掛けて、その場に急停止。

 

「なんだ!?」

『現在、月は銀河連邦と条約を締結し、永世中立地帯となっています。早急に立ち去りなさい!』

 

 続いて響くは、先程とは打って変わって冷徹さすら感じさせるような女性の声。

 

「この声は月から来てるのか?」

「発信源的にそうみたいだね。なんか知らないけど勝手に通信機器のスイッチがONになってるし」

「それに銀河連邦ってなんだ?」

「名前の響き的に国家を持つ惑星の集合体みたいな組織じゃないか? 外の世界に住んでた時もそれをスケールダウンさせたような組織があったし、人類が宇宙進出に成功して1000年近く経ってる今、そんなのがあってもおかしくない」

「う~ん、でも月の都は外の世界に干渉しないんじゃなかったっけ?」

「そんなの私に聞かれても困る」

「はぁ……、また未来が訳分からないことになってるじゃん」

 

 時間移動はとても便利だけど、時代の変化に取り残される弊害が大きすぎると私は思う。

 

「ねえそれよりもさ、早く相手に返事しないとまずいんじゃない? 本当に攻撃されたらヤバいよ」

「そうだったそうだった。ちょっとマイクを貸してくれ」

 

 にとりからスタンドマイクを受け取り、スピーカーの向こう側に居る女性に話しかける。

 

「私達は綿月姉妹に会いに来たんだ。この時代に来てから分からない事が多すぎて事情を聞きたい。通してくれないか?」

『…………』

 

 月の中でも重要なポストに就いているであろう二人の名前を出したところ、通信相手は何やら考え込み、そして。

 

『……失礼ですが、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?』

「霧雨魔理沙だ」

『まぁ、魔理沙様でしたか! 大変失礼いたしました。依姫様から事情は伺っております。私達は貴女方をお待ちしておりました! どうぞお通りください!』

 

 今までのようなとげとげしい態度から180度変わって、歓迎するような雰囲気のまま通信は切れた。

 

「依姫から話を聞いている? こりゃまた一波乱ありそうだな……」

「それに『待っていた』ってのも気になるね」

 

 その後ゆっくりと月の裏側へと回り込み、月の表と裏側を分けている不可視の結界を通り抜ける。

 

「んん~?」

 

 月の表側も目に見えて地形が変わっていたが、月の裏側もまたかなり景観が変化していた。

 

 1000年前に訪れた時は、月の都に海と砂浜、時折生えている桃の木くらいしか目立つものはなかった。しかし現在は海が完全に埋め立てられ、その土地に巨大な要塞が都を囲むように建ち並んでいる。綺麗に舗装された地面にはシャープなデザインの宇宙船が数十台も駐機しており、そこを出入りしている玉兎たちの険しい顔つきとも相まって、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

 さらに、至る所に20m以上ある砲台のようなモノが設置されており、宇宙飛行機の飛行に合わせて照準が自動的に動いていることから、ホーミング機能的な何かが働いてるのだろう。……撃ち落とされたりしないよな?

 

 そして一番目立つのは、四方に突き刺さっている100m以上はありそうな巨大な銀色の金属棒で、先端部分から放射されている透明な膜のような何かが月全体を覆っていた。何か大規模な術式のようにも思えるが、私の頭の中にはそれに類似した知識がないので分からない。

 

「まるで軍事拠点みたいだな。月の科学力はここまで凄かったのか」

「うん、すごく様変わりしちゃってるねぇ。着陸できそうな場所あるかな」

『此方で駐機場まで誘導します。我々オペレーターの指示に従ってください』

 

 にとりは細かな指示に上手に答えつつ、月の都の入り口からおよそ20~30m程度離れた小さな滑走路に着陸した。操縦とかやったことないので詳しいことは分からないけれど、どんな条件の場所でも難なく着陸を成功させるにとりは、かなり操縦技術が高いのではないか? と何となく思ったりする。

 

 にとりは月の都の大きな変化に興味を持っていたが、やはりまだ依姫への恐怖感が拭えないのか、宇宙飛行機に残ると言って操縦席から離れない。仕方なく私と妹紅だけで機体から降りて、周囲の劇的な変化を眺めつつ月の都入り口まで歩いていくと、綿月姉妹の姿を発見する。

 

 彼女達は1000年経っても全く外見が変化しておらず、見目麗しい姿のままだった。

 

「あなたと顔を合わせるのも1000年ぶりですね、魔理沙」

「よく来てくれたわ~! あなたが現れなければどうしようかと思ってたところなのよ~」

「私にとっては、ほんの一日程度しか経ってないけどな」

 

 前回会った時のような高圧的な態度ではなく、どちらかと言えば困りきっているような、私を見て安堵しているかのような、そんな第一印象を受ける。

 

「それに〝別の未来の″妹紅さん。貴女も歓迎しますよ。この世界の貴女にはお世話になってます」

「あの時は冷たい態度をとってごめんなさいね」

「え? その言い方……もしかして今、月の都に〝私″がいるの?」

「それはまた後ほど詳しく話しますよ。貴女方は聞きたいことがあってここに来たのではないのですか?」

「そうなんだよ! ここに来るまでずっと地球を探していたんだけど全く見当たらないんだ。何か知らないか? それになんか物騒なもんが建ってるけど、この1000年間で一体何があったんだ?」

 

 後ろに広がる巨大な要塞を指差しながら訊ねると、綿月姉妹は暗い顔になり、一瞬間を置いてから依姫が口を開いた。

 

「……これまでの経緯を語るには長い話になります。私の家に来てください。歓迎しますよ」

「分かった」

 

 奇しくも前回来た時とは逆のシチュエーションになってしまった。

 

「それと、今回はにとりさんにもぜひ聞いてもらいたいお話なので、呼んできてもらえますか」

「にとりが?」

「じゃー私が呼んでくるね」

 

 妹紅は駆け足で宇宙飛行機に向かい、数分後にとりを伴って戻って来た。

 依姫を見て顔を引き攣らせているにとりに、彼女は微笑みながら口を開く。

 

「お久しぶりですね、にとりさん。元気そうで何よりです」

「わ、私にも聞いて欲しい話があるらしいけど……」

 

 妹紅の後ろに半分隠れながら、おずおずと口を開くにとり。

 

「それをこれから私達の自宅で話す予定です。……もうあの時のように脅したりしませんから、そんなに怯えないでください。私もやりすぎてしまったとあの後反省したのですから」

「う、うん」

 

 優しく諭すように話したことで、にとりも少し警戒心が解けたようだ。

 

「それではついてきてくださいね」

「ああ」

 

 私達は月の都の中へと歩を進めて行った。

 

 

 

 

 現在時刻は西暦300X年5月8日午前10時。私達は綿月姉妹の先導の元、月の都の表通りを歩いている。

 

(…………)

 

 しかし私達の間に会話はない。

 なぜなら、前を歩く綿月姉妹のピリピリとした空気が伝染して呑気に雑談できるようなムードではないからだ。加えて、都の中も辛気臭い雰囲気に包まれている。

 1000年前に訪れた時は玉兎達の談笑の声がそこかしこから聞こえ、生を謳歌している玉兎ばかりだったが、現在、町を歩くのは銃器で武装した玉兎ばかり。彼らの表情は険しく、常に何かを警戒しているような印象を受ける。

 月の都のオリエンタルな町並みも、屋根が剝がれたり壁にヒビが入っていたりと、都のあちこちが破損してしまっている。表通りなのにビニールテープで閉鎖された区画まで存在していて、奥には爆発でもあったのか原形を留めていない民家も見える。

 

(どうやら深刻な未来に来ちまったみたいだな……)

 

 活気を失った月の都に、過剰なまでに防衛されている都の外。そして消失した地球。間違いなく、これまで以上の難題が私の元に降りかかる予感がしていた。

 そんなことを考えているうちに私達は綿月姉妹の宮殿に到着し、案内された部屋は前回と同じ客室だった。

 扉を開いた先には既に先客がおり、その人物は依姫たちの姿を見て開口一番。

 

「おかえりなさ~い。どうだった?」

「きちんとここへ連れて来ましたよ。輝夜様」

 

 依姫が丁寧に応対する人物、それはこの月の都に深い縁を持ち、ここに居る筈のない人物だった。

 

「貴女とこうして顔を合わせるのも久しぶりね、魔理沙。と言っても、貴女の主観では対して時間が経っていないのかもしれないけど」

「久しぶりね魔理沙、妹紅♪ 会えて嬉しいわ!」

「永琳に輝夜! それにあの時の……!」

 

 テーブルの前のソファーに隣同士で腰かける輝夜と永琳。そして奥にちょこんと着席したまま手を上げたサグメ。彼女達もまた、800年以上経っても何も変わっていなかった。

 

「お、お前らなんでこんな所にいるんだよ? 月とは絶縁したんじゃなかったのか?」

 

 特に一番驚いているのは妹紅のようで、永琳と輝夜をそれぞれ指差しながら訊ねていた。

 

「あら? まだ依姫と豊姫から事情を聞いてないの?」

「ええ。落ち着ける場所で話そうと思いまして。まだ何も」

「まだ月との因縁は残ってるけれど、地球があんなことになってしまっては……ね。もうそんな悠長なことも言っていられなくなってしまったわ」

 

 輝夜は呆気らかんと、永琳は憂いた表情で答えていた。

 

「その辺りの事情もひっくるめて全てお話しするわ。ささ、座って座って」

 

 豊姫に勧められ、私達はそれぞれ空いてる座席に着席した。

 私を挟むように両隣に妹紅とにとりが座り、上座にサグメ、対面に永琳、輝夜、依姫、豊姫の順に座っている。その後配膳車を押したメイドの玉兎が2人入ってきて、紅茶とお茶菓子を人数分用意した後、一礼してから立ち去って行った。

 依姫は紅茶を飲んで一息ついてから話を切り出した。

 

「1000年前にあなた達が帰った後、他の賢者様方と長い協議の末、外の世界への妨害を止める方向で決定しました。その間にオカルトボールが発生したり、とある神霊がこの都で異変を起こし、解決の為に博麗の巫女が訪れた出来事もありましたが、大局的には計画に何も影響はありませんでした」

 

 依姫の語りにサグメが無言で頷いた。彼女も何か関係していたのだろうか?

 

「あの時、霊夢と一緒に魔理沙がいたからとてもびっくりしたわぁ~。まあ雰囲気の違いですぐに人間の方の魔理沙だって分かったけどね」

「直接会ったのか?」

「いいえ、解決した後でサグメ様から伺ったのよ。その時の私達は、月の中枢で件の神霊と手下の妖精が発生させた穢れが原初の石に何か影響がないか調べていたからねぇ」

「ふ~ん」

「話を戻しますね。私達が外の世界への妨害を止めた後、当初の予想通り人類はどんどん科学を発展させて宇宙に進出していき、2070年に光速航行、216X年に超光速航法――ワープ航法を確立しました」

 

 私は西暦215X年の宇宙で見た、宇宙船の数々を思い出す。

 

「ですがそれは間違いでした。完全な結果論ですが、やはり人類は地球に籠るべきだったのでしょう。結局私達の行動の如何を問わず、幻想郷は滅びる運命だったのかもしれません」

「……どういう意味だ?」

 

 全てを諦めきった依姫の言葉に、私は静かに怒りを覚えていた。

 

「外の世界には『最大多数の最大幸福』という理論がありました。簡単に意味を説明しますと、大多数の人々を救う為ならば少数の困っている人々を切り捨てるという考え方です。今回のケースではその〝少数″が偶然にも幻想郷に当てはまってしまい、少数を守ったことで人類にとって、そして我々月にとっても致命的な損失を被ることになってしまいました」

「……さっきから妙に回りくどい物言いだな。結局何が言いたいんだよ? さっさと結論を話してくれ」

 

 軽い苛立ちを覚えつつ催促すると、依姫は少し逡巡した様子を見せた末に語り出す。

 

「今から840年前の西暦216X年11月11日。地球に侵略してきた敵性宇宙人との宇宙戦争に敗北し、彼らが用いた対星破壊兵器によって地球は跡形もなく消滅。連綿と続いた46億年の歴史は閉ざされてしまいました」

 

 それは私にとってあまりにも衝撃的な現実だった。

 




読んでくれてありがとうございました。







※ここから下は本編とは関係ないので興味ない人は読まなくていいです。

87話タイトル『咲夜の助言』で咲夜が宇宙飛行機に乗るよう言わなかった場合こうする予定でした

タイムジャンプした先の時間で地球がなくなっていて、宇宙に生身で放り出された魔理沙と妹紅。周囲の状況を確認する余裕も殆どなく、死にそうになりながらもなんとか、タイムジャンプで元の時代へ避難する。 
    
                    ↓

生身で宇宙に出た影響で目や全身に重傷を負って意識を失い、リザレクションした妹紅に永遠亭へと運び込まれる。(ここで強力な宇宙線にやられて細胞や遺伝子が傷ついたみたいな描写いれる)         

                  ↓

(永琳が治療するのに苦労してる一方で、魔理沙は夢の中で時間の女神(咲夜)に出会い、体内時間を巻き戻してもらうことで九死に一生を得る。
               ↓
 魔理沙は回復する。(僅か一晩で治ったことに永琳に奇跡みたいなことを言われ、事情を説明したら驚くような描写を入れる)
           
            ↓

妖怪の山に戻ってにとりに頼み込み、宇宙飛行機で浮かび上がり、そこから改めて西暦300X年へ向かい、今回の話に繋がる。



しかしこれだと魔理沙が可哀想すぎるので、この未来を見た咲夜が宇宙飛行機に乗るよう事前に忠告した、という形をとりました。


没にするのも勿体ないので後書きで公開させてもらいます。












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第92話 地球が消滅した日

最高評価及び高評価ありがとうございます。
これからも頑張っていきます。


「……!」

 

 地球が跡形もなく消滅した――そのあまりに荒唐無稽な言葉に私は絶句した。

 だってそうだろう? ただ石を持ってきただけでここまで大惨事な歴史になるなんて、想像できるわけないじゃないか。

 しかも私が暮らす時代の10年後という事実にも戦慄を覚える。もし少しでも時刻がずれていれば、私達も巻き込まれていたかもしれないのだ。

 

(咲夜はこの未来を知っていたのか……?)

 

 彼女の意味深長な発言はこのことを示唆していたのだろうか。生身で宇宙空間に飛び出していたら只事では済まなかっただろうし。後でこの辺りの事情を聞いておくべきかもしれないが、それよりも今は優先すべきことがある。

 

 未だに言葉を失っている妹紅とにとりに変わって、私は真意を確かめるように再度訊ねる。

 

「……それ、本当なのか? いまいち現実感がないんだけど」

「耳を疑う気持ちは分かりますが事実です。現にここに来るまでの間、地球は見当たらなかったでしょう?」

「それはそうなんだけどさ、いくらなんでも宇宙人の侵略って……ないわー」

「ちょうど地球が消滅した瞬間の映像が手元にあるんだけど、見る?」

「見せてくれ」

 

 豊姫はどこからともなくリモコンを取り出し、私から見て下座の方角の壁に向けてスイッチを押した。

 すると照明が落ち、天井から大画面のディスプレイがチープな音を立てながら降りてくる。月の表面に浮かび上がる地球と、その地球域周辺の映像が映し出されていた。

 

「これは西暦216X年11月11日、月の表側に設置しておいた定点カメラが録画した映像よ。人間の目で認識できる限界の高解像度で撮影されてるから、何が起こったのかくっきりと観れるわ」

「ふーん」

「それでは再生するわね」

 

 そう言って再びスイッチを押すと、停止していた映像が再生される。即興で行われた豊姫の解説と同時に流された映像を私なりに解釈し、要約すると以下のようになる。

 

 再生が始まってからおよそ20秒ほど経った後、画面の右奥に小さな点のようなものが増えていき、徐々に地球に近づいていく。その正体は宇宙戦艦――戦闘に特化した宇宙船を一般的にそう呼ぶらしい――というらしく、宇宙が狭く感じる程の艦隊が、あっという間に地球の周囲に展開されていった。

 

 特に際立つのは、画面の奥に見える地球の半径くらいありそうな巨大な宇宙戦艦で、有象無象の宇宙戦艦に守られていた。豊姫曰く敵性宇宙人――正式には【銀河帝国】の軍隊らしい――の司令官が乗っている旗艦とのこと。

 

 同時に地球の中からも、宇宙空母や戦闘機等多種多様な艦隊が出現し、やがて地球の艦隊――正式名称は地球連合軍とのことで、機体の外装には地球をデフォルメしたようなマークがペイントされていた――と銀河帝国の艦隊と撃ち合いになり、真っ暗闇の宇宙を飛び交う七色の光線は、私の感想としては弾幕ごっこを派手にしたような印象を受けた。

 

 一進一退の攻防が続く中、やがて大きく戦況が動く。

 

 銀河帝国の旗艦の先端が割れ、中から10㎞以上ありそうな巨大な砲身が出現し、その照準が地球に定められたからだ。

 すると、これまで地球を守るように展開していた地球連合軍は方針を変え、銀河帝国の旗艦に向けて一斉に突撃していった。旗艦を守る他の宇宙戦艦に撃墜され、次々と数を減らしていきながらも構わず突き進んでいくその有様は、自らの命を顧みない捨て身の突撃のように思えた。

 

 しかし、地球連合軍の艦隊が到達する前に、旗艦から発射された巨大な白色の光線が地球を包み込み爆発。一瞬で衝撃波が月まで伝わり、カメラが大きく揺れた所で映像は途切れた。

 

 衝撃的な映像に誰しも言葉を失っている中、豊姫は冷静に解説を続けていた。

 

「侵略してきた国家の名前は銀河帝国。9000万光年離れたサント銀河を拠点とする彼らの勢力圏は幾つもの銀河を跨ぎ、100万光年にも渡ると言われていてね、宇宙全体を見渡しても一、ニを争う巨大な銀河国家なのよ」

「はあ、そうなのか」

 

 あまりにスケールが大きすぎて、それがどれだけ凄いことなのかよくわからない。

 

「そして、地球にトドメを差した対星破壊兵器――正式名称は超高密度粒子砲と言うんだけどね。まあ大まかに言って私の扇子の強化版みたいな恐ろしい効果なの」

 

 扇子をこれ見よがしに見せつける豊姫。彼女の解説はさらに続く。

 

「これを防ぐには星全体を守るようにシールドを張らないといけないんだけど、残念なことに外の世界の人間は対星防御シールドの開発に間に合わなかったの。地球のすぐ近くまで攻め込まれてしまった時点で負けが決まっていたのよ」

 

 ここに来る途中で見かけた四本の柱、豊姫曰くあれがその対星破壊兵器を防ぐシールドだそうだ。ちなみにこれは星のサイズによって形態も変わるらしく、大きな星だと衛星軌道上に小型ロボットを飛ばしてシールドを展開するとのこと。他の銀河にある高度な文明を持つ星々は標準で展開しているらしい。

 

「……結構長くなってしまったけれど、これが事の顛末よ」

 

 その言葉と共に明かりが灯る。

 

「全く現実味がなかったけど本当の事だったんだな……。まさかこんなことになるなんて」

 

 いったいどこで歯車が狂ってしまったのか。気軽に宇宙進出させる、なんて息巻いていたけれど、宇宙はとても怖いところなのかもしれない。

 

「なんかもう悲しくなってきたよ……みんないなくなっちゃったんだね」

 

 しんみりとした空気の中、もう立ち直ったのか妹紅は永琳と輝夜に向けてこんなことを聞いていた。

 

「お前達はこの時大丈夫だったのか?」

「事前に『地球を取り巻く状況が悪いので月に帰って来て下さい』と豊姫から聞いていてね、悩んだけど万が一の事もあるし姫様とイナバ達を連れて、この映像の1週間前に月に避難してたのよ。何事も無ければ良かったのだけれど、結果は御覧の通り……」

「私はもう呆然としちゃってたけど、あの時の永琳は珍しく泣いていたわね」

 

 当時を思い出すように語る永琳と輝夜に、続けて妹紅が質問する。

 

「ちなみに〝私″はどうなったの?」

「『地球が危ないかもしれないから月に来ない?』って一応誘ったんだけどね~、全然信じてなかったみたいだしおいてきちゃった」

「まあ普通そうだよね。ってことは宇宙に放り出されたのか……」

「ふふ、安心して。地球が爆発する前に、ワープ装置を用いて月に呼び寄せておいたから、無事だったわよ」

 

 輝夜の言葉を補足するように依姫は「あまり月の技術を部外者に使用したくはなかったのですが、緊急事態でしたので」と答える。

 

「あの時は大変だったのよー? 地球が破壊されたのを見て子供のように泣き叫んでいてね、半狂乱になった妹紅を宥めるのにずいぶんと苦労したわ~」

「……そうか。輝夜には世話になったみたいだし、私からもお礼を言っておくよ。ありがとう」

「な~んか大人な対応でつまんないわね。もっと面白い反応を期待してたのに」

 

 素直にお礼を告げた妹紅に、輝夜は口を尖らせた。

 

「同じ〝私″なんだし、その時の〝私″の気持ちが容易に想像できるからね。ちなみにその〝私″は今どこに?」

「銀河帝国の首都惑星ロレンに玉兎たちと偵察に行ってるわよ? そういえばここ最近は会ってないわね」

「ああ、成程ね。その〝私″の行動原理が何となくわかったよ」

 

 各々が話し込んでいる中、私は会話に参加せずに思考を巡らせる。

 

(なんかどんどんと未来が悪い方向に突き進んでいるな。人類の宇宙進出が駄目なら、どうしたらいいんだろ)

 

 依姫が話していた最大多数の最大幸福理論――すなわち命の優劣を数字だけで見た場合、地球が壊されるよりかは幻想郷が滅ぼされた方が被害が少なくなる。

 しかしそれだけは断じて認められないので、この選択肢はありえない。

 けれど現時点では代替案も見つからないので、一見すると八方塞がりのようにも思える。

 

(答えは別の惑星にあるのか……?)

 

 そもそもさっきの説明では、どういう過程を経て地球が侵略されたのか肝心なところが分からない。動機と理由が不透明な今、結論を出すには早計だろう。

 

「この影響で私達も方針を転換せざるを得ませんでした。また同じ悲劇が繰り返されないように、そして他銀河の文明と肩を並べられるように、ここ数百年間科学技術の発展に切磋琢磨してきました。穢れを嫌って月にやって来たというのに、自ら穢れを生む行動を取らざるを得なくなるとは皮肉なものです」

「あなたが持ってきてくれた原初の石がなかったら、私達も穢れに蝕まれていたかもしれないわね」

 

 月の民が提唱する理論では、生存競争によって穢れが発生し、生き物に寿命が到来する。都の外の要塞もまさにそれの結果なのだろう。

 

「魔理沙。月を代表して――いえ、幻想郷を代表してお願いがあります。あなたの持つ時間移動の力を用いて、地球と幻想郷が存続する現在に宇宙の歴史を変えてもらいたいのです。……やってもらえますか?」

「もちろん。こうなったらとことんやってやるさ!」

 

 私が望む未来は必ずある筈――そう信じて行動するのみだ。どれだけ時間が掛かっても絶対にあきらめたりしない――

 

 

 

 

「さて、過去を変えるにはどう動いたらいいのかな」

 

 今回のケースでいえば、銀河帝国と地球双方の歴史を精査する必要があるのでかなり時間が掛かりそうだ。果たしてどこから手を付けたらよいのやら。

 柳研究所の例を見るに、超高密度……名前は忘れたが、地球を破壊した兵器を何とかすればいいって話でもなさそうだし。

 

 依姫達の口ぶり的に、9000万光年離れた遠い星へ向かう移動手段は確保されているっぽいのでその点は問題なさそうだが、幻想郷の外の世界ですら分からないことだらけなのに、他の星の文明なんて理解が追いつくだろうか。不安だ。

 そんな私の胸中を依姫は察したようで。

  

「その点は心配ありません。もうすでに原因と理由は判明していますので」

「え、そうなの?」

 

 てっきり他の惑星に向かって色々と情報収集することを覚悟していたので、拍子抜けしてしまった。 

 

「あなたがこの時代に来るまでの間、ただ手をこまねいていたでありませんから。宇宙の歴史を変えてもらうために、私達は銀河帝国や銀河連邦に玉兎を派遣し、内部事情を探ってきました。その間、様々なドラマがありましたが、今は関係ないので割愛します」

 

 依姫達の表情や声色から察するに、きっと想像を絶する苦労を重ねてきたのだろう。

 

「そして玉兎達や協力者から送られてきた情報を元に、多重並行光量子コンピューターを用いて月のネットワーク上に新たな宇宙を創り出し、歴史を改竄した場合に起こり得る世界の変化――バタフライエフェクトの影響まで含め疑似的にシミュレート。様々な観点から見てどのように動けばいいのか、850年掛けて徹底的に精査しました。その結果、歴史を変えるには二つの出来事に介入すれば良い。と結論が出ました」

「……はぁ。それで、結局どうすればいいんだ?」

 

 前半部分が何を言ってるのかよく分からないが、説明を聞くのも面倒なので敢えてスルーして続きを促す。

 

「歴史を変える二つのターニングポイント。まず一つ目は【39億年前の地球に降り立った宇宙人の少女】にあります」



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第93話 タイムトラベラー霧雨魔理沙

多くの最高評価及び高評価ありがとうございます。
頑張ります。


 依姫の言う、39億年前の地球に降り立った宇宙人の少女――その人物に、私は心当たりがあった。

 

「それってもしかしてアンナのことか?」

「ええ、その通り。あなた方が原初の地球で助けた人型宇宙人の少女。彼女がキーマンになります」

「……それ本当か? だって39億年前だぞ? 幾らなんでも年月が離れすぎてるし無理があるでしょ」

 

 それに確か、豊姫が『原初の地球は今の時代から見れば異世界のようなもの。バタフライ効果は、起きる前と起きた後の世界の条件が同じでないと起こりえない』と話していたし。可能性としては……。

 

「あっ! もしかしてアンナがまだ生きてるとか?」

「残念ながら彼女はとうの昔に亡くなっていますし、子孫も存在しません。銀河連邦のデータベースで確認したので間違いありません」

「そうなのか」

 

 アンナ生存説はあっさりと否定され少し悲しい気持ちになる一方、妹紅はこんな質問をする。

 

「外の世界の人間が銀河帝国を怒らせるようなことをした。とかじゃなくて? 本当にアンナが関係してるの?」

「根本的な原因はそこではありません。〝未来から来た魔理沙達がアンナを助けた″この行為こそが、宇宙の歴史を大きく変えるターニングポイントだったのです」

「……どういうこと?」

 

 何故人助けをしただけで、そこまで壮大な話になってしまうのか理解が追い付かない。

 

「また話が長くなってしまいますが、よろしいですか?」

「ああ」

 

 もう長い話を聞くのには慣れている。

 

「アンナが地球に来た経緯はもうご存知かと思いますので、彼女が地球を経った後の話をします」

 

 そう前置きをして、依姫は語り始めた。

 

「惑星探査員としての仕事を終えてアプト星に帰った彼女は、地球で経験した出来事をその星のデータベース――イメージ的には無限に本が貯蔵された図書館のようなものと思ってください――に残しました。彼女のもたらした情報は最高ランクの機密情報として厳重に保存され、アプト文明が滅ぶその時まで日の目を見る事はありませんでした」

 

「そして長い月日が流れ、西暦に直しておおよそ紀元前1万年頃、当時はまだ勢力圏が狭かった銀河帝国の巡洋戦艦――宇宙を探索することに重きを置いた宇宙船と思ってください――がアプト星を訪れました。その頃にはかつて栄華を極めた宇宙文明は見る影もない程に荒廃しており、生命は存在しませんでした。そんな星に来た目的は、39億年前に宇宙一の科学力とも呼ばれていた古代文明の叡智を求めるためで、大地に降り立った彼らは砂に埋もれた遺跡を掘り起こしました」

「へぇ」

 

 私の脳内では、考古学のように古い地層に埋もれた化石を掘り起こすようなイメージが浮かんでいた。

 

「やがて彼らは39億年前のアプト文明のデータベースを発見し、すぐにその情報の解析に乗り出します。長い年月により殆どの情報が風化してしまっている中、ついに彼らはデータベースの最奥に残された最高機密情報に辿り着き、解読に成功しました」

「――まさかそれって」

 

 最高機密情報、その言葉に嫌な予感がしていた。

 

「ええ。彼らはアンナが残した情報――【太陽系にこの宇宙で唯一無二のタイムトラベラー霧雨魔理沙が住む星を発見した。その名を地球と言い、まだ生命が発生したばかりの若い惑星みたいだが、今後の発展に期待できるので注視すべき】という記録を見つけました。銀河帝国の目的は宇宙の覇権を握ること。それを実現するためにかねてから時間移動の研究に力を入れていたそうですが、理論や定理に矛盾がなくとも時間跳躍に成功しない謎のジレンマに陥っていたそうです」

「!」

 

『高度な知性を持った生命体が高度な文明を築き上げた際には、すべからく時間に目を付けて時間移動を試みようとするわ。けれど時間は誰にでも等しく平等に流れる絶対的な概念。一個人によって歴史が滅茶苦茶になってしまわないように、時の回廊に仕掛けを施したのよ』

 

 時の回廊で聞いた咲夜の言葉が、私の脳内にフラッシュバックした。

 

「この情報を知った銀河帝国は、タイムトラベラー発祥の地に時間跳躍のヒントがあると目論み、【太陽系】に存在する【霧雨魔理沙】という人物を捜すべく、宇宙航海に積極的に乗り出していったのです」

「なんだよそれ……」

 

 あの時深く考えずに喋った話でここまで未来が変わってしまうのか。バタフライエフェクトとはこんなにも恐ろしいものなのか。私はとてつもない恐怖を感じていた。

 

(アンナはなんでこんな記録を残したんだ……?)

 

「風が吹けば桶屋が儲かる、をまさに体現してるような話だな……なんというかもう、言葉が出ない」

「まさに口は災いの元ね」

 

 ここまで無言を貫いていたサグメが思わずこぼしてしまうほど、衝撃が大きかったようだ。

 

「でもたったそれだけの記録でそんな大胆な行動に出るのかしら? 普通なら信じないと思うけれど」

 

 輝夜のふとした疑問に、依姫はこう答えた。

 

「あくまで私の推測ですが、かつて宇宙で一番発展していたとされる文明が最も大切にしていた情報なので、信憑性は高いと判断したのではないでしょうか」

「あ~言われてみればそうかもねー。秘密は奥深いほど興味が出てくるものだし、ウフフ」

 

 輝夜が納得した様子をみて、依姫は再び私の方に顔を向ける。

 

「ちなみにこれは余談ですが、銀河帝国が血眼になって探している人物ということで、霧雨魔理沙の名は脚光を浴び、他の銀河でもかなり有名になってますよ? あなたを題材にした大衆小説や映像作品が作られているくらいですから」

「!?」

 

 予想外の情報に驚く私をよそに、豊姫も口を開く。

 

「本人を知ってる身からすれば、異星人の創り上げる〝霧雨魔理沙″とのギャップに笑ってしまったわ。清廉で高潔な完全無欠の人間として描かれたこともあれば、宇宙の歴史を影から操る黒幕として描写される作品もありましたもの」

「なにそれ! 超見たいんだけど!」

「彼女のイメージが壊れちゃうからやめておいた方が良いわよ。主役を演じる役者のルックスも首をかしげるものだったし。きっと私達と異星人では美的感覚が違うのでしょうね」

「そうなのね、ならやめておきましょ」

 

(私の預かり知らぬところでそんなことになってるとは)

 

 これについてどう反応したらよいか分からず、困惑するばかりだ。勝手に人の名前を使って変なキャラクターを作り上げないでもらいたい。

 

「コホン、話を戻します。要約しますと、【魔理沙がアンナを助けたことでアプト星に時間移動の記録が残り、それが巡り巡って銀河帝国に知られてしまい〝地球を捜す動機″を生みだしてしまう】。ということになります」

「これは迂闊だったなぁ……。もうちょっと考えて行動すべきだった」

 

 せめてタイムトラベル関連について口止めしておくべきだった。あの時動揺していたこともあり、そこまで頭が回らなかったのが失敗だ。

 

「魔理沙は何も悪くないわ。あなたの善意がこんな形で巡り巡って返ってくるなんて、誰も予測できないもの」

「悪いのは銀河帝国だしね~うん」

「気に病む必要はないよ」

 

 豊姫、輝夜、妹紅の言葉に皆が肯定の意思を示していたが、しかしそれでも、私の行動で地球の命運を定めてしまったのかもしれないと考えると、やるせない気持ちになってしまう。

 

(……あまり落ち込んでる場合じゃないな。幸いにも私には結果を覆す力があるんだ。前を向いて行こう)

 

 そう気持ちを切り替えることにして、私は続きを促す。

 

「とにかく、39億年前の出来事がきっかけとなったというのはわかった。それで、二つ目のターニングポイントってのはなんだ?」

「それは銀河帝国が〝地球を発見するきっかけ″です」

 

 

 

「きっかけ?」

「宇宙は限りなく広く、その全体像は未だに判明しておりません。加えて銀河帝国と地球は9000万光年も離れています。なのでおよそ1万2000年経っても、一向に発見することは出来ませんでした」

「でも、そうは言っても実際に見つかっちゃったんだろ?」

 

 依姫は頷きさらに言葉を続ける。

 

「そんな厳しい条件にも関わらず彼らが発見できたのは、地球から宇宙の知的生命体に向けて発信されたメッセージを受け取ったからです。……この写真を見てください」

 

 彼女はテーブルの上に置かれていたリモコンを手に取り、画面に向けて操作する。一枚の写真が表示され、黄金色のレコードが映っていた。

 表面には何かの記号のような単純な線模様が刻まれ、表側のラベルには『THE SOUNDS OF EARTH』――直訳すると地球の音と記されていた。

 

「レコード盤みたいだけど、これは?」

「これは今から1030年前の西暦1977年9月5日、太陽系及びその外側探査の目的で発射された人工衛星【ボイジャー1号】に搭載されていた、通称【ボイジャーのゴールデンレコード】と呼ばれる代物です」



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第94話 ボイジャー1号

最高評価及び高評価ありがとうございます。
東方とは全くかけ離れたSF展開が続いていますが、好反応が続いていて、とてもうれしく思います。


「ふ~ん」

 

 金色のレコードだからゴールデンレコード。なんか安直で捻りのない名前だな。

 

「レコードというからにはなにか音楽が入ってるんだろ? どんな内容なんだ?」

「太陽系の情報や地球の風景を捉えた写真、波・風・雷・鳥・鯨などの自然音、地球上に存在した55の言語での挨拶、世界各地の古典・民族音楽が収録されています」

「纏めると、人類の生物的構造や文化・文明について記録されたレコードね」

「……なんか先の展開が読めてきたぞ。つまりそのレコード盤を銀河帝国の宇宙船が拾ったせいで地球を見つけてしまったから、その歴史を変えてほしいってことか?」

「結論から言ってしまえばそうなります」

「なるほど」

 

 1977年にはまだ私は生まれてないし、ましてや外の世界の出来事ともなると……。うん、反応に困るし何とも言えないな。

 

「でもそれだとおかしくない? 前の歴史では西暦300X年まで地球は残ってたんだぞ? 1977年に発射された人工衛星が原因なんだとしたら、なんで地球は侵略されなかったんだよ?」

「……妹紅さんが仰る前の歴史について、記憶が残ってないので分かりかねますが、その理由についての推測は出来ます。ですがまだ話の途中なので、まずは私達が調べた話を聞いてもらえますか」

「そ、そうだね。話を逸らしてごめんよ。続けて」

 

 そして依姫は、話を仕切り直すように咳ばらいをした後、再び語り始めた。

 

「西暦2055年2月9日、太陽系を脱出し、星間空間を漂っていたボイジャー1号を銀河帝国の巡洋艦が偶然見つけました。幸いにも単純な電子媒体だった為に、レコードの解析にはさほど苦労はしなかったようです」

 

 私の脳内では蓄音機から音符が飛び出すようなイメージが生まれていた。

 

「そして地球の情報を入手した銀河帝国は、首都惑星ロレンから、常にリアルタイムで状況を把握し、なおかつ砂浜の砂粒一つ一つまでくっきりと拡大できる特殊な観測装置を用いて惑星観察に入りました」

 

 太陽の光が地球に届くのにおよそ8分程度かかるという話を聞いたことがある。9000万光年離れた星から望遠鏡で地球を覗いてみても、レンズには9000万年前の地球の姿しか映らないし、その逆も同じ。恐らくその特殊な観測装置とは、光の速さを超える何かによって〝今″を見ることが出来る装置なのだろう。

 

「しかし当時の地球はワープどころか、光速飛行すら確立できていなかった為に、〝未熟で原始的な惑星″という評価でした。銀河帝国は文明の発展具合によって優劣を付けていまして、当時の地球のような文明は宇宙全体で見るとごくごく普通のありふれた存在なので、本来なら接触する価値も、監視する労力すら必要のないものでした」

 

 科学の発展のせいで妖怪達は幻想郷に引きこもる事になったのに、異星人から見ると未熟で原始的な惑星という扱いとは。つくづくスケールが違うな。

 

「ですが彼らにとって長年に渡って探し求めた惑星です。銀河帝国はステルス機能付きの宇宙船を地球に送りこみ、特殊な装置を使って地球人に成り代わり、より詳しく地球の文化やタイムトラベラーの情報を調査していきました」

「……さらっと言ってるけど、とんでもない情報だな」

 

 地球みたいな惑星が宇宙全体で見るとありふれているのにも驚きだが、マミゾウや鵺のような変身能力を科学的に行ってしまうなんて。もはや何でもありなのか。

 

「ところが地球でも時間移動は眉唾物の扱いでした。フィクションの世界では盛り上がりをみせていましたが、現実的な研究開発を行っている研究所は殆どありませんでした。更に当時地球上に存在した世界各国のデータベースを調べたそうですが、霧雨魔理沙という人物について影も形も掴めなかったそうです」

 

 2055年は今の私は存在せず、この歴史に生を受けた〝人間の私″が幻想郷に居た筈だ。しかしどの歴史でも私は幻想郷生まれ幻想郷育ちだし、博麗大結界に覆われたこの土地を彼らが発見できなかったのも不思議ではない。

 

「この結果を受けて銀河帝国は、『まだこの時代には時間移動の研究が本格的には始まっておらず、〝霧雨魔理沙″も生まれていない』と断定しました。彼女の姓名に使われている言語、及びその読み方から『日本人女性の可能性が高い』とし、日本国に多くの人員を割き、重点的に観察するようにしたそうです」

「へぇ、外の世界ではそんなことになっていたのか」

「日本中が宇宙人だらけ……!」

 

 幻想郷で例えるなら、人里の中に妖怪が正体を隠して紛れ込んでいるようなものか? ……でもこの例えはなんか違う気がする。

 

「成り行きは分かったけど、そうやって観察することに決めたのならなんで地球は滅ぼされたの?」

「その鍵は人類の歴史にあります」

 

(なんかまた壮大な話に繋がりそうだぞ? ついていけるかな……)

 

 少しの不安を抱えながらも、彼女の話を静聴する。

 

「タイムトラベラーの捜索と共に人類史を調べた銀河帝国は、18世紀後半に起こった産業革命以降の人口爆発、及び地球文明の異常なまでの発展速度に脅威を感じていました。この成長率は宇宙全体を見渡しても類例のないものだそうで、銀河帝国が当時1500年掛けて発展させた技術を、人類は僅か200年足らずで追い抜いてしまいました」

 

(ん? どこかで聞いたことがあるフレーズだな。確か柳研究所で見たテラフォーミング計画の資料にも似たような事が書いてあったような……)

 

 内容を思い出している間にも、依姫の話は続く。

 

「そして2070年、人類が無人光速航行に成功した瞬間から銀河帝国は懸念を抱きました。『この発展速度が続き、そう遠くない未来に本格的に宇宙進出を決めてしまえば、間違いなく我々を脅かす存在になる』と。光速航法を確立してしまえば、ワープ航法に辿り着くのも時間の問題ですので」

 

(それにしても依姫は良く噛まずに難しい単語をスラスラと話せるなあ。喉が疲れたりしないのかな)

 

 赤い瞳を見ながら下らない事を考えている間にも、彼女の口から紡がれる耳触りのよい声は、風鈴の音のようにすっと入ってくる。

 

「銀河帝国は、地球人の脅威と時間移動の秘密解明を天秤にかけてギリギリまで悩み抜いた挙句、後者を断念することに決定。人類がワープ航法を確立した西暦216X年に滅ぼすことを決断し、先程の映像に繋がります。結局彼らは霧雨魔理沙についての情報は何一つ得られませんでした」

「なんか異星人の考えることはよく分からないな。話を聞く限り、別に危害を加えたわけでもなさそうなのに」

「〝出る杭は打たれる″ってことじゃない?」

「あー……」

 

 もしかしたら外の世界の人間は――人類は、宇宙で一番欲深い存在なのかもしれない。

 

「そして冒頭の妹紅さんの疑問に対する答えですが、その時の歴史では銀河帝国に地球を捜す動機がなかった筈なので、仮にボイジャー1号を拾われていたとしても、その歴史の私達が地球の発展を妨げていた為に、〝未熟で原始的な惑星″という評価のまま、見逃されていたのかもしれません」

 

『あくまで憶測でしかありませんけどね』と言うものの、割と筋が通っているようにも思える。妹紅も納得してるような表情だし。

 

「私から話すべき事は以上です。ここまでの話を纏めますと、過去を変えるターニングポイントは【アンナの口封じ】、【ボイジャー1号の破壊】なので、魔理沙にはこの二つを遂行して欲しいのです」

「ああ、任せてくれ」

 

 依姫は口封じとか物騒な事を言っているが、要はアンナの星に記録が残らなければ良いだけの話だ。39億年前に戻った時、アンナに時間移動関連の話を無闇に言いふらさないよう口止めすればいいだろう。

 彼女の性格ならば、きちんと事情を説明すれば了承してくれるだろうし、これに関しては深く考える必要はない。

 問題なのがボイジャー1号についてだ。何故〝破壊″という表現を使うのか。1977年だっけか? その年に戻って発射されないように過去を変えてはいけないのか。

 その事について質問してみると、こんな答えが返って来た。

 

 

 

 

「それは難しいでしょうね。1970年代後半は外惑星――木星、土星、天王星、海王星、冥王星のことを言います――が同じ方向に並ぶ絶好の時期なので太陽系外探査には都合が良く、当時の技術水準ではこの時期に打ち上げなければ175年先まで待たなければならなくなります。なのでいくら妨害されようとも、どれだけ莫大なお金が掛かろうとも、国の威信を掛けて人工衛星の発射にこぎつける筈です」

「……なるほど。そんな事情があったのか」

 

 175年という期間は7世代、下手すれば8世代も経っているだろうし、人間にとってはあまりにも長すぎる時間だ。目の前にぶら下がっているチャンスを逃す謂れはないだろう。

 

「ボイジャー1号は稼働停止寸前まで地上と通信を行っています。無用なバタフライエフェクトを避けるためにも、ボイジャー1号の電池が切れる2025年6月30日以降に破壊すると良いでしょう。銀河帝国に発見されるまで30年あるので、時間は充分にあります」

「ふむふむ」

「そして肝心の場所ですが……こちらをご覧ください」

 

 依姫は画面に向けてリモコンを操作し、ゴールデンレコードの写真から、星や渦巻きのような形の銀河が沢山映し出された写真へと切り替えた。

 

「これは太陽系を中心にその周辺の銀河の星々を映した星図です。ボイジャー1号の電源が落ちた地点から逆算するに、地球からおよそ248億㎞離れたこの辺りにあるはずです」

 

 星図が拡大されて、太陽系から外れた真っ暗な地点にポインターが点滅しているが、周囲には目印がないのでいまいち場所が良く分からない。

 

「何か目印みたいなものはないのか?」

「強いて言えばこの灰色の五等星が目印になるかもしれませんが、なにぶん宇宙はとても広大なので、目視で探し出すのは難しいかもしれません」

「じゃあどうすればいいんだ?」

「ボイジャー1号の電波を追跡して位置を割り出すのがベターな方法でしょう。この時代において地球から最も離れた場所にある人工物なので、きっとすぐ見つかると思います」

「……仕組みはよく分からないけど、にとりに頼めばいいかな」

「うん、任せて」

 

 正直なところ、宇宙的なことや原理的な説明をされても全然分からないので、機械に強いにとりが心強い。

 

「ねえ一つ疑問なんだけどさ、ボイジャー1号ってことは同じく2号や3号もあるんでしょ? それらは破壊しなくても良いの?」

 

 妹紅の疑問に、彼女はこう答えた。

 

「その点は問題ありません。役目を終えたボイジャー2号や、それ以外に発射された太陽系外探査の人工衛星も西暦2070年に人類によって回収される予定ですので、放置しても大丈夫です。ただボイジャー1号だけが、銀河帝国の探査網に拾われてしまい、このような結果になってしまいました」

「ふ~ん、そうなのか」

「よし、そうと決まれば早速行こうぜ! 目指すは2025年だ!」

「待って、魔理沙」

 

 そうして立ち上がりかけた私を、にとりが引き留める。

 

「今の宇宙飛行機だとこの人工衛星の場所まで行けないんだよね」

「なんでだ?」

 

 広大な宇宙空間を素早く移動するための乗り物の筈なのに、それができないとはこれいかに。

 

「だって地球から約248億㎞離れてるんでしょ? 宇宙飛行機は最大でもマッハ100しか出ないから、全速力で24時間飛ばしつづけたとしても人工衛星のある場所まで約23年掛かるんだよ」

「23年!? え、そんな遠いの?」

「計算上はね。宇宙は何があるか分からないし、実際はもっとかかるかも。それに宇宙飛行機が経年劣化するかもしれないし、この期間をずっと飛び続けるのは現実的じゃないよ」

 

 私の質問に彼女は困り顔で答えていた。この部屋にいる面々は寿命なんてあってないような存在ばかりだが、いくらなんでも片道23年の旅は長すぎる。タイムジャンプでは移動時間の解消は無理だし。

 

「だから、月の都から協力して欲しいんだよね。出来れば技術協力とか……」

 

 物欲しそうな目で依姫と豊姫の二人を見つめるにとりに、依姫はこう答えた。

 

「それでしたら私共の方で恒星間航行に対応した宇宙船と乗組員を用意しましょう。地球が無くなってしまった今、こちらとしても最大限の協力をするつもりです」

 

 渡りに船というべきか、そんな申し出をしてくれたが私は一つ条件を付ける。

 

「それは有難いんだけどさ、出来ればにとりの宇宙飛行機を光の速さで飛べるように改良してくれないか?」

「別に構いませんが……理由を聞いてもよろしいですか?」

「あまり時間移動に大勢の人を連れて行きたくないんだよ。歴史が変わった時どんなことが起こるか分からないし、出来れば私のコントロールできる範囲内で済ませたい」

「なるほど、確かにそうですね。ではこれから宇宙飛行機のグレードアップに取り掛かる事にしましょう。にとりさんにも手伝ってもらうことになりますが、それでも宜しいですか?」

「もちろんオッケー!」

 

 にとりは目を輝かせて喜んでいた。

 前から超光速航行で飛ぶのが夢だと話してたし、意欲は非常に高いだろう。依姫と共に退室していった彼女を見て、そう思う私だった。




【お詫び】91話タイトル『歴史の終焉 閉ざされた未来』にて、人類がワープ航法を開発したのは『2116年』と表記してましたが、『216X年』に訂正いたします。
過去に投稿した話を一部変更になってしまい、まことに申し訳ありません。




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第95話 宇宙情勢

高評価ありがとうございます。


 依姫とにとりが退席したことで真剣な話が終わり、張り詰めた空気は栓の抜けた風船のようにしぼんだ。

 

「ふわぁ~あ。つっかれたー! 遠い過去の話なんて、息苦しくなるだけね」

 

 ソファーに深く背中を預けたまま、大きく腕を伸ばしあくびをする輝夜。すっかりだらけきってしまった彼女に「はしたないですよ」と永琳は注意していたが、聞く耳を持たない様子。

 

 そんな輝夜の愚痴にも近い呟きに反応したのは、終始無言で聞き役に徹していたサグメだった。

 

「ですが私達にあまり時間が残されていないのも事実。月のリソースもそろそろ限界が近づいています」

 

 豊姫も真剣な表情で「そうねぇ。やはりあの計画を実行に移す日が近づいて来てるのかもしれないわ」と相槌を打っていた。

 

 そんな彼女達の会話が気になった私は、「そんなヤバイのか?」と質問する。月の都の寂れ具合から、何となく大変なことになってそうなのは薄々感じていたが……。

 

「遥か昔にここが〝穢れ″に侵食された際、万が一に備えて幻想郷に遷都する計画があったのよ。まあ霊夢が解決してくれたからその計画は幻に終わったんだけどね」

「へぇ、でもそれが今の話と何か関係あるのか?」

「地球というストッパーが消えて、影響力をより増した銀河帝国の余波で私達も少しずつ追い詰められてきてるのよ。敵の敵は味方ってことで銀河連邦と手を組んだまでは良かったけれど……」

 

 彼女の何とも歯切れの悪い返答に、私はさらに突っ込んで質問する。

 

「……まずさ、銀河連邦ってなんだよ? その前提条件が分からん」

「あらごめんなさい、説明不足だったわね。銀河連邦とは、勢力を拡大し続ける銀河帝国に対抗する為に10の弱小銀河国家が同盟を結んだ、宇宙全体で見てもトップ3に入る巨大な組織のことよ。彼らの理念は宇宙の平和と惑星の保護。ここから1億光年離れたプロッチェン銀河に拠点を構えているわ」

「! それってさっきの話に出て来たアンナの星がある銀河じゃないか」

「39億年もの昔、アプト星が目指していた〝宇宙平和″の理念は、長い時を経て復活し彼らが受け継いでいるわ。地球の情勢が危なかった時にも、未開惑星保全条約に則りギリギリまで銀河帝国を説得していたのよね」

 

『まあ結果は御覧のあり様なんだけど』と肩を落とす豊姫。

 

 ちなみに未開惑星保全条約とは、簡潔に述べると〝文明が発達しきっていない惑星に高水準の科学力を持つ文明が干渉して、その星を滅茶苦茶にするのを防ぐ″――という内容のもので、これが適用される基準の一つがワープ航法の有無らしく、当時の地球はこの条件に当てはまっていた。と豊姫は解説する。

 

 この話を聞く限りでは銀河連邦が〝善″で、銀河帝国が〝悪″のように思えるが……。

 

「だったら何が悪いんだ?」

「今その銀河で銀河帝国と銀河連邦の全面戦争が起こっていてね、連邦側がジリジリと戦況が押されている状態なのよ。そのせいか永世中立の条件で同盟を結んだ私達にも兵力を出せってうるさくて、脱退も考えている所なのよ。こっちだって宇宙平和の為に金銭面や技術面で援助してきたのに、酷い話だわ」

「ふ~ん」

 

 プリプリとしている豊姫だったが、私的にはタイムトラベルとは全く無縁の話だったので、急激に興味が無くなってしまった。

 1億光年先の宇宙戦争についてどんな意見を述べればいいのか分からないが、敢えて答えるとするならば、単独で10もの銀河国家と対等に渡り合う銀河帝国はよほど強いんだろうな、と思う。

 

「そういう訳でね、もし銀河連邦が敗北するようなことがあれば、月を捨てて別の星に移住することも考えているのよ」

「んん!? そんなこと簡単にできるのかよ?」

「私達の科学力ならお茶の子さいさいよ。ここから5000光年離れた場所に月と似た条件の星を発見してね、万一の為にテラフォーミングの準備を進めているのよ」

 

 テラフォーミング……確か、自分達が住みやすいように星を改造することだっけか。

 

「だけど魔理沙が過去改変に成功すれば、現在は新たな歴史へと再構築されて、今の私達も新しい私達に生まれ変わるわ。だからそうならないように、お願いね」

「……でもさ、銀河帝国について知れば知る程不安になるんだが、本当にさっきの話は正しいのか?」

 

 依姫は『アンナの口封じ』と『人工衛星の破壊』が地球存続の鍵だと話していたけれど、結局は滅亡の時期が早いか遅いかだけの違いな気がする。

 

「多重並行光量子コンピューターが導き出した結果によれば、宇宙人の少女の歴史を変えることで〝時間の秘密探求″の大義を失うことによる【銀河帝国の弱体化】が。そして2025年での人工衛星の破壊は、【人類と銀河帝国の宇宙戦争の日時延長、もしくは動機の消失】が高い確率で見込めるのよ。大丈夫、私達を信じて」

「……そうだな」

 

 結局のところ私が行動しなければ何も変わらない。どうせ他に良さそうな案もないわけだし、綿月姉妹の提案が駄目だった時に改めて考えることにしよう。

 

「とはいえ、今はあなた達が乗って来た宇宙船の改良が済むまで動けないのよね。もしここに滞在するつもりなら、賓客としておもてなしするわよ?」

「せっかくだけど、私はそれが終わるまでサクッとスキップさせてもらうよ」

 

 どうせ一朝一夕では終わらなそうだし、いつ終わるか分からない作業をのんびりと待つよりかは、すぐに結果を手にしたい所。

 

「どれくらいかかりそうなんだ?」

「そうねぇ……多分一月もすれば終わるんじゃないかしら」

「そうなのか、じゃあ来月に跳ぼうかな。妹紅はどうする? 私と一緒に来るか?」

 

 お菓子をつまみながらぼんやりとしていた妹紅は、一瞬ビクッとして。

 

「行く行く。〝私″とかち合うのも嫌だしね」

 

 示し合わせるように私と妹紅は立ち上がり、部屋の中でも比較的開けた場所へと歩いて行った。

 

「もしかしてこの部屋で時間移動するの?」

「ああ、そのつもりだけど」

「そう……! 銀河帝国が躍起になって探し続けた時間移動を今、目の当たりにすることになるわけね」

「大げさだなぁ」

 

 少し興奮気味の豊姫に釣られるように全員の視線が私達に集まるものの、注目に慣れてる私は特に何も感じることはない。

 

「さあ、来てくれ」

「うん」

 

 妹紅と一言二言交わした後に、正面から抱擁する。

 

「!」

「それじゃ6月8日の正午に跳ぶから、よろしく頼むぜ」

「え、ええ。依姫に伝えておくわね」

「へぇ~そうやって時間移動するの! うふふっ、仲が良いのね♪」

「茶化すな輝夜」

 

 目を見開いたまま釘付けになっているサグメ。若干声が上ずる豊姫に、妙にニコニコしてる輝夜、永琳は……興味無さそうだった。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦300X年6月8日正午!」

 

 妙にざわめいた空気が漂う中、歯車模様の魔法陣が足元に出現し、私達は未来に向かって跳んでいった。



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第96話 アンナの謎

最高評価ありがとうございます。
これからも頑張って行きます。



 ――――西暦300X年6月8日――――

 

 

 

「西暦300X年6月8日午後0時00分00秒。寸分の狂いもありませんね」

 

 時間移動が終わった直後の私に、二・三歩離れた立ち位置で声を掛けてきたのは依姫だった。彼女の視線の先には腕時計があったので、もしかしたら私達が現れる時間を計っていたのかもしれない。

 

「わざわざ待っててくれたのか、ありがとさん」

 

 次に私は部屋の中を見渡してみる。内装も家具の配置も全く同じで、見かけ上の変化は何もない。

 

「二人ともおかえり~!」

「……おかえりなさい」

「あら、相変わらず抱き着いたままなのね」

「ふふ、待っていたわ魔理沙」

「魔理沙ー!」

 

 笑顔で手を振る輝夜、そっけない態度のサグメ、淡々と事実を述べる永琳、微笑む豊姫。背もたれに身を乗り出しながら私を見るにとり。彼女達は、一月前と全く同じ場所に座っていた。

 早速私も席に移動しようとしたが、妹紅がくっついたまま離れない。

 

「もう時間移動終わったし、離れていいぞ?」

「うう~久々だからか酔ったかも。グルグルして気持ち悪い……少しだけ体貸して」

 

 弱々しい声を発しながら、私の肩にもたれかかっていた。

 

「こんなことなら目を閉じてれば良かったな……」

 

 どうも私と妹紅では時間移動する際の感覚が違うらしく、渦巻きのようにとんでもなく揺さぶられることになるらしい。宇宙飛行機ごと跳ぶ時は機体がその衝撃を分散してくれるのだが、生身のままだと衝撃がもろに体に響くせいなのかもしれない。

 

「大丈夫ですか? もし辛いようであれば医療班を呼びますが」

「少し休んでれば平気だと思う。ありがとね」

 

 心配する依姫に答えた後、私の肩を借りながら空いた席に移動し、ゆっくりと座る。

 妹紅は腕を後ろに投げ出すように完全にソファーにもたれかかり、酔っ払いのように「気持ち悪い……」と天井に向かって呟いていた。本当に大丈夫なのだろうか?

 

「ちょっと妹紅、吐いたりしないでよ~? このソファー結構高いんだから」

「しないよ! 失礼だな、もう」

 

 心配ではあるが、輝夜に元気よく返事してるのを見る限り、本人の申告通り時間が経てば回復するのかもしれない。

 なので私は本題に入る事にした。

 

「それで依姫。もう宇宙飛行機の改良は終わったのか?」

「ええ。にとりさんは素晴らしいエンジニアですね。彼女の働きのおかげで、予定よりも大幅に工期が短縮できました」

「月の技術は凄かったよ~♪ 玉兎たちも気さくな人ばかりだし、この1ヶ月はあっという間に過ぎちゃった! 私、依姫のことを誤解してたな」

「ふふ、それは良かったです」

 

 楽しそうに話すにとりと微笑む依姫の様子からして、下の名前で呼び合うくらいには、二人の関係は良好になったようだ。

 

「それでどんな風に変わったんだ?」

「光速飛行はもちろん、ワープだって出来るように進化したからね! 1億光年離れた銀河にだって、ワープすればたったの1日で到着さ!」

「へぇ、それは凄いな」

 

 イメージとしてはテレポートの強化版みたいなものだろうか。なにはともあれ移動に23年も掛からなく済みそうで良かった。

 

「もう、すぐにでも行けそうなのか?」

「表に停めてあるから、いつでも案内できるよ!」

「その前に幾つか確認をさせてください。魔理沙はこれからどのように動くつもりですか?」

「ここを経ったらまず西暦2025年6月30日に時間遡航して、太陽系の外を飛んでる人工衛星を破壊。それが終わったら地球域に戻った後、39億年前へ跳んでアンナを説得して、最後にこの時間の……そうだな、明日の正午くらいに戻ってくるつもりだ」

 

 歴史を変えるために必要な要因が複数ある場合、未来から過去へ時系列の新しい順に改変することで、一つの要因が正された場合に起こり得る余計なバタフライエフェクトを防ぐ意味がある。もし時系列が古い順に行ってしまうと、未来も多少変化することになるので、予め決まっていた原因すらも変化するかもしれないからだ。

 

「なるほど、妥当な判断だと思います。……ふむ」

 

 大きく頷き、納得したような態度を見せる依姫だったが、どこか迷っているような素振りを見せているのが気になる。

 

「……なんか言いたいことでもあるのか?」

 

 思い切ってそれを指摘してみると、彼女は意を決したように。

 

「……そうですね。先月は伝えるべきか迷っていたので伏せておきましたが、やはり話しておこうと思います。これから歴史を変えるにあたって、この情報も必要になるでしょう」

「?」

「実はアンナの死因について、腑に落ちない点があるのです」

「死因だって?」

 

 〝死″という不穏な単語が出てきた事で、私は眉をひそめる。

 

「彼女の死因が、コールドスリープの失敗によるものなのですが……」

「何それ?」

 

 コールドスリープ――日本語に意訳するなら冷凍睡眠と言った所だろうか。字面的に氷に囲まれた部屋で寝ることを指すのかな? 真夏の猛暑日をやり過ごすにはちょうど良さそうだ。

  

「生き物の肉体を極度の低温状態に保つことで細胞の分裂を止め、時間経過による成長や老化を防ぐ装置のことを言います。かつてまだ光速航法やワープ航法が未発達だった時代、宇宙空間の移動に数年・数十年と時間が掛かることがありまして、当時の異星人はこの装置を使用する事で長期間の移動をやり過ごしていました」

「へぇ~そんなものがあるのか」

 

 私の脳内では、人間丸ごと入れるような巨大な冷凍庫を思い浮かべていた。

 

「ですが、科学の成熟により1億光年先もたったの24時間で行けるようになった今、この技術は殆ど使われなくなりました」

「その言い方、もしかしてアンナが居た頃の時代には利用されていたのか?」

「ええ、当時の技術では1億光年の移動にワープを駆使して1年近く掛かっていましたので、彼女もこれを利用していたと思われます」

 

(なるほど、一口にワープと言っても、どこにでもすぐに飛べるわけじゃないのか)

 

 自分なりに納得した上で、私はさらに問いかける。

 

「つまりアンナがアプト星に戻る時にコールドスリープに失敗したってことなのか?」

「……彼女があなたの情報を母星に持ち帰ったことで、未来がこんなことになってるんですよ? それを忘れたんですか?」

「そ、そうだったな。すまんすまん」

 

 完全に早とちりしてしまった。

 

「話を戻します。銀河帝国が荒廃したアプト星を訪れた際、データベースの他に砂に埋もれた1台のコールドスリープ装置を発掘しまして、その中にアンナと思しき女性が眠っていました。これが実物の写真です」

 

 ディスプレイには、機械チックな壁が半壊して野ざらしになった部屋の中、砂だらけの床に設置された透明なガラスに覆われた円筒状の機械と、それに繋がれたタンクのようなモノが映し出されていた。

 その円筒状の機械の中には、ジャージ姿のアンナが直立不動の姿勢で眠っていて、あの時よりも身長・胸・髪が伸びており、大人びた女性になっていた。

 

「本当にアンナで間違いないのか?」

「身に着けていた所持品に身分証があったので間違いありません。残念ながらアプト文明の滅亡と共に電力供給が止まってしまったようで、冷凍睡眠状態から目覚める事はありませんでしたが」

「…………」

 

 私は改めて彼女の遺体を眺める。生前の、血色の良い艶めいた肌は見る影もなく、死人特有の青白さに変わり、地球人基準から見ても元々の容姿が良かったために、より悲壮感が漂っていた。

 

「そしてここからが重要です。コールドスリープを使用する際、起きる時間に合わせてタイマーをセットするのですが、彼女が設定した時間を西暦に換算すると【西暦215X年9月19日】になっていました」

「!!!!」

「ねえ魔理沙。それって……!」

 

 アンナが設定した日付は、私が月に向かって幻想郷を出発した日だった。

 

「私にはこれが偶然とは思えません。どういう意味を持つか分かりませんか?」

『……いつか必ず貴女に会いに行きますので、その時には笑顔の魔理沙さんを見せてくださいね?』

 

 私の手をぎゅっと握りしめたまま、優しい笑顔で気遣いの言葉を掛けてくれた場景が思い浮かび、胸が熱くなってくる。

 

(まさかあの言葉は本気だったのか……? なんてこった……)

 

 てっきり社交辞令だと思っていたのに。たいして親密になったわけでもないのに、どうしてそこまでしてくれるのか分からない。

 

「アンナちゃんが眠りに就いた理由は分からないの?」

「残念ながら39億年もの時が経ってしまっているので、当時のアプト文明の情報は殆ど残っていません。先月話した内容も、銀河帝国や連邦から盗んだ断片的な情報を繋ぎ合わせ、私たちなりの解釈を入れたものでしたから」

「そっかー……」

 

 にとりはしょんぼりとしていた。

 

「教えてくれてありがとう依姫。また一つ確かめないといけないことが出来た」

「……そうですか」

 

 こぶしを握り締める私を見て、依姫は何かを察したようでそれ以上追及してくることはなかった。

 

「アンナの写真を渡しておきます。何かの役に立ててください」

「ありがとう」

 

 私は細心の注意を払いながらポケットの中にしまいこんだ。



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第97話 妹紅の激励

高評価ありがとうございます。


「最後に一つだけよろしいですか? 実は魔理沙との面会を希望する人物がいるのです」

「私にか?」

 

 依姫は未だにぐったりしたままの妹紅に一瞬目をやり、再び私に視線を戻す。

 

「ロレン星で偵察中の〝彼女″に先月の出来事をメッセージで送ったところ、『直接会って少し話をしたい』とのことで、つい先日帰って来たのですが……、事前に確認もなく会わせるのはまずいと思い、私の判断で別の部屋で待ってもらってます」

 

 敢えてその名前を避けるような、奥歯に物が挟まったような言い回し。そしてつい先程に見せた不自然なまでの目の動き。この事から推察するに……。

 

「もしかして……?」

 

 妹紅を指さしながら聞いてみると、依姫ははっきりと頷き、肯定の意思を示した。

 

「何分直接会う――なんてことは前例がないことですし、何が起こるか分からないので」

 

 確か咲夜は、妹紅について『特異点になった魔理沙に引っ張られるように、彼女も一時的に特異点化して世界の上書きから逃れてる』と話していた。更に改変前の世界から私と一緒に時間移動してきた人間に関して、『特異点化が解消されるタイミングは、改竄された後の歴史に生きる〝自分″と顔を付きあわせた時、もしくは時間移動する因果が過去改変により消え去った時』だとも語っていた。

 

 つまりこの理論に当てはめると、隣でグダっている妹紅と、この歴史で生きてきた妹紅の二人が出会うことで、二つの歴史が一つに統一されて妹紅の存在が消えることになる。

 

 しかし咲夜は、妹紅に限っては『西暦300X年時点で幻想郷が存続する未来に変わった時』と断言していた。

 先述した話と矛盾しているように思えるが、無理矢理辻褄を合わせるとするならば、どちらの妹紅も結果はどうあれ過去に跳ぶ動機が同じなため、特異点化の解消が為されないのだろうか。

 もしかしたら咲夜がこんな発言をしたのも、この未来を予め見ていたからなのか……?

 

「会っても大丈夫な筈。少なくとも二人が消えたり、宇宙の歴史が消える……なんてことはないから」

「そうですか。では呼んできますね」

 

 依姫が席を立ち、やがて数分もしない内に一人の少女を伴って戻って来る。

 床に付きそうなくらい長い銀髪を白地に赤いラインが入ったリボンで止め、白いシャツに赤色のモンペを履いた少女。彼女は間違いなく藤原妹紅本人だった。

 

(彼女がこの歴史に生きた妹紅か。しかしこれは……)

 

 どこか違和感を覚えつつも、彼女は一直線に私の元まで歩み寄る。そして値踏みするような視線で見下ろしながら口を開く。

 

「アンタが霧雨魔理沙か?」

「そうだけど」

 

 そう肯定の返事をすると、彼女は硬い表情を崩し、笑顔を見せた。

 

「そっかそっか! いやぁ懐かしい名前だなぁ。あまりに久しぶりすぎて、顔と名前が一致しなかったよ。ハハハ」

「お、おう」

 

 この歴史に生きる妹紅は、隣でグッタリしてる妹紅よりも何というか……刺々しい雰囲気であり、表情は柔らかいものの何となく身構えてしまう。

 

「事情は依姫から聞いてるよ。まさかこの世界が既に改変された結果だったとはね。言うなれば踏み台ってところか。全く、私はとんだ貧乏くじを引かされたものだ」

 

 そう言ってこの歴史に生きたモコウ――ややこしい上にいちいち長ったらしいので、彼女のことをカタカナで【モコウ】と区別することにする。別段イントネーションに違いはない――は肩を竦めていた。

 

「それは――」

 

 開きかけた口を、モコウは手の平を突き出して制止する。

 

「ああ、いいんだ。こんな未来になるとは誰も予測できなかったし、別に責めてるわけじゃない。私からしてみれば、この現状に責任を感じて劇的に変えようとしている。その言動だけで満足だからさ」

「モコウ……」

「アンタは私にとって希望の星なんだ。私のような存在を生むのは、これで最後にしてくれよ?」

「……ああ!」

 

 妹紅との雰囲気の違いに少し身構えてしまったが、それは完全な杞憂だったようだ。やはり環境が違っていたとしても、芯となる部分は変わらないのかもしれない。

 

「ん~、なんか聞き覚えのある声が…………ん!?」

 

 妹紅が声のした方に首を向け、目の前にいる“自分”を認識した途端、跳ね起きた。

 

「う、嘘……! お、おまえはまさか……!」

「ふん、随分とだらけた顔してるな、〝私″」

 

 震える手で指を差しながら愕然としている妹紅に、鼻を鳴らしながら見下ろすモコウ。姿形が瓜二つの人間が違う表情で向かい合っているのは、とても奇妙な感覚に陥る。

 

「わあっ、とうとう2人の妹紅が出会ってしまったのね! こんなこと普通じゃ有り得ないし、ちょっと写真撮っちゃおうかしら」

「姫様、カメラならここに」

「さっすが永琳。用意が良いわね! ほら、サグメも見てみなさいよ!」

「……よろしいのですか?」

「遠慮しなくていいのよー? ほらほら、こっち来なさいよ!」

 

 デジタルカメラで遠慮なく写真を撮る輝夜の近くに永琳とサグメが集まり、

 

「それにしても本当にそっくりなのねぇ。依姫はどっちがどっちか見分けつく?」

「ぱっと見では分かりませんね。今はまだ立ち位置で判別できますが、もしシャッフルされたら、当てる自信はないですね」

「現実にもしドッペルゲンガーがいたとしたら、こんな感じになるのかなぁ?」

 

 豊姫、依姫、にとりは興味深そうに彼女達を見ている。

 渦中の二人は全く反応せず、お互いに無言で見つめ合うばかり。最初に口を開いたのは、この歴史のモコウだった。

 

「……いざ自分を目の当たりにしても、何を話せばいいか分からないな。けれどまあ、アンタも相当苦労してるってことだけは分かるぜ」

「あなたに比べたら、私なんかたいしたことしてないって。ここまで結構な修羅場をかいくぐってきたんじゃない?」

「そうか?」

「顔や佇まいを見ればね。私とは全然雰囲気が違うし、びっくりしてるよ」

 

 確かにこの歴史のモコウは、一見すると普通に談笑してるように見えても、立ち振舞いに隙がなく、放つオーラが百戦錬磨というか、歴戦の戦士とでもいうべきか、近寄りがたい雰囲気を出している。

 

「……幻想郷は温もりに溢れ、異変はあれどもみんなが楽しく平和に暮らしていた。けれど宇宙は想像以上に冷たく過酷な環境でね。多くの苦難を経ていくうちに私は変わってしまったんだろうな……。アンタを見てるとそれをつくづく実感させられるよ」

「…………」

 

 モコウの静かな告白を、妹紅は複雑な表情で聞いていた。

 

「なあ〝私″。魔理沙に協力して、輝かしい未来を切り開いてくれよ? もうこんな現実はうんざりなんだ」

「うん。あなたの分まで私、頑張るね」

 

 妹紅は決意を強めるように、はっきりと頷いていた。




テンポ悪くなってしまってすみません
次の話で月の都から出発します


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第98話 太陽系の向こう側へ

 綿月姉妹の屋敷を出て都の外へ移動すると、正面に宇宙飛行機が駐機しており、数人の玉兎が周りをせわしなく動き回っていた。

 先日見かけた数多くの宇宙船は全て出払っているようで、広大な敷地に宇宙飛行機のみが残されていた。

 

「う~ん、いつ見てもおっきいわねぇ」

 

 輝夜は関心するように機体を見上げ、永琳達もそれに合わせるように宇宙飛行機に注目していた。

 機体のデザインは何も変わっていないみたいだが、二回りか三回りほど大きくなっているようで、後ろには機体を覆うように巨大なタンクのようなものが新たに取り付けられ、噴出口も倍になっていた。

 

「それじゃ私は発射の準備をしてくるから! また後でね~」

 

 そう言ってにとりは機体に乗り込んだ後、依姫が話しかけてきた。

 

「魔理沙に一つ注意点があります。もしワープを使用する際、その間の時間移動はなるべく避けてください」

「なんで?」

「ワープは空間を歪ませることで移動距離を短縮する原理なので、明後日の方向に飛ばされてしまうかもしれないからです」

「空間を歪ませる?」

「画用紙を思い浮かべてください。紙の上を端から端まで直線で向かうよりも、紙そのものを曲げて筒のようにすることで、移動距離が短縮されます。ワープも大体こんな感じです」

「あ~なるほど」

 

 依姫の出した例えは、紙を世界に見立てているのだろう。この世界は3次元なので厳密に言えば適切ではないのだが、私には分かりやすい例えだと感じた。

 まあ1億光年先まで1日で行けてしまうくらいだし、よっぽどの事がない限り大丈夫な筈。

 

「ワープ航法は宇宙全体を見渡しても未だに高度な技術であり、現在でも移動時間の短縮や移動距離の増加を目指して進歩を続けています。かつて人類が開発し、滅亡のきっかけとなったワープ航法は、これまで信じられてきた相対性理論を根底から覆す画期的な技術だったそうですよ」

 

 その言葉に、脳の奥底に仕舞い込まれた古い記憶が甦る。

 

「相対性理論か……そういえばこの時代ではもう一般的なんだよな」

「おや、もしかしてご存知なのですか?」

「昔タイムトラベルの研究をしてた時にちょっと、な」

 

 紅魔館の地下図書館には外の世界の学術書なんかも所蔵されているらしく、西暦200X年――タイムトラベルの研究を始めたばかりの頃、パチュリーに押し付けられた魔導書の中に相対性理論について記述された学術書があり、それについて学んだことがあった。

 

 しかしこの理論を用いて時間移動する場合、詳しい説明は省くがとんでもないエネルギーが必要だと分かり、幻想郷でこの方法は不可能だと断念。得意分野である魔法に傾向することを決めた記憶がある。

 

(待てよ? ってことは――いや、違うか)

 

 この宇宙飛行機はもちろん、光速航行が可能な文明は例外なく時間移動ができるんじゃないかと一瞬思ったが、すぐにその考えを振り払う。

 

 39億年前のアンナが生きていた時代のアプト星、紀元前1万年頃の銀河帝国、彼らは皆『理論や方程式が完璧であっても時間移動だけは絶対に成功しない』と口を揃えて話しており、きっと私の知らない有象無象の銀河文明も同じ結論に至っている筈。

 

 もちろん、地球より遥かに発展した科学力を持つ彼らがこの理論に気づいていない訳がない。

 

 時の回廊において、咲夜は全宇宙の時間の流れを管理していると語っていた。

 あの時はいまいち実感が湧かなかったが、これほど簡単に時間移動が行える以上、もし咲夜が介入しなければ確実に宇宙の歴史は滅茶苦茶になっていたことだろう。

 

(そう考えると、私ってとても恵まれてるのかもしれないな)

 

 時の女神様公認で歴史の介入を許されているのは、本当に凄いことなんだなと改めて実感する私だった。

 

「……どうしました?」

「いや、何でもない」

 

 彼女の眼を見ながらじっと考え事をしていたのがまずかったようだ。

 

「とにかく忠告は受け取った。そろそろ行くことにするよ。色々とありがとな依姫」

「ご武運を祈ります」

「頑張ってね、魔理沙」

「……ここであなたの成功を祈ってるわ」

「また幻想郷で会いましょう」

「現在が変わったら、貴女に会いに行くわね」

「ああ、博麗神社で待ってるぜ。輝夜」

 

 私は依姫、豊姫、サグメ、永琳、輝夜から見送りの言葉を受け、

 

「頑張ってくれよ〝私″! 失敗は許さないからな!」

「うん、任せて!」

 

、妹紅はもう一人の自分から激励されながら、宇宙飛行機に搭乗していった。

 機体の中は外から見た時よりも広く、窓も増えていたけれどそれ以外は特に変わっていないようだ。余計な装飾を避け、極力機能性を重視したシンプルな内装なので、特筆すべきことは何もない。

 

 コックピットに向かうと、鼻に付くオゾンの匂いと共にメタリックな景色が私を出迎える。相も変わらずよく分からないスイッチや何を示すのか不明な機器類が沢山あり、これらについて一々描写するのは非常に面倒なので割愛する。

 

 そんな中、私が目についたのはコックピットの中央やや左、窓の下辺りに新たに設置された謎の機械だ。モニターには384,400と表示されたアラビア数字に㎞が付き、下半分には山なりの線を描く波形グラフが表示されており、それらが現在の状況を知らせているように思える。

 

(数字が地球からどれくらい離れているかを表しているとするなら、あの波形はなんだ……?)

 

 少し気になる所ではあるが、どうせ必要になったらにとりが勝手に説明してくれるだろうし、今はそれについて質問はしない。

 

「お、やっと来たね! もう準備は出来てるよ! ささ、早く座って座って」

 

 その言葉に従い、私はにとりの後ろに、妹紅は通路を挟んだ操縦席の真横に着席してシートベルトをつける。ヘッドセットを装着しないと会話もできないくらいうるさかったエンジン音は嘘のように消えていた。

 

「それじゃ発射しまーす!」

 

 眼下で依姫たちが見上げている中、にとりは操縦席の横に設置されたレバーを引き、宇宙に向けて静かに飛び立っていった。

 

 

 

 

 月の裏側を覆う不可視の結界を抜けた先は、暗闇のカーテンに数多の星々が広がる壮大な宇宙。機体の後ろを映し出すモニターに視線をやると、月の要塞は幻のように消え去り、いちご肌のように激しく醜いクレーター跡が視界に映る。

 

 にとりは月上空で宇宙飛行機を一度停止し、座席に寄っかかるような姿勢で顔を此方に向けてきた。

 

「それで魔理沙。ボイジャー1号が漂う星間空間までどうやっていく? 光速で飛ぶなら17時間、ワープを使うなら10秒で行けるけど」

 

 コックピット上部、天井部分に埋め込まれた大きなモニターには、太陽系とそれに準じる星々のホログラムが表示されており、冥王星よりもさらに外れた地点が白く点滅していた。

 

「その二つの方法だとなにが違うんだ?」

 

 もしかしてワープに何かデメリットでもあるのだろうか。同じことを思ったのか、妹紅が続けて。

 

「ひょっとして燃料を多く使うの?」

「燃料に限らず、食料や水・空気といった宇宙航行に必要なものはどっさりと支援してもらったし、その心配はないよ」

 

 にとりは更に。

 

「あのね、ワープを使えば目的地に一瞬で着くんだけど、ワープ中は窓の外が真っ暗になっちゃうんだ。だからね、外の景色を楽しみたいなら光速航行をオススメ。土星の輪っかとか、木星の模様とかじっくり見れるよ?」

「いや、それならワープでいいよ。サクッと終わらせたいし」

 

 太陽系観光には少し興味を引かれるものの、私達を待っている人々やアンナの事を考えれば、幾ら時間を自由に飛び越えられるとはいえ、心情的にはさっさと目的を果たしたい。

 

「了解。後ねえ、依姫から聞いたんだけど、ボイジャー1号の電池が切れた詳細な時間は、西暦2025年6月30日の15時32分49秒なんだって」

「一応聞くけど、その時間はどこが基準になってるんだ?」

 

 協定世界時なのか幻想郷時間なのか、それによって跳ぶ時間も大きく変わることになる。

 

「協定世界時だよ。地球とボイジャー1号間の通信伝送の遅延もちゃんと逆算した時刻らしいから、間違いないよ」

「じゃあその2時間くらい前に跳べば平気かな。もっと前の方が良いか?」

「んーたぶん大丈夫! それじゃワープの準備を始めるね!」

「いいぜ!」

 

 にとりは上下左右に溢れているスイッチを手際よく押していく。やがてそれが10個に達した頃、急に体が軽くなるような、フワフワとした感覚が生じる。

 

「いよいよ来る……!」

「そんな大きな衝撃はこないし、もっと肩の力を抜いて、リラックスしていいんだよ~?」

「そ、そっか。うん」

 

 肩を強張らせながら座席の端を掴み、ワープの衝撃に備えていた妹紅は、アドバイス通り肩の力を抜き、落ち着いた姿勢に戻っていた。

 

「それじゃ行くよー。248億キロ先までワープ!」

 

 宣言と同時に、にとりは操縦桿の横の赤いボタンを押す。ほんの一瞬、眩暈のような感覚と共に世界が二重に重なり合い、窓の外に見えていた星空は消え、真っ暗闇に変わる。

 

 だがそれもまた些細な時間。ほんの10秒程度でこの不思議な感覚は終わり、世界は落ち着きを取り戻した。

 

「はいとうちゃーく」

「もう着いたのか」

 

 さっそく窓の外を眺めてみると、先程まで窓の面積の7割近くを占めていた月は消えて、名前も知らない有象無象の星々ばかりが輝く地点に到達していた。例のモニターを見れば24,800,000,000と膨大な数字が表示されており、確かにワープは成功しているのだろう。

 

 しかし、宇宙は全体的に暗い上に似たような景色が続くので、何がどう変わったのか、そして今の私達がどこにいるのかいまいち表現しづらい。

 

 強いて言えば近い場所に桃色に輝く星が見えるくらいだが、具体的な距離感が掴めないので、どれだけ近いのかもよく分からない。土星とか星雲みたいにもっと目立つ星があればいいのだけれど。

 

「う~ん何にもないなぁ。太陽系の外に来たわけだし、宇宙船がビュンビュン飛んでるイメージがあったんだけどなぁ」

 

 窓の外を見ながら呟く妹紅に反応したのはにとりだった。

 

「ここから30光年くらい飛んだ先にさ、燃料とか食料とか買える補給惑星があるからそこに宇宙船が集まっているんだけど、この辺は特に目立つものもないし、あんま来ないんだよね」

「ふーん、そんなもんか」

「地球滅亡の影響で火星に築かれたコロニーもすっかり廃れちゃったからねぇ。太陽系唯一の星間文明たる月の都も、外部の人間は頑なに入れようとしないし」

「……随分と詳しいんだね」

 

 たった一ヶ月離れただけでまるで別人のように宇宙情勢をペラペラ語るにとりに、妹紅は驚いているようだ。

 

「魔理沙達がいない間、宇宙情勢について散々聞かされたからね。宇宙飛行機のパイロットとして、ある程度は知識として入れておいた方がいいってことで」

「へぇ、パイロットって操縦だけじゃないんだね。覚えることが多くて大変じゃない?」

「みんなから期待されてるのは分かってるし、ぜんぜん苦にしてないよ。私は機械いじりもそうだけど、宇宙関連も好きな分野だし」

「好きこそ物の上手なれってことね」

「そういうこと!」

 

 にとりは元気よく答えていた。

 

「よし、それじゃ時間移動するぜー。タイムジャンプ発動!」

 

 私の魔力が形を成して、時の回廊にアクセスする。もはやすっかり慣れてしまったこの魔法。いつも通りの平常心で私は望む。

 

「行先は西暦2025年6月30日13時30分!」

 

 機体が大きく揺れると同時に、私達を乗せた宇宙飛行機は時空の渦に吸い込まれていき、過去に向けて飛んで行った。




ここまで読んでくれてありがとうございました。

お目汚しになるかもしれませんが、少し補足説明させていただきます。

作中に登場した相対性理論、これを中心とした伏線や歴史改変はありませんし、この理論を中心に物語が動くこともありません。(ワープが普通に行われてるので)

あくまで、魔理沙が時間移動の方法を模索していた際に、候補の一つとして調べた……というだけです。






ここから下は蛇足になります。



時間移動モノと宇宙ということで、この後書きに自分なりに相対性理論と、それによるタイムトラベルについて簡単にまとめたプロットを公開することにしました。

【本編とは全く関係ありませんが】もし興味・感心があれば読んでみてください。
(興味ない人や既に知っている方は読まなくても構いません。完全に蛇足なので)

(繰り返しますが本作では相対性理論に関する伏線・歴史の変化、時間の変化はありません)

※一部修正しました。

――――――――――


光の速さはどこにいてもどっから見ても不変。

(動く車のヘッドライトと、歩行者の懐中電灯、どちらの光の速度も全く同じ)

これを【光速不変度の法則】という



 光速に近づくほど、空間や時間が歪み、押し潰されるかのように見えてしまい、物理的な距離が縮んでしまう。

 光の進む速度が変わらないことで、その人のいる場所の主観(例えば地球と宇宙)によって時間の進み方が変わってしまい、どちらも遅く時間が経っているように感じる。
 
 距離や速度に比例して時間の進み方が変わり、互いに一秒がズレて見えてしまう。動いている宇宙船に乗ってる一秒が、宇宙船の搭乗員には一秒でも、地球の時間から見ると、一秒よりも遅くなっている。
 
 逆も同じで、地球にいる人間の一秒と、動いている宇宙船の一秒はずれてしまい、後者が遅くなってしまう。
 
 つまり宇宙船も地球も、基準となる場所が動くことで、相対的にズレてしまう。
 
 肝なのが、時間に関する絶対的な基準がなく、お互いの主観がどっちも正しいという不可思議な理論。
 
 この世界の時間と空間は重力によってゆがめられているために、光はまっすぐに進まずに曲がってしまう。
 
 なので光の速度が変化しない以上、変化するのは時間ということになる。
 
 地球から見た一光年と宇宙船から地球への一光年は同じ一光年ではない。(光の速さに近づく程、ずれが大きく生じる)


 相対性理論によるタイムトラベル。

 過去に行く方法↓
 
 この世界の空間と時間は重力によってゆがめられていて、重力が強い所(ブラックホール)に近づけば近づく程時間の速度が遅くなっていき、観測者からみると止まって見えるようになる。
この現象を【事象の地平面】という。そして事象の地平面に留まり続け、光よりも速い速度でそこから脱出できれば時間がマイナス方向へと進んでいるので、過去に行ってる事になる。
 

 秋葉を舞台にした、電子レンジを利用して過去にメールを送ることで世界線を飛び越える厨二病大学生が主人公のゲームでも使われている方法。

※ただしあくまで理論的なものなので、強い重力場での時間の遅れは確認されているが、本当に過去へ時間が進むのかの完全な実証はなされてない。


未来に進む方法↓
 

 光速に近づくにつれて時間の進みが遅くなるため地球の1秒と宇宙船の一秒がずれていく。
 光速の99%の速度を出す宇宙船に乗ると、宇宙船内の時計は静止系の約1/7の速さで進むため、宇宙旅行から帰ってくると地球上では約7倍の時間が流れている。
 つまり宇宙船に1年乗ると、地球では7年の時間が流れている。
 これが未来の世界に行く方法。(別名【ウラシマ効果】ともいう)
 
※これは現代でも実証されている。日常で使われているGPSも、相対性理論を応用して現在地情報や時刻の修正を行っている。


 


現代で光速航法が出来ない理由



光の速さでロケットを飛ばそうと試みても、光速に近づけば近づくほど、エネルギーが質量に変換されてしまい、光速を越えることが出来ず、むしろ遅くなってしまう。

(かの有名なE=mc2がまさにコレ)

エネルギーが質量に変換されてしまうのを何とかしない限り、人類は光速航法を実現できない

(ちなみに光は質量がないのでこれに当てはまらない)
 
 よって相対性理論によれば光が絶対的な速さとなり、エネルギーの等価交換の法則に則ると、SFであるようなワープが出来ない。と現時点ではなっている。


相対性理論を否定するには、(魔法という万能ワードや)重力制御、反物質、もしくは空間や既成概念すら捻じ曲げてしまう革新的な抜け道、理論が必要。




この後書きを最後まで読んでくれた人には感謝します。


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第99話 ボイジャー1号破壊ミッション

高評価ありがとうございます。



 ――西暦2025年6月30日 午後1時30分(協定世界時)――

 

 

 

 982年もの時を遡り、到着した先もまた宇宙。私達を乗せた宇宙飛行機は、相も変わらず地球から248億km離れた地点を飛行している。

 200X年⇒300X年の幻想郷がそうだったように、1000年近く経てば何かしらの変化がありそうなものだが、窓の外を見渡しても大きく変わった様子はなく、プラネタリウムなんかとは比較にならない圧巻の星空が広がっていた。

 

「ん、終わったの?」

「ああ。今は西暦2025年6月30日午後1時30分だな」

 

 脳内時計もそうだと主張しているし、コックピット内のデジタル時計も一瞬で変化している。

 

「だとすると……」

 

 にとりは操縦桿を握り、宇宙飛行機をゆっくりと旋回させ、大体半分くらい回ったところで停止させた。運転席の窓からは、星の数程の光点と、ぼんやりとした星雲を視界に捉え、中心には米粒のように小さな青く輝く星が見える。

 

「この先に何かあるのか?」

「まあ見ててちょーだい」

 

 続けてにとりはコックピット内のスイッチを操作し、天井のモニターに外の景色を映し出すと、私が何となく着目していた青く輝く星を画面の中心に捉え、徐々に拡大していく。やがてその星の詳細が判明した時、私は声を上げた。

 

「あ! これって……!」

「うんうん、やっぱりね」

 

 輪郭が少しぼやけながらも画面一杯に映るその星は、紛れもなく私達の故郷【地球】だった。

 

「こんなに遠く離れていても地球がちゃんと見えるんだね。なんだか素敵」

「ああ。宇宙は繋がっているんだなぁ」

 

 私の心境を語ると、幻想郷を飛び出して宇宙にまで進出し、そこからさらに太陽系の外まで来ることになってしまったことに心細さを感じていた。何処まで行っても果てが見えない宇宙の広さ、そして正体不明の異星文明に圧倒されていた。

 だけど、どれだけ遠くに行っても地球はそこに有る。それを再認識したことで、不安が和らぎ活力が満ちてくるのを感じる。

 

「地球が滅亡するか存続するか、それが全て私達に掛かってるんだよな」

「この世界の〝私″の為にも、何としても食い止めなきゃね」

「よ~し、それじゃボイジャー1号破壊ミッションの開始!」

 

 モニターに映る地球を眺めながら、改めて決意を強くする私達だった。

 

 

 

「それでどうやって見つけるんだ?」

「確か、依姫は電波を逆探知して場所を探した方が良いって言ってたけど」

「ふふん。それならこの装置にお任せあれ!」

 

 にとりは自信満々に副操縦席の手前に設置されている謎の機械を指差す。奇しくもそれは、私が搭乗した時から気になっていた機械だった。

 

「この受信機はあらゆる種類の〝波″や〝粒子″を捉える事が出来るんだ。今はボイジャー1号の電波をキャッチできるように設定されてるから、その反応が強い方向に向かえばいいのさ!」

「へぇ、そんな機能があったのか」

 

 説明の直後、今まで緩やかだった波形が垂直に上下し、断崖絶壁のように乱高下を描く。

 

「お、早速来たね。よ~し、発進するよ!」

 

 にとりは手際よく操縦桿を動かし、宇宙飛行機は再び動き始めた。

 以前よりも2倍の広さ、少なく見積っても10畳以上はありそうなコックピット。操縦席の正面に新たに設置された複数のモニター画面の一つには、受信機が得た情報をより詳細に示した数値やグラフが並んでいる。

 

 私にはちんぷんかんぷんだったが、にとりは別のモニターに映る太陽系周辺の航海図と照らし合わせながら、右に左に、時には一度停止して反応を探りつつ、加速と減速を操り返しながら反応の強い方角へと飛んでいるようだ。器用だなぁ。

 

 こうして描写すると結構乱暴な運転をしているように思えるが、宇宙飛行機は振動一つ無く滑らかに飛行していて、油断すると眠ってしまいそうなくらい静かな空間となっている。

 

 さて、こんな感じに真剣に頑張っているにとりとは対照的に、私と妹紅は暇を持て余す――という言い方は悪いが、ただ状況を見守ることしかできなかった。さっきの強い決意は何処へ行ったのやら。

 

「なんかにとりにばかり負担を掛けて申し訳ない気分になってくるな……」

「あまり言いたくはないけど、こればかりはしょうがないと思うぜ。宇宙飛行機の操縦なんて一朝一夕じゃ無理だし」

「何か手伝えることがあればいいんだけど……」

 

 そんな話をしていると、にとりは操縦を続けたまま会話に割り込んできた。

 

「あのね? さっきも言ったけど、私が好きでやってる事だから気にしなくていいよ? 人にはそれぞれ得手不得手があるんだし、適材適所ってことでさ」

 

 これまでの実績を踏まえると、にとりが科学・機械担当で、私が時間移動担当。妹紅は戦闘と外の世界の知識担当ってところか。誰が欠けてもここまでスムーズに物事が運ばなかったことだろう。

 特ににとりは、自らの役割を自覚し、嫌な顔一つせず影に徹してくれている。宇宙飛行機の建造や、アンナの宇宙船を修理したのもそうだし、にとりのおかげで助けられたことがかなり大きい。

 

(全てが終わった時、私からも何かお礼を考えた方が良さそうだな)

 

 私はにとりの後ろ姿を見て、そんなことを考えていた。

 

 

 

 無名の星々を搔い潜りつつ、毛虫の這った跡のように不規則に動きながら、ボイジャー1号の探索をすること30分。背もたれに大きく寄っかかったままぼんやりと外の景色を眺めていた時、にとりが不意に大声を上げる。

 

「見つけた! ついに見つけたよ!」

「ほ、本当か!?」

「どこどこ!?」

「ほらあっち!」

 

 私と妹紅は立ち上がり、運転窓の向こう側へ指差す先を見つめると、そこには広大な星の海をゆっくりと漂っている人工物があった。

 

「これが人類が滅ぼされるきっかけとなった人工衛星か……!」

「結構……でかいんだな」

 

 妹紅とは対照的に、私の第一印象は淡泊なものだった。

 

「ん~それにしても、なんでこれは静止に近い状態なんだろ。無重力の宇宙では慣性の法則によって等速直線運動を行えば延々と飛び続けるはずなのに……飛行中にどこかの惑星の重力の影響でも受けたかな?」

 

 にとりがよく分からない言葉を呟きながら唸っているようだが、敢えてそれについては触れず、目の前の人工衛星をじっくりと観察する。

 

 全長は目算で2、30m近く。細長い骨組みが器用に組み込まれた骨格に、黒いケースに覆われた巨大な箱が取り付けられ、そこからは螺旋状の鉄線が幾つも突出し、四方に向かって延びていた。そして鉄線の先端には、カメラのような物が四方八方を見れるように付いていた。

 

 

 その中でも一番目立つのは、黒いケースに覆われた巨大な箱に取り付けられた薄灰色のお椀のような物体だ。それは本体よりも大きく、中心からは鉄塔のような一つの棒が突き出しており、中心部分は地球の方向を向いていた。

 

 にとりに聞いてみると、その正体はパラボラアンテナという代物らしく、これを介して地球と常に通信を行っているとのこと。こんなもので248億㎞以上離れた場所と通信できるんだから、科学というのは不思議だ。

 

「ところでにとり、こんなに近くにいるけどあれに感知されることはないの?」

「ちゃんと感知されないようにステルス飛行してるし、その心配はいらないよ。この生まれ変わった宇宙飛行機は31世紀の最先端技術が詰まってるんだからね!」

「へぇ」

 

 目の前の人工衛星は1977年発射なので、1000年以上も年月が経っていれば技術力に差が開くのも当然なのだろう。

 

「ゴールデンレコードはどこにあるんだ? もしかして中か?」

「パラボラアンテナの下に制御装置あるじゃん? その外側に円盤があるの見える?」

「どれどれ……あ、本当だ」

 

 注意深く観察してみると、制御装置――黒いケースに覆われた巨大な箱の正式名称らしい――の外面にディスクが取り付けられているのを発見する。およそ50年近く宇宙空間を飛び続けているにも関わらず、月の都で見た写真と比べて殆ど劣化していなかった。

 

「普通に外に剥き出しのままになってるんだな。てっきり、人工衛星の中に仕舞い込まれてるものだとばかり思ってたよ」

 

 私もそれには同意する。意外と目立つ位置にあったのに、そんな先入観があったせいで気付かなかった。

 

「あれをどうやって壊すんだ?」

「ふふ、任せて。私のスペルで燃やし尽くしてやるさ!」

 

 腕をまくって今にも炎を出しそうなくらいやる気に満ち溢れていた妹紅だったが、にとりが冷静にツッコミを入れる。

 

「いやいや、そんな面倒なことしなくても、この機体には様々な武器が積み込まれているし、撃ち落とせばいいだけだよ」

「ん? そうか……」

 

 出鼻をくじかれた妹紅は、少し不満げに口を尖らせていた。

 

「というかさ、宇宙は空気ないんだし炎出せないんじゃないの?」

「……」

 

 私のツッコミにも、無言で顔を背けるばかり。目に見えて意気消沈しているようだ。

 

「まあとにかく、時間が来たら見せてあげるよ。ほぼ機能停止状態に近いとはいえ、まだまだ稼働中だしね」

 

 コックピット内のデジタル時計を見れば、時刻は午後2時42分。完全起動停止まで一時間近くあった。

 

「んじゃそれまで解散ってことで」

「なんか食べてこよっと」

「私も行く」

 

 そう言って妹紅とにとりはコックピットを後にしていった。

 

 

 

 各々が自由な時間を過ごし――と言ってもにとりはすぐにコックピットに戻り、そこで暇を潰していたが――人工衛星の稼働停止予定時間が近づくと、全員がコックピットに集まった。

 月の都を発ってから、特にアクシデントもなく順調にここまできている。この場にいる全員が固唾を飲んで見守り、そしてついにその時がやってきた。

 

「……時間か」

「だね」

 

 デジタル時計を見ながら呟く私。現在時刻は西暦2025年6月30日15時33分を過ぎた所。たった今、目の前の人工衛星は完全に機能を停止した。

 

「うん。それじゃ準備に入るね」

 

 にとりは操縦席の足元にある隠し扉を開き、中のドクロマークが付いた青いボタンを押す。すると、操縦席のど真ん中のモニターに、大きな真円を十字で区切った謎のマークが表示され、端には直線に多くの横線が刻まれたメモリのようなものが出現した。

 

「なにこれ?」

「今のスイッチを押すと戦闘モードに入ってね、機体の下から銃口が出てくるんだよ。この画面に出て来た照準器を使って対象物に目標を合わせるの」

「ほぅ」

 

 にとりの説明は続く。

 

「この操縦桿の先端に発射ボタンがあってね。そこから高濃度のエネルギー弾を打つことができるんだ。今からこれを使ってボイジャー1号を壊します!」

「分かった。頼むぞ」

「照準を合わせて……」

 

 にとりは画面を操作して、照準器の中心、十字が交差する部分を人工衛星に定める。

 

「発射!」

 

 操縦桿の先端にあるボタンを親指で押すと、緑色の光弾が下から発射され、対象に命中。小規模な爆発が起こりボイジャー1号は粉々に砕け散った。もちろん、例のゴールデンレコードも原形をとどめておらず、これでは復元するのも難しいだろう。

 

「こんなものかな」

「これが人類初の太陽系外探査の結末か。あっさりとした幕引きだな」

 

 妹紅の言う通り、何の盛り上がりもなく、一瞬で終わった事に拍子抜けしてしまうところだが、何事もなく終わって良かったということにしよう。これで人類が銀河帝国に発見されなくなるはずだ。

 にとりは、再び足元の青いスイッチを押して武装解除を行う。それに伴って照準器も消えて、普通の画面に戻っていた。



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第100話 相談

今回の話でとうとう100話に到達しました。
ここまで応援してくださった読者様には感謝しかありません。

※一部誤字を編集しました


「さて、ボイジャー1号破壊は達成できたわけだし、次はアンナの番だな」

 

 むしろここからが大詰め。タイムトラベラー霧雨魔理沙という痕跡を、この宇宙から無くすために必要なことだから。

 

「念のためにアンナについて再確認するね。アンナは39億年前に生きる宇宙人で、仕事で遠く離れた1億光年先のプロッツェン銀河から太陽系の調査に来たんだけれど、エンジンが故障したことで地球に不時着しちゃって、そこで偶然魔理沙と出会ったんだよね」

「そうそう。よく覚えてるなにとり」

「えへへ、彼女の宇宙船を修理したのは私だからね」

 

 少し得意げなにとり。間髪入れずに妹紅が口を開く。

 

「――そしてアンナと別れ、原初の地球での出来事を母星に持ち帰ってしまったことで、巡り巡って地球が滅びる原因となった……つまり、アンナと出会わないように、歴史を変えればいいんじゃないの?」

「どうやって?」

「エンジンの故障で地球に不時着したんでしょ? だったらさ、アンナが太陽系に出発する前の時間に戻って、そこからアンナの星へ行って、本人に『しっかりと宇宙船の整備をしなさい』みたいな感じで忠告すればいいんじゃない?」

 

 妹紅の提案、それはつまり“私達の出会いそのもの”をなかった事にするというもの。

 

 しかし私としては、この方法に賛同はできなかった。何故なら、あの時、あの私があったからこそ今の立ち直った私がいるのであり、言い換えれば昔の私を裏切るような形になってしまうから。

 

 さらに付け加えるならば、せっかく前の歴史で宇宙飛行機に関しての因果を成立させたのに、再びややこしいことになりかねない。

 自分の考えを伝えようと私が口を開く前に、にとりが妹紅に反論の言葉を述べる。

 

「それは難しいと思うよ? 39億年前のアプト星についての記録は現代には殆ど伝わってないからさ、アンナのパーソナルデータ――どこで、何をしていたかについての記録が全く残ってないんだ」

「アンナは惑星探査員だって自己紹介してたし、そこから絞り込んでいけばいいんじゃないの? 私が居た頃の地球ですら現実・バーチャル問わず、個人を探す手段は山ほどあったし」

「当時のアプト文明がどんなものかも分からないのに? 外の世界だけならいざ知らず、私達とは価値観も、文化も、常識すらも違う惑星で、人一人探しだすのにどれだけの時間と労力が必要か分かってるの?」

「む」

 

 矢継ぎ早に否定材料を持ち出された妹紅は少し不満げな表情をしていて、このまま会話を見守っていると何となく険悪な雰囲気になりそうだったので、私は口を挟むことにした。

 

「私もにとりの意見に賛成だな。まずはさ、地球に不時着したアンナに直接会って、未来の事情を話して私達のことを口外しないように頼み込んでみようよ。それがダメだったら妹紅の方法で行こう」

「まあ、そういうことなら」

 

 私のフォローが効いたのか、妹紅も渋々納得してくれたようなので、原初の地球で起こった出来事そのものを改変するのは後回し。

 

 時系列的に考えれば、例えここで失敗したとしても、それより前の時間に戻ってしまえば失敗そのものがなかったことになる。できればそうなってほしくはないけれど、もしそうなった時には覚悟を持って行なうつもり。

 

 もちろん、アンナの宇宙船の破壊という外道じみた選択肢は端からない。それをみんな分かっているからこそ、さっきの会話にも出てこなかったし。

 

「でも、それならどうやってアンナと会うつもりなんだ? 原初の地球では、アンナが地球に不時着した時から出発するまでを過去の私達が見届けたわけだし、その間、少なくとも私の記憶では未来から来た別の私達に会っていないんだけど」

「どうだっけ?」

「私も見てないね」

 

 あの時の私は世界に絶望していたので、周囲に気を配る余裕がなく、未来の私が近くに居たのかどうか確信が持てない。だけど、にとりや妹紅も口を揃えて〝未来から来た自分″を見ていないと言っているので、本当のことなのだろう。

 

 そう考えると、妹紅の疑問は割と筋が通っている気がする。

 

 仮にもし、過去の整合性を考えなかった時――例えば、その日その時間で会った記憶が無いにも関わらず、未来の私が過去の自分と直接顔を合わせるようなこと――咲夜の理論では〝その出来事と辻褄が合うように歴史が再構成され、未来の自分と会話をした記憶が追加される″と話していた。

 

 つまりそうなってしまうと、これまでの歴史が途切れて、新たに構築された未知の歴史に別の記憶を持って突然放り出されることになり、知らない間にバタフライエフェクトの種が埋め込まれることになる。

 

「そのことだけどさ、私に良い考えがあるんだよ」

「なんだそれ?」

「アンナが地球を旅立って、その後私達が宇宙に出て時間移動するまで、ちょっと時間が空いたわけじゃん?」

「あれ、そうだっけ?」

「ほら、宇宙飛行機の発射準備の最中にさ、アンナが別れ際にくれたプレゼントを見ようって話になってさ、その中身が宇宙飛行機の設計図だったって」

「そういえばそんなこともあったような……」

「あの時の魔理沙はいろいろとメンタルがヤバそうだったからなー」

 

 繰り返すことになるけど、あの時の出来事は私にとって衝撃的すぎて、いまいち記憶に自信がない。

 

「まあとにかく私が言いたいのはさ、アンナが地球を脱出してワープを開始する直前の時間と、過去の私達が地球を脱出して未来にタイムトラベルする時間、その僅かな隙間を狙ってコンタクトをとってみたらどうかな? って思ったんだけど」 

「なるほど。よし、その案で行こう」

 

 確かにそれなら過去の自分に会わずに済みそうだし、条件は厳しいけどやるしかない。

 

「でも相手は宇宙船に乗ってるんだろ? ちゃんとコンタクトは取れるのか?」

「通信機能は壊れてなくて大丈夫だって話してたし、多分平気。修理の時、『周りに何もなくて助けを呼ぶこともできなかったので、本当に感謝しています』って話していたよ」

「あ~宇宙は広いもんねぇ」

「それでどの時間に跳べばいいんだ? にとり、分かるか?」

「いや~分かんないなぁ。あの時代は時計なんて無かったしねぇ。というか、魔理沙がタイムジャンプしたのに覚えてないの?」

「……覚えてないな。分からん」

 

 西暦200X年8月1日に跳ぼうとしたのは覚えているけど、どうせこの時間にはもう来ないだろうと思ってたし、時間移動しようとした瞬間の時刻なんて確認していない。

 

「紀元前39億年前の7月31日正午に時間移動したのははっきりしてるんだが……」

 

 跳ぶ時刻に困った時や、適当でも構わない時はとりあえず正午を指定している私。特に指定がない限り、年月日すらも無意識的に選んでしまってるので、結構偏っている。

 

「ん~だとすると、原初の石の捜索やアンナの宇宙船の修理に掛かった時間を踏まえて、午後3時以降がいいんじゃないかな」

「なるほど」

 

 そうして話がまとまり、一度地球を肉眼で見下ろせる場所までワープした後、そこから39億年前の7月31日午後3時にタイムジャンプを行った。



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第101話 アンナへの接触

最高評価ありがとうございます。
とてもうれしいです。



 ――紀元前39億年 7月31日 午後3時――

 

 

 

「……到着したかな」

 

 確かな手ごたえを感じつつ窓の外に首を動かせば、青と緑が美しい星ではなく、土色の巨大な大陸と銀色の海に覆われた原初の地球の姿が見えた。

 

 私達を乗せた宇宙飛行機は、地球全体を一望できる絶好の位置に滞空しており、時折小さめの隕石が地球に向かって落下していたものの、かつて月が誕生するきっかけとなった星を揺るがす巨大隕石や、この機体に直撃しそうな軌道の隕石はなかった。

 

 ちなみに仮にこっちに飛んできたとしても、この宇宙飛行機の武装ならば楽々と破壊できるとにとりが話していたので、ひとまず安全と言っても良いだろう。

 

「ここから地球を飛び出してきたアンナに呼びかけるんだよな」

「ちゃんと通信機能も正常に動作してるし、準備オーケーだよ!」

 

 どこからともなく取り出した卓上マイクを見せながら、にとりは自信ありげに答えていた。

 

「アンナへの説明は私がやるから任せてくれ」

「ちゃんと聞いてくれればいいけどなぁ」

「魔理沙が喋るんだし、きっと聞いてくれるよ」

 

 そうして大まかな段取りを決め、

 

「それじゃ早速だけど、観察に入ろっか」

 

 にとりはコックピット内の計器を動かし、先程までボイジャー1号探査に利用していたモニターを別の画面に切り替える。

 モニターには地球を中心に据えた宇宙空間が映し出され、にとりが計器を操作すると、どんどんと地球の中へとズームインされて行き、しまいには地球と宇宙の境界を越えて地球内部にまで入って行く。

 

「へぇ、星の中まで見る事ができるなんて便利だな」

「過去の私はどこにいるかな~? ……おっ見っけた」

 

 拡大された映像を動かして、ルーペのように地表をくまなく探していき、やがて過去の私達が乗って来た宇宙飛行機と、地表にほぼ垂直に突き刺さった宇宙船を発見する。

 そこからさらに拡大すると、宇宙船の底面でしゃがみ込みながら、工具を手に何やら作業をしている宇宙服を着たにとりと、それを見守っているアンナの姿が映っていた。

 ちなみにこの映像は、二人の表情は勿論の事、地面に転がる小石一つ一つまで鮮明に描写している。

 

「この位置からなら、過去の私達にバレることはないでしょ」

「にしてもまさかこんな遠くから覗かれていたとはな。全然気づかなかったよ」

「アハハ、もしかしたら今までの私達の行動もこんな風に未来の私達に観察されてたりして」

「有り得ない……と断言できないところが怖いな。やれやれ」

 

(……)

 

 正直なところ、私もこうやって覗き見るのはあまりいい気分ではないが、未来を変えるためには仕方ないことだと自分に言い聞かせる。

 

「ところで、修理はどれくらい進んだところなの?」

「映像を見る限りでは佳境にさしかかったところだね。もうすぐ終わると思うよ。幻想郷よりも科学技術が大きく進んだ高度な文明の未知なる技術に触れて、この時は楽しかったなぁ」

 

 しみじみと語るにとり。だとするならば、別れのシーンが来るのも近そうだ。

 引き続き映像をじっと眺める私達。やがて何かに気づいた妹紅が、再びにとりに問いかける。

 

「アンナが楽しそうにしゃべってるみたいだけど、この時どんな話をしてたの?」

 

 ディスプレイには、修理作業中のにとりに対して、身振り手振り交えて笑顔で口パクしているアンナが映っていて、時々にとりも手を止めてアンナへ顔を向けながら、何かを話しているように見える。

 

「とりとめのないただの雑談だよ。アンナが今まで行った星や地元の友達の話とか――ああ、そういえばこの時、私も地球の未来の姿や幻想郷について話したかも。アンナは凄い聞き上手だったから、私もついつい口が回っちゃったな」

「へぇ、アンナの話の中身がちょっと気になるな」

「なんかね、宇宙には水だけで構成された星とか、実体のない生き物――私達の概念で例えるなら幽霊のような存在が住んでる星とかがあるんだってね。ケイ素化合物を主食にしてテレパシーで意思疎通をするんだって」

「ケイ素化合物ってシリコンのことか? あんなものを食べるのか」

「他にも性別の概念がないから分裂して数を増やすとかでさ、その星の全ての生き物は、元をたどればたった一つの個体から生まれたんだって。なんだかもう嘘としか思えない話だったよ」

「肉体が無いのに分裂するの? 話だけ聞いてるとアメーバみたいだな……」

「あとはそうだねぇ。故郷の話もしてたかな。フィーネとシャロンって二人の友達が今回の太陽系ミッションから帰ってくるのを心待ちにしているとか――」

 

 その後も妹紅とにとりは雑談をしていたが、私は会話を聞き流してこんなことを考えていた。

 

(なるほど、アンナはここで私達のことを知ったのか)

 

 あの時の私は自分の事に手一杯でろくに個人情報は話していなかった筈なのに、何故色々知っていたのか不思議だったが、ようやく合点がいった。

 にとりは何事もなかったかのように話してはいるが、もしかしたらこの時の会話が、アンナの人生を変えるきっかけになったのかもしれない。

 その後も、ディスプレイには過去のにとりが宇宙船の底面でもぞもぞと作業を行っている映像が映されていたが、やがて地面に広げた工具を片付け始める。

 

「修理が終わったみたいだね。もうすぐ魔理沙が来ると思うよ」

 

 にとりの言葉通り、少ししてから宇宙服を着用した過去の私と妹紅が連れ合いながら宇宙飛行機から登場する。

 カメラを動かして過去の私の顔を斜めから覗き見ると、顔色がとても悪く、今にも泣き出してしまいそうな悲壮感を出している。

 

「我ながら酷い顔だな……」

 

 思わずそう呟いてしまう程に。

 今となっては笑い話だが、この時の私は霊夢が自殺したあの時よりも世界に絶望していた。

 そんな過去の私にアンナはしきりに話しかけ、精いっぱい励まし、やがて大きく一礼してから宇宙船へ乗り込んでいく。

 

「……そろそろアンナが来るよ!」

「ここからが正念場だな」

 

 どんどん地上を離れて行くアンナの宇宙船に過去の私達が手を振っている映像を確認した後、すぐに窓の外に目を向けたその時、地球から勢いよく飛び出してきたアンナの宇宙船が見えた。

 同時に、彼女の宇宙船の周りの空間が歪み始め、細かな粒子のようなものが舞い散り、宇宙の暗い背景がそれを引き立て美しい光景となっている。

 同時に、彼女の宇宙船の周りの空間が歪み始め、細かな粒子のようなものが舞い散り、宇宙の暗い背景がそれを引き立て美しい光景となっている。

 

「まずいよ魔理沙! 早くしないとワープされちゃう!」

「……よし!」

 

 私は意を決して卓上マイクを掴む。

 

『アンナ、聞こえるか!? 聞こえたら返事をしてくれ!』

 

 声を張り上げて精一杯呼びかけると、一拍遅れて返事が返って来た。

 

『ひゃっ!? こ、この声は魔理沙さんですか……?』

『ああ、私だ。実はアンナに至急話したいことがあるんだ。アプト星に帰るのは待ってくれないか?』

『は、はい! 今ワープエンジンを停止させるので、少し待っていてください!』

 

 その言葉通り、宇宙船の周囲に漂っていた粒子のようなものが徐々に消えていき、速度がゆっくりと落ち始め、落ち着きを取り戻した。

 

「止まったか……」

 

 ひとまずアンナを呼び止める事には成功したが、これからが正念場とも言える。まだまだ安心はできない。

 

『お待たせしました! 魔理沙さん、あたしに話とはなんでしょうか? かなり焦っているようですけど……その、大丈夫なんですか? さっきは物凄く辛そうだったじゃないですか』

 

 アンナは心の底から私の身を案じているようで、心が痛くなってきたので、すぐに釈明を始める。

 

『え~とさ、ちょっと説明が難しいんだけどな、アンナはさっき〝私″と別れただろ? でも今ここで話している私はその〝私″じゃなくてさ、アンナが会った〝私″よりもっと未来から来たんだ』

『んーと……つまり……さっきまであたしと話していた魔理沙さんとは、違う魔理沙さんなんですか?』

『そうそう、そうなんだよ! 理解が早くて助かる』

『でも、それならどうしてあたしのことを知ってるんですか? 魔理沙さんはあたしと直接会ったわけじゃないんですよね?』

『いやそうじゃなくてね? その〝私″の延長線上の未来が今の私なんだよ。だから別人とかじゃなくて全く同じなの』

『はあ……え~っと?』

 

 アンナが明らかに狼狽えているのがスピーカー越しに伝わり、どうやって説明すればいいか悩ましい。

 

『まあとにかくさ、あの後未来が大変なことになってな、そのことでアンナに――』

「魔理沙、大変だよ!」

 

 時間もないのでとにかく押し切ってしまおうとしたその時、にとりが会話に割り込んできた。

 

「もう、なんだよにとり。今話し中なんだからさあ」

「過去の私達が乗った宇宙飛行機が発射しようとしてるんだよ! このままだと見つかっちゃう」

「え、もう? ちょっと早くない?」

「今見つかるのはまずいぞ……」

「どうしよう魔理沙?」

「とにかくすぐに隠れるんだ! 死角に回ってくれ、にとり!」

「了解!」

 

 にとりはすぐさま操縦桿を握り、発射の準備を始めていく。

 

『あの、何だか慌ただしいみたいですけど、なにかあったんですか?』

『アンナ、この宇宙船に付いて来てくれないか! このままだと過去の私達に見つかって、大変なことになる!』

『! よく分かりませんが、魔理沙さんがそう仰るならついていきますね!』

 

 にとりは宇宙飛行機を発進させて、過去の宇宙飛行機からは死角になる場所――地球が陰となって向こうからは見えなくなる位置――まで速やかに移動させ、アンナの宇宙船も私たちの斜め後ろにぴったりとくっついた。

 やがて過去の宇宙飛行機が宇宙に飛び出してくると、程なくして停止する。これから過去の私が西暦200X年8月1日に向けて時間移動するところなのだろう。

 その予測通り、次第に機体の底面から全体をすっぽり覆えるほどの時空の渦が発生し、同時に機体の上部にはローマ数字の時計盤を模した二層の魔法陣が出現。サンドイッチのように挟まれながら宇宙飛行機は時空の渦の中に沈んでいった。

 

(へぇ~客観的に見るとこんな感じで時間移動していたのか。あんな魔法陣が出てるとは気づかなかった……って感心してる場合じゃないな)

 

 私は卓上マイクを口元に近づけ、後ろの宇宙船に向かって呼びかける。

 

『行ったみたいだ。なんだか済まないな、バタバタしちゃってさ』

『いえ、別に構いませんが……』

 

 何故か言いよどむアンナ。

 

『どうした?』

『今の光景を見て、魔理沙さんの仰りたいことがようやくわかりました。あたしとこうして通信している魔理沙さんは、先程未来に帰って行った魔理沙よりもさらに未来から来たんですね! なんだか凄いです!』

『……そうか。分かってくれて良かったよ』

 

 過去の私達の行動が予想以上に早かった事に焦りはしたものの、アンナへの説明の手間が省けたので結果オーライってことにする。

 

『それで本題に入りたいんだけど、いいかな?』

『でしたら一度地球に戻りませんか? どうせなら直接話し合いたい所ですし、燃料にも不安があるので』

『分かった。じゃあ、さっき着陸した場所に来てくれ』

『はい!』

 

 かくして、私とアンナの宇宙船は再び原初の地球に戻って行った。




この時魔理沙達が見ていた映像の出来事は
第三章第79話 サブタイトル「修理」 81話 サブタイトル「アンナとの別れ」がそれに該当します。


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第102話 39億年前の真実(前編~中編)

最高評価及び高評価ありがとうございます。
頑張ります。


 夕焼けのように赤かった空は群青色に移り変わり、なだらかな星の海が静かに降りて来る美しい夜。

 視界一面に広がる銀色の海が月の光を反射し、地上は昼間のように明るく、水平線上で分かたれた銀と群青色のコントラストは、まるで海全体が浮かび上がっているように錯覚する。

 

 現在時刻は午後5時02分。現代ならまだまだ日が明るい時間帯だが、39億年前の地球は既に夜に突入しているようだ。

 墜落の衝撃が激しく残るクレーターの中心には、アンナが乗って来た円盤型宇宙船。その隣には私達の宇宙飛行機が駐機している。

 

「それじゃ、私達も宇宙服に着替えて外に出よっか」

「ちょっと待って。実はね、月の都からいいものを持って来たんだ。はい、どーぞ」

 

 そう言ってにとりが私と妹紅に配ったのは、手のひらに収まる程度のカプセル型の機械で、表面にはON・OFFと書かれているスイッチがついていた。

 

「なにこれ?」

「これは万能適応装置。詳しい原理は省くけど、このスイッチを入れると体の表面に透明なバリアを張ってね、火山の中や海の中、さらには宇宙といった過酷な環境でも、地上と同じように活動できるようになるのさ」

「そんなものがあるのか! 便利だな」

「31世紀では広く使われているモノなんだ。一々着替えて消毒するのも面倒だし、これで行かない?」

「そうだな」

 

 早速万能適応装置のスイッチを入れてみる。見た目は何も変化はないように見えるが、自分の手を凝視してみると、体の表面に薄らとした膜があり、それが全身を包んでいるようだ。

 

「なんだか何にも変わった気がしないな。本当に大丈夫かこれ」

「大丈夫だって! 私と31世紀の月の科学力を信じてちょうだい」

「まあ、にとりがそこまで言うなら」

「それじゃ行こうぜ」

 

 にとりから受け取った装置をポケットに入れ、私達は外に出た。

 

 

 

 

 宇宙飛行機のハッチを開いて原初の地球に再び降り立つと、私はすぐに自身の変化に気づいた。

 

「……凄いな」

 

 現代では既に失われた荒々しい空気感、肌を舐めるように吹き抜ける生温い風、波の音一つしない静かな銀の海に真水の匂い。足の裏から直に伝わるまだ未完成の大地の躍動。原初の地球のありのままの姿を肌で感じる。

 

 宇宙服では決して味わう事の出来ない新鮮な感覚。一度は訪れた事がある場所なのに、遠い別世界に来てしまったかのよう。

 

 ――私は今、39億年前の大地に立っている。

 

「以前とはまるで感覚が違うな。これも万能適応装置の影響なのか?」

「その通り! 生命機能を維持しつつ、その土地の自然を味わえる。これこそ万能適応装置の最大の利点なんだ!」

「よく出来てるんだなぁ。未来の科学技術ってのは凄いわ」

 

 そんな話をしていると、目の前の宇宙船から扉が開く音が響く。

 

「みなさんお待たせしました――!」

 

 宇宙船のハッチを開けて元気よく飛び出してきたアンナは、私達の姿を見て驚愕していた。

 

「噓……! そのお姿……もしかして魔理沙さんなんですか?」

「うんそうだけど。どうかしたか?」

「そんな、まだ心の準備が出来ていないのに……あっでもでも、よく見たら妹紅さんやにとりさんまで……。それだけ本気ってことなのかな」

「?」

 

 私達の姿を見て何故だか困惑した様子のアンナは、辛うじて聞き取れるレベルの独り言を呟いていた。

 

(一体なんだ? 別に変な所はないはずだが)

 

 そんな疑念の眼差しをよそに、迷いを見せていたアンナは、やがて意を決したように口を開く。

 

「――はい。魔理沙さんのお覚悟は充分に伝わりました。あたしも腹を括ることにします。魔理沙さんのお話、聞かせてください!」

 

 妙に気負っているアンナにどことなく違和感を覚えるが、もしかしたら気のせいかもしれないので、指摘することは躊躇われる。

 

「じゃあさ、せっかくだし機内に来ないか? 長い話になっちゃうし、ずっと立ってるのも大変だろう」

「! 分かりました。お邪魔させてもらいますね! よろしくお願いします!」

 

 緊張した面持ちで、深々と頭を下げるアンナ。

 

「?? 別に取って食うつもりはないぞ?」

 

(ん~やっぱり何かがおかしいぞ?)

 

 どこか噛み合わない会話。どうしたもんかと思ったその時、私とアンナのやり取りを横で見ていたにとりがバツの悪そうな顔で呟く。

 

「あ~もしかしたらこれは……しまったな。すっかり忘れてた」

「何か知ってるのかにとり?」

「断言はできないけど、まあ見ててよ」

 

 にとりは一歩前に出て、アンナに向けて話しかける。

 

「アンナちゃん。実はね、前会った時は宇宙服を着てたんだ」

「……へ、そ、そうなんですか?」

 

 ポカーンとしているアンナに、にとりは頷きながら話を続ける。

 

「この時代は私達の住んでる時代と違って180度環境が違うからね、その時の私達には技術力が無かったから、原始的な装置を使っていたんだ。でも今はアンナちゃんと同じ万能適応装置を使っている。つまり今の恰好こそが私達の噓偽りのない姿でさ、遠い未来の地球人も同じ姿をしているんだよ」

「! そ、そうでしたか……。やだ、あたしったら盛大な勘違いを……穴があったら入りたい気分です」

「いやいや、こっちこそ説明不足でごめんね」

「??」

 

 アンナは耳まで真っ赤にして恥ずかしがっていたが、私の疑問は増えていくばかり。

 

「いまいち状況が分からないぞ? どういうことか説明してくれ、にとり」

「初めてアンナと会った時はさ、私達は宇宙服を着てたじゃん? あくまで仮説なんだけどね、アンナから見て、私達はあの宇宙服込みで日々を生活している種族として認識したんだと思う」

「ふむふむ」

「でも今は宇宙服を脱いでいる。つまり言い換えれば、素の姿を見せていることになるわけで。その違いについてアンナが深読みしちゃったんじゃないかな」

「理屈は分かったけど、深読みってどんな?」

「そうだね~アンナの反応を見る限りだと『私はあなたを信頼しています』とか、もしくは『私の全てをあなたに捧げても良い』とかその辺りじゃないかな」

「え!? そうなのか?」

 

 思わずアンナを見ると、彼女は僅かに頬を染めながら頷いた。

 

「はい、概ねにとりさんの仰る通りです。細かな違いはありますけど、基本的に本来の姿を隠すような種族は、よほど親交が深くなければその姿を異種族に見せたりしないのです。なので、てっきり魔理沙さんたちもそういった方々なのかと勘違いしちゃいました」

「なるほどなぁ……」

「言外の意味を汲み取るのではなく、きちんと言葉による意思疎通を図らないといけませんね。翻訳装置には全く問題が無いのに、お恥ずかしい限りです……」

 

 機内でにとりが話していた文化や価値観、常識の違い。それがまさかこういう形で現れるとは。異星人とのコミュニケーションは、私が思ってる以上に難しいのかもしれない。

 

「つーことは、知らず知らずのうちに“親愛表現”というか、極端な解釈をすれば愛の告白まがいの事をしてたって訳か。ははっ、面白いな」

「笑ってる場合じゃないぜ妹紅? 危うく盛大な勘違いが起きるところだったんだぞ」

「こんなの笑い話にした方がアンナだって気が楽になるだろ。まさかアンナも本気で受け取った訳じゃないだろうし、な?」

「そう……ですね。妙に堂々としてるのが気になりましたけど、こうして真意がわかってしまえば何でもない話だったんですね」

 

 アンナは少し落ち込んだ声色で、言葉を選ぶように返事をしていたが、すぐに立ち直り、

 

「皆さんはアプト人とよく似ているんですね。しかも同年代の女の子がタイムトラベラーなんて、より一層親近感が湧いてきました。えへへ」

 

 柔らかな笑顔を見せ、私達に純粋な好意を寄せていた。

 

(う~ん、こうして話す限りでは悪意があるように思えないんだけどな)

 

 未来ではアンナがアプト星のデータベースに私の情報を遺したことで、それが巡り巡って地球滅亡の要因となってしまっていたが……。

 

「それにしてもにとり。よくこんな情報知ってたな?」

「月に居た時にさ、とある玉兎が異星の地で体験した話を聞いたことがあってね。まさかそれが役に立つとは思わなかったよ」

「31世紀の月の都って色んな星とつながりを持ってるんだな。ちょっと興味出て来たな」

「まあその話はまたの機会にね」

 

 その後アンナをコックピットに案内し、椅子を回転させて向かい合うように座る。席順としては、私の正面にアンナが着席し、隣に妹紅とにとりという図になっている。

 

「魔理沙さん達の宇宙船はこんな風になってるんですね~」

 

 宇宙飛行機の中に入ってからというものの、物珍しそうにキョロキョロとしているアンナ。

 

「実はさ、アンナが別れ際にくれたあの設計図が元になってるんだぜ?」

「そうだったんですか! あたしのプレゼントがお役に立ってくれたようで何よりです♪ ……あれ? でもそうしたらおかしくないですか? 確かあたしと会う前から同じ機体だったような?」

 

 喜んでいたアンナだったが、すぐに冷静になる。ころころ表情が変わって面白いな。

 

「その事も含めて全部説明するよ。これから話すことは今から約39億年後の果てしない未来についての話だ」

「39億年……」

「そんな先の時代の話なんか関係ないと思っちゃうかもしれないけど、アンナにも深く関わる話なんだ。聞いてくれるか?」

「――はい!」

 

 それから私はアンナと別れた後の出来事を話していった。

 

 

 

「――という訳なんだ」

「そうでしたか……未来ではそんなことになっているんですね……」

 

 現在の時刻は午後6時24分。

 なるべく要点だけを順序立てて話していったつもりだが、地球の歴史や月の都の事など、私達が前提として持っている知識に関する質問もあったので、それらの説明も込みで大きく時間を取られてしまった。

 未来の話ともあり最初はワクワクしていたアンナだったが、私の話が続いていくうちにドンドンとトーンダウンしていき、終いには神妙な表情になっていた。

 

「ああ。そしてこれがアンナの最期だ」

 

 出発する際に依姫から預かった、コールドスリープ装置に眠る今よりも成長したアンナの写真を見せた。

 

「これは……もしかしてあたし?」

「そうだ。今から何年後かは分からんが、近い将来、アンナは今から約39億年後の西暦215X年9月19日までコールドスリープしようとする。だけど記録によれば、アプト文明の崩壊と共に電力供給が切れて、そのまま目を覚ますことはなかったそうだ」

「!」

「私にはお前の行動が分からない。何故だ? 何故こんなことをしたんだ?」

「……………………」

 

 少し強い口調で問いただすも、アンナは神妙な表情を崩さず、静かな吐息が漏れるばかり。

 

「……ちょっと近くで見ても良いですか?」

「いいぜ」

 

 私は写真をアンナに手渡す。

 

「ありがとうございます。これが未来のあたし……」

 

 アンナは写真を穴が空くほど見つめながら、深く考え込んでいるようだ。

 

「私は別に未来で起きた出来事について、アンナを責めたい訳じゃない。ただ真実が知りたいだけなんだ。……教えてくれないか?」

「………………」

 

 この場の張り詰めた空気に気圧されたのか、妹紅とにとりは黙り込んだまま、只々アンナの言葉を待ち続ける。コックピット内は静寂に包まれ、それぞれの息遣いだけが微かに聞こえるのみ。

 

 やがてようやく考えがまとまったのか、彼女は顔を上げ、私に向けてゆっくりと口を開いた。

 

「……魔理沙さんから話を聞いて、未来のあたしがなにを思っていたのかずっと考えていました。でも、やっぱりその時になってみないと、今のあたしには分かりません」

 

(やっぱりか……)

 

 西暦200X年9月1日に、人間だった頃の咲夜にレミリアの手紙を渡した際にも似たような事を言っていた。やはりコールドスリープに入る前のアンナに聞きに行かないとダメなのか?

 そう諦めかけていた私だったが、続く言葉は意外なものだった。

 

「でも未来のあたしが何を思っていたのか、それに近い考えなら今のあたしでも話せると思います。それでも宜しいですか?」

「! ああ、頼む」

 

 私が強く頷くと、アンナは努めて冷静に喋り始めた。

 

「まず未来のあたしがアプト星の中央データベースに魔理沙さんの情報を遺したことですが、多分2つの理由があっての事だと思います」

「2つの理由?」

「まず一つ目は、あたしが惑星探査員だからです。ついさっきもお話ししましたけれど、惑星探査員は、惑星の環境・生物の有無・文明の発展度合いなど多岐に渡って調査します。その仕事柄あたしが立ち寄った星についてはレポートを纏める必要があるのです」

「ふむふむ」

「この星に来るきっかけとなったのも原因不明のエンジントラブルによるもの。規則では仕事中に何らかのアクシデントが起きた場合、それについて事細かに政府に報告する義務があります」

「なるほど、大体わかったぜ」

 

 つまり自分に与えられた役割として、私や地球の情報を伝える必要があったということか。そういえば出会った時、この仕事に誇りを持っているって話していたし、未来の彼女がそのように行動してもなにも不思議ではない。

 

「二つ目の理由ですが……、未来のあたしは魔理沙さんに恩義を感じ、魔理沙さんの名誉のために行動したのではないでしょうか」

「名誉だって?」

「銀河――いえ、宇宙初のタイムトラベラーの存在の確認。これは宇宙の常識を根本から揺るがすとても大きな出来事で、見方を変えればアプト文明の科学力ですら成し得なかった偉業です。この事実をあたしが報告することで、惑星機関のデータベースにとても大切な情報として記録されて、永久に魔理沙さんの名前が刻まれ続けることでしょう」

「……それに何の利点があるんだ?」

「惑星機関のデータベースはアプト星の核にまでネットワークを広げていまして、稼働開始したその時から『宇宙全てを記録し続けているのではないか』と噂される程の膨大な情報量があります」

 

 私の脳内では、地球に大きな根を張り宇宙まで突き抜けた巨大な木が思い浮かんだ。

 

「あたしの星では、惑星機関のデータベースに個人名が記録され続けることは非常に名誉なこととされています。どうしてかって言うと、大多数の人々は死亡宣告された瞬間から、あらゆる個人情報とパーソナルデータが消去されてしまい、乱暴な言い方をしてしまえば、存在した痕跡全てが無くなってしまうからです」

「なるほど、そうだったのか」

 

 アンナは、私の名前を歴史に刻みたかったということだろう。

 

 確かにこの星でも、大きな武功を上げたり、歴史に遺るような並外れて優れた人物を偉人や英雄として死後も讃えているし、幻想郷内に限っても、稗田家の御阿礼の子が代々幻想郷縁起を編纂している。

 

 しかしその影で、何千何万何億もの人間が、歴史書に名を残すような偉業を為す事無く、ひっそりと生涯を終えている。

 

 自らの生きた証を遺そうとするのは人間の本能であり、縁も所縁もない遠く離れた異種族の文明にも、同じ文化があってもおかしくない。

 

 だけど私は誰よりも大切な友達を――霊夢を助けたくてタイムジャンプを開発したんだ。名誉や栄光を求めてタイムトラベラーになった訳じゃないし、そんな欲も無い。

 

「でもあたしが良かれと思ってしたことが、遠い未来で地球滅亡のきっかけを作り出してしまうのであれば、今日の出来事は内緒にすると約束しますね。ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「そう言ってもらえると助かる。よろしく頼むぜ」

 

 真摯な態度でペコリと謝るアンナに、私はホッとしていた。



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第103話 39億年前の真実(後編)

高評価ありがとうございます。


 続いてアンナは、未来の自分の写真を見せながら話し始めた。

 

「次にこの写真についてですが……、きっとこのあたしは、魔理沙さんがタイムトラベラーだと知った時からおぼろげに考えていた事を実行に移した“あたし”なんだと思います」

「?」

「あの時の魔理沙さんは、時間の成り立ちについて非常に苦しんでいるように見えました。あたしには詳しい事情は分かりませんでしたけど、並行世界説を否定できなかったことが、その原因なんじゃないかなって思いました」

「……確かに、そうだったな」

 

 今思い返してもあの時の取り乱しようは酷いものだった。客観的に見ても格好悪かったに違いない。

 

「なのでこのあたしが――魔理沙さん達と出会い、助けられたあたしこそが魔理沙さん達の時代に行けば、時間は一つに繋がっていると証明することになります」

「! まさか、そのためだけに?」

「はい。このあたしは将来の“あたし”の姿なので、何となくわかります」

「何故だ? 私とアンナは生まれた星も違うし、話す言葉も違う。精々数時間くらいしか過ごしていなかったのに、どうしてそこまで出来る?」

「魔理沙さんにとってはその程度なのかもしれませんけど、あたしにとっては命の恩人です。命の恩人が苦しんでいるのなら、力になってあげたい――ただそれだけです。貴女がしてくださったことに比べれば、私がやろうとしたことなんて大したことではありません」

「アンナ……」

 

 何の躊躇いもなく断言したアンナに、私はもはや戸惑うばかりだ。

 彼女にも家族や友達、社会的な地位や故郷への愛着もあるだろうに、私が生きる時代まで来ると言うことは、それらを全て捨てることになる。

 まさかそこまでアンナが私を心配していたなんて、思わなかったな……。

 

「……でも、どうやらその必要はないみたいですね。魔理沙さん、とても元気になったみたいですし。別れる時にどうしても気になっていたので、胸のつっかえが取れたような気分です」

「ちょっと前に過去の私達が乗った宇宙飛行機が時間移動する瞬間を見たろ? あの後に時間の女神様に会ってな。その時に時間の仕組みを教えて貰ったんだ」

「そういえば先程もそんなお話をしてましたね。時間の女神様ってどんなお人なんですか?」

 

 私は自分の主観も交えつつ、咲夜の生い立ちや特徴を好意的に伝えた。

 

「とても素敵な方なんですね~。この星の生命循環システムにも驚きましたが、まさか生前からのお知り合いだなんてびっくりです。仲が良いんですね♪」

「まあ~咲夜とはなんだかんだ言って付き合いが長かったからな。うん」

 

 最初の歴史で、時間移動の研究のために紅魔館に足繁く通っていた時も、御茶菓子を出してくれたり、集中しやすい環境を作ってくれたり、細かい所で気を遣ってもらっていた。あれもきっと、咲夜なりの応援の証だったのだと思う。

 

「それにしても幻想郷ですか……話を聞く限りではとても楽しそうな場所ですね。種族もバラバラ、ましてや捕食者と被食者が共存する世界なんて宇宙でも滅多にありませんよ! 一度隅々まで調査してみたいですねぇ」

「悪いけどそれは無理だろうな。紫に許可なく入れたら怒られる」

「そうですか~残念です」

 

 アンナは少しガッカリとしていた。

 

 

 

「……さて! これで魔理沙さんの疑問には一通りお答えできたと思いますけど、他にも何か質問はありますか?」

「私はもう充分聞けたかな。二人は何かあるか?」

「い~や、特に何も」

「同じく。納得できたよ」

「分かりました。それでは、あたしはそろそろ行きますね」

「ああ」

 

 アンナと共に私達も席を立ち、彼女の宇宙船の正面まで見送りに出る。入り口の扉が自動で開き、乗り込む準備が出来た時、彼女は私の前に立った。

 

「魔理沙さん、これを受け取って貰えますか?」

 

 そう言いながら、アンナは再びメモリースティックを渡してきた。

 宇宙飛行機の設計図が入ったメモリースティックは黒だったが、今回は赤い色をしている。

 

「この中にはアプト星の地図と、あたしの自宅がある住所が記載されています。その……いつかあたしの家に遊びに来てください! あたしが自宅に着くのは魔理沙さん達が使う紀年法で1年くらい掛かっちゃいますけど、もし来てくれたら歓迎しますよ!」

「分かった。今は無理だけど、いずれ行かせてもらうよ」

「絶対ですよ!」

「もちろん。その時は、アンナの住んでる街を案内してくれ」

「はい!」

 

 メモリースティックを受け取った私の快諾にアンナは笑顔で答えていた。

 

「それでは魔理沙さん、妹紅さん、にとりさん。今度こそさようなら! また会いましょう!」

「またな~!」

「バイバーイ!」

「気を付けてね~!」

 

 和やかな雰囲気のままアンナは宇宙船に乗り込み、私達は空高く飛んで行く宇宙船が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

 完全に宇宙船が見えなくなった頃、にとりが口を開く。

 

「ねえ魔理沙。最後にとんでもない約束しちゃってたけど、本当にアプト星に遊びにいくつもりなの?」

「今抱えてる問題が全て片付いた後、気が向いたら行くつもりだ。その時はにとりも協力してくれるか?」

「私は別に良いけど……紫がすんなりと外の世界に出させてくれるか――だよねえ。今回は特例みたいなものだし」 

「あ~そうか。まあでも、その時は紫の目が届かない過去にでも跳べばバレずに済むんじゃないか?」

「そっか、その手があったね」

「なんにせよ、もし行くんだったらその時は私も誘ってよね。宇宙旅行なんて面白そうじゃない?」

「はいはい、分かったよ。その時は300X年まで迎えに行ってやるさ。よ~しそれじゃあ私達も元の時代に帰ろう! 今度こそ歴史が変わった筈だ」

「なんか結構デジャブを感じるセリフだね。また何か予想もつかない未来になってたりして」

「その時はその時だ。また頑張ればいい。無駄にネガティブになる必要はないぜ」

「魔理沙の言う通りだ。諦めさえしなければ、何度だってやり直せるんだからな」

「そうそう。妹紅、良い事言うじゃないか」

「希望を捨てなければ何とかなるってのは、これまでの経験で分かってる事だしね」

 

 そんな話をしながらコックピットに戻っていく。

 その後にとりは宇宙飛行機を発進させ、地球をよく見下ろせる位置に再び宇宙飛行機をつけた。

 相変わらずギラギラと輝く太陽に、鏡のようにキラキラ光る地球。体感的にはそれ程時間が経っていない筈なのに、ここの所ずっと宇宙にいるような気がする。そろそろ幻想郷が恋しくなってくるところ。

 私が感傷的になってるその一方で、窓から辺りを見回しながら妹紅が問いかける。 

 

「なあにとり。ちょっと聞きたいんだけどさ。周りに宇宙飛行機の反応はあるか?」

「ん~レーダーで探っても何も無いみたいだけど……。もし未来の私達がいるのなら探知されないような手を打っているだろうし、あんまし当てにならないね」

「言われてみればそうだな。探すのはやめるか」

 

 現在時刻は紀元前39億年7月31日午後7時50分。もし万が一再びこの時間に来る用事が出来た時の為に、この時刻はきちんと覚えておこう。

 私はにとりと妹紅を見回しつつ。

 

「それじゃ元の時間に戻るぞ~。準備はいいか?」

「了解」

「私はいつでも」

 

 時間移動の宣言を行う。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦300X年6月9日午前4時!」

 

 直後、機体の正面に時空の渦が発生し、宇宙飛行機は滑るようにその中に入って行った。

 

 

 

 

 紀元前39億年から西暦300X年へ、とてつもなく長い時間が過ぎていくその刹那。いつの間にか宇宙飛行機は消え去り、私は柱が立ち並ぶ巨大な廊下に立ち尽くしていた。

 

(ここは……時の回廊か? それにしては雰囲気が違うな)

 

 回廊の外側に広がっていた美しい四季は、地球を中心とした宇宙空間に変貌している。白銀の海は青色に変化し、一つに固まっていた大陸は7つに別れ、大陸には薄い緑が見えている。どうやら年代的には私の時代に近いようだ。

 

 何故推定形なのかというと、地球域近くに〝ドーナツに羽根をくっつけたような形をした直径100㎞以上ある巨大な人工建造物″や、〝透明なドームに覆われ、数多のビルが建ち並ぶ未来的な構造物″が合計で3つ漂っているからだ。少なくとも私はこれらについて見たことも聞いたこともない。

 

(これは……もしかして私が知らない未来の地球の姿なのか? だとするなら、あれは宇宙に進出した人間が造った〝街″なのか?)

 

 推測している内に、地球から豆粒程度の大きさの人工衛星が飛び出すと、それを契機に地球域を埋め尽くす程の宇宙船が次々と地球から飛び出し、先程の人工建造物と共に月と正反対の方向へ一斉に飛んで行き、やがて影も形も見えなくなった。

 

(?? よく分からんが、あの宇宙船一隻一隻に人が乗っているのだとするなら、相当な数の人間が別の星に行った事になる。まるで大移動のような……)

 

 目の前の光景に考えを巡らせていた時、ふと、横から聞き覚えのある声が。

 

「どうやら未来が変わったみたいだな。人類が宇宙進出に成功し、異星人の邪魔も入らなくなった今、新天地に向けて飛び出して行ったんだろう」

「妹紅! いたのか――」

 

 すぐさま振り向くと、そこにはポケットに手を突っ込みながら先程の映像を観賞していた妹紅の姿。だが、彼女の体には明らかな異変が起こっていた。

 

「って、その姿は……!」

 

 妹紅の肉体は、幽霊のように半透明になり、向こう側が透けて見えてしまっていて、今にも消えてしまいそうな儚さを感じる。

 

「あの時咲夜が言っていた歴史改変の影響だろう。過去へ飛ぶ因果が消え、特異点が解消された今、役目を終えた私はもうすぐ消えて無くなるのさ」

「妹紅お前――」

 

 咄嗟に手を伸ばして彼女に触れようとするも、空気を掴むような感触が残るだけ。もはや彼女の実体は、ここには存在しなかった。

 

「おいおい、そんな悲しそうな顔しないでくれ。今生の別れでもあるまいし、新たな歴史の幻想郷で待ってるからさ、また会おうぜ」

「――ああ、またな」

 

 私は口の先まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、再会の言葉を告げる。

 妹紅は私にウインクしながら、霞のように消えていった。

 

(妹紅……)

 

 感傷に浸る間もなく、時の回廊の先、真っ暗闇の空間に裂け目が生じ、そこから漏れ出た光に向かって、体が勝手に引っ張られていく。

 

(この先に私の――いや、私達が望んだ未来が……!)

 

 私は確信と希望を抱きながら、光に飲み込まれていった――。



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第104話 第三章エピローグ 幻想郷(前編)

最高評価及び高評価ありがとうございます。
頑張っていきます。


※日付間違えてたので正しい日付に変更しました


 ――西暦300X年6月9日午前4時(協定世界時)――

 

 

 

「――はっ! ここはどこだ!」

 

 ふとした拍子に目が覚めた私は、すぐさま現状の把握に努める。

 現在時刻は西暦300X年6月9日午前4時1分。どうやら私は宇宙飛行機のコックピットに背中を深く預けるように座っているようだ。

 

(あの光景は夢だったのか……? いや、夢ではなく確かに現実だった筈だが……)

 

「ねえ魔理沙魔理沙! 外を見なよ!」

 

 先程の鮮烈な光景について考える間もなく、にとりが興奮気味に窓の外に指を差すので、言われた通りに目を向けると――

 

「地球だ……! 地球があるぞ!」

 

 私達の生まれ故郷が窓一杯に広がっていた。

 

 かつての歴史――月の民によって人類の宇宙進出の可能性が閉ざされた歴史――では、『地球に残された数少ない資源を巡って大きな争いが起こり、その影響で自然豊かな幻想郷が侵略された』と紫が話していたが、ここから見下ろす限りではちゃんと自然は残っているみたいだし、むしろ1000年前に比べて砂漠が減り、全体的に緑が増えているように思える。

 

 さらに1000年前の地球と850年前の地球には無かった大きな変化としては、地球を囲うように透明なバリアが隙間なく張り巡らされている所だ。

 

 恐らくこれが、豊姫が話していた〝対星破壊兵器を防ぐ為のシールド″なのだろう。前回の歴史――銀河帝国によって地球が滅ぼされた歴史――では、地球は跡形もなくなり、宇宙船の残骸だけが漂う物悲しくも殺風景な光景だったので、こんなところにも過去改変の影響が及んでいる。

 

 続いて地球から目を離し、周囲の状況に目を向ける。

 辺りには多種多様の個性豊かな宇宙船が飛び交い、特に門のようなものがついた施設付近に集まっているようだ。

 さらには、ちくわみたいな細長い筒状の機械的な施設や、表面が銀色のタイルに覆われ、明らかに人工的に造られた小惑星まで地球宙域に浮かんでおり、私から見るとこれらに違和感を覚えるが、この時代では当たり前の光景なのだろう。

 

「ついに未来を変える事が出来たね! ほら、妹紅も――ってあれ!? 魔理沙、妹紅がいつの間にかいなくなってるよ!」

「!」

 

 慌てふためくにとりと同様に隣の座席に目を向ければ、そこに座っていた筈の妹紅は忽然と消えてしまっている。すぐに宇宙飛行機の内部もくまなく探してみたが、彼女はどこにもいない。

 

「おっかしいなあ、なんでいなくなったんだろ?」

 

 操縦席に座りながら首を傾げるにとり。

 

「……なあ、にとり。39億年前からこの時代に時間移動する際に、夢を見なかったか?」

「夢? そんなもの見なかったよ。魔理沙がタイムジャンプ魔法を使ったら、窓の外が星も見えないくらいに真っ暗になったんだけど、すぐ星の光を感じられるようになって、後は見ての通りさ」

「そうか……にとりはあの光景を見ていないのか」

「何かあったの?」

「実はな――」

 

 私は時間移動の最中に起こった出来事を話した。

 

「そうだったんだ。じゃあ妹紅が消えちゃったのはもしかして――」

「この歴史に生きてきた妹紅と一つになったからだろうな。きっと地球に――いや、幻想郷に〝私達と行動を共にした記憶″と、〝再構築された新しい歴史で生きてきた記憶″の二つの記憶を持った妹紅が居るはずだ」

 

 私は地球の日本列島辺りを睨みつけながら、自分の考えを述べる。こうしてみると日本は小さな島国だな。

 

「じゃあすぐに行こうよ! 幻想郷が無事かどうか確かめなきゃ!」

「そうだな。よろしく頼む」

 

 私が着席した事を確認すると、にとりは操縦桿を動かして地球に向けて方向転換し、そのまま向かっていく。

 周りの宇宙船をグングン追い抜き、地球がすぐ目の前にまで近づいた時、急にコックピット内に警報音が鳴り始めた。

 

「な、なんだ!?」

「ブレーキ!」

 

 驚く間もなく、こちらの進路を阻むように続々と宇宙船が集まり始めたので、にとりは慌てて停止させる。外観が統一された機体のボディーには『入星管理局』と英語でペイントされていた。

 

「まずいね、これは警告みたいだ。なになに……発信元は入星管理局? 聞いたことないけど、この状況だと出なきゃまずいことになりそうだね。とりあえず翻訳機能をONにして……と」

 

 にとりは幾つかのスイッチを押してから、通信をONにする。

 

『そこの怪しい飛行機型宇宙船。我々の目の前で通行ゲートを無視して、堂々と不法入星しようとはいい度胸しているな。きちんと入星許可証を提示したまえ』

『入星許可証?』

『おいおいそんなことも知らんのか? 地球に入る為に必要な許可証だ。それを提示しなければここは通さないぞ』

『え~噓ー! そんなの聞いてないんだけどー! 今回だけは見逃してちょうだいよ~』

『駄目だ駄目だ! 特別扱いは出来ん! 許可証がない以上通行禁止だ。すぐにここから離れたまえ!』

 

 直後、周りの宇宙船が銃口を此方に向け、ジリジリと近づいて来た。

 

『我々の指示に従わないのであれば、不法入星とみなし実力行使に出るぞ!』

「……仕方ない。ここはおとなしく撤退した方が良さそうだね」

 

 にとりは操縦桿を動かし、Uターンして離れていく。幸いにも入星管理局の宇宙船は深く追ってはこないようだ。

 

「外の世界では違う国に行く時に許可が必要だと聞いたことがあるが、よもや地球に入る事すらも許可が必要になるとは。今までこんなのなかったのに」

「私達の時代が緩かっただけで、よその星と人や物が動く銀河文明ともなるとこれが普通なんだろうね。月の都もそうだったし」

「しょうがない、地球へ行くのは後回しだ。どっちみち依姫達からも話を聞きたかったところだし、月の都へ行こうか」

「え~なんで? 過去に戻ってからまたこの時間に来ればいいじゃん! 早く幻想郷がどうなってるか見に行こうよ!」

「……それもそうか」

 

 私としてはどっちでも良かったので、今回はにとりに習って幻想郷を優先することにしよう。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月20日午後1時!」

 

 

 

 ――西暦300X年6月9日午後0時15分(幻想郷時間)――

 

 

 

 出発した時間の5分後に戻り、そこから地球に突入。幻想郷がある日本の○○に向かい、博麗大結界を抜けて博麗神社上空まで宇宙飛行機を飛ばし、その場所から西暦300X年6月9日午後0時15分へ跳ぶ非常に面倒くさいルートを通って同じ時間に戻って来た私達。

 

 かつての歴史では、幻想郷は地獄のように人の住めない場所になっていたり、はたまた人間達が大きな街を作っていたこともあった。果たして今度の歴史ではどうなっているか。恐る恐る窓の外を覗いてみる。

「これは……!」

 

 青い空に白い雲。眼下には日差しに照らし出され緑が浮かび上がる広大な森。少し遠方を見れば妖怪の山があり、人里のある方角には木造住宅が密集した集落を発見する。

 反対側を見れば、かつて魚の死骸が転がり腐臭が漂っていた霧の湖は元の美しい湖に、湖畔で瓦礫の山となっていた紅魔館は元の紅い洋館に戻り、今もなお健在だった。

 そして真下には、周りが森で囲まれた山頂の敷地に立派な瓦葺の屋根と、そこから麓に続く階段まで石畳の参道が続き、階段のてっぺんには【博麗神社】と扁額に記された鳥居が建てられていた。

 

「間違いないよ、ここは幻想郷だ! やったー!」

「ああ、そうみたいだな」

「……なんかテンション低いなあ。もっと喜びなよ魔理沙も!」

「充分喜んでるさ。あの酷い有様からここまで見違えるのかって、感動すら覚えてしまうくらいだ」

 

 きっと倒壊した博麗神社の縁側で泣いていた紫も、この光景に喜んでいることだろう。

 

「にとり、神社の境内に着陸してくれ。きっとここに紫が居るはずなんだ」

「勝手に着陸して大丈夫かなぁ?」

「そんなこと言ったって、この近辺で着陸出来そうな平野はないんだししょうがないだろ」

「それもそうだね」

 

 にとりは辺りを見回しながら慎重に高度を下げ、博麗神社の境内にゆっくりと着陸させた。

 

 

 

 

 宇宙飛行機から境内に降り立ち、地に足ついた所で改めて周囲を観察してみる。

 博麗神社自体は1000年前から何一つ変わっていなかったが、神社の裏手、山を下りて森をずっと抜けたその果てには海があるようで、海岸沿いに続く白い砂浜は地平線の先までずうっと続いており、水平線の果てには薄らと小島が見える。

 さらにさらに幻想郷の面積自体も大きくなっているようで、正確に測ったわけではないが、私のいた時代に比べて2倍近く広くなっている気がする。

 他にも私の知らない謎の施設が建っていたり、沖には蛇のように細長い胴体の龍っぽい生き物が泳いでいたり、空をペガサスが飛んでいたり、新しい幻想郷の住人らしき妖怪? もいた。

 

「へぇ~私のいた時代から結構変化してるな」

「そりゃあ850年も経ってるんだから当たり前でしょ。あっちに見える海は本物なのかな? 泳いでいきたいな~」

 

 にとりは物欲しそうに水平線を眺めている。彼女の種族としての本能がささやくのだろうか? ……いやでも河童は海には住まないか。

 

「つーか、この神社には誰も居ないのか? こんな大きなモノが降りて来たら何かしらの反応があると思ったんだがな」

 

 そんな独り言を呟きながら、にとりを置いて神社の縁側に歩いて行ったが、人の気配は何もなく、襖が開け放たれたままの神社はもぬけの殻だった。

 

(なんだ、誰も居ないのか)

 

「魔理沙ああああああああ!」

「うわあっ!」

 

 どこからともなく現れた何者かに覆いかぶさられ、反応する間もなく目の前が真っ暗になってしまった。頬に当たる柔らかい感触と高めの声色、柑橘系の香水の香りから同性の人間だと思われるが……。

 

「くっ誰だ!」

 

 腕に力いっぱいこめて覆いかぶさって来た誰かを引きはがし、その人物の顔を見る。

 

「ゆ、紫?」

「良くやってくれたわ魔理沙! こうして幻想郷が復活したのも全てあなたのおかげよ! 本当にありがとう!」

 

 普段は人を煙に巻くような態度を取っている紫が、珍しく感情を露わにしていることに驚いたが、それよりも。

 

「う、うぅっ、ほんとに、また会えて良かったっ! ぐすっ、……魔理沙ぁぁぁぁぁ!」

「分かった、分かったからいい加減離れてくれ! その顔で私に近づくなあああ!」

 

 涙と鼻水が混じった顔でしきりにくっつこうとする紫を引きはがす方が、今の私にとっての最優先事項だった。



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第105話 第三章エピローグ 幻想郷(中編)

多くの高評価ありがとうございます。


「……落ち着いたか?」

「ええ、ごめんなさい。ちょっと興奮してしまって。すぐ離れるわ」

 

(ちょっと……?)

 

 表現の差異に疑問はあったが、やっと馬乗り状態から解放されたのでそこに突っ込まず、私も起き上がることにする。

 紫は淑女な外見に反して力が強く、結局彼女の腕から抜け出せなかった。さすが大妖怪。

 

 スキマの中に入り込み、何かモゾモゾと――多分涙と鼻水まみれの顔やぐちゃぐちゃになった服装を整えているのだろう――しているその横で、騒ぎを聞きつけたにとりが私の元に近づいて来た。

 

「あはは、災難だったね魔理沙」

「見てないで助けて欲しかったぜ、全く」

「ごめんごめん。なんか滅多に見れないものを見て面白くってさ」

「あのなぁ」

 

 文句を垂れつつ土埃を払っていると、鳥居のある方角から「お~い魔理沙ー!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。 

 

「ん?」

 

 振り返ると、駆け足で一直線にこちらに向かってくる妹紅の姿。

 

「妹紅じゃないか!」

「ははっ、やったな魔理沙!」

 

 その勢いのまま笑顔で胸に飛び込んできた妹紅と軽く抱擁を交わす。その後ろでは、妹紅に遅れて階段を静かに上って来た輝夜の姿も見えた。

 

「妹紅は記憶が残っているのか? いきなり宇宙飛行機の中から消えたからびっくりしたんだぞ?」

「魔理沙達と行動した記憶を思い出したのはちょうど昨日のことさ。私からしてみれば、宇宙飛行機から自宅に瞬間移動してさ、いきなり身に覚えのない記憶が流れ込んできて混乱したけど、すぐにもう一人の自分が歩んできた記憶なんだって受け入れられたよ」

「なるほど、そうなるのか」

 

 続けて優雅な歩調で此方に来た輝夜は。

 

「ふふ、こんにちは。私も月の都の入り口で貴女達を見送った後、気づいたらいつの間にか永遠亭にいたのよ。歴史が変わる瞬間って面白いものね」

「輝夜も妹紅と同じってことか?」

「正確には、貴女が改変した歴史に沿って私の意識や肉体も引っ張られた感じ。だから今の私も、かつての歴史の私も、意識と記憶は連続しているわ」

「なるほどね」

 

 輝夜は歴史が変わった瞬間に、妹紅は私と最後に別れ、私の主観から見て地球の歴史を変えた時に別の歴史の記憶を思い出したらしい。二人の記憶想起のトリガーが異なるのは、輝夜が永遠の能力を持っているからだろう。

 

「ところで、月の都にはもう行ってきたの?」

「いや、まだだ。そこに何かあるのか?」

「豊姫と依姫も記憶が戻ったみたいだからね、会いに行ってあげてちょうだい。きっと喜ぶと思うわ」

「もちろん、そのつもりだ」

 

 そんな話をしていると、やっと身嗜みを整え終えたようで、スキマの中から紫が登場して会話に混ざって来た。

 

「お待たせ魔理沙――あら、いつの間にか人が増えているみたいね」

「よっ紫」

「こんにちは、妖怪の賢者さん」

「妹紅はともかくとして、永遠亭のお姫様がこんなところに何の御用?」

「彼女と再会の約束があってここに来ただけ。別にあなたに用はないわ」

「そう」

 

 すぐに輝夜に興味を無くした紫は、続けて妹紅の方に顔を向ける。

 

「妹紅、改めてお礼を言わせてもらうわ。これまで協力してくれてありがとう。あなたがいなければ、私もここまでたどり着くことはなかった」

「よしてくれよ紫。私だって幻想郷を守りたい気持ちは同じだったんだ。お礼を言われるような事でもない」

「それでもあなたには感謝してるのよ。私があの時幻想郷と共に心中できたのは、同じ志を持つあなたの存在があったから」

「私としてはあんな馬鹿なことをして欲しくはなかったんだがな。命さえあればどんな可能性だってあったのに」

「外の人間が妖怪殺しのスキルを蓄積してしまった以上、あの時の私には命を賭しての反撃か、魔理沙の歴史改竄に賭ける道しかなかったわ」

「そうかもしれないけどさぁ――」

 

 旧知の仲のように話し込む妹紅と紫と。

 

「う~ん、な~んか私は空気だなあ……。ま、あまり関わってないし、しょうがないのかもしれないけど」

「あなたは縁の下の力持ちのような役回りですものね。目立たないのはしょうがないでしょう。けど、それを卑下することはないわよ?」

「別に卑下してるわけじゃないよ」

 

 雑談するにとりと輝夜の横で、私は一人、これからの事を考えていた。

 

(さて、これで〝西暦300X年まで幻想郷を存続させる″という当初の目的は達成したな。……だけど、すぐに元の時代に帰るわけにはいかないよなぁ)

 

 何せこれまで、散々外の世界の人間達の都合に振り回され、辛酸を舐めさせられてきた。また何らかのきっかけで、この世界の平穏が打ち破られる可能性は否定できない。

 折角平和になったのに疑心暗鬼になりすぎだ。と誰かが言うかもしれないが、幻想郷が滅亡した原因全てが外からの干渉によるものだったので、否が応でも気にしなければならない。

 他にも幻想郷の劇的な変化も気になる。幾ら紫が万能な能力を持っているからとはいえ、海を創り出すのは無理だろうし、その辺りの事情も聞いておきたいところ。

 

(これらの疑問をすっきり解決して、大丈夫そうだったら元の時代に帰ることにするか)

 

 自分なりに考えを纏めた所で、私は口を開いた。

 

「なあ紫。そろそろ私からもいくつか質問してもいいか?」

「ええ、良いわよ。何でも聞いてちょうだい」

「邪魔してごめんな」

 

 紫と妹紅は会話を止め、私に向き直った。

 

「じゃあ一つ目の質問だ。この歴史において幻想郷はどんな道筋を歩んできたんだ?」

「申し訳ないけれど、その質問は曖昧過ぎて答えようがないわ。魔理沙の歴史改変によって、幻想郷の内外問わず西暦200X年~西暦300X年まで、1000年もの間にとても多くの事があったもの。全部話していたら夜が明けてしまうし、もう少し範囲を絞った質問にして貰いたいわ」

「ならば質問を変えよう。これまでの歴史では幻想を解明する研究所により幻想郷が滅亡し、宇宙人の攻撃によって地球までもが消滅してしまった。今の歴史ではそのようなことはないのか?」

「……ちょっと待ちなさい。宇宙人の攻撃で地球が消滅したなんて初耳なのだけれど。本当にそんなことがあったの?」

「あぁそうか。紫は知らなかったんだよな。実はな――」

 

 私は博麗ビルで別れた後の出来事について説明する。まさか質問する筈の立場だった私が、逆に質問される立場になってしまうとは。

 

「――ということがあって、今に至るわけだ」

「……とても信じられないけど、魔理沙が言うのなら真実なのでしょうね。まさか月の民に助けられるなんて」

 

 紫は非常に驚いていた。

 

「まあそれも過ぎた事だし別に良いんだけどな。それで、さっきの質問について答えてくれるか?」

「先程の魔理沙の話に出て来た宇宙の状況も踏まえて、幻想郷を取り巻く環境について話すなら、少し――いえ、かなり長い話になるけど、それでも良い?」

「ああ、かまわないぜ」

 

 と、頷いたところで、ふと博麗神社の縁側が目についた。

 

「なあ、どうせならあそこに座って話さないか? ずっと立ってるのも疲れるしさ」

「そうね」

「勝手に上がり込んで大丈夫なの?」

「今の時間帯の博麗の巫女は幻想郷の見回りに出かけているわ。当分帰ってこないでしょう」

「へぇ、この時代の博麗の巫女は仕事熱心なんだな」

「霊夢が良くも悪くも規格外なだけで普通のことよ?」

「ははっ、違いない」

 

 そうして博麗神社の縁側に移動し、左から順に輝夜、妹紅、紫、私、にとりの順に座り、紫は語り始めた。



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第106話 第三章エピローグ 幻想郷(後編)

「魔理沙の歴史改変によって月の民の妨害が無くなった人類は、科学の発展と共に宇宙進出を進めていき、西暦216X年にワープ航法を確立したわ。その後異星文明との接触に成功し、異星人の技術に触れたことでより発展していったのよ」

「それって大丈夫だったのか? 私の知る歴史では戦争になってたんだが」

「人類が一番最初に接触したのが、銀河連邦――複数の銀河国家が集まる〝宇宙の平和と惑星の保護″を理念に掲げる組織――でね、彼らは地球人を大いに歓迎し、友好的な関係を築いたそうよ」

 

(なるほど、今の歴史ではそういうことになってるのか)

 

 ここで紫は神社の拝殿の方角に意味ありげな視線を送ったが、すぐに視線を戻す。あそこに何かあるのかと一瞬思ったが、紫の話はまだ終わっていない。

 

「しかしその一方で人類は大きな問題を抱えていたわ。それが地球の人口問題なの」

「人口問題?」

「地球のおよそ70%は海で、残りの30%が陸地なのだけれど、高山地帯や砂漠などの人が住めない土地を除くと、住める土地はぐっと減るわ」

 

 宇宙から地球を見た時、表面のほとんどが水だらけだったのを思い出す。地球が水の惑星と呼ばれるのも、陸地面積に対する海の圧倒的な広さから由来しているのだろう。

 

「紀元前から緩やかに増え続けていた世界人口は、産業革命以降爆発的に増えてしまってね、21世紀になる頃には世界人口は60億に到達し、そこからたったの15年で72億人まで増えたわ」

「全く想像が付かない数字だな」

「地球内のリソース、つまり地球が養える人口の限界は95億人。このペースで人類が増え続けてしまえば地球の環境が崩壊するだろうと外の世界の人間達は危惧し、21世紀中頃、ノアの箱舟計画――即ち人口調整を行い世界人口を徐々に減らしていったわ」

 

 そういえば妹紅から渡されたメモリースティックにもこの話が出てきた気がする。

 

「でもそれってもう1000年近く前の話じゃないか。関係があるようには思えないんだが」

「まだ話は終わってないわ。……それでね、このノアの箱舟計画と並行して、人類は地球の環境に近い惑星を探しだし、テラフォーミング技術を用いて第二、第三の地球を作りだしていったわ」

 

 テラフォーミングと聞いて私の脳内では、岩や砂だらけの星に緑と水が広がっていく光景が思い浮かんでいた。

 

「そこから時が大きく飛んで西暦2189年、第一次殖民計画が行われ、選ばれた10万人はテラフォーミング化された新しい地球へ移住していったの。今思い返せば、この出来事が大きなターニングポイントだったわね」

 

 もしかしたら私が時の回廊で見た宇宙船団の大移動はこれのことだったのかもしれない。

 

「これ以降、アジア・アフリカ・ヨーロッパといった大陸ごとに人口の上限が定められるようになってね、上限を超えそうになると世界政府の手により、別の地球へ強制送還されるようになったのよ」

「勝手に住む場所を移動させられて、当人達から不満は出ないのか?」

「これには理由があってね、テラフォーミング計画に乗り出したのも、ノアの箱舟計画そのものが“優れた遺伝子を持つ人間のみを区別して誕生させる”非倫理的なものだったから、世論からの反発が大きかったのよ」

「……そうだったのか」

 

 いわゆる“間引き”を世界規模で行うとは、それほどまでに当時の外の世界は切迫した状況だったのだろうか。

 

「それに比べてこの殖民計画は、例え別の星に移送させられたとしても地球にいた頃と変わらない生活レベルを保てるし、それ相応のお金も支給されるから、外の世界の人間はあまり不満を抱いてないようね」

「ふ~ん」

「ちなみに今の時代では地球に住み続けることは大きな社会的ステータスとなっていてね、地球生まれ地球育ちの人間は羨望の眼差しを受けるようになっているのよ」

 

 それって普通のことなんじゃないのか? と心の中で思ったが、時の流れで人々の価値観も変わったのだと納得することにする。

 

「かくして次々と他の星を開拓していったことで勢力を伸ばした地球人は、今や宇宙全体で銀河連邦・銀河帝国に次ぐ第3の勢力にまで発展したの。だから今のところ、地球人達は盤石な体制を築いてると断言しても良いわ」

 

 つまり紫が言いたいことを纏めると、地球に住む人間の数が少なくなり、宇宙に出て行った事で地球内の限られた資源を巡る争いが起きなくなり、幻想郷は平穏に。そして他の星に移り住んだことで地球の勢力が盛んになり、敵の宇宙人においそれと侵略されることがなくなった結果、地球滅亡の芽も摘まれたってことなんだろう。うん、ややこしい。

 

「外の世界の事情はまあ大体分かったよ。じゃあ次の質問なんだけどさ、私のいた時代より幻想郷が広くなってるみたいなんだが、これはどういうことなんだ?」

 

 時が経つにつれて私の知らない異変が起こり、そこで新たな妖怪と出会うこともあるだろう。霊夢と解決してきた異変の数々は、今でも私の心の中に強く残っている。

 

 しかし幻想郷の面積そのものが大きくなるのは前代未聞だ。どんな手を使ったのだろうか。

 

「異星人と交流するようになったことで、人類は星ごとの資源や固有種に価値がある事を知り、その星に元からあるものを大事にしようという価値観――つまり環境保護の機運が地球全体で高まり始めたのよ。そこに目を付けた私は、幻想郷がある土地を自然環境保護区域にするよう、当時の日本政府に働きかけたのよ」

「自然環境……なにそれ?」

「言葉通り、自然環境を保護するために人や物の出入りを制限するルールのことよ。幻想郷のある土地は大昔から続く森林地帯で、植物や動物、虫等の固有種の宝庫ともあって、すんなりと認定されたわ」

「そんなことをしたら余計目立っちゃうんじゃないのか?」

「当時の私は迷ったけど、あらゆるものを“消費”することが一般的だった大量生産・大量消費社会において、世論が環境保護の重要性に気づき始めた頃だったから、このチャンスを逃すわけにはいかないと思ったのよ」

「敢えて外の世界の力を利用するなんて、紫にしては結構大きな賭けに出たんだな。もっと保守的なものだとばかり思ってたが」

「時世の変化に柔軟に対応していかなければ滅びの未来しかないわ。幻想郷を創ろうと思ったきっかけも、人間が天下を取り、妖怪が衰退する未来を予測してのことですもの」

「なるほどな」

 

 これまでの歴史を振り返ってみれば確かにその予測は見事に当たり、外の世界には幻想は失われてしまっている。彼女の判断は正しかった。

 私を探るように見つめている紫に対し、さらに質問をする。

 

「あの海は一体?」

「人類の意識変化や人口削減、それらの要素が重なったことで、かつて果てから果てまで張り巡らされていた水道、電気、ガスなどのライフラインが維持困難になってね、辺境に住んでいた人々は土地を放棄して都市部に移住していったの。それらの土地を、表向きは環境保護の名目で買い取り、裏で博麗大結界を広げていったことで、海まで繋がったのよ。今の幻想郷は、人間達の居住区から大きく離れた陸の孤島のような状態だわ」

「ってことは、紫は外の世界だと大地主になってるんだな。そんなに土地を広げて管理しきれるのか?」

「この区域、表向きは自然保護区域として政府の人間が管理してることになっているけれど、実は彼らは皆私の息が掛かった人間や妖怪なの。以前の歴史の反省も踏まえて、私は外の世界でもある程度通用するくらいの権力を握っているから、ちょっとやそっとのことでは倒れないわ。……ああもちろん、幻想郷の存在は世間に公表してないし、情報操作も完璧よ」

「ふむふむ」

 

 うまくぼかされてしまったためによくわからないが、どうやら外の世界の国家と高度な駆け引きを行い、見事にそれを成功させて盤石な体制を整えたのだろう。

 

「……だから魔理沙は何も心配する必要はないわ。例え何かあったとしても、私や藍が全力で事に当たるから」

「分かった。その言葉を信じるよ」

 

 話を聞く限りでは差し迫った危険はなさそうだし、どうやら私の懸念は杞憂に終わったようだ。

 

 

 

「ところで、そこで盗み聞きしてるお二人さん。いい加減出て来たらどうかしら?」

「あら、バレちゃったみたいね」

「え?」

 

 拝殿の方に向けて呼びかける紫に釣られて視線を向けると、一拍遅れて綿月姉妹が姿を現す。

 神妙な表情で話を聞いていた輝夜は、一転して破顔する。

 

「あら~依姫に豊姫じゃないの! こっちに来るなんて珍しいじゃない♪」

「こんにちは輝夜様。皆さんもお久しぶりです」

「会いに来たわよ魔理沙~♪」

「なんでこそこそ隠れてたのさ?」

「そろそろ魔理沙が来るんじゃないかと思って、幻想郷に足を運んでみたらちょうど話の最中でね。少し様子を見てたのよ」

 

 ニコニコしている輝夜に、依姫が行儀よく挨拶を行ない、豊姫は気さくな態度で挨拶を交わしていた。

 私は立ち上がって彼女達の正面に向かい、話しかける。

 

「ちょうど良かった。さっき輝夜から記憶が戻ったって聞いて、月の都に行こうと思ってたところなんだ。そっちは今どんな感じなんだ?」

「こちらも上手くやってますよ。月の裏側も元の綺麗な海と砂浜に戻り、異星文明とも時々交流しつつ、平和にやってます」

「地球爆発の余波でボロボロになった月の表面も、元の“兎の餅つき模様”に戻ったからね~」

「それは何よりだ。ところでちょっと聞きたいんだけどさ、アンナについて何か情報はあるか?」

「あなたが来るまでの間彼女について調べてみましたが、宇宙のあらゆる記録を漁ってみても彼女の名前は残っていませんでした。彼女がどこで何をしていたのか、子孫が存在するのか、全ては不明なままです」

「それに魔理沙がボイジャー1号を破壊したおかげで、銀河帝国との宇宙戦争も発生しなかったわ。私達の見立ては正しかったようね」

「そっか……うん」

 

(アンナはちゃんと約束を守ってくれたんだな)

 

 地球が存続していることから薄々分かっていた事ではあるが、こうしてはっきり事実として知る事で満足した気持ちになる。

 続けて紫が、豊姫に向かって喋り出した。

 

「魔理沙から聞いたわ。なんでも、地球が滅ぶ未来もあったそうじゃない。私の知らない間にお世話になったみたいだし、そのことについてはお礼を言っておくわね」

「たとえ立場や過去の因縁があったとしても、私達の目的は同じでしょ? お礼を言われるようなことじゃないわ」

「……やっぱりあなたは好きじゃないわ」

「あらそう?」

 

 あまり仲が良くなさそうな豊姫と紫の話の横で、私は改めて未来の幻想郷を一望する。

 雲の隙間から漏れだす陽光が緑豊かな大地を照らし、撫でるような風が木の葉をなびかせ、遠くでは妖精たちが遊ぶ姿も見えた。

 外の世界ではとっくの昔に失われた幻想が今もこの世界には残っていて、私の体内を駆け巡る魔力も絶好調だ。今なら最高の魔法を放つことも出来るだろう。

 車、飛行機、高層ビル等の外の世界の文明の象徴たる存在すら、幻想郷には有り得ない。宇宙旅行が当たり前になった時代において、この世界だけが1000年前から時間が止まっている。

 

(……よし!)

 

 もはや冗長な言葉は不要だ。私は希望溢れる未来に、大きな達成感と満足感を得ている。

 

「んじゃまあ、私の疑問は解決したしそろそろ元の時代に帰ることにするよ。にとり、行こうぜ」

「そんなすぐ帰っちゃうなんて勿体なくない? 未来の幻想郷を見て行かないの?」

「あまり先の事を知りすぎても人生が楽しくないだろ? 元々この時間に来たのも、偶然の産物だしさ。もしにとりが見て回りたいんだったら、時間を指定すれば後で迎えに来るけど?」

「わわっ、私も一緒に行くよ! 置いて行かないで~」

 

 にとりは慌てて宇宙飛行機に乗り込んでしまう。何をそんなに怯えているのだろうか? そんなことを考えつつ私も乗り込もうとしたその時、妹紅が話しかけて来た。

 

「魔理沙、今までありがとうな。お前のおかげで幻想郷を復活出来たし、また慧音に会う事も出来た。魔理沙と共に過ごした時間は、私にとってかけがえのない大切な思い出だ」

「私の方こそ、ここまで支えてくれてありがとう。元気でな」

「うん! またいつかこの時間に来てね?」

 

 涙目になり、感極まっている様子の妹紅と抱擁を交わす。彼女とは短いようで長い時間を過ごしたので、別れるのは名残惜しい。

 

「魔理沙。長い長い生の中で、貴女程興味深い人間は居なかったわ。時間を持て余している過去の私によろしくね」

「ふふ、いつでも月の都に遊びに来なさい。歓迎するわ」

「今までありがとうございました。元の時代に戻っても、どうかお元気で」

「……ねえ魔理沙、また会いましょうね? 絶対よ?」

「おいおい、なんでみんなそんな寂しそうな顔をするんだよ? この時代にも西暦215X年から時を歩んできた“私”がいるじゃないか」

「…………ええ、そうね。この時代にも〝あなた″がいるものね」

 

 しんみりした空気を払拭する様におどけてみたものの、紫は別れを惜しんでいるのか、悲し気な表情で言葉を詰まらせていた。

 

「じゃあな!」

 

 妹紅、紫、輝夜、そして綿月姉妹にも見送られつつ、私は宇宙飛行機に乗り込んでいく。コックピットに続く電動ドアを開けば、既に準備を終えたにとりが操縦席に着いていた。

 

「魔理沙は人気者だね、みんなに別れを惜しまれるなんて。私と違ってもう一人の自分がいないんだしさ、この時代に残っても良かったんじゃないの?」

「いやいや、この時代にも西暦215X年から生きて来た未来の私がいるんだし、それは無理だよ」

「あぁ、そっか。言われてみれば確かに」

「またこの時代に辿りつくまで、気長に過ごすことにするさ。これからの人生、この未来に至る状況を楽しめそうだしな」

「はは、そうだね」

 

 そんな雑談をしつつ私は自分の席に着き、にとりは宇宙飛行機を発進させ、博麗神社上空までゆっくりと浮かび上がらせた。

 

(さらば未来の幻想郷! ……そしてさよなら、妹紅)

 

 山と海が見える雄大な景色を目に焼き付けつつ、私は宣言する。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月20日午後5時!」

 

 宇宙飛行機の正面に時空の渦が発生し、私達はその中へと飛び込んでいった。




第3章エピローグ第2話『魔理沙の行方』に続きます。


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第107話 第三章エピローグ第2話 魔理沙の行方

高評価ありがとうございます。


 ――side out――

 

 

 

 霧雨魔理沙と河城にとりを乗せた宇宙飛行機が時間遡航するのを見送った後、藤原妹紅は八雲紫に向かってぽつりとつぶやいた。

 

「……よかったのか? 本当のことを伝えなくて」

「そんなの言える訳ないじゃない。魔理沙はもう“この世界にいない”なんて、どんな顔して話せばいいのよ? 私には無理だわ……」

「「「「「…………」」」」」

 

 悲痛な面持ちで語る八雲紫の言葉に、この場にいる全員が沈黙した。

 彼女の主観から見れば、霧雨魔理沙と直接会ったのは実に500年ぶりのことであり、別の歴史に生きた自分の想いが感情の奔流となって爆発し、気づけばあのような行動を取っていたのだ。

 

「それにしても、何故彼女は消えてしまったのでしょうか? 彼女は人を超えた身。生物としての寿命には囚われない筈ですが」

「幻想郷内の何所かに隠れ住んでいたり、外の世界に滞在していたりする可能性は無いのかしら?」

 

 綿月姉妹の疑問に、藤原妹紅は答える。

 

「そうは言っても実際問題、西暦215X年以降に魔理沙を見た人妖はいないんだ。私達の記憶では、霧雨魔理沙という人間が〝西暦205X年に人としての寿命を迎えた″という事実しかない」

 

 藤原妹紅の説明を補足するように、八雲紫も「私も別の歴史の記憶を思い出してから今日まで、幻想郷内はもちろんのこと、外の世界でも金に糸目を付けずに捜索し続けていたのだけれど、魔理沙の痕跡は全く見つからなかったのよ」と寂しい目で答えた。

 

「ならあの魔理沙は何者なの? まさか魔理沙の皮を被った別人とでも言うんじゃないでしょうね?」

「それはあり得ない。魔理沙は魔理沙だ、他の何者でもない。前にも言ったと思うが、あの魔理沙は“霊夢が自殺した”歴史を経験した魔理沙なんだ」

「う~ん、頭がこんがらがってくるわね……」

 

 答えが見つからない問題に議論が堂々巡りになっていた時、会話に参加せずに頭の中で自らの考えを纏め終えた蓬莱山輝夜が口を開く。

 

「ねえ、魔理沙の未来が未確定という可能性は無いかしら?」

「それはどういう意味だ輝夜?」

 

 興味を示す藤原妹紅同様に、この場にいる全員が蓬莱山輝夜の次に語る言葉に注目する。

 

「魔理沙は215X年から現在に時間跳躍した後、元の時代に帰ったでしょ? そこから850年もの長い時間、彼女が再び歴史改変を起こさないと言い切れる?」

「いや待てよ。それはおかしいだろ? 現在(いま)は過去の積み重ねで成り立つものだ。魔理沙の歴史改変も織り込んだ上で、現在(いま)があるんじゃないのか?」

「そうかしら? 貴女の理屈に倣うなら、私達に選択の意思は無く、未来は予め定められた結果に収束する。歴史改変は必ず失敗してしまうわ」

「! 確かに」

「よく時間の流れが川に例えられることがあるけど、私達が過去から未来へ向かう川の流れに身を任せるしかないのに対して、彼女の場合はその川の流れを自由に上り下りできる能力があるのよ。私達の物差しでは決して測れないわ」

 

 饒舌に語る蓬莱山輝夜は、ややオーバーアクション気味に言葉を紡いでいく。

 

「そう。言い換えるなら彼女は世界の観測者、物語風に表現するなら主人公なのよ。彼女の主観で世界が動いてるといっても過言ではないわ。さて、観測者がいなくなったこの世界はどうなるでしょう?」

 

 問いかけるような蓬莱山輝夜の言葉に、藤原妹紅は険しい表情をするばかり。話を聞いていた他の少女達も考え込んでいた。

 

「つまり貴女は、未来が――私達にとってのが変わる可能性がある。そう言いたいのね?」

「ええ。そう考えれば魔理沙がこの時代に居ないこと、今までの幻想郷の歴史に〝タイムトラベラーとしての魔理沙″が存在しないことに説明がつくわ。ひょっとしたら今この瞬間にも現在が変わってるかもしれないわね? 残念ながら、私達には変化を観測できないのだけれど」

 

 蓬莱山輝夜は続けて。

 

「もしかしたら私達の会話も意味のないものになるかもしれないわ。魔理沙が歴史を変えてしまえば、〝なかったこと″になってしまうから」

「それじゃあ私達がここまで努力してきた意味がないじゃないか! また幻想郷が破滅する歴史にでもなったら――」

「早とちりしちゃ駄目よ妹紅。もちろん、その可能性も踏まえて魔理沙は行動するでしょう。彼女は幻想郷の存続を願っていたわけだし、彼女の考えが変わらない限り幻想郷は救われ続ける。その点に関しては不安になる必要はないわ」

「改めて考えると、時空改変ってとんでもない能力ね……まるで神様みたい」

「この世界の命運は全て魔理沙が握ってるってことか」

「大きな力には大きな責任が伴います。彼女が道を踏み外さない事を祈るばかりですね」

 

 綿月依姫が発言した頃、神社上空には特徴的な赤白の巫女装束を纏い、黒髪黒目でポニーテールの少女の姿があった。

 

「あれ? わたしの家に誰かいる?」

 

 ふわふわと浮かんだまま目を凝らして観察する博麗の巫女。彼女は定期的に行っている見回りを終え、帰路に着く最中だった。

 

「紫さんに、妹紅さんに、あの綺麗な人は輝夜さんだっけ。あっ月の人まで! 珍しい組み合わせ!」 

 

 神社の軒下で話し込む八雲紫達は、博麗の巫女に気づかないまま魔理沙の事について真剣に意見を交わしている。

 

「なんの話をしているんだろ? いってみよ!」

 

 好奇心をそそられた博麗の巫女は高度を落としていったが――その瞬間、世界は新たな歴史へと再構築されていった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ん~あれ? 誰かいると思ったんだけど……」

 

 境内に降り立った博麗の巫女は周囲をくまなく見渡すものの、隅々まで管理が行き届いた境内には猫の子一匹いなかった。

 蓬莱山輝夜の懸念通り、〝この時間において過去、霧雨魔理沙の主観において未来″に起こった歴史改変の影響により、先程の会話が〝なかったこと″になってしまった。

 結果としてこの場に集まる動機を失った彼女らは博麗神社から消失。新たな歴史に合わせて再構成された彼女らは、世界の外側から見れば瞬間移動したように見えたことだろう。

 

「うーん気のせいだったのかな」

 

 結局違和感に気づけなかった博麗の巫女は首を傾げつつ、神社の中に上がり込んだ。

 

「ふう~今日も幻想郷は平和だったな~」

 

 ちゃぶ台の前に座り、事前に用意しておいた冷たいお茶を飲みつつ、一息吐く博麗の巫女。顔は緩み切っており、心底リラックスしている。

 

「今日もたくさんいいことがありました。まさか人里で魔理沙さんと霊夢様にお会いするなんて。ふふっ、いつもあのお二方は仲良しで微笑ましいですね」

 

 彼女はうっとりとしながら、今日の出来事に想いを馳せていた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

  

  

 

 

 ――西暦????年??月??日――

 

 

 

 ――side 魔理沙―― 

 

 

 

 元の時間への時間遡航中、またまた時の回廊に召喚させられた私。回廊の外は以前のような四季景色に戻っていた。何も見えない暗闇だったり、宇宙から見た地球だったり、私の状況に合わせてコロコロと景観が変わるのはどういう理屈なのだろう。

 

「おめでとう魔理沙。貴女の奮闘する姿、ここから見させてもらったわ」

「咲夜か」

 

 パチパチと拍手をしながら咲夜は目の前に現れた。

 周りに隠れられそうな場所はないのにどこから現れたのか、何故にとりがこの場に居ないのか、などという野暮なことは聞かない。こんな時間も空間も超えた不思議な場所では質問の意味がないからだ。

 

「貴女が見た未来は最も行きつく可能性がある未来。数多に広がる可能性からよく選択肢を間違えずに辿り着いたわね」

「……ちょっと待て。私のいる西暦215X年から850年後の幻想郷があの姿になるんじゃないのか? その言い方だとまるであの未来は確定していないみたいじゃないか」

「当然よ。未来は貴女がいる限り常に変わり続ける。何故なら時間移動こそが確定した事実を覆すものだから。覆水盆に返らずということわざがあるけれど、貴女はそのお盆をひっくり返さない歴史に改変する力があるのよ?」

「!!」

「だから時間移動する際は気を付けなさい? 世界に与える影響を考えて行動しなければ、これまでの貴女の頑張りが全て水の泡になってしまうわ」

 

 諭すような口調で語り掛ける言葉に私は非常に重みを感じ、自然と顔が強張ってしまう。

 

(そうか。あの未来を維持するには時間移動は……)

 

「まあでも、幻想郷が滅亡した原因は全て外の世界にあって、大きなターニングポイントとなる歴史は悉く潰した訳ですし、要点をきちんと抑えておけば、多少歴史を変えたとしても、貴女が望んだ歴史が覆る事はないでしょうね」

「……あくまで止めたりはしないんだな」

「“親友の死を大いに悔やみ、人の道を捨てて時間移動の研究に励み、次元シフト法による時間移動を完成させた魔理沙”だからこそ私は応援しているのよ。“それに例外はないわ”。貴女がどんな歴史に変えようとも私は咎めたりはしない。だって私は、貴女が良心に沿って行動することを信じているから」

 

 咲夜は確固たる意志を秘めた瞳で私を見つめながら語る。まるでこれから起こり得る未来を予言するかのように。

 

「買い被り過ぎだろ。私はそこまで高潔な人間じゃない」

「ふふっ」

 

 そう否定しても咲夜は柔らかい笑みを浮かべるばかり。

 

「……タイムトラベラーとは世界から浮いた孤独な存在。自らの居場所が見つからず時には寂しさを感じるかもしれない。もしも辛くなったら私の元に来なさい。その時は歓迎するわ」

「待て、それはどういう――」

 

 言い切る前に咲夜が指を弾く。それに合わせて私の視界は真っ白になっていった――。

 

 

 

 

 ――西暦215X年 9月20日午後5時――

 

 

 

 

 時の回廊から帰って来たのを無意識のうちに感じ取った私は目を開く。

 

「ん……、今何時だ?」

「もう~何言ってんのさ。魔理沙が指定した時刻に戻って来たんじゃないか。忘れたの?」

「おお、そうだっけか」

 

 そんなやりとりをしつつ、私は窓の外を眺める。午後5時ともあって周囲の森は夕焼けに染まり、紅葉のように美しいオレンジ色が広がっていた。

 すぐ真下には、妖怪避けの結界が満遍なく張り巡らされた博麗神社が建ち、裏手を見ても海はなく、山影が見えるばかり。それを見て、元の時代に帰って来たんだと実感する私であった。

 その後『自宅まで送って行くよ』と言うにとりに甘えて、宇宙飛行機で送ってもらうことにした。

 

「魔理沙はこれからどうするつもりなの?」

「そうだなぁ……。未来を救う目的は果たしちゃったし、本当にどうしようかなぁ」

 

 今まで目の前のことだけを考えて一生懸命頑張ってきたので、この言葉は嘘偽りない本心だ。

 

「せっかく時間移動できるんだしさ、もっと色んな時代を旅して回ればいいじゃん? 歴史上の出来事を見に行く、ってのも、時間移動の醍醐味だと思うけど」

「なんだ? にとりはどっか行きたい時代でもあるのか?」

「例えばの話だって。私は31世紀の物凄く発展した科学技術を体験できたからもう満足さ。帰ったらあの技術を再現できないか頑張ってみるつもりなんだ」

「ふ~ん。まあそのへんも後でゆっくり考えることにするよ」

 

 私は曖昧な返事でお茶を濁す。

 

『急に言われてもすぐには思い浮かばなかった』というのも理由の一つだが、私は霊夢の自殺を止めることさえできればそれで良かったので、そんなよくある使い方など全く思いつかなかった。

 

(霊夢……)

 

 私に同性愛の気はないが、霊夢の事を思い浮かべるとまるで恋する乙女のように胸がチクリと痛くなる。確かに私は自分の望んだ通りに歴史を変えた筈なのに、このモヤモヤとした気持ちはなんだろう。

 

 それに先程の咲夜の含みのある言葉も気になる。まるでこれから私が取る行動を予測しているかのような気持ち悪さがあった。前回の予言を鑑みれば、あながち戯言だとも言い切れない。

 

(これから私はどうしたらいいんだろ)

 

 結局考えが纏まらないまま、宇宙飛行機は目的地の上空に差し掛かったので、思考を中断する。

 

「にとり、この辺りでいいよ」

「そう? ハッチを開けとくね」

「サンキュ。それじゃあな」

「バイバイ」

 

 にとりに軽く別れを済ませ、開け放たれたハッチの前に移動。空中に向けて一歩踏み出し、重力に従って私の体は地面に向かって落ちていく。だがそれも束の間、魔力を使ってすぐに体勢を立て直し、その場に浮かぶ。

 

 思えば最近はずっと機械の力で空を飛んでいたし、こうやって自力で空を飛ぶのも随分と久しぶりな気がする。やっぱり私にはこっちの方が楽しい。

 

 そして妖怪の山の方角へと去って行く宇宙飛行機に姿が見えなくなるまで手を振った後、私も自宅へ戻って行く。

 

「ふわぁ……」

 

 夜の訪れを告げるこの夕焼けもそうだが、滅亡の未来を変えるためにせわしなく動き続けて来た疲労感、そして目的を果たしたことによる満足感もあり、私は気が抜けてしまっていた。

 

「ちょっと早いけどもう寝ようかな」

 

 独り言を呟きながら自宅に着いた私は、玄関を開けて帽子を帽子掛けに掛けたあと一直線に寝室に向かい、そのままベッドにダイブする。

 

「ホントにこれからどうしようかな……ま、明日にでも考えることにするか」

 

 考え事を後回しにし、私はそのまま眠っていった。




これで第3章は終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。


次の話から第4章(最終章)を予定していますが、まだプロットが半分くらいしか完成していないので、プロットがきっちりと完成して、最後までの見通しを立ててから投稿を始めようと思います。

お待たせしてしまいすみません。

※追記 第4章は完成しました。


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間章 霊夢の長い1日
第108話 魔理沙の忘れ物② 霊夢の疑念


この章は第4章へ繋がる章です。視点が魔理沙から霊夢へと変わります。

この話の時系列は昨年の12月13日に投稿した第1章第14話、タイトル『魔理沙の忘れ物』の続きとなっています。


 ――【西暦200X年7月25日午前10時】――

 

 

 ――side 霊夢――

 

 

 

 昨日と四日前とで魔理沙の様子が全然違ったことについて、〝もしかしたら未来の魔理沙だったのかもしれない″って、ほぼ確信に近い予感を抱いた私。

 でも時間移動なんて本当にあり得るのかな? いまいち自分の勘が信じられなかった私は、同じ魔法使いのパチュリーや、時間を操る能力を持つ咲夜に話を聞こうと思って、家を出発。

 ちゃんと玄関に『外出中』って張り紙を貼っておいたし、誰か来ても大丈夫なはず。

 

「まだ午前中だってのに暑いわね~」

 

 歩くと暑いし少しでも風を感じられたらいいなあと思って空を飛んでるのに、涼しくなるどころか熱風になってるし、太陽が近いし、余計暑くなってる気がする。

 麦わら帽子を被っているから少しはマシだと思うけど、それでもやっぱり暑いものは暑い。

 幻想郷は夏真っ盛り。照り付けるような太陽に、そこかしこから聞こえてくる蝉の鳴き声はまさに夏の象徴。でも私の神社って、周りが森だから蝉の鳴き声が大合唱してすんごくうるさいのよね……。ここまで来るともはや公害なんじゃないか。って思ったり。

 

「ふぅ」

 

 そんな愚痴にも近い呟きを漏らしつつ、霧の湖を越えてやっと紅魔館に到着した。ここは湖が近いせいか、夏でもひんやりしてて涼しいわね。

 

「あれー? もしかしてと思いましたが、やっぱり霊夢さんじゃないですか!」

 

 門の前で元気良く手を振っている美鈴。

 

「あんたはいつも元気そうで良いわねー。私にも少しその元気を分けて欲しいくらいだわ」

「アハハ、それだけが私の取り柄ですから」

 

 口にしてから少し嫌味っぽい言い方だったかなって、ちょっと反省したけど、美鈴は気にしてないみたいで良かった。

 

「ところで霊夢さん。わざわざあなたがこんな所まで出向くなんて、何かあったんですか? まさか世間話をしに来たわけじゃないんでしょ?」

「ん~、別に何かあったってわけじゃないんだけどね、ちょっと気になることがあって、咲夜とパチュリーに話を聞きたかったのよ」

「そうだったんですか~。咲夜さんとパチュリー様に用事なんて珍しいですね」

「まあね。二人とも中にいるの?」

「ええ。パチュリー様は大図書館にいらっしゃると思いますが、咲夜さんは……今の時間ですと、館の掃除を行なっていると思うので、どの場所にいるかはちょっと分かりかねます」

「そう、ありがと。ま、適当に探してみるわ」

「どうぞ~」

 

 話を適当に切り上げ、私は紅魔館の中に入って行った。

 

 

 

 玄関の扉を開けてエントランスホールに入った私は、まず居場所が分かっている大図書館に行くことにした。

 

「このセンスの悪い内装もそうだけど、相変わらず無駄に広い館よねぇ……」

 

 天井から床まで見るもの全てが赤色に塗りつぶされ、更にレッドカーペットを敷く程の徹底ぶり。目がチカチカしてきそう。かろうじて赤くないのは半円形の窓とシャンデリア、いかつい彫刻や洋風の絵画くらいかしら。

 魔理沙はよくパチュリーの大図書館から、『死ぬまで借りる』と称して本を盗んでるらしいけど、この見るからに高そうな美術品は盗んだりしないのね。こっちの方がお金になりそうなのに。

 

 私が今歩いている廊下は先が見えないくらい細長くて、一定間隔に並ぶ扉が『この廊下が永遠に続くんじゃないか』って錯覚を起こさせる。

 以前咲夜が『私の能力で紅魔館は見た目以上に広くなってるのよ』って話してたけど、いったいどれくらい大きくしたんだろ? 私からしてみたら、『あまり家が大きいと掃除が大変そうだなぁ』としか感想が思い浮かばないんだけど。

 

 10分近く歩き続け、結局誰にも会うことなく、大図書館へと通じる階段に続く扉を開く。照明も碌にない薄暗い廊下、足元に気を付けながら長い階段を降りて行き、終点の両開きの扉を開いて中に入る。

 

 カビ臭い匂いと埃っぽい空気と共に、ぼんやりと照らし出された室内には見渡す限りの本棚。その全てに隙間なく本が仕舞われていた。3階まで吹き抜けになっているこの部屋には、どれだけの本があるんだろう。

 中二階でパチュリーの使い魔――確か小悪魔って名前だっけ――が、本を抱えながら図書整理をしてる姿を横目に、私は奥に向かって歩いていく。

 

 やがて無数に並べられた本棚の間を抜けて、少し開けた場所に出ると、大机に本を開き、気持ちよさそうなフカフカの椅子に座って読書をしているパチュリーを発見。

 

「あら、霊夢がこんな所に来るなんて珍しいわね。レミィなら上にいるわよ」

 

 顔を上げ、私の目を見ながら少し驚きが混ざった声色で喋るパチュリー。

 私が先に声を掛けようと思ってたのに先手を取られてしまった。何だかびみょーに悔しいけど、まあいいわ。

 

「今日はあんたに聞きたいことがあってここまで来たのよ」

「私に?」

 

 パチュリーはキョトンとしている。そんなに私が来るのが珍しいのか。

 私は彼女と向かい合うように机の前まで歩いていき、「これを見て欲しいのよ」と懐からルーズリーフを取り出して、机の上に置く。

 

「なによこれ? 見たところルーズリーフみたいだけど」

「以前魔理沙が遊びに来た時に忘れて行ったみたいでね。中身は魔法の事について書かれているっぽいんだけど、私は専門外だからよくわからなくてさ、あんたに調べて欲しいのよ」

「魔理沙が? ふーん……」

 

 私の親友の名前を出した途端、パチュリーは怪訝な表情になった。ま、パチュリーからしてみれば魔理沙に対してあまり良い気はしないわよね。

 

「なぜその話を私に持ちかけるの? 魔導書は魔法使いにとって命そのもの。そう易々と他の魔法使いに見せるべきではないわ。貴女と魔理沙は友達なんでしょ? 本人に返してあげればいいじゃないの」

 

 わざわざそんなことを教えてくれる辺り、なんだかんだ言って根は優しいんだなぁ。と思いつつ、私は意見を伝える。

 

「そのことなんだけどね、魔理沙は知らないって言ってたから、多分魔理沙の物じゃないと思うのよ」

「……今の言葉、自分で話してて矛盾しているのが分からない? どういうことよ?」

 

 私はパチュリーに、7月20日~21日と昨日起こった出来事について、要点を伝える。

 

「……へぇ、そんなことがあったの」

「私の勘だとね、これを落としていったのが未来の魔理沙だと思うの。そしてこの本には、時間移動について書かれていると思うのよ」

「……貴女がそんな冗談を言う人間だと思わなかったわ」

 

 時間移動、その言葉を出した途端にパチュリーは呆れ顔になった。まあそうよね。私も自分の直感にいまいち自信が持てないからここに来たんだし。

 

「私も確信が持てなくてね。あんたならこの本の内容が分かるんじゃないかな……って思って。そしたら私の勘も当たることになるし、ちょっと読んでみてくれない?」

「はぁ、仕方ないわね。貴女がわざわざここまで足を運ぶくらいですもの。調べてみるわ」

「お願いね」

 

 パチュリーは手を伸ばしてルーズリーフを引き寄せ、手に持ったまま様々な角度から観察を始める。

『さっさと読んでよ』って思って催促しようとしたら「簡単な魔力鑑査の限りでは魔力やトラップの類はなさそうだし、普通に開いても大丈夫そうね」とパチュリーは呟く。そんなことしなくても何もないのに。

 

「……それにしても、これって魔理沙の落とし物なんでしょ? あの魔理沙が時間移動なんて高度な魔法を開発できるとは思えないけどねぇ――」 

 

 ブツブツと呟きながら、パチュリーは半信半疑って感じで1ページ目を開いたんだけど、本文に目を通してから、彼女の眼の色はガラリと変わった。

 

「何か分かりそう?」

「今読書中なんだから話しかけないでちょうだい! あっち行って!」

「!」

 

 ついさっきまで温和な態度だったパチュリーはどこへいっちゃったのやら、すごい剣幕で怒鳴られてしまった。

 それに面食らってる間に、いつの間にか近くまで来ていた小悪魔が私の肩に手を置き「お気を悪くしないでください、霊夢さん。パチュリー様が本気で集中する時はいつもああなってしまうので」

 

「平気よ。別に気にしてないわ」

 

 そう答えながら私は踵を返し、出口に向かって歩き出す。

 

「霊夢さん、どちらへ?」

「今の私はお邪魔みたいだし、パチュリーの読書が終わるまで咲夜を探してくるわ。また後で来るわね」

 

 

 

 

「さて、咲夜はどこにいるのかしら」

 

 大図書館を出て1階に上がり、廊下で咲夜が居そうな場所を考えていると。

 

「あー! 霊夢だ~!」

「え?」

 

 幼さを感じさせる可愛らしい声に咄嗟に振り向くと、すぐ目の前には無邪気な笑みを浮かべている一人の女の子。その子は窓から差し込む真夏の太陽を避けるように、日陰に立っていた。

 背丈は私よりも小さく、髪は金色、姉譲りのルビー色の瞳。頭にはナイトキャップを被り、真紅を基調としたネクタイ付きブラウスに膝丈くらいのラップスカートを穿き、白いソックスに赤色のストラップシューズを履いている。

 そして一番目立つのは、背中から生える枝のように細い翼。姉とは違い、コウモリのような飛膜ではなく、七色の宝石のような結晶がぶら下がっている。

 

「……まだ午前中じゃないの。吸血鬼が活動する時間じゃないわ」

「最近はお姉様に活動時間を合わせているから全然平気よ? それに、吸血鬼なんて他人行儀な言い方はやめてよね。私には【フランドール・スカーレット】って立派な名前があるんだから!」

「はいはい、そうね」

 

(フランドール・スカーレット。えっとたしかこの子は……)

 

 久しぶりに会った彼女のパーソナルデータを頭の中から引っ張り出す。

 

 この紅魔館の主、レミリア・スカーレットの実の妹で吸血鬼。愛称はフラン。姉と違って世間のことをよく知らず、良くも悪くも〝子供″な性格の女の子。レミリアが起こした赤い霧の異変の時もそうだったけど、この子の思考はいまいち読めない。

 

 レミリア曰く、フランは常に情緒不安定で気が触れてしまっているらしく、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という危険極まりない能力のために495年もの間地下室に幽閉していたが、最近になってようやく精神が安定してきたらしいので、館の中限定で彼女を自由にしている。……と話していた。

 

(思い出した思い出した。よりによってこんな時に面倒な子に会っちゃったわね)

 

「ねえねえ、霊夢はなにしてるのー? 暇なら私と遊びましょ?」

 

 見た目相応の幼い笑みを浮かべているフラン。遊びとは十中八九、弾幕ごっこのことだと思うんだけど……。

 

(この子の弾幕は激しいから絶対長期戦になりそう。今日はあまり弾幕持ってきてないし、正直に伝えたら納得してくれるかな?)

 

「今日は遊びに来たんじゃないのよ。咲夜に用があってね。見てない?」

「咲夜? 咲夜ならさっき、門のところに歩いていくのを見たよ。たぶん、美鈴のところに行ったんじゃないかな?」

「そう。ありがとね」

 

 手短に話を切り上げて脇を通り抜けようとしたが、服の裾を掴まれてしまった。吸血鬼っていう種族柄、純粋な力では私よりも遥かに大きいので、人間の私では振り払えない。

 

「ねえねえ、そんなのより遊ぼうよ! いいでしょ!?」

「あのねぇ私は急いでるの。早く行かないと咲夜がどこか別の場所に行っちゃうでしょ?」

「やだやだやだー! 霊夢は私と遊ぶの!」

 

 言葉だけを捉えれば子供が駄々をこねているだけにしかみえないんだけど、この子の場合戦闘力が高いからなかなかシャレにならないのよね。

 一瞬だけ頭の中で逡巡してから。

 

(仕方ない、かな)

 

「……それじゃあこうしましょう。私の用事が終わったら、あなたの遊びに付き合ってあげるから。今は行かせて、ね?」

 

 妥協することにした。

 

「本当に? 約束だからね!」

「ええ。だからその手を離してくれる? 私の一張羅が伸びちゃうわ」

「うん! それじゃーねー!」

 

 すっかりご機嫌になったフランは、そのままどこかへ走り去ってしまった。

 

「とんでもない約束しちゃったかな……」

 

 

 

 

 

 

「暑いわね~」

 

 館の外はけたたましい蝉の音。空の天辺でギラギラと輝く太陽を恨めしく思いながら、私は中庭を歩く。色とりどりの花々が咲き乱れ、庭の中央の噴水から流れる水の音が、少しの清涼感を与えてくれる。

 

(うちにもこんな綺麗な庭が欲しいわね~。維持が大変そうだけど)

 

 目の保養をしつつ門の元へと歩いていくと、話し声が聞こえてくる。その主は美鈴と咲夜。美鈴はサンドイッチ片手に談笑していて、咲夜は膝の前に下げるようにバスケットを持っていた。

 そして私に気づいた美鈴が声を掛けてくる。

 

「あれ、霊夢さんじゃないですか。もうお帰りですか?」

 

 美鈴が着ているスリットが入った服、チャイナドレスっていうんだっけ。この時期だと涼しそうだなぁ。

 

「霊夢来てたの? 一言言ってくれればお茶くらい出したのに」

 

 この猛暑の中、凛とした姿勢で話す咲夜。ゴテゴテとしたメイド服を着てるのに汗一つかいてないなんて、さすが完全で瀟洒なメイド。本当に私と同じ人間なのかしら? 私なんか、少し汗臭くなってきちゃって、げんなりしてたところなのに。

 

「そんな事はいいわ。それより、あんたに聞きたいことがあってずっと探してたのよ」

「私に?」

「あんたの能力ってさ、過去や未来に行ったりできるの?」

「唐突な話ね。……まあ結論から言わせてもらうと私には無理よ。私の能力はあくまで時間を止めたり空間を広げたりできるくらいだから」

「それもそっか。やっぱ咲夜でも無理よね」

「ええ。私的な意見を言わせてもらうと、タイムトラベルなんて夢物語だと思うわ」

 

 時間を操る能力を持つ咲夜が言うと、より説得力が増すような気がするけど……。

 

「いきなりどうしたの?」

「……単なる気まぐれよ。邪魔したわね」

 

 魔理沙が時間移動したかも、なんて説明してもどうせ鼻で笑われるだけだろうし。

 

「まあ待ちなさいよ。ちょうどお昼時だし、霊夢もお昼ご飯食べて行かない?」

「いいの?」

「もちろんよ」

「じゃあお願い♪」

「ふふ、それじゃついてきて。――美鈴、ちゃんと午後も仕事頑張るのよ?」

「はい、もちろんです!」

 

 私は足取り軽やかに咲夜の後について行った。



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第109話 魔理沙の忘れ物③ 欠けた真実

「あ~美味しかった~♪」

 

 食堂で咲夜の手作り料理を堪能した私は、彼女と別れた後大図書館に向かってご機嫌で歩を進めていた。

 もうね、ここの食事は一汁一菜の毎日を送る私とは大違い! 霜降り肉のステーキにジャガイモのソテー、更には年代物のワインなんかも出ちゃって、紅魔館の人達って贅沢三昧な暮らしをしてるんだなぁって思ったり。あ、さすがにまだお昼だしワインは断ったけどね。

 

 別に日々の生活に不自由してるわけじゃないんだけど、私もたまには贅沢したいのよね~。

 

 でもうちの神社は、早苗の神社や命蓮寺に比べると参拝客が殆どいないから、御賽銭はあまり見込めないし。仕事で人里から妖怪退治の依頼を受けることもあるけど、それだっていつもある訳じゃないし。

 

 ここだけの話、毎月の生活費の殆どは紫からの仕送りに頼ってるのよね。今度思い切って『もう少し仕送りを多くして』って、紫に頼みこんでみようかな。だけど『もっと巫女としての修行をしなさい』って交換条件を突き付けられそう。それは面倒で嫌だし。

 

 豪勢な食事を取るか、自由を取るか。そんな謎の葛藤? って言うには大げさすぎる悩みを抱えつつ大図書館に到着し、奥へ向かって歩いていくと、眉を顰めたパチュリーが私を待ち構えていた。

 

「遅かったわね。どこへ行ってたのよ」

 

 パチュリーは既に読書を終えていたみたいで、彼女の机の上に閉じたルーズリーフが置かれていた。横には小悪魔が控えているけど、少し顔が青ざめているように見える。どうしたのかな。

 

「あんたが邪魔だからあっち行けって言ったんでしょうが……まあいいわ。その分だと読み終えたみたいね。どう? 何か分かった?」

「貴女の読み通り、このルーズリーフには時間移動に関する秘術が記されていたわ。こんな代物がこの世に存在しているなんて信じられない!」

「じゃあ、やっぱり未来の魔理沙が来たのは間違いなかったのね」

 

 少し興奮気味に語るパチュリーが太鼓判を押したことで、奇しくも私の勘が当たったことに。自分でもビックリ。

 

「こんな常軌を逸した方法で時間移動を成し遂げるなんて、貴女が会った未来の魔理沙は、きっと頭のネジが何本か外れているのではないかしらね。理解が進めば進むほど震えが止まらなかったもの」

「そ、そんなに?」

 

 いったいどんな方法なんだろう。気になる。

 

「未来の魔理沙が使用する時間移動法――魔理沙はタイムジャンプと名付けてるみたいだけど、これは〝次元シフト法″と呼ばれるもの。つまりね、私達が今いる次元とは異なる次元を経由して時間移動するのよ」

「? どゆこと?」

「私達が今いるこの世界は十二の次元があるとされていてね、その次元ごとに法則や事象が大きく違っているの」

「……んーと?」

「身近な所で言えば二次元の世界。これは縦と横のみで構成され、平面の広がりで空間を成す世界のことでね、絵画や図面、地図の事をそう呼ぶの。そして私達が今いる世界は三次元。ここは、縦と横に加え奥行きも付加された立体的な世界よ」

「ふむふむ」

「そして四次元の世界ともなると縦・横・奥行に加え、時間の概念も加わってるとされているんだけど、あいにくまだ誰も見た事がないのよ」

「そうなのね」

「四次元以上の次元世界は三次元世界の住人である私達には知覚できず、観測も不可能。そして二次元以下の世界へも、三次元世界の物質や生物が到達するのも無理。何故なら私達は三次元の世界に生きるように設計されているから。だけど魔理沙の開発したタイムジャンプは違うのよ」

「というと?」

「魔法という媒介を通じて時の法則が異なる高次元世界への境界を強引に開き、その世界に適応できるように魂や物質の情報を変換することで、高次元世界でも存在消失することなく活動可能な肉体と精神を構築するの」

「え……?」

「そして三次元世界から高次元世界に到達した際に使用した空間座標を記録しつつ、時間軸のみを前後に移動するの。それから記録しておいた空間座標を通過して三次元世界に帰還すると、タイムジャンプを使用した場所はそのままに時間だけが過去や未来にずれているわ。これがタイムジャンプの原理ね」

「……何言ってるのかぜんっぜん分かんないわ」

 

 熱心に説明してくれるのは良いんだけど、小難しい言葉を使われても理解出来ないのよね。誰にでも分かるような説明をして欲しいわ。

 

「あら、ごめんなさい。ちょっと饒舌になり過ぎてしまったわ。私の悪い癖ね」

 

 パチュリーは咳払いしてから。

 

「……まあとにかくね。私が伝えたかったのは、魔理沙は相当な労力をかけて過去へ跳ぶ魔法を開発したってことなのよ。ちょっとやそっとの時間ではこんなに緻密で繊細な魔法は完成しない。もしかしたら完成までに数百年掛かっているかもね。彼女のとてつもない執念を感じたわ」

「嘘! 本当に?」

「私の見立てに狂いはないわ。貴女が未来から来た魔理沙に会った時、私達の知る魔理沙とどこか違いはあった?」

「そうねぇ。いつもよりも私の一挙一動を真剣に見てたような気がするけど、それ以外は特に変わらなかったわ。見た目も魔理沙と全く同じだったし、もしルーズリーフを忘れてなかったら気付かなかったと思う」

「ならその未来の魔理沙は、人間を捨てて魔法使いになってでも、この時代の7月20日にどうしても時間遡航しなければいけない理由があったのでしょうね。何か思い当たる節はない?」

「そう言われてもねぇ……う~ん」

 

 あの日は、連日のように続いていた悪夢にうなされていたのを助けてもらったくらいで、他には特に思い当たる節はないのよね。

 

「……まあ結局のところ、今の私達では情報が少なすぎて真実には辿り着けないでしょうね。いずれ時が経てば、魔理沙が今年の7月20日に戻るためにタイムジャンプの研究に取り掛かるんでしょうけど、果たしてそれがいつの日になることやら」

「あ、そっか! 私が会った魔理沙は、今この時間にいる魔理沙の延長線上の未来、だもんね」

「そう、その通り。そして未来の魔理沙も、このルーズリーフを忘れたままにしないと思うわ。貴女の話を聞く限りでは、わざとこの時間に忘れて行ったのではないでしょうし」

「ということは、また会えるかもしれないってこと?」

「ええ。いつになるかは分からないけど、確実に」

 

 パチュリーは神妙な面持ちで頷く。まるで未来を確信しているように話しているけれど、でも何か勘違いしているような、そんなモヤモヤ感がある。

 

 それに近い将来魔理沙が種族としての魔法使いになるって言い出した時、博麗の巫女として私はどうしたらいいんだろう。人里の人間が妖怪化するのは幻想郷では禁じられている。幻想郷のバランスを考えるなら止めるべきなんだろうけど……、私にできるかな。

 

 あれ? でも魔理沙は人里に住んでないし、こうして魔理沙が未来から来てる以上、未来の私は魔理沙の魔法使い化を容認したってことなのかな? ……うーん、考えれば考えるほど分かんなくなる。

 

「……あまり難しく考える必要はないわよ。この問題は時間が解決してくれる。今の私達には待つことしかできないんだから」

「そう、ね」

 

 パチュリーの言う通りかもしれない。これ以上考えると頭がこんがらがっちゃうので、話題を変えることにする。

 

「ところで、あんたはタイムジャンプ魔法を試してみたの?」

「いいえ。貴女が来てからの方が良いかと思って、まだ何もしてないわ」

「ねえ、それなら一回試してみたらどう? もし本当に過去や未来に行けるのなら、魔理沙がどの時間から来たのか分かるかもしれないじゃない」

「……なるほど。受け身の姿勢ではなく、こちらから探すという方法を取るのね」

「そうよ。その方が手っ取り早く済みそうでしょ?」

 

 ひたすら待ち続けるなんて私の性に合わないし、気になることはさっさと解決したいところ。

 

「確かに一度試してみるのも有りね。分かった、やってみるわね」

 

 パチュリーはゆっくりと立ち上がり、それなりのスペースを確保してからルーズリーフを開く。

 

「時間は……まあ10分後でいいかしらね。『タイムジャンプ魔法とは、脳内で魔法式を練った後、何年何月何日何時何分、と時間を指定することでその時間へ跳べます。大規模な儀式や生贄、対価などは必要ありません。中程度のマナだけで使えます』このお手軽さがますます怪しいのよねぇ」

 

 本の内容に疑念を抱きながらも、パチュリーは目を閉じて詠唱を始めていく。

 

「――――――――――――」

 

 聞き取れない謎の言葉と共に、彼女の体が地面から数十㎝ほど浮かび上がる。頭上にはローマ数字とアナログ数字の時計盤の形をした図形が浮いていて、魔法陣って言うのかな? それが重なり合うように出てきた。長針と短針がグルグルと回転しているし、なんだか本格的っぽいなぁって思う。

 

 彼女の足元に目を向けると、靴と地面の間に丸みを帯びた歯車模様の魔法陣が何層も重なっていて、以前霖之助さんのお店で見たアンティーク時計の中身みたいな感じになってる。

 

 いつまで続くのかな~と思いながら見てると、パチュリーは目を開けて、浮いた状態のまま小悪魔に問いかけていた。

 

「タイムジャンプの準備完了。小悪魔、今の時刻を教えてちょうだい。ちゃんと西暦からね」

「はい! 今は西暦200X年7月25日、午後1時45分です!」

 

 指名された小悪魔は腕時計を見ながら答え、無言で頷くパチュリー。私の視線に気づいた小悪魔はニコリと微笑み、私にも見えるように1時45分と表示されたアナログ時計を見せてきた。

 

「タイムジャンプ!」

 

 頭上の時計が高速で回り始めて、足元の歯車模様の魔法陣がゆっくりと動いていく。

 

「時間は西暦200X年7月25日、午後1時55分!」

 

 奏でるような声で宣言した。

 パチュリーを中心に魔法陣から光が発生して、それに包まれるようにして次第に姿が消えて行って――。

 

『そこまでよ』

 

 風邪で声がしゃがれた時みたいな、誰かも分からない声が彼女の魔法陣から響く。

 

「ッ――!?」

「!」

 

 魔法陣が怪しく点滅し始めていき、やがて鏡が割れたような音と共に消滅。パチュリーはそのまま地面に倒れてしまった。

 

「パチュリー様! お気を確かに! パチュリー様ぁ!」

 

 小悪魔が泣きそうな顔ですぐに駆け寄って彼女を介抱するけれど、パチュリーは苦しそうな表情で目を閉じていて、返事はなかった。

 

『資格なき者が時を駆けようなんて、思い上がりも甚だしいわね。彼女には申し訳ないけれど、此方側から強引に経路を絶たせていただきました』

「彼女に何をしたの!?」

 

 並々ならない異常事態に、私は頭の中のスイッチを異変を解決する時のモードに切り替える。

 こんな事が起こるならお祓い棒を持ってくるべきだったかな。今更後悔してもしょうがない。

 

(姿も正体も分からない相手。女性的な口調だけど……敢えて偽ってる可能性もあるし、何とも言えないわね)

 

『パチュリー・ノーレッジは一時的に気を失っているだけ。心配しなくても大丈夫よ、博麗霊夢』

「! 私の名前まで知っているなんて……! 貴方何者!?」

「私は……そうね。時の流れを司る神とでも思ってちょうだい』

「時の神様!?」

 

 私の記憶の限りでは、幻想郷の中にそんな神様がいた覚えはない。……ってことは、外の世界から干渉してるの!?

 

「その神様がなんでこんなことをするのよ!」

『本来なら私自らこの世界に干渉することは避けたかった。私という存在が静かな水面に投じた石のようにこの世界に波紋を広げてしまうから。しかし時の流れは誰にも等しく、平等に流れる絶対的な概念で無ければならないの。有資格者と同じ手を使って時間移動しようとする者を見逃すわけにはいかないわ。それが私が定めたルールだから』

 

 あくまで上から目線で話す時の神。それにひどく苛立った私は「そんな事の為にわざわざ出張って来たのかしら?」と、虚空に向かって睨みつける。

 

『考えてもみなさい霊夢。誰もが皆、好き勝手に時間移動したら宇宙の歴史は滅茶苦茶になってしまうのよ? 私がいなければこの宇宙はどうなっていたことか。感謝こそされど、恨まれる筋合いはないわ』

「……ならどうして魔理沙は時間移動できるの? あんたの言い分だと、魔理沙もその条件に当てはまるんじゃないのかしら?」

『…………』

 

 時の神と名乗る存在は、私の質問に何も答えない。わざととぼけているのか、はたまた本当に知らなかったのか。顔が見えない相手は表情で言葉の意味を掴めないから厄介ね。

 

『……時間移動の知識と手段を得た人間は、例外なく私の手で歴史から隠滅してきたわ』

「!」

『歴史から隠滅』――その言葉に嫌な予感がした私は、すぐにパチュリーを介抱中の小悪魔の前に立つ。だけど時の神と名乗る存在は私に気にも留めずに言葉を続ける。

 

『けれど此度のケースでは、私の手で歴史を修正すると時の流れに致命的な歪みが生じてしまう。何故ならあなた達はこの世界に必要な人物だから。既に確定している未来は変えられない』

「何を……言ってるの?」

『今回は大目に見るけど、次は同じ失敗を繰り返さない事ね、霊夢』

 

 その言葉の直後に、視界は限りなく真っ白になっていって……。

 私の意識はそこで途絶えてしまった。

 

 

 

 

「――はっ!」

 

 ふと目が覚めた私は、すぐに辺りを見渡す。照り付けるような日差しに、周りの森から地鳴りのように響く蝉の鳴き声。見上げれば軒下に吊り下げられた風鈴の音が優しい音を奏でていた。

 

「ここ……私の家よね?」

 

 どうやら私は博麗神社の縁側に座った状態でいるみたい。ついさっきまで紅魔館の大図書館に居た筈なのに、一瞬で神社まで戻って来ている。どういう理屈かは分からないけど、あの時の神様はテレポートまがいのことも出来るのか。

 

「全く酷い目に遭ったわ。あの後パチュリー達はどうなったのかしら…………え?」

 

 何気なく振り子時計を見上げた私は、言葉を失った。

 

「……噓でしょ……? こんなの有り得ないわ……!」

 

『小悪魔、今の時刻を教えてちょうだい。ちゃんと西暦からね』

『はい! 今は西暦200X年7月25日、午後1時45分です!』

 

 パチュリーが気絶する寸前に小悪魔と交わしたやり取りを瞬時に思い出す。そう、小悪魔はあの時確かに午後1時45分と言っていた。私もこの目で見たし間違いない。

 なのに今私の視線の先にある振り子時計は、短針が10、長針は12を指している。それってつまり――。

 

「まさか……時間が巻き戻ったの……?」

 

 私の呟きは、蝉の音にかき消されていった。



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第110話 魔理沙の忘れ物④ タイムリープ

高評価及び多くの感想ありがとうございます。
一部参考にさせていただきました。指摘してくださった方には感謝です。


  ――【西暦200X年7月25日午前10時】――

 

 

 

 

(どうやら確認する必要があるわね)

 

「紫ー! ちょっと出て来て~! 聞きたいことがあるんだけどー!」

 

 虚空に向かって叫ぶと、目の前の何もない場所にスキマがザックリと開き、中から紫が登場する。

 

「はいはい、何の用かしら?」

 

 猛暑日なのに相変わらず暑そうなドレスを着ているなぁ、って思ったけど、スキマの中はひんやり冷たくなっていて、そこから溢れた冷気が蒸し暑さを和らげてくれる。

 

「……あんたのスキマの中って涼しいのねぇ。どんな原理でそうなってるのよ?」

「単純明快、出口の一つを外の世界の涼しい地域に繋げていてね、そこの空気を中に入れてるのよ」

「いいなぁ。こっちにもその冷気を分けなさいよ」

「嫌よ面倒くさい。涼しくなる方法は他にいくらでもあるんだから、貴女なりに創意工夫を凝らしなさい」

「むぅ、ズルい」

 

(境界を操る程度の能力って本当に自由ね。私もそんな能力が欲しかったわ)

 

「ところで私に用ってなあに? これから藍と出かけようと思っていたところなのだけれど」

「ねえ、今日って何月何日か分かる?」

「今日は7月25日よ? それがどうかしたの?」

「! ありがとう。もう帰っていいわよ」

「え、本当にそれだけの用事で私を呼びつけたの? はぁ、まあいいけど」

 

 紫はため息を一つ吐いて帰って行った。

 

「……参ったわね。これはどうしたらいいのかしら」

 

 時間の巻き戻し――そんな信じ難い事態に巻き込まれた私だけど、思考は至って冷静だった。

 縁側に座ったまま目が覚めたわけだし、状況的には『今までの出来事は夢だった』『時の神によって次の日の午前10時まで丸々眠らされた』と思うのが一番自然なんだろうけど、そうは思えない理由が幾つかあった。

 

 今日は雲一つない快晴で朝からとても蒸し暑く、じっとしても汗が肌を伝う炎天下の日。あちこち歩き回って更にこんな場所で寝ていたのなら、大量の汗で体がベタついて巫女服がびっしょりになっていてもおかしくない。

 

 でも今の私はそんなに汗をかいてなくて、巫女服はタンスから下ろし立てのほぼ新品状態。今朝紅魔館に出掛ける前に汗を洗い流していったし、丸一日眠らされていたと考えるのは無理がある。

 

 そして、パチュリーの時間移動にまつわる話や時の神を名乗る存在の言葉、フランと交わした遊びの約束、お昼に食べた咲夜お手製のステーキの味……紅魔館で経験した出来事についてかなり鮮明に覚えているわけで、夢だったと考えるにはリアリティがありすぎる。

 

 何よりも、時計を見た瞬間に私の勘が“時間が巻き戻った”と強く主張していて、それ以外の可能性は思い浮かばなかった。“魔理沙が未来から来たかもしれない”っていう仮説も見事に証明されちゃったし、もはや自分の勘は未来予知と言ってもいいくらいに精度が高い。

 

(この時間の巻き戻り……私以外の人はちゃんと覚えているのかしら?)

 

 もしそうならもっと騒ぎになっていてもおかしくないと思うけど、さっきの紫の態度を見る限り、みんな忘れちゃってる気がする。

 

(それに、あの時の神は間違いなく咲夜や慧音の歴史喰い以上の能力を持っていることになるわね)

 

 かつての永夜異変で慧音がハクタク化し、人里の存在を“無かった事”にしたことがあったけど……。あれも結局その場しのぎなだけで、真の意味での歴史改竄能力はないし、ここまでの影響力はなかった筈。

 

 意識が途切れる前に聞いた時の神の言葉を思い出す。

 

『……時間移動の知識と手段を得た人間は、例外なく私の手で歴史から隠滅してきたわ。けれど此度のケースでは、私の手で歴史を修正すると時の流れに致命的な歪みが生じてしまう。何故ならあなた達はこの世界に必要な人物だから。既に確定している未来は変えられない』

 

(私に探られたら困る何かがここにあるってことなのかしら)

 

 懐に入れた魔理沙のルーズリーフに視線を落とす。今までこんなことなかったし、間違いなくこの本が原因なんだと思う。

 

「……いずれにしても、真相を確かめに行く必要がありそうね。まだまだ聞きたいことは山ほどあるし」

 

 同じ失敗を繰り返すな――なんて言ってたけれど、あんな得体の知れない存在の忠告なんて聞く必要はない。私が未来で経験した出来事をなぞって行けば、再び時の神に会えるはず。

 私はすっくと立ち上がり、家を出発しようとしたけど。

 

「そうそう。これを忘れちゃ駄目よね」

 

 すぐに引き返し、お祓い棒と陰陽玉を持って腰に下げる。ちゃんとスペルカードも忘れずに。

 

「これでよし」

 

 麦わら帽子を被り直す。

 まだ異変と決まった訳じゃないけれど、異変を解決する時くらいの強い気持ちで紅魔館に向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 陽炎がユラユラと上る酷暑を乗り切り、再び紅魔館の門前に移動した私。

 

「あれー? もしかしてと思いましたが、やっぱり霊夢さんじゃないですか!」

 

 この猛烈な暑さも厭わず、門前で美鈴が元気よく手を振っている。

 私の記憶ではここで一言二言話したけど、今回は無言で彼女の傍に近づいていく。

 

「霊夢さんがここにいらっしゃるなんて珍しいですね~。何かあったんですか?」

 

 フレンドリーに話しかけてくる美鈴に一瞬考えて「……ちょっと気になることがあって、パチュリーと咲夜に話を聞きたかったのよ。中に入ってもいい?」

 

「霊夢さんなら全然オッケーですよ! 魔理沙さんも普通に入ってくれればいいんですけどねぇ、そうしたら私も怪我しなくて済みますし。アハハ……」

 

 美鈴は自嘲気味に笑っていた。

 いつも思うんだけど、この館の住人ってどいつもこいつも戦闘能力が高いし、門番なんて必要ないんじゃないかしら。門番よりも主のレミリアの方が強いってどうなのよ?

 

 それに門番を置くにしても、もうちょっと厳つい人相の妖怪の方が門番として機能するんじゃないかって思う。美鈴は全然威圧感なくて、どちらかというと“近所に住む優しいお姉さん”って感じだし、メイドとか似合いそうな気もする。

 

 ま、私としては彼女の方が親しみやすいからいいんだけどね。

 

「二人はどこにいるか分かる?」

「パチュリー様は大図書館にいらっしゃると思いますが、咲夜さんは……今の時間ですと、館の掃除を行なっていると思うので、どの場所にいるかはちょっと分かりかねます」

 

 美鈴との既視感を覚えるやり取りに、ふと気になった私はこんな質問をする。

 

「……あんたさ、最近こうして私と同じような会話をしたの、覚えてたりしない?」

「? おかしなことをおっしゃいますね。私の記憶違いでなければ、霊夢さんと会うのは約二週間ぶりだと思いますけど」

「やっぱりそうよね」

「どうかされましたか?」

「ううん、なんでもないわ。最近は暑い日が続いてるけど、お仕事頑張ってね」

「うぅ、有難うございます霊夢さん! よ~し、まだまだ頑張りますよ~!」

 

 軽い労いの言葉に何故か感激している美鈴をよそに、私は中へ入っていった。

 

 

 

 

 館の中の長い廊下を抜け、そのまま一直線にパチュリーのいる大図書館へ降りていき、扉を開けて中に入る。

 相変わらず本だらけの部屋。視線を上に向ければ、記憶の通りに中二階で本の整理をしている小悪魔の姿を見つけた。

 

(ここはいつも涼しくていいわねぇ。夏の間だけ定住しちゃいたいくらいだわ)

 

 そんなことを思いながら奥に向かって歩いていくと、これまた記憶の通り大机の前に座って読書をしているパチュリーの姿を見つける。

 

「あら、霊夢がこんな所に来るなんて珍しいわね。レミィなら上にいるわよ」

 

 私の気配に気づいて本を閉じ、目を見ながら少し驚きが混ざった声色で喋るパチュリーもまた記憶の通りであって――。

 

「ねえ、このルーズリーフに見覚えはない?」

 

 机の前に向かい、魔理沙が忘れて行ったルーズリーフを見せる。

 

「これは?」

「ここには未来の魔理沙が記した次元シフト法を用いたタイムトラベルの理論が書かれていてね、あんたがこれを読んで時間移動をしようとしたら時の神を名乗る存在に干渉されて、気が付いたら今日の午前10時に時間が戻されていたのよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。一体何の話よ?」

「本当に覚えてないの? 今日の午後1時45分に確かにあった出来事で、あんたもその当事者の一人だったんだけど」

「まだ正午にもなってないわよ? 何を言ってるのよ貴女。暑さで頭がおかしくなったんじゃない?」

「……そう」

 

 幾分かの心配と憐みが混じった視線を投げかけてくるパチュリーは、どうやら本当に何も知らないみたい。

 

(パチュリーも覚えていないなんて、もしかして巻き戻される前の記憶が残っているのは私だけ……? ますます分からなくなってくるわね)

 

 そんな心の声が顔に出ていたのか、パチュリーは。

 

「何があったの霊夢? 私でよかったら話を聞くわよ? ――ついでに小悪魔、霊夢に何か飲み物を出してあげなさい」

「承知いたしました~!」

 

 中二階で図書の整理を続けていた小悪魔は、抱えていた本をその場に置いてどこかに飛び去って行った。

 

「実はね……」

 

 私はついさっき経験した夢のような未来の出来事と、それに至るきっかけとなった四日前と昨日の出来事について説明する。その間、パチュリーは私の眼をじっと見ながら真剣に話を聞いてくれた。

 

「――ということなのよ」

「……つまり貴女は未来の魔理沙の忘れ物を調べる為にここに来て、そこに記されていた魔法を私が使ったら時の神が出て来て、気づいたら時間が巻き戻っていた――そう、言いたいのね?」

「ええ。これは異変なんじゃないかって思うんだけど、みんな覚えてないみたいだし、異変と断言していいものなのか迷ってるのよ」

 

 話の最中に小悪魔が持って来た冷たいお茶を飲みながら、内心を吐露していった。その甲斐もあってか、乾いた喉が潤って火照った体も鎮まり、少し頭が冷静になった気もする。

 

「霊夢さんが経験した時間の巻き戻り現象って、俗に言う【タイムリープ】ってやつですよね。私もたま~に時間移動を題材にした小説を読んだりしますよ♪」

「タイムリープ?」

「機械や魔法等の力で過去や未来に行く事を【タイムトラベル】。精神もしくは記憶だけの時間移動の事を【タイムリープ】って区別するんですよ。ちなみに、偶然の事故や自分の意思で制御出来ないタイムトラベルは【タイムスリップ】と言います」

「へぇ~、一口に時間移動といっても色々種類があるんだ」

 

 小悪魔の解説に私は素直に感心する。これはタイムリープって言うのね。

 

「もし霊夢の話が事実なら、何故貴女だけが記憶を覚えていられるのかって話になるわね。だって私にはそんな記憶はないもの」

「そうなのよねぇ」

 

 私がこうして調べて回る事が時の神にとって不都合なのは分かるけど、時の流れに致命的な歪みが生じるとはいったいなんなのかしら?

 

「このルーズリーフがきっかけなんだっけ? 調べてみても良い?」

「ぜひお願いするわ」

 

 パチュリーが手に取り最初のページを開くと、途端に眼の色が変わる。

 

「これは……! 興味深いわね。ふむふむ」

「……パチュリー?」

「次元論をこんな風に展開するなんて――」

 

 いつかのように怒鳴られる事は無かったけど、私の存在をすっかり忘れて、完全に本の世界に入ってしまった。 

 

「あぁ、こうなってしまうとパチュリー様は事が終わるまで駄目ですね」

「そうみたいね」

 

(これはしばらく時間をおかないとダメかな)

 

 私は空になった湯呑を大机の上に置き、パチュリーに背を向ける。

 

「霊夢さん、どちらへ?」

「ちょっと咲夜からも話を聞いてくるわ。お茶ありがとね」

 

 

 

(えっと、私の記憶だと確か咲夜は門の方にいた筈)

 

 大図書館を出て1階に上がり、エントランスホールに向かって歩を進めていると、正面から歩いてくる人影を見つける。

 

(……もしかして)

 

 私は立ち止まってその人物像を確認する。

 金色の髪に赤色の服。七色の結晶がぶら下がる羽。フランもまた私の姿に気付いたみたいで、こっちに向かって小走りで駆けてくる。

 そして窓から差し込む真夏の太陽を避けるように日陰で立ち止まり、「あー! やっぱり霊夢だ~! なにしてるのー? 暇なら私と遊びましょ?」と、幼さを感じさせる可愛らしい声で無邪気な笑みを浮かべていた。

 

(思った通り。また遊びに誘われちゃったし、この感じだと私のことを覚えて無さそうね)

 

 私はしゃがんで目線を合わせながら「今日は遊びに来たんじゃないのよ。咲夜に用があって探してたんだけど……もしかして今、門のところにいたりする?」と優しく訊ねると、フランは屈託のない笑顔で「うん! なんかね、めーりんにお昼ご飯を持っていくって言ってた! 今日はサンドイッチなんだって!」と舌足らずなしゃべり方で答えてくれた。

 

 なるほど、あの時門にいたのはお昼の差し入れだったのね。

 

「それにしてもよく分かったね? もしかして、さっき私が玄関で咲夜とお話しているところを見てたの?」

「ただの勘よ」

 

 この子にタイムリープ云々のことを話してもしょうがないし。

 

「それじゃ私は行くわね」

 

 私は立ち上がり、また脇を通り抜けようとしたけれど。

 

「ねえねえ、そんなことより遊ぼうよ! いいでしょ!?」

 

 記憶の通り再び服の裾を掴まれてしまった。そういえば前回は約束を守れずじまいだったわね。また時間が巻き戻るかもしれないしここは……。

 

「いいわよ。遊びましょうか」

「本当に? やったー!」

「ただし手短に頼むわよ? 早く行かないと咲夜がどっか行っちゃうかもしれないから」

「うん、いいよー!」

 

 すっかり上機嫌になったフランは、私からある程度の距離を取った。

 

「スペルカードは1枚にしてね」

「1枚じゃ少なすぎー! 5枚にして!」

「……間を取って3枚ね」

「うん!」

 

 そうしてルールを取り決めて。

 

「さあ、遊びましょ? 簡単に壊れたらいやよ?」

 

 先程までの無邪気な少女は消え去ってしまい、代わりに現れたのは畏怖の念を起こさせる吸血鬼の姿。スペルカードを取り出したフランは、見る者全てを恐怖に陥れる笑みを浮かべていた。

 

「いつでもいいわよ。来なさい!」

 

 私も自分の中のスイッチを切り替えつつ、懐からスペルカードを取り出して彼女の弾幕に備えた。

 

 

 

 

 

「キュゥ~」

「はあっ、はあっ、はぁ……、……つっかれたぁ~!」

 

 肩で息をしながら座り込む私の前には、床に仰向けになったまま目を回しているフランの姿があった。

 とにかくフランは手強かったわ。

 弾幕の密度もさることながら、四人に分身して周りを考えずに炎の剣で斬り付けてくるし、狭い廊下――と言っても5、6人くらい並んで歩けるくらいの広さはある――だと避けるのが大変だった。

 

 カーペットは引き裂かれ、窓ガラスは粉々になり、シャンデリアの鎖は千切れ、外に面する壁には人が通れるサイズの大きな穴が何個も空いていて、そこから外の熱気が室内に入ってきている。

 

 反対側の壁には、床から天井にかけて抉るような傷や黒く焼き焦げた跡がついたりしてて、扉もズタボロ。なんかもう、この辺り一帯は爆発の跡のような凄まじい有様になっている。

 

「妙に騒がしいから何かと思って来てみれば、酷い有様ねぇ」

 

 後ろから鈴を転がすような声が聞こえて振り向くと、そこには険しい表情の咲夜が立っていた。

 

「咲夜……」

「フラン様の相手をしてくれた事には感謝するわ。けれどね、もう少し周りの状況を見て遊んで欲しかったわ。後片付けするこっちの身にもなってよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 確かにこれはやりすぎてしまった。咲夜には何の反論もできなかったので、私は素直に頭を下げる。

 

「……ま、反省しているのならいいわ。フラン様相手に手加減するのは難しいしね」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、荒れ放題散らかり放題だった廊下は新居同然に戻っていた。

 

 割れた窓は張り替えられ、シャンデリアは元に戻り、大穴が空いた壁は綺麗に塞がれていて、激しい戦闘の爪痕が残っていた壁や天井や床はピカピカにリフォームされている。

 

 そして目の前で気絶していたフランはいつの間にかいなくなっていて、多分咲夜の手で地下室に戻されたんだと思う。ま、弾幕ごっこという遊び柄、当たると痛いかな~ってくらいの威力だし、対して怪我はしてないはず。

 

 私からしてみれば瞬きする程の時間だったけど、この規模の修繕ともなるとかなり時間が掛かっていそうで、ますます申し訳ない気持ちになってくる。

 

「本当にごめんね? ここまで直すのは大変だったでしょ?」

「別に慣れているから平気よ。こんなの日常茶飯事だしね」

 

 涼し気な表情で答える咲夜。しょっちゅう物が壊れてたら修繕費も馬鹿にならないだろうに、紅魔館ってお金持ちなんだなぁ。

 

「ところで霊夢。貴女、私に聞きたいことがあってここまで来たんでしょ?」

「ど、どうしてそれを!?」

 

 一瞬咲夜に未来の記憶があるのかと期待したけれど、帰ってきた言葉は予想とは違うものだった。

 

「さっき美鈴から聞いたわ。その様子では、パチュリー様にはもう会ったのでしょう?」

 

(なんだ、そうだったのね)

 

 気を取り直して私は胸の内を打ち明ける。

 

「あのさ、笑わないで聞いてくれる? 実は私、タイムリープしたみたいなの」

「……はぁ」

「それでね、咲夜は時間が巻き戻ったことを覚えてない? タイムリープする前にも私と少し話をしたんだけど」

 

 唖然としていた咲夜は少し考え込んでいたけど、やがて私の肩に手を置き「……霊夢、貴女きっと疲れているのよ。少し休んでいくといいわ」

 

「本当なんだってば!」

「分かってる、分かってるわ。最近暑い日が続いてるものね。ちょうどこれからお昼にしようと思ってた所だし、霊夢も食べて行きなさいな」

「その反応信じてないでしょ。もう~!」

 

 子供をなだめるような扱いに少しプンプンしたけど、また豪勢なお食事が食べれると思った私は、親ガモに付いていく子ガモのように咲夜の後ろを歩いて行った。



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第111話 魔理沙の忘れ物⑤ レミリアの忠告

 紅魔館の食堂で記憶と同じ食事を摂った私は、こんなに贅沢ばっかしてたら元の食生活に戻れなくなっちゃいそうだなぁ、と思いつつ、地下の大図書館に向かって廊下を歩いていた。

 

「ねえ、霊夢。私まだ仕事が残っているんだけど」

「いいから来てよ。私の話が真実だってことをあんたにも証明するから」

 

 私の隣には咲夜もいて、食事の時に未来で経験した出来事について熱心に説明したのに中々信じようとしないので、強引に連れて来た。

 

「まあ、霊夢がそこまで言うなら構わないけど。それにしても、私以外に時を操れる存在がいるなんて信じられないわ」

「さっきも聞いたけどさ、ほんっとーに、咲夜はなんにも覚えていないの?」

「ええ。今日もいつもと同じようにメイドとしての仕事をしてただけよ。タイムリープしている、なんて主張をしているのは貴女だけではないかしら」

「パチュリーにも似たようなことを言われたわ。この疎外感はなんなのかしらね」

 

 誰も彼もが奇特な眼を向けてくるこの感じ。まるで世界から取り残されたようで居心地が悪い。

 

「霊夢の状況は、大袈裟な言い方をすれば自分がおかしくなってしまったのか、世界がおかしくなってしまったのか――そんな風に取れるわね」

「さしずめ私は狂人ってところ? 冗談じゃないわ。だって私が実際に体験したことなんだもの」

「結局のところ人の主観って曖昧なのよね。例えば目の前にリンゴがあったとして、私が赤色に見えたとしても、他の人には橙色に見えるかもしれない。中には緑色と主張する人もいるかもしれない。リンゴを赤色と知らしめてるのは大勢の主観なのよ」

「あんたの言いたい事はよく分からないわ」

 

 そんな難しい会話をしていた時、前方の左の扉が開いて中からレミリアが出て来た。

 

「お嬢様!?」

 

 妙に驚く咲夜の声に気付いたレミリアが、私達の方へ振り向く。

 

「あら、咲夜じゃないの。それに霊夢も来てたのね。いらっしゃい」

「こんなところで何してんのよ?」

「食後の散歩も兼ねて館内を見て回っていたのよ。ふふ、咲夜はいつも細かいところまで目を配ってて素晴らしいわね。貴女をメイド長にして正解だったわ」

「勿体ないお言葉です。お嬢様」

 

 凛とした表情を崩さずに頭を下げる咲夜は少し嬉しそうに見えたけど、私はそんなことよりも、この場所でレミリアと会ったことに少し驚いていた。

 だって未来の記憶では彼女と廊下でばったり遭遇することはなかったし。う~ん、フランと遊んだことで時間帯がズレたからなのかな。

 

「霊夢も遊びに来ていたのならもっと早く教えなさいよ。事前に知っていたらこの私が盛大におもてなししてあげたのに」

「それならさっき咲夜にお昼をご馳走になったから結構よ」

「もう、相変わらず素っ気ないのね。……あら?」

 

 会話の最中、何かに気づいた様子のレミリアが私の目と鼻の先まで近づいて見上げてくる。吸い込まれそうな真紅の瞳には、困惑した表情の私が映っていた。

 

「な、なに?」

「……驚いたわ。ねえ霊夢、最近何か変わったことはなかった?」

「変わったこと? それならちょうどこんなことがあってね――」

 

 私は“今日”経験した出来事を話した。

 

「ふ~ん時の神ねぇ。いかにも眉唾物の話だけど、貴女がそこまで言うのなら、実際にあった話なんでしょうね」

「お嬢様は霊夢の話を信じるのですか?」

「幻想郷では何が起こっても不思議ではないでしょう? 時を操る程度の能力を持つ人間がいるのなら、それの上位的存在がいてもおかしくないわ」

 

 中々信じようとしない咲夜に対し、レミリアはあっさりと私の話を信じてくれたみたい。中々話が分かるじゃない。

 

「ところで、どうして私の顔を覗き込んだのよ?」

「貴女がこれから辿る運命が分からなくなってしまったのよ。以前会った時は確かに霊夢の運命が視えていたのに、不思議なこともあるものね」

「はぁ? どういうことよ」

「私の運命を操る程度の能力は、対象となる人物にこれから起こり得る可能性が最も高い未来を視た後、そこに至る因果を改竄することで、予測される未来を変化させるというものなのよ。これでも幻想郷屈指の能力だと自負しているわ」

 

 自分の能力について偉そうに講釈を垂れているレミリアだけど、私より背が低いのでいまいち威厳がない。

 

「けれどね、今の霊夢の運命は操れない。まるで大いなる存在に干渉されているかのよう。まさか咲夜と同じ現象が起こるなんて、面白い事もあるものね」

「え、咲夜もそうなの?」

「咲夜は時間を操れるからね、運命操作と時間操作は突き詰めていけば同じなの。私と同系統の能力を持つ咲夜には何の意味もないわ」

「ふ~ん……」

 

 私は自然と咲夜の顔を伺う。彼女はレミリアの傍に控えたまま、静かに主の言葉に耳を傾けている。その表情に変化はない。

 

「話を戻すわ。霊夢の運命が見えなくなってしまったのも、きっと未来の魔理沙の忘れ物、そして時の神とやらの存在に影響されたのでしょうね。咲夜同様にタイムトラベラーが残していった痕跡に私の能力は及ばない。ふふ、貴女がこれから経験する未来は全く分からなくなったわよ?」

「……そんなこと言われなくたって、私運命なんて元々信じてないわ」

 

 もし運命なんかで生まれた瞬間から未来が決まっているのだとしたら、どんな努力も徒労に終わって、人生の意味が無くなっちゃうし。

 

「まあ話は最後まで聞いていきなさいな。近い将来、貴女の人生最大のターニングポイントがやってくる。その時どんな選択を取るか楽しみね」

「人生最大のターニングポイント?」

 

 どういう意味なんだろう。博麗神社の信仰が大幅に増えるきっかけがあるのか、はたまた幻想郷最大の異変が起こるのか。

 

「そんな曖昧な言い方しないでもっとはっきり教えなさいよ」

「あら? 運命なんて信じていないのではなくて?」

「む」

 

 言われてみればそうね。……うん、まったくもってその通り。完璧に封殺された私は言葉に詰まってしまった。

 

「なんてね。私が見える運命はここまで。そこから先の未来は五里霧中。もっとも、貴女にとっての一番の懸案事項は、“無事に明日が訪れるか”でしょうけどね」

「…………」

 

 愉快そうに嘲笑うレミリアに返す言葉もない。今まで当たり前だと思っていたことが、起こらなくなっている異常事態に、私はすっかり翻弄されてしまっている。

 

「フフ、面白いモノが見れたし私はもう行くわ。霊夢、貴女ならこの館に好きなだけ滞在しても構わないわ。なんならここに住んでもいいのよ?」

「魅力的なお誘いだけど、私は博麗の巫女だからね。人と妖怪のバランスを取る役目上、一勢力に肩入れする訳には行かないのよ」

「あら、残念ね。私は貴女をかなり高く買ってるのだけど」

「それは嬉しいけどね、何度誘われても答えは変わらないわ」

「お嬢様、宜しければ私もお供いたしましょうか?」

「ちょっとー! 私と一緒に来てっていったでしょ!?」

「私のことはいいわ。咲夜は霊夢に付いていてあげなさい。それがこの場面では最良の選択でしょうから」

 

 最後まで裏がありそうなことを言い残し、レミリアは私達が来た方向へ去って行った。

 

「全くもうっ。私の周りにはもっと率直に話せる人はいないのかしら! 揃いも揃って煙に巻くような言葉ばっかり!」

「まあまあ、きっとお嬢様には深いお考えがあるのよ。人を試すような言い回しはいつものことですし、貴女は気にしなくていいわ」

「それフォローになってないわよね。……はあ、とにかく先を急ぎましょう」

 

 気を取り直して、私と咲夜は大図書館へ向かって歩き出した。



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第112話 魔理沙の忘れ物⑥ 霊夢の未来(前編)

多くの高評価ありがとうございます。


 去り際に残していったレミリアの言葉を頭の片隅に残しつつ、咲夜を連れて大図書館へ戻ると、既に読書を終えた様子のパチュリーが私を出迎える。

 

「やっと来たわね。待っていたわ」

 

 彼女の隣には小悪魔が控えていて、タイムリープ前とはうってかわって明るい表情を見せていた。

 

「あれ、咲夜さんもいらっしゃったんですね~。やっぱり同じ能力持ちとして気になっちゃいますか?」

「霊夢がどうしても、って頼み込むから仕方なくね。まだ仕事が残っているのにいい迷惑だわ」

 

 そんなことを言いつつも素直について来てくれたのは、やっぱり興味があるからじゃないかな。って私は思う。本当に嫌なら時間を止めて立ち去ればいいだけなんだし。

 

「それでパチュリー、私の言った事を信じる気になった?」

「ええ。疑ったりしてごめんなさい。まさかこんな代物がこの世に存在しているなんて信じられないわ」

「ふふん、分かればいいのよ」

 

 少し良い気分になった私とは対照的に、咲夜は未だに信じてないようで、「パチュリー様までそんなことを仰るのですか?」と困惑していた。

 

「咲夜もこれを読めば考えが変わるわよ。試しに読んでみなさい」

 

 パチュリーから差し出されたルーズリーフを受け取ると、ポケットから懐中時計を取り出し、時間停止能力のトリガーとなる竜頭を押す。

 たぶん時間を止めて一気に読むつもりなんだろう――なんて思ってる間にも、気づいた時には、彼女の手に有ったルーズリーフは大机の上に置かれていた。

 

「……全て目を通しました。にわかには信じられませんが、この書は本物です。あの魔理沙がここまで時間の分野に精通しているなんて……!」

「え、あんたこの本の内容分かったの?」

「私の力は時間と空間に干渉する力。自分の能力の応用だと思えば高次元空間の話も何となく理解出来たわ」

「そうなんだ」

 

 私なんかパチュリーの説明を聞いても全然理解できなかったのに。ちょっぴり悔しい。

 

「未来の魔理沙は相当な労力をかけてタイムジャンプを開発したのでしょうね。ちょっとやそっとの時間ではこれほどまでに緻密で繊細な魔法は完成しない。もしかしたら完成までに数百年掛かっているかもね。彼女のとてつもない執念を感じたわ」

「そう、ですね。私は魔法について得意分野ではありませんが、それでもこの魔法の凄さはひしひしと伝わってきました」

 

 感心した様子のパチュリーに、咲夜は静かに共感していた。二人だけで分かった風に話されると、ちょっとムカつくわね。

 

「でも霊夢。この本の中には貴女がタイムリープする原因になりそうな文章は無かったわよ?」

「そんなの分かってるわ。ここからが本題なのよ。タイムリープ前の私の記憶では、パチュリーがこの魔法を使おうとしたら時の神が干渉してきて、その後に気づけば午前10時に戻されていたの」

「そういえばそんなこと言ってたわね」

「きっと時の神はね、誰かに時間移動をして欲しくないって思ってる筈。だからパチュリー、その魔法を使ってみてくれない?」

 

 するとパチュリーは呆れ顔で「……どうしてそんな結論になるのかしら?」

 

「そんなの単純よ。もう一度あの時の神を呼んで根掘り葉掘り聞くため。私にはこの魔法が使えないからさ、協力してちょうだい」

「……仕方ないわね。時間を司る神とやらに興味がないわけではないし、協力しましょう」

 

 少し逡巡した後にパチュリーは重い腰を上げ、比較的開けた場所に歩いて行った。

 

「確か私がタイムジャンプを使おうとしたら倒れた、って話してたわよね。それならば対策しておきましょう」

 

 パチュリーは小声で詠唱を開始すると、足元から透明な五芒星の魔法陣が現れて、頭のてっぺんからつま先までくまなく上下に動き始めた。

 

「精神防壁を築いたわ。少なくともこれでいきなり気絶するような事態は防げる筈よ」

 

 魔法が完了し冷静に呟いた後、いつか見た時のようにルーズリーフのページを開き、タイムジャンプの詠唱を開始する。

 

「――――――」

 

 例によって歯車模様の魔法陣が出現し、光が強まって行った所で、私達の頭上から再びあの声が轟く。

 

『そこまでよ』

 

 瞬間、ガラスが割れるような音と共に魔法陣がはじけ飛び、パチュリーは悔しそうに膝をついた。

 

「! そんなっ、私の精神防壁が破られるなんて……!」

「パチュリー様!」

「大丈夫よ小悪魔。ちょっとフラッて来ただけ」

 

 すぐに駆け寄って行った小悪魔にパチュリーは弱弱しい声で返事をする。精神防壁とやらが功を奏したのか、私の記憶とは違って気絶しなかったみたい。

 

「信じられない、あのパチュリー様が……!」

 

 咲夜を見ると、口に手を当てて驚いていた。いつも冷静沈着な彼女がここまで感情を露わにしたのは久々に見たかも。

 

『同じ失敗を繰り返さないでと忠告したのに、似たような行動を取るなんて。物分かりが悪いのね霊夢』

 

 その口ぶりから、間違いなくこの時の神が黒幕なんだ、と確信し、パチュリーの頭上に向かって幣を突き出した。

 

「なんであんたの言う事に従わなきゃいけないのよ! 人に物を頼むときの態度ってものがあるでしょ!?」

 

『あら、そんな口を聞いても良いのかしら? 私の裁量次第で、霊夢が次の日に進めるかどうか決まるのよ?』

 

「それならそれで構わないわ。何度時間を巻き戻されたとしても、いずれ秘密を解き明かしてあんたの正体について、尻尾を掴んでやるわよ!」

 

 と強い口調で啖呵を切ったのは良かったものの、正直な話これは大きな賭けだった。秘密を解き明かすと息巻いても全然手掛かりとかないし、どう動くかなんてこれっぽっちも決めてない。本当に何回も時間が巻き戻されたらうんざりしちゃうと思う。

 

 でも私には確信があった。私の記憶だけ残して時間を巻き戻した事や、未来の魔理沙が忘れていったルーズリーフを私が手にしない世界に時の神が歴史を改変できないのも、そうせざるをえない何らかの理由がある、ってね。

 

『え……!?』

 

 そんな私の思惑が見事に的中したのか、今まで余裕綽々だった時の神は、動揺したように声を漏らし、しばし沈黙する。

 

『……どうやら本当みたいね。紅魔館が駄目なら魔法の森へ、それが駄目なら人里、地霊殿、冥界、天界、魔界、地獄、月の都……、何がどうなっても諦めるつもりはないのね』

 

 時の神は幻想郷とそれに属する土地名をすらすらと語っていて、多分未来の私の行動を読み当てたんだろうけど……、なんか後の方になるにつれてだんだんと関係なさそうな場所に行ってる気がする。

 

『困ったわ。これではいくら時間をリセットしても意味ないじゃないの』

 

「だったら私に全部教えなさい。あんな曖昧な説明じゃ納得いかないわ」

 

『それは無理よ。私が未来を教えたら、必然的に今後の行動を縛ることになっちゃうじゃない』

「訳分かんないこと言わないでちょうだい。というか、いい加減姿を見せなさいよ。傍から見たら、誰もいない場所に向かってしゃべってる私が馬鹿みたいに見えてくるじゃない」

『それも嫌よ』

「あれも無理これも無理って、いったい何ならいいわけ!?」

『はっきり言わないと分からない?』

 

(う~ん?)

 

 お互いに一歩も譲らない平行線のまま会話が続く。なんというか、姿が見えない相手と会話するのは疲れるわね……。

 そんな最中、パチュリーの元に集まった咲夜と小悪魔の会話が聞こえてきた。 

 

「パチュリー様、どうして時の神様は霊夢さんだけ記憶を残したのでしょうか? リセットするのなら全部やっちゃえばいいのに」

「もし記憶が無かった場合、霊夢は未来の魔理沙の忘れ物を調べるために紅魔館へ行くでしょ? それから私が調べてタイムジャンプ魔法を使い、時の神が時間を巻き戻す。霊夢や私にとってはそのどれもが初めての経験だけど、全ての時間軸を記憶している高次元の存在から見れば永遠に同じことの繰り返しになる。だから霊夢の行動に変化を付けさせるために、敢えて記憶を残したのでしょうね」

「あぁ、言われてみればそうですね。なるほどぉ~」

「不思議ですね。時の神を名乗るのでしたら、自身に不都合な状況に陥らないように歴史を変える事も可能では無いでしょうか」

「それが出来ない何かが霊夢の経験した過去にあるのでしょうね、時の神と言えども全能では無いのでしょう」

 

 のんきなものね。こっちはどうしたらいいものかと頭を悩ませているのに。

 

『……こうなってしまっては仕方がないわね。私と貴女の根競べと行きましょう。霊夢は何回時間のループに耐えられるかしら?』 

 

 直後、またまた眩い光と共に視界がホワイトアウトしていく。

 

(くっ、ここで負けるわけには行かないわ。起きるのよ、私!)

 

 自分に気合を入れて、眠らないように気を付けたけれど。

 

(あ、もう……ダメ、かも……) 

 

 私の意識は、またあの時のように消えていく――。




ここまで読んでくださりありがとうございました。

次の話から第4章に入ります。


以下、補足説明

この後、また7月25日の午前10時まで時間を巻き戻された霊夢は、時の神の予言通りに幻想郷各地を回って正体を調べようとします。
ですが手掛かりは全くつかめず、何十回と繰り返されるタイムリープに疲れてしまい、調べて回るのを諦めて、魔理沙が時間移動の研究を始めるのを待つことに決めます。

ところが、魔理沙は時間移動の研究をする気配がないまま、成長して大人になってしまい、結局霊夢は最期の時まで、レミリアの言葉の意味や、タイムトラベラーの魔理沙、時の神の正体の真相を掴めずじまいに生涯を終えました。

この歴史の延長線上にあるのが、第1章15話、タイトル【改変された歴史】

その次の話の第1章16話、タイトル【霊夢の結末】で語られている歴史へ繋がって行きます。

俗に言うノーマルエンドというやつです。



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年表
年表


要望がありましたので、作中に発生した出来事を年毎に並べました。
本作を楽しむ際の助けになれば幸いです。

興味のない方は読み飛ばしてくれて構いません


スタート地点は西暦200X年7月20日です。

文頭や文末についたアルファベットは、時間移動を分かりやすくする区別。A⇒B B⇒C とアルファベット順に追っていく事で作品内での魔理沙の行動、時系列に沿った展開が読めます。



(旧)と文末についている箇所は、魔理沙の時間移動による歴史改変により、上書きされて『無かった事』になった歴史です。

西暦下四桁のXは7です。即ち西暦200X年は、西暦2007年ということになります。



 

 

【N】紀元前39億年7月31日正午⇒原初の石を拾うために魔理沙が太古の地球に降り立つ。

 

   同日⇒石の回収が終わった頃、1億光年先からやってきた宇宙船が魔理沙達の目の前に不時着。宇宙人のアンナと出会い、彼女の壊れた宇宙船を修理することに。 ここで魔理沙が、時間の理論が並行世界に分岐するのではないか、と勘違いする。

         

      その後、にとりが宇宙船を修理し、アンナは感謝の気持ちとして、近距離航海用の宇宙船データ(魔理沙達が乗る宇宙飛行機)をプレゼントする。そして、アンナは地球を旅立っていった。

            魔理沙達も取り敢えず依頼された原初の石を届けるべく、200X年8月2日に帰る事に決める。【O】へ (時の回廊で西暦215X年9月19日に進路変更する)

            

            

【T】同日午後3時頃、アンナを帰さないために、過去の自分たちの行動を見張れる場所(地球の外)から、チャンスを待ち、アンナの宇宙船だけが飛び出してきた所で引き留め、過去の自分達の宇宙飛行機がいなくなるのを待った。

           

   午後5時頃 再び原初の地球の大地に降り立ち、魔理沙はアンナに未来で何が起こったのかを説得し、私の名前を歴史に残さないよう要請。アンナはそれを快諾し、アンナの星(アプト星)へ遊びに行く約束を交わして、今度こそアンナは母星へ帰って行った。     

           

   午後7時50分 地球が残っているかどうか確認するために西暦300X年へと跳ぶ。 時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。 西暦300X年の【U】へ

            

   

 

 紀元前1万年頃 ⇒ 銀河帝国の巡洋戦艦が、砂漠となったアプト文明のデータベースを発掘。そこから地球のタイムトラベラー霧雨魔理沙の存在を知る。(旧)

             

   

         

             

   

 5世紀以前⇒  250X年の紫の証言によると、幼少期の紫と魔理沙が接触した可能性がある。⇒詳細は第5章にて描写されます

  

 

 19世紀後半 産業革命(史実)

  

  

 西暦1977年9月5日 ボイジャー1号発射(史実)

  

  

 西暦2001年 ⇒世界人口が60億人に到達(史実)

   

   

 西暦2006年(西暦200X年の前年)⇒ 原作の第2次月面戦争があった年

  

  

【M】西暦200X年7月30日午前8時【協定世界時】⇒魔理沙達が幻想郷を抜けて宇宙へ飛び出す。地球の周りには建設途中の宇宙ステーション(史実で完成した日付は2011年7月21日午後6時57分)などを見ながら、月の都へ向かう。12時間の移動時間中、魔理沙の体に異変が生じたが、なんとか乗り越え、やがて月の都へと到着。

 

  

   7月31日午前5時 宇宙飛行機が月の都に到着し、その後綿月姉妹と出会い、彼女の自宅で事情を説明する。紆余曲折を経て、彼女達は、人類を宇宙進出させたいのならば、誕生したばかりの地球に存在した原初の石を持って来なさいと条件を出す。

   魔理沙はそれを承諾し、地球表面近く、同日午後22時10分(協定世界時)に39億年前の地球へとタイムジャンプ。【N】へ

               

               

【P】(革新的な歴史の転換点)8月2日⇒アンナの宇宙船を直してこの時代に帰って来た魔理沙は原初の石を綿月姉妹に渡す。綿月姉妹は人間達の宇宙進出を邪魔しないことを約束。幻想郷が復活することを願いつつ、魔理沙達は出発日に近い、西暦215X年9月20日の幻想郷へ戻る。(直接飛ばなかったのは、幻想郷の結界を抜けられないため)【Q】へ             

               

       

       

 

   

   

  

 西暦2008年(西暦200X年の翌年)⇒原作、東方紺珠伝の異変が起こった年

  

  

  

 西暦2016年⇒世界人口が72億人に達する(史実)

  

  

 

【S】西暦2025年6月30日15時33分【協定世界時】⇒ 太陽系の外宇宙、魔理沙達は電池が切れたボイジャー1号を簡単に破壊する。次いで過去の自分達に見つからないように作戦を練り、アンナの宇宙船を捕まえるために、紀元前39億年7月31日午後3時へ跳ぶ。【T】へ

 

   

   西暦204X年⇒月の裏側に宇宙人がいることに人類が気づく。(旧)

   

 

   21世紀半ば⇒とある大国が月に戦争を仕掛けるも、あっさりと敗北。(旧) 

   

     

 西暦2055年2月9日【協定世界時】⇒銀河帝国の巡洋艦がボイジャー1号を発見。それに伴い、地球へ人類に化けた宇宙人を送りこむ(旧)   

 

  

  

 西暦2070年頃⇒人類が無人光速航行を確立

  

   

 21~22世紀頃⇒人類は宇宙開発を推し進めていくも、月の都から激しい妨害に合う(旧)

   

   

   

 西暦213X年4月11日⇒魔理沙がにとりへ設計図を持っていき、中身を確認して一目惚れしたにとりは、宇宙飛行機の開発に取り掛かる。  

   

 

 西暦215X年9月18日午前10時頃⇒幻想郷の空を飛んでいると、射命丸文に遭遇。能力を駆使して逃げた先には、妖怪殺しの結界に覆われた博麗神社。紫に入り方を教わって中へ入ると、この時代の博麗の巫女である博麗杏子の姿を発見する。妖怪嫌いの彼女は、魔理沙を見て滅ぼそうと襲い掛かり、慌てた魔理沙は咄嗟に時間指定無しの時間移動(タイムスリップ)をしてしまう。【E(西暦300X年5月6日)】へ

           

           

   9月18日午前10時頃⇒歴史が複数回変わったことを確信した輝夜。人里で何かないかと探していたら慧音に遭遇。二人が話し合っている最中、天狗の新聞に在りし日の魔理沙の写真が載っていた事が決め手となり、翌日に魔理沙の家に訪問することを決める。

 

 

【I】9月18日午後1時⇒外の世界でも魔法を使えるようになるマナカプセルを創るため、マナが豊富な水場(玄武の沢)へ向かう。その途中にとりに出会い、既に例の物は完成していると意味深長なことを告げられる。それに首を傾げつつ、魔理沙はマナカプセルを完成させて、再び250X年に戻る。【J】へ    

     

 

【L】9月18日午後9時⇒疲労困憊の妹紅を自宅に泊める。

      

      

   9月19日午前6時(協定世界時)⇒時の回廊から宇宙空間に出るも、スペースデブリが多かったため地球の突入を断念。西暦200X年8月1日を経由して同日午後3時にタイムジャンプ 【O】へ

       

        

   9月19日午前9時⇒慧音と輝夜が魔理沙の自宅を訪れ、驚いた魔理沙は取り合えず自宅に上げて話をする。その途中で起きてきた妹紅が慧音の姿を見て感極まり、熱い抱擁を交わす。魔理沙は慧音と妹紅を横目に、輝夜と月の都に行く手段について話し合い、永遠亭にある月の羽衣を使うことに決めて出発。道中、妖怪の山に寄って行く。

     

         

   9月19日午前10時過ぎ⇒妖怪の山のにとりの自宅を訪ねると、そこには巨大な宇宙飛行機が。にとりによれば、この時点よりもさらに未来の魔理沙が渡した設計図を元に造られたと言う。

      しかし輝夜の話では乗り物を用意しても特殊な結界が張られた月の裏側には行けないとの事で、当初の目的である永遠亭に向かい、輝夜の協力もあって月の羽衣を借りる。

      その帰り道この時代(215X年)の妹紅と偶然出会い、蓬莱の薬を飲まなかった歴史に変えてくれと頼まれたが、魔理沙の説得により妹紅は去って行った。

     

    そしてにとりの自宅に戻ってきた魔理沙は、にとりと未来の妹紅(300X年)と共に、西暦200X年月の都へ向けて、宇宙飛行機を発射する。(午後2時55分)【M】(西暦200X年7月30日午前8時)へ

     

     

【O】9月19日午後3時~4時⇒幻想郷に戻ってきた魔理沙は、すぐに20年前に戻ってにとりに設計図を渡し、改めて西暦200X年へと飛ぶ。【P】へ   

         

        

【Q】9月20日12時50分⇒宇宙で宇宙船が飛び交うのを確認してから、幻想郷の上空で魔理沙は西暦300X年へタイムジャンプ! 【R】へ

      

      

【V】9月20日午後5時⇒未来から帰って来た魔理沙は、にとりと別れ、家でゆっくりと休むことにした。【第3章終了】

        

      

 

西暦216X年⇒人類がワープに成功する     

 

   11月11日⇒銀河帝国との宇宙戦争により地球滅亡。(旧)

      

      

      

 西暦2189年⇒第一次殖民計画が行われ、選ばれた10万人が他惑星へと移住を開始する。     

      

       

 西暦240X年頃⇒上白沢慧音が永眠する。

      

          

 西暦250X年5月27日⇒この頃に幻想郷の博麗大結界、識別コード『A-10とNH-43』にごく小さな亀裂が入っていたらしい。(旧)

 

 

【Gの歴史】⇒柳研究所が創設された日付。(旧)  

       

【F】西暦250X年5月27日正午⇒まだ幻想郷が無事だった頃に戻って来た魔理沙は、この時代の博麗の巫女で霊夢そっくりの博麗麗華に出会う。

 

 その後、この時代の紫に会い、未来の紫の伝言を伝える。しばらく後に紫が帰って来た時、魔理沙の話通り結界に解れが出来ていたことに驚いていた。解れを直したことを確認した魔理沙は、午後4時にタイムジャンプ。500年後へ確認に行く。【G】へ

      

      

【H】5月27日午後4時5分⇒妹紅を連れて再びこの時間に戻って来た魔理沙だったが、タイムジャンプ魔法が蓬莱人を連れた時間遡航に対応していなかった為気絶。妹紅は気絶した魔理沙を博麗麗華に介抱するように頼み込み、博麗神社で一晩を過ごした。

    

      

   5月28日朝⇒博麗神社で目を覚ました魔理沙は、食事を摂った後紫と藍に事情を説明し、柳研究所を滅ぼすことを決めてその日の深夜に襲撃する約束を取り交わす。その準備の為に、一度元の時代(西暦215X年9月18日午後1時)に戻る。【I】へ 午前9時50分

     

【J】5月28日午前9時55分⇒準備が出来た魔理沙は、妹紅と共に約束の時間(深夜0時)まで再び時間移動。

       

   5月29日午前0時⇒紫と待ち合わせし、スキマを通って研究所へ。そこのサーバールームでクラッキングの最中、テラフォーミング計画の文章を見つける。

   その後、藍が幻想を解明する研究のプロトタイプを見つけデータを消去。研究所を物理的に破壊して幻想郷へ帰還し、再び300X年に戻る。【K】へ 

 

 

 25世紀~28世紀⇒幻想解明の研究所潰しの為に魔理沙が飛び回った時刻。(いついかなる時間においても、西暦300X年の時点で幻想郷が滅亡する歴史へと収束)(旧)     

      

 27世紀頃⇒日本の自然は幻想郷を除いて全て消えてなくなってしまう。替わりに人工光合成装置がフル稼働し、人類の生活を支えていた(旧)

 

 28世紀頃⇒人口減少が進んで、日本の人口が2000万人に(旧)

     

 

【Gの歴史】⇒西暦280X年⇒柳研究所の研究チームにより、非常識や迷信を科学的に解明することに成功。幻想郷が滅びる大きなきっかけとなった。(旧)

 

【Gの歴史】⇒西暦280X年⇒外の世界の軍隊が幻想郷へ侵攻する。幻想郷に住む多くの妖怪達が団結して立ち向かったが、人類が生み出した幻想を解明する兵器には敵わず敗北。幻想郷は壊滅し、幻想郷があった土地には外の世界の人間が文明を築き、コンクリートジャングルが出来上がる。永琳と輝夜は地上に見切りをつけて月へ帰る。(旧)

 

 

【J~Kの歴史】西暦282X年⇒田中研究所による幻想の解明。同時に、蓬莱人全てが月に移住。(旧)

 

     

【E~F間の歴史】西暦293X年11月11日⇒八雲紫でも直せないほどに博麗大結界の綻びが広がり、幻想郷の維持が難しくなる。幻想郷崩壊へのカウントダウンが始まる。(旧)

 

 

【E】西暦300X年5月6日昼⇒魔理沙が偶然跳んできた時間は、妖怪が全て消滅し、人の住めない土地となってしまった幻想郷だった。慌てて博麗神社に向かった魔理沙は、八雲紫の姿を発見し、何が起きたか問い詰める。彼女は結界の解れが原因で、外の世界の常識が大量に雪崩れ込んだ為に幻想郷は崩壊したのだと話す。

 そして紫に、この歴史を変えて欲しいと頼まれた魔理沙は、絶望の未来を変えるべく、結界の解れが発生したとされる西暦250X年5月27日に跳ぶ。【F】へ(旧)

 

 

【G】5月6日午後⇒結界を直して辿り着いた先は、幻想郷とは似ても似つかぬ、高度な科学文明の街並み。落下死しそうになったところを妹紅に助けられ、説明を聞く。 

  紫が遺したメッセージと、妹紅の説明を聞き、外の世界の研究所による幻想の解明を防ぐことが幻想郷の存続に繋がる、と判断した魔理沙は、妹紅を連れて再び西暦250X年5月27日午後4時5分へと遡るが、その際にアクシデントが起こり、魔理沙は気絶する。【H】へ (旧) 

    

        

【K】5月7日昼⇒未来に行った先も歴史変わらず。今度は田中研究所が柳研究所と同じように幻想を解明してしまった。今度こそ歴史を変えようと、田中研究所を壊滅させるために、再び西暦250X年5月29日へと遡る。(旧)

 

    

   同日午後3時⇒何度滅ぼしても別の研究所が幻想を解明する歴史の流れが変わらず、いたちごっこに疲れた魔理沙達。(失敗は11回)別の原因がある筈だと図書館で歴史を調べ、月の都が怪しいと踏んだ魔理沙達は、西暦200X年の月の都へ行く事を決意する。

         

   ところが肝心の移動手段がない事に気づき、困っていたが、魔理沙はにとりの『既に例の物は完成している』発言を思い出し、西暦215X年9月18日午後9時に逆戻りする。【L】へ  (旧)

         

 

 

【R】5月7日正午~5月8日午前10時頃⇒今度は地球が無くなってしまった。綿月姉妹曰く、原因は宇宙人に滅ぼされたことで、地球が存続する為には、アンナの歴史と、ボイジャー1号の歴史を変える必要があることを知る。

 早速取り掛かろうとした魔理沙だったが、今の宇宙飛行機の性能では足りない事を知り、宇宙飛行機の改良の為ににとりを置いて、魔理沙と妹紅は1ヶ月先に跳ぶ。

    

    

   6月8日正午過ぎ⇒宇宙飛行機の改良は済んでいた。さらにここで、アンナが魔理沙のいる時代までコールドスリープしようとしていたことが判明。それらの謎を解くためにも、まずはボイジャー1号を破壊するために、西暦2025年6月30日15時33分【協定世界時】へ向かう。【S】へ(旧)

         

    

         

【U】6月9日午後0時15分⇒地球が無事に存続する歴史に改変し、更に幻想郷(海が誕生した)もしっかりと存続していて、博麗神社で再会した紫は感極まって魔理沙に抱き着いた。

   

   その後落ち着いた紫と、2つの記憶を持った妹紅、傍観者だった輝夜、綿月姉妹から新たに変化した歴史の説明を受ける。人類は宇宙を開拓し、地球の人口が減ったことで幻想郷は目立たなくなり、住みやすい世界になった。

   

   地球と幻想郷滅亡の予兆が無くなったことを確信した魔理沙は安心し、にとりと共に元の時代(西暦215X年9月20日午後5時)へと帰ることにした。途中、時の回廊で咲夜に労いの言葉を掛けられる【V】へ

                  

                  

   同時刻の別視点で、紫達が魔理沙達がいないのは、歴史が変わる前兆なのでは無いか、という話をしてる間に歴史改変が起こり、魔理沙が居る歴史へ変貌する。

    

    

    

 時の回廊の出来事

 

 2度目(魔理沙が初めて妹紅を連れて西暦250X年に時間移動した時)⇒魔理沙の無意識化の出来事で、彼女自身は感知せず。妹紅と一緒に過去へ遡ったことにより、新たな可能性が生まれたことを暗示する。

 

 3度目(初めて宇宙飛行機に乗りながら時間移動した時) ⇒時の回廊の真の姿が開かれる予兆のような話。ここで時の女神初登場。

 

 

 4度目【O】の続き。(39億年前から初めて200X年に戻る時)⇒世界に絶望していた魔理沙に時の女神咲夜が登場し、魔理沙に時間の真実を伝える。並行世界ではなく、歴史が上書きされていたと知った魔理沙の心は晴れ、歴史改変に前向きな気持ちになることが出来た。そして時間の辻褄(宇宙飛行機の設計図入手の因果)を合わせるために、200X年から急遽215X年9月19日に進路変更。

 

 

 5度目【T~U】の間。(地球存続の条件を立てた時)時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。

 

 

 6度目【U~V】の間(未来の幻想郷と地球を救う目的を達成した時)時の女神は今後の魔理沙の行動を予知するような発言をし、魔理沙のことを大いに労った。

 



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第四章 霧雨魔理沙
第114話 魔理沙の迷い


この話から第4章に入り、視点が魔理沙に戻ります。

時系列は第107話 『第3章エピローグ第2話 魔理沙の行方』の続きとなっております。

※追記 第113話がないのは前の話で年表を挟んだ話数の都合上であって、伏線や投稿忘れではありません。誤解を招く表現で申し訳ありませんでした。


 ――西暦215X年 9月21日――

 

 

 

 ――side 魔理沙――             

 

 

 

 未来の幻想郷を救うという大業を成し遂げた私は、達成感とでも言うべきか、はたまた燃え尽きてしまったとでも表現するべきか、日の出と共に目が覚めたにも関わらず、ベッドの上から動けずにいた。

 窓の外にはうろこ雲が広がる澄んだ空。太陽は既に高くなっていて、時々舞い上がる秋めいた色の枯れ葉は、季節が変わり始めている証だ。

 

「……そろそろ動き出さないとまずいな。休むのはもう止めよう」

 

 このままでは腐り果ててしまうと危機感を抱いた私は、気怠い体に鞭を入れてのっそりと起き上がる。二階の寝室から一階に移動し、身嗜みを整えてからリビングのソファに移動する。

 

 現在時刻は午前11時04分。綺麗に整理整頓されたリビングの窓からは陽の光が差し込み、木目の床を照らしている。まだ気持ちの面では気怠いが、半日以上もベッドに横たわっていたので、肉体はこれ以上ないくらい良く動く。

 

(さて、これから何しようかな)

 

 まず最初に思い浮かんだのはアンナの星へ遊びに行く約束だが。

 

(ここのところ宇宙と地球を行ったり来たりしてたしな。今はあまり気が乗らないし、出掛けるのはもっと後にするか)

 

 もしこの思考が誰かに聞かれていたならば、凄く後ろ向きな発言と思われるかもしれない。

 しかし魔法関係のことならいざ知らず、見たことも聞いたこともない土地に行き、未知の現象について理解するのは非常に大変なのだ。まあタイムトラベラーにとって約束の時間などあってないようなもの、後回しでも構わないだろう。

 

「――ふっ、それにしても、まさか未来があんなことになっていたとはなあ」

 

 今日の予定を考えていくうちに、自然と未来で体験した出来事について思考が移っていった。

 

(幻想郷が崩壊する未来があった――なんて、今の紫に言ったらどんな反応をするのだろうか。ははっ、絶対に信じないだろうな)

 

 どの時代においても、紫は幻想郷を心から愛し、幻想郷を守るためにひたむきに行動していた。私も幻想郷を愛しているが、紫には到底敵わないだろう。

 

(幻想郷の存続を目指していたのが、いつの間にか外の世界も救う事になっちゃったな。今思い返してみれば突拍子もない話だぜ)

 

 今回の歴史改変では、幻想郷と外の世界、地球人と宇宙人、どれか一つでも力の均衡が崩れてしまうだけで誰も得しない不幸な結末になってしまっていた。無事に解決できて本当に良かったと改めて思う。

 

(てか、そもそも未来に跳ぶことになった原因はこの時代の博麗の巫女のせいなんだよな。確か博麗杏子だっけか? 問答無用で襲い掛かってくるとか信じられん。いつだっけかアリスと話した時、彼女についてあまり話したがらなかったのも頷けるな)

 

 博麗杏子の行動は決して褒められたものではないが、結果として未来の危機を知り、円満に解決することができたので、彼女に対して恨みは特にない。

 

(しかしそれに比べると、麗華は素直で人懐っこくてとても可愛かったなあ。最初に会った時は霊夢そっくりで驚いたぜ。…………)

 

 霊夢、その名前を思い浮かべた所でまた胸がチクリと痛くなる。

 

『せっかく時間移動できるんだしさ、もっと色んな時代を旅して回ればいいじゃん? 歴史上の出来事を見に行く、ってのも、時間移動の醍醐味だと思うけど』

 

 考えをめぐらしていくうちに、昨日のにとりの言葉を何気なく思い出した私は、続けてこのテーマのもとに考え始める。

 

(歴史上の出来事ねぇ。幻想郷にそんなのあったっけ?)

 

 ぱっと思いつく限りでは、霊夢と解決してきた様々な異変だけど、それら全てに当事者として関わっている訳だし、今更過去に戻ったとしても結末を知っているのでなんの面白味もない。

 

 もしくは私が参加しなかっただけで、この150年間に多くの異変が起こっていたのかもしれないが……あいにく、その辺りの事は何も分からない。

 

(外の世界の歴史だと何がある? 邪馬台国……平安京……戦国時代……江戸時代……幻想郷誕生……)

 

 幻想郷内に留まらず、外の世界の歴史についても数々の候補地が思い浮かぶが、やはりどれもしっくり来ない。

 

「あーもう考えが纏まらん!」

 

 思わずソファーの上で叫んでしまった。

 私の頭の中はまさに支離滅裂。普段のように理論立てて考えることすら出来ていない。というか、昔の私は一体どんな毎日を過ごしていたんだろうか。

 

「いったいどうしたいんだろうな私は」

 

 うじうじと悩むのは私らしくないと分かってはいるのだが、何かが欠けている――そんな気がしてならないのだ。この満たされない気持ちはどうすればいいのだろう。

 

「いっそのこと未来の自分が来て、答えを出してくれたりしないかな」

 

 午前11時40分をさす時計を見つつ、淡い期待感を抱きながら待ってみたものの、どれだけ経っても現れる気配はなかった。

 

「ま、そうだよな。そう都合よくは行かないよな。ここで一人悩んでてもしょうがないし、思い切って誰かに相談してみるか」

 

(誰がいいかな。信頼できそうな人は……)

 

 ここで私が真っ先に思いついたのが、アリスとパチュリーだった。彼女達にはタイムジャンプの研究の際に大いに助けられた恩もある。前回会った時の好意的な反応から見るに、相談に乗ってくれそうだ。

 

(いっそのこと、さとりに話を聞いてもらうのもいいかもな。アイツ心読めるし、私のモヤモヤ感もズバっと言い当ててくるだろ)

 

 しかしそれはつまり、私の知りたくなかった心の闇や、教えたくない知識も表に曝け出してしまうことになるわけで、あまり親しい仲でもない彼女に相談するのは一長一短でもある。

 

 それを考えると神子が適任ではないかと一瞬思ったりもするが、それはそれで有難いお説教をもらったり、道教に勧誘されたりしそうなので、やっぱりやめておこう。

 

 ちなみに、未来でそれなりに長い時間を過ごした妹紅とにとりについて言えば、前者はこの時代では私と顔見知り程度の浅い関係っていうのと、後者は研究に忙しそうという理由で、自然と選択肢から除外している。

 

 あれこれ長ったらしく理由を付けながら悩み抜いた末に。

 

「いいや。別に一人に限定する必要はないんだ。アリスとパチュリーに相談してみよう」

 

 そう決断した私は立ち上がって、いつもの帽子を被り家を飛び出した。

 

 

 

 

 外は日差しが強いが、秋の訪れを感じさせる涼しげな風が吹いているため、過ごしやすい気候になっていた。絶好の行楽日和と言ってもいいだろう。

 

 自宅を飛び出した私がまず最初に向かったのは、アリスの自宅だった。何故アリスが先なのかと問われると、答えは単純。ただ単に私の家から近いからだ。

 

「よし、アリスの家はあっちだな」

 

 魔法の森上空に飛び出した私は、方角を確認してから飛行する。

 

 ここは太陽の光も碌に届かず、森というよりジャングルと名乗った方がいいくらい草木が鬱蒼と生い茂っている森だ。ジメジメしてて視界が悪く、化物茸の胞子が宙を舞っている為、普通の人間は呼吸することもままならず、体の弱い者が入ればすぐに呼吸器系の病気に罹ってしまうだろう。

 

 そんな特性もあってこの土地は菌類の天国となっており、幻覚を見せたり、足が生えて勝手に歩き回ったりする摩訶不思議なキノコが生えているため、魔法の研究をするのにはうってつけの場所だった。霊夢の自殺のこともあって既に研究はやめてしまったが、この森の茸の知識だけは今でも誰にも負けないと自負している。

 

 さて、こんな人も妖怪も滅多に寄り付かない辺鄙な場所に住みつく物好きは私の他に三人いて、その内の一人が、これから向かうアリス・マーガトロイドという名の少女が住む家だ。

 

 アリス・マーガトロイド。金髪青目の人形のように美しい容姿の彼女は〝七色の人形使い″という異名がある。主に魔法を扱う程度の能力、人形を操る程度の能力を持ち、その能力と二つ名の通り人形を操る事に長けており、見えない糸を張り巡らして何体もの人形を同時に操り、家事や雑用もさることながら、戦いのときには三桁に近い数の人形を操って、多彩な技を繰り出すことも。

 

 アリスの人形や、人形が着てる服なども全て自作らしく、多分幻想郷で一番手先が器用な人間なんじゃないかと思う。初めて会った時は、人を寄せ付けないとてもクールな印象を受けたが、仲良くなっていく内に、ただ一人で静かに過ごす事が好きなだけで、意外と面倒見が良い性格なのを知った。

 

 そんな彼女の目標は、完全な自立人形――すなわち、自分の意思を持ち、自分の意思で動く人形を作ることらしい。そんなの、好きな人と結婚して子供を産んで育てればいいんじゃないのかと思ったのだが、アリスはあくまで人形に拘っているらしく、その方法は考えていないとのこと。

 

 この歴史のアリスは覚えていないだろうが、かつての歴史では、もはや150年以上も付き合いのある古い友人だった。時間移動の研究の時には、知識面や精神面で大いに援助してもらったので、今でも彼女には感謝している。

 

(……そういえば、香霖や成美とはもう数十年以上会ってなかったな。今度顔を出しに行かないとな)

 

 とまあ、移動中の退屈しのぎに思いを巡らしてるうちに、鬱蒼と生い茂る木々の中で不自然に開けた空間に建つ青色の屋根を発見し、その場所へとゆっくり下降する。

 

 アリスの家は、平屋に八角塔屋が併設されたごく普通の一軒家だ。私の自宅もそうだが、こんな辺鄙な場所に住んでるからと言って、魔女っぽいおどろおどろしい建物に住んでいるわけではないのだ。

 

 玄関の手前に降り立った私は、扉をリズムよくノックしながら「お~いアリス。いるかー?」と呼びかけてみたが、少し待っても返事はなかった。

 

「アリスー! いないのかー?」

 

 声を張り上げつつ、今度は強めにノックしてみるものの、やはり反応がない。

 

「まいったなぁ出かけてるのか。仕方ない、紅魔館へいこう」

 

 私はアリスに会うのを諦め、紅魔館に向けて飛び出していった。

 

 

 

 魔法の森を抜け、平原をなだらかな速度で飛び続けていく内に、一面霧がかかった地帯が見えて来たので、そのまま突入する。

 

 ここは霧の湖と呼ばれ、その名の通り、昼間は常に霧がかかっているために、辺りは視界不良となっている。妖精たちの遊び場でもあり、湖底がくっきり映る程の透明に澄んだ水面の上で、氷の妖精が周りの妖精たちと遊んでいたりもする。

 

 視界不良の湖上を飛んでいく最中、知り合いを何人か見かけたものの、彼女達に用はないので何もちょっかいを出さずにそのまま突っ切る。やがて視界が晴れ、幻想郷では珍しい赤い洋館が見えて来た所で湖畔に降り立ち、門に向かって歩いていく。

 

 閉ざされた門には、紅魔館の門番こと紅美鈴が仁王立ちしている。実は霧の湖を抜けた辺りから、体の中を探られているような気味悪さを感じていた。多分彼女が気を使う程度の能力を用いて、私の姿を遠くから捕捉していたんだろうと思う。

 

「よう美鈴」

 

 しかしそれをおくびに出さず、私は努めて普通に挨拶する。

 

「こんにちは魔理沙さん。今日は紅魔館に何の御用で?」

「ちょっとパチュリーに相談したいことがあってな。通してもらえるか?」

「どうぞどうぞ。お嬢様に許されている魔理沙さんなら、いつでも歓迎ですよ!」

「それは有難い」

 

 美鈴が門の前から退いたので、私はそのまま中へ入ろうとした時、ポツリと呟く美鈴の声が聞こえた。

 

「それにしても今日は良くお客様が来る日ですねぇ」

「ん? 私以外に誰か来てるのか?」

「つい先ほどアリスさんがいらっしゃいましてね。きっと大図書館へ向かったのではないでしょうか」

 

(そうか。アリスは紅魔館にいたのか。ならちょうどいいな)

 

「サンキュな。お前も門番頑張れよ」

「ええ、もちろんです! ――とは言っても、正直な話ここ数十年間は紅魔館への襲撃もないので至って平和なものです。霊夢さんや咲夜さんが生きていた頃は、しょっちゅう魔理沙さんが門破りしてきましたからねぇ。それでよく咲夜さんに怒られたっけ」

「それは別の〝私″であって私じゃないぞ?」

 

 とは言え、人間だった頃も全く同じことをやっていたので、全てを否定できるわけではないのだが。

 

「すみません。こうして魔理沙さんと話していたら、つい懐かしい思い出が甦っちゃいまして。えへへ」

 

 口元は緩んでいるが、彼女の瞳には薄らと涙が見えていた。

 

「アハハ、ごめんなさいしんみりした空気にしちゃって。引き留めちゃいましたね、どうぞ中に入ってください」

「お、おう」

「よ~し、今日も一日頑張るぞー! おーっ!」

 

 拳を突き上げ、自らに言い聞かせるように気合を入れている美鈴に少し思う所はあるが、私は門を潜り抜け、紅魔館の中に入って行った。



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第115話 魔理沙の本心

誤字修正しました


 150年前と広さも構造も全く変わらない館の中、テキパキと掃除や洗濯といった家事雑用をこなしていく妖精メイド達を尻目に、大図書館へと移動する。

 相変わらず見渡す限り本の数々。古今東西から集められた万を超える蔵書数を誇るこの場所もまた、150年前とはなんら変わりない。

「パチュリーは何処にいるんだろうか」

 本棚の間を抜けて奥へ進んでいき、少し開けた場所に出ると微かに話し声が聞こえてきた。

 

「――だと思うんだけど」

「そうね。私だったらここは――」

 

 閲覧机に向かい合うように座りながら、魔導書を開きつつ真剣に討論をしているアリスとパチュリーの姿。恐らく魔法談義の最中なのだろう。

 

「ようアリス、パチュリー!」

「え、魔理沙!?」

「いらっしゃい。よく来たわね」

 

 突然現れた私にアリスが声を上ずらせていたが、パチュリーはまるで私が来るのを分かっていたかのように、落ち着き払っていた。

 

「こうして会うのも久しぶりだな~。元気してたか?」

「つい4日前に会ったばかりじゃないの。久しぶりってほど時間経ってないでしょ」

「あれ、そうだっけか?」

 

 私にとってはこの二人の顔を見るのもかなりしばらくぶりだったんだが……、時系列的にはまだそれだけしか経ってなかったのか。

 

「その口ぶりだと、また別の時間に跳んでたのかしら?」

 

 私はパチュリーの隣に座りながら。

 

「聞いて驚くなよ? 実は未来の世界を救ってきた所でさ、つい先日この時代に帰って来たばかりなんだぜ」

「フフッ、なによそれ」

 

 得意げに話す私の言葉を、アリスはただの冗談だと思ったようだが。

 

「興味深い話ね。魔理沙。その話もうちょっと詳しく聞かせてくれない?」

 

 意外にもパチュリーは食いついて来た。

 

「お、パチュリーは今の話を信じるのか?」

「咲夜が亡くなった時のレミィの変化を見ればね」

 

 そういえば人間だった咲夜の運命を変えるために過去へ遡ったこともあったっけ。まだそんなに時間が経ってない筈なのに、なんだか随分遠い昔の話みたいな気がする。

 

「んじゃま~聞きたいなら話してやるよ」

 

 私は未来で体験した出来事、そして幻想郷が無事に元通りになったことを語っていった。

 

 

 

 

 

「――ってことがあったんだ。幻想郷が西暦300X年まで存続するのはこの目で見て来た所だから、安心してくれていいぜ」

 

 喋り終えた私は、話の最中に緑髪の妖精メイドが運んできた紅茶でのどを潤す。うん、これはアッサムティーだな。

 

「……まさか未来がそんなことになっていたなんてね。途方もない話だわ」

「魔理沙って凄いのね~! 外の世界にいったり挙句の果てに宇宙に飛んで行ったり。私には全く想像も付かないわ!」

「私だけの力じゃないさ。色んな人妖の協力あってのものだからさ」

「でもそんな簡単に未来の話をペラペラ話しても良かったのかしら? 私達に話すことで未来が変化したりしないの?」

「あ~? まあ大丈夫だろ。歴史の転換点となる時間はもう過ぎちゃってるし、何よりお前らは幻想郷の破滅を願ったりするような魔法使いじゃないだろ?」

「それはそうだけど……」

「聞いても良い話だったのかしら……。なんか不安になってきたわ」

「アリスは心配性だなぁ」

「それは未来のことだし心配もするわよ。というか、やっぱり魔理沙ってどんな世界でも本質は変わらないのね。その程よくてきとーなところとか」

「失礼だな。私だって悩みや迷いを抱えることだってあるのに」

 

 そう冗談めいた口調で話すも、このアリスには、霊夢の自殺直後に私を懸命に励ましてくれてた時の記憶はないんだな。と、今更ながらに理解し、自分だけが覚えてることに寂しさを感じつつも、言葉を続けていく。

 

「実はさ今日ここに来たのも、相談に乗ってもらいたくて来たんだ。……聞いてくれないか?」

「悩み? いいわ。話してみなさいよ」

「席を外した方がいい?」

「いや、出来ればアリスも聞いてくれないか? お前の意見も聞かせて欲しい」

「そう? まあいいけど」

 

 二人とも話を聞いてくれそうなので、私は一度咳ばらいをしてから悩みを打ち明けていく。

 

「霊夢の死をきっかけに時間移動を学んだ私は、理由はどうあれこれまで色んな時間に跳んでいった。そして行く先々で様々な問題に直面しては、時間移動を駆使して解決したんだ。けどな、いざ抱えていた問題を全部片付けたら心に大きな穴がポッカリ空いちゃってさ、何かが物足りないんだ」

 

 少なくともこんな気持ちは未来に跳ぶ前にはなかった。未来で起こった出来事で私になんらかの心境の変化があったんだろうが……。

 

「なるほど、心のスキマが埋まらないってことね。でもそう言われても私には良く分からないわ」

「同感。だって、魔理沙はちゃんと問題を解決したんでしょ? 話を聞く限りだと、未来のことで悩むきっかけなんてないように思うわ」

「でも実際私はこうして悩みを抱いてるんだ。細かい事でもいい、何か気づいたことはないか?」

「う~ん、そう言われてもねぇ……」

 

 アリスは難しい顔で考えこんでしまったが、パチュリーがこんなことを言いだした。

 

「……私が懸念するのは今の魔理沙が目的意識を見失ってるところね。魔理沙はもう人間ではなく私達と同じ魔法使いになっている。魔法の探究者たる魔法使いが知的好奇心や探究心を失ってしまえば――待つのは死だけよ」

「はっ! そうね。非常にまずい事態よこれは」

 

 事の重大さを認識している二人だったが、私は。

 

「そっか、このままだと私は死ぬのか……でもま、それも悪くないかもな。霊夢の元に逝けるんだとしたら」

 

 達観の境地で呟くと、アリスは机を思い切り叩き。

 

「――っ、どうしてそんなことを言うのよ!」

 

 と、珍しく感情剥き出しにして私に詰め寄って来た。

 

「私の人生は、霊夢が自ら命を絶ったあの日から180度変わった。とにかく何が何でも霊夢を助けたい。それを原動力にしてタイムジャンプを完成させたんだ。その目的が達成されたのなら、悔いはない」

 

 実際、完成直後はまだ世界の仕組みを完全に理解しきれておらず、歴史を変えたら自分も消えるかもしれないと思っていたくらいだった。

 

「あんた、よくもそんなことをぬけぬけと言えたわね!」

「落ち着きなさいアリス。気持ちは分かるけど感情のままに行動するのは良くないわ」

 

 激昂し、私を引っ叩こうとするアリスをパチュリーは制止する。続けて。

 

「魔理沙も嘘を吐くのはやめなさい。〝その程度″の理由だったらここまで悩まないでしょう?」

「なっ……その程度って、私にとっては人生そのものだったんだぞ! そんな言い方はないだろ!」

「冷静になってよく考えてみなさい。私の言葉尻を捉えて、熱く反発するってことは現状に不満があるってことじゃないの?」

「!」

「つまらない見栄や虚栄心は捨てて自分の気持ちに正直になりなさい。じゃないと、いつまで経っても分からないままよ」

 

 眉一つ動かさずに冷徹に言い放つパチュリー。思わず立ち上がった私も少し頭が冷えて、そのまま着席する。

 

「自分の気持ちに正直に……」

 

 確かにパチュリーの言葉は筋道が通っている。一度整理して考えてみよう。

 

(このモヤモヤとする気持ちのきっかけは、たぶん霊夢だ)

 

 私にとって霊夢は、幼馴染でもあり自分にとってかけがえのない存在だった。十にも満たない年齢で博麗の巫女の大役を担い、与えられた責任をこなす霊夢に憧れ、幼いながらに彼女の後ろ姿を目指して日々切磋琢磨していき、気づけば共に肩を並べて戦えるようになった。今の霧雨魔理沙を構成しているほぼ全てが、霊夢の影響によるものだと断言しても良い程に。

 しかし今は西暦215X年。人間の霊夢がこの時代まで生きられるはずもなく、とっくに土の中で眠っており、私だけが人の道を外れ今を生きている。

 ……未来の妹紅をこの時代の私の自宅に連れて来た時、偶然慧音と再会して感極まった未来の妹紅が慧音と熱い抱擁を交わすシーンがあった。記憶を辿っていけば、その時もまた今のようなわだかまりを感じていた。

 立場や想いは違えどこれらに共通することは、〝もう既に自分が生きている時代では亡くなってしまっている相手″だということだ。そして今もなお、亡き親友のことを想うだけで胸が痛む。

 

「…………そうか、そういう事だったのか!」

 

 ようやく私は、自分の抱いていた悶々とした気持ちがなんなのかを悟る。

 

「私は霊夢の自殺を防ぐその一心で過去へ遡り、無事に歴史を変えることができた。……けど本心はそれだけじゃなくて、霊夢ともっと一緒に過ごす時間が欲しかったんだ」

 

 そう独白したところで、私の陰鬱な気持ちは雨上がりの空のように晴れて行くのを感じる。

 

「ふふ、どうやら気持ちの整理がついたようね」

「ありがとなパチュリー。私のことを冷静に諭してくれて」

「礼を言われるまでもないわ」

 

 ずっと目を逸らして見ないふりをしていただけで、この気持ちは霊夢が死んだ150年前のあの日から抱いていたものだ。それに気づかせてくれたパチュリーには感謝しかない。

 

「アリスもさ、私の為に怒ってくれてありがとう」

「……二度と死んでもいい……なんて言わないでよね。魔理沙と再び会えた時、私はとても嬉しかったのよ?」

「悪かったよ、ごめんな」

「ふん、魔理沙の馬鹿」

 

 涙を流すアリスに率直に謝ったことで、彼女の態度は少し軟化したようだ。自分のことしか見えてなかったけど、どうやら私は相当愛されていたらしい。

 

「――パチュリー、アリス。私はこれから、150年前に時間遡航することにするよ」

「霊夢に会ってどうするつもりなの?」

「とにかく霊夢に会ってさ、この気持ちを確かめてこようと思うんだ。そうすれば、きっと前に進める気がするんだ」

「……そう。決意は既に固いのね」

「ああ」

 

 私ははっきりと頷いた。もう迷いはない、後を引く気持ちにけりをつけよう。

 

「150年前かぁ。その年って確かスペルカードルール決闘法の黎明期よね。霊夢がまだ現役の巫女をやってて、魔理沙はバリバリの魔法使いで、咲夜が生きていた頃。早苗も巻き込んでバカ騒ぎしたり。……懐かしいわね。彼女達が生きていた頃は今以上にとても楽しかったわ」

「そうね。今よりも多くの異変が発生したけど、紅魔館も今より活気があった。ここにも多くの来客があって常に賑やかだった。……特に魔理沙がね」

「ふふ、まあ成長して大人になる頃には、立ち振舞いや言動もそれなりに落ち着いたけどね。昔のやんちゃだった頃の話をすると、決まって恥ずかしがっちゃって、面白かったなぁ」

「ええ。咲夜が急逝したのは残念だったけど、霊夢と魔理沙は最期の時まで親しい間柄だったし、老いてもなお、自分らしく生きてたわね」

「さすがに若い頃のように跳んだり跳ねたりは出来なくなってたけど、亡くなる寸前まで頭も体も元気だったからねぇ。霊夢なんか幻想郷のご意見番みたいな存在になっちゃってさ。彼女の言葉に幻想郷中が注目していたわ」

「魔理沙も最期まで人のまま魔法の道を貫いたわね。老いてもなお若い頃と変わらず幻想郷中を飛び回って精力的に活動していた。もし捨食と捨虫の魔法を学んでたらどれだけ凄い魔法使いになったのかしら。そこも残念でならないわ」

「ええ、そうね……」

「あんなに妖怪に好かれた人間は居ないんじゃないかしらね。特に、霊夢の後任の博麗の巫女は求められることが多くて大変だったって言うじゃない」

「霊夢しか認めないって理由で異変を起こした妖怪もいたし。彼女には不思議な魅力があったわねぇ」

「――はあ。何もかもが懐かしいわ。話し出すとホントキリがない」

「過去に囚われてばかりいるのは良くないけど、たまには昔話に耽るのもいいわね」

 

 100年以上も前の思い出話に花を咲かせるアリスとパチュリー。私の歴史では一心不乱に時間移動の研究をしていたので二人が話すエピソードについて何も知らないが、それでも違う歴史に生きた私や霊夢は、命が尽きるその時まで仲良く楽しい日々を送っていたことは伝わってくる。

 

「よくもまあそんな、昔の話を覚えてるな」

「霊夢も魔理沙も良き友人だったもの。忘れるはずないわ」

「彼女達は常に幻想郷の中心にいたからね。妖怪っていうのはね、印象が強い出来事ほど記憶に残り続けるの。きっと1000年経っても、二人の名前は語り継がれていくでしょうね」

「そっか」

 

 実際パチュリーの言う通り、西暦300X年の未来でも霊夢の名前が出て来ていた。そのことに、なんだか自分のことのように誇りに思う私がいる。

 

「話が脱線しちゃったけど、過去に戻ってどうするつもりなの? 150年前にも魔理沙がいるんでしょ?」

「問題はそこなんだよな。どうしようか」

「貴女と魔理沙はそっくりなんだし、こっそりと入れ替わっちゃえばいいんじゃない?」

「バレないかな」

「大丈夫よ。だって貴女の容姿は、150年前の魔理沙と生き写しなのよ? 幾ら霊夢の勘が鋭いとはいえ、まさか未来から来た魔理沙と入れ替わってる――なんて発想はないでしょうし、多少ボロが出ても気づかれないでしょ」

「言われてみればそうだな。よし、その手でいってみるか!」

 

 まずはお試し……という言い方は正しくないかもしれないが、1日だけ入れ替わってみよう。その為の手段は考えてある。

 

「パチュリー、ちょっと知りたい魔法があるんだ。調べていっても良いか?」

「ここで読む分には構わないわよ。持ち出すなら一言言ってね」

「サンキュー」

 

 私は立ちあがって大図書館の奥へと向かい、目的の魔法が記されている魔導書を見つけだし、その内容を暗記して自分の糧にした。

 時間移動しか研究していなかったとはいえ、簡単な魔法なら覚えるのも造作ない。私が覚えたのは眠らせる魔法と鍵を掛ける魔法なのだから。

 そして本を元の場所に戻して、アリス達がいる場所に戻り。

 

「用事はすんだし、それじゃ行ってくる」

「待って」

 

 歩き出そうとしたところで、アリスが呼び止める。私の元に近づくアリスの深刻な表情が気になったので、立ち止まって話を聞くことにした。

 

「なんだ?」

「魔理沙、必ず帰って来るのよ。例えどんな結果になったとしても決して自暴自棄にならないで」

「……何を言い出すかと思えば。私の時間はここなんだ。どっかにいなくなったりしないって」

「でもね。感情っていうのは時として何をしでかすか分からないものなのよ。特に強い執着を抱く相手に対して、冷静でいられる自信はあるの?」

「そんなの平気だって。心配してくれてありがとな、アリス」

 

 アリスの肩に手を置き、私は大図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 紅魔館を出た私は、寄り道せず一直線に自宅へと戻って来た。現在時刻は午後3時。出発前に比べて傾いた日差しが辺りを照らしており、少し過ごしやすい気候になっている。

 

「え~と昔の私と入れ替わるんだから箒が必要だよな。何処にあるかな」

 

 そうして家探ししていくうちに、ロッカーの中に竹箒を発見。毛並みが程良く整っているので、多分買った(作った?)ばかりなのだろう。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 箒を抱えて外に出た私は、自宅から少し離れた繁みに隠れる。もし万が一跳んだ先に、過去の私や他の誰かが居たら弁解するのが難しいからだ。

 そしていざ準備が整ったところで、続いて遡航先の時間を決める。

 

「時間はどうするかな……え~と確か、霊夢と別れたのが7月21日だろ? そしてロケットに乗って月の都に行ったのが7月30日で……、咲夜に手紙を渡したのが9月1日だっけ」

 

 幸いにも、この日この時間に跳ばなければならない――みたいな細かい時間指定はいらないのでいつでもいいんだが、それ以前に跳ぶことで、せっかく私が決定づけた歴史がバタフライエフェクトによって変わってしまう可能性をを考えると、今挙げた日付以降の方が良さそうだ。

 

「9月2日で良いか。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年9月2日、午前8時!」

 

 いつものように時計の魔法陣が出現し、150年前に向けて時間遡航を行っていった。

 



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第116話 魔理沙の忘れ物⑦ 霊夢の未来(後編)

高評価ありがとうございます。
いつも誤字報告してくださってる方にも感謝です。



今回の話の時系列は、間章第112話 タイトル『魔理沙の忘れ物⑥ 霊夢の未来(前編)』と直接話が繋がっています。




――西暦200X年7月25日 午後2時――

 

 

 

 side ――霊夢―― 

 

 

 

 

「!?」

 

 諦めそうになったその時、ぼやけていた視界が急にくっきりして、飛びかけた意識が戻ってきた。

 私はすぐさま周囲の状況を確認する。

 陽の光とは無縁なかび臭さに、見上げてみれば天高くそびえ立つように並ぶ本の山。お尻からはひんやりとした感覚が伝わってくる。私は大図書館の床にへたり込んでいたみたい。

 

「大丈夫、霊夢? 私のこと分かる?」

 

 いつの間にか隣に立っていた咲夜に手を差し伸べられ、「ちょっと眩暈を感じただけよ。なんともないわ」と答えつつ手を取って立ち上がる。どうやら気絶しそうになる前と時間が続いてるみたいで、時間が戻った訳じゃなさそう。

 

「……ふむ、たった今時の神は霊夢の精神を巻き戻したのよね。だとするなら、そこにいる霊夢は一体いつの時間の霊夢なのかしら。見た所意識もはっきりしてるみたいだし、人格が抜け落ちて抜け殻になった訳じゃないのよね。……いえ、それとも時間が巻き戻ったのかしら? なら、今ここにいる私達の意識が残っているのはおかしいし、もし私の主観がここに取り残されたのなら、他の時間にもこうして考えている私がいることになるのかしら」

 

 こちらもいつの間にか大机の前に移動していたパチュリーが、変なことを呟きだしたけれど。

 

「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は時間を巻き戻されていないわよ。あんたの良く知る博麗霊夢」

「あら、そうなの?」

「なんか時間を戻されそうになったところで、急に中断された感じなのよ。まあそのおかげで助かったんだけどね」

「…………」

「どうしたの咲夜? 難しい顔しちゃって」

「さっき時の神が時間を巻き戻そうとした時、咄嗟に時を止めようとしたんだけど……。その時にシンパシーを感じたのよね」

「なによそれ?」

「分からないわ。能力も使えなかったし、何がどうなってるのか」

 

『これは……! そう、そういうことなのね魔理沙。結局あなたは、過去の未練を捨てきれなかったのね』

 

 会話を遮るように、ノイズ越しでも心底驚いてると分かる声色の、時の神の言葉が響き渡る。含みを持たせるような言い方が気になるけど、それよりも聞き逃せない言葉が。

 

「魔理沙がどうしたの!?」

 

 私の一番の親友で、幼馴染の名前を、時の神は確かに口にした。

 

『未来の状況が変わり始めたわ』

「どういうことよ?」

『この時間から見てそう遠くない将来、〝未来の魔理沙″がこの時代に再びやってきて、貴女に接触を図ろうとするわ。そのチャンスを逃さなければ、貴女が望む情報すべてを知ることになる』

「私にその時まで待てと言うの? そこまで明かすのなら、なんで今全部話してくれないのよ」

『さっきも話したけれど、私の干渉によって貴女の行動を変えるのは避けたいのよ。あくまで霊夢自身の意思決定によって、歩む道を決めて欲しいの。今の助言が私からの最大限の譲歩だと思って欲しいわ』

 

 何だかよく分からないけど、神様といえども自由じゃないのね。ま、守矢の神様とかも、幻想郷に来るまで結構苦しい状況だったらしいし、神様といってもあんま万能じゃないのかも。

 

『ほら、レミリアお嬢様も話してたでしょう? 『近い将来、貴女の人生最大のターニングポイントがやってくる』って。あの予言とはまさにこのことよ』

「ふ~ん、あれってそういう意味だったんだ」

 

 まさかこんな形で事実を知らしめる事になるなんて、レミリアも予想できなかったでしょうね。ま、私としては考える手間が省けたから良かったけど……って、あれ?

 

「ちょっと待ちなさい。なんであんたがその言葉を知ってんのよ?」

 

 あの場にいたのは、私とレミリアと咲夜の3人だけだし、この話はまだ他の誰にも言ってない。

 ……ひょっとして。

 

「ねえ、あんた――もしかして咲夜じゃないの?」

 

『私の行動を覗き見してた』とか『元々こうなるような未来を知っていた』とかってのもありえるけど、この時の神は喋り方や能力が咲夜に似てて、幻想郷の事もかなり詳しく知っているし、おまけにやけに馴れ馴れしい口調で私やパチュリーのことを呼んでいた。

 ちょっと考えてみれば色々と一致するのよね。

 

「え、そうなの霊夢? でも私は今ここにいるし、違うんじゃない?」

「時間を巻き戻す能力を持つくらいだし、過去や未来に移動することだって余裕でしょ。こういうのはね、常識に囚われないで柔軟な発想をすべきなのよ」

「どこぞの巫女と似たようなことを言うのね」

「あの子ほど大胆にはなれないけどね。――さあ、答えて時の神! あんたは【十六夜咲夜】なのかしら?」」

『……ふう。失言を聞き逃さないなんてさすがの洞察力ね、霊夢』

 

 誰かも分からないノイズ混じりの声がクリアになり、ついさっきまで話していた人物とよく似た声が響く。

 

「この声は……!」

 

 咲夜が驚くと同時に、大図書館全体に超常的な力が駆け巡り、下から突き上げるような大きな揺れが生じる。

 

「な、なに?」

「これは自然のものではないわね。何か大きな力を持った存在が顕現する時のような……」

 

 意外と大きな揺れにも関わらず、冷静に分析するパチュリー。幸いにも大きな揺れはすぐに収まり、辺りを見渡してみても、特に落ちた物はないみたい。

 しかし安堵するのも束の間。一瞬閃光のような眩い光と共に人影が現れ。

 

『霊夢の予想は見事正解。おめでとう……と賛辞の言葉を送るわ』

 

 多少エコーがかかった声と共に、咲夜と瓜二つの姿をした女性が目の前に。本当に何から何までそっくりで、ただ一つ違うのは、純白の綺麗なロングワンピースを着ているところくらい。

 

「噓……! わ、私がいる……! そんな、どうして。なんで?」

 

 メイドの方の咲夜は、普段の瀟洒な姿は何処へ行ってしまったのやら、明らかに動揺した様子で自分そっくりの女性を指さしていた。

 

「……これは驚きね」

「わぁっ! 咲夜さんが二人います! 凄い光景ですよこれ! そう思いませんかパチュリー様!」

 

 パチュリーは呆気にとられ、小悪魔は二人の咲夜を指さしながらはしゃいでいた。

 

「あんたがさっきまで私と話していた時の神?」

 

 未だに動揺が収まらない咲夜に代わり訊ねると。

 

『その通り。貴女達が良く知る、身元不明で名前すらも知らない記憶喪失の少女、十六夜咲夜の正体は時の神様だった。メイドとしてレミリアお嬢様に仕える十六夜咲夜は、私から離れた分身のようなもの。幻想郷に来るときに記憶を無くしてしまったけれど、元を辿れば、時の神としての私も、人間としての咲夜も同じなのよ』

 

 時の神様と名乗る咲夜は、私の良く知る咲夜の声と非常にそっくりで、聞いてもいないことまでつらつらと語り始めた。……っていうか、メイドの方の咲夜ってそんな過去があったんだ。まったくそんな素振りを見せなかったし結構ビックリ。

 

「……レミィがどこかから拾ってきた時から、只の人間じゃないとは思っていたけど、まさかその予想をはるかに上回るなんてねぇ。今日だけで1年分くらい驚いたかもしれないわ」

「ほぇ~咲夜さんは神様だったんですかぁ。あんまり実感湧きませんけど、なんだかすごいですねえ」

「え、え、えぇっ!? 私が神様って、信じられないわ……!」

 

 衝撃のカミングアウトに、三者三様思い思いの反応をしていたけど、私は『ああ、やっぱり』みたいな感じで、特に驚きもせずに納得できた。

 だって咲夜って、元々何でもできる完璧超人だし、『実は神様でした~』なんて種明かしをされても全然不思議じゃない。

 

「それにしても、ずっと渋ってた割には、あっさりと本当の姿を見せるのね?」

『言ったでしょう? 未来が変わったって。私が正体を隠す必要が無くなったのよ。それにどうせ時間を戻すのは規定事項ですし』

 

 神様の咲夜は清々しい笑顔でリセット発言をした。まあ、薄々とは感じていたけど。

 

「ねえ咲夜、どうしても時間を戻すつもりなのかしら? せっかく貴女の事について知れたのに、戻されちゃったら意味がないじゃない。誰にも話さないと約束するから戻さないで頂戴よ」

 

『申し訳ございませんパチュリー様。詳しい事は話せませんが、今私自身がこうして顕現する事がイレギュラーそのものなのです。世界の為にもどうかご理解ください』

「はぁ……貴女って一々大袈裟な事を言うのね」

 

 驚きを通り越して呆れ果ててしまっているパチュリー。よく分からないけど、パチュリーと神様咲夜の表情からかなり深刻なんだと分かる。

 

「幻想郷は大丈夫なんでしょうね?」

『時間を戻せば全て無かった事になるから心配は無用よ。そもそも貴女が姿を現せとしつこく迫るから、わざわざ要求に答えてあげたのに』

 

 白い歯を見せながら自信たっぷりに答える神様の咲夜。ああ、この嫌味っぽい言い方は間違いなく咲夜だ。

 そして、一転して真面目な表情になり。

 

『霊夢、貴女が知りたがっていた事を知る機会は必ずやってくるわ。未来の魔理沙の正体や、時を遡って来た動機、彼女によって修正される前の歴史についてもね』

 

「え!?」

 

 その言葉に心拍数が上がる。まさか私の知らない事実があったというの……?

