Vengeance For Pain (てんぞー)
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プロローグ - 1

「―――検体番号171、肉体良好でアレルギー反応なし。非魔術師の家系でありながら魔術回路の保有を確認。何よりも天然の聖人体質である事をここに追記する」

 

 歯は噛み合わずカチカチと音を鳴らし、手術台に縛り付けられた両手足は自由が存在せず、恐怖で体を震わせようとしても体がそれさえ表現することを拒否して、動く事はなかった。視界に移る世界は多数の機器とそして手術道具、そしてまるで見たこともないようなオカルティックな道具の数々が並べられた手術室―――或いは実験室の姿だった。自由に動かないのに痛覚も、視覚も、聴覚もそのままだった。喉が恐怖で乾いてちりちりとした感覚を訴えてくる。主張したくて口を開きたくても、喉の奥からは不自然に声が漏れなかった。まるで音そのものが堰き止められているかのようだった。

 

 レコーダーの様なものに向かってローブ姿の男が話し続ける。ライトの逆光が当たり、その姿が良く見えない。だが淡々とした、感情を排したような声はしっかりと聞こえてきていた。

 

「聖人体質。それはかつて歴史に名を遺した聖人、あるいは聖者達と同じ類の体質の持ち主である事を意味する。聖人体質の者は神の秘跡、そしてその奇跡の恩恵を受けやすくなる他、かつての聖人が辿ったその道をその身で再現する事が出来る可能性を秘めている。また、その本質は≪星の開拓者≫と同じ、難行の達成だと理解されている。これからの事を考えるのであればこの上ない宝である」

 

「―――! ―――!!」

 

 やめてくれ、やめてくれと叫ぶ。しかしその声はまるで届かず、喉を通る事もなく掻き消されてしまった。心が完全に恐怖で支配されてしまった。これから自分が一体何を成されるのか、その周りにおいてあるものを見てその大凡を理解してしまったからだ。正気じゃない。この連中はたったの一人として正気じゃない。助けてくれ、誰か、お願いだから助けてくれと喉を枯らす勢いで叫んでも、

 

 慟哭は空しく、どこにも響かない。

 

「秘跡や奇跡は信用がならないし、おそらく人が保有できる能力のキャパシティを大きく占領するだろう。故に難行の部分だけを残し、ほかの部分をオミットする方向性で進めたい。聖人体質は世界を探しても片手で数えられる程しか見つからない為、ヴァチカンに感づかれずに手を出せるのは検体171ぐらいだけであろう。失敗は許されぬ為―――」

 

 言葉が続けられる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。発狂して死なない様にまずは脳内の価値観を変質させ、次に衰弱死しないように肉体の増強に入る。骨格をより強固な物へと置換し、神経全てをより効率よく伝達できるエーテライトと交換する。また筋肉ももっと良質な、戦闘用ホムンクルスに利用するものを使用する事とする。人間という形を保ったまま、英霊やそれに類する神秘と戦える戦士を我々の手で生み出す。デミサーヴァントの実験経過が芳しくない現在、カルデアはそれに代わる最上級の戦力を用意しなくてはならない。召喚してダメならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

 ―――以上、マリスビリー・アニムスフィアによる記録。

 

 それでは、と恐怖に震え、涙すら流せない此方を名前でも人でもなく、検体という道具としてのみ、マリスビリー・アニムスフィアは呟きながら視線を向けた。

 

「―――施術を開始する。人類の未来の為に必要な貴重な検体だ、無駄にするな」

 

「―――! ―――!! ―――!」

 

 叫べど叫べど、声は出ない。体は動かない。どうしようもない絶望感と恐怖の中、此方へと向かってくる手が見えた。

 

そして暗転する。

 

 

 

 

「―――検体171に対する施術は非常に上手く行った。ここに経過報告を行う。マリ■■リー・アニム■■■ア所長は多忙の為、代理として■■■■・■■■■■が記録と指揮を取らせてもらう」

 

「……」

 

 口を開こうとする意思はなかった。声が出ない事はもう既に、痛みを忘却する程に理解してしまった為に。同時に、目を開こうとすることも諦めた―――そこに収められている筈の目玉は、すでにそこにはないという事を良く理解してしまっているから。もはや熱いのか寒いのか、それさえも解らない。ただ理解できるのは頭の中でぐるぐると駆け巡る知りもしない光景、情景、風景、知識の数々だった。

 

「検体171の人体改造の進みは非常に良好である。既にエー■■■トと神経の置換、全身の骨の■■■■化は完了しており、常人なら発狂して死ぬラインをまだ生きて乗り越えた。精神的な死を迎えないように定期的に■■薬を投与する事で幸福感を脳に直接流し、高揚させて何とか現在は死を免れている。とはいえ、これも何度も繰り返せば耐性が出来上がってしまう他、中毒化してしまう。なるべく早く施術を完全に終わらせるべきだと判断されている」

 

「……」

 

 声が聞こえる。だがどこか、言葉が歯抜けして聞こえる。

 

「また、■■■■の強化のために■■■■■から取得した■■や■■を試験的に投与した結果―――」

 

 段々と意識が虚ろになって行く。死にたい。ひたすら死にたい。今すぐ舌を噛み千切って死にたかった―――だがその自由さえ自分にはなく、心はひたすら深海の底へと沈んでいくように闇に染まって行く。何も考えず、ただ従うだけの人形となればこれから解放されるのだろうか? いや、無理だろう。そもそも何に従えばいいのか、何が脳みその中を巡っているのかさえ解らない。

 

 そもそも、自分の名前が何だったのか、なぜ逃げ出そうとしたいのか、生きたいのかさえも解らない。

 

 ただ解るのは、

 

「―――これは英霊を、神秘を■す上では非常に有用な事であり―――」

 

 英霊―――英霊、英霊。それを殺す為にこんなことをされているのだという。解らない、なぜ自分がそんな事をしなければいけないのか。だが同時になぜ、どういう存在か、その知識を求めようとすると頭に慣れた激痛が走り、そして同時にその答えが出現し始める。まるでネットのライブラリーを調べているような、そんな感覚だった。サーチエンジンそのものが脳に搭載されている様な。しかし、それとともに際限なく溢れ出す知識が脳に過負荷を与え、激痛を脳を通して全身に与えてくる。考えることを放棄すればそれもすぐさま消える。

 

 もはや涙さえ枯れ果てた。考える事さえ許されない。精神だけが死なないように、ギリギリのラインで家畜の様に維持されていた。

 

「……」

 

「では検体171に対して引き続き■■を続け■。今回は霊基■■を埋め込むことで疑似的なサ■ーヴ■ント化を―――」

 

 また始まる。麻酔がなく、痛みによる絶叫を求めるような手術が、実験が、地獄が。再び死へと至る様な激痛を死なないように浴びせながら、その一歩手前の綱渡りを繰り返させられるのか。もう頼む、いっそのこと殺してくれ、と願っても願ってもそれは届かない。頼む、だれか、俺を、

 

 殺してくれ。

 

 願い、そして、

 

『―――それは何故かしら?』

 

 声が聞こえた。直後、激痛を感じた。体を切り刻まれて切開されてゆくグロテスクな感触、また自分が自分じゃない存在に作り変えられて行くという感覚、己という感覚がまた失われて行く消失感のなかで、その場違いな愛らしい声が聞こえた。それは間違いなく、幼い少女の声だったのだろう。今、自分が経験している、激痛の中で朦朧としながらも失う事を許さない意識の中で、それをすべて抜いて迫って来る様な、そんな声だった。

 

『何故貴方はそんなにも死にたいのかしら?』

 

 まるで此方の様子が理解できないような、純粋に不思議がるような少女の声は絶叫を上げられない、潰れた喉から悲鳴を上げながらも、それを抜いて聞こえてきた。それを聞いてあぁ、なるほど、と理解してしまった。ついに己は狂ってしまったんだ。やっと狂えたんだ。これで漸く、正気から解放されるのだ。幻聴が聞こえるなら完全に意識が吹っ飛ぶのも時間の問題なのだろう―――そうすれば体はともかく、心は死ねる。

 

 やっと、死ねるのだ。

 

 それでこの地獄から解放されるのだ。

 

『あぁ、成程。貴方はそんなにも痛いのが嫌いなんだ。ふーん、成程成程。ふふ』

 

 まるで面白いものを聞いたような童女の声が聞こえた。狂人の生み出した幻聴なんだから、この状況で笑っていられるのも当然なのだろう。

 

『え? 違うわよ? だって貴方ったらとても可笑しな事を言うんだもの。言うに事を欠いて死にたい、だなんて。勿体ないわ、実に勿体ないわ! 貴方にはその両手と、両足と、そして今、与えられる全てがあるじゃない。それを置いて死にたいだなんて本当に勿体ないわ』

 

 童女、或いは少女の声には不思議な熱が籠っていた。少女の声を聴いていると不思議と、自分の心の中に湧き上がってくるものを感じていた。少女はそれを感じ取ってかそうそう、そうよ、と声をかけてくる。嬉しそうに、そして同時に楽しそうに言葉を投げかけてくる。

 

『そうよ、何故恐れるの? 何故死にたいの? その前に抱くべきものがあるんじゃないのかしら? もっともっともーっと正しく、そして正当な感情があるはずよ。だってそうでしょ? おかしいじゃない。だって貴方は自分が何だったのかさえ忘れる程に酷い事をされているのに、失ってから失うだけだなんてとても不幸だとは思わないかしら? もっと、果たすべきことが貴方には存在するんじゃないかしら? ねぇ? どうなの?』

 

 湧き上がってくる、今まで一切感じなかったそれは―――怒りだった。あぁ、どうして俺がこんな目にあっているんだ。なぜこんな事をした。許せるか、許せるものか。覚悟しろ、貴様ら―――絶対に殺す。殺してやる。絶対に地獄に突き落としてやるからな、マリスビリー・アニムスフィア。

 

 ―――暖かさも寒さも、体に食い込む金属の温度さえも解らない筈の体が温かさを覚えた。

 

 背後から抱きしめられるように、手が伸ばされる様に手が目を覆った。

 

『さあ、その眼を憎悪で曇らせましょう。めいっぱい見開きましょう。きっとそこには素敵なものが映るはずよ―――さ、今の貴方なら出来る筈よ』

 

 片目は抉りだされ、眼孔を残すのみとしていた。もう片目は視力を失って光を映さない筈であった。だがゆっくりと開く瞼は少女の手を映し、そしてそれがゆっくりと退けられるのと同時に―――正面、自身にメスを突き立てる男の姿を映し出した。その姿を見て、そして部屋の中にいる連中を全員、見た。激痛を怒りと殺意で押し込み、そして口を開いた。

 

 ―――貴様ら全員、絶対殺してやるからな、顔は覚えたぞ……!

 

 喉が声を発するような状態ではなく、声は出ない。だが視線は、睨みは、殺意は通った。心臓を穿つような殺意に、復讐対象達の動きが停止した。

 

『ふ、ふふふ……ほら、そうよ? 見たかしら? 貴方は実験用の家畜じゃないわ―――猟犬よ。怖くて怖くて鎖で何重にも雁字搦めにされた獣よ。大丈夫。安心して。私が貴方を助けてあげるわ。その牙を何時首筋に突き立てればいいのか、それを教えてあげる。だから今は耐えて―――耐えるのよ。そして彼らに砥がせてあげるの、貴方の爪と牙を』

 

 感じる、背後から抱き着かれる感覚はまるで冥府の女神にしがみ付かれているような、そんな感覚だった。だが体温を失って久しく、その死の抱擁さえも愛おしく感じられた。順調に自分が狂っていくことは理解できても、それでも死ぬという道を自分の中に見つけ出す事はできなかった。ただただ目を見開いて、自分が人から違う()()へと成り下がってゆくことを、殺意で突き刺しながら眺め続けた。

 

そして―――何事もなく地獄は続く。

 

 睨み、殺意を向け、殺してやると宣言しても改造は続いた。

 

 抉り取られた眼光には新たに義眼が投入された。人の目ではとらえられない霊体等を感知する為の優れた目が必要だったらしい。体に擬似的なサーヴァント化を促すための霊基の基盤が追加された。デミサーヴァント化実験の結果の一つであり、サーヴァントの持つ性質を肉体が耐えうる場合、それを追加するというものであった。骨格の強化、精神性の強化、脳キャパシティの強化、体力の増強、生き残るためのあらゆる知識のプリインストール―――その結果、肉体はその追加に耐えられた。

 

 何度かに分けられて遂行される人体実験は肉体を段々と人の形をした人外の領域へと踏み入らせていた。

 

 人のまま、サーヴァントの特性を得ようとする施術、実験―――デミサーヴァントと呼ばれる実験が成功しなかったゆえに引き継がれた研究、実験、その成果。その影響によって少しずつ、少しずつ肉体は目標とされる、

 

 英霊と戦い、そして勝利できる人類の()となりつつあった。

 

 ―――だが、それはある日、終わりを告げた。

 

 無人の実験室に入り込んでくる二つの姿があった。一つは疲れたような笑顔を張り付けた優男で、もう一人は黄金律の肉体を誇る義腕の女だった。今まで登場してきた他の者たちとは違い、彼と彼女は此方を見て嘆き、悲しみ、そして怒りを覚えていた。そこで初めて理解するに至った。

 

 助けは存在したのだ、と。

 

『さぁ、準備はいいかしら? ねぇ? 勿論準備は万端よね? だってずっと待ち望んでいたものね? この時を、この瞬間を、ずっとずっとずっと待っていたものね?』

 

 笑顔のピエロと義腕の女によって漸く、日付さえも忘れ去り過ごした手術台から解放された。

 

『―――復讐の時よ、アヴェンジャー。存分に血肉に餓えるのよ』

 

 漸く、漸くカルデアによって砥がれたこの爪と、そして牙を突き立てる時が来たのだ。その思いと殺意が心を高揚させ、突き動かす中で、しかし、その思惑はこれから果たそうとする一歩で敢え無く頓挫する。

 

 マリスビリー・アニムスフィア、及びその協力者達は既に死亡していた。




 https://www.evernote.com/shard/s702/sh/2049e4d5-89ec-43c6-ac67-c685ba50e49c/9e867c2e599ea79ce3d885d50a9ac5b4

 ステータスそのままはっつけると嫌がる人もいるし、これからステータスとかは外部のサイトにはっつけようかと。エバノ、実に便利である。七章が近日開幕という事もあってぼちぼちというかこっそり執筆開始である。


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プロローグ - 2

 復讐を成す―――マリスビリー・アニムスフィアを絶対に殺してやる。それだけを原動力にずっと、人体改造に耐えてきた。耐えてこれたのだ。だがその果てに待っていたものはなんだ。マリスビリー死亡? 態々顔を覚えて絶対に殺すと誓った連中は総じてすでに死んでいる? 死にざまを想像し、どうやって凄惨に殺してやるかを考えて考えて考えてずっと殺意を磨き上げていた相手が既に死んでいる? 殺せない? 復讐できない? もうこの世にいないから怒りを向ける事もできない。

 

 なんだそれは、ふざけるな―――ふざけるな。

 

 俺にどうしろというのだ。それだけが目標で、それだけが己にあった全てだった。それだけを目標に殺意を研ぎあげていたのに、あっさりと復讐を始める前から死亡とか阿呆の極みとしか言えない。そうなると自分はなんなんだ。絶対に復讐してやると誓いながらそのステージに立つことさえ許されなかった。だがそうやって憤ったところで、マリスビリーは甦る訳でもない。死人は死人で、それをまた殺す何て事はできない。

 

 ―――つまり、復讐は永遠に不可能となってしまったのだった。

 

 その果てに残されたのは一体何だったのだろうか?

 

 色素が完全に抜け落ちて白く染まり、まるで獣のように無造作に伸びた髪、褐色よりもさらに黒く、闇よりも黒く染まった体色。しかし体そのものは見た目で分かるように不完全でボロボロ、ところどころ皮膚が剥げており、その下の黒く染まった筋繊維が剥き出しになっている。特に顔なんてものは直視するのに絶えない怪物のようなものとなっている。そこから名前を失い、己が何だったのかを失い、ありったけの知恵と知識、戦うための経験と技術が脳の中に強制的に流し込まれ、

 

 そしてサーヴァントの核ともいえる霊核、それを人体へと投与できるレベルで物質的に加工されたアイテム、霊器基盤(サーヴァントフレーム)を直接人体に埋められた事によって生きたまま、憑依等を必要としないサーヴァントの肉体が出来上がった。それはマリスビリーが望んだ、カルデアの駒、疑似英霊、或いは擬似英雄とも呼べる存在だった。

 

 それが己に残された全てだった。

 

 鏡に映る己を見て、見いだせるのはそれだけだった。

 

「―――クソが」

 

 声さえもまるで違った。喉から発せられる声には違和感しか存在しない。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という始末だった。故にしゃべって、声を漏らしても違和感しか存在せず、それとともに己がなんであるのか、それすらあやふやになってくる。わかっているのは自分はカルデアの駒として生み出され、そしてそれを願った人物は既に死んでしまっているという間抜けな事実だった。

 

「……」

 

 鏡に映る怪物の顔をどれだけ見つめていても、答えは出ない。

 

『―――それはそうよ、ハンプティダンプティは壁から落ちてしまったのだから、元に戻る訳がないじゃない。アロンアルファを使ったって駄目よ。だってバラバラの粉々に砕け散ったのが貴方なのだから。期待するだけ無駄。願うだけ無駄よ。そんな簡単に答えが出たら人生はどれだけ楽で退屈だったのだろうかしら』

 

 幻聴が聞こえる。鏡の中にいる己の姿の代わりに、少女の姿がそこには見えた。青緑色のフリルドレス姿の少女はプラチナブロンドのショートカットをしており、まるで妖精のような可憐な姿をしている。彼女は鏡の向こう側で、世界の悪意を説くように全てを否定してくる。誰にも見えず、だれにも聞こえず、自分にしか触れられない幻影―――幻覚、故に彼女を狂気の生み出した幻覚を妖精と呼ぶ事にした。

 

『あ、まったく私の話を聞いていないわね?』

 

 鏡から視線をそらして洗面所を出る。

 

『あ、最後まで私の話を聞いてくれてもいいじゃないのもー』

 

 洗面所を出たところで自室に出る―――疑似、或いは人造サーヴァントと呼べるこの身を自由に出来る訳がなく、そもそもからして過去の大半を消失しているこの身が行き場なんてものは存在せず、自分という怪物を生み出したこのカルデアに飽きる事無く留まっている。

 

「人類の救済か……」

 

 それがカルデアというこの組織の目的らしい。インプットされた知識からはカルデアに関する様々な情報が取得できる。その中で、カルデアは神秘との、或いは英霊や守護者達との戦いは必須である事から、神秘と戦える存在を求めているという情報も存在していた。その対抗手段がサーヴァント、そしてそれを使役するマスター。だがそれだけでは足りぬと判断されたからこそ、己のような被害者が生まれたのだろう。

 

 ―――まぁ、もう、どうでもいい事だ。

 

 人類の救済も、カルデアの目的も興味のない事だ。

 

 時間を確認したところ、そろそろ向かうべきだろうと判断し、ベッドの上に放り出された装備品を手に取る。肘までを覆い隠す長手袋、顔の上半分を隠すハーフサイズマスク、そして全身を隠し、そしてフードをかぶっている場合はその中にいる存在を正しく認識できない認識阻害のローブ。それに着替えることで肌の露出を完全にゼロへと抑えられ、この醜い怪物の様な姿を隠す事が出来る。

 

『私は中々素敵だと思うわよ。まるで人の業を煮詰めたような姿じゃない』

 

 妖精の戯言を無視して、装備品の装着を完了させる。自身の姿を完全に隠すことが完了した所で部屋の外へと通じる自動ドアを抜けて、カルデア施設内を歩き始める。先ほどまでは鏡の中にいたはずの妖精もついてきているようで、カルデアの通路、磨かれたかのように白いその金属質の壁には自分の姿の代わりに妖精の姿が反射して映されていた。遊んでいるのか、動きはこちらを真似してまったく同じ動きをとっている。だからそれを無視し、目的地へと向けて歩き始める。

 

 そんな中、通り過ぎて行く人の姿を見る。その姿はこちらに興味を持っても、突き放すような気配に声をかける事ができずに動きを止めて見送って行く。その姿は少なくはない。

 

 人類救済を謡い、魔術と科学の融合を果たす現代神秘の異端と呼ばれるカルデアはしかし、その所属人数はかなり多く、部門別にスタッフを用意しており、英霊使役用に多くの魔術師等を呼び込んでいる。カルデアの目標である人類の救済の為の人員の確保は順調である―――と、植えつけられた知識は伝えてきている。しかし見ている感じ、それは実際に正しいのかもしれない。少なくとも魔力を大量に持った人間が多くいるのは事実であり、

 

 己に値踏みするような視線を向けている者もいるのだから。

 

 当然ながら英霊を使役する者、マスターはサーヴァントと組む。現在のカルデアで完全にフリーとなっているのは己だけ。逃げも隠れもせずにいれば悪目立ちするのは当然の事である。とはいえ、記憶もなく、興味もなく、嫌悪感のあるこの姿を隠す事以外に特に何かをしようという意思はなかった。

 

『だって復讐が果たせないものね。なんて残酷な話なのかしら。そしてなんて滑稽な話なのかしら。復讐のできないアヴェンジャーなんてまるでカレーのないカレーライスのようなものね。存在するだけ無価値で無意味だわ。でも私だけは貴方に愛着を抱いてあげるから、安心していいわよ』

 

 愛着とはなんだ、愛着とは。

 

『あら、だって愛玩犬を愛でるのは飼い主の責任よ? 私はちゃーんとエサやりを忘れない飼い主なんだから』

 

 関係で言えばどちらかというとこの幻覚を生み出したおれのほうが飼い主なのではあるが、そういうことを妖精が言い出すあたり、根本に従属願望でもあるのかもしれない―――とことん救いようがない。そんな事を考え、妖精の戯言を聞き流しながら歩いていると正面から接近してくる魔術師が見えた。緑色のトップハットにスーツ姿、そのいかにも魔術師という気配は他の物同様、隠し通せていない。その姿を見た途端、妖精がまずはアレから殺しましょう、と言い放ってくるのを無視する。

 

 魔術師は近づくと笑みを浮かべる。

 

「これはこれはアヴェンジャー」

 

「ライノール教授」

 

「相変わらず君は面白い呼び方をする。これから彼女のところかね?」

 

 その言葉に頷いた―――レフが示す彼女、とは該当者が複数いるのでどれを示しているのかはわからないが、妖精が煩いので早めにこいつとの会話は切り上げたかった。天才的な魔術師であると≪虚ろの英知≫は訴えてきているのだが、魔術師という存在そのものに一切の興味を抱かない者としては果てしなくどうでもいいことだった。自分からすればただの人当たりの良い、うさん臭そうなセンスのない魔術師だった。

 

「そうか……君も何時か、人類の未来の為に、カルデアの一員として戦ってくれる事を祈っているよ」

 

「そうか」

 

 視線をレフから外し、その横を抜けて行く。壁に映る妖精の姿は舌を突き出してべー、と子供らしい仕草でレフの姿を罵っている。お前はなぜそこまでレフを嫌うのか、それが良く解らない。が、まぁ、別に解らないままでも困ることは一切ない。レフのこと自体興味はないし、妖精をいつも通り無視し、カルデア内部を再び歩き出す。

 

『えー、私は忠告したわよ? 今すぐ殺しておけって。忠告したからね? 後で私を責めても何も教えないからね?』

 

 知るか、と胸中で呟きながらそのまま歩き進んで行く。向かう先はカルデア内のとある場所、であるが、自分に与えられた部屋からそこそこ距離があるのが欠点だな、と思った。

 

 何より、人理継続保証機関フィニス・カルデアは標高6000メートルの雪山、()()()()()()()()()()()()()なのである。ヒマラヤ山脈の根付くようにその頂点を入り口に、地下へと向かってアリの巣状に広がっているカルデア内部は通路が非常に長く、この複雑さは倫敦に存在する時計塔をモデルにしたのではないか、とさえ言われている。

 

 ―――時計塔なんて場所、一度も行った記憶はないのだが。

 

『当たり前よね、だって記憶が焼却されているものね』

 

 ただそんな時計塔と違ってこのカルデアが居住者に対して優しいのは文明嫌いの魔術師とは違い、大っぴらに科学を利用している事だろう。このカルデアに設置されている数々の設備、施設も魔術だけではなく魔術と科学の融合によって生み出されたものが多く、先ほどのレフ・ライノールが生み出した装置もそういうものの一つである。

 

 つまりは、こんな移動が明らかにクソ面倒だとわかる場所でも、エレベーターが現代らしく設置されているのである。上下に移動するだけだったらなんら苦労はしなくていい風になっている。とはいえ、そういう事情もあってエレベーターの利用は割と人気だったりするのだが―――そういう訳で、他人と一緒に利用する場合が多い。

 

 その時に向けられる視線が鬱陶しいというよりは面倒なので、エレベーターではなく階段を使うことを個人的に心がけている。

 

『ふふ、優しいのね。その優しさを欠片でもいいから私に向けてくれないかしら、ねぇ?』

 

 激しくどうでもいい事である。幻覚の分際で主義主張が激しすぎる。もう少しおとなしくしていたほうが、もっと楽だろうに。そんな事を思いながらエレベーターを通り過ぎ、その脇の階段のほうへと向かう。下と上へと向かって延々と続く金属製の階段を眺めていると気が遠くなりそうだが、半英霊化と言ってもいい状態にあるこの肉体は恐ろしいほどに疲れを知らない。

 

 サーヴァントそれぞれに与えられるステータスを見て、そして比べれば数値的に最弱の領域にある筈だ。だがそれでも簡単に人間を超えるスペックに届いていた。これを当たり前のようにサーヴァント達は超えてくるというのがマリスビリーの想定だったのだから、本当に戦闘に特化したサーヴァントという存在は恐れしかない。

 

 階段を降り始める。自分以外で階段を利用する酔狂な者等カルデアには存在しない。そのため、階段を下りて行く所で足音がホールに木霊するのが嫌に良く聞こえてくる。横へと視線を向ければスキップする様な足取りで妖精が階段を下りており、聞いたこともない音楽を口ずさんでいた。まぁ、彼女を見ている限りは自分も何か、飽きる事はないだろうと考えつつも降りて行くと、下の方から足音が聞こえてくる。

 

 まさか自分以外にも階段を利用する酔狂者がいるとはな、と驚きを欠片も抱く事無く特に気にせず階段を降り続けていると、階段を荒い息を吐きながら手すりに捕まり、俯きながら呼吸を整えようとする姿が見えた。

 

「ぜぇはぁ……なんで……ぜぇ……急いでいる時に限って……ぜぇ……エレベーターが……ぜぇ……故障中なのよもぉ! え、エレベーターを……もう一台、ぜぇ、はぁ、ぜぇ……予算都合して追加できないかしら……ぜぇ、ぜぇ……」

 

「……」

 

 どこか、見たことのある白髪の女がぜぇはあ息を切らしながら半泣きの声で俯きながら足をぷるぷると震わせながら手すりに捕まっていた。

 

 人理継続保証機関フィニス・カルデア現所長オルガマリー・アニムスフィアである。

 

『これが人類の未来を国連に託されて守るとか言ってるから控えめに言って人類終わったわよね。良くも皆、こんな沈む船に乗り込んでいられるわね!』

 

 妖精のその言葉を否定する要素が己には一切見つからなかった。




 フリーダム、妖精ちゃん。しかし言葉は常に真理を突く。一体どこのゾンビなんだ……。それはそれとして、そんなマリーちゃんで大丈夫か。

 なおマリスビリー死亡はゲーム開始3年前の出来事だとか。


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プロローグ - 3

 しばらく階段の上からオルガマリーの姿を眺めていると、息を切らしていたオルガマリーは一切気づくことなくそのままぜぇはぁと息を整え始め、ふぅ、と息を吐く。

 

「……だいたいなんでエレベーターが一つしかないのよ。ヒマラヤ山脈をくり抜いて工房を作るとか発想馬鹿過ぎない? なんでこんなに複雑にしたのよ。もっと、こう、普通に出来なかったのかしら。横に広くって感じで。なんで上下への移動を多くしたのよ全く。決めたわ。私がカルデアの所長となったからにはこの組織をもっと良い方向へと改善させるわ。まずは食堂の時間に制限をかけなきゃ駄目ね。あんなに美味しいせいでついつい食べ過ぎてしまうじゃない」

 

 そこまで一息で喋ったところでオルガマリーが呼吸を整え、

 

「よし、あと少し!」

 

 ガッツポーズを握りながら視線を持ち上げ、そして階段の上からオルガマリーを眺めている此方を見つけてしまった。それを目視し、オルガマリーが完全に動きを停止させる。壁の中の反射でそれを笑いながら見ていた妖精は壁の中から当たり前のように抜け出して、オルガマリーの横に並ぶと良し、と全く同じポーズを決めてから大爆笑しながら腹を抱える。この妖精、煽り力結構高いな、何て事を考えていると、ゆっくりと、ゆっくりとオルガマリーが視線を此方へと向けてきた。

 

「……あ、アヴェンジャー。あ、貴方、も、もしかして……今、私が言っていた事を聞いてしまったのかしら」

 

 オルガマリーのその言葉にどう答えようか一瞬だけ考え、

 

 

 

 

「―――公的には君が経験したような非道な人体実験は存在していない事になっているんだ。マリーも無論、君がどんな目にあったのか、深い所までは知らない。厚顔だと言いたいかもしれないけど出来たらマリーには―――」

 

 

 

 

 不意に、ロマニ・アーキマン―――あの諦めを覚えた笑顔の持ち主の言葉を思い出した。既に自分と同じ様なケースで犠牲者が出ており、それでなんだったか、詳細は忘れてしまった。まぁ、忘れてしまったということは対して重要な事でもなかったのだろうと判断する。とはいえ、一応ロマニには此方の生活の面倒を見てもらっている。となると無下にすることもできない。

 

 何をすればいいんだったのか。

 

『この虚勢を張ってばかりの子犬を無駄に怖がらせなければいいのよ。生きているだけで無価値そうな女を真面目に相手してあげるんだからアヴェンジャーちゃんは本当に優しいね。まさに聖人の如くよ! あ、これスキル消失しているところとかけたジョークね? ふふ、我ながら結構上手だったわね今のは』

 

 妖精の狂気を無視しつつ、オルガマリーのほうへと視線を向けながら、無言で頷きを返す。それを見たオルガマリーが見る見るうちに顔を赤くして行く。自分の声は控えめに言って他人に聞かせるようなものではないし、ここは黙って答えたほうが愛嬌があるというものだろう。

 

『……その恰好で? 貴方のそういうセンス、時たまにステキだと思うわよ』

 

 威圧感を与えないように姿を隠しているのだから、これで何も問題ない筈、だと、心の中で主張する。何よりローブ姿とは由緒正しい魔術師としての恰好だ、何度も似たような恰好をとっている魔術師はカルデア内部でも見かけているし、この姿に違和感があるわけがない。この醜い声を出さない限りは実に友好的に見えるサーヴァントモドキの筈だ。それを心の中で妖精の中に主張していると、顔を真っ赤にしたオルガマリーが、震わせていた肩を止め、

 

「―――忘れなさい」

 

「……?」

 

「いや? え? 何言ってんの? みたいな感じで首をかしげるのはやめなさい。私が最近食堂に通い詰めているのも、体重が増えているのも、ダイエットを考え始めているのも聞いたんでしょ!? 忘れなさい―――カルデアの所長としての命令よ、今貴方が聞いたことは絶対に忘れなさい……!」

 

『自分から自爆して行くスタイルにはあっぱれとしか言葉がないわね。それはそれとして、この無警戒っぷりはちょっと脅してみたくもあるわね。ねぇねぇ、こうなったらあのピエロのお願いを無視して自分の正体をバラしてみない? 実は前所長に誘拐されて人体改造された元人間で殺したいほど彼を今でも恨んでいます、って! ふふ、きっと涙を流しながら許しを請うに違いないわ。いや、やりましょう。これは命令よ。絶対に楽しいことになるから!』

 

 口を開くと余計な事しか言わないこの妖精、どれだけ≪虚ろの英知≫で黙らせる方法を探しても答えは見つからない。人類の英知ではどうやら、妖精を黙らせる方法は存在しないらしい。今度コンピューターを借りて妖精を黙らせる方法を調べてみよう。

 

「いいわね! 絶対よ! 令呪があったら今すぐ命令してやる所だったわ……く、屈辱よ……絶対に忘れなさいよ!!」

 

 そう言うとオルガマリーは目じりに涙をためながら走って階段を駆け上がって行く。しかしやはり、途中で疲れたのか多少上に上がったところでぜぇはぁ、と息を整えるような声がし、足音が完全に停止していた。あれがマリスビリーの娘か、と考え、

 

『殺したくなる?』

 

「全くならないな……マリスビリー、蘇ってくれないものか……」

 

 そうすればアヴェンジャーという霊基の存在意義を果たすことができるのに。そこまで考えたところでありえないから戯言だ、と、断じてから階段を再び降り続ける。

 

 

 

 

 まるで迷路のように入り組むカルデア内部を進んで行く。この道を通るのは一度や二度ではない他、≪虚ろの英知≫にまるで誇示するようにカルデアに関する知識はプリインストールされている為、目を瞑ってでも歩き進む事は出来る。ただそんな風にふざける事もなく、妖精を無視しながら歩き進んでいれば、やがて目的地へと到着する。

 

 金属質の通路やデザインが多い中で、()()の扉がいきなり登場するのだから、実にわかりやすい目印となっている。そこで足を止めてから一回、扉をノックする。一応、入っても大丈夫なのは良く知っているのだが、それとは別にこういう礼儀はしっかりとしたほうがいい―――らしい。少なくとも知識はそう言っている。妖精がそのままバン、と入ればいいと主張する辺り、対応はこれで正しいのだと確信できる。実に優秀な反面教師である。

 

「はいはいはい、どうぞどうぞー。ちょうどキミの事を待っていたのさ。だからささ、中に入るといい」

 

 声に従い扉を開ければ、そこには今まで見ていた金属質の通路や部屋とはまるで違う風景が広がっている。木製のテーブル、地下のはずなのに外の景色が見える窓、室内に充満する紙の匂い、タイル壁の姿、天井からぶら下げられたオブジェの数々―――現代と呼ぶには少々行き過ぎた姿をしているカルデアの中で際立つようなオールドファッションを見せる場所がそこであった。

 

 その奥には流れるような長髪の女がいた。ミニスカートのドレスのような服装に義腕ではなく籠手であるらしい装備を左腕に装着しているのが見える。その体格を見れば、まず間違いなく女であるというのが解るだろう―――だが彼女、或いは()が歴史に万能の天才として名を遺したレオナルド・ダ・ヴィンチである、ということをおそらく初見で理解できる者等存在しないだろう。カルデアが召喚した三人目の正式なサーヴァントである彼、或いは肉体的に呼ぶべきか、彼女はその万能の天才と呼ばれた英知を持って、自らの性別を乗り越え、

 

 理想の姿を作ったのだ。

 

 我が脳内のデータベースでは、これは寧ろ日本人の分野だと主張しているのだが、まさかレオナルド・ダ・ヴィンチは日本人だったのではないか? 等という頭のおかしな結論に至ったりもした。

 

『まぁ、確かに日本人の領分よね、こういう趣味嗜好は』

 

「さぁさ、此方だよ。座りたまえ」

 

 妖精の声を掻き消すようにダ・ヴィンチが木の椅子をどこからともなく引っ張り出してきた。その背もたれを二度叩き、座りたまえと言ってくる。その為にここまで来たのだから、一切遠慮する事もなく、ダ・ヴィンチの工房へと踏み込んで、そして椅子へと移動する。見たところ、完全に女性なのにこれが世紀の天才、万能の人と呼ばれた本人だと言うのだから、

 

 本物のサーヴァントという存在は実に度し難い。

 

 そんなことを思いながら椅子に座ればさてさて、とダ・ヴィンチが言葉を置く。彼女は近くのテーブルの上に載せていたフラスコを片手で握っており、自分がそれを眺めている間にいつの間にか出現した妖精は此方の膝の上に座っていた。この妖精、気が付けば膝の上に座ろうとするよな、と思いながら、ダ・ヴィンチからフラスコを受け取る。

 

「さ、ぐぐいと飲みたまえ。今回調合したそれは死滅した脳細胞を再生しながら海馬を刺激し、一時的にその状態を逆行させる効能を持っているものだ。今度のは自信作だよ」

 

 受け取ったフラスコを確認し、

 

「―――今度こそ、君が記憶を取り戻せる筈さ」

 

 そう言われ、くすくすと笑う妖精の声を無視してフラスコの中にあった半透明の緑色の液体を一気に喉の中へと流し込む。意外と飲みやすく、味はメロンを思わせるものに近かった。さすが万能の人、無駄なところまで力を入れてある。そう思いつつ一気に飲み干したところで、空っぽになったフラスコをダ・ヴィンチへと渡した。それを受け取りつつダ・ヴィンチはそれで、と言葉を置いた。

 

「どうだい? 何か、こう、頭にビビビ、とくるような感覚はあるかな?」

 

 ダ・ヴィンチのその言葉に数秒間、感覚を確かめるように目を閉じて集中する。現代医学的なアプローチでは実験の結果、失われた記憶を取り戻すことができないとロマニは断言した結果、こうやってダ・ヴィンチが時間を割いて、魔術と天才にしか生み出せない閃きを合わせたアプローチで記憶を取り戻そうと協力してくれている。その結果、こうやって彼女の工房へと邪魔をしに来るようになった訳だが、

 

『この程度で戻ってくると思っているんだから笑いものよね』

 

 目を開ける。ダ・ヴィンチに言われたような感覚や、記憶の目覚めのようなものは感じない。ダ・ヴィンチのほうへと視線を向けてから頭をわかりやすく横へと振る。それを受けたダ・ヴィンチがそうか、とどこか、悔しそうな表情を浮かべる。

 

「俺の為に骨を折ってもらって、すまない」

 

「それをキミが気にする必要はないさ、なぜなら私はカルデアの技術開発部長であり、キミは立場としてはカルデアに保護されているようなものなのだからさ。ロマニが医学的なアプローチでは手が付けられないのであれば、私の分野だよ。何よりここまでやって取り戻せないというのは天才として一つ、挑戦できることが増えてやりがいを感じてすらいるよ」

 

 此方の短い言葉に気にするな、とダ・ヴィンチが言ってくる。そのことに申し訳なさを感じてしまう。

 

『その必要はないのよ? 天才とか語ってるこの無能が悪いだけなんだからねー』

 

 椅子から立ち上がり、軽く首を回し、そして記憶を探ろうとして……何も浮かんでこない。やはり、過去を欠片も思い出すことができない。自分に残されているのはこの無駄な能力と、検体番号171(いない)と、そして自分にしか認識できない幻覚らしい。

 

『だから、私にだけは仲良くしてもいいのよ? ねぇ? 私だけが貴方を本当の意味で助けてあげられるし、理解してあげられるし、そして味方になってあげられる―――だぁって、貴方は私だもの!』

 

「戯言だな」

 

「ん? 何がだい?」

 

「いや、独り言だ。右も左も解らない俺のような者の為に、感謝してる」

 

「キミが受けるべきアフターケアさ、気に病む必要はない。ただ、新しいアプローチを開拓しなくてはいけないようだね、これは」

 

 そういいながらも実際に楽しそうに考え出すのだから、本当に苦とは思っておらず、楽しんでいるのだというのは解る。人生、やるべき事がそうやって楽しめるのであれば、どれだけ楽だったのだろうか。

 

『人生が思い出せないのにそんな事考えちゃうんだ』

 

 ―――物の例えである。

 

 ともあれ、何時までもここに残ってダ・ヴィンチの邪魔をするのも悪いだろう。このまま工房の外に出ようとすると、ダ・ヴィンチの声が此方へと向けられてくる。

 

「キミはこれからどうするんだい?」

 

 出口へと向けていた足を一旦止め、ダ・ヴィンチへと振り返りながら声を返す。

 

「置いて貰っている義務を果たしに」

 

「む、そうかい。そこまで深刻にとらえる必要はないと私は思うが、義理堅いのはまた良し、だ。ダヴィンチちゃんの工房は何時だってオープン。次はマナプリズムを片手にやってくるといいさ、暇つぶしに何か面白いものでも作って見せよう」

 

 ダ・ヴィンチの言葉にコクリ、とうなずいてから工房を後にする。向かう先は再びカルデアの上層へ、他のマスターやカルデアの戦闘員が利用する場所へ、

 

 ―――シミュレーター室へ。




 プロローグはカルデアでの日常的なsomething……。終わったらサクサク序章ですなー。どうせ本編クソ長いんだからプロローグは必要以上に長くせずに紹介だけで進めたいって感じではある。

 それはそれとして、平時のカルデアってのにも興味はある。妖精ちゃんカワイイヤッター(震え声


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プロローグ - 4

 ―――2014年現在、カルデアの主な役割とは、近未来観測レンズ・シバを通して向こう100年間の未来の安全確保と監視であり、そこに対して何らかの問題が発生した場合、それを除去するのが国連によって与えられたカルデアの役割である。その為に倫敦の時計塔、エジプトのアトラス院とすでに連携しており、両組織の技術者や魔術師達がカルデアのスタッフとして働いているのが見れる。

 

 現在のカルデアはアトラス院との協力で霊子演算装置・トリスメギストスという装置の完成を目指している。≪虚ろの英知≫によって刻まれた知識によればこれは未来観測や疑似霊子転移(レイシフト)と呼ばれる異なる時間軸へと介入するタイムトラベルと並行世界移動を同時に行う移動技術を補助する為の管制コンピューターとなる。その完成は知識によれば2015年に完了する様にスケジューリングされてある。

 

 ―――異なる時間軸への介入の試みはマリスビリーが存在していた時代から既に存在していた。

 

 事象記録電脳魔・ラプラスはカルデアの最初の発明。1950年に完成されたそれはレイシフトを行うときに、その対象となった人物を保護する役割を果たす。1990年に完成された疑似地球環境モデル・カルデアスは時間軸に関係なく特異点や星の状況を観測する為の道具であり、ラプラスと組み合わせる事でレイシフトの正確性を上げる事が出来る。

 

 そして1999年に完成された近未来観測レンズ・シバ、これは未来の状況を確認するための道具、装置であり、地球を常に監視する為の手段である。

 

 そう、全ては繋がっている。まるで最初から何かが起きることを予測しているかのように、シバはまだ何も観測していないのに、その先で何かが発生するのがわかっているかのようにマリスビリーは執拗に道具と環境を、そして戦力を整えていた。何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。魔術に対する真向からのアンチであり、それは明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という前提がマリスビリーにはあったことを証明している。

 

 また、2004年に発明された守護英霊召喚システム・フェイトが英霊を必要とする、或いはそういうレベルの敵との敵対、戦闘を考慮しているというのが良く解る。

 

 2014年現在、英霊が必要になるような出来事は発生していないし、その気配もない―――だが事情を知っている人間であれば、既にこの組織のキナ臭さ、そして未来への不信感があるのは当然のことである。

 

 ―――ここ、フィニス・カルデアには何かある。

 

 それも、マリスビリー・アニムスフィアと共に闇に葬られてしまった事実が何か、存在する。それだけは確信の出来る事実であった。2015年にトリスメギストスが完成する所で何かが発生するのかもしれない、というのは与えられた英知を利用して計算した結果だった。少なくとも、レイシフトという別時間軸への介入手段を完全な形で完成させる装置を用意したところで、それで何もしません、というのはあまりにも不自然なことだった。

 

『―――それを考え付いたところで何かするわけでもないんでしょ?』

 

 それもそうだ。己は所詮保護されているだけの立場。監視されている立場とも言える。何かを自主的に行うだけの権利は存在するとは思えないし、するだけのモチベーションはない。それに万能の人と呼ばれるダ・ヴィンチが存在するのだ、この程度の懸念や考え、あの大天才が考え付かないはずもないだろう。自分が心配するだけ、無意味なのだ。

 

 だから望まれたように、機械的に役割を遂行すればいい。

 

 そも、それ以外に己に機能はないのだから。

 

『前向きのような後ろ向きね。背中を向けたまま前へと進んでいるようで凄く凄く滑稽ね』

 

 自覚している以上、言い返す言葉なんて存在しなかった。だからその代わりに()()を払う事にする。

 

 カルデアの役割に戦闘が想定されている以上、戦闘用シミュレーターが施設内には存在し、それ以外にもマスター候補や戦闘員も存在する。そんな中、サーヴァントモドキである己は貴重な戦力であり、同時に様々な要素からデータを収集したい存在でもある。ただ人体実験というものが最早カルデア内ではオルガマリーの動きの結果なくなり、

 

 自分からとるデータは主に戦闘シミュレーターを通したものとなる。その為、定期的にシミュレーターを利用して、戦闘データをカルデアへと提出することが半ば、日常となっている。それ以外はダ・ヴィンチに診断を受けるか、或いはロマニと世間話をする程度のことしかここでは行っていないのだ。

 

 だからダ・ヴィンチと別れたところでカルデアの誇る戦闘シミュレータールームへとやってきた。金属製の自動ドアを抜けたところで四角形、真っ白な部屋に入る。そのままここにいれば発狂してしまいそうなそんな空間の中、中に入り込むとお、という男の声が聞こえてきた。

 

『アヴェンジャーくぅんじゃねぇか。なんだ、シミュレーターに挑戦か?』

 

 青い半透明のホログロフとともにアメリカ人の姿が映し出された。カルデアにおける戦闘シミュレーターのモニタリングと調整担当の男だ。確か元々はアトラス院の所属だったが、カルデアのほうが楽しそうだからと此方へと移籍してきた変態科学者の1人だった覚えがある。彼の言葉にうなずくとホログロフは消える。

 

『オーケイオーケイ、今日こそテメェをアヘアヘ言わせる為の特別コースを組んでやったから感謝しろよ! 毎回涼しい表情で突破しやがって―――まぁ、素顔さえ見れていないんだけどなぁ! はぁーっはっはっはっは!』

 

『私、こういう賑やかなのは人生を楽しむ為には重要な脇役だと思うわ。でもこういう人に限って真っ先に死んでいくのよね。世の中ってとても残酷よ』

 

 足元から声がすると思って視線を下へと視線を向ければ、光を受けて映し出される自分の影が妖精のシルエットをとっていた―――はたして他人からどういう風に見えるのか、それはそれで気になるところではあるが、その前にシミュレーターが起動するのを聞いた。小さくヴゥン、と起動する音に魔力が混じり、空間を捻じ曲げて行く。空間が拡大され、そしてその姿も変質し、足元に存在していた金属は消え、その代わりに鬱蒼と生い茂る草原へと変化した。

 

 視線を足元から持ち上げてみれば、周囲の風景も大きく変化しており、広い草原に立っているのが見える。上には青空と太陽が昇っており、室内ではまずありえない光景だった。だがこれもまたカルデアという組織、科学と魔術の融合の果てに再現するに至ったもの、明らかに現代の文明基準を超えるオーバーテクノロジーの産物である。

 

『……と、英知さんは言うのでした! 貴方の考えることはいつもワンパターンで飽きてしまうから、もうちょっと変化を加えましょう? クールと淡泊なのを勘違いしちゃだめよ?』

 

 妖精の言葉を無視し、ローブの中に隠れている右手を伸ばす。登録されている武装が動きに反応して手中に納まる。持ち上げればそれは半透明に濁った灰色の宝珠の様に見える。だがそれに力を籠めればあっさりとゴムボールのように変形し、そして掌の中で変形、膨張、成形されて行き、一瞬で思い浮かべたイメージへとその姿を変質させる。両刃の大戦斧へと変形したそれを肩に乗せるように抱える。

 

「……千変万化の悪夢(シェイプシフター)問題なし」

 

『イメージ通りに変形するアトラス製の武装、か。良くもまぁ、そんなおっかないモンを前所長は引っ張ってこれたもんだ……まぁ、それはそれとして、まずはウォーミングアップだオラァ! 軽くやるぞぉ!』

 

「……」

 

『テンション高いわねー、彼』

 

 それには同意する他なかった。彼だけではないが、カルデアの一部の職員は別世界からやってきたのではないか? と思わせられるぐらいにはテンションの高い連中が幾人か混じっている。全体的にダークで緊張感のあるクールな組織だが、そういう連中のおかげで完全にはそういう方向性で空気が固まっていない、そういう気がする。

 

 そう考えている間に、虚空から出現する姿が見えた。

 

『それではステージ1だ』

 

 響くような足音とともに出現してくるのは二メートルほどの巨体を持った人型の岩塊―――ゴーレムの姿だった。見ての通り、全身が岩でできているために非常に硬く、それでいて人間には発揮できない膂力を持っている。そのため、正面からなぐり合おうとするとあっさりと武器を弾かれて敗北するであろう存在だ。岩で出来ている、という時点で通常の人間ではどうあがいても戦うことの出来ない存在だ。

 

『ま、この程度ならウォーミングアップにもならないわね』

 

 横の大地に大戦斧を振り下ろしたわずかな揺れと共に草が舞い上がるのが見える。此方を認識したゴーレムが凄まじい速度で拳を振り上げて殴り込んでくる。それに合わせ、一気に跳躍しながら大戦斧を持ち上げる。頭上でそれを回転させながら正面から殴り込んでくるゴーレムを頭から叩き落とし、両断する。一撃でゴーレムが真っ二つに砕け、その残骸が大地に倒れるよりも早く、分解されて消え去る。

 

『ステージ2!』

 

 言葉と共にゴーレムが一気に三体出現した。大戦斧を即座に変形させて二挺のハンドガンへと姿を変え、両手で握ったそれを即座にゴーレム二体へと照準を合わせ、引き金を引く。発射された弾丸は神秘に対してダメージを通すことのできる神秘の材質、すなわちミスリルやアダマンタイト等の架空元素をベースに構築されており、当たり前のように神秘の被造物であるゴーレムに突き刺さり、内部で爆裂して二体のゴーレムを内側から粉砕する。

 

 だがそのゴーレムを盾にして飛び込んでくる三体目のゴーレムが出現する。

 

目には目を歯には歯を(≪虚ろの英知:ガンカタ+心眼≫)

 

 飛び込んできたゴーレムの拳を片腕と銃で弾きながら空いた胴体にゴーレムの機械的な反応よりも素早く銃を突きつける。それは近づき、触れるのに合わせるように溶けるように腕を覆って変形し―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと変形した。ノータイムで放たれた杭はゴーレムを当然の様に貫通し、その穂先にコアを突き刺したまま大穴をあけた。死亡が確定した所でコアも、ゴーレムもシミュレーターによって削除して消えて行く。

 

『つまんなーい! 弱すぎー!』

 

 妖精の不満の声に応えるようにシミュレーター内に連続で光が発生する。また同時に、オペレーターの声がする。

 

『オーケイオーケイ、ウォーミングアップはこれぐらいで充分だろ? それじゃあAチーム向けの訓練メニューから挑戦してみようか!』

 

 光と入れ替わるように出現するのは機械仕掛けのオートマタだった。人の形をしているが、ワイヤーが剥き出しになっているロボットとも言える存在。ゴーレム程の大きさはなく、力もない。だがそれを補う速度が存在し、その肉体は金属製だ―――その拳で殴られれば死ぬのはゴーレムであろうとオートマタであろうと、違いはない。

 

『1……2飛んで8体! やっと準備運動になりそうね』

 

 足元からの声を無視し、千変万化の悪夢を変形させながら備えた。直後、オートマタが飛び込んでくる。握られた拳は既にスイングされており、当たる軌跡に入っている。それに対しこちらのリアクションは、

 

 ―――喰らってやった。

 

 胸に叩き込まれる張り手が痛みを体に刻んでくる。だがそれは同時に、燃料でもあるのだ。

 

痛みに痛みを(≪復讐者≫)

 

 サーヴァントモドキとして機能するスキル、サーヴァントクラス・アヴェンジャー、そのクラスに備えられた復讐者のスキルが機能を果たす。痛みを覚えればそれとは関係なく力が湧き上がってくる。魔力が肉体を満たす。致命傷に届かない傷はアヴェンジャーというクラスにとってはただの燃料にしかならない。故に体を満たす力に任せ、二撃目を放とうとするオートマタを蹴り飛ばし、

 

「千変万化の悪夢―――」

 

 シェイプシフターを大地に落とした。その反応は素早く、空間を制限するように大地から壁が生えた。オートマタ達が出現した壁の内側へと逃げ込むように動き、そして飛びかかってくる。

 

「―――ラビリンス」

 

 そして飛び込んできたオートマタがバラバラになった。対神秘用の兵器、エーテライトによるワイヤートラップに自ら飛び込んでくる形でオートマタが二体ほど自滅した。それを見てオートマタが動きを止めた瞬間、展開されていたシェイプシフター・ラビリンスが一気に動き出し、

 

「デモンズウォール」

 

 淡々と、処理するように、作業のようにラビリンスの壁を閉じた。その内側に存在していたオートマタ達は全て、逃げ出すこともできずに壁に潰されて消え去った。終わったところで即座にシェイプシフターを手元に戻し、大戦斧の姿へと戻して方に担いだ。

 

「次を、頼む」

 

『ぐぬぬぬ、よぉし、今度はステージ8だ……!』

 

『間のステージはいったいどこに消えたのかしら?』

 

 さあ、と胸中で答えながら見えてくるゴーレムとオートマタの混成部隊に身構え、そのまま、戦闘データ取りを続行する事にする。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/86408ad3-b1d2-4ad0-8796-2a9f33a33bec/d5ad5b13446ca039d2a4529fa1482e4b

 さーヴぁんと の でーた が こうしん されました。

 という訳でチュートリアルのような何か。俺がGMで貴様らがプレイヤーだみたいな感じのナニカ。さぁ、貴様ら171号くんに種火と再臨素材をささげるのだとかいう感じのノリでデータ弄ってる。

 戦闘はデータよりもリアル重視というか原作重視で。


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プロローグ - 5

『―――結局全部ただのかかしだったわね』

 

 シミュレーションで出されたコースをすべてクリアした後で出ると、そんな声を妖精(フェイ)が投げかけていた。どうやらゴーレムやらオートマタを一方的に蹂躙するだけの戦いが好みだったらしく。非常に機嫌のよさそうな表情を浮かべている。もうすでに解っている事だが、この妖精はどうやら酷いサディストらしい。割と真面目に自分より弱い者を虐めるのを好み、そして自分より強い者は進んで殺したがる。一体何がどうなればこんな幻覚を見れるのか、自分でさえ理解できない。だが理解する必要なんてどこにもないのだろう。そういうものだ、と納得して放置する事に越したことはない。妖精は付き合うだけ時間の無駄である事は新しく刻まれる記憶にしっかりと記録されているのだ。

 

『ひっどーい! 私程貴方を想っている者もいないんだからね! そのうち咽び泣いて私の存在に感謝するんだから』

 

 そうなればどれだけいいのだろうか。少なくとも役立たずの幻覚が役割を持つようになるのだ。マイナスからゼロへと至れるというものだ。そんな風に自分との無意味な対話を果たしながらも、シミュレーター室を後にして向かうのは自室だ。食事を取るのは注目されるのが嫌なので、自室でこっそり、ため込んでおいた栄養食品を食べて済ませる事にしている。シミュレーターで軽く汗をかいたため、それをシャワーで流してしまったらさっさと食事を終らせてしまおう。そんな考えで自室へと戻る道を進んで行き、

 

 当たり前ながら特に問題もなく、自室前まで戻ってくることができた。ただ扉の向こう側には人の気配を感じる。その事実に首を傾げ―――同時に、覚えのある人の気配に納得する部分があった。そのまま、警戒するまでもなく自動ドアを抜けて自室へと入れば、

 

「お、帰ってきたか。お帰り」

 

 そう言って帰還を歓迎する、微笑を張り付けた男の姿がデスク前の椅子に座っていた。良く見ればデスクの上にはノートパソコン、そしてお菓子の類が広げられており、勝手に占拠されている、という妙な感覚に陥る。部屋に入ったところで足を止めていると、口にポテトチップスを咥えた男―――ロマニ・アーキマンが首をかしげる。

 

「ん? 何をやっているんだいアヴェンジャー。君の部屋だから一切遠慮しなくてもいいんだぞ?」

 

『一番遠慮すべき奴がそれを言うかしら』

 

 妖精の言う通りなのだが、特に文句らしい文句を主張する事もないので、そのまま部屋に入り、ロマニのほうへと近づき、何をやっているのかを見る為にノートパソコンを覗き込んでみる。その中ではステッキを握った少女が空を飛びながらビームを放っている姿が見えた。これは、所謂、

 

「アニメーション?」

 

 思わず口に出してしまった。それに目ざとく反応したロマニがにんまり、と笑みを浮かべながらこちらへと視線を向けてくる。

 

「お、解るかな? アヴェンジャーはこういうの、好き?」

 

 どうだろう、と思う。首をかしげてみたところ、ロマニがじゃあ、見て確かめてみようと、横の椅子を二度、その手で叩いて示してくる。つまりは座って見よう、というお誘いなのだろう。それを拒否する理由が見つからないのだが、

 

『私、個人的にはこいつの事嫌いだけど、こうやって会話のきっかけをつかもうとしたりコミュニケーション能力は高いわよね。なんだかんだで心配されているのね。メンタルケアの一環のつもりかしら? ケアするだけのものが中にはないのに、実に無駄極まりないわね』

 

 とはいえ、その心意気には報いるべきなのだろう。ロマニの隣に座り、ノートパソコンのスクリーンを覗き込む。その中に見えるのは何やらファンシーなタイトルであり、内容は魔法少女ジャンルらしい。正直、自分よりも妖精のほうが食いつきがいい。魔法少女モノだと発覚するや否や、即座に膝の上に出現してノートパソコンをガン見し始めるのだから。

 

「これ、今外で話題になっているシリーズでね? サメに育てられた魔法少女のお話なんだ」

 

『開幕からサメに育てられたとかいうパワーワードが出てきたわね』

 

「そんなサメ魔法少女の彼女は別次元の魔法少女組合の営業マスコットに魔法少女の素質を見抜かれて、週休二日で魔法少女をやらないか、って勧誘されるんだ」

 

『勧誘。きっと営業マスコットにもノルマがあるのね』

 

「だけどね、彼女は野生児だったから人語が通じずマスコットを食べちゃったんだ。これが惨劇の第二話だ」

 

『いろんな予想をぶっちぎってたわね。逆に興味が出てくるわね、これ』

 

 妖精の方が興味津々になっているらしい。正直自分にその良さは理解できないが、妖精やロマニが面白いと思っているのだから、きっと面白いものなのだろう。そう判断し、とりあえずロマニと並んでノートパソコンのスクリーンを眺める。全部2クール分を持ち込んできたぞ、と自信満々に言い放つロマニはどこからどう見ても自分には気を使っている様には見えない。お菓子を持ち込んで、完全にくつろいでいるようにしか見えない。

 

 アニメを楽しそうに眺めているロマニを、軽く横目に盗み見て、そう思った。しかし、

 

『駄目ねー。食事は必要最低限、他人との接触もほぼなし。その状態を突破する事か、或いは過去に感じていた何かを取り戻せるかと思って色んなお菓子や娯楽を持ち込んでいるのよ、この道化師は。私個人はこいつのこと嫌いだけど、医師として、あと人間としては非常に優秀で良い奴なんじゃないかしら。私は嫌いだけど。うん、私は嫌いだけど』

 

 そこまで執拗に妖精がロマニを嫌う理由は自分には全く理解できないが、妖精がそう思うのならきっとそうなのだろう―――復讐心以外のすべてを投げ出して、そしてそれを果たそうというときに果たせなかったのだ、結果、この体の中に何も詰まっていないのだから。それを哀れだと思えるのは彼の優しさだろうと、自分の持つ知識から判断する。

 

『実に優等生ね……でもはたして、復讐心を再び心に抱けるようになったその時、同じような答えを出せるかしら? 同じような言葉を口にできるかしら? 同じ自分のままでいられるかしら? 貴方の胸の内の獣はそれを許す事ができるのかしら』

 

 そんな事、知る訳がない。それ以上にどうしようもなく無駄な話だ―――マリスビリーがこの世に存在しないのだから。

 

 そんな無駄な考えを頭の中から追い出しつつ、ロマニの持ち込んだアニメをそのまましばらく、ロマニと共に眺める事にした―――少なくとも、妖精は楽しんでいたし、戦闘シミュレーターで体を動かした以上運動する必要もないし、そもそも鍛えることのできる肉体でもなく、何もせずにいるよりははるかに有意義な時間の消費法だと思ったからだ。それのなにが面白いのかは解らないが、

 

 ロマニは時折、パソコンを眺める此方を確認しては笑みを浮かべていた。

 

 妖精の言葉が本当だとして―――底抜けに、お人好しで苦労性な男だった。

 

 

 

 

「―――そして到達する第二クール最終話、なぜ人は争うのか? なぜ理解しあえないのか? サメ魔法少女はそれに悩んだ結果、気づいたんだ。言語の壁、種族の壁、意思の違い、それがこの星を汚染して、今も終わらない争いを生み出しているんだと。だから彼女は決めたんだ……全人類サメ化計画を……」

 

『クソを突き抜けたアニメがもう一段階クソを突き抜けたって感じのアニメだったわね。個人的に表彰状を送りたい。これ、企画した奴相当キマってたでしょ』

 

「ちなみに脚本家はこれを作った直後失踪して、未だに発見されてないからさらに話題を呼んでるんだ」

 

『でしょうね。たぶん覗きこんじゃいけない深淵の三つや四つ覗き込んだ感じあるもの。ま、私程覗き込んでいないだろうけどね!』

 

 そう言ってロマニの解説付き、アニメの一気見は終わった。気づけばお菓子を摘みながら見ていたこともあって、大分時間を食ってしまったらしい。普段は特に何もしていなく、妖精と話し合っているだけなので無駄に時間が長く感じられるのだが、こうしてみると何とも時間が早く過ぎ去って行く物のように感じられた。だが同時に、胸の内に浮き上がるものを感じられた。ロマニはそれで、と言葉を置き、こちらへと視線を向けてきた。

 

「……どうだった?」

 

「おそらくはかつてないレベルで時間を無駄に使った……気がする」

 

「えー! でも結構面白かっただろ? 暗黒サメ天体とか。サメテオとか。あのどうしたらそこまでサメを応用できるのって感じの数々の狂気を感じられる魔法の類は」

 

「いや、間違いなく時間を無駄にした。まず間違いない」

 

「えー、それは残念だなー。じゃあ今度はまたなんか別のアニメを持ってくるよ。今度こそ面白い、って言わせられるような奴をね。……っと、そろそろ戻らなきゃマリーに怒られそうだ。それじゃあここらで失礼させて貰うよ……あ、パソコンはそのままでいいし、お菓子はたくさん余ってるし、勝手に貰っておいて。殺風景な部屋だし、置いてもバチは当たらないんじゃないかな」

 

 それじゃあね、とまるで嵐のようにロマニは去って行った。その外へと消える後ろ姿を眺め、軽く首をかしげてから、今までずっとかぶっていたフードを下す。誰もいなくなったことでようやくフードを、仮面を、素顔や素肌を晒すことができる。やはり、既に知られているとはいえ、こんな醜い姿や声、到底誰かに見せたいとは思えない。この姿はマリスビリーやあの狂った研究者どもが自分に刻んだ一生消えない傷なのだ、嫌悪感しか存在しない。

 

 しかし、あの男、ロマニはいったい何がしたかったのだろうか。

 

『だから貴方と会話したかっただけよ、アレは』

 

 ローブを脱ぎつつ、あんなカオスなアニメとお菓子の山で会話を作ろうとしたのか、あの男は、と、少しだけ呆れを感じざるを得なかった。だがそのリアクションが面白かったのか、妖精の方はくすり、と笑っていた。

 

『だけど現実としてアニメのことやお菓子の話で会話は続くし、呆れるなんて感想、何らかのコミュニケーションが発生しなければ抱くことさえないでしょう? つまりはその時点であの男の目的は達成されているのよ。復讐以外にも感情の波を胸の中に生み出しているんだから。本当に優秀よ、彼。私は嫌いだけど』

 

 これが本当に自分の生み出した幻覚なのかどうか、時折、その言動には非常に驚かされる部分がある。しかし、自分以外に見えていないのであれば、考えるだけ無駄だ。やっぱり発狂して生まれた第二の人格なのだろうと、そう思っておき、

 

「……」

 

『あら、どうしたの?』

 

 服を脱ぐ動きをとめていると、妖精が首をかしげながら此方へと視線を向けてきた為、その言葉に答える。

 

「いや……生まれた意味も、存在意義も果たせない偽物にどういう意味があるのか、と思ってな」

 

『そんなの一年後まで待ちなさいよ。平時に力の使い方を考えても無駄無駄。極限にまで追い込まれてから漸くそういうのは発覚するもんなんだから、来年、地獄めぐりをする時に改めて考えればいいわ』

 

「来年、か」

 

 適当な言葉に聞こえて来年はレイシフトを完全なものとするための最後のピース、霊子演算装置トリスメギストスが完成される。その完成と共にここ、フィニス・カルデアは別時間軸への完全な干渉と過剰とも言える戦力による武力闘争を行えるようになる。やはり、その用意周到さは見えない何かに備えるかのように思える。2015年、やはり何かがある、と発表していなくてもマリスビリーは見据えて用意していたと言えるのだろう。

 

 ―――そこで、己は存在意義を果たす事ができるのだろうか。

 

 そうでなければ、一体、なぜこんな身になったのかすら―――。

 

『ま、今は考えていても無駄よ。疑問なんてもの、貴方がする必要はないわ。全てを私に委ねて、振る舞うべき風に振る舞えば―――あー! 私を無視しないでよー! もぉー!』

 

 妖精の言葉を無視して服を脱いだらシャワー室へと向かう。終わったらちょっとだけ、心配させるなら人間らしさを求めてみるか、と鏡に映る怪物の姿に嫌悪感を抱きつつ。シャワーボックスの中へと足を進めた。

 

 

 

 

 ―――2014年、まだカルデアは平和だった。多くのスタッフ、充実した設備、そして万全の備えにバックアップと、おそらくは地球で最強の戦力を備えた組織であったに違いない。アトラス院、国連、時計塔と大組織の協力を得たカルデアの戦力に比肩する場所はそれこそこの地球上では限られ、未来は明るいものだとされていた―――少なくとも、向こう100年は保障されていたはずだった。

 

 だが隠しようのない破滅の足音は、既にこの時……聞こえていた。




 どすけべ後輩はこの時期漸くAチームと合同訓練を行える程度の自由を得ていたらしいから不審人物(仮面フード)が接触できるわけないネ。

 ロマニのことはどーしても嫌いになれないよね、と言いつつ次回から序章かな。


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特異点F 炎上汚染都市冬木
序章 - 1


Do You Remember?

 

 

 

 

「―――だぁーかーら! 拙僧は今こそこの狭きアルカディアを捨て、オケアノスの彼方へと行くべきだと言っているのだ!」

 

 春の日差しが眠気を誘ってくる、そんな暖かな陽気の中で、馬鹿が一人大仰にそんな事を叫んでいた。机の前でポーズを決めながらニヒルな笑みを浮かべる大馬鹿者に対して肩肘を付いた状態でその学生にしてはえらく発達のいい巨漢を見上げ、露骨に溜息を吐いた。こいつは何時もこうだ。第一、

 

「お前の言葉が意味不明すぎて何を言っているのか全く解らんのだが。俺の解る言葉で喋ってくれないか臥藤?」

 

「むぅ、すまんすまん。しかし貴殿はもっとフランクにモ・ン・ジ! という風に名前を呼んでもいいのだぞマイ・ブラザー、ソウルメイトよ。ところであんぱん食うか?」

 

「お願いだから正気になって。その時期がお前にあるのかどうかが怪しいけど」

 

 食うけどさ、と答えて臥藤―――臥藤門司(がとう もんじ)、学園一のキチガイ、或いは宗教ヲタク。アメフトでもやっているのではないか? と思えるほどにガッチリとした体格の持ち主であり、なにかスポーツをやっているのではなく、ただ単純に趣味で体を鍛えているキチガイである。宗教家を自称しており、古今東西、あらゆる宗教の事を調べる事を趣味としている変人である。こと、宗教に関してはにわかな厨二病患者でさえ黙り込んでしまうほどの博識さを見せるどころか、その道の教師でさえ黙るレベルなのだ。

 

 入学以来の腐れ縁となっている友人であり、なにかとこう、絡まれる事は多い―――馬鹿でキチガイではあるが、基本的には良いやつなのだ。

 

 キチガイであることを除けば。

 

 ともあれ、そんな門司から受け取ったあんぱんを食いつつ、それで、一体どうしたんだよ、と若干めんどくさげに半眼になりつつにらみを向ければ門司がまたもや良く訳の解らないポーズを決めながらうむ、と一言言葉を置いた。

 

「拙僧、良く考えてみれば夏休みの二か月間という時間は非常に長く、それこそ先に夏休みの宿題を終わらせてしまえば色々と自由があるのではないか? とある日突然天啓を得たのだ―――そうだ、京都行こう」

 

「それ、JRのコマーシャル見ただけじゃないのか……?」

 

「NO! これこそ、まさに神より我に与えられし天啓! 啓示よ! ジャンヌ・ダルクもまさにこのような気分でオルレアン奪還マシーンへと変貌したに違いない! その先はだめだぞ、オルレアンではないからな! 神とは実に自分勝手なのである。それはそれとしてブラザーよ、マイ・ブラザーよ、この夏、ちょっと京都の神社仏閣へと行かないか? これぞまさに神より与えられし試練―――別名ロッズ・フロム・ゴッドだ!」

 

「それを発射したの神じゃなくてアメリカだと思うんですけど」

 

「―――現代における資本主義のゴッド・アメェェリカァ!」

 

「それでいいのかお前……」

 

「まぁ、拙僧まだ学生だし? 悟り開いてないし? 少しぐらい遊んでもまだ未成年セーフであるが故に問題なしである! それはそれとして、信仰が神を生むのであれば資本主義の犬という神がそろそろ生まれても良さそうな気が拙僧するのだが」

 

「それ以上いけない」

 

 しかし夏休みに京都―――京都旅行、それは悪くないのかもしれない。きっと門司の事なのだから、完全に思い付きでノープランなのだろう。だけどひと夏の思い出にちょっと遠出するというのはいい感じに青春しているんじゃないだろうか? そんな考えが思い浮かび、きっと、悪くないことなんだろう、という考えに至った。まぁ、ここまで来てしまうと完全に正当化してしまうだけの話だ。だから自分の中ではほとんど決定事項だった。

 

「今からバイト探して入れてみるか」

 

「なに? 旅行なぞテントとチャリで十分ではないか?」

 

「超人かよお前。いや、そういやぁお前この前4階から飛び降りて無傷だったよな。超人だったわお前」

 

 門司のテンションの高さに呆れつつも、夏休みの計画を考えると段々と楽しくなってくるのは事実だった。まぁ、完全に宗教ヲタクで煩いのが難ではあるのだが、それはそれとして、悪い奴ではないのだし、話していて面白いという部分もある。飽きないだろうなぁ、というのは確信できていた―――。

 

 

 

 

 柔らかいベッドと、そして暖かいシーツの感触を得ながら、ゆっくりと目が覚めた。見慣れたカルデア内の白い天井を見上げながら、ベッドやシーツの感触とは別に、自分の横で感じる感触に視線を向けた。軽く丸まりながら抱き着くように眠っているのは妖精の姿だった。幻覚も眠りを覚えるとは何とも面白いものだと思いつつも、脳裏に浮かび上がってくるのは完全に別の事だった。

 

「ガトー……モンジ……」

 

 それは知らない筈の名前だった―――つい、先ほどまでは。だがその名前を呟きながら思い出すのは逞しい宗教家学生の姿だった。彼の存在をカルデアで見たことはないし、データで閲覧した記憶もない。ここ、カルデアに来てから収集した知識の中にもなく、≪虚ろの英知≫の内部に記録されている訳でもない。それはつまり、

 

 ―――彼の名前は純粋に自分の記憶から生じたものだった。

 

 その事実に驚きを感じざるを得なかった。カルデアで自由を得てから2,3年が経過している。その間、ダ・ヴィンチやロマニが何をしようともそれが蘇るような形跡はなかった。だが突如として夢として過去を見て、思い出した。そう学生の頃の話だ。自分には門司という馬鹿な友人がいたのだ。馬鹿で、滅茶苦茶で、しかしいい奴だった。俺の声もこんなものではなく、もっと若々しい声、あんな声をしていたのか、と驚かされるものだった。

 

「だけど、それだけ……か」

 

 思い出せるのはそれだけだった。それ以外に思い出せることはなかった。自分の名前、自分の顔、どこだったのか、何年前の話だったのか。それは以前として不明のままで、自分の正体はまだまだ謎に包まれたままで―――検体171号である事実に変化はなかった。一瞬、自分の何かが解ったのではないかと思ったが、盛り上がった感情の波はしかし、即座に消え去ってしまった。

 

『あら、でもその割には嬉しそうな表情を浮かべているじゃない。顔が笑っているわよ』

 

 いつの間にかベッドから抜け出していた妖精がそんな事をベッドの横に立ちながらそんなことを言ってきていた。それを確かめるように上半身だけ持ち上げながら自分の顔へと手を持っていけば、しかし、微妙に唇の端に笑みを作っていた、というのが良く分かった。

 

『何度もカウンセリングや処方を受けても思い出すことのなかった記憶、そして浮かべることのなかった笑みをあっさりと取り戻しちゃうのね。あの二人が実に憐れだわ! ふふ』

 

 悪意のある言い方で笑みを浮かべ、妖精は笑っていた。やはりこの幻覚、邪悪だよな、と思いながらベッドから抜け出すように起き上がった。時間を確認するとまだまだ早い時間だった。いつも自分が起きる時間よりも数時間早く、カルデア内部でも活動している人数は少ないだろう。だけども、再び寝る気持ちにはどうしてもなれなかった。ベッドの横に置いてある着替えに手を伸ばしつつ、思い出す。

 

『そうね、今日はファーストオーダーの日よ』

 

 着替えながら思い出す。2015年、カルデアは未来の喪失を確認した。そしてその原因の特定は果たされた―――即ち2004年、日本のある地方都市が原因で未来が閉ざされてしまったのだ、と。ゆえにカルデアでは本日、ファーストオーダーを計画している。今年に入って完成された霊子演算装置トリスメギストスにより疑似霊子転移(レイシフト)の成功率はほぼ100%といえる領域に安定した。国連からの念押しもあり、本日はカルデアの誇るAチーム、その精鋭が原因排除へと赴く日であった。

 

 無論―――己も、参加することになっている。

 

 サーヴァントに匹敵する実力、それを遊ばせる訳にはいかず、完全には事情を把握していないオルガマリーが参加を要請してきたのが理由にある。彼女からすれば参加させない理由が解らない、ということだろう。ダ・ヴィンチとロマニはここで反対票を投じようとしてくれたが、

 

 結局、自分の意思でファーストオーダーに参加する事は決めた。

 

 その為に生み出された存在なのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。復讐を果たすことができない今、サーヴァントと戦う事だけがサーヴァントモドキとして与えられた唯一可能な事であり、残された存在意義でもあるのだ。流石に、生きている意味そのものが果たせなくなるのは己という存在が解らない今、かなり辛い。だからこそ、ファーストオーダーの参加要請は助かるものだった。

 

『復讐者が人類を救う為に戦いに赴くのよ―――なんて愉快な事かしら。さて、今朝の朝ごはんはどうしましょうか? きっと、すごく大変な一日なるのだから、しっかりと食べておきたいわね』

 

 着替えと軽い身嗜みを整え、朝の支度を終わらせたところで妖精が声をかけてきた。その言葉にそうだな、と声を呟かせた。自身の喉から漏れた声はやはり、夢の中で見たようなあの若々しい声ではなく、怪物のような唸り声だった。元がなんであれ、これが今の自分なんだな、と確認し終わったところで朝に、どうしても食べたいものを思い浮かべた。

 

「―――あんぱん」

 

 

 

 

 何時も通り完全に姿を隠した格好でカルデア内で移動を始めると既に色々とカルデアが活気づいているのが雰囲気から伝わってきた。やはりファーストオーダー、その日、ともなるとスタッフのほうは忙しいのだろう。カルデアの機器に関する技術的な知識はちゃんとほかの戦闘技能とかと共にインプリントされてある為、いったいどうやって何をしようとしているのかは、門外漢であってもある程度理解できる。そう言えばこの日のためにダ・ヴィンチが数日前から休み知らずに働き続けている、なんて話も聞いた気がする。

 

『人類が滅ぶ瞬間を目前にしていると思うと背筋がゾクゾクしてくるわね』

 

 カルデアが未来を観測できないという結果はつまり、人類の滅亡が目前にあるという事実でもある。つまり今、静かにではあるが、人類は滅びそうになっているのだ。妖精の言葉で気づかされるが今、人類は割と切迫した局面を迎えているのだ。

 

『そういう貴方は人類滅亡の前に何か思うことはあるのかしら?』

 

 それは―――どうだろうか。

 

 個人的に自分の中に消失しているものは()()()()だと思う。171号の元となった人物から今の171号アヴェンジャーに残されているのは復讐心だけであって、それすらマリスビリーの死と共に消失しつつある。だからこそ己という存在の証明が欲しい。

 

 自分の存在理由という物が欲しい。

 

 そうでなければ名前も忘れてしまい、復讐心さえ抱くことの許されない、元聖人があまりにも憐れで、そして同時に自分が何のために存在しているのかが解らないからだ。だから正直な話、人類の滅亡、戦わなくてはいけない状況、そしてファーストオーダー要請の存在には実のところ、ほっとしている部分がある。

 

 そうでなければ自分はただの思考するだけの人形―――オートマタと変わりはしない。

 

『大丈夫よ。貴方は私の為に存在するのだから、そんなに悩む必要なんてないわ。困ったら何もかも全てを忘れて私に委ねればいいわ! そうすれば全部私がどうにかしてあげるわ!』

 

 何時も通り発狂している妖精の言葉を受け流し、朝食を得るために歩き出す。通り過ぎるマスターや魔術師、スタッフ達の表情はどこか緊張感に満たされており、寝不足で目を擦っている姿も散見できる。ただ本日出撃予定のAチームを見かけない辺り、やはりギリギリまで調子を整えている、というところだろうか。

 

 ―――まぁ、どうでもいい話だ。

 

『そうね、そうよね。他の有象無象なんて興味もないものね』

 

 とりあえずはあんぱんだ。夢の中の残滓。それを追いかけたくて、それしか追いかけられるようなものが今、カルデアでは手に入らなくて―――それでも追いかけたくて、郷愁を思い出したくて、何の変哲もないそれを探しに、食堂へと向かう。




 あなたはおぼえていますか?

 その日、ファーストオーダーとともに物語は始まった。舞台に役者がそろったらあとはサメライターで舞台を本能寺して敵をレフらせるのみ……それともリヨってソロモる?


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序章 - 2

「―――あ、やっと見つけたわ。こんなところで何をしているのよ貴方」

 

 食堂であんぱんを食べていると、そんな声が聞こえた。食堂の入口へと視線を向ければ、そこにはオルガマリーの姿が見えた。本日はファーストオーダー発令予定で忙しいはずなのに、態々自分の足で探しに来るということはきっと、他人に話せない重要な事なのだろう。

 

『えっ』

 

 あんぱんの味を名残惜しむようにしつつ口の中に押し込んでから立ち上がり、食堂の入り口で立って待っていたオルガマリーに近づく。此方が近づいてきた所でオルガマリーは先ほどまで自分が座っていたテーブルへと視線を向けてから視線を戻し、

 

「貴方……あんぱん、好きなの?」

 

 その言葉にうなずきで返答を送ると、そう、とオルガマリーが何かを考えるように数秒間黙り込むのを見た。そのまま此方も黙ってオルガマリーが考えを纏めるのを待っていると、やがて考えを終わらせたのか小さくあっ、と声を漏らしてから視線をこちらへと戻した―――心なしか、その頬は少しだけ赤くなっているように見えた。作戦当日なのにこの女所長は大丈夫だろうか?

 

『人類の未来を任せるには明らかに不安すぎる人材よね。ロマニー、メンタルケア足りてないんじゃないのー?』

 

「そ、そうだったわ。こんなくだらない事を考えている場合じゃなかったわ。いつもやる気なさそうな様子しか見せていないから本当に大丈夫かどうかを見に来ただけよ。それで、調子はどうなの? ファーストオーダーの方はちゃんと遂行できそうかしら?」

 

 そういう要件だったのか―――まぁ、オルガマリーの気持ちは解らなくもない。実際、常に姿を隠している正体不明のサーヴァントモドキという時点でかなり怪しいし、その上現在のカルデアでまともに機能する唯一のサーヴァント戦力だと考えれば、オルガマリーが気を揉む理由も解る。もう一人、デミサーヴァント計画の被験者が存在し生存しているが―――彼女に宿る英霊は協力を拒否している。彼女自身は己を鍛えて戦闘に参加する腹積もりだが、英霊の力が得られない状況で、唯一のサーヴァント戦力は己だけになる。

 

 人間と英霊の戦闘能力はまさに別次元と評価するのに相応しい。どんな最底辺の英霊であろうが、神秘の塊で形成されている彼らは専用のルールが適応され、既存の常識を打ち破る型破りな存在となっている―――カルデア内でも無論、英霊としての力を改造の果てに入手した己は最高戦力となっている。

 

 真名―――存在すらしないのだが、それさえ秘匿している秘密兵器なのだ。

 

 気にする理由などいくらでもある。

 

『その割には無警戒で幸せそうにあんぱんを食べてたけどね』

 

「問題は……ない」

 

 やはり自分の喉から出てくるこの声は好きになれない。なるべくなら声を出さず、黙っていたいものだと思いつつそうやってオルガマリーへと返答すると、やや威圧されたような表情で頷く。

 

「そ、そう……確かに自信に満ちた声ね……」

 

『どこが?』

 

「これなら特異点Fでの活躍も期待できるわね。Aチームはカルデアから選りすぐりの精鋭の集まりよ―――一人一人が今のカルデアの宝なんだから、貴方を含めて全員、ちゃんと生き残って戻りなさいよ? この特異点だけで終わるとは限らないんだから」

 

「拝承した」

 

 言動の端からオルガマリーが不安を感じている、その感情が見え隠れしている。やはり、大きな作戦の前となると色々と心労が増えるのだろう。特にオルガマリーはあの外道(マリスビリー)から地位を引き継いでいるのだ。自分のことは知らないがもう一人、()()に関しての研究はすでに知ってしまっているらしい。それを考慮するとオルガマリーにも色々と心労が重なってくるのも理解できる。

 

 案外、大きな組織に思えて、カルデアもどこかで手が足りていないのかもしれない。

 

 ロマニもなんだかんだで此方に会いに来るときはどこかで時間を捻出している様に感じる。

 

『まぁ、人類という種族全体で救おうと頑張っているのはわかるけど、明らかに組織としては足りていない部分が多いわよね。まぁ、それこそ私にはどうでもいいことなんだけどね? それよりもほら、何か言いたいこととか伝えたいこととかないの?』

 

 足元、妖精の形をした影からそう言われ、数瞬程付け加える言葉を考える。そこまで考えた所で、特に伝える様な言葉が見つからないのを理解する―――実際、そこまでオルガマリーと親しいわけでもないのだ。結局のところ一人の所長と、そして復讐者という関係でしかないのだから。それを知ってか知らずか、そう、とオルガマリーは言葉を漏らすと、背を向ける。

 

「……それじゃ、あと少ししたらみんなを集めるから。遅れては駄目よ」

 

 頷きで返答する。それを受け取ったオルガマリーが去って行くのが見える。とはいえ、自分も十全を期すのであればそろそろ向かうべきなのではないかと思う。まぁ、他にやる事もないし、適当に向かわせて貰おう。そう思って食堂を出る。

 

 しばし時間が経過したこともあり、カルデア内では前よりも活気が満ちているのを感じられた。時間が進んだことで眠っていた局員たちも目覚めたのだろう。カルデア内の緊張感が前よりも高まっているのを僅かに感じられる。しかしそうか、と口に出す事無く呟きながら歩き出す。今日がファーストオーダーで、これから自分はレイシフトするのだった。向かう先は2004年の日本のとある地方都市。

 

『あそこで聖杯戦争が勃発したのよねー。まず間違いなくそれが特異点の原因というか、理由でしょうね』

 

 聖杯戦争―――それは英霊を従えたマスターが英霊を従えたマスターと行なう()()()()だ。その果てに万能の願望機である聖杯を入手し、願いを叶えるという争いだ。自分の能力、システム、スキルとはそれら英霊をベースに、或いは参考にして生み出されたものだ。つまり、自分は存在自体が贋作ともいえるようなものだ。果たして、本物の英霊と出会った場合、己はそれらを殺し切ることが出来るのだろうか?

 

『そんなの相性と状況と格の差で変わるとしか言えないけど、殺せるだけの材料はそろっているし、私がいる以上は敗北なんかあり得ないと思うわよー? ふふ、そのうち私に泣いて感謝する姿が見れそうね』

 

 妖精がまた錯乱している。こいつとの付き合い方もだいぶ慣れてきたな、と小さくフードの下でため息を吐きながら足を止めていると、此方へと向けられる視線に気が付いた。振り返りながら視線の主を求めると後方、同じ方向へと足を向けていた存在を見つけた。

 

「あ……」

 

 振り返ればそこには何度かカルデアで見たことのある姿があった。菫色のショートカットの少女、白衣に眼鏡という特徴的な姿をしている、Aチーム所属の精鋭の少女―――マシュ・キリエライトだ。Aチーム所属であるのと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、憑依までは成功させたが英霊が力を貸すことがない故に失敗作としてマリスビリーに見限られた子だ……ある意味では己の先輩だ。その横にはカルデア支給のマスター用制服に袖を通した少年の姿が見える。年齢はどうだろうか、マシュよりは年上のようには見える。癖のある黒髪に、不思議な色の瞳をした少年だった。その足元には猫の様な、奇妙な生物のフォウがいるのも見られた。気づけば何時もマシュと一緒にいるな、とフォウの事を考え、

 

「アヴェンジャーさんこんにちは」

 

 マシュのそんな言葉に此方も返答を返すように頷きを返した―――いつの間にか妖精の姿は消えていた。そのままマシュはで、ですね、と言葉を置いてから横の少年に此方を紹介するように視線を向けてきた。

 

「えーと、此方はアヴェンジャーさんです。先輩はサーヴァントという存在を知っていますよね? その中でも特殊と言われるエクストラクラスのサーヴァントがアヴェンジャーさんです。復讐者という実に物騒に聞こえるクラスの人物で寡黙ですが、物凄く親切な方なので見た目に怯えなくても大丈夫ですよ」

 

 マシュにこのローブ姿が怖いと思われていたのか―――ちょっと傷つく。個人的にこの格好はかなりイケてると思っていたのだが、そうではなかったらしい。今度ダ・ヴィンチが暇そうな時に何か、威圧感を与えずに姿を隠せるような恰好を頼むべきなのだろうか。そんなことに軽くショックを受けていると、先輩と呼ばれたマスターが恐れずに手を差し出してきた。

 

「あ、俺藤丸立香って言います。よろしくお願いしますアヴェンジャーさん」

 

 一切恐れずに手を出してくる姿に驚きながら、そういう態度は気分が悪くはない。此方も手袋に隠されている片手を出して、それで立香の手に握手を返した。

 

「さん、はいらない」

 

 さん付けされるほど自分が高尚でも高潔な人物だとは思えない―――それどころかその逆だと思っている。自分ほど無意味で無価値で、それでいて存在する意義すらない、無駄な存在もいないだろうと思っている。故にその呼び方を否定するが、

 

「フォウフォウフォーウ!」

 

「アヴェンジャーさんはこれから集合ですか?」

 

 マシュが遠慮なくさん付けで呼んできた。今言ったばかりの事を思い出して欲しい。……なんか、調子が狂う。普段は煩いほどの妖精もマシュとフォウの前ではまるで借りてきた猫の様に静かになっている。まぁ、きっと彼女も苦手なのだろう、彼女たちが。自分がどこか、マシュに苦手意識を感じているように。ともあれ、返答として頷きを返せば目的地は一緒ですね、と納得されてしまう。あぁ、気のせいじゃなければこのノリは知っている。

 

「では目的地が一緒ですし、一緒に行きませんか?」

 

 ―――まぁ、こうなるだろう。

 

 マシュの遠い背後で妖精が両手をバツの字にして断れ、とサインを出しているがどうせ到着したら一緒―――というかマシュはAチームなのだから一緒に戦うのだ、ここで逃げても逃げるだけ無駄だろうと思う為、無言でうなずいてマシュの提案を肯定する。それを受けた妖精がしばらく離れた場所で崩れ落ちる姿が見える。一々リアクションが派手な娘である。

 

「それじゃあよろしくアヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

 マシュのその言葉に即座に返答したのを見て、立香がこちらへと視線を向けてきた。

 

「アヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

「アヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

「……」

 

「……」

 

「アヴェンジャーさん!」

 

「さんはいらない」

 

 そこで立香はしばし、無言を保ちながらマシュへと視線を向け、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

「やばい……この人楽しい」

 

「フォウフォウ……」

 

『初対面のサーヴァント相手にそんな態度をとる事のできるマスターっていうのもやはり凄いわね。才能を一切感じさせない凡人の筈なんだけど……ある意味恐ろしいわね』

 

 普通であればサーヴァントという超神秘的な存在に対して恐怖を抱く。それが当然の反応であり、生物的に正しい反応だからだ。サーヴァントモドキである己ですら自然体であろうと、休憩していようと、自分の意思で動いて活動する生物兵器なのだ。普通はその存在感だけで警戒し、恐怖を抱くものだ。だがそういう姿が一切立香には見えなかった―――不思議な少年だ。

 

 とはいえ、何時までもここで歓談しているわけにもいかない。一切こちらの呼び方を直そうとしない立香とマシュを放り出してファーストオーダー発令のための集合場所へと向かおうとすれば、立香とマシュが追いかけてくるように走り寄ってくる。

 

 なぜだか―――本当になぜだか、

 

 この二人との付き合いは非常に長くなりそうだと、そんな気がした。




 フォウはセリフがフォウだけなので実にフォウフォウしてるフォイ……フォイ?

 もうすぐ待望の爆破チャンス。


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序章 - 3

『―――あははははは、ははは……ははは―――!』

 

 腹を抱えながら妖精が笑い転げていた。それもそうだ。ファーストオーダー発令の為に参加者、およびスタッフ総員を呼んで作戦説明を行っている中、あのもっとも新しいマスター―――藤丸立香とかいう彼は()()()()()()()のだから。しかも立ったまま、ぐーすか眠っていたのだ、所長であるオルガマリーの前で。カルデア到着直後で辛いのはまだ理解できるが、

 

 その場合は普通に不調を言い訳に欠席すればいいのに、と思わなくもない。

 

『でもそのおかげですっごく面白いものが見れたわ。あー、面白かった。彼のあの度胸、私とても気に入ったわ―――あ、でも大丈夫よ? 好きなのは貴方だけなのだから、別に嫉妬しなくてもいいのよ? ふふ、ははは……思い出してきちゃった……ふはは……』

 

 腹を抱えて再び妖精が笑い出す。相変わらず趣味の悪い奴だと思いながらも、カルデアの理念や目的、そういう基本的なスピーチの退屈さは良く理解している。何せ、文字通り脳髄に刻み込まれているのだから。だから気持ちは解らなくもないのだが―――やはり眠るのはどうかと思う。ふつう、眠ることはないだろう、とは思う。ともあれ、そんな立香の珍ハプニングを通して、空気は少しだけ緊張しきれずに緩んでいた。緊張しすぎて窒息しそうな状況よりははるかにマシとも言える状態だ。

 

「―――それではAチーム並びに本作戦参加者はレイシフトルームへと移動! 作戦を開始するわよ! これが私達のファーストオーダー!」

 

「了解!」

 

 オルガマリーが壇上から解散を告げるのと同時にスタッフ達が、47人のマスター達が活動を開始した。今作戦に同行するのはこの半分以下のマスター達ではあるが、だれもが使命感に満ちた表情を浮かべていた。人理を守り、未来を保証する。その為のカルデアなのだから、当然といえば当然なのだろう、モチベーションの高さは。そんな中で、自分一人だけがそんなことに関係なく存在意義を満たすために戦いを求めている。

 

『人類とか未来とか、そういう事のため戦うことに果たして意味はあるのかしら?』

 

 歩き出さない此方に、影を自分の形へと変えた妖精が足元から声を響かせていた。

 

『いえ、意味はあるのでしょうね。だけどそこに価値はあるのかしら? その価値は貴方が思うことと等価なのかしら? 所詮価値観なんて個人で変わるものよ。その人その人がそれで納得できるのならそれが正解なのよ。貴方は貴方らしく、自分を探しながら正解を探せばいいのよ。断言するけど、カルデアにとっての正解が貴方にとっての正解になる訳がないし』

 

 そこまで言うと妖精は一旦言葉を止め、

 

『さ、行きましょう、レイシフトルームへ。過去へと進まなきゃいけないんだから……表現としては妙ね』

 

 前半はどうあれ、レイシフトルームへと向かわなきゃいけないのは事実だった。歩き出そうとしたところで、

 

「―――アヴェンジャー!」

 

 オルガマリーの声に足を止め、振り返る。オルガマリー・アニムスフィアにはマスターとしての適性が一切存在しない―――その為、彼女はレイシフトを行う事ができない。だから彼女はカルデアから指揮を執るだけで、作戦には本格的に食い込むことができない。そんな、複雑な感情が表情に見えた。ただ彼女は此方を呼び止めると頭を横へと振る。

 

「いえ……何でもないわ。レイシフトの準備をなさい」

 

「……拝承」

 

 オルガマリーから視線を外し、レイシフトを行う為に足を進める―――部屋から出るその瞬間まで、ずっと背中にオルガマリーの視線が刺さっていたような気がした。

 

 

 

 

「ふぅ、ファーストオーダー、緊張してきたな……」

 

「おいおい、あれほど昨夜は楽しみにしてるってお前言ってたじゃねぇか!」

 

「はっはっは、まぁ、軽く人類救ってこようぜ」

 

 レイシフトを行う為に霊子筐体(コフィン)が設置されてある部屋へと向かうと、そこにはマスター用礼装服やカルデア戦闘服姿の他のメンバーの姿を見ることができた。そこに交じっているマシュ・キリエライトの姿も確認し、さすがにあのクソ度胸の立香がいないことに安心する―――当然のように選抜から外れたか、と。残念がっている妖精の事を無視して適当なコフィンを選んで入ろうとするとおい、と此方へと向けられる声を聞いた。振り返ればマスターの一人が此方へと声を投げかけていた。

 

「おい、アヴェンジャー―――この任務、俺達は失敗する訳にはいかないんだ。お前の力、頼りにしてるぜ?」

 

「なんて言ったって俺達よりも強いもんな! そいつで俺達をしっかり守ってくれよ?」

 

「まぁ、苦手意識とかライバル視とか色々あるけど―――そういうの抜きにして、今日は戦い抜こう」

 

 握手を求められる事に軽く驚きを隠せなかった―――自分はもっと恐れ、そして疎まれるものだと思っていた。それ故にこういう反応はちょっと意外で、そして驚きだった。だけど同時に、同じ組織に所属する仲間なのだろうと、相手は思っているのだから、当然の反応かもしれない。一方的に拒絶しているのは自分の方だったのだろう、と考えながら手を差し出せば、すぐに握手が返ってくる。

 

 そのまま、代わる代わる、全員と握手を交わし終わった所で少しだけ羞恥心を覚えた。何をやっているんだろうか、自分は、と。コフィンの前でニマニマと笑っている妖精の姿が見えた。羞恥心を覚えるに至った自分の心に驚きつつも、気恥ずかしさで視線をそらし、そのままコフィンの中へと逃げ込むことにした。

 

『あぁ、もう、可愛いわね!』

 

 煩い、黙れ、と心の中で呟きながらコフィンの中へと入りこむと、管制室から監視していたオペレーターがコフィンの遠隔操作を開始する。開いていたカプセルの扉が内外を分断するように閉ざされる。これで、作戦が終了するまではカプセルの外へと脱出する事ができなくなった。少しだけ、居心地の悪さを感じる。狭苦しい場所で自由を奪われるのはあの改造の日々をどうしても思い出してしまうからだ。

 

『―――サーヴァント・アヴェンジャー、収容完了しました』

 

 管制室からの声が聞こえる。それに続くように次々とコフィンの中に入り込んで行く勇士達の名前が聞こえてくる。一人一人、確認するように順番に名前が挙げられ、そして最後にマシュ・キリエライト、と名前が響いてカプセルの閉まる音が聞こえた。これによって今回の作戦、参加する存在すべてがレイシフトの準備を終わらせた。

 

 ―――これより人類の未来を取り戻す戦いが始まる。

 

そして血を吐いた

 

がはっ(≪虚ろの英知:戦闘続行≫)―――」

 

 知覚するのよりも早く吐血していた。気づけば自分の胸に鉄の塊が突き刺さっていた。真下から貫くように生えてきているそれは、コフィンを貫通して外へと伸びるように赤く塗れていた―――自分の血だ。それが見えるのと同時に自分が貫かれていると自覚し、痛みが貫通された胸を中心に広がる。

 

 そして―――爆発した。

 

 コフィンそのものを吹き飛ばすような衝撃と破壊力に一瞬でカプセルのカバーが外れ、熱と共に痛みが肉体を襲う。コフィン内部から解放された事もあって背中から突き刺さっていた鋼を衝撃で抜く事に成功した。そのまま、床に転がるのと同時に、何が起きたのか、それを理解するために脳が混乱のステータスを自動的に遮断し、その代わりに周囲の状況を認識する為に目を開かせた。

 

 そこに映し出されたのは凄惨な光景だった。

 

 レイシフトを行うその部屋は完全に爆破され、炎に包まれていた。ほとんどのコフィンが原型を留めることなく根本から破壊されたように砕け、そして燃えており、人間だった存在のピースが―――腕や足、千切れた首等が爆破の影響でばらまかれているのが見えた。少し前まで一緒に人類の未来を取り戻そうと笑っていた筈の連中だった。

 

 それが今は死んでいる。何が起きたのだと困惑している中、まだ生きている人間の気配と、そして遠くから爆音と悲鳴を耳にする。動かなくては、そう思考しながら体を動かし、状況を受け入れようとしたところで、

 

『レイシフトを開始します―――』

 

 機械音声が響いた。

 

「ぐっ」

 

 コフィンなしでのレイシフトは()()()()を意味する。一刻も早くここから逃げ出せなくては死ぬと判断して体を動かそうとするが、それよりも早くレイシフトの準備が完了した。自分の体が霊子へと分解されてゆくのが分かった。自分の体が端からまったく別のものへと変化して行くその感覚の中で、

 

 ―――美しいものを見た。

 

 手を伸ばす少年と、そして少女の姿が見えた。レイシフトの中、体が霊子へと分解されて行くなかで、コフィンという補助具がない中、確実な死が約束されている中で少年は少女に手を伸ばし、それを握っていた。その瞬間、少年の手を握っている少女の顔に恐怖はなかった。少女の半身は押しつぶされていて明らかにもう手遅れだと解るのに、少年がそんな彼女に付き合う必要なんて一切存在しない筈なのに、

 

 その瞬間、それが成すべき事であるかのように、少年はただひたすらに少女の手を握っていた。

 

 解らなかった。解らないが、それはこの空っぽの心を穿つ()()()を持っていた。動くべきであり、そして何かをするべきだった。だがその瞬間、その光景は侵しがたい何かを持っており、痛みや流れる血を忘れて、レイシフトするという事実さえ忘れさせて魅入られる何かを持っていた。だからそのまま、藤丸立香とマシュ・キリエライトが手を伸ばし、掴み合う姿を見ていた。

 

 ―――だが、それでもレイシフトが進む。

 

 肉体は擬似霊子へと分解される。魂のデータともいえる状態へと分解された己はそのまま、まるでシュレッダーにかけられたような感覚を通して世界から切り離される。炎上するカルデアの景色が完全に消え去る。言葉では表現の届かない色、景色、感覚が体を襲う。それが霊子へと変換されて行く未知にして言外の領域。

 

 生きているのか、死んでいるのか、その感覚さえも曖昧になって行く。

 

 全てが霊子へと分解され、生も死も存在しなくなって行く―――コフィンが破壊され、観測できる人間も存在しない。レイシフトは確実に失敗しており、その先の運命はすでによく理解していた。自身の意識すら段々と消失して行く中で、

 

『―――だけど駄目よ、それじゃあ()()()()()わ』

 

 声が、聞こえた。霊子に分解されそのまま消失して行く世界の中で、不確かなロジックによって形成された世界は観測者なしでは即座に分解されて消えてゆく運命にある。それは絶対の節理であった。だがそのロジックは今、反逆されていた。見えざる神の手によって法則は捻じ曲げられ、ご都合主義を受け入れるように強制されていた。消失していた意識が戻ってくる。手足の感覚が蘇って行く。己という存在を己で観測する事ができ始める。

 

『そう、まだ始まってすらいないのだからここで終わってもらっては困るわ。第一私が見ている中でこんなつまらない、くだらない、そして意味もない終わりを許すわけがないじゃない―――だから、さぁ、目を開けて。そして始めましょう?』

 

 聞いた事のある声。知っている誰かの声―――懐かしさを覚える声だった。そう、この声を自分は知っている。どこか、何時か、聞いたことがあるはずなのだ。どこだったのか、誰だったのか、その記憶をたどろうと腕を伸ばす。

 

 だが、だけどそれが思い出せない―――過去は致命的に喪失していた。

 

 検体171号には過去が思い出せないのだから。

 

 そして、閃光とともに全ての色が消失される―――。




 そして舞台は炎に包まれる。

 次回から本番。


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序章 - 4

 胸に走る激痛とともに肉体は再び感触を得ていた―――生きている。そう、生きている。俺はまだ、生きていた。胸には貫通された証として傷が生まれていた。だがそれでも、しつこく改造を繰り返された肉体はこれぐらいでは死ぬ事を許してくれなかっただけではなく、どうやら運よくレイシフトが完了したらしい。時間の狭間に消えることはなく、生き残れてしまったらしい。口の中に溜まった血液でさえそのまま―――本当に、本当に奇跡的に突破してしまったらしい、観測なしでのレイシフトを。

 

 そこまで考えたところで胸に痛みを覚える。その痛みを抑え込みながら即座に≪虚ろの英知≫にアクセスし、自己診断魔術を使用する。即座に自分の状態をチェックし、どれぐらいの傷かを確認する。

 

「……幸いにも致命傷は避けたか」

 

 胸を貫通していた刃は寸でのところで心臓を避けていた―――あと少し横にズレていたらあの瞬間、即死していただろう。だがそれがズレた結果、臓器の間を抜けるように突き抜けていた。肉体的にダメージはあるが、内臓への負担はさほどのものではないのが幸運だろうか。魔術関係の知識や技術も≪虚ろの英知≫には格納されている。それを使って回復魔術を発動させ、自分の体に生み出された穴を埋める作業へと入る……完全に貫通している手前、即座に完全回復とはいかないだろう。

 

『あら、辛そうね? 助けて欲しい?』

 

「結構、だ……!」

 

 口の中に残った血をつばとともに吐き捨てながら蹲っていた体を伸ばし魔術による施術を完了させる。しばらくすれば体の傷は治るだろう―――完全なサーヴァントとは違い、この体は人間の体だ。サーヴァントは魔力で生み出された存在だ。ダメージを受けても霊体化して待機していれば、霊核を破壊されない限りは再び蘇る。だが自分は人間である以上、人間と同じ治療、食事を行わなければ普通に死亡する。そのことを考慮すれば、サーヴァント化、デミサーヴァント、そしてサーヴァント召喚はお互いにメリット、デメリットがあるのが見える。

 

 ふぅ、と息を吐きながらカルデアの戦闘用装備から増血剤を取り出し、それを口の中に放り込む。苦い味が口の中で広がるが、それを無視して飲み込んで、造血を図る。痛みは残るが、それは無視できる範囲だ。ともかくそれで最低限の治療は終わらせられる。感染症とかに関しては心配するだけ無駄なのだから。

 

「さて―――ここはどこだ」

 

 自分の治療を終えたところでようやく周りへと気を回す余裕が出来た。周りへと視線を向け、そして目に入ってくるのは瓦礫と廃墟ばかりの光景だった。燃えている―――ひたすら世界が燃えている。それは先ほどまでのカルデアの姿を思い出すものであり、そして同時にそれ以上にこちらが酷く炎上していることも見せていた。

 

「Out of the pan, in to the fire……という事か」

 

『危険から飛び出しさらに危機へ、ね。まぁ、確かにその通りよね』

 

 周囲は燃え盛っている。なのに人の気配も命の気配も感じない。この場所は完全に死んでいた。人が、だけではなく都市として、そして場所として完全な死を迎えていたと表現できた。見たことのない場所ではあったが―――ここは、どこだろうか。見える限り炎上している都市の風景しか目に入ってこない。

 

『どこ……って決まってるじゃない、2004年の日本、冬木市よ。ここで過去に聖杯戦争があったのよ。レイシフトでここへと介入する予定だったの、忘れたの?』

 

 正面の瓦礫の上でくるくる回転するように妖精が踊っていた。その姿を見てから思い出すように頭を横へと振る。

 

 忘れてはいない―――が、現場がこんな事になっているなんて思ってもいないだろう。特異点が生み出されるということは何らかの出来事が発生しているのだろう。何かが原因で未来が絶滅するに足る理由があるのだろう―――だが到着してみたらすでに終わった街の中だった。誰がこの展開を予想できるのだろうか。

 

『まぁ、普通は無理ね―――普通は。それはそれとして、これからどう動くのかしら?』

 

「そうだな……まずはカルデアへの連絡を取りたい所だな……」

 

 とはいえ、そういう類の道具は己にはない。戦闘担当であるため、そういう事は別のメンバー、スタッフの仕事であった。その代わりに非常食や薬の類は少し多めに持ち込んでいる。だからある程度一人での活動も行える……いや、足手まといがいない分、此方のほうが遥かに活動しやすいのかもしれない。そもそも独立し、魔力供給なしで活動できる以上、マスターは己には不要な存在なのだ。

 

「……まずはだれか、探すとしよう」

 

 そう言った直後、足音が聞こえた。空洞が響くような軽い足音に振り返れば、こちらへと向かって歩み寄ってくる白骨の姿が見えた。ボロ布とも呼べるものをその体に纏いながら歩み寄ってくる白骨の手にはサーベルが握られており、明確な敵意が此方へと向けられているのを感じる。初めて見る敵の姿に驚きを抱くこともなく、自動的に≪虚ろの英知≫から最適な戦闘手段を導き出す。白骨―――死体―――つまりはアンデッド。カトリック系の聖術の通りが非常に良いと知識が教えてくれる。しかし目視する敵性存在の強度はさほどあるようには思えず、

 

 シェイプシフターを大戦斧へと変形させ、それを投擲した。

 

 その巨大な刃を避ける事もできずに白骨が一瞬にでバラバラに砕け散り、骨が散乱する。手元へと変形させて戻しながら、即座に使えるように腕輪の形へと変形して待機させる。

 

『で、第一住民を発見したご感想は?』

 

「解った、生きている誰かを探すとしよう」

 

 レイシフトに成功したのが己一人だとは限らない。あの瞬間、確かに立香とマシュもレイシフトするのを見た筈だ……あの瞬間の記憶は非常にあやふやで困るのだが、それでも確かにあの二人は直前まで生きていた。となるとこの冬木市に投げ出されている可能性がある。マシュはAチームとしての訓練を受けているからまだしも、あの立香という少年はまるで素人のように感じられた。放っておけばこの状況と環境下ではまず間違いなく死ねる。

 

 合流、するべきなのだろう。

 

『甘いわね。本当に甘いわね。でも好きよ、そういう所』

 

 周りへと視線を向けてから、さらに遠くへと視線を向ける。どうやら今はやや町はずれにいるらしい。ここからは都市の全体図が良く見える。中央を分断する川の上には大きな鉄橋が存在しており、街を東西で繋いでいた。どうやらあそこがこの都市全体の中心にも見える気がする―――東西で移動するならあそこは絶対に避けられない。となるとカルデアの人間が生き残っている場合、あそこを調査の為に渡る筈だ。

 

 そうと決まれば行動にさっそく出る事にする。目的地へと向かおうと考えた瞬間、カタカタ、と音が迫ってくるのが聞こえた。正面、向かう先へと視線を向ければ、無数の白骨がそれを塞ぐ様に展開されているのが見えた。どうやら此方を殺すつもりで来ているらしい。その数はざっと二十を超えるように見える。一々相手をするのも面倒だな、とその数を見て思う。そもそもからして、まだダメージが残っていて治療中なのだから派手な動きはしたくない。

 

『ならどうするの?』

 

「こうする」

 

 シェイプシフターを変形させる。肩に担ぎ、箱の形状をした武装は科学をベースに、神秘にもダメージが与えられるように加工されている。直接当たらなかったとしても、どうせ爆風の方でダメージが入るだろうと計算しつつも、後部からアンカーを射出、トリガーを引いて多連装ロケット砲を発射した。無数のロケット弾が火を噴きながら正面、白骨の群れに衝突して爆発を巻き起こす。新たに炎を生み出しながら爆炎と巻き上げられた砂塵によって視界が閉ざされた瞬間、解除しながら横へと飛びながら≪虚ろの英知≫から≪気配遮断≫を発動させる。即座に気配を殺し、そのまま爆発の領域の横を抜けるように残った白骨たちを無視して一気に集団を抜ける。

 

 態々全滅させようと相手をするのは馬鹿のする事だ。まずは情報収集と合流が最優先、ほかのことは二の次で一切問題ない。戦えば戦うほど限られたリソースが削られるのだから、なるべく戦闘は避けたい―――魔力だって無限ではないのだから。

 

 白骨たちを避けて瓦礫の街へと突入する。魔力の気配を探ればそこらに反応を感じる―――おそらくは先ほどの白骨の仲間なのだろう。

 

『爆発音を聞いて集まってきているのかしら? 結構な数が集まってるわね』

 

 となるとやはり、隠密行動が一番なのだろう。そう判断し、気配を殺したまま周囲を見渡す。今いる東側の街はどうやらビルの類が比較的に多いらしい。

 

こっちの方がいいな(≪虚ろの英知:フリーラン≫)

 

 適当なビルの壁を三階ほど蹴り上げて走り、そのまま割れた窓からビルの中へと入りこむ。そこで頭を低くしながら窓の外から大通りの様子を伺う。数メートル単位で大量の白骨が武器を手にうろうろと歩き回っているのが見える。それはまるで獲物を探し、求めているハンターの様な姿だった。いや、実際に捜しているのだろう、相手を。

 

 骨だけとなったその体からは強い怨念を感じる。その数も三十を超えてからは数えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。その数を見ていれば、召喚された、というよりはこの街の住民を材料に変化させた、という感じのほうが正しく感じられる。

 

『普通の人は生きてそうにないわね』

 

 この状況で生存できる一般人がいたらまず間違いなく主犯の仕業であると疑う。とてもじゃないが普通の人間にこの環境は無理があるだろう。そう考えながらバレないように注意を払いつつ、窓から脳内に移動用の道筋を構築して行く。その間にも見れる白骨たちの姿は全く減らない。

 

 それどころか、何かを探索しているように思える。

 

『貴方を探している……という訳じゃなさそうね』

 

 動きからして違うだろうとは思う。俺を探しているのであれば家内に突入して探索をするだろうが、まるで監視するように街中を歩き回っている姿はつまり、街中にあるはずの何かを探している、ということだろうか?

 

 ……データでは2004年の冬木市では聖杯戦争が行われていたと出ていた。

 

 特異点の発生とは()()()()()()()()とも言える現象らしい。つまり歴史的に発生するべき出来事が間違ってしまった、という結果から発生する。それとこの街の惨状、様子をうかがって考え付く事は―――聖杯戦争、その結末が変わってしまった、というところ辺りだろうか? 或いは今も継続中であるか。

 

『どちらにしろ面倒な相手ね。良かったじゃない。サーヴァントが相手なら自分の存在意義を果たせるわよ?』

 

「それは―――」

 

 確かにそうだ。そうなのだが―――何か、引っ掛かりを覚える。ただその前に今はまず、一緒にレイシフトしてきた立香やマシュを、そしてカルデアとの連絡をどうにかして取らないとならない。それが今の自分にとっての一番優先度の高いことだろう。だからルート構築が終わったところで軽く頭を下げ、鉄橋までビルからビルへの移動を行うために窓から飛び出そうとした瞬間、

 

「―――」

 

 動きを完全に停止させ、再び姿を窓枠の下へと隠した。素早く身を隠しつつ、シェイプシフターを手っ取り早く鏡へと変形させ、それで窓の外が見えるように位置を調整し、覗き込んだ。そこには赤く染まった暗雲に包まれた冬木の空と、

 

 そしてその空を舞うように黒い影で構成された天馬に跨る、影の塊のような女の姿が見えた。

 

 その姿を見た瞬間、全身の細胞が歓喜で震え上がるような気配を感じた。本能的に、或いは直感的に、あの存在が異質ではあるが、サーヴァントであると理解できた。そう、アレはサーヴァントだ。天馬に乗っている事を考えればクラスはおそらくライダーだろう。気づけないまま飛び出さずに良かった。

 

 空から監視されているのであれば飛び出せば一瞬で見つかってしまっていただろう。それを事前に察知できてよかった。既にダメージをくらっているこの状態で正面戦闘なんて冗談ではないに決まっている。アレはここで殺さないと移動が非常にめんどくさくなる―――それを抜きにしても絶対に殺さなくてはならないのだが。

 

『己の為に?』

 

 誰のためでもない、己の為に。カルデアを爆破し、自分の目の前でAチームを殺してくれた爆破犯に関しては()()()()()()()()()()()()()()()()予定だ。あの光景がこのアヴェンジャーのクラスに、霊基に再び暗い炎を灯してくれた。おかげで今、カルデアにいたころとは比べ物にならないほどやる気がわいてきている。

 

『ふふ、その誰でもない、自分の為に行動する利己的なところが素敵よ。さ、じゃあ空を飛んでいるお馬さんに地上の厳しさを教えてあげましょう―――弓で。ほら、弓って飛行ユニット特攻があるじゃない。あ、でもボスユニットっぽいから特攻耐性のお守り持ってそうね。まずは盗賊でお守りを盗むのよ』

 

「これ、ゲームじゃないから」

 

 脈絡のない妖精の発言に呆れつつも、こいつのおかげでどんな状況でも飽きとは無縁でいられそうだと思い―――推定ライダー殺害へと動きを作る。




 かぁー! 刺さらない! なぜか刺さらない! なぜか心臓に刺さらなかった! かぁー、残念だ! なんでだろうなぁ……なんでだろうなぁ! (踊る幼女を見ながら

 とか言いつつ7章クリア。すっげぇ楽しかった。特にラスボス相手に命がけの厳選ロデオを始めたところとか涙が出たな。


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序章 - 5

 推定ライダーは飛行している。

 

 一番近くのビルの屋上から約二十メートルほど上空の位置に存在する。警戒するように周囲へと視線を向けているが、そのメインは捜索という点にある。隠れている存在を探すというよりは迎撃の体制を整えている、という形に近い。となると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。或いは()()()()()()()()()かもしれない。そう考えた場合、やはり感知される前に一瞬で殺すのが最良の手だと判断できる―――或いは罠にハメて殺すとも。だが自分にそれだけの道具と準備があるかと言われればノーだ、やはり速攻で始末するのが一番いいだろう。

 

 つまりは見つからずに接近し、そして一撃で葬るというスタイルだ。

 

『可能なのかしら、それって?』

 

「まぁ……普通に考えたら無理だろうな」

 

 普通は、という言葉がつく。空に浮かび上がり警戒するライダーを見れば、その姿は真っ黒に染まっている。まるで影の様な姿をしている―――自分の知識の中にあるサーヴァントという存在程、濃い密度でその姿を形成しているようにはどうにも思えないのだ。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それこそ今、冷静に戦えばどうにかなるだろう、と思える程度にしか脅威を感じない。だからたぶん、あのサーヴァントは普通じゃない―――付け入ることは十分可能だと判断する。

 

『ふーん……』

 

 足元の声を無視し、さっさとあのサーヴァントの排除を考える。自分ひとりのことであれば別に、排除を考えなくてもいいのだ。だがアレがまだ未熟な二人とエンカウントした場合を考えると、先んじて排除しておかないとまず危ないだろうと思う。

 

 ―――何故、生きてここにあの二人が来ているということに自分は疑問に思わないのだろうか。

 

 いや、信じているのだろう。レイシフト前に見たあの姿に、絶対奇跡は微笑むはずだろう、と。不思議な気分だ。自分が誰かのことを考えて行動しようとしているのは。やはりこの胸に燻る憎悪を再び抱き始めたことが自分に人間性を取り戻しつつあるのかもしれない。そう思うとさらにやる気が湧いてくる。あぁ、そうだ、復讐だ。復讐を成さなくてはならないのだ。弔いの鐘を鳴らすのだ。

 

「―――気配遮断して暗殺するのが一番か」

 

 誘いこんで一気にしとめる、というのはソロではやりづらい戦術だ。ああいうのはバックアップがいるか、その道のプロフェッショナルがやれる事だ。自分はいわば()()()のような存在だ。さまざまな動作的技術を脳と体に詰め込められ、どんな状況でもどんな手段をもとれるように設定され、設計されている。その中でも英霊を殺す事に特化している。だから殺すだけならまず間違いなく問題はない。一撃で始末をつける自信はある。だがどうやって上空20メートルまで接近するか、という方法だ。

 

 一番身近な足場は真下のビルだろう。その屋上から跳躍して接近するのが一番早く、そして近い。

 

「……となると軽く注意をそらした瞬間に仕留めるのが一番か」

 

『直感系統のスキル持たれていたら失敗しそうね』

 

 そこがネックだ―――その場合はそのまま近接戦闘に持ち込むしかない。相手の数が不明瞭で此方よりも圧倒的に多いというこの状況でそもそも手段を選ぶことはあまり出来ないのだから、さっさと終わらせたほうがいいのだろう。そう判断したら即座に行動を開始する。シェイプシフターを爆弾に変形させ、隠れているこの部屋に設置する。シェイプシフターのリソースが少量余るので、余ったそれを短刀へと変形させ、袖口に仕込む。あまり大きなものや質量の多いものへと変形させるには大きな魔力を消費する。

 

 現在、冬木の大気中にはカルデアでは考えられない程の魔力が漂っている。

 

 それでも注ぎ込めばあっさりとバレるだろう、魔力の動きから。ゆえに消費は最低限に抑える。そうやって準備を整えたら最後にライダーの位置を確認する。影の中からがんばれー、と気の抜けた声を送ってくる妖精を無視しながら、≪気配遮断≫を維持したまま、そのまま一気にビルの中を音を殺して駆けて行く。

 

 窓から飛び出す。そのまま即座に反対側のビルの窓へと着地し、その中を駆け抜けてビルからビルへと、内部を滑るように跳躍して素早く移動して行く。音を、気配を完全に殺し、魔力も最低限の状態まで抑え込むことで気取られる可能性を極限まで落とし、ライダーの下にあるビルの屋上へと一気に跳躍した。

 

 ―――ここで一気に(≪虚ろの英知:縮地≫)

 

 瞬間的にインストールされた技術の中で、一番使いやすく、そして利用できる物を引きずりだす。発動した瞬間、肉体が弾丸のように真っ直ぐ射出される。一瞬で二十メートルという距離を詰める。直後、部屋に置いてきた変形された爆弾が起動する。爆発音とともに隠れるのに使っていた部屋が吹き飛び、すべての意識、視線、そして注目がそちらへと向かった。それに合わせるようにライダーの視線も其方へと向けられ、

 

 無防備な背後を取った(≪虚ろの英知:心眼(歪)≫)

 

「―――っぁ……!」

 

 袖口に仕込んだ短刀を居合抜きの要領で袖を鞘代わりにして加速して放った。首を撥ね飛ばす動きで放たれた袈裟切りは寸前でライダーが首を反らし、引いたことで断ち切るには至らず、半ば食い込む。そこで筋肉が凄まじい力で刃を振り切ることを抑え込んで止める。

 

「貴様ハ―――」

 

 ライダーがマスク越しに視線を向けてくる。こちらへと視線を向けているのが解っている。相手が動き出す。この状況で動き出されたその後に即死するのは解っている。だから、

 

 短刀の切っ先をエーテライトへと変形させた。首に食い込んだまま、それが首をゆるく巻き付くような形で変形し、無色、透明な状態で変形を完了させる。それと同時に瞬間的に加速した天馬が離脱を試み、ライダーが首の違和感に気づく。だが天馬はすでに加速を始めていた。ゆえに自分がやる事は重量を握っている短刀の柄に乗せることだけであり、

 

「―――サーヴ―――」

 

『首を撥ねておしまい!』

 

 加速した天馬の動きがエーテライトを締め上げて、そのままライダーの首をあっさりと切断した。そこには血の姿はなく、霧散する魔力が血液の代わりにライダーの死を証明していた。ライダーの目は解らないが、その口は何かを喋ろうと、しかし驚いたような表情で停止していた。

 

「残念だったな、俺は貴様らの天敵だ(≪英霊殺し≫)

 

 首を切断された事でライダーが言葉を放つ事はなかった。故に魔力へと散るその頭を無視して落下し、ビルに受け身をとりながら着地する。体中の神経が燃え上がるような痛みを訴える。それを軽く無視しながらシェイプシフターを手元へと召喚魔術で呼び戻し、腕輪の状態へと戻してから素早く、既に見出しているルートを通るために移動を再開する。さすがに攻撃をした瞬間に気配の遮断が途切れてしまった為、一気に白骨達が押し寄せてくるのが見える。

 

 だがその動きは速くはない―――人間相手であれば脅威だろうが、サーヴァント級のスペックがあればフリーランやパルクールによって十分撒く事の出来る速度だ。第一、ライダーを討伐すればこうなるのは見えていたため、遠慮なく逃亡を開始する。ビルの屋上から飛び降りるように壁を蹴り、その正面にあるビルの壁面に着地、シェイプシフターを大戦斧へと変形させ、それをアンカー代わりに壁に突き刺して安定させながらビルからビルへと移動し、

 

 鉄橋の方へと逃亡する。

 

 白骨達を置き去りにする頃には神経に走る熱のような痛みは引いていた。

 

『英霊を殺す概念を英霊モドキに詰め込もうとするんだからほんと、マリスビリーはキチガイか考えなしのアホよね。使えば自壊して行くのは自明の理なのに』

 

「おそらくは使い捨ての兵士に積み込む腹積もりか、或いは純正の人間に与える事を目的としていたのかもな」

 

『考えれば考えるほど外道で悪人で救いようがないわね、アイツ』

 

 欠片も救われてほしくないのだから、それでいいと思う。手を出せない以上、バッシングを受けて地獄で苦しんでいてくれ。

 

 

 

 

 無理、無茶、無謀は若人の特権である―――果たして自分は若人と言い張っていい年齢なのだろうか、それはまだ思い出せない。

 

「見えてきたが……辛いな」

 

『無理をしちゃったからしょうがないわよ』

 

 鉄橋の端まで到達する事はできた。だが白骨から逃れる為、ライダーを暗殺してからはノンストップで逃亡してきた事で治療途中だった貫通痕が再び開いた。気づけばローブが割と血で濡れている状態になっていた。それだけではなく、≪英霊殺し≫の影響か、かかっていた筈の治療魔術の効果も薄れていた。逃亡途中に気が付いてかけ直したが、それでも消耗のほうが遥かに大きかった。持ち込みの増血剤と体力回復薬を飲む事でそのダメージを無視し、漸く到着する事が出来た。

 

「流石に、そろそろ合流しないとやばいな」

 

 休みをどこかで差し込まないと、さすがに体のほうが壊れるな、という確信があった。そもそも何が起きるか解らないこの状況だ、万全の状況に体を備えないと何時、何処で即死するか解らないものだ。だから半ば、祈るような気持ちで誰かと合流か、或いは見つけられる事を祈った。少なくとも冬木の東側には誰もいないから、西側にいる事を祈る。

 

『ふふ、その祈りが通じるといいわね?』

 

 鉄橋の上を、味方を求めて歩き始める。視線を正面へと向けながら気配を求めて警戒していれば、鉄橋の先に、白骨たちとは違う、明確に生きた人間の気配を感じ取れた。少しだけ歩くペースを上げて急げば、鉄橋を超えた向こう側に複数人に集団が見えた。一人は藤丸立香、もう一人はマシュ・キリエライト、それに知らない人物が一人―――そしてオルガマリー・アニムスフィアの姿が見えた。

 

『おめでとう、お気に入りの子達は無事だったみたいね……まぁ、あの運命力の高さからして見なくてもどうにかなるってのは解ってたんだけど』

 

 後者二人に関しては何でここにいるか、誰であるのかは解らないが、自分よりも立香とマシュの姿が無事そうで一先ず胸を撫で下ろした。上げていたペースを一気に落とし、軽くクールダウンしつつ、歩いて鉄橋の端へと到達する。そのまま、そこから集まっている四人の集団に接近する。杖を持った見知らぬ男以外の三人は、素直にこちらの存在を喜ぶように笑みを浮かべていた。

 

「アヴェンジャー! 貴方無事だったのね」

 

 オルガマリーの嬉しそうな言葉にコクリ、と頷きを返せば正面、半透明のホロ映像が出現する。そこに映し出されるのはロマニの姿だった。どうやら彼も無事ではあるが、どこか疲れているような表情を浮かべている。

 

『アヴェンジャーの霊基と存在の観測を確定……完了! 良し、これでカルデアからもアヴェンジャーのバイタルをチェック……っておいおい、酷い怪我をしているじゃないか!』

 

 嬉しそうだったり、驚いたりで酷く忙しそうな男だよなぁ、ロマニは。そう思いながら胸に開いている穴を示す。治療の結果、見た目だけは塞がっているように見えるが、濃密な血の匂いとその色が決して無事ではないことを証明している。

 

「コフィンに入っている時、爆発寸前に杭を叩き込まれた。あと少し横にズレていれば心臓を貫通してた。一応、魔術で応急処置はしてあるが―――死ぬほど痛いぞ」

 

 場を和ませる為に説明ついでに冗談を放ったが、杖の男以外には不評だったらしい。杖の男はニヤリ、と笑みを浮かべたがオルガマリーは顔を青くし、若人コンビは狼狽えていた。その間にも杖の男が前へと出てくる。

 

「テメェ、サーヴァントとしては妙な気配をしてやがるが……まぁ、坊主と嬢ちゃんの味方らしいし後に置いておくか。臓器の方はどうだ? 無事か?」

 

「そっちは無事だ」

 

「ってぇ事は純粋に綺麗に突き刺さった、ってだけか。まぁ、ほっとけば致命傷だな。……これでどうだ」

 

 そう言った杖の男は空中に杖で文字を刻み、それで力を発現させていた。自分が持つインストールされた知識によって再現する魔術とは比べものにならない、神話の時代の神秘を感じさせる魔術であった。そうやって刻まれた魔術は即座に力を表し、癒しの力を傷口に染み込ませて行く。自分がやるよりも遥かに効率的に傷が塞がって行くのを感じる。これで急場は凌げただろう。

 

「すまん、助かった」

 

「気にするな。これからやりあう相手を考えたら一人でも動ける奴がいた方がいいだろ……それはそれとして、塞がるまでは戦わないほうが賢いだろうな」

 

 杖の男の言葉に頷く。とりあえず、これでなんとか急場は凌げた。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/dc60a95d-4e6a-4193-8d7a-b77848b7b88e/e749744d9e9e121ed5d3f7e40e1c9661

 スキル追加ってことで。性能で言えばたぶんステータスクソのスキルが本体のタイプじゃねぇかなぁ、と思いつつスキルあげに心臓と涙石を求めてくるスタイル。さあ、イベントに期待しよう―――素材を。


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序章 - 6

「―――成程、状況は大体理解した。となると俺も回復したら藤丸の指揮に従う事にしよう。マスター契約は結べないが指示に関しては任せる」

 

「お、おう、任せてくれ……って自信満々に言えたらいいんだけどなぁ。まだ未熟なマスターだからあんまり期待しないでね」

 

 立香のその言葉に小さく、苦笑を漏らす。

 

「それを言えば俺もサーヴァント()()()だ。立場はそう変わりはしない……ともあれ、移動を再開しよう。東側で制空権を握っていたライダーを始末してきたから多少は見つかり辛くなっている筈だ。その間に時間を稼ぎたい」

 

「お、お前さん奴を始末したのか、やるじゃねぇか」

 

 背中を杖の男―――この冬木の聖杯戦争のキャスターに叩かれる。しかしかなり妙な事態になっているな、というのが己の感想だった。素人であり知識のない立香がマスターをして、デミサーヴァントの失敗作と言われたマシュがサーヴァントとして戦い、所長でありマスター適正0と言われていたオルガマリーが前線で指揮を取り、そして現地のサーヴァントの助力を貰っている。ここに実験動物である己が追加されたという編成。

 

 マシュと自分に関しては元々Aチームと突入班であったという事実があるからいいとする。だがほかの面子に関しては完全に予想外もいいところだろう。特にオルガマリーが前線にやってくるとかまったく想定していないことだ。正直、あまり嬉しい状況ではない。少なくとも東側の惨状を考えるに、西側も相当な数の敵がいると思える。マシュが不慣れな力で戦っていることを考えると、自分とキャスターのツートップでここは切り抜けるべきなのだろう。

 

「無理をすれば一応、まだまだ戦える。運用に関して何か質問があるなら遠慮なく質問しろ。あとロマニなら俺のマテリアルを持っている筈だからデータを送ってもらえ、多少は使いやすくなる筈だ」

 

 そう言葉を立香に告げると、立香が言葉を止めて此方へと視線を向けてきていた。足元からくすくすと笑う妖精の声が聞こえてくる。それを無視しながらどうした、と立香へと言葉を向ければ、

 

「いや……本当にマシュの言った通り、見た目が怪しいだけで親切な人だなぁ、って」

 

「同僚で、これから戦友だ。生き残ることに手を尽くそうとするのは当然の事だろう? 正直見た目だけクールのオルガマリーがまだ生きているのもお前のおかげだ。そこは感謝したい」

 

「誰が見た目だけクールですって!」

 

「あぁ、でもなんかそっちの嬢ちゃんは必死に取り繕ってる感じはするな。そんなんだと何時か潰れるし適度にガス抜きした方がいいぞ」

 

「そうだな、そういう事だから過食は禁物だぞ」

 

「オルガマリー所長、もしかしてストレス発散に食べることを選んでいるんですか? 健康に悪いですからあまりオススメできませんよ?」

 

「そして始まるカルデアズ・ブートキャンプ。痩せる為に始まる苦行。そして繰り返される夜食のエンドレスワルツ……!」

 

「貴方達! これが終わったら覚えてなさいよ! ほんとーに覚えてなさいよ! 具体的にいうと給料とか給料とか給料とか!」

 

『ほんと弄られる事が似合ってる上司ね』

 

 ―――まぁ、こんなものか(≪虚ろの英知:話術≫)

 

 キャスターの方は心配するだけ失礼だが、カルデアの三人組はどこか、息苦しそうな感じがしていた。準備を整えていないオルガマリーと立香がいるのだから当然と言えば当然だろうし、戦場にいるストレスだけで人は死ねるのだ。それを考えるとキャスターとの合流までの間、本当によく頑張った、と褒めてもいいぐらいだ。

 

 力のないものが戦場に迷い出た場合どうなるかを自分はよく知っている。

 

 ―――……よく、知って、いる……?