 

「だから今は私のことを信じて機会が訪れるのを待って。お願い』

 

 深々と頭を下げる神様の咲夜に、少し考えてから。

 

「……分かったわ。あんたの言葉、信じることにする」

 

 もしかしたら〝私が了承の返事をする″ことすら、彼女は事前に知っていたことかもしれないけど、別に私は利用されたとは思わない。

 何も分からないまま諦めるのだけはどうしても嫌だったし、未来の風向きが変わったのならば、例え何かの思惑があったとしても、それを利用する手はない。

 

『感謝しますわ、霊夢』

 

 再度頭を下げた神様咲夜は、続いてずっと様子を窺っていたメイドの咲夜に近づいていく。ここまで慎重になっている彼女を見るのは初めてかも。

 

「な、なによ?」

『そんなに怯えないで、何もしないわ』

「お、怯えてなんかないわよ」

 

 手を伸ばせば届く距離まで近づき、身構えている自分の姿を見ながら不敵な笑みを浮かべる神様咲夜。咲夜って背も高くてスラッとしてるから、どんな仕草をしても絵になるのよね。これも美人の特権なのかしら。

 

『こうして間近でみると本当に人間なのね。命の輝きを感じるわ』

「私からしてみたら当たり前なんだけどね。何が言いたいの?」

『生まれてこの方空っぽだった私を満たしてくれたのは、あなたのおかげ。私が言えた義理じゃないかもしれないけれど、命尽きるその時まで精いっぱい生きて、幸せになって頂戴』

「……あなたに言われるまでもなくそのつもりよ。私はお嬢様に生涯忠誠を誓ったのだから」

『ええ。そうね』

 

 メイド咲夜からは終始睨まれ続けているにも関わらず、神様咲夜は子供に深い愛を注ぐ母親のような柔らかい表情で頷いていた。

 そして神様咲夜はこの場にいる面々を見渡した後。

 

『皆さんお騒がせ致しました。私の用件は済んだので、これより本日午前10時まで時間を巻き戻させていただきます。申し訳ありませんが、その時間以降に体験した記憶は、霊夢を除いて全て無かった事にさせていただきます』

 

 そう言って神様咲夜は右腕を掲げて指を弾く。直後、またさっきみたく、視界がグニャグニャとねじ曲がり始めていく。

 

「うぅ、気持ち悪い……」

 

 泥酔した時みたいな、吐き気を伴う眩暈に酔ってしまった私は、床に座り込んでしまう。

 

「パチュリー様! なんだかフラフラします~!」

「なるほど、これが時間が巻き戻る感覚なのね。……こんな貴重な体験を忘れてしまうなんて残念で仕方ないわ」

 

 小悪魔とパチュリーも、私と同じく苦しんでいるみたいだったけど。

 

「これが私の真の姿、なのね」

 

 メイドの咲夜はそれも意に介さず、強い意志を持って神様の咲夜を見据えていた。果たして彼女の瞳にはどのように映っているのだろう。

 

『機会があればまたいつか会いましょう、さよなら皆さん。さよなら、人間の私』

 

 直後に視界は真っ白になっていき――時間は巻き戻されていった。

 

 

 

 

 ――【西暦200X年7月25日午前10時】――

 

 

 

「ん……」

 

 焼けるような暑さと、けたたましい蝉の鳴き声に叩き起こされた私は、すぐに今置かれている状況を確認する。いつかのように縁側に座り、靴を履いてさあ出かけようという体勢。巫女服もまだサラサラとしてて、仄かに香る石鹸の匂いがした。

 

「ここは私の家ね。ってことはまた時間が戻ったんだ」

 

 振り子時計を見れば、神様の咲夜が話した通り午前10時になっていた。懐には未来の魔理沙が忘れて行ったルーズリーフ。ほんの少し前まで、私はこの謎を調べに行こうと思っていた。

 

 だけど、今の私はもうどこにも出かけるつもりはなかった。例え今から紅魔館に向かったとしても、タイムリープ前の出来事について、私以外の誰も覚えていないだろうし、神様の咲夜やレミリアが、全てを知る機会が来るって言ってたから。

 

 きっと今の時点で、私が調べられる限界はここまでなんだと思うし。

 

「ふっふっふ、未来の魔理沙、早く私の元へ来なさい! 素巻きにしてでも捕まえて必ず色々と聞き出してやるわ! 覚悟しておきなさいよ!」

 

 ギラギラと輝く太陽を睨みつけながら、まだ見ぬ未来の魔理沙に向けて私は誓いを立てた。

 




ここまで読んでくれてありがとうございました。
間章はこの話で今度こそ終了です。

第四章第115話サブタイトル『魔理沙の本心』にて、西暦215X年9月21日の魔理沙が西暦200X年9月2日午前8時に戻る事を決断したことで、

間章第112話 タイトル『魔理沙の忘れ物⑥ 霊夢の未来(前編)』の後書きで書いた歴史及び、これから霊夢が歩む歴史とは違う未来が訪れる可能性が生まれました。

次回からは魔理沙の視点に戻ります。


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第117話 魔理沙の成り代わり

 ――西暦200X年9月2日――

  

  

 

 ――side 魔理沙――

 

 

 

 時間移動が終わる気配を感じ取り、私は目を開ける。出発前と変わらぬ繁みの中、少し遠くには自宅が堂々と建っていた。

 一見すると何も変わっていないように感じるが、脳内時計に意識を向ければ【AD200X/09/02 AM8:03:23】と表示されていることから、150年前に戻って来たのは間違いない。

 辺りに人の気配がないことを確認してから繁みを抜け、抜き足差し足自宅へと向かい、壁に張り付いたまま近くの窓から中をこっそりと窺う。

 このくらい朝早い時間にすれば家にいるんじゃないか。と思っての時間設定だったが、もくろみは見事に当たった。

 ゴミ屋敷一歩手前の散らかったリビングには、机に向かう後ろ姿の〝私″――正確には別の歴史を辿るもう1人の私――がいた。

 

(おっいたいた。あの時もそうだったが、やっぱり自分を客観的に見るのは変な気分になってくるな。つか、こんな朝っぱらから何やってんだ?)

 

 ここからでは見えなかったので、足音を立てないように気を付けながら別の窓へ移動し、再び覗き込む。

 

 私とは別の歴史を辿る魔理沙――長い上にややこしいので、これ以降は別の歴史の〝私″のことを【マリサ】と呼ぶことにする――は魔道書を開きながら紙に書きとり、何かを熱心に調べている様子。

 

 目の下にできたクマや、机の上に散らばっている紙を見る限り、どうやら弾幕ごっこで使用する既存のスペルの改良を徹夜で行っているようだった。

 

(……そういえば、私最近弾幕ごっこやってないなあ。最後にやったのはいつだっけ)

 

 ここ150年間タイムトラベルの研究にかかりっきりだったため、弾幕ごっこをやる機会がめっきり減ってしまった。昔はあれだけ熱意と情熱を捧げていたのに。

 

 もし霊夢があんな死に方をしなければ、私もこんな人生を送っていたのかもしれない。目の前のマリサの生き方こそが正しい歴史であり、私の方が異端なのだろうか。

 

(…………っと、いけないいけない。感傷に浸るのは後だ。早速行動開始だぜ)

 

 私はその場から離れ、最初に覗き込んだマリサの後ろ姿が見える窓以外の全ての出入り口をロック魔法で鍵を掛けていく。

 とはいってもあくまで子供騙し程度の簡単な魔法なので、魔法に精通した者ならすぐに抜け出せるだろう。マリサがアンロック魔法を知らないことを祈るのみだ。

 続けて唯一鍵を掛けなかった窓に戻った私は、音を立てないように慎重に開き、呪文を詠唱する。 

 使用する魔法は眠りの雲。着弾した地点から睡眠作用が含まれる煙が発生し、これを吸った対象はすぐに眠ってしまうという単純な魔法だ。

 

(よし、詠唱完了。それっ!)

 

 家の中に向けて魔法を放ち、すぐさま窓を閉める。天井付近に着弾した魔力弾はすぐさま煙となって広がっていき、徐々に真っ白になっていく。

 

「うわっ、なんだこりゃ! 火事か!?」

 

 ここでようやく異変に気付いたマリサは、口元を抑えつつすぐさま台所へと向かい、何やらガサガサと漁り始める。

 もちろん私の魔法が原因なので台所に異常は無く、彼女は出火元の特定を諦め、駆け足で玄関へと向かうが。

 

「なっ――出られん! 一体どうなってるんだ!?」

 

 壊れそうなくらい乱暴にドアノブをガチャガチャと回し、ドアを叩きまくるマリサ。次いで窓のサッシに手を掛けるが、当然こちらもビクともしない。

 

「どうして開かないんだよ! おかしいだろ!」

 

 苛立ちの声が聞こえる間にも、魔法の煙はどんどん充満していく。こっそりと覗き込む私も、だんだんと室内の様子が分からなくなってきた。

 

「くそっ、なんだこれ……、だんだん意識が……、やば……い……ぜ」

 

 何か大きな物が地面に倒れこむような音と共に、足音がピタリと止んだ。

 それから少し待っても動き出す気配がないことを確認してから、私は窓のロックを解除して開け放つ。家の中に充満していた煙はあっという間に外へ逃げていき、空気が澄んでいく。

 改めて玄関から自宅の中へ入ると、リビングの中心に苦悶の表情で倒れこむマリサを見つけた。簡単に身体を調べた限りでは、怪我をしている様子は無く、口元に耳を近づけると寝息が聞こえてくる。

 

(成功だな)

 

 これで夜まで起きてこないだろう。踵(きびす)を返して博麗神社へ向かおうとして――

 

(……こんな場所に寝かせておくのも可哀想だな)

 

 思いとどまり、床に倒れこんでいるマリサを抱えて二階の寝室に運び、そこへ寝かせる。

 

「これで良し。悪いな〝私″。しばらく眠っていてくれ」

 

 そう言い捨て、きちんと戸締りをしてから箒に跨り、博麗神社へと飛んで行った。

 

 

 

 その後特にアクシデントもなく、普通に博麗神社の鳥居前に到着した私。

 

(よ、よし。普通に、普通に……自分らしく演じるんだ、私!)

 

 緊張をほぐすように呼吸を整え、覚悟を決めた後、箒を片手に奥へと歩いていった。

 

「れ、霊夢いるかー? 私だ!」

「こっちにいるわよー」

 

 社の中から返事が聞こえたので恐る恐る中を覗いてみると、そこには座布団を枕にして、うちわで仰ぎながら畳に寝転がっている博麗の巫女がいた。

 

「お前だらしないな……ドロワ見えてんぞ」

「だーって暑いんだもの。しょうがないでしょーが。そこの温度計見てみなさいよ。31度よ? 31度。9月になったというのに、全然涼しくならなくて嫌になっちゃうわ」

 

 霊夢はスカートの裾を直しながら起き上がり、続けて。

 

「それよりあんたこそ今日は何しに来たのよ? 新しいスペルカードを開発する、とかでしばらく自宅に籠るんじゃなかったの?」

 

(げっ、アイツそんなこと言ってたのか。ここは……)

 

「あ、ああ。そのことなんだが、研究にちょっと行き詰っちゃってな、気分転換も兼ねて来たんだ」

「ふ~んそう……」

 

 咄嗟に思いついた方便だったが、霊夢は納得してくれたようだ。

 

「ま、まあ。せっかくだしさ、弾幕ごっこでもしようぜ?」

「何が『せっかく』なのよ、暑くてやる気出ないし面倒くさいわ。他の人を当たって頂戴」

「つれないなぁ。もし私に勝てたらジュースを奢ってやるぜ?」

 

 私が交換条件を出すと、霊夢はうちわを放り投げ外に飛び出していった。

 

「さあ魔理沙! すぐに始めるわよ!」

 

(ははっ、現金なやつだな)

 

「ほら何してんのよ! 早く来なさい!」

「今行くよ!」

 

 苦笑しつつも、箒に跨って宙に浮かび霊夢の正面に相対する。先程までのだらけた姿は一切なく、異変を解決する時のような真剣な表情をしていた。

 

「スペルは3枚でいいか?」

「構わないわよ。ふふん、さくっと倒してあげるわ」

「こっちこそギャフンと言わせてやるぜ!」

 

 さあ、弾幕ごっこの始まりだ――

 

 

 

 

「ギャフン!」

「あんたが言ってどうすんのよ……」

 

 地べたに這いつくばる私を霊夢が呆れた様子で見下ろしている。天高くさんさんと大地を照らす太陽、鯨のように大きな雲の塊が東へと流れていく。ああ、空はこんなにも広かったのか……。

 

 やる気を出した巫女の本気の弾幕はそれはもう凄まじく、一種の尊敬の念すら覚えてしまう素晴らしいものだった。次々と逃げ道を塞がれてしまい、反撃する間も殆どなくスペルを破られ、追い詰められていった。

 

 唯一の好機と言えば、激しい弾幕の嵐をかいくぐって霊夢の後ろを取り、そこから苦し紛れに放ったマスタースパークくらいだろう。しかしそれすらも、こちらに目もくれず横に滑るように躱され、気づいた時には後ろを取られてしまった。

 

 正確な時間は分からないが、恐らくものの5分と持たなかっただろう。完敗だ。

 

「自信満々に挑んできた割にはあっさりと決着着いちゃったわね~。というか魔理沙、アンタ弱くなってない?」

 

(…………)

 

 多少言い訳させてもらうと、弾幕ごっこ自体数十年近いブランクがあった。かつての私のような技のキレもなく、今の実力ならばきっと霧の湖の氷精にも負けてしまうだろう。

 

 しかしそんなことを今の霊夢に話す訳にもいかず、「霊夢が強かっただけだろ。たかがジュース1本でそんなやる気出しやがって」と誤魔化す。

 

「うっさいわね~とにかく勝ったんだから、約束通りジュースちょうだい!」

「はいよ。それじゃ買いに行ってくるから待っててくれ」

「私サイダーでお願いね~」

 

 服に着いた土埃を払い、箒にまたがり人里へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 風を切って飛び続けていくうちに、森と川沿いに広がる瓦屋根の建物が連なる人口密集地帯、幻想郷では人里と呼ばれる土地が見えてきた。

 

 その中でも比較的道幅が広い大通りに、私は静かに降り立つ。

 

 日中ともあって往来を歩く人々はまあまあ多く、空から降りて来た私に目もくれずに、皆それぞれの目的を果たすために行動しているようだ。

 

 まあ人里と言えど、普通に妖怪も出入りしているので、彼らにとってこの程度のことは日常茶飯事なのだろう。

 

 さて、どこで飲み物を手に入れようか、そもそもこの時代で使えるお金は持っていたかな、と考えつつ、往来に建ち並ぶ店を見ていたその時、背後から不意に声を掛けられる。

 

「魔理沙さん!」

「ん? ――え」

 

 振り返った先の人物を見て、考え事が一気に吹き飛んだ。

 

「こんなところで会うなんて奇遇ですね~」

「お前、早苗じゃないか!」

 

 長い緑髪に蛇とカエルの髪飾りが特徴的な女子高生。霊夢の商売敵であり、友人でもあった守矢神社の巫女がそこにいた。

 

(そうか、この時代では早苗も生きているんだっけ。一番若くて綺麗な時期なんだよな~)

 

 私の知る歴史において、早苗は最期の時まで守矢の巫女として、その生涯を二柱の神に捧げていた。温和で物腰が柔らかく、人々の為に尽くした彼女は、老いてもなお人里から多大な人気を誇っていた。

 

「どうしたんです魔理沙さん? そんな驚いちゃって」

「い、いや。その、なんだ。お前の顔を見るのも懐かしいなぁ、と思ってさ」

「何言ってるんですかもうー。一昨日会ったばかりじゃないですかー」

「そ、そうだったよな。アハハハハ」

 

 目の前の彼女は知る由もないことだが、彼女の最期を看取った身としては、こうして元気に歩いて話す姿を見るだけで、懐かしさや嬉しさ、悲しさなど万感の思いが脳裏に浮かんでしまうので、それらを表情に出さないようにするのが大変だった。

 

 というか、この時間に来てから何もかもが懐かしくて、いつにも増しておかしくなってしまっている。ボロが出ないように気を付けないといけない。

 

「ところで早苗はここで何してるんだ?」

「今日のお夕飯の買い出しですよ。外の世界に比べると、幻想郷は食材が新鮮で物価が安いですからねぇ。いつもついつい買いすぎちゃいますよ」

 

 手に下げた空っぽのかごバッグを見せびらかしながら、愛想よく答える早苗。

 

「へえ、献立は何にするんだ?」

「まだ決めてないですよ。色んなお店を見て回って、これだ! って思ったのを作ろうと思って。私はずっとそうめんで良かったんですけど、同じメニューばっかりだとそろそろ飽きると神奈子様が仰られたので」

「お前も大変なんだなぁ」

「魔理沙さんはちゃんとバランス良く栄養を取ってますか? まだまだ育ち盛りなんですから、キノコばかりの偏った食生活は良くないですよ! 今度ご飯を作りに行ってあげましょうか?」

「面倒くさくてもちゃんと飯は作って食べてるからそれには及ばないさ。それにな、あまりキノコを馬鹿にするのは良くないぜ? キノコはカロリーが低いにもかかわらず、ビタミンやミネラルが豊富で体にいいんだ。調理法も煮たり、焼いたり、乾燥させたり、と数えきれないくらい豊富だし、これ一本で充分行けるぜ」

「そうなんですか! キノコって凄いんですねぇ。ダイエットにも良さそうです」

「別に早苗はダイエットなんかしなくても充分に痩せてると思うけどな?」

「そう思いますか!? ふっふっふ、この体型は日々の努力によって成り立っているのですよ。聞きたいですか? 聞きたいですよね!?」

「……いや、今日はいいわ。また別の機会にしてくれ」

「え~!? 今の話の流れ的に、ここは聞く感じじゃないんですか~!?」

「だってそんなことしなくたって、普通に暮らしてれば太らないだろ? つーか、むやみやたらに痩せたいという気持ちがよく分からん」

 

 私が元々痩せやすいという体質的なものもあるが、魔女になった今、食事を摂らなければ痩せる事も太る事もないので、聞く意味がない。

 

「サラッと世の女性を敵に回す発言をしましたね魔理沙さん。私は今の体型を維持するのに苦労してるのに……」

 

『どうせならお腹ではなく胸に脂肪がいけばいいのに……恨めしい』と落胆しながら早苗は呟く。それについては完全に同意だ。

 

「ところで、魔理沙さんはどうしてここに?」

「霊夢とジュースを賭けた弾幕ごっこに負けちまってな。こうして人里に降りて来たわけだ。全く、本気の霊夢は強くて敵わん」

「あはは、そうなんですか。その様子だと魔理沙さんが懸念していたことはやっぱり気のせいだったみたいですね」

「ん? なんのことだ?」

「あれ? 『ここ1ヶ月くらい、霊夢が妙に挙動不審で怪しい。霊夢の隠している秘密を暴いてやるぜ!』って前に話してたじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

「あ、ああー! そのことか! いや、実はな? まだ何もわかってないんだ。うん。今も調査中だ、調査中」

「私も以前会った際にそれとなく聞いてみましたけど、いつもの霊夢さんとお変わりなかったですけどねぇ。やっぱり魔理沙さんが気づかない間に、霊夢さんに何かやっちゃったんじゃないですかー?」

「ど、どうなんだろうな~。思い当たる節が多すぎて分からん」

「親しき中にも礼儀ありですよー? これを機に、魔理沙さんも少しはお行儀よくしたらどうですか?」

「そ、そうだな、前向きに考えておくぜ」

 

 マリサならこう答えるであろう、という回答を即興で考えながら話を合わせる。

 

「もし何か分かったらいつか私にも教えてくださいね。それでは私はこれで失礼します」

「ああ、またな」

 

 早苗は一礼してから立ち去って行った。

 

(さっき会った時は特に変わった様子は無かったんだが……う~ん、マリサが気にしているくらいだから、余程怪しいんだろうな。この時代の霊夢は何を企んでいるんだ?)

 

 その辺りも気になる所だが、あまり深く突っ込んで尋ねると、次にマリサと会った時に会話の辻褄が合わなくなるかもしれないし、詮索しない方が良いのかもしれない。

 

 人間誰にだって隠しておきたい事はあるわけだし、そもそも霊夢が挙動不審だっていうのもマリサの見当違いな可能性もあるわけだし。

 

(……ここで考えても仕方ないか)

 

 考え事もほどほどに、私は歩き出した。




ありがとうございました。


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第118話 咲夜の世界

高評価ありがとうございます。



 今日は日曜日ともあって、大通りは喧騒に包まれていた。

 

 往来を自由に走り回る子供達や、通行人に積極的に声を掛けて商売に勤しむ商売人、買い物を楽しむ仲睦まじそうなカップルなど、多くの人々が思い思いの休日を楽しんでいる。

 

 私はサイダーを求めて屋台や出店などを回っていくものの、どこもかしこも口を揃えて『売り切れ』としか返ってこなかった。外はまだ午前中だというのに、突っ立っているだけで汗が流れ落ちるこの暑さ、考える事は皆同じということか。

 

(もっと隅々まで回ってみるか)

 

 商店が連なる大通りだけではなく、裏道や小道の先に続く住宅地にも範囲を広げ、しらみつぶしに歩き回っていく。

 

 やがて、大通りから道一本外れた通りにひっそりと建つ住居一体型の食料雑貨店を見つけ、そこに入っていく。

 

 閑散とした店内を探していくと、氷水を蓄えたバケツに入った瓶入りサイダーを発見する。値段も思ったよりもお手頃で、手持ちのお金で充分に足りそうだ。

 

(これはラッキー! こんなところに残っていたか)

 

 私は店の奥にぼんやりと座っていたおばちゃんに声を掛ける。

 

「おばちゃん、このサイダー2本貰える?」

「はいよ。400円ね」

 

 商品を引き上げ、清算を済ませようとお金を差し出したのだが……。

 

「……おばちゃん? お~い!」

 

 目の前のおばちゃんはお金を受け取るどころか、突然石像のように固まってしまった。大声で呼びかけてみても返事がなく、私の声がやまびこのように店内に反響していく。

 

「――これはもしかして!」

 

 既視感のある光景にあの現象が思い浮び、商品を戻してから外へ飛び出し、大通りへと向かう。

 

 人里の雑踏は真夜中のようにしんと静まり返っていて、往来を歩く人々はマネキンのように固まり、空の鳥は羽を広げたまま空中で止まっている。

 世界全てが写真のように切り取られてしまったこの現象を、私は良く知っている。

 

「時間停止か……!」

 

 脳内時計も【AD200X/09/02 10:20:09】と表示されたまま停止している。こんな芸当ができるのは咲夜をおいて他にいない。

 

(参ったな、時間停止の影響を受けない性質がこんな形で響くなんて)

 

 前回は時の止まった世界でも普通に動けたことで、この時代の咲夜に未来から来たと信じて貰う材料の一つになったが、今回はそれが裏目に出てしまっている。

 自分以外の全てが止まってしまった今、買い物もできないし、霊夢と過ごすこともできない。

 

(しょうがない。咲夜の用事が終わるまで待つか)

 

 適当なベンチを見つけてそこに腰かけ、再び時が動き出すのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「……遅い! 遅すぎる!」

 

 あれから体感的に1時間近く経ったが、待てど暮らせど一向に時が動き出す気配がなく、我慢の限界が近づいていた。

 

(このままだと埒が明かないな。当の本人を探してちょっと文句を言ってやらないと)

 

 こうして待っているのが退屈だというのもあるが、全てが止まった世界にずっと居続けると、このまま自分が世界に取り残されてしまうのではないかという不安が募り始めていたからだ。

 

「咲夜~いたら返事してくれー!!」

 

 私は腰を上げ、人里を駆け回りながら彼女の名前を叫び続けた。もちろんそれと並行して、通行人や店舗内の人間一人一人の顔を確認するのも忘れない。

 

 二人並んで、楽しそうに出店を見て回る慧音と妹紅。

 

 人だかりが出来た広場の中心で、プリズムリバー三姉妹の演奏をバックに人形劇を演じるアリス。

 

 八百屋の店先で里芋とカボチャを片手に首を傾げる早苗。

 

 花屋の店先に並ぶ色とりどりの花々を鑑賞する幽香。

 

 雑貨屋の店頭で困り顔の店主に何か無理難題を押し付けてる様子の天子と、それを諫める衣玖……。

 

 友人や知人の姿は見受けられたものの、肝心の咲夜が全く見つからない。

 

「ん? あれは……危ない!」

 

 大通りの道端で、薬籠を背負った鈴仙がつんのめりになっているのを見つけ、すぐに駆け寄っていったが。

 

(そうだったそうだった。時間が止まったままなんだっけ。それにしても凄いタイミングで止まってるな)

 

 足元には膝小僧近い大きさの石が転がっていることから、これにつまづいて転びそうになったところで運よく時間が停止した、ってところか。鈴仙がこんなに切羽詰まった表情をしているのは初めて見たかもしれない。

 

 薬籠からは、何に使うのか分からない錠剤や遮光瓶が鈴仙の頭上にばら撒かれる寸前で固まっている。このまま時間が動き出せば、転倒の衝撃に加えて、頭から薬品を被るダブルパンチを食らうことになるだろう。

 

(助けてやるか)

 

 つんのめっている鈴仙を助け起こし、人形のように足や腕の関節を動かして直立不動の姿勢になるよう地に足つけた後、飛び散った薬を一個一個掴んで籠に戻し、転がっている石ころもその場から退かしておく。

 

「これで大丈夫かな? 次は転ぶんじゃないぞ~」

 

 鈴仙の肩をポンと叩き、私は引き続き咲夜の捜索に戻っていった。

 

 

 

「駄目だ~見つからない!」

 

 私は最初に座ったベンチに戻り落胆していた。

 あれから人里全体を地上や空中からくまなく探し回るも、動いている人間は疎か、銀髪のメイド服を着た少女の姿もなかった。

 

(う~ん、ここにいないとなると紅魔館にいるのか?)

 

 よくよく考えてみれば、咲夜の時間停止は幻想郷どころか宇宙全体にまで影響が及ぶ訳だし、人里で時が止まったからと言って必ずしもその場所にいるとは限らないじゃないか。

 

(やむを得ないが、ここは行くしかなさそうだな。まあちょっと話すくらいなら歴史も変わらないだろう)

 

 休憩も程々に、私は箒に腰掛けて人里を飛び出していった。

 

 

 

 

 風の音や虫の鳴き声一つしない究極の無音の世界。

 道中、カメラを下げた文が人里に向かって滑空する姿や、氷精が名も知れない妖精に笑顔でスペルを放つ姿を見かけながら飛び続けていると、遥か前方に紅魔館が見えてきた。

 

(どこに降りようかな、中庭がいいか) 

 

 居眠りしている門番の頭上を越えて、中庭の中心に着地する。

 

(時系列的には〝昨日″もここに来たんだっけ。まさか昨日の今日で二度も同じ場所に来るなんてな。……さて、とりあえず咲夜を呼んでみるか)

 

 その場で大きく深呼吸し、耳を塞ぎつつ腹の底から絞り出すように絶叫する。

 

「咲夜ぁぁぁーー!! いたら返事してくれぇぇぇーー!!」

 

 両手の平から伝わる痺れるような衝撃と共に、私の声がこの地域一帯にこだまする。

 

 時が止まった世界では、衣擦れの音や心拍音といった、普段は環境音によってかき消されてしまうような微弱な音すら感じとれる。

 なのでこれだけ大声で呼びかければ、例え屋敷の中にいたとしても聞こえている筈。……というかここに居てくれないと私が困る。他に咲夜が行きそうな場所に心当たりがないし。

 

 そして私の声の反響が止んだ頃、今度は手を離して周囲の音に耳を澄まし、咲夜が気付くことを祈りながらじっと待つ。

 変化が訪れたのは体感的に5分後のことだった。無音の世界の中で石を叩くような音が微かに聞こえ、その音の大きさが徐々に大きくなっていった。

 

「!」

 

 期待を込めて足音のする方に視線を向けると、正面玄関の扉が静かに開き、目的の人物が登場した。

 

「咲夜! 良かった、いてくれたか!」

 

 私の安堵の気持ちとは裏腹に、咲夜は露骨にハイヒールの音を鳴らして近付き、困り顔で口を開く。

 

「やっぱり貴女だったのね、〝未来の魔理沙″。なんでまだここにいるのよ? 昨日『10年後に会いましょう』ってお別れしたじゃないの」

「ちょっと霊夢に用事があってさ、また戻って来たんだよ。ああ、安心してくれ。ちゃんとお前との約束は守って10年後に会いに行ったからさ」

「そうなの? でも霊夢はここに居ないわよ?」

「ああ知ってる。霊夢が博麗神社にいるのは確認済みだ。私はお前に頼みがあって来たんだ」

「頼み? 未来のお嬢様からの手紙についてなら昨日答えた筈だけど、まだ何かあるの?」

「そうじゃないんだ。あのさ、私は今日一日だけこの時代で活動したいと思っている。だけどな? お前が今のように時を止めっぱなしにされると何も出来なくて非常に困るんだ。何をしているのかは知らんが、今日1日だけでいいから能力を使わないでくれないか?」

「……そんな理由で能力の使用禁止を求められたのは初めてだわ。ふふっ、なんだか複雑な気分よ」

 

 苦笑しつつも咲夜は続けて。

 

「貴女には悪いけど私にも事情があるの。今日は午後から美鈴とお出かけする予定が入っていてね、午前中の内に今日の仕事を全部終わらせておきたいのよ。もし時を止めなかったら、終わる頃には夕方になってしまうわ」

「私にそれまで待てというのか? こっちはお前が時を止めてからというもの、居場所を突き止めることでさえかなり時間が掛かったんだ。そんなに待てないぞ」

「そもそも誰にも迷惑がかからないように時を止めっぱなしにしているのに、私に苦情を言われても困るわ。むしろ貴女の存在がイレギュラーなのだけれど」

「……確かに」

「貴女は時間移動できるのだから別の時間に行けばいいじゃない。例えば5分後とか」

「そうか。その手があったか!」

 

 なんでこんな単純な手を思いつかなかったんだろう。

  

「よし、早速やってみよう。タイムジャンプ発動!」

 

 意気揚々と魔法の宣言をするも、いつも必ず現れていた魔法陣は出現せず、ただ私の声だけが虚しく響き渡る。

 

「あれ、おかしいぞ。なんで時間移動できないんだ?」

 

 これまで何度も成功してきたタイムジャンプ魔法に今更不具合が出るなんて考えにくい。もし魔法が不発に終わる原因があるとすれば……。

 

「……もしかしたら、私が時間を止めっぱなしにしてるからなのかしら」

「可能性はあるな。似た能力を持つ者同士、打ち消し合うことになるのかもな」

 

 それにこの咲夜は知る由もないことだが、彼女の正体は全宇宙の時空を管理する時の神様であり、私の能力よりも遥かに格上な力を持っていた。

 もしかしたらその力の名残ということもあり得る。

 

「それならこうしましょう。貴女が私の仕事を手伝ってちょうだいな。そうすれば早く終わることになるでしょ? もし手伝ってくれるのならちゃんとお礼するわ」

「……仕方ないな」

「決まりね。それじゃついてきて」

 

 先を行く咲夜の後をついていって、紅魔館の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「終わったぁ~」

「ご苦労さま」

 

 私は咲夜の仕事の手伝い――もとい家政婦としての仕事を終え、客室のソファーでぐったりとしていた。それはもう、咲夜のお茶を飲む気力もないくらいに。

 

「貴女なかなか筋が良いわね。メイド服も似合っていたし、どう? ここで働いてみるつもりはない?」

「結構だ。お前と違って私はそこまでレミリアに思い入れは無いからな」

「あら、残念ね」

 

 私がすっかりバテてしまっているのに対して、隣に座る咲夜は涼しい顔でお茶を飲んでいた。この細い体のどこにそんな体力があるのか不思議でしょうがない。

 

「それにしても、お前いつもこんなに働いてんのか? ちょっとレミリアに苦情をつけてもいい仕事量だぞ」

 

 咲夜に言い渡された仕事は、掃除・洗濯・レミリアに出す食事の下準備の三つで、案外大した事ないなと思って安請け合いしてしまったが、それは大きな間違いだった。

 

 何せ紅魔館は一般的な住宅に比べて規模が遥かに大きい。

 

 一部屋一部屋が私の自宅よりも桁違いに広い館を隅々まで掃除し、洗濯場で何十人分もの洗濯物をにとり製の洗濯機で洗っては裏庭の物干し場に吊るし、加えて豪勢な生活スタイルに見合った手間暇かかった料理の数々、どれもこれもが地味だけれど大変な作業だった。

 

 疲労よりもむしろ、これだけの仕事を文句一つ言わずに毎日こなしている咲夜への驚きの方が勝ってしまう。

 

「この程度いつもの事だから平気よ」

「だとしても大変すぎるだろ。いくらお前が有能だからといっても体は一つしかないんだ。折角妖精メイドが無駄に沢山いるんだからそいつらを使いこなした方がいいぜ?」

 

 ずっと時が止まったままなので客観的な時間は1秒も経っていないが、体感時間的には全て終わるのに半日近く掛かっていた。もし私が居なかったら倍近い時間が掛かっていたとなると……やはり、働き過ぎだと言わざるを得ない。

 

「あの子たちはあまり役に立たないのよ。急ぎの場合は私が一人でやった方が早いし」

「……昨日私は言ったよな? お前の死因は能力の使い過ぎによるものだって。こんなことを毎日続けていたら私の知る歴史よりも早く死んじまうかもしれないんだぞ?」

「私が10年後の6月6日に死ぬ未来は確定してるんでしょう? 何をいまさら」

「い~や違うね。確定している未来なんてない」

「え?」

「個々人の意識次第で歴史はどうにだってなるんだ。人として最期まで全うするのと、生き急ぐのとは全く意味合いが違うからな。少しは自分の体を労わってくれよ……」

 

 気づけば私は、歴史の整合性だとか、バタフライエフェクトだとかそんなことは関係なく、ただ感情のままに咲夜に訴えていた。

 

「……分かったわ。魔理沙がそこまで言うのなら、妖精メイド達の教育プランをきちんと考えることにしてみる」

「考え直してくれたか」

「横で魔理沙が辛そうに仕事しているのを見て、少し思うところもあったしね」

「おいおい」

 

 まあ後半はひいひい言いながら仕事をしていたのは否定出来ないのだが。

 

「――さて、最初に言った通り約束は守るわ。魔理沙には私の仕事を手伝ってもらったし、今度は私が貴女に力を貸すわよ。どんなことでも言ってちょうだい」

「そうだな……」

 

(待てよ? そういえば早苗が霊夢のことについて何か言ってたな)

 

 思考を巡らしていく内に人里での早苗との会話を思いだした私は、それについて訊ねることにした。

 

「じゃあさ、ここ1ヶ月の間、霊夢とマリサについて何か変わったことはなかったか?」

「マリサって、貴女じゃなくてこの時代のマリサ?」

「ああ」

「わざわざそんなことを聞くなんて、昔のことはもう覚えてないの?」

「私がマリサだったとしても、150年前の日常のワンシーンなんて余程強い印象が無かったら記憶の彼方に埋もれてると思うぜ。だからこそ、この時代に生きて、尚且つ霊夢やマリサとも仲が良いお前の意見を聞きたいんだ」

「かなり含みのある言い方をするのね。う~ん……そうね。ぱっと思いつく限りでは、霊夢がここに遊びに来る頻度が多くなった事と、マリサへの態度がちょっと変わった事くらいかしら」

「霊夢が?」

「先月から急に私に会いに来ることが多くなってね、時間が空いた時によくお茶してるのよ」

「へぇ、仲が良いんだな」

 

 咲夜と霊夢って二人きりだとどんな会話をするんだろう。全く想像がつかない。

 

「ただ、時々じっと私の顔を無言で見つめてくることがあってね、理由を訊ねてもはぐらかされてしまうから、どう対応したらいいのか困るのよ」

「確かに、霊夢の性格だったら、言いたいことはズバズバと言ってくるだろうな」

「そうでしょう? 他にもね、最近の霊夢はしきりにマリサのことを気にしてるみたいよ」

「というと?」

「私との会話の中でもしょっちゅうマリサの話が出てくるし、先月の宴会の時もはしゃぐマリサのことをじっと目で追ってたのよ。誰にでも平等に接する霊夢にしては珍しく興味を示している、と言うべきかしら」

「なるほどな。実はここに来る前早苗に会ったんだが、早苗も霊夢について似たようなことを言ってたんだよな」

「早苗も? なら他にも霊夢と親しい人なら彼女の変化に気づいていそうね。貴女に心当たりはないの?」

「……分からん。さっき会いに行った時も普通に見えたけどなぁ」

「気になるならそれとなく聞き出してみたら? 貴女はこの時代のマリサと全く同じ見た目なんだから、変に勘繰られることはあっても正体が看破されることはないでしょ」

「そうだな。本人から直接聞きだすのが一番手っ取り早いか。サンキュな、咲夜」

「玄関まで送るわ」

 

 会話も程々に、咲夜に見送られつつ中庭まで移動する。そしていざ飛び立とうとした時、まだ時間が停止したままだということに気づく。

 

「そろそろ時間停止を解除してくれてもいいんじゃないか?」

「あら、うっかりしてたわ」

 

 咲夜が懐中時計を取り出し、竜頭を押し込む。その瞬間、全てが止まった死の世界に生の息吹が吹き込まれ、静寂を破るように多くの音が戻ってきた。

 

 そこかしこの木から聞こえる鳥のさえずりと、蜜を求めて花壇に集まる羽音、滝のように流れ落ちる噴水の水しぶき、寄せては返す梢(こずえ)の葉擦れ、自らの存在を主張するようにやかましく鳴き続ける蝉……その他多くの音の奔流に思わず耳を塞ぎかけたけれど、これが自然な事なんだとすぐに思いとどまる。

 

「ふう、時間が止まった世界に慣れると怖いな。普通が普通じゃなくなっちゃうみたいで」

「だからこそ、いつもの日常がかけがえのない大切な時間になる。そうは思わない?」

「はは、同感だ」

 

 そして私は箒に跨る。

 

「約束通り今日1日、余程の事が無い限りなるべく時間は止めないでくれよな?」

「はいはい、分かってるわよ」

「それじゃあ、またな」

「ええ」

 

 咲夜と別れ、今度こそサイダーを買いに人里へと飛び去って行ったが、途中で重大な事に気付く。

 

「あ、今更だけど咲夜に時間を動かして貰った直後にタイムジャンプすれば仕事を手伝う必要なかったな……。まあたまにはいいか」



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第119話 魔理沙の成り代わり②

高評価ありがとうございます。


 人里に再び戻って来た私はそのまま先程の食料雑貨店へ直行する。

 おばちゃんは目の前からいきなり消えたことにかなり驚いていたけど、適当に言いくるめて瓶入りサイダーを購入。割らないように細心の注意を払いながら博麗神社に戻った。

 

「おかえり~遅かったじゃないの魔理沙。って、どうしたの? なんか妙に疲れてるみたいだけど」

「……いや、気にするな。大した事じゃない。それよりほれ」

 

 やる気無さげにちゃぶ台に肘をつく霊夢の正面に座りつつ、たった今買ってきたばかりの瓶入りサイダーを手渡す。

 

「待ってたわー! さあ飲みましょう!」

 

 事前に用意しておいたのであろう栓抜きで、見てるこちらも気持ちよくなるような勢いで王冠を飛ばし、一気に呷る(あおる)。

 

「ぷは~っ、おいしー! 生き返る~!」

 

 たかだかワンコインで買えるジュースに至福の表情をする霊夢を見て、私も自然と頬が綻ぶ。

 

「暑い日に飲む冷たいジュースは最高ね! 魔理沙もそう思うでしょ!?」

「そうだな」

 

 かなりハイテンションになっている霊夢にたじろぎながらも、私も王冠を開けて静かに口へ運ぶ。爽やかな味が喉を通り抜け、この青空のような清々しい気分になっていた。

 

「うふふ、うふふふふ」

「……どうした霊夢?」

 

 前言撤回。例えるなら、根暗な少女が暗い部屋で悪巧みするようなおかしな笑い方をしていて、かなり不気味だ。

 

「実はね~、仕送りが今月から増えたのよ! ウフフ、ダメもとでも紫に頼んでみるものね」

「……昔から謎だったんだが、お前紫の資金源に頼って生活してたのか。納得いった」

「当たり前よ。じゃなかったら、こんな僻地の参拝客も碌に来ない寂れた神社でなんか食べていけないわ」

「……自分で言ってて悲しくなってこないか?」

「……そうね。この話は止めましょう」

 

 湿っぽい空気になってしまったので、話題を切り替えることにする。

 

「そういえばさ、さっき人里で買い物に来た早苗に偶然会ったんだよ」

「あらそうなの。帰るのが遅かったのはそういう理由だったのね」

「そこでさ自然とダイエットの話になったんだけど、お前は何かそういうの努力してるのか?」

「特に意識したことないわね。毎日規則正しい生活を送ってれば自然と痩せるし」

「だよな。早苗にも同じことを言ったらショックを受けちゃってたぞ」

「あの子って外の世界で育ったんでしょ? 外の世界ってここと違って色んな食べ物に溢れてるらしいし、こっちでは貴重なステーキだって毎日食べれるらしいじゃない。いいなぁ」

「おいおい頬が緩んでるぞ。お前ってそんな食いしん坊キャラだっけか?」

「少し前に紅魔館でステーキをご馳走になってね、あの味は今でも思い出すのよ」

「紅魔館といえば、聞くところによると咲夜に会うために通い詰めてるそうじゃないか」

「別に通い詰めてるって程でもないけどね、週に2、3回くらいよ。というかどこ情報よそれ」

「本人から聞いた」

「むむむ咲夜め。魔理沙には内緒にしておいてって言ったのに。言っておくけどね、魔理沙が考えているような深い意味はないからね?」

「まだ何も言ってないんだが。なんだ? お前なにか企んでるのか?」

「え! 別にそんなことないわよ」

「本当か?」

「ええ」

 

 至って普通に答える霊夢。おっかしいな~。咲夜も早苗も霊夢が怪しいって言ってたんだけどな。

 

「咲夜に何を言われたのか知らないけどね、本当になんにもないからね!」

「分かった、分かったよ」

 

 そこまで必死に否定されると益々怪しいんだが、本人がそう頑なに主張してる以上、追及は無理だろう。

 その後もとりとめのない話を続けていくうちに、気づけば正午過ぎの時間になり、ふと時計を見た霊夢がこう言った。

 

「あら、そろそろお昼の時間ね。どうする? 食べてく?」

「いいのか?」

「今日は気分が良いのよ♪ 待ってて!」

 

 ジュース1本でこんなに機嫌が良くなるとはかなり意外だった。

 私が人間だった頃も、もう少し喜ばせてあげればよかったのだろうか――。スキップしながら台所へ向かう霊夢の後ろ姿を見ながら、そんなことを思う私だった。

 

 

 

 霊夢お手製のお昼ご飯を食べた後、食後の運動も兼ねて再び弾幕ごっこに興じ――結局私は一度も勝てなかったが――、今は縁側に座って霊夢の話を聞いている。

 

「――ってことがあってね、もう楽しかったわ」

「ははっ、妖夢も大変だったんだな」

「ねえ、なんか私ばかり話してない? 魔理沙の話も聞かせてよ」

「そうだな……」

 

 私はマリサではないので、迂闊なことを喋ればボロが出るかもしれないと思って聞き役に回っていたのだが、霊夢に催促されては仕方ない。

 

 ほんの少し考えた後、不運な事故で亡くなってしまった親友レイを助ける為に、タイムマシンを作る決意をするマリという名の少女達の物語をすることにした。

 

 レイの死を大いに悲しんだマリは研究に研究を重ね、おばあちゃんになる頃にようやくタイムマシンを完成させて過去にレイを助けに戻る。そしてレイが事故に合わないように過去を改変し、生き残ったレイを見届けて安心したマリは元の時代に帰って行く――そんなあらすじだ。 

 

 もちろん、そんな本を実際に読んだことなどない。私の実体験を登場人物の名前をもじっただけの噓話だ。予めフィクションだと前提の上に話したので感づかれることもないだろう。

 

「――という訳で、主人公のマリは親友のレイを事故から救って元の時代に帰って行ったのさ」

「へぇ……」

 

 霊夢はSFにあまり興味がないかと思っていたが、意外にも興味深そうに話を聞いていた。

 

「それでそのマリって女の子は、最後どうなったのよ?」

「さあな、ここで話が終わってるから分からん」

「そこから先が肝心じゃないの。だって自分の人生全てを捧げてもいいくらい大切な友達なんでしょ? 元の時代に戻ってレイと再会した時どうなるのか気になるじゃない。全く著者は分かってないわね」

「……」

「それにマリも報われないわよね。せっかくレイのことを助けたのに、当の本人は何も知らずに別の人生を送ってるんだから。マリの失われた時間は二度と戻らないのに」

「霊夢……」

 

 珍しく熱く語り続ける霊夢に、私は内心では驚いていた。まさかこんなに真面目な答えが返ってくるなんて思いもしなかったし。

 だから私は葛藤の末に、禁断とも言うべき質問をしてしまった。

 

「……例えばの話なんだけどさ、霊夢がもしレイと同じ立場だったなら、全てを知った時マリについてどう思う?」

「!」

 

 沈み消えゆくような暗い声色に驚いたのか、はたまた私の真剣さが伝わったのか、先程までのムードから一転して重い空気になってしまった。

 

 せっかく和やかな雰囲気だったのに水を差してしまったか、と内心で思ったが、霊夢は私を推し量るような眼差しを向けながら考え込み、沈黙が辛くなってきた頃に重い口を開く。

 

「……そうね。もし私がレイだったとしたら、そこまで私の事を大切にしてくれている友達を嬉しく思うけど、同じくらいにマリの気持ちを重く感じると思う」

「重い?」

「例えばさ、助けたい相手が恋人だったら恋愛感情、配偶者や家族なら家族愛という密接な絆があるじゃない? だけどレイとマリのケースだとあくまで友達でしょ? 普通友情だけでそこまで動くかなって思っちゃうのよね。だってほら、恋愛と家族愛に比べると友情って脆いイメージあるし」

「……そうか」

 

 重い……か。確かにそうだよな。あくまで霊夢と私は友達でしかないんだ。私にとっては大切な友達だとしても、きっと霊夢にとっては数ある友人の一人でしかないんだろう。

 

「でもね、マリはとても友達想いの子だってことは良く分かる。だから、もしまたマリが目の前に現れてくれたら、レイには彼女の気持ちを受け入れる覚悟はある。――これが私の答えよ」

 

 霊夢は私の眼を見ながらきっぱりと断言した。

 これはもしかして……! いや、待て。焦っちゃだめだ。これはあくまで物語の中での話。いくら霊夢でも、いきなりこれが本当の話だ、なんて言って信じてもらえるとは到底思えない。

 

「……そういえば聞いてなかったけど、魔理沙の読んだ本ってどんなタイトルなの? もっと詳しく読んでみたいわ」

「え? あーなんてタイトルだっけな。スマン、忘れた」

「なによもー! 内容はスラスラと言えるのにタイトルは忘れたってあり得ない! 普通逆でしょー!?」

「はは、悪かったって」

 

 結局もう一歩踏み出す勇気がなかった私は、適当に言い繕って誤魔化してしまった。

 

 

 

 

「もう夕方なのね」

「そうだな」

 

 外は茜色に輝き、かっこつけた言い方をすれば黄昏時になっていた。そこかしこからカラスの鳴き声が聞こえ、夜の訪れに合わせて辺りは静かになっていく。 

 

(はあ、夢のような時間はもう終わりなのか。別れたくないなあ。ったく過去の私がうらやましいぜ。こんな日がいつまでも続けばいいのに……)

 

 楽しい時間が永遠に続いて欲しいと願うのは、私だけでなく万国共通誰もが抱く気持ちの筈。

 

(ちょっと待てよ? いっそのこと本気で入れ替わってしまおうか。私とマリサはそっくりだとアリスや咲夜にお墨付きを貰ってるし、アイツをどこか別の時間に飛ばしてしまえば絶対にばれないんじゃないか? 私が150年掛かったタイムジャンプ魔法をアイツがそれ以下の期間で開発できるわけないし)

 

 そんな悪魔の囁きのような計画が思い浮かんだところで、すぐに首を横に振る。

 

(って何を考えているんだ私は! この歴史のマリサこそが、私が願ってやまない理想の自分じゃないか! ……そんなこと出来るわけない!)

 

「どうしたの魔理沙? 一人で勝手に百面相なんかしちゃって」

「……何でもない、気にしないでくれ」

「そう?」

 

 善と悪の葛藤が顔に出てしまっていたのか、霊夢を心配させてしまった。

 

(ひとまず今日の所は帰ろう。……そしてもう二度とここには来ないようにしよう。これ以上霊夢といたら、人としての一線を越えてしまいそうだ)

 

「霊夢、もうすぐ夜になるからさ、そろそろ私は帰るよ」

「そう……」

「じゃあな」

 

 何かを思案している様子の霊夢を背に、外へと歩き出していったが。

 

「待って」

「?」

 

 振り返ると、いつの間にか霊夢が後ろに立っていた。

 

「ねえ魔理沙……」

 

 笑っているような、悲しんでいいような、どちらとも取れる形容しがたい表情の霊夢は手を伸ばし、私の背中に手を回す。

 

「れ、霊夢?」

「さっき話してくれたレイとマリの話、あれ実話なんでしょ? 不運な事故に遭った少女レイは私で、助けてくれたマリは魔理沙。さしずめ本のタイトルは魔理沙のタイムトラベルってところかしら」

「!!」

「気づかなくてごめんね。本当は最初に家に来た時から未来の魔理沙なんじゃないかって薄々感じてたんだけど、もし間違ってたらどうしようって迷っちゃって中々踏み出せなかった。でも今の話でようやく確信が持てた」 

「な、なんのことだ? 私は霧雨魔理沙。それ以上でもそれ以下でもないぜ」

「噓。だって今日の魔理沙、いつもと様子が全然違うわ。普段はもっと威勢がよくて煩いくらいなのに、妙にしおらしいし、暗いし」

 

 そして霊夢は手を放して後ろに一歩下がり。

 

「――決定的に違うと思うところはね、今の魔理沙の顔よ。また遊びに来ればいいのに、どうしてそんな悲しそうな顔をするの? まるで二度と会えないみたいじゃない」

「えっ?」

 

 霊夢が差し出した手鏡に映っていたのは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている私だった。

 

「本当のことを教えて魔理沙。あの時なにがあったの? 私は真実を知りたいの」

「……分かった、全部話すよ」

 

 心の底から心配してくれている霊夢を無下にする事は出来ない。

 本当のことを伝えることで、例えどんな結果になったとしても目を逸らさず現実を受け止めよう――。私は腹を括った。



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第120話 告白

※ガールズラブ的な表現が含まれます


「はい、お茶どうぞ」

「サンキュー」

 

 霊夢から淹れたての緑茶を受け取り口に含む。

 

(あ、美味しい……)

「…………」

 

 緑茶の苦味が自然と心を落ち着かせてくれるが、対面する霊夢が正座したまま今か今かと無言のプレッシャーを掛けてきているので、悠長に味わっている暇はなさそう。

  

「さて何から話せばいいかな……。まあ霊夢の予感通り、私は今から150年後の9月21日から来た魔理沙なんだ」

「150年後って、え~と今年が200X年だから……215X年よね? かなり先の未来から来たのね」

「事のきっかけは200X年7月20日、今からちょうど1ヶ月ちょい前だな。この日の霊夢は『最近調子が上がらなくて気分が悪い』って話していたんだが覚えてるか?」

「ええ、そうね。あの時は連日のように悪夢をみて辛かったわ」 

「その後私は一度帰って行ったけど、夕方頃に戻って来たら霊夢が倒れててさ。話の流れで霊夢が心配だから泊って行くことになって、深夜にうなされていたお前を起こし、お前を苦しめていた妖怪を退治した。そんな流れだったよな?」

「そうそう。そんな感じだったわ。今思えばあんな低級な妖怪に不覚を取った自分が情けないわ。……それがどうしたの?」

「実は夕方に戻って来た【私】こそが、150年後の未来から来た【私】だったんだ」

「それって、お昼頃まで過ごしていた魔理沙とは別にもう一人、未来から来たあんたがいたってこと?」

「察しが良いな。あの時、あの時間に戻る事こそが、霊夢を死から救うために必要なことだったんだよ」

「……もしかして、さっきの話に出てきた不運な事故の事?」

「私の記憶――霊夢から見てお昼頃まで過ごしていた魔理沙は、家に帰ってそのままどこにも出かけなかった。その翌日に、血相を変えたアリスが自宅に飛びこんできたんだ。……霊夢が亡くなったって知らせを持ってな」

「え……?」

 

 絶句している霊夢に、私はさらに言葉を続ける。

 

「すぐに神社へ直行したらさ、眠るように亡くなっている霊夢の遺体があったんだ。――紫から死因が睡眠薬を多量に飲んだことによる自殺って聞いて絶望に打ちひしがれたよ。霊夢が苦しんでいたのに、ろくに助けもせずに見捨ててしまったってな。今思い返してみれば、あの妖怪に精神を削られて追い詰められていたんだろうな」

「激しく後悔した私は『あの時霊夢をもっと気に掛けていれば良かった』『霊夢を助けたい』。その一心でパチュリーやアリスの助けも借りながら、ひたすら時間移動の研究を続けた。完成するのに150年も掛かってしまったが、その時は達成感と喜びに満ち溢れていた。何せ過去をやり直せるかもしれない千載一遇のチャンスを掴んだからな」

「そして私は完成したばかりの魔法、タイムジャンプを使って今年の7月20日夕方に時間遡航したんだ。――後は霊夢の知っての通りの出来事が起きて、翌朝元の時代に帰っていった。これが事の全貌なのさ」

 

 ひとしきりの説明を終えて、飲みかけのお茶を口に含んで一息つく。霊夢は余程大きな衝撃を受けたのか、話し終えてからもしばらく沈黙が続き、俯いたままだった。

 霊夢はどう思うのかな。私のしたことに喜んでくれるのか、それとも……。穏やかではない気持ちのまま、時計の針と、鈴虫の鳴き声だけが聞こえる静かな部屋で返答を待つ。

 

「……あんたって馬鹿ね。私のためにそこまでしちゃってさ。さっさと忘れちゃえば良かったのに」

「まあ確かに馬鹿かもしれないな。だけどさ、私にとって霊夢は何よりも代えがたい大切な友達だからな。どんな手を使ってでも助けたかったんだ」

「もう本当、馬鹿。そんな事言われちゃったら、どう応えたらいいのか分からないじゃない」

「霊夢……」

 

 いつも気丈に振舞っている霊夢が、静かに涙を流している。

 

「……どうやらお前は最期まで人としての一生を全うしたらしいな。それを聞いた時、不幸な歴史を変えられたことに安心したんだ」

「…………」

「でもさ、モヤモヤとした気持ちが私の中に芽生えてずっと消えなかった。思い切って悩みをアリスとパチュリーに相談して分かったんだけどさ、私は霊夢ともっと長い時間を一緒に過ごしたかったんだ。それで今日この時間に再び戻ってきて、過去のマリサに成り代わっていたんだが……まさか完璧に見破られるとは思ってもみなかったよ」

 

 普通は未来の人間が成り代わるなんて発想に至らないだろうに。霊夢の洞察力はもはや未来予知の領域に達しているのではないだろうか。

 

「私もノーヒントじゃ分からなかったわ。魔理沙が未来から来たかもって気づいたのは、あんたの忘れ物のおかげなのよ」

「忘れ物?」

「気づかなかったの?」霊夢は立ち上がりタンスの引き出しを開けて「え~と確かここに……あった、これこれ」と一冊のルーズリーフを私に見せる。

「それは……! なんでここに!?」

 

 それは私のタイムジャンプ魔法の研究成果全てが詰まったルーズリーフだった。早速受け取ってパラパラと捲ってみたがやはり間違いない。

 

「帰る時に転んだでしょ? たぶんその時に落としたんじゃないかしら」

「なんてこった……」

 

 色々とごたごたしていたせいですっかりその存在を忘れていた。自分のあり得ない失態に思わず頭を抱えてしまう。

 

「なあ、この本は誰かに見せたのか?」

「実は魔理沙がいなくなった四日くらい後かな? 魔理沙の様子が変だったから魔女繋がりでパチュリーに調べてもらったのよ」

 

 普通の魔法使いならともかく、パチュリー程の魔法使いなら本の内容を読み解くことなど赤子の手をひねるより簡単なことだろう。後で自分で見返すことも考えて、特に暗号やトラップも仕掛けてなかったわけだし。

 

「それでね、話の流れでタイムジャンプ魔法を使おうってことになったら、神様の咲夜が現れてね。『宇宙の歴史を守るために時間移動は認めない』とか言って、私が調べるように依頼する前まで世界の時間を巻き戻しちゃったのよ。もうびっくり」

「信じられん……! それ本当なのか?」

「こんなことで嘘を言ってどうするのよ。むしろこっちがあの咲夜について聞きたいわ。彼女は何者なの?」

「時の回廊っていう、まあ時間移動する時の通り道みたいな場所があるんだけどさ、そこで自分のことを『遥か昔、ビッグバンによりこの宇宙が誕生し、〝無″しか存在しなかった世界に〝時間″の概念が確立された瞬間に、〝私″も誕生した』って前に話してたな。なんでも時間の法則を創り上げたとか」

「ふーん、まあ咲夜なら有り得なくもないわね。彼女色々と人間離れしてるし」

 

 こんな曖昧な説明で意外にあっさりと霊夢は納得していた。私はめっちゃ驚いたんだが適応力が高いな。

 

「魔理沙が時間移動できるのはどうして?」

「どうしてと言われてもな。特になにかした覚えもないんだが……」

「ま、なにはともあれ、次はその本を落とさないようにしなさいよ。パチュリーと私は『この世界に必要な存在だから、既に確定している未来は変えられない』って話してたから何もなかったけど、『時間移動の知識と手段を得た人間は、例外なく私の手で歴史から抹消する』とも言ってたし」

「んなっ……! 分かった、気を付けるよ」 

 

 確かに咲夜は『全宇宙の過去から未来全ての時間において、能動的に時間移動を行える存在は霧雨魔理沙たった一人だけ。この事を誇るといいわ』と語っていたが、まさか私以外の人間にそんな実力行使に出ていたとは。

 この本が存在するだけで色んな騒動の種になりそうな予感がするので、名残惜しいが元の時代に戻ったら燃やすことにしよう。

 

「……話してくれてありがとね魔理沙。あんたのしてくれたことには感謝してもしきれないわ。またいつでも遊びに来ていいからね?」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、もうこの時代に来るつもりはないぜ。これ以上ここにいると、この歴史のマリサに嫉妬して自分が嫌な人間になりそうでな」

「どうして? 魔理沙はこの時代にいるマリサの未来の姿じゃないの?」

「ちょっと分かりにくいかもしれないけどさ、私とこの時代のマリサじゃ歩んできた歴史が違うんだよ。アイツも同じ〝霧雨魔理沙″ではあるが私じゃないんだ」

「どゆこと?」

「私が200X年の7月20日に〝霊夢が自殺した歴史″から〝霊夢が自殺しなかった歴史″に過去を改変したことで、私を除いた世界全てが前者から後者へと上書きされてさ。それに伴い〝霊夢が自殺しなかったことで、時間移動の研究をしなかったマリサ″が再構築されたんだ」

「あぁそっか、魔理沙は私が死んじゃったから過去に遡ろうとしたんだもんね」

「そうそう。つまり私は〝霊夢が自殺した歴史″を生きた魔理沙で、霊夢が良く知るマリサは〝霊夢が自殺しなかった歴史″のマリサ。この二人は〝容姿も思考も人格もそっくりな別人″なんだ。もちろん200X年7月20日以降の記憶は共有していない。私はいわば亡霊みたいなものなんだよ」

 

(ああ、咲夜の言葉はこういう意味だったんだな……)

 

 霊夢への説明と同時に、『タイムトラベラーとは世界から浮いた孤独な存在。自らの居場所が見つからず時には寂しさを感じるかもしれない』とのセリフが頭によぎる。

 西暦215X年において、マリサはとっくの昔に死んでいたので気づかなかったが、思い返せばパチュリーやアリスはこの歴史のマリサに私を重ねていた。言い換えれば、私は〝マリサ″の代替品でしかなく、〝マリサ″が築き上げた歴史の上に乗っかっているに過ぎないのだ。

 

「え……? それじゃあんたが報われないじゃない。だって私の為に一生懸命頑張ってくれたのはあんたなんでしょ? なのにそんなことって……」

「良いんだよ、私は。とにかくお前の元気な顔が見れただけでさ。この歴史のマリサと楽しくやってくれ」

「待って!」

 

 自嘲するように薄笑いを浮かべつつそのまま元の時代に帰ろうとしたが、腕をぐいっと掴まれて引き留められる。そこに視線をやれば悲痛な表情をした霊夢がいた。

 

「魔理沙、私も150年後に連れて行って」

「何を言ってるんだ霊夢!?」

「さっき私は言ったわよね? 『もしまたマリが目の前に現れてくれたら、レイには彼女の気持ちを受け入れる覚悟はある』って。例え歴史が違っても魔理沙は魔理沙なのよ。私はあなたの支えになりたいの」

 

 霊夢の瞳から一筋の涙が頬を伝い流れ落ちる。私は理性が吹っ飛びそうになったが。 

 

「っ――! やっぱり駄目だ! お前がいなくなったら幻想郷はどうなる? みんな心配するぞ?」

「う……」

 

 すんでのところで溢れる衝動を抑え込み、冷静さを取り戻す。

 

 もちろんできることならそうしたいところだが、私だけの都合で幻想郷を滅茶苦茶にするわけにはいかない。これまでの時間移動で、未来の紫が幻想郷を守るために命を捨てたこと、未来の妹紅が紫に負けず劣らず幻想郷を深く愛していたことを知っている。

 

 この時代から霊夢がいなくなることの影響は計り知れない。

 

「……そこまで私のことを心配してくれるなんて、優しいな霊夢は」

「当然でしょ。本当に帰っちゃうの?」

「ああ。私のあるべき時間はここじゃないんだ」

「そんな……」

 

 同じ人間が同じ時代に二人存在する事実は確実にマリサの邪魔になる。どれだけ理屈を並び立てても、マリサがいない時間に行くより他はない。

 

「魔理沙……うぅ……」

 

 ……そう思っていたのだが、悲涙を流しながら必死に引き留める霊夢に後ろ髪を引かれ、最後まで迷っていた臆病者の私は、意を決して想いを伝える。

 

「霊夢、何も今が別れの時じゃないんだ」

「――え?」

「150年後にまた会おう。その時になったら、私と一緒の時間を過ごしてくれないか?」

「――! ええ、分かったわ! 必ず会いましょうね!」

「ありがとう霊夢。ありがとうっ……!」

 

 一瞬の驚きと共に柔らかな笑顔を見せた霊夢は私の腕をぎゅっと握り、それに合わせるように私も彼女を優しく抱きしめていた――。

 

 

 

 

 気づけば外はすっかり真っ暗になっていた。真夏の暑さは影を潜め、半月と無数の星々が辺りをぼんやりと照らし、神社全体を浮かび上がらせている。

 縁側から境内に降りた私は、近くに立て掛けて置いた箒を掴んで鳥居の方に歩いていく。見送りに来てくれた霊夢の顔には、今もまだ泣きはらした跡が残っていた。

 

「それじゃあ私はこの辺で未来に帰るよ。元気でな、霊夢」

「またね、魔理沙!」

 

 手を振る霊夢を背に箒に跨って宙に浮かび、神社全体を見下ろせる高さまで昇ったところで元の時間へと帰って行った。



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第121話 霊夢のその後

高評価ありがとうございます。


 ――side 霊夢――

 

 

 

「行っちゃったなぁ」

 

 空に舞い上がった未来の魔理沙を囲むように、幾つもの時計模様の魔法陣が現れ、折重なるようにして消えてしまった。

 たぶん今のがタイムジャンプ魔法の成功で、あれに乗って150年後に帰って行ったのかな。ついさっきまで一緒にいたのになんだか不思議。

 

「150年かぁ……私の人生の10倍以上の時間ね。長いなぁ」

 

 満点の星空を見上げながらポツリと呟く私。

 でもこれは自分で決めたことだし後悔なんて全くしていない。あんな魔理沙の顔を見ちゃったら、居ても立っても居られなくなったから。

 

「あ、流れ星だ」

 

 そんな私を後押しするかのように星の海を一筋の光が流れていき、その光はだんだんと大きくなって……。

 

「ってあれ!? こっちに近づいてきてる!?」

「ひゃっほー!」

 

 身構えたその時、星屑をばらまきながら滑空する魔理沙のテンション高い叫び声がエコーする。

 

「よう霊夢!」 

 

 颯爽と箒から飛び降りた魔理沙に、さっきまでのセンチメンタルな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

(まさかこんなタイミングで魔理沙が家に来るなんてびっくりね。う~んどっちの魔理沙なんだろう。多分この時代の方だと思うんだけど……見分けがつかないわね)

 

 瞬時にそう判断し、とりあえずどちらの魔理沙であっても違和感のない返事をする。

 

「こんばんは魔理沙。こんな夜にどうしたの?」

「それがさー聞いてくれよ! 今朝のことなんだけどさ」

「うん」

「自宅で魔法の研究をしてたら、突然家の中に煙が入り込んできたんだよ。……まあ今思うとあれは魔法だったんだろうけどさ。それでな? すぐに外に出ようとしたんだけど、何故か扉や窓が鍵かけられててさ、あたふたしてるうちにいつの間にか気を失っちまったんだよ」

「大変じゃない! それでどうなったの?」

「目が覚めたらさぁ、リビングで倒れた筈なのにいつの間にか寝室に寝かせられてて、おまけに外は夜になってたんだ。こんな事する奴って誰だと思うよ? ここに来る前、アリスに尋問してきたんだが知らぬ存ぜぬの一点張りでさあ。霊夢の意見を聞かせてくれないか」

 

(あ~なるほどねぇ。成り代わりってそういう……)

 

 困り果てている魔理沙の証言を聞いて、すぐに犯人の見当がついたけど、これって魔理沙に教えてもいいのかしら? う~ん。

 一瞬悩み、私は。

 

「………………悪いけどさっぱり見当が付かないわ。どうせなんか変な魔法の実験でもやって失敗したんでしょ?」

「待て、今の沈黙はなんだ。明らかに何か知っているだろ。私にも教えろよ」

「さーてねー。私はずっと神社にいたし知らないわ。ところでそれだけの為にこんな時間に来たの?」

「おいおい冷たいな。私にとっては一大事件なんだぜ? この魔理沙様にこんな事をしでかした犯人をとっ捕まえてやらんと気が済まんわ」

 

 魔理沙は腕まくりをして鼻息を荒くしているけど、私は「……たぶん絶対に捕まらないでしょうねぇ。なにせ犯人が犯人だし」と呟く。

 

「ん? なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない。――そうだ! せっかく来たんだし、家に泊まってきなさいよ」

「えぇ!? いいよ、別に。私はこれから犯人捜しをするんだから」

「夜に女の子が一人で出歩くものじゃないわ。もし万一のことがあったらどうするのよ。いいから好意に甘えていきなさい!」

「お、おう。分かったよ」

 

(ふぅ、全く、魔理沙はいつもこうなんだから。まだ未来の魔理沙の方が素直だったわね)

 

 そんなことを思いつつ、私は魔理沙を連れて自宅へと戻って行った。

 

 

 

「灯りを消すわよ~」

「ああ」

 

 今の時間は夜の10時。

 あれからご飯食べたりお風呂に入ったり、なんだかんだと過ごしていくうちにあっという間に寝る時間になってしまい、パジャマに着替えた私と魔理沙は居間に布団を並べて、床に就いていた。

 

「あ~それにしても目が冴えてヤバいな。全然眠くないぜ」

「もーまたその話? 私は眠いんだから大人しく寝てちょうだいよ」

「そう言われても事実なんだからしょうがないだろ。くそぉ、どいつもこいつも全て謎の犯人のせいだぜ」

 

 魔理沙は薄暗い部屋の中、小声でぶつぶつと文句を垂れている。よっぽど不覚をとったことが悔しかったのかな。

 

「……ならさ、ちょっとだけ私の話に付き合ってくれない?」

「いいぜ、どうせ眠れないしな」

「もしも自分の大切な人を助ける為に、自分の大事な物を犠牲にしなきゃいけないって状況になった時、魔理沙ならどうする?」

「なんだそりゃ? なにかの本の話か?」

「うん、まあ、そんなとこ」

「逆に聞くが霊夢ならどうするんだ?」

「私なら迷いなく助ける方を選ぶわね。命は何者にも代え難いし、それで助かるのなら安いものだわ」

「ふ~ん。霊夢ならそんな状況になる前に解決できそうなもんだけどな」

「買いかぶり過ぎよ。私はそこまで万能じゃないわ」

 

 もう既になかったことになってるけど、深夜に不意を突かれて精神攻撃を受けたことで、私が自殺に追い込まれてしまった歴史もあったらしいし。

 

「で、魔理沙は?」

「そうだなぁ。もしそれしかない状況に追い込まれたのなら霊夢と同じ選択をすると思うが、私だったら全てが丸く収まるハッピーエンドを目指すぜ」

「ふふ、魔理沙らしいわね」

 

 きっと未来の魔理沙も皆が幸せになれるような選択をとってきたのかも。比べてみれば、隣の魔理沙とは明らかに人生経験が違うのが雰囲気で分かったし。

 

「霊夢もさ、もし何かあったら私に相談しろよな? 一人で悩みを抱えないでさ」

「あら、優しいのね魔理沙! クスクス」

「っ! べ、別に霊夢のためじゃないし。お前は私のライバルなんだから、うじうじ悩んで勝手に変なところへ行かれたら暇つぶしが出来なくて困るだけだ! 深い意味はないんだからなっ!」

 

 支離滅裂な捨て台詞を吐いて反対側に寝返りを打ってしまった。相変わらず素直じゃないのね、この時代の魔理沙は。

 

「さあ~もう寝るぞ! 本当に寝るからな!」

「はいはい」

 

 苦笑しつつ、私は目を閉じた。

 

 

  

 ――西暦200X年9月3日――   日の出時刻 午前5時16分

 

 

「う、う~ん?」

 

 翌朝、近くでモゾモゾと何かが動く気配を感じて起き上がると。

 

「あ、起こしちまったか」

「魔理沙?」

 

 あちゃ~って感じの表情で私を見下ろしている魔理沙と目が合った。

 見ればいつもの服に着替え、パジャマは隣の布団と一緒に綺麗に畳まれていて、すぐにでも帰れるような状態になっていた。

 

「もしかしてもう帰っちゃうの? まだ日が昇ったばかりの時間じゃない」

「今やってる研究が気になるし、そもそも私を襲った犯人をすぐにでもとっちめてやらないと気が済まないんだ。じゃあな~霊夢ー!」

「あ、ちょっと!」

 

 私が止める間もなく、魔理沙は箒に跨ってどこかへ飛んで行ってしまった。

 

「もう~、せっかく朝御飯一緒に食べようと思ってたのに……。はぁ」

 

 あまり構ってくれないことに少し寂しさを感じつつも、私も起きて朝の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 いつもの巫女服に着替え、朝御飯を食べて、家事雑用が終わる頃には、完全にお日様が昇りきった時間になっていた。

 

「……よし」

 

 ちゃぶ台の前に座り、一人心の準備をする私。

 今から行うことは未来の魔理沙との約束を果たすために必要なもので、きっと私の人生や周囲の環境を大きく変えることになると思う。

 

「紫~! ちょっと出て来て~!」

「はいは~い!」

 

 虚空に向かって叫ぶと、間もなくスキマが開き、それに乗り出すように上半身だけの紫が現れた。

 

「おはよう霊夢。今日もいい天気ね♪」

「……いつも思うんだけどさ、呼んでから出てくるの早くない? いったいどんな仕組みなのよ?」

「うふふ、それはな・い・しょ♪」

 

 漫画だったら星のエフェクトが飛び出してそうな華麗なウインクを決める紫に少しムカついた私は。

 

「……まさか私の生活をこっそり覗いてるんじゃないでしょうね?」

 

 紫の能力ならプライバシーなんてあってないようなものだし有り得そうで困る。もしそうなら、ちょっと紫との関係を考えないといけないかもしれない。

 そんな私の疑念に、紫は真面目にこう答えた。

 

「霊夢が私の名前を呼ぶと、それをすぐに伝えてくれる式神がいるだけよ。私の名前にしか反応しないようプログラムされているから、あなたの考えているようなことはないわ」

「ふ~ん……」

 

 少し怪しいけど、紫はこんなことで嘘を吐くような妖怪じゃないし、素直に信じましょう。

 

「ところで私を呼んだ用件はなあに?」

「あのね、折り入って相談があるのよ」

「もしかして、もう今月の仕送り分を使いきっちゃったのかしら? 駄目じゃないの。ちゃんと予算の範囲内で暮らすって約束でしょ?」

「違うわよ! そんな豪遊とかしてないし! まだまだ余裕あるわよ!」

 

 使った分と言えば、せいぜいお肉をちょびっと食べたくらいだし。

 

「相談っていうのはね、私の将来についてのことなの」

 

 すると紫は、一転して深刻な表情になり、遠い目をしながらこんなことを言いだした。

 

「……そう。霊夢も遂に結婚を考える年になったのね。ふふ、まだまだ子供だと思ってたのにいつの間にか色気づいちゃって、子の成長を見守る母親はこんな気持ちなのかしらねぇ」

「え!? いやいや、違うから。まだそんなの全然考えてないし、そもそも男の人と付き合ったことすらないのに――って、何言わせんのよ! というか私がいつあんたの娘になったのよ!?」

「あぁ、とうとう霊夢に反抗期が来てしまったわ。貴女が小さい頃から面倒を見て来たのに、私悲しいわ……」

 

 今度は大袈裟なまでに悲しそうな顔になる紫に、私は一気に冷めていく。

 

「……紫、あんたさっきからわざとやってるでしょ?」

「あら、ばれちゃったわ」

「もー! 真面目な話なんだから茶化さないでちゃんと聞いてよ!」

「うふふ、ごめんなさい。貴女の慌てる姿が面白くて」

 

 いっつもこうなのよね。話の腰を折られて、のらりくらりと会話の主導権を紫に持っていかれ、気づいたら手の平の上で転がされている。舌戦で彼女に勝てる気がしない。

 

「私さ、博麗の巫女を辞めて妖怪になろうと思うの。それを紫に伝えようと思って」

 

 そう切り出すと、今までニコニコしていた紫は急に真剣な表情になり、スキマから完全に姿を現して隣に正座する。

 

「霊夢……貴女がそんなことを言うなんて何があったの? 待遇に不満があるならはっきり言ってちょうだい」

「ううん。別に今の生活に不満があるわけじゃないの。博麗の巫女はやりがいがあって楽しいし、おかげで多くの知り合いができた。私を博麗の巫女に選んでくれた紫には感謝してもしきれない」

「じゃあどうして?」

「心境の変化、って言えばいいのかな。私の大切な人と150年後に再会する約束をしたのよ。だけどほら、人はせいぜい5、60年で死んじゃうでしょ? 今のままじゃ約束を守れないの」

「……それで博麗の巫女を辞める、と」

「ええ。幻想郷の人間と妖怪のバランスを取り、人間の味方でなければならない博麗の巫女が妖怪となったら示しがつかないでしょ?」

「ふむ…………」

 

 今の恵まれた環境を捨てることになるけど、昨日魔理沙に『150年後まで生きて欲しい』と告白された時から既に覚悟はできている。もはや迷いはない。私の心はもう、遥か未来に向いているから。

 そんな私の強い意思が伝わったのか、紫は探るような視線を向けながら考え込んでいた。

 

「一口に妖怪になるといっても色んな方法があるわ。どんな風に考えているの?」

「そうねぇ。とりあえずこれから修行を積んで、仙人にでもなろうと思ってるけど」

「霊夢が仙人!? ……貴女がそんなことを言いだすなんて、もしかして何か悪いものでも食べたの?」

「失礼ね! たしかに私は巫女の修行とかさぼってばっかりだったけど、やる時はやるんだからね!」

「つまり今が、〝やるべき時″だと。貴女はそう言いたいのね?」

「その通りよ」

 

 これも全ては未来の魔理沙のため。彼女のためなら私は努力を厭わない。

 

「そこまでして会いたい人って誰なの? 私にも教えて貰えないかしら?」

「魔理沙よ」

 

 そう答えると、紫はいたく驚いた表情で私を見つめ、微笑んだ。

 

「……ふふ、成程ね。霊夢の希望は良く分かったわ。貴女が自分でよく考えて選んだ道なら私は反対しない」

「いいの!?」

「ええ。私個人としても、貴女が私達と同じ時を歩んでくれるのは嬉しいわ」

 

 あっさりと意見が通ったことに思わず声が出てしまった。もっとなんか反対されるのかと思ったのに。

 

「だけどすぐにとはいかないわ。貴女も知っての通り、幻想郷を覆う博麗大結界の維持には博麗の巫女が必要なの。他の賢者たちへの説明や、次代の巫女の選定と教育……、それらが完全に済むまで、霊夢には引き続き博麗の巫女をしてもらうわ」

「構わないわ。大体どれくらいで全部終わりそう?」

「う~ん、そうねぇ……。長くても1年もしないうちに手筈は整うでしょう」

「意外と短いのね」

「次代の博麗の巫女が決まった際には、霊夢にもちゃんと教育してもらうわよ?」

「任せなさい」

 

 もっと大変なことをやらされるのかと思ってたし、たったそれだけの期間で済むのなら安いもの。それに自分の跡継ぎがどんな人になるのか興味あるし。

 そうして話が纏まった所で、紫は腰を上げてスキマを開いた。

 

「さて、早速動き始めないとね。これまでもそうだったけど、博麗の巫女の代替わりによって幻想郷にも新たな時代が到来するでしょう。それが良いものであることを祈るばかりね」

 

 そんな不安を煽るような言葉を残して紫はスキマの中に消えていった。

 

「何を心配してるのかしらね紫は。私が巫女を辞める日がかなり前倒しになっただけなのに」

 

 あ、ひょっとしたらレミリアの『人生最大のターニングポイント』とはまさに昨日今日の出来事だったのかも。なら色々と説明が付くし。

 まあ何はともあれ、これで未来の魔理沙との再会へ向けて一歩前に進むことができた。

 

(待っててね魔理沙。必ず約束を果たしてみせるわ!)

 

 まだ見ぬ遠い未来に想いを馳せるように、私は空を見上げて誓いを立てていた――。



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第122話 決別

最高評価及び多くの高評価ありがとうございます。



 ――200X年9月4日――

 

 

 

 紫に今後の意向を伝えたその翌日、三日月が妖しく輝く博麗神社の夜のこと。

 普段は静まり返っている境内は今、多くの人妖達で賑わっている。私は縁側に座り、お猪口で日本酒をちょびちょびと味わいながら周囲の状況を観察する。

 

「ワハハハ! お~いもっと酒持ってこ~い」

「そ~れイッキ! イッキ!」

「もう無理でずぅぅ~……勘弁してくださいよ……」

「逃げようたってそうはいかないからね! 潰れるまで付き合いなさいよ~」

「そんなぁ~……」

 

 最初に目に付いたのは、周りに囃し立てられ、萃香との飲み比べに無理矢理付き合わされている椛の姿。

 萃香は余裕の表情で四斗樽を持ち上げて豪快に飲み干しているのに、椛は並々と注がれた酒杯を飲むというより胃の中に注ぎ込んでいて、かなり辛そう。彼女もそれなりにお酒が強いのでしょうけど、相手が悪いわね。

 

「文さ~ん助けてくださ~い……って、いないし。どこへ行ったんですか~……。私を見捨てないで~……」

 

 助けを求められている文は上手い事鬼達の目から逃れたようで、遠くの木陰から椛に向かって合掌していた。どうやら流石の文も、鬼達の輪に飛び込む勇気はないみたいね。

 次に目に付いたのは、早苗と魔理沙のグループだった。

 

「ちょ、どこ触ってんだよお前!」

「いいじゃないれすかまりささ~ん。酒の席は無礼講ですよ~ウヘヘヘヘ」

「えぇい、絡んでくるんじゃない! おいお前ら! この酔っ払いを何とかしろ!」

「アハハハハ、仲が良くていいじゃないの」

「笑ってる場合か!」

「ちょっとまりささ~ん。わたしのはなしきいてますか~!?」

「お前その話さっきも聞いたぞ? 何回ループするんだよ」

「はれ~そうでしたっけ~? エヘヘヘヘ」

 

 早苗にベタベタくっつかれている魔理沙を遠くから笑って見守る守矢の二柱。彼女らは何故か鬼達と一緒のグループで飲み続けているみたいで、先程の飲み比べの時に囃し立てていた声も実はこの二柱だったりする。

 周囲には数えるのも面倒なくらいに大量の酒瓶が転がっていて、明らかに飲みすぎな気がするけど……、神様ってお酒強いみたいだしこれが普通なのかも。

 続いて、緑緑しい桜の木の下にビニールシートを張り、そこに陣取るレミリアと咲夜に視線を送る。

 

「フフ、たまにはこうして騒がしい場所で呑むのも悪くないわね。パチェや美鈴も来れば良かったのに」

「パチュリー様は人が多い場所を好みませんし、美鈴に残ってもらわないと館の警備がおろそかになってしまいますよ。妹様もいることですし」

「フランも感情の波が安定すれば宴会にも一緒に連れていけるのに、残念でならないわ」

「きっといつか全員で集まれる日が来ますよ。今日は宴の日なんですから、あまり悲観的にならないでください」

「それもそうね」

「お嬢様、もう少しぶどう酒をお召し上がりになりますか?」

「いただくわ」

 

 レミリアはセンスの悪い紅色の玉座に座り、ワイングラス片手に高みの見物を決め込んでいて、咲夜はひたすら給仕している。ふと思ったけど、宴会に使われるお酒って殆どが和酒なのよね。私が今飲んでるのも日本酒だし。

 境内の隅っこで、お猪口片手に二人静かに語り合っている様子の紫と幽々子も見えたけど、あいにく私のいる場所からは彼女達の会話は聞き取れなかった。

 鳥居の近くに意識を向けると、鈴仙と妖夢とアリスが集まっていた。

 

「なんか今日は呑むペースが速いね? どうしたの鈴仙?」

「ちょっと聞いてよ~二人共。最近になってやっと新しい薬の調合ができるようになったのよ。それでね? 誇らしげに師匠に報告したらさ、褒めるどころかさらにノルマを課してきたのよ? もう覚えることが多すぎて頭がパンクしちゃいそう」

「大変なんですねえ」

「家事雑用や兎たちの統率もしなきゃいけないし、体がもう一つ欲しいくらいだわ。……こんなこと師匠に聞かれたら、本当に分身できそうな薬を作っちゃいそうだから口が裂けても言えないけど」

「あなたの話を聞いてて思ったけど、そんなに激務なら辞めようとか思ったりしないの?」

「師匠や姫様には月から逃げて来た時に匿ってくださった恩もありますし、医学の道は楽しいです。何よりも師匠の厳しさにはちゃんと愛があると分かってますから、きっと今の仕事も自分への投資になると思ってます」

「へぇ、いいわね。そういう関係って」

「その割には結構愚痴ってる気がするけどね~?」

「う、ま、まぁ今日は酒の席だから無礼講ってことで! 師匠には内緒にしておいてちょうだいね? ばれたら大目玉を喰らっちゃうから」

 

 一升瓶をそのまま一気飲みしながら従者としての苦労を愚痴る鈴仙と、それを聞く妖夢とアリス。果たして彼女が1人前になれる日はいつ来るのやら。

 

「アッハッハ、やっぱし宴会は楽しいねえ。お前さんもそう思うだろ?」

「うんうん! なんかみんなすごいはしゃいでるね!」

 

 豪快な笑い声が聞こえたのでそちらに注目すると、酒を呷る小町と目を輝かせるこいしという珍しい組み合わせが見えた。

 

「よーし、次は魔理沙に突撃だ! 行ってこーい!」

「ま~りさー!」

「うわっ、いつの間に後ろに!? というかお前まで抱き着いてくるなって!」

「ちょっとあなた! 私の魔理沙さんをとらないでください!」

「誰がお前のものになったんだよ!? ギャー! お前までのしかかってくるなぁ!」

「アッハハハハハ! 随分と愉快なことになってるねぇ」

 

 小町によってけしかけられたこいしに魔理沙は押し倒され、それに泥酔している早苗まで参加したもんだから、もうてんやわんやなことになっちゃってる。

 しかもけしかけた本人は馬鹿笑いしてるし。魔理沙って人気者よねぇ。

 

「綺麗な月だな……」

「ええ、そうね……」

 

 境内の片隅で、三日月を見上げながら言葉少なく呑み交わす慧音と妹紅の姿も発見。その二人の間には長年培った信頼関係による、阿吽の呼吸がある――ような気がする。

 

(これは完全に場が暖まってるわね)

 

 一通り観察した私はそんな印象を抱く。

 今宵の宴会は急遽開催されたにも関わらず、これまでの異変で知り合った幻想郷の殆ど全ての人妖達が集まり、それぞれ交友がある者同士でグループを作って大盛り上がりを見せていた。

 ちなみに、私が一人で呑んでると知って絡んできた人妖達――魔理沙、早苗、レミリア、咲夜、アリス――がいたけど、今日は一人で飲みたい気分だからと理由を付けて断っている。今回はその方が私にとって都合が良いからね。

 その後も、目の前で繰り広げられる混沌とした光景を眺めつつ、酔いすぎない程度に飲みながら宴会の時間は流れていった。

 

 

 

 宴もたけなわになり、完全に酔いつぶれて寝ちゃってる人――主に早苗――や、境内周辺の草むらで胃の中の物をリバースしちゃってる妖怪――彼女の名誉の為に名前は出さないけど――なんかも現れ、私と咲夜が作った数々の料理や酒のつまみも底を突きかけていた。

 

(そろそろ頃合いかな)

 

「はい、ちゅうもーく! そろそろ宴会はお終いの時間だけど、私から重大発表あるから聞いてー!」

 

 立ち上がって手を叩きながら呼びかけると、ざわざわとしながらも私に注目が集まり始めた。

 

「重大発表?」

「あの霊夢が?」

「自分で重大発表とか言っちゃうなんて、どうせくだらない事じゃないの?」

「まさかとうとう破産したのか~? 言っておくがお賽銭はないぞ~! 一円も持ってないからな」

「……それ自慢できることじゃないでしょ」

「そこ、うるさいわよ! ――コホン。えー、私は来年までに博麗の巫女を辞めるつもりだから、その時までよろしくね」

 

 そう宣言した途端、今までざわざわとしていた宴会場が一瞬静まり返った後、魔理沙は。

 

「ちょ、ちょっと待て!? 霊夢。い、今なんつった!?」

「だからー、来年までに博麗の巫女を辞めるって言ったのよ。何度も同じ事を言わせないでよ」

「霊夢がこんなこと言いだすなんて酔っぱらい過ぎなんじゃないの?」

「でも見た感じシラフっぽいし」

「信じられない」

「でもあたしは嬉しいけどなあ」

「とうとう霊夢がご乱心かぁ」

「新しい時代が来そうだわ」

「……ふふ、これは面白くなりそうね。咲夜」

「ええ、そのようですね」

 

 私の発言は余程衝撃が大きかったらしく、しばらくざわめきが生じていた。

 

「霊夢、きちんと理由を説明してくれ! いきなりそんなこと言われても納得ができないぜ!」

「なんであんたに納得してもらう必要があるのよ……」

「私も気になります霊夢さん。博麗の巫女が病気や怪我などではなく自分の意思で辞めるなんて、かなり特大のスクープですよ!」

「そうよ。今までそんな素振りは欠片も見せてなかったじゃない」

「…………」

 

 魔理沙以外にも、いつの間にか手帳とペンを持って取材モードに入っている文や、興味津々のアリスが私に詰め寄り、その場から動きはしないものの、熱視線を送ってくる咲夜と目が合ってしまった。

 見渡せば、その他多くの人妖達が私の発言を待っているようなので、仕方なく私は重い口を開く。

 

「――なんてことはないわ、私はこれから人間を辞めて妖怪になるつもりなの。博麗の巫女は人間が務めるものでしょ? だから巫女をやめる。単純な話よ」

「ええぇ!?」

「へぇ……!」

「わぁ!」

「霊夢妖怪になっちゃうの?」

「衝撃発言ねこれ」

「博麗の巫女だった人間が妖怪になるのって、大丈夫なのかなあ?」

「やっぱり酔ってるんじゃ……」

「次の日冷静になったら撤回しそうだわ」

 

 理由も含めてそうきっぱり言い切ると、この場にいる多くの人妖達が驚きの声を上げていた。

 

「霊夢さんが……妖怪? いまいち想像できませんね」

「驚いたわね。霊夢ってそういう事に全く興味がないと思ってた。どういう風の吹き回しなのよ?」

「ただの気紛れよ」

「それは嘘だな。言っちゃ悪いが、お前みたいな人間が思い付きで妖怪になる訳がない。長い付き合いだしそれくらい分かるぞ」

「確かにそうね。あの霊夢が自ら面倒事に関わるとは思えないし」

「霊夢さん……どうせならもうちょっとマシな言い訳をしましょうよ」

「ガッカリね」

「あんたら一体私をなんだと思ってんのよ! ――はあ、もういいわ。確かに気紛れって言い方には語弊があるけど、私の中で人生観が変わる大きな出来事があったのは事実よ」

「それについてもっと詳しく!」

「いずれ答えが判る時が来るわ。それまで内緒よ」

「ふ~む、そうですか」

 

 どうせこの新聞記者はあることないこと書くに決まっている。こんな場所で本心を曝け出すわけには行かない。

 

「そもそも、あのスキマ妖怪が霊夢の妖怪化を許すとは思えないんだが」

 

 魔理沙の最もらしい疑問に、幽々子と飲んでいた筈の紫がスキマを介して私の隣に瞬間移動してきて。

 

「霊夢が博麗の巫女を辞めることは既に私も承知してるところよ。今跡継ぎとなりそうな巫女候補を探してるところなの」

「なっ……!」

「それまでの間、霊夢には引き続き博麗の巫女を務めて貰うから、何も心配いらないわ。これまでよりも早く巫女の代替わりが始まるだけよ」

「ふむふむ、事情は良く分かりました。今日の話は良い記事になりそうですね。急いで書き上げてこないと!」

 

 言葉を失っている魔理沙に対し、文はささっと手帳にペンを走らせ、翼を広げて妖怪の山の方角へと飛び去って行った。明日の文々。新聞の一面に私の記事が載るのは間違いない。

 

「はいはい、ほら! もう私の話は終わりよ」

 

 まだまだ色々と聞きたそうなアリス達をしっしと追いやって引き下がらせると、再び宴の喧騒が戻り始めた。

 

 

 

 夜が更け始めた頃宴会はお開きになり、境内に残っているのは私を除いて片づけを手伝うと申し出た咲夜、アリス、魔理沙の3人だった。

 ちなみに早苗は完全に酔いつぶれてしまっていて、神奈子が苦笑しながら背負って行ったけど、あれは翌朝になったら絶対二日酔いに苦しむわね。

 

「今日は最後まで手伝ってくれてありがとう。凄く助かったわ」

「気にしなくていいわ。大したことじゃないから」

 

 宴会の参加者たちは皆、自主的にゴミを持ち帰っているので、食器洗いと細かいゴミの片づけくらいしかなく、私を含めて4人もいるので、対して時間も掛からずに全て終わった。

 

「もう夜も遅いし気を付けて帰ってね」

「ええ、おやすみ霊夢」

「おやすみなさい」

 

 アリスは魔法の森の方角へ飛んでいき、咲夜は目の前からいつの間にか居なくなっていた。

 そうして二人をお見送りして、最後に未だ帰る気配のない魔理沙に問いかける。

 

「魔理沙は帰らないの? それとも昨日みたいにまた泊って行く?」 

「……なあ、霊夢。本当に何があったんだ?」

「え、何が?」

「今夜の宴会のことだよ。あの時お前、『私の中で人生観の変わる大きな出来事があった』って話してたじゃないか」

「あぁ、あれね」

 

 どうやら魔理沙は、ずっと宴会での私の発言を気にしていたみたいだった。

 ほんのついさっきまで片付けの最中に何度も私に目配せしてたし、なんだろうって思ってたけど、そういうことだったのね。

 

「それは私にも理由が話せないことなのか?」

 

 確かに昨日泊った時に、魔理沙は『もし何かあったら私に相談しろよな?』と話していたし、彼女の立場になって考えてみたら、昨日の今日でこんなことになったら驚くのも分かる。

 だけど〝未来から来た別の歴史の魔理沙と約束した″ってどうやって説明したらいいんだろう。私自身もややこしいなって思ってるのに、上手く伝える自信がないよ。

 

「…………」

 

 でも魔理沙は真剣に私の言葉を待っているし、あまり悠長に考えている暇はないみたいね。

 

「……魔理沙、私達が今いるこの世界が、かつてあった筈の歴史の上に成り立っている世界だって知ったらどうする?」

「いきなりなんの話だ?」

「未来からタイムトラベルしてきた人が過去に戻って歴史を改変したら、その人以外はみーんな過去の歴史を忘れて新しい歴史に沿って誕生するんだって。これって凄いことだと思わない?」

「……お前がそんなSF好きだとは知らなかったよ。だが今はそんなことどうでもいい! 頼むから私の質問に答えてくれよ……っ!」

「一昨日ね、150年後の〝現在が改変される前の歴史の魔理沙″が家に来て色々と教えてくれたの。実は私、元々1ヶ月以上も前に死ぬ運命だったらしいんだ」

「!」

「だけどその魔理沙が、頑張って、頑張って、私が今もこうして生きていられるような歴史に世界を変えてくれた。そして魔理沙は『150年後にまた会おう。その時になったら、私と一緒の時間を過ごしてくれないか?』って言い残して未来に帰っていったの。だから私は、その再会の約束を果たすために巫女を辞めるの」

 

 誠意をもって正直に答えたんだけど、魔理沙の表情は強張るばかりで、雲行きが怪しくなって来た。

 

「……なんだよそれ……! 私は真面目な話をしてるんだぞ! ふざけてんのか!?」

「ふざけてなんかないわ。全て事実よ」

「そんなとんでも理論信じられるか! 霊夢、お前は騙されているんだ。目を覚ましてくれ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「私はそんなこと言った覚えがないし、私がここにこうして生きていることが何よりの証拠だ。きっと一昨日の私はその偽物に眠らされたんだ。そんな訳も分からん奴の言葉に惑わされるんじゃないぜ」

「〝私″が〝私″だってどうやって証明するの? もし声も、見た目も、記憶すらも全く同じ〝私″がいたなら、どうやって自分を証明するの?」

「……そんな在りもしない仮定について議論するつもりはないぜ。哲学的な話で矛先を逸らそうったってそうはいかないからな。本当のことを話せよ霊夢」

 

 なんだかさらに強情になってしまい、私の話なんてこれっぽっちも信じてくれそうにない。どうしたら私の言葉が伝わるのかな? 

 一瞬考えてから私はこんな提案をする。

 

「ねえ魔理沙。貴女も一緒に人間を辞めない? そしたら私の発言の意味が分かるわよ」

「な、なんだって?」

「私は博麗の巫女を辞めたら仙人になるつもりなの。ちょうど華扇が修行の旅から帰ってくるらしいし、再会したら彼女に修行を付けてもらおうと思ってるわ」

「しゅ、修行? お前がか?」

「何度も言うけど、私の気持ちは既に固まっているの。さっきのお誘いも本気よ?」

「…………………………」

 

 魔理沙は完全に迷っているみたいで、中々返事がこない。

 ほんの少し前まで騒がしかった神社の境内は静寂に包まれて、祭の後の静けさがよりこの空気を重くしているような気がする。

 

「……」

 

 お互いに向かいあったまま、魔理沙の返事を待ち。

 

「私、は……」

「……うん」

 

 長い沈黙の果てに、重い口をようやく開いて。

 

「【――私は人のまま生きて、人のまま高みを目指し、人のまま死ぬつもりだぜ】」

 

 きっぱりと私の誘いを断った。

 

「……そっか」

「さよなら霊夢。お前には失望したよ」

 

 侮蔑するような言葉を吐き捨て、魔理沙は箒に乗りもせず、神社の階段を降りて行った。

 

「魔理沙……」

 

 その別れの言葉は、まるで私との決別の意味合いが強く含まれている気がして、今までの関係には戻れない嫌な予感がするものだった――。



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第123話 霊夢の歴史①

多くの感想ありがとうございます。
いつも励みになってます。




  ―――side out ――――

  

  

 

 ――????年??月??日――

 

 

 

 

 

『ねえ、魔理沙。貴女も一緒に人間を辞めない? そしたら私の発言の意味が分かるわよ』

『私、は……』

『……うん」

『――私は人のまま生きて、人のまま高みを目指し、人のまま死ぬつもりだぜ』

『……そっか』

『さよなら霊夢。お前には失望したよ』

『魔理沙……』

 

「……あまり好ましくない方向性へ歴史が動き始めたわね」

 

 どの時間にも属さない特殊な時空間〝時の回廊″から、西暦200X年9月4日午後10時5分の博麗神社で、博麗霊夢と霧雨魔理沙が決別するシーンを観測した女神咲夜は、渋い表情で呟いた。

 

 彼女のすぐ傍には100インチ超えの大型透過ディスプレイが浮かび、まるでその場にいるかのような臨場感溢れるアングルで先述の光景を映し出している。

 

 もちろんこの2人の周囲にカメラは存在しない。

 

 女神咲夜の〝観測″とは、宇宙の始まりから終わりにかけて発生した森羅万象を認識し、把握することであり、この能力によってタイムトラベラーの発生を未然に防ぎ、宇宙の歴史を管理してきた。

 

 いつ、どこで、何があったのか。それを識別するために分かりやすい形で視覚化してるにすぎない。

 

 ありとあらゆるものを見通すこの力こそが時間の神としての権能であり、容易に世界へ干渉できない制約でもある。

 

「本来の歴史では、この日は宴会の片づけが終わった後すぐに解散していた。これも魔理沙の影響によるものね」

 

 博麗霊夢が時間旅行者霧雨魔理沙と別れてから、動向を逐一観察していた女神咲夜は、今回の出来事こそが、後々の二人の人生に大きな変化をもたらす決定的な瞬間なのだ。と確信を抱く。

 

「さて、この歴史の霊夢と魔理沙はどんな結末を迎えるのかしら?」

 

 女神咲夜は目を閉じ、西暦200X年9月4日~西暦215X年9月21日の期間に絞り込んで歴史を解明していく。

 脳裏に映るのはこの期間内に起こる全宇宙の出来事。言語や数値では表しきれない膨大な情報の波を、宇宙中のスーパーコンピューターを搔き集めても到底及ばない情報処理能力を用いて、改変前の歴史と照合し、転換点となる――もしくはなった、なりそうな出来事を見極めていく。

  

「言うまでもなく外の世界は変化なし。歴史改変の影響は幻想郷にのみ留まり、特に強い影響を受けた人は〝霊夢″」

 

 そう断定した女神咲夜は観測対象を博麗霊夢に絞り、〝博麗霊夢がこれから辿る人生の軌跡″の中で、時空改変の影響により発生した事象の中から、詳細に観測すべき出来事を取捨選択していく。

 後世の人間が歴史書で手早く過去の出来事を知るのと同じように、あらゆる〝結末″を見通せる彼女にとって、150年の歴史を観測する為に、わざわざご丁寧に150年の時間を掛ける必要はないのだ。

 

「……こんな所ね。霊夢に関する歴史を時系列順に見ていくことにしましょう」

 

 整理を終えた女神咲夜は、再び観測に入って行った――。

 

 

 

 ――――――            

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 時刻は1日後の西暦200X年9月5日午後1時10分。場所は紅魔館の1階廊下。清掃中の十六夜咲夜が窓から忍び込む霧雨魔理沙を目撃した所から場面が始まる。

 

『こらっ! また勝手に忍び込んで、いい加減普通に玄関から入ってきなさいよ』

『うるさいな。私の事は放っておいて仕事に戻れよ』

『……随分と荒れてるのね。そういえば昨日の宴会の時に最後まで霊夢と話してたみたいだったけど、何かあったの?』

『何故そう思う?』

『だって霊夢が巫女を辞めるって宣言してから、しきりに彼女のことを気にしてたじゃない。傍から見ればすぐに分かるわよ』 

『別にお前には関係ないだろ』

『あら、そんな態度をとってもいいのかしら? 私の能力を使えば、今すぐにでも貴女を館の外に追い出すこともできるのよ?』

『脅すのか?』

『招かれざるお客様には当然の措置だと思うけど?』

 

 二人は一触即発の空気になったが、ここで争うのは得策じゃないと判断した霧雨魔理沙は渋々答えることにした。

 

『……あの夜は、霊夢が妖怪になろうと思った真意を訊ねただけだ。……結局よく分からん妄想しか返ってこなかったがな。これで満足か?』

『妄想って?』

『それ以上は本人からきいてくれ。私の口から話すのも腹立たしい』

『ふ~ん……』

『ちゃんと話したんだ。通してもらうぜ』

 

 十六夜咲夜は、大図書館に向かっていく霧雨魔理沙の後ろ姿を見送っていった。

 

 

 

 時刻が約2時間飛んで同日の午後3時30分、大図書館からいくらかの魔導書をくすねて帰って来た霧雨魔理沙は、自宅の前で博麗霊夢と遭遇する。

 

『あ、魔理沙』

『……何の用だよ。霊夢』

『その……昨日のことで、謝りたくて』

『私は今忙しいんだ。お前に構ってる暇はない』

 

 霧雨魔理沙は碌に応対もせずに自宅に入り、鍵をかけた。

 

 

 

 日付が1日飛んで西暦200X年9月6日午後3時20分。太陽が傾きかけてきた時間に紅魔館の中庭で行なわれた、博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会の一コマ。

 パラソルが付いたガーデンテーブルに座り、紅茶を飲みながら取り留めのない話で盛り上がっていた。

 

『~ってことがあったのよね』

『あはは。何それ面白い』

 

 和やかなムードのまま歓談が続き、話が一区切りついたところで、十六夜咲夜は昨日の出来事を思い出す。

 

『そういえばさ、昨日ここに忍び込んできた魔理沙と話す機会があったんだけどね、彼女かなり怒ってたわよ』

『うん、知ってる。昨日謝りに行ったんだけど門前払いされちゃって』

『あの宴会の夜に魔理沙と何があったの? 魔理沙はよく分からない妄想だって話していたけど』

『実は――』

 

 そう話しかけた所で、霧雨魔理沙に激しく拒絶されたあの晩の出来事がよぎり口ごもる。

 もし本当のことを話しても、あの時の彼女みたいに十六夜咲夜に信じてもらえず、関係がこじれてしまうのではないだろうか? 博麗霊夢にはそんな臆病な心が生まれていた。

 

『実は、なに?』

『……ううん、なんでもない。とにかくまた今度、ちゃんと話してみるわ』

『そう……。仲直りできると良いわね』

 

 結局十六夜咲夜には真相を明かすことなく、この日のお茶会はお開きになった。

 

 

 

 翌日の午前9時35分。昨日とは打って変わって暗い雲が垂れ込め、今にも雨が降り出しそうな不安定な空模様の幻想郷。博麗霊夢は霧雨魔理沙の自宅を訪れていた。

 

『魔理沙、いる?』

『……何の用だ?』

 

 玄関の扉越しに聞こえてくる霧雨魔理沙の声。

 

『その……前の宴会のことで謝りたくて』

『…………』

 

 博麗霊夢がおずおずと口にすると、長い沈黙の果てに扉の鍵が開く音がして、中から霧雨魔理沙が現れた。

 

『上がれよ』

 

 有無を言わさぬ命令に博麗霊夢は黙って従い、家の中へと上がり込む。

 

『『…………』』

 

 雑多に散らかるリビングのダイニングテーブルで、向かい合うように座る2人の少女。気まずい雰囲気を打ち破ったのは博麗霊夢だった。

 

『ねえ、魔理沙。まだ怒ってる? ……って、怒ってるよね』

『…………』

『あれからずっと考えていたんだけど、私にはもうただひたすら謝ることしか出来ない。本当にごめんなさい』

 

 真摯に頭を下げる博麗霊夢を見て、霧雨魔理沙は考え込んでから、重い口を開いた。

 

『……そうだよな。人間、誰にだって言いたくないことの一つや二つあるよな。お前の気持ちも考えずに、自分の欲求ばかり押し付けてさ。私の方こそ酷い事言ってごめん』

『違うのよ魔理沙。あの話は嘘じゃなくて――』

『もういい、もういいんだ霊夢。私がただ子供なだけだったんだ。お互いに自分の信じる道を歩めばいい。それでこの話は終わりにしよう』

『……』

『……よし! 仲直りのきっかけに弾幕ごっこでもやるか! ついてこい!』

『あ、待って魔理沙~!』

 

 外に飛び出した霧雨魔理沙を博麗霊夢が追いかける所で、映像がフェードアウトしていった。

 

 

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 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 「この出来事がきっかけで、一時はギクシャクとしていた2人は関係を修復し、これからも良き友人として付き合っていくことになる。しかし、霊夢の説明を頑なに信じなかった魔理沙の心のわだかまりは、最期の時まで消えることはなかった……」

 

 女神咲夜の観測はまだまだ続いていく――。



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第124話 霊夢の歴史②

高評価ありがとうございます。




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 次に映し出された時刻は西暦200X年9月9日午後2時57分。場所は紅魔館の中庭で開催されている博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会。

 

『あれから魔理沙とはどうなったの?』

『一生懸命謝ってなんとか許してもらったわ。昨日も修行の合間に魔理沙と遊んだし、もうわだかまりは無いわ』

『ふふ、それは良かった。人間仲が良いに越したことはないからね。特に幼い頃からの友達は一生の宝物になるっていうし』

『……あんたって、時々達観したような口ぶりでものを言うわね。本当に見た目通りの年齢なの?』

『私はちょっと時間が操れるだけの人間よ。それ以上でもそれ以下でもないわ』

『普通の人は時を操るなんて無理なんだけど……ま、それは今更か』

 

 ここで話が一区切りついたところで、博麗霊夢は紅茶を一口飲みつつ、ここに来る前から気になっていたことを訊ねる。

 

『ところで咲夜、あんたは私に何か用があって呼び出したんじゃないの?』

『あら、どうしてそう思ったの?』

『だってあんたとこうして話すのはせいぜい週一くらいのペースだったのに、最後に会ってから三日しか経ってないのよ? こんなに早く私を招待するなんて、あんたに何かあったとしか思えないわ』

『随分と酷い言い草ね。魔理沙との関係が心配になって誘われた、とは考えないのかしら。……ま、霊夢の言葉は否定できないけどね』

 

 十六夜咲夜は皮肉めいた笑みを浮かべつつ、悩みを打ち明けた。

 

『実はね、最近お嬢様のことで悩んでいるのよ。その事で話を聞いて貰いたくて』

『へぇ? 私で良ければ話を聞くわよ』

『8日前にね、お嬢様から私の眷属になって欲しいとお願いされたの』

『……さらっと話してるけど、かなり大事なことじゃない! でもこうして日中に私とお喋りしてるってことは、まだ吸血鬼にはなってないのね』

『ご明察。その時は丁重にお断りして、お嬢様は『咲夜の意思を尊重するわ』と仰られて話は終わったの』

 

 十六夜咲夜は紅茶を含み、ティーカップを静かに置いた。

 

『けれど、先の宴会での霊夢の発言に触発なされたのか、お嬢様が時々私に聞こえるように『私の何がいけなかったのかしら』『咲夜の人生観を大きく動かせるような出来事は何かないかしら』と呟いておられるのよ。それが、なんだかプレッシャーに感じてしまって』

『私にはどこが悩みなのかさっぱり分からないわ。あんたのことだし、喜んで誘いを受けるものだと思ってた』

『私はね、人間であることに誇りを持っているの。人として生まれた以上、人のまま死にたいし。もし私が寿命を伸ばして数百年生きられるようになったとして、私はその長い人生でお嬢様に忠誠を誓って仕え続ける事が出来るのか? 人間であった時のように、日々を一生懸命努力しながら生きる事が出来るのか? ……そんな恐さがあるのよ』

『ふ~ん……』

 

 一見どうでもよさそうに相槌をうつ博麗霊夢だったが、内心では完璧超人だと思っていた十六夜咲夜の人間らしい悩みに、驚きと親近感を覚えていた。

 それを踏まえた上で、博麗霊夢は少し考えてから発言する。

 

『咲夜の気持ち、分からなくもないけどなんか違和感があるのよね』

『え?』 

『本当に心の底からレミリアに忠誠を誓っているならさ、例え何十――ううん、何百年経ったとしてもその想いは揺らがないと思うのよ。長い時間が経つことでレミリアに愛想をつかすのが怖い、って、誘いを断る動機としては弱い気もするけど』

『……霊夢には初めて話すけどね、実は私、幻想郷に来るまでのエピソード記憶が全くないの。年齢や出身地はおろか、『十六夜咲夜』って名前もお嬢様から授かった名前だし、私の本名は今も思い出せない……。自分が何者なのかと考え出すとキリがないわ』

 

 十六夜咲夜は言葉を続ける。

 

『もちろん、右も左も分からない私を拾ってくださったお嬢様には感謝してもしきれないわ。でもね、空っぽだった私が人であり続けることが、私が〝十六夜咲夜″になる前から続く唯一のアイデンティティーだから、もしお嬢様に愛想をつかすようなことがあれば、私には何も残らなくなってしまうのよ』

『そうだったんだ』

 

 博麗霊夢にとっては、およそ1ヶ月以上前、〝既に無かった事にされた7月25日″に時の女神の咲夜から聞いた話だったので驚きは少なかったが、目の前の十六夜咲夜が人間であることに拘り続ける理由については初耳だった。

 

『でも、そこまで固い決意があるのに私にこんな話をするってことは、やっぱり心に迷いがあるんでしょ?』

『そう、なるわね。自分でもちゃんと決心したつもりだったんだけどね』

 

 いまいち煮え切らない態度の十六夜咲夜に、博麗霊夢は自分の体験談を交えつつ語り掛ける。

 

『咲夜。幾ら幻想郷といえども、基本的に一度失われた命は二度と同じようには戻らないわ。例え死者を復活させる術を使ったとしてもね。……幽々子や邪仙が操るキョンシーを見れば分かるでしょ?』

『……』

『私が仙人になろうと思ったきっかけは、大切な人と一緒にいられる時間がどれだけ貴重なものか強く実感する出来事があったからなの』

『え?』

『とあるきっかけで友人を亡くして、あの時ああしておけばよかった、って、自分の選択を激しく後悔した人を目の当たりにしてさ、今あんたとこうして駄弁ってるような何気ない日々が、かけがえのない大事な時間だって気づいたのよ』

  

 博麗霊夢にとって、西暦200X年9月2日は忘れたくても忘れられない濃密な1日だった。あの日の出来事は心に深く刻まれている。

 

『話が脱線しちゃったけどさ、心の迷いを抱えたまま過ごしていたら必ず後悔する時がくると思う。原因を生み出した私がこんなこと言うのもなんだけど、レミリアともう一度腹を割って話し合ってみたら?』

『……確かに霊夢の言う通りね』

 

 この時、十六夜咲夜の脳裏には、西暦200X年9月1日に出会った時間旅行者霧雨魔理沙から託された150年後のレミリア・スカーレットからの手紙が思い浮かんでいた。あの時に彼女の提案を断った今、時間旅行者霧雨魔理沙が語ったレミリア・スカーレットが悲しみに明け暮れる結末へ辿り着くのは想像に難くない。

 

 しかし結論から話せば、この時間から10年後の201X年6月5日、死の間際に彼女宛に辞世の句を綴った手紙を残したことで悲しみから立ち直り、前を向いて生きていく結末へと歴史が改変されるのだが、この時点での十六夜咲夜はそこまで考えが及ばなかった。

 

『それともう一つ。あんたの素性についてだけど、私に心当たりがある』

『どういう事?』

『実は――』

 

 博麗霊夢は〝既に無かった事にされた7月25日″に体験した出来事をかいつまんで話していった。

 

『……そんなことがあったの? 本当に? あの日は何でもない一日だったはずだけど』

『皆忘れちゃってるだけで全て事実よ』

『……それにしたって、私がそんな、時の神様とかいう大それた存在の分身だなんて、あまりに突拍子がなさすぎて……』

 

 十六夜咲夜の呆然とした言葉は徐々に尻すぼみになっていき、沈黙に上書きされた。

 博麗霊夢にとって彼女の反応は至極当然のことであり、信じてもらえなくても仕方ないと、半ば諦めの境地に至っていた。

 

『まあ信じても信じなくてもどっちでもいいわ、どうせ証明するのは無理だし。話半分に聞いてくれて構わないわよ』

『……いえ、霊夢の話を信じることにする。貴女と同じく、私も未来から来た魔理沙に2回会ったことあるもの』

『そうなの!? それっていつ?』

『初めて会ったのが8日前の9月1日で、最後に会ったのがその次の日だから……ちょうど1週間前ね』

『結構最近じゃない! しかも9月2日って魔理沙が私の神社に来た日だし。でも、あの時はほとんど一緒にいたと思うんだけど……それ何時ごろの話?』

『確かお昼前だったわね。時を止めっぱなしで仕事をしていた私に『この時代で活動したいけど、時間が止まったままだと何もできないから時間を動かしてくれ』って文句を付けに紅魔館まで来たのよ』

『それおかしくない? だって時間を止めてたんでしょ?』

『私にもよく分からないんだけど、未来の魔理沙は時間停止の影響を受けないみたい』

『へぇ~なんだか面白そうね』

『あまり大したものでもないんだけどね。……それで話を戻すけど、紆余曲折の末に未来の魔理沙には私の仕事を手伝ってもらって、そのお返しにあの日は時間を止めずに過ごすって約束をして人里の方へ飛んで行ったわ』

『ふ~ん。時間的に罰ゲームで私がジュースを買いに行かせたくらいね。買い物程度でかなり疲れてたから変だなってあの時思ったけど、そんなからくりがあったんだ』

 

 博麗霊夢は納得したように頷いていた。

 この時の時間旅行者霧雨魔理沙はそもそもジュースを捜すだけでもかなり苦労していたのだが、知る由もない。

 

『それにしても、まさか咲夜が未来の魔理沙を知ってるなんて思いもしなかったわ』

『それは私のセリフよ。もしかして、さっき霊夢が例えに挙げた〝自分の選択を激しく後悔した人″って未来の魔理沙のこと?』

『うん。説明が面倒だからわざと名前は出さなかったんだけど、秘密を知ってる咲夜になら全部話すよ』

 

 そう前置きして、博麗霊夢は9月2日に体験した出来事を咲夜に話していく。この時代の霧雨魔理沙は信じようともしなかった話だったが、十六夜咲夜は真摯に耳を傾け、共感していた。

 

『――と、いうわけ。残念ながらこの時代の魔理沙は聞く耳を持たなかったけどね』

『そうだったの……。一歩間違えばそんな歴史になっていたのね』

『うん。だからね、私は未来の魔理沙の気持ちに応えたいって思ったの。私のために頑張ってくれたのに報われなきゃ悲しいじゃない』

『…………』

 

 博麗霊夢の本心、時間旅行者霧雨魔理沙の苦悩、自身の出生の謎、それらを一度に知った十六夜咲夜は、〝自分の在り方″について真剣に考え始めていた。

 

『色々と話してくれてありがとう霊夢。私自身の事も踏まえて、熟考してみるわ』

『今度どうなったか聞かせてね』

 

 こうして二人だけのお茶会はお開きとなり、再会したのは1週間後のことだった――。

 

 

 

 西暦200X年9月16日午後2時15分、紅魔館のエントランスホールにて博麗霊夢と十六夜咲夜が顔を合わせる場面から、映像が開始される。

 

『いらっしゃい、霊夢。待ってたわ』

『家でのんびりしてたら急に招待状が目の前に現れてビックリしたわ。普通に届けてくれればいいのに』

『クス、そうでもしないと霊夢は私に振り向いてくれないから』

『ここ最近しょっちゅう顔を合わせてるくせに何を言ってんだか。それで、あれから結局どうなったの? ……って、聞くまでもないか』

 

 彼女のメイド服の背中から生える立派なコウモリの羽を見て、博麗霊夢は全てを察した。

 

『あの日霊夢と別れてからお嬢様と夜通し話しあって、気持ちもしっかり受け止めた。その上で私は決めたの。お嬢様に求められている限り、私は忠誠を捧げ続けるって』

『幸せは失ってから初めて分かるものだ――なんて言うけど、多分貴女に話を聞いてもらわなかったら、今の私がどれだけ恵まれているのか考えもつかなかったと思う。ありがとう霊夢』

 

 幸福に満ち溢れた彼女の素直な言葉に、博麗霊夢は照れ臭くなり『べ、別に私はただ話を聞いただけ。お礼なんて要らないわ』

 

『ふふ、それでも、きっと霊夢がいなかったら踏ん切りが付かなかったと思うの。感謝の気持ちを籠めて今日はシュークリームを作ったわ。一緒にお茶でもいかが?』

『ま、まあそういうことなら、遠慮なく頂こうかな』

『クス、決まりね。ついてきて。今お部屋に案内するわ』

 

 甘いスイーツに心惹かれた博麗霊夢は十六夜咲夜の後についていく。その道中、彼女の姿をまじまじと見つめながら博麗霊夢は口を開いた。

 

『それにしても見違えたわね~。なんかレミリアと違っていかにも〝本物″っぽい感じ』

『……美鈴にも同じことを言われたわ。そんなにそれっぽいかしら?』

『あんたはスタイルが良いからね~。むしろレミリアの方が眷属に見えるわ』

『それ、お嬢様が聞いたら悲しむから絶対に口にしちゃダメよ?』

『分かってるわよ。ま、なにはともあれ、これからもよろしくね咲夜』

『ふふ、貴女とは長い付き合いになりそうね霊夢』

 

 移動中に、笑顔で軽口を叩く2人が廊下を歩いていく所で、映像が段々と薄れていった。

 

 

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 ――――――

 

 

 

「えぇ~!? そんなまさか……! こんなことになるなんて! 『私は一生死ぬ人間ですよ』と答えたあの時の決意はどこへ行ったのよ!?」  

 

 予想だにしていなかった人間十六夜咲夜の歴史の変化に、同じ自分である筈の女神咲夜は動揺を隠せない。

 何故ならこの歴史は今まで観測したことのない新たな歴史であり、今までの十六夜咲夜とは異なる、新たな十六夜咲夜が生まれたことを意味していたからだった。

 

「もはや完全に私の手から離れて別の存在になっちゃったわね。人であることに固執しつづけた私を心変わりさせてしまうなんて、霊夢の影響力には目を見張るものがあるわね……!」

  

 女神咲夜はただただ、博麗霊夢に感心しきっていた。

 

「う~ん。霊夢と別れてからたった一週間で何があったのかしら? それに吸血鬼になった私がどんな歴史を歩むのか気になるわね」

 

 一度は気持ちが別のベクトルへと向きかけた彼女ではあったが。

 

「――いえ、今は霊夢の方を優先しましょう。一度決めたことを途中で投げ出すのは良くないわ」

 

 自分にそう言い聞かせ、再び変動後の歴史の観測に戻っていった。




今回の話で十六夜咲夜が人であることを辞めたことによって、第2章の内容全てが古い歴史になりました。


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第125話 霊夢の歴史③

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 次に観測する時刻は、前回よりおよそ7か月飛んだ西暦2008年4月6日午前10時。春になり満開の桜が咲き誇る博麗神社にて、博麗の巫女の継承式が完了した場面から開始される。

 お茶の間には博麗霊夢と八雲紫が並んで座り、ちゃぶ台の向かい側には一人の少女が正座している。

 

『……これで引継ぎは完了ね。今日からあんたが私に代わって博麗の巫女よ』

『はい! 博麗の名を汚さないように、精いっぱい頑張ります!』

 

 厳かな空気の中、その少女は威勢よく答えた。

 博麗霊夢によって新たに博麗の巫女に任命された少女――博麗美咲は、彼女より三つ年下で、淡い栗色の髪が綺麗な愛嬌溢れる可愛らしい少女だった。

 もちろん、彼女は例によって、脇が開いた博麗神社伝統の巫女服を身に着けている。逆に、今日この日から先代の博麗の巫女となった少女は、長年愛用していた巫女服を脱ぎ、良く言えば素朴、悪く言えば地味な柄の着物に着替えていた。

 

『あ~そんな気負わなくても良いのよ? 別にそんな重みとかないし。もっと気楽に気楽に』

『そうはいきません! 幻想郷を代々守護してきた博麗の巫女という神聖な役職は、私のような退魔師の家系に生まれた者にとって憧れのような存在でした。親元を離れて家名を捨て、〝博麗″の名を賜ったからには、この素敵な楽園を永遠に存続させるために命を捧げる覚悟です!』

『ふふ、頼もしいこと。これからよろしくお願いするわね』

『なんだかなぁ……』

 

 やる気に満ちあふれている新代の博麗の巫女に愛おしく微笑む八雲紫と、自分との覚悟の違いにばつの悪い表情をする先代博麗の巫女――もとい、博麗霊夢。

 しかし自分の跡継ぎとして、この数か月間八雲紫と共に彼女を教育してきたこともあり、この日を無事に迎えられたことに感慨深いものがあった。

  

『それにしても、何とか霊夢が人の枠に収まっているうちに巫女の継承を執り行えて良かったわ。貴女、去年の秋頃と比べると見違える程霊力が高まっているわよ』

『そうかな? 自分だとあまり良く分かんないけど』

『貴女を博麗の巫女に見出した時、『この子は物凄いポテンシャルを秘めている』と思っていたけれど、やはり私の目に狂いはなかったわね』

『…………』

 

 かすかに口角を上げて静かな声で語っていく八雲紫。霊夢は膝に手を置き、僅かに俯いていた。

 

『そんなに暗い顔しなくていいのよ霊夢。貴女はこれまでちゃんと責を果たしてくれたわ。後は自分の好きなように生きて頂戴』

『……ええ。分かったわ』

『霊夢様、たとえこの神社から去ったとしても、いつでも遊びに来てくださいね!』

『ありがとう』

 

 二人に見送られつつ、最低限の日用品を包んだ風呂敷包み片手に、博麗霊夢は神社を後にしようとしたが、『そうそう。紫に言い忘れていたことがあったわ』と振り返る。

 

『どうしたの?』

『紫。もう私は博麗の巫女じゃなくなったし、博麗の名は返上するね』

『!』

『妖怪になる予定の私が〝博麗″を名乗っていたら、里の人達が博麗の巫女に不信感を抱くでしょうし、その名を持つ者は1人で良いわ』

『待ちなさい霊夢。『名は体を現す』ということわざがあるように、苗字を捨てることはこれまでの自分を半分亡くすことになるのよ? その意味を分かってるの?』

『平気よ、これも私の選んだ道だから。それじゃあね紫。ちゃんとあの子の面倒見てあげてね』

『いいえ、これだけは譲れないわ。勝手に話を終わらせないで頂戴』

『霊夢様!』

 

 立ち去ろうとした博麗霊夢の行く手を阻むように、硬い表情の八雲紫がスキマを介して瞬間移動し、後ろからは博麗美咲が追いすがって来た。

 背後の少女はともかくとして、目の前の八雲紫は能力が能力なだけに、本気で追いかけられたら逃げられない――そう判断した博麗霊夢は、仕方なく彼女の話を聞くことにした。

 

『なんでそんなに怒ってるのよ?』

『私が名無しの妖怪から『八雲紫』という個人名を持った妖怪に成った時、〝私″としての自我が芽生えて今の能力が発現したわ。それくらい〝名前″は妖怪にとって大きな意味を持つの』

『へぇ、あんたにもそんな時期があったのねぇ』

『もう二千年近く前の話だけどね』

『お言葉ですが霊夢様、私も反対です! せっかく家族になれたのに、このままお別れするなんて悲しいですよ……』

『あんたまでそんなこと言うの? けど、今さら私は戻れないわよ?』

 

 二人の人妖に熱心に引き留められて、すっかり困り果てている博麗霊夢に、八雲紫はこんな提案をした。

 

『霊夢。もし妖怪になったとしても、常に人間の味方であり続けると約束してくれる?』

『元からそのつもりだけど? 相手から襲ってくることがない限り、少なくとも私から積極的に襲うつもりはないし』

『その姿勢なら問題ないわね。〝博麗″の名を持つ者が人間の敵ではないと公布すれば、幻想郷に悪影響は及ばないでしょう。とにかく霊夢、あなたは〝博麗″を捨てちゃ駄目。私が許さないわよ』

『もう~何なのよ? まああんたがそこまで言うなら構わないけど。それじゃ今度こそ行くわよ?』

『いってらっしゃい』

『仙人の修行、頑張ってくださいね~!』

 

 再三に渡る説得により、結局博麗霊夢は〝博麗″の名を捨てること無く、博麗神社を後にした。

 

 

 

 30分後、博麗霊夢は妖怪の山の中腹にひっそりと建つ茨華扇の屋敷に辿り着く。玄関先にはその屋敷の主が待ち構えていた。

 

『約束通り来たわよ~!』 

『いらっしゃい霊夢。よく来ましたね。もう終わったのですか?』

『ええ。ついさっき博麗の巫女は後任の子に譲ったから、今の私は仙人を志すただの人間よ』

『そうですか。今までは博麗の巫女としての立場もあって控えめにしていましたが、今日から本格的に厳しい修行の日々が始まります。覚悟は出来ていますか?』

『元からそのつもりよ。聞かれるまでもないことだわ』

『よろしい。では入りなさい』

 

 戸を開けて中に入った茨木華扇の後に博麗霊夢が続いた所で、女神咲夜は映像を停止した。

 

 

 

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 ――――――

 

 

 

「……八雲紫の慧眼には驚かされるわね。西暦2108年に訪れていた霊夢の死を事前に潰すなんて。彼女、本当は未来が見えているのではないかしら? ……いえ、それだけの頭脳があるからこそ、幻想郷を創造できたのかしらね」

 

 女神咲夜が人間として生きていた頃は、八雲紫とはあまり関わり合いがなく、興味すらも沸かなかった。

 しかし時の女神としての記憶が同化し、宇宙の歴史を見渡せる今となっては、日本がまだ幾つもの国々に分かれていた時代から謀略を張り巡らし、幻想郷の存続に心血を注いできた妖怪だということを知った。

 女神咲夜は人間だった頃とは見識が変わり、彼女の有様に畏敬の念を抱いていた。

 

「いついかなる時代にも歴史を創るキーパーソンがいるものだけど、八雲紫はまさにこの条件に当てはまるわね。彼女の存在で幻想郷の在り方も大きく変化するでしょう。魔理沙もそこが分かっているからこそ、31世紀の幻想郷を救えたのでしょうね」

 

 そう結論付けた所で、女神咲夜はもう1人の歴史のキーパーソンについて考えを戻す。

 

「さて、ここから霊夢の修行が始まるけど……、正直な話あまり見所がないのよね。毎日同じようなことをやってるし。修行を終えて仙人になった時間までさっくりと飛ばしちゃいましょう」

 

 

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 時刻がおよそ半年飛んで西暦2008年10月10日午前11時5分。

 色鮮やかな紅葉が広がる妖怪の山の中腹、茨華扇の屋敷のとある和室にて、博麗霊夢と茨木華扇が向かい合って正座する場面が映る。

 

『おめでとう霊夢。とうとう仙人になれたのね』

『ありがとう華扇。あんたの指導のおかげよ』

『いいえ。私はただ道を示しただけ。霊夢の日々の努力の成果です。ふふ、師匠として誇らしいわ』

 

 茨木華扇は新たな仙人の誕生を自分のことのように祝福しており、博麗霊夢も笑顔を見せていた。

 

『それにしても、本格的な修行を始めてまさかたったの五か月で仙人に昇華するなんて驚きだわ。普通は仙人になるにはもっと時間が掛かるものだけど、いい意味で肩透かしを食らった気分よ』

『そう言われても、比較対象がいないからあまり実感は沸かないけどね。ま、褒め言葉として受け取っておくわ』

『だけどここで満足してはダメですよ? むしろここからが仙人としての人生の始まりなんですから』

『うん、分かってる』

 

 その後一言二言会話を交わし、博麗霊夢が遂に茨華扇の屋敷を出る時が訪れる。

 

『霊夢、私の元を離れても日々の鍛錬を怠ってはいけませんよ? 魔法使いが魔法の研究に勤しむように、仙人が修行を怠れば肉体の維持が出来ず、あっという間に老いて死んでしまいますから』

『この道を志した時から覚悟してた事よ。大丈夫、もう昔みたいな怠け癖はすっかりなくなったわ』

 

 彼女の答えに満足気に頷いた茨木華扇は、さらに続けて。

 

『もう一つ忠告をしておきます。仙人は100年に1度、地獄から死神のお迎えがやってきます。彼らを倒すことでさらに寿命を伸ばして、天人を目指して切磋琢磨していくのです。それは天人になっても終わりはありません』

 

 続けて、『しかし、彼らは非常に狡猾で、心の隙間を突いた精神攻撃を多用してきます。心身共に鍛え上げなければ勝てない強敵であり、負ければ地獄に落ちて閻魔の裁きを受ける事になるでしょう。……頑張るのですよ』

『とはいってもねぇ、100年も先の話だし、ま、その時が来たら考えるわ。それじゃあね~』

 

 手を振る茨木華扇に見送られ、博麗霊夢は屋敷を後にした。

 

 

 

 

『ん~! なんか久しぶりね』

 

 妖怪の山を離れ、風呂敷包み片手に幻想郷上空を飛行する博麗霊夢。

 俗世との関りを断ち、茨華扇の屋敷でおよそ半年間に渡って住み込みで修行していた彼女からしてみれば、何の変哲もない景色にすら新鮮さと安心感を覚えていた。

 

『これからどうしようかな。もう神社には戻れないし、まずは衣食住を確保しないといけないよね。……でもその前に、魔理沙に報告しにいこっかな』

 

 当てもなく飛んでいた博麗霊夢は進路を魔法の森へと変更し、やがて霧雨魔理沙邸の前に降りた彼女は、そっと玄関の扉をノックした。

 

『魔理沙~! いる~?』

 

 家の中に向けて呼びかけると、一拍遅れて騒がしい足音と共に扉が開かれ、家主が姿を現した。

 

『誰だ? ……って霊夢か。久しぶりだな。いつ降りてきたんだ?』

『ほんのついさっきよ。それより聞いて! 私とうとう仙人になったのよ!』

『へぇ、凄いじゃないか。てっきり途中で投げ出すと思ってたぜ』

『ふふん。私がちょっと本気を出せばこんなもんよ!』

『もう他の奴には知らせて来たのか?』

『ううん。魔理沙に真っ先に知らせに来たのよ』

『っ! そうか、なら私以外の奴らにも知らせて来いよ。お前が仙人になったって知ったら、きっと驚くと思うぜ』

『それもそうね。それじゃ魔理沙、また後でね!』

『おう』

 

 博麗霊夢はテンション高いまま飛び去って行き、影が見えなくなるまで見送った霧雨魔理沙は、万感の思いを込めて呟く。

 

『咲夜に霊夢、どんどん私の知り合いが妖怪になっていくな……これはもう、私も覚悟を決めないといけないかもしれん』

 

 扉を閉めた霧雨魔理沙は、カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、床に散らかる物を踏まないように研究机へと移動する。

 

『…………』

 

 彼女の視線の先にあるのは、表紙に六芒星が装丁された1冊の魔導書。紅魔館の大図書館から拝借してきた魔導書を参考にしながら、博麗霊夢が修行に明け暮れていた半年の間に開発した霧雨魔理沙オリジナルの魔導書だった。

 早速手に取って中をパラパラとめくっていく。日本語でも英語でもない言語でびっしりと記されたそれは、種族としての魔法使いが見れば首を傾げるような内容だった。

 

『できれば私はこれを使いたくはないんだが、いずれこいつが必要となる時が来るんだろうな……』

 

 険しい表情で呟く霧雨魔理沙の言葉で、映像は締めくくられていった。

 

 

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「霊夢が仙人になって妖怪の仲間入りを果たしたことで、多くの人妖は歓迎の意を示したけれど、この歴史の魔理沙は素直に祝福できなかった。元をたどれば同じ魔理沙なのにここまで考え方が違うなんて不思議ね。これも歴史改変の影響かしら?」

 

 先程の映像から、この時の霧雨魔理沙の心情を推測する女神咲夜だったが。

 

「いえ、ここであれこれと考えるよりも結果を見た方が早いわね。この時の出来事が後々どんな影響を及ぼすのか、次の時間へ進みましょう」



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第126話 霊夢の歴史④

最高評価及び高評価ありがとうございます。
本当にうれしいです。


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 女神咲夜が次に照準を合わせた時間は、あれから約1年半飛んで西暦2010年5月15日午後4時00分。辺り一帯が開けた平原にて、弾幕ごっこに敗れ地面に倒れている霧雨魔理沙と、彼女を見下ろす博麗霊夢の場景から始まる。

 

『クソッ、また負けたのか! 何故だ! 何故勝てないんだ!』

『…………』

 

 霧雨魔理沙は起き上がろうともせず、ただひたすら地面を殴りながら苛立ちをぶつけている。対して博麗霊夢は、目の前で本気で悔しがっている彼女にどう声を掛けたらいいか分からず、無言でその様を見下ろしていた。

 

 彼女達がまだ人間の少女だった頃はお互いの実力は拮抗していた。しかしあれから2年と8か月。博麗霊夢が仙人となり、霧雨魔理沙が年相応に美しく成長した今となっては、博麗霊夢が9対1の割合で勝利することが多くなった。

 

 そもそも人間が妖怪と真正面からぶつかりあえば、あっという間に瞬殺されてしまうのがこの世界の常識であり、それほどまでに力の差は歴然だ。

 

 弾幕ごっことは、人間と妖怪の絶対的な実力差を埋めるために考案された画期的な決闘法ではあったが、そのルールの範囲内ですらも熟練者と初心者では格差が生じてしまい、今の霧雨魔理沙はまさにこのパターンに陥っていた。

 

 誤解のないように説明すると霧雨魔理沙は決して初心者ではない。人の身でありながら努力に努力を重ねて今の力を手に入れた彼女は、むしろ幻想郷全体を見渡せば一流の弾幕プレイヤーとも言える。

 

 しかし博麗霊夢は人間だった頃ですら天性の才能だけで様々な異変を解決してきた少女だった。そんな彼女が修行を積んで仙人になり、彼女の肉を狙って襲い来る妖怪を撃退する日々を送ってきたことで実戦的な技術が加わり、まさに鬼に金棒、向かう所敵なし。〝怠惰な天才″が〝努力する天才″へ意識を変えたことで、博麗霊夢は幻想郷屈指の超一流弾幕プレイヤーにまで登りつめていた。

 

 長くなってしまったが、ここまでの説明を一言で纏めてしまえば〝相手が悪い″。それに尽きる。

 

『あんたも上手くなってると思うわ。もしさっきのスペルが命中してれば、勝負の行方は分からなかったわけだし』

 

 博麗霊夢は過去に一度だけ、あまり勝ちすぎてもよくないと思いわざと負けたことがあった。しかしそれはすぐに見破られ、烈火のごとく怒り狂ったことがあった為、それ以降は常に本気でぶつかるようにしている。

  

『くぅっ~……! 私にはもうあまり時間が残されていないのに……』

 

 博麗霊夢にとってはフォローの言葉を掛けたつもりだったが、霧雨魔理沙はそれを〝弱い自分への憐み″と捉えてしまい、悔しさで心が押しつぶされそうになっていた。

 

『次こそは負けないからな! 覚えていろよ~!』

『あ、ちょっと!』

 

 いたたまれない気持ちで一杯になった霧雨魔理沙は、捨て台詞を吐いて箒にまたがり、そのまま飛び去ってしまった。

 

『なんで魔理沙は勝ち負けにあんなに拘るようになったのかな? 昔はそんなことなかったのに……』

 

 霧雨魔理沙の心中を全く知らない博麗霊夢は、彼女が飛び去って行った空を寂し気に見上げていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、真っ直ぐ自宅に帰った霧雨魔理沙は、リビングのソファーに座ったまま文字通り頭を抱えていた。

 

『はぁ、もうどうしたらいいんだろ……。霊夢があまりにも強すぎて、だんだん追いつけなくなってきてるぜ……』

 

 この頃になると、自らの可能性を信じ万能感に満ち溢れていた3年前とは違い、徐々に現実が――己の能力の限界を感じつつあったが、努力は必ず報われると信じてここまでやって来た霧雨魔理沙にとって、決して認めたくない事実でもあった。

 

『私よりも運動能力・反応速度・瞬発力が上回り、自慢の弾幕の美しさすらも互角の相手にどうやって立ち回ればいいか……。う~ん』

 

 深く腰かけたまましばらく考え込んでいたが、中々いい案が思い浮かばない。ふと近くに立て掛けてあった全身鏡に目を移すと、そこには思い悩む自分の姿が映り込んだ。

 

 今年17歳になった霧雨魔理沙は、博麗霊夢を追い越すくらいに背が伸び、スタイルもより女性らしくなった。

 

 最近では知り合いから『もうその喋り方をやめてもっとお淑やかにしたら? 似合わないわよ』や『魔理沙、そろそろ将来についてちゃんと考えたらどう? 人間の時間は短いのよ』とまで言われる始末。もちろん当の本人は聞く気はなかったが。

 

『そろそろまずいよなぁ……。このまま月日が経てば〝資格″が無くなっちまう。どうしよう、私も魔法使いになるか? 思えば霊夢も仙人になってからむっちゃ強くなったんだよな』

 

 幻想郷には〝弾幕ごっこは少女の遊び″という暗黙のルールが存在する。大抵の妖怪は、年齢はともあれ〝少女″の姿を取っている為問題はないが、ある時期を境に〝成長″が〝老化″に転じてしまう人間にとってはその限りではなく、今の霧雨魔理沙はこの問題に直面していた。

 

 この機会にすっぱりと辞めて別の分野の研究を始めるか、それとも……。人生の岐路に立たされた彼女は悩みに悩み抜き、日が傾きかけてきた頃に結論を下す。

 

『……いや、悩む必要なんかないじゃないか。私は最後まで人のまま人の可能性を追い求める。もうこれしか選択肢はないんだ。……霊夢の話が本当であってたまるもんか。私は私なんだ』

 

 記憶に残るのは、3年前の200X年9月4日、博麗霊夢が巫女を辞めると宣言した宴会の夜に彼女と交わした会話。彼女から見て未来の自分、時間旅行者霧雨魔理沙への反骨心が勝ったこの時間の霧雨魔理沙は、人であることの信念を貫く決断をした。

 

『そうと決めた以上躊躇う必要はないな。あれを使うか!』

 

 霧雨魔理沙は立ち上がり、戸棚の奥から魔導書を手に取る。博麗霊夢が巫女を辞めた日から、来るべき時の為に大切に仕舞い込んでいたが、今日がその〝来るべき時″だと信じて決心したのだ。

 彼女はページを開いて呪文を詠唱していく。足元に六芒星の魔法陣が出現し、それに全身が包まれ、光の欠片が体内へと入り込んでいく。

 やがてものの数分もしないで光が収束し、魔法陣も砂のように消えていった。

 

『……これで良し』

 

 彼女は全身鏡を見ながら、手ごたえを感じるように拳を握る。

 一見すると、何も変化がないように見えるが、彼女が使用した魔法は、〝外見を固定する”効果を持ち、歳を重ねるに連れて効力を発揮してくる。もちろんアリス・マーガトロイドやパチュリー・ノーレッジのような、〝種族としての魔法使い″には全く必要がない魔法だ。

 

 改変前の歴史の〝霧雨魔理沙″はこんな魔法は使用せず、〝創りだそう″という発想すらなかった。これも博麗霊夢が仙人になった影響といえよう。

 

『私は命ある限りどこまでだって霊夢に付いていく。まだ最前線から脱落する訳にはいかないんだ』

 

 鏡に映る自分を見据えながら、決意を固めた霧雨魔理沙だった。

 

 

 

 

 それから10年後の西暦2020年3月29日午後1時20分。場面が霧雨魔理沙宅から先程と同じ平原へと移り変わり、弾幕ごっこが終了したシーンから始まったが、一つ前の観測時間と大きく違う所は、博麗霊夢が敗者として地面に倒れている所だ。

 

『よ~し、勝ったぜ!』

『ああ、負けちゃった。あと一歩だったのになぁ』

 

 全身で喜びを表現する霧雨魔理沙に対し、博麗霊夢は苦笑しながら立ち上がる。

 

 10年前の5月15日、心の整理をつけ、寝る間も惜しんで努力に努力を重ねた成果もあって、一時期は1割を切りそうだった勝率を5割まで戻す大健闘を見せていた。

 

 この時代の霧雨魔理沙と博麗霊夢の両名は弾幕ごっこのエキスパートと呼ばれ、幻想郷では〝異変″と呼ばれる数々の事件も、博麗の巫女の立場を奪ってしまいそうな程に次々と解決し、二人のコンビネーションに並び立つ者はいないとまで評されていた。

 

『強くなったわね魔理沙。まさかあのタイミングで前に出て来るとは思わなかったわ』

『お前の事は常に観察してるからな。今の私には弾幕を放つ寸前の僅かな筋肉の動きから、考え事をする時に無意識に髪をいじる癖まで、お前の事なら何から何まではっきりと分かっている!』

『そ、そう……。よく見ているのね。あはは』 

 

 ビシっと博麗霊夢を指さしながら堂々と宣言する霧雨魔理沙。色々とツッコミどころがある発言だったが、熱意が籠っているのは確かである為、博麗霊夢は照れ笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな中、ふと彼女は重大な事に気づく。

 

『そういえば、あんた随分と前から成長が止まってない? もしかして魔女になっていたの?』

『!』

 

 大抵の人間は10年も経てば身長が伸びたり、顔つきや体型が多かれ少なかれ変化するものだ。ところが霧雨魔理沙は、博麗霊夢の指摘通り10年前から何一つ変わらない姿を保ち続けていた。

 むしろ何故今まで気づかなかったのだろうか。もしかしたら人間より妖怪の方が付き合いが多く、自らも妖怪になってしまった博麗霊夢だからこそ、うっかり見落としていたのかもしれない。

 

『…………あ、ああ、まあな』

 

 色々思う所はあったが、霧雨魔理沙は余計なことを言わず、〝人間″であることを誤魔化した。

 

『な~んだ。それならそうともっと早く言ってくれれば良かったのに! クス、きっと未来の魔理沙はびっくりするだろうなぁ』

『…………』

 

 笑顔を見せる博麗霊夢だったが、対照的に霧雨魔理沙は固い表情をしていた。彼女の態度がなにを意味するか、当時の博麗霊夢は知る由もない。

 

 

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「これ以後も2人は良好な関係を築いたまま、幻想郷で存在感を示していくことになる。だけど2010年に魔理沙が下した決断、そしてこの時間に吐いた一つの噓。このことが後々首を絞めることになるのよね……」 

 

 だんだんと結末が読めてきた女神咲夜は表情が暗くなるが、観測の手を緩める事はなかった。




次の話は34年後(西暦2054年)まで時間が飛びます




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第127話 霊夢の歴史⑤~⑥

高評価ありがとうございます。

※今回の話は人間魔理沙の34年後と37年後、死亡シーンを描写します。


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 女神咲夜が次に観測した時間は、前回観測した時間から34年飛んで西暦2054年8月2日午後3時00分。外の世界の科学技術は日進月歩で、人工知能によるシンギュラリティが訪れていたが、ここは幻想郷。科学とは無縁な原風景が相も変わらず広がっている。

 季節は真夏。猛暑のピークとなる時間帯は過ぎたものの、まだまだ暑さが残る快晴の日。映像は魔法の森付近の草原から始まった。

 空中で花火のように美しく舞い散る虹色の弾幕は、見る者全ての心を奪う芸術となり、弾幕ごっこの魅力を最大限に引き出すものだった。それを演出する2名の役者の名は博麗霊夢と藤原妹紅。両者一歩も譲らず、手に汗握る激戦を繰り広げている。

 特等席で観戦するは、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。

 

『頑張れ霊夢ー!』

『…………』

 

 巻き込まれない程度に近い距離から声援を送るアリス・マーガトロイドとは違い、全体が見渡せる位置から座って観戦する霧雨魔理沙の表情は至って真剣だった。

 

『はあっ!』

『うっ――!?』

 

 やがて博麗霊夢が放った渾身の一発が藤原妹紅の脇腹に被弾し、そのまま草原へと撃墜する。決着が付いたことを確信した博麗霊夢は、墜落した藤原妹紅の前に降り立った。

 

『私の勝ちね!』

『ああ。負けた負けた。よっと』

 

 腕を立て、体をしならせるようにして飛び起きる藤原妹紅。衣服にまとわりついた草葉を払いのけながら問いかける。

 

『相変わらず鬼のように強いな霊夢は。一体どんな秘密があるんだ?』

『そんなの単純よ。好きこそ物の上手なれってね』

『ははっ、成程ね』

 

 愉快そうに笑う藤原妹紅は、負けたことも気にせず心の底から弾幕ごっこを楽しんでいた。

 

『ねえ、魔理沙もたまにはやりましょうよ。もうずいぶんとやってないんじゃない?』

 

 博麗霊夢は霧雨魔理沙の元まで歩いていき、誘いをかけたが。

 

『……いや、いい。もう私はプレイヤーとして楽しむよりオーディエンスとして楽しむ方が好きなんだよ。お前の弾幕は見てるだけで心惹かれるからさ』

『でも……』

『お~い霊夢! もう一回相手してくれ! さっきのはウォーミングアップだ。次こそ勝ってやる!』

『ほら、せっかく妹紅が呼んでるんだから相手してやれよ。私のことはいいからさ』

『そう?』

 

 やんわりと誘いを断り、博麗霊夢は元の位置に戻って行き、両者再び向かい合う形になった。

 

『それじゃ始めるわよ~』

『いつでもいいぜー!』

 

 そうして弾幕ごっこ2回戦が始まり、飛んだり跳ねたりしながら弾幕を放つ二人に霧雨魔理沙は熱視線を送っていた。

 

『…………』

 

 そんな彼女の態度に心当たりのあるアリス・マーガトロイドは、芳しくない表情で霧雨魔理沙を見つめていた。

 

 

 

 

 翌日の午前11時30分。場面が魔法の森の霧雨魔理沙邸に移り、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドがリビングの机で向かい合いながら話す場景から始まる。

 

『いつも済まないなアリス。お前には本当に助けられてばかりだ』

『これくらいどうってことはないわ』

 

 彼女の自宅はアリス・マーガトロイドの手によって、吸血鬼になったメイド長がスカウトしたくなるくらい綺麗に整理整頓されていた。

 

『それよりいつまで霊夢に秘密にしておくつもりなの? 貴女がまだ〝人間″だって。幾ら魔法で見た目を若い頃のままにしていても、年相応に肉体も心も衰えて来てるでしょ?』

『……確かにそれは否定できんな。まだ頭はしっかり働くんだが、思った通りに体がついて行かないんだよな。昔は欠かさず参加していた〝異変″は尚の事、あれだけ好きだった弾幕ごっこも碌にできなくなっちまったし』

『…………』

 

 とある日に、偶然霧雨魔理沙の秘密を知ってしまったアリス・マーガトロイドは、それ以来彼女が無事かどうか定期的に様子を見に来るようになっていた。

 

『だけど私は真実を明かすつもりはないぜ。お前には知られちまったからしょうがないが、他の皆――特に霊夢だけは絶対に私の弱い姿は見せたくないんだ。残り短い人生だけどあいつとは対等な関係でいたいからさ。はははっ』

『魔理沙……』

 

 軽く笑い飛ばす霧雨魔理沙だったが、アリス・マーガトロイドは近い将来に必ず訪れる日の事を考えると、決して笑えなかった。

 

『考えなおすつもりはないの?』

『お前にだけは明かすが、今研究中の魔法はこの世界を根本からひっくり返す画期的な魔法なんだ。これさえ完成すれば、今の私ともおさらば出来るんだ』

『……良く分からないけど、それならなおの事、手遅れになる前に種族としての魔法使いになった方が良いでしょ』

『私はな、47年前、霊夢が巫女を辞めると宣言したあの日に言っちまったんだよ。『人のまま生きて、人のまま高みを目指し、人のまま死ぬ』ってな。今更撤回なんてできんよ』

『そんなつまんないプライドなんか捨てなさいよ。その方が合理的じゃないの。聡明なあなたなら私の言いたい事わかるでしょ?』

『……それについては申し訳なく思ってるよ。だがこのプライドを捨てちまったら私のこれまでの人生が何だったのか分からなくなっちまう』

『魔理沙……』

『だから頼む。霊夢には内緒にしていてくれ。この通りだ!』

 

 頭を下げる霧雨魔理沙を見て、少し思う所があったアリス・マーガトロイドだったが。

 

『……分かった。魔理沙の意思を尊重してもう何も言わない』

『助かるよアリス』

『でも、もし何かあったらすぐにこの人形を通して私を呼びなさいよ? 貴女ももういい歳なんだから、あまり無理しないでね?』

『……あぁ、そうだな…………』

 

 霧雨魔理沙が悲しく呟いた所で、映像は途切れていった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

「…………」

 

 観測を終えた女神咲夜は険しい表情で黙り込む。何故なら彼女が口にした『この世界を根本からひっくり返す画期的魔法』の意味が分かっていたからだ。

 

「う~ん。どの歴史の魔理沙も何処かで歯車が狂ってしまうと同じ所に行きついてしまうのかしらねぇ。もしくはそれ程までにタイムトラベルが魅力的なのかしら。彼女にはこうなって欲しくなかったんだけど」 

 

 そう呟きつつ、次の歴史の転換点となる時間に移ろうとしたところで気づく。ついに観測したくない時間が来てしまった事に。

 

「……この歴史の魔理沙がどんな終わりを迎えるのか、見届ける責任がありそうね」

 

 女神咲夜は意を決して、霧雨魔理沙の命日、西暦205X年1月30日の観測を開始した。

 

 

 ――――――

 

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 ――――――――――――――――――  

 

 

 

 西暦205X年1月30日――幾日にも渡って降り続いた雪がやっと晴れ、降り積もった雪で一面銀世界となった幻想郷。風も冷たく、この冬一番のとても寒い日だった。

 

『う~寒い寒い。こんな日は温かくして過ごすに限るわね』

 

 時刻は午前10時02分。人里近くの森の中に構えた自宅の中で、どてらと手袋を身に着け、炬燵の中でぬくぬくとしていた博麗霊夢の元に、血相変えたアリス・マーガトロイドが飛び込んでくる所から、映像が始まった。

 

『大変よ霊夢!』

『あらどうしたのアリス? そんなに慌てて』

『おおお、落ち着いて聞いてね! ……魔理沙が今朝亡くなったのよ!』

『なんですって!? どういう事よ!?』

『詳しい説明は後! と、とにかくすぐに永遠亭に来て!』

 

 居ても立っても居られず、アリス・マーガトロイドと共に家を飛び出した博麗霊夢は、脇目もふらず全速力で永遠亭へ飛んでいった。

 そして10分もしないうちに、永遠亭の玄関に辿り着くと、乱暴に引き戸を開け放った。

 

『お待ちしてました霊夢さん』

『魔理沙が亡くなったって聞いたんだけど、本当なの?』

『……はい、そうです。彼女が安置されている部屋まで案内します。ついてきてください』

 

 出迎えに出て来た鈴仙・優曇華院・イナバの誘導に従い、駆け足で屋敷の奥へ案内される。

 

『この部屋です』

『!』

 

 襖を開いた博麗霊夢の目の前に飛び込んできたのは、布団に眠らされている人の姿。その人物の顔に白い布が敷かれているのを見て、全てを悟った博麗霊夢はその場にいた八意永琳を問い詰める。

 

『っ! これはどういうことなの!? なんで魔理沙が死んでるのよ!』

『……残念ですが、彼女がここに運びこまれた時にはもう手遅れの状態でした』

『何よそれ! そこを何とかするのが医者の仕事なんじゃないの!?』

『お気持ちは痛いほど分かりますが、例えどんな薬を用いても、既に亡くなった人を生き返らせることは不可能です』

『っ……!』

 

 淡々とした説明に愕然とする博麗霊夢に、第一発見者のアリス・マーガトロイドが状況説明を始める。

 

『私が1時間くらい前に魔理沙の家を訪ねたんだけどね、ドアをたたいても返事がないから変だなって思って窓から覗いてみたら、ペンを握ったまま床に倒れている魔理沙を発見したのよ。びっくりして、急いでここまで運んで来たんだけど、その時にはもう……』

『そんなことって……! 死因はなんなのよ!』

『死因は冠動脈の閉塞による心筋細胞の壊死――心筋梗塞ね。加齢による動脈硬化の進行に加えて、今日はこの冬一番の寒さ。不運が重なった事によるものでしょう。むしろ齢六十を超えた身で、瘴気まみれの土地で暮らしていけたことが奇跡だと私は思うわ』

『……ちょっと待ちなさいよ……。え……何……? もしかして魔理沙は人間だったの?』

『ごめんなさいね、霊夢。魔理沙に口止めされていたから内緒にしていたんだけど……』

 

 申し訳なさそうに俯くアリス・マーガトロイドを責める間もなく、博麗霊夢は恐る恐る遺体に近づき、震えた腕で面布を捲る。綺麗な金髪はすっかりくすみ、無念さを強く感じさせる表情で目を閉じる老婆が眠っていた。

  

『……そんな…………噓、でしょ……? だってほんの一週間前まで普通に話してたじゃない……』

 

 亡くなる直前まで接して来た霧雨魔理沙像とは大きくかけ離れた姿に、未だ現実味が沸かず呆然としている博麗霊夢。八意永琳はすかさず声を掛ける。

  

『実は彼女の遺体に遺言書と思われる手紙が残されていました。生前一番親しい仲だった貴女に渡しておきます』

『ちょうだい!』

 

 博麗霊夢はひったくるように『遺言状』と記された封書を手にすると、病室を後にする鈴仙・優曇華院・イナバと八意永琳に目もくれず遺書の全文に目を通していく。そこには霧雨魔理沙の本音が率直に綴られていて、読み進めていくうちに顔色はみるみると悪くなっていき、終いには涙があふれだしていた。

 

『……何が書かれていたの?』 

『ああ、どうして……? どうしてこんなことになっちゃったのよ魔理沙ぁぁぁ……私が、私がもっと早く気づいていれば……! うわぁぁぁぁぁん!』

 

 アリス・マーガトロイドの問いかけに応える余裕もなく、遺体に縋りつくように大声で泣きわめく博麗霊夢が映し出された所で、映像は途切れた。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――― 

 

 

「…………やはりこうなってしまったのね。此度の霊夢と魔理沙の歴史、物語としてはバッドエンドね。些細なすれ違いが巡り巡って決定的な亀裂を生んでしまった悲劇。運命のイタズラとは残酷ね」

 

 人類の歴史を紐解けば、こんな終わり方はありふれた展開、よくある悲劇の物語としてすぐに埋もれてしまうことだろう。宇宙の歴史を観測してきた女神咲夜にとっては見慣れた光景だった。

 しかし今回のケースはそれとは違い、彼女が人間だった頃に親交を深めた相手だからこそ、彼女達の境遇に感情移入してしまい、何とか幸せになって欲しいと心を痛めていた。

 

「この物語の終わりはここじゃない。霊夢が生き続ける限りまだまだ歴史は続くわ」

 

 女神咲夜はバツが悪そうに呟きながらも、歴史の観測を再開する。 

 




ここまで読んでくださりありがとうございました。

この話は最終回ではありません。まだまだ続きます。









以下補足説明


本作はマルチエンディングにしようと当初考えていたのですが、時間移動をテーマにした作品なので、主人公がバッドエンドのまま終わる筈がないと思い至り、エンディングを変更するという経緯がありました。

なので今回の話は、予め考えていた『魔理沙がタイムトラベル出来ずに死亡する』というバッドエンドとなります。

ノーマルエンド・トゥルーエンドの時も、後書きに記します。


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第128話 霊夢の歴史⑦

色々とありがとうございます。


 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――  

 

 

 次の時間は霧雨魔理沙の死から5日後の西暦205X年2月4日午前9時49分。次の舞台は永遠亭から場面転換して紅魔館の大図書館へ。この間に霧雨魔理沙のお通夜と葬式が執り行われ、幻想郷は悲しみに包まれた。

 

『こんにちは霊夢、アリス。魔理沙のお葬式の時以来かしら』

 

 大机に座ったまま、来客した博麗霊夢とアリス・マーガトロイドに挨拶するパチュリー・ノーレッジ。その普段通りの仕草が鼻に付いた博麗霊夢は、皮肉交じりにこう返した。

 

『あんたは相変わらず冷静なのね。魔理沙の死を知った時も大して驚いていなかったし』

『元々こういう性格なのよ、悪かったわね。それにあの子の若い頃を知っているだけに、輝きや情熱をすっかり失った姿を直視できなかったのよ。『老いる』ってとても残酷なことだわ……』

『その口ぶり、もしかして魔理沙の秘密に気づいてたの?』

『当の本人は隠してたつもりみたいだったけど、魔力の流れですぐに分かったわよ。敢えてそうする理由があったんでしょうから気づかないふりをしていたけど。全く滑稽よね。年老いたくらいで私が態度を変えるとでも思ってたのかしら』

『……』

『パチュリー!』

『……あまり死んだ人を悪く言うものじゃないわね。ごめんなさい』

 

 博麗霊夢の表情が沈んだのを見て、パチュリー・ノーレッジは自らの失言を恥じて謝罪した。

 

『皆さんお茶菓子をお持ちしました』

『ちょうどいいタイミングで来たわね』

 

 気まずい空気を紛らわせるように十六夜咲夜が現れ、人数分のティーセットを近くの大机に並べていった。

 

『それでは私はこれで』

『待って。咲夜はここにいて』

『? はぁ』

 

 一度は帰ろうとした十六夜咲夜だったが博麗霊夢に引き留められ、この場にいる全員が閲覧机についた。

  

『ところで今日はどんな理由でここに来たの? ただ世間話をしに来たわけじゃないんでしょ?』

『いつもながら話が早いわね。実は魔理沙が生前に遺書を残していたみたいなのよ。あんたにぜひ読んでもらいたくて』

『本当にいいの?』

『書き出しに『親愛なる友人たちへ』ってあるし、あんたにも読む資格があるわ』

『……分かったわ』

 

 魔理沙の遺書を受け取ったパチュリー・ノーレッジは黙読していったが、文章を読み進めていくにつれて顔を歪めていき、終いには『……後味悪い話ね。結局魔理沙の死は誰も得しない結末になったのね』と苦々しく吐き捨てた。

 

『この話には続きがあるの。パチュリー、これがなにか分かる?』

 

 アリス・マーガトロイドは持参した手提げ鞄から紙束を取り出し、パチュリー・ノーレッジに手渡した。

 

『ふぅん? 軽く流し読みする限りだと、何かの魔法のように思えるけど』

『魔理沙の家を整理していたら出て来たのよ。遺書にも書かれていた通り、彼女が死の間際にまで研究し続けていたみたいなんだけど、私には理解が追い付かなかったから、ぜひ貴女の意見も聞かせて欲しいのよ』

『私は魔法については専門外だしねー』

『……そういうことなら調べてみましょう』

 

 その後パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドは、残された資料と睨めっこしながら、霧雨魔理沙が遺した完成途中の魔法、その究明に明け暮れていった。

 しかしその一方で、霧雨魔理沙の遺書を読んだ十六夜咲夜は、博麗霊夢に耳打ちする。

 

『ねえ、これってひょっとして時間移動の……』

『結論を急ぐのは早いわ咲夜。餅は餅屋って言うでしょ? あの二人に任せましょう』

『……そうね』

 

 やがて結論はまた後日ということになり、この日は解散となった。

 

 

 

 あれから1週間後の午前11時05分、博麗霊夢は再度紅魔館の大図書館を訪れていた。

 

『あれから何か分かった?』

 

 隣に座る十六夜咲夜が用意した紅茶を飲みつつ、閲覧机越しに着席する二人の魔法使いに問いかける。アリス・マーガトロイドはパチュリー・ノーレッジに目配せし、頷いた彼女が口を開く。

 

『結論から言いましょう。ここ1週間アリスとずっと徹夜で調べ続けていたけれど、私達の知識をもってしても完全には理解しきれなかったわ。かの有名なヴォイニッチ手稿の如く、全てを知るのは今は亡き魔理沙って所かしらね』

『……』

『でもね、私達でも辛うじて理解できた部分と遺書の内容を照らしあわせて、魔理沙がなにを目指していたのかは何となくだけど分かったわ』

『それでも構わないわ。教えてちょうだい』

『どうも魔理沙はね、時渡りの術、いわゆるタイムトラベルを試みようとしてたみたいなのよ』

『……そう、そうだったのね』

 

 タイムトラベル――遺書の内容からして、もしかしたらそうなんじゃないかと薄々感づいていた博麗霊夢にとってはあまり驚きはなかった。だが同時に、ここでも現れた〝タイムトラベル″という単語に、強い因縁めいたものを感じていた。

 

『時間移動なんて未だかつて誰も成し遂げたことのない夢。志半ばで息絶えてしまった魔理沙の苦悩は、計り知れないものがあるでしょうね』

『…………』

 

 この時博麗霊夢の脳内では、ちょうど50年前、時間旅行者魔理沙が忘れていった時間移動の魔導書をパチュリー・ノーレッジに調べてもらった〝無かった事になった日″の出来事が浮かんでいた。

 

『でもまだ諦めるのは早いわ。今はまだ無理でも、時間をかければ魔理沙が考えていた理論が分かるかもしれない』 

『ええ。魔法使いとしての誇りに掛けて必ず解明して見せる』

『……いえ、もういいわ。これ以上は調べないでちょうだい』

 

 強い意気込みを見せていた二人の魔法使いに、待ったを掛けた博麗霊夢だったが、納得いかないアリス・マーガトロイドは珍しく語気を強める。

 

『どうして!? だって魔理沙が死ぬ間際にまで研究していた魔法なのよ?』

『そうじゃないの。どうせ調べようとしたって無駄なのよ。あんた達は忘れてるかもしれないけど、それは私が一度失敗した道なの』

『っ! 何意味分からない事言ってるのよ! 挑戦する前から諦めるなんて貴女らしくないわよ!』

『落ち着いてアリス。私は諦めてなんか――』

『遺言書にも書いてあったじゃない。『私の替わりに意思を継いで欲しい』って! 魔理沙の最期の願いを無駄にするの!?』

『いや、あのね。そういうことじゃなくて――』

『はいはい、ストップ。ここで喧嘩してもしょうがないでしょ。冷静になりなさいアリス』

『……そうね』

 

 パチュリー・ノーレッジにたしなめられたアリス・マーガトロイドは、胸に手を当てて何度か深呼吸をし、心を落ち着かせた。

 

『霊夢、貴女は何を知っているの? 教えて欲しいわ』

『それに先週は聞きそびれたけど、魔理沙の遺書は『……50年前の宴会の夜でお前が話していた事が真実なのだとしたら、そいつはきっと選択を誤らず、全てが上手くいった〝私″なんだろう。今の心境ならお前の話を信じても良かったかもしれない――』と締めくくられていたわよね? この言葉は何を意味してるのかしら?』

 

 二人の魔法使いに問い詰められ、ずっと黙って話を聞いていた十六夜咲夜からもアイサインを送られた博麗霊夢は、少し考えてから。

 

『……今から話すことはここだけの話にしてね』

 

 そう前置きして、博麗霊夢は50年前の夏に起きた時間旅行者霧雨魔理沙にまつわる出来事を事細かに話していった。

 

『――というわけ』

『タイムトラベルが実在していたなんて……! そんなことが現実にあり得るの? 信じられないわ』

『……興味深い話ね』

『けどこれは真実よ。魔理沙にもちゃんと説明したんだけど、聞きいれてもらえなかったのよね。……今思えばあの時から私と魔理沙の関係はおかしくなっちゃったのかなぁ』

 

 別の歴史の魔理沙の存在、十六夜咲夜の正体、なかったことにされた夏の日の出来事、どれもこれもが眉唾物の話に驚愕する二人の魔法使いとは対照的に、博麗霊夢は憂いた表情で大きな溜息を吐いていた。

 

『霊夢の話は噓ではありませんよ。私も一度タイムトラベラーの魔理沙と会ってますから』

『咲夜まで……』

『50年前のあの日、私も霊夢と一緒にフォローに回っていれば今日とは違った結末が訪れたかもしれませんね。その点が悔やまれる所です』

『咲夜のせいじゃないわ。どれもこれも私の説明不足が原因なんだから』

 

 責任を感じ俯く十六夜咲夜をフォローする博麗霊夢に、アリス・マーガトロイドとパチュリー・ノーレッジはこの話は真実なのだ、と確信を得ていた。

 

『……つまりこれまでの話を纏めると、たとえ私達が時間移動の研究を推し進めても、咲夜の姿をした時の神様が介入してくるから意味がない。だから霊夢は私達に反対したのね?』

『概ねそんな感じよ。時間の秘密を探ろうとした私もタイムリープするはめになったからね。もし本格的に研究を始めたら〝歴史から抹消″されるかもしれないわ』

『そんな不条理な理由で調査を中止して欲しいなんて……! 時の神とやらの正体は咲夜なんでしょ? この惨状を見てなにも感じないわけ? 魔理沙が報われないじゃないのよ……』

『でもここで何を言っても無駄でしょうね。散々私の知的好奇心をもてあそんでおいてお預けにされるのは悔しいけど、歴史からの抹消なんて反則的な手段を講じられたらお手上げだわ。それに〝宇宙の歴史の保護″という大義名分の元に時間移動を禁じているのなら、むしろ時の神のスタンスは道理にかなっているでしょう』

『感心してる場合じゃないでしょ!』

 

 時の神十六夜咲夜に対して、次々と不満の言葉を口にする二人の魔法使い。〝自分ではない私″を責められている十六夜咲夜は居心地の悪さを感じ、ただ口をつぐむばかりだった。

 

『アリスの言う通り、もちろん私も今のままで良いとは思ってない。魔理沙が自分の人生に満足したまま亡くなったのならともかく、あんな後悔に塗れた遺書を見ちゃったら何とかしてあげたいわよ……!』

『……けれど、時間移動が禁じられている以上、どうしようもないわよ?』 

『元々私は未来の魔理沙と再会するために人間を辞めて仙人になったの。その約束の時間は今から100年後の9月21日。この日にさっき話した時間移動の魔法――タイムジャンプを完成させた歴史の魔理沙が現れるわ。彼女ならきっとこの結末を変えてくれる。その時まで待ちましょう』

『……成程。それが良さそうね。未来の魔理沙にはまだまだ沢山聞きたいことがあるし楽しみだわ』

『私も霊夢に賛成。また魔理沙に会えるのなら……』

『決まりね』

 

 そうして話が纏まった所で、女神咲夜は観測を一旦停止した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――― 

 

 

「深い絶望を味わった霊夢は、この時魔理沙に希望を見出したのね。それが彼女の生きる糧となり、道標となった」

 

 先程の映像から博麗霊夢の心情と行動原理を推し量る女神咲夜。

 〝十六夜咲夜″の気持ちとしては、ずっと落ち込んでいた博麗霊夢が前向きな姿勢になったことに喜び、〝時の神″としての立場からは、パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドの両名が時間移動の研究を断念したことに、深い安堵を覚えていた。

 時の番人として存在し続けている以上私情を挟む事は許されない。幻想郷で十六夜咲夜としての人生を体験したことで、機械のように凍てついた心に人間らしい感情が生まれた彼女にとっては、かつての友人達を歴史から抹消するような真似だけは避けたかった。

 

「さて、魔理沙に会うために修行の日々を続ける霊夢だけど、西暦2108年――霊夢が仙人になってからちょうど100年目に、人生最大の試練が訪れるのよね。この時間を見てみましょう」

 




この章が始まってから大分時間が経ってしまったので、この後書きに4章のここまでの歴史年表を置きます。


文章量としては2000文字近くあって長いので、この後書きは読み飛ばしても構いません。



          
         ――――――――――



【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触、
 
      
   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。
   
   
   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。
   
   
   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、未来に帰る。 

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊って行く。
        
        
 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。
 
  
   9月4日夜⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。
      
   
   9月5日午後1時10分⇒咲夜の証言によると、魔理沙は霊夢がふざけた事を話したことにいまだ怒っているようだった。   
      
    同日午後3時30分⇒霊夢は魔理沙の家に謝りにいったが、魔理沙は聞く耳を持たなかった。
    
    
   9月6日午後3時20分⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。何を言って怒らせたのか気になる咲夜だったが、霊夢は真相を話すことを恐れて何も話さず。翌日もう1度魔理沙に謝りに行く事に。
   
   
   9月7日午前9時35分⇒魔理沙の家に再び謝罪にいく霊夢。霊夢の説明は最後まで信じてもらえなかったものの、魔理沙との関係を修復することはできた。
   
   
   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。
   
   ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。
   
   
   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。
     
     それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 
             
   
 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を、後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。
 
  
   10月10日午前11時05分⇒ 半年に渡る修行の末、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを降りて魔理沙に伝えに行くと、魔理沙は複雑な気持ちを抱えつつも歓迎の言葉を投げた。そして、肉体の時間を止める魔法(老いをごまかす魔法)を使うかどうか迷う。      

 西暦2010年5月15日午後4時00分⇒仙人霊夢に弾幕ごっこで負けまくる17歳の人間魔理沙。魔女になってしまうかどうか悩むも、結局人として生きることを決意。姿を偽る魔法を使用する。
 

 西暦2020年3月29日午後1時20分⇒27歳の人間魔理沙。努力が実り霊夢と5分5分で戦えるように。この時霊夢に自分が魔女になったと嘘をつく。

 
 西暦2054年8月2日午後3時00分⇒霊夢と妹紅の弾幕ごっこを羨望の眼差しで見つめる魔理沙。
 

   同年8月3日午前11時30分⇒61歳の人間魔理沙。秘密を知ったアリスに、人間を辞めるように説得されるも、それを拒否。人であることの誇りを持って。そしてアリスにだけ、この世界をひっくり返す魔法を開発してることを明かす。
   
   
 西暦205X年1月30日午前10時02分⇒魔理沙、心臓発作を起こし死亡。さらに遺書を読んだ霊夢は悲しみに明け暮れる。
 

 西暦205X年2月4日午前9時49分⇒紅魔館で魔理沙の遺書と、遺した研究の書類を調査するアリスとパチュリー。結論は一週間後に
 

 西暦205X年2月11日午前11時05分⇒死の間際まで魔理沙が研究していた題材はタイムトラベルと判明。魔理沙亡き後研究を引き継ごうとする二人だったが、霊夢はタイムトラベラーの魔理沙の存在を告白する。話し合いの結果、霊夢が約束した100年後まで待つことに決める。
 

 西暦2108年10月10日⇒霊夢の歴史⑧で描写する予定

 

 西暦215X年9月21日 未来を救った魔理沙だったが、気持ちはすっかりと晴れない。紅魔館のパチュリーとアリスに相談し、霊夢に会いに行くことを決める。(西暦200X年9月2日へ時間遡航)【W】へ


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暫定的にこんな感じになってます。読んでくださった方には感謝です


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第129話 霊夢の歴史⑧

※誤字修正しました。


 ――――――

 

 ――――――――――――

 

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 西暦2108年10月10日午後2時。夏から秋へと季節が移り替わり、落葉樹が茜色に色付いたとある山の中、ブナの木を背にへたり込む博麗霊夢から観測が始まる。

 

『はあっ、はあっ、はあっ』

 

 彼女の息は粗く、頭からは汗のように血が流れ、彼女愛用の着物は元の柄が分からなくなるほどにべったりと血に染まっていた。

 周囲の落葉樹は無残に倒れ、落葉で埋め尽くされた地面の所々には抉り取られたようなクレーターが幾つも出来上がり、一際大きなクレーターの中心にはうつ伏せで倒れる死神の姿が映り込む。

 

『ふ、ふふ。アーハハハッ! 私は魔理沙に再会するまで死ぬわけにはいかないのよ! ざまあみなさい死神! アハハ――げほっ』

 

 高笑いの途中で血を咳き込み、地面に倒れる博麗霊夢。その姿はお世辞にも壮健とは程遠い。

 仙人や天人に100年に1度必ず訪れる大きな災い。命を刈り取るべく地獄から差し向けられた死神との壮絶な死闘を制し、辛くも掴み取った勝利だった。 

 

『か、華扇は『死神は心の隙間を突いた精神攻撃を多用してくる』って話していたけど、まさか魔理沙の姿で現れるなんてねぇ。フフ、偽物だと分かっていてもかなり辛かったわ……ゴホッ』

 

 幻想郷でも無類の強さを誇る博麗霊夢にとって、死神の用いた精神攻撃はまさに弁慶の泣き所であり、かなりの苦戦を強いられた。彼女が大怪我を負った原因も、そして今こうして生きているのも、ひとえに時間旅行者霧雨魔理沙との約束を果たす――ただそれだけの理由であった。

 

 そして博麗霊夢は、近くに落ちていた木の棒を支えによろよろと立ち上がりながら。

 

『……あと、49年、か。フフフ、待っててね魔理沙。必ず生きて貴女に会いに行くわ……。ウフ、ウフフフフ』

 

 執念と狂気の笑みを浮かべ、足を引きずるようにしながら森の奥へと消えていった。

 

 

 

 先程までの激しい戦闘が嘘のように元の静けさを取り戻し、周囲に誰もいないことを確認してから、小野塚小町が木の影から姿を現した。

 

『……やれやれ、おっかないねぇ。既に死んだ人間にあんなに執着するなんて。普通の仙人だったら心の弱さに付け込まれてとっくにあの世行きだったろうに。大したもんだよ全く』

 

 同族の死にさして感慨に耽る事もなく、目の前で起きた光景に感嘆の句を漏らす。博麗霊夢は全く気づいていなかったが、彼女は少し離れた木の上から、戦闘の一部始終をこっそりと観戦していた。

 

『…………』

 

 小野塚小町は博麗霊夢が去って行った方向を見て思案していたが。

 

『いや、これ以上は余計なお節介だろうね。さ、私も帰ろうかな。四季様にも報告しておかないと』

 

 自らの考えを振り払い、彼岸へと帰っていった。

 

 

 

 同日午後2時10分、是非曲直庁――。

 地獄に存在するこの場所では、主に死者の霊魂の裁判や輪廻転生の管理、地獄に堕ちた罪人の魂の拷問、仙人や天人といった不当に寿命を伸ばしている輩のお迎えなど、生命の〝死″に関する事柄を一挙に担っている。

 そんな生者には全く用がない場所のとある一室にて、書類仕事を行っている地獄の最高裁判長こと四季映姫の元に、小野塚小町が訪れた。

 

『ただいま帰りました!』

『おかえりなさい。首尾はどうでしたか』

『ええ。霊夢は我々(是非曲直庁)が差し向けた刺客を見事に撃退しましたよ――』

 

 そう前置きして、ほんの10分前までに起きた出来事を仔細なく報告していった。

 

『――と、言う訳でして。それはもう、言葉では表しつくせないくらい激しい戦闘でした』 

『そうですか、ご苦労様でした。ふむ……』

 

 部下をねぎらう彼女は、言葉とは裏腹に筆が止まり、顎に手を当てて考え込む様子を見せていた。

 

『ところで四季様。霧雨魔理沙という人物を覚えてますか』

『霧雨魔理沙……懐かしい名前ですね。彼女は良くも悪くも幻想郷で目立つ人間でした。忘れるはずがありません。……彼女がどうかしましたか?』

『私は死神との戦いに勝った後に霊夢が口にした言葉がどうも気になるんですよ。魔理沙はとうの昔に亡くなった筈なのに、まるで再び会えることを確信しているかのようで』 

『……確かにそうですね。霊夢は明らかに心の弱さを見せている筈なのに、試練を乗り越えてしまった。これは今までの歴史の中でも類を見ないことです』

『もしかしたら魔理沙はまだ生きているのでしょうか?』

『それはあり得ません。西暦205X年1月30日に彼女は寿命が尽きて、その魂を私の手で裁いて輪廻の輪に乗せたのですから。ちゃんと記録も残っていますよ』

『ですよねぇ』

 

 机の引き出しから、凶器にもなり得る分厚さの古びた冊子を取り出して見せる四季映姫。ここには西暦205X年に死亡した全ての人妖の記録が詳細に記されている。

 彼女の持つ【白黒はっきりつける程度の能力】は、自分の中に在る絶対的な善悪の基準を元に、何者にも惑わされずに完璧な判断を下すことができる能力であり、何人たりともその術から逃れられない。それ故に死者の霊魂の裁判は、人間社会で度々起こり得る〝冤罪″が全く生じない理想的な裁判なのだ。

 それ故に疑いを挟む余地はないのだが、小野塚小町から博麗霊夢の様子を伝え聞いた時、過去に抱いた引っ掛かりが再び甦り始めた。

 

『……そういえば、彼女を裁くために浄玻璃の鏡で過去を覗いた時、幾つか気になる部分がありましたね』

『気になる部分、ですか?』

『小町、タイムトラベルって知っていますか?』

『え? んーと、今より過去の時間に戻ったり、もしくは未来へ行ったりすることでしたっけ』

『その解釈で合ってます。詳しい事情は省きますが、生前の彼女は個人的な目的によりタイムトラベルの研究を行っていました。しかしそれが完成する前に寿命を迎えてしまい、研究は中途半端に終わったようで、〝ここ″に来た際にはかなり未練が残っていました』

『そんなことが……』

 

 かつての知人が抱いていた思いもしない野望に、小野塚小町はただただ驚くばかりだった。

 

『しかし彼女は、未練と同時に希望を抱いていました』

『希望?』

『なんでも、この世界にはもう1人の〝魔理沙″がいて、この魔理沙はタイムトラベルを自由に行使できるそうです』

『えぇ!? そんな話が有り得るんですか!?』

『死亡した魔理沙も伝聞するところでしか知っていなかったので真偽不明ですが、その〝魔理沙″は、私達の良く知るとある人物の死の時刻を変えたそうよ。気になった私はその年の裁判記録を読み返してみましたが、当該人物の名前を確認できませんでした。もちろん私の記憶にも、その人物を裁いた事実はありません』

『だとしたら、その魔理沙が〝勘違い″してるってことなんじゃないですか?』

『ええ。私もそう判断してあの時は深く追及しませんでしたが、今日の霊夢の態度でこの話の信憑性が高くなりました。仮にこれが真実だとしたら、私のあずかり知らない所で多くの人妖が彼女によって運命を操作されているかもしれません。紅魔館の吸血鬼の比じゃない能力ですよこれは。職務上見過ごすわけには行きません』

『……なんかもう、なにがなんだか良く分かりませんけど、四季様が曖昧な推測で語るなんて余程のことなんですね。その〝死の時刻″が変わった人間って一体誰なんですか?』

『小町も良く知る人間よ。――いえ、今は仙人になったと表現した方が正しいわね』

『――! なるほど、それで四季様は私を派遣したのですね』

 

 ここに来てようやく四季映姫の意図を掴んだ小野塚小町は、彼女の聡明さに改めて敬服していた。

 

『いずれにしても、私達の知らない〝魔理沙″が何者なのか確認の必要があるでしょう。今溜まっている仕事が終わり次第霊夢の所を訪ねるわ。小町もついてきなさい』

『承知いたしました! いやぁ、なんだかワクワクしてきましたね!』

 

 知的好奇心を刺激された小野塚小町は珍しく高揚感を見せていたが、四季映姫にとってはただ悩みの種が増えただけであり、彼女程単純に割り切れなかった。

 

『この話は以上よ。さ、仕事に戻りなさい』 

『えぇ~』

『…………』

『す、すぐに帰ります! 失礼しました!』

 

 不満をあらわにした小野塚小町だったが、上司の刺すような視線に身震いを感じ、慌てて部屋を退室していった。

 

『……はぁ。もし本当に〝魔理沙″がいるのなら小町のサボり癖を治してくれないかしらね。これさえなければ優秀なのに』

 

 そんなため息をつきつつ、半ばワーカーホリックになりつつある四季映姫は書類仕事を再開した。




今年の投稿は以上になります。
ありがとうございました。


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第130話 霊夢の歴史⑨~⑫

多くの感想ありがとうございました。


 

 四季映姫の仕事がひと段落付き、博麗霊夢の自宅を訪れたのは二日後の午後4時20分のことだった。

 

『この家で間違いありませんね?』

『はい。寺子屋の先生や子ども達がそう話していましたし、間違いないでしょう』

『『霊夢様、霊夢様』と、人々から随分慕われているみたいねぇ』

『彼女は珍しく〝人間側″の妖怪ですからねぇ。これまでに起きた数々の異変からも人間達を守ってきましたし、博麗の名は伊達じゃないってことでしょう』

 

 博麗霊夢が仙人になってからちょうど100年が経過したこの頃には、彼女は人々の助けとなってくれる妖怪という事で、稗田一族が代々執筆する幻想郷縁起では人間友好度・高、危険度・低と記されており、上白沢慧音と並んでかなり名の知れた存在となっていた。

 

『人間と妖怪では善行の定義が変わってきます。彼女が巫女だった頃に善行を重ねていれば、と思ってしまいますね』

 

 そんなことを口にしつつ、四季映姫は呼び鈴を鳴らす。清涼な音が家の中に響き渡り、自宅で静養していた博麗霊夢は重い腰を上げ、玄関へと向かう。

 

『は~い、どちらさまー? ……うげっ、あんたは!』

『人の顔を見るなり失礼な物言いですね。そもそもあなたは日頃から礼節を欠いてる節がある――』

『ふん、わざわざ私の自宅まで押しかけて、そんな説教をしに来たのかしら? もしくは私の命を狙いにでも……?』

 

 四季映姫の後ろに立つ小野塚小町の姿をちらりと見て、距離を置いて身構える博麗霊夢。彼女は二日前の戦闘で受けた傷が完全に癒えておらず、見える範囲でも頭や腕、足首に包帯を巻き、とても痛々しい姿となっていた。

 その姿に、四季映姫は戦う意思のない姿勢を見せつつこう言った。

 

『いいえ違います。今日は幾らか尋ねたいことがあって来ました』

『その言葉、信用してもいいのかしら?』

『私は閻魔で小町は三途の川の船頭。そもそも〝管轄″が違いますから、貴女の命を狙う理由はありません』

 

 目を見てきっぱりと言い切る四季映姫。その目に噓偽りがなさそうだと判断した博麗霊夢は、彼女達に近づいて扉を開けた。

 

『……確かにそのようね。上がりなさい』

『お邪魔しますね』

 

 許しを得た二人は自宅に上がり込み、入ってすぐの畳部屋の中心に置かれたこたつ机の前に正座する。部屋の中は生活に必要最低限の家具が置かれているだけで、普段から質素な生活を送っていることが伺えるものだった。

 

『それで? 私に尋ねたい事って何よ? あんた自らが出張って来るなんて余程のことでしょうね』

『一昨日のことです。貴女は我々が派遣した死神と戦いましたよね?』

『ええ、それはもう大変だったわ。この怪我を見ればわかるでしょ? あんな卑劣な手を使うなんて地獄の連中は碌でもない奴ばかりね』

 

 着物を捲り、体の至る所に巻かれた包帯を見せつける博麗霊夢に、四季映姫は何も反論しなかった。              

 

『……そして貴女は戦いに勝利した後、『魔理沙に再会するまで死ぬわけにはいかない』と口にしたそうですが……どういう意味ですか?』

『な、なんでそれを知ってるの!?』

『単純な話です。小町に命じて一昨日の貴女の戦いを見張らせていました』

『……っ! そういうこと、趣味が悪いわね』

 

 歯ぎしりしながら二人を睨みつける博麗霊夢。敵意を向けられた小野塚小町は気まずそうな表情をしていたが、四季映姫は顔色一つ変えずに口を開く。

 

『彼女の裁判を行った時からずっと引っかかっていましたが、一昨日の貴女の言動で確信が強まりました。もしや幻想郷には、私達の知らない〝魔理沙″が存在するのではないですか?』

『……どうしてそう思うの? だって魔理沙は51年前に、な、亡くなってるのよ……? グスッ。ただの噓話とは思わないの?』

 

 途中で言葉が詰まり、無意識のうちにじんわりと涙が溢れ出す博麗霊夢。様子の変化に気づきながらも、四季映姫は敢えて見て見ぬ振りをしながら問い詰める。

 

『私はこれまで多くの死者を見て来ました。彼らが今わの際に抱く感情は、後悔、恨み、悲しみ、喜び――列挙してはキリがない程に複雑なものです。その経験則から言わせてもらうと、わざわざ仙人になってまで生に執着した人間が、生きるか死ぬか、極限の状況を切り抜けた直後に発した心の叫びが嘘とは到底思えません』

『っ!』

 

 四季映姫の言葉はまさに核心を突いたもので、反論の余地がなかった。それ故に博麗霊夢は誤魔化すのは無理だと悟り、四季映姫の目的を探ることにした。

 

『……か、仮に別の魔理沙がいたとして、あんたに何か関係があるの? まさか、魔理沙が〝有罪″だとでもいいたいの?』

『私はただ真意を見極めたいだけです。もし彼女が恣意的に運命を改竄しているのであれば、私の立場としては看過できませんから』

『魔理沙がそんなことするわけないでしょ!』

『それを判断するのは私です。貴女ではありません』

 

 一触即発の空気が漂いはじめ、黙って会話の成り行きを見守っていた小野塚小町は、もしかしたら殴り合いに発展するんじゃないか――とハラハラした気持ちでいっぱいになっていた。

 

『さあ答えてください。〝魔理沙″はいつ、どこに現れるんですか?』

『……あんたらに話すことなんて何もない! 帰ってちょうだい! 顔も見たくないわ!』

『……分かりました。小町、お暇しますよ』

『え? あ、はい!』

 

 涙ながらに声を荒げる博麗霊夢に、四季映姫は顔色一つ変えずに立ち上がり、小野塚小町は後ろ髪を引かれながらも、彼女に続いて家を出た。

 

 

 

『追い出されちゃいましたけど、良かったんですか四季様?』

『収穫はあったわ。霊夢のあの反応は答えを言っているようなものね』

『私としては彼女の心の傷を抉ったようで、罪悪感ありますけどねぇ。今度謝りに行かないと』

『嫌われるのはもう慣れてますよ。これくらいのことで音を上げていたら閻魔は務まりませんから』

『四季様……』

 

 淡々と話す四季映姫だったが、彼女が一瞬見せたナイーブな表情を小野塚小町は見逃さなかった。

 

『……これからどうするつもりなんです? 手掛かりも無くなってしまいましたし』

『亡くなった魔理沙の記憶と、一昨日の霊夢の証言を照らしあわせれば、〝もう1人の魔理沙″は西暦200X年から150年後――即ち今から49年後のいずれかの日に、霊夢は必ず魔理沙と接触するはずです』

『今年が西暦2108年だから、西暦215X年ですか。なんだか気の長い話ですねぇ』

『ですがこの時を逃せば二度と会えないかもしれません。再び別の時間に跳ばれてしまったら、私達に知る術はありませんから。この年になったら、霊夢に監視を付けるよう根回しをしておくことにしましょう』

『四季様、その時が来たらぜひ私にも教えてください。ここまで関わってしまった以上、結末が気になりますから』

『……いいでしょう。その代わり、ちゃんと働きなさいよ?』

『分かってますって!』

 

 そんな話をしながら森の中を歩く二人の背中が遠ざかっていくシーンで、映像はフェードアウトしていった。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――― 

 

 

「魔法使いの次は閻魔と死神かぁ。色んな人から注目される魔理沙って人気者よねぇ。人間の〝私″とは大違い」

 

 魔理沙がこれだけ多くの種族から関心が向けられるのは、タイムトラベラーとしての価値なのか、はたまた彼女の特異な人間性か。恐らくその両方なのだと、女神咲夜は考えていた。

 

「約束の時間になった時に、果たしてちゃんと収拾が付くのかしらね? そこもしっかりと観察する必要がありそうだわ」

 

 続けて女神咲夜は、新たに歴史改変の影響を受けた四季映姫へと思考を持っていく。

 

「四季映姫……、彼女は確か、地球が銀河帝国に滅ぼされた歴史でも忠実に職務を全うしていたのよね。尤も、死者の多さと、輪廻の輪の消滅のせいでどうしようもない状態に陥ったみたいだったけど」

 

 かつての歴史を思い出す女神咲夜。あの時は流石の彼女も大いに驚き、何が原因なのかを探るのに少なくない時間を費やした案件だった。

 その拗れてしまった歴史を是正する解決策として、自らの正体を現し、世界に絶望しかけていた魔理沙が立ち直るよう遠回しに仕向けたことで、直接的な介入を避けた――という裏事情がある。

 

「ところで善悪とは何なのかしらね。時代や環境によって、何が正義で何が悪なのか変化するものだけど、四季映姫が判断する善悪とはどこを基準にしているのかしら。遺伝子に刻まれた本能的な部分なのか、その時代に合わせて柔軟に変化していくモノなのか……」

 

 女神咲夜の思考が明後日な方向を向いている最中にも、透過ディスプレイの映像は次に観測すべき時刻を指し示していた――。

 

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――  

 

 

 

 時刻は西暦2151年4月19日、午後4時35分。22世紀も中盤に差し掛かる時代になっても古き良き日本の風景が残る幻想郷。

 春のうららかな気候が心地よい晴天の日のこと、かつて霊夢と名もなき死神が死闘を繰り広げた山の中から観測が開始された。

 

『はっはっはっはっはっ』

 

 映像の中心には、息を切らして山道を駆け下りる20代前半の女性の姿。外の世界ではめっきり見なくなった和装に身を包む彼女はくたびれた竹籠を背負っており、その中には採ったばかりの新鮮な山菜が入っていた。

 

『ウォォォォ!』

『あぁ、ついてない! どうして私はこんなところまで来ちゃったんだろ! 欲張るんじゃなかった!』

 

 逃げて来た方角からは野良の狼妖怪の遠吠えが響き渡り、自分の軽率な行動に後悔しつつも、安全圏となる人里まで必死に手足を動かし続けていく。

 彼女はフルマラソンを走破出来るレベルの健脚の持ち主で、足にはかなり自信がある方ではあったが、さすがに狼相手では分が悪く、差をじわりじわりと詰められていた。

 

『はあっはあっ。まだ影は見えてないし、とにかく早く山を降りないと……きゃあっ!』

 

 追手を気にして足元が疎かになっていた彼女は、山道まで張り出した木の根っこに足を引っかけ、頭からおもいっきり地面に転んでしまう。

 

『あいたたた~……』

 

 転んだ衝撃で周囲に散らばってしまった山菜には目もくれず、体勢を立て直してすぐに走りだそうとする彼女だったが、その致命的なタイムロスを狼妖怪が見逃すはずもなく。

 

『そんな……!』

 

 彼女が気づいた時には、涎を垂らした亜麻色の毛並みの狼妖怪がすぐ目の前まで迫り、鋭い爪が彼女目掛けて振り下ろされ――

 

『――させないわ!』

 

 その時、草木の間を縫うように飛んできた一枚のお札が狼妖怪の胴体に命中。

 

『キャウン!』

 

 亜麻色の毛並みの狼妖怪は子犬のような悲鳴をあげながら、山道の脇の草むらへと吹っ飛ばされ、そのまま泡を吹いて息絶えた。

 

『い、一体何があったの……?』

『どうやら間に合ったようね。大丈夫?』

『あ、貴女は……! 霊夢様!』

 

 目の前で起きた出来事に唖然としていた女性だったが、繁みを掻き分けながら登場した博麗霊夢の姿を見て安堵する。

 

『危ない所を助けていただいて、ありがとうございます』

『いいのいいの。それより貴女、見た所人里の人間でしょ? なんで妖怪の対策も碌にしないでこんな山奥まで登って来てんのよ』

『山菜を採りに山へ登っていたらつい夢中になってしまって。あ、あはは』

『なるほどねぇ……』

 

 あまりにも間抜けな言い訳に、博麗霊夢はただため息しか出なかった。

 

『とにかくいつまでもここに居る訳にはいかないわ。歩ける?』

『大丈夫――いたっ』

 

 立ち上がろうとした女性だったが、右足に電気ショックにも似た痛みが走り、堪らず尻餅をついてしまった。

 

『あらら、これはしばらく動けそうにないわね。ちょっと見せなさい』

 

 博麗霊夢は彼女の足の怪我の具合を見て、背負っていた風呂敷包みの中から薬を取り出し応急処置を施していく。ついでに、辺りに散らかっていた山菜を拾い集めて彼女の籠に戻すのも忘れずに。

 

『こんなもんで良いかな。さ、麓まで背負っていくわ。乗りなさい』

『え? 宜しいのですか?』

『遠慮する必要はないわ。ちょうど私も人里に降りようと思ってた所だったし』

『何から何まですみません。お言葉に甘えさせていただきます』

 

 そうして博麗霊夢は自分よりも背丈が高い女性を軽々と背負い、下山して行った。

 

 

 

                    ◇◇◇◇◇

 

 

 

『~なんですよ』

『へぇ、そんな穴場があったんだ。舞さんは良く知ってるのね?』

『偶然見つけただけですよ。霊夢様もぜひ行ってみてください』

 

 あれから妖怪に襲われる事無く、背中の彼女と取り留めのない話をしながら歩き続け、博麗霊夢が人里近くまで降りて来た頃には、辺りはすっかり茜色に染まる時間帯になっていた。

 

『やっと人里が見えて来たわね』

『あぁ、生きて帰ることが出来て本当に良かった……』

 

 人里が見える距離まで近づいたことで、彼女の緊張の糸がほぐれ、大きく息を吐いた。幾つもの異変を解決してきた博麗霊夢と違い、彼女はか弱い人間に過ぎない。どれだけ平静を装っていても、先程狼妖怪に喰い殺されそうなった事への恐怖心は拭いきれずにいた。

 

『私が付いてるんだから当然よ。ところで足の具合はどんな感じ? まだ痛む?』

『はい……。まだズキズキ痛くて、満足に歩けそうにないです』

『それなら自宅まで送り届けてあげる。貴女の家はどこにあるの?』

『入り口の門をくぐったらそこの通りを直進して、次の角を右に曲がって――』

 

 彼女の指示通りに人里を歩き回り、10分もしないうちに辿り着いた場所は、景観に溶け込むように路地の一角に建つ、ごく普通の木造家屋だった。

 博麗霊夢は引き戸の枠を足で引っかけるようにして強引に開き、彼女を上がり框へと慎重に座らせる。

 

『おかえり、おかーさん!』

 

 ガラガラと玄関の扉が開く音を聞きつけ廊下の奥から駆けつけたのは、母親譲りの黒い瞳が綺麗な、年端もいかない少女だった。

 

『ただいま杏子。もう寺子屋の授業は終わったの?』

『うん! きょうもいっぱいべんきょうしてね、やっと九九をぜんぶおぼえたんだ!』

『まぁ、偉い偉い。杏子は天才ね!』

『えへへ』

 

 くしゃくしゃの笑顔を見せる少女は、ここで初めて見慣れない人物が母親の傍にいる事に気づき、関心が移り変わる。

  

『おねえちゃんだあれ?』

『私は博麗霊夢よ。山で転んで歩けなくなったお母さんをたまたま見つけてね、ここまで送り届けに来たの』

『そうなの? だいじょうぶ?』

『捻挫みたいだし、しばらく安静にしていればすぐに治るわ』

『そっかー。よかったぁ。おねえちゃんありがと~』

『ふふ、どういたしまして』

『帰ったのか~舞?』

 

 玄関が騒がしい事に気づき、舞と呼ばれた女性と同じ年頃の優男が奥から姿を現す。

 

『……え! れ、霊夢様!?』

 

 人里ではかなりの有名人である、博麗霊夢の思いがけない来客に素っ頓狂な声を上げていたが、舞の足に巻かれた包帯を認識すると、彼女に心配そうに声をかける。

 

『そ、それにその足の怪我は……なにがあったんだ舞?』

『妖怪に襲われそうになった所を霊夢様に助けていただいて、ここまで送ってもらったのよ』 

『そうでしたか……! 私の妻がお世話になりまして、何とお礼をすればいいか……!』

『あなたは命の恩人です』

『べ、別に当然のことをしたまでよ』

 

 夫婦揃ってペコペコと感謝される博麗霊夢は、少しのむずがゆさを感じつつも、悪い気はしていなかった。

 

『それより、次からは山奥まで登っちゃ駄目よ? 私がたまたま近くに居たから良かったものの、一歩遅かったら大変なことになってたかもしれないんだから』

『今日の事で妖怪の怖さが身に染みました。誰もかれもが霊夢様のように人間に優しい妖怪ばかりではないのですね。これからはもう、人里から出ないようにします』

『そこまで極端じゃなくてもいいんだけど……。まあ貴女がそういうのであれば、止めはしないわ』

 

 そして話に区切りが付いたところで博麗霊夢は立ち上がり。

 

『さて、私はそろそろ行くわ。多分骨は折れていないと思うけど、もし痛みが引かないようなら医者に診てもらいなさい』

『怪我が治ったらお礼に伺いますね』

『おねえちゃん、またきてね!』

 

 若夫婦と少女に見送られながら家を後にした。

 

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――  

 

 

「ふ~んなるほど……」

 

 恐らく、時間旅行者霧雨魔理沙は予期していなかったであろう所から歴史の変化を観測し、注意深く映像を見つめる女神咲夜。

 今回観測した時間の出来事は、単に博麗霊夢が人助けをしただけのちっぽけな話に見えるが、タイムトラベラー魔理沙を取り巻く歴史の流れにおいては、少なくない意味合いを持つ出来事だった。

 

「この少女の〝心の闇″となる原因を知らず知らずのうちに霊夢が取り除いた事で、性格が180度変化することになり、215X年の未来が変わることになるのね」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙が博麗霊夢を仙人の道へ誘う前の歴史では、この時間に杏子の母親は狼の妖怪に殺されてしまう運命だった。それによって杏子は妖怪に強い憎しみを持つようになり、博麗の巫女に任命されて以降、博麗神社に妖怪避けの結界を張り巡らせる行動を取る。

 そんな博麗杏子の事情を知らず、西暦215X年9月18日に博麗神社を訪問した時間旅行者霧雨魔理沙は襲われてしまい、逃げる為に使ったタイムジャンプの行先が偶然にも31世紀の幻想郷となり、破滅の未来を知った彼女はそれ以後31世紀の幻想郷を救うべく奔走する――という歴史に繋がる。

 そこに至る因果が今回の一件によって消滅してしまったことになるが、女神咲夜は楽観的な見方をしていた。

  

「だけどこの程度なら『31世紀の幻想郷の存続』という因果は崩れないでしょう。例え無かったことにされても、魔理沙が幻想郷を救った事実は揺るぎのないものだから――」

 

 

 

 

「さて、見た所これで終わりかしらね?」

 

 次に観測すべき時間が、西暦215X年9月21日――時間旅行者霧雨魔理沙と仙人博麗霊夢が再会する日付――なのを確認し、これまでの観測結果の総括に入っていく。

 

「こうして霊夢の150年を断片的に振り返ってみたけど……、全体的に重い話よねぇ。見ててあまり良い気分のものではなかったわ。魔理沙を中心に、多くの妖怪達の思惑が渦巻くこの状況。はてさて、この悲劇的な結末に対してどう対処するつもりなのかしら?」

 

 女神咲夜は、観測対象を時間旅行者霧雨魔理沙に変更し、彼女の動向を再び追い始めていった。




タイトルに『霊夢の歴史』と付けた話は、『時の回廊から、それぞれの時間に起きた出来事を観測する女神咲夜』という神の視点の元に執筆してきました。

今回の話でやっと時間が追い付いたので、次回からはタイムトラベラーの魔理沙の1人称視点に戻ります。


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第131話 再会

今回の話の時系列は第四章120話 タイトル『告白』の続きです。


 ――西暦215X年9月21日 正午――

 

 

 ◇◇◇ side――魔理沙―― ◇◇◇

 

 

 霊夢と別れてタイムジャンプ魔法を発動してからというものの、真っ暗闇の中を、頭が、体が、グルグルと回り続けている。自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか、それすらも分からない。

 思考は闇の中に溶けて消えゆき、自我すらもそのまま飲まれてしまいそうな不思議な浮遊感。恐怖の声を上げようとしても、その声を発する声帯すらも消えている。なぜ、どうしてこうなった?

 消えゆく世界の中で、私は――。

  

「っ――!」

 

 刹那、脳天を直接かち割られたかような鋭い激痛が走り、溜まらず地べたを転げ回る。

 

「くっ――!」

 

 頭をおさえながら歯を食いしばって立ち上がり、現在の状況を把握するべく周囲を見渡してみる。眼下にはどこまでも広がる雄大な自然、足元には麓へと続く石段があり、すぐ横には赤色の柱が建っている。どうやら私は博麗神社の鳥居の真下にいるようだ。

 いつの間にか激しい頭痛も消えていた。なにか途方もない悪夢を見ていたような気がする。

 

(さっきのは一体なんだったんだ? 何かが頭に直接叩き込まれたような……) 

 

 不可思議な感覚の正体を探るために、神社を背に考え込んでいたのがまずかったのか、私は後ろから近づいてくる気配に全く気がつかなかった。

 

「ねえ、貴女」

「あん?」

 

 声を掛けられ、振り返ったそこには――

 

「博麗神社へいらっしゃい。遠路はるばるお参りに来てくれてありがとう。本堂はあちらですよ~」

「げげっ! お前は……!」

 

 黒髪黒目のショートヘアーに、氷のように冷たいキレ目が印象的な紅白衣装に身を包む少女。

 客観的な時間で〝三日前″の9月18日、私が初めて博麗神社を訪れた際に、突然襲い掛かって来た博麗杏子の姿があった。

 

(うっかりしてた! この時代の巫女は……!)

        

『私が妖怪嫌いだっていうのも知ってるよな? 今すぐ私の前から消え失せてくれ』

『お前はここで滅ぼしてやるよ。ああ安心しな、苦しまずに逝かしてやるから。この結界の中に入ったが最後、もはや出ることも敵わないのだ』

    

 〝三日前″の苦々しい記憶が甦り、すぐに逃げだそうと足を一歩踏み出したその時。

  

「………人の顔を見るなりその反応は酷くない? そりゃあ確かに? 私は目つきが悪くて怖がられることが多いけどさあ……さすがに傷つくよ」

 

 記憶の中の人物像とは裏腹に、かなりしょげた様子な彼女を見て、私は違和感を覚えて立ち止まる。

 

「お前、私のことを覚えてないのか?」

「……ごめんなさい。たぶん今日が初対面だと思うんだけど。どちら様?」

 

 目の前の少女は噓や冗談を言っているような雰囲気ではなく、本気で戸惑っているようで、〝三日前″に見せた激しい敵愾心は欠片もなくなっている。

 さらに私は、新たな異変に気づく。

 

「そういえば妖怪避けの結界はどうした? お前は妖怪が嫌いなんじゃないのか?」

 

 そう。〝三日前″に850年後へ跳ぶ切欠となった、妖怪避けの結界が綺麗さっぱりなくなっており、言い方は変だが神社の敷地内と外を自由に出入りできるようになっていた。

 私の記憶の限りでは、客観的な時間で〝昨日″、300X年の幻想郷の問題を片付け、にとりの操縦する宇宙飛行機に乗ってこの時代に帰って来た時には、確かに張られていた筈。

 

「結界……? そんなの張るわけないじゃん。そもそも私は妖怪嫌いじゃないし、誰か別の人と勘違いしてない?」

「!」

「他の神社と違って、うちは信仰心さえあれば人間でも妖怪でも誰でも歓迎だよ」

 

 精いっぱいの愛想笑いを浮かべながら話す彼女。

 間違いない。どんな理屈でこうなったのかさっぱりだが、私が200X年に戻ったことで、〝三日前″に博麗杏子に襲われた事実がなくなり、性格までもが変化している。

 だがそれなら霊夢は何処へ行ったのだろうか? 私に訝し気な視線を送っている彼女にさらに質問を重ねる。

  

「一応聞くが、お前は博麗の巫女なのか?」

「……見ればわかるでしょ? ふざけてるように見えるかもしれないけど、この衣装は150年以上も前から続く伝統ある巫女服だよ。さっきからおかしなことばっかり聞くのね、貴女」

「この神社にはもう一人、霊夢という巫女がいる筈なんだ。彼女は何処にいる?」

「何の話? 博麗の巫女は代々一人よ」

「……そう、か。邪魔したな」

 

(結局再会は叶わず――か。そりゃそうだよな、人間が150年も生きられるわけがない)

 

 歴史が変わった様子があるのでちょっとは期待したのだが、どうやら関係ない方向性に変移してしまったようだ。

 

「――あ。ねえ、ちょっと! 貴女が今言った『霊夢』ってもしかして――」

 

 後ろで何かを喚く杏子の言葉も最後まで聞く気になれず、失意の内に神社から飛び立った。

 

 

 

「はぁ~あ」

 

 博麗神社を後にして自宅へ帰る道すがら、未だにため息がこぼれてしまう。なんだか霊夢がいないと分かった時点で、自分の中で張り詰めていた何かが途切れ、溜め込んでいた疲れがどっと押し寄せていた。

 まあ多分、この疲れの8割近くは紅魔館で咲夜にこき使われた分だと思うが。

 

(つーか、霊夢じゃないんだとしたら以前と何が変わったんだ?)

 

 周囲をキョロキョロと見渡してみても、200X年に跳ぶ前と特に変わった様子はない。いや、そもそもあの時は自分の欲望に沿って過去へ向かったので、そこまで詳しく観察していなかった。

 例えば山が一つ消えた――とか、街が一つ増えた――みたいな大きな変化なら流石の私でも気づくだろうが、先程の杏子のように、特定の誰かの性格が変化した、となると……。

 

(その辺りも調査しないといけないんだろうなぁ。やれやれ)

 

 ニヒルな気持ちのままゆっくりと飛び続け、魔法の森の自宅上空付近まで来た時、私はあることに気づき静止する。

 

(ん? 家の前に誰かいるみたいだな。人数は三人か? そんでもって一番左に立っているのがアリスみたいだが……)

 

 私と同じ金色の髪に赤いリボンを付け、周りに人形を浮かばせている少女と言えば、アリスくらいしか該当する人物がいないのですぐに分かった。

 

(日傘差してる奴もいるし、こっからだと良く見えないな)

 

 そう思い、彼女達に気づかれないよう近くの茂みに降りて、影から様子見をすることに決める。

 この時代に帰ってくる際に生じた頭痛や、先程の博麗杏子の反応などを鑑みての決断だ。決して、彼女達の間に漂う真剣な空気に割って入る度胸がないわけではない。

 

「「「…………」」」

 

 何故だか一言もしゃべらず、私の自宅を見上げている三人の少女。

 まず私が最初に気になったのが、真ん中に立つ、艶めく黒髪を腰まで伸ばした茶色い瞳の少女だった。

 彼女は頭に赤い蝶リボンをつけ、同じく赤を基調に、牡丹、薔薇、桜、梅等の花模様が彩られた極彩色の振袖を着用し、その佇まいも相まって、永遠亭のお姫様に負けずとも劣らない和服美人だった。

 

(う~ん、どっかで見た事あるんだけど……アリスの知り合いなのかな?)

 

 面影が霊夢に物凄くよく似ているのだが、何というか、私の知る霊夢とはかなり雰囲気が違うので、確信が持てず尻込みしてしまう。

 

(それにこの少女も気になるんだよなぁ)

 

 私の視線の先には、和服美人の右隣で薄桃色の日傘を差した少女。

 絹のような銀髪におさげをぶら下げたボブカット、ルビーのような紅い瞳。頭には白いカチューシャを付け、ワイシャツの上にフリルが施された青色のメイド服を身に着け、腰にはワイシャツと同じ色の前掛けと、銀色の懐中時計をぶら下げている。

 背中からはメイド服を突き破るようにコウモリに似た皮膜の羽を生やし、膝丈のスカートからは、ナイフが収められたベルトが巻き付けられた太ももがちらりと窺える。

 この銀髪の少女は、凛とした顔立ちや馴染みの深い服装から判断するにどこからどう見ても咲夜にしか見えないのだが、背中から生えた人外の象徴たるコウモリの羽が、彼女ではないのだと強く証明していた。何故なら、彼女は未来のレミリアの願いを断ってまで人であることに拘り続けた少女だ。そう易々と自らの信念を曲げたりしないことは、伝言役となった私が良く知っている。

 さて、そうなるとこの少女は何者なのだろうか。順当に考えるなら咲夜の遠い子孫なのだろうが、彼女は若くして亡くなってしまった筈だし、背中の羽について説明が付かない。あるいはレミリアが咲夜そっくりの吸血鬼を何処かから見つけ出し、そいつを眷属にしたのか。

 

(う~ん、分からないことばかりだな。……というか、ここであれこれ考え込むより直接聞いた方が早いだろ。自分の家に帰るんだから怖気づく必要ないじゃん) 

 

 そう思って姿を現そうとした時、今まで無言を貫いていたアリスが口を開く。

  

「……この場所に来ると、あの頃を思い出すわね」

「……ええ、そうね」

「光陰矢の如しとはよく言うけど、思い返してみればあっという間だった気がするわ」

「確かに魔理沙とは色々あったわよね。あの時なんか――」

「昔話はやめて! そんなの、聞きたくないわ」

「「……ごめんなさい」」

 

 ピシャリと言葉を遮る黒髪の少女に、アリスと銀髪の少女は申し訳なさそうに謝っていた。

 どうやら彼女達は長い付き合いのようだが、三人の表情は硬く、ぎこちない空気が伝わってくる。

 

(会話の流れから察するに、この歴史のマリサは史実通り――と言ったらおかしいが、とっくの昔に亡くなっているみたいだな。……にしても気まずいなこの空気。こんなことならさっさと出て行けば良かったぞ……)

 

 私が登場するタイミングを計っている間にも、二人の会話はさらに続く。

 

「ねえ、本当に来るのよね? だって魔理沙は100年も昔に亡くなってるのよ? 私達この目で見たじゃない」

「アリス、それは――」

 

 何かを言いかけた銀髪の少女を遮るジェスチャーをしつつ、黒髪の少女は答える。

 

「――ええ、ええ分かってるわ。アリスの言い分はごもっとも。逆の立場なら私も同じ疑問を抱いていたでしょうね。でもね、私は150年前確かに約束したの。そのためだけに今日この日まで生きて来たんだから、私を信じてちょうだい」

「そうだけど……」

 

(150年前の約束だって!?)

 

 そのキーワードに大きく動揺した私は、ガサリと物音を立ててしまった。

 

「誰!?」

「野良妖怪かしら。注意して」

「分かってるわ」

 

 黒髪の少女は懐から象形文字が記されたお札、銀髪の少女はスカートの中から銀のナイフを取り出し、アリスは武器を持たせた人形を召喚。一斉に臨戦態勢に入る。

 

(まずい、このままだとやられる!)

 

「待て、私だ! 攻撃するな!」

「え、噓っ!? 貴女は……!」

「……!」

 

 慌てて繁みの中から彼女達の前に飛び出すと、攻撃を仕掛けようとしていた三人の少女はピタッと動きを止め、唖然とした表情で私を凝視していた。

 

(ほ、間に合ったか)

 

 しかし安堵するのも束の間、黒髪の少女はすぐに立ち直り、私に向かって一直線に駆けてきて。

 

「魔理沙っ!」

 

 その勢いのまま私の胸に飛び込んできた。

 

「!?」

「あぁ、この声、この匂い、この感触。やっと本物の魔理沙に会えたわ……! 貴女がいない日常がこんなに寂しいものだとは思わなかった……!」

 

 私の胸で歓喜の涙を流しながら縋りついてくる彼女に、混乱していた私の頭は徐々に状況を理解し始める。

 

「もしかして……霊夢、なのか?」

「ええ、そうよ! 私のこと忘れちゃったの?」

「そんなわけない! ――ありがとうな霊夢。長い間待たせて済まなかった……」

「本当よ、馬鹿。150年も待たせちゃってさ」

 

 少し成長した姿の霊夢に初見で気付けなかった自分への腹立たしさや、私との約束を律儀に守ってくれた嬉しさ。様々な感情がこみ上げてくるが、何よりもまた、霊夢と楽しく過ごせる日々が訪れるという事実が、私の胸を歓喜の気持ちで満ち溢れさせていく。

 

「これからずっと私と一緒にいてくれるか? 霊夢」

「ええ、もちろんよ。魔理沙」

 

 涙で濡れる霊夢を強く抱きしめる私も、自然と涙が零れ落ちた――。

 




                              
ノーマルエンド『親友との再会』


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第132話 再会②

多くの感想ありがとうございます。
前回の話は、かつて最終回にする予定の話でした。


あらすじ

元の時代に帰って来た魔理沙は、そこで霊夢と再会を果たした。


「……そうか。霊夢は仙人になったのか」

「うん。魔理沙が帰った次の日から修行を始めてね、翌年に巫女を後任の子に譲って仙人になったのよ」

「霊夢が仙人だなんて全然想像が付かないな。大変だったんじゃないか?」

「辛い事や苦しい事も沢山あったけど、魔理沙のことを想えば全然苦じゃなかったわ」

「私のためにありがとう。嬉しいよ」

 

 霊夢のことについて色々と聞いていた時。

 

「……完全に二人だけの世界に入ってる所悪いんだけど、そろそろいいかしら?」

「「!」」

 

 会話が終わる頃合いを見計らったようなタイミングでアリスに声を掛けられ、ひしひしと抱き合っていた私と霊夢は慌てて離れる。近くには、微笑ましい表情のアリスと銀髪の少女。

 霊夢に気を取られて周りが見えなくなっていたが、そういえばアリス達がいたんだっけ。ヤバい、さっきのやり取りを丸々見られていたと思うと、急に恥ずかしくなってきた。

 現に霊夢も、頬を染めつつアリスに向かって文句を付けている。

  

「な、何よアリス。驚かさないでよ。いつから見てたの?」

「いやいやいや、私ずっとここに居たからね? そんな居なかった人扱いしないで」

「くす、無理もないわよ。霊夢はずっと魔理沙のことを待ち続けてたんですもの。アリスの方こそ、魔理沙にかなりびっくりしてたじゃない」

「えぇそうね。正直な所霊夢の話は半信半疑だったけど、本当に魔理沙と再会できるなんて奇跡としか言いようがないわ」

 

 穏やかな笑みを浮かべるアリス。

 

「おいおい、奇跡だなんて大袈裟だな。アリスってそんなロマンチストだっけか」

「魔理沙には分からないでしょうね~。貴女が居なくなった時から、私達がどんな気持ちでこの日を待ち望んでいたことか」

「特に霊夢なんか、昨日はずっとそわそわしてて、落ち着きがなかったじゃない?」

「そうそう。霊夢はこの日の為に着物を新調して、普段以上に気合入れておめかししてるもんねえ」

「い、いつの間にそれを」

「霊夢が利用したあの呉服屋さんは私もよく利用してるのよ。そこのおばちゃんが教えてくれたわ」

「むぅ、あのおばちゃんはお喋りなんだから~! と、とにかく私の事よりも今は魔理沙でしょ!」

 

 何やら楽し気な会話をしているようだが、私は先程から気になる所があった。

 

「なあ、ちょっといいか? さっきからずっと気になってたんだが、そこにいる咲夜そっくりのメイドは何者なんだ?」

 

 自然と会話に混ざる彼女は、霊夢やアリスと随分親しげな仲のようだが。

 

「そっくりも何も、彼女は咲夜本人よ」

「えぇ! そうなのか?」

 

 思わず彼女の方を見てしまう私。確かに、瞳の色が紅色に変化してる所と背中に生えた羽以外は咲夜と瓜二つだが。

 

「霊夢の言う通り、私は正真正銘十六夜咲夜よ」

 

 彼女は自然な手つきで懐中時計を手に取り、竜頭を押す。私と咲夜以外の全てが写真のように切り取られ、目の前のアリスと霊夢は人形のように固まった。

 

「これは時間停止か」

「その通り。どう? 分かってくれた?」

「あぁ、これはまぎれもない咲夜の力だな」

 

 私が頷くと、世界が再び息を吹き返す。別に霊夢の話を疑っていたわけではなかったのだが、こんな芸当のできる人はそうそういないだろうし、彼女は私の知る咲夜で間違いない。

 

「しっかし驚いたな~、まさかお前が人間を辞めるなんて。その姿から見るにレミリアの眷属になったんだろ? どんな心境の変化があったんだ?」

 

 こうして近くで見ると分かるが、吸血鬼となった咲夜は、男女問わず虜にしてしまうような小悪魔的な魅力があった。最も、咲夜は自らの美貌を武器にするようなあざとい性格ではないが。

 

「その経緯を話すと長くなるわ。立ち話もなんだし、落ち着いて話せる場所に移動しない?」

「賛成。私も魔理沙と話したい事が山ほどあるし」

「んじゃ目の前に私の家があるんだし、そこで話そうぜ」

 

 かくして、私は霊夢達を引き連れて自宅へと移動していった。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

「おう」

 

 玄関の扉を開けて、自分も靴を脱いで上がろうとした時、たたきの隅に揃えて置かれた、ブーツが目に入る。

 

(ん? 誰か来てるのか?)

 

 靴を脱ぎ捨て、リビングへ向かったそこには。

 

「久しぶりね魔理沙。お邪魔してるわ」

「パチュリー!」

 

 フカフカのソファーに身を預け、自宅のように遠慮なく寛ぐパチュリーが居た。膝には開いたままの魔導書、そして彼女の目の前のテーブルには、大図書館から持参したと思われる三冊の魔導書が積まれており、随分と長い間ここにいた様子。

 

「貴女達の会話は全部ここまで聞こえていたわよ。長年の願いが叶って良かったわね、霊夢」

「ええ、私は今とても幸せよ。また魔理沙と再会出来たんですもの」

 

 こっちが聞いてて恥ずかしくなるようなセリフを、何の躊躇いもなく笑顔で放つ霊夢。おかげで周囲から浴びせられる温かい視線が気になってしょうがない。……霊夢ってこんな性格だっけか?

 とはいえそれを否定するのも躊躇われるし、霊夢のことは置いておくことにしよう。

 

「パチュリーはどうして私の家に?」

「霊夢からこの時間に魔理沙が現れると聞いてね、中で勝手に待たせてもらっていたわ。頃合いを見て出て行こうと思ったんだけど、貴女達がここに来てくれたおかげで私が動く手間が省けたわ」       

「呆れた。私が誘いに行った時は面倒だからって言って断った癖に」

「無駄に時間を浪費するよりは、有意義に使った方が良いでしょう?」 

「はは、なるほどな」

 

 アリスはおかんむりだったが、何とも彼女らしい理由だと私は思う。

 

「ま、とにかく適当な所に座ってくれ」

「私、魔理沙の隣ね!」

「私はお茶菓子を用意してくるわ。キッチン借りるわよ」

「悪いな。頼んだ」

「咲夜。私も手伝おうか?」

「じゃあお願い」

 

 咲夜とアリスはキッチンへ向かい、一方で私と霊夢は空いていたソファーに座る。

 

「あの二人が作るお菓子は美味いからなぁ」

「ここ150年でかなり腕を上げたからね。期待していていいわよ」

「へぇ、それは楽しみだ」

 

 多少の高揚感と共に、咲夜とアリスを待っていた時。

 

「……」

 

 テーブルを挟んで向かい側のソファーに座るパチュリーが、読書の手を止めまじまじと私を見つめている事に気づいた。

 

「なんだよ?」

「ふふ、その希望と確固たる意志に満ちた強い瞳。とても懐かしいわ……。貴女はかつて私が惹かれた特質を失っていない魔理沙なのね」

「はぁ?」

 

 いきなり良く分からないことを言う。

 

「……パチュリーはまだ、あの事を引きずっていたのね」

「引きずっている――というよりかは、私が勝手に理想を押し付けて、失望し、嘆いていただけ。でもそれも今日で終わり。この眼を見れただけでもここまで足を運んで正解だったわ」

「……そっか」

「おいおい、それはどういう意味だよ」

「…………」

 

 パチュリーは私の質問に答えず、膝元に視線を落としていた。

 

 

 

「おまたせ~」

 

 やがて、キッチンからトレイを持った咲夜とアリスがリビングに戻り、人形を器用に操りながら、手際よくテーブルの上にお菓子が盛り付けられた食器とティーセットを並べていく。

 

「わぁ、美味しそう!」

 

 彼女らが用意したスイーツに目を輝かせる霊夢。というのも、二人が用意したお菓子はちょっとしたパーティーを開けそうなくらいの量だったからだ。

 

(マフィンにホールケーキにプリン、更には饅頭まであるのか。ちょくちょく時間が止まっていた事には気づいてたが、これを作っていたからなのか)

 

「凄い量のお菓子ね」

「アリスが手伝ってくれた甲斐あって、かなり奮発しちゃったわ」

「咲夜とアリスが作るスイーツはとても美味いからな、そんじゃ頂くぜ」

「どうぞどうぞ。遠慮なく食べちゃって!」 

「これ全部食べたら太りそうだわ……」

「あんたは線が細すぎるし、もっと沢山食べた方がいいと思うけどね」

「むしろ貴女の方が異常だと思うのだけれど。人間だった頃より食べる量増えてない?」

「仙人の修行は大変なのよ。しっかり食べて栄養付けないと」

「甘味ばっか摂ってるのはどうなのかしら?」

「うっさいわねー」

 

 おもいおもいにお菓子を手に取り味わっていく少女達。配膳を終えたアリスと咲夜はパチュリーの隣に座っていた。

 それらを横目に私も出来立てほやほやのマフィンに齧りつく。熱々のふんわりとした生地と、舌触りの良いバターの味が口の中で溶けていく。

 

「めっちゃ美味いな!」

「ん~幸せ~♪ 生きてて良かったわぁ」

「クスクス、霊夢はいつも大袈裟なんだから」

 

 咲夜が淹れた紅茶も、甘さが控えめで癖のない味となっており、マフィンと一緒に飲むと少しの酸味が効いたミルクティーに早変わりする。全体の調和を考えている所が流石メイドと称賛すべきか。私には到底真似出来そうにない。

 

「頬が落ちそうな味ね。とても美味しいわ」

「うん。我ながらいい出来」

 

 至福の表情でお菓子を味わっているアリスとパチュリーの姿を見て、私は出発前の一幕を思い出した。



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第133話 それぞれの事情

今夜の紅い月は綺麗でしたね
皆既月食はとても神秘的なものです。




前回のあらすじ

霊夢の他にも、アリス、パチュリー、咲夜と再会した魔理沙は自宅へ移動し、アリスと咲夜が用意したお菓子を楽しみつつ、それぞれの事情を聴くことにする。


「そうだ。アリス、パチュリー、さっきはありがとな。私が自分の心に正直になれたのも、お前達が背中を押してくれたおかげだよ」

「え?」

「なんのこと?」

 

 食べかけのお菓子が盛られた皿を持ったまま、キョトンとしている二人。

 

「おいおい、とぼけなくてもいいだろ。生きる目的を見失っていた私の悩みを聞いて、立ち直る切っ掛けを与えてくれたじゃないか。多分時間的には――」

 

 と、ここで時計を見て初めて、私は初歩的なミスを犯していた事に気がついた。

 

(し、しまった! 今の時間は午後1時00分じゃないか! 帰る時間を間違えた!)

 

 紅魔館の大図書館でアリスとパチュリーに悩みを打ち明け、霊夢に会いに行くと決心してタイムジャンプを使用した時刻が今日の午後3時。今から2時間後のことであり、この時間はまだ悩みを打ち明けている真っ最中だった。

 これまで、過去・未来、どちらの方角に跳ぶにせよ、タイムジャンプの際には〝それを使用した時刻より5分以上先の時間″に戻るよう、計算してタイムジャンプを行って来た。同じ時刻に〝二人の私″が存在することは歴史にどんな影響が起こるか分かったもんじゃないし、タイムパラドックスの可能性が生まれ、何かとややこしい事態を引き起こしかねないからだ。

 ところが、霊夢と別れてタイムジャンプをする時、あの時の雰囲気に呑まれ、無意識のうちに今日の正午を指定してしまっていた。すなわち、今この時間の紅魔館の大図書館にはもう一人の私が……

 

(……いや、待てよ? 目の前にアリスとパチュリーがいるのにそれはおかしくないか?)

 

 ここから紅魔館までどんなに急いでも10分以上は掛かる距離だし、アリスとパチュリーはもっと前の時間からここで私を待ち構えていた様子。私が大図書館を訪れた時は、帰る時まで一歩も外に出ていなかった。

 同時刻に同一人物が別の場所に同時に存在し、それぞれが自我を持って行動することは、フランや萃香のような一部の例外を除いて不可能であり、アリスとパチュリーはその例外に当てはまらない。これは明らかにおかしいことだ。

 記憶と現実のギャップ、この明らかな矛盾に説明を付けるとするならば。

 

(あの会話そのものが今回の歴史改変で上書きされたのか? だとすると、その前の時間の出来事も……)

 

「……魔理沙、魔理沙!」

「!」

 

 思索に耽っている私を呼び戻したのはアリスの声だった。

 

「どうしたの魔理沙? 急に黙り込んじゃって」

「なにか言いかけてから途中で止めないでよ。凄く気になるじゃない」

 

 考えに夢中になっている間に、全員の注目を集めていたことに気がついた。

 

(これは確かめる必要性がありそうだな)

 

「アリス、パチュリー。〝私″と最後に会ったのはいつだ?」

「〝私″って〝貴女″?」

「ああ」

 

 私に向けて人差し指を差すパチュリーに、はっきりと頷く。

 

「霊夢からタイムトラベラー魔理沙の話は聞いていたけど、魔理沙に直接会ったのは今日が初めてよ」

 

 パチュリーの言い分にアリスも無言で頷いている。

 

「私の認識ではアリスには『五日前』、パチュリーとは『四日前』に会った筈なんだが、覚えてないか?」

「その日の私は、自宅で丸一日新作の人形の制作にかかりっきりだったし、家には誰も訪ねてこなかったけど」

「私はいつもの大図書館でずっと読書してたわ。その日に顔を見たのはレミィと咲夜と小悪魔くらいね」

「ふむ……やっぱりそうなのか」

 

 どうやら私の仮説は正しかったようだ。

 客観的な時間で今から五日前の9月16日。この日は私が150年前の7月20日に時間遡航し、『霊夢の自殺』を『霊夢が人間のまま天寿を全うする歴史』へと過去改変してから元の時間に戻って来た日だ。

 この過去改変の影響により、私の『アリスやパチュリーの手を借りながらタイムジャンプ魔法を開発した150年』が、『私の存在が抹消されて、私とは違う歴史の〝人間の私″が誕生し、霊夢の1年後に死亡した』という歴史に修正されたことで、アリスに偽物と勘違いされて襲われたことがあった。

 その後お互いに情報交換をすることで誤解が解け、アリスの第二の自宅となっていた私の家を快く返してもらう――という歴史に繋がっていく。

 翌日――今から四日前――の9月17日には、紅魔館へ遊びに行った私にパチュリーが甚く驚き、アリスの時と同じように事情を説明して私のことを分かってもらい、そこで偶然遭遇したレミリアに、201X年に亡くなった咲夜を助けて欲しいと乞われ、再び200X年に時間遡航していった。

 

(きっとこれは、〝今日″私が200X年に跳んだことが原因なんだろうな)

 

 これらの事象は全て、『霊夢が人間のまま天寿を全うする』という史実の元に成り立っていた。故にその前提が覆ったことで、私が体験したこの出来事はなかったことにされてしまった。と考えるのが自然だろう。

 まあ最も、この時にアリスとパチュリーに話した、時間に纏わる複数の世界線――いわゆるパラレルワールド理論についての説明は完全な間違いだったので、その点だけ考えれば良かったのかもしれない。

 

「ちょっと! 一人で納得してないで、説明しなさいよ」

「あぁ、スマン。実はな――」

 

 たった今自分なりに考えて導き出した結論を、その前提となった200X年の7月20日から順に話していった。

 

 

 

「――ってことがあったんだ」

「魔理沙も苦労していたのね……」

「ややこしくてこんがらがりそうだけど、魔理沙の事情は良く分かったわ」

「ええ、とても興味深い話だったわ」

 

 神妙な表情で話を聞いている霊夢とアリス、何処かから取り出したメモに熱心に書き込んでいくパチュリー。唯一涼しい顔をしているのは咲夜くらいか。

 

「たとえ生きて来た歴史が違っても、私達との繋がりは深かったのね」

「三人寄れば文殊の知恵とも言うが、まさにそんな感じだったな。アリスとパチュリーには、時間移動の研究の時にかなり助けてもらったよ」

「そんな出来事があったのに、全く覚えていないのは残念でならないわ」

「誰の記憶にも記録にも残らないなんて不思議ねぇ」

「私達は魔理沙を認めてるから信じられるけど、そうじゃなかったら狂人としか思えないわね」

「記憶が残るのは歴史改変に関わった当事者だけだからな」

「それにもう一つビックリしたのが、過去の歴史ではとっくの昔に咲夜が亡くなっていたって事実ね」

「咲夜がいない紅魔館なんて想像が付かないわ。その歴史の私やレミィは何を想っていたのかしら……」

「私はむしろ咲夜がこの時代まで生きている事に驚いてるよ。ほんの数時間前に――ああ、いや。200X年の9月2日に会った時は人であることに固執してたのに、どういう風の吹き回しなんだ?」

 

 そう尋ねると、咲夜はゆっくりと紅茶を置いて200X年9月9日の出来事を語ってくれた。その事を要約すると以下の通りになる。

 同年の9月4日、その夜に博麗神社で催された宴会で、霊夢は年内に巫女を辞めると大々的に発表したそうだ。その発表を聞いたレミリアは、一度は諦めていた咲夜の眷属化の気持ちが再燃し、その日以降遠回しに咲夜へ迫るようになり始めた。

 そのプレッシャーに咲夜は悩み、思い切って霊夢に相談してみた所、9月2日――私が霊夢に150年後まで生きて欲しいと告白したあの日――の出来事を持ち出し、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重なものかを説いたそうだ。

 そうして心がぐらつきはじめていた時に、私が霊夢に何気なく話した咲夜の素性が本人の耳に入り、自らが抱えていた自己同一性――人間である事への拘りが薄れ、レミリアの願いを承諾したとのこと。

 

「なるほどなぁ。そんなことがあったのか」

 

 自分が何者なのかで悩んでいたとは。何でもこなす完璧超人だと思っていたけど、案外年相応な悩みがあったんだなぁ。

 

「今ではこの選択は正しかったと心の底から思っているわ。後押ししてくれた霊夢には感謝しないとね」

「私はあくまで話を聞いただけ。最終的に決断したのはあんたなんだから」

 

 二人の屈託のない笑顔が、お互いの間に築かれた深い信頼関係を窺わせる。

 

「そうそう。昔話ついでに、魔理沙に一つ聞いておきたかった事があったのよ」

「なんだ?」

「200X年の9月1日、貴女が未来のお嬢様からの手紙を持って来た時の話なんだけど。その時の私は未来のお嬢様からの提案を断って、別れ際に、『私の人生が終わった時に初めて、お嬢様の手紙にきちんとした返事が出来ると思うのよ』って言って、201X年6月6日に白玉楼で会う約束をしたんだけど、覚えてる?」

「もちろん。あの後すぐに約束の時間に跳んだぜ」

 

 即答した私に咲夜は微妙な表情をしていた。なんだ? 

 

「この時は人間のまま死ぬと決めていたけど、後になってお嬢様と同じ永遠の生を享受する道を選んだ訳だから、そのことをちゃんと説明しようと思って白玉楼に行ったのよ」

「ふむふむ」

「でも魔理沙は現れなくて、待ちぼうけになってしまったわ。あの時どうして来てくれなかったの?」

「え、私は夜の10時過ぎに、西行妖の木の下で咲夜と話をしたぞ」

「夜の10時過ぎ? 日付が変わるまで白玉楼で待たせてもらったけど、誰も来なかったわよ?」

「魔理沙が変な所から入ったんじゃないのー? そのせいで咲夜が気が付かなかったとか」

「確かに、魔理沙ならやりかねないわね」

「そんな下らないことするか! 妖夢の案内の元に正門から堂々と入ったんだって!」

 

 何故だか会話が噛み合わない。あの日は妖夢に西行妖の木の下まで案内され、そこで幽霊の咲夜と――。

 

「……ああ、そういうことか。そもそも前提から間違っているのか」

「?」

「私が行った時はさ、こんなことがあったんだ」

 

 そう前置きして、私は201X年6月6日――幽霊の咲夜に会った時の出来事を仔細に話していった。

 

「――ってことがあってな。お前の死に際は見事なものだったぜ」

「……自分が死ぬ瞬間を聞かされた時って、どう反応したら良いのかしらね」

 

 これ以上にないくらいに困惑している咲夜に、私はさらに言葉を続ける。

 

「これは仮説だけどな、咲夜が吸血鬼になったその時から私が過去に戻る因果が崩れ、結果として〝私が白玉楼に向かった″客観的事実が無くなり、お前の前に現れなかったんだろう」

「そういうものなのかしらね? なんか納得いかないけど」

「でも素敵よね。どちらの顛末に転がったとしても、咲夜は悔いのない人生を送ったんだから」

「こんなに愛されてるレミリアが羨ましいわね」

「……そうね。過去の私も幸せだったと願うばかりだわ」

 

 かつての自分に想いを馳せるように、咲夜は呟いた。

 

 

 

 お互いに話が一区切り付いた所で、私はこの家に入った時から気になっていた質問をする。

 

「そういえばさ、元々ここにいたであろう霧雨マリサはどうなったんだ?」

 

 霊夢や咲夜の人生が180度変化している以上、マリサの歴史も私の知識とは違った結末を迎えたかもしれない。単なる好奇心と言えばそれまでだが、別の可能性を辿った自分のことに興味がある。

 

「「「「…………」」」」

 

 そんな軽い気持ちで口にした言葉は、もしかしたら禁断の質問だったのかもしれない。彼女達は引きつった表情になり、先程までの和やかなムードから一転、真冬の湖のように凍り付いた。

 

「な、なんだよ。この空気」

「……そっか、こっちの魔理沙は知らないのよね」

「恐れていた時がついに来てしまったわ」

 

 困惑する私をよそに、霊夢達は身を乗り出し、辛うじて聞き取れるくらいの声でこそこそと相談を始めた。 

 

「どうするの? あの時は話し合いの末に〝託す″って決めたわけだけど……」

「魔理沙の気持ちを考えたらとてもじゃないけど無理よ。だって、せっかく霊夢に会えたのよ? このまま知らないでいた方が幸せだわ」

「そうよね……。魔理沙の居場所を奪いかねないもの」

「…………いいえ、やっぱり話すべきよ。他でもない魔理沙のことだし」

「霊夢……」

「人間のマリサのことは、私が代表して魔理沙に伝える」

「本当にいいの?」

「うん。それが私の責任だと思うから」

「……分かったわ。お願いね」

「辛い役目を押し付けてごめんなさい」

「気にしないで」

 

 やがて話が纏まったのか、霊夢が私に向き直る。

 

「待たせたわね」

「あ、あぁ。それで、どうなんだ?」

「マリサのことについて教えてもいいけど、これを聞いたら貴女にとって辛い現実が待っているかもしれない」

「え?」

「知らぬが仏ってことわざがあるように、世の中には知らない方が良い真実もあるの。今ならまだ聞かなかったことに出来るし、その選択をしても私達は責めないわ。……それでも、知る覚悟はある?」

「!!」

 

 潜めるような声で喋る霊夢から深海のように暗い感情を感じ取り、ぞわりと肌が粟立つのを感じる。周りを見渡せば、アリス、咲夜、パチュリーが固唾をのんで見守っており、決して冗談を言っているような雰囲気ではなさそうだ。

 いったいこの歴史のマリサは何をしでかしたのだろうか。何かの事件や事故に巻き込まれ、不慮の死を遂げたのか。はたまた、傍若無人な振る舞いをしすぎて嫌われ者になってしまったのか。あるいは、幻想郷から追放されるような人の道から外れた行いを犯し、今も拭い切れない悪評が後世まで残っているのか。考えだしたらキリがないが、少なくとも肯定的な結末でないことは雰囲気で分かる。

 だがこんなことで恐れるつもりはない。未来の世界で、幻想郷を存続させる為に粉骨砕身してきた事を思えば、大概の事は乗り越えられると信じているからだ。

 

「ああ。聞かせてくれ。同じ魔理沙として、知らなければならないと思うんだ」

「……ん。分かった」

 

 微かな声で頷く霊夢は陰鬱な顔をしていて、本心では私の答えを望んでいなかったような、そんな気がするものだった。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

本文中に登場した日付に起きた出来事の詳細は以下の話に掲載されていす。

『五日前(215X年9月16日)』⇒第1章15話~16話

『四日前(215X年9月17日)』⇒第2章17話~18話

『200X年9月1日』⇒第2章19話~21話 

『201X年6月6日』⇒第2章22話

『今日(霊夢が寿命で死亡した歴史の215X年9月21日)』⇒第4章114話

『200X年9月2日』⇒第4章117話~120話

『200X年9月9日』⇒第4章124話


魔理沙が時間移動した歴史の順に並べてあります。


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第134話 マリサの遺書


ややこしくなるので、タイムトラベラーの魔理沙を【魔理沙】、人間の方の魔理沙を【マリサ】という表記にしています。

前回のあらすじ

不穏な空気を感じつつ、魔理沙は霊夢からマリサの話を聞く。


 

「結論から言うとね、マリサはもうこの世に居ないわ。今からちょうど100年前の205X年1月30日に亡くなったの」

「……」

 

 繁みの中から盗み聞きしていた事なので衝撃はあまり大きくなかった。もし彼女が生きているのであれば、霊夢達の反応もかなり変わってくるだろうし。

 

「そのマリサは、霊夢から見てどんな人間だったんだ?」

「どんな、って……んーそうね。貴女に比べると、負けず嫌いで中々本心を明かさないひねくれ者だったけど、いつも明るく元気で、異変やトラブルに積極的にかかわっていくような破天荒な人間だったわ」

「彼女の人間関係は?」

「? 幻想郷では顔を知らない人がいないくらいの有名人だったわね。良くも悪くも目立ってたから」

「成程な」

  

 どうやら私の懸念した事柄は全て杞憂に終わったようだ。きっと私も、霊夢が自殺するようなことがなければマリサと同じ人生を送っていただろう。

 

「マリサの最期はどんな感じだったんだ?」

「……魔法使いらしく研究に没頭する日々を送っていたわ。アリスが自宅で亡くなっているマリサを発見した時も、ペンを握ったまま、椅子から転げ落ちた状態で倒れていたらしいし」

「……そうか」

 

 今は既に面影がないものの、私の脳内ではその時の情景がありありと思い浮かぶ。

 

(この歴史の私は何を思って生きていたのだろうか……、人のまま死んでいくのを誇りに思っていたのか、それとも……)

  

「魔理沙、これを読んで」

 

 感慨に耽る私を呼び戻す霊夢の声。彼女の手には古ぼけた封筒があった。その変色具合から、ぱっと見た限りでは数十年近い時間が経っている様子。

 

「随分と古い手紙だな?」

「亡くなったマリサの遺書よ」

「!」

 

 遺書――それは、亡くなった人が死後のことを考えて書き残す手紙。言葉としての意味を知ってはいるものの、〝マリサがそれを書いた″という事実について驚きを隠せない。

 霧雨魔理沙という人間が、死後の事を考えて遺書を残すような性格じゃないと思っているからだ。

 

「そんな大切な手紙を私が読んでも良いのか?」

「もう私達は既に読ませてもらったわ。それにこれはマリサが書いた事に意味があるの。私達の誰よりも相応しい資格があるわ」

 

 霊夢の言葉に無言で頷くアリス達。その表情に一遍もふざけたものはなく、真摯なものだった。                      

 

「――分かった。読ませてもらうぜ」

 

 霊夢から遺書が入った封筒を受け取り、慎重な手つきで中折りになっていた手紙を取り出し、読み始める。

 

「『霊夢、そして私の親愛なる友人達へ。万が一の事があった時の為に遺書を残しておくので、私が死んだらぜひ読んでほしい』」

「『私はこれまで〝人間の魔法使い″であることを誇りに思い、この道が正しいと信じて今日まで生きてきた。しかしここ最近、『本当にこれで正しかったのだろうか?』『人生の選択を間違えたのではないか?』そんな答えの出ない疑問と迷いが、日に日に強くなっていった』」

「『振り返ってみれば、200X年9月4日の宴会の夜に、霊夢が『私は巫女を辞めて仙人になる』と宣言したあの日からだろう。その時の私は、霊夢は私と同じように人のまま死んでいくものだとばっかり考えていて、大きなショックを受けた』

「『宴会が終わり二人だけになった時、改めて本当の理由を追及した私に、霊夢はSFめいた良く分からない理由を答えて、さらに『一緒に人間を辞めてみない? そうすれば答えが分かるわよ』と誘ってきたよな。その時の私は、お前の話はあまりに突拍子のないものだと感じ、何より、人のまま妖怪達と対等に渡り合っている自負もあって誘いは断った。……この時はそれで良いと心の底から思っていた』」

「『しかし10年、20年と月日が経つにつれ、霊夢が昔と変わらないまま楽しげな日々を暮らしているのを見るうちに、私の心の奥底にはざわめきのような感情が生まれていた』」

「『それがなんなのか考えても考えても分からなくて、その気持ちを振り払うように魔法の研究に打ち込んだ。しかし幾ら凄い魔法を開発してもざわめきが収まる事はなく、焦燥感ばかりが募っていた。そして今、年老いて自分の死期が近づいて来ているとなんとなく悟った時、やっと私の本当の気持ちが分かったんだ』」

「『――ああ、私は霊夢と最期まで一緒にいたかったんだ、と。皆の若さと輝きに嫉妬している自分がいるのだと。認めたくなかっただけで、本当はとっくの昔に気づいていたのかもしれない。いずれにせよ、自分の心に正直になるにはもう遅すぎた』」

「『今の老いた体では捨食と捨虫の魔法を使う体力もなく、人として生きて来たプライドを捨てる度胸もない。それだけ私は臆病者になってしまった』」

「『だから私は、これまでの人生の集大成として、自らの叡智を結集しとある魔法を開発している。これさえ完成すれば私は新しく生まれ変われる筈だ』」

「『しかしやはりというべきか、この魔法を裏付ける理論を構築するのは非常に難しく、私の命があるうちには完成しないかもしれない。……もし本当にそうなってしまったら、どうか私の替わりに意思を継いで過去の誤りを変えて欲しい。それが私の切なる願いだ』」

「『霊夢には今までずっと誤魔化しつづけてきたが、このみすぼらしい姿こそが私の真実なんだ。……あの時は魔女になったと嘘を吐いて済まなかった。お前にだけは絶対に、憐れみの感情を向けて欲しくなかったんだ』」

「『……50年前の宴会の夜でお前が話していた事が真実なのだとしたら、そいつはきっと選択を誤らず、全てが上手くいった〝私″なんだろう。今の心境ならお前の話を信じても良かったかもしれない――』」

 

「…………な……なん、だよ、これ…………」

 

 甚だしいまでの絶望と後悔が綴られた内容に言葉を失い、腹の奥底からやっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚く程に掠れていた。

 

「……これがね、亡くなったマリサが最期まで研究していた魔法なの」

 

 ショックから抜け出せないまま、震える手で二つ目の封筒を受け取り、中身を確認していく。同じく古ぼけた紙には専門用語と数式が不規則に記されており、さらには未完成の魔法陣と思われる図形が上段中央に描かれていた。

 

(――おいおい、嘘だろ? こんなことって有り得るのかよ?)

 

 目を疑うような内容だったが、何度読み返してみても文面が変わる筈もなく、書かれている事柄に間違いない。

 

「……ははっ、何てこった……。これが偶然ならあまりにも運命の皮肉が効きすぎてるぜ……」

「その内容が分かるの? 私達が解読を試みた時は、時間に纏わる魔法ってことぐらいしか理解できなかったんだけど」

 

 言葉を選ぶように慎重に問いかけてくるパチュリーに、私は力なく笑いながらこう答えた。

 

「ああ、確かにこれは私が使っているタイムジャンプ魔法、それも基礎中の基礎の理論だ」

「うそ……!」

「だがこんなの全体の1%にも満ちてやいない。全く、本当に馬鹿な奴だよ。魔法使いとなった私ですら150年も掛かった事を、死ぬ間際のババアが一朝一夕で出来るわけないのに……。本当に……馬鹿な奴だよ……。あははははっ!」

「…………」

 

 精いっぱい高笑いする私に、開いた口が塞がらない様子のパチュリーとアリス、怪訝な顔つきの咲夜、霊夢に至っては目を伏せていた。

 だってそうだろう? 私がタイムジャンプを学んだ動機は、大切な親友の霊夢を自殺から救い、もう一度楽しかった日々を過ごしたかったからだ。なのにこいつは、それを自ら放棄して霊夢と距離を置き、今わの際になってからその選択を後悔しているのだ。こんな惨めで、滑稽な結末を笑わずして何を笑えばいいのか。

 気づけば手の甲に一粒の冷たい雫がこぼれ落ちる。目のあたりを拭ってみれば、悲しい水が私の指先を伝っていた。

 

「は、ははは……おかしいな、涙が止まらないぜ……」

「魔理沙……」

 

 マリサは私が憧れ、狂わしいまでに熱望した理想の〝私″だったのに。どうしてこんなことになってしまったのか。いつ歯車が狂ってしまったのか。

 ――いや、回りくどいことはよそう。考えるまでもなく答えは決まっている。

 

(これは間違いなく私の歴史改変の影響だ。私が、マリサの運命を狂わせてしまったんだ)

 

『――霊夢と魔理沙は最期の時まで親しい間柄だったし、老いてもなお、自分らしく生きてたわね』

『さすがに若い頃のように跳んだり跳ねたりは出来なくなってたけど、亡くなる寸前まで頭も体も元気だったからねぇ。霊夢なんか幻想郷のご意見番みたいな存在になっちゃってさ。彼女の言葉に幻想郷中が注目していたわ』

『魔理沙も最期まで人のまま魔法の道を貫いたわね。老いてもなお、若い頃と変わらず幻想郷中を飛び回って精力的に活動していた。もし捨食と捨虫の魔法を学んでたらどれだけ凄い魔法使いになったのかしら。そこも残念でならないわ』

 

 200X年に跳ぶ直前の時間で、パチュリーとアリスが遠き日の思い出を楽しそうに語っていたのを思い出す。

 この時間軸でのマリサと霊夢は年老いても尚充実した人生を送り、皆から別れを惜しまれるような一生を送っていた。

 なのに今の歴史はどうだ。マリサの話題になった途端、揃いも揃って重苦しい表情になり、名前を出すのも憚られるような腫物扱いを受けてしまっている。

 

「……150年前のあの夜から、マリサとの関係は変わってしまった。彼女はどこかよそよそしくて、私に何かを隠しているような感じだった」

「……」

「それでもね、私はマリサの意思を尊重して深く突っ込まなかったわ。あの時みたく拒絶されるのが怖くて……」

「あの時?」

 

 そう聞くと、霊夢は150年前の宴会の夜の後に起きた、マリサとの確執を話してくれた。

 

「……そんなことがあったのか」

「昔のように心を開いてくれなくなっても、彼女が幸せなら何があったとしても受け入れるつもりだった。でも結果はその遺書に記されていた通りよ。さっきは『マリサの意思を尊重して』なんて綺麗事を言ったけど、本当は心の何処かで〝同じ時間のマリサ″をないがしろにしていたのかもしれない」

「…………」

「お願い、どんな形でも良いから過去のマリサを救ってあげて。こんなことを貴女にお願いするのはとても残酷なことだけど、私はどうしても過去のマリサを助けたい。この事態を招いてしまったのは私の責任だから……」

 

 物悲しい表情で胸に迫るように訴える霊夢は、本心からマリサのことを悼んでいるのか、あるいは後ろめたさからか――。

 

「一つ聞かせてくれ」

「え?」

「霊夢は私との約束に後悔してないか?」

 

 私は彼女の目を見ながら真摯に問いかける。

 拗れてしまった現在の歴史の最大要因。霊夢の答えいかんで、今後取るべき行動が大きく変わって来るからだ。

 

「後悔なんて有り得ないわ。この150年間、楽しい事も悲しい事も沢山あったけど、その全ての経験が今の私を形作る糧になってる。人生はとても素晴らしいものだからこそ、私は『魔理沙(マリサ)』に幸せになって貰いたいの」

「!」

 

 霊夢は凛とした表情できっぱりと言い切った。

 

(ふっ――そういうことか。霊夢にとってどちらの私も同じなんだな。だとしたら私の答えは……)

 

「――分かった。マリサの結末を知ってしまった以上、放っておくわけには行かないだろう。元を辿れば、マリサへのフォローをちゃんとしなかった私のせいだからな」

 

 思う所がないと言えば嘘になるが、自分で蒔いた種はきちんと刈り取らないといけない。こんな後味の悪い話はもうごめんだ。

 

「ありがとう……ごめんなさい、魔理沙」

 

 霊夢は非常に申し訳なさそうに俯いていた。



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第135話 それぞれの思惑

最高評価ありがとうございます。
心情描写に力を入れていたので、そこが評価されたことに嬉しく思います。



前回のあらすじ

マリサの遺書を呼んだ魔理沙は、過去へ跳ぶことを決意する。


「魔理沙、貴女の決断に私達からもお礼を言うわ」

「え?」

 

 話がひと段落付いたところで、成り行きを見守っていたパチュリーが口を開いた。

 

「100年前、私とアリスは亡くなったマリサの意思を継いで時間移動の研究を始めようとした。でもね、霊夢から別の歴史の貴女の話を聞いて、私達は貴女に問題の解決を求めようって決めたのよ」

「時間を管理する神様が存在する以上、私達の手には負えなかったから」

「そんな事情があったのか」

「だからありがとう。魔理沙」

 

 道理で霊夢以外にもこれだけの人数が私を待っていたわけだ。それぞれ色々な思惑がありそうだけど、100年経ってもマリサを心配してくれている妖怪がいる。それだけでも彼女は果報者だ。

 

「それで魔理沙、どうやって歴史を変えるつもりなの?」

「う~ん、そうだなぁ……」

 

 霊夢は私との約束、および妖怪としての生を肯定しているので、これまでのように原因そのものを覆すわけにはいかない。根っこの部分を残した上で、プラスαの決定的な何かが必要なのだ。

 

「一番手っ取り早いのは、200X年の9月4日に戻って当の本人にこの未来を教えることなんだけど……。何せ相手が相手だからなあ。素直に応じるか不安なんだよな」

 

 先程霊夢が言っていたように、霧雨魔理沙という人間は天の邪鬼気質があり、何者にも縛られず自由を求める信条を持っている。

 綿月姉妹の時のように、交渉によって何時、何処で、何をして欲しい、みたいな条件で承諾してくれるのなら良いけど、此方がどれだけ有利な条件を提示しても、マリサ個人の気持ち次第では首を縦に振ってくれないかもしれない。

 損得勘定抜きで動くのが人の感情の素晴らしさでもあり、厄介な面でもある。

 

「あら、貴女も魔理沙じゃなくて?」

「自分のことなんだから、自分の考えなんて手に取るように分かるんじゃないの? 悩む必要なんてないじゃない」

「いやいや、そんな単純な話じゃないから。私とマリサじゃ歩んできた道が全然違うし。アイツは私だけど私じゃないんだ」

「……ややこしいわね。見た目は瓜二つなのに」

「でも言われてみればそうかも。貴女は亡くなったマリサに比べると率直だし、なにより雰囲気が違うのよね」

「その自覚はあるよ。今日まで色々あったからな」

「ねえ、遺書を読む限りだと、亡くなったマリサはタイムトラベル研究に熱心だったみたいだし、その観点から見たらどうかしら?」

「どういう意味だ咲夜?」

「マリサの命日が205X年1月30日なんだから、その近辺の年に跳んで、タイムトラベル研究を手伝えば良いんじゃない?」

「咲夜、それは手段と目的が逆転してないかしら。彼女は過去の選択をやり直したいと願ったからタイムトラベルに縋ったのよ。そんなことしなくても目の前の魔理沙が跳んだ方が早いわ」

「あ、確かにパチュリー様の仰る通りですね」

「もし亡くなったマリサが真の意味で魔法使いになってたら、タイムトラベルできたのかしら」

「ここにその〝もしも″を具現化した好例が居るわけだし、その可能性は高いわね」

「……いや、多分無理だろうな」

 

 静かに発した私の言葉に、全員の視線が集まる。

 

「どうして? 亡くなったマリサが研究していた魔法は、貴女が使うタイムジャンプ魔法の基礎だったんじゃないの?」

「確かにそうなんだけどさ、マリサには覚悟が足りていないんだよ」  

「覚悟?」

「私は何が何でも霊夢を助けたい――ただその一心で、自分の全てを捨てて研究を重ねて来た。一度死んだ人間が生前と同じように復活するのは無理だからな、タイムトラベルしか頼れる手段はなかった」

 

 あの頃の私は精神的に非常に不安定で、タイムトラベルに縋らなければ心が壊れてしまいそうなくらい追い詰められていた。

 

「だけどマリサの場合はさ、タイムトラベルなんかに頼らなくても幾らだってやり直せたんだよ。私の時とは違って霊夢が健在なんだから、つまんない意地張ってないで素直に自分の気持ちを打ち明けるだけで良かった。なのにあいつは、失敗から学ぼうとせず、そこから逃げるようにタイムトラベルの研究を始め、最期まで本心を明かそうとしなかった」

 

 自分に言い聞かせるように、さらに私は言葉を重ねていく。

 

「しかも遺書に遺した最期の願いも結局は他人任せなわけだし、あまりに中途半端で都合が良すぎる。そんな意思の弱い人間にはタイムトラベルなんて一生掛かっても無理だろうさ」

 

 私も、マリサも、率直に言ってしまえば現実からの逃避という理由でタイムトラベルの研究を始めているので、自分も一歩間違えればマリサと同じ末路を辿っていたかもしれない。

 明暗を分けたのは、誰かに頼ることを恥と思わず、目的の為になりふり構わずガムシャラに頑張れたかどうかなんだと、私は思う。

 

「なにもそこまで言わなくたって……」 

「随分と辛辣なのね。貴女がそこまで毒舌だとは知らなかったわ」

「そりゃ口も悪くなるさ。マリサが〝私″だからこそ、マリサの末路が悲しくてやりきれないんだ……。クソッ」

「「「「…………」」」」

 

 さっきのパチュリーの言葉の意味が今更になって分かった気がする。ここまで人間の弱さをまじまじと見せつけられると、マリサに失望して当然だ。

 

「……はは、悪いな湿っぽい空気にして。話が戻るけどさ、やっぱ最初に言った通り、200X年の9月4日の夜に跳んでマリサを説得してみるよ。きっとこれがベストな方法な気がするし」

 

 遺書から推察するに、私がマリサの前に現れる事で霊夢が語った未来の話に信憑性を持たせれば、過去のマリサの考えが変わるかもしれない。

 それでも何も変わらないようならもうどうしようもない。霊夢達には悪いが諦めてもらうしかない。

 

「霊夢、この遺書借りていくぜ」

「うん」

 

 古びた手紙を封筒に仕舞ってから懐に入れ、私は席を立って家の外に出る。気づけば日が傾きかけていて、日中よりも涼しい風が吹いていた。

 

(風が気持ちいいなあ。……そういえば、懐のルーズリーフどうしようか。元の時間に帰った時に処分しようと思ってたけど、なんかそんなこと言いだせる雰囲気じゃないしな)

 

 一瞬考えた末。

 

(時の回廊の咲夜に渡せばいいか。ついでに聞いておきたいこともあるしな。よし、それで行こう!)

 

 もうすぐ夕焼けになりそうな空を見上げつつ、気合を入れなおした私は、見送りに来てくれた霊夢達の方へと振り返る。

 

「それじゃ、150年前に行ってくるよ」

「魔理沙、絶対に帰って来てね! 約束よ!」

「良い報告を聞かせてね」

「精々頑張って。ここから応援してるわ」

「昔の私に会ったら遠慮なく頼っていいわよ。マリサを助けたい気持ちは同じだから」

「……ああ!」

 

 もし本当に過去改変に成功したのなら、今日の思い出も、記憶も全て無くなるかもしれない――なんて、野暮なことは言わない。例え忘れ去られたとしても、誰かの不幸が無くなればそれでいい。

 私は呼吸を整え、声高々に宣言する。

 

「タイムジャンプ発動!」

 

 足元に歯車模様の魔法陣が出現し、反時計回りにゆっくりと動き始めていく。

 

「わぁ……!」

「凄い力! これが時間移動なのね……!」

 

 同じ魔法使いとして感じるところがあったのか、アリスとパチュリーは目を見開いて驚いていた。

 

「行先は――」

「待ちなさい! その行為、見過ごすわけには行きません!」

「!?」

 

 この場を切り裂くような女の声が響き渡り、私を含めた全員の視線が声のした方角へと集まる。

 

「どうやらギリギリ間に合ったようですね」

「うわー、魔理沙が生きてるじゃん! これは驚きだねぇ」

 

 森の中から現れたのは、楽園の最高裁判長こと四季映姫と、三途の水先案内人こと小野塚小町の二人だった。彼女達と直接顔を合わせるのは何十年ぶりかな。

 

「嘘! どうしてあんたらがここに……!?」

「……誰だっけ?」

「ほら、まだ霊夢が博麗の巫女だった時に花の異変があったでしょ? その時の閻魔と船頭よ」

「あ~思い出したわ。そういえばそんなこともあったわねぇ」

「というか、咲夜はこの異変に参加してたんじゃないの? 私より詳しいはずだけど」

「そんな昔のこと、とっくに忘れちゃったわよ」

 

 激しく動揺する霊夢とは対照的に、この状況に首をかしげるアリス達。

 

「魔理沙、すぐに逃げて! あいつらは危険よ!」

「え?」

「逃がしません! 小町!」

「承知しました!」

 

 どういうことなんだ――霊夢にそう聞き返す前に、映姫の指示を受けた小町は、五・六メートルはあろうかという距離を一瞬で詰めて私の後ろに現れ、両脇の下から腕を入れて私の両肩を掴んでしまった。

 

「ちょ、いきなり何するんだよ! 離れろ!」

「魔理沙には悪いけど、これは四季様の命令だから譲れないのさ。悪いね」

 

 がっちりと羽交い絞めにされなんとか抜け出そうともがくも、私より頭一つ以上背の高い小町の力は尋常ではなく、逆に肩が悲鳴を上げている。全く、この細い腕のどこにこれだけの力があるのやら。

 

「魔理沙!」

「おっと、行かせませんよ」

「くっ」

 

 こちらへ駆けだそうとした霊夢の前に映姫が立ちふさがる。彼女の手にはスペルカードが握られ、今にも弾幕ごっこが始まりそうな空気になっていた。

 

「一体何がどうなってるのよ?」

「彼女が実力行使に出るなんて珍しいわね」

「目的はなんなのかしら」

「やっぱり魔理沙でしょうね。私達には見向きもしないし」

「とにかく何とかしないと。霊夢! 加勢するわ!」

「ありがと。アリス」

 

 戸惑いながらも、アリスはすぐに行動を起こし、映姫と相対するように霊夢の隣に並び立つ。それをきっかけにして彼女達は飛び上がり、魔法の森の私の自宅上空で、霊夢・アリスコンビと映姫の弾幕ごっこが始まった。……こっちに流れ弾が来なければ良いが。

 咲夜とパチュリーの方に視線を向ければ、小声で何かを話し合っているようで、私にはまるで気づいていない様子。

 

(とにかく今はこの状況を何とかしないとな)

 

「私は今過去にタイムトラベルしようとしていた。このまま密着してるとお前も巻き込まれて、私の意図した時間とは違う時代に飛ばされるかもしれないぜ?」

 

 このはったりで、小町が一瞬でも怯めば抜け出すチャンスが生まれるのだが。

 

「やれるもんならどうぞ! どの時間に跳ばされたとしても、四季様のいるこの時間までずっと生き続ければいいんですから!」

「小町……!」

 

 小町は臆することなくきっぱりと宣言し、映姫は潤んだ声で小町を見下ろしていた。これは相当な覚悟を持っているみたいだ。

 

「やれやれ参ったな、これじゃこっちが悪役みたいじゃないか。あんたらの用件はなんなんだ?」

「もちろん、貴女の存在とタイムトラベルについてです。別の時間に逃げずに私の話を聞きなさい!」

「話つってもどうせ説教だろ?」

「どのように捉えてくれてもかまいません。とにかくその魔法を今すぐ止めなさい!」

「…………」

 

 アリスと霊夢が放つ弾幕の嵐を悠々と掻い潜りつつ、威圧的な態度で私に呼びかける映姫。彼女の要求を呑むか、突っぱねるか。いずれにしても、今のままでは小町をタイムトラベルに巻き込んでしまうので動けない。

 

(そもそも彼女は何故このタイミングで現れたんだ? 今まではこんなこと一度もなかったのに)

 

 どんな物事にも必ず因果があり、この結果を生み出す原因となった出来事が過去にある筈なのだが……、まるっきり見当が付かない。

 輝夜と同じように、映姫にも歴史改変を察知する能力があるのなら、もっと早い段階で姿を現しても良さそうなのに。

 

『あなたの持つ力は輪廻の輪、運命ですら捻じ曲げてしまう強力なもの。その力の重みを認識しくれぐれも多用しないことね。閻魔様に目を付けられても知らないわよ?』

 

 201X年6月6日。咲夜が人のまま死亡して成仏した時の歴史で、幽々子が発した言葉を不意に思い出す。よもや霊夢の生存が、輪廻の輪に大きな影響を与えてしまい、彼女自らが事態の収束に乗り出さなければならない事態になったのか?

 

「魔理沙」

 

 考え込む私を現実へと呼び戻す咲夜の声。顔を上げれば、遠くでパチュリーと話して居た筈の咲夜が、いつの間にかすぐ目の前に立っている。

 騒がしかった魔法の森は普段通りの静けさを取り戻し、空中を縦横無尽に動き回っていた筈の三人の少女は不自然な格好のまま固定。彼女らの周辺を飛び交っていた七色の弾幕は不自然な形で静止し、青空にカラフルな水玉模様が彩られているように錯覚する。

 

「過去に戻るのなら協力するわよ。さ、今のうちにここから脱出して、もっと離れた場所まで逃げなさい」

 

 私と咲夜以外の全てが止まった時の中で、手を差し伸べる咲夜。なるほど、その手があったか。幾ら小町が距離を操る程度の能力を持っていても、その居場所まで探れる訳じゃないから、私を探している間に過去へ戻ってしまえばいい。

 合理的に考えるならそうした方が良いのだが、私は差し出された手を取らなかった。

 

「……いや、悪いけど彼女ときちんと話をするよ。今までのタイムトラベルで彼女が現れたことは一度もなかったのに、何故今回に限って干渉してきたのか気になるからさ」

 

 ここは危険を冒してでも、相手の懐に飛び込まなければいけないだろう。有り得ないとは分かっていても、ここで無視してしまえば150年前にも現れそうな予感がする。

 

「……そう」

 

 短く頷き、パチュリーの隣に戻ってから咲夜は時間停止を解除した。

 世界は再び動き出し始め、様々な音の奔流が一斉に耳を賑やかし、弾幕と弾幕がぶつかり合っては消えていく。

 

「分かったよ、お前の話に応じようじゃないか」

「え、魔理沙!?」

 

 アリスと霊夢は攻撃を止め、驚きの表情で私を見下ろしている。

 

「しかしな、もう既にタイムジャンプ魔法は発動しちまっててさ、今この状態でキャンセルすると最悪時空の歪みが起こるかもしれん。移動先を3分後に設定するから、その後で良いか?」

「その言葉に嘘偽りはありませんか?」

「お前がそれを聞くのか?」

「…………」

 

 若干の皮肉を込めて返した言葉に、空中にいた映姫はすぐ正面に降り立ち、じっと私の顔を見つめる。

 

「……どうやら嘘ではなさそうですね。小町、もう離れてもいいですよ。ご苦労様でした」

「はい!」

 

 小町は脇の下から腕を引き、「痛くしてごめんね」と耳打ちをしてから、映姫の隣に歩いていく。

 

「それじゃあ3分後にな。西暦215X年9月21日午後4時18分へ、タイムジャンプ!」

 

 反時計回りにゆっくりと回っていた歯車模様の魔法陣は、時計回りへと動きを変え、私の体は光に包まれていった――。



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第136話 四季映姫の主張

前回のあらすじ

マリサを助ける為150年前に時間遡航しようとした魔理沙の前に、四季映姫が立ちふさがる。


 ――西暦215X年9月21日午後4時18分――

 

 

 

 

 ほんの僅かな時間移動を終えた私の視界に飛び込んできたのは、互いに向かい合いながら言い争う映姫と霊夢の姿だった。

 

「私、言った筈よね? 二度と顔を見たくないって。どの面下げて私の前に現れたわけ?」

「貴女の意思は関係ありません。私は私なりの理由があってここに来たのですから」

「よくもぬけぬけと……! 魔理沙に何をするつもりなのよ!」

「貴女も大概しつこいですね。まだあの時の事を根に持ってるんですか」

「当たり前じゃない! 思い出したら今でもムカついて来たわ!」

「ま、まあまあ落ち着きなよ。私達はただ話し合いをしに来ただけだからさ」

「何が話し合いよ。最初からやる気満々だったくせに! あんたこそいきなり魔理沙に襲い掛かったりしてさ、もし魔理沙が怪我したらどうすんの!?」

「えぇ!? それは、その……」

 

 ヒートアップしつつある二人に小町が仲裁に入るものの、霊夢の怒りが自分に飛び火してしまい、たじろいでしまっていた。

 私は彼女らを遠巻きに見ているアリス達の元に歩いていき、質問する。

 

「なあ、私がいない3分間に何があったんだ?」 

「魔理沙が居なくなってから、霊夢が急に怒り出しちゃって、さっきからずっとあの調子よ」

「あんな冷静さを欠いた霊夢は久しぶりに見ましたわ」

「まあ気持ちは分からないでもないけどね。霊夢は魔理沙(マリサ)のことになると、見境が無くなるから」

 

 私のために怒ってくれてるのは嬉しいけど、怒りの矛先が向けられた小町が段々可哀想になって来たので、そろそろ止めに入ろうと思う。

 アリス達から離れて、霊夢達の元へと向かっていく。

 

「霊夢、もうその辺にしてあげてくれ。あいつらと過去に何があったかは知らないけど、ちょっと言い過ぎだ」

「……分かったわよ」

 

 霊夢は不満を露わにしながらも、渋々ながら引っ込め、小町はほっとした表情を見せていた。

 

「それで、私に話ってなんだよ。タイムトラベルについて聞きたいみたいだが……そもそもどうやって私のことを知ったんだ? お前も歴史改変の影響を受けない存在なのか?」

「事は今から100年前……人間のマリサが亡くなった所まで遡ります」

 

 そう前置きして、つらつらと語ったことを要約すると以下の通りになる。

 

 今から100年前、マリサが亡くなったことでその魂が地獄へ向かい、死者を裁く裁判が行われた。その時の裁判長がちょうど彼女であり、特に問題なく裁判が進みマリサの魂を転生させはしたものの、一つ気になる部分があった。

 それがマリサではない〝私″の存在であり、嘘や妄想の類にしては心が澄み切っていて、まるで真実であるかのように信じ切っていた。

 その事が頭の片隅に引っかかったまま月日が流れ、転機が訪れたのはマリサの死から51年の月日が経過した2108年の10月10日のことだった。

 この日は霊夢が仙人となってちょうど100年目となる年で、長く生き過ぎた人間の寿命を刈り取る為に、是非曲直庁から死神が霊夢の元へ派遣され、弾幕ごっこ抜きの本気のバトルを繰り広げたそうだ。

 そして死闘の末に霊夢は辛くも死神を退け、その時に私の名前を叫んでいたことで過去に抱いた疑念が深まり、翌々日、小町と共に霊夢の家を訪れた。

 霊夢は私の事を何も話はしなかったものの、霊夢の不審な態度でタイムトラベラーの私の存在を確信し、今年になってからその動向を部下の死神に見張らせていた。そして今日、私が姿を現した報告を聞き、急いで仕事を片付けて魔法の森までやって来たとのこと。

 

「……成程な」

 

 なんというべきか、未来予測っていうのはとても難しいなと思ってしまう私だった。

  

「この事に気づけたのは僥倖でしょう。亡くなったマリサの事が無ければ、私も気が付きませんでしたから」

「見張りが付けられていたなんて、一生の不覚だわ……。まさかあんなことやこんな事も視てたんじゃないでしょうね? プライバシーの侵害よ!」

「その辺りはきちんと配慮してありますのでご安心を」

「そういう問題じゃなーい!」

 

 プリプリとしている霊夢との会話を強引に終え、映姫は私と向かい合う。

 

「魔理沙。先程の貴女の口ぶりからして、私の預り知らぬ所で幾たびも歴史の改竄を行っていたようですね。貴女はその事の重大さを分かっているのですか?」

「何が言いたい」

「歴史とは、先人達の努力と知恵によって築き上げられて来たものです。それがやがて文化・社会となり、文明へと発展していきました。貴女のタイムトラベルは、そんな彼らの人生や想いを弄んでいるのですよ?」

「…………」

「一個人の手によって歴史を否定するような所業を、私の立場上見過ごす訳にはいきません。貴女は全ての命を冒涜しています!」 

 

 その宣告と共に大地が震え、稲妻のような衝撃が走る。見目麗しい容貌とは裏腹に、閻魔としての威圧感を露わにするものだった。

 

「これはまた……嫌な展開になって来たわね」

「あの閻魔の主張は、言ってみれば時間移動へのアンチテーゼね」

「でも言われてみればそうかもしれませんね。今私達がこうして居られるのも、先人達の礎の元に成り立っているわけですし。もしタイムトラベルの影響で歴史上の大きな分岐点が変化したら、現代にどんな影響が出るか想像が付かないわ」

「いまいちピンと来ないんだけど、幻想郷で例えるとしたらなんだろ」

「そうねぇ。私の立場から言えば、レミィが起こした吸血鬼異変や紅霧異変辺りを挙げたい所だけど、一番単純明快なのが〝もし幻想郷創設に携わった妖怪の賢者が居なかったら″でしょうね」

「妖怪の賢者って、八雲紫のこと?」

「ええ。もし彼女がいなければ、本格的に科学が発展し始めた明治時代には幻想郷は消滅していたでしょうね。それだけ、この幻想郷は彼女に比重しているわ」

「うーん、あまり深く考えてなかったけど、言葉にしてみると末恐ろしいわね」

「さて魔理沙はどう返事するのかしら。閻魔の言い分は筋が通っているように感じますが」

「私としては亡くなったマリサの為にも、諦めて欲しくないんだけど……」

 

 私と映姫の会話を見守っていた外野の声が、耳に入って来る。

 確かに映姫の発言を全て否定することは出来ない。私は自分の欲のままに霊夢の人生を変えたし、未来の幻想郷を救う為に頑張っていた筈が、地球滅亡という最悪の結末へ導いてしまったこともある。既に無かった事にしたとはいえ、その罪は大きいだろう。

 

「魔理沙……」

 

 押し黙る私を不安そうに見つめる霊夢と、一言も喋らずに傍観する小町。内心では反論の余地がなくて無言でいると思っているのかもしれないが、私にもちゃんと論がある。このまま言われっぱなしではいられない。

 私は頭の中で考えを纏め上げ、意を決して口を開いた。



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第137話 魔理沙の主張

最高評価感謝です。



前回のあらすじ

タイムトラベルをしようとした魔理沙の前に立ちふさがった四季映姫。
彼女はむやみやたらに歴史を変えてはならないと主張する。


「……確かにお前の主張にも理があるのは認めよう。だがな、私は自身に降りかかった不幸な結末を認められなかったから過去を変えたんだ。誰だって『あの時ああすれば良かった』と過去を悔やむことがあるだろう? 私はその選択をやり直す力を得て、手の届く範囲内で幸福な結末を探っているに過ぎない」

「それは論点のすり替えでしょう。何が幸せで何が不幸か、なんて事は貴女が決めることではありません。結局は最もらしい理由を付けて自分の行いを正当化しているだけではありませんか」

「過去の失敗や間違いを変えられる手段があるのに、それを使わない方が間違ってると思うぜ。人間、誰だって幸せになりたいんだからさ」

「途轍もなく散漫な考えですね。貴女のタイムトラベルの影響によって、知らず知らずのうちに人生が変わった人だっているかもしれないんですよ?」

「私はあくまで、歴史の流れが自分の望む方向へ行くように仕向けているだけだ。その流れに乗ってくれるかどうかは、その時代を生きる人間達が判断することだよ」

 

 未来の幻想郷がその好例と言える。一時期、どれだけ頑張っても幻想郷滅亡の歴史へ収束してしまったのはその時代の世界情勢によるもので、人間達の意思決定によるものだった。

 なので世界の潮流を変える際には、その兆候が現れ始める前の時点で、革新的な変化を促さなければいけない。

 

「ついでに言うとな、歴史ってのは極僅かな誤差の範囲内なら現象の変化に至らず、元の歴史と同じ結末に収束するようになっているんだ。無から有を生み出せないように、個々人の行動原理や知識、自然現象などの複合的要因が因果に結びつかなければ影響は出ないぜ」

 

 そうでなければ、私が過去や未来へ時間移動した時点でそれまでの時間との連続性がなくなり、結果的には時間移動する意味がなくなってしまうからだ。

 原因と結果が結びつかなければ未来は変化しない。逆に言えば、事象の収束を越える現象を起こすことで、意識・無意識に関わらず人々の意思選択を変化させ、それがバタフライエフェクトや過去改変という結果として現れる。

 矛盾しているように感じるかもしれないが、これまでの経験則から間違いない。

 その事を説明したのだが、彼女は頑なな表情を崩すことはなかった。

 

「ああ言えばこう言う。あくまで開き直るのですね」

「当たり前だ。逆に聞くがお前はどうなんだ? 過去の選択に後悔したことはないのか? 過去をやり直したいと願ったことはないのか?」

「ありませんね。例えどんな結果になろうとそれが自然の摂理、運命だと思って受け入れています」

「へぇ、それはまた随分とご立派なことで。私の見地から言わせてもらうと、運命なんてもんはないけどな」

「当たり前でしょう。貴女はその運命すら、自分の都合の良いように歪ませているのですから」

「「…………」」

 

 正反対の主義主張が真っ向からぶつかり合い、火花が散るような睨み合いが続く私達。

 

「ふーん、面白い切り口から攻めて来たわね。完璧な反証にはなってないけど、相手を説得させるには充分な材料だわ」

「魔理沙の話パチュリーは分かったの? なんかもう、ちんぷんかんぷんなんだけど」

「要は風が吹けば桶屋が儲かるってことよ」

「……ああ、そういうこと」

 

 またもや聞こえてくる外野の声。

 

「お互いに平行線ですか。ならここで問答してても仕方ないですね。貴女の過去の行いによって全て判ります」

 

 そして映姫は懐から手鏡を取り出して見せながら。

 

「浄玻璃の鏡を使わせていただきます。よろしいですね?」

「……ああ」

 

 有無を言わさぬ圧力を掛けられ仕方なく頷くと、彼女は私に向けて一度だけ鏡面を見せてから、鏡の中を覗き込んでいった。

 

「へぇ、あれが噂の浄玻璃の鏡なのね。知識としては知っていたけど、実物は初めて見たわ」

「確かあれに映し出されると、その人の過去の行いが全て明らかにされちゃうんだっけ。嫌な道具よねぇ。プライバシーも何もないじゃない」

「魔理沙はすんなりと受けいれていたみたいだけど、何か策があってのことなのかしら」

 

 アリスの言う通り、過去を覗かれるのはあまり良い気分ではないのだが、変に拒否して心証を悪くするよりかは受けいれた方がいいと思っての行動だった。

 これで考えを変えてくれるのなら良し、まあいざとなれば、逃げてしまえばいいんだし。

 緊張感を抱きつつ彼女の反応を待っていた時、変化が訪れた。

 

「こ、これは……!? まさか、そんな……!」

 

 鏡の中を覗いていた彼女は、傍目から見ても面白いくらいに狼狽していて、小町や霊夢が目を丸くしながら映姫を見つめていた。あの反応からして、きっと過去に起きた未来の出来事を視たに違いない。

 

「私の記憶と過去を視たのなら分かるだろう? 運命に身を任せて何も行動を起こさなければ、悲惨な結果が待っていたことに」

「……!」

「それでもお前は歴史改変が悪だと言い切れるのか?」

 

 私の訴えに、彼女はしばし考え込んでから重い口を開く。

 

「…………貴女は、自分の行いに責任を持てるのですか?」

「もちろんだ。私はそうやって時間を旅してきた。そして今、私が過去へ遡るのも気に入らない歴史を変える為なんだ」

 

 試すような物言いに対し、私は確固たる意思を持って断言した。

 

「……気持ちは分かりました。魔理沙、貴女を信じて今回は見逃しましょう」

「本当か!」

「ですが勘違いしないでください。もし貴女が悪意の元に歴史改変を起こすようなことがあれば、必ず断罪します。どの時間に居ようとも貴女の行いは神様が見ていることをお忘れなく」

「精々気を付けるよ。それじゃ私は行くぜ」

 

 紆余曲折あったもののようやく過去に跳べそうだ。

 

「タイムジャンプ発動!」

 

 霊夢達の前で、再度歯車模様の魔方陣が出現する。小町は興味深そうに、映姫は険しい目つきでその行方を見守っている様子。

 

「行先は時の回廊!」

 

 私の体は捻じれるような奇妙な感覚と共に、魔方陣の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

 霧雨魔理沙がこの時間から跡形もなく消え去ったのを確認してから、四季映姫は口を開く。

 

「……行ったようですね。はてさて、私の言葉がちゃんと届いたかどうか」

「あんたが見逃すとは思わなかったわ。てっきり魔理沙を断罪しに来たのかと思ったんだけど、意外と柔軟なのね」

「彼女の人生の軌跡を見て総合的に判断したまでです。それにどうやら私も、世界の枠組みの一つのようですから」

「?」

「運命とは時として残酷なものです。同情すべきなのは彼女の方なのでしょうね……。壮絶な過去でしたよ」

 

 感傷に浸る四季映姫の本心は誰にも分からない。

 

「博麗霊夢。貴女は良き出会いに恵まれましたね。心の底から泣き笑い、命を投げ打てるような人間は一生涯の友人です。これからも大切にしてあげる事ですね」

「そんなの言われるまでもないことね。魔理沙(マリサ)は私のかけがえのない親友なんだから!」

 

 博麗霊夢は一切の恥を見せることなく、誇りを持って声高々に公言した――。

 

 

 



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第138話 その後

多くの感想ありがとうございます。
とてもホッとしました。


「……ところで、いい加減隠れてないで姿を現したらどうですか?」

「あら、気づいてたのね」

 

 四季映姫が虚空に向けて呼びかけると、博麗霊夢の近くの何もない中空が突然裂け、ギョロリとした沢山の目玉と共に八雲紫が現れた。

 

「……噂をすれば影ね」  

「紫!?」

「こんにちは霊夢。元気そうで何よりだわ」

 

 スキマの上に腰かけながら八雲紫は優雅に挨拶した。

 

「いつからそこにいたのよ?」

「貴女が魔理沙と抱き合っていた所からよ~。ふふ、仲が良くて何よりね」

「かなり最初からじゃない! 影からこそこそ覗くなんて趣味悪すぎでしょ」

「ウフフ」

 

 すっかり呆れてしまっている博麗霊夢だったが、八雲紫は愉快そうに微笑んでいた。

 

「貴女自ら姿を現すとは、やはり魔理沙のことですか?」

「ええ。私の立場としては幻想郷――いえ、世界でたった一人のタイムトラベラーの動向は把握しておきたいもの。まさか貴女がここに来るとは思わなかったけれど」

「奇遇ですね、ちょうど私も同じことを思っていました」

 

 二人の間にとげとげしい空気が漂い始め、小野塚小町は全く口を挟めずにいる状態だったが、博麗霊夢はそんな空気を読まずに話しかける。

 

「ずうっと前に魔理沙のことを話した時は全然信じてなかった癖に、都合がいいわね」

「100年前に亡くなったマリサが、タイムトラベラーになるんだとばっかり思ってたから……。私はね、霊夢がマリサの死を認められなくて、ありもしない妄想に走ったんじゃないかって心配してたのよ?」

「ふ~ん……。道理でマリサの命日以降、私によく絡んでくるようになったのね。納得。だけど今までこっそり話を聞いてたんなら、さっき居なくなった魔理沙の経緯は分かったでしょ?」

「ええ。充分に理解出来たわ。タイムトラベラーという存在を、自分の物差しではかってはいけないのね」

「そうよー。魔理沙は凄いんだからね、えへへ」

 

 八雲紫の珍しい姿を見て、彼女の考えを深読みしていた自分を馬鹿らしく思った四季映姫は、知人に話しかけるかのような穏やかな声色で問いかける。

 

「ところで、貴女と同じ立場の〝彼女″は来ていないのですか?」

 

 博麗霊夢との会話で気を良くした八雲紫は、これまたすんなりとその問いかけに答えた。

 

「彼女なら外の世界に行ってるわよ。恐らく、後十数年は帰ってこないでしょうね」

「おや珍しい。普段滅多に表舞台に出てこない彼女が自ら動くとは、何かあったのですか?」

「外の世界はまさに激動の時代よ。20世紀の人間達が思い描いていたSFの世界――恒星間航行が現実になろうとしているわ。彼女はこれらが幻想郷にどんな影響を及ぼすか確認しに行ってるのよ」

「なるほど、科学の世界は日進月歩と言いますが、遂にその領域まで行きましたか」

「遥か昔に我々をお伽話の存在へ追いやった人間達は、この星の支配に飽きたらず宇宙へと進出しようとしてるわ。全く、どこまで愚かなのかしら」

「え、なに、何の話?」

「霊夢は気にしなくてもいいのよ~。こっちの話だから」

「でもなんか深刻そうだけど」

「私達の存在を知る人間はごく一部。妖怪と非常識の概念を暴かれない限り優位性は変わりないわ」

 

 八雲紫は実の母親のような優しい笑みを浮かべながら、博麗霊夢の頭を撫でていたが。 

 

「……なんか煙に巻かれた気がするけどまあ良いわ。それより、もう魔理沙は居ないんだしさっさと帰りなさいよ」

 

 彼女はごく自然にその手を払いのけながら、言い放った。

 

「あら酷い。霊夢ったらちょっと冷たくないかしら?」

「気のせいよ」

 

 邪険に扱われつつも笑顔を崩さない八雲紫を見て、この二人はいつもこんな感じなのだろうと思う四季映姫であった。

 

「……さて、私達もそろそろ帰りますよ小町」

「え、えぇーもう帰っちゃうんですか? ……はい、わかりました」

 

 突然名前を呼ばれ、驚きながらも文句を言いかけた小野塚小町だったが、四季映姫の射るような眼差しに言葉を引っ込め、彼女の後ろをとぼとぼと付いて行った。

 博麗霊夢の後ろでは「小町も大変ねぇ」と、肩を竦めるアリス・マーガトロイドの姿。

 

「咲夜、今何時?」

「午後4時59分ですね。今の季節は日が長いですが、それでも後1時間もしないうちに日没を迎えるでしょう」

「そう。なら暗くならないうちに私達も紅魔館に戻りましょうか。魔理沙がいつ帰って来るのか分からないし」

「畏まりました。それでは皆さん、失礼しますね」

「うん」

「またねー」

 

 別れの挨拶をしていた時、何かに気づいたアリス・マーガトロイドが声を上げる。

 

「あ! ねえ見て! 魔理沙の自宅の前が光り始めたわよ!」

 

 その言葉に、帰りかけたパチュリー・ノーレッジと十六夜咲夜は足を止め、八雲紫は遠巻きに、博麗霊夢はすぐ近くまで歩いていく。

 

「何もない地面に、勝手に模様が浮かびあがって来てる……」

「これはクオーツ時計の内部に似てますね」

「この光は魔方陣から出てるみたいね」

「ねえ、これ魔理沙のタイムジャンプ魔法にかなり似てない?」

「言われてみればそうね!」

「ひょっとしたら魔理沙が帰って来るのかもしれないわ」

 

 十六夜咲夜の言葉もあって、この場にいる全員の注目がその光源へ集まる。やがて周囲を覆い尽くすような眩しい光が徐々に収束していき、中から人影が現れ……。

 

「え……!?」

 

 はっきりとその姿を見た彼女らは、皆一様に言葉を失った。

 

 

 ――side 魔理沙――

 

 

 時間移動の際に起こる何とも言えない感覚が波を引いていくのを感じ、私は目を開ける。

 四方八方には、満開の桜や眩しい日差しが照りつける砂漠、美しい紅葉と、緑を覆いつくすまでに降り積もった雪景色が綺麗に分かたれ、それらを分断するかのように柱が連なる回廊が地平線の果てまで続き、中心には咲夜が立っていた。

 

(いつ見ても壮観だなぁ。今度カメラ持ってこようかな)

 

 現実味のない景色を楽しみつつ、私は咲夜の元へと歩いていき、会話が届く距離まで近づいた所で咲夜は口を開いた。

 

「いらっしゃい魔理沙。大変なことになっちゃったわね」 

「もしかして見てたのか?」

「全宇宙の歴史の観測、それが私の役割よ」

「…………」

 

 物憂げな顔で話す咲夜に、私はいつかと同じ質問を投げかける。

 

「なあ咲夜。私の主観ではお前と会ったのはおよそ二日前、西暦300X年から帰って来る最中だった。あの時には、既に未来がこうなるって知っていたのか?」 

「100%ではないけど、貴女が心の問題を抱えている限り、起こり得る可能性が高い歴史だったわ」

「そうか……」

「教えてあげられなくてごめんなさいね。私の話で貴女の未来を変える訳にはいかなかったのよ」

「いや、いいさ。これも自分が起こした問題だし、自分でなんとかするよ」

 

 あれだけ盛大な啖呵を切ってしまった以上、立ち止まる訳には行かない。霊夢や待っててくれた皆の為にも私がやるしかないんだ。

 

「そういえば人間の咲夜が吸血鬼になってたんだけど、あれはお前的にどうなんだ?」

「私もかなりびっくりしたんだけどねー、人間の〝私″が決めた事だからどうこう言うつもりはないわ。お嬢様に永遠を誓った〝私″は、とても幸せそうだから」

「ふむ……」

「もし私が人であることに拘っていなければ、こんな未来もあったんでしょうね。その点だけ考えれば今の歴史も悪くないわ。ふふ」

 

 穏やかに微笑む咲夜は、その表情とは裏腹に少し寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 

「――そうだ。お前に渡しておきたいものがあるんだ」

 

 私は懐からルーズリーフを取り出し、咲夜に手渡す。

 

「これはタイムジャンプ魔法の魔導書ね」

「霊夢から聞いたぜ。こいつを巡ってひと悶着あったそうじゃないか」

「あの時は大変だったんだからね。あまり私の仕事を増やさないでちょうだい」

「はは、悪いな。二度と同じことがないよう、お前が預かっていてくれ」

「分かったわ」

 

 咲夜が指を弾くと、跡形もなく消え去ってしまった。

 

「じゃあ用も済んだし行ってくるよ。また後でな」

 

 そう言って背中を向けた私に。

 

「魔理沙! 閻魔の話のことだけど、あまり気に病まないでね」

「……気にしてないぜ。いつか誰かに言われてもおかしくない事柄だったからな」

 

 誰かの気持ちを踏みにじってでも私は霊夢を助けたかった。その為ならこの身が地獄に堕ちても構わないくらいに。

 今は慌ただしいけど、いつか落ち着く時が来るだろう。その時になったら、タイムトラベルなんて忘れて昔のように暮らして行こう。

 

「私はいつだって貴女の味方よ」

「ありがとな」

 

 こっちの咲夜には本当に感謝している。霊夢を助けるチャンスや、確かめようもない世界の秘密を教えてくれたんだから。

 だからこそ、期待を裏切らないように頑張らないといけないだろう。

 

「タイムジャンプ発動! 時間は西暦200X年9月4日、午後7時!」

 

 その直後、私は過去へと続く地平線の彼方へ吸い込まれていった――。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

「頑張ってね魔理沙。貴女の選択次第で未来は変わるわ」

 

 

 

 ◇   ◇   ◇



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第139話 宴会の夜にて


今回の話の時刻は第4章122話、タイトル『決別』と同じです。




 ――西暦200X年9月4日 午後7時――

 

 

 

 どこかへと吸い込まれていくような奇妙な感覚もやがて終わり、地に足ついた感覚が戻って来た所で目を開く。

 辺りはすっかりと日が沈み、そこかしこから聞こえてくる虫や鳥の声。加えて空に浮かぶ下弦の月が、日中でも不気味な森を更に妖しく照らし出している。

 150年前も昔に戻ったとはいえ、月日の上ではたった17日しか遡っていないのだけれど、元の時代よりかなり蒸し暑く、たまらず襟元の第一ボタンを開けて少し風通しを良くする。まだまだ夏は終わりそうもない。

 眼前には、灯りが消えて真っ暗になった私の自宅。人間だった頃には何も見えなかったけれど、種族としての魔法使いになった今では、日中と同じようにくっきりと見えているので支障はない。

 当然のことながら霊夢、アリス、パチュリー、咲夜、映姫、小町の姿は見当たらない。

  

「よし、行くか」

 

 体の隅々まで魔力を行き渡らせ、ふわりと体を浮かばせて博麗神社へ向けて出発する。幻想郷で不定期に行われる宴会は、過去の経験から大体日が沈んでから始まるのだ。

 肌がべたつく蒸し暑さも、こうして空を飛ぶことで全身に生温い風を浴び、その不快感が多少はましになる。にとりの宇宙飛行機に乗っていた時は機械の力で常に適温に保たれていたので、今は少し羨ましい。

 

(あっちの方角が明るいな)

 

 光に集まる虫になった気分で一直線に飛んでいき、やがて、その発光地点の全容が見える距離まで近づいたところで、私は静止する。

 周囲が闇に包まれている中、山頂の博麗神社の境内は、沢山の提灯や灯篭で囲まれ、日中と遜色ない程に明るい。ここからでは顔は判別できないものの、結構な人数が集まっている様子。私は皆に気づかれないよう高度を落とし、麓近くの斜面の森の中に降りてから、道なき道をかき分け登って行く。

 

(だんだんと喧騒が大きくなって来たな。これは結構盛りあがってそうだぞ)

 

 蝉の鳴き声を身に浴びながら山頂に辿り着いた私は、身をかがめながら境内全体を見渡せる位置まで移動し、その茂みの中に隠れ、ばれないようにこっそりと宴会の様子を窺う。

 

「ワハハハ! お~いもっと酒持ってこ~い」

「そ~れイッキ! イッキ!」

「もう無理でずぅぅ~……勘弁してくださいよ……」

「逃げようたってそうはいかないからね! 潰れるまで付き合いなさいよ~」

「そんなぁ……」

「ちょ、どこ触ってんだよお前!」

「いいじゃないれすかまりささ~ん。酒の席は無礼講ですよ~ウヘヘヘヘ」

「えぇい、絡んでくるんじゃない! おいお前ら! この酔っ払いを何とかしろ!」

「アハハハハ、仲が良くていいじゃないの」

「笑ってる場合か!」

 

(……これは酷い)

 

 まず一番最初に目が付いたのは、萃香と勇儀に囃し立てられ、死んだ目で酒の飲み比べに付き合わされている椛グループと、完全に理性のタガが外れて、マリサに絡みに行っている早苗を笑う神奈子のグループ。

 服もはだけ、女の恥じらいもなく酒を飲み干すその姿は、もはや目も当てられない。

 

(今まで全然気づかなかったけど、冷静になって観察すると凄いことしてたんだな)

 

 次に参加する機会があれば彼女らみたくならないよう気を付けよう、と心に留めつつ、宴会の観察に戻って行く。

 一升瓶を直飲みしながら妖夢とアリスにひたすら仕事の愚痴を漏らす鈴仙、喧騒の中心から離れた場所で、格好つけた姿勢で傍観を決め込むレミリアと給仕する咲夜、二人静かに飲み明かす紫と幽々子、笑顔で談笑する妹紅と慧音のペアなど、多くの人妖達が見受けられた。

 ……今一瞬紫と目が合ったけどばれてないよな?

 

(さて、霊夢は何処にいる?)

 

 さらに注意深く、目を凝らして霊夢の姿を探していく。

 レミリアとなにかを言い争っている天子、主の元を離れアリスと談笑している咲夜、口元を抑えながらおぼつかない足取りで境内の外へと歩いていく椛。早苗に続いてこいしにまで押し倒されているマリサ。正座している文に向けて、険しい顔で何かを説教する慧音。小町と肩を組み、下弦の月を指さしながら笑顔を見せる妹紅……。

 目の前で繰り広げられる、色々とツッコミどころ満載の展開をよそに、霊夢の姿を探していく。

 

(……いた! あそこか)

 

 霊夢は人だかりの中から外れた神社の縁側で、一人お猪口を傾けていた。皆が良くも悪くも宴を楽しんでいる中、彼女だけがどこか顔が硬い。

 

(普段よりも全然飲んでないみたいだし、この後のことを考えているんだろうなぁ)

 

 そんなことを思いながら霊夢を見守っていたその時。

 

「はれ? まりささん?」

「うわっ!」

 

 突然後ろから声を掛けられ、自分の口を抑えつつ咄嗟に振りかえった先には。

 

「やっぱりまりささんだ~。こんなところでなにしてるんれすか~?」

 

 酒瓶片手にふらふらとしながら、だらしない表情で私を見下ろす早苗がいた。

 

「お、脅かすなよ早苗! お前こそなんでここにいるんだよ!?」

 

 ついさっきまでマリサと居た筈なのに、完全に気づかなかったよ。本当に。

 

「……なんでだっけ? なんかしようと思ってたんですけどー。分からないや、あははははは!」

 

 めっちゃ酒臭いし、何が可笑しいのか急に馬鹿笑いしちゃってるし、なんかもう言葉が通じていない気がする。

 

「ん~はれ? おかしいな。あっちにも~、ここにも~、まりささんがいるような~?」 

 

 ギクッ。

 

「き、気のせいだろ。と、とにかく神奈子達の所へ戻れって。幻覚を見るくらい飲みすぎてるじゃないか」

「まりささんまでそんなことをいう~。なんろも言いますけど~、わたしはー、酔ってませんよ~!」

「よし、私の手を見ろ。この指は何本に見える?」

 

 早苗の顔の前に、右手でピースのサインを作って見せる。

 

「え~と~4本? 5本?」

「……はぁ。完全に酔っぱらってるじゃないか。こんなとこにいないで頭冷やして来いよ」

 

 呆れつつ、後ろに回り込んで早苗の背中を神奈子達の元へと優しく押すと、そのまま千鳥足で境内の中を歩いていき、少ししたところでゼンマイが切れたロボットのように地面に倒れた。

 すかさず神奈子が早苗の元に駆け付け、耳元で呼びかける。

 

「早苗~大丈夫かー?」

「…………」

「あらら寝ちゃってるよ。しょうがないねぇ」

 

 神奈子は早苗を抱きかかえて、自分達が座っていたビニールシートへと運んで行った。

 

(ほっ、あの様子なら多分気づかれていないだろう)

 

 また同じことがないよう、今度は自分の周りの気配にも気を配りながら、宴会を見守って行った。

 

 

 

 

 延々と酔っ払い達の馬鹿騒ぎが続き、自分も何か飲食物を持って来れば良かったなと思い始めた頃、ぼんやりとしていた霊夢がおもむろに立ち上がる。

 

「はい、ちゅうもーく! そろそろ宴会はお終いの時間だけど、私から重大発表あるから聞いてー!」

 

(来た!)

 

 その呼びかけに参加者全員の注目が神社へと集まる。

 

「重大発表?」

「あの霊夢が?」

「自分で重大発表とか言っちゃうなんて、どうせくだらない事じゃないの?」

「まさかとうとう破産したのか~? 言っておくがお賽銭はないぞ~! 一円も持ってないからな」

「……それ自慢できることじゃないでしょ」

「そこ、うるさいわよ!」

 

 周囲の茶化す声を一喝し、わざとらしく咳払いをしてからこう言った。

 

「――コホン。えー、私は来年までに博麗の巫女を辞めるつもりだから、その時までよろしくね」

 

 空気が凍るとはまさにこのことだろうか、あれだけ騒がしかった境内は一瞬で静まり返ってしまった。

 互いに顔を見合わせ戸惑う人妖達の中、一番最初に食って掛かったのはやはりマリサだった。

 

「ちょ、ちょっと待て!? 霊夢。い、今なんつった!?」

「だからー、来年までに博麗の巫女を辞めるって言ったのよ。何度も同じ事を言わせないでよ」

 

 面倒くさそうに答える霊夢。

 

「霊夢がこんなこと言いだすなんて酔っぱらい過ぎなんじゃないの?」

「でも見た感じシラフっぽいし」

「信じられない」

「でもあたしは嬉しいけどなあ」

「とうとう霊夢がご乱心かぁ」

「……ふふ、これは面白くなりそうね。咲夜」

「ええ、そのようですね」

 

 ギャラリー達のどよめきが止まない中、マリサは更に霊夢に詰め寄って行く。

 

「霊夢、きちんと理由を説明してくれ! いきなりそんなこと言われても納得ができないぜ!」

「なんであんたに納得してもらう必要があるのよ……」

「私も気になります霊夢さん。博麗の巫女が病気や怪我などではなく自分の意思で辞めるなんて、かなり特大のスクープですよ!」

「そうよ。今までそんな素振りは欠片も見せてなかったじゃない」

 

 マリサ以外にも文やアリスに詰め寄られた霊夢は、一度周囲を見渡してから、大きくため息をついてこう答えた。

 

「――なんてことはないわ、私はこれから人間を辞めて妖怪になるつもりなの。博麗の巫女は人間が務めるものでしょ? だから巫女をやめる。単純な話よ」

「ええぇ!?」

 

 その言葉に、ギャラリー達の喧騒が更に大きくなっていく。

 

「驚いたわ。霊夢ってそういうの全く興味がないと思ってた。どういう風の吹き回しなのよ?」

「理由? そんなのただの気まぐれよ」

「気紛れだあ? それは嘘だな。言っちゃ悪いが、お前みたいな人間が積極的に妖怪になるだなんていう訳がない。長い付き合いだしそれくらい分かるぞ」

「確かにそうね。あの霊夢がこんな面倒をするとは思えないし」

「霊夢さん……どうせならもうちょっとマシな言い訳をしましょうよ」

「ガッカリね」

「あんたら一体私をなんだと思ってんのよ!」

 

 そして霊夢はさらに言葉を続ける。

 

「――はあ、もういいわ。確かに気紛れって言い方には語弊があるけど、私の中で人生観が変わる大きな出来事があったのは事実よ」

「その辺りについてもっと詳しく!」

「いずれ答えが判る時が来るわ。それまで内緒よ」

「ふ~む、そうですか」

「そもそもあのスキマ妖怪が霊夢の妖怪化を許すとは思えないんだが」

「霊夢が博麗の巫女を辞めることは既に私も承知してるところよ。今跡継ぎとなりそうな巫女候補を探してるところなの」

「なっ……!」

「だから幻想郷の心配はする必要はないわ。これまでより早く巫女の代替わりが始まるだけだから」

「ふむふむ、事情は良く分かりました。今日の話は良い記事になりそうですね。急いで書き上げてこないと!」

 

 翼を大きく広げ、文は妖怪の山の方角へと飛び去っていった。

 

「はいはい、ほら! もう私の話は終わりよ」

 

 自分の周りに集まった人だかりを霊夢はしっしと追いやり、次第に宴会の喧騒が戻ってきていた。

 

(なるほどな、あの発言はこういう流れで出て来たのか)

 

 霊夢から概要は聞いていたのであまり驚きはなかったものの、こうしてこの目で直接見てみると違った印象を受ける。

 他の人妖達が、良くも悪くも霊夢の決定を受け入れている中、マリサだけが霊夢のことに異常に拘っているように感じるのは気のせいではなさそうだ。

 

(宴会が終わってから霊夢とマリサが二人きりで話すシーンがあるんだよな。それまで待つか。……てか、もっと遅い時間に跳ぶべきだったな。ずっとしゃがんでいると腰が痛い) 

 

 心の中で軽い愚痴をこぼしつつ、私はその瞬間が訪れるのを息を潜めて待ち続けていった。

 

 

 

 

 やがて宴会も終わり、夜も更けはじめたこともあって次々と人妖達が自宅へと帰って行く中、最後まで残ったのはアリス、咲夜、マリサの三人だった。

 

「今日は最後まで手伝ってくれてありがとう。凄く助かったわ」

「気にしなくていいわ。大したことじゃないから」

 

 涼しい顔でそう言ってのける咲夜だけど、実際には止まった時間の中で人一倍動いていたように思える。もっとそういう部分を表に出しても良いと私は思うけどな。

 

「もう夜も遅いし気を付けて帰ってね」

「ええ、おやすみ霊夢」

「おやすみなさい」

 

 霊夢はアリスと咲夜に労いの言葉を掛け、二人は別れの挨拶をしてこの場を去っていき、境内に残ったのはマリサのみとなった。

 ちなみにこれは余談だけど、この時咲夜が時を止めて帰ってしまったので、また何十分と待ち続けなきゃいけないかと身構えてしまったが、意外にも5分程度で再び時が動き始めたのでホッとした。また何時間も動かなければ、〝一昨日″と同じことが繰り返されることになっていたかもしれないし。

 

(なんというか、良くも悪くも咲夜の時間停止の影響を受けない性質になっちゃったのが面倒くさいな。元の時代に戻っても、彼女の生活ペースに色々と引っ掻き回されそうだ。この辺、なんとかならないか後で時の回廊の咲夜に相談してみるか)

 

 そんなどうでもいいことを考えていた時、二人の見送りを終えた霊夢は、未だに表情が優れないマリサに話しかける。

 

「マリサは帰らないの? それとも昨日みたいにまた泊って行く?」

「……なあ、霊夢。本当に何があったんだ?」

「え、何が?」

「今夜の宴会のことだよ。あの時お前、『私の中で人生観の変わる大きな出来事があった』って話してたじゃないか」

「あぁ、あれね」

「それは私にも理由が話せないことなのか?」

「…………」

 

 月明りだけがぼんやりと照らし、互いの顔も昼間ほどはっきり見えないであろう境内で、マリサは泣きそうな目で霊夢を見つめている。

 同じ〝私″だからこそ分かるが、あれは未知への変化を恐れ、心細さを感じている〝私″だ。普段霊夢の前では見せないような虚栄心や心の仮面を剥いだ、素の私とも言える。

 霊夢はその気持ちを知ってか知らずか、長い沈黙の果てに重い口を開く。

 

「……マリサ、私達が今いるこの世界が、かつてあった筈の歴史の上に成り立っている世界だって知ったらどうする?」

「いきなりなんの話だ?」

「未来からタイムトラベルしてきた人が過去に戻って歴史を改変したら、その人以外はみーんな過去の歴史を忘れて新しい歴史に沿って誕生するんだって。これって凄いことだと思わない?」

 

 満天の星空を見上げながら、まだ見ぬ未来に想いを馳せる霊夢。テンションの高い彼女とは対照的に、マリサは呆れながら訴える。

 

「……お前がそんなSF好きだとは知らなかったよ。だが今はそんなことどうでもいい! 頼むから私の質問に答えてくれよ……っ!」

「一昨日ね、150年後の〝現在が改変される前の歴史の魔理沙″が家に来て色々と教えてくれたの。実は私はね、元々1ヶ月以上も前に死ぬ運命だったらしいんだ」

「!」

「だけどその魔理沙が、頑張って、頑張って、私が今もこうして生きていられるような歴史に世界を変えてくれた。そして魔理沙は『150年後にまた会おう。その時になったら私と一緒の時間を過ごして欲しい』と言い残して未来に帰っていったの。だから私は、その再会の約束を果たすために巫女を辞めるの」

 

 上手く言葉を選びながら、〝一昨日″の出来事を一生懸命話していくものの、マリサは握りこぶしを作ったままワナワナと震えている。

 

「……なんだよそれ……! 私は真面目な話をしてるんだぞ! ふざけてんのか!?」

「ふざけてなんかないわ。全て事実よ」

「そんなとんでも理論信じられるか! 霊夢、お前は騙されているんだ。目を覚ましてくれ」

「どうしてそう言い切れるの?」

 

 氷のような冷たい目で睨む霊夢に、マリサは一瞬びくっとしながらも自分の考えを述べていく。

 

「私はそんなこと言った覚えがないし、私がここにこうして生きていることが何よりの証拠だ。きっと一昨日の私はその偽物に眠らされたんだ。そんな訳も分からん奴の言葉に惑わされるんじゃないぜ」

「〝私″が〝私″だってどうやって証明するの? もし声も、見た目も、記憶すらも全く同じ〝私″がいたなら、どうやって自分を証明するの?」

「……そんな在りもしない仮定について議論するつもりはないぜ。哲学的な話題で話の矛先を逸らそうったってそうはいかないからな。本当のことを話せよ霊夢」

 

 静かな怒りを見せながらさらに問い詰めるマリサ。う~ん、あれは相当頭に来てるな。もし霊夢相手じゃなかったら遠慮なく張り倒しているだろう。

 そんな気迫を感じ取ったのか、霊夢は少し考え込んだ後、こんな発言をする。

 

「……ねえマリサ。あなたも一緒に人間を辞めない? そしたら私の発言の意味が分かるわよ」

「な、なんだって?」

「私は博麗の巫女を辞めたら仙人になるつもりなの。ちょうど華扇が修行の旅から帰ってくるらしいし、再会したら彼女に修行を付けてもらおうと思ってるわ」

「しゅ、修行? お前がか?」

「何度も繰り返すけどね、私は決して軽い気持ちで言ってるんじゃないわ。さっきのお誘いも本気よ?」

「…………………………」

 

 マリサは怒っているような、悲しいような、複雑な表情を浮かべている。霊夢はそんな彼女の一挙一動を見守り、今か今かと答えを待っているようだ。

 

「私、は……」

「……うん」

「――私は人のまま生きて、人のまま高みを目指し、人のまま死ぬつもりだぜ」

 

 気まずい沈黙が長く続く中、ようやく絞り出した言葉は、マリサにとっては大きな呪いとして自分の身に降りかかる答えだった。

 

「……そっか」

「さよなら霊夢。お前には失望したよ」

 

 残念そうにしている霊夢に背中を向け、箒片手に階段を駆け降りて行くマリサ。帽子のつばを傾けて顔を隠していたものの、その目に薄らと涙が浮かんでいたのを、私は見逃さなかった。

 

「マリサ……」

 

 彼女が去ってからも、金縛りにあったかのように霊夢は一歩も動かず、居なくなった後を見つめていた。 

 

(…………)

 

 たった今起きた出来事は、間違いなくマリサの遺書に書かれていた内容と一致する。これがきっかけで将来、霊夢とマリサの関係が拗れることになり、マリサは悲惨な結末を迎えることに。

 

(霊夢……、ちょっと正直に話し過ぎだぜ。あれじゃマリサが怒っても仕方ない)

 

 確かに霊夢はマリサの望む通り全てを正直に話していたが、今回ばかりはそれが仇になってしまった。 

 正直さは美徳ともいうが、実際に正直に生きていくのは非常に難しく、特に人間関係においては万事上手く行くとは限らない。霊夢のように強い人間ならともかく、私は弱い人間だ。自分の嫌な部分、負の側面からは容易に目を逸らす。納得できないけど上手く反論できない、そんなモヤモヤが積もり積もってやがて決定的な軋轢を生む。霊夢とマリサはまさにこのパターンに嵌ってしまったと言える。

 しかしあの場面でどう説明すれば良かったのかと問われると、う~んってなってしまう。幾らなんでもありの幻想郷といえど、言葉で時間移動の存在を証明し、受け入れてもらうのはかなり困難だ。

 

(百聞は一見に如かずとも言うし、マリサが信じてくれなかったのも説得する材料が足りなかったからだろうな。だから待っていてくれ。きっと未来を変えるからさ)

 

 心の中で霊夢にそんなメッセージを飛ばし、マリサの遺書を念頭に置きつつ、私はマリサの後を追っていった。





次回投稿日は3月15日です


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第140話 対峙

とうとう本小説が50万文字越えました。
ここまで応援してくださった読者様に感謝です。


前回のあらすじ

150年前の宴会の夜の出来事を見届けた魔理沙は、マリサの元へと向かって行く。


 神社を離れておよそ10分、空の上から魔法で強化した眼で捜し続けていき、やがて真下に広がる魔法の森でマリサを見つけ、その近くへ音を立てないように降り立つ。

 幻想郷の東端に建つ博麗神社は私の住処からそれ程遠くない位置にあり、神社と人里を結ぶ見通しの悪い獣道から一歩でも外れれば、そこは魑魅魍魎が跋扈する魔法の森。しかも今の時刻は夜の10時15分、この時間帯は知能を持たない野良妖怪達の動きも活発になるため非常に危険だ。

 当の本人もそれを分かっているだろうに、どうしていつものように箒に乗って颯爽と飛んで帰らないんだろうか? 私はすぐに声をかけず、木々の間に隠れるようにしてマリサの後を追って行く。

 

「――」

 

 とぼとぼと足取り重そうに歩いていくマリサ。何かを呟いているようだがここからでは聞こえない。忍び足で更に近づいていき、ようやく声が届く距離まで到達する。 

 

「うぅ、ぐすっ。どうしてだよ霊夢……。私の何がいけないっていうんだ……」

「!」

 

(まさか泣いているのか?)

 

 居ても立っても居られなくなった私は、衝動的に声を出していた。

 

「マリサ!」

「――っ、誰だ!?」

 

 袖で目元をぬぐってからマリサは振り返り、八卦炉に火を灯す。そこから溢れだす魔力の光がここら一帯を明るく照らし出し、互いの姿をはっきりとうつしだした。

 

「え!? そ、そんな馬鹿な……!?」

 

 腰を抜かしそうになっているマリサに、私は告げる。

 

「私は150年後から来た霧雨魔理沙だ。……悪かったよ、まさかお前がそこまでショックを受けてるとは思わなくてな」

「……」

「さっき霊夢が話したこと、あれは全部真実なんだ。実は――」

「――そうか。お前が霊夢を誑かしたんだな!」

「え?」

「消えろ、偽物め!」

 

 瞬間、マリサは八卦炉から一筋の光線を放つ。

 

「!」

 

 咄嗟に伏せてそれを躱し、背後の木々が倒れる音をバックに私は叫ぶ。

 

「待て、落ち着け! 私はただ話をしに来ただけで――」

「うるさいうるさい! 偽物の言葉なんか聞くもんか!」

 

 箒に乗りながらスペルカードを取り出し、弾丸のように突っ込んでくるマリサ。すぐさま上空へと飛び上がって逃れるも、マリサも垂直に飛び上がるようにして追いかけてくる。

 下弦の月が私達を見下ろす魔法の森上空、互いに向かい合う二人の私。険しい顔つきで私を睨みつける彼女は、完全に臨戦態勢へと入っていた。

 

「誰だか知らんが、このマリサ様に化けた事を後悔させてやる! 魔符『ミルキーウェイ!』」 

 

 右手を掲げてスペルカード宣言をした直後、彼女を中心に星の形をした赤、青、緑の弾幕が波紋のように広がり、私目掛けて襲いかかってくる。

 

「くっ」

 

 僅かな時間差ごとに来る星の弾幕の波状攻撃、そして死角から飛んでくる小さな星塊……私は意識を切り替え、遠い昔の記憶を掘り起こしながら次々と躱していく。霊夢の時とは違って避けることだけに専念すれば、衰えた私でもなんとか食らいついていけそうだ。

 やがて彼女のスペルカードが時間切れになり、攻撃がストップしたところで私は叫ぶ。

 

「マリサ、頼むから話を聞いてくれ! 私はお前の為に――」

「魔符「スターダストレヴァリエ!」」

 

 今度はカラフルな星屑達が私を取り囲むように次々と出現し、夜空に浮かぶ本物の星々と遜色ない数まで増えた瞬間、示し合わせたかのように飛来する。花びらのように渦を巻いて飛んでいくそれは、美しくあるべき、とされる弾幕ごっこのルールに則った綺麗な技だが、呑気に楽しむ余裕はない。

 360度から飛んでくる、スピードがバラバラな星の魔法弾を避ける難易度はまさにルナティック。当たらないよう気を払っているつもりでも、その物量に圧倒され、私の腕や足を星屑達が掠めていく。

 

(くっ、このままだと撃墜されるな。……仕方ない、ここはいったん引くしかないな)

 

 星の弾幕嵐を縫うようにして飛び続けながら、この場から逃げるタイミングを伺っていく。今この状況で下手に背中を見せれば集中砲火を食らいかねない。

 

「ちょこまかとしぶとい奴だな! いい加減当たれ!」

 

 痺れを切らしたマリサが次のスペルを取り出そうとしたその時、私は腰の八卦炉を掴み、その照準を彼女にあわせる。

 

「恋符「マスタースパーク!」」

 

 弱めの威力に設定した拳大の太さの光線は、軌道上を飛び交うマリサの弾幕を次々と打ち消しながら突き進んでいく。

 

「なっ、そのスペルは! ――ちっ!」

 

 マリサは懐に伸ばしかけた手を引っ込め、当たる寸前で横へスライドするように避ける。

 

「今だ!」

 

 その瞬間、彼女に背を向け全速力で離れていった。

 

「あ! こら、待てー!」

 

 意表を突かれて一瞬反応が遅れながらも、追いかけて来るマリサの姿が後ろに見える。予想通り、マスタースパークの回避に意識が向いたおかげで、逃げに転じた私をすぐには攻撃出来なかったようだ。

 そうして背後から飛んでくる星の魔法弾や光線を躱しつつ、ひたすら幻想郷の空を飛び続けていった――。

 

 

 

 

「はあ~つっかれたぁ……」

 

 あれから、どうにかこうにかマリサを撒くことに成功した私は、フカフカな草の絨毯に寝転がりながら満天の星空を見上げていた。

 こんなに飛び回ったのはいつ以来だろうか。胸が大きく高鳴り、全身から滝のように汗が噴き出している。

 

「それにしても、マリサがあそこまでキレるとは思わなかったな」

 

 取り付く島もないとはまさにこのことか。あの様子ではまた会いに行ったとしても、同じことの繰り返しになってしまうだろう。

 

『消えろ、偽物め!』

「偽物か……」

 

 先程のマリサのセリフが心の中で反響していく。私も、マリサも、どちらも魔理沙(マリサ)であって、偽物だとか本物とか区別する意味はないのに。

 ひょっとしたら私が霧雨魔理沙であるが為に、嫌悪感を抱き、互いに相容れないのかもしれない。私の行おうとしてるのは、宇宙の法則を乱す禁忌なのかも――。

 

(やめだ、やめ。こんなこと深く考えてもしょうがない)

 

 根拠のない妄想なんて私らしくもない。

 マリサの立場からしてみれば、いきなりのことで混乱したからこそ発せられた言葉なのかもしれないし、そう考えた方がまだ現実味がある。 

 

「てか、ここはどこなんだ?」

 

 上半身だけ起こして、辺りを見渡してみる。

 見通しの良い森の中、今寝転がっている場所は平地ではなく緩やかな傾斜になっていて、前方には魔法の森が見渡せることから、地表からそれなりに高い標高に居るのが分かる。多分妖怪の山のどこかだと思うんだけど……いまいち良く分からない。

 まあ博麗大結界を飛び越えた訳じゃあないみたいだし、それで良しとしよう。私は頭の後ろに手を組むようにして、再び寝転がる。

 

「ふわぁ~あ」

 

 時間も時間なだけあって、段々と眠気が訪れて来た。幾ら魔法使いになって睡眠は不要になったとはいえ、体感的には30時間以上ぶっ続けで動き続けているので、そろそろ体を労わった方が良いかもしれない。

 一度元の時間に帰って休むか、それとも日を改めてマリサの家に訪れるか。

 

「う~ん、どうしたもんかなあ」

「マリサって意外と頭が硬いよね~。話も碌に聞かずにいきなり襲い掛かって来るなんてさ」

「本当そうだよなぁ――ん!?」

 

 何気なく呟いた独り言への返事。反射的に飛び起きながら振り返ると。

 

「やっほ~魔理沙!」

「こいし!?」

 

 笑顔で元気よく挨拶する古明地こいしの姿がそこにあった。

 

 

 

 150年前の幻想郷で、思いがけない人物――ならぬ妖怪に出会った私は、改めてその少女をじっくりと観察する。

 背丈は私とほぼ同じくらいで、灰髪のセミロングで緑色の瞳。薄い黄色のリボンが付いた黒い帽子を被り、同じく黄色いブラウスにラナンキュラスの柄が描かれた緑色のスカートを穿き、紫色のハートが付いた黒い靴を履いていた。

 そして一番目を引くのは、彼女の左胸に掛けられている〝閉じた瞳″だろう。両足から伸びた紫色の細い管のようなものが、彼女の肩からぶら下がるようにして閉じた目へとつながり、その途中でハートマークを形作っている。

 彼女の種族は覚(さとり)。その名の通り、人間の心を読むことができる妖怪なのだが、彼女の場合は普通の覚妖怪とは違って〝第三の瞳″を閉じてしまっているので、心を読むことができない。

 

「どうしてこんな所に――」

 

 と言いかけて、私は彼女が「無意識を操る程度の能力」なのを思い出す。

 これは相手の無意識を操ることで、誰にも気づかれることなく行動できる能力だ。どこにでも現れるし、どこにもいない。そんな特性故に彼女の真意は分かりづらい。

 

「さっきの宴会でさ、霊夢が人間を辞めるって言ったじゃん? その時のマリサが面白くて、この後何か面白いことをしてくれそうだなあ、て思ってずっと隠れてみてたのよ」

「うん」

「そしたら霊夢とマリサが喧嘩して、マリサが飛び出した後に貴女が出て来たでしょー? こんな愉快なことになるなんて、私の見込みは正しかったなって」

「つーことは、今までのやりとりをずっと見てたのか?」

「そうだよ~。私は隠れるのが得意だからねー、気づかなかったでしょ?」

「そりゃもう全く」

 

 こうして目の前で話している今でさえ、少しでも気を抜けば彼女の姿を見失いそうな感覚だし。

 

「突然戦闘が始まった時はびっくりしちゃったけどね。マリサがところかまわず弾幕を撃つもんだから、避けるのが大変だったよ。えへへ」

 

 平然とそんなことを言ってのけるこいし。見かけによらず肝が据わっているな。

 

「まあそれはいいや。ところでさ、貴女が150年後から来たって話もっと聞かせて欲しいな! 未来の幻想郷ってどうなってるの?」

「別に構わないが……、もう夜も遅いし、家に帰ったらどうだ?」

 

 後1時間もすれば日付が変わるし、私も疲れが溜まって来たので少し休みが欲しい所だ。

 

「ん~それもそうだね。じゃあ魔理沙も家においでよ!」

「家って、地霊殿か?」

「うん! だってその方が面白そうじゃん。お姉ちゃんもきっとびっくりするだろうし!」

「ふむ……」

 

 こいしの自宅へ行けば間違いなくそこの家主とも出会ってしまうだろう。私は彼女の姉とはそれ程仲が良いわけではないし、能力が能力なので躊躇われる。

 しかしマリサについて悩んでいた時に、まるで図ったかのようなタイミングでこいしと出くわしたのも事実。これも何かの縁だし、思い切って誘いに乗ってみるのもありかもしれない。

 

「分かった、一緒に行くよ」

「そうこなくっちゃ!」

 

 ニコニコしているこいしと共に、旧地獄の入り口へ向けて飛んで行った。





次回投稿日は3月22日です



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第141話 地霊殿

色々とありがとうございます。

前回のあらすじ

マリサの説得に失敗した魔理沙は偶然こいしに出会い、地霊殿へと出発した。


 あれから20分、妖怪の山の麓、地獄谷と呼ばれる底が見えない大きな縦穴へ飛び込んで、土蜘蛛によって張り巡らされた蜘蛛の巣に引っかからないように、奥へ、奥へと突き進み、その先の地上と地下の出入りを監視する橋姫が住みつく橋――こいしのおかげで顔パスで通過できた――を渡って、私とこいしは旧都へ到着した。

 果てが見えないドーム状の地下空間の中に、人里のような平屋建ての家々が建ち並んだ街が出来上がっていて、通り沿いに一定間隔に並ぶ赤灯篭が、薄暗い地下をぼんやりと照らし出している。

 ここには鬼や怨霊といった、地上ではまず見ないような妖怪達が住んでいるのだが、見渡す限りでは閑散としていた。まあ時間帯がもうすぐ日付が変わろうかという時間な訳だし、多分殆ど寝てしまっているんだろう。

 旧地獄とは、その名の通り元は地獄として使用されていた土地の事を言う。詳しい経緯は私もよくは知らないが、今より遥か昔、地獄としての役割を終えた土地に、鬼を筆頭とした地上に住めなくなった妖怪達がこぞって移り住んで旧都を築き上げ、現在へと至るそうだ。以前までは、地上と地下を行き来するのは妖怪の賢者達によって禁じられていたのだが、地上に温泉と怨霊が吹き出る異変を霊夢が解決して以降、相互不可侵の条約がある程度緩和され、地下の鬼達が時々地上に出て来るようになった。

 とはいえ、経緯が経緯なこともあってこの町には人間が住んでおらず、来ようとも思われない忌み嫌われた土地であり、それは地上の妖怪達の共通認識ともなっている。余程の変わり者ではない限り、ここを訪れるようなことはないだろう。

 これは余談ではあるが、この旧地獄、地底なのに冬になれば雪が降るし、石桜が舞い散ることもある。一体どんな原理なのか見当も付かない。

 さて、私達の目的地である地霊殿は大通りを真っすぐ突き進んだ先に建っている。こいしと並びながら道沿いに沿って旧都の空を飛んでいると、下から私を呼ぶ声がしたので降りていく。こいしも興味を引かれたのか続けて着地した。

 

「もしかしてと思ったら、やっぱり魔理沙だったか」

「勇儀か」

「あんたがこんな時間に来るなんて珍しいねぇ」

 

 通り沿いの家々が完全に消灯している中、酒と書かれた提灯がぶら下がる屋台の前で気さくに喋る彼女の名は星熊勇儀。この旧都に住まう鬼にして、妖怪の山の四天王の一人に数えられる幻想郷有数の実力者だ。彼女の豪快で男気溢れる性格を慕う鬼達は多い。

 彼女の容姿を簡単に説明すると、金色の髪を腰まで伸ばし、取り立てて特筆すべきことは何もない白いシャツに、青い生地に赤いラインが入ったロングスカートに下駄を履いている。額には黄色い星模様が付いた赤色の角を生やし、両手、両足首には鉄の枷が嵌められ、自らの怪力で引きちぎったのか、と連想させる鎖がくっついている。彼女は常に片手に星模様の赤い盃(さかずき)を持っていて、中身が空になることは決してない。萃香に負けず劣らずな呑兵衛なんじゃないかと、私は思う。

 今夜の宴会でも、萃香と一緒に四斗樽に入った酒を丸ごと飲み干し、場を大いに盛り上げていた一人だった。

 

「どうだい、暇なら私と一杯やっていかないか?」

「悪いがお断りだ。さっき山で偶然こいしに出会ってな、話の流れで地霊殿に行く事になったのさ」

「こっちの魔理沙はね、凄いんだよ! 150年後から来たんだって!」

「……何を言ってるのか良く分かんないけど、地霊殿へ行くつもりなら呼び止めて悪かったね。こいつらがすぐ倒れちまったもんだから、酒に付き合ってもらおうと思ってたんだけどさ」

「あぁ……」

 

 敢えて突っ込まなかったのだが、実は彼女の足元には、泡を吹いて倒れている名も知らない二人の鬼が倒れていた。恐らく彼女のハイペースな飲み方に付いていけず、ダウンしてしまったのだろう。

 

「萃香は天界に行っちまうし、つまんないなあ」

「お前宴会であんだけ呑みまくってたのにまだ足りないのかよ? 流石に飽きるだろ」

 

 口を尖らせる勇儀に、呆れながらにツッコミを入れる。

 彼女のカウンター席周辺には、栓の空いた一升瓶が二桁に達しようかというくらいに並べられていて、宴会の時の量と合わせると単純に見積って50L以上呑んでいることになる。普通の人間だったら急性アルコール中毒でぶっ倒れる量だ。

 

「私にとって酒は水のようなものさ。呑みたいと思ったから呑む! ただそれだけさ」

「はぁ」

 

 盃を傾けながら平然と答える彼女。萃香もそうだったが、鬼は総じて酒が好きなんだろう。

 

「まあ程々にしておけよ。じゃあ私は行くぜ」

「バイバーイ」

 

 ふわりと地面から足を離し、屋根よりも高く飛ぼうとしたその時、勇儀はこいしに向かって思い出したかのように口を開く。

 

「おっと、あんたに言い忘れてたことがあった。さとりが宴会に行ったきり中々帰ってこないって心配してたよ。早く顔を見せて安心させてあげな」

「もう、お姉ちゃんたら相変わらず心配性なんだから~!」

「はははっ、妹想いで良いじゃないか。あんまり邪険にするんじゃないよ!」

 

 頬を膨らませるこいしに、勇儀は笑いながら屋台のカウンターに戻り「さて、今夜は一人で飲み明かすかな~」と意気込み、どことなくげんなりとしている店主をよそに、私とこいしは地霊殿へ向けて再出発して行った。

 

 

 

  

「とうちゃ~く」

  

 あれから何事もなく、私とこいしは旧都の中心、灼熱地獄跡の上に建つ地霊殿のアーチの前へと到着する。

 地霊殿は、ここまでの古びた街並みや、和風っぽい名前とは裏腹に洋風の館となっていて、端から端まで駆け足でも5分近く掛かりそうなくらいに大きい。しかも紅魔館のような趣味の悪い紅色ではなく、白塗りの壁に水色の屋根で、見る者に落ち着いた印象を与える配色が為されていた。

 建物から目を離し、塀に囲まれた広大な敷地内に目を向ければ、罅一つない石畳が敷き詰められ、生け垣が迷路のように張り巡らされた庭が見える。四季折々の花々が植えられた紅魔館の庭園や、白玉楼の和風庭園、永遠亭の枯山水と比べると、地味で侘しいと感じるかもしれないが、ここが陽の光が届かない地下で、更に地下深くに旧地獄の気温を調整する灼熱地獄跡があるのだと考えると、草花が少ないのも仕方のないことかもしれない。

 ここには古明地姉妹と、彼女らが飼っている様々な種類のペット達――確か犬や猫と言ったポピュラーな種類から、ワシやライオンのような稀少な品種まで――が住んでいると記憶している。きっと中は動物園状態になっていることだろう。 

 一世紀半前の記憶を徐々に掘り起こしていきながら、スキップしていくこいしの後に続いてアーチをくぐり、庭を通り抜けて玄関の扉を開いて中へ入っていく。

 二階まで吹き抜けになっているこのエントランスホールは、入って正面には上階へと続く幅が広い大階段が見え、途中の踊り場で左右に別れ、廊下へと繋がるようになっていた。天井からは鎖で繋がれたシャンデリアがぶら下がり、自宅よりも広いエントランスホールを煌々と照らしている。大理石の床は黒と赤の市松模様になっていて、目の前の階段も含め、通路の真ん中にはレッドカーペットが敷かれていた。そして天窓は、宝石のように精巧に彫り込まれた幾何学模様のステンドグラスとなっていて、外の光が落ちる時、床や壁に美しい模様を描くことだろう。ここが地底なのが惜しいくらいだ。

 

「ただいま~!」

 

 こいしがしんと静まり返る屋敷内に向かって挨拶すると、1階の左側の廊下から、パタパタと誰かの足音が響き渡り、その音はどんどんと近くなっていく。

 

(誰か来るみたいだな)

 

 其方に注目していると、その人影が姿を現し。

 

「こいし!」

 

 私に目もくれず一直線にこいしの元へと駆け寄り、手を握った。

 

「もう、今何時だと思ってるんですか? こいしの身に何かあったんじゃないかって、ずっと心配してたんですよ?」 

「お姉ちゃんは過保護すぎ! 私だってちゃんと身を守る術はあるんだから!」

「そうは言ってもね、心配なものは心配なのよ。お願いだから、出かけるときはせめて行先だけでも教えて言ってちょうだい」

「ん~でもね、いつも無意識にブラブラしてるから、行き先なんてあってないようなものなんだけどな~」

「……はぁ」

 

 笑顔を崩さず、あくまでマイペースなこいしに頭を抱える少女の名は古明地さとり。一見か弱い少女に見えるかもしれないが、この地霊殿の主で、旧地獄の実質的な管理者なので、見た目で判断してはいけない。

 彼女の容姿は、癖毛が強い紫陽花色の髪に真紅の瞳。フリルが付いた水色のトップスに、薄桃色のセミロングスカート、フリルの付いた白いショートソックスにピンクのスリッパを履いており、その服装や背丈も相まって、私よりも遥かに年上の筈なのに幼さを感じさせる。彼女の種族は(さとり)。こいしと同じように左胸に〝第三の目″が浮かんでおり、赤いヘアバンドや、洋服に拵えられたハート型のアクセサリから伸びた赤色の管のようなもので支えられている。

 しかし妹の第三の目は閉じられているのに対し、姉の方は唐紅の瞳がパッチリと開いていて、まるで独立した個を持っているかのように瞳が動き、瞬いていた。

 

「ところで、どうして貴女がここにいるのですか? やけに私のことを、隅から隅までじっくりと観察しているようですけれど」

 

 こいしと言葉を交わしていたさとりは、私の視線に気づき此方に向き直る。

 

「お、気づいていたのか。随分と察しが良いな」

「私の前では隠し事は一切通用しませんよ。それは貴女も良く分かっている筈です」

 

 やや得意げに語るさとり。吸い込まれそうな迫力のある第三の目が私を捉えて離さない。

 彼女は【心を読む程度の能力】を持ち、文字通り、誰が何を考えているのか分かってしまうのだ。古明地姉妹(こいしとさとり)はこの能力を持つがゆえに、地上で人間達に虐げられ、地下へと移り住んだと聞く。

 

「……先程から疑問に思っていましたけど、えらく説明口調なんですね。誰に向けて話してるんです?」

「私の感覚では、お前と会うのはかなり久しぶりの事だからな。こうして――」

「……『古明地さとりという少女のパーソナルデータを思い起こしていたんだ』。なるほど、そういうことでしたか」

「……人のセリフを勝手に横取りするんじゃない」

「それが私の性分でしてね。お気に障ったようでしたら謝りますよ」

 

 まるっきり謝罪の意思が籠ってない上っ面だけの言葉を口にするさとりは、私の心を読んでも悪びれる風もない。こいつは相変わらずな性格なようだ。

 

「それよりも最初の質問に答えてください。何故貴女がこんな夜遅くに地底の奥底まで来てるんですか。人間はとっくに寝る時間でしょう」

「あ~お姉ちゃん、違う違う。この魔理沙はね、マリサじゃなくて、150年先の未来の魔理沙なんだよ?」

「……こいし? 一体何を言ってるの?」

「マリサに会った魔理沙は逆上したマリサに追いかけられちゃっててね、逃げて来た魔理沙を私が見つけてここまで連れて来たの!」

「え??」

 

 当事者たる私ですら混乱しそうな要領の得ない話し方に、さとりは混乱している様子。

 

「私から説明するよ。実はな――」

 

 すかさず助け船を出し、この時代に来てからの経緯(いきさつ)を話そうとしたのだが。

 

「いえ、結構です。今貴女の心を読んでここに来るまでの経緯(けいい)が分かりました」

「……そうかぃ」

 

 思いっきり出鼻をくじかれてしまった。やはり心を読まれるのはいい気分ではない。

 

「にわかには信じられないことですけれど、貴女の表層意識に貴女ではない貴女が映っていましたし、未来から来たというのは嘘ではないのでしょうね。はぁ、全く、余計な厄介事を持ち込まないで欲しいのですけど」

「お前は相変わらず素っ気ないな」

「元からそういう性質なんですよ。悪かったですね」

 

 そんな風にいつも後ろ向きに考えているから、辛気臭いだの、とっつきにくいだの、謂れのない陰口を叩かれるんじゃないかと思う訳だが。

 

「……随分と失礼なことを考えているようですけど、まあいいでしょう。こいしが望んだのならもう何も言いません。今日はここで泊まって行くといいわ」

「サンキューな」

「分かっているとは思いますけど、何も盗らないでくださいね?」

「もう泥棒行為はとっくの昔に足を洗ったよ」

 

 むしろこの時代の自分がそういうキャラだったってのを、さとりに指摘されて思い出したくらいだ。

 

「あら、そうだったんですか。どうやら、貴女は私のイメージするマリサとは全然違うようですね。色々と興味が湧いてきましたが、それはまた明日にでも」

「おやすみ~魔理沙。また明日ね!」

「ああ、おやすみ」

 

 そう言い残して元来た場所へと去っていったさとりに続き、こいしも見えなくなるまで手を振りながら、姉と一緒の廊下へと消えていった。

 

「さて、私も寝るとしますかね。どの部屋がいいかな」

 

 少しの間逡巡した後、取り敢えずここから一番近い、入って右の廊下の一番近くの部屋を選び、扉を開けて中に入る。

 そこは6畳ほどの簡素なベッドと、タンス、照明器具、丸テーブルが置かれた部屋で、特に言及すべき所は何もないごく普通の洋室だった。

 壁掛け時計の短針と長針が12と9を指すのを見つつ、私は帽子を丸テーブルの上に置き、ベッドの前で靴を脱いでそのまま横たわり、目を閉じた。

 



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第142話 地霊殿の朝

あらすじ

マリサの説得に失敗し、マリサから逃げて来た魔理沙。こいしに誘われ、地霊殿で一泊する。


 ――西暦200X年9月5日 午前6時10分――

 

 

 

「………………暑い!」

 

 サウナのような蒸し暑さに意識を無理矢理覚醒させられ、寝起きの悪さに不快感を覚えながらベッドから這い上がる。現在時刻は午前6時10分。もう9月になるというのに地底の朝はこれほどまでに暑いのか。

 私の一張羅は汗びっしょりになってしまい、おまけに喉が渇いてしょうがない。ひとまず洗面所に向かって、ぬるま湯になりつつある水で顔を洗い、ついでに喉の渇きも癒す。危うく干物になるところだった。

 

(ふう、生き返った~。んー思ったより早く起きちゃったし、シャワーでも浴びてこようかな。さすがに匂うし)

 

 少しくったりとしている帽子を被って部屋の外に出た私は、しんと静まり返る廊下を右往左往しながら館の中を歩き回り、1階の右端の方で、大浴場とプレートが取り付けられた扉を発見し、中に入っていく。

 一度に10人は入れそうな清潔感ある脱衣所には、朝早い時間ともあって人影はなく、ラックに並べられた脱衣籠の殆どは空っぽだったが、ただ一つだけ中身が入っていた。

 緑色のミニスカートに白いブラウスとマント、黒い靴下と緑色のリボンが折り畳まれて置かれ、籠の隣には、私の片腕くらい細長い六角形の筒状の物体と、ブローチのような形をした赤色の瞳が置かれており、前には右足だけ鉄靴となった革靴が揃えられていた。

 

(この服装はアイツか。右腕に着けてるあれって取り外し出来たんだな)

 

 そんなことを考えつつ、彼女の隣の脱衣籠に身に着けている物全てを脱ぎ捨て、風呂場へと繋がるすりガラスを引いて中へと入っていく。

 天井に取り付けられた電灯によって煌々と照らされ、湯気と硫黄の匂いが充満する広々とした大浴場は、壁、天井、床に至るまで木の板が敷き詰められており、つっかえ棒によって開かれた木枠の窓からは、微弱な風が吹き抜けていた。

 左右には何本ものシャワーノズルが伸びた洗い場があり、人数分の風呂椅子と風呂桶が置かれ、脇にはプラスチックの容器に入った石鹸とシャンプーが置かれている。

 正面に目を向ければ、泳ぎ回れそうなくらいでっかい檜風呂。真ん中辺りから温泉がこんこんと湧き出ており、入り口から一番近い場所には、体をすっぽりと覆い尽くせるくらい大きな黒い羽を広げ、文字通り羽を伸ばしている黒髪ロングの少女の姿があった。

 

(やっぱりか)

 

 その少女――もとい霊烏路空(れいうじうつほ)はさとりのペットで、愛称はお(くう)。子供のように純粋で素直な性格で、普段は【核融合を操る程度の能力】を用いて灼熱地獄跡の温度管理をしている、と記憶しているのだが、まさかこんな場所で出くわすとは思わなかった。

 

(なんか気持ち良さそうにしてるし、放っておこう)

 

 私は洗い場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 数十分後、体を洗い流し終えたので湯舟に入ろうとしたのだが、ふと空のことが気になった。

 

(そういえばこいつ、私が入って来た時から微動だにしていないな。大丈夫か?)

 

 一度は放っておくと決めたのだが、もしかしたらのぼせているのかもしれないと思い、傍へと近づいていく。彼女は天を仰いだまま目を閉じ、私よりも一回り近く、膨らみの大きな胸が上下にゆっくりと動いていて、耳を済ましてみると微かな寝息が聞こえて来た。

 

「おーい起きろ~」

「んん……」

 

 肩を揺すりながら呼びかけると僅かに反応があったので、彼女の顔にお湯をかけてみる。するとパッチリと目を開け、瞼をこすりながら起き上がった。

 

「あれ……私寝てた?」

「ぐっすりとな」

「いけないいけない。お風呂で寝たら駄目だって、さとり様に注意されてたのに」

 

 しゅんとしていた空は、続けて私を見上げながらこう言った。

 

「ところで貴女は誰? 見た事のない顔だけど、最近さとり様が飼い始めたペットかな?」

「……私はペットじゃないぜ。魔理沙だ、魔理沙。ほら、前に異変でお前と弾幕ごっこでやり合ったんだけど、覚えてないか?」

 

 この年は先の異変から1年も経ってない筈なのだが、なにぶん地獄鴉という種族のせいか、記憶力が弱く物忘れが激しい。

 

「ま、り、さ……?」

 

 ちょこんと可愛らしく首を傾げていたが、やがて「……あぁ~思い出した! 確か私が暴走した時に巫女さんと一緒に来てた人だよね。もしかして、私また何かしちゃったのかな」

 

「い、いやそんなことはないぞ? 昨日たまたま会ったこいしに誘われてな、ここに泊まってたんだ」

「こいし様が? へぇ~、そうだったのね」

「お前はいつもこんな朝早いのか?」

「うん。朝は仕事前にこうしてゆっくりお風呂に入ることにしてるんだ。ここのお湯は気持ちいいからさ」

「へぇ、どれどれ」

 

 私は近くに置かれていた風呂桶を手に取ってから戻り、掛け湯をしてからそっと入り、肩まで浸かって行く。体感的に40度以上ありそうな熱めのお湯は、肌にピリピリと纏わりつき、体の芯から熱くなっていくのを感じる。

 

「あ~本当だ。気持ちいいなぁ」

「でしょでしょ! さとり様もここの温泉気に入ってるんだよ!」

「そうなのか」

「あとね――」

 

 さとりのあれこれについて嬉しそうに話していき、飼い主のことが好きなんだなあと思いながら、聞き手に回っていた。

 やがて話にひと段落付いたところで、私は気になったことを質問する。

 

「そういえばさ、今朝は蒸し風呂みたいな暑さで驚いたんだけど、地底の朝っていつもこんな感じなのか?」

 

 温度計がないので正確な気温は分からないけれど、体感では真夏の炎天下よりも蒸し暑かった。地下は涼しいというイメージがあるんだけど、この土地には当てはまらないのかもしれない。

 

「暑い…………? あぁー!!」

 

 しばらく固まっていた空は、唐突に立ち上がり大声を上げた。その勢いで翼から飛び散った水飛沫にも一瞬ビクッとしつつ、「き、急に大声を出すなよ。びっくりするじゃないか」

 

「灼熱地獄の温度調節をすっかり忘れてた! す、すぐに行かなきゃ!」

 

 空は風呂から上がり、一秒も惜しいといった感じに脱衣所へと駆けて行き、備え付けのバスタオルで素早く体を拭った後、腰まで伸びた髪を整える間もなくささっと着替え、廊下に文字通りの意味で飛び出して行った。

 

「……あいつも大変なんだな」

 

 彼女のことは放っておくことにして、開け放たれたままの脱衣所の扉を閉めてから浴槽へと戻り、一人で入浴を楽しむことにした。

 

 

 

 

 風呂から上がって身も心もさっぱりした私は、こいしを見習った訳ではないが、気の向くままに誰も居ない廊下を歩いていく。本当はこの汗臭い服も着替えたい所だが、それは元の時代に帰るまで我慢することにする。

 空の温度調節が上手くいったのか、屋敷内は入浴前に比べるとかなり涼しくなっており、火照った体をいい感じに冷やしてくれる。ごく普通のアーチ窓からは、何の変哲もない塀と生け垣が見え、途中途中にある扉からは、微かに動物の鳴き声が聞こえてくる。この動物達の餌はどうしてるんだろうなあ。とか、そもそも何匹ペットを飼っているんだろう。みたいなことを歩きながら考えていると、突き当たりの角から、尻尾が二つに別れた黒い猫が現れた。

 

(ん? あの猫はもしや……)

 

 その猫は私に気づくや否や、此方へ一直線に向かっていき、ぶつかりそうになる寸前で急停止。人型に化けてから「おやおや、こんな朝っぱらから不法侵入してたのかな~?」と、猫っぽい仕草をしながら問いかけて来た。

 

「お前までそれを言うのか」

「あはは、冗談だって。そう怒らないでよ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる目の前の猫耳少女。彼女の名前は火焔猫燐(かえんびょうりん)。お(りん)という愛称で呼ばれており、さとりが飼うペットの一匹だ。陽気で人懐っこく面倒見の良い性格で、少し前に風呂場で出会った空とは旧知の仲らしい。

 彼女の背丈は私と大体同じくらい、容姿はおさげを伸ばした赤髪赤目で、所々に黒いリボンが付いた黒っぽいゴスロリファッションに身を包み、同じくリボンが付いた黒い靴下とハイヒールを履いている。

 種族は火車。その名の通り、常に布が敷かれた猫車を持ち、埋葬される前の鮮度の良い死体を運び去っているらしいのだが、今は手ぶらで立っている。

 

「お姉さんのことはこいし様から聞いてるよ。150年後から来たんだって~? その頃のあたいは何してるんだい?」

 

 私は自分の記憶を探ってから「……いや、お前には会ってないな。今こうして話すのも実は150年ぶりかも知れん」

 

「おや、そうなのかい? まあ、お姉さんとあたいは、あんまし接点ないからねぇ。しょうがないっちゃあしょうがないのかもね」

 

 特に残念がる様子はなく、ケラケラと笑うお燐に、ふと、風呂場での出来事が思い浮かぶ。

 

「さっき大浴場で空に会ってさ、温度調節がどうのこうのって言って、慌てて出て行ったんだけど、あれはなんだったんだ?」

「あれはお空の単なるミスだよ。仕事を始める前に30分だけお風呂に入って来るって言ってたのに、1時間以上経っても帰ってこなかったのさ。あたいだけだとあの火炎地獄は制御できないからねえ」

「だからあんな暑かったのか」

「さとり様にも怒られちゃったし、朝から散々な目にあっちゃったよ。次は忘れないようにってお空に言っておいたから安心して頂戴ね」

「ふ~ん」

「そんじゃ、あたいは行くよ。これから朝御飯を作らなきゃいけないからさ」

「え、いつもお前が飯作ってんの?」

「人型に化けて言葉を話せるのはあたいとお空くらいだし、そのお空に刃物持たせるのはちょっと怖いからねぇ」

「……ああ、なるほどな」

 

 立ち去ろうとしたお燐に、「ちょっと待ってくれ。さとりとこいしがどこに居るか知ってるか?」。

 

「今の時間なら3階の私室にいるんじゃないかな。扉にネームプレートが貼ってあるから、すぐわかると思うよ」

「サンキューな」

 

 お燐は振り返り様にそう答え、私が来た方向へと去って行った。

 

「紅魔館もそうだったけど、偉い奴は高い所に自分の部屋を持ちたがるもんなのかねぇ」

 

 早足で歩いていくお燐を見送りながら下らないことを呟き、私は再び歩き始めた。

 



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第143話 古明地こいし

これまでのあらすじ

マリサの説得に失敗し、マリサから逃げて来た魔理沙。こいしに誘われ地霊殿で一泊し、空とお燐に出会った魔理沙は、こいしとさとりに会いに向かう。


  エントランスホールから大階段を上って二階へ上がり、突き当りの折り返し階段を登って3階へと辿り着いた私は、廊下を歩きながらこいしとさとりの部屋を探していく。

 地霊殿の廊下は、紅魔館と比べると美術品の類は飾られておらず、ただの部屋と部屋を繋ぐ通路って印象を受けるが、天窓が鳥や花のカラフルなガラス細工が施されたステンドグラスとなっており、ただ歩いているだけなのに心を弾ませてくれる。

 視線を下げて窓の外に目を向ければ、無機質な塀と生垣しか見えなかった1階とは違い、朝――午前8時――の旧都の街並みが一望できた。と言っても、ここは陽の光が届かない地下な為、空は相変わらず真っ暗で、ぱっと見ただけではまだ夜だと錯覚してしまうくらいに薄暗い。昨日の深夜と違うのは、家屋に灯りが灯されている所と、往来を歩く鬼達が増えたことくらいだろう。

 しかし今は外の景色はどうでも良い。二人の部屋を見逃すことのないよう、一定間隔で並べられた扉を一枚一枚確かめていき、それが六枚に達した頃、『こいし』と書かれた部屋を発見した。

 

(ここか)

 

 その一つ奥には『さとり』と書かれた扉もあり、隣同士の部屋なんだなと思いつつノックする。

 

「こいし、起きてるか~?」

 

 少しの間待ってみたものの、返事がなく、部屋の中からは物音一つ耳に入らなかった。

 

(寝てるのかな? もしそうだとすると、さとりもまだ起きて無いかもしれないな)

 

 勝手に判断して元の部屋に戻ろうとした時、さとりの部屋の扉が開き、中からこいしが現れた。

 

「おはよう~魔理沙。ちょうど良いタイミングで来てくれたのね!」

 

 私はそこへ歩いて行って、「なんかあったのか?」

 

「そろそろ魔理沙を探しに行こうかな~って思ってた所だったのよ。ささ、中に入って入って!」

「『中に入って』って、ここさとりの部屋じゃないのか?」

「お姉ちゃんの許可は取ってあるし、大丈夫大丈夫!」

 

 手招きするこいしに誘われるようにして、さとりのプライベートルームへと入り、後ろ手で開き戸を閉めた。

 天井から小さなシャンデリアがぶら下がった、傷一つない真白な壁に覆われ、市松模様の床の上に真っ赤な絨毯が敷かれた十二畳程度の部屋は、入って左手にはドレッサーとクローゼット、タンスや小物などの私物が設置されており、結構片付いている印象を受ける。

 右手の壁際には、天井スレスレの高さの書架が二架並べられ、学術書から娯楽小説まで、あらゆるジャンルの本がぎっしりと仕舞い込まれていて、ちょっとした図書館状態となっている。そして右奥のバルコニーへと続く、薄桃色のカーテンが掛けられたテラス戸付近には、それと同じ色合いの天蓋付きベッドが配置され、私を招き入れた本人は、靴を脱ぎ捨て、猫のように寝転がっていた。

 さて、この部屋の主たるさとりはどこにいるかと言うと、ファンシーな天蓋付きベッドと、本棚の間に出来たこじんまりとした空間。そこに並べられた、私の腰の高さの丸テーブルと、ふかふかな二席のリラックスチェアの内、ベッドに近い方の座席に身を預けている。視線の先は膝元に開かれた小説に固定され、丸テーブルの上に積まれた三冊の本からして、相当な読書家であることが伺える。もしかしたらパチュリーと気が合うかもしれないな。 

 

「ほら、そんな所に突っ立ってないで、ここに座って座って! 未来の話を聞かせてよ!」

 

 急かすようにベッドを軽くポンポンと叩いているこいしの隣へ移動し、左隣にこいし、正面に読書に集中したまま、一切の反応を見せないさとりの横姿を見つつ、私は150年後の幻想郷と、1000年後の世界に纏わる話を語って行った。

 

 

 

「――ってことがあって、私は西暦3000年から西暦215X年に帰って来たんだ」

「わぁ、すごいすごい! 未来の世界ってそんなことになってたんだ! 宇宙って広いね~」

「……」

 

 こいしは子供のように目を輝かせながら興奮しており、興味なさげな態度だったさとりも、話が進むにつれて本から目を離し、向かい合うようにリラックスチェアを動かして、じっくりと聞いていた。

 

「タイムトラベルっていいなぁ。ねね魔理沙、私も未来に連れてってよ!」

「未来に?」

「だってつまんないんだもん。無意識に任せてブラブラするのもいいんだけど、たまには刺激が欲しいのよね~」

「こいし、お願いだからそれだけは止めてちょうだい。ただでさえ、貴女が外に出かけることに不安を感じてるのに、別の年代にまで行かれたら、お姉ちゃん悲しいわ」

「私もさとりに賛成だ。余程の事がない限り、自分以外の人間を別の時間に連れて行くつもりはないぜ。つまんないことで歴史が変化したら困るからな」

「えぇ~? ケチだなー」

 

 少し不満そうにしているこいしを見かねて、私は「よし、じゃあ一つ予言しよう。今からそう遠くない未来に刺激的なことが起きるぞ」と言った。

 

「なにそれー? ちょっと曖昧すぎない?」

「まあ騙されたと思って信じてみろよ。きっと当たるからさ」

 

 神霊が沢山湧き上がった異変を境に、外部との接触を絶ってタイムトラベル研究に没頭したのであまり具体的な事は言えないが、霊夢が巫女を務めていた西暦2000年代は、〝異変″の発生頻度が異常に多かったのは事実。現に1年後、月の都が神霊によって襲われる異変が発生することが確定している。

 幻想郷では『異変』と呼ばれる事件が起こる度に、新たな人間や妖怪が現れ、良くも悪くも足跡を残していく。いつも幻想郷中をフラフラしてるこいしなら、何か新たな出会いがあるかもしれないし、今は閉鎖的な地底であっても、いずれ変化の時が来るだろう。 

 

「んー、魔理沙がそこまで勧めるなら、あまり期待しないで待ってみるよ」

 

 自分の発言にあんまし説得力ないなと思ってしまったのだが、意外にもこいしは信じてくれたようだ。




ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回投稿は4月4日です。


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第144話 古明地さとり

 話が一区切りついたところで、私はここに来た本当の目的を果たすべく、動き始める。

 

「なあさとり。お前に相談があるんだ」

「お断りします」

「……まだ何にも喋ってないんだが」

 

 手元の小説に視線を落としたまま、にべもなく断られてしまい、戸惑いを覚える。

 

「昨晩も言いましたけど、私の元に厄介事を持ち込まないでください。タイムトラベルに関連した相談なんて、絶対碌な目にあいませんよ」

「それを言われたら返しようがないんだけどさ。すこしだけ話を聞いてくれるだけでいいんだ。な? 頼むよ?」

「何度頼まれても駄目なものは駄目――あ、ちょっと。勝手に心の中で話し始めないでくださいよ! 私は嫌だって……ああ、もう! 仕方ないですね。魔女になっても、強引な所は変わらないんですから」

 

 さとりは観念したように大きくため息を吐きながら顔を上げた。私はマリサに纏わる出来事を言葉にして伝えていき、彼女が50年後に書くであろう遺書をさとりに見せる。受け取ったさとりは遺書の内容を熟読し、こいしは後ろに回りこんで盗み読みしていた。

 

「ふむ……事情は分かりました。とりあえずこれはお返しします」

「こんな暗い文章をあのマリサが書いたなんて信じられない。マリサっていつも明るいイメージがあったんだけど」

「私も初めて見た時は、あまりのショックに震えが止まらなかったよ」

 

 驚いた様子のこいしに、遺書を懐にしまいながら答え、「そういう訳でな、今のこの状況からどうやってマリサを助けたらいいか悩んでいるんだ。お前なら、何とかしてくれるんじゃないかと思って」とさとりに打ち明ける。心の読める彼女なら、人の機敏や感情に誰よりも詳しいはずだし、私の知らない人心掌握術を持ち合わせていることだろう。

 

「そう都合よく当てにしないで欲しいんですけどね。貴女は知りたくない心の声を知ってしまう辛さを体験したことがないから、そんな事が言えるんです。この忌まわしき能力のせいで、どれだけの人妖達から疎まれ、迫害されてきたことか」

 

 やはりというべきか、何というべきか、さとりはご機嫌斜めな様子だった。ううむ、言葉を選んでお願いしたつもりだったが、そもそも今考えていることも全てお見通しだから意味ないのか。

 

「全くですよ。私の前で取り繕うのは無意味です。……それに貴女の悩みも理解できません。そもそもマリサを助ける必要はあるんですか?」

「どういうことだよ。私の心やその遺書を読んだのなら分かるだろう?」

「だからこそ、ですよ。貴女は最愛の親友の為に人を辞めて、150年掛けて死の運命から助けました。そんな貴女の次の望みは、最愛の親友との失われた時間。マリサはいない方が好都合なはずです。貴女もそう思ったからこそ、霊夢を妖怪に誘ったのでしょう?」

「それは……」

 

 言いよどむ私へ追い打ちをかけるように、さとりは言葉を重ねていく。

 

「貴女は自分の行動でマリサの人生を変えたことに負い目を感じていますけれど、率直に申し上げてしまえば、これは当人の自業自得です。人生をどう生きるかは当人の心持ち次第なんですから。おまけに、その願いを託したマリサ自身も、輪廻転生によって別人へと生まれ変わったことで、前世のことは何も覚えていないでしょうし、きっと来世で楽しく過ごしているでしょう。とっくの昔に死んだ人間を気に病む必要はありません。本来なら貴女がマリサになる筈だったのに、どんな運命のいたずらか、同じ心を持った人間が二人も誕生してしまった。そして貴女は、本心ではマリサを疎ましく思っていて、出来る事ならば彼女を消し去りたいと思っている。ならそうすれば良いじゃないですか。隙を見て別の時代――そうですね、恐竜のいる時代にでも飛ばしてしまえば完全犯罪が……おや、私の言わんとしていることは、もう既に実行しかけていましたか。ふふ、貴女も意外とワルですね」

 

 悪い顔をしながら、まくし立てるように私の心情を分析し、代弁していくさとり。鏡相手に喋っているような気持ち悪さと不快感を覚え、それは違うと否定したくても、まるで金縛りにあったかのように声が出なかった。

 

「貴女の記憶が全て真実なら、別の年代で貴女が何をしようとも、貴女以外の人間は歴史の変化に気づけませんし、確認のしようもないでしょう。何故なら、〝元々そうであった″と歴史が作り替えられてしまうのですから、彼らにとって悪魔の証明になります」

「……!」

「自分の都合良く世界を塗り替える力があるのなら、その通りにしたら良いじゃないですか。適当な言い訳をでっち上げてマリサを助けなかったとしても、真相は全て闇の中です――違いますか?」

 

 さとりの論は、まさに悪魔のささやきのような甘い誘惑であり、魅力的でもある提案だった。人は他人の目があるから慎ましく生きるのであって、もし自分が何をしても罪に問われないと知れば、自制の箍が外れ、好き勝手に振舞う人間が増えるだろう。……自分でも何が言いたいのか良く分からないが、私のモラルを試していることだけは分かる。

 というか、ほんの少し前まであれだけ嫌がっていたのに、かなりノリノリじゃないか。お前がそんなにお喋りな奴だとは知らなかったよ。

 

「他人の不幸は蜜の味とも言うじゃないですか。私は安直なハッピーエンドも嫌いではありませんけど、悲劇的な要素が含まれた結末の方がより心に響くんですよ」

「それはお前の好みの問題だろうが。他人に押し付けるんじゃない」

 

 さとりの例えに合わせるなら、私は誰が何と言おうと、皆が幸せになれる終わり方が良いと思っている。そのために今まで頑張って来たんだし。

 

「まあここで物語の顛末の是非について議論するつもりはありません。それで、貴女はどうするんです? あくまで予感でしかありませんけど、きっとここが、貴女の物語(人生)の大きな分岐点ですよ?」

 

 さとりはニヤニヤとしながら私の答えを待っている。心が読める癖に敢えて言葉として要求するとは、やはり性格が悪い。隣のリラックスチェアには、茶々をいれず、無言で会話を見守るこいしが座っていて、その表情は至って真剣だった。

 

 

「……」

 

 きっとさとりは私が葛藤するものだと思っているのだろうが、その期待を裏切る事になるだろう。何故なら、私の答えは決まっているからだ。

 

「お前に何を言われようと、私はマリサを助ける――その気持ちは変わらないぜ」

 

 私はさとりの目を見ながら、きっぱりと言い切った。

 

「理解できませんね、それは貴女の本意ではない筈。マリサを助けるということは、貴女が〝貴女(魔理沙)″として見られなくなるのと同じ意味になるんですよ? 分かってます?」

「分かってるさそんなの。お前の言う通り、私はマリサのことを良く思っちゃあいない。ああ、そうだ。三日前に霊夢と別れる時だって、霧雨魔理沙は私の筈なのに、なんでアイツの為に肩身の狭い思いをしなきゃいけないのか? あいつさえいなければ、って強く思ったさ!」

 

 心の奥底に秘めた感情が発露し、自然と語気が強まって行く。私は無意識のうちに立ち上がっていた。

 

「……それでもな、マリサは私なんだよ。死んだマリサの、悔しさや、後悔が、これ以上にないくらい痛感できるからこそ、何が何でも助けてやりたいんだ」

 

 繰り返しになるが、マリサの置かれている環境は、私が求め、願ってやまない理想の自分なのだ。私がタイムトラベルの力を得てから――いや、霊夢が自殺したあの日から、永遠に手の届かない場所になってしまったのだから。

 さとりの指摘通り、マリサへの嫉妬や、邪魔だと思う気持ちは確かに心の内にある。しかしそれ以上に、彼女の境遇に共感し、この不幸から助けだしたいと思う気持ちの方が強い。

 

「そうでしたか。身近にある当たり前の幸せに気づかないとは、皮肉なものですね」

 

 さもどうでも良さそうに淡々と語るさとりは、自分の思い通りに行かなかったことで興味を失せたのか。それとも――。

 

「深読みしすぎですよ、私はただ貴女の熱意を試していただけです。そこまで趣味の悪い妖怪ではありませんよ」

「『試していただけ』って……」

「貴女は中々に意志が固い。大抵の人間は心の負をまじまじと見せつけられたら、発狂するか、逃げ出すものなのですが、今の貴女の心には一遍の揺らぎもなく、私と話すことに嫌悪感すら抱いてない」

「おあいにく様だが、私はもう迷わないと決めたんだ。むしろ建前という心の壁を剥がしてくれたことに感謝すべきだろう」

 

 最初は霊夢に頼まれたことがきっかけだったけれど、こうしてさとりに改めて問われた事で、二律背反な気持ちに整理を付け、『マリサの歴史を変える』と胸を張って宣言できる。

 

「フフ、お世辞にもない事を。でもまあ、そういう事にしておきましょうか」

 

 さとりはクスクスと笑っていたが、私は精神的な疲れがどっと出て、ベッドに再び座り込む。全く、映姫といいさとりといい、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのか。もう一度風呂に入ってゆっくりしたい気分だ。

 

「貴女がそこまでお風呂好きとは知りませんでしたよ」 

「ええい、心の呟きを一々拾わなくてよろしい。とにかくだ! 私はなんとしてでもこの歴史を変えたいと思っている。そのためには、マリサ自身の考えを変えさせなきゃいけない。なんかいい案はないか?」

「そうですね。良い話を見せて貰ったこともありますし、真面目に考えてみましょうか」

 

 そう前置きし、さとりは私の目を見ながら持論を展開し始めた。

  

「遠慮なく言わせてもらいますと、今の状況ではまともに話を聞いてもらえないでしょう。よりにもよって、貴女が直接彼女の前に現れてしまったせいで、ますます意固地になってしまったように感じます」

「む、それは何故だ?」

 

 タイムトラベルという、非現実的な現象を信じさせるには、一番わかりやすい手段だと思ったのだが。

 

「確かにそうかもしれませんけれど、貴女は切り札を切るタイミングを間違えています。良いですか? 彼女の立場になって考えてみてください。大切な親友が、ある日突然、自分の預かり知らぬ所でもう1人の〝私″と勝手な約束を交わし、そちらの〝私″に心を奪われていたらどう思いますか?」

「……面白くないな。非常に不愉快だ」

「そうでしょう。そんな不愉快な気分の時に、元凶となる存在が目の前に現れた。さあ、次はどうしますか?」

「…………元凶を排除しようとするだろうな」

「ところが、その元凶は自分の前から逃げ出してしまいました。さあ、大変。その〝私″は自分と見分けが付かないくらいそっくりです。自分の知らない所で何をするか分かったもんじゃありません」

「もういい、もういいよ……」

 

 ううむ、マリサに対して偉そうなことばかり言ってたけど、結局自分の都合ばかり考えていた私も視野が狭かったのか……。

 

「まあまあ、そう落ち込まないでください。貴女の『百聞は一見に如かず』という発想は間違ってはいないでしょう。言っても聞かない頑固な人には、逃れようのない現実を見せてあげればいい」

「しかしどうやってだ? あいつの遺書を渡した所で、あの様子なら読む前に破きかねんぞ」

「察しが悪いですね。そんな文章よりも、もっと心に響く素敵な方法があるでしょう?」

「…………?」

 

 心に響く素敵な方法? 俯きながらさとりの発言の真意をしばらく考え込んでいた私は、突如閃いた。

 

「――まさか!?」

 

 顔を上げ、その答え合わせを心の中で求めると、「ふふ、そういうことです」と、さとりは微笑みながら肯定した。

 

「いや……しかしそれは、どうなんだ? 本気か?」

 

 私にとっては盲点とも言うべき手段で、頭の中で無意識的に排除していた方法だった。これをしたら、またややこしい事になりかねないわけだし。

 

「私はあくまで、現状を打開する一つの案として提示しただけです。正直なところ、霧雨魔理沙という人間がどうなろうと知ったことではありませんから」

「おいおい、それは無責任過ぎないか」

「結局は貴女がどうしたいかですよ。このまま何の策も練らずに顔を合わせたら、まず間違いなく口論になるでしょう。やがては自分同士で傷つけあうことになりかねません。それは双方共に得しませんし、もし貴女が彼女に怪我でもさせてしまったら、関係の修復は絶望的になるでしょう。……ああでも、仮にそうなったとしても、マリサへ会う前の時間へ戻ってしまえばいいのか。本当に便利ですね、タイムトラベルというものは。万能の力ではありませんか」

「お前が思う程万能でもないけどな。私が今こうしていられるのに、どれだけ苦労したことか」

「ええ、ええ分かっていますよ。今のはちょっとした嫌味です」

「お前なあ……」

 

 言い方はともかく、確かにさとりの言う事は間違ってない。私としては、なるべく平穏無事に解決したいと思っているので、マリサとの弾幕ごっこを避けることに異論はない。昨晩は意表を突いて逃げ出せたから良かったものの、真っ向から衝突すれば、まず間違いなく私が地面に倒れることだろう。マリサが弾幕ごっこのスペシャリストで、自分よりも強大な力を持つ妖怪達と渡り合う為に、日々努力を重ねていることは誰よりも良く知っている。魔女になったからと言って、種族的な差で押し切るのは無理だ。

 しかし、さとりの提案したこの方法ならなんとかなるかもしれない。どうせ自分相手に遠慮なんてする必要はないわけだし、むしろベターとも言える。

 

「よし、その案採用だ。早速実践してくるよ」

 

 私は立ち上がり、扉の前まで歩いていき、一度振り返ってから。

 

「相談に乗ってくれてありがとなさとり。もし上手く歴史改変が行ったら、150年後のお前に結果を教えてやるよ」

「別に来なくていいですよ。貴女達の人間関係には興味はありませんから」

「はは、そうかぃ」

 

 最後まで素っ気ない物言いに苦笑しつつ、私は廊下へと繋がる扉を開く。廊下へ足を踏み出そうとした時。

 

「……けれど、貴女の選択が吉と出る事を祈ってますよ。私のような嫌われ者と違って、貴女には素敵な友達がいるんですから。その縁を大事にしてくださいね」

「…………」

 

 どことなく、憂いと、憧憬が籠った言葉を背に、私は部屋を退室した。

 

 

 

 

 さとりの部屋を出た後、再び後ろの扉が開き、中からこいしが現れた。

 

「魔理沙、私も一緒に行ってもいい? 人間の方のマリサがどんなことになるか、見てみたいの」

「どうせダメって言っても来るんだろ?」

「えへへ、良く分かってるじゃん!」

「仕方ないな。でもいいか? 私の時間移動には絶対についてくるなよ?」

「うん、もうタイムトラベルはいいの」

「そうなのか? さっきはあれだけ興味津々だったじゃないか」 

「私が居なくなったら、お姉ちゃん、寂しくて泣いちゃうと思うから」

「……」

 

 何を考えてるのか分からない、と思われがちなこいしだけれど、少しだけ、彼女のことが分かった気がする。

 

「それよりもさ、こんな所で立ち止まってないで早く行こうよ!」

「……そうだな。よし、行くぜ!」

「おー!」

 

 私とこいしは窓から地霊殿を脱出し、地上へ向けて旧都の空を飛んで行った。



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第145話 魔理沙の作戦

誤字報告感謝です。
毎度気をつけて推敲してますがそれでも見落としがあったようです。本当にありがとうございます。


前回のあらすじ

マリサを説得する方法をさとりに聞いた魔理沙。さとりからヒントを貰い、マリサの元へと向かう。


 何かと喧騒が大きくなって来た旧都の空を突っ切り、欄干に寄りかかりながら、暇そうにぼんやりとしている橋姫の横を通行し、薄暗いトンネルを抜けて地上へと飛び出した。

 

「うわっ、眩しっ」

 

 ずっと薄暗い地下に居たせいか、照り付けるような太陽に眩暈が生じ、その場で静止して目を覆う。現在時刻は午前8時50分。今日も清々しいくらいの快晴で、朝っぱらから蝉の鳴き声が聞こえていた。 

 

「大丈夫~?」

「明るい所に出て少しくらっとしただけだ」

 

 前方のこいしに答え、彼女に追いつき飛行を再開する。360度に広がる雄大な自然は、まるで本物の鳥になったかのような高揚感を与えてくれる。幻想郷の空は素晴らしい。

 

(さとり達には悪いけど、やっぱ地上が一番だよなぁ。なんだか一気に解放されたような気分だ)

 

「~♪ ~♪」

 

 私と似たような事を感じているのか、隣を飛ぶこいしは上機嫌で鼻歌を歌っていた。

 

「なあこいし。さとりの策を実行する前に一度説得を試みるつもりなんだが、もしマリサが昨日と変わらない調子だったら、その時はフォローしてくれるか? 残念ながら、私の腕ではアイツを捕まえるのは難しいんだ」

「いいよ~♪ なんか面白そうだし!」

「ありがとな」

 

 移動中にこいしの協力を取り付け、やがて目的地へと到着し、自宅前の空き地に降りていく。無意識の能力を使ったのか、こいしはいつの間にか姿を消していた。

 

「さて、まだ家に居ればいいけどな」

 

 玄関へと移動し、扉の前でノックする。

 

「誰だ~? アリスか?」

 

 だるそうな声と共に足音がだんだんと大きくなり、ガチャリ、と音を立てて扉が開く。

 

「よう、マリサ」

「お前は……っ!」

 

 私の顔を見た途端、距離を置き、険しい顔で睨みつける。その奥には、ごちゃごちゃと物が散乱した室内の様子が見て取れて、彼女のずぼらな性格がうかがえる。……自分で言うのもなんだが、相も変わらず片づいてないな。

 

「な、なぜ私の家が分かった!?」

「もちろん、私も霧雨魔理沙だからさ。お前が魔法の研究で良く使う、秘密のキノコの収穫場所や、各所からくすねて来たお宝の隠し場所まで、何から何まで良く知っているぜ?」

「ふん、気味の悪い奴だな。どこでそんな情報を知ったか知らないが、ちょうど良い。探す手間が省けたぜ!」

 

 マリサは懐からスペルカードを取り出しながら、「今度こそお前をとっ捕まえてやる! 昨晩は不意を打たれたが、もう逃がさないぜ!」

 

「なあ、どうしても話を聞いてくれないのか? お前とは戦いたくないんだ」

「あのなぁ、昨日も言ったろ? 私の姿を借りた偽物の言葉なんか聞く気はない、って。何かを伝えたいんなら、せめて本当の姿を見せる事だな」

「……そうか」

 

 マリサはあくまで、私の事を霧雨魔理沙に化けた妖怪だと思い込んでいるらしい。目の前のマリサはやる気満々な様子だし、躊躇している暇はない。あの手で行くしかなさそうだ。

 意を決して、虚空に向かって呼びかける。

 

「こいし、頼む!」

「オーケー!」

 

 マリサの後ろから返事がしたかと思えば、何の前触れもなくこいしが姿を現し、彼女を羽交い締めにする。不意を突かれたマリサは、右手に握っていたスペルカードを床に落としてしまっていた。

 

「その声はこいしか! 放せよ!」

「ごめんね~マリサ。すぐ終わるからさ、ちょっとだけ捕まっててよ」

「なんであんな奴に味方してんだよ! あいつは私に成り代わろうとしてるんだぞ!」

「うふふ、マリサもその内分かるよ」

 

 そんな話をしている間にも、じたばたと手足を動かし、こいしの腕から抜け出そうとしているマリサだったが、見た目に反してかなりの力があるようで、微動だにしていなかった。

 出発前の私と小町のような既視感を覚えつつ、強い眼差しを向けるマリサの前まで近づいていく。……へぇ、〝私″って、こんな怖い表情が作れたんだな。

 

「わ、私に何をする気だ!」

「安心しろ。悪いようにはしない」

 

 以前マリサと成り代わる時に使った、眠らせる効果を持った魔法の雲。その範囲を狭めて、彼女の顔へと吹き付ける。

 

「う……こ、この匂いは……。く、そ……」

 

 パチパチと必死に瞬きしながら抵抗していたマリサだったが、湧き上がってくる睡魔に抗うことはできず、頭が垂れ、ガクンと力が抜けていった。

 

「ととと」

 

 完全に寄りかかられたこいしは、バランスを崩しながらもなんとか立ち直り、マリサをそっと床に寝かしつけてからゆっくりと離れた。念のため頭の近くでしゃがみこんで、眠っているかどうか確認すると、悪夢にうなされているかのような寝苦しい顔とは対照的に、静かな寝息が聞こえて来た。

 

「これで良かったの?」

「完璧だ。助かったよ、また昨晩のように弾幕ごっこに発展するのは嫌だったからな」

「魔理沙ったら、かなり弱くなっちゃったもんね。まるで初心者みたいな動きだったよ?」

「うぐっ……そのことは良いだろ」

 

 いずれ昔の勘を取り戻さないといけないだろうが、今は良い。

 さとりの提案した作戦、それは【マリサを私の時代へ連れて行くこと】だった。タイムトラベルを実際に体験させることで、私の話の信頼性を高め、さらに元の時代で待っている霊夢達の協力も取り付けられる。まさに一石二鳥な作戦だ。

 女神咲夜の話や、にとりの例から推察するに、この行動によってマリサが歴史から姿を消すことはない筈だ。一時的なものだし。

 

「ちょっとここだと位置的にまずい。外に運び出したいから、足の方を持ってくれないか?」

「あーい」

 

 私は寝ているマリサを肩から引っ張るようにして起こし、抱き枕のように腰をしっかりと掴む。その間にこいしもマリサの足元へと移動し、両手で軽々持ち上げ、カニ歩きしながら運んでいく。

 

「この辺でオーケーだ。降ろしてくれ」

 

 玄関前から数歩歩いた地点で足を止め、こいしは腰を曲げて、そっと両足を地面につける。

 マリサとより密着できるように、体勢を整えていると、いつの間にか私から少し離れた場所に移動していたこいしが、「こうしてみると本当そっくりね! アハハ、変なの~」と、指を差しながら笑っていた。何が面白いのやら。

 そうして、マリサの脇の下に両腕を差し込み、さらに足を絡めて、崩れ落ちることのないように支えを作り、準備が整った。

 

「よし、これで良いだろう。タイムジャンプ発動!」

 

 足元に魔方陣が現れ、時計方向へと回転していく。「おお~、これがタイムトラベルなのね。なんだかすごくそれっぽいじゃん」と、感心するこいしの声。

 

「じゃあなこいし。さとりに宜しく伝えておいてくれ」

「バイバイ魔理沙ー!」

 

 ニコニコしながら手を振るこいしを視界に捉えつつ、私は声高々に宣言する。

 

「行先は西暦215X年9月21日午後5時!」

 

 出発時刻の5分後を指定。まばゆい光が辺りを覆い尽くし、視界がどんどんと歪んでいくのを感じて、私は目を閉じた。

  

 

 

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 

「あーあ、行っちゃったなぁ」

 

 古明地こいしは、誰も居なくなった霧雨魔理沙邸を見ながらさらに呟く。

 

「でもでも、日付と時間をしっかりと言ってたし、その時間になれば二人の魔理沙が出て来るんだよね……。よ~し、覚えてたらまたここに来ようかな♪」

 

 くるっとスカートを翻し、古明地こいしは森の奥へと消えていった。

 

 

 

 ◇    ◇    ◇




次の話の時間軸(魔理沙が跳んだ先の時間)は、第138話タイトル「その後」の続きになります。


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第146話 魔理沙とマリサ

これまでのあらすじ


魔理沙はさとりの提案を採用し、こいしの協力を得ながら、マリサを215X年へと連れて来た。


 ――西暦215X年9月21日午後5時――

 

 

(そろそろかな)

 

 何度も何度も時間移動を繰り返したことで、始まりと終わりのタイミングを掴んできた私。案の定、渦を巻くようにねじ曲がっていた世界は、正常に戻っていた。

 魔法の森は150年という長い時間を経ても変化がなく、強いていえば、木の幹が一回りか二回りくらい太くなっていることくらいだが、それすらも間違い探しに近いレベルだ。出発前に感じていた夏の蒸し暑さは影を潜め、東の空に浮かんでいた太陽は、西の空へと沈みつつある。

 辺りを見渡せば、霊夢、アリス、咲夜、パチュリーが此方向きで並び、その後ろには、私の居ない5分に現れたのか、自らの作り出したスキマに腰かける紫の姿。小町と映姫の影が見えないことから、どうやらこの2人は帰ったらしい。

 

「魔理沙が二人!?」

「ど、どうなってるの!?」

「私に聞かれても困るわ」

「とんでもないことになっちゃったわね」

「きっとどちらかがタイムトラベラーの魔理沙なんでしょうけど。もしかしたら両方?」

「全然見分けが付かない」

「あれはどの時間の魔理沙なのかしら?」

 

 細かな差異はあれど、驚愕と困惑が入り混じった様子の霊夢達。さらには「魔理沙み~っけ!」と、横から可憐な声が聞こえてくる。顔を向ければ、ほんのついさっき別れたこいしがそこに立っていた。

 

「アハハ、久しぶりだね~魔理沙。あの時の時間とちょうどピッタリ」

「来てたのかこいし」

 

 彼女もまた、例にもれず150年前から何一つ変わらない姿だった。

 

「そりゃもう、こんな面白そうなイベントを逃すのはもったいないじゃん。そうそう! 魔理沙の予言、ピッタリ当たったよ! あれから2ヶ月もしない内に異変があってね、こころちゃんと友達になったんだ!」

「お~そうか! 良かったじゃないか!」

 

 こころという少女が何者なのかは知らないが、こいしが150年前に感じていた空虚さは満たされたことだろう。別れる前よりも活き活きとしているように思える。

 

「ねえ魔理沙。一体何がどうなってるのよ?」

「霊夢に同じく、この状況について説明を求めるわ」

「貴女が抱きかかえているそのマリサはいったい何?」

「さっきからぴくりともしてないけど、ちゃんと生きてるのかしら?」

「というか、貴女は何処の時間の魔理沙なの? さっき過去に戻った魔理沙で合ってる?」

「こいしとは知り合い? なんだか、訳知りみたいな会話だったけど」

 

 私に一歩詰め寄り、霊夢、パチュリー、咲夜、いつの間にか会話の輪に加わっている紫やアリスから矢継ぎ早に繰り出される質問。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どこぞの聖人と違って、そんな一度に質問されても答えきれん。立ち話だと長くなるから、私の家で話をしようぜ」

「分かったわ」

 

 ゾロゾロと自宅へ移動していくアリス達。そして歩き出そうとした霊夢を呼び止め、「霊夢。こいつを運びたいから、ちょっと足を持ってくれないか」

 

「仕方ないわね~。これでいい?」

「悪いな」

 

 色々と聞きたそうな顔をしている霊夢に手伝って貰いつつ、マリサを運びこんでいった。

 

 

 

 私を含め総勢八人もの少女達が我が家に入り、少し前まで――と言っても私の主観時間では半日以上経っているが――霊夢達と話していたリビングの長テーブルへと移動する。 

 しかしあまりの人の多さに、長テーブルの前に置かれた、二組の三人掛けソファーに座りきれなくなってしまい、別の部屋から木枠の椅子を持ち込む事で何とか座席を確保することができた。その間に、咲夜とアリスは新しくお茶を淹れ直し、紫やこいしを含めて人数分配っていた。

 席順は、長テーブルの奥行きが狭く、一番目立つ位置に置いた木枠の椅子に私が座り、右手のソファーに、手前からアリス、パチュリー、咲夜。左手に、霊夢、紫、こいし、の順に座っている。ちなみにマリサは私のすぐ左隣、霊夢達が座っているソファーのひじ掛けとなっている部分を背に、座らせるようにして寝かせてある。

 

「さて、色々と聞きたいことがあるだろうけど、まずは私の方から幾つか確認がしたい。お前達は今日の出来事についてどこまで記憶がある?」

「どこまでって、どういうこと?」

「私は今日の正午に霊夢達と再会し、この場所でお互いの事を話して行った。そこで私がこの歴史のマリサのことを尋ねた時、彼女の遺書を見せられ、歴史を変える為に過去に遡ることを決めた。それからタイムジャンプ魔法を使おうとした時、小町と映姫が邪魔に入り、それを私が説得して、時の回廊経由で200X年の幻想郷へと時間遡航し、たった今、出発時刻の5分後に戻って来た。――ざっくり纏めるとそんな流れの筈なんだが、合ってるか?」

「うん。パチュリーと咲夜が帰ろうとした時に魔理沙が戻って来たから、びっくりしたわ」

 

 どうやらマリサを連れて来た事による彼女らの記憶の改変、歴史の変化は生じていないようだ。まあ私とマリサを見た時の反応が、予め事情を知っていそうな感じだったので、薄々分かっていた事ではあったが。

 

「次に質問だ。なんで紫がここに居るんだよ?」

 

 紅茶を楽しんでいた紫は、ティーカップをソーサーに置いてからこう答えた。

 

「ずうっと昔にね、霊夢からタイムトラベラーの魔理沙について聞いてたのよ。100年前にマリサが亡くなっちゃったから、正直なところ半信半疑だったのだけれど、念のためにと思ってスキマの中から隠れ見ていたの。そうしたら、霊夢の予言通りの時刻に現れちゃって驚いたわ」

「つーことは最初からずっと見てたのか? なんだよ、一言言ってくれれば良かったのに」

「だって私がいたらお邪魔になっちゃうじゃない。貴女達の空気を読んだ、と言って欲しいわ」

「ふ~ん」

 

 まあ別に見られたら困るようなことでもないので構わないけどな。

 

「悪かったな、色々と聞いて。なんせこれは初めての事だったから、私とお前達とで、記憶の食い違いがないか確かめておきたかったんだ。どうやら、歴史改変は起きてないらしい」

「それって、ここで寝てるマリサが関係することなの?」

 

 今もすやすやと眠り続けるマリサを指差す霊夢に、この場にいる全員の視線が集まった。

 マリサは、無意識な状態でも自宅に居る事の安心感を抱いているのか、この時間に連れて来たときよりマシな表情をしていた。

 

「ああ。そいつは西暦200X年9月5日の霧雨マリサだ。そう言えば分かるか?」

「え! それってあの宴会の次の日じゃないの!」

「宴会? そんなものあったかしら?」

「博麗神社で霊夢が突発的に開催したんですよ。お嬢様と私は参加しましたけれど、パチュリー様は参加されませんでしたから」

「……そういえばそうだったわね」

「ということは、このマリサは私達が良く知っているマリサなのね。ふ~ん……」

「それも一番若盛りの頃の、ね」

 

 アリスとパチュリーはまじまじと見つめていたかと思えば、今度は私の方に視線を向け、交互に見比べていた。

 

「見比べてみると本当そっくりね~。まるで双子みたい」

「もしマリサが双子だったら、毎日が騒がしくなりそうだわ」

「あはは、言えてる。マリサってトラブルメーカーだから、退屈はしないでしょうね」

 

 何を想像しているのか、アリスとパチュリーは変な方向に盛り上がっていた。

 一方で、霊夢は真剣な顔を崩さず問いかける。

 

「でもどうして? マリサの過去を変えにいったんじゃなかったの?」

「そのことなんだけどな、悪い。結論から言うと駄目だった」

「「「「!」」」」

 

 無言で話を聞いている紫と、すっかり冷めきったお菓子に夢中になっているこいしを除く全員の顔が、目に見えて強張る。

 

「順を追って説明していくよ――」

 

 居心地の悪い空気を感じつつ、私は150年前の9月4日と5日に起きた出来事を仔細に話していった。

 

 

 

 

「――以上が事の顛末だ」 

「なるほど、そういう経緯があったのね」

「事情は分かったけど、なんというか、想像を上回ることをしてくるのね。信じられない」

「まさかマリサがそこまで嫌悪感を示すとはねぇ……。中々上手く行かないものだわ」

「それにさとりも大胆なことを思いつくのね。驚いたわ」

「私が手伝ったんだよ~。えへへ」

 

 手つかずに残っていたケーキをつまみながら、得意げに誇るこいし。

 

「マリサは私の事を偽物だと思い込んでいて、ちっとも話を聞いてくれやしない。だからさ、お前達の方から何か言ってやってくれないか」

「もちろんよ。私にできることがあれば何でもするわ。マリサを助けたい気持ちは、誰にも負けないから……」

 

 霊夢は悲しそうに頷き、それに共感するようにアリスと咲夜も首を縦に振っていた。

 

「協力することについてはやぶさかではないのだけれど、一つ疑問が残るわ」

「なんだパチュリー?」

「貴女さっき、『歴史改変は起こってない』と話していたわよね。それってつまり、これから私達がどんな行動を取っても、徒労に終わるのではなくて?」

「……ん? もうちょっと詳しい説明を頼む」

「貴女が200X年のマリサを連れて来ても歴史が変わってないのなら、200X年のマリサの人生は〝215X年の私達の説得が失敗して200X年に戻される″ことを含めて、私達の知る結末へと繋がるのではないかしら」

「え、そうなの?」

「今ここで寝ているマリサは、私達にとっての過去であって未来ではない。そういうことですね。パチュリー様」

 

 咲夜の言葉に頷くパチュリー。まさしく慧眼とも言える質問に、間髪入れず答える。

 

「いや、むしろその逆だ。まだまだ未来が変化する可能性は充分にある」

「何故そう言い切れるの?」

「確かにこのまま何もしなければ、私達が知る通りの結末になる。しかし私が過去のマリサの歴史に介入し、この時間に連れて来たことで、事態は動き始めているんだ」

「どういうこと?」

「既に確定している出来事をやり直す機会を作ったことで、私達が今いる時間軸は不確定な状態になっているのさ」

「…………つまり、そこで寝てるマリサの選択次第で現在が変わると、そう言いたいのね?」

「その通りだ。マリサは自分の芯を強く持っている人間だから、ちょっとやそっとのことでは行動原理に影響は及ばない。私が彼女の前に現れ、この時代に連れて来ても時間の連続性があったのは、その程度では事象を変化させるに至らなかったからだ」

 

 逆説的に言えば、それだけ考えを変えさせるには難しい相手とも言える。

 

「たった一人の選択で世界が変化するなんて、そんなこと有り得るの?」

「大袈裟過ぎない?」

「考えてもみてくれ。タイムトラベルに関係なくとも、歴史っていうのは、過去に起きたあらゆる出来事の積み重ねで成り立つものだ。それらも突き詰めていけば、その日、その時間に、人間達が環境の影響を受けつつ、どんな選択をしていくか、で決まっていくだろ?」

「さっき閻魔に話していたことね」

「そしてここにいる面々は皆、マリサと近しい関係の人ばかり。彼女に多かれ少なかれ、何らかの影響を受けているからここに集まっている。今私達のいる世界は、〝過去のマリサが霊夢の話を信じず、人生に後悔した世界″であり、その決定が為された時刻は西暦200X年9月4日だ。もしそれを完全に覆すことが出来れば、今とは違う現実になるんだよ」

「なるほどね。良く分かったわ」

 

 パチュリーは納得したように頷いていた。

 

「ねえ魔理沙。さっきから世界を変える、なんて大胆なことを言ってるけど、幻想郷は大丈夫なんでしょうね?」

「それは実際その時になってみないと分からん」

「分からんって、貴女……!」

「不安を感じる必要はないぞ紫。霊夢の未来を変えた時だって、この通り私達はここにいるし、そもそもその件についてはとっくに解決済みだ」

「解決済み?」

「幻想を解明する研究所もないし、宇宙人が攻めてくることもない。お前には未来の世界でかなり助けられた。有り得ないが、もし万が一にも同じことが起これば、また幻想郷の復興に力を注ぐつもりだからな」

「……」

 

 紫は難しい顔で考え込んでしまい、それ以上何も言わなくなっていた。

 

 

 

「ところでマリサはいつ起きるの?」

「あ~何もしなければ、多分明日の朝まで起きないだろうな。私の魔法、結構効き目強いから」

「それじゃ駄目じゃない。そんなに待ってられないわ」

「パチュリー、お前の魔法で何とかならないか?」

「貴女が眠らせたんでしょ?」

「あいにく、目覚めさせる方は習得してないんだ」

「仕方ないわね……」

 

 パチュリーは膝の上に開いていた本を長テーブルに置いてから面倒くさそうに立ち上がり、眠っているマリサの正面まで歩いていく。そして、彼女と目線が合うように腰を屈め、おでこの前に人差し指を近づけつつ、小声で詠唱を始めていった。

 その間に私も席を立ち、パチュリーの隣へと移動しておく。

 

「――」

 

 皆が見守る中、パチュリーはおよそ20秒程度で詠唱を止め、「これで起きる筈よ。後は任せたわ」と言って席に戻って行く。

 

「……ん、ここは……」

 

 その言葉通り、すやすやと寝息を立てていたマリサはパチリと目を開け、目元を擦っている。

 

「よう、気分はどうだ? マリサ」

「!」

 

 寝ぼけ眼で私の顔を捉えたマリサは、意識が完全に戻ったようで、飛び起きながら私の胸倉を掴む。その衝撃で後ろの壁に叩きつけられ、家全体が僅かに揺れた。

 

「ぐふっ」

「お前、よくもやってくれたな! 人の事をいきなり眠らせやがって! ぶっ殺してやる!」

 

 肺から空気が漏れる音。強烈な殺意と、自分でも聞いたことのないような強圧的な声。

 

「魔理沙っ!」

 

 後ろでは真っ青な顔をしたアリスと霊夢。パチュリーは手早く魔導書を開き、咲夜は仲裁に入ろうと懐中時計に手を伸ばそうとした所だったが、私は右手を突き出し、立ち上がった彼女らに静止するよう合図を送る。パチュリーと咲夜は大丈夫なの? と言いたげな視線を送りつつ、手を止めた。

 そして後頭部と背中のズキズキとした痛みを我慢しつつ、マリサの目を見据えた。

 

「おいおい、いきなり乱暴だな。年頃の女の子がそんな汚い言葉を使うもんじゃないぜ」

「どの口がそれを言うか! 私に何か変な事してないだろうな!」

「お前が全然話を聞いてくれなかったからな、私がタイムトラベラーだって事を信じさせるために、未来へ連れて来ただけだ」

「何をふざけたことを……!」

「私は至って真面目さ。ほら、証拠に後ろを見てみろよ」

 

 首元に息苦しさを感じつつそう促すと、マリサは一瞬迷うような素振りを見せてから振り返る。席に着いたまま、無表情でこの事態を傍観するこいしと紫に、未だ動揺しているアリスと霊夢。険しい顔つきで睨むパチュリーに、メイド服のポケットに腕を忍ばせている咲夜の姿。決して穏やかではない雰囲気となっている。

 

「んなっ……! お、お前らいつの間に私の家に?」困惑するマリサはさらに部屋の中を見渡して、「いや、そもそもここは本当に私の家か? あまりにも綺麗に整理されすぎている」

「今日は西暦215X年9月21日。お前がいた時代から150年経っている。家主が居なくなったこの家はアリスがリフォームしたんだ」

「そ、そんなでたらめを信じられるか! 150年後とか言う割には何も変わってないじゃないか! お前、アリス達を集めて何を企んでるんだよ!」

「ぐ、う……」

 

 マリサの怒りが収まる気配はなく、私を掴む両腕にさらに力が入り、圧迫感が強くなる。

 

(あ、ちょ、まずいかも……)

 

 本格的に息苦しさを覚えた頃、「ねえマリサ。そろそろ彼女を放してあげて。お願い」と、霊夢がマリサの後ろに近づいていく。

 

「あぁ? てか、お前誰だよ?」

 

 凄むマリサに一瞬ビクッとしつつ、悲しい声色で、「私は霊夢よ。博麗霊夢。分からない?」と、消え入りそうな声量で囁くように答えた。

 

「え……本当に、霊夢なのか?」

「うん」

 

 目を丸くしているマリサから力が抜け、私は咳き込みながらその場に崩れ落ちる。

 

「大丈夫?」

「な、なんとかな……」 

 

 うずくまる私に駆け寄ってきたアリスに、乱れた衣服を直しながらそう答える。その一方でマリサは私に目もくれずに、霊夢をジロジロと見つめていた。

 

「言われてみれば霊夢に似てるような……。でも霊夢はもうちょっと背が小さいし、巫女服を着てるはずだ」

 

 本物なのか? とでも言いたげな感じのマリサ。

 

「……マリサは、昨日の夜の宴会で私が言ったこと覚えてる?」

「もちろん忘れる筈が――」

 

 と言いかけて、何かを思い出したかのように、彼女を見つめていた。

 

「ま、まさか……」

「今の私はもう博麗の巫女じゃないの。あれから華扇の元で修行して、仙人になったから」

「!」

「ちなみにね、咲夜もいるのよ」

「久しぶり……と言えばいいのかしら。昔のマリサ」

「咲夜だって? え、でもその姿は……」

「お嬢様に永遠を誓ってね。もう貴女の知る十六夜咲夜ではなくなったのよ」

 

 霊夢の隣に立つ複雑な表情の吸血鬼咲夜を見て、マリサは目に見えて戸惑っている。

 

「そ、それじゃ、本当に未来なのか? コスプレとかじゃなくて!?」

「どんなコスプレよ! 私にそんな趣味はないわよ!」

「なんならこの羽触ってみる? 柔らかいわよ」

 

 立派な羽をこれ見よがしに見せつける咲夜に、恐る恐る手を伸ばし、皮膜の先っぽ部分をつまむマリサ。「あ、本当だ。プニプニしてる……」と、呟いていた。

 

「どうだ、私を信じる気になったか?」

 

 マリサの後ろから声を掛けると、睨むような顔で私や霊夢を見比べ、さらには、ソファーに座ったままの紫やこいしにも視線を向けて考え込み。

 

「……分かったぞ」

「え?」

「お前ら私のことをからかってるんだろ! 本当のことを言え!」

「なんでそうなるのよ……」呆れる霊夢。

「私の偽物に、紫とこいし。どう考えても怪しすぎるぜ! まずはお前の正体を明かせよ!」と、マリサは私を指さしながら叫ぶ。

 

「……私ってそんなに怪しいかしら?」

「これまでの行いを振り返ってみなさいよ。パッと思い浮かぶだけでも、ここ50年間に起きた異変の半数近くに関わっているじゃない」

「私からは何とも言えないけど、お姉ちゃんは何考えているのか分からない妖怪だって話してたよ」

 

 何故かしょんぼりしている紫に、ツッコミを入れるアリスとこいし。

 

「だから、私は霧雨魔理沙だと何度言えば分かるんだ!? ちょっと歴史が違うだけで、私もお前なんだって!」

「違う歴史とか意味の分からないこと言うな! 私は私だ! お前なんか知らない!」

 

 一方で全く聞く耳を持たないマリサ。同じ会話が繰り返され、このままでは堂々巡りになりそうだと判断した私は、大きくため息を吐きながらこう言った。

 

「……はぁ。そこまで信じられないんだったら、この時代の幻想郷を見て来いよ」

「なんだと?」

「ここに居る面々は、お前を除いてみんな妖怪だ。年も取らないし肉体的な成長もない。お前が疑いを持つのも良く分かる。言葉で説明するよりも、直接見て貰った方が早いだろう。私らはここで待ってるからさ」

「……お前の案に乗るのも癪だがいいだろう」

 

 不服そうではあったが、マリサは外へと出ていき、窓の外からはどこから取り出したのか、いつもの竹箒に乗って夕暮れの空へと飛んで行く姿が見えた。




ここまでお読みいただきありがとうございました。


以下現時点までの第4章の年表です。 
結構長いので必ずしも読む必要はありませんが、今どういう流れで来ているのか参考になると思います。


スタート地点は西暦215X年9月21日、午前11時です。


【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触。
 
      
   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。
   
   
   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。
   
   
   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、西暦215X年9月21日へ帰る。 【X】へ

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊って行く。
        
        
 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。
 
  
   9月4日夜⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。
      

【Y】9月4日午後7時⇒150年前に戻って来た魔理沙は、博麗神社へ向かい、人間マリサも参加する宴会を影から覗き見る。途中早苗に絡まれるも、やり過ごす。 そして 霊夢の巫女を辞める宣言を聞き、マリサが怒って帰って行った所を見届け、魔理沙はマリサの後を追って行く。

   
     同日午後10時15分⇒魔法の森をトボトボと歩くマリサを発見。密かに泣くマリサに魔理沙は声を掛け、事情を説明しようとするも、マリサは聞く耳を持たず、弾幕ごっこへと発展してしまう。
    
            隙を突いて何とか逃げ出し、たどり着いた先は妖怪の山。そこで一部始終を見ていたこいしに誘われ、地霊殿へと向かう。
            
            
     同日午後11時00分⇒旧地獄に到着。勇儀の誘いを断り地霊殿へ到着し、さとりに出会う。詳しい話はまた明日ということになり、魔理沙は泊って行くことに。 
  

      同日午後11時45分⇒地霊殿の部屋で寝る。
   
   
     9月5日午前6時10分⇒暑さで目が覚めた魔理沙。風呂へと向かい、そこで空と出会う。風呂から出た後にお燐と出くわし、さとりとこいしの部屋の場所を聞きだし、そこへ向かう。
   
   
     同日午前8時00分⇒さとりの部屋で未来のことを話す魔理沙。さとりにマリサの事を相談すると、逆に助ける必要があるのか問われ、魔理沙は精神的に追い詰められながらも助けるときっぱり答える。そんな魔理沙に、さとりは一つの案を授け、こいしと共にマリサの家へと向かう。
   
   
     同日午前8時50分⇒マリサの家に到着し、マリサの説得を試みるも、話を全く聞く様子がない。魔理沙は意を決し、こいしの協力を得てマリサを捕まえ、自分の時代(西暦215X年9月21日午後5時)へと連れて行った。 ⇒【Z】へ
   
   
   
   
   9月5日午後1時10分⇒咲夜の証言によると、マリサは霊夢がふざけた事を話したことにいまだ怒っているようだった。   
      
   
   同日午後3時30分⇒霊夢はマリサの家に謝りにいったが、マリサは聞く耳を持たなかった。
    
    
   9月6日午後3時20分⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。何を言って怒らせたのか気になる咲夜だったが、霊夢は真相を話すことを恐れて何も話さず。翌日もう1度マリサに謝りに行く事に。
   
   
   9月7日午前9時35分⇒マリサの家に再び謝罪にいく霊夢。霊夢の説明は最後まで信じてもらえなかったものの、マリサとの関係を修復することはできた。
   
   
   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。
   
   ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。
   
   
   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。
     
     それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 
             
   
 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。
 
  
   10月10日午前11時05分⇒ 半年に渡る修行の末、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを降りてマリサに伝えに行くと、彼女は複雑な気持ちを抱えつつも歓迎の言葉を投げた。そして、肉体の時間を止める魔法(老いをごまかす魔法)を使うかどうか迷う。      

 西暦2010年5月15日午後4時00分⇒仙人霊夢に弾幕ごっこで負けまくる17歳の人間魔理沙。魔女になってしまうかどうか悩むも、結局人として生きることを決意。姿を偽る魔法を使用する。
 

 西暦2020年3月29日午後1時20分⇒27歳の人間魔理沙。努力が実り霊夢と5分5分で戦えるように。この時霊夢に自分が魔女になったと嘘をつく。

 
 西暦2054年8月2日午後3時00分⇒霊夢と妹紅の弾幕ごっこを羨望の眼差しで見つめる人間魔理沙。
 

   同年8月3日午前11時30分⇒61歳の人間魔理沙。秘密を知ったアリスに、人間を辞めるように説得されるも、それを拒否。人であることの誇りを持って。そしてアリスにだけ、この世界をひっくり返す魔法(タイムトラベル)を開発してることを明かす。
   
   
 西暦205X年1月30日午前10時02分⇒マリサ、心臓発作を起こし死亡。さらに遺書を読んだ霊夢は悲しみに明け暮れる。
 

 西暦205X年2月4日午前9時49分⇒紅魔館でマリサの遺書と、遺した研究の書類を調査するアリスとパチュリー。結論は一週間後に
 

 西暦205X年2月11日午前11時05分⇒死の間際までマリサが研究していた題材はタイムトラベルと判明。マリサ亡き後研究を引き継ごうとする二人だったが、霊夢はタイムトラベラーの魔理沙の存在を告白する。話し合いの結果、霊夢が約束した100年後まで待つことに決める。
 
 
 西暦2108年10月10日午後2時~2時10分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。死神との戦いに瀕死になりながらも勝利する。それを影から覗いていた小町は映姫に報告。50年前のマリサの裁きのこともあり、彼女に興味を持つ。
 
 
   同年10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。タイムトラベラー魔理沙の存在を聞くも、霊夢は拒否し、険悪な状態で別れる。しかし霊夢の様子のおかしさからタイムトラベラーの存在を確信。215X年になった時、霊夢を見張ることを決断
 
 
 西暦2151年4月19日午後4時35分⇒幻想郷のとある山中で、博麗杏子(215X年の博麗の巫女となる少女)の母親を仙人霊夢が救出し、人里の家へと送り届ける。
 

 西暦215X年9月21日午前11時頃⇒未来を救った魔理沙だったが、気持ちはすっかりと晴れない。紅魔館のパチュリーとアリスに相談しに行く。(旧){第4章、霊夢仙人化}
 
   
   同日午後3時⇒霊夢に会いに行くことを決める。(西暦200X年9月2日へ時間遡航)【W】へ (旧){第4章、霊夢仙人化}
 
 
【X】西暦215X年9月21日午後0時⇒博麗神社の妖怪封じの結界は消え、魔理沙邸の前には霊夢、アリス、咲夜がいた。魔理沙と霊夢は再会を果たす。(ノーマルエンド)


   同日午後1時⇒お互いに情報交換を行った事で、201X年の出来事、出発前の出来事が無かった事になっていた。さらに人間マリサの無念の遺書を読み、魔理沙は200X年9月4日へ遡ることを決意する。
   
   しかし、過去へ跳ぼうとした時に、四季映姫と小野塚小町の妨害が入る。魔理沙は仕方なく彼女らの話を聞くことに。
   
   同日午後4時18分~午後4時55分⇒タイムトラベルは過去の人々の歴史を踏みにじると言う四季映姫、それに対し魔理沙は不幸な結末を変えたかっただけだと主張。四季映姫は魔理沙の過去の行いで判断しようとするも、そこで見たのは滅びた未来の姿。
   
        魔理沙の行いに大義を感じた四季映姫は今回は見逃すことにし、魔理沙は200X年9月4日、時の回廊を経由して時間遡航する。【Y】へ
        
        
   同日午後4時55分~4時59分まで⇒映姫の言葉で、影で話を聞いていた紫が現れる。外の世界は順調に科学が発展しつつあり、幻想郷のもう1人の賢者、摩多羅隠岐奈が外の世界の動向を見てる事を明らかに。
   
    
      
【Z】同日午後5時⇒マリサを連れた魔理沙が現れる。 ←今ココ
            
   
   
   
   

          ――――――――――


時の回廊での出来事


 7度目【W~Xの間】(魔理沙不在。時の女神咲夜のみ)魔理沙の歴史改変による変化を観測する。このことを魔理沙は知らない。


 8度目【Y】(魔理沙がマリサを助けに過去へ遡る時)マリサの歴史を見ていた女神咲夜は、魔理沙の身を案じる。魔理沙は大丈夫だと答え、騒動の種となったタイムトラベルの魔導書を預け、200X年9月4日へと時間遡航する。





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第147話 アリスの気持ち

前回のあらすじ

マリサを過去から連れてきたものの、全然信じてもらえない。魔理沙の提案でマリサは未来の世界の幻想郷を見に行った。


 騒ぎを起こした張本人が去ったリビングにて、窓の外を見つめたままアリスが呟いた。

 

「行かせて良かったの?」

「アイツはああでもしなきゃ納得しないだろうさ」

「何も騒ぎを起こさなければいいのだけれど」

「いやいやアリス、流石にこの状況でそんなことしないだろ」

「そうは言ってもねぇ」

「連れて来たのが200X年のマリサなら、充分有り得るわ」

 

 何か思い当たる節があるのか、咲夜とアリスは苦笑していた。一体マリサはどんなことをしたのか、徹底的に聞いてみたい気もする。

 

「それにしても、マリサの怒り方は尋常ではなかったわね。取っ組み合いの喧嘩が始まるんじゃないかって、見ててハラハラしたわよ」

「あんなに怒った所を見たの初めてかも~」

「傍から見ていた限りでは、彼女はタイムトラベルを否定する材料が欲しかっただけのように思えるわ」

「マリサってそんなにSF嫌いだっけか?」

「彼女は特に偏りなく私の図書館から本を盗っていたし、そういう問題じゃないと思うわ。きっと貴女の存在が癇に障ったのでしょうね」

「不意打ちのようなやり方で連れて来た訳だし、怒るのも無理ないわ」

「……それを言われると痛いな」

 

 やはりもうちょっとスマートな方法があったのだろうか。

 

「でもまあ、アイツがギリギリの所で理性を働かせたのも霊夢のおかげだろう。さっきはありがとな」

「ううん、私こそ早めに助けられなくてごめんなさい」

「全然気にしてないからそんな謝らないでくれ。お前らしくもない」

 

 それでも、霊夢は申し訳なさそうな態度を取るばかり。彼女の眼は非常に潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。

 

「大丈夫か?」

「ごめんなさい。あのね、昔のマリサを見てたら色々と思い出してきちゃって……」

「古い記憶は大抵美化されるものだけど、彼女の瞳の奥の輝きはまさに記憶のままだったわ。本当に、今日は懐かしい気持ちにさせてくれる一日ね」

「でも私達は彼女の未来を知っている。それってとても残酷だわ」

「そうならないためにマリサを連れて来たんだ。霊夢、あまり悲観的になるな」

 

 霊夢は無言で頷いてはいたものの、表情は晴れない。

 

「とにかく、あいつが帰って来た時、もうちょっと態度が軟化してるといいんだがな」

「魔理沙、何所へ行くの?」

「アイツと私は瓜二つだからな。ちょうど着替えたいと思っていた所だったし、どっちがどっちか分かりやすいよう、見た目に変化をつけてくるよ」

「ちょっと待って。私も行くわ」

「アリス?」

「その……言いにくいんだけどね、2階は物置みたいな感じになってるから、私に案内させて欲しいの」

「そうなのか? じゃあ頼むぜ」

 

 そうしてアリスと私は二階の自室へと上がって行った。

 

 

 

 

 

 人一人がやっと通れるような、暗くて細い急勾配の折り返し階段を上がり、廊下と呼ぶには余りにも短い距離の道を進み、左右の扉を無視して突き当りの扉を開く。

 木の板を敷き詰めたような床と天井、傷一つない白い壁紙で覆われた7畳程の部屋は、西と南の方角にガラス窓が一つずつ、天井からは剥き出しの豆電球がぶら下がり、入って真正面の窓際にはシックな柄の白いベッドと全身鏡が置かれ、埃一つなく新品のような状態だった。そして反対側の壁の半分はクローゼットとなっており、もう半分にはシックなタンスと5段の高さの木製棚が置かれ、アリスが造ったと思われる西洋人形が飾られていた。

 良く言えばシンプル、悪く言えばただ寝るだけという、特筆すべき所は何もないごく普通の部屋という印象を受けるが、これでも150年前のマリサの部屋よりかは大分マシに思える。ベッドへと繋がる道以外は床にガラクタが散乱していたわけだし。

 

(というかあれ? なんか部屋の中身が変わってないか? 今朝は起きてそのままだった筈なのにベッドメーキングされてるし、勉強机も無くなって、その替わりに人形棚が増えてる。う~ん、これもタイムトラベルの影響なのか?)

 

 首を傾げている間にも、アリスは部屋の奥へと進んでいき、クローゼットの扉を静かに開ける。

 私が両手を広げた長さよりも広いそれは、天井に近い上半分に仕切りができていて、プラスチック製の半透明な収納ケースが複数置かれ、中には綺麗に折りたたまれた衣類が詰まっていた。そして下半分には、不織布カバー越しでもファンシーなデザインが目立つワンピースが、鉄製のハンガーパイプにズラッと釣り下がっていて、ちょっとしたブティックを開けそうなくらいの数だった。

 

「これは凄いな! 全部アリスのコレクションなのか?」

「自分で作ったのは良かったんだけど、私の家ではしまいきれなくてね。ここに置かせてもらってたの。劣化しないように一着一着魔法を掛けてあるから、今でもちゃんと着れるのよ」

「へぇ~」

「好きなの選んで良いわよ」

「好きなのって言われてもなあ、こんだけあると迷うぞ。てか私とお前とじゃサイズ合わないだろ」

「あ、そうだったわね……。けどちゃんとフリーサイズの服もあるのよ。例えばこれとか」

「ん~いまいち興味を惹かれないな。昔の私が着てた服は残ってないのか?」

「ちょっと待ってね。確か……」

 

 上海人形と蓬莱人形を操りながら、釣り下がっている衣類を一枚ずつ確認していくアリス。

 

「……見つけた!」

 

 左端の方にぶら下がっていたハンガーを取り出し、不織布カバーを外して見せる。それはまさしく、私が今着ている服と全く同じデザインで、皺や折り目もなく、丹念にアイロンがけされた直後にも似た綺麗な状態だった。

 

「おお、これこれ。サンキューなアリス。早速これに着替えさせてもらうぜ」

 

 アリスから受け取った私は、部屋の端に置かれた全身鏡を近くまで運び、帽子と今の自分の服を脱いでいく。

 

「ん~どうせなら下着と靴下も履き替えたいな」

「それならタンスの一番上の引き出しの中に入ってるわよ。マリサの遺品は基本的に全部残してあるから」

 

 下着姿の私へ、背を向けたまま答えるアリスに従って取っ手を引っ張ると、きっちりと折り畳まれた下着類と靴下が、引き出しの仕切りの中にズラリと並べられていた。ううむ、ショーツはともかく、ブラのサイズが今の私と変わってないのは喜ぶべきか、悲しむべきか。

 そんな事を思いながら清潔な下着と白い靴下に履き替え、その上からエプロンドレスを着ていく。もちろんこちらもサイズはピッタリで、丈の長さも丁度良い。

 

「なあアリス。ヘアゴム持ってないか?」

「持ってるけど、どうするの?」

「まあ見てなって」

 

 話の最中に、左耳近くから伸びていたおさげを解き終えた私は、こちら向きのアリスから受け取ったヘアゴムを口に加え、ざっくりと手櫛で髪を整えてから頭の後ろに腕を回し、ある程度の毛髪を後ろで一つに纏め上げてからヘアゴムで縛る。俗に言うポニーテールって奴だ。

 

「じゃーん。こんな感じでどうよ?」

「あら良いわね。でも、どうせならこの辺をもうちょっと整えた方が良いんじゃない?」

 

 後ろに立ったアリスは櫛を取り出し、私の髪をすいていく。くすぐったさを感じつつも彼女に身を任せ、ちょっと型が崩れ、飛び跳ねていた髪は、アリスの手によってみるみるうちに梳かされていった。

 

「ふふ、これで完璧ね。きっと霊夢も喜ぶと思うわ」

「霊夢か。そういえば、過去のマリサと話してからかなり情緒不安定になってる気がするんだけど、大丈夫かな」

「……私は霊夢の気持ち良く分かるわ。あんなことがあったらねぇ……」

 

 鏡に映るアリスの沈んだ顔。

 

「何か知ってるのか?」

「実はね――」

 

 物憂げな表情のアリスが話したのは、マリサが死ぬ3年前の8月2日と3日、そしてマリサが死亡した日の朝の出来事だった。

 

「……そんなことがあったのか」

 

 肉体的な衰えを感じ、弾幕ごっこに参加できず悔しがるマリサ。事情を知るアリスにすら何も言わず極秘に研究していた秘密の魔法。マリサの死を知り、遺書で彼女の真意を理解し泣き崩れる霊夢。

 

「霊夢はマリサが魔女だと信じて疑わなかったから、彼女の死にとても大きなショックを受けてたし、マリサの気持ちに気づけなかったことをとても後悔してたのよ。霊夢があっちのマリサに拘るのも、それが理由」

「なるほどな……」

 

 霊夢がマリサの大人時代の話をしたがらなかった訳が分かった。確かにこれは後味が悪い。

 

「けど話を聞く限りでは、マリサはアリスにかなりお世話になっていたみたいだな。アイツに代わって礼を言っておくよ」

「ううん、全然苦じゃなかったわ。あの頃の私も、きっと霊夢と同じだったのよ」

「同じ?」

「外面ばかり都合の良いように見繕って、中身が伴わないただのまがい物」

 

 良く分からない事を呟いたアリスは、肩口から腕を伸ばすようにして、後ろから優しく抱きついてきた。

 

「ど、どうしたアリス?」

「…………」

 

 困惑しながら問いかけてもアリスは何も答えない。鼻孔をくすぐる紅茶の香りと、背中越しに伝わる温もり。窓の外はすっかり夕焼けで、部屋に差し込む西日が、私とアリスを茜色に照らし出していた。

 

(???)

 

 頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになりつつ、彼女の行動を待っていると、沈黙を破るように声を発した。

 

「……あの頃の私はね、きっと優越感を抱いていたんだわ」

「え?」

「霊夢の知らない秘密を自分だけ知って良い気持ちになって、マリサは私が居なきゃ駄目なんだって思い込んじゃって、甲斐甲斐しく世話を焼く自分に酔っていたの。彼女の苦悩なんてまるで考えていなかった」

「…………」

「今だってそう。魔理沙(マリサ)の事ばかり考えてる霊夢や、私のことをちっとも見てくれない貴女に心の中でヤキモチを焼いて、こんな風に気を引こうとしてる。友達に嫉妬しちゃうような私にお礼を受け取る資格はないわ。結局は全て私のエゴなんですもの」

 

 鏡に映る、涙を流しながら懺悔するアリスは、彼女に抱いていた冷静なイメージとは大きくかけ離れていた姿で、戸惑いが増えるばかりだった。これはどう返事したらいいのだろうか。

 

「……なんかごめんなさい。暗い気持ちにさせちゃって。こんなこと言われても答えに困るだけだよね」

 

 私からそっと離れ、ピンクのレース模様のハンカチで涙を拭うアリス。ふと、彼女の周囲にふよふよと浮かぶ上海人形と蓬莱人形と目線が合ってしまった。主人なしでは動けない無感情の人形の筈なのだけど、その表情は心なしか怒っているように見える。

 

「私、先に降りてるから。今の話は忘れて頂戴」

 

 未練があれども、それを敢えて突き放すように言い捨て、逃げ去ろうとするアリス。

 

「待ってくれアリス!」

 

 私は振り返りざまに呼び止める。

 

「私だって完璧じゃないんだ。マリサに嫉妬もするし、疎んでいたこともある。何もアリスだけが後ろめたい気持ちを抱いている訳じゃないぜ」

「……」

「だからさ、その、あまり自分を卑下するなって。アリスだって私の大事な友達なんだ。そんなの全然気にしてないし、むしろアリスの事を更に知ることができて良かったとすら思ってるよ」

「魔理沙……」

「きっと死んだマリサだって私と同じ気持ちだったはずだ。アリスが何を思おうと、心の支えになってくれたのは紛れもない事実なんだから」

 

 頭の中で良く練らず、勢いのままに答える私。振り返ったアリスは一瞬驚いた表情をしてから、「貴女は優しいのね、ありがとう。気持ちが楽になったわ」と穏やかな笑みを浮かべ、正面から抱擁を交わし、私もまたそれを受け入れた。

 やがてアリスは名残惜しそうに離れ、「それじゃあ私は行くわ。魔理沙も早く降りて来てね」と微笑み、落ちついた足取りで部屋を出て行った。

 

(……まさかアリスがあんなことを思っていたとはな)

 

 腕の中に残るアリスの感触。一世一代と表現するにはあまりにも大袈裟だが、かなり勇気のある告白だった。果たして私の言葉はちゃんと伝わったのだろうか。

 

(霊夢のことばかりじゃなくて、他の友達のことも考えないと駄目だな)

 

 そんな事を考えながら、脱いだ衣類を片付けていき、帽子をベッドの上に置いたまま部屋を後にした。




本文中でアリスが語った103年前と100年前の日付の話は、第4章第127話、タイトル『霊夢の歴史⑤~⑥』で詳しく描写されています。


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第148話 咲夜の気持ち

 リビングに降りると、霊夢達の話し声が聞こえて来た。

 

「――そんなことがあったの?」

「そうなのよ。おかげで最近は忙しくってねえ」

「貴女の式神にでも手伝わせればいいじゃないの。名前は忘れたけど、確か九尾の狐がいたでしょ」

「藍のこと? 彼女は今博麗大結界の維持管理に手一杯だから、こんな些細なことに時間を割けないのよ。だから私が幻想郷を見て回ってるって訳」

「その割にはしょっちゅう私にちょっかい掛けて来るじゃない」

「あらひどい。少ない空き時間を何とか見繕って会いに来てるのに」

「そう言われてもねえ。私よりも、杏子の元に顔を出してあげなさいよ。あの広い神社に一人ってのは、意外と寂しいものよ」

「人間と妖怪のバランスを司る博麗の巫女が住まう土地よ? 気軽に訪れる訳には行かないわ」

「そんなの今更じゃないの。私の時代なんか妖怪神社なんて異名が付いちゃって、後任の子がそれを払拭するのにかなり苦労したんだから」

「……本当のことを話すとね、私の姿を見る度にビクビクしちゃって、居た堪れない気持ちになるのよね」

「呆れた。あんた一体何をやったのよ……」

「それが特に思い当たる節がないから困ってるのよねぇ」

「妖怪が苦手なのかしら?」

「博麗の巫女なのに?」

「いいえ、それはないわね。杏子は私にかなり懐いてるし」

「あのね、ちょっと前に私がふらふら~っと遊びに行った時は、お茶菓子をくれたりしたんだけど」

「それはこいしが純粋だからでしょうね。少なくとも、私はあまり歓迎されてないわ」

「彼女は結構仕事熱心で、人間達からの信頼も厚いみたいね。里に買い物に行くとそんな話を耳にするわ」

「まぁ代々の博麗の巫女は、ある程度自立できるまで私が面倒を見てるからね。当然のことよ」

「霊夢が巫女の時は結構ずぼらだったのにねー」

「う、うるさいわね。昔のことよ昔のこと。サボってるように見えたかもしれないけど、ちゃんとやるべきことはやってたし!」

 

 このまま遠巻きに見守っていても、話が途切れる気配がなさそうなので、私は会話に割って入ることにした。

 

「なあ、さっきから何の話をしてるんだ?」

「あら、おかえり魔理沙。ちょっと杏子のことについて話してたのよ」

「杏子って、博麗神社に居た目つきの悪い巫女か」

「それ本人の前で言っちゃ駄目よ? 気にしてるんだから」

「お、おう」

「それより魔理沙。その髪型は……」

「どうだ? これなら一目瞭然、どっちがどっちか分かりやすいだろ」

「魔理沙イメチェンしたんだ~」 

「髪型一つでここまで雰囲気が変わるのね」

「なんだか新鮮だわ」

「うんうん。それに良く似合ってて可愛いわよ」

「そ、そっか。ありがとな」

 

 関心しているこいし、咲夜、パチュリー、そしてニコニコしている霊夢に気恥ずかしさを覚えつつ、元いた席に戻った。

 現在時刻は午後5時40分。マリサが出て行ってから15分以上経っているが、キョロキョロとリビング内を見渡しても彼女の姿は見えない。途中でアリスと目が合ったが、彼女は顎を僅かに下げるように頷き、微笑んでいた。

 

「マリサはまだ帰ってきてないのか?」

「うん。貴女とアリスが二階に上がってから降りて来るまでずっとここでお喋りしてたけど、誰も来てないわよ」

「一体どこまで行ったのかしら」

「外はもう薄暗いし、もう間も無く夜になるわね」

 

 窓の外を見る咲夜。外は既に日没だった。

 

「そういえば、咲夜は帰らなくてもいいのか? ――ああ、いや、別にいなくなって欲しいって意味じゃなくてだな、レミリアの世話とかいいのかなって思って」

「貴女が来るってことで、お嬢様から丸一日休暇を頂いたから問題ないわよ。それに私からしてみれば、これからが最も活力の湧いてくる時間だから」

「あ~そっか。お前吸血鬼になったもんな」

「不思議なことに、夜になると気持ちが昂って来るのよね。人だった頃はこんなことなかったのに」

 

 咲夜は姿勢よくソファーに座りながら答えていた。どんな原理なのかは知らないが、背中の羽はソファーから飛び出さないよう器用に折りたたまれている。

  

「レミリアもそうだけど、昼間に活動する吸血鬼ってどうなのよ? 私達で例えるなら、昼はぐっすり寝てて、夜になってから1日が始まるんでしょ?」

「その理由について、以前お嬢様は『吸血鬼本来の生活リズムで過ごすと、誰とも交流が出来なくなってしまうのよ。それはつまらないわ』と仰ってました。お嬢様、ああ見えて誰かと一緒にいるのが好きなんですよ」

「へぇ~そうなのねぇ」

「それに私個人の理由としては、夜だとお洗濯物が乾きませんから、昼間の方が何かと都合がいいのよ」

 

 自身の意見も交えつつ、咲夜はアリスの何気ない疑問に答えていた。

 そんな時、こいしのお腹がぐうと鳴る。

 

「お腹減ったなー。マリサが帰ってこないんじゃつまんないし、帰ろうかなあ」

「地霊殿って門限とかあるの?」

「門限とかはないけど、あまり遅く帰って来るとお姉ちゃんが心配しちゃうから」

「そうなのね」

「お姉ちゃんたら、いつまで経っても妹離れできなくてさ~。反対に私の方が不安になっちゃうよ」

「私には兄弟姉妹が居ないからそこは分からないけど、やっぱり家族が心配するのは当然のことじゃない?」

「そうかなあ」

「うんうん」

「ま~ここには飯なんか食べなくてもいい奴も居るからな。夕飯の時間とか気にした事もないだろう」

 

 そんな話の最中、続いて霊夢の腹の虫が鳴り始め、お腹を押さえて恥ずかしそうにしながら「……ああ、ご飯の話をしてたら私までお腹減ってきちゃったわ」と言った。 

「クス、霊夢って相変わらず食いしん坊なのね」

「そ、そんなわけないでしょ! 変なこと言わないでよ紫」

「でも私と咲夜が用意したお菓子を一番食べてたのって霊夢よね」

「ふふ、丁度いい時間ですし、マリサを待っている間に晩御飯でも作りましょうか?」

「わぁっいいね! 何作るの?」

「なんでも。材料なら時間を止めてさっと用意してきますわ」

「私、シチューが食べたいな!」

「こいしはシチューね。他には意見あるかしら?」

「別に拘りとかないし、何でもいいわよ」

「私も霊夢と同意見ね」

「右に同じく」

 

 消極的な多数決の結果、こいしが投じたシチューの一票で夕食のメニューが決まった。

 

「そうと決まれば、お店が完全に閉まってしまう前に行ってくるわね」

 

 席を立ち、リビングの奥に置かれていた買い物袋を手に取り、玄関へ向かう咲夜。私も席を離れ「咲夜、私も手伝うよ。どうせ時間が止まってる間、手持ち無沙汰になっちまうしな」と言う。

「いってらっしゃ~い!」

「咲夜の料理楽しみだなぁ。以前ご馳走になった時、とても美味しかったし」

「そうそう。咲夜、私の分は別になくても構わないわ」

「パチュリー、貴女はもっと食べた方がいいわ。見てて不安になるくらい痩せすぎよ」

「……アリスまで霊夢と同じこと言うのね」

「藍に今日は夕飯食べてくることを伝えてこないと」

 

 手を振るこいし、スキマの中に潜る紫。ガヤガヤと騒がしくなるリビング。それらを見てから、咲夜はポケットから懐中時計を取り出し、親指で竜頭を押した。

 カチリと捻るような音と共に、私と咲夜以外の全てが停止し、静寂の世界が訪れる。

  

「さあ行きましょうか。魔理沙」

「おう」

 

 私と咲夜は玄関から外に出て、人里の方角へ向けて飛んで行った。

 

 

 

 

 夜の幻想郷は外の世界と違いネオンの光が存在しないので、月明りや星の光を頼りに進むしかなく、私や咲夜のように夜目が効かなければ、おちおち外に出ることもままならない。しかも今夜は立待月。月出時刻がかなり遅いので、日没直後の今の時刻――午後5時49分――にはまだ浮かんでいない。

 それに加え、咲夜の能力によって虫や鳥、獣などの自然の声、空気の流れすら止まった無音無風状態の魔法の森の空は、慣れている筈の私ですら、底知れない恐怖心を掻き立てられる。

 

「ねえ魔理沙。なんでこんな近くに寄って来るのよ?」

「い、いや。別に?」

「もしかして怖いの?」

「こ、怖くねーよ!」

 

 からかう咲夜を否定するように、人一人通れるくらいの距離を空けたものの、咲夜は私の心を見透かしたように「ふふ、私もこの能力を自覚し始めた頃は夜が怖かったからね。気持ちは分かるわ」と、クスクス笑っていた。

 それがなんだか悔しくて、強引に話を逸らすことにした。

 

「そ、そういえばさ、吸血鬼になってから空を飛ぶ時になんか変わったりしたのか? 羽が生えたわけだし」

 

 隣の咲夜は鷲のように羽を広げ、滑空するように飛んでいて、羽をバサバサと動かして飛ぶ文とは対照的だ。最も、人間だった頃から普通に空を飛びまわってた訳だし、ただの飾りなのかもしれないけど。

 

「吸血鬼になりたての頃、仕事の合間に、夜の庭園で羽を使って飛ぶ練習をやってたことがあったのよ」

「ほぉ、それで?」

「最初は全然飛べなくて苦労したんだけどね、たまたま通りかかったお嬢様から『肩甲骨の辺りに力を入れるといいわよ』ってアドバイスを頂いたの。その通りにしたら、苦戦してたのが嘘のように軽々と飛べるようになったわ」

「へぇ~そんなことがあったのか」

「今までの飛び方に羽を使った方法を取り入れたら、最高飛行速度が昔の倍以上になったわよ」

 

 少し得意げに話す咲夜は、羽をはためかせて急加速すると、100m以上離れた先で垂直旋回して見せた。ううむ、中々上手いな。

 私もそれなりに魔力を使用し、先で待っている咲夜に急いで追いつき、移動を再開する。それを見越して、咲夜は会話を続けた。

 

「あの頃は人と吸血鬼の食事の違いや、特性の変化に戸惑うことも多かったけれど、今ではそれもいい想い出ね。きっかけを作ってくれた霊夢には、感謝してもしきれないわ」

「霊夢か……」

 

 言い方が悪いけど、霊夢に続いて咲夜までもが妖怪化したのは想定外だった。とはいえ、かつて交流があった友人と元の時代に再会できたのは嬉しい訳で、この歴史を否定することは有り得ない。

 

「なあ咲夜」

「今度は何よ?」

「咲夜はなんで霊夢と一緒に私を待ってたんだ?」

 

 

 

「どうしてそんなことを聞くのかしら?」

「いや、なんかさ。咲夜って私のことをあんまり良く思ってないイメージがあるし、意外だなあって」

「あら、それは心外ね。私は魔理沙(マリサ)のことを高く買っていたのよ?」

「そうなのか?」

「人間なのに、異変を起こした妖怪や神に恐れず立ち向かっていくその勇気、果てしない向上心と飽くなき好奇心。若かりし頃のマリサは、パチュリー様に限らず、お嬢様も一目置く存在だったわ」

「……」

「私の知る人間のマリサは残念なことになってしまったけど、そうではない道を歩んだ魔理沙がいる。貴女にはお嬢様のことでもお世話になった訳だし、会わない理由がないわ」

 

 思い出に浸るように語る咲夜の話を、私は黙って聞いていた。

 

「貴女ってそんな鈍感な人だったかしら。一々動機を探らないと気が済まないの?」

「う、それは」

「友達を助けるのに多くの言葉は要らないわ。でしょ?」

 

 言いながらウインクして見せた咲夜に、「……そうだな。無粋な質問して悪かった」と答えた。

 マリサの横柄な態度や、アリスの本音に影響されたのだろうか。こんなことを聞くなんて私らしくもない。

 

「せっかくだし、私からも質問」

「なんだ?」 

「霊夢から聞いたんだけど、私って元々は時間の神様だったんでしょ? その神様の私について詳しく聞かせて欲しいわ。霊夢達が居る時だと、そんな話ができる雰囲気じゃなかったし」

「もちろん――あ」

 

 快諾しかけた所で、私は以前時の回廊の咲夜から言われたことを、今更ながらに思い出す。

 

『もし人間の頃の私に出会っても、時の神としての私の存在は内緒にしておいて。幻想郷で過ごしたかけがえのない体験が今の私に繋がっているのよ。だから出来れば私の運命を変えないで欲しいわ』

 

(……しまったな。200X年で霊夢に口止めしておくのを忘れてた。けどもう今更か。咲夜は吸血鬼になっちゃったし、時の回廊の咲夜も怒ってなかったし)

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない。気にするな」

 

 私は初めて時の回廊で咲夜に会った時から、今に至るまでのあらましを話していった。

 

 

 

 

「――という感じだ。『宇宙の始まりから終わりまで全ての時を管理している』なんて格好つけたこと言ってたけど、私にはいつもの咲夜でしかなかったぜ」

「改めて聞くと途方もない話ねぇ。驚きの言葉も出ないわ」

 

 咲夜は呆れているのか、驚いてるのか、どちらとも取れる表情をしていた。

 

「それに未来が見えるのなら、悩む事も迷う事もなく、常に最善の選択が取れるのでしょうね。私にもその力が欲しかったわ」

「でもな、それはそれで辛いと思うぜ?」

「どうして?」

「この宇宙全ての時間を見通せるってことは、言い換えれば森羅万象全てを知るってことだからな。知らないことがない人生ってのは退屈でたまらないだろうさ。今のお前に対しても、『お嬢様に永遠を誓った〝私″は、とても幸せそう』って言ってたし」

「……そうなの。一度でもいいから、会ってみたいわね」

 

 そうして話していくうちに、眼下に広がっていた森の終着点が見えて来た。

 

「ひとまずお喋りはここまでだな」

「ええ、そうね」

 

 前方に広がる集落に向け、徐々に高度を落として行った。



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第149話 咲夜の料理

 人里に到着した咲夜と私は、閉店準備を進めている最中の八百屋、精肉店、三河屋を順々に回り、適当なお金と引き換えに必要な食材を調達し、帰路に就いていた。

 満足そうに隣を飛ぶ咲夜の右手には買い物袋がぶら下がり、私は紙袋を抱えている。もちろん中身は全てシチューの材料だ。

 

「魔理沙が居てくれて助かったわ。一人だとこの量は運びきれなかっただろうから」

「はは、お役に立てて良かったよ」

 

 やがて自宅に戻った私と咲夜は、リビングの隣に併設されたキッチンへと向かい、ダイニングテーブルに買って来たモノを取り出していく。ジャガイモ、人参、玉ねぎ、バター、牛乳、鶏モモ肉……足りない調味料も含め、シチューに必要な材料が8人前、ズラリと並んでいる。

 

「材料は全て揃っているみたいね。調理の方は任せて頂戴。紅魔館のメイド長の実力、見せてあげるわ」

「頼んだぜ」

 

 やけにノリノリな咲夜はキッチンへと向かって行く。

 買って来た野菜と肉を、慣れた手つきで一口大のサイズに切り分けてトレイに乗せ、野菜を水に晒し、下ごしらえが終わった所で油が敷かれた厚手の鍋に順次投入して炒めていき、その後煮込んでいく。それと並行して、熱したフライパンにバター、小麦粉、牛乳を適量投入し、かき混ぜながらホワイトソースを作っていく。無駄なく、テキパキと調理を進めていくその後ろ姿からは料理人の風格があった。

 一方で私は、マリサを含めた八人分の食器を用意し、ダイニングテーブルに並べていく。調理工程が進むにつれ、グツグツと煮込む音と共に良い匂いがしてきた。

 

「後は煮込み終わるのを待つだけね」

「見事な手際だな。八人分も作るのは大変だったんじゃないか?」

「こういうのはね、いっぺんに作ってしまうから楽なのよ。下手に一人ずつ作る方が大変だわ」

「ふーん、そんなもんか」

「魔理沙もお料理やってみたら? 様々な材料を掛け合わせて、一つのメニューを創り出すのは楽しいわよ」

「か、考えておくよ」

 

 ゆっくりとかき混ぜながら、そんな話をしている内に、咲夜がセットしていたキッチンタイマーが鳴りだした。

 

「完成ね」

「ん~ミルクの匂いがするな」

 

 食事を摂らなくてもいい体ではあるが、食欲をそそる匂いで、空腹感を刺激されてしまった。

 

「後はマリサの帰りを待つだけね。それまで鍋の時間を止めておくことにしましょう」

 

 鍋に向けて懐中電灯を突き出し、カチっと竜頭を押す咲夜。特に変化はないように思えるが、鍋の蓋を開けてみると表面が氷のようにカチカチになっていて、お玉で掬いだそうとすれば、鉄を叩いた時のような音が聞こえた。

 

「ふ~ん、物質の時間を止めるとこうなるのか。さっきまで熱々だったのに冷たくなってるし、不思議だなあ」

「やろうと思えば、100年でも200年でも止めっぱなしにできるわよ?」

「いやいやいや、幾らなんでもそんな昔の料理を食べる気にはなれないだろ」

「ふふ、それもそうね」

 

 咲夜はご機嫌な様子で、私も返事をしようとしたその時、隣のリビングに座る霊夢達の姿が目に入る。彼女達は談笑する姿勢のまま、石像のように微動だにせず、虚空を見つめていた。

 

「ところでさ、そろそろ時間を動かしたらどうだ? 止めっぱなしじゃいつまで経っても帰ってこないぜ?」

「そうだったわね。貴女と話していると、時を止めてる事を忘れそうになるわ」

「おいおい……」

 

 私は苦笑しつつ懐中時計を取り出した咲夜を見ていたが、一向に時が動き出す気配がない。

 

「どうした? 早く時間を動かしてくれよ」

「その前に一つだけ言わせてちょうだい」

「なんだよ、改まって」

「もし昔のマリサの歴史が変わったら、貴女は――」

 

 言いかけて咲夜は口を閉じた。何かを躊躇うように。

 

「……やっぱりなんでもないわ。敢えて言葉にするのは無粋なことね」

「はぁ?」

 

 聞き返す間もなく咲夜は竜頭を押し、止まっていた世界が動き出し始める。溢れ出す音の奔流と空気感。再び喧騒が戻って来た。

 

「あれ、二人ともいつの間にキッチンに?」

「それにこの匂いは……」

「ひょっとしてもう行ってきたの!?」

「ええ、もう料理は完成したわよ」

「うわぁ~、すっごく早い!」

「ずっと時を止めたまま動いてたからな。実際にはそれ相応の時間は掛かってるぜ」

「マリサが帰ってきたら、お夕飯にしましょうか」

「うん、分かった!」

 

 こいしは元気よく返事をしていた。

 

 

 

 あれから霊夢達と毒にも薬にもならない話をしていると、ガチャリと玄関の扉が開く音がする。其方に視線を向ければ、少しくたびれた様子のマリサが現れた。

 

「マリサ帰って来た!」 

「おかえり。どうだったよ」

「……にわかには信じがたいが、ここが150年後の幻想郷ってのは事実らしいな。早苗は亡くなってたし、妖夢もちょっと背が伸びて大人っぽくなってた。香霖も私にめっちゃ驚いてて、博麗神社では知らない女の子が博麗の巫女になってたぜ」

 

 箒片手に気落ちした様子のマリサは、先程用意しておいた椅子――テーブルを挟んで向かい側、私から見て正面――に座った。

 

「お前がタイムトラベラーってのは認めざるを得ない。しかし――」

「待って。その話はご飯食べてからにしましょ?」

「え?」

「マリサが出かけてる間にね、咲夜がシチューを作ってくれたのよ」

「そうだったのか。別に構わないけど、なんか変なもん入ってないだろうな?」

「失礼ね。何も入ってないわよ」

「それは私が保証するぜ」

「てか、さっき朝御飯食べたばっかなんだけどなあ」

「いいからいいから」

「どうも感覚が狂うぜ」

「ご飯~♪」

 

 再び騒がしくなるリビング。咲夜は深めの皿にシチューを盛り付けていき、並べていく。ホワイトソースに人参やじゃがいもが浮かび、とても美味しそうだ。

 そして準備が整ったところで、こいしが食事前の挨拶の音頭を取り、私達は夕食を摂っていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
シリアスな話が続いているのに付いて来てくださっている読者様には感謝しかありません。
GW中の投稿を目指して続きを書いてますので、それまでお待ちください。



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第150話 彼女達の気持ち

「ご馳走様~」

「ふふ、お粗末様」

「美味しかったー!」

「咲夜の料理は最高ね」

「ここまで美味しく作れるなんて、私が作るのと何が違うのかしら?」

「また食べたいな~」

 

 咲夜のシチューに舌鼓を打ち、心もお腹も満足した私達。鍋一杯に作られたシチューは――主にこいしや霊夢によって――綺麗に食べ尽くされていた。

 それから咲夜は、後片付けを手伝うと言ったアリスと共に食器を片付けていき、それすらも終わった現在、食後の紅茶が配られ、ゆったりとした時が流れていた。

 ソファーに大きく身を預け、誰もが寛いでいる中、出された紅茶に一切手を付けず、只一人だけ思い詰めた表情をしたマリサが口を開く。

 

「……そろそろ、私の方から質問いいか?」

 

 私は無言で頷く。

 

「食事をしながらずっと考えていたんだが、どうしても腑に落ちないことがある」続けて、「先程幻想郷を見て回った時、どいつもこいつも私を見るなり、死人が生き返ったかのような不可解な反応だった。私という人間がとっくの昔に死んでいるのなら、お前は何者なんだ? お前は、未来の私じゃないのか?」

 

 今のマリサには既に怒りの感情はなく、興味や謎を解明し、真実を追う魔法使いらしさが戻っていた。

 

「それらも含めて、説明すると少し長い話になる。聞いてくれるか?」

 

 マリサはこくりと頷き、私は霊夢が死んだ200X年7月20日から、タイムジャンプ魔法を開発して霊夢を助け出すまでの150年間。続けて、時の回廊で女神咲夜から聞いたこの世界の時間の成り立ち――今回の話には関係ないので、31世紀の幻想郷に纏わる時間移動の話は省いた――更に霊夢と約束することになった経緯について語っていった。

 何度も何度も同じ事を説明していくうちに、段々と要領が良くなった気がする。

 

「――以上だ」

「う~ん……分かったような、分からないような……」

 

 マリサは難しい顔で唸っていた。

 

「並行世界じゃないんだろ?」

「並行世界は存在しない。あくまで世界は一つだ。世界を一本の線だとして、その線が折重なっているようなイメージだと分かりやすいと思うんだが」

「折重なる……つまりお前は、重ねられて既に消えた歴史の私ってことか?」

「そうだ。私は古い歴史の霧雨魔理沙、そしてお前は、新しく構築された歴史に沿って、記憶や人格が再構成された霧雨マリサなんだ」

「……ははっ、それってまんま世界5分前仮説を裏付けしてるじゃないか。普通なら馬鹿らしいと笑うところだがな……。まさか私の14年の記憶や感情、いや、存在そのものが創られた物だったなんて……」

「勘違いしないでくれマリサ。今の歴史から見ればお前が霧雨魔理沙で、私がイレギュラーなんだ。なんせ、私の150年は既に無かった事になってしまったからな。証明の手立てもない」

「…………」

「それに――」

「世界5分前仮説? 何それ」

 

 きょとんとした霊夢の疑問に答えたのは、読書に耽りながら推移を見守っていたパチュリーだった。

 

「簡単に説明するとね、『世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない』という、20世紀の哲学者が考案した、過去とは何か、知識とは何かをテーマにした思考実験よ」

「え? だってそんなのおかしいじゃないの。私は5分どころか、150年以上昔の記憶もしっかりあるわよ? 有り得ないでしょ」

「〝それらの体験をした、という偽の記憶を植え付けられて、私達の世界が5分前に誕生した″としたら? それをどう証明する?」

「なにその後出しじゃんけんみたいな話。物事の前提から覆されちゃったらどうしようもないじゃない。考えるだけ無駄だわ」

「その通りよ。だからこの仮説を否定するのは不可能って結論に至ってるのだけど……」

 

 パチュリーは何か言いたげな表情でちらりと私を見る。その意図を察した私は、彼女に代わって先程言いかけた話を始める。

 

「私が実際に過去や未来へ行ったことで、その仮説は否定されているからな。加えて、時の神としての咲夜の存在こそが、過去から未来へと続く時間の連続性と、遥か昔から連綿と受け継がれてきた、あらゆる知識の真実性を保証している」続けて「だからこそ、何もない所から突然世界が創造されることはないんだ。私のタイムトラベルは、あくまで歴史という道の進路を変更するだけでしかないぜ」と熱弁する。

「例え進む道が変わっても、これまで歩んできた道が無くなる訳ではない――ってことね」

「その通りだパチュリー。私とマリサの違いは、西暦200X年7月21日に霊夢が亡くなったかどうか、その違いでしかない。だからなマリサ。お前が抱く感情、記憶も全て、紛れもなく本物だ」

「……まだモヤモヤしたままだけど、理屈は分かったよ。お前は私とは違う人生を歩んだ〝私″って認識でいいんだな?」

「ああ」

「そして、私とお前が別れる事になる分岐点が2ヶ月前の21日だと」

「その通りだ」

「そんでもって、昨晩霊夢が言っていた『私の中で人生観の変わる大きな出来事』。それに大きく関わっていた魔理沙ってのが、タイムトラベラーになった〝私″なんだな?」

「うん、そうよ」

 

 私を指差しながらこれまでの話を再確認していくマリサに、霊夢はきっぱりと頷いた。

 

「……なるほどな。事情は分かったよ、全く、タイムトラベルというのはややこしくて嫌になるぜ」

「それじゃあ、信じてくれるの?」

「一応私の疑念は晴れたからな。実際にここが未来なのは確かなんだし、時間理論も筋は通っている。信じない訳にはいかないだろう」

「良かったぁ」

 

 霊夢は安堵していたようだったが、マリサは硬い表情を崩さずに問いかける。

 

「……で、〝私″よ。お前の本当の目的はなんだ? 霊夢に限らず、こんなに大勢集まっちゃってさ、私に時間移動の講釈を垂れる為に接触した訳じゃないんだろ?」

「察しが良いな。実はお前の未来について話があるんだ」

「未来だと?」

「守矢神社や白玉楼に行ったのならもう気づいているとは思うが、お前は100年前の1月30日に死んでいるんだ」

「……らしいな。白玉楼に行ったら妖夢に泣きつかれちゃって、引き剥がすのが大変だったぜ」

「なんだ、あまり驚かないんだな」

「人間だろうと妖怪だろうと、命ある者はいつかは死ぬもんだ。それが早いか遅いかの違いでしかない。むしろ六十過ぎまで生きてたのなら、人としては長生きした方じゃないか?」

 

 他人事のように答えるマリサはいたく落ち着き払っていたが、彼女の未来を知っている者達は憂いた顔を見せ、雰囲気が暗くなっている。

 

「……お前本当に〝私″なのかよ。その年で達観しすぎだろ」

「だってそんな先のこと考えたってしょうがないじゃん。未来のことでくよくよ悩むよりかは、今を楽しく生きた方がいいだろ?」

「ふっ」

 

 なんとも私らしい言葉にクスリとしてしまったが、それが気に入らなかったのか、マリサは不機嫌になる。

 

「なんだよ、言いたい事があるならはっきり言えよ」

「じゃあ結論から言おう。マリサ、お前は本当の魔法使いになる気はないか?」

 

 

 

 

「なんだって?」

 

 怪訝な表情のマリサに、私は懐から遺書を取り出した。

 

「これは?」

「50年後のお前が死の間際に書いた手紙だ」

「遺書だと? これを私が書いたのか?」

「ああ。ここにお前の全てが詰まっている。……読んでくれるか?」

「読めって急に言われてもなぁ」

 

 答えに困ったマリサは霊夢の顔色を窺うものの、彼女は読んで欲しいと目で訴えていて、アリス、咲夜、パチュリーもまた、それを強く願っていた。

 

「……分かったよ」 

 

 並々ならぬ雰囲気に圧され、観念したようにマリサは体を伸ばして手紙を受け取り、それを黙読していく。

 時計の針が刻む音、ティーカップとソーサーが擦れる音、衣擦れの音だけが響く静かなリビングで、読み終えたマリサは顔を上げ、唖然とした様子でこう言った。

 

「……これが未来の私の遺書だって……? いくら何でもこれはないだろ?」

「信じられないかもしれないがそれは全て事実だ。今のまま年を重ねていけば間違いなく後悔する羽目になる。だからマリサ、考えを変えるつもりはないか?」

「考えを変えるって……それが魔法使いになるってことなのか?」

「これはな、人生をやり直す機会を願った未来のお前の遺志なんだ。ここに居る奴らも皆、それを望んでいる」

「私からもお願いよマリサ。貴女が亡くなってから100年間、どうして貴女の気持ちに気づけなかったんだろうって、ずっと後悔したまま生き続けて来たの」

「霊夢……」

「もしやり直せるのなら、また貴女と一緒に過ごす日が来て欲しい。それが私の切なる思いよ……」

 

 まるで一方的に別れ話を切り出された恋人のような、情緒的な雰囲気を纏う霊夢にたじたじとするマリサ。次いでアリスが口を開く。

 

「まだ何十年も先の話だし、今の貴女は全然実感がわかないかもしれないけど、好きなことができなくなることは、とても辛くて、悲しい事なのよ?」

「アリス?」

「晩年の貴女は大好きだった弾幕ごっこに参加できず、私や霊夢の弾幕ごっこを悲しそうに見ているだけだったわ……。それどころか日常生活すらも危うくなっていてね、倒れたりしてないか心配でよく様子を見に行ったものよ」

「……」

「亡くなる3年前、まだマリサが比較的元気だったあの日。私は堪らず種族としての魔法使いになることを勧めたわ。けれど貴女は、『自分の人生を否定したくない』と人間であることに拘り続けた。あの時の私は知る由もないことだったけど今なら分かる。自らの死期を悟り、未来への閉塞感を強く抱いていた貴女は、今更どうにもならないことを察知していたからこそ、残り少ない人生を僅かな希望に懸けたのでしょうね」

「……確かにその旨の事について未練たっぷりに綴られているな。それに『自らの叡智を結集しとある魔法を開発している。これさえ完成すれば私は新しく生まれ変われる筈だ』とも記されている。これは?」

「貴女が死後に遺した資料をパチュリーと調べて分かったんだけどね、晩年の貴女が研究していたのはタイムトラベルについてだったのよ」

「!」

「時間移動という現象が荒唐無稽なものだと分かっていても、藁にもすがる思いでそれにしがみつくしかなかった。それだけ、未来の貴女は過去の選択を後悔していたのでしょうね」

「……」

 

 未来のマリサが抱いた気持ちを推し量るようにパチュリーは話し、さらに「残念な事に未来の貴女は志半ばで倒れてしまったけど、何の因果か、貴女ではない貴女がタイムトラベルを習得して今ここにいる。このめぐり合わせは決して偶然ではないと思うのよ」

「どうか同じ歴史を繰り返さないでマリサ。もうあんな悲しいマリサは見たくないし、友達として、ライバルとして、あの頃の日常を取り戻したいわ……」

「もし実現したら、あの頃のように三人で魔法談義をしたいわね。私の図書館で魔導書を広げて、咲夜の淹れた紅茶を飲みながらね」

「ふふ、その時は私も精一杯ご奉仕させていただきますわ」

「お前ら……!」

 

 アリスとパチュリーに驚きと感慨が混じった様子のマリサ。更に咲夜までもが語りだす。

 

「ねえマリサ。私も霊夢と同じく人間を辞めた口だけどね、案外人外の人生ってのは楽しいものよ」

「え?」

「私はね、自分の名前すらも分からずこの能力だけしかなかった。右も左も分からない私を召し抱えてくださったお嬢様には、感謝してもしきれないわ」

「へぇ、お前って記憶喪失だったのか。初めて知ったぜ」

「意外でしょ?」

 

 微笑んで見せた咲夜は、さらに言葉を続けていく。

 

「紅魔館でお嬢様のメイドとして仕え、そこに住む方々と過ごす日々や、異変を介して知り合った霊夢達との触れ合いが、空っぽだった私を満たしてくれた。それはもちろん貴女も例外じゃない。マリサも私の大事な友達よ」

「!」

「貴女とは対立することもあったけど、それも今ではいい思い出。私もマリサが生きてくれることを望むわ」

「咲夜……」

 

 咲夜は真っ直ぐな笑顔を向けながら思いを語っていて、マリサはどこか照れているように思える。自分に言われてる訳ではないと分かっているのだが、同じ名前の所以に私もドキドキしてしまう。

 

「まあ正直な所、私はマリサにそこまで思い入れはないのだけれど、これだけ多くの友達に乞い願われているのなら、彼女達の心情を汲み取るべきではないかしらね。私の愛しい霊夢もそれを望んでいるのよ?」

「これまで幻想郷の色んなところに行って、色んな人達と交流してきたけど、マリサみたいな個性的な人は居なかったよ。また一緒に楽しい事や面白い事をやりたいなぁ」

 

 この場の空気に感化されず、一歩引いた目線でアドバイスする紫に、遠き日の思い出を懐かしむこいし。まさかこの二人がこんな言葉を残すとは思わなかったので、私は内心驚いている。

 

「随分と人気者じゃないかマリサ?」

「……」

 

 皮肉交じりに言葉を投げかけてみたものの、マリサは黙り込んだまま、深刻な表情でこの場の面々を見回し、それから遺書を食い入るように見つめ、真剣に考え込んでいるようだった。

 私を含め、この場にいる全員がマリサの答えをじっと待ち続け、そして。

 

「……お前達の気持ちは良く分かったよ。皆、悪いけど、もう1人の私と二人きりで話をさせてくれないか」

「え? いい、けど……」

「ちょっと私について来てくれ」

 

 困惑する霊夢達をよそに、マリサは思い詰めた表情で席を立ち、手招きする彼女の後に続いて私は外へと出て行った。



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第151話 マリサの決断

 外はすっかり暗くなってしまった魔法の森。満天の星空に昼間よりは涼しくなった空気。私とマリサは玄関を出てすぐの壁際で立ち止まっていた。

 

「で? 私に話ってなんだよ?」

「……なんだかなあ、この時代に来てから戸惑ってばっかだよ。アリスはともかくとして、いつも素っ気ない霊夢や、迷惑そうにしている咲夜とパチュリーがあんなストレートに好意を示してくるなんてな」

 

 隣でぽつぽつと話すマリサは、いつもの大胆不敵さがすっかり影を潜め、大人しくなってしまっていた。

 

「それだけ好かれてるってことだろ。良い事じゃないか」

「そうなんだけどさあ……」

「なんだよ、歯切れが悪いな。何を悩む必要があるんだ?」

「悩んでるってわけじゃないんだけどさ、いきなりのことで混乱しているのかもしれない。これから先の事なんて真剣に考えたことなかった。毎日魔法の研究を続けて、霊夢達と馬鹿やりながら生きてくんだろうなあ、ってくらいにしか思ってなかったからなあ……」

 

 難しい顔で再び黙り込んでしまうマリサ。心地よさをも感じさせる秋風が吹き抜け、草木を揺らす。

 確かに彼女からしてみれば突然なことだったかもしれない。私は彼女が結論を出すまでじっと待ち続ける。

 

「……お前はどうなんだ?」

「?」

「魔法使いになってよかったと思っているのか?」

 

 虚空を見つめたまま不安そうな表情で尋ねるマリサに、私は胸を張ってこう答えた。

 

「当然だ。霊夢が亡くなっても諦めなかったからこそ、今私はここに立っている。これまで色んなことがあったけど、微塵も後悔してないぜ」

「……そうか」

 

 マリサは、言葉の重みを噛みしめるように深くうなずき、星空を見上げながら自嘲気味に呟いた。

 

「きっと未来の私は変化を恐れていたんだろうな。いつまでも同じような日が続くことを信じて、大きな決断を下す事から逃げ出してしまった。大親友の霊夢にすら心の内を明かさなかった、見栄っ張りで、強がりで、負けず嫌いな弱い私」

 

 そしてマリサは私に向き直り「本当のこと言うとな、霊夢の心を夢中にさせて、タイムトラベルなんて面白そうな事をやれるお前のことが気に食わなかった。他の奴なら奪い返してやろうという気持ちにもなっただろうが、よりにもよって相手が未来の霧雨魔理沙だって話だしな。今の私にはどうしようもなくて、悔しくて仕方なかった。……だけどそれは間違いで、相当な苦労を重ねてきたんだな。お前のことを何も知らずあんな罵声を浴びせて悪かったよ」と頭を下げた。

 

「……へぇ、まさかお前からそんな言葉が聞けるとはな。随分としおらしくなったじゃないか」

「うるさい茶化すな。私だってたまには真面目になるさ」

 

 ここで言葉を切ったマリサは、一呼吸置いてから。

 

「……だからさ、私、決めたよ。本当の魔法使いになる。それで昨日のことを霊夢に謝ってくるよ」

 

 私の目を見ながらはっきりと答えたマリサは、いつもの色が戻っていた。

 

 

 

 

 マリサを先頭に玄関をくぐってリビングへと戻ると、霊夢が出迎えてきた。

 

「おかえりなさい。どんな話をしてたの?」

 

 顔色を窺うように尋ねてくる霊夢。彼女の後ろに目をやれば、ソファーで一挙手一投足を見守っているアリス達。答えたのはマリサだった。

 

「もう1人の〝私″とちょっと、な。おかげで心の整理がついたよ。――私は生きることに決めた」

「そ、それじゃあ……!」

「そもそもそこまで人間で在ることに拘りがあったわけじゃないからな。霊夢がずっと人間でいるのなら、私もそれに付き合おうかな、程度の気持ちだった。仙人になった霊夢や皆が私を求めるのなら、それに応えるのも悪くない」

 

(……ああ、やっぱり〝私″なんだな)

 

 マリサの言葉は、かつての私が魔女になった理由とそっくりで、懐かしささえ感じさせるものだった。

 

「ありがとう。私、とっても嬉しいわ……!」

「お、おいおい大袈裟だな霊夢。そんな泣くなって」

「だって、だって……!」

 

 困った様子のマリサに抱き着きながら感涙する霊夢、そんな二人をアリス達は温かい目で見守っていた。

 

「これで一件落着かな?」

「そうみたいね。100年経っても色褪せない友情って素晴らしいわ」

「一時はどうなることかと思ったけどね~」

「彼女が私達と同じになるのなら、昔のようにまた騒がしくなりそうだわ」

「ふふ、そうですねパチュリー様」

 

(これで私の役目も終わりかな)

 

「貴女もありがとう」

「え?」

「これも全て貴女のおかげよ。貴女がいなければこんな未来はなかった。本当にありがとう……!」

 

 マリサからそっと離れた霊夢は、涙声で私にお礼を述べた。

 

「おいおいまだ礼を言うのは早いぜ霊夢。マリサを元の時代に送り届けてきちんと歴史が変わってからだ」

「そ、そっか。そうだよね、うん」

「そういえば魔理沙――」

「「ん?」」

「ああ、えっと、貴女よ貴女。そっちの髪の毛を纏めている方ね」

 

 私とマリサが一斉に振り向くと、パチュリーは私を指差した。行儀が悪いとされている行為ではあるが、この場合は仕方のないことだと思う。

 

「目論見通り昔のマリサが生きることを決めた訳だけど、どのタイミングで歴史が変化するのかしら?」

「歴史が変化する瞬間を見た事がないから確たることは言えないけど、私の主観でマリサを元の時代に送り届けた時だろうな」

「そうなの? では既にこの歴史は過去になりつつあるのかしら?」

「何事も無ければだけどな」

「ふ~ん……」

 

 この空気に水を差すようで悪いが、また何か不測の事態が起こるかもしれないし、断言できなかった。

 

「じゃあマリサ、帰るぞ」

「――あぁ、分かった」

 

 私はマリサを連れて、再び外へ出ていった。

 

 

 

 すっかり暗くなった我が家の前に全員が集合し、私とマリサを除いた六人の少女達は、数歩程度離れた位置に立つ私達に注目していた。

 

「なあ、どうしてもこんな体勢じゃないと駄目なのか?」

「こうして互いの身体を密着させることで、タイムトラベルの成功率を上げるんだ」

「そう言われても、自分で自分を抱きしめるのって結構気持ち悪いんだが」

「私の知らない時代に飛ばされたくなければ我慢してくれ。すぐに済むからさ」

「はいはい。ったく、そんな恐ろしいことを気絶している間にやられてたのか……」

 

 マリサは小声でブツブツと文句を言いながらも、私の指示した通りに、正面から腰に手を回すようにガッチリと抱き合っている。それを見てクスクスと笑う紫とこいしだったが、最早何も言うまい。

 

「それじゃ、150年前に戻るよ」

「二人とも気を付けてね」

「貴女とはまだ話したいことがあるわ。いつでも紅魔館にいらっしゃい。その時は歓迎するわ」

「新たな歴史でまた会いましょう。貴女と再び顔を合わせる日が来ることを楽しみにしてますわ」

「バイバ~イ!」

「魔理沙! 私、待ってるからね! 絶対帰って来てね!」

 

 私達の身を案じるアリス。読みかけの本を片手に、クールに別れを告げるパチュリー。格好つけたように言い放つ咲夜。スキマに座ったまま、無言でじっと私達を観察する紫。とびっきりの笑みを浮かべながら手を振っているこいし。そして心の底から叫ぶ霊夢。

 彼女達から思い思いの別れの言葉を受け取り、感謝の気持ちを込めて頷いてからマリサの耳元で囁く。

 

「行くぞ。時間移動中は危ないから、目をつぶってしっかり捕まってろよ?」

「あぁ」

 

(今の時刻は西暦215X年9月21日、午後6時30分だな)

 

 腕に力が入ったのを感じ、私は声高々に宣言する。

 

「タイムジャンプ! 時間は西暦200X年9月5日午前9時15分!」

 

 景色に歪みが生じはじめ、発生した時空の渦へと飛び込んでいった。

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

『時空変動により、現在この歴史を観測できません。霧雨魔理沙の行動が確定するまでしばらくお待ちください』

 

 誰も居ない時の回廊で、女神咲夜が使用していた大型透過ディスプレイから電子的なメッセージだけが響き渡る……。

 

 

 

 ――side 魔理沙――

 

 

 

 ――西暦200X年9月5日午前9時15分――

 

 

 

 それほど多くない時間を通じ、私とマリサは200X年へと戻って来た。

 

「ほら着いたぞ」

「ん」

 

 目を開けたマリサは一度辺りを見渡してから私から離れた。空からは眩しい太陽光が降り注ぎ、夏の空気が残る蒸し暑さ。

 

「お~さっきまで夜だったのに昼になってるな。目がチカチカするぜ」

「お前を連行した10分後に戻って来たんだ」

「まだそれだけしか経ってないのか?」

「あまり時間が離れすぎると色々と面倒だろ?」

「ふーん……」

 

 分かっているのか、分かってないのか、マリサは曖昧な返事だった。

 

「なんか嘘みたいな話だったけど、あれが未来だったんだよな。……本当に私の行動で、あの悲しい結末が変わるのか?」

「50年後になったら答えが分かるさ」

「はっ、随分と気の長い話だな」

 

 マリサは肩を竦めながら自宅へと戻っていき、使い古された箒片手に帰って来た。

 

「んじゃま、早速霊夢の元に行ってくるよ」

                               

 箒に跨り出発しようとするマリサに、「待ってくれ、ついでに伝言を頼む」と呼び止める。

 

「伝言?」

「約束の時間は150年後の9月21日じゃなく、翌日の正午だとな」

「? ああ分かった。ちゃんと伝えておくぜ」

「それと、今日体験した未来の出来事はむやみやたらに言いふらすんじゃないぞ」

「はいはい。じゃあな~〝私″」

 

 マリサは頷いた後、箒に乗って神社の方角へ飛び立っていった。

 こうして日付を1日ずらすことで、300X年で紫や妹紅が経験したように、215X年9月21日の出来事について記憶の継承が起きるかもしれない。

 

「よし、私も帰るか。未来はどうなったかな」 

 

 私はタイムジャンプ魔法を唱え、215X年9月22日の正午に跳んでいった。 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
ようやく一区切りついた気分です。



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第152話 魔理沙の結末(前編)

多くの最高評価と高評価ありがとうございます。
とてもうれしいです

投稿が遅くなってすみませんでした。
今回の話は文字数7000こえてるので普段より多めの文章量となっております




 

(……長いな)

 

 いつまでも終わる気配のないタイムトラベル。そこはかとない違和感と既視感を覚えつつ目を開けると。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 ほんの数メートル先に広がる果てしなく深い暗闇のカーテン。それは地上から空のてっぺんまで、左右を見渡せば地平線の果てまで続いていた。 

 夜になった訳ではない。タイムトラベル先の時間は正午に設定していたし、もし何らかの理由で夜に跳んでしまっていたとしても、昼と夜が同時に存在することは有り得ないからだ。

 そのように現状を把握する過程で、私の立っている場所が魔法の森ではなく時の回廊であることに気付く。回廊の外に映る四季を象徴した光景も、秋と春の景色が暗闇に呑み込まれて消えていた。

 

(何がどうなってるんだ?)

 

 私は暗闇と明るみの境界線手前まで歩いていき、その真暗な世界を改めて観察する。魔女の目をもってしても中を見通せず、弱めのマスタースパークを撃ってみても、暗闇を照らすどころか、光線そのものが闇に呑まれ、かき消されてしまった。

 ならばと右腕を伸ばし、肘まで突っ込んでみたものの、ちょうど暗闇に浸かっている部分――肘から先――の感覚がなくなってしまい、慌てて手を引っ込める。明るみの中、右手を握ったり開いたりして確かめれば、感覚は正常に戻っていた。

 

(あ~何ともなくて良かった。しっかし、どうしたもんかな)

 

 先程までの実験で、これがただの暗闇でないことは実証済みだ。考えなしに飛び込んでいけば帰ってこれなくなる予感がする。

 

(……ん~むこの先には行くなってことか? というか咲夜はどこなんだ? いつもなら真っ先に声をかけてくるのに)

 

 目の前の暗闇から離れ、改めて周辺を見渡してみたものの彼女の姿は見当たらない。どこに行ってしまったのだろうか。

 

「おーい咲夜~!」

 

 私の叫びがこだまのように響き渡るものの、返事はない。

 回廊の両端に一定間隔で並ぶ石柱、そこを隔てた向こう側に見える夏と冬の景色の中にいるのかと思いつつ回廊を引き返していくと、遥か前方に何かを見つけ、急行する。やがてその〝何か″に近づくにつれて、その全貌が見えて来た。

 

「これは……」

 

 前方には向こう側が透けて見える巨大なスクリーンが道を塞ぐようにして宙に浮かび、奥の画面全体がちょうど良い感じに見渡せる位置には、柔らかい素材で作られた背もたれ付きの座席が地面から5㎜程浮いていた。

 私はスクリーンをすり抜け、これらの周囲を歩き回りながら新たな発見がないかどうか探していく。

 

(この座席には何の仕掛けもなさそうだな。そしてこの透過ディスプレイ、画面に何も映ってないみたいだけど、どこにもボタンやスイッチの類がないな。それに……) 

 

『時空変動により、現在この歴史を観測できません。霧雨魔理沙の行動が確定するまでしばらくお待ちください』

 

 画面の中央部から繰り返し流される機械的なメッセージ。

 

(……私がここにいると駄目ってことなのか?)

 

 そもそもなんでこんなところにいるんだろう。元々ここに来るつもりはなかったのに。

 

(……色々と気になるけど、霊夢とマリサがどうなったか知りたいし、元の時代に戻らないとな)

「タイムジャンプ! 行先は西暦215X年9月22日正午!」

 

 しかし何も起こらない。

 

(あ、あれ? なんでだ?)

 

 もう1度魔法式を頭の中で練り直し、跳びたい先の時刻を一字一句なぞるように再び宣言するも、やはり何も起こらなかった。

 これまで、外の世界で魔力が足りずにタイムジャンプが不発に終わったことはあったけど、時の回廊の中では魔力は充分に満たされている。だとすると……。

 

(まさかとは思うが、未来そのものが無くなっているのか?)

 

 暗闇のカーテンに遮られ不自然に途切れた時の回廊。これがもし未来の消滅だと考えればこの異常な状況にも説明がつく。存在しない時間には行く事が出来ないのだから。

 

(ううむ、何が原因なんだ? さっきまでは確かに行けてたのに)

 

 こんな非常事態に直面しても不思議と私の心は落ち着いていた。もしかしたらまだ事の重大さを理解しきれていないだけかもしれないが。

 

(直近の歴史改変といえば、マリサを私と同じ魔女にするよう仕向けたことだが……。いや、まさかな)

 

 同じ人間同士が出会ってしまうことによる、世界の矛盾による因果律の崩壊なんてとんでも理論が頭に思い浮かぶ。私とマリサは似てるけど別人だし、200X年から連れ出した時もこんなことにはならなかった。けれども現状を見れば完全には否定できず――。

 

『時空変動により、現在この歴史を観測できません。霧雨魔理沙の行動が確定するまでしばらくお待ちください』

『時空変動により、現在この歴史を観測できません。霧雨魔理沙の行動が確定するまでしばらくお待ちください』

「……つーかさっきからうるさいな! 考え事してんだから静かにしてくれよ!」

 

 一定間隔で延々と繰り返される耳障りなメッセージに向けて怒鳴りつける。ノイローゼになりそうな私の気持ちが伝わったのか、壊れたスピーカーのように繰り返されていたメッセージは停止した。

 

『……』

(お、静かになった)

 

 私は再び目の前の透過スクリーンを見上げる。

 

「うーん……」

 

 行方不明の咲夜に半分真っ暗な時の回廊。このおかしな事態にこいつが何か関係していそうな気もするんだが……。

 分からないことだらけの中、スクリーンを睨みながら考えていると、何の前触れもなく画面が光り始めた。

 

(お?)

 

 その画面に注目していくと、眩い光は形を変え、映像となっていった。

 

 

 

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 映し出された場所は博麗神社の生活感溢れる畳部屋。部屋の中央にはちゃぶ台と湯呑が置かれ、座布団に正座する霊夢の横姿が見える。

 

『はぁ……』

 

 霊夢はちゃぶ台に肘をついたまま憂いた顔でため息を吐き、じっと縁側の外を見つめている。

 

『どうしたらいいんだろう……。マリサになんて謝ったらいいのかな』

『お~い霊夢!』

 

 そんな時箒に乗ったマリサが現れ、着地と同時に靴を脱ぎ捨て、ちゃぶ台を挟んだ向かい側に座った。

 

『あ、マリサ……。その、えっと……』

 

 気まずそうにしている霊夢をよそに、マリサは開口一番『霊夢、昨日はすまなかった』と頭を下げた。

 

『えっ?』

 

 面食らっている霊夢をよそに、マリサは言葉を紡いでいく。

                               

『あの後未来から来たもう1人の〝私″に会ってさ、色々と話を聞いたよ。昨晩の話は本当だったんだな。霊夢や未来の〝私″の気持ちも知らず酷い事言ってごめん』

『マリサ……』

『それを踏まえて私は決めた。未来の〝私″同様、私も真の魔法使いになるってさ』

『本当に!?』

『ああ。つまんない意地を張っても不幸な未来が待ってるだけだからな。未来の〝私″を見習って、自分も少しは素直に生きようって決めたんだ』

『ありがとうマリサ。貴女がそう言ってくれてとても嬉しいわ』

『改めてこれからもよろしくな霊夢』

『ええ!』

 

 満面の笑みを浮かべる霊夢とマリサが手を握り合う姿が映った所で、映像は徐々に消えていく。

 

『ふふ、150年後が楽しみだわ。ねえ、未来の魔理沙と他にはどんな話をしたの?』

『いいぜ。じっくり話してやるよ。私が昨晩と今日、どんな体験をしたか』

『え? 今日はまだ始まったばかりじゃないの?』

『ふっふっふ、聞いて驚け。実はな、150年後に行ってきたんだ――』

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

「今のはいったい……」

 

 五分も経たなかったであろう短い映像に映し出されていたのは、博麗神社で霊夢と〝私″――身に覚えがないので新しい歴史の方だと思う――が、仲直りするシーンだった。

 

「それは貴女が去った直後の時間、西暦200X年9月5日午前9時25分以降に起きた出来事を映したものよ」

「うわぁっ!」

 

 咄嗟に振り返った先には、女神咲夜の姿が。

 

「お、脅かすなよ!」

「あらごめんなさい。普通に声をかけたつもりなのだけれど」

「ずっと気配を消していた癖に何を言う……まあいい。それより咲夜、何処へ行ってたんだ?」

「悪いけどそれは話せないわ。私がどこで何をしているのか、それは永遠の秘密であって、必ず0で無ければならないの」

 

 まるっきり意味が分からない。

 

「……はぁ。なら別の質問だ。この状況はなんだ? 何故あんなことになっている?」

 

 時の回廊の半分を埋め尽くす暗闇を指さしながら問いかけると、彼女は呆気らかんとした態度でこのように答えた。

 

「では結論から話しましょう。ここからの観測で貴女が元の時間に戻った際、貴女自身が世界の上書きに巻き込まれ、消滅する可能性が視えたわ。だから私の権限で貴女を時の回廊に留め、一時的に未来を封鎖しているのよ」

「!?」

「過去から未来まで、全宇宙の時間は停止しているわ。動いているのは私と貴女だけ」

 

 軽々しく口にしてはいるけど、ものすごくとんでもないことをやってのけている。彼女のあまりに並外れた力に只々ため息が出るだけだった。

 

「もう少し詳しい説明を頼む」

「これまで幾多の歴史改変を起こしても貴女が無事だったのは、特異点となっていたことで貴女の歴史が保護されていたからなの。けれどマリサを真の魔法使いになるよう仕向けたことで、その特異点に揺らぎが生じ始めた。貴女と、霊夢が自殺しなかった歴史の霧雨魔理沙(マリサ)。元々名前、性別、生い立ちから人間関係、そして取り巻く環境も非常に酷似していた。そんな2人の決定的な違いは、霊夢の自殺という理由を除けば〝人であるかどうか″だったわ。それが解消された今、一つの歴史に同じ歴史を持った人が二人存在し続けるのは異常――と歴史の修正力が働き始めたのよ」

「なんてこった……」

 

 私の仮説が半分当たっていた事もそうだが、知らない間にとんでもない事態になっていたことに動揺を隠せない。

 

「もしかしてマリサの歴史だけは変えちゃいけなかったのか?」

「そうではないの。既に歴史の修正力の誤作動については調整を終えた所だし、今回のような〝不測の事態″はもう起こりえないわ」

「そ、そうか。なんというか、手間をかけさせちまったみたいだな」

「ふふ、言ったでしょ? 『私はいつだって貴女の味方よ』と」

 

 何度繰り返したか分からないが、此方の咲夜には本当に感謝しかない。

 

「しっかしまあ、物騒な話だよな。どうせ消えるんだったら今までの歴史改変みたく、新たな〝私″に再構成されれば良かったのに」

「!!」

 

 冗談混じりに発した言葉だったが、先程までのムードから一転、咲夜の目の色が明らかに変化し、真剣な表情になった。

 

「ど、どうしたんだ咲夜? 何かまずいこと言っちまったか?」

「……」

 

 幾ばくかの焦りを持ちつつ尋ねても咲夜は険しい顔で黙り込むばかり。何か大切な話をしようとして踏みとどまっているような、迷っているような、そんな風に感じ取れる。

 

「……聞きたい?」

「え?」

「この話を聞いたら、貴女の人生に大きな変化が及ぶ可能性があるわ。それでも聞きたい?」

「もちろんだ。つーかそんな言われ方したら気になってしょうがないだろ」

 

 そう言うと、咲夜は何度か迷う素振りを見せてから、意を決したように口を開いた。

 

「……実はね、これから時間を動かすにあたって、私の力で新たな歴史改変を起こせるのよ」

「へぇ、どんな?」

「もし貴女が望むのなら、西暦300X年の妹紅みたく〝新しい歴史の霧雨マリサと同一化″できるわ」

 

 

 

「そ、そんなことが有り得るのか!?」

 

 思ってもみなかった咲夜の提案に、無意識のうちに声が大きくなっていた。

 

「仮に私が何の根拠もなしに力を振るえば、緻密に設計された宇宙の法則の崩壊を招くことになってしまうけど、今回は〝マリサの魔女化″という因果が発生したからね。この範囲に限るのなら宇宙に影響は及ばないわ」

「も、もしその提案を受けたらどうなるんだ?」声のトーンを落として質問する。

「貴女がタイムジャンプしようとした先の時刻の、〝新しい歴史の霧雨マリサ″へ、これまでのタイムトラベルの経験をした貴女の〝記録″が追加されることになる」

「そうなったら私が今まで行ってきた歴史改変が無効にならないのか? 因果もおかしくなるだろ」

「貴女が唯一無二の霧雨魔理沙として存在した最初の歴史を消すわけではなく、タイムトラベラーとしての貴女がここまで歩んできた痕跡を残したまま、現在の歴史のマリサと同一化するの。貴女の歴史の結末として、『マリサの歴史改変の影響によって、特異点化が解消され、世界の上書きを受け付けた』と記されるだけ」

「……なるほどな、それなら矛盾も生じない。しかし、それだけ聞いていると随分と都合の良い話に思えるんだが、何か裏があるんじゃないのか?」

「慌てないで。これからちゃんと話すから」そう前置きして、女神咲夜は語って行く。

 

「代償――なんて表現は大袈裟かもしれないけど、デメリットとしては今の貴女の思考や人格は新しい歴史のマリサがベースとなるから、モノの感じ方や、今まで見えていたものが違って見えるかもしれないわ。加えて貴女はタイムトラベラーだから、これまでの対象よりも色濃く〝記録″が残るでしょう。ひょっとしたら同一化した後に記憶のギャップに苦しむかもしれない」

 

 咲夜の口からスラスラと語られる言葉はまだまだ続いていく。

 

「後はね、これまでのようなタイムトラベルは一切出来なくなるわ。頭の中に知識と法則があっても魔法は不発に終わるし、さとりのような読心能力者であっても引き出せなくなるの」

「理由を聞いてもいいか?」

「『〝親友の死を大いに悔やみ、人の道を捨てて時間移動の研究に励み、次元シフト法による時間移動を完成させた魔理沙″だからこそ私は応援しているのよ。〝それに例外はないわ″』」

「その言葉は……!」

「私は他でもない〝貴女″に価値を見出したから。例え同じ霧雨魔理沙であっても、複数の貴女に権限を与えるつもりはないの」

 

 咲夜の答えは、幻想郷存続の未来となった西暦300X年から帰って来る時に発したものだった。まさか彼女はこの時の事を見越して……?

 

「で、どうするのかしら? このタイミングを逃してしまうと次のチャンスはもう巡ってこないかもしれない。有機生命体の生死ほど大きな事象の改変はそう起きるものではないし、時の回廊においての事象は貴女の力ではやり直しが利かないからね」

 

 淡々と語る咲夜だったが、少し冷静になって考えてみればこの話に違和感を覚える。

 

「返事をする前に一つだけ聞かせてくれ。咲夜は全ての可能性が見通せる、いわばアカシックレコードを具現化したような存在なんだろ? だったら私の答えに意味はあるのか?」

「何が言いたいの?」

「以前『魔理沙に未来を教えても、その知識を元に多かれ少なかれ行動を変えてしまうから未来を事細かに伝えられない』と言ってたじゃないか。なのに咲夜がそんな事を言い出すってことはさ、任意に選ばせているようで、その実予め定められた運命的必然になるんじゃないか?」

                            

 彼女はこれまで地球の消滅やマリサの死の事実を知っていながらも、敢えて何も言わず、歴史の観測に徹し続けて来た。それも逆に言えば私のタイムトラベルで、今のようになると知っていたからだ。

 結果論的に未来を知る程絶大な力を誇る彼女が歴史改変を促すような行動を取るということは、私の自由意志が介在する余地なく、結末が決まっていることになる。釈迦の手の平を飛び回る孫悟空のような気分だ。

 

「自らの行動が自らの意思の元に行われているのか、それとも超常的な第三者の意思によるものか。随分と面白い話ね。でもそれって貴女の歴史改変と同じじゃないの?」

「……」

 

 咲夜はあくまで笑みを崩さず、余裕の態度で在り続けている。ひょっとしたらこの質問すらも予測の範囲内だったのか……。

 

「まあ良いわ。差し支えのない範囲内で答えてあげましょう。確かに貴女の言う通り、どちらの選択を選んだとしても、その両方の歴史の行く末を予測可能よ」

(本当にでたらめな奴だな……)

「だけどね、何年、何十年と先の歴史を見渡しても、結局は貴女がこの場でYESかNOで答えるかに集約される。私にはその肝心要の二択が分からないから、貴女の心配は杞憂に終わるわ」

「……ちょっと待て。未来を知っているのなら、私がどっちの答えを出すのか自ずと分かるもんじゃないのか? 言ってることが矛盾している気がするんだが」

「時の回廊は過去も未来も存在しない特殊な空間だから、貴女の未来を読むにはここを出て三次元宇宙に戻った時の歴史を観測する必要があるわ。でも今は宇宙全ての時間が停止し、未来が封鎖されているでしょ? 時間を動かしてしまった時点で、貴女はマリサと同一化しなかったという歴史になるの」

「ふむふむ」

「歴史がどのような進化を遂げるか、可能性は刻々と変化し続けている。そして今の貴女はどちらの道を選んでも不自然ではない。だから私は〝分からない″と答えたわ」

「う~ん、そういうもんなのか?」

「そもそも0%を100%にできるタイムトラベラーの行動を予測するのは大変なのよ? 人だった頃の私の記憶が貴女を良く知っているから目途が付くだけでね」

 

 そんな言葉とは裏腹に、咲夜は楽しそうに語っている。

 

「まあ長々と理屈を説明したけどね、私はただ貴女に新しい可能性を与えたかっただけ。時の神としてではなく、十六夜咲夜としての好意だと思って欲しいわ」

「咲夜……」

「ただ勘違いしないで欲しいんだけどね、【この選択が必ずしも正しいとは限らない】の。幸せの形は人それぞれだから、自分にとってなにが最善かよく考えなさい」

「……そうか。悪かったな、変な事を聞いて」

「私の方こそ誤解を招く言い方でごめんなさいね」

「咲夜の好意は有難く受け取ったよ。少し考える時間を貰ってもいいか?」  

「気にしないで。貴女の歴史の分岐点ですもの、結論が出るまで待っているわ」

 

 一通りの疑問が払拭された私は先程見かけた座席まで移動し、そこで考えることにした。



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第153話 魔理沙の結末(後編)

(まさかこんなことになるとはなあ)

 

 霊夢、映姫、さとり、マリサ、そして今回の咲夜……偶然か必然か、ここのところ大きな選択を迫られるケースが多すぎる。

 とはいえそんなことを愚痴るつもりはない。彼女の言う通りしっかり考える必要はあるだろう。

 

(私にとって何が良いか……)

 

『もうタイムトラベル出来なくなる』そのように言い渡されたことについては特に何とも思わない。元々霊夢さえ助け出せればいいと思っていたし、彼女が仙人になって、マリサが魔女になった今の歴史は理想的な世界といえる。歴史の修正力が働こうとしたくらいだ、むしろ一つになるのが自然なのかもしれない。

 では自分の本心はどうなのか?

 

『私はマリサのことを良く思っちゃあいない。霧雨魔理沙は私の筈なのに、なんでアイツの為に肩身の狭い思いをしなきゃいけないのか?』

 

 200X年9月5日、地霊殿のさとりの部屋で、彼女に心の声を読まれた上でマリサについて聞かれた時、そう言い放ったのを思い出す。しかしその後『……それでもな、マリサは私なんだよ。死んだマリサの、悔しさや、後悔が、これ以上にないくらい痛感できるからこそ、何が何でも助けてやりたいんだ』とも答えた。

 あの時は相反する気持ちを抱きつつも、マリサを助けることを選び、行動に移した。

 それからマリサから本心を聞いて、私は霧雨魔理沙として在り続けるマリサに、一方で彼女は時間移動の力を持ち、霊夢の心を奪った〝私″に。互いが互いを嫉妬してると気づき、こんな事を考えていた自分が馬鹿らしくもなった。 

 彼女も私も、歴史は違えど同じ霧雨魔理沙だと認め、分かり合えた。同一化しても抵抗はなく彼女も受け入れてくれだろうし、その逆もしかり。なるほど、確かにどちらの道を選んでも不思議ではないな。

 

(私はどうしたいんだろうな)

 

 終わりが見えない思考のるつぼにハマっていた時、彼女達の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『例え歴史が違っても魔理沙は魔理沙なのよ。私はあなたの支えになりたいの』 

『150年後にまた会おう。その時になったら、私と一緒の時間を過ごしてくれないか?』

『――! ええ、分かったわ! 必ず会いましょうね!』

『貴女とはまだ話したいことがあるわ。いつでも紅魔館にいらっしゃい。その時は歓迎するわ』

『新たな歴史でまた会いましょう。貴女と再び顔を合わせる日が来ることを楽しみにしてますわ』

『魔理沙! 私、待ってるからね! 絶対帰って来てね!』 

 

(――そうか。私にはちゃんと帰る場所があるんだな)

 

 ポケットに右手を突っ込むと、指先に硬い何かがぶつかる。何だろうと思いながら取り出してみると、それは赤い長方形の小型メモリースティックだった。

 

『この中にはアプト星の地図と、あたしの自宅がある住所が記載されています。その……いつかあたしの家に遊びに来てください! もし来てくれたのなら歓迎しますよ!』

 

 39億年前の地球で交わした、宇宙人の少女との約束。

 

「待たせたな咲夜。考えが決まったよ」

 

 そう言って椅子から立つと、咲夜は私の目の前まで歩いて来た。

 

「200X年の霊夢はさ、マリサと古い歴史の私の違いを知った上で私を受け入れてくれた。そして私が生きる時代では、霊夢だけじゃなく、アリスやパチュリー、吸血鬼のお前だって私の帰りを待ってくれている。こんなに嬉しい事はない」

「貴女はここで立ち止まらず、進む道を選ぶのね」

「そうだ。それに私にはまだ行きたい所があるからな」

 

 アンナから貰ったメモリースティックを見せつけた。

 

「……ふふ。やっぱり貴女は私の期待を裏切らないのね」

 

 一瞬呆気に取られつつも、何かを察したように笑みを浮かべた咲夜は、右手を掲げ、指を弾く。瞬間、この空間の半分を覆っていた暗闇は跡形もなく消え去り、消えた春と秋の光景と共に、地平線の果てまで続く回廊が復活した。

 

「貴女の特異点化を強めておいたわ。もう行っても大丈夫よ」

「サンキュな」

「幻想郷の〝私″によろしくね」

 

 見送る咲夜に別れを告げ、私は約束の時間へと戻って行った。

 

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

 時間旅行者霧雨魔理沙が去った後の時の回廊で、女神咲夜は先程の出来事を振り返っていた。

 

「まさか魔理沙が同一化する道を選ばなかったとはねぇ。未来が予測できないことがこんなに面白いなんて」

 

 彼女はまだ熱が残る座席に座り、目の前に広がる巨大な透過スクリーンに視線をやる。

 

「さて、マリサが魔女になったことで幻想郷はどう変化したのかしらね。以前までの歴史と比較していきましょうか」

 




ありがとうございました。

今回魔理沙が女神咲夜の提案に乗った方の結末も、番外編として第4章が終わった時に公開できればよいかなと思ってます。


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第154話 霊夢とマリサの歴史①~②

最高評価及び高評価ありがとうございました。
かなり悩んだ話だったのでうれしいです。


 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 女神咲夜が観測に入った時刻は西暦200X年9月5日午後2時00分。場所は紅魔館の1階廊下。時を止めて洗濯を行っていた人間十六夜咲夜が、窓から忍び込む瞬間の霧雨マリサを目撃した所から場面が始まる。

 

『ま~た勝手に忍び込んでる。仕方ないわね』

 

 彼女は一旦胸に抱えていた洗濯籠を別の部屋に置き、再びマリサの元まで戻り、時を動かした。

 

『こらっ! ここで何してるの!』

『うわぁっ!』

 

 霧雨マリサからしてみれば、瞬間移動してきたかのように目の前へ現れた十六夜咲夜に驚き、窓枠から廊下へと滑り落ちてしまった。

 

『イテテテテ……』

『また勝手に忍び込んで、いい加減普通に玄関から入ってきなさいよ』

 

 尻餅をついている霧雨マリサにすっかり呆れ果てている十六夜咲夜。霧雨マリサは立ち上がり、服に着いた埃を払いながら宥めるように言った。

 

『もう~びっくりさせんなよ。私の事は放っておいてさ、仕事に戻れって。な?』

『招かれざるお客様を追い払うのもメイドの仕事よ』

 

 一瞬でナイフを取り出す十六夜咲夜に、霧雨マリサは『お~怖い怖い。悪魔の館のメイドは戦闘までお手の物ってか!』と返し、スペルカードを取り出した。

 

『あら、随分とやる気なのね』

『新しい道を拓くには、多少の困難があっても挫けちゃいけないんだぜ?』

 

 かくして、霧雨マリサと十六夜咲夜の弾幕ごっこが始まった――。

 

 

 

 十分後……。

 

『へへーん。私の勝ちだぜ!』

『はぁ……』

 

 弾幕ごっこに敗れ、レッドカーペットにへたり込む十六夜咲夜は、ガッツポーズを取る霧雨マリサを恨めしそうな目で見つめていた。そこに秘められた感情は、単なる勝ち負けではなく、弾幕ごっこの余波で荒れ果てた廊下と、仕事が増えたことに対するモノも含まれているに違いない。

 時を止めて襲い来る攻撃も、弾幕ごっこというルール上ではさほど優位性はない。

 

『そんじゃま、私は行かせてもらうぜ。じゃあな~』

 

 そう言って大図書館のある方角へと立ち去りかけた霧雨マリサに、十六夜咲夜は『待ちなさい』と立ち上がりながら声をかける。

 

『なんだよ? 再戦の申し込みならまた後にしてくれ』

『そうじゃないわよ。昨日の宴会の時、最後まで残って霊夢と話してたみたいだったでしょ? どんなこと話してたの?』

『また唐突だな?』

『だって貴女、霊夢が巫女を辞めるって宣言してから、かなり彼女のことを意識してたじゃない。気にもなるわよ』

『……気づいてたのか』

『傍から見ればすぐにわかるくらい、露骨な態度だったわよ。あれでばれないとでも思ってたの?』

『ははっ、そう言われると何だか急に恥ずかしくなってきたな』

 

 霧雨マリサは照れを誤魔化すように空笑いをして。

 

『あの時の私は納得できなくてな、霊夢に何があったのか、それがどこまで本気なのか問い詰めたんだ。それで帰って来た答えが、150年後から時間遡航してきた別の歴史の〝私″との約束だって話だから、到底信じられるものじゃなかった』

『!! そ、それで?』

 

 思いもしなかったタイムトラベラー魔理沙の言及に驚愕しつつ、咲夜は恐る恐る話の続きを求めた。

 

『だけどな、今朝私の前に現れた別の歴史の〝私″から経緯を聞いてさ、不満や疑問も全て解決して清々しい気持ちになったよ。霊夢の気持ちは尊重するし、私も本当の魔法使いになるって決めたんだ。……なんて、こんな話を今の咲夜にしても分からないだろうけどな』

 

 そして霧雨マリサは箒を肩にかけ、十六夜咲夜の前まで近づいていき、肩をポンと叩きながら、『お前もさ、これから色々と大変かもしれないけど頑張れよ』と声を掛け、去っていった。

 

『……ふ~ん、まさか未来の魔理沙が関わっていたなんてねえ。三日前に話してた『霊夢への用事』ってそういうことだったの』 

 

 彼女の後ろ姿を見つめながら、十六夜咲夜は呟いた。

 

 

 

 

 十六夜咲夜と別れて歩き続ける事五分、大図書館へと続く出入口へ到着した霧雨マリサは、音を立てないよう慎重に扉を少しだけ開き、僅かなスキマから中を覗き見る。そして周りに人影がないことを確認してから忍び込んだ。

 

『さ~て、あの本はどこかな~』

 

 気分はすっかり大泥棒。この部屋の主たるパチュリー・ノーレッジと使い魔の小悪魔に感づかれないよう、声も動きも潜めながら、目的となる魔導書が陳列されている本棚へ向かい、一冊一冊タイトルを確認していく。

 

『おっ、これこれ。後は……』

 

 五分、十分、二十分と時が経つにつれて、彼女の腕に抱える本の数も増えていく。やがてそれが三冊に到達したところで、『こんくらいで充分だろう。さ~て帰りますかね』と呟き、来た道を戻って行く。

 本棚と本棚の影に隠れつつ、キョロキョロと辺りを見渡しながら、慎重に出入口へと向かって行く霧雨マリサ。折り返し地点まで辿り着き、何事もなく終わるかと思われたその時、書物整理の為にたまたま近くを飛んでいた小悪魔に見つかった。

 

『ああ~!! パチュリー様! また例の侵入者が来てますよ!』

『やっべ、見つかっちまった!』

 

 叫びながら大図書館の奥へと飛んで行く小悪魔。もうこそこそ隠れる意味はないと判断した霧雨マリサは、飛び乗るようにして箒に跨り、地上スレスレの高さを維持したまま、進行方向上の本棚をひらりひらりと躱しながら飛んで行く。

 やがて出入口が前方に見えて来た。

 

『よっし、扉が見えて来たぜ!』

 

 このままいけば逃げ切れる、と強い確信を抱きつつ、本棚の影から扉がある通路へと飛び出そうとした瞬間、強大な魔力の塊を察知した霧雨マリサは垂直に飛び上がる。直後、人が丸ごと飲み込まれる程度のレーザー光線が出入口の扉に叩き込まれた。衝撃で大図書館全体が重い音と共に揺れ、パラパラと天井の埃が落ち、直撃を受けた出入口の扉はもはや原形を留めておらず、周囲の壁には罅と焼け焦げた跡が残っていた。

 中空からそれを見下ろしていた霧雨マリサは『おいおい、ただのけん制にしては幾らなんでも威力が強すぎじゃないか? パチュリー』と、不敵な笑みを浮かべながら振り返った。

 

『ふんっ、今日こそ逃がさないわよマリサ。脇に抱えている本と今まで盗んでいった本を全て返しなさい! 素直に従うのなら見逃してあげてもいいわよ?』

 

 冷静な口ぶりながらも怒りを露わにするパチュリー・ノーレッジは、片手に愛用の魔導書を持ち、背中と足には魔方陣を発動させており、威圧感すらも感じさせる膨大な魔力は、彼女が数百年の時を生きる強力な魔女である証だった。

 中空で互いに相対するパチュリー・ノーレッジと霧雨マリサの眼下には規則正しく並ぶ無数の本棚。周りにはどこに視線をやっても必ず目に入る本棚の数々。彼女らから離れた本棚の影に隠れ、怯えながら二人の様子を眺める小悪魔。

 一度ぐるりと大図書館全体を見渡した霧雨マリサは、パチュリー・ノーレッジの目を見ながらふてぶてしい態度を崩さずに宣言する。

 

『そいつは無理な相談だな。私はどうしてもこの本に用があるからな』

『そう。なら力づくでいかせてもらうわよ』

『いつでもかかってきな! 楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだぜ!』

 

 互いにスペルカードを取り出し、二人の魔法使いの弾幕ごっこが開始された――。

 

 

 

 ニ十分後……。

 

『残念だったなパチュリー。今日も私の勝ちだ』

『くっ……!』

 

 箒片手に床に立つ霧雨マリサは、数歩離れた通路上で、うつ伏せになって倒れているパチュリー・ノーレッジを見下すように言った。

 互いの魔法弾が激しく飛び交う空中戦、決着が着いたのは一瞬だった。ちなみに当人達は気づかなかったが、流れ弾が何度か隠れている小悪魔に当たりそうになり、必死で避けるという一幕も。

 

『それじゃ借りていくぜ~!』

『ま、待ちなさいマリサ! 勝手に持っていくのは許さないわよ……』

 

 パチュリー・ノーレッジはほふく前進しながら、霧雨マリサに向けて必死に手を伸ばしたものの、その願いも空しく、霧雨マリサは全壊した扉から悠々と大図書館を後にしていった。

 

『はぁ……。今回も負けてしまうなんて。一体何が駄目なのかしら……』

 

 大きな溜息を吐き、沈んだ様子のパチュリーに、『あ、あの~パチュリー様。大丈夫ですか?』と、物陰から出て来た小悪魔が彼女の傍でしゃがみ込み、声を掛ける。

 

『『大丈夫ですか』って? これが大丈夫に見えるなんて貴女の目は節穴なのかしら!? 私の大切な本を盗られたのよ!? これでもう何冊目だと思ってるのよ!』

『ひぃっ』

『そもそも貴女がもっとちゃんと見張っていればマリサに侵入されることもないのよ!? 挙句の果てには、主人に戦わせておいて自分は隠れるなんて何考えてるのかしら!?』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 

 幼い子供のようにうずくまり、涙を流す小悪魔。その様を見て、激昂していたパチュリー・ノーレッジの頭は急速に冷えていった。

 

『……ごめんなさい、言い過ぎたわ。貴女に怒りをぶつけても仕方のないことよね』

 

 そして服の埃を払いながら起き上がり、『弾幕ごっこだから怪我はないわ。心配してくれてありがとう。だから泣かないで、ね?』と、小悪魔の肩に手を置き、子供をあやすように宥めていた。

 

 

 

 

『……落ち着いた?』

『は、はい。ぐすっ』

 

 やがて小悪魔が落ち着いたのを見計らって、パチュリー・ノーレッジは彼女に命令する。

 

『小悪魔。マリサが何の本を盗って行ったのか調べてちょうだい』

『か、畏まりました!』

 

 小悪魔は仕事を果たすべく、蔵書リストを取りに大図書館の奥へと飛んで行った。

 他方で、パチュリー・ノーレッジは普段読書しているスペースへ戻り、机の上の呼び鈴を鳴らす。直後、彼女から見て一瞬で目の前に十六夜咲夜が現れた。

 

『お呼びですか? パチュリー様』

『貴女にやってもらいたいことがあるのよ』

 

 そう言って、パチュリー・ノーレッジは出入口へ向かって歩き出す。十六夜咲夜は後ろにぴったりとくっつきながら、『それは、ここに来る途中に見かけた全壊の扉と何か関係がおありですか?』と問いかける。

 

『その通りよ。マリサとの弾幕ごっこの最中に壊れちゃってね』

 

 パチュリー・ノーレッジは足を止め、すっかり風通しの良くなってしまった扉を指差した。

 

『これはまた、随分と派手に壊れちゃってますね。他の場所は無事なんですか?』

『この大図書館にある全ての物質には特殊な魔法が掛かってるから、ちょっとやそっとのことでは傷一つつかないんだけど、この扉だけはキャパシティを越えちゃって』

『なるほど、そういうことでしたか』

『お願いできるかしら?』

『承知致しました。すぐに終わらせますね』

 

 事情を理解した十六夜咲夜は一礼した後に時を止め、再び時が動き出した時にはすっかり元通りに直っていた。実際には少なくない時間と労力がかかった大がかりな大工仕事だったが、パチュリー・ノーレッジの体感では1秒も経っていなかった。

 

『修理完了致しました。また何かありましたらいつでもお申し付け下さい』

 

 そんな苦労を一切顔に出さず、涼し気な表情で報告する十六夜咲夜。

 

 彼女の見えない苦労を察したパチュリー・ノーレッジは『ご苦労さま、貴女にはいつも助けられているわ。ありがとう』と労いの言葉を述べ、十六夜咲夜は『これも仕事ですから。それでは私はこれで失礼致します』とクールに答え、再び時を止めて去って行った。

 

『さて、後は小悪魔の報告を待つだけね』

 

 パチュリー・ノーレッジは読書をしているデスクまで戻って、座席にどっかりと腰を下ろし、十六夜咲夜の置き土産である紅茶を口に含みながら、読みかけだった本の読書を再開していった。

 

 

 

 万を超す膨大な所蔵数を誇る大図書館全ての本との照合を終え、小悪魔が戻って来たのはニ時間後だった。

 

『パチュリー様、マリサが盗って行った本が分かりましたよ~!』

『お疲れ様。早速見せてちょうだい』

 

 先程の本を読了し既に二冊目に移っていたパチュリー・ノーレッジは、読みかけの本に栞を挟み、小悪魔が提示したリストを受け取り確認していく。

 やがて該当する箇所を見つけ、霧雨マリサの被害にあった本のタイトルが判明したパチュリー・ノーレッジは、目を見開いた。

 

『小悪魔、これに間違いはないのね?』

『もちろんです』

『そう。ふふっ、とうとう彼女も決心したのね』

 

 二時間程前に抱いていた怒りは既に消え失せ、パチュリー・ノーレッジは柔和な表情になっていた。

 リストに記されていた本のタイトル、それは捨食と捨虫の魔法に関するものだった――。

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――― 

 

 

「クス、なんとも彼女らしいやり方ね。そういえばあの頃の私っていつも魔理沙に振り回されてたっけ」

 

 遠い昔の記憶を思い出す咲夜。

 

「彼女も霊夢が自殺なんてことにならなければ、こんな未来もあったのでしょうね」

 

 センチメンタルな気持ちになりながらも、観測を続けていく。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

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 ――――――

 

 

 

 次に映し出された時刻は西暦200X年9月6日午後3時20分。太陽が傾きかけてきた時間に紅魔館の中庭で行なわれた、博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会の一コマ。

 パラソルが付いたガーデンテーブルに座り、紅茶を飲みながら取り留めのない話で盛り上がっていた。

 

『~ってことがあったのよね』

『あはは。何それ面白い』

 

 和やかなムードのまま歓談が続き、話が一区切りついたところで、十六夜咲夜は昨日の出来事を思い出す。

 

『そういえば、昨日ここに忍び込んできたマリサから聞いたわよ。一昨日の宴会では険悪な感じみたいだったけど、どうやら無事に仲直り出来たみたいね?』

『ええ、これも未来の魔理沙が私の代わりに誤解を解いてくれたおかげよ。私だけじゃどうしたらいいのか分からなかったから』

 

 博麗霊夢は一瞬表情に陰りを見せつつ、紅茶を一口飲んだ。

 

『マリサも真の魔法使いになるみたいだし、生きる楽しみが増えたわ。誤解もあったけれど、終わり良ければ総て良し。ってね』

『ふふ、それは良かったわね』

 

 優しい微笑みを浮かべる十六夜咲夜の態度に、博麗霊夢はふとある疑問が浮かんだ。

 

『それにしても、咲夜は時間移動云々の話をしてもあまり驚かないのね? 普通だったら半信半疑になってもいいものだけど』

『私も未来の魔理沙に会ったことあるからね』

『嘘!? いつのこと?』

『五日前と四日前の二回ほど』

『むむ、意外と近いのね。それに四日前って魔理沙が私の神社に来た日ね。でも、あの時はほとんど一緒にいたと思うんだけど……それ何時ごろの話?』

『確かお昼前だったわね。時を止めたまま仕事をしていたら『この時代で活動したいけど、時間が止まったままだと何もできないから時間を動かしてくれ』って文句を付けに来たのよ』

『それおかしくない? だって時間を止めてたんでしょ?』

『私にもよく分からないんだけど、未来の魔理沙は時間停止の影響を受けないみたいなのよ』

『へぇ~なんだか面白そうね』

『あまり大したものでもないんだけどね。……それで話を戻すけど、紆余曲折の末に未来の魔理沙には私の仕事を手伝ってもらって、そのお返しにあの日は時間を止めない約束をして人里の方へ飛んで行ったわ』

『ふ~ん。時間的に罰ゲームで私がジュースを買いに行かせたくらいね。買い物程度でかなり疲れてたから変だなってあの時思ったけど、そんなからくりがあったんだ』

『この時に未来の魔理沙が話してた用事というのが、まさか貴女と未来を生きる約束だったとはね。点と点が繋がって線になった気分だわ』

 

 十六夜咲夜と博麗霊夢は互いに納得したように頷いていた。この時の時間旅行者霧雨魔理沙はそもそもジュースを捜すだけでもかなり苦労していたのだったが、その事は知る由もない。

 

『霊夢にマリサ、次々と人は変わっていくのね。私はどうしたら良いのかしら……』

『咲夜?』

 

 意味深長なことを呟く十六夜咲夜に首をかしげる博麗霊夢のシーンで、映像は途切れた。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

 あれから三日後の西暦200X年9月9日午後2時57分。場面は再び紅魔館の中庭で行われている博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会でのこと。 

 

『あんたがわざわざ私に頼み事をするなんて珍しいわね。どうかしたの?』

『実はね、最近お嬢様のことで悩んでいるのよ。その事で話を聞いて貰いたくて』

『へぇ? 私で良ければ話を聞くわよ』

『8日前にね、お嬢様から私の眷属になって欲しいとお願いされたの』

『……さらっと話してるけど、かなり大事なことじゃない! でもこうして日中に私とお喋りしてるってことは、まだ吸血鬼にはなってないのね』

『ご明察。その時は丁重にお断りして、お嬢様は『咲夜の意思を尊重するわ』と仰られて話は終わったの』

 

 十六夜咲夜は紅茶を含み、ティーカップを静かに置いた。

 

『けれど、先の宴会での霊夢の妖怪発言に触発なされたのか、お嬢様が時々私に聞こえるように『私の何がいけなかったのかしら』『咲夜の人生観を大きく動かせるような出来事は何かないかしら』と呟いておられるのよ。それが、なんだかプレッシャーに感じてしまって』

『私にはどこが悩みなのかさっぱり分からないわ。あんたのことだし、喜んで誘いを受けるものだと思ってた』

『私はね、人間であることに誇りを持っているの。人として生まれた以上、人のまま死にたいし。もし私が寿命を伸ばして数百年生きられるようになったとして、私はその長い人生でお嬢様に忠誠を誓って仕え続ける事が出来るのか? 人間であった時のように、日々を一生懸命努力しながら生きる事が出来るのか? ……そんな恐さがあるのよ』

『ふ~ん……』

 

 一見どうでもよさそうな態度で相槌をうつ博麗霊夢だったが、内心では完璧超人だと思っていた十六夜咲夜の人間らしい悩みに、驚きと親近感を覚えていた。

 それを踏まえた上で、博麗霊夢は少し考えてから発言する。

 

『咲夜の気持ち、分からなくもないけどなんか違和感があるのよね』

『え?』 

『本当に心の底からレミリアに忠誠を誓っているならさ、例え何十――ううん、何百年経ったとしてもその想いは揺らがないと思うのよ。長い時間が経つことでレミリアに愛想をつかすのが怖い、って、誘いを断る動機としては弱い気もするけど』

『……霊夢には初めて話すけどね、実は私、幻想郷に来るまでのエピソード記憶が全くないの。年齢や出身地はおろか、『十六夜咲夜』って名前もお嬢様から授かった名前だし、私の本名は今も思い出せない……。自分が何者なのかと考え出すとキリがないわ』

 

 十六夜咲夜は言葉を続ける。

 

『もちろん、右も左も分からない私を拾ってくださったお嬢様には感謝してもしきれないわ。でもね、空っぽだった私が人であり続けることが、私が〝十六夜咲夜″になる前から続く唯一のアイデンティティーだから、もしお嬢様に愛想をつかすようなことがあれば、私にはもう何も残らなくなってしまうのよ』

『そうだったんだ』

 

 博麗霊夢にとっては、およそ1ヶ月以上前、〝既に無かった事にされた7月25日″に時の女神の咲夜から聞いた話だったので驚きは少なかったが、目の前の十六夜咲夜が人間であることに拘り続ける理由については初耳だった。

 

『でもそこまで固い決意があるのに私にこんな話をするってことは、やっぱり心に迷いがあるんでしょ?』

『そう、なるわね。自分でもちゃんと決心したつもりだったんだけどね』

 

 

 

「ふむ……ここまでのやり取りは以前と同じなのね」

 

 時の回廊からこの時代を観測する女神咲夜は、興味深そうに呟いた。

 画面の中で二人が繰り出す会話は、前回の歴史と一字一句違わず、女神咲夜にとっては既視感の強い内容であったが、彼女は嫌な顔一つせずに自身の役割を全うしていた。

 場面は再び映像の中の博麗霊夢と十六夜咲夜に戻る。

 

『咲夜。幾ら幻想郷といえども、基本的に一度失われた命は二度と同じようには戻らないわ。例え死者を復活させる術を使ったとしてもね。……幽々子や邪仙が操るキョンシーを見れば分かるでしょ?』

『……』

『私が仙人になろうと思ったきっかけはね、大切な人と一緒にいられる時間がどれだけ貴重なものか強く実感する出来事があったからなの』

『それってもしかして……三日前に話していた未来の魔理沙との約束?』

『うん。一週間前のことなんだけどね――』

 

 そう前置きして、博麗霊夢は9月2日に体験した出来事を十六夜咲夜に話していく。彼女は真摯に耳を傾け、共感していた。

 

『そうだったの……。未来の魔理沙がそんな暗い過去を抱えていたなんて……』

 

 十六夜咲夜は彼女に憐憫の情を抱いていた。

 

『彼女は私の為にあらゆる手を尽くして助けてくれたから、その想いに応えたいと思ったわ。私のために頑張ってくれたのに報われなきゃ悲しいじゃない』

『霊夢……』

 

 博麗霊夢にとって、200X年9月2日は忘れたくても忘れられない濃密な1日だった。あの日の出来事は心に深く刻まれている。

 

『話が脱線しちゃったけどさ、心の迷いを抱えたまま過ごしていたら、必ず後悔する時がくると思う。原因を生み出した私がこんなこと言うのもなんだけど、レミリアともう一度腹を割って話し合ってみたら?』

『……確かに霊夢の言う通りね』

 

 この時、十六夜咲夜の脳裏には、200X年9月1日に出会った時間旅行者霧雨魔理沙から託された、〝150年後のレミリア・スカーレットからの手紙″が思い浮かんでいた。

 

 あの時に彼女の提案を断った今、時間旅行者霧雨魔理沙が語った、レミリア・スカーレットが悲しみに明け暮れる結末へ辿り着くのは想像に難くない。

 

 しかし結論から話せば、この時間から10年後の201X年6月5日、死の間際に彼女宛に辞世の句を綴った手紙を残したことで悲しみから立ち直り、前を向いて生きていく結末へと歴史が改変されるのだが、この時点での十六夜咲夜はそこまで考えが及ばなかった。

 

『それともう一つ。あんたの素性についてだけど、私に心当たりがあるわ』

『どういう事?』

『実は――』

 

 博麗霊夢は、〝既に無かった事にされた7月25日″に体験した出来事をかいつまんで話していった。

 

『……そんなことがあったの? 本当に? あの日は何でもない一日だったはずだけど』

『皆忘れちゃってるだけで全て事実よ。未来の魔理沙も、時の回廊とかいう場所で神様の貴女と何度か会ってるみたいだし』

『……それにしたって、私がそんな、時の神様とかいう大それた存在の分身だなんて、あまりに突拍子がなさすぎて……』

 

 呆然とした言葉は徐々に尻すぼみになっていき、沈黙に上書きされたが。

 

『けれど貴女がこんなことで嘘を吐くとは思えないし、本当のことなんでしょうね。今日は本当に驚かされてばかりだわ』

 

 博麗霊夢の本心、時間旅行者霧雨魔理沙の苦悩、自身の出生の謎、それらを一度に知った十六夜咲夜は、〝自分の在り方″について真剣に考え始めていた。

 

『色々と話してくれてありがとう霊夢。私自身の事も踏まえて、熟考してみるわ』

『今度どうなったか聞かせてね』

 

 こうして二人だけのお茶会はお開きとなり、彼女達が再会するのは1週間後だった。

 

 

 

 西暦200X年9月16日午後2時15分、紅魔館のエントランスホールにて博麗霊夢と十六夜咲夜が顔を合わせる場面から、映像が開始される。

 

『いらっしゃい霊夢。待ってたわ』

『家でのんびりしていたら、急に招待状が目の前に現れてビックリしたわ。普通に届けてくれればいいのに』

『クス、そうでもしないと霊夢は私に振り向いてくれないから』

『ここ最近しょっちゅう顔を合わせてるくせに何を言ってんだか。それで、あれから結局どうなったの? ……って、聞くまでもないか』

 

 彼女のメイド服の背中から生える立派なコウモリの羽を見て、博麗霊夢は全てを察した。

 

『あの日霊夢と別れた後、お嬢様と夜通し話しあって、気持ちもしっかり受け止めた。その上で私は決めたの。お嬢様に求められている限り、私は忠誠を捧げ続けるって』 

『幸せは失ってから初めて分かるものだ――なんて言うけど、多分貴女に話を聞いてもらわなかったら、今の私がどれだけ恵まれているのか考えもつかなかったと思う。ありがとう霊夢』

 

 幸福に満ち溢れた彼女の素直な言葉に、博麗霊夢は照れ臭くなり『べ、別に私はただ話を聞いただけ。お礼なんて要らないわ』

 

『ふふ、それでも、きっと霊夢がいなかったら踏ん切りが付かなかったと思うの。感謝の気持ちを籠めて今日はシュークリームを作ったわ。一緒にお茶でもいかが?』

『ま、まあそういうことなら、遠慮なく頂こうかな』

『ふふ、決まりね。ついてきて。今お部屋に案内するわ』

 

 甘いスイーツに心惹かれた博麗霊夢は十六夜咲夜の後についていく。その道中、彼女の姿をまじまじと見つめながら博麗霊夢は口を開く。

 

『それにしても見違えたわね~。なんかレミリアと違っていかにも〝本物″っぽい感じ』

『……美鈴にも同じことを言われたわ。そんなにそれっぽいかしら?』

『あんたはスタイルが良いからね~。むしろレミリアの方が眷属に見えるわ』

『それ、お嬢様が聞いたら悲しまれるから、絶対に口にしちゃダメよ?』

『分かってるわよ。ま、なにはともあれ、これからもよろしくね咲夜』

『ええ。貴女とは長い付き合いになりそうね霊夢』

 

 移動中に笑顔で軽口を叩く2人が廊下を歩いていく所で、映像が段々と薄れていった。

 

 

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 ――――――

 

 

 

「どうやら人間の〝私″が吸血鬼になるのは既定路線みたいね。魔理沙の働きかけによる霊夢の仙人化がこの歴史の切欠なのかしら」

 

 間違い探しに近い微細な差分の歴史を分析する女神咲夜。一度目は人間十六夜咲夜の決意に驚愕していたが、二回目ともなると最早驚きはない。

 

「ここまで流れが近いとなると、私が観測する意味はあまりないのかしら?」

 

 疑念を抱いた時、透過スクリーンが次に観測するべき時間を指し示す。それは前回の歴史には無かった日付。

 

「なるほど。次は三日後の西暦200X年9月19日、午前11時の博麗神社を見てみましょうか」



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第155話 霊夢とマリサの歴史③

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 西暦200X年9月19日午前11時00分。雲の隙間から途切れ途切れに日差しが差す蒸し暑い日の事。箒に乗った霧雨マリサが博麗神社の境内に降りてくるところから映像が始まる。

 

『やっほ~。霊夢いるか~?』

 

 落ち葉だらけの閑散とした境内を奥に向かって歩いていくと、縁側に博麗霊夢を発見する。彼女は右手で煎餅を齧りつつ、左手には湯呑を持ってぼんやりと寛いでいた。

 

『よっ!』

『んむ? あらいらっしゃいマリサ、二週間ぶりね』

『私に会えなくて寂しくなかったか?』

『何馬鹿なこと言ってんのよ。そういう歯の浮くようなセリフは好きな人に使いなさい』

『はは、それもそうだな』

 

 軽口を叩きながら、呆れる博麗霊夢の隣に座った。

 

『なあお茶くれお茶』

『はいはい』

 

 煎餅を口に加えたまま一度奥に引っ込んだ博麗霊夢は、それを食べ終えてから戻って来た。

 

『はい、どうぞ』

『おお、サンキュ』

 

 博麗霊夢から湯呑を受け取った霧雨マリサは、駆けつけ一杯の如く飲み干していく。空になる頃には、すっかり汗だくとなっていた。

 

『ぷは~、相変わらずお湯みたいなお茶だな』 

『うっさいわね。文句を言うなら飲まなくていいわよ』続けて、『それで何しに来たのよ? 確か2週間前には、『当分の間、魔法使いになる為の研究に取りかかるから来れなくなるぜ』って言ってたじゃない』

『実はな、その研究も今朝になってやっと終わったんだ。私とうとう種族としての魔法使いになったんだぜ!』

 

 霧雨マリサはすっかり空になった湯呑を置いて答えた。

 

『え、もう? 意外と早いのね』

『……なんだよ、せっかくいの一番に知らせに来てやったのに、そこはもうちょっと驚いてくれたっていいじゃんか』

『だってマリサの実力は私が一番知ってるもの。このくらいじゃ驚かないわ』

『そ、そっか。……えへへ』

 

 嬉しさに頬を緩ませる霧雨マリサに、博麗霊夢は不思議そうな顔をしていた。

 

『それにしても、魔法使いになっても見た目は全然変わってないのね?』

『だったら試してみるか? いつもの〝アレ″で』

『いいわね! ちょうど体を動かしたいなあって思ってたところだし』

 

 その言葉を合図に二人の少女は飛び上がり、神社上空で対峙する。

 

『何枚にしよっか?』

『二枚だ』

『オッケー。いつでもいいわよー』

『よっし、行くぜ!』

 

 悠然としている博麗霊夢に、霧雨マリサが魔力を噴出するようにして突っ込み、弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

 十七分後……。

 

『どうやら、私が勝ったみたいだな』

『うん』

 

 博麗神社上空、箒に跨ったまま静止する霧雨マリサと、陰陽玉を周囲に漂わせながら自然体に浮く博麗霊夢。スペルカードを使い切ってしまった博麗霊夢は潔く負けを認めた。

 二人はゆっくりと降下して地面に着地した後、再び縁側へと移動した。

 

『なんか私のイメージ通りに行かなかったわね。最近修行ばかりで弾幕ごっこしてなかったから、ちょっと腕がなまっちゃったかしら』

『腕がなまっててあの動きかよ。全く、あまり勝った気がしないぜ。それにお前ってそんな接近戦を挑むタイプだっけか?』

『今日は趣向を変えてみたわ。敢えて自分の不得意な分野で勝負するのも必要だ、って華扇が話してたからね』

『どうりでな』

 

 今回の弾幕ごっこは、霧雨マリサが遠距離攻撃を多用するスタイルに対し、博麗霊夢は相手の懐に飛び込み肉弾戦を仕掛ける、普段とは違うスタイルだった。霧雨マリサは戸惑いながらも冷静に一つ一つ対処していき、適度に距離を取りながら攻撃を仕掛けていた。

 

『戦ってて思ったんだけど、前より弾幕の密度やスピードが上がったような気がする。それも真の魔法使いになった影響なのかしら?』

『まあな。魔法使いになったら世界が広がったよ。今まで見えなかった魔力の流れが見えるようになったし、夜でも灯り付けないで飛び回れるからな』

『……なんか話聞く限りだとかなり地味ね』

『魔法使いじゃない霊夢に分かりやすい例えを挙げただけだ。専門的なことを喋ってもいいなら、他にもまだまだあるぞ?』

『じゃあ良いわ。どうせ聞いても何の役にも立たないし』

『だと思ったぜ』

 

 そして霧雨マリサは続けてこう言った。

 

『霊夢もさっさと仙人になってくれよ? 私にできることがあればどんな事だって手伝うからな』

『ありがとう。頼りにしてるわ』

 

 それからの二人は、ここ2週間に起きた出来事を中心に、たわいのない話で盛り上がっていった。

 

 

 

 翌日の午前9時、唐草模様の風呂敷包みを背負った霧雨マリサが、紅魔館の1階廊下で吸血鬼姿の十六夜咲夜と遭遇したシーンから始まる。

 

『あらあら、またこんな所で会ってしまうなんて』

『咲夜か』

『前に来た時とは違って、今日はちゃんと玄関から入って来たみたいね? 感心感心』

 

 時を止めて目の前に現れても、彼女は至って冷静だった。

 

『その姿、お前とうとう人間辞めちまったのか?』

『ええ。二週間ほど前からお嬢様に眷属にならないか誘われていてね、ずっと迷っていたんだけど、お嬢様の永遠の僕であることを誓ったのよ』

『そうだったのか』

『私の悩みを聞いて、背中を押してくれた霊夢には感謝しかないわ。彼女がいなかったら、きっと私は人間を辞める勇気がなかったと思うし』

『へぇ~あの霊夢がなあ』

 

 十六夜咲夜は、肩の荷が下りたような安らかな表情で語っていた。

 

『にしても咲夜、宴会の時ですらレミリアにべったりだったお前が、いつの間にそんな親密な関係になったんだ? 前まではあまり接点がなかったと思うんだが』

『あら、妬いてるの?』

『馬鹿なこと言うな。ただちょっと気になっただけだ』

 

 言葉とは裏腹に目が泳いでいる霧雨マリサに、十六夜咲夜は目を細めていた。

 

『未来の魔理沙がきっかけで互いを理解してね、それ以来たまに会ってお喋りしてるのよ』

『……それは初耳だな。てかお前も未来の〝私″と会ってたのか』

『9月1日に未来のお嬢様からのメッセンジャーとして、その翌日にこの時代の〝貴女″として。150年経っても霧雨魔理沙(マリサ)の本質は変わらないのね』

『ふ~ん、私の影でそんなことしてたんだな』

『霊夢はね、貴女の話題になるといつも楽しそうに喋るわ。よっぽど貴女のことを想っているのでしょう』

『きゅ、急に何を言い出すんだよ』

『未来の魔理沙も霊夢の為にとても多くの犠牲を払ったそうですし、貴女だって霊夢のことを大切に想っているのでしょ? 二人の霧雨魔理沙(マリサ)と霊夢の絆の深さに、私が割って入る余地はないわ』

 

 敬意が込められた咲夜の率直な評価に、霧雨魔理沙は言葉を詰まらせた。

 

『ふふ、そんな訳だから安心なさい。大事な大事な霊夢を取るつもりなんてさらさらないわ』

『だっ、だから、そういう意味じゃないって!』

 

 からかうような物言いの十六夜咲夜に、顔を真っ赤にして否定する霧雨マリサであった。

 

 

 

『ところで、今日は何の用があってここに来たの? 私にできることがあれば力になるわよ?』

『やけに親切だな? いつもだったら力づくでも追い返そうとするのに』

『お客様を最大限もてなすのがメイド長としての務めですから』

 

 十六夜咲夜は仰々しく一礼した。

 

『その気持ちは有難いが、私は地下の大図書館に用があるんだ。通っても良いか?』

『構わないけど。その背中の荷物は何? まさか家の備品じゃないでしょうね?』

『違う違う、これは自宅から持って来た魔導書だ』

『ふーん、さしづめ前回盗っていった物かしら?』

『私はあくまで【借りる】だけだ。人聞きの悪い事を言うな』

『ふふ、そうでしたわね』相手に合わせるような微笑みを浮かべ、『魔導書と言えば、貴女普通の魔法使いから本当の魔法使いになるために勉強してるそうね? 三日前に霊夢がそんなことを話してたわ』

『まあな。今日はその結果報告も兼ねて、パチュリーに会いに来たって訳だ』

『あら、そういうことだったの』

 

 十六夜咲夜は等身大の霧雨魔理沙をじっくりと観察した。

 

『なるほど、貴女も私と同じ妖怪の仲間入りしたのね。なんだか意外だわ』

『私も私で、色んな話を聞いた上で、ちゃんと考えた末に出した結論だ。霊夢の発言を引用するなら『私の中で人生観が変わる大きな出来事があった』って感じかな』

『!』

 

 その言い回しで全てを察した十六夜咲夜は、驚きの表情を貼り付けた。

 

『私も霊夢も、諸に彼女の影響を受けたことになるな。お前だってひょっとしたらそうかもしれない』

『だとしてもそれは自分で選んだ道よ。そこに運命は存在しないわ』

『はっ、そりゃそうだ。自分の意思がない人生なんて面白くもなんともない』

 

 吐き捨てるように言った霧雨マリサは、彼女に背を向けて遠ざかっていく。声が届かなくなる距離まで離れてしまう前に、十六夜咲夜は呼び止めた。

 

『マリサ、一つだけ聞かせて』

『どうした? 改まって』

 

 彼女は足を止め、振り返る。

 

『貴女が魔女になったということは、150年後になればもう1人の魔理沙が幻想郷に現れることになるわ。もしその時になったら、貴女はどうするつもりなの?』

『愚問だな。考えるまでもなく決まっているさ』

 

 彼女の自信に満ちた答えを聞いた十六夜咲夜は、『……そう。呼び止めて悪かったわね』と、自らを恥じた。

 

『気にするな、お前と私の仲じゃないか。これからも仲良くやろうぜ』

『今回みたく普通に入って来てくれるのなら、歓迎するわよ』

『はは、手厳しいな』

 

 苦笑しつつ、霧雨マリサは去って行った。

 

 

 

 

『邪魔するぜ~!』

『マリサ!』

 

 大図書館に辿り着いた霧雨魔理沙が、直されたばかりの出入口を乱暴に開いて登場すると、すぐさまパチュリー・ノーレッジが文字通りすっ飛んできた。

 

『しばらくの間見ないと思ったら今度は正面から来るなんて、私も随分と舐められたものね。今日こそ本は持っていかせはしないわよ!』

『まあまあ落ち着けよ。今日は返しに来たんだ』

『な、なんですって!?』

 

 驚愕するパチュリー・ノーレッジの横を抜けて奥へと向かったので、慌てて後を追っていく。霧雨マリサはパチュリー・ノーレッジが日常的に使用する大机の前で止まっていた。

 様々なジャンルの本が積み上げられ、魔法実験や錬金術に用いられる器具が座席の近くに置かれた、お世辞にも整理されているとは言い難い大机の上、偶々空いていたスペースに自宅から持参した風呂敷包みを置き、それをほどいて本を並べていく。

 

『ど、どういう風の吹き回しなの? 今までどれだけ私がお願いしても『死んだら返す』の一点張りだったのに』

 

 混乱している彼女に、霧雨マリサは本の表紙を見せながらこう言った。

 

『これらの本の内容は全部理解したし、もう今の私には必要ないからな』

『そ、それでは貴女、もしかして本当の魔法使いに……?』

『ああ、晴れて私もお前と同じ魔法使いになったんだぜ。魔力の流れですぐに分かると思ったんだけどな』

 

 言われて気づいたパチュリー・ノーレッジは、すぐさま彼女の魔力の探査を始める。

 

『た、確かに以前よりも魔力が格段に向上してるわね。それにしたって、こんな短期間で種族の魔法使いになってしまうなんて、信じられないわ』

『霊夢が妖怪になるんだし、私だって負けてられないからな。この程度楽勝だぜ』

 

 余裕そうに話す彼女ではあったが、この二週間、睡眠時間を削って血がにじむ様な努力をしていたことを、当の本人以外誰も知らない。

 

『ま、そういう訳だからさ、同じ魔法使いとしてこれからもよろしく頼むぜ』

『やれやれ、今後ますます騒がしくなりそうね』

 

 憎まれ口を叩きながらも、パチュリー・ノーレッジは優しい表情をしていた。

 その後、パチュリー・ノーレッジは返却された本の状態を確認している最中、本の数が増えていることに気付き、隣でジロジロと大机を見回す霧雨マリサに問いかける。

 

『これって、先月に貴女が盗んでいった本の一部よね?』 

『人間の私が死んで、魔法使いとして新たな人生を歩み始めた今、死ぬまで借りていく意義は無くなったのさ。それに本を巡ってお前に殺されたらたまったもんじゃないし』

 

 彼女の哲学と思いつきもしなかった手段に面食らいながらも、パチュリー・ノーレッジは『……へぇ、殊勝な心掛けね。ようやく貴女も泥棒から足を洗って、アリスのようなちゃんとした利用者になってくれるのね』と、安堵する。

 

『おいおい、勘違いしてもらっちゃあ困る』

『え?』

『死ぬまでじゃないにせよ、私はこれまで通り勝手に借りていくぜ! お前の指図は受けない!』

 

 言うが早いか、霧雨マリサは素早い手つきで大机の一番上に積まれた青い本をかっさらう。

 

『次はこいつを借りていくぜ~! あばよパチュリー!』

『ま、待ちなさい! それはつい最近手に入れたばかりの貴重な魔導書で、まだ1ページも読んでないのよ! 返しなさ~い!』

 

 愉快そうにしながら画面外――出入口の方角――へと一目散に逃げ出す霧雨マリサを、パチュリー・ノーレッジが息を切らして必死に追いかけていった。

 

『か、返して……むきゅー』

『パ、パチュリー様~! しっかりしてください!』

 

 フレームの外から人が倒れる音と、彼女に呼びかける小悪魔の声が聞こえてきた所で、映像がフェードアウトしていった。

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

「何というべきか、マリサって本当に自由奔放なのね。それが彼女の魅力なのでしょうけど」

 

 一通りの観測を行った女神咲夜は苦笑していた。

 

「前回の歴史との違いは、新しい歴史のマリサが真の魔法使いになって、霊夢とのわだかまりも無くなった所かな。これなら50年後に同じ結末をなぞることはないでしょう」

 

 結論付けた女神咲夜は顔を上げ、次に観測すべき時刻に合わせていく。

 

「このまま彼女達の他愛のない日常を見ていたい気持ちもあるけど、それはまた今度にするべきね」

 

 眼前で勝手に再生されている重要性の低い歴史――アリス・マーガトロイドの自宅に霧雨マリサが押しかけ、乗り気じゃない彼女を弾幕ごっこに誘う西暦200X年9月21日――を見ながら、彼女は呟いた。



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第156話 霊夢とマリサの歴史④~⑤

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

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 次に観測する時刻は、前回よりおよそ7か月飛んだ西暦2008年4月6日午前10時。春になり満開の桜が咲き誇る博麗神社にて、博麗の巫女の継承式が完了した場面から開始される。

 お茶の間には、博麗霊夢といつになく真剣な表情の八雲紫が並んで座り、ちゃぶ台の向かい側には一人の少女が正座していた。

 

『……これで引継ぎは完了ね。今日からあんたが私に代わって博麗の巫女よ』

『はい! 博麗の名を汚さないように、精いっぱい頑張ります!』

 

 博麗霊夢によって新たに博麗の巫女に任命された少女は、彼女より三つ年下の淡い栗色の髪が綺麗な、愛嬌溢れる可愛らしい女の子だった。

 もちろんその少女は例によって、脇が開いた博麗神社伝統の巫女服を身に着けている。逆に、今日この日から先代の博麗の巫女となった少女は長年愛用してきた巫女服を脱ぎ、良く言えば素朴、悪く言えば地味な柄の着物へと着替えていた。

 

『あ~そんな気負わなくても良いのよ? 別にそんな重みとかないし。もっと気楽に気楽に』

『そうはいきません! 博麗の巫女は幻想郷を代々守護して来た神聖な役職であり、私のような退魔師の家系に生まれた者にとって憧れのような存在でした。親元を離れて家名を捨て、〝博麗″の名を賜ったからには、この素敵な楽園を永遠に存続させるために命を捧げる覚悟です!』

『ふふ、頼もしいこと。これからよろしくお願いするわね』

『なんだかなぁ……』

 

 やる気に満ちあふれている新代の博麗の巫女に愛おしく微笑む八雲紫と、自分との覚悟の違いにばつの悪い表情をする先代博麗の巫女――もとい、博麗霊夢。

 しかし、自分の跡継ぎとしてここ数か月に渡って八雲紫と共に少女を教育してきたこともあり、この日を無事に迎えられたことの達成感や感慨深さも得ていた。

  

『それにしても、何とか霊夢が人の枠に収まっているうちに巫女の継承を執り行えて良かったわ。貴女、去年の秋頃と比べると見違える程霊力が高まっているわよ』

『そうかな? 自分だとあまり良く分かんないけど』

『貴女を博麗の巫女に見出した時、『この子は物凄いポテンシャルを秘めている』と思っていたけれど、やはり私の目に狂いはなかったわね』

『…………』

 

 かすかに口角を上げて静かな声で語っていく八雲紫。霊夢は膝に手を置き僅かに俯いていた。

 

『そんな暗い顔しなくてもいいのよ霊夢。貴女はこれまでちゃんと責を果たしてくれたわ。後は自分の好きなように生きて頂戴』

『……ええ。分かったわ』

『霊夢様、たとえこの神社から去ったとしてもいつでも遊びに来てくださいね!』

『ありがとう』

 

 二人に見送られつつ、最低限の身の回りの物を包んだ風呂敷包み片手に、博麗霊夢は神社を後にしようとしたが、『そうそう。紫に言い忘れていたことがあったわ』と立ち止まる。

 

『どうしたの?』  

『紫。もう私は博麗の巫女じゃなくなったし、博麗の名は返上するね』

『!』

『妖怪になる予定の私が〝博麗″を名乗っていたら、人々から博麗の巫女への不信感が募るでしょうし、その名を持つ者は1人で良いわ』

『待ちなさい霊夢。『名は体を現す』ということわざがあるように、苗字を捨てることはこれまでの自分を半分亡くすことになるのよ? その意味を分かってるの?』

『平気よ、これも私の選んだ道だから。それじゃあね紫。ちゃんとあの子の面倒見てあげてね』

『いいえこれだけは譲れないわ。勝手に話を終わらせないで頂戴』

『霊夢様!』

 

 立ち去ろうとした博麗霊夢の行く手を阻むように、硬い表情の八雲紫がスキマを介して瞬間移動し、後ろからは博麗の巫女が追いすがって来た。背後の少女はともかくとして、目の前の八雲紫は能力が能力なだけに、本気で追いかけられたら逃げられない――そう判断した博麗霊夢は、仕方なく彼女の話を聞くことにした。

 

『なんでそんなに怒ってるのよ?』

『私が名無しの妖怪から『八雲紫』という個人名を持った妖怪に成った時、〝私″としての自我が芽生えて今の能力が発現したわ。それくらい〝名前″は妖怪にとって大きな意味を持つの』

『へぇ、あんたにもそんな時期があったのねぇ』

『もう二千年近く前の話だけどね』

『お言葉ですが霊夢様、私も反対です! せっかく家族になれたのにこのままお別れするなんて悲しいですよ……』

『あんたまでそんなこと言うの? けど今更私は戻れないわよ?』

 

 二人の人妖に引き留められすっかり困り果てている博麗霊夢に、八雲紫はこんな提案をした。

 

『霊夢。もし妖怪になったとしても、常に人間の味方であり続けると約束してくれる?』

『元からそのつもりだけど? 相手から襲ってくることがない限り、少なくとも私から積極的に襲うつもりはないし』

『そのスタンスなら問題ないわね。〝博麗″の名を持つ者が人間の敵じゃないと公布すれば、幻想郷に悪影響は及ばないでしょう。とにかく霊夢、あなたは〝博麗″を捨てちゃ駄目。私が許さないわよ』

『もう~何なのよ? まああんたがそこまで言うなら構わないけど。それじゃ今度こそ行くわよ?』

『いってらっしゃい』

『仙人の修行、頑張ってくださいね~!』

 

 再三に渡る説得により、結局博麗霊夢は〝博麗″の名を捨てることなく、茨木華扇が待つ妖怪の山へ向けて歩を進めていった。

 

 

 

 博麗神社を後にしてからおよそ30分、敢えて空を飛ばずに徒歩で山登りし、妖怪の山の中腹にひっそりと建つ茨華扇の屋敷に辿り着いた博麗霊夢。玄関先にはその屋敷の主が待ち構えていた。

 

『約束通り来たわよ~!』 

『いらっしゃい霊夢。良く来ましたね。もう終わったのですか?』

『ええ。ついさっき博麗の巫女は後任の子に譲ったから、今の私は仙人を志すただの人間よ』

『そうですか。今までは博麗の巫女としての立場もあり控えめにしていましたが、今日から本格的に厳しい修行の日々が始まります。覚悟は出来ていますか?』

『元からそのつもりよ。聞かれるまでもないことだわ』

『よろしい。では入りなさい』

 

 戸を開けて中に入った茨木華扇の後に博麗霊夢が続いた所で、映像は途切れた。

 

 

 

 時刻が五か月飛んだ西暦2008年9月10日午前11時5分。こだまのように蝉が鳴り響く深緑に包まれた妖怪の山中腹、茨華扇の屋敷のとある一室にて、畳の上に博麗霊夢と茨木華扇が向かい合うように正座する場面が映しだされていた。

 

『おめでとう霊夢。とうとう仙人になれたのね』

『ありがとう華扇。あんたの指導のおかげよ』

『いいえ。私はただ道を示しただけ。霊夢の日々の努力の成果です。ふふ、師匠として誇らしいわ』

 

 茨木華扇は新たな仙人の誕生を自分のことのように祝福しており、対する博麗霊夢も笑顔が見えていた。

 

『それにしても、本格的な修行を始めてまさかたったの五か月で仙人に昇華するなんて。普通は仙人になるにはもっと時間が掛かるものだけど、いい意味で肩透かしを食らった気分よ』

『マリサが魔法使いになったんですもの、私も負けてられないわ』

『ふふ、良い関係ですね。ですがここで満足してはダメですよ? むしろここからが仙人としての人生の始まりなんですから』

『うん、分かってる』

 

 その後一言二言会話を交わし、博麗霊夢が遂に茨華扇の屋敷を出る時が訪れた。

 

『霊夢、私の元を離れても日々の鍛錬を怠ってはいけませんよ? 魔法使いが魔法の研究に勤しむように、仙人が修行を怠れば肉体の維持が出来ず、あっという間に老いて死んでしまいますから』

『この道を志した時から分かっていた事よ。大丈夫、もう昔みたいな怠け癖はすっかりなくなったわ』

 

 彼女の答えに満足気に頷いた茨木華扇。

 

『もう一つ忠告をしておきます。仙人になった者には100年に1度地獄から死神のお迎えがやってきます。彼らを倒すことで私達はさらに寿命を伸ばし、天人を目指して切磋琢磨していくのです』続けて、『しかし彼らは非常に狡猾で、心の隙間を突いた精神攻撃を多用してきます。心身共に鍛え上げなければ勝てない強敵であり、負ければ地獄に落ちて閻魔の裁きを受ける事になるでしょう。……頑張るのですよ』

『とはいってもねぇ、100年も先の話だし、ま、その時が来たら考えるわ。それじゃあね~』

 

 手を振る茨木華扇に見送られ、博麗霊夢は屋敷を後にした。

 

 

 

 

『ん~! なんか久しぶりね』

 

 妖怪の山を離れ、風呂敷包み片手に幻想郷上空を飛行する博麗霊夢。俗世との関りを断ち、茨華扇の屋敷でおよそ5か月に渡って住み込みで修行した彼女からしてみれば、何の変哲もない風景に新鮮さと安心感を覚えていた。

 

『これからどうしようかな。もう神社には戻れないし、まずは衣食住を確保しないといけないよね。でもその前に、魔理沙に報告しにいこっかなぁ』

 

 当てもなく飛んでいた博麗霊夢は進路を魔法の森へと変更し、やがて霧雨魔理沙邸の前に降りた彼女は、そっと玄関の扉をノックした。

 

『魔理沙~! いる~?』

 

 家の中に向けて呼びかけると、一拍遅れて騒がしい足音と共に扉が開かれ、家主が姿を現した。

 

『霊夢か! 久しぶりだな。いつ降りてきたんだ?』

『ほんのついさっきよ。それより聞いて! 私とうとう仙人になったのよ!』

『やったじゃないか! 未来の〝私″も喜ぶだろうぜ』

『そうね。これでようやく彼女との約束を果たせるわ……』遠い目をする博麗霊夢。

『おいおい、なにしんみりしてんだよ』肩をポンと叩く霧雨マリサ。『アイツが来るまで149年もあるんだ。満足するにはまだ早いだろ?』

『うん。そうね。これからが仙人としての人生の始まりだもんね』

『そういうことだ! よし今日は祝いだ! 宴会やるぞ!』

『今から!? だってまだお昼よ?』

『細かいことは気にすんなって! そうと決まれば参加者と酒を集めてこないとな。ちょっくら行ってくるぜ~!』

 

 霧雨マリサは玄関に立て掛けてあった箒を掴んであっという間に飛び去ってしまい、博麗霊夢は口を挟む間もなく見送っていた。

 

『ふふ、マリサったら本当に騒がしいのね。じゃあ私は神社が使えるよう、あの子に頼みこんでいこうかな』

 

 霧雨マリサに遅れて博麗霊夢もふわりと浮かび、その場を離れていく。

 それから数時間後、霧雨マリサが半ば強引に集めて来た大量の酒と料理が博麗神社に並べられ、白昼にもかかわらず集まった大勢の妖怪達に彼女は祝福されていた。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

「うんうん。霊夢も無事に仙人となったようだし、この歴史も大きな変更点は無さそうね」続けて、「前回の歴史との相違点は、霊夢が修行を頑張ったことで仙人になるまでの期間が1ヶ月短縮されたこと、この歴史のマリサが祝福してくれたことかしらね。事情を知っているからこそ、彼女へのやっかみや葛藤が発生しなくなるのね」

 

 既視感溢れる出来事を再び観測した女神咲夜はそのように結論付けた。

 

「特に言うべきこともないし、さっさと次の時間を見ていきましょう」

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 西暦201X年6月6日午後9時。

 永遠に晴れることのない分厚い雲に覆われた空、鳥のように自由に飛び回る大量の人魂。心を冷やす陰気な風。季節などお構いなしに妖しく咲き誇る無数の桜。お世辞にも居心地が良いとは言えない死の土地で、現世(幻想郷)へと続く下り階段を背に、無表情の十六夜咲夜が白玉楼の長屋門を見上げている所から映像が開始される。

 

『…………』

 

 ほんのつい先程ここに到着したばかりの十六夜咲夜は、まるで待機するよう指示されたロボットのようにピクリとも動かない。白玉楼の庭で日課の素振りをしていた魂魄妖夢は生者の気配を察し、楼観剣を握ったまま張り詰めた表情で長屋門まで歩いていく。やがて訪問者が知り合いだと気づいた彼女は、ホッと一息吐きながら楼観剣を鞘に仕舞い、タオルで汗を拭ってから話しかける。

 

『こんな時間に何の御用ですか? 貴女とは無縁の場所の筈ですが』

『っ!』

 

 この時初めて彼女に気づいた十六夜咲夜は、一瞬動揺しながらもすぐに平静を装い、ちらりと刺すような視線の彼女に答える。

 

『今晩ここで待ち合わせしてる方がいるの。待たせてもらっても良いかしら?』

『構いませんけど……』

『ありがと。ついでに尋ねたいのだけれど、私以外に誰か来なかった?』

『こんな所に好き好んで来る人は居ませんよ。今日に限らず、昨日も、一昨日も』

『そう』

 

 十六夜咲夜は魂魄妖夢に後ろを向けるようにして鏡柱に寄りかかり、腕を組んで階段を見下ろした。

 

『……』

 

 もう話は済んだと言わんばかりの態度に魂魄妖夢は思うところがあったものの、彼女に背を向けて敷地内へと戻り、修練を再開した。

 

 

 

 

 一時間後、修練を終えた魂魄妖夢が屋敷に戻って汗を洗い流し、白装束のパジャマに着替えて縁側を歩いていると、先程別れた場所にまだ十六夜咲夜が居る事に気づき、庭に降りて歩いていく。わざとらしく足音を立てても、彼女は我関せずといった様子で人魂が踊る空を見上げるばかり。魂魄妖夢は彼女を見上げて言った。

 

『あの、まだ待ち人はいらっしゃらないのですか? あれからもう一時間も経ってますけど』

 

 十六夜咲夜はぼんやりとした意識を戻し、冷めた視線で懐中時計を確認した後、初めて魂魄妖夢に顔を向けた。

 

『……そのようね。迷惑だったかしら』

『いえ! そういう訳ではありませんけど……』おじおじとしている魂魄妖夢は『もしよろしければ屋敷内で休まれてはいかがですか? ずっと立ちっぱなしでいるのは大変でしょう』

 

 階下と白玉楼に一度ずつ視線を向け、数秒程度逡巡した後、十六夜咲夜は『……ええ。お言葉に甘えさせてもらうわ』と薄ら笑みと共に答え、彼女の後に続いて門をくぐって行った。

 

 

 

 

『日本茶です。どうぞ』

『感謝するわ』

 

 魂魄妖夢のお盆から湯気が立つ湯呑を受け取り、味わうようにゆっくりと喉を潤していった。

 十六夜咲夜は白玉楼の縁側に座布団を敷き、幽雅な日本庭園と出入口を一望できる恰好の位置に座っている。

 

『素敵な庭ね。いつも貴女が管理しているの?』立ち去ろうとした魂魄妖夢に尋ねる。彼女は足を止め、十六夜咲夜の隣に座りながら答えた。

 

『はい。私はここ白玉楼の庭師であり、幽々子様の剣術指南役とお世話係も兼ねています。幽々子様はあの橋の上から庭を眺めるのが好きなんですよ』

『へぇ、そうなの』

『もう数百年も昔の話になりますが、元々は先代の庭師、私のお師匠様が幽々子様の意向を汲んで設計されたそうなんです』

『彼女もそうだけど、貴女のお師匠様も中々いいセンスしてるのね』

『……そうですね。お師匠様はとても偉大な方でした。彼に追いつくために日夜精進していますが、庭師として、そして剣士としても半人前の私にはまだまだ背中が遠いですよ』

 

 焦点が定まらない視線でぽつぽつと喋る魂魄妖夢の話を、十六夜咲夜は真顔で聞いていた。円滑な会話というよりかは、ぽつぽつと自分の言いたいことだけを口にしているような歪な形。

 

『あ、あはは、なんだかすみません。私の話ばかりで』

『気にしなくて良いわ。暇つぶし程度には成りえたから』

 

 空笑いを浮かべる魂魄妖夢ではあったが、十六夜咲夜はクスリとも笑わず湯呑を口に付ける。既に半分近く中身が減っていた。

 

『と、ところで貴女は誰を待っているのですか? 知っての通りここは死者が集う土地。幾ら吸血鬼が強大な生命力を持つとはいえ、一度土に還った者が現世に甦ることはありませんし、むやみに長居することもお勧めできません』

『なに変な勘違いしてるのよ、別に死者に会いに来た訳じゃないわ』憮然とした表情で『私はここで魔理沙と待ち合わせしてるのよ。もちろん死んではいないわ』

『マリサと?』

『今晩ここで会う約束だったのだけれど、こんなに待ちぼうけすることになるのなら、別れるときに詳細な時間指定をしておくべきだった。失敗ね』

 

 長屋門の出入口に視線をやりながら、不機嫌な表情で毒づく十六夜咲夜。

 

『そういうことでしたら、直接自宅へ足を運んだ方が早いのではありませんか?』

『……私が約束した魔理沙はね、140年先の未来にいるのよ。10年前にここで落ち合うことを約束したのだけどね』

『はぁ……?』

『今のマリサは何も知らないし、説明する意味もない。だから私は待つしかないのよ』

 

 鹿威しを見ながらアンニュイな表情で語る十六夜咲夜に、魂魄妖夢は呆然とするより他はない。

 

『……良く分かりませんけど、貴女も大変な約束をしたんですね。こう言ってはなんですが、彼女があまり決まり事を順守する人間には思えません』

『確かにそうね。昨日もマリサは私の許可なく家の中を堂々と歩き回ってたし、自由奔放という言葉が良く似合う性格だわ。けれど私の約束した魔理沙は全然余裕がなくて、瞳の奥に悲しみと決意を背負っていた。だから私は必ず来ると確信してる』

『なんと……まるで想像できませんね』

『こればかりは直接会って見ないと分からないでしょうね。言葉では伝えられないわ』

 

 そうして会話が止まり、両者の間に再び沈黙が漂う。微かに響く川の涼し気な音と、鹿威しの澄んだ音が聞こえる世界の中で、彼女らは一心に長屋門を注視していた。

 

『…………一向に来ませんね』沈黙に我慢できなくなった魂魄妖夢が呟く。

『そうね』

 

 一言答え再び口を閉ざす。

 会話もなく、一見すれば然としている二人であったが、魂魄妖夢の頭の中では何か良い話題がないかと思い浮かべては、適当な理由を付けて却下しての繰り返しだった。

 そんな中、次に長い沈黙を突き破ったのは、十六夜咲夜の方だった。

 

『妖夢、別に無理して私に付き合わなくていいのよ。貴女は貴女で自分の役目があるのではなくて?』

『え? あ、も、もう本日の仕事は全て終わっていますので、後は寝るだけですから』

『そう』

 

 素っ気ない返事をした十六夜咲夜は、再び正面に顔を戻し、緩やかな川の流れを見つめていた。

 それからも退屈な映像が続く中、魂魄妖夢は何かを思い立ったように席を離れ、襖を開けて奥へと引っ込む。二分後、襖が再度開き、縁側に戻って来たその両腕には将棋盤と駒台が抱えられていた。

 

『よいしょっと』

 

 腰を屈め、十六夜咲夜の隣に将棋盤を降ろす魂魄妖夢。『あの、宜しければ一局やりませんか? ただぼんやりと待つよりかはこの方が有益な時間の使い方だと思うんですけど』

 

『……それもそうね。いいわ、相手になりましょう』

 

 十六夜咲夜は僅かに表情を和らげ、将棋盤を挟んで魂魄妖夢と面するように正座し、将棋盤に山盛りに積まれた駒を彼女と一緒に並べていく。そして完全に並び終わったところで、『先手は譲るわ』と十六夜咲夜が発し、二人の対局が始まった。

 

 

 

 

『王手。これで詰みよ』

『む、むむぅ……!』

 

 細い指で指された駒を食い入るように見つめ、魂魄妖夢は唇をぎゅっと噛みしめていた。

 現在の局面は、自陣の駒で逃げ道が塞がれた玉将の前に金将が指された、俗に言う頭金の状態になっていた。彼女は自陣を隅々まで眺めてしばらく唸っていたが、指された金将を取れる駒はなくガックリと肩を落とし『ま、負けました……』と投了した。

 

『ふふ、今回も私の勝ちだからこれで三戦三勝ね』

『もう一局! もう一局お願いします!』

『えぇー? 流石に集中力が切れてきたわ。休憩させてちょうだい』

『なっ! もしかして勝ち逃げするつもりですか!? そんなの卑怯ですよ!』

『貴女ねえ……』

 

 魂魄妖夢の負けず嫌いに呆れ果てる十六夜咲夜。こんな事なら途中で手を抜けば良かったわ、と思いながら懐中時計を確認すれば、時刻はちょうど午前0時を回った所であった。

 

『あらら、熱中している間にもう0時過ぎていたなんて』

『もうそんな時間でしたか。なんだかあっという間だった気がします』そして魂魄妖夢はキョロキョロと辺りを見回し、『……結局、マリサは来ませんでしたね』と呟いた。

『はぁ、やれやれ、まさか魔理沙が約束を破るなんてね。彼女だけはマリサとは違うと思ったのだけれど、私の見立てが間違いだったのかしら』

 

 失望を込めた溜息を吐きながら十六夜咲夜は立ち上がり、『それでは私はお暇させてもらうわ。長居して悪かったわね』と告げ、ハイヒールを履いて長屋門へと歩いていく。

 

『いつかまた対局してください! 次こそ必ず勝ちますから!』

『時間が空いてる時なら構わないわ。いつでも家にいらっしゃい』

 

 十六夜咲夜は柔和な笑みを浮かべ、現世へと帰って行った。

 

 

 

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「幻想郷の〝私″が吸血鬼になった時点で魔理沙は白玉楼に現れない。前提が覆されない限りこの歴史も不変。彼女がこれを知るのは140年後まで……」

 

 女神咲夜の観測はまだまだ続く……。




201X年6月6日に吸血鬼咲夜が白玉楼を訪れた時の詳細なエピソードは、第二章の20話~21話に描かれています。


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第157話 霊夢とマリサの歴史⑥ マリサの記憶(前編)

高評価ありがとうございます。


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 時代は大きく飛んで西暦205X年1月30日。

 この日の幻想郷は幾日にも渡って降り続いた雪がやっと晴れ、地上は一面銀世界に覆われていた。とはいえ気温は氷点下を切り、身を切るような北風が吹きつけるこの冬一番の寒さだった。

 時刻は午前7時40分。場面は真っ白に包まれた魔法の森の霧雨邸一階リビングから始まる。

 

『う~今日もさみぃなあ……』

                                                                    

 真っ白な息を吐き、体を縮こませながら二階から降りて来た霧雨マリサは、震える手でテーブルに放置されたエアコンのリモコンを掴み、スイッチを入れる。10年程前に香霖堂から入手したそれは、40年前に外の世界で製造され、一般家庭で使用されていたポピュラーな空気調節装置であり、にとりの手によって新品同様に修理され、電気の替わりに彼女の魔力で起動するように改造されている。

 やがて室内に暖気が集まりはじめ、震えもだんだんと収まってきた。彼女は魔導書やガラクタで散らかるリビングを見渡した後、雑巾を拾って窓際へと移動し、窓霜を拭い取る。

 

『ようやく雪が止んだか。めんどくさいけど後で雪かきもしとかないとな』

 

 霧雨マリサは窓の外を恨めしそうに眺めつつ呟く。降り積もった雪に日光が乱反射しキラキラと輝いていた。

 

『さて、今日はこれから何をしようかなぁ。いつものように魔法の研究をするか、はたまたどっかに遊びに行くか』

 

 窓から離れ、雑巾を処理してからリビングをウロウロしていたその時、彼女の頭に激痛が走る。

 

『ぐっ――こ、これは……!』

 

 堪らず膝を付いて頭を抑えるものの、その痛みはどんどんと強くなっていき、彼女の意識は朦朧としていく。脳内を埋め尽くすはおびただしいまでの記憶の数々。一瞬一瞬が切り取られた64年の人生の集大成が走馬灯のように駆け抜けた。只の頭痛ではないと直感した霧雨マリサの目に、壁に留められたカレンダーが映る。

 

『そ、そうか!――今日は、50年目のあの日だったな……! うっかり……して……た……ぜ…………』

 

 声を出すのもやっとの消えゆく意識の中、何かを悟った霧雨マリサはそのまま気を失った。連鎖するように棚に積んであった蔵書が次々と体の上に降り注ぎ、彼女は本が散乱した床の一部となった。

 

 

 

 静かに時を刻む針の音、温風を吐きつづけるエアコン。十分、二十分と時間が刻々と流れる中、霧雨マリサはうつ伏せのままピクリとも動かない。そんな状態が三十分、一時間、二時間と続き、女神咲夜が観測を打ち切るべきか検討し始めた時、静止画に近い映像に変化が訪れた。

 玄関からリズムよく響くノック音。

 

『こんにちはマリサ。私だけど居る?』

 

 アリス・マーガトロイドの声が扉越しに伝わって来た。すぐさま扉の向こう側へと映像が切り替わり、玄関前に立つ彼女を正面から俯瞰するような視点で映し出される。

 ペールオレンジの毛糸製イヤーマフにブラウンの手袋、淡い暖色系のタータンチェック柄マフラー、普段着と調和した色合いのトレンチコートを身に着け、長靴にも似たロングブーツを履き、冬らしい恰好をしていた。

 

『マリサー?』

 

 アリス・マーガトロイドは呼びかけていたが、返事が返ってくることはなかった。

 

『居ないのかしら。残念、また出直すことにしましょう』

 

 ザクザクと雪に埋もれる足音と共に飛び立とうとしたその時、ふと視界の端に映った窓が気になり、窓の前まで歩いていく。

 

『今のって……』

 

 少し考え込む素振りを見せてから、中を覗き込んだ。

 

『酷い散らかりようね。足の踏み場もないじゃないの』

 

 酷評しながら見回していたその時、あらゆる物で散乱した床の一部となった金髪を発見する。

 

『っ! マリサ! マリサ!』

 

 血相を変えて窓を叩くアリス・マーガトロイドだったが、それでも返事はない。彼女はすぐさま玄関に引き返し、一直線に霧雨マリサの元に駆け寄って行く。

 

『マリサ! しっかりして、マリサ!!』

 

 肩を揺すって必死に呼びかけるも目を開かない。『そ、そんな……どうしたらいいの……?』絶望に打ちひしがれていた時。

『……う、ううん……?』

『マリサ!』

 

 気怠そうな呻きと共に、霧雨マリサはゆっくりと目を開いた。

 

『う、ここは……』

『はぁ~良かった……! 死んじゃったのかと思ったわ……!』

 

 その場にへたり込み、心からホッとしているアリス・マーガトロイドの横で、ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がった霧雨マリサ。頭が割れそうなまでの強烈な頭痛は、嘘のように消え去っていた。

 

『大丈夫? いったい何があったの?』

『……』 

 

 彼女を見上げ、心配そうに話しかけるアリス・マーガトロイドを意に介さず、霧雨マリサは虚ろな目で立ち尽くしていた。その異常さに気付いたアリス・マーガトロイドは、肩を叩きながら呼びかける。

 

『マ、マリサ? ねえどうしたの?』

『…………』

 

 霧雨マリサはまるで意に介さず洗面所へと向かって行き、アリス・マーガトロイドも後をついていく。霧雨マリサは洗面台の鏡の前で声を上げた。

 

『こ、これは……! 私か、私なのか?』驚愕の表情を貼り付け、ペタペタと自分の頬を触っていた。

 

『私は誰だ?――私は霧雨マリサだ。本当か? 本当だ。ならお前は何者だ? 霧雨マリサだ。霧雨マリサとは何だ? 他の何者でもない私だ』

『…………!』

 

 傍から見れば狂人としか思われない怪しげな言葉を、鏡に映る自分に向けてぶつける霧雨マリサ。その異質な有様にしりごみしてしまったアリス・マーガトロイドは、固唾を飲んで見守ることしか出来なかった。

 そうして、しばらく呪文のように同じ言葉を繰り返していた霧雨マリサは、ある瞬間から憑き物が取れたような表情になり、言葉を止めた。

 

『……ふっ、なるほど、そういうことか』

 

 霧雨マリサがリビングに戻ろうとする足の動きを見て、アリス・マーガトロイドは咄嗟にドアの影へと隠れる。移動した霧雨マリサは散らかり放題のリビングを見回しながら言った。

 

『50年前の9月5日、確かもう1人の〝私″は、歴史改変に深く関わった人間には以前の記憶が戻ることがあると話していたな。だとするとこの記憶――いや、記録は私が人だった頃のモノか……。なんともまあ生々しいな』

 

 現在の彼女の脳内には、霊夢と道をたがえ、人であることをずっと隠し、偽りの仮面を被って生きて来た自分。自らの死が現実的になって来た頃に初めて自身の本心を悟り、過去をやり直すためのタイムトラベル研究を始めた自分。そして寒さが厳しい今日の朝に、突然の心臓発作に苦しみながら意識が途絶えた記憶が甦っていた。彼女は更に記憶を探って行く。

 

『霊魂になった私が小町の船で三途の川を渡り、あの世の裁判所で映姫に転生の判決を下された瞬間が、私の魂に刻まれた最期の記憶か。なるほど、死ぬってのはこういうことなんだろうな。なんか貴重な体験をした気分だぜ』 

 

 どこまでもポジティブに考える霧雨マリサは、納得しながら近くのソファーに腰かける。影でこそこそ話を聞いているアリス・マーガトロイドには、何のことだかさっぱり分からなかった。

 

『さて、こうして前世の記憶――と表現すればいいのかな。それが甦った今、私はなにか変わったのか? 前世の私と今の私、どちらの人格が今の私を引っ張って行ってるのか……って考えるまでもなく今の私か。弾幕ごっこの知識と経験は私の方が上で、時空魔法に関する分野は前世の私、後は……ん~?』

 

 難しい顔で考え込んでいくマリサであったが、答えは出ない。

 

『ずっと考えていく内に不思議と馴染んできたような……あれー?』

 

 腑に落ちない霧雨マリサであったが、『まあいいか。とりあえず、霊夢の所にでも顔をだしに行くかな』と結論付け、エアコンを切って二階へと上がって行った。

 静かになったリビング。アリス・マーガトロイドが扉の影から現れる。

 

『……今の独り言はどういうことなのかしら? 詳しい話を聞く必要がありそうね』

 




続きは近いうちに


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第158話 霊夢とマリサの歴史⑦ マリサの記憶(後編)

高評価ありがとうございます。


 それから、シックな色合いのアウターに寒色系のマフラー、黒い革手袋を身に着けて一階へ降りて来た霧雨魔理沙。その行く手を阻むように、アリス・マーガトロイドが立ち塞がった。

 

『遅かったじゃないの』

『あれ? アリス、お前いつの間に来てたんだ?』

『さっきからずっと居たわよ。名前を呼んでも返事しなかったじゃない』

『そうなのか?』

『そうよ! 本当に気づかなかったの!? 遊びに来たら貴女が倒れているのを見つけて、とてもびっくりしたんだからね!? 一体何があったの!?』

 

 彼女に詰め寄っていくアリス・マーガトロイド。霧雨マリサは困り顔で答えた。

 

『いや、それはだな……。そう! うっかり足を滑らせて転んだんだよ! 心配させたみたいで悪かったな』

『ふーん? じゃあ歴史改変ってなに? 前世の記憶って?』

『ど、どうしてそれを!?』

『どうしても何も、さっき大きな声でペラペラ喋ってたじゃないの。気づいてなかったの?』

『マジか……』

 

 脳内の思考を無意識的に口にしていた事実に、肩を落とした霧雨マリサ。普段から独り言が多いタイプではないと自覚している彼女は、歴史改変の影響による一時的な混乱だろうと判断した。

 

『いったい貴女の身に何が起きてるの? お願い、教えて』 

『分かった。だけどその話は霊夢の家に行ってからでいいか? 確かめたいこともあるし』

 

 アリスマーガトロイドは頷き、霧雨マリサは玄関に立て掛けてあった箒を手に取り、戸締りをしてから二人は飛び立っていった。

 

 

 

 

『ひゃっほ~!』

『マリサ待って~! 速すぎよー!』

 

 寒空の下、凍てつく風を切り裂くように飛ばす霧雨マリサと、追いかけるアリス・マーガトロイド。

 

『いや~自分の思った通りに飛び回れるってのは気持ちいいな! 魔法最高ー!』

 

 いつにもましてハイテンションな霧雨マリサ。全力で飛ばしたこともあり、あっという間に人里の外れ、霊夢が住む平屋建ての上空まで到達すると、そのまま高度を落とし、人の背丈程の高さまで降りて来た所で箒から飛び降りる。採点競技なら満点を貰えそうな宙返りを見せ、華麗な着地を決めた。

 

『決まった! ナイス着地!』

『普通に着地しなさいよ。寒いのに元気ねえ』

 

 ガッツポーズする霧雨マリサに遅れて、アリス・マーガトロイドがふわりと余裕を持って隣に着陸した。そして捨てられた箒を拾い、『お~い霊夢。いるかー!?』と言いながら、返事を待たずに玄関を開けた。

 

『ちょっ! あんたねえ、急に開けないでよ!』

 

 道場着にも似たデザインの服を抱えていた博麗霊夢は、押し入って来た霧雨マリサに怒鳴りつけた。

 この時、博麗霊夢はちょうど日課の鍛錬を終え、普段着として愛用している、レースが入った暖色系の着物に着替え終わった直後であり、もう少しタイミングが早ければあられのない姿を見せていた。

 

『全くもう、何度言っても聞かないんだから』

『ごめんなさいね霊夢。もしかして着替え中だった?』

『もう終わった所。で、私に何の用?』

『用事があるのはマリサの方よ。確かめたいことがあるからって』

『ふ~ん』

 

 呆れ返る博麗霊夢がジト目で霧雨マリサを睨みつける。当の彼女は箒を手放し、博麗霊夢の姿を見て口をぽかんと開けていた。

 

『ちょっと、黙ってないで何とか言ったらどうなのよ?』それでも返事がなく、『……聞いてる?』と顔の前で手を振った。

 

『……れ』

『れ?』

『霊夢ぅぅぅ!!』

『キャアッ』

『!?』

 

 突然スイッチが入った霧雨マリサは博麗霊夢を押し倒し、至近距離で見ていたアリス・マーガトロイドは目を丸くしていた。

 

『もうー! 今度は何なの!? いい加減にしないと――!』

『そうか……そういうことだったんだな……』

『え……?』

 

 苦情をつけつつ彼女を引きはがそうとした博麗霊夢は、大粒の涙を流す霧雨マリサの顔に焦点が合い、手を止める。この時、霧雨マリサも無意識のうちにしでかした行動に驚いていた。

 

『なあ〝私″。お前の未練はちゃんと私が成し遂げた。だからさ、ゆっくり眠ってくれ――』

 

 彼女を恋人のように優しく抱き寄せ、誰ともしれない誰かへ言い聞かせるように呟いた霧雨マリサだった。

 

 

 

 やがて落ち着き、コートやマフラーを脱いだ後、博麗霊夢と霧雨マリサが向かい合うように炬燵に座り、アリス・マーガトロイドは二人の顔を見比べられる位置に座っていた。

 

『その……悪かったな。急に抱き着いたりして』

 

 耳を赤くしながら謝る霧雨マリサ。

 

『ううん。ねえ、今のは何だったの?』

『まるで死んだと思ってた人が生きていた――みたいな反応だったわね。今日のマリサは変よ?』

『そのことも含めて、全ては50年前に遡る。何も知らないアリスの為に前提から話すとだな――』

 

 霧雨マリサは博麗霊夢の補足も交えつつ、時間旅行者霧雨魔理沙のことを知識の限り語って行った。博麗霊夢はリラックスした様子で、アリス・マーガトロイドは5W1Hを交えつつ、耳を傾けていた。

 

『――以上だ』

『へぇ~50年前にそんなことがあったなんてね。私にも教えてくれれば良いのに、ケチ』

『未来の魔理沙が来た時に教えようと思ってたのよ。一々説明するのも面倒だし』

 

 実際、この説明だけで30分近く掛かっており、既に天辺まで日が昇っていた。

 

『まあ、そういう訳でな。今日は歴史が変化する前の〝私″――人間だった〝私″の命日なんだ』

『命日……』

『今朝の8時頃だったかな? 突然私の体験したことがない記憶が流れ込んできてさ、その膨大な量に頭が追い付かなくなって意識を失ったんだ。アリスが見つけたのはその時だろう。次に目を覚ました時には、まるで自分の中にもう一人の〝私″が居て、私を後ろから見下ろしているような不思議な感覚だった。きっと二重人格ってのはこういうことなのかもしれんな』

『大丈夫なの?』

『多少の混乱はあったけど今は平気だ。もう違和感はない。私は私だ』

『そっか』

 

 胸をなでおろす博麗霊夢とアリス・マーガトロイド。霧雨マリサの話は続く。

 

『どうやら前世の私は、霊夢に対して特別執着していたみたいだな。お前のライバルで居たい、対等に在りたいという気持ち、その存在だけが霧雨マリサの生きる原動力だったみたいだ。……まあ、その気持ちも分からんでもないがな』

『…………』

 

 帽子の鍔で目元を隠す霧雨マリサ。濡れた虚ろな眼差しで俯く博麗霊夢。沈黙が続く中、沈んだ表情のアリス・マーガトロイドが訊いた。

 

『…………そこまで強い感情を思い出して、他に影響は出てないの?』

『何ていうかな、確かに『霧雨魔理沙』という少女の記憶なんだけどさ、映像化された他人の一生を観客として早送りで見ているような気分なんだ。どうしても深い感情移入が出来なくてさ、どこか一歩引いて見ている自分がいる。だからそこまで前世の記憶に引っ張られるようなこともない』

『そうなんだ』

 

 そして霧雨魔理沙は博麗霊夢の顔を見て、『さっきお前を見て抱き着いてしまったのは、前世の私が抑圧していた衝動の残滓みたいなもんだ。それが消えた今、もう二度目はないと断言できるぜ』と言った。

 

『そう……』

 

 博麗霊夢は胸中に複雑な感情を抱いていたが、それを言葉にせず、じっと霧雨マリサを見つめていた。

 

『霊夢は私みたいな前世の記憶ないのか?』

『うん、全然。私にも人のまま死んだ〝私″の記憶が甦っても良い筈なのに』

『……そっか。でもまあ、それはそれで良いんじゃないか? こんな記憶なんて思い出さない方がいいぜ。否が応でも、昔と今の自分を対比して、向き合わざるを得なくなるからな。ははっ』

 

 重い雰囲気の中、失笑する霧雨マリサは真顔に戻り、同じく真剣な博麗霊夢とアリス・マーガトロイドを見渡してからこう言った。

 

『……もう1人の〝私″、タイムトラベラーの〝私″が来るまであと100年だ。もしその時が来たら私は――』

 

 100年後に向けての決意を表明していく所で、映像はフェードアウトしていった。

 

 

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「記憶のフィードバックがここまで激しく現れるなんてね。通常なら僅かなデジャブとして、すぐに忘れ去られる程度しか起きえないのだけれど、これもマリサだからかしら?」

 

 背もたれに全身を預け、紅茶を一口含みながら感想を述べる女神咲夜。先程の観測映像で霧雨マリサが気絶しているうちに、ラウンドカウンターテーブルを出現させ、紅茶とショートケーキのセットを用意していた。これも人だった頃、幻想郷で覚えた食の楽しみ。

 

「それとマリサが魔理沙と再会した時どんなことになるか。100年後も楽しみね」

 

 画面の中で意見を交わすかつての友人達を見ながら、期待の表情を膨らませていた。そして紅茶をラウンドカウンターテーブルに置き、次の観測の準備にかかる。

 

「さて、次の時間は……」

 

 今度はショートケーキが盛られた皿を取り、一口ずつ味わいながら透過スクリーンを見つめていた。



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第159話 霊夢とマリサの歴史⑧ もう1人の観測者

最高評価ありがとうございます。


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 霧雨マリサの記憶が戻ってから、107日経過した、西暦205X年5月17日午前11時30分。五月晴れの日のこと。場所は迷いの竹林の中にひっそり建つ小屋。小脇に竹ざるを抱えた霧雨マリサが、玄関の扉をノックする所から始まる。

 

『お~い妹紅。いつもの奴持って来たぜー』

『分かった。今出るよー』

 

 言葉通り数秒後に引き戸が開き、竹籠片手に藤原妹紅が現れた。

 

『助かるよ。いつも筍ばかりだと飽きるからな』

『それはお互い様だぜ。ははは……』

 

 藤原妹紅は筍が詰まった竹籠を差し出し、霧雨マリサは、魔法の森産のカラフルな茸が山のように盛られた竹ざるを相手に渡す。この時代の彼女らは、時々こうして地産の食材を交換するくらいに交流を深めていた。

 

『にしても、魔法の森のキノコって相変わらず変な色してんだな。これとかどう見ても毒キノコじゃないのか?』赤と青の水玉模様のキノコをつまむ妹紅。

『そいつは一晩、酢漬けにしてから食べると辛みが抜けて美味いぜ。つーか、お前なら毒に当たっても死なないから良いだろ』

『うっわー酷い言い草ね。ま、事実なんだけどさ』

 

 苦笑いを浮かべる藤原妹紅。『……それじゃ用も済んだし私はこれで』立ち去ろうとした彼女に、『なんだ、もう行くのか? 折角だしお昼でも食べてかない?』と誘いをかける。霧雨マリサはゆっくりと振り返りながら言った。

 

『……悪いな。今はそんな気分じゃないんだ』

『どうした? いつになく元気がないじゃないか』

 

 心配そうにする藤原妹紅。この短いやり取りの間、彼女がずっと作り笑いを浮かべ、声に張りがないことを見抜いた上での発言だった。霧雨マリサは少し迷いを見せてから口を開く。

 

『……一昨日早苗が息を引き取ってさ、それでちょっと……な』

『早苗?……ああ、山の巫女か。そうか、何年も会ってなかったけど、もうそんな年だったんだな』

『還暦過ぎた頃はまだ、杖を突きながらも歩く元気はあったんだけどさ、ここ一年は殆ど外に出なくなっちゃったよ。亡くなる三日前に会いに行った時も、布団に伏せたまま辛そうにしてた』

『……』

『『マリサさん。これまで色々ありましたけど、私は自分の人生に満足してます。今までありがとうございました』別れ際に早苗が最後に遺した言葉だよ。その時は、笑えない冗談は止せよ、って茶化したんだけどさ、まさか本当になってしまうなんて……』

 

 霧雨マリサの頬を伝う一筋の涙。『友達を失うってのは辛いもんだな。私なりに覚悟していたつもりだったんだけどさ。いざその時が来たら全然だよ』唇を噛み、眉間に皺を寄せていた。

 

『そうか……』

 

 藤原妹紅は玄関の壁に背中を預け、ポケットから取り出した煙草を咥え、火を付けた。

 

『生きる時間が長い分、沢山の出会いと別れを繰り返す。それが妖怪の人生ってもんだ。私も飽き飽きする程に経験してきたよ』

 

 彼女の脳裏には、博麗霊夢が巫女だった時代、オカルトボールを巡る異変で出会った、オカルトマニアの女子高生が浮かんでいた。

 

『楽しかった思い出も嫌な思い出も、十年、百年と経つ内に記憶の彼方へと消えていく。果たして私は、どれだけの思い出を忘れてしまったのだろうな』

『妹紅……』

 

 藤原妹紅は紫煙を吹かせ、竹の葉の隙間から雲の流れを覗き込んでいた。

 

『……悪いな、慰めるつもりが余計に辛気臭くなっちまった。月並みな言葉だけどさ、あまり気に病まないことね。話聞く限りじゃこの世に未練もないみたいだし、理想的な逝き方じゃないか。時が経てば悲しみも癒えるだろう』

『ああ……』

 

 曖昧な返事を返す霧雨マリサ。しかしすぐに涙を拭ってこう言った。

 

『だけど妹紅の言葉は一部否定するぜ』

『?』

『どれだけ時間が経っても絶対に忘れない大切なモノがある。だろ?』

 

 ニヤリとする霧雨マリサ。藤原妹紅は一瞬目を見開き、『ふっ、違いない』と笑ってみせる。霊夢と初めて出会い、魔女になると決めた日の事。今より1000年以上前、富士の山で蓬莱の薬を飲んだ日のことを浮かべていた。

 

『妹紅~、遊びに来たわよ~』

『輝夜!?』

 

 そんな時、ガサガサと音を立て、雰囲気をぶち壊すような、絶妙なタイミングで竹藪の中から姿を現した蓬莱山輝夜。

 

『お~永遠亭のお姫様じゃないか。久しぶりだな』

『あら珍しい。魔法の森の魔女が妹紅と居るなんて』

 

 気さくに挨拶を交わす霧雨マリサと蓬莱山輝夜。一方で藤原妹紅は咥えていた煙草を燃やし尽くし、『何しに来たんだ輝夜! さっさと帰れ!』と蓬莱山輝夜に詰め寄っていく。

 

『いきなり酷い言い草ね。今言ったでしょ? 暇してたから遊びに来ちゃった』

『私はお前に会いたくないんだよ!』

『またまた~そんな心にもない事言っちゃって。貴女ともう何百年の付き合いだと思ってるのよ?』

『……うるさいな。いいからあっち行けって』

 

 嫌悪感全開の藤原妹紅とは対照的に、愉快そうな蓬莱山輝夜。霧雨マリサはそんな二人の口論を見ながら、『お前らも相変わらずだな~』とこぼしていた。

 

『ねえ、マリサと何してたのよ? 正直な所、貴女達がどんな会話のやり取りをするのか、全然想像できないわ』

『別に何だっていいだろ』

『教えてくれたっていいじゃない~。減るものでもないのに』と、彼女は藤原妹紅にくっつこうとしたが、『おい、くっつくな! 離れろって!』と足蹴にされてしまった。

『何よ、もう~』

 

 少し残念がっている彼女と目が合った霧雨マリサは、藤原妹紅に代わって答えることにした。

 

『時々妹紅と茸と筍の交換をしててな、今日がたまたまその日だったんだぜ』

『な~んだ。至って普通なのね』

『お前は何を期待しているんだ』

 

 冷静なツッコミをする藤原妹紅であった。

 

『ねえ、マリサ。ちょうど良い機会だし、幾つか質問宜しいかしら?』

『今度はなんだ?』

『貴女は並行世界の存在を信じる?』

『……並行世界?』

『私の記憶の限りでは、確か貴女は既にこの世に居ない筈の人間なのだけれど。一体どんな切欠で考えを変えたのかしら?』

『!!』

 

 霧雨マリサは目を見開き、唾をごくりと飲みこんだ。

 

『おい輝夜。いったい何の話を』

『本当に何も知らないのなら、この話は生に飽いたお姫様の戯言だと思ってくれて構わないわ。何も知らないのなら……ね』

 

 問い詰めようとする藤原妹紅を無視しつつ、霧雨マリサへ優雅に話しかける蓬莱山輝夜。

 

『……どうしてそんな事を思ったんだ?』心臓が早鐘を打つ霧雨マリサ。

『私の能力はご存知の通り、永遠と須臾を操る程度の能力なのだけど、後者の須臾を操る能力というのがね、一言で例えるなら無限に広がる並行世界、人々の可能性を集めて異なった歴史を持つことが出来るのよ』

『!』

『その力が今からちょうど4か月前の1月30日に発揮されて、私の認識する現実に対して違和感が起きたのよ。とはいえ、私は世界のすべてを知り尽くしている訳ではないわ。何かが変わったのは分かるけど、その肝心の〝何か″が分からなくて、霧がかかったような違和感が残っていたの』

 

 霧雨マリサと藤原妹紅は、蓬莱山輝夜の語りに聞き入っていた。

 

『半ば諦めかけていたのだけれど、今日、貴女を見てピンと来たわ。もしかしたらこの違和感の正体について、貴女が何かを知っているんじゃないかってね』

『理由は分かった。それを知ってどうするつもりなんだ?』

『別に何も? 単なる好奇心よ』あっけらかんと答える蓬莱山輝夜。『私はただ真実を知ることができればそれでいいわ』

『最近霊夢には会ったか?』

『いいえ?』

『じゃあここ数年、いや数十年には?』

『博麗の巫女になんて興味ないわよ』

『ふむ、そうなのか』

『ついでに言っとくとな輝夜、霊夢はとっくの昔に巫女じゃなくなってるぞ。今の博麗の巫女は――』藤原妹紅にとっては、人里で偶然会った時に話をする程度の関係性である少女の名を口にする。

『別に誰だって良いわよ、そんなの。私はマリサと話してるの!』うんざり気味に藤原妹紅に手を振った蓬莱山輝夜は『それで、私の質問には答えてくださるのかしら?』と、柔和な笑みを貼り付けながら霧雨マリサに向き直る。彼女は真実を話すべきかどうか、藤原妹紅と蓬莱山輝夜の両名を見回してから考えた。

 

『……』

 

 堂々巡りにも似た思考の末に、彼女が出した結論はこうだった。

 

『あいにくだが、私はその疑問に対する納得の行く答えを持ち合わせてないんだ』

『随分と思わせぶりな態度を取るのね?』

『だって事実だし。だけどな、お前の感じる違和感――歴史改変について、心当たりはあるぞ』

『えっ!?』

『100年後の西暦215X年にそれを引き起こした人物と会う約束をしてる。その時が来たら、お前の身に起きた現象について聞いてみる。……それが答えじゃ駄目か?』

 

 霧雨マリサは蓬莱山輝夜の目をそらさず見ながら、はっきりと答えた。しばらくの間、無言で見つめあう二人の可憐な少女達。蓬莱山輝夜に言いたいことが山ほどあれど、空気を読んで黙り込み動静を見守る藤原妹紅。

 

『……分かったわ。貴女の瞳を信じて待っててあげる』アイコンタクトから霧雨マリサの思惑を悟った蓬莱山輝夜は、霧雨マリサに背を向け『ふふ、ただ妹紅をからかいに来ただけなのに、こんな棚からぼた餅があるなんて。生きる楽しみが増えたわ』と、充足感を得たまま竹藪の中へと消えていった。

 

 

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 ――――――

 

 

「よくよく考えてみれば輝夜も災難よねえ。性質上、常に魔理沙のタイムトラベルに巻き込まれてしまうのだから、彼女に安寧の日々は訪れることはないでしょうに」

 

 すっかりケーキを食べ尽くした女神咲夜は、座席に着いたまま先程の映像を振り返っていた。

 

「幻想郷、いえ、地球が滅びる歴史になってしまった時も、それは22世紀~31世紀に起きたこと。魔理沙は西暦200X年以降の歴史しか改変していない。輝夜が輝夜として成り立っているヒストリーが手付かずのままになっているのが唯一の救いなのかしらね」

 

 そして観測映像は西暦2070年へと続いていく。




以下補足説明

第1章13話『暗示』及び第3章25話『幕間 人里にて』で、輝夜が歴史が変わったのは2回と話していましたが、この時点では魔理沙主観で二度しか歴史改変を起こしていないので、今回の話とは矛盾になりません。

もっと言ってしまえば、第1章13話と第3章25話の内容は、第4章で魔理沙が霊夢を仙人にした時点で歴史の上書きが起こり、古い歴史になっています。






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第160話 霊夢とマリサの歴史⑨ 八雲紫の杞憂

沢山の最高評価及び高評価ありがとうございます。
ここまで反響があるとは思いませんでした。


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 時刻は約13年飛んだ西暦2070年2月22日午前10時00分。真冬の幻想郷は、連日の雪の影響により何処を見渡しても真白に覆われており、表面に薄く氷が張られた霧の湖では、チルノを筆頭とした氷の妖精達が無邪気に遊んでいた。

 観測地点は再び魔法の森の霧雨魔理沙邸リビング、外はしんしんと雪が降り続く中、エアコンにより一足早い春が訪れている部屋の中、霧雨マリサはソファーのひじ掛けを枕に寝転がっていた。

 

『ふあ~ぁ』大あくびをした霧雨マリサが『この時期は雪ばっかでつまらんなあ。なんか面白いことでも起きねえかなあ』と、ぼやきながら天井の染みを数えていると、枕元に、何の前触れもなく空間の裂け目が発生した。

 

『ごきげんよう』

『!……お前が私の家に来るなんて珍しいな』上半身をスキマの縁に乗り出して現れた八雲紫に一瞬動揺しつつも、すぐに落ち着きを取り戻し、『この時期は冬眠してるんじゃなかったのか?』と、寝転がったまま気さくに答えた。

『別に毎日寝てばかりいる訳ではないわ。それよりも貴女に折り入ってお願いがあるの。話を聞いて貰えないかしら』

『頼みだって?』

『お願い』

『……分かったよ』

 

 緊張感漂う八雲紫の雰囲気から、只事ではないと察した霧雨マリサは起き上がり、彼女と対面するように胡坐をかいた。

 

『で、話って何だ?』

『ずっと昔に霊夢から聞いたのだけれど、貴女って時間移動できるのでしょう? その力、私に貸してもらえないかしら?』

『どういうことだ??』

『結論から言ってしまうと、私は今、幻想郷の存続に関する非常に重大な決断を迫られている所なのよ。もし選択を誤れば、最悪の場合この楽園が消滅するかもしれない』

『!』

『だからお願い、10年――いえ、1年先でいいから、未来がどうなっているのか教えてちょうだい。貴女だけが頼りなのよ』

 

 八雲紫は霧雨マリサの手を優しく握る。そんな彼女に霧雨マリサは『その……協力したいのは山々なんだが、あいにく私には無理だ。そもそもタイムトラベルが使える魔理沙は私じゃない。別の歴史の西暦215X年から来た魔理沙なんだ』と、申し訳なさそうに答えた。

『……え? 霊夢の未来を変えた魔理沙が貴女なのではないの?』

『違う違う。一度しか言わないからよーく聞いてくれ』

 

 きょとんとしている八雲紫に、霧雨マリサは彼女の主観で約63年前、客観的時間では約87年後に聞いた話を伝えた。

 

『……成程ね。違う時空から来たもう一人の魔理沙。どうやら私は根本的な部分で勘違いしていたようね』八雲紫は感心しながら大きく頷いていた。

『その通りだ。63年前、別の歴史の〝私″に連れられ、215X年に行ってこの目で未来の幻想郷を見て来た。昔には無かった施設や、知らない妖怪が跋扈してはいたが、幻想郷の在り方は何ら変わってなかったぜ』

『そう……!』驚きを隠せない八雲紫は『ならもう一つ質問、タイムトラベラーの魔理沙は今年――西暦2070年について、なにか話していなかった? 私の事とか、外の世界の事とか』と訊ねる。

『いや? 特に何も言ってなかったぞ』

『そんな、それじゃあ、私の悩みは全て杞憂に終わると言うの?』愕然としている八雲紫だったが、すぐに『……いえ、でも、200X年に215X年の魔理沙が遡航してきたのなら、私達の未来は保証されていることになるのかしら』と思い直す。

『逆説的に考えるとそういうことになるな。私にはお前が何を悩んでいるのか良く分からんが、自分が最善だと思うことをやれば、自然とベストな結果に繋がるんじゃないか?』

『!!』

 

 霧雨マリサ的には適当にそれっぽい言葉を並べただけであったが、八雲紫は目から鱗が落ちるような思いで彼女を見つめていた。

 

『……そう、そうよね。うん。自分を信じればいいのよね』

『その通りだぜ。大丈夫、お前ならできる!』

 

 霧雨マリサは八雲紫にサムズアップしながら断言した。

 

『相談に乗ってくれてありがとうマリサ。このお礼はいつか必ずさせて貰うわ』

 

 そう言ってスキマの中に消えた八雲紫は、とても清々しい表情をしていた。

 

『しっかし、アイツも悩むことあるんだなぁ。今度結果を聞いてみるか……』

 

 霧雨マリサは再び肘掛を枕に寝転がり、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 それから47日後の西暦2070年4月10日午後12時20分。すっかり雪も解け、春の暖かな日差しが降り注ぐうららかな日のこと。霧雨マリサは人里の一区域、上白沢慧音が教鞭を執る寺子屋近くに設けられたとある公園内で、八分咲きの桜の木がちょうど木陰になるベンチに座り、屋台で購入したたい焼きを頬張っていた。                

 彼女の視線の先には土のグラウンドで遊び回る子供達。幼い頃の記憶を刺激されつつ黙々と食べ進めていると、彼女の隣、日が当たる空席にスキマが現れ、『隣宜しいかしら?』と、中に隠れたまま八雲紫が訊ねた。

 

『むぐ、見ての通り空いてるぜ』

『では』

 

 スキマがベンチの半分を覆うようにして一度閉じた後、次に開いた時には、ずっと前からそこに座って居たような自然な状態で出現した。

 

『春は良いわねぇ。暖かくて、いい匂いがして。私は一年の中で今の季節が一番好きだわ……』

 

 優しい風に吹かれ、桜の花びらが舞う空。いつも愛用している日傘を閉じ、暖かい日差しを全身で感じながら、心地よさそうに座席にもたれかかる八雲紫。既に尻尾だけになってしまったたい焼きを口に入れ、普通に出て来いよ、と心の中でツッコミを入れつつ、ごくりと飲み込んだ霧雨マリサが言った。

 

『何しに来たんだ? お前の事だ。只の世間話ってわけじゃないんだろ?』

『風情がないわね。貴女は花より団子なのかしら?』

『……うっさい、放っとけ』

『ふふ、ごめんなさい』

 

 一転して渋い顔をする霧雨マリサ。八雲紫は気を取り直してこう言った。

 

『先々月の22日、私が貴女の家に行った時の事、覚えてる?』

『確か『幻想郷の存続に関する非常に重大な決断を迫られている』とか言ってたな。結局どうなったんだ?』

『今目の前にある光景が全てよ』

 

 八雲紫の見つめる先へ、霧雨マリサは視線を向けた。そこにはグラウンドをめいっぱい使ってはしゃぎ回る子供達。彼らは皆、笑顔に溢れていた。

 

『あの頃の私は弱気になっていたのよ。外の世界はまさに激動の時代。幻想郷はどんな在り方でいくべきか、私はその答えを――未来を知りたかったの』鬼ごっこの鬼役の男児が、薄桃色の着物の女児を追いかける姿を目で追いながら答えた。

『……外の世界はそんなにヤバいのか?』

『んーと、どう説明したら良いのかしらね。二十世紀に外の世界で勃発した世界規模の戦争も起きてないし、二十一世紀初頭に外の世界を揺るがした天変地異もここの所起こってない。まだまだ多くの問題を抱えてはいるけれど、大局的に見れば平穏と言って構わないわ』

『じゃあなんなんだよ?』

『外の世界の人間達がとうとう光速航行を成功させたのよ。まだ有人飛行は実現出来てないとはいえ、それも時間の問題。アインシュタインの提唱した法則の一部を覆した人類は、今までよりもさらに宇宙開拓に励むでしょう。まさに新時代の幕開けとなるでしょうね』言葉とは裏腹に暗い表情の八雲紫は、鬼役をバトンタッチされた薄桃色の着物の女児が、紅白の水玉模様の着物の女児に狙いを定め、追いかける姿を見つめていた。

 

『ほ~、外はそんなことになってるのか』僅かに関心を示した霧雨マリサは『でもそれが幻想郷と何の関係があるんだ?』と訊ねる。八雲紫は、逃げ回る紅白の水玉模様の着物の女児と、徐々に距離を詰めていく薄桃色の着物の女児から目を離さずに答えた。

 

『ざっと200年前、山奥にある一集落でしかなかった幻想郷を、博麗大結界で閉じることを決めた直接の原因は、産業革命による科学の時代の到来を予期したもの。科学が発展し、〝非常識″が〝常識″に、世界の謎が解明されればされるほど、妖怪の力は薄れてしまい、やがて存在そのものが消滅する』彼女は続けて、『今回の件で、ここ十数年間停滞しつつあった技術革新が、飛躍的な向上を遂げることは間違いないわ。幸い、彼らの意識は天上に向けられているから良いけれど、その目がいつ私達に向けられることか』

『深く考えすぎだって。そもそも、博麗大結界ってのは外の世界が進歩する程効力を増すんだろ? 今までだって気づかれなかったんだし、これからだってそうだろ』

『だと良いのだけれど。だいたい、月の民達が人類の宇宙進出を静観したのが不思議なのよねぇ。百年近く前に実施されたアポロ計画は彼らの妨害で計画が終わったのに、どんな風の吹き回しなのかしら』薄桃色の着物の女児が、紅白の水玉模様の着物の女児を捕まえ、鬼役をバトンタッチする場面を観察しながら溜息を吐いた。

 

『……まあその辺の事情は私も知らんが、これだけは言えるぜ』

『え?』

 

 八雲紫は、霧雨マリサに振り向いた。

 

『幻想郷内ならいざ知らず、外の世界の出来事なんて、別の未来の〝私″も分からないんじゃねーの? だから何も言わなかったんだろう』

『……ふふ、かもね』

『どうしても未来を知りたきゃ、87年後を待つしかないな。最も、素直に教えてくれるかは保証できないがな』

『その頃にはもう未来は過去になってるでしょ。本末転倒じゃない』

『ははっ、それもそうか。つーか、お前の境界を操る程度の能力なら、過去や未来にだって行けるんじゃないのか? 時間の境界をちょちょいといじってさ』

『時間の境界を動かすことは、宇宙の摂理を動かすのと同じ意味を持つの。私には到底無理よ』

『お前にも出来ないことがあるのか』

『えぇ。だからこそ時間移動について興味があったのだけれど、まさか貴女ではない魔理沙が居るなんてね。長生きしてみるものだわ』

『紫様~、お昼の用意ができましたよー!』

 

 談笑していた八雲紫の背中――霧雨マリサからは影になっている場所に開かれた小さなスキマ――から聞こえてくる八雲藍の声。八雲紫は『ありがとう。今行くわ~』と背中に向かって答えた。

 

『それでは私はこれで』

『待った。最後に聞かせてくれ』

『なによ?』

 

 霧雨マリサは、既に下半身がスキマに呑み込まれている八雲紫を呼び止めた。

 

『話してて気になったんだが、お前は何故別の歴史の〝私″を肯定する? タイムトラベラーはあらゆる条理を覆す存在だ。そんな不確定要素を遊ばせておくのはリスキーじゃないのか?』

『あら、貴女は彼女のことが嫌いなの?』

『違う。ただ幻想郷を守護する立場であるお前が、魔理沙についてどう思っているのか知りたいだけだ』

 

 八雲紫は少し考えた末このように答えた。

 

『確かに時間移動は驚異的な力ではあるけど、それだけで否定するほど私は独裁的ではないわ。それに……』言いかけてつぐむ八雲紫。

『それに、なんだよ?』

『彼女の素行、霊夢との関係……色々と理由はあるけれど、私は魔理沙(マリサ)のこと好意的に思ってるわよ? それが理由じゃいけないのかしら』

『そ、そうなのか。でも、私はお前に好かれるようなことをした覚えはないんだけどな』

『ふふ……』

 

 素っ気ない態度を取られても、八雲紫は薄らと笑みを浮かべるばかり。その表情に込められた意味を、霧雨マリサは理解できなかった。

 

『紫様ー! 早く来ないとお昼冷めちゃいますよ~!』八雲紫の下半身が沈むスキマの中から、再度八雲藍の呼ぶ声が聞こえた。

『……そういう訳だから、行くわね』

『あ、あぁ。呼び止めて悪かったな』

 

 霧雨マリサの目の前で、八雲紫はスキマの中に消えていった。

 

 

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 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

 

「なるほど、この歴史のマリサが魔女になったから紫は彼女に相談しに行ったのね。幻想郷の存続という観点から見れば、改変前と同じ結果だったけど、その過程が変化したことで、微差ではあるけれど魔理沙の居る時代に変化が生まれると」

 

 西暦2070年を立て続けに観測した女神咲夜は、自分に言い聞かせるように頷いていた。

 

「この事が影響する未来にも期待しつつ、次の時間も見てみましょう」







※補足説明

今回の話は第3章で魔理沙が月の都に原初の石を届けた時点(人類が宇宙進出するようになった歴史)から起きるようになった出来事だったので、魔理沙がマリサの歴史を改変したことで新規に発生した歴史ではない。

(霊夢が仙人になった時点でも、起こっていた)

      マリサが魔女になる前の歴史では、紫自身、迷いながらも自分で解決してきた問題。(現状維持、静観する)という選択を取っていた。


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第161話 霊夢とマリサの歴史⑩ 100年目の出来事

※戦闘描写があります。


 ――――――

 

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 次の時刻は約38年後の西暦2108年9月10日午後2時00分。暦の上ではとっくに秋になっているが、まだまだ夏の暑さが残る晴れた昼下がりの事。妖怪の山と連なる深い森で覆われたとある山の中腹に、唯一空が開けている広場があった。とは言っても、人間がハイキング気分で来れるような登山道はなく、妖怪の山付近ともあって野良妖怪もあまり訪れようとしないので、〝広場″と言うより、〝秘境″と例えた方がしっくりくるだろう。

 そんな秘境では今、少し前から二人の人ならざる者が戦いを繰り広げていた。片や、道場着にも似た服に着替えた可憐な少女。名は博麗霊夢。片や、顔が覆い隠される程の漆黒のローブを纏い、人の背丈ほどもある大鎌を両手に持つ不気味な死神。是非曲直庁から派遣された彼は、100年目の仙人の命を刈りに彼岸からやってきたのだ。

 

『――』

 

 声なき声で威圧する死神は、彼女目がけて突進し、その勢いのまま巨大な鎌を薙ぎ払うが、博麗霊夢は後ろに大きく飛びのきながら躱し、手の平から豆粒ほどの小さな霊力弾を連射する。死神は足を止め、胸を隠すように両腕でガードした。

 

『はあっー!』

 

 その隙に地面を強く蹴り、死神の懐に飛び込んだ博麗霊夢は、霊力を込めた右腕で顔面目掛けて殴りかかったが、死神はそれを体を捻るように躱した後、流れるように大鎌を振り上げる。博麗霊夢はその刃を霊力で保護した左肘で受け止め、空いた右腕で死神の脇腹を殴打、刃が離れた所で、左足を軸に回転しながら回し蹴りを側面に当て、死神を大きく吹き飛ばす。

 顔から地面に叩きつけられた死神はすぐに起き上がり、言葉にならない咆哮をあげ、鎌をしっちゃかめっちゃかに振り回しながら博麗霊夢へと突撃する。彼女は刃の軌道を読みながら右に左に冷静に躱して行き、隙を見ながら、死神の体に一撃ずつ、的確に拳を当てていく。何度も繰り返していくうち、体にじわじわとダメージが蓄積されていった死神は、徐々に動きが鈍り始め、遂には膝をついた。

 それをチャンスと見た博麗霊夢は、すぐさま霊力を練り上げていき、自らを奮い立たせるような掛け声と同時に、巨大な霊力弾を発射。防ぐ間もなく、正面から諸に直撃を食らった死神は、うめき声をあげながら地面に突っ伏した。

 死神が倒れてからも、博麗霊夢は警戒を解かずにずっと相手の出方を伺っていたが、どれだけ待ってもピクリともしない死神を見て、彼女は戦闘態勢を解除し、大きく息を吐いた。

 

『ふう~、これで試練は終わりかな』

『お~い霊夢ー!』

 

 頃合いを見計らって、空からずっと戦いを見守っていた霧雨マリサが博麗霊夢の隣に降りて来た。

 

『どうやら終わったみたいだな。怪我はないか?』 

『全然平気よ。華扇が『彼らは非常に狡猾で、心の隙間を突いた精神攻撃を多用してきます。心身共に鍛え上げなければ勝てない強敵です』って警告するくらいだからどんなものかと思ってたのに、こんなあっさり勝っちゃって拍子抜けだわ』

『傍から見ればまるで大人と子供のような実力差だったからな。全く、大したもんだぜ』

 

 前回の歴史では、霧雨マリサに負い目を感じ、死神が創り出した彼女の幻覚に囚われ、危うく彼女の元に逝きそうになった博麗霊夢だったが、霧雨マリサが健在で、関係が良好である現在の歴史では、死神を終始圧倒し、かすり傷一つ負わずに勝利を収めていた。

 

『だけど私疲れたわ。ねえマリサ、後ろに乗せてって~』

『やれやれ、しょうがないなぁ』

『やった!』

 

 博麗霊夢が意気揚々と霧雨マリサの箒の後ろに跨ると、『それじゃ行くぜー! 振り落とされるんじゃねえぞ!』と、人里の方角へすっ飛んで行く。『きゅ、急に飛ばしすぎよ~!』と、悲鳴にも似た博麗霊夢の声がこだました。

 そうして、先程までの戦闘が嘘のように元の静けさを取り戻した所で、小野塚小町が木の影から姿を現すと、彼女は倒れている死神の傍まで歩いていき、それを見下ろしながら言った。

 

『……やれやれ、まだまだ駆け出し仙人の癖に、こんなあっさり倒してしまうとはねえ。将来が恐ろしい』

 

 同族の死にさして感慨に耽る事もなく、先程の光景に感嘆の句を漏らす。博麗霊夢と霧雨マリサは全く気づいていなかったが、小野塚小町は少し離れた木の上から、戦闘の一部始終をこっそりと観戦していた。

 

『さて、私も帰ろうかな。四季様にも報告しておかないと』

 

 そう呟き、彼岸へと帰っていった。

 

 

 

 

 同日午後2時30分、是非曲直庁のとある一室、閻魔に割り当てられた部屋で書類仕事を行っていた四季映姫の元に、小野塚小町が訪れた。

 

『ただいま帰りました!』

『おかえりなさい。首尾はどうでしたか』

『ええ。霊夢は我々(是非曲直庁)が差し向けた刺客を見事に撃退しましたよ――』

 

 そう前置きして、つい先程起きた出来事を仔細なく報告していく。四季映姫は彼女の話を聞きながら、業務日誌にすらすらと書き連ねていった。

 

『――と、言う訳でして。まるで赤子の手をひねるような戦いでしたよ』

『ふむふむ、ご苦労様でした。事後処理については此方で手続きを済ませておきます。もう持ち場に戻っても良いですよ』

『そ、それだけですか? もうちょっとこう、ご褒美とか、お休みとかあってもいいじゃないですかー!』

『…………』

『す、すぐに戻ります! 失礼しました!』

 

 不満をあらわにした小野塚小町だったが、上司の刺すような視線に身震いを感じ、逃げるように部屋を退室していった。

 

 

 

 

 1ヶ月後の10月10日午後4時00分。場所は再び是非曲直庁の同じ部屋。

 

『お呼びでしょうか、四季様』

 

 ノックしてから部屋に入ってきた小野塚小町は、四季映姫が座る窓際のデスク近くまで歩いていく。

 

『来てくれましたね小町。実はね、貴女に聞いておきたいことがあるの』

『な、なんでしょうか! 今日は真面目に仕事してますよ!』

『今日は? …………まあ、いいです。今からちょうど1か月前の9月10日、幻想郷のとある山で、霊夢と我々が差し向けた死神が戦った事、覚えていますか?』

『えぇ、ばっちり覚えてますよ。何せこの目で見た事ですから。いやぁ、歴代最強とまで謳われた元博麗の巫女の力は、末恐ろしいものがありましたねぇ。このまま修行を怠らなければ、彼女は1000年でも2000年でも生き続けるでしょうね』

 

 ヘラヘラとしながら喋る小野塚小町は、『それがどうかしたのですか?』と訊く。

『…………』

『四季様?』

 

 四季映姫は顎に手を当て、机の上に広げられた業務日誌を睨みつつ思案していた。その沈黙に小野塚小町は、もしかしたら自分は何か怒らせることを言ってしまったのではないかと、段々不安に感じ始めていた。

 

『あ、あの~……』

『今から二時間ほど前です。この部屋でいつものように書類仕事をしていた際、急に先月の十日の出来事が気になって、先月の業務日誌を振り返っていたのですが……』

 

 そう言って、四季映姫は小野塚小町の手前に業務日誌をひっくり返すと、『ここの行に『博麗霊夢は我々が差し向けた刺客をいとも簡単に撃退した』と記されているのですが、私にはどうにも引っかかる』と指をさす。

 

『と、言いますと?』

『既視感とでも言うべきでしょうか、魚の小骨が喉に刺さっている時のような気持ち悪さが頭の片隅にあるのです』

『はぁ。それはいつごろからで?』

『二時間ほど前からです。何かを思い出しそうで思い出せない、このモヤモヤ感を解消しなければ仕事に集中できません。なので、貴女にもう一度話を聞く為に呼んだわけです』

『なるほど、そういうことでしたか。取り敢えず此方を拝見しますね』

『お願いします』

 

 小野塚小町は業務日誌を手に取り、開かれたページに目を通していく。時計の音だけが聞こえる静かな部屋。読み終えた小野塚小町は四季映姫に返して言った。

 

『一通り読んでみましたけれど、特に違和感はありませんでした。私が話した要点をきちんと纏めて書かれてますし、記録としての不備はありません』

『……』

『お言葉ですが四季様。よく昔から、忘れるような出来事は大したことない、とも言いますし、四季様も〝これ″ではありませんか?』

『そうだと良いのですが……』

 

 難しい顔で業務日誌を見る四季映姫は、少し考えてからこう言った。

 

『やっぱりどうしても気になります。次の休日に霊夢の元を訪れましょう。小町も来てくれますね?』

『はぁ。別に構いませんが』

『そうと決まればすぐに仕事を片付けないといけませんね。小町、貴女も頑張るのですよ』

『……はい』

 

 やる気満々の四季映姫とは対照的に、うなだれている小野塚小町だった。

 

 

 

 ――西暦2108年10月12日午後4時20分――

 

 

 

 四季映姫が強引に仕事を切り上げ、小野塚小町と共に博麗霊夢の自宅を訪れたのは二日後の午後4時20分のことだった。

 

『この家で間違いありませんね?』

『はい。寺子屋の先生や子ども達がそう話していましたし、間違いないでしょう』

 

 二人は人里外れ、背後が森となっている位置に建つ簡素な住宅を見上げている。

 

『『霊夢様、霊夢様』と、人々から随分慕われているみたいねぇ』

『彼女は珍しく〝人間側″の妖怪ですからねぇ。これまでに起きた数々の異変からも人間達を守ってきましたし、博麗の名は伊達じゃないってことでしょう』

『人間と妖怪では善行の定義が変わってきます。閻魔の立場としては、彼女が巫女だった頃に善行を重ねていれば、と思ってしまいますね』

 

 そんなことを口にしつつ、四季映姫は呼び鈴を鳴らす。清涼な音が家の中に響き渡り、畳の上で座布団を枕に寝転がっていた博麗霊夢は、重い腰を上げて玄関へと歩いていき、扉を開けた。 

 

『は~い、どちらさまー?……うげっ、あんたは!』

『人の顔を見るなり失礼な態度ですね。そもそもあなたは日頃から礼節を欠いてる節がある――』

『ふん、わざわざ私の自宅まで押しかけて、そんな説教をしに来たのかしら? あいにくだけど間に合ってるわ』

『四季様、ここは抑えてください。今日は彼女に用があって来たのでしょう?』

『むむ、そうでした。霊夢、玄関先で構いませんので、少し話してもよろしいかしら?』

『……何よ? 手短に頼むわね』

『先月の10日の事です。貴女は我々が派遣した死神と戦いましたよね?』

『そうだけど、何? まさかアイツに代わってあんたが命を狙いに来たのかしら?』

『私は閻魔で小町は三途の川の船頭。そもそも〝管轄″が違いますから、貴女の命を狙う理由はありません』

 

 目を見てきっぱりと言い切る四季映姫。その目に噓偽りがなさそうだと判断した博麗霊夢は、警戒心を解いた。

 

『……どうやらそのようね。で? 回りくどい事言ってないで、はっきりと言いなさいよ』

『小町の報告によると、貴女は死神に無傷で圧勝したと聞いていますが……それは本当でしょうか?』

『それがどんな報告なのかは知らないけど、それは事実よ。ほら、この通り』

 

 四季映姫と小野塚小町の前で博麗霊夢は両手を広げて見せ、自分の体をアピールした。寝転がっていたこともあり、彼女が着ているレース入りの暖色系の着物は折り目としわが出来ていたが、それ以外の露出している肌は傷一つなかった。

 

『ほほぅ、確かに綺麗な肌ですね』

『私にはどうしてもやらなきゃいけない事があるの。あんな奴になんか負けてられないわ』

『……そうですか。私から聞きたいことは以上です、ありがとうございました』

 

 四季映姫が頭を下げ、博麗霊夢は扉を閉じた。

 

『何か掴めましたか四季様?』

『良く分かりません。霊夢と話せば話す程、言葉にできない違和感が増しますね。例えるなら、完全な物の不完全な部分を探すような矛盾。こんなことは初めてです』

 

 四季映姫はバツの悪そうな顔をしている。

 

『どうします? 今度はマリサに話を聞きに行きますか?』 

『……いえ、もう結構です。あくまで私の勘ですが、この現象についてこれ以上考えてもどうしようもない気がします。貴女や当事者の霊夢が記録の正確性を証言してしまった以上、私の思い違いと考えるのが筋というものです』

『はぁ、そうですか』

『いずれ来るべき時が来れば解決するかもしれませんが、それは栓無き事です。……さて、帰るとしましょうか。小町』

 

 そう言って歩き出そうとする四季映姫の前に小野塚小町が回り込み、『まあまあ、今日の仕事はもう終わった事ですし、そんな焦って帰ることもないじゃないですか。せっかく現世に降りて来たことですし、ちょっとお茶でもしていきましょうよ。私、いいお店知ってますよ』と誘いをかけた。

『……それもそうですね。では案内お願いしますね』硬い表情だった四季映姫は、小野塚小町の自然な笑顔につられるように微笑んだ。

『お任せください!』

 

 人里の方向へとスキップする小野塚小町と、マイペースに後をついていく四季映姫の背中が徐々に遠ざかっていくところで、映像は終了した。

 

 

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「この時間の彼女が感じていたのは、古い歴史の記憶の残滓。本来覚えている筈のないもの。完全に忘れなかったのは、閻魔としての能力なのかしら? それとも……」

 

 西暦2108年の観測を一通り終えた女神咲夜はここで言葉を切り、考え込んでいたが、「とはいえ、彼女の記憶は決定打にならない。歴史は収束し、大きな変化には至らないでしょうね」と結論付けた。

 

「さて、次の観測時刻は西暦2151年4月19日、午後4時35分。後に博麗の巫女となる杏子の母親が霊夢に助けられる時間だけど、この出来事は以前の歴史と全く同じだから観なくてもいいわね。となると次は……」

 

 砂嵐になった透過スクリーンは徐々に鮮明になり、はっきりと物を映す。そこには自宅も兼ねた工房内で、雑多に散らかる機械や工具に囲まれ、箱のような物に向かって機械いじりをする河城にとりの横姿が映されていた。

 

「なるほど。さて、次に現れる記憶の証人は、この歴史にどんな変化をもたらしてくれるのかしらね?」

 

 女神咲夜は、期待の眼差しで河城にとりを見据えていた。

 




今回の話は第129話『霊夢の歴史⑧』第130話『霊夢の歴史⑨』を見返すと違いが分かりやすいかもしれません


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第162話 霊夢とマリサの歴史⑪ にとりの記憶

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 時刻が約49年跳んだ西暦215X年9月20日午後5時45分。夏から秋へ変わりつつある季節、好天薄暮の幻想郷は、今日も平和でゆったりとした時間が流れていた。

 観測地点は例によって魔法の森の霧雨邸。整理整頓されたリビングのソファーに寝転がり、読書をしている家主の姿があった。

 

『……フフッ』

 

 彼女が目を通しているのは、普段愛読しているような魔導書ではなく、表紙に眉目秀麗な少年と容姿端麗な少女の絵が印刷された大衆向けの娯楽小説だった。三日前の土曜日、アリス・マーガトロイド邸に遊びに行った時の事、『この本最近人里で流行ってるのよ。面白いから読んでみて』と勧められ、それ以来、空いた時間を用いてちょくちょくと読み進めていた。

 空調が効いた涼しい部屋の中、ページが捲れる音だけが聞こえ、静かな時が流れていたが、その平穏は突然に破られる。

 

『!』

 

 玄関から響くノックの音。彼女は自然に本から視線を外し、時計に目を動かす。『ん、もうこんな時間か』時刻は後五分で六時になろうかというタイミングだった。

 そう呟く間にも、ひっきりなしに叩かれ続けるドア。次第にコンコン、ではなく、ドカン、ドカンという擬音に推移し、扉がはち切れんばかりにギシギシ軋む。堪らず本を投げ捨て飛び起き、『ああ、もう! 今出るから!』と叫びながら、玄関先へ走って行き、その勢いのまま扉を開け放つ。

 薄暮の光と共に彼女の目に飛び込んできたのは、ゴーグルを頭に嵌め、トンカチを今まさに振りかぶらんとする状態で固まっていた河城にとりの姿だった。

 

『……おい。ドアを壊す気か』

『あ、アハハハハ……急いでたもんで、つい』

 

 冷徹な目で睨む彼女に、河城にとりは苦笑いを貼り付けたまま、右手のトンカチをリュックにしまいこむ。

 

『……はぁ。全く、傷が付いたらどうするんだ』

 

 彼女は深いため息を吐きながら自宅のドアを観察し、新たな傷がついてないことを確認してから、うずうずしている目の前の少女に問いかける。

 

『で、どうしたんだにとり? 柄にもなく慌てて』

『どうもこうもないよ! 魔理沙、あんたはいったい何をしたのさ!?』

『は?』

『とにかくすぐ来て! 私の家がとんでもないことになってるからさ!』

『うわ、ちょ、腕を掴むな! 分かったよ。すぐ行くから!』

 

 非常に焦っている河城にとりに引っ張られるようにして、彼女は箒に乗って飛び立っていった。

 

 

 

『魔理沙、もっと飛ばしてよ!』

『あ、あぁ……』

 

 河城にとりの後に続いて飛び続けていた彼女は、目的地へ近づくにつれてぼんやりとした違和感を覚えつつあった。そして遂に河城にとりの自宅に辿り着いた時、彼女の表情は驚きに変化した。

 

『な、なんじゃこりゃ!』

 

 彼女の目に飛び込んできたのは、河城邸の左隣の空地に鎮座する、全長七十mを優に超える翼の生えた巨大な鉄の塊。外装は中心部分から黒と白に綺麗に分かたれたモノトーン柄、先端部分はシャープに尖り、機体の後方部には巨大な六つの噴出口が束ねられていた。

 辺りの景観とはまるでミスマッチなそれは、外の世界でもオーパーツとなりうる31世紀の科学技術の結晶、【宇宙飛行機】だった。

 

『お、お前、こんなでっかい乗り物どうしたんだよ!?』と、驚嘆混じりの声で宇宙飛行機を指さす彼女であったが、当の河城にとりはぽかんとしながら『何言ってんのさ魔理沙? そんなことよりも私の家を見てよ! おかしいと思わないの!?』

『え、私の家?』

 

 言われるがままに彼女は自宅に焦点を合わせた。

 河城邸は妖怪の山麓、人里まで繋がっている玄武の沢沿いの河原付近に建っており、周囲が森で囲まれ、妖怪の山付近ともあって人間が訪れることは滅多になく、半径1㎞以内には建物一つ存在しない。とはいえ景観は素晴らしく、あと一月もすれば辺りは完全に紅葉に染まる、絶好のロケーションに位置している。

 そして河城にとりの自宅の外観は、誰もが思い浮かべるような一般的な二階建て木造住宅であり、特徴をあげるとすれば1階部分が工房となっている所と、屋根に大きなパラボナアンテナが設置されていることくらいだろう。

 

『う~ん……』

 

 彼女は唸り声をだしながら隅から隅まで見渡したが、やがて『……別にいつも通りじゃないのか?』と、諦めた様子で河城にとりに言った。

 

『むー、まだ気づかないの!? こんなの一目瞭然じゃん!』

『そんなこと言われたって分からん。答えを教えてくれ』

『あそこだよ!』

 

 ふくれっ面で河城にとりが指差す先には、河城邸の右隣のぽっかり空いた空間、苔のような雑草と大小さまざまな石が転がる土地だった。

 

『昨日までは確かに、あの辺りに格納庫が二棟併設されてたのに、少し前に帰って来た時には跡形も無くなってたんだよ? こんなのおかしいじゃん!』頭に血が上っている河城にとりは、『魔理沙、説明してくれないか! このままだと宇宙飛行機を整備できなくて困るんだよ!』と、詰め寄っていく。

 

 普段温厚な河城にとりの珍しい姿に困惑しながらも、彼女はこう答えた。

 

『そ、それが本当なら不可思議なことだが、なんで私が犯人だと決めつけるんだよ。今日は一日家に居たし、怪しい奴なら他にもいるだろ』彼女は河城邸の右隣の空地を指さしながら『そもそもあそこは元から荒れ地だったじゃん。二週間前にお前ん家に行った時も、格納庫なんか影も形もなかったぜ?』

『だからこそだよ。あんたの言う通り、一夜のうちに建物丸ごと消してしまえるような妖怪はごまんといる。でもね、格納庫に飽き足らず、自宅に保管されていた宇宙飛行機に関する資料や痕跡すらも一緒に消えているんだ。金庫の中は無事だったし、泥棒なら普通こっちを狙うだろ?』

『まあ……そうだな』

『決定的な証拠はさ、知り合いの河童に聞いてもあんたと同じように格納庫なんか知らないって口を揃えて言ったこと。〝最初から格納庫が、宇宙飛行機が存在しなかった″なんて芸当ができるのは、時間移動能力を有する魔理沙しかいない』

『!!』

『お願い、正直に答えて。あんたは一体どんな過去改変を起こしたんだい?』

 

 彼女に優しく問いかける河城にとりだったが、当の本人は未だ衝撃から抜け出せずにいた。

 

『に、にとり。今、時間移動って言ったか? なんでそれを知っている……?』

『質問してるのは私の方なんだけど?……というか、魔理沙が20年前の私に協力を求めて来たんじゃないか。未来の幻想郷の滅亡を防ぐ為に、この機体が必要になるとか言ってさ』

『なんだって!? 未来の幻想郷が滅びるって、それは本当なのか!?』

『いや、だからそれも魔理沙が……うーん、話が噛み合わないなあ』

 

 難しい顔をしていた河城にとりは、ある瞬間から顔色が変わり『……あれ? 待って。そもそも魔理沙って……んー?』と、考え込んでいく。

『にとり? おい、にとり』

 

 彼女が河城にとりの肩を叩きながら呼びかけるも、自分の世界に入ってしまった為に返事はない。訊きたいことは山ほどあったが、こうなってしまっては待つしかない、と観念した彼女は、河城にとりが帰って来るまで耐えることにした。

 背中から聞こえる川のせせらぎ、悪戯のように木々を揺らし、鳥の囀りまで運ぶ気まぐれな風。薄暮はやがて夜へと移り変わり、辺りがどんどんと暗くなって行く中、河城にとりは突然手をポンと叩き『……そうか。そういうことか!』と叫んだ。

『あんたはもしかして、タイムトラベラーの魔理沙じゃなくて、私と昔から交流があるマリサなのかい?』

『お、おう。そうだけど』

 

 河城にとりにびしっと指を差された彼女――もとい【霧雨マリサ】は、虚をつかれたような気持ちになりながらも、はっきりと肯定した。

 

『そっかそっか~。ごめんよ、どうも私の記憶がこんがらがっちゃってたみたいだ。通りで話が噛み合わない訳だねぇ、うんうん』

 

 全てを理解したように何度も頷いている河城にとり。対して、霧雨マリサは何が何やら分からない状態だった。

 

『にとりは別の歴史の〝私″と会ったことあるのか?』

『んーまあね。マリサはどこまで彼女のことを知ってるんだい?』

『あいつがタイムトラベラーになった理由と、霊夢と私の歴史を変えたこと、くらいだな』

『…………』

 

 河城にとりは腕を組んだまま俯き、少しの沈黙の後に口を開いた。 

 

『マリサ。タイムトラベラーの方の魔理沙はどの時間にいるの?』

『あいつは今、150年前の9月5日に遡っている。何も無ければ、明後日の正午にこの時代に帰って来るだろうぜ』

『……そっか。ねえマリサ、もしタイムトラベラーの魔理沙が帰って来たらさ、私がここで待っている旨を伝えておいてくれないかな。宇宙飛行機のことで話がしたいって言えば、あっちも分かると思うからさ』

『別に構わんが、お前は未来の〝私″とどんな関係なんだ? 未来の幻想郷の滅亡とはなんだ? それにこの宇宙飛行機っていうのか、これも二週間前には影も形も無かったぞ』

『教えてあげたいのは山々だけど、あんたが魔理沙からなにも知らされてないのなら、彼女なりに何か考えあってのことかもしれない。私の口からは話せないよ』

『……分かったよ。じゃあ用も済んだみたいだし私は帰るぜ。伝言は確かに受け取った』

『頼んだよ』

 

 寂しい表情の霧雨マリサは箒に乗って飛び立っていき、河城にとりは彼女が見えなくなるまでずっと空を見上げていた。



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第163話 霊夢とマリサの歴史⑫ 彼女達の記憶

 翌日の9月21日午後6時25分。時の回廊を塞ぐ透過スクリーンは十字に分割され――といっても、元が元なので充分すぎるほどの大きさなのだが――それぞれ別の箇所を同時に映していた。

 左上の画面には、紅魔館の地下一階の大図書館で、魔道具などが雑多に置かれた机の前に座り、魔導書を広げているパチュリー・ノーレッジ。

 右上の画面には、同じく紅魔館一階の厨房で、夕食の準備の為、せわしなく動く妖精メイド達に交じって働く十六夜咲夜。

 左下の画面には、魔法の森のアリス邸二階、二架の本棚と無数の西洋人形に囲まれた薄暗い部屋の中、卓上スタンドに照らされた木製の作業机に向かい、マネキンに命を吹き込むアリス・マーガトロイド。

 右下には、人里外れの森近くに建つ博麗邸一階奥の引き戸の先、正面には鬱蒼と茂る森を覗けるガラス窓、右手に木目のタンス、左手にはお祓い棒や陰陽玉が並べられた細長いテーブル、背後には押入れに繋がる襖に囲まれた生活感ある部屋で、座布団に姿勢よく正座し、両膝の上に親指と人差し指で輪っかを作り、目を閉じる博麗霊夢が映し出されていた。

 1秒、10秒、1分と刻々経過していくが、読書に夢中のパチュリー・ノーレッジや、人形制作に集中しているアリス・マーガトロイドには目立った変化はなく、博麗霊夢に至っては微動だにしていなかった。他方で、厨房に立つ十六夜咲夜はテキパキと妖精メイド達に指示を出していく。

 

『いい? 貴女は冷凍庫の肉の下処理、そこの貴女は野菜を適当なサイズに切るのよ? そっちの貴女はいつものレシピ通りにブラッドソースを作ってちょうだいね』

 

 そして自らも、妖精メイド達が下ごしらえした材料をフライパンで熱し、手際よく調理を進めていった。

 思い思いの時間が過ぎていき、その時刻が午後6時30分になった瞬間、彼女らの身に異変が降りかかる。

 

『『『『!』』』』

 

 パチュリー・ノーレッジは頭がガクリと下がり、机に突っ伏しそうになった所を左腕で抑え、アリス・マーガトロイドは針と糸を落とし、作業机に肘を付きながら頭を抱え、博麗霊夢は体勢はそのままに、僅かに顔を顰め、ふらついて力が抜けた十六夜咲夜の手からはフライパンが滑り落ちてしまい、反射的に懐中時計に手を伸ばす。ひっくり返ったフライパンから、水しぶきのように散らばった半生の食材が空中で固まっていた。

 

『これは……』

 

 左手をおでこに添えたまま、自らの身に起きた異変におののく十六夜咲夜。実はこの時、彼女らの身に同時多発的に軽い頭痛と眩暈が降りかかっていた。

 

『記憶?……魔理沙? そんなまさか、でも……』

 

 しばらく当惑していた十六夜咲夜だったが、次第に事態を飲み込み始め、『もしあの場にいた全員に起きているのだとしたら……よしっ』と拳を握り、空中で散らばったまま時が止まっている半生の食材を、一つずつ地道に菜箸で掴んでフライパンに戻し、ひっくり返る前の状態へと戻す。

 その後も時を止めたまま厨房内をせわしなく動きながら、一度は妖精メイド達に任せた仕事を一つずつ自分の手で行い、料理を完成させていく。

 

「〝私″って働き者ねえ。あぁ、何もかもが懐かしいなぁ」

 

 世界の時が止まっても、独立した時が流れる時の回廊からの観測には何の支障もない。女神咲夜は人だった頃の自分と重ね、感慨深そうに見守っていた。

 

『……よし。これで完成ね』

 

 やがて調理を終え、盛りつけと配膳準備まで行った十六夜咲夜は、再び時を動かした。

 

『あれ~?』

『わたしの野菜が消えちゃった』

『あ! もうご飯が出来てる!』

『私が作っておいたわ。良い? 私はちょっと所用ができたから持ち場を離れるけど、貴女達がお嬢様とフラン様にお給仕するのよ?』

『はーい!』

『任せてください、メイド長!』

 

 元気よく返答した黒髪と緑髪の妖精メイドは、夕食が乗ったシックなデザインのサービスワゴンを押しながら厨房を出て行った。

 

『残った貴女達は後片付けをしておきなさい』

『はいっ!』『すぐに取り掛かります!』

 

 指示を受けた4人のメイド妖精は洗い場へと向かって行った。

 

『さて、と』

 

 十六夜咲夜はまたもや時を止めて大図書館へと移動し、普段利用している大机の前で、左手で頭を支えるポーズで座っているパチュリー・ノーレッジの隣で立ち止まった。それによって、透過ディスプレイの仕切りが十字からT字に変化していた。

 十六夜咲夜は姿勢を正し、一度咳払いをしてから時を動かした。

 

『パチュリー様』

『咲夜?』

『随分と辛そうですが、ご気分はいかがですか?』

『少し眩暈がしただけよ。それよりも、私はマリサの家に居た筈だけど、いつの間にここへ戻って来たのかしら』

『……私の記憶の限りでは、パチュリー様は一日ここに居ましたよ』

『そう……なの、ね』落胆したパチュリー・ノーレッジは、『今のは夢だったのかしら』と、十六夜咲夜が辛うじて聞き取れるくらいの小声で呟いた。

『パチュリー様、実は私もつい先程まで、マリサの家で二人の魔理沙と話していた、身に覚えのない記憶がございます。そこにはパチュリー様以外にも、霊夢やアリス、八雲紫と古明地こいしも居ました』

『それって……! じゃあ、これは貴女がいつか話していた魔理沙の……』

『あの場に居た私達の記憶が復活したのであれば、きっと霊夢やアリスも同じ経験をしているのではないでしょうか』

『なんてことなの……!』

 

 静かに驚くパチュリー・ノーレッジ。他方でアリス・マーガトロイドと博麗霊夢が映る画面にも、変化が生じていた。

 

『なに、この記憶……まさか、これが、100年前にマリサが話していた、未来の、記憶……』

『……魔理沙!』

 

 アリス・マーガトロイドは、俯く頭を両手で抑え、震える声で呟き、博麗霊夢は神妙な面持ちですっくと立ち上がり、靴も履かずに窓を開けて飛び出していった。

 場面は再び紅魔館の大図書館に戻る。

 

『行きましょうパチュリー様。真実を確かめるために』

『そうね』

 

 頷いたパチュリー・ノーレッジは立ち上がり、『小悪魔、少し出かけて来るから留守番お願いねー!』と明後日の方角に叫び、十六夜咲夜と一緒に出入り口へ向かって行く。『かしこまりました~』と、彼女らの背中から返事がした。

 魔法の森の空を飛ぶ博麗霊夢、紅美鈴と一言二言会話を交わし、霧の湖を飛ぶパチュリー・ノーレッジと十六夜咲夜。他方で、作業机に転がる作りかけの人形を見下ろしたまま、思案していたアリス・マーガトロイドは顔を上げ、決意に満ちた目で口を開く。

  

『……私も向き合わないといけないわね。彼女に』

 

 席を立ったアリス・マーガトロイドは部屋から出て階段を降り、玄関から外に飛び立っていく。

 満天の星の幻想郷を飛びつづける四人の少女、彼女らは皆、示し合わせたように霧雨邸へと向かっていた――。

 

 

 

 それから少し遡り、同日午後6時20分。一画面に戻った透過ディスプレイには、自宅のソファーに浅く腰掛け、猫背の体を膝に付いた両腕で支える霧雨マリサが映っていた。

 彼女の目の前の長テーブルには、現在時刻を伝える置時計と、壁から剥がされた215X年のカレンダーが並べられている。今月のページが開かれ、22日に赤ペンで2重丸が付けられていた。

 

『……いよいよ明日か。200X年9月5日から215X年9月22日――長かったな』

 

 神妙な表情でぽつりと漏らす霧雨マリサ。静寂に包まれる部屋の中、彼女はこの150年間を振り返っていた。

 

『…………』

 

 彼女の頭の中はおもちゃ箱がひっくり返ったような賑わいを見せていたが、客観的に見れば虚空を見つめながら無言でソファーに座っているだけ。時の概念の象徴たる女神咲夜といえども、霧雨マリサの思考は読めず、変わり映えのしない映像を思慮深く再生し続けていた。

 変化が訪れたのは、時計の長針が十に近づく頃だった。

 

『やっほー! マリサいるんでしょ~?』

『!』

 

 玄関の扉が唐突に開け放たれ、博麗霊夢が先陣を切るように上がりこむ。霧雨マリサは意識を戻し、声のした方角に顔を向けた。 

 

『ちょっと霊夢、勝手に入っていいの?』

『気にしなくていいのよアリス。いつもやられてるお返しよ。ねえ見て。マリサの間抜けな顔』

『クス、相変わらず仲が良いのね』

『咲夜~、ここは私じゃなくてマリサに笑うとこでしょー?』

『こんにちは、いえ、今の時間だとこんばんはかしら?』

 

 博麗霊夢の後から話し声と共に現れたのは、アリス・マーガトロイド、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジの三名だった。

 

『お、お前ら、こんな時間に揃いも揃ってどうした?』

 

 困惑している霧雨マリサ。四人の少女はアイコンタクトを交わし、博麗霊夢が一歩前に出て口を開く。

 

『実はね、私達は今日の記憶、別の歴史の魔理沙が過去改変する前の記憶を取り戻したのよ』

『記憶を取り戻したって!? 詳しく話を聞かせてくれ』

 

 博麗霊夢は霧雨マリサの隣に座り、記憶が復活した時の事を仔細に話していき、次いで正面に座るアリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジ、十六夜咲夜もその時の状況を語っていった。

 

『――と、いうわけなのよ』

『……そうか。お前らも思い出したんだな。てっきり私だけだと思ってたけど、もう1人の〝私″はこれを予想していたのか……』

『ところで魔理沙、いえ、別の歴史の貴女は何処にいるの?』

『そういえば見当たらないわね』

『あぁそうか。咲夜とパチュリーには言ってなかったっけ。あいつが帰って来るのは明日の正午だ』

『明日?』

『だから貴女一人しかいないのね』

『ああ。それでな? あいつに会ったら――』 

 

 互いに話し合い、時間旅行者霧雨魔理沙が帰って来る時間に合わせて再度ここに集まることを取り決め、解散となった。

 お嬢様が心配だから戻るわ、と言う十六夜咲夜と一緒に帰っていくパチュリー・ノーレッジ。また明日ね、と言って別れるアリス・マーガトロイド。二人っきりになったリビングで、博麗霊夢が口を開いた。

 

『マリサはさ、100年前に記憶が蘇ったあの日のこと、まだ覚えてる?』

『当然だ。今の私があるのも全てアイツのおかげなんだ。あの時の決意は今も変わらないぜ』

 

 霧雨マリサは落ち着いた声で、博麗霊夢の目を見ながらはっきりと頷いた。

 

『こうしてアイツと同じ150年の時を歩んで分かった。雨の日も雪の日も、私が遊んでいた時も苦しかった時も、ひたすら時間移動の完成を目指して研究し続けた執念。正直な話、もし私がアイツだったら、同じように霊夢を助けることができたかどうか……』

『マリサ……』

『だからさ、アイツが帰ってきたら、私に構わずアイツのことを受け入れてやってくれ。頼む』

『――ええ、もちろんよ!』

 

 しおらしい態度で頭を下げる霧雨マリサから斟酌(しんしゃく)した博麗霊夢は、優しくも儚い笑顔を浮かべていた。

 

『でも貴女も同じマリサなんだから、それを忘れないでね?』 

『……ああ』

 

 心配している博麗霊夢に対し、霧雨マリサは重々しい声色で顎を下げた。

 

『また明日ね、マリサ』

 

 軽く手を振って、博麗霊夢は自宅に帰って行った。

 

『どうやら話が終わったみたいね』

 

 余韻に浸る間もなく、先程までアリス・マーガトロイドが身を預けていた座席に八雲紫が出現した。

 

『……紫、来てたのか』

『今までの話は全て聞かせていただきました。明日は影から見守らせていただくわ』

『なんでだ? 普通に出迎えてやればいいだろ』

『流石に貴女達の関係に割って入る程、空気が読めない女ではありませんわ。それはきっと彼女も同じことでしょう。ふふ』

『彼女?』

 

 霧雨マリサが首を傾げたその時、目の前のテーブルに一枚のメモが出現する。そこには可愛い文字でこのように綴られていた。

 

『『明日は頑張って! 皆の無意識の中から見てるからね~!』か。やれやれ、変に気を回さなくてもいいのに』

 

 霧雨マリサは呆れながら、メモ用紙をテーブルに置いた。

 

『つーかよくこいしに気づいたな? 私は全然分からなかったのに』

『彼女はあくまで無意識的な存在。魔法や能力で姿を消している訳じゃない。自らの無意識とは違った無意識的な違和感があれば知覚できるのよ』

『なるほど、分からん』

 

 霧雨マリサは肩を竦めていた。

 

『ところでマリサ。貴女は知ってる? 玄武の沢にこんなものが出現したらしいの』

 

 霧雨マリサの膝元にスキマが現れ、文々。新聞の一面記事が落とされる。それには〝昨日″出現したばかりの宇宙飛行機が掲載されていた。

 素早く目を通した霧雨マリサは、記事をテーブルの上に広げた。

 

『これは今日の朝刊だな。へぇ、もうあの乗り物が記事になってんのか』

『その様子だと既に知ってたみたいね。何故突然あんなものが現れたのか、気になってこっそり調べて来たんだけどね、あの宇宙飛行機には私の能力の一部が使われていたのよ』

『お前の能力って、境界を操る程度の能力だろ? 外の世界の乗り物っぽいのにそんなことが有り得るのか』

『ここ最近外の世界と繋がった形跡はなかったし、間違いなく貴女ではない魔理沙の仕業でしょうね。あの河童は頑なに口を割ろうとしないし、貴女ではない魔理沙が、貴女の言う古い歴史で何をしたのか、私は知りたいの』

『まあそれは気になるな。にとりの奴、未来の幻想郷が滅亡するとか言ってたし』

『幻想郷が? ふふ、貴女ではない魔理沙にまた一つ訊きたいことが増えたわ』

 

 謎めいた笑みを浮かべる八雲紫は続けてこう言った。

 

『そういう訳だから、貴女ではない魔理沙が帰ってきた時、私がこの事を問いただす日まで、別の時間に行かないように協力してもらえるかしら?』

『……やれやれ、随分と人気者だなもう1人の〝私″は。分かったよ』

 

 満足そうに頷いた八雲紫は、そのままスキマの中に消えていった。

 再び誰も居なくなったリビングで、霧雨マリサは自分の体を背もたれに委ね、天を仰ぐ。時刻は既に夜の8時を回っていた。

 

『明日が楽しみだな……ふふっ』

 

 霧雨マリサは口を歪ませながら、次の日に思いを馳せていた。

 

 

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――

 

 

「ふむ、なるほどね。にとりの記憶に霊夢達の記憶。実に興味深いわ」

 

 観測時間が時間旅行者霧雨魔理沙の跳躍先に追いつき、博麗霊夢と霧雨マリサに関する150年分の観測が完結した。

 

「マリサが人間のままだった歴史と比べると、霊夢とマリサの間に目立った確執や怨恨もなし。魔理沙が上手く立ち回ったことで、彼女達の絆がより強固になったようね」さらに「幻想郷の歴史も確固たるもの、外の世界も相も変わらず回っている。大局的に見ても魔理沙が理想とする歴史ね」と、時間旅行者霧雨魔理沙が確立した歴史を総括した。

 

 そして女神咲夜は切り替わった映像、西暦215X年9月22日正午、霧雨邸の前で並ぶ五人の少女が、徐々に出現しつつある時の魔方陣を見下ろすシーンに注目する。

 

「はてさて、元の時間に戻って来た魔理沙は、〝霧雨魔理沙(マリサ)″が居る世界で、自分とどのように向き合うのかしら?」

 

 大いなる期待を感じながら、女神咲夜は時間旅行者霧雨魔理沙の行く末を見届けようとしていた。




今回の話で二か月近く続いた『霊夢とマリサの歴史』と題した話は完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回、第4章エピローグになります。


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第164話 第四章エピローグ 霧雨魔理沙

  ――side 魔理沙――

 

 ――――西暦215X年9月22日正午――――

  

 

 

(ん……)

 

 私を包みこむような生温い風と草木の匂い。僅かな高揚感を得ながら目を開けると、天高く昇る太陽に澄み切った青空に、亀のような遅さで飛ぶ雲。ごちゃ混ぜになっていた季節は夏から秋へと移り変わりつつあり、確かな時間が流れていた。

 

「魔理沙!」

 

 私を呼ぶ高い声に、視線を落として振り返る。

 纏め上げた黒髪を赤色の蝶リボンで留め、桜色の生地に、真白の百日草や赤色のゼラニウムなどの、鮮やかな花々が身丈全体に織り込まれた着物を、黄色の菊の花がデザインされた紅色の帯で巻き、白色の足袋に、緋色の鼻緒がアクセントとなっている黒塗りの下駄を履いた少女が、私の手の届く距離で微笑んでいた。

 その少女の名は博麗霊夢、私の唯一無二の親友だ。

 

「おかえりなさい、魔理沙」

「――ただいま、霊夢」

 

 屈託のない笑みを浮かべ、優しい声で腕を伸ばす彼女に惹かれるように、私は霊夢と固く抱き合う。言葉数が少なくとも、彼女の気持ちを肌で感じとっていた。

 

「よう、150年ぶりだな」

 

 霊夢との再会を喜んでいた時、彼女の後ろからよく聞き覚えのある声がした。霊夢の肩に顎を乗せるようにしてそっちを見れば、無邪気な笑顔を貼り付けた私ではない〝私″、霧雨マリサの姿があった。

  

「おかえり魔理沙~!」

「お疲れ様」

「待っていたわよ」

 

 さらによくよく見てみれば、上海人形と蓬莱人形を肩に乗せたアリスと、日傘を差した咲夜に相伴するパチュリーまでもが、自宅の前で私を待っていた事に気づく。

 

「マリサ! それにみんなも来てくれたのか!」

「貴女が来ることを昨日思い出して、今日ここで集まろうって約束したのよ」

「!」

 

 出発前、昨日の出来事について記憶の継承が起きるかもしれない、と思い約束の日付を一日ずらしたが、どうやら私の目論見は当たったらしい。アリス、咲夜、パチュリーは、私に特に驚いた様子もなく、清々しい顔で私を見つめていた。

 

「お前とは色々と積もる話がある。中でゆっくり話そうぜ」

「行きましょう、魔理沙」

「ああ」

 

 私から離れた霊夢に頷き、マリサの先導の元、私達は自宅へと移動した。

 

 

 

 150年経っても全く間取りが変わらない私の家――マリサの家と言った方が正しいか――は、マリサ現存の影響か、以前までの歴史のような、西洋人形とパッチワークに囲まれたファンシーな内装ではなく、シックなインテリアが際立つ落ち着いた部屋に戻っており、足の踏み場もない程に散らかっていた150年前に比べると、生活感を思わせる程度には片付けられていた。

 さて、リビングの広い所に置かれた長テーブルと二脚のソファーへ移動した私達は、左から順に私、霊夢、アリス。長テーブルを挟んだ対面のソファーにはマリサ、パチュリー、咲夜の順に座った。

 今の状況をもう少し詳しく説明すると、私達の背後にはそれなりに空いた空間があり、奥には二階へと続く階段、右側にはキッチン、左側の近い所には木目の壁と窓、正面のマリサ達が座るソファーの二歩奥の壁際には、謎のオブジェが並べられた存在感溢れる木枠の棚が設置されていた。

 そして長テーブルの上には、咲夜とアリスが用意した紅茶セットが人数分置かれており、私がそれをじっくり味わいながら一息つく一方で、紅茶を一気に飲み干したマリサは、ティーカップをソーサーに置いて切り出した。

 

「――さて、何から話したもんかな。なんせ150年だからな。思い出を語るには、あまりにも長すぎる」

「色々とあったもんねぇ」

「そうだよなぁ。150年前といえば異変で夢を通じて月に行った事もあったし、霊夢が引退してすぐの頃、新しい博麗の巫女と一緒に『完全憑依現象』や、四季が一度に訪れた異変も解決したっけ」

「あったあった! 後任の子の初仕事だったし、心配でこっそり見に行っちゃったのよね~」

「懐かしいなぁ。今の時代と比べると、2000年代は異変がひっきりなしに起こってたな」

「紫も異常な頻度だったって言ってたわね」

「ここ数十年はめっきり平和になっちゃって、お嬢様も退屈だと嘆いていたわ」

「聞いた話だと、あまりに平和過ぎて、一度も異変が起きずに引退した博麗の巫女も居たらしいじゃない?」

「私は騒がしいのは好みじゃないし、今の幻想郷の方が好きよ」

「んじゃさー、いっそのこと、私達がなんか異変を起こしてみるか?」

「いいわねそれ! いつも解決する側だし、面白そうじゃない!」

「やめなさいって。マリサはともかく、霊夢が異変の首謀者になったら、今の博麗の巫女が解決できなくなるでしょ?」

「……ふふっ、冗談よ。私は〝博麗″なのよ? そんなことしないわ」

「今、一瞬間があったけど、割と本気で考えてなかった……?」

 

 彼女達は思い出話に花を咲かせていたが、あいにく自分の知らない出来事ばかりなので何とも反応しようがない。会話が切れる頃合いを見計らって口を開く。

 

「思い出話もいずれ聞きたい所ではあるが、まずは現在の歴史が、改変前に比べてどのように変化したのか知りたいんだ。幾つか質問させてくれ」

「ははっ、それもそうだな。いいぜ、何でも聞いてくれ」

 

 上機嫌で答えるマリサに、私以外の全員が頷いた。

 

「じゃあまず一つ目の質問だが、お前は真の魔法使いになったんだよな?」

「もちろん。今ここに私が居ることが、それを証明してるぜ」

 

 マリサはおもむろに立ち上がり、自分自身を指さしてから再び席に着いた。

 

「200X年の9月5日にお前と別れた後、私は霊夢に9月4日の宴会でのことを謝りに行ってさ、その時に150年後の出来事――今の時間から見たら〝古い歴史の昨日″か、それを話してさ、人間を辞めて、真の魔法使いになることを霊夢に打ち明けたんだ」

「あの時はマリサにどう謝ればいいのか分からなかったから、あっちから来てくれてホッとしてる。……貴女には迷惑をかけちゃったみたいね。ありがとう」

「気にするな霊夢。私もマリサへの思慮が足りていなかったからさ」

 

 まさかあの時はこんな事になるとは思っていなかった。過去や未来に行けても先の歴史を読むのは難しいと、つくづく実感させられる。

 

「それでな? その日の午後に霊夢と別れて紅魔館に行ってさ、捨虫と捨食の魔導書を借りて、二週間で真の魔法使いになったんだぜ」

「結構あっさり魔法使いになったんだな?」

「私ももっと難しいのかと思ってたんだけど、意外と簡単だったもんで拍子抜けだったぜ」

「今でもマリサはたまに家に来るけど、結局何十年経ってもまともに借りに来ないのよねぇ。ま、死ぬまで借りるとか言ってた頃よりかはマシだけど」

 

 得意げに話すマリサとは対照的に、パチュリーは憮然とした様子で話していた。

 

「二つ目の質問だ。お前らはさっき『記憶を思い出した』って言ってたけど、もっと詳しく聞かせてくれないか」

 

 少し身を乗り出し、端っこに座るアリスや咲夜を見ながら問いかける。まず口を開いたのは咲夜だった。

 

「昨日の午後6時30分頃、お嬢様方の晩御飯を作っていた時に、いきなり頭の中に体験したことのない出来事が流れ込んできたのよ」

「タイムトラベラーの貴女とは今日初対面の筈なのに、昨日150年前から連れて来た人間のマリサを貴女と一緒に説得したという記憶。まるで本の中に入り込んだような、不思議な感覚だったわ」

「私はその時自宅で人形の制作に取り掛かってたから、手を滑らせて危うく作りかけの人形を駄目にするところだったわ」

「瞑想中に突然記憶が甦った時は驚いたけどね~、すぐに自分の記憶と照らし合わせて、ここが新しい歴史なんだって理解したよ」

「過去が変われば今が変わる。昨日貴女が話していた言葉を身をもって体験したわ」

「不思議なものねぇ」

「ついでに言ってしまえば、私は華扇の元で修行を積んでちゃんと仙人になったし、咲夜も見ての通りレミリアの眷属になってる。ちょっと日時や順序は変わったけど、その点は前の歴史と同じ流れよ」

「そうか……!」

 

 彼女らがこの時代に居る時点で薄々と気づいていた事だが、こうして太鼓判を押されたことで安心感が強まる。マリサの歴史を変えたことで、また別の誰かが無念の死を遂げる――みたいな、悲劇の繰り返しはやりきれない。

 

「記憶と言えば、去り際に言ったお前の予想は当たったぜ。100年前の1月30日、私は人間だった頃の記憶、お前の言う〝古い歴史の私″の記憶を思い出したんだ」

「! その日って確か、マリサの命日じゃないか」

 

 マリサはこくりと頷いて「あの時はかなり驚いたぜ。まるで身に覚えのない出来事が走馬灯のように次々と駆け巡ってさ、あまりの情報量の多さに意識が飛んじまったぜ」

 

「その時私がここで倒れているのを偶然見つけたの。あの時は心臓が止まりそうになったわ」

「はは、そういえばそんなこともあったけな」

「それからアリスと一緒に私の家に突撃しに来たのよね。今でも覚えているわ」

 

 マリサとアリスの話に霊夢は頷いていた。マリサの話はまだまだ続く。

 

「〝古い歴史の私″はさ、150年前の9月4日の宴会で霊夢とすれ違って以来、上辺だけの付き合いのまま、霊夢にライバル心を燃やしてきた。人としても、そして魔法使いとしても中途半端なまま、只々時間だけが過ぎ去って行って、老い先短くなってからやっと自分の間違いに気づいて、失った時間を取り戻す為にタイムトラベルの研究を始めたんだ」

「…………」

「でさ、〝古い歴史の私″が覚えている最期の記憶が、寒さが厳しい205X年1月30日の朝、突然襲ってきた激しい胸の痛みに悶え、無念の内に床に倒れる記憶だったんだ。死後魂だけの存在となり、転生間際になった時、お前に僅かな希望を見出していたみたいだが……全く、どれもこれも、見るに堪えない記憶だったよ」

「マリサ……」

「だからな〝私″。お前には非常に感謝している。古い歴史の〝私″の運命を変えて、無念と渇望を晴らしてくれたことに。そして、霊夢や皆と過ごす、何気なくも大切な時間を再び作ってくれたこともな」

「私達も同じ気持ちよ。マリサの歴史を変えてくれてありがとう。貴女には感謝してもしきれないわ」

 

 霊夢の言葉に、アリス、咲夜、パチュリーもはっきりと頷いていた。

 

「そうか……! 本当に良かったよ……!」

 

 彼女達の晴れやかな表情を見て、私は全てが終わったことを察し、自然と顔が綻ぶのを感じていた。

 今回の歴史改変は、くしくも二人の〝私″を助け出すことに繋がった。もう絶望と後悔に塗れた遺書もなく、150年経っても霊夢とマリサが存命でいる。これ以上にない、最高の結末と言えよう。

 

「これで私の役目も終わりだな……」

 

 それなのに今の私の胸中には、喜び以外の別の感情が去来していた。

 思い返せば、私はこの150年間ひたすらタイムトラベル研究に身を捧げ、定期的な交流があったのはアリスとパチュリーくらいだった。だけどこのマリサは違う。自由奔放、あるいは天真爛漫と言うべきか、先程の思い出話から推測するに、この150年の間に起きた様々な異変に首を突っ込み、場を引っ掻き回しながらも、大勢の人妖達と出会いと別れを繰り返してきた筈だ。

 同じ霧雨魔理沙でも、たった一つ運命の歯車が狂ってしまうだけでこうも変わるものなのか。彼女が光とするならば、私は影のような存在だろう。 

  

『もし貴女が望むのなら、西暦300X年の妹紅みたく、新しい歴史の霧雨マリサと同一化できるわ』

 

 時の回廊で女神咲夜の提案を受けた時、迷いに迷いまくった挙句、私は私でいることを決めた。しかし、この歴史の霧雨マリサが誰もが思う〝霧雨魔理沙″らしく振舞っている今、もはや私の席はないのかもしれない。この選択は正しくなかったのかもしれない――そんな言い知れぬ不安がふつふつと湧き上がる。

 

「おいおい、なに言ってんだよ〝魔理沙″」

「え?」

 

 顔を上げると、すぐ目の前に眉を上げた自分の顔が映る。気づけば私は注目の的になっていた。

 

「今が終わりじゃない、むしろ〝始まり″なんだ。これから、もっと沢山の思い出を私達で作って行こうぜ!」

「まだまだ人生は長いんだから、ね?」

「そ、それじゃあ、私はこの時間に居てもいいのか?」

「馬鹿。なに当たり前のことを言ってんだよ〝私″。この私も、お前も、同じ〝霧雨魔理沙″なんだ。遠慮する必要なんてないぜ」

「そうよ! 折角貴女と会えたのに、黙って勝手に居なくなったら許さないわよ!」

「ええ、貴女とはまだまだ話したいことは沢山あるわ。これからは同じ時を操る者として、仲良くやりましょう?」

「今度一緒にお茶しましょう。私の知るマリサではない貴女には、興味が尽きないわ」

「ふふ、これからまた騒がしくなりそうね」

「……ありがとう〝私″、霊夢、みんな……!」

 

 自然と涙が溢れ出す私を、霊夢とマリサは何も言わずに抱きしめていた。

 

 

 

 それから私達はお互いのことを沢山語り合い、気づけば外はすっかり暗くなっていた。

 現在時刻は午後8時。星をひっくり返したような空の下、私は霊夢と一緒に博麗神社へと続く石段の途中、あと十段登れば境内へと辿り着く高さに立っていた。

 辺りが星明りでぼんやりと照らされる中、山頂では煌々とした灯りがともり、少女達の喧騒が聞こえてくる。

 

「魔理沙?」

 

 私の原点は150年前の7月20日、昼下がりの日に博麗神社を訪れたことだった。思えば私は――

 

「な~に立ち止まってんだよ」

 

 階段を降りて来たマリサの声で、思考が中断する。

 

「お前の歓迎も兼ねてこの宴会をセッティングしたんだ。せっかく幻想郷中を回って参加者を集めてきたのに、主役が来なかったらいつまで経っても始まらないだろ?」

「さ、行きましょう魔理沙」

「――ああ!」

 

 これから先、楽しいことも、辛いことも含めて多くのことが待っているだろう。だけど私は、霊夢やマリサ達とこの時間を生きていくと決めたんだ。

 未来への大きな期待と決意を抱きながら、私は階段を登って行った――





今回の話がトゥルーエンドになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。


次回、後日談を投稿します。



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第165話 第四章後日談(前編)

最高評価及び高評価、そして多くの感想ありがとうございます。
連載当初から決めていた終わりの形が好評だったことにとても嬉しく思います。


 ――西暦215X年9月23日午前8時30分――

  

 

 

「ん……」

 

 窓から差し込んで来た朝日で自然と目が覚めた。ベッドから体を起こした私は、いまいちスッキリしない頭のまま辺りを見渡す。

 

「ここは……マリサの寝室か」

 

 部屋の中は、タンスの前に脱ぎ捨てられた衣服や、机の上に積み上げられた本、ベッド脇に転がる干からびたキノコが詰められた瓶など、お世辞にも整理されているとは言い難い状態だった。

 私はゆっくりとベッドから抜け出し、下へ降りていく。

 

(昨日の夜は色々あったな)

 

 博麗神社で催された宴会は、幻想郷に住まう全ての妖怪が集まった訳ではなかったが、昔交流を持っていた妖怪や初対面の妖怪などもいて、懐かしさと新鮮さが入り混じってた。

 宴会への参加がかなり久しぶりなこともあって、最初は柄にもなく緊張してしまったが、彼女達は別の時間から来た霧雨魔理沙であることを知ってもさして驚くこともなく、酒やつまみを飲み食いしながら話すうちに、すぐに打ち解けてしまった。

 このおおらかさ、流石幻想郷と言うべきか。

 

「よし!」

 

 回想している間に身支度を整えた私は、ここに来る途中のリビングのソファーで、死んだように眠るマリサの元へと歩いていく。

 

「そろそろ起きろよマリサ。もう9時だぞ」

 

 肩を揺らしながら呼びかけると、寝息が収まり、うっすらと目を開けた。

 

「んあ……お前は……魔理沙? なんで私がここに……」

「おいおい、昨日のこと忘れたのか?」

「ん~……あぁ、そうだったな」

 

 マリサは目をこすりながら、気怠そうに起き上がる。

 昨日の午後に話し合い、〝私″ではややこしいので、互いのことを下の名前で呼ぶことに決め、見分けを付ける為、こちらのマリサがいつもの恰好をする事に対し、私は昨日のように、帽子を脱いで、後ろで髪を纏めたスタイルで過ごすことになった。

〝魔理沙”なだけあって、趣味や好みまでそっくりなのは仕方ない。

 ちなみにこれは余談ではあるが、もっと区別しやすいようにと、赤色のカラコンを入れてオッドアイにしてみたのだが、思いのほか似合わず、皆に笑われてしまったので髪型だけに留めることにした。

 

「あーだるい……」

「おいおい、大丈夫か?」 

「頭いてぇ……飲み過ぎた……。水飲んで来るぜ……」

 

 覇気のない顔で立ち上がったマリサは、おぼつかない足取りで洗面所へと向かっていく。まあ昨日の宴会で調子に乗って一升瓶をラッパ飲みしていたわけだし、十中八九二日酔いだろう。

 私はマリサほど浴びるように呑んでないので、体調はまあまあだ。

 

「さて、今日は何をしようかな」

 

 まだ熱が残るソファーに足を組みながら座りながら考えていると、さっきよりは幾分か血行の良い顔になったマリサが洗面所から戻って来た。

 

「調子はどうだ?」

「顔洗って水飲んで、ついでに酔い止めの魔法を掛けて来た。気分すっきりだぜ」

 

 そう言いながらマリサは私の隣に座った。

 

「お前の方は、そんな難しい顔してどうした?」

「これから何をしようか迷っていた所なんだ。昨日の今日で霊夢に会いに行ってもいいかなって」

「変な遠慮しなくていいんだぜ? お前の失った時間は必ず取り戻せるんだからさ。きっと霊夢だって、それを望んでる」

「ああ、そうだな。うん、じゃあ霊夢のところに行ってくるよ!」

「おう――ってちょっとまってくれ。昨日は言い忘れてたが、実はにとりと紫と輝夜から、それぞれお前宛に伝言を預かっていたんだった」

「伝言だって? しかも三人も?」

 

 マリサに呼び止められた私は、浮かせた腰を再度下ろした。

 

「順番に話していくからな。まずは一人目、にとりからだ。今から三日前――」

 

 マリサは9月20の午後5時頃に、宇宙飛行機のことでにとりが訪ねて来た事を話していった。

 この時、にとりはマリサ=私だと勘違いしたようで、自宅までマリサを連れて行ったにとりは、少し前に家に帰って来たら、宇宙飛行機の格納庫が消失していたことを訴えたそうだ。

 やがて話が噛み合わないことで、にとりはようやく魔理沙違いに気づいて謝ったらしいが、マリサは納得できず、状況について色々と質問するも、全て魔理沙に聞いて欲しいの一点張りだった為、大人しく家に帰ったとのこと。

 

「まあつまりだ。一言で纏めると、『宇宙飛行機のことで話がしたいから家に来てほしい』って話だ。割と切実感あったぜ」

「一昨日の夜にそんなことがあったのか」

 

 当時の私は、魔法の森上空で別れてから、自宅に帰ってすぐに寝てしまった。にとりが家を訪問したのに気づかなかった可能性が高い。

 

「これはすぐにでも行った方が良さそうだな。霊夢と遊ぶのはまた今度にするか」

「まあ落ち着け魔理沙。まだあと二人残ってるし、にとりの伝言とも関係するから、最後まで聞いて行ってくれよ」

 

 そう言ってマリサは次のように語る。

 

「二人目は紫。これも宇宙飛行機関連のことなんだが――」

 

 マリサ曰く、一昨日の晩、改変前の記憶を取り戻した霊夢達が帰った後に、文の発行する新聞を持った紫がここに現れ、玄武の沢に突如現れた宇宙飛行機に自分の能力が使用された痕跡がある為、私から事情を聞きたい、と話したそうだ。

 改変前の〝一昨日″にマリサを説得する場面に居合わせた以上、その時の記憶が復活するのは不思議ではない。しかし、宇宙飛行機に関して言えば、幻想郷と外の世界を自由に往来する為に、紫との協力を取り付けた、とにとりが前に話していた筈なんだが……。これはどういうことなんだ?