 

「あぁ、もう! それじゃあ大空洞に向かうわよ! 基本的に戦闘はマスター・藤丸立香の指揮の下、マシュ・キリエライトとキャスターに任せます! アヴェンジャーは傷が回復するまでの戦闘を禁止し、治療のほうに一時的に専念してもらいます。私達の目的は大空洞に存在すると言われる大聖杯の存在の調査です。最低限、大聖杯の確認をしない限りは私たちはカルデアへの帰還を行えないものだと思いなさいよ!?」

 

 何か、思い出せそうな気がした。だがその前にそれをオルガマリーの声がかき消した。少しだけ残念に思うが、こんなところで考えるべき事でもない、とあっさりと諦めて指示に従うことにする。まずは―――立香とマシュのお手並み拝見、というところだろう。

 

 なんだかんだで常時迎撃態勢を整え、警戒しているキャスターに隙がない。本当に魔術師のサーヴァントなのか? と疑うレベルで体移動に無駄がなく、ブレが存在しない。正直魔術を使うよりは杖を使った棒術で戦ったほうが強く見えるレベルでは。英霊としての格も相当高く感じる―――それこそ立香には不釣り合いなレベルで。

 

『彼はアイルランドの光の御子ね。ランサーで召喚されていればもっと色々と……あー……でもランサーで召喚されるとロクな目に合わないし、最終的に勝利を目指すならランサー以外のクラスで召喚された方がまだ幸せなのかしら。ランサーって基本不幸だし。自害するのが仕事だし』

 

 何を言ってるんだこいつ……。

 

 

 

 

「―――マシュ!」

 

「はい! せやぁっ!」

 

 立香の指示に合わせてマシュが踏み込んだ。マシュの恰好は良く知っているカルデア戦闘員のそれから、露出の多いスーツと鎧を合体させたような恰好であり、それに追加して武装として大盾を装備していた。防具ではなく武装だ。マシュは話によればシールダーという防御特化のクラスにデミサーヴァント化しており、剣等で戦うよりは大盾を振り回すほうが遥かに()()()()らしい。おそらくは憑依されたサーヴァントから戦闘技術を完全ではないにしろ、継承しているのだろう。そうでなくては大盾で戦闘する、なんていう変態的な芸を行う事ができない。

 

 言葉と共に踏み込んだマシュは風を切るように大盾を横にして滑らせながら接近、相手の正面に立つその一瞬前に大盾を前へと引っ張るように横へと動かし、その勢いを大盾に乗せて正面からバッシュを叩き込む。それを受けた白骨が正面から砕け散りながら吹き飛ぶ。その瞬間に他の白骨たちもマシュへと襲い掛かり始めるが、その動きの合間を背後で待機していたキャスターがルーン文字を描き、炎を生み出して放つ。一息に十を超える火球を生み出して放つその手際は流石としか説明する他なく、

 

 それに触れた白骨たちは片っ端から塵すら残さず蒸発して行く。これが古代のルーン魔術、極みと呼ばれる領域にある技量の一端なのだろう。神話の時代の神秘、この身で受けきれないだろうう、とその火力を見て判断する。

 

「キャスターもマシュもお疲れ様!」

 

 白骨たちが基本的に弱い事も相まって快勝だった。動きがやや鈍いマシュをカバーするようにキャスターを配置し、攻撃して動きが止まった瞬間を狙ってくる相手を誘い込んでキャスターで燃やすという実にシンプルだが有効な戦術だった。とはいえ、それだけだった。やはり立香に関しては素人、という言葉が付きまとう。

 

「アヴェンジャー、彼の評価はどんな感じかしら」

 

「頑張ってはいる。だが粗が目立つ。ただ光るものは感じる。この状況で恐怖を感じずにサーヴァントを指揮出来ているだけで一種の傑物だろう」

 

「……そうね、それもそうね。そこは認めてもいいかもしれないわね」

 

「ただ今は指示を出しているだけだ。カルデアのマスターであればもっと踏み込んだ指揮をする事も出来る筈だろう」

 

「礼装を通した魔術的支援、そして戦術的サーヴァントの運用ね。後者に関してはまず間違いなく時間が足りないわ。だけど前者なら少しだけ時間をとればまだ何とかなりそうね。マシュの負担も減りそうだし……」

 

 立香に駆け寄るマシュを眺め、そしてちょっといいか、と言いながら此方へと近づいてくるキャスターを見た。オルガマリ-はどうやらキャスターに対して苦手意識―――というよりは若干の恐怖を感じているようにも見えるが、彼女はそれを必死に隠そうとしていた。

 

『おや、どうしたんだいキャスター。何か問題でもあったのかな?』

 

 そんなオルガマリーをブロックする様にロマニのホログラムが出現した。それを前にキャスターが足を止めた。

 

「あぁ、ちとな……あの嬢ちゃんもそっちのオマエもそうだけど、英霊としては妙な感じがする所なんだがこの先、セイバーとアーチャーの野郎と戦うことを考えたら戦力確認をしたくてな……ぶっちゃけた話、宝具は使えるのか?」

 

 ―――宝具、それは英霊の象徴。武器、逸話、伝説の類がスキルの範疇で収まらない場合、それは宝具という形へと昇華される。それは英霊の力ともいえるべきものの象徴であり、多くの宝具は一撃必殺の力を持っている。それゆえにサーヴァントとの戦いは宝具の相性差によって決まるなんてことも珍しくはないらしい。

 

 オルガマリーとキャスターの視線が此方へと向けられ、ロマニが少し困ったような表情を浮かべる。その為、素直に答える事にする。

 

「―――俺に宝具はない」

 

「ちょっ」

 

「そもそも俺は人間をベースに英霊を再現しようとしたモドキだ。スキルシステムの再現までは成功しても宝具の獲得は無理だった。だからその代わりにマリスビリー・アニムスフィアがアトラス院から契約書を使って手に入れた兵器の一つを持たされてる。その機能を完全開放すれば()()()()()()()()品物だからな、普段は制限してる」

 

「んじゃそっちの心配は必要なさそうだな―――んじゃ問題は嬢ちゃんの方か。ありゃあたぶん、宝具が使えてねぇな」

 

『まぁ、正直な話仕方がないと言えば仕方がないのでしょうね。ただの人間がいきなり新たな感覚器官を生やしたところでそれをどう使うかなんて解る筈ないんだから。とはいえ、使えないのは使えないものでそれはそれで無様で楽しいわね』

 

 何でこうもこの妖精は根性が捻じ曲がっているのだろうか―――いや、自分の生んだ幻覚なのだから、きっとその根本は俺自身に原因があるのだろうとは思う。だからきっと、奥底では俺も同じことを考えてるに違いない。

 

『そんなことないわよー』

 

 それはともあれ、

 

「マシュは宝具が使えないか……対セイバーの事を考えたら切り札は欲しい、な」

 

「お前のは制限つけてぶっぱなせねぇのか」

 

「難しい。正直こういう場面での使用を考慮せず戦術核の様にぶち込むことを考えているものだからな。更地にするには十分だが……大空洞に大聖杯があって、そこでセイバーが待ち構えているというのなら聖杯を消し飛ばしてしまうかもしれない」

 

 文字通り対星兵器なのだ―――普段通り使用するなら問題ないが、そのモードに入った瞬間あらゆる制御を振り切って星を滅ぼす破壊力を見せるだろう。アトラス院の生んだ七大兵器とはつまり、そういうものばかりなのだ。自らが最強になる必要はない。最強をふるえばいいのだ。理論はあっているが、それにしてもブレーキは入れておけ、と言いたい。

 

「威力が高すぎるってのもまぁた問題だなぁ……うっし、解った。乗りかかった船だ。俺がどうにかしてやるよ。っつーわけで大空洞行く前にちょっと寄り道すんぞ。最低限宝具を使うことができないならあのセイバーの相手はまず無理だろうからな」

 

「時間を食う事になるけど……仕方がないわね、アヴェンジャーの傷を癒す事も出来るし」

 

「では俺は治療に専念させて貰うとするか」

 

 そういう事で期間限定の英霊によるレッスンが確定した。大空洞目指して北へと進むルートから外れ、さらに西へと、比較的に都市部から外れたエリアへと移動し、そこでマシュに宝具の使い方、発動の仕方をキャスターが教え込むこととなった。

 

 その間、己は治療の為にも戦闘に参加せずに休息する。オルガマリーはカルデア制服に仕込まれた礼装効果の使い方をどうやら立香へとレクチャーするつもりでいるらしい。こんな状況、生き残る可能性を欠片でも高める為には正直、どちらも必要であり、大事な事だろう。そこまで考えてから小さく息を吐く。

 

『あら、お疲れかしら?』

 

 足元、影の中から妖精の声が聞こえた。その声に心の中でそうかもしれない、と答える。さすがにこんな状態でファーストオーダーを遂行することになるとは、思いもしなかったからだ。とはいえ、既にすべてが始まってしまっている。

 

 ―――生き残らなくては。




 人が増えると安心感があるよな。しかしキャスニキの序盤の安定感は良かったなぁ……。

 そして英霊への殺意に余念のないマリスビリーの準備。ブラックバレル以外は基本的に不明だから想像のし甲斐があるなぁ、アトラス院。


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序章 - 7

 正面、視界の中でマシュが白骨達―――スケルトンを相手にしている。そこにキャスター・クー・フーリンは参加しておらず、立香とマシュのみがスケルトン達を追い払うように戦っていた。その後ろでは不安そうな表情を浮かべながらオルガマリーが眺めている。キャスターがオルガマリーに厄寄せのルーンを刻んだ為、その効果が切れるまではひっきりなしにスケルトン達が襲い掛かり続けるという状況になっておりひたすらマシュは防御一辺倒になりながらスケルトン達をカウンターで砕いていた。その戦い方は見事だとも言えた。

 

 最初は自分から踏み込んで戦う形だったマシュだが、スケルトンと戦っている内にその動きが最適化して行くのが見て分かる。自分から踏み込むのではなく、踏み込ませてから押し出し、潰す。それが正しい戦い方であると疲れが蓄積していく中で肉体が思い出すように動きが良くなって行く―――いや、マシュに残されたサーヴァントの霊基が彼女に正しい戦い方を防戦を通して教えているのだろう。もうマシュの中に英霊本人は宿ってはいないらしいが、それでも宝具、スキル、技術、経験、憑依されたそれは未熟なマシュに合わせて少しずつ解放されて行き、彼女に馴染もうとしているのが解る。

 

 ―――少し、羨ましさを感じる。

 

 彼女は自分と比べると()()()()()()()からまともで、サーヴァントとしてもまともだ。

 

 そんな光景を巻き込まれないように少しだけ離れた位置から座り込み、座禅を組みながら眺めていた。体を休め、軽く瞑想をすることで魔力と体力の回復を同時に行っていた。正直な話、まともな道具は無い為、焼け石に水ともいえる状況だったが傷をふさげるのであれば、文句はなかった。ともあれ、この先でアーチャーとセイバー、三騎士クラスの相手と連続で戦う必要がある以上、なるべく準備しておきたいのが本音である。

 

「素人っつーわりには中々やるな、坊主も嬢ちゃんも。だけどまだ押し込みが足りねぇか。戦い方を自覚した程度じゃ宝具がひっぱりだせないって事はもうちょい追い込んでみっか……」

 

 キャスターが横から二人の戦いを眺めながらそう評していた。宝具とは英霊の象徴―――つまりは英霊の体の一部らしい。キャスターの話では英霊になれば宝具の使い方なんてわかって当然らしい。それができないのは自覚が足りてない、それだけとの事。英霊ではない自分にはその感覚は解らないものだった。少なくとも、モドキである自分に宝具が存在しないのだから。

 

 キャスターが直接マシュと戦い、力を引き出すつもりらしい。それに介入する気はない。座ったまま、宝具を引き出そうとする二人……いや、立香を含めて三人の戦いを眺める。ルーンから解放されたオルガマリーは逃げるように離れる。オルガマリー自身、かなり戦闘能力の高い優秀な魔術師で、スケルトン程度であれば片手で粉砕できるほどの実力がある筈なのだが―――やはり、メンタルの問題なのだろう。

 

『羨ましいの?』

 

 キャスターが全力ではないが、本気でマシュに攻撃をしている。流石神代の英雄というべきか、ギリギリマシュが負けない、折れないレベルで火球を生み出して連射している。その表情は多少演技が入っているも、余裕綽々といった様子だった。考えてみれば彼は今、マスターである立香と疑似契約を結んでおり、それを通してカルデアの電力による十全な契約環境にある―――ほぼ、フルスペックでキャスターの霊基を起動させられているのだろう。

 

「……そうだな、少しは羨ましいかもしれない」

 

 それはある意味本音だった。同じ枠の仲間だったはずのマシュが正式なデミサーヴァントとして完成され、そして今、宝具を展開するであろう道を進んでいる。その姿を見て嫉妬を覚えない程、何もないという訳ではない。なにせ、サーヴァントという唯一の立場でさえ今、自分は失ったのだから。果たして自分はいったい何なのだろうか、何のためにあるのだろうか―――と考えるのはあまりにも捨てすぎだろう。そもそも、自分を捨てるという考えに本気になれない。

 

 ……まぁ、戯言だ。

 

『そうね、戯言ね。だって貴方には貴方の良さがあるって私には良く解っているもの』

 

 それこそ戯言だろう、と思いつつも誰かに存在を肯定してもらえるというのはたとえ幻覚であろうとも心地の良いものだった。俺も、初めての状況で疲れているのかもしれない。そう思った直後、マシュが大盾を構え、そして叫んでいた。風に乗せて咆哮する様な声を響かせ、キャスターが放った大火炎を、生み出した半透明のシールドで受け止め、完全に無力化させた。それはまさしく、宝具と呼ぶのに相応しい防御力を兼ね備えた力だった。

 

『戦う為の力ではなく、守る為の人間なのね、彼女……憐れなほど優しいわね』

 

 戦っても戦っても宝具が使えない訳だ―――彼女は誰かを……いや、立香を守ろうとして初めてその力を発揮できるような、そんな気がする。妖精の言う通り、本当に優しい娘だった。あんな大盾を握る事無く、学友とショッピングしたり、ゲームしたり、遊んでいるべき年齢なのだろう……あの二人は。

 

『あら、やる気ね』

 

 ―――不思議と、なぜか、あの二人は守りたい、という気持ちは湧いてくるのは何故だろうか。

 

『その優しさを欠片でもいいから私に向けてくれたらなー』

 

「これで準備は完了ね……これで、大聖杯の調査に挑むだけの準備は整ったわね。アヴェンジャー、貴方の傷のほうはどうかしら?」

 

 マシュを褒めている立香を置いて、オルガマリーとキャスターがこちらへと視線を向けたため、組んでいた座禅を解除し、立ち上がる。ポケットの中から栄養剤と魔力補給薬を口の中に放り込んで咀嚼しつつ、軽く体のチェックを行い―――九割まで回復しているのを確認する。腕輪に変形してあるシェイプシフターをハンドガンへと変形させ、軽いガンプレイで回転させてから腕輪に戻す。

 

「ほぼ回復した―――足を引くことはないだろう」

 

「そう、ならいいわ。これより大空洞の調査を行います。これより先、アーチャーとセイバーとの対決が控えている他、拠点防衛の為にさらに多くの敵と戦う可能性が高いです。注意しつつ任務を果たしなさい」

 

「任務拝承」

 

 オルガマリーの言葉に応える。キャスターへと視線を向け、軽く頷きを送る。あちらもこちらの視線を受けて頷きを返し、自然と隊列の最後尾へと移る。それに合わせ此方は前へと移動し、先頭を取る。確かマシュの訓練期間の長さを考えるとレンジャーやスカウト技能を持っているとは思わないほうがいいだろう。後方警戒はキャスターに任せるとして、こちらは索敵と先導がいいだろう。

 

『人類の集めた英知様様ね。ただしマリスビリーはその恩恵にあずかれない』

 

 カルデア一死体蹴りされる男、マリスビリーである。

 

 

 

 

 冬木東側からさらに北上して行くと段々とだが森が見え、濃くなってくる。まともな道がないように見えるも、確認すれば整備されていない道を見つける事ができる。一見は何もないように見えるが、ある程度進んでみれば解る、というタイプの隠し方だ。ただ既にキャスターがその存在を知っていた為、まるで問題なく道を発見する事ができた。何よりも湧き出てくる大量のスケルトンが道を見せているようなものだった。

 

 だがスケルトン自体は弱い。

 

 そもそもこの中で一番弱いマシュの大盾の一撃で砕くことができるレベルで弱いスケルトンなのだから、多少物量が増えたところで苦労する様な事はなく、宝具を発動させるような事もないゆえに順調に、体力と魔力を温存しながら大空洞と呼ばれる場所へと進んで行く。

 

「ここが入口だ」

 

 そういいながら杖でスケルトンをキャスターが殴り殺した。

 

「キャスターとは一体……」

 

「あ? 俺は元々槍兵のほうが強いからいいんだよ! つかなんだよキャスターって。ランサーで呼べよ、ランサーで。いや、確かにルーン魔術は得意だけどよ。クー・フーリンに槍を渡さないってなんだお前、勝つ気あるのか? って話よ。いや、まぁ、結局こうやってラストまで残れたんだけどな。それはそれとしておい、この先にはアーチャーのヤロウがいるから気を付けろよ」

 

 そのまま笑顔で隠れられる場所も奇襲出来る場所もない、と断言する。

 

「―――つまり中に入っちまえば逃げられねぇし、正面からぶつかるだけだ。準備はいいか?」

 

 キャスターの言葉に立香がサムズアップを向けた。

 

「こっちは何時でも行けるよ」

 

「んじゃ、問題なさそうだな……ちぃとばかし入り組んでるからここからは俺が先導する。後方警戒頼んだぜ」

 

 キャスターのその言葉に頷き、後方へと移動し、警戒の役割を交代する。大空洞へと続く洞窟の中からは今まで以上に濃い魔力を感じる。カルデアとの通信が乱れ、ロマニへと中々繋がらないのもそれが原因なのだろう。シェイプシフターを待機状態にしつつ警戒を維持し、キャスターに先導されながら大空洞へと向かって歩み進む。

 

「ねぇ、キャスター……質問いいかしら?」

 

「あん? なんだよ」

 

「これから相対するアーチャーとセイバーだけど真名は既に把握しているのかしら?」

 

 奥へと向かって歩み進めながら、そんな質問をオルガマリーがキャスターへと投げていた。真名、それはサーヴァントのクラスではなく本当の名。キャスターであればクー・フーリンとそれぞれに存在する本当の名前である。これが判明するとマスターの権限で相手の大まかなステータスや宝具を確認する事ができる他、逸話からの弱体化や死の再現まで行えるため、戦術的に非常に有利になる。

 

「アーチャーの野郎に関しては知らねぇが、セイバーだったら誰であろうが一瞬で気づくぜ。つか気づけないような英霊はおそらくいないだろうな。あの聖剣の輝きを見た英霊であるならば……っと、おいでなすったか」

 

 キャスターが言葉を切り上げるのと同時にからから、と音を立てながら骨の姿が出現した。しかし今度は白骨のスケルトンではなく、もっと灰色で頑強そうな、頭のない不思議な骨の敵だった―――知識を探せばデータベースからその名称が発見できる。シェイプシフターをライフルへと変形させ、後衛から援護出来るようにしつつ、名を呟く。

 

「竜牙兵か」

 

「だな。さっさと片付けさせて貰おうか」

 

「マシュ前に!」

 

「ハイ!」

 

 キャスターが後ろへとステップで下がるのに入れ替わるようにマシュが前に出る。それに合わせて竜牙兵が歪な剣を振り上げて攻め込んでくる。それに構えるようにマシュは大盾を構え、突き刺すように固定して剣を受けて止めた。そこで竜牙兵の動きを反動で固定し、後ろへと押し返すようにバッシュを綺麗に叩き込んだ。その衝撃に竜牙兵がぐらついた瞬間、キャスターが生み出した火球が竜牙兵の上半身を燃やして消し飛ばした。それに続くように此方も射撃する。踏み込んで来ようとした竜牙兵の膝を打ち抜き、その動きを止めて、マシュに構え直す時間を作る。

 

 そうすればあとはマシュで受け止め、キャスターで燃やし、そして俺で牽制するというループが完成する。

 

 それが成立すれば知性のない敵など相手にならない。あっさりと出現した竜牙兵が崩れて行く。徐々にだが強くなって行く手ごたえを感じているのか、マシュは軽く拳を作り、立香へと向き直り、

 

「先輩やりました―――」

 

 言葉を作った瞬間、不吉を感じ取った。ほぼ反射的にライフルを射撃するのと同時に、闇を切り裂いて素早く何かが飛来した。マシュの頭を貫くように放たれた何かとライフル弾が衝突し、弾いた。やがて、弾かれたそれは矢であったのが地に落ちた時に見えた。マシュがその瞬間、自分が狙われたということに気づき、素早く構えながらこちらへと申し訳なさそうな表情を浮かべた。やはり、どこか甘さを感じるのは経験年数が少ないからだろうか。ただ、

 

 キャスターはその矢を見て、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「そら……聖剣の信奉者が来たぞ」

 

 その言葉と共に姿を現す者が見えた。

 

 全身が黒に染まった、洋弓を構えたおそらくは褐色の男だった。もうすでに片手には矢を握っており、何時でも攻撃に移れるというのを証明するようだった。まず間違いなく、彼こそがアーチャーなのだろう。此方を見渡したアーチャーが此方の戦力を測るように、こちらもアーチャーの戦力を測る様に観察する。

 

 ―――ライダーよりもはっきりとした()()()があるな……。

 

 魔力も直接供給されているのか、溢れるほどに満ちるように感じる。これは―――少し、危ないのかもしれない。




 という訳でfateの顔の人が漸く登場。割と説明部分とかゲームやれよ、って感じがあるから飛ばしてるし、シナリオそのまま使うならゲームやれよ!! って感じもあるからちょくちょく内容変えてきてる部分もある。それはそれとして、終章に向けて我が家のエドモンの転輪での100への挑戦を開始しました。

 QPがぁ……QPがぁ!


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序章 - 8

 ―――即座に判断する。

 

「俺が残ろう」

 

 ライフルを片手で持ち上げ、真っ直ぐアーチャーへと向けて構えたまま、そう告げる。その言葉に露骨なリアクションを見せてきたのはキャスターとアーチャー以外の三人だった。立香がこちらへと視線を向けてくる。

 

「アヴェンジャーさん、なんで……」

 

「状況判断だ。雑魚相手ならまだいいが、アーチャーの様な大物相手には場所が狭すぎるし、連携して動くには少々時間が足りない。それにこいつを倒そうとすればそれなりに消耗を強いられるだろう―――」

 

「―――となると後は倒せる奴が残って残りは前に進む、って話だ」

 

「実に合理的な判断だが果たして、私がそれを許すと思ったか復讐者」

 

 弓に矢が番えられた。それと同時にシェイプシフターをラビリンスモードに変形させる。アーチャーと此方、そしてそれ以外を分断するように洞窟内に壁が発生する。チ、と舌打ちが聞こえる瞬間には既に矢が射られていた。放たれた矢を蹴り上げて無力化しつつ、魔力をシェイプシフターに通し、質量を増やして大戦斧を形成する。片腕でそれを握りしめながら振り上げ、飛び込む様に叩き付ける。素早くバックステップをとったアーチャーが弓を消し、その代わりに双剣を生み出した。接近戦に対する対処法は当然ながら用意していたか、と面倒な相手に殺害方法の考察を開始する。

 

「行け! あとさんはいらない」

 

 大戦斧を振り下ろした此方の姿へと向けて双剣でアーチャーが踏み込んでくる。弓の腕前ほどではないが、非常に洗練された動きであるのが見えた。無理に打ち合うことはせず、大戦斧を手放しながら後ろへと今度はこちらが大きくバックステップで距離を取りながら槍を二本生み出す。リーチの短い双剣が相手であるなら此方がリーチ外の近接戦を挑んで上からすり潰す。

 

 キャスターの声が聞こえた。

 

「オラ、時間を稼いでもらってんだからさっさと行くぞ」

 

「……アヴェンジャーさん、後で絶対に追ってきてね!」

 

「直ぐに追いかける。あとさんはいらない」

 

「アヴェンジャーさーん!」

 

『あの子、芸人としての素質高くない? というかほんとクソ度胸ね……まぁ、多少演技入ってるから現状を受け入れきれていないだけなんだろうけど』

 

 それは認めざるを得ない事実だった。ため息を吐きながらも、走り去ってゆく足音が複数聞こえる。オルガマリーが、そしてマシュが待っている、と言葉を置きながらラビリンスの壁の向こう側へと消えて行くのが聞こえる。その間、二槍を構える此方を前に待つように待機するアーチャーの姿が見える。武器は双剣のまま、視線はこちらから外すことはなく、どうやら足掻くような事はせず、あの四人を奥へと通してくれるらしい。こうなってくるとラビリンスにリソースを割く必要もないだろう。ラビリンスを解除しながら手元に戻し、強化等の魔術を己に使用して能力の向上を計る。

 

「……いいのか?」

 

「総合的に判断し、ここで貴様を足止めするほうが最終的な勝率が高くなると判断できた」

 

『あら……面白いわね、彼。葛藤してる? ううん……これは……抗ってる? ケイオスタイドの汚染に適応してるのかしら? うーん、私もまだまだね。やはりこの程度だと真に全知とは言い辛いわ。とはいえ、この不自由はこれで楽しいわ』

 

 妖精が何かを喋っている―――しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に妖精の言葉を無視して、双剣を構えるアーチャーに向き合う。あちら側も此方の戦意を感じてか、両手を下に向けてだらり、とぶら下げるように構えた。戦闘態勢に入っている。

 

「じゃあ、さっさと死んで貰おうか……三人の守りにキャスターが一人だけなのは不安だからな」

 

「そう焦るな―――なに、今に冥府で直ぐに合流できるとも」

 

 互いに言葉を吐き出すのと同時に一気に踏み込み―――アーチャーは後ろへと大きく跳躍した。双剣は矢へと姿を変形させ、そしてその手に黒い洋弓が出現する。当たり前のようにまともに殴り合うつもりはないらしい―――まぁ、当然だろう。

 

 此方もそうさせてもらおう。

 

投影開始(トレース・オン)―――」

 

「カルデア・ウェポンズコレクション―――ニーズヘッグ」

 

 二槍が瞬時にその姿をカルデアの武器庫で封印されているショットガンへとその姿を変形させる。全長1.6メートル、重量()()()()()。強化された人間が片手で持ち上げる事がギリギリと呼べる武装は無駄な装飾をそぎ落としているがそれでも遥かに装甲を増したかのような重厚さをそのデザインに孕んでいる―――対英霊用に開発され、使えるか馬鹿、と作成者が殴られて倉庫へと放り込まれた一品。

 

 英霊として強化された肉体―――魔術による強化―――そしてスキルによる恩恵。

 

 それが本来であれば産廃とでも呼ぶべき兵器を十全に扱うだけの能力を与えた。

 

 矢が放たれるのに合わせ、引き金を引く。放たれた散弾が矢に衝突すれば()()()()()()()()()()()()()。拡散する散弾はそのまま壁面や足元を抉り抜くようにその凄まじい衝撃を証明し、人工的に生み出された半工房状態ともいえる大空洞への道に穴を生み出した。そこに込められている神秘は注ぎ込んだ魔力以外は最低限であり、その大半は()()により生み出されている。

 

 だがそれを一切気にすることなく、闇に紛れるようにアーチャーが連続で矢を放ってくる。オルガマリーが消えて光源が消えた今、洞穴内部は闇で満たされ始めている。義眼の暗視を起動させながら引き金を連続で引く。そのたびに少しずつ、魔力が減ってゆく感触とともに散弾がスコールのように正面へと放たれ、空間に連続で叩き込まれる神秘の矢を千切り食らって解体して行く。

 

 直後、直感的に悪寒を感じ取って後ろへと更に距離を取った。同時に頭上から落ちてくる物が見える―――剣だった。

 

「―――I am the bone of my sword」

 

「……」

 

 詠唱を感知―――妨害を優先する為に迷うことなく剣を飛び越えた瞬間、魔力の高まりと共に剣が爆裂した。即座に魔力放出をエミュレート、瞬間的に魔力を放出しながらショットガンをフックガンに変形、壁に打ち込んで体を引きずって回避に持ち込む。それをまるで狙ったかのように虚空から出現した剣が降り注いでくる。

 

 ―――剣を矢の如く放つからアーチャー、か。

 

 だが弓の腕前そのものも隔絶していた。迎撃しなければ()()()()()という強迫観念に似た確信が彼の腕前にはあった。マシュや立香がこいつの相手をしなくて心底よかったと思う―――おそらくはほぼ確実に()()()()()()()()だろう。

 

目には目を(≪復讐者:己の痛みを知れ≫)歯には歯を(≪忘却補正:同属相殺≫)

 

「Steel is my body, and fire is my blood」

 

 居合―――降り注ぐ剣と変形させた刀がぶつかり、双方が同時に砕け散る。だが彼方とは違い、こちらの武器は破壊と同時に再生が可能である為、()()()()()()()()()()()()()。降り注ぐ剣弾はそれによってすべて、同時に砕け散りながら再生して破壊する。復讐者クラスの復讐概念による同属相殺、それによって切り抜ける。そしてそれと同時に、

 

その先は謳わせない(≪虚ろの英知:縮地≫)

 

 大地に足が触れるのと同時に一瞬で加速する。アーチャーの正面を奪おうと踏み込む瞬間、頭上から剣が道を塞ぐように落ちてくる。それと同時にニーズヘッグに変形させ、強引に食い破りながら散弾を通した。千切れ飛ぶ刃と散弾がアーチャーの体を抉り、魔力や血の代わりに黒い泥のような物体を肉から抉った。再びトリガーを引く。だがそれよりも早くアーチャーが身をかがめながら双剣を手にして振るっていた。手首を切断する軌跡で迫るそれを武器を手放しながら、

 

「I have created over a thousand blades」

 

 素早く蹴りで初撃を横へと蹴り逸らした。そのまま踏み込みながら蹴り飛ばした手首を握るように二本指を伸ばしながら肩から体を押し込むようにショルダーを叩き込む。アーチャーが逃れるように後ろへと体を滑らそうとするのに合わせて震脚を打ち込む。

 

 跳躍したアーチャーが洋弓を構えていた。

 

「―――我が骨子は捻じれ狂う」

 

 力のある矢が形成される。

 

「アクション」

 

 だがそれよりも早く、放棄された武装が勝手に引き金を引いた。

 

 空中へと逃れたアーチャーを下から狙い撃ちするように散弾が放たれた。その直前、逃げるように矢と弓を爆破するのが見えた。舌打ちしながらも、爆発と散弾の雨の中から後方へと向かって吹き飛ぶアーチャーの姿が見える。既にその周囲には三十を超える剣が浮かび上がっていた。そこから感じる魔力は()()()()()()()()()()()()()()―――おそらくはその強度も。

 

「Unknown to death. Nor known to life」

 

『詠唱をするたびに投影魔術の精度が上昇しているわねー。そろそろやばいんじゃないかしら? ■■様助けてー! 抱いてー! って言ってくれるなら助けてあげるわよ?』

 

「アハトアハト」

 

 砲台へと変形するのと同時に剣群が放たれた。砲塔から放たれた魔力弾が剣弾と衝突し、空中で爆裂を起こす―――しかしそれを抜けて多くの剣弾が此方へと迫ってくる。素早くダブルトマホークを形成し、それを強度重視で固定化させる。そのまま、一気に踏み込む。降りそそぐ剣群が肉を削ぎ、そして爆発をもってその役割を果たそうとする。だが同時に治療魔術と強化魔術、縮地を英知から引きずりだして行使する。

 

「―――Have withstood pain to create many weapons」

 

 時間稼ぎをすれば相手に有利になる。ならばここで一気に殺しに行くしかない。そう判断し、爆炎と斬撃を無視しながら一気に踏み込んだ。体から流れる血と痛みが魔力へと変換される。

 

ふぅぅぅぅ―――(≪復讐者:アヴェンジハート≫)!」

 

 痛みには痛みを。ダメージで魔力を回復させながら、一気に踏み込む。双剣へと切り替えたアーチャーが対応してくる。だが確認すればその周囲には剣が浮かんでいるのが見える。剣術に加えて剣の射出を加えた三次元的な戦闘術、正面からの対応は難しいだろう。だがそれを第三者からの支援射撃だと割り切って行動すれば、

 

 まだ対応出来る。

 

「俺に、存在意義を、果たさせろ」

 

 振るわれる剣をトマホークで受け、そして固めて止める。最後まで動作を完遂させずに動きを止めさせてそのまま押し込む。それを嫌がるアーチャーが武器を消して下がろうとする。その動きを支援するように飛来する剣を、

 

 体で受けた。

 

 ―――そして止まることなく腹を殴りぬいた(≪対英霊≫)

 

 英霊に対する必殺概念を右腕に筋繊維を限界まで強化させながら脳からの指令でリミッターを外し、限界筋力を発揮して殴り抜いた。ダウンロードした中国武術の動きを込めて威力が貫通する様に放った動きにアーチャーから泥が弾き跳びながら姿が吹き飛ぶ。だが得た感触はクリーンヒットから程遠いものだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 それこそ殴った拳が傷つくほどには。

 

「貴様は……なるほど、憐れだな」

 

 殴り飛ばされたアーチャーが受身を取りながら着地する。殴り抜いたはずの腹を見れば黒い泥が溢れ出しているのが見える―――が、だがそれを邪魔するように剣が体そのものから生えている。どうやら殴られる瞬間に肉体そのものの一部を剣へと変えたらしい。概念的に英霊から剣へとシフトした事による特攻外し、といったところだろうか。動きからして間違いなく直感、あるいは心眼系統のスキルを保有した反応だ。

 

「Yet, those hands will never hold anything」

 

 ―――駄目だな、これは。詠唱を止められない。

 

 判断した直後、手元にシェイプシフターを戻し、多重に回復魔術を発動させる。受けたダメージを受けたダメージで生み出した魔力で回復させながら、これから来るであろう衝撃に備え、シェイプシフター内部へと魔力を注ぎ込みつつ、腕輪へと戻ったシェイプシフターの一部がコードへと変形し、それが腕へと突き刺さった。その状態からシェイプシフターのシステムへとアクセスする。

 

「―――So, as I pray―――」

 

 高まる魔力。変動する空間。炎が舞い上がりながら世界を上書きし始めていた。光源の存在しない空間は別種の空間、世界へと姿を変質させるように変化を始める。

 

「―――Unlimited Blade Works」




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/f3113345-915c-4ae7-bc1c-f4344c5a284f/e0bb69fd54272697959403bd43a3c364

 ゲーム内だとゴールデンスパーク一撃で消し飛んでしまうエミヤ先輩ですが、実際に戦ってみるとものすごいクソゲーというか絶対マシュか立香死んでただろ、と思えるぐらいには戦闘経験と能力の厄介さを感じる。というわけで武装アップデート。名ありの武器とかは武装リストに追記予定な感じで。


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序章 - 9

 ―――荒野だった。

 

 ただ、ひたすら、荒野が広がっていた。荒廃した大地には恐ろしいとしか表現できない数の剣が突き刺さっており、それが世界を埋め尽くしていた。空にはまるで機械であることを証明するように歯車が、そしてそれとは別にわずかに炎の気配も感じる。それがこの世界の全てだった。剣の丘。詠唱の果てに生み出されたのがこれであり、脳内のデータベースへとアクセスすればそれがなんであるかは理解できた。固有結界、魔法に最も近い魔術の一つ。アーチャーのくせに魔法の領域に届きそうな魔術を使う、面白いが―――また、面倒な相手だった。

 

 洞穴内部にいたころよりも輪郭がはっきりとしたアーチャーは僅かに色を取り戻しているように見えた。そうやって一歩前へと踏み出しながら自身の身長を超える巨大な剣を丘から抜いた。巨大な石斧に見える剣はアーチャーの手の中で矢へと音を立てて変形し始め、変わった。やはり剣を矢へと加工できるらしい―――それも宝具級の矢を。

 

 この丘に突き刺さっている刀剣の類、そのすべてが宝具だった。ありえない。生物としてまずありえない宝具だった。こんな英霊、存在していいはずがなかった。だがそんな考えとは裏腹に肉体と脳は生存を果たすための最適解を導こうと全力を尽くし、たった一つの結論を導き出していた。

 

 ―――それは千変万化の悪夢(シェイプシフター)対星機構(ジェノサイド・シフト)解放であった。

 

「……これが、英霊の宝具か」

 

「含みのある言い方だな、アヴェンジャー」

 

 アーチャーは油断なくそう言葉を吐きながら弓を構えており、それとは別に丘の上にある大量の剣を浮かべ始めていた。それに合わせ、腕輪状態での変形さえ解除し、シェイプシフターを元の球体へと戻した。右手の上で持ち、そして浮かべた。

 

「俺には、宝具がないからな。カルデアで体を作り変えられ、生きたままサーヴァントの霊基を追加され、サーヴァントの様な存在に、宝具を持たない劣化英霊……モドキとしての生を記憶と己の全てと引き換えに手に入れた」

 

「なるほど、悲惨ではある―――が、敵に語ったところでどうしようもないな」

 

「それもそうだ。だがだからこそ貴様が妬ましくもある。あぁ、そうだ。俺は妬ましいんだ。何故貴様らだけが―――そう思うと殺したくて殺したくてしょうがない。本能的に貴様を殺してやりたくてしょうがなくなる。そうだ、これが嫉妬心だ。この醜く暗い感情が俺が思考する生き物である事を証明してくれる……」

 

 故にまずは感謝を。そして同時に、

 

「死んでくれ―――それだけが俺の存在している意味なんだ」

 

「救いようがないな。貴様はおそらく、ここで死んでいたほうが己の為であろう」

 

 それは―――おそらくそうかもしれない。こんなまともじゃない奴が生きていたところでこの先、毒にならない保障はなかった。だがそれとは別に()()()()のだ。サーヴァントを、殺して殺して殺して殺したくてしょうがないのだ。それしか存在意義が己にはない。だから殺したくてしょうがないのだ。サーヴァントという存在そのものに対する復讐を―――()()()()()()()()()()()()()()()、という理不尽にもほどがある言いがかりを、殺意で心で満たしている。冬木へと来て良かった。

 

 アヴェンジャーとして目覚めてから初めて、生きているという感覚を得た。

 

 復讐者の本能が喜びの声を上げているのが解るのだ。故に―――()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()。本来であれば際限なく星を破壊する最悪の兵器。アトラス院が封じたそれをマリスビリーが契約書と何らかの方法をもって徴収した、封印されるべき兵器。それを起動させる。

 

「リミッター解除。対象指定。空間認識。時間軸の固定を完了。千変万化の悪夢(シェイプシフター)の制限全解除」

 

 言葉と共にシェイプシフターの色が薄い灰色から完全な黒一色へと変質した。まるでアーチャーに巣食う泥、あるいは己の肌のような光を一切映さない吸い込むような闇の色だった。それと同時にこちらの完了を待つ事無くアーチャーが殺すための矢を放った。大量の剣が―――百を超える剣が先陣として雨のように降り注ぎ始める。いつか、どこかで英雄たちが振るっていた武器が使い捨ての消耗品として豪勢にも降り注ぐ死地の中で、

 

『さぁ、人類(アトラス院)が生み出してしまった星殺しの禁忌を解放なさいアヴェンジャー』

 

 ()()()()()()()()()()。鏡を確認せずとも、自分がどんな狂笑を浮かべていたかは想像に容易かった。

 

 瞬間、どろり、と黒く染まった宝珠が溶けた。

 

「万象一切を滅ぼし、星を食らえ―――無貌にて世の果てを彩る(ナイアーラトホテップ)

 

 シェイプシフター、その本来の機能が発生する。黒く染め上げる形のない、無貌の闇が大地にしみ込んだ瞬間、矢へと変形した剣が、空を覆い尽くす無限の剣製が、

 

 衝突した。

 

 

 

 

 ―――後には何も残されなかった。

 

 あれほど激しい存在感を刻んだ剣やアーチャー自身も残らず、静かな洞穴の景色が戻ってきた。アーチャーの霊基が完全に消失されたのを確認し、球体状態に戻ったシェイプシフターを懐へと戻した。本来の機能を発揮したことでオーバーヒートして、一時的に使用不能状態に陥っている。とはいえ、これでアーチャーを突破する事が出来たのだから文句は言える筈もない―――()()()()()()()()()()()()

 

 いや、()()()()()()()()()、が正しいだろう。

 

 そうでもなければ対星兵器なんてものはまともに使えない。

 

「少し、消耗しすぎたか」

 

 やはり立香達に任せなくて正解だったな、と思った直後、魔力の高鳴りと爆発を感じ取った。どうやら立香達も派手に戦闘を行っているらしい。あの宝具を使い捨てるようなアーチャーが門番だったのだから、大聖杯の前に陣取るサーヴァント・セイバーはおそらくそれを超える難物なのだろう。シェイプシフターは使用不能だが、早く合流したほうがいいだろう。

 

『さて、間に合うかしら? どうなのかしらね? ふふふ……』

 

 思わせぶりな発言の妖精を無視し、アーチャーとの戦場から逃れるように一気に体を前へと叩き出して走る。もはや邪魔するような存在はいない為、妨害なしで最高速度で一気に前へと出る。自分自身、かなり消耗しているのは事実だが、口の中に回復薬を放り込んでしまえばその程度無視できる。故にそうやって体を一気に前へと叩き出せば、暗闇の中に光源が見え始める。だが魔術の明かりではなく、もっと邪悪で醜悪で、そして救いのような邪光だった。

 

 この先か、そう思って洞穴を突き抜けた向こう側で、見た。

 

 ゆっくりと、しかし消えて行く黒い騎士の姿を。残留する大量の魔力、額に汗をかいて荒い息を吐くマシュ、ぼろぼろになったキャスター、両手を膝についている立香―――そしてヘタレて後方にいたオルガマリー。全員、生きていた。その上で聖杯の守護者であるセイバーを撃破した様子だった。大空洞へと飛び込んだところで思わず足を止めてしまった。本当に倒してしまったのか、と驚いていると、此方に気付いた立香がサムズアップを上げてきた。

 

「―――どうよ、俺達だってやるもんでしょ、アヴェンジャーさん」

 

 明らかに疲れている筈なのに、自信満々に言ってのけるその姿に呆れの息を吐く。歩きながら近づき、

 

「さんはいらない……とはいえ、セイバーを倒したか。正直誰か死ぬもんだと思ってた」

 

「あれ、俺……信用されてない……?」

 

『素人で初心者相手に何を信じればいいというのかしら。こんな状況で才能が開花したところで歴戦の猛者相手に通じるわけないでしょ。それで物事が解決するのは抑止力に協力されている時ぐらいよ』

 

「ま、当然だろうな……とはいえ、坊主も嬢ちゃんも良く頑張ったわ。それは俺が保障するぜ」

 

 慰める様にそう言ったキャスターは僅かにだが光を発しており、それが姿を分解しているようにも見えた。聖杯戦争が終結した事によってキャスターの現界が解除されつつあるのだろう。残念ながら特異点の人間はカルデアへと来る事は出来ない為、これはどうしようもない事である。自分がそこまで心配しなくてもどうにかなったか、その安堵を感じながら歩き、みんなに合流する。

 

「アヴェンジャー、貴方その様子を見るとかなり苦戦したみたいね?」

 

 オルガマリーが此方へと声をかけてくる。その言葉にこたえるようにロマニのホログラムが出現した。

 

『アヴェンジャーが相手をしていたのは宝具を魔術で投影してくる剣製のアーチャー、その上で固有結界まで展開してきましたからね。正直マシュや立香君相手だと戦いづらかったのではないかと。結果を見るとアヴェンジャーの判断は正しかったでしょう』

 

「ロマニ! セイバーが倒れて通信が回復したのね」

 

『観測は何とか続けてたんですけど通信がまだ調子悪くて……』

 

 そう言っている間にキャスターの姿が徐々に消え始めてゆく。

 

「おぉっと、ここで強制送還かよ。次があるならそん時はランサーで呼んでくれ!」

 

 その言葉を残してキャスターはその姿を完全に消した―――セイバーがいた場所にはその代わりに七色に輝く不透明な水晶体が浮かび上がっていた。おそらくそれが聖杯なのだろう。万能の願望器と呼ばれる魔術師の夢の一つ。

 

『……今なら他の三人を殺して聖杯で夢を叶えることもできるわよ? たとえばそうね、マリスビリーを甦らせて! とか、記憶を取り戻して! とか。どう? 凄く魅力的じゃない?』

 

 貴様はいつ妖精から悪魔へと鞍替えしたんだ? と影の中の妖精に胸中で吐き捨てながらその発言を無視した。今はそれよりもサーヴァントを殺すという己の存在意義と、そして価値が全てだ。アーチャーを始末したところをちゃんとロマニが観測していたというのであれば、今回はそれをちゃんと証明できたのだろう。

 

「―――不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。とりあえずはあの水晶体を回収しましょう。冬木の特異点化はどこからどう見てもアレが原因だし」

 

 オルガマリーの言葉に頷きを返す。マシュが回収のために動き出そうとしたところで、

 

「―――いや、まさか君たちがここまでやるとはね。実に想定外にして私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者が全く見込みのない子供だからと善意で見逃した結果がこれだ……私の失態だよ」

 

 水晶体の背後に言葉とともに出現したのはレフ・ライノールの姿だった。カルデアの仲間が無事だったことを喜ぶべきなのかもしれないが―――レフ……が放つ気配はどう考えても人間のそれではなかった。頭の奥底、魂の根幹、忘れていたはずの何かが囁いてくる。こいつを殺せ、今すぐ始末しろ。それは存在してはならん生き物である、と、その声を主張してくる。武器がないなら牙と爪を使え。

 

 が、自制する。

 

「―――うんうん、アヴェンジャーくん、動かなくて正解だよ。今の私であれば君が私を殺すことよりも早く48人目のマスターを―――最後のマスターを始末する事ができるからね」

 

「マスター、下がって……下がってください! あの人は私たちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 マシュが言葉を吐きながら立香を庇うように動いた。そのマスターに対する忠誠心はさすがと言ったところだが―――状況が拙い。シェイプシフターを問答無用の対星モードで放てばおそらくレフを問答無用で葬れるが、それはアーチャー戦で使用したばかりである為、オーバーヒート中で使用できない。サブウェポンとして銃器とエーテライトワイヤーをローブの下に隠しているが、レフ・ライノールから感じる気配は明らかに人のそれではない。ここで迂闊に手を出せばまず間違いなく殺される。連戦が終わって此方から歴戦の猛者が―――キャスターが消えた瞬間を狙ったのであれば、まさに上手く行ったという状況だろう。

 

『だからずっと前に殺せって言ったのにねー? 私の言うことを聞かないから悪いのよ』

 

 そして―――この時ばかりは、妖精の言葉に素直に従わなかったのを後悔した。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/e6ea99ef-f572-43ee-a360-f47be23cc8b9/758147f7ea4f73ed918ccee846f97ce7

 兵器の内容はまだに詳細不明! 名前からして人類のことを欠片も考えてないことだけは伝わると思うけどね!

 正直序章というか冬木は説明とチュートリアルで物語的には焼き直し場面が多いので、サクサクとスキップしてオルレアンあたりからが本番だと思ってる。さすがに舞台が冬木オンリーだと狭すぎてやれることがまるでねーざんす。世界観的な説明もあるし。


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一時の休息
英霊 - 1


 ―――目が覚めた。

 

 柔らかいベッドの感触に心地よさを感じながら、ゆっくりと体を持ち上げた。気づけば妖精が抱き着くような形で眠っていたが、此方の覚醒に合わせて目を覚ましたようで、姿をベッドの上へと転げた。それを見届けてからもう一度装飾のない自室の姿を確認し、そして思い出す。

 

「―――冬木から生きて帰ったんだったんだな、俺は」

 

 レフ・ライノールは裏切り者だった。オルガマリー・アニムスフィアは死んだ。カルデアの爆破事故はレフの仕組んだテロだった。人理は焼却されて、カルデアといくつかの特異点を除いて人類は絶滅した。カルデアはテロの影響によって二十数名の職員以外は全滅している。

 

 それが冬木の聖杯戦争を―――特異点を潰した結果得られた成果だった。聖杯によって願いをかなえ、それによって時代を歪ませて変質させ、ありえない時代を生み出す―――つまりは特異点の形成。それがダ・ヴィンチが推測した相手のやり方だった。それが有効であるかどうかは既に炎上都市と化した冬木が証明していた。

 

 本当に……色々疲れるファースト・オーダーだった。

 

『ま、生き残れただけ僥倖じゃないかしら? そもそもマリスビリーの設計によれば貴方は使()()()()()()()()()()でしょ?』

 

 ベッドの上に転がっていた妖精が膝の上に座ってくる。それを退かす気にもなれなく、そのまま彼女を膝に乗せたまま自分に関する情報をアクセスする。それらは全て≪虚ろの英知≫に記録されている。自分は―――検体171号は量産型の英霊兵士、そのプロトタイプの一つとして生み出されている。

 

 マシュ・キリエライトがデミサーヴァントを成功させるための人造生物であり、本質的にホムンクルスに近いのはマシュのように1から調整して無垢な素質がなければ英霊を憑依させるという行いをする事ができない点にある。だがこれは非常に時間がかかる上にコストもかかる上、最終的に憑依されたサーヴァントの意識によって成功が決定する為、非常に効率が悪いと判断された。故にサブプランとして存在していた英霊兵が生み出された。

 

 つまりは無記名霊基を使った人造的な英霊の作成である。

 

 肉体を強化し、知識を与え、そして武器を与える。最終的にサーヴァントと戦えるように霊基を与えて補正を得る事によって最低限のサーヴァントと同等の能力を得る事が出来る。≪虚ろの英知≫はそのためにどんな状況、どんな環境でも100%の状態で有利をとって戦う為の技術プログラムと考えていい。マリスビリーが俺をその改造の素体の一つとして利用したのは聖人体質という珍しい体質をしており、その結果実験の失敗が概念的なアプローチから減る可能性が高まる、という理由からだった。

 

 そうすればもっとデータが取れ、次の成功率を大幅に上げる事ができる。

 

 ―――その前に死んでしまったのだが。

 

 結局、デミサーヴァントも量産サーヴァントも失敗した。だがこうやって実際に特異点Fで自分もマシュもその役割を果たしたことを考えると、結果として自分達の存在は正しかったのだ、というのが理解できてしまう。悔しい話ではあるが、マリスビリーの先見は正しかった―――過剰にも見えるカルデアの暗部と実験、それは人理を最後の一線で保つ事に成功させている。マシュと自分、どちらがいなくてもおそらくはファースト・オーダーの達成は叶わなかっただろう。それぐらいには過酷な戦いだった。

 

『怖くなっちゃった?』

 

「―――まさか」

 

 それはありえない。どうせ、何時尽きるかさえ解らない命だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。自分はそんなもんだとカルデアへと帰還し、グランドオーダーを所長代理としてロマニが発令した時点で覚悟した。だからあとは少しずつ命を削り、英霊を迎え入れて戦力増強するまでの時間を作るのが己の役割だろう。或いは規格外の存在に対して対英霊の最大出力によるカミカゼだろうか。どちらにしろ、消耗品として設計されているのだ―――そういう使い方が一番だろう。

 

 まぁ、自分はそんなものだ。あまり期待する様なものじゃない。そもそも体を弄り回しすぎている。改造されてない箇所などないだろう、それで長生きを望むのは少々理不尽に過ぎるだろう。

 

 ―――どうでもいい話だ。

 

 そんな事よりも今は、

 

「……活動開始しよう。カルデアに残された職員は全部で二十数人余り……カルデアの破壊を見れば手が足りないのは目に見えている。ロマニに無理やり寝るように言われて休息をとったが……俺も修復作業に戻ろう」

 

『あらら、真面目ねー。ま、いいんじゃないかしら』

 

 朝の活動を始める為にもベッドから起き上がる―――冬木から帰還した次の日の朝のことである。

 

 

 

 

「―――おはよう、アヴェンジャー。その様子を見るとしっかり眠れたみたいだね」

 

 システム・フェイト管理室へと向かえばそこにはロマニとダ・ヴィンチの姿のほかに、数人カルデアのスタッフの姿が見えた。何らかの作業を進めていたロマニは手を止めながらやあ、と気軽に声をかけながら片手をあげて挨拶をしてきた。それに挨拶を返すように軽く頷くが、

 

「……顔は見せていない筈だが」

 

 格好は何時も通り全身ローブ、姿を完全に隠したスタイルだ。これでは状態の確認なんてできない筈なのだが、なんて思うのだが、

 

「君とマシュと立香くんのバイタルに関しては定期的にチェックしているからね。ダヴィンチちゃんは色々と仕事があって今はカルデアを離れられないし、そうなってくるとグランドオーダーで動けるのは君達なんだからこれでも気を使ってモニタリングしてるんだぞー?」

 

「世話をかける」

 

「そこはありがとう、でいいんだよ。というかもう少し寝ていてもいいんだよ?」

 

「いや、手伝おう。メンテナンス関連の知識もある」

 

 そう言ってシステム・フェイトの修復を手伝う。人理の守護者たる英霊を召還するためのこのシステムをレフは脅威とみなしたのか、結構丁寧に破壊し、いたるところに破壊の痕跡が存在する。しかしダ・ヴィンチを殺さなかったのは失敗としか言いようがない。すでにシステム・フェイトは九割が彼女の手によって修復されており、現在は細かい所の調整と修復作業中だったらしい。もう少し早く起きればよかったかもしれない、なんてことを考えながら修復作業に入る。カルデアに設置してある重要機器の修復方法やメンテナンス方法は()()()()()()()()()()()()この脳内には記録されている。

 

 本当に、マリスビリーはいったい何を過去に見たのだろうか。その悩みは尽きないが、

 

「あぁ、そうだ、アヴェンジャー。特異点Fでの話を聞きたいんだけど……マシュと立香くん、この先も生きていけると思うかい?」

 

 作業の合間に、そんな質問をロマニが投げてくる。それに答える。

 

「―――無理だろうな。どちらもまだ未熟が過ぎるだろうし、俺が守って動いて解決するわけでもない。本人自身が成長する必要があるだろうな、このグランドオーダーの間に。そのためにも、英霊が必要だろう」

 

「やっぱりか……」

 

「まぁ、冬木の特異点攻略には驚かされたけど、アレは運の他にも英霊という明確な助けがあったからこそ達成できた事だからねぇ。楽観できる状況ではないよね……っと、こっちの調整はこれで終わりかな? 何とも張り合いがないものだ。もうちょっと仕組みを複雑にしていてもよかったんだよ?」

 

「やめろ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に総員で一斉に告げると、冗談だよ、と籠手に包まれた手をふるいながらダ・ヴィンチが言ってくる。天才という領域の存在はどれも正気ではないという話は聞いていたが、彼女もまさにそういう類の存在なのだろうとは解る。ただ、自重するときはしておいてほしい。おそらくは冗談なのだが、解りづらいのだ。

 

 それはそれとして、コフィンやレイシフト回り同様、最優先で修復されたシステム・フェイトは順調に修理が完了する。これからのカルデアの目的、そのグランドオーダーを考えるとやはり最優先は英霊戦力の補充であると考えられる。これがないとまず、戦えない。それにコフィンをはじめとしたレイシフト関連の施設も修理しなくてはグランドオーダーの遂行ができないので困る。

 

 食料などに関してはまだ無事な部分がある為、そこまでの問題ではない。

 

 重要なのはグランドオーダーを遂行し、人類史を守れるか否か、というところにある。

 

「とりあえずシステム・フェイトの修復はこれで完了かな? 施設電力を前ほど回せないから触媒に聖晶石を必要にしちゃいそうだけどね。保管庫に幾つかあったはずだからこれを触媒に立香君に英霊を召還してもらおうか」

 

 高密度の魔力結晶体―――聖晶石。英霊を召喚する触媒として最上位のものであり、カルデア爆破以前であれば一つでもあれば英霊の召喚には十分だっただろうが、現在の施設稼働率の低下を考えると()()あれば英霊を一回召喚できる、というところだろうか。

 

「冬木で縁を結んだサーヴァントがいる……きっと……いや、確実に応えてくれるだろう」

 

「なんにせよ、我らが主役の登場を待たないとダメだねぇ」

 

 作業を終わらせて一息をつくために室内のスタッフたちを含めて全員が休みに入る。一息つきながらこれからの予定をどうするかを話し始めようとすると、通信を告げる音が鳴る。ロマニがそれに応えるとマシュのホログラムが浮かび上がる―――どうやらマシュと立香が起きたらしい。時間を確認すれば自分が起きた時間からすでに数時間が経過していた。もうこんなに時間が経過していたのか、と軽く確認しながら保管庫へと向かう為に足を進める。

 

「聖晶石を回収してくる」

 

「あぁ、立香君たちを此方へと呼ぶから頼んだよ」

 

 

 

 

 保管庫に残された聖晶石を12個だけ回収してくると、マシュと立香の姿があった。立香達は此方を見ると軽くおはよう、と挨拶をしてくる。もはや朝か昼か、或いは夜かさえ解らないのに、そうやってマイペースでいられるのは一つの才能だった。自分のように空っぽだから己を保っているのではなく、この立香という少年は本当の意味で心が強いのだろう、と思えた。羨ましさを感じつつ、運んできた聖晶石を立香へと手渡す。

 

「えーと、これは……」

 

「それは聖晶石だよ、立香君。このカルデアにおいて英霊を召喚する為に必要な触媒だ。本来の英霊召喚であるなら必要はないんだけどね? カルデアでの英霊召喚はちょっと変わっていて、英霊を座から強制的に呼びおろすんじゃなくて、英霊の座にいる英霊に()()()()()()()()んだ。つまりは君をマスターとして認めた英霊、或いは人理焼却という行いを認めず力を貸すことに意味を見出した英霊のみが力を貸してくれるんだ」

 

「認められる……」

 

 聖晶石を立香に渡し終わり、

 

「……あまり深く考える必要はない。仲間が増えると思えばいい」

 

『ガチャみたいにね』

 

「ガチャみたいにな……ん?」

 

 足元を見れば妖精が笑顔を浮かべていた。こいつ、狙って話に割り込んだな、と思って弁明しようと立香へと視線を向ければ、少しだけ聖晶石とシステム・フェイトへと向ける視線が怪しかった。

 

「ガチャ……ガチャ……回す……10連……」

 

「立香くん? まるでソシャゲの闇に飲まれた課金兵の様な表情を浮かべてるけど。当カルデアはホワイトでクリーン、NもRも存在しない一級の英霊しか召喚しないシステムだから大丈夫だよ? はは、冬木で出会ったサーヴァントが応えてくれそうだし今は冬木ピック、なんてね!」

 

「やめてくれドクター、その言葉は俺に効く」

 

 胸を押さえながら立香の足がぷるぷると震えていた。ソーシャルゲーム、手を出したことはない、というか興味を抱いた事すらないのだが、そこまで酷いものなのだろうか。後学の為に手を出してみようか、何て事を考えている間に立香が持ち直した。

 

「ふぅ……ふぅ……英霊召喚ガチャとかグランドオーダーよりも酷い試練があっただなんて……!」

 

「先輩、その、今回さなくてもいいんですよ?」

 

「いや、課金兵はガチャから逃げないから」

 

「おぉ、もう……」

 

 何だろうか、この茶番は。いや、肝心の立香が元気ならばそれはいいことなのだろうが。

 

 ―――ともあれ、わずかな茶番を挟んでから、立香がマスターとして英霊召喚を行う事が決定した。回数は全部で三回。冬木で出会ったサーヴァントの事を考えれば、誰が英霊の召喚に応じるのかは大体予測できた。しかしそれに黙り、聖晶石をシステム・フェイトに捧げ、英霊召喚を行う立香を見届ける事にした。

 

 立香が聖晶石を空間に捧げれば、それに反応するようにシステム・フェイトが起動する。聖晶石は即座に溶けて力場を形成する。光輪を生み出して空間にエネルギーを満たし、サーヴァントを召喚するための環境と状況を形成させる。三つに分かれた光輪はそのまま限界まで輝きを生み出してから一瞬の閃光とともに一つの人影を作った。

 

 全身を青いタイツの様な恰好に覆われた一人の男の姿だった。

 

 男は笑みを浮かべ、

 

「―――よう。サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうやマスター」

 

 ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「つかランサーで召喚するとは解ってるじゃねぇか。やっぱ手元に槍がねぇと安心しねぇわ……ん? なんで俺はそんな事を考えてんだ? ま、いいわ。それよりもよろしく頼むぜ」

 

「此方こそよろしくランサー!」

 

 冬木で出会ったキャスターのクー・フーリン、その別クラスの姿であるランサーの姿での召喚だった。本人自身がランサーのクラスを切望していたし、これは味方としてはかなり頼もしい。その実力に関してはすでに冬木で良く知っている上に、アイルランドの光の御子の槍に関する逸話は有名だ。

 

 戦力としては実にありがたい話だ。

 

「と、まだ召喚途中だったか? 俺に気にせず遠慮なくつづけな。戦争ってのは何事も数から始めるもんだからな」

 

「あ、うん。それじゃあ遠慮なくガチャ続行する」

 

「英霊召喚の事をガチャって言うの止めない?」

 

 ロマニの言葉を無視して立香が見事なフォームで聖晶石をシステム・フェイトの中へと投擲、聖晶石を捧げてシステムを起動させる。再び光が発生し、英霊召喚の為の環境が形成される。ランサーがそうであるように、召喚直後に英霊達はマスターのパスを立香と形成しつつ、カルデアの電力によって存在を維持される。そのための準備も同時に整い、そして光が部屋の中に満ち始める。

 

 直後、光が弾けてその中から一つの姿が出現する。

 

 その姿を見たランサーがげぇ、って声を零した。

 

「―――サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 召喚に応じて参上したアーチャーのサーヴァントはあの大空洞の途中で立ちはだかった褐色のアーチャーだった。宝具を投影し、固有結界を展開するというステータスでは測れないハチャメチャっぷりを発揮するサーヴァントであり、まさに英霊と呼ぶのにふさわしい相手だった。敵であったが、しかし召喚に応じてくれた以上、アレが彼の本意ではなかった、ということなのだろう。

 

 ただアーチャーはランサーを見つけるとおや、と声を漏らした。

 

「また貴様か」

 

「なんだよまた貴様かってのは。むしろそれは俺のセリフだっての。なんで行く先々でテメェとブッキングするかねぇ……」

 

「それは此方のセリフだ。毎度の様に人の前に立ちはだかって恥ずかしさを覚えないのかね?」

 

「あ? 何言ってんだ。いつだって先に召喚されてるのは俺の方なんだから悪いのはそっちだろうが。あーあ……折角いい戦場に来れたと思ったんだがなぁ、お前が来て台無しだよ」

 

「言いがかりはやめたまえ。何より最終的に勝利を掴んでいるのは私なのだから正しいのは私の方ではないかね?」

 

「言ったなテメェ……!」

 

「空気が最悪ですが、石がある以上はガチャを継続します!!」

 

 一歩引いたところで物の成り行きを見ているが、アーチャーとランサーはまさに犬猿と呼べる仲の悪さを見せていた。ただどちらも戦闘に関してはプロフェッショナルな部分を感じる。必要な時は割り切って戦えるだろう。そう思っている間に立香が聖晶石を捧げていた。それを見るとランサーもアーチャーも口論を止め、そしてシステム・フェイトのほうへと視線を移した。

 

「ま、この流れなんだ、最後に来るのはアイツだろうな」

 

「この状況で彼女が召喚されない理由がないからな」

 

 アーチャーとランサーはどうやら誰が召喚されるのか、大体予想がついているらしい。とはいえ、ロマニの話によれば立香とマシュは大聖杯の前でアーサー・ペンドラゴンと戦ったらしい。その事を考えると汚染されていない騎士王が召喚されるものだろう、と予想はつけるものだった。そう思っている間にシステム・フェイトの光は通常のものから七色の光へと変化した。それを見ながらロマニが驚愕の声を漏らした。

 

「この感触……最上級の霊基反応が来たぞ! 次のサーヴァントは期待できるぞ!」

 

 ロマニの言葉の直後、光が室内に満たされ、そして、その姿が出現した。

 

 白いジャージの下からでもしっかりと見える成熟した大人の女の体を持ち、白い帽子をかぶり、赤いマフラーを口元を隠すように巻いた、金髪の女の姿がそこには出現した。彼女は腕を組みながら、

 

「―――少々というかかなりというかだいぶ超フライング気味ですが、もはや増えに増えたセイバーというかついにはクラスを超えてアーチャーやランサーにまで増えてしまったアルトリア種許すまじ、というところ許してもらいましょう! えぇ、昨今の増えすぎたピクト人ですらビックリの奴らを銀河の闇へと葬る為に、今、コードネーム・ヒロインZとして召喚されました。よろしくおねがいします―――えぇ、アルトリアとかアーサーとか円卓とかと全く関係ない銀河の戦士で謎のヒロインZです。謎のヒロインZ……一体何者なんでしょうか……え? 私が一人目? じゃあこの後登場するアルトリア殺し放題じゃないですかヤッター!」

 

 言葉とともにヒロインZの帽子を貫通して伸びるアホ毛がピコピコと動いている。まるでそれ自体が意思を持っているかのようであった。そんな、召喚されてしまったヒロインZの登場に妖精が大爆笑している中で、

 

「―――あぁ、アーチャーがとてもじゃないけど人に見せられない顔をしてる……! しっかりしろ! しっかりするんだアーチャー!」

 

「おい、どうした、おい! しっかりしろアーチャー! アーチャー―――!」

 

 人理修復、これ無理かもしれないと心の底から思ってしまった。




 謎のヒロインZ……いったい誰上なんだ……。つまりはXに対して中の人を大きい方に入れ替えたアレ。アーチャーは死ぬ。精神的に。あとランサーは勝手に死ぬ。なおアーチャーは今後カルデアに増えるであろう家族の存在で追撃で死ぬ。そのためだけのアーチャー召喚であった。抑止力、グッジョブ。

 冬木最後まで描写してもどうせ「ゲームで確認しろ」で終わるので、同じところはサクサクカットして、こういう感じに変更入れて進めたい感じで。チート……? 最強……? ハーレム……?

 ウチは品切れだよ……。


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英霊 - 2

 カルデアにおける英霊召喚とその維持は実は面倒な事になっている。

 

 まず英霊召喚。

 

 システム・フェイトはリソースさえあれば英霊を何度でも召喚する事ができる。だがそれには英霊側の同意が必要である。つまりシステム・フェイトは触媒を使った強引な上位英霊の召喚なんて真似事はできず、マスター・藤丸立香と共に戦うことを認めたサーヴァントのみが召喚されるシステムとなっている。ある意味、地雷を弾くシステムとしては非常に優秀ではあるが、それは別の意味だと立香自身が()を結ばないとカルデアへと英霊を召喚する事ができないという意味でもある。

 

 そして英霊という存在はまともじゃない。

 

 アーチャーにしろ、ランサーにしろ、どちらも戦いの中で出会い、認められ、そして人理焼却を防ぐために力を貸すと決めたサーヴァントである。謎のヒロインZに関してはもはや存在自体が謎なので割愛するとして、どのサーヴァントも出会いに関しては()()()()となっている。そう、サーヴァントと縁を結ぶというのは楽ではない。こうやって戦いの中、極限の状況の中で漸く縁を結ぶ事ができる。そしてそうやって認められるからこそ、カルデアへと来てくれるのだ。

 

 カルデアでの英霊召喚とはそういうシステムになっている。

 

 だがその代わり、どんな英霊であろうとマスターが維持魔力を支払う必要はない。現在はレフ・ライノールの手によってカルデアの施設や発電所が多大な被害を受けて供給量が低下しているため制限が一部存在しているのは事実ではあるが、カルデアに召喚された英霊の維持は()()()()()()()()()()()風にシステムができている。カルデアから魔力の代わりに電力を使ってサーヴァントを維持し、そのうえで肉体を疑似的に受肉化させている。そうすることによって英霊を効率的に維持する事が可能となる。何よりマスターに維持の負担をさせないことはマスター側にリソースを残すという事で長期戦を可能にさせる。

 

 ―――その代わりに、カルデアでの召喚には一つ、デメリットが存在する。

 

 

 

 

 アーチャーが弓を構え、そしてそれを放ってきた。剣で切り払いながら一気にアーチャーへと向かって縮地で踏み込んだ。スキルの効果で音を置き去りにしながら踏み込む動きにアーチャーが反応して動こうとするが、その動きは遅く、舌打ちの様な音が聞こえた。素早く叩き込もうとする掌底にアーチャーが膝を合わせてガードし、双剣を滑り込ませてくる。だがそれは冬木で経験した彼の動きより遥かに遅く、対処は容易だった。

 

 あっさりと双剣を体で挟んで受け止めながらアーチャー・エミヤの首に手刀を突き付け、

 

「参った、降参だ―――まさかここまで霊基が低下するとはな」

 

「それがカルデアでの英霊召喚だ。少々不便ではあるが、どんな英霊を招く事もできるようにするにはこれしかなかった」

 

 カルデアでの英霊召喚、システム・フェイトの致命的欠陥とはそれだった。召喚される英霊の霊基が最低限のレベルまで低下してしまう事だった。それはある意味カルデアの自衛の為でもある―――召喚されたサーヴァントが強大すぎて、マスターの手に余る場合を想定した一種のセーフティだと言ってもいい。だがこの状況においては欠陥としか言えなかった。

 

「つってもそれを解消する方法があるんだろ?」

 

 シミュレーター室の壁に寄りかかっていたランサー、クー・フーリンがそう言ってくるのに頷く。無論、このままではないと。

 

「カルデアには低下しているサーヴァントの霊基を活性化させる道具をダ・ヴィンチが既に開発してある。種火という魔術道具で―――」

 

 ローブの中へと手を伸ばし、金色に輝く種火を取り出した。それをエミヤへと放り投げると、エミヤがそれを受け取り、握りしめた。エミヤに握られた種火が魔力へと還元され、エミヤの中へと吸収されてゆき、カルデアでの召喚という特殊な環境故に低下していたその霊基がわずかに活性化されて行く。ここにロマニがいれば、その上昇を実際の数値として確認できただろう。だが重要なのは使う事によって英霊の霊基を回復させられる事だ。

 

「ふむ……確かに力がみなぎるようだがこれは?」

 

「小型の魔力結晶を腕と呼ばれる魔術生物に与え、成長させる。すると腕の成長と共に結晶もコア化して成長する。最大まで育ったところで収穫したのがこれだ。成長概念が刻まれた魔力結晶。英霊ほど概念的な存在もないからな、これで霊基を回復させる事が出来る」

 

 成程な、とエミヤの呟きを聞き、でさ、とクー・フーリンが声を漏らした。

 

「その種火、使い方アレでいいのか?」

 

 クー・フーリンが指差すシミュレーション室の角、そこには積み上げられた種火の姿があり、その横には謎のヒロインZの姿があった。空っぽの茶碗の中に種火を箸で投げ入れると、そこからご飯を掻き込む様に運び込んで口で種火を食べ、

 

「―――種火うめぇ」

 

 幸せそうにそう呟き、種火を箸と茶碗で食べていた。それを今まで見て見ぬフリをしていたが、さすがにここまで来ると無視をするのも難しかった。というかツッコミどころが多すぎて無視するとかそういう次元にはなかった。

 

「アイツたしかイギリス人だろ。なんであんなに箸の使い方がうめぇんだよ」

 

「そもそも種火って物理的に食えるのかアレ」

 

「でも霊基反応向上してはいるんだよな」

 

『謎のヒロインZ……カルデアお笑い道場の新たな看板娘ね……!』

 

 妖精がげらげらと笑いながら影の中で楽しそうにしていた―――お前は楽しくない時が本当になさそうだよなぁ、とある意味うらやましくなる精神だった。そんな三人で謎のヒロインZを眺めていると、此方の視線に気づいた謎のヒロインZが首をかしげながら、

 

「おや、どうしたのですかアヴェランチャーさん。私の種火ですから食べちゃダメですよ?」

 

「名前を合体させるな」

 

「さんはいらない」

 

「つか食わねぇよ」

 

『たった数秒で三か所もツッコミどころを生んでるから実力派ね、彼女は』

 

 そういうのはいらないから、と思いつつも謎のヒロインZはまるで何事もないかのようにそのまま種火を食べ続ける。現在、カルデアの戦力はマシュ、自分、エミヤ、クー・フーリン、そして謎のヒロインZの5人のみとなっている。自分とマシュは種火を必要としない―――生きている人間の体を持っており、すでに霊基は最大の状態まで活性化されているからだ。

 

 となると必要な種火はエミヤ、クー・フーリンと謎のヒロインZの分だけだが、三人分の貯蓄であればカルデアにも余裕がある。これが十人を超えるようになればどこかで調達してくる必要はあるが、ダ・ヴィンチ工房でも種火の養殖は開始してる為、さほど問題はない。これでとりあえずだがカルデアのグランドオーダーに挑むサーヴァントの戦力は整ってきていると言えるだろう。

 

 少なくとも3人とも―――本来の霊基で戦えるようになれば、自分よりも遥かに有能である。寝食を必要とせず、電力で存在が賄える分、食料を圧迫しなくていいから。何よりも経験が違う。神話や伝承の中を駆け抜けてきた英雄としての一生分の経験がその中には詰まっているのだ。当たり前だが、強い。

 

 彼、彼女達は英霊の座に英雄として認められるに足るだけの偉業を達成した存在なのだから。

 

「しかし人類史の救済か……何度も聖杯戦争には参戦し、その道のプロフェッショナルという自負はあったが、まさかこんな事に手を貸す羽目になるとは思いもしなかったな」

 

「まぁ、普通はこうなるなんて思いもしねぇよ。つかお前と組むってこと自体初めてじゃねぇか?」

 

「……かもしれんな。正直、考えたこともなかった。だが貴様の腕は誰よりも私が良く知っている―――その槍の刺さらなさもな。因果律を超えて必中の筈なのに相手を殺せなくて恥ずかしくないのか貴様?」

 

「あ、テメェ、言っちゃいけねぇ事を! あのな、普通は刺さるんだよ! 普通は! なんでか刺さらない相手ばっかりなんだよ! だぁー! 次だ、次! レイシフトして特異点に行ったら俺の槍がちゃんと突き刺さる事を証明してやるから見てろよ?」

 

 エミヤとクー・フーリンはこの発言から解るように、聖杯戦争はこれが初めてではないらしく、そのうえ何度も戦ったことのある知古らしい―――エミヤのマテリアルを確認する限り、彼は神代等ではなく比較的現代に生まれた人間であるはずだ。それなのにこうやって真の英雄とも言える人物たちと知り合い、戦い、そして渡り合うことができた。

 

 己の実力で。己の覚悟で。

 

 正直、尊敬に値するだろう―――ただ謎のヒロインZの事に関してだけは正直、同情してもいい気がする。

 

「ふぅ……まぁ、それはいいとして我々のマスターはどうしたのだ?」

 

「藤丸なら勉強中だ。次の特異点特定まで数日の余裕があるらしいからな、ロマニの話によれば。だからその間に用兵術や戦術を勉強している」

 

 これから最前線で指揮し、サーヴァントを運用できるのは立香一人だけだ。つまり戦闘面での戦術に関しては彼が頼りになる。戦略に関してはロマニに任せればいいが、細かいところは立香が担当である以上、いつまでも素人でいてもらっては困る。それゆえ、戦術に詳しいスタッフに教育を任せ、立香は現在サーヴァントの運用方法を勉強中である。初めにエミヤ、クー・フーリン、そして謎のヒロインZの特徴を掴む所から始め、個人個人がどういう状況で力を発揮するか、なんてところの勉強だろう。

 

 正直、これができないとこの先、まったく戦えないだろうと思う。

 

 なにせサーヴァントという存在はカルデアの電力で維持されていても、その本質、主は立香なのであるのだから。カルデアに応えたのではない。()()()()()()()()()()()()()のだから。だから立香がマスターとしての最低限の知識と技能をつけてもらわないと困る。

 

 それを聞いたエミヤがふむ、と声を漏らした。

 

「なるほど―――なら私は食堂に邪魔させてもらおう。使命感を持たせるだけでは潰れかねないからな」

 

「んじゃ、俺はケツを蹴り上げてやるかね。ケルト式の戦術って奴を教えてやる事にするか」

 

 エミヤに対して対抗心を持っているのか、シミュレーター室から出てゆくエミヤの後を追いかけるようにクー・フーリンもシミュレーター室から出て行く。その姿を見て、自分も復旧作業中のセクターの手伝いに行くか、と思って立ち去ろうとしたところで、

 

「あぁ、そうでしたアヴェンジャー、少しいいでしょうか」

 

 げふぅ、と声を漏らしながら謎のヒロインZが食べる手を止めながら此方を呼び止めた。足を止め、振り返りながら謎のヒロインZへと視線を向けなおした。茶碗と箸を一時的に解放した謎のヒロインZが、此方へとマフラー帽子のジャージ、というどこからどう見ても英霊ではないスタイルで視線を向けている―――相変わらず極限まで怪しい。

 

『これが騎士王だっていうんだからブリテンの滅びも納得よね』

 

 そもそもあの騎士王アーサー、アーサー・ペンドラゴンがアルトリアという女性だったなんて事実、いったい誰が信じるだろうか。そんな真実、おそらくはこうやって召喚しない限りは絶対に判明しなかっただろう。

 

「これからの話はマスターに対してオフレコでよろしくおねがいします。色々と夢と希望と抑止力的なサムシングがあるんで」

 

「はぁ……」

 

 今一、という感じのこちらのリアクションを無視し、そのまま謎のヒロインZが話を進める。

 

「ここで良い子の夢を完全にデストロイする形で暴露しますが―――私の真名はアルトリア・ペンドラゴン。あの円卓の王です! 罰ゲームで無理やり王にされた挙句最期が残念だった人です。とりあえず次モードレッドを見たら廃嫡カリバーかなぁ、とか考えてます。あ、カリバーないわ。後でアーチャーに量産してもらいますか」

 

「あ、はい」

 

 アーチャー、死ぬんじゃないだろうか。

 

「あっと、話がズレてしまいましたね? まぁ、そんなわけで私は最上級の霊基を持ったアーサー・ペンドラゴンですが、ちょっと見ての通り正規のサーヴァントではありません。というか本来召喚されるべき、というか応えたセイバー・アルトリアの霊基をヒッキーのロクデナシの覗き魔のクズニートを利用して上書きする形で飛び込んできました」

 

「お、おう」

 

『アヴェンジャーに素でこのリアクションを取らせるから大物よね』

 

 まぁ、なんというか―あ、はい、とかお、おう、としか言葉が出てこないというか、どういうリアクションをとればいいのか今一解らないのだ。生物的に未知すぎるのだ、こいつは。せめて妖精の様に架空の幻覚であれば無視できたのだが。

 

「えぇ、まぁ、こうやって登場したのは私が登場する特異点が未だに解決されていない事と未焼却であるが故に記録を保持した状態であって縁をこれから結ぶ事があるので、それを応用しましてというか―――うん! まぁ、細かいことは銀河流星剣で流しましょう! ほら、バベジンも数式以外に関しては割と寛容ですしね」

 

『どこからツッコめばいいのかしらコレ』

 

 妖精でさえ呆れる発言の連続、その果てで、

 

「と、言う事でネタバレしますとアヴェンジャーこの先で死ぬってよ」

 

 過去かつてないフランクな死亡宣言であった。




 Xの系譜はネタにしかならないというかギャグ時空がシリアス時空に殴り込んできたぞ!! 妖精さんも本質はシリアス側だから戸惑うぞ! 強いぞ謎のヒロインZ! かっこいいぞ謎のヒロインZ!! 胸が大きいぞ謎のヒロインZ!

 金髪巨乳だからな!!


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英霊 - 3

 ―――まだ第一特異点の特定が終わらないらしい。

 

 エミヤ、クー・フーリン、アルト―――謎のヒロインZの霊基が最大の状態まで強化された。そのおかげで英霊戦力が向上しており、冬木のようにレフと相対しても今では割と正面から圧殺できるのではないか、と思える程度には向上している。それはともあれ、特異点への介入が行えるまでは基本、待機となっており、大量に時間が空いてしまう。では暇なのか? と言われるとそれは違う。現在のカルデアは非常事態であるのと同時に修復中である事もあり、カルデア施設の修復等が行えるのであれば、全員、休む暇もなく作業を続けているのが事実だ。

 

 ―――そんな己もカルデア修復に走り回っている。

 

 ヒマラヤ山脈の地下に存在する大工房であるカルデアはしかし、人数の低下と施設の破損に伴って施設の一部を閉鎖することで電力の確保を行う事を決定した。発電施設でさえ半壊している事態なのだからこれは仕方のないことであり、更に英霊の維持の事を考えると更に気を付けなくてはならなかった。だから電力供給、発電施設回りに関してはカルデアが最優先で修復しなくてはならない事であった。だがそれには明らかに人手が足りていない。

 

 そういうこともあってカルデアのメンテナンスができる自分も作業に参加していた。カルデアの施設を復旧させれば、それだけ休む余裕や、回せるリソースが増えてくる。そうすれば今は閉鎖している区画も開放し、回収に行けない装備や道具を回収する事もできる。()()()()()()()()()()()()()となる。

 

 光のない発電所の中で、壁の中を走る配線を確認する。

 

 シェイプシフターを義眼と繋げ、それで壁の中の配線をカメラ化させたシェイプシフターを通して確認しながら、もう一部を工具へと変形させ、そうやって修復作業を行ってゆく。普通の人間では複数の道具が必要だったり不可能だったりする作業も、己のような効率化された存在であれば、シェイプシフターの使用で非常に楽に作業を進める事ができる。最優先事項の一つである発電施設の修復、その作業を進めていると、

 

「すいませーん、アヴェンジャーさんはいませんかー?」

 

「ん?」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえてくる。闇の中、懐中電灯を片手に近づいてくる姿が見える。義眼の暗視を使って確認すれば、マシュと立香の主従が此方へと何かを持って近づいてくるのが見えた。片手でシェイプシフターを操作したまま、此方だと声を張って存在感をアピールする。すると懐中電灯が此方へと向けられ、二人が近づいてくる。

 

「あ、いたいた。食堂からおやつの差し入れだって」

 

『……あんぱんね!』

 

 別にあんぱんマニアだという訳ではないのだが……まぁ、今のカルデアには余裕がないはずなのにおやつを捻出してもらっているのだ、ありがたく受け取ろうと思いつつ、あんぱんを差し出してくる立香に少し待て、と言葉を継げる。シェイプシフターのカメラの先に切断されている配線が見える。手元の予備コードをシェイプシフターに運ばせ、切れた部分を融合させるように繋げる。

 

 直後、電気がスパークする。起動音が響く。発電機の修復はすでに完了していた。故にあとはそこから伸びる配線の修復が必要だったが、それも今完了した。それを証明するように天井に光が戻り、暗かった室内を明るく照らし始める。それと同時に施設に電力が供給されて行き、

 

『セクターD,Eに電力供給を確認しました』

 

「これで一先ず終わりだな」

 

 シェイプシフターを引き戻しながら腕輪に変形させて修復を終了する。まだまだやることは多いが、これ以上立香とマシュを待たせるわけにもいかないだろう。待たせた、と告げながらあんぱんをもらう。考えたり作業をするのに糖分を摂取するのは悪くはない。

 

「アヴェンジャーさんって凄いよな」

 

 あんぱんを食べ始めていると、立香がそんな事を此方を見て告げてきた。そんな感想を向けられるのは初めてなだけに、少々驚きながら、食べていたあんぱんから口を放しながらどこがだ、と返す。そうすると、

 

「いや、だってアヴェンジャーさんってほんと何でも出来てるし。冬木では警戒とか戦闘してたし、そのほかにも治療の知識とか戦術を考えることもできるし。それでカルデアに戻ってきたらカルデアの修復作業にまで参加しているし……アヴェンジャーさんに出来ない事ってあるの?」

 

 立香の言葉に頭を横に振る。

 

「俺は別に凄くとも何ともない。そもそもからして俺を凄いと思う事さえ間違っている。俺の全てが他人からの捧げもの、借り物だからな。俺自身由来のものなんてなに一つさえない。故に俺の事を凄いと思う必要はない。その賛辞はカルデアへと向けておけ」

 

 此方の言葉に立香が首をかしげるので、マシュが補足するように言葉を挟み込む。

 

「えっとですね、先輩。アヴェンジャーさんは人造的な英霊作成のテストモデルなんです。元々存在した人物に霊基を与える事で無名の英霊を生み出せないか、という実験の結果ですね」

 

 その言葉に頷きを返す。

 

「俺は英霊化実験に()()()()()()()()()()()()元人間だった。カルデアの使命を考えれば誰かが人間を超える戦力を必要とする。だから俺は志願する事にした。その結果。骨格や筋肉、神経を入れ替えて強化兵の真似事をしてから霊基を入れて、アヴェンジャーの霊基を手に入れる事に成功した―――その際に脳に直接、戦闘やこの先必要とされる知識の多くをインプリントさせて貰っている。故にこの知識や技術は俺のものではない。提供した人物のものを模倣しているだけだ」

 

 それに、あくまでもインプリントされた能力であり、模倣だ。

 

「本当の達人と呼べる様な領域へと近づくことはできないし、技術によって再現できるものが限界だ。センス、才能と呼ばれるそれが必要な領域には絶対に手が届かない。いいところスキルランクでいえばC、或いはBランクが限界だ。だから基本的にはスキルを4~5同時にエミュレートし、キメラさせて使用している……たとえば縮地で踏み込みながら気配遮断で相手の死角を奪い、自己改造で一時的に筋力を増強しながら射撃で確実に急所を打ち抜く、とかな。これで漸く本当に英霊と呼べるような連中と戦える」

 

 戦闘経験も確かに存在する。だがそれもどこかで戦っていた誰かの経験を詰め込んだものであって、0から10までこの体で自分自身由来の能力というものは存在しないのだ。当たり前と言ってしまえば当たり前だ。人間の技術や力では英霊には勝てないのだから。だけど立香は頭を横に振る。

 

「でも俺は違うと思うな。力を与えられたのは事実かもしれないけど、それを何に振るうか、どうやって振るうかを決めているのはアヴェンジャーさんなんでしょ? だとしたらやっぱり凄いのはアヴェンジャーさんだと思うよ。だって普通は自分から志願なんて出来ないし、そうやって与えられたもので真摯に人類史を救おうと考えられないし」

 

「……」

 

 立香の言葉が心に突き刺さった。改造とインプリントの部分は事実だが―――志願と動機に関しては完全な嘘だ。己という存在を証明したい虚栄心で戦っているのだということは、この少年にだけは絶対に伝えられなかった。笑みを浮かべる少年は、そして少女は一切人を疑うような視線を向けていなかった。彼、彼女は本気で俺が頼りになる味方だと心の底から思っているのだ。それを見て、罪悪感を感じる自分の心の、なんて醜いことだろうか。

 

 改めて理解する―――この二人だけは絶対何が何でも、守り抜かなくてはならないのだ、と。

 

 だが、それすらも―――。

 

 

 

 

「―――アヴェンジャー死ぬってよ!」

 

 謎のヒロインZの発言に硬直していると、謎のヒロインZがまぁ、待ってくださいよ、と声のトーンを割と真面目なものに変える。

 

「少しだけ真面目な話をしますとこの先の特異点で貴方は殺されます。そりゃあずっぷしと。心臓を一撃ですね、胸にぽっかり穴が開く感じ。そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 謎のヒロインZの言葉に今度こそ、完全に思考を停止させた。カルデアが全滅する―――ありえない話ではないが、自分一人が死んだところでそれが現実になるかどうかは怪しい。そもそもからして自分よりもはるかに強い英霊がいるのだから、自分一人消えた程度ではどうにもならない筈だ。この謎のヒロインZだって見た目と行動はふざけているが、その体に宿っている神秘は自分をはるかに凌駕している。

 

「あ、ちなみに他の英霊に頼っても無駄ですよ。一蹴されて全滅しましたし」

 

「……は?」

 

 謎のヒロインZが此方の胸に指を突き付けてきた。

 

()()が原因です。()()()()()()()()()()()()んですよ。具体的に誰が、と言うと呪われますしバレますし、霊基をフリーダム許可な感じのロールで突入しているんで割と今発言パルクール状態ですが、それでも越えられない一線はあるので強制的にご了承ください」

 

『あー……あー……あー……心当たりしかないわー……そうよねー。さすがに心臓ブッチするわよねー……バレたらそうなるわよねー……うーん……完全に私のせいよねー、これ。まぁ、いまさら逃げる事もできないんだけど』

 

 妖精が頭を抱えながら項垂れていた。そういえば心臓も何か、特殊なものと入れ替えていたのを思い出す。そのおかげかまるで疲れ知らずで動けることだけは認識しているのだが、それが何らかの原因なのだろうか? ただ謎のヒロインZはそれを伝えると、

 

「という訳でなるべく命を消費するのであれば()()()()()()()()使()()()()()()()()()。あ、これが案Aですね。たぶんエンカウントしなければ本気にならないだろうし。え? 最初から本気? え、どっかの金髪の様に慢心する事はない? クソゲーじゃないですかやだぁー!」

 

「何を言ってるんだお前は……」

 

「あ、ちなみに詰むって話は割とマジです。というかかなり霊基に引っ張られてこういう感じなのは許してください。謎のヒロインとしての本能がアルトリアを殺せって囁いてきているんです……こう、CoC的な流れで!」

 

「……」

 

 しばし無言で謎のヒロインZを眺めていると、少しだけ顔を赤らめられ、咳払いをされた。

 

「こほんこほん……まぁ、しかし態々死に急ぐ必要もありません。ですからちょっとした突破のヒントというか、攻略方法というか、攻略WIKIがないんで知恵袋から引っ張ってきました。というわけで―――」

 

 

 

 

「アヴェンジャーさん? ぼーっとしてましたけど大丈夫ですか?」

 

「ん……大丈夫だ。この後休憩を入れる予定だしな」

 

 苦笑を作りながらさて、と剥がした壁を元に戻す。これでまたカルデアがその機能を一つ取り戻す事ができた。確か復活した区画には武器保管庫が存在した筈だ。英霊はともかく、自分なら持ち込むことのできる武装や道具が増やせそうだ。軽く咳払いをしつつ、

 

「まぁ、俺のことは比較的にどうでもいい。それよりも問題はお前らだ。差し入れに来るのはいいんだが? そうするだけの余裕があるのか? お前らに?」

 

「うぐっ」

 

 立香がその言葉に苦しみの表情を浮かべて動きを止めた。その姿に軽くため息を吐きながらほら、早く勉強へと戻れ、と追い払う。

 

「差し入れは助かったがな、余り俺とは関わらない方がいい」

 

「ん? それは……なんで?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。お前が今感じる一分、一秒はとても貴重なもので、取り返しのつかないものだ。特に人類史の救済に挑むというのであれば、尚更だ。であればもっと有効に時間を使うがいい。エミヤか……或はクー・フーリンか。どちらも俺よりも遥かに優秀で力のある存在だ。もっと時間を過ごして仲良くなって、協力して貰うといい。きっとそれが最後の最後で道を開く力になるだろう」

 

 瞬間、脳裏にノイズが走る。その一瞬だけ、メガネをかけた白衣の男の姿を思い出した。返り血に濡れ、それでもなお戦場で患者へと手を伸ばそうとする、名前も思い出せない男の姿を思い出し―――即座にその姿が消えた。頭が痛い。だがその痛みを無視し、何でもないように振る舞う。自分は既に終わっている存在だ。深く関わっても後々、傷になるだけだ。だから、

 

「さ、行くといい。みんながお前が待っている」

 

 そこに、己だけは加わらないが。




 ガチャ丸くんのコミュ回みたいな何か。なお絆は0固定な模様。

 沙条愛誰の心臓なんだ……。まぁ、全知全能があればそりゃあ本気出すよね!

 イシュタ凛の追加ボイスを見る→特異点解消前は特異点クリア後の記憶がある

 アルトリア(セイバー)→冬木クリア済みで記憶を引き継げな
 槍トリア≠剣トリアなので同一人物の記憶は別枠
 槍トリアは特異点未解消なのでまだ記憶がある
 ギャラクシーにすれば多少ギャグっぽくて許されるんじゃね? とロクデナシの発案。槍トリア、ノリで承諾。

 そして生み出された強烈過ぎる謎のヒロインZというキャラクター。


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英霊 - 4

夢を見ている。

 

「―――■■■■、君は現代(いま)をどう思う?」

 

 マグカップを片手にテーブルに座っていると、そんなことをトワイスが話しかけていた。視線を彼のほうへと向ければ、中東にいるというのに変わることのない白衣と眼鏡姿の彼が見えた。不思議なことに、彼はなぜかそんな恰好をしていても暑くはないらしい。あいつは温度感覚ぶっ壊れているんじゃないか? と思っていても実際に汗一つ掻いていないのだから驚きだったのは前までのことだ。ここ、状況が悪化し続ける中東ではそんなことを気にしている余裕はない。泥水のように苦い液体を喉の中に流し込みながら、

 

「どう、思う? って言われても正直困る。もっと具体的な話を出せよ、具体的な」

 

「具体的、と言われても困るな。私はもっと世界という存在その大枠に関する君の意見を聞きたかっただけだからね」

 

 そりゃあ、もちろん、と言葉を置く。

 

()()の一言に尽きるだろうよ」

 

 本当にそれしか言葉が見つからない。

 

「母親は病気で死んで、親父は海外で戦争(ドンパチ)やってて帰らなくて、気づけばグレて飛び出して数年―――俺もいつの間にか紛争地帯にいたり馬鹿に引きずられて宗教巡りよ。クソでクソのようでクソでしかない。神様って奴は間違いなくいないな。いたとしたらとんだサディストだ。俺達は全員ヨブと同じだよ」

 

「ヨブ記……神にその信仰を試された男の話か。彼は最終的に神に対する信仰を証明して富を得る事に成功したが―――」

 

「―――俺達にはその富がない。神は祝福しない」

 

 そう、神は救わない。救ってくれない。それが真実の神である。

 

「資源は枯渇するだけ枯渇して行き、段々と衰退して行く……人類が味わうはずの繁栄が、その黄金期がやってこない」

 

 それがトワイスの主張だった。人類はずっと苦しんでいる。そして今も苦しんでいる。その反動が、最終的な祝福が来るべきである。だが俺の主張は違った。人間が苦しむのも、段々と世界が衰弱してゆくのも、それは当然の事であり、見えている事だ。何故なら、

 

()()()()()()()()()()()()。黄金期なんてないし、繁栄する事もない。ここが人類の最盛期でデッドエンド―――あとは衰退して文明を削って行くだけだよ。徐々に、徐々に積み上げてきたものを削って負債を払って行くのさ。そして最終的に積み上げたもんをすべて蹴り壊して終わるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()という話じゃないのか?」

 

「相変わらず君は悲観的だな」

 

「そこで折れずに未来を望むお前のほうに俺は驚きだよ。なんでお前はそこまで未来を信じていられるのか、俺にはまるで解らない。あの馬鹿でさえ気が付いたのに」

 

 宗教は都合がいいだけで、真に人間を救おうとする神なんていない。当然だ。神なんてものは人間が生み出した偶像でしかないのだから。そこに救いがあるわけがない。もしそこに救いがあるのであれば、それは()()()()()()()()()()()()だけだ。

 

「あぁ、なるほど……君と行動を共にして漸く納得したよ」

 

 君は、とトワイスが言葉を置いた。彼が此方へと向けるその視線は納得するような、憐れむような、しかし同時に対等に見る友人としての視線だった。だが彼は医者だ―――そしてそんな彼は誰よりも人を良く知る。だからこそ気づけたのだろう、自分という人間の根底にあり、その動かす理由がなんであるかを。

 

「―――人間も世界も全部、憎んでいるんだね」

 

目覚めた

 

『―――起きているかいアヴェンジャー? うん、その様子だと起きているようだね。次の特異点の割り出しが完了したから君とマシュと立香君をブリーフィングに呼び出そうとしていたところなんだ。君も此方へと来てくれるかな?』

 

「……拝承した」

 

 ロマニとの通信が切れた。そうして漸く、自分がベッドに腰掛けて休息していたことを認識する。どうやら、先ほどの内容を思い出すに、どうやら少しだけ、眠っていたらしい。そしてその間、自分はどうやら夢を見ていたらしい―――遠い、昔の夢を。中東、戦場、クソ不味いコーヒー、患者、逃げる。様々なキーワードが脳裏に浮かび上がり、そして消えて行く。それは自分の記憶として蘇った過去の出来事、その様子だった。どうやら自分は相当悲惨な家庭にあって、その結果グレて海外を渡り歩くようになったらしい。

 

 ただ、それだけではまだ動機が弱い様に感じる。

 

 きっと、何かがあったはずだ……そうなるに至った経歴が、理由が。それがまだ思い出せない。まだ記憶は多く欠けている。自分という存在を思い出すために必要な情報が致命的に欠けている。だがそれと引き換えに、まだ思い出せるものはあった。それは胸に焼け付くように焦がすような感覚だった。新鮮にも感じるその感情は間違いなく自分が抱いたことのない、アヴェンジャーとして明確に欠落する重要な感情だった。

 

『ねぇ』

 

 後ろから抱き付き、耳元に妖精(フェイ)が唇を寄せてきた。そして、囁くように、

 

『どうかしら……憎いという感情は』

 

 胸の内に湧き上がる、どうしようもない憎悪。世界が憎い。隣人が憎い。親が憎い―――己が憎い。その感情の感想は一つ、

 

「吐き気がする―――」

 

 それを心地よい、と思っている自分が。

 

 

 

 

 ブリーフィングの為に作戦室に到着すると、そこには既にロマニとダ・ヴィンチ、それに立香とマシュの姿があった。どうやら最後は自分だったらしい。感情や記憶はどうあれ、もう少し振り回されずに行動する事を心掛けなくてはならないな、と思いながら謝罪しつつ合流する。

 

「さて、これで全員揃ったしとりあえず軽い復習をするよ? ―――じゃあ初日眠っていた立香くん、カルデアの元々の目的と、現在の目的について説明してもらおうか」

 

「うげっ」

 

「先輩、ファイトですよ」

 

 マシュに発破を貰うと立香が軽く意気込むようによし、と言葉を置く。それじゃあ、と立香が言葉を置く。

 

「―――カルデアの本来の目的は人理の継続、その保証を未来を観測することによって確定させ、そして問題が発生した場合は国連の名の下にそれを解決する事である……けど現在、カルデアの外は完全に人理が焼却されてしまい、その原因は観測に成功した七つの特異点にあると思われる……だから俺と、マシュと、そしてアヴェンジャーさんの三人で特異点へと介入、そしてその特異点を調査・問題の解決を行う。現在カルデアの予想では聖杯が特異点の原因であり、回収を行えば特異点の解除が出来る……と……思われている!」

 

 最後はやや早口だったが、ダ・ヴィンチがうんうん、と頷いている。

 

「ちゃんと勉強してきたみたいだね。というわけで立香君の言葉は大体正しいよ。私たちはなんとか七つの特異点の観測に成功することができた―――だけどあくまでも観測だけだ。介入できるのは一番揺らぎの小さい特異点だけになる。つまりこれが次に君達に介入してもらうことになる特異点だ……と言っても舐めちゃだめだよ? 何せ人理の崩壊だ。つまりは()()()()()()()()()()()()()が発生しているという事なんだからね」

 

 ダ・ヴィンチのその言葉に立香がゴクリ、と唾を飲み込む音がした。そのリアクションにロマニは苦笑を漏らす。

 

「まぁ、ダヴィンチちゃんの脅しすぎ……という訳でもないけど、君が必要以上に恐れる必要はないよ。何せ、未来から来ているから看破される事のない英霊、一撃必殺で敵を倒せるケルトの大英雄、そしてもはやなんだおまえって言いたくなるような謎のヒロインがいるし、マシュやアヴェンジャーだって君を助けてくれるんだからね」

 

 ロマニがそう言った直後、作戦室の扉が開き、ドアの上部から逆様の状態で謎のヒロインZが顔を見せた。その体がドアの枠の外であるために姿がよく見えないのだが、完全にマフラーや帽子が重力に逆らって上へと向かって落ちている。アレ、一体なんだろうか、と思って全員で眺めていると、

 

「今、私の事を呼びました?」

 

「呼んでない」

 

「そうですか。次は無理やりギャラを奪うので気を付けてくださいね。ちなみに私はアーサー王じゃなければペンドラゴンでもないので、アルトリアとかいう絶世の美女でもありませんから、そっちの方には絶対反応しませんから。じゃあ、ちょっと今からリセマラしてくるんで。ガッチャですよ、ガッチャ! SSR出るまで繰り返すのは当然ですよね」

 

「英……霊……?」

 

「うん、そうだね。そうだったらいいなぁ……いや、ほんと……」

 

 ドアを逆様のまま、歩き去って行く謎のヒロインZの姿を全員で見送りながら、そんな言葉がいつの間にか漏れ出していた。いや、アレが本当に英霊かどうかは、自分が良く知っている―――少なくとも彼女は本気で人理を、未来を守ろうとしている。取り戻そうとしているのは理解している。そうでもなければ裏技で未来から過去へと召喚されようとしないだろう。

 

 ―――彼女は本気で此方を味方として、そして案じている。あのフリーダムさはその対価のようなものらしい。それを説明する必要は……ないだろう。

 

「うん、まぁ、大丈夫だよドクター。俺はどうしようもなく未熟だけど、その分ほかの皆がしっかりしているのは知っているし、きっと何とかなるよ。準備も何もかも足りない状況で冬木を突破できたんだ。次の特異点の規模が多少大きくても俺たちなら絶対に突破できるよ」

 

 無謀、或いは無茶。命知らずとも取れる発言だった。藤丸立香は本当の意味で時代を焼却するという規模の恐怖におそらくはまだ触れていない。本当の神秘を、深淵に眠る絶望に触れていないのだ。だからこそ気楽にその言葉が吐けるのかもしれない。だが同時に、そう言い切れるマスターではなければ、特異点に挑むことさえできない。

 

 使命感だけではサーヴァントはついてこない。

 

 勇気だけではサーヴァントは応えない。

 

 無理も、無茶も、無謀も、その全てを受け入れて先へと進もうとするその姿を導こうと、英霊たちは集うのだ。このどうしようもなく未熟で、自分たちがいないとダメな彼に、力を貸してやろうと思ってしまうのだろう。これから挑む絶対的な絶望に、僅かでも希望の光を与える為に。

 

 立香の言葉に小さく笑みを浮かべると、ロマニはさて、と声をこぼした。

 

「―――じゃあ、次の特異点の話をしようか」

 

 ロマニのその言葉に立香が口を閉ざした。

 

「ドクター、次の特異点の割り出しが終わっているんですよね?」

 

 マシュの言葉に頷きが返った。

 

「―――次の特異点は1431年のフランスだ。具体的な地域に関してはレイシフトを行わなきゃ解らないだろうけど、それだけは確実だよ。フランス、まず間違いなく激戦になるだろうと思う。冬木の荒れっぷりを考えればいろいろと準備をする必要もあるだろう」

 

「そういうわけでダ・ヴィンチ工房フル稼働中だ。我が英知を以て安心で安全な冒険用グッズを作成中だよ。明日、レイシフトするまでには完成させるから今日はもう休んでいなさい」

 

「明日……」

 

 ファーストオーダーからグランドオーダーへの変更。人類を滅ぼす七つの特異点は特定された。これから始まるのは未来への旅路ではなく、過去への模索、そして探究だ。何が人類を滅ぼすのか。

 

 それをこれから七度、探りに行くのだ。果たしてその先に待ち受けるものは何だろうか? 間違いなくそこに計り知れない絶望が待っているのは事実だった。人理の焼却をもくろみ、そしてそれをほぼ成功させてしまっている存在だ。明らかに人間―――英霊でさえ勝てるとは思えない。だがそれでも、カルデアには前に進むという選択肢しか存在しないのだ。

 

 2017年は存在しないのだから。

 

 このカルデアも無限に漂い続ける訳ではない。

 

 いずれここも消える―――死にたくなければ、己が誰であるのかを思い出したければ、殺して殺して殺して、そして勝利を重ねないと見つからないのだ。胸の内に装填されたこの憎悪が、簡単に死を求めることを拒否する。生きて憎悪をしろ、全てを憎悪をしろ、そしてひたすら頭の中に囁いてくるのだ。

 

 脳髄を犯すように。

 

『―――早く思い出すのよ、貴方を。そして私を』

 

 ずっと、何度も、何度も、何度も―――何度も。




 次回からオルレアン開始なのよー。学生時代で何かがあってどうやら171号君はグレたらしいですねー……。


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第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン
竜の土地 - 1


 浮遊感と全身の感覚の喪失。だけどそれはあの最初のレイシフトと比べればはるかに安定したもので、明確に移動しているという感覚があった。短いその感覚を抜ければ、やがて光が迎える、その終わりを。そうやって気づけば両足で大地に立っていた。鼻孔をわずかにくすぐる草と大地の匂い、晴れ渡る空、そしてどこまでも続いて行く地平線―――それは炎上汚染都市冬木とはまるで違う、平和な時代の風景だった。見える範囲には争いの風景さえ一切見れない、そんな草原の景色が目に映る。

 

「これが草原か―――」

 

 シミュレーション室で環境適応プログラムを受けたが、実際の本当の自然の中に立つのは記憶上、これが初めてだった。思い出した記憶の中では戦場と、そして学園での記憶しかない為、こうやって何もなく、そして大気汚染されていない正常な空気を吸い込む感覚は言葉としては表せないものだった。なんというか、体の中の隅々まで行き渡る様な感覚だった。

 

『―――まだ工業化等によって空気の汚染が始まる前の時代だから気持ちよく感じるのも当然よ。カルデアもなんだかんだで空調を使ってそこから空気を取り入れてるけど、現代である以上どこか汚染されているのが当然だし。ま、この先嫌というほど味わうし、今の内に飽きたらつまらないわよ?』

 

 それもそうだ、と息を吐き出してから空を見上げる。そこには光輪が存在していた。超巨大な光輪はまるでこの世界を覆うかのような巨大さを見せていた。さっそく、映像データを取ってそれをカルデアへと送り、解析を頼む。その間に立香とマシュを探して周囲へと視線を向け―――二人を見つける。

 

「無事レイシフトできたみたいだな」

 

「あ、はい。ステータスはオールグリーンです。私もマスターも無事です。今回はコフィンを使ったレイシフトなので当然といえば当然なのでしょうが」

 

「おっとと、レイシフトのあの感覚はなんか慣れないなぁ……」

 

「フォーウ!」

 

「あっ」

 

 装備と状態の確認を行っていると、フォウが足元から飛び出してマシュの肩の上へと乗った。どうやらマシュか立香のコフィンに紛れてレイシフトしていたらしい。

 

『ぐぬぬぬ、災厄の猫めぇ……』

 

 そう呟いて妖精がフォウを睨んでいると、フォウの視線が妖精へと向けられ、フォウフォウ、とまるで煽るように鳴いてからマシュの肩から飛び降り、そのまま妖精へと向かって走って近づいて行く。それを理解した妖精が即座に影の中へと飛び込んで完全に姿を隠し、消した。お前、そんなにフォウの存在が嫌なのか、と思いつつ軽くため息を吐く。

 

「時代は1431年フランス―――オルレアンの方か、これは。時期的にはちょうど百年戦争の休戦中の出来事だ。本物の戦場に飛び込む必要がなくなったのはラッキーだな」

 

「ん? 戦争に休みとかあるの?」

 

 その言葉にマシュが答える。

 

「ありますよ。ずっと戦えるという訳でもありませんからね。ですが最終的に100年続いたので100年戦争と呼ばれるに至っています。確か1431年と言えば―――」

 

「ジャンヌ・ダルクの処刑があったな」

 

「あ、それ知ってる。確か聖処女とか言われているオルレアン奪還の聖女だっけ」

 

 立香の言葉に頷く。オルレアン奪還の聖女ジャンヌ・ダルクは歴史的に有名な人物だから立香が知っていてもおかしくはない。その認知度は高く、現代でも広く知れ渡っているのだから。なので自分の脳内に入っている知識から、ジャンヌ・ダルクに関連する情報を引き出し、解りやすく説明する事にする。

 

「ジャンヌ・ダルクは元々はただの村娘ではあったが、ある時神の声を啓示として受けたと言われている。その結果彼女は女でありながら兵士となって外敵、イギリスと戦うための聖女となった。彼女が戦った戦場で彼女は勝利を捥ぎ取り、そして見事オルレアンの奪還を果たす事に成功した―――しかし、彼女の快進撃もそこまでだった。ジャンヌ・ダルクはオルレアンの奪還後は捕縛され、異端審問にかけられて火炙りの末に殺された。その間は何度も拷問と凌辱を受け、神への信仰を試されたと言われているが」

 

「彼女はそれを一度も疑う事はなかったんです」

 

 まるでヨブの話だ―――ただし、繁栄の約束は試練の前に先払いされた形ではあるが。しかしその話を聞いていた立香がやや泣きそうな表情をしている。その余韻を砕く様にしかし、と言葉を付け加える。

 

「ジャンヌ・ダルクに関しては諸説が色々とあってな、その中でも有名なのがジャンヌの()()()()()だ」

 

「……ルール破り?」

 

 その言葉に頷きを返す。

 

()()()()()()()()()()。何をしていい、何をしてはいけない。停戦協定でここまでは戦いを中断しよう、等とな。それは人道を守る為のルールであり、将兵の類はそれを徹底して叩き込まれている。ルールのない戦いなんぞただの殺戮だからな。だからフランスとイギリスの間の戦争にもルールや暗黙の了解と言えるものがあった―――だがジャンヌ・ダルクはただの村娘だった。無論、そんなものを知ることはなかった」

 

 つまりはそういう事だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というやつだ」

 

「えぇ……」

 

「そしてルール破り上等なら同じくルール破るわ、と言ったイギリスがジャンヌを殴り倒して終わった……或いはフランスも流石にこれはイカン、と言ってジャンヌを売ったなんて話もあるな。まぁ、魔術の存在しない通常の社会からすれば神の啓示を受けて快進撃を重ねることは不可能だとしか判断できないだろうから、そう考えるのも当たり前と言ってしまえば当たり前だ」

 

 だけど魔術の世界は違う。神は実在……する。

 

「だから()()()()()()()()()()()()()()可能性が非常に高い。まぁ、こればかりは本人に直接聞かなければ解らないだろう。常に平等に不平等な神がなぜフランスに、それもオルレアン奪還だけに肩入れしたのかも、な」

 

「あぁ、そうか……良く考えたら歴史に介入しているんだ、俺達」

 

『まぁ、特異点が解消されたら行った事は消え去っちゃうんだけどね。それでも歴史に隠された真実の片鱗は見れるかもしれない……特等席でね?』

 

 ロマニからの通信によりカルデアと完全に繋がった。ロマニがあーだこーだ、と薀蓄を披露している間、シェイプシフターを取り出して変形ルーティーンを通してみる。剣、槍、弓、ボウガンは問題なし―――しかし近代の銃火器へと変形させようとした途端、シェイプシフターが変形に応えなくなる。やはり1431年だと現代で利用している類の銃や爆弾は存在していない為、時代的なロックが存在して生み出せないらしい。

 

 これが英霊の生み出した概念的な装備品であれば話は別だが、持ち込みの装備だと時代背景に沿ったものではない限り無理らしい。となると射撃武装はボウガンや弓に限定されるのだろうか、これは。あまり原始的な銃の類を取り出しても結局は弓のほうが魔力の乗りがいい為、使う理由がなくなるのだ。

 

「さて、そろそろ活動を開始しよう。立香、サーヴァント達を召喚できないか?」

 

「あ、そうだったそうだった……皆、来て!」

 

 立香が令呪を輝かせると、カルデアで待機していたサーヴァント三人が、一斉に此方へと召喚されてきた。赤、青、そして白の三色の英霊が揃った。彼らはここに存在しているが、同時にコア、命ともいえる霊核は()()()()()()()()()()()()()()()()()。その為、立香が使役するサーヴァント達は敗北し、その首を絶たれてもカルデアで復活する―――少しの時間が必要で、即座に戦線復帰できるという訳でもない。しかし、それでも復活できるというメリットが存在する。

 

 それがカルデア式英霊使役術。

 

 本来の聖杯戦争であれば唾を吐かれて囲まれて殺されるような仕様だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが真実なのだろう。なんとも、まぁ、剣呑な話である。それはともかく、召喚された三人の英雄は軽く体を動かし、

 

「世界を救うための旅路か……まさかこの私がそんな事に手を貸すことになるとはな」

 

「ま、こんな機会が巡ってくるとはぁ誰も思っちゃいねぇよ。主義主張は置いて、今は全力で楽しむとするか」

 

「カルデアから離れたせいか私のソシャゲ用スマホ動かなくなったんですけど」

 

 エミヤとクー・フーリンの視線が謎のヒロインZへと向けられ、笑顔のまま謎のヒロインZが二人に中指を向けた。それを見ていたエミヤが両手で顔を覆った。それを慰めるようにクー・フーリンが背中を叩いている。エミヤのリアクションを見る限り、謎のヒロインZ―――ではなく、アルトリア・ペンドラゴンの方とは面識があったらしい。それがこんな……そう、こんな、としか表現のできない愉快な生物に変貌しているのだから、それはもうそんなリアクションしか取れないだろう。

 

「解りました解りました。もう少しシリアスにやればいいんでしょう? 仕方がありませんねぇ、エミヤくんちのシロウくんは。でっでーん、ロンゴミニアド二ー槍ー流ー!」

 

 両腕に赤と黒、一本ずつ謎のヒロインZが槍を取り出した。それを見たエミヤが待て、と声を置いた。

 

「なぜ二本」

 

「座で私から強奪してきたからに決まっているじゃないですか」

 

「つまり頑張れば俺も座にいる別の俺からボルク二本目を調達できるのか……?」

 

「正気に戻れクー・フーリン。アレはバグキャラにのみ許された裏技だ。貴様もアレと同じジャンルに落ちたいのか」

 

「悪ぃ、血迷うところだったわ」

 

「うーん、このフルボッコ具合。円卓を思い出します。ランスロットとモードレッドお前ら、絶対に許さないからな。カルデアでアニメを見て思いついたロンゴミニアドを使った新しい奥義をぶち込んでやるから覚悟しろよ―――なんか円卓の気配を感じますしこの国!!」

 

「いやぁ、ウチの英霊はフリーダムだなぁ……」

 

 おそらくフリーダムなのは約一名だけだと思うのだが。アレほど真面目だった空気はエミヤの胃痛と謎のヒロインZのカオスっぷりによって完全に粉々に砕かれ、どこか緩い空気が広がっていた。まぁ、緊張しすぎることよりははるかにマシである事を考えるとこれでも悪くはないのかもしれない。とはいえ、その内何かやらかしそうで謎のヒロインZは怖いという部分はある。

 

「はぁ……とりあえず最初は情報収集か」

 

「そうだな。定石を考えるのであればまずは人の集まるところを目指し、そこで何が起きているのかを聞き出すのが一番楽だろうな―――そら、そう言っている間に此方へと来る集団が見えたぞ」

 

 エミヤの言葉に言われた通りの方向へと視線を向けても何も見えない。おそらくは千里眼のスキルを発動させているのだろう。自分も義眼の千里眼モードへと移行し、遠くへと視線を向ける。そこには此方へと向かって進んでくる集団の姿が見えた。映像をカルデアへと合わせてリンクし、それを共有できるようにロマニから此方へと送ってもらう。ホロウィンドウがマシュや立香の前にもあらわれ、うへぇ、とクー・フーリンが声を漏らした。

 

「見た目からしてフランスの斥候部隊でしょうか? ここはコンタクトしてみるべきだと思いますが」

 

「うーん……まぁ、接触を恐れていてはどうしようもないか」

 

「では私たちは一時的に霊体化して隠れていますね」

 

「姿もバラバラで警戒させかねないからな」

 

 立香の判断に英霊たちが霊体になって姿を隠す。そうしている間に斥候部隊のほうへと視線を向ければ、徐々にだが近づいてくるその姿が裸眼にも見えてきた。接触する為にも歩いて、近づいてゆく。すでにダ・ヴィンチ制作万能翻訳ツールのおかげで普通に話しても、それぞれの言語に自動変換されて聞こえるようになっているため、コミュニケーション問題に関しては心配する必要はない。だから情報収集のために近づこうとした直後、

 

「ハロ―――」

 

「ヒッ、敵襲! 敵襲―――! どこからどう見ても怪しい連中だ! 怪しくないところが全く存在しないレベルで怪しい連中だぞ! しかもあの女はどう見てもイギリス人だぞ! 敵襲―――! どう見ても敵襲―――!」

 

「……」

 

 叫び声とともに十を超える斥候部隊のフランス人たちが剣を抜いた。その姿をマシュと立香との三人で無言のまま眺めていると、ロマニのホログラムが浮かび上がった。

 

『あぁ、うん……その……なんというか、ボクらのやっていることはファンタジー小説のようではあるけど一応はリアルでの出来事だしね? なんというか……情報収集用の服装、今度から用意しようかなぁ、と思うんだ』

 

 マシュ、イギリス顔に露出の多い鎧スーツ。

 

 立香、カルデア汎用制服礼装姿。

 

 自分、全身をすっぽりと隠すローブ姿。

 

 そりゃあ怪しすぎる。これで見逃すようなことがあれば無能と罵られるレベルだ。

 

 三人で視線を合わせ、心に誓う。

 

「―――着替え、用意しようか」




 1日1更新と言ったな。あれは嘘だ。

 常識的に考えるとお前らその格好でコミュまともに取れると思ってるの? って話。着替えから姿を隠すローブぐらい用意しようよぉ! まぁ、一部特異点はそんな必要ないけどさ。それはそれとしてフリーダム。


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竜の土地 - 2

「ひ、ひっ、ば、化け物だ……撤退だぁ―――!」

 

 そう声を零しながらフランスの斥候部隊は逃げて行った。控えめに表現して目に映らない速度で攻撃してくる人型のナニカ、そしてどんな攻撃であろうが受け止めるどころか武器を破壊しながら受け流す大盾使いの少女を見れば、化け物以外の表現も見つからないだろう。あまりの哀れさにそれこそエミヤを初めとする英霊達が参戦しなかったほどだ。まぁ、生身の人間相手に英霊を出すほど誰も鬼畜ではなかった、というだけの話だ。ともあれ、フランスの斥候部隊をそうやって追い返すことに成功した。

 

「うーん、化け物は失礼じゃないかなぁ……」

 

「いえ、まぁ、一般人から見れば隔絶した能力の持ち主ですし、私達は」

 

 だが立香のその感性は大事なものだ。普通、と呼べる感覚を消失しそうな中でそれを維持し続けるのは苦難だ。なにせ、すべてが終わった後で彼は再び日常に回帰しなくてはならないのだから。その時、その瞬間まで覚えていないとだめなのだ。だから、彼には生き残る義務がある。とはいえ、この程度で危険に陥る、なんてこともないだろう。大戦斧に変形させていたシェイプシフターを腕輪へと戻しながら視線を立香へと向ける。彼が現場指揮官である以上、決断は彼の仕事だ。自分が一々口を出していたのでは成長しない為、必要な時以外は軽く黙る事にする。

 

 それに最近は距離が近すぎるような気がする。引き離す意味でも少し、黙ったほうがいい。

 

 だから黙ってどう判断するかを待っていると、立香が声を出す。

 

「よし……あの人たちを追いかけよう。少なくとも撤退するって事は他の仲間が、合流する相手がいるって事……だよね? つまりは人のいる所に通じる筈だし……ドクター、そこらへんどうなの?」

 

『うん、正解だ。逃げた方角を調べると生体反応をそう遠くはない場所に感じる。たぶん位置的に砦があると思うよ』

 

「じゃあ決定で。そっちの方へ行こう。情報収集しなきゃいけないし」

 

「解りました。幸い、大慌てのようですし、追いかけるのは難しくはないでしょう」

 

「じゃあ……確か追跡とかアヴェンジャーさん出来たよね? お願い」

 

「拝承した―――だがさんはいらない」

 

 立香の横を抜けて先頭に立つと、簡単に後を追えることができる。そもそもロマニも方角を知っているので苦労することはないのだが、一応という形なのだろう。そういうこともあり、一切苦労する事無く逃亡した斥候部隊の後を追いかける。やや立香とマシュの雰囲気が明るい、というかやや能天気ともいえる状態なのが個人的に気がかりではあるが、そのまま先へと進むとやがて、地平線に浮かび上がってくる砦の姿が見える。

 

 ただ、その砦は一目で解るぐらいにはぼろぼろだった。近づけば近づく程のその損壊が目についてくる。

 

 それこそ、

 

「―――おかしいです。この時期は休戦協定が結ばれたことによって休戦中だったはずです。これではまるで戦時のようです」

 

 マシュの言葉の通りだった。目撃した砦はまるで戦場を今さっき経験したかのようにボロボロであり、今にも崩れそうな姿を見せていた。正直な話、あまり砦としての機能を果たせているとは言い辛い状態だった。何より砦の周りにはまるで萎えたかのように気力をなくしたフランス兵の姿が多数見えた。こちらが近づくのを見てもわずかに視線を向けるだけで、絶望したような視線を浮かべたまま、それを落とした。

 

 ここにいる兵士たちは、

 

『―――心が死んでいますね。兵士としての心が既に折れていて使い物になりません。見た感じ、圧倒的恐怖に負けた感じでしょうか』

 

 謎のヒロインZの言葉に立香が状況を理解する。適当な兵士に近づき、話しかけようとする。手に剣を握った兵士は立香を見て、奇妙がるが、しかしそれに対して明確なリアクションをとるほどの気力をもっておらず、めんどくさそうに剣を捨てた。

 

「……なんだ坊主」

 

「あ、いや。ぼ、ボンジュール! 俺たち旅の者でーす!」

 

「……おう」

 

「ごめん、心折れそう」

 

「ま、マスター!」

 

 サーヴァントに対して向けてたお前のコミュニケーション能力はどうした、と思いながら立香の代わりに前に出る。軽く膝を折って座り込んでいる兵士に視線を合わせる。

 

「失礼……我々は東のほうから来た旅の者で少々、フランスの情勢に疎いのだ。出来れば現在何が起きているのかを教えて欲しい。風のうわさでは国王が休戦協定を結んだ、と聞いていたのだが……」

 

「休戦協定? ないぞそんなもん……なにせ陛下は魔女に焼き殺されたからな! イギリスも魔女を恐れて既に撤退して終わっているさ……クソ、クソ……クソォ……ここは俺たちの故郷なのに……どうしろってんだよ……」

 

 そう言う兵士の声には明確な恐怖の色が芽生えていたのが解る。この魔女なる人物を心の底から恐れている―――おそらくそれがこの砦の陥落、そして絶望の正体なのだろうと理解する。しかし国王が死んでいる、となるとそれがこの荒廃の原因だろうか? イギリス軍が撤退している以上、砦をここまで破壊した()()()が存在する筈なのだ。

 

 きっと、それにぶつかったのだろうが、何て事を考えていると、ロマニからの通信が入ってくる。そして霊体化していたサーヴァント達が姿を見せる。おびえたような様子を兵士たちが見せるが、それを無視しながら自分も大戦斧を作って肩に担ぐ。

 

『魔力反応……これは骸骨兵(スケルトン)のものだ! とりあえず敵だと思っていいよ! こういうので味方って事はまずないからね!』

 

「―――まぁ、この程度で本気を出す英霊も、傷を負う英霊もおるまい」

 

 エミヤがそう言って弓を構えた。その動きを立香は見た。

 

「見るがいいマスター、これが英霊の力―――」

 

「―――はい、開幕ロンビームど―――ん! 死ねぇ……!」

 

 黒いビームと白いビームが両方いっぺんに発射され、地平を薙ぎ払った次の瞬間には爆炎と光を生み出しながら存在していたスケルトンをすべて塵すら残さずに蒸発させていた。それをやらかした謎のヒロインZ張本人は笑い声を響かせながら聖槍、ロンゴミニアドを両方とも大地に突き刺してポーズを決めていて。

 

「はーっはっはっは! どうだ! 見ましたか! これが自重しない英霊の実力ですよマスター! はーっはっはっは! 王様の仕事の一部はビーム打つことですからね! ただ仕事はそれだけじゃありませんからね? それはそれとして私はアルトリアとかいう罰ゲームやらされた王様じゃありませんから」

 

 そう言った謎のヒロインZを見て、エミヤが洋弓を捨てながら両手で頭を押さえながら蹲った。

 

「座に帰りたい」

 

「お、落ち着いてエミヤ! ほら、エミヤにはいろいろと助けられてるから! ほら、この間の差し入れとかすっごいおいしかったから!」

 

「俺解ったわ。こいついる限りシリアスな空気こねぇだろ」

 

 クー・フーリンの諦めたかのような、完全に悟ったかのような発言に、エミヤはその背に哀愁を漂わせるだけだった。なぜかアルトリア―――否、謎のヒロインZにはエミヤは強く出れないらしく、それが原因で注意とかがし辛いらしく、かなり謎のヒロインZの態度が野放しになっている。これは正直、マスターの領分だから自分からも言いづらい。だから放っておくとする。その代わりにフランス兵士へと視線を向けなおす。

 

「……見ての通りの者だが、我々はああいう怪物の敵対者だ―――もし、この事態に関する情報があるのであればぜひとも提供を欲しい。我々の第一目標はこのフランスの正常化なのだ」

 

「う、ぐっ」

 

 話術、印象操作、トリック等を使って半分催眠術に近い手法で話しかける。というかここまでやらないと言葉が引き出せない―――謎のヒロインZビームが印象的に強すぎるのだ。その証拠に、この兵士以外の兵士は全員すでに砦の中へと逃げ込むように走り入って行った。誰でもそうするだろう、普通は。たぶんこの男だけは腰が抜けて動けなかったのだろうと思う。無理もない。

 

 目の前でビームを放つ女を見たら誰だってそうなる。

 

「あっ、ぐ、その……数日前にジャンヌ・ダルクが処刑されて、()()()()として蘇ってフランスを襲ってるんだ! 今の骨連中だったら俺たちでもどうにかなるさ! だけどな、問題はあんなのじゃなくて―――」

 

 兵士がそこまでしゃべったところで、空に響く咆哮が聞こえた。同時に、ロマニの声がする。

 

『巨大な魔力反応検出! おいおい、骸骨兵なんかとは比べ物にならないぞこれは……! 警戒するんだ!』

 

 ロマニの言葉とともにマシュが立香を守るように動き、言葉もなく誰もが息を飲んで武器を握りなおした。その中で、バサ、バサ、と音を立てながら空を覆う黒点が見えてきた。眩い光の中、徐々に近づいてくるその黒点は巨大化して行き、またその数も決して一体だけではないことを証明した。まるで蜥蜴のような体躯に腕と一体化した翼の姿は子供でさえ良く知る、幻想生物だった。

 

「―――ワイバーン」

 

 立香の声がその生物の存在を肯定した。それはワイバーン、ドラゴンには届かないが幻想生物の頂点にある存在の一つだった。剣を通さない鱗、矢を弾く翼、そして人の体をあっさりと千切るその顎の強さ。あらゆる面において人間を凌駕する力を持った生物だった。だが同時に、納得できた。これだ―――これが今、この国を荒廃させている存在なのだ。

 

 確かに、こんなものが国を襲えばあっさりと全滅するだろう。

 

「まさか十五世紀フランスにワイバーンが出るとか教科書で習ったことないんだけどなぁ……」

 

「マスター、違いますから、これ正しくありませんから! というか早く指示をください!」

 

「あぁ、そうだったね……冬木で色々と見て。もう驚くものはないと思ったんだけどなぁ……」

 

 立香の言葉は解らなくもない。ただ、ワイバーンが出現するなんてこと、いったい誰が想像できたのだろうか。良くてもスケルトン程度、手ごまにワイバーンの群れなんて誰も想定していない―――とはいえ、こちらは英霊の集団だ。この集団の中で、

 

 ―――一人として、ワイバーン()()()を恐れる存在はいない。

 

 直後、一本の矢が空間を貫いた。

 

 それは歪な剣を無理やり矢の形へと変形させたような形状の矢だった。だがそれを放った弓手は寸分の狂いもなくそれを数キロ先のワイバーンの口の中へと差し込み、

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「ヒュー、やるねぇ」

 

 ワイバーンを内側から爆散させた。それで手を止めることもなくそのまま次の矢を一瞬で制作し、そのまま弓に番えた―――あの時、冬木で戦ったときは本当にどうしようもない敵だった。だがそんな彼が今、こうやってこちらへと味方として力を貸してくれる光景は実に心頼もしい事だった。それは何よりも、相対した自分がよく知る事実だった。

 

「さて、私もいい加減家政夫のサーヴァントと勘違いされたくはないからね。弓兵としての働きをマスターに披露させて貰おうか―――というわけでステイ、ステイだそこの理想を投げ捨て去ったような感じの空気を吸っている元騎士王。貴様が手を出すと辺りが焦土になるだろうが!」

 

「ぶーぶー! 横暴です! マスター、このムッツリに言ってやってくださいよ。なんか、こう、いい感じに古傷をえぐる感じの一言」

 

「お前、どっからか変な影響受けて畜生化してねぇか?」

 

 茶番を繰り広げながらも再び矢が放たれた―――今度は三矢。空中を弾丸のように射出されて飛ぶそれは一瞬でワイバーンの群れの先陣へと到達し、そこで弾けながら一気に数匹の姿を食い破った。その圧倒的リーチと狙撃の精密さはまさに弓兵であるアーチャーのクラスにのみ許された特権であった。とはいえ、あまりにも多勢に無勢、目視できる範囲でも40羽近く存在しているように見える。エミヤ一人でそのすべてを処理するのはさすがに無理だろう。となると接近してきたところで一気に乱戦に持ち込み、潰すのが得策か。

 

 立香へと視線を向ければ頷きが来る。

 

「皆―――」

 

「―――何をやっているのですか! 兵達は即座に頭から水を被りなさい! それで多少は火の息にも耐えられます! そのまま蹲っていれば蹂躙されるのみ。今こそ立ち上がりなさい!」

 

 立香の言葉を上書きするように、聞いたことのない女の声が響いた。新たに登場した女は砦の前にいた。大きく風になびく白い旗を手にした、金髪を編んだ女の姿であり―――彼女からは明確にサーヴァントとしての霊基、神秘、魔力の気配を感じた。

 

 その姿を前に、

 

 ワイバーン達との最初の戦闘が始まった。




 やらかしに定評のある王様。お前、1話に1回は絶対なんかしてるよな。というわけで金髪巨乳率が増えるよ、やったね。


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竜の土地 - 3

 大戦斧を回転させながら飛び上がり、正面に見えたワイバーンの頭に刃をめり込ませる。一撃で絶命するワイバーンの頭を鞘代わりに大戦斧を変形させ、その姿を刀へと変える。そのままそこから射出するように素早く刀を加速させながら振るい、屠った隙をうかがっていたワイバーンの首を二つ切り落とす。そのまま走り抜けながら素早く刀をエーテライトワイヤーへと変形、素早くそれを広げながら振るい、飛行するワイバーンの背中へと飛び移る。

 

「死ねぇ……!」

 

 回転するように滑り落ちれば、広げたエーテライトの網が一気に足場に使ったワイバーンを起点に締り、そして締め上げる。ワイバーン数体を巻き込んだワイヤーは首を締め上げたところで動きを止めることなく、神秘に対する特攻機能を果たしながらあっさりと鱗を貫通して食いこみ、

 

 ブレスを吐かせる事もなくその首を一気に切断した。

 

「ほーれ、次行くぞ!」

 

 声が聞こえた。振り返れば凄まじい速度で飛行するワイバーンの背中に立ったランサーが視線を向けることもなく朱槍を通すように心臓に突き刺し、一切動きを止める事もなく、滑らかな動きで通り過ぎながら次のワイバーンへと跳躍し、その横を抜ける、あるいは足場にする度にあっさりと一撃で屠っていた。影の国の女王スカサハから学んだ影の国の技の数々、そして鍛え上げられた戦士としての技能、それはもはや一つ一つの動きが魔技として昇華されている領域にあり、現代の生きている人間では決して真似のできない領域にある。

 

 それは才能だけでは決して届かない領域。天性とも呼べる才能の中でも選りすぐりの者に最高の師を与え、そして過酷な環境と人生を与え、そして腐ることなくその一生を戦いで彩って、それで漸く到達できる領域にあった。人間が、現代の人間がこれに勝利する? 夢物語もいい事だ。人類の英知を合わせ、徹底した経験と技術のインストールを行っても、この鍛え上げられた神話の武威に届く訳がない。

 

 もしそれに届く、或いは倒せるような存在が現代にいるのであれば、そいつは恐ろしく生まれから真っ当じゃないだろう。

 

 しかし―――この場では頼りになる味方だ。

 

 エミヤも、謎のヒロインZも、クー・フーリンもその名を神話に残した英雄である―――たとえサーヴァントという形で召喚されているが故に弱体化していようとも、本人が保有していた技術や経験までは腐らない。エミヤが矢を放てばワイバーンを貫通して三体まとめて落ちる。クー・フーリンが跳躍し、槍を振るえばまるで糸を失った人形のようにワイバーンが落ちる。そして謎のヒロインZの槍は神秘の塊、格が違う。槍に触れた瞬間から蒸発するようにワイバーンの姿が消し飛ぶ。

 

 人間がワイバーンを蹂躙している。

 

 その光景をフランス兵達がまるで夢のように眺めており、

 

 ―――四十を超えるワイバーンの群れはたったの一匹とて、砦に到着する事もなく蹂躙して消滅した。

 

 残されたのは大量のワイバーンの死骸だった。

 

「……戦闘終了、お疲れ様です皆さん。死傷者0、完璧な戦闘でした」

 

「英霊である以上これぐらいは当然だ。聖杯に選ばれた英雄がよもやワイバーン程度に手古摺る訳がなかろう?」

 

「かぁー、良く言うぜこいつ」

 

「いやぁ、ヘラクレスにワンパンで瀕死になってたモヤシが良くぞここまで進化しましたね……もしかして、通信交換ですか? 通信で進化しました?」

 

「ヘラクレス相手なら英霊だろうとそうなるわ! というか貴様はどれだけ俗世に染まってるんだ」

 

 口は軽く、動きも力が入りすぎていない―――だが警戒は怠っていない。意識はまっすぐ、突如として出現した金髪の旗持ちのサーヴァントへと向けられている。戦闘中フランス兵を鼓舞した彼女は後方から兵を叱咤し、此方の邪魔にならないように兵を動かし、被害を最小限に食い止めた。その動きは実に見事だが―――所属不明のサーヴァントだ、警戒は抜けない。

 

 だが何かをなす前に。

 

「―――ジャンヌ・ダルク!! 竜の魔女だ!!」

 

 フランス兵がそう叫び、直後、逃げ出した。ワイバーンが死に絶えた事でようやく恐怖から解放されたのか、今まで指揮されていた事を忘れて、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出し、砦の中へと走りこんでいった。それはどこか、哀れにも見える光景であり、ジャンヌ・ダルクと呼ばれたサーヴァントはどこか、悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「君は……ジャンヌ・ダルク?」

 

 立香の言葉にジャンヌが頷いた。

 

「はい、私はジャンヌ・ダルク。此度はルーラーのクラスで現界を果たしたサーヴァントです……ですが―――ここで話すのは彼らにも辛いでしょう。場所を移しましょう」

 

 エミヤの視線がこちらへと向けられた。警戒はしておけ、という意味が込められているのを察し、霊体化する英霊達を見送りながら歩き出す立香やマシュを追いかける。ルーラーという特殊クラスに現界したジャンヌ・ダルクを加え、

 

 南へと向かって移動を開始する。

 

 

 

 

「―――これぐらい移動すればいいでしょう」

 

 砦から移動してしばらく、森近くで一旦足を止める。道中、多少の幻想生物、ジャンヌが魔性と呼ぶ、原生の生物が出現したが、英霊に匹敵するような存在はなく、あっさりと撃退することに成功した。段々とだが空は暗くなり始めており、そろそろ野営地の確保も必要だった。今日はここで野営をするか、とジャンヌのほうへと視線を向けながら移動の計画を立てる。

 

「それで……改めて聞くけど君がジャンヌ・ダルクでいいんだよね?」

 

「はい、私がジャンヌですが……少し前に現界されたばかりで、竜の魔女と呼ばれているジャンヌ・ダルクとは別人です」

 

「―――嘘は言っていません(≪直感:真偽看破≫)ね。少なくとも本人はそう信じています」

 

 謎のヒロインZが腕を組みながらそう言うとそのまま霊体化して姿を消した。予想以上に便利な奴だと思いながらもややあっけにとられているジャンヌに先をどうぞ、と立香が言葉を進めてくる。あ、では、とどこか腰を低くしながらジャンヌが言葉を続ける。

 

「フランスは現在シャルル7世が竜の魔女と呼ばれるジャンヌ・ダルクによって殺害されたことによって酷く荒廃しています。彼女は大量の竜を召喚し、そして使役すると嬲る様にこのフランスを蹂躙しています。この状況でイギリスが乗り込んでくるのかと思いましたがもはやそういう領域を超えていると……現在オルレアンを占拠し、それを拠点に活動しているとだけは解っています―――私は彼女を止めなくてはいけません」

 

 ジャンヌの言葉にロマニの通信が割り込む。

 

『話の途中ちょっと失礼……カルデアの記録にもかつて同一の英霊が聖杯戦争で同時に召喚されたというケースは確認されているよ。非常に珍しいケースなんだけどね。だけどそれとは別にジャンヌ・ダルクがまるで復讐するかのようにフランスを襲うというのもある程度は納得できるものがある』

 

「それは―――」

 

「―――オルタ化、であろう?」

 

 ロマニの言葉を引き継ぐようにエミヤが出現した。

 

「私が経験した……或いは記憶している冬木の聖杯戦争でも発生したことのある出来事だ。英霊のアライメントの反転現象とも言える事だ。或いは暗黒面の拡大化、ともな。そら、貴様はその道のプロフェッショナルであろう?」

 

「は? 何を言っているかちょっと解らないですねぇ……私はオルタ化のプロフェッショナルならぬ騎士王とは全く違う生物ですし。それはそれとして、歴戦の超一級ギャラクティックでユニバースな英霊の話をさせてもらいますが、割と真面目に何考えてんだこいつ? ってレベルでぶっ飛ぶ場合があるのでオルタ化には注意しましょうね。いや、マジで。アレって結局はマスコミが報道したい所のみを報道するのと同じ原理ですから。誰だ我が王は貧乳だけをピックアップした存在とか言ってるのは。ぶち殺すぞランスロット」

 

「名指しはやめたまえ」

 

 相変わらずエンジンを吹っ飛ばすような勢いの謎のヒロインZをエミヤが窘める。その光景や発言を良く理解できていないのか、ジャンヌが頭の上にハテナを浮かべて首をかしげる。なので立香がえー、と声を零す。

 

「ジャンヌさんはさ、フランスを憎いと思った事ある?」

 

「いえ、そんな事はありません!」

 

 うん、だろうね、と立香は頷いた。だけどきっと、と言葉を付け加えた。

 

「ジャンヌさんのどこかにきっとほんの少し、99.9%の善意の中に0.1%の恨みがあったかもしれない。それだけを抽出されたのがジャンヌ・ダルク・オルタ……って存在だって言いたいんじゃないかな、アルトリアさんは」

 

「はい、そこ。私はアルトリアとかいう美少女じゃないんで注意してください」

 

 笑顔でそう言う謎のヒロインZに対していやいや、とクー・フーリンが声をこぼしながら苦笑し、呟く。

 

「お前美少女って年齢じゃねぇだろうがはぁっ―――」

 

 問答無用でロンゴミニアドのスイングがクー・フーリンを捉えた。そのまま大地を転がり、クー・フーリンの動きが完全に停止した。そしてそこに追撃するようにもう一本のロンゴミニアドが投擲され、クー・フーリンが死んだ。光の粉へと変形しながらカルデアへとクー・フーリンが帰還されて行く。その光景を全員で無言のまま眺めてから、謎のヒロインZが口を開く。

 

「ランサー……敵の高度な罠に引っかかってしまって……」

 

「カルデアで召喚された英霊が復活可能なシステムじゃなかったらお前許されてないからな」

 

「というか追撃の投擲は確実に殺すつもりで投げていませんでしたかアレ……?」

 

『ボクが言うのもアレだけど緊張感ないよね。一応これでも人理を救いに来ているのに』

 

 ロマニでさえどこか呆れるような空気を持っているが、ジャンヌは目の前の光景が理解できずにどこかわたわたしている。先ほどまでは悲愴な雰囲気が張りつめていたが、それを一瞬で謎のヒロインZが粉々に砕いた―――エミヤも謎のヒロインZに怒っているようには見えるが、本気ではないのが見える。謎のヒロインZの今の動きもかなりわざとらしさを感じたし、ランサーの犠牲は忘れるとして、空気を軽く変える為に一芝居打ったのだろうか。

 

 ランサーの犠牲は忘れるとして。

 

『まさか世界救済の旅がギャグ満載になるとは思わなかったわ。録画したーい! 凄く録画したーい! で、全部終わって冷静になった王様に見せたい』

 

 やはり一番の畜生っぷりはこの妖精が見せている気がする―――ともあれ、

 

「あれこれ悩んだところで今、一番必要なのは情報収集だろう。ジャンヌ・ダルクは竜の魔女を止めたい。我々カルデアはフランスを元の形へと戻したい。互いに望みは一致している。ここは個別に動くよりも一緒に動いたほうが得だと思うが……?」

 

 視線を立香へと向ける。最終的な判断は彼のものであり、立香は頷き、手を伸ばした。

 

「―――ジャンヌさんみたいな人と協力ができれば物凄く心強いと思う。一緒にフランスの問題を解決できないかな」

 

 立香の言葉にジャンヌが僅かに頬を赤らめながら咳払いをし、立香の手を握り返す。

 

「私のようなサーヴァントでよければ。共にこの国を救いましょう、マスター」

 

 横にいるマシュが少しだけ、不服そうな表情を浮かべている―――たぶん、本人でもその感情が理解できないのだろう。ジャンヌとの握手が終わったところで即座に飛びつくように話しかける姿が見える。まるで子犬の様な少女だと思い、軽くため息を吐く。

 

「アレは将来苦労しそうだな……いや、この先で苦労するな」

 

「フォフォーウ……」

 

 足元を見れば納得するような声で鳴いたフォウの姿が見えた。なるほど、お前もそう思うか、と立香とマシュを眺めながら見ていると背後から英霊組の会話が聞こえてくる。

 

「おや? どうしたんですかアーチャー? ん? なんかまるで思い出したくない過去を思い出すかのような表情を浮かべてしまって。あ、そういえば可愛い子は好きだとかどっかで言ってませんでしたっけねぇ、貴方」

 

「やめろ……やめるんだ謎のヒロインZよ……何と言ったってカルデアへと来てから私の心は擦り傷だらけの硝子だからな……。おかしい……私は今度こそ理想の職場(アヴァロン)を得たと思っていたのに……」

 

「アヴァロンならもう返却したでしょうに」

 

「上手い事を言ったつもりか貴様……!」

 

 英霊組の会話から意識を外し、溜息を吐く。野営準備は自分で進めておこう。そう思いながらも、

 

『これから先、特異点の旅はドンドンにぎやかになりそうねぇー?』

 

 その未来が容易に想像できた。そう思いながら、夜を越すための野営の準備を始めた。




 ジャンヌ合流。なお比較的アルトリアっぽくないのでスレイ=センサーには引っかからず。

 そしてランサーデスカウントその1。これからデスカウントをよろしく!


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竜の土地 - 4

「―――まぁ、こんなものか」

 

 磨き上げていた竜の骨を見る。矢に加工されたそれは通常の木材等では再現できない量の神秘を保有していた。名付けるとして、竜骨の矢とでも呼ぶだろう。砦から離れる前に回収したワイバーンの分、そして夜中、立香とマシュが睡眠中の間に殺して回収したワイバーンの骨はこれで全て加工が完了した。横を見れば作業に参加してくれていたエミヤも作業を終わらせており、その対面側には短刀で竜骨の矢にルーン文字を刻む、カルデア帰りのクー・フーリンが見える。霊核がカルデアにあるからすぐさま復活できるという訳ではなく、ある程度、それこそ数時間という時間を必要とする。

 

 逆に言えば数時間で霊体を崩した英霊を再生できるカルデアのシステムが恐ろしいとも言えるのだが。ともあれ、おかげで矢に加工するだけの筈が、一級品の魔術礼装と化した。改めてクー・フーリンとエミヤへと向けて、頭を下げる。今は謎のヒロインZとジャンヌが警戒で周囲を見ているので、この場には二人がいない。

 

「すまない、助かった」

 

「どうせ夜は俺ら眠れねぇしな。気にする必要はねぇよ。警戒するついでに暇を潰せるからな」

 

「戦略的に有用な道具だ、手間を惜しむのは間違いだろう? ……しかし同属相殺か、面白い概念をアヴェンジャーという存在は保有しているのだな」

 

 エミヤの言葉にそれは、と置く。

 

「俺が純粋な意味でアヴェンジャーなのが理由だろう。言葉にしなくても大体解るだろう? 俺が()()()()()()か。アヴェンジャーという霊基しか存在せず、真名に値するものがない。故に純粋なアヴェンジャーだ、俺は。故に痛みには痛みを。基本だろう? やられたらやり返すのも」

 

「故に同じものをぶつける事で殺しあえる、という事か。なるほど。確かにそれならば大量のワイバーンを討伐するのにこれ以上便利な武器もないだろう。一匹の死骸から数十匹を殺すだけの材料を生み出せるのだから」

 

 コクリ、と頷く。同情も見下しもせず、何も言わずに話を流してくれた二人の存在はありがたかった。下手に反応されて、あまり関係を拗らせたくはない―――故に英霊相手にはある程度、隠すことはしない。おそらくそんなことはなくても勝手に察するだろう。だが立香とマシュは駄目だ。あの二人はまだ心が子供だ。おそらくカルデアに対して不信を抱いてしまうだろう。そうすればまともに戦えるかどうか解らない。だから、

 

『―――黙っておくのね? ふふ、優しい優しい復讐者様』

 

 後ろ、抱き着いてくる妖精の暖かさを感じながらも、それを無視し、作業を終わらせた矢を束ねて矢筒の中にしまう。これ一本でワイバーンを相殺、つまりはトレードで殺せる。英霊のような神秘の塊になれば話は違うが、ワイバーンのような自分よりも格下の存在であればそれぐらいの理不尽は通るだろう。ともあれ、これで竜骨の矢は完成された。属性は竜と骨、つまりワイバーンだけではなくスケルトンにも通じる。

 

 ぶっちゃけた話、自分はこれなしでも十分ワイバーンを殺せる。ただ備えあれば憂いなし、とも言う。強力な神秘を宿した相手がいた場合、用意しておいた方が何事もはるかに便利だったりする。何より、最悪の場合はマスターが―――つまりは立香が使う事もできる。

 

 この通り、道具はあるだけ便利だ。それだけとれる選択肢が増えるのだから。そしてそれを作るのが自分の仕事だと思っている。そう判断し、しまいながら次の作業へと入ろうとすれば、近づいてくる気配を感じ取る。気配の方角へと視線を向ければ、林を抜けて謎のヒロインZとジャンヌが見せてくる。静かに警戒を解除しながら、戻ってきた二人に頭を下げる。

 

「ただいま戻りました。多少の魔性と接敵する事はありましたが、殲滅してそれで終わりです」

 

「それ以外には特になにもありませんでしたね。いやぁ、いつになったらロンゴミニアドぶっ放せるんですかね」

 

「一生撃つ機会がない事を祈ってる。切実に」

 

「えー……」

 

 心底残念そうな表情を浮かべた謎のヒロインZを無視しながら、空を見上げる。もう夜を抜けて朝日が昇り始めている。時期にワイバーン達も活動する時間になってくるだろう。それを察してかエミヤが簡易的な調理セットを投影で取り出し、それで立香たちの朝食を作り始める。旅のための準備を刻々と進めていると、やがてエミヤの作る朝食の匂いに誘われてかマシュが、そして立香が目覚める。

 

「あいててて……首がちょっと痛いなぁ……」

 

「はっはっは、まぁ、坊主はどう見てもサバイバルに慣れてるってツラじゃねぇからな。繰り返してりゃあそのうち慣れらぁな」

 

 首を抑えて回す姿をクー・フーリンが見て笑い、エミヤがボウルの中に作り立てのスープを注ぐ。

 

「さ、一日の元気は栄養のある朝食から始まる。マシュもマスターもアヴェンジャーもしっかりと食べ、今日を戦い抜く力をつけるといい―――ところでアサシン、君の持っているその空の鍋はなにかな?」

 

「もちろん私の朝食じゃないですかやだー」

 

 謎のヒロインZ、朝食の場から見事蹴りだされる。そんな光景を見てジャンヌは口元を隠しながら笑い声を零し、マシュも立香も堪え切れずに笑い声を零していた。空気は悪くなかった。あとはこの状態で今日はどこまで進めるか、というだけの話だった。

 

 ―――特異点・オルレアン、探索二日目が開始する。

 

 

 

 

「ここから南下するとラ・シャリテへと行きます」

 

 山沿いに、森の外側を歩きながらジャンヌが道を先導し、説明してくる。

 

「竜の魔女ジャンヌがオルレアンを拠点としているなら、一番近くで情報収集できる街がラ・シャリテになるでしょう。次にパリ、或いはティエール。とはいえパリは近すぎますし、ティエールはやや離れています。そう考えるとやはり情報収集はラ・シャリテが一番適切でしょう」

 

「流石ジャンヌ。フランスの地理ならお手の物だね」

 

 立香の言葉にいえ、とジャンヌが頭を横に振る。

 

「私も一応フランスの軍属に所属していましたから。これぐらいは出来ませんと」

 

「―――と、そうでした」

 

 マシュが歩きながら首をかしげる。ジャンヌ以外の英霊達は基本的に節約と相手を油断させるために姿を霊体化させて隠している。そのため、今明確に姿を出して歩いているのは肉体のある三人に加え、ジャンヌだけとなる。そんな中、マシュはジャンヌに聞きたいことがあるようだった。

 

「私はずっと気になっていたんですけど、ジャンヌ・ダルクの戦いと啓示、それは本当はどうだったんですか?」

 

『お、それはボクも気になるかな。結局、君は本当に神の声を聴いて戦ったのかい?』

 

「あ、やっぱり後世では疑われていたんですね。納得と言えば納得なんですけど、ちょっと複雑な気持ちですね……」

 

 神の声を聴いたジャンヌ・ダルクはフランス軍を快進撃へと引っ張り出した、というのは有名な話だ。そして事実、ジャンヌには啓示のスキルが存在する。つまり彼女は本当にどこからか、声を聴いて実行に移すことができるのだ。聖女としての資質、素養を満たしているのだ。

 

『遥か昔に神々との決別の時代を迎えてからも神々からの啓示を受ける()()と呼ばれる人たちはいつの時代にも存在していた。彼らは神の声を聴き、そして困難を試練として乗り越える事によって神々に祝福されたとも、偉業をなして歴史に名を残したともされている。ジャンヌ・ダルクもまさにそういう現代で言う聖人体質の持ち主なんだろう。その資質が神の啓示を受けるという方向性のさてさて、いったいどんな神から受け取ったのか……なんて聞くのは野暮な話かな』

 

「ドクターって無駄に話が長い上に薀蓄を垂れ流すの好きだよね」

 

『立香くんって意外と辛辣だよね……!』

 

 小さな笑い声が道中に咲いた。それを受けてジャンヌはそうですね、と声を零した。

 

「私も……色々と最初は驚きました。最初はただの村娘でしたからね、私も。ですけどある日、直接脳に、そして心に響くような声が聞こえたんです。私はそれが即座に運命だと悟りました。その瞬間から私は村娘としての生を終え、ジャンヌ・ダルク―――戦の聖女として立つ事になりました。その果てにあの結末を私は迎えてしまいましたが」

 

 そうですね、と再びジャンヌが言葉を置いた。

 

「そこに後悔がない、と言えば嘘です。ですが完全に私の人生が悪かったかどうかと言えば―――そんなことはありませんでした。私は私の人生を、全う出来たと信じています」

 

「あまりの聖女力にちょっと漂白されそう―――謎のヒロインZが」

 

 霊体化を解除して謎のヒロインZがもがき苦しんでいる。お前のキャラクターは大丈夫なのか? と思わず質問したくなる光景だったが、足元、妖精の形をしているこちらの影がねぇ、と言葉を放ってくる。

 

『聖人としての大先輩のお言葉よ。何かしら感じ入るものはあるのかしら?』

 

 ―――特にない。

 

『あら、そう。早く思い出せるといいわね?』

 

「フォーウ!」

 

 フォウがマシュの肩から飛び降り、こちらへと移動し一気に肩の上へと飛び乗ってくる。今までしたことのない動きに軽く驚きながらもそれを受け入れ、そのまま前へと向かって歩く。妖精が災厄の猫と呼んだフォウがいる間は妖精が酷く大人しいので、実際に助かる。特に最近は妙に脳髄が痺れるように話しかけてくる事がある。

 

「―――待て」

 

 霊体化していたエミヤが姿を唐突に見せながら足を止めてくる。その視線は道の先、遠くへと向けられている。おそらくは千里眼のスキルが発動しているのだろう。自分も義眼の望遠モードでエミヤと同じ方角へと視線を向ける。

 

 遠くへと視線をフォーカスさせて見えてくるのは()()だった。空にはワイバーンの姿があり、町を守るはずの堅牢な壁は砕かれ、役割を完全に放棄していた。

 

 ―――それはラ・シャリテと呼ばれる町の、それは燃え上がる姿であった。

 

「ラ・シャリテが燃えている」

 

「敵は節操なしか! マスター!」

 

 エミヤの声に立香が頷いた。

 

「クー・フーリンはいちばん足が速いから先行偵察をお願い! 謎のヒロインZも一緒に! エミヤは一歩下がってカバーお願い! マシュとジャンヌは俺と一緒に、アヴェンジャーさんは俺を運んで! ……こんな指示で大丈夫?」

 

「素人の判断としては上出来だ!」

 

「んじゃ一番槍貰うぜ」

 

 直後、クー・フーリンが風となった。閃光の如く一気に大地を蹴って駆けて行く。その姿を追いかけるように謎のヒロインZも一気に大地を蹴って加速し、エミヤも遅れてラ・シャリテへと向かう。その間に立香を片腕で俵を担ぐように拾い上げ、

 

 ―――サーヴァントの速度で一気に駆け出す。

 

 もはや破滅の予感しか存在はしなかった。しかし全速力で駆け抜けて行く景色の先、段々とだがその光景が目に入ってくる。

 

 ラ・シャリテは燃えていた。それも地獄と呼べるような酷さを持って。冬木の時はすべてが()()()()()だったからまだ良かった。だがラ・シャリテへと近づけば近づくほど、段々とだが感じ取れるものがあった。

 

 ―――臭いだ。

 

 鼻の奥に突き刺さるような焼けた臭い。肉が焼け焦げた臭いだった。だがそれだけではなく、明確に腐臭が織り交ざっており、言葉では表現のできない吐き気を催す空気がラ・シャリテからは漂っていた。

 

 ()()()()()()()()()だ。そう、俺は知っている。この臭いを知っている。だからこそ足を止める事無くそのまま立香へと視線を向けた。両手で口を押えてはいるが、片手でサムズアップを向けてくる。中々根性はあるらしい―――それでこそ人類最後のマスターだ。七つの特異点を巡ろうと決めるだけの精神性だ。

 

 それを尊重しよう。

 

 故に足を止める事無くそのまま全速力でラ・シャリテへと飛び込み、

 

 地獄を見た。

 

「酷い……」

 

 ワイバーンが人を食っていた。鋭い牙で内臓を食いちぎりながらまるで好物を前にする犬の様な態度で、しゃぶりついて嬉しさを見せていた。それがラ・シャリテの至るところで発生しており、パーティーにあぶれたワイバーン達が空から新たな餌の登場に歓喜の声を漏らしながら徐々に姿を近づけてくる。

 

 食い散らかされなかった人々はアンデッドとなって街中を闊歩しており、新たな仲間を増やすために徘徊し、そして最終的にこちらの姿を見つける。

 

 それは徹底した破壊だった。見ている限り生存者はなく、命の気配なんてものは存在しなく、そしてそれを肯定するようにロマニの通信が入った。誰も生きてはいない。ここはワイバーンの餌場だった。ラ・シャリテという町はもう、既に存在してなかった。その事実にジャンヌが完全に動きを停止させていた。

 

 そんな地獄を前に、マシュも立香も必死に吐き気を堪える様に口元を抑えていたが、

 

 己は逆に、

 

『―――()()()()()()()? ()()()()()()()ものね?』

 

 ……懐かしさを、感じていた。そう、俺はこういう景色を良く知っている―――。




 英霊達が割と真面目にギャグってるのはそこらへん、ギャグったままいつも通り戦闘スペックを発揮できるからという点にある。連中は戦いと日常が完全に融合しているので、ギャグりつつフルスペックで戦えるのだ。

 つまりしゅらどー、しゅらどーの住人なのだ。

 オルレアン読み直してて思ったけど立香、こういうシーンでも吐いたりすること1回もねぇんだよなぁ。やや人間味に欠けるので色々と追加。


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オルレアンTA - 1

「ワイバーンを倒せぇ―――!」

 

 吠える様に立香の声が響き渡った。ただ単純に、この光景は許しておけない。それだけだったのだろう。直視する事すら苦痛と言える光景の中、涙を堪えながら立香は叫んでいた。その選択、覚悟を―――俺たちは尊重する。

 

 迷うことなく竜骨の矢をクロスボウに装填した。魔術的にオートロードすることによって引き金を引いて矢を放った瞬間、矢筒の中に収められた竜骨の矢が装填される。クロスボウの機構を改造、マシンガンと同じような連射力に優れた機構に知識から改造し、整形する。それによって引き金を引きっぱなしにしても矢を放ち続けるクロスボウのマシンガンが完成する。機械は許されないが、クロスボウというジャンルである為、時代背景的に武装が許される。

 

 故に矢弾が豪雨の如く降り注ぐ。エサだと思って現れたワイバーンに竜骨の矢が突き刺さり、そしてそれと同時に同属相殺の概念が突き刺さる。それによって矢と共に砕け散るようにワイバーンの姿が砕け散る。四散しながら粉々に砕け散り、相殺の役割を果たす。そこには己だけではなく、ほかの英霊たちの動きもあった。

 

 全員が立香の声に応え、そして動いていた。大量のアンデッドとワイバーンが蹂躙するというラ・シャリテの街を、サーヴァント達が縦横無尽に駆け抜けて行く。それぞれが歴史に名を残す歴戦の猛者―――ワイバーンなんて雑魚を相手に傷を一つでも負う事はない。それは英霊達にとっては慣れ切った作業であり、()()()()()()()()()()()()でしかない。

 

 だがこれはおそらく、立香とマシュにとっては初めて経験する凶事だったのだろう。ゆえに足が震えているし、声もどこか強張っているのが解る。彼は素人であり、まだ一般人の範疇に入る―――だけども、それでも戦えと命令を出したのだ。

 

 それに応えるのがサーヴァントだ。見える限り存在するワイバーンは矢と槍の連撃により、いっさい抵抗すら許されずに片っ端からどんどん蹂躙されてゆく。その数は凡そ60を超える。だがたったの60である―――どれだけ数を重ねようとも、所詮はワイバーンであり、アンデッドである。潰した端からワイバーンの死骸がアンデッドとなって甦る。だがそれすらも一気に蹂躙し、

 

 気が付けば、ラ・シャリテで動く敵の姿はすべて殲滅されていた。

 

 残されたのはワイバーンの死骸、そしていまだに燃え続けるラ・シャリテの姿だった。燃え盛る町だった存在の前で、立香が無言のまま立ち尽くす。

 

「これが―――これが……人類史の焼却……?」

 

『……の、一部分だね。人類史が焼却されるということは存在するすべての人間が死に絶えるって事だ。その被害はこの程度じゃないよ。もっと多くの人々が―――死ぬ』

 

 ロマニからの通信に立香が拳を握った。

 

「マスター……」

 

「いや、うん。そうだよね。戦争だし人を殺すって事はそうなんだよね……」

 

 誰もいなくなったラ・シャリテを見ながら立香がそう呟いていた。魔術で無事だった矢を引き寄せて回収しながら、数歩離れた場所から立香とマシュの姿を眺めていた。立香はなんというかー魔術師ではある筈なのに、それにしては妙に()()()とでも言うべきなのだろう。

 

『魔術師が本来抱く筈の病的な擦れている感じがないわよね、あの子。魔術師なのに真っ当なのよ。だからこそ英霊に好かれる、と言うのかしら。そこそこ面白い子よね』

 

 妖精からも驚きのある高評価だった。だが正直、立香が残された最後のマスターでよかったと思う自分もいる。立香はまず間違いなく何かを持っている。それが彼を生かしたのだ。そしてそれがきっと、知識や戦闘力や経験よりも、何よりも必要とされるものだと、自分の中にある本能が囁きかけている気がする。

 

 戦闘が終了し、一息をついたところでロマニからの通信が入る。

 

『―――サーヴァント反応……五騎! これは、オルレアンの方から来ている、完全に捕捉されているぞ!』

 

 ロマニの言葉に緊張感が走り、ジャンヌが前に出た。

 

「おそらくはあちら側のジャンヌのルーラーによる権限でしょう。サーヴァントの大まかな気配か居場所を探知したのでしょう。この場合、この戦いの聖杯に導かれて登場したのは私でしょうからおそらくは私の気配。だから―――」

 

「―――となると逃げられないね」

 

 ジャンヌの言葉に立香が割り込んだ。しかし、とジャンヌは言葉を続けそうになったのを、立香が片手で制した。

 

「俺たちカルデアはこの人類史を正しに来たんだ。逃げ回る為じゃない。こういう光景を生み出さない為に戦うんだ。だからここで逃げちゃだめだ―――それはカルデアの理念から逃げるものなんだ。それに……たぶん、俺たちなら勝てる。そうでしょう、皆?」

 

 おう、と一番最初にクー・フーリンが答えた。

 

「気配すら隠さずにこっちへ飛んできてるんだろ? っつーことは自信過剰なのか、或いは()()()()()()()()()()()()()って事だ。なんでもアリな聖杯戦争で気配見せながら近づくのは必殺の手段がある時だけだ」

 

「そして我々には必殺の手段、そして必殺を防げる手段が二つも存在する―――そうであろう?」

 

 自信満々なエミヤの言葉にマシュがはい、と頷きながら答える。

 

「マスターへの……先輩への攻撃は一つたりとも通しません。ジャンヌさんの宝具がそこに加わればどんな攻撃であろうと絶対に守り通せます。……ドクター」

 

『カルデアとしてはなるべくマスターの安全性を確保したいから戦わせたくはないんだよねぇ。できたら各個撃破が理想なんだけど、相手が聖杯を持っていると仮定して、追加で英霊を召還してくるかもしれないと考えたらやっぱり一網打尽にできるチャンスを逃せないんだよね……ここで作戦が何もない、って言うなら即座に撤退させるけど―――』

 

 ロマニの通信に、立香は大丈夫、とサムズアップと笑みを浮かべた。

 

「―――カルデアで必死に考えた現在の必殺コンボを叩き込む!!」

 

 

 

 

 数分後、ワイバーンのいなくなった空に新たに出現する姿が見えた。数匹のワイバーンの背から飛び降りるように大地に着地し、威圧感を与えながら出現するのは霊基をその身に宿した英霊の存在だった。白髪に濃い血の気配を背負った男。同じく狂ったような血の気配を纏う拷問具を握った女。清らかな気配を持った乙女。性別不詳のフランス人の剣士。

 

 そして―――黒い、黒く染まったジャンヌ・ダルク。

 

「まぁ、まぁまぁまぁ、ねぇ、うそでしょ? 冗談よね? あっはっは、これが夢じゃなければなんなのかしら―――まさか私がいるなんてね」

 

 ロマニが忠告したように英霊が五体、こちらを睨むように立っていた。立香が後ろに、マシュが庇うようにその前に立ち、その横に自分とジャンヌが並んで立つ。既に武器をクロスボウへと変形させ、竜骨の矢を番えて魔力を高めている。それに警戒するようにジャンヌ・ダルク・オルタと呼称すべき存在が引き連れているサーヴァント達が見ている。

 

「貴女は……」

 

「見ての通り私、よ。まぁ、それを認めるかどうかは全く別の話なんですけどね。へぇ、ふぅん……っは、なるほど。こうやって直に会って理解しました。貴女から感じられることは何もない。まるで絞りかす。私の霊基の余りで現界しただけのゴミね」

 

 ジャンヌの言葉を遮る様にジャンヌ・オルタが言葉を放った。威圧するように、見下すように、その存在を否定するような言葉だった。その光景を妖精がくすくすと笑いながら()()()()いた。どうやら妖精はジャンヌ・オルタという存在に関して、何かを見抜いたらしい。それが己には理解できなかった。が、しかし、

 

「駄目ね。まるで魅力を感じないわ。ここで鼠共々殺してしまいましょう。出来るわね? バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン」

 

「無論。それで何方が何方をいただくとする?」

 

「男はいらないけどあの小娘共の血は欲しいわね」

 

 ランサーとおそらくはアサシンである女が前へと踏み出した。その瞬間、

 

「Unlimited Blade Works」

 

「な―――」

 

 ラ・シャリテの風景が上書きされた。燃え上がる町の姿は一瞬で無限に広がる荒野、空に舞う歯車、そして炎と剣が突き刺さる大地へと変貌した。隔離された空間、固有結界。それが一瞬でラ・シャリテという町からサーヴァント達を隔離した。また綺麗に分断するように、大量の剣がジャンヌとその他のサーヴァントを分けるように降り注いだ。それに反応を見せたランサーとアサシンが攻撃の姿を見せ、残った他の三騎も動き出そうとする。

 

「―――我が神は(リュミノジテ)ここにありて(エテルネッル)

 

「仮想宝具疑似展開します―――人理の礎(ロード・カルデアス)……!」

 

「貴様ら……!」

 

 即座に反応し、迎撃に入ろうとしたサーヴァント達の攻撃を無力化するように一斉にマシュとジャンヌの宝具が発動する。城壁そのものを展開するような圧倒的堅牢さが一瞬で出現し、ランサーが生み出した杭とアサシンが生み出した魔弾を肉体へと届かせることなく、一瞬で消し去りながら雨のごとく降り注ぐ剣にその姿を飲み込ませて行く。そこで動きを止めることもなく、即座にシェイプシフターを変形させる。

 

 質量を最大領域まで魔力を叩き込む事で巨大化させる―――そうやって()()()()()()()()()()()()()()()()()。通常の筋力では絶対に持ち上げられないそれを空へと投げ上げるような形で変形させて生み出し、剣の雨によって牽制され、動きを固めている五体の中央へと投げ込むように振り落す。

 

「―――磨り潰せ、巨人の拳(ギガアトラス)

 

 純粋暴力の大質量が振り下ろされる。割り込むように後ろから聖なる気配をまとった乙女が前に出る―――彼女の祈りと共に巨大な亀竜が出現し、 巨人の拳に正面からぶつかる。衝突した瞬間、質量に負けて亀竜が僅かに押し込まれてゆくが、その瞬間を狙って固まっていたサーヴァントたちは剣雨を喰らいながらも散開する様に飛び出す。

 

 ―――()()()()()()()()に。

 

 逃れるように飛び出たジャンヌ・ダルクを追う様に、その背後に朱槍を握ったクー・フーリンが出現した。それを導く立香の手からは()()()()()()()()()()()()()

 

「その心臓、貰い受ける」

 

「この―――」

 

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 呪いの朱槍を両手で握ったクー・フーリンが、寸分の狂いもなくジャンヌ・ダルク・オルタの心臓を、その背後から貫いていた。完全に心臓を穿たれたジャンヌ・オルタは信じられないようなものを見るような表情を浮かべており、その瞬間、彼女が率いていたサーヴァント達の動きが停止した。

 

 ―――同時に、 巨人の拳を抑え込んでいた亀竜が不自然にその姿を停止させた。

 

 その瞬間を狙ってエーテライトをワイヤーへと変形、結界を構築するようにワイヤートラップの檻を作る。無論、サーヴァントが本気を出せば一瞬で突破できる程度の気休めではあるが、それによって相手が一歩、それで動きを乱すという事実が何よりも大事になる。

 

「―――仕上げだっ(令呪:宝具即時発動)!」

 

 立香の指示とともに令呪が消費された。3画全ての令呪が消費されたことによって立香は翌日、令呪の回復まではサーヴァントに対する強制力や、ブースト能力を失った。だがそれによってすべての状況が完成された。

 

「―――セーフティ一号から七号まで解除。八号、九号の制限を解除―――!」

 

 気配遮断によってこの瞬間まで完全に息を潜めていた謎のヒロインZがすべての敵を一直線の射線に捉えた。赤、そして白に輝く二槍は螺旋を描きながらも徐々に、徐々に一本へと融合し、最果ての輝きを剣の丘に輝かせていた。

 

「貴様に秩序も混沌も束ねた真の終焉をくれてやろう―――感じろ、これが星の鼓動だ」

 

 一本へと融合させられた星の輝きを束ねたような槍を謎のヒロインZが片手で持ち上げる。その一振りで大地が砕け、固有結界に亀裂が走った。クー・フーリンが離脱した直後、爆裂する閃光が心臓を貫かれたジャンヌ・オルタや他の敵サーヴァントを全て飲み込んだ。

 

 光の洪水の中、片手で聖槍を握った謎のヒロインZが光を割いて飛び上がった。

 

「皆には内緒ダヨ?」

 

 神秘を逆流させながら凝固した光を限界まで輝かせ、背中を一気に反らし、限界まで胸を張りながら腕を引き絞った。

 

 そして―――そこから光を超えるように槍を投擲した。

 

「―――無銘星輝槍(ひみつみにあど)! あと全てのアルトリア顔ぶっ飛ばす!」

 

 あらゆる理不尽を体現しながら最果ての聖槍がその射線上に存在するありとあらゆる存在を蒸発させ、

 

 ―――固有結界・無限の剣製を砕いて貫いた。




 1.エミヤに令呪を使ってUBW即時展開可能状態にして待機させる
 2.クー・フーリンに令呪を使って気配を遮断させる
 3.相手が出てきたら囮を使って注意を引きつける
 4.意識がこちらへ集中したらUBWで隔離して逃げ道を封鎖する
 5.ジャンヌマシュ宝具で防御を固める
 6.散開した所を狙って奇襲ボルクで即死させる
 7.思考停止した瞬間を令呪でロンゴる

 冬木即死コンボである。ジャルタ討伐はこれが楽だと思います! HPが600万もないのになぜ前線に来たんだお前……。


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オルレアンTA - 2

『―――うん、カルデアの作戦担当としてそりゃあ勝てる見込みがあるからゴーサインは出したよ? たぶんそれが最善だったし。だけどさ、本当に全滅させるとか思いもしなかったよ……流石にビックリだよ!』

 

 ロマニの通信は同時に、ここに存在していた五騎のサーヴァントの霊基反応の消失を意味していた。最後の無銘星輝槍(ひみつみにあど)の結果、エミヤの展開した固有結界ごとサーヴァント達は魔力の欠片さえ残すことなく完全に消滅、消え去っていた。それもそうだ。聖槍ロンゴミニアド、それは星を繋ぎ止める神造兵器だ。その楔を完全に開放すれば法則が裏返り、時代が神代へと逆行するといわれているものであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの威力を持っている。改めて神話級の武装、宝具の破壊力をというものを理解できるだろう。

 

 それを撃ち込まれて、無事なサーヴァントなんてものは存在してたまるか、とも言える。

 

「無事か立香?」

 

「あぁ、うん。マシュとジャンヌさんに守って貰ったから何とか」

 

 マシュとジャンヌに守られていた立香が手を振る。一番の懸念は何もかも投げ捨てての立香への特攻だった。そのためのマシュとジャンヌという究極の防護を与えたのだが、そのおかげかコレのほうは無傷でしのげたらしい。ラ・シャリテの適当な家屋に姿を隠していたエミヤが壁を蹴破りながら登場し、ロンゴミニアドを避ける為に動いていたクー・フーリンが屋根の上に着地する。そしてロンゴミニアドを元の姿へと戻した謎のヒロインZがそれを消し去り、両手をポケットの中に入れて跳躍から着地した。

 

「見事な采配でしたマスター。急造のチームとしては中々理にかなった運用です。ただ最後の最後でランサーを巻き込ませないのは減点対象ですね。あそこはオチ的にランサーが死んだ! ……ってのを入れる流れです。というかボルクって刺さるもんなんですね、アレ」

 

「お前いつか絶対心臓をぶち抜いてやるから覚悟しろよ」

 

 怨嗟の声を漏らしながらクー・フーリンが、そしてエミヤが合流してくる。それによってここにいる全員が戦闘を無事に突破したという事実を確認する事が出来た―――なんとか、生き残れたらしい。

 

『ま、正直今回は相手の接近が解ったのが重要だったわね。あと此方で待ち構えることができたから罠に落とす事もできたのは幸いしたわねー』

 

「……まぁ、何度も通用する手口ではないだろう。何より同じ戦闘手段に慣れると安心するのが怖い」

 

 聞こえないように小さく呟く。褒められたことが嬉しいのか立香はやや照れながら頭の後ろを掻いていた。

 

「いや……うん、俺で役に立てたのなら頑張って考えただけの事はあったよ。正直マスターと言っても令呪使う事以外は特にできそうな事ないし……」

 

「―――それは違います」

 

 ジャンヌが立香の言葉を否定した。そのままそっと両手で立香の手を取る。

 

「貴方が背負った使命、その重さを私は聞きました。そして今の戦いを見て解りました。きっと貴方はこれからも同じ様に様々な時代、背景、思想を持ったサーヴァントを率いて戦場に出ます。ですが彼らを率いる事ができるのは貴方だけです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。ですからきっと、この先、貴方だけがカルデアという組織を率いて戦うことができるんだと思います。なので自分を卑下しないでください。それは同時に貴方に従うと決めた英霊達を貶める行いでもあるんですから」

 

「―――」

 

 ジャンヌの言葉に一瞬立香は言葉を失い、そして静かに、しかし微笑を浮かべて頷く。

 

「……うん。ならもう少しだけ、自信を持つよ」

 

「おう、そうしろそうしろ。俺とアーチャーを同時に御しているってだけで快挙もんだからな!」

 

「まぁ、個人的に我々がいがみ合わずにいられるのは元凶が素知らぬ顔で我が道を突っ走っているという点があるからなのだが……」

 

「それな」

 

 エミヤとクー・フーリンの視線が謎のヒロインZへと向けられた。そこで謎のヒロインZは視線を向けられると、両手で頬を抑えていやーん、とポーズを作り、溜息を吐いた英霊が二人、視線を背けながら逃げ出した。アレで未だにちゃんと周りを警戒しているのだから、英霊という生き物は動きと思考が完全に切り離されているのか、とでも思ってしまう。しかしそうやっていると、先ほどまで固有結界が展開されていた空間、そこに浮かび上がってくるものがあった。

 

 それは七色の輝きを見せる概念的な水晶体だった。

 

「っ、マスター! 聖杯です!」

 

 驚く前に確保しようと即座に動こうとし、その前に水晶体がその姿を消した。魔力の反応は完全に途切れ、その空間から消え去っていた。それはまるで()()かのような動きだった。聖杯が一人でに動くわけがないし、まず間違いなく誰かの意思が反映された動きだった。位置的に、聖杯はジャンヌ・オルタが握っていたものと憶測する。ジャンヌ・オルタがこの第二特異点の原因であれば、彼女を討伐した時点で問題が解決され、聖杯も手にしていた筈だった。

 

 それはつまり、

 

「―――黒幕が別にいる、って事?」

 

「頭の回転は悪くないようだな、マスター」

 

 立香の言葉をエミヤは肯定した。だがおそらくそれで正しいだろうとは思う。実際、聖杯の動きは回収のそれだった。深読みをするのであれば、ジャンヌに一時的に聖杯を貸与していたのだろうと思う。そこまで考えたところで立香がぽん、と手を叩く。

 

「これってつまりは黒幕を叩くチャンスなんじゃないかな……? 聖杯を所持していたジャンヌ・オルタを撃破して、そしてその戦力も纏めて撃破した。もし黒幕がジャンヌ・オルタを召喚する事で間接的にフランスの領土を蹂躙して人類史を歪めていたら―――」

 

『時間をかければジャンヌ・オルタを再召喚されてしまうかもしれないね。こりゃあ情報収集をせずに、まっすぐオルレアンへと向かったほうがいいかもしれないね。聖杯はカルデアの召喚術とはまた違うシステムで大量に英霊を召還する事ができる。時間を与えれば相手にジャンヌ・オルタ以外にも召喚させられる』

 

「となると時間との勝負ですね……こんな時、宇宙船ラムレイⅢや高速宇宙バイクドゥ・スタリオンⅡがあれば楽だったんですが」

 

「貴様何時までそのギャラクティックな設定を引っ張るつもりだ」

 

 腕を組み、数瞬、自分がどう動くかを考え―――しかし最終的な判断を立香に任せる事にする。この少年は自分が思っている以上に()()()らしい。エミヤの固有結界の性質、クー・フーリンの必殺の呪い、マシュとジャンヌの宝具の堅牢さ、自分が攻撃や防御よりもアシストを主体としたほうが効率的に動ける事、そしてこの集団の中では何段も先に突き抜けた謎のヒロインZの超火力。彼はそれをしっかりと認識し、作戦を立てる事ができた。それが事前準備のあったものとはいえ、有効的な戦術を下して動くことが出来たのであれば評価には十分だ。

 

 自分の命を任せるに足ると判断する―――少なくとも先ほどの作戦はそれには十分な動きだったと思う。

 

『あらあら、らしくもなく入れ込んじゃっているわね?』

 

 足元、影の中から妖精の声が聞こえた。妖精の言葉とともに一瞬、フラッシュバックする何かが見えた。頭痛を訴える脳の痛みを少しでも抑え込むために片手を頭へと伸ばし、フードの上から頭を掴んだ。そんな自分をとらえたのか、立香が視線を向けてくる。

 

「アヴェンジャーさん、大丈夫?」

 

 ―――ザッピングする。一瞬だけ見える景色が変わった。立香が別人に見えた。それを表情にも態度にも見せることなくいいや、と少しだけ大げさに頭を横に振る。

 

「魔力を消耗して少し疲れただけだ……直ぐ治る。それよりも次の行動だ。どうするつもりだ」

 

「あ……うん。このままオルレアンに攻め込む事にする。このチャンスだけは見逃せないからね。だから足の速いクー・フーリンと謎のヒロインZを偵察に出てもらって、他の皆で準備を整えつつ進撃って感じにしようかなぁ、って」

 

 立香の判断は悪くない。頷いて納得する。

 

「それで問題ないと思う。ただもう少し自分の発言に自信を持ったほうがいい。じゃないと情けなく見えるぞ」

 

「うっ、き、気を付ける」

 

 ちょっとしたイヤミだ。それを言えるぐらいの人間性が自分に在ったことに軽く驚き、先に走り去るクー・フーリンと謎のヒロインZを見送りながら、その姿を追いかけるように集団で移動を開始する。オルレアンへの道は山沿いに進んでゆく必要がある為。森のような障害物はないが、その代わりにむき出しになった岩肌が悪路となって道を阻んでくる―――ワイバーンのように飛行すれば簡単にオルレアンへと向かう事もできるのだろう。

 

 召喚サークルの設置を諦め、早期決着のためにオルレアンへと向かう。

 

 背後に燃え上がるラ・シャリテを置き、人理定礎を復元すればまた人が蘇るから―――そう、言い訳して背を向ける。

 

『そう、今までそうしてきたように』

 

 オルレアンへと向かって歩いて行く中、再び景色がザッピングする。まるで正しいチャンネルを探そうとしているかのように景色がチカチカと変化する。オルレアンへと向かってゆく道は緑で包まれているはずなのに、瞬きをする度に景色が変わり、砂塵が舞う荒野へと変貌し、再びフランスへとその姿を戻す。軽く目元を擦りながら視界を合わせながら、義眼のチェックを行う。脳裏にくすくすくす、と少女の笑い声が響くのが聞こえる。

 

「あの……大丈夫ですか、アヴェンジャーさん?」

 

「いや、何でもない」

 

 何が起こっているのだろうか。自分に起きている奇妙な現象にやや困惑を感じながらも何でもない、とジャンヌに言葉を返し、軽く頭を横へと振るい、この変な感覚を振り払うように動きを取ってから視界を正面へと向けた瞬間、

 

 世界が一変した。

 

 正面、ジャンヌがいたはずの場所には誰もいなかった。景色は完全にその姿を変え、砂塵の舞う荒野でもなく、緑の残るフランスの大地でもなく、

 

 高層ビルとコンクリートの道路が並ぶ、現代の街並みだった。

 

「立香? マシュ? エミヤ、ジャンヌ! ロマニ! カルデア、通信が届かないか……」

 

 パスは感じる―――だけどそれを通して意思を伝える、交信するという行為は不可能だった。シェイプシフターを取り出そうにも、それもまるで死んでいるかのように一切の反応を示していなかった。あれだけ作成した竜骨の矢も、その他の武装もすべて今の自分には装備されていなかった。くすくす、くすくす、と少女の笑い声が響くのが聞こえてくる。

 

 周りへと視線を向けた一瞬だけ、再びフランスの大地が見えた。

 

「……精神干渉か? 或いは宝具の類か?」

 

 判断材料が少なすぎる。そう思った直後、風が吹いた。人気の存在しない無人の街の中、風に乗ってこちらへと向かって飛ばされてくるものがあった。それをつかみ、確かめてみれば新聞だった―――日付は2010年、それはマルスビリーに自分が素材として捕まる数年前の日付だった。大きく見出しには中東と米の関係悪化に関する事が見せつけるように書かれてあった。

 

 ―――くすくすくす、と笑い声が響くのが聞こえた。

 

「……妖精(フェイ)、か?」

 

 新聞紙を捨てながら探るように言葉を放った。だがそこに返答はなく、どこからともなく聞こえてくる少女の笑い声だけが感じられる人の気配だった。まるでおとぎの国に迷い込んだアリスのような気分だった―――いや、アリス・イン・ワンダーランドでもここまで悪趣味ではないだろう。

 

 心に、何かが渦巻き始めていた。それがなんであるかを確かめる前に足音が聞こえた。素早く視線を持ち上げながら正面へと向ければ、人影は見えないのに正面、大通りを抜けて行くように軽い足音だけが聞こえた。まるで導くように、誘い込むように、足音はこちらを引き込んでいた。

 

「とはいえ、それ以外に選択肢はないか。最悪の場合、俺一人が死ぬだけで済むだろう」

 

 普段であればそこに応えてくれる妖精の声もあったが、この場にそれはなく、頭に痛みを覚えていた。或いは何かを―――何かを思い出そうとしているのかもしれない。あの光景を見て、ラ・シャリテを見て、何かが、

 

 何かが思い出されようとしているのかもしれない。

 

 敵かもしれないし、記憶かもしれない。どちらにしろ、足を止めている間はその答えは永遠に出ないことは明白だった。

 

 故に、それを探る為にも前へ―――前へと向かって足を進めた。何かがある、という妙な確信を抱きながら。




 まさかRTAだと思ったら静岡じゃったか……という感じに。妖精さん楽しそうっすな、ってことで。

 魔術王RTA、22日から始まりそうっすなぁ……。


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オルレアンTA - 3

 ―――歩いている。

 

 ブーツの下から感じるのは間違いなくコンクリートの感触で、現代の街中で感じるようなヒーターやらクーラーの空気が混ざった生ぬるい風がフードの内側、頬を撫でる。まるで正面からドラゴンに息を吹きかけられているような気持ち悪さを感じつつも、足音が導くほうへと向かって足を進めていた。いったい誰が、そして何が俺を導こうとしているのかは解らない。だが、ただ進む以外の選択肢が自分には存在しないことは明白だった。それ故に、足を止めることなく前へと向かって進んで行く。

 

 やがて現代の街並みに、突如として半透明の影が出現し始める。命のない中途半端な人影、ゴーストですらないそれはただ足を止め、こちらに視線を向けるまでもなく、ただただそこに存在するエキストラのような存在だった。こちらに対してなんら興味を持たない影の横を抜けて足音のほうへと向かって進んで行く。

 

『―――なぁ、聞いたか?』

 

 足を止めた。聞いたことのない男の声だった。だがそれに即座に返す声があった。足を進める。

 

『え、何を?』

 

『■■さんの所だよ―――あそこの奥さん、亡くなったんだって』

 

 歩く。声は離れず、常にどこかを彷徨うかのように聞こえてくる。自分に向けられていない、自分への言葉だった。それを認識しながらも、前へと向かって途切れることも変わる事もない大通りを進んで行く。歩いているだけで酷い頭痛が頭を襲う。その痛みを無視して歩きながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 

『え、確かあそこって旦那さんが海外で軍人さんやってる所だよね?』

 

『あぁ、なんでも旦那さんが海外にいる間に病気で死んじまったらしいな。息子さんが必死に帰って来いつっても帰ってこなかったとか……』

 

『酷い話もあったもんだわ』

 

 それに続くように笑い声が聞こえた。酷いといいながらほとんど無関心の声だった。だがそうだ、そうだった。それは思い出せた。危篤だった母に会うために急いで日本に帰ってきたんだ。自分は日本人だった。父は軍人―――それも傭兵だった。何時も何時も家を空けており、めったに顔を出さない男だった。何をしているのか良く解らず、子供の頃は反発ばかりしていた……そんな少年時代を送っていた気がする。

 

 ……頭が痛い。目の奥が熱い。

 

 フードの下で目を抑え、歩き進む。瞬きをしている間に景色は変化する。現代のオフィス街とも言える風景は大きく変化し、砂塵の舞う荒野へと姿を変貌していた。その姿は見覚えのある風景だった―――あそこだ、トワイスが走り回っていた中東の景色だ、これは。それはすでに思い出していた事だった。それ故に声は己の記憶を見ているのだ、と、自覚できた。とはいえ、それはこの状況の答えにはならなかった。

 

 ―――歩く。

 

『―――はたして不幸とは一体何なのだろうね』

 

 トワイスの声がした。振り返りその姿を探す。だがその姿は見つからない。その代わりに、半透明な人影が横を抜けて、反対方向へと向かって歩いて行く。その姿を振り返りながら見送る。

 

『君は自分の受けた仕打ちに意味があると思うか? その代償を払ったからこそ得るべき報酬があるとは思った事がないか? 私は思う。だが人生は常にそうではない。君の言葉を使うなら()()()()()()()()()()()()、とでも言うべきなのだろう。故に私は答えを持たない。そこに答えを出せるのは神か―――或いは万能に手を出した人なのかもしれない』

 

 トワイスの声が消えた。歩き去る人影から視線を外し、荒野を進んで行く。

 

『―――人を救う神はいない』

 

 聞き覚えのある声―――臥藤門司の声だった。前方へと視線を向ければ、そこにはがっしりとした体形の影があった。どこか、笑みを浮かべているような、そんな気配さえ感じられた。軽く片手をあげて挨拶を向けてきた人影はそのまま、声を発しながら進む道の先へと向かって歩き、消えて行く。その姿を追いかけるように、こちらも足を進める。

 

『そう、神とは実に都合の良いものを人が押し付ける事で生み出している。故にその存在とは実に人の勝手である。神はこう言っておいでである、とは人の生んだ幻想に過ぎない。遡れば遡る程その存在はもっと荒々しく、自己中心的で、そして役割に閉じている。故に人を救う神はいない―――解るか■■よ? この絶望が解るか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるということの意味を!! おぉ、エデンよ! エデンよぉ! 汝が失われた時、人はその救いさえも同時に失ったのだ! あぁ、何とも無常な事だ……神に慈悲はない……あぁ、そうだ……しかし……』

 

「―――それが生きる、という事なんだろう、門司……」

 

 呟きは自然に口から洩れていた。それはきっと、どこか、思い出せない場所で彼に対して返した言葉なのだろう。それに応えるように、人影は足を止めて、笑みを浮かべたような気がして、そして風に浚われて消えた。

 

『然り、実に然りよ……神々は人を救わない。神は人の手によって理想の性格を得られているのみよ。故にそれ自体が罰なのだ……しかし、しかしながら仕方あるまい。意味などないし、同時に意味もあったのだ。そんな結論、全てが終わるときに出せればそれで良いのだ……人生なんてものは所詮そんなものだ……あぁ、間が悪い、で片付く程度にはな。驚きだ―――小生でも答えが出せたものだ』

 

 歩く。歩き続ける。きっと遠い日の幻影を見ている。頭が熱を持つかのように痛い。眩暈を感じて顔を抑える一瞬―――金髪の女の姿が見えた気がした。だが再び目を開けた瞬間には景色は一変していた。砂塵の荒野は跡形もなく消え去り、その代わりに家屋に囲まれた住宅街へと変貌していた。正面、道の終わりが見えていた。

 

 小さな公園がそこにはあった。

 

 公園へと向かって足を進める。近づけば近づく程頭がズキズキと痛みを覚える。何かを思い出そうとしてるのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが解らない。だが何か、自分が何かに触れようとしている事だけは解った。そしてこれは―――必要な事だった。この先の特異点で、立香たちが生き残るためには()()()()()()()()()()()()()()()と謎のヒロインZが発言していた。

 

 故に痛みを堪え、前へと進んだ。

 

 そんな公園の中には人影が見えた。小さく、見覚えのあるシルエットだった。ドレスは肩と胸元を軽く肌蹴るように来ており、いつの間にか夕日へと変わっていた光を受けて髪は不思議な色に輝いていた。それこそまさに、

 

 ―――妖精と呼ぶのに相応しい可憐さと神秘を兼ね備えた姿だった。

 

 近づけば近づくほど解る。彼女はどこかで見覚えがあるのだ、と。そう、どこかで見て、会って、そして話した筈だった。だがそこがまるで切り離されたかのように思い出せない。まだだ、まだ思い出せないことが多くある。きっとそれは大切な筈なのに、忘れてはならない事の筈なのに―――胸の内に湧き上がってくるこの感情を思い、それを説明するのに言葉が見つからず、

 

 公園へと辿り着いた。道の終わり、そこで彼女は

 

「―――■■■■■」

 

「―――オルレアンが見えてきたね」

 

 意識が覚醒する。視線の焦点を合わせれば、何時の間にか遠くにオルレアンの姿を眺める事ができる。山岳の岩場に姿を隠すように正面、その向こう側を覗き込むように体は隠しており、他の皆もそうやって姿を隠していた。立香も、マシュも、英霊達の姿もある―――どうやらここはフランスらしい。まるで夢を見ていたかのような感覚だった。いつの間にか戻ってきたクー・フーリンと謎のヒロインZを含め、この場には全員が揃っていた。

 

 様子から察するに、どうやら何事もなくオルレアンまでの道を進めたらしい。

 

 その、歩いていたという記憶が自分にはなく、若干の気持ち悪さを感じる。

 

「―――とりあえず軽く偵察内容を報告するぜ?」

 

 クー・フーリンが説明する。

 

「まずここを出たらオルレアンまでは荒野が続いてやがる。見晴らしが良くて隠れられる場所は一切ねぇ。それこそ気配遮断のスキルでもなければ隠れてオルレアンに接近するのは無理だろうよ。だからアサシンとアヴェンジャー以外でこの荒野をバレずにわたるのは不可能だと思ってくれ」

 

「そこに付け加えると荒野には大量のワイバーンが徘徊しています、どうやら匂いと目で侵入者を警戒しているようです。ぶっちゃけ、匂い消しをつかえればそれで誤魔化せるとは思うのですが、問題はドラゴンが一体オルレアンの直ぐ傍で警戒している事でしょうか。それこそ英霊級の神秘と魔力を感じさせる大物でした」

 

 クー・フーリンと謎のヒロインZが偵察内容を報告してきた。軽く頭を横に振って、先ほどまで思い出していた白昼夢の内容を今は横へと追いやる。そんなことよりも今は重要なことがあるのだ―――考えるのは全て、オルレアンを攻略した後で十分に間に合う。

 

「―――うん。正面から突破しようとしたらまず間違いなく犠牲がでるね、これ。ランサーが死んだ! って感じに」

 

「おい、マスター。なんでそこで俺を引っ張り出した」

 

「冷静な判断が出来るようで幸いだ。このままではランサーが犬死する展開だろうな」

 

「おい、アーチャーテメェまでなんで俺を引っ張りだした」

 

「ランサーは自害するか犬死するまでがワンセットですからね」

 

「ここには俺の敵しかいねぇのか」

 

 相変わらず平常運転の英霊達はしかし、どこか慣れ親しんだようなノリを感じる―――そうだ、彼らは前々から面識があるように話していたし、この聖杯戦争だって過去の続きのようなものなのかもしれない。それはともかく、ワイバーンだけならいいとして、英霊級の巨大ドラゴンが出ていると謎のヒロインZは発言している。その状況で正面突破を図るのは自殺志願でしかない事は立香は把握していた。

 

「どうしますかマスター? アヴェンジャーさんとアサシンさんなら気付かれずにオルレアンに接近できそうですし……」

 

「ジャンヌ・オルタが倒されている今なら相手もルーラー権限によるサーヴァント探知は行えない筈です。そうなると気配遮断で完全に姿を消す事もできるとは思います」

 

 その言葉を受けて立香はいや、と言葉を置く。

 

「相手が聖杯を使ってきそうな状況で時間を与えるのって自殺行為だよね。うーん……令呪が後1画残っていればもうちょっと選択肢が増えるんだけどなぁ……ドクター、どうにかならない?」

 

 立香の言葉にロマニがホログラムから答える。

 

『うーん……ちょっと、難しいかなぁ? 立香君の令呪は本来のサーヴァントシステムとは違い、電力を魔力へと変換する事によって疑似的に生成しているんだ。だから本来の令呪程万能ではないけど、使いやすさを向上させてあるものなんだ。だけどそれでさえカルデアを維持するための電力からギリギリの分を絞りだして1日1個しか回復できないんだよね……』

 

 ロマニのその言葉を受けふむ、と小さく呟く。

 

「ロマニ、セクターEからGを閉鎖、そこに回していた電力を令呪の生成へと回してくれ。すでにそちらの保管庫の物資の類はセクターBに運び込んで空っぽにしてあるから一時的に閉鎖してもカルデアが窮屈になる事以外での問題はないはずだ」

 

『ちょっと待ってね……うん、これなら弱めの令呪が1画生成できるかな? 宝具即時発動ぐらいにしか使えなさそうだけど』

 

「よっし、これがあればもう少し何とかなる! というか攻略法が見えてきた」

 

 そう言い切る立香の言葉にほう、とエミヤが声を零した。その声にはどこか、期待するような色が感じられる。立香もどこか自信を持とうとしているのか、積極的に意見を出して、サーヴァント達にそれを修正してもらおうという動きが見える―――成長をしようとしているのだろう。

 

「エミヤさんの宝具は固有結界、これで相手を閉じ込めて隔離することができる。クー・フーリンさんの宝具は一撃必殺の呪いの槍、これで敵を確実に殺す事ができる。謎のヒロインZさんの宝具は超高火力の一撃、軍勢を一気に薙ぎ払う事ができる。アヴェンジャーさんは細かいサポートやアシストが得意だけど―――」

 

 そこで言葉を止め、

 

「―――ドクターから聞いているけど対星兵器って呼べる奥の手があるんでしょ?」

 

「ロマニ」

 

『流石に隠すような事でもないしね? そ、そんな睨まないでくれよー』

 

 なるべくなら対星兵器の方は披露したくはないのだが―――流石に、そうも言っていられない状況か、と大人しく諦め立香の言葉を肯定する。それを受けた立香は良し、と言葉を置く。

 

「なら話は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。戦闘における理想は自分の優位をひたすら相手に押し付ける事だってクー・フーリンさんからは教わったし、エミヤさんからは相手にまともに付き合って戦うのが馬鹿だってのも学んで―――」

 

 立香が謎のヒロインZを見て、視線を受けた謎のヒロインZがサムズアップを向けた。

 

「―――敵をハメ殺すのが一番楽だって謎のヒロインZさんからは教わった!」

 

「アイツ、教育に悪すぎね?」

 

「き、きっとマスターさんの事を思ってのことですから……」

 

「いえ、私が楽をしたいだけです」

 

 キリッ、とした表情でジャンヌの精一杯のフォローを謎のヒロインZが蹴り飛ばしていた。こいつ、どうにかしないと駄目だなぁ、なんてことを思わせながら、立香が宣言する。

 

「カルデア最後のマスター、前線指揮官として作戦を提示します!」

 

 その名も、

 

「オルレアン・タイムアタック……!」

 

「アイツ本当に悪影響しか残してねぇから誰かどうにかしろよ」




 白昼夢。或いは記憶遡行。過去を今で追体験する夢。

 立香くん、どうやらエリート教育を受けているみたいですねぇ……外道の。


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オルレアンTA - 4

 ―――気配遮断を発動させ、カルデアから持ち込んできた匂い消しで完全に消臭し、それで対策を完了させたところでオルレアンへと接近する。空を飛ぶワイバーンも、大地の上で守護するように立ち尽くすドラゴンも、全てが気づかずに通り過ぎて行く。直ぐ横の謎のヒロインZも同じように完全に姿と気配を殺しており、攻撃動作に入らない限りは絶対にバレることはないだろう。サーヴァントのような気配察知スキルや直感の様なスキルがない為、メタ的な方法で気配遮断を突破することができないのだ。オルレアンへと接近する、その荒野を半分抜けたところで足を止める。こちらは準備を完了させた。謎のヒロインZのほうへと視線を向け、アイコンタクトをとる。向こう側も即座にロンゴミニアドを抜けるように待機しており、何時でも攻撃に移れる状態となっていた。

 

『―――こっちは待機完了、いつでも行動に移せる』

 

『おう、任せな。派手に決めてやるからよ。今度のマスターは派手にやらせてくれるから楽しくてしょうがねぇわ』

 

 別グループに分かれているクー・フーリンからの念話がそれで切れる。実際、全力で戦えることが許されているだけで楽しそうにしているのが聞こえる。英霊としてはこの規格外の舞台で戦えるのがやりがいがあって楽しいのだろう、そう判断して別チームの動きを待つ。その間にシェイプシフターを球体へと変形させ、魔力を静かに、バレ無いように注ぎ込みながら待機する。段々と色を濁らせるアトラスの宝玉を握りしめる。それが何を欲するのかを、触れている感触を通して知りながらも手放す事無く、そのまま待機している。

 

 ―――やがて、オルレアンの荒野に声が響いた。

 

「―――蹴り穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 空へと飛びあがる青い姿が見えた。直後、朱い閃光が空から何百、何千という細かい鏃へと変形して降り注いだ。それこそが魔槍ゲイ・ボルクの本来の運用方法、影の国の女王よりクー・フーリンが教わった使い方。魔槍ゲイ・ボルクをその足で蹴り上げて、空から蹴り落とすことによって何千という鏃に変形し、突き刺さった相手の内側から棘を伸ばしてその内側から食い破る。心臓破りの呪いは刺し穿つ時とは違い、失われている。だが一度に大量の軍勢と戦う為の使用方法はその呪いの朱槍さえ存在していれば、使い方を変えるだけで存分に使用できる。

 

 そうすることによって、オルレアンの守護に回っていた巨大なドラゴンが、そしてワイバーンが一斉にクー・フーリンを敵として捕らえた。何十という数ではなく、何百というレベルの竜種が一斉にクー・フーリンという存在を目指して殺到する。その多くが魔槍の雨によって蹴散らされようとも、本命である巨大なドラゴンが無事である以上、敵はそれを惜しむことがなかった。

 

 だがそれを阻む様にジャンヌが出た。解りやすくクー・フーリンの着地地点の少し前に出た彼女はその旗を掲げ、宝具を発動させた。着地するまでの間のクー・フーリンをそうやって完全に守護し、ワイバーンやドラゴンから一斉に吐き出された超高熱のブレスを一気に無力化する。

 

 そうやってその意識がサーヴァントへと向けられた瞬間、

 

 ―――ドラゴンの姿が地平線から喪失された。

 

 クー・フーリンという陽動、ジャンヌという餌によってつられてその意識がドラゴンへと向けられた瞬間、エミヤの固有結界にドラゴンが放り込まれた。おそらく固有結界の中ではドラゴンとエミヤの一対一の勝負が始まっているだろう。エミヤと神話クラスのドラゴンの戦い―――さすがに一対一だとドラゴンスレイヤーの異名でもなければつらいだろう。だが最悪の場合、()()()()()退()()()()()()()()のだ。ドラゴンが隔離された時点でその役割を果たしている―――いずれカルデアで会おう。

 

 直後、謎のヒロインZが握るロンゴミニアドが二振りとも、その鋼の外装を剥がして完全な光の塊へと変形した。それは魔力が完全に装填され、宝具として放つことが可能である状態を示していた。神話クラスの宝具であるが故、令呪でも使用しない限りは即座に放つことができないという明確なデメリットは存在しているが、そんなものは令呪で強引に発動可能にしてしまえば問題はない。二つの光を一本に束ねたそれを放つ準備を謎のヒロインZが完了させていた。それによって気配遮断が解除され、戦場にこちらの姿が晒される。ワイバーンがそれに気づくも、状況はすでに遅い―――クー・フーリンとジャンヌという陽動に食いついた以上、

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうあがいても介入が間に合わない。

 

「二人で初めての共同作業ですね……キャッ!」

 

『なにいってんだこいつ。座から情報抹消してやろうか』

 

「やめろ。恥ずかしそうにロンゴミニアド振るうな。光が漏れてる、漏れてる」

 

 しかも漏れた光で大地に穴が空くので冗談とかそういうレベルを数段階飛ばしている。なぜカルデアはこんな魔物を召喚してしまったのか。なぜ座はこんな魔物の存在を許してしまったのか。それはおそらく人類では理解できる概念ではないのだろう。だがそんなことよりも今は、作戦の総仕上げだった。

 

「では私が上から―――」

 

「俺が下から―――」

 

 魔力を限界まで捻出し、シェイプシフターの全機能、ロック、リミッターを解除する。同時に謎のヒロインZが空へと飛びあがり、ロンゴミニアドを限界まで引き絞った。彼女がそれを振るうのと同時に、黒く濁ったシェイプシフターを大地へと叩き付けた。

 

無銘星輝槍(ひみつみにあど)!」

 

無貌にて世の果てを彩る(ナイアーラトホテップ)

 

 ロンゴミニアドが空を割るのと同時に、大地へと沈んだシェイプシフターが一線の黒を刻みながら一直線にオルレアンへと向かった。もはやそこに人が存在していないのはロマニの探査を使った結果、理解している、それ故に一切の遠慮はない。世界そのものを改変するほどの威力を持った聖槍、そして星そのものを滅ぼすといわれるアトラス院の生んだ大罪の一つ。それが同時に放たれた。空間も時間も、その全てを無視した破壊の一撃がオルレアンという空間に着弾し、すべてを光に飲み込んだ。それと同時に大地からオルレアンへと浸食したシェイプシフター―――或いはナイアーラトホテップと呼ばれる色も形も存在しない無貌の武器が黒となってオルレアンをその下部から一気に飲み込んだ。

 

 その性質は()()()()()。文字通り、虚無へと姿を変えるのだ―――触れたものと一緒に。

 

 それ故にそれは星を殺す兵器となる。無には質量が存在せず、制限も存在しない。ゆえに触れれば触れるだけ勝手に領域が増え、勝手に星を蝕んで滅ぼす。一度始めてしまえば終わらせるまでは無限に無への変形を繰り返すだけの星の破壊兵器。その展開と維持は増えすぎないように送り込んだ魔力でのみコントロールできるが、それでさえ常に制御を振り切って勝手に変形し続ける可能性だって存在する。

 

 ―――固有結界の様に隔離された空間でなければ、使おうとも思えない、アトラス院の罪の一つ。

 

 それが、そして星そのものをつなぎとめる聖槍が上空から、挟み込むように放たれた。音速を超え、知覚を超え、そして人理が及ぶ理解を超えて必殺が同時に放たれた。それは絶対に逃がさない、絶対に滅ぼすという意思の具現であり、これ以上ない徹底した殺戮の意思表示であった。相手が聖杯を使って新たなサーヴァントを召喚しようが、強化しようが、逃げようとしようが、どんな抵抗を試みても、()()()()()()()()()()()()という徹底した戦術。

 

 黒幕が誰であるかは知らないし、興味もない―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――堕ちろ」

 

 声を揃えて宝具と兵器に命令を下した。同時に上下からすり潰されるような形でオルレアンが一瞬で光と無に変換されて爆裂すら生み出さずに静かにその姿を無人の荒野へと変形させた。ちょうど魔力切れになってシェイプシフターの宝玉へと姿が戻り、魔術で手元へと引き寄せて回収する。これでオルレアン内に黒幕が存在したのであれば、今ので完全に消し飛ばすことに成功したはずだった。

 

「さて……作戦を添削した結果これが一番有効で容赦のないやり方ですが。これで落とせないなら割とやばいんですけど―――アーチャーが。こう、流星になってそう」

 

「聖杯がどこまで力を発揮できるか、次第か。神造兵器と星殺しを同時に相手取って防げるだけの全能性を保有するか否か……」

 

「いえ、聖杯は全能ではありません。あくまでも()()です。ですので死んでから発動させる等の後出しとかは出来ないので保有していても()()()()()()()()()()()すれば問題なく落とせる筈なんですが……どうなんでしょうね、これ」

 

 真面目な話、シェイプシフターが起動しないオーバーヒート状態に入っているので、このまま聖杯によってパワーアップした英霊が相手となると相当厳しい状況になる為、覚悟を決めなくてはならない場面だったが―――その心配も杞憂だったのか、ワイバーン達が光の粉となって消え始めて行く。

 

「……どうやら今回は勝てたみたいですね。さて、次回もこれぐらいやりやすい相手だと嬉しいのですが」

 

「どうだろうな。俺が敵だったら相手の動きを監視するし、同時にとられた手段に対して対策を取るだろうな」

 

「まぁ、でしょうね。レフ・ライノール、でしたか。私が彼だったら此方の動向を把握しつつ、こちらの手札を見て対抗手段を差し込みますね。少なくとも英霊戦力が整いつつあるカルデアは無視できるレベルの相手ではありませんから」

 

 謎のヒロインZの言葉は真理だった。少なくともロンゴミニアドをはじめとした大火力による奇襲爆撃を封じる為の手段を相手が用意するだろう。重要なのはこちらもそれに対して対抗手段を用意できるか、否かという点だ。

 

『―――良し、オルレアンにサーヴァント反応なし、聖杯の存在を確認! 一番近いアヴェンジャーは回収を頼む! あ、あとアーチャーは一足先にカルデアに戻ってるから心配しなくてもいいよ。いやぁ、キメ顔で挑んだ挙句食われちゃった彼の勇姿は録画してあるから戻ってきて鑑賞会を開こうか』

 

「シロウ……無茶しやがって……」

 

 見上げる空にはなぜか、笑顔とサムズアップを向けるエミヤの姿が見えた気がした。おそらくはいつも通りの幻覚だろう。だがそれはそれとして、エミヤも最後まで戦ったのだから死体蹴りはやめてあげてほしい―――と、言ってもおそらくは無理なのだろうが。ロマニがかなり乗り気なあたり、まず間違いなく実行されるのだろう。

 

「やれやれ、この先を考えると憂鬱だな」

 

「憂鬱? 貴方が? それはいい」

 

 謎のヒロインZが笑いながら言う。

 

「憂鬱に思えるなら心が健全だという証拠です。記憶遡行は順調に進んでいるようですね」

 

 その言葉に聖杯の回収に向かおうとしていた足を止め、そして彼女の方へと視線を向けた。両手をジャージの中に突っ込んで立つその姿は、歪められた霊基だ。本来はアルトリア・ペンドラゴンという少女の霊基のIFを利用したうえで役割のコンタミネーションを発生させたことで、IFのIFという存在として現界している。その存在は余りにも歪だ。それこそ本来では存在できない程に。

 

 こんな、特異点だらけで不安定な世界だからこそ出現できたような存在なのかもしれない。

 

「お前は―――いや、俺はなんだったんだ。お前にとって」

 

「同僚で、仲間で、戦友ですよ。まぁ、見ていて少々不安になってくるタイプの。……まぁ、問題の特異点はまだ先です。焦らないでください。それが最終的な勝利に繋がると信じていますから」

 

 迷う事のない真直ぐな視線を彼女は向けてきていた。俺は―――自分が本当に信じられるのかどうか、それさえ解らないのに。やはり、英霊という生き物は根本からして違う生き物なのだろう、と理解される。彼、彼女たちほど誰かを信じるという行いは自分には出来そうにない。

 

 謎のヒロインZに背を向けてオルレアン更地へと向かう。宝具と兵器の爆心地は巨大なクレーターを超えて底のない穴が形成されており、それがそのまま星の中心まで伸びているのではないかと、思わされる。その中央、オルレアンだった場所の中心点に浮かび上がる水晶体が見えた―――あの冬木では回収する事のできなかった、聖杯だ。

 

 片手を伸ばし、水晶体を手元へと引き寄せる。そのまま、それをローブの内側へとしまい込む。ちゃんとそれ用の道具はカルデアから持ち込んでいるため、問題はない。そうやって聖杯の回収を完了させながら軽く息を吐いた。

 

「立香は……ジャンヌと別れを告げてるか」

 

 この特異点は理想的な形で進み、そして完了させる事ができた。

 

 が、きっと、まだ―――まだなのだろう。

 

『人理焼却なんて出来事を前にしているのに、この程度で終わる訳ないものね? ふふ―――』

 

 特異点を乗り越えたはずなのに、嘲笑するような笑い声は消えず、胸の内に湧き上がってくる感情は、

 

 ―――そう、不安だった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/e70bebb4-531c-4d80-a0c8-fa2c3db00fef/121550d955f076442caf907a81f86cef

 あっぷでーと! 新しい武装と兵器の説明よー。第二スキルがおや……?

 というわけでいつからデスカウントされるのがランサーだけだと思ってた……? バカめ! 奴も光魔法かっこいいポーズを決めて昇天したわ!

 というわけでほかの英霊全員出番カットです(無情


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カルデア・デイズ
それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 1


「―――うん、お疲れ様。これにて第一特異点オルレアンは見事に解決され、人理定礎が敷かれた。七つある特異点のうち、その一つが解決されたことによってボクらは人類史の焼却に対しての一歩を踏みだすことに成功した。本当にお疲れ様。長丁場になるかもしれないと予想していたけど、まさか二日で攻略を完了するとは思いもしなかったよ。おかげでカルデアは今、お祭り状態さ」

 

 カルデア中の、生き残ったスタッフが歓喜の声をあげながら立香へと近づき、おめでとう、お疲れ様、よく踏ん張った、と喜びを露わにしながらしながらマシュと立香の背中を叩いていた。その集団に巻き込まれないように絶妙な加減で気配遮断を使いつつ、回収した聖杯を一緒に迎えに来たダ・ヴィンチへと渡す。

 

「これが聖杯だ」

 

「はいはい、確かに預かったよ。ロマニでさえ開け方の解らない保管庫にこれはしまって、封印しておくから安心しておくといい。それじゃあ私は早速こいつを閉まってくるよ」

 

 ダ・ヴィンチが籠手の中に聖杯を一時的に封入すると、それを処理するためにも行動に移る。オルレアンでのヤラカシっぷりを見れば、あの聖杯が本物であることは疑う必要のない事実だった。その為、封印処理に関しては一番早く処理しなくてはならない案件だ。アレ一つでおそらくはカルデアを完全復旧させる事もできるのだろうが、それに頼っては()()()()()()()()()である為、聖杯によって願いを叶えるという行いはカルデアでは現在、完全に禁止されている。

 

 その為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事になっている。聖杯を求めた聖杯戦争なのに、なんともまぁ、妙な事になっている。だがとりあえず、回収した聖杯をダ・ヴィンチに渡して保管させる事はできた。これで少し、心労が取れた気がした。ともあれ、オルレアンの特異点も終わった。

 

 次の特異点までは俺も休もう。

 

 両手をパンパン、と叩く。

 

「そこまでだ。立香もマシュも特異点帰りで疲れている。祝福するのは休んだ後にしろ。それよりもまだ貴様らの仕事は終わっていないだろう。第一特異点は攻略した……じゃあ次は何だ?」

 

「第二特異点の特定!」

 

「安定化!」

 

「攻略おめでとうパーティーの準備!」

 

 そう言うとスタッフ達が立香とマシュを解放し、それぞれの作業へと向かった。解放された立香とマシュがほっと一息を吐き、

 

「ありがとうアヴェンジャーさん……皆異様にテンション高くてほんと困ってた……」

 

「さんはいらない……まぁ、気持ちは解らなくもない。特異点探索と言えば通常の聖杯戦争とはまるでシステムが違う。実際にその時代にレイシフトした上で相手の土俵の中で戦うんだからな。それこそ人間ではなく、勇者や英雄の仕事だろう。凡人としては物凄い頑張っているよ、お前は……さ、今は休め。次の特異点が定まるまでは、な」

 

 軽く立香の頭を撫でようと手を伸ばしていたことを気づき、それをひっこめた。自分のような怪物に触れられて気を良くする存在もいないだろう、と思いながらそのまま部屋から出て行く立香とマシュを見送った。その結果、この部屋に残ったのは己とロマニだけだった。

 

「お疲れ様アヴェンジャー。良く立香くんとマシュを守ってくれたね」

 

「いや……あの二人は良くやってるよ。英霊たちの助力を引き出せている。次か……或いはその次の特異点ではもう俺は余分だろうな」

 

 エミヤの器用さ、クー・フーリンの万能っぷり、そして謎のヒロインZの火力。それをトータルで考えると自分一人が抜けたところで対して問題はないだろう、と判断している。自分ができることは大体エミヤとクー・フーリンが出来る為、必然的に自分の重要性、必要性が下がるのだ。とはいえ、自爆覚悟で英霊を一人道連れに出来るのだから完全に不要という形にはならないだろうとは思っている。

 

「そんな悲しい事を言わないで欲しいなぁ。まぁ、でも君がそう評価するぐらいには立香くんも頑張っているんだね」

 

「正直ここまで結果を出せるとは思わなかった。まるで才能を感じさせない少年だったはずなんだが……」

 

「だけど彼は二回連続で成果を出す事に成功している。たぶん通常の人間よりも運命力に恵まれているんだろうね。まさに特異点を攻略する為に遣わされた逸材だよ」

 

 だけど、とロマニは言葉を置き、いいや、と頭を横へと振った。それにどうした、と言葉をかければなんでもない、と曖昧な笑みを浮かべていた。だがその笑みはどこか、見た覚えのあるタイプの笑みだった。そう、まるでなにもかも理解してその上で諦めてしまった、笑う事以外ができなくなってしまったかのような笑み。そんな、道化の様な笑みをロマニは浮かべていた。その姿はなぜか、

 

 物凄く―――哀れだった。

 

「アヴェンジャー? どうしたんだい、動きを止めて」

 

「いや……なんでもない」

 

 頭を横に振りながらロマニへと背を向ける。自分もそれなりに疲れたから、一先ずはマイルームで休ませてもらおう。そう思って歩き出そうとしたところでロマニの声が此方の足を止めてくる。それに横目を向けた。

 

「アヴェンジャー、君は昔のことを思い出せたかい?」

 

「―――いや、全く思い出せない。いい加減、自分の過去を探ろうとすることにも疲れてきたぐらいだ」

 

「そうか、呼び止めちゃってごめん。君もお疲れ様」

 

 

 今度こそ呼び止められることもなく部屋を出た。流石に本格的なレイシフトでの特異点探索だけあって、かなり疲れた。部屋に直行してこのまま一眠りをした上で次の準備を始めるか、と考えたところで正面、行く道を塞ぐように妖精の姿が出現した。その姿を無視して、幻覚を前に足を止めずに、そのまま姿を通り抜けた。

 

『あぁん、無視は酷い! 酷いわ! 私ほど貴方を思っている人なんていないのに……でもいいわ、許してあげるわ。だってこれが誰かを愛するということなんでしょう? 袖にされるのも悪くはないわ。ただ同じことが何度も続くとマンネリだし、ちょっと意地悪でもしちゃおうかしら』

 

 相変わらずイカレた妖精の言葉が聞こえる。それが不思議と耳障りではないのだからおかしい。はたして自分は狂っているのか、或いは狂っているけど正気のフリをしているのか。どちらにしろ、こんな存在が見えてる時点でもはや正気とは言い難いだろう。このまま完全に発狂して、そのまま正気を失ってしまえばもっと楽になれるのに、ギリギリの一線で発狂できないもどかしさが自分にはあった。

 

 ―――まぁ、それでさえどうでもいい事だ。比較的に。

 

『狂いたいのに狂えないのはまだ狂う程追いつめられていないからでしょ?』

 

 背後、妖精の声が聞こえる。

 

『或いは()()()()()()()()()という結果ね』

 

 ―――最初から狂っている、自分が?

 

 振り返りながら妖精を見る。マイルームへと向けていた足を止め、彼女を探した。だがそこに妖精の姿はなく、くすくす、というオルレアンでも聞いたあの笑い声の方へと視線を向ければ、磨かれたカルデアの壁に映る己の反射が妖精の姿へと変わっていた。ニコニコと笑みを向けてくる彼女の姿に覚えは―――ない。だがないだけだ。きっと、()()()()()()()()()()()()なのだ。そう、どうしても彼女が初めて見たような気がしない。

 

「お前は……なんなんだ。誰なんだ」

 

 反射に映し出される妖精の姿へと語りかける。だが彼女はくすり、と笑って肩を揺らす。

 

『さぁ? 可愛い可愛い貴方の妖精さんでいいんじゃないかしら?』

 

 まともに答えるつもりはないらしい。とはいえ、きっとそれは自分で思い出して、答えを見つけなくてはならない事なのだろう。ただ自分の名前すら思い出せず、何をしていたのかさえ理解できない継ぎ接ぎだらけの記憶と感情と心、果たしてこんな調子で次の特異点、己はしっかりと戦えるのか、というのはどうにも不安を覚える内容だった。

 

『諦めたくなったら諦めてもいいのよ?』

 

 それはきっと―――ないだろう。全てを思い出したわけではない。だが自分の記憶の中にある自分は、諦めきれない様な男……だった気がする。だとすればそう簡単に諦める訳にもいかない。何よりもまず、自分という存在が知りたいのなら、その足跡を追うしかないのだから。そして今の自分にはそれしかない。自分という存在を追いかけるしかないのだ。英霊が増え、自分ができることが他人でも可能になると―――俺が不要になるから。存在意義すら消えてなくなるから。自分を取り戻す前に存在すら消えてしまいそうだ。それだけは……いやだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

『生を知るからこそ生まれる思いよね、それは。私は嫌いじゃないわ。そして愛しく思うわ、貴方が一歩一歩、それを取り戻す度に―――』

 

 そこで言葉が途切れる。察した気配に素早く視線を横へと向けた。カルデアの通路こちらへと向かって歩いてくる姿を見た。それが見覚えのある少年の姿で少しだけ安堵する。話しかけられるのもやや面倒に感じ、接触を回避するために見られる前に気配を遮断する。そのまま横をすり抜けてマイルームへと戻ろうとしたが、

 

「―――はぁ……はぁ……」

 

 通り過ぎる立香の横、盗み見たその表情は青くなっており、今にも吐き出しそうな表情を浮かべていた。その足取りは重く、フラついているのが見える。荒い息を吐きながら壁に手をついて歩くその姿はどこからどう見ても限界ギリギリという様子だった。明らかに正常ではない。今すぐ休みが必要という姿だった。さすがに見過ごすわけにもいかず、壁に寄りかかって倒れそうなその姿を片手で支えた。

 

「無事か、藤丸」

 

「あ、あれ、アヴェンジャーさんか」

 

「さんはいらない」

 

 そう言っている間に此方の支えから脱出した立香はまるで何事もなかったかのように微笑を浮かべ、先ほどまでとは対極の様子を見せていたが、そうやって演じるには少々遅すぎた。

 

「……なるほど、精神的に限界(≪虚ろの英知:医術:診断≫)だったか。寧ろ良くここまで悟られずにいられたな、お前は」

 

「いや、そんな事ないから! ほら……って言っても無駄?」

 

 その言葉に無言のまま頷けば、少しだけ、情けない表情を浮かべながらあははは、と立香が小さく笑った。

 

「そのー……アヴェンジャーさん? 出来たらこの事は内密に……特にマシュとドクター相手には絶対に秘密に……」

 

 呆れの溜息を吐いた。吐くしかなかった。この少年はおそらく、自分の背負っている重荷を理解し、そしてそれと付き合おうとしているのだろう―――表面上は。こうやってその瞬間を見せるまでは完璧に隠し通しているのだから、一体どこでその演技を学んできたのかが非常に気になる。が、それはとりあえずとして、

 

「さん付けを止めるなら考えなくもない、な」

 

「断言しない辺りに大人の汚さを感じる……!」

 

 ぐぬぬぬ、と声を漏らす立香を見て、腕を組み、

 

「辛いか」

 

「今にも吐きそうだけど、なんとか我慢……してるかな。マシュは心配させたら絶対にトチりそうだし、ドクターはなんか一日2時間も眠れていないし、ダ・ヴィンチちゃんは無休で働き続けているって話だし……」

 

「負担は強いられない、という心配か」

 

 立香は頷いた。

 

「―――ほら、俺、最後のマスターだし」

 

「それだけか?」

 

 いや、うん、なんというか、という言葉を立香は付け加え、

 

好きな子(マシュ)の前ではかっこつけたいじゃん? という訳でアヴェンジャー先生、どうかこの件に関しては内密に……」

 

「さんはいらないけど先生はもっといらない」

 

 このカルデア―――人類最後の居場所に、苦難を感じ、隠しているのは決して己だけではない。誰もがきっと、何かを抱えながら前へと進もうとしているのだろう、きっと。そう、特別なのは己だけではないのだ。だから、

 

「まぁ、黙っておこう」

 

「さすが先生」

 

「先生はやめろ……ともあれ、マイルームへは手を貸そう」

 

 この少年の道に、幸がある事を祈っている。




 次回予告!

 ロマニは白目を向き、立香は血涙を流す! そして二人の咆哮が点に響く! こんなことが、こんなことが許されてたまるかよぉ! それはそれとしてお前無条件でケツロンゴバットな。あと3秒以内に焼肉やけよ。

 次回、「ガチャ」。その石を握った瞬間、誰もが(課金の)ビーストとなる。


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それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 2

「ついにこの時が来てしまったか……」

 

「そうだね……来ちゃったね……この時が」

 

 サーヴァント召喚室の中には複数の姿が見えた。マスター・藤丸立香、マシュ・キリエライト、ロマニ・アーキマン、謎のヒロインZ、そして己だ。エミヤは厨房で食事を作っており、クー・フーリンは鍛錬、ダ・ヴィンチはひたすら次の特異点への準備を行っているため、実質的にこれが参加できる全員だった。そしてここへと来て、やることは一つ、

 

「―――ガチャだ」

 

 英霊召喚である。オルレアンを突破するついでに拾った聖晶石5個を立香はその手に握っており、これから英霊召喚を行う為の運気を高めている最中だった。マシュは首をかしげているが、妖精やロマニが妙にゲームに関する知識が肥えており、それを説明するものだから自分も理解してしまった。彼は英霊召喚をゲームと同じノリでやっているのだと―――まぁ、それで英霊が召喚されるのだから問題はないのだが。

 

「オルレアンを超速で終わらせたから討伐したサーヴァントは5人……つまり手に入れた聖晶石は全部で5個……つまりは1回……そう1ガチャだ……くっ、魔法のカードが使えないのがこんなに心細いとは……!」

 

「立香くん! イメージだよイメージ! ガチャるときは常に最高の瞬間を引き寄せるんだ! エミヤ君だって言ってた、常に最高の自分をイメージするんだって!」

 

「自分の名言がこんな使われ方しているの聞いたらグレそうですね彼」

 

 冷ややかな謎のヒロインZのツッコミがどこかシュールさを呼び覚ましていたが、ロマニと立香はオーディエンスの声が聞こえないレベルで熱狂していた。ガチャ、つまりは抽選とも言えるシステム。いったい何が彼らをそこまで熱狂させるのだろうか。そんな事を考えていると、妖精の形をした影が肩を揺らした。

 

『まぁ、召喚システムがオルレアン以降不安定になって、常に英霊を召喚できるというわけじゃなくなったのがハートに火をつけたのかもしれないわね』

 

 そう―――システム・フェイトは不調を訴えている。いや、正確に言えば干渉を受けているともいえる。本来であれば100%呼応する英霊をサーヴァントとして召喚するシステム・フェイトではあるが、それが何らかの干渉を受け、常に英霊を召喚できる訳ではなくなってしまった。メンテナンスを行ったダ・ヴィンチはおそらく人類史焼却を行った存在がこれ以上こちらに英霊を召喚させないようにシステム・フェイトに干渉し、戦力の補充を止めに来ている、と解釈していた。

 

 ただその結果、システム・フェイトは英霊だけではなく、概念の抽出を行える様に調整された。

 

 情報の塊である英霊は概念による強化が行える。その為、英霊の召喚に失敗したら概念の抽出を行い、せめて英霊を強化する為のパーツを取得しよう、という風に改造されている。つまり、現在のシステム・フェイトは成功して英霊の召喚、失敗して概念の抽出を行うようになっている。どちらにしろ、システム・フェイトの運用は間違いなくカルデアの戦力を強化してくれる結果となる。

 

 ただ、そのランダム性が立香とロマニを燃え上がらせている、と妖精は言っている。

 

『うーん、こればかりはソシャゲに手を出さなきゃ解らない感覚よね』

 

 お前はソシャゲやってるのか、とツッコミを入れたくなる妖精の発言を堪える。とりあえず立香とロマニへと視線を向ければ、もはや宗教とか儀式とかそういう領域に入ってくるような様子を見せていた。流石に謎のヒロインZと並んで、半分その情熱に引きながらも眺めているとクワッ、と音を立てて立香がシステム・フェイトへと向き合った。

 

「ここだぁ―――!!」

 

「行け! 立香くん! そこだっ! 今こそ単発神引きをするんだッ!」

 

「これが俺の、最高の一手だぁ―――!」

 

 なんかの最終決戦? かと思ってしまうようなテンションで聖晶石が召喚陣の中に放り込まれ、システム・フェイトが起動する。高密度の魔力はシステムを動かすための燃料となりながら座とカルデアを繋ぐ道となって輝き始める。生み出される光輪の中、閃光はやがて収縮し、

 

 一枚のカードに変形した。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ―――!!」

 

「がぁぁぁ―――!!」

 

 発狂しながら立香とロマニが床に倒れた。あの、カルデアが爆破されて特異点の中に放り出されても冷静な演技を続けていたあの、藤丸立香が完全に崩れ去った。軽く心理判断を行っても本気で床に倒れて転がっているとしか判断できない―――なんなんだろうか、これは。

 

『これがガチャに敗北した哀れな生き物よ』

 

 床に転がって涙を流すその姿は確かに哀れ、としか形容する事ができなかった。いや、確かに英霊を召喚できなかったことは痛い。現在のカルデアで直接的な戦力とはすなわち英霊の事を指し示すからだ。そして英霊は増えれば増えるだけ、此方側が切れる手札の数が増える事となる。

 

 具体的な話をすると、マスターを除いて同時にレイシフトできる英霊の数は()()()()だ。これが技術としての限界なのだ。その為、どんなに英霊がいても6人以上レイシフトを行う事はできない―――だが特異点で英霊が敗北して消えた場合、カルデアで待機していれば即座に呼び出して戦力を補充する事ができる。

 

 少なくとも一度敗北した英霊が復活するまでは数時間から最大一日までの時間を必要とする。

 

 その事を考えたらバックアップ等が欲しくなってくる。故に英霊はいるだけで、それだけで心強い味方となってくれる。だが、それでも概念の抽出も悪くはないのだ。少なくともこれを元にダ・ヴィンチが礼装の作成を行えるのだから。ただ、立香とロマニのコンビを見ていると、どこからどう見ても英霊を引きたかった、というのが見える。

 

『うん……まぁ、救いの手をあげたら?』

 

 妖精の言葉にそうしよう、と決める。二人の様子に軽く呆れながらも仕方がない、と言葉を吐き、予め持ち込んでいた袋を袖の中から取り出し、それを軽く鳴らして。カキン、カキン、と金属質な音を袋の中に包まれた石が鳴らした。だが不思議と心地の良いその音を聞きつけ、ロマニと立香の視線がこちらへと向けられた。

 

「……G区間の保管庫から40個サルベージしてきたぞ」

 

「アヴェンジャー神様……」

 

「そうか、君は神霊のサーヴァントだったんだね?」

 

 なに言ってんだこいつら、と思っている中で、こちらが持ち込んだ40個の聖晶石を受け取りながら立香とロマニが崇めるように頭を下げて平伏してくる。それを見て爆笑している謎のヒロインZと妖精の笑い声がステレオで背後から聞こえてくる。こんなことになるならクー・フーリンみたいに事前に逃げておくんだったなぁ、と今更ながら後悔しつつも、立香は受け取った聖晶石の入った袋を力強く握り、

 

「イメージするのは最強の己自身……!」

 

「あぁ、この流れは来てる! 来てるよ! 絶対SSR引けるよ!」

 

「言動が完全に末期のギャンブラーのそれでさっきから笑いが止まらないんですけど」

 

 これは聖晶石を渡すの早まったかもしれないなぁ、なんてことを考えていると、立香が聖晶石を4個手に握った。

 

「10連は信じない、単発10回を信じる……! 一回目ぇさらば聖晶石ィ!! FOO!」

 

「大分テンションぶっ飛んでますけど大丈夫なんでしょうかアレ」

 

「知らん」

 

 ガチャという言葉だけで興奮を覚えてしまう変態的な性癖をどうやら人類最後のマスターは持っているらしい。マシュはそれでも懸命に応援しているあたり、アイツは色々と恵まれているなぁ、なんてことを考えながらシステム・フェイトへと視線を向けた。聖晶石を受け入れた召喚陣は再びその機能を稼働させる。概念抽出、そして英霊召喚。その狭間でシステムは揺れ動きながら輝きを増して行く。

 

 最終的に光輪三つ重なる。

 

「ガッチャアア! ガチャァ! ガッチャッチャアァ―――!」

 

「いいぞぉ! そこだ! そのドローに全てを、魂をささげるんだ立香くん!」

 

「邪教染みてきた」

 

 これでいいのか人類、と思いつつも段々と光は人の形を形成して行く。概念ではなく英霊の召喚に成功したらしい。やがて召喚陣の上に一人の青年の姿を見せた。黒いコートに短い白髪の青年は伏していた眼をあけ、

 

「―――サーヴァント・アサシン、シャルル=アンリ・サンソン。召喚に応じ、参上しました」

 

 アサシンの召喚に成功した。無言で拳を天へと向けて掲げてから立香がようこそ、とサンソンへと向けた。それを見てから、ホロウィンドウを生み出しながらロマニが口を開く。

 

「シャルル=アンリ・サンソン……彼はフランスの有名な処刑人だ。アサシンというクラスはおそらくそれが一番フィットするから、という理由かな? 十八世紀に生まれたアンリ・サンソンはフランス革命で王族を処刑した事で有名だけど―――」

 

 そこでいったん言葉を区切り、

 

「―――それ以上に人類史上2番目に多くその手で死刑を執行した者でもある。1番といえばドイツのヨハン・ライヒハートだけど、なんと言ってもアンリ・サンソンはギロチンを生み出した張本人でもある。原始的でも苦痛を伴わない速やかな処刑手段を生み出した人物として人類史にその名は刻まれているよ」

 

 その言葉を受け、柔和な笑みをサンソンが浮かべた。

 

「どうやら説明の必要はないようですね。その通り、それがシャルル=アンリ・サンソンという男です。僕は生粋の処刑人。僕は貴方の刃であります―――ですが、同時に貴方を量る天秤でもあります。私は悪を裁く存在故に、どうぞ進む道をお気を付けください」

 

「サンソンさんは今までの英霊たちとは何か毛色が違いますね……」

 

 マシュはそう言うが、寧ろ今までの英霊のほうが協力的過ぎたのだ。英霊なんて存在は結局は元英雄なのだから、我が強い連中ばかりの筈なのだ。そんな中でエミヤもクー・フーリンも謎のヒロインZも、基本的にはマスターを尊重し、そして従ってくれるかなり優良、というか人のできている英霊だった。寧ろサンソンの様な強い主義や主張を持っている方がスタンダードだと個人的には思っている。

 

「しかしサンソンさんは良くカルデアに来てくれたね」

 

「そうですね。何ら縁もなかったですし正直人類史の焼却とか本来は一切興味がないので見て見ぬフリしても良かったんですけど―――」

 

 サンソンは言葉を区切ると、

 

「―――しかしマリーがこんな状況、見過ごすとは思えませんし、フランスの大地を救ったという恩人の下へとなら絶対に召喚に応じるでしょう。ということは僕はマリーと同じ空気を吸っていける……?」

 

「あ、これ絶対頭のダメなやつだ」

 

「知ってました。見事なオチが来ましたね」

 

「マリー! あぁ、マリー! マリア! 本物のマリーにまた会えるんだ! マリー! マリィィ―――!! 今度もグッズ揃えながら待ってるよマリィィ―――! 君のためにマリーランドを作るから待っててくれマリィ―――!!」

 

「先輩、サンソンさんが何やら発狂し始めてるんですが……」

 

「きっとかわいそうな人だからそっとしておこう……そんなことよりもガチャ続行だぁ! ヒャア! ガマンできねぇ! オルレアンピック開催だぁ! ジャンヌさんカモーン!」

 

 立香が発狂しているサンソンを無視して袋ごと召喚陣の中へと聖晶石を投げ込んだ。すべての石を消費した9連続召喚に応えるべくシステム・フェイトが光を生み出し始める。光が極限まで高まった瞬間、一枚のカードが生み出された。概念抽出成功の証だった。それを受け立香が腹を抱えながらよろめいた。

 

「まだ、まだ1回目だ……!」

 

「ボクらのピックはあと8回残って―――」

 

 直後、システム・フェイトがガチャ中毒者をあざ笑うかのようにショットガンのごとく概念抽出に成功した証として概念の刻まれたカードを一気に五枚生み出した。それを見た瞬間、ロマニが倒れた。

 

「ど、ドクター―――! せ、先輩ドクターが、って先輩も涙を」

 

「ふ、ふふ、追加課金できないガチャがこんなに地獄だったのを久しぶりに思い出せたよマシュ……」

 

「しっかりしてください先輩! せんぱ―――い!」

 

 召喚陣へと向けてマリーと叫ぶサンソン、マシュに抱かれて涙を流しながらも幸せそうな立香、そして白目をむいて床に倒れているロマニ。どこからどう見ても地獄絵図でしかなかった。たぶんクー・フーリンがいたのならデスカウントが1進んでたであろう状況を見ながら、謎のヒロインZと二人で壁際に並んで、差し出された煎餅を齧りながら見ていた。

 

 なお妖精は爆笑しすぎた結果息苦しそうにしている。

 

 これはもうサンソン以外のサーヴァントは出ないんじゃないか? と思った瞬間、

 

『む、霊基の反応ね。最後の最後で英霊が出現するわ』

 

「マリー! こっちだよ! こっちがカルデアだよ! さ、マリー! マリー―――!」

 

 クソがつくほどやかましい状況の中で、システム・フェイトの中央に光が形成されて行く。一流のサーヴァントが出現する。その威圧感と気配を理解した瞬間、狂喜していたサンソンが一瞬で真顔を取り戻した。あ、これ絶対にマリー・アントワネットじゃないな、と理解した瞬間、光が一つの姿を生み出した。

 

 それは黒かった。

 

 霞がかった様な黒い霧を纏い、黒い甲冑に染め上げられた姿をしている。狂気は空気に乗って室内に漂っていた。倒れていたはずのロマニが起き上がり、

 

「クラスはバーサーカー、彼は―――」

 

「Arrrrrrrrrrrr―――!!」

 

 ロマニの声を押し潰す様にバーサーカーの声が響き、そして謎のヒロインZが静かに壁際から離れた。バーサーカーから距離はあるが、その正面に立ちはだかった。

 

「貴殿は……」

 

「Arrrr……Arrrthurrr―――? Arthur……?」

 

 バーサーカーが何かを喋ろうとし、謎のヒロインZが言葉を止めた。そして次の瞬間、ものすごい冷静さで謎のヒロインZのある部位を見て言葉を発した。

 

「Not Arthur」

 

 狂化されているとは思えないほど清らかな発言だった。というかどこからどう聞いても狂化しているどころか正気で本気で思っている発言だった。えぇ、と困惑している周囲を無視し、謎のヒロインZとバーサーカーが燃え上がる。

 

「おい、その無駄に清らかな発音はなんだ」

 

「Sigh……Not Arthur」

 

「誰が二回言えと言ったクソが」

 

 バーサーカーが頭を横へと振りながら溜息を吐いた。ビキビキ、と音を立てながら謎のヒロインZの額に青筋が浮かび上がり始め、立香が片手を伸ばした。

 

「令呪をもって命ずる、解る言葉で話せバーサーカー」

 

 令呪が消え、そしてバーサーカーがやれやれ、と肩を揺らした。

 

「いや、我が王はもっと慎ましいから。こんな下品な乳してないから。チェンジで」

 

「円卓から除籍だよミニアドォ―――!」

 

 一体誰が、ロンゴミニアドを振るう彼女を止められただろうか……。




 ドルヲタと狂犬がカルデアに着任しました。彼らはきっとこれからのカルデア生活をヲタ芸と王煽りで盛り上げてくれるでしょマリー! マリー! マリア―――!