 

「次に輝夜について。今から50年も前の話になる」

 

 そう言って語り始めたマリサの話を要約すると以下のようになる。

 西暦210X年5月17日の昼過ぎ、籠いっぱいのキノコを持って迷いの竹林にある妹紅の家を訪れた際に、偶然輝夜と遭遇したマリサは、何故貴女がここに居るのかと問いかけられた。

 マリサは、『妹紅とはたまに食材を交換する仲なんだ』と答えたのだが、求めていた答えはそうではないらしく、居ない筈の人間が何故ここにいるのか? というものだった。

 質問の意味が分からなかったマリサが質問返しをすると、彼女は同年1月30日に、自身の持つ永遠と須臾を操る程度の能力によって、歴史の変化、すなわち新たな並行世界へ分岐したのを感じ取り、変化前の世界との差異と、その原因をずっと探していた。そんな折にマリサと出会い、顔を見た際に、自身の第六感がマリサに何かあると感じたからだ、と答えた。

 その日付は偶然か否か、〝マリサが人だった頃の歴史の記憶″を取り戻した日であり、マリサは悩んだ末、歴史改変を引き起こした人物――すなわち私に説明を放り投げることに決め、その人物が来たら輝夜に紹介することを約束して、その場は別れたそうだ。

 

「輝夜か……」

 

 今の今まですっかり忘れていたが、そういえば彼女も歴史改変の影響を受けない数少ない存在なんだっけ。え~と確か、最後に会った日は西暦300X年の6月9日だったな。この時代の幻想郷は今よりずっと広くて海もあって、彼女以外にも紫や妹紅、そして綿月姉妹も順風満帆な生活を送っているように思えた。

 しかしそんな遠い先の未来について、今は関係ないだろう。この時間から一番近い日付で最後に会った日は、今年の9月19日だった筈。

 この日は原初の石を紀元前39億年の地球から拾って来て、月の都へ届ける道すがら、宇宙飛行機の因果を成立させるために一度幻想郷に戻り、一人で西暦213X年のにとりの家へ遡ったんだったな。そして20年前のにとりに宇宙飛行機の設計図を渡して元の時代に戻った私は、にとりや妹紅と共に宇宙飛行機に搭乗し、西暦200X年8月2日の月の都へ原初の石を届けた。

 あの時間、にとり、妹紅、輝夜以外にも慧音と文がいた。輝夜が全ての歴史を覚えているのであれば、四日前の事も全て覚えているだろうし、説明する手間が省けそうだ。

 そうして過去のタイムトラベルを振り返っていると、一つ気になる点が浮上する。

 

(そういえば、さっきにとりのガレージが消失した、と話していたな)

 

「なあマリサ、三日前にとりに呼ばれた時、宇宙飛行機は何機あった?」

「一機しかなかったぞ? つーか、にとりの家にはちょくちょく遊びに行ってたけど、あんな馬鹿でかいもんを密かに建造していたなんて知らなかったぜ」

「なんだって?」

 

 私の記憶では、どちらかといえば堂々と造っていたように思えるのだが、マリサが嘘を吐いてるとは思えない。

 それにマリサの言葉を振り返ってみれば、三日前ににとりがマリサと話したことや、紫が文の新聞で宇宙飛行機を初めて知ったのは不自然だ。ひょっとして、私が体験した日は既に古い歴史になっているのか?

 

「魔理沙。さっきから一人で考え込んでないで説明してくれよ。宇宙飛行機とはなんだ? にとりが言っていた、未来の幻想郷が滅亡するって話は本当なのか?」

「あれ、お前にとりから何も聞いてないのか?」

「言ったろ? 『教えてあげたいのは山々だけど、あんたが魔理沙からなにも知らされてないのなら、彼女なりに何か考えあってのことかもしれない。私の口からは話せないよ』ってさ」

「そうだったな。別に話すのは構わないが、紫と輝夜が一堂に会してからでいいか? なるべくなら話は一度に済ませたいんだ」

「……まあいいけどさ」

「よし、そうと決まれば準備するか!」

「準備?」

 

 席を立った私を見上げるマリサ。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 二階に上がり、ノートとペンを用意してから戻って来た。

 

「それで何をするんだ?」 

「皆に説明する前に、一度自分のタイムトラベルを振り返って、どんな時間移動を行って来たのか書き出しておこうと思ってさ」

「ふーん。じゃあお前がそれを書いてる間に、私は皆を集めてくるぜ」

「それなら集合場所はにとりの家で頼む」

「分かった」

 

 頷いたマリサは箒に乗って飛び出していき、私は自分の記憶を掘り起こしつつ、客観的な時系列に沿って、それぞれの時間に起きた出来事をノートに書き連ねていった。




前編で終わってしまってすみません。
なるべく早いうちに続きを投稿します。


第四章の内容も含めた年表については、後日談が終わった後に投稿する予定です。



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第166話 第四章後日談(中編)

「ん~と、あの時はこうで、こんなことがあったからああなって……、違うな、この出来事はもう過去の歴史になってるから……」

 

 一人になったリビングで、ぶつぶつと呟きながら年表を作成していく。時間が刻々と過ぎていく中、ついにその時が来た。

 

「よーしできた! だいぶ時間掛かっちまったな、急ぐか」

 

 時計を見た私は、完成した年表を持って家を出る。そしてあっという間に、にとりの自宅前に到着する。

 

(まだマリサ達は来てないのか。にしても、随分すっきりしちゃってるな)

 

 マリサから聞いた通り、にとり邸に隣接されていた巨大な格納庫は跡形もなくなり、替わりに広大な空地と宇宙飛行機が残されたのみとなっていた。

 

(マリサがいつ来るか分からんし、先ににとりと話しておくかな)

 

 私は宇宙飛行機の側面でパネルを開き、なにやら作業を行っているにとりに呼びかけた。

 

「お~いにとりー! ちょっといいか~」

「すぐ行くー!」

 

 にとりは作業を中断し、片付けた後に目の前まで降りて来る。黒く汚れた作業着を身に着けた彼女からは、機械油の匂いがした。

 

「今日はどうしたのマリサ? タイムトラベラーの方の魔理沙とはちゃんと会えた?」

「おぉ。さっきマリサから伝言を受け取ってな、こうして来た訳だ」

「……おや? するとあんたがタイムトラベラーの魔理沙なのかい?」

「その通りだ。非常にややこしい話だが、今の歴史のこの時間には私が二人居てな。私の言うマリサってのは、この歴史のマリサなんだ」

「あ~……確かに面倒くさいね。そういえば普段と髪型が違うけど、それももう1人のマリサと見分けるためなの?」

「まあな。いっそのこと呼び名も変えようかと思ったんだが、しっくりくる名前がなくてさ」

 

 元の名からかけ離れた名前だと、自分が呼ばれたと気づかないかもしれないし、何よりも私の名前には愛着がある。できればそう易々と改名したくない。

 

「魔理沙は魔理沙のままで良いと思うけどね? その方が呼びやすいし」

「そうか? う~ん、にとりがそう言うのなら今のままで良いのかな」

 

 まあ、今は名前議論をするつもりはない。当初の目的を果たすことにしよう。

 

「それよりも、宇宙飛行機について私に話があるって聞いたんだが」

「そうなんだよ! 三日前に帰って来たらこの通りでさ」

「随分とすっきりしちまったな~」

「あの機体をあまり野ざらしにしたくないし、困ったもんだよ」

「なんで格納庫が消えちゃったんだろうな? 歴史改変が起きたのは西暦300X年の筈だし、消える要素がないんだが……」     

 

 首を傾げていると、にとりが訝しげに私を見ていることに気づく。

 

「どうしたにとり?」

「ねえ魔理沙。私が帰った後、なんらかの過去改変を起こしたでしょ?」

「え? あぁ、翌日、霊夢とマリサを仙人と魔法使いにするため、西暦200X年に時間遡航したけど」

「やっぱりね。だとすると、私の仮説は正しかったのかぁ」

「何か心当たりがあるのか?」

「実は私――」

「お~い魔理沙ー! にとりー!」

 

 にとりが何かを言いかけた時、頭上から私達を呼ぶ声。振り返れば輝夜と紫、何故か霊夢まで連れたマリサが空に浮かんでいた。

 

「あれれ、あそこにいるのってマリサ? それに霊夢達まで、どうしてここに?」

「彼女達は皆私に話があるらしくてさ、用件を聞くにこの宇宙飛行機とも関係するみたいだから、ここに集めたんだ」

「ふーん。それにしても、本当に魔理沙が二人いるとはねぇ」

 

 私達の顔を見比べながら感心しているにとり。そんな話をしてる間にも、彼女達は私達のすぐ近くに降りて来た。

 

「へぇ~これが一昨日の新聞に出てた噂の……」

「……」

 

 輝夜と紫が宇宙飛行機に注目を向けている中、マリサと霊夢は一歩此方に近づき、口を開く。

 

「やっほー魔理沙♪」

「おう」

「待たせたな。紫を捜すのに手間取っちまった」

「私も今来たところだから別に。それより、なんで霊夢がここに?」

「あ~まあ成り行き的にな。お前と別れた後、真っ先に紫の家に向かったんだけど留守だったからさ、行きそうな場所に心当たりがないか霊夢に訊きにいったんだ。その時軽く事情を話したら、私も行くって言いだしてな」

「幻想郷の滅亡なんて興味を惹かれるワードを訊いたら、居ても立っても居られなくて」

「そうだったのか」

 

 マリサもそうだが、今の平和な時代からしてみればかなり突拍子もない話の筈なのに、周りがすんなりと信じてくれるのは、私への信頼か、あるいは『タイムトラベラー』という肩書の重さによるものか。

 続けて私は、霊夢の一歩後ろで並び立つ二人に視線をやる。150年以上前の永夜異変の時くらいしか接点のなさそうな両者の間に会話はなく、紫は太陽光に反射する宇宙飛行機を日傘越しに睨みつけたまま口を閉じ、輝夜は私達のやり取りを興味深そうに見守っていた。

 この時、輝夜となんだか目が合ったような気がしたので、私は彼女に声を掛ける。

 

「よう輝夜」

「ごきげんよう、違う世界の魔理沙。こうして直接会うのは、客観的な時間で四日ぶりかしら?」

「そこにいるマリサから50年前のことは聞いたよ。〝真実″を知りたいみたいだが……その口ぶり、もしかして答えはもう分かっているんじゃないか?」

「ええ。この一週間、怒涛の勢いで甦った未知なる記憶。こんなに楽しい気持ちになれたのはいつ以来かしら」

「それは何よりだ。お前には月の羽衣のことや、300X年でも世話になったからな」

「くす、未来の事は知らないけど、私はただ退屈を紛らわせるためにしただけよ」

 

 心底愉快そうに微笑んでいる輝夜。どうやら私の推測は当たっているようだ。

 

「へぇ、こっちのマリサと違って、あんたは仲が良いのね?」

「歴史改変の影響を受け付けない者同士、共通の話題があるだけよ。その点だけ見れば、私と違う世界の魔理沙は一心同体なのかしら?」

「ふ~ん……」

 

 クスリとしながら私を見る輝夜を、霊夢は刺すような視線で見つめており、弁解しようとしたその時、今まで宇宙飛行機に注意を向けていた紫が会話に入ってきた。

 

「ところで、ここに魔理沙が二人揃っている訳だけど、どっちが〝おねえちゃん″なのかしら?」

「お、お姉ちゃん?」

 

 予想だにしていなかった言葉に唖然としていると、隣のマリサが指を弾きながらこう言った。

 

「なるほど、云わば私達は双子の姉妹ってことか。その発想はなかったぜ」

「まあ、確かに二人ともそっくりだしねー。髪型変えてなかったら、全然分かんないし」

「貴女達はその辺りについてどう思ってるの?」

「紫の言い分に則るなら、私が姉だな」

 

 自らの胸を指さしながら、マリサは得意げに言ったので、すかさず「なんでだよ?」とツッコミを入れる。

 

「スカーレット姉妹に、古明地姉妹、更に綿月姉妹……どれも姉の方が偉くて強そうじゃん?」

「姉妹ってそういうものじゃないと思うんだが……」

「なんだ、不服か? だが残念。こういうのはな、早いもん勝ちなんだぜ!」

「意味わからん」

 

 それにその理屈で行くなら、私の歴史改変によって誕生したマリサが妹ということになりそうだが。

 

「よし! これからは私のことをマリサ姉、こいつのことを魔理沙妹と呼んでくれ」

「え、本気なのか!?」

「だってさあ、同じ場所に私とお前が居たら、どっちがどっちか分かりにくいだろ? なら便宜的にでもこうして決めといた方がいいじゃん」

「それはまあ、そうだけどさ」

「まあまあ、どうせマリサのことだし、すぐに飽きちゃうかもよ?」

「私も魔理沙なんだけどな、にとりよ」

 

 やいやいと話す私達の一方で、紫は憂いた表情で私を見つめていることに気づく。

 

「ん? どうしたんだ紫」

「いいえ。なんでもないわ」

 

 尋ねても、溜息を吐いたまま首を振るばかり。まるで何かを言おうとして、寸での所で踏みとどまったような……。

  

「ねえ、私の伝言はマリサ姉から聞いたのでしょう? そろそろ話を聞かせてくれないかしら、妹さん?」

 

(早速妹呼ばわりかい)

 

 ニコニコしている輝夜にツッコミたい所はあったが、彼女の言い分にも理はある。少し話が逸れてしまったかもしれない。

 

「分かった。でもその前にこれを見て欲しい」

 

 持参したノートを開いて一言詠唱をすると、中のページが一斉に空中に飛び出した。そして散らばった紙は意志を持って縦に繋がり、掛け軸のような一枚の細長い紙に変貌した。

 この年表は上から下に読むようになっており、線で区切られた左端の縦列には年月日が記され、同列にはその時刻で起きた出来事が簡潔に書かれている。

 

「わぁ、宙に浮かんだ!」

「そうか。とうとう完成したんだな」

「これ何?」

「ついさっき書き上げた、私のタイムトラベルの軌跡を綴った年表だ」

「これが魔理沙の……へぇ~」

 

 霊夢達は物珍しそうにジロジロと年表を見つめている。

 

「今年と200X年についてよく書かれているみたいだけれど、他は空白部分が多いのね?」

「これは外の世界の出来事や、幻想郷で起きた異変を記したものではなく、あくまで私がタイムトラベルした時間に起きた出来事だからな。一般的な歴史書と違うのは理解してくれ」

「というか、こんなもん公開しちゃっても良いのかよ? 私達が未来のことを知ったら、歴史が変わっちまうんじゃないのか?」

「歴史のターニングポイントとなる時刻は、既に過ぎているから心配要らないぜ。この年表は大まかな流れであって、肝心なことは書いてないし、幻想郷に居るだけなら問題ない」

「そんなもんか」

 

 そして私は一度咳払いをした後、彼女達を見回してから語り始めた。

 

「始まりは今から5日前の9月18日、まだ霊夢とマリサが人のまま死ぬ歴史だった頃、私が博麗神社に行った時のことだ――」



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第167話 第四章後日談(後編)

遅くなってしまって申し訳ございませんでした


「――こうして300X年の幻想郷を見届けた私は、この宇宙飛行機と一緒に3日前の午後5時に帰ってきたんだ」

「外の世界の侵攻に、宇宙人の侵略か……全く、とんでもない未来だったんだな」

「過去に行ったり未来に行ったり、大変だったのねぇ。けど、最後はハッピーエンドに終わって良かったわ」

「この世界は並行世界だと思っていたけど、ただ単にタイムトラベルによる過去改変前の記憶が残されていただけなのね。長年の疑問が晴れたわ」

 

 幻想郷の存続に関する一連の話を聞いたマリサ、霊夢、輝夜は感心していた。かくいう私も、年表を見せたことで以前よりも理路整然と説明できたし、用意しておいて正解だったと思う。

 

「ねえ魔理沙。この年表の記述が貴女のタイムトラベルの全てなの?」

「今のところはな。もしかしたらこの内容が増えるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「ふ~ん……」

 

 年表の上方に視線を向けていた紫は、一度は納得したかのように思えたが、「経緯は理解できたけれど、私の疑問への答えになってないわ」と、私に向き直りながら不服を唱える。年表を改めてじっくり読んでいる輝夜を除く全員の注目が集まった。

 

「貴女は宇宙飛行機の製造に私が関与していると話したけど、私はにとりに協力した覚えはないの」

「協力した覚えはない? 本当にそうなのか?」

「事実よ。『月の連中の鼻を明かしたい』動機は分からなくもないけれど、それとこれとは話は別。外の世界ですら遠く及ばないオーバーテクノロジーの塊を、いきなり幻想郷に持ち込まれたら困るわ」

 

 真剣なトーンで喋る紫も真実を話しているようで、やはり食い違いがあるようだ。

 

「ねえ紫。これって、そんなに凄い代物なの?」黒白のボディーを見ながら、霊夢が問いかける。

「重力操作に光子制御等色々あるけれど、極めつけはワープ航法ね。光速航行を実現させた外の世界においても、光の速さを超えた空間跳躍はSFの世界でしかないのよ」

「……良く分からないけど、外の世界より進んでるのね」

「お前って、見た目によらず凄い発明家だったのな」

「私は設計図通りに組み立てただけさ。ワープが使えるようになったのも月の技術だし、大したことはしてないよ」

 

 感心するマリサに、にとりは謙遜するように答えていた。 

 

「宇宙飛行機にばっかり注目が向かってるけどさ、にとりの家の隣には、これがすっぽり入る格納庫も建ってたんだ。紫とにとりの記憶のすれ違いも、恐らくこれと関係あると思うんだが……」

「タイムトラベラーの貴女が分からないんじゃ、私達にも分かりようがないじゃない」

「……実はその事なんだけどね、私に心当たりがあるんだ――」

 

 その言葉に、今度はにとりに皆の視線が集まる。 

 

「それって、マリサ達が来る前に言いかけてたやつか?」

「うん。白状するとね、私は魔理沙――タイムトラベラーの魔理沙が知っている河城にとりじゃないんだ」

「……ん!? それはどういう意味だ?」

 

 思わず聞き返す私に、にとりは落ち着いた様子でこう答えた。

 

「一から順を追って説明するよ。今から三日前、西暦300X年の幻想郷から帰還した私は、魔法の森上空で魔理沙を降ろした後、真っ直ぐ自宅に帰ったんだ。そしたらもう既に格納庫が無くなっててさ、『泥棒にでもあったのかな』と思って、急いで家の中に入ったんだ。そうしたらさ、もう一人の〝私″がいたんだよね」

「!!」

「それは一瞬だったのか、それとも永遠に近い時間だったのかは分からない。彼女と鉢合わせした途端、頭が真っ白になってさ、気づいた時には床に倒れてたんだ。慌てて家中を探してみたんだけど、もう一人の〝私″は影も形も見あたらなかった」

「その部分だけ聞くと、ちょっとしたホラーだな……」

「もう1人の〝私″について分からないことだらけだったけど、ひとまず目の前の事態、格納庫の消失の原因について調べることにした。でもその痕跡一つ見当たらなくて、それどころか宇宙飛行機の存在そのものが初めから無くてさ、私は慌てて魔理沙を呼びに行ったんだけど、そこにいた魔理沙はあんたじゃなくて、ただの魔法使いのマリサ――マリサ姉だったんだ。最初は全然気づかなくてさ、何も知らないマリサ姉に一方的に捲し立てて、イライラして、最悪だったよ」

「確かに、あの時のにとりは非常に焦っていたな。家のドア壊されるかと思ったし」

 

 にとりの言葉に頷くマリサ。150年前、マリサと霊夢には宇宙飛行機に纏わる話は全然してなかったわけだし、この時の状況は想像に難くない。

 

「だけどね、口論しているうちに、私の中に私じゃない記憶があることに気づいてさ、それからはもうあっという間。点と点が繋がるようにこの不可解な事態も呑み込めてさ、もう一人の〝私″は決して幻なんかじゃなかったんだ」

「ええと、つまりアレか? お前は300X年の妹紅みたいに、特異点化が解消されて、新しい歴史のにとりに再構成されたって言いたいのか?」

「そうだね。今までの回想は、〝記憶の中にあるもう一人の〝私″から見た視点″での話だけど、あんたの言う〝新しい歴史の私″からしてみると、『三日前に、突然もう一人の〝私″と、巨大な飛行物体が出現した』って認識なんだ。こんな奇想天外な事態が起きたのに、全然違和感がなくてさ、気づくのが遅れちゃったよ」

「ううむ、そうだったのか。まさか霊夢とマリサの歴史改変が、お前にまで影響を及ぼしていたとは……」

 

 この事はにとりに言われるまで気づかなかったことだろう。感心している私に、彼女は首を振った。

 

「魔理沙、その認識は違うね。正確には〝西暦300X年の幻想郷が存続の歴史″になった時、既に河城にとりは二人存在していたんだ」続けて「私の中には、魔理沙が起こした霊夢とマリサに纏わる歴史改変以前の記憶も残っていてさ、その前後で私の行動は分岐しているんだよ」

「……は? いや、だって、私が霊夢とマリサの歴史を変えたから、こんなことになったんじゃないのか?」

「そもそも前提からしておかしいと思わない? 私とあんたが西暦300X年に帰って来た時点の歴史では、霊夢もマリサも、既にこの世には居なかったでしょ? それでどうやってマリサと話すのさ」

「……」

 

 ここで一度会話を止め、にとりの話を頭の中でじっくりと咀嚼していく。

 

「なあ、にとりの話についていけてるか?」

「私とあんたが居ない歴史のことみたいだからねぇ」マリサに話を振られた霊夢はそう答え、次いで「あんたはどうなのよ? 全部覚えてるんでしょ?」と、静聴していた輝夜に訊ねる。

「さあ、分からないわ。私は幻想郷の全てを知る訳ではありませんもの」

 

 そんなマリサ達の会話を耳に挟みつつ、にとりの話を呑み込んでいき。

 

「……そういうことか! ちょっと整理させてくれ」

 私はノートを開き、先程までの話をメモしつつ、最後に【霊夢マリサ死亡、格納庫存在Ⓐ】、【霊夢マリサ死亡、格納庫消失Ⓑ】、【霊夢生存マリサ死亡Ⓒ】、【霊夢マリサ生存Ⓓ】と、四つの区分を書き込んでいく。

  

「私達が帰還した歴史がⒷの歴史で、お前がここまで話した内容はⒹの歴史――現在の歴史での出来事を言ってるんだな?」

 

 メモしたページを見せながら訊ねると、にとりは「その通り! さっすが、タイムトラベラーは物分かりが良いね!」と、サムズアップした。なるほど、これは確かにややこしい。

 

「つまりね、〝西暦300X年の幻想郷が存続する歴史″、このメモで言うならⒶ⇒Ⓑの歴史になったことで、因果が解消されて、宇宙飛行機は元から存在しないことになったんだ」

「なんだって? それじゃあ、20年前の4月11日に、お前に宇宙飛行機の設計図が入ったメモリースティックを渡したことも、無かった事になってるのか?」

「うん。その日に私が何をしていたのかは漠然としているけれど、この手が20年の間に宇宙飛行機を造った事実はないよ。私が時間移動や宇宙飛行機についてこれだけ話せているのも、〝もう一人の私″の知識と記憶のおかげなんだ」

「なるほど、そこまで変わっていたとはな」

 

 この宇宙飛行機は幻想郷を救う為に必要だったので、それが成立した歴史では不要ということなのだろう。因果とはつくづく面白い。

 

「え~と、その時の直近の歴史改変は……ボイジャー1号の破壊と、アンナの説得だったな」

 

 前者は西暦2025年6月30日、後者は紀元前39億年7月31日のことだった。

 

「それらの歴史改変を行う前に跳んだ、215X年の9月20日正午にはまだ格納庫が残ってたし、間違いないね」

 

 私は年表を訂正していく。

 

「それじゃあ、魔理沙の過去改変の影響で忘れてしまっただけで、実際には私は協力していたと?」

「うん。前にも話したけど、この宇宙飛行機は貴女の能力を利用して博麗大結界を往来してるんだ。過去改変以前の貴女は、外の世界でしか流通していない材料の調達にも協力的だったしね」

「そうなると、紫の疑問そのものが、歴史改変が行われたと証明しているってことになるな」

「……」

 

 紫は顎に手を当て、難しい顔をしたまま黙り込んでしまい、続いて輝夜がにとりに問いかける。

 

「でもそれはⒷの歴史の話なんでしょ? 今はⒹの歴史なのだけれど、それについてはどう説明を付けるのかしら?」

「それらについても、私の記憶を辿っていけば推論できる。Ⓑ~Ⓓの歴史の差異についてだけど、前提としてどの歴史も、『9月20日の午後5時過ぎ、〝宇宙飛行機に乗って来た河城にとり″と、〝元から自宅に居た私″が一つになり、宇宙飛行機の痕跡が消えた理由を問いに、魔理沙の家に向かう』ここまでは共通しているんだ」

「ふむふむ」

 

 輝夜と私に向けて喋るにとりの話を、私はさながら新聞記者のようにメモを取りながら訊いていく。

 

「〝記憶の中の私″の記憶によると、Ⓑの歴史の時、魔理沙の家には電気が付いてなくて、何度玄関をノックしても返事がなかったみたいなんだ」

「あの時は帰ってすぐに寝ちゃってたからなぁ……」

「仕方なく自宅に戻った私は、格納庫の再建設を目指して、家に残ってる素材を集めて徹夜で制作に臨んだんだけど……いつの間にか寝ちゃってたみたいでさ、起きたのが正午だったんだ。慌てて魔理沙の家に向かったんだけど、またまた留守でさ」

「その時は紅魔館に行ってたんだ。なんというか、タイミングが悪いな」

「それからしばらく待ったんだけど、一向に帰ってくる気配がなくてさ、日が暮れた頃にまた訪れることを決意して、魔理沙の家を後にした――それがⒷの歴史の〝私″が覚えている最後なのさ」

 

 私の主観におけるⒷの歴史では、紅魔館でアリスとパチュリーに奮起させられ、午後3時頃、霊夢に会って気持ちを確かめるために、西暦200X年9月2日に時間遡航した。恐らくにとりは、私の時間遡航に巻き込まれる形で歴史改変の波に呑み込まれたのだろう。

 

「最後にⒸの歴史についてだけど、Ⓑの歴史と基本的な流れは同じ。ただ一つ違うのが、9月21日の正午過ぎに訪ねた時、魔理沙とおめかしした霊夢が涙を流しながら抱き合っているのを遠巻きに目撃した所だね」

「あらあら、そんなことがあったの」

「見てたのか……」

「悪いと思いながらも、光学迷彩を使用して話を盗み聞きさせてもらったよ。なんでも、霊夢とは150年ぶりの再会だったらしいじゃないか。とても割って入れる雰囲気じゃなかったし、ばれないうちに帰ったのさ」

「あの頃の私は、妹の魔理沙にやっと会えるってことしか頭になかったなぁ。ふふふ」

 

 僅か二日前の出来事なのに、まるで遠き日の思い出のように微笑む霊夢。まあ私も霊夢と同じような気持ちだったし、仮に光学迷彩など使われなかったとしても、周りが見えていなかったと思う。

 

「後はまあ、さっき話した通り。自分の記憶にしか残ってない漫然とした事実は、あんたのおかげで見事確信に変わった。私の疑問は解けたよ」

「それは何よりだ」

「よく出来た話ね。惜しむらくは、私がその現場に居なかったことくらいだわ」

 

 かくしてにとりの話にけりが付いたところで、私はずっと思考中だった紫に向き直る。

 

「……納得できたか?」

 

 紫は一度大きく息を吐いた後、宇宙飛行機を見上げながらこう言った。

 

「信じがたい話だけど、認めるしかなさそうね。在った事を無かった事にしたり、その逆もしかり。タイムトラベルってなんでもありなのね」

 

 理解した様子の紫に対し、難しい顔をしているマリサが「……つまりどういうことなんだ?」と、私に耳打ちする。

 

「宇宙飛行機に関するにとりの言い分はⒶの歴史の話で、紫の言い分はⒹの歴史。どっちも間違っていなかったってことなんだよ」

「ん~?」

 

 マリサは分かったような、分かってないような、曖昧な返事をしていた。

 

「とにかく事情は理解できたわ。この宇宙飛行機が幻想郷を救う一因になったみたいだし、大目に見ることにするわ」

「本当に?」

「幻想郷に仇なす真似をしないと誓うのであれば、ね」

「もちろんそのつもりだよ」

                                               

 にとりの答えを聞いた紫は頷き、足元にスキマを開きながら、「私の用は済んだから帰るわ。魔理沙、いつかどこかの歴史でまた会いましょう」と、思わせぶりなことを言い残して消えさった。

 

「あんな素直に引き下がるなんて、紫ったらまたなんか企んでるのかしら?」

「さあな。あいつの考えてることはまるで分からん」

 

 紫が消えた足元を見ながら喋る霊夢とマリサ。

 

「ねえ、妹さん。幻想郷の象徴ってなんだと思う?」

「そりゃあ……博麗の巫女じゃないか?」

「ふふ、見解が一致して何よりだわ」

「?」

 

 見るもの全てを惹きつけるような笑みを浮かべた輝夜は、「妖怪の賢者様も帰ってしまった事だし、そろそろ私も行くわ。今日は面白い話をありがとう」と、迷いの竹林へ去り、この場に残ったのは私、にとり、マリサ、霊夢の四人となった。

 

「これからどうするんだ?」

「そうだね。ここのところ発明も開発もマンネリ気味だったし、記憶の中の河城にとりに習って、この宇宙飛行機の為にリソース全てを突っ込もうと思ってるんだ。まずは格納庫の建設からだね」

「へぇ、にとりらしいな」

 

 どれだけ歴史が変わっても、彼女の在り方は変わらないようだ。

 

「そういえばにとり。こいつはもう空を飛べないのか?」

 

 マリサの疑問に、にとりはすぐさま答える。

 

「太陽系を巡回する程度なら問題ないと思うけど、ワープでそれよりもっと遠くに行くんだとしたら、然るべき場所での整備と燃料の確保が必要だね」

「そうなのか?」

「もしワープエンジンが故障でもしたら、宇宙を漂流する羽目になっちゃうし、その燃料にしたって、この時代ではまだ発見されてない物質なんだよ。一から精製するにしても、まずは素材集めと設備の建造から始めないといけないし、どれだけ時間がかかるやら。せめて綿月姉妹の好意で貰った、燃料の精製装置の設計図さえあればなあ……」

 

 名残惜しそうに呟くにとり。それにしてもよく喋る。

 

「ってことはワープしなけりゃいいのか。ワープなしでも構わないからさ、私を乗せて宇宙へ連れてってくれよ」

「急にどうしたのさ?」

「妹が乗ったんなら私にだって乗る権利はあるだろ? 光速で飛ぶなら、仮に太陽系の端まで行ったとしても今日中に帰ってこれるんだし。な?」

「……まあ構わないけどさ。ちょうど私も記憶と現実の一致を確認するために、試運転したいと思ってたし」

「よ~し、すぐに出発だ! お前らも来るか?」

「私は良いわ。興味ないし」

「同じく。二人で楽しんで来いよ」

 

 そうしてマリサとにとりは乗り込み、二人が乗った宇宙飛行機は遥か空へと静かに飛びさって行った。

 

「それじゃ、私達はお昼でも食べに行きましょ? お値段もお手頃で美味しいお店を知ってるのよ」

「おおっ、それは楽しみだ」

 

 霊夢に手を引かれるようにして、私は人里へと向かっていった。 

 

(α) 

 

 それから私は、霊夢とお昼を食べ、日が暮れるまで彼女と過ごして自宅まで送り届けた後、時の回廊へとタイムジャンプした。

 四季が同時に存在する不思議な空間、私の姿を見た女神咲夜は、微笑みながら開口一番にこう言った。

 

「ふふ、素敵な結末を掴み取れて良かったわね、魔理沙」

「あぁ。私にとってはこれ以上にない理想的な世界だ」

 

 もしあの時、マリサと融合する選択を取っていたら――なんてifは考えない。それよりも、私は彼女に用があって来たのだ。

 

「なあ咲夜。聞きたいことがあるんだ」 

「答えられる範囲でなら答えるわ」

「これから私は215X年の幻想郷で生きて行こうと思ってる。だけどさ、今の歴史には吸血鬼になったお前がいてさ、彼女が頻繁に利用する時間停止に私まで巻き込まれてしまうんだ」

「む」

「――ああもちろん、お前を否定するつもりはないんだが、このままだと吸血鬼の咲夜の生活リズムに巻き込まれちゃってさ、なんとかならないか?」

「ふーん、ぜいたくな悩みね。普通は動けない筈なんだけど?」

「はは、200X年のお前にもおなじことを言われたよ」

 

 とはいえ、あまり笑い事ではないのも事実。さっき霊夢と過ごしていた時も、ちょくちょく時間が止まっていたので、会話や行動がちぐはぐになってしまった。

 

「貴女が時間停止下においても自由に行動できるのは、貴女の魔法が私の能力に近い性質を持っているから。幻想郷の〝私″は、時間の能力については不完全だけど、貴女は違う。そもそも――」

「そんな説明は良いからさ、さっさと質問に答えてくれよ」

「……まあ難しい理論をすっ飛ばして答えるとね、要は気持ちの問題なのよ。動きたいと思えば動けるし、止まりたいと思えば止まるわ」

「そんな適当でいいのか!? じゃあ早速試してみるぜ。サンキューな」

 

 彼女に背中を向け、元の時間に戻ろうとした私だったが、その前に一つだけ言っておきたいことがあった。

 

「そうだ、なあ咲夜。これからもここに来てもいいか?」

 

 女神咲夜はこれまでも、そしてこれからも時間の概念として働き続けるだろう。幻想郷でレミリアに仕える〝咲夜″とは雲泥の差だ。

 同情というわけではないが、タイムトラベルによって結ばれた奇妙な縁を、このまま終わらせてしまうのは惜しい気がした。

 

「もちろんよ。貴女ならいつだって歓迎するわ」

「ありがとう。それじゃあまたな」

 

 目を細める女神咲夜に微笑み返し、私は元の時刻へ帰って行った。

 

 

  

  ――side out――

 

 

 

「…………」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙が西暦215X年9月23日午後7時00分へ帰った後、女神咲夜は無言のまましばらく佇んでいた。

 

「……感傷に浸るのはやめましょう。私は自分の役割を果たさなきゃね」

 

 女神咲夜が指を弾くと、瞬時に椅子と透過スクリーンが現れ、彼女は腰かけた。

 

「さて、今後彼女が取り得る行動を確率として細分化していくと………………あら?」

 

 霧雨魔理沙の行動を一通り予測した女神咲夜は、一転して真顔になった。

 

「あ~そうなるのね。確かに西暦法において紀元前39億年の、アプト星系の文明レベルなら在り得るわね。タイムトラベルが封じられているとはいえ、魔理沙よりも詳しい彼らが集まるとなると、手強いわね。う~ん、私が手出しする訳にも行かないし……」

 

 渋い顔をしながら考え込む咲夜は、やがて結論を下す。

 

「魔理沙が袋小路になった時の為に、現在の歴史のバックアップをとっておきましょうか。ついでに時空変動の空間振動も最小限に抑えて……」

 

 咲夜は難しい顔でブツブツと呟きながら、霧雨魔理沙の主観から見て過去の方角、紀元前39億年前に向けて、時の回廊を歩いていった。

 その間にも、時の回廊の外では、幾たびも繰り返される時間移動の数々。彼女は足を止めずに、時間移動による歴史への影響を観測していく。

 

「やっと……会えた……!」

 

 やがて辿り着いた先には、潤んだ目をした時間旅行者霧雨魔理沙の姿があった――。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
かねてから第四章で終了と宣言してましたが、それを撤回して番外編の後に第五章へと続きます。

というのも3ヶ月近く前に話を思いついたので、当初の予定通り第四章で終わって別の作品を書くか、この作品を延長するかギリギリまで迷ってたのですが、投稿することに決めました。

完結だと思っていた読者の方々には裏切る形となって申し訳ありません。


次の話以降に年表を投稿します







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年表
年表(第四章)


第四章内で起きた出来事を時系列順に並べました。
必ずしも読む必要はありませんが、よろしければ参考にしてください。


文頭や文末についたアルファベットは、時間移動を分かりやすくする区別です。
Zで終わった次はα、以降ギリシャアルファベット順に続きます(例)【Z】⇒【α】【α】⇒【β】



(旧)と文末についている箇所は、魔理沙の時間移動による歴史改変により、上書きされて『無かった事』になった歴史。{}で囲まれている部分は、その歴史が上書きされる原因となった事象を現しています。

後書きには(旧)と記された古い歴史を削除したバージョンを投稿しています。


次の話には第一章~第四章をくっつけた年表を載せています



 第4章後日談(後編)の本編で魔理沙が説明に用いていたⒶ~Ⓓの4つの歴史。此方の年表に合わせると、【V】~【W】が、【霊夢マリサ死亡、格納庫消失Ⓑ】。  【W】~【Z】の歴史が【霊夢生存マリサ死亡Ⓒ】、【α】~【β】の歴史が【霊夢マリサ生存Ⓓ】。

 

 【霊夢マリサ死亡、格納庫存在Ⓐ】の歴史は【AA】~【R】まで

 

 

【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触。

 

      

   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。

   

   

   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。

   

   

   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、西暦215X年9月21日へ帰る。 【X】へ

 

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊って行く。

        

        

 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。

 

  

   9月4日夜⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。

      

 

【Y】9月4日午後7時⇒150年前に戻って来た魔理沙は、博麗神社へ向かい、人間マリサも参加する宴会を影から覗き見る。途中早苗に絡まれるも、やり過ごす。 そして 霊夢の巫女を辞める宣言を聞き、マリサが怒って帰って行った所を見届け、魔理沙はマリサの後を追って行く。

   

   同日午後10時15分⇒魔法の森をトボトボと歩くマリサを発見。密かに泣くマリサに魔理沙は声を掛け、事情を説明しようとするも、マリサは聞く耳を持たず、弾幕ごっこへと発展してしまう。隙を突いて何とか逃げ出し、たどり着いた先は妖怪の山。そこで一部始終を見ていたこいしに誘われ、地霊殿へと向かう。

            

            

   同日午後11時00分⇒旧地獄に到着。勇儀の誘いを断り地霊殿へ到着し、さとりに出会う。詳しい話はまた明日ということになり、魔理沙は泊まって行くことに。

  

   同日午後11時45分⇒地霊殿の部屋で寝る。

   

   

   9月5日午前6時10分⇒暑さで目が覚めた魔理沙。風呂へと向かい、そこで空と出会う。風呂から出た後にお燐と出くわし、さとりとこいしの部屋の場所を聞きだし、そこへ向かう。

   

   

   同日午前8時00分⇒さとりの部屋で未来のことを話す魔理沙。さとりにマリサの事を相談すると、逆に助ける必要があるのか問われ、魔理沙は精神的に追い詰められながらも助けるときっぱり答える。そんな魔理沙に、さとりは一つの案を授け、こいしと共にマリサの家へと向かう。

   

   

   同日午前8時50分~午前9時5分⇒マリサの家に到着し、マリサの説得を試みるも、話を全く聞く様子がない。魔理沙は意を決し、こいしの協力を得てマリサを捕まえて眠らせて、自分の時代(西暦215X年9月21日午後5時)へと連れて行った。 ⇒【Z】へ

   

 

【α】同日午前9時15分⇒マリサを出発時刻から10分後に戻し、魔理沙は215X年9月22日の正午へと帰って行った。【β】へ

 

 

   同日午前9時25分⇒霊夢の神社にマリサが向かい、9月4日の宴会で酷い事を言った事を謝り、自分も魔女になると和解する。ついでに未来の魔理沙に会い、未来の霊夢達と話したことを霊夢に伝えた。【α】~【β】の歴史

               

   

   同日午後1時10分⇒咲夜の証言によると、マリサは霊夢がふざけた事を話したことにいまだ怒っているようだった。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}  

      

   

   同日午後2時00分⇒紅魔館の廊下で咲夜と対面するマリサ。こっそり侵入したことがばれて追い返されそうになるも弾幕ごっこに勝利する。それから9月4日の宴会での事を聞かれ、タイムトラベラー魔理沙の事と、つい先程和解したことを咲夜に話した。【α】の歴史

     

     

   同日午後2時15分⇒大図書館に辿り着いたマリサは、捨食と捨虫の魔導書を抜き取り、退散しようとする。しかしパチュリーに見つかり、弾幕ごっこが始まるものの、パチュリーを退けて、当初の目的を果たす。【α】~【β】の歴史

     

   

   同日午後3時30分⇒霊夢はマリサの家に謝りにいったが、マリサは聞く耳を持たなかった。【W】~【X】の歴史の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

    

 

 

    

   9月6日午後3時20分⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。何を言って怒らせたのか気になる咲夜だったが、霊夢は真相を話すことを恐れて何も話さず。翌日もう1度マリサに謝りに行く事に。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

   

   

(新)9月6日午後3時20分⇒⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。今度は霊夢とマリサは打ち解けていたので、↑のような歴史にはならず、時間旅行者霧雨魔理沙の仲立ちもあって、マリサと心から仲直りできたことにホッとしていた。そして霊夢の話のこともあって、前回の歴史より三日早く時間旅行者霧雨魔理沙のことを互いに知ることになった。【α】~【β】の歴史

      

   

   9月7日午前9時35分⇒マリサの家に再び謝罪にいく霊夢。霊夢の説明は最後まで信じてもらえなかったものの、マリサとの関係を修復することはできた。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

   

   

   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。【W】~【X】【α】~【β】共通

   

(新)9月9日午後2時57分⇒↑と基本的に同じ。違うのは咲夜の方から上記の悩みを打ち明けたことくらい。

   

   

   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。【W】~【X】【α】~【β】共通

   マリサが魔女になった時もこの結末は変わらない。それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 

             

   9月19日午前11時00分⇒博麗神社を訪れたマリサ。真の魔法使いになったことを霊夢に報告し、霊夢は喜んだ。【α】~【β】の歴史

   

   

   9月20日午前9時以降⇒魔導書を持って紅魔館を訪れたマリサは再び咲夜と出会う。そこで互いに吸血鬼と魔法使いになったことを知る。その後マリサは大図書館に行き、パチュリーに自分が魔女になったことを報告した。【α】~【β】の歴史

   

   

   9月21日⇒マリサはアリスの家に遊びに行くようだ。【α】~【β】の歴史

   

 

   

 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。【W】~【X】【α】~【β】共通の歴史

 

  

   9月10日午前11時5分⇒マリサへの対抗心から古い歴史より1ヶ月早く修行を終えて、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを山から降りてマリサへ伝えに行くと、彼女は喜び、霊夢の仙人祝いと称して宴会を催した。【α】~【β】の歴史

  

  

   10月10日午前11時05分⇒ 半年に渡る修行の末、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを降りてマリサに伝えに行くと、彼女は複雑な気持ちを抱えつつも歓迎の言葉を投げた。そして、肉体の時間を止める魔法(老いをごまかす魔法)を使うかどうか迷う。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}     

 

 西暦2010年5月15日午後4時00分⇒仙人霊夢に弾幕ごっこで負けまくる17歳の人間魔理沙。魔女になってしまうかどうか悩むも、結局人として生きることを決意。姿を偽る魔法を使用する。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦201X年6月6日午後9時~6月7日午前0時⇒白玉楼へと向かう吸血鬼咲夜。妖夢と将棋しながら時間旅行者霧雨魔理沙を待ち続けるも、結局姿を現さなかった。【W】~【X】【α】~【β】共通事項

 

 

 西暦2020年3月29日午後1時20分⇒27歳の人間魔理沙。努力が実り霊夢と五分五分で戦えるように。この時霊夢に自分が魔女になったと嘘をつく。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦2054年8月2日午後3時00分⇒霊夢と妹紅の弾幕ごっこを羨望の眼差しで見つめる人間魔理沙。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

   同年8月3日午前11時30分⇒61歳の人間魔理沙。秘密を知ったアリスに、人間を辞めるように説得されるも、それを拒否。人であることの誇りを持って。そしてアリスにだけ、この世界をひっくり返す魔法(タイムトラベル)を開発してることを明かす。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒老人マリサ、心臓発作が起きて、そのまま帰らぬ人となる。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

  

  

 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒寒い日のこと、突然襲い掛かった激しい頭痛に耐えきれず、マリサは倒れ込んでしまい。その間、マリサの家に偶然来たアリスが倒れていることに気づき、呼びかけていた。【α】~【β】の歴史

    

 

 

   同日午前10時⇒目を覚ました時、人間のまま死んだ自分の記憶が突然流れ込んでいたことに気づく。さらにアリスの存在にもここで初めて気づき、とりあえず霊夢の元に向かう事に。【α】~【β】の歴史

     

     

   同日正午頃⇒霊夢の家を強襲したマリサは、霊夢を見て歓喜に震え、彼女の胸に思いっきり飛び込む。落ち着いた後、それが昔の人間だった頃の記憶の残滓であると説明し、西暦215X年に時間旅行者霧雨魔理沙が来た時の決意を語った。【α】~【β】の歴史

     

   

 西暦205X年1月30日午前10時02分⇒マリサ、心臓発作を起こし死亡したのをアリスから知らされた霊夢。さらに遺書を読んだ霊夢は悲しみに明け暮れる。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年2月4日午前9時49分⇒紅魔館でマリサの遺書と、遺した研究の書類を調査するアリスとパチュリー。結論は一週間後に【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年2月11日午前11時05分⇒死の間際までマリサが研究していた題材はタイムトラベルと判明。マリサ亡き後研究を引き継ごうとする二人だったが、霊夢はタイムトラベラーの魔理沙の存在を告白する。話し合いの結果、霊夢が約束した100年後まで待つことに決める。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年5月12日⇒床に伏せた早苗をマリサは看病しに行っていた。【α】~【β】の歴史

 

 

 西暦205X年5月15日⇒東風谷早苗死亡【W】~【X】【α】~【β】共通

 

 

 西暦205X年5月17日午前11時30分⇒妹紅の自宅に茸を届けに行ったマリサ。早苗の死を悲しむマリサを妹紅が慰めていた。その時輝夜が現れ、4か月前(西暦205X年1月30日、マリサが記憶を取りもどした日)の歴史改変について聞く。マリサは考えた末に100年後に輝夜の話をすることで合意。輝夜は満足したように永遠亭へと帰って行った。【α】~【β】の歴史

  

  

 西暦2070年2月22日午前10時00分⇒マリサの家に来た紫。未来を知りたいと言うが、マリサに私は魔理沙じゃないと言われる。幻想郷のことで悩む紫をマリサは励まし、紫は帰って行った。【α】~【β】の歴史

 

  

 西暦2070年4月10日午後12時20分⇒人里でのんびりしていたマリサの隣に紫が現れ、外の世界の事情や、西暦2070年2月22日に話したことの結果を伝える。この年、外の世界では光速航行が発明されて、幻想郷への影響を懸念していたが、結局はなんともなかった。【α】~【β】の歴史

 

 

 西暦2108年9月10日午後2時00分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。マリサの気がかりがなかった霊夢は、命を刈りに来た死神相手に無傷で勝利し、見に来ていたマリサとご機嫌で帰って行った。【α】~【β】の歴史

 

     

   同日午後2時30分⇒四季映姫の命令で、影から霊夢達の戦いを覗いていた小町は、冥界に戻り、四季映姫に報告した。【α】~【β】の歴史

     

      

 

 西暦2108年10月10日午後2時~2時10分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。死神との戦いに瀕死になりながらも勝利する。それを影から覗いていた小町は映姫に報告。50年前のマリサの裁きのこともあり、彼女に興味を持つ。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

 

 西暦2108年10月10日午後4時00分⇒西暦2108年9月10日に起きた、霊夢と死神の戦いに違和感を覚えた四季映姫は、過去の資料を漁り、小町を呼び付ける。しかし記録の不備はなく、違和感はぬぐえない。後日、映姫は、小町と共に霊夢に会いに行く事に決める。【α】~【β】の歴史

 

 

   同年10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。タイムトラベラー魔理沙の存在を聞くも、霊夢は拒否し、険悪な状態で別れる。しかし霊夢の様子のおかしさからタイムトラベラーの存在を確信。215X年になった時、霊夢を見張ることを決断する。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

 

   同年10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。映姫は霊夢と軽い雑談を交わしたものの、最後まで違和感を拭いきれなかった。【α】~【β】の歴史  

   

 

 西暦2151年4月19日午後4時35分⇒幻想郷のとある山中で、博麗杏子(215X年の博麗の巫女となる少女)の母親を仙人霊夢が救出し、人里の家へと送り届ける。【W】~【X】【α】~【β】の歴史共通

 

 

 西暦215X年9月20日午後5時00分⇒魔法の森上空で魔理沙と別れ、自宅に帰ったにとり。そこで〝宇宙飛行機を製造しなかったにとり″と出会い、こちらのにとりと融合して一つになった。【V】以降の歴史{第3章、ボイジャー1号破壊、アンナ説得}

   

 

   同日午後5時45分⇒にとりが魔理沙の家を訪れるも、彼女は寝てしまった為に出なかった。仕方なく帰る事に。【W】~【X】の歴史。(旧){第4章、霊夢仙人化}

   

 

 西暦215X年9月20日午後5時45分⇒霧雨魔理沙の家を訪れ、マリサを呼び出したにとり。自宅へ連れて行き、格納庫が消えたことについて問いただすも、マリサは分からないと答える。その時に、にとりは自分が勘違いしていることに気づき、魔理沙が時間遡航から帰ってきたら、家に呼ぶように、マリサに伝言する。【α】~【β】の歴史

 

     

 

 西暦215X年9月21日午前11時頃⇒未来を救った魔理沙だったが、気持ちはすっかりと晴れない。紅魔館のパチュリーとアリスに相談しに行く。(旧){第4章、霊夢仙人化}

 

   

   同日午後3時⇒霊夢に会いに行くことを決める。(西暦200X年9月2日へ時間遡航)【W】へ (旧){第4章、霊夢仙人化}

 

 

【X】西暦215X年9月21日午後0時⇒博麗神社の妖怪封じの結界は消え、魔理沙邸の前には霊夢、アリス、咲夜がいた。魔理沙と霊夢は再会を果たす。(ノーマルエンド)【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

   同日同時刻⇒光学迷彩で隠れていた河城にとりがこの状況を目撃。空気を読んで、自身の融合と宇宙飛行機の消失について訊ねる用事を破棄することに。【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

   同日午後1時⇒お互いに情報交換を行った事で、201X年の出来事、出発前の出来事が無かった事になっていた。さらに人間マリサの無念の遺書を読み、魔理沙は200X年9月4日へ遡ることを決意する。しかし、過去へ跳ぼうとした時に、四季映姫と小野塚小町の妨害が入る。魔理沙は仕方なく彼女らの話を聞くことに。【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

      

   同日午後4時18分~午後4時55分⇒タイムトラベルは過去の人々の歴史を踏みにじると言う四季映姫、それに対し魔理沙は不幸な結末を変えたかっただけだと主張。四季映姫は魔理沙の過去の行いで判断しようとするも、そこで見たのは滅びた未来の姿。魔理沙の行いに大義を感じた四季映姫は今回は見逃すことにし、魔理沙は200X年9月4日、時の回廊を経由して時間遡航する。【Y】へ。  【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

        

        

   同日午後4時55分~4時59分まで⇒映姫の言葉で、影で話を聞いていた紫が現れる。外の世界は順調に科学が発展しつつあり、幻想郷のもう1人の賢者、摩多羅隠岐奈が外の世界の動向を見てる事を明らかに。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

    

      

【Z】同日午後5時⇒昏睡したマリサを連れた魔理沙が現れる。魔理沙は待っていた霊夢達に事情を説明し、一緒に魔法使いになるよう説得する事を決め、マリサを起こす。目が覚めたマリサは激昂しながら魔理沙に向かう。宥めたり、ここが未来の世界だと話しても聞く耳を持たないマリサ。魔理沙はマリサにこの時代の幻想郷を見るように言って、飛び出して行った。(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

   同日午後5時20分~40分⇒二階に上がって着替える魔理沙。そこでアリスから思いの丈を聞いた。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   同日午後5時40分⇒マリサが帰ってこないので、話の流れで夕飯を食べる事に。咲夜と一緒に時を止めて買い物に向かう。その時咲夜から吸血鬼になった時の事やマリサ(魔理沙)への気持ちを聞いた。そして食事を作り、帰って来たマリサも加えて夕飯を食べた。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   

   同日午後6時~6時30分⇒215X年の幻想郷を見て回って、タイムトラベルが本物だと納得したマリサ。魔理沙と霊夢達の話を聞く事に決める。霊夢達は未来の話をして、マリサに遺書を見せたりなど、自分達の気持ちも交えて魔女になるよう強く勧める。全ての話を聞いたマリサは、魔理沙と二人きりで話すことに。

   そして外に出た二人。悩むマリサを後押しして、マリサは魔女になることを決意する。霊夢達の見送りと別れの言葉を受けて、時間旅行者魔理沙はマリサを連れて200X年9月5日午前9時15分へと戻って行った。【α】へ(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   

   同日午後6時25分(αの歴史)⇒一つ前の歴史(【Z】)で、魔理沙と共にマリサを説得したことを思い出し、霊夢、咲夜、アリス、パチュリーの4人がマリサの家に集まる。そして明日魔理沙が帰って来ることを伝え、再びここに集合することを決めて解散。その話を影で聞いていた八雲紫は、昨日現れた宇宙飛行機について、魔理沙について事情を改めて訊ねると宣言する。

   

 

【β】西暦215X年9月22日正午⇒150年前にマリサを返し、元の時間に戻った魔理沙を暖かく迎えたのは、仙人になった霊夢、種族的魔法使いになったマリサ、同じくアリス、パチュリー、加えて吸血鬼の咲夜だった。マリサ達から話を聞き、全てが上手くいったことを知り、魔理沙は安心する。そして、この時間でマリサ達とこれからも生きていくことを決意し、魔理沙は博麗神社の宴会に向かって行った。(真エンド)⇒翌日の【γ】へ続く。

 

 

【γ】西暦215X年9月23日午前9時⇒今日は何をしようかと迷う魔理沙。そんな時、マリサからにとり、紫、輝夜の伝言を知り、説明するべくにとりの家に彼女らを集め、未来の話(第3章の内容)をする。この時、にとりの宇宙飛行機の有無で紫と揉めたが、互いに別々の歴史での記憶による齟齬であることで決着した。

 

 

     

  

  

  

   

   

   

 

          ――――――――――

 

 

時の回廊での出来事

 

 

 7度目【W~Xの間】(【W】の歴史で、西暦200X年9月4日の夜にて。魔理沙不在。時の女神咲夜のみ)魔理沙の歴史改変による変化を観測する。このことを魔理沙は知らない。

 

 

 8度目【Y】(魔理沙がマリサを助けに過去へ遡る時)マリサの歴史を見ていた女神咲夜は、魔理沙の身を案じる。魔理沙は大丈夫だと答え、騒動の種となったタイムトラベルの魔導書を預け、200X年9月4日へと時間遡航する。

 

 

 9度目【α~βの間】(魔理沙がマリサの歴史を変えた(魔女にした)時)気づいた時には時の回廊に居た魔理沙。時の回廊が半分消えていた。現れた女神咲夜に事情を聴くと、マリサが魔女になったことで、タイムトラベラー魔理沙の特異点化が消えて、世界の上書きに巻き込まれそうになり、そうならないように全宇宙の時間を止めていたとの事。そして女神咲夜は、自身の力を用いて、マリサと同一化できると言い、魔理沙に選択を迫る。

 魔理沙は悩みに悩んだ末、自分を自分と見てくれる霊夢達、(マリサと古い歴史の私の違いを知った上で私を受け入れてくれる)が居る事、そしてアンナの星へと遊びに行く約束を思い出し、自分は霧雨マリサとは別の霧雨魔理沙として生きることを決意。女神咲夜は了承し、魔理沙が今後二度と消えることのないように特異点化を強めて、魔理沙は改めて西暦215X年9月22日正午へとタイムトラベルして行った。

 

10度目【γ】(γの歴史で、西暦215X年9月23日)⇒女神咲夜に、大団円に終わったことを報告する魔理沙。ついでに、時間停止中でも止まっていられる秘訣を聞き、再会の約束をして西暦215X年9月23日午後7時に帰る。

 









【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触。
 
      
   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。
   
   
   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。
   
   
   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、西暦215X年9月21日へ帰る。 【X】へ

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊って行く。
        
        
 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。
 
  
   9月4日夜⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。
      

【Y】9月4日午後7時⇒150年前に戻って来た魔理沙は、博麗神社へ向かい、人間マリサも参加する宴会を影から覗き見る。途中早苗に絡まれるも、やり過ごす。 そして 霊夢の巫女を辞める宣言を聞き、マリサが怒って帰って行った所を見届け、魔理沙はマリサの後を追って行く。
   
   同日午後10時15分⇒魔法の森をトボトボと歩くマリサを発見。密かに泣くマリサに魔理沙は声を掛け、事情を説明しようとするも、マリサは聞く耳を持たず、弾幕ごっこへと発展してしまう。隙を突いて何とか逃げ出し、たどり着いた先は妖怪の山。そこで一部始終を見ていたこいしに誘われ、地霊殿へと向かう。
            
            
   同日午後11時00分⇒旧地獄に到着。勇儀の誘いを断り地霊殿へ到着し、さとりに出会う。詳しい話はまた明日ということになり、魔理沙は泊って行くことに。
  

   同日午後11時45分⇒地霊殿の部屋で寝る。
   
   
   9月5日午前6時10分⇒暑さで目が覚めた魔理沙。風呂へと向かい、そこで空と出会う。風呂から出た後にお燐と出くわし、さとりとこいしの部屋の場所を聞きだし、そこへ向かう。
   
   
   同日午前8時00分⇒さとりの部屋で未来のことを話す魔理沙。さとりにマリサの事を相談すると、逆に助ける必要があるのか問われ、魔理沙は精神的に追い詰められながらも助けるときっぱり答える。そんな魔理沙に、さとりは一つの案を授け、こいしと共にマリサの家へと向かう。
   
   
   同日午前8時50分~午前9時5分⇒マリサの家に到着し、マリサの説得を試みるも、話を全く聞く様子がない。魔理沙は意を決し、こいしの協力を得てマリサを捕まえて眠らせて、自分の時代(西暦215X年9月21日午後5時)へと連れて行った。 ⇒【Z】へ
   

【α】同日午前9時15分⇒マリサを出発時刻から10分後に戻し、魔理沙は215X年9月22日の正午へと帰って行った。【β】へ


   同日午前9時25分⇒霊夢の神社にマリサが向かい、9月4日の宴会で酷い事を言った事を謝り、自分も魔女になると和解する。ついでに未来の魔理沙に会い、未来の霊夢達と話したことを霊夢に伝えた。【α】~【β】の歴史

   同日午後2時00分⇒紅魔館の廊下で咲夜と対面するマリサ。こっそり侵入したことがばれて追い返されそうになるも弾幕ごっこに勝利する。それから9月4日の宴会での事を聞かれ、タイムトラベラー魔理沙の事と、つい先程和解したことを咲夜に話した。【α】の歴史
     
     
   同日午後2時15分⇒大図書館に辿り着いたマリサは、捨食と捨虫の魔導書を抜き取り、退散しようとする。しかしパチュリーに見つかり、弾幕ごっこが始まるものの、パチュリーを退けて、当初の目的を果たす。【α】~【β】の歴史
     
      
   
(新)9月6日午後3時20分⇒⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。今度は霊夢とマリサは打ち解けていたので、↑のような歴史にはならず、時間旅行者霧雨魔理沙の仲立ちもあって、マリサと心から仲直りできたことにホッとしていた。そして霊夢の話のこともあって、前回の歴史より三日早く時間霧雨魔理沙のことを互いに知ることになった。【α】~【β】の歴史
      
   
   
   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。【W】~【X】【α】~【β】共通
   
(新)9月9日午後2時57分⇒↑と基本的に同じ。違うのは咲夜の方から上記の悩みを打ち明けたことくらい。
   
   
   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。【W】~【X】【α】~【β】共通
   マリサが魔女になった時もこの結末は変わらない。それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 
             
   9月19日午前11時00分⇒博麗神社を訪れたマリサ。真の魔法使いになったことを霊夢に報告し、霊夢は喜んだ。【α】~【β】の歴史
   
   
   9月20日午前9時以降⇒魔導書を持って紅魔館を訪れたマリサは再び咲夜と出会う。そこで互いに吸血鬼と魔法使いになったことを知る。その後マリサは大図書館に行き、パチュリーに自分が魔女になったことを報告した。【α】~【β】の歴史
   
   
   9月21日⇒マリサはアリスの家に遊びに行くようだ。【α】~【β】の歴史
   

   
 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。【W】~【X】【α】~【β】共通の歴史
 
  
   9月10日午前11時5分⇒マリサへの対抗心から古い歴史より1ヶ月早く修行を終えて、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを山から降りてマリサへ伝えに行くと、彼女は喜び、霊夢の仙人祝いと称して宴会を催した。【α】~【β】の歴史
 
 
 西暦201X年6月6日午後9時~6月7日午前0時⇒白玉楼へと向かう吸血鬼咲夜。妖夢と将棋しながら時間旅行者霧雨魔理沙を待ち続けるも、結局姿を現さなかった。【W】~【X】【α】~【β】共通事項
 
 
 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒寒い日のこと、突然襲い掛かった激しい頭痛に耐えきれず、マリサは倒れ込んでしまい。その間、マリサの家に偶然来たアリスが倒れていることに気づき、呼びかけていた。【α】~【β】の歴史
    
 
 
   同日午前10時⇒目を覚ました時、人間のまま死んだ自分の記憶が突然流れ込んでいたことに気づく。さらにアリスの存在にもここで初めて気づき、とりあえず霊夢の元に向かう事に。【α】~【β】の歴史
     
     
   同日正午頃⇒霊夢の家を強襲したマリサは、霊夢を見て歓喜に震え、彼女の胸に思いっきり飛び込む。落ち着いた後、それが昔の人間だった頃の記憶の残滓であると説明し、西暦215X年に時間旅行者霧雨魔理沙が来た時の決意を語った。【α】~【β】の歴史
   
   

 西暦205X年5月12日⇒床に伏せた早苗をマリサは看病しに行っていた。【α】~【β】の歴史
 
 
 西暦205X年5月15日⇒東風谷早苗死亡【W】~【X】【α】~【β】共通
 
 
 西暦205X年5月17日午前11時30分⇒妹紅の自宅に茸を届けに行ったマリサ。早苗の死を悲しむマリサを妹紅が慰めていた。その時輝夜が現れ、4か月前(西暦205X年1月30日、マリサが記憶を取りもどした日)の歴史改変について聞く。マリサは考えた末に100年後に輝夜の話をすることで合意。輝夜は満足したように永遠亭へと帰って行った。【α】~【β】の歴史
  
  
 西暦2070年2月22日午前10時00分⇒マリサの家に来た紫。未来を知りたいと言うが、マリサに私は魔理沙じゃないと言われる。幻想郷のことで悩む紫をマリサは励まし、紫は帰って行った。【α】~【β】の歴史
 
  
 西暦2070年4月10日午後12時20分⇒人里でのんびりしていたマリサの隣に紫現れ、外の世界の事情や、西暦2070年2月22日に話したことの結果を伝える。この年、外の世界では光速航行が発明されて、幻想郷への影響を懸念していたが、結局はなんともなかった。【α】~【β】の歴史
 
 
 西暦2108年9月10日午後2時00分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。マリサの気がかりがなかった霊夢は、命を刈りに来た死神相手に無傷で勝利し、見に来ていたマリサとご機嫌で帰って行った。【α】~【β】の歴史
 
     
   同日午後2時30分⇒四季映姫の命令で、影から霊夢達の戦いを覗いていた小町は、冥界に戻り、四季映姫に報告した。【α】~【β】の歴史
   
   
 西暦2108年10月10日午後4時00分⇒西暦2108年9月10日に起きた、霊夢と死神の戦いに違和感を覚えた四季映姫は、過去の資料を漁り、小町を呼び付ける。しかし記録の不備はなく、違和感はぬぐえない。後日、映姫は、小町と共に霊夢に会いに行く事に決める。【α】~【β】の歴史
 
 
   同年10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。映姫は霊夢と軽い雑談を交わしたものの、最後まで違和感を拭いきれなかった。【α】~【β】の歴史  
   
 
 西暦2151年4月19日午後4時35分⇒幻想郷のとある山中で、博麗杏子(215X年の博麗の巫女となる少女)の母親を仙人霊夢が救出し、人里の家へと送り届ける。【W】~【X】【α】~【β】の歴史共通
 
 
 西暦215X年9月20日午後5時00分⇒魔法の森上空で魔理沙と別れ、自宅に帰ったにとり。そこで〝宇宙飛行機を製造しなかったにとり″と出会い、こちらのにとりと融合して一つになった。【V】以降の歴史{第3章、ボイジャー1号破壊、アンナ説得}


(新)同日午後5時45分⇒霧雨の家を訪れ、マリサを呼び出したにとり。自宅へ連れて行き、格納庫が消えたことについて問いただすも、マリサは分からないと答える。その時に、にとりは自分が勘違いしていることに気づき、魔理沙が時間遡航から帰ってきたら、家に呼ぶように、マリサに伝言する。【α】~【β】の歴史
 
 
   同日午後6時~6時30分⇒215X年の幻想郷を見て回って、タイムトラベルが本物だと納得したマリサ。魔理沙と霊夢達の話を聞く事に決める。霊夢達は未来の話をして、マリサに遺書を見せたりなど、自分達の気持ちも交えて魔女になるよう強く勧める。全ての話を聞いたマリサは、魔理沙と二人きりで話すことに。
   そして外に出た二人。悩むマリサを後押しして、マリサは魔女になることを決意する。霊夢達の見送りと別れの言葉を受けて、時間旅行者魔理沙はマリサを連れて200X年9月5日午前9時15分へと戻って行った。【α】へ(旧){第4章、マリサ魔女化}
   
   
   同日午後6時25分(αの歴史)⇒一つ前の歴史(【Z】)で、魔理沙と共にマリサを説得したことを思い出し、霊夢、咲夜、アリス、パチュリーの4人がマリサの家に集まる。そして明日魔理沙が帰って来ることを伝え、再びここに集合することを決めて解散。その話を影で聞いていた八雲紫は、昨日現れた宇宙飛行機について、魔理沙について事情を改めて訊ねると宣言する。
   

【β】西暦215X年9月22日正午⇒150年前にマリサを返し、元の時間に戻った魔理沙を暖かく迎えたのは、仙人になった霊夢、種族的魔法使いになったマリサ、同じくアリス、パチュリー、加えて吸血鬼の咲夜だった。マリサ達から話を聞き、全てが上手くいったことを知り、魔理沙は安心する。そして、この時間でこれからも生きていくことを決意し、魔理沙は博麗神社の宴会に向かって行った。(真エンド)⇒翌日の【γ】へ続く。


【γ】西暦215X年9月23日午前9時⇒今日は何をしようかと迷う魔理沙。そんな時、マリサからにとり、紫、輝夜の伝言を知り、説明するべくにとりの家に彼女らを集め、未来の話(第3章の内容)をする。この時、にとりの宇宙飛行機の有無で紫と揉めたが、互いに別々の歴史での記憶による齟齬であることで決着した。


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時の回廊での出来事


 7度目【W~Xの間】(【W】の歴史で、西暦200X年9月4日の夜にて。魔理沙不在。時の女神咲夜のみ)魔理沙の歴史改変による変化を観測する。このことを魔理沙は知らない。


 8度目【Y】(魔理沙がマリサを助けに過去へ遡る時)マリサの歴史を見ていた女神咲夜は、魔理沙の身を案じる。魔理沙は大丈夫だと答え、騒動の種となったタイムトラベルの魔導書を預け、200X年9月4日へと時間遡航する。


 9度目【α~βの間】(魔理沙がマリサの歴史を変えた(魔女にした)時)気づいた時には時の回廊に居た魔理沙。時の回廊が半分消えていた。現れた女神咲夜に事情を聴くと、マリサが魔女になったことで、タイムトラベラー魔理沙の特異点化が消えて、世界の上書きに巻き込まれそうになり、そうならないように全宇宙の時間を止めていたとの事。そして女神咲夜は、自身の力を用いて、マリサと同一化できると言い、魔理沙に選択を迫る。
 魔理沙は悩みに悩んだ末、自分を自分と見てくれる霊夢達、(マリサと古い歴史の私の違いを知った上で私を受け入れてくれる)が居る事、そしてアンナの星へと遊びに行く約束を思い出し、自分は霧雨マリサとは別の霧雨魔理沙として生きることを決意。女神咲夜は了承し、魔理沙が今後二度と消えることのないように特異点化を強めて、魔理沙は改めて西暦215X年9月22日正午へとタイムトラベルして行った。

10度目【γ】(γの歴史で、西暦215X年9月23日)⇒女神咲夜に、大団円に終わったことを報告する魔理沙。ついでに、時間停止中でも止まっていられる秘訣を聞き、再会の約束をして西暦215X年9月23日午後7時に帰る。
  
 
      


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年表(第一章~第四章)

第一章~第四章までの内容を含め、全て繋げた内容です。
必ずしも読む必要はありませんが、よろしければ参考にしてください。


文頭や文末についたアルファベットは、時間移動を分かりやすくする区別です。
Zで終わった次はα、以降ギリシャアルファベット順に続きます(例)【Z】⇒【α】【α】⇒【β】

(旧)と文末についている箇所は、魔理沙の時間移動による歴史改変により、上書きされて『無かった事』になった歴史。{}で囲まれている部分は、その歴史が上書きされる原因となった事象を現しています。

後書きには(旧)と記された古い歴史を削除したバージョンを投稿しています。


【N】紀元前39億年7月31日正午⇒原初の石を拾うために魔理沙が太古の地球に降り立つ。

 

同日 石の回収が終わった頃、1億光年先からやってきた宇宙船が魔理沙達の目の前に不時着。宇宙人のアンナと出会い、彼女の壊れた宇宙船を修理することに。 ここで魔理沙が、時間の理論が並行世界に分岐するのではないか、と勘違いする。

   その後、にとりが宇宙船を修理し、アンナは感謝の気持ちとして、近距離航海用の宇宙船データ(魔理沙達が乗る宇宙飛行機)をプレゼントする。そして、アンナは地球を旅立っていった。

   魔理沙達も取り敢えず依頼された原初の石を届けるべく、200X年に帰る事に決める。【O】へ (時の回廊で西暦215X年に進路変更する)

            

            

【T】同日午後3時頃、アンナを帰さないために、過去の自分たちの行動を見張れる場所(地球の外)から、チャンスを待ち、アンナの宇宙船だけが飛び出してきた所で引き留め、過去の自分達の宇宙飛行機がいなくなるのを待った。

           

     午後5時頃 再び原初の地球の大地に降り立ち、魔理沙はアンナに未来で何が起こったのかを説得し、私の名前を歴史に残さないよう要請。アンナはそれを快諾し、アンナの星(アプト星)へ遊びに行く約束を交わして、今度こそアンナは母星へ帰って行った。     

           

     午後7時50分地球が残っているかどうか確認するために西暦300X年へと跳ぶ。 時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。 西暦300X年の【U】へ

            

   

 

 紀元前1万年頃 ⇒ 銀河帝国の巡洋戦艦が、砂漠となったアプト文明のデータベースを発掘。そこから地球のタイムトラベラー霧雨魔理沙の存在を知る。(旧){第3章、アンナへの口止め}

    

 

 19世紀後半 産業革命(史実)

  

  

 西暦1977年9月5日 ボイジャー1号発射(史実)

  

  

 西暦2001年 ⇒世界人口が60億人に到達(史実)

 

 

 西暦200Y年(西暦200X年の前年)⇒ 原作の第2次月面戦争があった年

 

 

 西暦200X年7月17日⇒霊夢が悪夢を見始める 

 

 

           

【西暦200X年7月20日 この物語の全ての始まり】           

 

 

 7月20~21日未明頃  睡眠薬の飲みすぎによる霊夢の死亡 (旧){第1章、霊夢生存}

         

【A】の地点から続き。タイムジャンプ魔法を完成させた魔理沙は、人間だった頃の魔理沙が家に帰った後に霊夢と接触。上手く言いくるめて、霊夢の家に泊まる。

        

   午後10時 霊夢が就寝。魔理沙は異変を見逃すまいと、付きっ切りで様子を見守る。

        

   7月21日午前2時 うなされている霊夢を叩き起こし、悪夢を見せていた元凶となる妖怪を退治。

        

   同日午前7時 霊夢起床 すっきりと起きて、これにて一件落着。それを見届けて魔理沙、西暦215X年9月16日へ帰還する。【A】終了、【AA】へ

        

   同日 魔理沙が未来へ帰った後、霊夢は魔理沙が忘れて行ったルーズリーフを発見する。

        

      

 7月21日 アリスの知らせにより、魔理沙は霊夢の死を知る  (旧){第1章、霊夢生存}

      

      

   7月24日 遊びに来た魔理沙に、霊夢が三日前のことについて訊ねるも反応なし。ここで霊夢は、三日前の魔理沙が、自分の知らない未来の魔理沙ではないかと疑いを持つ。

        

        

  ☆7月25日午前10時~午後1時45分頃 魔理沙の忘れ物を調べるために、紅魔館を訪れる霊夢。そこで7月20日~21日の魔理沙は未来から来た魔理沙だと確信を得た霊夢は、再び魔理沙がこの時代にやってくるのを待つ。

        

        

 

【M】西暦200X年7月30日午前8時【世界標準時刻】⇒魔理沙達が幻想郷を抜けて宇宙へ飛び出す。地球の周りには建設途中の宇宙ステーション(史実で完成した日付は2011年7月21日午後6時57分)などを見ながら、月の都へ向かう。12時間の移動時間中、魔理沙の体に異変が生じたが、なんとか乗り越え、やがて月の都へと到着。

 

  

   7月31日午前5時 宇宙飛行機が月の都に到着し、その後綿月姉妹と出会い、彼女の自宅で事情を説明する。紆余曲折を経て、彼女達は、人類を宇宙進出させたいのならば、誕生したばかりの地球にあった原初の石を持ってくるように条件を出す。

               

           魔理沙はそれを承諾し、地球表面近く、同日午後22時10分(世界標準時)に39億年前の地球へとタイムジャンプ。【N】へ

               

               

【P】(革新的な歴史の転換点) 8月2日 ⇒アンナの宇宙船を直し、21世紀に帰って来た魔理沙は原初の石を綿月姉妹に渡す。綿月姉妹は人間達の宇宙進出を邪魔しないことを約束。幻想郷が復活することを願いつつ、魔理沙達は出発日に近い、西暦215X年9月20日の幻想郷へ戻る。(直接飛ばなかったのは、幻想郷の結界を抜けられないため)【Q】へ             

                                    

         

      

 8月4日 魔理沙、過去にさかのぼることを決意。パチュリーの元へ知識を仰ぎに行く。(旧){第1章、霊夢生存}

      

      

 8月7日 レミリアの予言。パチュリーに勧められ、種族としての魔法使いになることを決意。(旧){第1章、霊夢生存}

      

 8月9日 魔理沙、種族としての魔法使いになる。(旧){第1章、霊夢生存}

          

 

 西暦200X年9月1日 

 

【B】紅魔館で咲夜に遭遇。未来のレミリアがどうなってるかについて事情を説明したが、咲夜の信念故に断る。そして咲夜自身の気持ちを改めて問うために、死亡日時の10年後に跳ぶ。【C】へ

 

 

   同日深夜⇒レミリア、咲夜に眷属になるよう勧めるが、咲夜は魔理沙に説明したのと同じように断る。

     

     

【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触。

 

      

   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。

   

   

   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。

   

   

   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、西暦215X年9月21日へ帰る。 【X】へ

 

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊まって行く。

   

 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。

 

  

   9月4日夜7時~11時頃⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。

 

 

【Y】9月4日午後7時以降⇒150年前に戻って来た魔理沙は、博麗神社へ向かい、人間マリサも参加する宴会を影から覗き見る。途中早苗に絡まれるも、やり過ごす。そして霊夢の巫女を辞める宣言を聞き、マリサが怒って帰って行った所を見届け、魔理沙はマリサの後を追って行く。

   

   同日午後10時15分⇒魔法の森をトボトボと歩くマリサを発見。密かに泣くマリサに魔理沙は声を掛け、事情を説明しようとするも、マリサは聞く耳を持たず、弾幕ごっこへと発展してしまう。隙を突いて何とか逃げ出し、たどり着いた先は妖怪の山。そこで一部始終を見ていたこいしに誘われ、地霊殿へと向かう。

            

            

   同日午後11時00分⇒旧地獄に到着。勇儀の誘いを断り地霊殿へ到着し、さとりに出会う。詳しい話はまた明日ということになり、魔理沙は泊まって行くことに。

  

   同日午後11時45分⇒地霊殿の部屋で寝る。

   

   

   9月5日午前6時10分⇒暑さで目が覚めた魔理沙。風呂へと向かい、そこで空と出会う。風呂から出た後にお燐と出くわし、さとりとこいしの部屋の場所を聞きだし、そこへ向かう。

   

   

   同日午前8時00分⇒さとりの部屋で未来のことを話す魔理沙。さとりにマリサの事を相談すると、逆に助ける必要があるのか問われ、魔理沙は精神的に追い詰められながらも助けるときっぱり答える。そんな魔理沙に、さとりは一つの案を授け、こいしと共にマリサの家へと向かう。

   

   

   同日午前8時50分~午前9時5分⇒マリサの家に到着し、マリサの説得を試みるも、話を全く聞く様子がない。魔理沙は意を決し、こいしの協力を得てマリサを捕まえて眠らせて、自分の時代(西暦215X年9月21日午後5時)へと連れて行った。 ⇒【Z】へ

   

 

【α】同日午前9時15分⇒マリサを出発時刻から10分後に戻し、魔理沙は215X年9月22日の正午へと帰って行った。【β】へ

 

 

   同日午前9時25分⇒霊夢の神社にマリサが向かい、9月4日の宴会で酷い事を言った事を謝り、自分も魔女になると和解する。ついでに未来の魔理沙に会い、未来の霊夢達と話したことを霊夢に伝えた。【α】~【β】の歴史

               

   

   同日午後1時10分⇒咲夜の証言によると、マリサは霊夢がふざけた事を話したことにいまだ怒っているようだった。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}  

      

   

   同日午後2時00分⇒紅魔館の廊下で咲夜と対面するマリサ。こっそり侵入したことがばれて追い返されそうになるも弾幕ごっこに勝利する。それから9月4日の宴会での事を聞かれ、タイムトラベラー魔理沙の事と、つい先程和解したことを咲夜に話した。【α】の歴史

     

     

   同日午後2時15分⇒大図書館に辿り着いたマリサは、捨食と捨虫の魔導書を抜き取り、退散しようとする。しかしパチュリーに見つかり、弾幕ごっこが始まるものの、パチュリーを退けて、当初の目的を果たす。【α】~【β】の歴史

     

   

   同日午後3時30分⇒霊夢はマリサの家に謝りにいったが、マリサは聞く耳を持たなかった。【W】~【X】の歴史の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

    

 

 

    

   9月6日午後3時20分⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。何を言って怒らせたのか気になる咲夜だったが、霊夢は真相を話すことを恐れて何も話さず。翌日もう1度マリサに謝りに行く事に。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

   

   

(新)9月6日午後3時20分⇒⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。今度は霊夢とマリサは打ち解けていたので、↑のような歴史にはならず、時間旅行者霧雨魔理沙の仲立ちもあって、マリサと心から仲直りできたことにホッとしていた。そして霊夢の話のこともあって、前回の歴史より三日早く時間旅行者霧雨魔理沙のことを互いに知ることになった。【α】~【β】の歴史

      

   

   9月7日午前9時35分⇒マリサの家に再び謝罪にいく霊夢。霊夢の説明は最後まで信じてもらえなかったものの、マリサとの関係を修復することはできた。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

   

   

   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。【W】~【X】【α】~【β】共通

   

(新)9月9日午後2時57分⇒↑と基本的に同じ。違うのは咲夜の方から上記の悩みを打ち明けたことくらい。

   

   

   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。【W】~【X】【α】~【β】共通

   マリサが魔女になった時もこの結末は変わらない。それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 

             

   9月19日午前11時00分⇒博麗神社を訪れたマリサ。真の魔法使いになったことを霊夢に報告し、霊夢は喜んだ。【α】~【β】の歴史

   

   

   9月20日午前9時以降⇒魔導書を持って紅魔館を訪れたマリサは再び咲夜と出会う。そこで互いに吸血鬼と魔法使いになったことを知る。その後マリサは大図書館に行き、パチュリーに自分が魔女になったことを報告した。【α】~【β】の歴史

   

   

   9月21日⇒マリサはアリスの家に遊びに行くようだ。【α】~【β】の歴史 

 

 

   

 西暦2008年(西暦200X年の翌年)⇒ 原作、東方紺珠伝の異変が起こった年   

 

 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。【W】~【X】【α】~【β】共通の歴史

 

  

   9月10日午前11時5分⇒マリサへの対抗心から古い歴史より1ヶ月早く修行を終えて、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを山から降りてマリサへ伝えに行くと、彼女は喜び、霊夢の仙人祝いと称して宴会を催した。【α】~【β】の歴史

  

  

   10月10日午前11時05分⇒ 半年に渡る修行の末、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを降りてマリサに伝えに行くと、彼女は複雑な気持ちを抱えつつも歓迎の言葉を投げた。そして、肉体の時間を止める魔法(老いをごまかす魔法)を使うかどうか迷う。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}     

 

 西暦2010年5月15日午後4時00分⇒仙人霊夢に弾幕ごっこで負けまくる17歳の人間魔理沙。魔女になってしまうかどうか悩むも、結局人として生きることを決意。姿を偽る魔法を使用する。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 西暦2016年 ⇒ 世界人口が72億人に達する(史実)

 

   

 西暦201X年6月4日 レミリア、咲夜から西暦200X年9月1日に有った出来事を全て聞く。(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜意識変化}

 

      

 

 

 西暦201X年6月4日  咲夜が死亡する前日、レミリアは咲夜から西暦200X年9月1日に有った出来事や、思いの丈の全てを聞きだした。(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜吸血鬼化}

      

 

 西暦201X年6月5日 咲夜が仕事中に倒れ、そのまま意識が戻ることなく帰らぬ人となる。(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜吸血鬼化}

 

   6月6日の未明頃 咲夜死亡(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜吸血鬼化}

      

      

 

【C】同日午後10時 魔理沙は白玉楼にて、幽霊となった咲夜から、自分の人生は満足だったと聞く。そして、幽々子お墨付きの元、輪廻転生の輪に乗るのを見届けて、報告のために西暦215X年9月17日に戻る。【D】へ(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜吸血鬼化}

 

   同日午後9時~6月7日午前0時⇒白玉楼へと向かう吸血鬼咲夜。妖夢と将棋しながら時間旅行者霧雨魔理沙を待ち続けるも、結局姿を現さなかった。【W】~【X】【α】~【β】共通事項

 

 

         

      

 西暦201X年 24歳の魔理沙、少女から大人の女性になっても、人間の魔法使いとしてやっていっている(幽霊の咲夜談)←吸血鬼化咲夜の証言(旧){第4章、人間マリサ魔女化}

 

 

 

 西暦2020年3月29日午後1時20分⇒27歳の人間魔理沙。努力が実り霊夢と五分五分で戦えるように。この時霊夢に自分が魔女になったと嘘をつく。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

              

                         

 西暦2025年6月30日 15時32分49秒【世界標準時刻】 ボイジャー1号の電池が切れた時間。

 

 

 

【S】同日⇒太陽系の外宇宙、魔理沙達は電池が切れたボイジャー1号を簡単に破壊する。次いで過去の自分達に見つからないように作戦を練り、アンナの宇宙船を捕まえるために、紀元前39億年7月31日 午後3時へ跳ぶ。 【T】へ

         

 

 

 

 西暦202X年⇒魔理沙父に、魔理沙が人間を辞めたことを知られる   (旧){第1章、魔理沙魔女化}            

 

 

 西暦2032年⇒魔理沙父、死亡する          

                              

                              

 西暦204X年⇒月の裏側に宇宙人がいることに、人類が気づく。(旧){第三章、月の都の妨害停止}

   

 

 21世紀半ば⇒とある大国が月に戦争を仕掛けるも、あっさりと敗北。(旧){第三章、月の都の妨害停止} 

 

 

 西暦2054年8月2日午後3時00分⇒霊夢と妹紅の弾幕ごっこを羨望の眼差しで見つめる人間魔理沙。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

   同年8月3日午前11時30分⇒61歳の人間魔理沙。秘密を知ったアリスに、人間を辞めるように説得されるも、それを拒否。人であることの誇りを持って。そしてアリスにだけ、この世界をひっくり返す魔法(タイムトラベル)を開発してることを明かす。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

                                

  

 西暦2055年2月9日【世界標準時刻】⇒銀河帝国の巡洋艦がボイジャー1号を発見。それに伴い、地球に人類に化けれる種族の宇宙人を送りこむ(旧){第三章、ボイジャー1号破壊}

 

 

 西暦2056年⇒霊夢(タイムトラベラー魔理沙の干渉により、人としての寿命を全うした歴史の霊夢)亡くなる  (旧){第4章、霊夢仙人化}

  

 

 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒老人マリサ、心臓発作が起きて、そのまま帰らぬ人となる。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

  

  

 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒寒い日のこと、突然襲い掛かった激しい頭痛に耐えきれず、マリサは倒れ込んでしまい。その間、マリサの家に偶然来たアリスが倒れていることに気づき、呼びかけていた。【α】~【β】の歴史 

 

 

   同日午前10時⇒目を覚ました時、人間のまま死んだ自分の記憶が突然流れ込んでいたことに気づく。さらにアリスの存在にもここで初めて気づき、とりあえず霊夢の元に向かう事に。【α】~【β】の歴史

     

     

   同日正午頃⇒霊夢の家を強襲したマリサは、霊夢を見て歓喜に震え、彼女の胸に思いっきり飛び込む。落ち着いた後、それが昔の人間だった頃の記憶の残滓であると説明し、西暦215X年に時間旅行者霧雨魔理沙が来た時の決意を語った。【α】~【β】の歴史

     

   

 西暦205X年1月30日午前10時02分⇒マリサ、心臓発作を起こし死亡したのをアリスから知らされた霊夢。さらに遺書を読んだ霊夢は悲しみに明け暮れる。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年2月4日午前9時49分⇒紅魔館でマリサの遺書と、遺した研究の書類を調査するアリスとパチュリー。結論は一週間後に【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年2月11日午前11時05分⇒死の間際までマリサが研究していた題材はタイムトラベルと判明。マリサ亡き後研究を引き継ごうとする二人だったが、霊夢はタイムトラベラーの魔理沙の存在を告白する。話し合いの結果、霊夢が約束した100年後まで待つことに決める。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

 西暦205X年5月12日⇒床に伏せた早苗をマリサは看病しに行っていた。【α】~【β】の歴史

 

 

 西暦205X年5月15日⇒東風谷早苗死亡【W】~【X】【α】~【β】共通

 

 

 西暦205X年5月17日午前11時30分⇒妹紅の自宅に茸を届けに行ったマリサ。早苗の死を悲しむマリサを妹紅が慰めていた。その時輝夜が現れ、4か月前(西暦205X年1月30日、マリサが記憶を取りもどした日)の歴史改変について聞く。マリサは考えた末に100年後に輝夜の話をすることで合意。輝夜は満足したように永遠亭へと帰って行った。【α】~【β】の歴史 

 

 

 西暦2070年頃⇒人類が無人光速航行を確立、これまでに宇宙に発射した人工衛星の回収をする。

 

 

 西暦2070年2月22日午前10時00分⇒マリサの家に来た紫。未来を知りたいと言うが、マリサに私は魔理沙じゃないと言われる。幻想郷のことで悩む紫をマリサは励まし、紫は帰って行った。【α】~【β】の歴史

 

  

 西暦2070年4月10日午後12時20分⇒人里でのんびりしていたマリサの隣に紫が現れ、外の世界の事情や、西暦2070年2月22日に話したことの結果を伝える。この年、外の世界では光速航行が発明されて、幻想郷への影響を懸念していたが、結局はなんともなかった。【α】~【β】の歴史         

        

        

 21~22世紀頃⇒人類は宇宙開発を推し進めていくも、月の都から激しい妨害に合う   (旧){第三章、月の都の妨害停止}        

        

 

 西暦210X年頃⇒魔理沙、時間移動について手ごたえを掴む(旧){第1章、霊夢生存}

 

 

 西暦2108年9月10日午後2時00分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。マリサの気がかりがなかった霊夢は、命を刈りに来た死神相手に無傷で勝利し、見に来ていたマリサとご機嫌で帰って行った。【α】~【β】の歴史

 

     

   同日午後2時30分⇒四季映姫の命令で、影から霊夢達の戦いを覗いていた小町は、冥界に戻り、四季映姫に報告した。【α】~【β】の歴史 

 

 西暦2108年10月10日午後2時~2時10分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。死神との戦いに瀕死になりながらも勝利する。それを影から覗いていた小町は映姫に報告。50年前のマリサの裁きのこともあり、彼女に興味を持つ。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

 

   同日午後4時00分⇒西暦2108年9月10日に起きた、霊夢と死神の戦いに違和感を覚えた四季映姫は、過去の資料を漁り、小町を呼び付ける。しかし記録の不備はなく、違和感はぬぐえない。後日、映姫は、小町と共に霊夢に会いに行く事に決める。【α】~【β】の歴史

 

 

   10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。タイムトラベラー魔理沙の存在を聞くも、霊夢は拒否し、険悪な状態で別れる。しかし霊夢の様子のおかしさからタイムトラベラーの存在を確信。215X年になった時、霊夢を見張ることを決断する。【W】~【X】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

 

   10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。映姫は霊夢と軽い雑談を交わしたものの、最後まで違和感を拭いきれなかった。【α】~【β】の歴史 

   

   

 

 西暦212X年頃⇒魔理沙、時間移動の研究に息詰まりを感じている。(旧){第1章、霊夢生存}

 

 

【西暦213X年4月11日⇒魔理沙がにとりに設計図を持っていき、にとりは宇宙飛行機の開発に取り掛かる。(旧){第3章、ボイジャー1号破壊、アンナ説得}】

    

 

 西暦2142年⇒魔理沙、時間移動の研究の際に、うっかりブラックホールを生み出してしまい、紫にこっぴどく怒られる。(旧){第1章、霊夢生存}     

 

 

        

 西暦2151年4月19日午後4時35分⇒幻想郷のとある山中で、博麗杏子(215X年の博麗の巫女となる少女)の母親を仙人霊夢が救出し、人里の家へと送り届ける。【W】~【X】【α】~【β】の歴史共通  

 

       

 

 西暦215X年9月15日⇒魔理沙、とうとう時間移動魔法、【タイムジャンプ】を完成させる。ちょっと前に戻ったり、ちょっと後に跳んだりする実験も成功し、満足。協力してくれたアリスとパチュリーに別れを告げて、霊夢を救うために200X年7月20日に戻る⇒年表【A】に跳ぶ。(旧){第1章、霊夢生存} 

           

 

【AA】9月16日⇒魔理沙帰還。アリスに襲われることもあったが、事情を説明。アリスからも事情を聞き、魔理沙は過去を変えられたことを知る。(旧){第4章、霊夢仙人化}

        

   

   9月17日⇒紅魔館に立ち寄った魔理沙、しかしそこは、かなり荒れ放題だった。パチュリーとの昔話に花を咲かせていた時、レミリアに会った魔理沙は、咲夜の過去を変えて欲しいと頼まれて、140年前に時間遡航する 時刻は午前10時30分【B】へ(旧){第2章、咲夜の遺言}

 

 

【D】9月17日午前11時⇒紅魔館に戻ると妖精メイドがしっかりと働き、館内は綺麗になっていて、立ち直った姿のレミリアが! パチュリーも魔理沙の姿に驚き、とりあえず一件落着。【第2章終了】。(旧){第4章、霊夢仙人化、咲夜吸血鬼化}

 

 

        

        

   9月18日⇒幻想郷の空を飛んでいると、射命丸文に遭遇。能力を駆使して逃げた先には、妖怪殺しの結界に覆われた博麗神社。紫に入り方を教わって中へ入ると、この時代の博麗の巫女、博麗杏子の姿。妖怪嫌いの彼女は、魔理沙を見て滅ぼそうと襲い掛かる。慌てた魔理沙はとっさに時間移動をしてしまう。【E(西暦300X年5月6日)】へ   (旧){第4章、霊夢仙人化、杏子の母親生存}

           

           

   9月18日 歴史が複数回変わったことを確信した輝夜。人里で何かないかと探していたら慧音に遭遇。二人は話し合い、天狗の新聞のこともあって、翌日、魔理沙の家に訪問することを決める。 (旧){第4章霊夢仙人化}

      

      

      

【I】9月18日午後1時 外の世界でも魔法を使えるように、マナカプセルを創るため、マナが豊富な水場(玄武の沢)へ向かう。その途中にとりに出会い、既に例の物は完成していると意味深長なことを告げられる。それに首を傾げつつ、魔理沙はマナカプセルを完成させて、再び250X年に戻る。【J】へ (旧){第4章、霊夢仙人化}  

   

   

【L】9月18日午後9時⇒疲労困憊の妹紅を自宅に泊める。(旧){第4章、霊夢仙人化}

 

     

        

   9月19日午前9時 朝早くに訪れたのは慧音と輝夜。取り合えず自宅に上げて話をする。その途中で起きて来た妹紅が慧音の姿を見て感極まり、熱い抱擁を交わす。その二人は放っておいて、魔理沙と輝夜は月の都に行く手段について話し合い、永遠亭にある月の羽衣を使うことにし、出発。道中、妖怪の山に寄って行く。(旧){第4章、霊夢仙人化}

      

      

       午前10時過ぎ⇒妖怪の山のにとりの自宅を訪ねると、そこには巨大な宇宙飛行機が。これはこの時点よりもさらに未来の魔理沙の設計図の元、紫の支援も含めて造られたという。しかしこの宇宙飛行機では特殊な結界が張られた月の裏側には行けない。永遠亭に行き、輝夜の協力もあり月の羽衣を借りる。帰り道、この時代の妹紅とひと悶着あったが、魔理沙の説得により妹紅は去って行った。改めて戻って来た魔理沙は、にとりと未来の妹紅と共に、西暦200X年の月の都へ向けて、宇宙飛行機を発射する。(午後2時55分)【M】へ (旧){第4章、霊夢仙人化}

                     

        

【O】9月19日午後3時⇒幻想郷に戻って来た魔理沙達。驚きを持って迎え入れる輝夜と慧音。妹紅が彼女らへ説明をしている間、魔理沙はにとりへ設計図を渡すべく、20年前に時間遡航する。そして午後4時に帰って来た後、居ない間に来た文にタイムトラベルのことを内緒にするよう約束させ、原初の石を届けるべく、西暦200X年8月2日へと飛ぶ。【P】へ (旧){第4章、霊夢仙人化}

         

        

【Q】9月20日12時~12時50分 宇宙で宇宙船が飛び交うのを確認し、格納庫がにとりの家に存在することを確認した後、宇宙飛行機に乗った魔理沙達は、幻想郷の上空で西暦300X年へタイムジャンプ! 【R】へ (旧){第3章、アンナの説得、ボイジャー1号破壊}

 

 

      

      

【V】同日午後5時⇒未来から帰って来た魔理沙は、にとりと別れ、家でゆっくりと休むことにした。【第3章終了】 (旧){第4章、霊夢仙人化}

 

                            

   同日午後5時00分⇒↑で魔法の森上空で魔理沙と別れ、自宅に帰ったにとり。そこで〝宇宙飛行機を製造しなかったにとり″と出会い、こちらのにとりと融合して一つになった。【V】以降の歴史{第3章、ボイジャー1号破壊、アンナ説得}

   

 

   同日午後5時45分⇒にとりが魔理沙の家を訪れるも、彼女は寝てしまった為に出なかった。仕方なく帰る事に。【W】~【X】の歴史。(旧){第4章、霊夢仙人化}

   

 

(新)同日午後5時45分⇒霧雨魔理沙の家を訪れ、マリサを呼び出したにとり。自宅へ連れて行き、格納庫が消えたことについて問いただすも、マリサは分からないと答える。その時に、にとりは自分が勘違いしていることに気づき、魔理沙が時間遡航から帰ってきたら、家に呼ぶように、マリサに伝言する。【α】~【β】の歴史

 

 

 西暦215X年9月21日午前11時~午後3時。未来を救った魔理沙だったが、気持ちはすっかりと晴れない。紅魔館のパチュリーとアリスに相談し、霊夢に会いに行くことを決める。家に帰り、箒を持ってタイムジャンプ!(西暦200X年9月2日へ時間遡航)【W】へ ☆(旧){第4章、霊夢仙人化}

          

 ↑この9月16~21日の5日間は、第3章終了時点では、時間の連続性があった。しかし霊夢が仙人化したことで、霊夢の死の元に成り立っていた歴史が刷新され、結果的に無かった事になった。         

 

【X】同日午後0時⇒博麗神社の妖怪封じの結界は消え、魔理沙邸の前には霊夢、アリス、咲夜がいた。魔理沙と霊夢は再会を果たす。(ノーマルエンド)【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

   同日同時刻⇒光学迷彩で隠れていた河城にとりがこの状況を目撃。空気を読んで、自身の融合と宇宙飛行機の消失について訊ねる用事を破棄することに。【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、人間マリサの魔女化}

 

 

   同日午後1時⇒お互いに情報交換を行った事で、201X年の出来事、出発前の出来事が無かった事になっていた。さらに人間マリサの無念の遺書を読み、魔理沙は200X年9月4日へ遡ることを決意する。しかし、過去へ跳ぼうとした時に、四季映姫と小野塚小町の妨害が入る。魔理沙は仕方なく彼女らの話を聞くことに。【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

      

   同日午後4時18分~午後4時55分⇒タイムトラベルは過去の人々の歴史を踏みにじると言う四季映姫、それに対し魔理沙は不幸な結末を変えたかっただけだと主張。四季映姫は魔理沙の過去の行いで判断しようとするも、そこで見たのは滅びた未来の姿。魔理沙の行いに大義を感じた四季映姫は今回は見逃すことにし、魔理沙は200X年9月4日、時の回廊を経由して時間遡航する。【Y】へ。  【X】~【Y】の歴史(旧){第4章、マリサ魔女化}

        

        

   同日午後4時55分~4時59分まで⇒映姫の言葉で、影で話を聞いていた紫が現れる。外の世界は順調に科学が発展しつつあり、幻想郷のもう1人の賢者、摩多羅隠岐奈が外の世界の動向を見てる事を明らかに。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

    

      

【Z】同日午後5時⇒昏睡したマリサを連れた魔理沙が現れる。魔理沙は待っていた霊夢達に事情を説明し、一緒に魔法使いになるよう説得する事を決め、マリサを起こす。目が覚めたマリサは激昂しながら魔理沙に向かう。宥めたり、ここが未来の世界だと話しても聞く耳を持たないマリサ。魔理沙はマリサにこの時代の幻想郷を見るように言って、飛び出して行った。(旧){第4章、マリサ魔女化}

 

   同日午後5時20分~40分⇒二階に上がって着替える魔理沙。そこでアリスから思いの丈を聞いた。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   同日午後5時40分⇒マリサが帰ってこないので、話の流れで夕飯を食べる事に。咲夜と一緒に時を止めて買い物に向かう。その時咲夜から吸血鬼になった時の事やマリサ(魔理沙)への気持ちを聞いた。そして食事を作り、帰って来たマリサも加えて夕飯を食べた。(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   

   同日午後6時~6時30分⇒215X年の幻想郷を見て回って、タイムトラベルが本物だと納得したマリサ。魔理沙と霊夢達の話を聞く事に決める。霊夢達は未来の話をして、マリサに遺書を見せたりなど、自分達の気持ちも交えて魔女になるよう強く勧める。全ての話を聞いたマリサは、魔理沙と二人きりで話すことに。

   そして外に出た二人。悩むマリサを後押しして、マリサは魔女になることを決意する。霊夢達の見送りと別れの言葉を受けて、時間旅行者魔理沙はマリサを連れて200X年9月5日午前9時15分へと戻って行った。【α】へ(旧){第4章、マリサ魔女化}

   

   

   同日午後6時30分以降(αの歴史)⇒一つ前の歴史(【Z】)で、魔理沙と共にマリサを説得したことを思い出し、霊夢、咲夜、アリス、パチュリーの4人がマリサの家に集まる。そして明日魔理沙が帰って来ることを伝え、再びここに集合することを決めて解散。その話を影で聞いていた八雲紫は、昨日現れた宇宙飛行機について、魔理沙について事情を改めて訊ねると宣言する。

   

 

【β】西暦215X年9月22日正午⇒150年前にマリサを返し、元の時間に戻った魔理沙を暖かく迎えたのは、仙人になった霊夢、種族的魔法使いになったマリサ、同じくアリス、パチュリー、加えて吸血鬼の咲夜だった。(こいしは無意識の中で、紫はスキマの中から見守っている)マリサ達から話を聞き、全てが上手くいったことを知り、魔理沙は安心する。そして、この時間でマリサ達とこれからも生きていくことを決意し、魔理沙は博麗神社の宴会に向かって行った。(真エンド)⇒翌日の【γ】へ続く。

 

 

【γ】西暦215X年9月23日午前9時⇒今日は何をしようかと迷う魔理沙。そんな時、マリサからにとり、紫、輝夜の伝言を知り、説明するべくにとりの家に彼女らを集め、未来の話(第3章の内容)をする。この時、にとりの宇宙飛行機の有無で紫と揉めたが、互いに別々の歴史での記憶による齟齬であることで決着した。(後日談)←ここが第4章最後

 

          

 

 西暦216X年⇒ 人類がワープに成功する     

 

   11月11日⇒銀河帝国との宇宙戦争により地球滅亡。(旧){第3章、アンナの説得、ボイジャー1号破壊}

      

      

 西暦2189年⇒第一次殖民計画が行われ、選ばれた10万人が他惑星へと移住を開始する。      

 

 

 

【Gの歴史】⇒24世紀頃の人類、宇宙開発断念。(旧){第3章、月の都の妨害停止}

 

 

 

 西暦240X年頃、上白沢慧音、永眠

      

          

【【西暦250X年5月27日】】⇒この頃に幻想郷の博麗大結界、識別コード『A-10とNH-43』にごく小さな亀裂が入っていたらしい。(旧){第3章、柳研究所の破壊}

 

 

【Gの歴史】⇒この日、柳研究所が創設された日付。(旧){第3章、月の都の妨害停止} 

       

 

【F】西暦250X年5月27日正午⇒まだ幻想郷が無事だった頃に戻って来た魔理沙、この時代の博麗の巫女、霊夢そっくりの博麗麗華に出会う。その後、この時代の紫に会い、未来の紫の伝言を伝える。 しばらく後に紫が帰って来る。魔理沙の言った通り、結界に解れが出来ていたことに驚いていた。解れを直したことを確認した魔理沙は、午後4時にタイムジャンプ。500年後へ確認に行く。【G】へ (旧){第3章、地球滅亡}{第3章、幻想郷存続}{第4章、霊夢仙人化}

      

      

【H】同日午後4時5分⇒妹紅を連れて再びこの時間に戻って来た魔理沙。気絶した魔理沙に変わり、博麗麗華に介抱するよう妹紅が頼む。そして、博麗神社で一晩過ごす。(旧){第3章、地球滅亡}{第3章、幻想郷存続}{第4章、霊夢仙人化}

    

      

   5月28日午前9時50分⇒博麗神社で目を覚ました魔理沙。食事を摂った後、紫と藍に事情を説明し、柳研究所を滅ぼすことを決め、深夜に襲撃する。その為の準備で、一度元の時代(西暦215X年9月18日午後1時)に戻る。【I】へ(旧){第3章、月の都の妨害停止}{第4章、霊夢仙人化}

     

【J】5月28日午前9時55分⇒準備が出来た魔理沙は、妹紅と共に約束の時間(深夜0時)まで再び時間移動。 (旧){第3章、月の都の妨害停止}{第4章、霊夢仙人化}

       

 

   5月29日午前0時⇒紫と待ち合わせし、スキマを通って研究所へ。そこのサーバールームでクラッキングの最中、テラフォーミング計画の文章を見つける。その後、藍が幻想を解明する研究のプロトタイプを見つけデータを消去。研究所を破壊し、幻想郷へ帰還。そして、再び300X年に戻る。【K】へ  (旧){第3章、月の都の妨害停止}{第4章、霊夢仙人化}

          

          

 25世紀~28世紀⇒幻想解明の研究所潰しに魔理沙が飛び回った時間。(いついかなる時間においても、西暦300X年の時点で幻想郷が滅亡する歴史へと収束) (旧) {第3章、月の都の妨害停止}    

      

 

   27世紀頃 日本の自然は幻想郷を除き、全て消えてなくなってしまう。替わりに人工光合成装置がフル稼働し、人類の生活を支えていた(旧){第3章、月の都の妨害停止}

   

   

   28世紀頃  人口減少が進み、日本の人口が2000万人に(旧){第3章、月の都の妨害停止}

             

                

【Gの歴史】⇒西暦280X年 柳研究所の研究チームにより、非常識や迷信を科学的に解明することに成功。幻想郷が滅びる大きなきっかけとなった。(旧){第3章、月の都の妨害停止}

 

 

【Gの歴史】⇒西暦280X年、外の世界の軍隊が幻想郷へ侵攻する。幻想郷に住む多くの妖怪達が団結して立ち向かったが、人類が生み出した幻想を解明する兵器には敵わず敗北。幻想郷は壊滅し、幻想郷があった土地にはコンクリートジャングルが出来上がる。永琳と輝夜は地上に見切りをつけて月へ帰る。(旧){第3章、月の都の妨害停止}

 

 

       

【J~Kの歴史】⇒西暦282X年、田中研究所による幻想の解明。同時に、蓬莱人全てが月に移住。(旧){第3章、月の都の妨害停止}

      

      

 西暦293X年11月11日⇒八雲紫でも治せないほどに博麗大結界の綻びが広がり、幻想郷の維持が難しくなる。幻想郷崩壊へのカウントダウンが始まる。(旧)【E~F間の歴史】 {第3章、250X年に置ける結界修復}

 

 

【E】西暦300X年5月6日⇒魔理沙にとって偶然跳んできた時間。そこは結界の解れが原因で、外の世界の常識が大量に雪崩れ込み幻想郷は崩壊。妖怪は全て消滅し、人の住めない土地となってしまっていた絶望の未来だった。博麗神社で唯一生き残っていた紫に、この歴史を変えて欲しいと頼まれた魔理沙は、結界の解れが発生したとされる、500年前の5月27日に跳ぶ。【F】へ (旧){第3章、250X年における結界修復}

 

 

【G】5月6日⇒結界を直して辿り着いた先は、幻想郷とは似ても似つかぬ、高度な科学文明の街並み。落下死しそうになったところを妹紅に助けられ、説明を聞く。紫のメッセージと、妹紅の説明を聞き、外の世界の研究所による幻想の解明を防ぐことが幻想郷の存続に繋がる、と判断した魔理沙は、妹紅を連れて再び西暦250X年へと遡る。その際にアクシデントが起こり、魔理沙は気絶する。【H】へ(旧){第3章、月の都の妨害停止} 

    

    

              

       

【K】5月7日 未来に行った先も歴史変わらず。今度は田中研究所が柳研究所と同じように幻想を解明してしまった。今度こそ歴史を変えようと、田中研究所を壊滅させるために、再び西暦250X年へと遡る。  (旧){第3章、月の都の妨害停止}

 

    

   同日午後3時 滅ぼしても滅ぼしても別の研究所が幻想を解明する、そのいたちごっこに疲れた魔理沙達。(失敗は11回)別の原因がある筈だと調べていき、月の都が怪しいと踏んだ魔理沙達は、西暦200X年の月の都へ行く事を決意する。しかし移動手段がなくて困っていたが、ここでにとりの『例の物は準備出来ている』発言を思い出し、西暦215X年に逆戻りする。【L】へ  (旧){第3章、月の都の妨害停止}

         

 

【R】5月7日正午~5月8日午前10時頃⇒ 今度は地球が無くなってしまった。綿月姉妹曰く、宇宙人に滅ぼされたとのこと。そして、地球が存続するには、アンナの歴史と、人工衛星の歴史を変える必要があることを知る。 一度宇宙飛行機を改良するため、魔理沙と妹紅は1ヶ月先に跳ぶ。 (旧){第3章、アンナの説得、ボイジャー1号破壊}

    

    

   6月8日正午過ぎ⇒宇宙飛行機の改良は済んでいた。さらにアンナも、魔理沙のいる時代までコールドスリープしようとしていたことが判明。それらの謎を解くためにも、まずは人工衛星を破壊するために、西暦2025年へ向かう。【S】へ  (旧){第3章、アンナの説得、ボイジャー1号破壊}

         

    

         

【U】6月9日午後0時15分⇒地球は無事に存続。幻想郷(海が誕生した)もしっかりと存続していて、博麗神社で再会した紫は感極まって魔理沙に抱き着いた。

   その後落ち着いた紫と、2つの記憶を持った妹紅、傍観者だった輝夜、綿月姉妹から新たに変化した歴史の説明を受ける。人類は宇宙を開拓し、地球の人口が減ったことで幻想郷は目立たなくなり、住みやすい世界になった。地球滅亡の前兆や幻想郷の滅びの予兆もなくなったので、魔理沙とにとりは安心して元の時代(西暦215X年9月20日午後5時)へと帰ることにした。【V】へ 。{第4章、霊夢仙人化。マリサ魔女化}の影響で一部改変有り。↓参照 

 

 

   同日午後0時15分以降⇒第4章で霊夢仙人化とマリサの魔女化の歴史改変が起きたことで、魔理沙とにとりが、妹紅、紫、綿月姉妹と話すシーンは無くなってしまったが、↑の歴史は変化なし。当代の博麗の巫女が、霊夢と魔理沙が人里を仲良く歩いている姿を見かけている。

   

   

   

   

   

                  

                  

         【【魔理沙達がいないのは、歴史が変わる前兆? そんな話をしてる間にも歴史は変わり、魔理沙が確定する歴史へ変貌する】】←第4章にて見事フラグ解消されました    

 

 

 

 時の回廊での出来事。

 

 1度目(1章の最期で霊夢を助けた時)魔理沙が明確に未来を変えたことによる、暗示。

 

 

 2回目(魔理沙が初めて妹紅を連れて西暦250X年に時間移動した時) ⇒魔理沙の無意識化の出来事で、彼女自身は感知せず。 妹紅と一緒に過去へさかのぼったことによる、新たな可能性が生まれたことの暗示。

 

 

 3度目(初めて宇宙飛行機を使って時間移動した時) ⇒時の回廊の真の姿が開かれる予兆のような話。ここで時の女神初登場

 

 4度目【O】の続き。(39億年前から初めて200X年に戻る時) 世界に絶望していた魔理沙に時の女神咲夜が登場し、魔理沙に時間の真実を伝える。並行世界ではなく、歴史が上書きされていたと知った魔理沙の心は晴れ、時空改変に前向きな気持ちになることが出来た。そして時間の辻褄(宇宙飛行機の設計図入手の因果)を合わせるために、200X年から急遽215X年に進路変更。

 

 

 5度目【T~U】の間。(地球存続の条件を立てた時)時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。

 

 

 6度目【U~V】の間(未来の幻想郷を救う目的を達成した時)時の女神は今後の魔理沙の行動を予知するような発言をし、魔理沙のことを大いに労った。

 

 7度目【W~Xの間】(【W】の歴史で、西暦200X年9月4日の夜にて。魔理沙不在。時の女神咲夜のみ)魔理沙の歴史改変による変化を観測する。このことを魔理沙は知らない。

 

 

 8度目【Y】(魔理沙がマリサを助けに過去へ遡る時)マリサの歴史を見ていた女神咲夜は、魔理沙の身を案じる。魔理沙は大丈夫だと答え、騒動の種となったタイムトラベルの魔導書を預け、200X年9月4日へと時間遡航する。

 

 

 9度目【α~βの間】(魔理沙がマリサの歴史を変えた(魔女にした)時)気づいた時には時の回廊に居た魔理沙。時の回廊が半分消えていた。現れた女神咲夜に事情を聴くと、マリサが魔女になったことで、タイムトラベラー魔理沙の特異点化が消えて、世界の上書きに巻き込まれそうになり、そうならないように全宇宙の時間を止めていたとの事。そして女神咲夜は、自身の力を用いて、マリサと同一化できると言い、魔理沙に選択を迫る。

 魔理沙は悩みに悩んだ末、自分を自分と見てくれる霊夢達、(マリサと古い歴史の私の違いを知った上で私を受け入れてくれる)が居る事、そしてアンナの星へと遊びに行く約束を思い出し、自分は霧雨マリサとは別の霧雨魔理沙として生きることを決意。女神咲夜は了承し、魔理沙が今後二度と消えることのないように特異点化を強めて、魔理沙は改めて西暦215X年9月22日正午へとタイムトラベルして行った。

 

10度目【γ】(γの歴史で、西暦215X年9月23日)⇒女神咲夜に、大団円に終わったことを報告する魔理沙。ついでに、時間停止中でも止まっていられる秘訣を聞き、再会の約束をして西暦215X年9月23日午後7時に帰る。

 




【N】紀元前39億年7月31日正午⇒原初の石を拾うために魔理沙が太古の地球に降り立つ。

同日 石の回収が終わった頃、1億光年先からやってきた宇宙船が魔理沙達の目の前に不時着。宇宙人のアンナと出会い、彼女の壊れた宇宙船を修理することに。 ここで魔理沙が、時間の理論が並行世界に分岐するのではないか、と勘違いする。
   その後、にとりが宇宙船を修理し、アンナは感謝の気持ちとして、近距離航海用の宇宙船データ(魔理沙達が乗る宇宙飛行機)をプレゼントする。そして、アンナは地球を旅立っていった。
   魔理沙達も取り敢えず依頼された原初の石を届けるべく、200X年に帰る事に決める。【O】へ (時の回廊で西暦215X年に進路変更する)
            
            
【T】同日午後3時頃、アンナを帰さないために、過去の自分たちの行動を見張れる場所(地球の外)から、チャンスを待ち、アンナの宇宙船だけが飛び出してきた所で引き留め、過去の自分達の宇宙飛行機がいなくなるのを待った。
           
     午後5時頃 再び原初の地球の大地に降り立ち、魔理沙はアンナに未来で何が起こったのかを説得し、私の名前を歴史に残さないよう要請。アンナはそれを快諾し、アンナの星(アプト星)へ遊びに行く約束を交わして、今度こそアンナは母星へ帰って行った。     
           
     午後7時50分地球が残っているかどうか確認するために西暦300X年へと跳ぶ。 時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。 西暦300X年の【U】へ
     
 

 19世紀後半 産業革命(史実)
  
  
 西暦1977年9月5日 ボイジャー1号発射(史実)
  
  
 西暦2001年 ⇒世界人口が60億人に到達(史実)
 

 西暦200Y年(西暦200X年の前年)⇒ 原作の第2次月面戦争があった年
 

 西暦200X年7月17日⇒霊夢が悪夢を見始める 
 
 
           
【西暦200X年7月20日 この物語の全ての始まり】  


【A】の地点から続き。タイムジャンプ魔法を完成させた魔理沙は、人間だった頃の魔理沙が家に帰った後に霊夢と接触。上手く言いくるめて、霊夢の家に泊まる。
        
   午後10時 霊夢が就寝。魔理沙は異変を見逃すまいと、付きっ切りで様子を見守る。
        
   7月21日午前2時 うなされている霊夢を叩き起こし、悪夢を見せていた元凶となる妖怪を退治。
        
   同日午前7時 霊夢起床 すっきりと起きて、これにて一件落着。それを見届けて魔理沙、西暦215X年9月16日へ帰還する。【A】終了、【AA】へ
        
   同日 魔理沙が未来へ帰った後、霊夢は魔理沙が忘れて行ったルーズリーフを発見する。
   
   
   7月24日 遊びに来た魔理沙に、霊夢が三日前のことについて訊ねるも反応なし。ここで霊夢は、三日前の魔理沙が、自分の知らない未来の魔理沙ではないかと疑いを持つ。
        
        
  ☆7月25日午前10時~午後1時45分頃 魔理沙の忘れ物を調べるために、紅魔館を訪れる霊夢。そこで7月20日~21日の魔理沙は未来から来た魔理沙だと確信を得た霊夢は、再び魔理沙がこの時代にやってくるのを待つ。
        
        

【M】西暦200X年7月30日午前8時【世界標準時刻】⇒魔理沙達が幻想郷を抜けて宇宙へ飛び出す。地球の周りには建設途中の宇宙ステーション(史実で完成した日付は2011年7月21日午後6時57分)などを見ながら、月の都へ向かう。12時間の移動時間中、魔理沙の体に異変が生じたが、なんとか乗り越え、やがて月の都へと到着。

  
   7月31日午前5時 宇宙飛行機が月の都に到着し、その後綿月姉妹と出会い、彼女の自宅で事情を説明する。紆余曲折を経て、彼女達は、人類を宇宙進出させたいのならば、誕生したばかりの地球にあった原初の石を持ってくるように条件を出す。
               
           魔理沙はそれを承諾し、地球表面近く、同日午後22時10分(世界標準時)に39億年前の地球へとタイムジャンプ。【N】へ
               
               
【P】(革新的な歴史の転換点) 8月2日 ⇒アンナの宇宙船を直し、21世紀に帰って来た魔理沙は原初の石を綿月姉妹に渡す。綿月姉妹は人間達の宇宙進出を邪魔しないことを約束。幻想郷が復活することを願いつつ、魔理沙達は出発日に近い、西暦215X年9月20日の幻想郷へ戻る。(直接飛ばなかったのは、幻想郷の結界を抜けられないため)【Q】へ


 西暦200X年9月1日 
 
【B】紅魔館で咲夜に遭遇。未来のレミリアがどうなってるかについて事情を説明したが、咲夜の信念故に断る。そして咲夜自身の気持ちを改めて問うために、死亡日時の10年後に跳ぶ。【C】へ
 
 
   同日深夜⇒レミリア、咲夜に眷属になるよう勧めるが、咲夜は魔理沙に説明したのと同じように断る。
     
     
【W】西暦200X年9月2日 タイムトラベラー魔理沙、人間の魔理沙と入れ替わる。霊夢と接触。
 
      
   同日午前10時20分⇒咲夜の時間停止に巻き込まれてしまったタイムトラベラー魔理沙は、仕方なく咲夜を捜すことにする。
   
   
   同日午後⇒霊夢に正体がばれてしまったタイムトラベラー魔理沙。思い切って正体をばらし、妖怪になるよう勧める。
   
   
   同日夜⇒ 霊夢、妖怪になることを決意。タイムトラベラー魔理沙はここで約束を交わし、西暦215X年9月21日へ帰る。 【X】へ

        その後人間の魔理沙が現れて、霊夢の自宅へ泊って行く。
        
        
 西暦200X年9月3日⇒霊夢、紫に博麗の巫女を辞めて妖怪になることを伝える。紫、それを承認。
 
  
   9月4日夜⇒博麗神社の宴会で人間を辞める宣言。最後まで魔理沙が食い下がったので霊夢が真相を伝えるも、魔理沙は信じなかった。
      

【Y】9月4日午後7時⇒150年前に戻って来た魔理沙は、博麗神社へ向かい、人間マリサも参加する宴会を影から覗き見る。途中早苗に絡まれるも、やり過ごす。 そして 霊夢の巫女を辞める宣言を聞き、マリサが怒って帰って行った所を見届け、魔理沙はマリサの後を追って行く。
   
   同日午後10時15分⇒魔法の森をトボトボと歩くマリサを発見。密かに泣くマリサに魔理沙は声を掛け、事情を説明しようとするも、マリサは聞く耳を持たず、弾幕ごっこへと発展してしまう。隙を突いて何とか逃げ出し、たどり着いた先は妖怪の山。そこで一部始終を見ていたこいしに誘われ、地霊殿へと向かう。
            
            
   同日午後11時00分⇒旧地獄に到着。勇儀の誘いを断り地霊殿へ到着し、さとりに出会う。詳しい話はまた明日ということになり、魔理沙は泊って行くことに。
  

   同日午後11時45分⇒地霊殿の部屋で寝る。
   
   
   9月5日午前6時10分⇒暑さで目が覚めた魔理沙。風呂へと向かい、そこで空と出会う。風呂から出た後にお燐と出くわし、さとりとこいしの部屋の場所を聞きだし、そこへ向かう。
   
   
   同日午前8時00分⇒さとりの部屋で未来のことを話す魔理沙。さとりにマリサの事を相談すると、逆に助ける必要があるのか問われ、魔理沙は精神的に追い詰められながらも助けるときっぱり答える。そんな魔理沙に、さとりは一つの案を授け、こいしと共にマリサの家へと向かう。
   
   
   同日午前8時50分~午前9時5分⇒マリサの家に到着し、マリサの説得を試みるも、話を全く聞く様子がない。魔理沙は意を決し、こいしの協力を得てマリサを捕まえて眠らせて、自分の時代(西暦215X年9月21日午後5時)へと連れて行った。 ⇒【Z】へ
   

【α】同日午前9時15分⇒マリサを出発時刻から10分後に戻し、魔理沙は215X年9月22日の正午へと帰って行った。【β】へ


   同日午前9時25分⇒霊夢の神社にマリサが向かい、9月4日の宴会で酷い事を言った事を謝り、自分も魔女になると和解する。ついでに未来の魔理沙に会い、未来の霊夢達と話したことを霊夢に伝えた。【α】~【β】の歴史

   同日午後2時00分⇒紅魔館の廊下で咲夜と対面するマリサ。こっそり侵入したことがばれて追い返されそうになるも弾幕ごっこに勝利する。それから9月4日の宴会での事を聞かれ、タイムトラベラー魔理沙の事と、つい先程和解したことを咲夜に話した。【α】の歴史
     
     
   同日午後2時15分⇒大図書館に辿り着いたマリサは、捨食と捨虫の魔導書を抜き取り、退散しようとする。しかしパチュリーに見つかり、弾幕ごっこが始まるものの、パチュリーを退けて、当初の目的を果たす。【α】~【β】の歴史
     
      
   
(新)9月6日午後3時20分⇒⇒紅魔館で行われた咲夜と霊夢のお茶会。今度は霊夢とマリサは打ち解けていたので、↑のような歴史にはならず、時間旅行者霧雨魔理沙の仲立ちもあって、マリサと心から仲直りできたことにホッとしていた。そして霊夢の話のこともあって、前回の歴史より三日早く時間霧雨魔理沙のことを互いに知ることになった。【α】~【β】の歴史
      
   
   
   9月9日午後2時57分⇒霊夢、咲夜とのお茶会で、咲夜がお嬢様から提案された吸血鬼になることを断ったことで、レミリアが圧力をかけてきていることに悩む。霊夢は、大切な人と過ごす時間がどれだけ貴重な物かを説いて、よく考えるように説得する。ついでに、ここで時間旅行者霧雨魔理沙の存在を、咲夜が知っていたことに霊夢が初めて気づく。お互いに情報交換を行い、咲夜は、霊夢の全ての秘密を知った。【W】~【X】【α】~【β】共通
   
(新)9月9日午後2時57分⇒↑と基本的に同じ。違うのは咲夜の方から上記の悩みを打ち明けたことくらい。
   
   
   9月16日午後2時15分⇒紅魔館に招待された霊夢、そこで咲夜が吸血鬼になったことを知る。咲夜は霊夢の言葉で考えを改めて、永遠にレミリアに仕える道を選ぶ。【W】~【X】【α】~【β】共通
   マリサが魔女になった時もこの結末は変わらない。それと同時に、女神咲夜≠十六夜咲夜となり、二人の存在は一致しなくなり、死後、女神咲夜の元へ魂が還る事はことはなくなった。(正確には死ななくなったので、女神咲夜の元へ魂が還らない。もし死ねば女神咲夜と記憶が一致する) 
             
   9月19日午前11時00分⇒博麗神社を訪れたマリサ。真の魔法使いになったことを霊夢に報告し、霊夢は喜んだ。【α】~【β】の歴史
   
   
   9月20日午前9時以降⇒魔導書を持って紅魔館を訪れたマリサは再び咲夜と出会う。そこで互いに吸血鬼と魔法使いになったことを知る。その後マリサは大図書館に行き、パチュリーに自分が魔女になったことを報告した。【α】~【β】の歴史
   
   
   9月21日⇒マリサはアリスの家に遊びに行くようだ。【α】~【β】の歴史
   

   
 西暦2008年4月6日午前10時⇒ 霊夢、博麗の巫女を後任の巫女(退魔師の家系の少女)に譲る。そして博麗の名を捨てることなく、霊夢は仙人になるべく茨華扇の屋敷へと向かう。【W】~【X】【α】~【β】共通の歴史
 
  
   9月10日午前11時5分⇒マリサへの対抗心から古い歴史より1ヶ月早く修行を終えて、霊夢は見事仙人へと昇華する。そのことを山から降りてマリサへ伝えに行くと、彼女は喜び、霊夢の仙人祝いと称して宴会を催した。【α】~【β】の歴史
 
 

 西暦2016年 ⇒ 世界人口が72億人に達する(史実) 
 
 西暦201X年6月6日午後9時~6月7日午前0時⇒白玉楼へと向かう吸血鬼咲夜。妖夢と将棋しながら時間旅行者霧雨魔理沙を待ち続けるも、結局姿を現さなかった。【W】~【X】【α】~【β】共通事項
 
 
 西暦2025年6月30日 15時32分49秒【世界標準時刻】 ボイジャー1号が電池切れた時間。
 
 西暦2032年⇒魔理沙父、死亡する 
 
 
  
 
【S】同日⇒太陽系の外宇宙、魔理沙達は電池が切れたボイジャー1号を簡単に破壊する。次いで過去の自分達に見つからないように作戦を練り、アンナの宇宙船を捕まえるために、紀元前39億年7月31日 午後3時へ跳ぶ。 【T】へ 
 
 
 西暦205X年1月30日午前7時40分⇒寒い日のこと、突然襲い掛かった激しい頭痛に耐えきれず、マリサは倒れ込んでしまい。その間、マリサの家に偶然来たアリスが倒れていることに気づき、呼びかけていた。【α】~【β】の歴史
    
 
 
   同日午前10時⇒目を覚ました時、人間のまま死んだ自分の記憶が突然流れ込んでいたことに気づく。さらにアリスの存在にもここで初めて気づき、とりあえず霊夢の元に向かう事に。【α】~【β】の歴史
     
     
   同日正午頃⇒霊夢の家を強襲したマリサは、霊夢を見て歓喜に震え、彼女の胸に思いっきり飛び込む。落ち着いた後、それが昔の人間だった頃の記憶の残滓であると説明し、西暦215X年に時間旅行者霧雨魔理沙が来た時の決意を語った。【α】~【β】の歴史
   
   

 西暦205X年5月12日⇒床に伏せた早苗をマリサは看病しに行っていた。【α】~【β】の歴史
 
 
 西暦205X年5月15日⇒東風谷早苗死亡【W】~【X】【α】~【β】共通
 
 
 西暦205X年5月17日午前11時30分⇒妹紅の自宅に茸を届けに行ったマリサ。早苗の死を悲しむマリサを妹紅が慰めていた。その時輝夜が現れ、4か月前(西暦205X年1月30日、マリサが記憶を取りもどした日)の歴史改変について聞く。マリサは考えた末に100年後に輝夜の話をすることで合意。輝夜は満足したように永遠亭へと帰って行った。【α】~【β】の歴史
  


 西暦2070年頃⇒人類が無人光速航行を確立、これまでに宇宙に発射した人工衛星の回収する。

  
 西暦2070年2月22日午前10時00分⇒マリサの家に来た紫。未来を知りたいと言うが、マリサに私は魔理沙じゃないと言われる。幻想郷のことで悩む紫をマリサは励まし、紫は帰って行った。【α】~【β】の歴史
 
  
 西暦2070年4月10日午後12時20分⇒人里でのんびりしていたマリサの隣に紫現れ、外の世界の事情や、西暦2070年2月22日に話したことの結果を伝える。この年、外の世界では光速航行が発明されて、幻想郷への影響を懸念していたが、結局はなんともなかった。【α】~【β】の歴史
 
 
 西暦2108年9月10日午後2時00分⇒仙人化した霊夢に100年目の試練。マリサの気がかりがなかった霊夢は、命を刈りに来た死神相手に無傷で勝利し、見に来ていたマリサとご機嫌で帰って行った。【α】~【β】の歴史
 
     
   同日午後2時30分⇒四季映姫の命令で、影から霊夢達の戦いを覗いていた小町は、冥界に戻り、四季映姫に報告した。【α】~【β】の歴史
   
   
 西暦2108年10月10日午後4時00分⇒西暦2108年9月10日に起きた、霊夢と死神の戦いに違和感を覚えた四季映姫は、過去の資料を漁り、小町を呼び付ける。しかし記録の不備はなく、違和感はぬぐえない。後日、映姫は、小町と共に霊夢に会いに行く事に決める。【α】~【β】の歴史
 
 
   同年10月12日午後4時20分⇒霊夢の家を訪れる小町と映姫。映姫は霊夢と軽い雑談を交わしたものの、最後まで違和感を拭いきれなかった。【α】~【β】の歴史  
   
 
 西暦2151年4月19日午後4時35分⇒幻想郷のとある山中で、博麗杏子(215X年の博麗の巫女となる少女)の母親を仙人霊夢が救出し、人里の家へと送り届ける。【W】~【X】【α】~【β】の歴史共通
 
 
 西暦215X年9月20日午後5時00分⇒魔法の森上空で魔理沙と別れ、自宅に帰ったにとり。そこで〝宇宙飛行機を製造しなかったにとり″と出会い、こちらのにとりと融合して一つになった。【V】以降の歴史{第3章、ボイジャー1号破壊、アンナ説得}


(新)同日午後5時45分⇒霧雨の家を訪れ、マリサを呼び出したにとり。自宅へ連れて行き、格納庫が消えたことについて問いただすも、マリサは分からないと答える。その時に、にとりは自分が勘違いしていることに気づき、魔理沙が時間遡航から帰ってきたら、家に呼ぶように、マリサに伝言する。【α】~【β】の歴史
 
 
   同日午後6時~6時30分⇒215X年の幻想郷を見て回って、タイムトラベルが本物だと納得したマリサ。魔理沙と霊夢達の話を聞く事に決める。霊夢達は未来の話をして、マリサに遺書を見せたりなど、自分達の気持ちも交えて魔女になるよう強く勧める。全ての話を聞いたマリサは、魔理沙と二人きりで話すことに。
   そして外に出た二人。悩むマリサを後押しして、マリサは魔女になることを決意する。霊夢達の見送りと別れの言葉を受けて、時間旅行者魔理沙はマリサを連れて200X年9月5日午前9時15分へと戻って行った。【α】へ(旧){第4章、マリサ魔女化}
   
   
   同日午後6時25分(αの歴史)⇒一つ前の歴史(【Z】)で、魔理沙と共にマリサを説得したことを思い出し、霊夢、咲夜、アリス、パチュリーの4人がマリサの家に集まる。そして明日魔理沙が帰って来ることを伝え、再びここに集合することを決めて解散。その話を影で聞いていた八雲紫は、昨日現れた宇宙飛行機について、魔理沙について事情を改めて訊ねると宣言する。
   

【β】西暦215X年9月22日正午⇒150年前にマリサを返し、元の時間に戻った魔理沙を暖かく迎えたのは、仙人になった霊夢、種族的魔法使いになったマリサ、同じくアリス、パチュリー、加えて吸血鬼の咲夜だった。マリサ達から話を聞き、全てが上手くいったことを知り、魔理沙は安心する。そして、この時間でこれからも生きていくことを決意し、魔理沙は博麗神社の宴会に向かって行った。(真エンド)⇒翌日の【γ】へ続く。


【γ】西暦215X年9月23日午前9時⇒今日は何をしようかと迷う魔理沙。そんな時、マリサからにとり、紫、輝夜の伝言を知り、説明するべくにとりの家に彼女らを集め、未来の話(第3章の内容)をする。この時、にとりの宇宙飛行機の有無で紫と揉めたが、互いに別々の歴史での記憶による齟齬であることで決着した。


 西暦216X年⇒ 人類がワープに成功する     
       
      
 西暦2189年⇒第一次殖民計画が行われ、選ばれた10万人が他惑星へと移住を開始する。      


 西暦240X年頃、上白沢慧音、永眠
 
 
【U】西暦300X年6月9日午後0時15分⇒地球は無事に存続。幻想郷(海が誕生した)もしっかりと存続していて、博麗神社で再会した紫は感極まって魔理沙に抱き着いた。
   その後落ち着いた紫と、2つの記憶を持った妹紅、傍観者だった輝夜、綿月姉妹から新たに変化した歴史の説明を受ける。人類は宇宙を開拓し、地球の人口が減ったことで幻想郷は目立たなくなり、住みやすい世界になった。地球滅亡の前兆や幻想郷の滅びの予兆もなくなったので、魔理沙とにとりは安心して元の時代(西暦215X年9月20日午後5時)へと帰ることにした。【V】へ 。{第4章、霊夢仙人化。マリサ魔女化}の影響で一部改変有り。↓参照 


   同日午後0時15分以降⇒第4章で霊夢仙人化とマリサの魔女化の歴史改変が起きたことで、魔理沙とにとりが、妹紅、紫、綿月姉妹と話すシーンは無くなってしまったが、↑の歴史は変化なし。当代の博麗の巫女が、霊夢と魔理沙が人里を仲良く歩いている姿を見かけている。
   
      

          ――――――――――


時の回廊での出来事


 時の回廊での出来事。
 
 1度目(1章の最期で霊夢を助けた時)魔理沙が明確に未来を変えたことによる、暗示。
 
 
 2回目(魔理沙が初めて妹紅を連れて西暦250X年に時間移動した時) ⇒魔理沙の無意識化の出来事で、彼女自身は感知せず。 妹紅と一緒に過去へさかのぼったことによる、新たな可能性が生まれたことの暗示。
 
 
 3度目(初めて宇宙飛行機を使って時間移動した時) ⇒時の回廊の真の姿が開かれる予兆のような話。ここで時の女神初登場
 
 4度目【O】の続き。(39億年前から初めて200X年に戻る時) 世界に絶望していた魔理沙に時の女神咲夜が登場し、魔理沙に時間の真実を伝える。並行世界ではなく、歴史が上書きされていたと知った魔理沙の心は晴れ、時空改変に前向きな気持ちになることが出来た。そして時間の辻褄(宇宙飛行機の設計図入手の因果)を合わせるために、200X年から急遽215X年に進路変更。
 
 
 5度目【T~U】の間。(地球存続の条件を立てた時)時間移動の途中、時の回廊において、歴史改変の影響による因果の消失で存在が統合しようとしている妹紅に、これまでの感謝の気持ちと別れを告げる。
 
 
 6度目【U~V】の間(未来の幻想郷を救う目的を達成した時)時の女神は今後の魔理沙の行動を予知するような発言をし、魔理沙のことを大いに労った。
 
 7度目【W~Xの間】(【W】の歴史で、西暦200X年9月4日の夜にて。魔理沙不在。時の女神咲夜のみ)魔理沙の歴史改変による変化を観測する。このことを魔理沙は知らない。


 8度目【Y】(魔理沙がマリサを助けに過去へ遡る時)マリサの歴史を見ていた女神咲夜は、魔理沙の身を案じる。魔理沙は大丈夫だと答え、騒動の種となったタイムトラベルの魔導書を預け、200X年9月4日へと時間遡航する。


 9度目【α~βの間】(魔理沙がマリサの歴史を変えた(魔女にした)時)気づいた時には時の回廊に居た魔理沙。時の回廊が半分消えていた。現れた女神咲夜に事情を聴くと、マリサが魔女になったことで、タイムトラベラー魔理沙の特異点化が消えて、世界の上書きに巻き込まれそうになり、そうならないように全宇宙の時間を止めていたとの事。そして女神咲夜は、自身の力を用いて、マリサと同一化できると言い、魔理沙に選択を迫る。
 魔理沙は悩みに悩んだ末、自分を自分と見てくれる霊夢達、(マリサと古い歴史の私の違いを知った上で私を受け入れてくれる)が居る事、そしてアンナの星へと遊びに行く約束を思い出し、自分は霧雨マリサとは別の霧雨魔理沙として生きることを決意。女神咲夜は了承し、魔理沙が今後二度と消えることのないように特異点化を強めて、魔理沙は改めて西暦215X年9月22日正午へとタイムトラベルして行った。

10度目【γ】(γの歴史で、西暦215X年9月23日)⇒女神咲夜に、大団円に終わったことを報告する魔理沙。ついでに、時間停止中でも止まっていられる秘訣を聞き、再会の約束をして西暦215X年9月23日午後7時に帰る。
 


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番外編
第153話 魔理沙の結末 後編(マリサ同一化ルート)


かねてから予告していた番外編です。
第四章第152話 魔理沙の結末(前編)において、魔理沙が女神咲夜の提案を飲んだ場合の話となります


(まさかこんなことになるとはなあ)

 

 霊夢、映姫、さとり、マリサ、そして今回の咲夜……偶然か必然か、ここのところ大きな選択を迫られるケースが多すぎる。

 とはいえ、そんなことを愚痴るつもりはない。彼女の言う通りしっかり考える必要はあるだろう。

 

(私にとって何が良いか……)

 

『もうタイムトラベル出来なくなる』そのように言い渡されたことについては特に何とも思わない。元々霊夢さえ助け出せればいいと思っていたし、彼女が仙人になって、マリサが魔女になった今の歴史は理想的な世界といえる。歴史の修正力が働こうとしたくらいだ、むしろ一つになるのが自然なのかもしれない。

 では自分の本心はどうなのか?

 

『私はマリサのことを良く思っちゃあいない。霧雨魔理沙は私の筈なのに、なんでアイツの為に肩身の狭い思いをしなきゃいけないのか?』

 

 200X年9月5日、地霊殿のさとりの部屋で、彼女に心の声を読まれた上でマリサについて聞かれた時、そう言い放ったのを思い出す。しかしその後『……それでもな、マリサは私なんだよ。死んだマリサの、悔しさや、後悔が、これ以上にないくらい痛感できるからこそ、何が何でも助けてやりたいんだ』とも答えた。

 あの時は相反する気持ちを抱きつつも、マリサを助けることを選び、行動に移した。

 それからマリサから本心を聞いて、私は霧雨魔理沙として在り続けるマリサに、一方で彼女は時間移動の力を持ち、霊夢の心を奪った〝私″に。互いが互いを嫉妬してると気づき、こんな事を考えていた自分が馬鹿らしくもなった。 

 彼女も私も、歴史は違えど同じ霧雨魔理沙だと認め、分かり合えた。同一化しても抵抗はなく彼女も受け入れてくれるだろうし、その逆もしかり。なるほど、確かにどちらの道を選んでも不思議ではないな。

 

(私はどうしたいのか……駄目だ、考えが纏まらない)

 

 終わりが見えない思考のるつぼにハマり、ひたすら時間だけが過ぎていく。

 春と秋が消えた回廊の外、砂漠の中心に建つ時計塔は、短針と長針が12で固定されたままピクリともしない。背もたれに乗り出すようにして振り返れば、光さえ抜け出せない暗黒の世界が遠くに見える。咲夜は回廊の柱に寄りかかりながら、無表情で封鎖された未来を望んでいた。

 私のためにわざわざ宇宙の時を止めたのだから、軽はずみな気持ちでは決断できない。しかしどちらが私にとって最良の判断なのかも分からない。今までと違って、やり直しのきかない選択なのだ。

 

(このままじゃ埒が明かないな。いい加減すっぱり決めようぜ、私)

 

 発破をかけるように自らに言い聞かせ、私の望みがなんなのか、改めて自問自答していく。

 

(私は……私は……)

 

 全身全霊を傾けて考え続け、とうとう私は結論を出した。

 

(――そうだ。そもそも迷う必要なんかないじゃないか。元を辿れば、私は霊夢さえいれば良かったんだ。しかも〝霧雨魔理沙″になれるなんて、こんな降って湧いたようなチャンス二度とないだろう) 

 

 私は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、咲夜の元まで歩いていく。気配を察したのか、澄ました表情の彼女が此方を向く。

 

「どうやら考えが纏まったみたいね。聞かせて貰えるかしら」

「あぁ。決めたぜ咲夜。私はマリサと一つになる。それが私の望みだ」

「本当にそれで良いのね?」

 

 神妙な顔の咲夜に、私は彼女の目を睨みながらはっきりと頷いた。

 元から私はマリサのことを羨ましく思っていた。霊夢を助けることで、自分が〝霧雨魔理沙″だった歴史は消滅してしまい、新たに生まれたマリサこそが〝霧雨魔理沙″として大勢に認識され、自分(霧雨魔理沙)らしく思う存分振舞っている。

 嫌な言い方ではあるが、マリサが人のまま死ぬ世界であれば、彼女が死んだ後、そのマリサが築き上げた人間関係や立場をかっさらう形で〝霧雨魔理沙″と成る事ができた。しかし、霊夢にマリサの救出を乞われ、彼女の最期に共感し、真の魔法使いになる歴史改変を自らの意思で実行してしまった以上、最早それも叶わない話だ。

 新しい歴史にマリサがいる以上、どうせ帰っても私の居場所はなく、自らのアイデンティティも無いだろう。

 私は霊夢が無事ならそれでいい。一つの歴史に同じ魔理沙は二人も必要ないのだ。 

 

「……貴女の意志、確かに受け取ったわ」

 

 落ち着いた声で咲夜がそう言った瞬間、真っ暗に途切れた回廊は元の姿に戻り、春の美しい満開の桜模様と、秋の風光明媚な紅葉が出現した。

 

「ここに来る前に貴女が指定した時刻、西暦215X年9月22日正午に戻れば、貴女はマリサと一つになるわ。……だけどその前に、やってもらわないといけないことがあるの」

「なんでも言ってくれ」

「西暦250年6月9日午後1時17分に時間遡航して、野犬妖怪に襲われてる金色の髪の少女を助けてきなさい。場所は此方で指定するわ」

「今から1907年前、弥生時代だな? 別に構わないが、なにがあるっていうんだ? それに金髪の少女ってだけじゃ曖昧過ぎだし、もう少し特徴を教えてくれ」

「行けばわかるわ。それに、この時代の日本に金色の髪をした人間は皆無と言っても過言ではないわ。すぐに見つかるでしょう」

「分かったよ」

 

(これが私の最後のタイムトラベルだな)

 

 咲夜から一歩離れた私は、ぎゅっと握りこぶしを作り、宣言する。

 

「タイムジャンプ! 時間は西暦250年6月9日午後1時17分!」

「場所は日本の――」

 

 その際、間髪入れずに咲夜が干渉した場所は、幻想郷が存在する土地に近い地名だった。

 

 

 

(β)

 

 

 

 

「おかえりなさい」

「……ただいま」 

 

 咲夜の指示した通りに金髪の少女を救い出し、アフターケアもこなして時の回廊へ帰還した私を、咲夜は優しく迎えていた。

 

「貴女の活躍見てたわよ。きちんとやってきたみたいね」 

「あ、あぁ……」

 

 ニコニコしている咲夜に対し、私は後ろ髪を引かれる思いのまま、右手の平を見つめる。

 

『行かないでおねえちゃん……! お願いだから、もっとわたしのそばにいて!』

 

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになりながら、懸命に掴んでいた少女の温もりが今も残っていた。

 彼女はあの時代でちゃんと生きていけるのだろうか。もっと付き添ってあげれば良かったのではないか――そんな迷いが私を苛む。

 だが、私と彼女とでは住む時代が違う。多少の恨みを買ってでも強引に戻らなければ、もっと別れが辛くなっていた。

 

「大丈夫よ。貴女がしたことは決して無駄なことじゃないわ」

「だといいんだがな……」

 

 顔に出ていたのか、気休めのような言葉を口にする咲夜だったが、私の心には暗い雲が垂れ込めていた。

 まさか邪馬台国があった時代にこんな出来事があったとは想像も付かなかった。彼女は未来で私のことを覚えてくれているのだろうか? もしそうなら、どんな顔をして会えばいいんだろう。

 気づけば私は、愚痴にも近い言葉が飛び出していた。 

 

「なあ咲夜。本当に私が彼女を助ける必要性はあったのか? 私が干渉しなくても、未来は変わらなかったんじゃないのか?」

 

 咲夜は一拍遅れてから答えた。

 

「……実を言うとね、貴女の主観から見てそう遠くない未来、全く関係のない因果によって発生するかもしれない出来事だったのよ」

「なんだと?」

「だけどね、貴女がタイムトラベルを捨てる道を選んだことで、事象の変動は収束し、歴史は完全に固定された。世界のため、そして過去の貴女の為に辻褄を合わさせてもらったわ」

 

 自らの台本通りと言わんばかりに語って行く咲夜。彼女は最後にこう言った。

 

「後は貴女が西暦215X年9月22日正午に戻れば全て終わり。もうここで貴女と会う事もないでしょう」

「そうか……今まで世話になったな咲夜」

「幻想郷の〝私″によろしくね」

「あぁ」

 

 あっさりとしたやり取りに見えるが、私達の関係にドラマチックな別れは必要ない。私は彼女の姿を目に焼き付けた後、宣言する。

 

「タイムジャンプ! 時間は西暦215X年9月22日正午!」

 

 直後、景色は暗転し、穴の中に落ちていくような自由落下と共に、体が溶けていくような感覚が生じた。

 

(ひょっとしたら、これが死ぬって感覚なのかな)

 

 そんなことを思いつつ、私は流れに身を任せていった。

 

 

 

 

 西暦215X年9月22日午前11時58分

 

 

 ――side マリサ――

 

 

 天高く昇る太陽に澄み切った空気、暑すぎず寒すぎず、弾幕ごっこをするには絶好の日に、私は自宅の前の空き地に立っていた。

 

「正午まであと二分ね」

 

 右手で日傘を差した咲夜は、左手の懐中時計に視線を落としたまま、淡々と現在時刻を知らせる。

 いつものように澄ました顔をしているが、あまり他人に興味なく、なにかと多忙な咲夜が、吸血鬼の天敵とも言えるこの時間に集まるくらいだ。かなり心待ちにしているに違いない。

 

「もうすぐね。この時をどれだけ待ちわびたか……」

 

 隣からは声が上ずり、もう既に感極まっている様子の霊夢が立っている。普段は地味な着物を使いまわしてるくせに、今日に限って目いっぱいのおめかしをしちゃって、もし相手が男だったら非常に複雑な気分だぜ。

 

「魔理沙も楽しみだけど、幻とも言われるタイムトラベルの瞬間をこの目で拝めるなんて、楽しみだわ」

 

 咲夜と相合傘をしているパチュリーは、立つ――というより、かかとを地面から僅かに浮かせ、魔力で器用に体を支えた状態で心待ちにしている。

 

「魔理沙……」

 

 そして両肩に上海人形と蓬莱人形を乗せたアリスは、祈るような思いで地面を見据えていた。

 生まれも育ちも、種族すらもバラバラな私達五人が集まった理由はただ一つ。150年前から今日この日に時間移動してくるもう一人の私を迎える為だ。

 

(長かったな……。アイツが帰ってきたら何から語ろうか。ふふ)

 

 各々が様々な心中を抱いていき、遂に約束の時間になった時、私の身に異変が生じた。

 

「ぐっ、これは……!」 

 

 立っていられないほどの強烈な眩暈。ドロドロに溶かした鉄を頭に注がれているような不快感。

 この体験は100年前、古い歴史の〝私″の記憶が蘇った時の感覚に似ているが、その時とは比べ物にならない程の気持ち悪さ。

 

「うっ……!!」

 

 恥とか外聞とかおかまいなしに、私は倒れてしまった。

 

「えっ!?」 

「マリサ、マリサ! しっかりして!」

「だ、大丈夫?」

「マリサー!」

 

 心配そうに体を揺する霊夢の声や、慌てふためく皆の声がどんどんと遠くなって行き、私の意識はここでプツリと途切れた。

 

 

 

 

「……い。お……い……」

 

(ん……)

 

 心地よいまどろみの中、私は薄らと目を開く。

 

(ここは……)

 

 眼前に広がっていたのは、まるで海の中にいるような、一面真っ青で、天も地もない曖昧な景色。全身が不思議な浮遊感に包まれ、この変な世界と一体化しているのではないか、とすら錯覚する。 

 

(私は確か魔理沙を待っていて……、くそっ、一体どうなってるんだ。この気怠さ、夢の中にいるみたいな……)

 

「目を覚ましたみたいだな」

 

(!)

 

 何もない無から〝私″の声が聞こえたかと思うと、目の前の空間の一部に穴が開く。

 

「よう、〝マリサ″」

 

(!?)

 

 中から出て来た人物は、なんと〝私″だった。

 彼女は何故か一糸纏わぬ姿で現れ、その全身がボディーラインに沿って光輝いていた。私には自分の肉体を見て喜ぶような趣味はないというのに。

 

(お前は誰なんだ? それにここはどこだ?)

 

「私は西暦200X年9月5日にお前と別れた、タイムトラベラーの霧雨魔理沙だ。そしてここはお前の心の世界。私は今、お前の深層意識に語りかけている」

 

(なんだって?)

 

「実はな、私はお前が真の魔法使いになるように歴史改変をした時、時の回廊の咲夜から提案されてな、考えた末に、お前と同一化することを決めた」

 

(は!? 全く意味が分からないぞ!)

 

「なあに、すぐにわかるさ。この世に霧雨魔理沙は一人でいいんだ。これからよろしく頼むぜ」

 

 そう言った途端、〝魔理沙″が私の胸に飛び込んだ。一瞬身構えてしまったが特に異常はなく、彼女はコーヒーのミルクのように溶けていく。

 

(魔理沙が私の中に……!)

 

 驚く間もなく、脳内に記憶が流れ込んできた。

 

『……クソッ! なんでだ! なんで自殺なんかしたんだよ霊夢ぅ……!』

『もしこの魔法が使えたのなら、あの日に戻って霊夢の死を回避するんだ。今まで塞ぎこんでいた私に見えた唯一の希望の光なんだ。――だから時間移動を私の研究対象にしたいんだ』

『やった、ついにタイムジャンプ魔法が完成したぜ!』

『まさか人の夢の中に入って来る妖怪がいるなんてね。迂闊だったわ。今回は魔理沙のおかげで無事解決できたわ。もし私だけだったらどうなっていたことか……。ありがとうね!』

『私の知ってる〝魔理沙″はね、今からちょうど100年前に天寿を全うしたわ。まるで霊夢の後を追うように亡くなってしまったから、たった一年で立て続けに2人もの友人を失ってしまって、あの頃はとても悲嘆していたわ』

『私はね、咲夜の身をもっと案じてあげればよかったと、死んでからずっと後悔してたの。だからお願い! 一度、一度でいいから咲夜に会って謝りたいの!』 

『貴女が未来のお嬢様から預かって来た手紙……、それの返事を一昨日お嬢様に伝えたの。『私はお嬢様に仕えることが出来て幸せでした。ですからもう、私の事で苦しまないで未来を生きてください』とね』

『ありがとう。きっと手紙を送った〝私″も、報われている筈よ』

『ここが西暦300X年だって!? なんてこった……!』

『うふふ、見ての通りよ。幻想郷は壊れちゃった。妖怪も、人も、あらゆる生物は全て死に絶えて、後に残されたのは私だけ。アハハハハハッ、惨めでしょう?』

『ねえ、魔理沙。お願いがあるの! 今から500年前の5月27日に戻ってその時の私にこう言ってほしいのよ! 『A-10とNH-43の部分を修復するように』って! それだけで昔の私ならすぐピンと来るわ!』

『私は500年後の300X年5月6日から来た。そして未来のお前に『A-10とNH-43の部分を修復するように』と伝えるよう頼まれたんだ』

『結論から言いましょうか。幻想郷は200年前に完全に滅びてしまったんだ。……外の世界の人間達によってね』

『だから、魔理沙には〝非常識″を解明したこの憎い研究所を潰して欲しいわ! こいつらさえいなければ、私の能力でどうとでもなったのよ!』

『潰しても潰してもまた別の研究所が現れて、幻想郷が滅亡する未来へと収束してしまう……もしかして、滅亡は運命なのか?』

『つまりだ。月に行って人間達の邪魔をしないように月の民を説得するって作戦はどうだ?』

『これぞ宇宙飛行機! なんと、これさえあれば月にだって行けちゃうよ!』

『結論から言いましょう。原初の石をある程度――そうねぇ、10㎏くらい持って来てくれれば、地上への干渉を止めるわ』

『魔理沙さんと出会うことがなければ、きっとあたしはこの星で朽ち果てていたことでしょう。無限に続く時間の中、ここでこうして出会えた運命に感謝します』

『まず私の正体なんだけどね、私は時間の概念の象徴――ざっくり言ってしまえば神に近い存在なのよ』

『この宇宙には〝並行世界、多次元宇宙といった存在はないの″。宇宙は一つ、時間軸は過去から未来へと常に繋がっているわ』

『ええ、充分よ。約束通り、地上の民達への妨害は止めましょう』

『さっきからずっと探してるんだけど、地球が見つからないんだよ』

『今から840年前の西暦216X年11月11日、地球に侵略してきた敵性宇宙人との宇宙戦争に敗北し、彼らが用いた対星破壊兵器によって地球は滅亡。幻想郷及び全ての生物が死に絶えてしまいました』

『過去を変えるターニングポイントはアンナの口封じ、ボイジャー1号の破壊なので、魔理沙にはこの二つを遂行して欲しいのです』

『これが人類初の太陽系外探査の結末か。あっさりとした幕引きだな』

『あたしが良かれと思ってしたことが、遠い未来にこの星の滅亡のきっかけを作り出してしまうのであれば、今日の出来事は内緒にすると約束しますね。ご迷惑をお掛けしてごめんなさい』

『良くやってくれたわ魔理沙! こうして幻想郷が復活したのも全てあなたのおかげよ! 本当にありがとう!』

『私は霊夢の自殺を防ぐその一心で過去へ遡り、無事に歴史を変えることができた。……けど本心はそれだけじゃなくて、霊夢ともっと一緒に過ごす時間が欲しかったんだ』

『今日は何しに来たのよ? 新しいスペルカードを開発する、とかでしばらく自宅に籠るんじゃなかったの?』

『本当のことを教えて魔理沙。あの時なにがあったの? 私は真実を知りたいの』

『魔理沙、私も150年後に連れて行って。例え歴史が違っても魔理沙は魔理沙なのよ。私はあなたの支えになりたいの』

『霊夢、何も今が別れの時じゃないんだ。150年後にまた会おう。その時になったら、私と一緒の時間を過ごしてくれないか?』

『あぁ、この声、この匂い、この感触。やっと本物の魔理沙に会えたわ……! 貴女がいない日常がこんなに寂しいものだとは思わなかった……!』

『結論から言うとね、マリサはもうこの世に居ないわ。今からちょうど100年前の205X年1月30日に亡くなったの』

『お願い、どんな形でも良いから過去のマリサを救ってあげて。こんなことを貴女にお願いするのはとても残酷なことだけど、私はどうしても過去のマリサを助けたい。この事態を招いてしまったのは私の責任だから……』

『……確かにお前の主張にも理があるのは認めよう。だがな、私は自身に降りかかった不幸な結末を認められなかったから過去を変えたんだ。誰だって『あの時ああすれば良かった』と過去を悔やむことがあるだろう? 私はその選択をやり直す力を得て、手の届く範囲内で幸福な結末を探っているに過ぎない』

『私は150年後から来た霧雨魔理沙だ。……悪かったよ、まさかお前がそこまでショックを受けてるとは思わなくてな』

『消えろ、偽物め! 誰だか知らんが、このマリサ様に化けた事を後悔させてやる!』

『理解できませんね、それは貴女の本意ではない筈。マリサを助けるということは、貴女が〝貴女(魔理沙)″として見られなくなるのと同じ意味になるんですよ? 分かってます?』

『……それでもな、マリサは私なんだよ。死んだマリサの、悔しさや、後悔が、これ以上にないくらい痛感できるからこそ、何が何でも助けてやりたいんだ』

『貴女の『百聞は一見に如かず』という発想は間違ってはいないでしょう。言っても聞かない頑固な人には、逃れようのない現実を見せてあげればいい』

『今日は西暦215X年9月21日。お前がいた時代から150年経っている。そこまで信じられないんだったら、この時代の幻想郷を見て来いよ』

『……あの頃の私はね、きっと優越感を抱いていたんだわ。霊夢の知らない秘密を自分だけ知って良い気持ちになって、マリサは私が居なきゃ駄目なんだって思い込んじゃって、甲斐甲斐しく世話を焼く自分に酔っていたの。彼女の苦悩なんてまるで考えていなかった』

『人間なのに、異変を起こした妖怪や神に恐れず立ち向かっていくその勇気、果てしない向上心と飽くなき好奇心。若かりし頃のマリサは、パチュリー様に限らず、お嬢様も一目置く存在だったわ。私の知る人間のマリサは残念なことになってしまったけど、そうではない道を歩んだ魔理沙がいる。貴女にはお嬢様のことでもお世話になった訳だし、会わない理由がないわ』

『今のまま年を重ねていけば間違いなく後悔する羽目になる。だからマリサ、考えを変えるつもりはないか? これはな、人生をやり直す機会を願った未来のお前の遺志なんだ。ここに居る奴らも皆それを望んでいる』

『きっと未来の私は変化を恐れていたんだろうな。いつまでも同じような日が続くことを信じて、大きな決断を下す事から逃げ出してしまった。大親友の霊夢にすら心の内を明かさなかった、見栄っ張りで、強がりで、負けず嫌いな弱い私。……決めたよ。本当の魔法使いになる。それで昨日のことを霊夢に謝って来るよ』

『ここからの観測で貴女が元の時間に戻った際、貴女自身が世界の上書きに巻き込まれ、消滅する可能性が視えたわ。だから私の権限で貴女を時の回廊に留め、一時的に未来を封鎖しているのよ』

『もし貴女が望むのなら、西暦300X年の妹紅みたく〝新しい歴史の霧雨マリサと同一化″できるわ』

『決めたぜ咲夜。私はマリサと一つになる。それが私の望みだ』

『行かないでおねえちゃん……! お願いだから、もっとわたしのそばにいて!』

『私はお前が真の魔法使いになるように歴史改変をした時、お前と同一化することを決めた。この世に霧雨魔理沙は一人でいいんだ。よろしく頼むぜ』

 

 博麗神社から、果ては宇宙に至るまで、場所も、時間さえもバラバラな瞬間瞬間が、走馬灯のように駆け抜けていく。

 

(これが魔理沙の……私の記憶)

 

 幻想郷から殆ど出ず、霊夢達と楽しく過ごしてきた私と違い、非常に波乱万丈な人生を送ってきたみたいだが、彼女の行動趣旨は一貫して霊夢の為にあった。心の底から霊夢を大切にしていたんだ。

 私は彼女の全てを受け止めようと、目をそらさず、じっと記憶を、思いを吸収し続けていく。彼女の辿った軌跡を追体験するかのように。

 

(……!)

 

 永劫のような長い時間の果て、遂に魔理沙との融合が完了し、真に一つとなった私が真っ先に抱いた感情はこうだった。

 

(どうしてこんな選択をしたんだ、魔理沙)

 

 過去、現在、未来、彼女は色んな時間で多くの人々と絆を結び、支えられてきた。(マリサ)に限らず、霊夢やアリス達だってお前と会うのを楽しみにしていたのに、何故自分を捨ててしまったのか?

 いや、こんなことを聞かなくとも、彼女の葛藤や、決断に至った経緯も今なら全て分かってしまう。魔理沙は(マリサ)のことを気遣ったんだ。(マリサ)が居たからこそ、アイツは……

 

(クソッ)

 

 やるせない怒りが私を無力感で包み込む。こんなことになるんだったら、150年前に別れた時もっと強く言ってやるんだった。

 

「……リサ。マ……サ」

 

 世界を震わせる霊夢の声。ああ、そうか。これは夢だったんだっけ。

 私は天に向かって精いっぱい手を伸ばしていった――。

 

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ました瞬間に見えたのは、見慣れた天井。背中を優しく包み込むこの感覚から、自宅のベッドの上で眠っていたのだろう。

 

(なんだろう、何かとても長い夢を見ていた気がする)

 

「マリサ!」

 

 上半身だけ体を起こし、声のした方へ振り向く。傍に居たのは霊夢だった。

 

「れ、霊夢?」

「良かった……! もう、心配したんだからね!」

「私は一体……」

「今日の正午に過去から魔理沙が来る約束だったでしょ? 私達と一緒に予定の時間まで待ってたら、突然倒れちゃったのよ?」

「ああ……そう言えば、そうだったな」

「結局約束の時間に魔理沙も来なかったし、どうしちゃったのかな……」

「そのことなんだけどさ、実はな――」

 

 しょんぼりとしている霊夢に、私は先程夢の中で起きた出来事を話していった。

 

「噓……!? それじゃあ、別の歴史の魔理沙はもう居なくなっちゃったの?」

「ああ。私と一緒になっている」

「そんな……」

 

 この世の終わりのような顔で、一筋の涙を流す霊夢。

 

「な、なんで泣くんだよ霊夢!?」

「だって、だって、そんなのあんまりじゃない……。世界に認められなかったから、自分を消しちゃうなんて……! そんなことしなくたって、私は魔理沙の事をちゃんと見ていたのに! どうして自分を大切にしないのよ……!」

「タイムトラベラーの魔理沙は死んだわけじゃない。私と同一化したんだ。ちゃんと彼女の記録も、私の中にしっかり残っている」

「そんなこと言われたって、彼女の存在が消えてしまった以上死んだも同然よ! グスッ、そんな簡単に割り切れない……! せめて一言相談してくれればよかったのに! 私のことを信じてくれなかったのね!」

「……ごめんよ、霊夢」

 

 泣きわめく霊夢に、私はただただ謝ることしかできなかった。

 

「グスッ、もう二度とこんなことしないでね? 貴女が居ないと寂しいわ」

「もちろんだ」

 

 そして霊夢を抱き寄せた私は、彼女の耳元でささやくようにこう言った。

 

「霊夢、もう一人の私の分も含めて、改めてよろしく頼むよ。それがアイツの望みでもあるからさ」

「……そうね。彼女に申し訳がたたないもの、二人で新しい思い出を作って行きましょう」

 

 私達はしばらく抱き合ったまま、消えてしまった魔理沙の分まで生きていくことを誓いあった――。




ありがとうございました。
今回の結末はトゥルーエンドにするかギリギリまで迷った話でした。


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第五章 時間移動
第168話 依頼


番外編の高評価ありがとうございます。
精魂込めた話だったので非常にうれしいです


この回から第五章に入ります。


 西暦215X年9月30日。あれから一週間が経過した。

 マリサとの暮らしにも慣れてきて、彼女の研究を手伝ったり、霊夢やアリスとお喋りしたりと、時間移動もせずにごくごく平和な日々が過ぎていた。

 ちなみに、時の回廊の咲夜と別れた翌日、紅魔館に行ってこっちの咲夜に事情を話し、時間停止中でも止まっていられるよう意識を変化したところ、本当に止まっていたらしく、つついたり触ったりしても何の反応もなかった、とこっちの咲夜は証言していた。これで咲夜と私で生活のペースがかき乱されることもないだろう。

 

「はぁ~暇だな」

 

 今の時刻は午前10時。どんよりとした雲が垂れ込み、秋風を感じる肌寒い日のこと。私は自宅のリビングでソファーにダラリと寝転がり、大きくため息を吐いた。

 というのも、マリサは早朝から行先も告げずにどこかへ出かけてしまい、霊夢は博麗の者としてどうしても外せない用事があるらしく、昨日から人里で仕事をしている。

 はてさて、今日は何をしようかなと思いめぐらせていると、玄関から優しいノックが響く。

 

「ん、客か。今出るぜ~!」

 

 私はのっそりと起き上がり、扉を開ける。玄関先には見知らぬ少女が立っていた。

 

「こんにちはマリサ」

 

 フレンドリーに話す彼女は、年と背丈は私と同じくらい、うなじくらいで切りそろえられた紫色のおかっぱ頭に、山茶花の髪飾りを付け、藤花模様の藍色の着物。白い足袋に木色の下駄を履いていた。

 

「時間旅行者の魔理沙がここにいるって聞いて来たんだけど」

「私に何か用か?」

「へぇ、あんたが? ふ~ん、髪型以外はそっくりね」

 

 値踏みするような視線に不快感を覚えながらも、私は平静で話し続ける。

 

「良く言われるよ。で、私に何の用だ? というか、お前は誰なんだ」

「あら、時間旅行者の魔理沙は私と面識がなかったのね。失礼したわ」不信感を露わにしても、気取った態度を崩さない彼女は「私は稗田阿音(ひえだのあと)阿音(あと)で構わないわ」と自己紹介した。

「稗田……? ってことは、お前は阿求の子孫なのか?」

「ええ、私は十代目阿礼乙女(あれおとめ)。ま、正確には先祖でもあるし私でもあるんだけど」

「ほう……」

 

 人里でもかなりの名家である稗田家、その一族の中に御阿礼の子(みあれのこ)と呼ばれる特殊な魂の人間が存在する。

 元は古事記の編纂に携わったとも言われる稗田阿礼なる人物だったらしいが、おおよそ100年に一度稗田の家系に転生し、常人より短い寿命の中、その時代に合わせた幻想郷縁起を生涯掛けて編纂する事を、何度も繰り返しており、目の前の彼女がその末裔のようだ。

 先程私が挙げた稗田阿求(ひえだのあきゅう)という少女は、200X年頃に存命だった九代目の御阿礼の子だった。まさかこの時代に彼女が居たとはな。

 

「なんか阿求とは見た目は似てるけど、少し口調が強いんだな」

「前世の私を知ってる妖怪に初めて会った時、皆似たようなことを言うのよね。そんなに違う?」

「ああ、少なくとも阿求よりは気が強そうだ」

「はぁ、別にそんなつもりはないんだけど、まあいっか。それより、そろそろ本題に入らせてもらうわ」

 

 彼女はここで一度タメを作り、私の目を見ながらこう言った。

 

「単刀直入に言うわ。時間旅行者のあんたに、幻想郷縁起の資料集めを依頼したいの」

「……中で詳しく聞こうか」

 

 私は阿音を自宅の中に招き入れ、互いに向き合うようにソファーに座った。 

 

「知っての通り、幻想郷縁起とは元々、妖怪に対抗する手段に乏しい人間が、妖怪の弱点や対策法などの知識を広めるために作成したもので、当時の人にとってはとても貴重な文献だったわ」

「だけど、時が進むに連れて幻想郷が外の世界と結界で隔てられるようになり、阿求の時代になって博麗霊夢が提唱した命名決闘法案――俗に言う弾幕ごっこが広く普及した今、大昔のような人と妖怪の殺し合いは殆ど起こらなくなった。ルールさえ守れば平和に暮らせる時代になった今、幻想郷縁起はさほど重要ではなくなってきてるの」

「ふむふむ」

「そこで今世代の幻想郷縁起は、阿求の頃の流れを汲んで、妖怪対策本としての基本を崩さず、エンタメ性を重視した内容にしようと思っているわ」

「エンタメ性ねぇ、それが私とどんな関係があるんだ?」

「ズバリ、妖怪達のヒストリア、それを作れば大きな注目を浴びると思うのよ。その第一弾として、幻想郷の賢者で、創始者の八雲紫のルーツを探って欲しいの」

「紫を?」

「今も謎多きミステリアスな彼女が、何故幻想郷を創ろうと思ったのか、そして幻想郷を創る以前は何をしていたのか興味ない? 幻想郷縁起によれば1300年以上前には確かに存在していたらしいんだけど、それ以前のことがさっぱり分からなくてねー。噂では2000年近く生きてるらしいんだけど、本人に直接聞いても答えてくれないし」

(聞きに行ったのか)

「もちろんタダでとは言わないわ。ちゃんと相応のお礼も考えてるし、この依頼請けてくれる?」

「お断りだ」

 

 即答すると、彼女は不機嫌になりながらこう言った。

 

「む、魔理沙なら乗ってくれると思ったんだけど、何が気に入らないの?」

「あのなぁ、簡単に言ってくれるが、歴史の観測ってのは難しいんだぞ? 仮に60歳で死んだ人の生涯を追うとして、そいつの歴史を全てチェックするのに60年かかるんだぜ? ましてや紫は妖怪だし、100年、200年じゃ済まないだろ。そんな気の長いことできるか」

「う、言われてみれば……」

「何より、本人が過去を知られたくないと思っているのに、私がそれを暴くような真似はできないよ。ついでにこの際言っておくけどな、私は余程の事がない限り時間移動するつもりはないぜ」

 

 きっぱりとそう言い切ると、阿音は考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

「……ごもっともな話ね、分かった、別の企画を考える事にするわ」

「ああ、そうした方がいいぜ」

「今日の所は失礼するわ」

 

 立ち上がり、帰ろうとする阿音を玄関先まで見送っていく。

 

「なんかあんたのこと、少しだけ分かった気がするわ」

「それはどうも」

「いずれ発刊する幻想郷縁起、楽しみにしててね」

 

 阿音は軽く手を振った後、森の中に消えていった。




文字数少なくてすみません
次回投稿日は9月16日です


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第169話 メモリースティックの正体

(『幻想郷の賢者で、創始者の八雲紫のルーツを探って欲しい』ねぇ)

 

 リビングに戻った私は、ソファーに背を預けたまま、先程の阿音の話を思い返していた。

 いずれ、私のタイムトラベルを利用しようと近づいてくる人間が現れる、と予想していたが、見事に的中してしまった。

 この歴史、この時代でマリサ達と生きていくと決めた以上仕方のないことだが、実力行使に踏みきるような危険な輩が来ないことを祈るばかりだ。

 

(タイムトラベルといえば、アンナから貰ったメモリースティックをまだ見てなかったな)

 

 ポケットの中をまさぐり、指先に当たる硬い感触のものをつまみ、顔の前まで持っていく。

 私の指より薄く、手のひらに収まる程度のコンパクトなメモリースティックは、薄紅色に塗られ、中心に豆粒くらいの小さな半円形のレンズが埋められていた。

 

(どうやって開けるんだ?)

 

 じっくり観察していると、底面に埋め込まれた丸ボタンを発見する。

 

(ひょっとしてここを押せばいいのかな)

 

 思い切って押してみると、レンズから上方に光が拡散し、辺り一帯に現実と遜色ないくらい鮮明な立体映像が投影された。

 

「お~こうなるのか。とりあえず……」

 

 メモリースティックをテーブルに置いた後、カーテンを閉め、灯りを消してから座る。その甲斐もあって、全貌が見えて来た。

 映像の中心には、無数の星々で瞬く真っ暗な宇宙空間の中、土星のような半透明の輪っかがくっついた惑星が映し出されていた。恐らく、これがアンナの住むアプト星なんだろう。

 アプト星そのものは透明な膜に覆われ、表面は湾曲で不均等な形をした三つの大陸と、エメラルドグリーンの海が見え、地形はまるで違うが、星の雰囲気が宇宙から見た時の地球と非常によく似ている。

 映像の上部には、背景が半分透けて見える正方形の枠で囲まれた部分に、発光した日本語文章がつらつらと記され、内容から察するに、その星におけるアンナの住所とルートが記載されているようだ。

 左下の隅っこの方には、同じく半透明で区切られた長方形の枠内左欄に、小さく切り取られた私の顔写真が載せられ、下部の罫線に名前とゲストID№0001、B.C.3899999999/08/17以降と記されていることは分かったが、右欄の罫線に書かれた事項は理解できなかった。

 

(ふ~む、取り敢えずにとりにも見せておくか)

 

 私はスイッチを切り、メモリースティックを持って家を飛び出していった。

 

 

 

 五分後、何事もなくにとりの家上空まで飛んできた私。約一週間前に来た時に比べ、駐機中の宇宙飛行機にはテントのように布が被せられ、隣の敷地には土台が出来上がっていた。

 

(早いなぁ。もうこんなに作業が進んでいるのか)

 

 感心しながら家の前にゆっくりと降下し、玄関を叩こうと思った時、聞き覚えのあるクラシック音楽が耳に入ってきた。 

 

(誰がかけてるんだ? にとりか?)

 

 宇宙飛行機から聞こえてくるクラシック音楽の元へ歩いていくと、巨大な機体の影に隠れるように胡坐をかくにとりを発見。彼女は油汚れが染みついた作業着姿で、鉄の箱のようなものを弄っていた。

 そして肝心のクラシック音楽については、にとりの傍に置かれた、黒いラジカセから聞こえてきているようだ。

 

「よう、調子はどうだ?」

「んーぼちぼちかな」

「少し話したいことがあるんだが、今時間いいか?」

「いいよー」

 

 私が隣に座ると、にとりはラジカセを止め、抱えていた箱を脇に置いた。

 

「それで話って?」

「39億年前の地球で交わしたアンナとの約束、覚えてるか?」

「うん。私の星に遊びに来て欲しいって言ってたよね」

「未来の幻想郷も元通りになって、私の用事も済んだ今、そろそろ会いに行きたいと思ったんだ」

 

 私はポッケからメモリースティックを取り出し、ボタンを押して空中に投影すると、にとりの目の色が明らかに変わった。

 

「わぁ、なにこれ!」

「あの時に貰ったメモリースティックの中身だ。アンナはアプト星の地図だって話していたけど、私にはいまいち読み方が分からなくてな」 

「へぇ~これがアンナちゃんのいる星なんだ。綺麗だなあ」

 

 にとりは関心した様子で、投影された映像と付属する文章を読んでいく。

 

「なるほど、大体わかったよ。このメモリースティックの中にはプロッチェン銀河全体の地図が入っていて、今表示されている座標がアプト星みたいだ」

 

 そう言ってにとりは、アプト星の大陸部分に指先を伸ばす。すると画面が一瞬で切り替わり、凸凹とした建物が軒を連ねる灰色の町を、真上から見下ろす形に変化した。

 

「お、どうやったんだ?」

「このデバイスの映像は、直接触って操作できるんだよ」

「ほぅ」

 

 得意げに語りながら、にとりはどんどんと映像を地表近くにズームしていき、建物一つ一つがはっきり分かるくらいの距離で停止する。

 エメラルドグリーンの沿岸沿いに位置するこの町は、自然あふれる幻想郷とは対照的に緑が殆どなく、血管のように町の隅々まで伸びた石の道路沿いに、幅も高さも異なる高層ビル群が隙間なく建ち並び、300X年で見た外の世界のような印象を受ける。

 他にも、内陸へと繋がる線路が一か所に集中している地点や、広大な敷地に宇宙船がズラリと並んでいる場所もあり、相当数のアプト星人がこの町に住んでいるようだ。

 そんな感想を抱いてる間にも、にとりは映像を操作していき、八車線道路沿いの陸橋近くにそびえ立つ、細長く角ばった高層建築物の前で停止する。

 外壁面はシンメトリーな格子状となっていて、格子の間部分は大きく窪み、柵が設けられている。その柵の向こう側には細長いスペースと、室内に続くガラス戸が嵌め込まれていた。

 ちなみにこの建物に限らず、周りの建物全てが似たような外観であり、幻想郷ではあり得ない統一性に、私は不気味さを感じていた。

 

「ふむふむ、アンナちゃんのマンションはここにあるのか。ステーションからも割と近いし、すごい大都会に住んでるんだねえ」

「ここ何階なんだ?」

 

 現在覗いているベランダ部分は、下の道路がミニチュアサイズに見えてしまう程の高さだった。

 

「住所見る限りだと32階みたいだね」

「32階!? そんな高い所に良く住む気になるなぁ」

 

 高い所は嫌いではないが、そこで暮らしてみたいかと問われると私は首を横に振るだろう。

 

「ここからアプト星までのオートナビゲーションシステムに加えて、地球で言うパスポートに相当するものや、あっちの星で使える電子通貨も入ってるみたいだし、アンナは本気で私達を招待するつもりみたいだね。こんなの見せられたら俄然興味が出て来たよ。だけど……」

「なにか問題があるのか?」 

「先週も話したけど、1億光年先まで飛ぶための燃料がないんだよ。残念だけど、今のままじゃどうあがいても無理だね」

「う~む……」

 

 少し考えた後、私は妙案を思いついた。

 

「ならさ、西暦300X年の月の都で燃料補給するのはどうだ? 整備する時間も省けて一石二鳥だろ」

「それいいね!」勢いよく立ち上がったにとりは「よし、そうと決まったらすぐに準備しないと。先に乗ってて!」と言って、自宅へ駆けて行った。

「『先に乗ってて』って言われてもな」

 

 私は宇宙飛行機に掛けられていた布を取り外して畳み、空が見えるようになったところで、改めて中へ入る。

 

(え~と確かコックピットは左の扉だったな)

 

 記憶を辿りながら扉を開けば、計器やスイッチ類が所狭しと並ぶ景色。私は副操縦席の後ろに座り、窓の外に映る妖怪の山をぼんやりと眺めながら、にとりの到着を待った。

 

「お待たせお待たせ」

 

 しばらく後、いつもの水色の服に着替え、取っ手が付いた青色の鉄箱を両腕にぶら下げたにとりが戻って来た。

 彼女は荷物を後ろの空席に置いてから操縦席に座り、コックピットのスイッチを慣れた手つきで入れていく。やがて機体が僅かに揺れ始め、天井のモニターが点灯した。

 

「出発の準備ができたよ」

「よし、一度宇宙に出てから300X年にタイムジャンプするぞ」

「了解。……そうだ。妹紅はどうするの? 『もし行くんだったらその時は私も誘ってくれよな』って言ってたじゃん?」

「発てる目途がついてから改めて呼びにいくつもりだ。まだ行けるかどうか分からないし」

「それもそっか」

 

 にとりが操縦桿を動かし、宇宙飛行機を静かに浮かせたかと思えば、曇天の空に向けて発進させる。

 雲を突き抜け、大気圏を突破し、あっという間に宇宙に飛び出した後、指定した時刻へタイムジャンプした。




次回投稿日は9月21日です


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第170話 西暦300X年の月の都

 未来の妹紅達と別れた翌日、西暦300X年6月10日正午にタイムジャンプした宇宙飛行機は、約38万㎞の距離をものの五分で飛び去り、月の裏側に張られた不可視の結界を通り抜けた。

 地球が消滅した歴史では、都を守るように要塞が建ち、空に向けられた砲台や、埋め立てられた土地に駐機されていた多数の宇宙船、殺気立った兵士達が出入りしていた物騒な場所だったが、現在の歴史では影も形もなく、コバルトブルーの澄み切った海と白い砂浜に戻っていた。

 にとりは月の都上空をしばらく旋回した後、入り口近辺の砂浜に垂直着陸を決め、私達は宇宙飛行機から降りた。

 真っ暗な空に、熱くも寒くもなく、穏やかな気候。水平線の果てには、夜空の月よりも遥かに大きな地球が瞳に映る。200X年、215X年、そして300X年……いつの時代においても胸を打たれるような美しさだが、地球のすぐ近くに浮かぶ、煉瓦のようにブロックを組み合わせて出来た銀色の人工惑星や、数えるのも馬鹿らしくなるほどの大小様々な人工衛星、その他あらゆる言語やマークがペイントされた宇宙船団が、せっかくの絶景を台無しにしていた。

 とはいえ私は観光に来たわけじゃない。景色を楽しむのもほどほどに、にとりと都まで歩いていくと、入り口脇に立っていた銃で武装した玉兎達に行く手を阻まれる。

 何故邪魔するのかと口を開きかけたその時、彼女らが道を開けるように並ぶ。正面の中心部へと繋がる本通りの真ん中、小さな部隊を引き連れてこちらに向かってくる依姫の姿が見えた。

 

「よう依姫」

「こ、こんにちは~」

「…………」

 

 私達の前で足を止めた依姫に挨拶したが、彼女は不機嫌そうに私達を睨みつけ、次いで背後の宇宙飛行機に視線をやる。「……なるほど」辛うじて聞き取れるくらいの声で頷いた後、私に視線を向けた。

 

「なんの御用ですか?」

「実は頼みたいことがあってさ――」

 

 出発前ににとりと話していた内容を、そっくりそのまま伝える。話が進むにつれ、彼女の張り詰めた雰囲気は萎んでいった。

 

「……事情は理解しましたけど、ここは整備工場ではないのですよ? 月の裏側に来ることがどれだけの意味を持つか、分かってます?」

「一億光年先の星に行くにはお前達だけが頼りなんだよ。な? な?」

「お願い! もう一度手を貸して!」

 

 完全に呆れた様子の依姫に手を合わせながら頼み込むと、彼女は大きくため息を吐きながら言った。

 

「……はぁ、仕方ないですね。魔理沙には改変前の世界で月を救ってもらった借りもありますし、承りましょう」

「おお、そうか! 助かるぜ!」

「頼んでみた甲斐があったね!」

 

 月の技術なら万に一つも間違いはないだろう。これでアンナの星まで飛べる目途が立った。

 

「それでにとりさん、私達にどういった風に機体を整備してもらいたいのか、詳しくお聞かせ願えますか?」

「まずはワープエンジンと補助コンピュータのチェック、それから機体の構造検査に重力制御装置の点検、もちろんTN燃料の補給もやって、他には――」

 

 にとりは専門用語を交えつつ、ペラペラと話していき、依姫に控えていた玉兎の一人がメモを取っていた。

 

「――と、まあこんな感じで」

「ふむふむ、そうなるとかなり大がかりな点検になりそうですね。魔理沙、見積についてですが――」

「見積って、まさか金取るのか!?」

「なにを驚いてるのですか。適切なサービスには適正な対価を払う。至極当然のことでしょう」

「それは……そうだけどさ、話の流れ的にタダでやってくれるんじゃないのか? 実際、前にワープ機能を付けた時もそうだったし」

「改変前の歴史では、地球の消滅という緊急事態でしたから、私達の未来の為にも月のリソース全てを惜しみなく提供しました。ですが今回は、有体に言ってしまえばただ遊びに行くだけでしょう? 無償奉仕する義理がありません」

「む」

「そもそも、月の都は地球政府や銀河連邦と不可侵条約を結び、鎖国状態にあります。貴女方の宇宙飛行機を受け入れ、こうして技術提供してもらえるだけ有難いと思ってもらいたいですね」

「分かった、分かったよ」

 

 完膚なきまでに正論を言われてしまっては、反論の余地がない。ここはおとなしく払うしかなさそうだ。

 私は懐から財布を取り出し、「で、いくらかかりそうなんだ?」と訊く。

 

「そうですね……」懐から小型の携帯端末を取り出した依姫が、端末の数字キーを叩いている間に私は中身を確認する。万札が五枚に小銭が少々か、う~む、足りるかな……。

「ざっとこのくらいです」

 

 依姫が此方に見せた電光ディスプレイに表示された金額は……え~と、零が一、二、三……八!?

 

「は!? こんな金かかるのか!? 桁を三つか四つ間違えてないか!?」

「何を言っているのですか! ハイスペックな機体の分、整備に必要な人、時間、物も多くなりますし、ワープに使用されるTN燃料だって安くはないんですよ?」

「むむむむむ」

 

 もしかしたらそれっぽいことを言って煙に巻いてるんじゃないかと一瞬疑問が生まれたが、隣で深刻そうに俯いているにとりの顔をみて、そんな考えは吹き飛んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。相談するからさ」

 

 私はにとりを肩に抱き寄せ、ひそひそ声で問いかける。

 

「なあにとり? お前あの額出せるか?」

「……無理だね。私の財産全部売り払っても半分にもならないや。魔理沙は?」

「これが私の全財産だぜ……」

「「はあ……」」

 

 二人揃ってガックリと肩を落とした。

 まさか経済的な理由で計画が挫折してしまうとは。なんとも夢のない話だ。

 

「……お困りのようでしたら、いい提案があります」

「え?」

 

 救いの手を差し出すような言葉に、私達は顔を上げた。

 

「貴女達が体で払ってくれるのであれば、この額をチャラにしても構いませんよ」

「!」

「本当に!? 私、どんなことだってやるよ!」

 

 にとりは興奮気味に食いつき、私は「願ってもない話だけど、私あんまりメカに詳しくないぜ? 魔法なら自信があるけどな」と言った。

 

「フフ、ご心配には及びません。貴女にしかできないとっておきの仕事を思いつきましたから」

 

 依姫はあからさまに何かを企んでいる顔で、私を見下ろしていた。




文字数少なくてすみません
続きは遅くとも今月中に投稿します


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第171話 依姫の条件

「ずばり言いましょう。貴女にはタイムトラベルで過去に遡り、とある植物を採集してもらいたいのです」

 

(やっぱりか)

 

『貴女にしかできないとっておきの仕事』その言い回しから、大体の見当は付いていたので驚きはない。

 

「詳しく聞かせてもらおうか。――おっと、先に断っておくが、ユグドラシルの樹の葉、黄金の林檎のような眉唾物はごめんだぜ?」

「ふふ、北欧神話に登場する伝説上の植物ですか。本当に実在していたのか多少の興味はありますが、あいにく私が望むのはそう言った類ではありません。場所は日本、それも幻想郷近辺に確かに植生していた花なのですから」

「花?」

「その名はセイレンカ。雪のように白い花びらが特徴的な被子植物です」

「私も植物には詳しい方だと自負しているが、聞いたことないな」

「それは当然でしょう。この植物は植生分布が日本の〇〇しかなく、4世紀~5世紀頃発生した温暖化による気候変動によって絶滅してしまいました。故に、古今東西の植物図鑑には記載されていない、幻の花なのです」

「幻の花かぁ。ちょっとワクワクしてきたけど、依姫はどこでそれを知ったんだ?」

「……実は八意様が地上に住んでいた頃に好きだった花なので、誕生日プレゼントとして送りたいと思ったのです」

「へぇ! そういうことなら喜んでやらせてもらうぜ」

 

 依姫も中々粋な事を考える。断る道理もないだろう。

 

「他には何か特徴はないのか?」 

「私も直に見た事はありませんが、八意様の話では、セイレンカは雪花模様に非常によく似た花で、結晶化した花びらは、その見た目に反してマシュマロのように柔らかかったそうです」

「なるほど、それだけ個性が強いのならすぐに見つかりそうだな」

 

 話を聞いてても本当に花なのか疑問は残るが、まあ大丈夫だろう。

 

「そうなると過去に跳ぶ時刻だな。4世紀~5世紀に絶滅したんなら、その100年くらい前にした方が良さそうだが……依姫、セイレンカはどの時期に咲くんだ?」

「八意様の話によれば、梅雨の季節に開花していたそうです。水分を多量に含み、日陰となる場所に咲くそうなので、その辺りに目途を付けた方がいいでしょう」

「梅雨か、だとすると6月がちょうど良いな。よし、じゃあ早速地球にとんぼ返りするか。宇宙飛行機に戻ろうぜにとり!」

「うん!」

 

 そうして引き上げようとした私とにとりを「待ってください!」と、依姫が呼び止めた。

 

「あの機体で再び来られても警備の関係上困りますので、幻想郷に繋がっている転送装置を利用してください」

「そんなものがあるのか?」

「案内します」

「わかったよ」

 

 依姫は頷き、次いでずっと後ろで話を聞いていた玉兎達に「貴女達は再び警備の任に戻りなさい」と命令し、玉兎達は散って行く。

 

「では、行きましょうか」

 

 かくして、私とにとりは月の都へ入って行った。

 

 

 

 

 現在時刻は午後0時44分。お昼過ぎの月の都は、商売に勤しむ玉兎、道端で談笑する玉兎、飲食店で美味しそうに食事を摂る玉兎など喧騒が絶えず、千年前と変わらぬ賑わいを見せていた。

 私とにとりは、唇を引き締め、背筋をピンと伸ばし、大きな歩調でどんどんと進む依姫の一歩後ろに付いていく。道行く玉兎達の殆どが、私達に好奇の視線を送っていることに気づきつつも、観光客のように周囲をキョロキョロするのをやめられなかった。

 

「うんうん、この歴史の月の都は良いねえ。玉兎達が活き活きしてるよ」

「前に来た時はゴーストタウンみたいだったからな」

「アンナの星も楽しみだなあ。あの映像に映っていた大都市はどんな感じなんだろう」

「そうだな」

 

 これはあくまで私の主観だけど、映像で見るのと直接足を運ぶのとでは、受ける印象がかなり違う。その街を築き上げた住人達の、歴史や雰囲気を肌で感じることが大切だ。

 さて、そんなこんなで歩いていく内に、私達は綿月姉妹の宮殿まで来てしまった。

 

「あれ? ここってお前の家じゃないのか?」 

「転送装置はこの地下にあります」

 

 私達は依姫の後に続くように宮殿の内部へ入り、途中ですれ違う玉兎メイドに会釈されつつ、だだっ広い回廊を進んでいく。

 

「一体どこまで行くんだ?」

「すぐそこですよ」

 

 言葉通り依姫は角の扉を開く。蛍光灯で照らされた廊下の先には、地下へと続く階段があった。

  

(地下にいくのか)

 

 そうして二十段ほどの階段を降りた先には、一本道の地下通路。左右の壁には一定おきにずらりと扉が並び、その果ては短い。

 

「このフロアは倉庫となってまして、目的地は突き当りに見えるあの扉の先です」

 

 その言葉通り、左右に並ぶ扉には目もくれず、最奥の引き戸までどんどんと進み、中へと入る。

 

「あれが転送装置です」

 

 家具も窓もない十畳程の部屋、依姫が指さす奥の壁際には、人一人分が入れそうな透明な円筒と台座が置かれ、頭上には銀色に光るリング状の機械が浮かんでいた。

 

「ほ~見るからにそれっぽいな」

「いったいどんな原理になってるの?」

「ワープと同様、空間と空間の距離を捻じってくっつけることで、膨大な距離をものの数秒で移動できるのです」

「へぇ~、月の技術はやっぱり凄いねえ」

「ただ、電力消費量が非常に大きいので、あまり連発はしたくないのですけどね」

「で、依姫。こいつが幻想郷に繋がってるとさっき言ってたけど、具体的には幻想郷の何所にワープするんだ?」

「永遠亭ですよ」

「へえ、お前達月の人間と永遠亭の住人には因縁があると聞いたが、彼女達の罪は赦されたのか?」

 

 その言葉に、依姫は一瞬眉をピクリと動かした。

 

「……そういえば、貴女方は215X年から来たので知らないのですね。私達の間に何があったのか、いずれ知る日が来るでしょう」

「ふーん」

 

 彼女が語る気がないのなら、私も無理に聞きだす気はない。そもそも今は宇宙飛行機の方がよっぽど大事だ。 

 

「魔理沙、貴女に渡したいものがあります。取って来るので少し待っていてください」

「あぁ」

 

 依姫は来た道を引き返し、ここからニ番目の右側の扉に入り、一分もしないうちに戻って来た。

 

「お待たせしました」

「渡したいものって、それか?」

 

 先程までは無かった、右肩にぶら下がるショルダーバッグを指さす。

 

「これは前に原初の石を運んだ時に使われた箱と同じく、中に入れた物質の状態を固定させる機能を持っています。こちらを胴乱代わりに使ってください」

「分かった」

 

 依姫から差し出されたショルダーバッグを、私は自身の肩に掛けた。

 

「さあ魔理沙、あの筒に入ってください」

「おう!」

 

 そうして転送装置の前まで歩いていくと、透明な筒状の仕切りが自動的に無くなり、中に入るとその仕切りが私を包む。やはり外から見た通り、一度に転送できる限界は一人だけか。

 

「魔理沙、後から私も行くよ」

「いや、私は一人で大丈夫だ」

「そうなの?」

「にとりは依姫達と一緒に宇宙飛行機の整備を手伝う準備をしておいてくれ。十分後に目的の花を持って帰って来るからさ」

「分かった!」

「話は済んだようですね。それでは転送を開始します」

 

 依姫は私から見て左側に向かい、壁際に埋め込まれたボタンを押した。瞬間、バチバチバチと火花が散り、咄嗟に目を閉じる。

 瞼の裏側がホワイトアウトしたまま、待ち続ける事およそ三十秒、眩いばかりの光は徐々に収まっていった。 

 

「終わったのか?」

 

 目を開けると、先程までのオリエンタルな内装から一転し、床には畳が敷き詰められ、奥には鶴をあしらった襖、竿縁天井からは行灯がぶら下がった純和風の部屋へ様変わりしていた。

 既に透明な円筒形の仕切りが無くなっていた転送装置から一歩外に出た私は、改めて周囲を見渡す。

 人も家具もないがらんどうとした部屋に、綿月姉妹の宮殿地下で見たのと同型の転送装置だけ置かれていて、この部屋の雰囲気とは明らかにミスマッチだ。

 

(この空気にこの匂い、どうやら本当に幻想郷に戻って来たらしいな。……っとと、畳の部屋で土足はまずいよな)

 

 私は靴を脱いで揃え、片手にぶら下げたまま奥の襖まで歩いていき、空いた右手で開く。

 

「あら? 魔理沙がこの部屋から出て来るなんてね」

「!」

 

 廊下には不思議そうな顔で私を見下ろす永琳の姿。850年経っても姿形がまるで変わってないのも蓬莱人故か。

 

「え、永琳!? お、お前こそ何してんだ?」

「それはこっちのセリフよ。転送装置が動いた気配がしたから来てみれば、いつの間に月の都まで行ったの?」

「ま、まあ色々と野暮用があってさ。アハハハハ」

「野暮用ねぇ」

「そ、それじゃ、私はこれで」

 

 適当に誤魔化しながら、私は一直線に玄関へ向かい、靴を履いて外に出る。敷地の外に出れば見渡す限りの竹林。この土地もまた何十年、何百年経っても全く変化していない。

 まあ蓬莱人の輝夜と永琳が住むには相応しい場所なのかもしれない。

 

(さて、植物採集にはまず準備が必要だな。一旦元の時間に戻るか)

 

「――タイムジャンプ! 行き先は西暦215X年9月30日午後1時!」

 

 

 

 ――西暦215X年9月30日午後1時――

 

 

 

 元の時代に戻り、真っ直ぐ家に帰った私は、家中を駆けずり回りながら採集道具を捜していた。

 

(え~と、根掘りは確定として、革手袋に剪定ばさみ、一応着替えも持っていくか?)

 

 物置部屋などを重点的に、およそ30分かけてすべての道具を見つけ出し、大きめのリュックサックの中に一通り入れて、リビングのテーブルの上に置いた。

 まあ大体キノコ狩りの要領でやればいいし、あまり気負うことはない。

 

「よっし、このくらいでいいか。次は……」

 

 ソファーに座り、採集道具を捜すついでに、机の上に取り分けておいた歴史書を手に取り、速読の要領で読み飛ばしていく。

 目的はもちろん、三世紀の間に起きた歴史上の出来事だ。これまでのタイムトラベルは幻想郷内で完結していたが、今回は幻想郷が成立する前の時代だ。歴史書から全てが分かる訳ではないが、余計な歴史改変を起こさないようにする為にも、振り返っておいた方がいいだろう。

 

(ふむふむ、年代区分は弥生時代末期~古墳時代初期、中国では魏・呉・蜀が並び立つ、かの三国志で有名な三国時代、ローマでは王権争いの動乱が起きたのか。へぇ~)

 

 ひとまず海の向こう側の出来事は無視しても構わないだろう。次は日本についてだ。

 

(なになに? 『当時の倭国――日本――は、諸説あるが30の小国に分かれていて、その中でも最強の国である、邪馬台国の女王卑弥呼が、倭国の王として君臨していた』とあるな)

(『しかし女王の死後、内乱により邪馬台国は没落し、ヤマト王権によって倭国が統一されるまで、群雄割拠の世だった』か)

 

 所在がはっきりしない邪馬台国についても、依姫が指定した土地と無縁な場所にあるし、ヤマト王権も四世紀の話だ。花の採集には支障はないと判断した私は歴史書を閉じた。

 

(最後に跳ぶ年月日だけど……)

 

 西暦201~300年の100年間、まあぶっちゃけ何年でもいいし、間を取ってキリ良く250年にしよう。月は6月だとして、日にちは……そうだ! 6をひっくり返した9日にすればいいじゃん。

 

「決まった決まった。後は……まあいいか」

 

 花の採集ともあって、『四季のフラワーマスター』の異名を持つ風見幽香の顔が思い浮かんだが、大体の特徴は依姫から聞いてるわけだし、わざわざ気難しい性格の彼女に会う必要もない。

 私はリュックサックを背負って外に出た。

 

(今のうちに、依姫が言ってた場所まで移動しておくか)

 

 博麗神社の反対方向に向かって飛び続け、しばらく後に、幻想郷の最西端に位置する名もなき針葉樹林の前へと到着した。背後にはこれまで通って来た丘が見える。

 日本地図で見ると、この辺りが依姫の指定した土地をギリギリ掠めているのだが、博麗大結界により外の世界との出入りは不能だ。

 

(この辺りで良いかな)

 

 周囲に誰も居ないことを確認した後、私は声高々に宣言する。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦250年6月9日正午!」



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第172話 弥生時代の出会い

  ――西暦250年6月9日正午――

 

 

 

(着いたかな)

 

 タイムトラベル独特の浮遊感が終わり、過去に到着した気配を感じとった私は目を開く。

 出発前とは違い、私は針葉樹林のど真ん中に放り込まれていて、出口は見えない。木々の間から空を見上げれば、真昼間なのに黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。

 キノコが喜びそうな程の湿った空気に、ぐちょぐちょとぬかるんだ足元、加えて6月なのに3月上旬並の寒さで、決して良いコンディションとは言えない。

 

(晴れの方が好きなんだけど、梅雨の時期だし、しょうがないか)

 

 現在の脳内時計は西暦250年6月9日午後0時5分。すぐにでもセイレンカの捜索に当たりたい所だが、その前に。

 

「え~と、なんか目印になりそうなのはないかな?」

 

 キョロキョロと辺りを見回していると、北東の方角に一際目立つ大木を発見した。

 

(お、アレにするか)

 

 私は繁みを掻き分けながらその大木の元へと向かう。

 表面がザラザラとしてとても太く、紀元前から生えてそうな立派な杉の木で、周囲の針葉樹よりも頭一つ抜きんでた高さだった。215X年の時代には無くなっているようだが、一時的に活用するなら何ら問題はない。私はリュックサックから赤色のリボンを二本取り出し、その内の一本を幹に巻き付けた。

 続いて空を飛び、今度は頂上の尖がった部分にもう一本のリボンをしっかりと結び付けた。こうして目印を付けることで、元の時代に帰る際にタイムジャンプする場所を迷わずにすむのだ。

 

「――それにしても良い景色だなぁ」

 

 森の上空から見渡す外は、北は遠くまで続く針葉樹林帯と山、西には地平線の果てまで続く丘陵が見え、東の方角には遠い未来に博麗神社が建造される山がある。

 景色を楽しんでいると、南の方角の山から麓の丘を流れる川の付近に、水田地帯を発見する。

 

(ん? 田んぼがあるってことは、近くに集落があるのかな?)

 

 私は魔法で視力を強化し、望遠鏡のようにその付近を注視した所、見事に予想が的中し環濠集落を発見した。

 その名の通り、集落の周囲には高さ数mの濠と、縄で結ばれた木の柵で囲まれていて、唯一の出口となる橋の近くには物見やぐらが建てられていた。かなり物騒な気もするが、外敵の侵入を防ぐという目的から、この時代では一般的らしい。

 濠の中は茅葺屋根で覆われた竪穴式住居が疎らに建っていて、往来を歩く村人や柴犬に似た犬、子供がはしゃいでいる姿も見える。ちなみに村人達の服装は、男性は布で出来たターバンを頭に巻き、布を結び重ねただけの質素な服を着ており、女性は長い髪を結っておさげにし、布の真ん中に穴を開けてそこに頭を通す、現代で言う単衣のような恰好をしていた。全員裸足みたいだけど、この時代にはまだ靴は発明されていないのかな。

 集落の中心部には、柵に囲まれた中に、一際大きな方形の高床式住居が建築されており、恐らくこの集落の権力者が住んでいるのだろう。

 他にも、井関と水路が引かれた水田と畑が多数広がっていて、水田では冴えない人相の若い男性達がせっせと米の苗を植え、畑では痩せ体型の中年女性が小豆の種を蒔いていた。

 

「おぉ~、歴史書で見た通りじゃないか。これはもう弥生時代で間違いないな」

 

 決して貶める訳じゃないけれど、幻想郷は何百年経っても大した変化がなく、顔ぶれも殆ど同じなので、タイムトラベルらしい昔の光景に妙な新鮮さを感じていた。

 

(ひょっとしたら、あの中に私や霊夢のご先祖様がいたりしてな)

 

 集落の中で走り回る黒髪の少女と金髪の少女に過去への想いを重ねつつ、私は森の中に降りていった。

 

(さて、景色を楽しむのもほどほどに、そろそろ採集を始めるか。300X年で依姫とにとりが待ってるしな)

 

 私はセイレンカの探索を開始した。

 

 

 

 

 60分後……。

 

「駄目だー、見つからん!」

 

 深い森のど真ん中、平らになっている場所で、私は杉の木を背にするようにへたり込んでいた。

 木の根元や岩陰など、日陰で湿ってる部分を文字通り草の根を分けて探していたが、見つかるのはキノコや虫ばかり。おまけにずっと中腰だったから腰が痛い。

 話を聞いた限りではかなり目立つ特徴だし、すぐに見つけられると思ったんだけど……私の見通しが甘かったと認めざるを得ない。

 

(そもそも土地勘が分からないんだよな。せっかく地図を持って来たのに、いまいち役に立たないし。一度帰って仕切り直そうかなあ)

 

 そんなことが頭をよぎった時、事件は起きた。

 

「キャアァァァァァァ!!」

「!」

 

 倦怠感を吹き飛ばすような甲高い悲鳴が森中に響き渡り、私は無意識のうちに悲鳴がした方へ駆けて行く。

 濡れる事も厭わず、草木を掻き分け声の発生源に辿り着くと、細い杉の木の根元でへたり込む金髪の少女に、唸り声をあげながらじりじりと近づく獣を見つける。毛の色は黒く、妖気を纏っていることから、単なる野生動物ではなさそうだ。

 

「グルルルル……」 

「誰か助けてぇぇぇぇ!」

「待ってろ! それっ!」

「キャウン!」

 

 少女に当たらないように放った魔法弾は、見事犬妖怪の尻に命中。情けない悲鳴を上げながら明後日の方角へ逃げて行き、私はすぐさま少女の近くに駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

「うぅ……怖かったよぉぉぉ! うわぁぁぁん!」

「よしよし」

 

 私と目が合った少女は、涙腺が決壊したように泣き喚きながら縋りつき、彼女が落ち着きを取り戻すまで、優しく抱きしめた。

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「……うん。ありがとう、おねえちゃん」

 

 ようやく泣き止んだ少女が私の胸から離れた所で、改めて彼女を観察する。

 年は十にも満たない程幼く、背中まで伸びた金色の髪にパープルの瞳、先程の集落で見かけた村人が着ていた、布を重ね合わせただけの質素な格好で、かなり使い込まれている様子。服に限らず、髪や顔、手足は土で汚れ、みすぼらしい風貌ではあるが、顔立ちは良く、きちんと汚れを洗い流せば現代でも通用する可愛い女の子になりそうだ。

 

(あれ? この子南の集落で見かけた……)

 

 この時代で金色の髪の人間は珍しかったので、印象に残っていた。こうして至近距離で見ると、あの集落にいた村人達より顔の彫りが濃いように見えるし、外国人なのかな。

 

「一人でこんな森の奥深くまで来たら危ないだろ? お父さんやお母さんも心配してるだろうし、集落まで送っていくよ。立てるか?」

 

 座ったままの少女に目線を合わせ、優しく話したつもりだったが、少女はおどおどしたまま首を横に振った。

 

「いい、どうせわたしに帰る場所なんてないから」

「……何があったんだ?」

「南の村から追い出されて来たの。お前みたいな化物は要らないって」

「化物だって?」

 

 どこからどう見てもか弱い女の子にしか見えないのに。先程の犬妖怪の方がよっぽど化物だ。そう伝えても、悲しい目で首を振るばかり。

 少女は俯いたり、目が泳いでいたりと、明らかに迷っているようだったので、「なにか事情があるのか? 私で良ければ話を聞くよ」と、目線を合わせたまま言う。なんとなくだけど、この少女を放っておけなかった。

 

「……助けてくれたおねえちゃんになら、特別に教えてもいいかな。あのね、わたしは妖怪なの」

「妖怪……なのか」

「あまりおどろかないのね。今までの人間は、わたしが妖怪だって打ち明けたら、みんな一目散に逃げ出したんだけど」

「私にはお前が悪い妖怪には見えないからな」

「ふふ、そんなこと言ってくれたのは、おねえちゃんが初めて」

 

 少女はほんの少しだけ微笑んでいたが、声に元気がなかった。

 

「わたしはね、まだ生まれたばかりでろくに力も使えないの。そのせいで妖怪には何度も殺されそうになって、人間の村に逃げて来たんだけど……最初はわたしに哀れみを向けてくれた人間も、仲の良かった友達も、妖怪だって知ったらすぐに手の平を返して、ここまで逃げて来たんだ」

「大変だったんだな」

「わたしは悪いことしてないのに、どうしてこんな思いをしなきゃいけないのかな。……はぁ、世の中みんながおねえちゃんみたいな人ばかりならいいのに」

 

 膝を抱えて重いため息を吐く少女に、私は「いつか人も妖怪も一緒に暮らせる、そんな時代が来るさ」と言葉を掛けた。

 現代なら間違いなく幻想郷に誘っているところだが、今は弥生時代。まだ曖昧な事しか言えなかった。

 

「……あはは、おねえちゃんって面白いことを言うんだね。なんだか不思議」

 

 力なく笑う少女はあまり信じてないようで「はぁ……」と、膝の中に顔を埋めてしまった。

 

「……」

 

 雨の気配を感じさせる湿り気のある風。何処かから聞こえるキリギリスの鳴き声や、鳥の鳴き声。会話が途切れたことで、私は今の状況を冷静に見つめ直す時間を得た。

 

(本当にこの女の子を助けても良かったのだろうか?)

 

 ただ妖怪を追い払っただけとはいえ、これも立派な歴史改変にあたる行為なのは間違いない。未来にどのような影響があるか分からない以上、無闇にその時代の人間や妖怪と関わらないようにするのが、時間移動者としての正しい在り方だ。

 けれど私には、目の前で殺されそうになってる少女を見捨てることができなかった。頭よりも先に体が動いていた。

 

(――って、考えるまでもないことか)

 

 私は彼女を助けることができて心からホッとしている。それで良いじゃないか。なあに、妖怪の一人や二人どうってことないだろう。

 

「そういえばまだ聞いてなかったけど、名前はなんていうんだ?」

 

 何気なく訊いた質問に顔を上げた少女が口にした名は、私にとっては爆弾発言に匹敵するものだった。

 

「わたしの名前はね、【八雲紫】って言うの」



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第173話 探索

最高評価及び高評価感謝です。


「!!!? いいい、今、やくもゆかりって言ったか!?」

「自分でいっしょうけんめい考えた名前なんだけど、変?」

「い、いや、素敵な名前だと思うぜ? うん」

 

(ええ~!? ヤバイ、これはとんでもないことになったぞ……!)

 

 ついさっきまでの楽観的な考えは遥か彼方へと飛んで行き、私は動揺を隠せなかった。知らず知らずのうちに、重大な歴史介入を起こしてしまったことに。

 

(つーか性格が違いすぎる――! ほ、本当に〝あの″八雲紫なのか!?)

 

 小鹿のように弱弱しく震えるその姿は、妖怪の賢者として崇められ、大妖怪として畏怖の念を抱かせていた面影はまるでなく、ギャップの激しさに私はおかしくなりそうだった。

 

(参ったな……まさか紫の子供時代に遭遇してしまうとは)

 

 一瞬同姓同名の別人も疑ったが、すぐに却下した。髪と瞳の色が現代の紫と同じだし、阿音の『噂では2000年近く生きてる』発言から逆算すればこの時代に居てもおかしくない。

 しかしそれにしたって、偶々時間遡航してきた私と偶々ここで出会うなんて、最早運命の悪戯としか思えない確率だ。

 

「どうしたの? おねえちゃん?」 

「ああ、ええと、その――そう! 知り合いの名前に似てたからびっくりしただけなんだ。決して他意はないぜ」

「ふーん、そうなんだ」

 

 我ながらかなり怪しい言い訳だったが、どうやら誤魔化せたようだ。

 

「ねえ、おねえちゃんの名前は?」

「え!? あ、えーと――」

 

(ま、まずい。ここで名乗る訳にはいかないし……)

 

 これまで、紫の口から『子供時代に魔理沙と会った』なんて話は聞いたことないし、そんな素振りすら見せていなかった。なので紫は、私が霧雨魔理沙だと知らない可能性が高い。

 ここは黙っているのが懸命な気がする。

 

「じ、実はな、深~い事情があって名乗ることができないんだ。ごめんな」

「……もしかして、どこかの豪族のお姫様なの?」

「お、お姫様?」

「だって南の村でおねえちゃんを見かけたことないし、凄く綺麗な格好してる」

「い、いやいや、私はただの旅人だよ」

「旅人って?」

「ここじゃないすっごく遠い所から来たんだ」

「わぁ、かっこいい! ねね、よその国の話をきかせて!」

 

 目を輝かせている彼女に、「悪いけど私は探し物の最中でな、悠長にしてる時間はないんだ。そろそろ行かないと」と素っ気なく言って腰を上げる。

 冷たいと思われるかもしれないが、ただの村人ならともかくこの子は八雲紫だ。あまり関わりすぎると、未来に変な影響が及びそうな気がする。ここで別れた方が得策だろう。

 

「探し物ってなに? わたしも手伝う!」

 

 だけど、この時代の紫はとても好奇心旺盛らしく、スカートの裾を掴んで離さない。

 

(う~ん、振り払うことも出来るけど、それはそれで罪悪感があるしなぁ。――まあ、ちょっとくらいなら良いか)

 

 私は再びしゃがみ込み、「実はな、セイレンカって花を探してるんだ。知らないか? 特徴は――」と、依姫から聞いた特徴をそっくりそのまま伝える。

 どうせセイレンカの手掛かりは何もない訳だし、半分ダメ元で訊ねてみたのだが、予想とは裏腹に「あ! その花、どこに咲いてるか知ってる!」と、紫はニコニコしながら答えた。

 

「本当か!? 教えてくれ!」

「いいよ! おねえちゃんには助けてもらった恩があるし。ついてきて!」

 

 そう言って森の奥へ走り出した紫の後を、私は追いかけて行った。

 

 

 

「おねえちゃーん! こっちこっちー!」

「ああー!」

 

 紫は私から見て高い所、なだらかな斜面の途中から手を振っており、一方私は拾った木の棒で草木を掻き分け、道なき道を登っていた。

 水を多く含みぬかるんだ土や、足元に絡みつく蔓に、腰の高さまで伸びた雑草達が行く手を阻む。大人の私でも悪戦苦闘しているのに、紫は水を得た魚のようにスイスイと進んでいた。あんな小さな体のどこにそんな体力があるのか甚だ疑問だ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ、やっと追いついた」

 

 それでもなんとか進み続け、息を切らしながらようやく紫の元へ到着した。

 

「も~、おねえちゃんたら遅いよ!」

「悪い悪い」

 

 呼吸を整えつつ、周囲を確認する。

 相も変わらず森の中だが、先程紫を助けた場所に比べて標高が少し高くなり、ここからでは見えないが、赤い目印を付けた杉の木から結構遠くまで来ていて、北の山の麓まで近づいていた。

 

「で、セイレンカはどこにあるんだ?」

「あそこだよ!」

 

 少女が指差す先には、北の山の一部となっている岩の壁があり、そこにはぽっかりと大きな穴があいた洞窟となっていた。

 入り口は人が暮らせそうなくらいに広く、周りは杉の木や背の高い草に囲まれて下からは隠れるようになっており、そのせいか人が出入りした痕跡はなく、自然な状態が保たれていた。

 さらに洞窟付近の岩の壁には小さな穴があき、そこからは濁りのない透明な水が継続的に流れ出して川となり、低い所に流れていた。

 

「こんなところに洞窟があったとはな。ひょっとしてこの中に咲いているのか?」

「うん、そうだよ。この洞窟は奥が深いから、迷子にならないように、ちゃーんとわたしの後をついてきてね?」

「はいはい、分かったぜ」

 

 得意げに胸を張る紫の後に続いて、洞窟の入り口まで歩いて行く。

 リュックサックから方位磁石、手帳、鉛筆を取り出し、腰に取りつけた八卦炉に魔力を込めて、懐中電灯のように灯りをともした。

 

「すごーい! それなに?」

「こいつは八卦炉って言ってな、私が一番大切にしているマジックアイテムなんだ」

「マジックアイテム?」

「魔力を動力源にした道具のことさ。本来は攻撃に使うもんなんだが、ちょっと応用すればこういう芸当もできるのさ」

「そうなんだ! ねね、触ってもいい?」

「ダメダメ。危ないから」

「むぅ、ケチ」

 

(こうしてみると本当に子どもだなあ)

 

 なんにでも興味関心を示す今の紫は、もはや私の知る八雲紫とは別人だ。切り離して考えた方がいいのかもしれない。

 

「ほらほら、拗ねてないで案内よろしく頼むぜ、紫ちゃん」

「……うん!」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべて歩き出した。

 

 

 

 

 北の山の洞窟に入っておよそ十分経過した。

 外の光が届かず、八卦炉の光だけが頼りになる薄暗い洞窟の中は、ジメジメとした冷たい空気に包まれ、びっしりと生える金緑色のヒカリゴケや、奥から時々聞こえてくる蝙蝠の鳴き声が不気味さを際立たせている。

 

「♪~」

(元気だなあ)

 

 しかしそんな状況でも、私の一歩前を行く紫は鼻歌を歌いながら前を進んでいて、彼女の前向きさに私は感心していた。

 高低差の激しい天井に、登ったり下ったりする道、地面の状態は濡れて滑りやすく、所々水たまりとなっている小さな穴や、落ちたら骨を折りそうな深い穴のある凸凹道を避けつつ、転ばないように慎重に歩いていく。途中何度か分岐点があったが、紫は迷うことなく道を選んで行き、どんどんと奥へ進んでいった。

 

(ふむ……)

 

 入り口からここまで、方位磁石も利用しつつ、手帳に簡易的な地図を作っているのだが、ここまでのルートを見るに、立体差が大きく、相当複雑に入り組んだ洞窟のようだ。

 

「本当にこっちで合ってるのか?」

 

 奥に進むにつれて、だんだんと道幅が細くなっていき、不安になった私が問いかけるも、紫は「だいじょーぶだいじょーぶ」と、足を止める事なく呑気に答える。

 入り口近くは数人並んで通れる程広かった道が、今や人一人通るのがやっとなまでに狭くなってしまい、遂には岩の壁に突き当たってしまった。

 

「なんだよ、やっぱり行き止まりじゃないか」

「ううん、ここにちゃんと道があるよ。見える?」

 

 紫はそう言ってしゃがみ込み、目の前の岩壁を指さした。その部分を目を凝らしてよく見てみると、地面に近い高さに抜け穴があいていて、果てには光が見えた。

 だがその穴は小さく、四つん這いにならなければ通れそうにない。

 

「もしかしてこの穴の中を通るのか?」

「そうだよ?」

(マジか)

「心配しなくても大丈夫。おねえちゃん細いから通れるよ。この穴を抜けた先に、セイレンカが咲いてるからね~」

 

 紫はしゃがんだ体制のまま穴の中に入って行った。

 私も四つん這いになり、彼女の後に続こうとしたが、背中のリュックサックが引っかかって通れない。仕方なく下ろし、穴の中に入る事を確認した後、それを奥へと押し出しながら進んでいくことにした。

 慣れない体勢に加え、そこそこの重さがあるリュックサックの運搬に疲労が重なり、堪らず「随分と狭い道を通るんだな。他に道はないのか?」と愚痴る。

 

「あることにはあるんだけど、この道がね、野生の動物や妖怪に遭わずに進める一番安全な道なんだ」

「そう、なのか」

 

 確かにこの抜け穴は、私や紫のような体格じゃなければ通れなさそうだ。だけどそれにしたって、この体勢は膝と掌が痛くてしょうがない。……なんかさっきから愚痴ばっかこぼしてるな。

 

「もうすぐ出口だよ~」

 

 その言葉通り紫が穴から抜け出し、出口の光へ私も続く。

 

「着いたよ!」

「おお~!」

 

 穴から這いだした私の視線の先には、こじんまりとした小さなドーム状の空間があり、奥には小川が流れていて、中央には花弁が結晶となり、雪花模様の形をしたセイレンカが咲き誇っていた。

 その数は優に百輪を超えており、天井の罅から漏れる外の光が花弁に当たって乱反射し、万華鏡のように輝いていた。

 

「これはすごいな!」

「でしょでしょ? ここはね、わたしだけが知ってる秘密の場所なんだ♪」

 

 これまで通って来た、薄暗くジメジメとした洞窟には似つかわしくない程の幻想的な光景であり、ここに至るまでの苦労もあって、達成感もまたひとしおだった。 

 

「早速採らせてもらうぜ」

 

 リュックサックから採集道具を取り出した私は、一番手前に咲いていた一輪のセイレンカを傷つけないよう慎重に掘り出し、胴乱の中に入れた。

 

「これで良し」

 

 これでミッションコンプリート。後は300X年の依姫に渡せば万事解決だ。

 

「ありがとな、紫ちゃん」

「エヘヘ」

 

 彼女の頭を撫でると、くすぐったそうにしながら微笑んでいた。

 

 

 

 

 それから私達は少しの休憩を経た後、30分かけて来た道を戻り、洞窟の入り口まで戻ってきた。

 

(雨か)

 

 いつ降りだしてもおかしくない不安定な天気だったが、とうとう降ってきたようで、大きな雨粒がここら一帯に降り注いでいた。

 

「おねえちゃんはこれからどうするの?」

「そうだな。もう目的は果たしたし、国に帰ろうと思ってるんだ」

「わたしもおねえちゃんと一緒にいきたい!」

「……」

 

 なんとなく予想できた言葉なので驚きはない。

 

「ねえ、いいでしょ? 絶対迷惑はかけないから……」

「――駄目だ」

「どうして!? おねえちゃんなら他の人とは違うと思ったのに! やっぱり妖怪が嫌いなの?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ」

 

 生きる時間が違う彼女を現代に連れて帰ることはできない。そう説明できればどれだけ楽になることか。

 

「じゃあ――!」

「ごめんな……」

 

 縋りついてくる紫を振り払い、私は例の目印の付いた杉の木に向かって飛び立っていった。



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第174話 魔理沙の迷い

 時刻は午後3時を過ぎた頃、雨脚は徐々に強まりはじめ、冷たい雨粒が容赦なく私の体を打ち付ける。

 

(うう、寒いな)

 

 更に悪い事に、この雨の影響なのかここら一帯に霧が出現してしまい、文字通りの意味で五里霧中となった森の上空を、手元の方位磁石を頼りに飛び続けていた。

 

(目印はどこだ? ――クソッ、霧が鬱陶しいな)

 

 パチュリーやアリスのような万能型の魔法使いなら、地形を壊さない程度の強風で霧を吹き飛ばすなり、炎で蒸発させるなどしてこの状況を解決できるかもしれないが、私はそこまで器用ではなく、目印を見落とさないようのろのろと飛び続けるしかなかった。

(……)

 

 周囲の木々よりも一際高い木を発見しては、近くに寄って頂上の目印を確認する――そんな不毛な作業を繰り返し、ようやく赤色のリボンを見つけ出した頃には、かなりの時間が経過していた。

 

(無駄に時間が掛かっちまったな。全く、これじゃ目印を付けた意味がないじゃないか)

 

 軽い苛立ちを覚えながらも、私は木の根元に降りる。雨脚はピーク時に比べて弱まり、比例するように霧も若干晴れて多少見通しが良くなっていた。

 後はもうタイムジャンプして元の時代に帰れば良い。――良いのだが、私はすぐに魔法を使う気になれなかった。

 

(紫、大丈夫かな)

 

 この時代の紫は妖怪としての力も弱く、村からも追いだされてしまっている。頼れる人や妖怪もおらず、そこらじゅうに野良妖怪が跋扈する厳しい状況下で、これから先どうやって生きていくのか……。

 

(――いやいや、なにを迷っているんだ私は! 現代に大人になった紫がいるんだし、心配要らないだろ!)

 

 そう思ってタイムジャンプしようとした矢先、別の仮説が思い浮かんでしまい、私の手を止める。

 

(待てよ? 今までの歴史は私がこの時代に来る前の歴史だ。もしここで帰ったことで、まだまだ未熟な紫が死亡するような歴史に改変されたら……)

 

 過去改変が全て自分の都合の良いように動かないことは、これまでの体験からよく知っている。そうなってしまえば、幻想郷も誕生しないことになるだろう。

 

(けど私が干渉しなくても、紫は現代まで生きて、幻想郷は創られたんだ。そのことについてはどう説明する? あるいは、この選択すらも予定調和だと言うのか? しかし――)

 

「……ね……ん!」

 

 相反する思考に踏ん切りが付かずにいると、雨音にかき消されながらも、聞き覚えのある少女の声が微かに聞こえてきた。

 

(まさか――)

「おねえちゃ~ん!」

 

 今度ははっきりと耳に届き、そちらに振り向くと、私に向かって手を伸ばしながら駆け下りてくる紫が霧の中から現れた。

 

「!? どうしてここが――」すっかりずぶ濡れになっている紫は、勢いよく私の胸に飛び込んできて、「【行かないでおねえちゃん……! お願いだから、もっとわたしのそばにいて!】」と、しがみついてきた。

「紫……」

 

 雨か涙か、濡れ顔で情に訴えかけるように、細い腕で力いっぱい私を離さんとするその姿は、庇護欲を掻き立てるもので、ますます私の判断を鈍らせる。

 

(……弱ったな)

 

 時間旅行者としての不文律と、自らの率直な感情を天秤にかけ、下した結論は――。

 

「――分かった。もう少しだけ、一緒に居てあげるよ」

「本当に!? やったー!」

 

 紫は私から離れ、ぴょんぴょんと手放しで喜んでいたが、私は複雑な気持ちだった。

 

(あまりタイムトラベルで他人の人生に干渉するような真似はしたくなかったが――)

 

 

 

 

 かくしてこの時代にしばらく滞在することに決めた私は、雨宿りをすべく紫を連れ立って先程の洞窟へと引き返し、入り口の比較的平らになっている地面に座り込んだ。

 外ではまだ雨が降り続く中、八卦炉の火力を強くして暖を取り、ついでに持参したロープを天井近くに張って、ずぶ濡れになった私達の衣服を吊るした。

 

「暖かいなぁ。うふふ」

 

 隣に座る紫は、現代から持参した比較的濡れていない予備の服に着替え――かなりダボダボになってしまってるが――地面に置かれた八卦炉から燃え上がる火に手をかざしていた。

 他方で下着姿の私は、はしゃぐ紫をぼんやりと見つめながら、これからの事を考えていた。

 

(さて、いつまで紫と過ごすべきか……)

 

 種族としての魔法使いになり、寿命を気にする必要がなくなった今、やろうと思えば自然な時の流れに身を任せ、タイムトラベル前の時間に追いつく事も可能だけれど、私にそのつもりは毛頭ない。

 私の知る紫は、思慮深く聡明で、馴れ合う事なくどんな物事や選択においても、できる限り最善の選択を行ってきた妖怪の賢者だ。それをした時点で紫の人格形成に大きな変化をもたらし、私の知る歴史ではなくなってしまう。

 今回のケースでは極端な話、肉体的にも精神的にも傷ついていた彼女を助けたことで、紫が依存するきっかけを作ってしまった。その責任を持って、彼女が私に過度に依存せずとも生きていけるよう仕向けなければならないだろう。

 

「おねえちゃん?」

 

 問題はそれがいつになるかだ。人間と違って、妖怪はただ時間が経てば大人になるというものではなく、精神的な成長によって姿形も変化するのが通例だ。

 しかし種族によってその成長速度はまちまちで、紫は他に類を見ない一人一種族の稀少な妖怪だ。昔どこかで子どもの姿になった紫を見たような気がするし、一般的なものさしでは測れない。

 

(ううむ……)

 

 率直な話、私も誰かに教えを説けるような高尚な人間ではないが、人並みには情操教育や読み書きを教えることはできる。けれども、時代によってそれらの文化は移り変わるし、元をただせば人と妖怪の価値観は違う。

 まあその辺りは、彼女がこれから先幾千幾万もの夜を越え、あらゆる経験を積み重ねていく内に固まっていく筈だ。彼女の芯となる思想は既に出来上がっているのだから。

 なので、目下一番重要な問題、私がこの時代に残ろうと決意した要因に絞って対策を講じた方が良いだろう。行動の指針が固まった所で、ぼけっとしている紫に話しかけた。

 

「なあ紫ちゃん。お前は『まだ生まれたばかりでろくに力も使えない』と話してたけど、具体的にどのくらい使えるんだ?」

「……分かんない」

「分かんない――って、本当に何も分からないのか!?」

「うん。わたしはずっと影と隙間の中を漂っていたんだけど、ある日気づいたらこの姿になってたから」

「なんてこったい」

 

 この時代の紫は本当に赤子同然の力しかなかったのか。つい情に流されてしまったが、これは1日2日で終わる問題じゃなさそうだぞ。

 

「よし、紫! 特訓するぞ!」

「とっくん?」

「ああ。まずは自分の能力を理解して、使えるようにするんだ」 

「……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」

「絶対になれる! 私が保証するぜ!」

 

 不安げな紫の目を見ながらはっきり断言すると、「――うん! わたし、頑張る!」と

活き活きした表情で大きく頷いた。



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第175話 特訓

最高評価及び高評価ありがとうございます。
前回の話と158話の誤字報告してくださった方にも感謝です。肝心な文章が抜けてて申し訳ございませんでした。



「特訓特訓~♪」

 

 洞窟の外では未だ雨が振りしきる中、ウキウキとしながら待ちわびる紫がいた。

 先ほどは勢いで特訓するぞと口走ってしまったが、一口に特訓と言っても何から始めるべきか。紫と私では種族も違うし能力もまるで違う。彼女の境界を操る程度の能力については未だ謎が多いし。

 

(紫は何も分からないみたいだし、ここは一つ初心に返ってみるかな)

 

 私がまだ駆け出しの魔法使いだった頃は、ひたすら魔導書を読みまくって、書かれてる内容の通りに練習する日々を送っていた。早くどでかい魔法を使いたいという焦りはあったけど、地道な努力が大きな結果に繋がると信じて練習を続け、遂には時間移動の大魔法を会得し、ここに立っている。

 今回の場合、〝魔導書″がなく暗中模索の厳しい状況下ではあるが、彼女のポテンシャルなら自分の〝魔導書″を見つけ出してくれる筈。そのために、基本中の基本である瞑想から始めることにしよう。

 私は都合よく近くに転がっていた平たい丸石を拾い、軽く土埃を払った後その上に布を敷いてから紫の目の前に置いた。

 

「紫ちゃん。ここに胡坐をかいて」

「うん!」

「背筋を伸ばして手は足の上に置いて――そうそう。もっと肩の力を抜いていいぜ。それから目を閉じて、ゆっくりと鼻呼吸しながら気持ちを落ち着かせるんだ」

 

 紫は指示した通りに体を動かし、穏やかな表情で呼吸を繰り返す。

 

「いいか? その状態を維持したまま心の中で自分と向き合い、自身の心の中に浮かぶイメージを形にするんだ」 

 

 紫は僅かに頷き、座禅を組んだ体勢のまま目を閉じている。しとしと降りつづく雨音と、僅かな風音だけが聞こえる静かな世界。私は壁際に座って紫の集中する姿を見つめていた。 

 ここで『何故こんな遠回しなことをしているんだ? 未来の事を教えてあげればいいじゃん』――と疑問に思う人もいるかもしれない。確かに、将来紫が会得する境界を操る程度の能力について説明すれば、多分すぐにできるようになるだろうとは思う。

 しかしそれでは彼女の為にならない。あくまで自力で自らの可能性を掴み取らなければ意味がないのだ。

 繰り返すことになるが、私も魔法使いになる前は、地道な反復練習を繰り返し、魔法の威力や精度や技術を磨いて来た。例え結果が出なくても、試行錯誤を重ねながらゴールに向かっていく過程が大切だと私は考えている。

 未来の情報を不用意に与えることによる、『鶏が先か、卵が先か』のタイムパラドックスの回避という思惑もあるが、一番に願っているのは、自力で能力を見つけ出したという〝実績″を上げることだ。

 

(うう、にしてもじっとしてると寒いな。体を動かしたいけど紫の集中を乱したらいけないし……。早く服乾かないかな)

 

 八卦炉から放出される暖気も、結局は自らの魔力を削っているため、あまり暖かみを感じない。

 吊るされた私達の衣服から、ポツポツと滴り落ちる水滴をぼんやりと見上げる無為な時間を過ごしていると、その意識を引き戻すように紫が口を開いた。

 

「おねえちゃん、全然分からないよ~。それにじっとしてるのもつまんない!」

「余計な口を挟まずに、しっかりと集中するんだ。為せば成る!」

「……?」

 

 唖然とした様子の紫。ああ、そうか。この故事成語は江戸時代に生まれたからまだこの時代にはないんだっけ。

 

「ちゃんと頑張れば必ず結果は付いてくる。だから諦めずに頑張れ!」

「本当にできるかな?」

「今の紫ちゃんにはこれが一番最適な方法なんだ。大丈夫、私を信じろ!」

「分かった! もっともっとやってみる!」

 

 紫は私の言葉に素直に従い、再び目を閉じた。この時代の紫は自分にあまり自信がないように思えるので、こうして勇気づけるのも大事だ。

 それからというもの、紫も腹をくくったのか一切文句を付けることなく、じっと集中し続けており、静かな時間だけが過ぎていく。

 やがて日が落ちかけた頃にようやく雨が上がり、霧も晴れて来たので、私は音を立てないように生乾きの服を身に着け、リュックサックを背負って洞窟の外に飛び出す。目的は今夜の晩御飯探し。近所に八百屋や精肉店はないので、自力で食材を集める必要があった。

 私はセイレンカを探す時に見かけた食用のキノコを充分な量だけ収穫し、日没前に戻ってきた。その間も紫は微動だにせずに瞑想を続けていたようで、私は心の中で感心していた。

 

(さて今のうちにやっておくか)

 

 私は収穫したキノコの下処理を始めた。

 

 

 

 洞窟の外は完全に夜になり、分厚い雲によって月明りが遮られ、辺りは真っ暗になってしまったが、八卦炉から噴き出す炎だけが私達の周囲を灯していた。

 

(静かだな……)

 

 茸の下処理を終えた私は、洞窟の壁に寄りかかりながら外を見ていた。

 こうしていると自然と一体になったような錯覚に陥る。たまには洞窟暮らしも悪くないかもしれない――そんな感傷に浸っていた時、紫のお腹がぐうと鳴った。

 

「……も~ダメー! お腹が減って集中できない~……」

 

 紫は姿勢を崩しぐったりとしていた。中々いいタイミングだな。

 

「それじゃ今日の所は終わりにして、ご飯にするか」

「ご飯!?」

 

 そう言った途端、紫の目に生気が戻る。私はリュックサックに入った色とりどりのキノコの山を見せながら言った。

 

「お前が瞑想している間に採って来たんだ。あいにくキノコしかないが、我慢してくれ」

「わぁ、これ全部食べられるの?」

「もちろん。これでも私はキノコに詳しいんだぜ?」

「へぇ~おねえちゃんは物知りだなあ。前に赤くて白い粒粒があるキノコを食べて気持ち悪くなったから、それ以来あまり食べたいと思わなくて」

「それベニテングダケじゃないか……。下手すりゃ死にかける程の毒があるんだが、良くその程度で済んだな」

「その前に食べた赤色のキノコは美味しかったんだけど」

「紫ちゃんが言ってるのは多分タマゴタケだな。見た目は似てるけど美味いんだよ。今日採って来たのにもあるぞ、ほら」

「あぁー! これこれ! そっかぁ、こっちが食べられるキノコなんだね」

 

 そんなたわいのない話をしながら、八卦炉の火でキノコを焼いて食べていく。キッチンでもあれば焼く以外にも色々と調理法があるのだけれど、まあ仕方ない。

 

「これ甘くて美味しい!」

「まだまだ沢山あるからどんどん食べていいぞ」

 

 紫はリスのように口一杯に頬張りながら、山積みになったキノコを消化していった。今回は調味料を使わずとも美味しく食べれるキノコを選んで採って来た。うん、やはり私の目利きに狂いはない。 

 

「あぁ、美味しかった~。こんなに食べたのは初めて」

「はは、良かったな」

 

 至福の表情でお腹をさする紫は、心の底から満足しているようで、私も何だかほっこりとした気持ちになった。

 

 

 

 食事も終わり、片付けも済ませた後、私は言った。

 

「もう暗いし寝るか」

 

 現代のように電気もない時代、夜更かししても何も意味がない。

 

「寝るって、どうするの?」

「まあ見てな」

 

 私は八卦炉の火力を強くして地面を乾かし、そこに先程まで紫が使っていた布を広げ簡単な寝るスペースを作った。これで布団があれば完璧だったが、ない物をねだってもしょうがない。

 

「今夜はこれで我慢してくれ。明日からはもうちょっとマシな寝床をつくるからさ」

「ううん、これで充分だよおねえちゃん」 

 

 それから私と紫はその布の上に並んで寝ころび、掛け布団の変わりに上着をかけたが、面積が小さく隙間から風が吹きつけて寒い。私は僅かに離れた所に寝転がる紫にこう言った。

 

「紫、もっとこっち来ていいぞ?」

「いいの?」

「ああ。くっついて寝た方が暖かいからな」

「うん!」

 

 その日の夜は、互いに抱き合うようにして眠りについた――。

 

 

 

 ――西暦250年6月16日――

 

 

 洞窟に本格的に住み始めて一週間が経過した。最初は現代との勝手の違いに不便さを感じていたが、この頃にもなるといつも楽しそうにしている紫や慣れもあり、サバイバル生活に適応しつつあった。

 私は体質的に飲まず食わず、不眠不休でも活動できるが、紫はそういう訳にはいかない。雨が降らない天気の時は紫と一緒に森へ繰り出し、近くの川魚を捕ったり、キノコを摘み取ったり――その際に食用のキノコと毒キノコの見分け方をレクチャーするのも忘れずに――時折襲ってきた狸などの野生動物を返り討ちにしながら弥生時代を暮らしていた。

 余裕のある時は一人で南の村に赴き、そこの村人達と交渉して、森の中で取れた食材を布や土器といった生活用品と物々交換してもらい、洞窟生活の基盤を整えた。ちなみにこれは余談だが、彼らの日本語は現代語と文法が違い、一部の発音が訛っていた為、意思の疎通に身振り手振りを交える必要があり大変苦労した。紫は現代語に近い話し言葉だったのですっかり忘れていたが、時代と共に言葉も変遷するものなんだよな。今度来る機会があればにとりの翻訳機を借りてこよう。

 もちろん、これらが一日の全てではない。時間が空いている時、紫には、人も妖怪も関係なく時代を越えても普遍的な社会的ルールや、幼い子供にやるような情操教育を行い、自分の体験も交えつつ彼女に命の大切さを説いた。紫はいまいち意味分かってなさそうな態度だったけど、きっと伝わったと信じたい。余計なお世話かもしれないが、今の純粋な紫はそれだけ危なっかしく、心配だったのだ。

 他にも鬼ごっこやかくれんぼといった簡単なゲームや、私の背中に乗って一緒に空を飛び回ったりして、私自身も童心に返ったように遊びまわり、体感的にはあっという間だった気がする。

 さて、現在の時刻は西暦250年6月16日午前10時00分、この時代に使われていた和暦に合わせるなら神功皇后(じんぐうこうごう)50年4月30日の今日、私は洞窟前の平らな場所に座り、そこで瞑想をしている紫を見つめていた。

 空は珍しく気持ちの良い青天で、鳥や虫の鳴き声がそこかしこから聞こえている。

 

(そろそろ何か掴んで欲しいんだけどな……)

 

 ここ一週間、先述した出来事以外の時はひたすら紫に特訓をさせていたが、未だに兆候が現れない。当の本人に手ごたえを聞いても、思い浮かぶのは食事のことや私と遊んだ時のことばかりらしく、最近では瞑想から妄想になりつつある始末。

 一朝一夕で出来ることではないと思っていたけど、こうして現実を目の当たりにすると焦燥感が募り始める。未来の事を知っているからこそ余計に。

 

(ううむ、もう少し情報を与えるべきか? いやでも、長い目で見るのが大切な訳だし)

 

 そんな葛藤の中、紫の様子がいつもと違うことに気が付いた。

 

(……? もしかして)

 

 近くに寄ってみると、頭がリズムよく上下に僅かに動き、うつらうつらとしていた。

 

「こら、寝るな」

「……はっ! ご、ごめん。おねえちゃん」

「全く、まだ寝るには日が高いぜ?」

「だって退屈なんだもん。おねえちゃんと遊んだ方がよっぽど楽しいよ」

 

 この時代の紫は非常にアグレッシブで、現代のインドア派な彼女とは天と地ほどの差がある。その辺もまた、精神が成熟しきっていないということなのだろう。

 

(仕方ない、ここは少し後押ししてやるか)

 

 私は言葉を選びながらアドバイスをすることにした。

 

「紫ちゃん。瞑想とは心を空っぽにして無にすることなんだ。そうすることで余計な雑念が排除され、心の奥底に眠る自分と向き合うことができる。なんなら今までの人生を振り返ってもいい。自分のことを心から理解しない限り、前には進めないぜ」

「ん~良く分からないけど、とりあえずやってみるね」

 

 そうして紫は再び瞑想の姿勢に戻っていった。私の話したことを実践しているらしく、彼女は微動だにせずに集中していた。

 

(これは期待できそうだな)

 

 少しの期待感を持って見守っていると、紫は急に立ち上がった。

 

「おねえちゃん! 分かった、わかったよ!」

「おお、遂にか!」

「見ててね、おねえちゃん。それー!」

 

 掛け声と共に紫が両手を前に突き出すと、前方に生えていた杉の木の表面に小さな裂け目が浮かび上がり、それがざっくりと開いて黒い穴が出現する。

 

(!)

 

 黒い穴が消えた跡には、木の真ん中に錐でくりぬいた時のような丸い穴が生まれ、向こう側が見えていた。

 

「い、今のは――!」

「わたしの能力で空間を操って木に穴をあけたの」

「おお~凄いじゃないか!」

「まだまだ!」

 

 そうして紫が片手を突き出すと、今度は木の直径を優に超す黒い穴が胴体を飲み込み、根っことの繋がりを失った杉の木は大きな音を立てながら倒木した。

 

「ほら、今度は大きな穴が開いたよ? 見た見た?」

「この目でバッチリとな。とうとう能力が開花したんだな! おめでとう、紫ちゃん!」

「えへへ。おねえちゃんのアドバイス通り、〝わたし″の原点に向き直ってみたら、今まで悩んでいたのが嘘みたいにパッと思い浮かんだの!」

 

 紫ははにかむ表情で私を見上げていた。

 今の紫が〝穴″と表現しているものは、間違いなく後世でスキマと呼ばれるモノだろう。この時代の紫が創り出したスキマは、切れ目の両端に結ばれたリボンがなく、穴の中から此方を覗く不気味な多数の目も存在しない真っ暗なモノだった。

 

「見てて、次はもっと凄い穴を創るから!」

 

 上機嫌な紫は、両腕を目いっぱい広げたが、いつまで経っても目の前の森に変化はなかった。

 

「あれ? 今度は全然できなくなっちゃった」

「きっとまだ力が不安定なんだな。安定して能力が使えるようになるまで、繰り返し練習だ」

「よ~し頑張るよー! 必ずおねえちゃんより強くなってみせるからね!」

「ああ、その意気だぜ!」

 

 紫は意気揚々と拳を突き上げていた。

 

 



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第176話 別れの後

高評価ありがとうございます。


 ――西暦250年6月30日午後1時30分――

 

 

 紫の能力が覚醒してから二週間後の良く晴れた日の事、私と紫は森の中に居た。

 

「グルルルル!」

 

 数歩先には牙を見せながら威嚇する一匹の犬妖怪の姿がいて、全身から殺気を溢れさせ今にも襲いかかってきそうだ。私の実力なら目を瞑ってても勝てるレベルの低級妖怪だが、紫は震えながら後ろに隠れていた。

 

「こ、怖いよおねえちゃん。本当にやるの?」

「大丈夫だ。紫ちゃんの力ならなんとかなる」

「で、でも……」

「毎日一生懸命特訓してきただろ? いざっとなったら私が助ける。だから思いっきりやってこい!」

「う、うん!」

「グワアアアア!」

 

 意を決して前に踏み出した瞬間、牙を剥き出しにした犬妖怪が飛び掛かる。紫はまだオドオドしながらも「えいっ!」と、かわいらしい掛け声と共に手の平を突き出した。

 すると、紫の正面に黒い穴が現れて犬妖怪の体をそのまま呑み込み、数秒後に同じ場所に開いた時には、白目を剝いた状態で倒れていた。

  

「ど、どうなったの?」

 

 私はその犬妖怪の近くにしゃがみ込み、様子を確認する。目に見えた傷は無かったものの完全に息絶えていた。

 

「こいつはもう死んでる。お前ひとりの力で妖怪を倒したんだ。やったな紫ちゃん!」

「わ、わたしが……」

 

 未だに両手が小刻みに震えている紫は、目を大きく見開き、唖然とした様子で死体を見下ろしていた。

 ここ二週間、日々の生活の合間に特訓を重ねていったことで、紫は驚異的な速度で成長していた。覗き穴程の小さいスキマから、洞窟サイズまで作れるようになった他、スキマの中に人や物が入る事に気づいてそこに身を隠せることを知り、更にはスキマ同士を繋げて別の場所に瞬間移動することもできるようになった。そして今日、初めて妖怪相手に能力を使ったのだが見事に撃退して見せた。これは紫の妖怪人生にとって大きな一歩となる。

 

「私が初めて魔法を使えるようになったのに一ヶ月掛かったからな。そう考えると、紫ちゃんは天才だぜ」

 

 もちろんこれは未来を知っているからという理由ではなく、この三週間の成長ぶりを見ての発言だ。私が命名するならば、今の彼女はまだ『空間を操る程度の能力』でしかないが、年を重ねて妖力が上がれば、境界を操ることだって可能だろう。

 

「おねえちゃん――そっか、この力があればもう怯えなくてもいいんだ。わたしを追い出した人間達にだって……」

「紫ちゃん、その考えは良くない。考えなしに能力を使うような真似は絶対に駄目だぜ」

「どうして? わたしの力があれば、なんの能力もない人間なんか恐れる必要ないでしょ?」

 

 無邪気に人間を見下す発言をする紫は、やはり根っからの妖怪なんだなと再認識させられるもので、元人間の私とは大違いだ。

 

「確かに人間は弱い。けどな、弱いからこそ人間は一か所に集まって地域社会を築き、知恵を振り絞って外敵に対抗するんだ」

「そうなの?」

「ああ。そうやって人間はこれまで生きて来たんだ。もし妖怪が人間よりもあらゆる点で優れていたら、とっくに人間という種は絶滅しているだろ?」

「言われてみれば……」

「別に人を襲うなとは言わない、それが妖怪の本能だからな。しかし無差別に襲ったり、後先考えずに行動すると必ず手痛い反撃を食らうことになるぜ。私も昔、無計画に勝負を挑んで痛い目を見たからな」

 

 妖怪に寛容な幻想郷でも、ルールを無視して暴れ回った妖怪は博麗の巫女や退魔師に退治される。まだまだ妖怪の勢力が盛んなこの時代なら、尚更その危険性が高い。元が人間だからという依怙贔屓ではなく、純粋に彼女を思っての助言だった。

 

「おねえちゃんが? ――わかった。ちゃんと考えて行動するよ」

「えらいぞ」

 

 素直に頷く紫の頭を撫でると、彼女はニコリと微笑み、心を和ませてくれる。長く暮らしていれば情も湧くもので、彼女が本当の娘のような愛おしさすら感じつつあった。

 

(――これならもう大丈夫だな。名残惜しいけどそろそろ潮時か……)

             

 だけど二週間前から抱いていた予感は、今日を持って確信に変わる。長かった私の弥生時代の生活も、とうとう終わりの日が来た事に。

 

 

 

 それから妖怪の死体を処理した後、私と紫は洞窟へと帰ってきた。

 すっかりこの時代の拠点となっている洞窟内は、来たばかりの頃よりも多くの物が増え、風を凌ぐために作った布を継ぎ接ぎしただけの小さなテントには、布を重ねただけの簡単な布団や、土器鍋などの生活用品が散らかっていた。

 私は洞窟の天井に張ったロープに干していた替えの洋服や、地面に置かれたキノコ採りにも使った採集道具を片付けていく。ここにある土器の一つでも持ち帰ればかなり考古学的な価値がありそうだが、後々面倒なことになりそうだし、もったいないけど置いていこう。

 

「おねえちゃん、なにしてるの?」

 

 洞窟の入り口から響く舌足らずな甘い声に背中を向けたまま、作業の手を止めずに答えた。

 

「帰り支度さ」

「え――?」

「紫ちゃんはきちんと能力を使えるようになって、生きる術も学んだ。もう私が傍に居なくても大丈夫だぜ」

「そんな……」

 

 やがて片付けも終わり、リュックサックを背負った私は「じゃあな、これから先も頑張れよ」と洞窟を後にしたが、紫は追いすがってきた。

 

「ま、待っておねえちゃん! わたしも行く!」

 

 私は足を止め、振り返りながら言った。

 

「――頼むよ。これ以上我儘を言わないでくれ」

「だって、だって……意味が分かんないよ。どうしてそんな、急に別れるなんて言うの!?」

「元からそういう約束だったろ? もう私には心残りがないんだ」

「やだやだ! わたしはおねえちゃんと一緒に居たいし、もっと色々教えて欲しいの! お願いだからもうわたしを置いていかないで! うわぁぁぁん!」

 

 腰にしがみついたまま、終いには森中に響き渡りそうな大声で泣き出してしまい、私はほとほと参ってしまった。

 

(弱ったな……。まさかこんなに懐かれていたなんて、どうやって説明したらいいんだろ)

 

 そんな時、私の身に突然浮遊感が生じ、目線が幼い紫と同じくらいになった。何事かと思い目線を下にやると、下半身が足元に開いたスキマに呑み込まれているではないか。抜け出そうと地面に手を付いて力を込めても、まるで石のように硬くびくともしない。

 

「こ、こらっ。何をするんだ! 私を出せー!」

「イヤ。もう絶対に離さない。おねえちゃんはいつまでもわたしと一緒に居るの。ウフフ」

「……!」

 

 ぶら下がった両手で握りこぶしを作り、涙声でそう言い放つ紫に私は言葉を失った。彼女は頬に一筋の涙の跡が残り、一見すると微笑んでいるように見えるが、その目は笑っておらず、現代で散々見た胡散臭く謀略をめぐらしている時の表情にそっくりで、末恐ろしさすら感じさせる。

 今の紫はまだまだ発展途上だし、自らの魔力を全開放して強引に力押しでいけばスキマから抜け出せるだろう。しかしこの感じでは地の果てまで私を追いかけてきそうだ。流石に時間の境界は飛び越えられないだろうけど、居なくなった私を延々と探し続ける――なんてことになったら現代にも影響が出かねない。

 何よりも紫の気持ちを考えれば、心の整理を付ける間もなく、あまりにも唐突すぎる別れの言葉だった。こんな子供を追い詰めて、私は酷い女だな。

  

「――なあ紫。私はな、今よりもずっと遠い明日から来たんだ」

「え?」

「この時間に来たのはほんの些細な理由でさ、私の居た時代にはもう絶滅していたセイレンカさえ手に入れてしまえばすぐに帰るつもりだった。それがまさか幼い頃のお前に会っちまうなんて、運命の悪戯とは恐ろしいもんだぜ」

「なにを、言ってるの?」

「お前とは今よりもずっと遠い明日で、同じ志を持って戦った。時には敵対することもあったけど、歩く道は同じだった。お前が居なければ、私は理想の世界に辿り着けなかったよ」

 

 どうせ今の紫に言っても分からないだろうな、と諦めにも似た思いを抱きつつ私は語っていく。

 

「紫。私とお前では生きる時間が全く違うんだ。お前がここで独り立ちしてくれないと、私は死ぬことになる」

「死ぬ……? おねえちゃんが?」

「そうだ。私はお前が創り出した理想の世界で生まれたんだ。そこでは私を待っててくれている古い友達がいて、他にも沢山の友達が楽しく暮らしている。――もちろんお前もな」

「友達――!」

「酷い事を言っているのは充分理解してる。私の事を恨んでくれても構わない。それでも私は帰らなきゃいけないんだ! 頼む、この通り!」

 

 そう言って私は両手を合わせ、誠心誠意拝みこんだ。

 咄嗟に思いついた言葉(言い訳)はこれくらいだった。これで駄目なら後は野となれ山となれだな。

 紫の顔を見上げる勇気もなく、刻一刻と時間だけが過ぎていく。風に揺られ、草木がざわめく音だけが聞こえる中、紫は絞りだすような声で口を開いた。

 

「――そっか、そう、だよね。おねえちゃんはわたしだけのものじゃないもんね」

 

 直後に能力は解かれ、私は地面が下からせりだされるような形で元に戻る。紫は俯いていて表情が見えなかったが、その影となる地面には水滴の跡が残っていた。

 

「わたし、自分の事ばかり考えていて、おねえちゃんの都合なんてちっとも考えてなかった……! ごめんなさい……」

「私の方こそ辛い思いをさせてごめんな紫。いつか必ず会いに行くからさ、その日が来るまで待っててくれないか?」

「うん……! うぅぅ……」

 

 両手で顔を覆い、肩を震わせながら声を殺して泣く紫を、私は優しく抱きしめていた。

 

 

 

 紫が落ち着いた頃、私は彼女と手を繋ぎながら森の中を歩き、目印を付けた大木の前へと戻って来た。その間の会話は無く、紫は浮かない表情で唇をギュッと結んだままだった。

 私は一度木の頂上と幹に巻き付いた赤いリボンを回収してから、大木の前で紫に向き直る。

 

「それじゃあ紫。元気でな」

「うん……。グスッ」

 

 泣きはらした目で私を見上げる紫の頭を撫でた後、大木の傍まで歩いていき、心の中で唱える。

 

(タイムジャンプ! 行先は西暦215X年9月30日午後2時30分!)

 

 足元に歯車が幾つも噛み合った魔方陣が現れ、そこから眩い光が生じ、世界が段々と真っ白になって遠ざかって行く。

 

「おねえちゃん! 必ずわたしに会いに来て! 約束だからね!」

「ああ、約束だ! 【遠い未来で宜しく!】」

 

 胸の前で両手を握り、感情を剥き出しにして叫ぶ紫に手を振りながら、私は元の時間へと帰って行った。瞳の裏にその姿をしっかりと焼き付けて――。

 

 

 

 

 ――西暦215X年9月30日午後2時30分――

 

 

 

 タイムジャンプが終わり、私は森の入り口の平原に立っていた。弥生時代より暖かく慣れ親しんだ空気、後ろには小高い緑の丘が延々と続き、果てには空が見える。

 私は大きく伸びをしながら「んーっ! どうやら、何事もなく帰ってこれたみたいだな」と、過去から持って来た疲労感を体内の二酸化炭素と共に吐き出した。

 

(それにしても、幼い紫は素直で可愛かったなあ。あんな子が将来胡散臭いスキマ妖怪だなんて呼ばれるようになるんだから、月日の流れってのは恐ろしいぜ)

 

 はたして、弥生時代で紫と過ごした三週間は現代に影響があったのか。まあここが幻想郷なのは雰囲気で分かるし、私の予感では何も代わってない気もするけど、後で霊夢に紫の事をそれとなく聞いてみよう。

 

(さて、後は300X年に跳んで、月の都にセイレンカを届ければいいんだけど――今は温かい風呂に入りたい気分だな)

 

 弥生時代の生活では満足に水浴びすることができず、私の自慢の髪はバサバサになってしまい、定期的に水洗いしていたものの、洋服からは生臭い獣のような匂いがしていた。アリスや咲夜ほどオシャレに拘っている訳ではないけれど、小汚い恰好で開き直っていられるほど女は捨ててない。

 私は一度自宅に戻ることにした。

 

 

 

 それからニ時間半後、浴槽に長く入り汚れた衣服も新調して身支度を整え、身も心もさっぱりした私は玄関を開け放つ。外はすっかり夕方となっていて、西日が私の家を照らしていた。

 

「よ~し、行くか!」

 

 もうすぐ夜になるが、タイムトラベラーの私に時間なんて合ってないようなもの。意気揚々と飛び出そうとしたその時、目の前の開けた空間がチャックのように裂け、足を止める。

 

(! もしや――)

 

 裂けた空間から現れたその人物は、実体のない境界に腰かけ、「あら、魔理沙じゃない? ごきげんよう」と優雅に挨拶する。こんな芸当が出来るのは幻想郷広しといえどもただ一人。

 

「ゆ、紫ち――!?」

 

 正真正銘大人になった紫の前であらぬことを口走りかけたが、咄嗟に自らの右手で口を塞ぐ。危ない危ない、今の彼女を子ども扱いしたら何を言われることか。

 

「なによ? そんなに驚いて」

「い、いや別に!? き、気のせいだろ?」

「その割には、さっきから目が泳いでるみたいだけど?」

「そ、そうか? は、ははははは」

「変な子ねえ……」

 

 訝し気な紫に、私は空笑いを浮かべるしかなかった。

 

『おねえちゃーん!』

 

 つい先程まで一緒に暮らしていた幼い紫の姿がちらつき、まともに顔を見ることができない。なんなんだこの気持ちは? 平静に、平静に……。

 

「と、ところで、私に何の用だ?」

「たまたま近くを通りかかったら、玄関を出る貴女の姿が見えて声を掛けたのよ。ちょうど良かったわ。実は貴女に訊ねたいことがあったんだけど――」

「わ、悪いな。今ちょっと急いでるんだ。また今度にしてくれ、それじゃ」

「待ちなさい」

 

 会話を切り上げて飛び立とうとした私の右腕を、紫の右手が掴む。細い腕ながらも見かけによらず力強く、かといって締め付けられているような痛みもない、絶妙な力加減だった。

 

「貴女の用事なんか時間移動すればどうとでもなるでしょ? 私の時間は有限なのだから、こちらを優先して欲しいわ」紫は手を放す。

「う……」

「それに今の貴女は明らかに怪しいわ。ちゃんと私の目を見て話しなさい」

「お、おう。そうだな」

 

 私は胸に手を当て一度深呼吸をした後、目の前で怪訝な顔つきの紫を見据えた。

 曇りのないパッチリとした紫色の瞳、すらっとした鼻に艶めく唇、透き通る肌。腰まで伸びた長い金色の髪は、毛先を束ねて幾つものリボンで留めていて、頭には赤い細リボンが施された白いナイトキャップを被っている。服装は紫色を基調にしたフリルの付いたドレスを着用し、両手には真白のオペラ・グローブ、足にはこげ茶色のレースアップロングブーツを履いており、彼女が差している薄桃色の日傘とも相まって、貴族の令嬢のような印象を受ける。

 すっかりと成長して美人になった紫だが、幼い時の面影は僅かに残っていて、私は生き別れた娘に再会した時のような感慨深さを覚えていた。

 

「なあに? 今度はぼうっとしちゃって。まさか私に見惚れちゃったのかしら?」

「か、からかうなよ。馬鹿」

 

 図星を突かれ咄嗟に否定するも、それを見透かすように紫はクスクスと笑いながら、「まあ冗談もこれくらいにして、本題に入らせてもらうわ」と切り出した。

「今からおよそ6時間近く前、貴女宇宙飛行機に乗って幻想郷を飛び出して行ったでしょ?」

「気づいていたのか」

「あの機体には私の能力が一部使われてるのよ? 気づかない訳ないじゃない。どこへ行っていたのか教えてもらえないかしら?」

 

 微笑んでいる紫は、尋問と言うよりは、心を開いた友人に訊ねるような優しい声色だった。別に隠すようなことでもないし、ここは正直に話すことにしよう。

 

「一週間前に私がタイムトラベルの体験談を話した時、39億年前にアンナという宇宙人の少女に会って、また遊びに行くと約束したエピソードがあったんだけど、覚えているか?」

「ええ、生命が芽生える前の地球に不時着してきたのでしょう? 印象に残っているわ」

「今日になってその星に行こうと思い立ってな? 昼前くらいの時間に、にとりの家に向かったんだけどさ、機体が未整備でおまけにワープに使う燃料も足りないらしくて、一度300X年の月の都に向かうことにしたんだ」

「300X年に?」

「元々あの宇宙飛行機は31世紀の月の技術で改良されたものだからな。22世紀の現代では、まだまだテクノロジーが未発達だと思ったんだ」

「ふ~ん」

 

 相槌を打ちながら話を聞いている紫。

 あまりに自然過ぎて今気づいたけど、こうしてお互いに会話が通じているということは、弥生時代での私の行動による歴史改変の影響は起きていないらしい。

 

「けどその割には見当たらないようだけど」

「それがさー、依姫の奴整備してもらいたいなら金払えって言って来てさ、しかもその額が私とにとりの全財産を合わせても足りないと来たもんだ。しょうがなく彼女の要求を呑んで私だけ幻想郷に戻って時間遡航してさ、三時間くらい前にようやくこの時代に帰って来た所なんだ」

「へぇ、大変だったのねえ。いったいどんな要求をされたの?」

「永琳の誕生日プレゼントとして送るために、大昔に絶滅した花を持ってきて欲しいとさ。『それくらいなら』と思って安請け合いしたけど、見つけ出すのにかなり苦労したぜ」

「そう――」

 

 実はもっと凄いことがあったんだけど、本人の前でそれを話していいのか迷う。今の紫からしてみればイメージ崩壊も良い所だし、掘り返してほしくないのかもしれない。さっきもそれとなく匂わしてみたけど何の反応もないし、敢えて知らないふりをしているのか、あるいは本当に忘れちゃったのか。私は更に彼女の反応を探る事にした。

 

「採って来た花がちょうどこの鞄の中に入ってるんだけど、見てみるか?」

「もちろん、太古の昔に絶滅した花なんて興味あるわ」

「少しだけだからな」

 

 もったいぶるような素振りを見せつつ鞄を開けると、眩い光が私達の目を突き刺し、思わず手で遮った。

 

「うわっ、眩し!」

 

 やっと目が慣れて来た所で、鞄の中を落ち着いて観察すると、その光源はなんとセイレンカから発せられていた。どうやら結晶化した花弁には光を溜めこむ性質があるようで、まるでダイヤモンドのように光の乱反射が起こっていた。

 

「わぁ! とても綺麗な花ねぇ~! 名前は何て言うのかしら?」

「『セイレンカ』だぜ」

「『セイレンカ』――清らかで美しく、この花にピッタリね……! 心が癒されていくわ――」

 

 紫はうっとりとした様子で花を眺めていたが、私は心に穴が開いたような気持ちでその横顔を見つめていた。

 

(この花はお前と一緒に苦労しながら採って来たんだけど、すっかり私の事は忘れちゃったみたいだな)

 

 まあ彼女が幼い頃の話だし仕方のないことか。小さな溜息と共に私は鞄を閉じる。紫は少し残念そうに「もうお終いなのね」と呟いていた。

 

「――とまあそういう訳で、今から300X年に行くんだ」

「貴女の話は良く分かったわ。気を付けてね」

「ああ」

 

 そう言って前に足を踏み出し、紫の横をすれ違った後、彼女の声が聞こえた。

 

「――ようやく貴女にこの言葉を伝えられる日が来たわ。幼い私を助けてくれてありがとう。貴女と過ごした三週間は、私の一番の思い出なの」

「!」

「またね、〝おねえちゃん″」

 

 振り返った時にはもう、彼女の姿は影も形も無くなっていた。

 

(紫――! ふっ、そういうことか)

 

 思い返してみれば、一週間前に私が年表を公開した時、200X年より過去の空欄に注目してたり、念を押すようにタイムトラベルの確認があった。なるほど、初めから知っていたんだな。

 

「――またな、紫」

 

 既に居ない彼女に向けて呟き、私は永遠亭に向けて飛んで行った。




ここまでお読みいただきありがとうございました。





以下に補足説明を書いておきます(読まなくても本筋には関係ありません)

172話から続いた弥生時代のエピソードは、46話で話していた紫の過去話及び、番外編の第153話の本文中に記された(β)の内容に含まれます。

(ちなみに番外編では魔理沙の動機、滞在日時、目的が異なっているので、魔理沙が紫を助けたという事実は変わりませんが、今回の話で描写された西暦215X年9月30日の二人の会話は起こりませんでした)


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第177話 忠告

 ――西暦300X年6月10日午後1時10分――

 

 

 永遠亭の前でタイムジャンプを行い、西暦300X年6月10日午後1時10分――依姫とにとりと別れた五分後――に到着すると、敷地の門の前に鈴仙が立っていた。

 

「おぉ、本当にこの時間に来た!」腕時計に一瞬目をやった彼女はこちらに近づき、「待ってましたよ魔理沙さん」と和やかに話しかけて来た。彼女は215X年に比べ背が僅かに伸びていて、私よりも目線が高くなっていた。

「待っていた、だと?」

「はい。貴女宛にお手紙を預かっていますので」

 

 鈴仙は右手に持っていた真っ白な角封筒を私に見せた。見た感じでは宛名も何も書かれていないようだが……。

 

 

「手紙って、私は215X年9月30日から来た魔理沙だぜ? この時代の私に渡してくれよ」

「いいえ、その日から来た貴女で間違いありません。差出人は魔理沙さん――貴女から見て850年後の貴女なんですから」

「!」

 

 驚いてる間にも鈴仙は私の手を取り、半ば強引にその角封筒を持たせた。

 

「それでは確かに渡しましたよ。では私はこれで! 久しぶりにお師匠様に会える~♪」

 

 鈴仙は鼻歌交じりに永遠亭の中に戻って行ったが、私はそれどころではなかった。

 

(未来からの手紙だと?)

 

 私はこれまで、霊夢や別の歴史のマリサも含めて様々な歴史改変をしてきたけれど、一貫して自分自身の過去には干渉してこなかった。それが一体どういう風の吹き回しなのか。

 私は封を開けて中を確認する。そこには折り畳まれた一枚の便箋が入っていた。

 

『過去の私へ。この手紙を読んでいるということは、私は既にもうこの世にはいないだろう――』

 

(んなっ!?)

 

 冒頭から明かされる衝撃の事実に一気に冷や汗が噴き出した。未来の私が死んでいるだと? タイムトラベルの力があるのにか?

 もうすぐ夏だというのに身体が異常に寒い。全身が震え、心臓が破裂しそうなくらいにバクバクしている。続きを読みたいと思う私と目を背けたいと思う私、二律背反の葛藤に苛まれながらも、私は覚悟を決めて読み進めることにした。

 

『――というのは嘘だ。一度こういう書き出しをやってみたかっただけで、特に深い意味はない。今も私はピンピンしてるぜ☆』

 

「はあっ!?」私の間抜けな声が竹林の中に響き渡る。

 

 なんなんだこのふざけた文章は! 人を馬鹿にしているにも程がある! さっきまで戦々恐々としていたのが陳腐に思えて来た。

 すぐにでも破り捨てたくなったが、腐っても未来の私からの手紙だ。ぐっと堪え、私は再び手紙を読み始めた。

 

『さて、これ以上ふざけたことを書くと本当に破り捨てられそうなので、ここからは真面目な話をしよう。現在永遠亭の前でこの手紙を読むお前のタイムラインとしては、西暦250年6月9日に遡ってセイレンカを採取し、それから西暦215X年9月30日を経由して西暦300X年6月10日に跳び、永遠亭の転送装置で月の都に向かい、依頼された花を依姫に渡そうとする――そんな流れだった筈だ』

 

(ううむ、当たっているな……)

 

『その後月の都で宇宙飛行機の整備を終え、アプト星への移動手段を得たお前は、妹紅を誘って紀元前38億9999万9999年の8月17日に遡り、アンナのメモリースティックを宇宙飛行機に接続してナビゲーションシステムを作動させる。しかしその直前に、今この手紙を読んでいるお前よりも更に未来の霧雨魔理沙が目の前に現れ、彼女からお前の今後の人生を揺るがすような決断を迫られる事になる。そこで私から忠告を送ろう。『未来の私を信じるな』と』手紙はここで終わっていた。

 

「『未来の私を信じるな』?」

 

 これはどういうことだ? 文脈から考えると、39億年の翌年に現れるもう1人の私のことを指していると思うんだけど……忠告があまりに抽象的すぎて想像がつかない。

 というか、もっと未来の私からコンタクトが来るのは確定なのかよ。ややこしすぎるぜ。

 

(う~ん……)

 

 分からない。この時代のこの歴史で私に手紙をよこした魔理沙は今の私の延長線上の未来な筈なのに、何を考えているのか皆目見当が付かない。私が私を信じなくてどうしろと言うんだ。

 私の名を騙る何者かの可能性もあるけど、それにしてはピタリと過去を言い当ててるし、覆すには弱い。

  

(――ま、ここで考えても仕方ないか。今はまだ様子見だな)

 

 この手紙に書かれていることが嘘か真か、それはこれから分かる事だ。にとり達に下手な事を言って混乱させるのは良くないし、今は自分の心の中に仕舞っておこう。幸いこの文面からしてほんの少し先の未来のことみたいだし、その時になってから判断すればいいじゃないか。

 私は手紙を仕舞い、永遠亭の門をくぐって庭を抜けた先にある玄関の扉を叩いた。

 

「はいはーい」

 

 玄関先で待機していたのかと疑ってしまうような早さで引き戸が開かれ、営業スマイルを浮かべる鈴仙が現れた。

 

「おや、さっきぶりですねー。診察ですかー?」

「馬鹿言うな。月への転送装置使わせてもらいたいんだが、構わないか?」

「ああ、その件でしたか。構いませんよ、ついでに私が手伝ってあげます」

「そりゃ助かるぜ」

 

 私は靴を脱いで片手に持って上がり込み、鈴仙と並んで廊下を歩く。永遠亭は無駄に広い屋敷で、あの部屋まではもう少し時間がかかる。手持ち無沙汰だった私は話を振った。

 

「なあ、お前って永琳と仲が悪いのか?」

「へ? どうしたんですか急に」

「さっき師匠と会うのは久しぶりだとか言ってたじゃん」

「あぁそのことですか。貴女は過去から来たので知らないんでしたね。今の私は人里の大病院の院長を務めてまして、もう永遠亭には住んでないんですよ。今日は久々に休みが取れたので帰って来たんです」

「へぇ! 私の知る鈴仙はまだまだ見習いだったんだがな」

「幾百年にも渡る修行の末、師匠についに認められまして、約700年前に独立開業したんですよ。師匠には開業資金の援助から物件探しまで色々と助けてもらいまして、感謝してもしきれません」

「ふ~ん。でもお前が診療している所とかあんまりイメージできんな。大丈夫なのか?」

「失礼ですねぇ。薬師としての腕は師匠にはまだまだ敵いませんけど、幻想郷で二番目に医術に長けていると自負してるんですから!」

「ほぉ」

 

 半人前だった鈴仙がここまで成長してるとはなあ。ひょっとすると妖夢も一人前の剣士になっているかもしれない。

 そんなとりとめのない話をしているうちに、私達は転送装置のある部屋の前までやってきた。

 

「さ、着きましたよー」

 

 鈴仙は襖を開き、その後に私も続いていく。うん、何度見ても畳の部屋には似合わない機械だ。

 

「私がスイッチ入れるんで、魔理沙さんはあの中に入ってくださいねー」

「おう」

 

 私は転送装置の中に移動し、靴を履いてから合図を送った。

 

「それじゃ頼む」

「いきますよ~」

 

 その直後私は眩い光に包まれ、一分もしないうちに視界が開けた時私は既に薄暗い地下室へと移動していた。

 

「帰ってきましたね」

「おかえり魔理沙ー! 首尾はどう?」

「ああ、ばっちりだぜ」

 

 転送装置から降りた私は、肩掛けカバンを外して中身を見せる。

 

「すごい――!」

「こんなに美しい花があったとは……! 素晴らしいですね」

 

 ダイヤモンドのようにキラキラと輝くセイレンカの美しさに、依姫とにとりは息を呑んでいた。

 

「現代の幻の花は当時でも稀少らしくてな、探すのに苦労したぜ。とりあえずなるべく自然に近いように、根っこと土の部分も含めて採取して来たから、後は好きにやってくれ」

「ご苦労様です。――それにしても本当に綺麗な花ですね。誕生日が来たらすぐに八意様に渡そうと思ってましたけど、一度ゲノム解析にかけてDNA情報を解析することにしましょう。上手くいけば幻の花を生育できるかもしれません」

「そいつはいいな。もし上手く行ったら私にも分けてくれ」

「ええ、いいですよ」

 

 依姫は慎重な手つきで胴乱を受け取り、肩に下げた。

 

「……さて、約束通りこれから宇宙飛行機の整備に入ります。ある程度の時間を要しますが、よろしいですか?」

「構わないぜ。前みたいに終わる頃にタイムジャンプするつもりだし。どれくらいかかりそうなんだ?」

「そうですね。整備そのものは一週間もあれば終わりますが、彼女の要望が多いので、また1ヶ月程かかる見込みです」

「1ヶ月ってことは、今日が6月10日だから7月10日でいいのかな。じゃあその日の午前11時にタイムジャンプするから、またここに来てくれ」

「分かりました」

「にとり、アンナのメモリースティックを渡しておくからさ、何かの役に立ててくれ」

「オーケー。実はまだ分からない部分があったから、ここの設備を借りて調べてみるよ」

 

 私は二人から一歩離れ、西暦300X年7月10日午前11時にタイムジャンプしていった。

 

 

 

 

 ――side out――

 

 

「……では私達も行きましょうか」

「そうだね」

 

 部屋を退出しようとしたその時、彼女達の前、転送装置のちょうど手前辺りの空間に異変が生じ、二人は足を止める。

 何もない床に突発的に線が浮かび上がり、それは現在進行形で形を変えていき、やがて歯車模様の魔法陣に。しかしこの現象は留まるところを知らず、その魔法陣より少し浮かんだ位置に新たな歯車模様の魔法陣が記されていく。これを繰り返して七層に到達した時、模様がバラバラだった七つの魔法陣は重なり合って一つになり、機械式時計の内部機構のように芸術的な魔法陣として完成した。同時に魔法陣の天井部にはローマ数字で表記された時計の文字盤が浮かび上がり、その針は現在の時刻を指していた。

 

「この魔法陣は……!」

「なんか光り始めたよ!」

 

 にとりの言葉の通り、ローマ数字の文字盤からは銀色の鈍い光、精密な歯車模様の魔法陣からは黄金色の光が生じ、性質の異なる光が織り交ざって薄暗い部屋は明るくなっていく。二人が推移を見守っていると、やがて光が収束していき、魔法陣と文字盤は一瞬のうちに崩壊する。

 彼女達の視界が開けたそこには時間旅行者霧雨魔理沙が立っていた。

 

「やっぱり魔理沙だ。でも――」

 

 河城にとりは目の前の彼女に違和感を覚え言葉を止める。綿月依姫もまた、いつになく慎重に口を開いた。

 

「……どうしたのですか? まだ整備は始まってもいませんよ」

「あぁ、ああ分かってる。お前らがこれから何をするつもりなのか、そしてどんな結果になるのかも良く知ってるぜ。私が何者なのか、これで分かるか?」

 

 そう言って時間旅行者霧雨魔理沙がポケットから取り出して見せたのは、三日月模様が刻まれた純金製のメダルだった。上部の縁には金具とリボンが取りつけられ、ネックレスのように首からぶら下げられるようになっていた。

 

「貴女は――! やはりそういうことでしたか」

「ご明察。流石に勘が鋭いねえ」もう用は済んだとばかりに、時間旅行者霧雨魔理沙はメダルをしまった。

 

「貴女とは長い付き合いですから」

「え、どういうこと?」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙と綿月依姫は笑みを浮かべていたが、河城にとりは困惑した表情で二人を見比べていた。

 

「私に何の用ですか? わざわざここにタイムジャンプしてくるなんて、まだあの件が尾を引いているとでも?」

「今回来たのはその事じゃない。実はさっき一か月後に跳んで行った魔理沙について、お前らに話があってな――」

 

 そう前置きして、時間旅行者霧雨魔理沙は綿月依姫に語っていく。

 すっかり置いてけぼりになってしまった河城にとりだったが、彼女への興味から黙って耳を傾け、自身の感じた違和感について推論していく。現在進行形で耳から入って来る情報と、彼女の一挙一動を振り返ったことで、その正体を突き止めるのにさほど時間は必要なかった。

 

「……そういうことね」

 

 河城にとりは小声で呟き、身振り手振り交えながら喋っている時間旅行者霧雨魔理沙を見つめていた。

 河城にとりが導き出した結論、それはつい先程西暦300X年7月10日にタイムジャンプした時間旅行者霧雨魔理沙と、目の前に現れた時間旅行者霧雨魔理沙とではタイムジャンプ魔法陣の模様が異なる事だった。比較すれば、目の前の彼女の方が明らかに緻密で高度だったことは素人目にも分かる。

 彼女は私の知る霧雨魔理沙よりも更に未来の霧雨魔理沙なのだと、河城にとりは確信していた。

 

「――と、いうわけだ。頼めるか?」

「はぁ、別に構いませんが、随分と回りくどいことをするのですね。何の意味があるんです?」

「これはあくまで保険だ。無駄足に終わる可能性が高いが一応な。にとりも協力してくれるか?」

「その前に一つ聞かせて。あんたは私達の味方なの?」

「私が今ここに居る――それが答えだぜ」

 

 河城にとりの疑問に、時間旅行者霧雨魔理沙は堂々と答えた。河城にとりは思考を巡らせ、頭の中で結論を導き出した上でこのように返答する。

 

「……そっか。なら私も手伝うよ」

「サンキュ~。くれぐれも、さっき時間移動した〝私″には内緒で頼むぜ」

「分かってるよ」

「それじゃ、私はこれで」

 

 用件だけ伝えた時間旅行者霧雨魔理沙はタイムジャンプを使用し、この時間から居なくなった。再び静かになった部屋で、河城にとりは訊ねた。

 

「ねえ依姫。今の魔理沙とは随分と親密みたいだけど、いったい何があったのさ?」

「秘密です」

「ちぇっ、ケチだな」

「それよりも早く作業を始めた方が良いのでは? 彼女の注文も含めると1ヶ月では間に合わない可能性が出てきますよ」

「やれやれ、しばらくは徹夜の日々が続きそうだね」

 

 こうして二人は地下室を後にしていった。 



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第178話 魔理沙の思惑(前編)

高評価ありがとうございます。

投稿が遅れてすみませんでした。
今回はSF要素の強い話となっております



 ――西暦300X年7月10日午前10時20分――

 

 

 

 時刻は1ヶ月飛んで西暦300X年7月10日午前10時20分、西暦215X年の時間旅行者霧雨魔理沙が出現する40分前のこと、月の都の入り口には綿月依姫と彼女が率いる三人の玉兎達が立っていた。

 彼女達が見上げる先には月の空を自在に飛びまわる宇宙飛行機の姿。旋回、宙返り、垂直上昇、空中停止、急下降、急加速、超短距離ワープ、といったアクロバット飛行を30分近く繰り返し、航空ショーのような光景に玉兎達は感嘆の息を漏らしていたが、綿月依姫は真剣な眼差しで見守っていた。

 十分後、宇宙飛行機は徐々に速度を落としながら高度を下げて近くの砂浜に垂直着陸。エンジン停止後にハッチが開き、操縦桿を握っていた河城にとりと、小型のタブレット端末を携帯する四人の整備士――全員が玉兎で構成されている――が飛び降り綿月依姫の元へと歩いていく。

 

「いや~終わった終わった! 最終調整もばっちり! まるで自分の手足のように動いてくれたよー!」

「そうでしたか」

「これなら1億光年の長旅も問題なし、後は魔理沙を待つだけだね」

 

 ここで綿月依姫は、満面の笑顔で語っていた河城にとりに対し、後ろの四人の整備士達が青ざめた顔でいることに気づいた。綿月依姫が何か異常があったのかと理由を訊ねると、眼鏡を掛け、知的な印象を受ける玉兎が答えた。

 

「私達もにとりさんと同意見です。宇宙飛行機には何の異常も見当たりませんでしたし、充分なパフォーマンスを発揮しています」

 

 眼鏡の玉兎は綿月依姫にタブレット端末を渡す。画面には宇宙飛行機の情報に加えて、先程のテスト飛行のデータが表示されていた。

 

「彼女の腕前も申し分ありません。率直に申しますと、飛行部隊でもにとりさんに匹敵するパイロットはそう多くありません」

「ただ、少し外の景色を見てしまったら酔ってしまって……」

「うっぷ、気持ち悪い……」

「も~だから外は見ちゃ駄目って言ったじゃん。そもそも重力制御は完璧なんだから、乗り物酔いの症状は気のせいの筈なんだけどね?」

「理屈では分かっているのですが……」

 

 気分を悪くしている短髪の玉兎、青髪の玉兎、金髪の玉兎に河城にとりは呆れていた。

 

「何はともあれ報告ご苦労様です。本日の仕事はここまでで構いません。ゆっくり休みなさい」

「すみません依姫様。お言葉に甘えて休ませていただきます」

「玉兎部隊も持ち場に戻りなさい」

「はい!」

 

 眼鏡の玉兎を筆頭に全員が綿月依姫に一礼して都の中へと戻って行き、残されたのは河城にとりと綿月依姫のみとなった。

 

「それにしても期日に間に合って良かったなぁ。一時はどうなる事かと思ったよ」

「貴女はよく働きました。もし地上の妖怪でなければスカウトしたいくらいです」

「そこまで評価してくれるなんて光栄だね」

 

 そんな話をしている最中、彼女達の前の空間に変化が生じ、二人の注目が集まる。

 一本の黒い線が床に出現したかと思えば、それは見えざる者の意思を持ったかのように素早く書き記されていき、数秒後には七つの魔法陣が完成し、一つ一つが重なることで巨大な歯車模様となっていた。

 中空にはローマ数字が刻まれた文字盤が現れ、短針はⅩとⅪの間、長針はⅦとⅧの間を指しており、現在時刻と寸分の狂いもない。

 そして次の瞬間には眩い光が生じ、二つの魔法陣の間から時間旅行者霧雨魔理沙が現れる。彼女は左手に手提げ袋を下げ、右手で首に下げた三日月型の純金メダルを綿月依姫に見せつけながら、気さくに話しかけた。

  

「よう、調子はどうだ?」

「問題ありません。貴女の保険も込みで仕掛けておきました。こちらがその証拠です」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙は綿月依姫から手渡されたタブレット端末をスクロールしつつ、縮尺された宇宙飛行機のホログラム映像と共に、詳細な整備記録がつけられた電子ファイルを読んでいく。

 

「そこに書いてある通り、ちゃんとナノマシンや防衛機構も搭載しておいたよ。後は私の時代の魔理沙が来るのを待つだけだね~」

「例のメモリースティックはどうなった?」

「あんたの頼み通りワクチンソフトを使用したけど、何も異常なかったよ。といっても、この時代の月製ワクチンソフトが39億年前の異星文明製の記憶媒体に効果があるのか信用できないけど」

「そうでもないぜ。例え星や環境が違っても、宇宙全体の物理法則が変化しない以上到達点は既に決まっているからな。必然的に攻撃的プログラムの種類も限られてくる。案外異星文明ってのはどこも似たり寄ったりなんだぜ?」

「へぇ、まるで見て来たように言うんだね」

「否定はしないぜ」

 

 やっぱりこの魔理沙は機械に詳しく、外の世界のことをよく知っている――。河城にとりはタブレット端末を操作しながら饒舌に語る時間旅行者霧雨魔理沙に感心していた。

 やがてタブレット内の電子ファイルに最後まで目を通した彼女は、満足気に大きく頷いた。

 

「上出来だ。お前達も忙しかっただろうにご苦労だったな。これは私のほんの気持ちだ」

 

 タブレット端末を返還した時間旅行者霧雨魔理沙は、手提げ袋から翡翠色に輝く六角形の石を取り出して綿月依姫に渡す。その大きさは100カラットあり、彼女は目を丸くしていた。

 

「こ、これは――700光年離れたゴレル星原産のグリーンジュエル! しかもこの大きさならこれ一個であの宇宙飛行機を10機も製造できますよ! 本当に貰っても宜しいのですか?」

「気にするな、いつも世話になっているお礼だ」

「分かりました。有難く頂きます」

「にとりにも手伝ってくれたお礼だ。受け取って欲しい」

「え? う、うん」

 

 河城にとりは少し戸惑いながらも手提げ袋を受け取った。

 見た目に反して中身はずっしりと重く、中を覗くと空色の真円球が見えた。その真円球はスケルトンデザインとなっていて、ぎっしりと電子回路が組み込まれ、他にも彼女の知識に該当しない形や大きさもバラバラな機械が幾つか入っていた。

 

「これは一体なんなの?」

「そのボールは2100年製の万能型コンピューターでな? そいつを機械に繋げば搭載されたAIが自動認識して最適な行動を取ってくれる。どんな機械でも100%の能力を発揮してくれるぜ」

「す、すごい! でもなんで50年前のコンピューターなの? 今は300X年なんだし、どうせなら31世紀のコンピューターが欲しかったんだけど」

「この時代の幻想郷を見たお前なら分かると思うが、あの土地は外界から隔離され、科学の発展が禁止された特殊な土地だ。迂闊に外の世界の技術を持ち込むと外の世界と同じ事が幻想郷でも起きかねないからな。紫、隠岐奈、その他賢者達が抑制している。ソイツは215X年の基準で持ち込める最高レベルの代物だ」

「うーん技術者としてはモヤモヤするけど、幻想郷のためなら背に腹は代えられないか。ちなみにこのAIはどれだけの知能を持っているんだい?」

「普通の人間並みの知能があるし、感情も豊かだ。性別は女性型で、アシモフのロボット工学三原則に則られて設計されている。外の世界では主に人間の仕事をサポートするアンドロイドに組み込まれていたぜ」

「アンドロイドか~、幻想郷でそれを創るのは難しそうだけど、まあ何かに使えるかもしれないし有難く貰っておくよ」

「おう。そのかわりと言っては何だが、実は先月魔理沙のことで伝え忘れていたことがあるんだ。聞いてくれないか?」

「? 別にいいけど」

「あのな――」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙の話を一通り聞いた河城にとりは、眉をひそめた。 

 

「魔理沙、あんたが何を考えているのか私にはさっぱり分からないよ。先月と言ってることが正反対じゃないか。それにそんなことをしたらあんたはどうなるのさ?」

「私を信じて今は黙っててくれ。現時点ではこれ以上詳しく話せないけど、これも布石の一つなんだよ」

「……仕方ないな。一度信じると決めたんだし、最後まで付き合ってあげるよ。こんな良い物を貰っちゃったしね」

「助かるぜ」

 

 河城にとりの答えを聞いて時間旅行者霧雨魔理沙は安堵の息を吐く。

 

「ただし! きちんと魔理沙に――私が来た時代の魔理沙にも説明しなよ? 何も知らずに片棒を担がされたら可哀想じゃん」

「どうかな。私の意図に気づけば話すのもやぶさかではないが、結局はアイツの選択次第。私の望む方向に転ぶかどうかは現状五分五分だ」

「あんたは私の時代の魔理沙の未来じゃないの?」

「この計画は私の辿って来た歴史にはないものだ。どうなるかは今の私には分からん」

「……ふ~ん、なるほどね」

 

 河城にとりは理解したように頷いた。

 

「魔理沙。結局霊夢や異なる歴史の貴女は説得できたのですか? 貴女の計画は彼女達を含め、親しい人妖達は皆猛反対していたのでしょう?」

「まあ何とかな。今回の計画はこれまでと特殊なケースだと分かってもらえたみたいで、渋々だけど理解してくれたよ。――私は過去の自分に挑戦状を叩きつけた。こいつが上手く行けば私は私じゃなくなるぜ」

「そうですか。吉報をお待ちしてます」

「ふっ、その時にはもうこの世界は刷新されてるさ」

「……」

「じゃあな」

 

 強張った表情の綿月依姫と河城にとりに軽く手を振り、時間旅行者霧雨魔理沙はタイムジャンプしていった。

 

「魔理沙……」

「彼女は不器用ですね。まるで若い頃の自分を見ているようで、居た堪れなくなります」

 

 河城にとりは胸中に不安を抱いたまま、綿月依姫は遠い目をしながら彼女の足跡を見つめていた。

 

「さあ、もうすぐ貴女の時代の魔理沙がやって来ますよ。気持ちを切り替えましょう」

「……うん。荷物を置いたらすぐに行くよ」

 

 河城にとりは宇宙飛行機に戻り、それから綿月依姫と一緒に待ち合わせの場所へと歩いていった。

 




続きは近いうちに投稿します。


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第179話 魔理沙の思惑(中編)

今回の話は1万文字近くあるので少々長いです


 ――西暦300X年7月10日午前11時――

 

 

  ――side 魔理沙――

 

 

 

 タイムジャンプを終えて目を開くと、依姫とにとりが私を出迎えた。

 

「寸分の狂いなく、時間通りに来ましたね」

「待ってたよー」

「あぁ」

 

(ん?)

 

 何気ないやり取りの間に一瞬感じた引っ掛かり。彼女達を観察すると表情に僅かな陰りが見えて、先程――彼女達の主観時間では1ヶ月経っているが――よりも、雰囲気が良くないような気がした。

 

(気のせいかな?)