 数話コミュとカルデアの日常挟んだらろーまでローマをするためにローマしに行くよ。だってそりゃあローマだからね。勿論ローマだろ? ではローマまでまたローマで。


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それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 3

「―――なるほど、シャルル=アンリ・サンソンか。中々良い英霊を召還したな」

 

 食堂、あんぱんを片手にエミヤと歓談しているとき、新しい英霊に関する事が話題に上がった。シャルル=アンリ・サンソン。彼はカテゴリ的には近代の史実英霊だ。即ち神話や伝承から発生したIF等の存在ではなく、現実に存在した人物である。神秘が薄い現代において近代になればなるほど英霊として認められることは実に難しく、()()()()()()()()()()()とされている現代で英霊として認められることは難行である。比較的近代である十八世紀生まれのサンソンが英霊として名を残したのは間違いなく人類史上2番目に人を処刑した事実ではなく、

 

 ギロチン、という機能的な処刑道具を生み出した功績からだろう。

 

 エプロンを装着しているエミヤは対面側に座っている。英霊である彼は食事をする必要はないが、生前のパーソナリティーとして料理等に手を出すことが趣味だったらしく、暇さえあれば食堂や厨房でその姿を見かけることができる。正直、現在のカルデアのスタッフを修復等の作業に回さなくてはならない分、こういう雑事を手伝ってくれる存在は非常にありがたい。その上で、プロフェッショナル並に熟練された技術で料理を出してくるので、カルデアの食堂はこの人類史の焼却の中では小さなオアシスとして機能している。

 

 今食べているあんぱんも、エミヤ印だったりする。G区間までは完全に開放できている現在、一部区間を改造して農業ができるようにしてある。2016年12月までは確定で生存できる事は確認している。その為、それまではこのカルデアで生活しなければいけないのだ。その為、野菜や小麦等の栽培できるものに関してはカルデア内で魔術と科学の融合技術で増やす方向性に進めている。

 

 少なくとも、戦いが激化して行く中で、休める時に休む為に必要な食事や娯楽の類はなるべく揃えておきたい―――特に立香の態度を見てからは更にそう判断した。

 

 その為、さりげなく面倒を見ていそうなエミヤにだけは立香の事をリークしてある。ロマニにも一応話すかどうかを考えもした―――しかし確かめてみればレイシフト中は常にマスターのバイタルチェックと存在確率の安定化の為に管制室からロマニは離れられないため、()()()()()()()()()()()のだ。その中で立香のカウンセリングまでの時間を取ろうとすればたぶん、立香が倒れる前にロマニが倒れる。

 

 ……明らかに手が足りていない。ゆっくりとだがカルデアは崩れ始めているのだ。

 

 エミヤの様に多芸の英霊が増えてくれれば、その分ロマニや立香への負担が減る。その為、英霊戦力の補充は実に望ましい話であり―――今、エミヤと話していることに繋がる。

 

「シャルル=アンリ・サンソンと言えば処刑人として有名ではあるが、それとは別に彼は医術をたいへん高いレベルで納めている」

 

「つまりはロマニの負担が減る、という訳か」

 

「あぁ、漸くな。医術の心得を持つ者は一人でも多く欲しいものだ」

 

 自分もインストールされた知識として医術を覚えてはいるが、メンタルカウンセリングとなると話はだいぶ変わってくる。サンソンから直接聞いた話では死刑前の者を安らかな心で送るために、そういう類のカウンセリング技術はある程度心得ているとも言っていた。基本的に英霊という存在は戦い詰めでもなければ疲れを知らない為、ロマニとは違って働かす事ができる。医療関係の負担はこれで少しだけだが軽くなっただろう。とはいえ、まだ焼け石に水だとでも言える状況だ。カルデアのスタッフは二十数人しか存在せず、まだ特異点は六つ残されている。

 

「それにサンソンと言えば法の体現者だ。法に従い、悪を処刑する彼の姿は悪という概念に対する天敵だと言ってもいいだろう。まず間違いなく断言するが人類史を燃やすような相手が善だとは言い難いだろう。となるとサンソンの対悪能力は輝く筈だ……あの未熟なマスターはどこか、運を持っているな」

 

「そもそもその運がなければ生き残る事さえ出来なかっただろうに」

 

「それもそうだな」

 

 苦笑するエミヤはどこか少しだけ、疲れたような様子でため息を吐いた。そんな風にリアクションをとる彼が珍しく、どうした、と声をかけた。それを受けたエミヤが苦笑しながらいや、な、と言葉を置いた。

 

「私も英霊として……いや、抑止の守護者として様々な戦いに身を置いてきた。聖杯戦争にだって参加するのはこれが初めてではない。一時は未熟な己を殺そうと思った事さえあった。私は正義の味方というアイコンを目指し、その果てに完全な正義という存在がこの世には存在しないという事実を知って大人になった。何とも苦い経験だった」

 

 そこまで喋ると頬杖をつく。

 

「何とも歯がゆいものだ。絶対の正義が存在しないと理解したその先で、私はこうやって正義の味方として自由に振る舞う事ができる場所を得ることができたのだから。そもそも人類史の焼却なんてイベント、いったい誰が予測できるというのだ。まったく、予想外の理不尽に関しては程々にしておいてほしい……」

 

 そう言うエミヤは悪態を吐いているつもりではあるが、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。皮肉屋で、小言を口にして、それで時折文句を垂れているが―――エミヤがここ、カルデアという場所で人類の最前線で戦う事はどうやら、本人としては満ち足りているらしい。クー・フーリンや謎のヒロインZを相手にしている時も本気で険悪な空気を流すような事はなく、言い争う事を楽しんでいるようにも見えていた。

 

 そこで思い出す―――元々エミヤは聖杯戦争でほかのサーヴァント達と敵対していたという事実を。

 

 ならばなるほど、確かに文字通り夢の様な環境なのだろう、ここは。強敵と手を組んで、更なる巨悪を相手にする。それはまさに、

 

『王道の冒険活劇みたいね。私、そういう王道のお話も好きよ』

 

 隣の椅子に座っている妖精が呟いてくる。だが確かに、そういう感じはした。エミヤを主人公にしたらいい感じの本になるのではないだろうか、とも。こういうタイプの物語、割と門司が好みにしていた記憶が自分にはある。

 

「まぁ、それも2017年までの話だ」

 

「それまでに何とか残りの特異点を攻略しなくてはな。不安になるマスターではあるが、やりがいのある環境である事は間違いがない」

 

 2017年、その時に世界が終わる。それまでに残り六つの特異点を攻略しなければ、人類史を取り戻す事すらできないのだ。どうにかして、未来を取り戻さなければならない。それがいま、人類に残された命題なのだから。そんな事を考えながらあんぱんの最後の欠片を口の中に入れて、飲み込んだ。昔は食べるものに味なんて存在しなかった。だが記憶を取り戻すたびにまるで生き返るように五感が蘇ってきた。こうやって、ちゃんと味覚を感じられることは幸福だったのだな、と今更なことを考えていると、

 

 ―――なにか、BGMが聞こえてきた。

 

「なんだこれ……」

 

 聞き覚えのないBGMだったが、エミヤが露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。どうしたのか、とその表情を眺めていると、

 

「この暴れんぼうな感じの将軍っぽいBGMは……奴か!」

 

 即座に立ち上がったエミヤがフライパンとお玉を投影した。お前の武器はどうした、と思っていると、BGMが食堂へと向かって近づいてくる。BGMの主が来るのだろう、と半ばこんなカオスを行える唯一の存在を思い浮かべて食堂の入口へと視線を向ければ、その扉が勢いよくスライドして開け放たれた。

 

「―――私が来ました(≪騎乗EX≫)!」

 

「Arrr……」

 

 エミヤと共に、()()を目撃した瞬間、動きを停止した。登場したのは謎のヒロインZだった。どこからともなくありえないはずの風に吹かれて揺れるマフラーと帽子から突き出たアホ毛。そして成熟した肉体を隠すファッションセンスを感じないジャージとホットパンツの組み合わせ。いつも通りの彼女の姿だった―――彼女は。

 

 ただしその下で四つん這いになって馬の真似をさせられているランスロットさえいなければ。

 

「おぉぅ、もう……」

 

 エミヤがランスロットのあまりに無残な姿に両手で顔を隠して涙を流していた。円卓の騎士、ブリテン最強の騎士。そう呼ばれたランスロットはしかし完全に四つん這いで馬の真似事をさせられていた。いや、確かに謎のヒロインZの真名はアルトリア・ペンドラゴン、信じられない事に歴史に名を残すアーサー・ペンドラゴンその人だ。世の歴史家が実はアーサーはアルトリアで女だった、という事実を知ればまず間違いなく発狂して死ぬだろう事実だ。

 

 そしてサー・ランスロットはかつて円卓にて最強と呼ばれた湖の騎士だ。それこそその技量はアーサー王、つまりはアルトリアよりも上だといわれている程に。そして円卓の崩壊、アルトリアの死因を知れば、まぁ、ランスロットに対するアルトリアの態度というものもやや納得できるだろう。というかそれだけをする権利は十分あると思う。だがそれはそれとして、

 

「騎士が馬の真似事とは……」

 

「何を言っているんですか。円卓といえば我が部下。つまりは私の犬です。なら別にどう扱おうが私の勝手です。それはそれとして、全員真黒な鎧の男セイバーは生理的に嫌悪感しかないのでお前ちょっと馬のマネしてみろよ」

 

「Brrrrrr!!」

 

「うるせぇぇ!」

 

「!?」

 

 なんか、もう、職場を完全に間違えたのではないだろうか、この騎士は。見ていれば見ているほど、どこか段々と哀れになって行くのが見ていて無性に悲しかった。これが英雄、これが英霊。座にさえ記録され、人類に名を残した英雄の筈、なのだ。

 

ふーん……(≪■■接続■:■■ちゃんアイ≫)

 

 そんなランスロットの姿を妖精が数秒ほど眺め、

 

『でも彼、こういう風に雑に扱われていてかなり喜んでるわよ』

 

「えっ、こんなことされて喜んでるのかコイツ……?」

 

 妖精の衝撃の言葉に思わずランスロットをコイツ呼びしてしまった。そしてついでに言葉を零してしまったと気が付いた瞬間、完全に食堂内の動きが停止し、エミヤとともに一歩後ろへと下がった瞬間、謎のヒロインZも無言で騎乗EXを解除しながらランスロットから離れた。四つん這いで完全に動きを停止していたランスロットが焦ったような様子で右へ、左へ、そして謎のヒロインZへと視線を向けた。

 

「あ、私円卓とかと一切関係のない通りすがりのセイバー殺しなんで。この私が最強のセイバーだと証明するためにちょっと出かけてきますね。それでは……セイ! バーッ!」

 

 早口でそう言い切ると気配遮断を発動させ、一瞬で謎のヒロインZが姿を消した。それを見たランスロットが完全に動きを停止させ、そして此方とエミヤへと視線を向けた。

 

「……マシュ嬢には近づかないで貰いたい。理由は解るな?」

 

「Oh……」

 

『正確にはアルトリアに対する自責の念があるから雑に扱われる事で責められているという感じがしたり、ともに戦えるという喜び……という理由なんだけど、なんか面白いしこのままでいいか』

 

 妖精が相変わらずド畜生だった。だが最近はその畜生っぷりにも大分慣れてきた自分がいる気がする―――やはり、昔のことを思い出し始めているのが原因なのだろうか? ともあれ、ランスロットが誤解を解こうとしているが、いい感じにバーサークしていて言語を解せないため、ジェスチャーで伝えようとしている。カルデア内の限定で令呪で狂化がある程度緩和しているからこそ見れる光景だな、と眺めていると、

 

「えぇい、君も解らん男だな! 仕方があるまい、使いたくはなかったが最終手段を使わせてもらおう!」

 

「……!」

 

 エミヤがそう言った瞬間、ランスロットが一気に警戒態勢に入り、エミヤから跳躍して距離をとった。だがその瞬間、エミヤがメガホンを投影し、

 

「ランスロットという男はヒトヅマニアだぞ、浮気不貞なんでもこいで相手を選ばんぞ、気を付けろぉ―――!」

 

 そう叫んだ。その行動の意図を理解出来ないのか、ランスロットの動きが停止した瞬間、

 

 ―――その足元から黒い腕が伸び、ランスロットを拘束した。

 

 その姿は瞬時に食堂の空間を上書きして形成された処刑広場の中央、ギロチンにかけられており、ランスロットが本気で驚きながら狼狽している気配が伝わってくる。そんな混沌を極めた状況の中明らかにいい仕事をしたというエミヤの存在を無視し、ギロチンへと続く階段を上るシャルル=アンリ・サンソンの姿が見えた。

 

「危ないところだった……まさかカルデア内にアイドル(マリー)に手を出そうとする不埒者がいるだなんて。そう、古今東西、アイドルとは触れてはならない至高の輝き。彼女は僕たちに触れられるべきではないのにランスロット卿……貴方は悪だ」

 

『バーサーカーよりもバーサークしてないかしらアレ』

 

 妖精の冷静なツッコミが指摘されるも、自分以外の誰にも聞こえない。それ故に邪魔されることなくサンソンはギロチンにまで到達し、彼が口を開いた。

 

「言い残す事は特にないね! うん! 死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

 最後まで言い残すことがあるのかないのか、それを聞くことすらなく処刑を執行したサンソンの姿を見て、頷いた。

 

「……心強い仲間が増えたと思い込んでおこう」

 

 そんな、休みの一時だった。




 バサスロ、デスカウント2。エミヤやランサーを置いて最多デスカウントを獲得する。このノリを維持したまま本気で戦ったりスイッチを切り替えられるからこそプロフェッショナルとも言う。

 ローマの前にもうちょいギャグるんやで。


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それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 4

『―――ねぇねぇ、偶には私と二人きりでお話しない? それぐらいは私のことを気遣っても少しはいいんじゃないかしら? ね? ね?』

 

 カルデアの修復作業にでも出ようとしたところ、そう言って妖精が此方の足を止めてきた。その求めに応えるかどうかを数秒ほど悩んだ結果―――たまにはこんな風に血迷うのも悪くはない、と、それが人間性、或いは人間的な個性だと判断し、妖精の言葉に応じることにした。解った、と、半分諦め交じりに応答すると、それはもう嬉しそうな表情を彼女が浮かべた。

 

『こっち、こっちよ!』

 

 彼女はベッドの上をぽんぽん、と叩いてこちらに座るように示してくる。数秒ほど迷ってから素直にそれに従ってベッドに腰かけると、妖精はとぅ、と声を漏らしながら手を伸ばしてきた。そのまま彼女は素早く被っているフードを外し、そのまま顔の上半分を隠すように覆う仮面を剥がし、それをベッドの上へと投げ捨てた。

 

「あ……」

 

『無粋よ、無粋。女の子と話をするならそうやって顔を隠してちゃ駄目よ。人を見るときはしっかりと顔を見て、って言うでしょ? 女の子はそこらへん、ものすごい敏感なの。それに私が既にその素顔を知っているのだから、隠すだけ無駄でしょ?』

 

 それはそうなのだが―――マリスビリーによって失ったこの顔は、個人的に嫌悪感しかないのだ。それこそ顔を完全に潰してしまったほうがまあマシなのではないか、と思ってしまうぐらいには嫌悪感がある。こんな、醜い怪物の姿に対していったい誰が好感を抱けるというのだろうか? 少なくとも自分は嫌いだ―――いや、違う。

 

 憎い。そう、憎い。この顔が、体が、()()()()()()()()のだ。今自分がしつこく生き残っているのはマリスビリーがこの体をそういう風に作ったからだ。今、自分が悩んでいるのはマリスビリーが俺から全てを奪ったからだ。俺が今、こうやってカルデアにいるのも全てはあの男が原因だ。あの男の存在を歴史そのものから消し去りたいほどに憎んでいる。

 

 そして同時に、己の存在そのものを同格に憎んでいる。

 

 自殺すれば楽になれるのではないか、と思うぐらいには。

 

 ―――だけど使命感が、義務感が、それを許さない。

 

『駄目よ』

 

 ぽふん、と音が聞こえた。股の間を占領するように妖精が潜り込んで座っていた。若干体を摺り寄せるように背を預ける彼女の姿は小さい。おそらく十代前半程度だろう、見た目からして。彼女は―――いったい何者なんだろう。間違いなく彼女は自分の記憶の中の存在でありながら、同時にそれだけではない、という事実を今、理解している。彼女が本当に幻覚だとしたら、それはあまりにも都合がよすぎるのだ。だから、今は彼女が幻覚だとは思っていない。

 

 本当に妖精の様な存在なのかもしれない。

 

『死にたいなんて悲しい事を考えちゃ駄目よ。だってそれはあまりにも悲しすぎるわ。自分のことも世界のことも知らずに果てるなんて悲劇以外の何事でもないでしょう? 大丈夫よ、記憶はそのうち絶対に取り戻せるわ。問題はそれが間に合うかどうかってところだけど』

 

 その言葉を聞いて疑問に思う―――妖精(フェイ)はいつも俺の過去を知るかのように話している。

 

『勿論知っているわよ? ただそれを伝えるとなると出来ないわ。私が出来る事といえば特異点の不安定な時間軸を利用して、焼却された記憶をつなぎ合わせて復元する事ぐらいよ?』

 

「……焼却?」

 

『そうよ? 貴方は記憶を封印されている訳でも忘れている訳でもないわ。文字通り脳の中から焼却されているのよ。つまりは脳というハードからデータを完全にクリーニングされている状態よ。その痕跡さえ残さずにね。だから都合よくカルデアの事しか知らなかったのよ。貴方には過去となる記憶が完全に存在しない。生まれたてのホムンクルスと同じ状態なのだから。人間のリサイクルとは良く言ったものね、あのクズは』

 

 だが待て、それはおかしい。

 

「記憶が焼却されているのなら俺は思い出せない筈だ」

 

 現にそれが原因でダ・ヴィンチやロマニのカウンセリング等でも一向に記憶が蘇るような事はなかった。だが元となる記憶を蘇らせることができないレベルで消滅していたのであればそれも納得できる内容だ。いや、だからこそ自分が記憶を思い出しつつある状態がおかしいのだ。完全に消失されたのであれば思い出すことができない筈だ。

 

『だから言ったじゃない、()()()()()()()()()()()()()()って。特異点は時の海に浮かぶ孤島よ? 時間軸上に存在しているように見えてその本質は完全に焼却されて切り離されている状態よ。つまり存在していないのが正しい状態ね。なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。カルデアがやっているのはパソコンでいうゴミ箱から拾い上げて復元している事ね』

 

 妖精は理外の言葉を続ける。

 

『いい? 時間軸とは平面にのみ存在するものじゃないの。三次元的でもないの。四次元、五次元と方向性を変えてあらゆる角度、ベクトルで常に流れ続けているものなの。それが時間の流れなの。そして特異点とはその流れから切り離されて独立で存在する独自の時間軸なの。ゆえに観測が大変で、そして特定も安定も一苦労なの。だって1+1と5+7をイコールしなさい、って無理を言っているようなものなのだもの』

 

 それでね、と小動物の様な仕草で妖精が体を摺り寄せながら言葉を続ける。

 

『特異点という状況は特殊なの。本来は存在できないからね? でも逆に言えば存在できない事を存在する事で証明しているという状態なの。ここが抑止力が存在しづらい理由ね? 既に存在していないのであれば抑止力が介入する余地がないのよ……あ、そうそう。その事を考えるとあのアーチャー、凄いわね』

 

「エミヤの事か」

 

 うん、と妖精が答える。

 

『彼、抑止守護者としてのバックアップを召還した時に得ているわ。たぶん彼、狙ってここに来たわよ。今はまだ隠しているけど、そのうち本当にどうしようもなくなったら抑止力としての能力を使い始めるかもしれないわね』

 

 話が逸れたわね、と妖精は一言をそこで置いてから背中を此方へと向けたまま、見上げてくる。

 

『つまり私がやっていることは存在しない事を否定する特異点の存在を利用する事によって、同時に存在するということを証明しているのよ。うーんとね、そうね……』

 

 いや、ここまで説明されれば理解できる。

 

「存在しない筈の特異点が存在する事イコール存在しない筈の記憶が存在する、という状態に結び付けているのか」

 

『そうそう。燃えて消え去ったのなら事実を入れ替えること以外に存在の証明が出来ないからね。こう見えてもずっと貴方の記憶を取り戻す為にずっと、献身的に奉仕しているのだから、褒めてもいいのよ?』

 

 もし、彼女の言っていることが本当なら、確かに彼女に感謝してもしきれないのだろう。ただ、それにしては―――あまりにも、彼女の存在が不透明すぎる。感謝できるなら感謝したい。ただ妖精のその正体が不透明である以上、手放しでその存在に感謝する事ができない。常にどこかで彼女の存在を警戒してしまっている。

 

『別に貴方になら私の全てを曝け出してもいいのよ?』

 

 寄りかかる妖精はフードを下したことで零れた、まるで獣の様に生え伸びる白髪に手を伸ばし。それに触れて、軽く指先で遊びながら呟く。

 

『だけど他人からこう、だと言われても納得できないだろうし、思い出す訳でもないでしょう? 貴方の記憶は消失されているから他人から教えられてもそれに納得する事なんてないし、それで満足することも実感を覚える事もないわ。貴方はその記憶を取り戻す事で漸く思い出した、という実感を得られるわ』

 

「そして、その記憶の中にはお前もいる、と」

 

『重要な部分にね? 私としても早く思い出してくれればそれだけ嬉しい話なのよ。私にとって貴方との出会いが全ての始まりなんだから。だから特異点に関しては積極的に関わるといいわ。それだけ早く記憶が戻ってくるから』

 

 特異点に関しては元々、己の存在意義を全うする為に参加する所存ではあった―――しかしこうなると益々特異点の攻略から外れる理由がなくなった。とはいえ、自分の記憶を復元するために特異点に赴くのはどこか、動機が不純な為に少しだけ、抵抗感を覚えなくもない。

 

『別にいいじゃない、それぐらいは。そもそもサーヴァントモドキにされたのも、連れてこられたのも全部貴方の意思じゃないんだから、少しぐらい我欲を優先しても誰も責める事は出来ないわよ。それに大丈夫。何があっても私だけは絶対に味方だからね? あぁ、もぉ、もどかしいわ。これで私が万全だったら何とかしてあげられたのに! でもこの不自由さは不自由さで、束縛されてるようで妙な心地よさもあるのよね』

 

「お前は……もう少しその発言をどうにかしろ」

 

 えー、とぶーたれると少女の姿を無視し、思案に耽る。おそらく、少女が何者であるか、なんて考えるのは無駄だろうし、どれだけ頭を捻ったところで答えなんてものはきっと、出ないのだろう。少なくともこの少女が―――妖精が言っている事がすべて事実だと仮定すると、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がある。それこそ幻覚だとか妖精だとかそういう言葉では済まされないレベルだ。それこそ神の領域にでも片足、突っ込んでいるのではないかと言える横暴さだ。

 

『ま、悩むだけ悩めばいいんじゃないかしら。それは人間にのみ許された特権なんだから。私は段々と昔を取り戻す貴方の姿に愛しさを思わずにはいられないわ』

 

 邪気も悪意もない―――だが、彼女の言葉には確かな狂気が存在していた。そう、彼女の目を見れば解る。純粋で、無垢で、どこまでも透き通っている。だがどこまでも見渡せない。見通せない視線の中に、確かな狂気を感じずにはいられなかった。彼女は、妖精は、冷静に、純粋なままに()()()に狂っている。それだけは確かだった。

 

 それを見通すだけの目が自分にはないのが悔やまれる。

 

『そんなものは必要ないわよ』

 

 そう言って彼女は振り向き、体重を此方にかけて押し倒してきた。そのまま正面から抱き着くように口元を耳へと寄せ、まだ十代の小娘とは思えないほどの艶のある声で囁いてくる。

 

『ねぇ、私の■様』

 

「……」

 

 どうしようもないノイズと共に彼女が囁こうとした言葉が遮られた。ただ、己の中で、まだ眠っている何かがあるのだと、それを確信させるように彼女の声は耳をくすぐり、心を犯した。




 この後めちゃくちゃ添い寝した。

 妖精ちゃん様コミュのような冒涜的な何か。きっとその声は脳髄を溶かして神経をしびれさせて、そしてそのうえで心に響くように伝わったら魂さえ犯すのだろう。

 次回からローマ準備。


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第二特異点 永続狂気帝国セプテム
ローマ・ザ・ローマ - 1


「―――うむ、小生ちょっくらヒマラヤを上ろうかと思う」

 

 インド北部、立ち寄った農村のチャイスタンドでチャイを飲んでいるときに、門司をそんな事を告げてきた。チャイの入ったグラスを片手に、崩れた壁を椅子代わりにし、のどかな農村の姿をチャイスタンドの横で眺めていると、門司はそんな事を唐突に言ってきた。突飛な発言に関しては今更、とも言うべき男なので驚きはしなかった。だがその代わりに言葉を放った。

 

「……正気か?」

 

「然り、正気である。そも小生、狂人の類ではあるが正気を失ったつもりはたったの一度たりともない。そしてあの寺院で瞑想し、教えを聞き、そして小生は漸く悟りの片鱗に触れたような気がした。まだ何かが小生には足りていない―――うむ、故にここは一つ、自らを限界まで追い込もうと思う。その果てに小生が答えを見つけられるかどうか、それが問題なのであろう」

 

 それを門司は―――破戒僧、臥藤門司は本気で言っていた。この男はこれからヒマラヤ山脈へと向かい、そしてその身一つで登頂する予定なのだ、と。この男は無駄な冗談を言わない。発狂しているような発言が多いが、長く付き合っていれば解る。誰よりも一番、真理という地点に近いのはこの男なのかもしれない、と。元来門司は頭の良い男であり、そしてその回転も悪くはない。ただその発言が突飛すぎて、彼についていける者がいないだけなのだ。

 

 だからこいつはやる、と言えばやる。

 

「小生はこれにて神の教え、神の姿、そして宗教という存在に対する答えを出そうと思っている。否、もうすでにその答えはこの喉にまで差し掛かっている。しかし、それはまた知恵の蛇によりもたらされた林檎やもしれぬ。故にそれが真実であるかどうか、真理へと真に至れるかどうかをこの身を苦行に曝す事で見つけたいと思う」

 

「そうか……って事はここからはさよならか」

 

「うむ。というかおそらく生きて帰れるとは思っていないから今生のさよならになるかもしれないな! はっはっはっは!」

 

「そうか、そうかぁ……」

 

 呟きながら空を見上げる。門司は本気だった。おそらく日本を出て、そして感じ取ったすべて、その集大成をヒマラヤへと向かうことで決着をつけようとしているのだろう、というのは解った。だが、確かにもうそれぐらいの時間が経過していたんだな、と同時に思い出した。日本から離れて一体どれぐらいの時間が経過したのだろうか。それさえも忘れてずっと歩き回っていたが、ふと、自分が正気を取り戻した気がする。

 

「……だいたい三十年? ぐらいの付き合いか、俺らも」

 

「うむ。まさか学生時代からの縁もここまで続くとなると不思議なものだ」

 

 別にずっと一緒に旅をしていた訳ではない。ただ求めるものに近いものがあるため、時折連絡を取り合いながら世界を巡っていた、そういう仲だった。ある意味同志とも呼べる存在だった。だがどうやら、門司のほうは答えが見つかったので一足先に抜けるらしい。そこに少しの寂しさを覚えるも、また、これも必然の出来事か、と納得する部分があった。

 

「んじゃ、ここでお別れか」

 

「うむ、そうなるな」

 

 そこで一旦言葉を止める。互いに無言のまま、チャイを飲んで時間を過ごす。臥藤門司という男は宗教に対して絶望し、そして怒りを感じた。彼は神という存在の都合の良さに絶望を覚え、そして真理への道を探した。そして今、彼はその道の終わりへと到達したのだろう。羨ましく思うも、同時に、自分の中にも、感じられるものもあった。

 

「お前は―――」

 

「―――日本に帰る」

 

 それはここへと到達した時、に決めたことだった。

 

「どうしようか、って考えたときにふと、西へ行くべき(≪聖人:啓示≫)だって感じた」

 

 だから日本へと向かう。正反対の方向へと進む。きっと、この啓示は日本へと進ませない為のものだから。そこにきっと、与えられるはずのない答えがあるのだと、そう思うから。だから東へ―――日本へと帰らなくてはならない。この悪寒さえ感じる強烈な予感は、きっと自分の死期か、或いは答えなのだろうから。そう、きっとそこにある筈なのだ、

 

 ―――祈りのない(≪聖人:背信者≫)、人の救いが。

 

 だから、

 

「近いうちに地獄で会おう、門司」

 

「あぁ、そうだな。近いうちに地獄で会おう」

 

 

それが門司と顔を合わせた最後の時だった。

 

 

 ―――目を開けた。

 

 そこに移るのは青空ではなく、見慣れた白い天井の姿だった。今垣間見た内容を思い出しながら両手で顔を覆い、思い出す。そう、自分は神という存在が嫌いだった。ずっと唾棄していた。憎んですらいたのだ。そして何よりも、まるで守られるように啓示を直感として与えられていた事に吐き気を覚えていた。だから常にそれに逆らうように生きてきたのだ。

 

 まだ魔術のまの字さえも知らなかった時代の話だった。

 

 俺は魔術や神秘に触れなくとも、直感的に()()が特別な事だと解っていた。

 

 だからこそ憎悪した。

 

 だけど……だけど何かが足りていない。そう何故、だ。何故そこまで頑なに神の教えを、一般的な救済を、悟りを、至るという境地を憎むか、捨てて背信の道を進もうとしたのか。それがまだ思い出せない。それが自分、という人間の根幹にあったことは確かなのだ。

 

 だがここにあるのは決して消えない憎悪の炎だけだった―――だがその前に、記憶遡行が発生した。それはつまり、

 

「特異点の発生か」

 

 通信を示すアラーム音が鳴り響くのと同時に、マウントを取るように妖精が腹の上に乗って、此方を見下ろしていた。

 

『おはよう。さ、仕事の時間よ』

 

 

 

 

「―――や、良く来てくれた。大体察してくれていると思うけど、次の特異点の観測に成功した。そういう訳で準備とか説明とかあるから、君たちを呼び出した訳だ」

 

 集められた作戦室にはロマニとダ・ヴィンチの他に、己とマシュと立香が、つまりは生身の人間で作戦に直接口出せる者が全員揃っていた。仮面もフードも装備しなおした状態で、特異点探索前の説明とブリーフィングを開始する。前回同様、ロマニがここを仕切る。

 

「さて、次の特異点は一世紀のローマだ」

 

「一世紀か……となるとまた武装が制限されるな……」

 

 その事実がやや憂鬱だった。シェイプシフターの強みは制限のない武装への変形であり、現代兵器へと変形しつつ神秘に対するダメージを与える事ができるのが魅力なのだが、それが出来ないとなると攻撃力が大幅に減るのは否めない事実だった。となるとまた、他のサーヴァントのサポートをメインに動くことにするか、と決めていると、ロマニが軽く咳ばらいをした。

 

「さて……それじゃあ、色々と真面目な話をしようか?」

 

 ロマニがそう告げると、ダ・ヴィンチに映像を頼む。それに従い、空中にディスプレイを表示させ、これから向かう特異点に関してを表示し始める。様々なデータが表示され、立香の目がそれに奪われる中、ロマニが説明とブリーフィングを始める。

 

「さて……時代は一世紀ローマ、これは第五代皇帝ネロが治めていると言われている時代だ。ちなみにローマは知っていると思うけど、この先に生まれる様々な文化に対して影響を与える重要な文明だ。ここが崩壊すればまず間違いなく、この先発生する筈の学問や文化の発展が遅れ、今のボク達の時代がなくなると見ていい」

 

 さて、と言葉を置く。

 

「もう知っているかもしれないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。これが基本的にこの地球における法則だった」

 

「太古の時代、まだ神々が地上にいたころ、物理法則は神々の権能という形で存在していた。彼らがこの地上の支配者で、そして征服者だった。彼らが存在していた時代は大気中に真エーテルが存在していたんだ。この真エーテルはつまり神代の頃に存在していた魔力だと思って欲しい。その濃度も密度も、現代の私たちが触れ、そして生成する魔力なんかとは段違いだ」

 

 ダ・ヴィンチが映像を追加しながら言葉を続ける。

 

「ちなみに現代で確認する魔力は神代の頃とは違いエーテル―――第五架空元素なんて呼ばれていたりする。これは真エーテルの代わりにとある時代から地球に満ち始めた私たちの使う魔力のー……あー、立香君が困惑しているし話を戻そうか」

 

「先輩? せーんぱい? 目が半分閉じてますよ?」

 

「ダメ、俺、講義系はちょっと……」

 

 ため息を吐きながら要点を絞れ、とロマニへと告げる。それを受けてロマニが頷きを返す。

 

「まぁ、つまりボクが言いたいのは時代を遡れば遡るほど大気中の魔力が濃くなる、ということだ。それこそオルレアンと比べ物にならないレベルで、だ。何せ、今回向かうローマの地はオルレアンと比べると遥か昔の出来事だ。オルレアンで野生のモンスターというかクリーチャーとか見ただろ? 現代にはもう存在しないああいう生物も昔になればなるほど増える―――しかもさらに強靭になって」

 

「つまりは英霊や敵だけではなく、環境等にも注意しなきゃ、と」

 

 そうだね、とダ・ヴィンチが肯定する。

 

「ただ紀元前だったり神代を再現した環境でもなければそこまで警戒する必要はないよ。何よりそこらへん、アヴェンジャーが事前に対策方法を用意して持ち込んでいる。考えられる限りの予防や対策に関しては彼が現地で行えるようになっているからね。出向けない私達の代わりだと思ってコキ使うといいよ」

 

 視線がこちらへと向けられるので、ひらひらと手を振るう。

 

「適材適所だから気にするな」

 

「いや、ほんとお世話になりますアヴェンジャー先生……」

 

「先生はやめろ」

 

 先生と呼ばれるような人間ではないと何度説明すればこの人類最後のマスターは理解するのだろうか。半分呆れながらも、それで、と言葉を置いた。

 

「ロマニ、本題だ」

 

「あぁ、うん」

 

 そうだね、とロマニが言うと、いったん間を置いた。彼自身が整理する為の時間だろう。後に短く息を吐き、ロマニが言葉を続けた。

 

「……オルレアンで回収した聖杯を現在解析中だが、それを使うことによってローマの特異点を絞り込む事ができたんだ。つまり、あのオルレアンの聖杯はローマから送られてきたものである―――即ち、それを行った人物がローマにいる可能性が非常に高い、ということだ……この意味が解るよね?」

 

 現状、カルデアを爆破し、そして聖杯を手にし、それを利用して問題を起こした人物は一人しか存在しない。

 

「レフ教授……ですか」

 

 マシュの言葉に頷きが返った。

 

「うん。ローマの特異点、その時間軸を大いに乱しているのがレフの仕業である、というのが現在のボク達の演算結果だ。彼はまず間違いなくこのカルデア爆破ではなく、人類史の焼却に関する重要な情報を持っている。特異点の解消と同時に、レフ・ライノールの捕縛、情報の獲得が今回の特異点に置ける最大の目標になる。オルレアンとは違って問答無用でアジトを消し飛ばせばいい……という訳にもいかないんだ」

 

 その言葉と視線は立香へと向けられている。

 

「君に慣れない事をさせている自覚はあるし、オルレアンの時よりもまず間違いなく厳しく……難しくなるだろう。酷い事を頼んでいるとは自覚しているけど……頼めるかな、立香くん」

 

「任せてくださいよ」

 

 立香は自分の胸を叩いた。

 

「俺一人は無能で魔術師としても半人前で、十全に指示を出せるって訳じゃないけど―――ほら、俺に力を貸してくれるマシュとか、アヴェンジャー先生とか、他の皆は俺よりも遥かに凄いんだ。皆で力を合わせれば絶対になんとかなるよ、ドクター」

 

「先輩……」

 

 信頼されているのだ、と気づいたマシュは決意の籠った表情を立香へと向けており、まるで雛鳥が親鳥を見ているような姿に、立香少年の思いの報われなさを嘆くしかなかった。

 

「良し! これにてブリーフィング完了! 第二特異点、ローマへと向かう準備をしようか! 今回は前回のデータもあるからもっと詳細に位置を調整してレイシフトが出来るぞ! という訳でアヴェンジャー、締めに一言どうぞ」

 

 ブリーフィングの終わり際、視線がこちらへと向けられ、うむ、と頷いた。

 

「―――先生はやめろ」




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/0a2e29ca-e487-4f0e-95c9-85a98b086e12/090ddf6c4eccac7d773a00a7a93fff8c

 聖人体質が聖人だったと発覚したところでローマ! 記憶遡行ギミックは今まで使いたかったけど使うことのなかったシステムなので割と書いてる本人が一番楽しいのです。楽しいのです。キャラの人間性を追いかける上で過去編を入れるよりもスマートで楽しい手段かもしれないこれ。

 それはそれとして、ローマですよローマ。あとついでにラーマ。


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ローマ・ザ・ローマ - 2

 もはや五度目となる霊子へと変換され、特異点へと送り込まれるレイシフトの感覚。それが終わったころに目を開ければ、視界いっぱいに草原と青空の姿が入り込んでくる。この豊かな風景はオルレアンでも一回目撃している為、新鮮さを感じない。記憶の中にある風景のほとんどは中東か、或いはアジア圏の熱帯を歩き回る記憶ばかりで、こういうヨーロッパの景色はまるで記憶にない。とはいえ、草原と青空なんてものはどこに行っても同じような景色ばかりだ。

 

『琴線に触れるものはないのね』

 

 見慣れた景色だというのが実に悲しい話なのだ。思い出し始めているのだ、色々と。その結果、記憶がないころに感じていた新たな出来事に触れる新鮮さは段々と薄れている。これが少しずつ知って行く事の悲しみなのだろうか、そんなくだらないことを考えていると、ロマニとの通信が繋がる。

 

『花のローマへようこそ……って言いたいところだけどアレ? ローマじゃない? 映像が正しいのなら見渡す限り平原しか見えないんだけど』

 

「いえ、それで正しいですDr.ロマニ。どこからどう見てもここはローマではありません。加えて言うとどこかの街道の近くのようです」

 

『ローマへと直接レイシフトしたはずなんだけどおかしいなぁ……となると座標をズラされたか、或いはローマの場所が違うとか、かな? まぁ、どちらにしろイレギュラー発生だね』

 

「開幕ラッキーチャンスみたいな言い方はやめてよドクター……それよりもここがどこかなのかを特定よろしく。さて、今回は、っと……」

 

 ロマニに現在位置の特定を行わせている間に、立香が今回の遠征メンバーを確認する。一回レイシフトで特異点へと参戦できるサーヴァントは全部で六騎までだ。そのため、現在七騎のサーヴァントを保有するカルデアでは絶対に一人、カルデアで待機していなければいけないサーヴァントが出てくる―――今回はエミヤが自発的にカルデアに残ると宣言した為、いつでも交代か、あるいは他のサーヴァントが敗北した場合に備えて即座に出れるように待機している。

 

 とはいえ、レイシフトで此方へと到着するには数分のラグが発生するらしく。即座に駆けつけられるという訳でもない為、控えのサーヴァントがいるから安心できるという事ではない。ともあれ、そんな事もあって今回の参戦メンバーはエミヤを抜いて、新入りのサーヴァントを加えた布陣だった。バーサーカーであるランスロットの暴走が気がかりではあるが、レイシフトされた直後からお馬さんごっこを開始しているので、心配するだけ無駄だな、と思っておく。

 

『過去のブリテンは相当な魔境だった様ね。気になるような、ならないような……』

 

 その気持ちは解る、と勝手に出現して肩車される妖精へと言葉を向けた。これで本当に誰にも姿が見えないのだというから、本当に驚きだ。ともあれ、そこで全員来ていること、そして持ち込みの装備があることを確認し終わるとうん、とロマニの声が通信から響いた。

 

『そこはアッビア街道、ロ-マから南にある地点だね。このまま街道に沿って北上すればローマへとたどり着けると思うけど……その前に戦闘反応だ。この先の街道で衝突する魔力反応を感じる。この時代の事を調べるためにも調査をよろしく』

 

「うっし、じゃあグランドオーダー開始!」

 

「はい!」

 

「任務拝承」

 

 立香の言葉に従いサーヴァント達が霊体化し、姿を隠す。今回に限ってはオルレアンでの反省を生かして、マシュと立香もある程度認識をぼやけさせるためのローブをカルデアの方から用意されているため、元々の服装の上からそれを着ている。これを着ていれば姿に対して違和感を持たれなくなる程度の魔術礼装ではあるが、異なる時代での情報収集には必須の礼装とも言える。

 

『アヴェンジャーくん、義眼との同期を頼むよ』

 

 ロマニに促されて義眼とカルデアへの映像を同期させる。望遠モードに切り替え、示された方角へと視線を合わせ、そこにあるものを見る。ズームされ、拡大された視界の中で見えるのは()()()()()()だった。何方も真紅と金の装飾を施された兵士達の衝突であり、どちらも同じ、生きた人である。その装飾は知識の中から探りだせばローマ兵のものであるのは明確なのだが、それはそれとして、それが本気で殺しあってぶつかっているのには流石に困惑する事実だった。

 

 とはいえ、これは朗報だ。オルレアンではほぼ人類側が絶滅していた事を考えると、まだ人間が生きているという事実自体が嬉しいものだ。とはいえ、

 

「どちらに加勢する?」

 

 通常の視界でも段々と見えてくる距離に入ったところで、そう呟きながらローマ対ローマの戦いを見る。どちらも生きている人間である以上、カルデアとしては守るべき存在だ。とはいえ、どちらに加勢すべきか、それが解らない。そう思ってしばらく戦場を眺めていると、唐突にランスロットを椅子代わりにして座る謎のヒロインZがその姿を見せた。

 

「アルトリア顔の気配を感じますね……殺さないと……」

 

「カルデアの前線指揮官として判断します! なんか属性的に綺麗っぽいアルトリア顔がいたらそっちに加勢で!」

 

「Why!?」

 

 思わず母国語が漏れる謎のヒロインZの姿を無視し、うんうん、と納得するような声が通信の向こう側から聞こえた。謎のヒロインZがシリアスではないという事は極めて安全である、と判断できる。なんだかんだでカオスの塊のような女ではあるが、その中身に関してはアルトリア・ペンドラゴン、つまりは騎士王と呼ばれた人物の経験が詰まっているのだ。ふざけていい状況といけない状況はしっかりと理解しているだろう。

 

 そう思った直後、

 

「―――とぉーぅ!」

 

 可愛らしいが、しかし良く響くような声が聞こえた。音源、戦場の方へと視線を向ければ10メートル程の高さまで跳躍した人の姿が見える―――驚くことに、その動きからは一切の魔力も、そして霊基も感じられなかった。空に舞い上がる燃え上がるような服装の女はまさに生身で、その能力を証明していた。大よそ、現代人ではまるで不可能な身体能力の高さは、現代よりもはるかに満ちているエーテルの影響で生み出された才能のある屈強な人の力なのだろう。ただそうやって空へと飛び上がった彼女は放たれた矢を一閃の下に散らしながら、

 

「―――余が大大大正義ローマアタック!」

 

 アルトリア顔でそう叫びながら高速落下し、無数の兵士を蹴散らした。それでもその圧倒的能力を前にしても敵対するローマ兵の数は全く減らない。無双の英雄ではあったが、相手の数は軽く百を超えているのが見えていた。ともあれ、そこまで相手の姿と、そしてアルトリア顔の彼女を確認したところで、

 

「とりあえず俺は彼女が味方だと思うんだけど」

 

『うん、まぁ、凄く解りやすいよね!』

 

「えー。始末しましょうよ、始末。アルトリア顔一人消したところで人類は終わりませんから。ね? アレ、ちょっとサクっとやっちゃいましょう。ほら、ランスロットもアルトリア顔許せねぇ……! とか言ってすごい殺気立っていますし」

 

「Arrrr……」

 

 物凄い困った気配を出しながらランスロットが頭を横へと全力で振っている。そりゃそうだ、とそのリアクションに納得しながらも、立香はすでにローマアタックを決めたアルトリア顔に味方する事を決めているらしい。ならばそれに従うのがサーヴァントとしての役割だろう。謎のヒロインZも不本意そうな表情を浮かべているが、従う気配はある。

 

「……ふむ、大丈夫か(≪虚ろの英知:医術:診断≫)

 

 立香のメンタルは軽く診断する限り、今は平気そうだ。少なくとも冬木、オルレアンを駆け抜けてきたその経験が彼を支えている。何よりマシュの前で格好つけようとする彼の心得が強く、その姿を支えている。今はまだ放置していても大丈夫だろう。そう判断したところでエミヤがいない遠距離武装枠を埋める為にシェイプシフターを大弓へと変形させ、魔力の矢を形成した。

 

「相手ローマ兵は推定300はいるようですが―――」

 

「ふむ……まぁ、そろそろ真面目にやりますか。ランスロット、私に合わせてください。召喚されてからの初陣です。貴方の名が偽りではないことをその武威をもって証明しなさい。狂化した程度で出来なくなる程度の雑魚ではないでしょう、貴方も」

 

 謎のヒロインZが立ち上がり、二本のロンゴミニアドを抜くのと同時に、ランスロットの咆哮が空に響いた。それは明確な歓喜の咆哮だった。円卓を割ってしまった罪人であるのに、再び王と肩を並べて戦う機会なんて存在しないはずなのに―――その運命を捻じ曲げ、カルデアという最果ての終焉でそのありえない事態は達成されてしまった。それゆえにランスロットは空へと向かって歓喜の咆哮を響かせた。

 

 クー・フーリンがその姿を見送った。軽く、ため息を吐くような声で姿を見せながらも、前に出る気配はなかった。

 

「ま―――たまにゃあ一番槍を譲ってやるか。音に聞く円卓の騎士が本物ってんなら……」

 

 クー・フーリンがそうつぶやいた直後、謎のヒロインZとランスロットの二人がローマ兵に突っ込んだ。その反応として対応しようとしたローマ兵は盾を構えたが、その直後爆発するような衝撃を受けて空へとその姿が舞い上がるのが見えた。そこからはもはや暴風が一気に食い破り、蹂躙して行く姿を眺めるだけだった。ランスロットが接近し、武器をつかめばそれが宝具化し、それを使い捨ての道具として贅沢に振るいながら接近してくるローマ兵全てを()()()()()()()()()()している。

 

 そんなランスロットだけでも凄まじい所に、ヒャッハーと叫ぶ二槍の謎のヒロインZが突貫して行く。その言動はふざけているが、その動きは凄まじいの一言に尽きる。まるで頭の後ろに目がついているのではないかと言わんばかりに背後から襲い掛かる兵士に反応し、カウンターを放ちながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それは数日等で完成できる動きではなかった。明らかにお互いのクセ、呼吸、流派、思考、それを理解しての動きだった。それもそうだ。謎のヒロインZはあんな格好でふざけていてもその中身は完全に騎士王そのもので、そしてランスロットという騎士は彼女に仕えた事のあるものだ―――それも長い時を、臣下として。ならば当然同じ戦場に出ただろう。一緒に訓練しただろう。同じ城で暮らし、腕を磨き、そして成長したのだろう。

 

 その終わりはまさに悲劇だとしか表現のしようがない。だがそういう執着や決着はここ、カルデアでは存在しない。謎のヒロインZはアルトリア・ペンドラゴンのサーヴァントとしての姿であり、そしてバーサーカーのランスロットもまた、英霊としての姿の一つである。そう、彼と彼女は今、サーヴァントである。

 

「うぉー……すげぇ……」

 

 藤丸立香というマスターの下で、人類史を救うという目的を達成するための参陣したサーヴァントなのだ。故に極自然と、二人は背中を合わせ、

 

 ―――再び、戦友として共に戦う事ができる。

 

 それを証明したのが正面の戦いだった。

 

 どんな武器であろうと己の一部のように扱い、変幻自在に動きを変えながらすべての兵士を一撃で吹き飛ばし、昏倒させ、無力化してゆくランスロット、そしてランスロットが食い破った所へと踏み込み、神秘と武装の格差でどんな攻撃も無力化させながら気配遮断で瞬間的に姿を消し、正面から奇襲染みた動きで完全に戦場を支配する謎のヒロインZは、コンビとしての動きが完全に完成された、歴戦の勇士としての姿を見せていた。

 

「宝具とかの派手さとはまた別の、言葉じゃ表現できない凄まじさがあるな、これ……」

 

 立香がそうやって表現するのも仕方がない。黒と白、そんな暴風としてしか二人の姿は表現できなかった。何をしようが人間では絶対にどうしようもない、そんな領域の動きであり、もはや士気が折れていないのが不思議すぎる、そういう完全な蹂躙だった。

 

 改めて―――これが、本物の英霊だと実感する。

 

 とことん鍛えられ、経験を持っており、理不尽であり、そして―――英霊なのだ。

 

 彼らは英霊と呼ばれるに値する何らかの行いをなしてきた存在なのだ。その中でもアルトリア・ペンドラゴンとランスロットはその武名と伝説を後の歴史に残した。故に()()()()()なのだ。あの存在は英霊なのだから。

 

 これが()()()()()と呼べる存在、その戦いなのだ。

 

 ―――オルレアンでの戦い等、死線からは程遠い。




 ローマとラーマは響きが似ている。つまりローマとは真なるラーマの陰でしかなかったのだ……つまりシータ様ガチャ実装はよ……はよ……。

 それはそれとして、同じ時代、武威を良く知る者同士がそろったので時代コンボが発生して連携ボーナスが発生しました。

 なお、メタというか対策されて数百人は死ぬのが現実。


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ローマ・ザ・ローマ - 3

「うむ! 実に素晴らしい働きであった! まさに一騎当千とでも評するべきその働き、余は満足である! して、ローマからの援軍を余は呼んだ覚えはないし、来る気配もなかったので少々判断に困っているのだが、そなた達は一体何者であるのか?」

 

 ローマ兵は謎のヒロインZとランスロットの二人で完全に蹂躙された。それはもう酷い様子で、二人が通り抜けた場所に起き上るような姿はなかった。それが終わった後で盛大に暴れていた真紅の服装の女の下へと立香を先頭に向かった。此方が即座に味方だと見抜いた彼女は歓迎するも、同時に此方の存在に対して警戒をしているのが見えた。当たり前だ、一度謎のヒロインZ、そしてランスロットという戦力を目撃したのであれば無理やりにでも警戒せざるを得ないだろう。故に代表として、立香が前に出た。

 

「あ、どうも、俺たちはカルデアって言う組織です。人理修復の為に……えーと、つまり()()()()()()()()を解消し、本来の形を取り戻す為の旅をしている者です」

 

 立香のその言葉にふむ、と少女は呟いた。

 

「なるほど、それはつまり今、余の周りではありえない筈の出来事が発生している、という事であるのだな? よい、よい。そういう事であれば余も幾つか覚えがある。ならば何時、カルデアらを余は歓迎する事にしよう」

 

 その言葉にえっ、とマシュが声をこぼした。

 

「えー、っと、そんなにあっさりと信じてもいいんですか?」

 

 うむ、と少女は頷いた。

 

「余に嘘の類はまるで通じぬ(≪■■特権:真偽看破≫)からな。故にそなたらが嘘をついておらず、どうやって話すべきか必死に考えていることぐらい通じるわ」

 

 一瞬、目に痛みを覚えた。それとともに真紅の少女が何か、スキルのようなものを発動させたような、或いはそれを感知したような感じがあった。だがそれも一瞬だけだった。軽く頭を横へと振り、妙な感覚を排除してから改めて真紅の少女へと視線を向けなおした。うむうむ、と真紅の少女は呟きながら見渡し、頷いていた。

 

「うむ、余のローマへと歓迎しよう。このアッビア街道を北進すれば直ぐに見えてくるであろう。正しに来た、というのであればまずはその偉大さをその目で見て、そして知ると良いぞ、余の―――この第五代皇帝ネロ・クラウディウスが治める花の都のローマを!」

 

「……」

 

「……」

 

『歴史って面白いわねー。騎士王に続いてあの暴君ネロが女性だった、なんて』

 

 暴君ネロ―――三度落陽を迎えても、なお。横暴であり、暴君であり、そして独自の価値観でローマを愛した皇帝であったと、知識の中には記録されている。かなりの倒錯者であり、美しければ男であれ、女であれ、関係なく愛したとも。そんな人物が実はこんな少女で、女で、そしてあんな滅茶苦茶なのか、と思うと思わず頭が痛くなってくる。

 

「それはそれとして―――あれはなんだ」

 

 ネロがそう言って少し離れた位置を指さした。そこではロンゴミニアドによって大地に縫い付けられたランスロットが火炙りにされていた。それもそうだ。露骨にネロの胸元を見てnot arthurと特大の咆哮を響かせようとしていたのだから。もはやアイデンティティ、というよりはネタの一つとしてランスロットが覚えてしまった感じがある。アレだろうか、謎のヒロインZが完全にギャラクシーでユニバースな世界観を突破しているから、それに合わせて自分も同じ道へと身を投げたのだろうか。さすが騎士、その忠義はちょっと理解したくない。ともあれ、

 

「アレは身内の罰ゲームみたいなもので恒例行事です。本人も幽霊のようなもので間違って焼死してもそのうち蘇るので、そこまで気にする必要はありません」

 

「そ、そうか……うむ、余は気にしない事にした! それよりもまずはローマへと帰還であるな。我が都が無事であるかどうかを確かめねば。ではえーと、カルデアら、であったか? とりあえずは余と共にローマへと来ると良い。まずはそなたらの助太刀、その労いをしようと思う。詳しい話はその時にしよう。では余の愛しき兵たちよ! これよりローマへと帰還するぞ!」

 

 ネロがそう声を張り上げ、握る赤い剣を掲げた。それに呼応するように真紅と黄金の衣装の兵士たちが返答し、軍勢としての統率された声が響く。歩き出すネロに合わせ、ローマへの帰還が始まる。それに合わせ、此方カルデア組もネロから少し離れた場所から歩き出す。

 

「失礼、少し仲間内で相談を」

 

「うむ、許す!」

 

「それでは」

 

 ネロから少し離れたところで防音結界を魔術で張り、それでカルデアの会話内容が漏れないように注意を払いつつ、マシュと立香の会話に混ざる。

 

「先生の鮮やかな会話あざっす、あざっす」

 

「先生はやめろ」

 

「はい、何時も通りのコントが終わったところでここまでの話を纏めましょうか。あ、アルトリアさんとランスロットさんは炙り終わったら合流するそうです」

 

 コント扱いされているがあちらの方がもっとコントじゃないのだろうか、そんな文句を胸の中にしまい込みつつ、今まで出てきた情報を軽く整理することにする。この特異点は一世紀のローマである。皇帝はネロ・クラウディウスであり、現在ネロと敵対するローマ人が、集団が存在する。そして皇帝ネロは女性であり、暴君と呼ばれるにはどこか、兵士たちに慕われているような、そんな気配さえある。現状存在する情報はこれぐらいのものだろう。

 

『―――うん、となるとネロがおそらく正しい側のローマなんだろう。ダ・ヴィンチちゃんや、アルトリア・ペンドラゴンの例を見れば今更実は女でした、なんて偉人女体化は珍しくはないって考えてしまおう。だからネロが正しいローマ側だとして、彼女と敵対したローマが正しくないローマ、って事なんだろうね』

 

「具体的な話となるとローマに到着してからになりそうなので、まだちょっと情報不足ですね……」

 

「うーん、とりあえずはネロについて話を聞くしかない、って感じだね。というか交渉、先生がやってくれるから俺必要あるの? って感じなんだけど」

 

「先生はやめろ……それに俺はマニュアルの交渉術しかできない。ネロは芸術を愛し、かなり情熱的な人物だったと聞く。だったら俺のように冷めた男よりはお前やマシュのように若さに溢れているほうがウケがいいだろう」

 

『そんな風に助言するから先生呼ばわれするのよ』

 

 とはいえ、立香とマシュの精神的な未熟さ、不安定さに関しては見ていて不安を覚えるレベルなのだ。英霊たちはそこらへん、超人であるが為に()()()()()()()()()()()()()()()()程度にしか考えない。だが違う。マシュは英霊の霊基を借りているだけだし、立香もよくやって、成長を頑張っているだけであってその本質は凡人だ。誰かが教え、そして導かない限りは躓いて、そのまま転んで崖から落ちてしまうのだろう。

 

 それこそたぶん、オルレアンや冬木の後で偶にやった自分やエミヤでのカウンセリングがなければ、もう既に自殺していてもおかしくはない―――少なくともエミヤはそこらへん()()()()()()()()貴重な英霊だった。とはいえ、彼は今回カルデアで留守番だ。その為、彼の分も自分が面倒を見なくては、と思っている。ともあれ、まずはローマへと行かなくては話にならない。

 

 軽く状況確認を終え、炎上中のランスロットをロンゴミニアドの先端で引っ掻けるように謎のヒロインZが戻ってくる。その光景を見ると、カルデア内で良く見る光景だなぁ、と軽く呆れを感じつつも、それを普通に受け入れるだけの人間性が自分にはあるのだと、

 

 それを噛みしめながら、ネロと共にローマへと向かった。

 

 

 

 

 ―――花の都ローマ。

 

 古代ローマ、それは地理で言えばイタリア中部に存在した文明の名称である。古代ローマ帝国と呼ばれる一文明を築いたそれは現代ではローマという都市のみを名前として残すが、歴史上様々な影響を残している。数多くの属州を抱えていたローマは四方八方から様々な制度、文化、思想が流入し、そのおかげで目覚ましい発展を遂げたという。特に一般人でもローマのことで真っ先に思い浮かべるのは娯楽の事だろう。劇場、コロセウム、スパ、そういった類の施設も市民に対して提供されていた。

 

「どうだ、これが余の治めるローマである!」

 

『うわぁ……なんというか、凄いわね。これがローマという町なのね』

 

 両腕を広げ、ローマの大通りでネロはローマ、その文化そのものを自慢するように太陽な笑みを見せていた。ローマという都市、それを説明するには過去の資料とか、現代ではどういう風とか、そういう例えを持ち出すのは()()()()()()()だった。そう、それこそがローマという文化であり、国だった。太陽の如く活気づいている都市は人々が忙しそうに、しかし同時に満たされた表情で歩き、進んでいるのが解る。道路横の露店では様々な果物が並べられ、どれも美しく景色を彩っていた。人々の笑い声が、そして活気が満ちている。そうとしか表現する事ができなかった。そう、ここは活気が満ちている―――生きているのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 立香とマシュに限ってはもう言葉もない、という様子で口を開けてローマの街並みに見入っていた。その様子だけで言葉はいらない様子だった。ネロは嬉しそうにうむうむ、と頷いていた。だがマシュや立香の気持ちも解らなくはないのだ。ここは生きている、都市そのものが深呼吸をするかのように生きているのだ。記憶にある現代の街並み、まだ破壊される前のカルデアのあの重苦しい空気とはまるで違う。ここにいる誰もが喜びと、日常を胸いっぱいに感じて生活しているのだ。

 

 惰性に流されるように生きてゆく現代社会では見る事のない景色だった。

 

『そうね。だからこそ圧倒されるのかしら。知識だけで知るのとは全然違うわね……やはりこうやって経験する事は。流石の私も驚いちゃったわ。確かにあーだこーだ持ち出して説明したりするのは無粋ね、これは。ローマ、そう表現するのが一番だわ』

 

 そう、表現するのであればローマ、それが一番しっくりとくる、そういう場所だった。

 

「ふっふっふっふ、そうであろう、そうであろう! みなまで言うな、その表情を見れば言いたいこと、

その気持ちは良く伝わってくる。これが余のローマであり、そして先人たちが築き上げてきたローマである。即ち―――ローマであるのだ!」

 

「やばい、なんかすごいローマ的なローマ力伝わってくる。これがローマか」

 

「先輩、しっかりしてください、国語の成績が2みたいな状態になってますよ!」

 

「フォウフォーウ!」

 

 何やってんだこいつら、と思いながら眺めていると、ネロが近くの果物屋からリンゴを拝借する。果物屋もそれを取るのがネロだと知ると、嬉しそうに笑みを浮かべ、好きなだけ持って行ってくれ、と笑っていた。ネロはどうやらちゃんと臣民に慕われているようだった。故に晩年の死に様をどうしても思い浮かべ、首をかしげてしまう。

 

『人の変化も没落も刹那の出来事よ。たとえそれがどんなに高潔な人物であろうと、時の流れには逆らえないのよ。それは人間という生物である以上、仕方のない事だわ。貴方だって子供の頃と大人になってからは意見が変わるでしょ? ものの見方や価値観の変化なんて時とともに変わってしまうものよ、残念ながらね』

 

「受け取るが良い。我が領内で取れた新鮮な果物であるぞ」

 

 そう言いながらネロが林檎を此方へと投げてよこした。受け取った手の中で見る林檎は新鮮でみずみずしい姿をしている―――ヒマラヤに存在するカルデア、なおかつ物資の大半が失われている今、中々味わえるものではない。ゆっくりとローブの袖で林檎を軽く磨いてからそれに噛り付いた。良く見ればマシュは遠慮しているが、立香も此方と同じように林檎に噛り付いていた。そして林檎を口にした瞬間、何とも言葉にできない甘さが口の中に広がり、溢れんばかりの果汁が口内を満たした。新鮮な林檎がここまで美味しいとは、思ってもいなかった。

 

「超美味しい……」

 

「そうであろう? そうであろう! うむ、中々にいいリアクションを見せてくれるから余としても大変満足である。であるならば、カルデアらよ、そろそろ余の宮殿へと向かおうか。まずは歓迎をし、そして余が自ら説明するとしょう」

 

 それは、これから自分達が相対する存在、この特異点における異常、つまり、

 

「―――敵を、連合帝国の存在を!」




 書いてて思う。ネロちゃまかわいい、と。

 とりあえず導入はシナリオ通り、というか毎回変えられる場所もねぇよなぁ、と思いつつもオルレアンみたいに独自路線でやるよー。


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ローマ・ザ・ローマ - 4

「―――余のローマは現在一つの敵を抱えている。これをローマ連合帝国と呼ぶ」

 

 宮殿、客間へとネロが此方を案内し、そして様々な果物や飲み物をテーブルの上に飾り、提供しながら教えてくる。ネロが、そしてローマが現在抱えている敵の存在を。それは連合帝国を名乗る、ネロとはまた別のローマであった。無論、一つの世代に皇帝は一人。つまりこの時代の皇帝とはネロの事を示す。ゆえにそれ以外のローマは存在せず、ローマを名乗る敵とローマが戦った、なんて記録もない。故にこの時点でありえない出来事であったが、

 

「連合と呼んでおるのだが、連中は皇帝と名乗る者どもが存在し、連合を率いている。このローマの支配者である余を無視してだ! 不敬にも程があろう? とはいえ、問題は相手が優秀であり、余のローマと国土を半分に割って拮抗しているという事実にある。特に最近は岩で作られた巨人の様な不思議な生物を使役するせいと、相手の首都が発見できていない事もあって攻め込めずやや押されている部分もあるのが悩ましいところでな」

 

 ネロの言葉にピピ、と電子音を鳴らしながらロマニの声がした。

 

『失礼……それは勿論、歴史になかった出来事だ。つまりボクらの敵もまたこの時代を乱す連合の存在だと見てまず間違いがないと思う。それに不思議な生物、とはたぶん魔道生物の事だろうね。それを生産している魔術師がいるという事は―――』

 

「レフ教授がいる可能性もある、という事ですね」

 

「まったく関係のない魔術師かもしれないけどね」

 

 立香の言葉に頷く。ゴーレム等の魔道生物はその道理に詳しい魔術師や錬金術師であれば基本的に誰であっても作る事が出来る。

 

「相手側にキャスターが存在する可能性もあるな。……軍団として相手が動いているという事はオルレアンとはだいぶ違った方針で来るつもりなのだろうな、相手は。やはりオルレアンの戦いは見られていた可能性が高いか……」

 

 どちらにしろ、このローマ連合帝国というのが明確な敵であることに間違いない。レフがいるかいないかは関係なく、カルデアとしてはこの特異点を修復しなくてはならない。つまり、ネロと共に連合帝国の打倒が今回の目標となる。立香が共に戦うという意思を表示し、ネロに伝えれば、ネロが嬉しそうにそうか、と言葉を零した。

 

「それでは―――」

 

「―――ネロ様! 進軍! 敵の進軍です! 軍団規模で接近中です! 北のほうから突如として現れました!」

 

「……歓迎の宴と行きたいところであったが、先に連合からの歓迎を受ける事になってしまったな。立香、マシュ、アヴェンジャーのカルデアらよ、余の味方をするという意思表示、此度の戦いで示してくれるか?」

 

 ネロのその言葉に立香が己の胸を叩いた。

 

「勿論ですとも」

 

 

 

 

 ローマの城壁からその外部、迫る軍勢へと視線を向ける。見えてくるのはローマ連合帝国の兵士達、そしてそれに混ざるようにカルデアでも見慣れたゴーレムの姿が見える。そのほかにも金で雇われたような傭兵、荒くれ者の姿が見える。それなりに混ざってはいるが、統一された意志の様なものを感じる。正面、城壁の前に立つように立香とマシュが、そして他の英霊達が見える。全員が前線に出ている中、自分は後ろへと下がっていた。

 

 今回の編成、支援と援護が行えるアーチャーのクラスのサーヴァントが存在しない。アサシンであるサンソンは医術スキルで概念的な干渉を行い、傷の治療などを行える貴重な技能を持ったサーヴァントだ。それ故に前線で戦うことを強いられている。謎のヒロインZだけはロンゴミニアドで砲撃支援ができるが、ランスロットが存在する今、連携して戦ったほうが魔力も負担も少ない。何より前線指揮官として立香を鍛えるチャンスである為、前線で戦えるサーヴァントは立香やネロとともに、前線へと切り込んでいる。

 

 それでも()()()()()()()()()()

 

「エミヤには及ばんが、スポッターとしての役割を果たさせて貰おう」

 

 告げながら弓に変形させたシェイプシフターから此方へと来る前にエミヤに頼んで作成してもらった爆裂矢を番え、一呼吸で一気に放つ。明らかに面倒そうな攻城兵器を用意してた兵士を兵器ごと爆裂矢の爆発に巻き込んで破壊する。奥深くにある危険物はとりあえずこれで排除しつつ、爆撃を感知したら弓で迎撃する。そのスタイルを維持しながら義眼の望遠で戦場を俯瞰し、状況を把握しながらカルデアへとデータをリンク、此方で収集した情報を前線の立香へと送る。

 

 やはりどうも、直接戦うよりはこうやって支援に徹する方が効率的に動けるらしい。

 

『皮肉なものね。英霊を倒す者を求めた結果、生まれて来たのは英霊を効率的に動かす事のできるサポーターなんだから。倒す筈の存在が連携するための歯車になっているんだから笑いものよ。マリスビリー見てるー?』

 

 あの世に声が届くなら……いや、そのうちエジソンでも出現しそうだし考えるのはやめておこう。そんな事よりも己の役割を全うする事に集中する。

 

一拍二拍……(≪虚ろの英知:神道≫)

 

 弓の弦で音を響かせ、それで祓いの効果のある魔術を発動させる。城壁にかかりつつあった敵の魔術効果をそうやって祓い、クリーンリセットさせる。前線にいくつか、魔術師が混ざっているのが見える。どうやらこの時代にも神秘の使徒は存在するらしい。こういう魔術的な干渉は神秘に対する知恵や対抗手段のないものに対しては極悪な力を発揮する為、最低限一人は後方で対策に回ってるほうが安定する。

 

「魔術師は……あそこか」

 

 魔術の反応を逆探知、そのまま魔術師へと向けて矢を放った。それを守るようにゴーレムが立ちはだかる。そんなゴーレムの体を爆裂する矢が粉砕するが、その背後にいる魔術師は無事―――だった。

 

 過去形。

 

『暴走列車ランスロットマンに吹き飛ばされたわね。見事に』

 

 しかもゴーレムに片腕を突き刺して宝具化させて乗っ取っているのが凄い。黒化したゴーレムが妖精の言葉通り、暴走列車のように走り回りながら連合ローマ兵を玩具のように吹き飛ばしている。宝具化されると普通の状態よりも強度などが強化される以上、通常のゴーレムでは宝具化ゴーレムには勝てない。悲しい話だが、ゴーレムが増えれば増えるだけ、ランスロットの玩具が増えるという状況は見ていて愉快だった。そう思っているうちにガンガン倒れるローマ兵士の姿が増えてくる。

 

 元々クー・フーリン、謎のヒロインZ、そしてランスロットという格としては大英雄クラスの英霊が最前線で一切の制約なしで暴れているのだから、当然と言える状況だった。眺めている内に数百という兵士が減って行き、

 

『強大な魔力を感知、これは―――魔術か!!』

 

 ロマニの声と共に、敵の軍団の向こう側を見た―――転移魔術の発動によって、一気に連合ローマ側に大量のゴーレム、そして連合ローマ兵が補充されるのが見えた。先ほどまで倒れていた連合ローマ兵もいつの間にか姿を消していた。転移というよりは超大規模な置換魔術と言ったほうが近いのかもしれない。負傷した兵と補充の人員を入れ替えたのだろう。だがそれはとてもこの時代の人間に行える魔術ではない。

 

『使われたわね? 聖杯の力を』

 

 まさしく聖杯によって成し得る規模の魔術だった。となると聖杯によって魔術をブーストして行使したのだろうか。まぁ、その判断は追々するとする。矢を新たに射出し、戦場を観察し、リアルタイムでデータリンクを形成しながら通信機を通して立香へと言葉を送る。

 

「敵の規模が一気に未知数になった。転移の類で一気に相手の戦力が補充されたからな」

 

『えっ、マジっすか先生』

 

「先生はやめろ……長引きそうだから、ある程度温存しながら戦うように心がけたほうが賢いかもしれない」

 

『うっす……ランスロットは休憩! クー・フーリンの宝具で一旦ゴーレムを薙ぎ払ったらローテ組んでちょっとペースダウンするよ!』

 

『前線指揮官としてそこそこ意識が出来てきたかしら? まぁ、普通の聖杯戦争ではありえない状況だし、これだけ聖杯戦争を経験したことのある子もあの子だけでしょうし、そのうち世界で一番聖杯戦争にもサーヴァントにも詳しいマスター……いいえ、最強のマスターにでもなれそうね』

 

「……それまで生存できていればな」

 

 とはいえ、生存できれば、ではないのだ。絶対に生存させる、のだ。立香が死んだ時点でカルデアはその活動を完全に終了する。サーヴァントはただ、召喚されてここにいるわけではない。マスターという存在と縁を結ぶことで召喚されるのだ。その縁と言えるべきものがマスターの資質として一番重要なのだ。そしてそれに限って、藤丸立香という存在は天運に恵まれている。それが彼の才能だった。

 

 才能を宝石と評するなら、彼は石ころだった。だけど河原で見つけた、妙に形の良くて艶のある綺麗な石。誰が見てもそれに値段をつけるほどの価値はないと解るそれ、だけどどこか魅力的に見えてしまうそれ。それが藤丸立香だと思っている。ただそんな彼も、聖杯戦争という修羅場を何度も迎え、芸術的に磨き上げられている―――それこそ、本物の宝石に負けない輝きを放つ為に。

 

『やっぱり……聖杯の力を使っているとしか思えない。普通はこんな無茶な魔術は使えない。北西の方角から大規模な魔術の行使を感知できる以上、おそらく力の使い手は間違いなくそちらにいるんだと思うけど―――』

 

 アンチマジックを神道、教会式の二種類で使用し、干渉をキャンセルする。油断したら即座に都市そのものに転移してつぶしてきそうだと判断する。この干渉はおそらくその下準備としてのマーキング行為だろうと思っている―――これはローマそのものにネロの許可を貰い、転移対策の結界を張ったほうがいいのかもしれない。というかそうしないといつか奇襲されてローマが潰される。或いはそれが敵の狙いだったのかもしれない。

 

『前線にいた魔術師はそう多くはないし、討伐完了。弓兵を除けば城壁に遠距離攻撃を仕掛けられそうな相手は優先的に排除できたね』

 

「となると此方のローマ兵も動かしやすくなる……いや、既にネロが動かしているか」

 

 時間はかかるだろうが、ローマの防衛戦はまずイレギュラーでもなければ、此方が確実に守り抜く事ができるだろう。そもそも半日程度の防衛で疲れるような人間はこの時代にはいないし、英霊もその程度だったら鼻歌交じりにこなせるだろう。問題は立香の体力が持つかどうかだが……そこはサンソンが判断できるだろう。アレはある意味医者だ。

 

 最大の問題はネロがまだ相手の拠点を発見できていない、という所にある。

 

 相手が聖杯を握っており、オルレアンでの戦いを見ている以上、こちらの手札が割れており、それに対する対抗策を仕込んでいてもおかしくはない。何より転移で軍団を送り込むなんて無茶なことができるのであれば、時間をかければかけるほどジリ貧になって押しつぶされる未来が見えてくる。おそらくネロもそこは理解しているはずだ。となると次の行動は遠征による土地の奪還と、領地の拡大だろうか。支配する領土を増やそうとすれば、その奪還のために相手はぶつからないといけない。つまり、相手に攻めさせず防衛に意識を回させることができる。

 

……(≪虚ろの英知:心眼≫)

 

 真横に手を伸ばし、横にいたローマ兵の前に手を差し出した。そのまま、顔面に突き刺さる瞬間の矢を手でつかみ、それを素早くクロスボウに変形したシェイプシフターに装填、それを射った兵士の腕へと打ち返した。それを横で見ていたローマ兵が驚きながら、

 

「あ、ありがとう……お前、独り言が多いから不気味に思えたけどいい奴だったんだな……」

 

 

「一言多い。それよりも次が来るぞ(≪義眼:偽・千里眼≫)、今度は助けないぞ」

 

「おぉ、今度は此方が助けてやるから待ってろよ」

 

 死にかけた男がよく言うものだ、と内心呆れつつも、ふぅ、と軽く息を吐く。やはり、相手の居場所が解らないとどうしようもない、というのは事実だった。となると重要なのは敵の拠点の把握、だろう。先ほど、ロマニの通信で反応は北西の方からあったとされる、

 

 となると敵の拠点はそっちにある可能性が高いだろう。

 

『あら、存外やる気なのね? まぁ、いいわ。偶には単独行動も素敵よね』

 

 謎のヒロインZは貴重な戦力だし、サンソンでは潜入と探索に向かないだろう。そうなると必然的に、

 

 ―――自分が探りに行くのが道理だろう。




 メタルアヴェンジャー・ソリッド、始まるってよ。潜入、情報収集のプロのハサン先生いないからね。

 それはそれとして、

 ウィーウィッシュアメリクリスマス!ウィーウィッシュアメリクリスマス!ウィーウィッシュアメリクリスマス! アンアハーピーヌーヤー!

 クリスマスは中止!!!


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ローマ・ザ・ローマ - 5

 夜風を頬に浴びる。

 

 ローマ、ネロの抱える宮殿のテラス、その柵の上に腰掛けながら夜のローマを眺めていた。自分の左隣には妖精の姿が存在し、頭を肩に乗せるように寄りかかっていた。その存在を無視しながらも、夜のローマの姿を眺めていた。ローマといえども、さすがに夜は眠っているらしく、ほとんどが闇に包まれている―――わけではなく、巡回の兵士の姿がそれなりに見える。転移による奇襲を伝えた結果、警備が増強されたのだろう。その対策に自分も簡易ながら転移対策の結界処置も施して少し疲れている。とはいえ、この体の回復力は恐ろしく高い。ケルト式の回復術も学び、最近ではさらに再生能力が高まっている。おかげで戦地での睡眠時間は今、大幅に削減できている。おかげで夜中はこうやって起きていられる。

 

「で、どうだロマニ」

 

『うーん、どう探っても北西としか解らないね。たぶん隠蔽用の結界が張られているね。ただ聖杯の出力そのものを隠すには弱すぎる……いや、聖杯の出力が高すぎただけだね。そのせいで一瞬だけ反応を感知出来たんだ。そちら側でアンテナ張ってなきゃこんなの感知できないね……』

 

「そう、迷惑をかけたな」

 

『いや、いいさ。今は立香君も眠ってるから割と安定してるんだ。とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けどね』

 

 医療セクションのトップであるロマニはそれと同時に、また様々な分野に関する知恵を持っている。カルデアが大きく破壊され、それぞれの分野のエキスパートが死亡している現在、多方面において多芸なロマニが生きているのは実に幸運な事だった。ただ、それとは別にその負担がロマニにもかかっている。今はカルデアに残ったエミヤや、ダ・ヴィンチが補佐に回ってサポートしているが、根本的な問題の解決にはなっていない。

 

 特異点ではなく、カルデアで死人が出そうだな、というのが素直な感想だった。

 

 カルデアのスタッフも基本、ロマニと似たり寄ったりの状況だ。

 

 まだ、睡眠時間を十全に確保できるだけこっちの方が楽なのかもしれない。

 

『どうなのかしらね? どちらにしろどちらも地獄よ。カルデアではロクに休めないし、此方に来たっていつ死ぬか解らない戦場を歩き回るハメになるわ。となるとどちらにしろ、強制的に損耗して行くだけの話じゃないかしら。結局のところ、遅かれ早かれ磨り潰されて行く話よ……英霊が来なきゃ、ね』

 

 ローマの街を眺める。それは文明であり、文化であり、そして歴史だった。人間はこの上に成長を重ね、そして未来を形作って行くのだ。そしてそれが自分たちが生きる人理というものを生み出す。カルデアは今、それを守る為に戦っている。それが今、カルデアに残されたすべてであり、使命なのだから。そう、それだけが俺に残された全てなのだ。今、少しずつ過去を思い出している。だがそのすべてはすでに焼却されている。もう、全員死んでいる過去なのだ。

 

 ―――いや、その前に既に門司もトワイスも死んで―――。

 

「む、見つけたぞ」

 

 声に振り返れば真紅の衣装に身を包んだネロ・クラウディウスの姿が見えた。急いで降りようとしたところよい、と窘められる。故に軽く頭を下げたところで、ネロが近づき、テラスから広がるローマの風景を横から眺め始める。

 

「そなたはここで何をしていたのだ?」

 

「警戒と……あと夜景を眺めていました、陛下。ローマという都市は不思議な魅力で満ちています。これほどまでにそれに魅了されるとは自分でも思っていませんでしたので、こうやって警戒ついでに街並みを眺めているんです。私達はおそらく絶対忘れることのできない旅をしています。どこで経験することもできない旅をしています。だからそれを深く刻む為にこうやって、忘れないように眺めているんです」

 

 そう、忘れられない旅だ。忘れたくない旅だ。辛いし、苦しいし、そして痛い。その上で特異点での出来事はすべて、消え去る。俺たちが成してきた事はすべて特異点の解決と共に消え去る。英霊となってもそれはよほど特殊な事情でもなければ、神でさえ覚えていることはできない。すべては忘れられる、忘れられない旅となるのだ。だからこそ、深く、深く胸に刻むのだ。マシュと立香、あの二人ががんばってきた、その事実を誰かが覚えてあげないといけないから。

 

「なるほど、そなたらも背負っているのだな、余の理外の外側で」

 

「一番苦労して……いや、苦労するであろうと思うのは立香とマシュです。どうか二人を労ってください陛下。アレらは未熟で非才ながらも己の成せる事を模索する事に関しては一流です。その心はありていに言って()()()と思うのです」

 

「なるほど、そなたは真の芸術とはそれを描く心にある、と見ておるのか」

 

 その言葉にネロは頷き、返答した。

 

「まるで賢者か、隠者か、はたまた()()の言葉であろうな。人の心は醜いのが俗説である。されどその中に存在する僅かな者が持つ輝き。それを愛せるのであれば汝も十分人という存在で呼べるであろうな」

 

 ネロの言葉に首を傾げる。それはつまり、どういう事だろうか、そう思ったところでなに、とネロが声をかけてきた。

 

「立香らもそなたの事を気にしていた、という話であった。会話したときにぽろっと踏み込んでこない事に不満と心配を抱いておったぞ? まぁ、そなたの話を聞く限り、どうやらその心配も杞憂のようだ。一歩下がり、踏み込ませずに見守る姿ははたまた隠者か大樹の様であるが故、必要だから距離を置いていると余には思える。うむ、少々羨ましい関係であるな。とはいえ、言葉にせぬと心配させてばかりであるから少しは踏み込むか、踏み込ませるべきだと余は思うぞ」

 

「それは、考えておきます」

 

 とは言いつつも、立香やマシュを必要以上に自分に踏み込ませる必要はないと思っている。何せ、自分の存在そのものがカルデアの闇の集合みたいなものだ。カルデアはマシュを生み出し、そして自分を生み出した。それは―――明確な罪だ。カルデアの人理救済という理念に対する背信である。救うはずの人々を犠牲にして生み出した理念に()()()()()()()()()()のだから。だから自分の存在を立香やマシュに、深くは踏み込ませない。

 

 あぁ、なんだかんだで便利な人……その程度の認識で十分だ。必要以上に仲良くなり、こちらに情を抱く様になれば、無駄に悲しむし、それが原因で前に進めなくなると困る。冷静さ、非情さは現場指揮官にも必要な要素なのだ。それを―――立香は持てない。

 

 彼は良くも悪くも普通。だから彼から理想の指揮官の姿になるにはまだ数年以上の習熟が必要だ。だから、こちら側からどうにかしなくてはならない。

 

『かなり彼に入れ込んでるわねー。まぁ、別に私はいいけどね? ペットの猫のしつけをやっている感じだし。これが相手が女で心を預けるようなことがあれば殺してたけど』

 

 物騒なことを言う妖精だった。まぁ、それはさておき、テラスの柵の上から降り、ネロへと軽く頭を下げてお願いする。

 

「陛下、明日は駿馬を一頭お借りできたら、と願います」

 

「ほう、それは?」

 

「連合帝国の首都を探ってまいります。大よその位置は此方で把握しましたので、実際に行って偵察してこようかと。カルデアには遠距離の連絡手段があるので、此方で情報を集め次第更新できますので」

 

「余に断る理由はないな。では十分に遅い。そなたも明日があるというのであれば、早々に眠ると良い」

 

 お気遣い有難うございます、と告げるとネロが去った。その背中姿を見送ってから再び夜空を見上げた。浮かび上がる星々は現代の地球では見れない美しさ、輝きを放っている。現代では失われた輝きがまだこの時代には残っていた。それを見上げて眺め、そして息を吐く。自分はなぜ、こんなところへと来てしまったのだろうか。いったい何が自分をここまで運んでいてしまったのだろうか? まだ聖人として災難に立ち向かう力が残っているのだろうか? いや、アレはマリスビリーによって殺されている。となるとやはり、アレは自分をカルデアまで運んだのだろうか。

 

 どちらにしろ、

 

「ろくでもない人生だ……」

 

 

 

 

 翌日、立香たちカルデアメインパーティーは近くのエトナ火山へと召喚サークル設置の為に向かう事になった。ローマ近辺の霊脈はここが一番優秀らしく、そこに召喚サークルを設置する事でカルデアの方から物資のほうを送ったり、こちらから送り返す事が出来る。そうやってローマから軽く、不足している食料を送る予定を作りつつも、こちら側で今、不足している魔術用の媒体や物資を調達予定だった。

 

 それとは離れ、此方も行動を開始する。

 

「此方はローマ一の駿馬です、客人」

 

「ありがたい」

 

 宮殿の馬屋から駿馬を借りる事に成功する。力強い黒馬は此方を見ると近寄り、軽く頭を下げて認めるような態度を取った。どうやら騎手として十分に認められたらしい。近づき、軽くその首を撫でてから手綱を受け取り、一息で馬の背に飛び乗ろうとして、一旦動きを止める。この時代の鞍はまだお粗末なものだし、鐙すら存在していないからかなり乗りづらかったという事を思い出し、シェイプシフターで鞍と鐙を作り、それを黒馬に乗せてから騎乗する。しっかりと固定された感触に満足感を感じ、手綱を握りなおす。

 

「不思議な馬具を使うのですね」

 

「これが未来のスタンダードだ―――覚えていられるなら覚えておけ」

 

『本来なら未来の技術は再現不可能だけど、原始的な鐙は遊牧民族で紀元前には使われているし、鞍も原型がこの時代には存在しているから使えたのかしらね?』

 

 どちらにしろ、優秀な馬具は体力の消耗を抑え込んでくれるから長旅には必須の道具だ。負担が減るのは人間ではなく馬も一緒だ。あらかじめ保存食の類も用意してある。これで長距離の移動と、潜入での時間稼ぎも問題ないな、と思った直後、こちらへと向かって弾丸のごとく飛んでくる姿を片手で掴んだ。見覚えのある、そして心地よい感触の小さな獣は、

 

「フー、フォウ」

 

『よぉ、来たぜ……ってなぁーにが来たぜよ、キャスパリーグ。そのまま帰れ。というか帰りなさい。こっち来るな。災厄の獣シッシッ! 早くニート庭園に帰りなさいよ貴方は!』

 

「フォウフォフォフォーウ! フォーウ!」

 

『きゃー! きゃー! きゃー!』

 

 黒馬の足元でフォウにしっしっ、と手を払っていた妖精に襲い掛かるようにフォウは鳴いてから飛び掛かり、それに悲鳴を上げながら妖精が逃げ惑う。それを追いかけるようにフォウが走り回り、黒馬の周りを一人と一匹が走り回り、数秒後には妖精が姿を消して、此方の前に、お姫様座りで騎乗してきた。それを見て足を止めたフォウがそのまま一声鳴きながら一っ跳びで黒馬の背に飛び乗り、そのまま此方の背中を登り、肩の上に乗った。

 

『なんでこっち来るのよー!』

 

「フォウーフォーウ!」

 

 正面にいる馬屋の管理人が首を傾げている。フォウの不審な行動の理由が見えないのだろう。苦笑しながら助かったと告げて、ゆっくりと黒馬を走らせ始める。宮殿へと通じる門を抜け、そのままローマ市内へと出る。まだ人通りは多い為、ゆっくりと歩かせながら、ローマの外を目指して進ませながら、肩の上に乗ったフォウへとフードの中から視線を向けた。

 

「お前は俺を苦手としていたと思っていたのだが……いいのか、マシュと一緒ではなくて」

 

「フォウフォフォウフォーウ」

 

 ここで動物会話のスキルでも取得していれば話は変わるのだろうが、あいにくと自分にそんな便利な技能は存在しない。あくまでも≪虚ろの英知≫はC~B相当で()()に限定されたスキルを再現するシステムだ。インターネットにアップロードされた動画を再生するように、脳というネットワークに保存された技術、動きをそのまま再現するシステムだ。だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。故に動物の言葉を理解する動物会話等のスキルは使えない。

 

「すまないな、お前の言葉がマシュの様に解らなくて……」

 

「フォーウ……」

 

『別にいいのよ、こんなのは理解しなくて。そんなのに関わるよりも、もっと私に構って欲しいんだけど!』

 

 肩に乗ったフォウを撫でようか片手を伸ばそうとして―――止めた。自分のような奴がこの地味にプライドが高い生き物に触れようとしても迷惑なだけだろう。そう諦め、馬の手綱を握りなおす。

 

「ロマニ、これから別行動を開始する。事前に言った通り、俺のことは存在証明だけで十分だ。藤丸やマシュの事を頼む」

 

『うん、解った。ただ無茶はしないでくれよ? 君を亡くすとカルデアがまた広くなっちゃうんだから』

 

「それは……寂しいな。最善は尽くそう」

 

 じゃあ行くぞ、と馬の腹を蹴り、勢いよくローマから飛び出して行く。いつまでもフォウに文句を言う妖精の言葉を完全に無視しながらまずは北進する。

 

 敵地へと深く切り込み、敵の拠点を、首都を暴く。




 ダヴィンチはそれを地獄だと表現した。だけどロマンは笑いながら自由だと言った。自分で考え、選択できるという状況そのものが彼にとって本当の自由だったんだ……。

 いやぁ、忘れられないメリーでしたねー……。正直色々と思い出し泣きしそう。フォウ君出すだけでも割とヤバイというか。


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影に忍び - 1

「戦地というものだからもっと焼けているものかと思ったが―――」

 

 ローマの大地を馬で駆け抜けながら見る大地は驚くほど荒れ果てていなかった。

 

 間違いなく戦争をした痕跡は存在する。だがそれにしては()()()()()()()()()()様に感じられた。或いは現代やオルレアンで見たような燃やし、破壊しつくす戦いに慣れすぎているのかもしれない。だがやはりローマでの戦いはどこか、人と人だけであって、大地を燃やそうとする感じは見えない。それどころか土地に配慮しているような感じさえあるのは何故だろうか?

 

『んー……相手も皇帝を名乗っているのよね? だったら敵もローマ皇帝なんじゃないかしら? 土地の補正があって強化されるし、何より相手の動きを見るからに忠誠心を感じるわ。となるとカリスマ性の高い人物がいて、それで侵略戦争を仕掛けているって形じゃないかしら。まぁ、今までの情報を整理すると大体そんな感じかしらね? ローマ皇帝に関してはそこまで知らないから考えるのは任せたわ。これが正しいってわけじゃないし』

 

「フォーウ……」

 

『なんで諦めの溜息なんて吐いているのよこの駄猫! 直接干渉できないことがこんなにも口惜しいなんて……あぁ、でもこうやって相乗りできるのは幸せだからどうでもいいわね!』

 

「フォフォウフォーウ……」

 

 何だかんだで仲の良さそうな、というよりはエミヤ&クー・フーリンみたいなコンビ芸を披露している妖精と猫を無視し、地図を広げながら徐々に馬の速度を落とす。軽く現在位置を確認しながら北進し続ける。今はネロが抑えているローマの領土、フロレンティアの北へと抜けて数時間の距離を進んでいる。さすがにバイクと違って馬は食事も休憩も必要だから定期的に休みを入れながら走らせているが、フロレンティアの北のメディオラヌムは連合帝国の支配領域だったはずだ。

 

 まぁ、現代人からしてみれば()()()、という名前の方が解りやすいだろう。そう、メディオラヌムは将来的にイタリア、ミラノとその名を変える……のだったと思う。まぁ、ここら辺の雑学はどうでもいい。とりあえず北への旅は今のところ順調そのものである。だがこの先、さらに北へと向かうとなるとそろそろ相手に見られるということを認識、意識しなくてはならない。

 

「フォウフォウ」

 

『どうするんだ、だってね』

 

 この妖精が初めて役立った気がする、と思いつつもそうだな、と口に言葉を出す。

 

「見られずに移動するというのは不可能だろうし、ずっと気配遮断し続けるというのも不可能だ。一応カルデアからの監視を外しているから此方の存在も探りづらくしているが……まぁ、強引に探された場合、見つかるだろうな」

 

「フォ?」

 

 今のはたぶん、で? とでも言ったのだろうか。フォウの言葉、なのだろうか、それに苦笑しながら話を進める。

 

「魔術と技術で変装しながら徒歩だろうな。そこからはこいつとはお別れだろう」

 

 馬の首を軽く撫でて地図をしまいながら走り出す。ある程度相手の勢力圏に入ってからはローマへと戻るように逃がしながら隠形で隠れ進む必要があるだろう。見つかっても大丈夫な様に、ある程度は現地人に扮するように姿を変える必要がある―――こういう時は本職のアサシンがいてくれれば非常に楽なのに。そう愚痴りながらも、今度こそ、次こそはまともなアサシンが来てくれることを願い、さらに北へ、メディオラヌムへと向かって少しだけ速度を上げる。

 

 知識にはあったが、こうやって実際に触れ、実行する乗馬の時間はどこかしかし、楽しかった。少しだけ、この駿馬との別れが惜しかった。

 

 

 

 

 馬に乗って半日、そこから徒歩で数時間。

 

 暗くなったころにはメディオラヌムへと到着した。気配遮断で門番を完全にスルーして都市部潜入しながら目撃したのは普通に栄えている都市の姿だった。それはオルレアンとはまるで違い、普通に人々が生活し、そして生きている風景だった。そう、普通に暮らしているのとまったく変わりのない光景が繰り広げられていただけに、少しだけ驚きを覚えてしまった。黒幕が誰なのかはわからないが、その方針は侵略と統治である事がここで見てはっきりとした。

 

 破壊の痕跡もない―――ちゃんと統治されている。

 

『で、ここからどうするのかしら?』

 

 無論、拠点の割り出しに関しては昔から存在するわかりやすい方法をとる。

 

『それは?』

 

「……物資の流れだ」

 

 なんと言っても兵の維持、戦力の集中、戦争をするということは()()()()()()()()という行いである。そしてメディオラヌムの様子を見てれば、ちゃんとした統治がなされており、経済が発生しているというのが見て解る。そして生きた人間を兵士として使っている以上、どこかで需要と供給が発生している、ということになる。そしてこの時代、基本的に一番の富、需要、それらは中央へと集まるようにシステムができている。

 

 だからこそローマはあんなにも栄え、そして美しかった。属州から様々な物資、文化を流入して栄えているのだから当然だ―――だがそれが()()()()なのだ。つまり相手がローマの皇帝を名乗って敵対している以上、やり口は一緒だ。つまり属州から拠点へ首都へと向けて物資が運ばれ、集中するスタイルとなっている筈だ。

 

「だから商人を十ほど調べて、全体の流れがどっちへ向かうのかを調べる。そうすれば自然と相手の拠点は割れる。基本的にロマニはローマから北西、と言ってた。たぶんここからさらに西の方……カン、だがガリアじゃなくてマッシリアの方だと思う」

 

『あぁ、あそこは確かローマから見て北西だったわね、位置的に。じゃあ拠点がそこに?』

 

 もしくは前線拠点がそこだろう。ともあれ、それを調べる必要があるからここまで来ているのだ。歩き出そうとしたところで、足元を歩くフォウを見て、軽く跪き、その姿を持ち上げる。

 

「……俺と一緒で退屈じゃないか?」

 

「フォーウ」

 

 フォウの表情が何かを訴えている気がする―――いや、たぶん解る。味気のない保存食じゃ不満なのだろう、この小さな獣は。最近カルデアで使用されている保存食はエミヤが作ったもので、中々美味しいからおすすめできるのだが、それとは別にフォウ自身がまともな食事をほしがっているフシがある。自分一人だったらまず間違いなくそんな贅沢をしなかったのだが、まぁ、

 

「お前の為ならいいだろう」

 

「フォーフォーウ!」

 

『畜生のクセに……』

 

 コンビ芸を見届けながらも、夜のメディオラヌムを歩き始める。予測が正しければ西、マッシリアの方へと向かう必要が出てくる。夜間の旅は身を隠すにはちょうどいいが、それを相手が警戒しないわけがない。おそらくは夜闇に特化した存在を回すに決まっているだろうから、普通の人間が警備する昼間を狙って移動する事にしている。とりあえずは食事だ。そう判断し、認識されづらいように魔術を纏ったまま移動する。軽く匂いを求めて歩けば、すぐに食堂を見つける。初めて来た土地、えり好みする必要もないので、事前に用意しておいた交渉用の金貨の感触を懐の中で確かめつつも、適当な椅子に座る。

 

 メニューは―――ない。だが周りからはこれを、これを、という声は聞こえてくる。

 

 この時代でのローマ文化の食事は穀物がメインとなっており。貴族等の富裕層のみが安定して肉料理を口にすることができた。基本的にパンなどがメインとなり、麦粥などを食べていたとされているが、そのほかにもブドウをはじめとする果物を食し、そしてビールやエールの類は蛮族の飲物―――ケルト人であるクー・フーリン等の事を彼らは示していたのだが―――故にワインこそが至高であり、王道であるとされ、愛されていた。まぁ、それは現代にまで残るイタリア産のワインの人気を見ていれば良く解る事だ。

 

 そのほかにも乳製品が良く好まれていた、という知識もある。ともあれ、この食堂ではクルミやピスタチオの入った麦粥が人気らしい為、それを頼むことにする。なんでも前に聞いた話ではフォウに食べられないものはないらしいし、普通に自分が食べるものを分け与えればいいだろう。そう思いながら店員に軽く頼んでから席に着き、適当に時間を潰す事にする。軽く椅子に沈み込みながら周りで繰り広げられる会話に耳を傾ける。

 

「少し前にどうやら南の方で―――」

 

「連合に栄光あれ―――」

 

「北の石切り場が今は―――」

 

 これか? と思いながら会話を集中して盗み聞きする。

 

「―――なんでも今は西の方で石材の需要が高騰してるらしい。商人どもは大急ぎで走り回ってるってとこよ!」

 

 西―――西か、と呟き石材の需要と高騰理由を考える。やはりゴーレムに石材が使われ、軍団規模でそれが運用されるとなると大量の需要が生まれるだろう。西のほうへ石材が運ばれているのは実に気になる内容だ―――ゴーレムの生産工場か工房でも見つけて潰せば、ローマ側も行動がだいぶ楽になるだろう。この流れが拠点につながるのであればむしろ大歓迎だ。適当な食堂で情報が入手できて先行きは良い。とはいえ、裏付けを取りたいからこの先、同じような情報を求めてまた歩き回るのだろうが。

 

 まぁ、情報なんてものはたくさん集め、その中から有用そうなものをピックアップ、さらにそこから精査して意味を持ち始めるのだ。まずは起点となる情報を得たのだから、そこからどんどんと材料を広げて特定させて行けばいい。食べ終わったらやはり、商人にあたって回るのが一番よさそうだ。連中は、特に戦時だと昼も夜も関係なく走りまわって金を稼ぐからだ。

 

「麦粥一人前」

 

 運ばれてきた麦粥を見て、床に座って待っていたフォウが膝の上へと飛び上がってくる。それを見て、皿をもう一つ頼み、運んできてもらう。麦粥の一部をそのまま皿の上へと移し、床に置くと、嬉しそうにフォウ、と鳴きながら麦粥に噛り付く小さい獣の姿が見えた。その姿を見るたびに本当にマシュのところにいなくて良かったのかと思ってしまうが、既にローマから離れてしまっており、いまさらマシュと立香に預ける事もできない。この小さな獣が巻き込まれないように、自分が気を付ければいいだけの話だと思っておく。

 

『本当に心配性なんだから……そんな淫獣、心配するだけ無駄だし、気にするだけ無駄よ、無駄。どうせ本当に危なくなったら自分一人でどうにかするわよ。いや、この場合は一匹ね』

 

 なぜこの妖精はここまでもこの猫を毛嫌いするのだろうか、それが自分には良く解らなかった。見た目も、そしてその中身もかなり愛らしいではないか。少なくとも自分のような欠陥人間であっても癒しを覚える程度にはフォウは愛玩動物として完璧な性能を持っていると思う。

 

『そんなのこの駄猫の本性を知らないから言えるのよ! いい? こいつはね―――あ、こら、やめなさい。きゃー! くるなー! こっちにこないでー! 破滅させられるー! 破滅させられちゃーう!』

 

「フォフォウフォーウ! フォーウ!」

 

 麦粥を放置して妖精をフォウが追いかけ始める。テーブルの周りをぐるぐるぐると走り回りながら追いかける姿を、フォウだけの姿を店員が眺め、両手を腰に当てながら溜息を吐いた。

 

「お客さん、ペットの持ち込みはいいけど、暴れるようなら出て行ってもらうぞ?」

 

「……申し訳ない」

 

 走り回るフォウの首根っこをつかんで持ち上げる。どうやら思っていたよりも少し、騒がしい道中になりそうだった。




 イン・トゥ・ローマ。なんだかんだでまだ余韻が抜けないので文字数少な目である。それはそれとして、たぶん全部終わった後、妖精ちゃんがそのままだったらフォウくんつっついて、なによー、いやがれよー、と言いながらも喜んでる姿を見て、寂しそうにため息はきそうね。

 何をしても精神へのダイレクトアタックになりそうな今日この頃。


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影に忍び - 2

 ―――子供のころ、俺は自分が特別だと思ってた。

 

 子供特有の夢ではなく、純然たる理由として、俺は自分が特別だと思っていた。俺は俺にかかわった人間をいい方向へと導く事ができた。どうにかして、いい方向へと背中を押してあげる事ができた。それこそが啓示だった。そう、俺は神の声をずっと昔、本当の昔に聞いていたのだ。何をどうすればいいのか、子供ながら俺はそれを知っていた。知ってしまっていた。ゆえに俺は、自分が特別だと思っていた。

 

 そしてそれは事実だった。だから俺は密かな使命感に燃えていた。これで俺は誰かを救わなければいけないのだ、と。一種の英雄病みたいなものだった。子供がだれもがかかる病気。ただ俺は、それが実際にバックボーンのあるものだったからさらに酷かった。いつからそうなったのかは、俺は知らない。ただ気づけばそんな風に、神の声が聞こえてた。父にも、母にも秘密にしていた神の声だった。それを良く聞き、そしてその通りに聞いたときは行動した。

 

 そうすることで俺はヒーローになれたから。

 

 だがその結果―――母は入院した。

 

 簡単な話だった。俺は見えもしない、知りもしない神を信仰し、言われた通りの人形だった。だがそれにかまっていたせいで、いない間に母が入院する程の事故に遭遇してしまった。ヒーローごっこにかまけずまっすぐ家に帰っていればまた、話は違っていただろう。だけどそうはならなかった。母は入院し、もう二度とまともに歩けも喋れもしない、と診断されてしまった。助けた相手が将来的に何を生むのか、知った事ではなかった。

 

 見知らぬ誰かのために己を犠牲にさせるやり方は悪であると、子供ながら直感的に理解した。

 

 これは絶対に間違っている、と。大の為に小を切り捨てる事を許容させるのは、

 

 ―――悪だ。

 

 

 

 

「フォーウ」

 

「んがっ、顔はやめろ、顔は」

 

 顔に感じるざらざらとした感触に、即座にフォウに顔を嘗め回されているのだと気づき、目を開けた。また夢を見ていた―――昔、遠い昔の夢を。あまり気持ちの良い夢ではなかった。だけど同時に思い出すことができた。神という存在への不信感、憎悪、その始まりを。自分がなぜ、聖人という約束された栄光へ背を向けたのか。背信者という道を将来的に選んだのか、その理由が理解できた。

 

 まだ若い頃、俺は神という概念を良く理解しなかった。だが門司の旅行に付き合って宗教と付き合ってゆく内に、徐々に宗教と神、聖人や啓示の概念を理解し始めた。俺は理解したのだ。頭にささやきかける声が、その意志は神のものであり、()()()()()()()()()()()()()()()という事に。お前が俺から母親を奪ったのだ、だからそれは間違いなく俺の敵だった。俺の復讐対象だった。言うことを聞くことをやめてもこうしろ、と囁きかけてくる。

 

 それに従えば誰かが救われ、俺は地獄を見た。

 

 それに従わなければかかわった悉くは悪い方向へと転がって行く。

 

 それが()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「なんて……理不尽」

 

『ま、神様なんて所詮そんなもんよ。人の考えた神は人の理想でしかないわ。だけど現実の神は()()()()()()よ。それが人間の都合や考えを配慮すると思う? そんな訳ないでしょう。連中にとって重要なのは神としての役割を果たせるのか、神としての性質を満たせるのか。それだけの存在よ、アレは。穢れがないんじゃないわ。それ以外がないだけよ。ま、私は連中が嫌いよ。お揃いね』

 

 此方の言葉に、夢に、意識に嬉しそうに妖精は語り掛けてきていた。彼女のいつかの言葉が本当なら、徐々に、徐々に俺はこの特異点という場所で存在しないハズの記憶を思い出してゆくのだろう。それが少しだけ―――怖い。少しずつだが、自分という器の中に感情が満たされて行くのが解る。空っぽの瓶の中に少しずつどす黒い感情の水が満たされて行くのが解る。

 

 段々と、アヴェンジャー171号ではない、別の存在に変質してゆくような恐怖があった。

 

 自分が、自分じゃなくなるような恐怖だった。それはまるで今まで一度も感じたことのないものだっただけに軽く驚き、胸に手を当てた。

 

 これが―――恐怖なんだ、と。

 

「フォウ!」

 

 吠える様なフォウの鳴き声に、言葉は解らなくてもしっかりしろ、と励まされた気がした。そうだな、考えるのはカルデアに帰ってからだ。こういうのは後で考えたほうがいいだろうと素早く脳内を切り替えながら体を起き上がらせる。当然ながら隠密行動中であるため野宿だし、隠れて眠っていた。自分に時間はないのだ、いつまでも思い出した夢に呆けていないで、

 

 マッシリアを目指さなくては。

 

 

 

 

 結果的に言えば、読みは正しかった。

 

 石材の需要はゴーレムの量産の為だった。食事が終わってから商人に金をつかませればすぐに情報が出る―――あとは魔術で記憶を軽く操作すればいい。そうやって数件確認してゆけば、全体的な物資の流れ、そしてローマ連合帝国の状況に関することが理解できる。まず連合帝国はローマからの攻撃を警戒しており、その前線拠点をマッシリアに移している、という事実だった。つまり現在、一番戦力が集中しているのがマッシリアとなる。

 

 だがゴーレムの量産自体はマッシリアの西南、ローマから見て直に西へと向かった先に連合首都が存在するらしく、其方に向かって石材は運ばれているらしい。となると自分が進めるルートはマッシリアを通って連合首都へと向かうコースだ。正直、マッシリアの偵察を行いたいのも事実だが、連合首都の正確な位置を特定するのが戦術的に今は一番重要な事だと思っている。その為、調査を終えたらそのままメディオラヌムを出て、マッシリアへと通じる道を通る。

 

 とはいえ、さすがにまっすぐマッシリアへと向かうわけではない。街道を外れ、山岳地帯に身を隠すように姿を隠して進んで行く―――休息のために数時間の睡眠を一度してからも再び、比較的にアリア寄りのルート、マッシリアの北を抜けるように西進していた。

 

 メディオラヌムに到着する前にローマに帰るように馬は解放してしまって、完全に徒歩の旅となっている―――オルレアンの頃よりも、旅する距離や地形の悪さは断然ひどくなっている。こんな地形、あの若いマスターはちゃんと歩いてこれるだろうか? まともに訓練を受けたような様子はないから、たぶん汗をかきながらマシュに手を貸してもらいつつ、前へと進もうとするのだろうな、というのがありありに見えた。

 

「フォウ!」

 

「……そうだな、あの二人は心配しなくても大丈夫だよな」

 

『すっかり優しくなっちゃったわね。あの頃の貴方はもっと尖ってたわよ! ―――って、言いたいところだけど、貴方ってなんだか妙に年下とか子供には優しいって部分があるわよね。なんだかんだで最後のマスターとシールダーちゃんには最初から優しかったし』

 

 踏み場の悪い山岳地帯の大地を歩いていると、フォウが歩くのをサボって肩の上へと移動してくる。食べてばかりで運動しないと太るぞ、と告げながらそうだな、と言葉を零す。なんでだろうなぁ、と考え、しかし思い出したばかりの記憶を頼りに、答えを出す。

 

「たぶん―――幸せになってほしいんだ。いや、幸せでいてほしいんだな」

 

『そうなの?』

 

 たぶんそうだ。

 

「俺の子供時代は悲惨だった。親父はいつも家にいなくて、母親は植物状態。そして俺が首を突っ込めば、いつも悲惨な結末を迎えていた。神の啓示に背を向けていたんだから当然だった。だけどそれは悲惨としか表現できない子供時代だった……それがどれだけ寂しく、どれだけ辛く、どれだけ嫌なものかは、俺は知っていた」

 

 頭ではなく、心が、きっと、覚えてたのだろう。

 

 だからきっと、まだ子供の立香とマシュにはどこか、気を遣ったりしてたのだと思う。子供とはまだ、守られるべき立場なのだ。立香とマシュの背負った責任は重い。あの二人の代わりができる者はこの世には存在しない。あの二人だけがきっと、人理の修復という偉業に挑むことができるのだ。だけど、あの二人はまだ―――子供だ。

 

「そう、子供なんだあの二人は……だから、か」

 

 傷ついて、成長して、そして大人へと変わって行くその道中にいるのだから。

 

「幸せでいて欲しい、そう思ってしまうのだろう、な」

 

「フォウ!」

 

「お前もそう思うか? そうか、そうだよな―――立香もマシュも、報われるべきだと俺は思っているし、いつか絶対に、二人の苦労は報われる筈だと思っている。それが報われるように、俺たちが動くんだ」

 

 楽しそうに鳴くフォウの声を聴きながらも、少しずつだが自分という存在を思い出し、それを心に馴染ませて行く。人理修復の旅は綺麗ごとを吐いて達成できることじゃない。今はまだサーヴァントたちが立香やマシュに配慮して、敵であろうと峰打ちですませて殺してはいない。だがそれも不可能だろう。本格的に連合との戦いが始まれば必然的に人を殺すという行為に触れるだろう―――いつまでも、その心を守ろうとして守れるわけではない。戦いはさらに辛くなるだろう。だけど、それでも、彼らはまだ未来のある、希望のある子供たちなのだ。

 

『だいぶ、感情的になってきたわね』

 

「それでもまだだ、まだ大事なことが思い出せていない。まだ名前すら思い出せていない―――だから俺はただのアヴェンジャー、ただの171号という検体だよ」

 

 ただ、それでも、義務感以外が今の俺を動かし始めているのは事実だった。少しずつだがこの存在を証明する、ということ以外で動き出しているのは事実だった。171号から()へと、少しずつ戻って行く―――果たして、全てを思い出した時、俺は正気のままでいられるのだろうか。

 

「フォウフォウ! フォーウ!」

 

「ふふ、解った、解った。変に悩むのはやめるからフードを剥がそうとするのはやめてくれ。これがないと顔を出せないんだ」

 

 フォウがいるおかげで無駄に心が沈むこともない為、この小さな獣の存在に感謝しつつ、山岳地帯の丘を越えてその頂上から景色を見下ろす。わずかに雪の積もったこの山岳地帯から見下ろせるのは、マッシリアの姿だった。メディオラヌムで聞いた通り、町の要塞化が進んでおり、強固な城壁を東側に構築しながら物見台を建設し、ゴーレムを正面に展開、襲撃に備えて軍備を増強しているのが見えた。防衛線の構築が見える。

 

 正面から攻めるにはやはり、軍勢が必要になってくるだろうな、というのは目に見えた。あそこに潜入するのは少々骨だ。

 

『どうするの?』

 

「無視する。ここから見た感じ、南西へと道が続いている。アレが連合首都とやらへの道だろう。このまま山岳地帯に身を隠しながら進む。マッシリアの攻略は立香たちでやってくれるから、一歩先の情報を収集したい……となるとネロが掴んでいない首都の情報だろう」

 

 マッシリアへと向けていた視線を外し、正面、マッシリアの背後へと回り込む道を見つける。足場は悪く、滑りやすさから事故が起きそうなルートではあるが、そこはそこ、このサーヴァントに近付けられた肉体、そして人類の英知が詰まった頭は効率よくそこを進んで行く複合技術がインストールされている。フリーランと呼ばれるどんな環境であろうと自由自在に走り回れる技術を、この体は体得している。

 

 それに最近は昔のことを徐々に思い出してきた結果か、やや動きが体に()()()様な感触もある。

 

 ともあれ、マッシリアは少々潜入するには物々しすぎる。気配遮断でも限界がある。ここは本職のアサシンがほしいと思えてくるレベルだ。少なくとも、自分の隠密技能では少々キツイレベルの警戒だった。故に素直に悔しがらずスルーし、

 

 そのまま、連合首都へと向けて足を進める。




 やや長引いたけどふつう移動だけでも数日かかるもんだし、移動だけこれだけ尺が取れれば十分だよね、ハイカットデース、という気分で。移動の間の考え、葛藤もまた旅の一つなのです。

 というわけで次回、漸く連合首都。そのころぐだたちはエトナ火山かご帰還してガリア遠征の準備中であった。

 171号さんは子供好き。


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影に忍び - 3

 マッシリアを北から回り込むように抜け、さらに南西へと向かって移動する。街道が見える様に位置取りながらも、山岳地帯、身を隠す様に移動する。予測を裏付けるように、マッシリアから続く街道は新しく、そして軍人の行き来が多かった。首都が無いにしろ、間違いなく大本はこの先にある、という確信が抱けた。故にその意思に従い、極力接触を回避しつつ、気配遮断を織り交ぜながら行軍すること一日程、

 

 山岳の上から、連合首都を見つけることに成功した。

 

「確かに、これは首都の名に(≪義眼:千里眼≫)相応しいな」

 

 義眼の望遠モードで()()()()首都を山岳地帯から覗き込む。そうやって見えるのはローマに負けず、劣らずというレベルで栄える都市の姿だった。近づかないと解らないが、全体的に都市が()()()()感じがする。つまりは前々から存在していたのではなく、最近建設されたと考えていいのだと思う。となるとやはり、この時代―――特異点にとっての異物だと判断してまず間違いがないだろう。

 

 聖杯の反応はマッシリアだったが、最重要なのは探りづらい、拠点の情報を抜く事だ。そのため、こうやって連合首都を観察する。形式としては城に城下町を一体化させた様な形―――ローマではなくどこか、中世時代に町のスタイルは近いような気がする。ただそれは外観から判断する事だ。やはり中に入らないと詳細な情報は取れないだろう。

 

『潜入するの?』

 

「それしかないからな……来い、フォウ。流石にお前を隠さないとならん」

 

「フォウ!」

 

 そう言うとフォウが足元、ローブの内側へと飛び込み、そのまま体をよじ登ってくる。そのまま一気に体を登り、ローブの内側、首元からぽっかりと顔をローブの外側へと覗かせる。そこで満足できるポジションを用意できたのか、フォウ、と鳴き声を漏らした。そんな光景を妖精が羨ましそうに眺めているのを無視し、山岳地帯を下って行く。気配遮断が途切れないようにフリーランで走りながらも、足元に注意し、傾いた斜面を飛び下りるように勢いよく体を飛ばして進む。人の視線に捉われないように、呼吸と存在感そのものをフォウと合わせて殺して、減らして行きながら一気に連合首都を囲む城壁の上へと向かい、魔術で瞬発する瞬間だけ肉体を強化、脳のリミッターを外して身体能力の上限を解放、

 

 山の斜面を蹴って一気に跳躍する。

 

 体重移動で軽く体を滑空させる様に空を流れる様に風に乗って移動し、

 

―――(≪虚ろの英知:圏境≫)

 

 そのまま、連合首都を囲む城壁の上へと着地する。受け身を取るように衝撃と音を殺し、低ランクであるが故に短時間しか纏えない圏境で姿を隠し、城壁の上に着地する。すぐ側へと視線を向ければ、警備の兵士の姿が見える。

 

「ん? 今なんか音が―――」

 

……今は寝てろ(≪虚ろの英知:気配遮断≫)

 

 圏境が切れた瞬間に気配遮断で背後を取り、そのまま当身を叩き込んで意識を奪い、それから予めカルデアで調薬しておいた忘却薬を兵士に飲ませる―――これでここ、一時間ほどの記憶が曖昧になる。そのまま静かに気絶している姿を壁に寄せ、眠るかのように姿勢を整えて、後始末を完了させる。

 

『殺さないんだ?』

 

 殺しは騒ぎに繋がる為、出来ない。これがあの山の翁であれば音もなく完全な潜入が可能だったのだろうなぁ、と過去の聖杯戦争の資料を思い出しながら軽く嘆きつつ、首都内部へと向かって城壁から飛び降りる。気配遮断を維持している為、こちらへと人が視線を向けてもバレない、はずだ。少なくともB~Cクラスの気配遮断スキルは発見することが非常に難しい、と言えるレベルだ。つまりそれ以上の幸運や直感が必要になる。

 

 そこは純粋な運になる。少なくとも侵入で魔術に引っかかった様な感覚はなかった。何らかのアラームやトラップを引いたのであれば、即座にそれを己が感知する筈だ。だから少なくとも侵入で何らかの問題があったようには……思えない。

 

 ともあれ、肩から回転するように転がって受け身を取り、衝撃を逃がしながら立ち上がる。そうやって着地したのは城壁裏、首都の内側だった。魔術で認識阻害をして、此方を正しく認識できない様にしつつ、気配遮断で自分の姿が見えないように二重の安全ラインを引く。とりあえずは敵地に潜入する事ができた。

 

「さて、どうするか……まずは状況か」

 

 城の方を探るのは最後……いや、自分の暗殺者技能を考えれば直接拠点を調べるのは危険だろうからスルーした方がいいだろう。そもそも拠点を特定できただけでも働いたというものだ。故に無駄な欲はかかない。素直に状況だけを調べて離脱する事を考える。

 

 まずは街の様子だ。そう思い、隠密状態で連合首都の大通りへと出る。

 

 ―――そして感じ取るのは気持ち悪さだった。

 

 連合首都の大通り、そこには大量の人がいた。栄えていた。ローマのように大量の人々が労働に従事している。それは間違いがなかった。だがそこには欠片も()()()()()()()()()()。そこに存在するすべての人間、すべての労働者、すべての子供、その表情にあるのは統率された意志、決意、覚悟、()()()だった。誰一人として笑っていない。楽しんでいない。生きているのにまるで機械の様だった。いや、違う。これは機械ではなく、

 

『―――まるで狂信者の集団ね』

 

 妖精の言葉がすべてを現した。そう、狂信者の都市。それがここだった。誰もが皆、盲目的に生きており、それが幸せでもなんでもなく、それが当たり前の義務として受け入れている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 吐き気を覚えて当然だ。家畜ですらまだマシだ。まるで圧倒的威光を受けて、無条件で受け入れた白痴の人の様に楽も苦もなく、ただ信じて動いている。正直、見ているだけでここまでの不快感を覚える光景は見た事がなかった。自分の何かがこの光景を許すな、というのをささやき、理解する。あぁ、なるほど、確かにこの光景は嫌いだ。

 

 彼らの姿はまるで()()()()()()()()()()()()()()の姿に似ているのだ。だからこんなにも生理的嫌悪感を感じるのだ―――なぜ、このタイミングであの過去を思い出してしまったのだろうか。せめて数日、思い出すのが遅れてくれればこんなにも気持ち悪く感じる事はなかったのに。そんな風に思考しながら、人混みに紛れるように歩き始める。

 

 情報収集は歩き、噂話を聞き、金を出して言葉を引き出す事で行える。

 

『だけど金で情報を売ってくれそうな人はいないわね、ここ』

 

「キュゥ……」

 

 人混みに紛れるように歩きながらも、妖精の言葉を肯定するしかなかった。静かに、と首元のフォウを軽くなでながら困っているのはここにいる人々の目の輝きだった。原因はわからないが、まるで狂信者の如き危険な輝きを帯びていた。正直な話、金を握らせて情報を聞き出そうとしても、無駄に思える。

 

『どうする? 拷問する?』

 

「フォ!?」

 

「なぜお前はそうも物騒なんだ……薬で弱らせて暗示で吐かせればいいだろう」

 

 すでにオルレアンで火力は謎のヒロインZがいれば十分だと理解している。殺傷力に関してもクー・フーリンの因果による心臓を貫ける魔槍を超えるものはカルデアにはない。それを考えたら自分ができる役割はサポートの類だ。それを考えてすでにカルデアで事前に必要そうな道具は用意しておいた。後はそれを魔術に対して耐性のなさそうな人間に使うだけだ。

 

 ……理想は士官クラスだな、情報量的に考えて上の人間の方が理想的だな。

 

『見なさい、これが悪いことを考えている男の顔よ』

 

「フォウッ、フォウッ」

 

 前足で器用に猫パンチを頬にポンポン、と叩き込んでくるフォウを軽く無視しつつ、獲物を求めて歩く。最初は適当に兵士を捕まえて、そこから少しずつ情報を集めて行くのがいい形か? そう判断しながらどこから攻めるべきか、そう思考したところで、

 

 ―――視線を感じた。

 

「……」

 

 動きを止めず、ゆっくりと人ごみに姿を隠すように、歩く。反応はせず、気づかない風体を装いながら動きと魔術、気配に変更を出さず、そのまま普通に、姿を隠すように歩く。だが変化はない。視線がどこからか自分に突き刺さっているのを感じた。アサシン……ではない。アサシンであっても気配遮断を突破する手段を持っている訳ではない。それは冬木に出現したアサシンのマテリアルを見て、理解している事だ。となると魔術か? 魔術的に探知されたのか? それにしてはまるで気配がなかった。もし探知されたのであればそれに相応しい衝撃か、反応を感じた筈だ。それがないとなると、一番恐れていた事態だ。

 

 純粋に幸運のステータスで見破ったのか、或いは直感関連のスキルで()()()()()という形だ。真面目な話、クー・フーリンの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)でさえ()()()()()()()()()()()()()()()()という裏ワザが存在するのだ。それを考えればサーヴァントの幸運か、或いは直感で突破できるのも納得の結果だ。

 

 これだから英霊という連中は理不尽で困る。

 

『知ってるわ! これ、ブーメランって言うのよね! クソゲーよ! クソゲー! 修正パッチを求め―――あ、やっぱり駄目ね! パッチを求めると24時間メンテが入るからね!』

 

 一体何を言ってるんだこいつは―――と、思いながらも、こうやって妖精とフォウが平常運転を続けてくれるおかげで此方が逆に焦りを覚えることがない。ゆえにこの連合首都、その大通りで撒こうと歩くが、しばらくしてその視線が全く外れない事を認め、これは逃げるだけ無駄だろう、と悟る。故に一気に大通りからその横、店と店の間の路地裏へと通じる道へと飛び込む。

 

「フォウ!」

 

『おぉー、追ってきた追ってきた』

 

 路地裏へと飛び込みながらシェイプシフターを手鏡に変形させ、後ろを確認する。追いかけてくるように飛び込んでくる連合兵士の姿が見える。やはり捕捉された事で気配遮断を突破されていたらしい。この状態で隠れる類いの能力を使ったとして発動できないだろう、完全にバレてしまっている。故に迷う事無くそのままスピードを上げて路地裏を駆け巡りながら、入り組んだ路地を曲がった瞬間、

 

 ―――透明色のエーテライトワイヤーへとシェイプシフターを変形させた。

 

 破壊工作を虚ろの英知からダウンロードし、その知識が命ずるがままにワイヤーを殺しやすいように一瞬で壁から壁へと設置した。その結果、追いかけてきた兵士がまっすぐにトラップゾーンの中に入り込み、悲鳴を上げるまでもなく体がバラバラになって死体となり、路地を転がる。ここでは立香やマシュの目がない。ある程度のダーティーファイトもここでなら遠慮なくこなせる。とはいえ、派手に殺しすぎると警戒されるからやりたくはないのだが、この場合は仕方がないとしか言いようがない。

 

「悪いな」

 

 仲間の死体を見て動きを止めた後続を一瞬の接近、刀への変形から居合を操りだして全部一気に薙ぎ払って切断した。それで追いかけてくる敵の姿はなくなったが、それと入れ替わるようにがしゃん、がしゃん、と音を立てて歩き寄って来る気配を感じる。此方が本命か、と完全に存在を特定された事に顔を顰める。今、逃げ出しても背中から潰されるだけだろう。

 

 特定者を潰して、それで逃亡だな、と思考を作る。

 

 そうした所で、路地の先に出現する姿が見えた。

 

 灰色の長髪、長身の青年の姿だった。胸元が開いている妙な鎧をしており、頭には角が、背には竜種の様な翼をはやしていた。その片手に握られる大剣からは凄まじい魔力が、それも神代に通ずるものを感知する事ができた。先ほどの連合兵士の様な雑魚ではない―――本物の英霊だ。それもクラスとしては大英雄クラスの。その場にいるだけで威圧してしまうのは大英雄だからこそ持ち得る圧倒的な風格。

 

 歴戦を潜り抜けてきた強者にのみ許される証だ。

 

 ほぼその直後、倒すことを諦めて手段の選ばずに逃亡する事を決定する。こいつとまともに戦い、倒そうとするのは()()()()()()。戦った場合のデメリット、消耗が酷過ぎる。ゆえに手段を選ばずにここからの離脱を考えた瞬間、

 

「―――サーヴァント・セイバー、()()()()()()()だ」

 

「―――」

 

 男―――セイバー・ジークフリートはそう名乗った。聖杯戦争では何よりも秘匿しなくてはならない情報を、そしてジークフリートという英霊だからこそ隠すべきその名を真っ先に公開した。それは様々な憶測を呼びながらも、ジークフリートから放たれる威圧感はまさしく戦気、戦う意思を見せるものだった。この男は戦う事しかおそらく選べないのだろう。

 

「すまない、と言わせて貰おう。卑怯かもしれない。だが私にはこれしかやり方が解らない」

 

「いや……名乗ってくれて助かった。今、逃げる所だった」

 

 大英雄ジークフリートは竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の英雄。その体は邪竜ファヴニールの血液を浴びたことによって高い無敵性を誇っており、

 

 ―――直に見た限り、高い宝具的防御力を持っている。

 

 おそらく、この男には刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)が通じない。そして、また同時に―――伝承通りならば竜の因子を保有する英雄、謎のヒロインZ……つまりはアルトリアに対して莫大な力を発揮することができるだろう。

 

 つまりこの男は現在のカルデアにおける二大最高殺傷能力を封じ込める事の出来る英雄だ。

 

 ()()()()()()()()()()()、相手だった。

 

 故に―――逃げられない。




 というわけで次回、vsジークフリート。ネロ祭で味わったことのあるあのクソ性能だよ!!

 すまないさんのなにが有能なの? って言うとまず鎧の効果でBランク通じないのでランサーが自害する。竜特攻でアルトリアも死ぬ。バルムンが連射可能な環境なのでエミヤさんに詠唱の時間など与えぬ。というオルレアンで確認した戦力をキッチリメタっているチョイス。フラウロスくん有能だけど素材おいてけ。

 がんばれ171号くん、絶望がゴールだ。


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影に忍び - 4

「……始める前に少しいいか?」

 

「……あぁ、それぐらいは待とう」

 

 感謝しながら首元に潜り込んでいたフォウを下ろす。その頭を軽くなでてから背中を押せば、フォウが走り去って行く―――あの獣は賢い。勝手に逃げて、勝手に合流してくれるだろう。マシュはなんとなくだがフォウの言葉が理解できるようだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。そう考えながら立ち上がり、軽く首を鳴らす。

 

ありがとう、ジークフリート(≪虚ろの英知:心眼≫)

 

「いや、これぐらいは問題―――」

 

 直後、見えないように手首からローブの中を伝い、足の裏から大地へと同化していたシェイプシフターが槍となってジークフリートの足元から出現した。反射的にジークフリートが回避し、僅かに集中がブレた瞬間に圏境と気配遮断を発動させる。真名が発覚しているのであれば、攻略は簡単である―――ジークフリートという英雄はファヴニールの血を全身に浴びた結果、無敵の肉体を得たと言われている。ただ一つ、菩薩樹の葉が張り付いたその背を除いて。

 

 それがジークフリートの弱点だ。

 

 故に回避動作と同時にワイヤーへと変形させながらジークフリートの捕縛、縮地による加速で大地を姿を消したまま滑りながら、背後へと回る。一撃で終わらせる為に掌底を作り、それを絶招として無呼吸でジークフリートの背中に叩き込む瞬間、それを遮るように大剣の刃が背中を庇った。鋼を殴り飛ばした感触に圏境と気配遮断が解除され、奇襲が完全に失敗したことを悟る。名による()()()()()()()()()。抑え込むことさえ出来ないのか。心の中で毒づきながらバックステップを取る。

 

 薙ぎ払いが来る。

 

 ―――ぞっとしないな。

 

 大剣に込められている神秘はそれこそまともにくらえば()()()()()()()()()()()レベルの暴力だった。当然、受けるなんて選択肢はない。シェイプシフターで打ち合っても一方的に破壊されるだけだ。バク宙で回避し、着地するのと同時に足場を砕くほどの力で踏み込んできたジークフリートの振り下ろしを横へと飛び、壁を足場にして回避する。そのまま素早く顔面に蹴りを入れ、エーテライトワイヤーへと変形させ、首にひっかけたまま、

 

 上へ、建物の屋根の上へと逃げるように引いた―――だがジークフリートの首は締まらない。

 

 ワイヤーが切れた。

 

「なる、ほど」

 

 これがジークフリートが得た無敵の防御力ということなのか。伝承に偽りなし。まさかエーテルで編まれた存在に対して絶大な効力を発揮するエーテライトが一方的に押し負ける事態が発生するとは思いもしなかった。こうなると手段は限られてくる。

 

『ほんとずるいわね。無敵なんて』

 

「すまない……等と言うつもりはない。ただ、朽ちてくれ」

 

 屋根の上にいる此方へと向かって一気に跳躍し、大剣が振るわれる。素早く横へとステップをとって回避すれば、返しの刃で斬撃が振るわれてくる。体を揺らし、迎撃ではなく回避に心血を注ぎこみながらその宝具である大剣に触れぬ様に、即死しないように気を使いながら動く。後ろ、右、左、また後ろ、そして路地裏へと向かって屋根を蹴って飛び込んでゆく。それを追うジークフリートの気配を背後に感じる。

 

 足が速い。逃げ切れはしない。となれば、

 

『覚悟を決めるしかないわね』

 

 (リソース)の切り時だ。

 

「―――自壊開始(≪対英雄:英傑殺し≫)

 

 頭の中でカチリ、と何かがハマる音がした。直後、脳を通して肉体のリミッターを解除する。人間が意識的に抑えている肉体を保護する為の限度を撤回し、限定的に怪力と同効果の筋力上昇効果を付与する。心臓の鼓動を加速させて肉体を活性化させつつ、思考速度を上げ、無理やり身体能力を引き上げる。虚ろの英知では概念的な能力は使用できない。ゆえに技術的に人体の構造を認識、理解し、その観点から肉体の限界を意識的に蹴り飛ばす。

 

「セカンド・ラウンドだ」

 

 伏せる。頭上を薙ぎ払う剣を回避しながらそのまま体を滑らせ、ジークフリートの正面へと潜り込む。そのまま一気に肘を正面から胸へと向かって叩き込む。鋼を殴りつけたような感触と同時に、ひじが砕けるような感触を得る。だが、それと同時に、

 

「―――悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)を抜くか」

 

 僅かだがジークフリートの胸に傷が刻まれていた。僅かではある―――だが対英霊、英霊殺害概念はこの英霊の鎧に対してでも有効であることが証明された。それはつまり()()()()()()()という殺害可能な証明である。

 

『ふふ、殺しちゃいなさい、アヴェンジャー』

 

―――消し(≪虚ろの英知:高速詠唱:)飛べ(高速神言:洗礼詠唱≫)

 

 魔術の爆炎が槍となってゼロ距離からジークフリートを包んだ。そのままマルチキャストを維持したまま、連続で氷、風、岩塊を連続で対英霊を付与したまま一気にジークフリートへと叩き付け、そのまま家屋に叩き付けて、その姿を貫通させる。回復魔術を使用しつつ、冬木の反省を生かして細胞活性薬を口の中へと放り込み、肉体が煙を上げながら高速で再生して行く。

 

「これで……終わる訳もないか」

 

 つぶやき、前へと飛び込んだ瞬間、家屋の中からダメージを受けた様子を見せるジークフリートが飛び出してきた。素早く振るわれる大剣を必死に回避するが、素早く振るわれる斬撃を回避しきれない。素早くマシュの大盾を模倣して生み出すが、すさまじい衝撃とともにそれが弾かれる、腕が千切れそうな感触を得る。故に弾かれる衝撃のまま上半身を後ろに流し、上下反転、逆立ちした状態で加速、足に魔力と魔術を込め、

 

 ハンマーのごとく振り下ろした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『やっぱりこいつ、宝具での防御がメインね。近接範囲だと間違いなくすりつぶされるし、宝具頼りの防御だったら対英霊と魔術を組み合わせてゴリ押すのが一番なんじゃないかしら?』

 

なるほど(≪虚ろの英知:最適化)、という事(:沈着冷静:対英霊≫)は、こうすればいいんだな」

 

 振り下ろされた足が大地を砕き、スウェイの動きで回避したジークフリートが大地に突き刺した大剣を支えに、体を一回転させ、スイングする様に体を加速させて戻してくる。だが飛び込んでくる場所は足を振り下ろした直上―――砕けた大地から炎が噴出し、ジークフリートを飲み込んだ。だがそれを強引に突破し、

 

「元々持久戦の方が得意だッ!」

 

 そのまま此方を蹴り飛ばしてきた。次に吹き飛ばされるのは此方の番であり、加速の乗った蹴りが胸骨を砕きながら家屋を三棟貫通させながら吹きとばした。体中に走る激痛を無視しながらマルチキャストを続行、同時に積層詠唱を開始。並列詠唱を行いながらマジックキャストを重ね、多重に攻勢魔術の発動準備に入る。宗教、形態に囚われずに攻撃魔術を使えるのはキャスターでは行えない、人造兵器である己だからこそ成せる裏技だ。

 

 アーチャー―――エミヤの時は相手のほうが手数が上で押し負ける為に使えない戦闘手段だった。だがこのセイバー・ジークフリートは()()()()()()()()()()()()()()()。その証拠に宝具であるその剣を解放しようとしていない。いや、違う。彼は制限した状態で本気で戦っている。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 そうでもなければ最初に真名を名乗ったりはしない。

 

『相手は竜属性持ちだし炎とかには強そうよね、アレってブレス吐くし』

 

 純魔力をそのまま詠唱で強化して砲撃として放った。それを正面から大剣で切り払い、受けながら飛び込んでくる。素早く再生薬を口の中に放り込んで砕き、再生の苦痛を無視しながら飛び退いて、戦闘を続行する。閃光として連続で魔力弾を両手から放ち、それを横から飛び込んできたジークフリートに打ち込む。だがそれを無視し、持ち前の耐久力と宝具による減衰で耐えながら戦車のごとく突っ込んでくる。その動きに迷いや容赦はなく、剣術そのものがすさまじいレベルにある。武術の領域で戦ったら確実に負ける為、いまさら接近戦は挑めない。

 

 銃や爆弾等の近代兵器が使えないのがここまで口惜しいとは。

 

 そう思いながら一切動きを止めることなく、ジークフリートから逃れるようにフリーランで三次元軌道を描き、ひたすら魔力撃の嵐をジークフリートへと叩き付けて行く。一発一発が常人の上半身をもぎ取って行くほどの威力を秘めているそれを、宝具による軽減と素の凄まじい耐久力で耐えてくる。対英雄概念によるサーヴァント特攻効果がジークフリートに突き刺さっている筈なのに、まるでそれをものともしないのはまさに大英雄にふさわしいスペックだった。とはいえ、

 

「負けるつもりはない―――」

 

「―――いいだろう、かかってこい(≪セイバー:英雄の矜持≫)

 

 魔力弾を即座に二十生成し、マシンガンのごとく放ちながら壁を蹴り、体を飛ばす。それを超える速度でジークフリートが接近してくる。ソードブレイカー二本へとシェイプシフターを変形させ、ブレイカーにひっかけながら受け流すように斬撃を逸らす。筋力差が大きすぎる結果、こちらの体がその反動で押し出されるように飛ばされ、背後、外の屋根へとまで吹き飛ばされる。到底受けきれるものではない、セイバーとしての膂力に嫌気を感じつつも、距離が開いたのは僥倖だった。

 

 奥の手を求めて袖の中に仕込んだナイフを引き抜く。追いかけてくるように正面からジークフリートが飛び込んでくる。無色透明のシェイプシフターが刃となって空間に停滞するが、それを正面から肉体で砕きながら飛び込んでくるジークフリートは、その本来の優しさを忘れさせるほどに恐ろしく映る。だがそれを無視し、振り下ろされる大剣、シェイプシフターを握っていない片手で最高硬度で纏う。

 

 それを盾にした。

 

 腕がちぎれそうな感触に、屋根という足場が意味をなさずに崩壊する。だがそれと引き換えに得た接近の瞬間、攻撃を()()()()()()というプロセスはどれだけ残心を残そうが絶対に抜けない硬直であり、空いた片手、その刃が、

 

「―――目には目を(≪復讐者:同族相殺≫)歯には歯を(≪竜牙の短剣:蟲毒≫)

 

 ジークフリートの体に容易く、突き刺さった。崩壊する家屋の中、ジークフリートと共に落ちて行く。スロー再生のように伸びて行く意識の中で、ジークフリートが纏う、神秘の鎧が、罅割れるのを感じた。それをジークフリートは驚きながらも、どこか、嬉しそうに感じていたのがその表情に見える。防御の宝具、悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)は使っているが、メインである筈のバルムンクが一度も真名解放されていない。

 

 それが本気で戦っているが、決して全開ではない事を証明していた。

 

「お前が―――」

 

 血鎧がひび割れる衝撃で動きの止まったジークフリートの大剣を握る右腕をこちらの左腕で抱え、右足で肘関節を抑え、右手でジークフリートの首を掴み、

 

「―――落ちろ……(≪復讐者≫)!」

 

 回転しながら大地にたたきつけるのと同時に、ゼロ距離から喉に魔術を放つ。それがジークフリートの纏う宝具のトドメとなり、概念的に砕け散った。対英霊が100%通る状態となった中、ジークフリートの体を蹴り飛ばしながらシェイプシフターを手元に戻しつつ、それを巨大な鉄槌へ―――巨人の拳(ギガアトラス)へと変形させる。

 

 逃げる様子を見せないジークフリートに大質量の鉄槌が振り落とされて行く中、影消えて行く男の微笑みが見えた。

 

 ―――手間をかけさせてすまない―――。

 

「おおぉぉぉ―――!」

 

 振り落した。完全に英霊を潰し、そのままその下の大地を3メートルほど抉って埋め込み、てこの原理の如く体を上へと射出し、ギガアトラスの反対側へと宙返りを決めながら着地した。巨大な鉄槌の下からはサーヴァントの消滅を示す光が漏れており、それが勝利を知らせた。即座にシェイプシフターを元の形状に戻し格納しながら、逃亡の為に走り出そうとする。これだけ騒いだのだから、今にでも敵の援軍が来てもおかしくない―――そう思った直後、

 

 全身が焼けるような激痛が走る。まだ耐えられる範囲だったが、直後、喉を血液が逆流してきた。涙腺から血が流れ始め、鼻血が止まらない。手袋の下で爪が剥がれ落ちるのを感じ取り、靴の中でも指先が壊死するのを理解した。一瞬だけ視界がブラックアウトする。

 

『あーらら、少し戦いが長引きすぎたのねー』

 

 妖精のそんなのんびりとした声を無視して、逃亡するために走ろうとし、正面、連合兵士が立ちはだかるのが見えた。武器を出そうとして腕を出そうとして、ローブの内側からどろり、と赤い液体が足元に広がった。口の中に再生薬を放り込んで、それを噛み砕く。液体を無理やり頭をあげて飲み込みながら踏み込もうとしたところで足が滑り、

 

 ―――そのまま、暗転する。




 すまない、宝具を使わなくてすまない。だけどすまないと思うからこそ宝具を使わずにすまない。つまりすまないんだ……。

 セプテムで相対した敵サーヴァントは大体手を抜く、本来の運用ではない、どこか裏切ってるって感じがあって全体的に本気ではなかった、ってイメージが多かったのはやっぱ未熟なマスターに合わせていたからか、或いはレフというマスターに対して思うことがあったからか。

 まあ、アイツ令呪ねぇしな! 言うこと聞くわけねぇよな!!


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檻の底 - 1

 ―――父親は軍人だった。

 

 物心がつく頃には戦争(ドンパチ)していた。家を空けては誕生日やハロウィン、クリスマス、イベントの日には確実に家に帰ってきていた。母親はそんな父を愛していたし、自分もそんな父親を誇りに、かっこよく思っていた。なんと言っても軍人だ―――つまり、父は正義の味方だったのだ。だからそんな父がちゃんとイベントの日には戻ってか家族として過ごしてくれるのは嬉しかった。だけどそれもやがて、失意に沈む。

 

 父は正規の軍人ではなく、傭兵と呼べる存在だった。意外と知られていないが、この世界は争い事が多い。それは表向きは民族の紛争や、国による衝突だと思われているが、事実はそんな所にはない。魔術の世界、魔術の知識を得た今ならこそ理解できる。魔術師、死徒、幻想種、そういうものが世界の裏側に存在し、そして同時に表層に出現する時がある。魔術師は基本的にそういうものの対処に触れようとはしない。処理する組織はある。だがそれでも手が回らないという時がある。

 

 だからこそ、恐れず、戦える人間や組織が表側の世界には必要である。

 

 ―――おそらく、父はそういう場所で働く傭兵だった。

 

 死んでしまった今、父の死の真相を探る事は出来ない。だが思い出して理解するのは父にはどこか、神秘の残り香の様なものがあった気がする、という事だ。それは母も一緒だった。間違いなく父も母も、神秘側の人間だった。幼い―――いや、カルデアに関わるまでは、俺だけがその世界から半歩だけ、蚊帳の外だった。そう、俺は神秘に触れていたはずなのだ。ただそれを理解せず、気づきもしなかっただけだった。

 

 父は息子の目から見てもかっこいい男で、母にべた惚れだった。それこそ煩いってぐらいに母のことを自慢し、愛していた。だからこそ母の死に目にあの男が現れなかった事が信じられなかった。何かあったら地球の反対側からでも駆けつけてやる、って父は豪語していた。だけど来なかった。父は母が入院するとめっきり家に帰らなくなり、やがて、話す回数も減ってきた。

 

 あんなに愛していると言っていたのは口だけだったのか。

 

 なんで母の死に目に帰ってこなかったんだ。

 

 それをずっと恨んでいた。そしてだからこそ、それが俺の未来の道筋の始まりだった。啓示を信じる事は出来ず、父は信じる事が出来ず、家に帰るつもりはもう二度となかった。日本という国に残る事さえ嫌気がさした。元々門司と何度も旅行をしているウチにノウハウは掴んでいた。

 

 高校卒業と共に俺は―――推薦や入学、全ての誘いと未来を蹴り飛ばし、日本を出た。

 

 俺は、ただただ日本に背を向け、その時はまだ見えなかった何かを探しに出た。

 

 

 

 

「―――っ」

 

 痛みを覚えながら覚醒する。即座に痛みを頭の外へと押し出しながら、目を開く。視界に移るのは薄汚れた石の床。正面に見えるのは鉄格子で、腐った臭いの充満する、湿った地下牢に存在すると、一切光の存在しない闇の中で、義眼の暗視を発動させながら気づいた。肩に痛みが走るように両腕は下から上へと向けるように引っ張られ、そのまま両の掌が()()()()()()()()()()()()()()()()()のを感触として感じ取った。両膝をつくような体勢、足首には拘束を感じる。

 

 どうやら生きてはいるが、捕まったらしい。体に感じる倦怠感は魔力の生成を封じ込められている封印式から来るものだろう。だが体が感じるこの熱は対英霊に反応して活性化したエーテライトが体を内側から焼こうとしたその反動だろう。口の中にまだ血の味を感じて、唾とともに適当に吐き出す。それで気づく。フードをかぶっている感じと、仮面の感触がない。どちらも外されているのか、と。同時に手袋と靴も剥がされている。

 

 だが部分的に治療は施されている。剥がれたはずの手足の爪は再生しているし、切り傷や打撲はそのままでも、致命傷につながりそうな骨折や内臓のダメージはない。今はまだエーテライトの冷却中で全身に痛みが走るが、致死につながるようなダメージはない。意外と悪くはない待遇であることに驚きが隠せない。とはいえ、囚われである事実に変わりはなかった。

 

『あ、おはよう。良く寝てたわね』

 

 正面、妖精の姿が見えた。

 

『あ、魔術的に監視されてるからしゃべっちゃだめよ』

 

 お前なんでそれが解るんだよ。

 

『だって素敵な素敵な妖精さんよ? 古来から妖精とは眠っている間に仕事を果たす生き物でしょ? という訳で、貴方の愛しの妖精ちゃんはご主人様が眠っている間にしっかりと偵察をこなしてきてあげたのでしたーーーアレ? ご主人様は私の方だっけ? まぁ、二人で一人なんだからどちらにしろ同じよね』

 

 視線を妖精へと向けで、と意思を作る。それを受けた妖精が鼻歌を口ずさみながら近寄り、こちらの前に来ると両腕を広げ、磔にされている此方の体、前に出ている首に両腕を回して抱き付いてくる。微妙に感じる体重が手の甲を貫通して突き刺さる壁に重みを与え、激痛を走らせる。それを無視しながら、頬に頬を寄せるように近づいた彼女の言葉に耳を向けた。

 

『ここは連合首都にある城の地下よ。気絶して倒れた貴方を運んで収監した。ちなみにシェイプシフターは没収されたわよ』

 

 まぁ、だろうと思った。本当なら体内に隠そうかと思ったがそこまで思考が至らなかった、というか動かなかった。流石に一人で大英雄と戦うのはスペック的に無理だ―――本来なら自爆して倒す想定なのだからこれで上々ともいえる結果なのだ。とりあえず、精神耐性を今のうちに高め、洗脳に対する対策を施しておく。場合によってはいつでも自爆するだけの準備もしておく。

 

『あら、死ぬ気はないのね?』

 

「―――まだ、死ねない」

 

 そう、まだ死ねない。自分が死ねば足を止めてしまうかもしれない少年と少女がいる。何時か、まだ歩き出せるかもしれない。だけどすぐにできるほど、あの少年と少女は器用ではない。だからここで自分は死ねない。あの子供達の心に傷を残す事はできない―――俺の親父のようなことは、できない。あの少年と少女が自立できる瞬間まで自分は立ち会う義務があるのだ。

 

『あら、お優しいことね。こんな風に拘束されているのに全く萎えていないのね』

 

 そう言って彼女は軽く体重を乗せた。体がそれに引っ張られ、両腕がきしみ、鉄杭が手に痛みを滲ませる。それに表情を変える事無く、さて、ここからどうするべきか、そう思っていた直後、妖精から重量が消え、ぶら下がったまま、干渉だけは消え去るのを感じた。手に貫かれた穴から血が流れ出すのを感じつつ、こちらへと向かって響いてくる足音、そしてわずかな光が見えた。近づけば近づく程明るくなって行く状況に誰かがこっちに来ると理解した。光に備えて暗視を切りながら正面、鉄格子の向こう側に現れた姿を見た。

 

「―――これはこれは、久しいな、アヴェンジャー」

 

 そう言って緑に統一された衣装を着ている、似非紳士風の男はランプを片手に言葉を放ってきた。見覚えのあるその姿に鉄格子の向こう側にいる男へと言葉を放った。

 

「冬木ぶりだな、レフ・ライノール」

 

 レフ・ライノール。カルデア爆破の犯人であり、現在特異点という存在に対する真実を知っている男。それが目の前にいた。口惜しい。ここにシェイプシフターがあれば、迷うことなく捕まえてやった。だが現在、自分は魔力を生成する事も、体に力を入れることもできない。

 

「このような形でまた君に会えるとは思いもしなかった。しかしそうだとするとこれもまた運命の導きかもしれない。そう、私は君とは一度、偽りなく話してみたいと思っていたのだ。故にあのセイバーの愚図っぷりには苛立たされたが、こうやって捕縛できたからにはそれも許そう」

 

 また偉く上から目線になったものだ、とは思うが、実際に自分のほうが今は下だ。こうやってとらえられ、無力化されている以上、愚かなのはどうあがいても自分の方だ。悪いのは己だ。ゆえにレフの言葉に対して黙る。楽しそうに聞いて、見ている妖精は正面から背後に回り、背中に乗るような感触があった―――とはいえ、やはりそこには重量はない。見られている、ということを理解してくれているのだろうか。

 

「悪いが俺はカルデアは売らん」

 

「あの無価値で救いようのない者たちの味方であり続ける、と断言するのか」

 

「あぁ。だが交渉するつもりなら先に言っておく。俺は心変わりしないぞ」

 

 その言葉にレフは笑い声をこぼした。

 

「ははは! 精一杯の威嚇のつもりか! 無駄な努力を良くもやるな! くっくっくっく、だがいい。()()()()()()()()()()()なのだからな」

 

「どういう意味だ」

 

 その言葉にレフは笑みを浮かべた。

 

「簡単な話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なだけな話だ。とはいえ、グズがいつまでも役割を果たせずに残ったままは消化不良は否めない。だからこそ適当に残ったカルデアの相手をしてあげているのだが―――」

 

 レフは此方へと視線を向け、此方へと言葉を送ってくる。

 

「君は本当に此方へと来る気はないのかな? 君は()()()()()()()()()の存在だろうに」

 

 レフのその言葉の意味は解らない。何がそちらで何がこちら、なのか。だが世の中を殺したい程に恨んでいた、というのは事実だ。そしてそれを記憶の中でも俺は願っていた。そして今でも、なぜ俺だけこんな理不尽な生を受けているのか、と神を呪い続けている。暇さえあれば心の中で死ね、死んでしまえと呪詛さえ呟いている。そんな自分だが、解るものがある。

 

 レフへとまっすぐ視線を向ける。鉄格子の向こう側にいるその姿を見て、笑みを浮かべ、

 

 ―――口の中にたまった唾を血と混ぜて、吐き出して叩きつけてやる。

 

「失せろ裏切り者。精々カルデアに怯えて城に引きこもっていろ鈍亀。貴様は絶対に勝てない(≪■■■■:予言≫)からな。何故勝てないかそれを永遠に迷いながら苦しんで死ね、塵が」

 

 淡々と宣告する。貴様は絶対にカルデアに敗北すると。それを受けたレフはそうか、と短く返答し、笑い声を零し始めた。この状況で挑発するのはまず間違いなく賢くない選択肢であるし、171号という人造英霊は合理的な判断ではないと、告げている。ここは英知を使って話術を利用し、目の前の男から最大限の情報を引き出す場面であると、そう告げている。だが同時に、

 

 171号の元となった元聖人の男はもっと直情的で、野性的で、そして救いようのない男だった。アレは理不尽を嫌悪し、邪悪を憎み、そして現実に諦めている、そういう男だった。だからこそ、こういう状況であればこうするだろう、というほぼ反射的な行動だった。それが妖精の琴線に触れたのか、彼女は笑いながら背後から抱き付いてくる。

 

「―――なるほど、元が人類であればどうしようもない愚者であるのも事実か」

 

 そう言うとレフ・ライノールから肌の色が消えた。その代わりに出現したのは醜い黒の色と、それを埋め尽くす赤い目玉だった。まるでゴムのような皮膚と、場所を選ばない目玉の化け物が人の服装をしていた。醜い。己なんかよりも遥かに、醜い。正真正銘の怪物の姿だった。生物的な恐怖を心に突き刺すその姿でレフは前へと一歩踏み出す。

 

 まるで砂糖菓子の様に鉄格子が曲がり、千切れた。

 

 その歩みを鉄格子で程度では止められず、レフ・ライノールという形をした怪物はこちらに近づき、顔を覗き込んできた。

 

「どうした人間? 笑ってみろ。それとも笑い方すら忘れたか? 失敬、中身が空っぽだったな、君は」

 

 まぁ、とレフは斜め上へと視線を向けてからため息を吐いた。

 

「バカでグズで救いようがないうえに状況をまともに認識することができないんだ―――その眼はいらないな?」

 

 そういった直後、

 

 ―――レフの片手が一息で目に指を入れ、眼球を握りつぶしながら引き抜いた。

 

 痛みを堪えようと痛覚そのものを殺そうとした瞬間、義眼を引き抜くために指が再び差し込まれた。それとともに遮断していた筈の激痛が蘇り、それが制御できないまま脳天を貫き、抑えられない痛みは絶叫となって喉を枯らすほどに叫び出した。両目をえぐりぬかれて世界が完全に闇を取り戻す。聞こえるのは去り行く絶叫の中でもいやに響く足音だった。

 

「さらばアヴェンジャー、愚かな被造物よ。所詮人は人、その醜悪さからは逃れられないと知らせてくれたことには感謝しよう。精々闇の中で私におびえて引きこもっていたまえよ?」

 

 激痛と疲労と消耗に脳がプッツン、と一線を超える感覚を伝え、

 

 ―――意識が―――途切れる。




 ふふ、来ちゃった、とハートマークをつけてレフ・ライノールは供述しており……。

 囚われのプリンセス171号……!

 というわけで両目を失いました。


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檻の底 - 2

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 

『うーん、結構消耗しているわね』

 

 抉り抜かれた両目のあったはずの場所からは直接脳へと激痛を伝えていた。どれだけそれを忘却しようとも、まるで神経に流し込み、無理やり反応させるような激痛は収まることを知らず、レフに抉られてから数時間、今の今までずっと激痛を訴えている。どうやら神経からハッキングされたらしく、痛覚を極限まで鋭敏化されている上にそれをシャットアウトできないらしい。おかげで頭が狂いそうなほど激痛がずっと流し込まれている―――苦痛耐性を持っていなければ、一瞬で発狂して廃人になっていただろう。そういう類いの拷問だった。

 

 まだ、半分人形のような精神をしているのが救いだった。まともに形成された人格を持つ人間であれば逆らえない物理現象というのは世の中、どうしても存在する。激痛とはそういうものの一つだ。どれだけ精神が極まっていても、肉体を超越することは物理的に不可能であり、科学的に反応を見せてしまう。だからまだ人形のような精神で助かった。反応する範囲が常人の半分以下で抑え込めるからだ。

 

 とはいえ、この激痛は如何ともしがたい。痛みを堪えるという選択肢以外を脳から忘却させられる。このまま放置されていたら馬鹿になってしまう。

 

「あ、あああ、ぁぁぁぁぁおおおおおおぉぉぉぉ―――!」

 

 激痛に咆哮しながら両手を開放するために力を込める。だが増えるのは激痛ばかりで、血の流れる感触と共に痛みが腕を走る。闇すら見えないこの状況で、地獄を彷徨っているという明確な認識が出来上がっていた。レフはもはや俺をこのまま放置して殺すつもりなのだろうか。どちらにしろ、脱出できなければ自分に未来はない。

 

「ぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお―――!!!」

 

 痛みは耐えられる。そういう風に設計されている。だが死は唯一無二。それを乗り越えることはできない。ゆえに生き延びなくてはならない。たとえこの両手が千切れようとも、生き延びて情報を持ち帰らなくてはならないのだ。ゆえに咆哮しながら激痛を加速させながら、声を響かせる。喉の底から獣のような遠吠えが地下牢を反響しながら埋め尽くす。想像を絶する激痛が自分から思考を奪ってゆく。

 

「ああああああぁぁっぁぁ、ォォォォォオがぁぁぁぁ―――!!!」

 

『がぁーんばれ!』

 

 もはや肉の感触さえ激痛に埋もれて鈍くなって行く中で、徐々にだが鉄杭が抜けてゆく感触が感じられる。或いはこの手の穴が広がっていて、そこから抜けそうになっているのかもしれない。どちらにしろ、想像を絶する痛みが理性を削ってくる。それでも敗北は機能外だった。この体に敗北という機能は搭載されていない。ならば負ける訳にはいかない。生存しているうちはまだ敗北していない。まだだ、まだ生きている。ならばまだ動ける筈だ。肉体の、この魂の寿命さえ削り取って動くのだ。

 

 心が死ななければ限界を超えて体が動くと何よりも信じるのだ(≪聖人:遺失:殉教者≫)―――。

 

「がぁぁぁぁぁああ―――!!」

 

 右手が壁から抜けた。絶叫をのどから響かせたまま、解放された右手を左手へと伸ばし、痛みやダメージのすべてを無視しながら手に刺さった杭を掴む。防犯機能に電流が、魔術的衝撃が走る。それで手が焼かれるのを感じながらも無理やり掴み、引き抜いた。両手を縛っていた杭を完全に抜き去って捨てた。自由になった両手を使い、足元を縛る鎖を掴み、咆哮しながらそれを千切る―――限界を超えた筋力の行使に体が悲鳴を上げ、肉に千切れる音が聞こえ、そこで完全に両腕が動かなくなる。

 

「あ……あぁぁ……くぁっ、あ……!」

 

『そう、それでこそやっぱり男よねぇ。それで、ここからはどうするつもりかしら?』

 

 前のめりに倒れる。冷たく、気持ちの悪い牢獄の湿った床。それを肌で感じながら両手で体を支えようとする。だが目は光を二度と映さない。その為、目の前にある鉄格子さえ見えない。体を支えようにも、まるで力の入らない両手は体を持ち上げることができない。体を起き上がらせようとするが、まったく体に力が入らない。それどころか流れる血と共に体力が、意識が流れて行く。

 

 ―――あぁ、これが死ぬという感覚か……。

 

 それを唐突に理解した。ソレは常にそこにあったのだ。ただ認識しているだけで。そしてそれを迎える瞬間、心は穏やかさを覚えて行く。その感覚を自分は知っている。どこかで覚えている。どこかで経験している筈だ。だがそれが思い出せない。そう、それは焼却されているからだ。完全に消し去れているからだ。この脳から。だが、だったら、なぜ思い出せる?

 

 そう―――そうだ、きっと()()()()()が違うのだ。だが惜しい。それを確認するための眼がない。あぁ、次会った時は殺してやりたいのに、それさえ叶わない。口惜しい。だがまだ―――死ねない。

 

『そう、まだ()()()()のね』

 

 遊ぶようにそんな声を耳にした。妖精の声だった。重くなってゆく体、消えてゆく感触の中で、やけに彼女の声だけがハッキリと届いた。まるで耳元で囁かれているような、くすぐったさと心地よさを感じる、優しい声だった。体から生命が抜けて行く中で、再び、囁かれる。

 

「そう―――じゃあ、一緒に生きましょう」

 

 

 

 

 光が見えた。両足で立っている。目が開いている。景色が見える―――痛みがない。驚きと共に手袋に包まれていない両手を見る。闇よりも深い漆黒の色をした肌は変わらないが、そこにあるはずの傷跡の類は一切存在せず、無傷の状態を見せていた。自分の服装はあの地下牢に収監されていたとき、あの時のままだった。ローブは前が大きく切り裂かれ、フードも役割を果たさない程にばろぼろとなっている。常に被っていた仮面もそこにはなく、

 

 ―――目の前には砂に囲まれた街の姿が広がっていた。

 

 痛みも辛さも感じない中で、自分が記憶遡行の中にあるのだと、気づかされる。死の淵で過去を思い出すのだから、どうしようもない間の悪さだ。そう思いながら無人の砂の街を正面、半透明の影が走って抜けて行く。オルレアンで見た白昼夢―――記憶遡行を思い出し、これもまた、自分の過去を思い出すための一歩であると、そう諦めて歩き出す。砂漠の町、とでも表現すべき場所は自分の過去、中東を彷徨っていた時代の事を思い出す。自分は―――自分はそう、日本を出て、それから何十年も外国を彷徨っていた。

 

 インドで門司と再会し、最後の別れをする前にいた場所が中東だった筈だ。俺はここに、

 

『―――救いを求めていたんだ』

 

 歩いていると声が聞こえる。今よりもはっきりとした人間らしい声。違和感のない声―――自分の声だ。その声が導くように、この砂漠の町の路地裏へと入り込み、迷路のように入り組んだその中を歩いて進んで行く。その最中に、再び自分の声が聞こえてくる。

 

『俺は怒りのまま日本を捨て、そして信仰という行いそのものに怒りを感じ続けた。()()()()()()()()()()()というものだ。信仰にはそれぞれ形があって、信仰にはそれぞれ結論がある。そして信仰にはそれぞれ()()()()()のだ―――それが俺には気持ち悪かった。どうしようもなく、吐き気を感じたのだ。俺は信仰という逃げ道が、どうしても許せなかったんだ……』

 

 言葉が聞こえた。木箱を超えて、砂に沈む足を前へと押し出すように歩き進む。聞こえてくる自分の昔の声、その言葉はまるで足りないピースを埋めるように自分の記憶、思い出、想いを埋めてゆく。足りないパズルピースがハマって行くような、そんな感覚だった。

 

 路地裏を抜けた先には古びたグラウンドがあった。前へと一歩踏み出そうとすれば、先ほどまではそこになかったバスケットボールが転がり、足に当たった。それを拾い上げる。

 

『―――神の存在は信用できない。信仰は()()()()()()。なんであんな根拠もない声を、考えを、偶像を信じられるのだろうか? なぜ確証もない事に人生を捧げられるんだ? 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い―――気持ち悪い。おぞましく、気持ち悪い。俺は宗教を、信仰を、神々をそう思った』

 

「そう、俺は神という偶像と神秘を憎んでいたんだ」

 

 だからこそ探さなければいけない、という使命感を抱いていた。俺は誰よりも神という形を求めなくてはいけなかった。神という存在を否定しなくてはなかった。

 

『信仰は必要ない、と俺は否定したかったんだ。()()()()()()()()()()()。なんて皮肉な話だろうか。神と信仰を捨てるからこそ神を追い、そして救いを探すという矛盾だった。宗教と信仰に絡まない救いを俺は求めた―――その存在を見つけ出せばきっと、俺は神の必要性、そしてそれがもたらす救いそのものを否定できると考えた。そして俺は旅を始めた』

 

 日本を出て上海へ。上海からベトナム、タイ、モンゴル、ロシア、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、アフリカ―――世界中の国という国を歩いて回った。目的が目的のため、俺は何度も門司と鉢合わせていた。そのたびに互いの成果を披露する、腐れ縁のような関係だった。

 

「……」

 

 その結果が思い出せない―――だから歩き出す。

 

 砂の足場は酷く歩き辛く、歩いているとどんどん体力を最初は消耗してしまい、すぐにヘバったのを思い出す。アレでもかなり旅をして体力には自信があったんだなぁ、という思いがあの頃にはあったのに、砂漠と山岳ではまるで歩き方が違うのだ、と此方の方の砂漠の民に教えて貰った記憶がある。

 

 そうやって過去を思い出しながらグラウンドを抜け、路地裏を抜けると、再び大通りに出る。正面、そこには軽食屋の姿がある。その店の姿は、どこか覚えがあった。どこか、脳裏をちりちりと刺激する懐かしさを感じながら、ゆっくりと軽食店へと近づく。外側から見える店内、複数のテーブルを占領する一団が見える。その中に混じって見えるのは銃を持った男達の姿だった。その姿を見て、ズキリ、と頭が痛みを訴える。片手で頭を押さえながらそうだ、と思い出す。

 

「20XX年、長い間続いた独裁政権に不満が爆発して、民族紛争が勃発して、アメリカが介入したりで大問題になってたんだったな」

 

 思い出すように、自分に説明するように言葉を向けた。そう、そういう状態だったんだ、当時の中東情勢は。だからこそ俺は中東へと来る事を選んだのだ。人が本能と欲望のままに暴れ、神の名を騙って引き金を引くこの中東の情勢は、人の求める救いというものを探すにはちょうどいい状況だった。いつ死んでもおかしくないそんな状況に自分は飛び込んで、そしてどんどんと神経をすり減らしていった。

 

 この軽食店にいる面子もよく知っている。彼らは傭兵だった。ここで一稼ぎをする為に集まった面子だった。

 

「―――何をそんなところでぼーっとしてるんだ」

 

 白衣姿の男―――トワイスがコーヒーを片手に椅子に座っていた。あの男もまた奇妙な男だった。アイツは戦地から戦地へと患者を探して歩き回り、それを無差別に治療する男だった。まるで現代のナイチンゲールとは良く言ったものだった。それに相応しい狂人だった、というのを思い出す。その反対側ではノートパソコンを前に名を思い出せない金髪、ツインテールの少女が苛々した表情を浮かべながら何かを入力していた。それはどこか、懐かしくも見慣れた景色であり、

 

 それを眺めていて、思い出した。

 

 そう、トワイスの()()がここだった。あいつも、この中東の砂漠で命の終わりを、旅路の終点を迎えたのだ。

 

 あぁ、そうだった。

 

 風景ががらりと変わる。

 

 体の欠損した死体。

 

 血だらけのテーブル。

 

 穴だらけの壁。

 

 飛び散った内臓、脳髄、血、肉、人の形だったもの。焦げた臭い。そう、そうだった。そういえばそうだった。

 

 ―――最終的に、自分を残して彼も彼女も、皆、死んだのだった。生き残りは自分ひとりだけだった。自分だけがなぜか五体満足で生き残っていた。それが中東の旅の結末だった。それに嫌気がさすのと同時に啓示があったのだ。西へ、西へと向かえと。ゆえにそれに逆らい、インドを通り、日本を目指したのだった。だけど、なんだったか、何だったのだろう。あの少女の名前が喉元まで来て中々思い出せない。

 

 確か彼女は―――。

 

「別に、私以外の女はどうでもいいんじゃないかしら?」

 

 ―――痛みを感じた。

 

「ぐっ、あっ、がぁっ……」

 

「目を覚ましたか」

 

 全身に感じる痛み、そして喪失された光。再び現実が返ってきた。ただ、体の調子は前よりは少しだけ、マシのように感じられた。どこか感じる魔術の気配に、治療を施されたのだと理解した。右腕は誰かの肩の上を通して固定されており、足を引きずるように運ばれているのだと気づかされた。知らない気配に知らない声。引きずられる足に力を込めて歩き出そうとするが、

 

「無理をするな。貴様の目ではどこへ行くか見えもしないだろう」

 

 気配は人ではなく、サーヴァントのものだ。それはまず間違いがなかった。だがそこには敵意を感じることはなかった。言葉を口にしようとして、しかし、喉をせりあがってくる痛みにそれを躊躇する。だが相手はそれをつかんだらしい。

 

「貴様が知る必要はない。ただ連合側が決して一枚岩ではない事だけを理解しておけばいい」

 

 探ろうとしてにべもなく切り捨てられた。しかし、声と体格は覚えた。目の問題をどうにかしなくてはならない。そう思いながらも荒い息を何とか整えようと苦心しつつ半分引きずるように移動すると、動きが止まった。聞こえてくるのは水の音だった。

 

「これからお前を小舟に乗せる。足元に気を付けろ」

 

 地下水路なのだろうか? 言われた通り、段差を降りるように頼りなさそうな、揺れる感触を足元に感じた。そうやって小舟らしきものに乗せられると、上から声がする。

 

「いいか、貴様を魔術的迷彩で隠す。小舟から姿を出さなければ見つかりはしない。この水路は首都の外へと繋がっている―――だから後は運だ。祈れ。俺に出来るのはここまでだ。借りを返したいならさっさとこの馬鹿騒ぎを止めろ。―――たく、時計塔から解放されたと思ったらこっちで過労死させるつもりか」

 

 どうやら、中々ユーモアのある人物らしい。痛みを押し殺しながらなんとか口を動かす。

 

「すま、ない……助かった」

 

「感謝するな。利害が一致しているだけだ」

 

 それでも感謝の言葉を送りつつ、ゆっくりと小舟が動き出していた。触れずに動き出しているのだから、恐らくは魔術を使っているのだろう。しかし、

 

 ―――なんとも、情けない首都からの脱出だった。




 意外と盲目の聖人の逸話は多く、最も有名なのはロンギヌスの逸話である。それはそれとして、いったいどこのロンドンスター教授なんだ……あ、フレンドのランチ凸エルメロゲフンゲフン借りて種火待ってきますね。オラ、あくしろよ!

 連合首都は割と水辺が近いのよね。船を動かせるのなら陸と海からに方面作戦とかできそう。ただ、途中の島には……。

 それはそれとして、今年もよろしくネ!


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檻の底 - 3

 ―――意識が朦朧とする。

 

 水面に揺れる木の葉のように揺蕩う小舟はやがて首都からの喧騒を逃れたことだけは理解できたそれでも小船は動きを止めず、おそらくは魔術的な動力で静かに進んでいた。疲労と無理がたたってか、全身に感じる気怠さは如何ともし難く、まるで高熱に魘されるような感覚が小舟に乗っている間、ずっと己を襲っていた。

 

 ―――失敗、したな……。

 

 間違いない。自分の失敗だった。連合首都を確認したところで自分は逃げるべきだった。それで十分すぎる成果だった筈だ。なのに自分はそれ以上を執拗に求めた。だからこそ失敗したのだろう―――それは、冬木にいたころの己であれば絶対にやろうとしなかった事だ。そう、人間性だ。人間性があるからこそ、機械的にではなく感情と理性で考える。それはある意味、自分らしさ、というステータスを取り戻す行いでもある。だがそれは同時に、不確定要素を混じらせる行いでもある。

 

 だがそれでも、自分は思い出したい―――自分が誰だったのか、何だったのか。それを思い出したい、と明確に願っているのだ。そう思いながら小舟の中、無明の世界の中で手を伸ばせば、小舟の中に転がっている物に触れる。それはカルデアから自分が持ち込んだ薬品の類であり、そして丸い感触はシェイプシフターのものだった。あのサーヴァントが此方の持ち物を積み込んでいてくれたのだろうか? それには感謝するしかなかった―――とはいえ、ダメージが酷い。まともに魔力を練れる気がしない。

 

『あ、今触れてるそれは琥珀色のよ』

 

「と、なると……これが、回復薬か」

 

『そうねー……って瓶ごと噛み砕いちゃうのね』

 

 口の中に放り込み、瓶を噛み砕き、液体を喉の奥へと流し込む。これで多少肉体的な再生が始まるが、それで体調が戻る訳ではない。何より失った目玉は再生しない。カルデアへと戻ればスペアの義眼があるかもしれない―――いや、ダ・ヴィンチなら用意できるだろう。それまでは完全に戦力外だな、とため息を吐きながら砕けた瓶の欠片を吐き捨てる。

 

「っ……一体、どこに、向かってんだ」

 

『んー、そうねー……連合首都からは現在進行形で離れているわね』

 

 自分が光を失っても解っていたが、妖精のほうはちゃんと見えるらしい。もう、ここに至ってこの存在の摩訶不思議さに関しては突っ込みを入れない。彼女は自分にしか見えないが、完全に独立した個体であるのは確かだった。そしてその答えは、正体は、自分の過去にあるのだという事も理解している―――なぜ彼女がここまでも自分に狂愛を見せるのか。

 

 ……たぶん、それを聞いても彼女は無粋だと答えるのだろう。

 

『解ってるじゃない。私は貴方の一挙一動、その全てが愛しくてたまらないの。だからこうやって私がなんであるのか、なんで私が貴方にしか見えないのか、それを思い出してくれない事が凄く辛いのよ? だからほら、そこはロマンティックに思い出してくれると乙女としては嬉しいわ。それはそれとして、この小舟、ガンガン流されてるわね』

 

 何か、見えないのだろうか。こう、岸とか。安全そうな場所とか。何か隠れて進めそうな場所とか。

 

『見渡す限り水平線ばかりね。ただ遠くに島のようなものが見えるわね。そっちのほうへ流されているのかも? まぁ、眼がないのじゃ操舵もできないわね。可哀想に。私が万全だったら目玉の百や二百ぐらい用意してあげたのに……』

 

 それはそれで気持ち悪いから止めて欲しい。そう思いながらも、自分ができることは今、何もなかった。薬の力で肉体が急速に活性化をはじめ、無理やり細胞を生み出しながら傷を治癒して行く。順調に寿命を大幅に削りながら行使されてゆく治療行為に興味を持たず、体力を少しでも回復させるために小舟の中、倒れたまま時間が過ぎ去ってゆくのを静かに待つ。どうやら連合首都の東に見えたあの島へと向かって流されているらしい。何かがあれば妖精が伝えてくれるだろうし、

 

 深く考える事は―――疲れた。

 

「俺は―――一体、何をやってるんだろうな……」

 

 徐々に思い出す()という存在は段々と己を過去の姿へと近づけている、という自覚があった。まだ重要な部分がいくつか抜けているという自覚はあった。それでも人形的な状態から、段々と人間に近づいている、という自覚はあった。だからこそこんな風に悩む、という事柄を経験しているのだろう。少なくとも完全なアヴェンジャーであれば、悩む必要なんてなかった。悩むこともなかった。疲れを感じても機械的に処理ができたはずだ―――それがいま、己にはない。人間性を取り戻しつつあり、段々とだが不完全な形を取り戻している。

 

 だが、それを欲している。

 

『ままならないものね。完全が不完全を求めるもの。まぁ、世の中は得てして不完全が完全を求め、最終的に完全に到達することは不可能であると知るだけなんだけどね? 神でさえ敗北を知るのだから、完全な存在なんてある訳ないじゃない、馬鹿馬鹿しいわ』

 

 そう、世の中はそんなものだ。結局のところ、俺の救いを求める旅も最終的には()鹿()()鹿()()()の言葉に尽きるのだ。最初から探している事が見当違いなのだ。答えは―――答えは、思い出せない。そこが一番重要である筈なのに、どうしても思い出せなかった。それがまた、胸を掻き毟る様で辛い。痛みを覚える、心に。

 

『難儀な物よね―――無いからこそ求める。それが人という形なのだから』

 

 そう、人は失ったものを埋めようとする。それが人の本能だからだ。だからこそ男と女という形があり、不完全ながらも埋めあうのだ。とはいえ、ここまで来ると喪失という形に近い。あぁ、なるほど、と口に出さず納得する。マシュ・キリエライトが見ている世界とはこういうものなのか、と。彼女は不完全で欠損していて、思い出すような事さえもない。答えは常に彼女の外側にあるのだ。本当に難儀だとしか表現する事がない。

 

「あぁ―――なんとも、無様なものだ……」

 

 そう言葉を漏らし、見ることさえできない青空を求め、空へと視線を向けた。

 

 

 

 

 朦朧とする意識の中、それを落ち着けるために海を彷徨っていると、やがて波の音が陸にぶつかる音が聞こえてくる。妖精に確かめてみれば首都東の島へと小舟がだいぶ接近していたらしい。まだ気怠さを感じる体を引きずりながら接岸の準備を整える、と言っても目が見えないのでは準備もクソもなく、小舟の端に捕まり、勝手に接岸するのを待つしかなかった。

 

 やがて、揺れていた小舟は柔らかい大地の感触に受け止められるように停止した。小舟の外へと這うように手を伸ばし、その下から落ちるように、砂浜へと倒れた。若干体を濡らしながらも、ぼろぼろの体を引きずるように上体を起こす。その程度であれば体は反応するらしい。両手を砂地につけて立ち上がりながら、足元を砂と水、泥に引っ張られながらも前へと向かって足を踏み出す。何も見えず、感じ取る事しかできない。だがそれでも生き残ることを諦めるわけにはいかなかった。故に前に踏み出し、少なくとも波打ち際から脱出するように足を進める。

 

 一歩、更に前に一歩へと踏み出すごとに体力が削られて行くのを感じる。だが小舟の中で安らげる訳もなく、どこか、休める場所へと進む必要がある。ふぅ、と荒く息を吐きながら、半分、体を引きずるように前へと出る。妖精が手伝うような声を出さないのは救いだ―――正直、なるべくなら自分の足で歩きたい。女の手を借りて歩くのはさすがに恥じる。そう思いながら足を引きずり、砂浜、乾いた大地の上へと漸く到着し、もう数歩、波がかからない場所まで出てきたところで、

 

 膝を折った。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……本格的に治療を施さないとヤバイな……」

 

 息を整えながら、魔力を生成できるか、自分の体力と生命力に相談しようとした瞬間、気配を感じた。同時にこちらへと向かう足音、それはどこまでも清らかさを感じさせ、気配だけでどれだけ美しい存在であるのか、それを直接脳髄へと染み込ませるように理解させられた。ほぼ反射的に精神耐性を引きずり出し、警戒するように体の損傷を無視して(≪虚ろの英知:戦闘続行≫)、体勢を整えた。

 

「―――あら……これはお客様とみてよろしいのかしら」

 

 聞いたそばから耳が蕩ける様な魅惑の美声だった。不覚にも今、レフによって両目を奪われていたことを感謝する。おそらくまともに両眼で見て、その姿を確認したら正気ではいられなかっただろうと思う。その声だけでここまでも心を激しく揺れ動かすのだから。だがその思考を頭から切り離し、体と脳を本能と反応から切り離し、理性と知性のみで行動する。さすれば魅了にも抗える。

 

『そうそう、私以外の女に靡いちゃだめよ。犬のように可愛がるならいいけど、本気になるなら心臓を止めちゃうかも』

 

 ―――今の一言で、どこか、正体の片鱗を掴んだ気がする。

 

 それはともあれ、

 

「失礼、見ての通りただの重傷の不審者だ。できるなら休ませて欲しい。場所さえくれれば、後は勝手に治療する」

 

「えぇ、なるほど……そうね、確かにぼろぼろね、まるで襤褸雑巾の様な姿をしているわね」

 

 中々言葉遣いが辛辣な女らしい。しかししゃべれば喋るほど、魅了されて行くのが解る。一回精神洗浄を行い、魅了と洗脳効果をクリーンリセットしながら深呼吸をする。常時ばらまかれている魅了はもはや呼吸のようなものなのだろう、この女に限っては。まず間違いない―――人間ではない、おそらくは、

 

「英霊、か」

 

「いいえ、違うわよ?」

 

 言葉にした推測はしかし、即座に否定された。英霊ではない? だがこんな魔性とも表現できる特性を持てるのはサーヴァントぐらいだろう。いや、ネロという例外がいた。彼女はこの時代の生きた人間だ。そう考えるとこの声の主もまた、この時代の生きた存在なのかもしれない。だがそれにしてはどこか、人非ざる気配が()()()()気もする。いや、この気配は知っている。否、思い出す。この類いの気配の持ち主は一つ、

 

()()か」

 

「えぇ、そうよ。形ある島へようこそ、お客様。女神が歓迎するわ」

 

 カミ、或いは神。相手がそれに準ずるものであると理解した瞬間、体の動きはほぼ反射的なものだった。痛みやダメージですでに限界を超えている肉体を動かす。魂魄を燃焼させ、それを魔力へと変換し、シェイプシフターをダガーへと変形させ、握る。そのまま、すぐさま動けるように獣の様に四肢で体を支えるように低くする。そのまま、声の方向へと全神経を向けた。魔力を軽く放ち、ソナーの様に地形にたたきつけられた反応で環境を把握する。

 

 魂と肉が魔力へと変換され、削れる感触に激痛を覚えるが、神性が相手であるのならば問題はない。

 

「あら……酷いわね。私なんて力もない、愛されるだけの女神なのに、そんなに警戒しちゃうなんて。うふふ、ちょっと力で警戒されるなんてことは……えぇ、初めてね。少しだけあの子(メドゥーサ)の気持ちも解るというものね、これは」

 

「……」

 

 敵意は―――ない。だが神という存在はそのものがきまぐれだ。門司の言うとおりだ。現代における神々は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。多くの神々の言葉、逸話もそうだ。だが本来の神々とは荒ぶる存在である。自由であり、役割に固定され、そしてそれを逸脱しようとも考えない、支配者なのだ。つまり、

 

―――神は信用できない(≪聖人:咎人≫)

 

 それに尽きる。神とは傲慢であるからこそ、神なのだ。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。それを宗教と信仰で、多くの人々は忘れてしまっている。だからこそ、現代の宗教、信仰、神々に一切の救いは存在しない。だから、

 

 人は、神々と決別しなくてはならなかった。

 

 人が人として生きるために、神と決別する時代が必要だったのだ、と、自分は思う。

 

 だからこそ、女神は笑った。

 

「ふふ、そうね―――貴方は正しいわ。よほど恐ろしい目に合ってきたのね? 見て直ぐに解るわ、よほど愛されていたのね。えぇ、そうよ。私たち(神々)を信用してはいけない。なぜなら私たちはそういう存在だから。故に安心してもいいわよ? 私は愛される女神。愛される()()の女神。それ以外なんのとりえもない女神よ? 運命を狂わせるのはほかの柱の仕事よ」

 

 嘘偽りは―――ないだろう。そういうタイプの存在であるようには思えない。何よりも肉体の方が無理やり魔力を絞り出した結果、ガタが来ている。カルデアからの監視を外したことが仇になったな、と心の中で自嘲しつつ、

 

 今は、刃を収める事にした。

 

「うふふふ……そう、それで正解よ。それでは改めて―――ようこそ人の子よ、形ある島へ。ここには私もあの子もいないけど、勇者の証明を行った客人には寛容よ」




 形ある島に到着。2章は割とTASれる場所ねぇよなぁ、というかシナリオに無駄がなかった、って感じだった。

 次回、にんじんが食べたい猫がワンワン鳴きながらリサイタルから逃げる……!


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檻の底 - 4

「わーたしーはー! わーたーしーはー! 恋ーのードラクルむーすめー!」

 

 なんか歌ってる。

 

「ラブリーでー、キュートーでー、今日もーみんなをー魅了しちゃうのー、私って罪深い!」

 

 爆笑のし過ぎでもはや息を詰まらせている妖精が瀕死という感じをなんとなく笑い声の気配で感じ取れた。だが誰にもそれが見えていない。その為、歌声の主は止まることなく、酷い歌声を響かせている。それはもう、最悪だった。言葉にできないレベルで酷かった。これはもしや音響兵器ではないのか? というレベルで凄まじいレベルの酷さを見せていた。声は悪くないのに、歌い方の全てが音楽という概念を冒涜していた。そう、それは極上のあんこを用意したのに、ハチミツと砂糖とメープルシロップとラードとケチャップとマヨネーズと醤油としょうがを上からかけてこれが料理です、と言っているような状態だった。聞けば聞くほど頭が痛くなってゆく、呪いとしか言いようのない歌だった。

 

 それを無理やり聞かされているそばで、テキパキと治療を行う手つきを感じていた。時折体に触れる感触は完全に()()のそれで、え、どうやって治療してるの? なんで包帯持っているの? というか持てるのか? とか凄まじい疑問を思わせる感触だった。だがその思いとは裏腹に治療を行う手は凄まじく優秀だった。非常にテキパキとした手取りで傷だらけの体を消毒、治療、そして包帯を巻いて行く。その背後でずっと呪いの音楽を聞かされているのだから、治療と拷問の狭間にいるような気分だった。

 

「うむ―――これで終わったのである。とりあえず内臓がぼろぼろなのであるので栄養のありそうなものを作ってきたのである。ゆっくり食べつつ養生するといいワン。むろん、にんじん入りだぞ? 味わいつつ食べるといい。ちなみにフーフーは有料であるが故、辛抱するといいニャー」

 

『やばい。呼吸なんてしてないけど窒息しそう』

 

 そう声をかけられつつも、粥を肉球から受け取った。そのカオスすぎる言葉遣いとは裏腹に、動きや手当に関しては割と真面目にプロフェッショナルと呼べるような丁寧さを持っており、受け取った粥も非常に美味しく、空きっ腹に染み渡るような気がした。漸く、連合首都に潜り込んでから漸く休息を得られた様な気がする。

 

『人理修復ってまるでドリフみたいなのね……ふ、ふふふ……』

 

 まだ言うか、お前は。そう思いながらも粥を口の中へと運んで行く。こんなところで看護を受けられるとは思いもしなかった。カルデアに戻るまで本格的な治療を受けられるとは思っていなかった為、これは予想外にいい出来事だった。とはいえ、やはり目が見えないのが致命的だった。この状態のままだと流石に、これ以上の活動は足手まといになるから、カルデアに引きこもってダ・ヴィンチかロマニの手伝いに集中するハメになるだろう。

 

『うーん、それはそれでつまらないわね……良し、こうしましょう』

 

 短いノイズが走った次の瞬間には世界が光を取り戻していた。その驚きに粥を落としそうになりながら、視界の前に広がる光景に見入った。緑はこんなにも美しく、そして空はこんなにも鮮やかだったのか、そういう驚きが胸の内に広がり、頭を動かし―――視界が変わらないことに驚いた。よく考えれば視線がやや高い。今、自分は木の根元に背を預けて座り込んでいる。それにしてはやや視界が高く感じる。これは、

 

『―――そう、私の視界よ。段々と思い出すことが増えてきたし、私の力もちょーっとだけ範囲が広がったから、同期してみたの』

 

 そう言った直後、視界がぐるりと回り、黒い影の男を―――自分の姿を映した。何時見ても酷く醜い姿だった。だがそうやって見えるのはどこまでも凄惨な、自分の姿だった。体を隠すローブは正面が大きく切り裂かれてコートのような形に変形し、両手は空いた穴を隠すように包帯が巻かれている。インナーはところどころボロボロになっており、フードはぼろぼろになって降ろされている。そこに隠される筈だった顔は露出している。両目を奪われているが故、瞼は不自然にへこんでおり―――顔の醜さが加速している。フードをかぶろうにも、そこにかけられていた隠蔽の魔術はすでに切れていた。それではかぶったところで顔を隠すことができないだろう。

 

 ……なんとも、まぁ、無様な姿を見せてしまっている。

 

 視界が動き、サーヴァントを映す。一人目が猫の耳に狐のしっぽを持つ、メイド服姿のサーヴァント……サーヴァント? サーヴァントという概念に対して疑問を抱きたくなるサーヴァントの姿であり、もう片方はジャイアンリサイタルを続行している、ドラゴンと融合したような容姿の娘だった。サーヴァントは千差万別というのはよく理解していたが、ここまでのイロモノが存在すると解ると、やや困惑のほうが強くなってくる。或いは昔ならそれもそうだろう、と納得したかも知れないが、

 

『人間らしさを取り戻すと疑問を抱いたりするわよねー。まぁ、面白いならそれでいいんじゃないかしら、っと』

 

 そう言うと視界が動く。どうやら此方の膝の上に座ろうとしているらしい。場所を開けて、股の間に座る場所を用意してやる―――こうやって居場所を用意するのにも、どこか慣れてきたような気がする。彼女の視線がこちらへと見上げるように向けられるのを無視しつつ、粥を口の中へと運んで行く。見た目がメイド姿なら、こうやって看護が得意なのも納得できる、というものだ。

 

「フー! 歌終わったわ! どうかしら、この看護の歌は!」

 

「地獄に落ちる」

 

「控えめに言ってテロであるのだ。音響兵器的な意味で」

 

「猫が真顔で答えてる……! って何よ! 私の歌がまるでヘタクソみたいな言い方じゃない!」

 

「実際そうだろ」

 

『きっとコキュートスに落ちた罪人達はこんな音を発しているのね、って感じね』

 

「オリジナルの断末魔のほうがまだマシなのである」

 

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない……」

 

 槍をマイク代わりに使っていたランサーがくすん、と言いながら膝を抱えて丸まっていた。その姿を無視しながら粥を食べ終わると、メイドのサーヴァントに包帯を追加で貰う。それをそのまま、顔の上半分、両目を覆うように隠す為に巻いてゆく。仮面を失った今、カルデアに戻るまではこの格好で我慢するしかない。これで両目のへこみもある程度ごまかす事ができるだろう―――まぁ、レフと再びエンカウントすればその事で煽られそうだが。だがともあれ、これ見られる姿にはなった。あとは体力と内臓が回復するまでおとなしくするだけだ。軽く息を吐きながら、短く情報を整理する。

 

 ここは連合首都東側の海にある島―――形ある島。その主は()()である女神・ステンノが英霊という霊基へとダウングレードされて召喚された存在である。だが神霊である彼女は権能を保有し、争いに関知する事無くここ、形ある島と呼ばれる場所を根城にして特異点の終わりを待っている。神故に、彼女は性質から離れられない。

 

()()()()()()という性質ね。神は大なり小なり、()()()()()という性質、役割、権能の奴隷とも言える存在よ。まだ成長する間に己の役割を見定めた神はいいとして、生まれた時から決められている神は理解し、達観し、そして受け入れるわ。ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサのゴルゴン三姉妹もそういう運命を受け入れた女神ね。生まれた時から愛される事のみを求められた、力も何もない愛だけの女神』

 

 その本質は()()()()()

 

『そしてそれを良しとするからこそ、救いようがないわね。ま、神の事なんてどうでもいいんだけどね?』

 

 そりゃそうだ。まぁ、ステンノはいいだろう。あの女は()()()()()()()()()()。文字通り何もできない。干渉する事も、干渉される事も。そういう出来事の範囲外だ。おそらくこのローマの特異点においてもっともイレギュラーな存在だと断定してもいいだろう。

 

「ふぅ、粥、実に美味しかった。助かった」

 

「気にする必要はないワン。郷に入っては郷に従え。なキャットはこたつがあるなら潜るだけの話である。それはそれとして、番ドッグなメイドとしてはキャットの野生さがご主人を求めろと叫んでいるのだが」

 

「まぁ、そのうち人類最後のマスターが来るだろ」

 

「なるほど、ニンジンを期待して迎え撃とう」

 

『迎え撃つのかぁー……』

 

「わ、私の歌がここまでボロクソ言われるなんて……なんて……こ、子ブタや子リスはめっちゃ喜んでくれていたのに……」

 

 ランサーはどうやらまだ発狂中だったらしい。あそこまで声はいいのに、音程を外しまくって歌を拷問に変える生物なんて初めて見た。その道のプロフェッショナルが聞いたらまず間違いなく泣き出すのではないだろうか―――音楽という概念の冒涜で。

 

「私の歌の何が悪いのよ!」

 

 いきりたち、勢いよく宣言するランサーに無情に告げる。

 

「まず音程が外れてる」

 

「相手に楽しんでもらおうって気持ちが足りてないのであるな」

 

『歌で楽しませようとしてるんじゃなくて、歌を歌ってる私って超アイドル! ってやってるんだから歌が綺麗に聞こえる訳ないじゃない。それじゃあ自慰をしているのとなーにも変わらないんだから。まずは相手を見て、なぜ歌うのかを考えなきゃ』

 

「ついでに言えば歌ってるときはまるでこっちを見てない」

 

「意見も聞いてすらいないのである」

 

「ボイストレーニングしてるか?」

 

「もしかして歌ってさえいればアイドルになれると思っているワン?」

 

「やめて……私を言葉の暴力で殺すのはそこまでよ!! ……ヒック、グッス」

 

 正面で、膝を折ってランサーが泣き崩れていた。哀れとは思うが、アレ以上音波兵器を食らい続けるとせっかく治療した傷口が広がる。というかすでに傷口に響いていた。クソがつくレベルで最悪な歌だった。是非とも矯正してから立ち上がって欲しい、そう思っていると、いいえ、まだよ、とランサーが言いながら立ち上がった。

 

「そう……今までの私はプロデューサーと二人三脚で駆け抜けてきた駆け出しアイドルだったの……だけどそれだけでは幅広いアイドルサーヴァント界は戦っていけない……なんか最近ヴィヴ・ラ・フラーンス! とか言ってる子が下から猛烈に追いついてきたし! 猛烈に追いついてきたし! というかもうすでに抜かれているような気がするんですけど!」

 

 どこかでマリー、と叫ぶドルヲタの気配を感じた。話題に出したら食いつくためだけにこの島へと来そうな気がする。

 

「そう……私はまだ事務所にすら所属していなかった野良アイドル!」

 

「完全にアマであるな」

 

「完全に自称アイドル」

 

『というか妄想に溺れてるだけじゃない。頭大丈夫……じゃないわね』

 

「心が折れそう!! だけど頑張るの! だって私に必要なものがついに見えてきたのだから―――そうでしょう、コーチ!!」

 

 ランサーの視線がキャットなメイド犬、そして此方へと向けられた。キャットと共に真顔になりながらどうするか、互いに見やるように顔を合わせ、数秒間、そのまま黙り込んで無言で会話してからランサーへと視線を向け、それで口を開く。

 

「修業は厳しいのである。そう、それこそ命を捨てる可能性もあるのだワン」

 

「それでもいいなら教えてやろう―――アイドル道を」

 

 具体的にいうと暇なときにロマニにつかまって散々付き合わされたアイドル話に。自分が知っているのはあくまでもマギ☆マリがベースだが、ロマニがしつこくその事やアイドルに関して何度も何度も説明する他、最近ではドルヲタ=アンリ・サンソンがマリー、マリーとうるさいもので無駄に知識が増えてしまった。そのせいで、

 

 ついに格納されてしまった(≪虚ろの英知:アイドル知識≫)のだ。

 

『人類の英知にドルヲタ共の執念が届いてしまった瞬間だったのね……』

 

 なんと言うべきだろうか―――人間の執念ってすごいね。色んな意味で。言葉がそれしか見つからなかった。というか死後になってもドルヲタをやり続けるとははたしてどんなものなのだろうか? いや、死後アイドルを目指し始めるサーヴァントもいるのだから、まぁ、そんなものなのだろうと諦める他ないのか。

 

 アイドルとドルヲタは人類の新たな概念、そう覚えておく事にしよう。

 

 それはそれとして、

 

「コーチ……コーチ!!」

 

「うむ、新たなパドワンよ……汝に必要なのはボイトレではない……炎となる事なのである。そう、こう、バスター! な感じでトップを目指す感じで! コマンドは熱血、気合、魂なスタイルでぶっこんでゆくのである」

 

「解ったわキャットコーチ! 私、頑張る!」

 

 この始末、どうするべきなのだろうか……。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/8b59fd97-47ea-4f83-a135-e3451be043d9/ce4c1afea836a91e7d20e46d30243bd9

 久々のステータスアップデート。ちょくちょくスキルの説明とかが変化しているのに気付いた読者はいたのだろうか、と言いつつ今回は非常にカオスだったワン。

 そしてついに力をちょくちょく出し始める。お願いですから座ってろ。


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檻の底 - 5

 それから丸一日、治療に集中していると、ステンノが再び姿を現した。此方の神性に対する怒りと殺意を理解しているのか、此方を尊重して彼女は必要以上に顔を出すことはなかった。その為、彼女が顔を出すことはそれなりの驚きだった。とはいえ、もっとも驚いたのは彼女の美貌だった。細く、そしてしなやかに伸びる肢体、幼児体型とも取れるその体つきはしかし、彼女が持つ独特の空気と合わせ、庇護欲を引きずり出しながら食い散らかしたくなるように実に()()()女だった。正直、初手で目を潰されていて良かったと思う。覚悟して彼女を見なくては、その魔性とも表現できる美貌にたちまち魅入られ、溺れてしまいそうになる。

 

 ただ、そう、準備か覚悟があれば大丈夫だ。色香に対する耐性は自分にある。血迷う事はない。妖精も自分も直ぐ横に立っており、彼女の視界を通して、近づくステンノの姿を見れる。

 

「それで体の調子はどうかしら?」

 

「上々、と言ったところか。少なくとも100%の状態で体を動かす事はできる。島での逗留の許可、改めて感謝する」

 

「それは良かったわ。勇者を島に招き入れたところで何のもてなしもできなければ女神失格だったところですもの」

 

「俺が勇者?」

 

 えぇ、そうよ、とステンノは言う。

 

「本来ならば勇者の証明を行ってもらうところなんだけれどね、()()()()()()()()()の……えぇ、貴方は勇者よ。その意味は……そうね、秘密にしましょう。その方が色々と悩めて楽しいでしょう?」

 

 くすり、と笑う彼女の動作は一つ一つが艶やかであり、誘うような雰囲気を持っている。気を強く持たなければまぁ、それでいいか、と思ってしまう、そういう魔性が垣間見れる。とはいえ、深く突く話題でもない。勇者の基準なんて昔から決まっているのだから。

 

 ―――困難に直面し、絶望に直面し、それを乗り越えられるか否か。それに尽きる。

 

「それで、女神が俺にどんな用だ」

 

「あら、歓迎されていないわね? まぁ……いいわ。貴方の仲間らしき人物たちが半日もすれば此方に来ることを知らせたかったのよ」

 

 カルデアが此方へと来る、か。となるとまだ連合首都を発見できていないのだろう。此方へと向かっているというのであれば、合流して何とか情報を伝えたい。そうすれば最低限の、自分の仕事は完了する。カルデアの戦力にローマ兵士の物量が備われば、おそらくはあの連合首都を陥落させられるだろう。まぁ、それにしても一度は自分がカルデアへと戻りたい、というところが本音だが。本格的な精密検査は特異点の後で、だがその前にカルデアの医療を使って治療しておきたいというのが本音だ。

 

「それを俺に知らせたという事は―――」

 

「―――えぇ、ちょっとした試練を用意したいの。それを手伝ってくれないかしら」

 

「……」

 

 試練、それは神々の世界では極々普通のものである。というも、神々は人間に対して試練を与え、そうする事で褒賞を与えるのだ。形のない島に存在したゴルゴーン三姉妹も同様の試練と褒美を与えていたのだろうか? それはともあれ、この女神は試練をしたいと言っている。それも自分の手を借りて。その対象は無論、これから来るであろうカルデアのみんなだろう。だが先に言ってしまえば、

 

「俺が神性とその形、その行いを憎悪している事を理解して言っているんだな?」

 

「えぇ、勿論よ。そのうえで頼んでいるのよ……協力して、と」

 

 艶めかしい笑みを浮かべながらステンノが言葉を囁いてくる。正面から話し合っているはずなのに、なぜか耳元で囁かれているような、そんな気分だった。だがそれは此方の体には届かない。レジストしながらクリアな思考で理解する。彼女に対して手伝う必要が己にはない。だが同時に、自分には恩がある。

 

『勇者であると認められたからには逗留する権利は与えられたけど―――看護する手をまわして貰ったのは借りよね』

 

 然り、即ち借りである。神からの施しに対して人は常に等価で返さなければならない。神より恩寵を受け、受けるだけ、そしてその先に進んだ存在の未来は誰だって良く知っている。太陽神に愛されたカルナは敵に仕立て上げられ死亡した。ジャンヌ・ダルクはオルレアンを奪還したが、まるで嘘のように燃え死んだ。その他にも多く、神々に愛された結果、地獄のような末路を迎えた者は多い。神に対する貸し借りはつまり()でもある。

 

 存在する限りは彼我の繋がりを示すのだ。

 

 ここで断ってもいい―――だがそれは関係を続けるという意味でもある。苦く感じるも、ここは素直にステンノの話を受け入れて試練に協力するのが一番なのだろう。そこまで思考したところで協力しよう、とステンノへと告げる。それを受けたステンノはそう、と答え、

 

「では貴方の役割は簡単―――報酬よ」

 

「なるほど、了解した」

 

 見た目だけの女神―――という訳ではなさそうだ、と彼女の意図を察して思う。俺が試練の報酬というのはつまり、俺がカルデアと関係があるのを知った上で連合首都の情報を取得できるかどうかを、調べるために一手打ってみる、という話なのだろう。

 

「お前は……」

 

「対策として召喚されたわ。えぇ、かなり強引だけれどね。それも英霊なんて霊基を得て。本来なら力なんてないのに、戦うことすらできない筈なのに、まさか()()()()()()()なんて。まぁ、それはそれとして、私は聖杯の抑止力によって召喚された存在よ」

 

 それは聞き覚えのない言葉だった。

 

「聖杯でサーヴァントを召喚すれば、それに対抗するように追加でサーヴァントが召喚されるわ。私は連合の魔神が召喚したサーヴァントの対抗策として召喚されただけよ。ほとんどのサーヴァントはおそらくそれに関しては理解していないし、無自覚だけれど―――」

 

「カミ、であればその自覚も伴う、と」

 

「えぇ、愛されるだけでも、私は神格を保有するものよ。それぐらい理解できて当然でしょう? ……まぁ、それも試練の報酬として貴方が終わった後で伝えなさい。本当に特異点を攻略できる勇者なのか、その素質があるのか。それを見定めるいい機会になるでしょう。私にも―――」

 

 そしてステンノは真っ直ぐ()()()()()

 

「―――貴女にも」

 

 その時の彼女(フェイ)の表情は見えなかった。しかし、そこにはどこか、笑みを浮かべているような気配を感じた。

 

 

 

 

 それから半日ほど、アイドルのサーヴァントとキチガイキャットのサーヴァントが肉体労働に従事する。と言ってもやる事はシンプル、形ある島に存在する洞窟は元々ステンノが召喚されたときに、試練の場として用意したものらしく、そこを軽く整備、後は魔物の類を用意するだけである。このローマ時代、何が原因かは解らないのか、それとも元々存在しているのかは解らないが、ワーウルフやゴブリン、ゴーストといった魔性の類は普通に存在する。

 

 サーヴァントの身体能力でそれを連れてきて、ステンノの魅了で操り、そして洞窟の番人をすることをお願いする。その中には合成魔獣キマイラの姿もあり、ステンノが試練の準備にどれだけ力を入れているのかが解る―――それでも本当は欲しかった妹には届かないと言っている辺り、かなり、というより心の底からいじりながらも愛していたのだろう、妹の存在を。

 

 そうやってキャットとアイドルが走りまわるのを半日ほど眺め、体調もある程度回復したことでスキルも滞りなく使えるようになってきたところで、形ある島の中に少しだけ進みこんで姿を隠す。無論、それはこれから到着するカルデアの仲間たちから見つからない為である。

 

 まるで、子供の悪戯をやっているような気分になっていたが―――女神との盟約だ。借りがある以上は果たさなくてはならない。心苦しいが、今は仲間を試さなくてはいけない。

 

『本当にそう思ってる? 思っちゃってる? うーん……だいぶ昔に近づいてきたわね。それでもまだまだ、一回も笑みを見せた事がないし、遠いか』

 

 笑い―――笑う。そう言えばカルデアに到着してから、()()()()()()()()()()()気がする。作り笑いの類はできても、本気で笑った覚えはない気がする。木々の間に身を隠し、圏境で姿を隠しながら両手の指で口の端を持ち上げてみる。それを妖精のほうへと向けた―――この少女、なぜか圏境の状態でもしっかりと見えているな、と軽い恐怖を感じながら見ていると、

 

『だめねー。心の底から、本気で笑えるようになったら貴方、って言えるかしら。その時には私の名前も思い出せるでしょうね。その時を私は楽しみにしているわ……心の底から』

 

 そうやって彼女が心臓の位置を叩いてきた―――最近、ヒントを出し始め、人間的感性を取り戻してきた影響か、彼女の動作に軽い恐怖を感じ始めるのはおそらく、生物として間違っていないのだろうと思ったところで、急接近する気配を感じた。それに導かれるように妖精の視界が海岸の方へと向けられ、

 

 我々は目撃してしまった。

 

『―――』

 

「―――」

 

 ―――船が飛んでる。

 

「―――フハハハハー! これぞローマ式スカイドリフト航法である―――! どうだ! すごいだろ! 余だからできるのだ(≪皇帝特権≫)ー! 余はすごいんだぞー!」

 

 スッゴイ聞き覚えのある声もする。そんなことを考えているうちに着水した船はまるで跳ねるようにワンバウンドし、空中でドリフトしながら形ある島へと向かっていた。時代を先取りしすぎてない? と思っている間にドリフト着水、そのまま形ある島の砂浜へと先ほどのドリフトっぷりが嘘の様に静かに接岸した。

 

『船って空を飛べるんだ……というかあの加速なに? あのジャンプなに? なんであんなにスピードでてるの? えぇぃ、ロンね! ロンぶっぱしたのね? あのアホ毛王が推進力代わりにぶっぱしたのを皇帝特権で乗りこなしたのね!? 誰よ馬鹿にニトロを渡したのは―――!』

 

 騎士王と暴君のタッグ、こんなもの特異点でもなきゃ一生見れない究極のタッグだろう。というかそんな組み合わせ、普通は見たくても見られるわけがない。謎のヒロインZに関しては相変わらずかっ飛ばしてるんだなぁ、としか言えず、大きな船から降りてくるカルデア一行を見たところでどこか、懐かしさと安心を感じた。どんどんと船を下りてくるカルデアの面子を前に、バレないように姿を潜める。

 

 その瞬間、フォウの姿がマシュとともにあるのを発見する。

 

 ―――良かった、合流できたんだな。

 

 無事な姿にちゃんと戻れた事実を確認すると、フォウがマシュの肩から飛び降りて走ってくる―――こちらへ。途中まで追いかけてきたマシュだが、フォウが猛スピードで走るため完全に置いてけぼりになり、フォウと入れ替わるように出てきたステンノに進路を邪魔される。その間にもフォウは此方へと走り、

 

 そして見事、圏境を突破して飛びついてくる。

 

「フォウフォーウ!」

 

「少し、自信をなくすなぁ……はは、無事だったか、お前は」

 

 飛びついてくるフォウを掴み上げると、そのまま短い舌で顔を舐めあげてくる。どうやらこの賢い獣にそこそこ心配させてしまっていたらしい。

 

「フォウ! キュ!」

 

「あぁ、大丈夫だ。カルデアへと戻れば目も治るさ……たぶんな」

 

「キュゥゥ……」

 

 心配そうな鳴き声に、こいつを不安にさせてしまったか、と少しだけ自分の無茶に後悔を抱く。しかし、自分のような半端な存在が役に立つにはそれぐらいやらないと……ダメなのだ。自分程度の存在、代わりは召喚を行えばすぐに用意ができるのだから、進んで危険に、死地へと飛び込まないと、後方に置いてそこでサポートするだけの存在になってしまう。流石にそれは―――色々と辛い。

 

「ままならないな、フォウ」

 

「フォーウ……」

 

 息を吐きながら視線をカルデアご一行へと向ければ、ステンノに洞窟の方を指さされているのが見える。いつまでもフォウを独占していたらマシュ達が探しに来るだろうから、軽くフォウの頭を撫でてからその姿を放つ。やや迷うような姿を見せるが、後で合流するから、とフォウに告げれば走ってマシュのほうへと向かって行くのが見えた。その姿を見送って、立香たちが洞窟へと向かって歩き出すのを見た。

 

「それじゃ、追いかけようか」

 

『うーん、いたずらかドッキリを仕掛けてる気分でちょっと楽しいわね』

 

 本当にブレない妖精だな、と心の中で呟きながらバレないように移動を始める。

 

 まぁ、彼らなら負けることはあり得ないだろう、と確信しながら。




 という訳で原作イベント消化中。ガリア遠征まで完了していたようで。それにしてもネロちゃまはかわいいなぁ……。

 徐々に人間味を取り戻すのと同時に存在そのものが浸食されてゆく感。実に興奮する。


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檻の底 - 6

 洞窟の中には様々な魔物が用意されており、それを危なげなく立香たちが排除して行く。元々英霊を従えた過剰戦力の集団なのだから、魔物程度で負ける訳がないのはある意味当然だ。その程度で敗北するのであれば、そもそも英霊を名乗れないのだから。故に道を阻まれながらもサクサクと切り込んで行く姿を眺め、立香の指示能力が上昇しているのが見てわかる。よく見れば少しだが、ネロから指示の出し方を学んでいるように見える。どうやらちゃんと、立ち止まらずに学び、戦い続けているらしい。やっぱり、俺なんて必要ないな、と再度確信が取れたところで、立香らがキメラの首をあっさりと切り落として討伐を完了させた。

 

「あら……意外と早かったわね」

 

「まぁ、あれだけの英霊を従えてるんだ。これぐらいできて当然だろう」

 

 そうね、と隣に立つステンノが呟いた。すでに半日以上経過していることもあって、徐々にだが日が暮れ始めており、水平線にかかる太陽が夕日の色に世界を染め上げていた―――実に、美しい風景だった。俺はこの景色を、どこかで見たことがある。歩きながら、自分の目で、世界を旅しながらまだまだ、こんな景色があったんだな、と思いながら眺めていた、という記憶があるのだ。

 

「ふーん……だけど明確に勇者と呼べそうなのはいないわね」

 

「それは―――」

 

「英霊は全員既に死んでいるから駄目。あの少年はまだ本当の意味での勇気を知らないわ。少女のほうは無垢すぎて駄目ね、まだ学ぶべきことが多い。暴君は……そうね、まだ悩みの途中という所かしら。ギリギリ及第点をあげてもいいかもしれないわ」

 

 なるほど、と小さく呟く。英霊なのだから勇者であって当然、というところか。そういう意味では納得できる。しかしネロでダメであって、なぜ自分が勇者なのかは、良く解らない。或いはステンノにのみ理解できる勇者としての線引きがあるのかもしれない。ともあれ、それは自分の判別の付くところではなかった。そのため、どうあがいてもスルーするしかなかった。それにあまり、神性に踏み込みたくないというのも真実だった。その為、そんなに会話が続くこともなく、黙って帰還を待っていると、

 

 やや疲れた様子の立香らが洞窟から出てきた―――キャットやアイドルと一緒に。

 

 まぁ、そりゃあ疲れるよな。

 

『まぁ、疲れるわよね』

 

 納得過ぎる理由だった。だがその表情も、ステンノとともにスタート地点、つまりは浜辺で立って待っている姿を目撃した瞬間、一変する。かなり驚いた表情を浮かべながらも、同時にカルデアとのリンクが回復する。どうやら自分が別行動をしている間にメンバーの変化はなかったらしく、エミヤを除いたまま、合流できた。立香が真っ先に前に出ると、

 

「お、お前は、アヴェンジャー先生! 先生じゃないっすか! というか姿が物凄いワイルドになってる! イメチェンっすか」

 

「待たせたな。連合首都の場所と様子を掴んできたぞ。あと先生じゃない」

 

「おぉ! これで漸く連合らの首都へと攻め込めるぞ! よくやった!」

 

 フハハハ笑うネロの周りではなぜか花びらが舞っている。現象からしてどうあがいても魔術的なのだが、全く魔術を使っている反応がない―――その体質か何かなのかだろうか、あの演出の花びらの登場は。それはともあれ、とりあえずは、

 

「これで俺も合流だ。連合首都に関する情報をまずは分けよう」

 

 ここに来た、自分の目的を果たすことにする。

 

 

 

 

 霊子に変換された肉体が徐々に人の形を取り戻し、再構成が終わるのと同時に正面、コフィンの扉が開かれる。ややよろよろとしながらも、コフィンから体を引きずりだす。そこではエミヤが待ち構えていた。すでにそこにいた妖精の視界のおかげで、彼の姿を捉える事ができ、ふらつく体を片手で支えてもらった。

 

「随分と無茶をした様だな……両目を失ったな?」

 

 流石英霊、隠していてもすぐに解ってしまうのか。隠す意味はないのかもしれないと思いつつ、軽く頷いて答える。

 

「まだ戦えるし、視界を貸してくれる妖精がいるから大丈夫だ。それよりも」

 

「あぁ、任せておきたまえ。マスターの背中は私がしっかり守る。君は次の特異点までしっかりと療養したまえ」

 

 ハイタッチを決めてエミヤと居場所を交替する。自分の代わりにエミヤが今からローマ時代の攻略を行ってくれるだろう―――自分なんかよりもはるかに有能だ、心配する必要はない。そう思いながらコフィンの並ぶレイシフトルームを出る。通路に出たところで待っていたのはロマニの姿だった。やあ、と片手を上げて挨拶する彼はこちらへと近づくと、

 

「手を貸すよ……目、ないんだろ?」

 

「……俺はそんなにわかりやすいか?」

 

「いや、ただ単純にボクがバイタルやサインを追いかけているってだけだよ。隠密解除でステータスの更新を行ったらいきなり欠損や内臓のダメージが出現するものだから驚いたよ。ほら、医務室に向かおうか。管制室は今、レオナルドに任せてるからボクよりも立派にやってくれるさ」

 

 ため息を吐くと、こちらへと向けて伸ばされた手を取った。どこか、この男には信じられないような、そんな気配がある。だけど、このカルデアで間違いなく彼は本気で働いているのだから、今更、疑ったりするのも馬鹿馬鹿しいと思いながらロマニの伸ばした手を取る。妖精のおかげで視界は確保できているが、それも完全に自分の目で見ている訳ではない。早いところ、スペアでもいいから新しい義眼を入れたいところだと思いつつ、ロマニの助けをもらいながら医務室へと向かう。

 

「相当無茶をしたみたいだね、今回は」

 

「その無茶をするために俺が生み出された訳だからな」

 

「それはそうかもしれないけど―――立香くんやマシュが泣くよ? あの二人のことを思うならもう少し、使い潰すようなやり方は考えてもいいんじゃないか?」

 

『そうだそうだー! もっと体を労われー!』

 

「解ってはいるんだが……」

 

 何より謎のヒロインZが先に死ぬか、或いは記憶を完全に取り戻さない限りは絶対にカルデアが詰む、と発言しているのだ。あの女は理不尽とカオスの塊ではあるが、嘘はつかない―――少なくとも真面目な事では。つまり少なくとも全滅する要因がこの先には存在するのだ。そうなると聊か焦りを覚える。とはいえ、それが原因で戦線から外れるのも問題だ―――自分の記憶は特異点の中ではないと探れないらしいのだから。

 

 そうやって、考えているうちに医務室へと到着する。ロマニの城とも言えるここへ案内されると、ベッドに座らせられ、診察が始まる。包帯を解いて両目の状態を調べられ、魔術で体内探査を、両手の状態を確認され、そのほかにも後遺症がないのかを確認させられる。そうやってロマニによる検査が数時間ほど続いたところで、改めて医務室の椅子に座らせられる。

 

 検査の結果を告げられる。

 

「まず重い話からするけど、()()()()()()()()()()()()()()()かな。たぶん抉られたときに視神経を酷く損傷している。末端のほうが完全に死んでいて使い物にならない。だから最低限手術と半年ほどの治療期間が必要になるかな。とはいえ、そんな余裕も時間も今のボクらには存在しない。だからこの事件が解決するまでは諦めてほしい。それに君……目はなくても見えているんだよね?」

 

 その言葉に頷きを返す。膝の上に座っている妖精を見ることができないが、彼女は今、自分の膝に座ってこちらへと視線を向けているのが解る。そんな妖精の視線を無視するように視線をロマニへと向けたまま、口を開く。

 

「説明は、いるか?」

 

「……出来たら欲しいけど、その苦虫を噛み潰したような表情を見ていると、説明できそうなものでもないんでしょ? まぁ、そこは僕が魔眼に目覚めたとでも書いておくよ。そうすれば納得は得られるだろうね」

 

「……すまない」

 

「いや、君が謝る必要はないんだよ、アヴェンジャー。元はといえば君やマシュの事を知れなかったボクに問題があるんだから。その上で戦場に出ることを許可し、頼んでいるのはボクなんだ……はは、本当は頭を下げて謝るべきなんだろうね」

 

「気にするな。少なくとも俺は自分で望んで戦場に進んでいる。第一俺だけ安全に身を任せて下がっているなんてことは藤丸やマシュの前では絶対に出来ない」

 

 少なくとも、今、自分が戦おうと思うのは記憶を探す為だけではない。思い出せば思い出すほど蘇る人間性。それとともに思い出すのは()()()()だ。チンケで、価値もない。だが、同時に矜持があるのだ。子供だけを前にして、後ろに下がって安全を貪るなんてことは自分には絶対できない。そんな風に守られるだけの大人なんて死んでしまえばいい。心の底からそう思える程度には、色々と思い出している。そしてそこに、偽りはない。その感情を知ってか、ロマニは少しだけ驚いたような表情を浮かべてから、しかし笑みを浮かべた。

 

「うん。最初の頃とは比べ物にならないぐらいに君は人間らしくなっている。それがボクやレオナルドではなく自分で見つけていることだって思うと少し悔しいけど……友人として祝福させて欲しいな」

 

「友人?」

 

 聞きなれない言葉にロマニが少しだけ傷ついたような表情を浮かべる。

 

「え、もしかしてボクのこと友達だって思ってなかった? それはちょっと傷つくなぁ……」

 

 いや、違う、そうじゃない。逆だ。

 

「俺なんかがお前の友だと思ってもいいのか?」

 

 そんなこちらの言葉にロマニが軽く、頭の裏を掻き、

 

「何を言ってるんだ。同じ職場で働いて、暇な時間を一緒に潰して、一緒にお菓子を食べて、くだらないことで雑談して……それだけでボクらは友達だろ? そこに許可は必要ないよ。というかその自己評価の低さをどうにかしようよ。君は君でこのカルデアに大きく貢献している。君が働いているおかげで修復されているカルデアのシステムだってある。君がいなきゃボク達は今頃、もっとカツカツにリソース管理しなくちゃいけないんだ。そう―――君がボクらの3時のおやつを守ってるんだ!」

 

 ロマニを半眼で睨み付けようとして―――目がないことに気づき、少しだけ妙な表情を浮かべてしまった。そこにため息を吐き、新しい包帯を取って、それを目の在った場所に巻いて行く。妖精のおかげで視界が確保できるだけ、今はまだマシだ。

 

「さて、また仮面でも引っ張り出すか……」

 

「ん? また姿を隠すつもりかい? 止めておいたほうがいいよ。すでに一度立香君たちに見せているんだから、今更隠したって逆に剥がされるよ」

 

 ロマニのその言葉に動きを止める。その言葉は割と正しい、というか想像出来る。実際、今まで何度かフードを外さないのか? と立香に聞かれたことがあるし、アレが本気で剥がしに来たらまず間違いなく謎のヒロインZが悪ノリして混ざってくるだろう。そうすると忠犬ランスロットも混ざってくる。そうなってくるといよいよ、隠し通せる気もしない。

 

「それに君の肌、前は何をやっても肉が剥き出しだったけど、今ではちゃんと皮膚が出来てる。もうそこまでして隠さなくてもいいと、ボクは思うんだけど」

 

 自分が姿を隠していたのはどこまでも醜悪な自分の姿を他人の目に触れさせるのがいやだったからだ。だがロマニに言われて自分の体を見れば、前には存在しなかった肌の存在が見て取れた。本当にいつの間にか、だ。戦闘を繰り返しているから逆に悪化するはずの体なのに、なのに改善されてきている様子が見えている。とはいえ、漆黒の肌と色素を失った非現実的なまでの髪色の白さはまだ変わらない―――まるで怪物のような姿をしている。

 

 ……ただ、妥協は必要なのだろう。

 

「解った。怪しくない服装をすればいいのだろう」

 

「あ、自覚あったんだ」

 

「さすがにあの恰好をしていてアレが怪しくはないとは欠片も思っていない。それと比べて姿を晒す方を嫌った」

 

「筋金入りだなぁ……まぁ、仕方がない。うん。ここは僕の服装を貸し出そうか。レオナルドに頼めば礼装として作成できそうだし、本格的なのは特異点の攻略の後でだけど、今はとりあえず君の格好をどうにかしようか」

 

 そう言ってロマニは目を輝かせていた。姿は大人なのに、まるで子供のような男だと呆れつつも、それを悪くないと思ってしまうのは―――罪深いのだろうか?




 171号くん再臨0から1へ。というわけでカルデアで待機しつつお着替えの時間である。

 カルデアは優しい職場(爆破後限定


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檻の底 - 7

 ―――カルデアに一時帰還したこともあってシャワーで汗を流した。

 

 まだローマにいる立香達には悪いが、貴重な時間だ。休める間に万全にコンディションを整えるのもまた、戦士自身の仕事である。その為、遠慮なくシャワーを使わせてもらった。そういうこともあって血の跡や汚れを漸く汗とともに洗い流すことができた。そうやって完全に戦闘と拷問の疲れを溶かしたところで、部屋に設置してある姿見で自分の姿を横に並ぶ妖精の目を通してみた。

 

 鏡に映る自分の姿は特異点探索前と比べれば多少の変更があった。その中でも際立つのが皮膚だろう。前までは本当に醜い怪物の様に皮膚が剥げてその下の肉が露出していた。痛みとかは感じないが、それでもまるでゾンビのような姿に、激しい嫌悪感を感じていた。まるで未完成であることを突き付けられているような、そんな嫌悪感だったのだと、今更ながら思う。だがその嫌悪感も皮膚が欠損部分を覆うことで大分和らいできた。だがその代わりに、より怪物的だと自分の姿を表現できる。

 

 肉体の色はかわらず漆黒―――褐色を通り越して文字通り黒、なのだ。前よりもは幾分か和らいできたような気もするも、それでもまだゾンビの方がまだ人間らしい色だと表現できる色をしている。やはり嫌悪感は拭えない。それにまるで獣の毛の様に乱雑に伸びる白い髪がさらに怪物らしさを助長している。そして最近失ったばかりの両目を含め、そのままで見ると完全に怪物にしか見えない。寧ろ敵として出現しそうな姿だ。

 

『丸っきり悪の組織の改造人間的な感じあるわよね』

 

「ほっとけ」

 

 若干気にしてるんだから……と思っていると、横から妖精が腹を突いてくる。その感触を確かめるようにしばらく触れているとうーん、と声を漏らした。

 

『ちょっとだけ痩せたわね。まぁ、捕まっていたことを考えれば仕方がないんだけど』

 

 まぁ、そればかりはどうしようもない、という話だろう。なるべく体のバランスを理想的な状態に維持してきたが、少し痩せた事を考えると高カロリー食を補給したほうがいいのかもしれない……そこで軽くため息を吐き、自分の姿を見た。目はどうにかして隠さないとダメだろう。だが体の方は―――剥き出しだった部分もほとんど減り、そういう肌色、ということでどうにか納得できそうなラインだろう。確かに、全身を隠す程ではない。

 

 まぁ、これはしょうがないだろう、と諦める。姿を一回晒し、立香らに見られてしまったのだ。それから隠すとなると違和感の塊だろう―――今までも違和感の塊だった自覚はあるのだが。それはそれとして、ロマニが私物だと言って用意した着替えを確認する。

 

 ベッドの上に広げてあるのはロマニが自分の、だといって用意した服装だ。だがそれにしてはどれも丁寧に魔術的な加工が施されており、概念礼装としての効果が付与されている、服装であるのと同時に礼装だった。事前にチェックサイズも自分のサイズだったり、明らかにこれ、ロマニのではなく、自分用に用意したものであるというのが解る。

 

 黒い肌に栄えるように袖のない赤の多機能コートを上着に、その下のトップスには長袖の無地のYシャツ、ボトムスの方も礼装や魔術道具を持ち込めることを意識したポケットの多いカーゴパンツとなっている。ベルトやらサイドバッグ、髪紐まで用意しているあたり、かなり本格的なセットだった。意図としては服装の明るさで肌の色をあまり目立たせない方向性だろうか。中々若者向けの恰好だ。こう、自分が着るには少し若すぎないか? と思わなくもない。

 

『そうかしら? 彼、結構いいセンスしていると思うわよ。記憶上は四十過ぎだから違和感があるかもしれないけど、肉体的にはいい所二十代前半よ。サーヴァントみたいに肉体的な全盛期ね、少なくとも今の若さなら全然いけるでしょ?』

 

 どう、だろうか? そこらへんの判断は自分ではできない。少なくともその恰好をして、自分でそれが似合っているかどうかは……あまり、自信がない。やはり、ここはローブを調達して全身を隠すのが一番なのではないのだろうか? そのほうが両者にとって一番楽で健全なのではないかと思うのだが。

 

『なにヘタレてるのよ。ほらほら、さっさと着替えちゃいましょ? 時間は無限に存在するけど人に与えられたそれは有限よ、愛と一緒でね。だったら効率的に運用しなくちゃ勿体ないわよ?』

 

 そう言われると背中を押され、着替えるようにせっつかれる。言葉が正しいのだから反論できない。ともあれ、新たな包帯を用意し、それで目のことは隠すとして、用意してくれたロマニに感謝しながら着替えるか、と決めた。

 

 

 

 

 新しい服装に袖を通し、その感触を確かめながらも持ち込みの装備を全てコートとボトムスに移し替えたところで一先ず、ある程度の休息を取れた。出来るなら睡眠をさらにとりたいところではあるが、これ以上休んでいるわけにはいかない。すでにレフ・ライノールが連合首都にいること、そして連合首都の位置を立香には伝えてある。俺がカルデアへと戻ってからはガリアの遠征隊と合流し、そのまま連合首都へと向かったのだろう。

 

 なにせ、通常の兵士が千人集まったところで()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 今前線にいるのがアルト―――謎のヒロインZ、ランスロット、クー・フーリンというだけでももう絶望的だ。俺が王であるなら戦う前に降伏するレベルだ。頼まれたってこの豪華なメンバーとは絶対に闘いたくない。正直な話、戦力のそろっているカルデア・パーティーと戦わなくてはいけないレフには同情する。

 

 そこまで考え、個人的な用事を終わらせたところで管制室の扉を開けて侵入した。そこにはロマニのほかに、管制室でオペレートを担当する数人のスタッフの姿があり、

 

「お、アヴェンジャーじゃないですか。イメチェンしました?」

 

「ちゃんと着替えてきたんだ。ボクのセンスで選んだんだけど、どうかな?」

 

「チーフにしてはえらくまともッスね。もっと、こう、オタク的なのを……」

 

「えー、こう見えてボク、結構センスいいほうだと思うんだけどなぁ。自分ならコスプレに挑戦してみようかなぁ、と思うけど流石に他人の分には、ねぇ? まぁ、そんな訳でようこそ、管制室へ」

 

「地獄の徹夜マラソンの現場へと歓迎しましょう。さあ、どうぞどうぞ」

 

 歓迎の雰囲気をだしながら迎える管制室の中、六人ほどしかいない管制室のスタッフは全員笑みを浮かべてつぶやきながらもその瞬間は絶対に操作を間違えることなく、常にローマにいる立香たちの状態を安定、万全の状態で活動できるようにモニタリングしている。言葉は軽いが、明らかに彼、彼女らがその道のプロフェッショナルであるのは見て取れることだった。本音で言えば邪魔をしたくないが、ローマの状況をレイシフトせずに一番早くつかめるのがここなのだからしょうがない。

 

「一人だけゆっくりさせて貰ってすまないな」

 

「いやいや、前線に出てるアヴェンジャーの方が負担はそこは大きいから、申し訳なく思う必要はありませんよ。というかそれを言ったら一緒に戦えないこっちが申し訳なくなってきますからね?」

 

「む、じゃあ解った」

 

 キリのない会話になるのは解った為、それ以上口にするのは止めて、ロマニの座っている椅子の横へと移動し、ロマニが拡げているモニターを覗き込む。その向こう側では戦闘を行う立香達の姿が見えた。モニターを横から覗き込みつつ、ほかに出現しているバイタルサイン等を確認し、今のところは問題がないことを確認し、ほっと息を吐く。

 

「どうやら連合首都へは順調に進軍できているようだな。状況はどんな感じだ?」

 

「うん、悪くないよ。君がいない間にガリアへと遠征して奪還していたことは聞いたよね? ローマへと援軍を要請しつつ合流、そのまま西の連合首都へと向かって進軍中だ。途中、諸葛孔明のサーヴァント、そしてアレキサンダー大王のサーヴァントと一度戦闘したけど、無事に犠牲者なしで突破しているよ。今、連合首都に到着したばっかりだ」

 

「そうか……」

 

 此度のグランド・オーダーは中々順調に進んでいるらしい。一足先に戻ってきてしまった自分としては、気になる事なだけに、こうやってちゃんと進軍している姿を眺めることができるのは喜ばしい事だった。首からぶら下がる妖精の視界を通して見る。連合首都の中へと入って行く立香達の姿を。

 

「進軍が早いな……」

 

「ネロがどうやら精鋭中の精鋭のみで電撃作戦を行っているからね。ここに至っては一般兵力じゃ英霊の動きのサポートさえできないって事実があるし」

 

 現代と伝承、神話の時代の人間では根本的な能力の違いがある。一般人でさえ、もはや軍人もかくや、と言える様な身体能力を発揮していた。その中でも英雄と呼ばれる様な戦闘に特化した英霊が四人、最前線で戦うのだ。正直、同じレベルの怪物でもない限り、サポートをする事さえ難しいだろう。今は英霊側が意識して立香の反応に耐えられるようにリズムを作っている。そうすることによって立香が魔術によるサポートを入れる隙間を作っている。

 

 とはいえ、それでもサポートを一般人というカテゴリーで成し遂げているあの少年は手放しで褒める以外の選択肢が見つからない。

 

 と、考えている内に状況が変わる。連合首都に誘うような声、そして開かれる道、

 

「連合首都に侵入……レフ・ライノールにロムルスか」

 

「神祖ロムルス、王政ローマの健国神話の初代王だね。ローマという文明、文化を生み出した張本人であり、この先に生まれてくる数々の皇帝が崇拝し、そして導としていた人物。無論、ネロもそうだ。彼女もロムルスという人物の前では萎縮せざるを得ない。なぜならロムルスという人物はローマの民、ローマの血筋の者にとってはそれこそ神に等しい存在なんだからね」

 

「そうか、()()か。俺がそこにいたらかつてないレベルで力を引き出せそうな気がしたんだが……」

 

「やめてくれよ……君はなるべくなら安静にさせたいところなんだから……マシュと違って超頑丈という訳ではないし、立香君とは違ってガンガン肉体的に損耗してるから、一番治療の回数と量が多いのは君なんだからねー。替えがきかないのは君もマシュも立香くんも一緒なんだからそーこーらーへーんー、自覚しようねー」

 

「申し訳ない」

 

「チーフ、アレ絶対申し訳なく思ってませんわ」

 

「奇遇だね、ボクもそうなんじゃないかなぁ、って思ってたんだ」

 

 だって、なぁ? なんて風に思いながら、モニターの向こう側で指示を出す立香の姿と、そして戦い慣れていないマシュが立香を守りながら立ち回る姿を見る。何とも頼りない背中姿だった。あんなにも小さい姿で、頼りない姿で特異点へと向かっていたのか。しかも今、自分はここにいて、人数的な問題でレイシフトすらできず、手伝うこともできない。

 

 ―――あぁ、なるほど……そうか、これが……いつもロマニ達が見ていた世界なんだな……。

 

 なんで英霊たちが立香やマシュに従い、人理修復に手を貸そうとするのか、それが何となくだが解った気がする。きっと立香が一流の魔術師や、一流の武人だったり、最初から完成されているようなマスターであれば、

 

 義務感でのみ参加できる英霊しか参加しなかっただろう。

 

 クー・フーリンも、謎のヒロインZも、エミヤも、ランスロットも、アンリ・サンソンも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無論、目的は人理の修復だ。だがそれに対する義務感が英霊にはない。そもそも英霊となった時点で義務なんてものは存在しない。既に死者なのだから。だけどそれでも召喚された。義務感でも使命感でもなく、

 

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思いの下に。

 

「……とはいえ、見ているだけというのはどうも歯がゆいな」

 

「ははは、エミヤさんも同じことを言っていましたよ。あとしきりにお弁当とか食事のバランスとか、悪しきローマの食文化に染まらないで欲しいとか言ってましたね……」

 

「まぁ、エミヤは今はウチ一番のオカンとして君臨しちゃった感じあるよね。ボクもこの間夜中にこっそりつまみ食いしようとしたら見つかっちゃってね? こっそり夜食を作ってもらったよ! ははは!」

 

「チーフ……」

 

「オカン……エミヤオカン……」

 

「今度ダイエット食でも作ってもらおうかしら」

 

『あの、Dr.ロマン? 私たちこれからシリアスに突入したいので雑談するならちょっと通信を切ってからにしてくれませんか? ものすごく和気藹々としているのは伝わるのですが、エミヤさんが先ほどから顔を隠して逃げ出そうとしています』

 

 なんともまぁ、締まらないいつも通りのカルデアの空気が前線に伝染していたらしい。そんな空気の中、

 

 ローマの先を決める戦いが始まりそうだった。




 まぁ、やっぱりカルデアに残っている英霊ってのは「あぁ、俺も戦えたなら……」って思いながら戦いを眺めてるんだろうなぁ、ってことで。次回でいよいよクライマックスってことで。

 男のお着替えとはちょいと難しいのであった。


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ローマの行く末 - 1

 ―――建国王、神祖、ローマの親……ロムルス。

 

 彼の者はローマにおいて絶対的な信頼を得る。当然だ。神話の人物であり、そして偉大なるローマの発見者なのだから。故に、その正しさの前にあらゆるローマの者がひれ伏し、従う。当然だ、それが王という存在であるのだから。故にネロは困った―――己の行いに正義があるのか? 本当に正しいのか? 自分はロムルスに従うべきではないのか、と。カルデアからしてしまえば何を言っているんだ、って言えてしまうだろう。だが彼女はローマ人であり、それはローマ人にのみ共通する価値観だった。故にネロは自身の正義に悩んだ。

 

 悩み―――そして結論した。自分は正しい、のだ、と。

 

 そうやって多くの皇帝を従え、セプテムを支配しようとした皇帝をカルデアと協力し、ネロは撃破した。そのあとに残されたのは、

 

『―――まったく使えないグズだなぁ、英霊というやつも!』

 

 ロムルスを見下すように、その死を冒涜せんとするレフ・ライノールの姿だった。連合首都に残された英霊級の敵性存在。それはレフだけとなった。それ以外はすべて、カルデアが打ち破ってきた。故にここでレフにケリをつければ聖杯を回収し、この特異点も終わる。しかし聖杯を片手に待ち構えるレフの姿は油断とは無縁であり、必要ならば聖杯さえ使って戦いそうな気配もある為、迂闊に飛び込む事さえできない。そんな仲間の様子をモニターを通して見ていた。

 

『ローマを侵略し、支配すればそれで崩壊させる―――なんてゲームに付き合った私にも確かに落ち度があっただろう。だがここまで無能とは知らなかったぞ。所詮は地を這うムシケラ……この程度の役割果たせないゴミか』

 

『貴様! 神祖に対する侮辱を取り消せ!』

 

『取り消す? なぜだ? 暴君一人殺せないクズをどう評価すればいいんだ? ん? 貴様も貴様でさっさと死ねばいいもの、無駄に生にしがみついて、なぜ生き残っている。私も暇ではないんだよ。早く神殿へと戻り合流したいところなのだが―――貴様らがオルレアンで暴れたせいで居残りだとも! 全く、忌々しい……!』

 

 心底イラついたような言葉をレフは吐いていた。

 

「レフ……貴様……」

 

 モニターを眺めながら言葉を吐けば、それに反応し、レフが視線を向けてくる。

 

『あぁ、貴様もそうだ、171号。道具なら道具らしく大人しく従えばいいもの。だが、まぁ、貴様はいい。その両目をえぐらせてもらったところで多少溜飲は落ちた。素敵なプレゼントだったろう? 一生残るな! はははは―――あぁ、もういい、面倒だ。貴様ら全員この私自らの手で殺してやろう』

 

「皆、気を付けて! 凄まじい魔力の反応をレフから感じる―――英霊を確実に超えるぞこれは! でも……なんだこれ、霊基がおかしいぞ……?」

 

 笑いながらレフの肉体がぼこり、と音を立てて変形する。その瞬間、立香の片手の令呪が輝いた。令呪が1画消費されたのだ。それと同時に謎のヒロインZのロンゴミニアドが外装を解除し、本来の姿である光の槍へと変形していた。

 

『変身の時間等与えるものか!』

 

『その容赦のなさグッドですよマスター! というわけで無銘星輝槍(ひみつみにあど)!』

 

「うわ、容赦なっ」

 

 ロマニのそんな言葉と共に無銘星輝槍(ひみつみにあど)が放たれていた。立香も立香で、指示に敵に対する容赦のなさ、というのが見えてきている。いや、容赦がないのではない。()()()()()のだろう。おそらくはオルガマリーの結末に。故にこれ以上相手が話すつもりはないと判断した直後の正面奇襲だった。現状、カルデアが放てる最高威力の宝具を真正面から叩き込んだ。光の瀑布が一瞬でレフの姿を多い尽くし、しかしそこから伸びる姿があった。

 

 黒く、塔のように伸びる、醜悪な怪物の姿。多重に目玉を持ち、この世の生物とは到底思えない姿をした、間違いのない怪物の様子。正面からロンゴミニアドの一撃を受けても死んでおらず、空間に耳を腐らせるような冒涜的な声を響かせる。

 

『―――我が名はレフ・ライノール・()()()()()! 七二柱が一柱! 王に仕えし悪魔! 恐怖せよ、絶望せよ、そして死ね、カルデア諸君。貴様らの旅はここで終わりだ―――!』

 

「悪魔、だって……?」

 

 ロマニの震えるような声を他所に、レフ―――フラウロスとカルデアとの戦いが始まった。城を貫通するように伸びて、その根元が見えないフラウロスの体は固定されてはいるが、その目が輝くのと同時に爆裂を発生させる。迷うことなく後ろへと下がった立香のカバーに入るようにマシュが飛び出し、爆発を防ぐ。それを目視したフラウロスは今度は穢れの洪水を室内に発生させ、一気にすべての生命を洗い流そうとする。

 

『マシュ!』

 

『仮想宝具展開します!』

 

 立香の一声にマシュが反応し、宝具が展開された。室内を洗い流す穢れの大河がそれによって正面から分断され、その背後、弓を構えたエミヤから矢が放たれた。

 

『偽・螺旋剣Ⅱ―――なぁに、ただのフルコースだ、好きなだけ持って行きたまえ』

 

 そう言ってエミヤが一息で()()()する。マシュの宝具に守られている間に連続で投影された精度の高い宝具を連続射撃し、それをそれぞれフラウロスの目に突き刺し、直後、壊れた幻想による連鎖爆破によって巨大な爆発を発生させ、城の天井を吹き飛ばした。晴れわたる空の下、二つの影が大跳躍によって飛び上がっていた。

 

 ランスロット、そしてネロだ。

 

『とぉ―――ぅ!』

 

『GrrrrrrrAAAARrrrrrrrrr!!』

 

 吠えながら飛び降りてくる騎士と皇帝が一瞬で空から加速して落ちてくる。壊れた幻想によって生み出された隙間に潜り込まれた斬撃がフラウロスの体を大きく抉りながら炎と光の残像をその体に刻んだ。それを受けながらもフラウロスの表情からは余裕は消えない。まだこの程度なら問題にすらならない、という余裕をその視線から感じる。だがそこに間髪入れず、蹴り穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)が放たれた。千を超える棘に変形したゲイ・ボルクがフラウロスの体を貫通しながら深く、深く傷つけて行く。だがその中でもフラウロスは姿を消すことなく、逆に目を光らせた。

 

『さあ、散々に攻撃する時間はくれてやったぞ? 痛みを返してやろう―――』

 

 フラウロスの攻撃にマシュが前に出ようとする、しかしそれを反射的に謎のヒロインZが後ろへと蹴り飛ばした。それにマシュと立香が驚いたような表情を浮かべるが、

 

時間概念攻撃(≪直感≫)はさすがに肉体のほうが耐えられません、あとは任せました』

 

『焼却式―――フラウロス』

 

 迷う事無く前へと飛び込んだ謎のヒロインZがロンゴミニアドを壊れた幻想で爆破しながら自爆した。フラウロスの放った攻撃、それを謎のヒロインZは時間概念攻撃と呼んだ―――フラウロスの言葉を精査すれば、それはおそらく時間そのものを焼却して攻撃する手段。人理焼却と同じプロセスを対人規模で放っているのだろう。となるとおそらく、()()()()()では耐えられない。だがモニターを見ていたのはそこまでだ。首からぶら下がるように背中に張り付く妖精の姿を感じつつも、管制室からコフィンのあるレイシフトルームへとつながる窓を開き、飛び降りた。

 

「ロマニ! アルトリアが消えたのなら俺がレイシフトできる筈だ!」

 

「数分から数秒の誤差が出るからレイシフト直後に備えていてくれ! 奇襲できるように空に出す!」

 

「今度はボロボロにならずに戻って来いよ!!」

 

「終わったら特異点攻略パーティーみんなでしますからねー!」

 

『ふふ、善き人々ばかりね、ここは』

 

 コフィンに乗り込み、レイシフトに備えながらあぁ、と心の中で返答する―――だからこそ負けられないのだ。自分の為だけではない。世界の為だけではない。カルデアでは支え、支えられながら生きているのだ。だからこそ、何よりも一緒にある戦友の為に戦わなくてはならない。それがきっと、今の、自分の、人間らしさなのだろう。

 

「レイシフトプロセス開始!」

 

 言葉と共にもう何度も経験し、慣れたレイシフトの霊子変換の浮遊感を感じた。すべてがバラバラになった再構成される感覚の中、一瞬ですべてが変化し、ローマの大空に自分はたどり着いた。真下を見れば巨大なフラウロスの姿が見え、マシュの宝具を正面に立てながらクー・フーリンとエミヤの中距離攻撃をマシンガンの如く放ち、弾幕を形成していた。フラウロスの爆裂と穢れの大河にやや押し込まれ、ランスロットやネロは踏み込めないでいるらしい。

 

 となると、二人が踏み込む―――いや、サンソンが宝具を発動させる隙を作るのが役割だろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

さて―――やってやりますか(≪思い出す+虚ろの英知:マントラ≫)

 

 ()()()()()()()。自分の旅路、それを思い出したのが原因だろうか? ≪虚ろの英知≫へのアクセスが前よりもスムーズに行ける。自分がかつて旅路の中で学んだ経験や知識が魔術の世界と絡むことによって理解へと至り、C~Bという制限を一部に限定して超越する。こんなところで門司につき合わされた修行や、宗教の知識が役に立ってくるのだから、おかしな話だった。そう思いながらもシェイプシフターを取り出し、それを大戦斧へと切り替える。今ならいけるか、と口の中で呟きながら魔力による強化、ルーン魔術による強化、マントラによる強化、と複数体系の魔術を多重に発動させ、肉体と出力を上昇させる。

 

 そのまま、魔力放出を再現して落下速度を加速させながら、大戦斧を体全体で一回転しながら両手で持って疑似・怪力を再現する、

 

「―――両目の礼を返す。存分に受け取れ」

 

 そのまま、頭上からフラウロスに叩き付けた。同時に込められた大量の魔力が灼光となってフラウロスを貫通し、真っ二つに裂きながら背後を貫通した。

 

『おぉぉ、キサマ―――!』

 

 フラウロスの視線が全て此方へと向けられ、意識が下から外された。

 

「久しぶりだな、レフ。いや、フラウロスか。良い旅路を期待する」

 

 大戦斧をフラウロスの体を蹴り飛ばしながら下がるように落ちる。それと同時にフラウロスを包む世界が黒く暗転した。その巨体は一瞬で解体され、見えざる民衆の手によって姿を剥がされ、レフ・ライノールの姿へと引き戻され、その姿は処刑台へとのせられた。今の一瞬、それが十分すぎる時間だった。

 

「時間の焼却。無知なる者の殺害。仲間への裏切り。主の背信。貴方は罪を重ねすぎた(≪処刑人≫)。それでは民衆の満場一致により刑を執行します」

 

「おぉぉぉ―――聖杯よ―――!」

 

 ギロチンにかけられたレフが叫ぶ。人の姿に戻ったと共に出現した、その片手に握られる黄金の聖杯へと呼びかけるようにレフが叫ぶ。だがそれよりも早く、処刑刃でギロチンを吊るすロープをサンソンが断ち切った。

 

死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

 レフの首が宝具の発動と共に完全に断ち切られた。レフに内包された無数の命、尽きることのない力、悪魔としての権能、時間へと干渉する能力。そのすべてがレフを生かそうとする。だが処刑という行動、その概念により、全ての生への執着が拒否された。

 

 死―――それのみ。どの観点から観測しようが、悪である事実を覆すことのできないフラウロスに求められたのは死、のみである。それが焼却された人々の望んだ事であり、唯一、民衆がフラウロスに対して望んだ事である。

 

 即ち死、それは絶対の結果であった。

 

「馬鹿……な、私がサーヴァント如きにぃ―――」

 

 斬首されたレフの首はしばらく言葉を放ち、恨むように視線を突き刺してきた―――しかし、その後ですべての動きが停止し、サーヴァントが消える時のように、光の塵となって砕け散った。

 

 ―――だが聖杯の動きは止まらない。

 

 レフが消えても、レフが残した命令を遂行する。光を放ちながら編み出すのは召喚式。消えて行く処刑場の中で輝く聖杯は聖杯自身を核に、その外骨格を形成するように一つの姿を生み出した。

 

 ―――それはヴェールを被った、褐色の白い少女だった。

 

 恐ろしいほどに静かで、恐ろしい程に破滅で満ちていた。彼女の登場とともにすべての空気が停止、サーヴァントから動きの気配が消失した。その中で、聖杯を取り込んだ少女が口を開いた。

 

「―――私はフンヌの戦士」

 

 言葉と共に時間が動き出した。その一瞬で背中を冷や汗が流れ始める。

 

これはいかんな(≪心眼(真)≫)

 

Arrrrr―――(≪狂化:危機察知≫)

 

 一瞬でロンゴミニアドすら超える魔力が展開され、それを見ながら飛び込む英霊の姿を横目に自分も動く。次の瞬間、何が発生するのかを理解しつつ、干渉はほぼ不可能だった。

 

「あ、これアカンやつだ」

 

 立香がマシュに守られながら呟いた瞬間、

 

軍神の剣(フォトン・レイ)

 

 破壊光が連合首都を満たした。




 という訳でレフ教授がギロチンされたとさ。なんか妙に強キャラ感のあるドルヲタ。お前毎回これぐらい真面目だったらなぁ……と思いつつ、たぶん最終戦は次回という事で文明破壊ガールが一人……来るぞ!

 次回、神性B、某氏の殺意を全霊で受ける。

 殺してもいいカミ? ヤッター!


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ローマの行く末 - 2

 一瞬―――たった一瞬で半壊した。

 

「無事、か……」

 

「な、なんとか。ありがとうございますアヴェンジャーさん」

 

「被害ほーこく―――!」

 

 押し倒したマシュと立香が立ち上がりながら、言葉を口にした。周りへと視線を向ければ、ネロと、確かガリア遠征隊にいたはぐれサーヴァント、ブーディカを脇に抱えたクー・フーリンの姿を見つける事が出来た。だがそれ以外のサーヴァントに関してはどうやら、全滅してしまったらしい。

 

『聖杯直結の無限魔力で破壊特化の宝具を放てばそりゃあもうこうなるわよ。ほんと、呆れた』

 

 妖精の言葉を耳にしながら、軍神の剣(フォトン・レイ)と呼ばれた宝具が発動した直後の出来事を思い出す。まず、宝具が放たれる瞬間にマシュとブーディカが宝具を発動させ、防御するために割り込んだ。だがそのさらに前でエミヤが盾になるように熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を発動、それが蒸発して行く中で、ランスロットが踏み込んだ。他の宝具をすべて発動停止させることで解放される本当の宝具、無毀なる湖光(アロンダイト)を叩き付けた。

 

 だが()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エミヤとランスロットが宝具に飲み込まれて蒸発した上で、ブーディカとマシュが連続で宝具を展開、それによってそがれた宝具の威力により、漸く回避行動がとれるレベルになった。それに自分とクー・フーリンが割り込み、四人を二人で分担して救い出し、回避した。残念ながらサンソンが一番近い位置にいた為、助け出すことは一番最初に諦めた。

 

 だがそれでなんとか、ネロ、ブーディカ、マシュ、立香、自分、クー・フーリンと生き残れた。

 

「半壊しているし―――連合首都が綺麗に消し飛んでる……」

 

 立香の視線を追えば、宝具が放たれた方向、連合首都の市街地方面が見える。そこは軽い地獄が形成されていた。まず、市街地中央は完全に更地と化していた。その先にある光景すらも完全に更地となっており、正面に聳える山脈は()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿を見せていた。まさに格が違う、という言葉が正しい。アレだけの破壊力を謎のヒロインZのロンゴミニアドで出せるかは怪しい。いや、本来の出力であれば繰り出せるのかもしれない。だが問題はそれだけの魔力をカルデアのシステムでは用意することが難しく、カルデアの召喚霊基では限界がある、ということだ。真正面から戦うことは難しいだろう、アレは。

 

『相手の正体が解った!』

 

「さすドク」

 

『いやぁ、それ程でも……って和んでる場合じゃないよね! うん! フンヌで軍神の剣なんてものを持ち出す存在はただ一つ、アッティラ大王だ! というかアッティラ大王さえ女だったとか歴史はどうなってるんだ! アッティラの死因って鼻血だぞ! あんな少女が鼻血で死んだのってちょっとだけおもしろすぎるんだけど!』

 

「Dr.ロマン? そんな事はいいですから、相手を追えませんか?」

 

『あ、うん……ごめん……』

 

 ロマニはそう言うと何かを操作する様な姿を見せ、ん、と頷いた。

 

『―――アッティラは真っ直ぐローマへと向かってる。彼女は様々な文明に終わりを与えた存在だ。たぶん、この特異点を滅ぼす上では最も有効な手段であり、恐ろしい存在だろう。彼女がローマへと到達すればおそらく、この特異点は完全に崩壊し、人類史は今度こそ完全に消え去る。ボク達の完全な敗北だ』

 

「となると彼女がローマに到着する前に止めなきゃ……いや、倒さなきゃならないんだね。エミヤとサンソンとランスロはいなくなった……ローマ側はどう?」

 

 その言葉にブーディカが答えた。

 

「たぶん呂布とスパルタクスは駄目だね。位置的に間違いなく巻き込まれているし、アレに耐えられる英霊がいるとは思えないし。荊軻は……どうだろう、彼女は攪乱に回っていたからまだマシだとは思うけど、頭数に入れないほうがいいかもしれないね」

 

「となるとここにいる面子だけで倒さなきゃ駄目か……兄貴、またゲイ・ボルクに頼ると思うけどいい?」

 

 立香の言葉におう、とクー・フーリンが答える。

 

「任せな―――って言いたい所だけどそう簡単に突き刺さるとは思えないぜ。確かに俺の槍にゃあ因果逆転から確実に心臓を穿つ呪いがあるぜ? だけどそれを回避する裏ワザってのは何時の時代にも存在する訳だ。幸運のステータスで回避する騎士王様とかいりゃあ、発動そのものをキャンセルして無効化するってやり方もあるし、因果よりも早く逃げ切るって奴も世の中にはいる。あんまし俺ばかり頼るなよ。戦術が一辺倒になると死ぬからな」

 

「うっす」

 

 クー・フーリンの立香の言葉に頷いている間に、コートのポケットから回復薬を取り出し、それをマシュへと渡し、お互いに軽く回復補給しながら連戦に備える。英霊達は魔力と時間さえあれば勝手に回復するが、生身である自分たちはこういう道具を必要とする。そのため、アッティラを追いかける前に軽く補給と回復を行い、準備を完了させる。

 

 それを見届けたネロがうむ、と頷いた。

 

「準備は良いな? 魔術師殿よ、貴殿はアッティラがどれだけの速度で進んでいるか解らぬか?」

 

『えーと、そう早くはないね。歩くような速さだから正直、急げば十分間に合う。いったん補給や休息を入れても間に合うとは思う。最上としてはエミヤ達の復活まで待つ事なんだけど……』

 

「であるか……どうするのだ、カルデアの魔術師よ」

 

 ネロの言葉に立香が頷く。

 

「うん。待ってる事は出来ない。あの宝具の範囲を見たらマッシリアから狙撃してローマぐらい吹き飛ばせそうな感じあるし、何よりも急いで倒す必要があると思う」

 

「であるならば、我らに足を止める理由はないであろう! これよりこの戦いを終わらせる為に大王アッティラに決戦を挑む! 行くぞ!」

 

 応、と返答する。最速であるクー・フーリンが今度は立香を腰でつかんで持ち上げ、もはや廃墟となった連合首都の王城から飛び降りて、着地する。その姿に続くように自分たちも王城から脱出して行き、もはや命など一つとさえ残っていない連合首都を一気に走り抜けて脱出する。ここにいた人々の統一、気持ち悪さはローマ神祖・ロムルスによって身も心も完全に支配されてしまった姿だったのだろう、と今更ながら思い出す。完全なカリスマによる完全な統一。

 

 それは、無機質な機械の様な世界なのかもしれない。

 

 そんな感想を抱きながら残されたメンバーでアッティラの後を追う様に走る。と、元々首都の外へと通じる門がある筈の場所に、此方を待つサーヴァントの姿が見えた。白い東洋風の衣装の女の姿をしているサーヴァントはこちらに合流すると、こちらの走りに合わせて並走してくる。ほかのみんなの表情を見れば、知り合いだというのが解る。

 

「荊軻、無事であったか!」

 

「まぁ、なんとかね。ただ呂布とスパルタクスはダメだった。それで、あの危なそうなのを討ちに行くんだろう? 混ぜてもらうよ」

 

「うむ、実に心強い。参陣を許す!」

 

 これでまた戦力が一人増えた。アレだけの超級英霊を相手にするにはなるべく多くの英霊戦力がほしいのが事実である。故にこうやって戦力が増えるのは現状、願った通りである。合流したことに少しだけ勝算が増えたことを認識しつつ、さらにアッティラへと向かって進んで行くと、広い範囲に増えだす魔力の反応を感じる。この魔力には覚えがあった。それも割と最近の話だ。やや冷や汗を掻きながら視線を正面、段々と見えてきたアッティラのほうへと向ければ、

 

 彼女を守るように展開されるワイバーンが出現してきた。それも十や二十ではない。百や二百というすさまじい数だった。それが際限なく、アッティラの周囲に連続で召喚され続けている。いや、彼女自身の歩みに変化はない―――或いはレフの最後の意思を叶える為に聖杯が自動的にそうやって活動しているのかもしれない。

 

「あの……近づけそうにないんですけどアレ……」

 

「仕方があるまい……私が露払いをしよう。本当ならあの戦士の首がほしい所だが―――どうやら手に余るようだからな」

 

「荊軻さん!」

 

 言葉を放ち、アサシンの女が一瞬で姿を消す。その直後には正面にいるワイバーン数匹の首が飛んだ。文字通り血路を開いてくれるのだろう、そう思った直後、音が爆発した。ワイバーンの群れを横から殴り飛ばす轟音と爆裂に視線を向ければ、海の方からアイドルとメイドが陸地に着地したのが見えた。どうやらこの戦いだけには参戦してくれるようだった。爆音波が響き、ワイバーン達の脳を揺らして一気に行動不能に落として行く。それを横目に、一気に残されたカルデアパーティーと、ネロとブーディカと共に切り込んで行く。クー・フーリンの両手を開ける為に立香も両足で走らせ、自分とクー・フーリンで正面から来るワイバーンを一撃で必殺しながら進んで行く。

 

 やがて、歩きながら進むアッティラの姿が完全に捉えられた。その姿は追いついてきたこちらの姿を見つけ、完全に足を止めた。

 

「追い、ついたぞ……!」

 

 立香の言葉にアッティラが視線を立香へと向け、口を開いた。

 

「……行く手を阻むのか、私の」

 

「その為に来た」

 

「貴様がローマを滅ぼすつもりなら、余は阻まなくてはならない。貴様は―――」

 

「―――私は、フンヌの戦士である」

 

 ネロの言葉を断ち切るようにアッティラが口を開いた。それは拒絶の言葉ではなく、視界にすら入れていない言葉だった。アッティラは見えていない。世界も、人も、英霊も。ただただ聖杯によって召喚された、破壊の機構としてのみ活動していた。そしてそれを完遂するべく、聖杯は無限に魔力をアッティラへと供給していた。時間が経過すればするほど、アッティラは強化されていく。はたして対英雄スキルだけで自分にこいつが突破できるのか?

 

『―――出来るわよ』

 

 耳元、妖精の声がした。息がかかるような距離、唇の感触さえ感じるぐらいの近さで、妖精は囁いた。出来るのだ、と。だがそれを否定する。自分では無理だ。

 

『いいえ、出来るわよ。だってほら、良く見なさい。目でじゃないわ。心で。肌で。呼吸なさい。耳を澄ませるのよ―――ねぇ、思い出さないかしら?』

 

 アッティラを見る。妖精の視線で見る。周りの会話が消えて行く。見えるのはアッティラただ一人だった。その存在を明確にとらえた。いや、その存在の中にある、ただ一つの要素を見出した。あぁ、なるほど。なるほど―――実になるほど、である。あぁ、確かに。()()()()()()()。いや、違うな。これは違う。そう、これは、

 

「―――()()()()()()()()()()

 

「―――私は、大王である(≪神性B≫)。その文明を破壊する」

 

 見た、理解した。そして思い出す。殺意、とは何だったのかを。

 

『ねぇ? 出来るでしょ? 殺せるでしょ? 殺したくなるでしょう? なら可能よ。ほら、とても簡単な事よ。否定しちゃダメ。認めるのよ。自分の奥底に眠る()()を。そう、目覚めさせてあげなさい。怨敵が目の前にいるわよ。獲物は目の前にいるわ。得物はその手の中にあるのだから―――思い出して、その手に握るの。さあ、今こそ吠えるのよ』

 

 あらゆる感覚が遠くなって行く。時間が歪んで行く。妖精の声だけが聞こえる。停止したような、時間が進んでいるような妙な感覚の中で、思い出すのは怒りと殺意、そして憎悪だ。そう、憎悪。神に対する憎悪。俺はいったい何をした、という憎悪。俺の親はそんなにも悪かったのか、という憎悪。何故貴様らは人を試そうとするのだ、という憎悪。

 

 憎悪―――尽きることのない憎悪。それが心を熱く燃え上がらせている。そして、そう、それが全て。それがアヴェンジャー。許す? 認める? ふざけるな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アヴェンジャーに存在するのは純粋な憎悪と殺意のみ。妥協は存在しない。殺す。そう、殺して蹂躙して引きずりまわして肉塊にしてお前を何が何でも踏みにじってやる。

 

 それだけがアヴェンジャーという存在の全てである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『さあ、手を伸ばして』

 

 右手をゆっくりと伸ばす。シェイプシフターはその姿を自在に変形し、変えて行く。それは金属だった。片手で握られるサイズ、片手で振り回すことのできるサイズ。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。故にそこに信仰はある。ただ神秘も年代も経ていないだけである、原始的ではない、最新の殺意。それがどんどん、持ち上げて行く片手の中で形成されて行く。

 

―――あぁ(≪復讐者≫)

 

 深海の底で、呼吸をした様な気分だった。充足感、解放感、そして漸く、アヴェンジャーとしての己と、171号となる前の己の意思が完全に合致した気がする。それにより漸く、心の底から何かに対して殺意を抱けた。

 

それでは始めようか(≪■の■■:概念刻印:銃≫)

 

 お前は、

 

―――殺してもいいカミだからな(≪聖人:咎人≫)




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/1e7a0451-dba2-4353-bc6f-9ca78d33f6f9/4fdd1632b9b49ba429055c922f323c79

 あっぷでーとのおじかんよー。という訳でアレコレ見えてきわね。そして妖精さんは可愛いですね(震え声

 魚が水を必要とし、人が酸素を必要とする。

 それと同じように、復讐者もまた、復讐相手が必要である。それのない復讐者は酸素のない人、空のない鳥、水のない魚。存在することができないし、存在する意味もないのである。


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ローマの行く末 - 3

 迷うことなく引き金を引いた。

 

 簡素なハンドガンは通常よりも遥かに複雑な機構をしており、その内部には幾何学模様の魔術サーキットが設計されている。もはや銃内部に刻印された幾何学模様は人類の理解の外側にあるものだと思ってもいい。ただ、一つの事実として理解可能なのはこれが英知に結びつくものであり、経験と合わさり、その設計図が引きずりだされた事であり、それを通してできることが増えた、というだけの事実である。その効果は恐ろしくシンプルで、

 

 ただ単に魔術を放つだけ。

 

 だが武器という形を通して威力は増幅されており、それこそ剣や弓で殺すのと大差ない威力を発揮できるのを理解していた。

 

 ゆえに、

 

 迷うことなく引き金を引いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

―――(≪天性の肉体≫)

 

―――死ね(≪聖人:咎人≫)

 

 引いた引き金の前からアッティラが体を反らして回避した。それに踏み込んで銃口を突きつけるように向けるのと同時に、振るわれる三色に光る軍神の剣が振るわれてくる。それを銃身で受け、殴り、払いながら左手で掌底を生み出しながら震脚と共にアッティラへと向けて放つ。それを凄まじい速度でアッティラが回避に入る。ダメだ―――肉体的なスペックが根本的に違いすぎる。生物としてのスペックがまるで違う。

 

 だからこそ、反応できる。

 

 弾く、いなす、流す、誘導する。神性を保有する明確な形の復讐対象は心の憎悪をかつてないレベルにまで燃え上がらせるだけではなく、全身に魔力をみなぎらせていた。それこそ多重に魔術を使用して肉体を強化し、予言と予知を同時に使用し、その上で虚ろの英知による技術補正を差し込んでもまだ余裕がある。そう、血肉が叫んでいる。こいつを殺せ、と。そこには一切の手段を択ばない。三合、六合、十合、と片腕と銃で軍神の剣と理不尽にかち合い、生き残り、無傷で全てをいなす。

 

 ただの人間とこのスペックではありえない現象だった―――だがどうでもいい。

 

 勝てるなら。殺せるなら。

 

 故に動く。次の動きを作るのは一人ではないから。

 

「いい感じだ、心臓貰うぜ―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 一人では動かない。アッティラの後ろへと下がる動作に合わせ、背後から飛び出したクー・フーリンが一瞬で心臓を貫通させた。横へと後続の動きを作るために動くが、その中でアッティラが心臓を穿たれても動くのが見える。まだまだ魔力の陰りは見えない―――戦闘可能らしい。

 

「繁栄はそこまでだ」

 

「おぉっと、そう簡単には当たってやらねぇよ―――おい」

 

「解ってる」

 

 クー・フーリンが宙返りを決めながら薙ぎ払いを回避するのに合わせショットガンへと変形、素早く射撃する。それによるダメージを無視して接近してくるアッティラに合わせて跳躍しながら無色透明の刃を空中に形成、踏み込んでくるアッティラが肉体強度でごまかしながらゴリ押してくる様に踏み込んでくる。それに合わせ、炎がアッティラを横から殴りつけ、次の瞬間には大地が隆起し、一気にその姿を押し上げた。

 

「さて、お膳立ては済ませたぜ」

 

 その言葉に応えるように祝福が響いた。

 

「―――春の日差し、花の乱舞、皐月の風は頬を撫で、祝福はステラの彼方まで―――」

 

 花弁が舞う。世界が書き換わる。それはエミヤの行った大魔術に近い現象だった。それにより世界は一瞬でその姿を変え、暴君ネロによって支配される、彼女の世界へと姿を変えた。その中で、真紅の衣装を着ていた筈のネロはその装いを大きく変化させ、真紅の衣装から白い、花嫁のような衣装へと変貌させていた。

 

「開け、招き蕩う黄金劇場! 謡え、星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)!」

 

 黄金劇場というネロが絶対存在として君臨する領域内で、赤から白へと色を変えた少女がその剣を落ちてくるアッティラに対し一閃、した。それとともに舞う花弁はまるで彼女を喝采するように鮮やかに舞い、アッティラに傷を刻んだ。しかしそれは生み出されるのと同時に、時間が逆行するように塞がって行く。それに対抗するようにクー・フーリンがおらぁ、と叫び、

 

 アッティラの胸に突き刺さるゲイ・ボルクから全身を貫く様に棘が伸びた。

 

「―――お前の命、マルスへ捧げる(≪天性の肉体≫)

 

 だがそれでもアッティラは動きを止めることなく動いた。それに反応し、一気に踏み込む。アッティラの敵意が此方へと向けられる。閃光が斬撃となって黄金劇場の床と壁を引き裂きながら放たれるのを横へとスウェイしながら回避し、引き金を連続で引く。それがアッティラの体に突き刺さるが、まるでその動きが遅くなるような事はない。戦闘開始時と変わることのない威圧感、魔力で動いてくる。

 

「俺、ランサーなのに槍がねぇんだけど」

 

「スペアとかないのか! スペアボルクとか! えぇぃ、使えん奴だな! というかアレ心臓なしで動いているの凄いなぁ! あとランサーの槍超無能!」

 

「一応ルーン魔術でも戦えてるんだけどな! あとお前マジで口の悪さ変わらねぇな!」

 

「じゃれるのは戦い終わってからにしろお前ら! クー!」

 

「お、サンキュ」

 

 バックステップで銃を槍へと変形させ、それをクー・フーリンへと投げ渡しながら今度は仕込みナイフを抜いてアッティラへと向かう。クー・フーリンとネロと、自分で三方から襲い掛かろうとした瞬間、アッティラの剣が回転し始めた。それを目撃した瞬間、三人同時に飛びのき、背後から声が響く。

 

「マシュ! ブーディカさんお願い!」

 

「任せてください!」

 

「前のままならともかく、弱ってきた状態なら―――!」

 

「破壊する」

 

 言葉とともに軍神の剣より閃光が放たれた。それに割り込むようにブーディカが戦車を、そしてマシュが仮想宝具を展開した。それにより黄金劇場に罅が入り、悲鳴が響く。だがそれでもマシュもブーディカも押しつぶされる事はなく、そのまま、軍神の光を耐えていた。それは黄金劇場という領域がアッティラの動きを制限している事、アッティラに突き刺さるゲイ・ボルクが彼女の力を制限している事、そしてダメージを受けているという事実が否定しようもないという事実にある。ゆえに首都で放たれた破壊よりははるかに小規模、それでも山を消し飛ばすレベルはあるそれを正面からマシュとブーディカは宝具を同時に展開し、令呪の支援を貰う事で耐えていた。

 

 その瞬間、クー・フーリンが攻撃の動きに潜り込んでいた。渡された槍は赤く、呪いを刻むように輝いており、大凡、恨みや怨恨の類が宿っているのが可視出来るレベルで込められていた。聞こえてくる怨嗟の声は()()()()()()()()()()()()()()()()だ。それを滑りこむ動きでクー・フーリンが入り込んだ。

 

「影の国流仇討の術、ってな。オラ、返すぜ」

 

 すれ違いざまに魔技としか説明しようのない、霞む様な動きでアッティラの片腕を根元から切り飛ばした。それによって軍神の剣が中断され、黄金劇場の破壊が停止する。その中で、投げ渡された槍を銃へと戻しながら、それにすでにルーン魔術が刻印されているのが見えた。本当に優秀すぎる戦友だと思いながら、片腕となったアッティラを討伐すべく、踏み込んだ。

 

「瞬、間、強化……!」

 

 立香の魔術支援が入る。そうやって判断できるまで成長したんだな、と思いながら左手にナイフを、右手に銃を握る。動きの止まらないアッティラは残った腕で拳を握って振るって来る。それをナイフで斜めに振るう様にいなしながら、軌跡の重なった腕を切断するように突き刺し、抉り、そしてそのまま背後へと抜けるように手放しつつ回り込みながら銃口を片手で後頭部に突き付けた。その動きに追従したのか、ネロの剣もアッティラの胴を完全に捉えていた。

 

 完全な詰み、だった。それを悟ってか、アッティラの動きが完全に停止していた。

 

「遺言があるなら聞かせてもらおうか(≪対英雄:銃神話:ガングレイヴ≫)

 

 その言葉にアッティラが口を開いた。何かを告げようとするのだろうか?

 

―――悪い、嘘だ。死ね(≪聖人:咎人≫)

 

 引き金を引いて頭を吹き飛ばした。その向こう側で、ドン引きの表情を浮かべるネロの顔が見れた。視線をクー・フーリンヘと向ければ、手を横へと振っているのが見える。そこから立香やマシュへと視線を向ければ、全力で頭を横へと振っているのが見えた。それに引き換え、背中にぶら下がっている妖精は耳元で大爆笑していて凄い煩かった。

 

『いやぁ……ほら、一応ボクら正義の味方というかそういうもんだからさ、もうちょっと慈悲があっても良かったんじゃないかな……』

 

「いや、カミを殺すことしか頭になかったから……」

 

「……あ、そういえば兄貴って神性あったよね」

 

えっ(≪神性B≫)

 

 視線を消え行くアッティラからクー・フーリンへと向けた。それを受けてクー・フーリンが両手でバツの字を描く。

 

「おい、なんだよ。なんだよその視線。俺特に何も悪い事してねぇだろ。というか味方だし今回はクッソ働いてるじゃねぇか! いいか、いいな? お前が俺に手を出せばそれはつまりあの腹ペコ王と同じカテゴリに落ちるってことだぞ? いいんだなテメェ! 俺を殺ったらお前はアレと同じジャンルに落ちるんだからな! お前もハラペコゴッドスレイヤーって呼んでやるから覚悟しろよ」

 

「クソ必死な兄貴の姿に涙が出そう」

 

「流石に戦友を射殺する程酷くないさ、俺も。心外だな……」

 

「その戦友が一回俺を射殺してるんだよ!!」

 

 ふぅ、と息を吐きながら片手で頭を支える。戦闘中感じた酩酊感、興奮感、高揚感がアッティラの消滅とともに消えた。カミ―――純粋な神性、或いは信仰されることによって神性を得た存在を殺す事が出来ると理解してしまった瞬間、その憎悪と殺意で悪酔いしてしまったような気分だった。いや、実際に酔っていたのだろう、憎悪に。ここまで純粋な憎悪を一つのことに対して、生物に対して自分が抱くことができるとは思いもしなかった。

 

 いや、だが、

 

『それが復讐者の本質よ。貴方の本質は()()()()()()よ。物語における理不尽の象徴。理不尽を人類に与える存在。理不尽という物語のデウス・エクス・マキナ。彼らの役割は人類を律する事。それは神々の黄昏時を超え、決別を超えても未だに続いている―――そう、奇跡や運命、啓示という形で。貴方はそれを憎んだのよ。心の底から。それが何よりも貴方の運命を狂わせたのだから―――忘れられないでしょ?』

 

 トワイスも、■■も、父も、母も、ヒマラヤから戻る事のなかった門司も―――そして俺も。啓示、カミという存在の奴隷だった。当時は魔術の知識が一切なかった為、ひたすら自身を恨む事しかできなかった。だが今、こうやって、実在するカミの存在を自覚したところで、この憎しみや怒りは決して無駄ではないと知れた。

 

『そうよ、貴方は復讐者。許しなんて必要ないわ。理解される必要はないわ。貴方は怒りの化身。それがアヴェンジャーというクラスの本質。貴方には人であった頃からその素質があった。そして今、貴方はその本質にたどり着いたわ。こと、神を殺すという行いにおいて貴方に勝てるサーヴァントは早々いないでしょうね―――何せ、復讐と咎人としての権能がすべてそちらの方向へと向けられているのだから』

 

 そうね、と耳元で声がする。

 

『たぶん神性特攻がなければアッティラちゃんに攻撃を突き刺すことさえできなかったんじゃないかしら。ほら、サーヴァントとの戦いって概念の押し付け合いって部分あるし。相性ゲーって重要よね』

 

 それほどまでに絶望的な相手、という事だったか。まぁ、勝てただけ、まだマシなのだろう。ゲイ・ボルクを拾い上げてクー・フーリンに渡しつつ、アッティラのいた場所に浮かんでいる聖杯を回収する。ネロと立香らが最後の別れをしようとするのを見る。気づけば自分もネロも、誰もが光の粉に包まれていた。聖杯が回収されたことにより、特異点としての機能が停止、人理定礎が復元されたのだ。

 

 これにより、特異点での記録はすべて消失される。ただ、修復されたという事実だけが残るのだ。

 

「―――悲しい戦いだな」

 

「ま、そうだな。誰かが覚えている訳じゃねぇ。記録が残る訳でもねぇ。誰の記憶にも残らず、座にすら記憶が残らねぇ戦いだ。覚えているのは今、こうやって戦いに参加する俺らだけだ。まぁ、俺たち英霊ってのはそういうのに慣れてるわ。だけど……あいつらには辛いだろうなぁ……」

 

 クー・フーリンの言葉が立香らへと向けられていた。マシュや立香が半分、涙ぐみながらネロと、そしてブーディカとの別れを告げている。この先ネロの召喚に成功したとしても、彼女はもはや、立香やマシュのことを覚えていない。

 

「決して誰にも賞賛されず、誰も理解せず、そして評価もされない。そんな戦いに子供が参加しているの、か」

 

「被害者で言えばお前も似たようなもんだろ?」

 

 クー・フーリンの言葉に違いないな、と嘆息する。ただ、立香やマシュと違い、俺はそこまで他人には執着しない。ある種のセーフティを置いている。完全に誰かに心を許すという事をしない。自分が死んでも、相手が死んでも良いように。だから自分は別にいいのだ。

 

「……ま、俺が言う事でもねぇな。お疲れさんアヴェンジャー。神を相手する時には頼らせてもらうぜ―――あぁ、ヘラクレスとか特にな。お前に戦うの全部任せるわ」

 

「流石に死ぬからやめろ」

 

 クー・フーリンとくだらない事を口にしつつ、徐々に消えて行く視界の中で―――第二の特異点修復、その完了を見届けた。




 vsアッティラ(アルテラ)決着。うるせぇ死ねぇ!力の高い戦いだった……。そしてやっぱり強すぎる槍ニキ。お前ほんと大英雄だよな! ギャグのように死ぬのに!