 

「整備は終わったのか?」

「ばっちりだよ!」

「都の外に停めてあります。ついてきてください」

 

 先頭を行く依姫とにとりの後に続き、私は部屋を退室する。その移動中、私はタイムジャンプ前に気になっていたことを訊ねた。

 

「依姫、セイレンカはどうなったんだ?」

「先日の誕生日に八意様にプレゼントしたら、『まさかセイレンカを再びお目にかかれる日が来るなんて……!』と、非常に感動していました」

「へぇ、そいつは良かったな」

「八意様のあんな笑顔は久しぶりに見ました。貴女には感謝しています――そうだ。此方が約束の種です」

 

 依姫はセロハンテープで閉じられた小さな紙包みを渡してきた。慎重に剥がして中身を見ると、人差し指に乗る大きさの真っ白な種が十粒入っていた。

 

「種をまく時期は10月~11月頃、気温が低く湿気の多い土地だと良いでしょう。およそ2~3ヶ月で花を咲かせるので――」

「ふむふむ」

 

 話を聞く限りでは、どうやら魔法の森にピッタリな環境のようだ。帰ったら自宅の植木鉢に種をまいてみることにしよう。

 

「にとり、メモリースティックについて何か分かったか?」

「あいにくだけど進展は何もないね。事前情報以上の隠された機能は無かったよ」

「ふ~ん」

「これは魔理沙に返しておくよ」

 

 にとりからメモリースティックを返され、私はポケットにしまう。

 さて、そんな話をしているうちに、綿月姉妹の宮殿を出て月の都を突っ切り、都の入り口へと到着した。

 

「じゃじゃーん! これが生まれ変わった宇宙飛行機だよ!」

 

 にとりが指差す先には、壮大な地球と海を背景に宇宙飛行機が駐機していた。全体が綺麗に磨き上げられ、太陽の光に反射して黒と白のモノトーンボディが輝いている。

 月の都内のオリエンタルな街並みと打って変わって、澄んだ海と砂浜が延々と広がる世界。この立派な乗り物は非常によく目立つ。

 

「……何も変わってなくないか?」

「まあ見た目はそうなんだけどね、中身が色々とパワーアップしてるんだよ」

「こちらが整備内容になります」

 

 そういって依姫が渡してきたのは、紙のように薄く羽のように軽い長方形の機械だった。画面からは目の前の宇宙飛行機そっくりの立体映像が浮き上がり、画面の中にはATG型ナノマシンとか、専守防衛機構などの専門用語が記された難解な文章が表示されていた。

 

「例えばエネルギーシールド。見た目は透明なんだけどね、機体全体に展開することでレーザー光線や粒子砲にも耐えられるようになるんだ。他にもナノマシンによる自動修復装置や、フォトンを用いた――」

「いや、だからそういう技術的な話は良いってば。あんま興味ないし。というか操作方法が分からないし、読んでも全然理解できないからこれは返すぜ」私は長方形の機械を依姫に突き返し、にとりに肝心な事を訊ねた。「ちゃんと飛べるようになってるのか?」

「その点は抜かりないよ。月の技術に不備はないし、私の手できちんとチェックしたからね。ワープ燃料も満タンまで補充したし、航行中の食料もばっちりさ。……というか魔理沙、その調子でアプト星に行って本当に大丈夫なの?」

「どういう意味だよ?」

「だってアプト星は外の世界並に文明が発達してる星なんだよ? 魔法とか妖力なんて超常的な力もないだろうし、少しは科学に精通しておかないとちんぷんかんぷんだと思うけど」

「む、それは……」

 

 呆れた様子のにとりに痛い所を突かれ、私は口ごもってしまった。実のところアンナのメモリースティックをすぐに確認しなかったのは、私の周りの環境が落ち着くまでに時間が掛かったという理由の他に、自身の科学知識の少なさというのがあった。

 科学が当たり前の世界に生まれた早苗と違い、幻想郷に生まれた私はそれを知る機会は少なかったし、魔法使いとして無縁の生活を送って来た。にとりが機械に強いのは言わずもがな、妹紅も改変前の歴史で外の世界に長年暮らしていた訳だし、まずいかもしれない。

 

「手っ取り早く知識を得たいなら、学習装置(がくしゅうそうち)を使った方がいいと思うんだよね」

「なんだそりゃ?」

「実物を持ってくるよ」

 

 にとりは都の中へと引き返していった。

 

「勝手ににとりを歩かせてもいいのか?」

「最初は歓迎しない玉兎もいましたが、今ではすっかり信頼を得てますから何の問題もありませんよ」

「ふーん」

 

 五分後、にとりは黒いヘルメットを抱えて戻って来た。

 

「おまたせおまたせ。これが学習装置だよ」

 

 そのヘルメットは頭だけを保護するタイプとは違って、顔以外の頭全体を覆うような形をしていた。頭頂部には赤色のボタン、正面の穴の上部には透明なバイザーが付いていた。

 

「これを頭に被って後ろのスイッチを入れるとね、中のメモリに保存されている情報を直接脳にインストールするんだ。科学的な原理としては、電子データの電気信号を脳のニューロンと接続してシナプスを活性化させることで、海馬に刺激を与えて情報を大脳皮質に送らせるの。そうすることで長期記憶として定着させるんだ」

「つまりアレか、睡眠学習みたいなもんか」

「まあイメージ的にはそんな感じだね。睡眠学習は科学的な根拠はないけど、学習装置の効果は保証できるよ!」

「うーん、でも私は気が進まないな。なんかそういう方法で知識を得るのって卑怯な気がするし。そもそも魔法使いが使っても大丈夫なのか?」

 

 魔法使いという種族は、魔法という分野を研究する性質上常人とは特殊な脳の使い方をしている。超常的な現象である魔法を自在に操るためには必須の技術だからだ。

 特に私はタイムジャンプ魔法の為に、脳の領域をおよそ10%占有している。数値だけ訊くと大した事ないように思えるが、魔法使いの括りの中ではかなりのハンデとなる。日常生活や簡単な魔法を扱うくらいなら支障がないが、天変地異を起こすような大魔法を使うには、その魔法使いの技量によるものの、大抵100%近く出し切らないといけないからだ。

 身近な人物で例を挙げると、パチュリーは天地をひっくり返すような大魔法でも顔色一つ変えずにやってのけてしまうし、アリスは100体の人形をマルチタスクする能力がある。『動かない大図書館』だとか、『七色の人形使い』みたいな二つ名は伊達じゃないのだ。

 その旨を伝えると、にとりに代わって依姫が答えた。

 

「我々の技術は完璧――と断言したい所ですが、100%成功する保証はありません。地球人やIQ100以上の人型異星人、玉兎達には効果がありますが魔法使いのデータはないからです。仮に失敗すれば記憶の一部を失うことになるかもしれません」

「じゃあやめとくわ。そんな危険を冒す必要ないし」

 

 知識の欲求を放棄するつもりはないが、現状そこまで切羽詰まっている訳でもないし、もっと悠々としててもいいだろう。もうタイムジャンプ魔法の魔導書は時の回廊の咲夜に渡しちゃったし、万一タイムジャンプ魔法が欠損してしまったら一巻の終わりだ。

 

「ではせめてこのタブレット端末をお持ちください。ここには宇宙飛行機のことはもちろん、図解付きで電子機器や装置、社会システムについてのデータが入っています。何かの参考になるかもしれません」

「これはタブレット端末と言うのか。分かったぜ」

 

 さっき突き返したタブレット端末を依姫から再び受け取り、ついでに簡単な操作方法のレクチャーも受けた。まさか画面を触るだけで動かせるなんて、直感的で分かりやすいな。

 

「よし、じゃあ出発するか」

「待ってください。最後に一つ、出発前に話しておきたいことがあります」

「なんだよ、まだあるのか?」

「今はもう殆ど情報が残っていないので詳細は不明ですが、アプト星は138億年の宇宙の歴史全体で見てもかなり宇宙文明の進んでいた星なのは事実です。ひょっとしたら西暦300X年の今よりも科学力が高く、未知なる技術に襲われるかもしれません。くれぐれも気を付けてください」

「ああ、心に留めておくよ」

 

 私とにとりは宇宙飛行機に乗り込み、そのままコックピットへと向かった。新品同様に磨き上げられた内装に、鼻に付くメタリックな匂い。何に使うのか良く分からないボタンや計器類も目算で半分くらい減っていて、かなりスッキリした印象を受ける。

 そしてにとりは操縦席に着き、計器類を操作して出発の準備に取り掛かっていた。

 

「にとり。妹紅を迎えに行きたいから、ここを出発したら一度地球の近くで止めてくれ。その後215X年に遡って幻想郷に入ってから、迷いの竹林上空でこの時間にタイムジャンプするからさ」

「オッケー」

 

 この時代は外の世界の管理が厳しく、許可がないと地球に入れない。非常に面倒だけど、こういった手筈を踏む必要があるのだ。

 やがて準備が整ったにとりは操縦桿を倒し、依姫が見守る中、私とにとりは宇宙空間へと飛び出して行った。

 

 

 

 二度の時間移動を経て、私達を乗せた宇宙飛行機は西暦300X年7月10日午前11時30分に再び帰って来た。

 現在、迷いの竹林上空の妹紅の家がある辺りで静止していて、左手には人里の街並み、反対側には太陽に反射してキラキラと輝くスカイブルーの海が見えていた。

 

「それじゃ妹紅を呼んでくるから、しばらくここで待っててくれ」

「りょーかい」

 

 にとりに断りをいれてから私はコックピットを出てハッチを開く。ギラギラとした太陽が照り付け、冷房が効いた涼しい機内に熱風が侵入する。

 

「あっついな~」

 

 まだ七月上旬なのにこんな暑いのか。ボヤキながらも私は機体から飛び降り、速度を下げながら迷いの竹林にふわりと着地する。鬱蒼と茂る竹林にうっすらとかかる霧が夏の日差しを遮り、良い感じに気温を下げていた。

 私は妹紅の家を探したが、どこを見回しても竹と雑草ばかりで家屋らしきものは見当たらない。

 

(あれ、おかしいな。確かにこの辺りの筈なんだけどな)

 

『迷いの竹林の進み方にはコツがある。目印がないように見えて、気づかない所にちゃんとあるんだ。それさえ把握しておけば迷うことはない』とかつて妹紅は言っていた。その教えてもらった目印が足元にあるので、場所を間違えている筈はないんだけど……。

 

(ひょっとしたら別の場所に引っ越したのかな。彼女に聞きに行ってみるか)

 

 私は竹林の奥に向かっていった。

 

 

 

 やがて永遠亭に着いた私が扉を叩くと、応対に現れたのはなんと輝夜だった。

 

「どちら様? 今日は休診日よ――ってあら、魔理沙じゃない。どうしたの?」

「おお、ナイスタイミング! 実は輝夜に聞きたいことがあって来たんだ」

「?」

「私は215X年から来た魔理沙なんだけど、この時間の妹紅に用があってさっき家を訪ねたんだが何所にも見当たらなくてさ、困ってるんだよ」

「あら、そうだったの。妹紅なら600年くらい前に人里へ引っ越したわ。迷いの竹林側入り口門の通り沿いに建つ、赤色の屋根の一軒家が妹紅の家よ」

「人里にいるのか。サンキュー輝夜」

「あーでも今の時間だと家に居るか分からないわね。妹紅の携帯に電話してここに呼んであげましょうか?」

「それは助かる。ぜひ頼むぜ」

「さあ、上がってちょうだい」

 

 輝夜の招きに応じて私も靴を脱いで上がり込み、玄関から入って右側の廊下を歩いていく。この屋敷内は隅々まで空調が効いているようで、外と比べると天国のような涼しさだった。

 

「輝夜。この時代の妹紅とはどんな感じなんだ?

「どんな感じって聞かれても、妹紅とは腐れ縁みたいなものだし、私達の関係に厚い友情も特別な恋愛感情もないわ。そんな言葉では形容できない関係なんだから」

「ふ~ん」

「ただ、600年前に妹紅が懇意にしていた半獣の先生が亡くなってからは、昔のように遊ぶ(殺し合う)こともめっきり減ってしまったわ。『慧音の遺志を継いで私が人里を守るんだ』って、人里に居ることが多くなっちゃってね」

 

 そういえばいつだったか、改変前の歴史でそんなことを言ってた覚えがある。どうりで探しても見つからない訳だ。

 

「生き甲斐を見つけたのは結構な事だけど、なんだか寂しいわ。私がどれだけ気を惹いても、妹紅の心の中にはいつもあの先生がいるんだから。ひょっとしたら妹紅が羨ましいのかもしれないわね」

「なに言ってんだよ。お前には永琳がいるだろ?」

「永琳は月に居た頃からの従者だし、同じ蓬莱人ですもの。永遠の生を持たない者と絆を築いた妹紅とは全然違うわ」

「おいおい、彼女がそんな単純な理由で一緒に居る訳じゃないことくらい、お前自身が良く分かってるんじゃないのか?」

 

 輝夜は足を止め真剣な表情で考え込んでしまった。私としてはさっさと妹紅と連絡を取って欲しいのだけど、まあ仕方ないか。私は周囲を観察することにした。

 数十mはあるだろう長く幅広い廊下の中ほどに立つ私。竿縁天井に嵌め込まれた電球色の灯りが、左右に並ぶ鶴や花等が描かれた襖をぼんやりと照らしていた。床には私の姿がぼやけて映り込むくらいにワックスがかけられていて、埃一つ落ちていない。ところで、ここから見えるだけでも十部屋以上はあるのに、中から物音一つ聞こえないのは何故なんだろう。居心地の悪さを感じてしまう程に静かすぎる。ひょっとして輝夜以外誰も居ないのか?

 

「……ふふ、そうね。月を追放された時の事、地上で優しいお爺さんとお婆さんに拾われ、大人になった私を月の使者に紛れて迎えに来てくれた永琳の事、長い逃亡生活の果てに幻想郷に流れ着いたあの日の事、貴女に言われて思い出したわ。こんな大事な事を忘れてたなんて、年は取りたくないものね」

 

 輝夜は結論を導き出したのか、自嘲気味に語っていた。

 

「それだけいつも一緒に居るのが当たり前ってことだろ? 切っても切れない良い関係じゃないか」

「ええ。永琳は私の大切な従者よ」

 

 輝夜は女の私ですらドキリとさせるような上品な微笑みを浮かべていた。

 

「魔理沙、絶対に私の過去を変えないでちょうだいね。言葉では語り尽くせない程多くの出来事があったけど、私はこの選択を受け入れてるんだから」

「もちろんだぜ」

 

 大きく頷き、私達は再び歩き出す。先程までに比べて、輝夜の足取りは軽やかだった。

 

 

 

「見えて来たわ」

 

 長い廊下の突き当りを左に曲がって少し進んだ先に腰の高さ程の電話台が設置され、そこにポツンと黒電話が置かれていた。此方もまた綺麗に磨き上げられているけど、近くでまじまじと見ると電話機の至る所に細かな傷が残っていて年季を感じる。

 輝夜は受話器を取り、ダイヤルを回してかけ始めた。

 

「もしもし妹紅? 私よ私。――あ、ちょっと切ろうとしないでよ。まだ何も言ってないじゃない。――はいはい、手短に用件だけ伝えるとね、215X年の魔理沙が貴女に用事があるらしいのよ。今隣にいるから電話代わるわね? ……はい、どうぞ」

「サンキュ」

 

 輝夜から受話器を受け取り、耳に当てる。スピーカーの奥からは、ここではないどこかの喧騒が聞こえてきた。

 

「妹紅、私だ。39億年前の地球で会ったアンナとの約束覚えてるか?」

『覚えてる覚えてる。『いつかあたしの家に遊びに来てください』って言ってたよな』

「そうそう。その約束を果たそうと思い立って迎えに来たんだが、今から行けるか?」

『随分と急な話だな。うーん……まあタイムトラベルだし、時間は大丈夫か。分かった。なるべく早くそっちに行くから待っててくれ。それじゃ』

 

 そうして電話は切れ、受話器を元の場所に戻した。

 

「なにか面白そうなことをするみたいね?」

「39億年前のここから1億光年離れたプロッチェン銀河のアプト星に遊びに行くんだ。お前も来るか?」

「遠慮しておくわ。私は月の姫だから、この星から離れるわけにはいかないのよ」

「? そうか」

 

 良く分からない理由で袖にされてしまった。

 それから玄関へ移動した私と輝夜は、(かまち)に座り、永琳の誕生会の話をしながら時間を潰していた。輝夜曰くセイレンカを大層気に入った永琳は、普段使われてない空き小部屋をわざわざ冷室に改造し、そこで甲斐甲斐しく世話をしているらしい。そこまで気に入ってくれたのなら、私も調達してきた甲斐があるものだ。

 その後も、輝夜が誕生会で行ったサプライズや鈴仙の一発芸、因幡てゐの出し物などの話に花を咲かせていた所で、ガラガラと音を立てて玄関の戸が開き、身の丈より大きなリュックサックを背負った妹紅が現れた。

 

「よっ、久しぶりだな」

「おう」

 

 妹紅は最後に会った時からまるで変わっておらず、安心感を覚える。

 

「早速だけど、この竹林の上空に宇宙飛行機が待機してるんだ。行こうぜ」

「ここに来る途中に見えたアレか。分かった」

「輝夜、妹紅が来たから私は行くぜ。電話貸してくれてありがとな」

「私からも一応礼は言っておくけど、それだけだからな。変な勘違いするなよ?」

「クスクス、二人ともいってらっしゃい」

 

 愉快そうな輝夜に見送られつつ永遠亭を飛び立ち、待機中の宇宙飛行機に戻った私と妹紅は、コックピットに移動してここに至るまでの経緯を話していく。妹紅にアンナのメモリースティックの中身を見せると、彼女は感心した様子で投影された情報を読み、にとりに色々と質問していた。私は全然分からなかったのに、やはり詳しいな。

 ちなみに未来の私から送られてきた手紙と、弥生時代で幼い紫に会ったエピソードは話していない。不確定な話はしたくなかったし、なんとなくだけどあの時間は二人だけの秘密にしておきたかった。

 

「ふ~んなるほどねぇ」

「紆余曲折あったけど、ようやくアプト星に行けそうだぜ」

「妹紅、そのリュックは何が入ってるの?」

 

 妹紅はぎゅうぎゅうに詰まったリュックサックの中身を見せながら答えた。

 

「財布にカメラ、携帯端末と充電器だろ? 着替えやコスメポーチに日用品、折り畳み鞄……、あとはお菓子とか、移動中の退屈しのぎに使えそうなちょっとした遊び道具も持って来たな」

 

 妹紅はトランプを見せた。

 

「旅行の準備はばっちりみたいだね」

「あーよくよく考えたら準備とか全然してなかったな。殆ど着の身着のままで来ちゃったよ。にとり、悪いけど出発前に一度215X年の私の家に寄ってってもいいか?」

「はいはい、別にいいよ。待っててあげるから」

「妹紅もいいか?」

「魔理沙らしいな。さっさと済ませて来なよ」

「すまんな。にとりは準備しなくても大丈夫なのか?」

「私はもう月の都で済ませておいたから。後ろの睡眠スペースに荷物があるよ」

「そ、そうか」

 

 私はタイムジャンプ魔法を使って元の時間の五分後――西暦215X年9月30日午後5時45分――に遡り、迷いの竹林から自宅上空まで飛ばしてもらった。この時間帯はすっかり日が暮れてしまっていて、外の世界のような人工光が殆どない幻想郷において、機体全体が爛々と光る宇宙飛行機は良く目立っていることだろう。

 やがて1分もしない内に到着すると、私は宇宙飛行機から飛び降りて、二階の窓から自宅へ侵入した。大きめのリュックサックを押入れから引っ張り出し、妹紅の持ち物を参考に家中を駆けまわりながら急いで荷物を詰め、息を切らしながらコックピットまで戻って来た。

 

「はあっ、はあっ、待たせて悪かった。それじゃ頼む」

「オーケーオーケー」

 

 にとりが操縦桿を握ると、空中停止中の機体が徐々に垂直へと傾いていく。今度こそ旅立てる――そう思いながら何気なく西の空を見れば、幻想郷の夜空を猛スピードで飛ぶ一つの影に気づいた。その影は次第に大きくなっていって、間違いなくこちらに向かってきている。

 

「ちょっと待ってくれにとり。西の空から何かが近づいてきてる」

「え? どこどこ?」

「真っ暗で何も見えんな」

 

 にとりや妹紅も注目する中、謎の影は距離を縮めていき、はっきりと姿が認識できる距離まで接近した時、初めて正体を掴んだ。

 

「……なんだ、マリサか」

「え?」

 

 二人が驚く間もなく、すぐそこまで近づいてきていたマリサは徐々に速度を落とし、影から回り込むようにしてコックピットを覗き込んだ。最初は好奇心に溢れた様子だったが、私達と目が合った途端ぎょっとした顔に変化した。

 

「お~本当だ、別の歴史のマリサじゃないか」

「朝からずっと出かけていたのにこんなタイミングで帰って来るなんて、タイミングが良いんだか悪いんだか」

「どうするの魔理沙? こんなに近づかれたら危なくて出発できないよ」

「いっそのこと彼女も誘ったらどうだ?」

「……いや、色々と面倒なことになりそうだからやめておこう。にとり、離れるようにアナウンスしてくれ」

「りょーかい」

 

 にとりはコックピット内のスタンドマイクを手に取り、『間も無く本機は宇宙に飛び立ちます。危ないから離れてね~』とアナウンスした。

 マリサは突然響き渡るにとりのアナウンスに戸惑いを見せていたが、ゆっくりと離れていき、充分な距離を取ったところで箒に腰かけ、じっとこっちを見つめていた。

 

「にとり、出発してもいいぞ」

「オーケー! それじゃ発射!」

 

 にとりはスタンドマイクを元に戻し、操縦桿近くのレバーを倒す。静かな振動と共に機体が物凄い速度で上昇し、雲を突き抜け博麗大結界を飛び越し、あっという間に宇宙へと飛び出した。にとりが機首の向きを動かすと、窓の左側半分に半円状の地球が映り込む。真っ暗な宇宙に燦然と輝くこの青さ、何度宇宙に飛び出してもこの美しさだけは色褪せない。

  

「215X年と300X年じゃあ全然違うな。地球の周りが大分スッキリしてるぜ」

「300X年の宇宙は宇宙船が多くてビックリだよ」

 

 この時間の宇宙は銀色の煉瓦模様の人口惑星も大多数の宇宙船団も無く、300X年を100とするならば2くらいの数だった。ここから更に200年も遡ればまっさらな地球域が見れるけど、今はそんなの関係ない。

 現在時刻は協定世界時で西暦215X年9月30日午前9時20分。幻想郷時間だと午後6時20分だ。

 

「それじゃ、そろそろ過去に行くぜ」

「噛まないように気をつけなよ~?」

「うるさい」私は大きく息を吸い込み、宣言する。「タイムジャンプ! 行先は紀元前38億9999万9999年8月17日正午!」

「長っ!」

 

 妹紅のツッコミと共に、地球やそこら中で瞬く星々達が渦を巻くように歪み始める。この機体そのものが過去へと遡り始めた証だ。

 やがて景色が完全に真っ暗になった後、程なくして色の洪水が私達を襲い、新たな場所へと抜け出した。

 雲一つない青空の下、眼下に見える果てしなく続く一本の列柱廊を中心に、四季の象徴となる桜、砂漠、紅葉、雪景色が四方に果てなく続く世界。砂漠帯に天高く聳え立つゴシック建築様式の時計塔には、以前には無かった長針と短針が取り付けられていたが、針はⅫのまま動かない。

 

「時の回廊――久々に来たけど壮観だな」

「こんな景色地球上じゃ絶対に見れないよね」

「だな、非現実的な美しさだよ。あのおっかない美人メイドがこの場の支配者なんだろ? 世の中ってのは分からないもんだよなあ」

「私は彼女のことを伝聞でしか知らないけど、300X年でも相変わらずなんだね」

「あの美貌は人目を惹くからな。人里に買い物に現れるだけでちょっとした騒ぎになるくらいだぜ」

 

 妹紅とにとりは身体を捻るようにして外の景色を眺めていたが、私は背もたれに深く体を預け、脳内であの言葉を思い起こしていた。

 

(『今この手紙を読んでいるお前よりも更に未来の霧雨魔理沙が目の前に現れ、彼女からお前の今後の人生を揺るがすような決断を迫られる。そこで私から忠告を送ろう。『未来の私を信じるな』と』か)

 

 未来の私が予言する時刻にもう間もなく到着する。果たしてその先に何が待ち受けるのか。期待と不安を胸に私はタイムトラベルの終わりを待ち続けた。

 

「あれ、なんか前に真っ暗な穴が現れたぞ」 

「きっとあれが出口だよ!」

 

 回廊の途中に現れた暗い穴へと吸い込まれるように、宇宙飛行機は飛び込んでいった。

 



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第180話 魔理沙の思惑(後編)

今回の話のside outは、第167話『第四章後日談(後編)』ラストのside outから繋がっています。


 ――西暦????年??月??日――

 

 

  ――side out――

   

 

 霧雨魔理沙達が住む三次元宇宙よりも更に上の次元に存在する時の回廊。この空間は宇宙の始まりから時間の終焉まで繋がっており、古今東西、あらゆる太陽暦を用いても時間を定義づけるのは不可能だ。

 そんな場所も時間も全てが超越した時の回廊にて、この空間の支配者たる女神咲夜は、唯一無二の時間旅行者霧雨魔理沙と顔を合わせていた。

 

「やっと……会えた……!」

 

 彼女は潤んだ目で時の女神を見つめ、「何度時の回廊に来ても全然姿が見えなかったし、もう会えないかと思ったよ……」と、泣きそうな声で喜んでいた。

 今この場にいる時間旅行者霧雨魔理沙は、西暦215X年よりも更に未来の時間軸の彼女だ。声も、性別も、容姿も全く変わらないものの、誰が見ても一目で分かるくらいにくたびれていた。

 

「なあ咲夜。お前はずっとここから私を見てたんだろ? なら、私がこれから言いたい事も分かるよな?」

「……」

「頼むよ。お前の力でこの現実を何とかしてくれ。奴らはどの時間に跳んでも私の前に先回りして襲ってくる。タイムトラベルを知り尽くした相手にどう対抗したらいいのか分からないんだ」

 

 悲痛な訴えを述べる時間旅行者霧雨魔理沙に、女神咲夜は答えることなく、失意と落胆が入り混じる表情でじっと見下ろしていた。何故なら彼女にとって一番懸念していた事態に目の前の少女がまんまと陥ってしまっていたからであり、彼女の明晰な頭脳と、万物の未来を見通せる時の神としての能力が、これから起こり得る未来を極めて正確に予測していたからだった。

 

「なあ、なんとか言ってくれよ! 咲夜!」

「無理よ、私はあくまで観測者。この宇宙に介入するつもりはないわ」

「じゃあこのままで良いのか!? 私だけならいざ知らず、幻想郷が――地球が奴らに踏みにじられるのをただ黙って見てればいいのか!」

「それが貴女のタイムトラベルの末路。残念だけど貴女は歴史改変に失敗したのよ」

「――厳しいな」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙はため息を吐き、糸が切れた人形のように座り込む。今の彼女にいつもの楽天的な面影はなかった。

 

「もう全然出口が見えないんだよ……。何回時間遡航しても奴らに感知されて、行きつく先は滅びだ。いっそのこと全てを投げ出したら楽になれるだろうな……」

「……本気でそれを望むのなら、手を貸さないこともないわ」

 

 その言葉に時間旅行者霧雨魔理沙は顔を上げる。

 

「あくまで最終手段だけど、私の力でこれまで貴女が起こしてきたタイムトラベル全てをリセットして、0にすることも可能よ」

「な、なんだって!? それは願ってもない話だけど、そんなことが可能なのか?」

「私は時の神なのよ? 造作もないことだわ」

「半端ないな……」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙は女神咲夜に改めて畏怖の念を抱き、僅かな希望が心の内に芽生えていた。

 

「もしそれをしたらどうなる? 全てをリセットって、どこまで巻き戻るんだ?」

「言葉通りよ。誰の手も入ってない純粋な歴史。貴女がタイムトラベルを習得する理由となった西暦200X7月20日の霊夢の自殺――全ての始まりの日までよ」

「!!」

 

 この瞬間、時間旅行者霧雨魔理沙の頭の中では、博麗神社で眠るように亡くなった博麗霊夢と枕元で悲しみに暮れる八雲紫の情景がフラッシュバックし、トラウマと吐き気がこみ上げて来た。

 

「それにただ巻き戻るだけじゃないわ。代償として、貴女がこれまで歩んできた時間や記憶を全て失い、歴史は固定される」

「……何故記憶が消えるんだ? しかも歴史が固定されるって、どういう意味だ?」

「時空上に残してきた貴女の痕跡や特異点を完全消去するのだから、記憶が消えるのは当然でしょ? そして遡った貴女は、私が干渉しない限り今までと全く同じ道を歩み、ここに現れる。そうならないように私は時の回廊の出入り口を封鎖するわ」

「! つまり、もうタイムトラベルが出来なくなるのか」

「ええ。貴女にとっては残酷かもしれないけれど、こうでもしないと無限ループになって永遠に時が進まなくなるでしょ?」

「しかしそれなら私の歴史はどうなる? タイムトラベルできないってことは――」

「その通り。貴女は霊夢の不意の死を防ぐことは叶わず、絶対に完成しないタイムトラベル研究を続けることになるわ。貴女が諦めるその時までね」

「それじゃ何の意味もないじゃないかっ……!」

 

 そうなった場合の自身の感情、思考、結末が容易に想像できた時間旅行者霧雨魔理沙は、苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を絞り出す。希望の芽はあっさりと絶望に転換した。

 

「けど、彼らに荒らされた地球は復活し、宇宙ネットワークに探知されることなく、幻想郷は博麗大結界が破綻する西暦293X年まで存続する。この世は所詮栄枯盛衰、盛者必衰。始まりがあれば終わりもある。大団円とまではいかなくても、終わりの時までは平穏に暮らせるでしょう」

「……いや、やっぱり駄目なんだよ。紫の創った幻想郷があるのはもちろん、そこに霊夢が居ないと駄目なんだ。そんなの問題を先延ばしするだけで根本的な解決にもならないし、却下だ」続けて「タイムトラベルを捨てたら、現状を変えるチャンスすら失っちまう。一度や二度の失敗がなんだ。私はまだ諦めないぜ」と拳を握った。

「……ふふ、貴女ならそう言ってくれると思ったわ」

 

 立ち直った時間旅行者霧雨魔理沙を見て、女神咲夜は微笑んでいた。私情を挟むつもりはないと肝に銘じていたものの、彼女の心情としてはここで挫けて欲しくないと切に願っていたからだ。

 

「とはいえどうしたもんかな……。奴らの勢力は桁違いだし、私一人でどうこうできる問題じゃないんだよな」

 

 その時、二人の頭上を物凄い速度で宇宙飛行機が飛んで行き、無風だった空間に一陣の風が巻き起こる。時間旅行者霧雨魔理沙は唖然とした様子で飛んで行った方角を見つめていた。

 

「今のはひょっとして宇宙飛行機か? しかし何故だ? 私は一人でここに来たはずなのに」

「この時の回廊は過去から未来まであらゆる時空間と繋がっているわ。貴女とは違う時間の霧雨魔理沙が居ても不思議ではないでしょう?」

「……言われてみればそうだな」

「そして先程の宇宙飛行機の出発日時は、協定世界時西暦215X年9月30日午前9時20分、到着日時は紀元前38億9999万9999年8月17日正午よ」 

「まだ何も知らない私が過去に行ったのか――!!」

 

 この瞬間、時間旅行者霧雨魔理沙の脳内に電撃が走る。その閃きは彼女にとって思いつきそうで思いつかなかった、コロンブスの卵のようなものだった。

 

「――ははっ、そういうことだったのか。なんてこったい……。本当に、運命とは皮肉なもんだな……」

 

 自嘲するような笑みを浮かべ、天を仰ぐ時間旅行者霧雨魔理沙。遥か頭上に広がる果てしなく続く空は、彼女にとって憎らしく感じる程に青かった。

 そして彼女は女神咲夜に向き直り、真剣な顔で問いかけた。

 

「なあ咲夜。一つだけ聞かせてくれ。〝私は何度目だ?″」

 

 女神咲夜は目を見開き、躊躇いがちに指で数字を作って見せる。時間旅行者霧雨魔理沙は大きな溜息を吐いた。

 

「……やっぱりか。クソッ」

「この事実を知った上で改めて貴女に問うわ。どうするつもりなの?」

「決まってるだろ。他の選択肢がない以上私は私を変える為に動くさ。例え結末が見えてようとな」

「そう……」

「なあに、最初から諦めるつもりはないぜ。未来の知識を持った上でタイムトラベルするんだ。もしかしたら心境の変化が起きるかもしれん。ははっ、ははははははっ」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙は笑いながら話していたが、女神咲夜の表情は優れなかった。彼女は時間旅行者霧雨魔理沙の言葉を強がりだと見抜いていたし、当の本人も記憶の中の自分と今が同じ条件であった事を悟っていた。

 

「じゃあ私は行くぜ」

「……」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙は女神咲夜に背中を向けたまま、元の時刻へと帰って行った。

 女神咲夜は一瞬透過スクリーンとフカフカの椅子を出現させると、そこに着席し、先程通過した宇宙飛行機の到着時間に時刻を合わせて、観測体勢に入っていく。

 

「……さて、〝今回の″魔理沙はどうなるのかしら? 彼女にとってこの時刻こそが分岐点。無限に続く時間の輪を断ち切れるか否か――」

 

 

 

 ――紀元前38億9999万9999年8月17日正午(協定世界時)――

 

 

  ――side 魔理沙――

  

 

 時の回廊から広大な宇宙空間へ飛び出した瞬間、巨大な岩の壁がすぐ目の前まで迫っていた。

 

「危ない、避けろ!」

 

 にとりは反射的に操縦桿を引き、機体を上昇させることで回避。その場で旋回して後ろを見る。巨大な岩の壁の正体は表面が平らな直径十m近くはある隕石だったようで、地球を掠めながら太陽へ飛んで行った。

 

「は~助かった」

「あんなのに当たったらひとたまりもなかったよ」

 

 私とにとりは胸を撫で下ろし、妹紅もホッとした表情をしていた。

 

「しっかし、この時代は隕石が多いんだな」

 

 私から見て右側には、現代より一回りか二回り近く小さな地球がポツンと浮かび、宇宙を飛来する大小様々な隕石が吸い寄せられるかのように、銀色に濁った海や真っ茶色の巨大な大陸へと落ちていった。恐らく先程の隕石もその中の一つだろう。ついでに地球のずっと奥にはジャガイモのように表面が凸凹とした月も見える。 

 脳内時計に意識を向ければ『BC3,899,999,999/08/17 12:03:10』と数字が並んでいた。

 

「ひとまずエネルギーシールドを展開させておくよ。これで隕石程度ならぶつかっても大丈夫だ」

 

 にとりはコックピット内のスイッチを入れると、トンボの羽音に近い機械音が一瞬だけ鳴る。周りに変化は全くないように見えるけど、本当に起動しているのだろうか。

 

「魔理沙、こんな危ない所に留まってないでさっさとワープしちまおうぜ」

「そうだな。にとり、このメモリースティックはどうやって使えばいいんだ?」

「ここに小さな穴が空いてるのが分かる?」

 

 にとりの細い指は、操縦席と副操縦席の間の通路の突き当り、計器やスイッチなどでごちゃごちゃとしてる箇所を指さした。身を乗り出してそこを覗き込むと、謎のメーターとメーターの間に、指一本ギリギリ入るくらいの正方形の窪みがあった。

 

「これか?」

「そうそう。この端子にメモリースティックを差し込むと中のプログラムが起動して、この機体をアプト星のアンナのマンションまで自動的に案内してくれるんだ」

「分かったぜ」

 

 ここで再び脳内時刻に意識を向ける。現在の時間は午後12時4分。辺りを見回してみても、小隕石が飛来する宇宙空間が見えるだけで特に変わったことはない。

 

(んー? 未来の私はいつ来るんだ? 少し待ってみるか)

 

 私は周囲に気を配りつつ、未来の私を待った。

 

「どうした? 行かないのか?」

「すまんが少し待ってくれ。確かめたいことがあるんだ」

「はあ?」

「まあまあ、魔理沙にもなにか考えがあるんだよ」

 

 不審そうな妹紅をにとりが制しているのを横目に私は待ち続ける。一分、二分と時間が刻々と過ぎていったが、にとりが無言で弾幕ごっこのように降って来る隕石を避けていた事以外は何も変化がない。

 う~ん、なんで何も起きないんだ? タイムトラベルなんだし遅刻することは有り得ないのに。

 

(あ! ひょっとして私がメモリースティックを差し込もうとする直前まで来ないのか? 試してみるか)

 

 思い立った私は席を立って二人の間に立つと、妹紅は期待に満ちた視線を向けていた。現在時刻は午後12時7分01秒。

 

(よし、差しこむぞ)

 

 私はメモリースティックを取り出し、端子に差し込もうとゆっくり近づけていったその時、目と鼻の先の宇宙空間に歯車模様の魔法陣が現れた。

 

「!」

 

(本当に来た!)

 

「なんだ?」

「あれって……」

 

 妹紅とにとりも正面の魔法陣に注目していると、一瞬の閃光と共に、向かい合うような姿で宇宙飛行機が現れた。ここまでは未来の私の手紙通りだが……様子がおかしい。

 

「なあ――あれって宇宙飛行機だよな?」

「多分……な」

 

 というのも、未来からやってきた宇宙飛行機は機首から機尾にかけて至る所に焦げ跡が残り、左側の羽根は根元からぽっきり折れて無くなってしまっていて、無傷の部分を探すのが難しいまでに損傷していたからだ。

 本当に未来の私が乗っているのか気になる所だが、コックピットのガラスには罅が入り、曇っているので中は見えなかった。

 

「一体何があったんだ? 隕石にぶつかったような感じじゃないし、まるで宇宙船と戦闘した後みたいだ」

「ああ――」

「しかもこの時間に現れるなんて、只事じゃないぞ」

「魔理沙、妹紅。通信が入った! 発信元は――目の前の宇宙飛行機からだ!」

「なんだって!?」

「すぐにつなげるよ!」

 

 直後、コックピットのガラスに、プロジェクタースクリーンのように半透明な映像が投影された。

 驚くべきことに、映像はこの宇宙飛行機と造りが全く同じコックピットを正面のガラス窓から映し出していて、操縦席にはにとり、副操縦席に妹紅、真ん中では腕を組み仁王立ちしている未来の私がいた。彼女達は皆神妙な顔をしていて、まず最初に口を開いたのは〝私″だった。

 

『おい、過去の私! 私の声が聞こえているか!?』

『あ、ああ。聞こえてるぜ』

 

 画面越しに対面する〝私″は声を張り上げ、腕を組んだまま右手人差し指で二の腕をトントンと叩き、とても余裕がないように見える。

 

『私は少し未来から来た霧雨魔理沙だ! いいか、よく聞け! これは警告だ!』

 

 そう前置きした彼女は、私をビシッと指差しながらとんでもないことを訴えた。

 

『今すぐに元の時間に引き返せ! アプト星には絶対行くな! 地球が滅びるぞ!』

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

『魔理沙の思惑』と付いた話は前編が300X年、中編が215X年、後編が近未来の魔理沙視点で書いた話となっていました。



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第181話 未来の魔理沙の目的

「……地球が滅びるって、どういうことだ?」

 

 あまりに突拍子がなく、それでいて既視感のある言葉に私はオウム返しするのがやっとだった。

 

『一から順を追って説明するから聞いてくれ!』

 

 一週間後から来たと自称する彼女の話を纏めると以下のようになる。

 

 一週間後の魔理沙――『私』だとややこしいので、下の名前で呼び捨てする――の主観で四日前、アプト星でアンナと二日間過ごして地球へと帰る道すがら、数百以上の武装した宇宙船団に取り囲まれた。

 

 彼らは『リュンガルト』という時間移動の研究をしている組織で、タイムジャンプによって発生する異次元へ繋がる時空の歪みをアプト星近域で観測したことでタイムトラベラーの存在を確信し、彼らが独自に構築した宇宙ネットワークを利用して詳細な人物像を特定。一週間後の魔理沙達の前に現れたそうだ。

 

 彼らは時間の起源の調査と管理、そして優秀な自分達を辺境の惑星へと追いやったアプト星の政府への復讐を掲げ、時間移動の障害となっている『時を支配する神』についての情報を求めて来た。不穏な空気を察知した一週間後の魔理沙がそれを拒んだところ、全方位から雨あられのようなレーザー光線を浴びてしまい、命からがらなんとか地球へと逃げ帰ってきた。宇宙飛行機がボロボロになってしまっているのは、この時に受けた攻撃の跡らしい。

 

 しかし問題はここからだった。元の時間――西暦215X年9月30日午前9時30分――に戻ると、なんと地球と月が跡形もなく消え去ってしまっていて、しばらく周りを探し続けても影も形もなかった。

 

 すぐさま原因を調べにこの年の地球域に再び遡り、どこからでも地球が見える位置に宇宙飛行機を停めたまま、地球と月が消滅した日時を特定すべく1日ごとに小刻みなタイムジャンプを繰り返していった所、一か月後の9月20日にリュンガルトの宇宙船団が地球を取り囲んでいるのを発見した。

 

 彼らはコンピューターを用いて宇宙飛行機のワープ地点を特定し、強引なワープを繰り返しながら1ヶ月かけて辿り着いた後、地球域に残留していた時空の歪みからタイムトラベル先の時刻を計算。タイムトラベラーが途方もない未来へ逃げてしまった事を導き出した彼らは、『タイムトラベラーがこの銀河系で時間移動した事に意味がある』と睨み、間近に浮かんでいた地球に目を付けて調査を始めた。それにより生命が発生する条件を充分に満たしていることを知った彼らは、タイムトラベラーは遠い未来にこの星で誕生する人間だと断定し、届かない時間の先に逃げてしまったタイムトラベラーをおびき寄せるべく、地球を破壊することに決めたそうだ。

 

 その話に絶句している一週間後の魔理沙達に、彼らは巨大な粒子砲を地球に向け、『この星を滅ぼされたくなければ、時を支配する神について吐け』と迫って来た。

 

 幾らタイムトラベル出来たとしても、地球を人質――ならぬ星質にされてしまってはどうしようもなく、真正面から挑もうにも彼らの軍事力相手に宇宙飛行機に積んである兵器では到底太刀打ちできそうにない。かと言って星を破壊することすら何とも思わない過激な思想の集団に女神咲夜の存在を教えることはもってのほかだった。一週間後の魔理沙は考えぬいた末に、〝最初からアプト星に行かなかった″ことに過去改変すれば彼らに発見されることもなく、結果として地球が存続して万事解決すると思い立ち、出発前の時刻であるこの時間に遡って来たそうだ。 

 

『――という訳だから頼む! どうか私の願いを聞いてくれ!』

 

 一週間後の魔理沙は、腰を直角に曲げた綺麗なお辞儀をしていた。

 

「……未来の魔理沙達はとんでもないことになっちまってるようだな」

「どうするの?」

 

 妹紅とにとりが不安気な顔で私を見上げていたが、画面の向こう側に向かってきっぱりと答えた。

 

「お断りだ。お前の話は信じられない」

「えっ!?」

「!」

 

 300X年の私からの手紙では『未来の私を信じるな』と書かれていたが、なるほど、確かに耳を疑うような内容だ。所々論理が飛躍している上に、『宇宙ネットワーク』とか意味不明な単語が多い。もし私じゃなければただの誇大妄想だとバッサリ切り捨てていることだろう。

 

『な、なにを言ってるんだよ過去の私! 私はお前の未来の姿なんだぞ!? 嘘を吐いてどうするんだよ!!』

「じゃあ訊くけど、この手紙についてはどう考えているんだ?」

 

 私は西暦300X年で入手した手紙を開いて見せる。

 

「ここでは西暦300X年の私が『未来の魔理沙を信じるな』と忠告している。この文面の『未来の魔理沙』とは間違いなくお前の筈なんだが?」

 

 目の前の魔理沙は一週間後から来たと話していた。だけどこの手紙は850年も先の私から送られてきたものだ。

 マリサではなく私なので、300X年の私から見て『一週間後の魔理沙』は非常に遠い過去になる。300X年になっても地球や幻想郷は残っていたのをこの目で見て来た訳だし、より新しい時間からもたらされた情報の方が信頼できるに決まっている。

 

『……私もそれを持っている。これだろ?』

 

 一週間後の魔理沙は怒りを堪えつつ、ポケットの中から私の持っている手紙と全く同じものを見せた。しかし私と違って一度丸めた後で広げたかのようにクシャクシャとなっていた。

 

『いいか、この手紙は私を貶める為の罠だ! 私はこれを素直に信じた結果このザマだ。300X年の〝私″はとんでもなく性格が悪いとしか思えん!』

「300X年の私がそんなことして何の意味があるんだよ?」

『そんなの分かんないよ!』

「話にならないな。どうせならもうちょっとマシな言い訳をしたらどうだ?」

『だから本当なんだって!! 真意を正そうにも私の歴史では地球が滅びちゃって確かめようがないんだし、私を信じてくれよ!』

 

 嘘か本当か水掛け論になりそうな時、妹紅が口を開いた。

 

「……なあ、ちょっといいか? 話の腰を折るようで悪いけど手紙ってなんの話だ?」

「あぁ、そういえばまだ見せてなかったな。西暦300X年6月10日に未来の私から貰ったんだ」

 

 私は手紙を妹紅に渡した。

 

「次私にも見せて」

「ああ」

 

 真剣な様子で黙読していた妹紅は、やがて読み終えたのかにとりに手紙を渡した。

 

「――なるほどな。これは本当に魔理沙からの手紙で間違いないのか?」

「私の過去の行動をピタリと言い当ててるし、別人の可能性はないと思うぜ」

「そうか。う~ん、まさかあの魔理沙がねえ……」

「というか妹紅、300X年の魔理沙とは知り合いじゃないの?」

「まあ会えれば喋ったりもするけど、いつも忙しそうにあちこち駆けまわってるからなあ。なんせアイツは紫と同じ幻想郷の賢――」と、言いかけた所で私を見た。

「幻想郷の、何だ?」

「いや、何でもない。とにかく、魔理沙が誰かを貶めるようなことをするとは思えないよ。未来の私もそう思わないか?」

 

 妹紅は画面の向こう側に座っている一週間後の妹紅に話を振る。

 

『……私も魔理沙を信じたい気持ちはあるけれど、現に彼女の所為でこっちは甚大な被害を受けてんだ。きちんと納得の行く釈明をしてくれないと擁護できないな』

『リュンガルトは地球を破壊して、私の宇宙飛行機まで壊しちゃったからね。全くもって許せないよ』

 

 一週間後のにとりも珍しく不機嫌な様子で訴えていた。

 

『ついでにとっておきのことを教えてやる。いいか? 私は〝三度目″なんだ! 私ではない私が過去に二度同じ失敗している!』

「……何?」

『私がお前と同じ主観時間の霧雨魔理沙だった時、手紙の内容を鵜呑みにして私と同じように一週間後から来た二度目の魔理沙の警告を聞かなかった結果、私も二度目の魔理沙と同じ結末を辿ってしまったんだ……。お前には四度目になってもらいたくない! この絶望的な状況を変えられるのは今のお前だけなんだよ!』

「!!」

『だからもう一度言うぜ! 考え直してくれ魔理沙!!』

 

(この状況が三度目だって?)

 

 何の根拠もない話だけれど、声を張り上げながら必死に訴える一週間後の魔理沙の言葉は胸に深く突き刺さり、背筋に冷たいものが走る。

 

(手紙には『未来の私を信じるな』ってあるけど、本当に一週間後の魔理沙は嘘を吐いているのか? これがもし演技なら一流の役者になれるぞ……)

 

 もちろん私がそんな名優ではないことは自分が一番よく知っている。

 

(ひょっとして彼女の話は全て真実なのか? けどそうなると手紙の内容とは明らかに矛盾してることになる。どっちだ? どっちが正しいんだ……?)

 

 やじろべえのように心が大きく揺らぐ私に追い打ちをかけるかのように、手紙を黙読していたにとりが疑問を投げかけた。

 

「ねえ魔理沙。ふと思ったんだけどさ、ここに書いてある『未来の魔理沙を信じるな』って、違和感を覚えない?」

「え? 別におかしくなんかないだろ?」

「だってこの忠告をしている人は300X年の魔理沙でしょ? 魔理沙から見たら300X年の魔理沙も『未来の魔理沙』になる筈だし、あっちの魔理沙のことを言ってるのなら、もっと分かりやすい枕詞――例えば『一週間後の魔理沙』って感じに書かない?」

「言われてみれば……!」

「『未来の魔理沙』って表現そのものが完全にダブルミーニングになってるよね」

 

 確かにそうだ。てっきり一週間後の魔理沙だと思いこんでいたけど、ここで言う未来の魔理沙とは果たしてどの時間の魔理沙の事を指すのか。怪しい、怪しすぎる。

 

「それに手紙には具体的な事は一切書いてないし、この文章に意味があるとは思えないよ。確実に歴史改変させたいのならそれについてもっと詳しく書くと思うんだ。魔理沙、少し考え直してみない?」

「私もにとりと同意見だな。私には一週間後の魔理沙がでたらめを言っているようには見えないし、前みたく『幻想郷を存続させるため』ならともかく、あくまで私達は遊びに行くだけなんだしリスクが大きすぎるよ」

 

 妹紅の意見にも一理ある。ここまで不審な材料が揃ってしまうと、300X年の私を疑わざるを得ない。

 

「判断の付かない話は、真偽性を確かめてからということか。――決めたぜ、ひとまずこの件は【保留】だ。怪しい点が多すぎる」

『!』

『やった……! 過去の選択が変化したぞ魔理沙!』

 

 一週間後のにとりは目を見開き、一週間後の妹紅は手放しに喜んでいたが、一週間後の魔理沙はまだ不満が残っているようだ。

 

『保留じゃなくて、行かないって決断しろよ!』

「悪いけどまだお前のことも完全に信じた訳じゃないからな。だけど全ての真相が分かるまでアプト星へは行かない――ここに約束するぜ」

『……分かった。お前の事信じてるからな!』

「結果が分かったら知らせに来るぜ」

『頼んだぞ過去の私!』

「妹紅、にとり。一度西暦215X年を経由してから、西暦300X年の7月10日に跳ぶぞ」

「りょーかい!」

 

 妹紅は頷き、にとりは笑顔で返事をしながら操縦桿を握る。そして一週間後の私達が見守る前で宣言した。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦215X年9月30日午前9時25分!」

 

 周囲の視界が渦を巻くように歪み、宇宙飛行機は未来へと跳んで行った。

 

 

  ――side out――

 

 

 

 二人の時間旅行者霧雨魔理沙のやり取り、そして西暦215X年9月30日の時間旅行者霧雨魔理沙が同時刻へタイムジャンプしていったのを時の回廊から観測していた女神咲夜は、感心しながらこう言った。

 

「! 魔理沙が新たな可能性に入ったわね。――これが狙いだったの?」

「ああ、そうだ」

 

 女神咲夜が誰にともなく呼びかけると、ずっと柱の影に隠れて様子を伺っていた西暦300X年の時間旅行者霧雨魔理沙が姿を見せた。

 

「随分と遠回りしてしまったが、やっと私の願い通りに過去の自分が動いてくれた。とはいえまだ歴史が確定した訳じゃないし、ここから100%に持っていけるかどうかは私の腕次第だがな」

「かつての貴女からは恨みを買ってしまっているようだけど、誤解をとかなくて良かったの?」

「なあに、それも過去に通った道だ。全てを知った時に思う所はあったけれど、今の私はこれが最良だと信じてるよ」

「そう……」

 

 女神咲夜は心配そうに呟いていた。

 

「それじゃ私はアイツが跳んだ時刻の幻想郷に戻ることにするぜ。お前とは長い付き合いだったけど、恐らくもうここに来ることはないだろうな」

「……頑張ってね。私はここから見守っているわ」

「ああ。咲夜の方も、過去のあらゆる時間の〝私″をよろしく頼んだぜ」

「任せなさい」

 

 別れを惜しむ女神咲夜に時間旅行者霧雨魔理沙はサムズアップしながら、西暦300X年7月10日の幻想郷にタイムジャンプしていった。

 再び一人になった時の回廊に、砂漠帯に建つ時計塔から鐘の音が響き渡る。女神咲夜が見上げると、先程まで動かなかった時計の針がゆっくりと動き出していた――。



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第182話 西暦300X年の魔理沙

高評価ありがとうございます。
投稿が遅れてすみませんでした。


 ――西暦215X年9月30日午前9時25分(協定世界時)――

 

 

 ――side 魔理沙――

 

 

 

 時の回廊を抜けて再び宇宙へ飛び出した私達を出迎えたのは、どこまでいっても真っ暗な宇宙の中で一際青く輝く地球だった。

 

「一週間後の魔理沙の話だと、地球はとうの昔に壊されて無くなってるらしいけど」

「ちゃんと残ってるね」

 

 現在の幻想郷時刻は西暦215X年9月30日午後6時25分、日没になってから1時間も経ってないせいか、地軸に沿って傾いた明暗境界線がギリギリ日本を避けるように東シナ海に引かれていて、じわりじわりとユーラシア大陸へ移動している。宇宙からだと世界中の雲の動きや、昼と夜の地域がはっきりと見れるので非常に興味深い。ちなみに夜になったばかりの日本列島は、北は北海道から南は沖縄にかけて各地に点在する都市の灯りでくっきりと形が浮かび上がっている。あんなに明るかったらぐっすり寝れなさそうな気もするけど、きっと外の世界の人達にとって昼も夜も関係ないんだろうな。

 全体を見渡しても地球は相も変わらず高速で自転しており、衛星軌道上には豆粒のように小さな人工衛星が数多く飛び回り、地球周辺には様々な言語でペイントされた外の世界の宇宙船がちらほらと見える。出発前と何ら変わりのない光景だ。これだけ見ると一週間後の魔理沙が嘘を吐いてる事になるが……。

 

「あっちの妹紅が『過去の選択が変化した!』って喜んでたし、〝元からアプト星へ行かない歴史″に未来が変化したのかな?」

「それだとますます魔理沙が手紙を出した意味が分からなくなるな。彼女が何もしなければこっちの魔理沙が悩むことなく、元の時代に引き返しただろうに」

「――ここで考えてても仕方ない。とにかく幻想郷に戻ってくれ」

「オーケイ」

 

 宇宙飛行機は日本列島に進路を向け、都市の灯りから遠く離れた真っ暗な地域に照準を合わせ、猛スピードで突っ込んでいく。ものの数分で大気圏再突入を果たし、そのまま高度を下げながら博麗大結界を通過して幻想郷に帰還した。出発する時もそうだったけど、宇宙飛行機の速度が非常に速いため景色を楽しんでいる余裕はない。

 幻想郷のどの辺りにいるのか確認しようと思ったけど、前に座る二人が期待に満ちた視線を此方に送ってきている。さっさとタイムジャンプしてしまおう。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦300X年7月10日午後1時!」

 

 

 

 

――西暦300X年7月10日午後1時――

 

 

 

 満天の星空から気持ちのいい青天に切り替わり、真夏の太陽がコックピット内を照りつける。妹紅は手で日差しを遮りながら呟いた。

 

「夜になったり昼になったり、タイムトラベルって忙しいよなー」

「生活リズムが狂っちゃいそうだよね」

「私は寝なくてもいい体だから気にしたことはないな」

「魔法使いってそういう所が便利だな」

 

 現在宇宙飛行機は幻想郷の上空、山よりも高く雲よりも低い高さを滞空していて、遥か下には野山が見えた。近くにランドマークはないが、強いてあげるなら南西の方角に博麗神社があるくらいか。

 

「それよりも、こうして300X年に戻って来た訳だけどなんか変化してるか?」

「ちょっと確認してみる」

 

 妹紅は席を立ち、こっちの窓や反対側、更には正面に移動しなから地上を見下ろしていたが、やがて振り返り「うーん、よく分からん! 多分元のままなんじゃない?」と困り顔で答えた。

 

「やっぱこの時間の魔理沙に直接会った方が早そうだな。にとり、魔法の森に――」

「その必要はないぜ!」

 

 コックピットに響き渡る私じゃない私の声。即座に振り返れば出入口のドアが勝手に開き、私が現れた。

 

「お前は……!? 300X年の私なのか?」

「ご明察! 幻想郷のタイムトラベラーと言えばこの私、霧雨魔理沙だぜ!」

 

 ウェーブがかった長い金髪をポニーテールに纏め、髪と同じ金色の瞳に、黒と白の魔法使いのドレス。300X年の魔理沙――1週間後の私同様下の名前で呼ぶことにする――は声も姿もそのままで、自らを指さしながら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「これまた計ったようなタイミングで現れたなぁ」

「タイムトラベラーに不可能はないんだぜ」

「というかどうやってここに入ってきたの? 出入口は閉じてた筈なんだけど」

「そのからくりを見せてやるよ」3000X年の私は右手を前に突き出し「タイムジャンプ! 到着時空は1分後の幻想郷東砂浜海岸、博麗神社林道前高度十m!」と言い放つ。窓の外の景色がガラリと変化した。

 雲に近い高さに居た筈の機体は一瞬で地上に近い高さまで下がり、目の前には水平線が見えるくらいに果てなく続くコバルトブルーの海が広がっていた。穏やかな波が砂浜に常に押し寄せ、カモメなどの海鳥が飛んでいる。遥か彼方の海上には木々が生い茂る小島が見えるけど、あの島も幻想郷の範囲に含まれるのだろうか。

 真下に見える白い砂浜は、ここを始点に緩やかな弧を描く海岸線をなぞるように北へと続き、南には鋭利な岩が突き出た断崖絶壁の岬と一軒の小屋が建ち、西には絨毯のような深い森が広がっていて、遠くの山頂には博麗神社が建っていた。

 

「海だ!」

「今の私は時間だけでなく空間まで移動できるようになったんだ。これを応用して宇宙飛行機に乗ったのさ」

「へぇ~なるほどねえ」

 

 にとりは感心しているみたいだけど、私は唖然としたまま先程のタイムジャンプを思い返していた。空間移動もそうだけど、一番驚いたのは間近に居た彼女から何の魔力も感じなかったことだ。タイムジャンプ程の大魔法にもなると必ず魔力の残滓が残るのに、どんな魔法式を構築すればこんな自然体で扱えるんだろう。

 魔法使いとして興味が湧いてきたが、今はそんなことよりも優先すべきことがある。この海についてにとりに語っている300X年の魔理沙に意を決して話しかけた。

 

「300X年の私よ。お前に聞きたいことがある」

 

 私の空気を察したのか、300X年の魔理沙も真剣な表情になった。

 

「『手紙』のことだろ? 【215X年9月30日の私】――今のお前と、【215X年10月7日の私】のやり取り、時の回廊から見てたぜ」

「! 見てたのかよ、趣味が悪いな。……けど、それなら話が早い」私は300X年の魔理沙に手紙を突きつけ「一週間後の私が語った話とこの手紙の内容が明らかに相反しているんだが、一体何を考えている? 一週間後の私が言った『私を貶める為の罠』とは本当なのか? ……お前は私の敵なのか?」と問い詰める。ここに来るまでの間色々と思考を巡らせてみたものの、やはり彼女の動機がさっぱり分からない。過去の自分を混乱させて何がしたいんだ。

「そんな怖い顔しなくても全部話すつもりだ。お前に見せたい物もある。私の別荘に案内するからそこで話をしようじゃないか」

「別荘?」

「あの岬のてっぺんに小屋が建ってるのが見えるだろ? あれがそうだ」そして300X年の魔理沙はこの場の全員に向かって指示した。「ここからは自分達の力で飛んで行く。にとり、着陸してくれ」

「はいはい」

 

 にとりは周囲に誰も居ないことを確認した後操縦桿を手に取り、ゆっくりと高度を下げて砂浜に垂直着陸した。ざっと見てもあの岬に宇宙飛行機を着陸できそうな広い場所はないので、反対意見は出なかった。

 

「それじゃついてきてくれ」

 

 先に歩き出した300X年の魔理沙に続いて、私達も宇宙飛行機を降りていく。

 磯の匂いがする生温い海風に心地の良い波音、海鳥たちの鳴き声、天気も良く絶好の海水浴日和なのだが、海岸には誰も人の気配がなかった。たまたまそういう日だからなのか、あるいは人里から遠い博麗神社よりも更に奥の僻地にあるからなのか。

 

「泳ぎたいなあ……」

 

 水棲種族としての血が騒ぐのか、にとりは物欲しそうに大海原を眺めていたが、すぐにその誘惑を振り切って私と妹紅に追いつき、先を飛ぶ300X年の魔理沙の後についていく。冷暖房の効いた機内と違って直射日光がかなり暑いけど、海風のおかげで多少はマシになる。ものの5分程度で岬の頂上の小屋の前へと辿り着いた。

 正面には一面の海を見下ろし、背後の陸地には森を見下ろす好立地に建つ別荘は、外観はとりたてて言う程のことでもない一階建ての木造家屋だった。

 300X年の魔理沙に続いて中へと入ると、ひんやりとした冷たい空気が私達を歓迎する。屋内は十畳程の小さな部屋が一つあるのみとなっていて、天井からはランタンがぶら下がり、壁一杯に敷き詰められた本棚には無数の本が詰まれ、本棚の隙間に一つだけ空いた窓からは大海原が見える。床一面にはペルシャ絨毯が敷かれ、中央には四人掛けの机と椅子があったが、読みかけの魔導書や実験道具、謎のガラクタなどで散らかっており、300X年の魔理沙は机と椅子に乗っかっていた物を簡単に片付けていた。

  

「それじゃ、かけてくれ」

 

 片付け終わった300X年の魔理沙に勧められ、彼女と私、にとりと妹紅が向かい合うような形で座った。閉め切られた室内の中、微かに聞こえてくる波音。300X年の魔理沙は切り出した。

 

「215X年9月の私が私を疑っていることは良く分かってる。なので、こういう仕掛けを使わせてもらうぜ」

 

 300X年の魔理沙が詠唱すると、私達四人を丁度包み込むように透明なドームが出来上がった。

 

「なんだこれ?」

「この魔法の中にいる人間は嘘を吐けなくなるんだ。例えば……にとり、お前のスリーサイズは幾つだ?」

「88-56-80だよ――!? な、なんで!」

「この通り。秘密にしておきたいことまで喋ってしまうんだ」

「へぇ……」

「うう、酷いよ魔理沙……。なんてことを言わせるのさ……!」

 

 にとりは顔を真っ赤にしながら口を塞ぎ、妹紅は彼女のボディーラインを興味深そうに見つめていた。にとりの反応からしてどうやら本当の事らしい。それにしても私より胸があるとは、着痩せするタイプだったんだな。

 

「ま、まあ効果は分かった。それじゃこの手紙について聞かせて貰おうか」

「結論から言おう。私の目的は215X年10月の私と同様に、【215X年9月30日の私がアプト星へ渡航した】事実そのものを無かった事にして、タイムトラベルを放棄させることだ」




途中で終わってしまいすみません。
必ず完結させる気持ちで続きを書いているのでお待ちください。


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第183話 手紙の意味

side魔理沙 (地の文が『私』の一人称視点)で描写している魔理沙は第183話現在では215X年9月30日のタイムトラベラー魔理沙です。

本文の一週間後の魔理沙=215X年10月の魔理沙ともなります。


「……それは本当なのか?」 

「この空間内では嘘は吐けない。さっきにとりで実証して見せただろ?」

「いや、それはそうだけど……」

 

 彼女の話には明らかな矛盾が存在していた。

 

「そんな理由なら初めっから手紙なんか送らなきゃ良かったんじゃないのか?」

「そうだよ。『一週間後の魔理沙の話を信じて、アプト星へ行かずに元の時間に帰る』。それですんなり終わってた話だと思うんだけど」

 

 妹紅とにとりも私と同じ矛盾を抱いたようで、疑問を口にしていた。

 

「それだと何も変わらない。私が手紙を出したことにはきちんと意味があるんだ」

「「へ?」」

「まず大前提として、紀元前39億+1年8月17日にお前の前に現れた『215X年10月の私』の話は全て事実だ。宇宙飛行機がアプト星へ行った事も、リュンガルトによって地球が壊されたこともな」

「ああ」

「そして今の私は『215X年10月の私』の850年後、リュンガルトによって地球が壊された過去を体験した未来の魔理沙だ」

「え~とつまり、お前は一週間後の私が抱えていた問題を解決した魔理沙なんだな?」

「ああ、その通りだ。歴史改変を繰り返し、『215X9月30日の私』と同じ地球が存続する歴史に戻って来たんだ」

「なるほど」

 

 物語風に例えるなら、私が会った一週間後の魔理沙はバッドエンドの道の途中にいる魔理沙で、300X年の魔理沙はバッドエンドからハッピーエンドへと軌道修正した魔理沙なのだろう。これなら地球が消えていなかったのにも納得がいく。

 

「そして私の記憶では――850年前の215X年9月30日の魔理沙だった時には、アプト星へ出発する前に300X年の私とこうして直接会話した事実はない。私とお前は初対面なんだ」

「初対面だと? お前は私の延長線上の未来にある姿じゃないのか?」

「そこで手紙が大きく関わって来るんだ」

「そういえば一週間後の私は『私は〝三度目″なんだ! 私ではない私が過去に二度同じ失敗している』と話していたが……。これも何か関係あるのか?」

「鋭いな。まずは一度目の私が辿ってきた歴史から話すべきだろう」

 

 300X年の私はまっさらな紙と鉛筆を用意し、紙の上側に横一本の線を記すと、左端に紀元前39億+1年8月17日、真ん中に西暦215X年9月30日、右端に西暦300X年7月10日と縦線で区切り、横線の最後に正史と記した。

 

「この横線を【正史】として、この歴史の魔理沙を【魔理沙Ⓐ】としよう。西暦215X年9月30日の魔理沙Ⓐは、お前と同様にアンナから貰ったメモリースティックを見てアンナの星へ行こうと思い立ちにとりの家に向かった。そこで宇宙飛行機の整備が必要だと知った魔理沙Ⓐは、にとりを誘って300X年の月の都へと向かう。そこで依姫から条件を突き付けられた魔理沙Ⓐは弥生時代に遡り、現地で出会った少女の助けを借りながらセイレンカを採って、月の都に渡すために300X年6月10日の永遠亭前にタイムジャンプした」

「そこまでは私と全く同じだな」

 

 出来事があった日付に鉛筆で印を書き込んでいく300X年の魔理沙を見ながら頷いた。なんだか幼い紫と過ごした弥生時代の三週間が遥か遠い昔のことのようになってきちゃったなあ。

 

「だがお前と異なるのはここからだ。お前はこの時間の永遠亭前で鈴仙から私の手紙を受け取ったが、魔理沙Ⓐは【私の手紙を受け取っていない】んだ」

「!」

「とりあえずここに印をつけておく。今は気に留める程度でいい」

 

 300X年の魔理沙は左端の『紀元前39億+1年8月17日』と区切られた縦線から更に横線を左に伸ばし、その端っこに西暦300X年6月10日A´と記した。

 

「それから魔理沙Ⓐは月の都にセイレンカを渡し、1ヶ月の整備期間を経て宇宙飛行機を受け取り、妹紅を誘って紀元前39億+1年8月17日に遡りアプト星へと向かった。魔理沙Ⓐは215X年10月の私と同じ歴史を辿り、お前が紀元前39億+1年8月17日で体験した時と同様に、215X年10月の魔理沙Ⓐは215X年9月30日の魔理沙Ⓐに顛末を教えた」

 

 彼女は続けて『紀元前39億+1年9月20日』と記した縦線から線を下に分岐させ、そこから分岐前と並行になるように横線を右に伸ばしていき、端に地球滅亡と記す。

 他方で私は一週間後の魔理沙が必死に語っていた内容を思い返していた。本当になりふり構わずといった状態だった。

 

「この時、215X年9月30日の魔理沙Ⓐは【私の手紙を受け取っていなかった】為、何の葛藤や迷いもなく一週間後の215X年10月から来た魔理沙Ⓐの話を受け入れ、元の時間に帰って行ったんだ」

「やっぱり、手紙が無かったらそうなるよねぇ」

 

 にとりは頷いていた。

 

「そして215X年9月30日の自分の行動を変えた215X年10月の魔理沙Ⓐ自身も歴史改変の影響を受けて再構成され、【一週間後の未来からやってきた自分の警告を聞いてアプト星へ行くのを止めた】魔理沙Ⓑと統合されたんだ」

 

 紀元前39億+1年9月20日の部分から縦線が更に下に伸び、二本の線と並行するように魔理沙Ⓑと書かれた横線が新たに記される。

 

「これで一件落着かと思われたが、魔理沙Ⓑが元の時間に帰っても正史に戻らず、地球と月は宇宙の藻屑となったままだった。何故か分かるか?」

「え? ん~と……」

 

 どうやらこの世界線も地球滅亡のようで、正史からどんどん遠ざかってしまっている。私は少し考えた末にこう答えた。

 

「…………リュンガルトが過去の自分達に情報を送ったからか?」

「半分正解で半分外れだ。【過去から未来に掛けて、物質、非物質、自発的、偶発的な事に関わらず、時間を自由に移動できるのは全宇宙の中で霧雨魔理沙だけ】なんだ。時の回廊の咲夜に確認を取ったから間違いない」

「ってことは過去へ跳んだ事が分かってても、そこへ情報を送る手段がないのか。ならなんだ?」

「実は万能に思えるタイムトラベルにも弱点があってな、リュンガルトはそこを突いて来たんだ」

「弱点だと?」

「なんだと思う?」

 

 300X年の魔理沙は一々私を試すような物言いをする。

 

「……タイムトラベル先の場所を移動できないとか?」

 

 幻想郷が科学を解明する研究所によって滅びる歴史だった300X年5月6日、外の世界のビルの屋上から自由落下した記憶が甦る。あの時は本当に死を覚悟したものだ。

 

「そいつはどちらかと言えばタイムジャンプ魔法の欠点だな。タイムトラベルの弱点には含まれないんだ」

「だとすると……もったいぶってないでさっさと教えろよ」

「タイムトラベルの弱点は全部で三つある。一つ目は『時間移動の範囲』、二つ目は『過去改変の記憶』、三つ目は『術者の心』。彼らは二つ目の『過去改変の記憶』を利用したんだ」

「うん?」

「過去を改変した場合、私以外にも歴史改変の当事者になる人物は改変前の歴史を思い出す。お前にも心当たりがあるだろ?」

「確かに別の歴史のマリサを魔法使いにするように歴史を変えた時、マリサ以外にも、霊夢、アリス、パチュリーに咲夜と改変前の記憶が残っていたな――もしかして!」

「察しがいいな。215X年10月の魔理沙Ⓐが215X年9月30日の魔理沙Ⓐの行動を変えて魔理沙Ⓑとなった時、リュンガルトの連中もまた魔理沙Ⓐが改変する前の歴史――アプト星近辺でタイムトラベラーを観測した記憶を思い出したんだ。彼らは自らに降りかかった、身に覚えのない記憶をタイムトラベラーによる過去改変によるものだと確信し、改変される前と同じ行動を取ったんだ」

「なんてこった……! そんなことが有り得るのかよ……!?」

「大抵の人間なら単なる既視感としてすぐ忘れていただろうが、彼らの研究した仮説の中に、『歴史改変に密接に関わった当事者は記憶を持ち越す』というものがあったんだ。恐らくそれが彼らの行動を後押しさせたのだろう。むしろ今までが幸運すぎたな。過去改変に関わった人妖全てが私に好意的だったからこそ、私の望む通りに歴史が変化した訳だからな」

 

 私は言葉が出なかった。まさか彼らがそんな盲点を突いてくるなんて、悔しいがタイムトラベルに詳しいと認めざるを得ない。

 

「つまりお前はこう言いたいのか? 私が一週間後の私の話を聞いて元の時間に帰っていたら、魔理沙Ⓑと同じ結果になっていたと?」

「その通り。【215X年10月の私の話に従ったからではなく、全てを解決し終えた300X年の私の手紙によって行動を変えたこと】で、魔理沙Ⓐ、魔理沙Ⓑ、私とも違う第三の可能性が拓けたんだ。さっきお前と初対面だと言ったのもそういった理由から来ている」

「ううむ……」

 

 ややこしい、ややこしいが芯は通ってるように思える。こうして唸ってしまうのも当然だろう。

 ここで話を聞いていたにとりと妹紅が疑問をぶつける。

 

「なんで300X年の魔理沙の手紙で行動が変わるの? リュンガルトが改変前の記憶を覚えているのなら、紀元前38億9999万9999年に私達が一週間後の魔理沙達に出会っちゃった時点で、私達も地球が壊滅した歴史に分岐しちゃうんじゃないの?」

「私からも質問。魔理沙Ⓑってことは〝二人目″ってことでしょ? そこからどういう経緯で今の魔理沙に繋がるのさ? ついでにその後の魔理沙Ⓑはどうなったんだ?」

「あーあとさ、手紙を出した目的については分かったけど、理由については聞いてないぞ」

「それらの疑問については、【歴史改変の法則】が大きく関わって来るんだ。先程の魔理沙Ⓑに話を戻すぞ」

「う、うん」

 

 私を含めた三人の注目が集まる中、300X年の魔理沙は語り始めた。

 

「過程は違っても結果は変わらず、過去改変という最強の切り札を封じられた魔理沙Ⓑは追い詰められた。ここからどうやって元の歴史に軌道修正すればいいのかと――」




続きは年内投稿を目指します。



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第184話 歴史改変の法則

ギリギリ年内に間に合って良かったです
来年もよろしくお願いいたします


本文中の後注は後書きに載ってます

※誤字報告ありがとうございました


「話を聞く限りだと八方塞がりな気がするけどな」

「そうだよねえ」

「魔理沙Ⓑは知恵を絞ったが良い案が思い浮かばなかった。そこで魔理沙Ⓑは紀元前39億+1年のアプト星へ再度遡り、現実、電脳世界、時には近隣の衛星にも足を延ばし、リュンガルトと宇宙ネットワークについての情報を集めていった」

「そんなことしてリュンガルトに捕まらなかったの?」

「宇宙飛行機のワープ航法はリュンガルトの宇宙船よりも技術が進んでいたから、約一ヶ月の猶予があったんだ」

「ふーん」

「幻想郷とはまるで異なる文化・言語・社会に戸惑いながらも、魔理沙Ⓑはなんとかリュンガルトの成り立ちと宇宙ネットワークの概要を調べあげ、二つの候補があがった。リュンガルトがアプト星を追放されるきっかけとなった25年前のニレロ戦争、発足当時のリュンガルトの討滅……しかしどちらの方法も魔理沙Ⓑにとって抵抗があった」

「どうして?」

 

 にとりの純粋な質問に、300X年の魔理沙は少し顔が暗くなる。

 

「私のタイムトラベルは元々霊夢を助けるために研究したもの。そのタイムトラベルを利用して誰かの命を奪うような真似をしたくなかったんだ」

「あ……そっか、そうだよね」

「……」

 

 場の空気が更に重くなったが、300X年の魔理沙は話を続けて行った。

 

「困り果てた魔理沙Ⓑは時の回廊に向かい咲夜に助けを求めにいったが、『魔理沙の行動によって起きた歴史改変だから私は干渉できない』と拒まれてしまった」

「そこは都合良く行かないんだな」

「自分の蒔いた種は自分で刈り取れって事なんだろうね」

「そのかわりに咲夜は『魔理沙は時間移動について大きな見落としがあるわ。彼らの過去の発言も含めて、自分の歩んできた道を一度振り返ってみたらどう?』と助言を与えた。魔理沙Ⓑは助言に従って回想に耽っていくうちに、これまでのタイムトラベルの経験から【歴史改変による当事者の過去改変前の記憶は直近の歴史までしか復活しない】という法則を発見し、咲夜はそれを認めた。宇宙飛行機に戻った魔理沙Ⓑは新たに知った情報を元に自分達の戦闘力、資金力、倫理観から見て、魔理沙Ⓐの歴史で紀元前39億+1年8月19日のアプト星近域の宇宙ネットワークを改竄し、〝彼らがタイムトラベラーを観測した事実″を無かった事にするのが最良の選択だと判断した」

「なるほど、そうきたか」

「え、どういうこと?」

「直近の歴史?」

 

 私はすぐに理解できたけど、妹紅とにとりはいまいち分かっていない様子。300X年の魔理沙と一瞬のアイコンタクトの後、彼女は解説しはじめた。

 

「例えば私がにとりの朝食の内容について歴史改変するとしよう。にとり、今朝は何を食べた?」

「あんパンと牛乳だけど……」

「そうか。ならあんパンを食べたにとりを『にとりⒶ』として今朝――午前7時にしよう。午前7時の『にとりⒶ』は自宅であんパンを食べ、一時間後の午前8時に食べ終わり、午前9時に魔理沙αはその情報を知りました」

 

 300X年の魔理沙は紙の空きスペースにつらつらと書いていく。

 

「午前9時の魔理沙αはタイムジャンプして前日の午後10時ににとりの家を訪ね、パジャマ姿の彼女に次の日の朝食はご飯を食べるように勧めました。翌朝、あんパンを食べようと思っていた『にとりⒶ』は朝食をご飯に変更します。それにより歴史改変が発生して『にとりⒶ』は『にとりⒷ』となり、午前9時に『にとりⒶ』の記憶、あんパンを食べた記憶が甦ります」

「へぇ、実質二食分食べたことになるんだね」

「いやいや、にとりⒷは実際にはご飯しか食べてないから」

「つーか朝食が白米だけって寂しすぎるだろ、食事の時間も長いし」

「これはあくまで例えだからそこに突っ込まないでくれ」

 

 300X年の魔理沙は一度咳払いをして、脱線しそうになった話を戻した。

 

「続けて魔理沙αは前日の午後10時03分(あとがきではこの時刻になってました)に再びにとりの家を訪ね、先程勧めたご飯ではなくシリアルを食べるように勧めました。訝しげに思いながらも『にとりⒷ』は了承し、翌朝シリアルを食べました。歴史改変が発生して『にとりⒸ』となり、午前9時に『にとりⒷ』のご飯を食べた記憶が甦ります。ここで肝になるのが、にとりが思い出した記憶の『歴史』だ」

「それが歴史改変の法則なの?」

「ああそうだ。私以外の知的生命体が引き継げる記憶は一つ前の歴史まで。この例え話に当てはめると『にとりⒸ』から見て『にとりⒶ』のあんパンを食べた記憶は二つ前の歴史になるから絶対に思い出せないんだ」

「は~なるほどねえ」

 

 にとりは感心した様子で頷いていた。自分で言うのもなんだが非常に分かりやすい例えだった。

 

「図にしてまとめるとこのようになる」(後注1)

 

 300X年の魔理沙は時系列に沿って表を書き出し、私達に見せていた。

 

「この話にはまだ続きがある。魔理沙αは今度は午前5時に遡り、にとりの家に忍び込んで家中の食材を全部盗み出して午前9時に帰って行きました。午前6時に起床したにとりは食料が全て無くなっている事に気づきましたが、この時間に飲食店が開いている訳もなく、午前7時になっても何も有りつくことができませんでした」

「うわー酷いな」

「【にとりⒹ】は空腹の中泥棒を恨みながら日が昇りきるのを待ち続けました。そして午前9時になった時、『にとりⒹ』は『にとりⒸ』の記憶――魔理沙に勧められてシリアルを食べた記憶――を思い出し、『私が朝食を食べられなかったのは魔理沙の所為に違いない!』と腹を立て、9時10分に魔理沙の家へ殴りこみ、弾幕ごっこで彼女を破って見事に食料を奪還し、『魔理沙とはもう絶交だからね!』と言い捨てて帰って行きました」

「きちんとオチが付いたな」

「私そこまで好戦的じゃないんだけどなあ」

「誰だってお腹が減ってたら怒りっぽくなるでしょ。食い物の恨みは恐ろしいからな」

「『にとりⒹ』に絶縁宣言された魔理沙αは仲直りの為に謝罪の電話を掛けても着信拒否、菓子折りを持って家を訪ねても突き返されてしまいました」

「これはもう相当頭に来てるみたいだね」

「どうするんだ?」

「魔理沙αは考えた末に再び午前5時に遡り、盗みに入ろうとしていた魔理沙αに事情を説明して止めさせた後、元の時間に帰りました。それにより魔理沙αは【にとりの家に泥棒した記憶】を持った魔理沙βへ改変、『にとりⒹ』は『にとりⒸ´』へと戻りました」

「なるほど、泥棒したことを無かった事にする訳か」

「でもそんなことをしてもまた前の記憶を思い出して、にとりの心証が悪くなるんじゃない?」

「ところが結果は違った。『にとりⒹ』の時と同じく9時10分に魔理沙βの家に『にとりⒸ´』がやってきたものの、彼女は笑顔を浮かべ『全部思い出したよ! 魔理沙が私の朝食を救ってくれたんだね。ありがとう!』と感謝したんだ」

「あれ、どうなってるの?」

「前の歴史の記憶を思い出してるはずなのに展開が全然違うね」

「今回のケースで肝要なのは、『にとりⒹ』が泥棒の犯人を魔理沙だと断定できたのは、『にとりⒸ』の【未来から来た魔理沙αにご飯ではなくシリアルを勧められそれを食べた記憶】に由来するもので、【盗難現場から魔理沙αが泥棒だと結びつく証拠】を発見したことではないんだ。Ⓒ⇒Ⓓ⇒Ⓒ´と歴史が変わったことで、『にとりⒸ´』の記憶の引き継ぐ歴史が『にとりⒷ』ではなく『にとりⒹ』になり、その『にとりⒹ』はⒸの記憶に基づいて行動していた為、『改変前の記憶は一つ前の歴史まで』の法則によりそれらの記憶だけが全て抜け落ちてしまい、【にとりⒹが泥棒にあった】事実のみが『にとりⒸ´』に残った。『にとりⒸ´』から見れば【本来誰かに盗まれる筈だった食料が盗まれなかった】ことになるので、魔理沙βのおかげで今の歴史になったと思いこんだんだ」

「へぇ~そういうことだったんだ」

「なんていうか、マッチポンプって言葉が良くあてはまる話だね」

 

 妹紅とにとりは呆れ半分感心半分といった様子で300X年の魔理沙の話を聞いていた。

 

「な~んかこれならやりたい放題出来ちゃいそうね。もし失敗しても再びやり直しちゃえば良いんだから」

「今回の例では対象が朝御飯だったから上手く行ったけど、現実はもっと複雑だ。原因が一つとは限らないし、大抵の過去改変は人間が密接に関わって来る。人の心を変えるのは難しいからな」

「ああ」

 

 300X年の魔理沙に頷いた。霊夢、マリサ、咲夜と皆確固たる信念を持って生きていたのを私はよく知っている。

 

「そして今までの話を図に表すとこんな感じになる」(後注2)

 

 300X年の魔理沙は同じように、時系列に沿って表を書き出し、全員がその内容を読んでいた。

 

「リュンガルトについてもこのたとえ話のように、魔理沙Ⓑの歴史で直接時空の歪みを観測したのではなく、魔理沙Ⓐの歴史の出来事から間接的に知った。そして魔理沙Ⓑの歴史では〝時の回廊の咲夜に話を聞きに行った瞬間だけ″しかタイムトラベルを使用していない。歴史改変の法則を当てはめ、この部分を修正した魔理沙Ⓑの歴史を挟んだ後に魔理沙Ⓐの歴史に戻れば、リュンガルトの改変前の記憶から私に関するものが全て消え去る。そして彼らが215X年9月30日の魔理沙Ⓐが起こした時空の歪みを発見してしまう前に宇宙ネットワークを改竄してしまえば、タイムトラベラーについて最初から知らなかったことになるのではないか――と、考えたんだよ」




※(後注1)

 前提、にとりは魔理沙がタイムトラベラーである事を知り、過去改変の法則も知っている。
    
    にとりは一つ前の歴史の出来事しか思い出せず、それに関連する行動(過去改変前の記憶によって変化した行動)も忘れる。


 正史(にとりⒶ)  
 
 午後10時30分⇒にとり就寝 午前6時⇒にとり起床 午前7時⇒にとりが朝食にあんパンを食べる。午前8時⇒食事終了 午前9時⇒魔理沙αがにとりの朝食の内容を知った時間。過去の歴史を想起する時間

 1度目の改変(にとりⒷ)

 午後10時⇒α魔理沙にとりⒶ接触   午後10時30分⇒にとり就寝 午前6時⇒にとり起床 午前7時⇒にとりご飯を食べる   午前8時⇒食事終了 午前9時⇒にとりⒶの記憶想起

 2度目の改変(にとりⒸ)
 
 午後10時03分⇒α魔理沙にとりⒷ接触 午後10時30分⇒にとり就寝 午前6時⇒にとり起床 午前7時⇒にとりシリアルを食べる 午前8時⇒食事終了 午前9時⇒にとりⒷの記憶想起
 


※(後注2)


 3度目の歴史改変(にとりⒹ)
 
 午後10時30分⇒にとり就寝 午前5時⇒魔理沙α泥棒 午前6時⇒起床したにとり、泥棒にあったことに気づく 午前7時⇒朝食無し 午前8時⇒何もなし 午前9時⇒にとりⒹ、にとりⒸの記憶想起。魔理沙αをとっちめに行く
 
 4度目の歴史改変(にとりⒸ´)
 
 午後10時30分⇒にとり就寝 午前5時⇒未来魔理沙α、魔理沙αの泥棒を止める。魔理沙αはβに改変 午前6時⇒にとり起床 午前7時⇒にとりシリアルを食べる 午前8時⇒食事終了 午前9時⇒にとりⒸ´Ⓓの記憶一部分想起。魔理沙βに感謝しにいく。


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第185話 宇宙ネットワーク

 私と私の話し合いは既に30分の時間が過ぎていた。

 

「まあ魔理沙Ⓑの理屈は分かったけど、観測されたことを無かった事にするとはどういうことだ? そもそも宇宙ネットワークってなんなんだ?」

「一口で言えば、アプト星を含むプロッチェン銀河と他銀河の宇宙文明を築いた恒星間同士を仮想世界上の情報網で結んだ超光速通信システムのことだ」

「は?」

 

 自分でも驚くくらいに間抜けな声が出た。まるで意味が分からない。

 

「う~んなんて説明したらいいかな。外の世界で利用されているインターネットを宇宙規模に発展させたってイメージで伝わるか?」     

「あーそっち系ね。ようはアレだろ? 電話や郵便みたいに直接出向かなくても言葉や文章を伝えられるって奴」

「まあ大体そんなイメージで構わない。宇宙ネットワークの機能の一つにナビゲーション機能があってな、起動すると空間上に立体的な宇宙地図が投影されるんだ。銀河や星の位置は言わずもがな、宇宙ネットワークに登録して、尚且つネットワーク範囲内の宇宙を飛行中の宇宙船や、ブラックホールの位置まで瞬時に分かって、安全な恒星間航行には欠かせない技術だったんだ」

「へぇ~良く分かんないけど便利そうだな」

「他人事みたいに言ってるけどな、お前がアンナから貰ったメモリースティックもこの機能が搭載されてるんだぞ」

「え!?」

「なるほど、だから魔理沙は……」

 

 にとりは一人で何かを納得したように頷いていた。

 

「魔理沙Ⓐもそして私も、アンナのメモリースティックを宇宙飛行機に接続して宇宙ネットワークの導きの元アプト星へとワープしていった。アンナには決して悪気は無かったのだが、結果的にこの行為はリュンガルトに発見される原因の一つとなってしまったんだ」

「……そういえば、一週間後の私が現れたタイミングも端子にメモリースティックを差し込もうとした直前だったな。つまり〝観測されたことを無かった事にする″とは、メモリースティックを差し込まないことなのか?」

「魔理沙Ⓐの歴史で差し込んでいなければそれも通用しただろうが、魔理沙Ⓑの歴史でやってもリュンガルトに改変前の記憶が残るだけで結果は変わらない。差した事実は変えずにタイムトラベラーだと発覚されないようにするしかないんだ」

「どういうことだ?」

「それを説明するには宇宙ネットワークのナビゲーションシステムの原理から話す必要があるんだが、良いか?」

 

 私は頷いた。

 

「宇宙は果てしなく広く、138億年前にビックバンが起きて以来今も広がり続けている。そんな宇宙を飛ぶ宇宙船や、光さえも飲み込んでしまうブラックホールの位置をどうやって正確に割り出しているのか。それは宇宙を構成している暗黒物質に含まれる【ST粒子】を観測しているからなんだ。ST粒子は肉眼では見えない小さな物質で、光よりも速く動き、空間の歪みに反応する性質を持っている。宇宙飛行機も含めた宇宙船はワープの際に空間の歪みを起こし、ブラックホールのような超重力の天体は常に強い歪みを残し続けている。クッションに重い物を乗せたらその部分だけ深く沈みこむだろ? イメージ的にはそんな感じだ」

「あ、あぁ」

「タイムジャンプは高次元の領域にアクセスする魔法で、その際に莫大な負荷が空間にかかり巨大な歪みが残る。これはブラックホールとも宇宙船とも違う穴だったけれど、一般利用者は気にも留めなかった。ただリュンガルトのみがタイムトラベラーの可能性を疑ったんだ。普通の宇宙船がお茶碗だとしたら、タイムジャンプは丼鉢くらいだな」

 

 300X年の魔理沙は例え話を用いて分かりやすく伝えようと努力してくれているようだけど、やはり多少のリスク込みでも学習装置を使っておけば良かったかもしれない。彼女は本当に同じ私なのか疑ってしまうくらいに知らない単語を饒舌に語っていた。

 にとりは難しい顔をしながら訊ねる。

 

「え~と、そのST粒子さえ何とかすればいいと魔理沙は言いたいの?」

「その通りだ。空間の歪みは目で見ることができず、西暦300X年現在でもST粒子に頼るしか観測する方法がないからな」

「ほほ~、けどさそんな単純に行くの? 恒星間航行が一般的な銀河なら人や機械の目がそこら中に有りそうな気がするけど」

「傍から見れば宇宙飛行機は宇宙を飛び交う宇宙船の一つでしかない。私達の姿が映り込んだとしても、それがタイムトラベラーだと分からなければ問題ないのさ」

「ふーん」

 

 にとりは納得したように頷いた。続けて妹紅が質問する。

 

「で、どうやってそのST粒子を対処するんだ? 話を聞く限りだと宇宙の至る所にあるんだろ? 水や空気みたいな存在をどうやって無くす?」

「そのことについても魔理沙Ⓑは既に調べあげていた。ST粒子の活動を鈍らせるVY粒子という便利な粒子が有ってな、そいつをタイムジャンプ地点に散布することで時空の歪みを検知できないようにするんだ」

「粒子には粒子をぶつけるってことか」

「そこまで分かっているのなら元の歴史に戻るまで秒読み段階だね」

「しかしVY粒子は空間の歪みを消す訳じゃなく、あくまでST粒子を妨害するだけ。つまり空間の歪みが生じる前に散布しておかないと効力を発揮しない欠点があった。今のままではどうあがいても時間移動した瞬間にST粒子が反応してしまい、完璧な改竄が出来ないんだ」

「確かに、タイムジャンプする行為そのものが駄目になるもんなあ」

 

 こういう時はタイムジャンプ以外の方法で過去に遡るしかなさそうだが……。私は300X年の魔理沙の言葉を待った。

 

「魔理沙Ⓑはタイムジャンプの更なる改良に着手することを決めて、彼らの手が届かない時の回廊に引きこもって研究を始めてな。空間座標の移動縛りを取っ払い、ST粒子のみならず肉眼以外のあらゆる観測装置・感覚・感応に反応しないようになるまでに主観時間で五年の歳月を掛けたんだ」

「そんなに……!」

「ひょっとして、さっきお前が使ってみせたタイムジャンプもこの時に?」

「ああ。時の回廊は宇宙のどこからでもアクセスできる特殊な領域だ。逆説的に考えれば時の回廊を経由することで宇宙のどこにだって行けることになる。咲夜が人間だった頃から時間停止と空間操作能力を持ってた訳だし、私だって同じ事が出来る筈だと思ってな。咲夜に色んな質問を繰り返しながら試行錯誤を繰り返したんだ」

「ほぉ……」

「最も、核心に繋がるようなことは教えてくれなかったけどな。『自分の歴史は自分で完成させなさい』ってね」

 

 彼女は苦笑しながら肩をすくめていた。あの現実味のない世界で二人っきりは寂しい気もするけど、同じ気持ちを共有できるだけ最初の150年に比べればマシかもしれない。

 

「宇宙飛行機に戻った魔理沙Ⓑは、咲夜に相談に行った時刻とタイムジャンプを改良した時刻の10分前へ時系列順に遡り、VY粒子を散布してST粒子が反応しないことを確認した後、再び時の回廊へ跳び、紀元前39億+1年8月17日に向かおうとしていた215X年10月の魔理沙Ⓐを捕まえて事情を説明し、215X年9月30日の魔理沙Ⓐの行動を改変させないように約束させた。それにより魔理沙Ⓑは、【魔理沙Ⓑの記憶を持った魔理沙Ⓒ】に再構成され、魔理沙Ⓐの歴史に戻ったんだ」

 

 彼女は歴史の流れを紙に書きつつ語って行く。

 

「それから魔理沙Ⓒは魔理沙Ⓑの歴史同様にVY粒子を入手した後、同年8月19日の午前3時のアプト星近域へタイムジャンプし、魔理沙Ⓐの乗った宇宙飛行機がタイムジャンプする地点に散布。こうして魔理沙Ⓒは元の歴史へと戻って来たんだ」

「おお~!」

 

 パチパチとにとりの乾いた拍手が響く。300X年の魔理沙は表を完成させていた。

 




文字数少なくてすみません
本当はもっと先まで書きたかったのですが前回、今回と話の展開が難しすぎて難航しています
途中で諦めるつもりは絶対にないので気長にお待ちください


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第186話 休憩

誤字報告ありがとうございました。

※話数調整


 話が一区切り付いたところで、ふと柱に掛けてあった時計に意識を向ける。いつの間にか午後2時45分になっていたようで、既に一時間も喋り続けていた。

 

「んーっ!」

 

 私は席を立ち、腕と一緒に背筋を伸ばしたり屈伸しながら凝り固まった体をほぐしていると、300X年の魔理沙は柔らかい表情でこう言った。

 

「まだ話の途中だけど、少し休憩にしようか」

「賛成~! もう難しい話ばっかで疲れたよ」

「私喉が渇いたな~。なんか飲み物ない?」

「あいにくだけど、この小屋は魔法を研究する為の場所だから水もガスも電気も通ってないんだ」

「なんだよ不便だな。仕方ない、ちょっと人里まで飛んで買ってくるか」

「それなら私も行く! この時代の人里ってどうなってるんだろう」

「ははっ、そんな面白い場所でもないと思うけど」

 

 二人は席を立ち、妹紅が「魔理沙達も一緒に行くか?」と聞いて来たが「いや、私はここで休憩してるからいいよ」と返す。300X年の魔理沙もやんわりと断ったのを聞いて二人は外へと出て行った。

 

『あ~あっついなー。小屋の中とは大違いだ』

『本当そうだね~。特に妹紅って炎系の能力だから余計暑く感じそう』

『冬だと重宝するんだけどねぇ。この季節は自分の能力が疎ましく思っちゃうよ』

『早く帰ってこないとだね。それで人里ってどこにあるの?』

『あっちに博麗神社が見えるでしょ? まずはあそこを目指すんだ』

『オッケー!』

 

 壁一枚隔てた向こう側から耳に入ってきた会話はそれっきり聞こえなくなった。

 波の音が微かに響く部屋の中、私は本棚に背を預けながらぼんやりと窓の外を眺める。気持ち良いくらいの夏の日差しが穏やかな海を照らしキラキラと乱反射していて、一言で表現すれば素晴らしいオーシャンビューだ。

 一方で300X年の魔理沙は、座ったまま本棚の隙間に挟まっている、紐で結んだだけの原稿の束に手を伸ばして机の上に置き、一番上の原稿用紙を抜き取って目を通していた。ざっと見た感じでは三十枚近く有って、その一枚一枚にびっしりと文字が書き込まれており、気になった私はなるべく意識しないようにこっそりと覗き込んだ。流し読みした限りではどうやらこれまでの『魔理沙』についての話を纏めた内容のようで、なるほど今日の為にわざわざ原稿を作っていたのか。

 さて、私が残ったのはただ景色を楽しむ為でも覗きをする為でもなく、これまでの話の中でどうしても訊ねておきたいことがあったからだ。私は未だ原稿に目を通している彼女に問いかける。

 

「なあ、最初の方に話してたタイムジャンプの残りの二つの弱点について教えてくれよ」

 

 すると彼女は原稿用紙から顔を上げた。

 

「なんだ、気になるのか?」

「そりゃまあ」

 

 あの時は話の流れ的に質問が出来る状況じゃなかったし。彼女の話はまだまだ続きそうだし、訊くなら今しかない。

 

「いいぜ。話してやるよ」彼女は読んでいた原稿を机の上に置き、ニヤリとしながら喋りだした。

 

「まずは一つ目の『時間移動の範囲』についてだ。知っての通り、タイムジャンプ魔法を用いたタイムトラベルは世の中に溢れる時間移動系の創作物と違い、厳しい制約や条件がなく非常に使い勝手が良い。タイムマシンの故障、不調、燃料の残量に悩まされる事も、特定の場所や地点、制限時間に縛られる事もない。しかもタイムトラベルに必要な期間、瞬間は長くても五分程度。過去や未来へ双方向に往来可能で、回数制限もなく年月日はおろか秒単位で時刻を指定できる」

「確かに」

 

 この点だけは自分でも良く出来ていると自画自賛したくなる。友達の家に遊びに行くような感覚でタイムトラベルできちゃうんだし。

 

「そんな万能にも思えるタイムジャンプ魔法にも行けない時間があってな、宇宙が誕生した138億年以前――ビックバンと共に時間の概念が生まれ、時の神の咲夜が発現するまえの時間には遡れないんだ」

「それは聞いた事あるな」

「最も宇宙創世の時代に遡っても宇宙の活動が活発で危険だし、物理的な限界は132億年くらいになるがな」

「へぇ、でも別にそんな大昔にわざわざ跳ぶ必要ないし、制限なんてあってないようなものじゃないか?」

「……身も蓋もない言い方をすればそうなるな」

 

 300X年の魔理沙はバツの悪そうな顔であっさりと認めていた。わざわざ弱点に挙げるくらいだから私の知らない秘密があるのかと思ったのに、なんだか肩透かしを食らったような気分だ。

 

「ところで未来はどうなんだ?」

「さあな。少なくとも1億年先まで跳べることは確認しているが、それ以上先は見た事ないから知らん」

「1億年……」

 

 果てしなく遠い未来がどんな世界になっているのかなんてまるで想像が付かない。今から1億年前と言えば白亜紀と呼ばれ恐竜が世界を支配していた時代だし、ひょっとしたら人類以外の生物が世界の覇者となってるかもしれない。一度行ってみたい気もするけど、それを実行に移してしまえば自分の中の何かが崩れ落ちそうだ。

 そんな私の心を見透かしたかのように、彼女は「跳ぶなら精々この時間までにしておけ。好奇心は猫をも殺すぜ」といつになく真剣な顔をしていて、私は堪らず聞き返した。

 

「そんなに未来はヤバいことになってるのか?」

「未来がヤバいというよりは、下手に歴史が変わったら困るから時間移動するなと言っているんだ。今の話の流れでお前がもっと未来にタイムトラベルしてしまったら、私が歴史改変の因果を生み出してしまう」

「いまいち釈然としないな。本当はもっと重大なことを隠してるんじゃないのか?」

「……じゃあ歴史が変わらない程度に未来を幾つか教えてやる。……そうだな、215X年時点の私だとすると一番無難なのはセイレンカだな」

「セイレンカって月の都に渡した弥生時代の花だよな? あれが何か関係あるのか?」

「遺伝子情報を解析して種の量産に成功した月の都は、半年掛けて花畑を造り玉兎達の新たな憩いの場を設け、余った一握りの株を宇宙マーケットに流した。それが色んな星を巡り巡って4000万光年離れたキルゴ星に流れ着き、興味を持ったとある薬学者が成分を解析した所、当時星中に蔓延していた、全身が石のように硬くなって動かなくなる病の特効薬となることを突き止め、月の都の協力の元セイレンカを大量に輸入し、約1000万人の命が救われた。後年その薬学者とセイレンカの発見者である私の銅像が建てられる。今から3年後のことだ」

「あの花がそんなことになるのか!」

 

 ちょっと信じられない話だけど、見知らぬ所で誰かの役に立っているのならこんなに嬉しいことはない。

 

「ついでに幻想郷の未来も教えておこう。後1000年もすればこの国全体が幻想郷となり、1万年もすれば幻想郷は自然消滅するんだ」

「自然消滅!? そんな……」

 

 至って冷静に話す彼女と違い、私は心臓が飛び出るかのような衝撃を受けていた。折角色々と苦労したのに全てが水の泡か……。

 ……いや、本当はいつか終わりの時が来るのは薄々気づいていたのかもしれない。むしろよく1万年も続いたと褒めるべきなのか。

 

「話は最後まで聞け。その頃にはもう文明が中世レベルにまで衰退していて、人類は占いや神託と言った〝非科学″を信じるのが当たり前になって、幻想郷を創る意義が無くなるからなんだよ」

「文明が衰退って……そんなの有り得るのかよ?」

「月の都の住人も元は地上で高い生活レベルを築いていたし、有り得ない訳じゃない」

 

 言われてみればそんなことを言っていたような気がする。

 

「しかし人間達はやがて科学を発展させて妖怪に対抗する力を持ち、19世紀と同じように妖怪達はこの国の一地方に追いやられ、再び幻想郷が誕生する。幻想郷の歴史はそれの繰り返しだ」

「……う~ん俄かには信じられないな。過去に同じ事があると分かってるのにそれを見過ごすのかよ?」

「世界の流れはどうしようもないんだ。例え何らかの画期的な発見や発明を妨害したとしても、それらが世に出て来るのが数年、数十年と遅れるだけだ」

「そう……なるのか」

 

 なんかモヤモヤするけど、それを上手に言葉にできなかった私は頷くしかなかった。

 

「……で、三つ目の『術者の心』ってのはなんなんだ?」

「言葉通りタイムトラベルを使う者の意思だ。私もお前も霧雨魔理沙という人格を保ち、理性を持って行動しているからこそ何ともなってないが、仮に何らかのきっかけで精神を病んで心が壊れてしまったらどうなる? 誰に配慮することもなく好き放題に歴史改変しまくって取り返しのつかないことになるぜ」

「……」

「私は思うんだよ。タイムトラベルってのは一人の魔法使いが扱うには過ぎたものだってね。1000年前の私には霊夢を助ける為にどうしても必要だったけれど、望みを果たしたこの歴史で時間移動の能力を持ち続ける意味はあるのか?」

「だからお前はタイムトラベルを放棄しろと言うのか?」

「そうだ。私の存在が過去から未来にかけて全ての歴史を不安定にしている。今の所どの時間においても私が精神病を患ったり狂人になることはないが、いつどんなきっかけでその可能性が生まれるかも分からない」

「それは流石に杞憂じゃないか? 仮にもしそんな事態になったとしても、最初からそうならないようにタイムトラベルしてしまえばいいだけの話だし。私が私じゃなくなるなんて想像も付かない」

 

 私の人生で一番精神的に参っていた時期は200X年7月下旬、最初の歴史で霊夢が亡くなった時だった。けど私はその悲しみと後悔を時間移動の研究にぶつけて今に至っている。あれ以上の衝撃が来るとは到底思えない。

 

「どうしたんだよ未来の私。らしくないぜ。もしかしてお前――」

「勘違いするな、私は至って正常だ。まあ要するにだな、私が言いたかったのはお前の一挙一動で宇宙の歴史が変わるから充分に気を付けろってことだ」

「――ああ」

 

 つい最近にも映姫から似たような警告を受けたばかりだが、未来の自分からの助言は更に言葉の重みが変わって来る。しっかりと留意しておこう。

 そして彼女は会話は終わりだと言わんばかりに再び原稿に視線を落とす。私は再び扉が開くまでの間、ずっと海を見つめていた。



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第187話 手紙の理由

前回の話でサブタイトルが189話となってましたが正確には186話です
間違えてすみませんでした


 あれから40分が経過し、海を眺めるのもそろそろ飽きてきた頃、玄関の扉が勢いよく開かれ外の蒸し暑い熱気と一緒ににとりと妹紅が帰って来た。

 

「たっだいまー! は~生き返る~!」

「悪い、ちょっと時間が掛かっちまった」  

「おかえり」

 

 彼女達はそれぞれ片手にラージサイズの紙コップを持っていて、半透明のプラスチック蓋にストローが刺さっていた。

 

「外は暑かったんじゃないか?」

「もう暑くて堪らなかったよ。昼間はあんま出歩くもんじゃないね」

「この季節はまだまだ日が高いからなぁ」

 

 そんな愚痴を吐きつつ二人は席に着いた。

 にとりは紙コップをテーブルに置き、背中のリュックから取り出したタオルで顔や身体を軽く拭っているけど、対照的に妹紅は汗一つなく、澄ました顔でドリンクをストローで飲んでいる。

 彼女達はそれぞれサイダーとメロンソーダを買ったみたいで、カラカラと中の粒氷がぶつかる音が耳に入る。当初は満タンまで入ってたであろうジュースの量は既に四分の三まで減っていた。

 やがて汗を拭い終えて片付けたにとりは、メロンソーダをストローですすりながら妹紅に言った。

 

「妹紅、さっきはありがとね。あの借りはこの時間の私に請求しておいてちょうだい」

「別に大したことじゃないって。私の奢りでいいよ」

「人里でなんかあったのか?」

 

 私が訊ねると妹紅が答えてくれた。

 

「ドリンク屋でにとりがジュースを買って会計しようとした時の事なんだけどね、にとりの出したお金が偽金と勘違いされちゃってさ、店員に自警団を呼ばれて大騒ぎになっちゃったんだ」

「偽金?」

「どうやらこの時代では215X年の通貨は古銭になってるみたいでさ、使うには骨董品として鑑定した後に換金しないといけないみたいなんだよ」

「へぇ~」

「店の人からは犯罪者呼ばわりされるわ、往来の人からは奇異の目で見られるわで散々だったなぁ。通りの店で面白そうな物が幾つかあったのに何も買えなかったし」

「そりゃまた災難だったな……誤解を解くの大変だったんじゃないか?」

「あはは、妹紅が話をつけてくれなかったら捕まる所だったよ」

 

 にとりは苦笑しながらメロンソーダをすすっていた。

 まさか時間移動先でこんな問題が起きるとは思ってもみなかったな。200X年9月2日に遡った時、弾幕ごっこで霊夢に負けてジュースを買いに行かされたことがあったけど、あの時215X年の500円玉をすんなり使えたのは奇跡だったのかもしれない。

 

「それにしてもこの時代の自警団は凄いね。妖怪相手でも全然臆しないんだから」

「時間が空いた時に私がみっちり鍛えてるのよ。知能を持たないレベルの妖怪なら簡単に追い払えるわ」

「なるほどね~。道理で妹紅のことを『姐さん姐さん』と慕ってる訳だ」

「恥ずかしいし柄じゃないからやめて欲しいって言ってるんだけどな、あいつら全然聞かなくってさ」

「そうは言うけど、実は案外満更でもないんじゃないの~?」

「いやいや、本当にそんなことないって~」

 

 にとりと妹紅は会話に花を咲かせながらジュースを飲んでいる。

 

(美味しそうだな……)

 

 喉がゴクリと鳴る。魔法使いは何も飲まなくていい身体なのに、なんだか喉が渇いてきてしまった。

 

「なあにとり」

「ん?」

「そのジュース一口飲ませてくれないか?」

「えぇ~? さっき一緒に行こうって誘ったのに断ったじゃん」

「あの時はそうだったんだけどさ、見てたらほしくなっちゃって。本当に一口だけだから頼むよ、な?」

「しょうがないなあ。本当に一口だけだからね?」

 

 手を合わせて頼み込んだ甲斐も有って、にとりは渋々紙コップを差し出した。

 

「サンキュー」

 

 受け取った私は言葉通り一口分だけストローで吸い込んだ。

 

「――美味い!」

 

 シロップ固有の甘ったるさと炭酸特有のチリチリとした刺激が口の中に広がり、飲み込むと同時に冷水を浴びた時のような爽快感が喉の中を駆け抜けていく。真夏に飲むキンキンに冷えたジュースはまさに至福の一杯だ。

 このまま一気に残りを飲み干したくなったけど一口だけの約束だ。私は後ろ髪を引かれるような思いでにとりに紙コップを返す。受け取ったにとりは再びストローでジュースを飲んでいた。

 

「んじゃそろそろさっきの話の続きを始めてもいいか?」

「ああ、頼むぜ」

 

 原稿を片付けた300X年の魔理沙に頷き、私は元の席に着く。

 

「さっきどこまで話したんだっけ」

「魔理沙Ⓒが魔理沙Ⓐの歴史改変に成功して正史に戻って来た所だな」

「そうそう、そうだったね」

「結局正史に戻った魔理沙はⒶになるのか?」

「平穏に幻想郷とアプト星を往復した魔理沙Ⓐ´に、宇宙ネットワークとリュンガルトを巡って東奔西走した魔理沙Ⓐ~魔理沙Ⓒの記録が重なるから【魔理沙Ⓓ】になるな」

「ふ~ん四人目になるんだ」

「古い歴史の魔理沙達に感情が引っ張られた影響で、魔理沙Ⓓは久々の故郷に感涙しちゃってな、そのテンションのまま霊夢に会いに行って引きつった顔をされたのは今も覚えてるよ」

 

 苦笑交じりに話す300X年の魔理沙に私はすかさず質問した。

 

「ってことはさ、結局お前は魔理沙Ⓓなのか?」

「いいや、私は【魔理沙Ⓔ】だ」

「……んん? アプト星に関する一連の出来事はこれで解決したんじゃないのか?」

 

 そう突っ込むと彼女は渋い顔でこう言った。「問題はそこなんだよ。この歴史改変が話を一際ややこしくしててな、手紙を出した経緯も含めてこれから説明するから聞いてくれ」

「そ、そうか」

 

(なるほど、ようやくここまで来たか)

 

 非常に長い前置きだったけど、ようやく彼女の心の内を聞けそうだ。

 

「元の時間である215X年9月30日に帰って来た魔理沙Ⓓは、魔理沙Ⓐ~Ⓒの記録を踏まえ、自分の迂闊な行動に負い目を感じてタイムトラベルを捨てる事を考えた」

「魔理沙が責任を感じる必要はないじゃん。どれもこれも全部リュンガルトが悪いのに」

「それでもな、地球が誕生しない歴史へ自身の手で招いてしまった事実はショックが大きかったんだよ。元が理想的な世界だったからこそ、その落差にな」

 

『失ってから始めて分かる幸せがあるのよ――』

 

 私は何となく霊夢の話を思い出した。魔理沙Ⓓの心境も想像に難くない。

 

「……それでどうなるんだ?」

「だけど魔理沙Ⓓはタイムトラベルを捨てなかった。――いや、捨てられなかった」

「捨てられなかった?」

「この件以来未来を信じることができなくなってしまってな、自身の言動に必要以上に慎重になりすぎて、何かする度に逐一未来を確認するようになっちゃったんだ」

「あちゃー……」

「タイムトラベルに依存しちゃったのね」

 

 ちょっと想像がしにくいけど、例えば霊夢の家に遊びに行ったり、または紅魔館で読書をしたり、そんな日常的なことすらも結果を確認しにタイムトラベルしてたってことなのか?

 

「その行為そのものが大規模な歴史改変のトリガーになりそうだけど」

「一種の強迫観念みたいなもんで、頭で分かってはいても止められなかったのさ」

 

 妹紅の疑問に300X年の魔理沙は肩を竦めていた。

 きっと魔理沙Ⓓはバタフライエフェクトに酷く怯え、歴史が改悪されることを恐れていたのだろう。歴史はある程度収束するが、どの点がどのように収束するかまでは結果が出るまで分からないのだから。

 

「古い歴史の自分の記録に悩まされ、タイムトラベルを何度も何度も繰り返すことで、時の流れに沿って生きる人妖達との時間も次第にずれて行く……。近しい友人達にはかなり心配を掛けてしまってな、会うたびにタイムラインを教えて貰っていたんだ」

「おいおい、重症じゃないか」

「客観的な時刻で10日後の215X年10月10日には、未来を確認するだけのタイムトラベルを繰り返した影響で魔理沙Ⓓの主観的時間と二ヶ月のズレが生じていた。このままでは本当に心が病んでしまうと考えた魔理沙Ⓓは、全ての元凶となったリュンガルトに関する出来事、もっと突き詰めてしまえば〝アプト星へ行った事実″そのものを無かった事にしようと決意した」

「そこでタイムトラベルに頼っちゃうのがなんだかなあ……」

「きっと魔理沙Ⓓは辛かった記録を楽しかった記憶で塗り替えようとしたんだろうな」

 

 何ともまあ〝私″らしい動機だ。

 

「魔理沙Ⓓは過去は紀元前39億年、未来は西暦300X年に掛けて時間移動をしながら〝未来を記した手紙を過去の私へ渡す″という計画を練り上げ、その一番効果的なタイミングが『300X年6月10日午後1時10分、アプト星に出発する前の〝215X年9月30日魔理沙Ⓐ″が永遠亭の前にタイムジャンプしてきた瞬間』だと判断した」

「その手紙ってこれのことだよな?」

 

 その時刻に貰った開封済みの封筒を取り出して机の上に置くと、彼女は肯定した。

 

「魔理沙Ⓓは自分の記憶通りの未来――霊夢、マリサ、咲夜が生存して幻想郷が存続する世界――の為、その日までタイムジャンプを使わないで実時間で850年を過ごすことを決めたんだけどな、やがてすぐにこの計画は不要になったんだ」

「というと?」

「彼女の異変を見かねて、にとりにマリサ、霊夢、アリス、咲夜、パチュリーといった友人達が何でもかんでも時間移動に絡めないように色々と助けてくれてな、11月になる頃には魔理沙Ⓓの神経質な部分もすっかり治って、気力体力共に充実した毎日を送れるようになったんだ」

「それは良かったなぁ」

 

 持つべきものは友ということわざがあるけど、まさにその通りだと私は思う。

 

「でも私達がここに居るって事は、まだ話は終わらないんだよね?」

「ああ。契機が訪れたのは、時間が大きく跳んで今から約一か月前の300X年6月1日の朝、自宅で月めくりカレンダーを6月にめくった時のことだった。6月の予定をカレンダーに書き込んでいた時、彼女はふと思い出した。『そういえば今月の10日に850年前の私がやってくる』と。その事を自覚したが最後、忘却の彼方へ消え去っていたリュンガルトに関する悪夢や、当時の自分の苦悩と計画が堰を切ったように蘇ってしまった」

「あらら、せっかく忘れてたのに」

「魔理沙Ⓓは悩んだ末に『過去の私に同じ思いをさせたくない』との思いから計画を実行に移すことを決断し、これと全く同じ文面の手紙をしたためた」

 

 300X年の魔理沙は封筒を指さし、話を続ける。

 

「そして6月10日の朝に鈴仙の病院を訪ね、午後1時10分に永遠亭の前にタイムトラベルしてくる過去の自分へ手紙を渡すように頼み込んで自宅に帰った。計算ではこの手紙によって魔理沙Ⓐ⇒Ⓑの間に新たな因果を割り込ませ、『最初からアプト星へ行かなかった歴史』にする予定だったんだが、ここで大きな誤算が生じてしまった」

「誤算?」

「215X年9月30日の魔理沙Ⓐは手紙の内容を鵜呑みにしちゃってな、魔理沙Ⓓの元に行くことなく、〝一週間後の魔理沙″の話も無視してアプト星へと行ってしまった。結果として魔理沙Ⓐは魔理沙Ⓔとなり、連鎖的に300X年の魔理沙Ⓓも魔理沙Ⓔに――私へと改変されたのさ」

「……ひょっとして、その成功例が私なのか?」

 

「その通り」300X年の魔理沙は僅かに顔をほころばせながら頷いた。「私の主観的な記憶では、〝300X年魔理沙Ⓓの手紙を信じる選択をしてアプト星へ向かい、魔理沙Ⓐ~Ⓒと全く同一の経験をして正史に帰って来た″。お前が紀元前39億+1年に映像越しで会話した〝一週間後の魔理沙″は、時間の連続性が続いた正真正銘過去の私だ」

「なるほどね~!」

 

 納得すると同時に、彼女が私と初対面だと言った理由が腑に落ちた。紀元前39億+1年で会った一週間後の私はどこにも消えていなかったんだ。

 

「率直に言うとな、最初は未来の自分を激しく憎んだよ。けど宇宙ネットワークや歴史改変の法則について調べる内に、その怒りも薄れて魔理沙Ⓓの意図を悟ったんだ。今はもう彼女に対する恨みは全く無い。むしろ『過去の私に同じ思いをさせたくない』って気持ちに共感して意思を継ごうと感じたくらいだ」

「……お前も正史に戻って来た後苦しんだのか?」

「あれは確かに苦々しい経験ではあるけど、私は初めっから『成るように成る』と割り切っていたし魔理沙Ⓓのように思い悩むことはなかったな」

 

 彼女はとても清々しい表情で答えていた。

 一度は精神的に弱ってしまった魔理沙Ⓓと、健康な魔理沙Ⓔの分水嶺は間違いなく手紙だ。魔理沙Ⓓの目論見は結果的には失敗に終わってしまったけど、彼女のしたことは決して無駄ではなかったと私は思う。

 

「それから時を経て私が300X年6月10日になった時、魔理沙Ⓓの失敗を顧みて、ただ手紙を渡すだけじゃなくてこの私を疑うように誘導した。……にとりに協力して貰ってな」

「えっ、にとりが?」

 

 驚きつつ彼女を見ると、少し言いにくそうにしながら語りだした。

 

「魔理沙が来る30分くらい前だったかな? この時間の魔理沙が来てね、『もうすぐ現れる〝215X年9月30日の私″に私は直近の未来を書いた手紙を送った。彼女がメモリースティックに書いてあった日時に跳んだ時必ず私の手紙を見せるから、その時内容について懐疑的な意見をぶつけてくれ』って」

「なんだよ……知っててとぼけてたのか」

「黙っててごめんね。どうしてもと頼まれちゃったからさ」

 

 にとりは手を合わせて謝っているが、彼女の意見が無ければ間違いなく魔理沙Ⓔと同じ運命を辿っていた。「謝らないでくれ。むしろいい仕事をしてくれたよ」率直な気持ちを伝えると、にとりは安堵の表情を浮かべていた。

 

「他にもな、万が一私が失敗した時に備えて、宇宙飛行機の様々な改良を依姫に注文してより頑丈に造って貰ったんだ。215X年10月の私が乗ってた宇宙飛行機が半壊で済んだのもこのおかげだ」

「影でそんなことやってたのかよ」

 

 というかそもそも半壊で済んだって表現はどうなんだ。

 

「後はお前の知っての通り。215X年9月30日の〝私″はアプト星へ行かずに私の元へ来て、こうしてネタバラシしているわけだ」

「こんな回りくどいことしなくたって、手紙にきちんと詳細に事情を書けば良かったんじゃないか? 少なくとも魔理沙Ⓓ⇒Ⓔのような失敗は無かっただろ」

「過去改変はコントロールできる範囲で行う必要がある。もし失敗したとしても、過去の魔理沙が自分の経験した歴史と同じ道を辿るようにすることを考えたら、あの内容が精いっぱいだったんだ」

「うーむ……」

 

 分かったような分からないような……。まあ過ぎたことを考えても仕方ない。

 

「結局お前の目的は、『私がタイムトラベルに振り回されないようにする』ことで、アプト星へ行くことがその因果になるから止めてるんだな?」

「それに加えて霊夢・マリサ・咲夜生存、幻想郷存続の現在の歴史に固定することだ。宇宙ネットワークに接続するアンナのメモリースティックを折ることでお前が魔理沙Ⓐ~Ⓔと同じ経験をする可能性は0%になり、時の回廊で咲夜にタイムトラベルを放棄すると伝えるだけでこの歴史が固定される」

「……これか」

 

 私はポケットから赤色のメモリースティックを取り出す。こんな手のひらサイズに収まる小さな物に地球の――幻想郷の命運が握られているのか。

 

「お前はどうなる? 過去を否定するってことは、今のお前も消えるんじゃないのか?」

「間違いなくそうなるな。けど私という個が死ぬ訳じゃない、新しい歴史の魔理沙の記録として残るだけだ。――そもそもお前と私が今こうして顔を突き合わせて喋ってる時点で、お前がタイムトラベルした瞬間に私が再構築される歴史は確定している」

「!」

「『私の話を無視してアプト星へ向かい、私と同じ経験をする魔理沙Ⓕ』になるか、『アプト星へ行かず、タイムトラベルを棄てて普通の魔法使いとして生きる魔理沙Ⓖ』になるか。――答えてくれ」

 

 300X年の魔理沙は神妙な顔で此方をじっと見つめ、真剣な空気に合わせ妹紅とにとりは押し黙っていた。

 




難しい話をここまで読んでくださりありがとうございました。

ここまでの話の中で疑問、質問等がもしありましたら気軽にどうぞ。
ネタバレにならない範囲で必ず返します。



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第188話 魔理沙の選択

投稿が遅くなってすみませんでした。


(やれやれ)

 

 私は心の中で大きな溜息を吐いた。

 人生は選択の連続だと誰かが言っていたけど、こうも立て続けに選択を迫られることになるなんてな。今回はちょっとした宇宙旅行の筈だったのにどうしてこうなってしまったのか。

 

(なんて、愚痴をこぼしてる場合じゃないか)

 

 目の前の魔理沙は世界の礎となっていった多くの私達の代弁者であり、私の六倍以上の年を重ね豊富な経験を経ている。全ての種明かしがされた今、彼女の不可解な言動の意図も理解できたし、現状の歴史で固定する事には大いに賛成だ。

 けれど私にはどうしても譲れない部分があった。

 

「――私は『宇宙ネットワークに発見されずにアプト星へ行く魔理沙Ⓗ』を選ぶぜ」

「「「!」」」

 

 予想していなかったのか、この場の全員が驚きの顔で私を見る。

 

「要はアプト星近辺でタイムジャンプをせず、尚且つメモリースティックも使わずに行けば問題ないんだろ? 違うか?」

「……それは難しいだろうな。メモリースティックの中には、ナビゲーションシステム以外にもアプト星における通行証と身分証が入力されているんだ。お前も見た筈なんだが」

「え、そんなのあったっけ」

「お前が自宅で空中に投影されたアプト星の星図を見た時、左下辺りに自分の顔写真とゲストID№0001と記された事項が有ったろ?」

 

 記憶の糸を辿っていき「……ああ~あれのことか!」と思い出す。あの時はスルーしてたけどそんな意味があったんだな。

 

「関所、パスポート、いつの時代でも人や物が移動する際には必ず時の政府の許可が必要になる。それは他の星だって同じだ。メモリースティックを通じて宇宙ネットワークに接続することで初めて有効になる。勝手に入ろうものならアプト星の軌道上に浮かぶ宇宙要塞から無数の宇宙船が飛んでくるぜ」

「そうか。う~ん良いアイデアだと思ったんだけどな……」

 

 そうなるともう危険を承知で魔理沙Ⓕルートに行くしか手立てが無くなってしまうが、不幸な未来になる事が分かってて同じ道へ行くのは勇気が必要だ。

 本当にこれしか方法がないのか? ……駄目だ、情報が足りな過ぎる。外の世界のテクノロジーすら怪しいのに、太古の昔の遠い星の事なんて分かる訳がない。

 

「なあ過去の私」思考の海へ潜る私を呼び戻すように300X年魔理沙が問いかける。「私の話を理解しているのならアプト星に行く事がどれだけ危険なことか分かるだろ? そうまでして何故アンナに拘る?」

 

 分かりやすく困惑している彼女に、私は胸を張ってこのように答えた。

 

「アンナと遊ぶ約束をしたからだよ。かつての歴史で彼女は39億年もの時間をコールドスリープしてまで私に会おうとした。私はその気持ちに応えたい」

「!!」

 

 霊夢やマリサの事で紆余曲折あったけど、この想いだけは一貫している。

 それに300X年魔理沙の話の中でリュンガルトや宇宙ネットワーク関連についてはうんざりするくらいに登場したけど、アンナが一連の出来事に関与しているとは匂わせることもしなかった。見方を変えればアンナも私と同じ被害者なんだ。

 

「逆に訊ねるが、お前自身はアンナと過ごした事についてどう思ってるんだ?」

 

 彼女も同じ私なら、私と同じ想いでアプト星へ行った筈。敢えて触れないようにしているのかそれとも……。いずれにしても私の決意は固い。

 

「……」

 

 未だ衝撃から抜け出せない様子の300X年魔理沙は、無言になり真剣な表情で考え込んでいる。時計の針と微かな波の音が反響する部屋の中、やがて彼女は沈黙を破るように重い口を開いた。

 

「そう、だな。リュンガルトのことさえなければ良い思い出になっただろうな。タイムトラベルの打算やリスクばかり考えて初心を忘れていたよ。……全く、まさかこんな単純な事を過去の私に気づかされるなんてな」

 

 遠い過去を懐かしむような表情の300X年魔理沙はすっくと立ち上がり、「渡したい物がある。五分後に帰って来るから待っててくれ」とだけ言い残し、行先を告げずにタイムジャンプしていった。

 再び静かになった部屋で、にとりがポツリと呟いた。

 

「……未来の魔理沙が渡したい物ってなんだろうね?」

「さあな、見当もつかない」

 

 あの雰囲気的に少なくとも有っても無くてもいいような物じゃないことは確かだ。

 

「彼女、私の知らない所でかなり重い経験をしてたんだな。結構な頻度で会ってたのに全然気づかなかったよ……」

「大分思い詰めていたみたいだったけど、大丈夫かな」

 

 会話が弾む事もなく、各々が複雑な心境を抱きながら300X年魔理沙の帰りを待ち続け、午後3時55分、宣言通りの時間に帰って来た。

 

(あれが850年後の私のタイムジャンプ……!)

 

 今の私と違って魔法陣が七層に増え、精巧なローマ数字の文字盤をモチーフにした魔方陣模様は芸術的だった。それなのに現れる寸前まで――実際に姿を現した時も、気配やマナの流れをまるで感じなかった。本当にどんな仕組みなんだ?

 そうして分析している間に彼女は着席し、「待たせたな。お前にこいつを授けよう」と一冊の製本を机越しに差し出してきた。私はそれを受け取る。

 

「なんだこれ?」

 

 茶色いハードカバーの本には、表表紙、背、裏表紙のどこを調べてもタイトルが書かれておらず、小口を見る限りでは数十ページ以上あるようだ。早速開けてみると、クオーツ時計を分解したような模様の魔法陣やそれに関する魔法式らしきものが余すことなく記されていた。

 え~と何々? ……ん? これは!

 

「ま、まさかこの本にはタイムジャンプ魔法のことが書かれているのか?」

「その通り、ここには私の五年の研究の成果が詰まっている。名付けるなら真・タイムジャンプ魔法だな」

「真・タイムジャンプ魔法……!」

 

 なんとも安直なネーミングだが、分かりやすくて良いと心の中でフォローしておく。

 

「本気で行く覚悟があるのなら、これを習得して紀元前38億年9999万9999年8月17日のアンナの自宅前にタイムジャンプするんだ。星の外の警備は厳重だが、中に入ってさえしまえばアンナがなんとかしてくれる」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。タイムジャンプでそんな遠い場所にまで跳べるのか!?」

「『時の回廊は宇宙のどこからでもアクセスできる特殊な領域だ。逆説的に考えれば時の回廊を経由することで宇宙のどこにだって行けることになる』1億光年だろうと100億光年だろうと、タイムジャンプを使えば一瞬だ」

「はぁ~凄いな!」

 

 あまりのスケールの大きさに、私は間抜けな言葉しかでなかった。

 

「そういうことなら有難く貰っておくぜ。……にしても、あれだけ反対してたのにどういう風の吹き回しなんだ?」

「なあに、私は自分のことしか考えず臆病になっていた。ただそれだけの話だよ」

 

 彼女の意図を汲み取った私は、ポケットに戻していたメモリースティックを再度取り出し、全員に見せるように手の平に広げた。

 

「じゃあ今から壊すぜ」

「ああ、やってくれ」

 

 メモリースティックの端と端を両手で摘んで反発するように魔力を込めると、クラッカーのような音をしながらあっけなく折れた。断面部分から人差し指くらいの小さな四角い機械が飛び出していて、焦げたような臭いがする。

 

「これで現在の歴史が改変されることは決定的になった。お前が別の時空に跳んだ瞬間からすぐにでも開始されるだろう」

「……」

 

 淡々と話す300X年魔理沙に何か言うべきかと考えたがやっぱりやめた。彼女はそんなの望んでいないだろう。

 私は左腕に本を抱えながら席を立ち、彼女達を見下ろしながらこう言った。

 

「今から時の回廊に行ってこの魔導書を学んでくる。アプト星から帰ってきたらタイムジャンプを封印するつもりだ」

「分かった。幸運を祈ってるぜ」

「にとり、妹紅、五分後にここに帰って来るからそれまで待っててくれ」

 

 無言で頷くにとりと妹紅、白い歯を見せながらサムズアップする300X年魔理沙を瞳に焼き付けつつ私は宣言した。

 

「タイムジャンプ! 行先は時の回廊!」

 

 ピントの合わないカメラのように世界が段々とぼやけていくのを感じ、私は目を閉じた。

 

 

 

  ――西暦????年??月??日―― 

 

 

 

 時間移動特有のフワフワした感覚が終わり、地に足ついたことを感じ取った私は目を開く。飛び込んできたのは世界を貫くように地平線の果てまで続く回廊、私はそのど真ん中に立っている。回廊の外側には四季を象徴する景色が広がっていた。

 

(ここに来るのも何回目かな)

 

 非現実的な光景なのにすっかり馴染み深いものになってしまった。思えば随分遠くまで来てしまったな。

 

「貴女の選択見させてもらったわ」

 

 感傷に浸っていた時、なじみ深い声と共に女神咲夜が姿を見せる。

 

「貴女にはいつも驚かされてばかりだわ。過去・現在・未来、これまであらゆる時間を旅する貴女と幾度となく会って来たけど、その終わりも近そうね」

「もう私には必要ないし、それがアイツの意思でもあるからな。今回の件で、タイムトラベルの為ならどんな手段も厭わない存在がいるってことが良く分かったよ」

 

 魔理沙Ⓓ程極端にならなくとも、これからはより一層慎重に行動しなければならないだろう。

 

「咲夜、今からタイムジャンプ魔法の改良に取り掛かろうと思う。しばらくここに居てもいいか?」

「もちろん」

 

 彼女が指を弾くと、目の前に私の家と同じソファーとアンティーク調のテーブルが出現した。

 

「時の回廊は時間の概念が無い場所、何日でも、何年だろうと自由に使ってくれて構わないわ」

「悪いな」

「頑張ってね」

 

 女神咲夜は空間に溶けこむ様にしてこの場から居なくなり静けさが戻る。私はソファーに腰を下ろし、頭の中で魔法使いとしてのモードにスイッチを切り替え、魔導書を読んでいった。

 

 

 

 

「よーし、終わったぜー!」

 

 100ページにもわたる魔導書を読了しきった私は、確かな達成感と共に本を閉じる。ここは一切の音も景色も全く変化しない為集中するにはもってこいの場所で、気づけば主観時間で一週間も経過していた。

 

「お疲れ様、はいお茶どうぞ」

「おお、サンキュー」

 

 隣に忽然と現れた女神咲夜から湯気が立っている湯呑を受け取り、ゆっくりと傾けていく。苦みがよく効いて口当たりが良く、自分で淹れるより断然美味い。

 そうして味わっている間にも、彼女はかがみながら苺のショートケーキを机に置き、「勉強の後は甘い物がお勧めよ」と自然に勧めてきたのでそちらも頂くことにする。フォークで一口サイズに切り分けて口の中へ運ぶと、ホイップクリームが口の中で蕩けていき、スポンジの中で薄く切り分けられた苺の酸味が良いアクセントとなってほっぺが落ちそうな美味さだ!

 

「美味いな!」

「ふふ、喜んでもらえて良かったわ」

 

 ここ一週間、彼女は時々様子を見にくるついでに色んなお茶菓子を出してくれていて、私の密かな楽しみになっていた。純白のドレスから紅魔館と同じデザインのメイド服に着替え「こうして誰かにお給仕するのも久しぶりね」と嬉しそうに語っていたのが印象に残っている。

 それにしてもどこからお茶菓子を調達して来ているんだろう。聞いてもはぐらかされるし謎過ぎるけど、まあ美味しいから別にいいか。

 やがてお茶を飲み干し、ショートケーキを完食した私は、「ご馳走様。それじゃ早速新しいタイムジャンプを試してみるよ」と言って席を立つ。彼女の手作りスイーツが食べられなくなるのは名残惜しいが、いつまでもここに居る訳にはいかない。

 

(跳ぶ時間は次の日の朝で良いとして、場所はどこにしようかな。……自宅前でいいか)

 

 新生タイムジャンプ魔法は、従来のタイムジャンプ同様跳びたい時刻に加えて空間を指定するだけで良く、到着地点をより細かく鮮明にイメージすることで誤差を無くすことができる。と書いてあった。

 更に凄い所は、到着地点となる地名・空間は過去も未来も含めて普遍的に呼ばれていた呼称で良く、時代に合わせて変更する必要がないので大変使い勝手が良い。

  

《例えば私が住む幻想郷は日本という国の一部にあるけど、8世紀以前は日本ではなく倭国と呼ばれていた。仮に22世紀から8世紀以前に時間遡航する時、日本の何処何処~と指定してもいいし、逆に倭国の何処何処~と指定してもちゃんとタイムジャンプできる》

 

「タイムジャンプ! 時間は西暦215X年10月1日午前7時、場所は自宅の前!」

 

 身体の奥底から眠っていた魔力が静かに湧き上がり、手足の先まで行き渡るような充実感が生じる。今なら時間の壁のみならず、空間だって飛び越えられそうだ。

 

「いってらっしゃい魔理沙」

 

 メイド姿の彼女が見守る中、歯車、機構、文字盤、針といった時計のパーツを模したバラバラな魔法陣が一つになり、足元で重なった瞬間私は消えて行った。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時――

 

 

 

 暖かな日差しを感じて目を開ければ、普段から見慣れた森と瘴気が混じった湿り気のある空気が私を出迎えた。

 

「よし、成功だな」

 

 これからは時間移動が俄然楽になるだろう。

 

(さて、戻るか)

 

 にとり達と約束した時間に戻るべく、脳内でタイムジャンプの準備をしていると。

 

「捕まえた!」

「キャッ、だ、誰!?」

 

 突然後ろから腕を回されて身動きが取れなくなってしまい、おまけに変な声が出てしまった。何事かと思って首だけ後ろに振り返ると〝私″がいた。

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ぷぷ、随分と可愛い声が出たな」

「う、うるさいな。いきなり何すんだよ!」

「ふふん、ここで待ってれば必ず帰って来ると思ったが、私の勘は的中したぜ」

「はあ?」

「なあ昨日はどこに行ってたんだ?」

「昨日?」

「夜の6時頃に宇宙飛行機に乗って宇宙へ飛んでいったじゃないか。忘れたとは言わせないぜ~」

「ああ~あれか!」

 

 そうか、あの出来事からまだ13時間くらいしか経ってないんだな。

 

「しかも一緒に乗ってた妹紅は未来人だろ? 私をのけ者にして面白そうなことしやがってずるいぞ!」

「な、何故それを……!」

「慧音の家で妹紅が夕飯を食べていたのを目撃したからな。彼女が私より早く来るのは有り得ないんだよ」

 

 得意げに答えたマリサは「さあ、答えろ! 言わないならこのままくすぐってやるぜ!」と、指先を細かく動かしながら、更に身体を密着させてくる。その仕草を見るだけで体が疼いて来た私は、観念するように答えた。

 

「分かった、分かったからいい加減離れてくれ。暑苦しいぞ」

「別の時間に逃げたりするなよ?」

「しないって」

 

 マリサは腕を解いて一歩後ろに離れ、私と向かい合うように移動する。彼女は今か今かと子供のように目を輝かせていた。

 

「実はな、お前や霊夢が妖怪になる前の歴史の紀元前39億年にアンナって宇宙人の女の子に会ってな、別れ際にその子が住んでいる星に遊びに行く約束をしたんだ」

「前に聞いたことがあるな。確か1億光年離れた場所にあるんだっけか?」

「そうそう。その約束を果たす為に昨日宇宙に出発したんだが……紆余曲折有って結局行けなくてな、今からもう一度挑戦しようと思ってた所なんだ」

 

 紆余曲折の部分を口で説明するのも面倒なのでここは省略する。

 

「それなら私も連れてってくれよ」

「! お前も来るのか?」

「外の世界の違う惑星なんて面白そうじゃん。この機会を逃したら一生なさそうだし。良いよな?」

「まあ……良いけど」

「決まり! ――そうだ! どうせなら霊夢も誘おうぜ」

「え?」

 

 マリサは箒に跨り、「30分後に戻って来るから、勝手に行くなよなー!」と言い残してあっという間に空の彼方へ飛んで行ってしまった。

 

(はは、相変わらず強引だな)

 

 とはいえ、昔の私を見ているようで悪くない気分だ。改めてにとりの元に戻るとしよう。

 

(え~とあの別荘の場所は確か幻想郷東海岸って言ってたよな。よし)

 

「タイムジャンプ! 時間は西暦300X年7月10日午後4時30分、場所は幻想郷東海岸の岬頂上に建つ私の別荘の中!」

 

 宣言した後でこんな感じで良いのかと不安になったが、タイムジャンプは無事に発動し、私は未来へ続く魔法陣の中へ飲み込まれていった。

 

 

 

 ――西暦300X年7月10日午後4時30分――

 

 

 

 渦のようにぐにゃぐにゃになった世界が段々と落ち着きを取り戻し、鮮明になる。別荘の中は改変前の歴史と全く変わっておらず、にとりがポツンとテーブルの前に座っていた。

 

「おかえり魔理沙。タイムジャンプは完成したの?」

「ばっちりだぜ」

「だろうね。魔法陣が前と比べて全然違うもん」

「ところで妹紅と未来の私はどうした?」

「魔理沙がタイムジャンプした瞬間に意識が途切れちゃってね、気づいた時にはもう居なくなってたんだ」

「ふーむ、そうなのか」

 

 過去が変化したことでここに集まる因果が無くなってしまったのか……。考察していると入り口の扉が開き、外から妹紅が息を乱しながら入って来た。

 

「はあっ、はあっ、やあ、お待たせお待たせ」

「妹紅!」

「いや~いつの間にか自宅に瞬間移動してたからびっくりしたよ。過去改変ってのは何度体験しても慣れないねぇ」

 

(これも歴史が改変された影響か)

 

「この時代の私はどうなったんだ?」

「悪いがそれは教えられない。『現在(いま)が変わったら困る』って口止めされてるからな」

「そうか」

 

 まあ無事でいるのなら問題ない。

 

「じゃあアプト星に出発しようか」

「オッケー!」

 

 にとりは席を立ち、私達は一緒に別荘を出る。夏の強烈な陽ざしに顔を顰めつつ、麓の砂浜に駐機中の宇宙飛行機に乗り込んだ。

 

「にとり、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

 

 機体の発射準備をしているにとりに、私は元の時代の自宅であった出来事をかいつまんで話した。

 

「――というわけなんだが良いか?」

「なるほどね。いいよ、一人二人増えても搭乗人数には余裕があるし」

「あの時のマリサは寂しそうだったもんなー。ますます賑やかになりそうだ」

 

 それからにとりは宇宙飛行機を起動し、近くの森を見渡せるくらいの高さまで浮かび上がり、頃合いを見計らって私は宣言する。

 

「タイムジャンプ! 到着時空は西暦215X年10月1日午前7時30分の自宅上空!」

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時30分――

 

 

「さて、アイツは来てるかな」

 

 窓から見下ろすと、此方を見上げながら手を振るマリサの他に、手で日光を遮るように見上げる霊夢の姿があった。

 

「にとり、今から降りるからハッチを開けておいてくれ」

「オッケー」

 

 私はコックピットから出て自動で開いたハッチから飛び降り、減速しながら地上で待つ彼女達の前に着地する。

 

「時間ピッタリだったな、ご苦労ご苦労」

「おう」

 

 マリサに頷き、次いで風呂敷包みを持った霊夢に話しかけた。

 

「おはよう霊夢。来てくれたんだな」

「おはよう。事情はマリサから聞いたわ。朝早くだからビックリしたけど、ちょうど今日は暇だったし付き合うことにしたわ」

「『今日は』じゃなくて『今日も』だろ?」

「一言余計よ」

 

 茶化したマリサを睨みつける霊夢。

 

「はは、それじゃ頭上の宇宙飛行機に乗り込んでくれ」

 

 私はふわりと宙に浮かび、後から続けてマリサと霊夢も飛び上がる。やがて全員が乗り込んだ所で、ハッチが自動で閉まっていく。

 現在私達はコックピットと機体の後部にある居住スペースを繋ぐ、円筒状の細長い貨物室に居る。

 

「へぇ~中は思ったより広いのね」

「入って左側がコックピット、右側が居住スペースになっててな、キッチンやシャワー室、あとトイレまで完備されてるんだぜ」

「まるで空飛ぶ家ね」

 

 マリサが意気揚々と語っていると、コックピットへ続く扉が開き、にとりと妹紅が登場した。

 

「やあマリサ、霊夢。私の宇宙飛行機へいらっしゃい」

「今日はよろしくお願いするわね」

「任せてよ!」

「なあ妹紅、お前未来から来たんだって? 何年後から来たんだ?」

「300X年だから850年後だな」

「へぇ~、その時代の幻想郷ってどんな風になってんだ? 私はどうなってる? 城とか建ってるか?」

「ノーコメントだ。未来の事は教えられない」

「ちぇっ、ケチだな」

 

 マリサは口を尖らせていた。

 それから私達はコックピットへと移動し、妹紅の後ろにマリサが座り、にとりの後ろに霊夢が着席。私は出入り口の扉の前に立っている。

 

「ねえ魔理沙。アプト星ってどんな場所なの?」

「私も良く知らないから何とも言えないが、現代の外の世界以上に発展した星なのは確かだな」

「う~ん、宇宙船が飛んでたりするのかな」

「間違いなくそうだろうな」

「移動にはどれくらい時間がかかるの?」

「私のタイムジャンプで目的地までダイレクトにワープするから五分と掛からないぜ」

「あれ、タイムジャンプで瞬間移動は出来ないと聞いたけど」

「まあ色々事情があってな、話すと長くなるから後で説明するよ。それじゃ今からタイムジャンプするぜ~」

「了解!」

 

 にとりは操縦桿を握り、私はメモリースティックで見たアプト星の映像を思い出しつつ宣言する。

 

「タイムジャンプ! 時刻は紀元前38億9999万9999年8月18日午前10時、場所はプロッチェン銀河ネプト星系アプト星のアンナの高層マンション前、地上32階高度120m!」

 

 魔法の森を見下ろす光景から時の回廊へ切り替わり、その道の果てに空いた時空の渦へ宇宙飛行機は飛び込んで行った。

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。


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第189話 アプト星

タイトル通りこの回からアプト星の話になります。



 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午前10時(協定世界時)――

 

 (宇宙暦7800年8月18日午前20時)

 

 

「到着だぜ」

 

 タイムジャンプ特有の眩い光の後、私達の前に広がっていたのは、300X年の外の世界で見た時のような光景だった。

 この宇宙飛行機を中心として、左右には方眼紙で線を引いたように高層マンションが規則正しく建ち並び、それは数百メートルくらい先の突き当りまで続いていた。――いや、この表現は正しくないな。正確には一直線に続く石造りの道路沿いに高層マンションが建っていて、宇宙飛行機が道路の遥か真上、両脇の高層マンションに挟まれるような形で出現している。

 更に詳しく説明するとこの道路は大通りから一本外れた小道であり、コックピットからは見えないが真後ろには出発前に地図で見た八車線の道路と陸橋が存在する。大通りだと目立つだろうと思ってこの道をイメージしたのだけれど、見事にその通りになった。

 真下の道路は人が疎らで、此方に気づいた様子は無く往来している。外の世界で見られた自動車や飛行機といった乗り物は一切見当たらない。

 続いて高層マンションの隙間から空を覗けば、地球と同じように雲一つない青天が広がっていたが、大きく違うのは一本の白い細線が空を真っ二つに割るようにどこまでも続いている所だ。多分だけどアプト星にかかる輪っかなんだろう。

 ちなみに『午前10時』と日中のイメージでタイムジャンプした影響か外は明るく、地球で言う太陽の役割を果たす恒星から光がもたらされているようだが、周囲の高層マンションが影となってその姿は確認できない。

 そして肝心のアンナの自宅はすぐ左にある高層マンションの32階にある4号室だが、廊下に扉がずらりと並んでいるせいでどの入り口が彼女の部屋なのかさっぱり分からん。4号室だから、端から4番目だというのは何となく分かるけど……。

 

「ここがアプト星なの?」

「高い建物ばっかりねぇ。首が痛くなりそうだわ」

「それになんか灰色ばっかで彩りが良くないな。アンナの自宅はどこにあるんだ?」

「この高層マンションの3204号室だな」

 

 妹紅は真左を指さしながらマリサの疑問に答えていた。

 

「高層マンションってなんだ?」

「人里にアパートあるじゃん? あれをかなりスケールアップさせたような集合住宅だよ」

「へぇ! するとこれ全部に人が住んでるのか!」

「こんな高い建物に住むなんて幻想郷とは大違いねぇ」

「幻想郷だってもっと人口が増えて土地が足りなくなったら同じのが建つかもしれないわね」

 

 ワイワイとそんな話をしている中、ただ一人にとりだけは景色に目もくれず、頭上のモニターに映る良く分からないグラフや計器類と睨めっこしているのに気づく。

 

「どうしたんだにとり?」

「宇宙飛行機の機能を使ってアプト星の環境情報を集めていた所なんだ」

「環境情報?」

「ここは私達にとって未知の土地だからね。安全かどうかきちんと調べておかないと」

「確かにそうだな。結果は出たのか?」

「具体的な数値で答えると、気温は26度で湿度は50%、風速は北風1m、大気の成分に重力加速度、この星に降り注ぐ太陽エネルギーも地球と誤差レベルの差で、有害な宇宙線や紫外線も地磁気によって保護されている。この星は見事にハビタブルゾーンに入っててさ、1億光年離れた別の銀河にこんな星が有るなんて途轍もない奇跡だよ!」

 

 後半になるにつれにとりは語気を強めていたが、私にはさっぱり分からなかった。

 

「……つまりどういうことだ?」

「地球と環境が殆ど同じだから、宇宙服無しで活動しても大丈夫ってこと」

「それは凄いな!」

 

 アンナが地球人と似たような容姿だったのも、この星の環境の影響かもしれない。彼女の気持ちにはっきりと共感できた瞬間だった。

 私達の話を横で聞いていたマリサが間髪入れずに口を挟む。

 

「そういうことならさっさと外に出ようぜ! 私が一番乗りだ!」言うや否や止める間もなくコックピットを退室したマリサ。後ろからガチャガチャとこじ開ける音がした後、「にとり~早く鍵を開けてくれー!」と自動扉越しに声が聞こえる。

「全く、落ち着きがないんだから……」

 

 呆れた様子の霊夢、にとりはマイクのスイッチを入れ、機内全体に声を響かせる。

 

「慌てないで。まずはこの機体を着陸してからじゃないと、地上に落っこちちゃうよ」

「そんなのいつものように飛べば済む話じゃないか」

「ここは幻想郷じゃないんだから、多分魔法は使えないと思うけど……」

「む……」

 

 観念したのかマリサはコックピットに戻り、元の席に着いた。ちなみに私は以前創ったマナカプセルが残っているので、帰れなくなる心配はない。

 

「え~と着陸できそうな場所はあるかな?」

「そのまま降りたらダメなの?」

「こんなデカいのが道の真ん中にあったら他の人が通れなくなっちゃうでしょ」

「となると、まずは広い空き地を探さないとだな」

「一旦上昇しよう。視点が変わるけど酔わないように気を付けてね」

 

 にとりはその場で宇宙飛行機を傾け、機首を空に向けた所で垂直に上昇していく。そして高層マンションの隙間から飛び出し、町全体が見渡せる高度まで飛んだ所で機体を平行にする。

 

「おおっ!」

「凄い――」

 

 そこには幻想郷では考えられないような光景が広がっており、全員が息を呑んだ。

 澄み切った空から燦燦と降り注ぐ太陽の光の下、大小様々な高層ビル群が木の根のように張り巡らされた道路に沿って所狭しと建ち並び、その数は優に万を超えていた。中でも一番目を引くのは、紙のように薄く、それでいて天を貫く高さの洗練されたデザインの尖塔で、よくよく観察するとこの街の道路全てがこの塔を中心に四方八方に伸びている。

 最早街ではなく都市と呼んだ方がしっくりくるだろう。

 尖塔の北には薄らと尾根が見える事から山脈があるんだろうけど、魔法で視力を強化してもぼんやりとしか捉えられないくらい遠い場所にある。

 尖塔の東に視線をやれば、石で舗装された限りなく広大な空地があって、数えるのも億劫になる程のおびただしい宇宙船が駐機や発着陸を繰り返している他、その上空には何百何千もの宇宙船が東西南北に飛び交っていて、この辺りに比べるとかなり空の密度が高くなっている。

 西側にはエメラルドグリーンの海が広がっていて、北西の沿岸部には数十もの船が停泊している巨大な港があった。そこには都市部から伸びた道路が海へと繋がっていて、紫が使うスペルカード《廃線「ぶらり廃駅下車の旅」》の列車によく似た形の乗り物が次々と海中へと飛び込んでいる。傍から見ると自殺行為にしか見えないが、あの先には何があるんだろう。

 陸地から遠く離れた洋上には一隻の宇宙船が浮かんでおり、その上にはこの都市をそっくりそのまま小型化した街が造られ、地上の都市から複数の宇宙船が空中都市に向けて飛んでいた。この距離からでも形が分かるくらいだし、近くだともっと大きいんだろうな。

 

「……想像以上ね。幻想郷とはまるでスケールが違う。異世界に来たみたいだわ」

「はははっ、こりゃあ一日二日で回りきれそうにないな」

 

 霊夢とマリサはただひたすら圧倒されており、妹紅は「このレベルの文明でも宇宙空港や軌道エレベーターがあるんだな」と冷静に呟いていた。

 

「景色を楽しむのも良いけど、降りられそうな場所を探すのも忘れないでよね」

「はいはい、分かってるわよ」

 

 とはいえご丁寧にも隙間なく建物が建っている為、空き地らしい空き地は中々見当たらない。

 それでも全員で辛抱強く探し続けていると、この機体の真下、アンナの家の前の八車線道路を挟んだ二つ先の高層マンションの間に挟まれた空地を発見し、にとりに伝える。

 

「オッケー。じゃあ高度を下げるね」

 

 にとりが操縦桿を操作すると、機体はゆっくりと下降していき、どんどんと地上に近づいていく。その間にも彼女は細かく機体の位置を調整しながら、空地の真上へと持ってきていた。

 幸いにも空地に人影はない。やがて周囲を囲む高層マンションの屋上と同じくらいの高度まで下降したその時、突然宇宙飛行機がピタリと動きを止めた。

 

「なんだよ、着陸しないのか?」

「え、ちょっと待って。これ……」

 

 にとりは珍しく困惑した様子で、コックピット内の機器をあちこち触っている。何かトラブルでも発生したのだろうか。

 

「う~ん、おっかしいな~」

「一体どうしたの?」

「いやそれがさ、急に操作を受け付けなくなったんだ。どういう原理か知らないけど、これ以上高度が下がらないんだよね」

「まさか故障か?」

「私もそう思って真っ先に確認したけど異常は無かったし、故障じゃないと思うんだけどなあ」

 

 にとりは操縦桿から手を放していたが、宇宙飛行機は相変わらず宙に固定されたままで、メーターは高度100mで止まっている。

 

「良く分からないけど、ここに降りられないってことは別の場所を探した方が良さそうね」

「とは言っても他に良い場所あるかな?」

「さっきのでっかい塔の東に見えた、宇宙船が沢山集まってた場所とかどうだ?」

「そうだね、行ってみようか」

 

 マリサの提案の元、にとりは宇宙飛行機を再度上昇させた後、都市の中心部へ向けて滑空していく。

 

(……そうだ! 確か依姫から貰ったアレが有ったな)

 

 私は霊夢に一言断ってから座席の下のリュックサックを引っ張り出し、タブレット端末を取り出して元の場所に戻す。電源を入れると、マリサが画面を覗き込みながら訊ねた。

 

「何だそれ?」

「300X年の依姫から貰ったタブレット端末だ。彼女曰く『図解付きで電子機器や装置、社会システムについてのデータが入っている』らしいぜ」

「へーそいつは便利だな。試しにあの塔に使ってみろよ」

「おう」

 

 マリサに限らず、話を聞いていた霊夢や妹紅がタブレット端末に意識を向けている中、私は備え付けのカメラを塔に向け、画面に被写体が映っていることを確認してからディスプレイに表示されたボタンを押す。

 こうすることで被写体の正体が図解付きで出て来ると依姫は語っていたのだけれど、実際は正体不明と表示されてしまった。

 

「おいおい、さっきの事といい大丈夫かよ……」

「もしかしたらこの星では地球製の機械の挙動がおかしくなるのかもな」

「有り得ない――と一概には言い切れないね」

「ちょっと、怖い事言わないでよ」

 

 モヤモヤ感が残るも、にとりは十分で目的地手前まで機体を近づけた。

 

「もっと高度を上げるか下げるかしないとこれ以上は進めそうないね」

 

 前方はまるで鳥の群れのように宇宙船でごった返していて、衝突しないのが不思議なくらいだ

 

「この下にあるのはなんなんだ?」

 

 疑問を呈するマリサに誰からも返答はない。ふと手元のカメラを地上に向けてみると、今度はちゃんと図解が現れた。

 

「え~とこのタブレット端末によると、あれは宇宙空港というもので、旅客・貨物の航空輸送のための施設をもつ公共の飛行場らしいぜ。星間文明の黎明期によくみられる施設とも書いてあるな」

「ふーん、あれはちゃんと分かるのか」

 

 こうして近くから見下ろすと分かるがとにかく敷地が広く、空地の他には建物がぽつぽつとあるだけだった。

 

「なあ、宇宙船が消えてないか?」

「消える?」

「ほら、地上を良く見てみろよ」

「――あっ、本当だ!」

 

 妹紅の言葉通り、この宇宙空港に着陸していく宇宙船は神隠しにあったかのように忽然と消滅し、かと思ったら別の宇宙船が突如として現れ、弾丸のように宇宙へ飛び出して行く。

 

「え、これって幻なの?」

「最早何がどうなってるのかさっぱり分からんな」

「まあ後でアンナに訊ねればいいよ。ひとまず降りちゃおうぜにとり」

「了解!」

 

 先程のように再び下降していくものの、高度200mに差し掛かった所でやはり止まってしまった。

 

「ひょっとしてここも駄目なの?」

「う~ん、もしかしたらこの街全体の空に見えない地面があって、一定以下の高度には物理的に行けないようになってるのかも」

「でもそれだと他の宇宙船が普通に着陸してることに説明が付かなくないか」

「分かんないけど、そうとしか考えられないよ」

「無断で入った宇宙船は着陸できないとか?」

「いずれにしても、折角来たのに降りられなきゃ意味ないわね」

 

 若干いら立ちが募り始めたその時、私は妙案を思いついた。

 

「にとり、一番最初にタイムジャンプしてきた場所に戻ってくれ。私に良い考えがある」

 

 

 

 七分後、にとりはアンナの高層マンション隣の小道、高度120mに宇宙飛行機を停めた。

 

「それで何をするつもりなのさ?」

「こうなったらアンナに直接地上に降りる方法を聞けばいい。にとり、ハッチを開けてくれないか。羽の部分を渡って廊下に飛び移る」

「そんなの危険だよ。落ちたらどうするのさ」

「大丈夫大丈夫、いざとなったらタイムジャンプで逃げるから」

「ならいいけど……」

 

 にとりが中央のボタンを押すと、後ろでガシャンとロックが外れる音がした。

 

「ちょっと待ってて、渡したい物があるから」 

 

 コックピットを後にしたかと思えば、すぐに戻って来た。

  

「はいこれ!」

 

 にとりが差し出して来たのは、フレームが水色の眼鏡と、小さなスピーカーが付いた水色と黄色のカプセルだった。

 

「なんだこれ?」

「この眼鏡と水色のイヤホンが万能翻訳機でね、見聞きした異言語を装着者の縁が強い言語に変換してくれるんだ」

「ほうほう、こっちはなんだ?」

「通信機だよ。魔理沙が見聞きした情報がこの機体にも流れるようになるんだ」

「なるほどな。どうやって使えばいい?」

「目と耳にそれぞれ着ければオッケーさ」

「サンキュー」

 

 私は眼鏡を掛け、二つのカプセルをそれぞれ両耳に嵌めた。眼鏡にはレンズがはめ込まれているけど、視界は全く変化しないので伊達眼鏡みたいだ。

 

『どう? 聞こえてる?』

「バッチリだ」

 

 マイク越しに呼びかけるにとりに私はサムズアップした。耳に多少の違和感は残るけれど、耳栓のように外部の音が完全に遮断される訳ではなく普通に聞き取れている。

 

「それじゃ行ってくるぜ」

「気を付けてね魔理沙」

「落ちるなよ~」

 

 コックピットを出てハッチの前に移動した私は、マナカプセルを飲んだ後意を決して扉を開く。生暖かい風が頬に触れ、髪が静かに靡いた。

  

(これがアプト星の空気……)

 

 幻想郷に比べると決して澄んでいるとは言えないが、息苦しくなる程ではなく、特段鼻を突くような匂いもない。鳥や虫の鳴き声は一切せず、扇風機のようなゴウゴウとした音が都市全体に響いている。

 私は入り口ギリギリに立ってから壁を伝って主翼の根元に移動し、そこから先端に向かって歩いていきギリギリの位置で立ち止まった。ふむ、見た感じ隙間は60㎝~80㎝て所かな。

 

『飛び越えられそう?』

『余裕余裕。まあ見てなって』

 

 私は五歩後ろに下がり、一度深呼吸をしてから駆け出していき、ギリギリの位置で地面を強く蹴る。

 

「よっと!」

 

 宙に浮いた体は山なりの軌道を描くように隙間と鋼鉄の手すりを乗り越え、綺麗に廊下に着地した。

 

『ナイス着地!』

『はは、サンキュー』

 

 後ろに振り返れば、霊夢とマリサと妹紅がコックピットから此方を見つめ、私を指差しながら何かを喋っていた。

 

(――さて、問題はアンナの部屋だな)

 

 乱れた息を整えつつ私は歩き出す。

 32階の廊下には6枚の扉と窓が並んでいて、数の法則が地球と同じならば左端から四番目か二番目の筈。表札でもあればいいんだけど、扉に貼られたプレートに書かれた文字は象形文字のようで、全く持って意味不明だった。

 しかし今の私には翻訳機があるので恐れることはない。左端から四番目の扉の前に立ちじっと文字を見つめていくと、粘土のようにぐにゃぐにゃと形を変えて日本語に変化した。

 

(こんな風に翻訳されるのか)

 

 プレートには『3204アンナ』と記されていて、ここが彼女の自宅で間違いないようだ。私は扉の一歩前まで移動してノックする。

 

「おーいアンナ、いるかー?」

「は~い。今でまーす!」

 

 ドタドタとした足音が徐々に近づいていき、不躾な効果音と一緒に扉が開いて目が合った。

 

「よう、遊びに来たぜ」

「えっ、ええっ!? 魔理沙さん!?」

 

 面白いくらいに驚愕していたアンナは。

 

「嬉しい! 本当に来てくれたんですね……!」

 

 目尻に涙を浮かべながら私の胸に飛び込んで来た。




東方でSFは需要あるか分かりませんが完結まで書いていきます。
次回投稿日は2月21日です


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第190話 アンナとの再会

「アンナ!?」

「あ、や、やだごめんなさい。急に抱き着いたりしちゃって」

 

 我に返ったのか、私から離れたアンナは「実はつい一昨日こっちに帰って来たばかりだったので、まさかこんなに早く再会できるなんて思ってもみなかったんです」とはにかんでいた。

 

 私の主観的な時間で約1か月ぶりに再会したアンナは、肩口で切りそろえられた真紅の髪を斜めに分けるようにヘアピンで止め、透明な星型のイヤリングに、薄い桃色を基調にしたリボンと花柄の膝丈ワンピース、白のレースアップサンダルに赤いマニキュアを身に着けていて、とても女の子らしい恰好をしていた。この星に四季があるのかは分からないけど、夏らしくて涼しそうだ。

 以前に会った時はアクセサリーの類は一切身に着けておらず、灰色の衿付きのシャツにカーゴパンツと作業服のような地味な恰好だったので、人は服装一つでここまで印象が変わるのかと改めて思い知らされる。

 

「いつ頃いらしてたんですか~? 全然気が付きませんでした」

「到着したのは30分くらい前でな、後ろの奴に乗って来たんだ」

「え? あっ!」

 

 ここで初めて私の後ろに漂う宇宙飛行機に気づいた様子。

 

「わあっ、妹紅さんやにとりさん以外にもお友達を連れて来てくださったんですね! ……あら? あれは魔理沙さん? えっ、双子だったんですか?」

「まあここに来るまでに色々と有ってな。それよりも聞きたいことがあるんだけど」

「? なんでしょう」

「あの宇宙飛行機を着陸させる方法を教えてくれないか」

 

 ストレートに訊ねるとアンナの顔が一瞬こわばった。

 

「……停める方法ですか? あたしがプレゼントしたメモリースティックに、指定した土地に自動で案内してくれるプログラムが入力されていた筈ですけど……」

「それはタイム――」

「!」

「ムゴッ」

 

 言いかけた所でアンナに反応する間もなく口を塞がれ、すぐに引き剥がす。

 

「いきなり何するんだ!」

「その先は言わなくてもいいです。何となく察しが付きました」

「!!」

 

 先程までニコニコしていたアンナが急に能面のような表情に変貌し、私はたじろいでしまう。

 

「一瞬待ってください」

 

 そうしてる間にも彼女はポケットから桃色の長方形の機械を取り出し、カメラのレンズによく似た箇所から光を私に向ける。

 一見すると何も変わっていないようだが、街の雑踏が急に聞こえなくなり、咲夜の世界のように不気味なまでに静かになった。

 

「……はい。これで大丈夫ですよ」

「一体何なんだ……」

「先程は驚かせちゃってごめんなさい。壁に耳あり障子に目あり、誰が聞き耳立てているか分かりませんからね、遮音バリアを展開しました」

「遮音フィールド?」

「あたしを中心に半径50㎝以外へ音が届かなくなってます。今魔理沙さんが付けてる通信機も不通になっていますよ」

 

 試しに後ろを振り返ってみると、コックピットでは霊夢とマリサが私を指差しながら何かを話しており、開け放たれたハッチからにとりが身を乗り出しながら此方に手を振っていた。

 私は手を振り返し、問題ないとジェスチャーを送ると、にとりは首を傾げながらも戻って行った。

 

「魔理沙さん、もしかしてメモリースティック無しでここに来ませんでしたか?」

「……分かるのか?」

「あれを使えば必ず連絡が来るはずですし、許可を受けてない宇宙船はこの星全体に適用されている反重力フィールドを抜けられないようになっているんです」

「そんな大掛かりなカラクリがあるのか」

「はい。宇宙船の墜落や人の転落を防止する安全装置だったのですが、今では密航を防ぐために使われるのが殆どなんですよ」

 

 なんというか、異星文明の科学は無茶苦茶だな。

 

「あの中に身分証と通行証がインプットされているので無理なく通過できたのですけれど……まさかとは思いますが、魔理沙さんの時代に影響が及んでしまいましたか?」

「……」

 

 ここで私は真相を話すべきか迷い、すぐには答えられなかった。

 彼女に悪気が無かったとはいえ、結果的に自身の行動で一つの星の歴史を閉ざしたことを知れば性格的に罪悪感に苛まれるだろうし、私としても既に解決した問題なのでそのことで引き摺って欲しくない。

 それにカンペもなしに300X年の私と全く同じ説明を出来る気はしない。頭では十二分に理解しているのだけれど、言葉として形にするのは難しいのだ。

 

「この話はアンナにとっては辛い話になる。それでも真実を知りたいか?」

 

 改まった声に彼女は一瞬ビクッとしながらも、ルビーのような瞳で私を見据えながら「はい!」と力強く答えた。

 

「実はな――」

 

 私はメモリースティックに纏わる魔理沙達の話をかいつまんで説明する。案の定、話が進むにつれみるみるうちにアンナの顔色が悪くなっていき、終いには真っ青になっていた。

 

「……そんなことがあったんですか。あたしのせいでとんでもない迷惑を掛けてしまったみたいで、本当に申し訳ないです……」

 

 委縮した様子で頭を下げる彼女に「もう解決したことだし、悪いのはアンナじゃなくてリュンガルトなんだからそんな謝らないでくれ」と言ったが、表情は優れない。

 

「それでも自分が許せないんです。あたしの軽率な行動で一度ならず二度までも魔理沙さんの星が滅ぶ歴史にしてしまったんですから。貴女が軌道修正してくれなければ大犯罪者ですよ……」

 

 アンナの声に元気はなく、罪悪感に苛まれているのかひどく落ち込んでいるようだ。ここはやっぱり元気づけた方がいいか。

 

「あ~もうクヨクヨするなって! 私達は遊びに来たんだからさ、アンナが笑顔じゃないとこっちもつまらなくなっちゃうぜ」

「でも――」

「当事者の私が良いって言ってるんだからそれでいいじゃん? 遠慮することないぜ」

「…………分かりました! あたし、魔理沙さん達を誠心誠意もてなしますね!」

「よろしく頼むぜ!」

 

 こうして彼女に笑顔が戻った所で、私は改めて本題に入る。

 

「それでさ、宇宙飛行機はどうすれば着陸できるんだ? メモリースティック無いとやっぱ無理なのか?」

「ええ、そうでしたそうでした。この高層マンションに張られた反重力フィールドを解除すれば屋上に着陸できます。これから遮音フィールドを解除するので、にとりさんに屋上へ移動するように伝えてください」

「分かった」

 

 そういえば私達の会話は外に聞こえてないんだったな。後ろに振り返ると、コックピットに居る霊夢達は私そっちのけで何かの会話で盛り上がっているようだ。

 

「解除する前に魔理沙さんに幾つかこの星のことについて伝えておきたいことがあります」

「なんだ?」

「今は大丈夫ですが、外では魔理沙さんがタイムトラベラーであることや、密航者であることを極力話さないようにしてください。下手に喋るとあっという間に警察が飛んできますから」

「もちろんそのつもりだ」

「それとこの星は宇宙ネットワークを前提に社会インフラが整備されていますので、これを利用できなくなるのはかなり不便になります。なるべくあたしの方からフォローしますけど、そのことを念頭に置いてください」

「ん、分かった」

 

 と言っても、宇宙ネットワークなんて仮想空間に用があるとは思えないけどな。

 

「では解除します」

 

 そう言ってアンナがポケットから携帯端末を取り出し画面をタッチすると、世界に音が溢れ出した。

 

「おーいにとり、聞こえるか?」

『! 聞こえる聞こえる! 急に通信が繋がらなくなったけど、何が有ったのさ?』

 

 私はアンナとの会話を要約して伝えた。

 

『ふ~む実に興味深い話だね。まあとにかく理由は分かった、すぐに移動するよ』

「頼んだぜ~」

 

 宇宙飛行機はゆっくりと高度を上げ、見えなくなった。

 

「あたし達も屋上に向かいましょう」

 

 先行するアンナの後を追って、廊下の端にあるエレベーターに乗り51階へと昇っていった。 




続きは今月中に


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第191話 合流

 エレベーターから降りてエレベーターホールを出た先は、全天から日差しが降り注ぐ何の変哲もない屋上だった。私達以外誰もおらず、障害物や柵もなく宇宙飛行場を駐機させるには充分なスペースが確保されていた。

 周囲はここと同じかそれ以上の高さの高層マンションが立ち並んでいるが、まあにとりの腕なら問題ないだろう。

 

『魔理沙見えるー?』

「見えてるぜー!」

 

 遥か頭上を漂っている宇宙飛行機に向けて手を振り返す。その間にアンナは私の横に立ち、耳元でこう言った。

 

「今からこのマンション上空の反重力フィールドを解除しますので、その後に降りてきてください」

「……だってさ」

『オーケー!』

 

 アンナが空に向けてリモコンのボタンを押し「もう大丈夫です」と言うと、宇宙飛行機は段々と大きくなっていき、静かに着陸した。

 

『ふう~やっと外に出られるよ』

「お疲れさん」

『これから降りる準備があるから、通信を切るね。また後で!』

 

 同時に中の雑音が途切れ、私は左耳のイヤホンを外してポケットにしまった。

 

「もうすぐ降りてくるみたいだから、それまで待とうか」

 

 それからハッチが開き、マリサを先頭に荷物を抱えた搭乗者達が続々と降りてきた。

 

「へぇ~本当に地球と変わらないんだな。もっと寒い場所だと思ってたけど暖かい」

「意外と快適なのね」

「どこの星も同じなんだなぁ」

 

 マリサと霊夢がキョロキョロと辺りを見回している中、にとりと妹紅はフランクに挨拶する。

 

「やあアンナ」

「皆さんいらっしゃい! 遠い所からよく来てくださいました」

「私達は右も左も分からないから、アンナのガイドに期待してるよ」

「任せてください!」

 

 続いてアンナは、二人の横に並ぶ霊夢とマリサに顔を向けた。

 

「初めまして、アンナです」

「私は博麗霊夢よ、よろしくね」

「わあっ、貴女が霊夢さんでしたか! 魔理沙さんから色々と聞いてますよ!」

「そうなの?」

「魔理沙さんにとって最愛の人で、あらゆる犠牲を払っても助けたかった方だと伺ってます」

「最愛って……う~ん、それはどうなのかしらね?」

 

 苦笑しながら私を見る霊夢。「ア、アンナ、その発言は誤解を招くから止めてくれ。霊夢はあくまで友達なんだ」と弁明する。

「そうだったんですか? でも素敵な友情ですね、羨ましい限りです」

 

 価値観の違いなのか、アンナはキョトンとしていた。

 次に彼女は隣のマリサに話しかける。

 

「貴女はもしかして魔理沙さんの姉妹なんですか?」

「ああ。私の名前はマリサ、こっちの魔理沙は妹なんだ」

「なんとお姉さんでしたか! 名前も見た目もそっくりとは驚きですね!」

「たまに見分けが付かなくなるんだよねぇ」

「彼女とは長い付き合いだけど、帽子と髪型を同じにされたら私でも自信ないわ」

「厳密に言うと姉じゃなくて〝私″なんだ。私と別の人生を辿った〝私″と言えば伝わるかな」

「ああ~なるほどなるほど! 並行世界の魔理沙さんなんですね」

「並行世界はないけど、まあそんな認識でいいぜ」

「魔理沙さんにマリサさん、う~ん、なんだか混乱しちゃいそうですね。……そうだ! 魔理沙さんにはあだ名とかあるんですか?」

「あだ名か、主に下の名前で呼ばれてるからなぁ」

「考えた事無かったわね」

 

 黒白の魔法使いとか、泥棒とか呼ばれることはあったけど、これらは愛称じゃないしなあ。

 

「それならあたしが勝手に付けちゃってもいいですか?」

「変なのじゃなければ良いぜ」

「そうですね……名前の一部分を伸ばして、『マリー』とかどうでしょうか?」

「なるほど、悪くないな」

 

 ちょっと外国人っぽい気もするけど、言葉の響きは良い。

 

「なんかそんな名前の花があった気がする」

「マリーゴールドとかローズマリーみたいな?」

「それそれ」

 

 かくして私のあだ名が決まった所で、話題を戻すべく口を開く。

 

「それでアンナはどこへ連れてってくれるんだ?」

「まずはこの街を案内しようと思いますが、出掛ける準備をしたいので一度家に寄らせて貰っても良いですか?」

「そんなことで一々お伺いを立てなくていいぜ。アポなしで押しかけたのはこっちなんだからな」

「ありがとうございます。それでは早速エレベーターに乗ろうと思いますけど、その前に……」

 

 アンナは先程使っていたリモコンを持つと、宇宙飛行機に向けて青色のボタンを押した。すると何という事か、機体が瞬く間に手品のように消え去ってしまった。

 

「あれっ!?」

「消えた!」

「この屋上は公共の発着スペースなので、ずっと停めておくと他の住人に迷惑が掛かってしまうのです。なので電子データとして仮想空間に転送しました」

「そんなこともできるの!?」

「はい。正式名称は『次元変換装置』なんて言われてます」

 

 アンナがリモコンを此方に見せると、3インチの画面の中心に精巧な宇宙飛行機の立体映像が映っており、ごちゃごちゃと謎の数値や単語が並んでいた。

 

「これはにとりさんに預けておきます。真ん中の青いボタンを押せばまた出てきますよ」

「どれどれ?」

 

 にとりが屋上の中心に向けて青色のボタンを押すと、これまた一瞬で宇宙飛行機が構築された。

 

「へぇ~これは便利だなぁ」

 

 彼女は再びリモコンの中に宇宙飛行機を仕舞い――仕舞うって表現で合ってるのだろうか?――私達はエレベーターホールへと移動していった。




短くてごめんなさい。
次はもっと纏まった長さで投稿します


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第192話 私の街

高評価ありがとうございます。
嬉しいです。


「私、宇宙人ってもっと動物っぽい姿を想像してたけど、案外私達と変わらないのね」

「霊夢さんの仰るような宇宙人は居ますけど、この星で生まれ育った人達は大体私と同じ肌の色や構造をしているんです」

「その口ぶりだと、アンナ以外にも宇宙人がいるのか?」

「そうですね。この星はプロッチェン銀河の中心にあるので、他の惑星から人や物が集まって来るんですよ」

「へぇ~」

 

 身支度を終えたアンナを迎えた私達は、エレベーターで地上に降り立ち、機械仕掛けの扉を通ってエントランスホールを出た。

 空から見てもそうだったけど、この街は均一された無機質なデザインの高層建築がずらっと建ち並んでいて、地上からだと特に空を抑え込まれているような嫌な威圧を感じる。

 

「ところで、最初はどこに連れてってくれるんだ?」

「そうですね。この辺りは住宅街なので、まずはこの街――首都ゴルンの繁華街を案内しようと思います」

「首都ってことは、ここが一番栄えている場所なんだね」

「人が多そうだわ」

「実際この首都だけで3000万人住んでますから、アプトでも屈指の人口密度なんですよ」

「なんとも途方もない数字ね。いまいち実感が湧かないわ」

「そこには何があるんだ?」

「ふふ、それはついてからのお楽しみということで!」

 

 そしてアンナが車道に向けてリモコンを操作すると、先端がカモノハシのくちばしみたいなデザインをした細長い金属の塊が出現する。それは300X年の外の世界で見たタイヤのない車に非常にそっくりだった。

 

「何これ?」

「原動機の力で地上をとても速く走ることができる自動車という乗り物です。これに乗って10分ほど進めば入り口に到着しますので、どうぞ乗ってください」

「あ~これ車なのね」

「外の世界のそれとは全然印象が違うな」

「誰から乗ろうか?」

「私が行くわ」

 

 先人切って乗り込んでいく霊夢とマリサに続き、私も背中を屈めるようにして乗り込んでいき、最後にアンナが扉を閉めた。

 中は見た目以上に広く、まだまだ人が乗れそうな空きスペースがある。

 

「それでは出発しますね」

 

 最前列の運転席らしき場所に座ったアンナの一声で、車は静かに発進した。

 現在八車線ある道路の一番左端、歩道に近い車線を走るこの車は、宇宙飛行機から見えたあの塔に向かっており、窓の外は目で追える程度のスピードで高層ビルばかりの景色が流れていく。

 

「いや~楽ちん楽ちん。たまには誰かに運転してもらうのもいいね」

「乗り物があると便利だよなあ。私も一台欲しいわ」

「というか、てっきりワープでパッと一瞬で目的地に飛べるのかと思ってたわ」

「移動時間を楽しむのも旅行の醍醐味ですよ霊夢さん」

「まあそれもそうね」

「それにしても昼間なのにガラガラなんだな。こんだけ道幅が広いのならもっと交通量が多いもんだと思ってたけど」

 

 窓から外を眺めるマリサの言う通り、歩道や走行車線、対向車線も含め、人も車もまるで見当たらず貸し切り状態になっている。アンナの話通り3000万人もいるのなら、誰かとすれ違ってもいい所なんだけどな。

 

「今の時代車なんて古い乗り物を利用する人は殆どいませんからねぇ。皆宇宙ネットワークに接続して自由に移動してますし、現実世界を歩く人は皆無と言っていいでしょう」

「さっきも謎だったんだけど、宇宙ネットワークってなんなんだ?」

「一言で言うと生活に欠かすことの出来ないサービスのことです。単なる仮想世界ではなく、衣食住の全てがこのシステムに依存しているんですよ」

「??」

「すぐに意味が分かりますよ」

 

 それからしばらくドライブを続けていき、三色のランプが点灯する広い五差路に差し掛かった所で路肩に駐車した。

 

「到着しました! ささ、皆さん降りてください」

 

 アンナに促されて順番に歩道へ降りていき、車内に誰も居なくなった所で、跡形もなく消えてしまった。

 

「ここは交差点なのか?」

「そうみたいだね?」

「随分と広いのね」

「轢かれたりしないだろうな……」

 

 五本の道路が交わる交差点には縦縞の白線が全体に引かれていて、中央には車両進入禁止との文字が浮かび、歩くポーズをした機械人形がぶら下がっている。アリスの人形と比べると棒人間のように骨格だけしかないので全然可愛いくない。

 

「こっちですこっちです」

 

 勝手の違いに戸惑いながらも手招きするアンナについていくと、五差路の中で唯一扇形のアーチが掛けられた道路の前に立った。

 二車線の道沿いにはデザインが統一された全面ガラス張りの高層ビルがきっちりと並び、一直線に続くこの道の果てには鈍い光沢のある天高く伸びた塔が見える。

 

「お待たせしました。ここが首都ゴルンの繁華街マセイトの入り口です!」 

「えっ?」

「ここが?」

 

 意気揚々と紹介するアンナとは対極的に、私達からは疑問の声が漏れた。

 一般的に繁華街と言えば商店や飲食店が立ち並び、商売人や客で大いに賑わっている場所を指すはずだ。ところが目の前の通りには人っ子一人おらず、見渡す限りでは入り口は閉め切られ照明が落とされた建物ばかりで、営業中の店は一件もなかった。それどころか看板や広告すら一つもなく、生活感もまるでない。街の喧騒は生暖かい風の吹き抜ける音と私達の話し声にかき消されていた。

 建物の外観は新築のように綺麗で定期的に管理されている形跡があるだけに、なおさらゴーストタウンにしか見えない。一体どういうことなんだ?

 

「なあ、にとり。翻訳機がおかしくなったりしてないよな?」

「ちゃんと点検したばかりだし故障はないと思うけどねえ。今までアンナとの会話で、受け答えがずれてたり、言葉に違和感とか有った?」

「特に感じなかったな」

「じゃあ壊れてないんじゃない?」

「そうなのか」

 

 にとりとひそひそ話をしている間に、妹紅が疑問を呈した。

 

「私には人気のない殺風景な通りにしか見えないけど……」 

「右に同じく。何もないじゃない」

「冗談にしてはあまり面白くないぜ?」

「ふっふっふ、これにはちゃんと仕掛けがあります」

 

 アンナはどこからともなく半透明に透けた端末を手元に出現させると、右手のみで器用に操作していく。

 

(今度はなんだ?) 

 

 推移を見守っていると、彼女の左手に光の屈折現象が生じたかと思えば、一本の眼鏡が出現した。フレームは黄色く、私が今掛けている長方形のレンズとは違って卵のような形のレンズをしている。

 

「マリー、これを掛けてみて」

「これって眼鏡だよな? 今掛けてるのは翻訳機能付きの物であって、私は別に目は悪くないぜ?」

「いいからいいから」

「あ、ああ」

 

 ニコニコしながら薦めてくるアンナに押され、私はそれを受け取った。

 

「皆さんの分も今お出しします」

 

 その言葉通り、全く同じ型の黒、銀、金、水色の眼鏡を順々に出現させ、霊夢達の髪色に対応するように一本ずつ渡して行った。

 

「う~ん、只の眼鏡にしか見えないけどねぇ」

「何が始まるんだ?」

「うふふ、きっと驚きますよ」

「はぁ」

 

 皆が困惑している中、私は水色の眼鏡を外して受け取った黄色の眼鏡に付け替える。

 その瞬間、世界は一変した。

 

『いらっしゃいいらっしゃい! 本日全品20%セール開催中で~す!』

『ガロトノ星から入荷したばかりのロードサンがお得だよー』

『只今ランチサービス中で~す! ご昼食はぜひ当店で!』

『スイーツ食べ放題実施中でーす! ぜひお越しください!』

『銀河を跨いで大ヒットした映画『愛と恋』絶賛上映中!』

 

 人種も種族すらもバラバラな大勢の人々でごった返す交差点に、そこかしこから聞こえる呼び込みの声、所狭しと軒を連ねる飲食店や商店、ブティックの数々。何の店だか分からないのも含めれば百以上はあるんじゃないか?

 アーチのてっぺんには『マセイト通り』と記され、高層ビルには照明が付き、地上に近い高さの壁には景観を壊さない程度に整理されたユニークな看板が掲げられている。先程までの陰気臭い道路が一転して活気に満ち溢れていた。

 

「……これは驚いたなあ」

「えええっ? 急に人が沢山出て来ちゃってるよ」

「プロジェクションマッピング……とは違うね。あまりにリアリティが在り過ぎる」

「いつの間にワープしたんだ?」

 

 私に続いて眼鏡を掛けた霊夢達も、激変した状況に驚きと困惑が混じっていた。

 

「ふふ、驚きましたか?」

「驚いたってもんじゃないよ! どういうカラクリなんだ?」

「マセイト地区は通称『私の街』。宇宙ネットワーク上に創られた街を現実世界のこの区画に反映していまして、他の星からいらっしゃった方はその眼鏡を掛けることで初めて認識できるんです」

「ってことは、私達が見ているのは仮想世界なの?」

「理解が早くて助かります。この場にいる沢山の人々は全て個々の意思を持った生命体――現実で全く同じ肉体を持っている宇宙ネットワークの利用者達なんです」

 

 彼女が説明する間にも通行人は私達に目もくれずに往来を行き交っているが、彼らは蜃気楼のように実体が掴めず、たまに身体が重なりあったり突然姿が消滅したりと奇想天外な動きをしている。

 

「良く分からないが、この目に映っている光景は幻じゃなくてちゃんと〝居る″んだな?」

「そうですそうです。他の星から来てる人もいますけど、大多数はこの星の住人なんです」

「へぇ~」

「すげーな。ここに居る人みんな宇宙人なのかよ」

「私達も立派な宇宙人だけどね」

 

 見分け方としてはアンナや私達と同じ人種の人がそうなのだろうな。中には犬や猫によく似た耳や尻尾が生えてたり、半分動物みたいな容姿の人もいるようだ。

 

「そういえば私の街ってどういう意味?」

「言葉通り自分だけの街を形作ることができるんです!」

 

 彼女はタブレット端末を手品のように出現させると、「こちらを見てください」と私達の前に提示する。

 画面にはマセイトの地図が表示されており、塔を中心に八本の道が放射状に伸びて、マセイト地区をぐるりと囲む道路に繋がって車輪のように見える。

 そして道沿いに並ぶ建物を表す記号にはそれぞれ名前が割り振られているが、殆どがカタカナ文字ばかりで馴染みのない言葉だ。

 

「今私達がいるのはこの入り口です。あそこに『ローエン』と『ノエント』という名前のお店があるの分かりますか?」

「ああ、見えてるぜ」

 

 彼女の指差す先には看板が掲げられたお店が道を挟んで向かい合っている。外観から察するにどちらもブティックのようだ。

 

「見ててくださいね」

 

 彼女が端末の画面に触れ、指でなぞるように両店舗の場所を入れ替える。すると何と言う事か、目の前の実店舗も写真のように入れ替わった。

 

「ええっ!」

「このように、マセイド地区に存在する施設・店舗・建物をユーザーが自分好みに自由に並び替えることができるんです」

「なるほど、だから『私の街』なのね」

「けど仮想世界ってことは結局虚構なんでしょ? 手元に残らないんじゃ意味ないじゃん」

「ここで購入・利用したサービスは次元変換装置――通称CRFにより、現実世界に具現化することも可能ですし、その逆も可能です。なのでにとりさんの仰る指摘は当てはまりません」

「あぁそっか! 凄い便利だなぁ」

「もうこっちに来てから驚いてばかりだわ」

 

 頷くにとりと妹紅に対し、マリサが「ん? どういう意味だ?」と訊ねる。

 

「例えばマリサさんがブティックでワンピースを買うとします。そのままでは宇宙ネットワーク上に購入したという記録だけが残りますが、CRF(次元変換装置)を使用することでワンピースが現実の物となり、実際に着れるようになるんです」

「絵に描いた餅が実際に飛び出してくるようなもんか?」

「そうですそうです。その例えの場合なら本当に食べることができちゃうんです」

「ほ~納得したぜ」

「随分回りくどいと思うかもしれませんが、生体認証や肉体の仮想化といった手段を使わず、外部端末を利用すればマリーが懸念するような事態にならない筈です」

「そうだったのか」

 

 まだ完全に理解しきれている訳じゃないけど、彼女なりに私達のことを考えてくれているようだ。

 

「ねえ、喋ってばかりいないで早く案内してちょうだい」

「確かにそうですよね! 行きましょうか!」

 

 アンナの先導の元、私達はマセイト通りへ歩き出して行った。

 



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第193話 萬屋にて

高評価ありがとうございます。
投稿が遅れてすみませんでした。


 薄々感じてはいたけれど、いざ通りに入ってみると凄い。

 

『日用品から家電製品まで何でもお安く提供します!』

『只今開店記念セール中です! 是非お立ち寄りください!』

『貴方に最高の感動体験を与えます。ネロン星系一周ツアーはぜひ我が社で! 今ならお得なキャンペーンを開催中です!』

『明日の天気は晴れ。温暖な気候が続きます』

『現在ランチサービス中です!』

『次カラオケいこうよ!』

『いいよ~』

『すみませーん、このクレープください!』

 

 至る所で呼び込みの声や通行人の会話が飛び交い、老若男女問わず色んな人々でごった返し、現実ならすし詰め状態で身動きが取れなくなっていそうだ。

 

(……圧巻だな。世界にはこんなに大きな街があったのか)

 空から見下ろすのと、実際にその場に行くのとでは感じ方がまるで違う。タイムトラベルが無ければ決して交わる事のない時代と場所、私にとってここはまさしくフロンティアだ。

 

「本当よく賑わっているわねぇ」

「幻想郷にはこんなに沢山人いないしね」

「この辺りのお店はあたしが良く利用している順に並んでいるんです」

「そうなんだ」

「う~ん、色々有り過ぎてどこに入ろうか迷うな」

 

 ここまで私の確認した限りでは、ブティック、ディスカウントストア、コスメショップ、喫茶店、大衆食堂、スイーツショップ、百貨店、旅行会社が並んでいて、なんとなくアンナの趣味趣向が伺える。

 

「というかさ、私大変な事に気づいちゃったんだけど」

「なんだにとり?」

「お金だよお金。今のままだとせっかく街に来たのに楽しめないじゃん」

「あぁ……確かに」

 

 それはいつどこの時代においても必ず付きまとってくる大きな問題。

 思い返せば幻想郷からここに来るまでの道のりもかなり苦労させられた。折角の旅行なのにあまり野暮な話はしたくないけど、きちんと向き合う必要があるだろう。

 

「おいおい、財布でも忘れたのか?」

「違うよマリサ。ほら、ここってかなり大昔でしかも地球じゃない街じゃん? だから幻想郷のお金は使えないと思うんだよね」

 

 300X年でも大きな誤解を受けたし、と辛うじて聞きとれるくらいの声で呟くにとり。「言われてみればそうだな」マリサは納得したように頷いた。

 

「外の世界には、両替所っていう別の貨幣と交換してくれる場所があるって聞いた事あるわよ?」

「多分この時代に実在しない国で流通している貨幣は無理なんじゃないかな」

「にとりさんの仰る通りですね。アプト星では宇宙条約を締結している国家の貨幣でなければ使用できません」

 

 貨幣とは商品の価値の尺度を計ったり、それと交換する手段として用いられるもので、国家の信用がなければ役割を果たさない。この街では私達の所持するお金は単なる紙切れに過ぎないのだ。

 

「う~んこれは盲点だったな。冷や水を浴びた気分だ」

「わざわざタンス預金を崩して来たのに」

「こうなったらアルバイトでもするか?」

「この星で皆さんは〝居ない人″扱いなので難しいですね」

「やっぱり駄目か」

「落ち込まないでください。元々あたしが誘ったんですから、あたしが皆さんの滞在費と交際費を全額負担しますよ」

「本当か!? ラッキー!」

「いやいや、流石にそこまで至れり尽くせりなのは居心地が悪いっていうか」

「妹紅さんやにとりさん、そしてマリーには多大なご迷惑をおかけしたみたいですし、せめてこれくらいさせてください」

 

 それからも奢る奢らないの話し合いで平行線を辿っていると、霊夢がうんざりとした様子で口を開く。

 

「ねえアンナ。この街に古物商は居ないの?」

「古物商ですか? 心当たりはありますけど」

「この手のお店なら物品の買い取りもやってるでしょ? そこで持ち物を換金すればいいじゃない。それでも足りなければアンナのお言葉に甘えれば良いわ」

「マリーの気が済むのならそれで構いませんけど……」

「分かった」

 

 特にケチを付ける部分はないし、歴史に影響することはないだろう。私はすんなりと頷いた。

 

「素直に好意に甘えておけばいいのにな」

「まあまあ、こっちの魔理沙の言い分も分かるよ。それにこの星の古物商店って興味惹かれない?」

「まあそうだな」

「それでは目の前にお店を持ってきますね」

 

 アンナがタブレット端末を操作すると、正面の赤いドレスが飾られたお洒落なブティックは姿形が変化した。

 配置転換された新たな店はパラペット看板に『萬屋ワトーレノ』と書かれ、先進的な外観とは裏腹に、ショーウィンドウには腰から下がすっぽり入る信楽焼に似た壺や、戦国武将が着てそうな白銀の鎧に、どこかの湖畔を描いた風景画が飾られていて、ここだけ時代に取り残されたようなギャップを感じる。

 

「あら和風っぽい?」

「なんか凄く怪しい感じの店だな」

「あたしの友達が営んでいるお店なのでその点は保証しますよ~。ささ、入りましょう」

「仮想世界のお店ってちゃんと中に入れるの?」

「基本的に眼鏡を外さなければ生身のままでも大丈夫ですよ」

「本当にどんな原理なんだ?」

 

 そんな話をしつつ、ガラス扉を開けて中に入る。

 

(ここが萬屋なのか)

 

 第一印象としてはとにかく物が多い。

 日用品や加工品に加え、色付いた実がなる植物の苗から、キュートなブリキ人形をそのまま等身大にしたようなものまでジャンルはバラバラで、他にも一目見ただけでは何に使うのか首を傾げる物が店内のあちこちに並べられており、まるで香霖堂がスケールアップしたような店だ。

 ただ香霖堂と大きく違うのは、商品一つ一つに漫画の吹き出しみたいな〝枠″が浮かんでいて、その中に商品名や値段、製造地、用途、店主による一言メッセージが事細かに表示されている所だ。便利な反面視界を占有されているので鬱陶しい。

 ちなみに私達以外に客はいないようで、店内には心を落ち着かせるBGMが掛かっている。

 

「散らかってるわねぇ」

「でも中は意外と広い?」

「このメッセージウィンドウ邪魔だな」

「目の焦点をずらせば自然と消えますよ」

「あ、本当だ」

「おい見ろよ霊夢。これ叩くと目が光るんだぜ? 面白くないか?」

「あまり叩きすぎると壊れるわよ。ほどほどにしておきなさい」

「こういう場所は自宅にいるみたいで安心感があるね」

 

 招き猫によく似た置物を弄るマリサ、キョロキョロと見回す妹紅、束になった電気コードの感触を確かめるにとり。

 驚いたことに店内の商品は実際に手に取ることができて、それらの触り心地や匂い、質感まで本物と遜色ない。〝枠″がなければ、ここが仮想世界の店だと忘れてしまいそうだ。

 店内を見て回りつつアンナの後をついていくと奥にカウンターがあり、狐耳を生やした着物姿の少女が退屈そうに座っていた。

 

「やっほ~シャロン!」

「アンナ!」シャロンと呼ばれた少女は椅子の上からカウンターを飛び越え、「いらっしゃい! 今日はどうしたの?」と破顔している。どうやら彼女がアンナの言っていた友達らしい。

「昨日天の川銀河の惑星探査ミッションの話をしたでしょ? その時にできたお友達がさっき遊びに来てくれたから、案内してる所だったの」

「へぇ~この人達が!」

 

 狐耳の少女は私達を興味深そうに見た後、「はるばる遠い所からいらっしゃい! 私はシャロン、この萬屋の店長やってます! よろしくねっ!」

 

「霧雨魔理沙だ、よろしくな」

 

 快活な挨拶に負けないくらいの声で、差し出された手を握り笑い返す。それから一通り自己紹介を済ませたところで霊夢が口を開いた。

 

「ねえ、その耳と尻尾って本物なの?」

「本物だよ~。ほら、この通り!」

 

 彼女は耳をピクピクさせた後、次に尻尾をパタパタと動かした。

 狐色の髪に狐色の尻尾、子供っぽさを感じさせるあどけない顔立ち。水玉模様の着物に下駄を履き、幻想郷で良く見かける恰好をしている。

 ちなみに狐の知り合いといえば真っ先に思い浮かぶのは藍だが、九尾の狐である彼女と違って尻尾は一本しかなく、貫禄もないので幻想郷基準では有り触れた感じの妖怪にカテゴライズされるだろう。

 

「シャロンって妖怪?」

「ようかい……? 私達サノメ人は亜人って呼ばれる事が多いかな。ここから5光年離れた所に浮かぶ私の故郷サノメ星には、私のように動物の特徴を持った人が沢山住んでいるよ」

「へぇ~なんか面白いわね」

 

 街で見かける半獣半人はサノメ人だったのか。

 

「サノメ星ってどんな星なんだ?」

「そうねぇ。この星をサイバーテクノロジーだとするなら、サノメ星はバイオテクノロジーが発展してる感じかな。アプト星は地上に街があるけど、サノメ星の首都ヴェロスは宇宙まで伸びた世界樹と呼ばれる木の中にあるのよ」

「まるで想像が付かないな」

 

 北欧神話に登場する単語へ翻訳機能が働くとは中々興味深い。

 

「実際見たら驚くと思うよ~。機会があればぜひ行ってみてね! 他には何か聞きたいことはある? 遠慮なく言って!」

「実はこっちに遊びに来たのはいいんだけど、手持ちが無くてな、私達の持ち物を買い取ってくれないか?」

「貴女達の持ち物ってもしかして地球産!?」

「ああ」

「おっけーおっけー。大歓迎! 知らない星の物なんて面白そうだし、アンナのお友達なら色を付けちゃうよっ」

「それは助かるぜ」

「ちょっと待ってね~。私もすぐにそっち行くから」

 

 そう言うと目の前のシャロンは一瞬消え、再び同じ場所に現れる。

 

「何をしたんだ?」

「皆さんは生身で仮想世界内の私の店へ入って来たみたいだから、私も生身の体になったの。その方がCRF(次元変換装置)を介さないで良くなるからスムーズに済むからね」

「なるほど」

 

 確かに半透明だった彼女の姿は今でははっきりと映っていて、本当に目の前に居るのだと確信させる。

 そしてシャロンは再びカウンター内へと戻り、「売りたい物があればどんどん見せてね。なんでも買い取るよ!」と微笑んでいた。

  

「えっと、なんか売れそうなものあったかな」

「私、必要最低限の身の回りの物しか持ってきてないわ」

「自宅に戻れば要らない物は沢山あるんだが……」

「ねえアンナ。宇宙飛行機の荷物だけを取り出すにはどうすればいいの?」

「それはですね――」

 

 私を含めた全員が思い思いに自分の鞄を整理していき、まず最初にカウンターに向かったのはマリサだった。

 

「このキノコなんかどうだ? 昨日採って来たばかりで新鮮だぜ」

「あんたそんなもの持って来たの?」

「おやつに食べようと思ってたんだが、家に帰れば沢山あるしな。鑑定してくれ」

 

 シャロンはゴム手袋を嵌めて緑色の茸を受け取り、虫眼鏡を使って隅々まで観察していく。てっきりコンピューターかなんかで機械的にやるのかと思ってたけど、意外と原始的。

 

「ほうほう、これはこれは……すごいなぁ。ちゃんと生きた証が残っているなんて、命の息吹を感じるわ」

 

 感嘆の息を漏らす彼女は電卓を叩き、「この茸はこちらの値段で買い取るよ」と見せた。

 私の見間違えでなければ0が4個並んでいて、かなりのお値打ち品に思えてくるが。

 

「この額ってどうなんだ? 物価が分からん」

「そうですね。目安として1日1万レルあればこの星で満足に暮らせるので、充分だと思いますよ」

「1万!? ならかなり凄いじゃん。売るぜ!」

「ありがとー」

 

 マリサは0が4個並んだ紙幣を3枚受け取り、「この星なら大金持ちになれそうだな」とほくそ笑んでいた。

 

「じゃあ次は私ね。はいこれ」

 

 霊夢がカウンターに提示した黒いかんざしは、先端に桜の花が飾られ、控えめながらもアクセントのあるデザインとなっている。

 

「わぁ可愛い! これ何?」

「かんざしって言って、髪を結ったりとめるときに使うのよ」

 

 霊夢は目の前で実演して見せ、後ろ手で器用にお団子ヘアにする。

 

「おお~!」

「中々似合ってるぜ」

「ふふ、ありがと魔理沙」かんざしを外して元の髪型に戻した霊夢はシャロンと向き直り「あまり使う機会が無くてね、少しでも糧になるといいのだけれど」

「状態も良いし個人的にかなり気に入ったから、この価格で買っちゃおうかな」

「ええ、それで良いわ。ありがと」

 

 充分な活動資金を得た霊夢が満足のゆく取引を終えた所で、私に順番が回って来た。

 

「私はこいつを頼む」

 

 リュックサックから取り出したのはズバリ予備の着替えだ。

 というのも必要最低限の荷物しか持ってきてないのでこれしか選択肢がなかった。流石に貰い物を売り払う訳にはいかないし、同じデザインの衣装が家に何着もあるしな。

 

「古着だね。触らせてもらうよ?」

「ああ」

 

 またもや虫眼鏡を使って隅々まで調べていく彼女。服をひっくり返し、赤色の光を当てながら袖の下までチェックを欠かさない。そこに会話や妥協は一切なく、職人としての拘りを感じる。

 普通に喋ってる時は年相応の少女なのだが、この瞬間だけは大人びて見えた。

 

「……お待たせ。このお値段でいかがでしょう?」

「え、そんなするのか?」

「絹製品は滅多に手に入らないし、何よりも可愛いからねっ!」

 

 マリサの茸程ではなかったが、一日分の活動費を得たので良しとしよう。

 次に妹紅がカウンターの前に立った。

 

「これは……流石に売れないかな」

「わっ、そのカードの束は何?」

「トランプって言ってさ、クラブ、ダイヤ、ハート、スペードの合計4つの模様とジョーカー1枚を加えた計53枚のカードで構成されたゲーム用のカードなんだ」

「どんなゲームがあるの?」

「大富豪、ババ抜き、七並べ、他にも挙げたらきりがないくらいに遊び方は沢山あるんだ。試しに大富豪やってみるか?」

「いいね! 面白そう!」

「このゲームは人が多い程面白いんだ。みんなも付き合ってくれないか?」

「えっ、ここでやるの? まあいいけど」

「しょうがないなぁ。一試合だけなら付き合ってあげるよ」

「地球のゲームってどんなのだろう」

「じゃあ私が親やるぜ」

 

 シャロンの許可を得てカウンターを中心に店内の椅子を集めて座り、ルール説明をしながら一試合行っていく。10分に渡る試合の末に勝利したのはマリサだった。

 

「よっしゃ一番!」

「あ~マリサが先に上がっちゃったか。後一枚だったのに」

「へへっ、これでも駆け引きは強い方なんだぜ」

 

 それからもゲームは進んでいき、私は四位と何とも言えない順位になり、シャロンは最下位だった。

 

「あはは、楽しかった。アナログゲームがここまで面白いなんて思いもしなかったな」

 

 彼女は子供のような笑みを浮かべながら、手元のカードをいじっていた。

 

「私の星では大人も子供も誰でも知っているゲームなんだ」

「やっぱり! この星でもひょっとしたら爆発的に流行るかも。もし売ってくれるのならこの額でどうかな?」

「えっ、こんなに貰っていいのか?」

「良い文化を教えてもらったお礼」

「そういうことなら貰っておくよ」

 

 妹紅は10日分の滞在費に匹敵する額を受け取っていた。

 

「最後は私の番だね」片手にアンナから借りた端末を握るにとりは「食料と水を売ろうかな。魔理沙がいるならもう必要ないし」と、仮想世界内に仕舞われた宇宙飛行機の画面を見せ、ボタンを押した。

 するとカウンターの上にビニールパックに詰められた食材と水が現れ、土嚢のようにどっさりと積まれる。

 

「ふむふむ、これは中々……」

 

 シャロンは虫眼鏡を使い、いつになく時間をかけて鑑定していく。暇を持て余したのかアンナとマリサと妹紅は店内をうろつき、陳列された商品を見ながらあれこれと話していた。

 

「やけに時間が掛かってるわね」

「なんかあるのかな?」

「さあ?」

 

 霊夢と共に固唾を飲んで見守っていると、鑑定を終えたのか電卓を叩き始めた。

  

「この額でどうかな?」

「!」

 

 提示された金額はアンナの話した基準なら3か月は優に暮らせる額で、にとりは目を見開き息を呑んでいる。

 

「……これは驚いたね。一瞬言葉を失ったよ」

「不満?」

「いやいやその逆だよ。本当にこんな値打ちがあるの?」

「宇宙食用に加工されてるとはいえ、遺伝子操作や合成技術無しの純粋な自然食品に、水の名産地で知られるラメッツカ星並の水質の純度100%の水。仮想世界が発展したアプト星ではどちらも高級品なんだよね」

「それにしたってたかが水がこんなにするのか?」

「地球だと割とどこでも手に入るんだけどなぁ」

「ふふ、貴女達の星は美しい自然の宝石箱なのね。気軽にいける距離じゃないのが残念」

 

 それから帯に包まれた札束と交換したにとりは、「こんなに貰っても使い切れないし、皆にあげるよ」と、お金を分配しはじめた。

 

「いいのか?」

「どうせ幻想郷じゃ使えないお金だし」

「気前が良いなにとり。帰ったら飯を奢ってやるよ」

「期待しないで待ってるよマリサ」

 

 そうして充分な活動資金が溜まった所で、私達は店を出る事にした。

 

「今日はありがとなシャロン」

「また来てね~」

 

 手を振る彼女に別れを告げて、大通りへと出て行った。



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第194話 宇宙暦

複数の最高評価感謝です。



第189話に登場した宇宙暦と西暦が計算したら間違っていたので修正しました。
申し訳ありません


「さあ、次はどこに行きましょうか!」

「私は食事を摂りたいわ。こっちのマリサに朝一に引っ張り出されたせいでまだ朝御飯を食べてないのよ」

「意識したら私もお腹が減って来たな。最後に食べたのが……いつだっけ?」

「おいおい、とうとうボケたか?」

「む、そもそも魔理沙があちこちタイムトラベルしすぎるから時系列が分からなくなっちゃうんだよ」

「それならお昼にしましょうか! あたし美味しい海鮮料理のお店を知っているんですよ~」

「いいわね。案内してちょうだい」

「はい、こっちです!」

 

 アンナはマセイト通りの奥、街の中心部へと歩き出し、先導する彼女の後に私達も続く。

 

「一体どんな料理が出て来るのかしらね」

「私達が食べられるものだといいけどな」

「もう、マリサったらそんなこと言わないの」

「ねえ、さっきみたいに地図からパパっと入れ替えられないの?」

「これから向かうお店は宇宙ネットワークからはアクセスできないので、実店舗まで直接移動する必要があるんです」

「へぇ~、全部が全部仮想世界にあるわけじゃないんだね」

「どんくらいかかるんだ?」

「歩いて10分くらいですよ~」

 

 霊夢やアンナ達がとりとめのない話をしている中、図らずもあることが気になりだした。

 

(そういえば今何時だ?)

 

 手持ちの時計は使い物にならないので、脳内の時計に意識を集中すると。

 

(Stardate7800/08/18 24:15:40……?)

 

 A.DでもB.Cでもない紀年法が浮かんだかと思えば、未知の暦についての知識が噴水のように噴出し、脳のしわ一筋一筋に染み込んでいくような奇妙な感覚が生じる。

 

(!?)

 

 驚きと困惑を覚えつつその知識を読み取っていくと、Stardateはラテン語で宇宙暦を意味し、アプト星がテラフォーミングされた年を元年として数えていることや、時間の単位や定義といった暦の全容を知らず知らずのうちに理解してしまっていることに気づく。

 

(宇宙暦……もしかしてこの星の暦なのか?)

 

 表記としては西暦と同じく左から順に、紀年法、年、月、日、時、分、秒の順に並び、それぞれが現在の時刻を表していて、西暦と共通する部分もとても多い。

 正直身に覚えのない知識がスラスラと出て来る所に不気味さを感じるけど、そもそも頭の中に時間が浮かぶ時点で今更な気もする。便利な能力だと前向きに受け取ることにしよう。

 

(となると西暦は何処へ行った?)

 

 すると今度は表示が『B.C.3,899,999,999/08/18 12:32:01』となり、この星に降り立ってからざっと2時間半が経過していることが分かる。

 

(ん~一応確認してみるか)

 

 私は答え合わせも兼ねてアンナに疑問をぶつけてみる事にした。

 

「なあアンナ。一つ聞いて良いか?」

「はい、なんでしょう?」

「今って宇宙暦7800年8月18日、24時17分で合ってるか?」

「えっと……」一瞬明後日の方角に視線をやったアンナはすぐに目線を合わせ「そうですそうです。バッチリ合ってますよ」と頷いた。

「やっぱりそうか」

 

 これで私の脳内時計が正確無比であることが改めて証明され、しかもその土地に合わせて自在に暦を変換できることが分かった。私が時間を支配しているんだか、私が時間に縛られているんだか分からないな。

 

「宇宙暦についてまだ説明してませんのによく分かりましたね?」

「私にはどこにいても現在の時間が分かる能力があるんだ」

「おお~! 流石〝旅人″ですね!」

「ちょっとちょっと二人だけで完結しないでよ。宇宙暦って何?」

 

 霊夢の疑問に答えたのはアンナだった。

 

「ええとですね、地球の〝西暦″のようにこの星で使われている紀年法なんです」

「そうか。星や時代が違えば暦も当然別のものになるんだ」

「なるほどねぇ」

「西暦だと24時は真夜中だけど、宇宙暦だと違うんだな」

「宇宙暦は1日が48時間なんです。なので今はちょうど折り返したくらいの時間ですね」

「48時間! そりゃまた長いな」

「そんなに起きてられないわ、32時頃に眠くなっちゃいそう」

「ここでの一日は実質的に二日過ごしたことになるのか」

「ところがですね、宇宙暦は1時間が30分と定義されているので、1日の長さは西暦と全く同じです」

「へぇそうなんだ」

「ややこしいのね」

「違うのは時(じ)の単位だけなの?」

「そうですね、1分と1秒の長さも西暦と同じですし、1ヶ月の日数パターンも西暦と似通っている所が多いです。ただ宇宙暦は1年が24ヶ月730日なので、もしここに1年滞在した場合西暦では2年経過している計算になりますね」

「ふむふむ、ちょっとした浦島太郎状態が味わえそうだな」

「その例えで言うなら、私達はもう竜宮城にいることになるわ」

「はは、そうだな」

 

 そんなことを話している間にマセイト通りを抜けて、一際広い場所へとやってきた。

 




短くてすみません
続きは4月8日までに投稿します

本編は変わらず西暦表記で統一していきます


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第195話 トルセンド広場

 

「広場に出てきたわね」 

 

 中心には幅は広いが紙のように奥行きが薄い塔が天を衝き、地上にはそれをぐるりと囲むような円形交差点があり、八方位から侵入できるようになっていた。

 辺りに通行車両や宇宙船の影はなく、形骸化した道路には様々な屋台が出店していて、相も変わらず大勢の人々で溢れかえっている。

 

「ここは?」

「首都ゴルンの中心地トルセンド広場です。ここから見て北はファブロ山脈、西はマグラス海、東はネロス宇宙港へと通じているんです」

「宇宙港?」

「銀河間を繋ぐ宇宙船の発着場です。プロッチェン銀河内であれば宇宙ネットワークにより瞬時に移動できますが、それを利用しない場合、もしくは宇宙ネットワークの範囲外へ向かう際には宇宙船を利用する必要があるんです」

「ふ~ん」

 

 ひょっとしたらアンナが言っていた『指定した土地に自動で案内してくれるプログラム』とはここを指していたのかもしれない。

 

「他の方角には何があるんだ?」

「大雑把に説明しますと、街の北側は美術館、劇場、映画館等の文化・芸術関連の施設が多く、西側はマセイト通りのような商業施設が集まっています」

「ふむふむ」

「東側は電気街となってまして、アミューズメント施設等の宇宙ネットワークを利用した施設が多く建ち並んでいます。あたしは街の南側しか弄ってないので、これらは首都ゴルンの元々の都市マップです」

「へぇ~綺麗に分かれているのね」

「電気街は興味あるなぁ。この星の電子機器を触ってみたいよ」

「ねえ、あのおっきな塔はなに?」

 

 霊夢は交差点の中心に建つ天高く伸びる塔を指差した。

 

「トルセンドというアプト星で一番高い塔です」

「横から見るとかなり薄いね。途中でポキッと折れたりしないのかな」

「というかどのくらいの高さなんだ? 先端が見えないぞ」

「地上高度200㎞、宇宙空間まで伸びています」

「そんなに……!」

 

 私は旧約聖書に登場するバベルの塔を連想した。伝承では神の怒りに触れて言語が分裂したことで塔の建設を断念したらしいが、もし完成していたらこんな感じだったのだろうか。

 

「この塔は只のシンボルではなく、アプト星にとって重要な役割を担っているんです。空を見上げると白い線が見えるじゃないですか」

「ああ、見えるな」

 

 実はこの星に来てから気になっていた。

 

「一見すると惑星の輪なんですが、あれは塵や岩の集合体ではなく幾億もの人工衛星で構成されてまして、宇宙航行の邪魔にならないように一つの軌道に纏めているんですよ」

「へぇ~あれって自然にできたものじゃなかったんだ」

「更にアプトの中心核に接続することで地殻変動や気候をコントロールし、宇宙に放出されてしまう惑星のエネルギーを循環して利用できるようにする機構――ダイソン球の役割も果たしています。この街では地震や台風といった自然災害は絶対に起こりませんし、100年先の天気まで予め定められているんです」

「なんと……!」

「この星に神様は必要ないのね」

 

 惑星そのものを支配下におくとはとんでもない科学力だな。この土地に来てから驚きっぱなしだ。

 

「それと宇宙ネットワークの維持管理も行ってまして――」

 

 アンナが滑らかに話していたその時、何の前触れもなく目の前が暗くなった。

 

(!?)

 

 私は反射的に眼鏡を外し、刺すような太陽の光に眩しさを感じつつ辺りを見渡す。数多の色に溢れ、活気に満ちていた虚構の街は跡形もなく崩壊していた。

 

「これは……どういうことだ?」

 

 無意識に飛び出した呟きが波紋のように広がり、やまびこのような余韻を残す。それはまるで虚構の街のみならず、この世界から音が消えてしまったかのように。

 

「なあアンナ――」

 

『一体何があったんだ?』そう訊ねかけた所で私は言葉を失った。

 というのも、彼女は笑顔を張り付けたままトルセンド塔を紹介する姿勢から微動だにしておらず、霊夢にマリサ、妹紅やにとりさえもトルセンド塔を見上げる姿勢で固まっていたからだ。

 

「……アンナ? 霊夢? おーい」

 

 それから一人一人に呼びかけても返事はなく、顔の前で手を振っても反応が帰ってこない。瞼が開いたまま人形のようにこゆるぎもしないその様は一種の恐怖感すら覚える。

 世界に自分だけが取り残されたような異常事態に私は只々戸惑っていた。

 

(明らかにこれはおかしいぞ。何がどうなって……待てよ、もしかして)

 

 自分以外の全てが動かないこの光景に既視感を覚えた私は、まさかと思いながらも脳内時計に意識を向ける。するとなんということか、時刻が『B.C.3,899,999,999/08/18 12:45:00』のままカウントがストップしていて、少し待ってみても全く動かない。

 

(時間が停まってる!? そんな馬鹿な!)

 

 時間操作は咲夜の専売特許だが、ここは幻想郷ではなく約39億年前の1億光年離れた土地だ。咲夜はおろか地球に生命すら誕生していない。

 しかしどれだけ否定したくとも、現に時は止まってしまっている。

 

(なんてこった……。この星にはまだ私の知らない秘密があるとでもいうのか……?)

 

 衝撃を受けつつ思考を巡らせていたその時、背後から微かに足音が聞こえてきた。

 

「っ! 誰かいるのか!?」

 

 私の問いに答えが返ってくる事は無く、その足音は徐々に大きくなっていく。木を叩くような特徴的な足音からハイヒールを履いた女性だと思うけど、ここは地球じゃないので自信はない。

 

(……一応備えておくか)

 

 世界の時を止めるなんて大それた事をしでかす輩が友好的とは限らない。時間を止められタイムトラベルを封じられた今、相対するしかないのだ。

 心臓が早鐘を打ち、震える右腕を必死に抑えながら気取られないようゆっくり腰の八卦炉に手を伸ばし、振り返りざまに構えて戦闘態勢に入る。

 

「えっ……?」

 

 呆気に取られるとはまさにこのことか、目の前の人物を捉えた瞬間緊張の糸が切れ、突き出した右手は力なく垂れ下がった。

 

「ごきげんよう魔理沙」

 

 足音の主――咲夜は街角でばったり友達に出会った時のような笑みを浮かべていた。



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第196話 咲夜の目的

高評価ありがとうございます。


「――咲夜」

 

 タイムトラベル先でその時間に居るはずのない人間に会ってしまった時、私はどんな態度を取ればよいのだろう。

 

「お前は本当に咲夜なのか?」

 

 そう聞き返してしまうのも、無理のないことだ。

 

「ええ。私は貴女の良く知っている十六夜咲夜よ」

「いやいやそれはおかしいだろ。ここは紀元前39億+1年のアプト星だし、おまけにその姿は……」

 

 目の前の彼女はいつもの紅魔館のメイド服を着ているが、レミリア譲りの紅い眼も、蝙蝠の羽根も生えておらず在りし日の姿をしていた。

 

「正確には現在の歴史の十六夜咲夜ではなく、時の回廊にいる私の分身と言えば伝わるかしら」

「ほぉ、驚いたな。この世界に干渉しないんじゃなかったのか?」

「それについては霊夢達にも関係することなの。訳を話す前にまずは時間を戻しましょう」

 

 咲夜が軽やかに指を弾くと、止まっていた世界の時が動き出す――のではなく、霊夢達の時間のみが動き始めた。

 

「他の銀河と――あら?」 

「えっ!?」「ん!?」「なに!?」

「急に前が暗く……」

 

 私と同じように霊夢達は次々と眼鏡を外し、周囲の変貌に困惑の声を挙げ始めた。

 

「一体なんなのよもう」

「あれっ、町が無くなってる!」

「何が起きたんだ?」

「停電?」

「宇宙ネットワークがダウンするなんて……」

 

 この時マリサが咲夜に気づき、指を差す。

 

「というかお前咲夜じゃないか! タイムトラベルできたのかよ!」

「え? あ、本当だ」

「まさかこんな場所で会うなんてね」

「しかもまた随分と懐かしい姿ね。200X年以来かしら?」

「おい妹よ、これはどういうことだ?」

「いや私もついさっき会ったばかりでさ、よく分からないんだよ。でも彼女は幻想郷の咲夜じゃなくて、時の回廊の咲夜なのは確かだ」

「幻想郷の咲夜じゃない?」

「あ! ひょっとしてあの時の咲夜でしょ。終わらない1日だった200X年の7月25日、紅魔館の図書館で会ったわよね?」

「正解よ霊夢。貴女の主観で150年も昔の出来事なのによく覚えていたわね」

「あんな衝撃的な事忘れたくても忘れられないわ」

「つまりアレか、私から見た妹のように別の歴史の咲夜って奴なのか?」

「その解釈で正しいわ。私が人として生きた時間はタイムトラベラーの魔理沙が唯一無二の魔理沙だった歴史、貴女達の知る〝私″とは人生の軌跡も結末も異なるのよ」

「魔理沙の……そっか」

「以前妹が話してた、『人である事を貫いた咲夜』なのか。へぇ……」

 

 霊夢とマリサは思う所があるようで、感心した様子で頷いていた。

 

「ねえ、もしかして仮想世界の街が無くなってるのも咲夜の仕業なの?」

「ええ。世界の時間を止めたまま貴女達だけの時を動かしているから、当然宇宙ネットワークは機能を停止してるわ」

「そうだったんだ……!」

「やけに声が響くなと思ってたけど、そういうことだったんだな」

「時間停止中の世界って不思議な感じだわ。咲夜はいつもこんな体験をしていたのね」

「私も時間を止めてみたいぜ。これならイタズラし放題じゃないか」

「貴女ねえ……」

「すぐに犯人がばれちゃうから意味ないでしょ」

 

 一気に騒がしくなった中、ずっと黙り込んでいたアンナが口を挟んできた。

 

「ええと、話が進んでいる所すみません。この綺麗な方はひょっとしてマリーが以前話していた時間の女神様なんですか?」

「ああそうだぜ」

「やっぱりそうでしたか! わぁ~、お目にかかれて光栄です!」

「咲夜よ、よろしくね」

「アンナです! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 落ち着き払った態度で簡潔に挨拶する咲夜と、丁寧にお辞儀をしながら元気良く挨拶するアンナ。二人の対照的な性格を表しているようだ。

 

「そんな堅苦しくならなくても良いわ。今の私は単なる人間、この世界で活動するための『分身』だから」

「『分身』――クローンではなく、一つの個から分かれた魂? ……なるほど、とても奇妙で宗教的な概念ですが理解はできました。先程の世界の時間を止めたというのは、咲夜さんの力なんですか?」

「ええ。人間の私は時間を操る程度の能力があってね、時間停止はその能力の内の一つなのよ」

「ははぁ~よく分かりました。皆さんにとっては周知の話を繰り返してしまってすみません」

 

 この短いやり取りでアンナは状況を飲み込めたようだ。彼女は頭の回転が速い人間なのかもしれない。

 

「それで咲夜、わざわざお前がこの時間のアプト星に現れた理由はなんだ? あれだけ歴史への介入には慎重だったじゃないか」

「確かに私は時間を保護し、貴女のタイムトラベルによる歴史改変を注意深く見守るだけのつもりだった。……けど事情が変わったのよ」

 

 話の雲行きが怪しくなるにつれ、私の背筋に冷たいものが走っていた。

 わざわざ彼女が時を止めて現世に降臨するくらいだ。まさかリュンガルトのことで何かあるのか? 300X年の魔理沙と同じ経験をしないように行動したつもりなのに、もっと悪い歴史の流れに傾いてしまったのか? ネガティブな考えばかりが頭をよぎる。

 私はそれを振り払うように恐る恐る問いかけた。

  

「……その事情ってなんだ?」

「実はね……魔理沙達が楽しそうだから遊びに来ちゃった♪」

「は?」

 

 重い空気から一転、異性なら簡単に恋に落とせそうなウインクをする咲夜に私は只々呆然としていた。

 

「『遊びに来ちゃった♪』って、えっそんな理由?」

「そうよ?」

 

 きょとんとしている彼女に、呆れを通り越して怒りが湧いて来た。

 

「あのな、こっちは真面目に聞いてるんだ、頼むからちゃんと答えてくれよ」

「……貴女が時の回廊で真・タイムジャンプ魔法を完成させて215X年10月1日午前7時に行った後、私は再び観測へと入ったわ。そこで霊夢達と楽しそうに過ごす貴女を見ていたら、ふと幻想郷の思い出が甦ってね、私もまたあの頃のように過ごせたら――って思ったのよ」

「……そうだったのか」

 

 淀みない言葉の節々から伝わる哀愁は、私の想像力を否が応でも膨らませていく。

 時間の神と言えば聞こえはいいが、現実は果てしない時間を管理し続けなければならず、永遠に時間に縛られ続けていることになる。それがどれだけ大変な事なのか筆舌に尽くしがたい。

 

「この時間には異なる歴史の〝私″もいないし、西暦300X年の魔理沙によって選択を変えた現在の魔理沙が居ることで私が干渉できる因果も生み出されている。今の状況はうってつけなのよ。どうか私の我儘を聞いてもらえないかしら」

「もちろん大歓迎だ。お前には色々と助けられたし、何より私達の関係にそんな遠慮は必要ないだろ?」

「――ありがとう魔理沙。そういってもらえると嬉しいわ」

「ふふ、まさかこんな所で咲夜と合流するなんてね」

「確かにあんな何もない場所に居るのは退屈だもんなあ。気持ちは分かるよ」

「今日だけで彼女の違った一面を見れた気がする」

「帰ったら幻想郷の咲夜に教えてやるかな」

 

 突然の出来事にも関わらず、霊夢達も笑顔で咲夜を歓迎していた。



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第197話 マグラス通り

最高評価及び高評価ありがとうございます。
投稿が遅れてすみませんでした。


「さあ、それでは観光案内の続きと行きましょうか」

「早くお昼を食べたいわ」

「それじゃあ時間を動かすわね」

 

 そう言って咲夜は軽やかに指を弾いたが、虚構の街は復活しなかった。

 

「ねえ魔理沙。時間を完全に動かす前に覚えて欲しいことがあるの」

 

 神妙な面持ちでそう告げる咲夜。どうやら時を動かすと見せかけて霊夢達の時間を止めた――正確には自身の能力の適用外にしたのか?――らしい。

 

「なんだ? 改まって」

 

 彼女達には聞かれたくない事なのだろうか。

 

「私がここに現れた時刻と貴女が今置かれている状況。私が時の回廊に帰るその時まで忘れないでね」

「? ああ、分かったよ」

 

 私の返事に彼女は満足気に頷き、再び指を弾くと、今度こそ世界の時は刻み始めた。宇宙ネットワークも復活し、空白の時間などなかったかのように賑わっている。

 それから咲夜はアンナから宇宙ネットワークが見える眼鏡を受け取り、全員が仮想世界の街を認識できるようになった所で私達は歩き出す。 

 トルセンド広場を北西へ行き、道路を一本挟んだ二つ目の分岐路を曲がると、今までとは違った光景がお目見えした。

 

「あっ、海だ!」

 

 現実世界の無機質な高層ビルに仮想世界が投影されているのは変わらないが、大きく違うのは一直線に続く道路の先にマグラス海を遠望できる所だ。

 宇宙飛行機から一望した時のような美景ではないが、動く看板広告に飾られた高層ビルの間に切り取られたエメラルドグリーンの海というのも中々悪くない。

 

「なんだか新鮮な光景だわ」

「道一本違うだけでここまで景色が変わるなんてなあ」

「ここはマグラス通りと言って、遠くに見えるマグラス海から名づけられています。私の紹介したいお店はここを進んだ先にあります」

「オッケー」

「あれ、ここは魚屋かな?」

「どれもこれも幻想郷じゃ見ない色の魚ばかりだな」

「でもカラフルで見てて楽しいじゃない?」

「なんか熱帯魚っぽい色合いだよね」

 

 マグラス通りは海産物を取り扱っている店も多く、物珍しさを覚えつつ進んでいき、やがてとあるビルの前でアンナが立ち止まった。

 

「お待たせしました! ここがそのお店です」

 

 アンナが指さした先には、『海鮮料理テール』のパラペット看板が掲げられた情緒溢れる雰囲気の店があり、その入り口には『天然素材使用! 新鮮な魚をお届けします!』と大文字で書かれた立て看板が置かれていた。

 

「このお店はとにかく自然食品に拘っていまして、すぐ西のマグラス海で捕れる天然魚やレトン畑で摂れる〝自然の″食材をふんだんに使用しているので、きっと皆さんのお口に合うと思いますよ」

 

 やけに天然であることを強調しているアンナに違和感を覚えた霊夢は、すかさずツッコミをいれた。

 

「天然天然って、そんなに珍しいの?」

「……そうですね。皆さんには簡単にこの星の食事事情を説明したいと思います」

 

 するとアンナは無地の小さなプラスチックボトルを手に出現させた。

 

「まず前提として、この星では万能サプリメントを一日一粒飲めば栄養が摂れるのできちんとした食事をする必要がないんです。こちらが実物になります」

 

 ボトルを開けて白桃色のカプセルを手の平に転がしてみせると、マリサとにとりがそれをつまみ、顔の前でじっくりと観察した。

 

「へぇ~。これ一粒でねえ」

「こんなもんで本当に満腹になるのか?」

「それはもう。飲めば胃の中で膨らんで神経に働きかけるので満腹感が丸一日持続しますよ」

「ふーん」

 

 気が済んだのかアンナにサプリメントを返す二人。次いで霊夢が疑問を口にする。

 

「幾らくらいするの?」

「この瓶が3000レルで、これ一つあれば1ヶ月過ごせちゃいます」

「かなりお手頃な値段なのね」

「大雑把に計算すると一粒100レルか。この星なら飢餓や飢饉に苦しむことはなさそうだな」

「そうですね。このサプリメントのおかげでアプト星では餓死する人はいません」

「でもその割には食べ物屋が沢山あるよね?」

「甘味処も見かけたわ。こんなに安くて便利な薬があるなら必要ない気もするけど」

「確かにおっしゃる通りですが、人間とは不思議なもので、合理性ばかりを追及していくと精神的に参ってしまうのですよ」

「合理性?」

「つまり、食事を楽しむ為に色々な料理を提供する飲食店があるってことなのか?」

「その通りですよマリー。いくら便利だからといって万能サプリメントだけ摂取するのは文化的な生活とは言えません」

「ふむ……」

 

 どうやらこの星での食事は娯楽としての一面が強いようだ。飽食の星だからこその考え方だろう。

 

「そして自然の恵みを受けた食材か遺伝子工学の粋を集めた培養食材かによって値段が1桁変わってきます。前者も後者も見た目や味に差は殆どありませんが、その稀少性とブランド価値から天然由来の食材が持て囃されているのです」

「そっか。だから水と宇宙食にあんな高値が付いたんだ」

「なるほどねぇ、よく分かったわ」

 

 食への価値観をタップリと聞いたところで、私達はそのお店へと入って行った。

 




短くてごめんなさい。
次回投稿日は5月3日です。


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第198話 ファブロ通り(前編)

「ありがとうございましたー!」

 

 食事を終えた私達は、店員の礼儀正しい挨拶を背に受けながら店を出た。

 新鮮であることを売りにしているだけあって、このお店のメニューの殆どが生ものばかりで、レノソース(色は黄色かったけど、味は醤油に限りなく近かった)で食べる刺身の盛り合わせは絶品だった。多少値は張ったけど、その分の価値はあったと断言できる。

 

「いや~美味しかったなあ」

「こんな異国の土地でお刺身が食べられるとは思わなかったわ」

「また食べに来たいね」

「お気に召したようで良かったです」

 

 満足した様子の霊夢達を見て、アンナも喜んでいるようだ。

 

「で、次はどうするんだ?」

「そうですね、次は街の北側にあるファブロ通りを案内したいと思います」

「ええ、分かったわ」

「それとつい失念していましたが、皆さんの眼鏡には地図が内蔵されているんです。今その機能を解放しますね」

 

 するとアンナは左手を宙に伸ばし、指揮者のように何かの文字をなぞりだしていく。やがてダラリと左腕の力を落とすと、視界の右側にマセイトの航空写真が浮かびあがった。

 それは視線を変えても常に一定の距離を保つように移動していて、試しに右眼を閉じれば地図は消えていた。

 

「うわっ、こんな風に出るのか」

「今皆さんの右目から視野にマセイトの地図を重ねて表示しています。こちらはブレイン・マシン・インタフェースを応用しているので、皆さんが頭の中で念じた通りに地図が動きますし、気になる土地・建物に意識を向けることで、それらの情報が表示されるようになっています」

「へぇ、それは便利だな」

「そして地図上に光るカラフルな点は私達の現在位置を示していて、それぞれ眼鏡の色に対応しています」

 

 トルセンド広場から見てちょうど西のマグナス通りの中間辺りに七つの点がある。

 

「分かっていた事だけど本当にお店が多いな。菓子店に絞っても100店以上もあるぜ」

「この辺りは海産品のお店が多いのね。もっと西に行くと海があって……えっ、マグラス海底都市直通の潜水艇乗り場なんてあるの?」

「海底都市とはまた興味を惹く響きだね」

「人魚とか住んでるのかしら?」

「咲夜って意外とロマンチストなのね」

「お宝とか眠ってそうだぜ」

「アハハ、残念ですがただの観光都市なのでそういった類のものはありませんよ」

「ちぇっ、夢がないな」

「へぇ、マセイトの北側には図書館があるのか」

「地理感覚はつかめたけど、これってずっと表示されるの?」

「地図を閉じたい時は眼鏡の右ジョイント部分を軽くつまんでください。開くときも同じです」

「あ、消えたわ」

 

 霊夢に習って私も触ってみると元の町並みに戻り、少しホッとした。地図は全然良いんだけど視界を塞がれるのはストレスを感じる。

 それから私達はトルセンド広場へ引き返した後時計回りに歩いていき、広場の北側、マセイト通りの反対側へとやってきた。

 

「この先がファブロ通りです」

「……え?」

 

 アンナを除いた一同が皆唖然としながら立ち止まった。

 何故ならファブロ通りへと至る道路の入り口の高層ビルとビルの間に結界のようなものが張られ、その結界もすりガラスのように曇っていて中の様子が全く伺えないからだ。

 広場を行き交う人々も結界などまるで最初から存在しないかのように振舞っていて、その事がますますこの異様な光景を際立たせている。

 

「ちょっと待って、何よあれ?」

「ただの行き止まりで、道なんてどこにもないじゃん」

「でも地図上ではこの先にファブロ通りがあるらしいよ?」

「地図が間違ってるんじゃないのか?」

「違いますよ。あのバリアは景色の境界と呼ばれてまして、簡潔に説明するとここから先の世界が大きく変化する目印のようなものです。普通に通り抜けられますし、特に害はありません」

「へぇ、中々面白そうじゃないか」

 

 アンナの説明にマリサは目の色を変え、不敵な笑みを浮かべた。

 

「随分と楽しそうね?」

「当たり前だ。魔法使いってのは好奇心の塊なんだぜ!」咲夜にそう答えたマリサは「私が一番乗りだ!」と叫びながら駆け出して行った。

「マリサ!?」

「……一人で行っちゃったよ」

「ふふ、元気が有り余ってますね。あたし達も行きましょうか」

「だな」

 

 マリサに感化された訳じゃないが、まだ見ぬ世界に多少の好奇心を抱きつつ景色の境界を抜けていった。




時間が足りなかったので5月8日に後編を投稿します


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第199話 ファブロ通り(後編)

「わあっ!」

「これは……!」

 

 私の予想を上回る光景に思わず息を漏らした。

 空を塞ぐかのように建ち並ぶ高層ビルは影も形もなく、変わりに緑豊かで色とりどりの花が咲き乱れる庭園がどこまでも広がっていて、頬を撫でるような風に乗って花の香りが鼻孔をくすぐった。

 鉄の道路は赤煉瓦に変わり、庭園を突っ切るように真っ直ぐ続くその先には、古めかしい建物が幾つか建っているのが見て取れる。

 

「綺麗な場所ねぇ」

「宇宙飛行機から眺めた時はこんな緑は無かったのに……!」

「ここはマグラス海を南に渡った先のサンドレア大陸にある、コレノアドス国立公園を宇宙ネットワーク上に再現した場所です」

「へぇ、そんなことも出来るのか」

「この星にも自然が多い場所がちゃんとあるのね」

「アプト星は大陸ごとに特色がありまして、この首都ゴルンがあるエンガレミル大陸は人々が経済活動をするための大陸なので自然が少ないんですよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 美観に感心しているとにとりが「ねえ、後ろも凄いことになってるよ!」と指を差したので振り向けば、なだらかな緑の丘が地平線の果てまで繰り返される光景が続いていて、私が立っている煉瓦の道路はおよそ五歩先で不自然に途切れていた。

 

「あら、街が消えてるわね」

「え、どうなってるの?」

「ワープしたのか?」

「自然豊かな風景とメトロポリスは景観が悪いので消えちゃうんです。けれど瞬間移動した訳ではなくあくまで景色を上書きしているだけなので、この道路を引き返せばトルセンド広場に戻れますよ」

「景色の上書きって……仮想世界は本当に何でもありなんだなぁ」

「お~い!」

 

 と、その時、私達を呼ぶ馴染み深い声が頭上から響く。

 

「あ、マリサだ」

 

 見上げてみれば竹箒に乗ったマリサが空中に浮かんだままこちらに手を振っている姿があった。

 私達にとってはなんてことのないいつもの光景だったが、アンナは仰天した様子でこう呼びかけた。

 

「ええっ! マ、マリサさんが空を飛んでる? ど、どうなってるんですか!?」

「どうって、探索してたら飛ぶのにちょうど良さそうな箒が落ちてたんでな。それで試してみたら普通に飛べたぜ?」

「そ、そんな簡単に……!」

「そんなことよりここ滅茶苦茶広いぞ! さっき東に行ったら紅魔館より広い花畑があったぜ」

「わぁ素敵ね! マリサ、案内してよ」

「いいぜ。こっちだ」

 

 そう言うとマリサに続いて霊夢もふわりと浮かびあがり、二人はそのまま東の空へと飛んで行った。

 

「はぁ~凄いですね。まさか机上の空論を現実のものにするなんて。翼も機械の力も使わずに人間が飛ぼうと思っても飛べるものじゃありませんよ」

「幻想郷じゃ大抵の人妖が飛べるからな。晴れた日に空を見上げれば誰かしら飛んでるぜ」

「そうなんですか! なんだか楽しそうですね」

「なんなら私の背中に乗って飛んでみるか?」

 

 何気なく発したこの言葉にアンナは「いいんですか!? ぜひお願いします!」と食いついて来たので、私は彼女に背を向けてしゃがみ込む。

「失礼しますね」と彼女が背中に身体を預けた所で、その細い足を支えるように手を後ろに回す。思っていたよりも軽いな。

 ふと隣に目をやれば、咲夜が微笑ましそうに私を見下ろしていたが、最早何も言うまい。

 

「じゃあ飛ぶぜ? 準備はいいか?」

 

 問いかけると彼女の細い腕が私の両肩から胸元へと伸びて輪を作り、優しく身体を掴んだ。

 

「は、はいっ! バッチリです!」

「そんな硬くならなくていいぜ、もっとリラックスリラックス」

「はい!」

「行くぜっ!」

 

 立ち上がりながら空を飛ぶ時の感覚に切り替えると、背負う体勢のまま地面から足がゆっくりと離れて行き、それに伴ってにとり、妹紅、咲夜も後からついてくる。

 そして5mくらいの高さまで上昇した所で一旦ストップし、アンナを伺うことにした。

 

「大丈夫か?」

「わ、わ、本当に浮いてる! マリー! 私、飛んでますよ!」

「はは、そうだな」

 

 背中で子供のようにはしゃいでいるアンナに、私は思いがけず苦笑してしまう。仕事柄宇宙を股に掛けている彼女ならこんな体験有り余るほどしてそうなのに。

 

「クスクス、良かったわねアンナ」

「はい! もう最高ですよ!」

「アンナを見てると初めて空を飛べた時の事を思い出すなあ。最初は全然飛べずに苦労したっけ」

「初めの頃は妖力の扱いに慣れなくてさ、飛べたと思ったら途中で落っこちて怪我したこともあって、空が怖くなったりもしたな」

「妹紅も? アハハ、私も同じ失敗をしてたよ」

「そうして失敗を乗り越えてやっと空を自由に飛び回った時、見るもの全てが新鮮に感じて今までの日常がガラっと変わったな」

「そうそう。それだけ特別なんだよね」

 

 恐らく私が生まれる前の時代の事であろうにとりと妹紅の昔話に感化され、私も初めて空を飛んだ時の事を思い出す。そもそも飛ぼうと思ったきっかけは霊夢だったなぁ。あの頃は――

 

「思い出話はそれくらいにして、これからどうするのかしら?」

 

 回想に耽りそうになった私を呼び戻す咲夜の声。

 

「とりあえず霊夢達と合流しようぜ」

「そうね」

 

 アンナへの配慮の為速度を落として東の空へと飛行していった。

 

 



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第200話 コレノアドス国立公園

 コレノアドス国立公園の東側は目立つ建物は一切なく、澄み切った広大な青空の下、花香る緑豊かな庭園がどこまでも続いていた。

 

「良い眺めだなぁ」

「目の保養になるね」

「これだけ広いと管理するのも大変そうだわ」

「そういえば紅魔館にも立派な庭があるんだよな。あの管理も咲夜がしてたのか?」

「いいえ、全部美鈴一人で管理してたから私の手が入る余地は無かったわ」

「それは知らなかったな。彼女いつも門の前でぼんやりしてるイメージあるけど実は庭師の才能があるんじゃないか?」

「美鈴の才能は私も認めるけど、役職についてはお嬢様が決めた事だからノーコメントよ」

「というか、ぼんやりしてることは否定しないんだね」

 

 並行して飛んでいるにとり、妹紅、咲夜の雑談が私の耳に入る。

 

「アンナ、飛び心地はどうだ?」

「風が気持ちいいですね♪ いつもこんな感覚で空を飛んでいるなんて羨ましい限りです」

 

 背中のアンナは今にも鼻歌を口ずさみそうなくらいご機嫌で、かくいう私も普段より晴れやかな気持ちで空を飛んでいる。景観の美しさもそうだが超高層ビルが建ち並ぶ町は息が詰まってしょうがない。

 

「そうだ。アンナ、ちょっと質問してもいい?」

「はい、なんでしょうか?」

「今私達は道から外れてる所を飛んでる訳じゃない? けど現実だとこの辺りには高層ビルが連なっていたはずだよね。すると私達はどんな原理でここを飛んでいるんだ?」

 

 妹紅の疑問は最もな事のように思えた。シャロンの萬屋は元々あった高層ビルの一室に仮想世界を反映したと考えれば筋は通るけど、今の状況はどうしても説明がつかないし。

 

「それはですね、皆さんの眼鏡を通して体表面にCRF(次元変換装置)を働かせることであたし達の座標を宇宙ネットワーク上に転換しているんです。それによって現実世界のオブジェクトを無視しています」

「それって私達が仮想世界の人間になったってこと?」

「いいえ、皆さんの肉体はそのままで自分の周りの世界が変化しただけです」

「分かったような、分からないような……。まあ要は眼鏡をはずさなければいいんだな?」

「はい、そんな解釈でいいですよ」

「ちなみに外したらどうなるの?」

「今の座標ではネンコレビルの3階フロアに飛び出すか、位置が悪ければ壁の中に埋まっちゃいますね」

「怖っ!」

「まあそうなるわよね」

「咲夜は良く落ち着いてられるな。私はなんだか急に不安になってきたよ」

「現実世界と仮想世界の座標が一致しない場合この眼鏡は外せないようになってますし、最悪の事態が起こる前に安全装置が働いて所定の位置へ転移するようプログラムされているので安心してください」

「所定の位置って?」

「コレノアドス国立公園の場合、ファブロ通り入り口の景色の境界前です」

 

 その言葉を聞いた妹紅が眼鏡のつるを動かそうとしたが、少し触った後に「……あ、本当だ。顔にピッタリ張り付いてて取れないや」と独りごちた。

 

 

 

 それから五分ほど飛び続けていると、ファブロ通りから繋がっている遊歩道の終点へと辿り着いた。

 

「うわ~綺麗! なにここ!」

「皆さん、ここがコレノアドス国立公園の人気スポット、コレノアドス庭園広場ですよ♪」

 

 そこは百花繚乱という言葉がぴったり当てはまる花の香りに包まれた美しい広場で、四方に広がる花壇に咲く七色の花々はそれぞれ色分けされて一つの模様のようになっており、風に吹かれて散った花弁が花吹雪として舞い上がり幻想的な光景を創り出していた。

 東奥には赤、黄色、橙、紫等カラフルな木々が規則正しく生えるエリアがあり、ここからでは全容が掴み切れないがあそこも庭園の一部なのだろう。

 北側には迷路のように入り組んだ生け垣があり、中心の天使が象られた噴水からは澄んだ水が勢いよく噴出されて霧となり、青空に虹が出来ていた。まるで童話の世界みたい。

 そうして観察している間に先行した二人の姿を発見した。ここがマリサの言っていた場所なんだな。

 

「これは凄い、心が洗われるような美しさだ」 

「世界にはこんな場所があるんだな……!」

「本当に素晴らしい庭だわ」

「この庭園広場には世界中の花々が集められてまして、観光地としても大人気なんですよ~」

「あれ、でもその割には人が見当たらなくない?」

「宇宙ネットワークには設定したユーザー以外の他のユーザーの表示を消す機能がありまして、ファブロ通りに入る際にこの機能を有効にしました。ちなみにこれをOFFにすると……」

 

 直後、コレノアドス庭園広場と遊歩道に溢れんばかりの人々が重なり合うように出現し、喧騒が響く。仮想世界だからなんとかなってるが、この混雑具合は現実ならすし詰め状態で身動きが取れないだろう。

 

「凄い人だかりだ……!」

「マセイトのような繁華街では大勢の人で賑わっていた方が活気があって良いのですけど、こういった癒しスポットは人が少ない方が落ち着いて楽しめますから」

「確かにそうだな」

 

 活気に満ちた場所は好きだがそれは時と状況を考える必要がある。こんなに人がいたら風情もへったくれもないだろう。

 

「それじゃ表示を消しますね」

 

 そうして仮想世界の人々が再び見えなくなって静かになった後、黄色の花が咲く花壇の前で観賞している霊夢とマリサの元に降りた。

 その時アンナも地上に降ろしたけど、彼女は「ありがとうマリー」と何故か少し名残惜しそうに離れた。

 

「お~やっと来たか」

「さっき沢山の人が現れたかと思ったらすぐ消えちゃったんだけど、なんだったの?」

「私達以外のここを訪れている観光客らしいぜ。今は花を楽しむのに邪魔だから消えてるんだ」

「へぇ~そんなこともできるのね」

 

 それから私達は庭園内を散策していった。

 花壇にはひらひらと蝶が舞い、ご丁寧にも花一輪ごとに学名、科名、属名、群生地、発見者、開花時期等の事細かな情報が空間に浮かぶ〝枠″に表示されており、この点に関しては仮想世界の大きな利点だと私は思う。

 中には名前こそまるで違うが、向日葵やチューリップといった幻想郷でも見かける品種にそっくりな花もあり、こんな所に現代との繋がりを感じた。

 

「いい香りだわ」

「綺麗ねぇ。こんな花畑に囲まれて暮らしてみたいわ」

「この花可愛い。名前はアノマ?」

「へぇ~触ると花弁の色が赤色に変わるのね。ユニークだわ」

「もしここに幽香がいたら喜びそうだな」

「彼女は花に目がないからねぇ」

 

 花壇の前で花を指差しながら雑談する咲夜達の話声が聞こえているが、私は会話に加わらず一歩離れた位置から花壇を見据えていた。

 

「……」

 

 花は綺麗だし奥に見える野山も絶景だが、これらも全てそこにないものだと思うと少し悲しい気もする。

 フィルターを通さなければ感じることもできないこの光景に果たして価値はあるのだろうか? ――いや、陸海空のみならず五感すらも遜色なく再現出来てしまうこの世界と現実世界の違いは何だ? 命とはなんだ? 私達妖怪とは――

 

「どうしたの魔理沙? 思い詰めた顔しちゃって」

 

 気づけば私の隣にいつの間にか移動した霊夢が顔を覗き込んでいた。

 

「ちょっと考え事をな。大したことじゃないから気にしないでくれ」

「そう?」

 

 霊夢は不思議そうにしながらも、花の観賞に戻って行った。

 

(ふっ――感傷的になりすぎだな)

 

 きっと慣れない事続きで知らず知らずのうちにストレスを感じていたのだろう。たとえ偽物の世界であってもこうして皆と過ごす時間は本物なんだ。今はそれでいいじゃないか。

 

「……あら? 良く見たらここに咲く花々には値段がついてるのね。もしかして商品なの?」

「商品という訳ではないのですが、仮想世界ではデータの複製が簡単なので気に入った花があれば購入できる仕組みになってるんですよ。霊夢さん」

「そうなんだ。私も一輪買っていこうかしら」

「へぇ、花より団子の霊夢が珍しいな」

「失礼ね。私にだって人並みには花を慈しむ心はあるわよ。――じゃあ一輪貰おうかしらね」

 

 そう言って赤色の花に手を伸ばす霊夢を私は慌てて止めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ霊夢。持ち帰るのは困る」

「え、どうして?」

「ここの花々は外来種だ。うっかり繁殖でもしたら未来の生態系や環境にどんな影響があるか分からん。幻想郷の為にもここは我慢してくれないか」

 

 私が絶滅したセイレンカを過去から持ち帰る事に賛成したのは、元々地球に群生していた品種で、尚且つ月の都という鎖国された土地故だったからだ。霊夢の管理能力を疑っている訳じゃないのだが、万一の場合を考えると余計なリスクを負いたくない。

 そのことを説明すると「むぅ、魔理沙がそこまで言うのならしょうがないわね。観賞するだけに留めておくわ」と、伸ばした腕を引っ込めた。

 

「ああ、助かるよ」

「こういうのをなんていうんだっけ、高嶺の花?」

「いや、全然意味違うから」

「ねえあっちに大きな花が咲いてるよ!」

 

 少し先行していたにとりに従って奥の階段を登っていくと、木の柵と透明なバリアフィールドに囲まれたコンパクトな花壇があり、そこには一輪の花が咲いていた。

 茎の長さは咲夜よりも頭一つ分高く、ハートの形をした葉っぱを生やし、頂点には直径1mの大きな花が一輪だけ咲いており、中心は白く周囲に橙色の花弁がくっついて重なり合うように花冠を作っている。陽の光をめいっぱい浴びようとするその様に、私は生命の力強さを感じた。

 

「デカいな!」

「それに自然の力を感じる」

「マリーゴールドや菊と色の系統は似てるけど花弁の形が違うわね」

「名前は『ホアイトロエ』?」

「アプト語で太陽の花という意味です。この花は太陽エネルギーを蓄積する習性がありまして、満開のホアイトロエを一輪植えるだけで陽の光が届かない土地でも充分に植物が育つことからそう呼ばれているんです」

「へぇ~凄いわね」

「農業に携わってる人なら喉から手が出る程欲しがりそうね」

「ねえ、せっかくだしこの花をバックに記念撮影しない?」

「いいわねそれ!」

「決まり! じゃあ私がカメラのセッティングするね」

 

 にとりはリュックサックからデジタルカメラと三脚を取り出し、手際よくセッティングしていく。

 

「どこに立とうかな」

「花の全体が見えるように真ん中を少し開けて並んだ方が良いわね」

「私はどうせなら目立つ場所がいいぜ!」

「私は列の端でいいわ」

「にとりは希望あるか?」

「位置の調整があるし、一番端っこでいいよ」

「あたしはどうすれば……」

「私の隣に来なよ」

「ありがとうございますマリー」

「私は空いたところに適当に入ればいいか」

 

 ガヤガヤと話し合いながら立ち位置を決めた所で、セッティングが終わったにとりがファインダーを覗きながら指図を飛ばしていく。

 

「ポニーテールの魔理沙と霊夢はもうちょっと左に寄って――帽子被ってる方のマリサもちょい真ん中に行って~そうそう、そんな感じ。妹紅ポーズが硬いよ~。……いいね! それじゃ20秒後にタイマーセットするよ~」

「了解!」

 

 ポチポチと操作した後にとりはカメラから素早く離れて列に加わり、私も予め考えていたポーズを取る。宣言通り十秒後にフラッシュが焚かれた。

 

「ちょっと確認してくるね」

 

 にとりはカメラの方へ歩いていった。

 

「ヤバイ、目を瞑っちゃったかも」

「もっとネタに走った方が良かったかなー」

「どう? 撮れてる?」

 

 霊夢がカメラを覗き込むにとりに聞くと、にとりはファインダーを見せながら「うん、バッチリ! ほらこのとおり、一発で綺麗に撮れたよ。今印刷しちゃうね」と答え、置いたリュックから小型プリンターと電気コードを取り出して接続した。あのリュックどんだけ荷物入ってるんだ?

 

「印刷終わり! はい、どうぞ」

「おう、サンキュー」

「私にも早く見せてくれ」

「そんな急かさなくてもちゃんと人数分あるってば」

 

 にとりが一人一人に配っていった写真は少し高い位置から見下ろした構図で、陽の光が降り注ぐ青い空と花壇に堂々と咲くホアイトロエを背景にした私達が写っていた。

 左から順ににとりは爽やかな笑顔で控えめにピース、妹紅は優しい顔で自然体なポーズ、マリサは勝気な笑みで両手でピースサインを作り、霊夢は美味しい物を食べてる時のような笑顔、私は白い歯を見せながらカメラ目線でサムズアップ、アンナは自分の手を絡めながら少し恥ずかしそうに微笑み、そして一番右端の咲夜は姿勢よく佇みながら僅かに頬を緩めている。

 十人十色の笑顔をたたえた素敵な一枚に仕上がっていた。

 

「うむ、我ながら良いポーズだな」

「天狗顔負けの素晴らしい写真ね」

「あはは、被写体が良かっただけだよ」

「写真に撮られたのなんて何年ぶりかしら」

「貴重な思い出になったわ」

「にとりさんありがとうございます! 大事にしますね!」

 

 出来立てホヤホヤの写真に、皆満足そうにしていた。



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第201話 それぞれの時間

投稿が遅れてすみませんでした。


 それから満足いくまで庭園を散策した私達は、ファブロ通りまで引き返し、今度は奥に建っている古めかしい建物へと足を運ぶ。遠くからでは曖昧にしか分からなかったけど、近づいたことでその全容が見えて来た。

 向かって左から順に、金色に光輝くシンメトリーの宮殿、厳つい彫刻や荘厳な装飾が施されたバロック様式に似た宮殿、カラフルな三つの直方体の枠が宙に浮かび、それらが知恵の輪のように引っかけられた謎の建物が並んでいた。アンナ曰くそれぞれ劇場、美術館、図書館に該当する建物らしく、この星の伝統・文化・風習を再現していて地球の文化にも幾つか類似点があるのが非常に興味深い。

 マリサの強い希望もあって図書館へ入室する。

 西暦300X年の外の世界の図書館は、本棚が空っぽだったとはいえ昔ながらの内観を守っていた。しかしここはどうだ。ただっ広い真っ白な部屋の中心に巨大な天球儀が置かれているのみで、空白に腰かけて本を開く利用者がぽつぽつと居るだけ。良く言えばシンプル、悪く言えば中身のない状態だ。

 好奇心からマリサが天球儀を弄ると真っ白で何もない部屋が形を変え、規則正しく配列された本棚が一瞬で出現した。その数は計り知れない。

 

「ほほ~こんな仕組みになっていたのか」

 

 マリサは本棚から『錬金術の歴史』と題した一冊の本を手に取り、広い所に腰かけて読書をはじめた。空気椅子かと思ったが、よくよく調べてみると膝くらいの高さに柔らかいクッションが置かれているようだ。

 

「ねえ別の場所に行きましょう? 折角旅行に来たのに読書なんてつまらないわ」

「私はしばらく残る。お前らは気にせず別の所に行っててもいいぜ」

「もう、勝手なんだから」

「それなら一度自由行動にしましょうか。皆さんも本当は行きたい場所、興味あるお店があったんじゃないですか?」

「私は電気街を見に行きたいなあ」

「私もちょっと色々と見て回りたい」

「決まりですね。今の時間が宇宙暦で31時10分なので、宇宙暦の36時――西暦では18時ですね――にマセイト通り側のトルセンド塔前へ集合にしましょう」

「ん、了解」

「それとですね、こんな感じに左側のこめかみに人差し指と中指を当てることで音声通信ができます。もし何かあれば連絡してください」

「オーケー」

「じゃあまた後でな」

 

 そうして妹紅とにとりが図書館を後にし、向こうで我関せずと読書に集中しているマリサを除いて、私、霊夢、咲夜、アンナの四人になった。

 

 

 

 図書館を離れた私達は、アンナの薦めもあって行きつけのブティックへと向かうことにした。

 店名は『ノースキー』。トルセンド広場からマグラス通りに入ってすぐのジェストビル1階に店を構えており、紅魔館並みに広く、女性客で賑わう店内には夏物中心に洋服が並び、奥にはキュートな下着やアクセサリーも販売されていた。

 雰囲気から察するにレディースファッションを扱う店だと思うけど、中世の騎士が着ていそうなヨーロッパ風の鎧や、犬の顔が不気味なまでに忠実に再現された被り物など首を傾げるような商品も陳列されていた。この星ではこれが普通なのだろうか?

 

「大きな店ねえ」

「これだけ広いと一通り見て回るだけでも日が暮れてしまいそうだわ」

「なあアンナ、この星には季節はあるのか?」

「ありますけど、ゴルンは一年中温暖な気候になるよう調整されているので季節なんてあってないようなものです」

「季節がない?」

「それでも元々の月によって時節が定められているのではなくて?」

「暦の上では夏って事になってます。ですけど種族ごとに寒暖の感じ方が異なりますので、夏を意識したコーディネートじゃなくてもいいんです」

「どうりで街の人は季節感のない恰好をしてるわけだわ」

 

 街では敢えて触れなかったが、少し暑いくらいの気温なのに厚手のコートに身を包む亜人をチラホラと見かけていた。

 

「あまり深く考えず、心の赴くままに選びましょう」

「それもそうだな」

 

 それから私達は売り場を回りながら洋服を見て行く。

 

「タイムトラベル前の時間が秋だったし、後で冬物も見てこようかな」

「私のサイズあるかしらね」

「咲夜は背が高いもんなあ」

「棚のスイッチを押せば、子供服から巨人サイズまで好きな大きさに切り替わりますよ」

「これね」

 

 咲夜が棚の中のスイッチを押すと、一瞬映像が乱れた後、吊り下げられていた洋服が一回り大きいサイズに変化した。

 

「へぇこうなるのね」

 

 咲夜が感心している中、隣ではブラウスを手に取った霊夢が誰にともなく言った。

 

「この服可愛いわね。試着してみようかしら」

「霊夢、こっちのスカートと組み合わせたらどう?」

「あら良いじゃない! ちょっと着替えてくるわ」

 

 試着室へと駆け出していった霊夢の背中に「眼鏡は絶対に取らないように気をつけてくださいね!」とアンナは呼びかけた。

 

「魔理沙はこのワンピースなんかどうかしら?」

「え? べ、別に私はいいよ」

「もう、そんな事言わないの。貴女もせっかくだからお洒落を楽しみなさい」

「分かったよ。そのかわり咲夜のコーディネートは私が決めてやるぜ!」

「ふふ、楽しみにしているわ」

 

 試着室の前で待っていると、「それじゃ開けるわよ~」と霊夢の声が届く。間もなくカーテンが開き、着替え終わった霊夢の姿がお目見えした。

 トップスは、淡い桜色で花のアクセントがあしらわれたボートネックのフレアスリーブブラウス、ボトムスは白いラインが入ったフレアスカートを履いていて、夏らしく涼し気な格好だった。

 

「どう?」

「わ~っ! 霊夢さん可愛いですよ!」

「ああ、綺麗だぜ」

「うふふ、良く似合っているわよ」

「あ、ありがとう」

 

 霊夢は気恥ずかしそうに頬を染めつつ試着室を出た。

 

「さあ次は咲夜の番だぜ。今見繕ってくるから待ってろよ!」

「いってらっしゃい」

 

 私は店内を早足で回りつつじっくりと吟味し、これだと思うものを腕にかけて咲夜の元へと帰る。

 

「終わったぜ。ほら」

「本当に用意して来たのね。では私も着替えてくるわ」

 

 洋服を咲夜に渡し、彼女も試着室へと入って行った。

 

「割と時間が掛かってたみたいだけど、一体どんな服を持って来たのよ?」

「それは見てのお楽しみだぜ」

 

 それからカーテンが開き、衣替えした咲夜のお披露目となった。

 トップスは白い生地のクルーネックカットソーに、アウターは空色で薄手のロング丈カーディガン、ボトムにはネイビーブルーのティアードスカートを履き、腰からぶら下げた銀の懐中時計がよく目立つ。

 普段のメイド服程の華やかさはないが、個人的に咲夜は可愛い系よりも綺麗系の方が似合うと思ったので落ち着いたコーディネートにしたのだ。

 

「おぉ~シンプルですがクールな印象を受けますね。素敵ですよ咲夜さん!」

「いいじゃない、まさに大人の女性って感じ。服装一つでここまで印象が違うのねぇ」

「うんうん、我ながらいい感じだ」

「まあ魔理沙のセンスも悪くはないわね」

 

 咲夜は少し気取った表情で試着室を後にした。

 

「次は魔理沙よ」

「待って、どうせなら私も魔理沙のお洋服を選びたいわ」

「私も選びたいです!」 

「いいわ。皆一緒に行きましょう」

 

 私を置いて三人で行ってしまい、一人残っても暇だったのでこっそり後をつける。ワンピース売り場の前に立ち止まり、服を選ぶ彼女達からこんな会話が聞こえて来た。

 

「魔理沙の場合寒色系でも暖色系でもなく、無彩色が似合うと思うのよ」

「確かに活発な印象あるし、こっちのズボンはどうかしら」

「駄目よ、それは味気無さすぎるわ。魔理沙はやっぱりスカートが似合うと思うの」

「それならこれなんてどうかしら?」

「う~んもうちょっと控え目な色がいいんじゃない」

「こちらの服はどうでしょうか?」

 

(これ以上はやめとくか)

 

 どんな衣装になるかは後の楽しみにとっておこう。私はその場から離れて試着室の前で待つことにした。

 

 

 

 あれから15分、だんだん待つのにも飽きて来た頃霊夢達がようやく戻って来た。

 

「遅いぞ~」

「お待たせお待たせ。はいどうぞ」

 

 霊夢から折り畳まれた洋服を受け取って試着室の中へと入る。出入口以外は壁で囲われた一畳程のスペースには鏡が貼り付けられていた。

 眼鏡が外れないように気を付けながら手早く脱いでいき、下着姿になった所で霊夢達が選んだ洋服を広げて確認する。

 

(ふむ……なるほどなるほど)

 

 コーディネートの意図を掴んだ所で、私は手際よく着替えていき、全体のバランスを軽く整えてから鏡を見た。

 トップスは白のフリルネックのブラウス、そしてボトムは黒の生地に花の刺繡がされたジャンパースカート。色調が普段着と同じでいい感じだと思うけど、捻くれた見方をすれば子供っぽい。

 はてさて霊夢達はどんな反応を示すだろうか。

 

「着替え終わったぜ! 開けるぞ~」

 

 心の中で僅かな期待を抱きつつカーテンを開いた。

 

「どうだ!」

「わぁっ! マリーお人形さんみたい!」

「白黒の魔女から白黒の少女になったわね」

「魔理沙可愛いわ」

「お、おう」

 

 面と向かって褒められると照れ臭いけど悪い気はしない。この服は購入決定だな。

 

「次は私が咲夜のコーディネートを決めたいわ」

「え、霊夢も? いいけど」

「決まりね」 

 

 それから私達はこんなやり取りをしつつ、適当な洋服や下着を見繕っては試着したり体型のラインに合わせながら買い物を楽しみ、最終的には気に入った商品を幾つか購入して店を出た。両手が塞がるくらいの買い物になったけど、CRF(次元変換装置)を利用して買った荷物はにとりの宇宙船へと転送されたので楽ちん楽ちん。

 ちなみに今の私達は一番最初に試着した洋服に着替えている。折角選んでもらったのに着なきゃ損だしな。

 通り沿いの出店で買ったアイスクリームに舌鼓を打ちつつ店を冷かして回っていると、咲夜がとある雑貨屋の前で足を止めた。

 

「どうした?」

「この店を見て行きたいの。いいかしら」

「別に構わないぜ」

 

 咲夜の後に続き、雑貨屋『ノースト』へと入って行った。

 

「わぁっ!」

「おぉ」

 

 暖色系で統一された温かみ溢れる内装の店内には、それに合わせるように花や石鹸の香りがするアロマや猫をあしらった小物、花や魚模様のガラスの食器やリボンの付いた帽子、コスメグッズ等品揃えがポップでキュートな物ばかりで、眺めているだけでも癒され自然と心が弾んでいく。

 

「まさかマグラス通りにこんなお店があったなんて!」

「うふふ、愛らしい物ばかりで目移りしちゃうわ」

「ああ、このクッションも可愛い!」

 

 霊夢とアンナは目を輝かせながらウインドウショッピングに夢中になっている。

 

(~♪)

 

 かくいう私も可愛い物に囲まれるのはとても楽しくて、自ずと顔が綻んでいく。心の中で鼻歌を口ずさみつつショッピングを楽しんでいると、陶器の食器が並ぶ棚の前で銀のナイフを持ったまま考え込む咲夜の姿が目に留まった。

 

「よう、何を見てるんだ?」

「ちょうど良かった。魔理沙、貴女にお願いがあるわ」

「?」

「これから紅魔館の皆にお土産を購入しようと思っているのだけれど、私は〝私″が居る時間に行くわけにはいかないのよ」

「読めたぜ。つまり咲夜に代わって私にお土産を届けて欲しいと」

「話が早くて助かるわ」

「全然構わないぜ。さしづめそのナイフは咲夜じゃない咲夜への餞別か?」

「いいえ、お嬢様へのプレゼント候補の一つよ。時間は限られているもの、自分のことを考えている余裕はないわ」

「ははっ、どんな歴史の『十六夜咲夜』もレミリア第一なんだな」

 

 なんとも彼女らしい答えだ。

 咲夜は真剣に品定めしていて、何だか会話が続けにくい雰囲気なので退散しようとしたが、それを見計らったかのようなタイミングで彼女はこんな事を言い出した。

 

「魔理沙、私は貴女に感謝してるわ」

「な、何だよ急に」

「貴女がいなければ今の私はここに居ないわ。寂寞(せきばく)した世界で、多少の羨望を抱きながら歴史の観測をしていたことでしょうね」

「私はあくまで自分の為に行動しただけだし、むしろ咲夜に色々助けてもらっている私の方が感謝したいくらいだぜ」

 

 時間の仕組みや歴史改変の許可、歴史の分岐点の示唆……私のタイムトラベルは彼女に支えられていると言っても過言ではない。

 

「さっきから変だぜ? お前らしくもない」

「……かもね」

 

 軽快な店内BGMとは裏腹に一瞬の沈黙が流れ、咲夜の表情に陰りが見える。

 

『この時間には異なる歴史の〝私″もいないし、西暦300X年の魔理沙によって選択を変えた現在の魔理沙が居ることで私が干渉できる因果も生み出されている。今の状況はうってつけなのよ』

 

 時間が停まった世界で私達の前に現れた咲夜はそう言っていた。今の彼女は時間に束縛されることなく、自由意志を持って活動できる状態にある。そのことが逆に彼女に異変を及ぼしている――なんてのは考え過ぎだろうか。

 

「ねえ魔理沙」覚悟を決めたような表情で重い口を開いた咲夜。「元の時間に帰ったら本当にタイムトラベルを捨てるつもりなの?」

「……! どういう意味だ?」

「時の回廊の〝私″と分離する前に、私は貴女が辿る未来の軌跡を見たけど、その中にはタイムトラベルを続ける可能性も存在したわ」

「そんなの有り得ないぜ。私は未来の〝私″と約束したんだ」

 

 そうじゃなければ彼女の行動が無駄になってしまう。覚悟を踏みにじるような真似はできない。

 

「第一私にはもう、これ以上タイムトラベルする理由はないぜ」

「どうかしらね。状況証拠から鑑みると、貴女はまだ気づいてないだけで心の奥底に迷いがあるわ」

「!」

「それが貴女の判断を曇らせる一因になって、新たな歴史改変へと繋がることになるわ」

 

 咲夜は普段と変わらず穏やかに喋っているけれど、私にはその言葉が重くのしかかる。

 

「……お前がわざわざ忠告してくるなんて、これから何かとんでもないことでも起きるのか?」 

「それは答えられないわ」

「なんだよそれ。不安を煽るようなことを言っちゃってさ」

 

 咲夜が合流してきた時の事といい、謎かけのような言葉が多すぎる。むしろ彼女が私の心を惑わしてるんじゃないかとさえ思えてしまう。

 

「貴女の選択に直接影響を与えない範囲に絞ると、どうしても肝心な部分は伝えられないのよ」

「はいはい、分かってるよ。ちょっと愚痴ってみただけだ」

「ごめんなさいね」

 

 いずれ全てが分かる時が来る。そうしたらまた考えればいいだろう。

 

「魔理沙、咲夜~。ちょっとこっち来て意見聞かせてくれないー?」 

「霊夢が呼んでるみたいね」

「今行くぜ~」

 

 私と咲夜は霊夢の元へと歩き出して行った。




ここまでお読みいただきありがとうございました。


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第202話 それぞれの時間② 妹紅編

 陳列棚の間を抜けて声のした方へ進むと、霊夢とアンナが私達を待っていた。

 

「ねえねえ、これアリスのお土産にぴったりだと思わない?」

 

 霊夢が指さした木製のラックには一体の人形がちょこんと座っていた。

 抱きかかえるにはちょうどいい大きさで、おかっぱ頭の赤い髪と瞳に白いリボンを結び、青色のエプロンドレスに黒のドールシューズを履いている。チャーミングな目がポイントだ。

 

「あら可愛い」

「へぇ、よく出来てるじゃないか」

「しかもこれね、人形の大きさから素材まで、好きなデザインにアレンジできるみたいなのよ」

 

 霊夢が人形の髪部分を触ると、黒から白まであらゆる色が網羅された色彩パレットが出現し、水色のパレットをタッチすると水色に、紫色をタッチするとその色へと変化した。

 

「おお、リアルタイムに変化するのか」

「面白いわね。どうせならアリスそっくりに作ってあげましょうよ」

「ナイスアイデアだぜ咲夜」

「早速やりましょう!」

 

 霊夢と咲夜が乗り気になって人形を弄りはじめ、私も参加しようとしたところでアンナが尋ねて来た。

 

「あの、『アリス』さんというのは?」

「昔からの友人だよ。私と同じ魔法使いで、人形遣いと呼ばれるくらいに人形の扱いに長けてるんだ」

「そうなんですか、手先が器用な方なんですねぇ」

 

 とその時、視界の片隅に『ゲストナンバー005 着信中』の文字が表示され、音もなくブルブルと震えている。

 

「あれ? ゲストナンバー5番から電話が来てるな」

「妹紅さんですね。マリー、早くこめかみに指を当てて」

「分かった」

 

 人形弄りに夢中になっている霊夢達からある程度離れた後、アンナの指示通りのポーズを取る。着信中の表記が通話中に変わり、妹紅の声が聞こえて来た。

 

『もしもし魔理沙か? 今少し話せるか?』

『ああ、大丈夫だぜ』

『実はな、折り入ってお願いがあるんだ』

 

 妹紅はいつになく真剣な声色だ。この切り出し方に既視感を覚えつつも、それを気取らせないように私は聞き返す。

 

『改まってどうした?』                                   

『私は今シャロンの萬屋でお土産を選んでいる最中なんだけどさ、どうしても渡したい女性(ひと)がいるんだ。もし決まったら協力してくれないか?』

『別に構わないけどさ、私でいいのか? 霊夢や咲夜の方がもっといいアドバイスをしてくれると思うぜ?』

『いいや、他でもない魔理沙じゃなきゃだめなんだ』

『ふぅん? で、一体どんな人なんだ? 私の知り合いか?』

『……』

 

 少しの間が生じた後、重い口から絞り出された言葉。

 

『……慧音だよ』

『!』

 

(確か妹紅の時代にはもう……)

 

 全てを察した私は。

 

『……分かった。渡す時刻は215X年10月1日でいいか?』

『充分だ。その言葉が聞けて良かったよ。ありがとう』

 

 それを皮切りに妹紅との電話は切れた。

 

(咲夜の件といい、考える事は同じか)

 

 ついさっき咲夜の語っていた言葉の意味がつかめて来たような気がする。タイムトラベルの重要性、そして歴史に干渉する事の意味……。

 それにしても妹紅は大丈夫だろうか。

 

(……少し様子を見てこようかな)

 

「霊夢、咲夜、アンナ、悪いが私は妹紅の所に行ってくる。三人でやっててくれ」

「え? うん。いってらっしゃい」

 

 私は霊夢に人形分の代金を渡して店を出た。

 

 

 

 地図に表示された銀色のマーカーを追って歩いていくうちに、シャロンの萬屋へ到着した。

 早速扉を開けて中に入り、相も変わらずガラガラの店内を練り歩いていると、文具コーナーの前で顎に手を当てて考え込む妹紅を発見した。脇には別の店名が記された紙袋が四袋置かれていて、恐らく観光土産なのだと思われる。

 

「よう、妹紅」

 

 肩をポンと叩きながら声を掛けると、一瞬驚いた表情を見せつつ此方に振り向いた。

 

「おぉ魔理沙か」妹紅は私を頭からつま先まで眺めた後「一瞬誰だか分からなかったよ。その恰好、良く似合ってるぜ」

「霊夢と咲夜とアンナが選んでくれたんだ」

「へぇ~中々見る目あるじゃないか」

 

 妹紅はキョロキョロと辺りを見まわし「あれ、魔理沙は一人なのか?」と訊ねる。

 

「少し抜けて来たんだ。あんな電話をされたら心配になるだろ?」

「そっか、余計な心配をかけてしまったな。別に慧音の事を引きずっている訳じゃないんだ。彼女の最期をこの手で看取ることもできたし、後悔はない。もう心の整理は付いている」

 

 彼女は少し申し訳なさそうにしながら、切々と語っていく。

 

「ただ私は、お供え物よりお土産の方が良い。――そう思っただけさ」

「妹紅……」

 

 彼女の真意を聞いた私は、より一層手助けしたい気持ちが深まっていた。

 

「私も手伝うよ。どんなプレゼントを探してるんだ?」

「色々と考えたんだけどさ、普段使うような実用的なものがいいかなと思って」

「なるほど、いいんじゃないか?」

「どれにしようかな……」

 

 妹紅はワゴンに陳列された文房具の説明文を読みながら一つ一つ吟味していく。私も探していると、ある商品に目が留まった。

 

「なあこいつなんかどうだ? 空ペンだって」

「なんだそれ?」

「空に直接文字を書けるんだってさ」

 

 試供品の空ペンを取ってノックボタンを押し続けると軸が光りだし、顔の高さで『ペン』となぞると5㎜サイズの文字が浮かび上がった。

 

「中々面白いけど、その手の電気製品は定期的なメンテナンスが必要だと相場は決まっているからな。その商品に何か書いてないか?」

「えっと……あ~なんか1日10分の充電と空間入力専用のインクが必要だって書いてあるな」

「じゃあ駄目だな。電気はともかく幻想郷にはそんなインクがないし使えなくなっちゃう」

「そっか。その辺りも考えないと駄目なんだな」

「ねえねえ、二人で何話してんの?」

 

 会話に割って入るようにシャロンが後ろから声をかけてきた。

 

「うわっ、いつの間に!」

「友達へのプレゼントを考えていたんだ」

「そういうことなら私が相談に乗るよっ!」

「それは助かる。お願いするよ」

「任せてっ! じゃあ早速だけど幾つか質問させてもらうね」

 

 それから妹紅はシャロンの巧みな商売トークに乗っかり、あれよあれよという間に候補が絞られていき、最終的には慧音の名前が刻まれた書筆セットと筆記帳の束を購入した。

 宇宙ネットワークと連動し、銀河中の気になる情報を自動で収集してくれるネットワーク家電や、喋った声を文字に変換して空中に投影する音声認識機能のついた電化製品等、科学技術の高さを感じさせる商品は沢山あったけど、幻想郷ではどれも無用の長物なのでこれがベストな選択だ。

 とはいえシャロンのセールスポイントによれば、毛筆は女性でも握りやすく、特殊な形状記憶繊維を使っている為お手入れ無しでも100年持ち、筆記帳は劣化しにくく湿気に強い合成紙で作られているので、派手さはないけど実用性が高い一品になっている。

 

「ありがとね~!」

 

 屈託のない笑みを浮かべながら手を振るシャロンに見送られ、私と妹紅は店を出た。

 

「いや~決まって良かったよ。慧音喜んでくれるといいなぁ」

 

 満足そうにシャロンの萬屋の紙袋を見下ろす妹紅。中の商品は贈答用にギフト包装がされている。

 

「次はどうするんだ?」

「そうだな。まだ集合の時間まで余裕があるし、輝夜にもお土産を買ってやるとするかな。じゃ、私はこれで」

 

 そういって別れようとする妹紅を「待ってくれ。まだ聞きたい事があるんだ」と呼び止める。

 

「どうした? 私に答えられることならなんでもいいぞ」

「300X年の私について教えてくれないか?」

 

 単刀直入に質問をぶつけると、妹紅は途端に困った顔になった。

 

「それは……悪いけど無理な相談だな」

「何故だ?」

「出発前にも話したけどさ、当の本人――今の魔理沙から見て850年後の魔理沙に固く口止めされてるんだ。『過去の〝私″に今を教えるな』ってね」

「じゃあせめてその魔理沙はタイムトラベルをしてるかどうか、それだけでも教えてくれないか?」

「なあ魔理沙、何故そんなに未来を知りたいんだ? 出発前は全く気にしていなかったじゃないか」

「……」

 

 咲夜から聞いた話をそのまま伝えてもいいのか迷いが生じ黙り込んでいると、妹紅はぽつぽつと語り始めた。

 

「……率直な話、魔理沙がタイムトラベルをしてるかどうかは分からない。仮にタイムトラベルしてたとしても、私に関する過去でもない限り歴史改変を関知できないしな」

「そうか」

「悪いな、力になれなくて」

 

 ここで会話は途切れたものの、少し逡巡する素振りを見せた後再度口を開いた。

 

「……そうだな。まあこれくらいなら言っても大丈夫か。私の時代だと魔理沙には『時の賢者』の二つ名が付いていたよ」

「時の賢者? それは誰が言い出したんだ?」

「他ならない八雲紫さ。摩多羅隠岐奈やその他賢者達も認めているらしいぞ」

 

 未来の私は幻想郷の重鎮的なポジションに就いているのか? だとするとタイムトラベルは捨てていないのか? 謎は深まるばかりだ。

 

「それじゃあ私は今度こそ行くね。また後でな」

 

 妹紅はマセイト通りを南へ下っていった。




後書き


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第203話 それぞれの時間③ にとり編(前編)

一部地名間違ってたので修正しました


 人混みの中へと消えて行った妹紅を見送った後、私も霊夢達の元へ戻ろうとしたが、ふとこんなことが頭をよぎった。

 

(そういえばにとりは何してるんだろう?)

 

 すぐさま仮想世界上に地図を呼び出し、現在位置を確認する。

 え~とマセイト通りの金色の光点は私だとして、この通りを南下している白の光点は妹紅だな。雑貨屋『ノースト』に固まっている黒・赤・銀の三つの光点が霊夢とアンナと咲夜で、マリサは……まだ図書館で読書してるのか。

 それでもって肝心のにとりは……ふむふむ、メイト電気街のセントビル1階にあるアミューズメントパーク『ウェノン』に居るのか。

 

(アミューズメントパークって何をする場所なんだ?)

 

 言葉的になんらかの娯楽施設なのは分かるけど、どんな遊びがあるのか想像が付かない。

 

(ちょっと様子を見てこようかな)

 

 多少の興味が沸いた私はマセイト通りを北に向かい、トルセンド広場を東に抜けてメイト電気街入り口へと到着した。

 

(ここが電気街か)

 

 パッと見た印象では電気製品を扱う店が非常に多く、ビルの壁、地面に表示されている広告看板もそれに統一されており、この通りを行き交う人々も大人の男性が散見される。

 しかし『マイクロチップ』、『生体ナノデバイス』、『ジェノ粒子散布装置』、『内包型万能デバイス』、『フォトンジェネレーター』や『シーロンバーツ』といった奇妙で何を指すのか不明な固有名詞がそこら中に氾濫していて、一人だけ世界に取り残されたような気分になる。分かる人には分かるんだろうけど……。

 

(そうだ! こんな時の為にアレがあるんじゃないか!)

 

 私は鞄から依姫のタブレット端末を起動し、先程目に入った単語を入力していき、表示された図解付きの説明文に素早く目を通していく。

 

(ふむふむ……うん?)

 

 相変わらず専門用語が並び理解しがたいが、機械製品や電子製品、更には宇宙船を構成する部品の一つであることはイメージできた。

 

(なるほどね。ここは完成品から部品まで幅広く扱う店が密集してる区域なんだな)

 

 自分なりに結論付けた所でメイト電気街を歩いていく。ここはネロス宇宙港へ直結している影響か、ビル群の隙間から天を仰げば大小様々な宇宙船が飛び交っており、電気店の数と相まって他の区画に比べると先進的な印象が残る。

 

(にとりはどこにいるかな?)

 

 目に映る光景と地図を比較しつつメイト通りを少し歩いていくと、目的地であるセントビルへと到着した。

 これまでうんざりする程見受けられた広告看板や装飾もまるでなく、見た目は何の変哲もない高層ビルでしかない。本当にここで合ってるのか? と一抹の不安を感じつつ、入り口の自動ガラス扉を通って中に入った。

 

(なんだこれ?)

 

 ダウンライトでぼんやりと照らされた半月状のエントラスホールにはまるで人がおらず、ペンキで白く塗りたくられた10枚のドアが並んでいて、それぞれ左から順番に番号が割り振られている。壁が黒く塗りつぶされていることも相まって不気味だ。

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 

 右手から聞こえた声に振り向けば、手品師のようなシルクハットとスーツに身を包んだ一人の女性が受付カウンターに座っており、その上部には目を引くような色合いの料金表が貼られていた。

 恐らく彼女がこの店の従業員なのだろう。すぐさま私はカウンターに近づき、その女性店員に訊ねた。

 

「にとりを探しに来たんだけど」

「ご友人様ですか?」

「ああ。私と同年代で、緑の帽子に緑のリュックサックを背負った水色の髪の女の子なんだけど」

「その方でしたら覚えています。10番ルームで『勇者アードスの伝説』を遊戯中ですね」

「なんだそりゃ?」

「今一番流行中のファンタジーアクションロールプレイングゲームでございます」

 

(空想の世界で役割演技するゲーム……。演劇みたいなもんかな?)

 

 私は更に女性店員に質問をぶつける。

 

「……そもそもここは何ができるんだ?」

「当店は複合型アミューズメント施設となってまして、お客様の幅広いニーズに応える為に様々な娯楽を用意しています」

 

 女性店員は立ち上がり、反対側にある扉に向かって腕を差し伸べた。

 

「あちらに見えます①~⑥番の扉は『テニス』、『サッカー』といった球技を楽しむ為の多機能型競技施設へ繋がっております」

「へぇ」

 

 前者は知識として持っているくらいだけど、後者は以前人里で子供達が遊んでいるのを見たことがある。元の言語だと恐らく違う固有名詞だろうに、アンナの眼鏡はちゃんと通訳してくれるんだな。

 

「そして⑦~⑩番は『アクション』、『ロールプレイング』、『レース』、『格闘』、『マッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイング』等、様々なジャンルを取り揃えたコンピューターゲーム場へと繋がっております」

「そのジャンルってのが良く分からないんだよな。それぞれ何が違うんだ?」

 

 そう伝えると、女性店員は懇切丁寧にジャンル事のゲーム性について説明してくれた。

 

「――となります」

「あ~なるほどね」

 

 外の世界でこういった遊びが流行っている、と紫から聞きかじったことがあるくらいだったのでよく理解できた。成熟した文明の娯楽の種類が豊富なのは、どの時代でも共通なのだろう。

               

「お客様は公務用の特殊デバイスから匿名でアクセスしていらっしゃるようですね。申し訳ありませんが、宇宙ネットワークに登録されていない方は肉体の仮想化、フルオンライン、対人戦機能を利用する①~⑨番の扉に進めません」

「あぁ、そう」

「にとり様がプレイ中のゲームは最大5人までの協力プレイが可能となっておりまして、2プレイヤーとして途中参加することができます。お客様はどうなさいますか?」

「じゃあそうしようかな」

 

 どんな物語なのか見当もつかないけど、少しくらいなら遊んでも構わないだろう。

 

「かしこまりました。代金は此方になります」

 

 私は財布を取り出し、レジに表示された金額を支払った。

 

「それでは少々お待ちください」

 

 受付の女性が席に着き、空中に浮いたタッチパネルをタイピングしていくと、やがて眉間に皺を寄せた状態でタイピングを止める。

 

「お客様、にとり様のゲームパックプランが残り10分となっておりまして、この時間からの参加ですと一部の機能が利用できず、充分にプレイできない可能性がございます。それでも宜しいですか?」

「全然構わないよ」

「承知しました」

 

 頷いた受付の女性は、続いて右耳のハンズフリーマイクに向かって語り掛ける。

 

『10番ルームA-120号のにとり様、ご遊戯中に失礼致します。受付にご友人様がいらっしゃっております。其方のお部屋にご案内してもよろしいですか?』

 

 数拍した後『かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ』と言ってマイクを切り、今度は私を見上げた。

 

「にとり様のご了承が得られましたので只今よりご案内致しますね」

 

 受付カウンターから出た女性店員の後に続き、自動で開いた10番の扉へと続いていく。中は円筒状のエレベーターとなっているようで、手前と背後に両開きの扉が二か所あり、操作盤にはA~Zと1~0までのアルファベットと数字が並んでいた。

 一体何階へ行くのだろうと思いながら待っていたが、階層移動することはなく、女性店員が操作盤を『A120』と入力しただけで反対側の扉が開く。

 扉の先は突き当りに一枚の扉があるだけの通路となっており、二人の足音だけが反響する。

 

「本当にこの先にゲームがあるのか?」

「はいそうですよ」

 

 やがて突き当りに到着すると、女性店員が扉を開けて先を譲る仕草をしたが、中は私の目をもってしても先を見通せない真っ暗闇だった。

 

「何にも見えないんだけど」

「只今此方でゲーム世界の時間を止めております。お客様が入室する事で、ゲーム世界の時間が動き始めます」

「ふ~ん」

「ゲームシステムや操作方法等、ゲーム内のヘルプからいつでも確認できるようになっております。ぜひご覧ください」

「分かったぜ」

 

 私は再び歩を進めて行く。

 

「それではごゆっくりとお楽しみくださいませ」

 

 女性店員が一礼してから扉を閉めると、一気に部屋の中が明るくなった。眩しさに目を覆い、漸く目が慣れて来た所で辺りを観察する。

 

(あれ?)

 

 上下左右何処を見渡しても白い空間が永遠に続いており、到底ゲームと呼べる代物ではない。詳しく調べようと足を踏み出した途端、周囲からファンファーレが鳴り響いた。

 

[『勇者アードスの伝説』の世界へようこそ! まずは貴女の職業を選択してください]

 

 斜め上の空間に線枠に囲まれた案内文が浮かび上がったかと思えば、すぐ下にもう一つ、複数の単語が並べられた巨大な線枠が出現した。

 選択肢は全部で10個。左上から順に『勇者』、『騎士』、『魔法使い』、『狩人』、『盗賊』、『ビショップ』、『商人』、『錬金術師』、『ビーストテイマー』、『吟遊詩人』、『村人』の項目が存在し、『勇者』の項目は灰色になり選択できないようになっていた。

 魔法使いと錬金術師は別々に分ける必要があるのか? そもそも村人って職業なのか? と心の中でツッコミつつ、腕を伸ばして『魔法使い』の項目を選択する。

 

[『魔法使い』のデータ参照中……しばらくお待ちください]

 

 出現してから30秒後、再び案内文が切り替わる。

  

[それではいよいよゲームスタートです!]

 

 案内文が消滅し、真っ白な世界に色が吹き込まれていく。

 

(いよいよゲームが始まるんだな)

 

 私はそれなりの期待感を持ちつつ、世界が安定するのを待った。

 

 

 

 やがてそれが落ち着いた頃、私は何処かの部屋に立っていた。――いや、正確には廊下と表現した方が正しいかもしれない。

 梅雨の日の魔法の森のような陰気さが漂う、長く幅が広い石畳を、壁に備えられた松明がぼんやりと照らすと共に、怪物の像や髑髏といった趣味の悪い彫刻を浮かび上がらせる。鉄格子で閉ざされた採光窓の外を伺えば、陰鬱な曇り空が広がっており、緩やかに流れる雲の隙間からは、血のように赤い満月が私を妖しく照らしていた。

 ファンタジーっていうからてっきり快晴の草原みたいなイメージだったのになんだよここは? 旧地獄を彷彿とさせるこの雰囲気、明らかに人間が居るような場所じゃないぞ!

 

「やあやあ、フロントの人が言ってた友達って魔理沙のことだったんだね」

「お前は……にとりなのか?」

 

 呆気に取られるとはまさにこのことか、その恰好は私の知る彼女とは程遠いものだった。

 頭には赤色の宝石が埋め込まれた冠を被り、両耳に珊瑚の耳飾りをぶら下げ、水色の革製の上下服の上から西洋風の鋼鉄の鎧をがっしりと着こんでいる。手には茶色の籠手、足には鳩に似た形の白い羽根がくっ付いたグリープを履き、背中には裏地が黒色で表地が赤色のマントを羽織っていた。

 そして左腕には、上半身が充分に隠れるサイズのバックラーを括り付けており、表面が鏡のように磨き上げられていることから、単なる盾ではなくマジックアイテムではないだろうか。あくまで勘だけど。

 極めつけは腰に吊るされた青い宝石が埋め込まれた鞘と、黄金色の柄をした一振りの西洋剣。気のせいか只ならぬ力を感じる。

                                               

「もちろんだよ! といっても、今の私はただのにとりじゃなくて、『勇者』にとりだけどねっ!」

「勇者?」

「アルメディア王国の騎士団長で、聖剣『エクスカリバー』の使い手『アードス=アルメディア』――それが私さ」

 

 一瞬『お前は何を言ってるんだ』と突っ込みたくなったが、そういえばここはゲームの世界だったなと思い直し。

 

「……なるほど、そういう役なんだな」

「正解!」

 

 胸を張るにとりはいつになく上機嫌だった。

 

「それにしても図ったようなタイミングで来たね。今ちょうど魔王に挑もうと思って準備を整えていた所なんだ。折角だし魔理沙も一緒にやらない?」

「ちょっと待ってくれ、魔王とか意味が分からないぞ。ここは一体どこなんだ? というか、そもそもこのゲームってどんなストーリーなんだよ?」

「まずストーリーをざっくり説明するとね、世界征服を目論み、大量の魔族を引き連れて魔界から人間界に侵略にきた魔王を倒す為に、神様に選ばれたアルメディア王国の王子アードスが世界を救う為に立ち向かうってお話」

「本当にざっくりしすぎだろ――って、ん? さっき騎士団長って言ってなかったか?」

「私は女だからね。プレイヤーが男性なら王子様なんだけど、女性の場合は騎士団長になるんだ」

「そこは王女様になるんじゃないのか?」

「王女様は魔族の侵略から臣民達を守る役目があるから、こんな最前線には出てこないんだ」

「あ~なるほどね」

「んでもって、ここは魔界に建つ魔王城。ゲーム的な言い方をすればラストダンジョンなんだ。魔理沙、あれが見えるかい?」

 

 にとりが指さした先には赤色が壁一面に広がっており、それが巨大な扉だと理解するのに少し時間がかかってしまった。

 

「扉の先は謁見の間になっていてね、そこにはあらゆる魔族を束ねる魔族の長――このゲームのラスボスである魔王が居るんだよ。魔王を倒せば世界に平和が訪れてハッピーエンド。見事ゲームクリアって訳」

「それはまた……」

 

 彼女の指摘通り、幸か不幸か、恐らくゲーム的には一番盛り上がるタイミングで私は来てしまったらしい。

 

「これも何かの縁だと思うし、どうする?」

「いいぜ。面白そうじゃん」

 

 なんだか美味しいとこ取りみたいになっちゃうけど、にとりが良いのなら遠慮なく参加するとしよう。どんなエンディングなのか気になるし。




次回は後編となります。



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第204話 それぞれの時間③ にとり編(後編)

「それで、このゲームはどんなルールで勝敗を決めるんだ?」

「今設定を変更するからちょっと待ってね」

 

 そう言ってにとりはどこからともなく出現した画面を操作すると、私の視界にも変化が生じ、今まで見えなかったものまで見えるようになった。

 もちろん心霊現象の類ではない。何と表現したらいいか、ゲーム開始時に現れた線枠が隅に表示されるようになったのだ。しかもそこには何かの文章が表示されているようで――。

 

「魔理沙、私の頭上に二つのゲージがあるの見える?」

「ん? ああ」

 

 解読を一旦打ち切り視線を上げると、先程までは無かった緑色と青色の棒線が縦に二つ並んで浮かんでおり、緑はHP7000/7000、青はMP1000/1000とそれぞれ右端に表示されていた。

 

「上の緑のゲージはヒットポイント――略してHPといって、敵、味方問わずあらゆるオブジェクトの体力を数値として視覚化したものだよ」

「ふむふむ」

「それでね、敵のHPを0にすれば私達の勝利になるけど、逆に味方全員のHPが0になると敗北、つまりゲームオーバーになっちゃうんだ」

「なるほど、単純明快なルールだな。ゲームオーバーになるとどうなるんだ?」

「最後に私が安全な場所で宿泊した地点まで、ゲーム内時間と進行状況が遡るんだ。仮にもしここでゲームオーバーになったらアルメディア王国の宿屋まで引き戻されちゃうから、一から魔王城の攻略をし直さないと行けなくなるんだよね」

「……それはまた大変だな」

 

 異変の時もそうだったけど、元凶の元へ辿り着くまでに様々な困難を経験した。きっとこのゲームもその例に漏れないだろう。

 

「ちなみに魔理沙の頭の上にもHPが出てるよ」

「お、本当だ」

 

 見上げてみればにとりと同じように二つのゲージが並び、HP3000/3000、MP1500/1500と表示されていた。

 

「あれ? でもにとりと倍以上差があるな」

「このゲームは職業ごとに伸びやすいパラメーターが違っててね、私のような近接戦闘系の職業は体力と攻撃力が高くなるんだよ」

「パラメーターってなんだ?」

「能力値と言い換えればいいかな。文字通り〝ゲーム内″での個々人の能力を数値化したもののことだよ」

「へぇ、そんな所まで数値に現れるのか」

 

 どういった基準で査定してるのか気になるところだ。

 

「逆に遠距離攻撃が可能な魔法使いは体力と攻撃力が低いけど、代わりにMPと知力、すなわち魔法攻撃力が高いんだよ」

「MP?」

「HPの下にある青いゲージの事さ。マジックポイントを略したもので、魔法を使う為に必要なステータスなんだ。それぞれの魔法ごとに必要なMPが定められていてね、強力な魔法はその分MPを多く消費するのさ」

 

 さらににとりは話を続ける。

 

「HPと違ってMPが0になってもゲームオーバーになることはないけど、代わりに魔法が使えなくなっちゃうんだ。特に魔法使いにとって魔法は生命線だから、MPの残量には特に気を払う必要があるね」

「ふむ……」

 

 現実なら特殊な状況でもない限り、魔法が使えなくなることはないし厄介だな。それに、このゲームで自分はどんな能力になっているのか興味がある。

 

「自分のパラメーターを確認するにはどうしたらいいんだ?」

「メニューを開いてステータスって項目から確認できるようになってるよ。音声認識機能付きだから『ステータスチェック』って口にしても表示される筈」

「どれどれ、『ステータスチェック』」

 

 すると目の前に大きな線枠が浮かび上がり、そこにはにとりの話したパラメーター以外にも色々な項目と数値が以下の通りに表記されていた。

 

[名前:オリーベ=スノーゼル 種族:人間 性別:女 年齢:15 Lv75 HP3000/3000 MP1500/1500 攻撃力164 防御力580 知力970 魔法抵抗力890 素早さ488 運644]

 

(うん? これは私なのか?)

 

「なあにとり。なんか色々なパラメーターが出てきたんだが、まずはこの名前から聞かせてくれ。オリーベ=スノーゼルって誰だ?」

「この世界において魔理沙が役割を演じる魔法使いの少女の名前さ。私と違って元の性別が一致してるから、設定上の変更点は特にないみたいだね」

「へぇそうなのか。どんな背景を持っているんだ?」

「端的に言えば、魔族に故郷を滅ぼされ家族を失った復讐さ」

「中々重い背景を持つんだな……」

「でもこれには続きがあってね、アードスとの旅の末に復讐を果たした彼女は、二度と同じ悲劇を繰り返したくないと誓いを立てて正式な仲間になったんだ」

「なるほど……」

 

 自分とはまるで境遇が違うけれど、私は彼女の動機を自然と受け入れていた。

 

「次は他のパラメーターについて教えてくれないか」

「いいよ! まずはね――」

 

 そう前置きした彼女は、ステータスの意味と仕組みを解説していった。

 

「――ってなわけ」

「へぇ~」

 

 話を聞いた私は素直に感心していた。正直なところ能力の数値化には懐疑的だったけど、よく出来ているなあと認めざるを得ない。

 ついでににとりのステータスも見せて貰い、その能力値は以下の通り。

 

[名前:アードス=アルメディア 種族:人間 性別:女 年齢:19 Lv75 HP7000/7000 MP1000/1000 攻撃力990 防御力700 知力833 魔法抵抗力770 素早さ898 運850] 

 

 彼女の攻撃力と私の知力は同じくらいだったが、ステータスの数値全てが700以上となっており、MAXが1000であることを考えるとかなりの高水準にとどまっている。最も、主人公らしいと言ってしまえばそれまでだけど、

 

「あとね、このステータス画面を下にスライドさせると、今の自分の装備が表示されるよ」

「へぇ、どれどれ?」

 

 言われた通りに自分の画面を動かしてみると、身体の部位ごとに固有名詞と説明文が以下のように表示された。

 

[武器:賢者の杖 魔導協会に認められた上級魔法使いのみが所有できる杖。先端にはルビーが埋め込まれており、それを媒介とすることで魔力を増幅する。効果:装備者の知力50%上昇、魔法抵抗力30%上昇

 

 盾:マジックシールド オリーベ特製のマジックアイテム。通常形態は指輪と変わらないが魔力を注ぎ込むと魔法障壁が展開され、防御力は装備者の魔力量に応じて変動する。効果:装備者の防御力、魔法抵抗力10~90%上昇

 

 頭:魔女の帽子 魔鳥レツイトルベインの羽根をあしらった帽子。高い魔力を保持しており、力なき者がかぶると昏睡する。効果:装備者の魔法抵抗力・MP50%上昇、『即死』攻撃無効

 

 身体:魔女のローブ オリーベの亡き母魔導士フェイルが終生愛用していたローブ。彼女の魔力に加えて様々な魔法効果が施されており、市販品とは比べ物にならない性能となっている。効果:ステータス低下を60%の確率で無効、精神系状態異常無効

 

 腕:魔女の手袋 オリーベの故郷セントル村の雑貨屋で100Gで販売されていた手袋をベースに、実戦向けへと改良した手袋。特産の羊革が使われている。効果:防御力・素早さ30%上昇、滑り止め

 

 足:魔女の靴 アルメディア王国の女性魔法使いの間で爆発的に流行中のブーツ。現在品薄状態で入荷は1ヶ月後。効果:特になし

 

 アクセサリー: 三日月のイヤリング 月の石を三日月型に造形したイヤリング。月の魔力が装備者の魔法を補助する。効果:消費MP50%カット、『幻覚』ステータス無効

 

         賢者の指輪 魔導協会による魔女の試練を乗り越えた者に授けられる指輪。リングの内側に刻まれたルーンが装備者の魔力を助長させる。効果:全魔法の威力50%上昇、パッシブスキル『古代文字翻訳(エンシェントリーディング)』習得

 

         フェイルの指輪 オリーベの亡き父、魔導士アレックスが身に着けていた指輪。リングにはスノーゼル家の家紋が刻まれている。効果:全ステータス25%上昇]

 

(あれっ? 私はこんなもの身に付けた覚えないぞ?)

 

 その事をにとりに伝えると、少し驚いた顔でこう言った。

 

「気づいてなかったの? 今の魔理沙の恰好はこんな感じになってるよ」

 

 にとりが盾を此方に向けると、それが光を反射して私の姿を映し出す。

 

「いつの間に……!」

 

 私服こそゲームの外と同じだったけど、その上に紫のローブを身に着け、頭には緑色の大きな羽付きの黒いとんがり帽子を被り、両手には白のオペラグローブをつけ、足には黒のプーレーヌを履いていた。

 両耳には水色に光る三日月型イヤリングをぶら下げ、くるりと反転すると先端に赤色の宝石がくっついた白い杖を背負っていた。手袋を脱ぐと両手の人差し指に一個ずつ指輪が嵌まっており、左手の指輪には派手な装飾が施されていた。

 

「けどこれはこれでいいな」

 

 少し驚いたけれど、にとりが剣士みたいな恰好してるんだし、ここではこれが普通なんだろう。そもそも普段着と大して変わらないし。

 そのように気持ちの整理を付けた所で私は改めて説明文を読んでいく。

 

(ふむふむ……)

 

 どことなくではあるけれど、このゲームの世界観と少女の背景や人格をより深く掴めた気がする。きっとこの少女は世間の流行に敏感で、家族を大切にしていた心優しい人物なんだろう。

 

「――よくわかったぜ。にとりはどんな装備なんだ?」

「私はこんな感じだよ」

 

 にとりが私と同様ステータス画面を下に送ると、これまた以下のように表示された。

 

[武器:エクスカリバー 太古の昔に創造神エリスの手によって造られた神剣。剣から放たれる光は魔の者を追い払うと伝えられており、選ばれし人間のみが扱うことができる。効果:全バッドステータス・状態異常無効、防御力・魔法抵抗力貫通100%、魔族・悪魔系・アンデッド系特効200%、人族ステータス50%上昇

 

 盾:ミラーシールド 太古の昔に創造神エリスが造り出した聖盾。神の力を吹き込まれた盾は悪意ある者の魔法を寄せ付けない。効果:全魔法を100%の確率で反射(味方を除く)

 

 頭:勇者の冠 アルメディア王家に代々伝わる冠。使用者に絶大な魔力を与えると伝えられている。効果:知力・魔法抵抗力・MP100%上昇

 

 身体:戦士の鎧 アルメディア王国の中でも勇敢な戦士にのみ与えられる鎧。効果:防御力40%・運10%上昇

 

    勇気のマント 最前線で戦う勇士が身に着けるマント。仲間を鼓舞する力がある。効果:攻撃力20%上昇(味方全体)

 

 腕:戦士の籠手 アルメディア王国の中でも勇敢な戦士にのみ与えられる籠手。僅かに魔力が籠っている。効果:防御力30%、魔法抵抗力・運5%上昇

 

 足:フライブーツ フライ魔法が組み込まれている稀少なマジックアイテム。履くだけで誰でも素早く空を飛べるようになる。効果:素早さ80%上昇・装備している間のみアクティブスキル『フライ』を使用可能

 

 アクセサリー:珊瑚の耳飾り アルメディア王国の市場で市販されているイヤリング。効果:物理防御力5%上昇

 

        勇者のネックレス アルメディア王国で多大な功績をあげた英雄に送られるネックレス。効果:全ステータス30%上昇]

        

「ほぉ~、なんか色々と壮大な事が書いてあるなぁ」

「ふふん、勇者だからね!」

 

 私の装備品に比べて明らかに付加価値が高いものばかりだし、にとりは相当このゲームをやりこんでいるな。

 

「中でもとっておきのやつがこれさ!」

 

 勝ち誇った表情のにとりは、腰に差した剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜いていく。

 鞘の隙間から黄金色の光が溢れ出し、にとりが剣を掲げると、薄暗くおどろおどろしい廊下を太陽のように照らしだしていた。

 

「勇者の武器、聖剣【エクスカリバー】!」

「おおっ!!」

 

 刃渡りが1m近くあるそれは、一般的な剣とは違って〝光″が集まって刃の形を形成しており、眩いばかりの光に私は只々引き込まれていた。

 幻想郷にも名刀・名剣を扱う名うての剣士が幾人か存在しており、私の記憶の限りでは妖夢の楼観剣・白楼剣、天子の緋想の剣、神子の剣、依姫の神降ろしの刀がそれらに該当するが、目の前の剣はこれらに匹敵する程度の強力なオーラを放っている。

 

「浮遊大陸に建つ天空の塔で守護者(ガーディアン)を倒して手に入れたんだよ。いや~あの時は何度も死にかけて大変だったなぁ。レベルを上げる為に雑魚狩りして経験値貯めたり、街に引き返して装備品を新調してさ、攻略するのに5日も掛かっちゃったよ」

「……ん? 5日ってどういうことだ?」

 

 そういえばここに来る前に受付の女性から残り時間10分だと聞いていたけど、体感ではもう既に10分以上は話し込んでいる。なのにゲーム世界が終わる気配は微塵もない。

 剣を鞘に納めたにとりにその事を尋ねると、彼女を驚いた表情でこう言った。

 

「フロントから聞いてなかったの? この世界と現実世界では時間の流れが違うんだ。確か現実の1分がこの世界の1日だったかな」

「えええっ!? そんなことが可能なのか?」

「ウラシマ効果を応用した技術らしいけど、私にも詳しいことはさっぱりだよ」

「半端ないな……! じゃあにとりは何日遊んでるんだ?」

「60分パックを購入したから、今日でちょうど50日目かな」

「そんなに!?」

 

 さらっと言ってのけているが、これは途方もないことだぞ。まさか私が買い物を楽しんでる間にこれだけの時間が経っていたとは……!

 

「だから魔理沙が来てくれて助かったよ。なにせずっとゲーム漬けだったせいで外の事をすっかり忘れてたからさ」

「おいおい、それはシャレにならないぜ」

「アハハ、そうだね」

 

 にとりは笑って誤魔化しているけど、今の発言は間違いなく本心なんだろうなぁと思う私だった。

 

 

 

「だいぶ話が長くなってるけど、もう一つ知っておいて欲しいことがあるんだ」

「なんだよ?」

「敵への攻撃方法さ。こっちだと私や魔理沙が元々持っている能力やスペルカードは使えないんだ。だからね、この世界のルールに沿って相手にダメージを与える必要があるんだよ」

「ほぅ?」

「私の場合は主に〝剣″、魔理沙のケースだと自分の魔法じゃなくて〝この世界の魔法″を使わないと駄目なんだ」

「う~ん……厄介だな」

 

 魔法とは一朝一夕で身に付くものではなく、日々の努力の積み重ねによって洗練されていくものだ。いきなり見ず知らずの魔法を使えと言われても、余程のセンスがなければ成功するのは難しい。

 

「そんな難しく考える必要はないよ。その時々の状況に応じて魔法を選ぶだけで、あとはコンピューターが勝手にやってくれるからさ」

「魔法を選ぶ? というか機械が魔法を使えるのか!?」

「まあ一度見て貰った方が早いかな」

 

 にとりは私の隣へと回り込んだ。

 

「今から目の前の石像に炎の魔法を使うから見ててね」

「おう」

 

 指差した姿勢のままにとりは「【ファイア】」と呟く。

 すると人差し指の先に小さな五芒星の魔方陣が出現し、そこから生まれた炎が人魂のようにふわふわと漂いながら怪物の像に向かっていき、直撃すると共に火の粉となって霧散した。

 

[アードスはファイアを唱えた。

 説明⇒ファイア:最下級炎属性補助魔法。消費MP1。効果:小さな炎を指先から発射する基礎中の基礎魔法であり、世界中のほぼ全ての人間がこの魔法を扱える為、調理・狩猟など人々の日常生活の基盤となっている。戦闘にも使えるが、その威力は雀の涙にも及ばない]

 

「これがこの世界の魔法なんだけど」

「……なるほどな。魔法っていっても私のイメージしていた魔法じゃないんだな」

 

 注意深く観察していたが、にとり本人や魔法陣から魔力の流れは感じず、その痕跡もなかった。現実の火のような熱さも感じなかったし、あたかも本物のように思わせる演出だな。

 

「ところで今の案内文はなんだ? いきなり視界の上に出て来たんだが……」

「これはシステムメッセージって言ってね、誰がどこで何をしたのかをコンピューターが逐一知らせてくれるんだ。『アードス』は私の演じる名前、二行目の文章はとった行動の概要って感じ」

「う~ん、一々表示されると見づらいな」

「慣れれば気にならなくなるよ。それで魔法の確認方法だけど――」

 

 にとりからコマンドの操作方法を教えてもらい、スキル画面を開くと魔法名が一挙に羅列された。

 

「おお、こんなにあるのか……!」

 

 全てを描写すると非常に長くなるので省くが、ざっと見る限りでは攻撃魔法が殆どで、五行属性が一通り揃っており、パチュリー並とまではいかないけど使う魔法に不自由しなくてすみそうだ。

  

「強力な魔法程詠唱時間と消費MPが多くなるから、その辺りの管理にも気を付けてね」

「分かったぜ」

「後はアクティブスキルやバッシブスキルとか本当は色々あるんだけど、これらを説明するのは骨が折れるから実際に体験しながらってことで」

「? あぁ」

「最後に私が今置かれている状況について説明するよ」

「まだなにかあるのか?」

 

 早く肝心のゲームをプレイしたいのだが。

 

「ふふ、魔理沙も一応知っておいた方が、よりこの世界に没入できると思うよ?」

「まぁ、そういうことなら」

「魔理沙、あの窓から外を見てごらんよ」

 

 にとりの指さした先は、先程見上げた紅い満月が照らし出している窓とは反対側にあった。

 

「分かったよ。え~と……」

 

 私は近くを見渡した後、怪物の像に足を掛けて窓のある位置までよじ登ろうとしたが、その行動を見透かしたようににとりはこう言った。

 

「魔理沙、フライ魔法を使って」

「フライ魔法?」

「この世界で空を飛ぶための魔法さ。魔法名を宣言すればその魔法が機能するよ」

「なるほど。【フライ】!』

 

 すると足が雲のように軽くなり、すっと床を離れて膝の高さまで身体が浮かび上がる。更に自分の視界の上部には、枠線で囲まれた以下のようなシステムメッセージが表示された。

 

[オリーベはフライを使用した。

 説明⇒フライ:上級飛行魔法。空を飛ぶことが可能になるが、大気の気流が荒い箇所や強い重力下にある空間では使用できない。効果:1秒飛行するごとにMPを1消費する]

 

「足が離れたら、後はいつもと同じ感覚で飛べばいいよ」

「オッケー」

 

 ふわりと浮かび上がり、なんとなしに窓の外を覗いた先には驚くべき光景が広がっていた。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

 この廊下は地上からかなり高く、紅く染まった周囲の野山が一望できるのだが、問題はその不気味な風景ではない。地上を埋め尽くさんばかりに溢れる無数の軍勢が正面衝突しているところだ。

 片や画一された剣や鎧で武装した人間達の集団、片や人とは明らかに容姿が異なる異形の化物達。上空では弾幕ごっこのように数多の魔法弾が飛び交い、私とよく似たような恰好の人間達と、肉体に羽が生えた化物達との空中戦が行われている。この窓ガラスを割ればより生々しい音が聞こえてくることだろう。

 こうして状況を把握してる間にも、次々と人間や化物が倒れていき――幸いな事に血飛沫や肉片が飛んだりするようなグロテスクな光景はなく、不自然な形で隠されていた――もはや合戦、戦争とも呼べる規模の戦闘に私は戦慄していた。

 

「魔王軍とアルメディア王国連合軍との戦闘だよ」

 

 明らかに動揺を隠し切れない私に対し、にとりは複雑な表情を浮かべながら落ち着き払った声で答えた。

 

「……これまで圧倒的な力を持つ魔族の侵略に対し人間側は防戦一方だった。しかし私が聖剣を入手したことでパワーバランスが崩れ、徐々に人間側の勢力が盛り返し始め、遂には王都の奪還に成功したんだ」

「いきなり何を――」

「だけど寸での所で魔王が魔界に逃げてしまってね、『魔王を倒さねば平和は戻らない』と判断したアルメディア王は世界各地の傭兵・冒険者達に呼びかけ、魔界遠征の為の連合軍を結成したんだ」

 

 どうやらにとりはこのゲームのさらに詳細なあらすじを語っているようだ。

 

「その中でも私とオリーベは魔王討伐の為に選ばれた少数精鋭部隊でね、私達が魔王を倒すまでの間、彼らが魔王軍の本隊と戦って時間を稼いでくれているんだ」

「なんと……!」

 

 まさかそんな重要な役目だったなんて、呑気に話している私が馬鹿みたいじゃないか。

 

「『この戦いにはアルメディア王国のほぼ全ての兵力と、国家予算の8割を投じているんだ。もし負ければ人類の未来はない。――私達に失敗は許されないんだ』」

「――ああ!」

 

 そういうことならば私も全力を尽くすのみ。ここがゲームの世界だなんて浮ついた意識は捨てて、自分の役割を果たすだけだ。

 

「それじゃいくよ。準備は良い?」

「いつでもいいぜ!」

 

 にとりが扉に手を掛けると、重苦しい音をたてながら外側に開いていった。




次回でVRゲーム世界の話は終わりになります



最近投稿頻度が遅くなっていてごめんなさい。


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第205話 それぞれの時間④ 魔王戦(前編)

かなり遅くなってしまい申し訳ありません

この回は戦闘描写があります


 部屋に入った瞬間、私達を逃さんと言わんばかりに扉が閉まり、深みのあるテノールボイスが部屋中にこだまする。

 

「招かれざる客よ、よくぞここまでやってきたな」

「『!』」

「あっ、おい!」

 

 にとりは目の色を変え、私の静止を振り切って奥へ駆け出してしまったので、私も慌ててその後を追っていく。

 一人で暮らすにはあまりに広く、紅魔館のような洋風で絢爛華麗な内装を横目にようやく彼女に追いついた時、そこにテノールボイスの声の主は存在した。

 

「ふん、ようやく来たか。待っていたぞ勇者よ」

 

 レッドカーペットが敷かれた壇上の上、スカルの装飾が施された玉座で肘をつき、ふてぶてしく足を組みながら冷徹な目で此方を見下す一人の男性。

 

「『魔王――!』」

 

 にとりは怒りに満ちた表情でその名を呼び、剣に手を掛けていた。

 

 

 

(あいつが魔王か……!)

 

 長い黒髪を無造作に束ね、その身に紅い龍の紋章が刻まれた漆黒の鎧を纏う魔王は、足の長さから察するに咲夜以上に背が高く、眉目秀麗という四字熟語がぴったり似合う容姿で、病的なまでに白い肌と、頭の角さえなければ人間と殆ど変わらない姿形をしていた。

 にとりは聖剣を抜き、未だ堂々と座したままの魔王に剣先を向けてこう言った。

 

「『貴様の所業で平和だった世界は混迷を極め、大勢の無辜の民が血を流している。王国では寸での所で逃がしたが、最早貴様に逃れられる場所は何処にもない! 覚悟しろ魔王!』」

「!?」

 

 心の中で仰天し、思わず彼女を二度見してしまう私。というのも、彼女とは長い付き合いだけど、普段穏やかな彼女がここまで激昂する所は見たことがないからだ。

 

(まるで別人だな……!)

 

 口調まですっかり変わってしまって、それだけこのゲームに入れ込んでいるということなのか。感心していると、私の足が自然と一歩前に踏み出し、背中の杖を抜いていた。

 

「『もう二度とセントル村の悲劇は繰り返させないわ! お父さんお母さん、そして村の皆の為にも、貴方を倒して世界に平和を取り戻す!』」

 

(あれっ!? 身体が勝手に!)

 

 普段よりも少し声のトーンが高く、僅かに震えながらも決意を感じさせる自分の声は、とても私の発したものとは思えず、か弱い少女を連想させるものだった。

 予期せぬ事態に戸惑っていると、優しい表情に戻ったにとりがこっそりと耳打ちしてきた。

 

「このゲームには台本があってね、さっきの私のセリフも、今の魔理沙のセリフも、この世界で私達が演じるキャラクターのものだよ。ちょっと前にアシスト機能を有効にしてね、役割に応じて自動で身体が動くようにしたんだ」

「……それを先に言ってくれよ。おかしくなったのかと思ったじゃないか」

 

 更に文句を付けようとした時、魔王が急に高笑いを始め、注目が其方に集まる。

 

「ク、ククッ……フハハハハハハ!」

「『何が可笑しい!』」

 

 怒りを剥き出しにしながら問いかけるにとり――声のトーンが普段より少し低いし、この声の時は勇者を演じているのだろう――に対し、あくまでその余裕綽々な態度を崩さない。

 

「貴様らは大きな勘違いをしている。我が王国から手を引いたのも全て計算の内よ」

「『なんだと?』」

「ここは我々の領域。人間界では人間共が力を発揮できるように、魔界では我ら魔族が十全の力を発揮できるのだ」

 

 魔王が立ち上がると黒いオーラが溢れ出し、彼を守るように全身に絡みつく。やがてその一部が刃となり、剣の形となった。

 にとりの剣が光の剣だとするならば、魔王の剣は闇の剣と形容した方が分かりやすいだろうか。

 

「我が全力を持って貴様を叩き斬ってやる。さあ来い、勇者よ!」

「『行くぞ魔王!』」

 

 剣を構えたにとりは地を強く蹴り、一瞬で懐に飛びこんだかと思えば、次の瞬間には剣を振り下ろしていた。

 

「『ハアッ!』」

 

 しかし魔王は涼しい顔でにとりの剣を防ぎ、上段から下段に掛けて急所を狙って立て続けに繰り出される神速の剣も的確に捌いていく。

 

「どうしたどうした! 貴様の力はその程度か!?」

「『くっ!』」

 

 反撃に出た魔王の太刀筋は素人目から見ても鋭いもので、にとりは盾と剣で防いでいく。それでも段々と押されていき、堪らず大きく後ろに飛んで一度距離を取ろうとするが、魔王はすぐに間合いを詰め、着地する瞬間を狙って薙ぎ払う。

 

「ハアッ!」 

「『っ!』」

 

 咄嗟に盾で防ぐが、力を殺しきれなかったのかバランスを崩すにとり。すかさず魔王は剣を振り下ろすも、にとりは床に転がりながら躱し、もう一度距離を取るように跳びながら宣言する。

 

「『ホーリーレイ!』」

 

 直後、彼女の頭上に幾層もの星が折重なった魔法陣が出現し、幾つもの光の柱がにとりを守るように降り注ぐ。

 

「ほう、よくぞ防いだな」

 

 魔王は相手を讃えつつ、ステップを踏むように光の柱を掻い潜り、その間に体勢を立て直したにとりは聖剣を掲げながら詠唱を開始する。

 黄金色の光が聖剣に集約されていき、剣身が一回り大きくなり、ホーリーレイ魔法の効果時間が消えると同時に、にとりは聖剣を振り下ろしながら宣言した。

 

「『ホーリースラッシュ!』」

「ダークスラッシュ!」

 

 聖剣から黄金色の光を纏った斬撃が一直線に飛んでいくが、にとりの行動を読んでいたのか、魔王もまたほぼ同じタイミングで闇を纏った斬撃を繰り出し、光と闇がぶつかって相殺しあった。

 再度静けさを取り戻した時、両者は剣を構えたまま互いを探るように睨み合っていた。

 

(へぇ……! にとりの奴やるじゃないか。本物の剣士さながらの剣捌きだな)

 

 心の中で感嘆している間にも、目前では再度激しい剣戟が開始され、剣がぶつかりあうたびに光と闇が散っていく。

 

「――魔理沙! ぼうっと、見てないでっ、援護してよ!! 『――くっ』」

「――悪い悪い!」

 

 確かに呑気に傍観してる場合じゃない。私はすぐさま魔法コマンドを選び、ズラリと並んだ魔法を素早く吟味していく。

 動きが激しく、立ち位置もコロコロと変わる今の状況では、下手に魔法を撃てばにとりを巻き込みかねない。

 数秒近く迷った後。

 

(この状況で使うべき魔法は――これだな!)

 

 コマンドを決定した私はその場で詠唱を始めていき、15秒後、声高々に宣言する。

 

「ファイアーアロー!」

 

 炎を象徴する魔法陣から炎を纏った弓が出現。振り絞った弓から燃え盛る二本の矢が発射され、生き物のような不自然な軌道を描きながら、魔王の胸を貫いた。

 

(やったか!?)

 

 しかし魔王のHPゲージは1ミリも変動しておらず、あまつさえこんなことまで言われてしまった。

 

「ふん、これが炎だというのか?」にとりの剣を弾いて空中に飛び上がった魔王は「本物の炎とはこういうものだ! ヘルフレイム!」

 

 魔王が腕を振りおろした瞬間、虚空から出現した青色の炎が雨のように降り注ぐ。にとりは咄嗟に盾を頭上に構えて魔法を反射して防ぎ、私はフライ魔法で空中を飛びつつ、炎の雨を掻い潜っていく。

 

「はっ、避けるのは得意だぜ」

 

 この手の攻撃は弾幕ごっこで慣れてるのもあってか、魔法が終了するまでの間一つも被弾せずに躱しきり、メッセージウィンドウには[excellent!]の文字が浮かぶ。

 

「ほう、全て躱しきるとは人間にしては中々やるではないか。それならば――ふ」

 

 フライブーツで飛び上がっていたにとりが魔王の死角に回り込み、気配を殺して斬りかかったが、魔王は横に半歩ずれることで回避。続けざまに繰り出された中段への斬撃もあっさりと防いでいた。

 

「『なっ――!?』」

 

 目を見開き驚愕しているにとり。魔王は不遜なふるまいを崩さずにこう言った。

 

「クククッ、残念だったな。貴様の動きは既に見切っている! ――死ね」

「!」

 

 左腕を伸ばす魔王に何かを察知したのか、即座にその場を離れるにとり。その直後、魔王の左手から一筋の闇の光線が放たれ、射線上にあった一本の石柱が音を立てながら崩れ落ちていった。

 

「あっ、あぶな~!」

 

 胸を撫で下ろしているにとりに、私は近づいて声を掛ける。

 

「大丈夫かにとり?」

「今の所無傷で切り抜けているけど、正直な所厳しいね。王国で戦った時よりも魔王の能力が格段に上がってて、相手の攻撃を防ぐだけで精一杯だよ」

「それなら私に良い案がある」

 

 私はにとりに耳打ちしていく。

 

「……なるほど。もしかしたらいけるかもね」

「だろ? 私が詠唱している間、魔王を引き付けておいてくれないか」

「オッケー!」

 

 話が纏まった所で、私達は高い位置で悠然と佇む魔王に視線を送る。

 

「話は済んだか? 人間共よ」

 

 魔王は私達が話している間、ちょっかいをかけてくることもなく、腕を組みながらじっと此方を見ているだけだった。

 

「貴様らの力はその程度か? わざわざ作戦を考える時間を与えてやったんだ。もう少し我を楽しませてみせろ」

 

 完全に舐められていて悔しいが、今にその鼻を明かしてやる。

 

「にとり、それじゃ手筈通りに頼むぜ」

「うん! ――『はあっ』!」

 

 頷いたにとりは、弾丸のように魔王に向かって斬り込んでいくが、あっさりと受け止められる。

 

「『はああああっ!』」 

「ふん、つまらんな」

 

 にとりは攻撃の手を休めず、連続で斬りかかるが、魔王は冷めた表情で対応していた。

 

(何とか持ちこたえてくれよにとり)

 

 心の中でエールを送りつつ、私は詠唱を続けていく。

 今繰り出そうとしている魔法は、オリーベが習得している魔法の中でも最大級の威力を持つ魔法。きっと突破口になる筈。

 

「魔理……沙、早……く!」

 

 魔王の攻撃を防ぎつつ、息も絶え絶えに私を呼ぶにとりは非常に苦しそうで、助けになれない私は歯がゆい気持ちでいっぱいになる。

 

(あと少し……あと少しなんだ!)

 

 そしていよいよその時が訪れる。

 

「――よし! にとり!」

「!」

 

 にとりが魔王から離れた瞬間、私は宣言した。

 

「こいつでどうだ! マジックインパクト!」

 

 杖の先端から魔法の衝撃波を送り、魔王の周囲の空間ごと爆破する。激しい轟音と共に石の天井の一部が崩落して瓦礫の山が生まれ、夜空に煌々と浮かぶ紅い月光が差し込んだ。

 

(手ごたえはあったが……)

 

 床にそっと降り立ち、様子を伺っていると、瓦礫の山が吹き飛ばされ、土煙の中から魔王が現れる。彼の鎧には亀裂が入り、HPゲージも一気に3分の1ほど減っていた。

 

『おのれっ、許さんぞ小娘がぁ!』

 

 完全に激怒した魔王は、瞬きする間に私の目の前に瞬間移動。恐ろしい速さで魔王の拳が迫る。

 

(速――避けられな――)

 

 受け身を取る間もなく、魔王の掌打をお腹に諸に食らった私はゴムボールのように吹き飛ばされ、石柱に叩きつけられる。

 

「――――」

 

 現実なら肺が潰れ、骨が何本か折れててもおかしくない衝撃だったが、怪我や痛みが肉体にフィードバックされることはなく、自身のHP残量が80%程減るだけだった。

 私はすぐに立て直そうとしたが、毒キノコを食べた時のように身体が痺れてしまい、柱を背に座り込んだまま指一本動かすことができない。これも魔王のスキルのせいなのか?

 そんなことを考えている間にも、魔王はトドメを刺すべく剣を片手に悠然と近づいてきている。

 

「魔理沙っ! ――『ぐうっ!』」

 

 動揺したのか、救助に駆け付けてきたにとりは、振り返りざまに放たれた魔王の斬撃をまともに喰らってしまった。

 よろめきながら地に伏せた彼女の聖剣を遠くへ蹴とばした魔王は、にとりの上にのしかかり、彼女の喉元に剣を当てていた。

 

「にとり!」

「ククク、勇者よ。随分と呆気ない幕引きだな。これで貴様も終わりだなぁ?」

「『ッ――!』」

 

 愉快そうに笑う魔王に対し、にとりは歯を食いしばり、屈辱的な表情で睨み返していた。

 先程の斬撃でにとりのHPは風前の灯火、一発でも攻撃を食らえば即ゲームオーバーになってしまう。

 

(クソッ、動けっ、動けよ私の身体!)

 

 全身全霊を込めて手足に命令するも、辛うじて指先が動く程度で、全快とは程遠い。

 

「さらばだ勇者よ。せいぜいあの世で後悔するがいい」

 

 剣を振り下ろそうとする魔王、絶望を浮かべ目を瞑るにとり。私は錆びついた身体を強引に動かし、半ば反射的に八卦炉を手に取って叫んでいた。

 

「恋符「マスタースパーク」!」

 

 その瞬間、世界が一変した。




続きはお盆期間に投稿できるように努力します

それと次回の参考にしたいのでもしよろしければ戦闘描写についての感想をください


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第206話 それぞれの時間④ 魔王戦(後編)

最高評価、高評価、そして感想ありがとうございます。
戦闘シーンは不慣れだったので自信が付きました。

お盆と言ってたのにかなり遅くなって誠に申し訳ございませんでした。



[通告。player2の〝『魔法(マホウ)』″「恋符! 「マスタースパーク」」はシステムの許容する魔力量を大幅に越えていた為、魔法『ムーンフォール』として実行されます]

 

 私の両肘・両膝・首に一つずつ、更には魔王の頭上にも月を模した魔法陣が積み上がった状態で現れ、それは欠けた天井の外まで続いていた。

 

「『『――我が命を捧げよう。創造主エリスの名の元、人類の敵に裁きの鉄槌を下さん!』 ムーンフォール!』」

 

 宣言が終わると同時に、全ての月の魔法陣がガラスが割れたような音を立てて砕け散る。

 更に砲撃のような地鳴りが鳴り響き、魔王城が激しく揺れ始め、その震度は柱に掛けられていた蝋燭や肖像画が次々と落下する程に強いものだった。

 

(なんだこの揺れは!? マスタースパークにこんな効果はないぞ!? ――というかさっきのセリフと魔法は私か? 私なのか!?)

 

 極太のレーザー光線が飛び出す代わりに知らない魔法が勝手に発動してるし、柱を背にして座っていた筈の私が、いつの間にか立ち上がって右手を天井に突き出すポーズを取っていたし、何が起きたのか理解が追い付かない。

 分からない事だらけだけど、にとりからしてみれば、不利な状況を覆す絶好の機会となったようだ。

 

「む!?」

「『!』」

 

 魔王は地震でバランスを崩し、にとりの首を狙って繰り出された剣は、空を切って彼女の顔の横に突き刺さり、そのまま彼女に覆いかぶさるような形で倒れ込む。

 それを好機とみたにとりは、魔王を強く突き飛ばしてのしかかられた状態から脱出した後、遠くに転がっていた聖剣に向かって駆けだしていく。

 そしてそのまま拾い上げるかと思いきや、目標の半分くらいまで距離を詰めた所で、いきなり踵を返して此方に駆けよって来た。

 

「たたた、大変だよ魔理沙! 空、空を見てよっ!」

「え? なっ――!?」

 

 驚愕しながら空を指差すにとりにせがまれ、私はその視線の先にある欠けた天井の間から仰ぐ。

 すると、先程までは全体像がはっきり捉えられるくらいのサイズだった深紅の満月が、外周が見えなくなるくらいに大きくなっていて、こうしている間にもどんどんと大きくなっていた。

 

「月が大きく――まさかこっちに近づいて来てるのか!? 嘘だろ!?」

「間違いないよ! 一体何がどうなってるの!?」

「わ、私に言われても分からないぞ!」

「これは魔理沙が起こしたことでしょ!?」

「いやいやいやいや、本当に分からないんだって!」

 

 予期せぬ事態に平静を失っていたその時。

 

「ムーンフォールだと? 馬鹿なっ……! 人間の小娘如きが封印を解いたというのかっ!」

 

 天を見上げたまま愕然した様子で言い放った魔王に反応するように、私の口が勝手に動き出した。

 

「『ふ、ふふふ……ええそうよ。例えこの身が滅びたとしても、貴方を道連れにできるのなら本望だわ!』」

「貴様ぁぁぁぁ!」

 

 剣を片手に電光石火の動きで私に迫り、斬りかかってくる魔王。死を覚悟した瞬間。

 

「『やらせんぞ!』」

 

 私と魔王の間に割り込んで斬撃を防いだにとりは、続けざまに右手で掌打を繰り出して魔王を吹き飛ばし、「『ホーリーバインド!』」と叫ぶ。

 するとどこからか現れた光の鎖が魔王の手足に絡みつき、彼を縛りあげた。

 

「『ふっ、こんな小手先の技に引っかかるとは、相当焦っているようだな魔王!』」

「おのれぇっ!」

 

 魔王が抜け出そうともがいている間にも、月は表面が肉眼で見えるくらいまで接近しており、それにつれて魔王城がどんどんと崩落していく。

 その過程で視界が開け、崩れた壁の向こう側の状況が飛び込んできた。

 魔王城前の平原で戦闘中だった魔王軍は、完全に戦意を失ったのか烏合の衆に成り下がり、蜘蛛の子を散らすように逃げている。

 対する王国連合軍は、本陣に発生した異空間に有無を言わせず次々と吸い込まれており、その異空間には、青天の下、開けた新緑の平原に堂々と建つ西洋風の城が映し出されていた。

 目まぐるしく変わっていくこの状況において、何かを考える暇もなく私の身体は勝手に動き、にとりの背中に優しく抱き着きながら、愛を囁くかのように情緒的に訴えた。

 

「『貴方を巻き込んでしまってごめんなさい勇者様。あの時交わした約束は守れそうにないわ』」

「『謝らないでくれオリーベ。私が力不足なせいで君に辛い決断をさせてしまった』」

 

 続けてにとりは「『それにまだ全てを諦めるには早い。僅かでも生き残る可能性があるのなら、私はそれに賭けてみせる!』」と私を守るように盾を構えた。

 そして数秒後、ついにその時が訪れる。

  

「うおおおおぉぉぉっっ!」

 

 衝突する月、激しい轟音にかつて経験したことのない衝撃。魔王の絶叫と共に、私の意識がブラックアウトした――。

 

 

 

 

 

 

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。

 生温い風に当てられ意識を取り戻した私の視界には、月のない暗くて深い空が広がっていた。

 

「私は……生きているのか……?」

 

 ゆっくりと上体を起こすと、目の前にはにとりが倒れていた。

 

「おいにとり! 生きてるか!?」

 

 肩をゆすりながら呼びかけると、やがてにとりは意識を取り戻した。

 

「う、う~ん……。魔理沙? ここはどこ……」

「魔王城だと思うんだが、この有様だぜ」

 

 起き上がったにとりと一緒に近くを見渡せば、堅牢な石造だった魔王城は瓦礫の山と化し、その中心には、黄金色に燦然と輝く聖剣が突き刺さっていた。

 月の落下は相当な衝撃だったようで、魔王城の上階に居た私達が地上まで落下したのは言わずもがな、遠くにあった筈の野山まで跡形もなく消滅してしまっていて、地平線の果てまで荒野が広がっていた。

 最早元の地形は影も形も残っていない。

 

「魔界にいるってことはゲームオーバーにはなってないみたいだけど……酷い有様だね」

「本当、生きてるのが奇跡だよ」

 

 今の私達のHPはお互いに1しか残っておらず、現実の体力に置き換えたら虫の息に近い状態だろう。

 

「それにしてもどうして月が落ちて来たんだろう」

「かなり焦りまくってたし、魔王がやった訳じゃなさそうだよな」

「そうなると……魔理沙はそんな魔法覚えてたっけ?」

「ないない。こんな派手な魔法があったら流石に気づくぜ」

「でも……う~ん、一度メッセージログを遡ってみた方がいいのかな」

 

 難しい顔でそう結論付けたにとりは、メッセージウィンドウを開く。それから指で上へ上へとスクロールしていくと、あるメッセージが目に留まりスクロールを停止する。

 

[通告。player2の〝『魔法(マホウ)』″「恋符! 「マスタースパーク」」はシステムの許容する魔力量を大幅に越えていた為、魔法『ムーンフォール』として実行されます]

 

「なるほどねぇ、これのせいだったのか」

「ふむふむ……」

 

 具体的に何とは指摘できないが、どこか違和感を覚えるメッセージだ。

 

「ムーンフォールの説明もあるみたいだね」

 

 にとりが1行下へスクロールすると、以下のようなメッセージが表示されていた。

 

[オリーベはムーンフォールを唱えた。

 説明⇒ムーンフォール:神級天空魔法。消費MP∞。創世の時代に創造神エリスが天と地を形作る際に用い、地上に空いた巨大なクレーターが海になったと創世神話に伝えられている伝説の魔法。月の軌道を莫大な魔力で変更する影響により、墜落地域一帯では大地震が発生する。

 人間界・魔界・精霊界で一度しか使用できず、有史以来この魔法を使用できた者はいない。

 効果:使用者も含めた範囲内の敵味方・オブジェクト全ての素早さ50%低下・HP100%ダメージ]

 

「おいおい、かなりとんでもないことが書かれているな」

 

 だからさっきオリーベは死を覚悟したようなセリフを吐き、アードスは僅かな可能性、すなわちミラーシールドによる魔法の無効化に賭けたんだな。現状の結果から見れば大成功だろう。

 

「魔理沙の魔法ってこんな効果だったんだ。だからアードスは……」

「月が落ちる直前のやり取りに心当たりはあるのか?」

「ううん。確かにオリーベとは一緒に生き残ろうって約束はしたけど、ムーンフォールを使うなんて話は聞いてなかったよ」

「それにしてはかなり意味ありげな態度だったじゃないか」

「多分魔理沙のマスタースパークの影響だろうね。私のプレイでは習得していない魔法をシステムの都合で無理矢理使用したことで、辻褄を合わせる為に私も体験したことがないバックストーリーが勝手に追加されたんじゃないかな。自分でも演じててビックリだったよ」

「そう……なるのか?」

 

 いまいち疑念が払拭されないでいたその時、目の前の瓦礫の山が盛り上がり、中から魔王がはいずり出て来た。

 

「おのれっ……! 矮小な人間如きにこの我が……!」

「魔王!?」

「おいおい、アレを喰らってまだ生きてるのかよ!?」

 

 今の彼には先程までのような威圧感は無く、頭の角は根元からぽっきりと折れ、身を守っていた闇や鎧も粉々に砕け散っており、HPゲージはほんの僅かしか残っていない。

 ああして立っていることすら奇跡に思えるほどボロボロの状態なのに、恐ろしい執念だ。

 

「うおおおおおぉぉぉぉっっ!」

 

 天に向かって獣のような雄叫びを上げ、霧散した闇を集めていく魔王。

 何かとんでもないことをしてきそうな予感があり、すぐに魔法で応戦しようとしたけど、MPは0だったため不発に終わってしまう。どうやらムーンフォール魔法で使いきってしまったらしい。

 

「!」

 

 他方で私と同じく直感的に駆けだして行ったにとりは、散乱する瓦礫を避けながら突き刺さった聖剣を抜きさり、魔王の元へと突き進んでいく。

 

「死ねぇ!」

 

 魔王が打ち出した闇弾をにとりは冷静に捌き、高く飛び上がる。

  

「『終わりだ魔王! はああぁぁぁぁぁぁっ!!』」

 

 にとりは聖剣を突き出しながら襲来し、対する魔王は両手を前に伸ばして闇のバリアを展開する。

 しかし魔王の元に集まった闇は一瞬のうちに振り払われ、バリアを貫通した聖剣はそのまま左胸に深々と突き刺さった。

 

「ぐぅっ! ぐがっ! ぐぎゃああああぁぁぁぁっっっ!」

 

 膝をついた魔王は断末魔の叫びを放ち、その肉体はひび割れ、崩壊していく。

 やがて風となって消え去った後、聖剣が瓦礫の山上に落ちる音だけが静かに響き渡った。

 

「『……終わったの?』」

「『ああ。これは私達の勝利! 世界は救われたんだ!!』」

 

 聖剣を拾い上げたにとりが、天上に向けて聖剣を突き上げた瞬間、ファンファーレが鳴り渡り、以下の画面が表示された。

 

[Congratulations! Game Clear!]

 

「よ~し完全攻略だ! いやっほー!!」

 

 飛び上がるように喜ぶにとりに惹かれるように私も笑みがこぼれ、彼女の健闘を讃えようと歩き出したその時、私の脳裏にある瞬間が甦った――。




次回投稿日は9月11日です。


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第206話 (2) 魔理沙の記憶 それぞれの時間④ 魔王戦(後編)

高評価ありがとうございます。

今回の話は「第205話 それぞれの時間④ 魔王戦(前編)」の続きとなっています。


―――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

[[深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。深刻なエラー]が発生しました。深刻……エラーが……しま……]

 

 八卦炉から極太のレーザー光線が飛び出す代わりに、サイレンのような警告音が全体に鳴り響く。

 中空にはメッセージウィンドウの〝枠″が乱れ、文章の一部が壊れたメッセージが表示されており、感情のない機械音声がそれを読み上げていた。

 

「なんだこれは……?」

 

 状況が掴めずに戸惑っていると、私の身体を襲っていた謎の痺れも綺麗さっぱり消え去っているのに気づき、立ち上がる。

 にとりの方に視線をやると、魔王にのしかかられた状態から抜け出し、此方へ近づいて来る彼女の姿を捉えた。

 

「いや~なんとか命拾いしたけど……魔理沙、一体何をしたのさ?」

「私はただ、にとりを助けようと思ってマスタースパークを撃とうとしたんだ。そうしたらこんなことに」

「う~ん……」

 

 八卦炉を見せながら率直に説明したものの、にとりは腕を組み困ったような表情を浮かべていた。

 周囲は依然かしがましいまでに警告音が反響しており、後ろの魔王は空気椅子のように腰を浮かせたまま、剣を振り下ろそうと腕を振りかぶった体勢で固まっていた。

 

「これはあくまで仮説だけどさ、魔理沙がこのゲームにプログラムされていない現実の魔法を使ったからおかしくなったんじゃないの?」

「そんな事言われてもなぁ……さっきはもう無我夢中だったし。というか、現実世界での能力は使えないんじゃなかったのか?」

「その筈なんだけどね。私がゲームをやり始めた時に試したけど、その時は何も起こらなかったし」

「とりあえずこの状況はどうしたらいいんだ?」

「フロントの人に対処してもらえればいいんだけど、メニュー画面が開けないからどうしようもないよ」

「ゲームから出る方法はないのか?」

「さっきから私の知りうる方法全部を試してるんだけど駄目だね。ログアウト――ゲームから出る為のコマンドはどこにもないし、外に繋がる扉も出現しない」

「なんてこった……!」

 

 まさかゲームの世界に閉じ込められるなんて思ってもみなかった。

 

「……ところで魔理沙、気づいてる? 私達の恰好が元に戻っているの」 

「え? あ!」

 

 言われてみれば確かにそうだ。にとりは剣士風の装いからいつもの水色の上着とスカートに戻ってるし、私自身も杖やローブ、帽子やイヤリング等色々な装飾品が跡形もなく消え去っていた。

 こんな大きな変化を見落としていたとは、どうやら私は相当落ち着きを失っているらしい。

 

「こんなバグが発生するなんて、きっとこれは開発者ですら想定していなかった事態なんじゃないかな」

「まるで現実とゲーム世界の境界線が曖昧になってるような――」

 

 言いかけたその時、耳障りなサイレンがピタリと止み、同じ文章をずっと表示していたメッセージウィンドウに変化が生じた。

  

[自動修復プログラム起動。只今よりシステムの復旧を開始します。しばらくお待ちください。進捗率0%……]

 

 何を伝えたいのか私にはいまいち分からないが、にとりは小躍りしながらそのメッセージを指差した。

 

「わぁ、やった! コンピューターが異常を察知してくれたんだ。ひょっとしたら出られるかもしれないよ!」

「本当か!」

 

 それから進捗率のパーセンテージが進むにつれて、消えた装備品が徐々に復元されていき、50%に達した頃には完全に元通りになっていた。

 

「うんうん、一時はどうなることかと思ったけど、この調子でいけばゲームの続きができそうだね」

「そうだな」

 

 そう安心した矢先の事、進捗率が50%で停止したまま、ピタリとも動かなくなり、こんな画面が表示された。

                        

[自動修復プログラムにエラー発生。player2の行動[「恋符! 「マスタースパーク」]は本プラットフォームでは演算処理不能なエネルギーデータです]

 

「player2?」

「2人目のプレイヤー、つまり魔理沙のことだね」

 

[オンラインモードに変更。宇宙ネットワークのデータベースに接続し対処法を検索します]

[検索結果、player2の「恋符! 「マスタースパーク」」に類するデータは存在しません。宇宙法第10条3項に基づき、不明なエネルギーデータのアップロードを開始します]

[完了しました。当該データの解析を宇宙ネットワークアーカイブ機構に要請……受諾。不明なエネルギーデータの解析・参照を行っています]

 

 メッセージウィンドウに次々と出現する横文字だらけの文章は、何かとんでもない事をしているのではないかと私を不安にし、つい心の声が口から漏れてしまう。

 

「……これは何をやっているんだ?」

「うーん、宇宙ネットワークで魔理沙の魔法を研究しているみたいだねぇ」

「それはまずいんじゃないか?」

 

 そんな話をしている間にも、事態はどんどんと進行している。

 

[宇宙ネットワークアーカイブ機構より通達。『「恋符! 「マスタースパーク」」の解析に難航中。断片的な情報から、当該データは1万年前に失われたロストテクノロジー〝『魔法(マホウ)』″の可能性が高い。情報階級を最大レベルに引き上げ、全容解明に注力する』]

 

「えっ! ロストテクノロジーって、なんかとんでもない情報を見ちゃってない!?」

「ロストテクノロジーってなんだ?」

「直訳すると【失われた技術】だよ。過去には存在したけど、何らかの理由で現在では再現できない技術のことをそう呼ぶんだ」

「なるほど。それは興味深いな」

 

 地球における人間と妖怪の歴史のように、この星にも昔は妖怪のような存在がいたのだろうか。もしかしたら幻想郷に匹敵する場所も……。

 

[宇宙ネットワークアーカイブ機構より再度通達。『「恋符! 「マスタースパーク」」の解析に成功。只今より〝『魔法(マホウ)』″に対応したプログラムを其方に送信する』。パッチファイルのダウンロードを開始します……]

[ダウンロード完了。当該データのインストール及び〝『魔法(マホウ)』″に対応するシステムの構築開始……完了]

[player2が〝『魔法(マホウ)』″「恋符! 「マスタースパーク」」を実行したものとしてゲームを再開します。それぞれのplayerは所定の位置についてください]

 

 それを受けて辺りを見渡せば、にとりの少し後ろにいる魔王の腰の下と、私の真後ろの罅が入った柱に人型の立体的な白い点線が表示されており、それぞれ床に倒れるポーズと、足を伸ばしたまま背中を預けるように床に座るポーズとなっていた。

 

「これってつまり、ゲームが中断される前と同じ状況に戻れということか」

「うわ~折角ピンチを脱したと思ったのにまた絶体絶命の状況に戻るのは嫌だなぁ。再開したら絶対に殺されちゃうよ。なんとかならないかなあ」

 

 にとりは一度キョロキョロとした後、遠くの床に魔王に蹴とばされた聖剣を発見して駆けて行く。それから柄を掴み持ち上げようとするものの、まるで床に張り付いたかのようにびくともしなかった。

 

「駄目かぁ。剣さえあれば何とかなると思ったけど、ズルはできないんだなぁ。とほほ……」

 

 にとりは落胆しながら手を離していた。

 

「こうなったら魔理沙のマスタースパークに賭けるしかないね。ド派手に一発頼むよ?」

「おう、任せとけ!」

 

 そして彼女は空気椅子状態の魔王の腰の下に潜り込み、仰向けになりながら両手をダラリと伸ばす点線表示に合わせた姿勢をとる。

 私もまた点線表示をなぞるように柱を背に座り込む。

 

[player1、player2、共に所定の位置についたことが確認されました。それではゲームを再開致します]

 

 はてさて、私の切り札はどれだけ魔王にダメージを与えられるのか。ゲームの中の世界という前提条件があっても、結果いかんでは魔法使いとしての矜持に関わってくるだろう。

 時間が再度動き出した瞬間、期待と不安を胸に私は宣言する。

 

「恋符「マスタースパーク」!」

 

 今度はちゃんと成功し、右手の八卦炉から極太のレーザー光線が一直線に発射される。

 

「何っ!? うおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 上手く不意を突くことができたようで、にとりへ剣を振り下ろそうとしていた魔王の脇腹に直撃。勢いが減衰することなく、軌道上にあった壁も貫通していった。

 

「おの……れ……この……我が…………」

 

 魔王がそのまま倒れ伏して動かなくなった所で、ファンファーレが鳴り渡り、以下の画面が表示された。

 

[Congratulations! Game Clear!]

 

「やったね魔理沙! 魔王を倒したよ!」

「あ、あぁ」

「やっぱりゲーム内の魔法よりも、本物の魔法使いが使う魔法の方が凄いんだね! 流石だよ!」

 

 起き上がったにとりは笑顔を浮かべ、興奮気味に私を讃えていたが、当の私は嬉しさや達成感よりも驚きの方が勝っていた。

 

(まさか本当に一発で倒せるとはな……!)

 

 この魔法は魔法使いを志した時からずっと腕を磨き続けてきた魔法なので、かなりの自信があった。

 しかし相手は魔界に君臨する魔族の王で、これまでの戦いでも私達を圧倒して来た強者だし、たとえ綺麗に決まったとしても苦戦するだろうと思っていた。

 だが実際に魔王のHPは0になり、にとりの後ろでうつ伏せに倒れている。

 人間と魔族の最終決戦がこんなあっさりとした幕切れで良かったのだろうか。

 

「勇者様ー! オリーベ様~! ご無事ですか~?」

「こっちも粗方片付きましたよー!」

 

 入り口の扉の奥から聞こえてくる男女入り交じった人々の声。その足音はだんだんと近づいてきている。

 

「どうやら下の戦いにも決着が付いたみたいだね。それじゃあいこっか。きっと素晴らしいエンディングが見れるよ」

 

 差し伸ばされたにとりの手を取り、私達は魔王の部屋を後にした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

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次回投稿日は9月13日の予定です。


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第207話 魔理沙の推論

誤字修正しました


「――!?」

 

 刹那の瞬間にフラッシュバックした出来事に、私は足を止め、今一度周囲を見渡した。

 魔王城は完全に崩れて瓦礫の山になっているし、私とにとりの他に人の気配もない。

 

(今のは一体……)

 

 私の感覚的には、魔王に追い詰められてマスタースパークを撃とうと八卦炉を構えた瞬間まで突然時間が巻き戻り、そこから今に至るまで一瞬で追体験したような感覚で、夢や妄想だと一蹴するにはあまりにもリアルだった。

 

(う~ん、この記憶は何を意味するんだ?)

 

『大きな歴史の分岐点で過去の自分に影響を及ぼした場合、魔理沙の記憶も先の妹紅の例のように再構築されるわよ』

 

 真っ先に思い浮かんだのは、かつて時の回廊で語られた咲夜の言葉だった。 

 この話をされた時は、私の主観的時間において、にとりと妹紅と一緒に未来の幻想郷の存続を目指して、過去へ未来へ東奔西走していた頃だった。

 それから紆余曲折を経て幻想郷が存続する歴史になった時、私達とタイムトラベルを共にした記憶と、平和な幻想郷で安穏と過ごした二つの記憶を持つ妹紅になっていた。

 私の身に降りかかっている現象は、この時の妹紅と非常によく似ているが、大きな違いが一点だけある。それは歴史改変の結果だ。

 というのも――

 

「難しい顔してどうしたのさ魔理沙?」

 

 思索に耽る私を呼び戻す声。気づけばにとりが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 そういえば記憶の中ではにとりと一緒に魔王と戦っていた。彼女は何も思い起こさなかったのだろうか。

 

(一応確かめてみるか)

 

「なあにとり。お前が魔王に組み伏せられた後、どうやって倒したんだっけ」

「えぇっ、忘れたの? 魔理沙のマスタースパークがムーンフォールになって、落ちて来た月が魔王に当たって、その後瀕死になった魔王に私がトドメを刺したんでしょ?」

「……やっぱりそうだよな。実はな――」

 

 私は先程甦った記憶の内容と、自身の考えをにとりに話していった。

 

「――というわけなんだよ」

「うーん、あいにく私にはそんな記憶がないけど、魔理沙が嘘を吐くとは思えないし本当のことなんだろうね」

「にとりはこの事についてどう思う?」

「そうだねぇ……。魔理沙の話だと、魔王を倒してゲームクリアという結果は同じだけど、魔王を倒す手段が違っていたんだよね?」

「ああ」

「私の時もそうだったけどさ、大きな歴史の分岐点でもない限り再構築は行われないんでしょ? それなのに結果が同じってことはおかしくない?」

「私も同じ事を考えていたんだ」

 

 先程挙げた例になぞらえるなら、300X年の妹紅は未来の幻想郷の存続によって、私の手で行った直近の歴史改変では、霊夢・アリス・パチュリー・咲夜・にとりがマリサの魔法使い化によって記憶の再構築が起こっていた。

 しかし今回に至ってはその〝結果″が不明瞭だ。世界が興隆したわけでも、誰かが復活したわけでもなく、マスタースパークの有無によって魔王にトドメを刺す方法が異なっただけに過ぎない。

 現実の世界ならまだしも、ここは架空の世界だ。ここでの出来事が現実の歴史にまで影響が及ぶなんて考えにくい。

 そんな私の意見をにとりに伝えると、考える素振りを見せながらこう言った。

 

「結果が同じだとすると、その過程に何か大きな意味があるのかな?」

「過程か。怪しいのはシステム? のエラーで、ゲームが中断されたことぐらいだが……」

「このゲームのコンピューターは宇宙ネットワークに接続して、エラーを修復したらしいね」

 

 西暦300X年の私は、宇宙ネットワークの危険性――正確には宇宙ネットワークを通じてリュンガルトにタイムトラベルの痕跡を発見される事を恐れていたが、これらと何か関連性があるのだろうか。

 

「そういえばあの時、私の〝『魔法(マホウ)』″は1万年前に失われたロストテクノロジーだって表示されてたな。ということは、現実に魔法があることが知られたらまずいから、過去改変が発生したってことなのか?」

「いやいや、それならもっと前のコレノアドス国立公園で空を飛んだ時に起きてもおかしくないでしょ」

「それもそうか」

「……」

「……」

 

 私達の間に少しの沈黙が流れたが、にとりは思い出したように口を開く。

 

「よくよく考えてみたら、マスタースパークがムーンフォールになったのもおかしい気がする」

「なんでだ?」

「だってさ、魔理沙の見た過去の記憶では宇宙ネットワークアーカイブ機構だっけ? そこで解析して〝『魔法(マホウ)』″プログラムを構築したのにさ、この歴史では魔理沙の〝『魔法(マホウ)』″を検知した上でゲーム内の魔法に置き換えたんだよ? これってさ、予めこのゲーム内に〝『魔法(マホウ)』″プログラムが組み込まれてたってことだよね」

「そう……なるのか?」

「どれだけCPUやAIが進化した所で、コンピューターは元々インプットされてない行動は取れないからね。私達だって知識に無いことを実践できないでしょ?」

「……確かに」

 

 釣り竿があっても、正しい使い方を知らなければ魚を釣る事ができない。

 にとりはそういう事を言いたいのだろう。

 

「事前に私達の行動を予測して、〝『魔法(マホウ)』″プログラムを埋め込む。こんな芸当ができるのは間違いなく未来の魔理沙じゃないかな。魔法はもちろん、高度な科学文明にも精通しているからね」

「ううむ……」

 

 確かに、300X年で顔を突き合わせた魔理沙は機械に詳しかった。まだ私に明かしていない秘密があるというのか……?

 

「こうなったら自分で調べるしかなさそうだな。ひとまずゲームはやめて外に出ようぜ」

「ええっ! 後はエンディングを楽しむだけなのにそれは勿体なくない?」

「そんな呑気に遊んでいる場合じゃないだろ。過去改変が起きてるかもしれないんだぞ」

「むう……仕方ないか。今ログアウト処理を始めるね」

 

 にとりが空中に出現した画面を操作すると、私達の前に扉が出現する。それは私がこのゲームに入った時の扉と全く同じデザインだった。

 

「あの扉からゲームの外に出れるよ」

「よし、じゃあ行こう」

「はいはい」

 

 私は気が乗らなさそうなにとりを連れだって、扉を通っていった。

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

 霧雨魔理沙と河城にとりがゲームの外に脱出した頃。

 首都ゴルンの何処かにある人気のない路地裏では、宇宙ネットワークとは位相が異なる電子空間が展開されており、見えない壁となって周囲と同化していた。

 その電子空間の中では、一人の少女が高層ビルの壁に背を預け、携帯端末に搭載された9インチの画面を眺めている。

 サイボーグ化やブレイン・マシン・インタフェースによる電子生命化が標準的なこの文明において、生身の人間がオーソドックスな機械端末を操る事は極めて珍しい光景だった。

 

「……」

 

 画面にはVRARPG『勇者アードスの伝説』の中の荒廃した魔界が映っており、彼女は一言も発することなく、真剣に画面に注視し続けている。

 今から遡ること10分前、彼女は霧雨魔理沙が『勇者アードスの伝説』に入ったのを見計らって、時間速度が1440分の1――『勇者アードスの伝説』内の時間経過と同等――に設定した電子空間を周囲に構築し、そこから『勇者アードスの伝説』にハッキングすることで、外部からゲーム内の状況を監視し続けていた。

 この電子空間は強固なファイアーウォールによって外部からの侵入・検知は困難となっており、サイバーポリスによる監視の目を巧妙に逃れていた。

 

「……」

 

 それからも彼女が期待を込めて画面を注視し続けていると、荒廃した魔界に変化が生じ、以下のようにシステムメッセージが表示された。

 

[……時限プログラムの起動開始。〝『魔法(マホウ)』″プログラムに紐づけされた全データの完全削除が実行されました。なおこのログも自動消去されます] 

 

「……!」

 

 メッセージを確認した少女は満足するように頷いた後、電子空間とハッキングの痕跡の消去を行い始める。

 やがて全てを終えた少女は、携帯端末をしまいこみ、路地裏を後にする。そしてそのまま雑踏の中に紛れて行った。

 



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第208話 魔理沙の推理

 ――side 魔理沙――

 

 

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後5時50分(協定世界時)――

 

 

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 ゲームの世界を出て、エントランスホールまで戻って来た私達を待ち受けていたのは、私を案内した時の女性店員だった。

 

「現実では決して味わうことのできない幻想と魔法の世界、楽しむことができましたか?」

「まあな」

「さようでございますか」

 

 私の素っ気ない返事にも、この女性店員は笑顔を絶やさずに応対していたが、専ら関心事は他にあった。

 

(パッと見た感じではこの店に変化は無さそうだな。……ちょうど良い機会だ。私の見た記憶がどこまで正しいのか確認してみるか)

 

 一度グルリと見回して判断した私は、女性店員に問いかけた。

 

「なあ、私達がゲームで遊んでいる時、何かおかしなことはなかったか?」

「おかしなこと、というのが何を指すのか分かりませんが、ゲーム環境につきましては、お客様が快適に遊ぶことができるように万全の体制を敷いております。もちろん問題があったという報告もあがっていませんよ」

「ふ~ん。じゃあ宇宙ネットワークアーカイブ機構ってのは知ってるか?」

「少々お待ちください……」

 

 女性店員は一度虚空に目線をやった後、私へと視線を戻し、口を開いた。

 

「お待たせしました。宇宙ネットワークを通じて宇宙のありとあらゆる事象、情報を蓄え、分析・管理する組織のことですね」

「その情報ってのは誰でも知ることができるのか?」

「この機構では独自の判断基準に基づいて、全ての情報に10段階のランクを付けて管理しておりまして。高ランクの情報ほど制約が厳しくなりますが、基本的にはどなたでも無料で情報を利用することができます」

「そいつは便利だな! どうやれば利用できるんだ?」

BMI(ブレインマシンインターフェイス)機能を有効にした後、宇宙ネットワークアーカイブにアクセスする意思を強く持つだけでサーバーに繋がりますよ。……ですが、匿名でのアクセスはいかなる状況においても認められておりませんので、お客様は残念ながらご利用できませんね」

 

 不便だとは思うけど、理屈としては納得できる。

 ゲームを選ぶ時もそうだったし、ひょっとしたらこの星では匿名だとできる事が少なくなるのかもしれないな。

 

「他に何かご質問はありますか?」

「タイム――ああ、ええと。私には私そっくりな姉妹がいるんだけどさ、ここに来てなかったか?」

「いえ、見ていませんが……」

 

 女性店員は困惑した様子で答えていた。まあそう簡単に尻尾を出すはずもないか。

 

「色々と答えてくれてありがとう。それじゃ私達は帰るよ」

「またのお越しをお待ちしております」

 

 女性店員の深々としたお辞儀を背に私達は店を後にして、メイト電気街メイト通りに移動した。

 地球基準では夕方に差し掛かる時間帯ではあるが、日が傾くことはなく雲一つない青天が広がっており、天まで届きそうな高層ビルがメイト通りを影で覆っている。

 等身大の視点に戻せば、宇宙ネットワーク上に築かれた仮想世界の街並みが広がっており、高層ビル一面に表示されている色とりどりの広告は、目が痛くなりそうなまでに圧倒的な情報量だ。

 宣伝されている商品が機械製品や宇宙船の部品ばかりなのは、このエリア特有の手法なんだろう。

 人の勢いもいまだ衰えず、通り沿いに店を開く電気店に吸い込まれる人々や、道路の真ん中に瞬間移動したり消えたりする人々が目立つ。仮想世界でなければ人混みの多さでパンクしていてもおかしくない。

 

「これからどうするつもりなの?」

「怪しいのは宇宙ネットワークアーカイブ機構なんだが……自分の素性を明かさなきゃいけないのはなぁ」

 

 私は秘密主義者ではないのだが、300X年の魔理沙が辿った歴史を考えるとその選択はできない。彼女の願いを考えたら尚更だ。 

 

「う~ん、街の中を練り歩いて変化した部分を地道に見つけていくしかないのか? にとりも手伝ってくれよ」

「そう言われても、私には改変前の歴史の記憶がないから比較のしようがないし、もし記憶を持ってたとしても、例えばお店の名前が変わった、とか、街を歩く人の顔ぶれが違う、みたいな些細な変化だったら分からなくない?」

「むむ……」

「ただ闇雲に探したって時間を無駄にするだけだし、行動指針を決めて動いた方がいいんじゃない?」

「そうだな」

 

 にとりの言い分にも一理ある。ここは少し考えてみよう。

 まず今私がいるこの歴史は、既に未来の複数の私によって『宇宙ネットワークによるタイムジャンプの観測不能』と歴史が修正されている。

 そこからさらに歴史を修正するとしたらどうなるんだ? ゲーム中に想起した記憶では、マスタースパークが原因でゲームが止まり、宇宙ネットワークを利用してゲームを直していたけど、それと何か関係があるのか?

 というより、今の歴史が改変後の世界であるならば、私が過去の痕跡を探し回ることで、未来の私の想定とは違う方向へ歴史が進んでいかないだろうか。

 

(う~ん……)

 

 腕を組みながら悩んでいると、その心を読んだかのようににとりがこう言った。

 

「随分と悩んでるみたいだね?」

「情報が足りなすぎて、行動の取っ掛かりを掴めないんだよ」

「過去や未来にも神経を尖らせなきゃいけないなんて、タイムトラベラーって大変だよねぇ」

「本当にどうしたもんかな……」

「ああ、いたいた。やっと見つけたわ」

 

 聞き覚えのある声が響き、声のした方へと振り向くと、そこには憮然とした様子で私を睨む咲夜の姿があった。

 

「咲夜。久しぶりだね~」

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないわ。集合時間になっても全然来る気配がないから、呼びに来たのよ」

「あれっ、もうそんな時間だったっけか」

 

 脳内時計に意識を向けると、『B.C.3,899,999,999/08/18 18:10:15』となっており、約束の時間を10分15秒オーバーしてしまっていた。

 

「やっぱり忘れてたのね。貴女達以外みんな揃ってるわよ。早く行きましょ?」

「ああ。わざわざ手間をかけさせてすまなかったな」

 

 ひとまずここは素直に従っておいた方がいいだろう。咲夜に頷き、私達はトルセンド広場に向かって歩き始めた。

 

「ところで貴女達は時間が遅れるほど何をしていたのかしら?」

「私はジャンク屋で宇宙飛行機に使えそうなパーツを漁った後、VRゲームをやったんだけどさ。これがもう凄く面白くて!」

「あら、どんなゲームなの?」

「勇者アードスの伝説っていうRPGでさ――」

 

 咲夜に得意げにゲームの話を語るにとりを見て、私は妙案を思いついた。

 

(そうだ! 咲夜なら私の記憶について知ってるかもしれないな)

 

「――って訳!」

「ふふ、随分と楽しそうね」

 

 私はにとりと会話がひと段落した所を見計らって、切り出した。

 

「なあ咲夜、少し聞きたいことがあるんだが」

「なにかしら?」

「私もにとりと同じゲームをしてたんだけどさ、その時に――」

 

 先程身に起きた出来事を語りかけたその時、陶酔するような感覚と共にデジャブが発生する。

 

(っ! まさかまた――) 

 

 考える間もなく、私の脳裏に記憶が甦っていった。

 




次回投稿日は9月30日です。


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第207話 (2) 魔理沙の記憶② サイバーポリス(前編)

最高評価及び高評価ありがとうございました。


今回の話の時系列は、
『第206話(2)魔理沙の記憶 それぞれの時間④ 魔王戦(後編)』から繋がっています。



―――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後5時53分(協定世界時)――

 

 

 

「いや~楽しかったねぇ」

「ああ、そうだなぁ」

 

 ゲームの世界から帰って来た私とにとりは、ゲーム内の出来事を思い返しながらエントランスホールへと続く通路を歩いていた。

 あの後異世界へと通じる次元の歪みを通ってアルメディア王国の王都へ戻ると、私達の帰還を待っていた大勢の臣民達から盛大に祝福され、英雄として祭り上げられた。

 王城ではアルメディア王から魔王討伐の功績を讃えられ、にとりは次期国王になる姫様の近衛騎士として、そして私は王都に接する広大な領地と公爵位を与えられ、一介の村娘だった私は大出世を果たすこととなった。

 更に祝勝会と称して、肉山脯林の宴が三日三晩に渡って開催され、魔界で共に戦った仲間達と心ゆくまで楽しみ、ゲームのプレイ時間が無くなる最後の瞬間まで、非常に贅沢な時間を過ごした。

 それはもう、現実に帰るのが惜しくなる程に。

 

「宴会料理やお酒はどれをとっても美味かったなぁ。あぁ、思い返すだけでよだれがでてきちゃうよ」

「世界が平和になって、人々に笑顔が溢れててさ、まさに大団円って感じのエンディングだったな。軍の人達も皆気さくで良い人ばかりだったし、あの世界に永住したいくらいだよ」

「アハハ、そうだね」

 

 やがてエントランスホールに辿り着くと、がらんとした室内の中で、受付カウンターで何かを話している二人の女性が視界に入る。

 片方はゲーム世界に私を案内した女性店員だが、もう一人は群青色のスーツを着こなす背の高い金髪女性で、彼女は女性店員と違って〝実体″がちゃんとあった。

 

(なんだか真剣な雰囲気だな。話しかけない方が良いか)

 

 そう思って無言で退店しようとしたが、私達に気づいた女性店員がこっちを指差した。

 

「出て来ました。彼女達です」

 

 女性店員が金髪女性にそう言うと、彼女は私達の進行方向を塞ぐように近づいてきた為、仕方なく足を止める。

 

「すみません、私はサイバーポリスのフィーネという者です。少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

 

 彼女が丁寧に頭を下げると、私との間に半透明の枠で囲まれた画面が浮かび上がる。それには縦横斜めの線が網目のように織り込まれた記章と、彼女の顔写真と名前が表示されていた。これは身分証みたいなものだろうか?

 彼女の容姿を簡単に説明すると、私と同じ金色の髪を肩まで伸ばし、兎のように赤い瞳をしており、シュっとした鼻筋に健康的な唇と、同姓の私から見てもかなり整った顔立ちだ。

 頭には身分証と同じ記章が施された群青色の帽子を被り、群青色のスーツの下に白いワイシャツと赤色のネクタイを締め、革靴を履いたフォーマルな格好をしている。シャロンのように外見に動物的な特徴もなく、私達と同じ肌の色をしていることからアプト人のようだ。

 背丈はゲーム内で戦った魔王よりも高く、しなやかな体躯に凛とした声も相まって、男装の麗人という形容詞がぴったりと当てはまる女性だ。

 

「サイバーポリスってなんだ?」

「……それは本気で言っているのですか? 宇宙ネットワーク内の秩序と安全を維持し、利用者の生命データ・財産の保護や、犯罪の予防・捜査、被疑者の逮捕を行う政府機関のことです」

 

 口をついてでた疑問に、フィーネと名乗ったサイバーポリスは困惑していた。

 もしかしてこの星の住人なら常識レベルで浸透している組織なのか?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、にとりは「幻想郷でいう自警団、外の世界でいう警察と同じ役割を果たす組織のことじゃない?」とフォローする。

「あぁ~なるほど。それで、そのサイバーポリスが何の用だ?」

「別に私達は警察にお世話になるようなことをした覚えはないよ」

 

 そう話すにとりに頷くと、彼女は理由を語りはじめた。

 

「今から3分前、こちらの店舗で貴女達が『勇者アードスの伝説』をプレイしている最中にシステムエラーが発生したそうですね。その原因がロストテクノロジーによるものだと、宇宙ネットワークアーカイブ機構から連絡がありまして、事情を伺いに来たのですよ」

「3分前? ……あぁ、あの時のことか」

 

 そういえばゲームの中と外では時間の流れが違うんだったな。私の体感時間的には既に三日前の出来事だ。

  

「それって警察の仕事なの? どっちかといえば民間企業の範疇じゃないの?」

「確かに単なるシステムエラーであれば我々の出番はありません。しかし今回のエラーには宇宙ネットワークアーカイブ機構が関わっています。公共性の高い社会インフラに関する事件は我々の管轄になるのですよ」

「ふーん……」

「詳しく話を聞かせてもらえますか?」

「どうする魔理沙?」

「まあまだ集合まで多少時間があるし、少しくらいなら大丈夫だろ」

 

 特に断る理由もないし、不慣れな土地で下手な行動をとるくらいなら、ここは彼女に協力して手早く済ませた方が良いだろう。

 

「ありがとうございます。早速話をお伺いします……あら?」

 

 彼女は私とにとりを見て、何かに気づいたような声を漏らしていた。

 

「なんだよ?」

「貴女達は匿名特権をお持ちの方でしたか。恐れ入りますが、宇宙ネットワークIDを提示してもらえますか?」

「えっ?」

「ここのところ匿名特権を悪用した事件が増加傾向にあるので、最近では宇宙ネットワークIDの確認を義務付けられているのです。お気を悪くするかもしれませんが、どうかご協力願います」

「いやそうじゃなくてさ」

「……? 最初に宇宙ネットワークへ接続した時に表示されませんでしたか? 貴女の顔写真と20桁の数字、遺伝子情報・個人情報、渡航情報等が記録された識別情報のことなのですが」

 

 不思議そうに私を見下ろすフィーネにどう答えたものかと考えていると、にとりがこっそりと耳打ちしてきた。

 

「ねえ、魔理沙。この警察官が言っている宇宙ネットワークIDってさ、多分アンナのメモリースティックに入ってたデータのことだと思うんだけど」

「そういえば、地図と一緒にそれっぽいのがあったな。けどもう折っちゃったから使い物にならないぞ」

「だよね。今の私達は身分を証明できるものが何もないし、そもそも正式な手続き無しにこの星に入ってるわけだから、ちょっとまずい状況かも……」

「それに匿名特権ってなんなんだろうな?」

「この眼鏡をくれたのはアンナだし、彼女なら何か知ってるかもしれないけれど……」

「何をこそこそと話しているのですか」

 

 私達の内緒話を遮るように発せられた言葉には幾らか棘があり、先程までのへりくだった態度から一転し、此方を訝しむような態度になっていた。

 

「たかだか宇宙ネットワークIDの提示にここまで渋るとは。まさか貴女達、リュンガルトのメンバーではないでしょうね?」

「リュンガルトだって!?」

 

 未来の私が苦渋を飲まされるはめになった元凶の名前を思わぬ所で聞き、自然と顔が強張ってしまうのを感じる。

 

「その反応、やはり何か関わりがあるようですね。素直に白状しなさい。今ならまだ任意聴取で済ませてあげますよ?」

 

 動揺をうっかり顔に出してしまったことが良くなかったのか、ますます彼女に怪しまれる結果となってしまったようだ。

 

「いやいや、私達はただ観光してるだけだってば。というか、なんでこの話の流れでリュンガルトが出て来るんだよ?」

「問答するつもりはありません。否定するのであれば宇宙ネットワークIDを早く見せなさい! これは最後通牒ですよ!」

 

 彼女は目に見えて苛立っており、その左の手の平にはミニチュアサイズの檻が浮かびあがっていた。状況から察するにあれで私達を捕まえるつもりなのだろうか。

 後ろに見える女性店員の視線も痛く、なんだか雲行きが怪しくなってきている。

 この不穏な空気をにとりも感じ取ったようで、再び私に耳打ちしてきた。

 

「な、なんか良くない雰囲気だよ。どうしよう魔理沙?」




いつも読んでくれて感謝します


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第208話 (2) 魔理沙の記憶② サイバーポリス(中編)

「ここで捕まるのは避けたい所だけど……逃げるのは難しいだろうな」

 

 ここが異境の地である以上土地勘は相手にあるし、テクノロジー水準的に何となくだけど単純な鬼ごっこでは済まない気がする。

 かといって実力行使に打って出るのは下策だ。

 仮にこの場で彼女をなんとかできたとしても、義憤に駆られた彼女の仲間が血眼になって私を捜しまわるだろうし、もし捕まったらどんなことをされるか分かったものじゃない。

 私としても暴力に訴えるような手段は使いたくないし、他の皆にも迷惑がかかってしまう。だからこれは無し。

 タイムジャンプを駆使すればこの状況を解決できるだろうけど、私の信条としてはこんな所で時間移動はしたくない。

 基本的に時間移動をするタイミングというのは、人の生死に関わる事柄や、歴史の分岐点、確定した事象等、条理を覆さなければ現状を打破できないようなどうしようもない時だと考えている。

 それに比べればまだまだ挽回できる可能性が充分にあるし、無かった事にするにはまだ早い。

 もう一つ見過ごせないのは、フィーネの口から飛び出した『リュンガルト』というワードだ。

 未来の私が体験した歴史を考慮するならば、何故彼女はリュンガルトの名前を出したのか、その真意を見極めなければいけない。

 未来の私が託した真・タイムジャンプを信じてない訳ではないけれど、迂闊に時間移動して再び改変前の歴史へと収束することになれば目も当てられない訳で、慎重にならざるを得ないのだ。

 長々と考えてしまったけれど、結局のところ、まだタイムジャンプを使うタイミングではない、と私は思う。

 

「ならどうするの?」

「とりあえずアンナに相談してみるよ。彼女なら何か対処法を知ってるかもしれないし」

 

 フィーネは完全に私を疑ってかかっているし、私の口から事情を伝えても信じてもらえない可能性がある。第三者の証言が必要だ。

 私はアンナから教えてもらったやり方で彼女に電話を掛けると、幸いなことにすぐに電話が繋がった。

 

『はい、どうしましたか?』

 

 フィーネの訝し気な視線を気にしつつ、私は今置かれている状況をアンナに簡潔に伝える。

 

『――というわけなんだ。どうしたらいい?』

『まあ、大変! 今そちらへ向かいますね!』

 

 通信が切れるとほぼ同時に、私の隣に光の粉ようなものが集まりはじめ、閃光と一緒にアンナがその場に瞬間移動してきた。

 移動したばかりの彼女は街の人々のように半透明に透けていたが、数秒後には元の実体へと戻っていた。

 

「マリー、にとりさん!」

「よく来てくれたな。彼女がそのサイバーポリスなんだ」

 

 そう言いながら指差すと、アンナは驚き、きょとんとしながら呟いた。

 

「ええっ、フィーネ……?」

「アンナ? どうして貴女がここに?」

 

 対するフィーネもまた、アンナを捉えた瞬間困ったような表情になり、先程よりも穏やかな声で答えていた。

 

「知り合いなのか?」

「彼女は同じ大学に通っていた友達なんです。まさかマリー達を捕まえていたのがフィーネだったなんて」

「私は職務を全うしただけよ。それよりもアンナ、この二人とはどういう関係なのかしら?」

「ほら、昨日話した天の川銀河の惑星探査ミッションで出会ったお友達だよ。私が彼女達をこの星に招待したの!」

 

 その言葉にフィーネは私とにとりを一瞥した後、続けてこう言った。

 

「……なるほど。大体の疑問は解けました。アンナ、自分が何をしたのか分かっているのですか? 圏外の異星人を招待するだけならまだしも、監査にかけることもなく独断でCRF(次元変換機能)デバイスを貸与し、あまつさえ匿名特権まで与えるなんて、職権濫用に問われてもおかしくないのですよ?」

「彼女達はリュンガルトの被害者として匿名特権を受ける資格を充分満たしています。それにマリー達は悪い人じゃないわ! 私が保障するもの!」

「それを判断するのは貴女ではなく、監査委員会と司法ですよ。……こんなことになるなんて、残念だわ」

 

 失望を浮かべたフィーネが左手の平に浮かんでいるミニチュアサイズの檻を使おうと、腕をゆっくり降ろしていくが、アンナがその腕を掴んで止めた。

 

「ま、待ってフィーネ! せめて話だけでも聞いて! それからでも遅くないでしょ? ねっ?」

「…………」

 

 必死に懇願するアンナを見てしばらく考え込んでいたフィーネは、やがて檻を消滅させた。

 

「……ふぅ、貴女がそこまで言うのなら仕方ないわね」

「ありがとうフィーネ!」

「ただし、話を聞いて明らかに違法だと判断した時は、容赦なく連行するわよ?」

「うん。分かってるわ」

 

 アンナは覚悟を決めたように頷いていた。

 

「では一旦外に出ます。貴女達もついてきてください。そこで話を伺いましょうか」

「ああ」

 

 女性店員の痛い視線を感じつつ、私達はフィーネに連れられるように店を後にした。

 

 

 

 

 外は地球基準だと夕方に差し掛かる時間帯ではあるけど、澄み切った青空のてっぺんで太陽が燦燦と輝いており、天を貫く幾多の高層ビル群がメイト通りを影で覆っている。

 視線を降ろすと、宇宙ネットワーク上に築かれた仮想世界のエレクトロニックな街並みが広がっており、高層ビル群の一面に表示されている多種多様の広告は、目が痛くなりそうなまでに圧倒的な情報の洪水だ。

 街行く人々もいまだ多く、通り沿いに店を開く電気店に吸い込まれる人々や、道路の真ん中に瞬間移動したり消えたりする人々が目立つ。

 実体があるのは私達四人だけだろう。仮想世界でなければ人混みの多さでパンクしていてもおかしくない。

 

「この辺りで良いでしょう」

 

 店を出てすぐの道端でフィーネがおもむろに指が弾くと、私達の周囲に薄い白色の結界が出現し、喧騒に包まれた街が一瞬で静まり返った。

 

「何をしたんだ?」

「周囲に遮音遮蔽フィールドを展開しました。外からは私達の姿も見えず、声も漏れないようになってますので、プライバシーは万全です」

 

 アンナがマンションで使った遮音フィールドの強化版みたいなものだろうか。

 

「それでは詳しい事情を聞かせてもらいたいところですが、まずはアンナ、彼女達の宇宙ネットワークゲストIDを提示してください」

「うん」

 

 二度瞬きしたアンナが胸の手前近くにある空間をタッチすると、半透明の枠に囲まれた小さな窓が出現する。

 それには私が真っ二つに壊したアンナのメモリースティックに入っていたデータと同じ情報が記載されていた。

 

「あぁ、やっぱり私の思った通り」

「ふむ……」

 

 自身の予想的中に頷くにとりの横で、フィーネは渡された情報に目を通した後、私に視線を向けた。

 

「貴女が霧雨魔理沙で、其方の貴女が河城にとりですね?」

「ああ」

「そうだよ」 

「ちゃんとゲストとして正式に招待してるから、問題はないですよね?」

「今データベースに接続して確認するわ」

 

 そう言うと、彼女の前に新たな半透明の枠が五つ出現し、それぞれの枠内に表示された文章を読み比べていく。

 どういう仕組みなのかは分からないが、それらの文章は日本語に翻訳されなかったので、私が読み解くことはできない。

 

「確認したわ。確かに発行記録はあるみたいだけど、入国管理記録にはゲストIDが使用された記録が残っていません。これはどういうことですか?」

「ええと、それはその……」

 

 口ごもってしまったアンナは助けを求めるように私をチラチラと見つめている。

 

「うわぁ~痛いところを……」

 

 またもや自身の懸念が当たってしまい、にとりは苦々しげに呟いていた。

 

「まさかアンナ、彼女達は密入国者ではないでしょうね?」 

「それについては深い事情があるんだ。話してもいいか?」

 

 私が一歩前に出て会話に割り込み、フィーネを強く見据えると、彼女の追及は此方に向いた。

 

「……伺いましょう」

「このことは他言無用で頼むぜ?」

「もちろんです」

 

 そう前置きして私はここに至るまでの経緯を語っていく。

 といっても全てを語ると長くなってしまうので、霊夢や幻想郷に纏わる話は殆どせず、アンナと出会うことになるきっかけや、リュンガルトに関する話を重点的に話していく。

 

「――というわけなんだ」

 

 話の途中途中でアンナとにとりからもフォローが入ったこともあり、今まで以上に円滑な説明ができたと手ごたえを感じていたのだが。

 

「…………はぁ」

 

 話を聞き終えた彼女は、落胆したように首を振り、大きく溜息を吐いていた。

 最初は真剣に聞いていた彼女だったが、話が進むにつれてたんだんと疑いの眼差しが強くなっていき、今は不信感をはっきりと顔に出している。

 しかし私にとってはこの反応すら慣れたものなので、落ち込んだりはしない。

 

「まあ事情は理解しました。百歩譲ってリュンガルトの話は考慮しましょう。貴女の話には我々が掴んでいる非公開情報との共通点も多い。……ですがその理由がタイムトラベラーだからって、なんなんですか。そんなものあるはずがないでしょう。妄想も大概にしなさい」

「いやいや、全部本当のことだってば。なんでそんな頭ごなしに否定するんだよ」

「それなら映像、音声、あるいは紙や石版といった原始的な媒体でも構いません。貴女の存在を客観的に証明できる記録媒体はないのですか?」

「今までの私のタイムトラベルを年表にして纏めた本なら自宅にあるけど」

「その本にはこの星、あるいはこの銀河でタイムトラベルをした記録はありますか?」

「……いいや、書いてないな」

「それでは残念ですが証拠になりませんね。貴女の星の歴史について我々は確かめようがありませんから、仮に正確な情報だとしても我々にはその信憑性を確認する手段がありません」

「むむむ……」

 

 確かに彼女の言葉通りかもしれない。

 歴史は勝者が作る、なんて言葉があるように、複数の視点から見ない限り正しい歴史を知ることは困難な訳で……同じ星ですら大変なのに、遠く離れた時代の星の歴史ともなると、歴史の正しさを実証するのは不可能に近いだろう。

 加えて歴史改変の鍵になるようなモノでもない限り、記録は消えてしまうし、当事者を除いて改変前と改変後の歴史をしっかり認識できるのは私だけだ。

 唯一私のことを証明してくれるのは時の回廊にいる咲夜くらいだけど……、彼女はあくまでも観測者としてのスタンスを崩さないだろうし、助け船は出してくれないだろうなあ。

 

(弱ったな……)

 

 こうなってくると、今まで正体を打ち明けた際に、相手に割とすんなり信じて貰えたのはかなり恵まれてたんだなと思う。

 初対面の人間にタイムトラベルを信じてもらうのが、こんなにハードルが高いことだったなんて思いもしなかった。

 これからどう話したものかと考えていると、聴き手に回っていたアンナが口を開いた。

 

「ねえフィーネ、マリーの話は全て真実よ。昨日私が惑星探査中にピンチになった話をしたでしょ? 今私がここにいるのも彼女のおかげなんだから」

「『宇宙船の異常で地球に墜落して、途方に暮れていた所を現地の人に助けて貰った』……ですか。その助けて貰った人の正体が『約39億年後』の地球から来たタイムトラベラーだと?」

「うん。マリーとの約束があったから秘密にしてたの」

「……ねえアンナ、貴女騙されてない? 貴女って昔から純粋な所があるから、心配なのよ」

「フィーネこそどうして信じてくれないのよ! 貴女こそ昔から頭でっかちなんだから!」

「なっ、その言い草はなんですか! 私は貴女を心配して……!」

「お、おい落ち着けよ二人とも」

 

 ヒートアップしつつあるアンナとフィーネの仲裁に入ると、アンナは「ごめんなさい」と小声で謝り、フィーネは困った顔で再度大きな溜息を吐いた。

 

「……はぁ。このままでは埒があきませんね。それではこうしましょうか」

 

 フィーネは私を見ながらさらに話を続ける。

 

「霧雨さん、貴女があくまでタイムトラベラーだと主張なさるのなら、私の目の前で実際にタイムトラベルしてください。それができれば貴女の主張を全面的に認め、人道保護に基づく特例措置を適用できるよう上に掛け合ってみましょう」

「その特例措置ってのはなんだ?」

「この星には母星で深刻な人権侵害を受けている異星人を受け入れる制度があるのですが、審査に時間を要します。ですが避難の為の緊急性を認められれば、アンナの職権濫用や貴女達の密入国も事後承諾として不問にされるでしょう」

「……つまり大手を振って出歩けるってことか?」

「その認識で合ってます。ただしもし実証できないようであれば、アンナは職権濫用、貴女方両名を密入国及び情報改竄の容疑で逮捕します」

「逮捕って、いくらなんでもそれは酷くない?」

「私だって本当は親友を逮捕したくありませんよ。ですが明確な証拠が揃ってしまった以上、庇うことはできません。司法の場に向かう前にチャンスを与える事が、私にできる最大限の譲歩だとご理解ください」

 

 その言葉は、毅然とした態度を取り続けていた彼女が初めて胸の内を開けたような、そんな印象を受けるものだった。



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第208話 (2) 魔理沙の記憶② サイバーポリス(後編)

投稿が遅くなってしまいすみませんでした。

サブタイトルの話はカウント間違いではございません。


(タイムトラベラーだという証拠を見せて欲しい……か)

 

「理屈は分かった。だがその前に幾つか質問があるんだが、答えてくれないか」

 

 彼女の提案は単純明快だし、過去に同じ方法でアリスやパチュリーに信じて貰ったことがあるので抵抗はない。

 だけど私には気がかりになることがある。

 

「お前達サイバーポリスとリュンガルトはどんな関係なんだ? そして何故私をリュンガルトだと疑ったんだ?」

 

 それはリュンガルトについて肝心な部分を聞いていない所だ。

 これまでの話を聞いて敵対関係にあることは分かるけど、私と彼女との間に認識の齟齬が起きている可能性があるので、はっきりとした言明が欲しい。

 この回答次第では先程のやり取りを無かった事にする必要もでてくるからだ。

 

「貴女に選択権はないのですが……まあ良いでしょう。答えてあげます。最初の質問についてですが、我々サイバーポリスの認識としては、『時間移動による時間の支配という大風呂敷を広げ、目的の為なら悪逆非道な実験すら躊躇わないマッドサイエンティストが多数所属する研究組織であり、早急に撲滅すべき集団である』と考えています」

「研究者集団……」

 

 私はふと、未来の幻想郷を救う為に時間移動していた時のことを思い起こしていた。

 最初に幻想郷が滅びるきっかけとなった柳研究所、彼らは非科学的な現象を解明したことで博麗大結界を破り、幻想郷を崩壊させた。あの時は歴史の流れが幻想郷滅亡という結果に収束していた為、流れを変えるのにかなり苦労したなあ。

 そして今回のリュンガルトは狂気の研究者集団だそうで、彼らが改変前の歴史でしでかした事を考えれば、彼女の辛辣な表現にも頷ける。つくづく研究者という人種に因縁があるな。

 

「次の質問についてですが、此方の捜査機密に関わることなので貴女の嫌疑が晴れるまでお答えできません。……最も、貴女はきちんと意思疎通ができているので、彼らの仲間ではないと思ってますが」

「おいおい、どんだけヤバい集団なんだよ……」

 

 もはや全く想像が付かない。

 

「ねえ、私からも一つ質問があるんだけどさ、そもそも匿名特権ってなんなの?」

「……アンナ、もしかして匿名特権のことを彼女達に教えてなかったのですか?」

「う、うん。後で伝えればいいかなぁって思って」

「仕方がないですね。私が変わって説明しましょう。まず前提としてこの星では生活の全てが宇宙ネットワークの上に成り立っています。現実世界で生きる人々は殆ど皆無と言ってもいいでしょう」

「うん、それは何となくわかる」

 

 確かに眼鏡を外した時の街は、人の気配がなく、ゴーストタウンのように閑散とした街並みだった。

 

「その為宇宙ネットワークに接続するための符号――宇宙ネットワークIDを取得するのですが、ここでは利用者の言動全てがサーバーに記録され、〝死″を迎えるその時まで残り続けます」

「ん? 記録されるってどういうことだ?」

「そのままの意味ですよ霧雨さん。食事を一例に挙げるなら、食事を摂った場所、人数、時刻、会話、献立、食材の種類に原産地、流通ルート等、関連する情報全てが詳細な記録として残ります」

「……マジか」

「プライバシーとかそういうの全くないんだね」

「あくまで宇宙ネットワーク上での話ですから」

 

 フィーネはそう強調してはいるものの、私の感覚的には息苦しいまでに徹底的な管理社会だ。

 そんな細かい記録をとって何の意味があるんだろう?

 

「ってことは、私達の会話も全て記録されてるのか?」

「本来ならそうなのですが、そこに匿名特権が関わってきます。匿名特権とは宇宙ネットワークIDを隠し、〝個人を特定できる情報″を保護した状態で公共の場を行動することができる権利のことで、この権利を利用している間の詳細な行動はサーバーに記録として残らず、把握することができません」

「むしろそれって普通の事のような気がするんだが、なんで特権扱いされてるんだ?」

「宇宙ネットワーク利用者の過去の言動を分析し、犯罪歴や危険思想が無く、信用に値すると判断された〝善良な人間″にしか与えられないからですよ。今展開している遮音遮蔽フィールドも匿名特権の一つです」

「その匿名特権って大体どれくらいの人が持ってるの?」

「割合で答えますと、利用者全体の90%が匿名特権を受ける条件を満たしています」

「特権て銘打ってる割には、殆どの人が持ってるんだね」

 

 つまりそれだけこの星の治安は良く、住みやすい環境なのだろう。

 

「そしてアンナは惑星探査員という政府の中でもそれなりの地位にいますので、世間に流通していない特殊デバイスを保有したり、匿名特権を分け与える権利などが認められているのです」

「その特殊デバイスって、この眼鏡の事?」

 

 眼鏡のつるを触って訊ねるにとりにフィーネは頷き。

 

「はい。今回問題になったのは、それらの特権を政府の監査無く宇宙ネットワークに接続していない人間と共有したこと。それに尽きます」

「……へぇ、そういう理由だったのか」

 

(壁に耳あり障子に目ありどころの話じゃないな。どんな仕組みなのか見当もつかない。想像を絶する科学技術だ)

 

 同時にアンナと再会した時、やけに発言に気を遣っていた理由にも合点がいった。

 それにしてもアンナって割と謎の多い人物だな。

 今の状況が落ち着いたら、後で身の上話をじっくりと訊きたい所だ。

 

「理屈は分かったけどさ、身分制度に過剰な管理体制なんて、なんかディストピアみたいな世界だね」

「そういった側面があることは否定できませんが、社会秩序の維持には必要な事です」

「それは貴女が体制側の人間だからでしょ? 耳当たりのよい言葉ばかり並べてさ、本当は何か都合の悪い事を隠しているんじゃないの?」

 

 強い疑念を抱くにとりの言葉には棘があったが、フィーネは気にする事なく冷静に答えた。

 

「河城さんの言う〝都合の悪い事″が何に当たるのかは分かりませんが、宇宙ネットワークは三つの銀河と七つの惑星に跨って展開されており、日々何十億もの人々が利用しています。過剰な情報管理は、膨大な情報の交換を円滑に進め、社会体制を維持する為の手段に過ぎません」

「もしこの星がディストピアだったらマリー達を招いたりしませんよ。不幸になるだけですから」

「人権保護制度はありませんし、宇宙ネットワークに批判的な発言をした時点で捕まっていますよ」

「う~ん……言われてみればそうなのかな……」

 

 にとりは丸め込まれたように頷いていたが、私としては、既にその一歩手前まできている気がする。

 宇宙ネットワーク無しでは暮らせない程日常生活に根付いている以上、管理してる人の気まぐれでユートピアにもディストピアにもなりそうな危うさを感じるからだ。

 それとも私が知らないだけで、外の世界もこんな感じになっているのだろうか?

 

「他に質問はありますか? なければ先程言ったように、タイムトラベラーであることを証明してください」

「ああ、いいぜ」

 

 何度も言うが私が懸念していたのは、タイムトラベラーの存在をリュンガルトに知られ、改変前の歴史に逆戻りしてしまう事だ。

 だがサイバーポリスのスタンスを聞けた今となっては、彼らに自分の正体を明かしても問題はないと思うし、むしろメリットになるかもしれない。

 何故なら仮にもしリュンガルトに発見されるような事態になっても、サイバーポリスが躍起になって摘発してくれるだろうし、未来の私がとった方法よりも良い結末になるかもしれない。無意味に断る理由もないだろう。

 まあ宇宙ネットワークの仕組みについては驚かされたけど、彼女の話が真実なら言動は記録されてないみたいだし、大丈夫な筈。

 

「ただな、私のタイムトラベルは仮想空間に対応してないんだ。実証するなら現実世界でやることになるけど、良いか?」

「構いませんよ」

 

 私が眼鏡を外すと、広告看板だらけの街並みが一瞬で無個性な超高層ビル街に早変わりし、大勢の人でごった返していたメイト通りはもぬけの殻となった。

 唯一変化がないのは、空模様とこの通りの西側に見えるトルセンド塔、遥か東の空を飛び交う数多の宇宙船ぐらいだ。

 

「仮想世界を出たら一気に寂しくなったなぁ」

「あたしはこの雰囲気、嫌いじゃないですよ♪」

「なるほど、やはりお二人は本物の姿だったのですね。安心しました」

「?」

「いいえ、此方の話です。それより、タイムトラベルする前に一つ伝えておくことがあります」

「なんだよ、まだあるのか?」

 

 フィーネはポケットからレンズが付いた小型の機械を取り出し、こう言った。

 

「霧雨さんの発言に説得力を持たせるために、タイムトラベルの瞬間を撮影しますが、よろしいですね?」

「別にいいけどさ、後でちゃんと記録を消してくれよ?」

「もちろんです、我々の情報管理体制に不備はありません。……それでは撮影を始めますね」

 

 フィーネは頷き、ビデオカメラをこちらに向けた。

 

「そういえばあたし、マリーがタイムトラベルするところを直接見るのは初めてかもしれません」

「あれ、そうだったっけ? それならきっと驚くと思うよ~」

 

 決定的な瞬間を収めようと黙々カメラを回すフィーネと、アンナの期待に満ちた視線も感じつつ、私はタイムトラベルの準備を進めていく。

 

(え~と今の時刻は……よし)

 

「今の時間は18時15分ジャスト、宇宙暦に換算すると36時15分だ。10秒後、そこに5分後の〝私″が現れるから見ておけよ」

 

 指さした先に全員の注目が集まり、それから10秒後に歯車模様の魔法陣が出現し、閃光と共に〝私″が現れた。

 

「じゃじゃーん! 5分後の未来からやって来たぜ!」

「わあっ、凄い凄い! 時計の魔法陣から登場するなんて格好いいですよっ!」

「ふふっ、そうだろそうだろ」

 

 爽やかな笑顔を浮かべながらVサインを作る5分後の〝私″に、アンナは興奮気味に拍手を送っていたが、当のフィーネは反応が薄くじっと見定めるような視線を送っていた。

 

「其方の霧雨さん、少し身体検査をしてもよろしいですか?」

「ああ、気の済むまでやってくれていいぞ」

「アンナ、これ代わりに持っててもらえるかしら?」

「いいよ~」

 

 それからフィーネはアンナにビデオカメラを預けた後、だらりと腕を降ろした5分後の〝私″の身体を真剣な表情で頭、肩、お腹、腰、足と上から下へ触っていく。

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

 何か手ごたえを感じたフィーネは、アンナからビデオカメラを返してもらい、続けて〝私達″を見ながら口を開いた。

 

「霧雨さん。アンナが貸与したデバイスを見せてください」

「ああ」

「ほいよ」

 

 私と5分後の〝私″から差し出された眼鏡を受け取り、カメラ片手にじっくりと観察していたフィーネは、やがて何かに気づいたように声を上げた。

 

「なんと……! どちらのデバイスもオリジナルで尚且つ製造番号が一致しているとは。双子、クローン、アンドロイドといったトリックではなく、正真正銘本物の霧雨魔理沙さんのようですね」

「だから言っただろ? 私はタイムトラベラーだって」

「御見それいたしました」

 

 得意げにしている5分後の私に、フィーネは感服した様子で一礼し、〝私達″に伊達眼鏡を返す。

 

「それじゃ私は帰るぜ。また後でな!」

「はいっ!」

 

 元の時間に帰って行く5分後の〝私″に、アンナは手を振っていた。

 

「風のように現れて風のように去って行ったなぁ」

「タイムトラベルってあんな感じなんですねっ! うふふ、凄い光景を目の当たりにしました。フィーネもそう思わない?」

「そうですね、実際に目撃した以上、疑う余地はありません。……今までの非礼の数々をお許しください」

「そ、そんな頭を下げなくても分かってくれたのなら良いよ」

 

 深々と謝るフィーネに、何故か私はバツの悪さを感じていた。

 

「約束通り、先程の遮音遮蔽空間内での会話記録と今の映像も併せて報告し、人道保護の資格を得られるよう上層部に掛け合ってみます」

「おう、頼むぜ」

 

 彼女が背中を向けると、身体のラインをなぞるように半透明の線が生じ、耳元に手を当てている。

 目論見通りにいくといいけれど。

 

「フィーネは今宇宙ネットワークに接続しましたね。あたしの方からも霊夢さん達に連絡しておきます」

 

 するとアンナも半透明の線に包まれ、此方もまた右耳に手を当てながら口をパクパクと動かしていた。

 宇宙ネットワークの中を外から見ると、目の前にいるともいないとも言える半端な状態になるんだな。

 

「んじゃ私はさっきのタイムトラベルの辻褄を合わせに【18時15分】に行ってくるぜ。今から5分後の【18時25分】に帰って来るからな」

「いってらっしゃい」

 

 手持ち無沙汰にしているにとりにそう告げて、今日の18時15分10秒へタイムジャンプしていった。

 

 

 

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後6時25分(協定世界時)――

 

 

 

 記憶の中と一字一句同じセリフとポーズをとって予告した時間に帰ると、にとり、アンナ、フィーネが並んで私を待ち構えていた。

 

「おかえりなさい!」

「ふむ、何度見ても中々興味深い光景ですね」

「アンナとフィーネがここにいるってことは、もう話は終わったのか?」

 

 そう訊ねると、まずはアンナが口を開いた。

 

「はい。霊夢さんに連絡したところ、マリサさんと妹紅さんと一緒にトルセンド広場にある喫茶店で休憩しているみたいで、皆でジャンボチョコクリームパフェを食べているそうです」

「うわぁ~美味しそうだなぁ。私もデザートを食べたくなってきたよ」

「約束の時間からもう25分オーバーしてるけど、霊夢達怒ってなかったか?」

 

 にとりは能天気なことを口にしているけど、私はこっちの方が心配だ。

 特に霊夢は昔から怒ると怖いからな。

 

「最初は皆さん怒ってましたけど、事情を説明したら分かってくれたみたいで、マリーのことを心配していましたよ」

「それなら良かった」

 

 機嫌を損ねていないことを確認した私は、続いてフィーネに問いかけた。

 

「フィーネの方はどうだったんだ? 話はついたのか?」

「結論から申し上げますと、貴女達の滞在許可が下り、人権保護制度の資格を得ることができました。それまでの罪も緊急時の措置として不問にするそうです」

「おお、そうか!」

 

 もし駄目だったら元の時代に戻ることも考えていたので、とりあえずは一安心だ。

 

「それからもう一点、貴女達が滞在する間、案内役兼護衛として私も同行させてもらいます」

「えっ!?」

 

 思いがけない展開に大声を出してしまう私。

 

「フィーネも一緒に来るの!? わぁっ嬉しい!」

「護衛ねぇ……本当にそれだけなの?」

「これは上官命令ですので、私の意思が介在する余地はないのですよ」

「深く考えすぎですよにとりさん~」

「そうかなぁ?」

「そうですよ! さあ、霊夢さん達の元へ行きましょう!」

 

 私達は再び宇宙ネットワークに接続し、ステップを踏むアンナを先頭に喫茶店へ移動していった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

―――――――――――

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
続きの話は11月15日までに書き上げて投稿します。


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第209話 記憶の謎

高評価ありがとうございます
メッセージは励みになりました。


今回の話の時系列は『第208話 魔理沙の推理』から繋がっています


(……まさか本当に第二の記憶が来るなんて)

 

 実時間では一秒、体感時間としてはおよそ30分にも渡る記憶の想起が終わった私は、驚きと戸惑いを感じていた。

 

(これはどう解釈したものか……)

 

 今までの経験則からすると、一度目の記憶と二度目の記憶はそれぞれ別の過去改変と考えるべきだけど、腑に落ちない点がある。

 それは二つの記憶の相関性だ。

 というのもこの記憶は第一の記憶と明らかに時系列が繋がっており、中途半端に終わった第一の記憶を補完するような内容だからだ。

 更に記憶の中の私は、今の私のように【直近の過去改変】――彼女の視点で見るなら第一の記憶になるな――について思考することがなく、それに気づくこともなかった。

 なのでこれらの記憶は一つの歴史に起きた出来事だと考えた方が自然なのだけれど、それはそれで新たな謎が生まれてしまう。

 

(なんでこんな時間差で記憶が復活するんだ? それにこの一連の記憶は何を意味する……?)

 

 これまで過去改変の影響を受けた人は皆、一度に改変前の歴史を全部思い出しているのに対し、私だけイレギュラーなことが起こっている。

 加えて第二の記憶を見ても、歴史改変の決定打となりうる出来事がさっぱり分からない。

 この記憶の中では、私とにとりが宇宙ネットワークのことでサイバーポリスとひと悶着あったものの、私がタイムトラベラーであることを証明することで問題が解決し、この星の治安維持組織の庇護を受けている。

 この結果だけ見れば今の私達よりも多少は良い状況になっている気もするし、わざわざ歴史改変をするほどのことじゃないと思うのだが、未来の私は何を考えているんだろうか?

 

(あれ、そういえば記憶の中に咲夜は――)

 

「……理沙! 魔理沙!」

「!」

 

 思考を遮るように大声で私の名前が呼ばれ、驚きつつ目の前に焦点を合わせると、憮然とした表情の咲夜と、不思議そうに見つめるにとりの姿が映った。

 

「やっと気づいたわね。言いかけてやめるくらいならちゃんと考えてから喋って欲しいわ」

「急に立ち止まっちゃうからビックリしたよ。どうしたの?」

「あぁ」

 

 生返事と共に周囲を見れば、人通りが激しいメイト通りの真ん中で無意識的に足を止めていたようで、心なしか道行く他の異星人から注目を浴びている気がする。

 もちろん隣にアンナとフィーネの姿はなく、現在地もアミューズメントパーク前からトルセンド広場入り口近辺まで変化していた。

 

「それがさ、たった今過去改変前の記憶が甦ったんだ」

「ええっ、また!?」

「……もしかして、さっき魔理沙が言いかけてたことって」

「そうなんだよ。にとりと一緒に遊んでたゲーム内でも同じ現象が起こってさ、咲夜なら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど……よくよく考えたらそんな時間がないよな」

 

 不明瞭な過去改変にすっかり気を取られていたが、今の私達はアンナが定めた集合時間に遅れている状況なのだ。

 

「それならこうしましょう」

 

 咲夜がその場で指を弾くと、目の前が突然真っ暗になった。

 

「!」

「うわわっ!」

 

 私とにとりが咄嗟に眼鏡を外すと、活気に満ち溢れていた虚構の街は一瞬でゴーストタウンに早変わりし、辺りは静寂が支配していた。

 

「街が消えた……。もしかして咲夜の能力なの?」

 

 咲夜は眼鏡をたたみ、手品のように右手から消しさってから答えた。

 

「ええ、私達三人以外の時間を止めたわ。これならいくら話しても霊夢達を待たせることはないでしょう」

「なるほどな」

 

 それから私は第一の記憶と第二の記憶について、その時の詳しい状況と自分の考えも交えて話していく。

 

「――という訳なんだ」

「へぇ~、まさかサイバーポリスが駆けつけてくるなんてねぇ。それに宇宙ネットワークやこの眼鏡にそんな秘密があったなんて知らなかったよ」

「全くだ。この星は本当に底が見えないぜ、幻想郷とは何もかもが違いすぎる」

「多分この星は215X年の外の世界よりも高度な文明を築いているね。魔理沙の記憶の中の私も、もうちょっと宇宙ネットワークやデバイスについて突っ込んで質問して欲しかったよ」

「アンナと合流したら改めて聞けばいいんじゃないか? 多分快く答えてくれるだろ」

「それもそうだね~」

 

 私の話ににとりは興味津々で、時折質問をぶつけてくることもあったが、対照的に咲夜は顔色一つ変えず静かに耳を傾けていた。

 そんな咲夜の顔を真っすぐ見つめながら、私は質問をぶつける。

 

「なあ咲夜。一体私の身に何が起こってるんだ? 未来の私はどんな過去改変をしたんだ?」

 




次の話は11月20日までの投稿を目指します


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第210話 咲夜の思惑

高評価ありがとうございました。


 どれだけ推測を重ねても結論が出ない以上、一番事情を知ってそうな咲夜に聞くのが良い。

 そう思っての質問だったが、返ってきた答えは意外なものだった。

 

「申し訳ないけれど、今はその質問に答えられないわ」

「今は?」含みのある言い回しに引っかかった私は少し考え「……それって私の今後の行動に影響を与えるからか?」とさらに問いかける。

 

 すると咲夜は軽く頷き「時間が未来方向にしか進まない世界で、未来という高次な情報を知るにはタイムトラベルが必要不可欠。その因果を破る事はすなわち因果律の崩壊を招くことに繋がるわ。意地悪だと思うかもしれないけど、理解してもらえるかしら」

 

(なるほど、そうきたか)

 

 咲夜の考えとしては、どんな物事にも順序があり、過程を経てから結果へ辿り着かなければならず、一足飛びに結果だけを知るのは駄目ってことなんだろう。

 これは時間移動の性質的に矛盾しているように思えるが、時間移動という行為そのものが結果を導き出す過程だと解釈すれば辻褄が合う。

 答えを知ることができないのはもどかしいけれど、私も過去に同じ事をやってきたので咲夜を恨むつもりはない。

 

「なら質問を変えよう。お前が初めてトルセンド広場に現れた時、『私がここに現れた時刻と貴女が今置かれている状況。私が時の回廊に帰るその時まで忘れないでね』と話していたが、今回の件はこれと関係あるのか?」

「え? そんな話があったの?」

 

 にとりはきょとんとしながら私達の顔を見やっていたが、咲夜は意に介さずに即答する。

 

「関係があるとも言えるし、ないとも言えるわ」

「なんだそりゃ?」

「タイムトラベラーが関わる歴史は刻一刻と変化していくもの。今の段階ではまだ話せないわ」

 

(う~ん、この質問も駄目なのか)

 

 咲夜の言い方的に、私が過去に経験した出来事についてなら答えてくれるかと思ったけど、目論見が外れてしまった。

 今の私がまだ経験していない未来に関係することだからか? こうなってくるといよいよ質問内容が限られてくる。

 

(なんか何を聞いても無理そうな予感がしてきたけど……駄目元で聞いてみるか)

 

「最後の質問だけどさ、咲夜がこの歴史に降り立った本当の目的はなんだ?」

 

 すると咲夜は僅かに目を見張った。

 

「……その質問の意図を訊いてもよろしいかしら?」

「改変前の歴史の中で、待ち合わせ時間に遅刻することをアンナが霊夢達に連絡するシーンがあったんだけど、その時にお前の名前はあがらなかったんだ」

 

 思い出すのはアミューズメントパーク前の道端で発せられた、アンナと記憶の中の私の会話。

 

『はい。霊夢さんに連絡したところ、マリサさんと妹紅さんと一緒にトルセンド広場にある喫茶店で休憩しているみたいで、皆でジャンボチョコクリームパフェを食べているそうです』

『約束の時間からもう25分オーバーしてるけど、霊夢達怒ってなかったか?』

 

 この時アンナは霊夢とマリサと妹紅の名前を出した後に『皆で』と話しており、記憶の私はそれに違和感を抱いていなかった。

 もし改変前の歴史に咲夜が居たのなら、彼女について何か言及がないのは不自然だ。

 そう理由を伝えた後、「ただ遊びに来ただけなら改変前の歴史に現れてもおかしくないのに、お前はこの歴史になってから現れた。何故なんだ?」と、問いただす。

 

「……」

 

 どうやらこの質問は核心をついたようで、これまで淀みなく話していた咲夜が初めて返事を留保し、考え込む素振りを見せていた。

 今思い返せば、彼女のような存在が単純な目的で行動する筈がないのだ。必ず何か裏がある。

 この真剣な空気に押されるかのように、私とにとりが固唾をのんで見守っていると、やがて彼女は沈黙を破った。

 

「未来の貴女と約束を交わしたからよ」

「約束だと? それは一体――」

「今の貴女に話せるのはここまでよ。時が経てばいずれ真実が見えてくるでしょう。その時になったら包み隠さずに話すわ」

「ふむ……」

「それに誤解のないように言わせてもらうけど、トルセンド広場で語った話も決して嘘ではないわ。この時間軸はね、魔理沙が思っている以上に様々な因果が複雑に絡み合っているのよ」

「……分かった。そういうことならこれ以上は詮索しないよ」

「ごめんなさいね」

 

 咲夜は思わせぶりなことを言って煙に巻いたが、僅かなやり取りの中でも幾つか分かったことがある。

 それは記憶の想起がまだ続くことと、今の歴史が彼女によって多少なりとも手を加えられている可能性が浮上したことだ。

 私と違って咲夜は時の回廊からあらゆる時空を俯瞰的に見渡せるわけで、もし彼女が動いたのなら恐らく完璧な歴史改変をやってのけてしまうだろう。

 ひょっとしたらこうした私の言動すら織り込み済みなのかもしれない。

 

「そろそろ時間を動かすわよ」

「あぁ」

 

 懐に仕舞っていた眼鏡を掛け直すと、指を弾く軽やかな音と共に賑やかな街が出現し、何事もなかったかのように世界が動き始めた。

 果たしてこの先にどんな結末が待ち受けているのだろうか?

 私は期待と不安に胸を膨らませながら、トルセンド広場に向かっていた。




次回投稿日は11月27日です


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第211話 サイバーポリスの思惑

投稿日を守れなくて申し訳ありませんでした



――紀元前38億9999万9999年8月18日午後6時20分(協定世界時)―― 

 

 

 

 それから間もなく広場の入り口に到着した私は、霊夢達を探すべく辺りを見回した。

 トルセンド塔を中心に据えるトルセンド広場は、マセイト繁華街地区のど真ん中に設けられており、そこから四方八方に伸びる道路は空から見下ろすと車輪のハブとスポークのようだ。

 広場の外周部にはファッション・雑貨・日用品・飲食等様々な業態の店が展開されていて、地球基準ではもう夜――といっても全然日が沈む気配がないけれど――に差し掛かる時間帯だというのに、人種や種族すら多様な大勢の人々が広場を行き交っており、昼間と変わらない賑いを見せていた。

 空を横切る宇宙船が墜落するようなことも、諍いやトラブルが起きている様子も無く、至って平和な都会の街中だったが、私にはふと気になることが。

 

(なんでこんなにサイバーポリスがいるんだ……?)

 

 数多の人混みでごった返す広場の中で、群青色の帽子とスーツを身に着けた人々がせわしなく動き回っており、彼らは街の北へ南へ散り散りになっていった。

 そんな疑問を抱いているのは私だけのようで、にとりは「かなり人が多いなあ。ねえ咲夜、他のみんなはどこにいるの?」と咲夜に訊ねていた。

 

「それなら――」

 

 言いかけたその時、「咲夜~こっちよー!」と街の喧騒に負けない程張り上げた霊夢の声が耳に入り、そちらに目を向ける。

 メイト通りに面したトルセンド塔入り口近くでぶんぶんと手を振る霊夢を捉え、隣には憮然とした顔で仁王立ちするマリサに、塔の壁に寄りかかりながらじっと此方を見つめる妹紅、前に手を組みながら苦笑するアンナの姿があり、私達は仮想世界の人混みの中を一直線に駆けていく。

 この星の人々が幽霊みたいに半透明に表示されているおかげで、実体のある彼女達は遠くからでも目立つものだった。

 

「連れて来たわよ霊夢」

「ありがと咲夜。これでようやく全員集まったわね」

「遅いぞ二人とも! 特に妹! タイムトラベラーが時間を守らないでどうするんだ!」

「二人してどこで何してたんだ? 魔理沙はてっきり霊夢達と合流しているものだとばかり思ってたわ」

「もしかして迷っちゃいましたか?」

 

 合流するや否やおもいおもいに苦言を呈する彼女達に、にとりは「メイト通りのゲームセンターで魔理沙とゲームしてたんだけど、その後ちょっと色々あってさ」と言葉を濁しつつ、流し目で私に視線を送る。

 

「随分思わせぶりなこと言うのね?」

「色々ってなにかあったんだ?」

「実は――」

「……もしかして、アンナ?」

 

 事情を説明しようとしたその時、私の後ろから声が掛かる。

 反射的に振り返ったそこには、金髪赤眼でサイバーポリスの制服を身に着けた背の高い女性が立っており、私はその顔に見覚えがあった。

 

(彼女は――)

 

「フィーネ!」

「やっぱりアンナだったの。こんなところで会うなんて奇遇ね」

 

 学生以来の友人の顔を見た瞬間アンナの頬が緩み、フィーネもまた微笑んでいる。改変前の記憶で私を問い詰めた時とはえらい違いだ。

 

「えっ? フィーネって……」

「綺麗でかっこいい人ねぇ」

「そうね。あのプロポーションはちょっと羨ましいわ」

 

 にとりは目を丸くしながら彼女を凝視していたが、霊夢と妹紅は初対面のような反応を見せており、マリサは「お前ら知り合いなのか?」とアンナに問いかける。

 

「はい! 彼女の名前はフィーネ。同じ大学に通っていた友達で、今はサイバーポリスに勤めているんです」

「へぇ~アンナの友達なのか」

「ねえ、サイバーポリスってなんなの?」

「宇宙ネットワーク内の秩序と安全を維持し、利用者の生命データ・財産の保護や、犯罪の予防・捜査、被疑者の逮捕を行う政府機関のことです」

「秩序と安全……人里の自警団みたいなものかしら」

「アンナ、この方達は?」

「先のミッションで知り合った地球人の友達よ。今この星を案内していたの」

「そう、貴女達が……! 太陽系から遥々アプト星へようこそ。改めましてフィーネです。よろしくお願いしますね」

 

 友好的に挨拶をする彼女に続いて、私達もおもいおもいに自己紹介を済ませていくと、フィーネは私とマリサを見比べながらこう言った。

 

「……驚きました。お二人は名前も容姿も同じなんですね」

「ちなみに私の方が姉で、こいつが妹なんだぜ」

「ふふ、なるほど。双子なんですね」

 

 フィーネはクスリと笑みを浮かべていた。

 ここまでの皆の反応を見る限り、どうやら改変前の記憶はないようだが……。

 

「ねえ、フィーネ。良かったら貴女も一緒に来ない?」

「魅力的な提案だけど、まだ仕事が残ってるからすぐに戻らないといけないのよ。ごめんなさいね」

「そっか~。残念」

 

 そうして立ち去ろうとしたフィーネだったが、このタイミングで彼女が現れた事が気になった私は呼び止めた。

 

「なあ、ちょっといいか? その仕事ってトルセンド広場にいるサイバーポリスと関係あるのか?」 

「言われてみればあんたと同じ制服の人間がうろうろしてるな」

 

 周囲は今も人混みを掻き分けるようにサイバーポリスの一団が行き交っており、誰も彼も真顔でいることからあまり穏やかな雰囲気とは言えなさそうだ。

 

「そうですね……」フィーネは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

 

「……まあいずれ公表する予定なので構わないでしょう。実は今リュンガルト壊滅作戦を実施中でして、サイバーポリスが多いのもその影響です」

 

(! このタイミングでその名前が出るとは)

 

「あれ、リュンガルトって確か魔理沙が話してた……」

「うん、そうだよね」

「おいおい、妹紅とにとりは知ってるのか? 私は初耳だぜ」

「リュンガルトとはかいつまんで言うと時間移動による時空の支配を目論む研究機関で、我々サイバーポリスが長年追いかけ続けている犯罪組織です」

「時間移動……」

 

 フィーネを除いた皆の視線が私に集まる。

 

「一つ疑問なんだけどさ、この星では時間移動は悪なのか?」

「いえ、そういうことはありませんよ。時間の事象について真っ当に研究している機関もありますし、時間移動を題材にした娯楽作品も溢れかえっています。ですがリュンガルトは倫理や禁忌を平気で破り、既存の社会システムの転覆を目論む危険思想を持つ人間が多数所属する集団なので、社会秩序の維持の為にも壊滅させなければならないのですよ」

「なるほど……」

「これまで我々はリュンガルトの存在を認知しつつも、決定的な情報が掴めずに捜査が難航していましたが、とある筋からリーク情報がもたらされたおかげで壊滅作戦に踏み切ることができました。今現在リュンガルトの本拠星にてサイバーポリスとアプト軍の精鋭部隊が交戦中です。制圧も時間の問題でしょう」

「やれやれ、物騒な話だな」

「まるで戦争ね。もっと穏便な手段は取れないの?」

 

 妹紅の指摘にフィーネは「……お恥ずかしい話ですが、この件に関しては身内の不祥事も絡んでおりまして、手段を選んでいる時間が無かったのです。この事件が片付いた後、組織内を改革し、セキリュティをより強化なものにしなければならないでしょう」と項垂れていた。

 

「ねえフィーネ、もしかしてこの近くにもリュンガルトがいるの?」

「今の所は確認されてないから大丈夫よ。念のために宇宙ネットワーク内を捜索する予定だし、アンナや皆さんに危害が及ばないように最善を尽くしますから」

「それは良かったわ。なんだか色々大変そうだけど、気を付けてねフィーネ」

「ありがとうアンナ。それでは私はそろそろ仕事に戻ります。色々とゴタゴタしていますが、この星を心ゆくまで楽しんでいってください」

 

 一礼したフィーネは実体化を解いて完全に仮想世界の住人になった後、そのまま雑踏の中へと消えて行った。

 

 



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第212話 魔理沙の推理②

多くの高評価ありがとうございました。


「な~んかお前の友達も忙しそうだな」

「この星っていつもこんな事件が起きてるのか?」

「いえ、普段はもっと平和なのですけれど……」

「でも良かったわ。もし魔理沙のことが知られていたら、厄介な事態になってたかもしれないし」

「それは――いや、うん。霊夢の言う通りだね」

「そうそう。タイムトラベルについて研究してる組織がいることには驚いたけど、私らには関係ない話だしな。それよりもこれからどうするか決めようぜ?」

「私もマリサに賛成するわ。もっと建設的な話をしましょう」

「今地図を周りに展開しますね。皆さんはどこか行きたい場所とかありますか?」

「う~ん、こうしてみるとまだまだ回ってない場所は多そうね」

「私は買い物よりもどっかで休憩したいわねー。ずっと歩きっぱなしで疲れちゃったわ」

「なんだ霊夢? この程度で音を上げるなんて鍛え方が足りないんじゃないのか?」

「うっさいわねー。外の世界は幻想郷よりも満足に仙術が使えないから体力が落ちるのよ。あんただって私と似たようなものじゃないの?」

「まーな。けど普通に活動したりちょっと空を飛ぶくらいなら問題ないぜ」

「なあ、一つ提案なんだけどさ、時間も時間だしそろそろ夕食にしない?」

「あ、それいいわね! 私もちょうどお腹がすいたなぁって思ってた所だったのよ~」

「霊夢に同じく、私も異論はないぜ」

「となると、飲食店に絞って探した方が良さそうだね」

「今レストランのみに絞りこんで検索を掛けました。地図上にマーカーで表示されているお店が条件に該当します」

「うわ~めっちゃ多いな! 一体何件あるの?」

「1000件以上は優にありますね」

「えっ、そんなに!?」

「選択肢があり過ぎて迷うわね」

「そういえばアンナ、この辺の店って何時まで開いてるんだ?」

「一部例外はありますけど、殆どのお店が年中無休終日営業ですよマリサさん」

「そいつは凄いな!」

「そんなにあくせく働くなんて、この星の人達は勤勉なのねぇ」

「アプトは〝眠らない星″ですから」

「なによそれ?」

 

 空中に投影されたマセイト繁華街地区の地図を見ながら、皆がこれからのことを話し合っている間、私は会話に参加せず先程のフィーネの話を反芻していた。

 

(咲夜の予言の直後に大きく情況が動いたな。リュンガルト壊滅作戦……私にとっては願ってもない話だけど、今回の件は例の記憶と関係があるのか?)

 

 改変前の記憶について頭を悩ませている時に発生した今回の件は、あまりにも都合が良すぎるし、とても偶然とは思えない。

 私の主観では未だに彼らと直接相対したことはないが、今より未来の時間軸の私は彼らに散々と苦しめられており、並々ならない因縁がある。

 これらの点を踏まえるなら今回の件は未来の私が関わっているとみるべきなのだが……、断定するには証拠が足りない。

 何故ならフィーネはリュンガルト壊滅作戦に至った理由を『とある筋からのリーク情報』とぼやかしているし、仮に情報源が未来の私だとしても、更なる歴史改変を実行した理由がはっきりしないのだ。

 考えられるのは300X年の私――私の主観から見て二つ前の歴史になるのか?――の話と同じ状況――リュンガルトによる襲撃事件――に陥った可能性だが、その点についても宇宙ネットワークを介して発見されないよう細心の注意を払っていた。

 唯一怪しいのは第一の記憶内で起きた出来事くらいだが、その件だってサイバーポリスやアンナによって外部へ個人情報を漏らさないようにしていたため、リュンガルトが気づくとは思えない。

 更には今回の件が未来の私の仕業ならば、尚更300X年の私が取った行動がおかしい気がする。

 今回のようにサイバーポリスの力でリュンガルトを倒すことができるのなら、300X年の私が同じ方法を思いついて実行してもおかしくないのに、この私はタイムジャンプの改良という遠回りな選択をした訳だし。

 ……いや、待てよ? 確か300X年の私は既に四つの歴史を経ていたんだっけ。ひょっとしたらこの歴史改変の途中に私と同じ行動をした歴史があるのか……? …………むむむ、頭がこんがらがってきたぞ。 

 

(今までの記憶の中に何かヒントがある筈なんだが……う~ん)

 

 考え込んでいるうちに視界が徐々にぼやけ、意識が遠ざかっていくような感覚が生じる。疲れてるのかな……。

 気合を入れなおそうと自分の顔を叩こうとしたが、ここで手足が思うように動かなくなっていることに気づく。

 

(っ!? いや、この感覚は記憶の想起か! だがこれは……!)

 

 いままで経験したことがない強い既視感に襲われ、そのはずみでバランスを崩して後ろに倒れ込んでしまう。

 まるで自分だけ時間が遅くなったかのような感覚の中、咄嗟に踏ん張ろうとするも、私の身体は人形のようにピクリともせず、為すがままに身を任せていると、冷たい地面の代わりに柔らかくも暖かい感触に預かった。

 

(あ――)

 

「……」

 

 薄れゆく意識の中で最後に目にしたのは、いつの間にか背後に回り込み、身体を支えながら私の顔を覗き込む咲夜の真剣な表情だった。

 

 

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第209話 (2) 魔理沙の記憶③ 合流

今回の話の時系列は
『第208話(2)魔理沙の記憶② サイバーポリス(後編)』の続編です。




 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後6時35分(協定世界時)――

 

 

 

 トルセンド塔を中心に据えるトルセンド広場は、マセイト繁華街地区のど真ん中に設けられており、そこから四方八方に伸びる道路は空から見下ろすと車輪のハブとスポークのようだ。

 広場の外周部にはファッション・雑貨・日用品・飲食等様々な業態の店が展開されていて、地球基準ではもう夜――といっても全然日が沈む気配がないけれど――に差し掛かる時間帯だというのに、人種や種族すら多様な大勢の人々が広場を行き交っており、昼間と変わない賑いを見せていた。

 

「霊夢達はどこにいるんだ?」

「こっちです!」 

 

 人混みを避けるように広場の端を南西の方角へ歩くアンナの後をついていくと、やがて『喫茶スロール』と立体文字で記されたパラペット看板が掲げられた店舗の前で立ち止まった。

 

「ここです。霊夢さん達はこの喫茶店の中にいますよ!」

「確かにそうみたいだな」

 

 一面ガラス張りのモダンな雰囲気の店内はそれなりに賑わっているようで、入り口付近の窓際に設置された大きめのテーブル席には霊夢、マリサ、妹紅の三人がパフェを食べている姿が見え、霊夢が私達に気づいて手を振ってきたのでこちらも手を振り返す。

 アンナの話にあった通り、私とにとり以外の全員が既に集合していた。

 

「なるほど彼女達が……おや、貴女そっくりの少女がいるようですが、もしや彼女が話にあった貴女のお姉さんですか?」

「ああ。詳しい話は省くが、彼女は私とは別の可能性を辿った〝私″なんだ」

「ふむ、ますます興味深い」

 

 それから自動扉を通って中へ入り、接客にきたカフェエプロンを身に着けた若い女性店員に待ち合わせていることを伝え、霊夢達が待つテーブル席の前へと移動し、ずっと私を目で追っていた霊夢に開口一番に謝った。

 

「悪い、だいぶ遅くなっちまった」

「待たせてごめんね」

「アンナから事情は聴いているわ。魔理沙も災難だったわね。彼女がサイバーポリスなのかしら」

 

 するとマリサと妹紅も既に半分以上無くなっているパフェを食べる手を止め、こちらを見上げた。

 

「フィーネです。貴女達が霧雨さんのお連れの方達ですね?」

「ええ、そうよ」

「貴女達にもお伺いしたいことがあります。協力してもらえますか?」

「立ち話もなんだし、ひとまず座ったらどうだ?」

「そうですね」

「んじゃちょっと移動するから待ってくれ」

 

 そして私達は座席に着く。

 ちなみに席順は窓側から順ににとり、私、アンナ、フィーネ、向かい側に霊夢、マリサ、妹紅となっている。

 

「ううん、ちょっと窮屈ね……」

「この人数だしそれは仕方ない。余計な荷物はしまった方がいいぜー?」

「はいはい」

「色々と積もる話はあるでしょうけど、まずは何か注文したらどう?」

「それもそうだな。メニューはどこにあるんだ?」

「これですよ」

「へぇ、どれどれ? あんまり地球と変わらないんだな」

「この星の料理名もちゃんと日本語に翻訳されてますから」

「本当に便利だな。んじゃ私はレモンティーにしようかな」

「私はジャンボチョコクリームパフェとカフェオレにするよ」

「ホットコーヒーにしようかしらね。アンナはどうする?」

「私はキャラメルミルクティーにします」

 

 仮想世界の喫茶店とは便利なもので、メニュー表から料理を選んでオーダーするシステムは幻想郷と変わらないのだが、この星では注文する意思を見せただけでメニュー表がテーブル上に投影され、更にオーダーした瞬間に料理や飲み物が一瞬でテーブルに並ぶ。

 せっかちな人には便利なシステムだとは思うが、喫茶店のような業態ではあまり効果がないんじゃないかと思いつつ、湯気が立ち昇るレモンティーを口に含む。

 爽やかな酸味と控えめな甘さが深い味わいを出しており、地球で飲む味と全く変わらない。

 

「う~ん、甘くて美味しい!」

「ふう~」

 

 にとりはジャンボチョコレートクリームパフェに恍惚の表情で舌鼓を打ち、アンナも甘いキャラメルの香りが漂うティーカップを傾け一息ついている頃、フィーネは話を切り出した。

 

「さて、それでは貴女達の事を聞かせて貰いましょうか」

「何が知りたいの?」

「本来であればあらゆる個人情報を聴取し、サイバーポリスのデータベースと照合するところですが、生きる時間が違う貴女達に行っても無意味でしょう。なので本人確認だけ行います」

「本人確認って何をする気なのよ?」

 

 身構える霊夢に対し、フィーネは苦笑しながら「そんな警戒する必要はありません。簡潔に自己紹介するだけで構いませんから」と答えた。

 

「それって私もやるのか?」

「はい。貴女の妹さんと河城にとりさんはもう済ませていますので」

「やれやれしょうがないな。私は霧雨魔理沙だ」

「博麗霊夢よ」

「私は藤原妹紅」

「ふむふむ。念のために伺いますが、この時間に来た人はこれで全員ですか?」

「ああ、そうだぜ」

 

 フィーネはマリサ、霊夢、妹紅の順に顔をじっくりと見た後、視線を斜め上に一瞬だけやり、「……はい。これで貴女方の情報も登録されたので、私から言うことはもうありません」とソファーに背中を預け、湯気が立ち昇るコーヒーに手をつける。

 そんな彼女に今度は霊夢が質問をぶつけた。

 

「ちょっとちょっと、あんたは満足したかもしれないけど私からはまだまだ聞きたいことがあるわ。そもそもどうして私達と行動することになったの?」

 

 フィーネはコーヒーを一口飲んでから答えた。

 

「私は皆さんの護衛兼案内役だと先ほどお伝えしたはずですが」

「答えになってないわ。あんたのような職業の人間が同行するなんてよっぽどのことだと思うけれど、この星ではそれが普通なの?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

「何か隠し事があるのならきちんと伝えてほしいわ。……まさか魔理沙を利用するつもりじゃないでしょうね?」

「霊夢さん!」

 

 フィーネは擁護しようとするアンナを手で制し、コーヒーカップをソーサーに静かに置いてから話始めた。

 

「何か勘違いしているようですが、我々はタイムトラベルを利用する気は微塵もありません。私が護衛についたのは霧雨妹さんが話したリュンガルトによるものです」

「魔理沙が?」

「お前知っていたのか?」

 

 疑問符を浮かべる霊夢とマリサの反応に、「もしかしてこの二人には話していないのですか?」と訊ねて来たので、私はこう答えた。

 

「もう関係のない話だと思ったからな。霊夢、マリサ、実はさ――」

 

 私は西暦300X年の自分から聞いた話を簡潔に伝えた。

 

「未来ではそんなことがあったのね……」

「おいおい、それじゃあこの時間に来るのはやめた方が良かったんじゃないか?」

 

 不安げに訊ねる二人に、私は「300X年の私の話ではさ、宇宙ネットワークに旧タイムジャンプ魔法によるタイムトラベルの痕跡が残り、なおかつ私の個人情報が宇宙ネットワークに登録されたのが原因だったからさ、これを避ければ大丈夫な筈なんだよ」と説明すると、フィーネも「リュンガルトは我々が長年追いかけ続けている過激派集団です。万が一にも彼らが霧雨妹さんの存在を知ることになれば、最悪の未来が繰り返されることになるでしょう。宇宙ネットワーク利用者の生命、情報、財産の保護は我々の使命ですし、ましてや貴女方はアンナのご友人です。私が責任を持ってお守りしますよ」と霊夢の目を見ながら答えた。

 

「そういう理由だったのね。疑ってごめんなさい」

「いえいえ、私も説明不足でしたので気にしないでください。……と、まあそういう訳なので、私のことは気にせずに自由に行動して構いませんよ。ただし、もし犯罪行為をしようとした時にはすぐに逮捕しますが」

「おいおい、さらっと恐いことを言うな」

「私達はこの星の法律を全然知らないんだ。せめて事前に注意してくれ」

「む、それもそうですね」

「うふふ」

 

 

 

 フィーネの真面目な話が終わった後、話の流れはコレノアドス国立公園で一時解散した後の過ごし方に移り変わっていった。要約すると以下のようになる。

 霊夢とアンナは私と別れた後、買い物を終えた妹紅と合流して雑貨屋を見て回ったそうで、この星ならではの珍しい品物や購入した生活雑貨を見せながら楽しそうに語っていて、私のようなアクシデントもなく、平和な時間を過ごしたんだなと感じた。

 マリサは図書館で読んだ本の内容について喋っていて、その中でも『失われし魔法』というタイトルの本を興味本位で読んだら、予想外にも自分の使う魔法に通じる部分が多く、新たな魔法の参考になったことを得意げに話していたことが強く印象に残っている。

 にとりはたまたま立ち寄ったジャンクショップの店長と仲良くなり、宇宙飛行機の強化に使えそうなパーツを割引サービスしてもらったことや、『勇者アードスの伝説』でラスボスの魔王に至るまでの冒険譚を面白おかしく喋っており、途中参加の私も知らないことばかりだったので、新鮮な気持ちで聞いていた。

 それからアンナのことが話題に上がり、彼女はフィーネと出会った時の話や惑星探査員という職業の話、今まで探査してきた惑星の話、別の探査ミッション中に宇宙人に攻撃されて間一髪逃げ出してきた時の話を身振り手振り交えながら語っていて、宇宙に疎い私にとってはいずれも興味深い内容だった。

 集合時間が遅くなってしまったこともあり、皆おもいおもいに軽食を頼んで空腹を満たしつつ、時間を忘れて雑談を楽しんでいた頃、話題が途切れたタイミングでふとにとりが訊ねて来た。

 

「そういえば魔理沙。今は何時なの?」

「え~と」私は脳内時計に意識を向け、「今は私達の時間で午後9時10分、宇宙暦だと42時10分だな」と答える。

「もうそんなに経ってたんだ。ありがと魔理沙」

「時間が経つのは早いなぁ」

「午後9時を過ぎてもまだまだ外は明るいのね」

 

 確かに窓の外から空を見上げてもまだまだ日が高く登ったままで、夜になる気配が微塵もない。……というか、太陽の位置が全く変わってないな。

 

「アプトは眠らない星とも呼ばれてまして、夜がないんですよ」

「え? 夜がないってどういうこと?」

「かいつまんで言いますと、天然の太陽の影になる地域を常に人工太陽が照らし続けるので、ずっと昼が続くんです」

「だから眠らない星なのね」

「一日中明るかったら夜に――いや、夜がないんだっけ。眠くなった時にぐっすり眠れなさそうな気がするけどなあ」

「宇宙ネットワーク内なら疑似的に夜の環境を作り出すことができますし、もし現実世界で寝たい時も部屋の窓を遮光カーテンで覆えば暗くなりますので問題はないですよ」

「そんなことができるのね」

「ところで魔理沙、この星にはどのくらい滞在するつもりなんだ?」

「あーそういえば考えてなかったな。逆に聞くけどさ、皆はどれくらい滞在したい?」

「明日の予定が――っておもったけど、よくよく考えたら時間旅行って好きな時刻に帰れるから気にする必要がないのよね」

「だったら気の済むまで観光しようぜ!」

 

 弾けるような笑みで宣言するマリサだったが、険しい顔をした妹紅がくぎを刺すようにこう言った。

 

「私達が良くてもアンナにだって予定があるだろうし、あんまり長時間はいられないんじゃないか?」

「その辺どうなんだ?」

「あたしは太陽系探索ミッションが終わって二週間の休暇を頂いたので、その期間内なら何日でも大丈夫ですよ?」

「ほら、アンナもこう言ってるんだし、問題ないだろ?」

「まあアンナが良いのなら構わないけどさ」

 

 するとアンナが手をパンと叩き、白い歯を見せながら「……そうだ! 皆さん良ければ滞在期間中はあたしの家に泊まって行きませんか?」と提案する。

 

「いいのか?」

「はい! 歓迎しますよ!」

「それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら。時間を意識したらちょっと眠くなって来たわ……」

 

 霊夢は口元を隠しながら小さな欠伸をしており、注意深く観察すると妹紅やにとりも朝より疲労の表情が見える。

 

「あらら、お疲れみたいですね。それではそろそろ店を出ましょうか」

 

 アンナの声に従うように私達は席を立った。




今月中に後二回の投稿を目指します


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第210話 (2) 魔理沙の記憶③ マリサの異状

最高評価ありがとうございます。

一話しか投稿できずごめんなさい


 その後会計を済ませて喫茶店を出た私達は、アンナの自宅へ移動すべくマセイト繁華街地区の外に向かってぞろぞろと歩いていた。

 というのも、マセイト繁華街地区内は現実・仮想世界問わずあらゆる乗り物が禁止されているらしいので、車に乗る為に場所を変える必要があったからだ。

 ちなみにこれは喫茶店でアンナから聞いた話だが、宇宙ネットワークの利用者は、圏内であればプライベート空間や禁止区域を除いてどこにでも瞬間移動できるらしいのだが――アミューズメントパーク『ウェノン』にいた私とにとりの所へ一瞬で来たのもこの機能を利用したらしい――その機能を利用する為には精神と肉体の完全な仮想化が必要との事。

 距離や範囲によって変わってくるので一概には言えないけど、魔法で同じ事を再現するなら膨大な魔力と経験が必要になるので、この星の科学は相当凄いことをやってのけているんだなと私は感心していた。

 さて、現在の時刻は午後9時20分。地球ならとっくに星のカーテンが降りている時間帯でも、街の活気や人混みは衰える気配がなく、眠らない街の異名に相応しい様となっている。 

 

「そういえば皆さん明日観光したい場所の希望はありますか?」

「私はマグラス海上を飛んでいる街が気になるな」

「おっ、気が合うな妹よ。私もちょうどそれを言おうと思ってたんだ」

「空中都市ニツイトスですね。あそこは都市全体が一つの遊園地になっているんですよ」

「へぇ、面白そうだな!」

「どんなアトラクションがあるんだ?」

「ふふ、それは行ってからのお楽しみってことで」

「私はマグラス海底都市かなぁ。水の中に街を造るなんてかなり興味を惹かれるよ」

「そういえばあんたって河童なんだっけ」

「まあ本能的な部分もあるし、発明家兼メカニックとしても知的好奇心を掻き立てられるのさ」

「あたしは建築に詳しくないのでその方面の話はできませんけど、有名なスポットなら知ってますよ」

「何が有るの?」

「マグラス海底都市の一番の名所と言えば虹色の珊瑚礁ですね。太陽の光が珊瑚礁に反射して海の中に虹を描く神秘的な場所なんですよ」

「それは凄い! ますます興味がわいてきたよ」

「妹紅さんと霊夢さんは何か意見はありますか?」

「私はそこまで強い希望はないし、皆に合わせるわ」

「右に同じく」

「フィーネはどう?」

「私は護衛任務中だから皆の計画に意思表示できないわ。ごめんね」

「ううん、気にしないで。フィーネもあまり気を張らずに楽しんでね?」

「となると、候補は空中都市と海底都市の二択になるな。どうする?」

「どうするも何も、多数決で考えるなら私と妹が空でにとりが海なんだし空で決まりだろ。海底都市は明後日以降にすればいいじゃん?」

「うん。私もそれでいいよ」

「それでは明日の予定は空中都市ニツイトスの観光に決定~!」 

 

 そんなことを話し合いながら歩いているうちに、マセイト繁華街地区を抜けて、十字路交差点へと到着する。

 

「ここから先は現実の世界で行動するので、皆さん眼鏡を外してください」

「ん、了解」

 

 アンナの一声で眼鏡を外すと、喧騒と人や物で溢れた大都会が一気にゴーストタウンへと変貌し、冷たいコンクリートジャングルだけが取り残された。

 この何とも言い難い気持ち悪さだけは何度体験しても慣れそうにない。 

 

「ん~やっぱし裸眼が一番ね。ずっと眼鏡掛けてると鼻と耳が痛くなってくるわ」

「そうか? 私はちょっとした気分転換になったけどなぁ」

「まあ霊夢は眼鏡とは無縁の生活だからな。慣れてしまえば気にならなくなるぜ?」

「あら、あんたってそんなに目悪かったっけ?」

「両目ともに視力1.5だ。調べものや魔法の実験をする時に眼鏡があると便利なんだぜ?」

「ふ~ん」

 

 ちょっとした眼鏡トークをしている間に、アンナは路肩に車を出現させていた。

 

「ささ、どうぞ。乗ってください」

 

 後部ドアを開くアンナに「行きよりも一人増えてるけど全員乗れるのか?」と訊ねた所、「車内を拡張したので大丈夫ですよ」と驚きの返事がきたので乗り込んでみると、その言葉通り車内は両手を伸ばせる程度に広くなっていた。

 

「おぉ、確かに広いね。見た目は軽自動車なのに中はワゴン車並だ」

「感心するのもいいけどさ、後ろがつっかえてるから奥に行ってくれ」

「あぁ、ごめんごめん」

 

 かくして全員が車に乗り込んだ所でアンナは車を走らせていき、およそ10分後に彼女の自宅マンションへ到着し、順々に車から降りて行く。 

 目的地に着いた事で気が抜けてしまったのか、身体が急に重くなり、立っているのが辛くなる程度の倦怠感が押し寄せていた。

 

「ふぅ……なんか身体が重いわね」

「霊夢もか? 私も急に疲れたんだよな」

「あ~怠いぜ……」

 

 見ればついさっきまで元気溌剌だったマリサまで顔色が悪く、げんなりとしていて、見かねた妹紅が「そんなに辛いなら肩を貸そうか?」と提案すると「悪い、借りるぜ」と寄りかかっていた。

 う~んこれは乗り物酔いなのか? でも今まで一度も酔った事は無いし、アンナ、妹紅、にとり、フィーネはピンピンしてるんだよなぁ。

 

「これは早く休んだ方がいいかもしれませんね。すぐに案内しますよ」

「頼むぜ……」

 

 アンナは妹紅に支えられながら歩くマリサに配慮しつつ高層マンションの中へと歩いていき、霊夢やにとりも歩調を合わせながら気遣いの言葉を掛けている。

 すぐさま私も後に続こうとしたが、道路の真ん中で佇むフィーネの姿が視界の隅に入り足を止める。

 彼女は額に手を当てながら、アンナの高層マンションと向かいの高層マンションの間の空を険しい表情で睨みつけているのだが、私が見上げても雲一つない青天しか無く、目立ったものは何もない。

 彼女の目に何が映っているのか気になった私は、思い切って訊ねてみた。 

 

「どうした? 何かあるのか?」

「……」彼女はその姿勢を維持したまま沈黙を続けたが、やがて此方に向きなおり「いえ、多分気のせいでしょう。なんでもありません。行きましょうか」

「あ、ああ」

 

 首を傾げつつも私とフィーネも高層マンションの中に入って行き、先にエレベーターに乗り込んでいたアンナ達と共に32階へと上がり、誰も居ない廊下を歩いていく。

 

「もうすぐ着きますから頑張ってください!」

「ああ……」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないな。なんでか知らんが身体に上手く力が入らないんだよ。お前は何ともないのか?」

「私は倦怠感があるくらいで、そこまで重症じゃないな」

「霧雨姉さん、そこまで辛いのであれば救急病院船を手配しましょうか?」

「なんだそれ?」

「病院の役割を果たす宇宙船のことです。48時間365日、プロッチェン銀河内であれば1日以内に駆け付け、人種・国籍・種族・身分の分け隔てなく傷病者を治療してくれますよ。ここは宇宙ネットワーク圏内なので、要請を送れば1秒もせずに到着するでしょう」

「そうだな……もうしばらく経っても良くならなかったら頼むぜ。できれば病院には掛かりたくないんだ」

「分かりました。あまり無理をしないでくださいね」

「あぁ」

「マリサさんあたしの家に着きましたよ。すぐに鍵を開けますね!」 

 

 そう言いながらアンナがドアノブに手を掛けると、スムーズに玄関の扉が開く。

 ドアノブに触れるだけで鍵が解除されるような仕組みになってるのかと思いきや、アンナはドアノブを掴んだまま怪訝な表情を浮かべていた。

 

「あれ、ドアが開いてる……鍵かけ忘れたっけ?」一瞬記憶の底を探るように沈黙したアンナだったが、すぐに思い直し「――ってそんなことよりマリサさんの方が大事ですね。皆さんどうぞ、入ってください」

「お邪魔します」

 

 アンナに招かれるようにして、私達は順々に玄関へ足を踏み入れて行った。

 それなりに広い玄関の先には一本の廊下があり、左右には引き戸が一枚ずつ、一番奥の突き当りにはすりガラスの開き戸が見えるのだが、それら全ての扉が僅かに開き、隙間風が吹き抜けているのが気にかかる。

 私が突然来たせいでかなり慌てて遊びの支度をしていたのか、はたまた意外とずぼらな性格なのか。

 ちなみにアンナは靴を脱がずに家の中に入っているので、恐らく土足のまま入っても良いのだろう。

 

「客用のベッドの用意にちょっとお時間がかかるので、ひとまずマリサさんはリビングのソファーに寝かせましょう。すぐに準備してきます!」

「頼んだぜ」

 

 アンナが小走りで廊下の奥へ向かい、曇りガラスの扉を開けて中に入ったその時。

 

「キャアアアアアア!」

「!?」

 

 絹を裂くような悲鳴が響き渡った。





次話は9割完成しているので早めに投稿できると思います


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第211話 (2) 魔理沙の記憶③ 招かれざる訪問者

多くの最高評価と高評価ありがとうございます。嬉しいです。


※今回の話は必須タグに該当する描写が含まれています。


「悲鳴!?」

 

 声を聴いた瞬間、フィーネは最奥の扉の中へと駆けて行った。

 

「何かあったのかしら? 私達も行くわよ!」

「おう!」

「私はマリサを見ておくよ!」

「頼んだぜ」

 

 目の色が変わった霊夢と共にアンナの後を追って突き当りの部屋に入ると――。 

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

 そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。

 恐らく二十畳はありそうな広いリビングの中は、シックなテーブルやソファーがひっくり返ってしまっており、近くにはビリビリに引き裂かれ、中の綿が剥き出しになったファンシーなクッションが幾つも落ちている。

 奥のベランダに繋がるガラス扉もハンマーで殴られたような割れ方をしていて、そこに掛けられていたと思しき白いカーテンもズタズタに切り裂かれた状態で捨てられていた。

 床もまた足の踏み場が無い程に散らかっており、羊毛が毟られボロボロになったカーペット、額縁が割れた写実的な絵画や、割れた花瓶とそこに活けてあったと思われる赤い花、全ての引き出しが外れ中身――主に小物類や生活雑貨――が散乱した状態で倒された収納棚やラックが転がっている。

 仕切りの向こう側に見えるキッチンもかなり荒らされており、横倒しになった食器棚――ガラス越しに見える中の食器類は粉々に砕けてしまっている――や、ドアが開け放たれたまま放置された冷蔵庫、床に落とされた四角形の家電製品があり、あれではもう使い物にならないだろう。

 更に恐ろしいことに、壁や天井には鋭利な刃物で斬られたような跡が複数残されており、その深さはこの高層マンションの建材が露呈するほどのものだった。一体どんな刃物を使えばこんなに斬れるんだろうか?

 

「うっわ何これ!?」

 

 私達より一歩遅れてやってきたにとりもこの部屋を見て驚愕しており、霊夢は「これは酷い有様ね……。襲撃にでもあったのかしら」と深刻な面持ちで呟く。

 そして肝心のアンナはリビングの入り口でへたり込んでしまっており、心配になった私は彼女に声をかけた。

 

「大丈夫かアンナ?」

「うぅ。どうして……どうしてこんなことに…………」

 

 彼女はリビングを見つめたまま茫然自失としていて、私の声も届いていないようだ。

 一方でフィーネはこの凄惨な部屋を見ても動じることなく、険しい表情で「皆さんその場から動かないでください。もしかしたら被疑者がまだ隠れているかもしれないので調べてきます」と言い、ホルスターから拳銃を取り出してリビング東の扉へと向かっていく。

 そんな彼女の背中に霊夢は「待って、私も手伝うわよ。こういうのは人数が多い方がいいでしょ?」と呼びかけたが、フィーネは「気持ちは有難いのですが、一般人を危険な目にあわせるわけにはいきません。被疑者の逮捕は我々サイバーポリスの仕事ですのでお構いなく」と霊夢の提案をやんわりと断り、リビングを後にしていった。

 

「……一般人、ね。ふふ、そんな風に言われたのは生まれて初めてだわ」

「苦笑したくなる霊夢の気持ちもわかるが、郷に入っては郷に従えだ。ここは彼女に任せようぜ」

「ええ、そうね」

 

 それからおよそ5分後、フィーネは玄関に繋がる後ろの廊下から戻って来た。

 

「お帰りなさい、どうだったの?」

 

 フィーネは拳銃をホルスターにしまい「どうやら被疑者は既に逃走したようですね。マリサさんの事もありますし、直ちに現場検証を行います」と答え、今度はリビングの中心へと向かっていく。

 目の前では白い手袋を嵌めたフィーネがカメラを回しながら部屋中を歩き回り、壁と天井の傷や倒れた家具に触れたり、床に散らかった物を手に取ったり、カーペットをめくったりと隅々までチェックしていき、あらゆる角度から写真を撮っている。

 しばらくの間私達は固唾をのんでその作業を見守り、フィーネが割れたガラス戸の写真を撮った後、カメラを降ろして此方に近づいて来た。

 

「ふむ……これは窃盗事件の可能性が高いわね。アンナ、他の部屋の被害状況も確認しておきたいのだけれど、協力してもらえるかしら?」

「わ、分かったわ……」アンナはよろよろと立ち上がり「すみません皆さん。ちょっと行ってきますね……。マリサさんのことよろしくお願いします……」と頭を下げた。

「ああ、任せてくれ」

「この部屋は既にくまなく調べましたので、皆さんもう自由に動いてもらって構いませんよ」

 

 そうしてアンナはフィーネと共にリビングの東の扉から出て行った。

 

「彼女、かなりショックを受けてるみたいね」

「まあこの有様じゃ無理もないな。さて、とりあえずあのひっくり返ったソファーを片付けるか」

「そうしましょ」

「なら私は床の片づけをやっておくよ」

 

 そうして各自役割分担しながら片づけていき、ひっくり返ったテーブルとソファー、倒れた収納棚やラックを起こし、キッチンの冷蔵庫を閉め、床に散乱している物を部屋の隅に除け、大地震直後のような部屋から面倒くさがり屋の部屋くらいまで戻した所で妹紅とマリサを呼びに行く。

 二人は特に会話もなく、壁に背を預け互いに密着するように座っていた。

 

「お待たせ。準備できたぜ」

「準備できたってさ。ほら、立てるか?」

 

 マリサは無言で頷き、彼女に支えられながら立ち上がった。

 

「会話がこっちまで聞こえてきたよ。どうやら空き巣に入られたみたいだな?」

「私の部屋が可愛く見えるくらいに悲惨な光景だったな。それよりマリサの具合はどうだ?」

 

 彼女は自分の力で辛うじて立ってはいるものの、目を閉じたままぐったりとしてて息も荒く、傍から見ても辛そうだ。

 

「あまり芳しくないな。さっきよりも体温が下がってるし、早く寝かせた方が良いだろう」

「そうか……。なら私も肩を貸すよ。マリサ、もう少しで休めるぞ」

「うぅ……」

 

 唸り声を上げるマリサの肩に手を回すと、妹紅の話通り彼女の身体はかなり冷たくなっていた。

 

(これは相当重症だな……待てよ? もしかして――いや、ないか)

 

 先程マリサが訴えた症状と併せて、魔法使いにとって天敵とも言えるあの病気が一瞬頭をよぎったが、私がこうして動けていることからすぐに否定した。

 

「んじゃ歩くぞ」

「あぁ」

 

 私と妹紅でマリサを支えながら慎重に歩いていき、靴を脱がせてソファーに横たわらせたが、この温暖な部屋の中でも寒さに震えていた。

 見かねた霊夢は、宇宙飛行機に送っていた毛布をCRF(次元変換装置)で手元に呼び寄せて実体化させ、マリサの身体を覆うようにかけると、震えが弱まりやがて眠りについた。

 マリサは未だに息が荒く、辛そうな表情をしているものの、柔らかい座面に横になったことで多少は楽になったように思える。

 

「マリサ大丈夫かな……」

「こんなに急に具合が悪くなっちゃうなんて……、何が原因なのかしら」

「ここは地球じゃないからねぇ。ここでの食事が身体に合わなかったとか、はたまた未知のウイルスによる病気とか、候補はいくらでもあるよ」

「マリサはああは言ってたけどさ、これ以上症状が重くなる前に救急病院船を呼んでもらった方がいいんじゃないか?」

「そうだな……」

 

 横たわるマリサを囲みながら話をしていると、別室へ行っていたアンナとフィーネがリビングに帰ってきた。

 アンナは一度キョロキョロと部屋の中を見回した後、こちらに近づき申し訳なさそうに口を開く。

 

「すみません皆さん、あたしの代わりに部屋の片づけまでさせてしまって……」

「いいのよ気にしなくて。それよりも他の部屋はどうだったの?」

「それがですね……全部の部屋が荒らされてしまってて……」

「……それは災難だったわね」

「ううぅっ……」

 

 アンナはすっかり落ち込んでしまっていて、先程までの快活さはすっかり影をひそめていた。

 

「ところでマリサさんのご容態は……?」

「好転するどころかどんどんと悪化しててな。今ちょうど救急病院船を呼ぼうか話し合っていた所なんだ」

「そこまで重症になってましたか……。分かりました。あたしが今から救急要請を送りますね……」

「アンナも辛い状況なのに悪いな」

「いえいえ……」

 

 アンナは窓際の方に離れていった。

 

「なあ、この事件あんたはどう見立てているんだ?」

 

 何かを考え込む様子のフィーネに妹紅が訊ねると、彼女はこのように答えた。

 

 

「……そうですね。まだ捜査中ですのではっきりとは言えないのですが、今回の件は単なる窃盗事件ではないかもしれません」

「どういうことだ?」

「荒らされた部屋を全て調べましたが、被疑者はアンナの金品に一切手を付けていませんでした。それどころか、彼女の宇宙ネットワークIDやマイワールドにもクラッキングの形跡が残っていたにも関わらず、それ以外のデータの改竄・利用・複製・ダウンロードされた痕跡が無かったのですよ」

「マイワールドってなんだ?」

「端的に言えば宇宙ネットワーク内に設けられたプライベートな空間です。仮想世界上の自宅……と言えば伝わるでしょうか」

「なるほど」

「現実と仮想世界、そのどちらにも金銭的な被害が無いんだね」

「それってつまり、犯人はアンナの自宅で何かを探していたのか?」

「今のところはその可能性が高いですね。あいにくまだ被疑者を特定できる手掛かりが見つかっていないので、物質なのかデータなのかさえまだ判明していませんが」

「犯人は余程アンナに執着した人物なのかしらね。あんたは心当たりはないの?」

「いえ……、今まで彼女からそんな話は一度も聞いた事無いですし、先程同じことを訊ねましたが、当の本人も全く身に覚えが無いと答えていました」

「確かに、彼女の人懐っこい性格なら他人の恨みを買うこともなさそうね」

「だとするとなんだろ?」

「アンナって一人暮らしなのか?」

「ええ、そう聞いてます」

「なら若い女性の家だし、ストーカーの可能性もあり得るな」

「ああいう手合いは話が通じないから厄介なのよねぇ」

「え、霊夢ってストーカーにあったことあるの?」

「私はないんだけど、恋愛絡みの仕事を何度か請け負った事があるのよ。けど男女間のトラブルの解消って妖怪退治よりも骨が折れるし、余程のことが無い限り引き受けないわ」

「あぁ……なんとなく想像がつくよ」

「あの~、お話し中すみませんが少しいいですか?」

 

 おずおずとしながら会話に入ってきたアンナに、全員の注目が一斉に集まる。

 

「どうしたんだ?」

「実はさっきからどうやっても宇宙ネットワークに接続できなくなっていまして、救急病院船の要請が行えないんです。どうしたらいいんでしょう……」

「なんですって? そんなことがある筈が――」

 

 フィーネはすぐにこめかみに手を当ててじっと虚空を見つめていたが、腕を降ろし「……確かに繋がりませんね」とため息を吐く。

 

「見て! この眼鏡も真っ暗になってるよ」

 

 にとりが私達に見せびらかすように掲げた眼鏡のレンズに注目すると、ペンで黒く塗りつぶされたような状態になっていた。

 

「こういう事はよくあるのか?」

「太陽嵐等の自然現象で繋がりにくくなることはありますが、平常時に接続障害が起きることなど有り得ません」

「となると、一体何が原因なんでしょうか?」

 

 その時、扉が乱暴に開く音と同時に幾人かの足音が部屋の中に響き。

 

「――全員動くな! 両手を挙げろ!!」

「なっ!?」

「キャアッ!」

 

 リビングの入り口には、宇宙服みたいな白い頑強なスーツを着用した性別不明の7人――顔はヘルメットで隠れているが、彼らの体格や低い声からして恐らく全員男性だろう――が、黒く細長い形状の物体を両手で構えており、その先端は私達に向けられていた。

 あれは銃……なのか? フィーネが持っていた銃よりもかなり大きく、ゴテゴテとした形をしているが……。

 

「くっ、先手を取られたわね」

「戦闘用パワードスーツに自動照準搭載レーザー銃で武装した集団……。どうやら素人ではなさそうですね」

 

 右手に針を握り、投擲寸前の体勢で固まったまま悔し気に呟く霊夢、ホルスターに手を伸ばしかけた状態で静止するフィーネ、眠るマリサを除いて全く反応すらできなかった私とにとりとアンナ。

 彼らのあまりにも無駄のない素早い動作に、私達は不意を突かれ、動けずにいたその時。

 

「このおっ!」

 

 右拳に炎を纏った妹紅が果敢に飛び掛かっていったが、その攻撃が届く前に二人の男が素早く照準を彼女に合わせて引き金を引き、銃口から放出されたレーザー光線が妹紅の頭と左胸を貫いた。

 

「っ!」

「キャアアアァァァァァァ!!」

 

 その瞬間、顔を歪めた妹紅の右拳から炎は消失し、勢いそのままに床に倒れ伏す。

 

「妹紅さん! しっかりしてください! 妹紅さん!!」

 

 悲鳴を発したアンナがすぐさま倒れた妹紅に駆け寄り、彼女の身体を揺さぶりながら必死に呼びかけるものの返事はなく、頭と胸に血だまりが生まれていた。

 

「そん……な…………! うわあああああぁぁぁぁぁん!!」

「くっ、なんてことを……! 藤原さん……」

 

 アンナは自身が血で汚れることも厭わず、妹紅の身体に縋りつきながら号泣しており、フィーネも悲痛な表情で唇を噛みしめている。

 妹紅をこんなにあっさりと殺すなんて、敵はどうやら相当な手練れのようだ。

 

「ふん、馬鹿な女め。我々の警告を無視しなければもう少し長生きできたものを」

「――っ!!」

 

 妹紅を撃ち殺した男の一人が嘲笑するように発したその言葉にアンナは立ち上がり、銃口が向けられているにも関わらず、拳を震わせ目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

「よくも妹紅さんを! 貴方達は一体何者ですか!?」

 

 銃口を向けている男が返した答えは、私を絶望のどん底に突き落とすような言葉だった。

 

「我々はリュンガルトだ!」



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第212話 (2) 魔理沙の記憶③ リュンガルトの目的

遅くなってすみませんでした。



(噓……だろ……!?)

 

『リュンガルト』世界で一番聞きたくなかったワードに私は動揺を隠せなかった。

 

(何故だ? 何故リュンガルトが現れた?)

 

 未来の私の情報を元に宇宙ネットワークに観測されないようタイムジャンプ魔法を改良し、更に私達の個人情報が残らないようアンナとフィーネにも協力してもらったことで対策は完璧だった筈。

 一体どこで歯車が狂ってしまったのか。

 

「リュンガルトって、確かマリーが話してた……」

「馬鹿な! どうしてリュンガルトがこの星に!?」

「動くなと言っている! さっさと武器を捨てて両手を上げろ! さもなくばそこに転がってる女と同じ目にあわせるぞ!」

「……今は従うしかなさそうね」

 

 確かに霊夢の言う通り、銃を向けられている状況では迂闊に動けない。

 私とにとりとアンナはゆっくりと両腕を上げ、霊夢は右手に握っていた針をその場に落とし、フィーネはホルスターの銃を捨て、渋々と両手を上げた。

 屈辱的な状況だが、今はとにかく情報が足りないし我慢の時だ。タイムジャンプするのはその後でも構わない。

 それにまだ私が目的だと決まった訳じゃないし、悲観するにはまだ早い。

 

「制圧完了しました」

 

 私達が指示に従ったのを見て、銃を向けているパワードスーツの男の一人が後方に向けて呼びかけると、「ご苦労」とバリトンボイスの声が廊下から響き、カツカツと音を鳴らしながら新たな人物がリビングに現れた。

 

「!! どうして貴方がここに!」

 

 その人物は黒髪赤眼の七三分けにスクエア型の眼鏡をかけ、私達と同じ肌の色をし、群青色のスーツと黒の革靴を履いた中肉中背の若い男で、どこにでもいそうな普通の青年に思えたが、フィーネは彼の姿を見た瞬間に驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ククッ、随分と無様な姿だなフィーネ捜査官」

 

 どうやら顔見知りのようで、男は嘲笑しながら襲撃者達の先頭に立った。

 

「知り合いなのか?」

「彼の名はレオン。サイバーポリスの宇宙ネットワーク捜査主任……私の直属の上司です」

 

 言われてみればフィーネと全く同じ制服を着用している。どこかで見た様な服装だと思ったが、まさかサイバーポリスのものだったとは。

 ……って、あれ?

 

「ちょっと待ってくれ。なんでサイバーポリスの人間が向こう側にいるんだよ? リュンガルトとは敵対関係じゃなかったのか?」

 

 口を突いて出た疑問に、フィーネはレオンを睨みつけながら淡々と語っていく。

 

「……今思い返してみればリュンガルトの捜査に関して不自然な点が多すぎました。目撃情報や活動記録の少なさもさることながら、数少ない情報を頼りにリュンガルトの拠点を検挙に乗り出しても、全てもぬけの殻でしたから。貴方がスパイだったのですね」

「お察しの通りだよフィーネ捜査官。サイバーポリスは外敵に対するセキリュティは厳しいが、内部セキリュティは脆弱だ。一度信用を勝ち取ってしまえば機密情報を盗み出すのは容易い」

 

(そういうことだったのか。ということは……)

 

 サイバーポリス内部の情報がリュンガルトに筒抜けになっていた。それはつまり。

 

「……貴様らの目的はなんだ」

「ふん、愚問だな。我々の行動理念は終始一貫時間移動の実現だ。サイバーポリスに潜り込んだのも、民間企業にはない独自の情報網を利用してタイムトラベルに関する情報を収集していたに過ぎない」

「…………」

「そう怖い顔するなフィーネ捜査官。私は君に感謝してるんだ。我々が長年探究し続けていた時間移動を体現した存在を捕まえてくれたのだからね」

「……!」

 

(……やっぱりそうなるのか。はぁ)

 

 レオンの勝ち誇るような言葉で現実逃避にも近い楽観論はあっさりと砕け、最悪の未来へ繋がる道に入ってしまった事を自覚する。

 この星の治安維持組織を味方につければ、仮にリュンガルトに発見されてもなんとかなると考えていたけれど、まさかサイバーポリス内部にまで手が伸びていたなんて。

 未来の私が宇宙ネットワークに発見されるなと言っていたのは、ひょっとしてこれが理由だったのか……? 

 こうなってくるとサイバーポリスを頼っていいものか怪しくなってくる。フィーネの様子を見るに彼女はスパイではなさそうだけど……。

 そんな事を心の中で考えていると、レオンは私の方にゆっくりと近づいてきた。

 

「フィーネ捜査官から報告は受けているよ。この時間が既に修正された歴史だという話にも驚かされたが、我々の大願をまさかこんな小娘が成し遂げていたとはな」

 

 彼は両腕を上げた姿勢のまま固まる私を中心にぐるっと一周回りつつ、全身を嘗め回すような不快な視線を送り、私のすぐ前に立つ。

 

「どうだねタイムトラベラー。ここは一つ君が知る歴史の事は水に流して、君の知識を我々に提供する気はないかね?」

「……それは私に仲間になれって言ってるのか?」

「そう解釈してくれても構わない。金に糸目はつけないし、望むのならナンバー2の座も用意しよう。もちろんお友達の命は保証するし、金輪際地球には干渉しないと約束しようじゃないか。どうだね、悪くない案だと思うのだが」

「お断りだ。誰がお前らみたいな悪党に教えるか」

 

 私は迷うことなくその案を一蹴した。

 時間移動の為なら平気で地球を壊すような奴が素直に約束を守るとも思えないし、そもそも彼らが抱く時間の支配という危険な思想に賛同できるわけがない。

 せっかく理想の未来を勝ち取ったのに、これ以上引っ掻き回されて堪るか。

 

「……ふむ、やはりそう答えますか。此方としてもあまり手荒な手段を取りたくなかったのですが、仕方ないですね」

「はっ、良く言うぜ。ひょっとしてアンナの家を荒らしたのもお前らか?」

「ええ。フィーネ捜査官の報告には上がっていませんでしたが、タイムトラベラーと接点がある関係者ということで徹底的に調べさせてもらいました。ま、徒労に終わりましたがね」

「酷い……!」

 

 拳を握りながら強い怒りに震えるアンナをよそに、レオンはホルスターから拳銃を取り出し、私の額に突きつける。

 

「魔理沙っ!」

 

 私の身を案じる霊夢の声。

 

「これが最後通告だ。我々と一緒に来い、タイムトラベラー」

 

 強圧的な声と表情に負けじと、私も睨みつけながら「どれだけ脅されたって私の気持ちは変わらないぜ」と断言し、「妹紅!」と叫ぶ。

 瞬間、後ろのパワードスーツの男達の足元で小規模な爆発が起こる。

 

「ぐわあああっ!」

 

 轟く爆音、部屋中に伝わる熱風に焼き焦げた匂い。完璧な不意打ちが決まり、防御手段を取る間もなく爆発の衝撃で天井や壁に叩きつけられ、うめき声を上げて倒れるパワードスーツの男達。

 

「なっ!?」

「――!」

 

 更にレオンが爆発に一瞬だけ気を取られたその隙を狙い、右手で拳銃をはたき落とし腹部に蹴りを入れる。

 

「ぐっ……!」

 

 腹を抑えながらよろめいたところに、霊夢とフィーネがすかさず飛び掛かり、二人がかりであっという間に床に組み伏せる。

 

「レオン捜査主任。貴方をサイバーポリスへのスパイ容疑で逮捕します」

 

 フィーネはポケットから小さな輪っかを取り出すと、輪っかが形を変えて手錠となり、レオンの手首を縛り付けた。

 




短くてごめんなさい


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第213話 (2) 魔理沙の記憶③ 不穏な気配

「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぜ。助かったよ妹紅」

「礼は要らないよ魔理沙。私もいきなり殺られてムカついてたところだったし、清々したくらいさ」

 

 妹紅はしてやったりという顔を浮かべ、足元に転がっているリュンガルトの兵士達を跨ぎながらこっちへと歩く。

 事前にサインを取り決めていた訳でもなく、咄嗟の思いつきで実行した一か八かの賭けだったが、彼女は阿吽の呼吸で私の意を汲み取り、期待以上の働きをしてくれた。

 本当に感謝しかない。

 

「被疑者逮捕の協力感謝します。後は私にお任せください」

「ええ、お願いするわね」

 

 レオンを取り押さえたまま会釈するフィーネに頷いた霊夢は、拘束を解いた後先程捨てた針を拾い集めていく。

 時同じくして、アンナは涙を浮かべながら妹紅の元に駆け寄っていき、身を案じる言葉を投げかけた。

 

「妹紅さん! 良かった……生きていたんですね! あの、お怪我は大丈夫ですか?」

「この通りピンピンしてるわよ」

 

 妹紅は得意げな表情で両手を広げ、健康であることをアピールすると、身体をペタペタと触った後「本当に……傷一つないんですね。良かったぁ……」と安堵のため息を吐いていた。

 ちなみに、妹紅のリザレクションは肉体のみならず衣服まで再生するらしい。だから良くも悪くも無鉄砲な戦い方ができるんだろうな。

 

「藤原さん、この度は助かりました。失礼ながら、てっきり亡くなってしまったものだと思い込んでいましたよ」

 

 依然としてレオンを取り押さえたままのフィーネが謝辞を述べると、妹紅は自虐的な笑みを浮かべこう言った。

 

「ふっ、私は死ねない人間だからな。心配いらないよ」

「えっ?」

「死ねない人間……不死身ってことでしょうか?」

「まあそんなところだ。それよりも服を汚して悪かったなアンナ。今綺麗にしてあげるよ」

 

 そう言って青白い炎を右手に纏い、べったりと血痕が付いたアンナのワンピースに触れると、表面が一瞬炎に包まれ、次の瞬間には洗濯後の輝きを取り戻していた。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 アンナは自分の身に起きた現象に戸惑いの色を浮かべつつも感謝の言葉を伝え、それを興味深そうに眺めていたフィーネは「ふむ、なんとも不思議な術を使いますね。先程の爆発といい、地球人は皆超常的な能力を持ち合わせているのですか?」と質問をぶつける。

 

「ごく一部例外はあるけど、そういう能力があるのは幻想郷の住人だけで、後はこの星の人間と大して変わらないよ」

「なるほど、そうなんですね」

「ところでこれからどうするつもり?」

 

 針の回収を終えた霊夢が、私達の会話に交じってきた。

 

「もうすっかりお泊り会をする気分じゃないですよね……」

「家の中がこの有様じゃなぁ……」

「私はこれから被疑者をサイバーポリス本部に連行しようと思います。本来なら他部署に応援を要請する所ですが、この男以外にもサイバーポリス内にスパイが潜り込んでいるかもしれませんし、直接護送したいのです」

「マリサの容態も心配だわ。救急病院船が呼べないのなら、直接病院に送り届けるしかないわね」

「操縦なら私に任せてよ!」

「ええ、頼りにしてるわよにとり」

「魔理沙はどう考えているんだ?」

「そうだな……」

 

 リュンガルトの襲撃は凌いだものの、レオンの話が事実ならば、既に組織全体に私の情報が知られていると考えるべきだろう。

 目的の為ならアンナの家を荒らしたり、躊躇なく妹紅を射殺したりと彼らの手口は変わらない訳だし、このままでは改変前と同じ歴史が繰り返されるのは明白だ。

 本当ならサイバーポリスに頼りたかったけれど、フィーネが懸念している通り、リュンガルトのスパイが潜んでいるかもしれない状況で協力を仰ぐのは難しい。

 非常に残念だが今の歴史を無かった事にするしかないだろう。

 

「リュンガルトに私の存在を知られてしまった以上、時間遡航するのは確定なんだが……」

 

 問題はどのように歴史を改変するかだ。

 まず前提として、タイムジャンプによる過去改変をすると、その歴史の分岐点となる当事者には改変前の記憶が残る。

 

 ――例を挙げるなら人間だった頃のマリサと死別した記憶を持つ霊夢や、種族としての魔法使いにならずに天寿を全うした記憶を持つマリサ、外の世界の侵攻による幻想郷滅亡の記憶を持つ紫などが当てはまる。輝夜みたいに世界の内側にいながら過去改変を認識できる存在もいるが、女神咲夜の話では彼女の能力に由来するものらしいので例外と考えていいだろう――

 

 この性質が今までは良い方向に働いてくれていたのだが、今回の件では悪い方向に進んでしまっている。

 何故ならリュンガルトは改変前の歴史の記憶を単なる既視感や妄想として切り捨てず、タイムトラベラーの痕跡だと確信して行動した為、過去改変をしても望んだ通りの結果にならなかったからだ。

 ならばどうすればよいのか?

 未来の私は【私以外の人間は一つ前までしか改変前の歴史を記憶できない】という法則に着目して、タイムジャンプ魔法を改良した後【ST粒子による時間移動の痕跡の観測の阻害】という歴史改変を挟むことで、【タイムトラベラーを発見する】因果を崩し、リュンガルトに観測されない歴史へと導いた。

 この点を踏まえて考えると、『本日午後5時53分、アミューズメントパーク『ウェノン』に事情聴取にやってきたフィーネへ私の情報を伝える』という過去を変えるだけでは駄目なのだ。この改変の前にもう一つ別の歴史を経由する必要がある。

 それもただ闇雲に実行するのではなく、リュンガルトが当事者となる形で過去を弄らなければならない。

 

(これは難しいな……)

 

 案ずるより産むが易しとは言うが、こればっかりはきちんと考えて行動しなければ因果の袋小路になりかねない。

 

「なんだよ、歯切れが悪いなあ」

「何か問題でもあるの?」

「過去に干渉するタイミングが問題なんだよ。中途半端なことをすれば未来の私と同じ結果になるから、慎重にならざるを得ないんだ」

「なるほど……」

「もしマリーが歴史を変えたら今のあたし達はどうなるんですか?」

「私の経験上、魔理沙がこの時間から居なくなった瞬間に新しい歴史の自分に再構成されるから、その内容によるとしか言えないな。ちなみに私の時は、宇宙船の中から自宅に瞬間移動していたわ」

「ほぇ~そうなんですねぇ」

 

 妹紅の解説にアンナが感心していると、今まで口を閉ざしていたレオンが沈黙を破る。

 

「ククッ、時間遡航の相談をしているみたいだが、果たしてそう上手くいくかな?」

「なんだと?」

 

 意味深長な言葉に全員の注目が集まる。

 彼は両手首に手錠をかけられ、床に組み伏せられたままなのに、余裕綽々とした態度を崩さない。

 

「我々がタイムトラベラー相手に無策で相対したと思うか? 手駒がこうもあっさり倒された事には驚かされたが、これも想定の範囲内。我々がここにいる時点で既に運命は決まっている。貴様らはもうこの時間から逃げられないのだよ。ハハハハハハッ!」

 

 高笑いをあげたその時、背後のベランダから足音とガラスの割れる音が響き渡る。

 反射的に振り返ると、リュンガルトの兵士がガラスを叩き割ってリビングの中に土足で踏み込む姿があり、その人数は五人。

 

「ちいっ、まだいたのか!」

「総員『霧雨魔理沙』を捕えろ! 他の者は殺しても構わん!」

 

 レオンの指示を受け、リュンガルトの兵士達は一斉にレーザー銃を構え、照準を私とマリサ以外の五人に定める。

 

(ヤバイ!)

 

 危険を感じ反射的に八卦炉を構えて魔法弾を撃とうとしたが、魔力が伝わることなく不発に終わってしまう。

 

(っ!? そんな馬鹿な!)

 

 驚く間もなく、レーザー光線が霊夢達に向かって放出された。

 

「キャアアアア!」

「うわっ!」

 

 恐怖に慄き、悲鳴を上げながら頭を抱えて蹲るアンナに、慌てふためきながらステルス迷彩で姿を隠すにとり。

 しかし次の瞬間には、五発の銃声と同時に五枚の札と炎の弾幕が私の両側から飛んでいき、再び小規模な爆発が発生。着弾地点にいた兵士達はうめき声をあげながら倒れこんだ。

 彼らのパワードスーツの表面を観察すると、ヘルメットの額位置には銃弾が一発ずつめりこんでおり、腹部には貼付された博麗の札、下半身全体には焼け焦げた跡が残っていた。

 

「ふう、危ない危ない。大丈夫アンナ?」

「あたしはなんとか……。うぅっ、怖かったですよぉぉぉ」

 

 光学迷彩を解除したにとりがアンナを気に掛けると、彼女は抱き着きながら堰を切ったように恐怖の感情を漏らしていた。

 

「ふん、同じ手が二度通用すると思わないことね」

「ありがとうございます。本来なら私の役目なのに、またお二人に助けられてしまいましたね」

「いいっていいって。こういう荒事には慣れてるからさ」

 

 一方で死角から霊夢とフィーネと妹紅の会話が耳に入り、今度は其方へと視線を向ける。

 私の近くに立っていた霊夢はいつの間にか左に数歩離れた位置に移動していて、その両手には淡い霊力が籠った博麗の札を挟んでおり、妹紅は一歩右斜め後ろに下がった場所で自然体のまま両腕に炎を宿し、フィーネはリビングの広い場所に転がった体勢のまま拳銃を向けていた。

 これは推測だが、リュンガルトの兵士達がレーザーを放出する寸前に彼女達は回避行動を取り、その最中に霊夢は洋服に隠していた博麗の札を投擲し、妹紅は炎の弾幕を放ち、フィーネは一度捨てた自分の拳銃に飛びついて掴み、その勢いのまま転がりつつ兵士達に向けて速射したのだろう。霊夢と妹紅の実力は言わずもがな、フィーネの高度な射撃技術にも舌を巻く思いだ。

 私からも感謝の言葉を伝えようと口を開きかけたその時、妹紅が何かに気づいたように声を上げる。

 

「! なあおい、あの男は何処へ行った?」

「え? あっ!」

 

 言われてみれば床に転がされていた筈のレオンはリビングから忽然と姿を消しており、彼がいた場所にはロックが解除された手錠だけが残されていた。

 起き上がったフィーネがゆっくりと歩き出し、拳銃片手に落ちている手錠をつまみ上げると、悔しそうな声色でこう言った。

 

「くっ、やられました。どうやら捕縛プログラムをクラックして宇宙ネットワークに逃げたようです」

「奴を追いかける事はできないのか?」

「残念ながら私のデバイスでは接続障害が解消されていません。アンナはどう?」

 

 話を振られたアンナは少しの間虚空を見つめた後「……あたしも駄目。繋がらない」と首を振り、にとりも「ちなみにこの眼鏡も真っ暗なままだよ」と私達に見せつけた。

 

「私達は宇宙ネットワークに接続できないのに、リュンガルトは接続できるなんて変じゃない?」

「……恐らくこれは偶然ではなく、彼らの妨害工作でしょう。レオンはサイバーポリス内でも高い地位にいましたし、その権限を利用すれば接続規制をかける事は容易です」

「そんなことができるのか。随分と用意周到だな」

「さっきの発言といい、嫌な予感がするわね。まだ何か仕掛けがありそうだわ」

「同感だ。魔理沙、ひとまずこの場はタイムジャンプした方がいいんじゃないか?」

「そうだな」

 

 霊夢の勘はよく当たる。まだ不可解な点が幾つか残っているけど、今は悠長に考えている状況ではなさそうだ。

 私はタイムジャンプを行うべくリビングの中心へと移動する。

 

(とりあえず時の回廊へ行くか。そこでじっくりと今後の事を考えよう)

 

 私はその旨を皆に伝えてから、タイムジャンプの準備に入る。

 

「頼んだわよ魔理沙!」

「頑張ってください!」

「任せとけ!」

 

 霊夢達にサムズアップした後、頭の中で魔法式を練り上げていき、時の回廊に繋がる道を作っていく。

 

「タイムジャンプ発動!」

 

 頭上と足元に展開するは現在時刻を指すローマ数字の文字盤、七層の歯車魔法陣。

 

「行先は時の回廊!」

 

 声高々に宣言すると共に、私の身体は眩い光に包まれこの時空から消えて行く――筈だった。 



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第214話 (2) 魔理沙の記憶③ 魔法

最高評価ありがとうございます
非常にうれしかったです。


投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


(あれっ?)

 

 頭上の文字盤と足元の魔法陣が一気に収束していき、時間移動特有の浮遊感もなく地に足ついたまま。

 周囲の景色に変化はなく、荒れ果てたリビングの中でじっと私の動向を見守る霊夢達の姿が映っていた。

 

(おかしいな、失敗したか?)

 

 私は再度魔法式を練りあげ、同じ言葉を繰り返す。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は時の回廊!」

 

 だが結果は変わらず、その言葉だけが虚しく反響する。

 

(何故だ? 何故魔法が成功しない?)

 

 約三時間前は何の問題もなく使えてた訳だし、これまで何十回と成功し続けていた時間移動が連続で失敗することなんてある筈がない。

 そもそも頭の中で魔法式を構築している時はどこにも異常はなかった。

 

(まさか魔力切れか? ――いや、それはない。魔法陣はちゃんと展開されてるし、何よりあの時と違って魔力は充分に残っている)

 

 あの時とは二度目の幻想郷滅亡の歴史で西暦300X年5月6日のことだ。

 この歴史では、外の世界の人間達が幻想を解明したことにより博麗大結界が壊されてしまい、幻想郷が外の世界に吸収されてしまっていた。それ故魔法が碌に使えず、250X年の博麗神社からタイムジャンプした私は数百メートルの高さから自由落下する羽目になった。

 だけど今回は体内に魔力が駆け巡ってる感覚はあるし、幻想郷にいた時に比べると魔力量は落ちているものの、タイムジャンプ魔法を使えるだけの魔力は充分に残っている。

 第一150年以上も魔法使いをやってる私がそんな初歩的なミスを犯す訳が無い。

 

(となると原因はなんだ? そういえばさっきも魔法が不発に終わったよな……)

 

『我々がタイムトラベラー相手に無策で相対したと思うか? 手駒がこうもあっさり倒された事には驚かされたが、これも想定の範囲内。我々がここにいる時点で既に運命は決まっている。貴様らはもうこの時間から逃げられないのだよ。ハハハハハハッ!』

 

 消える間際にレオンが残した言葉が脳裏によみがえる。

 これは果たして偶然なのか? それとも彼らの陰謀なのか?

 

「どうしたの魔理沙?」

 

 思索に耽っていた私の意識を呼び戻す霊夢の声。

 気づけば、離れた場所に居たはずの彼女がいつの間にか隣に立っていて、不思議そうな顔で私を見つめていた。

 

「それがさ、何度試してもタイムジャンプできないんだ」

「えぇっ! それって一大事じゃない!」

「ああ。これは緊急事態だぜ」

 

 霊夢の驚きの声で、異変を察知した皆が私の元に集まって来る。

 

「タイムジャンプできないって……元の時間に帰れないの?」

「今のところはな」

「その割には随分と落ち着いてるんだな?」

「焦った所で事態は何も解決しないからな。こういう時こそ冷静にならないといけないんだ」

 

 妹紅に……というよりも、自分自身に言い聞かせるように発した。

 

「なんで魔法が使えなくなったの? メイト通りではタイムジャンプできてたじゃん」

「ええ。私もこの目ではっきりと見ていますから」

「もしかして魔力切れとか?」

「いいや、魔力が無い訳じゃないんだ。何て表現したらいいか……そもそも魔法ってのはさ、魔力を介して世界に働きかける事で、望んだ事象を発現させるものなんだ」

 

 体系・属性・種類・起源・マジックアイテム・魔法薬等、色んな要因が絡んでくる為一概には言えないが、基本的には魔力の質・量・熟練度で発現できる事象の種類や規模が決まる。

 私とマリサが火力に拘るのもそんな理由からだ。

 

「でも今は、事象を起こそうと魔力を注いでも発現しない状態になっている。まるで世界が魔法を拒絶してるみたいだ。こんなの初めてだぜ」

 

 先に挙げた歴史の西暦300X年5月6日の時は、魔力不足のせいでマスタースパークの火力が不十分だったが、現在は根本的に魔法が遮断されているような感覚だ。

 

「それって、マリサの具合が悪くなった事と何か関係があるのかしら?」

「分からない……けど、関連性が無いとも思えないな」

 

 私はマリサが横たわるソファーへと近づいていく。

 彼女はあれだけの騒動があったにも関わらず眠り続けているが、依然として呼吸が荒く、額には脂汗が滲みでており、見ていて非常に辛そうだ。

 

「回復しそうにないな……」

「辛そうですね……」

「念の為マリサの魔力を探ってみるよ」

 

 マリサのソファーを囲みながら心配する皆にそう言って私は彼女に手をかざし、魔力反応を探りはじめたが、どれだけ神経を研ぎ澄ませても手ごたえが無かった。

 

(そんな馬鹿な! なら今度は……)

 

「悪いなマリサ。少し寒いだろうけど、我慢してくれ」

 

 事態の深刻さを感じた私は、マリサの毛布をめくった後、エプロンドレスの下に着た白いブラウスの第四ボタンと第五ボタンを外し、露わになったお腹のヘソの位置に右手を当てる。

 

「んんっ……」

 

 ピクリと微かに反応するマリサ。これは直接身体の中心部に触れることで、魔力探知の精度を上げる狙いがあってのことだ。

 

(かなり身体が冷たいな……。今度こそ成功するといいけど)

 

 めくった毛布を被せてから改めて魔力探知を開始すると、その目論見は当たり、彼女の魔力状態が右手を介して伝わりはじめた。

 

(よしっ)

 

 精神を集中させて解析を進めていくうちに、マリサの現状が明らかになっていき、程なくして体調不良の正体が判明する。

 

(これはっ……! なんてこった。まさか私の懸念が当たっていたなんて……)

 

 今の彼女には辛うじて感じ取れる程度の微弱な魔力しかなく、その僅かに残った魔力さえもどんどんと失われている状態で、深刻な魔力欠乏症に陥っている。

 魔法使いにとって、魔力とは単に魔法を使う為の力ではなく生命力そのものであり、これが体内から完全に失われてしまうと死に至ってしまう。

 私はすぐさま魔力探知を中断し、伸ばした手を引っ込め自分のスカートの右ポケットに手を突っ込む。

 目的はマナカプセル。今は一刻も早く純度の高い魔力を補給する必要があるからだ。

 

(あれっ、無い! こっちか?)

 

 今度は左ポケットに手を突っ込んだが、どれだけまさぐっても指先に物が当たる感触はなく、思い切って両方のポケットを裏返してみたものの何も入っておらず、仕方なく元に戻す。

 

(おかしい。なんで無いんだ!?)

 

 シャロンの萬屋で換金する際に、アンナの提案で持ち物はCRF(次元変換装置)で変換して宇宙飛行機の中に転送したものの、マナカプセルだけは手元に残しておいたし、ブティックで着替えた際にもちゃんとポケットの中に入れていた。

 このマナカプセルは外の世界でも純粋な魔力が失われないように細工を施しているし、あれからたったの数時間で、魔力の残滓すら感知できなくなる程完全に消失するとは考えにくい。

 

(これはまさか――! にわかには信じられないけど、そう考えると辻褄が合う)

 

 私の中で一つの仮説が浮かび上がったが、ひとまず今は彼女の体力を回復させなければ。

 

「ねえ、何かあったの?」

「悪い、その話は後にしてくれ!」

 

 私は再度右腕を彼女のお腹へ伸ばし、その手を通じて魔力を送り込んでいく。

 

「くっ……」

 

 魔力と共に体の力が抜け、片膝をつきながらも懸命に魔力供給を続けていくと、次第にマリサの呼吸は安定していき、みるみるうちに血色が良くなっていく。

 

(ほっ、ギリギリ間に合ったみたいだな)

 

 魔力供給を止めて心の中でホッと一息ついていると、マリサが意識を取り戻した。

 

「ううん……、あれ……私は……?」

「よう、お目覚めか?」

「マリサ! 良かった、目を覚ましたのね……!」

 

 私の隣でずっと様子を見ていた霊夢は安堵の声を発し、妹紅、にとり、アンナも一安心といった表情を浮かべていた。

 マリサは上体だけを起こし、一度辺りを見回した後霊夢に訊ねた。

 

「ここはどこだ……?」

「覚えてない? アンナの家のリビングよ。あんたが急に具合が悪くなっちゃったから、休ませてもらっていたのよ」

「そうか……うん、そうだったな」

 

 自身の記憶を擦り合わせるかのように生返事すると、マリサはアンナに視線を向け「悪かったな、迷惑をかけて」

 

「いえいえ、あたしは大したことしていませんから。それよりもお加減はいかがですか?」

「まだ身体が少し重いけど、さっきよりはかなり楽になったぜ」力のない笑顔でそう答えたマリサは、今度はこちらに視線を合わせ「……妹、お前が助けてくれたんだろ? ありがとな」と、右手を握り素直なお礼を述べた。

「その様子だと、もしかして最初から気付いてたのか?」

「いや、気づいたのは意識を失う直前になってからだ。私も疑ってはいたんだが、お前は普通に動いてたし、何よりもこの年になってまさか魔力切れを起こすとは思わなくてな」 

 

(まさか同じことを考えていたなんて。いや、彼女も〝私″だから当たり前か)

 

 私なりに納得した所で、更に言葉を重ねて行く。

 

「それなら今の自分の状態も分かってるんだろ? お前の方で治せないか?」

 

 マリサを回復させるために、タイムジャンプ一回分の魔力を除いた全ての魔力を渡したのだが、依然として魔力の流出が収まっていないので、一時的な措置に過ぎない。

 原因不明の魔力流出現象を収めなければ再び倒れてしまうだろう。

 私の問いにマリサは少し沈黙した後、「……駄目だ。私なりに体内で留めようと魔力の流れを意識して変えているんだが、収まる気配がない」と落胆した表情で首を振る。

 

「原因に心当たりはないか?」

「分からん。マセイト繁華街地区を出るときは何の問題も無かったのに、このマンションに移動してから急に気分が悪くなったんだ。お前は何ともないのか?」

「少し身体が重いくらいで、魔力の流出は起きてないぜ」

「ふ~ん……、条件は同じ筈なのに、お前と私で何が違うのかな」

 

 腕を組みながらマリサが考え込んでいると、怪訝な顔をした霊夢が疑問を口にした。

 

「ねえ、話が全く見えてこないんだけど?」

「あたし達にも分かるように説明してください」

「魔力がどうかしたの?」

「ああ、済まなかった。まずマリサの体調不良についてだけどさ、魔力探知をした結果魔力欠乏症だと分かってな、さっき私の魔力を分け与えたんだ」

「魔力欠乏症?」

「簡単に言うと体内の魔力が著しく不足する病気のことだ。魔法使いにとって魔力の有無は生死に直結するからな」

 

 一口に魔力といっても、魔法を使う為の魔力と生命を維持するための魔力の二種類があり、仮に前者が空っぽになったとしても、ただ魔法が使えなくなるだけで、安静にして自然回復を待てばいい。

 先に挙げた歴史の西暦300X年5月6日で、私がマリサのように倒れなかったのも、そういう根拠があったからだ。

 本来なら限界まで力を振り絞っても、魔力の性質が異なる為後者の魔力が減る事はないが、何らかの理由で後者の魔力まで失われる事態に陥ってしまうと、あらゆる生理機能が低下し、やがて死を迎えてしまう。

 その事を説明すると、霊夢達は納得したように頷いていた。

 

「それならマリサはもう大丈夫なのかしら?」

「いや、まだ完治はしてないんだ。今すぐにって事は無いけど、魔力が流出する原因を突き止めないといずれまた倒れることになっちまう」

「そんな……!」

「どうしたらいいんでしょう? 魔力が原因なら、もし救急病院船を呼んだとしても治せないでしょうし……」

「幻想郷を長く離れたせいなのかな?」

「それは関係ないだろう。魔法使いは他の妖怪と違って比較的外の世界でも生きやすい種族だし、たった一日で影響が出るとは考えにくい」

「タイムトラベルの副作用……ってことは無いか。もう何十回も魔理沙と跳んでるし」

 

 結論がでない議論を重ねていると、マリサは楽天的な態度でこう言った。

 

「ははっ、そんなに心配しなくても、一旦家に帰ってじっくりと調べればすぐに分かるぜ。タイムトラベルならあっという間だろ?」

「……そうか、マリサは知らないんだったな。実はさ――」

 

 マリサが意識を失った後の状況をかいつまんで説明していくと、彼女は驚愕の顔を浮かべてソファーから完全に起き上がった。

 

「おいおい、一大事じゃないか! 全く気づかなかったぜ!」

「マリサ、お前は魔法を使えそうか?」

「試してみるぜ」マリサは深い切り込みが入った壁に向かって右腕を正面に突き出したが、少しして「……駄目だな。魔力が減っていくばかりで、簡単な魔力弾すら撃てやしない」と手を振った。

「私と同じなのか。となると――」

 

 先程の仮説が益々信憑性を増してきたところだな。

 

「何か思い当たる節があるのか?」

「原因不明の魔法封印現象に、マリサの魔力欠乏症……これらは全てリュンガルトの仕業かもしれない」

魔理沙(マリサ)程の魔法使いの魔法を封じることなんて可能なの? しかもこれだけ科学が発展した、魔法とは無縁の星でさ」

「その辺の理屈は分からないけど、こんな図ったようなタイミングで魔法が使えなくなるなんて明らかにおかしい。緊急時に用意しておいたマナカプセルまで蒸発してたんだから」

 

 私は外の世界によって幻想郷が滅亡する歴史を経験している。

 この歴史以上に文明が発達したアプト星なら、魔法を封じるような科学技術があったとしても不思議ではない。

 

「確かに、事実だけを見るなら、魔理沙(マリサ)だけ急に能力が使えなくなるなんて不自然だね。外の世界という枷があるとはいえ、妖力がそう多くない私ですら多少は操れるし、妹紅や霊夢に至っては普段と変わらない訳じゃん」

「私は蓬莱人だからな。どんな環境だろうと問題ないわ」

「私は全然駄目ね。さっきお札を使った時に気づいたんだけど、この星では霊力や仙術の類は殆ど使えないみたい。本当ならあの技で結界に閉じ込めるつもりだったんだけどね」

「フィーネは何か知らないか? 彼らが魔法を研究してたとかさ」

 

 マリサを調べていた辺りから、ずっと険しい表情で虚空を見つめているフィーネに話を振ると、一瞬驚いた表情を浮かべながらも此方に向き直る。

 

「私の知る限りではそのような報告は上がってきていません。もっとも、都合の悪い情報をレオンが改竄していた可能性は否めませんが」

「ふむ……」

 

 フィーネが知らないのなら、他の観点から魔法のことについて知る必要がありそうだな。

 

「なあフィーネ、他にも幾つか確認したいことがあるんだけど、良いか?」

「答えられる範囲内であれば」

「今日の午後5時――ゴホン。宇宙暦で34時26分頃、お前が『ヴェノン』に事情聴取に来た理由について、確か『宇宙ネットワークアーカイブ機構からロストテクノロジーによるシステムエラーが発生したと連絡を受けたから』だと話してたよな?」

「ええ」

「その宇宙ネットワークアーカイブ機構ってのはなんなんだ?」

 

 その質問にフィーネは訝し気な表情を浮かべる。

 

「……それが何か関係あるのですか? 今はもっと他に優先すべき話があるでしょう」

「これは大事な話なんだ。頼むよ、教えてくれ」

「……少し話が長くなりますが、よろしいですか?」

 

 私が頷くと、彼女は語り始めた。

 

「宇宙ネットワークを介して宇宙のあらゆる事象と情報を観測、それを適切に分析・管理している機構のことです。ここでは独自の判断基準に基づいて、記録されている情報に10段階の評価を付けて管理しておりまして、高レベルの情報ほど制約が厳しくなります。しかし宇宙ネットワークの利用者であれば、基本的に誰でも無料で情報を利用することができます」

「なるほど。ちなみに今そこに接続できるか?」

「平時ならば私やアンナのデバイスで接続できますが、今はオフライン――宇宙ネットワークに接続できない状態なので無理ですね」

「そうか、そうだったな」

 

 こんな状況になるんだったらあの時にちゃんと聞いておけばよかったな。

 仕方ない、次の質問に移ろう。

 

「次の質問だけどさ、さっき言ったロストテクノロジー、つまり魔法はこの星だとどんな扱いを受けてるんだ?」

「一般論で答えるならば、超自然的な力や非科学的な現象に対する比喩、ファンタジー系のフィクション作品で扱われる概念の一つという位置づけにありますね」

 

 言葉の定義は外の世界と大して変わらないのか。

 

「単語そのものは世間で広く知られていますが、それはあくまで架空の概念としてです。実在した過去の技術だと正しい認識を持つ人は極めて少ないでしょう。私も要請を受けて初めて知ったくらいですから」

「なんでそんなに認知度に差があるんだ?」

「私も気になって貴女の元に向かう前に簡単に調べたのですが、どうやら開示されている情報に格差があるようなのです」

「……どういうことだ?」

「宇宙ネットワークアーカイブ機構では、『魔法(マホウ)』の核心に触れる内容は、10段階中9段階目に該当する機密性の高い情報に指定されておりまして、『魔法(マホウ)はロストテクノロジーである』という情報もそこに含まれているそうなのです。恐らくこの閲覧条件の厳しさ故に、世間での認知度が低くなっているのでしょう」

「その条件ってそんなに厳しいのか?」

「9段階目の閲覧資格は、社会的信用度(スコア)が9000以上で、犯罪歴や過激思想が無く、圏内の星に実住所を持つ人間――と規定されてます。この条件を満たしたうえで、情報取得の目的と理由を説明し、認可されたのちに定期的な査察を受ける必要があります」

「……なんか色々と面倒くさそうだな。社会的信用度(スコア)ってなんだ?」

「言葉通り、その人が社会からどれだけ信用されているかを示した数値のことです。初期値が100なので、9000という数値は、高潔な精神と知識を兼ね備え、公益に資する人間でなければ到達しえない領域なのですよ」

「ほう」

 

 小難しい言い回しをしているけど、要は良識のある人間でなければ知識を得る資格がないってことだろう。

 見方を変えればそれだけ扱いが難しい情報とも言える。

 

魔法(マホウ)は1万年もの昔に滅びた技術です。貴女のように魔法(マホウ)を扱える人間は現存していないでしょうし、魔法(マホウ)技術を用いた物も残されていないでしょう。私見を述べるなら、ここまで厳重な管理が必要なのか疑問が残ります」

 

 淀みない眼で真っ直ぐ私を見ながら彼女はさらに語る。

 

「義務教育の学習指導範囲からも外れていますし、内容も含めてきちんと認知している人種は、歴史研究者か一部の好事家くらいでしょう」

「う~ん、そう……なのか?」

 

 今までの話を聞いてると、なんか凄い秘密が隠されてそうな気がするんだが……。

 

「どうしても引っかかるのであれば、後でアクセスしてみますか?」

「何? できるのか?」

「私のスコアなら支障はありませんし、貴女が正真正銘の魔法使いだと証明できれば、認可が特例で降りる可能性があります」

「そいつは渡りに船だな。ぜひ頼むぜ」

「ですが今はこの状況を何とかしなければならないでしょう。どうやら事態は思った以上に深刻です。先程からサイバーポリスの秘匿回線を通じて本部に繰り返し応援要請しているのですが、未だに応答がありません」

「それってつまり、サイバーポリスの助けは望めないってことか?」

「はい」

「えええっ!? それって一大事じゃないですか!」

 

 アンナは不安な面持ちで悲鳴にも似た声を上げていた。

 なるほど、さっきの不審な態度はこういう理由だったのか。

 

「そこに転がっている兵士は、リュンガルトの軍事力からすればほんの一部にすぎません。急襲が失敗した今、レオンはなりふり構わず貴女を捕えようとするでしょう。早急に退避する事をお勧めします」

「そうだな。にとり、宇宙飛行機を出してくれ」

「分かった!」

 

 ポケットからアンナのデバイスを取り出し、操作しようと電源を入れたが、アンナが慌てて止めに入る。

 

「ま、待ってください、にとりさん。この場所は狭いので実体化は無理ですよ!」 

「たしかに、こんな場所で出したら機体や翼が壁に埋まっちゃいそうだな」

「どのみち、宇宙船は離着陸許可が下りた開けた空間でなければ、実体化できないようになっています」

「一番近い場所はどこだ?」

「屋上です!」

「来た時と同じ場所か。よし、急いでそこへ向かおう!」

 

 私達は玄関へと駆け足で向かって行った。



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第215話 (2) 魔理沙の記憶③ 脱出

間が開きすぎてストーリーを忘れたと指摘を受けたので簡単なあらすじを書きます。

前回のあらすじ

リュンガルトの襲撃後、タイムトラベルはおろか魔法すら一切使えなくなったことに気づいた魔理沙。
この原因はリュンガルトによるものだと目星を付けた魔理沙は、原因究明及び身の安全の確保の為、アンナの自宅を飛び出した。


 玄関の扉を僅かに開けてこっそり外廊下の様子を伺う。

 

「……誰も居ないな。よし、いいぞ!」

 

 人の気配が無いことを確認した所で私達は外に飛び出した。

 

「屋上にはエレベーターでいきましょう! すぐそこです!」

 

 3203号室、3202号室と駆け足で通過し、3201号室に差し掛かった所でエレベーターホールからチャイムが響く。

 中から現れたのは二人のリュンガルト兵。

 

「げっ!」

 

 ここは32階という超高層階なうえに、この狭い外廊下には隠れるスペースも逃げる場所も無い。

 驚く間にも彼らは射撃体勢に入り、トリガーに指を掛けたその時、並走していたフィーネが目にも止まらぬ早撃ちでレーザー銃を弾く。

 

(――っ!)

 

 耳をつんざく二発の銃声。

 

「ナイスアシスト!」

「あとは任せなさい!」

 

 先頭を走る私達の頭上を飛び越えて前に出た妹紅と霊夢はあっという間に距離を詰める。

 レーザー銃を拾おうとするリュンガルト兵に、妹紅は炎を纏った飛び蹴りを見舞い、霊夢は博麗の札を勢いよくボディーに貼り付ける。

 彼らは音もなくその場に崩れ落ちて動かなくなり、一瞥した二人はエレベーターホールへ飛び込んでいく。

 室内を飛ぶレーザー光線と舞い散る火の粉が一瞬見えたが、やがてすぐに鉄を打ち付けるような音が聞こえ、静かになった。

  

「いや~あの二人は戦闘能力が高いねぇ」

「私は体術に関しては不得手だからな。頼もしい限りだぜ」

「歩く戦車とも呼ばれる戦闘用パワードスーツを着た人間を一撃で沈めるくらいですから、相当な威力が出ている筈ですよ。装着者が生きているのが奇跡なくらいです」

「妹紅の原理は知らんが、霊夢の技は防御を無視して本体にダメージを与える特殊な技だな。妖怪を無力化する時に使う技だ」

「なるほど、そんな技術があるのですね」

 

 そして私達は気絶しているリュンガルト兵を飛び越えて、エレベーターホールの中になだれ込む。

 それなりに広い室内を見渡すと、壁際に4人のリュンガルト兵が倒れていて、中心には無傷の霊夢と妹紅が立っていた。

 

「中にいた敵は片付けておいたわよ」

「流石だな」

「すみません、助かります」

「あの、お二人ともお怪我はありませんか?」

「大したことないぜ。それよりもエレベーターに乗るのはやめたほうがいいわよ」

「この兵士達はエレベーターから現れたわ。もし今昇ってきているエレベーターに彼らが乗っていたとしたら厄介よ」

 

 ここには向かい合わせに並ぶ四基のエレベーターがあるのだが、乗り場位置表示器と表示灯は全て下層の数字を示していて、どんどんとカウントアップしていた。

 

「階段は無いのか?」

「それなら――」

「ちょっと、いったい何の騒ぎ!?」

 

 フィーネの言葉を遮るように野太い声が廊下から響く。

 振り返ると、そこには厳しい顔をした背の低いふくよかな中年女性が立っていた。

 

「誰だ?」

「リュンガルトではなさそうだけど」

 

 さっきは閉じていた3201号室の扉が開いているし、この部屋の住人だろうか。

 

「メリッサおばさん!」

 

 アンナがその中年女性の元へ向かうと、彼女は途端に柔らかい表情になった。

 

「あら、アンナちゃんじゃないの! 久しぶりね~! 三年くらい前に天の川銀河の惑星探査ミッションに行くって聞いていたけれど、もう帰ってたのね」

「はい。つい昨日この星に帰って来たばかりなんです」

「出発前よりも少し背が伸びたんじゃないかしら?」

「うふふ、そうですね。……あの、メリッサおばさん――」

 

 このまま世間話が続くのかと思われた時、フィーネが会話に割り込んだ。

 

「お話し中すみません。私はサイバーポリスのフィーネと申します」

「あらやだ。サイバーポリスがくるなんて、何か事件でもあったのかしら?」

「今このマンションはリュンガルト武装勢力の襲撃にあっています。サイバーポリスへの通報と、住人全員に避難通達を出すよう管理人に伝えてください」

「まあ、大変! すぐに行いますわ!」

「貴女も避難してくださいね」

 

 メリッサという名の中年女性は慌てて自宅に帰っていき、アンナとフィーネもすぐにこちらに戻って来た。

 エレベーターは既に中層階まで上がってきていて、この階に到達するのも時間の問題だ。

 

「お待たせしました! 非常階段はこっちです!」

 

 フィーネの案内の元、エレベーターホールの隅にある非常口の開き戸を通ると、折り返し階段の踊り場に繋がっていた。

 非常階段というだけあって、普段はあまり使われていないのか、階段や手すり壁にはうっすらと土埃が積もっていた。

 

「屋上って確か51階だったよな」

「ええ」

「うへぇ~、この石段を登るのは大変そうだぜ」

「文句言ってる場合じゃないでしょ? 早く行きましょ」

「待ってください。またリュンガルト兵が現れるとも限りません。霧雨さん達を守る必要があるでしょう」

「確かにそうね」

「私と博麗さんが先頭に行きますので、藤原さんは後ろの守りをお願いします」

「ああ、任せとけ!」

 

 妹紅が快諾して最後尾へと移動する中、マリサは歯がゆい表情で「くっ、こんな時に何もできない自分が情けないぜ……!」と辛うじて聞き取れるくらいの声量で呟いていた。

 私も今の状況に思う所がないわけではないが、魔法が使えない魔法使いなどただの一般人と変わらない訳で、下手に戦おうとすれば足を引っ張ることになってしまうだろう。

 だからここは霊夢達に任せるのが合理的な選択だ。

 

「あんたも後ろにいった方がいいんじゃないの? その銃だとぱわーどすーつだっけ? それに効かないんでしょ?」

「敵の武器を弾くことくらいはできますし、博麗さんに任せきりという訳にはいきませんから」

 

 霊夢とフィーネが話をしていた時、エレベーターホールから再び到着のチャイムが響き、続々とリュンガルト兵が降りてきていた。

 妹紅は乱暴に非常扉を閉め「やばい、来たぞ! 急いで上れ!」とジェスチャーを送りながら叫ぶ。

 

「ああ!」

 

 私達は急いで階段を上っていき、中間踊り場に到達したところで背後から爆発音と衝撃が伝わってくる。

 

「な、なに!?」

 

 アンナの驚く声で足を止め、振り返る。

 先程まで立っていた32階フロアへ続く踊り場に大きな穴が空いており、非常扉を開けたリュンガルト兵達が下の階へと落ちていくのが見えた。

 

「か、階段に穴が……!」

「ほら、振り返ってないで急いで上って! こんなの時間稼ぎにもならないぜ」

「は、はい!」

 

 妹紅に急かされ、私とアンナを待っていた霊夢達と一緒に階段を駆け上がって行く。

 37階の中間踊り場まで到達した所で、38階の非常扉が蹴り破られ、レーザー銃を構えたリュンガルト兵が現れたが、フィーネの援護を受けた霊夢があっけなく撃退していた。

 このまま屋上まで一気に駆け上がりたかったけど、階層が高くなるにつれだんだんと体力の限界が訪れはじめ、45階の中間踊り場まで到達した所でついに足が止まる。

 

「はあっ、はあっ……ちょっと……休憩……させて……くれ!」

 

 手すり壁に寄りかかり、肺を膨らませて必死に酸素を取り込む私。

 魔法が使えない影響なのか、どうやら体力も落ちてしまっているようで、簡単に息が上がってしまった。

 外の景色――といっても、支線道路を挟んだ向かい側に同じような超高層マンションが建ち並んでいるだけだが――を悠長に眺める余裕はない。

 

「私も……だ! これ、以上は、きついぜっ……!」

 

 私と似たようなタイミングでマリサも限界を迎えたようで、胸を抑えながら踊り場に座り込む。

 

「はあっ、はあっ、はあ~……」

「ふう~こんなに走ったのはいつ以来だろ」

 

 肩で息をしているアンナとにとりも階段に座り込み、乱れた呼吸を整えていた。

 

「分かったわ。少しだけ休憩にしましょ」

「このくらいで音を上げるなんて、体力無いなあ」

「これ以上追手が増えると厄介ですので、早めに休憩を済ませてくださいね」

 

 数段先に上って周囲を警戒する霊夢、階下から呆れた様子で私達を見上げる妹紅、拳銃を降ろした姿勢で壁にもたれかかるフィーネ。

 彼女らは疲労の色が無く呼吸も落ち着いていて、まだまだ余裕があるように見える。

 日頃から鍛えてる人とはここまで体力に差がついてしまうのか……。

 彼女達を見ながらそんな事を思っていた時、何気なく私の背後の空に視線を送ったフィーネは、打って変わって絶望の色を浮かべる。

 

「あれは――! 皆さん、すぐに逃げてください! レーザー砲が来ます!!」

「魔理沙危ない!」

「え――」

 

 彼女が絶叫した次の瞬間、煌く光が背後から生じ、辺り一帯は真っ白になった。

 

(眩しっ! な、なんだ!?)

 

 私は前に一歩進んでから振り返り、発光源に向けて手で覆いながら目を慣らしていくと、だんだんと現在の状況が掴めてきた。

 なんと、一隻の宇宙船から照射された八本のレーザー光線が、空中で屈折を繰り返しながら集束して私達を襲っており、いつの間にか隣に移動していた霊夢が周囲に結界を展開して防いでいたのだ。

 その宇宙船は宇宙飛行機よりも一回り大きく、私達と同じくらいの高度に浮かんでいて、距離もそれなりに近い。

 さっき外を見た時は影も形も無かったし、隣の超高層マンションから現れたのだろうか。

 機体のデザインはモノトーン柄で先端部は鋭利に尖り、胴体と機尾から並行に伸びた三角翼は飛行機を連想させる。

 その先頭部分は半円形に突き出たガラスで覆われていて、恐らくコックピットだと思うのだけれど搭乗者は確認できない。

 そしてこのレーザー光線は、宇宙船の翼下にズラリとくっついた細長い円筒形の部位から照射されており、その数は八本。

 

「な、何が起こってるの!?」

「れ、霊夢……!」

 

 つい先程『この星では霊力や仙術の類は殆ど使えない』と話していたので心配になったが、当の霊夢は涼し気な表情で攻撃を受け止めていた。

 

「ここは私が抑えるわ。妹紅、お願い!」

「任せろ!」

 

 妹紅はベランダの手すり壁を蹴って空中に飛び出すと、炎の翼を生やして加速しながら宇宙船に突撃していく。

 

「はぁぁぁっっ!!!」

 

 勢いそのままに炎を纏った拳でコックピット部分を殴りつける。

 噴き上がる爆炎、辺り一帯に響き渡る轟音。同時にレーザー光線の照射も収まった。

 

「やったか!?」

「……いいえ、まだみたいね」

 

 結界を維持したまま険しい表情で霊夢が呟く。

 炎が晴れたそこには無傷の宇宙船が浮かんでいて、表面には薄らと膜のようなものが張られていた。

 

「ちっ、効いてないのか」

「あれは無人宇宙戦闘機です! 太陽の表面や絶対零度下の惑星でも稼働できるように設計されてますし、恐らく対爆エネルギーシールドが表面に展開されてます! 生身の人間が適う相手ではありません!」

「対爆エネルギーシールドって、爆発の衝撃を防ぐバリアみたいな感じ?」

「そうですね。私も全てを知るわけではありませんが、高性能の対爆エネルギーシールドはミサイルの直撃にも耐えるそうです」

「やっぱり私達を狙っているのかな」

「だろうな。これも十中八九リュンガルトの仕業だろう」

 

 宇宙戦闘機は高速旋回して妹紅を振り払い、かなりの距離を取ると、今度は機体の底部のパネルが開き、細長い円錐形の物体を落とす。

 そのまま地上に落ちていくのかと思いきや、円錐形の物体の後部から炎が噴出し、飛翔体となって彼女目掛けて飛んでいく。

 その光景を見てにとりは仰天する。

 

「えっ! まさかあれってミサイル!?」

「こんな住宅街で飛ばすなんて……!」

「――!」

 

 妹紅は一瞬だけ真後ろの超高層マンションを振り返ると、意を決したようにミサイルに向かって特攻していき、空中で大爆発を起こす。

 

「妹紅さあああん!」

「大丈夫だ。アイツは死なないからな」

 

 アンナが叫んだすぐ後、爆発の中心地に不死鳥の形をした炎が燃え上がる。

 その中心にいるのはリザレクションした妹紅。宇宙戦闘機を忌々しげに睨みつけながら呟く。

 

「ちいっ、なりふり構わずってことかよ」

「す、すごい。ミサイルを受けても無事なんて……」

「普通の人間なら間違いなく即死です。――いえ、正確には復活したと表現するべきなのでしょうか。なるほど、これが不死身の人間なのですね……!」

 

 アンナとフィーネが驚嘆していると、宇宙戦闘機が方向転換し、今度は此方に向かってミサイルを撃ってきた。

 

「うわあああぁぁっ! 今度はこっちに飛んできたー!?」

「いやああああぁぁ!」

 

 絶叫するにとりとフィーネ。

 

「このおっ!」

 

 妹紅がすぐさま炎弾を飛ばすが、ミサイルの飛行速度の方が速く届かない。

 

「ふっ!」

 

 時同じくして、霊夢は霊力で巨大化した一本の封魔針をミサイルに向かって投擲。空中で衝突した瞬間大爆発を起こす。

 割と近い距離で起きた爆発だったけど、付近の建物に被害はなく、霊夢の結界によりこちらにも衝撃は伝わらなかった。

 

「た、助かりましたぁ」

「もう生きた心地がしないよ」

「ま、まさかミサイルを相殺するなんて、信じられません……!」

「だがこの状況はまずいぜ」

 

 遠くの空では、レーザー光線を乱射する宇宙戦闘機相手に、妹紅が様々なスペルカードを使って応戦しているが、表面を覆うエネルギーシールドを破る事ができずジリ貧状態に陥っていた。

 

「なんとかあのエネルギーシールドを壊せればいいんだけどねぇ」

「妹紅は炎系の技が多いからな。相性が悪すぎるぜ」

「せめて魔法さえ使えたらなぁ……」

 

 ネガティブな意見が続く中、真剣に戦況を観察していた霊夢が口を開く。

 

「ねえフィーネ、あの乗り物のこと確か無人って言ってたわよね?」

「え? はい、そうですね」

「なら遠慮はいらないわね。ちょっとその銃借りるわよ」

「あ!」

 

 霊夢はフィーネの銃をひったくるようにして奪い取ると、ポケットから博麗の札を取り出してその銃身に貼り付けた。

 

「そいつでどうする気だ?」

「あの乗り物を撃ち落すわ」

 

 きっぱりと言い切った霊夢は続けて。

 

「この星でスペルカードを再現できない以上、至近距離から封魔針を撃ち込むのが一番手っ取り早いんだけど、それだとここの守りが疎かになるからね。気が進まないけど、外の世界の武器を使うことにするわ」

「無理ですよ博麗さん! あの宇宙戦闘機は戦闘用パワードスーツなんかとは比較にならないくらいに硬い装甲です! そんな小さな銃では到底太刀打ちできません!」

 

 しかし霊夢は喚くフィーネを無視し、拳銃を右手に持ったまま左手で銃身を掴み、深呼吸を繰り返す。

 すると無機質な銃身に霊力が集まっていき、どんどんと大きくなっていく。

 

「お?」

「霊力が……!」

 

 私と同じ事を感じ取り目を見張るにとりとマリサだったが、フィーネとアンナは訝し気に眺めるだけだった。

 その後空気が詰まった風船のように霊力が溜まった所で、霊夢は手すり壁から身を乗り出しながら両手で拳銃を構え、宇宙戦闘機に照準を定める。

 

「妹紅、離れなさい!」

「!」

 

 その声で妹紅が宇宙戦闘機から離れた直後、霊夢はトリガーを引く。

 耳をつんざく銃声。発射された弾丸は目標に向かって一直線に突き進み、機体の側面に着弾。

 ガラスが割れるような音の後、一瞬遅れて小規模な爆発が発生。

 機体は真っ二つに折れて爆煙をあげながら墜落していき、途中で大爆発を起こして木端微塵になった。

 

「ええええええっ!?」

「おおっ!」

「やった!」

「さすが霊夢だな」

「これでよしと。――アンタたちもまだやるつもりなのかしら?」

 

 霊夢が後ろを振り返りながら呼びかけると、そこには46階の非常扉を半開きにしたまま、中から様子を伺っていたリュンガルト兵達の姿があった。

 

「T-14戦闘機が墜とされるとは、な、なんてことだ!」

「あの女化物だ! 俺達が敵う相手じゃねえ!」

「撤退! 撤退だ!」

 

 リュンガルト兵達は非常扉をピシャリと閉め、マンションの中へと逃げ込んでいき、それを確認した霊夢は再びこちらに視線を戻す。

 それから銃に貼り付けていた博麗の札を剥がし、フィーネに差し出した。

 

「これ返すわ。さ、行きましょうか」

 

 霊夢は何事も無かったかのように平然と階段を上っていった。

 一方銃を受け取ったフィーネは、霊夢の後ろ姿を見ながら愕然とした面持ちで呟く。

 

「目の前で起こった現実が信じられません。アンチエネルギーシールド装置や重火器も使わず、40口径の拳銃で宇宙戦闘機を撃ち落すなんて……!」

「凄いものを見せて貰いましたよ」

「弱体化してもなおこの力か。流石、歴代最強の博麗の巫女と謳われるだけのことはあるな」踊り場に降り立った妹紅は感心していた。

「妹紅の時代でもそう言われてるのか。霊夢の背中は遠いぜ」

 

(やっぱり凄いんだな霊夢は)

 

 改めて彼女のことを誇りに思う私だった。

 

 

 それからは宇宙戦闘機を撃墜したことが効いたのか、特に妨害もなく屋上へと辿り着いた。

 澄み渡る青い空と太陽の下、開けた空間が広がっていて、人影はどこにもない。

 

「今宇宙飛行機を出すから、皆ここで待って!」

 

 にとりがアンナの端末を操作して掲げると、カメラのレンズ部分から虹色の光が放射され、その光が形を成して宇宙飛行機になった。

 

「よしすぐに――!?」

 

 彼女が言いかけたその時、天から一筋の光の柱が宇宙飛行機に降り注ぐ。

 機体がほんの一瞬光に包まれたか思えば、次の瞬間には砂のように消えて無くなった。

 

「なっ!?」

「ああああああっ!? 私の宇宙飛行機がぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 にとりが受けた衝撃はあまりにも大きかったようで、その場に崩れ落ちて嘆いていた。

 

「だ、大丈夫かにとり?」

「うううう……」

 

 堪らず声を掛けたが、にとりは蹲ったまま動かない。

 

「一体何が起こったんだ!?」

「ねえ、あれを見て!」

 

 何かに気づいたように霊夢が空を指差す。

 見上げると空の一部分が不自然に浮き上がっていて、このマンションよりも遥かに大きく、巨大な形をしていた。

 

「まさかあれは――」

 

 フィーネが思い当たる節があるような反応を示したその時。

 

「クククッ、待っていたぞタイムトラベラー」

 

 屋上の中心から声が聞こえたと思えば、誰も居ない筈の場所から不敵な笑みを浮かべたレオンが姿を現した。




次回投稿日は5月12日午後7時です


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第216話 (2) 魔理沙の記憶③ 仕組まれた罠

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後11時50分(協定世界時)――

 

 

 

「待っていた……だと?」

「ククッ、現実を見せてやろう」

 

 レオンが指を弾いた瞬間、屋上が急に薄暗くなり、周囲の様子は一変する。

 

「これは……!」

 

 ここから見渡せる空と、屋上の一部分が浮かび上がったかと思えば、カメレオンのように溶け込んでいたその姿を現し、私は絶句する。

 屋上には私達を取り囲む二十名のリュンガルト兵。上空には空を埋め尽くすほどの宇宙船が空中浮揚しており、頭上には一際巨大な宇宙船が鎮座していた。

 それは船のように細長く尖った形をしていて、機体の側面からはおびただしい数の砲塔が飛び出している。

 宇宙船というよりは、空を飛ぶ要塞のような硬い印象を受けるものだった。

 そして船底には螺旋に渦巻く大穴が開き、この超高層マンションすら呑み込んでしまう程の大砲が伸びていた。

 にとりの宇宙飛行機を粉々に分解したのは十中八九あの兵器だろう。

 

「そんな……待ち伏せされていたなんて……」

「おいおい、リュンガルトってこんなに沢山いたのかよ!?」

「ステルス迷彩で隠れていたとは、厄介だな」

「この数はまずいわね……」

「馬鹿な! 旗艦と主力艦隊がこんな短時間で到着するなんて有り得ない!」

「時間移動を操る魔法(マホウ)使い相手に、あんな少数戦力で挑む筈があるまい。貴様らと接触する前に配備しておいたのだよ」

「……何故私達がこの場所に来ることが分かった?」

「歴史改変は強力な反面、タイムトラベラーを大きく縛り付ける。仮想化と時間移動を封じられた貴様が改変前の歴史をなぞるように行動する事は読めていた。まあもっとも、そうせざるを得ないように誘導したのだがね」

 

 傲慢な態度のレオンは非常に憎たらしいものだったが、自身の感情を表に出さず更に問い詰める。

 

「……お前はどこまで知っている? その口ぶりだと、やはり時間移動や魔法を封印したのはお前らの仕業なのか?」

「クククッ、答える義理はない――と言いたいところだが、今の私は非常に気分が良い。特別に教えてやろう」

 

 レオンは眼鏡のブリッジを持ち上げ、得意げに語りだす。

 

「我々は貴様をこの時間に留める為に二つの手を打った。その一つは時の回廊へのアクセス制限だ」

「!」

 

 フィーネには話していなかったのに、まさかその名が出るとは……!

 

「フィーネ捜査官から送られてきた映像で、貴様の時間移動は、時が不順に流れる高次元世界――『時の回廊』を利用した理論であることは歴然だった」

 

 レオンは更に続けて「原理さえ分かってしまえば対策も容易い。『時の回廊』の〝(ゲート)″を封鎖することで、高次元世界へ繋がる道を切断し、この三次元世界に固定させたのだよ」

「まさか、そんなことが可能なのか!?」

CRF(次元変換装置)とワープ理論を応用すれば不可能ではない」

 

 認めたくはないことだが、彼らが時間について深く研究し、タイムトラベルの一歩手前まで来ているのは事実なようだ。

 

「とはいえこの理論はあくまで仮説にすぎない。時の回廊については未だに謎が多く、アクセス手段や安全な移動方法に加え、正確な時空座標の指定方法すら解明できていない現状では、我々の計算が間違っている可能性も否定できなかった。そこで我々は、タイムトラベラーが用いた〝魔法(マホウ)″技術に着目したのだよ」

 




短くてごめんなさい


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第217話 (2) 魔理沙の記憶③ 絶体絶命

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後11時52分(協定世界時)――



「なんだと?」

 

 私達の正面にいた四人のリュンガルト兵が道を開けると、レオンは此方に向かってゆっくりと歩き、私達の前で立ち止まる。

 

「元々我々は純粋な科学に限らず、神話・オカルト・スピリチュアルといった非科学的な観点からもタイムトラベルの可能性を模索してきた。中でも魔法(マホウ)は非常に信憑性が高くてね。科学に次いで有力な手段だと位置づけ、宇宙ネットワークアーカイブ機構のデータを元に研究を重ねていたのだよ」

「まさか! リュンガルトが閲覧できる筈が……!」

「私の立場を利用すれば、この程度の情報操作は容易い」

「貴様にはサイバーポリスとしての誇りはないのか!」

 

 治安維持組織に所属する者としての正義感からか、フィーネは憎悪の表情で声を荒げた。

 

「愚問だなフィーネ捜査官。我々にとっては時間移動の実現が全てだ。その為なら手段は選ばんよ」

 

 レオンが眉一つ動かさずに淡々と答えると、彼女は一転して悲嘆な面持ちになり。

 

「――貴方は誰からも信頼される警察官の鑑のような人だった。それすらも偽りだったというのか!」

「組織内で勤勉に働いて信用を勝ち取り、より重要なポストに就く。スパイの鉄則だ」

「くっ……! こんな卑劣な男が上層部に入り込んでいたなんて……」

 

 失望の色を浮かべて、黙り込んでしまった。

 私にはあまりピンと来ないけど、どうやらこの男の離反は彼女やサイバーポリスにとっては衝撃的な事件なのだろう。

 けれど今の私には、そんなことよりも問いただしたい事があった。

 

「魔法の信憑性が高いってどういうことだ? そもそも何故私が魔法使いだと分かった? ロストテクノロジーなのと何か関係があるのか?」

 矢継ぎ早に質問をぶつけると、レオンは「ふっ――折角だ。宇宙ネットワークアーカイブ機構に残る魔法(マホウ)に纏わる歴史を簡単に説明してやろう」と、尊大な態度を崩さずに語り始めた。

 

「それは今から1万3年前の旧宇宙暦2203年のことだ」

 

 旧宇宙暦という耳慣れない単語に一瞬疑問符を浮かべたが、すぐに頭の中に情報が降りて来た。

 どうやら宇宙暦0年――この星がテラフォーミングされた年――以前の時間を旧宇宙暦と呼んでいるらしく、暦の法則そのものは宇宙暦と全く同じようだ。

 西暦でいう紀元前に該当する表現だと瞬時に理解した私は、レオンの話に意識を戻す。

 

「プロッツェン銀河を支配していた当時の覇権国家ピュレスは、900光年離れた惑星フォレトに侵略戦争――フォレト戦争――を仕掛けた」

「彼らの狙いはフォレトに眠る莫大な地下資源。この時代にはまだ宇宙ネットワークが構築されておらず、有機資源が何よりも価値を持っていた為、文明水準の低い惑星への侵略が横行していた」

「ところが、フォレトは科学ではなく魔法(マホウ)が大きく発展した文明だった。宇宙進出こそしていなかったものの、その技術水準は当時の最先端科学技術と同等だったと記録に残っている」

 

(魔法文明! 興味をそそられる響きだな)

 

「更にフォレト人はマナとの親和性が高く、国民全員が大なり小なり魔法(マホウ)を操る魔法(マホウ)使いだった。現代の常識では信じられない事だが、彼らにとって魔法(マホウ)は生活の一部であり、生命そのものだった」

「そして彼らの中には、七賢者と呼ばれ崇められた魔法(マホウ)使いが存在した。彼らは自然界の事象を自由に操る程の莫大な魔力を持ち、呪文を唱えるだけで大地と海を真っ二つに割り、宇宙から天体を落としたという。記録には、たった七人で100万のピュレス軍と対等に渡り合ったと残されている」

 

(……凄いな。パチュリー並の実力を持つ魔法使いが7人もいたとは)

 

「科学では到底説明できない不可思議な現象に翻弄され続け、終始ピュレスは劣勢続きだったが、3年後の旧暦2200年。当時の科学者達は戦況を覆す画期的な発明をしたのだよ」

 

 流暢に語り続けていたレオンが再び指を弾くと、頭上に滞空し続けていたリュンガルトの旗艦が静かに後退しはじめ、全体を見渡せる位置で停止する。

 機体は全体的に黒で統一されており、甲板にはズラリと砲台が並べられていて、艦尾には細長いタワーが建っている。あれは恐らく司令塔だろう。

 甲板には箱型や細長い物体がごちゃごちゃとくっついているが、私は軍事知識に疎いので固有名詞までは分からなかった。

 

「司令塔から伸びるアンテナが見えるかね?」

 

 彼の指さす先に注目すると、司令塔の天井から白色に赤いラインが入った細長い柱が伸びていた。

 頂点部分には赤色灯が煌々と輝いており、旗艦本体の色と相まっていかにも後から付け足したような印象を受ける。

 

「あれは【アンチマジックフィールド生成装置】。フィールド内に含まれるマナを吸収して分解する究極の対魔法使い兵器だ。領域内に入ったが最後、体内からどんどんとマナが失われていき、やがて死に至る」

「なっ!?」

「この発明によりマナを失った七賢者は為すすべなく倒れ、フォレト人達も魔力欠乏症により軒並み全滅。魔法(マホウ)文明と魔法(マホウ)技術は滅亡に至り、フォレト戦争はピュレス軍の勝利に終わった。――これが魔法(マホウ)の顛末だよ」

「まさか――信じられん……!」

魔法(マホウ)にそんな悲しい歴史があったんですね……」

 

 話を聞いて胸を痛めるアンナ。

 かく言う私も、薄々リュンガルトの仕業ではないかと予測していたとはいえ、想像の斜め上を行く話に驚きを隠せなかった。

 科学の力が魔法という概念を壊すなんてにわかには信じがたいことだけど、自然界のマナが人為的に奪われているのなら、マナカプセルの消滅やマリサの魔力欠乏症に説明がつく。

 

「そして霧雨魔理沙、先程の質問に対する答えは『数ある超自然的な現象の中でも、魔法(マホウ)の研究には国家予算並の額が費やされ、膨大な研究データと豊富なエビデンスが残されていた』からだ」

 さらに続けて「元々、フォレトのような魔法(マホウ)文明を築き上げた未知の惑星を発見した時の為に研究していたのだが、まさか遥か未来の魔法(マホウ)使いが引っかかるとは、此方としても嬉しい誤算だよ」と不遜な態度で話す。

 

「そんなふざけたことが――ぐっ!」

「マリサっ!」

 

 マリサは突然胸を抑えながら倒れ、霊夢は寄りそいながら声を掛けた。

 彼女には充分な量の魔力を渡した筈なのに、まさかもう尽きかけているのか!?

 

「マリサさん、大丈夫ですか?」

「しっかりして、マリサ!」

「ハアッ……ハアッ……」

 

 息が荒いマリサに、アンナとにとりもしゃがみ込んで気遣いの言葉を掛けているが、彼女は自力で起き上がれないほど衰弱している様子。

 

「ほう? 『霧雨魔理沙(マリサ)』の技量がどれほどのものかは知らんが、もう一人の霧雨マリサには効果てきめんのようだな。クククッ」

 

 レオンは苦しんでいるマリサを見下しながら嘲笑していたが、今はそれどころではない。

 

(このままではマリサが危ない! だけど……)

 

 今の私にはタイムジャンプ1回分の魔力しか残っておらず、この魔力を渡してしまうと別の時間に跳べなくなってしまう。

 しかし目の前で苦しむ彼女を放っておくことはできない。彼女は〝私″でもあるからだ。

 そんな私の葛藤を見透かすように、マリサは顔だけ此方に向けて口を開く。

 

「へ、へへっ。妹よ、私の、ことは……気にしなくて……いい、ぜ。姉の私が、お前に、頼ってばかりじゃ、いられない……から、な」

 

 マリサなりに目いっぱい笑っているみたいだけど、表情に力は無く、強がりなのは一目瞭然だった。

 

「あれさえ壊せれば――!」

 

 マリサの容態を見て、妹紅は足を開いて踏ん張るような体勢で腕に炎を纏い、声高々に宣言する。

 

「不死《火の鳥-鳳翼天翔-》!」

 

 妹紅から不死鳥を連想させる巨大な火の鳥が飛翔。空中浮揚している無数の宇宙船の間を、縫うように加速しながら、アンチマジックフィールド目掛けて進んでいく。

 そのまま目標に命中するかと思われたその時、機体付近で突如爆発が生じ、炎は霧散してしまった。

 

「!」

 

 目を見開き、静かに驚く妹紅。

 どうやら、リュンガルトの旗艦全体を包み込むように不可視のエネルギーシールドが展開されていたようで、妹紅の攻撃で全体像が一瞬だけ露わになったが、すぐに消えてしまった。

 

「残念だったな。あの船には太陽フレアにも耐えうるエネルギーシールドが展開されている。その程度の炎はかすり傷にもならんよ」

「ちっ!」

「――さて、お喋りはここまでだ」

 

 レオンは懐から棒スイッチを取り出すと、それを掴んだまま親指でボタンを押す。

 次の瞬間、私達の背後で爆発が起こり、振り返るとエレベーターホールと非常階段の出入口が瓦礫の山に埋もれていた。

 

「道が……!」

「『霧雨魔理沙』よ、貴様達にはもう逃げ道はどこにも無い。我々と共に来てもらおうか!」

 

 その号令で宇宙船の側面から一斉に銃口が現れ、此方に照準を合わせる。

 

「ううう……!」

「これはまずいよ……!」

 

 フィーネに縋りつきながら怯えた様子のアンナ、キョロキョロと落ち着き無くうろたえるにとり。

 

「クソッ、完全に奴らの掌の上で踊らされているな。何か手は無いのか?」

「……」

「応援はまだ来ないのか……」

 

 苦々しい表情で彼らを睨みつける妹紅、無言で周囲に厳しい視線を送る霊夢、辺りの空をしきりに気にするフィーネ。

 そして私はかつてない程までに焦っていた。

 

(ヤバいぞこれは……! どうする? どうしたらいい? このままでは――)

 

 ――いや、落ち着け。こんな時こそ冷静に現状を整理しよう。

 私達は地上51階の超高層マンション屋上で、レーザー銃とパワードスーツで武装した二十名のリュンガルト兵に取り囲まれている。

 下層に繋がる二つの出入口は塞がれてしまい、頭上の空にはリュンガルトの旗艦と無数の主力艦隊。

 更にリュンガルトの策略で魔法が封じ込められており、マリサは屋上に倒れたまま動く事ができず、脱出に使う予定だった宇宙飛行機も破壊されてしまった。

 あらゆる逃げ道を塞がれ、後には引けない状況だが、かといって正面突破するには明らかに戦力が足りない。

 私やマリサは言わずもがな、霊夢とにとりはスペルカードを再現できない程能力が落ちてしまっているし、フィーネの拳銃も火力不足だ。

 頼れるのは妹紅だけだが、いくら不老不死と言えども一人では限界はある。彼女が戦っている間に私達が集中砲火を受けて全滅しかねない。

 

(……考え得る限り最悪な状況だな。せめて魔法さえ使えれば可能性が広がるのに)

 

 けれど諦める訳にはいかない。

 妹紅の時代に私が生きている訳だし、必ずどこかに突破口がある筈。

 ジリジリとリュンガルト兵達が近づく中、必死に頭を巡らせながら活路を探していたその時、私とレオンの間に眩い光が発生した。

 

「なんだとっ!?」

「この光は――!」

 

 光の中から魔法文字が浮かび上がったかと思えば、模様が書き記されていき、歯車を模した魔法陣へと形を変える。

 

(タイムジャンプ魔法陣! 未来の私が来たんだ!)

 

「ねえあの魔法陣って――!」

「魔理沙だ! 魔理沙だよ!」

「助けに来てくれたんですね!」

「何ともまあ、狙い澄ましたようなタイミングだな」

 

 にとり達が歓喜に湧き、私も安堵の念を抱く反面、得も言われぬ違和感を覚えていた。

 

(まさかこの瞬間に時間遡航してくるとは、未来の私はどうやって現状を打破するつもりなんだ?)

 

 ついさっき、リュンガルトに発見されない歴史へ改変すると決めたばかりなので、率直な所この方針転換には意表を突かれた気分だ。

 それに別の時間から来るのなら、アンチマジックフィールドの影響を受けないんだな。

 そんなことを思っている間にもタイムジャンプ魔法陣は完成し、中空に浮かぶローマ数字盤の短針はⅥ、長針はⅢを指す。

 私を含めた全員の注目が集まる中、やがて光は収束しこの場に現れたのは――。

 

「なっ――!?」

「クックックッ」

 

 (霧雨魔理沙)ではなく、得意げな表情で私達を見下ろすレオンだった。




投稿ペース遅くてごめんなさい


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第218話 (2) 魔理沙の記憶③ 可能性

 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後11時56分(協定世界時)――


「えっ!?」

「魔理沙じゃない!?」

「噓……だろ……? なんでお前がここに……?」

 

 二人目のレオンの登場――。

 予期せぬ事態に私達の間で動揺が広がる中、この時間のレオンは高笑いする。

 

「――クックック、ハーハッハッハッ!! どうやら未来の私がタイムトラベルをものにしたようだな!」

「馬鹿な――有り得ない!」

 

『全宇宙の過去から未来全ての時間において、能動的に時間移動を行える存在は霧雨魔理沙たった一人だけ』

 

 かつて女神咲夜はそのように語っていたし、実際に私以外のタイムトラベラーに今まで遭遇した事は無かった。

 それなのに、目の前の男は時間遡航してきたというのか?

 

「だがこれが現実だ。タイムトラベラー」

 

 新たに現れたレオンが私の反論を一刀両断すると、この時間のレオンの隣に並び立つ。

 

「貴様はこの後仲間の命と引き換えに我々に捕まり、タイムジャンプの魔法式を提供する。そのデータを元に我々は研究を重ね、マジックアイテムを開発した」

 

 そう言ってスーツの袖を捲って見せたのは、一見すると銀色の腕輪のように思える装身具だった。

 

「名前は【時間転移装置(タイムテレポーテーション)】。これにはタイムジャンプ魔法の術式が刻み込まれていて、貴様と同じように時間移動が可能なのだよ」

時間転移装置(タイムテレポーテーション)……」

「この発明により時間移動の優位性は覆された。分かるだろう? もう貴様の運命は決定しているのだよ。未来の貴様による歴史改変が発生せず、私がこの時間に現れたのがなによりの証拠だ」

「そ、そんなのまだ分からないだろ! 未来の私が放っておくわけないぜ!」

「この写真を見てもまだ、そんなことが言えるかな?」

 

 レオンが空中に投影した写真には、薄暗い牢獄の中、虚ろな表情で手枷と足枷に繋がれている私の姿が遠写されていた。

 

「ああ……そんな……」

 

 近い将来に起きる現実を見せつけられた私は、膝から崩れ落ちてしまった。

 

「終わった……。未来が……閉ざされた……」

 

 自らの迂闊な行動のせいで、最悪な結末に行きついてしまった。

 こんな結末になるのなら、未来の私の忠告を全て受け入れ、アンナとの約束に拘らず、タイムトラベルを捨てて元の時間で悠々と暮らしていれば良かった。

 しかしいくら後悔した所でもう遅い。私にはやり直すチャンスは無くなってしまったのだから。

 唯一助かる可能性があるとすれば、時の回廊の咲夜による歴史改変だが、私の今が変わってない以上、彼女は静観を決め込むつもりなのだろう。

 もはや希望はどこにもない。

 

「ふん――状況は変わった」

 

 投影された写真を消すと、この時間のレオンは懐から拳銃を取り出し、絶望に打ちひしがれている私に狙いを定める。

 

「未来の私がタイムトラベルを手にした以上、もう貴様に用はない。この世界にタイムトラベラーは一人で充分だ。消えて貰おうか、霧雨魔理沙!」

「…………」

 

 最早抵抗する気力も起きず、銃口をぼんやりと見つめていると、発砲の直前に私を守るように結界が展開される。

 発射された銃弾は結界に弾かれ、先端部分が八の字に枝分かれし、中心から細長い針が飛び出た銃弾が足元に転がった。

 

「やらせないわよ!」

「霊……夢?」

「さっきから黙って聞いていれば、随分と大層な口を利くじゃない。運命が決まったですって? 馬鹿じゃないの? 勝手に未来を決めつけないで!」

 

 威勢良く啖呵を切った霊夢は、続けて私に言葉をぶつける。

 

「魔理沙も魔理沙よ! どうして簡単に未来を諦めるの? 貴女は私とマリサの結末をより良い未来に変えてくれたじゃない!」

 

 霊夢に呼応するようにマリサは「ああ、そうだ、ぜ。150年前、私が自分の気持ちに、素直に、なれたのも、お前の、後押しがあったおかげだ」と、腹の奥底から振り絞るような声で語り。

 

「あたしはマリーのタイムトラベルに救われました。だから今度はあたしが貴女の力になりたいです!」

 

 両膝をついている私の目線に合わせながら、決意の表情でアンナは話し。

 

「300X年の幻想郷を復興する為に、何度もタイムトラベルを繰り返した時の事、覚えているか? あの時は何度も何度も失敗したが、試行錯誤を重ねて理想の未来に辿り着いたじゃないか。絶望するにはまだ早いぜ」

 

 妹紅は私の肩を軽く叩きながら不敵な笑顔を見せた。

 

「妹紅の言う通りだわ。あんな運命なんて変えてやりなさい! 私達で明るい未来を掴み取るのよ!」

「!! ――ああ、そうだな!」

 

 彼女達の言う通りだ。

 私自身に定められた未来に弱気になっていたけど、不都合な未来なら変えてしまえばいい。

 今までだってそうしてきたんだ。立ち止まらなければ新たな可能性が生まれる。

 

 私はすっくと立ち上がり、「ありがとう、おかげで目が覚めたよ」と霊夢達に礼を述べる。

 まったく、こんなことで挫けてしまうなんて私らしくもない。

 

「うんうん、そうこなくっちゃ! 魔理沙が諦めちゃったら元の時間に帰れないからねぇ」

「おいおい、それが本音かよにとり」

 

 苦笑する私に、レオンは高慢な態度で「……クク、随分と立派なご高説を垂れているが、感情論で現状が覆る程甘くはないぞ」と水を差す。

 

 確かに今の状況は圧倒的に不利だ。いつ殺されてもおかしくない。

 だけど霊夢達の叱咤激励のおかげで、焦燥感は消えて無くなり、明鏡止水の境地に至っている。

 そのおかげで現状を整理するだけでなく、分析する余裕が生まれていた。

 

(宇宙飛行機が消滅した今、私達がこの状況から抜け出す理想的な手段はタイムジャンプだけど、時の回廊へ繋がる道はリュンガルトに封鎖され、魔法もアンチマジックフィールドによって封じられている。マリサの為にもアンチマジックフィールドを何とかしたい所だが――そもそもなんで私とマリサでこんなに差があるんだ?)

 

 辿った歴史が違っていても、私とマリサは遺伝子的にも全くの同一人物だ。

 魔法使いとしての実力も恐らく互角。それどころか、弾幕ごっこ等の実戦経験を含めたらマリサの方が上回るだろう。

 それなのに、マリサだけが魔力欠乏症に陥ってしまう程著しく影響を受けるなんて、明らかにおかしい。

 

(私とマリサの魔法使いとしての決定的な違いはタイムジャンプくらいだけど……。待てよ? 魔法といえば――)

 

 およそ40分前に、アンナの自宅のリビングで魔法を試した時、タイムジャンプは文字盤と魔法陣が展開されて発動寸前までいったのに対し、それ以外の魔法は魔法陣すら現れず、完全に不発に終わった。

 これはすなわち、タイムジャンプだけはアンチマジックフィールドの影響が及んでおらず、完全には封じ込められていないということだ。

 

(やはりタイムジャンプが突破口になるのか? だけど問題はリュンガルトのタイムジャンプだな)

 

 未来から来たレオンは、私について『仲間の命と引き換えに我々に捕まる』と予言していた。

 それはつまり、今のままではタイムジャンプは絶対に失敗する未来になってしまうということ。

 彼らの予定調和を崩すには、もっと大胆な手が必要だ。

 

(奴らの裏をかくには――)

 

 思考を巡らせていると、ふとおかしな点に気づいた。

 

(――そういえば、リュンガルトがタイムジャンプした時の時間が違っていたな)

 

 ここで言う時間とは、タイムジャンプ魔法陣と共に出現する文字盤のことだ。

 この文字盤には、タイムジャンプする前や後の時刻ではなく、術者が魔法を発動した時点での時間軸の時刻が表示される。

 今の時刻は23時58分で、彼らの時間遡航から五分も経ってないにも拘らず、文字盤の針は短針がⅥ、長針がⅢを指していた。

 宇宙暦の時刻という可能性も考えたけど、この暦に換算しても47時28分だし、そもそも1日が48時間で1時間が30分の宇宙暦が、西暦の文字盤で表示される筈がない。

 

(ひょっとして奴らのタイムジャンプは偽物なのか? だとすると、もう一人のレオンは何者だ?)

 

 しかし、どれだけ考えてもこの謎の答えは導き出せず、調べようにも時間がない。

 

(今はこの場を切り抜ける方法を考えろ――!)

 

 再度思考を巡らせ、辿り着いた結論は。

 

(〝タイムジャンプの暴走″――これしかない!)



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第219話 (2) 魔理沙の記憶③ 逆襲

「霊夢! 私達の周囲に強めの結界を張ってくれないか?」

「何か思いついたの?」

「これから私は持てる力の全てをタイムジャンプに注ぎ込んで、時の回廊の(ゲート)の突破を試みる。その間、時間稼ぎを頼みたい」

 

 語弊のないように説明すると、決して今までのタイムジャンプに手を抜いていたわけではない。

 タイムジャンプは、例えるならやじろべえのように絶妙なバランスの上に成り立っている。

 魔力が少なすぎても成功しないし、逆に多すぎると暴発が起きてしまう。意図しない時空へ飛ばされるだけならいいが、最悪の場合時空の狭間に落ちるか、時間の波に呑まれて死にかねない。

 だけどリュンガルトに時の回廊へ繋がる(ゲート)を封鎖されている以上、普段通りにやっても結果は見えている。

 彼らの予定調和を崩すためにも、強引にでもその封鎖を破らなければならないのだ。

 失敗した時のリスクや、そもそもこの選択すらも彼らの予定調和に含まれているのではないか――といった懸念は捨てる。そんな後ろ向きな考えでは成功するものも成功しない。

 一か八かの大勝負。持てる力を全て出し切ってこの局面を乗り切ってやるぜ! 

 

「分かったわ!」

 

 霊夢は二つ返事で頷き、一度深呼吸してから再度腕を伸ばすと、半円形のドーム型の結界が私達を覆い囲った。

 

「サンキュー霊夢!」

「はっ、無駄なあがきを」

 

 レオンは私を嘲笑している。今にその鼻を明かしてやるぜ。

 

「ふぅー、よし!」

 

 私は呼吸を整えて覚悟を決め、いざ臨む。

 

「タイムジャンプ発動!」

 

 私の――いや、私達の足元に現れた七層の歯車魔法陣は、時を刻むように動き始め、頭上の文字盤には、短針と長針がⅫの位置にほぼ重なるように表示されている。

 

「行先は時の回廊! そして私達の明るい未来だ!」

 

 宣言と同時に、体内から魔力がごっそりと奪われていく。

 

「ぐっ! ――くっ……! うっ――!」

 

 頭の中で鳴りやまない危険信号や、心のストッパーを振り切り、生命維持に必要な魔力まで全て注ぎ込む。

 

「うああああぁぁぁぁ!!」

 

 思い返せば、私はどこか楽観視していた。

 絶体絶命の窮地に立たされてもなお、心の奥底では未来で自分が生きているからなんとかなるだろうと思っていた。

 けどそれは間違いだ。

 私の未来は、私の行動で形作られていく。

 今まで私自身がそうしてきたように、必死になって未来を掴み取らなきゃいけないんだ!

 

「!」

 

 右足首からひんやりとした感触が伝わり、足元に視線をやると、うつ伏せのまま懸命に右手を伸ばすマリサの姿があった。

 

「妹、よ。私の魔力も、持っていけっ!」

 

 彼女の右手から儚い魔力が伝わってくる。

 

「マリサ――!」

 

 気を失わないようにするだけでも精一杯な筈なのに……。彼女の為にも、何としても突破しないと!

 

「はああああぁぁぁっっ――!」

 

 身体が軋み、悲鳴をあげながらもタイムジャンプに全身全霊を傾けていたその時、私の中で何かのスイッチが入った。

 

「ま、魔理沙!?」

「お前、その身体は――!」

 

 心臓がこれ以上ない程に高鳴り、伸ばした腕から指先にかけて黒い紋様が浮かび上がる。それはまるで時計を構成する歯車のようで、恐らくこの様子では全身に紋様が広がっていることだろう。

 この現象は私にとっては二度目。300X年の幻想郷が再興する前の歴史で、にとりと妹紅と一緒に宇宙飛行機で月の都へ向かう最中に起きたものだ。

 この時は私を蝕んでいたけど、今はまるで元からそうであったかのように身体に馴染んでいる。

 なんかよく分からないけど、使えるものはなんでも使ってやるぜ!

 私がそれを受け入れ、行使する意志を持つと、力が身体の奥底から噴水のように噴き上がり、タイムジャンプ魔法に加わっていく。

 

「アンチマジックフィールドが効いてない、だと? それに貴様の姿は――やらせんぞ!」

 

 静観を続けていたこの時間のレオンは、初めて焦りの表情に変わり、左手を振り下ろす。

 彼の頭上の青空に閃光が生じたかと思えば、次の瞬間、一筋の光が霊夢目掛けて照射される。

 

「くっ! これは……!」

 

 結界に鈍い衝撃が走った途端に霊夢の表情は険しくなり、彼女から余裕が消え去った。

 

「なにあれ! 空から光が落ちてきてるよ!?」

 

 驚愕しながら空を見上げるにとり。

 

「まさかそんな、サテライトレーザーまで用意していたとは……!」

 

 同じく天を仰ぎながら愕然とするフィーネに、切羽詰まった様子で妹紅が訊ねる。

 

「知っているのか!?」

「衛星軌道上の人工衛星から、凝縮した光エネルギーを地上に向かって照射する戦略兵器です。その威力は宇宙戦闘機が装備しているレーザー砲の10倍以上ともいわれ、たった数秒間の照射で超高層ビルが削れる程強力です」

「そんなもんがあるのかよ!?」

 

 二人がそんな話をしてる間にも、衛星軌道上からのレーザー照射は続いており、結界に小さな亀裂が入る。

 

「ああっ、結界が!」

「こうなったら私が行く! おいにとり、万能適応装置はないのか!?」

 

 焦った様子の妹紅が問い詰めるも、にとりは「宇宙飛行機と一緒に無くなっちゃったよ……」と落胆しながら答える。

 

「ちっ、なんてこった。ぶっ壊そうにも宇宙服がないんじゃどうしようもないぞ……!」

「くうううっ! 魔理沙、急いでっ! もう、限界っ……!」 

 

 苦し気な表情の霊夢は、結界を維持しようと必死に霊力を注ぎ込んでいるが、亀裂は徐々に広がっていく。

 

「クソッ、開けええええぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 渾身の力を込めながら魂の叫びをあげた次の瞬間――何かが壊れる感触とともに、世界は一変した。



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第220話 (2) 魔理沙の記憶③ 決着

 ――紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時(協定世界時)―― 

 

 

 

「な、なによあれ……!」

 

 雲一つない晴天の空に、突如として空いた大穴。例えるなら、青空という絵に黒のインクを垂らしたかのような光景。

 その穴はこの区画すらすっぽり入るほど大きく、果てすら見通せない深淵が広がっていて、霊夢を苦しませていたサテライトレーザーも呑み込んでしまうものだった。

 

「なにかの穴のようにも見えますし、裂け目のようにも見えますね?」

「ふむ、ワープの際に生じる空間の歪みや、ブラックホールとも違うようですが……」

「う~ん、どっかで見た事があるような気がするんだよね。どこだっけなぁ」

 

 アンナ達が頭上に広がる異質な光景について推測する一方で、あれの正体を一目で看破した私は、自分のしでかした事に青ざめていた。

 

(時空断裂――タイムホールか!? しかもこの規模は……! ああ、なんてことだ――!)

 

 想像を上回る最悪の事態に、私はすぐに叫ぶ。

 

「皆、私の身体に掴まってくれ!」

「え?」

「いいから早く! 別の時空に飛ばされるぞ!」

「!」

 

 私の気迫が伝わったようで、霊夢達は私の肩から腕にかけて手を伸ばす。

 それと同時に、深淵の穴――タイムホールから強い時空の歪みが生じ、滞空している無数の宇宙船が引き寄せられていく。

 異常を察し、リュンガルトの宇宙船団はロケットエンジンを吹かせて脱出を試みたが、蜘蛛の糸に捕まった虫のように逃れられず、次々とタイムホールの中へ呑み込まれていく。

 彼らの旗艦だけは強力な推進力を生かしてその場に踏みとどまっているが、それでもじりじりとタイムホールへ引き寄せられていて、この時空から飛ばされるのも時間の問題だ。

 

「リュンガルトの宇宙船が吸い寄せられていく……!」

「一体何が起きてるの!?」

 

 更に霊夢の結界の外で私達を取り囲んでいたリュンガルト兵も、次々と身体が浮かび上がり、タイムホールに吸い寄せられていく。

 

「うわぁぁぁぁ!」

「吸い込まれるぅぅぅ!」

「クソッ、退避だ!」

 

 レーザー銃を投げ捨て、空中でじたばたと取り乱していたリュンガルト兵達は、眩い光の後に続々と姿を消していく。

 多分CRF(次元変換装置)で宇宙ネットワークに退避したのだろう。

 

「おのれ霧雨魔理沙っ! まさか巨大なタイムホールによる時空連続体の破壊とは、とんでもないことをしてくれたな!」

 

 憤怒の表情で怒鳴りつけるレオンも屋上から足が離れ、タイムホールに徐々に引き寄せられていく。

 対照的に未来のレオンは何の反応も示さず、無表情のまま自然に身を任せるように宙に浮いていた。

 

「この借りは必ず返す! 覚えていろ!」

 

 この時代のレオンは捨て台詞を吐き捨て、無言の未来レオンと共にCRF(次元変換装置)で姿を消す。

 そして頭上に滞空していたリュンガルトの旗艦はゆっくりと方向転換を行い、自らタイムホールの中へ飛び込んでいった。




次の話は明日投稿します


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第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波

 

「リュンガルトが消えた……!」

「はぁ~良かった。一時はどうなることかと思ったよ」

「生きてるって素晴らしいことですね!」

「確かに、あの状況から生還できたのは奇跡としか言いようがありません」

「本当にな。これも妹のおかげだぜ」

「マリサ、もう立ち上がっても平気なの?」

「ああ、もう大丈夫だ霊夢。皆にも心配かけたな」

 

 安堵の微笑をもらす霊夢達。

 巨大なタイムホールによってリュンガルトの脅威は去り、私とマリサの体調もすっかり回復したが、これで一件落着とはいかない。目下重大な問題が起こってしまっている。

 それは今も空きっぱなしのタイムホールだ。

 リュンガルトの旗艦を呑み込んだところで、時空の歪みは一旦落ち着いたものの、いつまた不安定な状態になるか分からない。

 完全に手遅れになってしまう前に早く手を打たないと、口に出すのも恐ろしい事態になりかねない。

 

「ねえ魔理沙、そろそろ説明してくれない? タイムホールって何? 彼の言ってた話はどういう意味?」

「タイムジャンプはどうなったの?」

「タイムホールに吸い込まれたリュンガルトはどうなったのでしょうか?」

「妹よ。私達はタイムホールに吸い込まれたりしないのか?」

「マリー、お身体は大丈夫ですか? 見たところ、肌に浮かび上がっていた模様は消えてるみたいですけど……」

「タイムホールはいつ消えるんだ?」

 

 霊夢達から怒涛の質問攻めに合い、分かってる部分から順番に答えようとしたその時だった。

 

「キャアアアアアア!」

 

 甲高い悲鳴が耳に入る。

 

「悲鳴!?」

「皆さん、上です!」

 

 フィーネがタイムホール付近の空を指差すと、青いワンピースを着た金髪の少女が背中から落下する姿が見える。このままでは別の超高層マンションに激突しそうだ。

 ……ってあれ? あの後ろ姿はもしかして――

 

「私に任せろ!」

 

 妹紅は炎の翼を生やして飛び立ち、空中で金髪の少女を受け止めると、優しく抱きかかえながらゆっくりと屋上へ降りてくる。

 そして地に足ついたところで、妹紅は腕を放した。

 

「ありがとう。助かったわ、妹紅」

「ん? あんたは確か魔法の森の――」

 

 落ち着き払った態度でお礼を述べる金髪の少女の顔を見て、妹紅は思い当たる節があるように呟いていたが、私は彼女の事をよく知っている。

 

「アリス!」

 

 空から落ちてきた少女は、紛うことなき私の親友、アリス・マーガトロイドだった。

 

「魔理沙……!」 

「お、お前。なんでここに!?」

 

 私の顔を見て胸をなでおろすアリスに質問を投げかけたその時、「おやおや~? タイムホールを通って来てみれば、やっぱり魔理沙さんではないですか!」と聞き覚えのある声が背後の空から響く。

 すぐさま其方を見上げると、黒い翼をはためかせながら、興味津々の表情でデジタルカメラを構える文がいた。

 

「文!?」

「姉の魔理沙さんに霊夢さん、にとりや別時間の妹紅さんを連れて時間旅行ですか~? あっ! もしかして、そちらのお二人はこの街の方でしょうか?」

「霊夢様~!」

 

 シャッターを切りながら捲し立てる文に続いて、タイムホールから陰陽玉とお祓い棒を手に持った今代の博麗の巫女――博麗杏子が此方にすっ飛んできた。

 

「杏子? あんたなんでこんなところにいるのよ?」

「異変ですよ、異変! 幻想郷は今、大変なことになっております!」

「なんですって!?」

 

 彼女らの登場に驚く間もなく、私の目と鼻の先に小さな空間の裂け目が生じ、中からは無数の目がこちらを睨みつける。

 

(これはまさか――)

 

「魔~理~沙~!?」

 

 小さな空間の裂け目――スキマの中から姿を現したのは、眉をひそめ、不機嫌そうに私を睨む紫だった。



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第222話 (2) タイムホールの影響①

  ――side out――

 

 

――????年??月??日――

 

 

 

 時の回廊。

 この空間には四季折々の季節――桜・砂漠・紅葉・雪――を象徴した景色が広がり、砂漠の奥にはゴシック様式の時計塔が天高く聳え立つ。

 四季の中心には、ドーリス式の石柱が建ち並ぶ一本の道が地平線の彼方まで伸びている。

 時の流れの象徴たるこの道こそ、時の回廊と呼ばれる所以であり、宇宙の誕生から終焉まで繋がっている。

 普段は女神咲夜、時間旅行者霧雨魔理沙くらいしか利用者がいないのだが、この瞬間においては異常が生じていた。

 果てなく続く回廊の途中。

 三次元世界の協定世界時刻にして、紀元前38億9999万9999年8月19日に繋がる座標点にタイムホールが発生し、リュンガルトの宇宙艦隊が次々と侵入してきたのだ。

 その数は200。

 原因は同時刻のアプト星で、時間旅行者霧雨魔理沙がタイムジャンプの暴走を引き起こしたことによるものだった。

 程なくして、彼らの宇宙艦隊の旗艦【エクシズ】がタイムホールから飛び出し、回廊を見下ろせる高さに滞空した。

 

 

 

 ――リュンガルト旗艦【エクシズ】艦橋――

 

 

 全長5㎞、重さ9000ktを超える重量級の旗艦エクシズ。

 小型の宇宙船や人口衛星、ひいては原始的な火薬兵器から最新鋭の光学兵器まで、小惑星なら簡単に破壊できるほどの兵装を搭載している。

 艦内は居住区、食料生産区域、運動区域、娯楽区域等様々なエリアに区切られ、2000人の乗組員が搭乗している。

 エクシズの中央部には、ビルの形をした8階建ての艦橋構造物が建つ。

 その7階~8階は吹き抜け構造となっており、7階はエクシズの操作を担っている。

 100㎡の艦橋内には、操船の為の様々な計器類とエクシズ中枢に繋がる量子コンピューターがズラリと並ぶ。

 そこには宇宙ネットワーク内の宇宙地図に加え、惑星探査員が調査した銀河データも記録されており、宇宙航海には欠かせない。

 そして艦橋の端の操縦席には、黒いスーツを着た12人の操縦士が着き、備え付けられたモニターから浮き上がる情報を睨みつける。

 彼らはタイムホールを通過して高次元領域に侵入したことによる影響確認を行っていた。

 8階は戦闘指揮所となっている。

 70㎡の部屋にはレーダー、ソナー、エネルギーシールド生成装置、ミサイル・超高密度粒子砲発射装置、高性能AI搭載のハッキングシステム等の軍事機器が揃う。

 艦長・副艦長と20名の乗組員が常駐し、軍事機器に表示される情報を常に監視していた。

 戦闘指揮所にはエクシズ内の全てのデータが集まり、現実・仮想世界問わず、外敵との戦闘の際にはこの場所から指揮をとる。

 時間旅行者霧雨魔理沙と対峙する際に、アンチマジックフィールドを展開したのも、副艦長の発令によるものだった。

 

「クソッ! もう少しで上手くいくはずだったのに!」

 

 戦闘指揮所の入り口手前の広いスペースから、艦長レオンの怒鳴り声が艦橋内に響き渡り、副艦長以下乗組員は委縮した。

 彼のすぐ隣には『未来のレオン』の姿があったが、一切表情を変えず直立不動の姿勢を維持していた。

 時間旅行者霧雨魔理沙が起こしたタイムホールにより、無作為な時空へ飛ばされそうになったレオンは、咄嗟の判断でエクシズ直通の機密回線を開き、CRF(次元変換装置)経由で『未来のレオン』を連れてブリッジに帰還。

 その後操縦士達に時の回廊への突入を命令していた。

 

「あんな小娘如きにこの私がしてやられるとは、何たるザマだ! クソッ、クソックソッ!」

 

 尚も苛立ちが収まらないレオンは、激情に駆られたまま『未来のレオン』を蹴り飛ばす。

 ‟それ”はサッカーボールのように軽く飛んでいき、激しい音を立てながら艦橋内の階段を転がり落ちていく。

 強い衝撃が与えられたことでコピーが解け、止まった頃には真っ新な人形へと戻っていた。

 そう。時間旅行者霧雨魔理沙が抱いた疑念は見事に的中しており、リュンガルトはタイムジャンプを手中に収めていなかった。

 彼らの計画はこうだ。

 まず時間旅行者霧雨魔理沙の目の前で『未来のレオン』を登場させる。

 続いて偽りの未来を語ることで彼女の気力を奪い、レオンが二人の霧雨魔理沙にマイクロマシンを撃ち込んで仮死状態にする。

 それから本拠地のサイペール星へ拉致して、タイムジャンプの研究をじっくりと行う予定だった。

 この『未来のレオン』の正体とは、レオンの姿形をコピーし、言動を忠実に真似るようにプログラムされたアンドロイドだ。

 そしてタイムジャンプ魔法陣は、協定世界時午後6時15分に、メイト通りでフィーネが送ったタイムトラベルの映像を元に再現した立体映像だ。

 これをCRF(次元変換装置)を用いた瞬間移動の座標に被せることで、あたかも未来から時間遡航してきたように演出していたのだ。

 実際その計画は成功し、時間旅行者霧雨魔理沙は途中まで完全に騙されていた。

 しかし彼女は博麗霊夢の激励によって立ち直った。

 更にタイムジャンプ魔法陣の時刻まで完璧にコピーした事が仇となって、彼女に時間移動への疑念を与えてしまい、墓穴を掘る結果となったのだが、彼らがそんな事実を知る由もない。

 

「……だが、時の回廊に侵入できたのは不幸中の幸いと言えよう」

 

 物に当たったことで溜飲が下がったレオンは前へと歩き、七階を見渡せる位置から操縦士達に指示を出す。

 

「おい! 外の映像を映せ!」

「はっ!」

 

 艦橋内の壁全体が透過していき、360度のスクリーンに回廊内の景色が映し出される。

 

「おぉ!」

「ここが時の回廊、全ての時間に繋がる場所なのか……!」

「不思議な色彩だな。こんな景色は見た事が無いぞ」

 

 操縦士達はこの絶景に少なからず感嘆の息を漏らしていたが、レオンは眉一つ動かさずに指示を飛ばす。

 

「船体の状態を報告しろ!」

「エクシズに異常はありません! 時間保護障壁、時間検知装置共に万全です!」

「よし、早速時の回廊の分析を開始しろ!」

 

 レオンが命じたその時だった。

 突如として、エクシズと周囲を取り巻く宇宙艦隊を強烈な時間震が襲う。

 

「なんだ!?」

 

 立つこともままならない強い揺れに、咄嗟に目の前の柵を掴み、身体を支えるレオン。

 時間震は協定世界時にして5秒で収まったが、僅かな時間でも彼らの宇宙船が受けた影響は大きかった。

 整列飛行していた宇宙艦隊の隊列は乱れ、ある宇宙船は明後日の方角にどこまでも空高く飛んでいった。

 別の宇宙船は飛行能力を失い、回廊へ真っ逆さまに墜落して大爆発を起こす。

 更に他の宇宙船は回廊の外の〝春の季節″に不時着。桜の森をなぎ倒しながら地表面を滑り、ある程度進んだ先で爆発炎上した。

 中には空中分解して、宇宙船を構成していたパーツと乗組員が自由落下する機体もあった。

 動かなくなったこれらの機体は、時の回廊内に留まることなく、地面へ沈むように消えていく。

 桜の森では眩い光が発生。なぎ倒された桜の木々は瞬時に再構築され、元の景色に戻っていた。

 そうして全体の3割が墜落したところで、残った7割の宇宙艦隊とエクシズは、示し合わせるようにゆっくりと未来方向へ進行していった。

 

「おい、一体何が起きている!?」

 

 7階に駆け下りたレオンは、操縦士達に詰め寄った。

 

「そ、それが、急にエクシズが此方側の操作を一切受け付けなくなってしまいまして。恐らく他の機体にも同現象が起きているものかと」

「なんだと!?」

「緊急回線を繋げ!」

「駄目だ! 全ての通信機能が故障している!」

「電脳認証も駄目です!」

 

 その間にも、エクシズを取り巻く宇宙艦隊は次々と航行能力を失い、四季の景色に落ちて時の回廊の外に消えていく。

 彼らの宇宙船に起きている現象は、時の回廊という既存の物理法則が通用しない特殊な場所に起因する。

 彼らは正規の手段で時の回廊に入らず、時間旅行者霧雨魔理沙が操るタイムジャンプ魔法のように、高次元空間内での時間の流れを制御する手段を持ち合わせていない為、このような現象が起きている。

 かつて彼女が語った言葉を借りるならば、不規則に流れる時間の海を、安全かつ自由に進むための〝羅針盤″が無いのだ。

 

「バックアップはどうした!?」

「やはりだめです! コントロールできません!」

 操縦士達はあらゆる手段を試していたが、時間の奔流に逆らうことは敵わず、悲鳴を上げる。

 時の回廊に突入した当初は200隻編成だった宇宙艦隊は、既に一隻残らず無作為な時空に飛ばされている。

 最後に残ったのは時間保護障壁を展開しているエクシズのみとなっていた。

 しかしエクシズの挙動も怪しくなっており、徐々に高度が下がっている。

 エクシズの宇宙艦隊と同じ結末を辿るのも、もはや時間の問題だった。

 

「前方にタイムホール発見! このままいけば突入は避けられません!」

「ちっ、もはや軌道修正は無理か。総員、時間移動の衝撃に備えろ! 別の時空に飛び出すぞ!」

 

 操縦士達は着陸体勢をとり、エクシズは時の回廊を塞ぐように開いたタイムホールへ突き進んでいく。

 最中、レオンは時の回廊の真ん中でソファーにゆったりと腰かける女神咲夜の姿を見つけ、顔を上げた彼女と目が合った。

 

「あの女はまさか――!」

 

 厳しい視線を送る女神咲夜の目の前で、エクシズはタイムホールに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時40分(日本標準時刻)――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社――

 

 

 

 太陽が昇り、夜の寒気が抜けて暖まり始め、近くの森から朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる頃。

 博麗神社の境内には竹箒で掃く音が響いていた。

 音の主はこの神社の巫女、博麗杏子。

 少し前に朝食を済ませた彼女は、毎朝の日課となる境内の掃除を行っており、今はほのかに色付いた落ち葉や土埃を一か所に集めているところだった。

 黙々と掃き掃除を続け、集まったゴミを片付けた所で彼女は大きく息を吐く。

 

「うん、こんなところかな」

 

 神社に戻ろうとした彼女が、何気なく魔法の森方面の空を見上げた時だった。

 

「えっ!?」

 

 自らの目を疑うような光景に、思わず足を止めた。

 抜けるような青空をざっくり割るように空くタイムホール。その規模は遥か下の魔法の森すら呑み込む程だった。

 ほどなくして、タイムホールからエクシズが出現し、真下に滞空する。

 

「なんだかよくわからないけど、きっとこれは異変ね。霊夢様なら間違いなくそう仰る筈」

 

 気持ちのスイッチを切り替えた博麗杏子は、竹箒を速やかに片付けると、神社の中に戻り、タンスにしまっていたお祓い棒と陰陽玉を装備する。

 そんな彼女の慌ただしい気配を察し、奥の部屋から少女が静かに現れる。

 

「お出かけですか?」

 

 朗らかに訊ねる少女の名は高麗野(こまの)あうん。

 容姿は腰の下まで伸びるカールした緑髪に、額から生えた一本の角、狛犬と同じ形をした耳。赤色のアロハシャツに短パンを身に着けている。

 彼女は元は狛犬の石像だったが、2008年の四季異変で受肉して以降、幻想郷中の寺社仏閣を渡り歩きながら守護して回っている。

 その愛らしい容姿と性質から居候先では歓迎され、大いに可愛がられている。

 

「ええ。異変の気配がするから」

「神社の留守はお任せください!」

「お願いするわね」

 

 短いやり取りを交わして神社の外に出た博麗杏子は、霊力を駆使して宙に浮かび上がると、タイムホールに向かって飛んでいった。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時50分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里――

 

 

 

「おい、なんだありゃ!?」

「空にでっかい穴が開いてるぞ!」

「穴の下に浮かぶ鉄の塊はなんだ? あんなの見た事がないぞ」

「なんだか不気味ねぇ」

 

 博麗神社から博麗杏子が飛び立つ少し前、人里でもちょっとした騒ぎが起きていた。

 彼らの関心の的は、魔法の森上空に空いたタイムホールと、真下に浮かぶエクシズ。道行く大多数の人々が足を止め、こぞって空を見上げていた。

 そんな彼らに交じって、射命丸文は興味深そうに空を見上げていた。

 

「あややや、これはこれは……」

 

 彼女はちょうど自作の新聞の配達を終え、ネタ探しに人里の中を練り歩いている所だった。

 2020年製の古いデジタルカメラで写真を撮る彼女の耳に、輪を作った四人の里人達の会話が聞こえてきた。

 

「あの方角は確か魔法の森だったよな? もしかして魔女の仕業なのか?」

「けど、アリスさんがあんな大それたことするとは思えないけどなあ」

「成美さんもそういう性格じゃないしな」

「それじゃあ、マリサちゃんの仕業か?」

「う~ん、どうなんだろうな。こんな時は霊夢様の見解をお伺いしたいところだが……」

「そういえば今朝はお姿を見てないわね」

「今健太が呼びにいってるところだ。……と、噂をすれば」

 

 通りの奥から、空を見上げて立ち止まる人々の間を縫うように駆け抜けてきた青年は、膝に手を付き、息を切らしながら報告する。

 

「はあっ、はあっ、た、大変です! 霊夢様が居ません!」

「なんだと? よし、手分けして探そう。健太、お前は慧音先生に知らせに行ってこい!」

「はい!」

「俺、博麗の巫女様にも伝えてきます!」

 

 年長の男の指示で、輪を作っていた里人達は散り散りになった。

 里人達の会話をメモしていた射命丸文は手帳を閉じる。

 

「ふむふむ、これは事件の匂いがしますねぇ。思い切って近づいてみますか!」

 

 射命丸文は翼を大きく広げて空に飛び上がると、弾丸のような速さでエクシズへ飛んでいった。



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第223話 (2) タイムホールの影響②

投稿が遅くなって申し訳ありません。


 ――西暦215X年10月1日午前7時45分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森上空――

 

 

 

 時の回廊から飛び出したエクシズは、ピタリと動きを止めて魔法の森上空に滞空する。

 

「……どうやら時の回廊を出たようだな」

 

 艦橋内の360度スクリーンには、抜けるような青空とタイムホール、緑豊かな山、広大な平原、鬱蒼と茂る魔法の森が映し出されていた。

 

「ふむ、随分と自然豊かな星だな。生命がいる可能性も高そうだ」

 

 操縦士達が続々と着陸体勢を解除する中、席を立って戦闘指揮所に戻ったレオンは、艦内マイクを手に取る。

 

『艦内の乗組員に告ぐ。当艦は時の回廊を抜けて別の時空に到着した。各自、現況の把握に務めろ! 与えられた役割をこなせ!」

 

 彼の指示は艦内全体に響き渡り、乗組員達は動き出した。

 艦橋7階では操縦士達が席を立って慌ただしく動き回り、計器やモニターが記録した情報を確認。

 レオンに現状を報告していく。

 

「エクシズのコントロールが完全に戻りました! 重力制御装置、オートパイロットシステム共に問題なく作動しています」

「異常の原因は判明したか?」

「只今調査中です」

「結果が出たら報告しろ」

「承知しました」

「艦長! 時の回廊内ではぐれた艦隊との連絡がつきません。通信圏外か、もしくはこの時空に存在しない可能性があります」

「まだ通信が届いていない可能性もある。引き続き受信装置を稼働させておけ」

「艦長、宇宙ネットワークにアクセスできません。この星は圏外です」

「だろうな。地形スキャンは行ったか?」

「宇宙図に記録された全ての星の地形データを参照しましたが、この付近一帯と一致する地形はありませんでした」

「最新データだけではなく、過去のデータも参照したか?」

「もちろんです」

「ふむ……ならば天体観測システムを起動しろ。特徴的な天体があれば現在地を割り出せるかもしれん」

「はい!」

「艦長、環境情報の収集が終わりました。この星の環境はアプト星と99%一致します」

「ご苦労」

 

 更に戦闘指揮所内の通信装置からは、艦内の乗組員からの報告が続々と上がる。

 

『此方整備班! 船体と船内のチェックが完了しました! 目立った異常は見当たりません!』

『補給班から報告。兵装に問題はありません。ご命令があればいつでも使用できます』

『此方衛生班。今のところ傷病者はいません』

『ご苦労。次の命令があるまで待機だ』

 

 艦内マイクを戻し、レオンは通信を切った。

 

「ふむ……。エクシズに異常が無いとなると、先程の現象は時の回廊によるものか。さて、どうしたものか……」

 

 レオンが思考を巡らせていた時、周囲の映像を解析していた青年の操縦士から報告が入る。

 

「艦長! 南の方角に家屋が集まる一帯があります。恐らくこの星の知的生命体が築いたコロニーではないかと思われます」

「拡大しろ!」

 

 青年の操縦士が機器を操作すると、人里の映像がズームアップする。

 雄大な山の下、森と竹林と川で囲まれた平地はいくつもの区画に分けられ、土で舗装された道に沿って木造家屋が建ち並ぶ。

 道路には大勢の里人達が足を止めてエクシズを見上げており、驚き、困惑、興味、恐怖等様々な表情までくっきりと映しだされていた。

 

「人型の有機生命体が支配している星のようだな。見た所文明カテゴリー2といったところか。やれやれ、とんでもない辺境の星に飛ばされてしまったようだな」

 

 文明カテゴリーとは、文字通り知的生命体が造り出した文化や社会を数値化したものだ。

 紀元前39億年前後の宇宙ネットワーク圏内で専ら使用されており、0~5の6段階で表現する。

 カテゴリー0は、紀元前39億年頃の地球のような生命が発生したばかりの星という評価だ。

 最高カテゴリーの5は、アプト星のように所属する銀河規模のエネルギーを保有し、恒星間航行を用いて異星人と交流を持つ文明に与えられる。

 そしてカテゴリー2は、外宇宙の存在が正しく認識されておらず、農林水産業を主軸にした発展途上の文明という評価だ。

 ちなみにこれは余談だが、215X年の外の世界はカテゴリー4――惑星規模のエネルギーを保有し、第三次産業が著しく発展した文明――に分類される。

 

「現地の人々の注目を浴びていますが、コンタクトをとりますか?」

「電気の存在すら怪しい土人共に会ったところで、我々を理解できるわけがないだろう。放っておけ。それより今は別の観測手段を考えねばなるまい」

 

 現在、タイムホールは魔法の森上空に空いたまま安定状態にある。

 時間移動の研究には絶好の機会ではあったが、時の回廊の出来事が強く頭に残っていた為、慎重になっていた。

 

「そういえば艦長、時の回廊を抜け出す直前に女がどうとか言ってませんでしたか?」レオンが座っていた席の近くの操縦士が、思い出したように言った。

「ああ。回廊の真ん中で自宅のようにくつろぐ銀髪の女を見かけた。彼女は間違いなく超越者だ」

「超越者……では、時間保護仮説が証明されたということですか」

「非常に腹立たしいが、そうなるな」

 

 時間保護仮説とは、紀元前39億年頃の宇宙ネットワーク圏内の星々で最も支持を集めている時間移動理論だ。

 要約すると『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と時間移動を否定する内容となっている。

 

「だが、時間保護仮説は絶対ではない。霧雨魔理沙というタイムトラベラー。そして我々の身に起きた出来事を踏まえれば、必ず超越者を出し抜く方法がある筈だ」

 

 その時、人里の映像をモニタリングしていた青年操縦士からレオンに報告が入る。

 

「艦長。コロニーから鳥人族の少女が飛び立ちました。時速80㎞で此方に接近しています」

 

 更に映像を解析していた別の操縦士からは「東の空からも人間の少女が時速10㎞で接近中です。いかがなさいますか?」

「鳥人族の女はともかく、ただの人間が空を飛ぶのか」

「ご命令があれば迎撃しますが」

「いや、手出しは無用だ。それよりも集音装置を使え! もちろん翻訳も忘れるな!」

「了解しました!」

 

 指示を受けた青年操縦士は、座席近くの黒いスイッチを押した。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前8時――

 

 

 

 博麗神社からふわりふわりと飛んでいた博麗杏子は、タイムホール近くで静止する。

 

「こうして見るとすっごい大きいわねぇ。先が見えないしなんだか不気味だわ」

 

 そう呟いた彼女は、慣れた手つきで懐から博麗のお札を取り出し、タイムホールに向かって掲げる。

 精神を集中して博麗大結界の状態をチェック、30秒後に右腕を降ろした。

 

「良かった。とりあえず博麗大結界に異常はないみたいね」

 

 博麗のお札をしまった彼女は、タイムホール真下に滞空するエクシズに視線を向ける。

 

「あれは何かしら? こんな大きな物が空に浮かぶなんて不思議ね」

 

 その後キョロキョロと辺りを見回した彼女は、困り顔で呟いた。

 

「う~ん、どうしたらいいんだろ。弾幕ごっこが始まる雰囲気でもないし、八雲紫さんを呼んだ方がいいのかしら」

 

 その時、快活な声が彼女の耳に届く。

 

「杏子さーん!」

 

 振り返ると、南西の空に首からデジタルカメラを下げた射命丸文が手を振っていた。

 博麗杏子よりも一足早く現場に到着していた彼女は、タイムホールとエクシズの周囲を飛び回りつつ、色んなアングルから写真を撮っていた。

 

「射命丸さん?」

 

 博麗杏子が反応すると、射命丸文は一気に距離を詰め、親し気に話しかける。

 

「私のことは文と呼び捨てにしていいのに、相変わらず堅苦しいですねぇ」

「私の立場上、あまり妖怪と仲良くできませんって、何度も言ってるでしょ?」

「あややや、つれないですねぇ」

 

 射命丸文は小さく口を尖らせていた。

 

「ところで、これはなにかしらね?」

「空の大穴については分かりませんが、この巨大な飛行物体については何となく予想が付きますよ」

 

 その言葉に、博麗杏子は彼女の顔を見る。

 

「恐らく、宇宙船ではないかと思います」

「宇宙船って、宇宙に行く時に使うあの?」

「飛行機やヘリコプターなら翼がありますし、何より船っぽい形をしてますからね。消去法ですよ」

「へぇ~よく知ってるのね」

「新聞記者は情報が命ですから!」

 

 射命丸文は誇っていた。

 

「空の穴と何か関係があるのかしら?」

「その辺りの事情も含めて、宇宙船に乗ってる人達に取材できればと思い、さっきグルっと一周してきた所なんですけど、どこにも入り口が見当たらないんですよねぇ」

 

 

 

「……ほう」

 

 博麗杏子と射命丸文の会話を盗聴していたレオンは、感心するように呟いた。

 

「宇宙の概念のみならず、宇宙船の存在すらも認識しているとはな。これなら我々がコミュニケーションをとる価値があるかもしれん。マイクを切り替えてくれ」

「了解です!」

 

 青年の操縦士が音声を切り替え、レオンはマイクを手に取った。



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第224話 (2) タイムホールの影響③

『当艦の正面を飛行中の人間の少女と鳥人族の少女よ。私の声が聞こえるか?』

 

 彼がスクリーンに映る博麗杏子と射命丸文に呼びかけると、二人は驚きの表情でエクシズを見つめる。

 

「わっ! 宇宙船が喋った!?」

「中に乗っている人の声でしょうね。それにしても、鳥人族の少女とは私のことでしょうか?」

 

 戸惑っている二人に、レオンはさらに語りかける。

 

『私の名はレオン。我々はプロッツェン銀河のネロン星系に所属するアプト星から来た』

「えっ! もしかして宇宙人なの?」

「――これは驚きですね」

『我々に敵意はない。不慮の事故でこの星に漂着してしまい、右も左も分からず困っている。諸君に幾つか訊ねてもいいだろうか』

「……ですって。どうする?」

「まあ困ってるみたいですし、助けてあげましょうか」

 

 射命丸文はエクシズに向かって「いいですよー!」と返事する。

 

『協力に感謝する』

「ただし! 私達からの要求にも答えて貰いますからね~」

『可能な範囲内であれば構わんぞ』

「それでは早速ですが、貴方達のお姿を見せてください!」

『ふむ、いいだろう』

 

 マイクを戻したレオンが「おい、ここを外に映せ」と操縦士に指示を出すと、エクシズの船首上部の空中に戦闘指揮所の立体映像が投影される。

 彼女達の視点から見ると、計器類と通信装置が並ぶ部屋に立つレオンが映し出されていた。

 

「おお! てっきりグレイみたいな姿を想像していましたが、私達と全く変わらないんですねぇ」

 

 目を輝かせながら遠慮なく写真を撮りまくる射命丸文に、レオンは不愉快な思いをしていたが、顔に出さずに愛想笑いを浮かべていた。

 続いて不安な表情の博麗杏子が、恐る恐る問いかける。

 

「私からも質問。空の大穴は貴方達の仕業なの?」

『いいや、違う。我々もアプト星上空に空いた大穴に呑み込まれてこの星に来てしまったのだよ』

「ふむふむ、不慮の事故ってことでしょうか?」

 

 射命丸文がメモを取る横で、博麗杏子は「あれの正体は分かる?」と更に質問する。

 

『目下調査中だ。――おっと、先に忠告しておくが、くれぐれもあの大穴には近づかないことだ。我々が呑み込まれた時にはもっとたくさんの仲間がいたのだが、無事に脱出できたのはこの艦だけだからな。生きて帰れる保証はないぞ』

「そんなことがあったのね……。気を付けるわ」

『そろそろ私の質問にも答えてくれ』

「あ、はい。なんでもどうぞ」

『この星の名前はなんだ? もし分かるのならば、銀河団と星系も併せて教えてくれ』

「銀河団と星系……射命丸さん分かる?」

 

 疑問符を浮かべた博麗杏子が話を振ると、射命丸文は胸をポンと叩きながら「もちろんです。ならここは私が答えますよ」と答えた後、レオンに向かって「ここは天の川銀河の太陽系にある地球という名前の星ですよ!」と返事をした。

 

『……なに? 地球だと?』

 

 ほんの数時間前にやり玉に挙げたばかりの星の名前に、思わず耳を疑うレオン。

 その時、天体観測システムを稼働していた操縦士から報告が入る。

 

「艦長! 天体観測の結果が出ました。彼女の言葉通り、この星は天の川銀河の太陽系第三惑星地球で間違いありません」

「確か地球はアプト星とかなりの距離があった筈だが」

「宇宙図によりますと約1億光年離れていますね。もっとも、このデータでは文明カテゴリー0となっておりますが」

 

 操縦士は惑星探査員――アンナが残した記録を、スクリーンの一部に映し出していた。

 

「ふむ……。現在のアプト星は観測したか?」

「星全体が砂漠となっておりまして、生命の気配が全くありません。我々の知る文明の痕跡が跡形もなくなっていること、そして現在の地球の環境を考えるに、恐らく億単位の時間が経過しているものかと」

「……まさかとは思うが、一応訊ねてみるか」

 

 確信めいた予感を抱いたレオンは、再度マイクを手に取り、二人の少女に問いかける。

 

『一つ訊きたい。諸君は霧雨魔理沙を知っているか?』

「「えっ?」」

 

 思いがけない名前が飛び出した事に二人は顔を見合わせる。

 

「霧雨魔理沙って、魔法の森に住んでるあの魔法使いのことですよね?」

魔理沙(マリサ)さんとは懇意にさせてもらってますよ。貴方がたはどんな関係で?」

 

 彼女らの返事を聞いたレオンの脳内に電撃が走る。

 

『……ク、クク、ハハハハハハッッ! なんということだ! 運命というものは本当にあるんだな! ハハハハハッ!』

 

 態度が豹変したレオンに、博麗杏子と射命丸文は嫌悪感を抱いていたが、彼の口は止まらない。

 

『クククッ。鳥人族の少女よ、情報提供に感謝する。そして先程の発言を撤回させてもらおう』

 

 笑いを堪え切れないまま仰々しく一礼すると、続けて。

 

『この時空が霧雨魔理沙の居住地ならば容赦はせん! 根こそぎ滅ぼし尽くす!』

「なっ!?」

「!」

 

 レオンは傍らに控えた副艦長に命令を下す。

 

「これより戦闘態勢に入る! アンチマジックフィールドの有効化、並びに超高密度粒子砲の準備をしろ!」

 

 それに対し、口髭を蓄えた副艦長は落ち着き払った態度で進言する。

 

「お待ちください艦長。文明カテゴリー2の星への攻撃は中止すべきです。未開惑星保護条約を破る事になりますし、もしこの事が知られたらアプト軍が本気で我々を滅ぼしにかかりますよ」

「天体観測の結果を聞いていなかったのか? 正確な時間こそ不明だが、我々のいた時代より少なくとも億単位の年月が経っているのだぞ? 我々を縛る国家も条約もないのだ!」

「しかし艦長。霧雨魔理沙の捕獲に失敗した以上、今は時の回廊の分析を優先すべきです。幸いにもここは彼女の故郷ですし、現地調査を行えば新たな発見があるかもしれません」

「もちろんそれらも並行して行う予定だが、一朝一夕では終わらないだろう。その間に軽く殲滅するだけだ。我々の戦力なら何も問題はないだろう?」

「ですが艦長、博麗霊夢や藤原妹紅を鑑みるに、地球人は魔法以外の超能力も扱います。情報と補給がままならない状況で、もし先程の霧雨魔理沙のような不測の事態が起きてしまったら――」

「あの時は我々も決して本気では無かったではないか! 副艦長よ、貴様は一体何を恐れている? 文明カテゴリー2の原始人共に我々が負ける訳がないだろう?」

「冷静になってください艦長! お気持ちは痛いほど分かりますが、今は優先順位を考えるべきです!」

「この艦の最高指揮官は私だ!! 貴様、私の命令に従えないのか!?」

「……承知致しました」

 

 観念した副艦長が頭を下げた後、通信装置の傍に移動し『アンチマジックフィールドと超高密度粒子砲の用意! 対象はコロニーだ!』と艦内に指令を出す。

 すると艦橋から伸びた白い柱の赤色灯に光が灯り、マナの吸収分解が開始された。

 魔法の森の瘴気は上空に吸い寄せられて消滅し、草木や茸は急速に枯れていく。

 その影響は魔法の森の住人にもすぐに現れた。

 自室のテーブルに着いて、紅茶を飲みながら魔導書を読んでいたアリス・マーガトロイドは体調が急変し、テーブルの上に倒れ込む。

 その衝撃でティーカップは転がり落ちて割れてしまい、紅茶が入ったティーポットも倒れる。

 こぼれた紅茶は彼女が手放した読みかけの魔導書を濡らし、テーブルクロスから滴り落ちて床に水溜まりを作っていた。

 普段なら慌てて掃除を行う彼女も、全身の力が抜けて意識が朦朧としている状態では、起き上がることも、人形を操作することもできなかった。

 そして自宅のリビングから自室に戻る最中だった矢田寺成美も意識が遠のき、自身の能力――魔力による生命操作――を使用する間もなく、その場に倒れて意識を失っていた。

 

「森が……!」

「これは一体――とりあえず写真撮らないと」

 

 射命丸文は目の前で起きている現象を収めるべく、デジタルカメラを手に取り連写する。

 その間にもエクシズの船首のゲートがゆっくりと開いていき、中から長さ400m、直径1㎞の大砲がせり出していった。

 

「なによあれ……!」

「大砲でしょうか? いやはや、宇宙人にここまで恨まれるなんて、魔理沙(マリサ)さんたら一体何をやらかしたんでしょうか」

「関心してる場合じゃないでしょ! あんなので攻撃されたらたまったものじゃないわ! 写真なんか撮ってないで手伝って!」

「確かにそうですね。私も助太刀します!」

 

 デジタルカメラを放した射命丸文は葉団扇を取り出す。

  

「よっと」

 

 軽く振るうと天まで伸びる二本の巨大な竜巻が発生。エクシズに向かって突撃していったが、周囲を覆うエネルギーシールドに弾かれて霧散した。

 

『はっはっは! この艦はブラックホール付近でも活動可能なのだ。その程度のそよ風は効かんよ』

「ううむ、なんということでしょうか。結構本気だったのに……」

「それならこれはどう!?」

 

 博麗杏子は博麗の巫女に伝わる秘術や、オリジナルのスペルカードを用いた弾幕攻撃を行っていく。

 弾幕ごっこならば少なからず目を引く美しい弾幕だったが、エネルギーシールドを破る程の火力は無く、全ての霊力弾は防がれていた。

 時同じくして射命丸文は接近を試みたが、エネルギーシールドに弾かれ、機体に触れる事すらできずにいた。

 

「そんな……! 攻撃が効かないなんて」

「あのバリアは厄介ですねぇ」

 

 彼女達が攻めあぐむ間にも超高密度粒子砲の発射準備を終えたエクシズは、その場で転換していく。

 やがて船首が南を向いた所で静止すると、超高密度粒子砲の照準を下げて人里に狙いを定めた。

 

「あの方角は……まさか!」

 

 最悪の未来を予想し青ざめる博麗杏子。

 同じ頃、人里ではパニックが起きており、上白沢慧音と稗田阿音が里の外の比較的安全な地帯に避難誘導を行っていた。

 そして一番高い民家の屋根の上には、成長した魂魄妖夢の姿。背負った楼観剣に手を掛け、決然とした表情でエクシズを睨んでいる。

 たまたま人里を訪れてこの騒動に巻き込まれた彼女は、博麗の巫女が事態解決に動いているのを遠目に見て、上白沢慧音に協力していた。

 しかしエクシズの不穏な動きを察した事で、迎撃態勢についていた。

 

「やらせるわけにはいきません!」

 

 博麗杏子はエクシズの射線上に割り込むと、結界の壁を展開する。

 その距離は1㎞にも渡り、持ち合わせていた全ての博麗の札を貼り付けて補強を行っていく。

 しかし彼女の霊力ではこの規模の結界の維持は難しく、既に至る所で綻びが生じていた。

 

「射命丸さん、大至急霊夢様を呼んできてください! 私の力だけでは人里が……!」

 

 涙目で必死に懇願する博麗杏子に対し、彼女に近づいた射命丸文は顔を曇らせる。

 

「……それがですね、ここに来る前に人里で聞いた話なんですが、霊夢さん朝早くからどこかに出掛けているみたいで、行方が分からないんです」

「そんな……!」

 

 博麗杏子が絶望の表情を浮かべる一方で、戦闘指揮室から事の推移を見守っていたレオンは優越感に浸っていた。

 

『ほう? 貴様は博麗霊夢の関係者か』

「! 何故お前が霊夢様の名を!」

 

 射るような視線で叫ぶ博麗杏子に、レオンは『ふん、此方も本気では無かったとはいえ、あの女には手を焼かされたからな』と苦虫を嚙み潰したような顔で答える。

「……まさかとは思いますが、霊夢さんや魔理沙(マリサ)さんはあの穴の向こう側に?」

『答える義理はないな。何故なら貴様らはここで死ぬからだ! 撃て!』

 

 レオンが命令を下した直後、砲身から超高密度粒子砲が放出された。

 あらゆる物質を素粒子分解する真っ白の光線は、博麗杏子と射命丸文を襲う。

 持ち前のスピードを生かして射程外に逃げた射命丸文は、その場に留まり続けている博麗杏子に呼びかける。

 

「杏子さん、逃げてください! 死んでしまいますよ!」

「私が逃げだすわけにはいかないわ……!」 

 

 彼女は恐怖心を必死に抑え、博麗の巫女としての強い使命感を持って立ち向かっていた。

 しかし同時に、自分の霊力だけでは防ぎきれない攻撃であることも悟っていた。

 間もなく超高密度粒子砲が目前に迫り、心の中で辞世の句を唱えて目をつぶったその時だった。

 彼女を守るように長さ1㎞のスキマが開き、超高密度粒子砲を呑み込んだ。

 

『なに!?』

 

 レオンが驚愕すると同時に、エクシズ全体を激しい衝撃が襲う。

 エクシズの真上に開いたスキマから超高密度粒子砲が吐き出され、エネルギーシールドを突き破って機体の中央を貫通。1㎞四方の大穴が開く。

 航行機能を失ったエクシズは徐々に高度を下げていき、警報がけたたましく鳴る艦内では至る所で爆発火災が発生。生き残った乗組員達は消火活動に追われていた。

 

『此方整備班! メインエンジンをやられました! 自動修復機能も間に合いません!』

『重力制御装置にも不具合が発生しています! このままでは墜落も時間の問題です!』

『艦内A~G地区で火災発生! 現在消火活動中です!』

『か、火薬庫に誘爆しました! ここも危――ぎゃああああ!』

『此方衛生班! 先程の攻撃で戦力の3割を失いました!』 

 

 戦闘指揮所に次々と届く乗組員からの報告に、レオンは狼狽を隠せない。

 

「馬鹿な! 一体何が起きた!」

「我々の放った超高密度粒子砲が機体の中央に直撃したようです! 恐らく空間座標のシフトが行われたものかと!」

「空間操作だと……? 馬鹿な、そんな高等技術がある訳がない!」

 

 その時レオンの前にスキマが開き、八雲紫が姿を現した。

 

「なっ――!?」

 

 驚愕するレオンと副艦長を見渡した八雲紫は、冷徹な表情で言い渡す。

 

「話は全て聞いたわ。幻想郷は全てを受け入れる――けれど、貴方達のように害をなす存在は相応しくないわ。消えなさい」

「このっ――」

 

 レオンは咄嗟にレーザー銃を抜いたが、レーザー光線が当たる寸前で彼女はスキマの中に消え、天井が焼け焦げる。

 そして博麗杏子の前に開いたスキマに瞬間移動した八雲紫は、縁に腰かけて指を弾く。

 直後、全長5㎞の巨大なスキマがエクシズの正面に開き、丸々呑み込んだ。

 

「なんだこれは!?」

 

 無数の眼が覗く異空間を通り抜けた先に広がっていたのは一面の海。

 スキマの出口は太平洋の真ん中、海路も空路もない空白水域だった。

 

「おのれええええぇぇぇぇ!」

 

 レオンの怨嗟の声と共に、エクシズは海の底へと沈んでいった。



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第225話 (2) タイムホールの影響④

 ――西暦215X年10月1日午前8時20分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森上空――

 

 

 

 エクシズが太平洋に追放されて、再び静穏を取り戻した魔法の森上空。

 スキマを閉じて空中に浮かぶ八雲紫に、博麗杏子はおずおずと頭を下げていた。

 

「あ、あのっ! 助けていただいてありがとうございました!」

「あらあら、そんなに頭を下げなくてもいいわよ?」

「ですが私の力が至らないばかりに、貴女にご迷惑をおかけすることになってしまいました。私は博麗の巫女失格ですね……」

「そんな事ないわ。あの宇宙船は外の世界の科学すら凌駕するオーバーテクノロジーよ。貴女はよく頑張ったわ」

「…………」

 

 八雲紫はフォローしたが、強い責任を感じている博麗杏子の表情は暗い。

 そんな重苦しい空気を壊すように、射命丸文はおどけた態度で口を開く。

 

「いやぁ~助かりましたよ。それにしても狙い澄ましたようなタイミングで登場しましたねぇ。いつから見てたんですか~?」

「最初からよ。私がこんな異常を放っておくわけないでしょう?」

 

 八雲紫の手によってエクシズが消えたことで、魔法の森に再びマナが戻りはじめ、枯れた草木や茸は息を吹き返していた。

 しかし上空には依然としてタイムホールが空いており、射命丸文は不安げに話す。

 

「いったいあの大穴はなんなんでしょうね? 彼らはアプト星から漂着してきたと話していましたが、もしやSF作品に登場するワームホールの類でしょうか」

「それは有り得ないわね」

 

 タイムホールを見上げながらきっぱりと言い切った八雲紫に、射命丸文は驚きながら「何故断言できるのです?」と問いかける。

 八雲紫は視線を下し、射命丸文の顔を見ながら答えた。

 

「単なる空間の捻じれなら私の能力で修正できるわ。けれど、あれについてはどれだけ境界の操作を試みても全く干渉できなかったのよ」

「なんと……! 見当はついているのですか?」

「あれは時間の概念の事象。名付けるなら【時間の境界】と言ったところかしら」

「時間の境界――! では、あの向こう側は過去か未来に繋がっているのですか!?」

「恐らくね」

「なんということでしょう! ひょっとしたら文々。新聞始まって以来の大スクープかもしれません!」

 

 興奮した射命丸文はメモを取る事に夢中になっていたが、一方で博麗杏子は不安を浮かべていた。

 

「一体何故時間の境界が開いたのでしょうか?」

「そこまでは分からないけれど、彼らの言動から推測するに、この現象を引き起こした首謀者はタイムトラベラーの魔理沙でしょうね」

「九日前に彗星の如く現れた別の歴史の魔理沙さんですね。私達が知るマリサさんは妹と呼んでいるみたいですが」

 

 射命丸文の補足説明を聞いた博麗杏子は「では妹の霧雨さんを捕まえれば解決になるのでしょうか?」

 

「その可能性が高いけど、恐らく彼女はこの時間にいないでしょうね。念のため藍に魔理沙の捜索を命じておいたけど、望みは薄いでしょう」

「別の時間……」

 

 博麗杏子はタイムホールを見据えながら「あの向こうに霧雨妹さんがいるのかしら……」と、決意に満ちた表情で呟く。

 そんな彼女の次の行動を悟った八雲紫は、優しい声色で釘を指す。

 

「杏子、くれぐれもあの向こう側へ行っては駄目よ」

「どうしてですか?」

「時間はね、複雑で繊細な事象なのよ。生身の人間が無事に往復できる保証はないし、そもそも魔理沙があの先にいると決まった訳ではないわ」

「しかしあれを放っておくわけにはいきません! もしまた先程のように、外界からの侵略者が来たら――!」

「その時は〝私達″が何とかするわ。貴女は博麗の巫女という唯一無二の存在なのだから自重なさい」

「……分かり、ました」

 

 自らの時間移動が及ぼす幻想郷、ひいては博麗大結界への影響を指摘された博麗杏子は引き下がるしかなかった。

 

「これからどうしたらいいのでしょう……。紫さんはどのように考えていますか?」

「魔理沙が解決するのを待つしかないわね。恐らく彼女も異なる時空同士が繋がっていることに気づいている筈よ」

「何も出来ないのがもどかしいですね……」

 

 落ち込む博麗杏子。

 続いて、手帳に次号の新聞記事の見出しを書き出していた射命丸文が八雲紫に訊ねる。

 

「随分と魔理沙さんを信頼していますねぇ。そんなに悠長に構えていて大丈夫なんですか?」

「さっきも言ったけれど、こればかりはどうにもならないのよ。私の見立てでは時間の境界は安定状態にあるわ。今の状態が続くのであれば静観しても問題ないでしょう」

 

 八雲紫が自らの見解を述べたその時だった。

 現在時刻は【日本標準時(JST)西暦215X年10月1日午前8時25分】。

 魔法の森上空のタイムホールを基点に、一時中断されていた時空の相転移現象が進行。タイムホールが空いた時空全体に波及する。

 この現象を皮切りに時間軸の崩壊が緩やかに始まり、三次元世界に影響を及ぼし始める。

 上述した時刻の魔法の森上空のタイムホールでは、縁と空の境界線に亀裂が入り、範囲の拡大と共に中規模の時間震が発生。震度に換算すると4相当の揺れが魔法の森一帯の空間を襲い、地鳴りのような音が響き渡る。

 魔法の森近辺の虫、鳥、獣は本能的に危険を察し、一斉に逃げ出していた。

 

「身体が揺れてる……! え、地震ですか!?」

「いやいや、私達は飛んでるんですよ!?」

「これは……!」

 

 それは彼女達のみならず、魔法の森の住人にも影響が及んでいた。

 1人目の住人、アリス・マーガトロイド。

 マナが正常に戻り、自室の椅子で5分前に意識を取り戻した彼女は、人形を駆使してこぼれた紅茶の後片付けを速やかに行っていた。

 彼女が時間震に襲われたのは、掃除を済ませ、玄関先で時間旅行者霧雨魔理沙の行方を尋ねてきた八雲藍の応対をしていた時だった。

 空間全体の振動を地震と思い込んだ彼女は、すぐさま人形を操って、倒れそうな家具やインテリアを低い場所へと移動させていた。

 一方で只の地震ではないとすぐに感づいた八雲藍は、話を切り上げて八雲紫から借り受けた境界を操る程度の能力を使用。アリス・マーガトロイドから聞いた、霧雨魔理沙(マリサ)が頻繁に訪れる場所の一つである香霖堂へと向かう。この地点からの距離を考慮に入れた選択だった。

 2人目の住人、矢田寺成美。

 彼女もまた、アリス・マーガトロイドと同様のタイミングで意識を取り戻していた。

 急に倒れた事を不審に思った彼女は、自室へ移動してベッドに腰かけつつ、自らの能力で体調のチェックを行っていた。

 自宅が揺れていることに僅かな恐怖心を覚えつつも、体調の確認を進めていき、自身が健康であることを再確認していた。

 3人目の住人、森近霖之助。

 魔法の森入り口近くに香霖堂を構える彼は、ちょうどこの時、店内で開店に向けて準備してる最中だった。

 時間震が発生した際の彼の行動は早く、すぐに高価な品々が陳列されたケースを抑えにかかっていた。

 その最中、八雲藍が時間旅行者霧雨魔理沙の行方を尋ねに来たが、彼が落ちつき払った態度で姿を見ていないことを伝えると、八雲藍はお礼を述べて、紅魔館に繋げたスキマへ入って行った。

 そして魔法の森上空のタイムホールでは、論理の範疇を超えた現象が起きていた。

 

「噓……! なに、あれ……!?」

 

 博麗杏子は唖然としたまま空中に立ち尽くし。

 

「……前言撤回するわ。どうやら、速やかに問題に対処する必要があるわね」

 

 彼女の隣に浮かぶ八雲紫は、険しい表情で臨戦態勢に入り。

 

「そうみたいですね。いやはや、時間の境界とはとんでもないですねぇ」

 

 写真を数枚撮っていた射命丸文は、引きつった笑顔で葉団扇に持ち変える。

 異変を察知して空を見上げた彼女達の視界には、タイムホールから徐々にせり出す超高層マンションの一群。アプト文明の都市が、39億2156年の時を越えて幻想郷に顕現せんとする瞬間だった。

 時を同じくして、自宅のインテリアと家具の移動を終えたアリス・マーガトロイドは、外に出てタイムホールを見上げていた。

 

「……あれは放っておくわけにはいかないわね。魔理沙は大丈夫なのかしら?」

 

 八雲藍から経緯を聞いていた彼女は、この時異変への関与を決心。

 普段愛用している上海人形と蓬莱人形のみならず、自宅に飾られている人形を総動員して、無数の人形と共にタイムホールへと飛んでいった。



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第226話 (2) タイムホールの影響⑤ 紅魔館の場合

 

 ――西暦215X年10月1日午前8時25分――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館――

 

 

 

 博麗杏子達が時間震に襲われていたちょうどその頃。魔法の森のタイムホールを基点とした時空の相転移現象は、紅魔館にも影響を及ぼしていた。

 最初に異変に感づいた人物は、紅魔館の門番を務める紅美鈴だった。

 午前7時に朝食を済ませた彼女は、この時門柱に寄りかかりながらうたた寝をしていたのだが、不穏な気の流れを察知して飛び起きる。

 素早く周囲を見回した後、紅魔館の上空を見上げた彼女は絶句する。

 

「な、なによあれ……!」

 

 紅魔館の敷地全体を呑み込む規模のタイムホールが空き、その中から77階建ての超高層ビルが徐々にせりだしていた。

 この小規模なタイムホールの時刻は協定世界時(UTC)紀元前38億9999万9999年8月19日。座標はアプト星のマグラス海上を飛行する空中都市ニツイトス上空へと繋がっていた。

 件の超高層ビルの正体は、空中都市ニツイトスの中枢に建つメインコントロールタワーであり、タイムホールの発生に伴う強力な時空の歪みによって、この時空に転移していた。

 

「くっ……!」

 

 頭上で起きている現象に理解は追いついていなかったものの、彼女の行動は早かった。

 地面を強く蹴ってタイムホールに向かって飛んでいき、超高層ビルの底面に両手を突きだして抑えにかかる。

 今にも落ちてきそうなこのタイミングでは、紅魔館の住人全員の避難は間に合わない。しかし超高層ビルを破壊すれば、建物の残骸が地上に降り注いで紅魔館に甚大な被害が生じる。

 それらを瞬時に判断した上での選択だった。

 

「――ううっ……! なんて重さなの!?」

 

 しかし彼女の強靭な肉体をもってしても、5500トンを超える重量の超高層ビルを押し返すことはできなかった。

 間もなくタイムホールから全容を現した超高層ビルは、三次元世界の法則――重力に従って落下。みるみるうちに高度が下がっていき、このままでは最悪の結末になることを直感した彼女は、一か八かの大勝負に出る。

 まず彼女は地上を見下ろしながら移動を行い、時計台の尖った屋根に着地できるポジションをとる。

 続いて『気を操る程度の能力』を最大限に用いて『気』の力を自身に纏い、大幅な身体強化を行う。

 そして足元を見つつタイミングを計り、時計台の屋根に足がついた瞬間、彼女は手足を伸ばして超高層ビルを受け止めようとする。

 

「ああああああっっっ!!」

 

 強烈な圧力に足が屋根に埋まり、肉体と神経が悲鳴をあげながらも死に物狂いで受け止めると、最後の力を振りぼって紅魔館の敷地外、霧の湖の反対側に目掛けて放り投げた。

 超高層ビルは弧を描くように門壁の外へ飛んでいき、近くの森の中に突き刺さる。

 草木は薙ぎ倒されて土埃が舞い、小規模な地震と轟音が発生。小動物や鳥達が逃げ出していた。

 

「は、ははっ……! やった……わ……!」

 

 それを見届けた紅美鈴はバランスを崩し、時計台の下、巨大な時計盤を見上げる屋上に落下。仰向けに倒れ込んだ。

 自らの限界以上の力を出し切った彼女は、両手両足の骨折に全身の筋肉と内蔵の損傷を起こしていたが、紅魔館を護り切ったことに大きな達成感を得ていた。

 しかし安堵するのも束の間、彼女に残酷な現実が突きつけられる。

 

「そん……な……!」

 

 タイムホールの中から二棟目の超高層ビルの一部分が顕現し、徐々に全貌を現していた。

 紅美鈴はすぐに起き上がろうとしたが、火事場の馬鹿力の反動で指先すら動かすことができず、激痛が走る。

 

「くぅっ……! お願い、動いてっ!」

 

 それでも紅魔館を護るために痛みを無視して起き上がろうとするが、彼女の意志に反して身体は動かない。

 この間にも刻々と時間が過ぎていき、全貌を現した超高層ビルが紅魔館へと落下する。

 

「ああ……っ」

 

 迫りくる超高層ビルに絶望に襲われていたその時、落下途中だった超高層ビルの時間が止まり、空中で停止する。

 

「これは……!」

「間に合ったみたいね」

 

 紅美鈴は痛みを堪えながら屋上の出入口に顔を向ける。

 左手に日傘、右手に懐中時計を持った十六夜咲夜と、赤色のレース柄の日傘を差したスカーレット姉妹が近づいてきていた。

 

「咲夜さん! それにお嬢様方まで……! すみません、私……」

「謝らないで。紅魔館を守ってくれてありがとう美鈴。貴女のおかげで異変に気付くことが出来たわ」

「よく務めを果たしたわね。あとは私達に任せなさい」

 

 十六夜咲夜とレミリア・スカーレットは率直な言葉を述べた。

 今から時を遡る事3分前、紅魔館の清掃中だった十六夜咲夜は、窓の外に超高層ビルが落ちる場面を目撃した。

 只事ではないと感じた彼女は、清掃を中断して食堂に急行。妹とブレックファスト・ティーを楽しんでいたレミリア・スカーレットに状況を報告した。

 この時、レミリア・スカーレットの運命を操る程度の能力が発動。

 紅魔館と世界の運命を垣間見た彼女は朝食を切り上げると、パチュリー・ノーレッジに連絡を取りつつ、妹と十六夜咲夜を連れだって屋上へと向かい、現在に至る。

 レミリア・スカーレットは通信用の魔符をどこからともなく取り出すと、口元に持っていく。

 

「パチェ、緊急事態よ。紅魔館一帯に例の魔法をお願いするわ」

「分かったわ」

 

 地下の大図書館で通信を受け取ったパチュリー・ノーレッジは読書中の本を閉じ、紅魔館の屋上が映された水晶玉を見ながら呪文を詠唱する。

 直後、タイムホールよりも高高度の空に分厚い高層雲が発生。紅魔館の敷地全体を覆い尽くした。

 

「フラン、貴女の能力であれを破壊しなさい」

「任せて!」

 

 日傘を閉じながら快活に返事したフランドール・スカーレットは、空中に固定された超高層ビルに向かって右手の平を掲げる。

 

「きゅっとしてドカーン!」

 

 弾ける笑顔で決め台詞を言いながら右手を握りしめた直後、超高層ビルは一瞬で木端微塵に粉砕。爆発四散した粉塵はパチュリー・ノーレッジの風魔法で霧散した。

 

「美鈴大丈夫?」

 

 フランドール・スカーレットは膝を付き、脱力しきった紅美鈴の右手を優しく握りながら気遣った。

 

「あはは、なんとか……」

 

 紅美鈴は心配を掛けさせまいと精一杯笑ってみせたが、フランドール・スカーレットは彼女の大怪我を見抜いていた。

 

「咲夜、すぐに美鈴を永遠亭に運んで!」

「かしこまりました」

 

 一礼した十六夜咲夜は、右手の懐中時計の竜頭を押して時間を止めた。

 それから懐中時計を仕舞い、ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる方法で両肩の上に担ぎ上げた後、空いた右手で日傘を差す。

 彼女はたとえ時間停止中であっても、日光から身を守らなければならないため、片手が自由に使える運搬法を選択していた。

 

「これでよしと」

 

 準備が整った十六夜咲夜が屋上から永遠亭に飛び立とうとした時、新たな異常に気付く。

 

「あら、建物が増えている……?」

 

 紅魔館上空のタイムホールからは、三棟目の超高層ビルが外に向かって半分せりだしており、この間にも徐々に全容を現しつつあった。

 

「私の時間停止が効かないなんて、あれは単純な穴では無いわね。このままではお嬢様方が……」

 

 活動を続けるタイムホールを睨みながら一つの仮説を立てた彼女は、時間停止を解除した。

 

「えっ、ええっ!?」

 

 状況を飲み込めずに驚きの声を上げる紅美鈴をよそに、十六夜咲夜は進言する。

 

「お嬢様方にお耳に入れたいことがございます」

「あら、どうしたの咲夜?」

「空にあいている謎の大穴ですが、私の世界の中でも活動が続いておりました」

「ねぇ見て、お姉様! また落ちてきそうだわ!」

 

 フランドール・スカーレットは驚きながらタイムホールを指差す。

 

「……へぇ」

 

 レミリア・スカーレットも好奇の視線を送っていた。

 

「あくまでも私の推測ですが、あれは私と同系統の能力によって引き起こされた現象かと思われます」

「時間……それはつまり、魔理沙が関与している可能性があるのか?」

「仰る通りでございます」

「ふむ……」

 

 十六夜咲夜の仮説にレミリア・スカーレットは考え込んでいた。

 

「魔理沙って、前にマリサが話してた妹の魔理沙?」

 

 疑問符を浮かべるフランドール・スカーレットに、十六夜咲夜は頷き。

 

「私が時間を止めてしまうと、お嬢様方に危険が及んでしまいますので、能力を使用せずに永遠亭に向かいます。ご容赦ください」

「あら、そんな気遣いは不要よ。この私があんな建造物に遅れを取るとでも?」

「お姉様の言う通りだわ。早く美鈴を診てもらってきて!」

「かしこまりました。お嬢様方、くれぐれもご注意ください」

「うう、私のせいで皆さんに迷惑をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「貴女が気に病む必要はないわ」

「美鈴、早く元気になって帰って来てね?」

「はい!」

「それでは失礼いたします」

 

 一礼した十六夜咲夜は時を止め、紅美鈴を落とさないように留意しながら永遠亭へと飛んでいった。



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第227話 (2) タイムホールの影響⑥ 人里の場合

遅くなって申し訳ありませんでした。


 ――西暦215X年10月1日午前8時35分――

 

 

 

 西暦215X年10月1日午前8時35分。

 時を止めた状態で紅魔館を飛び立った十六夜咲夜は、やがて魔法の森がある方角の空に奇妙な違和感を覚えた。

 飛行ルートの変更も一瞬考えたが、最短ルートの途中にある魔法の森の迂回は少なくない時間のロスになると判断し、当初の予定通りに飛んでいた。

 だんだんと接近するにつれて、違和感の全貌が明らかになっていく。この時、彼女はそれに多少興味を惹かれていたが、今は主君の妹から命令された身であり、彼女同様に紅美鈴の怪我の具合が心配だった為、無視する心積もりであった。

 ところが魔法の森上空に差し掛かった時、そこで起きていた異常事態にはからずも空中で停止する。

 

「なによこれ……!」

 

 タイムホールから降り注いでいる200棟の超高層マンション群と、対応に当たる四人の少女達の姿。

 

 低空飛行中のアリス・マーガトロイドは不可視の糸を操り、自身の周囲に浮かぶ100体の西洋人形の中から70体を突撃させる瞬間。

 

 射命丸文は落下途中の超高層マンション群の隙間から、葉団扇で起こした四本の竜巻でタイムホールへと押し返している瞬間。

 

 八雲紫は全長10㎞のスキマを開き、範囲内の超高層マンション群を呑み込んでいる瞬間。

 

 そして博麗杏子は低空から陰陽玉と霊力弾を発射している瞬間で停止していた。

 

 地上には落下した超高層マンションの残骸が広範囲に渡って散乱しており、至る所で草木が折れてクレーターが発生していた。

 しかし現在の状況――超高層マンション群の落下が始まる前に博麗杏子が素早く結界を張っていた為、ここに暮らす住民及び住宅に被害は及んでいなかった。

 

「…………」

 

 規模こそ天と地の差があるが、この場所でも紅魔館と同じ異変が起こり、博麗の巫女と八雲紫が動いていることを知った十六夜咲夜は、密度の高い空を掻い潜るように飛行して魔法の森を離れていった。

 

 やがて人里全体を肉眼で見下ろせる距離まで接近したところで、彼女は目を僅かに見開く。人里も魔法の森や紅魔館と同じく、時空の相転移現象による超高層建築物の落下が発生していたからだ。

 

 タイムホールの接続時空は、協定世界時(UTC)紀元前38億9999万9999年8月19日のアプト星ファブロ通り。アンナが時間旅行者霧雨魔理沙達を案内した時は、宇宙ネットワーク上でサンドレア大陸のコレノアドス国立公園を再現していたが、現実世界では無機質な超高層ビルが建ち並ぶエリアとなっている。

 

 幸いにも、上白沢慧音と稗田阿音が事前に避難誘導をしていた為、大多数の人間は里の外に避難していた。しかし一部の人々が取り残されており、彼らを守るように六人の少女達が対応に当たっていた。

 

 一人目の少女は魂魄妖夢。エクシズが八雲紫の境界によって幻想郷外へ消えた事を見届け、刀を収めて白玉楼に帰ろうとしていた矢先に今回の異変に遭遇。人々と建物に被害が及ばないように楼観剣を振るっており、人里上空で落下途中の超高層ビルを一刀両断した瞬間で停止していた。

 

 二人目の少女は藤原妹紅。迷いの竹林入口付近で一服していた所で人里の騒動に気づき、上白沢慧音から事情を聞いて人々の避難の手伝いを行っていた。現在は民家の屋根の上に立ち、魂魄妖夢が時間停止前に切り刻んでいた超高層ビルの残骸に向かって複数の炎弾を発射している瞬間で停止していた。

 

 三人目の少女は茨木華扇。妖怪の山からたまたま降りて来た所で今回の騒動を知った彼女は、動物を使役する能力を用いて様々な鳥類を人里に集結させた後、地上に降り注ぐ超高層ビルの残骸への対処を命じていた。現在は人里の一番高い建物の屋根の上に立ち、鳥達と人々の動きを注意深く観察している瞬間で停止していた。

 

 四人目の少女は聖白蓮(ひじりびゃくれん)。霧雨魔理沙(マリサ)と同じ魔法を使う程度の能力を用いて、十八番の身体強化魔法を詠唱。避難ルート上に落下しそうな超高層ビルに拳を叩きこんでいる瞬間で停止していた。

 

 五人目の少女は洩矢諏訪子(もりやすわこ)(こん)を創造する程度の能力を使い、避難途中の人々の頭上に土のトンネルを生成する瞬間で停止していた。

 

 六人目の少女は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)。持ち前のカリスマと、十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力を用いてパニックに陥っていた人々を纏め上げていた。現在は洩矢諏訪子が創り出した土のトンネルを通り、避難場所に先導している瞬間で停止していた。

 

 聖白蓮、洩矢諏訪子、豊聡耳神子の三人は、それぞれ命蓮寺の住職、守矢神社に祀られている祭神、神霊廟の創造主で道教の聖人だ。宗教、活動拠点、種族すらも異なり、各自宗教勢力を率いる立場にある。

 

 本日午前8時25分に再開した時空の相転移現象は、彼女達の神社仏閣にも影響が及び、各勢力はタイムホールからの落下建築物の対処に追われていた。

 

 そんな時、各々の神社仏閣に加護を求めてきた信者達から事情を聞き、拠点の防衛を他の者に任せて人里に急行。信徒、異教徒関係なく人々を守るという意志の元、信仰の垣根を越えて一致団結して事に当たっていた。

 

「ここでも結構大事になってるみたいね」

  

 時間に関連した大穴が幻想郷の至る所で影響を及ぼしていることを憂慮しつつ、十六夜咲夜は藤原妹紅の正面に降り立つ。

 そして再び世界の時間を動かした後、間髪入れずに人里上空の3棟の超高層ビルと残骸全ての時間を止める。

 

「あれ、ここは人里……?」

 

 十六夜咲夜に背負られていた紅美鈴はキョトンとしながら周囲を見回し。

 

「これは……!」

 

 西の空では聖白蓮が超高層ビルが砕ける瞬間で停止していることに驚愕していた。

 

「ちょっといいかしら?」

「うわっ!」

 

 藤原妹紅は目の前に突然現れた十六夜咲夜に一瞬驚いたものの、すぐに冷静になり。

 

「って、咲夜じゃないか。どうした?」

「美鈴が怪我しちゃったのよ。お取込み中の所悪いけど、永遠亭までの道案内お願いできるかしら?」

「任せな!」

 

 快諾した妹紅は「仕事が入った! すぐに戻って来るからそれまで頼むぜ!」と他の5人に向かって大声で伝える。

 彼女達は了承し、藤原妹紅が担当していた地域をカバーするように動き始めた。

 

「こっちだよ。ついてきてくれ」

「ええ」

 

 炎の翼を生やして飛び立つ藤原妹紅の後に、十六夜咲夜も続いた。

 

「人符「勧善懲悪は古の良き典なり」!」

 

 先程藤原妹紅がいたエリアからは、豊聡耳神子が腰に下げていた七星剣から黄金色のレーザーを空に向かって飛ばし、軌道上の超高層ビルを呑み込んでいた。




短くてすみません


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第228話 (2) タイムホールの影響⑦ 紅魔館の場合②

 ――西暦215X年10月1日午前8時35分――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館――

 

 

 

 人里で十六夜咲夜が再び世界の時を動かした頃、紅魔館上空の超高層ビルは4棟に増えていた。

 

「ウフフ、今日は久しぶりに暴れられそうね」

 

 不敵な笑みを浮かべたフランドール・スカーレットは、スペルカード、禁忌「フォーオブアカインド」を使用。

 

 4人に分身した彼女達は、秩序だった動きで超高層ビルに向かって右手を掲げ、対象の〝目″を手の平の中で握りつぶす。

 

 瞬間、木端微塵に粉砕されたが、爆発四散した粉塵の中から新たな超高層ビルが出現する。

 

〝目″を探り当てる余裕が無いと判断したフランドール・スカーレットは、分身を解き宝石の翼を広げて飛翔。片手で軽々と受け止めると、くるりと方向転換して霧の湖の反対側へぶん投げる。レーザーのように一直線に飛んでいった超高層ビルは、紅美鈴が放り投げていた超高層ビルに衝突。激しい衝撃と轟音を立てながら崩れ落ちた。

 

「アハハッ、もっと来なさい! 壊し尽くしてあげるわ!」

 

 フランドール・スカーレットは生き生きとした表情で吸血鬼の力を存分に振るい、次々と落下する超高層ビルを砕き、壊し、潰していく。

 

 かつて彼女は、その身に宿した狂気と、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力という性質故に、紅魔館の地下室に495年間幽閉されていた。

 

 ところが2003年夏の紅霧異変をきっかけに彼女の運命は変わり始めた。

 

 霧雨魔理沙(マリサ)を筆頭にした他所の人妖との交流や、永遠亭の精神療法を受けた事で、発狂気味で情緒不安定だった気質はすっかり影を潜め、彼女の本質である無邪気で素直な性格に戻っていた。

 しかしここ最近は身に余る強大な力を発散する機会が無く、今回の事件は日々の些細なストレスの欝憤晴らしにはちょうど良い機会であった。もちろん紅魔館を守りたいという気持ちが前提にあるが。

 

 彼女を見守っていたレミリア・スカーレットは、超高層ビルの落下が一段落したタイミングで妹に呼びかける。

 

「ねえフランー! 空の大穴を壊せるかしらー?」

「やってみるわ!」

 

 フランドール・スカーレットは右腕を伸ばし、タイムホールに狙いを定める。

 

 それからしばらくタイムホールの弱点を探っていたが、やがてすっと右腕を降ろし、レミリア・スカーレットの隣に降り立った。

 

「ん~駄目みたい。全然〝目″が見えないの。私が壊せないものがあるなんて驚きだわ」

「やっぱり咲夜の話通り、時間に関連した事象なのかしら。貴女はどう思う?」

 

 レミリア・スカーレットが誰も居ない場所に向かって問いかけると、彼女の隣にスキマが開き、八雲藍が現れる。

 

「あっ! 狐さんだ!」

 

 興味深そうに彼女を見つめるフランドール・スカーレットに対し、二人の表情は硬い。

 

「気づいていたのか」

「私達がここに来た時からずっと隠れていたでしょう? 八雲の使いが紅魔館に何の用かしら?」

「紫様の命でタイムトラベラーの霧雨魔理沙を探している。ここに来ていないか?」

「魔理沙?」

「今日は見てないわね」

 

 レミリア・スカーレットは通信用の魔符を出し「パチェ、そっちにいる?」と訊ねると、『いいえ。今日は来てないわよ』と、返事が響く。

 

「そうか……。邪魔したな」

 

 再びスキマを開いて別の場所へ移動しかけていた八雲藍の背中に、レミリア・スカーレットは問いかける。

 

「八雲紫がわざわざ動くなんて、さしづめあの大穴が原因かしら?」

 

 八雲藍はスキマを閉じて、レミリア・スカーレットに向き直る。

 

「お察しの通り。紫様の見立てでは今ではない別の時空間に繋がっているそうで、時間の境界と名付けられました。それ故に、今回の騒動の重要参考人であるタイムトラベラーの霧雨魔理沙の捜索を私に命じられました」

「へぇ……! 随分と面白いことになってるのね」

「ねえ狐さん。もしかして時間の境界はここ以外にも開いているの?」

「私と紫様の知る限りでは魔法の森上空だけだったんだが……」

「魔法の森って、魔理沙(マリサ)が住んでる土地よね。なるほど、だから妹の魔理沙を探しているんだ」

 

 フランドール・スカーレットが感心している一方、レミリア・スカーレットは不服な態度で問い詰める。

 

「そうは言っても、今ここに開いているじゃない。他の場所は確認しなかったのかしら?」

「魔法の森上空に時間の境界が開いた時刻は午前7時40分だ。私と紫様は幻想郷の隅々まで調査したのだが、その時は異常なかったんだ」

「あら、そうなの」

「現在の時間の境界の発生状況については調査中だが、橙(チェン)の経過報告によるとここ以外にも人里、永遠亭、命蓮寺、神霊廟、守矢神社、妖怪の山、太陽の畑で確認されている」

 

 午前8時25分に紅魔館に到着していた八雲藍は、新たなタイムホールを見て不穏な予感を覚え、スキマの中で八雲(チェン)に幻想郷の調査を命じていた。

 

 ちなみにこの時代の橙は、妖力と知性が格段に上昇して一人前の式神となっており、正式に八雲の名を与えられている。

 

「咲夜大丈夫かな……」

「どうして急に増えたのかしら。何か思い当たる節はないの?」

「そうだな。考えられる原因としては――」

 

 八雲藍が午前8時25分に魔法の森で起きていた現象を述べていた時だった。

 タイムホールからエメラルドグリーンの海水が滝のように溢れ出し、レミリア・スカーレット達を襲う。

 

「「!」」

 

 吸血鬼にとって流水は致命的な弱点の一つであり、表情が強張るスカーレット姉妹。

 

『レミィ!』

 

 大図書館のパチュリー・ノーレッジは咄嗟に水流操作の魔法を使用。紅魔館に降り注ぐ予定だった水の塊は、重力に逆らいUの字を描いてタイムホールの中に戻っていった。

 

「……助かったわ。ありがとうパチェ」

 

 しかし水流から漏れた虹色の珊瑚の欠片が紅魔館一帯に降り注ぎ、外気に触れたことで発光を始めた珊瑚が空中に虹を描きだす。

 

「わぁ~綺麗ー!」

 

 幻想的な光景に目を輝かせるフランドール・スカーレットは、近くに落ちた虹色の珊瑚の欠片を拾い上げる。

 

「お姉様、私これ知ってるわ! 綺麗な海の底に生えている珊瑚という生き物でしょ?」

「ええ、そうだけど……。こんなものが落ちてくるなんて、あの向こう側は海に繋がっているのかしら?」

「ふむ……見た事のない色彩だな。私の知識の限りでは、このような色の珊瑚は地球上に存在しない。ひょっとしたら地球の海ではないのかもしれん」

 

 虹色の珊瑚を自ら手に取って覗き込む八雲藍の推察は的中していた。

 

 今も尚紅魔館に降り注いでいるエメラルドグリーンの海水は、マグラス海から流出している。

 

 メインコントロールタワーを失い、制御不能になった空中都市ニツイトスがタイムホールに呑み込まれたことで、時空の相転移現象の対象がマグラス海に移ったことが原因だ。

 

 そして虹色に光る珊瑚の正体は、マグラス海底都市最大の観光名所である虹の珊瑚礁の一部であり、海水と一緒に巻き上げられていた。余談だが現地では珊瑚を食べる食文化があり、虹色の珊瑚は生食すると綿あめのような味と食感がする。

 

『レミィ、これからどうするの? 私は問題を先送りにしただけ。根本的な点を解決しなければ意味がないわ』

 

 タイムホールから流れ出る海水の勢いはとどまることを知らず、既に100tを越えている。屋上は虹色の珊瑚と水流からはじき出された様々な魚で埋め尽くされており、小さな水族館と化していた。

 

 だがレミリア・スカーレットは、妹が見せびらかしている虹色の珊瑚を凝視したまま思索に耽る。

 

「お姉様?」

 

 フランドール・スカーレットは心配そうにレミリア・スカーレットの顔を覗き込んでいた。 

 

 彼女の脳裏に浮かんでいたのは、朝食時に垣間見た未来の紅魔館と世界の有様。

 

 コマ送りの写真のように断片的に見えた光景の一つに、どこからともなく現れた大量の水に全てが押し流されていく幻想郷と、巨大な街によって押し潰された紅魔館が映っていた。

 

 そしてその先の未来も――。

 

「――ふっ、そういうことか」

 

 自らの運命を操る程度の能力が見せたおぼろげな未来を理解し、バラバラに思えた運命が一本の線になって結びつく。

 一人呟きながら顔を上げた彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「八雲の使いよ、八雲紫に伝えなさい。『世界はもう間もなく終焉を迎える運命にある。唯一の希望は魔理沙よ』とね」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りに受け取ってくれて構わないわ。貴女も薄々気づいているでしょうけど、時間の境界がもたらす世界への影響は甚大よ。今起こっている現象は序章に過ぎないわ」

「――それが貴女の見た運命ですか」

「ええ、そうよ。今の私達は、希望と絶望という名の運命の分かれ道をとっくに通り過ぎて絶望の運命に入ってしまったわ。最早何もかもが手遅れなのよ」

 

 悲観的な言葉とは裏腹に、レミリア・スカーレットは心底愉快な笑顔を見せた。

 その言行不一致さに疑念を抱いた八雲藍は自然と疑問を口にする。

 

「何故そんな顔ができるのです? まさか貴女は破滅主義者なのですか?」

「そうではないわ。私は魔理沙が閉ざされた運命を挽回してくれると信じているからよ」

 

 この時彼女の脳裏に蘇っていたのは、今から150年前の9月9日、十六夜咲夜が眷属になった日の出来事だった。

 自らが予見できなかった運命への変化による感情は、レミリア・スカーレットにとって生涯忘れることのない記憶として刻まれている。

 

「……そうですか。貴女の言葉、確かに伝えましょう。それでは私はこれで」

 

 八雲藍はスキマを開き、紅魔館を後にした。

 

「ねえお姉様、もしかしてフラン達死んじゃうの?」

「安心なさい。私がついている限り、絶対にそんな結末にさせないわ」

 

 レミリア・スカーレットは、頭をポンと撫でた。

 

「もうひと踏ん張り頑張るわよ!」

「――うん!」

 

 フランドール・スカーレットはにっこりと微笑んだ。

 

「パチェ、敷地全体の結界の強度を上げて!」

『分かったわ!』

 

 パチュリー・ノーレッジが詠唱すると、紅魔館を基点に展開されていた透明なドーム型の結界が厚くなった。

 

「フラン、もうすぐ巨大な街が落ちて来るわ! 心の準備をしておきなさい!」

「まっかせてー!」

 

 フランドール・スカーレットは素敵な笑顔で頷きながらタイムホールに注意を向ける。

 

 レミリア・スカーレットは、スペルカード、神槍「スピア・ザ・グングニル」を使用。紅色の槍を右手に顕現して待ち構えた。

 

 やがてその予見通り、タイムホールに異変が発生。紅魔館上空で循環する水流を破るように、空中都市ニツイトスと呼ばれる一隻の円盤型宇宙船が徐々に全貌を現していく。

 

 機体の大きさは紅魔館の約300倍。タイムホールの直径を遥かに超えていた為、収まりきらない部分は粒子状に分解されて、通過後に再度元の形に構成された。

 

 機体の天面の透明なドーム内には大小様々な超高層ビル群が乱立している。一見するとありふれた近代都市だが、仮想化技術を用いることで、来場者のニーズに合わせた様々な世界像に千変万化するシステムとなっている。

 

 平時ならば大勢の来場客で賑わっているこの都市だが、タイムホールの発生とほぼ同時に、常駐していたパイロットを含む全ての人間が宇宙ネットワーク内に強制移動させられていた為、現在はゴーストタウンと化していた。

 

 加えて重力制御装置が組み込まれていたメインコントロールタワーの喪失により、自重に耐え切れずに崩壊しつつあった。

 

『なによあれ……! あんな大きさでたらめじゃない!』

「へぇ……随分と壊しがいがありそうね」

「来るわよ!」

 

 やがて時空の相転移現象が完了し、空中都市ニツイトスは重力に従って落下を始めた。

 レミリア・スカーレットは足を大きく開き、地を強く踏みしめて投擲体勢に入る。

  

「神槍「スピア・ザ・グングニル」!」

 

 渾身の力を込めて投擲した槍は弾丸よりも速く飛翔し、円盤型宇宙船と超高層ビル群を真っ二つに砕きながらタイムホールへと吸い込まれていく。

 間髪入れずにフランドール・スカーレットは対象の〝目″を見つけ出し、右手の平の中へ移動させる。

 

「きゅっとしてドカーン!」

 

〝目″を握りつぶした瞬間、激しい轟音と同時に空中都市ニツイトスは木端微塵に粉砕。パチュリー・ノーレッジの風魔法で粉塵が晴れた時には、既に跡形もなくなっていた。

 

『流石ね』

「よくやったわねフラン。これで当面の危機は去ったわ」

「えへへ」

 

 フランドール・スカーレットは、満面の笑みを浮かべていた。

 

『ねえレミィ。私はいつまで水流を操作すればいいのかしら?』

「魔理沙が時間の境界を閉じるまでよ。幻想郷が水没するかどうかはパチェの双肩にかかっているわ」

『やれやれ、随分と重要な役回りを任されちゃったわね』

 

 パチュリー・ノーレッジは満更でもない表情をしていた。

 

「~♪」

 

 フランドール・スカーレットは、怪我をした紅美鈴や紅魔館の皆にプレゼントするため、鼻歌交じりに虹色の珊瑚の欠片を拾い集めていた。

 

「……私達はもう大丈夫。あとはこの世界を頼んだわよ。魔理沙、〝咲夜″」

 

 レミリア・スカーレットは、タイムホールを見上げて静かに呟いていた。




↓に『タイムホールの影響』と書かれた話の時系列を載せます
興味ある方は目を通してみてください。





(2)紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時⇒時の壁が破壊されて巨大なタイムホールが開く。リュンガルト兵と主力艦隊は時空の相転移現象に捕らわれ、タイムホールに吸い込まれていった。
   そして全員が吸い込まれたのち、今度はタイムホールから元の時代のアリス、文、紫、杏子が現れる。
 
  ↑タイムホールの影響とタイトルについた話は、この時間に繋がる話です。

タイムホールの影響①~⑦までの話の時系列は以下の通りです。


  西暦215X年10月1日午前7時40分⇒魔法の森上空にタイムホールが発生。リュンガルトの旗艦エクシズが時を越えて幻想郷に到来する。博麗神社で異変に気付いた博麗杏子が魔法の森に向かう。
  

  同日午前7時45分⇒エクシズが幻想郷の調査を行う。
  

  同日午前7時50分⇒エクシズが現れたことで人里が騒ぎになり、興味を持った文が魔法の森上空に向かう。
  

  同日午前8時00分~20分⇒杏子と文がエクシズと話し合い、エクシズの艦長レオンが魔理沙のいる時間、幻想郷に辿り着いた事を知り、敵対する。少しの戦闘の後、エクシズ最大の攻撃が紫のスキマに跳ね返され、太平洋にスキマ送りされて沈没した。
  
  同日午前8時20分~27分⇒文と杏子と紫がタイムホールを見ながら今後の事を話し合っていると、午前8時25分に時空の相転移現象が再開し、タイムホールが活性化する。時空の相転移現象により、アプト星のハイメノエス地区(アンナのマンションがある地区、魔理沙達がいる場所)が転移しつつある状況になり、アリスも加えて、落ちてくる都市に立ち向かう。

  同日午前8時25~35分⇒紅魔館上空に空いたタイムホールに気づいた美鈴が、落下した超高層ビルを受け止めて大怪我をする。フランの命令により、咲夜は美鈴を抱えて永遠亭へと向かう。
  
  同日午前8時35分⇒時間を止めて移動中の咲夜は、魔法の森と人里に空いたタイムホールに驚く。咲夜は他の妖怪と共に人里で超高層ビルの対処をしていた妹紅に永遠亭への道案内を依頼した。
  
  同日午前8時35分⇒レミリア、フラン、パチュリーは紅魔館のタイムホールから落下する超高層ビル群と、空中都市ニツイトス、マグラス海の水の対処を行う。
  その時魔理沙を探しに来た藍に、レミリアは未来の予見を伝える。


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第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合

 ――西暦215X年10月1日午前8時36分――

 

 

 

 ――幻想郷、迷いの竹林―― 

 

 

 

 人里から迷いの竹林へ移動した藤原妹紅と十六夜咲夜は、竹林の間を縫うように低空飛行しながら永遠亭に向かっていた。

 

「それにしても、あんたが怪我するなんて一体何があったんだい?」

「紅魔館の空にも突然大穴があいて、人里と同じ高い建物が降ってきたんですよ。それを受け止めようとしたらこの有様です」

 

 紅美鈴は十六夜咲夜の肩の上で力なく笑っていた。

 

「それはご愁傷様。やれやれ、一体何が起きてるんだか」

「あれは時の流れから逸脱した存在。こんな芸当が可能な存在はタイムトラベラーの魔理沙だけよ」

「おいおい、憶測でものを語るなよ。彼女がこんな異変を起こす訳無いだろう」

「あら、随分と彼女の肩を持つのね?」

「実はな、私は今の歴史になる前の世界で魔理沙に会った記憶があるんだ」

「!」

 

 藤原妹紅の告白に十六夜咲夜は目を見開いた。

 

「その時の彼女は未来の幻想郷を救う為に活動していてさ、一見すると冷静沈着に振舞っているように見えても、その瞳の奥には強い意志を感じられたんだ」

 

 藤原妹紅の脳裏に浮かんでいたのは、改変前の歴史の西暦215X年9月19日での出来事だった。*1

 

「未来の幻想郷の経緯なら私も魔理沙から聞いているわ。目標としていた歴史に辿り着くまでの間、想像を絶する苦難を味わったみたいね」

「知っているのなら話は早い。幻想郷をこよなく愛する彼女が、幻想郷を危機に追いやるような真似をする訳が無いだろう?」

「私も魔理沙を信じたいけれど、魔理沙以外にこんな異変を起こせる犯人はいるのかしら?」

「そこまでは分からんが、時間に関する能力で絞り込むのなら輝夜も容疑者候補になるんじゃないか?」

「言われてみればそうね。……」

 

 十六夜咲夜は難しい顔で黙り込んだ。

 やがて迷いの竹林を抜けて永遠亭に到着した三人は、そこで起きていた事態に足を止める。

 

 永遠亭上空には、協定世界時(UTC)紀元前38億9999万9999年8月19日・アプト星メイト通りに繋がるタイムホールが空き、その規模は永遠亭を覆い隠す程のものだった。

 

 なまこ壁の内側の枯山水の庭には、超高層ビルの1階下半分が砂石に埋もれて傾いた状態で突き刺さり、大きな影を作っていた。

 

 永遠亭の真上の空中には、蓬莱山輝夜の永遠の魔法によって、二棟の超高層ビルが積み木のように積み上げられた状態で固まっている。

 

 これは超高層ビルの変化を拒絶することで、あらゆる物質・生命の破壊と死の概念を暫定的に取り払い、中に取り残された可能性がある人々の生命を守る為の措置だった。

 

 永遠亭の軒下には、神妙な顔でタイムホールを見上げる蓬莱山輝夜。屋根の上にはタイムホールに狙いを定めて和弓を引き絞る八意永琳。

 

 矢尻には手の平サイズの月製自律思考型探査機が括りつけられている。彼女達は右耳にマイク付きイヤホンを装着しており、八意永琳の懐の中と蓬莱山輝夜の手元にあるタブレット端末に繋がっていた。

 

 十六夜咲夜達は八意永琳の獲物を狙う目付きに圧され、黙って推移を見守る。やがて彼女は静かに息を吐きながら矢を放ち、それを確認した蓬莱山輝夜は手元に視線を落とす。

 

 放たれた矢は空気を切り裂きながら高速で飛翔し、超高層ビルの壁面を並行に走り抜けながらタイムホールの中に消えていく。

 

「……!」

「永琳さん、弓お上手ですねえ」

「彼女は何を撃ったんだ?」

 

 遠巻きにして眺めていた十六夜咲夜達が八意永琳の弓術に見入っている一方で、蓬莱山輝夜はため息を吐いた。

 

「実験は失敗ね……」

 

 その理由は一つ、矢尻から送られてきた映像が時の回廊に入った瞬間に途絶えて、真っ暗な画面になってしまったからだ。

 

「う~ん」

 

 タイムホールを仰ぎ見ながら次の一手を考えていたその時、彼女と八意永琳の右耳に一報が入る。

 

 八意永琳は和弓を背負ってタブレット端末を懐から取り出し、蓬莱山輝夜は再び手元に視線を落とす。画面には薄暗い一室の中に立つ鈴仙・優曇華院・イナバが映っていた。

 

『師匠、輝夜様』

 

 彼女は右手にルナティックガン、左手に救急箱、額に暗視スコープ、紫髪に隠れた左の人間耳にハンズフリーマイクを装備している。八意永琳の命令を受けて、午前8時25分に永遠亭の枯山水の庭に落ちた超高層ビルの内部調査を実施していた。

 

『1階から71階まで全てのフロアを隈なく捜索しましたが、生存者及び死傷者は0人。それどころか中身が空っぽでした』

『どういうことかしら?』

 

 蓬莱山輝夜の問いかけに、鈴仙・優曇華院・イナバは周囲に映像を切り替えながら話していく。

 

『このようにどのフロアも全く同じ構造で、建物を支える柱と特殊合成樹脂で造られた窓しかありませんでした。恐らくオフィスビルかと存じますが、中に居た人や物はどこに消えてしまったのでしょうか』

『まあ、まるで神隠しにあったみたいね』

 

 不思議に思う蓬莱山輝夜に対し、素早く状況を分析した八意永琳は口を開く。

 

『……なるほどね。ご苦労様ウドンゲ。調査はもういいわ』

『よろしいのですか?』

『恐らく向こう側の人間達はこの時間軸に飛ばされる前に全員避難したのでしょう。だからリソースを割く必要はないわ。それよりも患者さんが来たみたいだから、私の手伝いをしてちょうだい』

『かしこまりました! すぐに戻ります!』

『永琳、他の超高層ビルに調査に出かけたイナバ達には私から伝えておくわね』

『お手を煩わせて申し訳ありません』

『このくらいいいわよ』

 

 通信が終わり、八意永琳はタブレット端末とイヤホンマイクを懐にしまった後、超高層ビルから飛んできた鈴仙・優曇華院・イナバと合流。正門をくぐって敷地内に入ってきた十六夜咲夜の前に降り立つ。

 

 案内役の藤原妹紅は、少し前に「咲夜、私は戻るよ。悪いけど帰りは鈴仙ちゃんにでも送ってもらってくれ。美鈴もお大事にな」と述べて、手を振り返しながら踵を返して人里に駆け戻っていた。

 

「貴女達は紅魔館の……」

「ゴタゴタしていてごめんなさいね。今日はどうしたの?」

「美鈴が自力で動けない程の大怪我を負っちゃってね。診てもらえないかしら?」

「もちろんよ。それじゃ彼女を預かるわね」

 

 そう言いながら十六夜咲夜の背後に回り込む八意永琳に。

 

「師匠、私がやります!」

「貴女は大至急、手の空いてる兎と一緒に担架と固定器具を持ってきてちょうだい」

「かしこまりました!」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバが永遠亭に向かって駆けていくのと並行して、八意永琳は紅美鈴を十六夜咲夜から受け取り、その場に仰向けに寝かせた。

 

「今ウドンゲが担架を用意しているわ。その間に経緯を聞かせてもらえるかしら?」

 

 紅美鈴は午前8時25分頃の紅魔館での行動を一言で伝える。

 

「まあ、貴女達の所も同じ事が起きていたのね。紅さん、貴女の身体を確認させてもらうわ」

「構いませんよ」

 

 八意永琳は手早く胸元のボタンを外してスカートを捲りあげ、紅美鈴のチャイナドレスをはだけさせると、彼女の筋肉質な肢体を隅々までじっくりと観察していく。

 彼女の体幹と四肢には、内出血、関節穿刺(かんせつせんし)の症状とコンパートメント症候群の兆候があり、八意永琳は重度の骨折患者だと判断した。

 

「痛みはどう?」

「大きな建物を投げ返した時は体中がかなり痛かったんですけど、紅魔館を発った頃くらいから何も痛みを感じなくなったんですよ」

 

 その言葉に八意永琳は眉をひそめる。

 

「呼吸はスムーズにできてる? 息苦しさはない?」

「はい」

 

 更に彼女は紅美鈴の身体に手を伸ばす。

 

「今貴女の腕、お腹、お尻、太ももの順に触っているけど、身体の感覚はある?」

「全く無いですね。それに力を込めても身体が全く言う事を聞いてくれません」

「ふむふむ。全身の閉鎖骨折と、脊髄の第4~第8頸椎完全損傷による四肢の完全麻痺といったところかしらね。瀕死の重傷なのに呼吸機能障害が発生していないのは不幸中の幸いだわ」

 

 簡単な診断を下した八意永琳は、はだけたチャイナドレスを元に戻す。

 

「はははっ、名誉の負傷ってところですかね」

「美鈴……」

 

 悲痛な面持ちを浮かべている十六夜咲夜。

 

「師匠~! 持ってきましたよ!」

 

 その声と共に、鈴仙・優曇華院・イナバと二人の女妖怪兎が担架と固定器具を抱えて八意永琳の元に走り、紅美鈴の隣に担架を置く。そして女妖怪兎達が彼女を二人掛かりで担架に乗せると、手慣れた動きでしっかりと固定し、担架を持ち上げた。

 

「紅さん。これから全身のQCT検査*2で骨折箇所の特定、神経・筋肉の損傷場所と程度を詳しく調べるわ。処置はその後に行います」

「あの……治りますよね?」

 

 不安な顔で訊ねる紅美鈴に、八意永琳は「もちろんよ。貴女は妖怪ですし、壊れた頸椎を再建して骨折が治ればすぐに健康体に戻るわ」と断言。

 更に鈴仙・優曇華院・イナバも「師匠の医術は世界――いや、宇宙一ですよ!」と自信満々に太鼓判を押した。*3

 

「良かった……。よろしくお願いします」

「それでは行きましょうか。ウドンゲ、貴女は先に行ってQCT検査の準備をしてちょうだい」

「はい!」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバは駆け足で永遠亭の中に入り、十六夜咲夜達も後からついていく。

 

「おかえりなさい」

 

 永遠亭の玄関には、迎えに出て来た蓬莱山輝夜の姿があり、八意永琳は頭を下げる。

 

「姫様、先程はご協力ありがとうございました」

「そんなにかしこまらなくていいのに、永琳ったら固いんだから」にこやかに話していた蓬莱山輝夜は、八意永琳の後ろにいた二人に気づく。

「……あら、十六夜さんに貴女は確か紅魔館の門番さんよね? その怪我はどうしたの?」

「ここの庭と同じ建物を受け止めようとしたらこの有様でして、情けない話ですが咲夜さんに運んでもらったんです」

「まあ! 大丈夫なの?」

「アハハ、大丈夫と言いたい所ですが、首から下の感覚が無いのであまり大丈夫じゃないかもしれないです」

「姫様。これから彼女の検査をする予定なので失礼しますね。後のことはお願いします」

「任せてちょうだい。永琳の方こそ頑張ってね」

 

 八意永琳は担架を担ぐ二人の妖怪兎達を伴って屋敷の奥へと向かい、十六夜咲夜も軽く会釈をして後に続こうとしたその時、蓬莱山輝夜が声を掛ける。

 

「待って十六夜さん。少し私とお話できないかしら?」

「え?」

 

 十六夜咲夜は困惑しながら紅美鈴を見つめる。

 

「咲夜さん。私は一人でも大丈夫ですから、彼女と話してください。察するに、単なる世間話ではなさそうですよ?」

「彼女の事は私が責任を持って治療するから安心しなさい」

「美鈴が構わないのなら良いけど……」

 

 十六夜咲夜は、紅美鈴を八意永琳に任せて蓬莱山輝夜の元に残ることにした。

 

「八意永琳様! 診察室の片づけが終わりました!」

「ご苦労様」

 

 廊下の奥から駆け寄ってきた別の女妖怪兎の報告を聞く八意永琳。

 

「何かあったんですか?」

「庭に超高層ビルが落ちた衝撃で薬品棚が倒れちゃってね。その中に劇薬も含まれていたから、片づけをお願いしていたのよ」

「それはまた大変でしたねぇ」

 

 そんな会話をしながら、八意永琳達は玄関から遠ざかって行った。

 

「それで、私に何の用かしら?」

 

 十六夜咲夜が改まって訊ねると、蓬莱山輝夜はひたむきな眼差しで口を開く。

 

「単刀直入に言わせてもらうと、今起きている異変の調査に貴女の力を借りたいのよ」

「……」

「幻想郷各地の空に開いた異次元への扉――八雲紫は時間の境界と命名してるみたいだけど――貴女も見たでしょう? 私の見立てでは、無秩序な時の奔流の先は月と同水準の文明がある星に繋がっていると思うのだけれど、そこから先が分からないのよね。探査機も壊れちゃったみたいだし」

 

 蓬莱山輝夜は暗転したタブレット端末の画面を見せる。

 先程八意永琳が放った矢に映像を送る機械が付いていたのだろうと推測した十六夜咲夜は、更に理由を訊ねる。

 

「どうして私なの?」

「貴女と私は似た能力を持っているわ。きっと貴女にしか見えない景色がある筈。私達が組めば、異変解決のとっかかりが見えてくると思うの」

「この異変は貴女の仕業ではないの?」

「私の能力は永遠と須臾(しゅゆ)の操作。魔理沙みたいに別の時刻への干渉なんて到底無理よ。それに私は幻想郷をとても気に入ってるの、異変を起こす動機が無いわ」

「……なるほどね。私も協力するわ」

 

 紅魔館に残っているスカーレット姉妹の事が気がかりではあったが、彼女達にはパチュリー・ノーレッジがついている。

 それにレミリア・スカーレットならば、十六夜咲夜に異変の調査を命じただろう。

 蓬莱山輝夜の提案を断る理由は無かった。

 

「ありがとう。ふふ、一回霊夢やマリサみたいに異変を解決する側に回ってみたかったのよねぇ」

 

 蓬莱山輝夜は無邪気に微笑んでいた。

 

「調査の方法や手順についてちゃんと考えているの? まさか得体の知れない異次元への扉に飛び込むつもり?」

「それも面白そうだけどあくまで最終手段ね。まずは現地調査よ。少し前に来た八雲の家の猫ちゃんの話なんだけど、魔法の森上空が一番規模が大きいみたいなの」

「ここに来る途中に通ったけど、確かにあの場所は桁違いの大きさだったわね。それに博麗の巫女と八雲紫もいたわ」

「あら、それなら調査しない手は無いわね」

 

 話が纏まり、蓬莱山輝夜と十六夜咲夜は外に出る。

 そして少し歩いた所でくるりと振り返った蓬莱山輝夜は、右手を伸ばし、永遠亭の建物部分に永遠の能力を掛けた。

 

「何をしたの?」

「153年前の永夜異変の時と同じ術を掛けたわ。見てなさい」

 

 輝夜が永遠亭の真上を指差すと、タイムホールから超高層ビルが99%出現し、今にも落下しそうな状態だった。

 

 間もなく時空の相転移現象が完了し、現在時空に転移した超高層ビルが落下。加速しながら永遠亭の屋根に直撃する。

 砲撃のような衝突音が辺りに轟くが、永遠亭はびくともせず、屋根の上に直立している超高層ビルに大きな亀裂が入っていた。

 

「へぇ、不思議なものね」

「理解してもらえたかしら。では行きましょうか」

 

 そうして二人は、魔法の森に向かって飛んでいった。

*1
この日の話は第3章第58話に詳しく書かれています。

*2
CT検査とMRI検査の利点を兼ね備えた検査方法。

*3
八意永琳は蓬莱の薬を創った手腕もさることながら、2019年に発生したSARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの際も、世界で一番最初にワクチンと特効薬を創り、幻想郷内での流行を食い止めている。




年表

  同日午前8時36分⇒永遠亭に怪我した美鈴を送り届けた咲夜は、輝夜と協力して異変の解決をすることを決めて、魔法の森上空へと向かっていった。


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第230話 (2) タイムホールの影響⑨ 変わりゆく世界

 ――西暦215X年10月1日午前8時36分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森上空――

 

 

 

 人里で十六夜咲夜が再び世界の時を動かした頃、魔法の森上空では依然として超高層マンション群が降り注いでいた。

 その大半は八雲紫が開いた10㎞のスキマに呑み込まれていたものの、範囲外の空域では三人の少女が対応に追われていた。

 

「旋風「鳥居つむじ風」!」

 

 西の空を飛行する射命丸文が繰り出した10本の竜巻は、超高層マンションを空に打ち上げて切り裂いた。

 時同じく、20体の西洋人形を引き連れながら飛行中のアリス・マーガトロイドは宣言する。

 

咒符(じゅふ)「上海人形」」

 

 上海人形から放出された赤色のレーザーは、軌道上の建物全てを消し飛ばした。

 

「霊符「守護結界」!」

 

 魔法の森スレスレを飛んでいる博麗杏子は、空に向かって弾幕を放つ傍ら霊力で編み出した結界を周囲に張り巡らせ、地上への被害を防いでいた。

 

 遡ること11分前、人里にタイムホールが出現して超高層ビルの落下が始まった時、彼女はすぐさま急行して魂魄妖夢と藤原妹紅と合流し、避難が遅れた人々を守っていた。しかしすぐに茨木華扇、聖白蓮、洩矢諏訪子、豊聡耳神子が人里に駆け付け、彼女達に異変の解決を優先するように説得された為、再びこの場所に戻ってきた。

 

「文、そっちお願い!」

「まっかせてください!」

 

 二つ返事で承知した射命丸文は、クルリと回転しながら葉団扇を振る。指向性を持った小さな竜巻が弾丸のように射出され、落下途中の超高層マンションをドリルの如く貫いて粉砕した。

 

 それからも彼女達は、無数の弾幕、吹き荒れる竜巻、武装した西洋人形が飛び交うルナティック級に密度の高い空を、自由自在に飛び回りながら次々と建物を破壊していく。

 

 一方八雲紫は、タイムホールから少し離れた全体を俯瞰できる位置に陣取り、小さなスキマに腰かけながら推移を見守っていた。

 

「……」

 

 魔法の森上空のスキマには、累計で500棟を超える超高層マンションが呑み込まれ、中の亜空間を漂っていた。

 

「はあ、流石にそろそろうんざりしてきましたね」

「一体いつまで続くのよ。そろそろ人形のストックが切れそうだわ」

「このままでは埒が明きませんね。やはり元凶をなんとかしないことには……」

 

 射命丸文とアリス・マーガトロイドが合流して愚痴をこぼしていた時、文字通り高みの見物を決め込んでいた八雲紫が腰を上げる。

 

「貴女達早くこっちに来なさい。少しだけ本気を出すわ」

「本気を出す?」

「ここは彼女に任せてみましょうかね」

 

 三人がすぐに集まったところで彼女が軽く指を弾くと、清涼な音が響き渡ると同時に変化が生じた。

 

 タイムホールから落下する超高層マンション群は、地上まで残り30mまで迫った所で突如反転して上昇。新たに顕現しつつあった超高層マンション群と無音の衝突を繰り返し、残った瓦礫も漏れなくタイムホールに呑み込まれていった。

 

「あやや、これは一体どういうことでしょうか」

 

 目を丸くする射命丸文に、八雲紫は答えた。

 

「魔法の森一帯の高度30m以上の重力と音の境界を操ったわ。言うなれば、あの超高層マンション群は空に向かって落下しているのよ」

「なんと!」

「ちょっと、そんな芸当ができるのなら最初からやりなさいよ!」

「ふふ、でも貴女達のおかげで興味深い事実が判明したのよ」

 

 八雲紫はスキマからデジタル時計を取り出す。液晶画面には【AM8:40:30 10月1日土】と表記されていた。

 

「これが現在の時刻。けれど……」

 

 八雲紫は彼女達の目線と同じ高さに小さな三つのスキマを並べて開く。

 中には同じデザインのデジタル時計が一個ずつ置かれ、左から順に【AM8:35:11 10月1日土】、【AM8:37:21 10月1日土】、【AM8:44:56 10月1日土】と表示されていた。

 

「あら、どの時計も時間がずれてますね」

「未来の時刻を指しているのもあるわ」

「左から順に、時間の境界から5m、25m、50m離れた地点に設置していた時計よ。もちろん現在の時刻と合うように設定したわ」

「ふむふむ、これはもしや、時間の流れが狂い始めている……?」

「ええ、そうよ。今はまだほんの数分程度の誤差しかないけれど、もし更に進行したら……」

「ど、どうなるんですか? 紫さん」

「紫」

 

 博麗杏子が恐る恐る訊ねたその時、八雲紫の背中に扉が出現し、摩多羅隠岐奈が現れた。

 

「貴女は!」

「あら、隠岐奈じゃない。やっと帰って来たのね」

 

 八雲紫は、至極落ち着いた態度で振り返りながら友好的に声を掛けた。

 摩多羅隠岐奈は、空に開いたタイムホールを一瞥した後、口を開く。

 

「緊急事態だ」

「……何があったの?」

 

 彼女のただならない雰囲気を悟った八雲紫は、自然と表情が引き締まった。

 

「外の世界でも時間の境界が確認された。世界6大陸の各地で甚大な被害が生じている。特に京都*1と横浜*2の状況は深刻だ。時間の境界から出現した未知の宇宙船団と防衛軍が交戦状態に突入している」

「……そう。それは大変ね」

「だがそれよりも問題なのは、この一件で地球連邦*3が動き出した事だ。世界的に発生している時空の歪みの中心点として日本の○○*4が挙げられ、地球連邦の調査部隊が空と地上から此方に向かっている。幻想郷の存在が明るみになることはないだろうが、この状況が続く事は私達にとって好ましくない」

「…………」

「紫。この一件についてどう責任をとるつもりだ? そもそも私は初めから霧雨魔理沙を迎え入れる事に反対だった。タイムトラベラーなど存在そのものが不確定要素の塊、私達の管理の範疇を越えた危険な能力だ。他の賢者連中の反対を押し切ったのは他ならないお前だぞ」

「……裏を返せば、彼女の能力なら条理を覆すこともできる。〝私達″にとっても心強いものではなくて?」

「この有様を見てもまだそんなことが言えるのか!? たった一人の妖怪に幻想郷の命運を握られるようなことがあってはならないだろう!」

 

 タイムホールを指さしながら声を荒げる摩多羅隠岐奈は、更に彼女を問い詰める。

 

「霧雨魔理沙の行動は明らかに度を過ぎている。幻想郷からの追放もしくは抹殺も視野に入れて厳罰を処すべきだ!」

「それは拙速な判断だわ。まずは彼女の事情を聞いてから慎重に決断すべきよ」

「そうですよ摩多羅さん! あの霊夢様のご友人が幻想郷を陥れるようなことをするはずがないじゃないですか!」

「博麗の巫女が私情にとらわれてどうする! 幻想郷の為に公正な判断を下すのがお前の役割だろう!」

「それは……」

 

 返答に窮する博麗杏子。更に摩多羅隠岐奈の怒りの矛先は八雲紫に向けられる。

 

「紫も何故そこまで霧雨魔理沙に肩入れする? お前らしくないぞ」

「…………」

 

 彼女が沈黙を貫いていると、アリス・マーガトロイドが仲裁に入る。

 

「ちょ、ちょっと、今は言い争っている場合じゃないでしょ? まずは時間の境界をなんとかするべきだわ」

「ふん、そうだな。だが――」

「……ええ。分かっているわ。魔理沙には然るべき責任をとってもらうつもりよ」

 

 八雲紫は悲痛な面持ちで唇をギュッと噛みしめた。

 

「とはいえこれからどうするおつもりです? 時間移動の理論についてはよく分かりませんが、もし妹の魔理沙さんが動いているのであれば、とっくに解決されていてもおかしくないのではないでしょうか?」

「あるいはまだ異変に気付いていないか。紫、お前の力で閉じられないのか?」

「……それができたらとっくにやっているわよ」

「ああ、私はなんて無力なんでしょう。こんな時に霊夢様がいらっしゃったら……」

「杏子さんは本当に霊夢さんが好きなんですね~」

「当然ですよ射命丸さん。あの方ならきっとどんな異変も立ち所に解決してしまいますから!」

「――ねえ、タイムトラベラーの魔理沙だけじゃなくて、マリサも居ないのよね?」

「言われてみればマリサさんの姿もありませんね。彼女の性格なら真っ先に異変の調査に来そうなものですが」

「私も見てないです」

「……もしかして、あの場所かも」

 

 アリス・マーガトロイドがポツリと呟いた言葉に、全員の注目が集まる。

 

「アリス、何か心当たりがあるの?」

「魔理沙が39億年前の地球にタイムトラベルした時に、アンナって名前の宇宙人の女の子を助けたことがあって、その時に彼女が住むアプト星に招待されたらしいのよ。いずれ行くつもりだって話していたし、多分そこに出かけたんじゃないかしら」

「ということは、時間の境界はその星に繋がっているのですか?」

「幻想郷に落下している建物の構造を見る限り、時間の境界の先は外の世界に匹敵する高度な文明よ。可能性は高いわね」

「39億年前の別の惑星……ですか。いやはや、スケールの大きい話ですねぇ」

「しかしそれでは手の出しようがないぞ」

「失礼します」

 

 八雲紫の近くにスキマが開き、八雲藍が現れる。

 

「経過報告に参りましたが、隠岐奈様もいらっしゃっていたのですね」

「ついさっき帰って来た所だ」

「聞かせて貰えるかしら?」

 

 八雲藍は頷き、話し始める。

 

「時間の境界の発生状況ですが、橙の報告によりますと紅魔館、人里、永遠亭、命蓮寺、神霊廟、守矢神社、妖怪の山、太陽の畑で確認されております。残りの地域はまだ調査中ですが、彼岸、天界、冥界、地底、魔界、畜生界では確認されませんでした」

「随分と広範囲に広がっているようですね」

「やれやれ、頭が痛いな」

「そして霧雨魔理沙についてですが……申し訳ございません。懸命に捜索しておりますが、彼女の痕跡すら見つけられていない状況です」

「やっぱり彼女は幻想郷に居ないのかしら。ご苦労さま、藍。引き続き調査をお願いするわね」

「かしこまりました」

 

 一礼した八雲藍は続けて「それとレミリア・スカーレットから言伝を預かっています」

 

「言伝?」

「『世界はもう間もなく終焉を迎える運命にある。唯一の希望は魔理沙よ』……とのことです」

「どういう意味かしら……?」

 

 八雲紫にとってレミリア・スカーレットはそれ程親しい間柄ではないが、現在の局面で戯言を吐くような人格ではないことは理解していた。

 

「レミリア・スカーレットって、確か紅魔館に暮らす吸血鬼のお嬢様ですよね」

「ええそうですよ杏子さん。相変わらず粋な言い回しをしますねぇ」

「ふむ、彼女の能力による予言であるなら、無視はできないだろうな」 

 

 八雲紫のデジタル時計はAM8:45:00を表示。思索の海に入り、レミリア・スカーレットの真意ともたらされる可能性を推理していたその時、時空の相転移現象が新たな段階に突入。

 世界は大きく塗り替えられた――。

*1
日本の近畿地方に位置するこの時代のメトロポリス。2040年に東京から京都へ神亀の遷都が行われた。平安時代から続く歴史と、22世紀のハイテクノロジーが混在したアジア屈指の都市。

*2
日本の関東地方、神奈川県東部に位置する日本最大の港と宇宙港がある貿易都市。日本以外の地域、地球外のコロニーとの貿易と人の移動が非常に多い。地下には京都・東京・札幌・名古屋・福岡等の主要都市を5分で結ぶ超高速鉄道が走る。

*3
この時代の地球を支配している世界統一政府。前身は国際連合。21世紀頃に存在した国家の枠組みは解体され、日本を含む206の地域で構成されている。

*4
幻想郷のある地名。



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第231話 (2) タイムホールの影響⑩ 変化した世界

2021/03/31追記

都合により第230話の後半部分を此方に分割して再投稿しました。申し訳ございません。
分割前の第230話の罫線で区切られた部分と展開や内容は何一つ変わっておりません。


 ――西暦215X年10月1日午前8時45分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地上空―― 

 

 

 

 ――side 紫(三人称一元視点)――

 

 

 

「!?」

 

 突如として紫を襲った意識の断絶。彼女にとってそれはほんの一瞬、須臾の時間にすら満たない時間だったが、世界は一変した。

 つい先程まで会話していた藍の姿はどこにも無く、眼下に広がっていた魔法の森は、草木も生えない真っ白な更地に変貌していた。

 頭上には相変わらず時間の境界が空いたままとなっていたが、彼女が操作した重力と音の境界は元に戻っており、超高層マンション群の落下の痕跡は完全に消えていた。

 

「そんな……これは一体……?」

「どうしましたか?」

 

 あまりにも唐突過ぎる変化に理解が追い付かず、愕然としながら呟くと、間近から文の声が耳に届いた。

 紫が顔を上げると、気遣う表情の彼女と目が合う。その隣では杏子と隠岐奈が怪訝そうな視線を送っていた。

 

「貴女達気づかないの? 魔法の森が一瞬で消えてしまったわ……!」

 

 紫は動揺を隠しきれずに訴えたが、文は不可解そうな表情で「消えた……? この土地はずっと昔からこんな感じだったじゃないですか」

「――え?」

「おいおい、とうとう耄碌したか?」

 

 棘のある口調で責め立てる杏子、溜息を吐きながら首を振る隠岐奈。まるで自分が間違っているかのような反応に強烈な違和感を覚えた紫は、焦燥ながらに主張する。

 

「こんな時につまらない冗談はよしなさい! ほんのついさっきまで森があったでしょ!?」

「紫さん。私の記憶では、この土地が魔法の森と呼ばれていたのは149年も前の話ですよ?」

「紫、彼女の話は事実だ。時間の境界の影響でマナが枯渇して森が消滅したんじゃないか。今更そんな昔の出来事を掘り返すなんて、本当にどうしたんだ?」

「!?」

「失礼します」

 

 本気で心配する論調で答える二人に言葉を失いかけた時、紫の前にスキマが開き、藍が現れた。

 

「経過報告に参りましたが、隠岐奈様もいらっしゃっていたのですね」

「ついさっき帰って来た所だ」

「藍……」

「時間の境界の発生状況ですが、橙の報告によりますと博麗神社、紅魔館、人里、永遠亭、命蓮寺、神霊廟、守矢神社、妖怪の山、太陽の畑で確認されております。残りの地域はまだ調査中ですが、彼岸、天界、冥界、地底、魔界、畜生界では確認されませんでした」

「随分と広範囲に広がっているようですね」

「やれやれ、頭が痛いな」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 

 彼女達の会話に強い既視感を覚えた紫は、慌てて指摘する。

 

「その報告はさっき聞いたばかりよ?」

「いえ、私は初めて伝え上げましたが……もしかして橙が先に報告に来ていましたか?」

「そうではないのだけれど……」

「?」

 

 紫は、首を傾げて困った表情を浮かべる藍の仕草に言葉を詰まらせてしまった。

 

「あやや、紫さんどうしちゃったんでしょうか」

「紫の奴、今日はいつになくボケてるな」

「やれやれ、幻想郷の賢者様がこれじゃ先が思いやられるわね」

 

 彼女達に憐むような視線を向けられた紫は、心の中で疑念を抱いていた。

 

――これはどういうことなのかしら?