 そして特攻って大事ですわ(FGOのダメージ計算式を見ながら

 という訳でセプテム終わり。オケアノスの前にコミュったりイベント開催っすなー。

 ガングレイヴ。つまり銃葬。対英霊や■の■■を通した銃による殺害可能概念の刻印。つまりは銃で撃たれれば人は死ぬって基本的なルールの順守なだけである。とてもふつーふつー。


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月の女神はお団子の夢を見るか?
月の下でから騒ぎ - 1


「―――ハイ、これで施術完了、っと。機能するかどうかは別として、入れるだけならそう難しくはないとも。それで、どうだい? 使い心地は?」

 

 手鏡を使い、自分の顔を見る。目を隠すように巻かれていた包帯はもうそこにはなく、目玉がなくなったことでへこんでいた瞼はそこに新たに加えられた義眼によって、ただ目を閉じているだけのように見える。それは眼球がなく、包帯を巻いているだけの状態と比べれば遥かな進歩に見えるだろう―――少なくとも、これで見た目は完全に若い戦闘魔術師のそれだ。服装自体にも概念礼装がインストールされている為、非常に有用だ―――これからの戦いは、これがデフォルトだろう。まぁ、悪くはない。少なくとも妖精の方は気に入っているのか、先ほどから何度も瞼の上から目の感触を確かめようとしている。

 

「悪くない。空っぽにしておくよりも何かを入れておいたほうが違和感がないな」

 

「ほら、私が言ったとおりだろ? 変に意地を張らずに素直になればいいのさ」

 

 そう言って半分笑いながら声を放ってくるのは赤毛のサーヴァント―――ブーディカだ。彼女はローマ特異点攻略後にいつもの特異点攻略ガチャを行った際に召喚された一人目のサーヴァントだった。ローマでの彼女と自分の絡みはほとんどない、と言ってもいい。だが同じ職場、戦場で肩を並べる以上はと挨拶をした途端、ダ・ヴィンチ工房へと連れ込まれてしまい、こうやって義眼をつけさせられている。別段、包帯だけのままでも自分は特に悪くはなかった。

 

 だがそれをブーディカは気に入らなかったらしい。

 

「そりゃあ自分はそれでいい、って慣れちまえばそう思うもんさ。だけどそれを見て気に病む奴だっているし、そうやって放置される事を良しとしない者だっている。特にこんな場所だと何か怪我をすればそれだけ心配して作業が手付かずになる相手がいるんだ。だったらさっさと出来る事を済ませたほうがいいだろ?」

 

『ぐうの音も出ない正論ね。言い訳はあるかしら?』

 

 自分の負けだ、と軽く手を広げて降参の意を見せる。それで納得したのか、満足げな表情をブーディカが見せていた。これはエミヤに並ぶオカン系サーヴァントがカルデアを揺るがすな、というのが個人的な感想だった。とはいえ、ロマニとは別方向でメンタルケアができそうな人材でもある。正直、今のカルデアで最も欲しかったタイプの人材かもしれない。そんな事を考えながら座っていた椅子から立ち上がり、改めてダ・ヴィンチに感謝する。

 

「いや、いいさ。その為に私やロマンがいるものだしね。君も、今まで以上に体に気を付けたまえよ。小うるさいのがそこそこ増えてきたからね」

 

「プライバシーの侵害だな」

 

 その言葉にダ・ヴィンチがクスリ、と笑い声を零し、ブーディカと共に工房を出た。そこで、此方へと向かって歩いてくる立香の姿を見つけた。反射的に気配を遮断して去ろうかと思ったところで、その寸前に首根っこをブーディカに捕まえられた。

 

「逃げない」

 

『うーん、エミヤとは違う方向でオカン力高いわね、この駄乳は。癪な話だけどちゃんと相手を見て、そして踏み込める範囲と、踏み込むべき範囲が見えているわね。精神的に圧迫されがちなこの環境で欲しい人材ね』

 

 とはいえ、こんな時にそんなお節介を発揮しなくてもいいのではないか、と思わなくもない。そうやってブーディカに引き止められている内に、やがて立香が到着してしまった。片手を上げて挨拶してくる立香に対し、片手で挨拶を返すと、その視線がさっそく、こちらの顔へと向けられた。

 

「あ……包帯取ったんだ」

 

「あぁ、ブーディカがあまりにも煩くてな」

 

「何が煩いから、よ。ちゃんとやっておくべきでしょうが、そこは」

 

 背中をガンガンとブーディカに叩かれる―――なぜだかは解らないが、この女の強引なペース、お節介はなんというか……苦手だ。まだ思い出せない誰かの姿を非常に強く思い出させる。それが中々言葉に出せず、そのせいであまり強く出れない。アイツはもっと、言葉を隠していたが、行動は隠していなかった。そういう違いはあった。だがお節介で強引な部分は良く似ている。……その名前が思い出せないのが少し、気持ち悪い。

 

 そう思っていると、立香が自分の目を指さす。

 

「先生って確か目を抉られたんだっけ。見えるの?」

 

「お前は良くもそう見えている地雷原をスキップしながら踏み込んでこれるな。ある意味尊敬するぞ。そして答えは肯定だ、別行動中に俺は一度、ミスで捕まり、レフ・ライノールに両目を抉られた。そのせいで視神経がダメになって義眼を入れようが自分の目で見ることが出来なくなった……まったく、不便でしょうがない。あと先生ではない」

 

 その言葉に立香が少し俯く。その態度は理解出来る。

 

「なんだ……もしかして。自分のせいだと思っているのか? 俺を偵察に出さなければ、とか。ちゃんとしたアサシンを召喚できていれば、とか。やめろやめろ、そんな事考えるだけ無駄だし、お前の責任じゃない。俺が選択し、俺が得た結果だ。結局は俺の責任というだけの話だ。なに、目がなくなってもまだ見えるんだ。そう悲観する事もない」

 

「……先生って結構ツンデレ属性だよね」

 

「先生じゃない」

 

 そう答えると、お馴染みの回答を得られたのか、けらけらと笑う立香の姿が見えた。ただやはり、どこか、申し訳なさそうな感じがするのは事実だった。これは変に気負っているのかもしれない、と判断したところで次の特異点の事を踏まえ、もう少しだけ打ち解けることを考える。何より、背中から突き刺すブーディカの視線が痛かった。そうか、お前は立香の味方だよな、と妖精のくすくす声を聴きながら判断する。

 

「丁度いい。試したい事があるから鍛錬に付き合え」

 

「えっ」

 

「いいから来い」

 

 そのまま立香に近づき、腰をつかんで持ち上げると、そのまま肩に担いで歩く。借りるぞ、とブーディカへと伝えれば行ってらっしゃい、という声援をもらう。これで合法だな、と心の中で言い訳をしながらコフィンのあるレイシフトルームへと向かって歩くと、一歩後ろへと下がって出現した妖精がくすり、と再び笑いながら言葉を零した。

 

『ほんと、素直じゃないわねー』

 

 

 

 

 特異点が解消されても、完全に特異点が消え去る訳ではない。所謂影と呼べるような状態で、しかし騒動の消えた状態で世界は残る。見慣れた大地、見慣れた空、見慣れた場所。しかしそこは聖杯の騒動が終わった、残像の大地である。もはや歴史に対する影響は一切持たない、そのカオスな状態が正しいという状態の特異点となる。つまり、シミュレーター室よりも鍛錬を行うにはちょうどいい場所でもある。何よりここを通して物資の補給ができる為、カルデアの物資状況も多少はマシになる。

 

 そんな場所へと立香を連れ出してきた。

 

「ここは―――オルレアンですね」

 

「フォウフォフォーウ」

 

『いきなりレイシフトするとか言うから色々と驚いちゃったけど……まぁ、いいか。サポート状態は万全だよアヴェンジャー』

 

「すまないな、ロマニ」

 

 立香を拉致した手前、マシュとフォウまでがセットでついてきた。他の英霊たちは今回一切いない。管制室もロマニを除けば最低限のスタッフしかいない。この解消後の特異点での活動は比較的楽らしく、何時もほど苦しまずに済むため、ある程度の余裕がある。とはいえ、そうであっても電力の消費を考えるとポンポンと使えることでもない。だからなるべく一回で終わらせたいものだな、と口の中で呟きながら、さて、と声を出す。

 

「ローマでは色々とあってな、己の手札の足りなさを感じた」

 

「アヴェンジャーさんが、ですか?」

 

 マシュの言葉にあぁ、と頷いた。

 

「連合首都で一対一で大英雄と戦うハメになったのが―――その結果は手加減された上で相打ちだ。それが原因で俺は捕まって、そして牢獄で軽い拷問を受けてた訳でな。それ以来、もし俺が大技を使えれば……或いはシェイプシフターに頼らず使える対軍、対城クラスの大技が有れば、それだけでも状況は違っただろうな、という話だ。だからここはひとつ、無くしていた知識を思い出したついでに身に着けるよう習熟しようかとな」

 

 アヴェンジャーとしての霊基はぶっちゃけた話、器用貧乏という言葉が正しい。対英霊は英霊という存在に良く突き刺さる。だがそれは同時に自分の身を削る諸刃の刃でもある為、毎回使っていい手段でもない。対神性能はそもそも最上位サーヴァントが相手でもなければ発動する事もない。シェイプシフターの虐殺モードも結局は使えば武器を封印するハメになるデメリットがある。それを考えたら一つ、ここらで奥義の一つでも開眼しようかと思う。

 

「先生ー! そんな簡単に、手札って増やせるんですかー!」

 

「俺の場合、背景が特殊でな、可能だ。あと先生ではない」

 

「フォ~、フォウフォフォ~ウ?」

 

 今のは言葉わからなくてもフォウでさえ疑っているというのは解った。このリトルアニマル、慣れてくるとかなり表現豊かだというのが解る。いや、実際に人の言葉を理解するぐらい賢いのだが相槌ぐらいは打てるのだろうが。ともあれ、どこまで話したものか、と数瞬だけ思考し、触りの部分だけならいいか、と判断する。カルデアに来たばかりのころであれば絶対にこんな風に考えはしなかっただろうと思いつつ、

 

「俺はカルデアに来る前にはな、世界を旅していた」

 

「世界、ですか」

 

「あぁ、アジアの果てからヨーロッパ、アフリカの末端と世界の隅々をとある目的の為にな。まぁ、それでインドにいた頃、修行マニアの友人と鉢合わせてな。しばらく寺院の世話になってヒンドゥーを学んだり、修行したりと時間を過ごしていたんだが、妙にバラモンだかクシャトリヤだかに拘る自称聖仙(リシ)がいてな。その聖仙から古代インドの奥義とやらを授かったわけだ」

 

 かなり懐かしい話だ。門司と二人でインドを旅しているときに捕まったのだ。自称聖仙と名乗る若い男だったのだが、本物なわけはあり得ないし、修行僧が悟りを開いたつもりで名乗ってるんじゃないか? と疑ったりもした。しかし今は魔術の世界を理解し、()()()()()()()()()()()()という事実を理解した事で、本物かもしれない、と思っていたりもする。まぁ、門司と共に数年かけて課せられただけの修業はこなして、その最後に奥義を授けられた。

 

 そんな経緯だったらそれは、もう、疑うだろう。

 

 とはいえ、本当かもしれない。その可能性が今は考慮できる。聖人という縁で結びついて、出会ったかもしれないのだから。つい最近、思い出したばかりの事である。

 

「今の今まで忘れていたし、試す事もなかったからな。自分の戦力増強を兼ねてここは一つ、人類最強のマスターの手を借りようかと思ってな」

 

「じ、人類最強のマスターって……」

 

「ん? 何を恥じらう必要がある。汚染された聖杯都市をお前は生き延びた、それも騎士王を倒してだ。そしてその次ではフランスを走り回り、邪竜を出し抜いて人理定礎を復元し、そして少し前に今度は神祖と呼ばれる明確な神話の住人と、アッティラ大王を倒したのだ。お前を人類最強のマスターと呼ばず、誰をそう呼べばいいんだ」

 

「やめてー! 先生! ほんとやめて! スッゴイ恥ずかしいから!」

 

「恥かしがる必要はないぞ、人類最強のマスター」

 

「ぎゃー! というか普段の言われている分を言い返しているな……!」

 

 焦っている立香の様子にフォウがじゃれ付き、顔面に張り付いたフォウによってバランスを崩して倒れる。その姿をマシュが助け起こしに近寄って行く。年相応の仕草や表情を見て、改めてこの二人の少年と少女が背負ってる使命の重さを自覚する。それを誰かが背負うことができたらいいだろうが―――。

 

『無理ね。カルデアでマスターとしての適性を保有しているのは彼、藤丸立香だけよ。彼は人類最強のマスターとなる()()があるのよ。それが人類最後のマスターとして与えられた絶対の使命よ』

 

 そうなのだろう。だから少しでもその重荷を軽くする為に、自分もできることをしなくてはならない。

 

『その為に慣れない自分語りなんてしちゃうのね。嫉妬で妬けちゃうわ、私。だって私、そこまで心配してもらった事がないもの』

 

 ぬかせ、と息の下で呟きながら武器を取り出す。ローマ以来、シェイプシフターで銃への変形が時代に関係なく行えるようになった結果、手数は幅広く増えた。だが所詮は幅広くなっただけで、習熟度が上がったわけではない。大技が必要だ。それも連射できるのであればさらに良いだろうと思う。そう思いながら。音響弾を生成し、それを少し離れた位置に発射し、爆裂させた。

 

 キーン、と響く音が一帯に響く。それを聞きつけたウェアウルフやワイバーン、ゴブリン等の魔性が我先に、と群がってくる。どれもこれも雑魚ではあるが、広い範囲に広がった挑発するような音は多くの敵対者を引き寄せる。まぁ、こんなもんだろう。

 

「さて、別行動ばかりで俺の動きはあまり見て貰ってなかったな? 俺に指示を出せるようになる様、ついでに実戦で鍛え上げようか。なに、的確にマシュを動かして盾で庇わせればノーダメージだ。後は俺が奥義を思い出せれば殲滅できるだろう―――たぶん」

 

「先輩、この人無茶苦茶です! すっごい無茶苦茶です! 無駄に期待値が高くてこれは出来るよな、って凄まじい信頼感の中に無茶の塊を感じます!」

 

「文字通り先生であったか……! しかも結構体育会系……!」

 

「キュゥゥ……」

 

 あわあわと動き出した二人と一匹を見てさあ、と口を開く。

 

「これぐらい軽くこなそうか。そうでもなければ人理修復なんて夢のまた夢だからな」




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/845e23ea-a914-4ab9-9e0d-8457128f8ffe/509410685c4a010a51225c7bf98edd60

 イ ン ド。説明不要。話題の授けた人、インドファンの皆なら解るよね。うん。

 という訳でコミュ回。召喚一人目はブーディカさん。今回もガチャでの新規枠は二人なんで、現在のカルデアにはもう一人追加されているという訳で。それはそれとして、お前起きてるか寝てるか解らねぇな。


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月の下でから騒ぎ - 2

「―――まぁ、こんなものだろう」

 

 構えていた大型ライフルの銃口を大地へと突き刺すように置いた。

 

 そんな、己の目の前では邪竜を思い出させる巨大なドラゴンの死体が残っている。それはたった今、立香の指示を通して自分とマシュが二人掛かりで討伐した大物だった。そしてそれがオルレアンの魔性ラッシュ、その最後の一体だった。長らく腐らせていた技能、インドであった師とも呼べる聖仙から学んだ古代インドの奥義はどうやら、本物だったらしい。となると現代、神秘が極端に失われた中でもまだ生き残っているのか、という事実に到達すると冷や汗しか流れてこない。俺もよくもまぁ、そんな出会いがあったものだ。神話知識と魔術知識がある今、授けた人物の大物っぷりに軽く恐怖さえ感じている。

 

「……それにしても本当に二人だけで倒せちゃったなぁ……」

 

 立香がドラゴンの死体を見ながらそう呟く。視線をドラゴンへと向ければそれが体中に穴を開け、容赦なく殺害されている姿が見える。その姿を見てあぁ、と頷く。そもそもだ、と口を開く。

 

「マシュのスペック自体は悪くない。問題は英霊から引き継いだスペックと、大盾という武器に対してマシュ自身の経験が追い付いていないことだ。色んな状況を想定するのではなく、実際当たって経験するほうが習熟は早い」

 

『後は、まぁ、ややマシュが無垢すぎるってところかしらね。流石ギャラハッドに気に入られただけはあるわ。罪が欠片も存在せず、その心も清らかだわ―――穢したくなるぐらいに。まぁ、興味外だし別に干渉しないけどね』

 

 マシュの精神性は未だに瓶に水が半分注がれた程度の状態だ。そこから彼女は自分の考え、と呼べるものを学習しなくてはならない。それもまた、経験を通して重ねてゆけば自然と学べる事である。だから、マシュに徹底して足りないのは経験だ。本を読むばかりではなく、体を動かして霊基と体を馴染ませる事。それが必要なのだ。まぁ、英霊と人間では根本的にスペックが違いすぎるのだ。なじまないのも当然といえば当然だ。

 

「直ぐには無理だろうが、戦い続ければそれも慣れるだろう」

 

「なるほど、ご指導ありがとうございます、アヴェンジャーさん」

 

「流石先生っすわ」

 

「先生はやめろ」

 

 立香の言葉に素早く突っ込みを入れると、なんだかうれしそうに笑っていた。その意味が良く解らないが、まぁ、個人的には満足だった。古代インドの奥義、ブラフマーストラ。ブラフマーの名を冠したそれは古代インドの戦士が師から、或いは神から授かることで習得する万物を貫く奥義である。書物に記されたその破壊力は凄まじく、海を干上がらせる程の威力があるとされている―――まぁ、自分にはそこまでの威力は出ない。宝具換算で対国ランクだが、自分が出せるのは精々対軍クラスだ。

 

 それも武器は直径二メートルの巨大ライフルか、或いは弓に限定される。銃器と弓以外の武器の習熟が足りないのだ、自分は。まぁ、現代人として授かる事に成功したと考えれば、それだけでもはや十分偉業だと言う事もできるのだが。過去の俺は一体何者だったんだ。

 

「しっかしドラゴンが穴ぼこ……」

 

「連発できるのが強みだ」

 

「カルデアの電力を使ってないんだよね? 先生は。良く魔力が持つなぁ……」

 

「まぁ、何ごとも裏技があるものだ。裏技が」

 

 そう告げてからライフルの磨かれた鋼に反射して映る、妖精の姿を見た。まぁ、ほぼ確実というか―――彼女が、使っている心臓の主なのだろう。無限とでも表現したい魔力の沸き上がり、その源泉が心臓なのだから、いい加減瞑想の一つでもやれば気づく。いや、気づける程度には己を取り戻してきた、とでも表現するべきなのだろう。まぁ、便利だし献身的だし、文句はないのだが。

 

「俺の心配をする必要はない。俺は割と自分のことはどうにかできる。だがお前は今、そしてこれからもだれかの力を必要とする。そういう役割であり、それが求められている。それを自覚して、必要以上に体を張ろうとするな……今回みたいにできることをちゃんと理解して指示を出せば、結果は出せるんだからな」

 

「やはり先生はツンデレ……」

 

「ロマニ、レイシフトを頼む」

 

『あれ、照れてるの? うわわわ、睨まない、睨まないでよ! 今レイシフトするからさぁ! 目がないけど睨まれてるのってオーラで凄い解るんだよ君! んもぉ、冗談が通じないなぁ』

 

 顔面殴り飛ばしてやろうかお前、と心の中で言葉を黙殺しつつ、戦闘が終わったのでこれ以上、オルレアンに残っている必要もない為、さっさと撤収させて貰う―――成果としてドラゴンから逆鱗が、ワイバーン等からも使えそうな魔術素材が手に入ったのだから、まぁ、戦闘以外でも利益はあっただろう。そんなことを考えながらレイシフトの慣れた感覚を味わいつつ、カルデアへと帰還する。

 

 

 

 

 最近はカルデアの物資にも余裕が出てきた。オルレアン、ローマと物資の補給先が出てきたのと、復旧してきた区画である程度栽培が行えるようになってきたのが最大の理由だろう。その中でも自分が一番恩恵をあずかっているのはシャワーの存在だった。意外な話かもしれないが、自分はこのシャワーという儀式を気に入っていた。一時間ぐらいずっと浴びていたいというのが本音だった。とはいえ、まだ物資が余っている、という訳でもない。鍛錬の後のシャワータイムを終え、心地よさを体で感じていた。

 

『だいぶ人間らしさが出て来たわね。おかげで私の事を疑ったりしちゃうけど、やっぱりそういう人間らしさがあるから可愛くも見えるものよね。あーん、私も一緒にシャワー浴びたいなー。生身の体がないのは辛いわねー』

 

「うるせぇ。そのうち思い出してやるから少しは大人しくしててくれ」

 

『えー』

 

 全くこいつは、と軽く溜息を吐き、タオルを手に取って髪を乾かしていると、扉にノック音を聞こえた。誰かが訪ねてきているらしい。腰にタオルを巻いて、そのまま扉へと向かい、ロックを外す。

 

「はい」

 

「Arrrr……」

 

 ランスロットの姿がいた。彼は片手に絵を持っていた。それは冬木のデータに登録されている黒い騎士王アルトリアを青と白の服装に変えたような姿だった。ランスロットはそれを指さすと、

 

「Arthur! Arthur! This is Arthur!」

 

『これ、本当に狂化してるの? なんか滅茶苦茶スキルが発動しまくって狂化キャンセルしまくってるんだけどこれ……』

 

 しかもこのランスロット卿、地味にアルトリアの顔ではなく胸を連打している。その胸は自分が知っている謎のヒロインZと比べると実に慎ましいものであり、俗にいうと貧乳と呼べるカテゴリーに属するサイズだった。まぁ、確かに世の中スレンダーなのが良い、と言う人もいるし、その気持ちも分からなくはない。大きければいいというものではないし、小さければいいって訳でもない。その人その人にあうサイズってものがある気がするが、このバーサーク卿のテンションは一体なんなんだろうか。

 

『狂化されてるのは性癖だけなんじゃないかしら。というかギャラハッド泣くわよ。マジで。こんなのが父親だったら私でも泣くわ』

 

 そりゃあな……と納得していると、しっかりと売り込んでアピールして来ようとするランスロットがいい加減にウザくなってきたので、

 

「結局、ランスロット卿は何をしたいんだ。解る言葉で頼む」

 

 その言葉にランスロットが動きを止め、

 

「いや、やっぱり女女していて巨乳とか我が王じゃないし、ここは本来の姿はこう、哀れな程慎ましい姿をしているって事を皆さんに伝えないと思いまして……」

 

「自害せよランスロットォ!!」

 

 何言ってんだこいつ。そう思った直後、二本のロンゴミニアドがランスロットを貫通して串刺しにした。それでもその手は絶対に慎ましいアルトリアの絵から離れず、大事そうにそれを掴んでいた。妖精が円卓芸もここまで来ればもはや天晴としか言いようがないわね、と称賛すら始めていた。それをガン無視して謎のヒロインZがそのままランスロットを貫通させたロンゴミニアドで真っ二つに割いた。

 

 それを終えた謎のヒロインZがふぅ、と一息つきながら額の汗を拭った。

 

「なんとなく貧乳狂いを討伐完了しました。いやぁ、日に日に円卓芸がクソの様に加速していきますけど一体何が原因なのでしょうねぇ……? というかこの先、ガウェインとかトリスタンとかラモラックとか、連中が追加されるたびにこのペースで暴走されると血の粛清劇を開幕しなきゃいけないんですけど。というかランスロットめ、貴様を除籍するのは何度目だ」

 

「Thirty……Six……」

 

 お前、謎のヒロインZに殺された回数数えてたのか……。もはやその忠犬っぷりには呆れるどころか称賛するほかないだろう。死んでちょっと失せろランスロット、またあとでどうせ、謎のヒロインZに殺されるから。そう思ってランスロットが消えるのを眺めていると、消えた後で、謎のヒロインZが此方をじー、と見つめているのが見えた。

 

「……どうした謎のヒロインZ」

 

「あ、いえ。もうそこそこの付き合いになりますし、アルトリアでいいですよ」

 

「お前、キャラはどうした」

 

「いや、常に全力疾走し続けるのも疲れますし。休めるときには休んでいますよ、私は」

 

 じゃあ失礼します、と言って勝手に部屋の中に入り込んでくる。おい、と言っても無駄なようで、勝手に部屋に上がり込んでくると中を見渡し始める。ほうほう、と頷きながらなんだか探し回るように部屋の中を歩き始めるので正直やめてもらいたい。何より自分はまだバスタオル一枚の状態で立っているのだが。いい加減に着替えたい。そこでひとしきり室内を見て回った謎のヒロインZ―――アルトリアがこちらへと視線を向けた。

 

「なんというか、意外と人間味のある部屋ですね」

 

 自分の部屋は元々、ほとんど装飾のない部屋だった。そこにロマニがノートパソコンやらアニメやらお菓子を持ち込んだのが始まりだった。そこに妖精が色々と注文を入れ、もっとかっこいい部屋にしないといやだ、と駄々を捏ねたり、ロマニがこれ、似合うんじゃないか、と勝手に持ち込んだりした結果、最初は何もなかった生活するためだけの部屋も、今はそこそこ装飾のある、人間らしい部屋になっている。

 

 まぁ、ロマニの持ち込んだフィギュアの類はすべて撤去して返してやった。その代わりにポスターやコーヒーメイカー、過去の自分が旅の間に欲しがっていた家財の類をおいている。おかげで人並みの空間が形成されていると言ってもいい。まぁ、所詮は真似事だ。昔の自分を忘れないように、自分はこういうものを好んでいた、というものを飾っているのだ。そうすればまた記憶が焼けても、この景色を見て思い出せるかもしれない―――なんて甘い幻想だ。

 

 まぁ、ちょくちょく余ったマナプリズムをダ・ヴィンチ工房へと持ち込み、それを加工してもらうだけなのだから、そこまで手間がかかっている訳でもないのだ。

 

「最近は昔のことを思い出しつつあるからな。だから少しは人間らしくする事にした」

 

「ふーん……まぁ、確かに前よりはマシですね」

 

「人の部屋に押し入って発言することがそれか」

 

「いやぁ、今の私はフリーダムさが売りなんで」

 

 まぁ、確かにフリーダムの塊ではあるよな、と思う。それはそれとして、

 

「何の用事だ」

 

「えっ、用事もなければ遊びに来ちゃダメなんですか―――いや、あるんですけどね」

 

『今のはたぶん殴ってもいい所よ』

 

「お前と喋ってると少し前までの俺がどれだけ我慢強いのかを自覚させられるな……」

 

 ため息をつくと、アルトリアはそれを見てどこか嬉しそうに頷く。結局のところ、アルトリアがどういう存在なのかを自分は良く知らない。ただ将来的に俺が原因でカルデアは()()という発言を聞いている。そして彼女はその未来を変える為にこうやって、異なる霊基でここへと潜り込んできた―――となるとやはり、原因となる俺は気になる、というところだろうか。

 

「うん? どうしたんですかアヴェンジャー、私を見つめちゃったりして。あれ、もしかして惚れちゃいましたか? しかしそこは残念。特に売約済みでもなんでもありませんが、それはそれとして好感度不足です。私の好感度を上げるにはプレゼントが有効ですよ!!」

 

「具体的には?」

 

「セイバーの首」

 

『いい趣味じゃない』

 

 こいつ、ほんとどうしようもないな、何て事を思ってため息を吐いていると、けらけらと笑ったアルトリアがでは、と言ってくる。

 

「管制室へと向かいましょうか」

 

「出動か?」

 

 いいえ、とアルトリアが言葉を置く。

 

「―――月見ですよ! 月見団子!」

 

 あぁ、そんな時期なんだな、と思いつつ、背中を押して外へと出そうとする彼女に言う。

 

「まずは着替えさせろ……!」

 

 背中を押してくるアルトリアを蹴り飛ばしながらそう声に出した。きっとこうしていれば、俺らしいのだろう、と悩みながら。




 という訳で懐かしのオリオンイベ、始まるザマス。オルレアンTASで出会わなかったサーヴァントと縁をとりあえずフランス経由で結ぶチャンスでザマスよ。当時はこれのおかげで大量に素材を手に入れてたりしてたなぁ……。ただ脳死初級周回が安定でしたねぇ……。

 カルデアの善き人々と善き戦友たち。


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月の下でから騒ぎ - 3

 管制室に行けばロマニが空の皿を握りながら楽しそうにしており、それを立香が窘めていた。あの男はほんと、イベントのたびに楽しそうにしているなぁ、なんて事を思いつつ、思い出す。今、外の世界では9月頃だったはずだ。その頃の日本では月がよく見え、それで月見団子を食べながら酒を飲む、そういう風習があったなぁ、と思い出す。かくいう自分も日本人だ。そういう風習に思い入れがない訳ではない。しかし人生の大半は外国で苦行をしていた事ばかりで、長らくこういう行事からは離れていた事もあり、新鮮さを感じる。

 

「お団子、お団子ー」

 

 アルトリアも滅茶苦茶楽しみにしているらしく、声が踊っている。ダ・ヴィンチも姿を現し、その片手には酒が握られている。

 

「やあやあ、お待たせお待たせ。月の映像を出そうかと思うんだけどお団子の方はまだかい?」

 

「お団子ならマシュがさっき取りに行ったよ」

 

「娯楽の少ないカルデアだから、前々からこっそりエミヤくんに頼んでこねて貰っていたんだよねー。いやぁ、酒も節制していたし、こりゃあもう楽しみってもんだよ」

 

「シロウのお団子ですかー。いやぁ、実に楽しみですねぇー……」

 

 誰もが月見という娯楽を楽しみにしていた。背中にしがみつく妖精もどこかウキウキしている様な様子を見せている―――なるほど、彼女がここまでご機嫌だということは、と何かを悟ったのと同時にカルデア内をアラートが響く。それはカルデア内で何らかの異変を告げるアラート音であり、同時にあぁ、ろくでもない事が起きるんだな、という事を妖精の笑い声でなんとなく察していた。半分あきらめを感じつつも、繰り広げられる会話に耳を傾ける。

 

「―――お団子と一緒に食糧庫が空になっていたんです!」

 

「地味に一大事だな」

 

犯人は殺す(≪アサシン≫)

 

 アルトリアがすでに殺意の波動を纏ってしまっている。食欲の恨みは何とやら、という話だ。そう思いながらも一気に慌ただしくなるカルデアの姿に、軽くため息を吐く。つくづくイベントというイベントから休みを得られない場所だな、と諦めを覚えながらコフィンへと搭乗する為にレイシフトルームへと向かう。

 

 

 

 なんか物凄い殺気立ってる。

 

『そ、そこはフランス、夜のオルレアンだ。犯人と推定される人物はそこにレイシフトしたらしいんだけど……あの、皆、大丈夫……?』

 

 ロマニがそうやって確認を入れる具合には殺気立っていた。まずマシュは立香へと用意した特選団子を奪われたことに憤慨していた。エミヤは純粋に自分が誰かのために用意した食べ物が奪われたということにキレていた。そしてアルトリアは自分の食べ物が奪われたという事実にロンゴミニアドを完全解放しそうになり、クー・フーリンとランスロットのサンソンによる公開処刑で何とか思い止まった。ただ三人の気配はなんというか、バーサーカーのクラスでも付与された?って言いたいぐらいには殺気立っていた。お前ら、特異点でもそんなに殺意で溢れていなかっただろう。

 

 サンソンとブーディカはカルデアの守りに残すとして、今回レイシフトしたサーヴァントは全部で五騎、先ほどの三人に合わせ、己、そして―――新人である。

 

「Fuck、人理修復のために召喚されたと思ったらまさかの団子集めとはな。過去にも未来にも、団子集めをさせるマスターも、団子を全力で取り返そうとするサーヴァントがいるのもここ(カルデア)だけだろうな……」

 

「諦めろエルメロイ2世。ここはそういう場だ」

 

 黒いスーツの上から赤いコートと黄色のストール、高身の男―――諸葛孔明の疑似サーヴァント、デミサーヴァントとも言えない己に似たような存在、しかしそれよりも遥かに完成度が高く、両者の合意のある融合系―――現代の人物、ロード・エルメロイ2世である。その霊基は間違いなく諸葛孔明であり、彼が振るう力も諸葛孔明のものである―――しかしその人格はロード・エルメロイ2世をベースとされており、言動や発言もそれをベースとしている。どうやら直接的な面識はないが、有名人らしくロマニはエルメロイ2世のことを良く知っているらしい。

 

「……まぁ、サーヴァントとして召喚されている以上、求めに応えるのが役割だ。仕事は果たそう。この欠食児童を放置すれば惨劇しか生まれないだろうからな」

 

「目に見える自走式地雷か……」

 

「あの、先生&先生? できたら統率するの手伝って欲しいかなぁ、って……」

 

 立香が何とか三人の手綱を握っている。やるものではないか、と心の中で称賛するが、手を貸すような事はしない―――この先、更に扱いづらいサーヴァントが出てくる可能性もある。その事を考えたら今のうちに苦労して覚えたほうが後が楽になる。

 

「この外道共め……!」

 

「ですが1セット1万もする京都の―――と、マスター、戦闘音です!」

 

 マシュの言葉とともに狼の遠吠え、そして弓が放たれる音が聞こえてくる。

 

「よ、良し。とりあえずまずは誰が戦っているのかを確かめに行こう。お団子の行方のヒントにもなるかもしれないしね」

 

「そうだな。では急いで行くとしようか」

 

 戦闘音の方へと向かった走って行けば、物凄く奇妙なものを見た。そこではウェアウルフの集団と戦う女の姿が見えた。白い服装の女性は英霊としての強い力を持っており、非常に奇妙な形状の弓で、変な音を放ちながらウェアウルフを撃っていた。ただどこか、非常に力不足なのが原因なのか、弓から放たれた閃光の矢を受けてもウェアウルフを倒し切れておらず、そのままじり貧に押し込まれていた。

 

 ただ、倒れたウェアウルフが魔力へと分解されてゆく中で、

 

 そのウェアウルフが団子を落とした瞬間、三人の目つきが変わった。

 

 直後、エミヤとアルトリアとマシュが凄まじい速度でウェアウルフの集団の中へと飛び込み、十数は超えるその集団を空高く投げ飛ばしては殴り飛ばし、毟る様に団子をその姿から剥ぎ取る、地獄絵図が広がる。その間に女性に近づく立香を見て、前に出ることなく、エルメロイ2世と肩を並べながら、一歩下がった場所から全体を眺めていた。視線は無論、女へと向けられていた。いや、女というか、極限まで隠しているし、霊基も下げる事でほとんど消えるように処理されているが、この目を騙す事はできない。

 

 アレはカミだ。しかも女神だ。

 

「月と神、そして月見団子……あぁ、供物という事か」

 

 横で聞くエルメロイ2世の呟きに、ほんとクッソくだらない答えが理解出来た為、思考停止したくなって来た。月見団子は月への供物。そしてそれが特異点という()()()()()()()という環境を刺激し、本当に神霊を呼び寄せてしまったとか、そういう流れなのだろう。くだらなすぎて言葉もない。たぶん団子バーサークに入っている三人は知らないだろうし、立香も言われなければ気づかないだろう。

 

「どうするか? 処すか?」

 

「いや、これも一つ、いい経験になるだろう。とりあえず告げずに放置だ。神の気まぐれ……課題としては中々ハードだが、神仏という存在を学ぶ上での教材としてはどうだ、中々悪くない。何よりこういうお祭り騒ぎは総じて切り上げるよりも乗ったほうが利益が出るものだ」

 

「流石は大軍師殿、言葉に重みがある」

 

「ぬかせ。この程度誰だって見れば解るだろう……冷静ならな」

 

 そう言って再び、バーサークしてる英霊へと向ける。ウェアウルフの群れを完全に殲滅したと思ったら、そのまま近くのウェアウルフを狩る為に飛び込んで―――ロンゴミニアドとカラドボルグの閃光がたった今、街道を駆け抜けた。そうか、宝具を抜く程本気で団子が食べたいのか。これはもう止めようがないなぁ、なんて事を英霊たちの暴れっぷりを見ながら諦めを抱いていた。もうこれ、最初の段階で収拾がつかなくなってるんだが。

 

『それでも続くのよ……イベントは……』

 

「なんだそりゃ……」

 

『なに……ってそりゃあ息抜きの場よ。貴方もそっちのデコ軍師もちょっと難しく考えすぎだわ。そこらへん、あの三人は良く解っているわね。まぁ、経験回数が多いだけで、マシュは流されてるだけなんだろうけど。貴方はもうちょいハメの外し方を掴んでおくべきよ』

 

「つまりは、深く考えるな、って事か……」

 

『正解』

 

 つまりは遊びが足りない、とこの妖精は言いたいのだろう―――実際、自分にそういう部分が欠けているという自覚はあった。ただ、そればかりはどうしようもない。人間性以前に、遊びまわるような人生を送ってこなかった。門司やアルトリアがやっているようなはしゃぎ方は到底、自分には真似出来ない事だった。いや、だからこそ彼女の姿を見て、羨ましく思うのかもしれない。

 

 あんなに自由に心と感情を素直に表現出来るのは、きっと途轍もなく尊く、美しいものだ。

 

「―――ぁ」

 

「ん? どうしたアヴェンジャー」

 

「い、いや……」

 

 目元を抑える。今、何かを思い出せそうだった。そう、何か―――何か、自分という人間を()()()()()考え、その片鱗に触れたような気がした。この感触は間違いがなかった。()()だ。それがどうしても思い出せず、つっかえ、自分という人間のパーソナリティを不完全にしていた。それさえ思い出せば絶対に己の名前さえ思い出せるという自信があった。そう、間違いがない。旅路の果てで俺は、

 

 ―――()()()()()()()()()

 

 それを思い出した瞬間、胸を狂おしいほどの郷愁と飢餓が満たす。かつて感じたこともない感触に一瞬の戸惑いを感じるが、それを無言のうちに、誰にも悟られないように黙って隠し通す。そう、自分に明確に欠けているものを自覚してしまったのだ。それを自覚してそのままでいられるはずがない。それは完成直前のパズルピースをなくしてしまった状態だ。プラモデルの最後の部品が欠落している状態だ。ゲームを遊んでいて最後の最後で一番重要なフラグが回収できずにエンディングを迎えてしまった状態だ。

 

 まるで胸にぽっかりと、穴が開いてしまったかのような喪失感だった。

 

 いや、まるでではないのだろう。得た答えを失ったのだから、正しく喪失してしまったのだ。はたしてそれは何だったのだろうか。俺は再び戻ってきた極東で何を見た? 何を話した? 何を経験した? 何を思い、そして何を結論した。あぁ、そうだ、そうだった、ここも特異点。オルレアン跡地の特異点だった。そりゃあ思い出す可能性もあるさ。だがなぜこんな時に限って、こうも心を乱そうとするのだろうか。

 

「あぁ……やっぱりカミってクソだな」

 

「殺気! 殺気漏れてるよ先生!」

 

「おっと、すまない。半分発作的にカミは殺したくなって来るからなぁ……」

 

「カルデアで死んでるランサーで我慢しておけ」

 

 何気にエルメロイ2世が酷い事を言っている気がする。仕方がないからクー・フーリンで我慢するか、とエルメロイ2世から煙草を一本借りながらつぶやき、それを口に咥えた。懐かしい味に脳裏をちりちりと刺激するものがある。だがそれを無視しながら、立香がオリオン、と紹介する。女神へと視線を向けた。

 

 ―――お前、妙な動きとったら地上から一欠片も残さず絶対に消し去ってやるからな。

 

「うーん、この懐かしい感覚……ギリシャを思い出すわー……。そうねー、あの時代はこういう気概の勇者が多かったわよねー。懐かしいわー……」

 

 牽制したと思ったら逆に懐かしがられた。これはこの先が思いやられるな……なんてことを考えながら、

 

 月見団子フェスティバルが開催された。




 という訳で2枠目は絶対過労死マジシャン先生であった。やったね、セメント枠だよ。そしてそのうちショタる。次の召喚は3章クリア後で。

 シナリオ変えようと考えたりするけど、意外とFGOのシナリオって無駄がなさすぎるんだよなぁー……4章だけは序盤と中盤、大幅に変更入れてもよさそうな気配あるけど。


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月の下でから騒ぎ - 4

「……俺、アレ苦手だわ」

 

 おそらくカルデアへと到着してから初めて口にする言葉だった。明確に苦手という存在を感じたことはなかったが、今日、この日、その言葉を撤回するしかなかった。なんというか、もう、言葉が見つからない。なんと表現するべきか―――そう、みゅんみゅんだ。なんかアイツ頭の中がみゅんみゅんしてる。そうとしか言葉が見つからない。それぐらい意味不明なのだ。なんかマスコットっぽいクマの様な謎生物を胸の谷間に隠しながら、弓からハートを撃ち出して、それでウェアウルフを退治しながら恋愛って素晴らしいアピールしながら団子を回収している。

 

 訳が分からない。

 

 何よりも意味不明なのはあの姿、あの言動でオリオンと名乗っていてそれでセーフ、完璧みたいな空気を出していることだ。そしてそれに立香が気づいていない。段々とだが、胃が痛くなってくるような感覚を覚えた。そう、まさに、この気持ちは、

 

 ―――帰りたい。

 

 それだけに尽きた。なんか、もう、なんでもいいから適当に切り上げて帰らない? というのが本音だった。食糧とか別のところから調達するから、今回はこの女神と関わらないのならもうそれでいいじゃないか、と思っている。そう思っているのに、横にはなんか女神がいた。

 

「ねぇねぇ、貴方ラブってない? こう、心を焦がすようなラブを感じてない? 恋愛の気配が超するんですけどー! キャー!」

 

「助けて」

 

「せ、先輩! アヴェンジャーさんが助けを求めてますよ! 事件です!」

 

「面白いから放置で」

 

 この恨みは忘れないから覚えてろよ貴様。そう思いながら妙に馴れ馴れしいこの女神の相手をどうするか、という事で頭を物凄い悩ませる。何が何だかわからないが、このゆるふわ脳の女神はこちらからラブ臭がすると言ってかかわってくるのだ。恋愛とか個人的にこの世からもっとも縁遠いものではないか? と思っていたりもしなくないのだが、そういえば猛烈アピールする奴が一人、いたよなぁ、とシェイプシフターを手鏡に変形させて、片手でピースサインを浮かべてくる妖精を見つけた。

 

 お前が原因か。

 

「このゆるふわ恋愛脳カミめ。いい加減俺にかかわるな」

 

「えー、そんなことを言わないでよー。他人の恋愛話なんて乙女からしたら常にごちそうで一番の玩具なんだから」

 

「なおさら性質が悪い」

 

 完全に愉快犯じゃないか。完全に呆れた。カルデアで処刑された二人がリスポーンされたら即座に交代を頼もう。心の中でそう誓いながらなるべくゆるふわ女神を無視しながら歩いていると、唐突に目の前に白い塊が突き出されていた。良く見れば、それは先ほどから回収し続けている団子であり、アルトリアが片腕いっぱいに抱える団子の一つだった。

 

「まぁ、まぁ、そう眉間に皺を寄せずに少しは肩の力を抜いてくださいよ。真面目に付き合うと負け、って奴ですよ。そういうのは。かくいう私もそういう連中には覚えがありますし、昔に経験しています―――そうだよ、お前だよトリスタン。いい加減に起きてるか寝てるかはっきりしろよ。ランスロットも裁かれたいのなら黙ってないで口に出せよ。おまえら円卓ってコミュ障かなんなの? 黙ってれば勝手に察してくれるエスパーしかこの世にはいないと思ってるの? お前ら馬鹿じゃね?」

 

 円卓の馬鹿野郎、と叫びながら進路方向にロンゴミニアドを叩き出していた。それに巻き込まれた月光のウェアウルフが抵抗や思考する暇もなく、一瞬で魔力へと蒸発されてゆく。ブリテン、円卓の話は聞けば聞くほど、良くお前それをあそこまで統治して保てたな、というどこか恐ろし半分の敬意の様なものを抱きそうになる。伊達や酔狂でブリテン式罰ゲームと呼ばれてはいないのだろう。ともあれ、振り返りざまに放り投げてきた団子を一つキャッチする。

 

 道路に転がったり、ウェアウルフが確保しているから汚れているのではないか? と思ったがそんなことはなかった。触れて確かめてみれば、半分概念的な礼装化されている―――つまりはこの特異点の影響を受けて、魔術的なアイテムに半ば変化しており、その効果なのか、汚れの類を受け付けていないようだった。これなら食べても大丈夫だな、と思いつつ口の中に一個運ぶ。白くて丸い団子は特別な味付けをされているわけではなく、ほとんど素のままの状態だった。だが絶妙に歯ごたえのあるそれは素のままでも十分に甘く、美味しかった。

 

 気づけばエミヤの視線がこちらへと向けられていた。

 

「……あんこと一緒に食べたいところだな」

 

「なるほど、了承した。終わったら用意しよう。だがこれはこれでも十分に美味しいものだ。特に白焼きで食べると普通とは違い感覚に驚きを覚えるぞ」

 

「白焼き……白焼きか」

 

 つまりはそのまま七輪か何かで焼いた素の団子だ。それもそれで美味しそうだなぁ、と味を想像して思う。なんだかんだで自分も、大分味覚を取り戻している部分がある。昔は痛覚や皮膚感覚まで存在しなかったものだから、それに比べると遥かに色々と取り戻したものだ。こうやって何か、食べることを楽しめるというのはまず間違いなく大きな進歩であり、妖精のおかげであることは否定ができない。

 

「え、なに? 恋愛の気配がする!」

 

「うるさい黙れ埋まってろこっちに来るな月に帰れ」

 

「クク……」

 

「お前まで笑うかエルメロイ2世……」

 

 背中をバシバシと叩いてくる女神オリオン(仮)が心底鬱陶しい。時折その胸の間に挟まれているマスコットが小声でごめん、ほんとごめん、すまない、ほんとごめん、と何度も顔を出そうとして謝りながらまた胸の間に埋められて姿を消す。あの胸の間は四次元ポケットにでもつながっているのだろうか。あのマスコットは何者なのか。突っ込みどころが多すぎてなんかもう、めんどくさいというのが本音だった。

 

 溜息を吐く回数が一気に増えたと思いながら街道に沿って歩くと、やがて女神が示した、団子の気配というものを追って、森のほうへと進んで行く。夜の森といえば物騒なこと極まりないのだが、不思議と魔性の気配はかなり薄く、そしてその代わりに森の中央ほどに火の気配を感じられた。ウェアウルフを狩り、団子を回収しながら森の中を進んで行けば、

 

 やがて、森の中で野営をしている姿を見つけた。

 

「あれ……ドルヲタ」

 

「ん? これはカルデアのマスターですか」

 

 焚火の周りに集まるのは三つの姿だった。一人はドルヲタ―――シャルル=アンリ・サンソン、もう一人はオルレアンで退治したセイバーであるシュヴァリエ・デオン。だが最後の一人は見たことのない、赤い衣装に大きな帽子をかぶった輝く様な美しさの少女だった。誰だろうか、と思った直後、こんばんわ、と言いながら赤い少女が片手を上げた。

 

「えっと、こんばんわ」

 

「えぇ! 実に素敵な夜だと思わないかしら? こうやってやっと出会うことができたもの。少し、いいかしら?」

 

「え、あ、はい」

 

 そう言うと少女が立香へと近づく。それを見逃すのは単に彼女に邪気や悪意というものを一切感じさせないからで―――寧ろ感じられるのは好意、そして感謝の念だった。だから誰も動かなかった中で、少女は近づいた立香に対して、

 

 ―――キスをした。

 

「んにゃあ!?」

 

 マシュがそれを見て変な声を漏らし、一気に顔を赤くしてからバタバタとし、何が起きたのかを理解できない立香のほうはそのまま硬直してしまった。あーはいはい、とどこか慣れたような様子でエミヤは立香を現実に呼び戻し始める―――慣れすぎじゃないかお前? そう思いつつもデオンとサンソンへと視線を向けると、二人はどこかあぁ、またか……みたいな諦めの表情を抱いていた。

 

「マリー様……流石に初対面の相手に予告もなくするのは……」

 

「それがまたマリーの良さだよ……あぁ、マリー……今日も君は輝いているよ……イィ……マリーイィ……」

 

「アレと同じのが此方のカルデアにもいると思うと死にたくなってくるな」

 

 知ってるか、あのアヘ顔決めてトリップしている奴が魔神柱を一撃で殺害したんだぜ。そう思うとやはり死にたくなってくる。ここばかりは軽率に死に芸ができるサーヴァントという存在が羨ましい。霊核がカルデアに保管されている以上、このサーヴァントたちは本当の意味では死亡しない為、霊体を吹っ飛ばす程度であればどれだけでも無茶ができるという利点がある。その代りに本来よりもやや弱体化しているという欠点もまだ存在するのだが―――まぁ、それはさておき、

 

 マリーと呼ばれた少女―――おそらくはマリー・アントワネットへと視線を向ける。

 

「あまり、ウチの所の若いのを惑わすのをやめてくれないか、アントワネット王妃」

 

「あら、ごめんなさい。でも心がふわ、っとしたらそれはもう止められないものだし、だったら素直に行動するのが一番だと思うのよ、私。前からデオンには気を付けろ、って言われているんだけども……えぇ、だって貴方達はフランスの救世主だもの。我慢しろというの方が難しいわ」

 

「……覚えているのか」

 

「ここはオルレアン特異点の()()とも言える場所ですからね」

 

 デオンがその言葉に答えている間に、ゆるふわ駄女神とマリーが何か、恋愛話で超意気投合を始めていた。その横ではエミヤに抱えられ、起きろー、と解放されながらおろおろするマシュが見え、その横ではフランス組が集めた団子らしきものをひたすら漁って食っているアルトリアの姿が見える。完全に駄目だな、これ、なんて事を思いつつため息を吐きながら、デオンに話の続きを求める。

 

「いいんですか? では説明しますが簡単な話です。特異点とは時間軸から弾かれた場所であり、どの時間軸に存在しながらベースとなった時間軸が存在します。ですが特異点というのは()()()()()()()()()()()でもあります。それ故に特異点が解消されれば、その時間はなかった事となって、そこで発生した出来事は消えます……これは英霊の座であっても遵守されるルールです。すべての時間軸に同時に存在するのが我々の記録されている英霊の座です。ですがその本質は()()()()という制約が存在します」

 

「なるほど、つまり英霊の座は時間軸という明確な制約が存在する故に、時間軸外の出来事には対応できない―――特異点が解消されれば特異点での記憶もまたサーヴァントから消える。それは英霊の座が特異点の記録を残す事ができないから、という訳か」

 

 エルメロイ2世の言葉に正解です、とデオンが告げると、森の中からよっと、と声を漏らしながら出現してくる姿が見えた。後ろに流した金髪に巨大な楽器を抱えた男の姿は、おそらく、音楽家の英霊のものだろう。

 

「アマデウス、お前はどこに行ってたんだ」

 

「いやぁ、ちょっと戦隊ヒーローごっこでもやろうかと思ってたんだけど、出番がなさそうだしね? このまま縁も結ばずフェードアウトするというのもなんだか悲しいしね。という訳でデオンくんちゃんの話をこの僕が引き継ごうか」

 

「デオンくんちゃん……」

 

「アマデウス―――ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトか」

 

 エルメロイ2世の言葉にアマデウスが笑った。

 

「いやぁ、僕も意外だったさ。こうやって召喚されて初めて英霊認定される程の人物だって気づいたからね! まぁ、確かにちょっと悪魔の音楽ってのには興味があったわけだけど、そこまで足を突っ込んだわけじゃないしやった事と言えば演奏ばかりだからほんと英霊としての基準はどうかと思うよ」

 

 まぁ、戯言だよね、とアマデウスは呟き、

 

「それでも特異点は独自のルールを持っている。一部、英霊の座を超越している部分があるのさ。たとえば今のようにね」

 

「……ふむ」

 

 アマデウスの発言を聞き、頭を悩ませる―――良く考えれば、この特異点という存在自体について、あまり深く考えてこなかったな、と。レフ・ライノールの主、王と呼ばれる人物―――フラウロスという事実からするとおそらくはソロモンなのではないか? と言われていたりもするが、それが聖杯を生み出して七つの大特異点を生み出した。そしてその結果、様々なルールや法則、常識を破壊しながらこの人理を焼却してしまった。

 

 だけどその特異点という現象そのものに関して、すでに三つ解消しているのに良く知らないよな、という事実に思い至った。

 

 なぜ特異点を生み出したのか? 人類はどうやって知らずに滅亡したのか? なぜこんなことが可能なのか?

 

 忙しく、そして必死だからこそ気づかなかったがこのグランドオーダー、地味に謎は多かった……。




 初期の頃はスマホゲー、としてシナリオを描いている分があったから基本的に接触→バトルの繰り返しだったけど、6章辺りからはノベルゲーとしてのいつものスタイルに戻ってるから戦闘のない節が増えたよね、ってことでそういうスタイルでやります。

 毎回団子を殴って強奪する必要ねぇしな。

 オリオン(真)ェ……。


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月の下でから騒ぎ - 5

 ―――それからフランス英霊組とは少し、盛り上がった。

 

 大量の団子をどこで手に入れたとか話したほか、焚火を利用してエミヤがその場で団子の白焼きを用意したり、一時間ほど、普通の特異点では絶対に経験できない、平和な交流と言えるものを過ごした。本来であれば、あるいは普通であればまず間違いなく時間に追われていたり、目的があったりで急いでいる事が多かった。だがこの月夜の中での緊急といえる案件はなかった。カルデアの食料を奪還しつつ、お団子を集めているだけだ。

 

 その食料に関しても、道中で大分取り戻している。この騒ぎ(イベント)のメインは団子の方だったらしい。そして食料が戻ってきた今、月見に向けてゆっくりと団子を追いかければいいだけなのだから、焦る必要はどこにもなかった。そんなわけで普通ではありえない、静かな交流というものが発生していた。それは自分にとっても少し、面白い経験だった。特にマリー・アントワネットとの会話は未知のものだった。

 

 アマデウスは彼女をこう表現する―――フランスが彼女に恋をしたのだ、と。

 

 それに偽りのない輝きを彼女は見せていた。輝き、微笑み、認め、それでもなお輝き続ける。彼女の人生はまず間違いなく悲劇と呼べるようなものだった。だがマリー・アントワネットはそれも良しとした。それはアヴェンジャーたるこの身では全く理解のできない概念だった。

 

 それは()()という考えだった。

 

 他人を、誰かを許すという考え―――間違いを犯しても、それを許す。その概念が己には理解できなかった。なぜ、彼女にはそれが可能だったのだろうか? なぜ彼女はそうやって裏切った国民を笑顔で愛せるのだろうか? なぜ、彼女は今でも笑顔でいられるのだろうか? 俺であればそこに怒りを覚えずにはいられない。俺にはその概念が心の底から理解不能だったのだ。或いはそれさえも、答えを得る事ができれば解るのかもしれない。

 

『答えなんてものが存在するならね』

 

 肩車される妖精はそんなことを言ってくる。果たして本当に答えがあるのか。或いは今の俺がそんな答えに至って本当に納得できるかどうか。それはまた別の話でもある。

 

『ま、答えを思い出そうとするなんてそもそもの間違いよ。答えはその時の考え、気分、そして知識によって変わってくるものなのだから。その時得た悟りが本当に今の悟りに通じるかどうかなんて、人格そのものが変わってしまえばまた解らない話だわ。つまるところ、思い出したところでアヴェンジャーたる貴方が人で聖人であった貴方の答えに納得するか、満足するか、それとも嫌悪するか、それはまた完全に別の話だわ。思い出すだけで満足できたらいいわね? ……まぁ、私は思い出してくれないと始まりもしないから、思い出してくれる事を願ってるけど』

 

 勝手な話だ。死人だからと言って無茶苦茶な事を言ってくれる。とはいえ、自分が思い出したいと思っているのもまた事実だ。恨み、怒り、憎悪―――そして許し。

 

 果たして、俺は俺の人生の果てで何を見たのだろうか? 何を感じたのだろうか? 何を得たのだろうか? ヒントは存在する。その道筋は理解している。だがその結末はどうしてか、まったく想像出来ず、まったく思い出せなかった。

 

 和気藹々とする一行とは裏腹に、やや心は悶々としつつあった。

 

 そんな中、団子を求めて森を出た。マリー達に次の団子の場所を教えてもらい、森を出て道なりに進んで行く。やはり、妙に高ぶったウェアウルフ達が襲撃してくるが、団子という燃料を補給してフルスロットルとなったアルトリアの前では塵同然に等しく、ロンゴミニアドが振るわれるたびに衝撃波が発生し、それに吹き飛ばされてウェアウルフ達が消し飛びながら星となって夜空を飾る。まぁ、元々魔性と英霊では天と地程の差がある。当たり前と言えば当たり前の光景なのだ。

 

 そう思いながら進んでゆくとやがて、海岸に出た。

 

「うぉぉぉ! 海だぁ―――!」

 

 海岸が、砂浜が見えたところで立香はそう叫ぶと、海岸のほうへと飛び出してゆく。先ほどまではあれ程放心していたというのに、もう忘れたかのように飛び出して夜の海の姿にはしゃぐ姿はまるで子供のようだった。

 

「マスター、ロンゴミニアドの光が照らす範囲から離れすぎるなよ」

 

「星を繋ぎ止める聖槍を懐中電灯替わりか……頭が痛くなるな……」

 

 それどころかそこの投影英霊は貴重な刀剣の類を使い捨ての爆弾に使うぞ、と心の中で呟きながら歩いて後を追って行く。妖精を肩車したまま、歩いて海へと近づいて行く。横をマシュが走って抜けてゆき、立香に追いつくと波打ち際を追いかけるように走り始めていた。あの二人はやっぱり、どこか子供らしい。そう思いながらも自分も波打ち際に近づいた。

 

 不思議とこちらにはウェアウルフはいないらしく、静かに海の、波の音が響いていた。どこか、遠い場所でこれと似たような景色を見ていた……どこだったろうか。覚えているはずだが、覚えていることが多すぎて、今度は思い出せない。その事実に溜息を吐きながら思い出すのもまた、思い出すので困ったものだと思う。

 

「何か思い出しでもしたかね?」

 

「ん? あぁ、エミヤか……。いや、きっとどこかで俺はこういう景色を見ていたんだろう。見ていたら懐かしさを覚えてな。海で世界は繋がっているんだ。これが遠い、遠い故郷へとつながっていると思うとまた妙な気持になってな……」

 

「あぁ、なるほどな……しかし故郷か……」

 

 そこで言葉を止めたにエミヤにエルメロイ2世が口を挟む。

 

「貴様の出身は確か冬木だったな……貴様が私の知るシロウ・エミヤと同一人物であるならばな」

 

 エルメロイ2世の言葉にエミヤが頷いた。

 

「その憶測で概ね間違いはない、ロード・エルメロイ2世よ。私は君の知る彼女とともに倫敦へと渡り、世話になったものだ。貴殿の講義にも参加させてもらったものだ。おかげで魔術師のまの字さえ理解できなかった小僧が魔術師―――いや、魔術使いとして世界に踏み出す事が出来た。こうなった今、再び直接会えるとは欠片も思いはしなかった」

 

「なるほど、その結末がソレか。すべてが終わって記憶が残っていたとき、彼女には私のほうからもう少し強く手綱を握るように伝えておこう」

 

「是非ともそれを頼もう。寧ろ手足を折って監禁するぐらいが丁度いい。それぐらいしないとあの馬鹿は止まらんからな」

 

 そう言って苦笑するエミヤはしかし、どこか穏やかな気配を持っていた。エミヤが魅せるその穏やかな様子が堪らなく羨ましく、二人の会話から視線を反らし、立香の方へと歩き進む。二人の進む先には焚火の炎が見え、先ほどのフランス組と同様に、また此方でも英霊が団子を食べているのだということが実に良く理解できた。立香とマシュも先に進まず待っているので、それに追いついたら歩いて共に、焚火のほうへと向かう。

 

 今度も、焚火を囲むのは三つの姿と一つの巨大な姿だった。一人目は和装の侍。二人目はあの巨大な亀竜を召還したサーヴァントとその亀竜。そして最後の一人は見たことのない法衣のような鎧姿の男だった。三人で焚火を囲みながら、月を肴に団子を食べているのが見えた。

 

「お、来たわ―――来ましたね」

 

「マルタ殿、開幕から仮面が剥がれそうで」

 

「そんなことはありません。仮面など被っておりません……こほん、久しぶりです。あの時は狂化故に敵対の道しか選べませんでしたが、こうやって、理性を保てた状態で会える幸運を喜びたいと思います」

 

「えぇ~、本当でござるかぁ~?」

 

「姐御もあんな敗北ウチの島じゃノーカンとか言ってへんかったやろか」

 

 和装の侍と亀竜がまるで煽るかのように言葉を放つと、音を立ててマルタ―――聖女マルタの額に青筋が浮かぶのが見えた。見た目通りの聖女ではないのだろうなぁ、というのは今の会話だけでなんとなくだが把握できてしまった。まぁ、アルトリアの時点で過去の英雄や偉人に対して幻想を抱くのは完全に諦めているが故に、どこかそうか、そういうキャラか、と納得してしまう気持ちのほうが強かった。

 

「おや、いつぞやの門番ではありませんか。確か佐々木小姑でしたっけ」

 

「惜しい。実に惜しい。だが小姑なのは拙者というより女狐の方であったが故、今度出会うことがあればこの小姑め、と言ってやるが良いだろう。うむ。それはそれとして、そちらの弓兵も久方ぶりである。何ともまぁ、懐かしい顔ぶれが揃うものである」

 

『アルトリア、エミヤ、佐々木小次郎は彼らの世界線での相対相手だったわね、確か。うーん、面白い繋がりね。この特異点では平行世界で発生した聖杯戦争の結果、その記憶が存在していたりしなかったり、その英霊が召喚されたり中身だけが違う英霊だったり、色々とミキサーで混ぜてごった煮の中身をぶちまけたみたいな感じになっているわね』

 

 一種の聖杯戦争同窓会とも言える状態だろうか。まぁ歴史規模での聖杯戦争なのだ、この特異点巡り、グランドオーダーは。そう考えると召喚されたサーヴァントに縁のある存在やサーヴァントが出現するのは納得できる事かもしれない。何せ、サーヴァントの召喚システムとはその不確かな縁や繋がりといったものを手繰って召喚しているのだから。

 

「私だけはこの中では初顔のようですね? サーヴァント・ライダー、ゲオルギウスです。よろしくお願いします、カルデアと皆様がた」

 

「あ、どうも、よろしくお願いします」

 

 ゲオルギウスと名乗った男が立香と握手を交わす。さあさ、どうぞと立香が言って示されたのはゲオルギウスの横だった。それはゲオルギウスが腰かけている倒木の上であり、どうやら交流でもしようという魂胆らしい。なぜだか解らないが、ほぼ反射的に、この男ならば信用できる、という確信が自分に合った。それで思い出す。

 

『そう、竜を屈服させた者ゲオルギウス―――()()ゲオルギウス。体質的にはどうかはわからないけど、その称号は貴方の背負うものと一緒よ』

 

「聖人、か……」

 

 その言葉には複雑な感情しか残らない。はたして、聖人とは何なのだろうか、としか自分には言えない。与えられた名、体質、期待、そしてどう見られるか。はたして、聖人とは何なのだろうか。自分は一体何を求められていたのだろうか。

 

「―――個人的に私はその言葉に対してあまり深く考えるべきではないと思うけどね」

 

 此方の呟きにマルタが反応していた。深く考えるべきではない? と首をかしげながら呟けばそうね、とマルタが言う。

 

「えぇ、まぁ、最終的な事を言ってしまうと私達が主の声を聴いたところでその意思を理解することはできないわ。だからこそ深く考えるだけ無駄よ。宗教、そして信仰とは盲目のままに信じる事ではなく、自分がそれをどう感じたかが一番重要なのだから。だから貴方はその肩書に惑わされる事なく、自分の意思で選び、そして感じたことに胸を張ればいいわ。この世のあらゆる問いに答えはないんだから」

 

 それは―――正論だった。そう、正しい。どこまでも正しく、そして真っ当な言葉だった。だけど俺がほしいのはそんな言葉ではなかった。それは今必要な言葉ではなく、

 

「もっと……昔にそれは……欲しかったなぁ……」

 

 あの頃、家を飛び出す前の子供のころに一番ほしい言葉だったかもしれない。誰かが俺にそれを教えてくれていればまた違う人生を歩めたのかもしれない。そう思うとどうしようもなく悔しく、そして虚しかった。結論や答えとは別に、

 

 今、ここにある自分の姿がその末路だと知るからだ。




 えぇ~本当でござるか~? とかいう伝説の名言を残してしまった罪深いイベントでもあった。

 聖人、カタチにはそれぞれ色々とある。


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月の下でから騒ぎ - 6

 海岸で団子パーティーと、そして聖人との交流、エミヤ達は佐々木小次郎とかつて彼らが経験したという第五次聖杯戦争についてを軽く語り合ってから、別れてそのまま先へと進む事になった。海岸を離れて街道に乗ると、いつも通りウェアウルフが邪魔をするように襲い掛かってきていた。もはやウェアウルフの対処にも慣れたもので、戦闘は面倒になった部分もあり、エミヤが赤原猟犬を大量に投影し、それを適当に放ったら後はオートで殺戮するという作業じみた光景を開始し、本人もカルデアによるバックアップのおかげで出来る事のため、どこか感慨深そうな表情を浮かべつつ、妖精曰く、

 

 全自動団子狩りマシーンが完成された。あとは団子が落ちている方角へと、それがドラゴンスレイヤー団子チームに示された道であるのだと確認しつつ進むだけであった。夜、夜風に当たりながら旅をするというのは立香とマシュには初めての経験だったらしく、ロンゴミニアドの光が照らす範囲、興味深そうに辺りを見ながら段々と草地の大地から荒野へと足場を変えてきていた。敵もウェアウルフから変わり、ゴーレムが次第と目立つようになってくる。

 

 それでも結局は、最低限英霊であれば一撃で倒せる程度の雑魚でしかない。

 

 団子を回収し、カルデアから支援物資として送られてきたあんこを団子の上に乗せ、歩きながらもそれを口の中に放り込んで味わう。どうやら妖精も最近では視覚だけではなく、味覚や触覚までをも共有しているらしく、此方が団子を食べていると、幸せそうにしなだれかかってくる。発言と中身の厄さで忘れそうだが、一応は女子なのだ―――これも。まぁ、そうしている間は可愛くて静かなので、悪くはない。

 

 ただ、歩きながら思い出すのはかつての旅路だった。

 

 聖女マルタ、そして聖人ゲオルギウスは、そう呼ばれるのに相応しい清廉な人物達だった。あの二人は聖人と呼ばれるのに相応しい精神性を持っておきながら、主の教えというものを狂信、盲信していなかった。宗教とはあくまでも道標であり、その真実は個人の自由であるというのを理解した上で、その道に殉教する事を選んでいた。彼らは悟りを開かなかった。彼らは至った訳ではなかったのだ。だがそれでも、苦痛の満ちるこの人間の世の中で、自分が信仰するのに相応しい、それだけの理由を見つける事ができたのだ。

 

 聖人と呼ばれるマルタとゲオルギウスはしかし―――人だった。そしてそうやって二人を通してみることで、オルレアンのジャンヌ・ダルクを思い出す。彼女もまた人だった。迷い、苦しみ、嘆き、そしてその先の終わりで()()()()()()()という答えを出せたのである。裏切りの果てでそう結論を出せたのであれば、彼女もきっと、門司と同じ答えに至ったのだろう。

 

 ()()()()()()、のだと。

 

 ―――俺にはそれが納得できない。認めたくはない。認めたくはなかった。

 

「そう、俺はそれが我慢ならなかった」

 

 神は人を生み、悪戯に運命に干渉する。だが彼らの玩具である人は時折、その手から逸脱する超越者を生み出す事がある。星の開拓者とも呼ばれる彼らは人類のバグと呼んでも等しい存在だった。だから、そう、全ては神の掌の上ではない。それだけは確かだった。きっと、門司は正しいのだ。それだけは確信していた。あの男は悟りの境地にあったと言ってもいい。アレはすでに俗世から半歩踏み出ている。だから人類というカタチを俯瞰できる。だからこそ、あの男の言葉に疑いはない。

 

 だけど、()()()()()なのだ。どこかにバグがあるはずに違いない。神という視点も、力も、声も、システム的な救いもいらず、どこまでも人間らしく、どこまでも人間のみで、古くからとかそうじゃなくて―――今だ。今を生きる、その形にどこか、答えがある筈なのだ。人は神にのみ救われるのではない。宗教のみが死に安らぎを与える特効薬ではない。どこかに絶対的な答えが存在する筈なのだ、と。

 

 聖人達との会話を通してやはり、思った。どうしようもなく、自分は、不安なのだ、と。過去も、未来も、そして現在さえも解らない自分の事が。だから、極々自然に思い出した感情があった。そう、思い出してしまったのだ、心臓を掴み、放さないように握りつぶそうとするこの感情を。

 

 ―――恐怖だ。

 

 俺は、死ぬのも答えを得るのも怖いのだ。

 

 

 

 

「くんくん……くんくん……お団子の気配はこっちね! 私へのお供え物……!」

 

「アレ、隠す気があるのか?」

 

「いい感じにマスターとマシュがくしゃみをしている間の発言のあたり、女神の必然力の力らしい。そんな無駄なことに神の力を使わないで欲しいと言いたい」

 

 張り切ってお団子サーチをしているオリオン(仮)の姿を後ろからエミヤとひそひそ声で話しながら眺めている。オリオン(仮)が指差した方角へと向け、妖精が目を凝らすと、僅かにだが空へと向かって上る煙が見える―――また焚火か、と思いつつも、これは誰かが存在するという証でもあった。ぴょんぴょん跳ねながら団子、団子と口うるさくする女神の相手はめんどくささの極みにあるので、完全に相手を立香に丸投げしている。

 

 時折ヘルプコールがはいるが、男性一同はそのコールを完全に無視する事にしている。

 

 誰が好んであんな恋愛ゆるふわ脳と話したいというのだ。そんな事で先頭とやや温度差が開きつつも、女神式団子探知術で大量の団子の気配へと向かって進んでゆけば、やがて、焚火を囲む二人組を見つける事ができた。片方は褐色肌の男であり、もう片方は腹が大きく出た赤い服装の男だった。両者共に直接的な面識はないものの、その正体はマテリアルを熟読する事で理解している。

 

「カエサル帝とカリギュラ帝か」

 

「いかにも、私であり」

 

「ロォォォォマァァァァ!」

 

「である」

 

「今の流れ絶対スタンバって練習してたな、このぽっちゃり皇帝」

 

 立香も立香でサーヴァントに対するしゃべり方から一切の容赦が消えている。最初に見せていたサーヴァントに対する怯えというものが完全に消え去っている。そういう所を見るとまず間違いなく成長していると言えるのだが、気難しいサーヴァントの相手はこのままで大丈夫か? と思わなくもない。ともあれ、立香がカエサルとカリギュラを前にしながらもハンドサインをさりげなくしてくる。それは戦闘準備、というハンドサインだった。いつの間にそんなものを、と思ってエミヤへと視線を向ければドヤ顔が向けられてきた。教えたのはお前か。

 

 そう思いつつも、中央で二パーツに折れるように分かれる直径二メートルのバスターライフルをシェイプシフターで形成する。繋ぎ合わせて完成させた姿の中央手前を右手でつかみながら、末端部分を脇で抑え、左手を添えて支えないと持ち上げられないほど重く、長大なライフルである―――無論、アトラス院の技術者、そしてカルデアの技術者がワンハンドデスマッチを開催しながら開発したという頭をキメてる経緯の果てに完成させれたカルデア(すごく)ウェポンズ(キメてる)コレクション(産廃共)である。人間が構えようとしたら腕が折れる、反動で腕が消し飛ぶ。だが英霊を殺すだけの火力は確保している。そういう兵器である。

 

 少しぐらい軽量化させるフリぐらいはしろ。

 

 ともあれ、弓よりも此方のほうが感覚的に合う―――というより原始的な武器よりも近代兵器のほうが中東での経験の結果か、良く馴染むのだ。その為、梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放てる武装で弓かこのバスターライフルの二択の場合、此方を選ぶ事にしている。ともあれ、静かに裏で戦闘準備をしていると、

 

「いや、待て、裏で何をやっている」

 

「いや、戦闘準備」

 

「待て待て待て。それは少々早計ではないか? 貴様が使命に燃え、全力を尽くすのはいい。だがその為に一番手短な手段として暴力を選ぶのはいけない。マスターであるならば思慮を選ぶべきだ。目の前の相手がどういう存在であり、そして何を尊ぶのかを理解するべきである。そのうえで私は言いたい」

 

「せんせー、あの岩山にぶっぱオナシャス」

 

先生はやめろ(ブラフマーストラ)

 

 立香が指さした方角へと向けて適当にぶっ放す。光が地を砕く力となり、銃口から放たれた砲撃とも表現する破壊は最初の一瞬はか細い光の筋が一瞬出現して消えるだけだったが、直後、その先にある岩山に衝突し、そのまますさまじい衝撃と爆裂を生み出しながら岩山を大きく抉って吹き飛ばした。

 

「カエサルってほら、まず間違いなくしゃべらせると煙に巻かれて追求したいことが追及できなくなるから先に武力を背景に上から押しつぶすのがいいかなぁ、って」

 

「正しい、実に正しい。正しすぎてその遊びもないやり方を教えた者が誰だか気になるぐらいだ。うん? 余裕がなくてはいかんぞ? なにせ、余裕とは人生の彩だからな」

 

「謎のヒロインZさーん」

 

「そぉい」

 

 別の岩山が消し飛んだ。今度ははっきりと、影も形さえも残さず、クレーターしか残さない。やはりロンゴミニアドの様な宝具と比べるとこれでは威力が低いなぁ、と悩まされるのは事実だった。いや、だがロンゴミニアドは連射が利かないという明確な弱点を持っている。それと比べ、まだ連射が利く此方は持てる役割が違う。そう考えよう。隙のある大技と、その合間を埋めるコンビネーション、そう信じよう。

 

 エミヤの方が遥かに便利とか考えたら自分の存在意義が危ないからそう考えるのは止めよう。

 

『ぶっちゃけエミヤに特攻武器を出させてそれを装備すれば特攻系スキルとかいらないわよね』

 

「的確に俺の存在意義を失わせようとするのはやめろ」

 

 小声で他の誰にも聞こえないように呟く。ダメだ。一度そうやって考え始めると、嫌なことばかり頭の中に浮かび上がり始める。それをかき消すように軽く頭を横へと振り払った先で、カリギュラがカエサルを諌めていた。どうやら団子を守ろうとするだけ無駄だとカリギュラの方は先に悟ったらしく、大人しく団子を返そうとし、カエサルは団子の存在を名残惜しみながらも、それに渋々従うことにした。

 

 バーサーカーにしては理知的な面を見せるカリギュラの姿に少しだけ、驚いた。

 

 だがその直後、団子を渡そうとそれが入った巨大な袋を開けた瞬間、真っ二つに割れたのを見て別の意味で驚いた。

 

「お団子はいい文明。破壊しない」

 

『えぇー……』

 

「これありっすか……えー……」

 

 破壊神が袋の中から出現した。しかも団子を食べている。真っ二つに割れ、ネロォと叫んでいるカリギュラのことを全員が無視し、しばらく無言のまま、袋の中から出現したアッティラ大王を見ていた。ローマで見せた無機質で破壊神的な姿は潜み、まるで普通の少女のように団子をおいしそうに食べていた。その大きすぎるギャップに誰もが動けずいるか、或いは呆れていると、

 

「あっ、セファ―――うん! 私急用思い出したから帰るわ! それじゃあ! やっぱり団子より命よね!」

 

「女神貴様!! ここでぶん投げるのか!!」

 

 またあとでねー、とか言いながら空を飛んで女神が逃げて行く。お前、それができるなら最初からやれよ、と思いつつ、なんだこれ、としか言葉が出なかった。というかそこで逃げるのか。そうか、逃げてしまうのかー。

 

「やけっぱちになっていないかアヴェンジャー」

 

「正直半ばなってる自信はある」

 

 エルメロイ2世はそうだよなぁ、とどこか、深い疲れを感じさせる溜息を吐いていた。それだけでこの男も日常的にカオスの被害を受けていたのだと悟れてしまった。そこまで軽く場が混沌としたところで、団子を食べていたアッティラは袋からもぞもぞと出てくると、軍神の剣を抜いた。

 

「我が名はアルテラ。アッティラではなくアルテラ。アッティラは可愛くないのでアルテラだ」

 

「あ、はい」

 

「お団子はいい文明」

 

「はい」

 

 アルテラの視線が飛んで逃げる女神へと向けられた。

 

「お月見は悪い文明」

 

「一概にはそう言えないんですけど、今回に限ってはそれが否定できないのが物凄い所ですよね」

 

 マシュのその言葉に全力の同意がかかった所で、カエサルが待て、とアルテラへと言葉をかける。

 

「というかなぜカリギュラを切り殺した」

 

「いきなりアップで怖い顔があったから」

 

「それはしゃーない」

 

「死んで当然だな」

 

 うん、そうだな、問題解決―――カルデアに帰ってふて寝したくなってきた。というか今から帰って寝ちゃダメなのだろうか。もう、なんか、人理修復とか記憶を追いかけるとか激しくどうでもよくなってきた……。

 

『頑張れ、ほんとマジで頑張って! ここで折れちゃ駄目よ! ほんと、あきらめちゃ駄目だから! 心を強く持って! お願いだから諦めないで! 冗談じゃなく! ほら、マスターくんがなんか仕事して貰いたそうな顔をしているから!』

 

 本当か、って視線を立香へと向ければ、

 

「先生、多少手荒でもいいんで、そろそろ横暴な女神をひっとらえて事情聴取ってことで」

 

「その言葉をずっと待っていた」

 

 まぁ、何というべきか―――隠そうともしていないんだから、少し考えるか入れ知恵すれば余裕で解る。それだけの話だった。ともあれ、そうだな、頼まれては仕方がない。

 

「このもやもやとカオスと鬱憤の復讐を受け取って貰おう」

 

 ちょうど、対神でぶっ放した場合、一撃で消し飛ぶかどうかを試したかったのだ―――精々一撃で消し飛ばないことを祈って連射しよう。そう思考してから、

 

 鬱憤を晴らすがごとく―――夜の空に乱射した。




 戦力がそろっていてどう見ても確殺なのにそう都合よく戦闘に発展するわけがないだろ!! 戦うのを躊躇するわ!

 まぁ、事情知ってるというか神だったら逃げるよな。しゃーない。


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月の下でから騒ぎ - 7

「いや、あのな、そんな悪い奴じゃないんだよ本当は。うん、まぁ、正確に言うと悪いんじゃなくて頭が悪いんだけどな。ちょっと頭が緩いだけなんだよ。うん、まぁ、神となるとそのベクトルもぶっ飛ぶんだけどな。という訳で……うん。言い訳させてやってください。いや、ホントお願いします。本当に悪い子じゃないんで」

 

お、そうか(≪復讐者:神は殺す≫)

 

「あ、これダメみたいですね」

 

 海岸近くで撃墜されたオリオン(仮)が目を回しながら大の字で砂浜の上に倒れているところ、彼女の代わりに対応したのはクマのマスコットの様な小人だった。バスターライフルを突き付けて脅迫していると、ものすごい勢いで言い訳と謝罪と、そして女神をかばい始めるので、これが面白い。みんなが合流してきたのでこれ幸いとクマに話させる。

 

「さあ……吐け」

 

「あの、凄い喋り辛いんですけど!」

 

「さあ……吐け」

 

「あ、これループするやつだ」

 

 ガシャリ、と音を立てながら構えていると、まぁまぁ、と複数の手で窘められる。解せぬ、せっかくのゴッドスレイチャンスだったのに、と思いつつ後ろへと下がり、クマに話す余裕を与える。代わりに前に出た立香がそれで、説明を求めてくる。それに対しクマが姿に見合わない男らしい声でおう、と答えてくる。

 

「まぁ、タネを割っちまうと()()()()()()()()って寸法だ」

 

「開幕からどでかい爆弾を投げ込んでくるなぁ……」

 

「おっとぉ、話はまだ終わらないぜ? 俺がオリオンでこいつはアルテミスだ。普段はゆるふわ恋愛脳な駄女神だけどなー。まぁ、将来的に俺かこいつが召喚()()()()()()()()()って縁があったわけだ。今回の顕現はそれを逆に辿って召喚される運命があるのにその縁はこの時出来た、って定義して出現したんだよ」

 

『なんだそれは……めちゃくちゃだし順序が逆だ! 縁が出来るからこそ召喚可能になるのがシステム・フェイトだ。なのに将来的に縁が出来るから縁が出来ていたことにする……なんて完全に無茶苦茶だ。時系列を無視している!』

 

「お、良く解ってるじゃねぇか軽薄そうな兄ちゃんの声よ。そうだ、そりゃあ滅茶苦茶だよな。順序が正しくねぇ。だけどな()()()()()()()()。お前、誰にモノを言ってんだ? 俺も、この恋愛脳も神だぜ? 神性BでもAでもねぇ、完全な神の形だ。そりゃあ神霊として顕現する上で弱体化しているし、本体とは別ともいえる形になっているぜ? だけどそれでもカミサマ、って奴だ。これぐらいできてそりゃ当然だろ」

 

『強力な神霊にのみ許されたバグ技って奴だよ、ロマニ。まぁ、それが今回このような形で出現したのは驚きだけど』

 

 ダ・ヴィンチはどこか、今回の出来事に関して納得してしまったらしい。さすが天才は違うな、と思いつつ神霊であることを自慢し始めたあたりから武装をガチャガチャし始める。

 

「アイツ怖いんですけど!!」

 

「安心したまえ、ただのゴッドスレイヤーだ。つい最近実績を上げたばかりでスコア数を伸ばすことに少し張り切っているだけだ」

 

「新入社員かなんかかよ! 上司だったらもうちょっとケアしてやれよ」

 

「カルデアでは自由な社風が特徴でして……ってそうじゃないや、オリオン、説明の続きを宜しく」

 

 立香に促されておう、とオリオンが言う。

 

「まぁ、そんな難しい話じゃねぇんだけどよ。つかほら、月ってのはこのゆるふわ脳の象徴だ。んで月見団子ってのは月に対する奉納品だろ? そこに僅かでも儀式や信仰としての形が成立してりゃあもう系図としちゃあ完成よ。システム・フェイトなんてもんを置いてるんだからそりゃあもう()()()と繋がり易いしな。だからそれを通して目覚めちまったんだよ、このバカは。それに引っ張られて俺も起きて、だけど顕現したばかりじゃ魔力不足でおなかぺこぺこ。そうなったら奉納品を頂くしかねぇだろ? って訳で縁を利用して逆にカルデアに乗り込んだんだよこのバカは……」

 

 改めて聞くが、本当に滅茶苦茶だ。完全にサーヴァントが行える範疇を超えている。こんな事が出来るのはまず間違いなく普通ではない。少なくとも現在、カルデアに召喚されている英霊でそんな無茶苦茶なことは―――いや、一人だけ似たような事をやっている。アルトリアだ。彼女もまた霊基の改造や召喚の利用等のバグ技を行っている。しかしそれはマーリンという一人の魔術師の手を利用したものだ、だったか?

 

「ちなみにわかってると思うけど、俺、本来はこんな姿してないから! もっとモテるダンディな恰好してたからなギュェ」

 

「ダーリン? 姿がなんだって?」

 

「あ、いえ、ほんとなんでもありません」

 

 いつの間にか意識を復活させていたアルテミスが倒れた状態から片手でオリオンを掴んでいた。なんというか、それだけで力関係というものか、二人の関係と言えるものが見えてしまった。ヤンデレに捕まると人生、ほんとそこで終わりだな、というのを悟ってしまった。まぁ、恋愛とか結婚とか、そういうものからこの世でおそらくは今、一番縁遠い場所にいるのだから気にするだけ無駄だというべきなのだろうが。それはそれとして、オリオンに対して同情心が湧いてくるから困った。

 

「ぐぬぬぬ、私のお団子総取り計画が……あ、今からこの霊基で出来る本気の勝負とかしてみない? 勝ったら私たちが団子総取りって事で―――」

 

 アルテミスの発言の直後、石柱が空から一本落ちてきて、近くに突き刺さった。エルメロイ2世の孔明としての宝具、その一部を開放したのだ。それに合わせて静かにバスターライフルを再び構え直す。それを見ていた立香がうん、と頷いた。

 

「戦うなら最初に固有結界で逃げ場を封じたうえで陣地形成して動きを封じ込めたうえで対神宝具を連打するよ? というか俺じゃ止められないかも」

 

「殺る時は徹底的に、をモットーとしているブリテン人です」

 

「殲滅作業は得意、通りすがりの掃除人だ」

 

「神は殺す、神は殺す、神は殺す、神は殺す、神は殺す……」

 

「え、えーと……先輩は守ります!」

 

「素直に負けを認めような、お前」

 

「いーやーだ―――!」

 

 

 

 

 それから駄々を捏ねるアルテミスにオリオンが締め上げられつつ、残ったカエサルとアルテラを混ぜながら、月見を再びやり直す運びとなった。幸い、団子は回収できるどころか腐るほど余っていた。本来カルデアに保存されていた月見用の団子はエミヤが用意した分を含めて、カルデアのスタッフ全員分のそれしかなかった。だが現在、発見された団子はそれこそ数日分の食糧に匹敵するレベルに増えている。これもまた、神の奇跡や祝福に該当する行いらしい。そのおかげで、食べても食べても団子が減ることはなく、いったんエミヤが団子と一緒に食べるためのタレやあんこ、酒の用意などでカルデアへと戻ったりなんてして、

 

 プチ宴会とも言えるものを開催した。

 

 召喚されない限りは、特異点という領域でしかサーヴァントたちは存在できない。そしてそれですら泡沫の夢でしかない。だが、だからこそそこでしか出来ない出会いもまた存在する。オリオンとアルテミスのコンビもまたそういう類の存在だった。神性だ―――本物の神性である。そんな存在、通常の聖杯戦争では絶対に出現することはできず、このグランドオーダーでも普通は出現することはない。こんな、お祭り騒ぎの特異点だからこそ存在できるのだ。そしてこんな場所だからこそ結べる縁というものが存在する。

 

 立香の一つの役割―――或いは才能、それは縁を結ぶこと。

 

 彼は凡庸だ。指揮が飛びぬけて上手な訳ではない。誰よりも強い心を持っているわけではない。絶対に諦めない心を持っている訳でもなければ、特別な力を持っているわけではない。だが、ただ一言、彼は恥ずかしがらずに言えるのだ―――助けて、と。それが藤丸立香の持つ才能だと思っている。そして助けを求められた英雄で、助けに来ない者はいない。その一点に関してはまず間違いなく彼は才能を持っていると断言できた。そうでもなければ、こんな一流の英霊ばかりが集まる訳がないのだ。

 

 とはいえ、始まりがあれば終わりもある。

 

 女神アルテミスがオリオンの縁に割り込む形で現界したこの宴会は、アルテミスが満足するまで団子を食べ続け、酒を飲んで騒いで終了することとなった。本来の特異点捜索と比べれば遥かに平和に終わった特異点探索はあっさりしすぎる結末と言っても良かったが、それでまた、まだ見ぬ英霊と縁を結べたことを考えれば十分すぎる事だった。召喚には届かないも、聖晶石を入手する事もできて、成果としては十分すぎるものだった。

 

 意外だったのはアルテラがさっくりと殺された事を許してくれた事か―――彼女としてもあの顕現は非常に不本意だったらしく寧ろあっさり始末してくれた方が逆に助かった、とか。

 

 そんなこともあり、馬鹿騒ぎは終わった。フランスでは出会わなかったマリー、アマデウスと縁を結び、そして新たに聖人と東洋の侍とも縁を結んだ。聖晶石で英霊を召喚する時、きっと彼らはカルデアの呼びかけに―――いや、立香の呼びかけに答えてくれるだろうというどこかしらの確信があった。突破した特異点は冬木、オルレアン、そしてローマの三つ。冬木の聖杯はローマに持ち込まれたことを考えれば、クリアしたのはローマとオルレアンだけだ。

 

 七つの特異点の内、まだ二つだ。

 

「ふぅ―――」

 

 息を吐きながら転がり込むように自室、ベッドに倒れこんだ。宴会やお祭り騒ぎ、酒を飲んだ影響で少しだけ火照った体にベッドシーツと枕の冷たいとも取れる感触は心地よく、ベッドの中に倒れこみながら静かに顔を枕に埋めた。ふぅ、と再び息を吐きながら酒で少しだけ、調子を狂わせている鼓動を聞いた。これが響くのを聞いて、自分はまだ生きている。ここに存在しているのだと、確かに自覚した。あぁ、だけどそれを自覚すればするほど、逆に恐怖を感じる。

 

 そう、恐怖だ。聖人との対話はそれを俺に思い出せた。根本的に消えることのないもの、すべての人類が持ち得る最も原始的な負の感情の一つ―――恐怖。俺は恐れている。恐れることを思い出し、そして知ってしまった。恐怖とはなんであるかを、いったい何を俺が恐れているのかを。段々と欠けていた歯車が体の中に揃って行くのを感じる。それで人間性というシステムが回りだすのを理解する。

 

 だがそれは同時に、人間性をそぎ落としたからこそ可能だったという機能を停止させて行く。

 

 改造行為を体内を入れ替えてゆく作業だというのなら、思い出して行く事は心を入れ替えて行く作業だった。自分の意思等とは関係なく思い出せば思い出すほど、自分という存在が変質して行き、まったく訳の解らないものへと変わって行く。初期の己であれば恐怖する事はなかったし、こんなことで悩むこともなかっただろう。それもそういうものだ、と納得していたかもしれない。だがそれを今の自分は出来ない。

 

 経験と過去を虚ろの英知とリンクさせる事で、経験して来た事、旅を通じて身に着けた知恵等の技術は高いランクで能力を発揮できるようになったのは事実だ。そういう意味では強くなっている。使える武器だって増えているのだから。

 

 だけどそれと引き換えに―――心は弱くなっていた。

 

 悩み、惑い、怒りのままに答えを闇雲に求めたあの頃の己と、機械的に行動に疑問を持たない人形である己が、変に融和してしまっている。そのせいか、自分の存在そのものが酷く不安定のように感じた。

 

「答えを……答えを知りたい……」

 

 胸が苦しい。不安が心を満たしている。こうなってから感じたことのない感情に、心が振り回されており、それが吐き気を誘っている。だが弱音を吐く事はできない。近いうちに第三の特異点への道が開けるのだから。自分はそこで戦わなくてはならない。だからまだ、倒れる訳にいかない。弱音を吐くわけにはいかない。まだだ、まだ戦わなくちゃいけない。

 

 そう、呟いたところでふと、暖かな感触を感じた。

 

『―――大丈夫』

 

 目を開けば、妖精が両手で頭を抱き込むように抱きしめる姿が、彼女の目を通して見えた。そのまま彼女は顔を髪に埋めて、囁くように呟く。

 

『大丈夫、大丈夫よ。全部上手く行くわ。大丈夫―――大丈夫。私を信じて―――』

 

 優しく、そして想いを感じる、体の芯にまで響く様な声に眠気を誘われる。それを感じて段々と落ちて行く意識の中、ベッドの上、彼女に頭を丸まって抱きかかえられた様な姿勢のまま、目を閉じ、

 

 そのまま、夢の世界へと落ちて行った。




 予想外にイベントの癖に長くなったなぁ、というかお前オルレアンよりも長くない? 長くない……? って感じで。

 あヴぇんじゃー は きょうふ を おもいだした。

 人間性を取り戻す≠良い事ばかりとは限らないと見せつつ次回からオケアノス。


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第三特異点 封鎖終局四海オケアノス
過去への船出 - 1


 第三特異点の特定が完了した。そのブリーフィングの為にベッドを抜け出し、管制室へと向かおうと立ち上がろうとして、

 

 ―――体がよろめいた。

 

 それはまるで体の動かし方を急に忘れてしまったかのような感覚だった。おかしい、こんな筈では。そう思いながらよろめく体を引きずり、何とか扉まで進み、開けたところで扉の溝に足を引っ掛けて、冷たい、金属質の床に転んでしまった。そこに偶然、近くを歩いていたブーディカが通りかかり、助けられてしまった。あれよあれよという間に部屋に戻され、そしてロマニが検査にやってきた。特に体に対して異常を感じないだけに、自分の中でも困惑があった。ゆえにおとなしくロマニに検査を受けて、最近何があったのかを話して行く。

 

 記憶を徐々に思い出してきた事。昔の技能を幾つか取り戻した事。感情を少しずつだが芽生えさせている事。自分という存在に対して最近は深く考えている事など、それをロマニへとひとしきり告げてから、ロマニの検査を結果を聞く。

 

「―――うん、混乱だね」

 

「混乱?」

 

 自分の部屋、ベッドに腰掛けながらそんな言葉をロマニから聞いた。今日は後ろから抱き着く形で妖精もロマニの話を聞いている。そうだね、とロマニは呟きながら言葉を続ける。

 

「簡単に言うなら本来果たすべき設計がハードとソフトウェアで合わなくなってきているから、その齟齬によってちゃんと体を動かせなくなった、というのが正しいかな。うーん……そうだね、もうちょい噛み砕いて話をするなら、君の体は最新鋭の科学と魔術の技術で人工的に構成されているものだというのは理解しているよね?」

 

 あぁ、と答えながら頷く。それを聞いてからロマニが話を続ける。

 

「無論、君の脳内の記憶もその為に一旦すべてクリーニングされた訳だ。そしてそこにOSとして搭載されたのが君のスキルとして活躍している虚ろの英知だ。それが君という存在の中身でもある、という事だ。それが君本来のマニュアルであり、OSのすべてである筈だったんだ―――だけど、今は違うよね?」

 

 そう、焼却され、消え去った筈の記憶を、そして知識が流入している。蘇生している。復活している。本来はあり得ない現象だと、妖精は説明している。そしてその説明を聞く限り、それは物凄く正しいと感じる。この記憶の復活は本来、そう簡単に発生するものではない筈だ。

 

「うん。そうだ。今の君はそれ以外の記憶がある。元となった君の記憶の話だ。そしてそれは……えーと、四十数年だっけ? そんな時間を蓄積し、元々の君という人物を動かすために育て上げられたシステムだと考えればいい。無論、それはアヴェンジャーという存在を動かす為のシステムではないんだ。丸っきり違うさ。元々の君は体質はどうあれ、肉体的には普通の人間だった。だけど今の君は金属を骨格としている人造英雄だ」

 

 ロマニの説明になるほど、と納得する。

 

「つまり肉体はそのままなのに二種類の記憶が存在するせいで、体の動かし方がこんがらがっちゃってるのか……」

 

「まぁ、簡単に言うとそうだね。記憶を思い出す弊害……嬉しい誤算ってやつだよ。おめでとう、アヴェンジャー。君はついに自分の体、と呼べるものを思い出せる段階まで記憶を修復してきているんだ」

 

 おめでとう、と言って伸ばしてくるロマニの手を取り、握手を交わした。

 

「君のその混乱は多分一時的なものだよ。人間の脳ってのは結構便利なもので、誤差の範囲であるならある程度はアジャストしてしまうから、しばらく休めばまた普通に動かせるようになるさ……で、一体何を思い出したのか、それを聞いてもいいかな?」

 

 告げるべきかどうかを考えたが―――やはりロマニにはなるべく、隠し事をしたくなかった。昔なら大丈夫だと否定していた事だろう、と思いつつ、口を開いて告げた。自分が憎悪の他に恐怖を感じるという点を。それを聞いたロマニは尚更いい事だ、と笑みを浮かべた。

 

「正直君には自己犠牲のケが大きかったからね、所詮は自分は消耗品で英霊が代替出来る、って。だけどボクやレオナルドの友人である君は一人しか存在しないからね、そうやって消えてもらうとなんだ……ただでさえ広くなって寂しいカルデアがもっと寂しくなってしまうからね。グランドオーダーが終わった後も付き合ってもらわなきゃ困るよ」

 

「傲慢な奴だ。俺に死ぬな、と言うのか」

 

「友達を名乗るのに傲慢はないだろう? まぁ、本当ならオケアノスに行って貰いたい所だけどこんなコンディションで送り出すなんて殺害命令もいいところだしね。たっぷり数日は様子を見るついでに休んでもらうからおとなしくしておいてね―――あ、所長代理命令だからね」

 

「命令なら仕方がないな、おとなしく従おう」

 

「うん、立香くんたちにはボクから説明しておくから、お大事にね」

 

「あぁ、解った……残念だが大人しくさせて貰うさ……」

 

 部屋から出て行くロマニの背中姿を見送ってから、そのまま横にベッドに倒れこむ。背中から感触が消え、ベッドの横に視界が出現する。それを確認してからベッドに仰向けに転がると、マウントを取るように妖精が腰の上に跨ってきた。そうやって上から見下ろされるのは新鮮だな、と思っていると、そのまま、抱き着くように体を倒してきた。

 

「おい」

 

『ふふ、少しぐらい、いいじゃない。それに今は誰も貴方を見ていないんだから。何よりいつも力を貸して上げてるんだから、少しぐらいは見返りがあってもいいんじゃないかしら?』

 

 そう言ってくる彼女は自分の腰に手を回すように、と言ってくる。なんとなく、あのゆるふわ恋愛脳に近いものをこの妖精も持っているなぁ、なんて事をその要求から感じながらも、そっと手を彼女の腰に回し、抱き寄せた。その表情は見えないが、まず間違いなく笑みを浮かべているのは気配から想像できた。

 

「で、お前が俺の魔力を供給している犯人(心臓)って訳か」

 

 なんとなく察していたが、今まであえて口にしなかった事を口にしてみる。その言葉を受けて妖精はそうよ、と惑わす事もなく答えた。

 

『お察しの通りよ。私自身は魔術回路は1本しか持たなかったから、出力は低かったのよねー。まぁ、こんな風に新しい体、それも魔術回路がたんまりとある所だと出来る範囲が全く違って楽しいわね。こんな自由な不自由、素敵だわ』

 

「自由な不自由、ね」

 

 薄々とは感じ取っているが、この心臓―――明らかに普通じゃない。まぁ、そもそもからしてマリスビリーも何か、ある特性を得るために特別な存在の心臓を移植させた、みたいな発言をした覚えがある。さすがにそれが何であったかまではそう都合よく覚えてはいないが……記録になら残っているのだろうか? 調べれば解るのかもしれない。そう考えると、なぜだかこのままベッドで転がっているのが非常に勿体なく感じてくる。

 

 そもそも、何故今まで調べるという事を考えすらしなかったのだろうか。自分の体の事、自分という存在のデータに関してだったらカルデアのデータベースに残っているはずだろう、と頭を殴られたような感覚を得た。そう、そうだろう。普通に自分のことがカルデアのデータベースに存在する筈なのだ。運搬、管理、利用する限りはタグをつける必要があるのだから、どれだけマリスビリーやそれに纏わる者共が外道だろうが、どこの誰であり、どういう経緯で入手したのかを記録している筈なのだ。

 

『まぁ、貴方の事がデータベースに存在しているのなら既に伝えているでしょうね』

 

「……まぁ、そうか」

 

 となると妖精の心臓がなんであるか―――そして彼女の名前ぐらいは発覚しそうか? 妖精を持ち上げてベッドから起き上がると、手元から感触が消え、背中に張り付くような重みを感じる。片手でベッドの淵を抑えつつ体をよろめかせながらノートパソコンを設置しているデスクまで移動し、ちょっとした苦労をしながら椅子に座り、ノートパソコンを起動する。カルデア内ネットワークにアクセス、そこから虚ろの英知を使ってカルデア内の過去のデータを探る。マリスビリー関連のアレコレであればダ・ヴィンチかロマニが管理しているのだろう。ハッキングなんて今の環境で警戒する必要はないし、たぶん管理もザルだろうと思い、そのまま探索を進めようとしたところで、

 

 軽い、眩暈を感じた。

 

「あ……こんな……タイミング……でか……」

 

 意識が混濁して行く、この感覚は記憶遡行のそれだった。ローマで脱出時に経験したそれ以来の、久しぶりの感覚だった。何もこんな時に記憶遡行―――と思ったりもしたが、実際は立香たちと一緒にいる時に発動せずによかったと思っている。少なくとも醜態を晒すことはないのだから。そう思いながらもやがて、まともに意識を保つことが難しくなってくる。

 

 その直前に、ブラックアウトするスクリーンに妖精の顔が映った。

 

『おやすみなさい。良い夢を』

 

 投げキッスと共に見送る姿を見て、意識を完全に落とした。

 

 

 

 

「―――うーん、こうやってお前の話を聞けば聞くほど、増々ゴータマの奴に似ていると思えるなぁ」

 

 太陽が強く、強く照り付ける日差しの中、上半身裸の状態で、プレート状の自然の岩の上に座禅を組んで座っていた。同じような岩の上にはすさまじく鍛えられた肉体を持つ、短く刈り上げた修行僧風の男―――門司の姿がある。門司も自分も、大量の汗を流しながらもはや拷問とも呼べる乾いた熱気の中で、上半身を太陽の熱で、下半身をその熱の蓄積された岩の上で責められていた。なんでこんな事になってしまったんだ。やっぱり門司の奴とは絶対別行動したほうがいいだろうこれ、とか思いながらも、焼かれる感覚を奥歯で噛み締めながら、勝手に師を名乗り、苦行を課してくる男に答えた。

 

「ゴータマ、ってあのゴータマ・シッダールタですか」

 

「仏陀―――即ち覚者であるな! 小生としても会えるものなら一度は会ってみたい御仁である!」

 

「門司……お前、死ぬのか……?」

 

 此方の会話に師と名乗る青年は短く笑い声を零すといやぁ、と言葉を置く。

 

「相変わらず見ているだけで面白いね、君たちは。それで先の問いに関してであれば肯定だよ。そう、あの悟りを開きし者だよ。と言っても別に彼のように君が清らかだとか、そういう話をしている訳じゃない。彼の生は常に試練と苦行と隣合わせであり、自ら選んでそれに身を投じながら答えを求め続けるものだった。自ら答えを求めて苦行を選んで行く道はまさしく彼らしいよ」

 

 それは褒められているのか、マゾだと言っているのだろうか? まぁ、苦行を自ら選ぶ人間なんてマゾだと認めるしかないのだが。とはいえ、ゴータマ・シッダールタの悟りへの道、答への探求に関しては実に同意できる事だった。願わくば自分も、どこかで納得できるだけの答えを見つけたいものだ。

 

「グル! グルよ! 小生は! 小生はそこらへんどんな感じで! こう、偉人とか神様とかと似てはありませんか! もしくは、こう、開眼しそうとか!」

 

「あぁ、うん。僕としてもそこは非常に驚きなんだけど、悟りを開きそうなのは間違いなく君なんだよねぇ……。いやぁ、偶には異国の者も相手にしてみるもんだ。面白い拾い物もあったもんだ」

 

 呆れた視線を横の門司へと向けるが、そんな視線を受け、門司はサムズアップとドヤ顔を向けてくる。それに反応した(グル)が小石を指で弾いて門司の額に直撃させた。見た目は小さな石で、そこまで威力が乗ってなさそうなものなのに、指で弾かれた衝撃は凄まじく、筋肉の塊といってもいい姿をしているあの門司の上半身をそのまま倒し、焼けた石版の上に背中を叩き付けた。

 

 そのまま、言葉にならない悲鳴が門司の口から吐き出され、師がやれやれ、と息を吐いた。

 

「少し調子に乗りすぎだ」

 

「ぬぉぉぉぉおおお―――」

 

 まだ悲鳴を漏らしている門司から視線を外し、目を閉じて瞑想を続ける事にする。あの浅い褐色肌の青年は、どこからどう見ても同年代にしか見えないような若さをしているのに、まるで遥かな大人のように喋り、接し、そして知性を見せてくる不思議な人物だった。あれよあれよと言う間に捕まって弟子の真似事なんてさせられているが、内容が割と本格的であり、馬鹿にはできなかった。

 

 ―――19XX年。

 

 大学への進学を諦め、勉強を捨て去った俺達は教室では教えられないことを学ぶ為に日本を出た。船に乗って日本から韓国へと渡り、そこから陸路で中国、上海をめざし、かつて人々が交易するために通ったというシルクロードを半死半生という状態で乗り切り、絹を売りさばき、生活を手にするためにどれだけの地獄を味わったのか、歴史の重みを実際に体と足で味わった。

 

 まだ旅は始めたばかり、世界に見るものが多く、門司と別れて旅をする前の話、

 

 シルクロードを通ってインドへと入った俺たちを捕まえたのは一人のインド人だった―――。




 そのままオケアノスに入ると思ったか……? 開幕記憶遡行、という訳で序盤はオケアノスを走り回らずに記憶の海を泳ぐぞ。

 という訳で若モンジと若171。そしてグル。ゴータマを知っているような喋り方、いったい何者なんだ……。


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過去への船出 - 2

「イヤッホォォ―――!! 海! サイコォ―――!」

 

 船首の向こう側に見える大海原へと向けてそうやって叫ぶ。それを聞いていた海賊達がハイホー、と叫び上機嫌に作業に精を出し、ドレイク船長が鼻歌を口ずさみながら操舵を握っていた。海賊島を出て始めた海の旅は実に順調だった。まさかその時代の聖杯を獲得して、ポセイドンを殴り倒す人類がいるとか思いもしなかったが―――まぁ、英雄とか英霊とか、トンデモが現れるのが聖杯戦争だし、オルレアンとローマを通してインフレにだいぶ慣れてきたという感じはあった。いや、謎のヒロインZのインフレが一人だけ激しいから多分それが原因だ。

 

 本気だしたら人理崩壊するとかどうしろってんだ。

 

「マスター、ご機嫌ですね」

 

 マシュの声に振り返りながら、はは、と笑う。

 

「そりゃあそうだよ。人理修復の旅でもなきゃ、こんないい船に乗れる事なんて一生ないさ。なんかもう、最近は胃痛が突き抜けて逆に貴重な経験として楽しめばいいんじゃね? って感じ始めてきた部分があるからね。とりあえず困惑するより波に乗って楽しもうかなぁって!」

 

「海なだけにですかマスター!」

 

「うん! 安直だね!」

 

 笑いながらも潮風を全身で浴びるように両手を広げる―――なんだかんだで、このグランドオーダー探索というのにも慣れてきた、というか感覚がマヒしてきたなぁ、というのを自覚してきた。というか自覚せざるを得ない。なんか最近、ロマニがこうなんだぞ!! と言ってきても、なんか英霊なら固有結界で隔離しつつロンゴミニアド放てばいいし、神性はアヴェンジャーに任せれば大体何とかなる気配あるし、それ以外にもサンソンによる強制処刑、孔明先生による強制的な封じ込め、マシュでの大防御、そしてブーディカという圧倒的な癒しがそろって、カルデアでの生活や、グランドオーダー探索が物凄く楽になってきたのがある。

 

 ―――冬木の頃と比べると。

 

「……と、そうだった。先生が今回休みなんだよなぁ」

 

「アヴェンジャーさんですか? 確かDr.ロマンによるとちょっとした体調のトラブルとか」

 

「うん、なんか……不安になる」

 

 なんというか、アヴェンジャーは―――儚いのだ。今にも消えそうな蝋燭の炎を見ているような、そんな不安を感じるのだ。なんか、積極的に話しかけてからかわないとそのまま消えてしまいそうな、そんな感じがした。そのクセに何時も何時も此方の心配して面倒を見ようとするのだから、困ったものだ。

 

「ま―――あっちは俺と違って大人だし、何とかなるでしょ。それよりも今は」

 

「はい」

 

 進行方向へと視線を向けると、百メートルを余裕で超える巨大イカが出現するが、それを見た瞬間謎のヒロインZが水の上を走り始め、エミヤが調理器具を取り出し始めていた。お前らほんと食えるものなら何でも食おうとするな、と呆れつつ、グランドオーダーを続行する。

 

 

 

 

「おう、マジか。マジでシルクロード渡り切ったぞおい」

 

「はーっはっはっはっは! はーっはっはっはっは!」

 

「笑ってねぇでここからどうするんだよ馬鹿、おい馬鹿! これをどうするんだよお前!!」

 

 その言葉に反応するようにくしゃみをしたのはラクダだった。シルクロードを渡り切るために購入したこれは唯一所持できる乗り物だった。だがそれもシルクロードを超え、これからインドに入るとなると邪魔になってくる。というかそもそも、こいつを購入するために所持金をすべて使い果たした挙句、保存食の類も完全に切らしてしまった。近くに村があったとして、そこで食料を購入する金もない。すべては馬鹿、否、スーパー馬鹿がシルクロードを昔ながらの方法で通るとか言ってしまったからだ。

 

 そしてそれに乗せられた俺もまた、スーパー馬鹿だった。

 

「まぁ、待て」

 

「モンテクリストごっこするなら殴るぞ」

 

「しかして希望せよ!!」

 

 無言のまま顔面を殴り飛ばした。砂漠から山岳地帯に変わるあたりで体を転がす音が鈍くなり、門司の口からごふっ、という音が聞こえた。いや、まぁ、やっぱり話に乗ってしまった俺も悪いのだ。一概に門司が悪いとは言えないのだ―――あぁ、どこまでもこの馬鹿が苦行馬鹿であると理解しながらも酒が入って了承してしまった俺もまた悪いのだ。

 

「で、どうすんだよ!」

 

「決まっているであろう!」

 

 そう言って門司は大型ナイフを取り出し、それをラクダへと向けた。

 

「食うのだ! ラクダ肉は食えると小生聞いてるからなぁ!」

 

「宗教ォ!」

 

「ごった煮故セェェェフゥ! さぁ、今こそ我がパライゾ(腹の中)を満たすためにレッツ・ハンティング……!」

 

 そして運命をラクダが逃げ出した。

 

 そして二人でナイフを片手に、ラクダを追いかけた。

 

 ―――そこからラクダ肉を食いながらインドに下って行く。

 

 門司とともに日本を出て旅を始めたのはお互いに、宗教という存在を知る必要があったからだった。俺は神という存在に怒りを抱いていた。こんな畜生は到底許せない。その存在を否定する方法が世界には存在するはずである、と。故に俺は宗教というもの、そのものを知る必要があった。だから日本を出て、なるべくお金のかからないアジア大陸経由でヨーロッパへと向かう予定だった。

 

 なにせ、アジアとは文化の宝庫である。仏教、道教、民族信仰、土着信仰、精霊崇拝、祖霊信仰、ヒンドゥー、イスラム、数えだしたらキリがないといえるレベルで宗教や信仰、そして文化が存在している。基本的にキリスト教内部の宗派によって分裂しているヨーロッパ大陸とは違い、アジア大陸は多種多様の信仰と、それによって見せる様々な変化が存在する。故に学ぶのであれば、まずはアジア大陸から、という考えもあった。

 

 門司も門司で宗教という宗教を網羅し、その果てに何かを見つけ出そうとしている事だけは理解した。故に二人でコンビ、同じ目的の同志だった。旅行経験も、海外経験も足りない俺たちが旅をして生き残るには助け合う必要があった。ゆえに互いに手を取り、日本を出て勉強しながら旅を始めたのだ。

 

 ただやはり、紹介してもらった中国人のガイドの言うことは聞くべきだと納得した。

 

 ラクダを殺して肉にして食っても、割とヤバかった。

 

 しかも嵐まで来ていた。最後のラクダ肉を二人で食いながら空を眺めながらあ、これ死んだか……なんてことを冷静に考えるぐらいには空腹と疲れで頭がおかしくなっていたのは認める。あと慣れないラクダ肉を食い続けてた影響だったのも認める。

 

 ―――そんな時に、出会ったのが(グル)だった。

 

 嵐の中をまるで散歩気分のように鼻歌を口ずさみながら歩いていたのだ。もうこの時点でまず間違いなく普通ではないので関わりたくはない。だがもはや精神的にも肉体的にも限界だった時に、多くを選ぶ選択肢などなく、

 

「―――これは中々面白いものを見つけた。なるほど。これは確かに両者共に数奇な運命の中にある。このまま何もなかったとして見過ごすのもどこか面白くはない。これもまた運命というやつか……」

 

 気づけば弟子入りさせられていた。

 

 

 

 

 日本を出て韓国で一年。そこから中国へと渡って二年。

 

 日本から都合、三年が経過した―――そこからしばらくの間は勝手に(グル)と名乗る男の弟子として修業、否、苦行に耐える事だった。

 

「お前達の気概は現代においては悪くはない。そもそもが信仰と宗教を求めて旅立つバラモン(僧侶階級)も少なくなってきて不満に思っていたんだ。クシャトリヤじゃないってのもまた個人的に点数が大きい。だけど圧倒的に足りていない。心も、体も、技も、君たちには全てが欠けている。面白い星の巡りを見せているお前達はこの僕が特別に鍛えてやる。咽び泣きながら感謝すると良い。この僕に師事する事なんてこの国の王でさえできないからね」

 

(グル)! (グル)よ! 小生達がクシャトリヤ(戦士階級)だった場合はどうしてたんですかー!」

 

「挽肉かなぁ」

 

「ノータイムで断言するの怖いっすわ」

 

 (グル)は凄まじくも、恐ろしい人物だった。その言葉には一つも偽りはなかった。殺す、といえば絶対に殺す凄みといえる何かを持っていた。その発言のスケールは中々ぶっ飛んでおり、信じ辛いものもあった。だがそれとは別に、なぜだかこの人から逃げる気だけは起きなかった。そのせいで半ば門司に背中を押し出されるように、ずるずると(グル)の課す修行に付き合う事となった。実際、修行マニアの門司とは違い、俺はほとんど体を最低限のレベルでしか鍛えていなかった。旅をする為に必要な体力程度しかなかった。

 

 それを指摘されては否定できる要素はなかった。

 

「まぁ、安心しなよ。僕だって人の壊し方なら人一倍理解している。そのギリギリをせめて行けば人類、何とか育っていくものだ。こう見えても育て上げることに関しては超がつくほどの一流だからね、僕は」

 

 

 

 

「嘘つけ! 何度死にかけたと思ってんだ!」

 

『わぁ、お帰り』

 

 頭を抱えながらノートパソコンに電源を入れる。確かめてみればどうやら、丸一日程記憶の中を彷徨っていたらしい。はぁ、と息を吐きながらもしかし、まだ頭の中がだいぶくらくらとするのを感じ取る。今までと比べると遥かに記憶を彷徨うという感覚が強い。今までは一歩、外へと踏み出した状態から記憶を俯瞰していたような感覚だった。だが今回は完全な追体験だった。思い出すように実際にその記憶を経験し直していた。おかげで色々と思い出せるのはいいが、再び記憶の中に沈みそうなのが問題だった。

 

 少なくともこの追体験の間はどうあがいてもグランドオーダーには参加できないだろう。非常に悔しい話ではあるが、足手まといにしかならないだろう。なるべく早く追体験を終わらせて合流したいところだと思い、腹が減っているのを感じた。丸一日寝ていればそうもなるか。感覚的に比較的近い間隔でまた記憶の海に溺れるな、と確信したところで、餓死しないように室内の備え付けの冷蔵庫から栄養食を取り出し、バー状のそれを口の中に放り込んで素早くお腹を満たす。

 

『ねぇねぇ、貴方の師匠ってどんな人物だったの?』

 

「現代の中で神代を続けてる人」

 

『えぇ……』

 

 口の中に水を流し込みながらいつ倒れてもいいように準備しておく。特異点に向かわなきゃ大規模な記憶遡行は発生しないと思っていたのに、そうでもなかったらしい。ふぅ、と息を吐きながら色々と準備を終わらせつつそうだな、と言葉を呟く。

 

「まぁ、今からすれば不思議に思いつつ納得できる人だったよ。その身そのものがヨーガ、そしてマントラを通して宇宙と一体化しているお方だからね。人間一人―――いや、門司を合わせて二人か。その程度だったら運命を覗き見れたんだろうな。だからこそ教えてくれたんだろう。というかそれ以外に関わろうとする理由が見つからない」

 

 ただ、まぁ、(グル)はめちゃくちゃな人だったが、その教えは正しく一流だった。魔術概念なんぞ知りもしない子供二人に世界の真理、その一端を触れるための下地を作りながら旅をしても生き残れる様に、しっかりと鍛えてくれた。どこまでもスパルタな人物だったが、彼に教わったあの時間があったからこそ、自分は最後まで旅を続けられたのだろうと思っている。

 

 やはり、あの人は()()なる事を知っていたのだろう。だからこそマントラやヨーガに関しては知識ではなく、徹底して経験の方を詰め込む事を選んだのだろう。それが将来的に植え込められた知識と繋がり、役立つときが来ると理解してのだろう。

 

 ―――まぁ、だったら最初から助けてくれよ、と思わなくもない。

 

 そこまで考えたところで眩暈を感じ、ふらっとよろめきながらベッドに倒れこんだ。また、記憶遡行が始まる。今までと比べて記憶遡行によるダイブが強かったり激しかったりするのは、やはり前よりも己を思い出して、明確に重要な部分に自分が触れているという事実があるからだろうか?

 

『さあ? それは貴方にしか出せない答えよ。しっかり夢に溺れなさい。そこでのみ答えは出るんだから』

 

 こうやって夢の中で自分の人生を追いかけると、中国にいた頃に聞いた邯鄲の枕を思い出す。盧生もまた、夢を通して五十年の人生を追いかけていた青年だった。彼と比べると自分は実際は四十過ぎと、死んでも青年と呼べるような年齢ではないが、やっている事は近いものがあるように感じられた。

 

 所詮は戯言だ。人の栄枯盛衰も一瞬の夢―――この身も心も、いつかは朽ちて行くもの。しかし、

 

「今度も……笑える夢だといいな……」

 

『えぇ、最低限笑みを浮かべる事を思い出すことを祈っているわ。憎悪に染まる表情もいいけど、やはり貴方の笑顔を早く私は見たいわ』

 

 記憶の中へと溺れて行く。

 

 深海の底へと落ちてゆくような感触の中で、倒れこんだ此方の姿に体を、そして顔を寄せる妖精の姿が見え、

 

 ―――記憶の波が押し寄せた。




 オケアノス前半は記憶の海を進める事がメイン。

 メタな話をすると序章~4章は割と真面目に手を入れられる部分が少ないから、別行動や独自の方向性で違うことを同時進行させているほうがま創作性がある。

 メインシナリオをそっくりそのままがいいならスマホにかじりつけ、という結論になるからな。

 という訳でぐだはオケアノスの海を、171号は記憶の海を。


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過去への船出 - 3

「―――星の歌に耳を傾けろ」

 

 それを至極真面目な顔で(グル)は言った。なんじゃそりゃ、と言いたいのを我慢して飲み込みながら、ヨーガの体勢を崩さないように維持しながら、案とか雑念とかを頭の中から払ってみせようとする。だがそれがかなり難しい。頭をからっぽにするというのは何も考えない状態ではない。無我の境地とも呼べるその状態、一段階手前の状態に入る事だった。そんな精神修業はまるでやったことがない初の試みだっただけに、自分にとってはかなりの苦行だった。それに引き換え、門司のほうは慣れているのか、すぅーっと瞑想に入っていた。その為、それが悔しくて(グル)を名乗る男にアドバイスを求めたら、そんな答えが出た。

 

「星の歌って……」

 

「なんだ、解らないのか? 天の声は聞こえているのに不便なやつだなぁ、お前は」

 

「むっ……」

 

 (グル)のその発言に少しだけイラっと来た。この男は物凄い傲慢、というか常に上から目線なのだ。ただ短い付き合いの中でも、物凄い実力と才能を持った男であるということだけは実に良く理解していた。だから上から目線の言葉であろうが、多少は許容するしかなかった。しかし、この男に自分の啓示の話をしたっけ? と首を傾げさせられる。ただそんな此方の内心を知ってか知らずか、(グル)は言葉を続ける。大岩の上に片膝を立てるように胡坐をかきながら、子供に絵本を読み解くような穏やかさで語りかけてくる。

 

「いいかい、どれだけ素人に己の心と向き合えと言ったところでそんな事ができるはずがない。これが()()()()()()()()()()()()()()()であれば話は別だ。そのために生まれてきたんだから、当然の機能として奇跡でもなんでもなく果たすだろう。だけどお前は違う。お前はもっと違う役割や運命を背負って生まれてきている。だから完全な素人で、それを後押しするようなものはない。だからやれ、と言われても直ぐには無理だろう。だからまずはお前が可能な範囲から理解する必要がある。故に僕は言うのさ、()()()()()()、とね」

 

「いや、その(グル)? 星の歌ってそもそも何ですか」

 

「ん? 聞こえないのかい? 目を閉じて己ではなく世界そのものに耳を傾けるんだ。なに、それほど難しい事じゃないさ」

 

 言われた通り、ヨーガの姿勢を維持したまま、目を閉じた。そのまま、言われたとおりに耳を周りへと傾ける。それを手伝うように、(グル)の声が聞こえる。

 

「あぁ、無駄に集中とかする必要ないし、特に考える必要もない。まずは肩から力を抜いて……あぁ、そうしたら短く深呼吸をして。だからお前はそこで無駄に一つ一つ行動を意識しすぎている。物事の意味を考えるな、尋ねるな、委ねろ。お前は()()()()()んだ。そう、少し投げやりなぐらいが丁度いい。修行だと思わず力を抜いて、眠りに落ちるような、そんな感覚の近くまで自分の意識を薄めて行って―――」

 

 言葉に導かれる。段々と意識は鈍化して行く。それと引き換えに耳に入り込んでくる音があった。それはまず、風に揺れる木の葉の音だった。陽射しが突き刺さる中で、軽く木々を吹き抜ける程度の風は清涼剤であり、その恩恵を木々も預かっているのか、風が吹き抜けるたびに木の葉が揺れ動き、その音が森に広がって行く。それとともに聞こえるのは葉に乗った朝露が零れ落ちる音だ。そのほかにも多くの音で聞こえていた。それは普通に生活してれば見逃すばかりのもの、こうやって耳を傾けようとして初めて、聞き入る事のできる音だった。

 

 だがその音はもっと、もっと響いている様な気がする。さらに耳を澄ませようとした瞬間、

 

「―――はい、そこまでだ」

 

 手をたたく音と共に、意識を引きもどされた。少しだけ驚愕しながら、視線を(グル)へと向ければほら、と声を向けてきた。

 

「お前はへんに深く考えるな。聞き、そして意思を感じ取れるそれは素質でありながら才能だ。それにお前はへんに理屈をつけようとする。それが駄目だ。何かを知る前に感じ取ることを覚えろ。お前に欠落しているのはそれだ。怒りに盲目になっているからそれが心を曇らせている。本当は感じられる筈の世界を感じられずにいる」

 

 勿体ない事だ、と(グル)は嘆息した。

 

「とはいえ、僕はそれを根本的に改善するつもりはないけどね」

 

「……」

 

「ん? 何だい? その意外そうな表情は。僕が聖人かなんかかと思ったかい? そりゃあ違うよ―――いい冗談だとは思うけどね。僕は聖仙さ。そして根本的に自分に対して利のある事じゃなきゃぁ手を出しやしないよ。まぁ、それをどう思おうとお前の勝手だけどね」

 

 相変わらず、というべきか。根本的に見てるチャンネルが違う人物のように感じられた。自分と話している筈なのに、その向こう側の世界と話しているような、そんな寒気を感じる人物でもあった。ただ不思議と、逃げようという気持ちだけは霧散していた。そもそも逃げられるような存在には見えていないのだが。

 

「さ、それはそれとして、続きをしようか。一回導入を手伝ってやったんだ、体が感覚を覚えているだろう? あとは自分でやってみなさい。僕が出来るって言ったんだ、出来ない筈がないからね」

 

「本当に自信過剰ですね、(グル)……」

 

「自信過剰? 違うさ、これはただの事実の指摘だよ。さ、続きを始めなさい。全く、これだから……知る者が知れば頭を下げて泣いて頼みこむものを」

 

 どこまでその言葉が本当かは解らないが、それでもこの(グル)の教えは実際、新鮮であり、適切なものだった。渋々という様子で、彼の言葉には従わざるを得なかった―――何よりもどこか、彼の言葉には断りづらいものを感じていたからだ。それが理由から、どんどんズルズルと聖仙を名乗る男の教えを受けるハメになった。

 

 

 

 

 ―――曰く、この世の悟りに明確な答えはない。

 

「君たちが僕に開放されればそのまま、多くの国々を渡り、そしてその文化に触れながら多くの思想、宗教、信仰に触れるだろう。だけどきっとお前達はいつか気付く筈だ。()()()()()()()()()()に、ね。お前達が本当の意味で苦行を始めるのはその時だ。今、僕が与えている肉体的な苦痛なんてその頃の苦痛に比べれば生易しいものさ。それこそ死に狂いで答えを求め始めるだろう……ね」

 

 であれば(グル)よ、と門司が質問する。

 

「悟り、とは何ぞや」

 

 そうだね、と(グル)は答える。

 

「端的に答えるならそれは()()()()()()()()()()()ってなるだろうね―――だけどただ納得すればいいってもんじゃないのは解っているね?」

 

 門司とともにその言葉にうなずきを返せば、よし、という言葉が返ってくる。

 

「あぁ、そうだとも。納得できる答えで真理・悟りへと至れるというのならそこら中に覚者が増えてしまう。だけど真の悟りたる境地はまず、命というもの、その答えに辿り着かなくてはならない。その流れを、意味を、そして終焉を。それに明確な形を与え、答えとした上で、それと知りながらすべての命の流れというものを知る必要がある。そう、君達が旅路の果てに見出した答えとはまた別に、世界もまた一つの答えを持っている。それを知らなきゃいけないのさ」

 

 視点が違う。

 

「人の視点。獣の視点。そして(せかい)の視点。ありとあらゆる事象は流れ、そして形をもって変わって行く。その果てに何があるのか? その間に僕らは何を求められているのか? 何を求めるべきなのか? 命の意味は? その価値は? そこを求める事は? 求める方法は? ―――ない、ないんだよ、最初から。そこに明確な答えというものは。故に悟りとは開いた、と考えるものではない。それはある日唐突に理解に至る現象だと僕は思っている。言葉では表現できない超次元的な理解だとね」

 

 自分も門司も黙り、(グル)の言葉に聞き入っていた。

 

 それは傍から聞けばまるで破綻しているようにしか聞こえない。最初にそこには答えがあると宣言しておきながら、そこに正しい答えはないと説明する。納得のいく答えが真実であるといいながら、そこにはちゃんとした答えが用意されていると言っている。明らかに言っていることは滅茶苦茶だった。だけど、そこには真理に通じるものを感じた。

 

 不思議なものだったが、(グル)の放つ言葉、口にする事々には一切偽りを感じることがなかった。まるで常に嘘発見器につないで、彼の潔白が証明され続けているような、そんな不思議さだった。彼の言葉はまるで水の様で、あっさりと体の中へと染み渡って行く。言葉にはない、納得と理解が彼の声にはある。

 

「不思議だろう? だけど()()()()()んだ。それが唯一、この不確かな世界で確定としてされている事なんだ。この世界は不完全だ。そしてどうしようもなく不確かだ。明日の出来事さえ決まっていないこの世界で、なぜ完璧な答えがあると思う? そこに完全な答えが用意されていると思う? 世界を創造し、維持しようとした神々でさえ不確かで、そしてどうしようもなく不完全な存在だったのに」

 

「あるの、ですか?」

 

 俺の求める答え、そこに明確な形は。その言葉を苦笑しながら(グル)は答えた。

 

「さあ? 少なくとも僕にそれは解らない。ヨーガを極め、マントラを極め、チャクラを極め、

僕はこの宇宙を体とし、一つと同化した聖仙となった。この身で宇宙を操り、人の運命さえも超越する存在となった―――だけどそれでも僕には答えが解らなかった。果たしてそこに答えがあるのかどうか、それは見えなかった。あぁ、それを僕が求めていなかった、という事実もあるのだろうね」

 

 だけど、と言葉が続く。

 

「きっと僕が答えにたどり着けないのはどこまでもこの怒りを捨てる事が出来ないからかもしれない。我が父を殺され、全てのクシャトリヤを絶滅させてやるという怒り、それは果たされた今でも残されている……まぁ、悟りに至れなくても当然か。だけどそれを超越して明確な答えにたどり着いた男は存在する」

 

 覚者、ゴータマ・シッダールタである。彼は人類で唯一、明確な生への答えを導き出したとされる人物だった。それを比較に出され、漸く自分は、悟りを開く事に近い、無謀なことに挑戦しようとしているのだと、(グル)の話を聞いて気づかされた。あらゆる宗教に通じ、あらゆる道に通じ、そしてそれを通して救いとは何であるか、神という存在を否定する為の模索はつまり、ある意味新たな道を見つけ出すということでもある。

 

「あぁ、そうだね。怒りを抱いたままでは最後の一歩を踏み出す事ができないだろう。僕も、お前も。それとの付き合い方は良く考えておくといい。憎悪は何よりも効率よく体を動かす燃料ではあるけど、結局は劇薬だ。最終的に悲鳴を上げるのは自分自身なのだから」

 

 そう告げられるも、しかし、自分にはカミを否定する道しか選べなかった。どうしても神という存在は許せなかった。怒りを忘れる事ができない。その存在を否定することしか、思いつかない―――それが俺、

 

 ―――里見■■という男にある全てなのだから。

 

「ま……好きにすればいいさ。僕はお前の考えを尊重するよ。そしてお前の選択もまた尊重しよう。僕は僕の役割を果たす。だからそれを得た先で何を考え、何を選択するかはお前達自身で悩み、苦しみ、惑いながら選んで進むといい。そして何時か気づくといい。その一歩、そのすべてが最後の欠片を埋めるための儀式であったということを」

 

 さあ、と(グル)は目をまっすぐ此方へと向けた。それはすべてを見通す、超越者の瞳だった。未来、過去等関係なく、宇宙と合一した超越者だからこそ行える事であり、夢と記憶という中から、真直ぐと現代に話かけていた。

 

「ここで夢はもう十分だろう。次の夢へと落ちるといい。お前にはまだ思い出すべきことがある筈だ。思い出せ、それが時の最果てで運命を通すだろう―――行け」

 

 直後、世界が音を立てて砕け散った。足場は完全に消え去り、再び落下して行く。

 

 深く―――更に深く、もっと闇の奥底まで―――。




 かつてドローナやカルナといった有名な武人を育て上げ、ラーマとさえも一発だけ戦った事のある人物。マントラとヨーガを通し宇宙と一体化させて星そのものを戦車に駆る人物。スケールがインフレするのはやはりインド……。

 とはいえ、マハーバラタ内でも預言したりその時まで無敵を与えたりとやりたい放題な人物でもあった。もう大体読者に正体バレてるなぁ、って。


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過去への船出 - 4

「おーい、起きてるー?」

 

 そんな声を受けて目を開けた。顔を持ち上げれば正面、金髪を朱色のリボンでポニーテールで纏める彼女の姿が見えた。恰好はラフの一言に尽きる。朱色のキャミソールは大きくへそを見せているほか、キャミソールの下の黒いブラジャーを隠そうともしておらず、ボトムスもボトムスでホットパンツであり、上のブラジャーと揃えてある黒い下着の紐を腰の横、ホットパンツの少し上の所で見せるように結んであった。金髪、碧眼。こんな中東ではめったに見ることのない美少女の姿がそこにはあった。

 

「起きてる起きてる」

 

「ほんと、もう、しっかりしなさいよ全く。気が抜けてるんじゃないの?」

 

 そういいながら彼女がコーヒーの入ったマグカップを渡してくれる。受け取り、感謝する。夜となると暑かった昼間とは違ってだいぶ過ごしやすくなってくる。だがそれも一気に二十度以上ある気温の変化だ。しかも風が吹いてくると少しずつだが肌寒さを感じてしまう。そんな時にもらえる、こういう暖かい飲み物の差し入れは正直、助かる。突っ伏していたテーブルから上半身を持ち上げ、座っている椅子の背もたれに全身を預けるように座り直しながらふぅ、とコーヒーを片手に息を吐く。

 

「というか何をしてたの?」

 

「俺か? ……まぁ、色々と考えてたんだよ、色々と」

 

 肩肘をつきながら彼女にそう答えつつ、頭の中では考えるのは今までのこと、そしてこれからのことだった。長く、本当に長く旅をしてきた。それこそもはや故郷の姿をおぼろげにしか思い出せないぐらいに長く旅をしてきた。もう数十年も帰っていないのだから当然といえば当然なのだろう。だがそうやって積み重ねてきた旅路は少しずつだが経験として自分の中で蓄積されつつある。本当に、本当に時間がかかった。だが少しずつだが(グル)の話していた言葉の意味が分かってきた気がする。

 

 それを聞いて、それを理解するまでに二十年近くかかっているのはもはや愚鈍としか説明できないのだが。

 

 しかしそうやって旅をした結果、なんで自分は反政府グループなんて場所にいるんだろう、と思ってしまう。20XX年現在、中東の状況は非常に緊迫している。一人の独裁者が危険物―――おそらくは核か何かに手を出して馬鹿をした結果、大国や世界そのものを敵に回した。そんな中で軍備の強化、そして国内の締め上げを行っているのだから国民の間で不平や不満は爆発しており、反政府組織やゲリラの類は乱立しており、あらゆる場所で抗争が発生していた。

 

 そんな危険な情勢の中東に自分は飛び込んでいた。この死地の中でならきっと、人の本質、そして心の底に抱く祈りというものを見れる気がしたから。その結果が今、これである。自分も比較的穏健派より反政府組織で半ば所属しているような扱いで働かされている。目の前の少女は自分と同じ雇われのハッカーだった。

 

「ねぇ、世界を回ってたんでしょ? どんなもんだったの? 世界って」

 

「お前もここに来る前は国連で働いてたって聞いてたけど」

 

 その言葉にあー、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「あー……なしなし。アレはなし。国連にいりゃあ少しは役立てるかと思ったけどアレはないわ。支援するって金や物資を出せばいいって訳じゃないのよ。連中、本当に心の底からどうにかしようって気持がこもってないからこっちから辞めてやったわ。それよりそっちよそっち。世界のほとんどを歩き回ったって自慢してるじゃない。貴方の事を話しなさいよ。いい暇つぶしになるわ」

 

「俺、ねぇ……」

 

 世界と言われても、まぁ、

 

「―――あまりここと変わらないもんだぞ、世界なんてもんは」

 

 歩き回って自分が知ったのは結局、()()()()()()()()()()()という事実だった。

 

「ロシアは酷かった。表向きは平和で貧富の差は少ないように見えているが、その実は違う。裏通りや廃墟の中へと入れば大量のストリートチルドレンを見つける事が出来た。彼らは親に捨てられた子供たちで、ロシア全体からしても珍しい光景じゃなかった。腕を確認すれば寒さと飢えをごまかすために麻薬を使った注射痕が大量にあって、今にも吐きそうな顔をしながら神に祈っていなかった。彼らは神に祈ったところで食卓のパンが増える事がないってのを理解しているからだ」

 

 それから西へと向かった。

 

「ドイツはドイツで第二次世界大戦の敗北をいまだに引きずっていた。最後の最後で大敗したのが経済に響いて今でも景気は低調している。もはやかつて世界を荒らしまわっただけの力は存在せず、一つの財団によって国のほぼすべてが管理されるという状態にありつつあった。ディストピアの形成まであと数年、といったのが国民の間では見えていて、誰もが不安と恐怖を持ちながら救いを求めて祈りを捧げていたよ」

 

 まぁ、それと比べればイギリスやフランスはまだまだ平和だった。さすが強国は安定している、というべきか。ただそれが原因なのか、

 

「イギリスとフランスでは宗教の対立が醜かったな……。経済的に安定して余裕があるせいか、さらに富を求めて互いに互いを蹴り落として利権にしがみ付こうとする姿を大量に見た。それは教会の人間も同じで、要職に就くことでそこで他に入る力を手に入れようとしていたのがありありと見えた。人を救う筈の教えが()()()()()()()()()()()なんて悪い冗談にも程がある。ロシアやドイツとはまた違った方向性でイギリスやフランスも地獄だったよ。連中の辞書には欲望の概念しか存在しない―――本当に神の声を聴ける聖職者なんて一人も存在しなかった」

 

 それは自分が実際、足を運ぶことで確かめたことだった。現代における一番聖人としての適性が高い人物、というのを旅の途中で得た伝手を通して接触することに成功した。そして接触した果てで深い落胆を感じた。確かに清廉潔白な魂の持ち主だった。だが自分とは違う。

 

―――、―――。―――。

 

 直接魂に語り掛けるような、神の声が聞こえていたわけじゃない。ただの人。それだけだった。ただの宗教の傀儡であり、本当に聖人と呼べるような人物ではなかった。

 

「旅をすればするほど理解し、気づかされる。世の中本当に救いようがない。手の出しようがない。トワイスの言葉を借りるなら()()()()()()()()()()()()()()んだ。もはや人間の手で救いを与える事が出来るラインはとうの昔に通り過ぎている。もう何をしたってこれ以上の繁栄の時代が来る事はない。それだけは俺が世界を回って確信したことだよ。もし可能性があるとしたら……そうだな、宇宙開発でこの星を出てゆく事だろうな……」

 

「ま、そんなことはあり得ないでしょうけどね。宇宙開拓、惑星開拓なんて()()()()()()()()()()()()()()()()ってのが現代における考えでしょうからね」

 

 あぁ、だからどうしようもなく、この星に救いはない。地球を救うことはもう、不可能だ。そして人類を正しい方向へと導くことは無理だ。この二十年間、(グル)の言葉を自分なりに理解して飲み込んだ結果だ。神の完全なる否定は不可能だ。もはや生活、根本的な思想にその考えが混じってしまっている。だからそれを今更追い出すことなんてはできない。いや、だからこそ、

 

「俺だけでも答えが欲しいんだ……神や宗教、信仰に頼らない救済を。どこか、人類は無理でも人を一人ぐらい救う方法がある筈なんだ……」

 

 それが成長した俺の中にある求める全てだった。インドで数年間の修業を終えた俺と門司は別れた。互いに学ぶべきものがあるとしたから。だから一人の足で歩き、見て、感じ、そして自分だけの答えを求めた。その結果損耗しながらも諦めきれないものがあった。それがこれだった。神への怒りだった。これだけは絶対に手放せない己の根幹だった。だからずっとそれを抱き続けている。いや、抱き続けなきゃいけない。ずっと、頭の中でこうするべきだ、これが運命だ。立ち向かえ、お前がするべき事をなせ。

 

 そう囁く神の声が何時まで経っても消えないから。

 

 そう、神の声が囁く度に俺はこの憎悪を再熱し、何のために生きているのかを思い出すのだ。神を許してはならない。盲目に信仰(カミ)に従ってはならないのだ。それが何よりも人を、そして人生を狂わすものだと確信している。

 

 だがそうやって確信し、十代に日本を出て、

 

「―――もう、三十年近く世界を放浪してる。それでも明確に答えと断言できるようなものには辿り着かない。何のために生まれ、何のために生きて、何のために死ぬのか……(グル)は明確な答えがそこにあると言った。どこかの自称仙人は答えを求めるという行い自体が間違っていると言ったし、教会の聖人はそれは人の身で応えられるものではない、と言ってた。おかげでさっぱり解らない」

 

 ただ、旅をした結論として俺が断言できることは一つだけ。

 

「人間ってのは、どうも馬鹿な生き物らしい。どこへ行っても根本的には変わりがない。盲目に生きて、そこに溺れるだけ溺れて、首まで浸かったところで漸く自分がしてきたことに気付くんだ」

 

 それはあぁ、なんて―――無様なのだろうか。

 

 まさに()()()()()話だ。いや、或いはそれこそが真の答えなのかもしれない。

 

「で、俺の無駄な経験と人生を聞いてお前はどう思う、リン(Lin)?」

 

 アメリカ人の少女に、聞きたいことを聞いた、その感想を求めると、少しだけ困ったような表情を浮かべてからズバっと断言した。

 

「んー、完全に人生の無駄。そして贅沢な人生送っているわね、ってしか言えないわ」

 

「まぁ、そうだよな。お前もそう思うよな」

 

「ご愁傷様だけど私には理解できない話ね。そもそもそんなことに頭を悩ませている暇があったらもっと有意義なことに時間を費やしたほうが建設的じゃないかしら? 悩んでも答えが出ないならそもそも答えがないことが答えだろうってそこでいったん切り捨てて次の作業に移るわ。そうすれば次の作業の合間に何か思いつくこともあるし」

 

「いや、ほんと心に突き刺さるぐらいズバっと言ってくれるな、お前は」

 

「そもそもからしてロマンティストすぎるのよ。良くもそんな調子で今まで生きてこれたと呆れるわ」

 

 年が半分以下の少女に良く生きてこれたな、と心配されるのは正直、アラフォー超えたおじさんとしては心にクるものがある。とはいえ、リンが語っている事はまず間違いなく事実だ。これだけ世界を回ってまだ答えを見つけていないのだ、それまでのすべてが無駄だと断じても間違ってはいないのだろう。はぁ、と息を吐きながら再びテーブルに突っ伏す。

 

「どうするかねぇ……俺ももう割と歳だし、旅を続けるのもだいぶ辛くなってきたんだよなぁ」

 

「馬鹿言わないでよ。私よりも動ける奴が何言ってんの」

 

 そりゃあ最低限動けなきゃ世界を回るなんて事はできない。最低限の自衛が出来なきゃこんな紛争地域に飛び込んでくる事もできない。これに関しては最初に色々と無茶苦茶言いながら修行を叩き付けてきた(グル)に感謝するしかないのだが―――おかげで、アレ以来ずっと答え探しに頭を悩ませている。答えはない―――だが答えはある。

 

 その真理を見出す事が未だに、できない。

 

「……本当に参ってんのね」

 

「煩い監視(カミ)がいるからな。死ぬまでに答えが見つかればいいと思ったが、この調子じゃ見つかるかどうか……って所だな」

 

「ふーん」

 

 半分興味なさげにリンはそう呟くと、さて、と声を零した。体を大きく伸ばしながら立ち上がった。

 

「じゃ、明日も早いし私はそろそろ寝るわ。お休み」

 

「お休みなさい、お姫様」

 

 宿の二階へと向かおうとするリンの背中へとそう告げると、わずかに頬を紅潮させながら逃げるように階段を上がって行く姿が見えた。相変わらずそういう言葉に弱い、乙女っぽさが荒々しさの中にあるよなぁ、と軽い感心を抱く。あの細腕でアサルトライフルを振り回すし、特級ハッカー(ウィザード)なのだから人間、見た目通りとはいかないものだ。しかし何だろう、あの下着を露骨に見せている格好は。

 

「誘ってんのか、アレ」

 

「―――そう思って声をかけた連中がどうなっているのかを君が知らない訳ではないと思うんだけど」

 

「トワイスか」

 

 聞きなれた声にテーブル突っ伏したまま、声の主に応えれば正面の椅子が引かれる音がした。顔だけ持ち上げて正面を見れば、そこにはいつもと変わらない白衣の眼鏡を装着した、男の姿があった。こんな砂漠の中でもその白衣を脱がない苦行スタンスに関しては正直、こいつ頭おかしいんじゃねぇの? って今でも密かに思い続けている男だ。

 

「で、設置の調子はどうなんだ、トワイス。どうせ今の会話聞いてたんだろう? 俺から話すことはねぇ」

 

「ん? こっちか……そうだな、増々悪くなる一方だな。患者が増えに増えて正直手が追い付かなくなってきてる。完全な戦争になるまではまだ少し時間はあるだろうけど、近いうちに国境の封鎖が始まるだろうね。そうすれば後は地獄の幕開けだ。外国が介入を決定するまでの数か月間の間、国民が国民を殺す地獄が生まれて、その果てに外国からの空爆で死傷者が溢れ、地獄の窯で煮た悲鳴が漸く溢れ出す」

 

「夢も希望もねぇな」

 

「それを見せるのが宗教家(きみ)の仕事だろう?」

 

 トワイスのその言葉に大声をあげながら笑い声を吐いた。テーブルを叩きながら腹を抱えて笑い、眼の端から流れる涙をぬぐいながら息を求めて、口を開けて深呼吸しながら腹を抱えて何とか落ち着きながらまた息を求め、

 

「ひひひ……そうか、俺が宗教家か! ひひひ、くくく……ははは、悪い、今世紀最悪のギャグだったわ。おかげで笑っちまったわ」

 

 その言葉にトワイスはほう、と声を零し、こちらへと言葉を向けた。

 

「あらゆる宗教に精通し、それを学び、自分の経験として吸収し、そしてそれでも救済の道を求める者。私だけではなく、多くのものからすればその姿は新たな信仰を探す宗教家……いや、聖者の歩みだよ。おそらく現代で最も無価値で俗で、しかし尊い行いがあるとすれば、それは間違いなく君の道筋だ。多くの命を見送ってきた者としてそれは断言させてもらおう」

 

 そう告げたトワイスという男の言葉に、俺はどうしようもない憐れみを感じた。

 

 たったそれだけ。それだけでトワイス・ピースマンという男の中にある価値観、根幹を自分は偶然ながら見抜いてしまった。この男はおそらく、こういう地獄でしか呼吸することができないのだ。こういう場所で必死に働く事で漸く生を実感する事のできる欠落者なのだ。彼はきっと、欠けていたのだ。致命的な部分が欠片となって足りていないのだ。彼は俺を聖者だと表現したが、それこそが間違いだ。このトワイス・ピースマンこそが聖者と呼ぶべき人物であり、

 

 同時に、聖者という認識に対する冒涜でもあると、はっきりと理解してしまった。

 

 おそらく、俺もトワイスも、お互いに同じことを考えている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この中東。親が生きるために子供を奴隷として売り払い、その金で数日食って行けるような状況の中で、まるで時代が逆行したような悪逆の中で、到底正気を保てる人間はいなかった。だが俺もトワイスも、そもそもここに到達する前から狂っていたのだろう。そして己がどれだけ狂っているのか、ここにいる人間も自覚しているのだ。

 

 ―――考えていてもしょうがない事だ。

 

 空気を払拭する為にも話題を変える。

 

「……それはそれとして、(リン)の姿、無意味にエロさを感じないか?」

 

「何度言っても彼女にその自覚があるかどうかという問題がな……まぁ、本人は襲い掛かってきた連中を迷う事無く銃で打ち抜いているからな。ある程度の自覚はあるのだろう」

 

 寸分の狂いも迷いもなく股間を打ち抜いていたリンの姿を思い出し、思わず内股になりながら思い出した出来事を頭の中から追い出す。

 

「はぁ、結婚したい……」

 

「君は……そうか。確かにその年齢になると色々とキツイものもあるだろうな」

 

「そういうお前はどうなんだよ。嫁さん、いるのか?」

 

「私か? まぁ、結婚はしていたが今では離縁してるよ。流石に好んで戦地に赴く旦那を我慢し続けられる程気丈ではなかったらしいな」

 

「お前……今滅茶苦茶ド畜生な発言をしている事に気づいてるよな……?」

 

「私だって自分がどういう存在か自覚している。とはいえ、ナイチンゲール程壊れているつもりはない」

 

「お前、鏡を見ようぜ」

 

 苦笑しながらその夜はそのまま、トワイスと遅くまで語り合った。救いからはもっとも縁遠い場所。現代における地獄の最前線。そこに俺は救いに繋がる答えがあるはずだと祈っていた。

 

 ―――救いを探し、求める姿こそが信仰であるという矛盾を抱えながら。




 中東、そこはその年代、最悪の場所だった。


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過去への船出 - 5

 ―――トワイスの憶測は正しかった。

 

 圧政と腐敗が横行した結果、穏健派によって抑え込まれていた過激派がついに限界を超えた。自爆テロで始まった政府への攻撃は国内で燻っていた火種をすべて一斉に爆破させた。一瞬で戦火に国内が飲まれ、情報規制と国境封鎖によって、徹底した虐殺と蹂躙と地獄絵図が繰り広げられる。大人から子供に至るすべての存在が銃か、あるいは何らかの武器を持ち歩き、絶対に身をさらさないように隠れながら進むという異常な風景を見せるようになった。少年兵が手榴弾を片手に戦車に乗り込んで自爆テロを慣行する様な光景を度々目撃するように、今まで地獄だと表現していた光景がまだまだ生ぬるいものだと認識させられた。

 

 それはもう、地獄としか表現できない景色だった。

 

 それ以外の言葉が、見つからない。

 

 毎日どこかで誰かが泣き叫びながら死んでいた。もはや国内に安全な場所なんて存在せず、逃げられる所なんて存在しなかった。中央で爆発するように広がるガンハザードは一瞬で国土を炎に埋め、生存競争を強制させた。

 

 独裁者が暗殺されてからは収まるどころか更に加速した。

 

 明確な統治者がいなくなって完全な無政府状態になるとそれを掌握しようと政治家たちが動きだす。そしてその政治家たちがライバルを蹴落とそうと動き出し、それがさらに戦乱を煽っていた。ここに至って、国内でもはや収拾という行いは無意味であり、不可能だった。完全な無秩序が形成され、憎しみと怒りのままに荒れ狂う人間はカミの名を口にし、聖書ではなく銃を片手に真理を語ろうとしていた。

 

 ―――カミの意思の下に、死ね!