 

 先程から立て続けに襲いくる違和感に、噛み合わない話、まるで世界に一人だけ取り残されたような感覚。狂ってしまったのは自分なのか、それとも世界なのか。

 紫は思考を巡らせ、現状の把握を試みる。

 

――彼女達が私を謀っている可能性は? いえ、言動に嘘偽りは感じ取れなかった。何より藍が私を騙すなんてある筈がないわ。なら何者かによる記憶と認知の操作? いいえ、私と隠岐奈がそんな術にかかるなんて有り得ないわ。では、おかしくなってしまったのは私なの……?

 

 紫の胸中には、形容しがたい感情が渦巻いていた。

 

――我思う、故に我あり。昔の哲学者がこの言葉を残した時、こんな心境だったのかしら。……あら?

 

 紫はこの時初めて、時間の歪みを証明する為に用意したデジタル時計が手元に無いことに気づく。

 すぐさまスキマを操り現在時刻を確認すると、液晶画面には【AM8:48:22 10月1日土】と表示。彼女の現在と過去の持続性を裏付ける強力な証拠に、紫はほくそ笑む。

 

――なるほど、ようやく理解できたわ。魔理沙が歴史を変えたのね。

 

 紫は西暦215X年9月21日に魔理沙の歴史改変《マリサが種族としての魔法使いになる歴史改変》を身をもって体験しており、二日後の9月23日には時間移動の詳細を当人から聞いていた。

 

――隠岐奈達の様子を見る限り、改変前の歴史を知るのは私だけのようね。だけれど……。

 

 彼女がすぐにその可能性に思い当たらなかったのは、決定的な違いがあったからだ。

 

――あの時は改変後の意識をベースに改変前の記憶が復活したのに、今の私には改変後の記憶が欠落してしまっているわ。この歴史の私の意識と記憶は何処へ行ってしまったのかしら?

 

――それに時間の境界は残ったままなのに魔法の森が消えてしまうなんて、どう考えても状況が悪化しているわね。

 

 心の中で疑念を抱いていた紫は、ここでようやくアリスの姿が見当たらないことに気づく。彼女を探そうにも、魔法の森が消滅した現在の歴史では見当がつかなかった。

 

――彼女にも私と同じ記憶があるのか、確かめる必要があるわね。

 

 そう判断した紫は、平静を装いながら口を開く。

 

「ねえ、話は変わるけどアリスはどこへ行ったのかしら?」

 

 紫にとってはなんとなしに訊ねた質問だったが、話を振られた三人の少女は不可解な表情を浮かべる。

 

「アリス……? 誰ですか、それ」

「! 本気で言ってるの?」

 

 紫は衝撃を隠しきれず、隠岐奈と杏子の顔を見る。

 

「名前の響き的に、英語もしくはフランス語圏で多く見られる女性か。幻想郷内に白人女性が居たらかなり目立つと思うが、私は知らないな」

「そういえば童話の主人公にそんな名前の少女がいたな。ふん、幻想郷の賢者様はとうとう現実と虚構の区別すら付かなくなったのか」

 

 嘲笑しながら答える杏子に、紫は「こっちは真面目な話をしているのよ! 茶化さないで!」と憤りを露わにした。

 しかし杏子はどこ吹く風といった様子で答える。

 

「私からしてみれば、お前がふざけているようにしか思えんがな。これ以上茶番を続けるつもりなら、協力関係は解消するぞ」

「!」

「落ち着きなさい博麗の巫女。貴女まで居なくなられたら困ります」

「……ちっ、私が彼女と同じ轍を踏む筈がないだろう」

 

 藍の説得に、苦々し気な表情で強く舌打ちした杏子は顔を背けた。

 

「紫さん。博麗の巫女に賛同する訳ではありませんが、こんな状況でつまらない噓は吐きませんよ。せっかくですから簡単に説明してあげましょう」

 

 僅かな苛立ちを見せながら文は語っていく。

 

「ここに一番最初に来たのが博麗の巫女で、次に私、三番目に貴女、四番目に隠岐奈さん、五番目に藍さんです。アリスとかいう少女は後にも先にもいませんでした。思い出しましたか?」

 

 文の言葉に隠岐奈は頷く。

 

「そんな――」

「紫様……心中、お察し致します」

 

 紫は今度こそ言葉を失い、同時に確信を得た。現在の歴史は、改変前の歴史よりもさらに状況が悪化していることを。

 

――まさか彼女の存在そのものが消えてしまうなんて……。

 

 紫にとってアリスは単なる知人であり、深い親交があるわけではなかったが、それでも顔見知りの妖怪が消えた衝撃は大きかった。

 

――こうなってしまうと、私が把握している交友関係も怪しくなってくるわね。

 

 その顕著な例の一つが、博麗杏子の性格の変化だろう。

  

――新しい歴史の杏子は随分と荒んでいるわね。素直で聞き分けの良い子だったのに、乱暴な口調になって周りからの呼ばれ方も変わっているし、私に対する敵意が強いわ。一体何があったのかしら。

 

 紫が憶測を立てていた時、藍がおずおずと申し出る。

 

「あの、紫様。紅魔館を訪れた時にレミリア・スカーレットから言伝を預かったのですが、お聞きになりますか?」

「……なによ?」

「『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』とのことです」

「!!」

「はて、希望とは何を指すのでしょうか?」

「ふむ……」

 

 文と隠岐奈が疑問符を浮かべている一方で、紫は心底驚愕していた。

 

――驚いたわね。彼女にはこの状況すら視えていたの?

 

 予言にも近いメッセージを受けて、紫は新たな仮説を頭の中で構築していく。

 

――もし世界の終焉が歴史改変を指すのなら、魔理沙の行動は失敗に終わるのかしら? けれどそれなら〝希望″なんて表現は使わない筈……。

 

――分からないことだらけね。でも彼女の言葉を信じるのなら、私が私でなくなってしまう前に決断しなければいけないようね。……乗せられているみたいで癪だけど。

 

 紫は時間の境界を見上げながら、決意を固めていた。

 

「私は引き続き調査を続けます。紫様、お疲れのようでしたら、ゆっくりお休みになってください」

「待ちなさい藍」

「はい、なんでしょう?」

「魔理沙の捜索状況はどうなっているの?」

「申し訳ございません。懸命に捜索しておりますが、未だ発見には至っておりません」

「そう……」

 

――歴史が変わっても魔理沙はいないのね。

 

 紫が失意の中にあった時、文はおもむろに呟く。

 

「アリス……マリサ……。はっ! もしかして!」

 

 懐から古びた手帳を取り出すと、パラパラとページを捲りだし、10ページ目で止めた。

 

「紫さん。先程仰っていたアリスとは、ひょっとして人形を操る魔法使い、アリス・マーガトロイドのことですか!?」

「! ええそうよ! 知っていたの?」

「やはりそうでしたか! 確かに時間の境界が再び開いたのであれば、アリスさんやマリサさん、そして霊夢さんも帰ってくるかもしれませんからね!」

「ふむ、その可能性があったか。紫、先程は悪く言ってすまなかった」

「私も紫さんのことを疑ってしまってすみませんでした。こんな重要な事を失念していたとは、ジャーナリスト失格ですね……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。貴女達は何を言ってるの?」

 

 話の流れが掴めず紫が問いかけると。

 

「え? 149年前の2008年4月5日、博麗神社に開いた時間の境界の調査中に行方不明になってしまった、霊夢さん、マリサさん、アリスさんを捜していたんじゃないんですか?」

 

 文はさも当然のように答えた。



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第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)

―――――――――――

 

 

―――――――――――――――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ――西暦2008年4月5日午前11時――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社――

 

 

 

 うららかな陽ざしが幻想郷を照らし、春告精が活発に活動している春の日のこと。

 満開の桜が咲き誇り、優しい風に吹かれて花弁が舞う博麗神社には、見る者全ての心を打つ風光明媚な景色が広がっていた。

 神社の縁側には、霊夢を中心にマリサと栗毛の少女――博麗美咲が座り、茶菓子に手を伸ばしながら会話に花を咲かせていたが、その平穏は突如として破られる。

 時刻は午前11時、神社の上空に果てすら見通せない漆黒の穴――時間の境界が開き、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「何……あれ……!」

 

 お茶をすすりながら空を見上げた霊夢と美咲は唖然としていたが、マリサは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「異変か。面白い事になってきたぜ……!」

 

 壁に立てかけていた箒を手に取り、跨ろうとしたところで、彼女の正面にスキマが開き、伸びた手が衿を掴む。

 

「魔理沙! 貴女、とんでもないことをしてくれたわね!」

 

 スキマから身を乗り出しながら問い詰める紫の鬼気迫る表情に、マリサは一瞬怖気づいた様子で答える。

 

「い、いきなりなんだよ!?」

「とぼけないで! 時間の境界を開けたのは貴女でしょ! 一刻も早く閉じなさい!」

「はぁ!? 何を言ってんだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉、互いにヒートアップしつつあったその時、霊夢が立ち上がる。

 

「紫、ちょっと落ち着きなさい」

 

 霊夢が二人の間に割って入ると、紫は手を放す。

 

「あーあーもう」

 

 マリサが愚痴りながら乱れた服を整えている間に、紫はスキマから完全に姿を現し境内に降り立った。

 

「霊夢、邪魔する気?」

「まずは事情を説明してちょうだい。あんたはあれの正体を知ってるの?」

 

 空を指しながら問いかける霊夢に、紫は頷きながら口を開く。

 

「あれは時間の境界。過去か未来か、今日じゃない別の時間に繋がる扉のようなものよ」

「時間の境界……」

「時間という概念は私ですら干渉できない絶対的な法則。そして咲夜と輝夜には別の時空に接続できるほどの能力はない。よって犯人は、あらゆる時間を自由に移動する能力を持つ魔理沙――貴女以外にないわ」

「事情は分かったわ。でもね紫、あんたは一つ大きな勘違いをしている。彼女はタイムトラベラーじゃないのよ」

「なんですって?」

「幻想郷には、私と、別の歴史から来たもう一人の〝私″がいるんだ。お前が言っているのは、彼女のことだろう」

「ええ。未来から来たタイムトラベラーの魔理沙と、隣にいるマリサは同じだけど違うのよ」

「……並行世界ってこと?」

「いいや、違う。もう1人の〝私″曰く、タイムトラベルとは歴史の上書きで、彼女は書き換える前の歴史の霧雨魔理沙なんだ。考えてもみろよ。もし私と彼女が同一人物だったら、霧雨魔理沙が時間移動を行う因果が消えて、深刻なタイムパラドックスが発生するだろ?」

 

 真剣な表情で語る霊夢とマリサが虚言を吐いているように思えなかった紫は、大きく息を吐く。

 

「……釈然としないけど、理解は出来たわ。それならタイムトラベラーの魔理沙はどこにいるのよ?」

「215X年の9月22日に帰ったよ」

「そんな……あと149年も待たないといけないの……?」 

「そもそも、もう一人の〝私″が犯人かどうかすらも疑わしいがな。彼女のタイムジャンプは、時間理論に基づいて緻密に計算された完璧な魔法だったし、こんな素人みたいな失敗をするとは思えん」

「いずれにしても、このまま放っておくわけにはいかないわね」

 

 霊夢は神社に上がり込むと、奥からお祓い棒と陰陽玉を持って戻って来た。

 

「美咲、留守をお願いね」

「かしこまりました! 霊夢様、マリサさん、気をつけてくださいね」

「おう!」

 

 見送りに来た美咲に霊夢とマリサが頷き、飛び立とうしたところで紫が呼び止める。

 

「待ちなさい。まさかあの中に行くつもりなの?」

「当然よ。私の勘ではあの先に異変の元凶がいる。異変の解決に博麗の巫女が出なくてどうするのよ?」

「それにもう一人の〝私″が関わっているかもしれないってんなら、見過ごすわけにはいかないしな」

「私は反対よ。まだ実態が全て解明されていないのに、いくらなんでも無謀すぎるわ。事によっては帰れなくなるかもしれないのよ?」

 

 身を案じる紫に対し、霊夢は目を逸らさずに答える。

 

「ねえ紫。私が博麗の巫女を辞める前の日に時間に関わる異変が発生したのも、きっと巡り合わせだと思うのよ。この手できっちり解決してから新しい人生を歩むわ」

「霊夢……」

 

――どうやら決意は固いようね。それなら私も貴女に託しましょうか。

 

「なあに、心配すんなって。ちゃちゃっと終わらせて帰って来るからさ! 行こうぜ、霊夢!」

「ええ!」

 

 マリサは箒を飛ばし、その後に続いて霊夢も飛び立っていき、時間の境界の中に消えていった。

 

「頑張ってくださーい!」

 

 笑顔で手を振る美咲とは対照的に、紫は不安な面持ちで時間の境界を見上げていた。

 

――――なんだか嫌な予感がするわ。二人とも、どうか無事に帰って来て……!

 

 心の中でそう願いながら。

 

 

 ――西暦2008年4月10日正午――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社―― 

 

 

 

 五日後。桜が散りはじめ、寂しくなってしまった桜の木の元、花弁のカーテンに覆われた博麗神社の境内には、天を仰ぐ紫と美咲の姿があった。

 上空に開いた時間の境界は収縮が進み、人が通れるほどの規模にまで縮小していたが、彼女達の表情は悲壮に満ちていた。

 

「……もう五日目ね。最悪の事態になってしまったわ」

「霊夢様……」

 

――やっぱりあの時無理にでも止めていれば……なんて、過去の事を悔いても仕方ないわよね。それこそ魔理沙でもない限り……。

 

 心の中で愚痴た紫は、不安げな表情で祈りながら天を仰ぐ美咲に視線を移す。

 

――またこの時が来てしまったわ。何度経験しても慣れそうにないわね。

 

「美咲。そろそろ覚悟を決めなさい」

 

 ポーカーフェイスで言い放った紫に、美咲は目を見開き「お待ちください紫様! もう少し、もう少しだけ時間をください!」と食ってかかる。

 

「貴女は霊夢から充分に博麗の巫女としての心得を教わっているわ。継承の儀式に前任者が立ち会う必要はないのよ」

「そんな――霊夢様を見捨てるおつもりですか!?」

「残念だけどこれが現実よ。過去にも不運な事故や、妖怪の討伐失敗で命を落とした博麗の巫女がいたわ。それに比べると、万全の備えが出来ている分貴女は幸運よ」

「ですが――!」

「紫、美咲」

 

 論争になっていた時、アリスが彼女達の近くに降り立つ。

 

「アリスさん!」

「何かご用かしら?」

 

 アリスは一度周囲を見回した後、「霊夢とマリサはまだ帰ってきていないの?」と訊ねる。

 

「はい……」

「そうなの……二人とも無事ならいいんだけど……」

「生憎だけど、その可能性は限りなく低いわ」

「!」

「もう霊夢とマリサはこの世に居ないでしょう。これから彼女を次代の博麗の巫女に任命するわ」

 

 淡々と答えた紫に、アリスの表情は一変する。

 

「なんで諦めているのよ! 待ち続けていればいずれ帰って来るかもしれないじゃない!」

「いいえ。彼女達はもう遠い時間の彼方に行ってしまった。どれだけ好意的に解釈しても、こっちに戻って来るのは10年後か100年後か……はたまた私達が関知しえない時間かもしれない。そんな希望的観測に幻想郷の命運を託すことはできないわ」

 

 紫は流麗に語っていく。

 

「幸いにも私達には美咲がいる。4日前に引退する予定だった霊夢にわざわざ拘る必要もないでしょう」

「……随分と薄情なのね。貴女は霊夢と親しかったんじゃないの? それとも私は貴女のことを見誤っていたのかしら」

 

 アリスに非難の視線を浴びた紫は、目を伏せながら答える。

 

「……理解してちょうだい。幻想郷を存続させるためにはどうしても博麗の巫女が必要なの。一時の感情に囚われて、選択を誤る訳にはいかないわ」

 

 紫の哀切この上ない雰囲気を悟った様子のアリスは、少しの逡巡の後、口を開く。

 

「――! もういいわ。こうなったら私が二人を連れ戻してみせる!」

「っ! 待ちなさいアリス! 時間の境界はもうすぐ閉じてしまうわ。ミイラ取りがミイラになるわよ!」

 

 彼女の覚悟を決めた顔が5日前の霊夢と重なり、説得を試みたが。

 

「私の大切な友達が居なくなってしまったのに、じっとなんてしていられないわ! 止めないで!」

「アリス!」

「アリスさん!!」

 

 アリスは紫と美咲の制止を振り切り、捨て台詞を吐き捨てながら時間の境界に向かって飛び込んでいく。

 その直後、収縮が進行していた時間の境界は完全に閉じられ、まるで最初からそうであったかのように澄清(ちょうせい)な空へと戻っていた。




ここまで読んでくださりありがとうございました。


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第233話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(中編)

大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


 ――西暦2008年4月10日午後1時――

 

 

 

 時刻は午後1時。

 時間の境界が閉じた後、博麗神社のお茶の間に移動した紫と美咲は、ちゃぶ台を挟み向かい合って座っていた。

 

「……これで引継ぎは完了ね。今から貴女が博麗の巫女よ」

「……はい」

 

 博麗の巫女の継承式が完了し、先代の巫女――博麗霊夢――に代わって静かに告げた紫に、美咲はこくりと頷いた。

 彼女は花柄の着物から、脇が開いた博麗神社伝統の巫女服に着替えていたが、その表情は未だに晴れない。

 

「紫様、本当にこうするしかなかったのでしょうか……?」

「美咲。同じことを何度も言わせないで。貴女に役目を果たしてもらわないと困るわ」

「……そう、ですよね。私をここまで鍛えてくださった霊夢様の為にも……。ああ、私の晴れ姿を見て貰いたかったなぁ」

 

 しばらく重苦しい空気が流れた後、美咲は意を決したように立ち上がり、誓いを立てる。

 

「……決めました。私は生涯をかけて霊夢様達を捜します。あんなお別れなんて嫌ですから……」

「私もできる限りの手を尽くすわ」

 

 

 

 

 ――西暦2008年4月12日午後3時――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地――

 

 

 

 二日後。

 小春空が広がる心地よい日の事。藍の報告を受けた紫は、魔法の森だった場所の入り口に足を踏み入れていた。

 

「ここが……魔法の森なの……?」

「はい」

 

 目の前の光景に唖然としながら問いかける紫に、藍は小さく頷いた。

 かつてマナと瘴気で満ち溢れた奇妙で鬱蒼たる森は消滅し、剥き出しになった大地は砂に埋もれ、雪のように白く染まっていた。

 藍の傍には異変を聞きつけて集まった美咲、隠岐奈、董子、文の姿があり、奥ではパチュリーが顎に手を当てながら歩き回っている。彼女は時折しゃがみ込み、砂地を触りながら考え込んでいた。

 

「一体何があったらこうなるのよ?」

「目撃証言によりますと、今から15分程前、魔法の森上空に大穴が開き、あっという間に全てを呑み込んでしまったそうです」

 

 淡々と説明する藍に対し、董子は興奮気味に語る。

 

「そうなのよ! 私その時たまたま人里にいたんだけど、魔法の森がまるで掃除機みたいに根こそぎ吸い上げられちゃったわ。しかもその中に、森近さんのお店やマリサっちの家も含まれていたのよ!」

「彼女の証言によると大穴が開いていたのは3分程度だったそうです」

「他の住人は無事なの? 私の記憶ではアリスとマリサ以外にもいた筈だけど」

「森近霖之助と矢田寺成美は現在人里に避難しています。事件発生当時は外出していたようで、目立った外傷はありませんでした」

「それは不幸中の幸いね」

「ただ、強い精神的打撃を受けたようで、かなり落ち込んでいる様子でした」

「藍、二人の仮初の住居と当面の生活費を手配しなさい」

「かしこまりました」

 

 藍は人里に繋げたスキマを開き、中に入っていった。

 

「……空に開いた大穴に、全てが消えた魔法の森か。解せんな」

「とんでもないことになりましたねぇ。霊夢さん、マリサさん、アリスさんの失踪といい、ここの所シャレにならない異変が起こりすぎですよ」

「この規模の空間崩壊には必ず前兆がある筈。私が事前に察知できない筈がないわ」

「紫様の認識を超えていたなんて……一体何が起きているのかしら。先週私の神社に開いた時間の境界と何か関係があるのでしょうか?」

「――あ!」

 

 美咲の何気ない呟きに、菫子は思い立ったように声を上げた。

 

「そういえばさっきの大穴、時間の境界に似ていたわ!」

「菫子さん。それは本当ですか?」

「空から写真を撮ったのよ。ちょっと待ってね……」

 

 董子はポケットからスマホを取り出し、操作した後画面を見せる。

 

「ほら、これ見て!」

 

 パチュリーを除く全員の注目が集まった。

 画面には、魔法の森の上空をくりぬく深淵の穴が開き、無数の木々と損壊した建物が宙に舞っている瞬間が収められていた。

 

「私四日前に博麗神社に寄ったんだけど、その時に見た大穴と形が似ていたし、肌に纏わりつくような嫌な雰囲気がそっくりだったのよね」

「確かに、言われてみれば似てますね」

「時間の境界……か。紫、お前はどう見る?」

「この画像だけでは断定できないけれど、私が調べた限りでは、ここと博麗神社上空に開いた境界の痕跡は共通点が多いわ」

「ふむ……」

 

 隠岐奈は難しい顔で考え込んでいた。

 

「菫子さん、明日の記事に使いたいのでこの写真をもらえませんか? 決定的な瞬間に立ち会えなかったので、困っているんですよ」

「構わないわよ。後で印刷して持っていくわね」

「ありがとうございます!」

 

――他に何か手掛かりはないかしら?

 

 文と菫子が約束を交わす中、紫が周囲を見回すと、少し離れた場所でしゃがみ込むパチュリーが目に留まる。彼女は目を閉じながら砂地に右手を当てていた。

 

――あら? 彼女は確か、紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジよね。

 

 そんな紫の思考を読んだかのように、隠岐奈は口を開く。

 

「彼女は私が呼んだんだ。魔法の森の異常現象なら、専門家の意見を伺うべきだと思ってな」

「ふ~ん……」

 

 紫はパチュリーに歩み寄り、声を掛けた。

 

「調査は進んでいるのかしら?」

 

 彼女はゆっくりと立ち上がり、手の砂を払いながら答える。

 

「あら、八雲紫も来ていたのね。まだ不明な点はあるけれど、魔法の森が砂の大地になった原因は特定できたわ」

 

 彼女の発言に皆が集まり、言葉を待った。

 

「結論から言うと、マナの枯渇が原因よ」

「マナの枯渇……大地の生命力の消滅ということか?」

「ええ。これだけ大規模なマナの流出現象は前例が無いわ」

「元の状態に戻りそうかしら?」

「絶望的ね。自然の法則が根源から破壊されてしまっているから、再生も見込めないでしょう」

「……それは厄介だな」

「そうね。最悪の場合放棄せざるを得ないでしょう」

「え? あの、どういうことなんですか?」

 

 顔を顰める賢者達に対し、美咲が可愛らしく首を傾げながら疑問を口にすると、パチュリーは補足説明を始めた。

 

「例えるなら自然治癒力ね。私達には生まれながらにして怪我や病気を治す力が備わってるわ。それは私達が生きる大地も同じ。特に魔法の森は大気中に溢れんばかりの豊富なマナの影響で、他の土地に比べて生命力が強いのよ。仮に火を放ったとしてもすぐに元通りになるわ」

 

『でたらめみたいな話ね』と感心する菫子をよそに、パチュリーは語り続ける。

 

「けれど今の魔法の森は、自然の法則が破壊されてマナが枯渇した状態――先程の例えで言うと、怪我や病気のまま〝回復″という過程に移行できないのよ」

「風邪をひいたらずっと風邪のまま、擦り傷を負ってもかさぶたができないままってことでしょうか?」

「そうよ」

「そんな……」

 

 美咲は事の重大さを理解したようで、目に見えて気持ちが沈み込んでいた。

 一方で、パチュリーの説明を一字一句メモに取っていた文は、万年筆の尻軸をマイクのように向けながら質問をぶつける。

 

「自然治癒力が失われてしまったのであれば、薬を投与すればよいのでは?」

「私も同じことを考えたけど駄目ね。土台が完全に腐ってしまっている。魔力をつぎ込んでも定着せずにすぐ霧散してしまったわ」

「ふんふん、なるほど」文は再び筆を走らせた。

「こんな事、世界(幻想郷)が壊れる程の魔法か、天変地異でも起きない限り有り得ないわ。目撃者の談では、空に開いた大穴によって魔法の森が呑み込まれたのよね?」

「ええ、そう。これが証拠ね」

「私達もこの現象について議論を交わしていたところでな、先週の5日~10日に博麗神社の空に出現した時間の境界ではないか? という意見が出ている」

 

 菫子はパチュリーにもスマホの画像を見せ、隠岐奈は補足するように口を開いた。

 

「時間の境界……時間…………もしかして!」

 

 画像を穴が空くほど見つめていたパチュリーは何かを閃き、手元に展開した小さな魔方陣から栞の魔符を召喚する。

 

「もしもしレミィ? こっちに咲夜を派遣してもらえないかしら。魔法の森の件で確かめたいことがあるの。……ええ、ええ。すぐに分かるわ。お願いね」

 

 耳から魔符を離して一息吐くと、日傘を差した咲夜が彼女の隣に出現。突然の招集にも関わらず、涼しい表情で訊ねた。

 

「お呼びですか? パチュリー様」

「咲夜、貴女の力を貸してもらえないかしら」

 

 そう切り出したパチュリーは、ここまでの話を簡潔に伝えた。

 

「時間の境界ですか。それで私に白羽の矢が立ったのですね。何をすればよろしいのでしょうか?」

「貴女の能力でこの一帯の〝時間″を調べてちょうだい。もし私の推測が正しければ、〝停止″している筈よ」

「かしこまりました」

 

 咲夜は背を向け、懐中時計を差し出した。

 

「これは……! まさか――」

 

 傍目から見ればなんてことのない動作だったが、異常事態を察知した様子の咲夜は竜頭を押した。

 軽く打つ音の刹那、少し離れた場所に出現した彼女は、難しい顔で砂の大地を睨みつけている。

 

「…………」

 

 その後も、竜頭をひねる音と同時に往来を繰り返し、紫達の視点からは瞬間移動しているような錯覚を与えていた。

 

「一体何をしてるんでしょうかねぇ」

「さあ?」

 

 やがてパチュリーの隣に戻って来た咲夜は、動揺を隠せない様子で口を開く。

 

「……信じられません。パチュリー様の仰る通り――いえ、それ以上のおぞましい事態に陥っていました。〝停止″ならどれほど良かった事か……」

「貴女の見解を詳しく聞かせてもらえるかしら?」

「今の魔法の森は未来が完全に奪われ、時間の終着点に至っています。言ってみれば、この星の成れの果てですわ」

「! なんてことなの……」

「……」

「ちっ、とんでもない置き土産を残していったな」

 

 強い衝撃を受けた様子のパチュリー。静かに目を見開く紫。舌打ちする隠岐奈。

 

「すみません咲夜さん。時間の終着点とは?」

「森羅万象全てが行きつく絶対的な結末。直接的な表現では〝死″という言葉が適切ね」

「なんと!」

 

 深刻そうに語る咲夜に、文と美咲は息を呑んだ。

 

――〝停止″なら動き出せば未来に向かって進むけれど、〝死″の先には成長も停滞も退行も無く、あらゆる可能性が閉ざされる……。

 

 紫は1000年近く旧い昔、生気を吸う桜の木の下で命を絶ち、現在は白玉楼で亡霊となって死後の生を謳歌する旧友を思い浮かべていた。

 

「魔法の森が在りし日の姿を取り戻すには、時を巻き戻すか事象の初期化しか方法が無いわ。そしてそれが可能なのは、時を移動する〝彼女″だけ。……時間の境界とは恐ろしいものね。囚われたら最後、迷いの竹林の奥に住む蓬莱人でもなければ、時の呪縛からは決して逃れ――!?」

 

 咲夜はそう言って言葉を切った。

 紫達に向かって見解を述べていた彼女は、一瞬の内に驚愕を貼り付けた表情で春空を見上げている。この場の誰もが、話の最中に時間を止めた事を理解したことだろう。

 

「どうしたの咲夜?」

「…………」

 

 パチュリーは気遣いの声を掛けるものの、咲夜は目が釘付けになったまま微動だにしない。不審に思ったパチュリーと紫は空を見上げたが、ただの青色が広がっているだけだった。

 

「………………いえ、何でも、ありませんわ。とにもかくにも、今回の異変に〝時間″の影響が及んでいることは間違いないでしょう」

 

 長い沈黙の末にようやく目線を戻した咲夜は、何事もなかったかのように冷静に振舞っていたが、その態度は、親交の浅い紫でさえも違和感を覚えるものだった。

 

――へぇ。

 

「霊夢様達はご無事でしょうか……」

「またお会いできる日が来ればいいですけどねぇ」

「紫、どうするつもりだ? 幻想郷の存続どころか、世界の在り方すら揺るがす〝彼女″の所業は看過できんぞ」

「その結論に至るのは早計よ。まずは事情を聞くべきだわ。マリサの話では、西暦215X年9月22日に時間移動したらしいの。その日になるまで待ちましょう」

「ふん、随分と苦しい釈明だが、現状ではそれ以上は望めないか。やれやれ、随分と気の遠くなる話だな」

「会ってみたいけれど、その時代にはもう私は死んでいるわね」

 

 菫子は遠い未来に思いをはせるように呟いた。

 

「時間の境界が開く場所と、時間が奪われる現象の発生条件が気になりますね。幸い私の神社は無事でしたが、これから先もし人里に開いてここと同じ現象が起きたらと考えると……」

「マナの搾取は生命力の低下を意味するわ。間違いなく全滅するわね」

「残念ながら時間の境界を未然に防ぐことはできないけれど、対策方法ならあるわ。時間の境界が開いた時、私と隠岐奈の力でその地域を異空間に隔離すればいいのよ」

「確かにそれが妥当な方法だろうな」

「これからは今まで以上に幻想郷内の空間強度に目を光らせる必要があるでしょう。監視の目をより強化することにします。美咲。今回の異変は未解決事件として私が預かるわ」

「かしこまりました」

 

 そして紫は全員の顔を見ながら「貴女達、今日聞いた話は他言無用よ。もちろん未来の魔理沙の存在もね」と告げた。

 

 

 

 

 集まった人妖が帰路に就き、先程までの喧騒が嘘のように静寂が訪れた魔法の森跡地にて、一人残った咲夜は、砂の大地を眺めながらしばらくの間思索に耽っていた。

 彼女が醸し出す物憂げな雰囲気は、クールビューティーな風貌と相まってミステリアスな印象を与え、見る者の心を惹き付けてやまない。それはこの場に居ながらここに居ない少女も例外では無かった。

 

「……いつまでそうしているつもり?」

「あら、気づいていたの」

 

 咲夜が警戒心を抱きながら振り返ると、彼女の正面に境界が開き、隠れていた紫が完全に姿を現した。

 

「私に何か用?」

「ねえ、貴女はあの時何を見たの?」

「……何のことかしら」

「ふふ、とぼけても無駄よ。貴女は上手く仮面を被っているつもりかもしれないけれど、まるで見てはいけないものを見てしまったような恐怖、葛藤、苦悩が滲み出ているわ。私だけではなく、紅魔館の魔女も気づいていたことでしょう」

 

 心意を探るような言葉に、咲夜は眉を顰める。

 

「貴女には関係ないわ。そもそも私達は互いに心を許し合うような間柄ではないでしょう?」

「最もね。この質問は私に芽生えた好奇心。無理に訊くつもりはないわ」

 

 敵意を向けられても飄々とした態度を崩さない紫に、咲夜は僅かに逡巡した後に口を開く。

 

「一つ聞かせてもらえるかしら」

「答えられる範囲内なら構わないわ」

「八雲紫。貴女はタイムトラベラーの魔理沙についてどう思っているのかしら?」

 

 警戒するような、見定めるような視線を送る咲夜に、紫は迷わず答える。

 

「先程も話した通り、彼女の事情を聞いた上で適切に処断する――幻想郷の賢者として、然るべき対応を取るだけよ」

「いいえ。私が訊ねたいのは、〝幻想郷の賢者″ではなく、〝八雲紫″という妖怪の私心よ」

「……その問いは無意味よ。幻想郷の存続が私達の使命。そこに私情を挟むわけにはいかないの」

 

 紫は静かに目を伏せた。

 

――そう、たとえ何があってもね。

 

 紫の脳裏には、今から1757年前、まだ無力な妖怪だった頃に触れ合った金髪の少女(霧雨魔理沙)との記憶が思い浮かんでいた。

 彼女は紫が妖怪であると知りながらも、親身になって世話を行い、自立する術を授け、人生の指針を与えた。ひと月にも満たない僅かな期間だったが、紫は彼女を通じて人の温もりを知り、元から抱いていた人間と共に歩む決意をより確固たるものにしたのだ。

 幾星霜を経て、大妖怪として畏れられるようになった今でも、彼女と過ごしたかけがえのない日々は深く心に刻まれている。

 

「……ふふ、そう。どうやら貴女も魔理沙に思う所があるみたいね。いいわ。貴女の問いに答えましょう」

 

 紫の心情を汲み取った咲夜は、信用に足ると判断したのか、警戒心を緩めて微笑みを見せた。

 

「実はあの時――」

 

 咲夜が語った話は、紫でさえも驚きを禁じ得ない内容だった。

 

「なんてこと……! それが事実なら、私達に未来は無いじゃない……!」

「より正確には誰も認識できなくなるのでしょう。タイムトラベラーの魔理沙と、時の回廊の〝私″を除いてね」

「…………」

「八雲紫。私は201X年6月6日の夜、白玉楼で彼女と会う約束をしているわ。その時に問いただしましょう」

「! ええ、そうね」

 

 二人は約束を取り交わし、咲夜は時を止めてこの場から立ち去り、紫は境界の中に消えていった。



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第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)

今回の話は第156話 霊夢とマリサの歴史④~⑤のエピソードを一部引用しています


――西暦201X年6月6日午後9時――

 

 

 

――幻想郷、冥界・白玉楼――

 

 

 

 時刻は西暦201X年6月6日午後9時、場所は冥界・白玉楼。

 永遠に晴れることのない分厚い雲に覆われた空、鳥のように自由に飛び回る人魂。心を冷やす陰気な風。季節を問わず妖しく咲き誇る無数の桜。

 お世辞にも居心地が良いとは言えない死の土地を訪れた咲夜は、現世(幻想郷)に続く果てしない下り階段を背に、白玉楼の長屋門を見上げていた。

 

「…………」

 

 どことなく硬い表情の彼女を境界の中から観察する紫は、心の中で呟く。

――あの日から約9年2ヶ月。遂にこの時が来たわね。

 

 紫は咲夜が白玉楼を訪れる前、事前に境界の中から見守る旨を伝えている。彼女の約束に対する配慮と、タイムトラベラーの魔理沙を見極める為に。

 

「……」

 

 ふと、咲夜と目が合った。

 境界の中に隠れ潜む紫は視覚・聴覚・気配が完全に消えているのだが、彼女は〝そこ″にいる事を確信しているかのようにじっと見つめている。

 

――何故か彼女にはいつも見つかってしまうのよね。能力が関係しているのかしら?

 

 紫も視線を外さずにいると、やがて長屋門の奥から妖夢が姿を現す。

 彼女は首にタオルをかけ、顔が火照り僅かに息が乱れている。どうやら日課の鍛錬を重ねている最中だったようだ。

 

「こんな夜遅くにどうしたの? ここは貴女とは無縁の場所よ」

 

 怪訝な顔で不思議そうに訊ねる妖夢に、咲夜は彼女を見ながら答える。

 

「今晩ここで会う約束をしている方がいるの。待たせてもらってもいいかしら?」

「そうなの? 構わないわよ」

「ありがと。ついでに訊ねたいのだけれど、私以外に誰か来なかった?」

「お昼過ぎに紫様がお越しになられただけね」

「そう」

 

 咲夜は境界の中に隠れる紫を横目に見た後、妖夢を背に鏡柱に寄りかかり、腕を組んで階段を見下ろした。

 

「……」

 

 彼女の淡泊な態度に妖夢は何か言いたげな様子だったが、踵を返して敷地内に戻っていった。

 

 

 

「……魔理沙、来ないわね」

「そうね」

 

 境界の中から発した紫の言葉に、咲夜は懐中時計に目を落としながら短く返した。

 

「何時に来るか分からないの?」

「〝夜″としか言わなかったわ」

 

 あれから一時間が経過するも、未来の魔理沙は未だに現れず、二人は暇を持て余していた。

 最初こそ正座しながら注視していた紫も、今ではうつ伏せになって肘を付き、鈴奈庵から借りた雑誌を読んでいた。 

 そんな折、白玉楼から足音が聞こえてくる。二人が意識を向けると、白装束の寝巻に着替えた妖夢が近づいてくるのが見えた。

 彼女は咲夜の隣に立ち止まると、顔を見上げながら心配そうに訊ねる。

 

「咲夜、まだ待ち人はいらっしゃらないの? あれからもう一時間も経ってますよ?」

「残念ながらね。迷惑だったかしら」

「いえ! そんなつもりではありませんが……」

 

 妖夢はおじおじとした様子で「もしよろしければ屋敷内で休まれてはいかが? ずっと立ちっぱなしでいるのは大変でしょう?」と提案する。

 

 階下と白玉楼、更に紫が隠れ潜む境界に視線をやり、数秒程逡巡した咲夜は「……ええ。お言葉に甘えさせてもらうわ」と答え、彼女の後に続いて門をくぐっていった。

 

 

 

「日本茶です。どうぞ」

「感謝するわ」

 

 咲夜は妖夢のお盆から湯気が立つ湯呑を受け取り、味わうようにゆっくりと喉を潤していく。

 彼女は白玉楼の縁側に座布団を敷き、幽雅な日本庭園と出入口を一望できる恰好の位置に座っている。

 

「素敵な庭ね。いつも貴女が管理しているの?」

 

 立ち去ろうとした妖夢に訊ねると、彼女は足を止め、咲夜の右隣に座る。

 

「はい。私はここ白玉楼の庭師であり、幽々子様の剣術指南役とお世話係も兼ねているわ。幽々子様はあの橋の上から庭を眺めるのが好きなんです」

「へぇ、そうなの」

「もう数百年も前の話になりますが、元々は先代の庭師、私のお師匠様が幽々子様の意向を汲んで設計されたそうなのよ」

「彼女もそうだけど、貴女のお師匠様も中々いいセンスしてるのね」

「……そうね。お師匠様はとても偉大な方だったわ。あの方に追いつくために日夜精進しているけど、庭師として、そして剣士としても半人前の私にはまだまだ背中が遠いわね……」

 

 ぽつぽつと語る妖夢の話を、咲夜は真剣に聞いていた。

 

「あ、あはは、なんだかごめんね。私の話ばかりで」

「気にしなくていいわ。暇つぶしにはなったから」

 

 空笑いを浮かべる妖夢に対し、咲夜はクスリとも笑わずに湯呑を口に付ける。既に半分近く中身が減っていた。

 そんな彼女にバツの悪さを感じたのか、妖夢は話題を変えるように。

 

「と、ところで咲夜は誰を待っているの? 知っての通りここは死者が集う土地。幾ら吸血鬼が強大な生命力を持つとはいえ、一度土に還った者が現世に甦ることはないし、むやみに長居することもお勧めできないわ」

 

 咲夜は妖夢の反対側、紫が隠れる境界に目配せする。

 その意図を汲んだ紫が「妖夢は信頼できるわ。教えてもいいわよ」と彼女の耳元で囁くと、咲夜は妖夢に顔を向けた。

 

「私はここで魔理沙と待ち合わせているのよ。もちろん、彼女は生きているわ」

「マリサ……随分と懐かしい名前だわ。霊夢、アリスと共に行方不明になってからもう9年になるのね」

「いいえ。私が約束した魔理沙は、私達が知るマリサではなくて、140年後に暮らす魔理沙よ」

「140年後? ……もしかして、一昔前に存在が噂されていたタイムトラベラーの魔理沙のこと?」

「ええ。10年前にちょっと色々あってね。でもこんなに待ちぼうけすることになるのなら、別れるときに詳細な時間指定をしておくべきだったわ。失敗ね」

 

 咲夜は長屋門の出入口に視線をやりながら、不機嫌な表情で毒づいた。

 

「まさか噂が本当だったなんて……。ひょっとして霊夢達が行方不明になった時間異変の黒幕という話も……?」

「どうかしらね。私には彼女の仕業とは思えないわ」

「何故そう言えるの? 彼女の性格なら異変を起こしそうな気もするけど……」

「私達が接してきたマリサと、未来の魔理沙は辿った軌跡が違うわ。彼女はね、霊夢の命を助ける為に150年掛けて時間移動魔法を完成させたらしいの」

「150年……! 途方もない時間ね」

「それだけ強い想いを抱く魔理沙が、霊夢を危険に晒すような行動をとるとは考えにくいわ。それは私達が知っているマリサも同じよ」

「確かにそうね。失言だったわ」

「謝らなくていいわよ」

 

 会話が止まり、両者の間に沈黙が訪れる。

 微かに響く川のせせらぎと、鹿威しの澄んだ音が聞こえる世界の中で、彼女らは一心に長屋門を注視していた。

 

「…………それにしても、一向に来る気配がないわね」

「そうね」

 

 咲夜は一言答えて、再び口を閉ざす。

 彼女はお茶を味わいながらぼんやりと庭園を眺め、妖夢は背筋良く長屋門をじっと見つめている。

 

――なんか硬い雰囲気ね。ふふっ、ちょっとイタズラしちゃおうかしら。

 

 魔が差した紫は妖夢の背後に小さな境界を開くと、そこから右手を伸ばし、彼女のうなじをそっとなぞる。

 

「ひゃああっ!」

「!?」

 

 甲高い声で飛び上がる妖夢に一瞬驚く咲夜。妖夢はすぐさまうなじに手を当てて背後を振り返ったが、既に境界は閉じられており、あるのは木目の廊下と障子ばかり。

 

――うふふ、可愛い反応ね。

 

 紫は境界の中で愉快な笑みをこぼしていた。

 

「急にどうしたの妖夢?」

「い、今! 誰かが私のうなじを触ったのよ!」

「誰かって言われても、この場には私と貴女しかいないじゃないの」

「ま、まさか幽霊……?」

 

 みるみるうちに青ざめていく妖夢。続けて紫は彼女の背後に小さな境界を開き、右手の指先で背中を一回軽く突く。

 

「わあぁぁっ! やっぱり何かいる!!」

 

 閉じる境界。振り返りながら動転する妖夢に、咲夜は呆れながら「幽霊なんてここじゃ珍しくないでしょう。もしかして貴女……怖いの?」と訊ねると。

 

「そ、そんな訳……」目に見えて動揺している妖夢は何かを思い立ったように「はっ! 貴女の仕業でしょ!?」と咲夜を指差した。

「何を言ってるのよ。私はずっと隣でお茶を飲んでいたじゃない」

「貴女の能力なら私の背後に一瞬で回り込んで元の位置に戻ることくらいできるでしょう!? 心臓に悪いイタズラはやめてね?」

「……はぁ」

 

 咲夜はため息を吐きながら紫の隠れる境界を睨む。その視線は『まだ同じ事をするつもりなら暴露するわよ』と訴えているようだった。

 

――確かに、これ以上イタズラしたら妖夢が可哀想ですし、自重することにしましょう。

 

 紫は再び二人の観察に戻る事にした。

 

「ところで妖夢。ここで私と喋っててもいいの? 貴女は貴女で自分の役目があるのではなくて?」

「もう今日の仕事は終わっているので心配には及ばないわ。それとも迷惑だった?」

「いいえ、少し気になっただけよ」

 

 素っ気ない返事をした咲夜は、再び正面を向き、緩やかな川の流れを見つめる。

 

「そうだ。いい事思いついたわ」

「?」

「ちょっと待ってて!」

 

 妖夢は何かを思い立ったように席を離れ、襖を開けて奥へと引っ込む。二分後、襖が再度開き、縁側に戻って来たその両腕には将棋盤と駒台が抱えられていた。

 彼女は腰を屈め、咲夜の隣に将棋盤を降ろす。

 

「咲夜、良かったら一局やらない? ただぼんやりと待つより有益な時間を過ごせると思うわ」

「ふふ、そうね。いいわ、相手になりましょう」

 

 咲夜は僅かに表情を和らげ、将棋盤を挟んで妖夢と面するように正座し、盤上に山盛りに積まれた駒を彼女と一緒に並べていく。

 そして完全に並び終わったところで、「先手は譲るわ」と咲夜が発し、二人の対局が始まった。

 

 

 

――西暦201X年6月6日午後11時58分――

 

 

 

――幻想郷、白玉楼――

 

 

 

「王手。これで詰みよ」

「む、むむぅ……!」

 

 咲夜が指した金将を食い入るように見つめる妖夢は、唇をぎゅっと噛みしめた。

 現在の局面は、自陣の駒で逃げ道が塞がれた玉将の前に金将が指されており、頭金の状態になっている。

 妖夢は盤上をくまなく見ながらしばらくの間唸っていたが、詰みを逃れる手は無く、ガックリと肩を落とす。

 

「ま、負けたわ……」

「ふふ、今回も私の勝ちだからこれで三戦三勝ね」

 

 咲夜は金将で玉将を取り、笑みをこぼした。

 

「もう一局! もう一局お願いよ!」

「えぇー? 流石に集中力が切れてきたわ。休憩させてちょうだい」

「なっ! もしかして勝ち逃げするつもりなの!? そんなの卑怯よ!」

「貴女ねえ……」 

 

 妖夢の負けん気の強さに呆れた様子で懐中時計を確認すると、時刻はちょうど午前0時を回ったところだった。

 

「あら、熱中している間にもう0時過ぎていたなんて」

「もうそんな時間だったのね。なんだかあっという間だった気がするわ」

 

 妖夢はキョロキョロと辺りを見回し、「……結局魔理沙は現れなかったわね」と残念そうに呟く。

 

「はぁ、やれやれ、まさか約束を破るなんてね。私の見立てが間違いだったのかしら。貴女はどう思う?」

「さて、どうでしょう」

「え?」

 

 咲夜が誰もいない庭園に向かって問いかけると、呆気にとられる妖夢の前に境界が開き、紫が登場した。

 

「ゆ、紫様!? いつからいらっしゃっていたんですか!?」

 

 先程までフランクだった妖夢は、一転して口調が変わり改まった態度になった。

 

「こんばんは妖夢。咲夜が白玉楼に来た時から見ていたわよ」

「そんな、遠慮なさらずに声を掛けてくだされば良かったのに。……あっ! もしかして、少し前に私の身体を触ったのは紫様ですか?」

「ええ、そうよ」

「もー酷いじゃないですか! 本当にビックリしたんですからね!」

「うふふ、ごめんなさいね。貴女達の雰囲気が硬かったからイタズラしちゃったのよ」

 

 困り顔の妖夢に、紫は微笑みながら謝った。

 

「ところで紫様は何の御用ですか? 幽々子様は既にお休みになってますが……」

「私も咲夜と同じくタイムトラベラーの魔理沙を待っていたのよ」

「そうでしたか。紫様、あの異変からもう9年になりますが、進展はありましたか?」

「全然駄目ね。時間の境界も2008年4月12日を境に全く現れなくなったし、率直に言ってお手上げよ。だから咲夜の情報を頼りにしていたんだけどね」

「そうだったんですね。状況的には未来の魔理沙が約束を破ったか、あるいはその……咲夜が嘘を吐いていたかの二択になりますが……」

 

 妖夢はきまりが悪そうに視線を逸らし、尻すぼみに言葉を濁したが、咲夜は泰然自若としていた。

 

「まあ疑われても仕方ないわ。証拠は何もないし」

「いえ、恐らく咲夜は真実を言っているのでしょう。未来の魔理沙が姿を見せなかった理由について大体の見当は付くわ」

 

 紫の発言に咲夜と妖夢の注目が集まる。

 

「9年前のあの日、マリサはタイムトラベラーの魔理沙の時間移動を〝歴史の上書き″と表現していたわ。この理論に基づくなら、咲夜が会った時刻の魔理沙よりも更に未来の魔理沙によって、〝魔理沙が昨日に時間移動する″という歴史が書き換えられた――と考えられない?」

「なるほど。そうなると、215X年9月22日に魔理沙と会えるかも怪しくなってくるわね」

「もはや未来の情報は当てにならないわ。それどころか、私達の知らない時間に彼女が来る可能性だってあるでしょう」

 

 紫が下した結論に異を唱える少女はいなかった。

 

「未来は誰にも分からない……ってことですね」

 

 妖夢は幽雅な日本庭園を見ながら、ポツリと呟いた。

 

 

 

 ――西暦2021年2月21日午後1時30分――

 

 

 

 ――紫の心象世界――

 

 

 

 夜のように暗く、海よりも深く、天も地も無い、あらゆる境界が取り払われた世界の中心に紫は浮かぶ。彼女は何も語らず、何も飾らず、深い微睡みに落ちている。

 ここは彼女の意識の奥深く。夢の支配者ですら観測不能の心象世界。ここにいる彼女は紫の精神体であり、現実の肉体は自室の布団で眠りに就いている。

 現在の彼女は冬眠中であり、肉体・精神共に生命活動を必要最小限まで落として英気を養っている。全ては春からの活動に向けて。

 そんな絶対不可侵の領域内に変化が生じる。

 彼女の前に夢と現の境界が開き、藍が出現。文字通りの意味で心の中に土足で踏み入る行為だったが、無意識の防衛機構は異物を拒絶することなく、自らの一部であるかのように受け入れた。

 

「紫様」

 

 藍の静かな囁きは波紋のように広がり、紫の精神はほんの僅かに覚醒する。

 

――どうしたの藍? まだ春ではないのでしょう?

 

 紫の心の声は世界に反響し、藍の鼓膜を震わせる。

 

「お休み中の所申し訳ございません。紫様に至急お耳に入れたいことがございます」

 

――聞きましょう。

 

 従者の深刻な雰囲気を感じ取った紫は、精神の覚醒を更に進行し、半目で彼女を見据えた。

 

「本日2021年2月21日午後1時30分、博麗神社上空に時間の境界が開き、2008年4月5日に行方不明になった博麗霊夢と霧雨マリサが帰還しました!」

 

――なんですって!?

 

 紫の驚喜に連動して世界はざわめき立ち、藍を容赦なく襲うが、彼女は涼しい表情で受け流す。

  

「詳しい話は博麗神社にいる本人の口からお聞きください。彼女達は再び時間の境界に旅立とうとしています」

 

――ありがとう藍、すぐに起きるわ。咲夜にも同じ話を伝えてちょうだい。

 

「かしこまりました」

 

 藍は一礼した後、夢と現の境界を開いて現実に戻る。

 そして紫が覚醒の意思を示すと、暗闇に覆われた世界に光が差し込み、崩壊していった。

 

 

 

 

 目覚めた紫は大急ぎで――能力を用いつつ――身支度を整え、博麗神社に境界を繋げる。

 この年は日本列島が大寒波に襲われたこともあり、降雪地帯では例年よりも雪が深く、幻想郷は一面の銀世界となっている。

 現在も雪はしんしんと降り続いているが、博麗神社だけは雲の下に開いた時間の境界によって一時的に止んでいた。

 丹念に除雪された境内には、消息不明になった日と全く変わらない霊夢とマリサの姿。

 マリサは八卦炉をストーブのように用いて付近の温度を上げており、霊夢は、感涙の涙を流しながら縋り付く美咲を優しく抱きしめていた。

 

「うぅ、霊夢様……! 本当に良かった……心配したんですよ!」

「心配かけてごめんなさい、美咲。立派になったわね」

「霊夢様……! うぅぅっ」

「もう、貴女っていつからそんなに泣き虫になったのよ?」

 

 霊夢は母親のような慈愛に満ちた表情で美咲の頭を撫でていた。妙齢の女性が一回り年下の少女に縋りつく光景はアンバランスな印象を与えるが、こと幻想郷においては珍しくない。

 二人の近くには防寒具を着込んだ咲夜と隠岐奈が集まり、温かい目で見守っている。

 

――ああ、本当に……帰ってきたのね……!

 

 境界から降り立った紫もまた、静かに再会の喜びを噛みしめていると、気配に感づいた隠岐奈と咲夜が声を掛ける。

 

「目覚めたか紫」

「久しぶりですわね」

「ごきげんよう」

 

 紫は挨拶を返した後、隠岐奈に訊ねる。

 

「時間の境界の状態はどうなってるの?」

「今の所安定しているが、万一に備えて隔離の準備は済ませてある」

「ありがとう」

 

 隠岐奈の意図を汲み取り――幻想郷の要たる博麗神社の隔離による世界(幻想郷)への影響――軽くお礼を述べた紫は、渦中の二人に声を掛ける。

 

「霊夢、マリサ」

「あら、紫じゃない」

「なんだ? この時期は寝てるんじゃないのか?」

「貴女達が帰ってきたと聞いて慌てて起きたのよ。早速だけど話を聞かせてもらえないかしら?」

 

 紫が単刀直入に切り出すと、場の空気を察した美咲は霊夢から一歩離れた。

 

「結果から言うと、この異変はまだ解決していないわ」

「あの後私と霊夢は不思議な場所に迷い込んだんだ。そこは桜、砂漠、紅葉、雪の景色が同時に存在していてな、四季の光景を見下ろすように果てしない一本の道が通っていた」

「多分だけど、私達は時の回廊って場所に迷い込んだんだと思う」

「時の回廊? なんだそれは?」

 

 眉をひそめる隠岐奈の問いに、霊夢は「私も詳しくは知らないんだけど、未来の魔理沙の話では私達の世界とは時間の流れが違う高次元世界で、この宇宙の過去から未来まで繋がっているらしいわ」

 

「なるほど、そんなモノがあるのか」

 

 隠岐奈は納得した様子で、再び聞き手に戻った。

 

「あいつの話じゃ、時の回廊を使えるのは私だけとか言っていたが、実態は――――――――だったからな」

「!!」

「最早まともに機能してるかどうか怪しいもんだぜ」

 

 マリサの言葉に紫と咲夜は衝撃を隠せなかった。

 

「私達は咲夜……」霊夢はちらりと咲夜を見た後「時間の神様の方の咲夜を捜したんだけど、見つからなくってね。代わりに飛ばされていくアリスを見つけたのよ」

「私達はすぐにアリスを捕まえようとしたんだが……時の回廊の中だと思うように動けなくてな。目の前に突然現れた渦のようなモノに吸い込まれて、気づいたらこの時間の博麗神社に辿りついていたって訳さ」

「そうだったのね……」

 

――時の回廊……ね。未来の魔理沙の謎は深まるばかりだわ。

 

「私の体感時間的には5分も経ってないのに、こっちじゃ12年も経過してて驚いたぜ。浦島太郎になった気分だ」

「童話の中では700年経過していたそうよ。たった12年で済んだのは幸運じゃない?」

「ははっ、そうかもな」

 

 紫はマリサと咲夜の会話を聞きつつ、そんなことを考えていた。

 

「それとね紫、一つ気になる事があったのよ」

「どうしたの霊夢?」

「私達がこの時間に弾き出される直前、外来人っぽい恰好の茶髪と金髪の女性を見かけたんだけど、金髪の女性が貴女に似ていたのよ」

「私に?」

「ええ。一瞬あんたと勘違いしちゃったくらい。残念ながら名前は分からなかったんだけど、彼女は茶髪の女性を〝れんこ″と呼んでいたわ」

「れんこ? それって……」

「響きが菫子(すみれこ)に似てると思わない? 紫似の女性に『れんこ』って名前……私にはこれが偶然とは思えないのよ」

「確かに気になるわね。今確認するわ」

「本人に訊くのか?」

「もっと確実な方法があるわ」

 

 紫は横を向き、顔の近くに小さな境界を開いて「藍ー! 宇佐見菫子の調査ファイルを持ってきてー!」と呼びかける。即座に彼女の前に境界が開き、一冊のファイルを持った藍が現れた。

 

「こちらで間違いありませんか?」

「ええ。ありがとう」

 

 受け取った紫は境界の中に消えた藍にお礼を述べた後、ファイルをめくっていき、あるページで止める。

 

「私が調べた限りでは、過去から現在まで宇佐見菫子の親戚縁者、交友関係に『れんこ』って名前の女性はいないわよ」

「そう。やっぱりただの偶然なのかしら」

「お前……それプライバシーの侵害じゃないのか?」

「過去にあれだけの異変を起こしたんですもの。身辺調査は当然ですわ」

 

 呆れるマリサに、紫は境界の中にファイルを仕舞いながら決然と言い放った。

 

「世界には同じ顔が3人いる、なんて言いますし、他人の空似なのかしら」

「あるいは、私達の知らない過去か未来の別の場所から来た方達かもしれませんね」

「いずれにしても、頭の片隅に置いておくことにしましょう」

 

 話が一段落ついたところで、次はマリサが口を開く。

 

「今度は私から質問させてくれ。どうしてアリスが時の回廊にいたんだ?」

「アリスは2008年4月10日に、貴女達の後を追って時間の境界に入っていったわ。私は止めたんだけど、行方不明になった貴女達を連れ戻すって言って譲らなかったのよ。それ以来、幻想郷には帰ってきていないの」

「そっか……アリスには心配を掛けさせちゃったな」

「更にその二日後、時間の境界は魔法の森に開いたわ――」

 

 紫は西暦2008年4月12日の出来事を語っていった。

 

「……なるほどね」

「時間の境界にそんな作用があったとはな……。家ごと今までの研究成果が全て吹っ飛んじまったのは残念だが、香霖と成子が無事で良かったぜ」

 

 霊夢は深刻そうに呟き、マリサは半笑いを浮かべていた。

 

「ところで咲夜。あんたが観測した――――って本当なの?」

「にわかには信じがたい話だぜ。お前じゃなかったら笑い飛ばしてる所だ」

「でも事実なのよ」

「時計見せてくれない?」

「ええ、どうぞ」

 

 咲夜は身に着けている懐中時計を霊夢の目の前に差し出す。

 文字盤の短針はI。長針はⅧを指し、秒針は一定のリズムを刻みながら時計回りに進んでいた。

 

「……別に何も変わらないじゃない?」

「つーか――――なんて事があったのなら、今の歴史が変わってないとおかしくないか?」

「それは私達の主観が時の流れに沿って未来に進み続けているからよ。私が気づけたのは偶然なのか、それとも〝彼女″のメッセージなのか……」

「難しい話ね……」

「ま、答えはもう1人の〝私″のみぞ知るってことだろうな」

「その事だけどね。実は――」

 

 咲夜は西暦201X年6月6~7日に白玉楼で経験した出来事を簡潔に語る。

 

「へぇ、そんな約束をしていたのか」

「結局肩透かしに終わったけどね。マリサ、本当に215X年9月22日にタイムトラベラーの魔理沙は現れるのよね?」

「正確には正午の魔法の森だな。私はこの目で136年後の世界を見てきたし、間違いないぜ――と言いたいところだが、魔法の森が丸ごと消えちまった今、断言できないな」

「理由を訊ねてもよろしいかしら?」

「私が跳んだ時は魔法の森や私の家も健在だったし、霊夢とアリスも一緒にいたんだ。もちろん、お前と紫もな」

 

 マリサは二人の顔を見回した後、更に言葉を続ける。

 

「そしてもう1人の〝私″は時間の境界について欠片も口にしなかったし、隠しているような素振りも無かった。不確定な未来において確定していた結果がこれだけ変化したのなら、紫の推測通り、歴史が変わってる可能性が高い」

「……難儀な話ね」

「マリサ、未来の魔理沙に確実に会う手段はもうないのかしら?」

「会えるとしたら、可能性はただ一つ」

 

 紫の質問に、マリサは不気味に開いた時間の境界を見上げる。既にその大きさは当初の半分にまで縮小していた。

 

「時の回廊……」

「ああ。タイムトラベラーを確実に捕まえるとしたら、ここしかないぜ」

「本気……なのね。またこの時間に――いえ、私達と再会できる保証はないのよ?」

「その程度のことに怯む私じゃないぜ。どのみちアリスを助けようと思ってたところだったしな」

「勿論私も行くわよ。未来の魔理沙が関わっている可能性が高いなら、尚さらこの異変は放ってはおけないわ」

「マリサ……霊夢……」

 

 既に決意を強く固めている二人の顔を見て、紫は引き留める言葉を失った。

 一方美咲は悲愴に満ちた表情で霊夢に詰め寄っていく。

 

「お待ちください霊夢様! 今は私が博麗の巫女です。異変の解決は私が行きます!」

「美咲。貴女は幻想郷を守ってちょうだい。これは貴女にしか出来ない事なのよ」

「ですが――」

「私は貴女がいるから、安心して行けるのよ。……大丈夫。どんなことが有っても、私達は必ず在るべき時間に帰るわ」

 

 霊夢は彼女の目をじっと見つめながら断言する。

 根拠はまるでないのに、自身に満ち溢れたその言葉は、強い説得力を与えるもので。

 

「……ずるいですね、霊夢様は」

 

 美咲は涙を流しながら霊夢を見上げ。

 

「……約束ですからね!」

「ええ」

 

 彼女の懐からそっと離れた。

 

「霊夢、貴女にこれを貸すわ」

 

 咲夜は身に着けていた懐中時計を霊夢に渡した。

 

「この時計には私の力が込められているわ。時の回廊が神の〝私″が創った次元なら、きっと何かの力になる筈よ」

「助かるけどいいの? 能力が使えなくなるんじゃない?」

「大丈夫よ。ほら、この通り」

 

 咲夜が指を弾いた次の瞬間には、右手に同じ懐中時計を持っていた。

 

「……なるほどね。そういうことなら有難く使わせてもらうわ」

「よし、行こうぜ霊夢! 今度こそ異変解決だ!」

「ええ!」

 

 霊夢は地面から足が離れ、マリサは箒に跨り、手を繋ぎながら同じ速度で時の回廊に飛び上がっていく。

 

「霊夢様ー! マリサさーん! 頑張ってくださいねー!」

 

 涙を拭い、精一杯の笑顔で応援する美咲を背に、二人は時間の境界に飛び込んでいく。

 やがて完全に姿が見えなくなったところで、見計らったかのように時間の境界が閉じる。博麗神社には再び雪が舞い落ちた。

 

「……また行ってしまいましたね」

「美咲、貴女は辛くないの?」

「本音を言うと寂しいです。けれど霊夢様の信念を妨げるようなことは私にはできません。あの方には、心に決めた人がいるんですから」

 

 美咲は空を見上げたまま、自身の心情を吐露していた。

 そして隠岐奈は自身の領域――後戸(うしろど)の国――へ繋がる扉を開く。

 

「今日は非常に興味深い話を聞けた。紫、十六夜咲夜。私は12年前に『幻想郷の存続どころか、世界の在り方すら揺るがす〝彼女″の所業は看過できん』と話したが、気が変わった。私は霊夢とマリサ、そしてお前達を信じることにしよう」

「隠岐奈……!」

「くれぐれも判断を誤るなよ。では、またな」

 

 そう言い残して彼女は扉の中に入っていき、やがて扉は消滅した。




終編に続きます


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第235話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(1/2)秘封俱楽部の場合

投稿が大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

前回の話で文字数が100万文字を越えました。
ここまで読んでくださった皆様には感謝しかありません。ありがとうございます。


追記 一部文章を消し忘れていました。申し訳ございません。


 ――西暦2052年8月3日午前10時45分――

 

 

 

 ――日本、京都、酉京都(ゆうきょうと)駅前スクランブル交差点―― 

 

 

 

 西暦2052年8月3日午前10時45分。うだるような暑い日の事、時間の境界を発端にした騒動は外の世界でも起こっていた。

 

 日本の首都・京都、酉京都(ゆうきょうと)駅。酉京都(ゆうきょうと)旧都(東京)卯東京(ぼうとうきょう)駅間を53分で結ぶ卯酉東海道(ぼうゆうとうかいどう)線が走る京都の交通の大動脈。

 駅前のスクランブル交差点は、往年の旧都渋谷駅前に匹敵する利用者を誇り、駅周辺に建ち並ぶ商業ビルや、近郊のベッドタウンに続いている。

 

 台風一過の今日は天候に恵まれ、土曜日ということもあり、大勢の買い物客や観光客で賑わっていたが、平穏な日常は何の前触れもなく壊れた。

 

 現在のスクランブル交差点の中心には、45階建ての超高層ビルがアスファルトを貫いて深々と突き刺さっており、現場は騒然。酉京都(ゆうきょうと)駅上空には、博麗神社と魔法の森を遥かに上回る規模の時間の境界が開き、15分経過した現在でも衰える気配は無い。

 

 現場は警察によって封鎖され、平静を取り戻しつつある人々の避難誘導と超高層ビルの調査を行っている。消防は怪我人の確認に務めており、彼らの情報を聞く限りでは、死傷者は出ていないようだ。

 

 15分前に落下した超高層ビルは酉京都(ゆうきょうと)駅周辺のビル群より2倍以上高く、中心には大きな亀裂が入り、ほぼ全ての階層の窓ガラスが砕けていた。ところが、ガラス片は円を描くように半径20㎝以内に散乱していて、周囲の人・建物に被害は無かった。恐らく超高層ビルに備え付けられた何らかの『安全装置』が働いたのだろう。

 

 上空の時間の境界近辺には、警察と報道機関のヘリコプターが複数飛行している。地上波・衛星・インターネット放送等のマスメディアは報道特別番組を編成して大々的に報じており、様々なSNSでもこの話題で持ち切りになっている。

 

 そんな騒動をスクランブル交差点に面する商業ビルの屋上から見下ろす一人の少女がいた。

 

 肩口で切り揃えられた茶色の髪と瞳。白いリボンが巻かれた黒い帽子を被り、白いシャツに赤色のネクタイを結び、黒いロングスカートを履いている。左手には旧型のスマホ――網膜投影型デバイスでは無い――を握り、地上の状況とニュースサイトを交互に眺めながら情報収集を行っている様子。

 

 足元には大手家電量販店のロゴが印刷された紙袋が置かれており、少女が抱えるには大きすぎる箱が入っていた。

 

 見る者に快活な印象を与える少女の名前は『宇佐見蓮子(うさみれんこ)』。京都大学で超統一物理学を専攻しており、ひも理論を研究。〝秘封俱楽部(ひふうくらぶ)″と呼ばれるオカルトサークルに所属している。

 

「地上は大変なことになっているわねぇ」

 

 スマホをポケットに仕舞い、誰も居ない屋上で一人憂いていた時、金属が擦れるような音と共に屋上の扉が開く。

 

 新たに姿を見せた少女は、肩まで伸びた金色の髪と瞳にフリルの付いた白い帽子を被り、リボンの付いた薄紫色のワンピースを身に着けている。右手には旧型のスマホを持ち、左手にはフリルの付いた日傘を差していた。

 

 紫によく似た少女の名前は『マエリベリー・ハーン』。愛称はメリー。京都大学で相対性精神学を専攻しており、蓮子と同じ秘封俱楽部に所属している。

 

 この時代の秘封俱楽部は、宇佐見菫子が活動していた頃と異なり、宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの両名で構成されている。彼女達は主に寺社仏閣や心霊スポットを巡り、張り巡らされた結界を捜し出して暴く活動をしている。

 

 メリーは道案内アプリから目を離して辺りを見回した後、手すりの近くに立つ蓮子の姿を見つけて駆け寄って行く。

 

「遅いわよメリー」

 

 足音を聞いて振り返った蓮子の一言。メリーは隣に立ち止まって日陰に迎え入れると、地上を見下ろしながら答える。

 

「駅前で急に『妙案を思いついたわ! 位置情報を送るからまた後で合流しましょう!』と言い残して一人突っ走ったのはどこの誰かしら?」

「ごめんごめん」

「避難する人々の波を掻き分けながら非常階段を昇ってきたのよ。これでも早い方だと思わない?」

 

 超高層ビルの落下により、酉京都(ゆうきょうと)駅周辺には避難命令が発令されている。地上では、彼女達が居る商業ビルを含めた周辺のビル群から続々と人が溢れ出しており、警官の誘導に従って駅から離れている。

 

「それで蓮子、私をこんな場所に呼びつけた理由は何?」

 

 メリーが蓮子の顔を見ながら訊ねると。

 

「愚問ねメリー」

 

 彼女は勝気な表情で空に開いた時間の境界を指差す。

 

「秘封俱楽部の目的は境界を暴いて秘密を解き明かすこと。私達の活動に休日は無いのよ」

「だと思ったわ。今日は買い物のつもりだったけど、予定変更ね」

 

 その口調とは裏腹に、メリーはまんざらでもなさそうな様子だった。

 彼女は日傘越しに目を細めながら時間の境界を見上げる。その金色の瞳には境界を見る能力が備わっており、これまでの二人の活動の根幹を成している。

 

「何か見えそう?」

「やっぱり駄目ね。どれだけ目を凝らしても、霧がかかったみたいにぼやけて焦点が定まらないわ。蓮子は何か感じないの?」

「私の〝眼″はあくまで星と月を見る事で現在時刻と現在地が分かるだけ。メリーに見えないモノが私に見えるわけないじゃない」

 

『そもそも今は昼間だしね』と蓮子は肩を竦め。

 

「でも悲観することはないわ。実は今回の境界について、大体の見当が付いているのよ」

「……本当に?」

「順を追って説明するわ。まず今回の境界の性質について。今まで私達が触れてきた境界とは決定的な違いがあるの。何か分かる?」

 

 メリーは少し考えた後、口を開く。

 

「私の〝眼″が無くても大勢の人々に見えていることかしら」

「その通り。更に補足すると、これまでの境界は漏れなく寺社仏閣に存在していたけど、今回はパワースポットとは無縁な科学都市の中心に開いたわ。この事実は何を意味すると思う?」

「……オカルトや超常現象ではなく、自然現象だと言いたいの? こんなの前代未聞だわ」

「そうでしょうね。あの境界は、まだ人類が解明できていない物理法則が〝現象″になったのよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「一つ目の根拠は落ちてきた物よ」

 

 蓮子はスクランブル交差点の中心に突き刺さったままの超高層ビルを指差し、メリーの視線も其方に移る。二人の目線の先には、もぬけの殻となった12階のフロアがあった。

 

「あれだけの質量の物体を動かすには、風力なら最低でも秒速150m以上。時速に換算すると540㎞。卯酉東海道線並の風速になるわ」

「凄まじい強風ね。想像できないわ」

「もちろんこんな風速は地球上で観測されたことは無いわ。よって風の線は消える。反重力フィールドを用いた方法も考えられるけど、人間や小型宇宙船程度ならともかく、超高層ビル程の質量・範囲ともなると現代の技術では無理ね」

 

 蓮子は更に持論を語っていく。

 

「二つ目の根拠は、〝超高層ビルが落ちて来た″という事実よ」

「? 一つ目と何が違うの?」

「一般的に高層建築物は、地価が高く、限られた土地に巨大な収容力を求める時に建てられるわ。すなわち人口密集地域――都市部に繋がっていることになるでしょ?」

「そうね」

「ところが! 世界中のニュースサイトを巡っても、京都以外の地域で超高層ビルの消失や境界の発生を報道するマスコミは無かったわ。もちろん、個人の〝呟き″もね。現代の情報化社会において、事件からもうすぐ20分も経つのに、ニュースになってないなんておかしいと思わない?」

 

 この時代の機械翻訳は21世紀序盤に比べて飛躍的に向上している為、通訳という職業は廃れている。

 

「ならあのビルはどこから来たのかしら?」

「そこなのよ! 私は別の時空からこの時間に流れ着いてきたという説を提唱するわ!」

「……え?」

 

 突飛な発言にメリーは唖然とした様子だったが、蓮子は構わず話を続けていく。

 

「もちろんちゃんとした根拠はあるわ。メリー。以前話した菫子お婆ちゃんの事、覚えてる?」

「ええ。神奈川在住の蓮子の大叔母さんで、超能力者。そして秘封俱楽部の初代会長でしょ?」

「そうそう。ついさっき菫子お婆ちゃんから電話が掛かってきてね、44年前に同じ現象を目撃したらしいの! その時に撮った写真も送られてきたわ」

 

 蓮子が見せたスマホの画面には、魔法の森の上空をくりぬく深淵の穴が開き、無数の木々と損壊した建物が宙に舞っている瞬間が収められた画像が表示されていた。

 

「これは……まるで竜巻のようだわ」

「付けられた名前は“時間の境界″。開いていた時間は5分くらいだったらしいけど、その短い間に森が跡形もなく消滅したらしいわ」

「恐ろしいわね……。ということは、あの境界は2008年に繋がっているの?」

「いいえ。詳しい場所は教えてくれなかったんだけど、菫子お婆ちゃんが滞在していた里には高層建築物は建っていなかったらしいの。だからあの超高層ビルは誰も知らない時空から飛んできたのよ!」

「そんなことがあるのね……!」

 

 静かに驚いた様子のメリーをよそに、蓮子は更に言葉を繋げる。

 

「言ってみれば、時間の境界の正体は莫大なエキゾチック物質*1によって非常に安定したワームホール*2の出入口。アインシュタインが提唱した相対性理論やホーキングが提唱した時間順序保護仮説*3を越えた、まだ人類が到達しえない領域への扉が私達の前に現れたのよ!? こんなチャンスを逃す手はないわ!」

 

 蓮子は子供のように目を輝かせていた。

 

「それにメリーが見た〝夢″が、夢だったのか現実の出来事なのか、白黒はっきりするわ。メリーも気になるでしょ?」

「……私は現実だと思っているけど、これもいい機会ね」

 

 これまでメリーは境界を通して、いつかどこかの光景を目の当たりにしていた。

 

 太古の日本の神話、黄泉の国、異世界を思わせる掴みどころのない風景。夢の中では2000年代の幻想郷らしき場所を訪れ、蓮子と共に天鳥船(あめのとりふね)神社の境界から鳥船遺跡(とりふねいせき)――放棄された宇宙ステーション――を探索したこともあった。

 

 能力を用いて境界を調べることはすなわち、性質が〝紫″に近づくことにも繋がるのだが、メリーはその事実に気づかない。

 

「理屈は分かったけれど、あんな高い所にどうやって行くつもりなの? 鳥船遺跡の時と同じ手は使えないわよ?」

「よくぞ聞いてくれたわ! ふっふっふ、見て驚きなさい!」

 

 蓮子は不敵な笑みを浮かべながら足元の紙袋に手を伸ばすと、マチを掴みながらすっと高さを下げる。

 折り畳まれた紙袋から黒色の大きな箱が現れ、パッケージには円盤型の機械の写真が大々的に載っていた。

 

「なによこれ?」

「見ての通り有人ドローンよ。1階の家電量販店で買ってきたわ。これに捕まって時間の境界に飛び込むのよ!」

「……本気なの?」

「本当は映画みたいに、ガルウィングドアの飛行車に乗って颯爽とタイムトラベルしたかったんだけど、そんな余裕は無かったのよ。――もちろん、2人乗りできる機体だから安心していいわよ」

 

 蓮子は箱を開き、メリーと協力して本体を取り出すと、取扱説明書を読みながら初期設定を行っていく。 

 

「ふむふむ、なるほど」

 

 蓮子は帽子を脱いでドローンの底部にくっついたヘッドギアを被り、脳波のインストールを行っている。

 この製品はBMI(ブレインマシンインターフェース)が採用されており、揚力ではなく反重力フィールドによってドローン周囲の重力を制御して飛行する為、プロペラは無い。

 とある日本企業が、『落ちこぼれの小学生を22世紀のネコ型ロボットが助ける』ストーリーの国民的漫画に登場する飛行道具を参考にして開発した。

 

「それにしても、よく有人ドローンなんて買えたわね。確か結構な値段がした筈だけど……」

「ふっふっふ、世の中には分割払いという便利な支払方法があるのよ。未知の探究の為なら、もやし中心の食生活も辞さない覚悟だわ!」

「そ、そうなの……」

 

 メリーは空笑いを浮かべていた。

 

「ええと、こうして……よし! オッケー!」

 

 やがて設定を済ませた蓮子が立ちあがり、そっと手を放すと、ドローンが静かに浮かび上がり、彼女の頭の高さで静止する。

 

「私はどうすればいいのかしら?」

「ドローンの縁にグリップあるでしょ? メリーはここに捕まってくれる?」

「随分と不安定なのね。私あまり握力ないのよ」

「重力場を操作する仕組みだから問題ないわ」

「ならいいけど……うーん、こんなことならズボンを履いてくればよかったわ」

「スカートの中が見られないように、ちゃんと足にピッタリへばりつく設定にしてあるから大丈夫よ」

「それなら安心ね♪」

 

 パッと顔を輝かせたメリーは日傘をフェンスに立てかけると、蓮子の背後に回り込み、両手でグリップを掴む。

 

「メリー、その位置だと背中が反重力フィールドから出ちゃうわ。もうちょっとくっついて」

「え、ええ」

 

 メリーは遠慮しつつも一歩前に踏み出し、彼女の背中に密着した。

 

「暑苦しいわね……」

「ワームホールを抜けるまでの辛抱よ。準備はいい?」

「ええ。そういえば蓮子ってドローン免許持っているの?」

「持ってないけど大丈夫よ。こうみえても、ゲーセンのシューティングゲームでハイスコアを叩きだしたことがあるんだから!」

「不安だわ……」

「さあ、行くわよ!」

「やっぱり怖い!」

 

 メリーはぎゅっと目を瞑りながらも、ふわりと足が離れ、二人が捕まるドローンはゆっくりとビルの屋上を離れていく。肌で風を感じたメリーは恐る恐る目を開き、ホッと息を吐く。

 

「無事に飛んで良かったわ。風が気持ちいいわね」

「順調順調!」

 

 都会を見下ろしながら時間の境界目掛けて飛んでいた時だった。

 彼女達の頭上、時間の境界の表面に新たな超高層ビルが出現。数える間もなく落下の態勢に入り、蓮子とメリーの表情は強張る。

 

「嘘、二棟目!?」

「蓮子!」

 

 報道機関のヘリコプターは一斉にその場から離れ、地上では遠巻きに空を見上げていた人々から悲鳴が上がる。一方、警察のヘリコプターは落下予測点ギリギリまで彼女達に接近し、壮年の男性警官が拡声器を用いて呼びかける。

 

『そこの二人組! 直ちに離れなさい! 押し潰されるぞ!』

「ど、どうするの蓮子!?」

「メリー、ちょっと激しく動くわよ。しっかり捕まってて!」

「きゃああ!」

 

 緩やかに上昇していたドローンは、トンボのように水平に移動し、迫りくる超高層ビルを紙一重のところで回避。

 

「ふう、間一髪ね」

 

 超高層ビルは地上のビル群の壁面を大きく削り取りながら、駅前の幹線道路に墜落。激しい轟音と地震が生じ、砂煙が立ち込めている。

 

「下の人達は大丈夫かしら……」

「見た感じもう避難が済んだエリアみたいだし、巻き込まれた人は居ないでしょ。それより、また落ちてくる前に行くわよ!」

 

 蓮子は時間の境界を見上げると、ドローンを加速させ、自転車並の速度で時間の境界に飛んで行く。

 

『待ちなさい!』

 

 警察のヘリコプターも後を追いかけるが、彼女達が突入した瞬間、時間の境界は跡形もなく消滅。酉京都(ゆうきょうと)駅周辺に炎暑の強い陽光が再び降り注ぐ。 

 

『なっ……!?』 

 

 予想外の事態に、警察のヘリコプターは彼女達が消えた空域をしばらくの間右往左往していた。

 

 

 

 

 

 やがて誰も居なくなった屋上に境界が開き、紫が現れる。

 

「まさか建物が落ちてくるなんてね」

 

 彼女は蓮子とメリーが置いていった帽子と日傘を拾い上げると、時間の境界が存在した空を見上げながら呟く。

 

「あの子達も随分と無茶をするわね。若い頃の菫子そっくりだわ」

 

 時刻は午前10時30分。遠く離れた幻想郷から巨大な境界の発生を能力で察知した紫は、現場に急行。自らの生み出した境界の中で、酉京都(ゆうきょうと)駅前の状況観察をしていた。

 そんな折、31年前に聞いた霊夢の話が頭をよぎり、もしかしたらと思いながら蓮子とメリーの姿を捜した所、駅前広場で呆然と立ち尽くす二人を発見。予感が確信に変わった紫は、彼女達を中心に影ながら動向を見守っていた。

 

「時の回廊で霊夢が見た私そっくりの女性と茶髪の女性って、やっぱりこの時間の彼女達だったのね。2032年生まれの二人を2021年に既に知っていたなんて、妙な話だわ」

 

 彼女達のことは、秘封俱楽部として活動する前から目を付けていた為、驚きは少なかった。しかしそれと同時に、時間移動が世界にもたらす影響力の強さを実感していた。 

 遠くの空からはサイレンが聞こえ、埋め尽くす程の警察と陸上自衛隊のヘリコプター部隊が接近している。

 

「前回は12年、今回は31年。どんどん周期が広がってるわね。次の出現は100年くらい先になりそうだわ。美咲が亡くなる前に解決してくれるといいのだけれど……」

 

 紫は憂いた表情で、未だ帰らぬ霊夢とマリサの身を案じつつ、京都を後にした。

 

 後日、紫が外の世界の報道を確認したところ、建物や道路に多数の被害が生じたものの、死傷者は0人。行方不明者として彼女達の顔写真と実名が報じられていた。

 

 日本政府は正体不明の大穴(時間の境界)の調査部隊を編制していたが、現場に到着する前に消滅した為、詳細は一切不明と発表。今回の騒動は超常現象として世界中の人々の目に留まり、学者達はこぞって原因究明に乗り出していった。

*1
通常の物質からいくぶん逸脱した風変わりで奇妙な性質を持つ物質。この時代では、反重力フィールドの展開に用いられる〝負の質量を持つ物質″を指して用いられる。

*2
二つの離れた領域を直接結び付ける時空の抜け道。このトンネルを通過すると、理論上光よりも速く時空の2点間を移動できる為、時間を超越する(相対性理論では光速に近づくと時間の流れが遅くなるため、未来に移動する)と考えられているが、マクロの世界(現実世界)では負の質量を持ったエキゾチック物質が大量に必要となる為、発生したとしてもすぐに崩壊してしまう。ブラックホールとホワイトホールの通り道とする説もあるが、ホワイトホール・ワームホールともに存在は確認されていない。また、ワームホール内は強力な潮汐力(ちょうせきりょく)によるスパゲッティ化現象(非常に強く不均一な重力場によって、物体が垂直方向への引き延ばしおよび水平方向の圧縮を受け、スパゲッティのように細長い形状になる現象。極端な潮汐力によって引き起こされる)が起こる為、宇宙ひも(時空の位相的欠陥の一種で、宇宙論的なスケールに広がる一次元のひも状の物体のこと。宇宙を構成している粒子を0次元の〝点″から一次元の〝ひも″に置き換えることで、正反対の性質を持つ重力と量子論を統合し、マクロとミクロの世界の法則の違いを解釈しようとする理論である。我々の住む3次元+時間の1次元に7次元を加えた合計11次元で構成されているが、5次元以上の存在は証明されていない)やエキゾチック物質によって重力を安定させなければ、素粒子(この世のあらゆる物質の最小単位)に分解されるという説も提唱されている。

*3
1990年にスティーヴン・ホーキングによって提唱された、タイムトラベルは不可能であるとする量子力学の仮説。タイムトラベルをしようとしても量子効果がそれを邪魔してしまう。どうしてもタイムトラベルをしたいなら、無限大の〝場のエネルギー″が必要となるが、そもそも無限大のエネルギーなど用意するのは不可能であり、これはすなわち原因と結果という因果律――時間順序は量子論的に保護されていることになる。という仮説。




終編(2/2)は3月中の投稿を目指します。



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第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意

 ――西暦215X年9月23日午前0時――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地――

 

 

 

 西暦215X年9月23日午前0時。すっかりと夜の帳が下り、居待月が照らす魔法の森跡地。

 秋が深まり、色付いた紅葉によって幻想郷全体が鮮やかな赤に染まる季節において、この土地だけは今も全ての色が死んでいる。1世紀半に渡る時の流れは、在りし日の風景の記憶を風化するには充分だった。

 今や人も妖怪も立ち入らない死の大地において、この時だけは変化が生じていた。

 魔理沙(マリサ)の自宅跡地に、赤を基調にしたゴシック様式の円卓と四席の椅子が置かれており、紫・咲夜・パチュリーが着いていた。卓上にはすっかり冷めてしまった四人分の紅茶と洋菓子が用意されており、パチュリーの席には魔導書が積まれている。

 紫と咲夜は誰かを待つように周囲を見回し、パチュリーは深く腰掛けながら魔導書を読み耽っていたが、ふと咲夜が懐中時計に視線を落とす。

 

「午前0時。日付を跨ぎましたわ」

「タイムトラベラーの魔理沙は現れなかったのね」

 

 パチュリーは本から顔を上げ、ポツリと呟き。

 

「あの時の予想が当たってしまったなんて……」

 

 紫は暗い表情でため息を吐いた。

 一日千秋の思いで待ち続けていた彼女達にとって、昨日が魔理沙に会う最後のチャンスだったからだ。

 

「やはり2008年に〝彼女″が私の前に姿を見せた時から、こうなる運命は決まっていたのかしら」

「霊夢、マリサ、アリスも未だに消息不明のまま……。悲しい話ね」

 

『紫様……どうやら私はもう長くないみたいです。居なくなってしまった霊夢様達のことを、どうかよろしくお願いします……』

 

 紫の脳裏には、90年前の梅雨に最期まで霊夢達の身を案じながら亡くなった美咲の遺言が思い浮かんでいた。

 

「八雲紫、最後に時間の境界が開いた日時は?」

「私の知る限りでは、2052年8月3日の京都よ」

 

――彼女達も行方不明のままなのよね。

 

 紫の境界の中には、蓮子の帽子とメリーの日傘が今も仕舞い込まれている。

 

「もう105年も経っているのね」

「次に時間の境界が開いた時がタイムオーバー。私はこの時間から消失するわ」

「そこまで分かっていても、未来は変えられないのね……」

「それは違いますよ、パチュリー様」

 

 悲観するパチュリーを泰然と否定した咲夜は「むしろ魔理沙に会える絶好の機会と考えています。恐らく彼女はその先にいるでしょうから」

 

「咲夜……」

「お嬢様も私の考えに賛同してくださいました。悔いはありません」

「咲夜。再確認するけれど、運命の日は『西暦215X年10月1日』で正しいのよね?」

「ええ。そして『時間の境界の先が見通せるようになった時』、【時間軸の逆行】が始まるわ。その瞬間から私達の未来は閉ざされるのよ」

「改めて聞いてもとんでもない話ね……。私も可能な限り手を尽くしてみたけれど、止める術は見つけ出せなかったわ」

「八雲紫。貴女はどうするの?」

 

 咲夜の真剣な問いかけに、一瞬の沈黙が流れた後。

 

「私はギリギリまで霊夢と魔理沙(マリサ)を待つわ。それでも間に合わなかった時は、私自ら時間の境界の先に向かいます――」

 

 紫は決意を表明した。

 

 

 

 

――西暦215X年10月1日午前7時40分――

 

 

 

――幻想郷、魔法の森跡地上空――

 

 

 

 

 8日後の朝、太陽が昇り、夜の寒気が抜けて暖まり始めた頃。魔法の森跡地上空には紫と咲夜の姿があった。

 彼女達が睨む先には、空を切り裂くように時間の境界が開き、先を見通すことができない闇が広がっている。

 

「遂に出現したわね」

「そうね」

 

 一言だけ答えた咲夜は、覚悟を決めた表情でメイド服の中から懐中時計を手に取る。

 

「行くの?」

「ええ。八雲紫、万が一の為に貴女にも預けるわ」

「! 有難く使わせてもらうわ」

 

 意図を察した紫は、丁重に懐中時計を受け取る。その右手からは、自らの能力でも解析できない〝力″が伝わる。

 

――これが彼女の力なのかしら。なんとも不思議な感じね。

 

「と言っても、あの三人が未だに帰ってこない時点で、只の気休めでしょうけど」

 

 紫は境界を弄り、懐に懐中時計を仕舞い込んだ。

 そして咲夜は新たな懐中時計を持ち、竜頭に手を掛ける。

 

「咲夜。貴女の幸運を祈ります」

「貴女もね。また再会できる日を楽しみにしているわ」

 

 次の瞬間、咲夜は紫の前から姿を消していた。

 

 

 

 

 ――午前7時55分―― 

 

 

 

 咲夜と別れた後、境界に腰かけながらじっと観察をしていた時、博麗神社の方角から人影が接近しているのに気づく。

 伝統的な紅白衣装に身を包み、お祓い棒を持った目付きの悪い少女。彼女の名は博麗杏子。この時代の博麗の巫女だ。

 

――博麗の巫女が動いたわね。厄介なことになったわ。

 

 彼女は一直線に紫の元に詰め寄り、開口一番怒号を発する。

 

「おい、スキマ妖怪!」

「……何かしら?」

「空の裂け目はお前の仕業か?」

「いいえ」

 

 肩にお祓い棒を担ぎ、眉間に皺を寄せる杏子に、紫は時間の境界について現時点で分かっている事を簡潔に伝えた。

 

「時間の境界……そういえば先代から聞かされたことがあるな。6代前の博麗霊夢という巫女が解決に向かったが、行方不明になったままだと」

「ええ。私はあの頃からずっと彼女達の帰還を待ち続けているのよ」

「それだけ時間があったのに、解決の目途は立っていないのか?」

「……」

 

 紫が沈黙をもって答えると、杏子は「ちっ、面倒だな」と苦虫を嚙み潰した表情で舌打ちした。

 その時、彼女達の間に突風が吹き、文が風の中から姿を現す。

 

「おやおや、紫さんではありませんか。貴女が異変に率先して出てくるなんて珍しいですね」

「予見されていた出来事への対処は私の役目よ」

「ほうほう。それはつまり、あの大穴の正体をご存知なのですか?」

 

 彼女がメモを取りながら取材をしていると、杏子が不機嫌そうに口を挟む。

 

「おい、文屋。異変の解決の邪魔になるからどっか行けよ」

 

 文は眉をピクリとさせながらも、営業スマイルを貼り付けながら答える。

 

「まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないですか。私は博麗の巫女の邪魔にならないように、後ろから見ていますから」

「それが迷惑なんだよ! お前が書く三文以下の偏向記事は非常に目に余る。博麗神社と私の風評は悪くなる一方だ!」

「おや、私は基本的にありのままの出来事を書くようにしていますよ? 単刀直入に言って、あなたが無能なのが悪いのでは?」

「なんだと? 二度とペンを持てないようにしてやろうか?」

「はっ、人間風情があまり天狗を舐めないことね!」

 

 杏子がお祓い棒を向け、文が葉団扇を出して臨戦態勢に入った時、紫が間に入る。

 

「二人とも喧嘩は止めなさい! 今は言い争っている場合ではないでしょ!」

「あやや、すみません」

「ちっ」

 

 文は葉団扇を懐に仕舞い、杏子は舌打ちしながらそっぽを向く。文は彼女に流し目を送りつつ紫の隣に移動すると、そっと耳打ちする。

 

「紫さん。どうして彼女を博麗の巫女にしたんですか? 歴代の巫女と比べて、妖怪に対しての風当たりが強すぎますよ」

「多少人格が破綻していても、彼女が博麗の巫女という役割に適任だったからよ。それに貴女にも多少の非はあると思うけれど?」

「アハハ、これは手厳しいですね」

 

 続いて紫は杏子に向かって強い口調で告げる。

 

「杏子、貴女が妖怪嫌いな事は充分承知しています。けれど感情に任せて行動するのは愚の骨頂よ」

「はいはい、分かったわよ。この異変が解決するまでの間だけ協力するわ」

 

 かくして紫と杏子は協力体制を結び、彼女の敵愾心はなりを潜めた。

 

「それで紫さん。話を戻しますが、あの大穴について何かご存知ですか?」

「時間の境界よ」

「時間の境界――! では、あの向こう側は過去か未来に繋がっているのですか!?」

「…………否定はしないわ」

「なんということでしょう! ひょっとしたら文々。新聞始まって以来の大スクープかもしれません!」

 

 文は興奮した様子でメモを取る事に夢中になっており、紫の冷めた視線に気づかない。

 

「一体何故時間の境界が開いたのでしょうか? 原因に心当たりはありませんか?」

「……さあ、知らないわ」

「そうですか。うーん……」

 

 万年筆を顎に当てながら考え込んでいた文は、何かを閃いたかのように手をポンと叩く。

 

「紫さん、私に名案があります。 ほんの少しだけ待っていてください! 強力な助っ人を連れて来ますから!」

 

 文は風よりも速く妖怪の山に向かって飛び去ると、3分もしないうちに椛を連れて戻って来た。

 

「お待たせしました!」

「ちょっと文さん。いきなりなんですか? 私まだ仕事があるんですけど?」

 

 文は露骨に迷惑そうにしている椛の両肩を掴み、「椛、あの穴は時間の境界と言って、今とは別の時空に繋がっているらしいの。あの向こう側を、貴女の【千里先まで見通す程度の能力】で見れる?」と目を合わせながら熱弁を振るう。

「はぁ……よく分かりませんが、一応やってみます」

 

 その勢いに気圧された椛は数m前に進み、瞬き一つせずにじっとタイムホールを見上げる。

 

「どう?」

 

 この場の全員の注目が椛に集まる中、やがて振り返り、小さく首を振った。

 

「真っ暗で何も見えませんね」

「う~ん、残念ね」

「単純な視覚情報では感知できない領域なのかしら」

「では私は仕事に戻りますから」

 

 椛は妖怪の山に帰って行った。

 

「どうするんだスキマ妖怪?」

「しばらく静観するわ。杏子、くれぐれも時間の境界に向かわないように」

 

 

――午前8時25分――

 

 

 

「紫」

 

 時間の境界を観察していた紫の背中に扉が出現し、隠岐奈が登場する。

 

「お帰りなさい。外の世界はどう?」

「お前の予測通り、世界6大陸の各地に時間の境界が無数に出現している。現時点では105年前の京都のような事態には至っていないようだが、予断を許さない状態に変わりはない」

「そう……。こちらも藍に幻想郷の様子を調べさせているわ」

 

 平然と答える紫に違和感を覚えたのか、隠岐奈は「紫、お前は何を考えている?」と問い質す。

 

「私は時が来たら向こう側に行くつもりよ。その時は幻想郷をお願いね」

「……ああ」

 

 決然と言い放つ意図を汲み取った隠岐奈は、静かに頷いた。

 

 

 

――午前8時44分――

 

 

 

 既に1時間が経過したが、魔法の森跡地上空には依然として時間の境界が開いていた。

 何も起こらないまま、ただ時間だけが過ぎていった時、紫は身体に違和感を覚える。

 

――あら? これは……

 

 原因を突き止めた紫は、熱が籠る懐中時計に手を伸ばし――。




この続きは『第231話 (2) タイムホールの影響⑩ 変化した世界』で描写しています。

次話は4月第二週の投稿を目指します。


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第237話 (2) タイムホールの影響⑬ 紫の困惑

この話の時系列は『第231話 (2) タイムホールの影響⑩ 変化した世界』の後の話となっています

2021年4月28日追記。 幽々子の文章追加


――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――

 

 

―――――――――――

 

 

――西暦215X年10月1日午前8時55分――

 

 

 

――幻想郷、魔法の森跡地上空―― 

 

 

 

――今の情景は……!

 

 身に覚えのない149年間の断片的な記憶が走馬灯のように駆け巡り、紫は戸惑いを隠せない。

 

――私ではない〝私″の記憶……なのかしら。だとすると〝私″の意識はどこへ行ったの? いえ、そもそも『私』は誰? 『私』とは何? 『(わたし)』、『(ワタシ)』……。

 

 自己同一性に疑念を抱き、自我が揺らぎ始めた紫は、

 

――どうやら(わたし)という存在を含めて、状況を整理する必要がありそうね。

 

 自らの能力を自分自身に用い、彼女の意識は内側に向かっていった。

 

 

 

 

 天も地も無く、遥か彼方まで無色透明。清水のような心象世界に、二人の紫が向かい合っていた。

 片方は魔法の森跡地上空で能力を使用した紫。もう片方は甦った記憶の中に登場する紫。自らの境界を弄り、明鏡止水の心境を創り上げた後、彼女にとって未知の記憶と意識を一時的に切り離すことで、文字通りの意味で自分自身と向き合っている。

 

「さあ、始めましょう。まず貴女は何者なのかしら?」

「愚問ね。(ワタシ)は八雲紫。(ワタシ)は貴女で、貴女は(わたし)なのよ」

「私……」

 

 同じ顔、同じ声で自信満々に発せられた言葉は、妙に心に染み入った。

 

貴女()にとって特に印象深い出来事を幾つか挙げましょうか」

 

 記憶の中の紫はエピソードを語る。

 自身の生年月日と出自。幼少期に魔理沙と過ごした思い出。平安時代中期に出会った生前の幽々子。平安時代末期、安倍晴明に封印されかけた藍との出会い。室町時代末期の幻想郷の成立。平成時代中期に出会った霊夢と、彼女によって制定されたスペルカードルールによる新時代の幕開け。

 そのどれもが彼女達にとって感慨深く、印象に残る記憶だった。

 

「ああ、懐かしいわね……。ウフフ、貴女は紛れもなく(わたし)なのでしょう」

 

 最早紫に疑念の余地はなかった。

 

(ワタシ)貴女()の記憶の齟齬が発生した原因も既に判明しているわ」

「時間の境界ね」

「ええ。魔理沙によって引き起こされた事象は、過去に影響を及ぼし、私達の軌跡は分岐した」

「異なる歴史、異なる(貴女)。とはいえ、(わたし)を構成するイデアに変化は無いわね」

(ワタシ)の歴史に直接関わる変化ではないし、当然よ」

「果たして魔理沙の狙いは何かしら?」

「互いの記憶の相違点を時系列に沿って照らし合わせましょう。自ずと答えは見えてくるわ」

「そうね」

 

 二人の紫は頷いた。




次話は遅くとも4月第4週までに投稿します。

5月1日追記 投稿遅くなってすみません
続き書いてますのでもうしばらくお待ちください。


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第238話 (2) タイムホールの影響⑬ 紫の決断

先月第4週に投稿できなくて申し訳ありませんでした。


「現在の世界――つまり(ワタシ)が経験した歴史をβ。もう1人の(わたし)、つまり貴女()が辿った歴史をαと区別するわ」

「ええ」

(ワタシ)の記憶では、最初に時間の境界が開いた場所と時刻は2008年4月5日午前11時の博麗神社。霊夢とマリサが調査に向かい、5日後にはアリスも続いたわ」

(わたし)の記憶では、その日はごく普通の1日。翌日、霊夢は予定通りに博麗の巫女を引退したわ」

「2日後には魔法の森上空にも開き、時間の流出現象によって瞬く間に魔法の森は消滅。今も土地は死んだままね」

(わたし)の記憶では、魔法の森は149年前と変わらずに在り続けていたわ」

 

 紫が過去を語るごとに――

 

「2017年6月6日の深夜、(ワタシ)は咲夜と一緒に白玉楼で魔理沙を待ったけれど、彼女が現れることは無かった」

(わたし)は咲夜の約束を知らなかったから、多分寝てたでしょうね」

 

 無色透明な心象世界はプラネタリウムのように彩られ、当時の出来事が再生されていく。

 

「2021年2月21日、再び時間の境界が博麗神社上空に開いたわ。霊夢とマリサが12年ぶりに帰って来たけれど、再び調査に向かったまま現在も消息不明……」

「その日の(わたし)は春まで深い眠りについていたわね。藍からも特に大きな異変は無かったと聞いているわ。ちなみに霊夢、マリサ、アリスは今も幻想郷で楽しく暮らしているわよ」

 

 彼女にとって、霊夢と出会ってからの164年間は――

 

「2052年8月3日には京都の酉京都駅前に時間の境界が開いたわ。偶々現場に居合わせていた秘封俱楽部の二人、宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンが好奇心のままに向かっていったわ。彼女達も行方不明ね」

「当時の記憶は定かではないけれど、彼女達が時間の境界を調査した事実が無いことだけは断言できるわ。ちなみに彼女達は今も存命よ」

 

 非常に密度が濃く――

 

「9日前、魔理沙の自宅跡地で私達は魔理沙を待ち続けたけれど、日付が変わっても彼女は現れなかったわ」

(わたし)の記憶では、魔理沙は正午に現れ、霊夢達と感動の再会を果たしていたわ」

 

 色褪せない思い出となっている。

 

「そして今日の午前7時40分、魔法の森だった土地の上空に時間の境界が開いたわ。咲夜は運命に抗う為に永遠の姫の助力を仰ぎに向かい、(ワタシ)は霊夢達の帰還を待ち続けた……」

(わたし)の記憶でも場所と時刻は一致するわ。ただβ世界と大きく違うのは、この時刻が時間の境界が初めて開いた瞬間って事と、間もなく異星人の船が時空を越えて現れたところね。彼らは魔理沙と霊夢に激しい敵意を抱いていて、幻想郷を滅ぼそうとしたわ。弾幕ごっこを守らない相手に此方も手加減をする必要も無し。太平洋の底に沈んでもらったわ」

 

 それだけに、彼女は何としても今の状況を精査して――

 

「午前8時25分、人里の空に時間の境界が開いたのを見て、(ワタシ)は藍に幻想郷内の調査を命じたわ。結果は貴女()も聞いた通り、幻想郷各所に時間の境界が開いていた。隠岐奈の話では外の世界でも多数開いたみたいだけど、特に大きな混乱は起きていないわ」

(わたし)の時も基本的には同じだけど、唯一違うのは、空間が激しく震えて、時間の境界から超高層ビル群の落下が始まったことね。藍に調査を命じた後、杏子、文、途中からはアリスも加わって共に対処に当たったわ。藍の報告にあった出現箇所も、博麗神社を除いて一致。各勢力の実力者達が対処に当たっているおかげで、死傷者は出ていないみたい。ただ、外の世界では宇宙船団の襲来も起きて、甚大な被害が出ているみたいね」

 

 原因を究明し――

 

「午前8時44分、咲夜から借り受けた時計に手を伸ばしたところで(ワタシ)の意識は途切れたわ」

貴女()の記憶が甦った時刻は午前8時50分。そして(わたし)が現状の認識に違和感を覚えた時刻は午前8時45分。恐らくこの瞬間にα世界⇒β世界に改変されたのでしょうね」

 

 記憶の齟齬を解消する必要があった。

 

「こうして整理すると甚だしく変化しているわね。霊夢達がいない幻想郷なんて考えられないわ」

貴女()の歴史は今日まで順風満帆だったのね。羨ましいわ」

「「はぁ……」」

 

 ひとしきり話した紫は、鏡写しのように寸分の狂いもないタイミングで嘆息を漏らした。

 

「一体どこで歯車が狂い始めたのかしら……」

「時間の境界が最初に開いた時刻は、α世界では今日の午前7時40分だけれど、β世界では2008年4月5日午前11時。以後、β世界では五回発生しているわ」

「日時、場所、境界が開いていた時間、規模全てがバラバラね。規則性は無いように思えるけれど……」

「唯一一致した時刻が、今日の午前7時40分と午前8時25分。でもα世界で午前8時25分から起きていた超高層ビル群の落下現象は、β世界では2052年8月3日の京都のみ発生したわ。もちろん、宇宙船なんて影も形も無かった」

「β世界では、魔法の森で時間の流出現象も起きたのよね?」

「咲夜と紅魔館の魔女の分析ではそうらしいわ。同じ場所・同じ規模なのにα世界との違いはなんなのかしらね」

「……分からないわ。時間の境界って一体なんなの? それに魔理沙の目的は……?」

 

 困惑を隠しきれないα世界の紫の呟きは、やまびこのように反響する。

 

「β世界に魔理沙が現れなかったことと、何か関係があるのかしら? または(わたし)の知らない所で何かが起こっていたのかしら。備忘録を読み返せば矛盾に気づく可能性もあるけれど、そんな時間は無いし……」

 

 しかしどれだけ思考を巡らせても、結論を導き出せず、沈黙が場を支配する。状況を整理したことで却って謎が増えてしまい、彼女は思考の迷路に迷い込んでしまっていた。

 そんな折、β世界の紫が質問をぶつける。

 

「……ねえ。(ワタシ)はタイムトラベラーの魔理沙に会ったことないのだけれど、貴女()は会っているのよね?」

「ええ」

 

 α世界の紫は思考を中断し、顔を上げて頷いた。

 

「彼女は本当に(ワタシ)の知る“霧雨魔理沙”なの?」

 

 予想外の問いかけに、α世界の紫は思わず「どういう意味?」と訝しげに聞き返した。

 

「彼女はもう一人の自分と友人を窮地に陥らせ、財産と居住地を壊し、幻想郷にまで牙を向いて自らも姿を消しているわ。おまけに咲夜の話によると、間もなく時間軸の逆行が始まって、私達の未来が閉ざされるのよ。客観的に見たら、破壊願望を抱いた狂人が世界を道連れにした壮大な自殺を試みているとしか思えないわ」

 

 硬い表情を崩さず、声を尖らせるβ世界の紫に、α世界の紫は「絶対に有り得ないわ!」と反射的に声を荒げる。

 

「魔理沙は霊夢の命を助ける為に150年もの歳月を費やし、滅びの運命にあった未来の幻想郷も救ったわ。歴史改変の代償として、“タイムトラベラーの霧雨魔理沙”が存在した歴史が消えることになってもね。そんな彼女の為に、霊夢は人としての生と地位を捨てて共に生きることを誓い、マリサとその友人達も快く受け入れたわ。歩んできた歴史が違っても、魔理沙は魔理沙なのよ!」

 

 理性と感情の衝突。α世界の紫は感情を露わにしながら語ったが、β世界の紫は依然として冷ややかな態度を崩さない。

 

「どうかしらね。彼女はタイムトラベラー。生きる時間が違う彼女と、私達の1日が一致するとは限らないわ。もしかしたら、貴女()が預かり知る魔理沙よりも、もっと未来の魔理沙によって引き起こされた可能性もあるじゃない」

「それでも(わたし)は魔理沙を信じているわ」

「何の根拠にもならないわ。α世界の貴女()って、随分と感情的なのね」

貴女()は違うの?」

 

 じっと目を見据えて問いかけると、β世界の紫はバツが悪そうな表情で。

 

「……(ワタシ)もできることなら魔理沙を信じたいわ。でも現実として、彼女は(ワタシ)の大切なモノを全て壊そうとしているのよ? それは貴女()も分かっているでしょ?」

「……ええ」

 

 暗い顔で頷くα世界の紫は、「だからこそ真実を知る為に、時間の境界の先に向かう必要があるのよ。きっとそこで全ての謎が解けるわ」と説く。

 

 β世界の紫はしばらくの間考え込んでいたが、やがて「……確かにそうね。ここで考えていても結論は出ないし、結局それしか方法は無さそうね」と受け入れた。

 

 かくして方針と結論を改めて再確認した二人の紫は、示し合わせたように右手と左手を差し出し、びったりと手を重ね合わせ、優しく握る。

 直後、二人に分かれた紫はコーヒーに注がれたミルクのように溶け合っていき、やがて一人になった。

 今の彼女は、α世界に寄った意識と記憶に加えて、β世界の断片的な記憶が合わさったαβ紫に戻っていた。明鏡止水の如く澄み切った心象世界も徐々に浸食が始まり、元の深慮遠謀かつ混沌とした有様へと戻っていく。

 

「魔理沙……。是が非でも納得のいく説明をしてもらうわよ」

 

 紫は黒く染まりつつある天を見上げながら強い決意が籠った呟きを残し、意識を現実へと戻していった。

 




この話で私(ワタシ)とルビが振ってあるβ紫は、第232話(2)~第236話(2)まで描写した紫です。

私(わたし)とルビが振ってあるα紫については、第4章151話~第5章第176話、第188話、第222話 (2)~第230話(2)で描写した世界に生きる紫であり、同じ歴史で繋がっています。
そして第231話(2)、第237話(2)、第238話(2)で描写した紫の主観はα世界から引き継いでいます。


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第239話 (2) タイムホールの影響⑬ 終末の兆し 紫の行動

大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


 ――西暦215X年10月1日午前8時51分――

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地上空――

 

 

 

 

「――ということが149年前の4月12日に起こりました」

 

 意識が戻った紫のすぐ目の前には、古びた手帳を開き、当時の事件を読み上げる文の姿があった。

 

「聞いていますか、紫さん?」

「ええ。確かに“思い出した”わ」

 

 紫は記憶の混乱をおくびにも出さず、はっきりと頷いた。

 現在時刻は215X年10月1日午前8時51分23秒。彼女が心象世界で記憶の齟齬に整理をつけた時間は、実時間にして1分程の出来事だった。

 

「あぁ、懐かしいですねぇ。思い返せば、あの頃の幻想郷はとても活気に満ちていましたね」

「確かに、彼女には不思議な魅力があったな。私の前に立った時の事は今でも鮮明に覚えているよ」

「そういえば、隠岐奈さんの起こした四季異変は、霊夢さんが博麗の巫女として解決した最後の異変でしたね」

「うむ、あの頃は幻想郷の行く末が心配だったのでな。霊夢になら幻想郷を任せられると思ったんだが……残念な結果になってしまったな」

「そうですねぇ……。もし彼女が今の時代に生きていたら、幻想郷はもっと華やかだったかもしれません」

「最近はあの頃程異変が起こらなくなったからな」

 

 それからも文と隠岐奈は、霊夢が幻想郷に居た頃の思い出話に花を咲かせていたが、紫は会話の輪に加わらず、博麗の巫女について考えていた。

 

――今の歴史には霊夢はいない。ということは彼女は……。

 

 紫は、文と隠岐奈から少し離れた場所で仏頂面を浮かべている杏子に近づき、声を掛ける。

 

「ねえ、杏子」

「なんだよ?」

「貴女の母親、舞さんは――」

 

 言いかけた途端、杏子の態度は豹変し、「あぁ!? 今はその話は関係ないだろ! 憎き妖怪が亡き母の名を口にするな!」と激昂する。

 

「な、なんですか!?」

 

 文は驚愕を浮かべ、隠岐奈は冷めた様子で杏子と紫に視線を送り、紫は「……ごめんなさい」と短く謝罪を口にする。

 しかしこの短いやり取りの中で、紫は一つの確信を得ていた。

 

――この反応……。やっぱり、彼女の人格が変化した原因は母親にあるのね。

 

 β世界――すなわち現在の歴史の杏子は妖怪を憎悪しており、人々からの評判は良かったものの、妖怪達からの評判は最悪で、両者の関係にも溝が生まれつつあった。

 

 博麗神社には妖怪避けの結界を張り巡らせており、霊夢の時代のように妖怪達が集まる事も無くなっていた。もちろん紫とも、“幻想郷の管理者”と“博麗の巫女”として、必要最低限のコミュニケーションしか行わない事務的な関係でしかない。

 

 ところがα世界の記憶では、物腰柔らかく、誰にでも分け隔てなく接する気立ての良い少女で、人妖達からの評判も良好だった。“幻想郷の管理者”たる紫とも、幾度となくプライベートな話をする程度には友好関係を築いていた。

 

 そして歴代の博麗の巫女の指南役を務めてきた霊夢を非常に敬愛しており、霊夢もまた、杏子の事を特に目に掛けていた。

 

 ある日、博麗神社を訪れた紫は、杏子に何故霊夢の事を敬愛しているのかと訊ねた事があった。

 

 紫からしてみれば興味本位の質問だったが、杏子は目を輝かせながら、自分が霊夢に憧れるようになり、博麗の巫女を目指すきっかけとなった西暦2151年4月19日の出来事――とある山中で、妖怪に襲われていた母親を霊夢が颯爽と救出した話*1――について熱を込めて語り出し、その後も日が暮れるまで霊夢の魅力をひたすら捲し立てられた記憶が残っている。

 

――恐らく現在の歴史では、彼女の母親は誰にも助けられることなく6年前に帰らぬ人となったのね。さしづめ博麗の巫女になった動機も、妖怪への復讐……といったところかしら。

 

 β世界では、博麗の巫女としての適性が高いという理由で人格面に目をつぶって彼女を任命したが、時折もっと良い選択肢は無かったのかと自問自答することがあった。

 しかしα世界においては、杏子が博麗の巫女であることに何の疑いもなく、最善の選択をした自負があった。

 

――霊夢が時間の境界の調査に行った結果、約130年後に杏子の母親が死亡する。一見関係ないような出来事が巡り巡って一本の線で繋がるなんて、これがバタフライ効果(エフェクト)というものかしら。歴史改変の予測って、非常に難解だわ。魔理沙はこんな体験を何度もしてきたのね。

 

 もしかしたら霊夢だけではなく、マリサやアリスが居なくなった影響も出ているのかもしれないが、紫にそれを検証する時間と手段は無い。

 

――それにしても、どうして私だけα世界の歴史を思い出したのかしら……? 魔理沙の理論では、改変前の歴史は分岐点となる当事者でなければ知り得ないという話だったけれど、時間の境界は私以外の人妖にも大きな影響を与えているわ。

 

 そこまで考えて、紫はレミリアの言葉を思い出す。

 

『世界はもう間もなく終焉を迎える運命にある。唯一の希望は魔理沙よ』

『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』

 

――……そういえばレミリアも世界を跨いで意味深な言葉を残していたわね。彼女も何か知っているのかしら?

 

「それよりもスキマ妖怪。いつまで静観するつもりだ? 文屋の話が事実なら、149年前みたいな被害が出るかもしれないのに、このまま手をこまねいている場合じゃないだろ?」

 

 苛立ちを声色に乗せる杏子に、紫は思考を打ち切り、彼女に向き直る。

 

「先程も話したけれど、私は刻限まで霊夢達を待つつもりよ。どのみち時間の概念は私の手には負えないもの」

「刻限だと? どういう意味だ?」

「それは――」

 

 紫が更に掘り下げて説明しようとした時、突然、眩いばかりの光が彼女達を襲う。

 

「な、なに!?」

「み、皆さん! 時間の境界を見てください!」

 

 焦りを含んだ声で空を指差す文に、眩しさに顔を(しか)めながら全員が顔を上げる。やがて光が収まると――。

 

「時間の境界が……!」

 

 そこには未知なる文明の摩天楼が鳥瞰視点で映っていた。

 ほんの数秒前まで深淵の闇が広がっていた時間の境界の表面は、区画整理された広大な土地に、無機質な超高層建築物が道路に沿って果てしなく並び立つ光景に様変わりしていた。

 紫から見て南側には波静かな状態のエメラルドグリーンの海が見切れており、南西方向にある港には都市部から伸びた道路が海へと繋がっていて、鉄道のような乗り物が次々と海中へと飛び込んでいる。

 北西方向には、天を貫く細長いタワーを中心に、幾多の超高層ビルで形成された大都市が広がっており、北東の空には数多の宇宙船が飛び交っている。

 

「これは一体……なんだ……?」

「外の世界の景色……でしょうか?」

「いいや、私の知る限り外の世界にこんな都市はないぞ。そもそも人間が一人もいないとはどういうことだ?」

 

 唖然とする文と隠岐奈だったが、紫は顔色一つ変えず、スキマから取り出した咲夜の懐中時計を握りしめる。

 

――とうとう始まってしまったのね。これも歴史の必然……。

 

 その時、時間の境界の中央で僅かに動いた金色の点に気づく。

 

――金色? ――まさか!

 

 紫は自らの視力の境界を弄って双眼鏡並に強化すると、金色の点が動いた超高層マンションの屋上にピントを合わせる。

 流れるような金色の髪を後ろで束ね、白のフリルネックのブラウスに黒いジャンパースカートを履いた少女が空を見上げており、紫にとっては懐かしくも愛おしい顔に思わず息を呑んだ。

 

――ああ、やっぱり、魔理沙……!

 

 長年一日千秋の思いで待ち焦がれていた少女を見つけ、紫は気持ちの昂ぶりを感じていた。

 彼女の周囲には、見慣れた格好のマリサ、にとり、妹紅の他、桜色のブラウスとフレアスカートに身を包んだ霊夢や、白いワンピースを身に纏う赤髪の少女、群青色の制服姿の金髪ショートの女性もいた。

 

――霊夢に……魔理沙が二人? ああ、恐らくこっちがタイムトラベラーでは無い方のマリサね。二人とも無事で良かったわ。

 

――いえ、待って。確かα世界でも霊夢とマリサの行方が分からなくなっていたわ。その時アリスは、二人が魔理沙と一緒に39億年前のアプト星に出掛けた可能性を指摘していたわね。だとすると、あの二人はα世界の215X年10月1日の霊夢とマリサなのであって、β世界の2021年2月21日に時間の境界の調査に向かった霊夢とマリサではないのかしら? ……服装が違うからその可能性が高いわね。う~んややこしいわ……。

 

 思い悩む紫に隠岐奈が声を掛ける。

 

「なあ紫、さっきから黙り込んでいるが、お前はこの現象について何か知っているのか?」

 

 隠岐奈の問いかけに、紫は皆の視線を感じつつ口を開く。

 

「8日前、咲夜はこう話していたわ。『時間の境界の先が見通せるようになった時、時間軸の逆行が始まるわ。その瞬間から私達の未来は閉ざされるのよ』と」

「時間軸の逆行……? なんだそれは?」

「咲夜の話では、“ある一定の瞬間”を越えた時、時間の流れが逆転する。すなわち、世界の時間は過去に巻き戻されて、未来が訪れなくなるらしいのよ」

「ふむ……その“ある一定の瞬間”とは、今のことか?」

「ええ。時間軸の逆行が始まってしまうと、私達も過去に巻き戻ってしまう。そうなってしまう前に、私は時間の境界を通り抜けるのよ」

「……よく意味が分からんな」

 

 難しい顔で首を振る隠岐奈に、紫は「私も完全に理解している訳じゃないわ。何せそれを体験したのは咲夜と輝夜だから」

 

「その二人は確か時間に纏わる能力を持っていたな。何か関係あるのか?」

「分からないけれど、少なくとも私の推測は当たっていたわ。タイムトラベラーの魔理沙はあの先にいるもの」

「それは本当ですか紫さん!?」

 

 魔理沙という単語にメモを取っていた文が食いつくと、紫はスキマの中から双眼鏡を出し、彼女に放り投げる。難なくキャッチした文は、双眼鏡を目に当てて時間の境界を見上げた。

 

「時間の境界の中心を走る片側八車線の道路と、海へ続く片側一車線道路の交差点の角に建つ超高層マンションの屋上にいるわ」

「どれどれ……見つけました! おおっ、確かに魔理沙さんがいらっしゃいますね。それに霊夢さんと……二人目のマリサさん!? あっ! にとりと妹紅さんまで! これはこれは……!」

 

 一人興奮した様子の文を横目に、紫は隠岐奈に向かって言葉を続ける。

 

「それにね、時間の境界の出現によって既にこの世界の歴史は改変されているわ。霊夢も、魔理沙(マリサ)も、アリスも、本来の歴史ではこの時間に居たのよ」

「……一体なんの話だ?」

「残念ながら口頭で説明する時間は無いわ。私の能力を受け入れてくれるのなら、すぐに済むけど?」

 

 互いの記憶と精神の境界を弄る事による一方的な記憶の転写を提案した紫に対し、隠岐奈は一瞬考える素振りを見せた後、首を振る。

 

「……いいや、止めておこう。お前の事を信用していない訳ではないが、精神に干渉されるのは好まないのでな」

「でしょうね。私はもう行くわ。隠岐奈、杏子、幻想郷をお願いね」

「気を付けろよ紫。絶対に帰ってこい」

「……」

 

 身を案じる隠岐奈と、腕を組みながら無言で睨む杏子に別れを告げる紫。

 一方文は双眼鏡をおろし、「ううむ、あの先に霊夢さん達がいるなんて凄く気になりますが、先に咲夜さんから事情を伺うべきでしょう」と呟くと、時間の境界に向かいかけていた紫を呼び止める。

 

「待ってください紫さん! 咲夜さんは今何処にいますか?」

 

 紫は双眼鏡を受け取りながら答えた。

 

「1時間ほど前に永遠亭に向かったわ」

「ありがとうございます! 紫さん、頑張ってください!」

 

 一礼して飛び去ろうとした文だったが、すぐに表情が変わる。

 

「あれ? おかしいですね」

 

 文は羽毛が抜ける程懸命に翼をはためかせているが、前に進むことなく、羽音だけが響いていた。

 何事かと思い紫が視線を向けていると、間もなくその羽ばたきすらも止まり、両腕を手前に曲げた姿勢のまま絶望に顔が染まる。

 

「そんな……身体が動きません」

 

 更に彼女から抜け落ちた羽は足元近くの空中で固まっており、風が吹いてもぴくりとも動かず、彫刻のように固まっていた。

 

「!!」

「馬鹿な! 能力が無効化されているだと……!」

 

 やがてすぐに杏子は腕を組んだ姿勢のまま、隠岐奈は自然体の姿勢で目を見開いた。

 

 紫も自分の状態を確認すると、身体は自由に動くものの、能力に制限がかかっていることに気づく。空間に干渉できず、まるで出入口のない密室に閉じ込められたかのように、境界を開くことが出来なかったのだ。

 

 もちろん普段の彼女ならば、密閉された空間だろうが、はたまた壁の中だろうが、“スキマ”を創り出して出入りすることが容易であり、未熟だった幼少時代を除いて、能力に制限がかかったことは一度も無かった。

 

「一体何が起きている……?」

「ほんのついさっきまで、こんなことありませんでしたよ……!?」

 

 困惑を隠せない様子の隠岐奈と文に対し、紫は冷静に思考する。

 

――文はともかく、私と隠岐奈の能力は概念や法則すらも塗り替える。それが効かないとなると……まさか時間の力なの!?

 

 一つの仮説を導き出したその時だった。

 現在時刻は午前9時。時間の境界から突如として時計の鐘の音が鳴り響き、大気を震わせる。

 

「なっ……! 今度は一体何ですか!?」

 

 何処までも続く青空に亀裂が走り、次の瞬間には空全てが時間の境界と一体化。更に彼女達は、まるで見えざる意志に操られているかのように、時間の境界に引き寄せられていく。

 

「空が消えた……!」

「それに私達何だか時間の境界に近づいてませんか!?」

「お、おい、スキマ妖怪! 話と違うじゃないか!」

 

 目まぐるしく変わる状況に文と杏子は慌てふためいていたが、紫の心は落ち着いていた。

 ふと手元の懐中時計に視線を落とすと、短針はⅨ、長針と秒針はⅫの状態でピタリと静止していた。

 

――どうやら逃げられないみたいね。でも構わないわ。私はもう覚悟ができているもの。

 

「こうなってしまった以上、貴女達も時間を飛び越える覚悟を決めなさい」

 

 紫は時間の境界を睨みつけながら、やがて訪れる時をじっと待ち続けた。

 

「確かに紫さんの仰る通りですね。魔理沙さんという先駆者がいるんですから、きっと私達だって出来るはずです」

「……そうだな。無事に目的地に辿り着く事を祈るばかりだ」

「はぁ。魔理沙とかいう女に会ったら一言言ってやらないと気が済まんな」

 

 思い思いの決意を胸に、四人の少女は時間の境界へ消えていった。

*1
この出来事は第4章第130話にて詳しく描写しています。



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第240話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(前編)

いつも感想ありがとうございます。
とても励みになっております。


 眩いばかりの光を抜けた紫達は、不思議な空間に迷い込んでいた。

 見渡す限りの青空、果てしなく続く一本道、桜・砂漠・紅葉・雪と春夏秋冬を思わせる景色。砂漠地帯の奥には巨大な時計塔が聳え立ち、ローマ数字が刻まれた文字盤の長針と短針はⅫを指している。時間の境界からひっきりなしに鳴り続けていた鐘の音は、いつの間にか途絶えていた。

 紫はこの場所こそが時の回廊なのだとすぐに理解した。

 

「おや、なんだか神秘的な場所に来ましたね?」 

「ここは時の回廊。タイムトラベラーの魔理沙曰く、過去~未来のあらゆる時空に繋がる時間の通り道だそうよ」

「なんと! くうう、じっくり見て回りたいのに、身体の自由が効かないのがつくづく残念です」

「まさか世界にこんな綺麗な場所があるなんて……素敵ね」

「ふむ、時間の通り道と言うだけあって、時節が滅茶苦茶だな。果たしてこの景色に意味はあるのだろうか……?」

 

 彼女達は時の回廊に入った瞬間から、櫂の壊れた船のように回廊の上を飛び続けている。先頭に隠岐奈、文、杏子が並び、その少し後ろから紫がついていくような形だ。

 紫は2021年2月21日の博麗神社で、時の回廊から一時帰還したマリサの話を思い起こす。

 

『時の回廊の中だと思うように動けなくてな』

 

――どうやら咲夜の懐中時計は意味を為さなかったようね。

 

 今の紫は辛うじて手足が動かせる状態であり、時の流れから脱出出来る程の力は無い。

 

――あとは確かこんな事も言ってたような……。

 

『あいつの話じゃ、時の回廊を使えるのは私だけとか言っていたが、実態は山のように高い建物や紅魔館より大きな乗り物で溢れて大混乱。極めつけは時の回廊が途切れて真っ新だったからな。最早まともに機能してるかどうか怪しいもんだぜ』

 

――今の所大きな異常は見られないわね。霊夢とマリサが解決してくれたのかしら? 

 

 軽い気持ちで振り返った紫は、すぐにその認識を改める。

 紫達が侵入した地点を境に時の回廊が消滅している点はマリサの証言通りだったが、真っ新ではなく、捻じ曲げられた二つの空間が重ね合わせ状態で映し出されていた。

 

 第一空間は魔法の森跡地上空から俯瞰した幻想郷全体の光景、第二空間には紫達が時間の境界越しに視たアプト星と思しき都市部。しかしそれらは立体的でありながら平面のように俯瞰することが可能で、距離の概念が無く、光と影・表と裏が同時に観測できる掴みどころのないものだった。

 

 一例を挙げると、幻想郷東端の小高い山の頂に建つ結界に囲まれた博麗神社と、幻想郷中央の平野に位置する人里が距離や高度を無視して隣接しているかのように映り、他の地域も同様に表示されている。

 

 更に建物は屋根や壁が存在しないかのように、森は平原のように、湖沼は水溜まりのように、地下・暗闇・空は日の照らす地上のように、地形や障害物を無視して見通せる状態であり、各所の現況が一目瞭然となっていた。

 

 人里の寺子屋の前では、神子、白蓮、華扇、阿音(あと)、慧音が集まって話し込み、往来では多くの人々が立ち止まって時間の境界を見上げている。

 

 妖怪の山の頂に建つ守矢神社では、神奈子と諏訪子が屋根の上から地上を見下ろし、天狗達が住む里のとある屋敷においては(めぐむ)がはたてや椛を含む配下の天狗達に指示を飛ばし、妖怪の山中では雛がくるくると回りながら祈りを捧げ、旧地獄の旧都中心街では萃香から話を聞く勇儀とさとりの姿があった。

  

 他にも永遠亭の診察室にて電子端末を操作中の永琳に詰め寄る鈴仙や、太陽の畑近くのカーネーションが咲き誇る花畑から時間の境界を仰ぐ幽香。

 

 冥界の白玉楼の縁側に座り、不安げに時間の境界を見上げる幽々子と妖夢。

 

 地獄の是非曲直庁の一室で小町に命令を下す映姫。

 

 天界の比那名居邸のバルコニーにて、桃を齧りながら退屈そうに地上を見下ろす天子と彼女を見守る衣玖。

 

 紅魔館屋上でパラソル付きガーデンテーブルの前に座り、時間の境界を見上げながら紅茶を味わうパチュリーとレミリア、焼き菓子を頬張るフランドール。

 

 魔法の森跡地上空で、互いに固く手を握る咲夜と輝夜と、魔理沙邸跡に座り込んだまま時間の境界と彼女達をじっと見つめるこいし。

 

 月の都の結界の内側に広がる静かの海にて、通信装置片手に神妙な表情で時間の境界に覆われた地球を眺める依姫と無表情のサグメが映る。

  

 アプト星と思しき都市部を映す第二の空間には、無数に乱立する超高層ビルの内部の他、北東にある多数の宇宙船が停泊する空港や、南西の翠玉色の海底に建つガラスのドームで覆われた都市に加え、これらの都市を土台にした仮想現実空間内で、老若男女様々な人種や種族が経済活動を行う様子も重なって表示されていた。

 

 果てには星を飛び越え、アプト星の周囲を巡行する50を越える無人宇宙船の内部や、近隣の人工惑星の核に建つ無機質な都市の光景までも鮮明に映っていた。

 

 これらの地理的距離や異界はおろか、視点すらも超越した光景が同時に流れ込み、一泊遅れて喧騒が耳に届く。

 

『一体この騒動はいつまで続くのでしょうね。門下生達が不安がっています』

『おぼろげですが、149年前にも同じような異変があった気がします。その時は命蓮寺に被害はありませんでしたが……』

『境界異変ですね。転生前の私――阿求が遺した記録によれば、異変は未解決のまま終わり、博麗霊夢、霧雨マリサ、アリス・マーガトロイドの3名が行方不明になったとか』

『懐かしい名前ね。霊夢とは仙人になる為の修行をつける約束をしていたのに、こんな形でお別れすることになるとは思わなかったわ』

『八雲藍の話では、八雲紫と博麗杏子が解決に向けて動いているそうだ。私達は人々に被害が及ばないようにしなければな』

『ねえどうするの神奈子? このままだと幻想郷は――』

『私達にはここしか居場所は無いわ。なればこそ、私達のやるべき事は一つよ』

『お前達、状況の確認を急ぎなさい! はたて、椛。射命丸は何処にいる?』

『文は人里に取材に行くと話していましたが、そこから先の事は分かりません』

『龍様。文さんなら、旧魔法の森地区の上空で見かけました。私が連れ戻してまいります!』

『今日はいつにも増して厄が多いわね。願わくば、私に全ての厄が集まらんことを……』

『――という訳でさ、地上は大混乱に陥っているよ』

『へぇ、そんなことになっているのかい。ちょっと見物に行ってこようかねぇ』

『情報ありがとうございます、萃香さん。こいしが無事だと良いのですが……』

『師匠、どうして輝夜様を引き留めなかったのですか!』

『主の決断を尊重するのが従者の務めよ。ウドンゲ、姫を信じなさい』

『空が不穏ね。いつまでこの状態が続くのかしら。お花に悪影響が及ばなければいいけれど』

『幽々子様、本当に宜しいのですか? ご命令があれば、すぐに調査に向かいますが……』

『紫が調べているから安心なさい』

『小町、今の幻想郷は生命の理を覆しかねない程の深刻な事態に陥っています。至急博麗の巫女に連絡を取りなさい!』

『畏まりました!』

『はぁ~退屈ねぇ』

『総領娘様、くれぐれもあの得体の知れない場所に行こうと思わないでくださいね』

『このままで良いのレミィ?』

『パチェ、私は咲夜と魔理沙を信じている。その為の布石も打っておいた。今は滅びゆく刹那を楽しもうではないか』

『う~ん、やっぱり咲夜の作るお菓子が一番美味しいわね。早く帰ってこないかなぁ……』

『いよいよ始まるわ。輝夜、心の準備はできているかしら?』

『もちろんよ咲夜』

『魔理沙帰ってこないかなあ~』

『ここにいらっしゃいましたかサグメ様』

『……』

『〇▽××△〇◇□~!』

『××〇△□▽?』

『〇×□◇◇ー!』

 

――これはっ! あ、あああっ――!

 

 本能的に危険を察した紫が反射的に視線を戻すと、喧騒はぴたりと止んだ。

 

「はぁっ、はぁっ、はあっ」

「おい紫。息が上がっているみたいだが、大丈夫か?」

 

 顔が見えないながらも、異変を察した隠岐奈が気遣いの声を掛けてきたが、今の紫に返答する余裕は無い。数値や言葉では表しきれない膨大な情報の奔流に、脳が悲鳴を上げてしまっていたからだ。

 

――あ、危なかったわ。もう少しで意識を失う所だったわね。

 

 その後深呼吸を何度か繰り返し、紫はようやく冷静さを取り戻した。

 

――信じられないことだけれど、恐らく今の光景は時間の境界が繋いだ時空のほんの一部ね。もう、何がどうなっているの? 私達は過去に向かっている筈よね?

 

「あ、あれはなんでしょうか!?」

 

 文の切迫した声に意識を戻すと、遥か前方から道を塞ぐ程巨大な鉄の壁が迫ってきており、それが横倒しになった超高層ビル群だと認識するのに然程時間は掛からなかった。

 

「まるで回避不能の理不尽弾幕だな。さて、どうしたものか……」

「は、早くなんとかしろ! お前達と違って私は人間なんだ! あんなのが直撃したらひとたまりもないわよ!?」

「いやいや、妖怪でも直撃したら只ではすみませんよ」

 

――まずいわね。このままでは博麗の巫女を失う事態になってしまうわ。

 

 その時、紅色の飛翔物が紫達の間を抜けていく。

 

「!!」

「なっ!?」

 

 それは紫の動体視力で辛うじて“槍”だと判別できるほどの速度で、桁外れの“力”が込められており、前方に迫る超高層ビル群を次々と貫通しながら地平線の果てまで飛んで行く。

 貫かれた超高層ビルは真っ二つに折れ、回廊の外の“季節”に落ちると、幻のように跡形もなく消滅した。

 

「九死に一生を得るとはまさにこのことか」

「な、なんだかよく分かりませんけど、助かりましたね」

「ふむ、凄まじい威力だったな。相当な使い手だろう」

 

――あの魔力と紅色の槍はまさか――!

 

 一息ついて考える間もなく、今度は翠玉色の鉄砲水が前方に迫る。

 

「今度は水!?」

「息を止めなさい!」

 

 紫は大きく深呼吸した後、着水する瞬間に息を止めた。

 程よく冷えた水の中には、バラバラに砕けた虹色の珊瑚礁の中を鮮やかな色合いの熱帯魚が群れを成しており、紫達が接近すると魚達は散り散りになって逃げて行く。

 地球上のあらゆる珊瑚礁にも引けを取らない美しい海だったが、今の紫達に景観を楽しむ余裕はなく、ただひたすら激しい水流に耐えていた。

 10秒、20秒、30秒と経過し、命の危機を感じ始めた頃、前方から強い光が差し込み、水流から抜け出した。

 

「――ぶはあっ! はぁっ、はぁっ、死ぬかとっ、思いました……!」

「はぁ、はぁっ、一体、何なのよ、もう!」

 

 彼女達はずぶ濡れになってしまったが、大きく肺を膨らませて呼吸を整えている間に乾いた体へ戻っていた。

 

「ふぅ。時の回廊って不思議なことばかり起きるのねぇ。魔理沙はこんな事一言も言わなかったわ」

「酷い目に遭いました。カメラが壊れていないといいのですが……」

「はぁ、もう帰りたい……」

「時間移動がここまで過酷なものだったとはな。私はもう何が来ても驚かんぞ」

 

 文達は前方に注意を向け、紫は後方を除いた周囲を警戒しながら進んでいくと、やがて前方の遥か遠く、回廊の中央に立つ三人を発見する。

 

――誰かいるわね。

 

 徐々に距離が縮まるにつれて、その全貌が明らかになっていく。

 宙に浮かぶ透過スクリーンの隣に純白のドレスを身に纏った十六夜咲夜似の女性が立っており、彼女の正面には赤いリボンが目立つ黒髪の巫女と、黒いウィッチハットに白黒のエプロンドレスを着た金髪の少女の後ろ姿が見える。

 黒髪の巫女は右手に幣を持ち、金髪の少女は左手に八卦炉を構え、互いに離れたりしないようにしっかり手を握っていた。

 

――咲夜!? それにあの二人はもしかしたら……!

 

 咲夜が何かを呟いて紫に視線を送ると、二人の少女が振り返り、目が合った。

 

「えっ、紫!? どうしてここに?」

「それに文と隠岐奈もいるじゃないか。あっちの少女は博麗の巫女みたいだが……美咲じゃないのか?」

 

 黒髪の巫女――霊夢は心底驚いた様子で、金髪の少女――マリサは困惑を隠せない表情で紫達を見上げていた。

 霊夢は見覚えのある懐中時計を首からぶら下げており、紫は彼女達こそ、β世界の歴史の2021年2月21日に時間の境界の調査に向かった霊夢とマリサなのだと瞬時に理解した。

 色々と積もる話はあったが、紫は喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、交差する刹那に一言だけ告げる。

 

「霊夢! 私は魔理沙の元に向かうわ! 其方は任せたわよ!」

 

 返事を聞く間もなく、紫達は霊夢達のいる地点を通り過ぎて行った。



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第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)

「い、今、霊夢さんとマリサさんがいらっしゃいましたよね!?」

「霊夢って、まさか136年前に行方不明になった博麗の巫女か?」

「間違いありませんよ! しかし変ですね? 私が見た時とはかなり状況が変化しているような?」

「なあ紫、ひょっとして今のが“改変前の歴史”の霊夢とマリサなのか?」

「いいえ、あれは2021年2月21日に時間の境界の調査に向かった改変後の歴史の霊夢とマリサよ。時間の境界に映っていた霊夢と魔理沙とは一致しないわ」

「……ふむ、興味深いな」

「あの、お二方は一体何の話を――うっ!」

 

 文が真意を訊ねかけたその時だった。

 

「くっ、うううっ」

「ああああぁぁぁぁ!」

 

 文と杏子が突然唸り声を上げ、顔を歪める。

 

「ど、どうしたの!?」

「急に頭痛が……! あ、あぁっ、頭に何かが流れ込んできて……。割れて、しまいそうです……!」

「えぇ!?」

「これは……。私と……霊夢様……? 私は、私は……? うう、痛いよぉ……」

 

 もだえ苦しむ二人に追い打ちをかけるかのように、外見にも変化が起きる。

 文の身体は徐々に縮み始め、端麗な顔は幼顔になり、しなやかな手足は更に細く短く、背中から生えた立派な黒翼は雛鳥のように小さくなる。頭襟の紐は緩み、白い半袖シャツと黒のミニスカートに手足と胴体が隠れ、年端もいかない子供になっていた。

 対照的に杏子は背丈や髪が紫並に伸びて立派な女性に変貌しており、窮屈になった巫女服は彼女のボディーラインを強調していた。

 

「この姿……、私が鴉天狗になったばかりの頃ですね」

「な、なに、これ……!? 巫女服が、きついわ」

 

――変身や幻覚の類ではないわね。これはそう、まるで身体の境界が操作されたかのような……。

 

 身体の変調を察して困惑する文と杏子に、紫は「他に異常はない?」と訊ねる。

 

「ええと、原因不明の頭痛は収まったのですが、まだちょっと混乱しています。紫さんは何ともないんですか?」

「今のところはね。ねえ隠岐奈、貴女はどう?」

 

 紫は声を掛けたが、彼女から返事が戻ってくることはなかった。

 

「隠岐奈?」

 

 再度問いかけた時、霊夢達の会話が耳に届く。

 

『お、おい。文が小さくなっちまったぜ!?』

『ねえ咲夜。あの二人に何が起きているの?』

 

 紫は咄嗟に辺りを見渡したが、彼女達の姿は何処にもない。

 

『結論から答えると、彼女達は肉体の時間がずれてしまっているのよ』

『肉体の時間?』

『貴女達の世界では時間は常に未来方向に進んでいるけれど、ここは非常に不確かで曖昧なの。時の流れが固定された世界に存在する生命や物質は、この世界の時間の影響を顕著に受けるわ』

『それってつまり、ここに留まると若返ったり成長したりするのか?』

『そんな認識で構わないわ』

『なるほど。ってことは今の文は子供になっているのか。クク、あのふてぶてしい文屋にもあんな時代があったんだな』

『もしカメラがあればからかうネタが出来たのに、残念だわ』

『はは、違いない』

『あっちの子は中々スタイルがいいわね。私も大人になったらあれくらい成長するかしら? ……って、なによその目は』

『何でもないぜ~♪』

 

 姿は無くとも声は届き、しかも此方の状況を把握しているようだ。

 

――そういえば咲夜の傍に透過スクリーンがあったわね。あれで私達を見ているのかしら?

 

『ところで隠岐奈はさっきから全く動かないわね。瞬きすらしていないなんて』

『まさか時間が止まっているのか?』

『ええ、そうよ。そして時の浸食はまだ終わらないわ。見ていなさい』

 

 咲夜の予告通り、彼女達の身に起こる異変は止まらない。

 文の若返りは進行し、未熟な身体は更に縮んでいき、遂には人の形を保てなくなってしまった。

 彼女が首から下げていたカメラやショルダーバッグの他、頭襟から赤下駄まで全ての衣類が脱げてしまい、白い半袖シャツの衿から一羽の鴉が顔を出していた。

 

「カァカァ、カーカーカカッカー! カーカーカカカーカーカーカー……。カーカーカー……」

 

 彼女は涙目になりながら必死に鳴いており、紫は言語の境界を操り脳内で鳥の言葉を変換する。

 

――『あぁ、なんということでしょうか! とうとう妖怪になる前の姿になってしまいました……。私はどうなってしまうのでしょうか……』ね。

 

 紫は続けて隣の杏子に目を向ける。

 杏子は加齢が更に進行し、最盛期の若くて美しい肉体に陰りが見え始めた。

 張りのある肌にしみや皺が目立つようになり、艶やかな黒髪は潤いと色素を失い、徐々に白髪が目立つように。端麗な顔には皺が刻まれ、豊満な胸も萎びていき、細身の身体はたるんでいく。

 

「こ、これは……! そんな……」

 

 杏子は自らの身体の変化に涙を浮かべ、絶望に顔を歪ませており、紫は堪らず目を背ける。

 β世界において紫と杏子は何かと対立することが多かったが、この時ばかりは彼女の心情が痛い程理解できるのだった。

 

『おいおい、とうとう文がカラスにまで戻っちまったぜ!?』

『それにあの子もお婆ちゃんに……なんてことなの……』

 

 衝撃を受けた様子の霊夢とマリサに、咲夜は淡々と告げる。

 

『全ての生命と物質には始まりと終わりがあるわ。回春と老化の行きつく先は存在の消失よ』

『そんな……!』

『なんとかならないのかよ!?』

『残念ながら蓬莱人という例外を除いて、時間から逃れる術はないわ。貴女達も覚えておきなさい。あれが軽率な時間移動の代償よ』

『……随分と冷たいんだな。見損なったぜ咲夜』

『先程も話したけれど、全ての元凶は魔理沙なのよ? 私はあくまで観測者。責めるのはお門違いですわ』

『もしかして、私達もいずれ文やあの子みたいになってしまうのかしら?』

『ご明察。“私”の懐中時計が完全に壊れた時が貴女達の最期よ』

『……』

『悪い事は言わないわ。貴女達は元の時間に帰りなさい。時の理に至っていない人間は時に呑み込まれてしまうわよ』

『どうする霊夢?』

『私は――』

 

 ここで霊夢の声が途切れ、それ以降彼女達の会話は全く聴こえなくなった。

 

――今の話は私達のことよね……?

 

 原理や仕組みについて皆目見当がつかないが、時の回廊という特殊な場所なら、言葉が時空間を跳躍しても不思議ではないだろうと判断する。

 

――覚悟はしていたけれど、やはり時間移動は一筋縄ではいかないのね。咲夜の言う通り、軽率な行動だったかもしれないわ。

 

 紫は再び前方に視線を送る。

 先程までひっきりなしに鳴き続けていた文は、幼鳥を通り越して卵にまで時間が戻り沈黙している。そして杏子は枯れ木のように老いさらばえた姿になり、苦悩に満ちた表情で静かに目を閉じていた。

 

――でも今更後戻りはできないわ。さっきの話が真実なら……。

 

 紫は左手に持つ懐中時計を強く握ると、錆び付いたネジのように硬くなった身体に力を込める。

 

――霊夢が、動けるのなら、私だって、動ける、筈、よ!

 

 そんな思いが通じたのか、僅かに身体を動かせるようになり、じわじわと這うようにして前へ進んでいく。

 やがて文と杏子に手が届く距離まで進んだ後、懐中時計を自らの首に掛け、二人に手を伸ばす。

 左手は抱卵する母鳥のように文だった卵を優しく包み込み、右手は今にも命が消えてしまいそうな老体を労わるように腰に当てる。

 

――早く抜けてちょうだい……!

 

 心から願いつつ終わりの見えない回廊を飛び続けていると、何かが割れる音が聞こえ、慌てて左手を開く。そこには傷一つない卵があり、小さく安堵の息を吐いた。

 

――良かったわ。なら今の音は何だったのかしら?

 

 音の発生源を探して周囲を注意深く観察し、すぐに正体を突き止める。

 首からぶら下がる咲夜の懐中時計に罅が入っており、長針と短針が文字盤から外れて下に転がり落ちていたのだ。

 

――そんな……!

 

 それを認識した瞬間、紫の身体にも異変が起こる。

 僅かながらも動かすことが出来た身体が徐々に固まっていき、研ぎ澄まされた思考は鈍っていく。紫は自身の心と身体の時間が停止に向かっている事を瞬時に理解した。

 

――私は魔理沙に会わないといけないのに! こんな、ところで……!

 

「紫ーー!」

 

 薄れゆく意識の最中、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。



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第242話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 時の回廊の調査

 大変お待たせして申し訳ありませんでした。

 この話の時系列は『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』の後です。

 視点が霊夢に切り替わります。

 この話を含めて、今後数話続く予定のサブタイトルに『(2)タイムホールの影響⑫ side 霊夢』と書かれている話は、

『第240話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(前編)』

『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』と同じ時系列で起きており、

『(2)タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話になります。

この話に至るまでの簡単なあらすじ。

 西暦2008年4月5日、博麗神社に突如開いた時間の境界を調べる為に、霊夢とマリサは時の回廊に向かうが、西暦2021年2月21日の博麗神社に飛ばされてしまう。
 そこで紫と咲夜から事情を聞いた霊夢とマリサは、タイムトラベラーの魔理沙と時の女神の咲夜を見つける為に、咲夜から時の力が込められた懐中時計を受け取って再び時の回廊へ向かう。

上記のあらすじの詳細は『第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)』『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』にて描写しています。


 

 

――side 霊夢――

 

 

 

 

 時間の境界を抜けて再び時の回廊に侵入した私とマリサは、ゆっくりと回廊の上に降り立った。

 幻想郷は凍えるような寒さだったけど、ここはポカポカしていて過ごしやすい感じ。

 

「……よし、ちゃんと身体が動かせるな。咲夜の読みは当たってたって訳だ」

 

 左手を握ったり開いたりして感覚を確かめていたマリサが、「霊夢はどうだ?」と聞いてきたので、私もマリサに習って右手を握ったり開いたりしてみる。

 

「ええ、大丈夫。いつもと何も変わらないわ」

 

 さっきは殆ど何も出来ずに時間の境界に呑み込まれちゃったし、今度こそ魔理沙と咲夜を見つけないとね。

 

「さて、どこから捜すかな」

「そうねぇ……」

 

 時の回廊は途方もなく広い上に、今の私達は一心同体だ。闇雲に探し回るようなことはできない。

 私は改めてぐるりと周りを見渡して、先程と変化が無いか確認する。

 

 抜けるような青空の下、今私達が立っている石畳の道路は、桜、砂漠、紅葉、積雪地帯を突っ切るように地平線の果てまで続いていて、その果ては見えない。

 

 だけど後ろを振り返ってみると、道路と四季の景観がずうっと先で綺麗に途切れていて、地上から空まで空間全体が真っ暗な壁? みたいなもので覆われていてかなり不気味。

 未来の魔理沙の話では、時の回廊にある長い一本道は時間軸を実体化したものらしいから、多分途切れている部分は時間の終点で、咲夜が言っていた時間軸の逆行が始まる時間なんだと思う。

 

 そう考えると、私が今見ている方角が未来なのかな? 149年という年月は人間の私にとっては途方もない時間だけど、時間軸上だと近いような遠いような不思議な距離感ね。

 

 あと、道路の上を漂っていた超高層ビルや宇宙船の残骸が今は綺麗さっぱり無くなっている。もしかしたら私達と同じように、時間の境界が開いて知らない時間に落ちたのかもしれない。

  

(う~ん。景色は綺麗だけど何か違和感があるのよねぇ)

 

 例えるなら魚の骨が喉に刺さったような感じ。これは多分私の勘が働いている証だと思うけど、いまいち要領を得なくてモヤモヤする。

 

 ちなみにマリサは、私に事前に断りを入れた上で、アリスと魔理沙と咲夜の名前を何度も叫んでいるけれど、反応は無く、こだまだけが響いている。

 

「やっぱり地道に捜し回るしかなさそうだな」

 

 マリサは私の袖を引っ張り「なあ霊夢、まずはあの辺りを捜してみないか?」と桜地帯を指差した。

 

「いいわよ」

 

 私達は歩調を合わせながら道路を横切り、端っこまで歩いた所で立ち止まる。

 私が勝手に桜地帯と呼んでいる場所は、満開の桜の森が何処までも広がっていて、舞い落ちる花びらが地面に薄桃色の絨毯を作ってとっても綺麗! 

 白玉楼の桜も美しかったけど、ここも負けず劣らず壮観ね。

 

「いい眺めだなぁ。一昨日のお花見を思い出すぜ」

「ふふ、この異変を解決したら盛大に宴会を開きましょうか」

「そうだな! よ~し、行こうぜ!」

 

 マリサが意気揚々と右足を大きく上げて、薄桃色の絨毯に向かって下しかけたその時、嫌な予感がした私は無意識のうちに叫んでいた。

 

「マリサ! そこ踏んじゃダメ!」

「え!? うわわっ!」

 

 下した足が薄桃色の絨毯を踏む寸前に後ろに引っ込めたマリサはバランスを崩しそうになり、私は咄嗟に彼女の身体に抱き着いて支える。

 やがてバランスを取り戻した所で私が離れると、マリサは怪訝そうな顔で「急にどうしたんだ? ここを調べるんじゃないのか?」

 

「少し確かめたい事があるのよ」

 

 私はその場にしゃがみ込む。上手く言葉にすることはできないけど、私の第六感が働いている。ここには何かがあるって。

 道路の上から薄桃色の絨毯が敷かれた地面にそっと右手を伸ばし、指先が触れた時だった。突然見えない何かによって引っ張られて、身体が大きく前につんのめる。

 

(! しまった――!)

 

 抵抗する間もなく、私の右腕と頭は薄桃色の絨毯が敷かれた地面をすり抜ける。

 そこは真っ暗闇の中に煌めく無数の星々と、気が遠くなりそうな密度の時間と粒子。それはまさしく、一つの宇宙だった。

 

(ああ、なんてことなの……)

 

 私の意識は真夏に放置されたアイスクリームのように溶けていく。残った意識を振り絞って何とか浮かび上がろうと思っても、身体が全く言う事を聞かなくて、感覚さえも失われて……。

 そのまま消えて無くなりそうな私を呼び戻したのはマリサだった。

 

「霊夢!」

 

 世界全体に響き渡るような切迫したマリサの声がしたと思ったら、思いっきりグイっと引っ張られて、意識と身体が時の回廊に戻ってきた。その勢いで道路に尻もちをついちゃって、ちょっと痛い。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 私はマリサの手を支えに立ち上がり、スカートをはたきながら「助かったわ。ありがとう、マリサ」と率直にお礼を伝える。マリサがいなかったら危なかったわ。

 

「これくらい大したことないぜ。にしても何があったんだ? 上半身が地面に埋まってたぞ?」

「右手が地面に触れた瞬間急に引きずり込まれたのよ。地面の下には宇宙が広がっていたわ」

「なんだそりゃ?」

 

 マリサは困った顔をしているけど、本当にそうとしか言えないのよね。

 

「でも一つだけ分かった事があるわ」

 

 私が道路の端から桜地帯に向かって手を伸ばすと、舞い散る桜の花びらが手の平の上に落ちてくる。だけどそれを掴もうとしたら、霧のように消えちゃって、空気を掴んでいる様な感触だった。

 

「花びらが消えたぜ!?」 

 

 更によくよく観察してみると、風が吹いていないのに舞い落ちる桜の花びらの量が多く、それでいて道路の上には一枚も落ちていない。こっちに落ちてきた花びらはみんな消えちゃっている。

 

「きっと私達が見ているこの桜は幻ね」

「幻だって? だが魔力の類は一切感じないぜ?」

「時の回廊を私達の常識で考えてはダメよ。この調子だと他の場所も同じかもしれない」

「ってことは、もう1人の“私”か咲夜はこの道の何処かに居るのか?」

 

 果てしなく続く道路を見渡しながら呟いたマリサは、どことなくうんざりしているように思える。確かにこの道全部を捜すとなると、いくら一本道とはいえ辛いものがあるわね。

 

「何か……何か手掛かりはないかしら?」

 

 さっき感じた違和感はまだ完全には消えていないし、何か見落としている事がある筈。

 キョロキョロと辺りを見渡していると、砂漠地帯の果てに天高く聳え立つ時計塔に目が留まる。

 

(あれは……)

 

 人を惹き付ける程紅く、洋風なデザインは紅魔館の時計塔によく似ていて、周りとは明らかに雰囲気が違っていた。

 文字盤の針はⅫを指したまま微動だにしていなくて、この距離からでも時間が読み取れるくらいだから相当大きいんだと思う。

 

(時計、時間――そうよ。これだわ!) 

 

 天啓とも言えばいいのか、頭の中にストンと降りてきた私は、自信満々に時計塔を指差しながら宣言する。

 

「マリサ。私の勘ではあそこに何かあるわ!」




次の話は11月17日に投稿します。




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第243話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 時の回廊の謎

「あれは時計塔か?」

「ええ」

 

 根拠は無いけれど、あの建物だけ何かが違う気がするのよね。

 

「霊夢の勘はよく当たるからな。よし、行くか!」

 

 マリサは、背中にくっつけていた箒を魔法で右手に引き寄せて颯爽と跨り、後ろを指差しながら「乗ってけよ。私がひとっ飛びで連れて行くぜ?」と白い歯を見せる。

 

「ええ。じゃあお願いするわ」

 

 二人で飛ぶよりマリサの箒の方が速いし。

 私は手を繋いだまま彼女の後ろに跨ると、背中に軽く身体を押し付けてから腰に手を回す。マリサは森とキノコの匂いがするわね。

 

「お、おい。手を離していいのか?」

「こうやってくっついていれば問題ないでしょ。あんたの飛行は速いから、しっかりしがみつかないと振り落とされちゃうわ」

「ははっ、そうか」

 

 何故かマリサは愉快そうに笑っているけど、私にとってはあまり笑い事じゃないのよね。

 彼女が魔力を箒に込めると、ゆっくりと高度を上げていって、ある程度の高さで静止する。

 

「それじゃ行くぜ! 準備はいいか霊夢?」

「ええ!」

 

 私がぎゅっとしがみつくと、マリサは箒を発進させて、星屑をまき散らしながら風を切って飛んで行く。

 さっきまで私達が立っていた道路はあっという間に小さくなっていって、地上の桜の森は薄桃色になっていた。

 

「あんたまた速くなったんじゃない?」

「気付いたか? 最近魔力の効率を上げることに成功してな、より少ない魔力で速く飛べるようになったんだぜ」

「ふーん」

 

 正直に言うと、飛び慣れている私でさえもちょっと怖くなっちゃうくらい速いけど、口にしたら絶対からかわれるから余裕のある態度を出している。 

 そしてどれくらいの時間が経ったのかな。ふとマリサが前を向いたまま呟く。

 

「おかしいな。なんか全然距離が縮まらないんだが」

「え?」

 

 私は顔を上げてマリサの肩越しに時計塔を見ると、確かに出発前と大きさがあまり変わっていない。というか、本当に近づいてる?

 後ろを振り返ってみても、道路との距離感が少し前に見た時と同じで、飛行中の今も離れているようには思えない。

 

「まさかあの時計塔も幻なのか?」

「マリサ、一旦止まって」

「おう」

 

 マリサはその場で急停止した。

 

「どうするつもりだ?」

 

 時の回廊は咲夜によって管理されている世界だし、常識では有り得ない事が起きているのは確実。可能性は幾つか考えられるけれど、さっきの桜地帯みたいな例もあるし、まずは一つずつ潰していきたいところね。

 首から下げた咲夜の懐中時計を確認すると、短針はⅡ、長針はⅪを指していて、秒針は一定のリズムを刻んでいる。この時刻は全く当てにならないけれど、私にとっては“時計が正しく動き続けている”という事実こそが重要な意味を持つ。

 

「マリサ、私が合図を送るまで進み続けてちょうだい」

「ああ」

 

 マリサが時計塔に向かって進む間、私が懐中時計を注視していると、秒針に大きな変化が起きていることに気付く。

 なんと、Ⅻの位置から一定のリズムを刻んでいた秒針が、Ⅵの位置まで進んだ所でⅫの位置へ瞬間移動していたのよ。

 最初は自分の目を疑ったけど、何度確認しても、同じ現象が繰り返されているわ。秒針が高速で進んだり、戻ったりするのではなくて、忽然とⅫの位置に移動しているのよね。

 

(これはもしかして……!)

 

「マリサ、マリサ」

「なんだ?」

「今度は私が止めるまで引き返してくれる?」

「? 構わないぜ」

 

 マリサは減速しながらゆっくり旋回すると、時計塔に背を向け、道路目掛けて高度を下げながら飛んで行く。

 10秒、20秒と経過する間、私は何度も後ろを振り返りながら距離感を確認していく。すると道路はどんどんと大きくなっていくのに対して、背後の時計塔は小さくなっていった。

 咲夜の懐中時計を見ると、秒針は正しく時間を記録し続けていて、文字盤の上をぐるりと一周していた。

 

(ふーん、そういうこと……。中々面白い仕掛けじゃない)

 

 今度は時計の動きと距離感が正常に働いたことで、私は一つの確信を得ていた。

 

「マリサ、ストップ」

「はいはい」

 

 マリサは再び空中で静止する。

 

「今度は時計塔の方を向いて」

「おいおい、あっちに行ったりこっちに行ったり、さっきから何なんだぜ?」

「話は最後まで聞いて。次はあの時計塔に向かってマスタースパークを撃ってみて。私の予想が正しければ、途中で止まる筈よ」

「んー? まあいいけどさ」

 

 マリサは首を傾げつつも、スカートのポケットから八卦炉を出すと、時計塔の屋上に照準を定める。

 

「恋符「マスタースパーク」!!」

 

 虹色に輝く極太の光線は、空を一直線に突き進んでいくけれど、案の定ある程度進んだ所でピタリと止まってしまった。




次回投稿日は11月25日です


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第244話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 時の歪み

「なっ……! これはどういうことなんだ?」

「やっぱりね。マリサ、もう止めていいわよ」

「あ、あぁ」

 

 マリサは八卦炉への魔力供給を断ってポケットの中にしまい込む。だけどマスタースパークは依然として空中に留まっていて、消える気配が無かった。

 

「おかしいな。どうして消えないんだ?」

 

 彼女の代名詞とも言えるマスタースパークは、八卦炉に呪文をかけることで放たれるスペルカードで、マリサが魔力を送り続けることで虹色の光線が発射される。

 引っくり返して言えば、魔力が供給されなくなると自然に消滅してしまう技なのだ。

 

「この魔法は一定の時間を永遠に繰り返しているのよ。さっきまでの私達のようにね」

「どういうことだ?」

「理屈は分からないけれど、この辺りには時間が歪められているポイントがあって、そこを通り過ぎると少し前の時間に戻されてしまうのよ。傍から見ると、止まっているように見えるってわけ」

「うーん、何となく理解できるような……できないような……」

「んーまあ言葉で説明するよりも、実際に体験した方が早いわね」

 

 私はマリサの前に咲夜の懐中時計を示す。

 

「今の時間は1時58分ぴったりでしょ?」

「そうだな」

 

 それから私は、時計の針が5秒進んだ所で、マスタースパークの左隣に博麗のお札を一枚貼り付ける。

 

「このお札の位置を覚えておいてね。マリサ、マスタースパークが途切れた場所までゆっくり進んでくれる?」

「分かったぜ」

 

 マリサは再び箒を動かして、マスタースパークに沿って接近していく。こうして近くで見ると凄まじい魔力ね。

 

「う~む、全然魔力の構成が崩れていないな。それにこれは、止まっているんじゃなくて、動き続けているのか?」

 

 マリサは興味深そうに観察しつつ、目的の場所まで移動した所で静止する。

 辺りは何もない広大な空が続いているのに、マスタースパークは私達のすぐ右隣りの空間で不自然に途切れている。

 

「この辺りが時間が戻るポイントね。この先に進もうとすると、私達の時間が戻されるわ」

 

 私は懐から陰陽玉を出すと、マスタースパークが途切れているポイントに浮かべる。今の時間は2時ぴったりね。

 私はマリサの目の前に咲夜の懐中時計を提示しながら言った。

 

「マリサ、今の私達が居る場所と時間をよーく覚えておいて」

「おう」

 

 私達の目の前には陰陽玉が浮かんでいて、遥か前方には時計塔が見える。右隣には途切れたマスタースパーク、後方にはさっき貼り付けた博麗のお札と、果てしなく続く道路が見える。

 周囲の状況をじっくりと観察したマリサは「OKだぜ」と頷く。現在時刻は2時1分で、彼女も確認済みだ。

 

「それじゃ、陰陽玉がある地点を越えた後に止まって」

「ああ」

 

 マリサが再び箒を発進し、亀のような速度で陰陽玉が浮かんでいる地点を越えた瞬間、時計の針が一瞬で3分前に移動する。

 

「ん!? 時計が戻ったぜ!? それにこれは――」

 

 マリサは何が起こったのか分からないって感じの顔で、周囲を見回している。

 というのも、先程は右隣の空間にあったマスタースパークが正面に出現していて、私が目印として左隣に張り付けた博麗の札と、空中に浮かべた陰陽玉が跡形もなくなっていたからだ。

 もちろん、遥か前方に時計塔が建っていて、遥か後方に道路があるという位置関係は変わっていない。

 

「これが時間の歪みよ。どれだけ進んでも、進んだという事実が無くなっちゃうんだから、いつまで経っても辿り着けない訳」

「つまり、私がマスタースパークを撃った直後の時間と場所に戻ったと言う訳か。ってことは、博麗の札と陰陽玉が消えたのも?」

「ええ。時間が遡った事で、1時58分1秒~2時1分の間に起きた出来事が“無かった事”になって、1時58分の状態に戻ってしまったの。ちなみにさっきまでの私達は、ずっと1時55分~1時55分30秒の間を延々と繰り返していたわ」

「むう、もう一人の“私”が使うタイムジャンプとは法則が違うみたいだな。どうするんだ? 別の場所から回り道するのか?」

「そんな単純な抜け道でどうにかなるとは思えない。あの時計塔に行く為には、時間の歪みを修復する必要があるわ」

「……そんな事が出来るのか?」

 

 確かにマリサの言う通り、単純な空間の歪みなら自力で何とかなったけれど、時間が絡んでいるとなると私の手に負えない。あの紫でさえも、時間の境界は操れないみたいだし。

 でも今の私には咲夜から預かった懐中時計がある。私の力と組み合わせればなんとかなるかもしれない。

 

 私は咲夜の懐中時計を掲げて「マリサ、もう1回マスタースパークが途切れた場所まで進んでくれない?」とお願いする。

 

「――なるほどな。任せたぜ」

 

 どうやら私の意図は伝わったみたいで、マリサは即座にマスタースパークの先端地点まで移動してくれた。

 

「マリサ、一回降りるから手を繋いで」

「おう」

 

 もう一度手を結び直してから箒から降りて、マリサの隣に並び立つ。

 

(咲夜、貴女の力を貸して)

 

 縋るような気持ちで私は懐中時計を右手に掴み、それを持ったまま前に――時計塔が見える方角に向かって伸ばし、霊力を込める。

 そんな私の願いが通じたのか、ガラスが割れるような音がしたかと思ったら、次の瞬間には目の前の空間の一部に穴が空いていた。

 

「おぉ、やった!」

 

 マリサが歓喜するのも束の間、一定の時間を循環していたマスタースパークがその穴を抜けて時計塔に向かって直進していく。

 時の回廊の影響なのか、勢いが全く落ちることなく突き進んでいき、文字盤に直撃した瞬間に閃光が発生。光が収まった頃には幻のようにかき消えていた。

 

「ねえ、今のって……!」

「ああ! やっぱりお前の勘は当たっていたようだな!」

 

 確信を得た私は、マリサの後ろに乗った後、空間に開けた穴を通り抜けて時計塔目掛けて飛んで行く。 

 すると先程までとは違い、時計塔がどんどんと大きくなっていって、逆に後ろの道路は小さくなっている。咲夜の懐中時計を見ても、正しく時を刻んでいるし、これはもしかしたら行けるかも!

 マリサも同じ感触を得たのか、「全速力でかっ飛ばすぜ!」と言って更に加速していく。もしかしたら文より速いかも。

 期待を胸に待ち続け、咲夜の懐中時計で数えて15分後、ようやく時計塔が目前まで迫ってきた。

 近くまで来て分かった事だけど、この時計塔は一言で表すならとにかく大きくて高い。

 どれくらい大きいかと言うと、文字盤に刻まれたローマ数字ですら私の何十倍もあるのに、これさえも全体で見たらほんの一部に過ぎないところ。まるで大きな壁のような圧迫感を覚える。

 地上はもう遥か下にあって、どのくらい高いんだろう。少なくとも天界よりも高いのは確かね。

 

「もうすぐ到着だぜ!」

 

 巨大な時計を越えて、勢いそのままに時計塔の頂上に飛び出すと、そこは開けた屋上になっていて、とても静かだった。

 そして私は中心に佇む一人の少女を見つけ、目が合った。

 

(あれはまさか――!)

 

 銀色のボブカットにリボンの付いた三つ編みを結い、純白のドレスを身に纏う瀟洒な少女。

 彼女こそ、私達が捜し求めていた時の女神、十六夜咲夜だった。




次回投稿日は12月4日です


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第245話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 女神咲夜との邂逅

「見つけたわ! マリサ、行くわよ!」

「おう!」

 

 咲夜のすぐ前まで飛んだ所で、私はマリサと手を繋ぎながら一緒に飛び降りる。この間、彼女はずっと何かを考えあぐねるような顔で私達を見つめていた。

 

「ようやく見つけたわよ!」

 

 背中のリボンに差していた幣を抜いて、威勢よく突き出したけど、彼女は私達をじっと見つめたまま何も答えない。宝石のように綺麗な蒼色の瞳には、どこか迷いがあるように感じる。

 

「ほ~これが時の神の咲夜か。紅魔館の咲夜と本当にそっくりだな」

 

 一方マリサは物珍しそうにまじまじと咲夜を見つめていて、全然警戒していない。

 こっちの咲夜と私達が知る咲夜との違いは、瞳は蒼色で、背中には吸血鬼の羽が無くて、人間だった頃の彼女の姿をしている所ね。あっちの咲夜を否定する訳じゃないけれど、私にとってはこっちの姿の方が見慣れている。

 服装もメイドカチューシャとメイド服じゃなくて、レースの入った白いドレスを着ていて、神様というよりお姫様みたいな感じ。咲夜はスタイルがいいから、どんな服でも似合いそうだわ。

 

「ねえ、なんとか言ったらどうなの?」

 

 こうしてじっくり観察しても私の勘は働かないし、目の前の咲夜は幻とかじゃないと思うんだけど……なんで黙ったままなのかしら。無視されるのは流石に傷つくわ。

 こうなったらくすぐってみようかな――なんて思い始めたら、咲夜は私の心を読んだかのように重い口を開いた。

 

「……久しぶりね、霊夢。貴女の主観時間から見て、およそ8ヶ月ぶりかしら?」

「ええ、あの時以来ね」

「うん? お前達会った事あるのか?」

「去年の7月25日に、未来の魔理沙が忘れたルーズリーフを巡ってタイムリープした時に、一度だけ会っているのよ」

「あぁ、そう言えば前にそんな話してたな。思い出したぜ」

「改めて自己紹介をさせてもらうわ。私は十六夜咲夜、貴女達が生きる宇宙の時間を司る神よ」

 

 咲夜は柔和な表情を浮かべながら、自然な所作で会釈する。さっきまでの不自然な態度は無くなってるし、どうやら、私達と話す気はあるみたいね。

 

「咲夜、私達がここに来た理由は――」

「知っているわ」

「え?」

 

 まだ何も言ってないんだけど。

 

「私は時の観測者。貴女達の行動は全て観測していたのよ」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、私達の目の前に、薄い透明な枠に囲まれた画面が急に浮かび上がる。

 そこには私とマリサと美咲が博麗神社の縁側に座って、お茶菓子をつまみながらお喋りする光景が映っていた。

 

「え、私!?」

「私もいるな。てか、こんなの何処から撮ってたんだよ」

 

 これは紫や早苗が話していたテレビっていう機械に似ているけれど、厳密には違うような気もする。だってこの映像はまるでその場にいるかのような真正面のアングルで撮られているし、カメラがあったら絶対気づくもん。

 そんな事を思っている間にも、映像が進んでいって、画面の中の私達が急に立ち上がって空を見上げる。

 

『何……あれ……!』

『異変か。面白い事になってきたぜ……!』

 

 それに合わせて画面が空に切り替わると、時間の境界が開いていて――ってあれ? なんだか見た事あるわね。

 

(確かこの後は紫がマリサの前に現れて――)

 

『魔理沙! 貴女、とんでもないことをしてくれたわね!』

『い、いきなりなんだよ!?』

『とぼけないで! 時間の境界を開けたのは貴女でしょ! 一刻も早く閉じなさい!』

『はぁ!? 何を言ってんだよ!』

 

 画面の中のマリサの前にスキマが開いて、紫が血相を変えて問い詰めているけど、なんだかすごい既視感。

 

「ねえ咲夜。これってまさか、2008年4月5日のお昼前の映像なの?」

「ご明察」

 

 微笑みを浮かべた咲夜は、次々と映像を切り替えていく。

 

 時の回廊の中で、マリサが漂流する建物の残骸や壊れた宇宙船を掻き分け、飛ばされていくアリスの名前を叫びながら必死に手を伸ばすけど、あと少し届かなくて、私と一緒に時間の境界に呑み込まれる映像。

 

 2021年2月21日の雪が降り続く博麗神社で、私、マリサ、咲夜、隠岐奈、美咲の5人が話し合い、私とマリサが咲夜から懐中時計を受け取って再び時の回廊に突入していく映像。

 

 時の回廊の中で、私が桜地帯の下に落ちそうになりながらもマリサに助けて貰ったり、時計塔を目指してずっと同じ空をぐるぐる回った後、時の歪みを壊して一直線に時計塔に近づく姿まで。

 

 私達が異変調査に乗り出してからの行動が全部、時系列順に記録されていた。

 

「ふぅん。随分と便利な力ね」

「覗き見なんて趣味悪いぜ?」

「悪く思わないで頂戴。これも必要な事なのよ」

「まあ説明の手間が省けたから良いわ。咲夜、今の幻想郷には何が起きているの? この異変は未来の魔理沙と何か関係があるのかしら」

「アリスはどうなったんだ? 生きてるのか?」

「残念だけれど、貴女達に教えることは何もないわ」

 

 またまた咲夜が指を弾くと、今度は私達の隣に時間の境界が開く。境界面には、私の神社が映っていた。

 

「西暦2008年4月5日午前11時15分の博麗神社境内に繋がっているわ。貴女達は元の時間に帰りなさい」

「それは出来ない相談ね。私達は異変の調査に来ているのよ」

「右に同じだ」

 

 何となくだけど、ここで帰っちゃったら二度と真実を知る機会は訪れない気がする。もう去年の夏みたいな歯がゆい思いはしたくない。

 

「貴女達ならそう言うと思ったわ。困ったわね。あまり実力行使には出たくないのだけれど」

「それなら咲夜、弾幕ごっこで決着付けようぜ。私達が勝ったらお前の知っている事を全て教えてもらうぜ! もし負けたら、大人しく元の時間に帰ってやるよ」

 

 マリサの提案に、咲夜の表情が一瞬変わったのを私は見逃さない。

 

「……ふふ、全ては無理だけれど、貴女達の質問に答えるくらいなら構わないわ」

「約束さえきちんと守ってくれるのなら、それでもいいぜ」

「あら、私に勝てると思っているの? 幻想郷の“私”と違って、この私はあらゆる時間に干渉できるのよ?」

「勝負はやってみないと分からないさ」

 

 そしてマリサは箒に跨り、「霊夢、後ろに乗ってくれ」と言われたので私も彼女の後ろに跨る。2対1になっちゃうけど、今の私達は離れられないししょうがないか。

 

「始める前に一つ。私は弾幕ごっこのルールに則って戦うことを、十六夜咲夜の名にかけてここに誓うわ」

「? そんなの当たり前だろ?」

「……」

 

(もしかして咲夜は……)

 

「霊夢、私は回避に徹するから、お前は攻撃に専念してくれ」

「珍しいわね」

「どうやら簡単に倒せる相手じゃないみたいだからな」

 

 マリサの視線の先には、空中に無数のナイフを出現させては手品のように消す咲夜の姿があった。なんだか随分とやる気満々ね。

 

「スペルカードは3枚だ。準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」

 

 こうして、私達の命運をかけた弾幕ごっこが始まった。



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第246話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 弾幕ごっこ

 弾幕ごっこが始まってどれくらいの時間が経ったのだろう。

 5分しか経っていないような気もするし、はたまた1時間以上戦っていたような気もする。長いような短いような勝負だったけれど、遂に決着の時が訪れた。

 今の私とマリサは手を繋ぎながら時計塔の屋上に立っていて、すぐ目の前には息を切らした咲夜が片膝をついている。かくいう私も息が上がっていて体力の限界が近いけど、気力を振り絞って幣を彼女に突き出した。

 

「あんたのラストワード『時符「タイム・デストラクション」』は完全に破ったわ。まだやるの?」

 

 しばらく睨み合いが続いた後、呼吸を整えた咲夜は、絞り出すようにポツリと呟く。

 

「……私の負けよ」

「よーし勝ったぜ!」

 

 マリサは弾ける笑顔で拳を突き上げ、私も自然と口元が緩むのを感じた。

 

 今回の弾幕ごっこを振り返ると、咲夜はとにかく手強くて、私達は終始劣勢だった。

 

 時間操作を利用したナイフ投げと、タネのない手品を中心に戦ってくるのは幻想郷の咲夜と同じだったけど、こっちの咲夜は更に苛烈だった。

 

 過去や未来の弾幕を現在の時間にずらしてきたり、一時的に別の時間の咲夜を同じ時間に呼び出して弾幕を撃ってくるものだから、初めの頃は翻弄されっぱなしで、碌に弾幕を撃てなかった。咲夜の懐中時計が使えたら良かったんだけど、そう都合よくはいかないものね。

 

 それでもなんとか慣れてきて、攻撃に移っていったけれど、今度は彼女の未来視に苦しめられた。

 

 例えば私が一手先を読んで上方向に弾幕を集中しても、彼女は二手先を視て下方向に瞬間移動するし、三手目で夢想封印の布石として弾幕をばら撒けば、四手目で私達の動きを封じるように高密度の弾幕を撃ってきて、五手目で夢想封印を使う隙を与えてくれない。

 

 こんな事が何度も繰り返されて、最後まで私の弾幕は咲夜に届かなかった。

 

 時間を止める相手と戦う場合、依姫のように“時間を止めても逃げられない状況に追い詰める”のが定石なんだけど、弾幕ごっこには“絶対に回避できない弾幕を撃ってはいけない”というルールがある。

 

 依姫は、咲夜が投げたナイフを金山彦命(かなやまびこのみこと)の力で砂に分解した後、またナイフの形に再構成して跳ね返し、彼女が時間を止めて逃げようとした寸前に火雷神(ほのいかずちのかみ)の力で雨を降らせて、空中で停止した雨粒で動きを封じる。という段階を踏んで倒していた。

 

 でも私にはこの二神の神降ろしは無理だし、咲夜は未来視の力なのか、はたまたこの時の経験を思い出しているのか、袋小路に陥らないように立ち回っていて、何をやっても全然追い詰められなかった。

 

 もはや私の頭の中を覗いてるんじゃないかってくらい作戦と戦術が全て看破されて、打つ手が無かったのに対し、咲夜の攻撃は舌を巻くほど的確だった。

 

 マリサの動きを完全に読み切っていて、上下左右どこへ逃げても必ずその方角から無数のナイフが飛んでくるし、玉砕覚悟で接近すれば周囲に弾幕を集め、慌てて距離を取れば背後から弾幕の雨に襲われる。攪乱させようとしっちゃかめっちゃかに動き回った事もあったけど、惑うこと無く鋭い弾幕が飛んできて、効果が無かった。

 

 過去と未来から予備動作無く訪れる、空を覆い尽くすほど激しい弾幕の嵐。避けられる隙間を一瞬で判断して移動しないと被弾する理不尽な状況が続いて、初めの内は軽口を叩いていたマリサも段々余裕が無くなり、遂には集中力を切らして反応が遅れてしまう。

 

 もちろん咲夜がその隙を見逃すはずもなく、一瞬反応が遅れたマリサをナイフの檻で閉じ込める。詰みの状況に陥ったマリサは『しまった!』と声を上げたけど、時すでに遅く、ナイフの切っ先が全方位から押し寄せる。

 

 ここで被弾したら負けると判断した私は、切り札「夢想天生(むそうてんせい)*1を宣言。マリサも私の能力の範囲内に含めて無敵時間を作り、休憩も兼ねて作戦を練ることにした。

 

『まず今分かっている事は、こっちの咲夜は完全な時間操作が出来る所ね。過去と未来の攻撃を現在の時間に合わせたり、未来を視る力がそれにあたるわ』

『私の行く先々に弾幕が飛んできたし、霊夢の弾幕も全然当たらなかったもんな』

『彼女は私達の行動によって起こる結果を見てから臨機応変に対応してくる。言ってみれば常に後出しじゃんけんをしているようなもの。あんたが行き当たりばったりで動き回っても、結果を知る彼女には通用しなかったでしょ?』

『改めて言われると反則的な能力だな。こうなったら未来を読む暇を与えないくらい攻撃しまくるか?』

『咲夜にその戦法は通用しないわ。彼女は時間を止めて、自分だけの時間を無限に作り出せるもの。結果を視てじっくり考えてから対処されるでしょうね』

『……あまりこんな事言いたくないんだが、勝つのは無理じゃないか? 未来を読まれたらどうしようもないじゃん。下手したら私達が負ける未来が見えたから、弾幕ごっこを引き受けた可能性だってあるぞ』

『諦めちゃ駄目。弾幕ごっこのルールをフル活用すれば勝機はあるわ』

『――なるほど。お前の言いたい事はなんとなく理解できたが、念のために考えを聞かせてくれ』

『あんたも知っての通り、弾幕ごっこには、【決闘は美しくなければならない】【絶対に回避できない弾幕を撃ってはいけない】【体力が尽きるか、全ての技が相手に攻略されると負け】というルールがあるわ。だから“咲夜よりも体力を残した上で、無傷で残りのスペルカードを攻略する”のよ。決闘の美しさについては、あんたが紙一重の所で避けまくってたから、私達が上回っているわ』

『やはりそうなるか。針の穴を通すような条件だが、勝つにはそれしかないな』

『ここからは攻守交替よ。私の本気を見せてあげるわ』

『ああ、頼んだぜ!』

 

 そんなやり取りを交わした後、私達は箒から降りてマリサを背負い、準備が整った所で「夢想天生」が終わる。ちなみに、この間にも無意識的に弾幕を撃ち続けていたんだけど、やっぱり全然当たらなかったわね。

 

 マリサは今までの鬱憤を晴らすかのように弾幕を沢山撃って、私は自分の経験と直感を活用しながら、時を越えて出現するナイフと弾幕から逃げ続ける。

 

 ここから先は、私と咲夜どちらの体力が尽きるかの我慢勝負。こう見えても体力には自信あるし、咲夜は能力を惜しみなく使っているから、先に疲れてくるのは相手の筈――そんな事を考えながら避け続けていたけれど、弾幕の動きを観察していく内に妙案を思いつく。

 

 それは咲夜の未来視と前述の弾幕ごっこのルールを逆手に取り、私の行動パターンを一定にすることで、未来の選択肢を狭めるというもの。

 

〝分かっていてもそうしなければいけない”という状況、言い換えるなら此方から〝最善手を誘導”することで、咲夜の弾幕が来る方向をある程度絞ることに成功し、避けるのが少し楽になった。

 

 そうして時が経つにつれて、私の目論見は見事に的中する。

 

 咲夜の顔に疲労の色が見え始め、時を止めない時間が増えてきて動きに精彩を欠く場面が多くなり、マリサの弾幕が少しずつ掠るようになっていく。

 

 マリサも咲夜の異変を好機と捉えて、出し惜しみ無しの七色の弾幕を使って少しずつ追い詰めていく。このまま押し切れるかなと思っていたら、咲夜は右腕を掲げて、ラストワード「時符「タイム・デストラクション」」を宣言する。

 

 これは私達の時間を壊して自分に有利な時間を作る反則的なスペルで、常に時間が加速している咲夜に対し、私達の身には時間の加速・減速・遡航・停止現象が不規則に起きたわ。

 

 例を挙げると、マリサが八卦炉で狙いを定めようとしたら、腕が動かなくて弾幕が撃てなかったり、私が左に50㎝くらい移動しようと思ったら、急に身体の時間が遅くなって半分くらいしか動けなくて、弾幕に当たりそうになったりしたわね。

 

 マリサは『なんだよこれ!? 身体が思うように動かないぜ!?』ってかなり混乱していたけど、私はすぐに特性を理解して、文字通りの意味での時間差に対応するために、神が宿るくらい集中する。

 

 これはどういうことかと言われるとちょっと説明が難しいんだけど、私の意識が浮いて、私自身を背後から俯瞰しているような不思議な感覚になって、周りの動きが遅く見えるようになるの。

 

 かなり疲れるから普段の弾幕ごっこでは滅多に使わないんだけど、今回は絶対に負けられないし、私の勘ではここが一番の勝負所だと判断。 

 

 時間加速中の咲夜が繰り出す変幻自在な弾幕を、自分の行動時間と併せて一寸先まで見極めながら避けていく。もちろん、過去に飛ばされた時も考えて、「時符「タイム・デストラクション」」中に撃たれた全ての弾幕の弾道を頭に叩き込むのも忘れない。

 

 マリサは『すげえ神業だ! 霊夢の目は後ろにもついてるのか!?』とか、咲夜は『信じられない……! 貴女本当に人間なの?』って驚いていたけど、この時の私は心技体全てを限界まで引き出していたから、弾幕を楽しむ余裕が全然無くてきつい時間だった。

 

 あとちょっと制限時間が長かったら、集中力が切れて被弾してたわね。あぁ、疲れた。

 私は回顧を終えて目の前の咲夜に視線を戻す。

 

(まさかこっちの咲夜に勝てるなんて、弾幕ごっこさまさまね)

 

 もし本気の戦いだったら私達に勝ち目は無かったと思う。私が関知できない時間に移動されたらどうしようもないし。

 ふと、弾幕ごっこ前の咲夜の言葉を思い出す。

 

『私は弾幕ごっこのルールに則って戦うことを、十六夜咲夜の名にかけてここに誓うわ』

 

(やっぱり、咲夜は自分が負ける未来を知っていたのかしら。でもそれなら、弾幕ごっこを受ける理由が無いわよね?)

 

 じっと咲夜を見ながらそんな事を考えていると、マリサが口を開く。

 

「さあ、約束だぜ。さっきの質問に答えて貰おうか」

「しょうがないわね」

 

 咲夜は立ち上がり、軽く咳払いをしてから語り始めた。

 

「ではまず霊夢の質問から答えましょう。1番目の質問『今の幻想郷には何が起きているの?』について。結論から言うと、【メビウスの輪の影響で、散発的なタイムホールが開いているだけ】。西暦2008年4月5日は時空循環点から離れているから、影響も極僅か。貴女達の主観時間で約五日程度で修復されるわ」

「……え?」

「2番目の質問、『この異変は未来の魔理沙と何か関係があるのかしら?』について、霊夢の推測は正解。今回の異変の元凶は彼女よ」

「!」

 

(そんな……!)

 

「最後にマリサの質問だけど、現時点――私と貴女達が会話している今この瞬間の歴史の結果では、アリス・マーガトロイドは生きているわ」

「……随分と含みのある言い回しだな?」

 

 咲夜は捲し立てるように答えると、私達の隣に博麗神社が映る時間の境界を開いて、「以上よ。さあ、元の時間に戻りなさい」なんて催促するものだから、私は思わず「それは答えになっていないわ。ちゃんと説明しなさい!」と言葉を強めた。

 

 咲夜の話は同じ日本語とは思えないくらいちんぷんかんぷんだし、未来の魔理沙が元凶なんて、一体どうして? 彼女は幻想郷が滅ぶ未来を変える為に、何度も時間移動を繰り返したのよ? 理解できないわ。

 

 マリサも「咲夜。お前は事実を話しているのかもしれないが、私らには詭弁にしか聞こえないぜ。きちんと解説してくれないと納得できないぞ」と呆れていた。

 

「どうしても知りたいの? 今ならまだ『傍観者』でいられるわよ?」

「……どういう意味?」

「これから話すことは、貴女達の未来に大きな影響が及ぶのよ。観測された事象が覆り、高確率で自己同一性の矛盾を引き起こして、最悪の場合は存在の抹消に繋がるわ。それでも良いの?」

「当然よ。私は真実が知りたくてここまで来たんだから」

 

 私は咲夜の目を見ながら即答した。未来の魔理沙が関わっているって聞いたら、尚更引き下がれない。例えどんな結果になっても覚悟はできてるつもり。

 

「霊夢の言う通りだぜ。私の未来は私が決める。お前に指図される謂れはないぜ」

 

 マリサもまたふてぶてしい笑顔で答えていた。

 

「……そう」

 

 咲夜は私とマリサの顔を交互に見た後、時間の境界を消した。

 

「貴女達の覚悟は受け取ったわ。二人とも、これを見てちょうだい」

*1
これは私の「主に空を飛ぶ程度の能力」の本質で、空も含めたありとあらゆるものから浮くことで完全無敵になる奥義なの。強すぎるって魔理沙(マリサ)に言われたから弾幕ごっこでは制限時間を設けているわ。



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第247話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 メビウスの輪

 咲夜が指を弾くと、私達は屋上の中心から端に瞬間移動していた。

 雲一つない青空の下、遥か遠くには春夏秋冬の景色を貫くように一本道が伸びている。ここは時の回廊全体を一望できる絶景ポイントみたいだけど、東側一帯が真っ暗な壁みたいなもので覆われているせいで、景観が台無し。

 

「まず前提として、時の回廊は貴女達の住む世界とは切り離された高次元世界。時の流れは異なるし、ここで観測した事象は“結果”であることを念頭に置いてね」

「? ああ、分かったぜ」

 

(……なんだか嫌な予感がするわね)

 

「私達が今立っている時計塔は、始まりの時計塔と言って、時の回廊の観測点なの。貴女達の主観時間を基準に、ここから見て西は過去、東は未来に繋がっているわ」

「あの道路が時間軸を表しているのよね?」

「そうよ。本来なら、時間軸は宇宙の始まりから終わりまで繋がっていなければならないの。だけど現在の時間軸には異常が起きてしまっているわ」

「もしかしてあの真っ暗な壁のこと?」

 

 東を指さしながら訊ねると、咲夜は驚いた様子で「そういえば、貴女達の主観時間だと未来しか感知できないのね。これなら気付くかしら」と私達の肩に軽く触れ、今度は西側を指差す。

 何があるのかなと思いながらそっちを見たら、途方もなく遠い場所に真っ黒な壁みたいなものが現れていて、四季の景色と道路を分断していた。

 

「おい、どうなってるんだよ?」

 

 マリサは目を丸くしていて、かくいう私も言葉を失っていた。

 時間軸という道路が二つの真っ暗な壁によって消えている。これが意味することはつまり。

 

「まさかとは思うけど、過去と未来が無くなっているの?」

「察しがいいわね。その通りよ」

 

 咲夜は出来の良い生徒を褒めるように微笑み。

 

「今の宇宙は、西暦換算で、UTC(協定世界時)紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時から西暦215X年10月1日午前0時までの時間しか無いのよ」

「……ごめんなさい。もう1回言ってもらえるかしら?」

 

 聞き返すと、私達の前にまた枠が透明なテレビが出現して、上側の吹き出しみたいな鍵括弧の中にさっきの台詞がずらっと表示される。未来はおよそ149年後で、過去は……何年前かしら。桁が多すぎて暗算は無理ね。

 

「紀元前38億……その時代って、幻想郷はおろか、地球にまだ生命が誕生していないじゃないか」

 

 ちなみに、私とマリサの会話もテレビの吹き出しに文字として表示されている。どういう原理なのかしら。

 

「ねえ、協定世界時って何? 幻想郷の時間とは違うの?」

「協定世界時は外の世界が定めた“時間”の基準となる時刻でさ、幻想郷より9時間遅いんだぜ」

「へぇ~そうなのね」

 

 ということは未来の場合だと、幻想郷時刻は西暦215X年10月1日午前9時になるのね。……あれ? この時刻って。

 

「ねえ、この未来の時間って、咲夜がタイムスリップしてきた時刻じゃない?」

「あっ、言われてみればそうだな!」

 

 2021年2月21日の博麗神社で、咲夜は2008年4月10日に、215X年10月1日の午前9時からタイムスリップしてきた未来の咲夜と輝夜に会ったって話していた。

 彼女はタイムトラベラーの魔理沙に会うために、時間を遡ってきたらしいけど……。

 

「咲夜の件について、時の回廊の異常と関係あるの?」

「……貴女達も知っての通り、時間は過去から未来の一方向にしか流れないわ。だけど今は時間の流れが異なるの」

 

 咲夜が透明なテレビに優しく触れると、図解が表示される。

 そこには時間軸と記された黒い一本線が引かれていて、両端には縦線が入り、左端には時刻A(UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時)、右端には時刻B(UTC西暦215X年10月1日午前0時)と記されている。

 やがて左端から時間軸の線をなぞるように黄色い矢印が出てきて、右端に向かって一定の速度で動き続けていく。

 

「時刻Aから刻み続ける時は、時刻Bに向かって進んでいくわ」

 

 黄色い矢印は線の半分を越えて、もうすぐ右端に辿り着こうとしている。

 

「だけど時刻Bに到達した瞬間、時刻Aに戻ってしまうのよ」

 

 矢印は時間軸の線を外れ、時刻Bから時刻Aに向かって半楕円状に矢印が伸びていった。

 時刻Aに戻った矢印は、何事も無かったかのように時間軸をなぞりながら右端に向かって進んでいって、また時刻Bに到着すると、先程と同じように時刻Aに戻る。なんだか、一定の時間内を何度も繰り返しているみたいね。

 

「これが【メビウスの輪】。無限に繰り返される閉ざされた時間の輪の中では、あらゆる可能性が消滅し、全ての事象が既定事項になるのよ」

「ここで言う“戻る”とは、何を指すんだ?」

「森羅万象全てよ。地球人類を例に挙げるなら時刻A時点の歴史、生命がまだ誕生していない状態に戻るの」

「……ふむ」

「原始生命が海で発生した後、進化の過程で陸に上がり、過酷な生存競争と進化の果てに高度な知能を得て食物連鎖の頂点に君臨し、試行錯誤を重ねながら高度な文明を築き上げた人類の歴史と叡智が全て無に帰すわ」

「……なんだか途方もない話だな」

「時刻Bになった時、人間や妖怪――いえ、世界中の命はどうなるの?」

「その瞬間に歴史と未来は断たれて、初めに戻るわ」

「初めに戻る?」

 

 咲夜の言い方的に、亡くなる訳ではなさそうだけど……。

 

「身近な例を挙げましょう。マリサ、貴女の主観時間では今年で15歳になるのよね?」

「そうだけど。急になんだ?」

「貴女はもう種族としての魔法使いになっているから、余程の事が無い限り西暦215X年10月1日まで生きるわ」

「計算すると164歳だな。もう一人の〝私”、アリス、そしてパチュリーよりも凄い魔法使いになれていればいいんだがな」

「だけど時刻Bになった瞬間に、貴女の主観は途切れるわ。それまで積み重ねてきた記憶・経験・歴史は全てリセットされて、貴女が誕生した日――西暦1993年〇月×日△時□分の霧雨家に戻ってしまうのよ」

「……その後はどうなるんだ?」

「貴女達の知る通りよ。時が経つにつれてすくすくと成長していった幼いマリサは、人里で幼い霊夢に出会うわ。やがて実家を飛び出して魔法の森に居を構え、魔法使いとしての道を歩み始めていくのよ」

「なるほどねぇ。初めに戻るとはよくいったものだわ」

「また霊夢と出会えるのは嬉しいけど、メビウスの輪がある限り永遠に同じ歴史が繰り返されるから、未来が無いのか」

 

 深刻な表情で頷いたマリサが更に「まさかとは思うが、過去にループ前の私達がここに来て、今と同じやり取りをしていた――なんてことはないよな?」と訊ねた事で私もハッとする。

 

 確かにその可能性は否定できないわね。咲夜の返答次第では、行動を変えなくちゃいけなくなっちゃうし。

 恐る恐る彼女の顔を見つめると、微笑みを浮かべながらこう言った。

 

「安心なさい。貴女達は正真正銘〝一回目”の霧雨マリサと博麗霊夢よ」

「……その言い方はなんか嫌だぜ」

「ええ。こんな異変は一度で終わらせなきゃね」

 

 平静を装ってはいるけれど、心の中ではお墨付きをもらった事にホッとしていた。まだまだ未来を変えるチャンスはありそうね。

 

「以上の説明を踏まえた上で、さっきの霊夢の質問について答えると、時刻Bの彼女は、メビウスの輪を逆に利用したのよ」

「どういうこと?」

「輝夜の協力のもとに、『永遠と須臾を操る程度の能力』で自身の肉体と精神の時間を永遠の存在にすることで、時間の逆行に伴う歴史の初期化に対抗したのよ。そうすることで、彼女達は時刻Bの状態を保ったまま宇宙の時間だけが遡り、西暦2008年4月10日午後3時24分の刹那にその時代の〝私”と邂逅したわ」

「おいおい、輝夜の能力ってそんな芸当も出来るのかよ」

「彼女達の話す時間はそう多くなかったけれど、未来の情報を断片的に残して再び時間を遡っていったわ」

「咲夜は200X年に現れた未来の魔理沙に会えたのかしら?」

 

 咲夜を見ながらなんとなく呟くと、彼女は困ったように「……その“私”がどうなったかについて、今の私からは教えられませんよ」と答えていた。




次話のサブタイトルは「第248話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 タイムホールの真実」です。


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第248話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 タイムホールの真実

 咲夜の話はまだまだ続く。

 

「さて、次はメビウスの輪の原因について説明するわね」

「ええ」

「メビウスの輪は自然発生したわけではなく、三つの段階を経て成立したの。まずはこれを見てちょうだい」

 

 咲夜がテレビの画面をなぞると、外の世界が映しだされた。

 澄み渡る空の下、升目のように整理された大きな街には、道路に沿って細長い銀色の超高層ビルが数え切れない程建ち並ぶ。空には箱のような形をした宇宙船が沢山浮かんでいて、遠くには太陽に照らされて翠玉色に輝く海が見える。

 

「何処だここ? 外の世界か?」

「ここは時刻A*1のプロッツェン銀河ネロン星系に属する、アプト星ゴルンのハイメノエス地区ラフターマンション屋上を中心に映した空撮映像よ」

 

 咲夜は流麗に答えたけど、私にとっては耳慣れない言葉だったので、鍵括弧に表示された台詞を黙読する。えっと……うん。なんだか、途方もなく昔の別の星って事は分かるけど、言われてもさっぱり分からないわね。

 

「へぇ、宇宙人の文明も、案外地球と変わらないんだな」

「まさかとは思うけど、ここに未来の魔理沙がいるの?」

「ご明察。メビウスの輪が発生するきっかけとなる出来事は、この時空A*2から始まったわ」

 

 咲夜は空からの映像を拡大していって、ラフターマンションの屋上にピントを合わせた所で停止する。

 

「ええっ!?」

「!」

 

 そこに映っていた光景に私とマリサは驚きを隠せない。

 だって広い屋上の中心に、二人の魔理沙と“私”、にとり、妹紅、赤髪と金髪の女の子が居て、銃を構えた二十人以上の男性に取り囲まれていたから。

 しかも見慣れた恰好のマリサは苦しそうな顔で倒れていて、ポニーテールの魔理沙の足首にしがみついている。“私”は魔理沙達の周囲に結界を張っているけど、大きなヒビが入っていて今にも壊れてしまいそう。

 これは明らかに只事では無いわね。

 

「わ、私と霊夢がいるぜ!? しかもなんかヤバい状況じゃないか!?」

「ねえ咲夜、一体何が起きてるの?」

 

 私にはこんな経験は無いから、きっと未来の私なんだと思うけど、経緯がさっぱり分からない。

 

「この時点のタイムトラベラー魔理沙の主観に沿って説明していくわ」

 

 そうして語り出した咲夜の話をかいつまむとこんな感じだった。

 

 まずポニーテールの魔理沙がタイムトラベラーの魔理沙で、主観時間は西暦215X年10月1日の午前7時35分なんだって。

 

 この魔理沙は、UTC紀元前39億年7月31日の地球でアンナ――赤髪の女の子ね――って子と知り合って、彼女の母星アプトに遊びに来て欲しいと誘われたらしい。

 

 だけどにとりの宇宙飛行機で1億光年離れたアプト星に行くには燃料が足りなかったので、魔理沙は西暦300X年6月10日の月の都へ押しかけて、1ヶ月掛けて整備する。

 そしていざ飛び立とうってなった時に、今度は西暦300X年7月10日の魔理沙に行く手を阻まれる。

 

 彼女の目的は、過去の魔理沙――つまり西暦215X年10月1日の魔理沙にタイムジャンプを捨てさせて、幻想郷が存続する歴史に固定することだった。

 アプト星に行くと時間移動をリュンガルトに感知されて、地球が破壊される歴史になってしまい、元の歴史に戻すのにかなり苦労するとのこと。

 

 ちなみにリュンガルトは、UTC紀元前39億年前後のプロッツェン銀河で活動していた研究組織で、時間移動による時空の支配を目論む危険な集団らしいわ。

 

 話を聞いた魔理沙は、考えた末にリュンガルトに感知されない方法で時間移動する事を決めたみたいなんだけど、この判断はどうなんだろう? よっぽど、アンナとかいう女の子に会いたかったのかしら。

 

 魔理沙は、西暦300X年7月10日の魔理沙の協力を得てタイムジャンプ魔法を改良した後、同日の妹紅と西暦215X年10月1日のにとり、マリサ、〝私”と一緒にアプト星へ遊びに行く。

 余談だけど、この時代の“私”は、華扇の元で修行を積んで仙人になっているみたいで、天人になる日も近いみたい。思いがけない形で未来を知っちゃったけど、魔理沙と再会する約束をちゃんと果たせたみたいで良かったわ。

 

 閑話休題。アプトは宇宙ネットワークという、複数の銀河に渡って張り巡らされた仮想世界(メタバース)が成熟している星で、アンナの薦めで魔理沙達はそこに接続したみたい。この辺の話は固有名詞が多くて、理解するのに少し時間がかかったわ。

 

 彼女達は初めのうちは楽しく観光していたみたいだけど、魔理沙がVRゲーム中に本物の魔法を使った事で異常が起きちゃって、サイバーポリスという自警団みたいな組織の人間が来てしまう。この時にフィーネって名前の金髪の女性が登場ね。

 

 個人情報を隠して接続していることもあって、かなり怪しまれたけど、やむなく事情を話したことでフィーネの誤解は解けたみたい。だけど彼女の上官レオンの命令で、アプト星の滞在中は行動を共にすることに。

 

 実はこの上官がリュンガルトのスパイで、魔理沙達はアンナの自宅マンションに招待された所をリュンガルトの武装集団に襲撃されちゃうんだけど、妹紅が機転を利かせて撃退したみたい。流石ね。

 

 彼らの襲撃を不自然に思った魔理沙は、タイムジャンプを試みたけど何故だか不発に終わってしまう。原因を考える間もなく、魔理沙達は部屋から脱出して屋上に逃げ込んだけれど、そこには既にリュンガルトの本隊が待ち構えていて、あっという間に包囲されてしまった。

 

 更にリュンガルトの司令官レオンから、時の回廊に繋がる〝道”と、アンチマジックフィールドという周囲のマナを奪い取る兵器でタイムジャンプを無効化されたことを知る。マリサが倒れてしまったのは、アンチマジックフィールドの影響なんだって。

 

 窮地に立たされて心が折れかけたけど、皆の励ましで立ち直って、“私”とマリサの協力の元に、自分の全てを賭けた一か八かの大勝負に出る。そしてその結果、時空Aの状況に至ったみたい。

 

 う~ん、なんだか随分と複雑な経緯なのね。結局、西暦300X年7月10日の魔理沙が懸念していた事態に陥ってしまったのが残念だわ。

 

「彼女はリュンガルトによって固定された時空間と、アンチマジックフィールドを突破する為に、無意識の内に〝潜在的な力”を引き出して強引にタイムジャンプを唱えたの」

「潜在的な力? 魔法じゃないのか?」

「着眼点は決して間違いではなかったけれど、結果的にメビウスの輪という破滅の引き金を引いてしまったわ」

 

 マリサの疑問に答えずに咲夜が画面を指差すと、止まっていた映像が動き出す。

 

 皆驚いた顔で一斉に空を向いて、画面の中の“私”が『な、なによあれ……!』と驚いた表情で空を指差し、カメラが上を向いた所でまた停止する。広大な青空の真ん中には、街を覆い尽くさんばかりの大きな裂け目がぽっかりと開いていて、私はこの光景に見覚えがあった。

 

「これって時間の境界じゃない?」

「だな。しかもこの規模は相当デカいぞ。博麗神社の何十倍だ?」

「貴女達が時間の境界と呼ぶ現象の正体は【タイムホール】。時の回廊と三次元世界を隔てる次元の壁に発生した時空の穴で、メビウスの輪の兆候よ」

「タイムホール……!」

 

(紫の見立てはあながち間違いではなかったのね)

 

「それが空くとどうなるんだ?」

「時空間の基準が不安定になって、魔理沙のタイムジャンプが無くても、誰でも自由に時の回廊へ入れるようになるわ」

「それって、かなりまずくないか? 時の回廊って、あらゆる時空に繋がっているんだろ?」

「ええ。タイムホールは主観時間と客観時間の相違を産み、時の法則を乱す危険な事象よ」

 

 実際に私とマリサはおよそ12年後にタイムスリップしている。たまたま博麗神社に繋がっていたから良かったけど、もし知らない時間と場所に迷い込んでいたら、どうなっていたんだろう。

 

「本来、魔理沙が操るタイムジャンプは、時の回廊への“道”を開き、対象と時空座標を指定して移動することで望む時空に跳躍する魔法。だけど追い詰められた彼女は、調整を誤って時の回廊へ至る“道幅”を間違えた――いえ、“破壊”したわ」

「!」

「この時に彼女が破壊した時空点は2箇所。この時空と、時空B――JST(日本標準時)西暦215X年10月1日午前7時40分の幻想郷魔法の森上空よ」

「魔法の森だと!?」

「しかも、魔理沙の主観から見て5分後の時間なのね」

「見てなさい」

 

 咲夜に促されてテレビ画面に注目すると、再び映像が動き出して、屋上の魔理沙達に視点が変わる。

 

『なにかの穴のようにも見えますし、裂け目のようにも見えますね?』

『ふむ、ワープの際に生じる空間の歪みや、ブラックホールとも違うようですが……』

『う~ん、どっかで見た事があるような気がするんだよね。どこだっけなぁ』

 

 未来の“私”を含めた全員がタイムホールに気を取られていると、いち早く立ち直った魔理沙が周りに向かって『皆、私の身体に捕まってくれ!』と鬼気迫る表情で叫ぶ。

 

『え?』

『いいから早く! 別の時空に飛ばされるぞ!』

『!』

 

 魔理沙はここから見てる私でさえも怖く感じるくらいの迫力で、未来の私達は一斉に彼女に手を触れる。その直後、魔理沙達を取り囲んでいたリュンガルトの集団と宇宙船が音もなく浮かび上がっていって、タイムホールに吸い込まれていく。

 

『おのれ霧雨魔理沙っ! まさか巨大なタイムホールによる時空連続体の破壊とは、とんでもないことをしてくれたな! この借りは必ず返す! 覚えていろ!』

 

 レオンの捨て台詞を最後に、リュンガルトの人間と宇宙船は消失した。

 

「うわぁ、なんだかとんでもない事になってるな」

「この時空のような広範囲のタイムホールが開くと、〝時空の相転移現象”が発生するのよ」

「なにそれ?」

「堤防が決壊すると低地で洪水が発生するように、時の回廊が三次元世界を侵食することで強力な時空の歪みが生じるの。結果として、タイムホール周辺の時空の消失が起きて、あらゆる物質と生命が時の回廊に転移するわ」

 

 咲夜が透明なテレビの画面をなぞると、時の回廊の中に映像が切り替わる。

 先程転移した100を越えるリュンガルトの宇宙船団が、石畳の道路の上をなぞるように一方向に飛ぶ様子を映していた。

 

「時の回廊に侵入した物質と生命は、本来なら永遠に時間を見失うことになるのだけれど、魔理沙が時空Aと時空Bにタイムホールを開けた事で、疑似的な時空の通路を生み出したわ」

「ってことは、こいつらは149年後の幻想郷に向かっているのか?」

「〝時間に流されている”という表現が近いわね」

 

 映像には、順調に飛んでいるように思えたリュンガルトの宇宙船が、次々と飛行能力を失って墜落したり、爆発したりする様が映し出されている。さっきアリスと一緒に流れていた宇宙船の残骸は、彼らのだったのね。

 

「これは……何が起きているんだぜ?」

「時空の相転移現象と時間震――定義付けられた時間が揺れる現象――の影響で、彼らの宇宙船に異常が起きたのよ」

「ふむ……」

 

 固唾を飲んで見守っていると、一隻だけ残った一番大きな宇宙船が、石畳の道路の上に開いたタイムホールに呑み込まれて消えていく。

 

「もしかして、あのタイムホールが時空Bに繋がっているの?」

「そうよ。彼らは時空Bが魔理沙の故郷と知って、幻想郷を破壊しようとしたけれど、同日午前8時19分に八雲紫の手で未然に防がれたわ」

 

 咲夜がまた画面をなぞると、魔法の森の上空に映像が切り替わった。

 先程の宇宙船はぽっきりと折れて、爆炎を上げながら巨大なスキマに落ちている。人里方面の空には、小さなスキマに腰かけながら冷たい目で見下ろす紫がいた。

 

「すごいな、真っ二つじゃないか」

「あんなに怒った紫、初めて見たかも」

 

 画面の左隅には文がいて、紫のスキマに向かってカメラを構えている。どうやら149年経っても、彼女の在り方は変わっていないみたいね。

 スキマの真下には面積が半分くらい枯れた魔法の森があって、魔理沙(マリサ)とアリスの家がはっきりと見える。

 う~ん、なにか違和感があるわね……。正体を探っていると、マリサが何かに気づいたように「ん!? 咲夜、アリスの家を拡大してくれ!」と指さす。

 

 咲夜が小さく指を開くような仕草をすると、映像が拡大されていって、私も異常に気付く。

 

「やっぱり! アリスが倒れているぜ!」

 

 彼女は窓際にうつ伏せに倒れていて、ピクリともしていない。

 

「まさかリュンガルトにやられちまったのか!?」

「心配だわ。無事だと良いんだけど……」

「彼女はリュンガルトのアンチマジックフィールドの影響で一時的に気を失っているだけよ。彼らは消えたから、すぐに回復するわ」

 

 咲夜の言葉通りアリスはすぐに起き上がって、部屋の奥に歩いて行った。

 

「あぁ、良かったぜ。私達も早く現代のアリスを見つけないとな」

 

(!)

 

 マリサの言葉で、私は先程抱いた違和感の正体を突き止める。

 

「変ね。咲夜の話だと、時刻B*3でもアリスは消息不明だった筈よ。魔法の森だって、タイムホールが開いてからずっと砂になったままらしいし、矛盾しているわ」

「む、確かにそうだな。魔法の森が枯れかかってるのは、アンチマジックフィールドの影響だろうし、私が行った215X年に限りなく近いんじゃないか?」

 

 咲夜は他にも、私とマリサが時刻B時点でも消息不明のままだとも話していた。彼女が嘘を吐くとは到底思えない。

 

「良い所に気付いたわね。今貴女達が見ているのは、メビウスの輪が成立する前の歴史なのよ」

「どういう事?」

「これから説明するわ」

 

 咲夜は画面の映像を先程の時の回廊に戻す。

 

「この時点では、時間軸が続いているのが分かるかしら?」

「言われてみればそうね」

 

 道路を塞ぐ程の大きなタイムホールはあるけれど、道はまだまだ先に続いているし、外側には春夏秋冬の景色が広がっている。

 

「貴女達が通過したような小さなタイムホールは、その殆どが時間軸の修正力が働いて自然修復されるのよ」

「あれで小規模なのか」

「だけど、時空の相転移現象が発生する規模のタイムホールは、修復する速度よりも速く時間軸を侵食する。時が経てば、時間軸は完全に分断されるわ」

「……もしかして、それがメビウスの輪なの?」

「ええ。そうなってしまう前に適切な対処を行わないといけないのだけれど、今の状況に鑑みると、時刻Aの魔理沙は失敗するのでしょうね」

「そんな――!」

 

 画面には、時空Bに繋がるタイムホールの淵にヒビが入って、裂け目がどんどん広がっていく様子が映し出されている。すぐ近くには小さなタイムホールが重なり合うように幾つも開いて、石畳の道路の上が穴だらけになっていた。

 

「時間軸の浸食が進んだことで、メビウスの輪化は第二段階へ移行し、三次元世界にも大きな影響を与えたわ」

 

 咲夜が指を弾くと、私達が見ていたテレビが右に移動して、新たなテレビ画面が私達の目の前に出現。大きな画面が9分割されて、左上から順に紅魔館、白玉楼、永遠亭、博麗神社、魔法の森、人里、妖怪の山、太陽の畑、命蓮寺が映っている。

 

「時刻はJST西暦215X年10月1日午前8時25分。場所は幻想郷よ」

 

 全然音が聞こえ無いし、各地の状況を一斉に映しているから全てを完璧に把握できてないけど、共通点をすぐに見つけた。

 

 それは、タイムホールが開いた空から次々と落下する建物に、各勢力の有力者達が対応に当たっているという所。

 

 特に紅魔館と魔法の森がすさまじい。

 

 前者はタイムホールから滝のように降り注ぐ翠玉色の雨をパチュリーが魔法で押し返し、一緒に落ちてきた巨大な街をレミリアがスピア・ザ・グングニルで貫いていて、後者は束になって落下する超高層マンションを、紫が広範囲にスキマを開いて呑み込んでいる。

 

「おいおい、なんか大変なことになってないか!?」

「何が起きてるの?」

「時刻Aの15分後――時刻C*4にアプト星の各地域に大規模なタイムホールが開いたことで、時空の相転移現象が発生したの。こっちの画面を見てちょうだい」

 

 またまた新しいテレビが目の前に割り込むように現れると、これまた同じように9分割されたアプト星の映像が映っている。

 見ず知らずの星なので土地勘がさっぱり分からないけど、さっきの幻想郷と同じようにこれらの地域の上空にタイムホールが開いていて、街や大地を破壊し尽くしている。

 画面の真ん中では硬そうな岩盤に建っている超高層ビルが根こそぎ浮かび上がり、画面の左上では、翠玉色の海水と一緒に数々の建物が巻き上げられている。まさか紅魔館に降り注いでいる大量の水はここから……?

 時の回廊を映している右のテレビに視線を動かすと、時刻Cの映像で見た物が無数に開いたタイムホールに向かって飛び込んでいた。

 

「大惨事ね……」

 

 あまりにも衝撃的な光景に、開いた口が塞がらない。この星にどれだけの被害が出ているのか、想像したくもないわ。

 そんな心の声が顔に出ていたのか、咲夜は安心させるように「時空の相転移現象が発生する寸前に、アプト星の住民は全員宇宙ネットワークに避難したから、人的被害は無かったわ」

 

「不幸中の幸いね」

「仮想世界ってすごいんだな」

「時刻Cのタイムホールは、時刻D――JST西暦215X年10月1日午前8時25分――の地球に大きな影響を与えたわ。貴女達がイメージしやすいように幻想郷を映したけれど、実際は外の世界の様々な場所にもタイムホールは開いているのよ」

 

 外の世界……。董子の子孫も影響を受けているのかしら。

 

「それで、この後はどうなるんだ?」

「残念ながら時空の相転移現象は収束することなく、メビウスの輪は第三段階に至ったわ。右の画面を見てちょうだい」

 

 彼女の指示に従って視線を動かすと、時刻Cから転移してきた色んな物でごちゃごちゃになった石畳の道路の上で、空間に罅が入っていた時空Bのタイムホールが、周囲を呑み込んでいく映像が映る。

 時刻Cの物や、時刻D上に開いた無数のタイムホールは勿論のこと、石畳の道路は途切れて、桜、砂漠、紅葉、雪地帯は暗闇に呑み込まれ、砂の城ように儚く消えていく。遂には果てが見えないくらいタイムホールが大きくなって、時の回廊を完全に分断してしまった。

 

「タイムトラベラー魔理沙が一番最初に開けた時空Aと時空Bのタイムホールは、最終的に時刻Aから時刻Bで時間軸を完全に分断して、メビウスの輪になったわ」

「なるほどね」 

「メビウスの輪が成立すると、時間軸の状態が不安定になって、ありとあらゆる時空点に無数のタイムホールが発生するわ。貴女達が通過したタイムホールもその一つよ」

「ふむ……」

「その大多数は短時間で修復されるけれど、発生した時空点に少なくない爪痕を残し、歴史改変を引き起こすわ。西暦2008年4月10日のアリスの失踪と、二日後に起きた魔法の森の消滅、どれもタイムホールが深く関わっているでしょ?」

「そういうこと……!」

「暫定的にメビウスの輪成立前の歴史をα、成立後の歴史をβと命名するなら、今までの説明と映像は全て歴史α内の出来事で、幻想郷の〝私”が語った未来は歴史β内の出来事なのよ」

 

 時間のループだけじゃなくて、歴史改変まで起きているなんて。う~ん、頭がこんがらがりそうだわ。

 

「そして歴史βのアリスは、現時点での歴史では時空Aまで流される可能性が非常に高いのよ」

「なるほどな。時空Aには〝未来の私達”がいるから大丈夫か」

 

 マリサが安堵したのも束の間「……待てよ? もしかして時刻Aにいた未来の〝私”と霊夢は、歴史αの私達なのか?」

 

「そうよ。メビウスの輪の成立に加えて、貴女達が未来の情報を得た事で、彼女達とは存在が一致しなくなったわ」

「それって、いわゆるタイムパラドックスって奴か?」

 

 ふと、先程の咲夜の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『これから話すことは、貴女達の未来に大きな影響が及ぶのよ。観測された事象が覆り、高確率で自己同一性の矛盾を引き起こして、最悪の場合は存在の抹消に繋がるわ』

 

「現時点ではそうなるけど、いずれタイムパラドックスは消滅するわ」

「どういうことだ?」

「タイムパラドックスは、時間の流動性が確立されている世界で起きる現象なの。だけどメビウスの輪が第四段階――最終段階に移行すると、時間の流動性が消滅して、過去・現在・未来という概念が無くなるわ」

「それって、例えば10年前の私と10年後の私が同じ時間に現れるようになったりするの?」

「出現するのではなくて、全てが等しくなるのよ。そこに主観的な時間は存在しないわ」

「うーん?」

「……いまいち想像がつかないな」

「無理もないわ。貴女達は時間に縛られた世界の生命ですもの」

 

 よく分からないけど、時間の経過が無くなるということかしら? もしそうなったら、世の中がきっと大混乱になるのでしょうね。

 

「ここまでの話を纏めると、メビウスの輪は時刻A*5から時刻B*6の期間を永遠に繰り返す事象で、歴史αからβへの改変を引き起こしたわ。全ての原因はタイムトラベラーの魔理沙が時空A*7と時空B*8上空にタイムホールを開いた事で、この状態が続けば、貴女達の宇宙から時間の概念が消滅するの」

「これは一筋縄では行かない問題だな」

「幻想郷どころか宇宙規模の異変だもんね。どうしたらいいのかしら」

 

 今までみたいに異変の黒幕を倒して終わりだったら楽だったのに。

 

「咲夜、お前の力で元通りにできないのか?」

「できるわよ」

「えっ?」

 

 私は考えを途中で打ち切って、あっけからんと答えた咲夜の顔を凝視する。

 

「じゃあなんで直さないんだよ?」

「そうよ! あんたは時の神様なんでしょ? こういう時ぐらいちゃんと働きなさいよ」

「私の力で事態を解決すれば、私と魔理沙だけではなく、貴女達にとっても望まない結果になるわよ?」

「……どういう意味よ」

「今回の異変は、魔理沙がタイムジャンプを暴走させたことで起きたわ。私が介入すれば、元凶となった彼女と異変を誘発させたリュンガルトを歴史から抹消するわ」

「なんだと!?」

「!」

 

 抹消――その冷酷な言葉にぞくりと背筋が凍り付く。

 

「それって……」私は隣のマリサをちらりと見ながら「魔理沙(マリサ)が、死んじゃうの……?」と訊ねる。

 

「霧雨魔理沙という人間がいなくなるわけでは無いわ。ただ、〝タイムトラベラーとしての歴史を歩んできた霧雨魔理沙”が完全に消えて、最初の歴史に戻るだけよ」

「!!!!」

 

 最初の歴史ってまさか……!

 

「霊夢の想像通り、貴女は西暦200X年7月21日の未明に亡くなるわ」

「っ!」

 

 私は悪夢に苦しめられたあの夜を思い出す。あの時は未来の魔理沙が助けてくれたけど、それが無かったら私は……。

 

「そしてマリサ――つまり貴女は最初の歴史をなぞるように、時間移動の研究を始めるけれど、私は歴史のループを防ぐ為に、時の回廊を封鎖するわ。私が再構築した歴史では、タイムトラベラー魔理沙は生まれないのよ」

「そんな……!」

 

 魔理沙が今まで積み重ねてきた事柄が全て否定されるなんて、こんなの、あまりにも悲しい結末じゃない……!

 

「咲夜! もう1人の〝私”はわざとやった訳じゃないんだ。いくらなんでも厳しすぎないか!?」

「彼女は時間軸の破壊という最大の罪を犯したのよ? 魔理沙以外の存在なら、タイムホールが開いた瞬間に歴史から抹消しているわ」

「!!」

「ねえ、リュンガルトの歴史だけを変えることはできないの!? あんただって、本当はそんなことしたくないんでしょ!?」

「現時点では無理ね。彼女を免罪にするだけの判断材料が足りないわ。時間を司る神として、時の秩序をこれ以上私情で捻じ曲げるわけにはいかないの」

「……!」

「せめて彼女が自力で時間軸を修復できれば、情状酌量の余地ありとみなして厳重注意で済ませようと思っていたのだけれど、結果は御覧の通り。残念ながら結末は変わりそうに無いわね」

「くっ……!」

 

 憂いた表情で静かに話しているけれど、私には分かる。咲夜は本気だ。異変で諏訪子と神奈子に初めて相対した時に感じた重苦しい雰囲気が、今の咲夜にはある。

 

「こうなったら私達も魔理沙の元に行くわよ! この事実を伝えて未来を変えなきゃ!」

「ああ、そうだな!」

 

 自分が死ぬかもしれないという怖さはもちろんあるけど、それ以上に私は魔理沙がいなくなっちゃうのが嫌だった。

 私は魔理沙に会いたい。会っていろんな話をして、いろんなことをしたい。あの1日だけじゃ全然足りないわ! 今度は私が魔理沙を助けてみせる!

 決意を新たに踵を返して石畳の道路に戻ろうとした私達を、咲夜は「待ちなさい! ことはそう簡単には行かないわよ!」と呼び止める。

 

「なによ、止めるの!?」

「また弾幕ごっこでもやるか?」

 

 私は幣を抜いて突き出し、マリサは八卦炉の照準を咲夜に合わせて臨戦態勢に入る。まだ体力が回復しきっていないけど、ここで引くわけにはいかないわ!

 

「そうではないわ」

 

 咲夜は私の気勢をそぐように首を振ると、おもむろに指を弾く。次の瞬間には、私達は石畳の道路の上に立っていた。

 この位置からはメビウスの輪が分からないけど、咲夜の遥か後ろには始まりの時計塔が見えている。一瞬でかなりの距離を移動したみたい。

 

「貴女達に見せたいものがあるの。後ろを振り返ってごらんなさい」

 

 咲夜に促されて、私とマリサは示し合わせるようにして後ろに振り返る。遥か前方に広がるメビウスの輪を背に、それなりに速い速度でこっちに飛んでくる四人の姿があって……!?

 

「えっ、紫!? どうしてここに?」

「それに文と隠岐奈もいるじゃないか。あっちの少女は博麗の巫女みたいだが……美咲じゃないのか?」

 

 前列には、羽を広げて両腕を手前に曲げた体勢の文、不機嫌そうに腕を組む私と同じ服を着た黒髪の女の子、自然な姿勢の隠岐奈が並んでいて、少し後ろを紫が飛んでいる。皆目を丸くして驚いていた。

 思いもよらない事態に唖然としながら紫を見ていると、彼女は意を決したようにすれ違いざまに叫ぶ。

 

「霊夢! 私は魔理沙の元に向かうわ! 其方は任せたわよ!」

「え!? ちょっと、どういう事なのよー!?」

 

 真意を問い質す前に、紫達はあっという間に私達のそばを通過して見えなくなってしまった。

 

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*2
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*3
UTC西暦215X年10月1日午前0時。幻想郷の時間に直すと西暦215X年10月1日午前9時ね。

*4
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時15分。

*5
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*6
UTC西暦215X年10月1日午前0時。

*7
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*8
JST西暦215X年10月1日午前7時40分、幻想郷魔法の森。



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第249話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 試練のタイムトラベル

この話は第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)と同時刻の出来事です。


「……行っちまったな」

「咲夜、今の紫達はどの時代から来たの?」

 

 あの台詞からして、最後に別れた2021年2月21日以降の紫達だと思うんだけど、妖怪って見た目が変わらないから全然分からないわね。

 

「彼女達は歴史βの時刻B*1、魔法の森上空に開いたタイムホールからここに侵入したわ」

「その時刻って、メビウスの輪が始まる時間よね」

「咲夜と輝夜もそこから時間遡航したよな。これは偶然なのか?」

「気になるけど、急がないと魔理沙が……!」

「焦る気持ちも分かるけど、落ち着いて最後まで私の話を聞いてから判断しなさい。少なくとも今すぐに魔理沙を処断するつもりはないわ」

「……いいわ。こうなったら、最後まで付き合ってあげる」

 

 私は突き出した幣を背中に戻す。

 どうせタイムトラベルで決まった時間にいけるなら、ここでの経過時間は関係なくなるだろうし。それなら、少しでも多くの情報を集めておかなきゃ。

 

「ここでは歴史βの八雲紫に焦点を当てて説明しましょう。西暦2021年2月21日に貴女達を見送った後、幻想郷から外の世界にかけてタイムトラベラーの魔理沙を捜索し続けたけれど、何の収穫もないままに、時間だけが過ぎていったわ」

「咲夜も、魔理沙の姿を見ていないって言ってたものね」

「それもその筈、歴史βに変化したことで、彼女が存在した事実は消えてしまったから。今の歴史では、貴女達と約束を交わした西暦215X年9月22日にも、魔理沙は現れないのよ」

「なあ、おかしくないか? 私も霊夢も〝未来のもう1人の私”の事をしっかり覚えているし、なんなら215X年9月21日にもタイムトラベルしたぜ?」

「それは歴史αの記憶よ。今回の場合、魔理沙と親交が深い人妖に広く影響が出ているわ」

「そうなのか? 確かにあった筈なのに、変な話だな」

 

 歴史が変化した瞬間を悟れなかったのは、私達がタイムトラベラーじゃないからなのかな。

 

「話を戻すわ。彼女に転機が訪れたのは時空B*2だった。歴史αと同様に、歴史βでも同じ場所にタイムホールが開いたのよ」

 

 咲夜が指を弾くと、また枠が透明なテレビが出現する。

 そこでは、青空をくり抜いたかのように開いたタイムホールの真下で、紫と咲夜が真剣な面持ちで話している。二人の遥か下には完全に砂地になった魔法の森が広がっていて、魔理沙(マリサ)やアリスの家は何処にも無い。

 画面の上にはAD215X/10/01 07:40:22と表示されていて、咲夜によると現在時刻を表しているみたい。

 

「疑っていた訳じゃないが、本当に魔法の森が無くなってるんだな……。なんだか違和感が凄いぜ」

「リュンガルトの宇宙船は無いのね?」

「ええ。彼らは歴史αの時空Bに飛ばされたからね。歴史βでは何も起きなかったのよ」

 

 遅れて、画面の中の紫と咲夜の会話が聞こえてきた。

 

『遂に出現したわね』

『そうね』

『行くの?』

『ええ。八雲紫、万が一の為に貴女にも預けるわ』

『! 有難く使わせてもらうわ』

 

 目を丸くする紫に、咲夜は私が持っているのと同じ懐中時計を差し出した。

 

『と言っても、あの三人が未だに帰ってこない時点で、只の気休めでしょうけど』

『咲夜。貴女の幸運を祈ります』

『貴女もね。また再会できる日を楽しみにしているわ』

 

 咲夜が懐中時計の竜頭を押すと、次の瞬間には居なくなっていた。この時に永遠亭に行ったのね。

 続いて黒髪の博麗の巫女と文が博麗神社と人里の方角から飛んでくる。ちなみに、この時代の博麗の巫女の名前は博麗杏子と言うんだって。

 その後文と杏子が言い争いを始めたかと思えば紫が仲裁に入る様子や、文が椛を連れて来てタイムホールを指差したり、空中に出現した扉から隠岐奈が登場して、紫と対応策を話している。

 一通り見聞きした限りでは、紫と隠岐奈はタイムホールの対処にあぐねているのと、博麗の巫女は妖怪をかなり毛嫌いしていて、あまり協力的じゃないのが分かるわね。

 

「彼女達は八雲紫の指示のもとに、静観を続けていた。ところが時刻E――JST西暦215X年10月1日午前8時45分になった時、彼女の身に異変が起きるわ」

 

『そんな……これは一体……?』

『どうしましたか?』

『貴女達気づかないの? 魔法の森が一瞬で消えてしまったわ……!』

『消えた……? この土地はずっと昔からこんな感じだったじゃないですか』

『――え?』

『おいおい、とうとう耄碌したか?』

『こんな時につまらない冗談はよしなさい! ほんのついさっきまで森があったでしょ!?』

『紫さん。私の記憶では、この土地が魔法の森と呼ばれていたのは149年も前の話ですよ?』

『紫、彼女の話は事実だ。時間の境界の影響でマナが枯渇して森が消滅したんじゃないか。今更そんな昔の出来事を掘り返すなんて、本当にどうしたんだ?』

 

 映像では、今まで平然としていた紫が突然取り乱し、砂地になった魔法の森を指差しながら文と隠岐奈に主張している。その豹変具合に、皆困惑の色を浮かべているけれど、私は彼女の主張に強い既視感を覚えた。

 

「ねえ、紫の言ってることって、歴史αの話じゃない?」

「ええ。彼女はタイムホールを経由して、歴史αの記憶を取り戻したのよ」

「どういうことだ?」

「少し難しい話になるけどいいかしら?」

「ああ」

「まず前提として、今の世界はメビウスの輪が成立した事で、歴史αからβに改変されたわ」

「うん」

 

 さっき散々説明を聞いたし。

 

「メビウスの輪の成立。即ち、メビウスの輪現象が第二段階から第三段階に移行する時間は時刻Bなのだけれど、〝メビウスの輪の成立という歴史が確定する瞬間”は時刻Eなのよ」

「時間差があるんだな」

「それって、未来の出来事が過去に干渉しているってこと?」

「可能性が完全に閉ざされたのよ。歴史はあらゆる選択の積み重ねで成り立っているでしょう? 今回の場合は、時刻A*3の魔理沙が適正な選択を取れなかったことが、時刻E*4に歴史βへの歴史改変という結果として現れて、時刻B*5にメビウスの輪という結末になったのよ」

「ふーん?」

「つまり元に戻すなら、時刻Eが実質的な制限時間ってことなのか」

 

 大雑把に39億年もの時間があれば、解決できそうな気がするけど、魔理沙はどうして失敗したのかしら? 

 ……そういえば肝心な事を聞きそびれていたわね。咲夜の話が一段落したら聞いておかないと。

 

「時の回廊には、これまで魔理沙が行使した歴史改変を含めた全ての時空の情報が記録されているわ。本来は私と魔理沙しか触れることができないのだけれど、タイムホールが開いた事で、歴史改変が発生した時刻Eに情報の一部が外に洩れてしまったのよ」

「じゃあ紫はその時に?」

「ええ。彼女は時空Bのタイムホールの一番近くで監視していた事に加えて、彼女の能力が無意識のうちに高次元の情報を掴んだことで、世界の内側に居ながら歴史αの想起に成功したわ」

「へぇ、興味深いな」

 

 なんかさらっととんでもない事を言ってる気がする。

 

「それってもしかして、紫以外にも起きているの?」

「今回の方法に限って言えば、彼女と幻想郷の〝私”だけね」

「咲夜もなんだ?」

「元は同じ〝私”ですもの」

 

 なんとなくだけど、咲夜の考えてる事が分かった気がする。

 画面に視線を戻すと、藍が紫の前にスキマを開いて、幻想郷内に発生したタイムホールの状況を報告している。話を聞く限り、歴史αのように幻想郷の各地に建物が落ちてくる事態にはなっていないみたいね。

 やがて紫が落ち着きを取り戻すと、表面が真っ暗だったタイムホールがひかりはじめる。そこには、ラフターマンションの屋上からタイムホールを見上げる歴史αの〝私達”がいた。

 

「時刻Bに近づいたことで、次の時間――時空A*6が見えるようになってるのよ」

「メビウスの輪か」

「ええ。幻想郷の私の予言が的中したことで、八雲紫はタイムトラベラーの魔理沙を捜索する為に、タイムホールに飛び込む決意を固めたわ」

 

 そして時刻Bになった時、幻想郷の空はタイムホールに覆い尽くされ、紫達は吸い込まれていく。時刻はAD215X/10/01 09:00:00のまま動かない。

 

「この時、メビウスの輪によって全宇宙の時間が巻き戻るのだけれど、彼女達はタイムホールに近い場所を飛んでいた為、時空の相転移現象に巻き込まれたわ」

「ふむ」

「以上の説明を踏まえて、彼女達のその後を見てちょうだい」

 

 画面が時の回廊に切り替わると、石畳の道路の上を風を切るような速さで飛び続ける文、杏子、隠岐奈、紫がいた。

 彼女達の左隣にはAD1999/01/22 06:44:32と表示されていて、こうして見ている間にも凄い早さで数字が減っている。

 

「彼女達は時空Aに向かっているわ。条件は貴女達と同じよ」

「この時間は何?」

「彼女達の現在位置から三次元世界に出た場合の時刻よ。貴女達にも分かりやすいように可視化しているわ」

「ふーん……」

 

 確かこの年って、まだスペルカードルールが無くて、お母さんがまだ博麗の巫女をやってた時代ね。私がマリサと出会ったのも、この頃だっけ。

 

「特に異常はなさそうだが」

「見てなさい」

 

『い、今、霊夢さんとマリサさんがいらっしゃいましたよね!?』

『霊夢って、まさか136年前に行方不明になった博麗の巫女か?』

『間違いありませんよ! しかし変ですね? 私が見た時とはかなり状況が変化しているような?』

『なあ紫、ひょっとして今のが“改変前の歴史”の霊夢とマリサなのか?』

『いいえ、あれは2021年2月21日に時間の境界の調査に向かった改変後の歴史の霊夢とマリサよ。時間の境界に映っていた霊夢と魔理沙とは一致しないわ』

『……ふむ、興味深いな』

『あの、お二方は一体何の話を――うっ! くっ、うううっ』

『ああああぁぁぁぁ!』

 

 時刻が1800年代に突入した時、今まで普通に話していた文と杏子が突然うめき声を上げて、苦痛に顔を歪める。

 

『ど、どうしたの!?』

『急に頭痛が……! あ、あぁっ、頭に何かが流れ込んできて……。割れて、しまいそうです……!』

『えぇ!?』

『これは……。私と……霊夢様……? 私は、私は……? うう、痛いよぉ……』

 

「彼女達は時の回廊に留まり続けた事で、莫大な情報の奔流の影響を受け、歴史αの記録を強制的に思い出しているわ」

「…………」

 

 更に二人の見た目にも変化が起きる。

 なんと文の身体はあっという間に縮んで子供になってしまい、逆に杏子は身長も髪も伸びて、巫女服がはち切れそうなくらいに成長してしまった。

 

「お、おい。文が小さくなっちまったぜ!?」

 

『この姿……、私が鴉天狗になったばかりの頃ですね』

『な、なに、これ……!? 巫女服が、きついわ』

 

 画面には、今の自分の姿に困惑している文と杏子が映っていた。

 

「ねえ咲夜。あの二人に何が起きているの?」

「結論から答えると、彼女達は肉体の時間がずれてしまっているのよ」

「肉体の時間?」

「貴女達の世界では時間は常に未来方向に進んでいるけれど、ここは非常に不確かで曖昧なの。時の流れが固定された世界に存在する生命や物質は、この世界の時間の影響を顕著に受けるわ」

「それってつまり、ここに留まると若返ったり成長したりするのか?」

「そんな認識で構わないわ」

「なるほど。ってことは今の文は子供になっているのか。クク、あのふてぶてしい文屋にもあんな時代があったんだな」

「もしカメラがあればからかうネタが出来たのに、残念だわ」

「はは、違いない」

 

 続いて私は、大人になった杏子に視線を送る。

 

「あっちの子は中々スタイルがいいわね。私も大人になったらあれくらい成長するかしら?」

 

 何となく自分の身体を見下ろすと、マリサが意味ありげにこっちを見ているのに気付いて。

 

「……って、なによその目は」

「何でもないぜ~♪」

 

 なんかムカつくけど、まあいいわ。

 映像を見ると、紫が文と杏子に気遣いの言葉を掛けていた。

 

『他に異常はない?』

『ええと、原因不明の頭痛は収まったのですが、まだちょっと混乱しています。紫さんは何ともないんですか?』

『今のところはね。ねえ隠岐奈、貴女はどう?』

『隠岐奈?』

 

 紫が話しかけてもうんともすんとも言わなくて、目を開いたまま直立不動の姿勢で飛んでいる。まるで人形みたいね。

 

「ところで隠岐奈はさっきから全く動かないわね。瞬きすらしていないなんて」

「まさか時間が止まっているのか?」

「ええ、そうよ。そして時の浸食はまだ終わらないわ。見ていなさい」

 

 時刻が1700年代に差し掛かったところで、咲夜が予告した通り、文と杏子の身に更なる異変が起きはじめる。

 文は身体が更に小さくなって鴉の姿になり、ペタンコになった洋服の衿から頭だけが出ている。逆に杏子はどんどんと老化が進んで、みるみるうちに〝お姉さん”から〝お婆ちゃん”になってしまった。

 

『カァカァ、カーカーカカッカー! カーカーカカカーカーカーカー……。カーカーカー……』

 

 文はとうとう人間の言葉を喋れなくなってしまったみたいで、哀愁漂う声で懸命に鳴いている。

 

『こ、これは……! そんな……』

 

 一方杏子は、老いさらばえた自分の姿に大粒の涙を流しながら震えていた。

 

「おいおい、とうとう文がカラスにまで戻っちまったぜ!?」

「それにあの子もお婆ちゃんに……なんてことなの……」

「全ての生命と物質には始まりと終わりがあるわ。回春と老化の行きつく先は存在の消失よ』

「そんな……!」

「なんとかならないのかよ!?」

「残念ながら蓬莱人という例外を除いて、時間から逃れる術はないわ。貴女達も覚えておきなさい。あれが軽率な時間移動の代償よ」

「……随分と冷たいんだな。見損なったぜ咲夜」

「先程も話したけれど、全ての元凶は魔理沙なのよ? 私はあくまで観測者。責めるのはお門違いですわ」

「もしかして、私達もいずれ文やあの子みたいになってしまうのかしら?」

「ご明察。“私”の懐中時計が完全に壊れた時が貴女達の最期よ」

「……」

 

 咲夜が紫の左手を拡大すると、針が完全に止まった懐中時計が握られていた。これって時空Bで咲夜から譲り受けた懐中時計よね? ……なるほど、だから〝同じ条件”なのね。

 首元の懐中時計に視線を落とすと、こっちも時計の針が止まっていることに気付く。ということは、私達も……。

 

「悪い事は言わないわ。貴女達は元の時間に帰りなさい。時の理に至っていない人間は時に呑み込まれてしまうわよ」

 

 咲夜のすぐ傍にはいつの間にかタイムホールが開いていて、表面には満開の桜に囲まれた博麗神社が映っている。私達が今立っているこの時間軸は、2008年4月5日に繋がっているのね。

 

「……どうする霊夢?」

 

 マリサは不安げにこっちを見ているけど、私は咲夜の目を見ながら宣言する。

 

「私は絶対に諦めないわ!」

 

 今の歴史は完全に袋小路に入っているし、このままでは魔理沙と紫達が死んでしまう。そんなの絶対駄目! なんとかして助けないと!

 

「きっと、きっと何か方法がある筈よ」

 

 自然法則を操る紫と隠岐奈でさえも時間の影響を受けているわけだし、生半可な方法では駄目ね。

 

「そうだ! 霊夢、お前の夢想天生なら時間の干渉を防げるんじゃないか?」

「それは……どうなのかしら」

 

 考えた事も無かったわね。さっきの弾幕ごっこで使った時はいつもと変わらなかったし、タイムトラベルにも応用できるのかな? 

 疑問に答えたのは咲夜だった。

 

「確かに霊夢の夢想天生は、その気になれば時の法則からも浮くことができるわ」

「本当か!? なら――」

「でも、言い換えればそれだけよ。その時間から動けなくなるし、術を止めた瞬間に時間の浸食を受けることになるわ」

「つまり、その場しのぎにしかならないってことね」

「ええ」

 

 そうなると、一体どうしたらいいんだろう。幻想郷の咲夜からまた新しい懐中時計を借りればいいのかな? 

 けど紫の例を見るに400年くらいが時間遡航の限界っぽいし、そもそもこっちの咲夜の雰囲気的に、一度でも出ちゃったら同じ時間からはもうここには来れなくなるだろうし……。

 いっそのこと、時刻Bまで待って咲夜を連れて来ればいいのかしら? うーん、それだとあまりにも時間が掛かりすぎて現実的じゃないわね。

 マリサも難しい顔で考え込んでいて、いい案が思いつかないまま時間だけが過ぎていったその時だった。

 突然身体がムズムズするような感覚がしたかと思えば、巫女服が少しきつくなって目線が高くなり、隣のマリサが小さくなったように感じる。

 

「れ、霊夢、お前……!」

 

 マリサは信じられないものを見たって感じで私を見上げてくる。一体何が起きているの?

 

「霊夢。これを」

 

 咲夜の声がした次の瞬間には、私の前に全身鏡が置かれていて、そこには知らない妙齢の女性が映っていた。

 背丈はマリサよりもちょっと高くて、肩口で切り揃えられた黒髪に赤色の蝶リボンを付けている。サイズが小さく、ボディーラインが浮き出た巫女服は、大人が子供服を着ているようなアンバランスさを印象付ける。

 その服装と面影は私によく似ていて――って、あれ!?

 

「もしかして……私なの?」

 

 試しに右腕を上げてみたら、鏡の中の女性も同じ動きをした。……マジですか。

 

「今の霊夢の肉体年齢は20歳ね」

「5年後の私……!」

「ほ~、これが大人になった霊夢なのか。すっごい美人だな」

 

 なんだか私が幼い頃のお母さんにどことなく似ている気がする。どうせならもっと胸が大きくなって欲しかったなぁ。

 

「懐中時計に残された幻想郷の〝私”の時間保護が消えた今、貴女達にあまり猶予は残されていないわ。資格無き者達の結末を見たでしょう?」

 

 私の脳裏には、若返っていく文と老いていく杏子の変化が思い浮かんでいた。

 

「肉体と精神の時間のずれは、時の回廊から出れば回復するけれど、命の時間が切れてしまえば二度と戻らなくなるわ。手遅れになってしまう前に、本来の時空に帰りなさい」

「くっ……」

「これまで多くの知的生命体が時間移動に挑み、悉く失敗したわ。貴女達が考えている程、生易しくないのよ」

 

 どうしよう。このままだとまずい事になるのは分かっているんだけど、本当に策が思い浮かばない。

 ムズムズした感覚も相まって、焦りが焦りを生み、私の思考はかき乱されてぐちゃぐちゃになる。なんでこんな時に限って勘が働かないのよ!

 こうなったら、一か八か飛び込んでみるべきなのかな。果てしなく続く道路を見ながらそんなことを思っていると、マリサが私の前に立ち塞がる。

 

「諦めるのはまだ早いぜ、霊夢!」

「マリサ?」

 

 マリサは得意げに笑っていて、金色の瞳は自信に満ち溢れていた。

*1
JST西暦215X年10月1日午前9時。

*2
JST西暦215X年10月1日午前7時40分、幻想郷魔法の森。

*3
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*4
JST西暦215X年10月1日午前8時45分。

*5
JST西暦215X年10月1日午前9時。

*6
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。



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第250話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 マリサの秘策

「なにか思いついたの!?」

「ああ!」

 

 身を乗り出して訊ねると、マリサは爽やかな笑顔で親指を立てる。

 

「なあ、咲夜。この宇宙で正しくタイムトラベルできるのは、〝もう1人の私”だけなんだよな?」

 

 確認するように問いかけるマリサに、咲夜は静かに答える。

 

「正確には、タイムジャンプ魔法による時間移動ね」

「なら、この私に同じことができないわけがないよな?」

「!」

 

 確かに、それができたら全ての問題が解決できる。だけど……。

 

「非現実的ね。タイムトラベラーの魔理沙は、時間移動の研究に自分の全てをなげうったけれど、それでも150年もの時間を費やしたわ。技術や経験は勿論のこと、時間移動に懸ける執念さえも遠く及ぼない貴女に、彼女を越えられるのかしら?」

 

 これから元の時代に戻ってマリサが研究を始めたとして、メビウスの輪によって全てが戻ってしまう時刻はざっと149年後。もちろん、時間の保護が無い私達が時の回廊に長期間滞在できる訳無いし、人間の私は間違いなく寿命を迎えてしまう。

 どう考えても間に合わない。

 

「お前の言う事はごもっともだ。だがな、それは0から1を生み出す場合の話だ。私は一度この身でタイムジャンプを経験している。模倣するのは比較的簡単だぜ」

 

 まるで予め想定していたかのように自信満々に答えると、咲夜は押し黙り、じっとマリサを見つめている。あれ、もしかしていけそう?

 

「とりあえずマリサ、やってみて!」

「任せろ!」

 

 快く答えたマリサは目を閉じると、聞き取れない程の高速詠唱を始める。

 彼女の中からおびただしい魔力が湧き上がり、小さな三つの六芒星魔法陣がマリサを取り囲んで、グルグルと回りだす。頭上の五芒星の魔法陣からは黄金色の光の柱が降りてきて、マリサを包み込んでいた。

 私は魔法について明るくないけど、なんかスゴいことをやっているのは肌で感じた。

 

(お願い。成功して!)

 

 祈るような気持ちでマリサを見ていると、やがて目を見開き、左手を高々と上げて宣言する。

 

「――タイムジャンプ!」

 

 魔法陣がマリサに吸収されると共に、周囲は眩い閃光に包まれる。咄嗟に目を瞑ると、私の意識が溶けていくような不思議な感覚の後、“彼女”の情景が次々と蘇る――

 

 

 ――――――――――

 

 ――――――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

『なあパチュリー。時間移動に関する魔道書というのはこの図書館にあるのか?』

『幾つか候補はあるけれど、一つ質問いいかしら?』

『なんだ?』

『時間移動に興味を持ったのは、やっぱり霊夢の事がきっかけなの?』

『ああ、そうだ。もしこの魔法が使えたのなら、あの日に戻って霊夢の死を回避するんだ。今まで塞ぎこんでいた私に見えた唯一の希望の光なんだ。――だから時間移動を私の研究対象にしたいんだ』

 

 紅魔館の大図書館で、彼女はパチュリーに決意を語り――

 

『結論から言うと今のままでは時間移動魔法は絶対に完成しないわよ。前々から勧めていた事だけどね。これもいい機会だしそろそろ本物の魔法使いになりなさい。せいぜい七、八十年程度で塵に還ってしまう人間のままでは、実在するかどうか、完成するかもわからない魔法を発見する前に、死神のお迎えが来てしまうわ』

『決めたよ。パチュリー、私は魔法使いになるぜ』

 

 種族としての魔法使いになると決めた彼女は――

 

『やった、ついに完成したぜ!』

 

 薄暗く散らかった自室にて、長年の悲願を成し遂げた――

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――― 

 

 ――――――――――――――――

 

 ――――――――――

 

 

 

(今の情景は――いえ、それよりもマリサはどうなったの?)

 

 意識が現実に引き戻された私は、光が収まったことを確認してから目を開ける。

 目の前に立っているマリサの頭上には、ローマ数字が刻まれた文字盤が浮かんでいて、足元には歯車模様の魔法陣が展開されている。ここまでは未来の魔理沙と同じなんだけど、違う部分が幾つもあった。

 まず頭上に浮かんでいる文字盤なんだけど、針がなく、ⅫからⅤにかけて亀裂が走っていて、今にも割れてしまいそうな脆さがあった。

 歯車模様の魔法陣も、未来の魔理沙と比べると、中心部分の歯車の数が少なくて噛み合ってないし、魔法陣の淵に接する歯車は欠けている。こうして観察している間にも、文字盤と魔法陣は時々消えていて、かなり不安定みたい。

 あ、でも、さっきまで続いていたムズムズする感覚は綺麗さっぱり無くなっているし、成功……なのかな?

 

「不完全ね。時間保護効果の再現には成功しているけど、肝心要の時間指定と空間座標の固定化に失敗しているわ」

「それってまずい事なの?」

「三次元世界で使ったらどの時空に跳ぶか分からないわ。運が良ければ、地球かそれに近い環境の星に転移できるけど、その確率は無きに等しいわ」

「ううむ、やっぱり見よう見まねだとこれが限界か」

 

 咲夜の厳しい指摘にマリサはうなだれているけど、たった一回でここまで再現できているんだから凄いことだと思う。

 

「充分よ。時間の保護さえあれば魔理沙の元へ行けるし、紫達にだって追いつけるわ」

「そうだな! 咲夜も、これなら文句ないだろ?」

 

 咲夜の言いまわし的に、時の回廊の中を移動するだけなら問題はないはず。今の私達には、色んな意味で時間が必要な訳だし。

 

「…………」

 

 咲夜は考え込む素振りを見せた後、静かに口を開いた。

 

「最後に一つ聞かせてもらえる?」

「なんだ?」

「貴女達は本当に未来を変えられると思っているの?」

「もちろんよ。やる前から諦めていたら、何も始まらないわ」

「霊夢の言う通りだぜ!」

 

 私とマリサは即答した。

 何事もやってみなければ分からないし、私は私の気持ちを曲げたくない。こっちに来た時から既に心は決まっている。

 魔理沙だって、絶望的な未来を何度も引っくり返してきたんだから!

 

「それに、お前がさっき話した内容の中に二つ未来を変えるヒントがあるぜ」

 

 ビシッと指を差したマリサに、咲夜は眉をひそめながら「……どういう意味かしら?」

 

「一つ目はメビウスの輪について説明した時だ。お前はメビウスの輪化が第二段階に移行した原因について、『時刻A*1の魔理沙は失敗するのでしょうね』と言ったな?」

「そうね」

「その後アリスの行方について私が訊ねた時、お前は『歴史βのアリスは、現時点での歴史では時空A*2まで流される可能性が非常に高いのよ』と答えた」

「ええ。それがどうしたの?」

「今までずっと断定形で話していたお前が、この二つだけは推量形で話した。ここに未来を変えるヒントがある。違うか?」

 

 マリサの指摘に咲夜は目を見張る。

  

「……よく気づいたわね。その二点については、〝結果”は確定しているのだけれど、〝過程”についてはまだ不確定なのよ」

「結果だけが先に決まっているなんて、そんなこと有り得るの?」

 

 未来の魔理沙と目の前にいる咲夜が、運命を否定してると思うんだけど。

 

「可能性の収束とでもいいましょうか。時と場合によっては、どんな行動を取っても必ず同じ結果に行きつく瞬間があるのよ。先程説明した〝メビウスの輪の成立という歴史が確定する瞬間”となる時刻E*3がそれに当たるわ」

「ちょっと待て。その理屈だと、私達はもう既に手遅れってことになるのか?」

「さて、それはどうかしらね。時の回廊に現れる〝結果”と、歴史の当事者たる人物の言動によって確定した“結果”には細かな差異があるの。ましてやタイムトラベラーともなると、“結果”の意味合いが違ってくるわ。タイムトラベラーによる歴史改変が発生した時、〝観測者”は情報の齟齬を減らす為に、主観的な〝観測”をする必要があるのよ」

 

 それって何が違うのかしら? どっちも同じ結果じゃないの? マリサも「……意味が分からん」って首を傾げてるし。

 

「もっと広い視野を持ちなさい。時間軸に囚われているようでは、望む“結果”に辿り着けないわよ」

「!」

「――そういうことか!」

 

(なるほどね)

 

 現時点では何をやっても駄目だけど、今よりもずっと前ならチャンスがある――多分咲夜はそう言いたいんだと思う。

 

「……お喋りが過ぎたわね」

 

 咲夜は僅かな笑みを浮かべながら、「貴女達の覚悟は受け取ったわ。時間遡航を特別に許可します」と私達に向かって右手を伸ばす。

 すると、視界の片隅に小さく『AD2008/04/05 11:10:00』の英数字が浮かび上がるようになった。これは……今の時間かしら?

 マリサにも同じ事が起きているみたいで、「いったい何をしたんだ?」と戸惑っていた。

 

「いったい何をしたんだ?」

「先の見えない時間の旅の助けになるように、貴女達が今いる時間軸上の時刻を可視化したわ」

「うーん、意味があるのか?」

「それに、ずっと見えてるのも鬱陶しいわね」

「意識を外せば消えるわよ」

 

 試しに咲夜の言う通りにやってみると、周囲の景色に溶けこむように見えなくなっていって、また見たいなと思ったら浮かび上がった。うん、これなら文句ないわね。

 マリサは背中の箒を掴むと、文字盤と魔法陣を保ったまま箒に跨って、「よし、それじゃ行こうぜ霊夢!」と私の手を引っ張る。

 

「ちょっと待って、マリサ」

「なんだよ?」

 

 不思議そうな顔をしているマリサを横に、私はずっと気になっていた疑問を咲夜にぶつける。

 

「ねえ、咲夜。肝心な所を聞いていなかったわ。未来の魔理沙が失敗した内容について、詳しく教えて」

「〝答えられない”わ」

「答えられない……か」

 

 さっきの話を聞くと、この答えにも裏があるように感じるのは気のせいかな。

 

「失敗の中身が分からないんじゃ、かなりハードになるな」

「でもやるしかないわ」

 

 咲夜から聞いた未来の情報を知ってもらうだけでも、今が変わるきっかけになる筈。そう信じたいところね。

 

「霊夢、マリサ。メビウスの輪が第四段階に至ったら、問答無用で宇宙の再構築を行うわ。それまでに歴史を変えてみなさい」

「……分かったわ」

 

 私はマリサの箒の後ろに乗り込んだけど、すぐに倒れそうになっちゃったので、慌てて背中にピッタリとくっついた。身体が大きくなると、バランスを取るのが難しいわね。

 

「よーし、じゃあ今度こそ行くぜ!」

「ええ!」

「貴女達の成功を祈っているわ」

 

 咲夜の見送りを背に、マリサは星屑をまき散らしながら箒を急加速させて、過去に向かって飛び立っていった。

 

 

 

 

 咲夜と別れた私達は、時の回廊をなぞるように一直線に飛び続けている。

 マリサのタイムジャンプは見た目とは裏腹にかなり安定していて、身体がムズムズしたり、動かなくなったりするような感覚も無くて順調そのもの。時の回廊に漂っていた障害物も、今のところ見当たらない。

 回廊の外の四季景色は目まぐるしく通り過ぎていて、かなりの速さで飛んでいると思うんだけど、地平線の果てまで似たような景色が続いているから、本当に前に進んでいるのか不安になる。

 でも、砂漠地帯の遥か遠くに建っている始まりの時計塔の見え方が少しずつ変わっているし、時間軸上の数字もぐんぐん減っているから、さっきみたいな同じ時間の繰り返しは起きて無い筈。

 

「今は1800年を過ぎたところか。まだまだ先は長いな」

「もっとスピード出せないの?」

「無茶言うなよ。まだタイムジャンプの維持に慣れてないんだ。これでも結構ギリギリなんだぜ?」

 

 今は1分間に100年くらいのペースで時間を遡っている。これが速いのか遅いのかは分からないけど、私達は着実に過去に向かっている事だけは確か。

 何事もなく18世紀、17世紀を通り過ぎて、16世紀に差し掛かった頃だった。マリサが何かに気づいたように前を指差しながら声を上げる。

 

「お、おい霊夢! あれって、紫じゃないか!?」

「え!?」

 

 マリサの頭越しに目を凝らして前を見ると、紫が道路の真ん中にうつ伏せで倒れていた。すぐ近くには隠岐奈と杏子も同じように倒れていて、ピクリとも動かない。

 

「紫ーー!」

「飛ばすぜ!」

 

 マリサは速度を上げて最短距離で飛んでいき、紫の元に辿り着いた所で私は箒から飛び降りる。

 

「紫! ねえ、紫ってば!」

 

 紫の身体を起こして必死に呼びかけたけど、全然返事がなくて、まるで死体のように目を見開いたまま動かない。嫌な予感がして口元に耳を近づけたら息をしてなくて、左胸に手を当てたら、心臓が完全に止まっていた……。

 

「ど、どうしようマリサ……! 紫が、紫が死んじゃってるよぉ……!」

「なっ!? 間に合わなかったのか……?」

 

 震える声で告げると、マリサは愕然とした様子で紫に視線を落とした。

 どうしよう。

 どうしよう。

 紫が居なくなったら、私は―― 

 絶望に打ちひしがれていたその時――

 

『……もしかして、霊夢なの?』

 

 私の頭の中に紫の声が響いた――

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*2
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*3
JST西暦215X年10月1日午前8時45分。




今回の話でside霊夢の話は終了となります。

『第242話 (2) タイムホールの影響⑫ side 霊夢 時の回廊の調査』から続いたside 霊夢の話は、

『第240話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(前編)』
『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』と同じ時系列で起きており、
『(2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話でした。



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第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念

大変長らくお待たせいたしました。

この話の時系列は『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』中の
西暦215X年10月1日午前7時40分の魔法の森跡地上空で、咲夜が紫と別れた直後となっています。

視点が咲夜に切り替わります。

この話を含めて タイトルに『タイムホールの影響⑫ side 咲夜』と続く話は
『第256話(2)タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話となっています。

この話に至るまでの簡単なあらすじ



西暦2008年4月12日、咲夜はタイムホールによって消滅した魔法の森を調査中に未来から来た自分と輝夜と邂逅する。
そこで未来の情報を聞いた咲夜は、紫と協力してタイムトラベラーの魔理沙を捜す事を決め、次に彼女が現れる西暦215X年9月22日に集まる事に。
しかし当日になっても彼女は姿を見せず、西暦215X年10月1日にタイムホールが開く。
全てが未来の情報通りに進んでいる事を悟った咲夜は、時間遡航を決意し、永遠亭へと向かった。


上記のあらすじの詳細は

『第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)』~『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』
『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』にて描写しています。


 ――西暦215X年10月1日午前7時42分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里――

 

 

 

 ――side 十六夜咲夜――

 

 

 

 魔法の森跡地上空で八雲紫と別れた私は、時間を止めたまま人里に移動していた。

 目的は藤原妹紅。深い霧に包まれ、訪れる者を惑わす迷いの竹林を抜けて永遠亭に向かうには、案内人が必要だから。永遠亭には何度か訪れているし、私一人でも行けなくはないけれど、確実に辿り着くには彼女の力が必要なのよね。

 魔法の森跡地上空に開いた時間の境界は人里からもはっきりと見えていて、朝の早い時間にもかかわらず大勢の里人が往来に出て、好奇の視線を向けている。今の所大きな混乱が起きていなさそうなのが幸いだわ。

 そうして探し回っていると、人里で一番大きな川沿いのベンチに足を組み、往来を眺めながら煙草を吹かせる妹紅を発見する。予想よりも早く見つかった事に安堵しつつ、私は時を動かす。

 世界に活気が戻り、遠くの空を見ながらざわめく里人達や静かに流れる川音を耳にしつつ、妹紅に近づいて声を掛ける。

 

「おはよう妹紅。ちょっといいかしら?」

「ん? 咲夜じゃないか。こんな時間に会うなんて珍しいな」

 

 彼女は驚きの色で私を見た後、咥え煙草を灰まで燃やしつくす。妹紅とは人里で偶然会った時や、永遠亭に用事がある時に世間話をする程度の関係でしかないけれど、それが150年も続けば友人と言ってもいいのかもしれないわね。

 

「永遠亭に案内して欲しいのだけれど、お願いできるかしら?」

「構わないが、こんな朝から何の用だ? 見たところ急患がいる訳でもなさそうだが……」

 

 輝夜との並々ならぬ因縁を知っている私は、一瞬躊躇いながらも正直に答えることにした。

 

「輝夜に用があるのよ」

 

 妹紅は眉をピクリとさせながらも、表情を変えず「……そうか。まあ何はともあれ、案内するよ」と立ち上がる。

 

「ついてきな」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てながらふわりと飛び始めた妹紅の後に続き、人里の空を横切っていく。地上では時間の境界に気付く人が増えて、さらに騒ぎが大きくなっているようで、ざわめきが収まる気配は無い。

 

「なあ、空に開いた大穴あんたも見たか? 一体何が起きているんだろうな?」

「さてね。一つ言える事は、これは異変よ」

「だよなあ。博麗の巫女が動くべき事態なんだろうが、あいつはあまり信用できないからな」

 

 今代の博麗の巫女――博麗杏子は人間側に寄りすぎていて、妖怪達からの評判が非常に悪く、私に対してもかなり風当りが強い。

 私が買い物等で人里を訪れる時は、無闇に威圧感を与えないように、背中の羽を仕舞って極力人間と同じ姿をするようにしている。しかし彼女は、妖怪が人間の姿を真似ることさえも嫌悪しているようで、うっかり里中で出会ってしまった日にはネチネチと嫌味を言われ、人里を離れるまで監視してくるのよね。

 その点で言えば、霊夢は人間と妖怪のバランス調整が上手で、誰からも愛される素敵な巫女だったわね。

 

「八雲紫の見立てでは、あれは異なる時空に繋がっている時間の境界よ」

「へぇ?」

「149年前の2008年4月12日にも、魔法の森の空に開いて魔法の森を消滅させたわ」

「――思い出したぞ。確かその一週間前に、霊夢とマリサが博麗神社に開いた時間の境界の調査に行って、行方不明になったよな」

「貴女が覚えているなんて意外ね」

「当時かなり騒ぎになっていたし、私個人の印象として、彼女達ほど鮮烈な人間は他にいなかった。本当に惜しい人間を亡くしたものだ」

 

 妹紅は時間の境界を遠目に、過去を惜しむようにしみじみと話している。私達は迷いの竹林の入り口に差し掛かり、密集する竹林の間を迷いなく奥へと飛んでいく。

 

「まだ亡くなったと決めつけるのは早いわ。私達の世界と時間の流れが異なるだけで、彼女達は今も時間の境界の先で異変の解決に動いているのよ」

「それって、漫画とかによくあるタイムトラベルってやつか? 俄かには信じられんな」

「あら、タイムトラベラーは実在するわよ? 現に私は直接会っていますもの」

「ははっ、お前がそんな冗談を言う妖怪だったとはな」

 

 妹紅は一笑して、私の言葉を信じていないようだった。

 やがて前方に光が差し込み、開けた場所に到着する。正面には立派な長屋門が出迎えて、なまこ堀に囲まれた敷地内には伝統的な武家屋敷が建っている。

 紅魔館とは完全に正反対ね。

 

「私はここで待ってるからさ、用事が済んだら声を掛けてくれ」

「ありがとう」

 

 門柱に背中を預け、ポケットから取り出した煙草を咥えて火をつける妹紅に会釈し、私は長屋門をくぐっていく。隅々まで整備された枯山水の庭園を横目に奥へと進み、玄関の戸を軽くノックする。

 

「はーい!」と鈴仙の声が奥から聞こえ、騒がしい足音が此方に近づいてくる。

 引き戸が開き、私を見上げて「あなたは……!」と目を丸くする鈴仙に「おはよう。朝早くにごめんなさいね」と答えると、彼女は慌てた様子で言った。

 

「い、いえ! どうされましたか?」

「輝夜に大至急伝えたいことがあるの。お目通り願えるかしら」

「分かりました。すぐに呼んできます!」

 

 鈴仙は靴を脱ぎ捨て、廊下の奥に向かって走っていく。ウサギの彫り物や、竹をふんだんに使用した凝った意匠の玄関を眺めながら待っていると、輝夜を連れ立って戻ってきた。

 彼女は私の顔を見ると、朗らかな笑みを浮かべながら近づいてきた。

 

「ごきげんよう咲夜。貴女が今日この時間にここに来たということは、遂に“始まった”のね」

「ええ。例の場所には既に八雲紫がいるわ」

「そう――これも予告通りね」

「あの、お二人は一体何の話を……?」

 

 主語を省いた会話に、鈴仙は困惑した様子で私達の顔を見比べている。

 輝夜には、魔法の森が消滅した翌日の2008年4月13日と、先月23日に、未来の出来事とタイムトラベラーの魔理沙について話している。

 あまりに突拍子もない話にも拘わらず、彼女はかなり興味を示していて、もし私の予告が的中していた場合、時間遡航に対して協力する旨を表明していた。

 ちなみに、互いに下の名前で呼び合うようになったのもこの日がきっかけだったりする。

 

「鈴仙、永琳を呼んできてちょうだい。咲夜がお見えになったわ」

「はぁ」

 

 鈴仙は釈然としない様子で、奥に引っ込んでいく。

 

「私がどうかしたの?」

「8日前に貴女から聞いた話を永琳に伝えたらとても驚いてね、今日貴女が来訪したら報せて欲しいとお願いされたのよ」

「そうなのね」

 

 八意永琳が私に何の用事かしら? まるで見当がつかないわね。

 やがて鈴仙は八意永琳を連れて戻って来る。硬い顔をした彼女の手には、竹の模様が描かれたショルダーバッグがあった。

 

「呼んできました~」

「ご苦労様」

「いえいえ。では私はこれで失礼しますね」

 

 鈴仙は私達に一礼した後、屋敷の奥に戻って行った。

 

「姫様……」

 

 八意永琳は物憂げな表情で彼女をじっと見つめている。

 

「どうしたの永琳? 私の顔に何かついてる?」

 

 輝夜は困った様子で訊ねるが、彼女は答えず、その目には珍しく迷いが見える。まるで何かを躊躇っているかのような、そんな印象。

 彼女は何度か私達を交互に見た後、決心が付いたのか、重い口を開いた。

 

「……姫様。時間の境界についてどうしても確認したい事がございます。ここに開く時まで、出発を待ってもらえませんか?」

「構わないけど、確認したい事ってなに?」

「……いえ。恐らく私の杞憂である可能性が高いので、明言は差し控えさせていただきます」

「そうなの? 咲夜もそれでいい?」

「ええ」

 

 時間軸の逆行現象が始まるまでは時間の余裕があるし、八意永琳の懸案事項というのも気に掛かる。未来の“私”からの情報に無い出来事ということもあり、私の中で断る選択肢は無かった。

 

「ありがとうございます」

「咲夜。それまで家の中で休んでいきなさいな」

 

 彼女の言葉に甘えて、家に上がり込む。

 途中で今日の診療の準備をすると言う八意永琳と診察室前で別れ、私達は果てしなく続く廊下を進んでいく。紅魔館は私の能力で拡張しているけれど、永遠亭も外観以上に広いわね。

 やがて輝夜は廊下の中頃で立ち止まり、右手の黒い竹があしらわれた襖を開く。

 中は木目の座卓が置かれた薄暗い和室で、床の間には竹を用いた挿花と、永遠亭を描いた水墨画の掛け軸が飾られている。天井と鴨居の間には格子模様の欄間が取り付けられているが、庭に面する障子は完全に締め切られ、僅かに光が漏れるのみとなっていた。

 私が輝夜と向かい合うように座ると、少しして鈴仙が日本茶を持って来た。それにお礼を述べつつ、私は目の前で上品な所作でお茶を服する輝夜に訊ねる。

 

「八意永琳が確認したい事って何かしらね」

「私にもよく分からないわ。8日前に貴女の話を伝えた時からずっとあの調子なのよ」

 

 輝夜はふうと息を吐く。

 

「月の都にも隠密に何度か赴いているみたいだし、昨日は依姫と豊姫がこっちに来ていたわ」

「……幻想郷と月の都ってそんな簡単に行き来できるものなの?」

 

 私が150年前に行った時は、パチュリー様が建造されたロケットを使ったけど、それでもかなり苦労した記憶があるわ。

 

「実はね、永遠亭には月の裏側に繋がる秘密の道があるのよ。けれど永琳は余程のことが無い限り、月の都とは関わらないと言ってたんだけどねぇ」

「つまり、今回の異変は“余程のこと”なのね」

 

 八意永琳の思惑にも気に掛けつつ、とりとめもない話をしているうちに時間が近づいて来たので、私達は席を立つ。

 玄関に向かう途中でショルダーバッグを肩に掛けた八意永琳と合流し、外に出た私は懐中時計を見ながらその時を待ち続ける。

 

「――時間だわ」

 

 懐中時計の長針がⅤを指した瞬間、晴れ渡る空を切り裂くように時間の境界が開き、深淵の穴が私達を見下ろす。

 

「時間の境界が開いたわね」

「見事に的中ね」

 

 日傘越しに空を見上げながら、未来の“私”の予告が当たってしまった事に憂いていると。

 

「これは――! まさかそんな……有り得ないわ――!」

 

 隣から響く突然の声に驚きながら振り向くと、永琳は空を見上げたまま目を大きく見開いていて、心なしか慄いているように見える。

 常に冷静沈着な彼女が珍しく動揺していることに二の句が継げないでいると、八意永琳は目を丸くしている輝夜の肩を掴み、「姫様。あれに関わってはいけません! 時間遡航は即刻中止してすぐに避難するべきです!」と切実に訴える。

 その鬼気迫る勢いに輝夜はたじろぎながらも、優しく訊ねた。

 

「ど、どうしたの永琳? 何か知ってるの?」

「そ、それは……!」

 

 優しく訊ねる輝夜に八意永琳がバツが悪そうに顔を背けると、長屋門の方から妹紅が駆けてくる。

 

「お、おい。なんか空がヤバいことになってるぞ!?」

「あら、妹紅。いたの?」

「輝夜! まさか、お前の仕業なのか!?」

 

 輝夜の姿を捉えた瞬間、妹紅は目の色が変わり臨戦態勢に入る。彼女の両拳からは不死鳥の炎が漏れだしていた。

 

「違うわよ。あれは時間の境界。ここではないどこかに繋がっているわ」

「なに――?」

「恐らく幻想郷のあちこちに開いているわ。私と咲夜はこれから調査に行くから、あんたと遊んでいる時間は無いのよ」

 

 輝夜に軽くあしらわれたことに妹紅は更に怒りを膨らませたが、人里の方角に開いた時間の境界を見て焦りに変わる。

 

「まさか輝夜への用事って?」

「ええ、そういうことなのよ」

「――クソッ、魔法の森跡地といい、一体何がどうなってるんだ」

 

 妹紅は小さく舌打ちすると、「咲夜! 私は人里の様子を見てくる! 帰りは輝夜に頼め!」と踵を返して人里に駆け戻っていった。

 私はそれを見送った後、未だに沈黙を続ける八意永琳に訊ねた。

 

「ねえ、貴女は何を知っているの? 良ければ教えて貰えないかしら」

「私からもお願い」

 

 八意永琳は私達の顔を交互に見ると、「……そうですね。こんな事態になってしまった以上、私には真実を話す責務があるのでしょう」

 

「今から1億年以上も昔――西暦換算で紀元前1億1520年3月18日。“私達”がまだ地上に住んでいた頃の話になります」

 

 彼女の言う“私達”とは、恐らく月人のことね。

 私の聞いた話では、当時の彼らは幻想郷は勿論の事、現代の外の世界よりも高度な文明を築いていた。しかし彼らは生命に寿命を与える“穢れ”を嫌い、賢者月夜見(ツクヨミ)の立案で、自分の親族で信頼の置ける者と共に“穢れ”の無い極楽浄土の月へ移住したとのこと。

 確か八意永琳は、月への移住計画や月の都の建造にも深く関与している元賢者だったわね。

 

「その日“私達”の居住区上空に突如として”大穴”が開きました。それは約1時間で消えてしまいましたが、分析の結果、“大穴”の正体は、高次元世界に繋がる“次元扉(ディメンジョンゲート)”――だと判明しました」

「高次元世界って?」

「私達が住む世界は、縦・横・高さを表す三次元空間と、未来方向にのみ進む時間によって形成されています。高次元世界とは、空間に加えて“時間”も自由に移動できる世界の事です」

 

(もしかして、時の回廊のことを言っているのかしら?)

 

「ほどなく“私達”は、“次元扉”を人為的に開くことが出来ないか研究を始めました」

「それって、もしかしてタイムトラベルの研究かしら?」

「平たく言えばそうなるわ」

 

 私の疑問に八意永琳は頷く。

 

「当時の人類の平均寿命は1000年を越えていたのだけれど、医療による寿命の延長には限界が来ていたのよ。その時に“次元扉”が出現した事で、ある賢者が提案したの。『私達よりも遥か未来の科学技術を知ることができれば、寿命から逃れられる術を得られるのではないか――』と」

「私は研究チームのリーダーとして、“次元扉”の研究を指揮したわ。元々時間という概念の研究が進んでいたこともあって、僅か半年ほどで“次元扉”を開く装置の開発に成功したのよ」

「……凄いわね」

 

 薬学の分野に造詣が深いことは知っていたけれど、科学の分野にも理解が深いなんて。彼女はどこまで天才なのかしら。

 

「そして“次元扉”を開こうとした時、事件は起きました。研究所内で謎の爆発が発生して、研究員は全員意識不明。唯一意識があった私の前に、“時の女神”を名乗る影が現れて警告したのです。『何者であろうと、時の秩序を破る者は許されない。これ以上研究を続けるようであれば、貴方達の文明は終わりを迎える事になるわ』と」

「!」

 

 八意永琳は口に手を当てる輝夜に続けて語っていく。

 

「あらゆる計器を用いても分析不能な大いなる存在に本能的な危険を察した私は、他の賢者達を説得し、すぐに研究チームを解散しました。ですが一部の研究者は私の意向に反して“次元扉”の研究を続けていたようで、ある日忽然と姿を消しました。彼らのあらゆる個人情報や、近しい人間達からの記憶が抜け落ちていましたから、蓋し存在自体を抹消されたのでしょう」

「――以来、次元扉の研究は永久凍結となり、時間移動に纏わるあらゆる研究は禁忌とされました」

「――そんなことがあったのね」

「姫様、どうかお考え直しください。空に開いた時間の境界は間違いなく“次元扉”です。あれに関わってしまえば、永遠の生よりも不幸な結末が待っているに違いありません」

 

 輝夜の手を取って懇願する八意永琳だったけど、彼女の意思は変わらなかった。

 

「心配しなくても大丈夫よ永琳。私達は次元扉の先に向かうつもりはないし、あくまで過去の魔理沙に会いに行くだけよ」

「マリサ……あの魔法使いですか」

「正確には改変前の歴史から来たタイムトラベラーの魔理沙よ。咲夜の話では、西暦200X年9月1日と2日に現れたらしいの」

「私が聞いた所によると、タイムトラベラーの魔理沙の歴史では霊夢が自殺したらしくてね、彼女の死を否定する為にタイムトラベラーになったみたいよ」

「あの霊夢が自殺なんて……そんな可能性世界が過去にあったのね」

 

 八意永琳は目を見開いていた。

 

「それにね、永琳。時間の境界を実際にこの目で見て私には感じたのよ。この世界にはもう未来が無いって。全ての事物が進歩も退歩も無く、等しく“永遠”になってしまうなんて私には耐えられないわ。生に飽いた人生だけれど、こんな形で終わるのは不本意なのよね」

 

 輝夜の決意表明に、八意永琳は観念したように手を放す。

 

「どうやら決意は固いようですね。ではせめて此方をお持ちください」 

 

 八意永琳はショルダーバッグを肩から外して彼女に手渡す。輝夜が開けると、片手に収まる程度の小さな機械板が入っていた。

 

「これは?」

「かつて私が次元扉の研究に用いていたタブレット端末です。月の都の電波を介した現在時刻の同期や次元波動感知機能の他、時間の揺らぎや歪みまで正確に計測できます。詳細は電子説明書を読んでください」

「そんな物が良く残ってたわね?」

「他の賢者達の強い反対で全てを処分できなかったのです。今回必要になりそうな予感がしたので、月の都の中枢に保管されていたものを引き取ってきました。――どうかご無事で」

「ありがとう永琳。必ず帰って来るわ」

「それでは行きましょうか」

「咲夜。姫様のこと、くれぐれもよろしくね」

「ええ」

 

 八意永琳に見送られながら、私達は永遠亭を飛び立っていった。

 

 

 

 永遠亭を発った私達は、魔法の森跡地上空を目指して、迷いの竹林を飛んでいた。

 輝夜はタブレット端末の電源を入れて、空中に投影される文字に目を通している。私の位置からも読めるけれど、文章に外来語が多くて理解が追い付かない。同じ日本語とは思えないわね。

 

「ふーん。そうなのねぇ」

「分かるの?」 

「機能については大体理解できたわ。これから次元扉についての情報を読み進めるわね」

 

 そう言って輝夜はページを切り替える。表示された文章は全体の一部のようだけど、おぼろげながらも私にも理解できる内容だった。

 

(へぇ、魔理沙の話と共通点が多いわね)

 

 次元扉の先に存在するあらゆる時間へ移動できる空間。並行世界説の否定、実用的な時間移動の欠点など。でも情報が不足している今、結論を出すにはまだ早いように思える。

 迷いの竹林を抜けて人里に出た頃、懐中時計を見た私はポツリと呟いた。

 

「……そろそろ時間ね」

 

 現在時刻は午前8時44分。私は空中で静止し、隣を飛ぶ輝夜に告げる。

 

「輝夜」

「何?」

 

 熟読していた輝夜は顔を上げる。

 

「1分後に“改変前の歴史の私”と融合するわ。多少混乱するでしょうから、その時にフォローお願いね」

「もうそんな時間なのね。咲夜、貴女は怖くないの?」

「大丈夫よ。どちらも同じ“私”ですもの」

「そう――分かったわ」

 

 私にあるのは未来への希望と真実の探求だけ。“改変前の歴史の私”も同じ気持ちを抱いている筈。

 輝夜が見守る中、私はその時を待ち続け、時計の針はⅨを指した――。




次の話に登場する咲夜は、彼女の主観から見て『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』直後の時系列になります。


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第252話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 甦る記憶

 今回の話は

『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』の続きですが、

『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』直後の咲夜視点から始まります。


『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』に至るまでのあらすじ

 西暦215X年10月1日午前8時25分、紅魔館上空に開いたタイムホールから落下した巨大な塔により重傷を負った美鈴。
 咲夜が彼女を連れて永遠亭に向かう最中、魔法の森や人里でも同じ現象が発生し、永遠亭も被害を受けていた。
 事態を重く見た輝夜は咲夜を誘いタイムホールの調査に乗り出した。

 このあらすじの詳細は『第226話 (2) タイムホールの影響⑤ 紅魔館の場合』~『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』にて詳しく描写しています。


 ――西暦215X年10月1日午前8時45分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里。迷いの竹林入り口付近上空――

 

 

 

 目の前には私が愛用する懐中時計。今の時刻は8時45分を回ったばかり。

 

「――えっ?」

 

 一瞬理解が追い付かなかった。どうして私は懐中時計を見ているの? 視線を外すと、更に困惑した。

 

「ここは……人里?」

 

 私の記憶が確かなら、幻想郷の至る所に開いた時間の境界を調査する為、蓬莱山輝夜と一緒に永遠亭を発ったばかりだった筈。それなのに、今の私は人里近くの空で、懐中時計を凝視する姿勢のまま静止していた。まるで時間を飛ばされたみたいだわ。

 その上不可解な事に、人里の様子も一変している。

 少し前に私が訪れた時は、空に開いた時間の境界から塔のような建物が大量に落下していて、妖夢達が里人の避難と守護を行っていた。

 それなのに、今は目立った混乱は起きてなくて、地面に突き刺さっていた塔のような建物は勿論、落下痕さえも綺麗さっぱり無くなっている。まるで初めからそんな事は無かったかのように。

 大通りでは、古びた歴史書を開きながら慧音と稗田阿音が演説を行い、周りには大勢の里人が集まっていた。近くには人里の長老と話し込む妹紅の姿もある。

 

(これは――あら?)