 

 誰かがそう叫べば、誰かがこれを聖戦だと叫んだ。そうやって誰もがそれを正当化し、カミという存在がついているのだと主張、押し通し、そしてそれを盾に誰かを殺していた。もはや言葉もなく、もはや理解の必要もなく、国の中にいる者たちは誰もが狂っていたのだ。逃げるにはあまりに遅く、収めるにはあまりにも小さすぎて、

 

 極々当然のように―――俺たちもまた、その嵐に巻き込まれていた。

 

 

 

 息を切らしながら銃声が響く街の中を駆けて行く。両腕で抱えるように運ぶアサルトマシンガンをしっかりと握りながら全力で駆け抜けてゆく。頭を低く、呼吸を整え、銃弾が此方へと向かって来ないように気を使いつつも全力で走り抜けて行く―――この時ばかりは、生きる為の力をつけてくれたことを(グル)に感謝しつつ、全力で走っていた。

 

 少し前まではまだ静かで、普段通りだった街の姿は完全に変質していた。陽気に笑う酔っぱらいは酒瓶の代わりに銃を片手に持ち、鼻歌を口にせず、代わりに銃声を大空に響かせていた。それはまさに狂気だった。狂気以外にこの状況を説明する言葉はなく、しかし、今はそんなことはどうでも良かった。

 

「皆―――」

 

 息を切らしながらも全力で走り、向かって行くのは宿の方だった。そこには自分の荷物のほかに、何時も一緒の時間を過ごしていた仲間たちがいた。この街は比較的に治安が維持されていた。無償で治療する医者がいる事もあり、この状況でそれを失うのはあまりに惜しい、と見逃されている部分もあった。だから辺境の街として危険は常に付きまとうが、それでも火薬庫の様な様子を見せることはなかった。だがそれは一変した。

 

 ―――空爆によって。

 

 それはおそらく()()()()だったのだろう。辺境、首都や重要な施設がないところを空爆し、脅しとして機能させる。それを見せてこれ以上騒ぐなら今度はもっとわかりやすい場所に落とすぞ、という大人的な行動だったのかもしれない。あぁ、それはそれで別にいいのだ。

 

 ここにさえ、落とさなければ。

 

 そして爆弾は落とされた。町の中心部を吹き飛ばし、そして多くの人間を発狂に追い込みながら怒りを爆発させた。空爆された街なら警備が薄いと睨んだ犯罪者が略奪にやってくる。空爆されたことに怒りを覚えたものが銃を片手に敵も味方も区別をつかずに引き金を引いた。そうやってたった一つ、大人の対応というもので天国は裏返って地獄へと変貌した。なぜ、ここに落としたんだ。そう叫びたかった気持ちを押し込みながら、()()()()()()()()()()()()の悪運を呪った。

 

「トワイス、リン……まだ死ぬには早すぎるだろ……!」

 

 生きていてくれ、と息の下で呟きながらもすばやく瓦礫の裏へと飛び込んだ。受け身をとりながら飛び込んだ先で、近くで銃声が響き、叫び声とともに乱射する銃声が聞こえてきた。確かな恐怖を感じながらも、瓦礫の裏に隠れながら素早く移動を再開する。表通りは完全に銃撃戦によって埋め尽くされているほか、たまにロケット弾まで飛び交っているのが見える。まるで誰かがこの場所から理性の灯を奪ったかのような光景だった。

 

―――。―――、―――。―――。

 

「試練、試練、試練、試練、試練! それだけか! それだけが貴様の言える言葉か! 死ね! 死んでしまえ! 俺の頭の中からとっとと失せろ! 放っておいてくれ、この悪魔がぁっ! そんなに試練と死がお望みならまず自分自身でそれを体現しろ!」

 

 啓示に答えはない。あるのは同じ意志の繰り返しだけだった。まるで壊れたカセットテープが何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、

 

 ―――何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、

 

 ただただ何度も、無限に繰り返しているだけだった。その声は強制的に脳を支配し、そこに使命感を刻み付ける。従えば一瞬で声の人形になる。それを理解していた。それを自覚していた。だから心は憎しみで燃え上がっていた。煩い、黙れ、死ね、失せろ、俺に語り掛けるな塵が。それは長年、洗脳にも近い啓示に抗う為に生み出した憎悪のフィルターだった。それに旅を通して学んだ様々な見地からの精神論を組み合わせ、完全にシャットアウトする。

 

 それでも怒りと焦りは消えない。どうか、どうか無事でいて欲しい。飛び込んだ裏通りを抜けながら人の気配を避けてドンドン走って進んで行く。時折、逃げられない、避けられない遭遇がある。それに対して迷うことなく引き金を引いて射殺しながら、前へと飛び込んで行く。本当に大事なものと比較すれば、有象無象の死など己にとってはどうでもいい事だった。そう、どうでもいいのだ。こと、悟りや答え等。

 

 本当は、どうでもいいのだ―――それで本当に大事なものが無事ならば。

 

 嫌だ。もう失くしたくはない。母さんも父さんももういない。なのにまだ失くすのか。そう思う心境は既に半狂乱だった。だけどそれでも理性だけは最後、ギリギリの線で保っていた。それだけはこの状況で失えなかった。それを手放せば最後、この発狂の渦の中に自分も囚われて逃げられなくなる。この地獄の囚人と化してしまう。だから心だけは折れない様に両手で握りしめながら走った。

 

 走った―――ただひたすら、予感を抱きながら走った。

 

 そして到達したいつもの宿―――その酒場は大量の銃弾によって穴だらけの壁を見せており、ロケット弾か手榴弾でも爆発したのか、焦げた肉の臭いを周囲にばらまいていた。すでに外から見える血と肉の海の中、仲間の姿を求める様に飛び込んだ。

 

 そこで見えたものは―――絶望だった。

 

 宿の、酒場のマスターは上半身が消し飛んで壁にもたれ掛るように死んでいた。知り合いの大半は銃弾を受けて蜂の巣になっているか、或いは体の一部が消し飛んでバラバラになっていた。当然のように内臓が床を汚し、そこから千切れて溢れ出た糞が鼻をひん曲げる悪臭が停止した意識を一瞬で現実に引き戻した。

 

「リン! トワイス! 皆! ―――誰か、いない、のか……」

 

 消え入りそうな声で名前を呼んだ血肉の海の中で名前を呼んだ。もはや生存が絶望的な中で、しかし答えはあった。

 

「ここだ」

 

「トワイス!」

 

 声の方へと視線を向ければ、バリケードのように影を作るテーブルの姿が見えた。走って近づけば、その背後にトワイスと、リンの姿が見えた。白衣を真っ赤に染めたトワイスは残り少ない医療道具を使ってリンの治療をしている様で、リンは目を閉じ、魘されるような反応をしながらなすがまま、治療を受けていた。

 

「これで応急処置は完了した……これ以上の治療はここでは不可能だ。早急に病院に連れて行く必要がある。すまん、彼女を背負えるか?」

 

「あぁ……あぁ! 勿論だ! 任せろ! ちっと揺れるが、我慢してくれよ……」

 

「うぅっ……」

 

 短く呻き声を漏らすリンに謝りながら、腹部に赤く染まった包帯を巻いた彼女の姿を持ち上げ、背負った。これが平時であれば背中に感じる感触に関してからかってやったりでもしたのだろうが、空気を変えるためにそんなジョークをやる余裕さえ、この場にはなかった。リンを背負い終わったところで、動かないトワイスへと視線を向けた。

 

「おい、トワイス」

 

「いや……私は致命傷を受けている。最後の道具を彼女に使ってしまってね。どうにも、助かりそうにない。まぁ、最後まで私は医師である事を貫けたんだ……後悔はない。私の最後の患者だ、しっかり助けてくれる事を期待しているぞ」

 

「おい……おい! ふざけんな、トワイス、おい!」

 

 お前も来るんだ、と叫んで手を伸ばそうとしたところで、触れる前にその体が横に倒れた。そうやって見えた正面の姿、そこにはいくつかの弾痕が存在し、彼の白衣を赤く染めていたのは返り血ではなく、彼自身の出血によるものだと理解した。どこからどう見ても、致命傷であり、手遅れな姿だった。その程度、見れば解る姿だった。

 

「……、っ! 馬鹿野郎……!」

 

 叫び、トワイスを置いて飛び出た。背中のリンを揺らさないように気を使いながらも、飛び出し、そのまま全速力で街の外を目指した。

 

 南だ―――南を目指すんだ、南には―――。

 

 南には外国からの治安維持部隊が来ている。この町の紛争状態を生み出したのは連中だ。だとしたらそれを鎮圧する為に、絶対に南から北進してくる筈だ。これが中東の人間だったらスルーされるだろう。だがリンはアメリカ人、自分は日本人。絶対に無視する事はできず、保護される。何よりリンは元国連の一員の筈だ、無視する事は出来ない筈だ。

 

 絶対に助かる。信じろ、そう呟きながら無我夢中で街中を駆けた。

 

 もはや、どうやって無事に脱出したのかなんて事は覚えていなかった。

 

 だが気づいた時にはリンを背中に背負ったまま、街から延びる街道を歩いていた。

 

 背中にはぐっしょりと張り付く血の感触があった。だがそこには軽い体温を感じた。彼女はまだ生きている。それが自分の動かす原動力となって足を動かしていた。遠くに聞こえる喧噪。銃声。怒号。絶望の声。それは街から離れてもいまだに聞こえるものだった。

 

「もう街を出た。安心しろ。すぐに軍を見つけて治療して貰うからな」

 

 返事はないと解っている。リンにそんな余裕はない。だからこうやって声をかければ彼女が意識を繋ぎ止める事に欠片でも役立てる事ができれば―――そういう思いから必死に言葉をずっと、かけ続けていた。そうやって声をかけなければ自分もまた、どこか狂ってしまいそうだったから。

 

「―――ふふ……必死、ね……」

 

「リン、起きてたのか」

 

「あら、起きてちゃ……ダメ、かし、ら?」

 

「喋るな。今にも死にそうな声じゃなくて、後でもっと元気になった声を聴かせてくれ」

 

 まだ生きているという事実に安堵を覚えれば、体に力が籠って行く、まだだ、まだ動ける。答えとかいいから、彼女だけは助けなくては。そう思いながらも歩き進んでた。だが、リンは口を閉ざす事はなかった。

 

「ねぇ、ここは……酷い場所だったけど、楽しかった……わね……」

 

「無理して喋るな馬鹿」

 

「私、ね……捨て子……なの。お父さんは日本人で……母をヤリ捨てて逃げて……」

 

「最低の親父だな。見つけたら殴っておくわ」

 

「ふふ、そう、して……で、ね? 昔は凄く大変でね―――」

 

 リンは、その反動で拝金主義に目覚めた。父は蒸発。母はリンを捨てた。信じられるものは多くはなく、何よりも財産は裏切らない。それを知ったリンは自分の才能を磨きながら安定した職を求め、国連に所属した。そこはやりがいのある職場―――ではなかった。やがて、リンは拝金主義からもっと、自分にしか出来ない事を、そしてそれを役立てる方法を求めた。

 

 その結果が、

 

「これ、なんだから……笑え、ちゃう……わね……」

 

「……」

 

 笑えなかった。ちっとも笑えなかった。欠片も面白くなんてなかった。リンに悪いことなんて何もなかったとは言えない。だが彼女には幸せになる権利があった筈だ。こんな生まれだからこそ幸せになるべきだったのだ。誰よりも、幸せになるべきだったのだ。だけどそれを運命は許さなかった。神は試練を与えるだけで、救う意思を一切見せなかった。

 

「笑わない。笑えるかよ……お前は頑張ったさ。俺なんかよりも、ずっと頑張ってたさ」

 

「そ、う? なら……良か、った……わ」

 

 ふふ、と小さくリンが笑った。その声とともに街道の先、土煙が巻き上がっているのが見える。目を凝らしてみれば、巨大な鋼の塊が此方へと向かって走ってきているのが見える―――戦車、戦車だ。軍が来たのだ。治安の回復の為に来たのだ。これで助かった、助けられる。

 

「次が、ある、なら……もう少し、だけ……素直に」

 

「おい、見ろよ、リン。軍が来たぞ。見ろ! アメリカ軍だぞ! お前の故郷の軍だよ!」

 

「なれたら……いい……なぁ……」

 

 頬に柔らかい感触を感じた。横に目を向ければ、唇が頬にあてられていた。見たことの無い、花の様な笑顔を一瞬だけ見せ―――その視線は落ちた、永遠に。

 

 もはやそれが元に戻ることは、なかった。

 

 トワイスが命がけでつなげようとしたものが無駄になって、そして全力で助けようとしたリンが亡くなったのを自覚して、膝がその場で折れた。もはや二度と動く事のない体を背負いながら、自分の力不足と世の無常さ、

 

 そしてどうしようもなく、救いが欠片も見当たらないこの世界に絶望し、慟哭を空に響かせた。

 

 ―――軍に保護されたのはその直後だった。




 魔神柱が見ていたありふれた悲劇。


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大英雄 - 1

 ―――気づけば言葉を失い、涙を流していた。視界は妖精のものではなく、自分のものだった。目を触れてみれば瞼は閉じたままで、しかしちゃんと、そこに視界はあった。それは不思議な現象だった。或いはそれが思い出された(グル)との修行、経験が本当の意味で知識と結びついたことで心の目に目覚めた事があるのかもしれない。だが今はそんなことはどうでも良くて、深い、深い悲しみが胸を襲っていた。あぁ、そうだ。これが悲しいという気持ちだった。普通に、悲しければ涙を流す。そういう感情だ。

 

 ずっと、ずっと忘れていた。

 

 人間として足りていない喪失感を満たされるのと同時に、新たな喪失感を感じてしまった。

 

 思い出した―――思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した……思い出した。

 

 思い出してしまった。

 

「リン……トワイス……門司……親父……母さん……」

 

 ベッドの上、丸まりながら頭を抱えて俯いた。既にグランドオーダーが開始されてから数か月が経過している。そんな今になって家族を、愛しい人たちを失ったという実感が急に胸を襲い掛かっていた。この喪失感だ。これが失うという感情だった。ただ、そこで停止する訳にはいかなかった。記憶を思い出す中で(グル)が明確に此方に語り掛けていた。それで実感する。()()()()()()()()()()()のだ、と。たぶんどこかしら、グランドオーダーに介入する瞬間を待っているのだろう、

 

 ―――パラシュラーマ師は。

 

「……今の姿を見せたら斧でかち割られそうだ」

 

 やりかねない。本気でやりかねない。お、お前戦士にジョブチェンジしたなら殺すぞ?みたいなノリで殺しに来る可能性はある。何せ、溺愛していた弟子―――カルナがクシャトリヤだって発覚した瞬間、愛弟子にしか伝えない奥義を一番大事な場面で忘れさせるという呪いをかけた実績があるからだ。弟子だから安全という保障は一切存在しないのだ。

 

「ふぅ……無様な姿はここまでだ」

 

『え、待って……待って!』

 

 顔を上げてベッドから降りようとしたところで、目の前に妖精が割り込んできた。

 

『待って、そこは色々とイベントがある処でしょ? 涙を流す貴方を私が慰めるとか、新たに決意を固めるとか……もっと、こう、ヒロイン関連のイベントが!!』

 

 くだらない事を言う妖精の頭を掴んで投げ捨てた。激突音がない当たり、消えて回避したな、と確信しながら時間を確認した。やはり相当深く夢に溺れていたらしく、かなりの時間―――というか日単位で時間が消費されていた。まだカルデアが存在していることを見るからに、グランドオーダーは継続中らしい。となると自分が放置されているということは順調に探索が進んでいる、ということだろう。その確認が終わったところで寝汗でびっしょりであるということに気づき、

 

 服を脱いでシャワーを浴びることにする。久しく自分の視線から物事を見るのは久しぶりなだけに、懐かしさを覚える。

 

『ちょっと! 無視しないでよ 無ー視ーはーだめー!』

 

 シャワーボックスに潜り込もうとする頭を掴んで、外へと放り投げながら答える。

 

「簡単な話だ―――トワイスが死んだのも、リンが死んだのも、俺が絶望したのも全ては俺たちがどこか()()()()()()という無責任な自信を持っていたからだ。……まぁ、トワイスに関しては救いようがない馬鹿なだけだったが。俺とリンはただの慢心なだけだ……それを何時までも引きずっていたら(グル)が知れば迷うことなく殺しに来るだろうな、という話だ」

 

 そう、この世は優しくない。簡単に救われる事なんてない。()()()()()()()()()()()()なのだ。どこかで、何かのボタンを掛け間違えた。それは誰でもない、自分自身でやったことなのだから、当然自己責任だ―――悲しい話だが、それだけのことだ。それに何よりも、過去は過去だ。それは悲しいが、それでいて終了してしまった出来事。どれだけ祈っても、手を尽くしても、頼んでも、死者は蘇らない。蘇らせることはできない。これは俺の失敗で、

 

「―――今の俺は失敗できない。だから今を優先するだけだ」

 

 それだけの話だ。俺は今、ここにいる。つまりは乗り越えたのだ、喪失の悲しみを。ならそれをもう一度やるだけ―――難しいことじゃない。だからさっさとシャワーを終わらせ、適当に栄養補給し、本来の任務に戻る。それが今自分が成すべき事だろうと思う。だからさっさと身支度を終えようと思ったところで、此方をじぃーと見つめる妖精の姿を見つけた。どうした、と口を開こうとしたところで、

 

『やだ……濡れそう』

 

 脳裏でNO TOUCHING! と叫ぶ金髪姿が一瞬だけ思い浮かぶ辺り、不必要な人間性まで取り戻したのではないかこれ? と思わなくもあった。

 

 

 

 

「待たせたな」

 

「っ! アヴェンジャー、起きたのか!」

 

 身支度を終えて管制室に入ると、ロマニが驚いたような表情を浮かべた―――いや、実際は数日間昏睡したままなのだから、驚くのも当然というものだろう。片手をあげながら軽く挨拶すると、スタッフの一人が口に咥えていた煙草を落としながら呆然とした視線を向けてきた。

 

「アヴェンジャー……が、軽い挨拶をしてきた……?」

 

「少しばかり深く過去を思い出せたからそれらしく振舞おうかと思ったが、今まで通りのほうが嬉しそうだな」

 

 一斉に揃って管制室内のスタッフが頭を横に振ってきた。連中のなかでの自分の評価がだいぶ気になってきた。

 

『そりゃあもうロボットのAIに人間性を教えてるような気分だったんでしょう。それが唐突に自己進化でアップデートしたんだから驚くわよ』

 

 確かに、それなら解らなくもない。そう思っていると廊下のほうから走ってくる音が聞こえ、スライディングとともに管制室の入り口にカメラを片手に持った、スタッフの姿が出現した。

 

「―――話は聞かせてもらった。成長記録を取らせてもらおうか」

 

「誰かこいつを職務に戻してやれ。グランドオーダー中だぞ」

 

「アヴェンジャーくんウィース。ウェーイ、島崎くん研究室に帰るぜオーケイ? ウェーイ」

 

「記録……ネタ……黒歴史……同僚の黒歴史をここに……」

 

 ウェーイウェーイうるさいスタッフがカメラマンをセグウェイで引きずって消えて行く。本当にカルデアには妙にアクが強いのばかり残ってしまったな、とその姿が完全に消えるのを眺めてから腕を組み、で、と言葉を置く。

 

「できたら現在の状況を説明して欲しい。俺も出来るならグランドオーダーに復帰したい」

 

「体の方は大丈夫なのかい?」

 

「かつてないほどに快調だ。色々と思い出した結果、出来ることも増えたしな。心配させてすまなかった……どうしたロマニ。妙な顔をして。ほら、さっさと仕事をしろ。お前がメインオペレーターだろうが」

 

「うんうん、そうだねそうだねー」

 

『あの男、今までの貴方がそんなに話しかけてくるタイプじゃないから、自分から積極的に話しかけてくるのを喜んでるわね。ほんと、バカみたいに優しい人々ばかりね。そりゃあキャスパリーグも楽しそうに走り回るわけだわ。私もどっか毒気を抜かれちゃうわ』

 

 あぁ、そういえば前までは自分の声に違和感がある上に、嫌悪感が強かったからそれであまり喋らなかったのだが―――まぁ、今となっては()()()()()()()()()()()()()()()の一つだ。生きるとは即ち変化でもある。使いたくはない言葉だが思い出し、人間性を獲得することで悟った、ともいえる事だった。そう、悲しみも、怒りも、恐怖も、すべては生きる上で付き合ってゆく感情の一つなのだ。それが今は良く解る。

 

 さて、とロマニの声が聞こえる。

 

「第三特異点は海とそこに数多く存在する島々が舞台となってね、1573年が舞台さ。ドレイク船長に手を貸してもらい、立香くんたちは大海原を進みながら何度も聖杯の持ち主であった海賊・黒髭、エドワード・ティーチと衝突した訳だ」

 

「なるほど」

 

「そして決戦を挑んだボクらは知った、なんとティーチの部下であった英雄ヘクトールは裏切りものでスパイであったと! 彼は女神エウリュアレと聖杯を奪って逃亡―――世界最古の海賊船、アルゴナイタイと合流した! ボクらは現地のサーヴァントの犠牲もあり、何とかエウリュアレだけは取り返すことに成功した」

 

「それで?」

 

「うん。アルゴナイタイには率いるリーダーとしてイアソンが、その補佐に若き頃の魔女・メディア、そして大英雄ヘラクレスが存在していた―――しかも十二の試練を超越したヘラクレスはその数だけの命を持っている。謎のヒロインZで二回、クー・フーリンで一回、サンソンで一回、ランスロットで二回、ドレイク船長が一回殺害することに成功したんだ。そしてそこでエミヤが一気に四回削った!」

 

「ほうほう」

 

「そうしたら聖杯でストック数回復された」

 

『まぁ、聖杯があるならそれぐらいやるわよね』

 

 納得のリセットだった。

 

「しかもヘラクレスは一度受けたことのある殺害要因に関しては完全耐性を得るらしく、ちょっとみんな武器が肌にさえ入らなくてヤバイカナー? ドウシヨウカナー? ツンデネー? って感じの状態でね! ぶっちゃけると特異点の探索、超終盤入ってるけど攻略を間違えて半分詰んでるかな……!」

 

「言葉も見つからないとはまさにこの事だな―――おい、なんだその表情は」

 

 一々リアクションをするな、と告げながら考える。アルゴナイタイ、そしてそれに乗船する物語を。メディア、ヘラクレス、そしてヘクトールは有名な英雄だし、イアソンもかなりの有名人だ。ヘクトールはトロイアでも有名な防衛線の達人であり、メディアは典型的なキャスターのイメージが似合うタイプの魔術師、ただし神話クラス。そして最後にヘラクレス―――そう、ヘラクレス。その存在を表現するのであれば()()()が相応しい。恵まれており、悲劇があり、しかし乗り越えながら勝利し続ける大英雄。しかもロマニの言葉が正しいのなら、その宝具効果は凄まじいを超えて反則と呼べる領域にある。

 

 死亡した場合即座に蘇生し、それに対する耐性を得る。

 

 ロマニがホロウィンドウにマテリアルを表示させるが、それを確認する度に頭が痛くなってくる。ステータス、スキル、霊基の格。すべてにおいて超一流の大英雄だ。普通の聖杯戦争であれば召喚された時点で確定で勝利したとも言えるレベルのサーヴァントだ。

 

 ただそれを11回も殺すことに成功したカルデア戦力のバグっぷりも、舐められない。

 

「まぁ、神性が相手なら俺の出番(≪復讐者:カミは殺す≫)だな」

 

「あ、何も変わってない。なんだろこの妙な安心感」

 

 I am I、我は我である。そう簡単に変わってたまるものか、と口の中で言葉を転がしつつも、記憶とは人生の根幹だ。何を思い出すか、何を経験するかによってはどうなるのかは解りはしないから断言することは出来ない。とはいえ、それでも色褪せず残り続けるこの神への憎悪はまず間違いなく、答えを得るその瞬間まで消えることはないのだろうと確信している。

 

「困った時があったら便利に使うための俺だろう? 遠慮なく頼れ。相手が神仏に属する相手なら俺が遠慮なく鏖殺する。というか任せろ。させろ。ついでにランサーも葬る」

 

「特異点探索が終わった後でよろしくね! それじゃあ―――グランドオーダー、頼んでもいいかな?」

 

 任せろ―――そう言葉を置いて管制室の窓からコフィンの設置してあるレイシフトルームへと飛び込んだ。現在第三特異点にいるサーヴァントと入れ替わる必要があるが、レイシフトが開始すれば勝手に入れ替わるため、別に先に戻ってくるのを待つ必要はない。コフィンの中へと歩んで進み、自分の姿をその中に休ませる。

 

『むぅ、もうちょっとドラマチックな展開を期待してたからつまらないわねー』

 

「つまらなくて結構」

 

 生きている以上、死を乗り越えて、その思いを背負って生きているのだ。自分の無謀さや傲慢、それが原因で間違いなくリンは死んだのだ―――あの時、事前に逃げる時間だけだったらいくらでもあったはずなのに。今でもあの悲しみは、喪失感は残っているし、最後の感触は今でも思い出せる。たぶん好きだったのかもしれない。だけど今ではどうしようもない話だ。

 

 生きている以上は前進し、

 

『前進しーの?』

 

 ―――カミを殺すのみである。それがいま、己が理解し、行えることの全てである。

 

 即ち、ヘラクレス討伐、

 

「やってやりますか」




 ヘラクレスが負けそうだから聖杯を迷うことなく使うイアソン氏の本気っぷり。まぁでも、一回ある程度殺させて耐性をある程度取得したら聖杯復活させたらそら絶望よ。という訳でもう予測できると思うけど、ガチャ丸くんの足じゃ3歩走った瞬間にヘラくんつかまってミンチになる未来しか見えないので作戦は却下ですねぇ……。

 まだ笑えないけど、少しずつ昔の形へ。


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大英雄 - 2

「―――待たせたな。これより俺も戦線に復帰する」

 

「先生! アヴェ先生!」

 

「先生じゃないし変に略すな」

 

 もうすでに何度とも経験して慣れたレイシフトの感覚を抜けると、島の砂浜にいるのを確認できた。巨大な船のほかにはかなり多くの英霊の姿が存在し、飛びついてきた立香を片手で抑えつつ、迷うことなく感じ取った神の気配に、両刃の大戦斧を繰り出し、片手で担ぎながらどこかで見たことのあるアルテミスと、これまたどこかで見たことのある女神に視線を向けた。

 

「―――で、どっちから挽肉すればいいんだ。駄肉の方か? それともエコサイズの方か?」

 

「出てきた瞬間にノーモーションで神性に喧嘩を売るスタイル、一段と磨きがかかってますね……」

 

「つーか兄ちゃんガチの咎人じゃねぇか……へへ、震えてきやがったぜ」

 

 お月見終わった直後でまたゆるふわ恋愛神とマスコットオリオンと会うことになるとは思いもしなかった。このまま、カルデアに来ないといいなぁ、なんてことを心の中で思いつつも、さっそく自己紹介をしてもらう。今回の特異点で協力してくれている英霊はダビデ、アタランテ、アルテミス&オリオン、エウリュアレ、そしてフランシス・ドレイクだった。神霊というジャンルを見るならまず間違いなく権能を行使できるエウリュアレとオリオンが抜き出ているが、それでもヘラクレスと戦うのは不可能だろう。それに主要メンツの攻撃は軒並み耐性をつけられている。

 

「―――つまり有効なのはまだ登場していなかった俺と、宝具を切り替えて無限に戦えるエミヤだけか」

 

「そうなるな。ヘラクレス討伐のキモは私と君のタッグにある」

 

 エミヤの言葉に同意するように頷き、で、と立香が口を開く。

 

「先生、どう? ヘラクレス倒せそう?」

 

 立香の言葉にそうだな、と腕を組みながら考える。記憶の大部分を取り戻した影響か、三つめのスキルをほぼ自由に使いこなせる感覚がある。これはサーヴァントとしての機能の一部だ。人が呼吸の仕方を自然と覚えるように、スキルや宝具の使い方はもはや本能的なものだ。使えるようになれば、普通に使えるのを理解できる。だから三つめのスキル、そして思い出された修行の経験による成長を加味し、断言する。

 

「―――エルメロイ2世とエミヤとのトリオでならほぼ確実に仕留められる」

 

「吠えるねぇ。私もあのデカブツとは一戦交えたけど、そう簡単に取れるタマにゃあ見えなかったよ?」

 

 そりゃあ前提そのものが狂っているのだ。フランシス・ドレイクは戦士ではない。海賊だ。船長だ。つまりは集団戦闘、それも海上を限定して戦う為の指揮官だ。そしてヘラクレスは単騎で全てを破壊する大英雄だ。それこそ山を持ち上げて投げる事の出来る怪物級の英雄だ。そもそもからしてジャンルが間違っている―――だけど、それでも一回殺害に成功しているというのは正直な話、恐ろしい。どうやって成し遂げたんだ。しかもこの船長は生身だぞ。そう思いながらも立香からはドレイクがこの時代における本来の聖杯の所有者であることを聞けば、納得する以外の言葉がなかった。

 

 聖杯の本質は万能の効果による過程消去だ。そりゃあ達成もできるか。

 

 そんなことを考えながら、立香のできるか、という言葉に断言する。

 

「出来る。足止めにエミヤとエルメロイ2世を借りるけど倒せると断言する」

 

「うん……じゃあ信じる。じゃあヘラクレス対策は三人に任せる。そうすると残りはヘクトール、イアソン、そしてメディアだけどこっちは正直、数の暴力で押し込めると思うんだ。ヘクトールが防衛線というジャンルでなら凄まじい防御力を発揮してるけど―――」

 

「宝具を連射すればいいのね? まっかせなさい!」

 

「まぁ、馬鹿正直に本体を狙わず、ガンガン船のほうを攻撃して海の藻屑にしてやりましょうか。ヘラクレスさえいなきゃ大体こっちのもんですよ。イアソンはクズだし、ヘクトールはオッサンだし、メディアはBBAから小娘にランクダウンしてますし。これは殺れますね」

 

「謎のヒロインZさんはなんか生前恨みでも抱いてたの……?」

 

 聞けば、なんでもヘラクレスとメディアは第五次聖杯戦争の参戦者だったらしく、エミヤもアルトリアも何度も苦い思いをさせられたとか。まぁ、ヘラクレスの保有する十二の試練は複数の殺害方法、或いは宝具そのものを無効化する攻撃手段がないと確実に詰みになるタイプの反則だ。つくづくバランスってものを設計者は考えていない。まぁ、だが、

 

 ()()()()()()()()()。なにせ、戦いとは基本的に相性による勝負なのだから。

 

「―――良し。じゃあ作戦はアルゴナイタイをこの島まで引き寄せて、ヘラクレスを挑発して釣り出す。森の中でエミヤ、エルメロイ2世、アヴェンジャー先生で分断、討伐と足止めをする。その間に残ったほかのメンツでイアソンを強襲する!」

 

「現在とれる作戦で一番現実的なラインですね」

 

「満点はくれてやれんが十分点数はつけられるな」

 

「辛口っすね……」

 

 カルデア側からの参戦サーヴァントはアルトリア、エミヤ、エルメロイ2世、ランスロット、自分、マシュの六騎だ。それに加えてはぐれサーヴァントのダビデ、アタランテ、アルテミス&オリオン、エウリュアレ、ドレイクの五騎。これで合計十一騎のサーヴァントが揃っている。このうち自分、エミヤ、エルメロイ2世が抜けてヘラクレスの対処をするに対しても、残ったサーヴァント達でも十分にヘクトールとメディアの相手はできるだろう。うん、と辺りを見渡して立香が頷いた。令呪を見せるポーズで、

 

「この戦い、我々の勝利だ!」

 

「先輩! 唐突なフラグ立てやめてください先輩!!」

 

「昔の聖杯戦争はシリアスばかりだったのに、最近はネタっぽさが強いですねぇ……」

 

 アルトリアの話を聞いて何かを思ったのか、ややうつむきながらランスロットはアルトリアの肩をたたき、

 

「Not Arthur……」

 

 アルトリアの発言を聞いてさりげなくディスり始めたランスロットがその一瞬で粛清されそうになるのを戦力が減るからとなんとか全員で必死にロンゴミニアドを抑え込みながら、どうあがいてもカルデアにいる間はこの空気からは抜け出せないんだな、と悟りをまた一つ開きながら作戦開始の準備に入る。

 

 

 

 

「―――ここで唐突にだが作戦開始時の緊張感を少し緩和する意味で僕の話をしようか! どうでもいいかもしれないけどやっぱり貧乳と巨乳の話をしよう! 貧乳派? 巨乳派? どちらも素晴らしく夢があるしそれぞれ良さがある! 感度とか! 形とか! いろいろと違いはある! オリオンくん! 君はどっちが好きかな?」

 

「どっちも好き―――あ、おい、待て、俺の体は捻じれるようにグアアアァァ―――」

 

「と、一人脱落者が入ったところで話を続けよう! ちなみに僕はどっちも愛せるけど基本的には巨乳派だ! 世の中には両方共甲乙つけがたいとか言っているクズがいるけどアレは乳比べ派閥のクズ・オブ・クズだ! 確かに違いを愛せるのは美徳かもしれないけどそれは逆に言うとどっちつかずでもある、つまり本当に好きなものこそはちゃんと自分で判断できるようにしようね、っという簡単な話だ! あとただ単純に両手で揉めるサイズっていいよね!」

 

「うん! 俺もそれは大好き!」

 

「さあ、いい感じに女性陣の殺気が突き刺さり始めたところで今だ! 横に石を四個捨てる! ヘー()ダレット()ギメル()ベート()はい、忠告終わり! アレフ()! ―――五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!」

 

「敵よりもまずは横のこの男から殺すべきではないか?」

 

 そういいながらアタランテがダビデに続き宝具を放つ。アルテミスも宝具を放ち、アーチャーによる一斉射撃が見えてきたアルゴー船に向かって大量に降り注ぐ、もはや暴風と表現でもするべき大量の矢嵐の中で、何を臆する事もなく、鈍色の肌の巨人が右手に斧剣を握り、振るった。手首が僅かに捻じれ、そこから反動で加速するように放たれるのは大英雄ヘラクレスが残す奥義の一つ、射殺す百頭(ナインライブズ)だった。

 

 刹那に九つの斬撃を生む絶技は暴風を生み出し、広範囲に散らばる矢嵐を殴り壊しながら乗船者を守り、それから漏れた分をメディアの結界、そしてヘクトールの指揮で完全に防いだ。闇雲に宝具を放つだけだったらこれは100%凌がれるな、と理解した瞬間、ヘラクレスが口を開いた。

 

「―――■■■■■■■(≪狂化:B≫)!!」

 

 空を揺るがすような咆哮がまるでヘラクレスの怒りを現していた。アルゴー船の上で金髪の男が何かを口にするのが見えた。おそらくはヘラクレスへの迎撃命令か、或いは何かだろうが、次の瞬間には欄干を蹴ってヘラクレスが跳躍していた。その視線はまっすぐアーチャーズの背後、森の入り口に立つエウリュアレへと向けられていた。十二の試練を通してあらゆる宝具に耐性を得たヘラクレスに恐れるものはない。そのまま、体で矢を受け止めるも、それを完全に無効化しながら海の上を跳躍してくる姿はもはや悪夢でしかない。

 

 それを眺めながら、立香が冷や汗をかいている。

 

「いやぁ、いつ見てもアレは怖い」

 

「大丈夫です。一撃までは余裕をもって防げますから。先輩へは指一本触れさせません」

 

 マスターではなく先輩、と発言しているあたりマシュもやや気が動転しているのかもしれない。こちらが迎撃の態勢で布陣しているのも見えているだろうに、それでもヘラクレスを前に出すのは―――やはり、聖杯という道具で勝利を確信しているだろうからか。ともあれ、その余裕を確実に殺しに移行。エミヤ、エルメロイ2世と視線を合わせた。それに続き、エミヤが口を開いた。

 

「―――I am―――」

 

ハイ、カットォ(マスター権限:令呪)!」

 

「以下略ッ! そぉい!」

 

「■■■!?」

 

 アーチャー達を飛び越えてエウリュアレを一直線に目指したヘラクレスのスピードは無限の剣製よりもはるかに速かった―――令呪で詠唱を省略さえしなければ。即座に展開されるエミヤの固有結界の中へと自分から飛び込んでくるようにヘラクレスが囚われる。それと同時に、作戦通り自分とエルメロイ2世もまた同時に固有結界の内側へと入り込んだ。決戦時には良く展開されるためにもはや見慣れた荒野と剣の丘の中に、静かにヘラクレスは佇みながら、闘志の宿った瞳を敵対者である此方側三人へと向けていた。

 

「さて、ここまでは作戦通りだな。全く、何度目の対峙だ、これで? さすがに嫌になるな」

 

「腐るなアーチャー。貴様だけが耐性に惑わされずに攻撃を常に通し続ける事ができるんだからな。それよりもアヴェンジャー、貴様の調子はどうだ」

 

「ん―――」

 

 呼吸を整え、チャクラを開門させる。簡単な話、(グル)の修行とは経験の塊だった。理論を説明せず、ひたすら経験のみを積み重ねて行く事、それが(グル)の与えた修行だった。そうすることによって経験だけでいえば十分なラインが届くように、と。だが無論知識が足りていない。ただそれは補われている―――改造され、人類の積み重ねてきた英知を再現し積み込むことで、長年かけて学ぶべき知識の部分は完結された。

 

 それらが結びつき、漸く形として成される。マントラの秘儀、チャクラの開眼、それが息をし始める。全身が活性化され、生命力と力で満たされ始める。筋力、耐久、敏捷、魔力が開眼されたチャクラに合わせて上昇するのが解る―――これならワンランク上ぐらいは能力を発揮できるだろう。シェイプシフターに魔力を通し、それを変形させる。今思えば、自分が大戦斧を良く作っていたのは(グル)の真似事を無意識的に行っていたのかもしれない。

 

 だから今度も大戦斧を作りつつ、完全な制御に成功したスキルを発動させる。

 

「ちょうど寝起きの運動が必要だったんだ」

 

 存分にその神性(いのち)を、

 

殺させてもらおうか(≪復讐者≫)

 

 えぇ、そうね―――存分に殺しなさい、心行くまで。

 

 くすくすと笑う妖精の声を引き連れつつ、一気にバーサーカー・ヘラクレスへと飛び込んだ。




 思い出せば思い出すほど同調率あがってゆくのだーれだ。


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大英雄 - 3

 飛び込む此方に反応しヘラクレスが咆哮を轟かせる。その巨体から放たれるプレッシャーはアルテラを思い出させるが、この大英雄にはアルテラのような聖杯と直結したバックアップは存在しない。素のままの状態でアレに匹敵する恐怖を纏っているのだ。お前は本当に人類なのか? と疑いたくなるような化け物っぷりだ。まず、間違いがない。英霊としてはトップクラス、最強の一角に立つサーヴァントだ。そんな存在に正面から挑む己がいる。普通に考えれば勝てる訳がないだろう、これは。

 

 まぁ、殺すのだが(≪聖人:咎人≫)

 

「理性をなくしているとはいえ、相手は欠片だけ知性を残した(≪軍師の忠言≫)存在であり、また戦士だ。殺すときは確実に殺しに来る。それが戦士の誇りというやつだろう。射殺す百頭(ナインライブズ)のキモは剛力ではなく、その肉体と、特に腕全体の柔軟性に見える。アーチャー、腕を自由に(≪軍師の指揮≫)動かさせるな。アヴェンジャー、素早い動きで常に牽制しつつ隙を伺え。距離を離せば有利に思えるが、逆に不利になるぞこいつは」

 

 飛び込んだ。

 

 空中で大戦斧と斧剣が衝突し、こちらが弾かれる。後ろへと回転しながらアンカーへと変形させ、ヘラクレスの返しの一撃が振るわれる前に大地に突き刺し、体を引き寄せて下へと抜けて回避する。その瞬間、八つのAランク宝具が弾丸のようにヘラクレスに襲い掛かった。ブリッジを描くように後ろへと倒立し、一回転したヘラクレスの姿を狙い撃つように武装を変形、バスターライフルへと変形させて引き金を迷うことなく引いた。

 

「―――梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

 ヘラクレスの全身を飲み込む閃光が駆け抜けた。それに反応するようにヘラクレスがその腕を自由に振るった。九つの斬撃が正面から古代の奥義と衝突し、互いに相殺しあった。此方が古代インドの奥義を不完全ながら使っているのに対し、相手もまた狂化という()()()によって奥義である射殺す百頭(ナインライブズ)を弱体化させられている。そう考えると互いに相殺できるラインで並ぶのだろう。ならば、

 

話は簡単よね(≪接続:供給≫)?』

 

「―――お前はここで死ね(≪自己回復(魔力)≫)

 

 引き金を引いた。体が反動によって地面を削りながら後ろへと下がる。だがそれでも再び引き金を引いた。両手でバスターライフルを抑えながら連続で引き金を引いた。一発、二発、三発、四発、五発と連続で放たれた梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)が大地を消し飛ばし、進路上にあった剣を欠片も残すことなく蒸発させながらヘラクレスを飲み込んで消し去るために迫りゆく。だがそれに対してヘラクレスが選んだのは逃亡でも防御でもない。

 

 突進と迎撃だった。

 

「■■■■■■■■■―――!!」

 

 踏み込みながら射殺す百頭(ナインライブズ)が放たれ―――それを射殺す百頭(ナインライブズ)で繋げた。宝具級の奥義を奥義で繋げるというありえない現象をこの大英雄は成し遂げていた。まるで難行に挑み、達成してこそ大英雄と名乗り上げる事ができる、それが許される存在であることを証明するかのように。はっきり言えばめちゃくちゃだった。

 

『だけど殺すんでしょ?』

 

 ―――無論。

 

ここだな(≪鑑識眼≫)

 

 五連発の梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を乗り越えてさらに加速したヘラクレスが正面に出現した。それと同時に剣の丘、その大地を突き破って槍が二十生え出した。それが飛び込んできたヘラクレスの足を貫通し、その動きを完全に停止させるように縫い付けた。

 

「本能のみで戦うとこういうところでしくじる……つくづく別のクラスでは相対したくないな」

 

 ヘラクレスが咆哮しながら正面、動かない下半身を無視して腕を振るってくる。一撃でもくらえば即死する程の威力のある奥義、射殺す百頭(ナインライブズ)だ。だがそれを阻むように空から落ちてきた石柱がヘラクレスの動きを槍と加えて一気に押し込むように封じ込めた。葉巻を片手で握り、それをヘラクレスへと向けた、エルメロイ2世―――いや、諸葛孔明の宝具だった。

 

「大軍師の究極陣地。石兵八陣(かえらずのじん)。さあ、難行の様に突破できるのであればしたまえ大英雄」

 

 ヘラクレスが吼える。その視線は戦場のすべてを捉えるようであり、逃がさないという殺意を孕んだものだった。だがヘラクレスの動きはこの瞬間、完全に停止していた。そのため、完全なフリーハンドを得たこちらは躊躇することなくシェイプシフターを大戦斧へと姿を変形させた。片手で振り上げるには無理のありすぎるその巨大な姿を無理やり握りしめながら、全身の殺意をその一擲に叩き込む。

 

お前は―――(≪復讐者≫)

 

 踏み込む、大地を踏みしめる。ヘラクレスの命を俯瞰する。

 

ここで―――(≪聖人:咎人≫)

 

 慈悲も迷いもなく、最速で大戦斧をヘラクレスの首に向かって振り下ろした。

 

「―――朽ちてゆけ(≪獣の権能≫)

 

 音もなくヘラクレスの首に突き刺さった大戦斧はそのまま、肉を完全に貫通し、切断した。あっけなく切断されたヘラクレスの首は剣の丘に落ち、そのまま追撃で降り注いだ剣雨によって蒸発する勢いで消え去った。それに合わせてヘラクレスの体を蹴り飛ばしながら後ろへと跳躍し、着地した。そのままヘラクレスの体を眺め続ける。十二の試練(ゴッドハンド)が発動し、蘇ろうと魔力が高まる。だが一向に蘇生が開始されない。

 

「これは―――神に纏わる神秘の無効化、か」

 

 エルメロイ2世が冷静に蘇生をしようとしながら死に続けるヘラクレスの姿を見て、呟く。さすがの慧眼だ。それを正解であると肯定する。

 

「神を否定するならまずその痕跡から殺害しなくてはならない―――まぁ、そんな本能的な殺意と獣性がまだ完全じゃなかったスキルに影響を与えた結果だな」

 

「私やドレイク船長の様な信仰を一切行わない存在にはまるで無害だが、ハマれば一方的に殺せるという奴だな。味方にすると頼もしいものだ」

 

 やがて、十二の試練がその機能を完全に果たす事はできず、ヘラクレスが魔力に分解されて消えて行く。その姿を見て、ほっと息を吐いた。絶対に1対1で勝負なんかしたくはない英霊だった。その場合はおそらく、いや、ほぼ間違いなく相打ちに持ち込むのが精々だろう。その1回で殺せる事をよくやったとみるか、そこで終わってしまう事を惜しいと思うか。それで評価が分かれてくるだろう。ともあれ、これでヘラクレスの討伐は完了した。必要以上に固有結界の中に留まる必要もなく、エミヤが固有結界を解除する。

 

 ヘラクレスの討伐が完了した剣の丘から世界はあの浜辺へと戻る。

 

「さて、戦況はどうなっている?」

 

 エルメロイ2世の声に合わせて他の面子を探そうとしたところ、沖の方から強い魔力の気配を感じ、沖の方へと視線を向けた。そこではすさまじい光景が繰り広げられていた。まず魔神柱がアルゴー船を苗床にするように聳えており、空へと延びる高さを見せながら穢れの大河を発生させ、連続で爆裂を発生させていた。

 

 それに対応するように海の上を走るアルトリアがロンゴミニアドを振るっており、振るわれる度に光の爆発と斬撃が連続で魔神柱の姿を遠慮なく削ってゆき、そこに飛び込むランスロットが傷口を広げるように素早く、しかし連続で無毀なる湖光(アロンダイト)を叩き込む。その動きを援護するように後方の船から止むことのない女神達と一名のクズの宝具が津波のように襲い掛かり、常に前線の味方の動きを攪乱していた。

 

 それに合わせ後方からドレイクの船団が大砲からレーザーかと間違える砲撃を連続で放ちながら穢れの大河をその船で体当たりするように押し流しつつ、確実に攻撃を砕いて活路を生み出していた。あまりに遠くで上手くは見えないが、立香も前線で叫ぶように声を出しながら指揮を執っているのが見えた。

 

「酷い苛めを見た」

 

「まぁ、順当に戦力が整っていて相手が動けもせん、火力だけが取り柄の木偶の坊ならばマシュ嬢で攻撃を防ぎ、そこに最大火力を流し込むだけの作業になるからな。変なミスをせず、欲張らず、できる範囲で結果を求めようとすれば問題なく討伐できるだろう」

 

「あぁ、そのことに関しては一切心配する必要はあるまい。我らのマスターはその点においては超一流を名乗ってもいい。無駄に欲張らずに―――そら、もう終わったか」

 

 男三人、寂しく浜辺から戦況を眺めていると、いい角度でドレイクの砲撃が突き刺さった。そのまま大穴が魔神柱に開き、そこに刺さった集中砲撃から一気に真っ二つに割れて魔神柱の姿が崩壊を始めた。軽く眺めている感じ、いくつか船が破壊されてはいるものの、全体としての損傷は軽微だった―――本当にヘラクレスが一番の厄介者だったな、というのが解る戦いだった。

 

 魔神柱が撃破されてしまえばあとは聖杯の回収を行い、それで特異点の問題は解決される。もう、これでこの特異点での戦いも終わりだな、と悟ったところで一息を吐きながら、片手で軽く髪をかき上げながら息を吐く。

 

「結局、遅刻したせいであまり力になる事ができなかったな……ヘラクレスも俺がいなくともどうにかなっただろうって気がするしな」

 

「それは少々卑屈すぎではないかね? 君には君にしかなせない事がある、今回はまさしくそうだった。君以外のサーヴァントで、こうも鮮やかにヘラクレスを相手できるものは早々おらんよ。それが出来た己を褒めても罰は当たらないと私は思うが」

 

「その言葉は嬉しいけどな……」

 

 もう二度と誰かを失いたくはない。負けたくはない。傲慢になりたくない。自罰的でないと、またどこか致命的な間違いやミスを犯してしまいそうで怖いのだ。やっぱり、自分が一番信用できないのだと思う。或いは思い出してしまったが故に、自分のことを許せないだけなのかもしれない。もしくは、勝手にグランドオーダーを通して戦うことで、

 

 どこかで、俺が償えるのではないかと思っているのがあるかもしれない。

 

 ―――所詮は戯言だ。どうしようもない。

 

「まぁ自虐的で自罰的なのは別に構わん。私は多少同情するけどな。ファック、カルデアがこんな組織だと知っていたら国連にゴーサインなぞ出さなかったぞ」

 

 エルメロイ2世は体制側の人物だったか、カルデアは国連に認められ、結成した組織だ。やはり、設立の上では多くの難題があり、ほかの組織からの許可もその一つだったのだろう―――そんなことを考えている間にレイシフトの兆候を示す霊子が漂い始めた。どうやら本当に特異点探索は完了されたらしい。今回はほとんど寝たきりで終わらせてしまった為、個人的に不満の残る結果となってしまった―――次回は、次回こそは最初から最後まで一緒に戦えるように頑張ろう。

 

 そんなことを心に誓いながらレイシフトにより、特異点探索を終了させる。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/9682fc1c-ff0d-4972-859b-1f3dde980144/356718e60bd50dc7cb7726fff938a564

 この手(ハメ殺し)に限る。やはり孔明は過労死。というわけでオケアノスは全体的に短くてすまんな、って感じで。まぁ、FGOの本番は5章って大体のプレイヤーが解っているだろうし(

 今回はちょい短めだったけど、まぁ、連続だったし。というわけで次回からイベント祭り。


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ハロウィンチェイテ城は激闘しながら本能寺しちゃうの
地獄のインターバル - 1


「ガッチャアアアアアアア、ガチャアアア! ガチャガチャアア! ガッチャアアア!」

 

「ガッチャアアア!」

 

「ガチャチャチャアアア!」

 

「ガーチャ! ガーチャ! ガーチャ!」

 

「なんなんだこれは……」

 

『もはや邪教ってレベルに入り始めてるわねこれ……』

 

 寧ろ邪教そのものだろう、とガチャの儀とカルデアで呼ばれる儀式の準備をし始める姿を見ながら思っていた。さっきからセグウェイで乗り回したり、祈りの言葉を捧げたり、ひたすらトランプでシャッフルしたり、何度もトイレに行ったり戻ったり、挙句の果てにはマフィアっぽい男の写真を祭壇に飾っている。これが邪教じゃなかったら何が邪教なんだよって言えるレベルだった。やはり宗教とは邪悪、カミは滅ぼさなくてはならないな、と再度確信する。

 

 そう思っている間に、ドンドンガチャ―――つまりは英霊召喚の時間である。オケアノスと命名された第三特異点は、宝の山だった、と立香は目を輝かせながら言った。なんと聖晶石が全部90個も入手することができたのだから、大成果だと断言しても過言ではない。ただその結果がこの大発狂状態なのだからもう、なんというか、聖晶石を捨てたくなる。

 

『それを捨てるなんてとんでもない』

 

「呪いのアイテムか何かか」

 

 近づくと汚染されそうな気がするから、膝の上に丸まった妖精を乗せるようにしゃがみながら、邪教の儀式の進行を壁際から眺めていた。死んでもあの集団の仲間にはなりたくないよなぁ、なんて思いながら眺めていると、横に並ぶようにランスロットが座り、

 

「Stand by……I'm ready to die any time」

 

「もう死ぬ準備をしているのかお前……」

 

 ご褒美です、と言わんばかりにサムズアップを向けてくるからこいつはもう駄目だな、と確信した。ヘラクレス相手に無毀なる湖光(アロンダイト)一本で耐性があるのに二回殺害成功したという超絶技巧の持ち主の癖に、なんで日常生活はクズを通り越して憐れみを覚えるのだろうか。ギネヴィアがこれを見れば発狂して物見の塔からアイキャンフライでもしそうな姿だ。円卓、最初からこのノリだったら崩壊する以前の問題だから長続きしそうだ。

 

 そんなことを考えながらもう帰ろうかなぁ、と思っている邪教部屋に入り込んでくる新たな姿が見えた。アルトリアの姿だった。ちーっす、と挨拶しながらランスロットを串刺しにするとそのまま横に座り込んでくる。

 

「あ、アヴェンジャーも見学ですか? 私も新たなアルトリア顔の気配を感じて殺害スタンバイしに来ました」

 

『ナチュラルサイコパス……!』

 

「ランスロット卿、凄いいい笑顔で逝ったな……」

 

 無論、顔が見えるわけじゃないのだが突き刺される瞬間にアピールするようにサムズアップを向けてくるのだから、もはやプロフェッショナルの領域にある。そして息を吸うようにランスロットを始末するアルトリアもなんかもうプロフェッショナルの領域にある―――あんまり褒められない事の。今日、この時、これでさえまだカオスの入り口であるカルデアにまた新たな住人が増える予定なのである。

 

 地獄の最前線へようこそ、と言いたくなる状況だ。

 

「部屋に帰って寝ようかなぁ……」

 

『駄目よ。なんか今日は物凄いカオス力を感じるわ。今この瞬間も召喚陣の向こう側から出待ちの気配を感じるわよ! そう……私が出る! って感じのものすごい気合いの気配をね!!』

 

 それ、出待ちできるレベルの介入能力を持ったサーヴァントなんて神性に限定される、というか現在縁を紡いだガチ神性が約一名なので、なんというか、もうというか、この時点でオチが見えてしまった。そうだなー、やっぱ帰るかなー、と心の中で決心を固めていると、半裸になった立香がいつの間にか聖晶石を天に掲げていた。

 

「これよりガチャの儀を開始する―――!」

 

「オォォォオオオ―――!!」

 

「グランドオーダーの時よりも士気が高いんですけど」

 

「バカしかいねぇ」

 

 オサ、オサ、と叫びながらドンドコとドラムが鳴り始める。えらい本格的になってきたなこれ、と思っている間に聖晶石、最初の30個が投げ込まれた。10連ガッチャァ、という叫び声が響き、英霊召喚プログラムが開始される。この場にマシュがいたら気絶するだろうから、今回は場にいなくてよかったなぁ、と思いながら本格的に逃げ出す事を考え始めた。そうしている間にも召喚は続行され、最初に概念抽出が行われた。

 

「Foo……Foo……まだだ、まだ平気」

 

「見てるこっちが平気じゃない」

 

 そう言っている間にも続くガチャ(召喚)。概念抽出が行われるたびにスタッフが発狂しながらカレスコ、と意味不明な言葉を叫び始める。ついに脳にまで達したか、明日から少しだけ優しくしようと思っていたところで、虹色に召喚システムが輝き始める。それは間違いなく一級のサーヴァントが召喚される反応ではあったのだが、既に妖精の言葉から誰が出待ちしているのかは見えていた。なので心境は寧ろ、

 

 ―――あーあ……来ちゃったかぁ……。

 

 というものだった。そう思っている間に、召喚システムの中央に人の形が形成され、

 

「はーい! アルテミじゃなかった! オリオンでーす!」

 

「人権を失い家畜と化したオリべえでぇぇぇぇぇす―――」

 

 召喚されたときに謎の因果的衝撃が発生し、オリオ―――オリべえがアルテミスの頭の上から滑るように射出された。一瞬だけ見えたその表情はもうすでに泣いていた。哀れなやつだと思った直後、それはまっすぐに飛翔し―――アルトリアのジャージ、胸の上の部分に着地した。その表情は涙から一瞬満面の笑みへと変貌した。もうその時点でコイツの運命はさようならオリべえ、心の中でそう呟いた。

 

「―――あら、ダーリ(女神:権能:転移)ン?」

 

「みんな! カルデアのみんな! オリべえはここに来れてよかったと思ったよ! こんな俺のことだけど忘れないでくれよ! 来世でアアアアオオオォォォォ―――……」

 

 時を超えてオリべえを掴んだオリオン(仮)がオリべえの顔面を壁に叩き付け、それを削るように引きずりながら音速でカルデア内を爆走し始めた。あぁ、知ってた。そうだよな、お前ならそうなるよな。なんとなくそんなオチになるんじゃないかと思っていた。

 

 カルデアが増々これから、悲鳴で賑やかになるな、これは。そう思っているとオリオン&オリべえ―――つまりアルテミスとオリオンと入れ違いで、ブーディカが入ってきた。カルデアを爆走した二人が消えていった方向へ指さして何かを言おうとして、しかし発狂し出したカルデアのスタッフとガチャ中毒となった藤丸・ガチャ香の姿を見て、完全に動きを停止させた。

 

「……来るところ間違えた?」

 

「ウェルカム・トゥ・狂気の最前線へ。我々は貴女という新たな犠牲者を歓迎しましょう」

 

「ブーディカも壁際に座ってろ。関わらなければ被害はない―――比較的に」

 

「あぁ、大なり小なり逃げられはしないんだね……」

 

 正解である。そう思っている間に再び、召喚システムが新たなサーヴァントの召喚を知らせるために輝きだした。英霊三人、壁に揃って召喚の光を眺めている。すると再び光が人の姿を形成し始め、そこに緑髪の男の姿を見せる。

 

「―――アーチャー、ダビデ。うん、僕はやるよ。かなりやる。あと契約の箱が来るからちょっと退いてー」

 

 そういった直後、余った光が契約の箱へと変形し、オリべえが射出された時のような速度で一気に射出された。目の前に立っていた立香が叫びながらブリッジ姿で倒れることで回避する。直後、契約の箱が召喚室の外へと飛んで行く。

 

「おーい、お前らアーチャーの野郎がおやつを作ぐわああああ―――!!」

 

「ランサーが死んだ!」

 

「このひとでなし! とか言ってる場合じゃない! 契約の箱を邪魔にならないように運ばなきゃ……あ、先生頼んでいい?」

 

「あいよ」

 

 シェイプシフターを作業用ロボットに変形させ、それを自分と切り離して半自動的に動かさせる。生物が触れた場合、問答無用で昇華してしまうらしいので、こうやって制約の裏をかいてロボットに作業を任せれば契約の箱の影響を受けることはない。とりあえずランサーの死を悼むこともなく、契約の箱を封印処理する為に一時的に倉庫の中へと運ばせる。

 

 さて、ダビデに挨拶するか、

 

 と思ったらすでにサンソンがその場でダビデを処刑してた。

 

「あぁ、人妻に手を出しそうなクソ野郎の気配を感じただけですので、お気遣いなく。マリーの来訪に備えてカルデア内での人妻の人権と安全は私が守ります。そう、すべてはマリーの為に……マリー……マリー、マリーマリーマリー! マリア! 僕のマリアァァァァ―――!」

 

「ブーディカ、アレを治せませんか?」

 

「馬鹿に付ける薬はないよ」

 

「目を離した隙にまた発狂者増えてる……」

 

 ドルヲタ・サンソンがガチャの儀に急遽参戦した。再びシステム・フェイトのカオス濃度が一気に上昇した。ここにいるのは少し前までオケアノスで全力で頑張っていた勇士達なんだよな? と、記憶を軽く探ってその姿を思い出そうとするが、残念ながら完全に同一人物だった。

 

『次の特異点までにキャラが戻るといいわね』

 

 そうだな、切実にそう祈ってる。じゃなきゃ俺もあちら側へと飛んで現実から逃げる必要がある。

 

『そっちは一度落ちたら一生ヨゴレを背負わなきゃいけないからおすすめしないわよ』

 

「ラストガッチャアアアアア―――!!」

 

 最後の聖晶石30個が投入され、輝き始めた。最初のころは召喚の光はどこか美しく、きっと希望を意味する光なんじゃないかと思っていたりもしたのだが、今はあの光を見るたびに醜い人の欲望と絶望と、そして発狂者の顔しか思い出せなくなってきている。何故かこの光景を見ていると人類悪という言葉を思い浮かべるのはなぜだろうか。

 

『……うん。その……部屋に戻る?』

 

 もうここまで来たら最後まで覚悟しようと思う。さすがにこれ以上ひどくなるなんて事はないだろう―――たぶん。もはや半ば、自分の心に祈りを捧げていた。いいから、頼むから平和に終わってくれ。ダビデなんて自己紹介しただけで死んだんだぞ……!

 

 祈りながら概念摘出の連続にドンドンガチャ教徒が倒れて行くのが見える。そう、そのままだ。そのまま平和に終わるんだ―――その願いは次の瞬間、虹色に輝く光に絶望という答えで終わりを告げられた。またカルデアに新たな犠牲者がエントリーするのか、そんなことを考えながら思っていると、アルトリアが立ち上がった。

 

「む……新たなアルトリア顔(≪アルトリア顔殺すべし≫)の気配がします」

 

「えっ」

 

 迷いのないロンゴミニアドの抜刀にブーディカが軽く困惑しているので、さらに部屋の隅へと移動し、こっちへ、こっちへと手招きをする。それに従ってブーディカも逃げるように近づいてくる。

 

「なにあれ」

 

「キャラ性の再確認、かな……」

 

『あー。ネロの時は空気読んで我慢しちゃったからねー。どう見ても根が真面目だもの、あの子。そろそろ本気でアルトリアスレイにかからないとキャラが危ないって感じなんでしょうね』

 

 そんなキャラ、誰も求めてないからさっさと捨てろと言いたい。

 

「この感覚、期間限定サバを打ち抜いたと感じるッ!」

 

 その裏では立香が変な進化を遂げていた。誰か俺をこの地獄から助けてくれ、そう呟いていると、英霊の姿が生み出された。それは桜色の袴姿にブーツを履いた、アンバランスな格好をした、東洋人のサーヴァントであり―――その顔はアルトリアに酷似したものだった。

 

「新選組一番隊隊長―――」

 

アルトリア顔殺すべし(≪気配遮断≫)

 

沖田総司推参ッ(≪心眼+縮地+無明≫)!」

 

 気配遮断で背後に回り込んだアルトリアに対して心眼で回避した桜色のセイバーは縮地で加速しながら逆に背後を取り、その斬閃を見せない鮮やかな突きをアルトリアへと放つも、それを直感とも呼べるものでアルトリアはカウンターを繰り出しつつ切り払いながら返しにロンゴミニアドを開放して放とうとしていた。これ、止めないとこの部屋消し飛ぶな、と悟った瞬間、新たな乱入者が邪教の館へと侵入した。

 

「ほ、報告!! 新たな特異点が三つ生み出されました!!」

 

「な、なんだって!」

 

「そして融合しました!!」

 

「……ん?」

 

「チェイテ城でハロウィンよ! と叫んでいたエリちゃん! ローマアピールで闘技大会を開こうとしたネロちゃま! そしてなんか見慣れないクソサバが本能寺をそれぞれ特異点に形成させようとしました!」

 

「はい」

 

「その結果融合しました!!」

 

「融合」

 

「ハロウィンでローマな本能寺! チェイテ城は炎上しながらコロセウムな感じになっています!!」

 

 飛び込んできたスタッフの正気を疑うような発言。しかしスタッフの表情は真顔であり、特異点が融合して言葉では表現できない特大のカオスが今、歴史の外側に形成されつつあったのは確かな真実だった。これはもうヤバイとかそういう概念を超越している。

 

「チェイテで!! ローマな!! 本能寺です!!」

 

「聞こえてるよチクショウがあ!! 誰が繰り返せつった!! 夢であってよお願いだから!!」

 

 直訳すると地獄という意味である。

 

 その瞬間、誰もが思っただろう―――絶対、関わりたくないわこれ、と……。




 ちなみに私は基本的に単発をするときは全裸になって踊って祈祷してからガチャる。

 イベントが大量あるんご……。ハロウィンやり忘れたんご……。せや! 融合させればええんや!!

 (オーバーレイしてしまったローマとチェイテと本能寺を見て

 魔城ガッデム……?(出来上がったものを見ながら

 次回! 英霊たちはかつてないカオスという絶望に挑む……! 比較的にカオスな連中でさえ胃が痛くなるような中、融合してしまったイベント特異点が容赦なく(腹筋)に襲い掛かる……!


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地獄のインターバル - 2

 燃えていた。

 

「酷いわ……こんなのってないわよ!! 酷過ぎでしょ! ないわよぉおぉ―――!!」

 

 泣いていた。

 

「はーっはっはっはっはっは、はーっはっはは―――はーはーっはっはっは!」

 

 ひたすら笑い続けていた。

 

「沖田。マルチでクエ消化すんの手伝ってくんね?」

 

「あ、ノッブじゃないですか。別にいいですよー」

 

 携帯ゲーム機でマルチプレイをしていた。

 

 上からコスプレしているエリザベート・バートリー、此方も白い衣装のネロ・クラウディウス、そしてカルデアに到着したばかりの沖田がノッブと呼ぶ軍服姿の女だった。その姿や背景はどれもバラバラながら、一つの共通点を持っていた―――つまり、この三人、今現在、どうしようもなくヤケクソだった。これ以上ないってぐらいにヤケクソだった。見ているほうが哀れになってくるぐらいにヤケクソだった。エリザベートに関しては号泣してた。ネロもネロで目の前の惨状を見ていてもはや笑うしかないという状態なのだろう。まぁ、その気持ちは解らなくもない。

 

 視線を完全にふてくされている三人から外し、その向こう側へと向ける。

 

 そこにあったのは炎だった。

 

 いや、城だった。違う、コロセウムだ。やはり違う。本能寺だ。

 

 ―――否、否、否。

 

 その全てである。

 

 チェイテ城にコロセウムが融合したうえで最上階が本能寺となっており、炎上していた本能寺の炎がコロセウムとチェイテ城に燃え移って盛大に大炎上した挙句、それが城下町にまで移って、ルーマニアとローマを融合したような景色が炎の海に飲み込まれてまさしく地獄としか表現できない光景が広がっている。まさしくカオス。もはやカオスという言葉しかその表現には見つからなかった。なんというか、本当にどうしてこうなってしまったのだろうという哀れさを感じずにはいられなかった。チェイテ城はエリザベートの居城、コロセウムはローマ文化の誇り、そして本能寺は―――なんだろう、本能寺炎上と言われると信長しか思いつかないが、まさかノッブとは第六天魔王信長のことなのだろうか? まぁ、どちらにしろ、

 

『これは酷い。うん……言葉にできないいろいろな酷さがあるわ! こう……具体的には説明やめましょうか! うん! 私にだって慈悲ぐらいはあるわ!』

 

「びぇぇぇぇええええん!!」

 

 号泣しているハロウィンっぽい衣装のエリザベートから一歩離れ、エミヤ、ダビデ、ロマニのホログラム、立香、マシュ、ブーディカの今回の遠征メンバーでスクラムを組みながら頭を合わせた。最後の一人の沖田は現在、ゲームのマルチプレイ故に不参加である。

 

「誰か慰めろ」

 

『アヴェンジャーくん無茶言うなぁ! 無理を言わないでよ! 流石のボクでさえコメントを控えるような惨状だよアレ!? というか何アレ? 特異点融合ってどういうことなんだ! というか女性のリードの仕方に関してはエミヤくんとダビデが一番上手だったからそっちにアドバイスを求めようよ! ね!』

 

 視線がエミヤへとダビデへと向けられる。当初はエルメロイ2世が求められたが、状況を理解した瞬間あの男は逃げて、その代わりにレイシフトにダビデを放り込んできた。状況を見るに、最適な人選だったとも言える。そしてそうやって視線を向けられた二人、エミヤははぁ、と息を吐き、

 

「悪いがあの娘どもだけは絶対に嫌だ」

 

「剣のような鋼の意思を感じる……!」

 

「あの二人が揃っている時点でまともな特異点なわけあるまい!! いいかね? 私は漸くカルデアという安息の地を手にしたのだ。それなのに月から続いてこの二人の面倒等見ていられるか……! 私は帰るぞ!」

 

「エミヤ先輩……」

 

 そう告げると逃げるように自殺した。これでどう足掻いてもしばらくは復元に時間がかかる為、特異点には参加できない。お前、そこまでネロとエリザベートが嫌なのか―――と思ったが、そういえばローマ特異点も最初はエミヤがものすごい嫌な顔をしていたのを思い出す。まさか、また別の聖杯戦争で面識でもあるのだろうか、あの男は。とりあえず自殺するレベルで嫌がるというのは理解できた。エミヤが使えないのならダビデだ。期待の視線がダビデに集まり。うん、と頷いた。

 

「―――めんどくさいから契約の箱を投げ込んじゃダメかな!」

 

「この駄ビデはほんと……」

 

 いや、だって、とダビデは言う。

 

「どこからどう見ても不安定な特異点だし、いっその事契約の箱をぶち込んで終わらせたほうが早くない? それに僕のセンサーによると地雷力1万の反応があるしね!!」

 

「うーん、この畜生っぷり」

 

 まぁ、だがダビデにいうことは解らなくはない。正直この状況、関わるだけ無駄というか、損をするというか、まともに相手をしたらそれだけ損をするという気がするのだ―――ぶっちゃけ、できることならスルーしたいというレベルで。ただそれが出来る訳でもないのだから困った話だ。その考えに、ロマニが追い打ちを叩き込んでくる。

 

『うん、そのね? 非常に残念な話をしようと思うんだ―――実はあの大炎上チェイテコロシアムから聖杯の反応があるんだ』

 

「へー」

 

『しかも2個』

 

「んんんん……! 初手対城宝具乱舞という手段が消えたぞぉ!」

 

「先輩、もしかして問題なかったら消し飛ばして終わりとか考えていませんでした……?」

 

 しかし聖杯が―――しかも2個もあるってどういう事だお月見特異点の時は聖杯がなかったので、突発(イベント)特異点の時は聖杯なしの気軽な休暇かと思ったのに、初手地獄とはちょっとこれ、酷すぎないだろうか。何かって明らかに準備して楽しませようとしていたというのがエリザベートとネロの姿から準備が見えているのが酷い。

 

 なんというか、普通に招待状が二人の横に落ちている。たぶん楽しみにしながら用意していたんだろうなぁ、と思う。その結果が、

 

『大炎上だからね。なんか、もう、乙女心がちょっとだけ垣間見えてる分、居た堪れないわ。同じ乙女として今回は笑えないかなー……』

 

「とりあえず……方針はどうする……?」

 

「ネロ公をとりあえず慰めておきたいんだけど……」

 

「あ、どうぞどうぞ。というか聖杯があるならこれ、確実に回収のために歩かなきゃダメだよね。ダメなんだよね? うん―――どう足掻いても魔界とかいうフレーズが似合いそうな世界になってきたけどこの通り、俺らには幸運のフォウくんがいるから大丈夫……!」

 

フォ()っ」

 

 逃げ出そうとするフォウを立香が片手で掴んで絶対に逃がさない、という表情を笑顔のまま浮かべている。こいつもかなり図太くなったなぁ、なんて思うが、実はその裏で割と何度もロマニやブーディカにメンタルケアを受けているものだから、割とキているのだというのはよく理解できる。ただこういう場でまだふざける事ができるのなら、限界はまだ先なのかもしれない。ともあれ―――そろそろ真面目な話をしよう。

 

「聖杯がある以上、悪用されない為にもアレは回収する必要がある。となると聖杯を回収するためにあの大炎上かぼちゃローマへと突入する必要があるんだが」

 

「うん、そうだね。僕でさえ目逸らしたくなる様な現実だね! ……だけどそもそも、原因はなんなんだ?」

 

「あ、わし知っとるぞ」

 

 そう告げる声に視線が―――エリザベートとネロの視線を含めた視線がすべて、沖田とマルチプレイ中の信長へと向けられた。本人は視線を携帯ゲーム機へと向けたまま、ガチャはクソ、とか呟いているが、

 

「いや、こう、登場は派手にやろうかなぁ? ってパクってきた聖杯弄り回してたらもう1個あったらなぁ! わし、並列直結させてトランなんちゃらしてセイハイライザーでもして遊ぼうかなぁ! とか思ったら聖杯がなんかノリで叶えちゃって。一応爆弾に改造してたんだけどなー」

 

『戦犯が発覚したようだね』

 

 ロマニの言葉とともに無言で武器を構えるエリザベートとネロ、そこに信長がいやいやいや、待て待て、と言葉を置く。

 

「ワシだってこれ被害者じゃろ!! わしだって本能寺がフュージョンして奥州並のパーリィーッ! するとか思ってなかったもん!」

 

「いや、どう考えても貴女が悪いですよ」

 

「あー! マルチから抜けたー!」

 

 沖田が縮地で逃げた次の瞬間にエリザベートとネロが信長を滅多殺しにし始めていた。その様子をカルデア勢で眺めてから、視線をかぼちゃコロシアム寺へと向けた。東西文化の悪夢のコラボを炎でデコレーションしているその景色は、前よりもさらに燃え上がりながら、いつの間にか幻想種の姿が増えているのが目撃できた。

 

「ワイバーン……ドラゴン……ウェアウルフ……ゴブリン……アレはドラゴンの亜種か? 無駄にバリエーション多いな。それにイビルアイもいるな。アレの邪眼は確か対魔力がないと英霊でさえ面倒なことになった筈だな。まるで幻想博物館のようだな……ん? 本能寺から生えてるアレ、魔神柱じゃないか?」

 

「もうやだこれ……」

 

 博物館というよりは幻想動物園と言った方が正しいのかもしれない。もしくは幻想のサバンナ。放し飼いにされた幻想種が自由、そのままの姿で元気に生きている。何が元気かというと現在、目の前、元チェイテローマ城下町で野放しになっている幻想種がついに共食いを開始した。ついに幻想戦国時代が開幕したらしい。種族でグループ分けしながら合戦さながらの戦争をはじめながら領地を奪い合い始めている。これが戦国時代の概念が混ざってしまった結果なのだろうか。

 

『あの狸っぽいウェアウルフが徳川ウルフで、それに従っている無双しているのが本田ウルフかしら。なんか見てたら段々と楽しくなってきたわね!』

 

 間違いなくそれは現実逃避だ。だが現実を見なくてはならないのも事実だ。つまり、聖杯が2個も叩き込んであるあの魔城にこれから、突入して聖杯を回収しなくてはならない。なぜだ―――なぜ、カルデアにはまともなアサシンがいないのだろうか。こんな時こそアサシンの仕事だろうに、肝心の隠密行動のできるアサシンがここには存在しない。それが今、極限まで辛すぎる。

 

「というかまずアレを突っ切って魔界タワーへと行かなきゃいけないのか」

 

「チェイテ城よ! 本当はハロウィン用に装飾してたのに!!」

 

「否、余のコロシアムである! 今一度お互いにぶつかり合い、確かめ合い、そして余が座で徹夜して作成した概念礼装も報酬として出す予定だったのだが!」

 

「見事融合してキメラ化してるんじゃけど」

 

 黄金のネロ像の頭の部分がジャック・オ・ランタンになっており、その中が本能寺の炎で満たされている。他にも頭がかぼちゃ化したキメラがいるし、スタンバっていたのか、英霊の霊基すら感じさせる。もう、観察すればするほどカオスが増えてくるのはスルメを噛んでいるような感じだった。一口目からお腹いっぱいなので正直、もう嫌なのだが。

 

「―――良し、中央突破はアルトリアの方が有利だ。俺と入れ替わりでアルトリアを呼び出そう」

 

「いや、逃がさないからね? 絶対逃がさないからね? 梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)とかいう便利な雑魚掃討手段のある先生を逃がすわけないからね? ここに来た以上絶対に逃がさないからな、逃がさないからな……!」

 

 片手でフォウを掴んだまま、かつてない必死さを笑顔を浮かべたまま、空いているもう片手で此方を掴んできていた。

 

「助けてロマニ……!」

 

『じゃ、ボクはオペレートに集中するか』

 

「ロマニ……ロマニ!!」

 

「まぁ、イベントと思って諦めるのがいいんじゃね?」

 

 そう言ってきた信長の姿に向かって無言で銃に変形させて射撃した。信長が悲鳴を上げながら回避する姿を見て、もう何発か射撃を叩き込む。お前が諸悪の根源なんだからその言動を許すと思うなよ、と思いつつ信長の姿を数秒ほどにらみ続け、溜息を吐いた。

 

「……諦めるか」

 

 もう、諦めるしかなかった。隙を見て逃げ出しても多分追いつかれるだろう。そうなったらもう、最初からとことんやってやるしかない。そうだ、地平線にいる存在をすべて吹き飛ばしてしまえば何も問題はないのだ。そうすればたぶん、第四特異点の特定までの間に再び平穏が戻ってくるのだ―――何もない、共食いの平穏が。

 

 もうだめだ。完全な平穏はカルデアにもないのだ……。

 

ならばあとは殺るのみ(≪獣の権能:殺戮権限≫)

 

『おそらく歴史上最も泣きたくなる獣の権能の発動ね……』

 

 バスターライフルに変形させ、片手と肩に乗せるように戦闘準備を整え、中に入ったらさらに酷い事になってるんだろうなぁ、というかつてない絶望感が心に襲い掛かっていた。




 信長被害者の会。

 これをこれから攻略するぞぉ(震え声


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地獄のインターバル - 3

 バスターライフルを構える。魔力を高める。引き金を引く。奥義が発射される。心臓から魔力が供給される。それをマントラで練る。引き金を引く。奥義が発射される。地平が掃射されながらバスターライフルを二回転させて熱を追い出しながら熱魔術で熱を外へと追い出す。再び構えながら口の下でマントラを唱えながらヨーガの呼吸を維持し、魔力を練りながら素早くバスターライフルを構えて再び射撃。地平を薙ぎ払いつつマントラを呟き続け、敵の気配を感じる方向へと向けて射撃、射撃、射撃、放熱、減熱、魔力供給、射撃、射撃、射撃―――射撃。

 

「全自動殲滅機……!」

 

「思い出した怒りという感情をぶつけてやろうか貴様」

 

 立香の言葉に答えながらバトンの様にバスターライフルを弓へと変形させる。そのまま、崖の裏へと隠れている気配へと向かって矢を空へと放ち、矢を閃光へと変えて空からブラフマーストラを落とし、爆裂させる。崖の裏に隠れている姿が空へと舞い上がりながら消し飛ぶのを目にしながらそのまま矢を三つ番え、チャクラを急活性させる。弓弦を限界まで引き絞りながら上空を覆う影を生み出しながら空から降りてくる姿に対して三矢同時に梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)として放ち、頭、翼、胴体に穴を開けて貫通した。ドラゴンの巨体が大地に落ちてくる。邪魔なのでシェイプシフターを大戦斧へと変形させ、落ちてきた頭の穴に斧を引っかけ、そのまま引きずりまわすように回転、こちらへと向かってくる徳川ウルフ軍団へと向けて投げつけた。

 

「クールに入る」

 

「駄ビデは本体(竪琴)ノンストップで! マシュとブーディカさんカバー! 沖田さんなんかとりあえずボスっぽいのを一発叩き込んで始末したら適当に回避しつつバックで!」

 

 大戦斧を大地に突き刺し、チャクラの解放で鋭敏化した神経をクー・フーリンから学んだ原初のルーンを使って治療と冷却を行い、素早く回復に努める。心臓から魔力が止まる事無く供給され、そしてダビデが後方から鳴らし続ける竪琴の影響で回復力が促進されて行く。心の平静さが保たれて行く。中身があんなクズなのに……なんてことを考えている間に、マシュとブーディカが前に出ていた。ブーディカは宝具である戦車を展開し、その隙間をマシュが大盾のバッシュで侵入を防ぐ。その合間を駆け抜ける沖田が縮地で一瞬で大将首のゴブリンをサクっと殺害、上杉ゴブリンズを混乱の底に叩き落とした。

 

 それで神経鋭敏化が切れる。これなら無理なく戦えると判断し、大戦斧をバスターライフルの姿へと戻し、

 

「いいぞ」

 

「散開!」

 

 再び射撃ループに入る。直線上の敵の姿が音もなく蒸発し、その衝撃に不完全ながら巻き込まれた姿は空を舞う。良く考えてみれば自分が範囲火力、沖田がタイマン特化の火力、マシュとブーディカがタンクで、最後にダビデがヒーラー、と非常に優秀なパーティーチョイスだというのが解る。普段、特異点に突入する時は何が相手でもぶち殺す、という殺意を重視した結果、毎回大火力宝具持ちか、確殺能力持ちばかりになっている。

 

 今回みたいなバランス型のパーティーは割と珍しい。

 

 というか自分がここまで働くほうが珍しい。正面切っての戦闘は割と、回数が少ない。そのため、少々新鮮な気分でもあった―――とはいえ、そんな事を考えながらも手を抜くことはない。乱射に相次ぐ乱射、敵がただの幻想種であり、ザコである以上は殺傷圏内だ。英霊が防御でもしない限りは一撃で簡単に蒸発できる為、あっさりと適度に交代と休息を挟み込みながら大炎上チェイテコロシアム寺へと向かっていた。

 

 なお、エリザベートとネロは特異点探索での忙しさを忘れ、頭をからっぽにして遊ぶ事を目的として特異点を作るつもりだったらしい。その結果がこの惨事なので、かぼちゃキメラとかぼちゃヘッドネロ像ゴーレムが出現した瞬間に精神的ショックでダウンしている。二人の面倒はぶっちゃけ面倒なので、立香に丸投げする。その代わりに自分はバスターライフルで梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を乱射、連射していた。

 

 普段の対軍はロンゴミニアドでアルトリアが掃討するケースが多い為―――割とスッキリして楽しいのだ。

 

『うん。まぁ、ストレス解消には丁度良いわよね、これ。……あ、逆鱗とか世界樹の種とか落ちてるわね。誰も気にしてないし私が拾っておこうかしら』

 

 何やらこそこそと動く妖精を無視しつつ、バスターライフル乱射による掃討は続く。城下町はもはや最初から想定されていた姿なんてしておらず、遠慮なく吹き飛ばすことができるだけ、破壊的な衝動を満たせ、どこか清々しさを感じさせた。

 

 

 

 

 大量の死骸を積み上げながら強行軍で戦国幻想を突破すると、ようやく本能チェイテローマ寺に到達する事ができた。もはや城だったのか? コロセウムだったのか? 或いは薪という名の本能寺だったのか? どれかさえわからないオブジェとなった魔城はなんか上のほうで炎が渦巻きながらシャワーとなって降り注いでいた。ブーディカが召喚した戦車が傘の代わりとなって立香を炎の雨から守っている。そんな立香が視線をまっすぐ、おそらくは城門らしき場所へと向け、その前に立つ姿を見た。

 

「……小次郎さん?」

 

「―――ふっ、到来を待っていたぞ」

 

 片袖を服装に通していない紫髪の侍、佐々木小次郎が長刀を肩にのせるように抱えながら道を塞ぐ様に立っていた。それは明らかに背後の城門? らしきものを守るための動きであり、それを見ていたハロウィンなエリザベートがちょっと、という言葉を上げた。

 

「貴方は門番じゃない! どうしてまだここにいるの?」

 

「おかしな事を言う。私はお前に門番として呼ばれた。そして非常に残念なことではある、がその道に関してはそれなりに経験を持っているつもりでもある。それに強者と仕合えるのであらば、私としてもそれは十分すぎる報酬というもの。特にそこの同じ国の生まれの剣士とはぜひとも手合わせを願いたいところである。故に私がここにいる事に何か問題でも?」

 

「え、いや、だって……」

 

「なに、多少は問題が発生してしまったが、化け猫が料理を必死に運んでいたぞ? そちらの皇帝の劇場もどうやら、保護されていた様子。まだ諦めるには少々早いのでは?」

 

「……」

 

 その言葉にエリザベートも、そしてネロも閉口した。それを見てくすり、と立香が笑い、

 

「じゃあ―――聖杯を回収したらハロウィンパーティーと闘技大会をちゃんと開こうか。回収すれば少なくとも幻想カーニバルと無限大炎上を止められるだろうし」

 

「わし、許された?」

 

「お前に人権があると思うなよノッブ……! それはそれとして、向こうがご指名だし、なんか楽しみにしてそうなんで、沖田さんどうぞ」

 

やったー(心眼:人切り)!」

 

 立香の声にすでにスタンバイしていたのか、うきうき気分で沖田が前に出る。自分の仕事はとりあえず終わったかなぁ、と軽く周りを警戒し、もはや幻想生物が近づいてこないのを確認してから軽く息を吐く。そんな自分の横にダビデが並んでくる。

 

「ちょっとした性癖の話をしよう」

 

「おい」

 

 ダビデが解っている解っている、と手を動かす。

 

「まぁ、待つんだ……あの沖田って子を見るんだ……ワフーク……おぉ、ジャパニーズ……体のラインが見えない桜色のハカーマとブーツ、これはあまりの無体だと思わないかい? だけどね、良く考えるんだ……あの覆うような服装はその下にあるものを隠す為の姿だと言う事を。きっと彼女はすごいぞ。脱ぎ始めてからが本領発揮……のように思わせて今のまま、あの笑顔と性格で相当やるタイプだと見た! 一回自覚してデレればあとは―――」

 

 パァン、と音が響き、いい笑顔を浮かべたまま、ダビデは射殺されていた。視線をそちらへと向ければ、信長が銃を片手にサムズアップを向けていた。いい仕事をしたのは認めるが、それでお前の罪が許されるとは思うなよ―――後これでついにパーティーからサポート役が消え去った。エミヤの自殺を含め、増々仲間が減って行く。これ、頂上に着くまでにマシュと自分以外のサーヴァントが残らないパターンではないのだろうか。

 

『まったく関係のない理由と所で貴重な戦力が減って行くことにカオス性を感じるわね……』

 

 もう、そういう時空だと思って諦めるしかないのだろう。

 

 ダビデがサムズアップと共に消えてゆく中で、佐々木小次郎対沖田総司という夢の対戦カードが決定された。もう既に沖田も小次郎も戦闘準備を完了させていた。双方ともに刀を抜くとそれを構え、相対していた。ここにアルトリアがいれば知るか、死ね……で戦いを終わらせていたんだろうなぁ、と思いつつも静かに対戦を眺める事にする。正直な話、小次郎も沖田も達人の領域で、得物は同じく刀―――となると勝負は一瞬だろう。刀は使えば使うほど激しく損耗する上、初動から先手を取ったほうが遥かに有利だ。

 

『このクソの様な状況の中で唐突にまじめなバトルが始まりそうなことに困惑が隠せないわね』

 

 もう、そういうものとして諦めるしかないのだと自分に言い聞かせていると、小次郎と沖田の間で緊張感が高まってゆき、二人の間で音が一切消失した。本物の侍の間に態々合図なんてものは必要ない。沖田と小次郎の視線が交差し、一瞬で沖田の姿が消失した。そこに割り込むように先んじて小次郎が長刀を振るい、繰り出すのは佐々木小次郎であればもはや決まっていると言える対人魔剣―――秘剣・燕返し。牽制、追い込み、そして断つ為の三閃。三つ同時に繰り出すことによって完全に逃げ場を閉ざしながら一撃にて切り捨てる必殺の魔剣となっている。

 

 それに対して沖田総司は正面から飛び込むことを止めなかった。全速力で前へと向かって移動する彼女の手は刀を突きで繰り出す為の準備がなされており、それ以外の準備は完全に捨て去っていた。沖田を一撃で倒すために放たれた一閃から三閃へと分裂した斬撃、それを前に沖田は一切動きを止めることはなかった。

 

 そしてそのまま、

 

「秘剣―――燕返し」

 

「無明三段突き―――」

 

 一瞬の交差、対人奥義が同時に命中する。完全に長刀を振りぬいた形の小次郎、そして発生するダメージ―――沖田の胴体に斬撃が走る。だがそれを食いしばりながらも、小次郎の心臓に穴を通した沖田の勝利だった。小次郎がダメージから片膝をつき、沖田も英霊としてはありえなく、その場で吐血した。

 

「お、沖田さーん!!」

 

「アレ、吐血芸だから大丈夫じゃよ」

 

 確かに沖田が吐血し、倒れて血だまりを作っているが、それでもそれが致命傷へと通じるダメージのようには思えない―――そういう芸か、と納得する。

 

『というか早すぎて見えなかったんだけど、アレ、何をやってたの?』

 

 佐々木小次郎と沖田総司の勝負は実に簡単なものである。()()()()()()()という一点にある。つまりどちらの奥義が先にクリーンヒットするか、という戦いである。その事を考えるなら佐々木小次郎の燕返しがはるかに有利だ。なぜなら絶対必中の斬撃という回避のしようのない攻撃を行っているのだ。限定的にだが魔法の領域にある奥義は魔剣の名に相応しいだろう。

 

 だがここで問題があるとすれば、佐々木小次郎は既にエンカウントした事のある英霊であり、そのマテリアル、原理がカルデアのデータバンクに登録されているという事実だ。そして沖田は()()()()()()()なタイプだ。学び、理解はしなくても感覚的にそれに対処する天才タイプの剣士、事前に原理さえ理解しておけば、後は対峙した時に直感と心眼で対処する。

 

『つまりは?』

 

「秘剣燕返しが回避できないなら()()()()()()()()()()()って発想だな。正面、背後、そして最後の死角からの一太刀に対して一切躊躇も思考する事もなく、()()()()()()()したんだろ―――正面突破を。太刀の一つに正面から三段突きをぶつけて、防御を太刀の上から貫通して心臓を穿った結果、先に沖田の方が届いて威力が弱まり、それで生存ってところだなぁ……」

 

 考えてから動くのでは明らかに時間が足りない―――だから沖田の選択肢は心眼からくる経験則による本能的判断だ。思考せずに即決する事で最善手を感じ取って突破するというやり方だ。なんというか、他の英霊たちにはないタイプだ。アルトリアやクー・フーリンでももう少しまともだ、戦闘スタイルは。この女はどうやって殺す事しか考えていない。

 

「流石侍、頭おかしい」

 

「いえいえ、幕末ではこれぐらい普通ですよ。本当に頭おかしいのは戦国時代の方々ですよ。流石にあのキチガイ根性は真似できませんよ―――ほら、森長可とか」

 

 どっちもベクトルが違うだけで結局は頭がおかしいと個人的には思う。ただ敗北した小次郎は清々しそうで、ふ、と短く笑うと、

 

「なに、余興なのだろう? 多少は異なる形ではあるが、日ごろの疲れなど忘れられそうな具合の混沌だ。それを楽しむのを自由な一時と呼ぶのであろう?」

 

 そう言うと静かに小次郎が姿を消し去って行く。




 相手をセンターにとらえてブラフマッ。

 リアルでもこっちでも素材狩りよー


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地獄のインターバル - 4

 ―――あっ。

 

『うん? どうしたのよ?』

 

 いや、と心の中で呟きながら小次郎の活躍によって息を吹き返したエリザベートと、そしてネロを見た。この二人が張り切りだすとはつまり、イベントが復活するということであり、このコンビで想像させることは一つだけだ。この二人がタッグを組むと、デスライブが復活する、という事なのだろう。エリザベートの拷問と、そしてネロの拷問。それが組み合わせることで拷問力が更に加速して強まる。つまりは地獄を超えた先に善意の地獄が待っている。つまりは地獄だ。そう、

 

 デスライブが俺らを(≪獣の権能:同調:共有≫)待っている。

 

『ほんとどうでもいいところでそれ無意識的に発動させるの止めなさいよ……』

 

 何の事だか良く解らないが、妖精が呆れている。なんだかんだこいつは一番の難物だと最初は思っていたのに、まるでそんな様子を見せずに甲斐甲斐しく世話をしてくれているから、今でもいったい何なのかが、何が目的なのかがまるで掴めないが、そろそろ信頼を置いてもいい程度には時間を過ごしている為、まぁ、そういうものなのだろう、と置いておく。それはそれとして、小次郎が討伐されたので地獄の門が開き、本能チェイテローマ寺への道が開かれてしまった。音を立てながら開いた大門の向こう側にはフロアが広がっている。残されたサーヴァントはマシュ、自分、沖田、そしてブーディカの合計四騎、そしてやっと復活したイベントの開催者達だ。

 

 この調子でこの先、やっていけるのかなぁ、という疑問を抱きながら炎上キャッスル・ザ・ローマへと入場した。その先で俺達を待ち受けていたのは一人のタキシードスーツ姿の男であった。まるで執事のように綺麗に背筋を伸ばした姿は堂に入ったものであり、どこか似たようなまねごとをしたことがあるのではないか? と思わせもなくもない―――着ている人物が違えば。目の前、タキシード姿で迎えてくるのは、

 

「―――ようこそお客様方、チェイテローマ城へと」

 

「ヘラクレェェェェェスゥッ!!」

 

「はい、ヘラクレスです」

 

「キェェェ、喋ったァァァァ!!」

 

 鈍色の肌の巨漢は大英雄・ヘラクレスその人だった。しかも何が恐ろしいかというと霊基と姿は完全にバーサーカーなのに、割と普通に理性と知性を保ちながら喋っていた事であった。バーサーカーがバーサークせずにステータスがそのままとか、一体俺たちにどうしろってんだ、という絶望感が一瞬で心の中に湧き上がってきた。

 

「あの……ヘラクレスなのよね? なんでいるの?」

 

「あぁ、実はネロ帝に闘技場での戦闘オファーを受けたので参ったのですが、しかしどうやらバーサーカーの霊基の上からさらに狂化が付与された結果、まさかそれが中和して理性を取り戻すとは、まさに予想外でした」

 

 ハッハッハ、と笑っているが笑いどころじゃない。笑える問題でもない。では、とか言うとヘラクレスがムン、と声を出してビルドアップし、着ていたタキシードを内側から破り捨て去った。それを全員で無言のままに眺めていると、ナイスなスマイルを浮かべながらさわやかにヘラクレスが言った。

 

「私も戦士として呼ばれた身―――今宵は一人のエンターテイナーとして、存分に盛り上げようではありませんか」

 

「タイムで」

 

「どうぞ」

 

 立香が作ったTのタイムサインにヘラクレスがどうぞ、と言いながら石剣を取り出して素振りし始める―――その切っ先は当然のごとく、目視出来ない。完全に掠れた残像として姿を消している。ただそれだけではなく、当たり前のように様々な技術が詰め込まれており、一つ一つの動きに熟練の戦士、大英雄と呼べる存在の技量が込められているのが見えた。本来の宝具はバーサーカーというクラスである以上は保有していないのだろうが、それでも理性を取り戻す事によって技巧を取り戻したヘラクレスなんてこの世の悪夢だ。勝てる訳がない。こちらへと向けられる立香の視線に頭を横に振って即座に否定する。

 

「無理。絶対無理だからな。アレはエミヤと孔明の宝具があって何とかハメる事ができたからな? これは絶対に無理だから。そこに追い込むまでに俺が12回死ぬ」

 

「そういうレベルかぁー……あ、ヘラクレスさーん! 十二の試練はー?」

 

「はっはっは、心配なされるな―――ちゃんと稼働しておりますとも」

 

「お、おう。アリガトウゴザイマス……さ、カルデアへ帰ろうか」

 

「待て待て待てぇーい! 待つが良いマスターよ! さすがにここまで気合いを入れて帰るというのは残酷すぎではないか!? 余らだってやっと気合を入れなおしてここから快進撃を始めるパターンであろう! ともなればここでこそ一発、いいのをぶち込んで活躍すべきであろう」

 

 どうぞどうぞ、というアクションがネロへとむけられ、ヘラクレスがシャイニングスマイルとともにバルクアップしていた。それを見たネロが一瞬で泣きそうな表情を浮かべるので、ブーディカがどうどう、とその背中を叩いて慰める。もしかしてネロって最も泣き顔が似合うサーヴァントなのではないか? と変にぐだぐだな事を考え付いてしまう。いや、なんかの干渉を感じる。とりあえず自己保存で保存してある自身の精神をリフレッシュし、影響力をクリアする。これで少しはまともに思考できるだろう。そして判断する。

 

 無理、勝てない。

 

「カルデアからの追加の援軍は?」

 

『死んでも行くのはいやだって無事なみんなは逃げたねぇ……』

 

「薄情者共め……! うーん、沖田さんでなら一殺ぐらい入れそうだけど、たぶん沖田さんそれで死ぬだろうしなぁ。となると沖田さんかブーディカさん捨ててサトミー先生で確殺できるか? って話になるけどたぶん沖田さんじゃ遠距離攻撃手段が足りな過ぎて無理だろうしなぁ」

 

「サトミーはほんとやめろ」

 

「まぁ、私はノッブと違って色々と出来る訳じゃありませんからね。羽織無くしてますし。ノッブはいいですよねー、銃に神性メタあって」

 

「わし、比叡山焼き討ちしとるからな……あっ」

 

「あっ」

 

 全員の視線が信長へと向けられた。そして視線が信長へと固定された。そして自分がこれからどうなるのかを悟った瞬間、一瞬で青い表情を浮かべた信長が逃亡しようとするが、それを沖田と共に縮地で双方から逃げ場をなくして囲い込む。何とか突破しようとサイドステップを決める姿に追いすがるように此方も何度もサイドステップを縮地で決め、逃亡しようとする信長を追い込む。

 

「待て! わしイベントの案内枠じゃぞ!! 死んだら誰が案内するんじゃ!」

 

「そこに城主が二人ほど」

 

「沖田ァァァァ!!」

 

 まぁまぁ、と信長をいさめながら宝具詳細を全員で逃がさないように囲みつつ聞き出す。全員で囲んで信長からの話を聞き出したことで、軽くエルボーや腹パンが信長に叩き込まれ、半泣きになりそうな所半分引きずるような形で、ヘラクレスの前へと二人で出る。

 

「む、作戦会議は終わりましたかな」

 

「なんとか」

 

「ならば―――盛り上げましょうか!」

 

 そう言った直後にヘラクレスが音速で得物を薙いだ。音を置き去りにした一撃は令呪による先行入力によって因果的書き換えが発生し、ブーディカの宝具による割り込みを成功させ、戦車が音を立てて砕け散る。だがその瞬間には一瞬の間が生まれる。初手で射殺す百頭(ナインライブズ)使われてたら詰んでたな、これ、と機敏すぎるその動きを観察しながらも、信長の声を聞いた。

 

「畜生ー。ぐだぐだして煎餅食いながら聖杯爆弾をダンクしたかっただけなんじゃけどな―――第六天魔王波旬!!」

 

 ぐだぐだな前半のセリフに反し、最後の宝具の呼びかけの瞬間は気合いの入ったものであり、その言葉とともにマントを除いた信長の衣類が消し飛び、両手足が燃え上がった。それと同時に背後から鈍い音が聞こえ、立香の倒れる音も聞こえた。今回の特異点は味方への被害が大きすぎると思いながらも、信長の宝具の効果によってあらゆる神秘、神性に属する存在が大幅にその力を削がれ始める。ブーディカの戦車は消え、ヘラクレスが驚きとともにその力を縮小させ、

 

 問答無用で弓矢を構え、空へと十を超える矢を回転しながら投擲した。

 

すまんなヘラクレス(≪獣の権能≫)―――梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

 落ちてきた矢を奥義として放った。現代人である自分にはそこまで神秘的要素はない為、使っている技が古代の超奥義であっても、信長による神秘デバフの影響力はかなり低かった。その為、上へと打ち上げた矢をマシンガンの如く連射して射出するのをヘラクレスが回避、防御、迎撃を同時に行おうとするが、強制弱体化と特攻により一気に劣勢に追い込まれる。ただまだまだ全力を出していないように見える。その証拠に宝具による連携乱打を繰り出せる筈だが、ヘラクレスは破壊を甘んじて体で受け止めて貫通させていた。

 

「―――見事な腕前! 次はお互い、相応しい舞台で本気で戦おう、戦士よ!」

 

「ほんと勘弁してくれ」

 

 そのままヘラクレスが消え去るまで連射を止める事はせずに、連射の代償として神経がヒートアップして体内から熱を訴える。こんな時にダビデがいればなぁ、と思ったがそれは横の全裸マントによって射殺されているのだった。ヘラクレスもヘラクレスで、完全に遊んでいる―――というより()()が解っていた様子だった。狂化さえなければ本当に紳士なんだなぁ、なんてことを思いつつ、破壊しつくしたエントリーから視線を外し、

 

 床に倒れている立香を見た。

 

「うわー! マスター! 死ぬなマスターよ!」

 

「キャー! ごめんなさいごめんなさい! でもやっぱり乙女の柔肌って簡単に見せていいものじゃないでしょ!? ちょっと強めにゴッ、ってやっちゃってごめんなさーい!」

 

「帰りたい……」

 

 もう呟ける言葉はそれだけだった。完全に味方による裏切りが影響で気絶している立香の姿を見て、そんなことしか呟けなかった。

 

「そう言えば俺が昔、帰りたいって感じたのはこんな時だったな……」

 

「なんかこいつ語りだしたんじゃが」

 

 無言で大戦斧を生み出してそれを信長のほうへと向かってぶんぶんと振るう。うっぉぉ、と女子らしからぬ声を漏らしながら奇怪な動きで信長が大戦斧の攻撃をにょろにょろと回避し、

 

「待て! 待たんか! 属性的にわしとお前は寧ろ類友じゃろ!? ユー、神様大嫌い! ミー、比叡山焼き討ち! ウィー・キャン・ビー・フレーンズ! イェーイ」

 

 無言のままインドビーム(ブラフマーストラ)を放った。ギリギリで回避した信長の背後、その向こう側の壁やら調度品が消し飛ぶのが見えるのに、本命の信長が消し飛ばせず、小さく舌打ちをする。

 

「俺の友に燃え上がる全裸の痴女がいてたまるか」

 

「ぐう正論。服着るかー」

 

 なんというか、もう、酷いレベルでぐだぐだしてた。何がぐだぐだかというと状況も、進行も、展開もすべてがぐだぐだだった。ここに立っているとどんどん自分がより残念でグダグダな感じになってゆくような、そんな気さえしていた。

 

『気のせいじゃないわよ! この空間にいるだけでキャラ崩壊と残念力が加速していくのよー二つの聖杯の力によってね! ここまでアホみたいな聖杯の力の行使は私も見たことがないレベルだわ……』

 

「そっかー……そっかー……」

 

『うわ、なんかもう、完全に投げやりになってる……。ほ、ほら! 頑張って! 頑張って私の王子様! ここで負けちゃ駄目よ! 心が折れたらイロモノ(アルトリア)とか残念(ドルヲタ)とかの仲間入りよ! ここでこらえて尊厳を守るのよ……!』

 

 もう、それは無理なんじゃないかなぁ、という展開も戦いも状況もぐっだぐだなのを見て、思った。




 覚えているだろうか。ぐだぐだ本能寺を。

 すべてのキャラクターが強制的に残念になってストーリーさえぐだぐだになって行く登場者にとっては悪夢だらけのイベントを。戦闘もその前後さえもグダグダになるぞ!! そしてノッブ一匹持ち帰りたい。

 そう、真の敵は待ち構えるサーヴァントでも、幻想動物園でもない。

 経験値時空だ……!


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地獄のインターバル - 5

「―――俺もな、別に孤独を愛しているという訳じゃないんだ」

 

「うんうん……」

 

「俺だって人並みに結婚願望とか、恋愛とか、そういうのを経験したいとか考えてたさ。ほらさ、誰にだって幸せになる権利ってあるじゃん? 一般的に結婚って幸せのイメージあるじゃん? だから俺もね、結婚して、幸せな家庭を持って、いつかは腰を落ち着けて静かな暮らしができないかって思っていた時もあるんだよ」

 

「うん、そうだね……」

 

「そりゃあ人を殺したりもしたし、安定した収入があった訳でもないけどさ……それでも色々とやって経験と技能幅だけだったらそんじょそこらの人間には負けないだけの自信もあったんだ……。まぁ、その気になれば結婚後の生活ぐらいは、ってそれなりの自信もあるさ。何せ色々とやってきたからな。まぁ、そりゃあ出来るってもんだ。だけど出会いがあればそれが別れに直結してな。もうすでにお手つきだったとか、死に別れとかばかりでどうしようも救いがなくてなー……はぁー……結婚したかった……」

 

「うん、頑張ったんだね? よしよし」

 

「うん……ほんと、なんで俺はあそこでリンを連れ出さなかったかなぁ。傲慢にも程あったよなぁ、ほんと……はぁ……」

 

 気絶から復活したと思ったらアヴェンジャーが体育座りになって座り込みながらブーディカに慰められていた。どこからどう見ても致命傷な姿を見せている。なんというか、近所のアニキの見たくなかった姿を目撃したというか、リストラされて公園で時間を潰している父親の姿を目撃してしまった気分だった。えぇ、と呟きながら体育座りしているアヴェンジャーから視線を外し、

 

「アレ、なに?」

 

「ここ、長く居れば居るほど残念になって行く粒子みたいなものが蔓延しているんで……それと相性がいいのか悪いのか、なんかちょっとキマりすぎたんですね」

 

「わしと沖田は普段からぐだぐだしているからそこらへんあんま通じんが、アレ、なんか人生で一切ぐだぐだしたことありませんとかそういうタイプじゃろ? そりゃあキマるわ」

 

「あー……」

 

 信長の言葉に短く言葉を吐きながら納得する。そう言えばカルデア内でもこう、アヴェンジャーがぐだぐだしているとことか見たことがないなぁ、とかあの人はいつ休んでいるんだろう、とか思ったことはある。だがその反動でこのカオス空間でこうなってしまうか。現状、攻略に参加してくれる最後の良心なので失いたくなかったのだが、なんて事を考えながら、エリザベートとネロへと視線を向けた。

 

「……あれ? サトミーがアウトでなんでこの二人は無事なんだ」

 

 その疑問にエリザベートとネロが胸を張るが、

 

「二人とも最初から残念じゃろ」

 

「それもそうか」

 

「納得の理由でしたね先輩……」

 

 文句を言ってくるエリザベートとネロを何とか抑え込みつつも、どうするべきかを考える。なぜか、不思議と自分はこのぐだぐだ空間に耐性があるらしく、そこまで困ってはいない。だが問題はここに長くいればいるほど、ドンドンキャラ崩壊とカオスが加速してゆくことで、初手ヘラクレスとかいうバグキャラを披露してくれたこの先の展開を考えるのが実に恐ろしいということだ。とりあえず、と近所のダメな兄貴になってしまったアヴェンジャーから視線を反らす。

 

「ネロ―――闘技場には誰を呼んだの?」

 

「うん? それは勿論花のローマ、その闘技大会であるぞ? 暇そうな英霊を座で呼びかけて大いに誘ったわ! 寧ろヘラクレスなぞ始まりでしかないぞ! その他にも影の国の女王、ケルトのスーパービッチクイーン、バビロニアの王等大量に招待したぞ! でだ、本来であればそんなビッグゲストと、最終的に余と共にスーパーローマ軍団と対戦する事ができたのだぞー!」

 

「はい、解散」

 

 パンパン、と手を叩きながら城から出て行く為に背を向けて解散宣言をする。お疲れ様でしたー、と声を出しながら引き上げを開始する。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ!! 奪還! 奪還はどうしたのよ!」

 

「いや、そんなビッグゲストをこの時空の中で倒すの無理っす」

 

 影の国の女王といえばスカサハで、あのクー・フーリンの師匠だ。そう、師匠である。クー・フーリンという時点でなんかもう既に無双入っているのにその師匠とかどうしろってんだ、という話である。そしてスーパーケルトビッチといえばもちろん、クイーン・メイヴである。此方はクー・フーリンから苦々しそうな表情でコミュりながら聞いたことがある。曰く、未來を見る力を借り受け、戦車で轢き殺し、そして多くの英霊を召喚しながら魅了をばら撒いて男をとことん行動不能にする事が出来るサーヴァントだとか。そして最後にバビロニアの王―――ギルガメッシュ。

 

 これに関しては謎のヒロインZとエミヤが何度も何度も愚痴ったりいやな表情を浮かべているので良く知っているし、あまりにも有名すぎる英雄だ。この世の財を集めた英雄。英雄という存在のモデルとなった男。戦いたくない。というかこの並びで勝てるとは思えない。出勤拒否しているサーヴァントが存在しまくっている中で、残されたこのメンバーで攻略? しかも時間が経過すればする程残念になって行く中で?