 

 更に人里の周辺を見渡せば、茜色に色付きはじめた森の中に、そこだけ切り取られたかのように荒涼とした砂漠地帯が広がっている事に気付く。私の記憶が間違いでなければ、あの辺りは確か魔法の森……だった筈よね? 何がどうなってるの?

 

「咲夜」

 

 不安げな声に振り向くと、蓬莱山輝夜が私を心配そうに見つめていた。彼女はいつの間にここに?

 

「今私達が置かれている状況について、把握出来ているかしら?」

「今の状況って――!?」

 

 言葉を交わした瞬間、身に覚えのない記憶が走馬灯のように甦り、眩暈が生じる。

 ああ、駄目。平衡感覚が乱れて、私の意識は真っ逆さまに――。

 

「咲夜!」

 

 切羽詰まった様子の蓬莱山輝夜が手を伸ばし、地上に落ちそうになった私を優しく支えてくれた。彼女に感謝しつつ、気を確かに持ちながら自分の記憶を反芻する。

 

 まずは私の記憶。

 今からおよそ20分程前、紅魔館の上空に開いた時間の境界から塔のような建物が落下して、美鈴は私達を守る為に重傷を負ってしまった。彼女を治療してもらう為に永遠亭に向かう道中、魔法の森や人里でも同じ現象を目撃し、異変を肌で感じる。永遠亭も例外ではなく、重傷の美鈴を永琳に任せて蓬莱山輝夜と共に異変の調査の為に出立した。

 

 かたやもう一人の“私”の記憶。

 2008年4月5日、霊夢とマリサは博麗神社に開いた時間の境界の調査中に行方不明になってしまう。二人を追ったアリスまでもが帰らなかった。その1週間後、今度は魔法の森上空に開いた時間の境界によって魔法の森が消滅。パチュリー様の命で調査に来た“私”の前に、未来の“私”と輝夜が現れる。

 彼女達からもたらされた情報を頭に留めつつ、八雲紫と協力関係を結び、2021年2月21日に一時帰還した霊夢とマリサに“私”の考えを伝える。以来タイムトラベラーの魔理沙を捜索するも、終ぞ発見には至らず、考慮の末に未来をなぞる行動を決意した。

 

 私と“私”。行動原理が違っていても本質は同じで、私は自然に“私”を受け入れていた。

 例えるなら、コーヒーとミルクが混じり合ってカフェオレになったような感覚。私は間違いなく十六夜咲夜よ。

 

「流れてきた記憶に少し驚いただけ。もう大丈夫よ。ありがとう、輝夜」

 

 輝夜にお礼を伝えて、私はそっと離れる。

 

「その様子だと、改変前の歴史を思い出したみたいね?」

「ええ。はっきりと思い出したわ。貴女もそうなのでしょう?」

「私は魔理沙の歴史改変の影響を受けないの。だから私はどこまでいっても私なのよ」

 

 自然体で語る彼女に混乱は見られない。

 

「それなら情報交換の必要は無さそうね。早速だけど、私を永遠にしてもらえるかしら」

「ええ」

 

 輝夜は優しく微笑みながら、そっとたおやかな腕を伸ばし、白魚のような指で私の右手をなぞる。

 

「ふふ、終わったわよ。今の貴女は“永遠”の存在になったわ」

 

“永遠”という状態に少し身構えていたけれど、予想以上にあっさりとしたもので、特に変な感覚はなかった。

 

「本当に“永遠”になったの?」

「言葉で説明するよりも、実際に体験した方が早いでしょう。日傘を閉じてごらんなさい。今の貴女は太陽も克服しているわ」

「!」

 

 輝夜は穏やかに告げているけれど、私はおのずから顔がこわばるのを感じた。

 150年前のあの日、お嬢様に眷属にしていただいてから、太陽は天敵になった。日の下に少しでも肌を晒せば、皮膚と肉が焼けて激痛が走り、それが続けば身体が発火して、終いには燃え尽きて灰になってしまう。彼女の発言は、吸血鬼の私にとっては存在否定に等しい意味合いを持つ。

 勿論彼女にそんな意図がない事は理解しているし、自分で悩み抜いた末に下した決断なので、お嬢様には感謝してもしきれないわ。

 

(どうしましょうか……待って。確か私の記憶では、未来の“私”は、日中でも日傘を差さずに活動していたわね)

 

 若干迷った末に恐る恐る人差し指の先を日傘の外に出してみると、肉が焼ける事も無く、至って正常な人差し指がそこにあった。いえ、それどころか何も感じない……?

 そんな私の心を読んだかのように、輝夜は解説する。

 

「永遠とは即ち不変。そこに成長も衰退も無く、“一瞬の今”が永遠に続くわ。より具体的に言うなら、今の貴女は私が永遠の魔法を掛けた瞬間――西暦215X年10月1日午前8時48分の状態で固定されているのよ」

「……なるほどね」

 

 その時の私は日傘を差していたから、太陽の下でも活動できるのでしょう。

 納得しつつ、私は日傘を畳んだ。こうして日差しを全身に浴びるのはいつ以来かしらね。まあ何も感じないのだけれど。

 

「では行きましょうか」

 

 輝夜は頷き、私達は魔法の森跡地上空へ飛んで行く。

 

「今回の歴史改変の原因は時間の境界と見て間違いないでしょうね」

 

 輝夜はタブレット端末に目を落とす。

 

「さっき永琳は次元扉――時間の境界は、現在の次元と高次元世界を繋ぐ扉と話していたけれど、ここには更に詳細が書かれているわ」

「聞かせてもらえるかしら」

「今の私達に関係がありそうな部分だけ抜粋するわね。『時間の境界は、1銀河単位に匹敵するエネルギーを凝縮し、次元の境界面に向けて放出することで開かれる。この時、次元固定化装置によって最適化しなければ、時間経過と共に不安定化し、私達の次元を崩壊に導く為細心の注意を必要とする。なお、異なる時間軸に時間の境界が開いていた場合、強大な時空変動によって互いの時間の情報が混在する可能性がある』と指摘されているわ」

「…………もしかして、改変前の歴史で建物が落下したのもその影響なのかしら」

「十中八九間違いないわね」

 

 なんだか思った以上に壮大な話になっているわね。ここまでくると最早幻想郷だけの問題では済まされないわ。

 

「タイムトラベラーの魔理沙は、歴史改変が起きた場合、その当事者及び密接に関係する人物に記憶が引き継がれる。と話していたけれど、今回の異変は私と輝夜に関係する事柄なのかしら?」

 

 輝夜は少し考える素振りを見せた後、首を振る。

 

「……分からないわね。時間の境界の先にある文明は月の都ではないし、思い当たる節は無いわ。貴女は?」

「私も同じよ」

 

 私の記憶は、2001年3月5日、記憶喪失の状態で幻想郷を彷徨っていた所を、お嬢様に見出してくださったあの日までしか遡れない。

 それから156年余り、外の世界と関わる事は数える程しかなく、常にお嬢様に献身してきた。

 何か重要な情報を見落としているかもしれないけれど、いくら思いを巡らせても心当たりがないのよね。

 

「改変前の歴史と改変後の歴史を比較すれば、何か見えてくるかもしれないわ」

「そうね」

「仮に改変前の歴史をα、現在の歴史をβと区別しましょう。αとβの相違点は、時間の境界の出現時空や頻度、霊夢とマリサの行動、魔法の森の有無……枚挙にいとまがないけれど、決定的な事柄はタイムトラベラーの魔理沙の行方ね」

 

 歴史βでは、西暦215X年9月22日にタイムトラベラーの魔理沙が現れていない。βで妹紅がタイムトラベラーの魔理沙を知らなかったのも、その影響なのでしょう。

 

「どうして彼女はこの歴史から消えてしまったのかしら」

 

 私の知る限り、彼女の交友関係に軋轢が生じた様子は無く、特に霊夢とは昵懇の仲だった。彼女自身も幻想郷での生活に前向きでしたし、霊夢達との約束を破ってまで姿を消す動機が無いわ。

 その事を伝えると、輝夜は顎に人差し指を当てる仕草で僅かばかり沈黙した後、「もしかしたら、私達の前提が間違っているのかもしれないわね」と口にした。

「どういうこと?」

「未知の時空に繋がる時間の境界という特性から、タイムトラベラーの魔理沙に見当をつけていたけれど、彼女以外にも時間に纏わる能力を持った存在がいるかもしれないわ。もしその存在によって、“タイムトラベラーの魔理沙が西暦215X年9月22日に現れない歴史”であるβに改変されたとしたら?」

「……その理由を尋ねてもいいかしら?」

「時間の境界が出現した時空点よ。βの永琳の証言によれば、約1億年以上前には既に出現していた。βでは少なくともこの時点から歴史改変が起きているわ」

「αでは違うの?」

「αの永琳は今日初めて時間の境界を知ったそうよ。八雲家の猫ちゃんからの情報で興味を抱いて、探査機を放ったのだけれど、失敗に終わってしまったわ。貴女も見ていたでしょう?」

「やっぱり、あれがそうだったのね」

 

 私は永琳の一射を思いだす。彼女が永遠亭の屋根から放った矢は、風を切り裂くように飛翔して時間の境界の中に消えていった。

 

「永琳の見立てでは、永遠亭に開いた時間の境界は、外の世界よりも高度な文明の太陽系外惑星に繋がっているそうよ。かつての月人のように、時間移動の研究を完成させていてもおかしくないわ。もし未知の異星人が、いつかどこかでタイムトラベラーの魔理沙の存在を知って、彼女を抹消すべく幻想郷に時間の境界を開いたとしたら?」

「……現時点では判断材料が少ないですし、何とも言えませんわ」

 

 かなり論理が飛躍している仮説だと思うのだけれど、悪魔の証明と見切ることができないのは、タイムトラベラーが時系列に縛られない特殊な存在だからなのよね。

 通常の時間軸に生きる私達と違って、タイムトラベラーは時間の制約は無く、私達の主観が当てにならない。仮にタイムトラベラーが時間跳躍した先で1年過ごしたとしても、時間跳躍前と同じ時間に帰ってきてしまえば、私達に時間のずれを認識する事はできないからだ。

 私達の預かり知らない、“過去”や“未来”に何らかの因縁が起きていてもおかしくない。

 

「それに、貴女が2008年4月12日に出会った未来の“私達”はどうなったのかしら。彼女達が歴史の修正に成功したなら、私達が時間遡航する必要性は無くなるでしょう? もし“2008年4月12日の十六夜咲夜が、215X年10月1日午前9時から遡って来た私達と出会う”出来事がβにおける予定調和だとしたら、因果は閉じてしまっている。私達の行動は徒労に終わる可能性が高いわ」

「それは――」

 

 現在の歴史がαに戻っていない以上、私達がこれから時間遡航しても、歴史改変は必ず失敗する運命にある事を過去が証明している――輝夜はそう言いたいのでしょう。歴史改変が成功したのならば、今の私達はいませんからね。

 私もその可能性に思い至らなかった訳ではない。

 私が輝夜の力を利用した時間遡航を決断した理由は、150年前の魔理沙に会うという目的に限れば、何時に飛ばされるか保障のない時の回廊を移動するより確実だと判断したからだ。恐らく未来の“私”も同じ考えに至った筈。

 八雲紫には予め私の計画を伝えていて、彼女は世界の外側、私は世界の内側から魔理沙達を捜索する予定となっている。立場や思想は違っても、魔理沙達を想う気持ちは変わらない。

 

「――貴女の仮説は否定出来ないけれど、選択肢は無いの。もしかしたら今の私達が過去の私と交錯した後に、歴史が変わる可能性だってある。ここで諦めてしまったら、全ての可能性が閉ざされてしまうわ」

 

 迷いが無いと言えば嘘になるけれど、このまま手をこまねいていたら時間軸の逆行に巻き込まれるだけ。それだけは絶対に避けたいわ。

 

「……ふふ、意地が悪い事を言ってごめんなさいね。所詮時間に縛られている私達には、立証しようがないことですもの。今は私達に出来る事をしましょうか」

「ええ」

 

 結局どれだけ考えても結論は出なかった。全てを知るのは、それこそ“彼女()”くらいのものでしょうね。“彼女()”は今の状況でも静観に徹するつもりなのかしら。

 もやもやした気持ちを抱きながらも、私達は目的地に到着する。すかさず時刻を確認した。

 

「時間軸の逆行まであと1分よ」

「なんとか間に合ったみたいね」

「ええ」

「それにしても、私達の時間を永遠にすることで時間軸の逆行に対抗するなんて、よく考えたわね」

「未来の“私”の案よ。私ではないわ」

 

 私は未来の情報に基づいて行動している。そうなると、最初にこの案を考案したのは何時の私なのか。

 卵が先か鶏が先か。考えれば考える程分からなくなる。やはり因果の輪が閉じてしまっているのかもしれない。

 

(でも私のやる事は変わらないわ)

 

 あの日以降何が起きたのか。未来が変化しなかったのは何故なのか。どうして霊夢達は帰って来ないのか。私は知らなければならない。

 魔法の森跡地上空の中心では、八雲紫を囲むように文、摩多羅隠岐奈、博麗杏子が集まり、何かを話し込んでいる。八雲紫は覚悟を決めたみたいね。

 

「……時間ね」 

 

 時計の針がⅫを指した瞬間、時間の境界が空全体に広がり、眩い光と共に見た事のない大都市が投影。大気は震え、世界の終わりを告げるかのように鐘の音が響き渡る。

 少し遅れて私が能力で時間を止めた時と同じ感覚が襲い、輝夜のタブレット端末が表示する時刻はA.D.215X10/01 09:00:00で停止。懐中時計の針も止まっている。

 

「本当に時間が止まっているのね……! 興味深い現象だわ。それにあの都市……月の都と同等かそれ以上の文明を持っているようね」

 

 タブレット端末の情報と空を交互に見比べる輝夜は、少し声が上擦っていた。

 遠くに見える八雲紫達は為す術もなく時間の境界に吸い込まれ、この時空から姿を消す。周囲の時空の歪みも強くなっているようで、空が段々と近くなり、押し潰されるかのような圧迫感を覚える。

 ああ、もう時間軸の崩壊は近いのね。

 

「いよいよ始まるわ。輝夜、心の準備はできているかしら?」

 

 私が手を差し出すと、輝夜は「もちろんよ咲夜」と握り返す。

 149年間待ちに待ったこの瞬間。私は必ず歴史を、未来を変えて見せる――。決意を胸に時間軸の逆行を待った。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前9時(暫定値)――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館屋上――

 

 

 

 暫定時刻西暦215X年10月1日午前9時。

 魔法の森跡地上空では、十六夜咲夜と蓬莱山輝夜が時間遡航に備え、地上では古明地こいしが魔理沙邸跡地に座り込み、空を見上げながら時間旅行者霧雨魔理沙の帰還を待ち望んでいた。

 一方その頃、紅魔館の屋上では、パラソル付きガーデンテーブルの前に座り、紅茶と洋菓子を楽しむスカーレット姉妹と読書に勤しむパチュリー・ノーレッジの姿があった。

 

「う~ん、やっぱり咲夜の作るお菓子が一番美味しいわね。早く帰ってこないかなぁ……」

 

 フランドール・スカーレットは、妖精メイド手製のマフィンを頬張りながら寂し気に呟いた。

 現在、紅魔館のみならず地球全体がタイムホールに覆い尽くされており、境界面には時刻A*1のアプト星の様子が鏡のように映し出されている。

 

「…………」

 

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続ける時の鐘に、読書中のパチュリー・ノーレッジは顔を(しか)めていたが、レミリア・スカーレットは紅茶を味わいながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、遂に始まったわね」

「随分とご機嫌なのね」パチュリー・ノーレッジは読書を中断し、仏頂面で「今の状況が分かっているのかしら?」と訊ねる。

 

 彼女達は十六夜咲夜の予言を確認すべく2時間前からこの場に集まり、現在に至るまでパチュリー・ノーレッジが放った鳥型の使い魔を通じて、幻想郷の様子を観測していた。

 そこから導き出された結果は、十六夜咲夜の予言通り、この世界に未来は無いという事実だった。

 

「あら。だって世界が終わる瞬間を体験できるのよ? こんな機会は二度と訪れないわ」

「貴女の思考は理解できないわ」

「149年前の4月12日、咲夜が私に未来をもたらした時からこの運命は視えていたのよ。この私が運命に弄ばれるなんて、皮肉な話だわ」

 

 自嘲する親友の姿に不安を覚えたパチュリー・ノーレッジは、読みかけの本をテーブルの上に置き、身を乗り出すようにして尋ねる。

 

「このままで良いのレミィ?」

 

 レミリア・スカーレットは、紅茶を一口含みながら答えた。

 

「パチェ、私は咲夜と魔理沙を信じている。その為の布石も打っておいた。今は滅びゆく刹那を楽しもうではないか」

「布石って、八雲紫に伝えたあの言葉かしら?」

 

 時間を少し遡る事、今日の午前8時38分。タイムホールの発生状況の調査で紅魔館を訪れた八雲藍に、レミリア・スカーレットは言付けをしていた。

 

『八雲紫に伝えなさい。『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』――と』

 

「そんな大袈裟なものではないさ。あの言葉は彼女の背中をほんの少し押してあげただけ」

「じゃあ何よ?」

「私が咲夜の行動を許可した事、もっと言えば世界の分岐前に見えた運命――と言っても伝わらんか。すぐに分かる時がくるわ」

「そう」

 

 レミリア・スカーレットがティーカップを静かに置き、パチュリー・ノーレッジがティーカップに手を伸ばしかけたその時、世界は一変する。

 屋上の扉を開き、配膳ワゴンを押していた妖精メイドはその場で固まり、庭園を飛ぶ小鳥は羽を大きく広げたまま静止。門にいた紅美鈴は、門柱に寄りかかりながら空を見上げる姿勢のまま微動だにせず、大図書館で図書整理中だった小悪魔は、積み上げた本を抱えて歩く体勢のまま動く気配は無い。

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続けていた時の鐘は止み、辺りに静寂が訪れる。

 彼女のティーカップはソーサーに張り付いたまま持ち上げる事ができず、開かれた本は糊付けされたかのようにページがくっついていた。

 

「これは――」

 

 異変に気付いたパチュリー・ノーレッジがポツリと漏らした驚嘆の声は、波紋のように広がり、山彦のように反響。慌てて口を抑える。

 

「あれ?」

 

 フランドール・スカーレットが食べていたマフィンは、スポンジが石のように固まり、歯が立たなくなっていた。

 

「…………」

 

 レミリア・スカーレットは、背もたれに身体を深く預けながら、真剣な表情で空を見上げている。タイムホールの境界面が僅かに揺れた事を見逃さなかった。

 

「遂に時間軸の逆行とやらが始まるのかしら……」

「それにしては様子がおかしくない? お姉様は何か知らないの?」

 

 度重なる異常に困惑が広がる中、彼女達の死角からハイヒールの足音と共に馴染み深い声が響く。

 

「お騒がせして申し訳ございません。私が時間を停止しております」

「貴女は……!」

「えっ!? ど、どうなってるの?」

 

 現れた少女に視線を向けたパチュリー・ノーレッジとフランドール・スカーレットは驚愕し、レミリア・スカーレットは静かに目を細める。

 

「皆様、お久しぶりでございます」

 

 美しい所作で一礼する少女――“人間”十六夜咲夜は、旧友に再会した時のような笑みを浮かべていた。

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。







※以下補足説明


 今回の話の流れとしては

『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』
『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』終了時に、時刻E(JST西暦215X年10月1日午前8時45分)になり、メビウスの輪が成立する歴史が確定化したことで、


『第233話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(中編)』
『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』
『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』
『第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念』で描写した咲夜(メビウスの輪が成立した改変後の歴史β)に

『第226話 (2) タイムホールの影響⑤ 紅魔館の場合』~『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』で描写した咲夜(メビウスの輪が成立する前の改変前歴史α)の記憶が蘇り、今回の話で二つの歴史の咲夜が統合されました。


 ちなみに今回の話は『第239話 (2) タイムホールの影響⑬ 終末の兆し 紫の行動』と同じ時系列です。


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第253話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 時間遡行(前編)

 ――西暦215X年10月1日午前9時(暫定値)―― 

 

 

 

 ――幻想郷、魔法の森跡地――

 

 

 

 side ――十六夜咲夜――

 

 

 

 改変された過去。停滞した現在。消えてしまった未来。

 全てが停止し、時間の概念が曖昧になった世界において、私の主観で幾ばくかの時間が経過した後、静止した世界が動き出したのを直感する。

 後ろに引っ張られるような不可思議な感覚と共に、懐中時計の針は逆方向に回り始めた。

 

「時間の逆行が始まったわね」

 

 1秒、10秒、60秒……時が遡るにつれて、空を覆い尽くしていた時間の境界は、魔法の森跡地全体を覆う程度にまで縮小し、先程吸い込まれた八雲紫達が目の前に吐き出される。

 

「なんま済が気といならやてっ言言一らたっ会に女ういかと沙理魔。ぁは」

「だりかばる祈を事く着り辿に地的目に事無。なだうそ……」

「すでずはる来出てっだ達私とっき、らかすでんるいが者駆先ういとんさ沙理魔。ねすでり通る仰のんさ紫にか確」

「いさなめ決を悟覚るえ越び飛を間時も達女貴、上以たっましてっなうこ」

 

 彼女達の会話はまるで外国語のように掴みどころが無く、それが逆さ言葉だと気付くのに幾分かの時間を要した。

 それも当然なのでしょう。彼女達の時間は未来に進んでいるのに対し、私達は過去に向かっているのですから。

 

「これが時間軸の逆行――興味深いわね」

 

 正常な時の流れにいる人妖は、時の流れを逆流する私達を認識できない。その証拠に、八雲紫達は私の手が届く距離にいるけれど、私達に全く気付いた様子は無い。

 

「咲夜」

「ええ」

 

 意識を集中させて、自らの能力――時間を操る程度の能力を用いて、時間を加速させる。

 普段なら自分だけが未来へ進むだけの力なのだけれど、時間軸が逆転してる今、世界の時間は過去方向に直進する。私達を除いた世界は、まるで映像を巻き戻しているかのように、全ての事象が反転していた。

 

 幻想郷各地に開いた時間の境界は収束し、太陽は空を赤く染めながら東に沈み、西の空を黄金色に染めながら登る。鳥や顔見知りの妖怪――その中には過去の″私”もいた――は、後ろに向かって飛んでいた。

 季節は巡る。

 妖怪の山を彩る茜色の木々は深い緑色に変化し、全てを溶かすような厳しい日差しが照り付ける。陽炎が立ち昇る日々が続いたかと思えば、空が暗い雲に覆われ、長雨が続く季節が訪れる。

 長雨が明ければ、穏やかな陽気と共に人々は田植えに精を出し――と言っても、此方からは苗を抜いているように見えるのだけれど――水田が真っ新になる頃、地上には散った桜の絨毯が出来上がり、空を舞って桜の木に桃色の花を咲かせる。間もなく花は蕾に還り、枝の中に埋もれていくと、緑葉を落とし、地面に溶けかけの雪の姿が見え始めた。

 やがて幻想郷に冷たい風が吹き荒れ、一面の銀世界に様変わりし、氷の妖精は踊るように遊んでいる。それも少しの時を経て徐々に消えていき、紅葉色の絨毯が姿を現す。落ち葉は空を舞って枝に戻り、鮮やかな茜色を見せびらかす。人々は笑顔で稲刈り――稲植え? に励んでいた。

 季節が一周する中、吹雪に襲われる日もあれば、暴風雨が吹き荒れる日もあった。けれど私達は世界の時間から浮いているからなのか、はたまた″永遠”になった影響なのか、10月上旬の涼しい感覚が続いていた。

 感覚としては、身体の表面に透明な膜が張られているような感じで、雨に濡れる事も、雪が積もる事も、風に当たる事も無かった。もしかしたら幽霊ってこんな感覚なのかしら。

 

「さあ、更に加速させるわよ!」

 

 心の中で気合を入れて、時間を限界まで加速させる。季節の移ろいは更に速くなり、冬秋夏春が次々とお目見えする。

 人里では腰の曲がった老爺は壮健な青年に、杖を突いた老婆は妙齢の女性へと若返り、やがて子供になり姿を消していく。

 朽ち果てた廃屋は新築に再生したかと思えば、大工の手によってあっという間に解体されて更地に。長い年月を経て新たに開拓された土地は徐々に雑木林に戻り、人里の規模も少しずつ小さくなっていく。恐らく人口も減っているのでしょうね。

 戯れで投げた銀のナイフは、私の手から離れた瞬間空中で停止。段々と形が崩れていき、終いには銀鉱石と木片に分解されて地上に落ちていった。

 輝夜のタブレット端末に表示された時刻も、目測で確認するのが難しいくらいの速さでカウントアップしていく。私の体感時間ではものの数分しか経っていないけれど、客観的な時間では既に50年が経過していた。

 ちなみにこの間、魔法の森跡地には人間が近づくことは無く、妖怪も数える程しか訪れていなかった。まあ何もない土地ですし、仕方のないことね。

 22世紀の訪れを祝う盛大な花火、人妖達の祝福祭、幻想郷誕生600年記念祭……。かつて経験した節目の出来事や、時々近くを飛行する代々の博麗の巫女の顔を懐かしみながら、ひたすら過去に進んでいく。

 胸の内を明けると、能力の連続使用はかなりの負荷がかかっていて、集中力が切れかかっている。つくづく魔理沙の時間移動って規格外なのね。

 

「西暦2022年9月26日を通過。もうすぐ2010年代に突入するわ。そろそろ減速して!」

「ええ!」

 

 時間加速をある程度緩め、地上に近い高さまで高度を下げた後、輝夜のタブレットを見ながらタイミングを計る。目標時刻は西暦2008年4月12日の午後3時24分。チャンスは一度きり。

 2000年代に突入、2009年、2008年……。4月に突入し、この場に見知った顔や懐かしい顔が集まり始めたのを機に、時間加速を解除。目標時刻になった瞬間、時間を停止する。

 

「――られないでしょうね。…………あら?」

 

 過去の私はこの場の全員――パチュリー様、文、美咲、八雲紫、八雲藍、摩多羅隠岐奈、宇佐見菫子――に向かって、魔法の森跡地の現状について熱弁を振るっていたけれど、突如反応が無くなったことで、一人狼狽えていた。

 

「そんな、どうして……?」

「降りるわよ輝夜」

「ええ。後は任せるわね」

 

 手元の懐中時計をじっと見つめている過去の“私”の前に降り立ち、声を掛ける。

 

「初めましてになるかしら。過去の私」

「!?」

 

 顔を上げ、私と目が合った彼女は目を丸くしていた。



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第253話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 時間遡行(中編)

(ふふ、驚いてる驚いてる)

 

 当時の私は忽然と現れたもう1人の私に言葉を失ったのよね。我が目を疑うとはまさにこの事。

 もちろん次に彼女が取る行動も知っている。ナイフを抜いて(「何者!?」)と警戒するのよね。記憶にある通りで安心したわ。

 大丈夫なの? と言いたそうな輝夜の視線に頷き、私はいつもの調子で過去の私に向き直る。

 

「私は未来の貴女よ。そんなに警戒しないでちょうだい」

「未来の……私ですって?」

 

 改めて私をじろじろと見た過去の私は、警戒態勢を崩さないまま「……いまいち信じられないわ。証拠はあるの?」と訊ねる。

 当時の私の心境としては、今の私の言葉を半ば信じていたけれど、だからと言って鵜呑みには出来ないと思っていたわね。

 

「そうねぇ。例えば――」

 

 私は(十六夜咲夜)しか知らない情報を打ち明けていく。

 お嬢様方の食事の好みや、妖精メイド達のシフト、私の秘蔵品の収納場所、そして極めつけは。

 

「貴女のスリーサイズは――」

 

 とっておきの秘密を耳打ちすると、「なっ――! ど、どうしてそれを!?」と動揺しながら私を睨みつけた。まあ気持ちは分かるわ。当時の私もかなり驚かされたし。

 

「これが私が未来の貴女である証拠よ」

「……そんなことまで知っているなんて。確かに未来の私で間違いないようね」

「信じてもらえたようね」

 

 過去の私は表面上は冷静にナイフを仕舞う。ちなみにどんな数値なのかは勿論内緒。輝夜は興味津々みたいだけど、教えないわよ?

 

「それで、私に何の用かしら? まさか自分自身を驚かす為に時間旅行してきた訳ではないのでしょう?」

「結論から言うわ。私達は消息不明になった霊夢、マリサ、アリスの捜索と、時間の境界の影響で改変された歴史をタイムトラベラーの魔理沙に是正してもらう為に、西暦215X年10月1日から来たの。貴女にも協力してもらえないかしら?」

「……未来で何が起きたの?」

「今の世界は袋小路に入っているの。西暦215X年10月1日午前7時40分の魔法の森跡地に時間の境界が開いた時が終わりの始まり。そして時間の境界の先が見通せるようになった時、時間軸の逆行が始まるわ。その瞬間から私達の未来は閉ざされるのよ」

「時間軸の逆行?」

「時間の流れが未来ではなく過去に向かって流れるようになるのよ。それは即ち、ありとあらゆる“状態”が戻ってしまうの」

「!!」

「私は輝夜の永遠になる能力を利用して、自分の“状態”を永遠にすることで、時間軸の逆行に対抗したの。その後この時間まで時を加速させたわ」

 

 過去の私が輝夜に視線を送ると、彼女は静かに頷いた。

 

「今私が時間を止めているのも、貴女達とは時間の流れが違うからよ。過去に向かって時間が流れる私達は、通常の時間軸を生きる貴女達に干渉できないの。唯一の例外が時間を止めている瞬間だけ」

「――なるほどね。タイムトラベラーの魔理沙は私の時間停止の影響を受けないから、接触には問題ないのね」

 

 厳密には私がいた時間の魔理沙は、私の時間停止の影響を受けるので、同じ事をしても効果は無い。というのも、彼女が意識を変化するきっかけになった最大の要因は私にある。

 私は普段の仕事をこなすために時間を止めているのだけれど、魔理沙もそれに引っ張られる為、生活リズムが狂ってしまう。とはいえ紅魔館の仕事量は膨大で、時間を止めないと片付かないので、時間停止を控える訳にはいかなかった。

 この問題を解決するために、魔理沙は時間の神様の方の私にアドバイスをもらい、時間停止中でも止まっていられるように意識を変化したようで、実際に私もこの目で確認したわ。

 そして私がこれから会いに行く魔理沙は、意識が変化するきっかけ――即ち、私が霊夢の後押しを受けてお嬢様の眷属になる決断を下す前の歴史の魔理沙なので、時間停止の影響を受けない意識になっている筈。

 

「これから私は西暦200X年9月2日の紅魔館に現れたタイムトラベラーの魔理沙に事情を話して協力を取り付ける予定よ。そこで貴女にもやってもらいたい事があるの」

「まさか私も過去に遡れって言うの?」

「違うわ。貴女は私の話を信じて、私と同じ選択をしてもらいたいの」

「……もう少し詳しく説明してもらえるかしら」

 

 私は一呼吸置いてから話を続ける。

 

「私が貴女だった頃、未来の私から同じ説明を受けたわ。私は悩んだけれど、未来の私と同じ行動を取る事にしたの。私が私であるためにね」

「……!」

「貴女がより良い選択を取ることを祈ってるわ。輝夜、そろそろ行きましょう」

「もういいの?」

「ええ。伝えるべき事は伝えたわ」

 

 詳細な未来を語る事は、過去の私の行動を雁字搦めに縛り付ける事に繋がりかねないわ。未来への希望を抱き、自分の行動に意味を持たせることが、私にとっても最善の選択になるでしょう。

 これまで自分の決断が正しいか散々悩んだけれど、過去の私と話しているうちに吹っ切れたわ。きっと私が出会った未来の私も同じだったのでしょうね。

 私達がふわりと浮かび上がると、過去の私は焦りながら呼び止める。

 

「ま、待って! まだ分からない事が多すぎるわ! そもそも歴史改変って具体的に何が起きたのよ?」

「西暦215X年10月1日午前8時45分に改変前の歴史を思い出すわ。その時に貴女の疑問が解けるでしょうね。――ああ、そうそう。この件に関しては八雲紫と協力関係を結んだ方がいいわよ」

「……何故彼女なの?」

「すぐに分かるわ」

 

 困惑を隠せない様子で私達を見上げる過去の私に一方的に別れを告げて、私は止まっていた時間を動かした。

 



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第253話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 時間遡行(後編)

 世界は1秒以前の状態に遡っていく。

 眼下を見渡せば、つい先程まで私の話を聞いていた過去の私が、この場に集まった面々に魔法の森の調査結果を報告していた。

 

「?!――れ逃てし決はらか縛呪の時、ばれけなもで人莱蓬む住に奥の林竹のい迷、後最らたれわ囚。ねのもいしろ恐はと界境の間時……。けだ〝女彼”るす移動を時、はのな能可がれそてしそ。わい無が法方かし化期初の象事かす戻き巻を時、はにす戻り取を姿の日しり在が森の法魔」

 

(……不思議ね。この私はさっきの出来事を知らないなんて)

 

「ねえ咲夜、変化はない?」

 

 輝夜に促されて自身の記憶を辿ってみるけれど、違和感はない。

 

「問題ないわ。そもそも、今私達がここにいる事が答えでしょう?」

「ふふ、そうね」

 

 無事に過去の私への干渉を済ませ、過去から現在にかけて私の連続性が証明できた以上、この時間にはもう用はない。ここから先は定められた未来ではなく、未知の過去なのだから。

 

「ここにいると魔法の森の消失現象に巻き込まれるわ。紅魔館に向かいましょう」

 

 魔法の森を後にした私達は、ものの数分で紅魔館の庭園上空に辿り着く。途中で門の様子を確認したけれど、美鈴は門柱に背中を預けながら俯いていた。相変わらず寝ているのね、全く。

 

「ふふ、紅魔館を訪れるのはとても久しぶりだわ。この頃から美しい庭園があったのね。貴女がお世話しているの?」

「いいえ、ここを管理しているのは美鈴よ」

「そうなの……! 今度話しかけてみようかしら」

 

 輝夜は美鈴を気に入ったみたいね。二人がどんな話をするのか、想像がつかないわ。

 

「さて、今から西暦200X年9月2日まで時間を加速させるわね。輝夜、今の時間を教えてもらえるかしら」

「ええ」

 

 輝夜のタブレット端末を見ながら慎重に時間を加速させていく。季節の移り変わりと共に、中庭でも変化が生じていった。

 庭園の手入れを熱心に行う美鈴、四季折々の花々を観賞するお嬢様、日傘を差しながら魔理沙と激しい弾幕ごっこを行う妹様、居眠りする美鈴を注意する私、満足気な顔のパチュリー様と大量の本を抱えて紅魔館から出て行く小悪魔。その他様々な人妖が紅魔館を訪れては帰っていく。

 紅魔館全員が集まったバーベキュー大会や、親しい人妖を招いたお茶会等のイベントが催される日もあり、様々な思い出が蘇る。

 思い返してみれば、この頃の幻想郷は私の時代に比べてとても賑やかだったわね。弾幕決闘法(スペルカードルール)制定の黎明期ともあって、215X年に比べると異変の発生頻度が異常に多くて、幻想郷の住人になる人妖も多かったわ。

 過去に思いを馳せながら時間の加速を進めていき、目的の日時に到着した所で解除する。

 現在時刻は西暦200X年9月2日正午。炎天下の中庭には誰もいなくて、蝉の鳴き声だけが響いていた。

 

「この日は午後から美鈴と出掛ける約束があって、午前中の間に全ての仕事を終わらせるつもりで時間を止めていたわ。そんな時、魔理沙がこの場所から私を呼んでいたの」

 

 実のところ魔理沙と会った正確な時刻はちょっと覚えていないのだけど、昼前だったのは確実。

 

「魔理沙は霊夢と過ごすためにこの時間に遡ってきたのだけれど、私が長い間時間を止めたままだから、目的を果たせなくて困っていたわ。そこで私は紅魔館の仕事を手伝ってもらう代わりに、この日は能力を使わない約束をしたの」

「つまりこの場にいれば、確実に魔理沙が現れるのね?」

「ええ。それもこの時代の私が時間を止めた瞬間にね」

 

 私達は庭園全体を見下ろせるバルコニーに移動して、じっと待ち続ける。

 30分、1時間、刻々と時間が過ぎていく。その間私達に会話は殆ど無く、些細な変化すら見逃すまいと庭園を見下ろしている。この時期は日差しがかなり厳しいのだけれど、永遠になったおかげで全然苦に感じないのは幸いね。

 変化が訪れたのは午前10時20分9秒に達した瞬間だった。輝夜の時計が止まり、時を止めた時のえもいわれぬ感覚と一緒に静寂が訪れる。 

 

「この時間の私が時を止めたわ!」

「いよいよ魔理沙が来るのね?」

 

 私達は息を飲んで中庭の中心を凝視する。ところが待てど暮らせど魔理沙は現れない。それどころか、この時間の私の姿も見当たらなかった。

 

「おかしいわ……どうして誰も来ないのよ?」

「……」

 

(私の記憶違いだった……? いえ、そんなはずは……)

 

 困惑する私とは裏腹に、輝夜は庭園を見下ろしながら何かを考え込んでいる様子。

 

「輝夜、私は紅魔館の中を確認してくるわ。貴女はここで魔理沙が来るか見張っててもらえる?」

「構わないわ」

 

 居ても立っても居られなくなった私は屋内に入り、この時間の私自身と遭遇しないように細心の注意を払いながら紅魔館の中を探索していく。

 キッチン、浴室、エントランス、応接室……地下から3階に至るまで全ての部屋を隈なく確認するも、鼻歌を歌いながら掃除する過去の私しか見つからなかった。

 魔理沙と行き違いになった可能性も考慮にいれて、しばらく過去の私を尾行したけれど、テキパキと日々の雑務をこなすだけだった。

 

(おかしいわね……。私の記憶では、紅魔館の仕事に慣れない魔理沙に色々指南していた筈なのだけれど)

 

 過去の私を問い詰めたい気持ちになったけれど、当時の私がこの時刻に未来の私に会った記憶は無い。余計なタイムパラドックスを起こすかもしれないことを考えたら、中々決断に踏み切れなかった。

 

(……輝夜はどうなったのかしら)

 

 思えば彼女と別れてから結構な時間が経ってしまっている。これだけ捜しても見つからないんですもの。もしかしたら輝夜が魔理沙を引き留めているのかもしれないわね。

 そんな期待を込めながらバルコニーに戻った私を、輝夜は暖かく出迎えてくれたけれど、魔理沙の姿は無かった。

 

「おかえりなさい。どう? 魔理沙は見つかったの?」

「仕事中の過去の私しかいなかったわ。其方は何かあった?」

 

 私の問いかけに輝夜は静かに首を振った。

 

「そうなのね……」

  

 魔理沙はどこへ行ってしまったのかしら? 

 それから私達はバルコニーで庭園を注視し続けていたのだけれど、何も変化は起こらなくて平穏そのもの。そして遂には止まっていた時間が動き出し、時刻は午前10時19分になっていた。

 

「結局、魔理沙は現れなかったわね」 

「……どういうことなのかしら」

 

 口をついて出た私の疑問は、蝉の声にかき消されていった。




作中の咲夜が話した魔理沙に関する出来事については『第四章第118話 咲夜の世界』にて詳しく描写しています。


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第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(前編)

 魔理沙が居ない――。想定外の事態に思考が止まる私に、しばらく考え込んでいた輝夜が口を開く。

 

「……ねえ、咲夜。魔理沙が時間遡航した時刻は、本当に今日この日で間違いないのよね?」

「ええ。間違いないわ」

「それなら、歴史改変の影響なのかもしれないわ」

「どういう意味?」輝夜の顔を見つめながら訊ねた。

 

「言葉通りよ。私や咲夜が預かり知らない時間で、魔理沙かそれ以外の第三者が起こした歴史改変の影響か、あるいは時間の境界のような現象によって、〝魔理沙がこの時間の貴女を訪れた”という結果が無くなって、〝西暦200X年9月2日の十六夜咲夜は時間を止めて一人で紅魔館の仕事を済ませた”となってしまっているのよ」

「待って。その理屈なら、私の記憶についてはどう説明するの? 少なくとも私にはこの歴史の記憶は無いわよ?」

 

 どれだけ回顧しても、今日の午前中は魔理沙と一緒に仕事をした記憶しかない。

 

「そこが謎なのよね……。歴史改変が起きた場合、私のような例外を除いて新たな歴史に沿って再構築されるから、本来なら記憶が無いのはおかしいのよ」

 

 難しい顔の輝夜はタブレット端末を鞄に仕舞いつつ「西暦215X年10月1日の午前8時45分に歴史αの記憶が蘇った時に、改変後の記憶が上書きされてしまったか、もしくはただ単純に、貴女が今日起きた出来事を忘れてしまっただけって線もあるわね」

「私が、忘れている……?」

「基本的に、記憶とは強烈な体験や印象を伴わない限り徐々に風化していくものよ。タイムトラベラーの魔理沙が現れた事実が無くなってしまった以上、貴女にとっては普段通りの日常に過ぎないわ。それとも、貴女は150年前の日々の出来事を全部覚えているのかしら?」

「そう言われると自信が無いわね」

「いずれにしても、今の私達に証明する手立ては無いのよね」

「……こうなってしまうと、私達の記憶は当てにならなくなるわね」

 

 もしかしたら、私達が再会しようと考えている〝タイムトラベラーの魔理沙”さえも、本当は存在しないのではないか――。そんな危険な考えが浮かびかけた所で、すぐに首を振る。

 人だった頃ならいざ知らず、お嬢様の眷属になった今、自分を信じられなくなってしまえば自己同一性の崩壊に繋がって、最悪の場合は死に至ってしまうわ。少し冷静になりましょう。

 私が今の私になった理由は、同じく人間を辞める決意をした霊夢の後押しがあったからで、彼女の考えを変えた大きなきっかけを辿れば、タイムトラベラーの魔理沙に行きつく。その〝大きなきっかけ”となる日付が今日だからこそ、魔理沙が現れないのはおかしいのよね。

 

「もしかしたら、タイムトラベラーの魔理沙と普通の魔法使いのマリサが二人いるように、今ここにいる貴女と、この時間を生きている〝十六夜咲夜”が異なる歴史を辿った別人という可能性もあるけれど……」

「それこそ有り得ないわ。私はずっと紅魔館でお嬢様に仕え続けてきたけれど、もう一人の〝私”なんて見た事も聞いた事も無いわよ」

「でしょうね」

「とにかく今は現状を把握する必要があるわ。タイムトラベラーの魔理沙が今日に到着した時、霊夢と過ごす為に、自宅にいたもう1人のマリサを眠らせてから博麗神社に向かったそうよ。念のためにこの二箇所を確認しに行きましょう」

「……それが妥当ね」

 

 私はまだ思いを巡らせた様子の輝夜を連れて魔理沙の自宅に向かい、窓から中を覗き込むと、散らかった部屋の端で机に向かって魔導書を読む後ろ姿を発見する。確認の為に時間を止めてから室内に侵入し、彼女の肩を軽く叩いてみるも何も反応は無かった。うん、このマリサはこの時代に生きるマリサね。

 再度時間を動かし、私達は博麗神社へと向かう。相変わらず閑古鳥が鳴く境内に降り立ち、少し奥に進んでいくと、開け放たれた畳部屋の中心で寝転がりながら団扇で自分を扇ぐ霊夢を見かける。このだらけ方は、間違いなく一人で過ごしている時の霊夢ね。

 

「やっぱり魔理沙は来ていないのね」

 

 実際にこの目で見た事で、私が魔理沙から訊いた話と違う過去になっている事を改めて実感させられる。

 う~ん、今の歴史はどうなっているのかしら? タイムパラドックスが起きているような気がするのだけれど……。私の時代に居た霊夢とマリサに意見を聞きたい所だけれど、この歴史だと行方不明になっているのよね。

 

「ねえ咲夜、他に魔理沙が来る時間に心当たりはある?」ずっと考え込んでいた輝夜の問いかけに、私は答えた。

「直近では昨日――西暦200X年9月1日の午後1時過ぎね。私はこの時間にも魔理沙と会っているわ」

 

 この日、魔理沙は未来のお嬢様のメッセンジャーとして私の前に現れた。手紙には、私が早逝したことに対する謝罪と後悔と、お嬢様の眷属になる事を強く望む旨で、当時の私は大きな衝撃を受けた。

 この時の私は、人間をやめる覚悟が足りていなかった為お嬢様の要求を断り、私が死亡する時間――201X年6月6日の白玉楼にて手紙の返事を約束し、魔理沙と別れた。

 しかし後に私がお嬢様の眷属になる選択をしたことで、201X年6月6日に死ぬことも無くなり、結果としてその時刻に魔理沙が訪れた歴史は無くなった。今の私には、白玉楼で魔理沙に待ちぼうけを食わされた記憶しかないけれど、彼女曰く、改変前の歴史では幽霊になった私から手紙の返事を聞いてお嬢様に伝えたとのこと。

 私が人間のまま逝く歴史は無くなったけれど、200X年9月1日の午後1時過ぎに、魔理沙が未来のお嬢様の手紙を持ってくる出来事はまだ残っている筈。そうでなければ、私がお嬢様の眷属になる因果が無くなってしまうからだ。

 この事を伝えると、真剣に耳を傾けていた輝夜は微笑みを見せた。

 

「そう……! ふふ、貴女ってとても愛されているのね」

「ええ。敬愛するお嬢様に仕えることが出来て、私は果報者ですわ」

 

 今思い返せば、この時の私は愚かだったわね。自分のちっぽけなプライドで思い悩んで、自らの目を曇らせてしまっていた。迷いを晴らしてくれた霊夢と魔理沙には感謝してもしきれないわ。

 

「貴女の話を聞いて、思いついたことがあるの。聞いて貰えるかしら?」

「ええ」

「現在の歴史が貴女の知る歴史に沿っているか、この時間の貴女に直接訊ねるのはどう?」

「危険すぎるわ! ただでさえイレギュラーな事態が発生しているのに、更に混迷を深めるつもり!?」

 

 思わず声を強めた私に対し、輝夜は冷静に答える。

 

「そうかしら? 貴女の言葉に嘘偽りが無ければ、貴女が経験した過去と、今私達がいる現在に認識のずれが生じているわ。今までの謎に白黒つけるには最適だと思うのだけれど。そもそも私達は、西暦2008年4月12日の咲夜に未来の情報を伝えているわ。今更過去改変を恐れる必要があるのかしら?」

「その時と違って、今の私には西暦200X年9月2日に未来の私と接触した記憶は無いわ。私達の目的はあくまでも魔理沙よ。わざわざ余計なタイムパラドックスを起こすよりも、昨日に行けばすぐに分かることじゃない」

「昨日確実に魔理沙が訪れる保証はあるの? 私達は未来に進めないのだし、比較するなら今しかないわよ?」




次の話は来週投稿します。


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第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(中編)

投稿が遅れて申し訳ありませんでした。


「少し考える時間を貰えるかしら」

「構わないわよ」

 

 輝夜に一度断りを入れてから、私は考える。

 輝夜の懸念通り、もし本当に歴史が改変されているのなら、私達が昨日に行ったところで意味は無い。そして予定調和ではない過去の私への干渉は、歴史α⇒βに改変された時のように今の私が消える事になるでしょう。あの時は意識や人格が無くなるのではなく、経験のない記憶を思い出すような感覚だったから、自分自身の歴史が改変されることに恐怖心は無いわ。

 問題は予定にない歴史介入を起こすことへの不安。

 魔理沙の体験談を聞いた限り、歴史は些細な事から大きな変化が起きるようなので、もし目的から大きく逸脱した過去改変が発生した場合、一方通行のタイムトラベル中の私達には取り返しのつかない事態に陥ってしまうわ。

 それに、私には魔理沙が絶対に現れると確信している時刻に当てがあるから、昨日への時間遡航は〝ついで”なのよね。今日現れなかった理由は分からないけれど、魔理沙に会うことさえできれば、これまでの疑問も氷解することでしょう。輝夜の提案は悪くないのだけれど、リスクを考えたらやっぱり断るべきね。

 頭の中で整理をつけて否定の言葉を口にしかけた時、ふと妙案が浮かぶ。

 

(そうよ! この方法なら――)

 

 再び脳内で考えを纏めてから、改めて口を開く。

 

「――待たせたわね。貴女の提案のことだけど、タイムパラドックスを起こさずに確認する方法を思いついたわ」

「聞かせて?」

「単純明快な話よ。私ではなく、貴女がこの時代の〝蓬莱山輝夜”に成りすまして接触すればいいのよ」

 

 今の私自身の歴史改変については、つい先程この時間の私の跡を付けても何も起きなかった事から、〝十六夜咲夜”の認識そのものが私自身の歴史改変の引き金になっている可能性が高い。

 この時代はまだ人間だった私と違って、輝夜は150年前からずっと同じ容姿を保っている。ましてやこの時代の私と輝夜はそれほど深い親交も無い。偽っても看破される可能性は限りなく低いでしょう。

 

「……なるほどね。未来の痕跡を残さなければ、貴女にとっては日常の一幕でしかないから、歴史改変が発生しなくなるわけね。でも、今の私は時間が停まっている間でないと貴女と接触できないし、不自然に思われないかしら」

「そこは能力の応用とでも言って誤魔化せばいいわ。どうせ確認する術は無いのですし。過去の私から情報を引き出せるかは、全て貴女の話術に掛かっているわ」

「ふふ、任せなさい」

 

 輝夜は自信満々に微笑む。この点に関しては、彼女の歴史(竹取物語)を紐解けば全く不安要素は無いでしょう。言うだけ野暮だったわね。

 それから私達は、真夏のうだるような暑さに伸びている霊夢に別れを告げ、紅魔館の庭園を見渡せるバルコニーに戻る。

 

「作戦はいつ決行すればいいかしら?」

「私が一日の中で時を止める可能性が一番高い時間帯は朝ね。それはこの時代でも変わらない筈よ」

「朝は忙しそうだけれど、そんな時間帯に紅魔館を訪れたら不審に思われないかしら?」

「今から上手い言い訳を考えてちょうだい」

「あら、もう既に作戦は始まっているのね。咲夜、貴女が経験した昨日の出来事について、より詳しく教えて貰えるかしら?」

「ええ」

 

 私は西暦200X年9月1日に経験した出来事を語っていく。輝夜は真剣な表情で話を聞いた後、庭園を見下ろしながら考え始めた。私は彼女の邪魔をしないように気を遣いながら、じっと時の流れに身をまかせて変化を待つ。代り映えの無い風景、段々と沈んでいく太陽、その瞬間が訪れたのは、午前6時になった時だった。

 時間停止特有の神経が冴えわたるような感覚が去来し、雑多な世界は無音に包まれた。

 

「時間が止まったわ」

「そうみたいね」

 

 周囲を見渡した輝夜が呟く。

 空の雲は動きを止め、自在に飛んでいたツバメは標本のように羽を広げたまま停止。眼下の庭園には、蜜を求めて集まった蝶や虫がその瞬間のまま動きを止め、中央の噴水は、池から噴水器に向かって昇っていた水が空中で固まり、水の壁が出来上がる。

 最早私にとっては見慣れた光景なので、取り立てて言うほどでもないわね。

 

「今回の作戦は全て貴女に一任するわ。私は門の外で待っているから、終わったら来てちょうだい」

 

 本当は輝夜と過去の私の会話に興味をかきたてられるのだけれど、このバルコニーからは遠すぎて声が届かないし、庭園は見晴らしが良いから身を隠せそうな場所がないのよね。

 私は少し後ろ髪を引かれるような思いで、門の外へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 未来の十六夜咲夜がバルコニーを離れ、門の外側に降りていくのを見届けた蓬莱山輝夜だったが、すぐに動き出す事は無く、じっとその場に佇んでいた。

 彼女は動かない時間の中で蓄積される体感時間を計り続けた後、頃合いを見計らってフェンスに向かって歩き出し、ふわりと浮かび上がるようにして1階のエントランスに飛び降りる。

 白鳥のように美しく着地した彼女は、僅かに乱れた着物を正した後、音もなく玄関扉に向かって歩いていき、そっと呼び鈴を鳴らす。

 響き渡る鐘の音は、時間が停止した世界においては山彦の如く反響しては、波紋のように消えていく。蓬莱山輝夜が気品ある佇まいでじっと扉を見つめながら反応を待っていると、幾ばくかの時が過ぎた頃、扉の向こう側に一つの気配を感じ取った。それはしばらくの間迷いを見せていたが、やがて留め具が外れる音と共に扉が僅かに開き、紺碧色の瞳と目が合った。

 

「ごきげんよう」

 

 蓬莱山輝夜が微笑を浮かべると、紺碧色の瞳が大きく見開き、扉が静かに開いていく。姿を現した少女、十六夜咲夜は驚きの色を浮かべながら訊ねた。

 

「貴女は永遠亭の……」

「急に訪ねてごめんなさいね。私は蓬莱山輝夜。貴女とは何度か会った事あるでしょう?」

「そうね、覚えているわ。それよりも」十六夜咲夜は蓬莱山輝夜の背後に広がる、停まった景色を再確認しつつ「どうして貴方がここに? それに私の世界でも平然と動けているなんて……」

 

 明らかな困惑と疑念を浮かべている十六夜咲夜に、蓬莱山輝夜は微笑を崩さずに答える。

 

「私の能力が永遠と須臾を操る程度の能力なのは知っているわよね?」

「ええ」

「きっかけは些細な思い付きだったわ。『永遠と須臾、相反する二つの能力を極限までかけ合わせたら一体どうなるのかしら?』 試しに実験を始めてみたら、私の身の回りの物全てが停まってしまってね、柄にもなく焦ったわ。すぐに能力を解除したのだけれど、動き出す気配も無くてね、永琳に助言を求めて部屋を出たら、永琳もイナバも、皆停まっていたのよ。その時に私は閃いたわ。『私の能力で停止したのではなく、元から停止していた時間に紛れ込んでしまったのではないかしら?』とね。仮説を実証する為に、貴女を訪ねて来たのだけれど、どうやら正解みたいね?」

「……驚いたわ。貴女の能力ってそんな芸当ができるのね」

「万に一つの確率が重なっただけよ。再現性は無いし、今後試す気も無いわ」

 

 苦笑する蓬莱山輝夜に、十六夜咲夜は警戒を解いて表情を崩した。

 

「貴女の話は理解したわ。そういう理由ならすぐに時間を動かすわね」

 

 十六夜咲夜が銀色の懐中時計をポケットから出し、竜頭に手を掛けた時。

 

「待って。折角ですし、少しお話しません?」

「私が、貴女と?」目を丸くする十六夜咲夜に、蓬莱山輝夜は笑みを浮かべながら。

「私、一度貴女とじっくり話してみたいと思っていたのよ。貴女の仕事については重々承知しているけれど、要件だけ済ませて帰るのは寂しいわ。いかがかしら?」

 

 十六夜咲夜は紅魔館の中を一瞥した後、「……ごめんなさい。いくら時間停止中と言えども、お嬢様方を放置して自分だけ休憩する訳にはいかないわ。またの機会にお願いするわね」

 

「そう……残念ね」

 

 言葉とは裏腹に、十六夜咲夜の性格上断られる確率が高いと判断していた蓬莱山輝夜は、動じることなくプランを切り替えた。

 

「最後に一つだけ訊ねたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「手短にね」

「昨日のお昼過ぎ――確か午後1時くらいだったかしら。ここで貴女と魔理沙が神妙な顔で手紙を見ながら話し込んでいたけれど、何かあったの?」

 

 蓬莱山輝夜が探るように訊ねると、十六夜咲夜は僅かに視線を逸らして逡巡した後、睨みつける。

 

「……覗き見なんていい趣味しているわね?」

「この近くを飛んでいた時に偶々目に入ってしまったのよ。声を掛けようと思ったのだけれど、そんな空気では無かったじゃない? もしかして、どなたか亡くなられたのかしら?」

「随分と地獄耳ね」

「まあ、本当に訃報だったの?」

 

 心配気に語る蓬莱山輝夜に、十六夜咲夜は彼女の真意を測るようにじっと彼女を見つめた後「大したことでは無いわ。気にしないで」と返す。

 

「そう? ならいいのだけど。それでは私はお暇するわね」

 

 蓬莱山輝夜と共に十六夜咲夜は歩き出そうとしたが、「ああ、見送りは構わないわ。お仕事頑張ってね」と言い、門の外へと歩いていく。

 

「…………」 

 

 十六夜咲夜は彼女の姿が見えなくなるまで玄関先で見送った後、紅魔館の中に戻って行った。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 輝夜と一時別れた私は、太極拳を舞う最中の姿勢で固まっている美鈴の隣に移動し、門柱に背中を預けながらぼんやりと空を見上げていた。

 待つだけなのはもどかしいけれど、こればかりは輝夜を頼るしかないのよね。……それにしても嫌になるくらい清々しい天気だわ。この日のお嬢様も同じ事を考えていたのかしら。

 明日の献立や仕事の段取りを考えていると、一つの気配の接近を感じ取り、其方に意識を向ける。間もなく門扉が開き、輝夜が姿を見せた。

 

「お待たせ」

 

 輝夜が門扉を閉じた事を確認してから、私は門柱から離れて彼女に向かっていく。

 

「随分と早かったわね。どうだったの?」

「結果から言ってしまうと、貴女と過去の咲夜の話にずれは無かったわ。彼女は昨日、ここで魔理沙に会っているわ」

 

 輝夜は過去の私と交わしたやり取りを詳細に話す。過去の私がタイムトラベラーの存在を秘匿する事は事前に伝えていたので、輝夜は迂遠な言質を取った形になる。

 

「それは朗報ね」

 

 どうやらあの時刻に遡らずに済みそうね。手間が省けて良かったわ。

 

「貴女はどう? 〝今日”私と話したことを覚えている?」

「ちょっと待ってね」

 

 私は記憶の奥底を懸命に辿っていくけれど、魔理沙と話した記憶しかない。もちろん今ここに至る道程にも変化は無いわ。私は静かに首を振る。

 

「私の記憶はさっき話した時と何も変わらないわ」

「私も歴史の変化は感じ取らなかったわ。貴女の読みは的中したみたいね」

 

 その後過去の私が再び時間を動かす瞬間まで待機した後、私達は再び先程のバルコニーに戻る。

 

「時間を戻すわ。輝夜、今の時刻を見せて」

「どうぞ」

 

 鞄から取り出したタブレット端末を確認しながら、ゆっくりと時間を加速させていく。陽が沈んでは昇り、明るくなっていく。

 西暦200X年9月1日の午後1時20分になったところで加速を止めて、じっと庭園の様子を監視。10分後に過去の私が能力を使い、世界は停止した。

 

「魔理沙、早く現れなさい」

 

 期待を込めてじっとその時を待ち続ける。普段は気にしていなかったけれど、時間が動かないのは退屈で仕方ないわ。

 

「この時点の魔理沙って、未来の事を殆ど知らないのよね?」

「そうね。魔理沙にとっては2度目のタイムトラベルで、私がお嬢様の眷属になった事や、霊夢が仙人になる未来、31世紀の幻想郷の危機も知らない筈よ」

「今の私達は本人から聞いているのに、おかしな話ね」

「なるべく彼女自身が辿る未来には触れないようにしましょう」

「懸命だわ」

  

 輝夜と雑談を交わす間にも、眼下の庭園と背後に注意を払うのを忘れない。魔理沙はともかく、過去の私とばったり遭遇してしまったら、全てが水の泡になってしまうわ。

 

「魔理沙、来ないわねぇ」 

 

 庭園には依然として変化はなく、写真のように一瞬を切り取られた色とりどりの花壇と、停止した噴水があるのみ。確か私の記憶では、1階の廊下で時間を止めた後、それ程経たないうちに魔理沙が庭園に居るのを見かけて、其方に歩いていったのだけれど……。

 嫌な予感を抱き始めた次の瞬間、再び時間が動き出す。

 

「そんな!」

「多少時間がずれているかもしれないわ。もう少し待ちましょう」

 

 しかし結局この日、私達の前に魔理沙が姿を現すことは無かった――。



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第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(後編)(1/2)

 日付が戻って西暦200X年8月31日午後11時59分。月明かりが照らす美しい夜、私達は噴水の縁に腰かけていた。

 

「……魔理沙、来なかったわね」

 

 バルコニーからずっと見張っていたけれど、庭園を出入りしたのは美鈴と過去の私だけ。庭園の手入れをしている美鈴に、過去の私が食事を届けていたわ。

 

「結果的には、〝明日”――いえ、日付が変わったから〝明後日”の十六夜咲夜が嘘を吐いていたことになるわね。うふふ、人を見る目はあるつもりだったけれど、まんまと過去の貴女に騙されてしまったわ」

「……はぁ」

 

 そんな言葉とは裏腹に少し声色が弾んでいる輝夜だけど、私は溜息を吐いてしまう。

 過去の私が嘘を吐いた意図は理解できなくもないけれど、巡り巡って未来の自分自身に返ってくるなんて、過去の私は思いもしなかったでしょう。文句を付けたくなるところだけど、今の時間の私は何も知らないから意味が無いのよね。参ったわ。

 

「これで真相は闇の中ね。結局今の歴史はどうなっているのかしら」

 

 この調子だと、未来の魔理沙と出会った場所もここでは無い可能性があるわね。これ以上〝私”に固執しても、得るものはないでしょう。

 

「……考えるのは後にしましょう。もうこの時間に用は無いわ」

「当てはあるの?」

「ええ。魔理沙が絶対に現れると確信している時刻に心当たりはあるの。貴女も魔理沙から聞いている筈よ」

「?」 私の言葉に僅かばかり思いを巡らせた輝夜は、目を見開いた。

 

「――! もしかして……!」

 

 どうやら気づいたみたいね。

 

「博麗神社に行きましょう」

「ええ」

 

 私達は立ち上がり、再び博麗神社の上空に移動する。深夜の博麗神社は不気味な程に静まり返っていた。

 

「早速だけど時間を加速させるわよ。準備はいい?」

「西暦200X年7月21日に行くのよね?」

「そうよ」

 

 西暦200X年7月21日。この日は霊夢が自殺した日で、魔理沙が時間移動に執着するきっかけになった原点であり、今後の彼女が辿る幾多の歴史改変の出発点。

 

「時刻は朝の……そうね、少しゆとりを持って午前9時くらいにしましょうか。魔理沙が霊夢の死を防いだ後、元の時代に帰ろうとする瞬間を狙って接触を図るわ」

 

 魔理沙の話では、7月20日の夕方に遡って霊夢と付きっきりで過ごし、21日の未明に悪夢にうなされていた霊夢を起こして、彼女と共に悪夢を見せていた無名の獏妖怪を退治したそう。

 ちなみにこれは余談だけど、2008年に起きた紺珠異変の際、霊夢はこの件についてドレミーを問い詰めたけど、彼女はきっぱりと関与を否定したらしいわ。

 

「大丈夫かしらね。その時点での魔理沙って、初めてタイムトラベルしたばかりで、未来の歴史について何も知らないのでしょう?」

「幸いにも時間はあるのですし、根気強く説明するしか無いわ」

 

 本当はこの日にだけは遡りたくなかった。現在に繋がる複雑多岐な歴史の礎かつ、今後の歴史を左右する非常に繊細な時間という理由もあるけれど、魔理沙当人が干渉されるのを嫌がるでしょうから。

 でも当てが外れてしまった今、この時間に賭けるしかないわ。何故なら魔理沙にとってこの日は特別で、どんな理由があっても、そしてどんな手を使ってでも〝霊夢の自殺を回避する”歴史に改変すると断言できる日だから。

 

「行くわね」

 

 私は輝夜の手を握り、時間を加速する。夜と昼が交互に姿を現しながら、過去へ遡っていく。

 博麗神社には人間、妖怪、魔法使い、妖精、半人半霊、幽霊、吸血鬼(お嬢様)、天狗、神、鬼、天人、河童、蓬莱人、仙人……過去の私を含めて、この時代の幻想郷に住まう多種多様な種族が訪れていた。昔、霊夢が人里の人々から妖怪神社と呼ばれて参拝客が来ない事に愚痴っていたけれど、こうして観察すると理由が分かるわね。ふふ、それも霊夢の人徳なのでしょうけど。

 時折催される宴会や、弾幕ごっこ――相手は主にマリサ――を眺めつつ、時間を進めていき、目的の時刻が近づいていく。輝夜のタブレット端末を見ながらタイミングを計っていき、頃合いを見計らって時間の加速を終了する。

 

「ここね」

 

 現在時刻は西暦200X年7月21日午前9時。蝉の合唱が鳴り止まない朝の境内では、霊夢が竹箒で履く姿が見られる。彼女自身は真っ当に掃除しているのでしょうけど、時の流れが反対の私達から見ると、落ち葉や土埃を境内にまき散らしているように見えるから、不思議な気分。

 

「いずれ魔理沙が神社の中から出て来るわ。それまで待ちましょう」

「構わないけれど、今日は待機時間が多いわね。退屈で仕方ないわ」

「それなら何かお話でもしましょうか」

「まあ、いいわね!」

 

 私達は魔理沙を待ちがてら雑談に興じる。もちろん周囲の様子に気を配ることも忘れてないわ。

 午前8時50分、千鳥足の萃香が神社を訪れる。彼女は酒瓶片手に清掃中の霊夢と一言二言話していたけれど、霊夢が首を振った後何処かへ去って行った。

 午前8時30分、すっかり落ち葉や土埃が散乱した境内にて、霊夢は箒片手に神社の中に後ろ歩きで戻っていき、境内には私達以外誰も居なくなる。魔理沙はまだ来ていないようね。

 午前8時。特筆すべき点は何もなく、無人の境内が広がっている。そろそろ魔理沙が来るかしら?

 午前7時30分。同上。神社のキッチンから食欲を促す匂いが漂ってきているし、霊夢は朝食を作っているのね。

 午前7時。寝巻姿の霊夢が雨戸を開けて顔を出す。そこに魔理沙の姿はない。

 午前6時。神社は静かな朝に包まれている。この時間帯の過去の私は朝の支度に追われているようで、時間が止まることが頻繁に起こり、体感時間的には1時間以上は経過している。その間も魔理沙の影は見えなかった。

 午前5時、日の出の時刻が近くなり、空は薄暗くなってきている。魔理沙は依然として姿を見せない。……なんだか嫌な予感がしてきたわ。

 午前4時……。遂に魔理沙が現れないまま日が沈んでしまった。

 

「どうして魔理沙が来ないのよ!?」

「……」

 

 思わず声を上げた私に対し、輝夜は博麗神社をじっと見つめている。彼女は客観的な時間で3時間ほど前から口数が少なくなり、思い耽ることが多くなっていた。

 

「……確認する必要があるわね」

「どうするの?」

「霊夢の寝室を見に行くわ」

 

 私が神社に向かって歩いて行くと、輝夜も後からついてくる。

 

「ごめんなさい、霊夢。失礼するわね」

 

 泥棒みたいな真似に心苦しさを感じつつ、私は雨戸を開けて神社の中に上がり込む。

 博麗神社にはお嬢様の侍者としても、プライベートでも頻繁に訪れているから、彼女の寝室に迷いなく辿り着く。そっと襖を開けて忍び込み、灯りが消えた暗い部屋の中を夜目を利かして隅々まで見渡す。生活感ある畳部屋の中央には敷布団が1組敷かれていて、純白の寝巻姿で薄掛布団を被って目を閉じる霊夢を確認する。そして魔理沙は……あら?

 

「魔理沙がいない……?」

 

 おかしいわね。魔理沙から聞いた話だと、今の時間帯は霊夢の近くに座って見守っている筈なのに。

 

「……私には何も見えないのだけれど、どうやら想定外の事態が起きてしまっているようね。咲夜、霊夢の様子はどう?」

「穏やかな表情で眠っているわ」

「そう……。確か霊夢が夢を操る妖怪に殺される時間は近かった筈よね。咲夜、霊夢をしばらく観察してもらえるかしら。私は外を見てくるから、何かあったら呼んで頂戴」

「ええ」

 

 輝夜の提案を飲み、タブレット端末を預かった私は寝室に残り、霊夢の枕元に腰を下ろしてじっと寝顔を見下ろす。

 安らかな寝息を立てて深く眠る彼女は年相応の幼さが残り、とても博麗の巫女には思えない。

 

(よく眠っているわね。ふふ、こんな少女が、幻想郷中の妖怪が一目置く存在なんてね)

 

 霊夢と過ごした数々の思い出に頭を巡らせながら、彼女の観察に入る。

 午前3時。霊夢は静かに眠り続けている。

 午前2時。霊夢に変化はない。輝夜からの連絡もなく、静かな夜が続いている。

 午前1時になっても、霊夢は悪夢に魘された様子は無い。……それにしても退屈ね。私にとっては今の時間帯が一番滾るのに、なんだか眠くなってきそうだわ。

 日付が変わって午前0時前。霊夢は時々寝返りを打ちながらも熟睡していて、はだけた寝巻からは白くて細い首筋が見える。吸血鬼としての本能か、自然と視線が釘付けになった。

 ……霊夢って、どんな血の味がするのかしら。お嬢様でさえも飲んだことがないのよね。無防備な今は絶好の吸血機会とも言えるけれど、私には他の吸血鬼にあるような吸血衝動は無い。人間の血も、普通の食事も、私にとっては等しく同じに過ぎないし、何よりも大切な友達を襲うような真似はしないわ。

 ……そういえば、〝永遠”になってから結構な時間が経ったけど、全然空腹にもならないし、眠くならないわね。〝永遠”にはこんな効果もあるのかしら?

 

(集中しましょう)

 

 私は余計な雑念を振り払いながら時間を止めて霊夢の襟を直し、薄掛け布団を身体に被せた後、時間を動かして霊夢の観察に集中を続ける。

 午後11時。この時間帯まで遡ったことで、私は霊夢が悪夢に殺されることは無いと確信していた。

 午後10時に到達した所で彼女は目を覚まし、ゆっくりと布団から起き上がる。大きな欠伸をしながら寝巻を脱いでいつもの巫女服に着替えようという所で、私は時間を止め、タブレット端末を持ってそっと部屋を後にした。

 神社を出て時間停止を解除した後、鳥居に背中を預ける輝夜を見つけ、其方に向かって歩いて行く。

 

「どうだったの?」

 

 私はタブレット端末を返しながら「霊夢はぐっすり眠っていたわ。貴女は?」と訊ねる。

 

「収穫無しよ。逆再生に聞こえる虫の合唱を楽しんでいたわ」

 

 呆気らかんと答える輝夜は、退屈な時間さえも楽しんでいたように思える。蓬莱人は時間の感覚が違うのかしら?

 

「結局魔理沙は現れなかったのね」

「決めつけるのは早いわ。夕方まで時間を戻しましょう」

 

 私と輝夜は博麗神社の縁側の目前まで移動した後、能力を使って時間を加速させる。東の空から夕陽が昇り、段々と明るくなり始める。霊夢は陽が昇った頃から縁側に座り、ぼんやりとした時間を過ごしていた。

 変化が訪れたのは午後3時10分。魔法の森の方角から箒に乗った魔理沙が後ろ向きで此方に飛んできて、器用に境内に着地すると、そのまま後ろ歩きで霊夢の隣に移動して着席する。二人の近くには空になった急須と湯飲みが置かれていた。

 

「魔理沙……!」

 

 私は藁にもすがる思いで時間を止めるも、淡い希望はすぐに打ち砕かれる。

 目の前の霊夢と魔理沙は談笑中のまま完全に停止していて、私達に気付く様子もない。これが意味することは即ち、目の前のマリサは私達の捜しているタイムトラベラー霧雨魔理沙では無い現実。

  

「どうなってるの……?」

 

 魔理沙の話と実際に起きた結果の食い違い。明確なタイムパラドックスの発生に、私は混乱していた。

 

「……魔理沙が嘘を吐いた可能性があるわね」

「どういう事?」

 

 私は時を動かしながら輝夜の顔を見る。

 

「私達のような第二第三のタイムトラベラーを警戒して、実際に歴史改変した日付を偽ったか、そもそも霊夢の自殺という歴史が本人と口裏合わせして作った噓なのか……。極論だけど、魔理沙の時間移動に関する話が全て狂言だった――なんてこともあり得るわ」

「……貴女は魔理沙の歴史改変を察知したんでしょ?」

「私が察知した瞬間は215X年9月16日だったわ。恐らく魔理沙が過去の歴史改変を終えて、元の時代に帰ってきた日なのでしょうね。私が分かったのはそれだけで、魔理沙が〝いつ”〝どのように”歴史改変を行使したのかは定かでは無いのよ」

「参ったわね……どうしたらいいのかしら」

 

 この時間なら絶対に会えると確信していたのに、完全に手詰まりだわ。魔理沙、貴女はいつにいるの……?

 

「……やっぱり、未来の私達は失敗する運命だったのね」

「え?」

「出発する前に言った事覚えているかしら? 『貴女が2008年4月12日に出会った未来の“私達”はどうなったのかしら。彼女達が歴史の修正に成功したなら、私達が時間遡航する必要性は無くなるでしょう? もし“2008年4月12日の十六夜咲夜が、215X年10月1日午前9時から遡って来た私達と出会う”出来事がβにおける予定調和だとしたら、因果は閉じてしまっている。私達の行動は徒労に終わる可能性が高いわ』と」

「それは――!」

「恐らく、未来の〝私達”もここまで今の私達と同じ行動を取った筈よ。さて、未来の〝私達”はこの後どうなったのかしらね?」

 

 深刻な表情で問いかける輝夜に私は答えられなかった。

 未来を変えるつもりで考えた末に取った行動が、実は既に未来の私達が通った道をなぞっていただけだったなんて、信じたくない。

 

「これからどうしましょうか?」

「……」

 

 私達が取り得る選択肢は二つ。更に時間を遡って魔理沙を捜索するか、この時代の私に直接干渉して別の選択肢を取り得るように仕向けるか。

 前者はかなり根気のいる作業になるけれど、1日ずつ小刻みに時間の加速を繰り返しながら博麗神社の様子を伺っていれば、霊夢の歴史改変を行おうとする魔理沙に遭遇するかもしれない。……最も、今よりも未来の時間に霊夢の歴史改変を行っていたのなら、成すすべもないのだけれど。

 後者は、現在の結果を踏まえて、次の歴史の〝私”に望みを託す行為。さっきの輝夜と違って、私が直接この時代の私に事情を話せば、素直に協力する……はず。私の事は私が一番わかっている筈なのに、断言できないのがもどかしいわね。

 もちろん、〝永遠”を解除して逆転する時の流れから抜け出す選択は有り得ない。魔理沙の捜索を完全に諦めることになるし、誰にも見つからないように元の時代まで隠れ潜まなければいけないのは辛いわ。

 

(どうしたらいいのかしら……)

 

 輝夜が先述したように、もしも〝歴史改変が失敗する”結末が確定しているのなら、何をしても無意味に終わりかねない。この運命を変えるには、未来の〝私”の選択を読んだ上で、時間の境界の異変が解決する方向に歴史を誘導しなければいけない。

 ……動けない。情報が圧倒的に足りてない上に、どの選択肢も不確定要素が強すぎて最善に思えないわ。何か重大な見落としをしている気がするのだけれど、それが何なのか分からなくて気味が悪いの。そう、今の私は〝運命”という名の〝未来”に雁字搦めに縛られている。

 

(それでも私は――)

 

 原因不明の歴史改変、幻想郷の危機、未来が閉ざされて〝明日”が訪れない異常事態。

 

『咲夜、貴女には期待しているわ。貴女なら必ず未来を変えられる――』

 

 出発時に私を快く送り出してくださったお嬢様の為にも、立ち止まっていられないわ。決心した私は輝夜の顔を見据える。

 

「まだ諦めないわ。とにかく時間を遡って、ここで魔理沙を待ち構えることにしましょう」

「咲夜。〝本当にその選択で良いのね?”」

「今の私達が取れるベターな選択でしょう。輝夜もそれで良い?」

「異論は無いわ」

「決まりね」

 

 輝夜の持つタブレット端末には【A.D.200X 07/20 13:52】と表示されている。私は時間を加速させるべく、懐中時計に手を掛けた――。




霊夢の自殺に関する歴史改変については第1章1話、10~12話にて詳しく描写しています。


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第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(後編)(2/2)

『』で囲われてる台詞は本来は逆さ言葉ですが
右横書きにすると読みにくくなるため通常通りに書いています。


 西暦2003年8月12日午後10時12分。夏真っ盛りの夜、幻想郷は紅い霧に覆われていた。

 原因は勿論分かっている。お嬢様が日中で活動したいという動機で発生させた霧によるもので、後世では紅霧異変と呼ばれているわ。

 

「あの時の紅い霧はあそこが発生源だったのね。兎達が興奮して、宥めるのに苦労したわ」

 

 少し遠くに見える紅魔館の上空では、紅色に怪しく輝く巨大な満月を背に、お嬢様が霊夢とマリサ相手に激しい弾幕ごっこを繰り広げている。その戦い方は花火のように綺麗で、この後の結末が分かっていたとしても、見惚れてしまうものだった。

 

「咲夜、魔理沙は見つかった?」

「駄目ね。館内を隅々まで見て回ってきたけれど、姿は無かったわ」

 

 魔理沙の捜索がてらこの時間の私を見かけたけれど、1階の廊下の壁際にへたり込んだまま、ぼんやりと天井を見上げていた。メイド服もボロボロになってしまっていて、我ながら情けない姿だと思ってしまったわ。

 

「そう……。確か今日がスペルカードルール導入後初めての異変だったわね?」

「ええ」

「なら予測は外れたことになるわね」

 

 博麗神社を見張っていても魔理沙が現れなかった事を踏まえ、私達は魔理沙が時間移動する動機を〝過去に起きた異変の観光”と予測を立て、200X年7月20日以前に起きた異変の時刻と場所に向かって――流石に月の裏側は無理だったけど――捜してきた。その中には永夜異変も含まれていて、輝夜は過去の自分と霊夢達の弾幕ごっこを懐かしそうに眺めていた。

 そして紅霧異変は、輝夜が言及したように、霊夢がスペルカードルールを提言して一番最初に起きた異変。霊夢と魔理沙のコンビが異変に関わるようになったのも今日からだ。

 

「予測が外れてしまったのは残念だけど、まだ候補はあるわ。次の時間に行きましょう」

「あら、最後まで見ていかないの?」

「私の中では既に終わった事だから」

 

 紅霧異変については、語ろうと思えば夜が明けるまで語り尽くすことができるわ。けれど、思い出を懐かしむ事はあっても立ち止まることはしない。私の意識は未来に向いているから。

 

「待っていてください、お嬢様。必ずや、貴女のご期待に応えてみせます」

 

 スピア・ザ・グングニルを自分の手足のように振るいながら、霊夢とマリサに立ち向かうお嬢様の勇姿を目に焼き付けて、私は時間を加速させた。

 

 

 

 

 西暦1999年5月4日13時16分。晴れた日の事、私達は博麗神社の境内に立っていた。

 

『まて~! れいむー!』

『あはははっ! こっちだよー!』

 

 すぐ近くには子供用の巫女服を着た幼い霊夢と、黒を基調にした子供服を身に着けた幼いマリサが楽し気に追いかけっこをしている。この時代の彼女達は6歳ね。

 

「うふふ、この二人は幼馴染だったのねぇ」

「ふふ、そうね」

 

 神社の縁側に視線をやると、丈の長い巫女服を纏った黒髪の女性が座り、湯呑を持ちながら駆け回る霊夢とマリサを微笑ましそうに見守っている。

 恐らく彼女は霊夢の先代の巫女なのでしょう。霊夢と違って彼女に関する情報は非常に少なく、吸血鬼異変解決の立役者で、幻想郷のルールが変わる前――人間と妖怪が本気で生存競争をしていた時代――の最後の博麗の巫女ということくらいしか知らない。

 

(こうして直接目にするのは初めてね)

 

 20代前半くらいの柔和な雰囲気の綺麗な女性だけど、身体のあちこちについた傷跡が歴戦の戦士を思わせる。

 私が霊夢と知り合った頃には、既に彼女の姿は無かった。先代の巫女について霊夢に訊ねても曖昧な答えしか返ってこなかったので、恐らく触れられたくない何かがあるのでしょうね。

 

「ところで咲夜、この時間にわざわざ立ち寄るなんて、何かあったの?」

「いえ……多分気のせいね」

 

 時間を加速する最中、私達が良く知る霊夢を見た気がするのだけれど、境内を隈なく捜しても彼女の姿は無かった。本当に見間違いなのでしょう。

 

『あっ! そらににげるのはずるいぞれいむ!』

『ずるじゃないよ! だってそらをとんじゃいけないってきまりはないもん!』

『むむ、くっそー! いつかわたしもそらをとんでやるからなー!』

『霊夢~。あまり魔理沙ちゃんを困らせちゃだめよー? 降りてきなさーい!』

『はーい!』

 

 私ははしゃぎまわっている幼い霊夢とマリサに心の中で別れを告げて、時間を加速させた。

 

 

 

 西暦1993年〇月△日。小雨がしとしとと降りしきる夜。私達は人里の大通りに面する霧雨道具店を訪れていた。

 霧雨道具店は魔理沙の実家で、マリサが営む〝霧雨魔法店”と言う名の何でも屋とは違い、至って普通の道具屋で、私も何度か利用した事があるけれど、品揃えの豊富さに重宝した記憶があるわ。この時代から既に大きな店だったのね。

 現在は閉店中の店内の奥の居住空間には、布団から起き上がった金髪の美しい女性が、元気よく泣いている一人の赤子を抱きしめながら慈愛の笑みを浮かべている。彼女の傍には、若き日の霧雨道具店の主人と産婆が付き添っていた。

 そう、今日は魔理沙の誕生日。タイムトラベルで自分の誕生日を見に行くのではないか――というベタな発想で、この時間と場所に遡っている。魔理沙はお母さんに似たのねぇ。

 新たな命の誕生に歓喜に湧く若き霧雨夫妻を見守っていると、やがて窓の外に輝夜が姿を見せたので、一瞬時間を止めて窓を開き、中に招き入れる。

 

「どうだったの?」

「周辺を隈なく捜したけれど、魔理沙の姿は無かったわ」

「そう……。どうやら当てが外れてしまったみたいね」

 

 やっぱり魔理沙の思考を読み切るのは難しいのかしら。いえ、そもそも魔理沙は父親に勘当されて魔法の森に住むようになったという話だし、寄り付きたがらないのも当然かもしれないわね。

 

「さあ、もう行きましょうか」

 

 私達は一度時間を止めて退出し、時間を加速させた。

 

 

 

  

 西暦1885年3月25日午前10時15分。暖かな日差しに照らされた新緑が映える日の事、私達は博麗神社の境内に移動していた。

 明治時代の博麗神社は新築のようで、私達がいた時代に比べて傷みや汚れも無く、堂々と建っている。境内に目を向けると、梅柄のかんざしで長い黒髪を纏めあげた博麗の巫女が、八雲紫の話に真摯に耳を傾けていた。

 

『紀元前から続いていた旧態依然とした封建社会は、英吉利を発端とした産業革命によって、ここ百年程で急激に近代化が進み、経済と産業に重視をおく資本主義社会に革新しているわ。彼らは利益の追及の為に様々な機械を発明し、科学と技術によって全てを解明しようとしている。これは非常識に生きる妖怪達にとって好ましくないもので、ここ数十年間、幻想郷には近代化の波から逃れるように、世界中の妖怪達が集まっているわ。この国は鎖国していたから、私達妖怪にとって近代化が及ばない最後の楽園だったの。だけど18年前に江戸幕府が倒れ、新たに発足した明治政府が推し進める富国強兵政策によって、西洋の文明が流入して近代化が加速しているの。このままでは、幻想郷は滅んでしまうのよ』

『なるほどね。だから博麗大結界が幻想郷の要になるのね』

『ええ。貴女にはそれを維持する役目があるの。もう既に術式は組んであるわ。かなり複雑だけれど、貴女の能力なら問題なくこなせるわ』

 

 話の内容から推察するに、博麗の巫女としての役割と、博麗大結界の仕組みについて教示を受けているみたいね。更に1時間程、自然経過に任せて過ごしていると、博麗の巫女と八雲紫が互いに深々とお辞儀をしていた。

 

『貴女の提案を受けるわ。私は幻想郷の為にこの身を捧げましょう』

『感謝します。私達は最大限の誠意をもって貴女を迎え入れますわ』

 

 西暦1885年と言えば、幻想郷が博麗大結界に覆われて、外の世界から完全に隔離された年。つまり私達は、博麗大結界の創設、ひいては初代博麗の巫女誕生の瞬間に立ち会っているのかもしれない。

 何となく興味が沸いた私は、しばらく彼女達の会話を聞いていたところ、博麗の巫女のルーツに関する興味深い事実が判明した。

 なんとこの少女――博麗千絵(ちえ)は幻想郷出身ではなく、八雲紫によって外の世界から招かれた人間で、旧名が土御門(つちみかど)という。

 土御門家は、平安時代に活躍した安倍晴明(あべのせいめい)を始祖に持つ由緒正しい陰陽師の家柄で、陰陽道によって代々時の政府を支えていた。

 ところが西暦1870年、明治政府によって天社禁止令(てんしゃきんしれい)が公布され、陰陽師としての存在を否定された土御門家は歴史の表舞台から姿を消し、科学技術の急速な台頭も相まって急激に力を失っていった。今となってはこの少女が土御門家最後の陰陽師みたい。

 そんな都落ちした彼女に八雲紫が接触し、彼女の思想を知り、共感した土御門千絵は初代博麗の巫女になった。もし彼女の末裔が霊夢なのだとしたら、霊夢の類まれなる強さにも納得がいく。

 魔理沙を捜してる最中、思わぬ真実を知ったことに驚いた私だった。

 

(……博麗の巫女についての観察はここまでね)

 

 時間が戻るにつれて博麗神社からは人の気配が無くなり、次第に人里から招かれた大工の手によって解体されて更地となった。ここまで魔理沙の姿は無かったし、恐らくこの時代に彼女は訪れないでしょう。私は時間を加速させた。

 

 

 

 

 西暦1500年代中盤、幻と実体の境界が消えた事で遂に幻想郷が無くなり、有触れた山奥の集落になった。将来人里と呼ばれる集落の外れに建つ小屋の中では、八雲紫と摩多羅隠岐奈が幻想郷を成立させる為の意見を交わしている。

 結局この時間まで遡っても、魔理沙は発見できなかった。もちろん見落としている可能性は否定できないけれど、きっとこの地に拘っていても、魔理沙は現れないでしょう。

 私は輝夜と話し合い、現在の歴史の永琳が語った約1億年前に出現した時間の境界に赴く事に決定する。1億年はかなり長い時間移動になりそうだけれど、お嬢様の期待や幻想郷の為にも諦める訳には行かないわ。例え何年掛かっても、絶対に辿り着いて見せるわ。

 

 

 

 西暦714年7月23日午後1時35分。奈良時代まで遡った私達は、幻想郷があった土地を離れ、遥々平城京の南端上空にまで移動していた。

 輝夜の解説によると、この時代の首都たる平城京は、北端に帝が住まう平城宮を置き、朱雀大路(すざくおおじ)と呼ばれる大路(おおじ)を中心に左京(さきょう)右京(うきょう)に分けられた都市で、当時の(とう)の都を模して造られたらしいわ。現在の時間だと遷都されてから4年しか経ってなくて、南側はまだ造営中みたいだけれど、空から見下ろすとまるで碁盤のように区画整理がされていて、機能的な美しさを感じるわね。

 

「平城京……懐かしいわね」

 

 都全体を見下ろしながら輝夜はしみじみと呟いている。輝夜たっての希望で、私達はこの時間に寄り道していた。

 

「こっちよ、ついてきて」

 

 輝夜に促されて、私は平城京の南端から北東に向かって飛んでいく。眼下には小さな宅地内に寂れた竪穴住居や畑が並び、通りでは商売や造営工事に励む人々や、駆け回る子供達の姿が見える。何時の時代においても、街は活気があるわね。

 段々と北上するにつれて、密集した住居が少なくなり、広大な敷地と、赤を基調にした派手な色合いの宮殿が目立つようになる。輝夜の話ではこの時代の貴族達が住む区域に突入したとのこと。

 やがて輝夜は高度を下げていき、平城宮にほど近く、朱雀大路の右隣の一坊大路(いちぼうおおじ)沿いに建つ讃岐造(さぬきのみやつこ)邸の敷地内に着地する。塀が見渡せない程広大な敷地内には、小さな林に大きな池と橋が架かり、正面には極彩色に彩られた立派な宮殿が建っている。

 宮殿の正面には、赤い髪飾りを身に着け、唐風の華やかな色合いの着物を着たこの時代の輝夜の姿。隣にいる輝夜と全く姿が変わらず、この時代においても美しさが際立っている彼女は、階下で土下座する中年の貴族男性に蓬莱の玉の枝を向け、強い口調で糾弾している。彼の足元には真っ二つに折られた蓬莱の玉の枝が転がっていて、そんな二人を、薄汚れた着物姿の男性が目を丸くして眺めていた。

 ああ、この場面は読んだことがあるわ。竹取物語において、輝夜が求婚してきた五人の貴公子に向けて提示した条件、所謂五つの難題の一つである蓬莱の玉の枝を貴公子が持ってきた場面に立ち会っているのね。

 話の流れとしては、貴公子が職人に精巧な偽物を造らせて求婚を迫り、輝夜が承諾せざるを得ない状況に追い込まれた時、職人が代金を受け取りに押しかけた事で嘘が発覚した……という流れだった筈。確か結婚の条件で蓬莱の玉の枝を指定された貴公子の名は、藤原不比等(ふじわらのふひと)だったわね。藤原……なるほどね。

 私と一緒に来た方の輝夜に目をやると、険しい顔で見つめている。

 妹紅が蓬莱人となったきっかけは、父親が輝夜に恥をかかされたことだと聞いている。きっと今の輝夜の中には、複雑な感情が渦巻いているのでしょう。

 

(輝夜はこの場面を見たかったのかしら?)

 

 私の個人的な感想としては、偽物を用意した藤原氏に非があると思うのだけれど、そう簡単に割り切れる問題では無いわね。

 そんな事を考えていた時、ふと木陰に隠れる少女を見つける。

 腰まで伸びた黒髪に、花柄の上等な着物を纏う少女は、輝夜と藤原氏の会話を静かに覗き見ていた。肌艶も良く、小奇麗な身なりをしていることから貴族の娘だと思うのだけれど、何所から迷い込んだのかしら。それに、彼女とはどこかで会った事があるのよねぇ。

 

「ねえ輝夜、あの女の子の事知っている?」

「え?」

 

 何気なく訊ねてみると、少女を見た輝夜は目を見開いて驚いた。

 

「!! 妹紅……!」

「あら、そうなの?」

「蓬莱人になる前の彼女とは何度か会っているし、間違いないわ……。そう、彼女はこの現場を見ていたのね……」

 

 輝夜は悲し気な顔で呟いている。

 私は改めて若かりし頃の妹紅を眺めてみる。言われてみれば今の妹紅の面影があるわね。蓬莱人になる前の妹紅って黒髪だったのね。

 

「ここで楽にさせてあげた方が妹紅の為になるかしら……」と、妹紅に向かって右手を差し出したので、私は慌てて静止する。

「いけないわ! 私達の目的は――」

「言ってみただけよ。分かっているわ。……私は駄目ね。気持ちが揺らいでしまったわ」

 

 かぶりを振った輝夜は、「もう行きましょう。咲夜、私の我儘に付き合ってくれてありがとう」と未練惜しそうに空に飛び立っていく。

 私は藤原氏を非難するこの時代の輝夜と、それを食い入るように見つめる若かりし頃の妹紅を交互に見た後、輝夜の後に続いて飛んでいく。無言の輝夜と共に平城京が見えなくなるまで離れた後、私は過去に向かって時間を加速させた。

 

 

 

 ――時が加速する最中、遂に西暦から紀元前に突入する。ここに至るまでに随分と長かったような気もするけれど、私達の目標時間には程遠いわ。

 

 

 

 ――紀元前2000万年が過ぎた頃、九州地方とユーラシア大陸が陸続きになったことで、日本列島は大陸の一部になった。輝夜の話では、かつて月人達が地上に築いた文明はユーラシア大陸の東側にあったという。便利な事に、輝夜のタブレット端末は現在時刻だけでなく、人工衛星(GPS)を利用した世界地図と現在地表示に対応しているので、迷わずに辿り着けそうだわ。

 

 

 

 ――紀元前6600万年を過ぎた頃、空は暗雲に包まれ、陽の日差しが届かない暗い世界がしばらく続いたかと思えば、世界全体に衝撃波が走る。山は崩壊し、森はなぎ倒されて、大地は火に覆われる。やがて天高くまで届く巨大な津波が大地を洗いながしていった。

 輝夜の話では、月からもはっきり観測できるくらいの巨大な隕石が落下した事で、恐竜が絶滅しただけでなく、かつて地球に暮らしていた月人達の文明の痕跡全てが破壊されたそうね。まだまだ先は長いわ。

 数えるのも面倒になる程の長い年月を掛けて時間を加速していくと、地上に変化が現れる。鬱蒼と生い茂る森が次第に枯れて、地表面が露わになると、地面が舗装されていき、建物の残骸が発生する。それはやがて形を取り戻し、天を貫く高さの超高層ビルが筍のように生えては街を形作り、摩天楼になる。

 明月(めいげつ)都。かつての月人達が暮らしていた都市ね。

 人気がないゴーストタウンだったけれど、紀元前1億年に近づいた頃、山のように大きな1隻の宇宙船が宇宙から飛来し、ターミナルに着陸する。やがて扉が開くと、搭乗口から続々と人々が降りて街に帰っていく。その中には永琳の姿も確認できたわ。

 在りし日の月人達は、地上に蔓延する〝穢れ”から逃れる為、この星を捨てて月に移住したという。今の私達はその歴史を目撃しているのでしょう。

 目標時刻は近いわね。

 

 

 

 

 ――紀元前1億1520年10月11日21時35分。白亜紀中期、明月(めいげつ)海東(かいとう)区の僻地に建つ時間開発研究所第一実験室にて、異変が発生していた。

 ドーム状の広大な空間の中心には、表側の月面のような大きなクレーターが出来上がり、鈍く光る金属片が部屋中に散乱している。

 隣接する観測室では警報が鳴り響き、白衣を着た研究員があちこちに倒れていて、中には頭から血を流している人も。観測室と実験室を隔てるガラス窓が粉々に砕け、室内の機器類が大きく破損してることから、恐らく実験室で何か巨大な機械が爆発して、その余波で此方の部屋も被害を受けたのでしょうね。

 

「酷い有様ね……」

 

 輝夜のタブレット端末に残された研究記録によれば、今日この時間帯、人工的に次元扉を開く最終実験中だったそうね。

 私が観測室を歩き回りながら状況を確認する一方、輝夜はしきりに辺りを見回している。やがて壁際に仰向けで倒れる銀髪の少女を見つけると、青ざめた顔で駆け寄って座り込んだ。

 

「永琳! しっかりして、永琳!」

 

 輝夜は永琳の身体を抱き起こしながら肩を揺さぶっている。私も早足で歩いていき、冷静さを失っている輝夜の代わりに若き永琳の状態を確認する。眼鏡が割れて苦しそうな表情を浮かべているけれど、幸いな事に目立った外傷は無いし、脈拍も安定している。命に別条は無さそうね。

 

「大丈夫よ輝夜。彼女がここで死ぬ運命ではない事は、貴女も知っているでしょ?」

「そう……ね。ごめんなさい、取り乱したわ」

 

 輝夜は永琳の身体を優しく地面に寝かせると、すっくと立ちあがる。私もお嬢様が倒れていたら、同じように取り乱していたかもしれないし、輝夜の気持ちは分かるわ。この時代の永琳はまだ蓬莱人ではなかった筈ですし、余計に心配なのでしょうね。

 

「研究記録によれば、あと10分程で〝次元扉”が開くそうよ。実験室に戻りましょう」

「そうね」

 

 輝夜は倒れている永琳をちらりと見た後、私と共に実験室の中心に歩いていく。10分後、クレーターの中心に空間を切り裂くように時間の境界が開いた。

 

「遂に来たわね……!」

 

 時間の境界の先は果てしない闇が広がり、中心には女性の人影が浮かんでいるが、ノイズが掛かっていて正体が掴めない。

 

「ねえ! 貴女は時の神なんでしょ!? 私の質問に答えてもらえないかしら!」

 

 私は声を張り上げて呼びかけたものの、女性の人影は砂塵のように掻き消え、時間の境界は閉じられた。

 

「そんな……どうして……?」

 

 

 

 

 ――紀元前1億1520年3月18日15時20分。明月(めいげつ)海東(かいとう)区第1居住区。

 異なる地域・大陸間を結ぶターミナルや、世界中の物品が集まる商業地域、営利企業の高層ビル群がひしめく明月都の中心から南に離れた位置にあり、現代の月の都のような中華風の住居が建ち並んでいる。

 居住区の端には金属製の高い柵が築かれ、柵と柵を結ぶ柱にはレーザー砲が設置されている。タブレット端末に残された情報によると、大型恐竜の侵入を防ぐ為の設備とのこと。随分物々しい警備だと思うのだけれど、柵の向こう側の草原を歩く首の長い恐竜や、鱗が目立つ恐竜の大きさを見ると、仕方ないと思えるわね。

 現在、第1居住区上空には時間の境界が開いていて、住人は全員避難している。時間の境界付近には、政府機関のロゴが入った箱型の宇宙船が複数飛び回り、機体の側面からアンテナを伸ばしている。

 私達は時間の境界に向かって飛び上がって行くけれど、ある一定の高さに到達した所で弾き飛ばされてしまった。まるで見えない壁に阻まれているかのように。

 

「噓でしょ……!?」

「咲夜! もう1度行くわよ!」

「ええ!」

 

 その後進入角度や〝永遠”の解除等、条件を変えて何度も何度も挑戦するけれど、悉く弾かれてしまった。一体どうしたらいいの……?

 

 

 

 

 ――あれからどれだけ経ったのでしょう。

 眼下には鉛色の海が水平線の果てまで広がっていて、水底に沈んでいた隕石が次々と波を引き寄せながら赤茶色に錆びた空へと帰っていく。正常な時の流れから見ると、流星群が海に降り注いでいるのでしょう。

 海鳥や魚の姿は見当たらず、大気は酷くくすんでいる。まるで死の星に迷い込んでしまったみたい。

 

「…………ねえ輝夜。今はいつ?」

「……」

 

 何度目かも分からない質問に、憔悴しきった顔の輝夜が提示するタブレット端末は、やはりB.C.100013051 12/4 18:09:05で止まったまま動かない。この時刻こそが、月人達が高精度時間測定器を発明する瞬間だからだ。

 そんな彼らが文明を築いていたユーラシア大陸も沈没する程の過去に遡った今、最早生命と呼べるものはまだ地球に誕生していないのかもしれない。

   

「私、もう限界なの。あといくつ昼と夜を繰り返せば、時の牢獄から抜け出せるの?」

「……」

 

 虚ろな目のまま口を閉ざす輝夜。

 

「一体どこで間違えてしまったのかしら? 時間遡航を決断した日? それとも魔理沙がいなかったあの日? ……こんなに時間移動が辛いなんて思いもしなかったわ。私は愚かだった! 魔理沙がいる時代まで時間加速する――いえ、そもそも時間遡航して魔理沙に歴史改変してもらうなんて計画、机上の空論もいいところだったわ! ねえ、私は誰を憎めばいいの? このやり場のない感情はどこへぶつければいいの? ああ、お嬢様に会いたい、美鈴の声が聞きたい、霊夢やマリサとお話したい――幻想郷に、帰りたい……!」

 

 後悔の言葉が堰を切ったように溢れ出して止まらない。

 最後の頼みの綱だった明月都の作戦に失敗し、〝永遠”を解除しても正常な時の流れに戻れなかった私達は、いつ終わるとも分からない時間遡航を続けるしか選択肢は無かった。

 

「あぁもう嫌! どうしてこんな目に合わなきゃいけないの!? 誰でもいいから私を助けて……!」

 

 恥も外聞もなく喚き散らしても意味が無い事は理解しているけれど、それでも叫ばずにはいられない。

 幾星霜の時を経て、精神的に消耗した今の私はかつてのような時間操作が満足に出来なくなり、等速の時を過ごす時間が多くなっている。能力の乱れは心の乱れ。きっともう、私はおかしくなってしまっているのでしょう。

 

「……私ね、もう疲れちゃったの。輝夜、この苦しみから私を解放してちょうだい……! これ以上はもう、耐え切れないの」

 

 私は輝夜に縋り付きながら切実に懇願する。

 魔理沙の助けも来ない中、幻想郷で過ごした輝かしい思い出の中に逃げ続けるのももう限界。

 お嬢様への忠誠も、幻想郷の異変も今の私にとってはどうでもいい。私はもう、これ以上頑張れない――

 そんな思いが通じたのか、輝夜の目に光が戻り。

 

「――貴女の苦しみは私が一番分かるわ。今、楽にしてあげましょう」

 

 久々に聞いた輝夜の声はウグイスのように美しく、か弱い花を愛でるかのように私を抱擁する。自然と冷たい滴が頬を伝っていた。

 

「ありがとう、輝夜。そしてごめんなさい。私が貴女を破滅の道に巻き込んでしまった……」

「……そうね。全く恨みが無いと言えば嘘になるけれど、最終的に貴女に協力することを決めたのは私だから。それに、私がこの身体(蓬莱人)になった瞬間から、いずれは同じ結末を迎えることが決まっていたわ。それが早まっただけに過ぎないのよ」

 

 淡々と語る輝夜は私からそっと離れると、ゆっくりと私の胸元に向かって右手を伸ばしていく。私は赤茶色に錆びた空を見上げ、

 

「ああ――どこで道を間違えたのかしら。もし叶うのなら、私にもう1度やり直す機会をください――」

 

 彼女の指先が胸に触れた瞬間、私の意識は途切れた――。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。メビウスの輪の特異点に到着した蓬莱山輝夜は原初の海に浮かんでいた。既に時間の逆行は終了し、正常な時の流れに戻ってきているのだが、彼女は微動だにせず、生気の無い目で虚空を見つめている。

 彼女が十六夜咲夜と永遠の別れを済ませた後に待ち受けていたのは、幾億年にも渡る甚大な時間遡行だった。それは彼女の精神を蝕むには充分な時間となり、自己防衛の為に意識を閉ざした蓬莱山輝夜は、もはや生ける屍と化していた。

 刻々と時間だけが過ぎていく中、変化が訪れる。プロッチェン銀河のアプト星において時間旅行者霧雨魔理沙が起こしたタイムホールの余波が地球に届き、原初の海は荒れ、大気が大きく揺れる。

 結局彼女は間に合わず、メビウスの輪が成立してしまったのだが、何も反応を示さない。自らの殻に閉じこもり、幻想郷で過ごしていた頃の幸せな空想に耽る彼女にとっては、今が夢なのか現実なのか判断できないからだ。このまま揺蕩い続けるかと思われた時、空中に次元断層が開き、閃光と共に時の女神十六夜咲夜が現れた。

 時の女神十六夜咲夜は蓬莱山輝夜の元にゆっくりと降りていき、水面の上に立つと、悲痛な面持ちで彼女に手を合わせる。

 

「ごめんなさい輝夜……。貴女と〝私”は、必ず助けるわ」

 

 時の女神十六夜咲夜は一言呟いた後、時の回廊に帰っていき、次元断層が閉じられた。

 間もなく宇宙から飛来した隕石が蓬莱山輝夜の付近に落下し、津波に呑み込まれて沈んでいく。水底に近づくにつれて酸欠に陥り、リザレクションが発動する寸前、彼女の肉体は幻のように掻き消えた――。

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 背筋に恐ろしい戦慄が走り、意識が現実に引き戻される。

 目の前には博麗神社。縁側では霊夢とマリサが楽しそうに雑談していて、隣の輝夜のタブレット端末に表示される時刻は『A.D.200X 07/20 13:51』から1秒ずつ減少している。随分と長い時間が経過した気分だけれど、実時間では1秒しか経過していなくて、私は右手で懐中時計を握り、竜頭に親指を乗せる姿勢で立ちすくんでいた。

 

(今の光景は何よ……!?)

 

 夢にしてはあまりにも後味が悪く、現実味を帯びていて、今も激しい動悸が収まらない。私は震える手で懐中時計を仕舞い、胸に手を当てて深呼吸を繰り返しながら、何とか心を落ち着かせていく。

 

(もしかして……私達の未来なの?)

 

 たった1秒の間に、走馬灯のように脳内によぎった身に覚えのない記憶。西暦215X年10月1日午前8時45分の人里で、歴史αからβに改変された時の記憶の想起に非常に似た感覚だったわ。

 もしもこの断片的な記憶が、私の選択の果てに待っている結末なのだとしたら、このまま時間を加速させる行為はとてつもなく危険な予感がする。

 

「ど、どうしたの咲夜? 貴女とても怖い顔をしているわよ?」

 

 今の私には心配そうに訊ねてくる輝夜に返事をする余裕は無かった。きっとここが運命の分水嶺。選択を間違えた先に待っているのは、永遠に続く時間の漂流と、終わりのない絶望。

 私は輝夜の右手を掴んで。

 

「輝夜、時間加速は中止よ! 今すぐ紅魔館に――」

 

 言い終わる前に、誰かが私の背後から右腕を掴んで引き寄せる。

 

「え――」

 

 次の瞬間、時間の逆行現象が解除されて、縁側でマリサと談笑していた霊夢と目が合った。

 

「!? 咲――」

 

 驚いた様子の霊夢が私の名前を言い切る前に、再び目の前の二人は動かなくなり、世界に静寂が訪れる。

 

「捕まえたぜ」

 

 聞き馴染みのある声に振り返ると――

 

「久しぶりだな。咲夜、輝夜」

 

 私の右腕を掴んだまま、屈託のない笑顔を浮かべる魔理沙の姿があった。



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第255話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の決断

「魔理……沙……?」

 

 縁側に座りながら急に立ち上がった霊夢を見上げるマリサと違い、目の前の魔理沙は金髪を後ろで束ねている。どこか懐かしく、他人のような気がしない不思議な感覚。間違いなく私達が捜していた魔理沙だわ!

 

「ふふ、まさか向こうから来るなんて。探す手間が省けて良かったわ。貴女が時間を止めたの?」

「正確には1秒を限りなく停止に近い状態まで引き伸ばしているんだぜ。私が解除しない限り、1秒後は永遠に来ないのさ」

 

 なんだかとんでもない事をやってのけているけれど、今はそんなことよりも。

 

「聞いて魔理沙。私達は――」

 

 話を切り出そうとした時、魔理沙は左手を振り「ああ、説明は要らないぜ。お前達の状況については全て把握している」と答えて私の右腕を放す。

 ――なるほど、タイムトラベラーはなんでもお見通しって訳ね。

 

「まずは今この世界に何が起きているかについて話す。長くなるが聞いてくれ」

 

 そう前置きして語り出した内容は俄かには信じ難いものだった。

 ざっくり言うと、現在の世界はメビウスの輪と呼ばれる時間のループが発生している状況で、時刻A*1から時刻B*2しか時間が存在しないのだという。

 その原因となったのは、魔理沙が時空A*3で時間移動の力を欲するリュンガルトという勢力に狙われたこと。

 窮地に立たされた魔理沙が力を暴走した事で、タイムホール――私達が時間の境界と呼んでいた現象――が時空A*4と時空B*5に開いた。最初は小さな規模だったけれど、この時間の魔理沙が対処に失敗した事でメビウスの輪が成立し、タイムホール発生前の歴史αから、メビウスの輪成立後の歴史βに改変されたとのこと。

 勿論、魔理沙がその時空に行く事になった経緯も聞いたわ。非常に長くてややこしい話だったけれど、なんとか頭の中で整理する。

 

「理解したわ。そんな大事になってたのね」

「これらの事情を踏まえて、お前達に頼みがある。……結論から言おう。時の回廊を漂流する西暦200X年4月5日の霊夢とマリサ、西暦215X年10月1日の紫、隠岐奈、博麗杏子、文を救出し、彼女達と共に時空A*6の二分後に時間遡航して、メビウスの輪の解決に力を貸してほしい」

「詳細を聞かせて!」

 

 長らく行方不明になっている霊夢とマリサの名前が上がった事に、自然と動悸が跳ね上がる。

 

「メビウスの輪は時間軸の硬直と歴史の固定化を招き、深刻なタイムパラドックスを起こしている。お前達が見てきた“在るべき時間に存在しない時間旅行者霧雨魔理沙”がその最たる例だ」

 

 この在るべき時間とは、今日と明日の博麗神社、西暦200X年9月1日と2日の紅魔館の事を言っているのでしょう。

 

「私達の知らない時間で、貴女が何かしらの歴史改変を行ったから居なかったのではなくて?」

「厳密には違う。過去の霊夢と咲夜に会う日付と歴史改変に関しては、一切の変更は行っていない。お前達が“時間旅行者霧雨魔理沙”に会えなかったのは、“メビウスの輪成立後の【現在(歴史)】を、時刻A*7の霧雨魔理沙が観測していない事”が原因だ」

「……?? だって、貴女は今ここにいるじゃない?」

 

 私達の事情も理解していたし、時間移動への造詣の深さから考えても、彼女は時刻Aよりも更に未来の魔理沙の筈だけれど。

 

「今お前達の目の前にいる“私”と、“時刻Aの霧雨魔理沙”は切り離して考えてくれ。現在の歴史の観測者の主観が“時刻Aの霧雨魔理沙”にある事が、この問題を解決するカギになるんだ。私はその為に、この時刻と場所を選んでお前達に接触している」

「……もう少し分かるように説明してもらえないかしら」

「メビウスの輪のきっかけとなるタイムホールを開き、最終的に成立させたのは“時刻Aの霧雨魔理沙”だ。時刻Aの彼女が未来を知らないから、現在の歴史に彼女はいない。そして未来が分からないからこそ、新たな可能性が生まれる。簡単なことだろう?」

 

 いえ、同意を求められてもさっぱり理解できないのだけれど。

 

「貴女の言い方だと、まるで魔理沙の主観がこの歴史を形作っているかのように聞こえるわね」

「輝夜の認識はあながち間違いじゃないぜ。メビウスの輪の創造者は“時刻Aの霧雨魔理沙”だからな。言い換えれば、閉鎖された時間を産み出した不完全な神だ」

「まあ! そうなの?」

「現在の歴史βは、歴史αをベースにして創られている。霊夢の自殺の改変、咲夜の吸血鬼化、お前達のような“時間旅行者霧雨魔理沙”が関与した人物の記憶保持……。“時間旅行者霧雨魔理沙”が存在しないにもかかわらず、彼女が歴史に介入した痕跡が残っている事こそが、“時刻Aの霧雨魔理沙”が未来を知らない証拠であり、固定化された歴史の不確定要素になり得るんだ」

「その理屈だと、時刻Aの魔理沙が未来を知った瞬間に彼女の歴史が確定して、不自然に空白となっていた時刻に魔理沙が出現するようになるのかしら?」

「そうだ」

「なるほどねぇ……。人間原理みたいなものかしら」

 

 輝夜は納得した風に頷いているけれど、私にはまだ分からない点がある。

 

「時刻Aの魔理沙が未来を知ろうが知るまいが歴史は続いていくものですし、その延長線上に未来があるのではないの? それに固定化された歴史ってどういう意味よ?」

「このメビウスの輪の中では、時間の流れも、法則も異なる。例えるならパラパラ漫画みたいなものだ。本を捲っていけば動いているように見えるが、実体は1ページごとに動きがコマ分けされているだけ。それと同じようにこの世界に時間の流動性は無いんだ」

「……?」

「全宇宙の全ての“運動”が、予め定められた“結果”に沿うように固定化されていて、介入の余地がないんだ。一例を挙げるなら、お前達の時間遡航の結果だ」

「……貴女が来なかったら、私は時間遡航の果てに自ら命を絶っていたのよね?」

 

 魔理沙は目を見開き「……やはり覚えているのか」

 

「ええ」

 

 私は先程見た経験のない記憶を話す。輝夜は知らなかったようで、「そんな事があったのね……」と悲し気に呟いていた。

 

「それは“私”が介入する前の歴史の残滓だ。……嫌な思いさせて済まなかったな」

「構わないわ」

 

 衝撃的だったのは事実だけれど、今の私はちゃんとここにいる。それでいいわ。

 

「ねえ、魔理沙。咲夜が亡くなった後の私はどうなったの? 私も死ねたの?」

 

 何気なく訊ねた輝夜に、魔理沙は少し迷いを見せながらも口を開く。

 

「時刻Aに辿り着いたが、億単位の時間経過に精神が耐えきれずに、自我が崩壊したぜ」

 

(!)

 

「そう……。そうなるのね」

 

 想像を絶する恐ろしい結末に私は寒気がしたけれど、輝夜は薄々予想できていたのか、あまり衝撃を受けていないみたいね。

 

「話を戻すぜ。現在の歴史において、お前達の目的は必ず失敗に終わる事が決まっていた。咲夜、お前はさっき私が手を取る前に紅魔館に帰ろうとしてたよな?」

「ええ。貴女が介入する前の歴史を垣間見たから、この時代の私に直接会って事情を伝えて、時間遡航の事実そのものをやり直そうと思ったのよ」

「だがそれは絶対に失敗に終わるんだ」

「……この時代の私が、私の言葉を信じないの?」

「そうじゃない。お前がこの時代の十六夜咲夜に会って事情を伝えても未来は変わらないんだ。何故なら次の日にはお前と会った記憶を失い、“お嬢様にお仕えしたとりとめのない一日だった”という記憶にすり替わって、周囲の人妖や環境も合わせて改変される。それが“西暦200X年7月20日の十六夜咲夜が取る行動”と予め定められているからだ」

「!?」

「もしかして、私が200X年9月2日に会った咲夜も、嘘を吐いていた訳では無かったの?」

「そうだ。彼女は現在の歴史では“時間旅行者霧雨魔理沙”に遭遇していないにも関わらず、“西暦200X年9月1日に、時間旅行者霧雨魔理沙からレミリア・スカーレットの手紙を受け取った”と認識していただけなんだ」

「魔理沙の言いたいことが分かって来たわ。なんとも末恐ろしい話ね……」

 

 つまり魔理沙はこう言いたいのでしょう。メビウスの輪内の歴史は全て運命に支配されている――と。

 

「待って! 私は2008年4月12日に未来から来た“私”から話を聞いて、時間遡航を決心したわ。これは明確な歴史改変でしょ?」

「残念だが、“十六夜咲夜が未来の自分からメッセージを受け取る”出来事も含めて、この歴史では予め定められた決定事項なんだ」

「なんて、ことなの……」

「やはり因果の輪は閉じていたのね」

 

『現在の歴史がαに戻っていない以上、私達がこれから時間遡航しても、歴史改変は必ず失敗する運命にある事を過去が証明している』

 

 輝夜の懸念が的中していた事に、私は眩暈がした。自分から考えて行動したつもりだったけれど、結局私達は、筋書きの上を歩いていただけだったのね……。

 

「先述した理由で現在の歴史に“時間旅行者霧雨魔理沙”が存在しないことに加え、時刻A以前に遡れない事から“そもそもメビウスの輪が発生しなかった”歴史への改変は非常に難しい。固定化された歴史の唯一の特異点となるのが、一番最初にタイムホールが発生した時刻Aだ。時刻Aから西暦時間で換算して30分以内にタイムホールを修復しなければ、メビウスの輪が完成する」

「30分……」

「しかもチャンスは1度だ。これまでのように試行錯誤を重ねながら最適解を探る事は許されない」

「何故なの?」

「女神咲夜が許さないからだ。メビウスの輪の成立は、時の秩序を破壊する重大な行為。本来なら有無を言わさず歴史から抹消される所なんだが、今回タイムホールを修正する機会を与えられたのも、彼女の慈悲によるものなんだ」

「歴史から抹消されるというのは、魔理沙が行った歴史改変も全て無かった事になるのかしら?」

「そうだ。霊夢は今晩夢を操る妖怪に殺されるし、霊夢が亡くなる事で、お前の人生観が変化するきっかけも消滅し、人間のまま201X年6月6日に亡くなるだろう」

「……随分と穏やかではないわね」

 

 150年前と違って永遠にお嬢様に仕えると決意した今、死ぬ訳にはいかないわ。

 

「……ねえ、ずっと気になっていたのだけれど、貴女や霊夢の生死がかかっているのに、まるで他人事のように話すのね?」

「客観的に物事を話しているだけだ。“私”が動揺した所で事態は好転しないだろう?」

「ふうん?」

 

 疑念の目を向ける輝夜に、魔理沙は淡々と答える。

 

「……話を続けるぞ? 私は“時刻Aの霧雨魔理沙”の失敗を鑑みて、異なるアプローチで問題の解決を試みる。時刻Aには存在し得ない十六夜咲夜と蓬莱山輝夜を送り込む事で、彼女の行動の選択肢を増やし、閉塞された未来を打破する可能性を与える」

 

 私と輝夜の共通点は、時間に深く関わる能力を持っているところ。なるほどね。

 

「勿論お前達だけじゃない。時の回廊を漂流中の霊夢達も、きっと“時刻Aの霧雨魔理沙”の手助けになる筈だ」

「霊夢達に何があったの?」

「残念ながらお前が懐中時計に籠めた時間の力だけでは力不足でな、時間の浸食に耐えられないんだ。時間の浸食が進むとあらゆる生命と物質の時間は狂い、無に帰る。マリサが即興でタイムジャンプを真似て、時間の保護を試みているが、それも長くは持たない。奇跡的に時間の浸食を耐え切れたとしても、不完全なタイムジャンプでは時空Aに到着するのに西暦換算で約120年掛かる。人間の霊夢と杏子は耐え切れないだろう」

「そんな……!」

 

 時の回廊ってそんなに恐ろしい所だったのね……。つくづく魔理沙のタイムジャンプ魔法は規格外だわ。

 

「だが私の力なら時の回廊を安全に移動できる。時の回廊を漂流する霊夢に触れば私の力の範囲内になるから、彼女達も時空A*8の二分後に連れて行って欲しい」

「どうして二分後なの?」

「時空Aピッタリに行くとリュンガルトの宇宙船団とかち合う事になる。タイムホールに対処するにも彼らが居なくなってからじゃないと無理だ」

「分かったわ」

「――私からの話は以上だ。率直に言って、今回の作戦は非常に分の悪い賭けだ。“時刻Aの霧雨魔理沙”が新たな可能性を掴み取れなければ、彼女のみならず、お前達が築き上げて来た歴史も無に帰すだろう。……お前達の答えを聞かせてくれ」

「勿論行くわ」

 

 魔理沙の問いに私は即答する。元々異変を解決するつもりで時間遡航したのですし、霊夢達が窮地に陥っているのなら尚更よ。

 

「魔理沙。まだ重要な点を聞いていないわ」

「なんだ?」

「【メビウスの輪を解決する方法】と、【貴女の失敗の内容】よ。前者がまだ判明していないのは察するけれど、後者は貴女が体験したことなのだから話せるでしょう?」

 

 輝夜の指摘に私もハッとする。確かに魔理沙は今回の事態について懇切丁寧に説明してきたけど、核心とも言える部分には言及していなかった。

 

「それは……だな」

 

 ここで魔理沙が初めて言いよどみ、顔をこわばらせる。どうしたのかしら?

 

「悪いがどちらも話せない」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「それも駄目だ」

「……“貴女”は過去の“霧雨魔理沙”を助ける為に私達に接触したのでしょう? それとも、この会話さえも“貴女”の手の平の内なのかしら?」

 

 敢えて一部分を強調する話し方をする輝夜に、私は違和感を覚える。私は何かを見落としているの……?

 

「“私”から言えるのは、ここで全てを明かすことは“時刻Aの霧雨魔理沙”の不利益になるという事だけだ。互いの思惑は違えど、私達の目的は一致している筈だ。違うか?」

 

 輝夜は黙り込み、深く考えている様子。何処か張り詰めた空気の中、輝夜は怪訝な顔で顔を上げた。

 

「……ねえ、霧雨魔理沙。これまでの“貴女”の言葉、全部信じてもいいのかしら?」

「時の女神十六夜咲夜の名に誓って、嘘は無いぜ」

 

 輝夜は魔理沙を見定めるかのように真剣な眼差しを送り、彼女も視線を逸らさない。二人の間にしか伝わらないアイコンタクトを送り合った後、輝夜は微笑を浮かべる。

 

「いいわ。“貴女”を信じましょう。霊夢達や時刻Aの魔理沙には、“未来の魔理沙”から聞いた話を伝えるわ」

「頼んだぜ」

 

 ……察したわ。“彼女”がわざわざ魔理沙の姿を借りて出て来たとなると、恐らく本物の魔理沙は時刻Aの魔理沙を助けられる状況にないのね。そして“彼女”がこんな回りくどい方法を選んだことにも間違いなく意味がある。なら私も“彼女”の意図を汲み取るべきだわ。

 目の前の“彼女”が空に向かって右腕を掲げて指を弾くと、タイムホールが開く。私達の足元には十層に折重なった歯車模様の魔法陣が展開され、重厚な時の力に押しつぶされそうな圧迫感を覚える。これが“彼女”の力の片鱗なのね。

 

「咲夜。一時的に時間移動の権限をお前に移す」

「私に?」

「霊夢達と相談する時間も必要だろ? お前の一存で時空Aの二分後に到着する移動時間を調整できるようになるぜ」

「移動時間と言われても、肝心の時間の基準が分からないとどうしようもないわ」

「現在は30分で到着する設定にしてある。時の回廊内の現在時間については、霊夢とマリサが基準を知っているから問題ないぜ」

「“貴女”はどうするの?」

「時の回廊から“時刻Aの霧雨魔理沙”の行動を観測させてもらうぜ。今回の異変は彼女が主体になる必要があるからな」

 

“彼女”は続けて、「あぁ、そうだ。「西暦2052年8月3日の京都から時の回廊に侵入した宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンは女神咲夜が保護したから心配するな」と紫に伝言を伝えてくれ」

「ええ、伝えておくわ」

「それじゃ、頼んだぜ!」

 

“彼女”の魔法陣に包まれながら、私達はタイムホールに飛び上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

 

 十六夜咲夜と蓬莱山輝夜がタイムホールをくぐった事を見届けた彼女は、ポツリと呟いた。

 

「上手くいったわね」

 

 彼女が指を弾くと、パチュリー・ノーレッジが掛けた変身魔法が解けて、真の姿――女神咲夜が現れる。十六夜咲夜と蓬莱山輝夜には、本物では無い事に勘づかれていたが、それさえも女神咲夜の想定内だった。

 

「さあ、これでお膳立てが整ったわ。後は魔理沙――貴女だけよ」

 

 女神咲夜は観測に戻るべく、時の回廊に帰っていき、タイムホールの閉鎖と同時に時の流れが元に戻る。それに伴い、静止状態だった博麗霊夢と霧雨マリサも動き出した。

 

「――夜!? あら?」

 

 博麗霊夢は立ち上がって辺りを見渡したが、彼女の姿はどこにも無い。

 

「どうした霊夢?」

「今咲夜が目の前に居たような気がするのよ。おっかしいわねぇ……」

「ははっ、霊夢を驚かそうだなんて、アイツも結構お茶目なところがあるんだな」

「笑い事じゃないわよ、もう。今度咲夜に文句言ってやらなきゃ」

 

 

 

 ◇    ◇    ◇

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*2
UTC西暦215X年10月1日午前0時。

*3
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*4
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*5
JST西暦215X年10月1日午前9時の魔法の森上空。

*6
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*7
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*8
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。




ここまでお読みくださりありがとうございました。
今回の話で咲夜sideの話は以上となります。

次の話のタイトルは『第256話(2)タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』で、
『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』の続きとなります。


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第256話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)(1/2)

今回の話は『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』の続きであり
第242~第250話(2)のside霊夢、第251話~第255話(2)のside咲夜とついた話の続きでもあります。


 ――side 紫(三人称一元視点)――

 

 

 

「――かり、ねえ、紫ってば!」

 

 時間の力が僅かに流れ込み、通電したコンピューターのように意識が覚醒した紫の眼前には、自身を抱き起こしながら心配そうに顔を覗き込む一人の女性が映った。

 

(誰なの……?)

 

 彼女に問いかけようとしたが、自らの意に反して声が出せず、起き上がる事もできなかった。紫はすぐさま能力を用いて現状把握に努める。

 満開の桜、荒涼とした砂漠、紅葉の帳、雪化粧が広がる地帯を突っ切るように、地平線の果てまで続く一路。紫は時の回廊の時間軸上に倒れていたようで、足元には欠損した歯車模様の魔方陣が展開されている。

 そして自身の状態を確認した所、自らの生命活動が完全に停止しており、人間で例えるなら仮死状態になっている事を認識する。

 

(今の私は肉体の時間が停まってしまっているのね。参ったわ、せめて時の概念が関わっていなければ、やりようがあったのだけれど……)

 

 境界を操る程度の能力は、固体・液体・気体のみならず、自然界の法則や概念さえも操作できる非常に応用力の高い能力だが、数少ない例外なのが時の概念だ。

 心の中で愚痴っていると、紫を抱き起こしている女性が口元に耳を近づけ、左胸に手を伸ばす。肉体の時間が停止している影響か、彼女に触れられても何も感じず、植物状態の人間はこんな感じなのかしら。と努めて冷静に思考する。

 

(それにしても、この女の子は誰なのかしら?)

 

 紫に近い背丈の彼女の見た目は10代後半といったところだろうか。透き通るような黒髪に赤色の蝶リボンを着け、素朴で清廉な印象を与える彼女は、同姓の紫でさえも目を奪われる美貌だった。

 服装は脇がざっくりと開いた紅白の巫女服を身に着けているが、サイズがあっていないのかヘソや引き締まったお腹が見えてしまっており、スカートは太ももまで見えてしまっている。さながら大人が子供の服を着ているようだ。

 彼女の衿の中には陰陽玉の他、博麗と記された札が仕舞いこまれ、背中のリボンとスカートの間には幣が差さっていて、紫はそれらに見覚えがあった。

 

(彼女は博麗の関係者? ……まさか)

 

 時の回廊という特殊な場所に現れた女性。そして149年前から行方不明になっている博麗の巫女。更に極めつけは。

 

「ど、どうしようマリサ……! 紫が、紫が死んじゃってるよぉ……!」

「なっ!? 間に合わなかったのか……?」

 

(マリサですって!? じゃあやっぱり――!)

 

 ひょっこりと視界の外から顔を覗かせたマリサを見て、疑念が確信に変わった紫は、すぐさま境界を操る程度の能力を用い、自らの思考をテレパシーのように二人の少女に飛ばす。

 

『……もしかして、霊夢なの?』

「紫!?」

「この声は紫か? なんだよ霊夢、驚かせやがって」

 

 驚愕する二人に紫は『今の私は身体の時間が止まっているから、勘違いするのも無理はないわね。この言葉も思考の境界を操作して、思念波を届けているのよ』と説明する。

 

「そうだったのね」

 

 安堵の表情を浮かべる霊夢に対し、マリサは「思考の境界って、まさか私達の考えも聞こえているんじゃないだろうな?」と疑惑の目を向ける。

 

『人間も妖怪も、話す時はまず脳内で思考してから言葉を発する事で形にしているでしょう? 今の私は言葉を発するプロセスを省略しているだけに過ぎないわ』

「ふ~ん。ってことは今の紫は思考が駄々漏れなのか」

 

 納得した様子でマリサは頷いた。

 

『ところで、貴女達は西暦200X年4月5日の霊夢とマリサで合っているのよね? その姿、一体何があったの? さっき咲夜と話していたわよね?』

「順を追って説明するわ。2021年2月21日にあんたと別れた後――」

 

 霊夢が話し始めた時、何かを察したマリサが振り返りながら声を上げる。

 

「待て、霊夢。誰かがこっちに近づいてきているぜ」

「え?」

 

 霊夢がマリサの指を差した方角を見ると、地平線の果てから高速で接近する二つの人影があった。霊夢は幣に手を伸ばし、マリサはポケットから八卦炉を取り出して警戒していたが、二人の姿が鮮明になる距離まで接近された所で警戒を解いた。

 

「咲夜と輝夜?」

「みたいだな」

 

 並行飛行する咲夜と輝夜は速度を徐々に落とし、すっと霊夢とマリサの前に降り立つ。

 

「ようやく見つけたわ。貴女達は200X年4月5日の霊夢とマリサね?」

「ええ、そうよ。咲夜は何処の時間から来たの?」

「しかも輝夜も連れてな。それにその魔法、何があったんだ?」

 

 咲夜と輝夜の足元には時計の文字盤を模した十層の魔法陣が展開されている。

 上から順にアラビア数字、ローマ数字、バーインデックスの文字盤、オベリスクが刻まれた日時計、水時計、太陽系の公転周期まで分かる天文時計、十二支で時間区分を分ける和時計、原子時計、光格子時計、最下層には時の回廊のミニチュアと、紫でさえも知らないような古今東西の時計魔法陣が展開されていた。

 それだけではなく、彼女達を包み込むように透明な膜が張り巡らされており、中から強い時間の力をひしひしと感じ取る。現在マリサが展開中の魔法陣の完成系であることは、魔法に疎い霊夢や紫でさえもすぐに理解できるものだった。

 

「私達は八雲紫達と同じ215X年10月1日から来たわ。途中でタイムトラベラーの魔理沙に会ってね、貴女達の事を頼まれたのよ」

「私は咲夜の付き添いってところかしね」

「!」

「なんですって!?」

『その話、詳しく聞かせて!』

 

 タイムトラベラーの魔理沙――その名に霊夢とマリサは咲夜に詰め寄るように問いかけ、紫も食い入るように思念波を飛ばす。

 咲夜は「落ち着いて。まずは彼女達を助けてからよ」と言って紫の前にしゃがみ込むと、力無くぶら下がる右手を優しく握る。時間の力と咲夜の温もりが右手越しに伝わり、死んでいた肉体の時間が動き出す。例えるなら、真冬日に湯が張った浴槽に入った時のような暖かさ。

 

『これは……!」

 

 紫が声を出せるようになったところで、咲夜は右手を放す。紫はゆっくりと起き上がり、身体の感覚を確かめるかのように右手を何度も握る。どうやら後遺症は無いらしい。

 

「肉体の時間を動かしたわ。これで自由に動けるでしょう?」

「感謝しますわ」

 

 思考の境界を戻した紫は、率直にお礼を述べる。咲夜は「気にしなくていいわよ」と答えた後、今度は倒れている3人の元に歩いていく。

 まず咲夜は仰向けになって倒れている隠岐奈の元に向かい、紫と同じようにしゃがみ込んで彼女の右手を握る。直後肉体と精神の時間が止まっていた隠岐奈が動き出す。

 

「ここは……? 私は一体何が……」

「後で説明するわ」

 

 咲夜は困惑した様子の隠岐奈の手を引いて起こすと、今度は石畳の上に転がる1個の卵の元へと歩いていく。モゾモゾと震える卵へ右手を伸ばし、人差し指で柔らかく触れる。次の瞬間、文は元の少女の姿に戻っていた。

 

「お、おお! 戻った、戻りましたよ! ありがとうございます咲夜さん!」

 

 飛び上がらんばかりに喜ぶ文に、咲夜は「お礼は要らないわ」と返答した後、力無く横たわる老いた杏子の元へ行き、彼女の背中をそっと触る。瞬く間に杏子は10代の頃まで若返り、元の瑞々しさを取り戻す。

 

「わ、私……戻れたのね。あぁ、良かったぁ……」

 

 起き上がった杏子は薄らと涙を浮かべながら、両手の平を見つめていた。

 

「凄いわね……」

 

 霊夢がぽつりと漏らした言葉に、誰もが共感し、時の回廊は恐ろしい場所だと再認識していた。

 

「最後は貴女よ、霊夢」

 

 咲夜が差し出した手を握ると、霊夢の身体はあっという間に縮み、元通りになる。

 

「やっぱ霊夢はその姿が似合うな」

「待たせたわね。さあ、情報交換しましょうか。現在の異変の解決の為に、そしてタイムトラベラーの魔理沙を助ける為にも、私達は情報を共有する必要があるわ」

「ええ、そうね」

「まずは私から話すわね」

 

 この場に集まった8人の少女は円形に並び、代表して紫、咲夜、霊夢が経験した出来事を話し合う。彼女達の情報交換は西暦換算で約1時間近くに渡るもので、情報量の多さに各々が何度か聞き返しながらも、情報の共有が行われた。

 

「タイムホールに、メビウスの輪……ねぇ」

 

 紫は難しい顔で唸っている。霊夢と咲夜のもたらした情報はあまりに衝撃的で、考えを纏めるのに時間を要する。

 

「タイムホールの有無で歴史改変が起きたんですねぇ。いやはや、非常に興味深い話です」

「未来の魔理沙は解決策を持ってきたわけではないのね。残念だわ」

「時間の境界……もとい、タイムホールの修正か。はてさて、どうしたものか」

「ややこしい話になってきたぜ」

「一旦情報を整理した方が良いかもしれないわね」

「ねえ、八雲紫」

 

 呼ぶ声に振り向くと、杏子が神妙な表情で立っていた。

 

「私の中には今二つの記憶があるの。一つは母を殺した妖怪を憎み、復讐の為に博麗の巫女となった私。片や、元博麗の巫女の博麗霊夢に母親を助けて貰い、彼女に憧れて博麗の巫女となり、妖怪達と適切な距離感を保ちながら穏やかに過ごして来た私。――教えて八雲紫。どちらが本当の私なの?」

 

 杏子の記憶について紫は心当たりがあった。前者はメビウスの輪が成立した現在の歴史β、後者はタイムホールが発生した歴史αの事を指しているのだと。

 

『これは……。私と……霊夢様……? 私は、私は……? うう、痛いよぉ……』

 

 恐らく霊夢達とすれ違った直後に、改変前の記憶を思い出したのだろうと推測した紫は、慎重に口を開いた。

 

「私は――いえ、私達は歪んでしまった歴史を修正する為にここに集まっているわ。貴女が信じたいと思う方を選びなさい」

「……」

 

 紫の言葉に眉間に皺をよせながら悩んでいた杏子は、やがて、ふっと憑き物が落ちたような晴れやかな顔になった。

 

「私は霊夢様と生きた歴史を望みます。八雲紫さん、今まで貴女にきつい態度を取り続けて申し訳ありませんでした」

 

 杏子は紫に向かって深々と頭を下げる。そこに今までのような敵愾心は無く、誰にでも人当たりの良い歴史αの杏子の姿があった。杏子は続けて、霊夢に向かいあい、彼女の手を握る。

 

「霊夢様、私、頑張りますね! 必ず貴女の期待に応えて見せますから!」

 

 霊夢は面くらったような表情で、「……ごめんなさい。今の私は貴女の事を全く知らないのよ」

 

「あ! そ、そうでしたね。馴れ馴れしくてすみません」手を離し罰が悪そうにしている杏子に霊夢は柔和な笑みを浮かべ、「今の私は貴女と同じ博麗の巫女よ。お互いに頑張りましょうね」

「はい!」 

「ふむふむ、博麗の巫女、時代を越えて異変解決に向かう――。普段ならこれだけで一面記事を飾れそうですねぇ」

 

 霊夢と杏子の会話を聞いていた文は、メモを取りながら呟いていた。

 

 

 

 彼女達の話し合いはまだまだ続く。

 

「一旦状況を整理しましょう」

 

 紫の一声で、全員の注目が彼女に集まる。

 

「まず前提として、私達の目的は幻想郷に発生したタイムホール異変の解決と、タイムトラベラー魔理沙の救出。その為に、タイムホールが発生した時空A*1の二分後に飛んで魔理沙と協力する。ここまでは良いわね?」

「待て紫。話の腰を折るようで悪いが、私達が動く必要はあるのか?」

「どういう意味かしら隠岐奈。貴女はタイムホールを放置してもいいの?」

「そうではない。私が言いたいのは、タイムトラベラーの魔理沙を助ける必要があるのか。という点だ。事情がどうあれ、今回の事態を引き起こしたのは彼女だそうじゃないか。何故我々が尻拭いをしなければならない?」

「……」

「それに時の神とやらの話では、メビウスの輪が続くようであれば、彼女自身が事態を解決させるのだろう? 静観するのも手ではないか?」

「何を言ってるのよ隠岐奈! 時の神の咲夜が動いたら、魔理沙が居ない歴史に修正されてしまうのよ?」

「そうだぜ! お前はもう1人の〝私”が死んでもいいのか!?」

 

 霊夢とマリサの文句に、隠岐奈は「私は客観的に意見を述べているだけだ」と冷ややかに答える。続けて反論しかけた霊夢を紫は手で制し、口を開く。

 

「隠岐奈。魔理沙の救出は私情だけではなく、私達の利益にも繋がるのよ」

「ほう? 聞かせてくれ、紫」

「魔理沙の歴史改変が全て無くなるということは即ち、ここにいる霊夢、マリサ、咲夜が人間のまま亡くなるわ。それだけではなくて、幻想郷も西暦293X年11月11日に博麗大結界が崩壊して滅亡するわ」

「魔理沙が話した未来の出来事って奴か。仮に事実だとして、未来を知っているのなら、今から結界の管理をより厳格にすればいい話ではないのか?」

「未来の私も同じ事を思いついたけれど、次に起きたのは外の世界の軍隊による幻想郷の侵略だったわ。魔理沙は度重なるタイムトラベルの結果、月の都が人類の文明を抑えつけている事に原因があると突き止め、西暦200X年の月の都に説得に向かい、外の世界の人類の宇宙進出を認めさせたそうよ」

「200X年……。ふむ、かつてソ連のソユーズ計画や、アメリカのアポロ計画を悉く妨害してきた月の住人達が、一転して宇宙開発に寛容になった時期と一致するな。そのすぐ後国際宇宙ステーションが完成し、人類の宇宙開発は飛躍的に躍進した……。となると真実の可能性が高いか」

「魔理沙の重要性について理解してもらえたかしら? 彼女無くして、幻想郷は成り立たないのよ」

「お前がそこまで断言するとは珍しいな。まあいいだろう」

 

 隠岐奈は納得したように頷いた。

 

「話を戻すわね。時空Aは地球から約1億光年離れた距離にある地球型惑星――地球と同じ環境の惑星で、宇宙ネットワークという銀河全体に張り巡らされた仮想世界の中心星。この時代における最高水準の文明らしいわ」

「約39億年前の文明ですか。私達の常識から考えると、あまり大したこと無さそうですが……」

「その認識は誤りだな射命丸文。咲夜の話から推察するに、恒星間航行を成し遂げ、異星人との交流がある時点で、私達の時代の外の世界よりも高度な文明を築いている事は間違いない」

「はぁ、なるほど」

 

 隠岐奈の説明に、文はあまりピンときていない様子ながらも、メモを取っていく。

 

「時空Aにはタイムトラベラーの魔理沙だけではなく、215X年10月1日の霊夢、マリサ、にとり、300X年7月10日の妹紅、現地人のアンナ、フィーネがいるわ。

「未来の私達がいながら解決できなかったのよね」

「なんだか不安になってくるぜ」

「ふふ、未来の妹紅と会うの楽しみだわ」

「おい輝夜、妹紅と喧嘩するなよ?」

「分かってるわよマリサ」

「女神咲夜に設けられた機会は1度。目的を達成するための制限時間は、時空Aから数えて30分だけど、私達はその二分後に到着するから28分ね。この限られた条件下において、タイムトラベラーの魔理沙が解決できなければ、一巻の終わりよ」

「八雲紫。その条件に、“タイムトラベラーの魔理沙は時空Aから時間移動してはならず、彼女とその周囲の人物の保護を最優先で行う”も追加よ」

 

 咲夜の発言に注目が集まる。

 

「根拠を聞かせて貰えるかしら? 咲夜」

「私は未来の魔理沙が語った〝時空Aのタイムトラベラーの魔理沙の主観”について考えていたわ。そもそも、何故未来の魔理沙は私達を送り込むことにしたのかしら?」

「『時刻A*2には存在し得ない十六夜咲夜と蓬莱山輝夜を送り込む事で、彼女の行動の選択肢を増やし、閉塞された未来を打破する可能性を与える』でしたっけ」

「ええ。けれど、いくら私と輝夜が時間に纏わる能力を持っているといっても、時間移動に関する知識、技術、経験は魔理沙の方が上よ。私達に頼るよりも、〝失敗の内容”を知っている本人が直接時空Aに遡った方が遥かに成功率が高いですし、一緒に時空Aに同行しないのも不自然だわ」

「言われてみればそうね」

「そして未来の魔理沙は、〝失敗の内容”を頑なに話さなかったわ。この事から推察するに、彼女が時空Aに遡らない理由は〝失敗した内容”に起因し、〝タイムトラベラーの魔理沙”が同一時空に二人以上存在する事が不都合と考えられるわ」

「……つまり、どういうことなんだぜ?」

「時空Aの魔理沙は、未来を必要以上に知ってはならないのよ。彼女の主観的な時間が時空Aに留まり続けることが、事件解決の鍵になる。時の神の〝私”、そして未来の魔理沙が私達に提示した情報が欠落していることが根拠よ」

「なるほどね。魔理沙の保護については、どんな根拠があるのかしら?」

「単純な理屈よ。歴史αの215X年10月1日に、紅魔館を含む幻想郷の各地でタイムホールが開いて、時空Aの建物が次々と落下したでしょう? あれだけの巨大建築物が土地を離れるということは、その時空では常識では考えられない天変地異が発生していると考えるべきだわ」

「理解したわ」

 

 咲夜の説明に異論を唱える者はいなかった。

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*2
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。




次の話はもうしばらくお待ちください。
お待たせして申し訳ありません。


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第256話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)(2/2)

 霊夢達が話し合いを始めてから、西暦換算で1時間30分以上が経過したが、状況は一向に進展していなかった。

 そんな時、咲夜がある提案をする。

 

「一つ提案があるのだけれど、時の回廊の中からタイムホールを調査してみてはどうかしら? もしかしたら、新たな発見があるかもしれないわ」

「一理あるわね。私は賛成よ」

「良いと思うぜ。ちょっと行き詰まってるからな」

「異論は無いわ」

「決まりね。では時空A*1に繋がるタイムホールの近くまで移動するわ」

 

 咲夜が指を弾くと、彼女を中心に展開されていた十層の時計魔法陣が動き出し、範囲内の8人の少女と共に過去方向へと飛んで行く。周囲の四季景色は、人間の動体視力では捉えられない速さで変化していった。

 

「凄い……! もう紀元前1億年を越えているわ!」

「ああ。これが完全なタイムジャンプ魔法なんだな」

 

 霊夢とマリサは明後日の方角を見ながら驚きの声を上げていた。詳細な時刻は不明なままだが、マリサが1分で約100年の移動ペースだった事を考えると、驚異的な速さだと紫は感じていた。

 やがて遥か前方に、捻じ曲げられた二つの空間が重なった状態で出現する。それは四季景色と時間軸を分断しており、一目でメビウスの輪の特異点だと分かるものだった。

 

「おお……。なんだかすごいことになってますね」

「あら、メビウスの輪ってこうなってるのねぇ」

 

 文は写真を撮り、輝夜は感心したように頷いている。 

 第一空間にはアプト星の摩天楼、第二空間には幻想郷の魔法の森上空が映し出されており、西暦215X年10月1日から侵入した時の事を思い出した紫は咄嗟に視線を外しながら叫ぶ。

 

「あれを見ては危険だわ!」

「どうした紫?」

 

 キョトンとする隠岐奈。紫の意図をすぐに察した咲夜は、「大丈夫よ、八雲紫。この魔法陣は情報の侵食も防ぐから、同じ事は起きないわ」

 

「……確かにそのようね」

 

 じっと前方を見つめた紫は安堵の息を吐く。

 その後、彼女達は時空Aに繋がるタイムホールの手前に着地する。霊夢は空の果てまで続くタイムホールを見上げながら呟いた。

 

「至近距離で見ると迫力が凄いわね」

「右を見ても左を見ても、ずっとタイムホールが続いていますね。どうしましょうか霊夢様?」

「あっちの雪原を調べましょうか」

「んじゃ、私はタイムホールを直接調べることにするかな」

「ふふ、どこを見ても写真映えしそうですね」

「魔法陣から出ないように気を付けなさいよ」

 

 咲夜の言葉を皮切りに、8人の少女は各々調査を開始する。

 マリサはタイムホールの目前に立ち、境界面に手をかざしながら呪文を唱えていたが、やがて詠唱を止め、困った表情で首を振る。

 霊夢と杏子は道路の端に立って、雪原の地平線の果てを見つめながら話し合っている。杏子が雪面を触ろうとしたところで、霊夢が制止する場面もあった。

 咲夜はタイムホールに向かって右腕を伸ばし、手首から先まで突っ込んだところで、何かの感触を確かめるように右腕を動かし引っ込める。輝夜は咲夜と話しながらタイムホールの境界面を触り、僅かに首を傾げた。

 隠岐奈は怪訝な表情で始まりの時計塔を見上げ、思索に耽っている。文はタイムホールから調査中の霊夢達に至るまで、カメラのレンズを向けてシャッターを切り、熱心に記事の下書きを書く。

 紫はマリサと咲夜の間に立ち、能力の行使を試みるものの、どれだけ捜しても境界が見つからず、干渉できなかった。それはおろか、時の回廊内のあらゆる空間・物質に境界が無いことに気付く。

  

(霊夢や私の境界は見えるわね。ということは、時の回廊そのものが時の概念に包括されているのかしら)

 

 紫は考え込むものの、根拠に乏しい仮説ばかりが浮かび上がり、解決策を見いだすことができなかった。

 その後全員がタイムホールの前に集合し、マリサが咲夜に問いかける。

 

「どうだ、咲夜? 何か分かったか?」

「駄目ね。タイムホールも含めて、ここは幻想郷とは異なる時間法則で成り立っているみたい」

「そうなのか?」

「何度か試したけれど、時間操作できなかったのよ。私の操れる〝時間”の範囲外ですわ」

「なるほどな。輝夜は何か掴めたか?」

 

 輝夜は首を振り、「本質的に、私の力は咲夜や魔理沙のような分かりやすい能力ではないわ。未来の魔理沙に指名された時、内心驚いたくらいなのよ」

「へぇ……、紫はどうだ?」

「この場所は時間の概念そのものと言えばいいのかしら。どこを見ても、操作できる〝境界”が全く無いのよ。お手上げですわ」

「うーん、そうなのか。霊夢と杏子は?」

「よく分からなかったわ。さっきからずっと考えてるけど、いい案が全然思い浮かばないし。いつもみたいに、異変の黒幕をぶっとばして解決だったら楽なんだけど」

「私は何も分かりませんでした……。すみません」

 

 マリサは隠岐奈に視線を送るが、「特に言えることは無いな」と否定し、文は「私は専門外なので話を振られても困りますし、むしろ此方が色々質問したいくらいですよ」

 

「うーん。やはりもう1人の〝私”じゃないと駄目なのか?」

「時空Aの魔理沙が私と輝夜の能力をどう活用するのか見当もつかないわ。そもそも、私の能力は他者に使用することはあっても、使用されることはできないのよね」

「私も咲夜と同じ意見よ。時間という主観的な概念を魔理沙がどのように操作するのか、非常に興味深いわ」

「ふむ……そうか」

「貴女こそ何か良い案は無いのかしら? 同じ〝霧雨魔理沙”なのでしょう?」

 

 咲夜の逆質問に、マリサは首を振る。

 

「確かに彼女は〝私”だが、境遇や人生観が違いすぎて想像が及ばないな。私にも確固たる意志はあるが、彼女程強い芯を持った生き方はできないし、タイムジャンプも使えないぜ」

「でもさっき使えてたじゃない?」

「あんなもん、側だけ真似た偽物だ。タイムジャンプ魔法は魔法式もさることながら、非常に高度で精密な理論に基づいて構築されている。悔しいが私の能力では、本来の性能の10%も引き出せてないだろうな」

「貴女がそこまで言うなんてね」

 

 マリサの言葉に、咲夜は目を丸くしていた。

 

「そもそも、時間とは一体なんなのでしょうか。私には到底理解が及びませんねぇ」

 

 文が手帳を睨みながら皮肉めいた口調で呟くと、マリサは思いついたように言った。

 

「そうだな。この際だから『時間とは何か?』について、各々の持論を語ってみないか? もしかしたら新たなとっかかりが生まれるかもしれないぜ」

「構わないわよ。まずは提言したマリサからね」と紫。

「いいぜ。私の考えだと、時間とは即ち〝今”だ。過去は今を構成する土台で、今の積み重ねが未来になるんだ。今を楽しむ事こそが、今を生きる私達に課せられた使命なんだぜ?」

「刹那主義ね」

「マリサらしいわ」

「なんかそれっぽい事言ってるけど、単に後先考えてないだけじゃない」

「うるさいぜ、霊夢。そういうお前はどうなんだよ?」

 

 マリサに問い返された霊夢は、一拍考える素振りを見せて。

 

「私は……そうね。時間とは与えられた可能性と考えているわ。寿命という名の制限時間の中で、どれだけの可能性を見出して、より良い選択を行えるか。遠い未来で自分の人生の終着点を迎えた時、笑顔でいられたら良いわね」

「ほぉ」

 

 霊夢の答えにマリサは感心したような声を出す。紫も内心では感心していたが、一つ注文があった。

 

「霊夢。その考えは立派だけど、妖怪になるつもりなら生の終わりを考えすぎては駄目よ。多少の例外はあれど、基本的に妖怪は強い生への執着があるの。強く意識しすぎてしまうと、妖怪としての自己同一性を失ってしまうわ」

「ん、気を付けるわ」

 

 霊夢は短く頷き、咲夜が一歩前に出る。

 

「次は私が話すわね」

「まあ待て、咲夜は最後だ」

 

 手で制止するマリサに、咲夜は問いかける。

 

「どうしてよ?」

「この場にいる人妖の中では、恐らく真理に一番近い答えを出すだろうからな。それじゃつまんないだろ?」

「なによそれ」

 

 咲夜は呆れた様子で苦笑しながら、一歩下がった。

 

「そういう訳で次は紫が語ってくれ」

「どういう訳よ? まあ構わないけど」名指しされた紫は一瞬で頭の中で考えを纏めて「私は……そうね。時間とはあるがままの存在。触れたくても触れられない、近くて遠い性質だと考えているわ」

 

 タイムホールが開く異変が発生して以来、紫は何度となくタイムホールへの干渉を試みたが、悉く失敗に終わり、無力感を覚えていた。かつて自身が未熟だった頃を思い出し、やるせない気分に陥った事もあった。

 だからこそ、今回の件について魔理沙にはきちんと責任を果たしてほしい。それが紫の率直な感情だった。

 

「お前らしいな。んじゃあ、次は文だ」

「あやや、どうしても言わなきゃ駄目ですかね?」

「なんだよ。言いたくないのか?」

「私は新聞の配達然り、原稿の締め切り然り、時間に追われる事が多いので良い印象が無いんですよねぇ。時計を睨みながら、時間なんてなくなってしまえばいいのにと思った事が何度あったことか」

 

 愚痴をこぼす文に、霊夢がすかさず口を挟む。

 

「それって、あんたがずぼらなだけじゃないの?」

「あやや、酷いですね霊夢さん。貴女は記者の苦労を知らないからそんな事が言えるんです。締め切りが近づいているのにネタが無くて、それでも頭を絞って原稿を執筆しなければならない時の切迫感が分かりますか!?」

「知らないわよ。あんたが好きでやってる事じゃない」

「まあまあ、落ち着けよ文。それも充分な答えだぜ」マリサは霊夢と文を宥めた後「次は隠岐奈だ」と指名する。隠岐奈は予め考えていたのか、スラスラと語り始めた。

「私は人が決めた枠組みに過ぎないと考えている。私達は陽が昇っている時間を昼、陽が沈んだ後の時間を夜と定めているが、人間や妖怪が誕生する遥か前から時間は存在しているだろう?」

「確かにその通りだな」

「時間は観測者がいてこそ成り立つ概念ってことかしらね」

「その通りだ。分かってるじゃないか紫」

 

 この場合の観測者とは一体誰なのか。言わずとも紫は察していた。

 

「次は杏子が話してくれ」

「は、はい!」

 

 マリサに名前を呼ばれた杏子は、躊躇いがちに口を開いた。 

 

「えっと、こんな答えで申し訳ないのですが、私は時間について、特に意識した事はないですね。私にとってはごく普通に日常的にあるものですから」

「ふむふむ、今代の博麗の巫女はなんとも平凡な答えですねぇ」

「でもそれ分かるわ。当たり前にあるものを意識したりしないし」

「大半の人は杏子と同じでしょうね。私もこんな機会が無かったら考えなかったし」

「霊夢様……!」

 

 霊夢に共感されたことが余程嬉しかったのか、杏子は笑顔を浮かべていた。

 

「よし、次は輝夜だ」

「あら、私は咲夜の前座なのね」クスリと笑みをこぼした輝夜は、「私の能力を用いた解釈では、時間とは個々人が持つ意識の集合体。人間が時間の概念を定義づけた事で、時間は成立したわ。タイムトラベラーとは人々の意識から外れた調律者でもあり、時間の観測者でもあるわ」

「へぇ?」

 

 咲夜は興味深げな視線を輝夜に送り、霊夢は「あんたの説だと、一人一人の主観によって流れる時間が違うみたいに聞こえるわね?」

 

「私の能力は須臾の時間を好きなだけ集めて、咲夜でさえも認識できない自分だけの時間を創りだすことが出来るわ。逆説的に言えば、人々の主観ごとに時間の流れは異なるのよ。イメージとしてはジャネーの法則が近いわね」

「端的に述べると、年齢によって体感時間が異なるという法則でしたわね。興味深いわ」

 

 続けて、「私個人の意見を言わせてもらうと、時間は永遠に続く終わりのない檻ね。いつか解放される時が来ることを願っているわ」

 

「……おう。それが蓬莱人の答えか」

「空気を悪くしてごめんなさいね。私からは以上よ」

 

 マリサは一度咳払いをしてから、咲夜を見据えた。

 

「――待たせたな、咲夜。お前の答えを聞かせてくれ」

 

 咲夜は満を持して一歩前に出ると、愛用の懐中時計を皆に見せながら語り始める。

 

「私の時間を操る程度の能力は、時間の停止、加速、遅延だけではなく、空間を広くすることもできるわ。紅魔館がその最たる例ね」

「確かに、紅魔館って外観よりもずっと広いわね」

「私が博麗の巫女になって初めて訪れた時、先の見えない長い廊下に驚いた記憶があります。美鈴さんの案内が無ければ迷子になっていたかもしれません」

「つーか、今もじわじわと拡張してる気がするんだよなあ。まるでビックリハウスだぜ」

「つまり、時間操作と空間操作は等しいのよ。魔理沙のように完全な時間移動ができるなら、空間――即ち、世界を操作することも決して不可能ではないわ」

「はっ、世界ときたか。随分と大層な話になってきたぜ」

「世界……ね。これまでの魔理沙の歴史改変を考えたら、あながち間違いじゃないのかも」賛同する霊夢。

「全ての歴史を記憶し続けてるのは、魔理沙だけですものね」

「一体どれが正解なのかしら?」

「皆さんのお話を聞いて、ますます分からなくなってしまいました」

「正解なんて誰にも分からないわ。真実を知るのは、魔理沙と〝私”だけよ」

 

 咲夜は始まりの時計塔を一瞥した後、用は済んだとばかりに懐中時計を仕舞い、一歩後ろに下がった。

 

「……結局、私達はどうしたらいいのかしら」

「遥か遠い過去の未知の惑星で、私達の能力も効かず、制限時間が28分となると、やれることがかなり限られてくるな」

「現地人に協力を要請しようにも、時間が足りませんからねぇ」

「言葉の壁という大きな問題もありますしね」

「そもメビウスの輪になる〝失敗”の未来が確定してる以上、現地の科学技術を用いても解決はかなり難しいでしょうね」

「せめて魔理沙がどんな失敗をしたのか分かれば、とっかかりが生まれるのに」

「あの、時の女神の咲夜さんに、魔理沙さんを消さないでーってお願いするのは駄目でしょうか?」

 

 杏子は砂漠に建つ始まりの時計塔を見ながら提案するが、霊夢は首を振った。

 

「お願いを聞いてくれそうな雰囲気じゃなかったし、咲夜は頑固な所があるからね。余程の事が無い限り、一度決めたら何があっても最後までやるわよ」

「あら、私ってそんな風に思われてたのね」

「霊夢の発言はともかく、彼女の目には確固とした意志があったからな。ありゃ、本気でやる気だぜ」

「時空Aに行く前に、他の時間に行って解決策を捜すのはどうですかね?」

 

 文の提案に咲夜は「無理ね。私が一時的に借りたタイムジャンプは、時空Aにしか移動できないわ」

 

「うーん、そうですか。いい案だと思ったのに残念ですねぇ」

「仮に好きな時間に行けたとしても、約39億年の膨大な時間から捜索するのは現実的では無いわ」

「はぁ……。結局の所、ここであれこれ議論しても、最終的には魔理沙の行動次第なのよね」

 

 紫はため息を吐く。ままならないことばかりの状況に、彼女は少し参っていた。

 

「未来の魔理沙が話していたように、時空Aの彼女の〝閃き”に賭けるしか無さそうね」

「うーん、それが妥当なのかしらね?」

 

 霊夢の発言に誰も異論を挟まない。

 

「時空Aの二分後に到着した後の私達の行動方針は、『直ちに魔理沙達と合流し、現地で起こり得る様々な不慮の出来事に臨機応変に対応しつつ、魔理沙を全力で支援する』で良いかしら?」

 

 紫が全員の顔を見ながら問いかける。

 

「私は異論は無いわね」

「霊夢様に同じく」

 

 霊夢は頷き、杏子も協調する。 

 

「構わないわ」

「ふふ、どんな展開になるのか楽しみね」

 

 咲夜と輝夜は落ち着いた様子で了承し。

 

「乗り掛かった舟だ。タイムトラベラーの魔理沙をこの目で見極めさせてもらおう」

 

 隠岐奈は尊大な態度で答える。

 

「ちょっと不安だが、まあ仕方ないな。私が〝私”を信じなくてどうするって話だし」

 

 そしてマリサは笑顔で、やる気を見せ。

 

「私は特にやれることが無さそうなので、現地の状況を克明に記録することにしますよ」

 

 文は旧世代のデジタルカメラを見せびらかしていた。

 

「決まりね。魔理沙への説明は私がするわ」

「なんか説明だけで結構時間食いそうだな」

 

 マリサの素朴な疑問に、紫は「私の能力で、これまで私が体験した出来事と、この場で話し合った内容も含めた記憶を一方的に送りつけるわ。理解は一瞬で済むはずよ」

「ほんと、境界を操る程度の能力って便利だな」

「咲夜、早速時間移動してもらえるかしら」

「ええ」咲夜は頷き、「準備はいいわね? 行くわよ!」と指を弾いた。

 

 次の瞬間、彼女達は大空に放り出される。文は翼を広げ、マリサは空中で箒に跨り、紫は自らが開いた境界に腰かける。霊夢、咲夜、輝夜、杏子、隠岐奈は空気を踏むように浮かび上がり、じっと地上を見据える。

 眼下には整然と区画整理された摩天楼が地平線の果てまで続き、少し遠くにはエメラルドグリーンの海が見えていた。

 

「はぁ~すごく大きな街ね。一体どれだけの人が住んでいるのかしら」

「全体的に灰色に統一されているのは寂しいぜ。もっと彩りが欲しいところだな」

 

 霊夢とマリサの論評に、紫は「アプトは宇宙ネットワークが主体の星で、現実の街はただの飾りなのでしょうね」と呟く。

 

「ふむ、こんな状況でなければゆっくり観光しながら記事を書きたいところですが……」

「魔理沙はどこにいるのかしら?」

 

 輝夜が超高層マンション群を見渡しながら呟くと、咲夜は言った。

 

「ちょうど私達の真下にいる筈よ。そうなるように時空指定したわ」

「……この高さからだと誰かいるのは分かるけど、顔までは分からないわね」

「では早速、突撃取材に行ってきます!」

 

 文は翼を折り畳み、ツバメのように一直線に急降下していく。

 

「それでは霊夢様、お先に失礼しますね」

 

 杏子は律儀に一礼した後、文の後を追うように飛んで行った。

  

「おお、速いな。私も負けてられないぜ! 行くぞ霊夢!」

「ええ!」

 

 マリサは箒でかっ飛ばしていき、霊夢もそれに続く。咲夜と輝夜はアイコンタクトを交わした後、ゆっくりと降りていく。隠岐奈はいつの間にか姿を消していた。

 眼下で何やら騒いでいる魔理沙達を見据えて、紫は境界を開く。

 魔理沙に対して話したい事や訊ねたい事は山ほどあれど、まずは散々引っ掻き回された文句をつけたい。紫は境界から出現しながら、驚く魔理沙に向かって口を開いた。

 

「魔~理~沙~!?」

*1
UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回の話のラストは『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』のラストに繋がっています。

『第222話 (2) タイムホールの影響①』から『第256話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)(2/2)』までの『タイムホールの影響』とタイトルについた話は、

『第220話 (2) 魔理沙の記憶③ 決着』でタイムホールが開き、『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』の最後に、紫達が魔理沙の元に来るまでの話でした。


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第257話 (2) タイムホールの影響⑮ 女神咲夜の思惑

この話は『第220話 (2) 魔理沙の記憶③ 決着』の序盤で魔理沙がタイムホールを開いた後から始まり、『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』の最後で魔理沙が紫と会う所までを描いています。

視点が時の女神咲夜になります。

時系列は『第222話 (2) タイムホールの影響①』~『第256話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)(2/2)』です

文字数は21512文字です


 

 

――西暦????年??月??日――

 

 

――時の回廊――

 

 

 

 あらゆる時間を超越した高次元世界、時の回廊。

 その創造主たる女神咲夜は、時の回廊の時間軸上に設けたゴシック調のウイングバックソファに深く腰かけながら、空中に浮かぶ透過スクリーン越しに時間旅行者霧雨魔理沙の主観的観測を行っていた。

 主観的観測とは、時間旅行者霧雨魔理沙の主観に合わせて、時の回廊から同時に観測する方法だ。

 この観測方法の利点は、時の回廊が記録する世界全体の歴史変動と、その中心地たるタイムトラベラーの観測を同時に行えることであり、改変される歴史を定義できることだ。観測対象の実時間に合わせる為、時間と手間が掛かるのが難点だが、確実性が高い。彼女が歴史の岐路に立った時や、歴史改変を行う可能性が高い時は常にこの手法で歴史を観測してきた。

 女神咲夜は彼女がアプト星に跳んだ時から主観的観測を行い続けており、彼女の主観時刻が時刻A*1に到達した瞬間、変化が訪れた。

 時空A*2と時空B*3にタイムホールが発生し、時空の歪みが生じ始めたのだ。

 タイムホールは次元の壁を無くし、時の秩序を破壊する事象である。直ちに対処しなければ、閉じられた時間――メビウスの輪になってしまう緊急事態なのだが、女神咲夜は時空Bのタイムホールを一瞥する事無く、透過スクリーンを注視する。

 現在の時空A周辺空域はリュンガルトの艦隊が封鎖しており、屋上では、光学兵器で武装したリュンガルトの集団と指揮官のレオンが、時間旅行者霧雨魔理沙、博麗霊夢、霧雨マリサ、河城にとり、藤原妹紅、アンナ、フィーネを取り囲んでいたが、タイムホールの出現で潮目が変わる。

 

『な、なによあれ……!』

『なにかの穴のようにも見えますし、裂け目のようにも見えますね?』

『ふむ、ワープの際に生じる空間の歪みや、ブラックホールとも違うようですが……』

『う~ん、どっかで見た事があるような気がするんだよね。どこだっけなぁ』

 

 この場の全員がタイムホールに気を取られている中、いち早く立ち直った時間旅行者霧雨魔理沙が鬼気迫る表情で叫ぶ。

 

『皆、私の身体に掴まってくれ!』

『え?』

『いいから早く! 別の時空に飛ばされるぞ!』

『!』

 

 気圧された博麗霊夢達が一斉に彼女の身体に触れた直後、時空の相転移現象が開始。

 時間旅行者霧雨魔理沙達を取り囲んでいたリュンガルトの戦闘員や、包囲していた艦隊がタイムホールに引き寄せられ、消えていく。

 

『おのれ霧雨魔理沙っ! まさか巨大なタイムホールによる時空連続体の破壊とは、とんでもないことをしてくれたな! この借りは必ず返す! 覚えていろ!』

 

 レオンが憎々しげに捨て台詞を吐いた後、最後まで耐えていたリュンガルトの旗艦エクシズがタイムホールに呑み込まれ、時空から消失した。

 それを確認した女神咲夜は、隣に新たな透過スクリーンを出現させると、時の回廊内部に侵入したリュンガルト艦隊のモニタリングを開始する。

 彼らの艦隊は当初は順調に航行していたが、やがて時間震に襲われ次々と墜落。120隻の艦隊は次々と時の回廊から脱落し、三次元世界へ弾き出されていった。

 女神咲夜は彼らが墜ちていった全ての時空点の記録を取っていく。時空間はバラバラで、規則性の無いものだったが、歴史への影響が無視できる程度であることを確認した所で、彼女は天を仰ぐ。直後、エクシズが高速で通過していき、時空Bに繋がるタイムホールに消えていく。

 時空を超えて飛んできた幻想郷に似つかわしくない訪問者は、八雲紫が適切に処理するだろう。

 

「魔理沙……」

 

 さる懸念を抱いた女神咲夜は、全ての透過スクリーンを閉じた後、砂漠地帯に建つ始まりの時計塔の屋上に瞬間移動する。

 周囲は何処までも続く青々とした空間が広がり、眼下には色鮮やかな四季景色を突っ切るように時の回廊が果てしなく続く。

 ここは時の回廊全体を視覚的に見渡せる場所であり、人間だった頃の意識が染みついてる彼女にとって、世界の内と外を観測するには最適だった。

 

「さて……」

 

 女神咲夜は時の回廊が記録した未来の観測を開始する。対象は『タイムホールがメビウスの輪に変化する確率』と、『彼女自身の未来』。

 結果は一秒もかからずに判明する。

 

『適切な措置をとらない限り、タイムホールがメビウスの輪に変化する。確率100%』

『時間旅行者霧雨魔理沙の未来⇒タイムホールの修復に失敗してこの宇宙から消失する。確率100%』

 

「はぁ……よりにもよってこの未来に行きついてしまったのね」

 

 目線の高さに浮かび上がった結果を見て大きな溜息を吐いた。

 最初の歴史で霧雨魔理沙に時間移動の許可を与えた時から視えていた可能性の未来。非常に確率の低い未来が、遂に現実のものになってしまったことに、強い失望を抱いていた。

 

「残念だわ、魔理沙。貴女とこんな形でお別れすることになるなんてね」

 

 女神咲夜にとって時間旅行者霧雨魔理沙は、幻想郷の分身たる十六夜咲夜と深い接点を持ち、尚且つ人間だった頃の自分とも良い交友関係を築いた友人だった。

 そんな縁もあり、多少の事柄には目をつむるつもりだったが、今回の時間軸の破壊は、女神咲夜にとっては最大の禁忌とされる罪であり、到底許容できるものでは無かった。個人的な心情で、自身に課したルール――時の秩序を破壊した存在は例外なく抹消する――を捻じ曲げる訳にはいかない。

 女神咲夜は粛々と歴史の初期化に向けて準備を開始する。博麗霊夢、十六夜咲夜、幻想郷、霧雨マリサ、八雲紫、霧雨魔理沙等、時空A主観の時間旅行者霧雨魔理沙が改変した全ての時間軸点を列挙し、例外なく彼女の干渉を修正する。

 やがて全ての準備が終わり、歴史の初期化に向けて最終確認を行っていく。修正箇所を再確認し、最後に時間旅行者霧雨魔理沙の未来を精査した所で、ふと違和感を覚えた。

 

「……おかしいわね。どうして曖昧なのかしら」

 

 彼女が行う〝観測”とは絶対的なものであり、結果だけではなく過程まで詳らかにする。望めば、対象となる人や物が、いつ、どこで、なぜ、どのように行動したのか、1秒刻みで判明するのだ。

 それは時間旅行者霧雨魔理沙も例外ではなく、これまで彼女が行った歴史改変の〝過程”と〝結果”は、確率の低い未来として予め予測されていた。自由自在に時間移動できるとはいえ、彼女自身は時の流れに組み込まれた存在であり、女神咲夜が創造した時の回廊を利用しているからだ。

 ところが今回の場合、時間旅行者霧雨魔理沙の〝結果”のみが確定していて、〝過程”が観測できない。これは彼女が〝観測”を開始してから初めての出来事であり、〝過去”や〝未来”から〝現在の未来”を視た時には無かった結果だ。

 女神咲夜は透過スクリーンを開き、先程途中で止めた時空Aの続きの映像を再生したが、すぐに眉を顰める。今まで鮮明に映っていた彼女の未来は、靄がかかったようにぼやけて、時の回廊から観測できなかったからだ。

 

「……これは調査の必要がありそうね」

 

 前例の無い現象に興味を抱いた女神咲夜は、歴史の初期化を一旦保留し、原因の究明に乗り出した。

 彼女が指を弾くと、すぐ背後に先程と同じゴシック調のウイングバックソファが出現し、深く腰かける。右隣には丸テーブルと白磁のティーセットが用意されており、ティーカップからは湯気が立ち昇っている。

 まず彼女は、時間旅行者霧雨魔理沙の歴史が不確定になっている原因を時間軸上の記録から検索。結果はすぐに出た。

 

『時間旅行者霧雨魔理沙の歴史が観測できない理由は、確率不明で観測困難な不確定要素に起因する。詳細は可能性未来の観測を行ってください』

 

 指示に従って、時間旅行者霧雨魔理沙の可能性未来の観測を行う。

 可能性未来の観測とは、ある時空点を基準として、対象の人物が一定の時間内に取りうる全ての行動を定義することで、無数に分岐する仮定の未来を観測する行為である。あくまで〝もしも”の可能性である為、実際に起こるとは限らないが、未来予測の再現性は高い。

 今回はタイムホールが開いてから、メビウスの輪が成立するまでの30分――西暦換算――とした。

 虚空に視線を送り、時の回廊内に刻まれた彼女しか読み取ることが出来ない情報を引き出し、目前の空間に文字として表示する。

 

『前述の確率不明で観測困難な不確定要素を除いた歴史は以下の通り』

『タイムホールが開いた後、時間旅行者霧雨魔理沙がタイムホールの修復を目指す行動を取る確率は80%』

『内訳としては、霧雨マリサ及び、博麗霊夢、藤原妹紅、河城にとり、アンナ、フィーネの助力を得ながら強引にタイムホールを塞ぐ手法が50%。UTC紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時以前への時間遡航によって、原因の発生そのものを取り除く手法が40%。アプト星の空間転移技術を応用した空間修復を行う手法が8%。リュンガルトのマザーコンピューターをハッキングし、タイムホール修復を検索する手法が1%。惑星フォレトに移動し、旧宇宙暦2200年に滅亡したフォレト文明が使用していたロストテクノロジー魔法(マホウ)を発掘する手法が0.9%。運を天に任せる手法が0.1%』

『いずれの手段においても、タイムホールの修復に失敗する』

 

 女神咲夜はソーサーごとティーカップを持ち、ダージリンティーを味わいながら文章を目で追っていく。

 

『残り20%の確率で、何も行動できずに制限時間を迎えて失敗に終わる』

『内訳は、非常事態宣言発令に起因する宇宙ネットワークの緊急避難プログラムによる強制転移が発生した際に、瞬間的なアクセス増加による大規模なネットワーク障害の影響で、刻限までに帰還不能になる確率が90%。フィーネに宇宙船空法違反容疑で現行犯逮捕され、有無を言わさずサイバーポリスに連行される確率が10%』

『現在の条件において、時間旅行者霧雨魔理沙が成功する確率は0%です』

『タイムホールが拡大する過程で、トルセンド塔が崩落する確率が100%。それに伴い、制御を失った人工太陽ラケノが制御を失って、アプト星に落下する確率は100%。時間旅行者霧雨魔理沙が恒星の衝突後に生存する確率は0%』

『メビウスの輪成立後、時間旅行者霧雨魔理沙の存在は確認されません』

 

 一区切りついた所で女神咲夜は、ティーカップとソーサーを丸テーブルに置き、ぽつりと呟いた。

 

「やはり不自然ね」

 

 彼女が望んだ詳細では無い事もそうだが、特に気になったのはタイムホールが拡大する過程の文章だった。

 まるで人工太陽の衝突によって全滅したかのような文章だが、それならば『存在は確認されません』という迂遠な表現にはならず、明確に『死亡』と表記される。

 加えて行動できなかった可能性未来においては、彼女の身柄はアプト星から離れている。その時代の法律と照らし合わせても、彼女が死亡する要素はない。

 何故彼女はこの宇宙から消えてしまったのか? その疑問の答えを求めて、文章の続きに目を通していく。

 

『確率不明の不確定要素⇒西暦2008年4月5日の博麗霊夢、霧雨マリサ。西暦215X年10月1日の十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫』

『彼女達を含めた場合、時間旅行者霧雨魔理沙の可能性未来は以下の通り』

『タイムホールが開いた後、時間旅行者霧雨魔理沙が??????%』

『内訳としては、タイムホール????、?????、??????により???となる。この時??????が?????、??????。あるいは前述の歴史予測と同じ過程を繰り返す可能性が??%』

『この条件において、時間旅行者霧雨魔理沙が????する確率は??%です』

『タイムホールが???過程で、?????、?????、???、???』

『??????、時間旅行者霧雨魔理沙の存在は確認されません。      、      、      』

『          だ。ぜ        』

『                       』

 

「な、何よこれ!? 肝心な部分が殆ど分からないじゃない!」

 

 疑問符と空白だらけの文章に困惑しながらも、彼女は黙読を止めない。

 

『上述の内容の判明には、不確定要素の強い歴史に分岐する必要があります。条件は以下の通りです』

『前提①⇒時空A+5分以内に西暦2008年4月5日の博麗霊夢、霧雨マリサ。西暦215X年10月1日の十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫が存在し、時間旅行者霧雨魔理沙に協力する意思が有る事』

『前提②⇒時間旅行者霧雨魔理沙が、タイムホール発生からメビウスの輪成立までの未来に無知である事』

『観測条件⇒上記の前提を満たした上で、不確定要素が成立した歴史の未来と主観同期を行っていない現在この情報を読んでいる十六夜咲夜が、当該時空の時間旅行者霧雨魔理沙に対し、直接的な主観観測を行う事。これは過去や未来においても同義です』

『備考⇒観測機会は過去・現在・未来の全てにおいて一度限りであり、同条件で歴史の再構築を行っても再現されることはありません。また、これらの前提条件を全て満たしても、この歴史に分岐する保証はありません。時間旅行者霧雨魔理沙の主体的行動如何によって、全てが決定されます』

 

「…………」

 

 彼女は少し冷めた紅茶を口に含み、難しい顔で文章を睨みつける。

 前提に指定された人物については検討がついていた。

 女神咲夜の見立てでは、時間旅行者霧雨魔理沙にとって博麗霊夢と霧雨マリサはかけがえのない人物で、十六夜咲夜、蓬莱山輝夜、八雲紫は唯一無二の能力を持つ妖怪の友人だ。彼女達は時間旅行者霧雨魔理沙によって多かれ少なかれ歴史改変を受けている共通項があり、理解者でもある。彼女達の存在は、時間旅行者霧雨魔理沙に大きな影響を与える事だろう。

 問題なのはそこではなく観測条件だった。

 時の神たる十六夜咲夜は、全ての時間において一つの主観を持っており、過去や未来が存在しない。タイムトラベラーが歴史改変を起こしても、改変前後の歴史の自分自身と意識が同期している為、彼女は無限の未来を見通すことができるのだ。

 しかし今回記された観測条件とは、過去・未来との繋がりを切り、現在――〝時間旅行者霧雨魔理沙がタイムホールを発生させた瞬間を観測し、彼女の処遇を決断する前の十六夜咲夜”――の主観に留まる事。それはつまり、時の神としての権能を一時的に封じて時の流れに帰属して、他の生命のように一つの〝個”として活動する事を求められている。

 次に直接的な主観観測とは、時の回廊からの観測ではなく、当該時空に降り立ち、自らの五感や道具等を駆使して結果を観測する方法である。

 時の回廊からの主観的観測とは違い、歴史の予測が非常に難しくなって、観測範囲も大きく狭まる上、女神咲夜の存在が世界に与える影響も大きく、基本的には利点が無い。

 今回の条件は、女神咲夜が歴史の分岐に至る要素をお膳立てをした上で、時間旅行者霧雨魔理沙と完全に主観を一致させて、観測者のいない空白の未来を創り出すことが求められていた。

 言い変えれば、時間旅行者霧雨魔理沙の判断に全てを委ねることになり、歴史の主導権を一時的に彼女に譲る事になる。こんな奇妙な観測条件は今まで一度も無かった。

 通常ならば、彼女がここまでお膳立てする義理は無いのだが、悩ませるのは備考欄の文章。『観測機会は過去・現在・未来の全てにおいて一度限りであり、同条件で歴史の再構築を行っても再現されることはありません』

 女神咲夜はこれまでに行われた全ての宇宙改変を記録しており、望めば改変前の歴史を再現する事も可能だ。

 例えば時間旅行者霧雨魔理沙の場合、彼女が初めて行った歴史改変を指定すれば、『人間の博麗霊夢が西暦2056年XX月XX日に天寿を全うする歴史』になり、十五回目の歴史改変を指定すれば、『地球が銀河帝国の宇宙人によって破壊された歴史』になる。

 定めた法則に則って条件と因果を満たせば、歴史の構築に例外は無い。

 

「……まさかね」

 

〝過程”が観測できないことに気付いた時、女神咲夜の脳裏に浮かんだ一つの仮説。

 それは決して有り得ないことであり、過去や未来においても一度も〝観測”されていない。故に端から除外していたが、可能性未来の予測に記された文章の不自然な空白と、前提②が自らの仮説をほんの僅かに補強している。仮にその可能性があるのならば、〝現在”の不自然な状況にも説明がつく為、決して無視できるものではなかった。

 完全に空になったティーカップを静かに置いた女神咲夜は、判断材料を増やすために、前提条件に指定された少女達の歴史を確認する。

 

『西暦2008年4月5日の博麗霊夢の歴史⇒博麗神社より時の回廊に侵入した後、時の界流に流されて西暦2021年2月21日午後1時30分に漂着。その後再度時の回廊に侵入するが、西暦換算にて20分後に存在の時間消失が発生して消滅する』

『西暦2008年4月5日の霧雨マリサの歴史⇒同上』

 

「なるほど……。メビウスの輪だからこそ成立する歴史ね」

 

 通常の時間軸ならば、西暦2008年4月5日の博麗霊夢と霧雨マリサが消滅する歴史――即ち、時空Aにタイムホールが開いた時点で、地続きの未来たる時空Aの彼女達も消滅する。

 しかしメビウスの輪という固定化された時間軸になった事で、過去と未来が分断された為、『西暦2008年4月5日の博麗霊夢と霧雨マリサの死亡』と『西暦215X年10月1日の博麗霊夢と霧雨マリサの生存』が同時に成り立つ奇妙な状態になっている。

 

『西暦215X年10月1日の十六夜咲夜の歴史⇒(前略)魔法の森上空のタイムホールにて時間遡航を行った後(中略)、最終的に自らの命を絶つ』

『同日の蓬莱山輝夜の歴史⇒(前略)魔法の森上空で十六夜咲夜の時間遡航に付き合い(中略)、最終的には精神的な死を迎える』

『同日の八雲紫の歴史⇒魔法の森上空から博麗杏子、射命丸文、摩多羅隠岐奈と共に時の回廊に侵入するものの、西暦換算にして45分後に存在の時間消失が発生して消滅する』

 

「……」

 

 幻想郷の自分の結末に思う所があったが、それを口に出すことは無く、真剣な眼差しで文章を追っていた。

 最後に、女神咲夜は時空Aの時間旅行者霧雨魔理沙と共に行動した6人の少女の結末を観測する。

 

『博麗霊夢の未来⇒タイムホール発生後、彼女は100%の確率で時間旅行者霧雨魔理沙の支援を行う』

『メビウスの輪成立後――』

 

 前段落の簡潔な文章に対し、彼女の生涯がつらつらと並ぶ。

 要約すると、霧雨マリサ、河城にとり、藤原妹紅と共に、時間旅行者霧雨魔理沙との再会と元の時代への帰還を目指して幾数もの銀河を渡り歩く。しかし環境の変化に伴い仙人としての生に限界を迎え、道半ばで死亡したという内容だった。

 

「霊夢……」

 

 彼女の心情を慮り女神咲夜は悲観的になったが、感情を押し堪えて別の人物の未来の観測を続ける。

 結果霧雨マリサ、河城にとりの歴史は死因も含めて博麗霊夢と共通点が多いことが判明した。

 

『霧雨マリサの未来⇒タイムホール発生後~メビウスの輪成立までの行動は博麗霊夢と同様』

『メビウスの輪成立後――』

 

 要約すると、博麗霊夢、河城にとり、藤原妹紅と共に、時間旅行者霧雨魔理沙との再会と元の時代への帰還を目指して幾数もの銀河を渡り歩くが、環境の変化に耐えられず、道半ばで魔法使いとしての死を迎えたという内容だった。

 

『河城にとり⇒タイムホール発生後~メビウスの輪成立までの行動は博麗霊夢と同様』

『メビウスの輪成立後――』

 

 要約すると、博麗霊夢、霧雨マリサ、藤原妹紅と共に、時間旅行者霧雨魔理沙との再会と元の時代への帰還を目指して幾数もの銀河を渡り歩くが、道半ばで種族としての寿命を迎えたという内容だった。

 

「…………」

 

 女神咲夜は黙読を続ける。

 

『藤原妹紅の未来⇒タイムホール発生後~メビウスの輪成立までの行動は博麗霊夢と同様』

『メビウスの輪成立後――』

 

 要約すると、博麗霊夢、霧雨マリサ、河城にとりと共に、時間旅行者霧雨魔理沙との再会と元の時代への帰還を目指して幾数もの銀河を渡り歩く。彼女達が死亡した後も、時間旅行者霧雨魔理沙の捜索を続けているが、メビウスの輪による繰り返しが起きる瞬間まで発見に至らず、地球への帰還も叶わない。という内容だった。

 

『アンナの未来⇒タイムホール発生後~メビウスの輪成立までの行動は博麗霊夢と同様』 

『メビウスの輪成立後――』

 

 要約すると、惑星探査員としての仕事の傍ら、ツテを頼って時間旅行者霧雨魔理沙を捜索するものの、発見に至らず、心残りを抱えながら天寿を全うする。という内容だった。

 

『フィーネの未来⇒タイムホール発生後~メビウスの輪成立までの行動は前文に記載』

『メビウスの輪成立後――』

 

 要約すると、時間旅行者霧雨魔理沙をアプト星の崩壊を招いた重犯罪人として、複数の銀河にまたがって指名手配し、彼女が陣頭指揮を執って捜査する。しかし最後まで発見に至らず、彼女の死後100年目に未解決事件として記録される。という内容だった。

 

「さて、どうしたものかしらね」

 

 現状の歴史では、十六夜咲夜等が時空Aに辿り着く可能性は無い。前提条件を満たす為には、女神咲夜が自ら干渉する必要がある。

 しかし時間旅行者霧雨魔理沙の救出の為に、彼女が動くことは現時点では有り得ない。理由はどうあれ彼女の犯した罪は非常に重く、どうあがいても存在の抹消は免れないからだ。

 そして過程がどうあれ、『時間旅行者霧雨魔理沙が消失する』結果に収束していることが判明した以上、彼女に未来は存在しない。

 周囲の人物の結末も大きく歪んでしまった以上、時の神としての判断を下すならば、当初の予定通り歴史の初期化を行うべきだろう。実際、以前彼女がこの歴史に分岐した場合の未来を視た時、その歴史の自分自身はそうしていた。

 しかし女神咲夜は中々実行に移さない。消失後の不自然な空白文章が気になるのもあるが、心の奥底で言葉では表せない『何か』が引っかかっていた。

 

「……ふふ、まさかこの私が判断に迷う時が来るなんて。こんな感覚は初めてだわ」

 

 彼女は熟考を重ねた後、愉快な笑みを浮かべた。

 

「面白いじゃない。ここは一つ賭けに乗ってみましょう」

 

 幻想郷の存続、博麗霊夢と霧雨マリサの大団円――時間旅行者霧雨魔理沙は、完全な未来予測や未来視ができないにもかかわらず、確率の低い幸福な未来を何度も導き出してきた実績がある。女神咲夜にとっては驚嘆に値するもので、非常に興味を惹かれる存在だった。

 そんな彼女ならば、絶対的な確率(運命)を越えた『何か』をしてくれるのではないか? 赦すきっかけをもたらすのではないか――と淡い期待を込めて。

 女神咲夜はティーセットを片付けた後、時間旅行者霧雨魔理沙と、自身の規定時間を除いた全体の未来――不確定要素の歴史分岐に至るまでの僅かな未来を視つつ、自身が課したルールに違反しないような行動方針を立てる。

 

「そうね。目的は魔理沙の救出ではなく、不確定要素の強い歴史の観測にしましょう。それならギリギリ大丈夫ね」

 

 何度か精査を行って道筋が確定した所で、ゆっくりと立ち上がり、ウイングバックソファを片付けた後に行動を起こした。

 まず始まりの時計塔から西暦1998年の時間軸上に瞬間移動すると、ドローンの制御を失い漂流していた宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンの時間を止める。動かなくなった二人を、始まりの時計塔内にあるプライベートルームに連れていき、ベッドに寝かせた。

 彼女達は時間旅行者霧雨魔理沙とは直接の関係性はないものの、八雲紫と関係性があり、生存が鍵となる事を視ていた女神咲夜は救出を決めた。どんな経緯があるにせよ、メビウスの輪現象が解消された時、彼女達は元の時代に返されることだろう。

 部屋を出て屋上に上がり、時間軸上の方角を見下ろしながらじっと待っていると、しばらく後に西暦2008年4月5日の博麗霊夢と霧雨マリサがやって来た。

 

「ようやく見つけたわよ!」

「ほ~これが時の神の咲夜か。紅魔館の咲夜と本当にそっくりだな」

 

 それから事前に視ていた通りに話が進み、霧雨マリサは言い放った。

 

「それなら咲夜、弾幕ごっこで決着付けようぜ。私達が勝ったらお前の知っている事を全て教えてもらうぜ! もし負けたら、大人しく元の時間に帰ってやるよ」

 

 待っていたその言葉に女神咲夜は内心ほくそ笑む。

 

「……ふふ、全ては無理だけれど、貴女達の質問に答えるくらいなら構わないわ」

「約束さえきちんと守ってくれるのなら、それでもいいぜ」

「あら、私に勝てると思っているの? 幻想郷の“私”と違って、この私はあらゆる時間に干渉できるのよ?」

「勝負はやってみないと分からないさ。霊夢、後ろに乗ってくれ」

「始める前に一つ。私は弾幕ごっこのルールに則って戦うことを、十六夜咲夜の名にかけてここに誓うわ」

「? そんなの当たり前だろ?」

 

 霧雨マリサは不思議そうな顔をしているが、この答えにも意味はある。時間の神はあらゆる結果を操る事が出来る為、公平性を宣言する必要があるからだ。

 そして弾幕ごっこが行われ、結果は女神咲夜が事前に視た通り、博麗霊夢と霧雨マリサの勝利で終わる。

 

「……私の負けよ」

 

 結果が見えていたとはいえ、勿論手を抜いたわけではない。刻一刻と変化する未来を視ながら最適な行動を取り続けたが、弾幕ごっこに精通している博麗霊夢と霧雨マリサのコンビが上回っただけだ。

 女神咲夜自身の心情としては、二人に全てを教えたかった。しかし時の神としての在り方がそれを許さない。時を司る事は即ち、あらゆる因果を無視する全能性に等しい。故に私情で歴史を操作してしまえば、時間の秩序を乱す事になるからだ。

 故に、“弾幕ごっこに敗北することによってマリサとの約束を守る”という手順を踏む必要があり、その通りに事が進んだことに内心では安堵していた。

 それから女神咲夜は、答えられる範囲で彼女達の質問に答えた後、西暦215X年10月1日の八雲紫達を追って飛び去って行った霊夢とマリサを見送った。

 

「さて、次は……」

 

 女神咲夜はタイムホールを紀元前38億9999万9999年8月19日午前1時24分の地球に繋げると、原初の海に浮かぶ蓬莱山輝夜の元へと降りていく。

 気温54度、酸素濃度0.1%未満、海水温43度、小隕石の雨が降る過酷な環境下においても、彼女の身体は人形のように綺麗な形を保っていた。

 

「ごめんなさい輝夜……。貴女と〝私”は、必ず助けるわ」

 

 悲痛な面持ちで手を合わせると、女神咲夜はタイムホールを開いて時の回廊に戻り、その足で西暦215X年10月1日午前9時の魔法の森上空に繋がるタイムホールへと向かっていった。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前9時(暫定値)――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館屋上――

 

 

 

 暫定時刻西暦215X年10月1日午前9時。

 魔法の森跡地上空では、十六夜咲夜と蓬莱山輝夜が時間遡航に備え、地上では古明地こいしが魔理沙邸跡地に座り込み、空を見上げながら時間旅行者霧雨魔理沙の帰還を待ち望んでいた。

 一方その頃、紅魔館の屋上では、パラソル付きガーデンテーブルの前に座り、紅茶と洋菓子を楽しむスカーレット姉妹と読書に勤しむパチュリー・ノーレッジの姿があった。

 

「う~ん、やっぱり咲夜の作るお菓子が一番美味しいわね。早く帰ってこないかなぁ……」

 

 フランドール・スカーレットは、妖精メイド手製のマフィンを頬張りながら寂し気に呟いた。

 現在、紅魔館のみならず地球全体がタイムホールに覆い尽くされており、境界面には時刻Aのアプト星の様子が鏡のように映し出されている。

 

「…………」

 

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続ける時の鐘に、読書中のパチュリー・ノーレッジは顔を顰めていたが、レミリア・スカーレットは紅茶を味わいながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、遂に始まったわね」

「随分とご機嫌なのね」パチュリー・ノーレッジは読書を中断し、仏頂面で「今の状況が分かっているのかしら?」と訊ねる。

 

 彼女達は十六夜咲夜の予言を確認すべく2時間前からこの場に集まり、現在に至るまでパチュリー・ノーレッジが放った鳥型の使い魔を通じて、幻想郷の様子を観測していた。

 そこから導き出された結果は、十六夜咲夜の予言通り、この世界に未来は無いという事実だった。

 

「あら。だって世界が終わる瞬間を体験できるのよ? こんな機会は二度と訪れないわ」

「貴女の思考は理解できないわ」

「149年前の4月12日、咲夜が私に未来をもたらした時からこの運命は視えていたのよ。この私が運命に弄ばれるなんて、皮肉な話だわ」

 

 自嘲する親友の姿に不安を覚えたパチュリー・ノーレッジは、読みかけの本をテーブルの上に置き、身を乗り出すようにして尋ねる。

 

「このままで良いのレミィ?」

 

 レミリア・スカーレットは、紅茶を一口飲んでから答えた。

 

「パチェ、私は咲夜と魔理沙を信じている。その為の布石も打っておいた。今は滅びゆく刹那を楽しもうではないか」

「布石って、八雲紫に伝えたあの言葉かしら?」

 

 時間を少し遡る事、今日の午前8時38分。タイムホールの発生状況の調査で紅魔館を訪れた八雲藍に、レミリア・スカーレットは言付けをしていた。

 

『八雲紫に伝えなさい。『私達は世界の終焉にまた一歩前進した。〝希望″を求める猶予は殆ど残されていない』――と』

 

「そんな大袈裟なものではないさ。あの言葉は彼女の背中をほんの少し押してあげただけ」

「じゃあ何よ?」

「私が咲夜の行動を許可した事、もっと言えば世界の分岐前に見えた運命――と言っても伝わらんか。すぐに分かる時がくるわ」

「そう」

 

 レミリア・スカーレットがティーカップを静かに置き、パチュリー・ノーレッジがティーカップに手を伸ばしかけたその時、世界は一変する。

 屋上の扉を開き、配膳ワゴンを押していた妖精メイドはその場で固まり、庭園を飛ぶ小鳥は羽を大きく広げたまま静止。門にいた紅美鈴は、門柱に寄りかかりながら空を見上げる姿勢のまま微動だにせず、大図書館で図書整理中だった小悪魔は、積み上げた本を抱えて歩く体勢のまま動く気配は無い。

 タイムホールからひっきりなしに鳴り続けていた時の鐘は止み、辺りに静寂が訪れる。

 彼女のティーカップはソーサーに張り付いたまま持ち上げる事ができず、開かれた本は糊付けされたかのようにページがくっついていた。

 

「これは――」

 

 異変に気付いたパチュリー・ノーレッジがポツリと漏らした驚嘆の声は、波紋のように広がり、山彦のように反響。慌てて口を抑える。

 

「あれ?」

 

 フランドール・スカーレットが食べていたマフィンは、スポンジが石のように固まり、歯が立たなくなっていた。

 

「…………」

 

 レミリア・スカーレットは、背もたれに身体を深く預けながら、真剣な表情で空を見上げている。タイムホールの境界面が僅かに揺れた事を見逃さなかった。

 

「遂に時間軸の逆行とやらが始まるのかしら……」

「それにしては様子がおかしくない? お姉様は何か知らないの?」

 

 度重なる異常に困惑が広がる中、彼女達の死角からハイヒールの足音と共に馴染み深い声が響く。

 

「お騒がせして申し訳ございません。私が時間を停止しております」

「貴女は……!」

「えっ!? ど、どうなってるの?」

 

 現れた少女――女神咲夜に視線を向けたパチュリー・ノーレッジとフランドール・スカーレットは驚愕し、レミリア・スカーレットは静かに目を細める。

 

「皆様、お久しぶりでございます」

「咲夜!」

「ふふ、やっぱり来たわね」

 

 花を咲かせたような笑みを浮かべるフランドール・スカーレットに対し、レミリア・スカーレットは落ち着き払っていた。

 パチュリー・ノーレッジは女神咲夜の背中を見て。

 

「貴女、私達の知っている咲夜ではないわね。さしずめ、別の時間の――いえ、時の神の咲夜かしら」

「ご明察の通りです。本日はパチュリー様にお願いがあって参りました」

「お願い?」

「その前に皆さんの記憶を復活させますね」

 

 女神咲夜が指を弾くと、メビウスの輪成立によって失われたタイムホール発生前の歴史の記憶が、時の回廊から三人の少女の脳内に送信される。

 

「!」

 

 レミリア・スカーレットは一瞬目を見開き、女神咲夜を凝視する。

 

「ん? あれっ!? なんでお茶会しているの? 珊瑚はどこ?」フランドール・スカーレットはキョロキョロと辺りを見回した後、「そうだわ。美鈴!」と席を立って、門に向かって飛んでいく。

 パチュリー・ノーレッジはテーブルの上の茶器と手元の本、更に景色を見て「あら、ここは屋上……?」と呟いた後、空を見上げる。

 

「水流が消えてるわね……。いえ、この記憶は?」

 

 困惑する間にフランドール・スカーレットが戻り、「止まっていたけど美鈴無事だったわ! あれ、でもどうして?」と女神咲夜に問い詰める。

 

「皆さん落ち着いてください。順を追って説明しますので」

 

 女神咲夜は、現在の世界で起きている事柄と、目的について全てを明らかにした。

 

「そんな……! 咲夜が死んじゃうなんて……」

 

 フランドール・スカーレットは強い衝撃を受け、

 

「今の歴史はメビウスの輪が成立しているのね」

 

 レミリア・スカーレットは得心が行ったように頷き、

 

「……理屈は理解したわ。まさかそんなことになっているなんて。どうやら、想像以上に深刻な状況みたいね」

 

 パチュリー・ノーレッジは真剣な眼差しで女神咲夜を見据えた。

 

「ご理解いただけたようで幸いです。そこで本題に入りたいのですがよろしいですか?」

「構わないわ」

「これから私は月の都に寄った後、西暦200X年7月20日の博麗神社に遡り、〝永遠”となって時間遡航をしている幻想郷の〝私”と輝夜の歴史改変を行う予定です。それに伴って、パチュリー様の魔法で私を魔理沙の姿にして欲しいのです」

 

 その言葉に、パチュリー・ノーレッジは虚を突かれたような顔で「……意味が分からないわ。貴女の話では、自分同士が出会う事によるタイムパラドックスは起こり得ないのでしょう? わざわざ変身する必要はあるの?」と問い返す。

 

「理由は三つあります。まず一つ目は私が時の神だからです。私の言葉は常に絶対で、真実でなければなりません。その為魔理沙への影響力が非常に強く、彼女を縛り付けて、可能性を狭めてしまう可能性が高いのです」

「だから魔理沙の姿を借りるの? 貴女より未来の自分の言葉を信じるのではなくて?」

「〝魔理沙”だからこそ、都合が良いのです。〝十六夜咲夜”では話せない事も、〝魔理沙”なら伝えられます」

「ふ~ん。二つ目は?」

「今回の分岐条件は非常に難しく、時空Aの魔理沙が直近の未来を知ってしまった時点で、御破算となります。彼女が未来を知る事無く未来を伝える――この矛盾した条件を成立させる為には、彼女の未来を誤認させる必要があります」

「それが魔理沙へ変身することなのね。三つめは?」

「個人的な願望なのですが、私の観測では全ての可能性において魔理沙が消失する歴史が確定しています。なので少しでも魔理沙に未来への希望を持ってもらいたいのですよ」

「……」

「ご協力いただけないでしょうか?」

 

 女神咲夜は深々と頭を下げる。静聴していたレミリア・スカーレットも「パチェ、咲夜に協力してやりなさい。それがこの世界の運命だ」

 

「!?」

 

 思わず頭を上げて驚きの表情でレミリア・スカーレットを見る女神咲夜。彼女は真剣な顔でパチュリー・ノーレッジを見つめていた。

 二人の様子を見比べたパチュリー・ノーレッジは「ふ~ん? レミィがそこまで言うなんて珍しいわね。まぁ、元々断る理由は無かったけれど」と、どこからともなく水晶玉を出現させて、大図書館の中を映し出す。

 

「小悪魔――は、今止まっているのよね」水晶玉を消すと「資料を取りに一度戻るから、少し待っていなさい」と立ち上がる。

 

 すかさず女神咲夜は指を弾く。

 

「パチュリー様の周囲の時間を動かしました。これで時間停止中でも、物質を触れます」

「そう」

 

 彼女は軽く頷いて、紅魔館に戻って行った。

 

「ねえ咲夜。本当に魔理沙はどうにもならないの?」

 

 不安そうに訊ねるフランドール・スカーレットに、女神咲夜は屈んで目線を合わせながら答える。

 

「はい、妹様。残念ながら……」

「あら、それは違うわよ」

 

 レミリア・スカーレットは尊大な態度を崩さず。

 

「魔理沙をあまり見くびってもらっては困るわ。彼女の運命はこんな所では終わらない。私よりも良く知る咲夜なら、理解していると思っていたのだけれど」

 

 女神咲夜は、レミリア・スカーレットが最初の歴史で霧雨魔理沙に助言を行っていた事を知っている。

 

「お嬢様は――」

 

 どこまで運命を知っていらっしゃるのですか? その言葉を遮るようにレミリア・スカーレットは。

 

「そこまでよ。この意味は咲夜自身がよく分かってるでしょう?」

「…………」

 

 女神咲夜は肯定するように黙り込む。

 先程のパチュリー・ノーレッジへの発言と現在の会話は、事前に女神咲夜が筋書きを描いた未来の中には無いものであり、表情にこそ出さないもの、内心では動揺していた。

 そんな彼女の内心を見透かしたように、レミリア・スカーレットは言った。

 

「ふふ、一つだけ予言してあげる。いずれ貴女は『観測者』ではなく、『当事者』として決断を迫られる時が訪れるわ。その時の決断で未来の在り方が大きく変わることでしょう。精々気を付けなさい」

「……ご忠告、感謝致します」

 

 女神咲夜は深々とお辞儀する。かつて人間だった頃とは立場が変化しても、レミリア・スカーレットが敬愛する主である事には変わりない。

 やがてパチュリー・ノーレッジは一冊の魔導書を抱えて戻って来た。

 

「準備が出来たわ。行くわよ?」

「お願いします」

 

 パチュリー・ノーレッジは魔導書片手に詠唱を開始する。女神咲夜の足元に星と月模様の魔法陣が出現し、そこから月光を模した光が彼女を包み込む。やがてパチュリー・ノーレッジが魔導書を閉じて詠唱を止めると、光が収束する。

 金髪金眼に、黒を基調にした魔女服。自称〝普通の魔法使い”霧雨魔理沙の姿がそこにあった。

 

「完了よ」

「アハッ、すごーい! 完全に魔理沙だ!」

 

 席を立ち、はしゃぎながら向かって来たフランドール・スカーレットを受け止めつつ、女神咲夜は手鏡を開く。普段見慣れた自分の顔では無い事を確認すると、手鏡を仕舞った。

 

「ありがとうございます、パチュリー様」

 

 お礼を述べた所で、声も霧雨魔理沙と全く同じになっている事に気付く。

 

「アハハ、魔理沙がパチュリーにへりくだってるなんて、変なのー」

「咲夜。魔理沙はもっと不遜な感じよ。ちょっと練習していった方がいいわ」

 

「そうで――」化け魔理沙は一度咳払いをしてから「そうだな。こんな感じでどうだ? パチュリー」とおどけた顔を見せる。

「いいわね」

「どうだフラン? 似てるか?」

「うんうん! 抱き着いた感じも似てるし、変身する瞬間を見て無かったら魔理沙だと思ってた!」

「ねえ魔理沙。私に言う事はないのかしら?」

 

 レミリア・スカーレットが肘をつきながら笑みを浮かべる。

 期待を込めた視線に射抜かれた化け魔理沙は「えっ、と……」困ったように口をパクパクした後、「申し訳ございません。お嬢様の名前を呼び捨てにするのは、畏れ多いですわ」

「あら、そう」

 

 レミリア・スカーレットは少し寂し気に呟く。満足したフランドール・スカーレットが離れた所で、パチュリー・ノーレッジは口を開く。

 

「その魔法は、貴女が元の姿に戻りたいと思えばすぐに解除されるわ」

「承知致しました」

 

 化け魔理沙は上品に礼を述べると、ふわりと浮かび上がる。

 

「それでは皆さん。失礼しますね」

「またいつでも遊びに来なさい。貴女なら歓迎するわ」

「お嬢様……ありがとうございます」

「頑張ってね~!」

 

 フランドール・スカーレットに手を振られながら、女神咲夜は時の回廊に帰って行った。

 

 

 

  ◇        ◇        ◇

 

 

 

 女神咲夜が帰還し、世界の時は再び動き出したが、時計台の針は動かない。

 フランドール・スカーレットが紅美鈴の元に飛んで行くのを見届けながら、着席したパチュリー・ノーレッジは訊ねる。

 

「それで、レミィはどこまで知っていたのかしら? あっちの咲夜が来ることは分かっていたのでしょう?」

「……そうだな。パチェに問おう。運命とは何だと思う?」

 

 反問に不意を突かれたような気分になりながらも、パチュリー・ノーレッジは答えた。

 

「定義としては、人間の意思を越えて幸福や不幸をもたらす力。巡り合わせといった所ね」

「世間的にはそうかもしれないが、私の考える運命とはそうではない」

 

 レミリア・スカーレットは、パチュリー・ノーレッジに見せびらかすように空になったティーカップを持ち上げる。純白に紅い薔薇の意匠が施されており、一目で高級品と認識できるものだった。

 

「このティーカップは先日人里で咲夜が購入してきたものだ。一般的な陶磁器製で、見ての通り傷やヒビは一切入っていない。さて、このティーカップを壊すにはどうしたらいいかしら?」

 

 パチュリー・ノーレッジは少し考えてから答える。

 

「一般的には、高い所から落としたら壊れてしまうのではないかしら」

「正解だ。他にも私が握りつぶしたり、パチェが魔法をぶつけてもあっさりと壊れてしまうだろう」

 

 レミリア・スカーレットは、割れ物を扱うようにそっとソーサーに置いた。

 

「これらに共通しているのは、〝衝撃を与えることで破壊される”だ。勿論衝撃以外でも、劣化・腐食、もしくはそもそもの器が欠陥品だった等の理由で壊れる事はあるだろう。しかし、何の理由も無く突然ティーカップが壊れる事は無い。運命もそれと同じだ」

「原因がある――ということね?」

「そうだ。破綻した因果は運命に結び付かないし、私も咲夜も考慮しない。〝有り得ない”事象を考慮に入れるのは〝杞憂”だからだ。ところが、今回の件は少し事情が異なる。咲夜はメビウスの輪によって〝結果”が確定していると話していた。これは〝原因”もしくは〝過程”が無視されているといってもいいだろう。私の能力も現在の世界では使えない」

「!」

「私は私なりに運命を操作して、今を作ってきたつもりだったが、この世界ではまやかしだった。私が何処で何をしても、今の歴史になっていたということね。それにしても改変前の歴史と同じ経緯なんて、何か意味があるのかしら――おっと、勘違いするなよ? あくまで、〝この世界”の話だ」

 

 レミリア・スカーレットはティーポットを持って空のティーカップに紅茶を注ぐ。次にテーブルの上に置かれた小さなガラス瓶を掴むと、中の血液をエッセンスのように振りかける。

 

「この世界で魔理沙が消えたのは、当然の帰結とも言えるわ。〝結果”が変化しない世界では、タイムトラベラーは存在しえないからな。故に魔理沙はメビウスの輪になる原因を取り除かなければならないが、タイムホール発生前には遡れない。従ってメビウスの輪に変化する過程で行動を起こさなければならないが、世界の法則が塗り替えられていく中で、生半可な事をしても〝確定した結果”――言い換えれば〝世界の収束”からは逃れられないだろう」

 

 レミリア・スカーレットはティーカップを見下ろし。

 

「魔理沙がメビウスの輪から逃れるには、〝適切な有り得ない”ことをする必要がある。先程のティーカップを例に挙げるなら、物理的、あるいは超常的な力を用いずにティーカップを破壊することが求められているわ。咲夜が歴史を観測出来ないのも当然だろう。〝そもそも考慮に入れてない”んだからな」

「――なるほどね。咲夜にはもう伝えたの?」

「言わずとも咲夜は理解しているし、間違いなくこの会話も事前に知っている。だからこそ、わざわざパチェの所に来たんだろう」

「……」

「魔理沙はこの矛盾に気付いて、理解した上で実行に移せるか。そこで彼女の運命は決まるだろう。これ以上はパチェにも話せないわ。私が全ての真相を明かす運命を0にしなければ、咲夜の〝条件”が消えてしまうからね」

「……難儀な話ね」

「ふふふ……」

 

 レミリア・スカーレットは紅茶を口に加えると、タイムホールと同化した空を見上げながら呟いた。

 

「頑張りなさい咲夜」

 

 

 

 ◇     ◇     ◇

 

 

 

「お嬢様、貴重なお話をありがとうございました」

 

 時の回廊から先程まで滞在していた時空を見下ろしていた化け魔理沙は深々と頭を下げると、その足で月の都に繋がる空間に向かって行った。

 

 

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前9時(暫定値)―― 

 

 

 

――月の都静かの海――

 

 

 

 暫定時刻西暦215X年10月1日午前9時。

 幻想郷から遠く離れた月の裏側の静かの海にて、稀神サグメは宇宙を見上げながら一人思案する。

 

「…………」

 

 その視線の先には、タイムホールによって覆い隠された地球が浮かんでいる。彼女は幻想郷を基点としてタイムホールが広がっていくのを目撃していた。

 

「此方にいらっしゃいましたか」

 

 月の都から歩いてきた綿月依姫は、地球を見上げたままの稀神サグメに淡々と伝える。

 

「観測隊からの報告です。天の川外銀河に派遣した観測地点10か所にて時間の停止が確認されています。恐らく、現在の現象は全宇宙規模で起きているのでしょうね」

「……そう」

「やはり八意様はこの事態を予測していたのでしょうか」

 

 八意永琳は一日前に月の都を訪れ、中枢に封印されていた時間移動関連の電子記録を持ち帰った。綿月姉妹は永遠亭を訪れてその真意を訊ねるも、帰ってきた答えは到底納得のいくものでは無かった。

 

『このデータは未来に必要なことなの。理解してちょうだい』

「やはり我々も動くべきなのでしょうか?」

「その必要はないわよ?」

 

 二人の目の前に、空間をこじ開けるようにしてヘカーティア・ラピスラズリが登場する。

 

「貴女は……!」

 

 綿月依姫は腰に下げた刀に手を伸ばすが、ヘカーティア・ラピスラズリは手をひらひらと振りながら戦意の無さをアピールする。

 

「随分と酷い歓迎ね?」

「149年前の異変を忘れたとは言いませんよ?」

「違うわよ。今日は貴女達にとっておきの情報を持ってきたのよ」

「……いいでしょう」

 

 綿月依姫は柄から手を放し、臨戦態勢を解除する。

 

「まず幻想郷の現状だけど、八雲紫と摩多羅隠岐奈が動いたわ。彼女達はタイムホールを通って、時間遡航したね」

「タイムホール……地球を覆い尽くしている、次元の歪みの事ですか?」

「そうだ。この歴史では、タイムトラベラーの霧雨魔理沙が行方不明なのよ」

「なっ――!?」

「事態の解決に向けて、時の神が重い腰を上げたわ」

「時の神? そんな存在がいるのですか?」

「直接顔を合わせた事はないけれど、時の領域に住まう概念の存在は感知していたわ。普段は近くて遠い場所にいるのだけれど、時間の消失という事態を受けて、この次元に降りてきたようね」

 

 ヘカーティア・ラピスラズリは虚空を見つめているが、綿月依姫にはその意図が分からない。

 更に沈黙を貫いていた稀神サグメが綿月依姫とヘカーティア・ラピスラズリを見ながら口を開く。

 

「最早手遅れ。運命は既に固定された。私の能力が発動する気配が無いのがその証拠」

「……!」

「もし時間が逆転するのなら、次は違う世界になっていることでしょう」

「あながち間違いじゃないな」

 

 饒舌に語る稀神サグメに同意する声に、全員が注目する。

 

「魔理沙……!?」

「よう、久しぶりだな」

 

 化け魔理沙は気さくに右手を上げて挨拶するが、気配を感じさせずに現れた事に少女達は警戒していた。

 

「魔理沙。貴女はこの異変に何か関係しているのですか?」

「さてな。私がここに来た事に重大な意味があるのかもしれないし、特に意味は無いのかもしれん。物事の意味が分かるのはいつだって結果が出てからだからな」

「つまり、私達に教える気はないということですか」

「そうは言ってないぜ。生憎だが全てを語る時間は無い。とりあえず現状の情報について渡すから、全員手を出してくれ」

 

 不審に思いながらも三人が右手を出すと、化け魔理沙は自分のこめかみに指を軽く当てて、三人の手の平を順につっつく。

 予め編集しておいた映像――時の回廊で女神咲夜が博麗霊夢と霧雨マリサに語った内容――が彼女達の脳内に転送されていた。

 

「なっ……!?」

「理解した」

「へぇ?」

「何も言葉だけが意思伝達の方法じゃない。お前らの文明レベルなら、言語を伴わないコミュニケーションを取れる筈だ。そうだろう?」

「え、ええ。確かにその通りですが……貴女は本当に魔理沙なのですか?」

「おいおい、私を疑うのか? なんなら、お前らが関与した過去を送ってもいいんだぜ?」

「いえ……」

「とにかくもう用は済んだ。そろそろ私は行くぜ」

「待ちなさい」

 

 背中を向けた化け魔理沙をヘカーティア・ラピスラズリが呼び止める。

 

「貴女は何がしたいの? わざわざここに寄り道する必要性を感じないのだけれど」

「これは保険だ。お前らが当事者になる事はまず無いとは思うが、可能性が無くはないんでな」

「私達に協力しろと言う事ですか?」

 

 綿月依姫の疑問に化け魔理沙は振り返りながら答える。

 

「〝私”の邪魔さえしないのであれば、何をしてもいいぜ」

「…………」

 

 綿月依姫は真意を探るように化け魔理沙を睨む。

 

「安心しろ。例えどんな形であろうと、次で必ずけりをつけるぜ」

「……いいでしょう。ですが、月の都に脅威が訪れた時は、此方も動かざるをえませんから」

「それで構わん。じゃあな」

 

 そう言い残して化け魔理沙は彼女達の目の前から姿を消す。

 

「へぇ……」

 

 ヘカーティア・ラピスラズリは、真意を悟ったように笑顔を見せていた。

 

 

 

 月の都から時の回廊に帰還した化け魔理沙は、休む間もなく西暦200X年7月20日午後13時50分の博麗神社に降り立った。

 

「さて……」

 

 縁側に座るこの時代の博麗霊夢と霧雨マリサが気付く寸前に何もない空間に手を伸ばし、時間の流れが逆転している十六夜咲夜の右腕を掴んで、正常な時間に引きずり出す。

 

「捕まえたぜ」

 

 同時に限りなく停止に近い状態まで時間経過を遅くし、驚愕する十六夜咲夜に言い放った。

 

「久しぶりだな。咲夜、輝夜」

 

 それから化け魔理沙は、本物の霧雨魔理沙のように振る舞い、核心に触れないようにしながら真実を語っていく。

 話の途中で、十六夜咲夜から改変前の歴史について尋ねられた時、記憶の一部が戻ってしまった事に対して謝罪した。世界の内側から〝自分”の歴史を改変する方法では記憶が残る懸念があったが、今は霧雨魔理沙である以上、この方法しか無かったのだ。

 それから話は順調に進んでいき、蓬莱山輝夜は訊ねた。

 

「魔理沙。まだ重要な点を聞いていないわ」

「なんだ?」

「【メビウスの輪を解決する方法】と、【貴女の失敗の内容】よ。前者がまだ判明していないのは察するけれど、後者は貴女が体験したことなのだから話せるでしょう?」

「それは……だな。……悪いがどちらも話せない」

「……“貴女”は過去の“霧雨魔理沙”を助ける為に私達に接触したのでしょう? それとも、この会話さえも“貴女”の手の平の内なのかしら?」

「“私”から言えるのは、ここで全てを明かすことは“時刻Aの霧雨魔理沙”の不利益になるという事だけだ。互いの思惑は違えど、私達の目的は一致している筈だ。違うか?」

「……ねえ、霧雨魔理沙。これまでの“貴女”の言葉、全部信じてもいいのかしら?」

「時の女神十六夜咲夜の名に誓って、嘘は無いぜ」

  

 ここで蓬莱山輝夜に正体を看破される事は織り込み済みであり、計画に狂いはない。

 それから十六夜咲夜と蓬莱山輝夜を送り届けると、化け魔理沙は変身を解除する。

 

「上手く行ったわね。さあ、これでお膳立てが整ったわ。後は魔理沙――貴女だけよ」

 

 時の回廊に戻った女神咲夜は、始まりの塔に瞬間移動した後、自分が干渉した少女達の現状を透過ディスプレイ越しに確認する。

 思惑通り、博麗霊夢と霧雨マリサ、十六夜咲夜と蓬莱山輝夜、八雲紫、射命丸文、摩多羅隠岐奈、博麗杏子のグループが無事に合流していた。

 彼女達は情報交換した後、メビウスの輪の始点となるタイムホールを調べていき、長い討論の末に結論を下す。 

 

『時空Aの二分後に到着した後の私達の行動方針は、『直ちに魔理沙達と合流し、現地で起こり得る様々な不慮の出来事に臨機応変に対応しつつ、魔理沙を全力で支援する』で良いかしら?』

 

 八雲紫の言葉に全員が同意し、時空Aの二分後に飛んだことを確認してから、女神咲夜は透過ディスプレイを閉じる。

 ここまでの展開は女神咲夜にとって理想的だった。

 元々博麗霊夢達が時間旅行者霧雨魔理沙に好意的で、異変の解決に向けて自発的に行動していた為、彼女達の意思を尊重する形で改変できたからだ。これも時間旅行者霧雨魔理沙の人徳が為せる技だろう。

 女神咲夜は足元の隠し階段を開いて自室に戻り準備を済ませた後、時空Aのタイムホールの前に瞬間移動する。

 

「いよいよね……」

 

 ここから先は時の女神でさえも予測できない未知の歴史。

 時の回廊に接続できない為、外の世界の観測機材を持ち込む事も考えたが、機械に頼るよりも自らの五感で感じた方が良いと判断し、31世紀の地球製光学迷彩のみに留めた。

 光学迷彩を有効にした彼女は、時空Aに繋がるタイムホールを見下ろす。

 

「さて、何が待っているのかしら……!」 

 

 未知の歴史に胸を高鳴らせながら、女神咲夜はタイムホールに飛び込んだ。観測者が不在となった時の回廊は、異様な静寂に包まれていた……。

*1
UTC(協定世界時)紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時。

*2
UTC(協定世界時)紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時、プロッツェン銀河ネロン星系アプト星ゴルン、ハイメノエス地区ラフターマンション。

*3
JST(日本標準時)西暦215X年10月1日午前7時40分幻想郷魔法の森上空。




ここまでお読みいただきありがとうございました。
これでタイトルに『タイムホールの影響』とついた話は終わりです。

次の話は『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』の続きとなり、視点が魔理沙に戻ります。


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第258話 (2) 魔理沙の記憶③  魔理沙の決断

お待たせしました。
今回の話の時系列は『第221話 (2) 魔理沙の記憶③ 余波』の続きです。

簡単なあらすじ (第206話(2)以降)

 幻想郷存続の歴史改変の最中に出会った宇宙人の少女アンナの誘いを受けて、アプト星にやってきた魔理沙達。
 観光を楽しんでいたが、時間移動の研究を行うリュンガルトに狙われて襲撃を受けてしまう。
 追い詰められた魔理沙は、タイムジャンプを暴走させることで窮地を脱するが、その影響でタイムホールが開き、別の時空に追放されたリュンガルトと入れ替わるように紫達が降りてきた。

 
 紫達が来た経緯については、『第222話 (2) タイムホールの影響①』~『第257話 (2) タイムホールの影響⑮ 女神咲夜の思惑』にて描写しています。


 ――side 魔理沙――

 

 

 ――紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時4分(協定世界時)―― 

 

 

 

 

「紫!?」

 

 私はスキマから現れた幻想郷の賢者に目を疑った。彼女が何故この時代にいるんだ?

 ――いや、彼女だけじゃない。

 妹紅に礼を言いながら離れるアリスも、遠慮なく写真を撮っている文も、要領を得ない様子で霊夢にまくし立てる杏子も、本来この時間には居ない筈だ。

 

「私達もいるわよ!」

「!」

 

 頭上から降りかかる聞き馴染みの深い声に、まさかと思いながら顔を上げる。

 異変解決時の雰囲気を纏う巫女服の霊夢、箒に乗った私、手を繋ぐ咲夜と輝夜が私のすぐ近くに降りてくる。紫の背後には扉が現れ、金髪の少女が姿を見せる。彼女は冠を被り、橙色の狩衣に緑色のスカートを履き、前掛けには北斗七星が描かれていた。

 

「お前が別の歴史から来た魔理沙だな。ふむ、見た目はマリサと同じなのか」

 

 彼女とは直接の面識は無いが、紫から聞いたことがある。確か幻想郷の賢者の一人、摩多羅隠岐奈だったか。幻想郷の賢者が2人も現れるとは、一体何が起きているんだ?

 

「えっ!? 私?」

「貴女が未来の私ね? ……ふぅん。ちゃんと私は魔理沙との約束を守って仙人になったのね」

 

 私の隣にいる霊夢は、たった今降りて来た霊夢に驚き。

 

「輝夜! お前、何しに来たんだ!?」

「落ち着きなさい妹紅。今日は魔理沙に用があるのよ」

 

 咲夜の手を離した輝夜は、殺気立つ妹紅を宥めていて。

 

「よう、私」

「……まさか別の時間の私と顔を合わせる事になるとはな。変な気分だぜ」

 

 二人の〝私”は微妙な表情で向かい合っている。

 

「えっと、にとりさん。皆さんとはお知り合いですか?」

「みんな私達と同じ幻想郷の住人だよ。一体何がどうなっているんだろう?」

 

 アンナはにとりに訊ねていた。

 

「お前ら! どうしてここに?」

「それはね――」

 

 私が問いかけると、今現れた巫女姿の霊夢が紫に目配せする。

 

「私達は貴女に協力するために時を越えて来たの。悪いけど時間が無いから、詳しい事は私が経験した記憶を直接貴女の脳内に送るわ。準備はいいわね?」

「あ、ああ」

 

 有無を言わさない圧力を感じ、引き気味に頷くと、紫は手を伸ばして私の額にそっと触れる。次の瞬間、まるで洪水のように情景が流れ込む。

 

「ぐっ……これは……!」

 

 魔法の森に開いたタイムホールから現れたリュンガルトの艦隊、やがて降り注ぐ超高層ビル。メビウスの輪に、未来の自分の思惑、そして時の回廊内で降りかかった異変……。紫が経験した数々の出来事が、まるでその場に立ち会ったかのように、記憶として定着する。

 自分が自分で無くなるかのような奇妙な感覚。私がこれまで行った歴史改変に影響された人妖もこんな感覚だったのだろうか。

 

「魔理沙!?」

「おい、紫! お前何してるんだよ?」

 

 悶える私を気遣う霊夢とマリサに紫は。

 

「落ち着きなさい、一時的に記憶が混乱しているだけよ」

 

 更に紫は私と一緒に居る霊夢、マリサ、アリス、にとり、妹紅、アンナ、フィーネに向かって「貴女達にも記憶を送るわ。言いたいことがあるのは分かるけど、今は一分一秒を争う緊急事態なの。受け取りなさい」と言い放ち、次々と彼女達の額に触れていく。

 皆――特に霊夢とマリサ――は何か言いたげだったが、紫の迫力に押されたのか、素直に受け入れていた。

 時間にして1分ほどで、記憶の整理がつき、私は息を吐く。

 

「――事情は理解したぜ。どうやらとんでもない事になっちまってるようだな。本当に済まなかった」

 

 私はこの時代に来た紫達に向かって頭を下げる。リュンガルトに追い詰められて必死だったとはいえ、もうちょっと考えて行動すべきだった。まさか私の時代にまで影響を及ぼしていたなんて……。

 

「謝罪は後よ、魔理沙。今は目の前の問題に集中してちょうだい」

「……そうだな」

 

 紫の言う通りだ。

 女神咲夜の話では、私に残された時間は23分しかなく、チャンスは一度きりだ。彼女が嘘を吐かないことはよく分かってるし、何もできなければ躊躇なく歴史の初期化を行うだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 

「もちろん私達も協力するわよ。出来る事があれば、何でも言ってちょうだいね」

「ありがとな」

 

 私が話している間に、紫から記憶の伝授を受けた霊夢達は、自己紹介も兼ねて今度の行動について話し合っていたが、すんなりと意見が一致したようだ。

 アンナは時計を実体化させて、全員から見えるように宙に浮かべる。現在時刻は午前0時8分25秒。勿論暦は西暦だ。

 

「魔理沙。これからどうするつもりなの?」

「まずやるべきは、未来の私と同じ轍を踏まないようにする事だな」

「未来の魔理沙が何も言わないのは不自然極まりないわね。過去を変えたいのに、その成功率を下げてどうするのよ」 

「未来の私の意図は知らんが、失敗の内容については予想できるぜ」

 

 全員の注目を集めているのを感じつつ、言葉を続ける。

 

「私はタイムホールが開いた時、魔力を注ぎ込んで抑え込もうと思っていたんだが……恐らく失敗するんだろうな。人一人が通れるくらいのサイズならともかく、あそこまで規模が大きくなっちまったら、私の力では無理だ」

 

 そもそもタイムホールが開くような事態にならないようにすべきだったが、今更そんな事を言っても仕方ない。

 

「この方法が駄目だった場合、タイムホール発生前の時間に遡って、タイムホールの発生そのものを防ぐ――今回のケースだと、リュンガルトが私の存在を知るきっかけになった、メイト通りのゲームセンターでの出来事を改変しようと考えていた。しかしメビウスの輪によって時間軸が断絶してるから、この方法も使えない。事前に知ることが出来て良かったぜ」

 

 もし知らなかったら、私のタイムジャンプに問題が生じたと考えて、原因の究明に時間を取られていたことだろう。

 

「以上を踏まえた上で、私に考える時間をくれ。すぐには思いつかん」

「分かったわ」

「咲夜、時間を止めてくれないか」

 

 言いながら自分の意識を切り替えて、時間停止中に活動できる身体にする。

 

「私は構わないけど、その用途での時間停止はお勧めしないわ。この世界の時を止めても、タイムホールがメビウスの輪に進行する時間までは止められないわ」

「……ああ、そうだったっけか。ならやめておくぜ」

 

 紫の記憶の中には、紅魔館上空に開いたタイムホールが時間停止中にも活動を続けていた旨を話す咲夜の姿があった。恐らくこの次元とは違う時が流れてるんだろう。

 納得した所で、私は思索に耽る。

 

(さて……どうしたもんかな……)

 

 霊夢達は私が淡々と話しているように思っているかもしれないが、内心ではかなり焦っている。

 まさか私が開いたタイムホールのせいで過去に戻れないなんて、想定外だった。伝家の宝刀とも言える時間遡航が使えないのは非常にまずい。

 

(タイムホールは、高次元世界たる時の回廊と、この世界を隔てる〝次元の壁”に開いた時空の歪み。私のタイムジャンプは、タイムホールが開かないように細心の注意を払って時の回廊に繋がる〝門”を開き、そこを移動して時間移動するものだ)

 

 リュンガルトにアンチマジックフィールドを展開されて追い詰められた私は、タイムジャンプを敢えて暴走させることで〝門”を破壊した。目論見通り、この時空から脱出する手段は得られたが、代償は大きかった。遍く全ての人々が時の回廊を利用できるようになるばかりか、此方の世界の時間法則にまで歪みが生じている。

 女神咲夜が怒るのも無理はない。霊夢達は私を擁護してくれたけど、自分がしでかしたことの大きさは理解している。

 

(そういえば、あの〝黒い紋様”はなんなんだろうな。今までスルーしてたけど、今度咲夜に会ったら問い詰めてみるか?)

 

 今はすっかり消え去ってしまっていて、あの力を全く感じない。あの時は無我夢中だったし、どうやって出したのかさえ分からない。

 ふと意識を外にやると、この場にいる全員の少女達がじっと私を見ていることに気付く。 

 ちなみにこの場には私を含めて霊夢、マリサ、にとり、咲夜、輝夜、紫、隠岐奈、文、杏子、アンナ、フィーネ、2008年の霊夢とマリサとアリス、西暦300X年の妹紅の計16人いる。

 これだけの人数が集まれば、誰かしら雑談しててもおかしくないのだが、私の耳には些細な環境音――カメラのシャッターを切る音くらい――しか聞こえない。きっと私の集中を削がないように配慮してくれているのだろう。なんとしてもその思いに応えなければならない。

 

(一旦状況を整理しよう)

 

 現在の歴史はメビウスの輪という宇宙規模の時間のループが発生していて、原因は私がついさっき開けたタイムホールだ。これが時間軸を侵食して、正常な時の流れを断絶させてしまった。

 私に与えられた機会は一度で、今日の午前0時30分までにタイムホールを修復できなければ、女神咲夜の手によって歴史の初期化が起きる。そうなればタイムトラベラーとしての私は消滅し、そればかりか霊夢は夢を操る妖怪に殺され、咲夜は人のまま逝き、幻想郷も293X年に滅亡する。

 更に同じ歴史の繰り返しを防ぐべく女神咲夜が時の回廊を封鎖する為、(霧雨魔理沙)は二度と時間移動できなくなる。考え得る限り最悪の事態だ。 

 

(こうして考えるとかなり厳しい状況だな……)

 

 今までみたいにとりあえずやってみるという作戦は通用しない。慎重に判断しないと……。

 

(未来の私は咲夜と輝夜が鍵になると言ってたな……。まずはそこから考えてみるか)

 

「なあ咲夜、輝夜。お前らの能力について再確認したい。教えてくれないか?」

 

 私は二人の能力についてちゃんと知っているが、もしかしたらタイムホールの影響で能力が変化しているかもしれない。そう思っての質問だった。

 

「私の能力は時間を操る程度の能力。私の気力が続く限り、時間の加速・減速・停止が出来るわ。一定範囲内の空間の操作も可能よ」

「私の能力は永遠と須臾を操る程度の能力よ。永遠とは不変。永遠の魔法を掛けられた対象は、成長も老化も無くその瞬間の状態が維持されるわ。そして須臾とは極僅かな時間。誰もが持っている認識できない時間を私の時間として扱える能力よ。参考になったかしら?」

「ああ。サンキュー」

 

 快く説明してくれた咲夜と輝夜に礼を述べる。

 二人の能力は私の認識通りで、タイムホールによる歴史改変の影響は無いようだ。前提が間違っていない事を確認した所で、私は更に考える。

 

(さて、咲夜と輝夜の能力が鍵になるかもしれないと未来の私は言ったらしいが、どう扱えばいいんだ?)

 

 咲夜の能力は過去に干渉できないし、輝夜の能力も今の局面では使いどころがよく分からない。

 紫の話では、メビウスの輪の終点に到達した時、自分の時間を永遠にする事で世界の逆行現象に抗ったとのことだが、時間の保護という観点から見れば私でも同じ事が出来る。 

 そもそもタイムホールに対し二人の能力は効果が無かった。じゃなかったら、わざわざ私の所に来なくても自力で解決できていたことだろう。

 

(未来の私が〝失敗”の理由を語らなかった事と何か関係があるのか?)

 

 今回の歴史改変は絶対にやり直せないのに、未来を伝えないのはタイムトラベラーとしてのアドバンテージを自ら捨て去っている。

 しかも私に直接会いに来るのではなく、200X年7月20日に時間遡航――この場合は時間加速か?――した咲夜と輝夜に伝言を残している。勿論、咲夜と輝夜を助けるという理由もあるだろうが、何故こんな回りくどいやり方をしたのか?

 考えられる理由は三つある。

 

(まず一つ目の理由は、未来の私が致命的な失敗を犯してしまった為に、私に内容を伝える事を躊躇った可能性だ。例えば、れ、霊夢が死んでしまったとか……)

 

 自分で思い立って、霊夢が亡くなったあの日がフラッシュバックして、胸が張り裂けそうな程に苦しくなる。堪らず霊夢を見ると、2008年から来た霊夢と現在の霊夢が隣り合うように立っていて、私の視線に不思議そうな顔を浮かべていた。

 

(……いや、この可能性はないだろう。万が一にもそんな事が起きたら、尚更未来をはっきりと伝える筈だ)

 

 私が誰かに遠慮するような性格じゃないことは私自身が良く知ってるし、どれだけ時間が経とうとも、私が私の原点を否定するような行動はとらないだろう。

 私は首を振った後霊夢から視線を外した。

 

(二つ目の理由は、何らかの事情で私に未来を伝える事が出来なかった可能性だ)

 

 世の中にはある特定の言葉を口にしたり、文章にすることに制約を掛ける魔法・呪いがある。しかし、私がそんなものに引っかかるだろうか?

 人間だった頃ならともかく、種族としての魔法使いになった今では考えにくい。

 それにもし万が一その類の術を掛けられたとしても、私がパチュリーに解呪を頼らないとは思えない。まず有り得ないと思うが、念の為に確認をとってみよう。

 

「咲夜、輝夜。お前達が会った〝未来の私”に、何か違和感は無かったか?」

「違和感?」

「〝未来の私”が失敗の理由を話さなかったのは、何者かの魔法や呪いで言葉を奪われた可能性を考えてな。私は紫越しの伝聞調の記憶でしか見ていないから、直接会ったお前達がどう感じたかを知りたいんだ」

 

 何気ない質問だったが、二人は僅かに目を見開き、互いに目配せをする。

 なんだ? と思ってる間にも通じ合ったのか、輝夜は咲夜に頷いた後、私に向き直った。

 

「安心なさい、その可能性は無いわ。〝彼女”は間違いなく正常で、自らの意思に則って行動しているわよ」

「やっぱりそうだよな」

 

 咲夜が何か考え込んでいるのが少し気になるが、黙っているってことは大したことじゃないんだろう。

 

(そして最後の理由は、何らかの事情でこの時間に遡らず、私に未来を教えない方が良いと判断した可能性だ)

 

 二つ目の理由と似て非なる部分は、未来の私が何らかの意図を持っている点だ。

 例えば今の私が失敗の内容を知る事で、今と未来の私にとって不利益が生じる場合だ。具体例は……特に思いつかないが。

 

(仮にこの理由だった場合、未来の私は何を考えている?)

 

 未来の私が隠したのは、全ての未来ではなく、〝失敗の内容”――より正確には、今日の午前0時~0時30分の限定された時間のみ。これが何を意味しているのか?

 

(女神咲夜も言及を避けていたらしいな……。これは偶然か?)

 

 考えられるのは、未来の私が女神咲夜から何らかの情報を貰っている可能性。タイムホールがメビウスの輪に変化するなんて私は知らなかったし、たった一度の試行回数の中、何のヒントも無く真相に辿り着けるとは思えない。

 女神咲夜と未来の私が協力していると仮定した場合、失敗の内容を敢えて隠しているのは、〝内容を知ること”が、タイムホールの修復の致命的なエラーに繋がる可能性さえ出てくる。

 ……なんて、ここまであれこれと考えても、結局は仮定と憶測ばかりで決定的な答えが出ない。これまで未来の私の考えが分からない事はあっても、意図については何となく予想できていた。だけど今回のように全く理解できないなんて初めてだ。まるで別人みたいだぜ。

 

(う~ん情報が欠けてるな。私が言うのもなんだけど、確定的な情報でも無い限り、あまり未来の私の話は当てにならんからな……。一旦保留にして、別の視点から見るか)

 

 私は手持ち無沙汰にしているアンナとフィーネに話しかける。

 

「アンナとフィーネに質問がある。この星の科学技術でタイムホールを塞げるか?」

「すみません。あたしは専門外なのでよく分かりません。ですが、恐らく難しいのではないかと思います」

「何故そう言いきれるんだ?」

「つい先程、宇宙ネットワーク内で政府の発表がありました。要約しますと、突発的に発生した空間の歪みの調査の為に、この一帯を立ち入り禁止にするとのことです。もし対処手段があるのならばこんな発表はしません」

「なるほどな」

「詳細はフィーネが知っているかもしれませんが、守秘義務があるので難しいかもしれません」

 

 私は思い悩んでいるような顔のフィーネに訊ねる。

 

「フィーネ。何か知っているのなら教えてくれないか?」

「……そうですね。緊急事態のようですし、私が知りうる全ての情報をお伝えします。くれぐれも他言無用でお願いしますね」

 

 そう前置きして彼女は語り出す。

 

「先程アンナが話した〝空間の歪みの調査”は、タイムホールが開いた瞬間から宇宙航空局が実施しているのですが、現状では全く進展が無く、対応しあぐねています。何故ならこの一帯の時空間の歪みが観測史上最大値を計測している為、航空機による接近と次元変換装置(CRF)による転移が不可能だからです。勿論生身の肉体での接近も、我々アプト人の〝体質”的に自殺行為に等しい。なので彼らはサイバーポリスとの協力の下、現場に唯一居合わせた私の視覚と聴覚を通じてタイムホールを観測しています」

「凄い……! サイボーグなんだね」

「私の機械化率はそこまで高くないのですが……まあいいです」

 

 驚いているにとりをさりげなく訂正しつつ、フィーネは話を続ける。

 

「ここからが重要な話です。貴女達がタイムホールと呼ぶ空間の歪みが更に拡大するようであれば、アプト政府はレッドコール――最上級の非常事態宣言を発令する予定なのですが、時間の問題でしょう。八雲さんの記憶データにあった〝魔法の森”と呼ばれる場所に開いたタイムホールから、この星の建物が落下していましたから」

「やはり、あの建物はこの時空から来ていたのね……!」

「レッドコールは、国家の存亡や、惑星崩壊の危機が差し迫った時に発令されます。アプト星在住のCRF接続可能器官・CRF対応デバイスを所持する全ての人は、私やアンナのような一部の職業を除いて、政府権限で宇宙ネットワークに強制避難させられます。解除されるまで現実世界に戻れません」

「マジか! それはまずいな。アンナ、一旦これは返すよ」

 

 私はポケットにしまっていたアンナの眼鏡を渡す。タイムホールの修復について何の取っ掛かりも得てない現状では、高確率で起こりうることだろう。

 宇宙ネットワーク内で魔法を使ったら、またリュンガルトのような騒ぎが起こるとも限らないし、そもそも使えない可能性だってある。何もできずにタイムアップを迎える事だけはごめんだ。

 

「私も返すわ」

 

 私と同じことを思ったのか、霊夢達も次々とアンナに眼鏡を返していく。

 

「現在、サイバーポリス全職員の身辺調査と並行して、今回の事件の捜査が行われています。サイバーポリスは〝空間の歪み”が収束し次第、霧雨さんを重要参考人として事情聴取する方針です。ですが私個人の意見としては貴女を信じています。どうか頑張ってください」

「ああ」

 

 私は頷いて、再び思考に入る。

 懇切丁寧に説明してくれたフィーネには申し訳ないが、殆どの言葉の意味が分からなかった。勿論翻訳機の故障ではない。恐らくこの星の体制と、彼女の所属する自警団の内情について話していたのであろう。

 しかしそれでも有益な情報はあった。それは『この一帯の時空間の歪みが観測史上最大の値を計測している』という点だ。

 タイムホールを通ってやって来た紫達が普通に空を飛んでた時点で、時空の相転移現象――時空間の歪みが大きい場所で起こる転移現象。私がタイムホールを開いた時に、リュンガルトがこの時空から弾き飛ばされたのがそうだ。――は収まったと思っていたのだが、どうやら違ったみたいだ。

 

(考えてみればそうか。このタイムホールはメビウスの輪になるんだもんな)

 

 大きな時空間の歪みは、この時空のみならず他の時空に連鎖的に広がる。

 そして私のタイムジャンプは、安定した時空間で無ければ失敗する可能性が高まる。例えるならば嵐の中で空を飛ぶようなものだ。正常な時空間に飛ばされるだけならいいが、時空の狭間に落ちてしまえば、二度と抜け出せなくなるだろう。

 

(まずはタイムジャンプを使えるようにしないとな)

 

 未だに良案は思いつかないが、前提が崩れ去ってしまっては話にならない。周囲の時空の歪みを把握して、それを計算に入れた上でタイムジャンプが成功するように変更しなければ。

 今までやったことは無いけど、やるしかない。その矢先だった。

 時刻は午前0時15分。周辺の空に次々とタイムホールが開き、水玉模様のように大量発生したかと思えば、地鳴りが起きる。

 

「!」

「な、何!?」

 

 新たに開いたタイムホールの真下に建っていた超高層マンションが地面を離れ、タイムホールに向かって次々と吸い寄せられていく。舗装された道路、巨大な橋、細長い線路、飛行中の宇宙船……、まるでこの星の全てを奪い去るかのように。

 すぐさま警報が鳴り響いた。

 

非常事態宣言(レッドコール)発令。非常事態宣言(レッドコール)発令。緊急避難を開始します』

 

 事前に宇宙ネットワークに繋がるメガネを返していたので私達には何も影響は無かったが、恐らくアプト中の人々が宇宙ネットワークに転移させられているのだろう。

 

「遂に発令されましたか……」

「ま、街が……」

「いやはや、凄い光景ですねぇ。被写体に困りませんよ」

 

 唖然とするフィーネとアンナ。文はカメラを構えて、シャッターを切りまくっている。霊夢と紫は鋭い目つきで眺めていた。

 周囲の超高層マンションと、剥がされたアスファルトの道路が宙を舞い、ピンボールのように空中で衝突して瓦礫が弾け飛び、連鎖する。平穏だった空は危険地帯と化していた。

 遠くのマグラス海では莫大な海水が竜巻のように巻き上げられている。空中都市ニツイトスを構成する宇宙船は、噴射口から火を噴きながら離れようとしているが、時空の歪みからは逃れられないようでジリジリと高度を上げていく。あの街がタイムホールに呑まれるのも時間の問題だろう。

 

「まるで世界の終わりね」

「この建物が幻想郷に落ちてくるのね……」

「ね、ねえ魔理沙。ここは大丈夫なの? 私達も避難した方が……」

 

 不安げに訊ねてきたアリスに、「私の力でこのマンションと私達の周囲の時空間を固定してるから大丈夫だ」と答える。現に、この付近で無傷な建物はもうここしか残っていない。

 

「なあ、あの建物こっちに落ちてこないだろうな……?」

「私達が結界を張るわ。こっちに集まってちょうだい」

「霊夢様。私もお手伝いします!」 

 

 妹紅の懸念に、二人の霊夢と杏子が、集まった私達を護るようにドーム型の結界を展開する。〝博麗”の少女が三人集まったことで、強度は申し分なく、私の全力の魔法でも破れるか怪しいくらいだ。

 続いて何かが崩壊するような音が耳に入り、甲高い悲鳴が響く。咄嗟に振り向くと、アンナが首都の方角を見ながら叫んでいた。

 

「ああっ! トルセンド塔が――!」

 

 見ると、宇宙まで続く高い白銀の塔が真ん中辺りでぽっきりと折れていた。――いや、断面部分にタイムホールが開いていたから、きっと呑み込まれたのだろう。

 

「まさかそんな……! トルセンド塔が崩落するなんて、有り得ない!」

「そんなに凄い塔なのか?」

 

 過去マリサの疑問に答えたのは、アンナだった。

 

「詳しく説明すると長くなりますが、アプトの環境構築と、宇宙ネットワークの根幹をなす重要な塔です。地震や津波のみならず、宇宙船や隕石の衝突にも耐えられる素材で作られているのですが……」

「?」

「私達の尺度に当てはめるなら、博麗大結界みたいなものかしらね」

 

 いまいち分かっていない様子のマリサを紫がフォローする。

 

「魔理沙、時間はあまり残されてないわよ」

「ああ」

 

 新たなタイムホールの出現。それはこの世界がメビウスの輪に近づきつつある証だ。ぐずぐずしてはいられない。

 

「紫! お前の能力で私の潜在能力を引き出すことはできるか?」

 

 私の提案は、所謂『火事場の馬鹿力』を意図的に作り出す方法。

 時空の歪みが強くなった現状では、私の処理能力が及ばない可能性がある。そこで人が誰しも無意識に掛けている脳内の制限を解除して能力の向上を図る。あわよくば打開策に繋がるような新たな発見が得られるかもしれない。

 

「出来るけど、身体への負担が大きいわ。最悪の場合死ぬ可能性だってあるのよ?」

「構わん。やってくれ」

 

 もとよりここでなんとかできなければ死の運命が待っているんだ。今更躊躇う理由も無いだろう。

 

「分かったわ。苦しくなったらいつでも言いなさいよ?」

 

 紫は私の目の前まで近づくと、そっと指先を頭につける。

 次の瞬間、動悸が激しくなり、身体の内側からマグマのような熱量が迸るのを感じた。私から離れていく紫の動作が遅く感じ、大気の質感・匂い等、普段は気にしないものまで感じてしまう。これが『火事場の馬鹿力』って奴なのか。

 

(確かに負担が大きいな。さっさと始めよう)

 

 この一帯の時空の歪みは、例えるならば大きな渦潮のように荒々しいものだ。感覚を研ぎ澄ませ、時空の歪みの規模と強さを把握しつつ適応できるようにタイムジャンプの魔法式を再構築していくと、あることに気付く。

 

(これは……なんだ?)

 

 私のすぐ後ろに、私と同じくらいの小さな時間の空白があった。例えるなら流れる川の真ん中に開いた穴のようで、タイムホールによって生じた時空の歪みに影響されていないのだ。

 私は一回だけ振り返ってみるが、屋上の手すりが見えるだけだった。まあこの場の誰も何も言ってないし、薄々分かっていた事だけれども。

 

(この〝空白”はなんだ?)

 

 私の研ぎ澄まされた感覚は正常な時空間では無いと告げている。

 どれだけ意識を集中させても、()()()()()()時空間が読み取れなくて、()()()()()からだ。けれどこの時空間には覚えがある。つい最近にも遭遇したような……。

 

(〝時間の空白”ではなく、私が関知できない時空間なのか? まさか……女神咲夜がいるのか?)

 

 なんとなく時の回廊の雰囲気に似ているし、この荒れ狂う時間の歪みの中で、〝人一人分程の安定した時間の空白”が自然発生する確率を考慮すると、彼女が降りてきていると考えるのが自然だ。

 姿が見えないのは、にとりみたいに光学迷彩かなんかを使ってるんだろう。

 

(仮に女神咲夜がこの場にいるとして、目的はなんだ?)

 

 彼女が意味の無い行動を取るとは思えない。彼女は時の神であり観測者だと言っていたし、目的は観測だろう。

 ならば、この場合の観測対象はなんだ? ――いや、考えるまでもなく私だな。今回の事件を起こしたのは私なのだから。

 それを踏まえた上で、何故彼女がここにいるのか? 私は何度か見た事があるが、女神咲夜の観測は万能だ。時の回廊に居ながら、指定した時刻と場所の映像を誰にも気づかれずにいつでも見る事ができるのだから。プライバシーなんてあったもんじゃない。

 わざわざこんな危険地帯に降りて来なくても、安全圏から高みの見物を決め込んでいればいいじゃないか。普段使ってる観測方法に何か欠点があるのか、もしくはここに降りて来ることに意味があるのか。

 

(いや、待てよ?)

 

 発想を変えよう。もし、女神咲夜がここに来ざるを得ない状況なのだとしたら? 例えば、時の回廊からでは観測できない不測の事態が起きる、もしくは起きたのだとしたら。

 

(もしそうなら、話が変わってくるな)

 

 思い返してみれば今回の作戦は不審な点が多かった。女神咲夜も未来の私も、ここにいる私に未来を変えさせたい筈なのに、肝心の未来を一部隠蔽するなんて矛盾してる。

 しかしその矛盾こそが、女神咲夜と未来の私が求めている要だとしたら? ()()()()()()()()事が、予め観測もしくは経験した未来を覆すような、新たな未来の引き金になるとしたら?

 だとすると今回の歴史改変は、生半可なやり方では間違いなく失敗する。きっとタイムホールの修復だけでは解決しない。私が取るべき行動はなんだ? 必ず紫の記憶にヒントがある筈だ。

 ……というか、何かさっきよりも暑くないか? 天を仰ぐと、タイムホールとタイムホールの隙間に空いた空から降り注ぐ太陽光が強くなっている気がする。

 周囲には陽炎がゆらゆらと立ち昇って、遠くには蜃気楼がのぼっている。

 

「ねえ、マリサ。なんかさっきよりも気温が上がってない?」

「アリスもそう感じたか。まるで真夏みたいだぜ」

「参ったな。これを脱いだら下着が見えちゃうし……」

「私、暑いの駄目なんだよ~」

「あぁ、そうか。お前河童だもんな」

「文、こっちにも風をよこしなさいよ」

「仕方がありませんねぇ。少しだけですよ?」

 

 ざわざわと騒ぎだした頃、ずっと黙っていたフィーネが深刻な面持ちで口を開いた。

 

「非常にまずい事になりました」

「何があったの?」

「先程のトルセンド塔崩落の影響で、ラケノ――現在我々の頭上で輝いている人工太陽が制御を失い、衛星軌道上から外れました。宇宙航空局の計算では、4分38秒後の午前0時26分に我々がいるエリアに衝突します」

「ええっ!?」

「太陽って……!」

「この暑さはその影響か」

「おいおい、そんなものが落ちてきたら流石にヤバくないか?」

「私達の知る太陽と同じ構成の星なのだとしたら、巨大な火の玉が落ちてくるのと同じ。想像を絶する大災害になるでしょうね」

「もしそうなったら、蓬莱人以外は確実に死ぬわね」

「ちょっと管理が甘くない? これだけ文明が発展した星なら、バックアップくらいありそうなものだけど」

「にとりさんの仰ることはごもっともです。しかし報告によると、環境局側からの操作を受け付けませんでした。恐らくラケノは強力な時空の歪みであるタイムホールに囚われてしまったのでしょう」

 

 ここにもタイムホールの影響が出たのか……。なんというか、溜息しか出ない。

 

「紫、お前の能力でなんとかできるか?」

「試してみたけれど、タイムホールに囚われているから太陽の衝突は回避できないわ。今は私達の周囲の環境と空間の境界を弄って、現在の環境を固定したわ。仮に太陽の衝突でこの星が崩壊したとしても、私達は耐えられる筈よ」

「あんたの能力って本当に器用ねえ」

「ふむ、確かに私達のいる場所だけ環境が安定しています。八雲さんのような能力者が住む幻想郷というのは、一体どんな魔境なのでしょうか。気になりますね」

「ねえ、魔理沙! まだなの? もう時間が無いわよ!?」

「分かってる!」

 

 時刻は午前0時23分。本格的に時間が無くなってきたし、そろそろ決断しなければならない。私は今まで以上に頭をフルに働かせて考察する。

 過去は不変、現在は流動、未来は可変。それがこの世界の絶対的な摂理だ。

 タイムトラベラーは摂理を越えた存在だが、未来が過去と現在の上に成り立っている法則は覆せない。よって私は過去・現在からアプローチを掛けなければいけないが、現在を変える方法は違う気がする。

 先述したようにタイムホールを修復するだけで済むのならば、女神咲夜と未来の私が失敗の内容を隠すような事はしない。失敗から学べることは多いし、私は今までそうやって未来を改変してきた。

 それにもう無理だ。私がうじうじと考えている間に、アプト星崩壊の危機が迫っている。きっと未来の私が経験した歴史よりも、状況は悪化してるだろう。

 あの二人の言葉に私は非常に悩まされているのだから。

 

(――そうだよ。そもそも女神咲夜がこんなに密接に関わってくる事自体が異例なんだ)

 

 彼女は私にアドバイスすることはあっても、直接未来を決定づけるような方法はとってこなかった。ところが、今回は霊夢達がこの時空に来るように誘導している。

 当然、女神咲夜に悪意は無いだろう。じゃなかったら、私に歴史改変の猶予を与える事はしない。

 

(やはり、過去に行くしかないな)

  

 しかし現状ではメビウスの輪によって過去に遡れない。私が今滞在している時刻では、まだメビウスの輪が存在していないが、未来ではタイムホールがメビウスの輪に変化する事が確定しているからだ。

 でもよくよく考えてみたらおかしな話だ。未来が確定しているならば、過去と現在も確定していることになり、歴史改変の余地がない事になる。それでも未来の私なら足掻くだろうが、女神咲夜が結果が分かりきっている歴史に干渉するとは思えない。

 過去に遡れない原因が未来にある。〝現在”が〝未来”によって定められている。完全に逆転した因果を覆すには、此方も因果を覆す行動を取るしかない。即ち、〝現在”から〝過去”を変えるしかないのだ。

 その為には何をすればいいか――? 現在から過去に干渉するには――? 自分の脳内リソース全てを使って、思考を加速させていく。

 1分か、5分か、1時間か……。熟考に熟考を重ねた末に、遂に天啓が降りてきた。

 ――()()()()()()()のであれば、()()()()()()()()のだと。



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第259話 (2) 魔理沙の記憶③  時間の巻き戻し

〝時間を戻す”――その発想に至ったきっかけは、紫の記憶にあった咲夜の言葉だった。

 

『私は輝夜の永遠になる能力を利用して、自分の“状態”を永遠にすることで、時間軸の逆行に対抗したの』

 

 もしこれと同じ事が〝時間”という概念に適用出来れば、なんとかなるかもしれない。未来の私の目論みとも一致するし、可能性はある。

 

「咲夜、ちょっと手を貸してくれ。試したいことがあるんだ」

「ええ」

 

 咲夜が差し出した右手を握る。

 

「変な違和感を覚えるかもしれないが、我慢してくれ」

 

 私は咲夜の内側にある時の力を意識して、引き出せないか試みる。私のタイムジャンプも、咲夜の能力も本質的には近しい部分があるし、今の覚醒した私ならできるかもしれない。

 魔力操作の要領で試してみた所、魔力とも違う力が私の方に流れ込んでくるのを感じた。――これはいけそうだ。

 私は周囲の状況を確認する。

 タイムホール同士のスキマから見える空を見上げれば、圧迫感を感じる程に灼熱の星が接近している。青かった空は真っ赤に燃え上がり、至る所で爆発が発生している。

 地上に目を向ければ、辛うじてタイムホールの被害を免れていた超高層建築物は飴細工のように溶け落ちていく。街は爆撃にあったかのように焼け落ちており、四方八方を見渡しても無傷の建物はこのマンションしか残っていない。

 

「うわぁ……」

 

 眼前に広がる地獄のような光景に、皆絶句してしまっている。一歩でも霊夢の結界と紫の境界の外に出たら即死するだろう。最早一刻の猶予も無い。

 咲夜にお礼を伝えて手を離し、全員に向き直る。

 

「皆、待たせたな! 作戦が決まったぜ!」

 

 大声を上げると、全員が一斉に私を見た。

 

「これから私は〝時間”を紀元前38億9999万9999年8月18日午後5時まで戻して、リュンガルトに捕捉されない歴史にリセットする。その為に咲夜、輝夜、紫、霊夢、杏子、二人の〝私”とアリスの力が必要だ」

 

 名前が上がった紫と咲夜と輝夜は、やっと私の出番が来たと言わんばかりに笑みを浮かべていたが、それ以外の少女達は目を丸くしていた。

 

「え? でも、メビウスの輪のせいで、今日の午前0時以前には遡れないんじゃないの?」

「メビウスの輪を突破する方法を思いついたのか?」

「いいや違う。私は〝時間を遡る”のではなく〝時間を巻き戻す”んだ」

「なるほど……さっきの実験はそういう事だったの。考えたわね」

「ふふ、やっぱり貴女は面白いわ」

 

 咲夜と輝夜は理解したようだが、大多数の少女達は疑問を浮かべているようで、紫がそれを代弁するかのように訊ねる。

 

「もう少し詳しく説明してちょうだい」

「私のタイムジャンプは、対象となる人や物を指定して時間を移動するものだ。普段は私自身を対象にしているが、今回は対象を〝世界”に広げる。それから私のタイムジャンプに咲夜の時間操作能力を掛け合わせて、指定した時刻まで世界の時間――メビウスの輪が発生する以前の世界まで時間を巻き戻すんだ」

「つまり私達が時間移動するのでは無くて、私達の時間はそのままに世界全体の時間を動かすのかしら?」

「ああ、そうだ。今まで私が行ってきた歴史改変に照らし合わせるならば、〝午前0時に起きたタイムホール発生の歴史を、発生しなかった歴史に改変する”のではなく、〝午前0時にタイムホールが発生してから現在に至るまでの歴史を無かった事にして、最初からタイムホールが発生しなかった世界にリセットする”」

「1から2にするのではなく、0にするのね」

「へぇ……!」

「とんでもないな」

「……そんな事できるの?」

「出来るかどうかじゃなく、やらなきゃいけないんだ。確定した未来によって滞った現在を覆すには、 既存の枠にとらわれない行動を取る必要がある」

 

 私達のいる世界と、女神咲夜が住む高次元世界(時の回廊)の時間軸は本来であれば独立していて、互いに影響を及ぼすことは無かった。しかし私がタイムホールを開いて次元の壁を破壊した事で、二つの異なる時間軸が混じり合い、メビウスの輪の完成に至ってしまった。

 時の回廊は過去も現在も未来も存在しない時間軸だと言う。恐らくその時間法則がこの世界を侵食した事で、現在が未来によって確定するという奇妙な現象が起きてしまったのだろう。

 未来の私が失敗したのは必然だ。私のタイムジャンプでは時の回廊を移動する事しかできないし、そもそも時の回廊の時間軸を考慮に入れてなかったのだから。

 しかし発想を変えれば、二つの異なる時間軸が絡み合った今なら、この世界からでも時の回廊の時間軸に干渉できる可能性がある。その為には時間の概念を操作できる咲夜と輝夜が必要不可欠だ。

 これが熟考した末に下した結論。唯一の懸念点も先程の実験で問題ない事が判明したし、間違いなくこれはいける。

 

「時間の巻き戻しが起きた場合、私以外の全てが戻される。人々の記憶・行動・肉体時間のみならず、物質の性質・運動も含めた全てだ。輝夜は私以外の全員に永遠の魔法を掛けて、時間の巻き戻しの影響を受けないようにしてくれ」

「ふふ、分かったわ」

 

 輝夜は心底愉快そうに一人一人に永遠の魔法をかけていく。あんなに上機嫌な輝夜は初めて見たかもしれない。

 

「この魔法には莫大な魔力が必要だ。二人の〝私”とアリスについては、私に魔力を提供してもらいたい」

「おう!」

「協力は惜しまないわ」

「霊夢と杏子と紫は、引き続き結界と境界の維持を頼むぜ」

「任せなさい」

「全力で頑張ります!」

「それから――」

 

 言いながら私は素早く振り返り、〝空白の時間”の腕がありそうな所に向かって腕を伸ばす。逃げられてしまう前に捕まえる目論見は見事に的中し、柔らかくて細長いものを掴む。

 

「お前にも協力して貰うぜ?」

「……!」

 

 目の前の空間を見据えながら言いきると、僅かな間を置いた後、光をバチバチと火花のように出しながら女神咲夜が姿を現す。やはり光学迷彩で隠れていたようだ。

  

「えっ!? 〝私”?」

「これは驚いたわね。まさか貴女がここに来るなんて」

「咲夜が人間だった頃の姿、久々に見たわ。懐かしいわねぇ」

「もしかして、時間の女神様かしら?」

「だろうね」

 

 背後から驚きの声がちらほらと上がるが、女神咲夜は固く口を閉ざしたままだ。その瞳は困惑に揺れていて、私に発見された事が想定外だと物語っている。

 

「お前の存在に気付いたのはついさっきだ。何故ここに居るのか知らんが、私にとっては好都合だ。力を貸してもらうぜ」

「…………」

「ああもちろん、お前が積極的に関与したがらないのも理解はできる。だけどな、今の私はこの状況を打開しようと必死なんだ。使えるものはなんだって使わせてもらうからな」

「……」

 

 一方的に捲し立てると、女神咲夜は考え込むように黙り込んでいる。何故一言も喋らないのか気になるが、私の手を振り払う気配も無かった。

 

「魔理沙、こっちは終わったわよ」

「サンキュー輝夜。それじゃ早速始めるぜ。咲夜、私の右手を握ってくれるか? 二人の〝私”とアリスは左手を頼む」

「ええ」

 

 咲夜は女神咲夜の隣に移動し、彼女をちらりと見ながらも私の右手を優しく握る。同時にアリスと二人の〝私”も、私の左手に手を重ね、暖かな魔力が伝わってくる。

 私は魔法使い達の魔力と、咲夜の時の力を引き出しながら新たな魔法式を即興で構築していく。ぶっつけ本番になるが実験する時間は無い。だけど成功する自信はある。

 魔法式が完成に近づくにつれて、私を中心に反転した時計魔法陣が展開されて、空間を侵食していく。

 

「おおっ!」

「なんて魔力なの……!」

「ははっ、こんな魔法ありかよ!」

 

 興奮した様子の二人の〝私”とアリス。

 これから行うのは時間移動ではなく、時間の巻き戻し。名づけるならこうだろう。

 

「タイムリバース発動! 時刻は紀元前38億9999万9999年8月18日の午後5時!」



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第260話 (2) 魔理沙の記憶③  致命的な誤算

 タイムリバースを宣言した瞬間、世界が大きく揺れる。いや、揺れているのは私なのか。

 まるで大岩に押しつぶされているかのような強烈な負荷が掛かり、気絶しそうになるものの、気合で意識を保つ。

 

「皆さん見てください! 時間が止まってます!」

 

 アンナの声で宙に浮かぶ時計を見ると、午前0時26分15秒で数字が停止している。

 周囲を見れば超高層マンションの融解が止まり、空を見上げれば今にも落ちてきそうな太陽も動きを止めていた。

 

「へぇ、これが時間が止まった世界か」

「本当に全てが止まっているのね。不思議だわ」

「咲夜はいつもこんな景色を見てるのねぇ」

「う、宇宙ネットワークに繋がりません。こ、こんな事があるのですか……!?」

「仕組みはよく知らないけど、私達以外の物質の運動が止まっているんでしょ? 宇宙ネットワークを構築しているサーバー? も止まっているんじゃないかな」

 

 しかし時間を停止しただけで、戻らなければ意味が無い。

 私は咲夜の時間操作能力を駆使して時を戻そうと試みるが、時刻がチカチカ点滅するばかりで上手くいかない。現状、辛うじて時間の進行を食い止めているだけで、じわじわとカウントが増えている。

 

「くっ……!」

 

 明らかに出力が足りてない。いや、それだけではなく時間操作の練度も足りてないのだろう。普段の咲夜なら造作も無く時を止めるのに、私は既に一杯一杯だ。

 やはりぶっつけ本番なのがまずかったのだろうか。あるいは私の魔法式にミスがあったのかもしれない。いずれにせよ反省する時間も、やり直す機会も無い。今はとにかくこの魔法を成功させないと、全員お陀仏だ。

 

(さて、どうする?)

 

 二人の〝私”とアリス、咲夜の顔色は芳しくなく、これ以上力を引き出そうとすれば倒れてしまうかもしれない。

 一方女神咲夜は顔色を変える事無く、私を見定めるかのような視線を送っている。流石に時の神なだけあって、まだまだ余裕があるようだ。

 私は女神咲夜から更に時の力を引き出すべく、意識を向けようとした時、全身に悪寒が走る。この感覚は言葉で表現するのは難しく、第六感とも言うべきか、理屈ではない何かの警告だと直感的に理解した。

 

(でもやるしかない――)

 

 私は本能の警告を無視して、女神咲夜の時の力に意識を向けた時だった。突如として私の意識は真っ暗な宇宙の中に飛ばされる。

 

(んなっ!?)

 

 宇宙空間の中には星の代わりに、様々な形の時計盤が無数に浮かび、全てがデタラメな時間を指している。いつかどこかで見た光景だ。確か時の回廊が真の姿を現す前だったか……。

 しかしあの時と違って、私の意識は金縛りにあったかのように動かない。なんとかならないかと悪戦苦闘していると、いつの間にか中心に女神咲夜が立っていた。

 彼女は此方に向かってゆっくり近づき、私の目の前で立ち止まった。

 

『まさか貴女が私の世界に入り込むとはね。表層の私は余程気に入ってるのかしら』

 

 表層の私? まさか彼女は女神咲夜の心の中の人格なのか? 

 

『これ以上進むと後戻りできなくなるわよ。本当にいいの?』

 

 それはどういう意味なのか? そう問いかけようとしたが声が出ない。

 

『…………』

 

 女神咲夜は私の答えをじっと待っているみたいだけど、本当に声が出せないんだよ。一体どうしろと言うんだ。

 とりあえず心の中で念じてみる。(私は覚悟は出来ている)と。

  

『それが貴女の答えなのね。いいわ、力を貸しましょう』

 

 私の心が通じたようで、咲夜は私の両手を優しく握る。彼女から冷たくも温かい不思議な力が流れてきて、視界の奥に銀色の懐中時計が映る。

 

『また貴女と再会できる事を願っていますわ』

 

 平衡感覚を失い、全てが逆さまになるような感覚。気付けば私の意識は現実に帰還していた。

 

(今のは――いいや、それよりも)

 

 私は時の力の奔流に吐きそうになりながらも叫んだ。

 

「クソッ、戻れぇ!」

 

 反転時計魔法陣の輝きがより強くなり、時間が少しずつ戻って行く。

 頭上の太陽はだんだん遠ざかって行き、融解した超高層マンションは元の形を取り戻していく。

 

「時間が戻ってるわ!」

「すごいね! 逆再生で映像を見てるみたいだ」

「その調子よ魔理沙!」

 

 霊夢達から喜びの声が上がるが、まだ午前0時20分までしか遡れていない。既に私の思考は真っ白になりつつあるのに、あと7時間もある事に心が折れそうだ。

 身体が燃えるように熱く、筋肉が軋んで悲鳴を上げている。これ以上続けてはいけないと、脳が警告をしている。

 しかしそれでもやらなきゃいけない。せめてメビウスの輪から抜け出さないと、タイムジャンプが使えない。

 

「うおおおおおお!」

 

(戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ!)

 

 歯を食いしばって苦しみに耐えながら、一心不乱に念じ続けて――身体の感覚が無くなった。

 

(あれ――)

 

 揺れる視界、霧散していく思考。刹那の瞬間において辛うじて理解できたのは、私の内側から発生したタイムホールによって、私が呑み込まれたということだ。

 

「キャア!」「な、なんだよこれ!?」「魔理沙!?」「巻き込まれるわ! 離れて!」「駄目だ。逃げられない!」

 

 誰かの叫び声が聞こえるが、状況を把握できない。

 ああ、いったいどうしてこんな事になってしまったのか。〝時間を巻き戻す”のが正解では無かったのか?

 ただ一つ言えるのは、私は失敗してしまったという事だ。

 

「魔理沙ー!」

 

 薄れゆく意識の中、最後に目に映ったのは私に向かって手を伸ばす霊夢の姿だった。

 

 

 

 

『やれやれ、しょうがないな』

 

 タイムホールの中で誰かが私を引っ張り上げたような気がした――。

 



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第213話 欠けた記憶

この話の時系列は『第212話 魔理沙の推理②』の続きです。


簡単なあらすじ (第5章第189話以降)
アプト星に遊びに来た魔理沙達。途中で女神咲夜とも合流し、観光を楽しんでいた。
VRゲームを楽しんでいた魔理沙に、身に覚えのない記憶が蘇り、現在の歴史が改変された後の歴史だと知る。
戸惑う魔理沙に、更なる記憶が蘇った。


――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

――紀元前38億9999万9999年8月18日午後6時35分(協定世界時)――  

 

 

 

「――っ!?」

 

 反射的に飛び起きた私は、すぐに状況を確認する。

 私達を囲むように超高層ビルが立ち並び、現実世界と重なるように半透明に映る宇宙ネットワーク内には様々な業種の店が軒を連ねて、数多の人々でごった返している。

 中心には天高く聳え立つトルセンド塔。背後には私をじっと見つめる咲夜。少し離れた場所には、空中に投影したマセイト繫華街の地図を見ながら、霊夢、マリサ、にとり、妹紅、アンナが話し合っている。どうやら今日の晩御飯を食べる店を選んでいるようだ。

 

「ここは……トルセンド広場なのか……?」

 

 空を見上げても青く澄んだ空が広がっていて、タイムホールの影も形もなく、人工太陽ラケノが接近していることもない。勿論前方に見えるトルセンド塔は無傷で、周囲の超高層ビルも健在だ。

 

「どうしたの魔理沙? 凄い汗をかいてるわよ」

「ああ、いや……」

 

 心配そうに近づいてきた霊夢に、私には生返事しかできなかった。

 例えるなら、自分が死ぬ夢を見て飛び起きた時のような嫌な感覚が依然として纏わりついていて、気持ちが落ち着かない。

 

(今の記憶はなんなんだよ……!?)

 

 アンナの自宅に招かれた直後に起きたリュンガルトの襲撃から始まり、タイムジャンプの暴走による巨大なタイムホールの発生の後、様々な年代の幻想郷からやってきた霊夢達から聞かされたメビウスの輪による時間軸の破壊。そしてタイムリバースによる私の自滅……。

 6時間足らずの出来事とは思えない。

 

(私は……生きてるのか?)

 

 私は自分の身体をペタペタと触りつつ、魔力を流してチェックする。未だに動悸が止まらないが、身体は至って健康体だった。あの時の身体が消えて無くなるような嫌な感触はない。

 

(そうだ。今は何時何分だ?)

 

 脳内ですぐに時間を確認すると、B.C.3,899,999,999/08/18 18:37:04と表示された。正確な時間を計測した訳ではないが、これまでの例から鑑みるに記憶が想起してから1分も経っていないのだろう。

 

(それにしても、またリュンガルトなのか……)

 

 私なりに策を講じたつもりだったのだが、結局リュンガルトに見つかってしまい、西暦300X年の私の警告を活かせなかった。この時空に来るべきではなかったのだろうか……。

 

「魔理沙、まさかまた記憶が……?」

「なんだなんだ、どうした?」

 

 私の異変を聞きつけて、マセイト繁華街の地図を見ながら次の目的地を探していたマリサ達までこっちにやってきた。

 分からない事ばかりでどう説明したものかと思っていた時。

 

「見つけたぞ霧雨魔理沙!」

「!」

 

 私を呼ぶ声に振り返ると、トルセンド塔の正面に群青色の制服に身を包んだ眼鏡男が立っていた。

 彼には見覚えがある。リュンガルトの司令官兼スパイで、名前はレオン。他の通行人のように半透明ではなく、この現実世界に実体化しており、白銀の光線銃を構えて私に照準を向けていた。

 

「死ねぇ!」

「魔理沙っ!」

 

 叫ぶ霊夢。

 反応する間もなく一筋の光が迫り――、私の目と鼻の先で直角に折れ曲がって、足元が焼け焦げる。いつの間にか私の隣に移動していた咲夜が懐中時計を握っていて、どうやら私の手前の空間を曲げたようだ。

 

「なんだとっ!?」

「やらせないわよ」

「いたぞ! 確保しろ!」

 

 雑踏の中から現れたサイバーポリスが次々と実体化し、レオンに向かって飛び掛かる。逃げる間もなく、四人の警察官によって拘束された。

 

「おい、大人しくしろ!」

「クソッ、私の襲撃さえも貴様達の計算の内だったというのか! どこまで人をおちょくれば気が済むんだ!」

 

 レオンは地べたに這いつくばりながら剝き出しの殺意を向けているが、私には何のことか身に覚えがない。まさか改変前の記憶があるのか……?

 

「霧雨さん、お怪我はありませんでしたか?」

 

 さっき別れたはずのフィーネが私の前に実体化してきたので、「大丈夫だ」と短く返す。もちろん咲夜にお礼を伝えるのも忘れない。

 

「助かったぜ咲夜。ありがとな」

「ちょっと、あいつは一体なんなのよ? いきなり魔理沙を殺そうとするなんて!」

「彼の名はレオン。リュンガルトの部隊長です。どうやら先程の情報は誤りだったようで……危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」

 

 フィーネは私達と別れる前、アンナの『この近くにもリュンガルトがいるの?』という質問に『今の所は確認されてないから大丈夫よ』と答えていた。遠い昔の出来事のように感じるが、実際はあれから10分も経っていない。

 

「リュンガルトだって? お前達と同じ制服を着てるじゃないか」

「それは……お恥ずかしい話ですが、あの男はリュンガルトのスパイで、警察内部の情報を横流ししていました。匿名の通報が無ければ、今も情報漏洩が続いていたかもしれません」

「まさか身内の不祥事ってのは」

「はい……藤原さんの想像通りです」

 

 妹紅の追及にフィーネは気まずそうにしている。

 

「魔理沙、あの男に心当たりはあるのか?」

「いや、面識はないな」

 

 あの男とひと悶着あったのは改変前の歴史での出来事なので、嘘ではない。こんな話をしてる間にも、サイバーポリスの宇宙船が到着する。

 二人の警察官によって身体を起こされたレオンは、光の手錠と緊箍児のようなもので拘束されて「私は嵌められた」とか、「あのタイムトラベラーこそ悪だ! 霧雨魔理沙を捕まえろ!」と喚いていたが、周囲のサイバーポリスは聞く耳を持たず、宇宙船に向かって連行されていった。

 

「レオンのこれまでの容疑からして、二度と霧雨さんの前に現れることはないでしょう。では私はこれで」

「お仕事頑張ってね。フィーネ」

 

 フィーネが宇宙船に乗り込んだ後、この場から転移していった。

 

「なあ咲夜、聞きたいことがあるんだ」

 

 そう切り出すと私の真剣な雰囲気を察したのか、咲夜は時間を停止する。私と咲夜以外の全てが止まり、賑やかだった街は無機質な超高層ビル街に早変わりする。

 

「貴女の言いたいことは分かっているわ。今まで見ていた記憶が全てよ」

「待ってくれ。分からないことが多すぎる。私はあれからどうなったんだ? 霊夢達は無事だったのか? それとも……死んだのか?」

 

 私が見た最後の記憶は、自らがタイムホールに呑み込まれる瞬間だった。あれから助かったとは思えない。

 

「本当にそう思う?」

 

 問い返された私は少し考えて。

 

「――いや、なんだかんだでメビウスの輪の解消をやり遂げたんだろうな。じゃなかったら、今の私はここにいない」

 

 咲夜は優しいが、非情な決断もできる少女だ。散々念を押されたし、特別扱いはされていないだろう。

 

「一つだけ言えるのは、貴女の記憶に穴があるのは、改変前の歴史の貴女が望んだのよ」

「なに?」

 

 いったい何があったのか非常に気になる所だが、ここで聞いてしまえば未来の私の意図が崩れてしまうだろう。このジレンマに陥る私を見透かしたかのように、咲夜は言った。

 

「聞きたい?」

「……いいのか?」

「『この歴史改変が起きた後、私は必ず失った記憶についてお前に訊ねるだろう。その時になったら私に教えてやってくれ』――かつての貴女はそう言ったわ」

 

 一旦整理しよう。

 この台詞から分かる事は、私はタイムホールに呑まれて死んだわけではなく、何らかの形でメビウスの輪を解消したということ。改変前の私が記憶を消す選択をした理由は不明だが、本当に消してしまいたいくらい嫌な記憶なら、こんな言い方はしない。

 つまり――

 

「改変後の歴史にいる私、つまりこの私の記憶を消す事が目的だった――ということか?」

「ええ。主観的に体験した鮮烈な記憶と、貴女から伝聞した話とでは大きく違うわ。尤も、私の話を聞いたことで、多少の影響が出る可能性は否定できないのだけれど」

 

 ううむ、全く想像が付かないな。博麗神社で咲夜と輝夜にアドバイスした件といい、未来の私は隠し事が多すぎる。本当に改変前の歴史で何があったんだよ。

 

「さて、どうするのかしら?」

「勿論聞かせてくれ」

 

 何も知らないでいるのは気持ち悪いし、私は常に真実を求めてきた。今更怖気づくわけにはいかない。

 

「貴女の選択を尊重するわ。時刻は紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時21分12秒。貴女がタイムホールに落ちた後の事よ――」

 

 咲夜はそう前置きして、私の欠けた記憶を語りだした。




次の話は『第260話 (2) 魔理沙の記憶③  致命的な誤算』の続きとなります。


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第261話 (2) 女神咲夜の分析

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

「魔理沙ー!」

  

 異変にいち早く気付いた西暦215X年10月1日の博麗霊夢は、タイムホールに呑み込まれる時間旅行者霧雨魔理沙に向かって駆け出して懸命に手を伸ばしたが、彼女に触れることは叶わず、消えていった。

 時間旅行者霧雨魔理沙を中心に発生したタイムホールは異質なものだった。

 周囲の空間にはタイムホール発生の余波で亀裂が走り、その隙間からは青白い光が漏れ出していた。

 タイムホールの中の空間は宇宙空間のように広く、螺旋状に歪み、古今東西に存在した時計が無数に浮かんでいた。中心に立っていた時間旅行者霧雨魔理沙の肉体はねじれ、傍から見れば助からないように思えるものだった。

 彼女と直接手を繋いで力を譲渡していた二人の霧雨マリサ、アリス・マーガトロイド、十六夜咲夜は成す術なく呑み込まれて、この時空から消失。術者とその協力者が全員消えてしまったことで、タイムリバースの効果は消えて、時間が未来に向かって進み始めた。

 

「……」

 

 タイムホールの奥を睨みつけていた博麗霊夢は、屋上の手すり付近に佇む女神咲夜の元に駆け寄っていく。彼女はタイムホールが発生する寸前にその場を離れていたため、被害を免れていた。

 

「ねえ咲夜。居なくなっちゃった魔理沙達を助けられないの?」

「…………」

「ちょっと、何とか言いなさいよ」

 

 博麗霊夢は話しかけるが、女神咲夜は沈黙を貫く。

 勿論博麗霊夢に負の感情を抱いているわけではない。あるがままの歴史を観測するために、自身の存在による歴史への波及を最小限に抑える目的の為、心苦しさを感じながらも無視している。

 時間旅行者霧雨魔理沙に手を貸したのも、彼女の観測者としての姿勢によるものだ。観測対象に積極的に関与することはないが、求められた時に否定することもない。

 

「もーなんなのよ……!?」

 

 呆れ果てた博麗霊夢が踵を返そうとした時だった。彼女が持つ未来予知にも似た直観が働き、咄嗟に女神咲夜にしがみつく。

 その直後、空間の亀裂が破壊されて屋上全体にタイムホールが広がる。今後のことについて話し合っていた八雲紫達は足元を失い、逃げる間も、能力を使う暇もなく囚われ、時空の彼方に落ちていった。

 

「そんな……なんてことなの……」

 

 目の前で起きた出来事に博麗霊夢は愕然と呟く。

 かくいう二人も下半身がタイムホールに囚われていたが、女神咲夜のみが螺旋状に歪むことなく、その場に安定して立っていた。

 今まで見たことがない異様なタイムホールに気味悪さを感じながらも、女神咲夜を見上げる。

 

「ねえ、これからどうするのよ」

 

 博麗霊夢には、女神咲夜から少しでも離れればタイムホールに落ちる確信があった。下半身が存在する感覚こそあるものの、全く動かせず、奥に引っ張られるような感覚が続いているからだ。

 しかし女神咲夜は依然として答えることなく、タイムホールの深潭に視線を固定しながら、時間旅行者霧雨魔理沙の行動を分析していた。

 彼女が導き出した時間を巻き戻す選択は満点に近い回答だった。推論通り、メビウスの輪は従来の時間移動では絶対に解決できない事象であり、世界の再構築が必要だからだ。

 それだけに、今回の顛末は非常に惜しいものだった。

 時間旅行者霧雨魔理沙が失敗した原因は一言で言ってしまえば、彼女の実力不足にすぎる。彼女は時間旅行者(タイムトラベラー)であって、時間創造者(タイムクリエイター)ではないのだ。もし充分な時間と、力の性質の変容が起きていれば、結果は大きく違っていただろう。

 

「…………」

 

 結果だけみれば、時間旅行者霧雨魔理沙の“失敗”は明白だ。歴史の初期化は決定事項であり、この時空に留まる意味はない。

 しかし女神咲夜は、目の前で起きた出来事に引っかかりを覚えていた。

 時間旅行者霧雨魔理沙が起こした異質なタイムホールは、時の力の暴走であることが明白であり、大した事ではない。問題は彼女の行方だ。

 女神咲夜が至近距離から直接目視で観測していたにも関わらず、彼女が飛ばされた時空点を把握できなかったのだ。タイムホールと時の回廊の狭間で“空白”が発生し、霧のように搔き消えてしまった。

 これは奇しくも事前に導き出していた未来予測と一致していた。

 

「……確かめる必要があるわね」

 

 既に結果を観測しこの時空に滞在する意味はない。このタイムホールはやがてこの星を呑み込んでしまうだろう。女神咲夜は、タイムホールを見下ろしている博麗霊夢に声をかける。

 

「霊夢、今から時の回廊に帰るわ。それまでしっかり捕まってなさい」

「ええ」

 

 女神咲夜に抱き着いている博麗霊夢の腕の力が強くなったことを確認した後、浮上してタイムホールから抜け出す。

 そして目の前の空間を人差し指でなぞるようにしてタイムホールを開き、時の回廊に帰還していった。

 

 

 

 女神咲夜が始まりの時計塔に降り立った後、博麗霊夢は彼女から離れる。身体に異常が無いことに安堵しつつ、博麗霊夢は訊ねた。

 

「これからどうするつもり?」

「まずは行方不明になったタイムトラベラーの魔理沙を現在の時間軸上から捜索するわ。それまで現状維持よ」

「もう歴史の初期化は確定事項なの?」

「……弁解の余地くらいは与えるつもりよ」

 

 そう言いながら、女神咲夜は透過スクリーンを出現させると、時の回廊の観測記録から時間旅行者霧雨魔理沙の情報を探していく。興味を抱いた博麗霊夢は覗き込んだが、見た事の無い言語と記号の羅列にすぐに理解を諦めた。

 

「ねえ、魔理沙以外も助けてあげて――」

「ええっ! 噓でしょ!?」

「何があったの?」

 

 透過スクリーンに表示されている文字を見て、女神咲夜がひどく驚いていたが、博麗霊夢には意味が分からなかった。

 女神咲夜が人差し指で画面の表面に触れると、一瞬で日本語に変換される。

 

『現在全ての時間軸において、時間旅行者霧雨魔理沙の存在は確認されていません』



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魔理沙の章
第I話【第262話 (2) 】魔理沙の欠けた記憶 目覚め


 ――side 魔理沙――

 

 

 

「ん……」

 

 私が目を覚ますと、抜けるような青空が広がっていた。

 

「んん?」

 

 上半身を起こして辺りを見回すと、地平線の果てまで草原が広がっていた。どこだここ?

 

「おっかしいなぁ、昨日は確かに自宅のベッドで寝たはずなんだが……」

 

 前日の記憶を思い出してみる。

 朝起きてからずっと新しい魔法の研究をやって、午後になって食材が無い事に気付いて人里に買い出しに出かけたんだよな。で、買い物帰りに偶然会った早苗とちょっと喋ってから帰って、夜遅くまで研究の続きをやって寝た筈だ。酒を飲んだ記憶も無いし、二日酔いの感覚も無いから、私はシラフで間違いない。

 それに自分の恰好も変化していた。

 いつもの魔女服じゃなくて、白いフリル付きのブラウスと黒い花模様のジャンパースカートを着ているし、頭がやけにスースーするなと思ったら魔女の帽子が無くなってて、髪型がポニーテールになっている。勿論こんな服着た覚えが無いし、自宅のクローゼットにも存在しない。誰が私を着せ替えたんだ? アリスか?

 ポケットをまさぐってみると、スペルカードと八卦炉と財布があり、それなりのお金が入っていた。う~ん、今の状況だとあまり役に立たなそうだな。

 

(考えていても仕方ないか。まずはここがどこなのかを探らないとな)

 

 私は服を払いながら立ち上がり、改めて周囲を観察したところで、気づいた点がいくつかあった。

 まず空だ。雲一つない青空なのだが、どの方角を見ても太陽が無い。だけど地上は明るく照らされている。この光はどこから来ているのか。

 次に気候。今は7月なのに、暑くも寒くもなくちょうどいい気候で、セミの声も聞こえない。それどころか私以外の生き物の気配もない。妙に静まり返ってるし、ここは人工的に作られた空間なのか?

 

「おーーーーい! 誰かいないのかーーーーーーー?」

 

 声を張り上げて呼びかけてみたが返事はない。まあこんな見晴らしの良い場所に人が居たらすぐに分かるし、当然か。

 幸いにも魔法は使えるようなので、私は魔力を使って飛び上がる。いつもの箒があればよかったのだが、無いものは仕方ない。

 

(おっとっと)

 

 いつもの感覚で魔法を使ったら思ったより勢い付いて、バランスを崩しそうになりつつも、地上が小さく見えるくらいの高さまで上がった所で、再び辺りを見渡す。

 

「んー?」

 

 私は結構目が良いほうだと自負してるが、それでも景色に変化は無かった。どこまで行っても平坦な草原が続いている。私の知る限り、幻想郷にこんなに広い草原は無かったはずだし、ますます人工的な空間の可能性が高まった。

 

(こんな芸当ができるのは誰だ?)

 

 私の中の最有力候補はパチュリーだ。最近図書館の本を借りに行った時に、めちゃくちゃ怒ってたからなあ。腹に据えかねて私を閉じ込めた可能性がある。彼女の魔力なら、こんなバカでかい空間を作るのは簡単だろうし。

 次に思いつくのはスキマ妖怪くらいだが……特に因縁は無いし、まあアイツがこんなことをするメリットはないだろう。

 後は……ん~分からん!

 

(とりあえず動いてみるか)

 

 人工的な空間なら、何か大きなアクションを起こすことで変化があるかもしれない。私は空に向かって八卦炉を構える。

 

「恋符「マスタースパーク」!」

 

 虹色の光線が空の彼方まで飛んでいって――見えなくなった。私の全力を叩き込んだが、特に変化は無い。

 その後東西南北と地上に向かって撃ってみたが、手ごたえは無かった。でも決して無駄な事ではなかった。私は何者かによって、寝てる間にこの謎空間に閉じ込められたことを確信したからだ。

 だって私の全力マスタースパークが地面に直撃しても、衝撃や爆発音もせずに吸収されたんだぜ? こんなの絶対有り得ないだろ。

 

(それにしても今日は調子がいいな。連発しても全然疲れないぜ)

 

 この空間の影響なのだろうか。今なら研究中の新魔法の実験ができそうだが、まずはここから脱出すべきだな。

 さてどっちへ向かうべきか。つか目印になりそうなものが何も無いから方角も分からないんだよな。

 ひとまずあっちに向かってみよう。私は地上の様子がしっかり見える程度に高度を落とし、ランニングくらいの速度で飛んでいく。真っすぐ進行方向に向かって飛んでいく……。

 

(ちゃんと前に進んでるよな?)

 

 しばらく飛んでても代り映えのしない景色がずっと続いているので不安になってくる。

 目印をつけようと思ったけど、さっきのように魔法は吸収されちゃうし、草を強く踏んだり、引っこ抜いたりしてもすぐに元通りになっちまう。こんな異変は初めてだ。今日は博麗神社に遊びに行こうと思ってたのに災難だぜ。

 

(霊夢のやつ、今頃何してるかなー。あいつのことだから、神社でのんびりお茶でも飲んでそうだな)

 

 そんなことを思いながら飛んでいると、遥か前方に建物が見えてきた。思考を打ち切り、急いで飛んでいく。やがて全体を見下ろせる位置まで移動したところで、私は困惑する。

 

「これは……博麗神社か?」

 

 赤い鳥居に見覚えのある本殿と母屋、高床式の倉庫があり、周囲を森で囲まれている。何度となく見慣れた光景だ。

 しかし本来の博麗神社は小高い山の上にあるのに、眼下に見える博麗神社は草原の中にポツンと置かれていて、周囲の景色とは明らかに浮いている。まるで舞台のセットみたいだぜ。

 

(……行くしかないか)

 

 見るからに怪しいが、他に手掛かりがない現状では調べてみるしかないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。

 私が警戒しながら鳥居の正面の参道に降り立つと、一瞬で空気感が変化した。

 けたたましい蝉の合唱がそこかしこから聞こえ、刺すような陽射しと熱波が私を襲い、一瞬で汗が噴き出す。唐突な変化に驚きながら振り返ると、草原が消えていた。

 石畳の階段は麓まで続き、獣道が人里にまで繋がっている。更に迷いの竹林、魔法の森、妖怪の山、霧の湖、紅魔館等、普段博麗神社から見えるいつもの光景が広がっていた。

 

「戻って来たのか?」

 

 あの謎空間について何も解決してない気がするんだが、いったいどうなってんだ? いまいち釈然としないまま、母屋の方に歩いていく。

 

「お~い霊夢ー!」

 

 縁側から私が呼びかけると、ちゃぶ台の前に座ってお茶を飲んでいた霊夢が立ち上がり、こっちに駆けてきた。

 

「あら、魔理沙。いらっしゃい! よく来たわね!」

 

 弾けるような笑顔の霊夢が私を出迎えて、「今お茶菓子を持ってくるから、座ってて!」と台所に向かっていった。

 私はその後ろ姿を見送りつつ、居間に上がり込む。

 イグサの匂いがする畳に、使い込まれたちゃぶ台と二人分の座布団が置かれていて、霊夢の座布団の近くには幣と陰陽玉が置かれている。古めかしいタンスや、壁掛けの時計が設置されて、短針は1、長針は3を指している。

 ざっと部屋の中を見た感じ、特に変な所は無い。やっぱり戻って来たんだな。

 

「はい、お茶どうぞ!」

「サンキュー」

 

 やけにテンションの高い霊夢から湯呑を受け取り、そのまま口に運ぶ。ん? いつもの渋苦い味じゃないな。これは……。

 

「美味いな。もしかして玉露か」

 

 霊夢は私の隣に座布団を移動してから座ると、「正解! 私、お茶には結構拘っているのよねぇ」

 

「今日はかなり機嫌がいいんだな?」

 

 今日の霊夢はずっと笑顔が絶えなくて可愛らしく、なんだか私まで楽しくなってくる。普段が不機嫌って訳じゃないけど、いつもこんくらい愛想が良ければ参拝客だって増えるだろうに。

 

「うふふ、きっと魔理沙が来たからね」

 

 私は思わず目を逸らしてしまう。霊夢、そんな真っすぐに見つめながら言われたら恥ずかしいぜ。

 

「ねえ、今日は魔理沙の話を聞きたいわ」

「おお、いいぜ」 

 

 私は煎餅をつまみながら最近起きた出来事や、現在研究中の魔法について話していく。特に魔法談義が受けたようで、霊夢は目を輝かせていた。

 

「凄いわ! 魔理沙って天才なのね!」

「そ、そうか?」

「ええ。魔理沙の話っていっつも面白いわ!」

 

 普段なら私が魔法談義をしてもそっけない態度で聞き流しているのに、今日はかなり興奮している様子。

 

「私ね、魔理沙と友達で本当に良かったと思ってるの。貴女は最高の友達よ」

 

 笑顔で話す霊夢に私は些細な違和感を覚える。

 勿論霊夢がそう思ってくれるのは私も嬉しいんだけど、こんなに素直に自分の気持ちを表現するなんて滅多に無い事だ。まるで全てが自分の思い通りにいってしまっているような……。

 

(そういえばあの謎空間に関してはまだ解決してないんだよな)

 

 そんな思考がふと頭をよぎる。

 考えすぎな気もするけど、まあ何も無かったら笑い話にしてしまえばいい。私は一つ試してみることにした。

 

「なあ霊夢。お前も魔法使いになってみないか?」

 

 この誘い文句は私にとっては特別な意味を持つ。

 私が魔法使いとしての道を歩み始めた頃、霊夢にも魔法使いになってみないかと誘った事がある。しかし霊夢は魔法に興味を示すことなく、にべもなく断られてしまった。

 更に霊夢のお母さんやスキマ妖怪からも、霊夢には大切なお役目があるのよと注意されてしまい、幼いながらも霊夢は特別なんだなって思ったのを今も覚えている。

 それ以来魔法使いに誘うことは無かったわけだが……また紫に注意されたら適当に誤魔化せばいいか。どうせ断られるだろうしな。

 

「いいわねそれ!」

「……え?」

「一度魔法を使ってみたかったのよね~。魔理沙を見てて、とても楽しそうだと思ってたのよ!」

「だ、だけど巫女の仕事はどうすんだよ?」

「そんなの紫が後任の子を適当に見繕ってくれるでしょ。博麗の巫女が居なくて困るのは紫なんだから」

 

 一人で舞い上がる霊夢を見て私は確信した。この霊夢は偽物だと。

 よく誤解されがちだが、霊夢は巫女としての仕事に誇りを持っている。彼女からこんな台詞が飛び出すわけがないのだ。

 

「魔理沙! 早速修業しましょう! 私に教えてもらえないかしら?」

 

 私は手を握る霊夢を引きはがして立ち上がる。

 

「お前は誰だ?」

「何を言ってるの魔理沙? 私は霊夢よ」

「いいや、違う! お前は霊夢じゃない! 正体を現せ、偽物め!」

 

 私がびしっと指を指して言い切ると、霊夢は立ち上がり「そう。それが魔理沙の望みなのね」と言い、悲しい笑顔を浮かべて「ごめんなさい。魔理沙を苦しませるつもりは無かったの……」と幻のように姿が搔き消えていく。

 偽霊夢の消滅と共に、博麗神社とその周辺も搔き消えていき、元の真っ新な草原に戻っていく。靴脱ぎ石があった場所に揃えられた私の靴が、現実であることを物語っていた。

 

「……クソッ、何がどうなってるんだよ!!」

 

 偽物だと分かっていても、霊夢のあんな顔は見たくなかった。人の心を弄んで何が楽しいのか。この空間の創造主は間違いなく性格が悪い。

 

「あれはお前が産みだした理想の霊夢だ」

「!」

 

 唐突に背後からかけられた馴染み深い声にすぐさま振り返る。

 

「お前は――!」

 

 金髪金目に、白黒の魔女服を着た少女。毎日鏡で見るその顔を見間違える筈もない。

 

「随分と腑抜けちまったな? “私”」

 

 哀れむような目で私を見つめる“私”が立っていた。



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第II話【第263話 (2) 】魔理沙の欠けた記憶 魔理沙と魔理沙

「はっ、霊夢の次は私の偽物かよ」

 

 つくづくこの空間の創造主は私の神経を逆撫でする。必ず見つけ出してぶっ飛ばしてやるぜ。

 

「もういいから消えろ。同じ手はもう食わないぜ」

 

 私は八卦炉を偽物の私に向かって構えるが、あいつは臆することなく言い放つ。

 

「おいおい、お前を助けてやったのはこの私なのにそれはないんじゃないか? お前は時の力を制御しきれずに、“生まれる前”まで巻き戻る所だったんだぞ?」

「……? お前がこの空間に私を拉致したのか?」

「う~ん、やはり時の力の暴走で記憶喪失……いや、記憶のロールバックが起きてるのか。おい“私”よ。“今日”は西暦何年の何月何日か分かるか?」

「は? なんでそんなことを聞くんだ?」

「お前が答えるのなら私も応じてやってもいいぞ」

 

 現状では分からない事が多すぎるし、ここは話を合わせた方がいいだろう。

 

「……西暦200X年7月20日だろ?」

 

 私がベッドで寝たのが7月19日だから、数日間眠ってたとかじゃない限り正しい筈だ。

 しかし偽物の私は大きくため息を吐く。

 

「やれやれ、よりにもよって全ての始まりの日まで戻ってしまうとは。これも運命なのか。――いや、この場合、確立した自我がある年月日で留まった事を喜ぶべきだろうな。つくづくお前は時間に愛されているな?」

 

 かと思えば今度は私を見ながらニヤニヤしている。こいつ情緒不安定すぎないか?

 

「何を訳の分からない事を言っているんだ!」

「そうだな。今のお前には全く分からないだろうな。“今晩”霊夢が自殺することも、西暦293X年に幻想郷が滅亡することも」

「霊夢の自殺? 幻想郷の滅亡? そんなこと有り得ないだろ」

「“私”もその日まではそう思ってたさ。しかし現実は余りにも残酷だった。霊夢の死を認められなかったお前は、時間移動に救いを求めたんだ」

「時間移動だと?」

「ああ。霊夢の自殺を契機に、お前は自分の全てを投げうって時間移動の研究を行い、150年の歳月を費やして時間移動魔法――タイムジャンプを完成させた。お前は霊夢を救い、レミリアを救い、幻想郷を救い、霊夢とマリサの運命までも変えてみせた。今のお前がここにいるのも、全てタイムジャンプが大きく関わっている」

 

 時間移動? そんなフィクションの中でしか起こりえない大魔法を私が?

 

「信じられないって顔をしてるな。だが事実だ」

「……仮にそうだと仮定して、お前は未来の“私”だとでも言いたいのか?」

「まあそんな認識で構わない。今のお前は事故によってタイムトラベラーを志す日まで記憶が巻き戻っている。仮に今のお前を時の回廊に帰したとしても、無限ループを嫌って“彼女”は初期化を実行するだろう。私としては、ここに漂着する直前のお前の主観的未来記憶を取り戻して欲しいところなのだが……」

「未来記憶も何も、私は私だ。意味不明な事言うなよ」

「ま、だろうな。私がお前の立場だとしても同じ事を言うだろう。やはり言葉で解決するのは無理だったか。やれやれ」

 

 偽物の私は肩をすくめている。なんか段々とこいつに腹が立ってきたな。

 

「そもそもここは何処で、お前は何者なんだよ。勝手に人の姿を模しやがって。私を元の場所に帰してもらおうか」

 

 偽物の私と話している内に、こいつが偽霊夢のような虚像ではなく、自らの意思を持って話す存在であることに気付いた。ひょっとしたら、この謎空間の創造主なのかもしれない。

 

「今のお前に答えたところで意味が無いし、知る必要も無い。そろそろ茶番は終わりにするぜ」

 

 瞬間、偽物の私の雰囲気が変化する。

 直観的に悪寒が走った私は、すぐさまマスタースパークを撃ち込もうと八卦炉に魔力を込めたのだが、霧散してしまった。すぐさま右手を見ると、八卦炉が消えていた。

 

「あっ!」

 

 少し離れた場所に瞬間移動していた偽物の私の手には、私の八卦炉とスペルカードがある。更に自分の足元に違和感を覚えて視線を落とすと、幻の博麗神社に上がり込んだ時に脱いだはずの靴を履いていた。

 誰にも悟られる事なく、一瞬の内に状況が変化する手品のような仕組みに、私は既視感があった。

 

「咲夜の時間停止……」

「ご明察。久々にあいつと同じ技を使ってみたが、案外癖になるな」

「どうしてお前が……! まさか――」

「先に言っとくが私は咲夜じゃない。あいつならもっとお洒落な演出をするからな」

 

 淡々と話しながら背後に瞬間移動――恐らく時間を止めて移動したのだろう――した偽物の私は、私から奪ったスペルカードと八卦炉をポケットに戻した。すぐに反撃しようと思ったが、金縛りにあったかのように身体が動かない。

 

「くっ……! 私に何をした!?」

「また攻撃されたら敵わんからな。身体の時間を止めさせてもらったぜ」

 

 偽物の私は得意げな声色で私の後頭部を掴む。時間停止ってそんな芸当もできるのかよ……!

 

「今のままじゃ堂々巡りだからな。お前の肉体と記憶の時間を復元する。全ての話はそれからだ」

 

 瞬間、私の脳内に形容しがたい情報の奔流が押し寄せる。私の意識は波に浚われて消えていった。

 

 

 

「――!」

 

 意識を取り戻した時、知らない天井が目に入った。

 

「ここは……?」

 

 どうやら私は布団に寝かされているようだ。私は生きているのか?

 

「あら、目を覚ましたのね」

「!」

 

 声の主は白衣を着た永琳だった。彼女は私の布団の隣に正座して、用箋ばさみに挟まれた紙に何かを書き込んでいる。

 

「なんでお前が? 私は確かタイムホールに……」

「意識を失っていた貴女を診てほしいと頼まれたのよ。いいから安静にしてなさい」

 

 永琳は手を止めることなく私を真剣に観察している。私はただ布団の上で仰向けに寝ているだけなのだが、彼女の眼には何が見えているのだろうか。

 私は部屋の中を見回してみる。

 右手を見れば閉じられた障子から光が漏れ出していて、反対側には水彩画の竹が描かれた襖があり、小さなタンスと行燈が部屋の隅に置かれている。欄間には竹の彫刻が施されており、床の間には松の木の盆栽が飾られている。ざっと見た感じ5畳くらいか。

 この内装で永琳がいるってことは、ここは永遠亭の病室なのだろう。私を運び込んでくれた人に感謝しないと。

 タイムホールに呑み込まれて意識を失った時には死を覚悟したのだが、自分の感覚的には至って健康に思える。流石は永琳だな。

 

(私は元の時代に帰って来たのか?)

 

 あの状況から時空指定無しに帰還する確率は如何ほどのものなのか。具体的な数値は分からないが天文学的な確率だろう。

 

(霊夢達はどうなったんだろうか。無事だといいんだが……)

 

 それに朧げだけど、私の中からタイムホールが発生した時、私と手を繋いでいた二人のマリサと咲夜、アリスも消えたような気がする。

 

「なあ永琳。ここに運び込まれたのは私だけなのか?」 

「ええ」

「周りには誰も居なかったのか?」

「そう聞いているわ」

「そうか……」

 

 どうやら別々の時空にはぐれてしまったらしい。

 永琳の許可が出たらまずは彼女達を捜さないといけないし、置いてけぼりにしてしまった紫達を助ける為にもさっきの時空に戻らないといけない。あとメビウスの輪もまだ残っているよな。問題は山積みだ。

 

「魔理沙、今日の年月日は分かる?」手を止めて私に訊ねる永琳。

「えっと……」

 

 部屋の中を再度見回してみたがカレンダーは無く、それどころか時計さえも存在しない。仕方なく脳内時計に意識を向けたのだが……。

 

『Error!! 現在の時刻を定義できません』

 

(なに……?)

 

 月の都に向かう宇宙飛行機に搭乗中に覚醒して以来、どんな場所でも正確な時刻を叩き出してきたし、時間の概念が無い時の回廊でさえもクエスチョンマークが並んでいた。こんな表記は見たことが無い。タイムリバースの副作用でおかしくなっちまったのか?

 

「どうしたの? ――ああ、貴女がタイムトラベラーなのは理解しているわ。今の貴女が主観的に認識している時間でいいわよ」

「西暦215X年10月1日だ」

「貴女が意識を失う前に滞在していた時間と場所は?」

「時間は紀元前38億9999万9999年8月18日午前0時20分で、場所はプロッツェン銀河のネロン星系内にあるアプト星の首都ゴルン、ハイメノエス地区に建つラフターマンションの屋上だ」

 

 永琳は私の答えに納得したように頷いて、再び手を動かしていく。

 彼女が私の事を知っているってことは、まさかメビウスの輪から抜け出せたのか? なんか成功したような感触は無いんだが……。

 そんなことを考えていると、襖がガラリと開いて“私”が現れた。

 

「!?」

 

 私が驚く間にも、彼女はずかずかとこちらに向かって歩いてきて、永琳の隣に立ち止まる。

 

「そいつの容体はどうだ?」

 

 永琳はもう一人の“私”の登場に動じることなく、用箋ばさみを渡しながら説明を始めた。

 

「これが検査結果よ。全身の隅々まで隈なく検査したけれど、彼女の身体や精神に異常は無かったわ。口にした時刻と場所も、貴女の指定通りよ」

「助かるぜ。忙しい中、わざわざ足を運んでくれてありがとな」

「ふふ、お互い様よ。私も懐かしい気持ちになれたわ」

 

 永琳は立ち上がって私を見ながら「貴女はもう大丈夫よ。そろそろ私は行くわ。魔理沙、久々に会えて嬉しかったわ。幻想郷で過ごす時間を大切にね」と言い残し、颯爽と病室を後にした。

 私は起き上がり、目の前の“私”に問いかける。

 

「お前が私を運び込んだのか?」

「ああ。お前を見つけた時は大変だったんだぜ?」

 

 そう言って語りだす“私”の話によると、ここに漂着した時の私は西暦200X年7月20日時点まで記憶の巻き戻りが起きていたらしい。霊夢の自殺前日まで戻っていたとは……何というか言葉が出ない。

 

「お前が死ぬ寸前に救い上げたとはいえ、時の力の暴走の影響で、肉体と精神の時間をお前の主観時間と一致させた時に後遺症が出る恐れがあったからな。念の為に永琳に診察を依頼したんだ」

「!」

 

 まさかあの声は……目の前の“私”だったのか? それに肉体と精神の時間の操作なんて可能なのか?

 

「なあ、お前はどのくらい未来の私なんだ? それに今は何時なんだ?」

 

 西暦300X年の私もタイムジャンプを改良して、時間だけでなく空間まで好きな場所を指定できるようにしていたが、目の前の私はそれより遥かに高度な事をやってのけている。どんな原理なのかまるで想像が付かないし、魔法使いとしては至高の領域に達している。

 

「そうだな。お前には全ての真実を教えてやろう。私についてきてくれ」

 

 目の前の私の後に続いて部屋を出る。行燈と金色の襖が並んだ廊下には人の気配が無く、静まり返っている。もしかして今は誰も居ないのか?

 やがて玄関に辿り着き、靴を履いて引き戸を開けて外に出る。枯山水の庭園や、天まで伸びる竹林を見ながら門まで歩いていく。そして門の外に出ると、目の前の私が指を弾く。

 次の瞬間、永遠亭と竹林が一瞬の内に高空と草原に変化した。

 

「なっ!?」

「よく再現出来ていただろう? 永琳の協力の元に創造した渾身の一作だ。――ああ、安心してくれ。さっきの永琳は紛れもなく本人だ」

 

 平然と言い放つ“私”に、私は戸惑いを隠せない。俄かには信じがたいことだが、実際に私達の周りには果てしない草原が広がっていて、永遠亭や迷いの竹林は影も形も無い。

 更に彼女は私に向き直ると、とんでもない事を言いだした。

 

「結論から言おう。ここは第二宇宙の全ての時空に繋がる“魔理沙の世界”。そして私は第二宇宙の時間を司る神、霧雨魔理沙。私の目的は時間旅行者霧雨魔理沙(オリジナル)の“私”の復活だ」



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第III話【第264話 (2) 】魔理沙の欠けた記憶 魔理沙の世界

 時間の神を名乗る私から衝撃的な発言が飛び出した後、私達は自宅に移動して、リビングのソファーに向かい合うように座っていた。

 勿論本物の自宅ではない。未来の私が創造した我が家であり、ご丁寧にも私の主観時間に合わせた内装になっている。窓の外には鬱蒼と茂る魔法の森が広がっていて、再現性の高さに舌を巻くばかりだ。

 目の前の私が軽く手を叩くと、正面のテーブルにケーキタワーとティーセットが出現する。ティーカップからは湯気が立っていて、紅茶の香りが私の鼻腔をくすぐる。

 

「どういう仕組みなんだ?」

「言っただろう? ここは“魔理沙の世界”。何もかもが霧雨魔理沙()の思い通りになる世界だ」

「いや、それが分からんのだが」

 

 そんな当たり前の事みたいに言われてもな。世界が自分の思い通りになるのは空想か妄想の中だけであって、それを実現するのは不可能に近い。

 

「私は時の神であり、時間の概念そのものだからな。まあ一言で言ってしまえば時の回廊と同じだ。あの場所も咲夜の匙加減で如何様にも変化するんだぜ」

 

 時の回廊……。私は全てを知っているわけではないが、あの空間のとんでもなさは理解しているつもりだ。

 

「そんなものを私が創造できるのか?」

「お前の身近な例で言うと、時間に関する能力を持つ咲夜と輝夜だ。咲夜は時の止まった“咲夜の世界”を、輝夜は須臾をかき集めた自分だけの世界を構築している。彼女達に出来て私に出来ない道理はない」

「ふむ、そういうものなのか」

「まあ想像が出来ないものは再現できないがな。遠慮無く食べていいぞ」

 

 目の前の私に促され、イチゴのショートケーキを小皿に持ってきて食べてみるが、案外普通だな。この紅茶もいつも飲んでる味だし。

 

「ちゃんと味があって、腹が満たされるんだな」

「“過程”を省いているだけでこれは私が用意した“本物”だからな。お前の宇宙に存在する味を再現するの結構大変だったんだぜ?」

 

 私は紅茶を一気に飲み干してソーサーに置き、先程から気になっていた事を尋ねる。

 

「ここが私の世界だと言うことはまあ理解した。次の質問なんだが、お前が言う第二宇宙ってのは並行世界って解釈で合ってるか?」

 

 かつての女神咲夜は並行世界の存在を否定していた。しかし彼女が観測していなかったとするならば辻褄はあう。脳内時計がエラーを叩き出したのも、彼女が管理する世界では無いからだろうし。

 そうなると、目の前の私は、私と似た経緯を辿ってきたことになるが……。

 

「いや、違う。私の知る限り第一宇宙にも第二宇宙にも並行世界は存在しない」

「なに? じゃあここはどこなんだよ?」

 

 まさか本当に私の妄想の中の世界じゃないだろうな? 夢オチは勘弁して欲しいぜ。

 

「ここは第一宇宙――つまり、お前が生まれた宇宙が滅んだ後に誕生した宇宙だ」

「えっ!? そんなこと有り得るのか?」

「当然だ。人間、妖怪、神、地球……森羅万象全てのものには始まりがあれば終わりがある。謂わば寿命だ。この宇宙だっていずれは滅びる時が来るだろう」

 

(マジかよ)

 

 信じられない話だが、目の前の私は至って真面目に話しているし、本当なんだろう。

 私のタイムジャンプは時の回廊を利用する関係上、第一宇宙の範囲内の時間しか移動できない。途方もない未来に来てしまったようだ。

 

(もう私の知り合いも居ないし、幻想郷も無くなっちゃってるのか。なんだか寂しいな。……あれ? でも待てよ?)

 

「さっき会った永琳はなんなんだよ? 私の事を知っているような口ぶりだったが」

「彼女は第一宇宙から生き続けている唯一の例外だ」

「あの永琳は私の知り合いだったのか!? ってことは、輝夜と妹紅もいるのか?」

「勿論だ。二人は基本的に永琳と行動を共にしている。時代にもよるが、傾向としては地球に非常に近い環境の幻想郷に似た文化・文明がある星に定住し、診療所を開設して医者として働く永琳の手伝いをすることが多いようだ」

「なるほど……」

 

 考えてみれば彼女達は不老不死なのだから当然と言えば当然なのだが、それでも驚きを隠せなかった。

 いったいどれだけの年月を生きてきたのだろうか。宇宙の滅亡から誕生に立ち会ってきたなんて、普通の人間なら発狂してもおかしくなさそうだが、蓬莱人というのは存外にも精神性が強いらしい。

 

「最後の質問だ。お前はさっき、自分の目的を時間旅行者霧雨魔理沙(オリジナル)の“私”の復活だと言ってたな。あれはどういう意味だ?」

 

 どういう過程を辿ったのかは知らないが、私はいつかの未来で時の神となり、咲夜に代わって時間の管理をするのだろう。なのに未来の私の口ぶりでは、まるで私がとうの昔に死んでいるみたいに聞こえる。

 

「言葉通りさ。オリジナル――つまりお前の復活だよ」

「ん? お前は私の延長線上の先にある未来じゃないのか?」

「それは違う。私は霧雨魔理沙だが、お前ではないんだ」

「えっとつまり、タイムトラベラーの私と、普通の魔法使いのマリサのような歴史の違いって事か?」

「それも違うな。彼女のように、お前の歴史改変によって単一時空上の霧雨魔理沙から派生した存在でもない」

「んんん?」

 

 私の頭は疑問符で埋め尽くされる。自分の事なのに全く理解が追い付かない。

 

「明確な相違点は出自だ。お前は第一宇宙の西暦1993年〇月△日、幻想郷の人里に居を構える霧雨道具店の一人娘として、父□□と母◇◇の間に誕生した。そうだな?」

「ああ」

「しかし私は第二宇宙が誕生して、時間の概念が発生した時に、私としての自我が芽生えた。まあこの辺は女神咲夜と同じだな」

「!」

「もっとも、誕生した頃の私は、私が霧雨魔理沙だという認識もなく、名前も記憶も無かった。私がお前の存在を知って霧雨魔理沙になったのは、蓬莱人(永琳達)がきっかけだった。……この話は私の目的にも深い関連がある。少し長い話になるが、聞いてくれないか?」

 

 普通に考えたら、彼女は私の姿をした別人だろう。だけど私には彼女が他人とは思えなかった。

 なんていうか、私から見たマリサのような感覚に近い。なぜ彼女が霧雨魔理沙()になったのか、非常に気になるところだ。

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

 私の答えに何処となく安堵したような笑みを浮かべつつ、彼女は語りだした。




 サブタイトルにローマ数字で表記されている話数は、魔理沙視点における第二宇宙内での経過時間です。
 アラビア数字で表記されている話数は、この小説の物語をストーリーに沿って並べた順番となります。


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