 

 どうあがいても無理である。どこをどう戦略を練っても無理である。絶対に無理である。

 

 出勤拒否している連中が動き出すのであればまだ話は違った―――だが連中はどうやら意地でもカルデアから来るつもりはないらしい。そうなると戦力不足で絶対無理なのだ。現状、正気というか残念じゃないのはマシュとバブみを感じさせているブーディカ―――いや、アレは他人をダメにさせるか、ある意味でこの時空に飲まれているから駄目だな、そう判断し、

 

「うん……帰ろう! 自然消滅するまで待とうか!」

 

「まてぇぇぇ―――い!」

 

「お願い! 助けてよ! お願いだから助けてよ! 私達カルデアへは行けないんだから放置しないでよ……!」

 

「えぇぃ、引っ付くな! 引きずろうとするな! 俺を解放しろ! 解放してくれ! こんなところに一秒でも長くいられるか! 俺は帰るぞ!」

 

 迷うことなく逃げ出そうとした体にエリザベートとネロがしがみついてくる。本当にやめてくれ、次は俺がアヴェンジャーの様になるかと思うと心の底から怖い―――あんな恥ずかしい姿を晒して生きていける根性が。というか一発目からフル解放ヘラクレスとか第三特異点はなんだったんだ? イアソンは何で狂化を聖杯で解除しなかったんだ? と思わなくもない状況に突入してしまった以上、空気や流れやそういう要素を全部ぶち壊してぶっこんでくる戦いがこの先も待っている気がしてならない。

 

「いやだぁ、残念になりたくない! なりたくなぁぃ……!」

 

「いや、もうマスターもだいぶ残念ですよ」

 

「特異点に足を踏み入れた時点で手遅れなんじゃよなぁ……」

 

 信長にそう言われ、確かにそうなんだよなぁ、と言われ、軽く頭を抱える。これ、どうしたらいいんだろうか、と。頼れるはずのアイツは死んだ魚の目になって慰められているし、マシュでは火力が足りない。エリザベートとネロは戦力になるけどこの先、普通に進めたらなんか致命傷になる気がする。沖田と信長は元から残念―――この状況、完全に詰んでるよなぁ、と思い、どうするか、視線を下へと向けたところで手の甲の令呪が瞳に映った。

 

「……あっ」

 

 令呪を見てから視線を天井のほうへと向ける。それから再び視線を体育座りのアヴェンジャーへと向け、それから再び令呪へと視線を向けた。幸いな事にまだ令呪は2画残っている。これはつまり、遠慮なくやれよ、という事なのだろうか。

 

「あの、先輩? どうしたんですか?」

 

 マシュの言葉にいやさ、と答えた。

 

「俺、RPGとか遊ぶとき扉が開かないならぶっ壊せばいいじゃんって毎回思うんだよね」

 

「え、いや、それはプログラムとか制作の都合もありますし……」

 

「あ、わしもそれは超思う。だから比叡山焼き討ちしたんじゃが。立て籠もるなら焼き討ちも是非もなしだよネ!」

 

 お前とは違うから! と答えておきながら令呪を確認しつつ、言葉を続ける。

 

「思えば俺はちょっと、特異点探索というものを少し真面目にやりすぎてたのかもしれない」

 

『へぇ、立香くん。それはどういうことだい?』

 

 出現してくるロマニのホログラフにうん、と答える。

 

「マスターとして俺に何ができるのか。どういう役割を持っているのか。いったいどうすればいいのかを最近、良く考えるんだ。基本的に誰と誰をぶつけるか考えて、軽く作戦を考える程度の事しか俺には出来てないけど、そういう考える能力って結局はエルメロイ2世とか、ドクターとかと比べれば圧倒的に低いでしょ?」

 

『うん、まぁ、教育や訓練を現在進行形で受け始めたばかりだからしょうがないって点もあるけどね』

 

 まぁ、それもそうなのだが。結局今のところ自分ができているのは大まかな指示を出す事、そして英霊を召還するという事だけだ。いや、自分がいなければ特異点探索ということ自体が行えないのだから、それで言えば確かに貢献はしているのだろう―――だがそれだけでは心苦しい。俺以外のマスターが復活すればそれで俺はもう用済みじゃないか。俺なんて英霊と縁を結べている以外には今、ほとんど何もできていないじゃないか。だからちょっと、素直に考えるのをやめようと思った。もうちょっと、こう、考え方を変えてみる。

 

 たとえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか。

 

「……令呪を1画もって命ずる、正気を取り戻せアヴェンジャー!」

 

 令呪が消費され、死んだ魚の目を浮かべていたアヴェンジャーに正気が戻ったのと同時に、今までの自分の発言を思い出し、そのまま横へと倒れそうになるのを見届けた。そこからそのまま、令呪を連続で消費する。

 

「令呪を1画もって支援する、虚ろの英知による気配遮断能力を強化する」

 

 令呪を1画消費し、アヴェンジャーの気配遮断能力を強化した。ここに謎のヒロインZがいれば彼女の気配遮断EXで―――いや、普通に考えて彼女ならあの気配遮断EXでもなんか、こう、ギャグ的な理由でバレそう。だからたぶんこれが最善手だ。それを判断するための自分の経験が少なすぎるので、そこまで上手く判断できないが、自分が主催者だった場合、一番の嫌がらせになるのはこれだ。復活したばかりのアヴェンジャーに敬礼する。

 

「じゃ、外壁から昇って聖杯回収お願いしまーす」

 

「イベントという前提を完全に殺しに来るその采配。わし、嫌いじゃない」

 

「えー」

 

「えーもクソもありません。このまま突っ込むとおそらくは数時間ほど地獄をさまようことになるぞ! 俺はそれは嫌だぞ!! サトミー犠牲にしてでも終わらせるぞ! あぁ、犠牲にしてでも!」

 

「先輩……」

 

「カルデアに戻ったら覚えてろよ藤丸……(≪虚ろの英知:圏境≫)

 

 怨嗟の声を残しながらアヴェンジャーが姿を完全に消失し、もはや本当にそこにいたのか? と疑わせるような鮮やかさとともに消えた。それから一瞬の後で。外からシュタッ、と地を蹴る音が聞こえたのが願った通り、城壁を上ってこの特異点を生み出した聖杯の回収へと向かったのだろう。

 

 願わくば、何もなく回収できる事を。

 

 

 

 

 それから数分後、聖杯の回収は見事行われ、ぐだぐだ粒子と幻想戦国時代は終わりを告げられ、チェイテ城とコロセウムと本能寺の合体は解除されなかった。ただ炎上状態は停止し、無節操な幻想生物の召喚等は行われなくなり、特異点の暴走状態は終わりを告げた。聖杯の暴走によって現界出来ていた一部のコロセウムゲストのサーヴァントが帰還した中で、

 

 問題が解決した後こそが俺達の真の戦場であると知った―――。




 これだけで20話ぐらい書けそうな気がする恐ろしさに気づいた。次回、黒歴史……。


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地獄のインターバル - 6

 ―――地獄。

 

 そう、地獄だった。あの特異点をほっとけば良かった、と思えるぐらいに地獄だった。

 

 聖杯を回収したことで特異点は収束する。その影響で徐々にだが消えてゆくのだが、小さな特異点であろうと数日から数週間の時間を必要とし―――その間は毎日、ネロとエリザベートの奇跡のジャイアンリサイタルの毎日だった。それにやられて立香が一時入院した。エミヤとクー・フーリンは自殺率が跳ね上がっていた。だがその気持ちも解らなくもない。あの二人が揃うと音波兵器が核兵器クラスへと進化を果たしてしまうのだ。独裁者に核兵器を渡してはならない。そういう類いのタブーだった。自殺してエスケープが行えるエミヤやクー・フーリンが羨ましい中で、ハロウィンや闘技大会は続行、信長は本能寺とともに燃やされた。

 

 そしてその上でローマでの出来事を覚えていたらしいエリザベートがボイストレーニングのコーチについてしつこく食い下がってくるのでコーチとして付き合う時間が増え、ネロとエリザベートの一生向上しないかと思われる音楽レッスンに付き合うハメとなった。いっそ死んだほうが楽じゃないかと思える、

 

 ひたすら、ただひたすら、地獄だった。そんなイベントだった。すべてが終わったころにはカルデアには新顔として大戦犯織田信長とエリザベート・バートリーが追加され、ネロはかぼちゃパイを食べながら座に帰って行った。もう二度と来るな。来ないでくれとみんなの中で祈りながら、適応している女どもとノリの良い信長にキレそうになる。故に、

 

 ―――俺達男衆は団結した。

 

 俺達には、心のオアシスが必要であると……。

 

 レフ・ライノールによる爆破テロによってカルデアの機能の約8割が破壊された。特異点の合間における修復作業を進めた結果、全体の修理が進んでいるわけではないが、重要施設や一部セクターの解放等を行っており、第三特異点攻略後の現在、カルデアの破壊率は6割レベルまで落ちてきている。それでもまだ、大規模工房であるカルデアの破壊の爪痕は大きい。

 

 とはいえ、それは逆に利用できた。

 

 癒しを求めた男共で合意に至った―――あの女ども、正気じゃねぇ、と。一部発狂している男もいるが、それはそれとして、普段のカオスやギャグから逃げ出すための聖域が欲しいと、合意に至ったのだ。幸いな事にカルデアが爆破された影響で職員の多くは死亡、使われていない部屋も大量に存在する上に、工房であるために迷路のほか、隠し扉や隠し部屋なんてものも存在していたりする。それを虚ろの英知で良く知っていたため、修復されたばかりのセクター、それなりの広さを誇る隠し部屋を用意し、

 

 エミヤ、クー・フーリンとのトリオで製作に入った。必要となるマナプリズムやQPはちょくちょくレイシフトしたり、個人的にため込んでいた素材を変換して捻出する事にし、わいわいがやがやする為ではなく、癒しを求めて穏やかな時間を過ごすために少しダークでシックな雰囲気のバー風の部屋に内装を変えて行く。意外とこの作業が楽しく、後から参加してきたダビデを交えた四人で更に作業を進めて行く。各々の要望を捉えて作成されたその隠し部屋は、

 

 カルデアに一つしか存在しない、見事なバールームとなった。

 

 使用マナプリズム2万。消費QP3億。闘技大会の裏でアルバイトしていたり、幻想戦国状態で荒稼ぎした素材を泣く泣くダ・ヴィンチとの交渉に手放したりした結果、他の男性サーヴァントからのカンパもあって漸く完成されたカルデアのオアシスだった。

 

 

 

 

 完成されたバーは男の秘密基地のようなもので、電子的なロックによって侵入者を制限している様になっている。女連中でその仕組みを理解できるのはマシュ、ダ・ヴィンチ、そしてカルデアのスタッフだけとセーフな連中だけの為、科学的な隠蔽とロックが一番信用できたりする。魔術的だと魔力の揺らぎから直感的に答えを導いてしまう天才肌が数人いるのが問題なのだ。

 

 そういう訳でこの部屋の為だけに作成されたカードキーをリーダーに通せば部屋への扉が開き、何もない部屋に入ることができる。だがその部屋には隠し扉が設置されており、一見は何もないように思える扉を押してみれば、それが開いて向こう側に隠されているバールームへとつながるように設計されているのだ。そこには既にエミヤの姿があり、カウンター席で一人でボトルを開けている姿が見えた。室内にはジュークボックスから一昔前のジャズが流されており、落ち着いた雰囲気になっている。

 

『男の秘密基地って感じよね』

 

 お前で台無しだけどな、と心の中で呟くとローキックを叩き込まれる。それを堪えながらもカウンターの向こう側のシェルフへと向かう。自分のグラスとボトルを手に取り、エミヤの横の席へと移動する―――当たり前だがバーテンダーなんて者はいない。全てがここではセルフサービスだがその代わりに一切の遠慮はいらず、気を抜ける。

 

「今日はあっち(食堂)じゃなくてこっちか」

 

「まぁ、最近はブーディカが加入してくれた事で私が常に食堂を占拠している必要もなくなったからな。こうやってプライベートな時間も確保できるようになってきた、というわけだ。気づけばなんだかんだで世話を焼いたり何かを手伝っていたり、自分の性分であるのはわかっていたが働き過ぎていたやもしれんからな、こうやって自室以外でゆっくりできる場所が作れたのは渡りに船だったな」

 

「まぁ、今のカルデアは娯楽に乏しいからな。破壊される前は遊戯室とかあったんだがな」

 

「ほう?」

 

 隣の席に座り、魔術で氷の塊を生み出し、それをグラスの中に入れ、琥珀色の液体を流し込んで浮かべる。軽くそれを眺めた所で満足し、乾杯、と声をかけながらエミヤとグラスを軽くぶつけて口をつけた。喉を通り過ぎる強い酒精が体の芯まで酒を飲んでいる、という感覚を送り込んできてくれる。改造を受けて様々なことに対して耐性を得た体だが、本来の自分はそこまで酒に強くはなかった。おかげで現実逃避に酒を飲み続けることさえできない。だからこうやって、酒をたしなめるようになったのは一つの変化だった。

 

「ふむ、今度は遊戯室を作るのも悪くはないかもしれないな」

 

「その心は」

 

「我々だけがこっそり秘密基地で楽しんでいたら不満が出そうだ」

 

「まぁ、エリザベートやアルトリア辺りは食って掛かりそうだな」

 

「容易に想像できるだろ?」

 

 そう言うとエミヤは小さく笑った。自分も笑おうと試みて頬を吊り上げようとしたが―――駄目だった。依然、笑みを作ることだけが出来なかった。楽しく感じてもそれが笑みや笑い声というものに到達することはついぞなかった。だからこうやって誰かが笑っている姿を見るたびに思うのだ、当たり前に笑えるということはこんなにも難しく、そして価値のあるものだったんだな、と。

 

「そういえばアヴェンジャー、貴様の最近の様子はどうなんだ?」

 

「俺の最近の様子って、なんだそりゃ」

 

「いや……私が最初に見た時よりもえらく人間らしくなっただろう? 現代人で英霊となった先達としてはそこらへん、少々気になる部分もあるからね。で、どうだ。君の最近の調子と呼べるものは?」

 

「調子……調子、ねー……」

 

 そうだなぁ、と呟きにどう答えるか考えていると、部屋への入り口が開かれた。その向こう側から姿を見せたのはスーツの上から赤いコートを着ている長身の男の姿、エルメロイ2世だった。片手にはボトルとツマミと思える物の入ったパックを持ち込んできていた。どうやらこっちで静かに時間を過ごしに来たらしい。片手で挨拶し、迎え入れると対ヘラクレスで組んだ男三人組の完成だった。エルメロイ2世もグラスに自分の酒を注ぐと、ツマミの袋を開いて、一息入れてきた。

 

「何の話をしていたんだ?」

 

「いや、英霊後輩の近況でも聞こうと思っていたんだがな、其方の方も事情的にはかなり複雑か」

 

「気づけば疑似サーヴァントなんてものになっているからな。まぁ、この肉体が霊体である以上、つまりは私の本体である肉体は人理焼却に巻き込まれ焼却中という事だ。いったいどういう原理で疑似サーヴァント化が発生しているのかに関しては興味が尽きん……が、それはそれとして、納得のできんものがある」

 

「それは」

 

「貴様とマシュ・キリエライトだ。全く……カルデアが裏でこんなことをやっているのだと知っていればだれが国連にゴーサインを送るか。隅々まで掘り返して潰してやったぞ」

 

 マシュはホムンクルスに近い存在だ。サーヴァントを収める為のデミサーヴァントの器として作成されたのが彼女の存在だ。おそらくこの地上で生まれながらにして最も潔白で純白、清廉な乙女になるだろう。そしてそんな彼女だからこそ、ギャラハッドとしてのデミサーヴァントが務まったのだろう。今思えば、マシュがギャラハッドのデミサーヴァントとなった事はある意味、運命だったのかもしれない。

 

 円卓の騎士ギャラハッドは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。彼の英霊は因果的に聖杯を獲得するという行いに対して非常に強いのだ。その為、七つの特異点を回って七つの聖杯を回収するというこのグランドオーダーに対して、ギャラハッドはまさに最強の騎士を名乗るのに相応しい。ぶっちゃけた話、聖杯に限定する星の開拓者を存在レベルで保有していると言っていいのだ。

 

 アルトリアよりも有能だ。

 

『本人が聞いたらキレそうね……どうもそうね、円卓の盾にギャラハッド、ここまで御膳立てされた召喚場所と聖杯の獲得状況も珍しいわね。ある意味アルトリアの召喚も必然だったのかしら』

 

 円卓に集いし英霊―――まぁ、だからランスロット、アルトリア、ブーディカが召喚されるのも必然的だったのだろう。彼、彼女らは円卓の縁、ブリテンの英霊だ。おそらくはマシュの存在に引かれてきたのだろうとは思っている。

 

「で。貴様はどうなんだ?」

 

「俺か? 俺は言うまでもなくどうしようもない。ただ俺みたいに人造的に英霊を生み出したら、それが座に登録されるようなことは止めて欲しい、ってぐらいだな。科学と魔術で体を弄繰り回して人造的に生み出したもんが英雄と認められて記録されるとかゾっとしないな」

 

「違いないな」

 

 ほんと、ゾっとしない。自分のような存在がこの先、生まれなければいいのだろうが、そんな保証はどこにもない。一度、カルデアというこの場所で発生してしまったのだから、二度目も十分にあり得るのだ。そう思うと一気に憂鬱になってくる。酒を喉に通しながら、軽く息を吐き、愚痴る。

 

「ほんと、ロクでもない人生だったな……いいよな、幸運ステータスが存在する奴は」

 

「私も私で英霊としては幸運Eという底辺の組に入るし、不幸自慢では他人に負ける気はしないが、流石に幸運が存在しないというレベルとなってくると負けるなぁ……流石にそこまで来るともはや人生に自由意思がなく、不幸の連続だったとでもいうべきレベルなのだが」

 

 エルメロイ2世とエミヤの視線がこちらへとむけられ、それが集中する。

 

「幸薄そうな顔はしているな」

 

「おい」

 

「まぁ、幸運B+の私では君たちの苦労は解らんからな」

 

「それは幸運底辺同盟への宣戦布告かね?」

 

 呆れの溜息を吐き出すとエミヤとエルメロイ2世が小さな声で笑い始める。この二人は過去に穏やかな面識がある分、比較的に楽しくやれているらしい。そういう友人と会えたという事実は、自分にはかなり羨ましく感じられた。ふぅ、と息を吐きながら再びグラスに口をつけると、背後から肩に手が回された。

 

「何を黄昏れているんだ結婚願望マンよ」

 

「お前、それを言ったら戦争だからな。ほんと戦争だからな」

 

「ちなみにそいつに女のいない男の気持ちは解らないぞ。そいつは生徒になる前から女を無意識的にひっかけているからな」

 

「クソハーレム野郎か貴様。お前だけは絶対に殺してやるぞ。それは恋愛さえまともにできなかった俺への当てつけか」

 

「口説ける、そう思ったときに口出ししない貴様が悪い。そんなことよりもなんだ? アドバイスが欲しいのなら私に言いたまえ、口説き方の三つや四つぐらい、軽く伝授してやってもいいのだが?」

 

『こいつの死因って実は痴情の縺れから刺されて死んだことが原因じゃないの?』

 

 それが事実だったらこれから一生、それで弄った上でひたすらそれを伝説として世界中に広げてゆく予定なのだが。正義の味方、性技の味方となって刺されて死ぬ。この世から正義の味方という概念を消し去ることに一役買ってくれそうだ。そこまで考えて一体何を考えているんだ、と思った所で、

 

 通信端末が静かに震えた。ポケットの中に押し込んでいたそれを引き抜きつつ、送信されてきたメールの内容を確認し、それをポケットの中に叩き込みながら片づけを始める。

 

「どうした?」

 

「いや、本当ならも少しゆっくりしていたい所だが―――」

 

 その言葉で大体察しがついたらしく、エミヤとエルメロイ2世もやれやれ、と言いながら片づけを始める。

 

「……特異点の特定が終わった。第四特異点突入のブリーフィングだ」




 イベントを融合させるとあまりにも濃すぎて執筆的な終りが来ないことに気づいてしまったため、その詳細はきっと君たちの消費したリンゴの数が語ってくれるだろう……。まぁ、あまりに長くイベントでぐだぐだやってても、ストリに関係あるなら話は別なんだけど。

 という訳で次回から運命のロンドン。碩学が君たちを待っている。


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第四特異点 死界魔霧都市ロンドン
霧の中へ - 1


「―――第四特異点の特定が完了した。準備はいいかな?」

 

 カルデア管制室、そこにはいつもの面子が揃っていた。立香、マシュ、自分、ダ・ヴィンチ、ロマニ、そして他の管制スタッフだ。それが現在、ブリーフィングを行うこの管制室にいる総員だった。あまり広い場所でもないので、出番があるまではほかの英霊たちには自由にくつろいでもらっているが、彼らもいつでも出撃できるように待機しているだろう。そんな訳で、ブリーフィングに揃ったところでロマニの言葉に全員が頷く。

 

「今回の特異点は十九世紀イギリス―――1888年のロンドンだ」

 

「十九世紀、ロンドンですか。かなりの近代ですが……?」

 

 マシュの戸惑うような言葉はなぜ、そんな近代に特異点が生まれたのか、という疑問なのだろう。それをニコニコしながらロマニが見ているので、教える気はないな、と理解した。軽く溜息を吐きながらヒントをマシュに与えることにした。

 

「十九世紀で爆発的に広がったのはなんだ?」

 

「それは勿論文明、文化、人口、そして……あ、そうです! 産業です! 十九世紀といえば工場の配備による産業革命が発生し、爆発的に現代に近い環境が形成されて行った時代です! この産業革命により、現在の私たちが基盤とする生活が出来上がったといっても間違いではありません」

 

 マシュの言葉に正解だ、とロマニが頷いた。

 

「ご存じのとおり、十九世紀、しかもヨーロッパと言えば産業革命による爆発的な増加と文明の構築が行われた時代だ。何よりこの時代で凄いのは蒸気機関の発明と出現、そして石炭を利用した燃料機関の開発だ。更にこれが後年、1865年頃に入ってくると第二次産業革命が始まる訳だが……じゃあ今度は立香君に何があったのかを応えてもらおうかな!」

 

「解りません!! 覚えてません!! 歴史の授業は寝てました!!」

 

「ハッヤイ!」

 

「歴史の教諭がハゲでしゃべりがゆっくりだったんです!」

 

「それは仕方がないなぁ……じゃあ、アヴェンジャーよろしく」

 

 何が仕方がないのだろうか。まぁ、それはそれとして、説明に入る事にする。その特異点に向かう上で事前に時代に関する知識を持っておくのは決して悪い事ではない筈なのだ。

 

「俺達が向かう1888年は第二次産業革命真っただ中だと考えていい。この頃の産業革命は蒸気機関からさらにハイテクなものにシフトし、テスラやエジソンの尽力もあって電力が目覚ましい技術的革新を得た。そのほかにも石油や鉄鋼に関する技術が大幅に伸びて、大量生産の概念が歴史に刻まれた。そのほかにも娯楽という面で非常に文化が進んだ時代でもあった。今では当たり前となっているラジオ、映画等もこの頃に発展したものだ」

 

 つまり、現代という文明を作るうえで、その下地の作成に成功した時代なのだ。

 

「産業革命が発生しなかったらまず間違いなく現代における様々な開発が遅れた―――というか大量生産の下地を作る事によって人口の増加が狙えたんだから、現代ほど発展も、人もないだろうな。つまりは近代史におけるターニングポイントの一つだ」

 

「やはり先生……」

 

 無言で立香の額にデコピンを叩き込む。そこそこ魔力のこめられた一撃は凄まじいインパクトと共に音を発し、ぐわぁ、と悲鳴を響かせながら立香を床に転がせた。そのまま額を抑えて転がる立香を数秒ほど眺めてから、よし、と息の下で呟く。

 

「じゃあボクらのマスターがめっ、された所で話を続けるね? まぁ、今回もいつものように軽く特異点の状況を調べたんだけど、結果、現場からの干渉による乱れが酷くて状況の特定が無理だったんだ―――つまり、今までの特異点とは違い、何らかの影響があると思っていてくれ。まぁ、対策はダ・ヴィンチちゃんのほうでしてくれているから心配は必要ないよ」

 

「俺の額の心配!!」

 

「必要ないな」

 

『必要ないわね』

 

「必要を感じないなぁー」

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「マシュマジ天使」

 

 マシュの両手を握って立ち上がる立香に対し、マシュが顔を真っ赤にしている。あぁ、なるほど。この光景を見て嫉妬を覚えずに微笑ましさを覚えるから恋愛とかからは縁遠いんだなぁ、というのを漸く自覚する。そうか、そうだよな、良く考えたら今の肉体はどうであれ、精神的には既に四十代半ばを過ぎて、それこそ五十代が見えてくるラインだ。もう、それだけ長い間相手とかいなかったんだから、どっかで眺めているだけで満足できるのかもしれない。

 

『それは私が困るんですけどー!』

 

 知った話じゃない。そう思いながら近代ロンドン、どういう準備をしておくべきか、なんて事を考えていると、パンパン、とロマニが両手を叩いた。まだ続ける話が合ったらしく、それでロマニが話を始める。その内容は古代イスラエルの時代観測だった。レフ・ライノール・フラウロス。ソロモンの従える72柱の魔神の事である。レフがフラウロスと名乗った以上、相手のボスを直接確かめる術としてロマニがソロモン王の存在した時代に特異点がないか、あるいは異常がないかを調べた。

 

「―――結果、完全な白だったよ。もし彼が本当にソロモンの使い魔で人理焼却の為に送り込まれたのであれば、まず間違いなく時間軸上にそれを行ったという揺らぎを観測できる筈だ。そしてカルデアはそういうものには敏感で、逃す筈がない。だからまず彼が首謀者であるという線は消えたよ」

 

「ふむ……」

 

 とはいえ、サーヴァントと英霊、宝具とはまさに千差万別、英霊によっては超意外な効果を保有していたりする場合もある。それによるトリック、なんてものが発生する場合もある。相手が魔神柱を名乗り、そしてそれが敵として立ちはだかる以上、油断や忘れる事は出来ない……してはいけないのだろう。それはそれとして、

 

「で、藤丸―――今回、連れて行くサーヴァントは決めたのか?」

 

「あ、うん。一応マシュと先生は固定枠なんでこれで2枠確定。ロンドンってことはイギリスだしまずは円卓関係者の謎のヒロインZ氏とランスロットのコンビ。久しぶりに故郷の空気を吸っていい感じに活躍してくれるかなぁ、って思ってる。後は地味に経験豊富でアドバイスが上手いオリべえ&オリオン、そしてロンドンってことは市街戦だから沖田さんかなぁ、って」

 

 まぁ、今回は戦場がロンドン、とロマニによって指定されている。つまり街中で戦闘を行う可能性が非常に高い。となると小回りが利くサーヴァント、そして故郷として縁のあるサーヴァントが優先になってくるだろう。サンソンが外れたのはおそらく相手の属性を明確に確認しない限りは使いづらいというのに理由がある。ブーディカはそもそも本人が戦闘には向かないと自覚している。エミヤは地味に矢での爆撃が行えないと火力が大幅に削がれる上、固有結界は連続で使用すると逆に利用されやすい。エリザベートと信長はどうあがいても初期の調査には向かない人材、となると連れていけそうなのはエルメロイ2世、沖田、オリオン、ダビデ。それぞれ調査、戦闘、戦闘、補助という部門で優秀なサーヴァント達だ。

 

 まぁ、そこでオリオンと沖田という火力重視の選択はレイシフト直後の戦闘状況に備えて、というところだろうか? オケアノスではレイシフト直後に海賊船の上に着陸なんて事もしたらしい。

 

 確かにその事を考えると、悪くないかもしれない。こういう選択や運用に関する知識については自分よりも立香のほうが早くなってきたな、という部分を確かに感じる。悩まずスパっとそれを口に出せる辺りが才能を感じさせる。

 

「さて、これでブリーフィングは終了だ。いったん準備してから第四特異点へと出発だ。もうすでに三つの特異点を攻略して、カルデアの施設も少しずつだが修復してきた。おかげで管制室の機能だって向上してきている。万全のサポート体制で送り出すから安心してくれ」

 

「良し、了解! それじゃあ先にダ・ヴィンチ工房でモナリザとかいう要求数がクソ高いクソ礼装を交換してこようかな」

 

「おぉっと、まさか目の前でバッシングされるとはこの天才でさえ考えもしなかったよ。でもごめんね、今の私はブルジョワなおかげでそういう言葉が心まで響かないんだ」

 

「これだから天才は……常に種火回収しとくかー」

 

「あ、私も手伝いますね、先輩」

 

 立香とマシュ、ダ・ヴィンチが工房のほうへと向かって行く。三人が消えるのを眺めてからさて、自分も装備や道具の準備をしておくか、と管制室に背を向けて外へと出た。基本的に特異点での戦闘用装備、道具やキットなんてものは自分以外に使う者がいない為、あらかじめ倉庫から使えそうなもの、優先度の高いものは自室へと持ち込んでいる。その為、とりあえず自室に戻れば装備の回収は行える。

 

 さっさと回収し、準備を終わらせようと思ったところで自室へと戻る通路の途中、壁に寄りかかりながら待つように佇む姿を見た。

 

「……アルトリアか」

 

「えぇ、そうです。私です。サーヴァントユニバース、その宇宙をめぐる最強のセイバーである私です!」

 

「セイバーを主張している二槍使いのアサシンとかもう意味解らねぇな」

 

 軽くアルトリアの言葉に此方も茶化すように答え、それを受け取ったアルトリアはしかし、笑わず、少しだけ困ったような表情を浮かべた。その原因に思い至らず、

 

「どうした? 何か困りごとでもあるのか? ……俺でいいなら相談に乗るぞ」

 

 そう声をかけると、更に困ったような表情を浮かべ、そして溜息を吐かれた。いったい何だってんだ、と思いつつもアルトリアの言葉を待っているとそうですね、と言葉を置かれた。そのまま数秒間、胸を持ち上げるように腕を組んだままのアルトリアを眺めていると再びそうですね、と言葉を続けた。

 

「……実を言いますと、ここで貴方を殺すかどうかを割と真剣に考えていました」

 

「それは―――」

 

 忘れてはいない事だったが、アルトリアの告げる言葉はどこかいつも冗談じみていた。それが今回は真実であり、彼女の告げるタイムリミットとはどうやら、この第四特異点だったらしい。あの時、召喚された後でアルトリアは告げた。俺が原因でカルデアは全滅したことになっているのだ、と。あのころは死ぬことに躊躇はなかった。だが今は死ねない―――死ねないのだ。そう思った直後、アルトリアが笑った。

 

「えぇ、まぁ、先ほどまでは殺すつもりでいました。こう、気配遮断EXでバサー、っと。痛みが無い様に一瞬で終わらせてしまおうかなぁ、って、まぁ、思っていたんですけどねー」

 

「まるで心変わりしたような言い方だな」

 

「そうですね。昔のままの貴方ならまず間違いなく殺していましたが……さすがに戦友を始末するのは躊躇しますからね。正直、内輪揉めは英国式罰ゲームの時だけで十分です。もう二度とやりたいとも思いません。という訳で第四特異点、なるべく記憶を思い出すように頑張りましょうか? 貴方が記憶を取り戻してくれれば、それで万々歳ですから」

 

 アルトリアの言葉が一瞬信じられなかった。異なる霊基、姿や属性を歪めてまで時間を遡ってきた女の発言には思えなかった。

 

「本気で、言ってるのか?」

 

「勿論本気ですよ。不必要な嘘をつくようなタイプではないですし私は。まぁ、情に絆されているというのは間違いなく一つの事実ですが、それとは別に貴方の姿を見ていますと……ね?」

 

 解りませんか、という言葉に頭を横へと振って応える。

 

「貴方が死を望まなくなった。それが答えですよ」

 

「……なる、ほど……?」

 

「その表情は全く解っていないという表情……!」

 

 発言が抽象的すぎる。ただ意味合いは解る。

 

「信じてくれるのか」

 

「そりゃあ戦友ですからね。初期のロボットみたいな姿と比べれば渇望を表情に見せる分、遥かに人間的―――あと一押し、そういう領域にあると思います。これは、いえ、或いは……そういうこと(直感)なのかもしれませんし」

 

「解る言葉で話してくれ」

 

 呆れながらため息を吐くとそうですね、とアルトリアが言葉を置く。

 

「―――難しい話じゃありません。これもまた、必要なことの一つかもしれない、と考えただけです。運命論は唾を吐き捨てるほど嫌いですが、()()()()()()()()()()()()()()()、と考えると少しは今までの出会い、行い、苦しみが救われるとは思いませんか? まぁ、私としてはそれぐらいの話です。色々と迷惑をかけました。では」

 

 一方的にそう告げると霊体化した上で気配を遮断し、アルトリアが完全に姿を消し去った。彼女が少し前までいた場所を眺め、軽く頭の上を掻く。

 

「なんだかなぁ……」

 

『愛されているわね』

 

「腕に抱き付きながら睨むように言うのはやめろ」

 

 今、ここで考えていてもしょうもない事だ―――特異点探索が待っているのだ。レイシフトに備え、準備に移る。




 というわけでロンドン開始ザマスよ。碩学、お散歩、ハイパー小便タイムと不評だった特異点はさて、どうなるのだろうか。

 謎のヒロインZがいる時点でまともじゃないことだけは確定されたけどな。


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霧の中へ - 2

「―――レイシフト完了、現地到着です」

 

 マシュの言葉に立香がゆっくりと目を開くのを確認しながらすでに大戦斧へと得物を変形させ、周りへと視線を向けていた。レイシフトの影響でわずかに霊子が光を放って漂っていたが、それもすぐに霧の中へと消えていった―――そう、霧だ。凄まじいまでの濃霧が一帯を包んでいた。それこそ十数メートル先が霧の中に閉ざされて見えなくなるぐらいには酷くなっていた。それに、空間に停滞するこの濃霧にはそれなりの魔力が宿っているのを感じられた―――一般人にはどうあがいても害悪だな、と判断する。武器を肩に乗せたまま、周りへと視線を向け、警戒を続ける。

 

「懐かしいな……汚染が酷い場所とかこんな風に霧が酷かったもんだ。ただこれだけ魔力が含まれているのはおかしいもんだ。無事か、藤丸?」

 

「あ、いや―――うん。何ともないや」

 

 無理そうなら即座に魔力をドレインして対策を施そうかと思ったが、そんな必要はなかったらしく、この濃霧の中でもピンピンとした姿を見せていた。なんというか意外というか、いや、ギャラハッドの守りの加護がマシュを通して立香に作用しているのだと考えればある意味アタリか。ともあれ、対毒の加護を持っているのであれば必要以上に心配する必要もないのかもしれないと思いつつ、更に周囲を窺う。自分とマシュ以外のサーヴァントも到着している。

 

「懐かしのブリテン……テンションが上がってきますねランスロット!」

 

「YES! YES! YES!」

 

「すいません、里見さん。見知った仲間がお馬さんごっこを開始しているんですけど」

 

「上下関係を故郷で教えてるんだよ沖田さん」

 

「ブリテンは不思議な国ですねー」

 

「ダーリンダーリン!」

 

「お前、アレの真似しようとしたら俺が死ぬからな? いや、おい、待て! お前が重いって言ってる訳じゃないから!! 愛は重いけどぉ!!」

 

「うわぁ、一気に騒がしくなってきた……」

 

 立香の言葉にしかし反応する英霊たちの姿は頼もしかった。常にマイペース、という事は逆にどんな状況にも流されないという事実である。前まではその意味を理解しなかった己だが、こうやって人間性を取り戻しつつあると、その重要性が解ってくる。どんな状況でも笑ってふざけられるのはつまり余裕を持つ行いであり、また同時に誰かと行動する場合はそれを分ける行いでもあるのだ。誰かが余裕を持てば、一緒にいる者もそれだけ安心できるものでもある。

 

 ―――想像以上にひねくれていなければ。

 

「さて、最初は情報収集でしょうか?」

 

「まぁ、そうなるよね。とりあえず人がいるところを調べるべきか?」

 

「となると……適当に近くの家にノックか」

 

 視線を近くの民家へと向ける。今までの特異点とは違い、整った十九世紀ロンドンの町並みはまさに近代の文明を感じさせる建築様式を見せていた。かなり近代的なカルデアの建築と比べ、それなりに後れを感じる光景だが、むしろ世界中を旅して未発達の国を歩いてきた者としてはそこまで珍しい光景には思えなかった―――むしろ懐かしさすら感じる。そしてそんな家屋の中からは人の気配が確かに感じられた。家の中に隠れているのは解る。

 

 死んでいないのを感知すると、家屋内まではこの霧は入り込んでこないということだろうか?

 

『そっちは―――お、皆無事の様だね? 此方でも空間に異常な密度で停滞する魔力を感知しているけど、そのせいか此方のセンサーがジャミングされている。今回に限っては索敵は此方をあまり過信しないほうがいいかもしれないね』

 

「なるほどなー……」

 

「そこで俺を見るな」

 

「いえ、ほら、アヴェンジャーさんは色々と万能ですし。こう、一家に一人という感じで」

 

「お前もかマシュ……だがこういうのは天才に任せたほうがいい」

 

 視線を沖田とアルトリアへと向けると、二人が首を傾げ、そしてあっ、と声を漏らす。

 

なんか来ますね(侍:飢狼)

 

この感じは英霊ですか(直感)

 

「英霊をレーダー代わりに使う人間も珍しいもんだな」

 

「でもダーリンは私を乗り物代わりにしてるわよ? それってつまり神霊を乗り物扱いする初のダーリンにならないかしら?」

 

「それ、選択強制なんですけど」

 

 オリべえが泣きそうになりながらそんな事を呟くと、ロンドン市街の中を金属音が響く。それはロンドンの石畳の道路を強く蹴る様な足音であり、何かが全力疾走で接近してきているという音でもあった。そして自分でもわかるぐらい、濃密なサーヴァントとしての気配が接近してきていた―――霊格でいえば間違いなく一流のそれだろう。静かに立香が後ろへと下がり、マシュがカバーに入り、そして英霊たちが武器を取り始める。接近する存在が敵か味方か判別できない為、どんな状況であろうと動けるように注意しつつ、

 

 ―――それは濃霧を抜けて出現した、鎧姿だった。

 

父上の気配がした(叛逆:アルトリアセンサー)ぁ―――!!」

 

 そう言って()()()()()()()()()の騎士が飛び出してきた。全身を鎧で隠すも、その顔だけは濃霧に晒されており、それは短い金髪のポニーテールとなっているが間違いなく、顔も髪もアルトリアと同質、ほぼ同じと言えるものだった。沖田の様なコピーアルトリアがまた増えるのか、と胸中で困惑していると、ガシャン、と音を立てて、飛び出してきた騎士が動きを止め、視線を巡らせた。

 

 アルトリアから馬スロット、そして沖田へと。それを見て回ってからふぅ、と騎士は息を吐いた。

 

「そっか……オレも警邏しっぱなしだったからな。たぶん疲れてるんだろ。帰ろ」

 

「おや、モードレッドじゃありませんか。久しぶりですね。カムラン以来ですか? いやぁ、クラレントパクった事は未だに怨んでますからね、私。それはそれとしてこれを見てどう思いますか? ドゥン・スタリオンもラムレイもいないので急造の駄馬のランスロット卿なんですが、乗り心地は最悪です」

 

「コフッ」

 

「あ、やっぱ父上―――父上っぽいのが吐血して倒れたァ! やっぱこれ夢だよ! おい、おまえだろクソニートクズ夢魔! お前がこんな光景を見せてるんだろ! 夢だと言ってくれよ……!」

 

「フォーゥ……」

 

 何時の間にか立香の肩の上に陣取っていたフォウがものすごく哀れな者を見るような視線をモードレッドへと向けていた。しかし、モードレッド―――()()モードレッドとこのロンドンで会う事になるとは欠片も思いもしなかった。叛逆の騎士モードレッドは()()()()()()()()であり、カムランの丘にてアルトリアが敗北する理由となった騎士でもある。しかしなぜだろうか、彼女の姿を見ていると、なんというか、物凄い憐れみが湧いてくる。アルトリアとランスロットがアレなうえに、同じ顔をしている沖田が唐突に吐血して倒れた。

 

『カルデア時空へようこそ、盛大に歓迎しましょ?』

 

 デスライブ参加権の獲得だろうか? どちらにしろカルデア時空に突入した人間に安息はない―――永遠に。ひたすらネタの養分となってオアシスを求め彷徨えるユダヤ人のような何かになってしまうのだ。それはそれとして、この状況をそろそろどうにかしたほうがいいのだろうか? 実は見ているだけでも割と楽しい。やはりもう少し放置しているか。親子の団欒を邪魔しては悪いだろう。

 

『うわっ、物凄い邪悪な顔をしてる』

 

「残念ですがモードレッド夢ではありません……えぇ、マーリン死すべし! とか私も割と真面目に考えていますがそれはそれとして、こうやってちょっと愉悦できる肉体にできたのは裏では結構気に入ってますしそこだけは良くやった、キャスパリーグに食われてもいいぞ、と思っています。それはそれとして、ここで我が駄馬から衝撃のコメントを貰いましょうか……あ、マスター、令呪一発あげてください」

 

「令呪をもって命じる、ランスロット、今思っている事を口にせよ」

 

 立香がなんら迷うこともなく令呪を消費する。レイシフト直後、聖杯戦争開始直後というこの状態で初手無駄令呪とかいうミラクルな出来事を目撃するが、この面子で令呪を3画も今、必要とする状況はあまりないだろうし、安心してランスロットの自殺芸を眺める事ができる。全員の視線を受け入れたところでランスロットは頷く。

 

「―――やはり我が王の胸はモードレッド卿ぐらい慎ましやかではないとな。モードレッド卿のその部分に関してだけは私は何よりも認めている。あぁ、再びこうやって出会えたことが喜ばしい程にな。貴女は成長してもどこまでもその絶望の平野のままでいてください。それはそれとして、エクスカリバーとはいい酒が飲めそうな気がします。ロンゴミニアド? 冗談はやめてください―――さあ、覚悟はできました! 今です我が王よ!」

 

「えぇ! 死ねぇ!」

 

 案の定いつもカルデアで見ているオチの様に、ロンゴミニアドに串刺しにされたうえでモードレッドから腰の入ったパンチを食らい、ランスロットがバラバラになって弾け飛ぶ。親子タッグが結成されている間に沖田の方へと近づき、しゃがんでシェイプシフターで団扇を作って軽く沖田の顔に微風を送る。それを受けた沖田が道路の上であー、と声を漏らしながら復活し始める。

 

「俺も大概女に関しちゃバカだけどアイツの真似はできねぇよな。ある意味一番尊敬してるわ」

 

「でもダーリンも同類じゃない? ―――学習しない辺りとか」

 

「あ、はい。すんません。ほんとすんません。なので、こう、絞るのはやめませんか? ねぇ! 絞るのやめませんかァァァァァアアア―――!」

 

「またオリべえも死んでる……」

 

「まるで実家のような安心感ですね、先輩」

 

「こんな実家俺嫌だよ」

 

 やあすいませんねぇ、と言ってくる沖田にいやいやと言葉を返しながら立ち上がるのに手を貸しつつも、ここにネロもいたらきっと、モードレッドが発狂でもしていたのかなぁ、なんてくだらないことを考える。しかしさっそくランスロットが逝ってしまった。補充のサーヴァントは誰が適切だろうか? そんな事を沖田を助け上げた所で軽く息を吐く。それで沖田の治療に使った風を思い出してから軽くマントラを唱える。そこに仙術、風水術、ルーン魔術を融合させて複合魔術を発動させる。

 

「あ……」

 

 立香のそんな声と共に、ロンドンの市外に風が吹き始めた。スカートが少し強く揺れる程度の風ではあるが、それだけであれば魔力の籠ったこの濃霧であろうが、軽く押し出す事もできる。とりあえずは巻き上げるように濃霧を押し出せば、前よりも遥かに視界がクリアになる。

 

「流石アヴェンジャーさん。やはり便利です」

 

「マシュ、俺のことをホント便利家電かなにかと勘違いしてない?」

 

『でもマリスビリーが望んだ形って結局はそういう方向性よね』

 

 否定できないのが辛い。そもそも今、この世界でごった煮宗教魔術や融合キメラ魔術なんて器用な真似が出来るのは虚ろの英知による魔術知識の継ぎ接ぎができる自分程度の存在だろう―――そこには宗教的知識の背景と、一神教と多神教の接合性とかそういうのを術式に組み込んでいるとかいう事実があるのだが、やはり便利であることに違いはない。まぁ、頼られる事は悪くはないのだ。

 

「扇風機……!」

 

「おい、誰だいま俺のことを扇風機つった奴は。いいんだぞ。逆にこの霧を集めてもいいんだぞお前」

 

「掃除機……!」

 

「ははーん、これ、喧嘩を売ってるな? いいぞ、禁じられた市街地での梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放っても。一度放てば山が消え子供がその土地では生まれなくなり、二度放てば海が干上がり、三度放てば星が悲鳴を上げるこの奥義を使ってもいいんだぞ―――街中で」

 

「やっぱ俺、敵よりも味方の方がこえーわ。容赦なく共食いするしこいつら」

 

「そんなダーリンは私以外の女を食い物にしようとしてるからもっと怖い目に遭わないとねー?」

 

 あいつ、発言する度にオリオン(アルテミス)に殺されてるな……。

 

 そう考えた直後、理解した―――今回の面子、もしかして真面目な奴のほうが少ないのではないだろうか、と。立香は最近ノリが良い。マシュもああ見えて立香に流される。沖田は吐血する、オリべえ&オリオンはもうなんか言葉にできないし、アルトリアに関しては黙っておこう。ここにダビデでも追加されたら地獄だな、と確信しつつ、

 

 カオスが充ち始めたロンドン市街に、新しい音が聞こえてきた。

 

 ()()()だ。

 

 アルトリアと何やら口論していたモードレッドが動きを止め、振り返った。

 

「……来やがったな」

 

『魔力の反応が薄い? いや、魔力以外を動力源として動いているのか? 何か来るぞ!』

 

 ロマニの忠告とともに、濃霧を抜けて姿を見せる存在が出現してきた。風によってクリアな視界が確保された中で、姿を見せるのは不格好な鋼の姿だった。錬金術的なオートマタよりももっと非人間的なフォルムを持っており、駆動する歯車と鋼の音を響かせる存在、

 

「―――出やがったな、ヘルタースケルター」

 

 赤い稲妻を刀身に纏わせながら、モードレッドが三十を超える機械の兵隊へ、言葉を向けた。




 モーさん、開幕から致命傷を食らう(色んな意味で

 まだだ……まだ俺たちのロンドンは始まったばかりだ!!


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霧の中へ - 3

「―――沖田さん大勝利ー!」

 

 三十を超え、そして増援が投入されまくったヘルタースケルターと呼ばれた小型ロボット、そしてそれに続くように出現したオートマタにホムンクルスとの連戦はこちらの無傷という完全勝利で終わった。アルトリアがいるのが理由なのか、モードレッドは疑う事無く最初からこっちの味方をしていたが―――何度も何度もチラチラと視線をアルトリアと沖田へと向けていたのが解る。そうだよな、そりゃあそうだよ。気になるよな、それは。それはそれとして、沖田がまた吐血してる。

 

「ち、父上っぽいのぉー!」

 

「ふふ、戦闘中は調子が良かったんですけどねー。私はもう……駄目みたいです……」

 

「父上っぽいのぉー!」

 

「はーい、ユア・ファーザーはここですよ」

 

 モードレッドが胸を張るアルトリアへと視線を向け、アルトリアが胸を軽く揺らした。それを見たモードレッドが揺れるそれに合わせて視線を上下させてから、自分の鎧に包まれた胸元へと視線を向け、そして視線を沖田の胸へと向けてから、

 

「父上ぇ―――!」

 

「おい、ドラ息子。今どこを見て判断したんですか。円卓は揃いも揃って貧乳主義者か。殺すぞ。大きくたっていいじゃないですか! 私だってカリバー捨ててロンゴミニアド握ってればちゃんと成長してこんなだったんですよ!」

 

「いや、だって父上って呼ぶにはなんかメスっぽすぎるし」

 

「ここでまさかのマジレス」

 

 オリべえがまた胸って単語に反応してオリオンに紅葉おろしにされている。女に対する欲望がお前はほんと尽きないなぁ―――だからヤンデレに捕まるのだ、なんてことを思っていると妖精からの視線が突き刺さる。なんだ、言いたいことがあるなら素直に口に出せよ、と思っていると背中によじ登るだけで無言を貫く。それが逆に怖い。そういえば、なんだかんだでこいつに関しては何一つ思い出せていないんだよなぁ、と少しだけ、申し訳なさが湧いてくる。

 

『ま……それは仕方のない事だし? 時は近づいているわ。私はそれを祈って待つばかりよ。ここまで来たら後は祈る程度しかできないし―――祈る神様がいないってのが皮肉よね』

 

 神を否定する者が祈りという行為を行う。確かにそれは皮肉だ。しかし今はそれを考えない。それ以前にやることがあるからだ。とりあえず義眼を失ってからコツコツと組み上げていた探査魔術を発動させ、レーダーのように周囲を軽くスキャンする。感知するのは動態反応がメインとなる。それによって素早く情報が脳へと返信され、敵の接近を告げてくる。

 

「まだまだこっちに向かってくる一団があるな」

 

「あぁ、連中は家の中に引っ込んでれば手は出さねぇけど、こうやって通りにいるのが見つかると周囲のが一気に襲い掛かってくるからな」

 

「まるでアクティブ連鎖するネトゲのモンスターだなぁ……」

 

『と、言うよりはリンクと援軍要請するガードメカに近い機能だと思うよ』

 

 相手がロボットである事を考えると納得する性質ではあるが―――なんというか、微妙に近未来を感じる話でもあった。今回のロンドン特異点は1888年の特異点となっている。今までのもっと昔の時代、科学がほとんど発達していない時代の出来事ばかりだった。だが今回、ロンドンは明確に近代といえる時代であり、尚且つ出現してくる敵の姿が魔術、そして科学を融合したような存在だった。ホムンクルスに関しては錬金術の分野。こういうのを敵として配置する以上、相手のサーヴァントの候補はある程度絞り込める。科学に傾倒した魔術師や錬金術師、あるいは近代で科学により歴史に名を遺した偉人だろう。虚ろの英知で軽く検索した結果、ヒット情報が多すぎるのでここでの推測はやめる。

 

「まぁ、オレも色々と聞きたいことがあるし、そっちも聞きたい事があるだろ。とりあえず連中をぶっ壊したって事は敵じゃねぇんだろ? メスっぽい父上と桜色の父上っぽいのもいるし、一旦オレが拠点にしてる場所に来ないか? そこでならゆっくりと話せるぜ」

 

「あ、マスター。コレには騙すとかハメるとかそういう概念が存在しないので疑う必要はないです。ある意味そういう点においては信用できます。ただ貧乳なので人類としては少し可哀想です」

 

「お、カムランリターンズかな?」

 

「せーんーぱーいー?」

 

 マシュと立香の姿を眺めていると、あの二人が付き合った場合、将来的に絶対に尻に敷かれるだろうなぁ、というのが容易に想像できた。なんというか、オリべえ&オリオンに近いものを感じていたりする。カルデアでは基本的に女性優位というか女性側のキャラが強すぎてどうにもならねぇな、というのが感想だった。まぁ、それはどうでもいいのだ。この先、男のサーヴァントさえ増えればきっと、解決する問題なのだから。

 

 それよりも問題はモードレッドに従ってついて行くかどうかという事だったが―――これまでの特異点探索の上で、毎回と言っていいレベルで序盤に案内役となるサーヴァントと出会うことがあった。それをある意味、機能していない抑止力の最後の力だとカルデアでは解釈している。その為、こうやって出現したモードレッドが今回、その役割を持っているのだと判断し、

 

 ―――モードレッドと行動する事にする。

 

 

 

 

「此方が円卓で有名なアーサーの真実の姿で実は女性で名前はアルトリアといった上にIFなエクスカリバーではなくロンゴミニアドを握って体が成長した上にロンゴミニアド二刀流をしているアルトリア・ペンドラゴン・アサシン、通称謎のヒロインZです」

 

「……はい」

 

「そしてこちらがアルトリアと全く同じ顔なだけで属性も生まれも育ちもまるで違う上に面識すらなく本当にただの他人で極東の侍で新撰組の天才の沖田総司で特技は場所を選ばずに吐血する事です。あとついでに天才で欠片も容赦がないので容赦なくスパっとやります」

 

「……うん」

 

「そして此方がオリべえ&オリオンとかいうオリオンの霊基を奪ったうえで神性を蹴り棄ててオリオンの代わりに現界してきた女神アルテミスでその余ったリソースにマスコットの様に詰め込まれたオリべえくんが本当のオリオンで、ヤンデレミスがオリオンに対する拘束力の高さを愛で見せてるけど基本的にオリべえがクズなのでいつも粛清されているけど楽しいので基本的にオリべえ&オリオンな方向性で」

 

「……はい」

 

「そして此方がケルトで幾人もの女を孕ませた上に運という概念から見放されているスーパーケルト英雄のクー・フーリンさん。ただし聖杯戦争というシステムからは毎回不遇の扱いを受けて馬車も剣も没収された上に定期的に夢の中でヤンデレなお師匠様に狙われているらしい、命的な意味で」

 

 それを聞いたモードレッドと、もう一人、ヘンリー・ジキルと呼ばれた青年は動きを完全に停止させて、そのまま四人で戦隊モノポーズをキメるフランクすぎる英霊たちの姿を見て、そしてもう一度天井を見上げ、確認するように視線を英霊へと戻し、それから視線を立香へと向け、サムズアップを返された。それを受け、ヘンリーがこれ、どうしよう……と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

『まぁ、伝説に見る偉人や英雄の姿がこんな残念な集団だと思うと嘆きたくなる気持ちも解るわ。しかも何をしているかと言うと人類史の修復よ? 人類というレベルでの救済を行う旅なのよこれ? 一応人類でこんなレベルのことを行うのは初なのよ? 平行世界の類でさえこんな大事には突入した事がないわ。なのにそれを手伝っている連中がこんなだったらそらそうなるわよ』

 

 まぁ、今回のメンツが愉快すぎるのも解る。とりあえず、

 

「アルトリア、沖田、モードレッドって順番で並ぼうか」

 

「……おう」

 

 困惑するモードレッドを引きずって三人を横並びにし、ほかの全員で正面に集まり、ひざを曲げて角度を変えたり、横から眺めたりして、三人の比較を行う。改めて三人そろってそっくりだ。本当に、そっくりだ。

 

『モードレッドはアルトリアをベースに作成したホムンクルスみたいなものだから似ているのも当然だわ。……沖田やネロに関しては完全に神の悪戯と言えるものね。ダークでソウルなのを遊んでいる創造主とは別の話ね。原稿、書いているかしら……』

 

 何を言ってるんだお前は。

 

「……世の中、同じ顔が一人はいるといわれているけどこう見るとねぇ……?」

 

「ほんとそっくりさんだな。これでまったくの無関係だってから逆にすげぇ」

 

「まぁ、むさくるしい顔はともかく、美女が増えるならそれだけであ、今日は締め上げるのが早いっすねぇぇぇ―――!!」

 

「オリべえったらほんと芸人ね」

 

 オリべえとランスロットの爆死芸に関してはもはや様式美という部分さえある。戦力が減るとか以前に、もはやノルマとして死亡することが確定しているような気さえする。まぁ、それは比較的どうでもいいのだ。数時間後に復活するし、使用した令呪も1日経過すれば1画だけだが復活する。回収可能なリソースなのだから。

 

「―――まぁ、こんな風に過去の偉人や英雄に助けを求めながら、特異点と呼ばれる時代の問題を解決するのが俺達カルデアだ。割とふざけてる部分は今はあるけど、やるときはちゃんとやるし、既にほかの特異点で聖杯も三つ回収している。俺達の目的はこの時代を乱す()()()から聖杯を回収して元に戻す事だ。そうすれば現在ロンドンを襲っている問題がすべて解決する」

 

 ギャグやジョークを挟みつつも、しっかりと状況の進行を行った立香は段々とだがこのイロモノサーヴァント集団の扱いというか統率にも慣れてきたようで、どこか貫録を見せ始めている部分がある。こうやってモードレッドをダシに使って遊びながらしっかりとヘンリーと話を進める辺り、実に成長性を感じさせる。それを受けてヘンリーが頷く。

 

「うん……此方としても願ったり叶ったりだ。正直な話、やりたい事とやるべき事、そしてどこから手を付けていいか解らないって部分があって人手が足りなかったんだ。セイバーは、その、控えめにいうと肉体労働なら頼りになるんだけど……」

 

「あ゛ぁ゛!? オレが馬鹿だって―――あいたぁっ!」

 

「こらモードレッド、相手が思っていないことを曲解して受け取るその無駄にひねくれたクソ叛逆思考をやめなさい。というかそういう思慮が足りてない部分があるから後々困ったというのに死んでも反省していませんねこのドラ息子は」

 

「オレは叛逆のモードレッドだ―――あいたぁっ! また頭叩いたなメス上!」

 

「誰がメス上ですか、メス上。という前々から言いたかったんですけど叛逆とか明らかに褒められるタイプの名前じゃないクセになんでそこまで誇らしそうな表情で言い切るんですか」

 

「仲いいなー。あー……俺もコンラに会いてぇなぁ……」

 

「クー・フーリン殿が予想外の流れ弾に殺されておられる……!」

 

 クー・フーリン、ついに物理的にだけではなく、精神的にも殺され始める。というかケルト文化はゲッシュの誓いがクソとしか表現できない。ゲッシュを誓わなければ力は手に入らないのに、それを利用して殺しに来るのだ―――世紀末神話ケルト、とか密かに言われていたりしても納得できるというものだ。

 

 それはそれとして、

 

「ジキル氏はその様子だと調べたい事が複数あるようですが……」

 

「ヘンリーで結構だよ、ミス。だけど……うん。実は同じロンドン内の協力者や友人と連絡を取り合っていたんだけどね、最近霧―――僕はこれを魔霧と名付けて呼称しているんだけど、それが深まってから連絡を取れなかったり、怪異が発生したりで動き回れないなんてケースが発生しているんだ。その調査や連絡で出歩きたいところなんだけど―――」

 

「お前みたいに青白いひょろいのに外を歩かせるわけねぇだろ」

 

「という事でね。正直今は手が欲しかったんだ」

 

 モードレッドの言葉にヘンリーが肩を揺らした。その姿を見てモードレッドの後ろからアルトリアがほうほう、と声を漏らしている。地味にウザイ。それを無視してヘンリーが話を進める。

 

「現在のロンドンで大きく発生している事件は三つまで絞り込める。一つ目は空気中に大量の魔力を含むこの濃霧、魔霧。これは人が吸い込むと臓腑が腐って死に至る毒だ。次に通称切り裂きジャックって呼ばれる通り魔殺人鬼。そっちに関してはセイバーの方が詳しいからそっちから聞き出して欲しいかな。そして最後にヘルタースケルターをはじめとする人造生物たちの巡回。まるで何かを探したりするかのように常にロンドン市街を歩き回っているんだ。まぁ、この内、今の僕たちに明確に対処できるのは巡回をしている人造生物たちの討伐ぐらいだったんだけど……君たちが来てくれたおかげでその状況も大きく変えられる」

 

 うん、と頷きながらヘンリーはカルデアの様子を伺い、話を続けても大丈夫か確かめる。なんというか、気の弱そうな青年、あのジキルとハイドの物語通りの人物かどうか、気になってくるものだ。

 

 話は続く。

 

「現在、僕が懸念する事は二つある―――一つはヴィクター・フランケンシュタイン氏と連絡が取れなくなった事だ」

 

「昨日まではちゃんと連絡が取れていたんだけどな、今日になって急に連絡が取れねぇ―――お前らと会わなきゃそのまま来てるかどうか、確かめに行く予定だったんだけどな」

 

「もう一つはソーホー。此方はソーハーにいる情報提供者からの情報だ。あっちは魔霧がこちらよりもかなり酷いレベルで濃くなっていて、それこそ一呼吸もすれば致命傷ってぐらいになっているんだけど……彼によればそんなソーホー内では浮かび、活動する本が目撃されている。僕たちはこれを魔本と仮称した。それはヘルタースケルターと違って()()()()()()()()()らしい」

 

 ヘンリーのその言葉を聞き、立香が頷く。

 

「どちらも緊急性の高い案件だね」

 

「うん。セイバーが後二人ぐらい欲しいと思っていたんだけど―――」

 

 視線が沖田とアルトリアへと向けられ、

 

「本当に叶っちゃったなぁ……」

 

 苦笑する声を聴きながらそうだな、と呟く。

 

「この人数だったら緊急性が高そうだし、二手に分かれるのも悪くはないだろうな。そもそも俺は藤丸とはライン繋いでないから自由に動けるし」

 

「なら私が付き合いましょう。最強のセイバーでありロンゴミニアド二刀流免許皆伝である私はアサシン霊基のおかげでかなり自由に動けますからね」

 

「相変わらずメス上の発言のインパクトが凄すぎてどう叛逆すればいいか解らねぇ―――だからとりあえずメス上とは違う方に行くか!」

 

「いやだから人をメス扱いやめなさいというか殴りますよこいつ」

 

 途端にモードレッドがなんか、子犬というかポンコツとかに見えてきた。まぁ、こんなカオス・アルトリアについていこうとしている姿はどこか健気というか、面白すぎるからいいのだが。ともあれ、そんな事でロンドンの街へと調査と情報収集の為に出歩くことになった。

 

「すまんなぁ、コンラ……俺が悪かった……いや……ほんとに……」

 

 クー・フーリンのトラウマを抉りながら。




 コンラはクー・フーリンの子、ゲッシュのアレコレでぶち殺してしまったというアレ。やっぱゲッシュはダメやね……。というか世紀末ケルト神話は家族でも躊躇なく殺しあうそのメンタルおかしいよ!

 メス上とかいうパワーワード。


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霧の中へ - 4

「扇風機! 扇風機やってくださいよー、扇風機ー」

 

「お前をファン代わりに回してもいいんだぞ……!」

 

 とはいえ、魔霧が相当にうっとうしいのは事実だった。十数メートル先さえ見えないほどにロンドン東部はすさまじい濃霧に包まれていた。そこに感知できる魔霧に含まれた魔力は確かに殺人的であり、これが普通の人間であれば即死なのはまず間違いがない―――だというのに一切家屋に侵入しないその姿は、実に不思議なものだった。とはいえ、これだと索敵が滞るというのも事実だった。

 

 ―――それを逆に利用させてもらっているが。

 

見えませんねぇ(≪気配遮断:EX≫)

 

まったく先が見えんな(≪虚ろの英知:圏境≫)

 

『ねぇ君? これからどこの国の王族暗殺しに行くの? って感じの暗殺能力よね。それだけの気配遮断能力あれば大体なんでも殺せるわよね……』

 

 まぁ、暗殺という言葉はただ単に敵を殺せばいいというわけではないので、難しい話だ。たとえどれだけ気配を殺すのが上手でも、暗殺に必要なのは素早く急所に打ち込んで一瞬で殺す技術、後の防備をすり抜けて接近する技術、相手を調べだす諜報技術、等と多岐に渡る。そしてこれで一番重要になってくるのは()()だ。まぁ、多少経験が自分には外部からインストールされているとはいえ、本当の達人と呼べる領域にはそれでは届かない。

 

 アサシンと名乗るにはヘタクソすぎるのだ。そこはやはり、経験がものを言う。借り物の人生では真に実力を発揮する事はできない―――そこらへんはマリスビリーには理解できなかった部分かもしれない。

 

「しっかし私が治めていた国の未来がこうなるとは、予想もつきませんでしたね……現代におけるブリテンは一体どうなってるんですか?」

 

 アルトリアと共に()()()()を音も気配もなく移動していると、アルトリアがそう声をかけてきた。道路の方へと視線を向ければ確かにヘルタースケルターやオートマタの姿を見つけられるが、それは自分やアルトリアを見つけることはできない。流石にしゃべっていても最高ランクの隠密術、量産型程度に看破する事はできない。だがそうだなぁ、現代2016年―――いや、自分が旅をしていたころだから10年近く前のイギリスか、と呟く。

 

「―――まぁ、カトリックやプロテスタントがイギリスじゃあ根強いからな。ロンドンには時計塔がある影響から魔術教会の力が大分強い。だが同時にカトリック教会の裏組織である聖堂教会の勢力圏でもある。ぶっちゃけ、連中は魔術に傾倒した、或いは魔術的側面のキリスト教だからな。現代でもイギリスには王族が残ってるけどもはや象徴的なもんで、実務に関しては影響力はない。ここは大体の先進国と同じだな」

 

「ほうほう」

 

 割と興味があるのか、アルトリアが真面目に話を聞いているので続ける。

 

「さっき言ったようにイギリスってのは魔術教会と聖堂教会の勢力圏で何時もぶつかり合っている。まさに水と油の連中だ。まぁ、魔術教会から異端者が生まれまくっているうえにキリスト教以外の信仰から通じる魔術とかガンガン使ってるからな、あそこは。表向きには不可侵を結んでるけど根っこではこっそり殺しあってるらしい」

 

「我が国は未来でもまぁた身内で争っているんですか。やっぱり夢魔はクソ」

 

 謂れのない暴言がマーリンを襲う。

 

『いいわよ、マーリンの事なんて。本当は自分の足で出てこれるクセにそれが罪を償うための行いだと思って頑なに出てくるのを拒んでいるくせに覗きが趣味の変態倒錯魔術師なんだから。これぐらい言われても逆に喜ぶレベルでのダメ人間……いえ、ダメ非人間ね、アレは。絶対にあんな風になっちゃだめよ? 絶対だからね?』

 

 マーリンに言葉の暴力が襲い掛かる。ここまでボロクソ言われるマーリン、いったい何者なんだ。

 

 それはそれとして、雑談をソーホーに移動しながら続ける。

 

「基本的にイギリスは、まぁ、経済的には悪くはない。物理的な戦争からは遠い国だしな。その代わり法律と経済で戦う時代だ。国同士の協定や考え方でのアレだな。正直、そちら方面はあまり興味ないだろう」

 

「えぇ、まぁ、兄上(サー・ケイ)執事長(ベディヴィエール)がそこら辺はいつも胃を痛めながら徹夜で処理していましたね。いやぁ、沈む未来しか用意されていない泥船(ブリテン)でほんと良く頑張ってくれましたよ……ブリテン式罰ゲーム、もう二度とやりたくありませんね、アレ」

 

「お前、祖国の事をディスりまくるなぁ……まぁ、二十数年以上も前の話になるが俺もイギリスには寄っていてな、その頃は様々な宗教、思想、信仰に触れて明確なカミという形を俺は求めていた。インドで(グル)に会った俺は人々がカミと見るものが何であるかを知る必要があると感じたんだ。だから世界を旅して宗教に触れていたんだが―――イギリスでは聖女と呼ばれる人物と接触することができた」

 

「聖女、ですか」

 

 頷き、屋根から屋根へと飛び移る。そこでいったん足を止め、目の前の大通りをヘルタースケルターが徘徊しているのを見る。それが通り過ぎるのを待つようにしばらく眺めつつ、話を続けて待つ。

 

「まぁ、聖女というのは俺と同じような聖人体質の人間の事だ。神に愛されている、とも表現できる体質で、祝福された様に人には真似できない奇跡、或いは秘跡を再現する。ただ聖女と呼ばれた彼女は神の存在を感じる事はできても、俺よりもその恩恵は弱かったらしく、明確に声や意志を感じ取る事はできなかったらしい。だから俺は彼女と会って、そして話した。カトリック教徒である彼女がどうして神を信じられるのか。救済がなんであるのか。即ち、命の答えとはなにか、と」

 

 敵の姿が消える。通り過ぎたのを確認してから足音を立てずに大通りに着地し、それを素早く横切ってから再び屋根の上へと跳躍する。そのまま周りを見渡し、さらに濃くなってゆく濃霧に顔を顰めた。

 

「で……どうだったんですか? 話せたんでしょう?」

 

 まぁ、と言葉を置く。

 

「……てんで話にならなかった。彼女は熱心なカトリック教徒であり、聖典を信じていた。疑うことなくそれが真実であり、彼女はそれに従って生きるべきだと。そして故に、彼女は答えを必要としていなかった。確かに悩むし、怖いし、知りたいかもしれないだろう。だけどそれは人知を超えた理外の境地であり、人に許された範囲ではない。それは神が知るべきものであり、自分はそこへと至る資格もなく、代弁者としてある一人の女、と言っていたよ」

 

「それはまた……」

 

「あぁ、全く話にならなかったさ。そのほかにも色々と会って話す相手には遭遇したよ。思い出深いのは中華で会った道士を名乗る男だった。なんともまぁ、昼間から酒を飲んでは桃を美味しそうに食う奴だったよ。そいつは明確に答えがあるかどうかも知れない事を求めて探すという行い自体が間違いであると言っていた。そもそも答えとは探すものではなく、理解するものでもない。大地と同一視、理と合一し、それで天地と合一したところで初めて、その片鱗に触れて一部となる……という感じだったな」

 

 まぁ、なんというか―――それぞれ、主張が違うのだ。

 

「それぞれの道を通った聖人、聖者、宗教家は誰もが違う答えを主張して―――あ、いや、待て。なんで昔語りになってるんだ。今はイギリスの話だろう」

 

「え、いや、いいですよ。別にそのまま話を続けても。記憶の整理になるんじゃないですか?」

 

「俺は積極的に自分語りをしたがる恥ずかしい男じゃないんだよ」

 

「えー……折角弱みの一つでも握れそうだったんですけど」

 

 最悪だな、こいつ。解ってはいたのだが、普段は騎士王と呼ばれたその清廉潔白な要素が一切ない。もう少しシリアスな時の姿を維持できれば話は違うのだろうが―――この女にそれを期待するだけ間違いなのだろう。

 

「それよりも情報提供者の場所はどこだ」

 

「確かこの近辺の筈ですけど……書店でしたか?」

 

 アルトリアと軽く索敵しながら探索していると、濃霧のせいでしばし時間がかかってしまったが、それでも目的の場所を発見する事はできた。ここら辺にはエネミーの姿を見かけないな、と思いつつ屋根から降りて道路の上へと着地する。ここ、ソーホーの魔霧の濃度は少々というレベルを超えて凄まじい。軽く探知魔術を使おうとしても、センサーが埋め尽くされてしまうレベルで。これでは魔術的な索敵もクソもないといえるレベルだった。

 

「……さっさと終わらせて、なんか暖かい飲み物でも飲みたいところだな」

 

「ですね。では進みましょうか」

 

 目的地を発見し、隠密状態を維持したまま、移動する。軽く中の気配を探るが―――確かに、人の気配を感じる。それにここが目的であるのを悟り、一息つきながら隠密を解除しつつ書店への続く扉を開けた。中に入れば本を重ねたテーブルの横に椅子を置き、本を読む少年の姿が見えた。書店に入ってきた此方の姿を確認するとふむ、と声を置きながら本を閉じた。

 

「予想よりも早く来たな。おかげでまだモンテ・クリスト伯を読み終わってないぞ。が……さて、お前らがヘンリー・ジキル氏の送ってきた救援者で間違いないな?」

 

「えぇ、そうです。そう言う貴方はサーヴァントですか」

 

「いかにも、といいたいところだがそこら辺は正直どうでもいいだろう。それより朗報だ、肉体労働担当の脳筋サーヴァント共、仕事だ。それも至急のものだ。お前らは今、このソーホーがどうなっているのか理解しているのか?」

 

 バリトンボイスで美声を放つ少年のサーヴァントは異様に口が悪かった。とはいえ、誰かを嫌悪しているというわけではなく、そういうスタイルの人間であるというのは伝わってきていた。このサーヴァントに対するスタンスは個人個人で好き嫌いが別れるだろうが―――少なくとも自分はこういうタイプのずけずけ言ってくるのは嫌いじゃない。変に飾ったり隠したりするよりは断然良い。

 

『私は嫌いだけどね。毒舌で我が道を行くような姿を見せているくせにその根っこは()()()よ。口では反対、嫌だ、休ませろって言ってるくせにその裏では涼しい顔して一番面倒を見てくるタイプよ、これ。それがかっこいいとでも思ってるのかしら?』

 

 ……だから腕を組みながら答える。

 

「今、ソーホーには魔本と呼ばれる本が出現し、家屋に侵入して何かをしているってぐらいだが―――」

 

「概ねそれで合っている。だが足りん情報を付け加えるならソーホーの住人を夢に落としている」

 

「夢に……魔術か薬か?」

 

「さてな、俺は頭脳労働担当であって肉体労働担当ではない。そういう足を使った調査や観察に関してはお前らの様な一流の英霊か万能な何でも屋に任せる。俺は考えるのが仕事だ。答えが欲しければ情報を出せ、情報を」

 

「となると魔本を探して軽く観察しに―――」

 

 そこまで喋ったところで、近づいてくる気配を感じた。振り返りながら三人の視線が書店の扉へと向けられ、それが静かに開いた。扉に備え付けのベルが二度、チリンチリン、と音を鳴らしながら少量の魔霧と共に、浮かび上がる本が扉を抜けて出てきた。扉が静かに閉まり、此方へと一切頓着することもなく、浮かび上がる魔本は静かに浮かびながら自分たち三人の横を抜け、階段を上って、と表現するにはややおかしいが、浮かび上がったまま上へと消えていった。

 

「……探す手間が省けたな?」

 

「これは観察しやすいですねぇ……」

 

「えぇー……」

 

 お前の方から来るのか、とどこか軽く引きつつも、軽く息を吐いて思考を切り替える。

 

「俺たちに対して興味を示さなかったのはなんでだ?」

 

「馬鹿め、見たなら解るだろう? 興味を示さないということは()()()()()()()()()という意味だ。ただ単純に奴にとっては俺達には価値のない存在だったんだろうな。ま、小1時間寄越せばしっかりとケツの穴まで見抜いて批評してやろう。相手がこちらに興味を持たないというのであれば好都合だ」

 

「おや、意外と精力的ですね」

 

「流石の俺でも空気は読む。流れを読もうとは思わんがな!」

 

「最悪だよこいつ」

 

 呆れながら少年サーヴァントの後を追い、階段を上がって行く。普通のサーヴァントであればまず間違いなく接近を警戒するであろうが、近づいてゆく魔本に対してはそういう警戒を見せる姿はなかった。完全に二階へと上がり、そこにある書斎を覗き込む。

 

 一階、書店部分の棚に飾られているよりもはるかに多く、そして古い本が立ち並ぶ部屋だった。その中央で何かをする訳でもなく、静かに魔本は浮かび上がりながら時を過ごしていた。ゆっくりと少年が、アルトリアが、そして自分が書斎を覗き込み、そして接近した。しかしそれに反応する事無く魔本は浮かび上がっていた。

 

 いや、違う。これは魔本なんかではない。

 

サーヴァント(≪対英霊≫)、か……?」

 

「となると概念英霊系統ですか。これはまた妙なのが出てきましたね」

 

 此方に反応することなく本の英霊は動かず浮かんでいた。さすがに触れようとすれば何らかの反応を示すだろうから、まだ触れず、眺めるように観察するだけであった。だが此方に反応することなく動かないそれは、少年のサーヴァントの様にまるでこちらに対して興味を持っていない、とでも判断すべき動きだった。

 

 家内に入り込んで人を眠らせているということは何かを求めての行動だが、英霊ジャンル相手に敵意も会話も調査も行わない辺り、英霊というよりは宝具的な半自動性を感じられる。

 

 ……流石に、本だけで何の英霊か判断するのは不可能だ。自分だけではこれが限界だった。

 

「何か解るかアルトリア? ほら、直感で」

 

「私の直感はどちらかというと受動的なもので瞬間的に察知する能力ですからそんな使い方はできませんよ。そちらはどうですか?」

 

 アルトリアの声が少年へと向けられ、少年がどこか痛ましいものを見るような視線を魔本の英霊へと向けていた。

 

「そうか、お前は忘れてい(≪人間観察:)なかったのか(月天の記憶≫)

 

「ん? どういう事ですか?」

 

「いや、名も無き物語を愛する読者もいたというものだ。つくづく救いようがないな。目も当てられん。名も無き物語よ。貴様の求めるものはここにはない。どうあがいても望みが叶う事がなければ貴様が安息を感じる事もない」

 

 その言い分、どうやらこの少年は―――いや、姿からしておそらくはキャスターは、相手の正体の看破に成功したのだろう。それもどこか、昔を知るような口ぶり、エミヤのようにかつての聖杯戦争でどこか、見たことのある相手なのかもしれない。そう思っていると、キャスターが片手に本を浮かべた。

 

「こいつの正体は固有結界の塊……いや、存在自体が固有結界であり己という存在を持たない哀れな物語だ。生まれたときから己では存在できず、他者を必要とする悲劇の物語。その名を呼べば形を思い出し、砕く事も出来るだろう」

 

「なるほど、確かに固有結界を相手にするのは面倒ですが、形があるのなら話は別ですね」

 

 となるとここで一気にケリをつけるか、と静かに室内でも使いやすい短刀へとシェイプシフターを変形させて、いつでも動けるように待機する。すぐ近くにある窓を見て、あそこから蹴り出すことができるな、とアルトリアとアイコンタクトをとる。戦闘準備を整えるのを見計らってキャスターが本へと向けて声を放った。

 

「思い出せ、悲しき物語よ、貴様の役割と真の意味を―――誰かのための物語(ナーサリー・ライム)

 

「―――!」

 

 キャスターの言葉に魔本が―――いや、ナーサリー・ライムが反応した。それに反応した魔本はその姿を溶かして変質させてゆく。幼い、一人の少女の姿に半透明ながら解かれた長い銀髪とふりふりドレスの姿を徐々にだが存在として確定させて行く。固有結界から明確なサーヴァントという形へ変質しつつあった姿が―――半ばで停止した。

 

「なに?」

 

 ナーサリー・ライムの変質の停止はキャスターでさえ予想外の出来事だったらしく、疑問符が浮かんでいたのが見え、再びナーサリー・ライムの姿が解け始める。その姿を見て、キャスターが口を開く。

 

「いや、待て、ここにマスターはいない筈だ。引き継いでいるのであれば姿も引き継ぐ筈、であればお前は誰を―――」

 

 ナーサリー・ライムの姿が変化する。それは青いドレスだった。青と白のフリルドレスだった。短い金髪はさらさらと流れており、背丈は少しだけ伸びるが幼い少女の姿であり、自分が良く知る、見覚えのある少女の姿だった。

 

 ―――妖精(フェイ)の姿だった。

 

『あぁ、なるほどね。確かにそうなるわ』

 

 どこか納得する様な妖精の声が聞こえたが、なぜか、体は動かず、視線は彼女から外せなかった。目を閉じていたナーサリー・ライムは妖精の姿を借り、口を開いた。

 

「―――変身するわ、変身(≪変化≫)するの」

 

 それは妖精の声であり、耳の中ではなく、心さえも犯す声。

 

「私は貴方、貴女(≪自己改造≫)は私」

 

 息が詰まる。心が痛い。

 

「変身するぞ、変身(≪一方その頃≫)したわ」

 

 視界が暗転する。意識が流れる。思い出す―――思い出させられる。記憶が刺激される。意識が、ゆっくりと、流されて行く。

 

「―――私は俺で、俺は(≪誰かの為の物語≫)私だ」

 

 全てが闇に閉ざされた。




 誰かの為の物語と貴方の為の物語。作家系は言葉遣いが難しい。

 次回、記憶の核心に一歩迫る。


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鏡写し - 1

 ―――実家がなくなってた。

 

 正確に言えば母も父も死んで、自分も海外で長い間行方不明、家の所有権がなくなって没収され、知らない人間が住んでた。もうそこまで来ると長い間生存報告を入れていなかった自分が悪い、と諦めるしかなかった。そもそもからして実家にはもはや愛着もなかった。母との思い出は貴重だが、それは決して場所に宿る訳ではない。まぁ、これはしょうがねぇわぁ、と溜息を吐きながら財布の中身を確認した。

 

「―――俺の財布がヤバくて俺がマジやべぇ」

 

 言語中枢にダメージが出るぐらいには、ヤバかった。具体的にいうと今、財布を逆さまにしても出てくるものが何一つない、というのが事実だった。家のもんを適当売って金にするというクズ発想がアウトだったのだろうか? ともあれ、駅前の商店街にまで戻ってきたところで、中央のオブジェを囲むポールの一つに寄りかかりながら街の様子を眺めた。

 

 すでに夜に入り、暗くなっている夜の空はしかし、街のイルミネーションによって明るく彩られていた。世間ではクリスマスだと言われている。その為、今ではどこでも家族連れや、恋人と共に時間を過ごそうとする姿が目撃できる。あーあーあー、と声を吐き出しながら、ポケットの中につっこんであったメモ帳を取り出し、ページをまくりながら自分の書き残したメモを確認し、そして溜息を吐く。完全に金策の事を忘れていた。

 

「まぁ、しゃーねーか……」

 

 中東を出て以来、食が細くなった。どうやら思ってた以上に繊細な男だったのかもしれない。最低限の食事と金銭しか財布には詰め込まず、金策も荒々しくなってきた。アルバイトなんてものには一々手を出さず、適当なヤクザやマフィアに喧嘩を売って金を巻き上げて、それを片手に海外に逃げる。なんともまぁ、荒んだものだと思った。ただそうやって日本に逃げる様に帰ってきた。その結果、顔が色々と売れてしまっただろう―――アジア方面にはもういけないだろう。

 

 だいぶ荒れたし、遠い所へ来てしまった。

 

「なぁ、門司……お前、今はどこにいるんだ?」

 

 残った最後の友人はヒマラヤに登って消えてしまった。まぁ、おそらくは生きていないだろう。流石に超人と呼べても人間だ―――一切の道具もなしに登山をして、生存ができるほど生易しい環境ではない。次に会うのは来世になるな。そう思いつつ、ポケットに手を突っ込み、たばこの箱を取り出し、軽く揺らす。その中身が空っぽなのを確かめて軽く溜息をつき、ポケットの中に握りつぶして押し込み、空を見上げる。

 

「メリー・クリスマス、ねぇー……いい思い出がねぇわ」

 

 苦しんでる記憶しか残っていない。今もこうやって、ほとんどの縁と引き裂かれ、孤独なままクリスマスを迎えている。友人とさえ呼べるような人間さえもいない―――悲しい、ただただ悲しく、そして虚しい。本当になんてクソな話なのだろうか。これも全部カミ(神と信仰)に目を背けてきた影響なのだろうか。ダメだ。思考をいったん止めると悪い方向へしか進まない。

 

「しっかしどうするかなぁ、これから。はは、まるでやるべきことが見えねぇ」

 

 まるで()()に到着したような静けさだ。日本に来るまではあれ程煩かった啓示がまるで電池切れかのように黙り込んでしまった。今まではその反応を利用して移動先を決めていた。つまり最悪な方向へと常に前進していたのだ。そうすれば見せたくないものが見れる筈だから。そういうあやふやなものを頼りにしてきた旅だったが―――ついに、ここで途切れる。

 

「或いはここが終点かもしれねぇなぁ」

 

 つぶやきながらも、なんだかんだで自分も長くはない、という確信があった。ここがおれの終焉の地なのだろうと思った。走って走って走り回って、世界を回った結果、再びこの国に戻ってきたのだ。故郷へと戻ってきたのだ。ここで答えを見つける事が出来たのなら、それはきっとふさわしい終焉なのだと思う。

 

「あー……門司とバカやってた頃に戻りてぇ……」

 

 あの頃は馬鹿だったけど笑ってたなぁ、と思い出す。馬鹿やりながらも毎日大声で笑っていた。それだけで割と、楽しかった。だけど今はどうだ。手段を選ばず、人も殺すことを覚えて、そしてこんな田舎で怯えてる。ほんと、クソのような人生だった。そう思いながら白い息を吐いていると、

 

「―――お前、里見だよな……?」

 

「ん?」

 

 凄く、凄く久しぶりに名を呼ばれた。そういえばそんな名前だったな、なんて事を思いながら視線を持ち上げれば、知らない男が此方へと懐かしそうな表情を浮かべながら驚いていた。どこからどう見ても知らない男だ。

 

「誰かと勘違いしてないか?」

 

「いや、門司って臥藤門司だろ? 3-Bの。ほら、俺だよ、クラスメイトの竹橋だよ! お前生きてたのか! はっはっは!」

 

 誰だ、と内心思い出そうと頑張りつつも、全く思い出せない為、愛想笑いを浮かべながら差し出された手を握る。どうやら、高校時代のクラスメイトらしい―――大学には進学せずにそのまま旅に出たのだから、3-Bといえばたぶん高校だ。それ以外に心当たりがないからだ。

 

「いやぁ、同窓会にも顔を出さないし、どうしたのかなぁ? って知ってる奴から聞いたら失踪したって言われているから驚いたよ。こんなところで何をやってるんだよ。というか今までどこにいたんだよ。いやぁ、ほんと驚いた」

 

「あー……ちょっと海外に渡っててな。日本に何とか戻ってこれたのはいいけど財布が空になってちょっと途方に暮れてた。門司の奴はヒマラヤに行っちまったしなぁ……」

 

「はっはっは、なんかほんと想像できるからアイツは怖いな……それはそれとしてそうか、なんか困ってるみたいだし、これを持っとけよ」

 

 そう言って一万円札を此方の手に握らせてきた。

 

「おい」

 

「いや、いいんだよ。流石にぼろぼろの元クラスメイトを無視する程俺は鬼畜になれないし―――」

 

「―――あなたー?」

 

「あぁ! 今行くよ! それじゃ、今日は家族でレストランなんだ、また縁があったら会おう、里見」

 

 そう言って走り去ってゆく男の背中姿を見て、なんとなくだがその若い姿を見て、あぁ、そういえば竹橋って奴、クラスの委員長でいたなぁ、と思い出す。何だか妙に委員長であることに責任感を持って当たっている奴だったが、こうやって去っていた先を見ると、妻と、そして十代に入る息子の三人でレストランへと向かう背中姿が見えた。あぁ、そうだ、もうすでに四十年近い。

 

 俺の人生も五十に入りそうだ。それだけあれば家庭を作っている奴だっているだろう。

 

 親と手を恥ずかしそうに繋いで歩き去ってゆく子供の背中姿を見て、嫉妬を覚えた。なんで、なんで俺にはああいう少年時代が来なかったんだ。なぜ俺はあんな当たり前の景色を受ける事が出来なかったのだ。なんで、俺は今もこうやって、惨めな姿を見せて生き恥を晒しているのだろうか―――答えはまだ、解らない。

 

「……クソ、適当に食うか」

 

 こんな人が多い所にいられるか。

 

「俺だって……あんな、普通の家庭が欲しかったさ……」

 

 吐き捨てながらコンビニに向かう。この惨めにも恵まれた一万円が自分の生活の全てだった。ここで全部使い切ってしまうと明日の食事にも問題が出る―――まぁ、そこは適当なチンピラからカツアゲでもすればいいのかもしれない。溜息を吐きながらコンビニへと向かう。やはり日本のコンビニだけは色々と雰囲気が違うな、と思いつつ適当に弁当と飲み物を購入した。

 

 

 

 

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

 昔、遊ぶのに使っていた公園がそのままだった。さすがに商店街の方とは違い、こちらは僅かな街灯を抜けば光源が存在せず、夜らしい闇に包まれた無人の公園だった。適当なベンチに座りながら、運んできたビニール袋の中から弁当を取り出す。それを膝の上に乗せ、割り箸を手に取ったところで眼の端に入るものが見えた。白く、ゆっくりと落ちてくる冷たいそれは、

 

 ―――雪だった。

 

「メリーメリー・ホワイト・ファッキン・クリスマス、か。また一つ、虚しいクリスマスの記憶が増えるなぁ……」

 

 雪が降り出していた。ホワイト・クリスマスと呼ばれるこの夜も、自分にとっては煩わしいだけだった。そもそも寝床の確保ができていないのでこの雪の中で寝る場所を探さなきゃいけないのは激しく面倒な事だった。溜息を吐きながら割り箸を割って弁当を開ける。中に入っているのはスタミナ弁当―――からあげ、ステーキ、コロッケの入っているカロリー重視の弁当だ。しかし、これだけでは圧倒的にカロリーが足りない。食べ終わっても腹八部には届かないだろうな、と思いつつも施しに感謝して食べるしかない。口に運ぶメシの味は美味しく感じられた。だが同時に、もう導も目的もなくこんなところで一人でいるのが、

 

 どうしようもなく惨めで、

 

「本当に今夜は―――」

 

「―――こんばんわ、良い夜ね」

 

 クソだな、と言葉を付け加え、悪態を吐こうとした。しかしそれに割り込む様に止める一人の声があった。その少女はおそらくまだ十代を迎えたばかりの少女だった。こんな夜には不格好な青と白のフリルドレス、街灯に当たってきらきらと輝く金髪、そして日本人にあるまじき青い瞳はまるで物語から切り出されたお姫様のような姿をした少女だった。その少女を見て悪寒が走った。日本に到着して以来、ずっと黙っていた啓示が蘇った。それはまるで炎がその最後の瞬間に輝かんとする、そんな強さだった。頭が割れる程の痛みの中、理解する事ができて。

 

 彼女と会ってはいけなかった。

 

 彼女が俺の終わりなのだ、と。

 

 そう思いながらからあげを1個口の中に放り込み、そして箸の先を少女へと向けた。

 

「―――お前、頭おかしいんじゃねぇの」

 

「えっ」

 

「いや、考えてみろよ。というか考える前に見ろよ。ぼろぼろのジーンズ、よれよれのシャツ、クッソ汚れた軍用コート。どっからどう見ても人生最悪です、いっそ明日には世界終わらねぇかなぁ、とかそんな終末思考を抱いている五十近いおっさんだぞ、おっさん。それでいて弁当を一人で食ってるんだぞ。しかも雪が降る中で。公園で。ベンチで一人」

 

 そこまで喋ったところで、一息整え、

 

「もう一度言ってやる―――頭おかしいんじゃねぇのお前。どこがいい夜だよ。クソみてぇな夜だよ」

 

 その言葉を笑顔で受け取った少女はそうね、ふふ、と小さく笑い声をこぼしながら両手を胸に当て、笑顔のまま、

 

「どうしよう、その通り過ぎて何も言えないわ……」

 

「ついでに言えば職もねぇ。家もねぇ。友人もねぇ。職歴もねぇ。家族もねぇ。学歴もねぇ。そんな俺に対していい夜とか言うのお前いい根性してるな。ほんといい根性してんな」

 

「ごめん……ほんとごめんなさい……そういうつもりじゃなかったの……」

 

 こちらの口撃に少女が声を震わせる。それを見て、そうだな、と言葉を置き、

 

「―――だが、まぁ、許そう。クソみたいな人生でクソみたいな夜である事は事実だ。だけど俺はいいトシした大人で、そしてお前は子供だ。俺が間違いを正すには遅すぎるが、お前が学び、反省し、そしてそれを糧に成長するにはまだまだ、多くの時間と猶予が残されている。故に俺は許そう。そして俺に晩飯を食わせてくれ。死にそうなんだ」

 

「あ……うん、どうぞ」

 

 少女の許しを得たのでそのまま、弁当を口の中へと放り込んで処理してゆく。肉とタレの味を堪能しつつ、視線を正面へと向けると、まだそこに少女の姿を見た。ご飯を口の中に掻き込むのを一旦停止しつつ、少女へと視線を向けたまま、

 

「おう、なんだ」

 

「横、いいかしら」

 

「いいぞ」

 

 横、ビニールを置いてない側にはスペースがある。許可を出すと静かに、しかし軽い足取りで彼女は歩き、そして座ってきた。自分の人生の中で、幾度となく、浮世離れした人物と会うことがあったが、この少女に関してはその比ではなかった。一人だけ、まるで別世界から切り出したような、そんな感覚が強かった。そしてそれだけではない。彼女を目撃したその瞬間から複雑なものが胸中に渦巻いている。

 

 憐憫、憎しみ、興味、脅威、好意―――死。そう、死だ。出会ってはいけない筈の存在と出会ってしまった感覚、どうしようもなく狂わされてゆくという感覚、それがあった。それが隣の少女からは感じられた。だが弁当を食いながらも俺が思えることは一つ、

 

 ()()()()()()()ということだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。躊躇する理由も、臆す必要もない。発狂するならそれで別にいい―――今日、この夜、俺の人生のその意味を見出すことができるのなら。

 

 だから弁当を食べながらも、少女の声に耳を傾けた。

 

「なら改めてこんばんわ、素敵な人」

 

 素敵な人、素敵な人、と来たか。その呼び方は卑怯だ。否定すれば相手の価値観を貶すだけだからだ。だから素直に答える事にする。

 

「俺は―――」

 

 いつ振りだろうか、素直に答え、名乗るのは。

 

「―――里見栄二、だ」

 

 そう、それが俺の名前。海外にずっといるからエージ(Age)とばかり言われていた。だから日本語の発音で自分の名を口にするのは、物凄い久しぶりだ。懐かしさを覚える。

 

「なら私も自己紹介するわ。私は―――」

 

 弁当の中身が終わる。プラスチックの容器をビニール袋の中に叩き込み、視線を少女へと向ける事無く、雪が降り注ぐ夜空へと向けた。

 

「―――沙条愛歌よ、よろしくね」

 

 きっと、見るものを魅了させるような笑みを浮かべているのだろうなぁ、と思いながらこの場で煙草を口にできない事を後悔していた。空を見上げながら、深々と自分の体や、ベンチ、公園に降り積もって行く雪を見つつ、呟く。

 

「……長い夜になりそう(≪属性:混沌・悪≫)だな」

 

「えぇ、忘れられない夜に(≪属性:秩序・善≫)なるわ」

 

 それはまるで鏡写しの存在。

 

 男と女。

 

 大人と少女。

 

 恵まれない者と恵まれた者。

 

 鏡に映ったかのような正反対の出会い―――それが答え合わせの始まりだった。




 定期的に口にする結婚したい、という言葉は冗談や相手がほしいというものからではなく、根源的にある不幸な生い立ちに対して「幸せな家庭を持ちたい」という願望を知らずに口にした結果である。子供のころに一般的と呼べるような家庭がなかったからこそ自分は結婚して、ふつうの家庭を持ちたいというちょっとした願い。

 誰よりも何よりも冒険もせず、普通に生きる人たちが羨ましくて、それを見ているとどうしても自分が惨めに思えた。


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鏡写し - 2

「私は―――」

 

 雪が深々と降り積もる中で、愛歌は静かに口を開いた。

 

「ずっと、貴方に逢いたかった」

 

 まるで恋い焦がれた相手へとかけるような言葉だった。いや、その声には切望するようなものが感じられた。彼女は確かにこの瞬間を待ち望み、そして求めていた。そして俺もまた、それを否定する事ができなかった。神が送り込んでくる警告と、自然と湧き上がってくるこの感情は、生理的な反応は相反している。鏡に映った相手のようにまるで正反対の存在に対して、生理的嫌悪感と恐怖を生み出している。絶対に相容れないと叫んでいる。こいつをここで殺せと叫んでいるのだ。だからこそあぁ、と息を吐いた。

 

「たぶん俺も……お前と逢うためにずっと、旅をしてきたんだと思うよ」

 

 それだけは自分が確かだと思うところだった。彼女と自分はどこかで会う必要があった。どこで相対する必要があったのだろうと思う。だけどそれは()()()()()()()()()()()()()()と思っている。神の傀儡として試練をこなした俺と出会い、その果てで出会うはずだったんだろうなぁ、と直感的に思う。そうでもなければここまで自分とは正反対の存在が引っ張り出されてくるとは思えない。いや、存在するとは思えない。もっと、オカルト的な、根本的に人類とは違う領域に立っているような、そんな領域の違う相手のように感じられた。

 

 そう、それはまるで鏡。

 

「全てを真逆にした俺を見ているような妙な気分になる……」

 

 それがおそらくこの嫌悪感の正体なのだろう。彼女は自分の持っていないもの全てを持っている。そして彼女が持たない全てが俺にある。自分の理解の外側にあるということと同時に、自分がほしかったものすべてを持っているという姿に対して、どうしようもない怒りと嫉妬を覚えるのだ。だけど不思議だ、

 

「不思議と惹かれるのかしら?」

 

「あぁ、見ただけでこいつとは絶対に相容れないって思えた。お前を見てそう感じた。だけど不思議と……それでも惹かれる。ずっとお前を待ち望んでいた、そんな気さえする。……五十近いおっさんが何を言ってるんだろうな、ははっ……」

 

「笑う事じゃないわ。人間は生きる上で自分の理解できないものに対して行う選択肢は二つの内一つを選ぶわ。そしてそれは排斥か融和よ。貴方は本能的に私を排除するべきと感じているわ。だけど同時に貴方の鋼の精神がそれを捻じ伏せているのよ。いえ、捻くれた心とでも言うべきね。それが無理解から逃げる事を拒否した結果、惹かれているのよ」

 

「あー……なるほどなー……そうかー……」

 

 投げやりな返答をしつつ、ベンチに背を預け、腕を乗せるように寄りかかった。それに反応するように少女―――愛歌は距離を詰め、寄りかかるように肩に頭を乗せた。

 

 それははたから見ればアンバランスな組み合わせだろう。方や五十近い男、もう片方は十代に入ったばかりの少女。服装もホームレスとお姫様と真逆で、美女と野獣と呼べるような組み合わせだった。人を殺し、誰かを救う事もなく、誰かを救える事もなく、ただ一人ずっと逃げて探してきた人生に対して、少女はまるで清廉潔白―――一切の罪を感じさせない姿を見せていた。まるで聖女の様な清らかさであった。この少女はまだ一度も罪を犯してはいないというのを、どこか本能的に感じ取っていた。

 

 そんな組み合わせで静かに降り積もって行く雪を眺めていた。段々と積もる雪を眺めながら、必死に言葉を探していた。何を口にすればいいのか。何を言えばいいのか。いったい俺は何を求めているのか。答えはここにある。俺の終わりがここにある。俺の旅の終着点がここにある。俺は最後の最期にこの少女と出会うべきだった。そして今、俺はそこにある。なら、かける筈の言葉があるはずだった。だけど胸中に渦巻く不可思議で不安定な思いがそれを邪魔していた。

 

 だがそれも一点を超えると不思議とクリアになって行く。そして、気づく。

 

「―――まるで、コインの表と裏だ」

 

 そう、俺に用意されたコインの裏側。それが多分この少女だ。それを直感的に確信した。そしてそれを肯定するように愛歌はえぇ、と答え、笑った。

 

「そう、私と貴方は裏と表。最も遠くて最も近い存在。貴方が聖者として、聖人として完成されるうえで貴方が対峙すべき最後の怨敵―――それが私よ。悪の中の悪。悪意を煮詰めた悪意。この世の背徳と冒涜を併せ持ったどうしようもなく救いが欠片もない獣の女。それが私よ」

 

「わけわからねぇな……だけど、そういう事なんだろう」

 

 この世は未知で溢れている。ふとしたところで不思議なことが発生し言葉では説明できない事がある。それは例えば(グル)の事だったり、アフリカで見たシャーマニズムの事だったり、各地で発生する怪事件もその一つだ。自分の言葉では説明できないこと―――たとえばそう、神による啓示。そんなものが存在する。それを俺は理解しようとはしない。理解できるとも思わない。だが一つ解った事はあった。それは()()()()ものなのである、と。そこに確かに存在し、見間違いや幻想ではなくそこにあるのだ、と。

 

 誰よりも嫌悪し、そして惹かれるこの少女の言葉が偽物だと、俺には到底思えなかった。この娘は知っているのだ、俺が理解していない事を。

 

「もう解っているかもしれないけど、本来であれば私と貴方はもっと違う形で会う筈だったわ」

 

「だろうな」

 

 それは理解できた。理解して、感じられた事だった。本来であればこうやって会う事はないだろう、不倶戴天の敵として接触するしかなかっただろう。それが何の悪戯か、こういう風に穏やかに話し合っている。

 

「貴方は私と出会い、私を倒して終わり―――歴史に名を残す神の使徒となる。それが本来の道筋。だけど貴方が背信した時点でその道からは半歩、半歩だけズレるようになった。定められたレールの上から外れるように貴方は歩きだした。それは冒涜であり、邪悪であり、そしてどうしようもない身勝手(混沌)だったわ」

 

「ま、確かに身勝手だろうな」

 

 そう説明する以外の言葉がない。ここで来て解った。10のうち9か1、どちらかを救える秤があったとして、俺は()()()()()()()()()()のだ。つまり他人でも大切な身内でもなく、()()()()()()()()()()()()()()のだ。それだけの人生だった。そしてそれだけを実行した。その結果、親も友人も、全員消えてなくなるのは当然だ。自分以外のすべてを切り捨てたのだから、幸せになれるわけがない。

 

「だから貴方と私はコインの表と裏―――神様が用意した宿命の敵。貴方の正反対。絶対に倒さなくてはならない筈の邪悪だった。だけどあなたは自分勝手なままに生きた。そしてその果てで貴方は()()()()()()()()のよ。その傲慢で誰かを殺し、死なせたのよ。法を何度も自分勝手な目的の為に破った―――」

 

「―――だから俺は悪だ。正義なんてほど遠い。そんなもの名乗れるわけないし、聖者や聖人なんてものからはこの世で一番縁遠い人間だよ」

 

 だからこそこの少女は秩序であり、善人であり、まるで聖女の様な清廉潔白さで俺と並んで座り、話している。()()()()の筈だった。彼女が悪で、俺が善だった。つまりこの状況自体がありえないのだ。ただ、それだけで自分の人生を仕組んだ奴の、そのプロットを大幅に破壊してやったという実感があった。そう、ここに至って漸く、自分は見えないプレイヤーに対してその思惑を裏返す事で反逆することに成功した、という実感を得た。

 

「ま、だけど見えないカミの手を捻り上げた事が解っただけでも十分満足だな―――一泡吹かせられたのならそれだけで今まで色々とやってきた事に価値があったわ」

 

「あら、こんな少女の話を信じちゃうのね」

 

「言葉だけじゃ解らない事が、言葉では説明できないことが世の中にはある。それがきっと(グル)や師父の言っていた()()と呼べるものなんだろう。それを片鱗ながらこうやって見て、理解したよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって事が」

 

 時には言葉では語り切れないものがある。愛歌とそれに関連することはその一つだと言える。だから逆に言葉として理解してはならない。そういう理であることを受け入れて飲み込む事が何よりも大事だと思う。少なくともそれは長年、この世界を歩き回った果てで得た一つの教訓だった。だから理解はしていなくても、この少女との対話を通して、自分は認識する。

 

 俺が悪で、彼女が善であると。それは覆しようのない事実であり、どうしようもない事であり、そして自分がもはや、どうにもならない泥沼にはまり、それに沈んでいるという事実が。それを嫌でも理解させられ、そして小さく笑い声を零した。間違いなく、この世界で自分に終わりを与える者がいたとしたら、この少女が一番相応しいのだろうと思う。

 

「ふふっ」

 

 そんな事を考えていると耳元から笑い声が聞こえ、さらに近づき、ほとんど横から抱き着くような姿勢で愛歌が近づいていた。

 

「なんか面白いことでもあったのか?」

 

「いえ、ただこうやって貴方とこういう風に一緒にいる事がありえないほどに面白くて、そして同時に嬉しくて」

 

「嬉しい?」

 

「えぇ、本来は運命で敵である二人―――しかし、その道を外れたが故に争う必要もなく、二人は出会えた! ……こうすると凄くドラマチックじゃないかしら?」

 

「少女漫画か」

 

「少女漫画よ。そもそも私はそういう年齢よ? 白馬の王子様……は無理でも、運命の王子様に夢見ても多少罰は当たらないでしょ? そういう観点から見るなら貴方は本当に素敵よ。ううん、好きよ。私の正反対。私が持っていない全てを持っている人、だからこそ恐怖と嫌悪感を抱かずにはいられず、しかし理解をしたくなり―――どうしようもなく、惹かれる。きっと、これを一目惚れというのね」

 

「勘弁してくれよ。俺の余生がムショ暮らしになる」

 

「あら、レディに対してその言葉はないんじゃないかしら?少なくとも私がどういう風に感じているのか、それだけは貴方にも理解できるはずよ」

 

 それを否定する事は出来なかった。そう、それはまるで失われたパーツを求めるようなものだったのだろう。足りない半身をその相手が持っている、という。あるいは陰陽、その欠けている片方がそこにあるという感覚。彼女との相対はその欠けている部分を満たす行いなのだろうと思う。

 

「なぁ、俺が知らない事を知ってるんだよな」

 

「えぇ、そうね」

 

「なら教えてくれよ、どうしても解らないんだ。答えはあと一歩の所まで来ているんだ。ノドまでかかっているんだ。あと一言、あと一言、何かが足りないんだ。お前ならきっと、俺にその一言を告げてくれそうな気がするんだ。それさえ聞ければあとはもう、何もいらない。それで満足できる気がするんだ。だから教えてくれ、愛歌」

 

 答えを―――この意味もなく、彷徨ってきた人生に答えを。

 

「えー、どうしようかしらー……そんな悲しそうな表情をしないでよ。冗談よ、冗談。その為の夜なんだから」

 

 そう言って笑い声を零すと、愛歌が勢いよくベンチから飛び降り、一回転して軽くスカートをふわり、と巻き上げながら正面に立った。やはり、この世ならざる魅力を持った少女だった。だがそれを魔性だと表現する事はない。なぜなら彼女は混沌でも悪でもなく、魔性へと堕ちてもいないからだ。それを担ったのは俺であり、何がどう足掻こうとも、不幸を選び、その道を進み続けてきた自業自得の人生を選んだのは俺自身だったから。

 

「じゃ―――答え合わせをしましょうか」

 

 微笑みながら愛歌はそう言った。

 

「貴方の人生は実に不幸だったわ。だけどそこに無駄なことなんて何もなかった。全てが貴方を答へとたどり着かせるための旅路だったわ。貴方は運命を否定し、与えられた幸福から目をそらすことで運命の裏に隠れていた残酷な事実へと辿り着いたの」

 

 それは、と愛歌が唇を動かした。

 

 だがそれが言葉として音を得る前に、一閃の黒い光が愛歌の頭を横に貫通した。それは愛歌を笑顔のまま一瞬でその中にある尊い光を奪い、一瞬にして答えのすべてを奪い、降り積もる雪の中に赤い色を広げた。嗅ぎなれた鉄の匂いと、そして何度も目にした事のある景色。それを思考するよりも早く、

 

 ―――頭の裏に衝撃を受けて気を失った。

 

 全てが闇に包まれ、意識が一気に浮上して行く。




 彼女はどこかで人類悪になり得ると言われた。故に彼女は都合の良い、聖人の最後を飾る敵としての素体だった。啓示に従い成長する聖人、その正反対を写して成長させれば言葉にできない邪悪が出来上がるだろうとされた。

 しかしそれはなかった。一歩目で少年が秩序である事を捨てた為に。

 結果として男は混沌の中の悪となり、少女は秩序の善となった。

 だがしかしマリスビリー氏、この展開に物申す(物理)。


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鏡写し - 3

 意識が覚醒する。ゆっくりと意識を覚醒させながらも、目の端を涙が流れていることに気付いた。俺が、泣いているのか。そんな驚きと共に今、どんな奇跡をもって自分がここにいるのかを理解した。あの後愛歌は殺されて心臓を摘出、自分は検体として記憶を処理されながらカルデアへと移送されたのだ。そして―――今に至る。それが自分の人生だった。人生と言えるもののすべてだった。なんて、なんてくだらない。なんてくだらなく、どこまでも無価値で無様な人生だったのだろうか……。生まれたことその物に価値がない。

 

「……」

 

 無言のまま、両手で顔を覆い、そして静かに涙を枯れ果てさせる。涙を流し終わったところで袖で眼の端を拭い、

 

「悪い……愛歌。ずっと、忘れてた」

 

『別にいいわよ。今ではこうしてずっと一緒だからね』

 

 気づけば横に愛歌が立っていた。半透明、妖精と自分が呼んでいた状態、それは変わらなかった。いや、変わるはずもない。彼女は欠けた半身、自分の片割れ。神が用意した自分の怨敵だった。彼女はある意味、被害者だった。自分という加害者の、被害者だった。勝手に期待され、そう仕立て上げられ、そして()()()()()()()()()()()に殺されて確保されたのだ。それが沙条愛歌という少女の全てだった。自分の裏側の人物、もっとも近くて、もっとも遠い少女。

 

「ほんとすまない……俺にはそれしか言えない。本当にすまない―――」

 

『いいのよ、別に。沙条愛歌という少女は間違いなく幸せだったわ。貴方という存在がいてくれたおかげで望まれたような邪悪にはならなかった。貴方は誰も救わなかったわ。それはとてもとても罪深い事よ。なぜなら貴方には誰かを救えるだけの力があったのだもの。だけどそうもせず、貴方は勝手な理由で人を殺し、そして慢心して友人を死なせた―――間違いなく地獄行きよ』

 

 だけど、と愛歌は言う。

 

『―――貴方がそういう人生を選んだからこそ、私は幸福な人生を送れたのよ』

 

 だからね、

 

『ありがとう。そして好きよ、今でも。愛しているわ。それを貴方が思い出した時に伝えたかったの。本当にろくでもない人生だったでしょうけど、自分の人生を否定しないで。無価値だと嘆かないで。それでも貴方が救えた人はここにいるんだから。確かに体は無くなって、限定的な接触しか行えないわ。それでもずっと逢いたかった貴方と一緒に旅ができるだけで私は満足よ』

 

「やめろ……また泣くからやめてくれ……」

 

『もぉー、涙脆いわねぇー』

 

 頭を撫でられる様に叩かれて初めて自分が寝かされているという事実に気付いた。物凄い後悔、憎悪、悲しみ―――そして喜び。ごちゃ混ぜになった感情が自分の中では渦巻いていた。だけどその複雑な感情が一つ、自分に確信させることがあった。それは自分は人であるという事実だった。漸く、自分と言える物を拾い上げる事ができた。

 

 ……望んだような答えやパワーアップはないが。それでも、こうやって全てを思い出せただけで、満足だった。

 

「すまない……本当にすまない……」

 

『あぁ、もう……本当にダメな人ね』

 

 そう言って頭を抱き込んできた。恥ずかしさを覚えるも、妙に安心するものがそれにはあった。なによりも自分の中には愛歌に対する後ろめたさがあった。それがどうしようもない罪悪感を自分の胸の中に湧きあがらせていた。すまないと思いながらも少しだけ落ち着くためにそのまま、数秒ほど心を落ち着けるのに使い―――少しだけ、心を落ち着かせる。駄目だ、昔に戻ってしまって、忘れていた頃程心が強くない。

 

「弱くなっちゃったなぁ」

 

『そこは私がいるから大丈夫よ』

 

 駄目だ。考えが死ねない、から()()()()()()に代わってしまった。明確に自分という存在を取り戻し、認識し、そして理解してしまったから、弱くなってしまった。駄目だなぁ、と呟く。そのまま体を起き上がらせ、軽く頭を振る。虚ろの英知―――対英霊―――獣の権能―――すべて、問題なく稼働可能。機能に変更なし。肉体に変更なし。技能の引き出しに問題……なし。変化はない。戦える。

 

「なぁ、愛歌」

 

『何かしら?』

 

「結局、お前最後はなんて言おうとしたんだ?」

 

 あぁ、アレ? と愛歌が言ってくる。

 

『あの時ならともかく、今となっては不可能よ。終着点に到達したことで貴方は今まで背負ってきた物の全てを理解しながらも、それから解放される瞬間を迎えつつあったのよ。つまり、貴方はあの時、我執から解放されつつあったの。復讐心、神や宗教に対する憎悪から逃れる事が出来る唯一の瞬間だったのよ。だけど、ほら、今の貴方じゃ死にでもしなきゃ無理でしょ?』

 

「あぁ……うん、そりゃあ無理だ……」

 

 その答えは実に簡単である―――脳裏にダブル中指をキメているマリスビリーの姿がどうしてもチラつく。たぶん一生、あの男に対する復讐心は捨てられるとは思えない。まぁ、門司も、そしてパラシュラーマ師も結局は我執を捨てられなかったタイプの人間だ。成功したのは兄弟子のカルナぐらいなのだろう―――とりあえず兄弟子に神話の人物がいると思うと凄まじいな、そう思いつつ息を吐き、

 

「ふぅー……仕方がない、生きよう」

 

『えぇ、一緒に生きましょう』

 

 死にたくない―――死にたくないんだ。そしてあの少年と少女を守らなきゃいけないのだ。そう簡単に死んでたまるか。まだ戦いは半ばに差し掛かった程度だ。あぁ、そうだ。満たされず、答えも得られず、それでも生きているのだ。それが生きるという事なのだろう。

 

 ……負けられる筈もない。だがそれはそれとして、マリスビリーは許さない。

 

『ほんとそれ』

 

 やっぱ我執捨てる事とかどう足掻いても無理ですわ。そんな風にくすり、と笑うと、どこかで笑いのツボを刺激され、笑い声をこぼしてしまった。大声で笑いだすような声じゃないが、それでも笑い出してしまった。なんとも、久しぶりに―――数年単位ぶりに笑ったもので、自分もまだ、笑えたということを認識できたところではぁ、と息を吐く。

 

「ただいま現実……さて、状況の認識にはいるかぁー……」

 

『まぁ、結構寝てたしね』

 

 否定できない。ふぅ、と軽く息を吐きながらアルトリアとあの少年キャスターを探そうと持ったところで、正面、自分が寝かされていたベッドから足を下したところで扉から覗き込む人の姿が見えた。開いた扉の向こう側から隠れられずに覗き込む少女の姿は長い銀髪をしており、黒い一冊の本を両手で抱えていた。一瞬だけその姿を見たのを覚えている。誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)だ。

 

「……」

 

「おおう、言いたいことがあるならはっきり言おうぜ」

 

 というか生きていたのか、という驚きだった。アルトリアだったらまず間違いなく仲間が倒れても容赦なく殺しに行く程度の殺意を持っていると思うのだが、あの後で状況が変わったのだろうか? ともあれ、敵意や悪意は感じられない。ひょっこりと顔を出していた彼女はそのまましばらく無言のまま此方を眺めていたが、その上から覗き込んでくる姿が見えた。

 

「おや、やっと起きたんですかアヴェンジャー。妙にすっきりした表情を見ると、色々といい夢が見れたみたいですね」

 

「あぁ、やっと自分が何なのかを思い出せたよ」

 

「ですか、それは良かった」

 

 苦笑を浮かべる此方の姿を見て微笑を浮かべると、アルトリアがほら、とナーサリー・ライムの背中を軽く押した。少しだけ迷うような、困ったような、申し訳なさそうな表情をナーサリー・ライムは浮かべてからこちらへと向かって本を抱えたまま近づき、そして頭を下げた。

 

「ごめんなさい、おじさま」

 

「おじさまじゃない、お兄さんだ」

 

「おじさまが苦しんでる姿を見て謝らなきゃ、って……」

 

「謝るつもりならおじさまはやめて。地味に心に突き刺さる」

 

「おじさまが無職でモテも金もない酷い人生だった事を思い出させちゃってごめんなさい……」

 

「よし、解った。これ仕込んだのアルトリアオメーだな?」

 

「あ、解ります?」

 

 無言で拳を握りしめていると、アルトリアがすばやく扉の裏へと隠れた。それから数秒後、此方の様子を伺うように姿を見せ、そしてふぅ、と溜息を吐きながら此方を改めて、見た。彼女も、いろいろと不安だったのだろうという事を思い、溜息を吐いて諦めることにし―――今、どうなっているのかを情報整理する事にする。

 

 

 

 

「―――なるほど、あまり時間は経過していないんだな」

 

 どうやら自分が夢に落ちてからまだ数時間程度しか時間が経過しておらず、外は明るい―――とはいえ、魔霧の影響で日の光なんてものはほぼないのだが。ともあれ、その間に発生した出来事といえばキャスターの真名がハンス・クリスチャン・アンデルセン、童話作家のアンデルセンだと判明し、愛歌の姿をまねたナーサリー・ライムがかつて別の聖杯戦争でマスターであったというありすという少女の姿を再び真似た、という事にある。どうやら愛歌の姿を経由して変化したことで、正気を取り戻したらしい。あの集団昏睡事件は己の存在を求めての半ば暴走状態だったらしい。

 

 そうなると、

 

「完全に俺の事で足を止めちまってたか。ほんとすまん」

 

「別に気にするな。そもそも俺は原稿を書くことですら肉体労働として反対だ。大義名分を得てサボタージュができるのであれば乗っからない理由はないだろう?」

 

「休んじゃ駄目よ、貴方には幸せに終わる物語を書いてもらうんだから!」

 

「なんだと? お前は俺にそんな駄作を書かせたいのか? だが残念だな、俺は俺の書きたいものしか書かないぞ。あぁ、強制されるぐらいなら死んだほうがマシだとも!」

 

「筋金入りのキチガイですね」

 

「キチガイがなんか言ってるな」

 

『お、激しくブーメラン飛ばしあってるわね、ここ』

 

 仲間で殴り殺しあうのがほんと得意な集団だよなぁ、と歩く呆れつつも、気を入れ替える。

 

「とりあえず俺に関してはもう大丈夫だ。忘れていた事は全部思い出せたし、これからの活動では邪魔になることはない。個人的な要件にケリがついた。そこに関してはありがとうナーサリー・ライム。完全にお前のおかげだわ」

 

 その言葉にコクコク、と頷いてナーサリー・ライムが答えた。まぁ、自分に関してはそれだけだ。これ以上発展のしようがない。だから自分のことはこれで終わらせ、本題はその次だ。これからの事に関してだ。

 

「とりあえずナーサリー・ライムの暴走を停止させる事に成功させたのでソーホーに関しては放置でしょう。魔霧の濃度が凄まじいと言っても出来ることは何もありませんし、根本的な解決を望むのなら合流して聖杯をどうにかしてしまうほうが遥かに早いはずです」

 

「となるとジキルのアパルトメントに戻るのが先決か」

 

 まぁ、サーヴァントの現地協力者が増えたのだと思えばそれでも十分な成果だろう。何よりナーサリー・ライムの暴走が止まったおかげでこれ以上ソーホーでナーサリー・ライムの犠牲者が増えることもないのだから、結果としては上々だ。

 

 とりあえず今はあちら側の成果を聞く必要もある―――それを聞いてから判断しよう。




 キメ顔ダブル中指マリスビリー。

 とりあえずソーホー話はおしまい。こっちではアリス加入という事で。ロリショタ密度急上昇。とはいえ、これでもまだロンドン序盤。やることが多いから個人的にいくつかカットしたいという気持ちもあるが、さて……。


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鏡写し - 4

 ソーホーからロンドン中央部への移動は魔霧が減って行くという点で見れば楽ではあるが、その代わりに気配の遮断が行えないキャスターがアリス、アンデルセンと揃った。特にアンデルセンに関しては働く気はない。俺を働かせるな。俺は本を読みながら惰眠をむさぼりたい。執筆作業反対、とどこまでも怠惰の極みを見せつけるショタだった為、お前に人権があると思うなよ、というアルトリアとの意見の一致により、強制的な拉致が確定した。お前に人権はねぇんだよぉ! と夕方のロンドンの屋根を跳躍し、ショタ(アンデルセン)はアルトリアに抱えられ、ロリ(ナーサリー・ライム)は自分が肩車をするような形で一気に進んでゆく。

 

 そうやってヘルタースケルター等の人造エネミーとの戦闘を避けながらアジト―――つまりはアパルトメントへと戻ってくる頃には既に日が落ちていた。暗くなった夜のロンドンは魔霧の影響もあって夜中の視界は最悪と呼べるような状態にあった。その為、暗くなってきたところでペースを一気に上げ、時には強引に突破しつつも、

 

 漸く、アパルトメントへと帰還できた。シックな装飾の落ち着いた内装、どことなく気品を感じる部屋はなかなかハイセンスだと表現できる、ヘンリーのアパルトメントの広間だった。そこには他のみんなに加え、新しい存在―――ウェディングドレス姿の存在があった。特徴的なのはその額から伸びている機械的な角だろう。英霊ではないが―――人間でもない。

 

 ともあれ、こうやって漸く合流する事ができた。記憶遡行が発生したせいで無駄に長く感じられた別行動だったが、今回は比較的成功と言える結果だった。

 

 

 

 

「よぅ、色男。苦労してそうな顔してるな!」

 

「なんだ、オリべえか」

 

 夜中、ロンドンの誰もが寝静まった頃、サーヴァントである英霊達は睡眠する必要がない為、このアパルトメントではヘンリー、立香、マシュを除いたメンツが起きていた。自分に関しては昼間、記憶遡行で一回眠ってしまっている分、ここで眠る必要がなかった。特に眠気を感じる体でもないし、ならば普通にゆっくりと起きたまま夜を過ごそうかと、アパルトメントの一室で酒を飲んでいると、扉の隙間からオリべえが侵入していた。グラスの中身を軽く傾けながら、全く酔いが回ってこない悲しさを軽く感じていた。

 

「こんなところで一人寂しく飲んでるなら俺を誘えよー」

 

「お前、飲めたのか……?」

 

「……うん、正直俺も驚いてる」

 

 オリべえの体は正直謎が多すぎるから変身とか変形とかしても正直驚かないのだが、そうか、ちゃんと飲み食いが出来るのか、その体で―――いったい、どこに消えているのだろうか。まぁ、見た目が謎な生物って幻想の世界をのぞき込むとそれとなくいるよなぁ、とは思わなくもない気がする。それはそれとして、仕方がないなぁ、とシェイプシフターで小型のグラスを作り、その中にオリべえ用に酒を注ぐ。

 

「お、サンキュ。つかこれ、どこで手に入れたんだ?」

 

「ん? 帰りに酒屋からパクってきたんだよ、高そうなのを適当に。人理定礎復元したら元に戻るしな、だったら別にいいだろう、ってな」

 

「うわ、まったく悪びれねぇ。それはそれとして、お酒は美味しいから見逃せないんだよなぁ……あぁ、生きてるって幸せ……飲んでる間は現実から逃げられるからな」

 

 ヤンデレにつかまってしまったばかりに……そう思いながら軽くオリべえの肩を叩きながら、一気飲みであけたグラスの中身を再び注いで埋める。そうしながらも少しだけ自分も飲み進めて行く。昔はこんなキツイのを飲めなかったよなぁ、とどこか感慨深げに飲み進めなる。ふぅ、と軽く息を吐き、頭をからっぽにしながら飲み進める。なんだかんだで飲む回数はカルデアに来てから増えている気がする。

 

「そういやぁお前記憶が戻ったんだっけ。どんな人生だったんだ?」

 

「カミってやっぱクソだわ」

 

「お? もしかしてギリシャ出身? 神に人生を狂わされた者同士仲良くしようぜ」

 

「お前の場合は自業自得だろ」

 

 そんな声とともにクー・フーリンが参加していた。チーッス、と片手にグラスを持って登場すると、あからさまに酒を寄越せ、とそれを振ってくる。苦笑しながら横に座ったクー・フーリンのグラスにも酒を注ぐ。これで今回のレイシフトに参加した野郎が全員揃った。プチ、飲み会が開催される。ヘンリーも、立香もどちらも未成年なうえに生身である事が原因で普通に寝ているため、もうこれ以上参加者が増える事もないだろう。

 

「しっかし今回はなんつーか、色々と面倒くさい気配してるな。魔霧にちょくちょく隠れてる感じで気配感じるわ」

 

「あん? オリオンテメェ、そういう感じのスキルあったのか?」

 

「僕、オリべえ。オリオンのオプションパーツだよ! そこは忘れないでね! ……よし、聞かれてないな! じゃあ真面目な話をするけど、定期的に魔霧を歩いている間に監視の視線は向けられている。ってか感じてるってーか……狩人としての経験と技術ってやつだよ。まぁ、ナリはこれでも記憶や経験が消える訳じゃねぇしな。猛獣が潜みながら狙ってる、そういう感じの視線にちけぇよ」

 

 ん? と言葉を漏らす。

 

「お前ら昨日の内に奇襲してきたジャック・ザ・リッパー即死させたんだろ?」

 

「おう、でも監視されている感じがあったのはその後も継続してたぜ」

 

 なんでもジャック・ザ・リッパー、切り裂きジャックの英霊が魔霧の中に紛れて活動しており、フランケンシュタイン博士からフランという人造人間を連れて帰っている間に襲撃されたらしい―――が、ぶっちゃけ、どんなのが相手であろうと、アサシン特有の初手の奇襲を防いでしまえば、あとは数の暴力でどうにかなってしまう。なんでもマシュが天性の守護者だったらしく、直感でジャックの奇襲をガード、

 

 そっから三段突きをすかさず叩き込み、迷うことなく回避に入ったジャックを狩り殺すようにゲイ・ボルクで心臓を一撃で貫いたらしい。どんな凶悪な英霊であろうと、霊基の格が魔神柱クラスほどぶっ飛んでいて蘇生や無敵でもない限りは、大体数の暴力で殺せる。カルデアチーム相手に単独で勝負を仕掛けるという選択を選んだ相手がそもそも悪い。しかも沖田という天才剣士とケルトの大英雄クー・フーリンという組み合わせは、対人領域においてはほぼ負けなしとも呼べる凄まじいコンビだと思っている。

 

 それを掻い潜ったところでアルテ―――オリオンがいるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。正直、立香の成長が見える殺意の高いコンビネーションでもある。なお唯一の弱点であるマスターの警護は防衛特化のマシュが存在するという時点で安泰である。控えめに言って単独で挑戦とか馬鹿なの? 自殺したいの? 即死させるか、というレベルの殺意である。見かけたら殺す。とりあえず殺してから殺す。そういうレベルだ。

 

 戦う、というよりは殺すのにだいぶ慣れたなぁ、と思えた。

 

「あぁ、ぶっちゃけた話ほぼ確実に聖杯か、或いはそれによって形成されたサーヴァントクラスじゃなきゃこの魔霧は生み出せないだろ? となると裏でこれを仕込んでる奴がいるはずなんだよなぁ……オケアノスではアルゴー船に乗ったアルゴナイタイの連中だったけど、今回はだれが控えていると思う?」

 

「まぁ、まずは錬金術師か魔術師だろうな。じゃなきゃあんなに兵隊を用意できねぇだろ」

 

「時代はどちらかというと近代っぽいよなー」

 

 そうだなぁ、と相槌を打ちながらもどんな英霊が敵対しているのかを、考えてみる。今回は今までとは少し、パターンが違う。オケアノスやローマ、オルレアンは()()()()()()()()()()()()戦いだった。だけど現在のロンドンは相手の動きが見えない為、非常に解りづらい。

 

「現在のロンドンで判明している事は魔霧があふれている事、サーヴァントが召喚されている事実、一部英霊の暴走……か?」

 

「こうなるとどうやって英霊を召還してるか、って話になるな」

 

「―――馬鹿め、そんなもの答えが出ているだろう。聖杯戦争のルール上、英霊を召喚できる方法は一つしかない。そして特異点でそれができるものは一つしかない」

 

 気づけば入口にアンデルセンが立っていた。そういやぁお前もいたな、と思い出す。ただ未成年だった為、盛大に忘れていた。ただ今のアンデルセンの話は実に興味深い。迎え入れながら何をしているのかと聞けば執筆の合間の休みらしい。仕事をしたくはない、とか言っているクセになぜ執筆作業を進めているのだろうか。

 

「聖杯、か」

 

「特異点で召喚が出来る方法と言えばそれぐらいだろうな」

 

 聖杯、サーヴァントを現地で召喚可能にするのは聖杯だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()のだから、まぁ、当たり前だろう。そして聖杯によって英霊が召喚されているということは、聖杯を使って活動している存在がいるということだ。

 

「聖杯がサーヴァントを召還する為の手段ってのは解るが―――この場合の原因は何だ? 聖杯でどうやって召喚してるんだ?」

 

「俺は()()()()()()()()。つまりはそれが答えだろう?」

 

「ひぇー、作家先生は答え出すのが早いなぁ……」

 

「この程度情報を整理すれば直ぐに解る事だろう。そもそもあの叛逆の騎士がなんでその程度に至っていないかが疑問だ。アレか、腕力の代わりに知性をすべて失ったか! まぁ、それはそれとして少なくとも俺は魔霧の中から出てきた覚えがある。そして英霊召喚は聖杯の機能だ。これだけの情報が出ているのであれば後は簡単な話だ……ふむ、紅茶でも淹れるか」

 

「魔霧が聖杯によって作成されている、って事か」

 

 オリべえのその言葉に考えさせられる。その可能性は考えもしなかった。ただそうなると、色々と疑問が湧いてくる。

 

「……なんで普通に召喚しないんだ? サーヴァントを狙って召喚するぐらい、聖杯があるならできるだろう?」

 

「魔霧それ自体に役割があるんじゃねぇか? まぁ……流石にこれ以上は情報が足りねぇな。もうちょい調べる必要があるな。ただやっぱあのヘルタースケルターってのは邪魔だな。生み出してる奴をサクっと始末したほうが後の活動の為だな」

 

 となると次の活動の優先度はヘルタースケルターの創造主の排除か? いや、だが全体的に()()()()()()()()()という認識そのものが低いような気がする。まだ、相手の目的自体が不透明なように感じるのだ。少なくとも、

 

「オルレアンではファヴニールを使ってフランスを消し去ろうとして、ローマじゃローマ文化を上書きしようとした。オケアノスじゃ契約の箱で特異点を消し去ろうとした―――じゃあなんだ? 1888年ロンドンで用意できる人理を消し飛ばす手段って何だ? この特異点を消し飛ばすのに足る手段はなんなんだ?」

 

『まぁ、ヒントは魔霧の存在なのでしょうね。そしてなんでそれが英霊を生み出しているか、というのもまた目的に至るためのヒントかしら?』

 

 クー・フーリンの言う通り、そこまで情報を纏めてもやはり肝心な部分が抜けている。これ以上考案する為には新たな情報が必要となってくる。そしてその調査で邪魔になるのはまず、間違いなくあの不気味なロボットの存在だ―――何やら別行動中に立香たちが調べたらしく、あの不格好なロボットは電気ではなく、歯車と蒸気で動いていたらしい。まるでスチームパンクな世界から飛び出してきた、異世界の住人のような存在だった。

 

 蒸気、それとロボットだけで英霊を絞り込む事は不可能だし、困る。

 

「答えが出ないときは深く考えるだけ無駄だ。第一貴様の仕事は頭脳労働ではなく肉体担当だろう? であるならば無駄に考えを巡らせることはなく、自由な時間を自由に満喫しろ、それが人類に許された特権だからな! それはそれとして貴様もいい加減に眠ったらどうだ? 未だに本調子という訳ではあるまい?」

 

「眠気があるって訳じゃないんだがなぁ……ま、勧められたのなら仮眠とっとくか。一応生身だし」

 

「お、寝るか。おやすみー」

 

「やすみー」

 

「あいあい、お休み。体力を回復しますかねー」

 

『あ、私横! 横がいい!』

 

 はいはい、苦笑しながら愛歌の頭を撫で、適当に引き連れながらいつの間にか情報整理に発展していた野郎部屋の隅、適当なソファを占領し、そこで横になって―――静かに目を閉じた。




 酒飲んで休んでるように見えて仕事を続けるサーヴァント共。ガチャ丸くんは経験値を蓄積しているようです……(確殺コンボを組みつつ

 女は男の愚かさを愛した。なぜならそれはどうしようもなく救いようがなかった。だけどその救いのなさにこそ、間違えることのない人間らしさというものを垣間見たからであった。


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鏡写し - 5

「―――今日は俺は外に出ずここにいるわ」

 

「えっ、扇風機してくれないの?」

 

 無言で立香の頭を使ってアイアンクローをかける。うがーうがーと声を漏らす立香の頭をしばらくの間掴んだまま右へ左へと揺らし、マシュがあわあわする様子を楽しんでから、その姿を開放する。言葉の続きはカルデアから繋がっているロマニのホログラムが引き受けてくれる。

 

『色々考察した結果、現在ロンドンを包んでいる魔霧は聖杯より発生したものだと思っている。だから逆に言えばボクらが魔霧の発生場所を逆探知する事に成功すれば、一気に聖杯の在処を特定し、そこに乗り込むという手段を用意できるって事だ。だからその逆探知の為にアヴェンジャーとヘンリー・ジキル氏には協力してもらおうかと思ってね、まぁ、立香君たちには今まで通り、自由に調査して欲しい。というかそうやって動き回ってくれると相手の注目をそっちに集められる』

 

「ということは俺たちは今回、陽動目的?」

 

「良く解らねぇこまけぇ事は任せてとりあえず暴れてりゃあいいんだろ? 軽い軽い」

 

「決して馬鹿じゃないのに頭脳労働を任せられる当てがいるとホントダメなんですからこの子は……まぁ、今回はヘマをしないように私が監視していましょう。見てないところで調子に乗ろうとする子ですから」

 

「や、やめろよ父上! 恥ずかしいだろー!」

 

「なんだ、今から授業参観日だっけ?」

 

 ―――アルトリアとモードレッドの間にある感情、そしてその関係は非常に複雑だ。アルトリアはモードレッドを子として認めなかった。そしてモードレッドは認めて貰いたかった。その境遇のすべてが不幸なのだ、そしてどうしても道化なのだ。何が悪い、と言ったら間違いなくモードレッドを用意したモルガンだろうとしか言葉は残せない。そんな二人が衝突することなく、遊ぶように笑っているのはアルトリアの現在の霊基が騎士王ベースではなく、もっとフリーダムな何かをベースとしているという点にあるのだろう。

 

 あ、見てない間にオリべえがまたもみじおろしにされている。

 

 ついに音もなく始末されるオリべえ。

 

「―――ま、という訳だ。俺はフランちゃんやショタロリ共とお留守番だ。サーヴァントの一騎や二騎が来ても余裕で防衛出来るだけの戦力はあるから安心してボケ老人のごとく徘徊してこい」

 

「先生今日は辛辣すぎやしませんかねぇ……というかなんか、活き活きしているというか」

 

 立香のその言葉に苦笑する。この特異点が終わったら教えてやるよ、と軽く呟いて出て行く姿を見送った。俺が抜けた穴をモードレッドが埋めている為、立香が同時に指揮できる限界人数、六騎のサーヴァントがヘンリーのアパルトメントを出て行き、調査しに行く。正直、魔霧の中の探索と調査は非効率的だ。となると早めに魔霧を断つか、或いはその対策を行わなくてはならない。

 

「そんじゃ、ヘンリー。ちょっと場所を借りるぞ」

 

「あぁ、うん。碩学の徒としても異国の学術というものは物凄い興味があったんだ。解説とかを挟みながら進めてくれると嬉しいんだけど……」

 

「オーケイオーケイ、その程度だったら問題ない。任せろ」

 

 使われていない一室を利用する為に移動する。室内の邪魔な家具を隅の方へとどけてから魔術の準備を行う為にまずは召喚サークルから補給されてきた召喚陣を書き込むための木板を用意する。

 

「それは……」

 

「魔術用に加工された木製の板だよ。これからやる事を考えたら金属でやるよりも自然の材料の方が相性がいいしな。ここに竜の牙を使って作った魔術刻印用のナイフを使って少しずつ陣を削ってゆき、そのあとから世界樹の種を粉末にしたものを粉末にしたスケルトンの赤骨と調合し、デーモンの心臓からのみ採取できる心血に混ぜ込む。完全に溶かして完成した触媒を刻印した溝の中に流し込んで下準備は完了だ―――いや、まぁ、これが神代のキャスターであれば遥かに手順を簡略化できそうなんだがな」

 

「うわぁ……聞いたのを後悔するぐらい材料が豪華すぎるなぁ……」

 

『まぁ、普通に考えるとアホみたいに豪華な触媒よね。でも冬木、オルレアン、ローマ、オケアノス、そして時々発生するイベント特異点で幻想生物が鬼湧きするし、つい最近幻想戦国時代勃発したおかげで腐るほど素材が余ったからねー……』

 

 愛歌の言葉の通りだ。ぶっちゃけ、大量の素材が使い道もなく余ってるのだ。現在はそれを利用したサーヴァントの霊基の限界突破方法を模索中だが、ほかに使い道もない為、こうやって魔術の触媒や、武器の材料として主に俺が使っているのだ。まぁ、普通にこれだけの触媒を現代で用意しようとすれば、数千万ぐらいは軽くかかると考えていいだろう。それだけデーモンをはじめとした高位幻想種はレアであり、その素材は更にレアだ。何せ、神秘が僅かな現代では絶滅しているとさえ言えるのだから。

 

 触媒の値段に軽く背筋を震わせつつ、これが終わったらカルデアから軽く何個かパクって売り払うか、と計画しながら彫り込んで行く。それをヘンリーに説明する。参照する魔術は呪術、風水術、そして一番得意なマントラの三種である。

 

「どれもアジアを代表とした魔術だけど……その選択に意味はあるのかい?」

 

「ある。どれも自然・環境・地形・天候に関連した魔術だから組み合わせやすいんだ。一応俺もマントラなら()()()()()()()()()()()()()()()()()……まぁ、嵐となるとさすがに実力不足だけどな。だからそれぞれの魔術の特徴を利用して色々と効果を発揮させる」

 

 呪術による呪い返し。魔霧が人体への悪影響を与えるという観点から()()()()というやり方での逆探知を仕込むのだ。次の風水術は純粋に環境に対する汚染として、その汚染源である根本に対する特定を行う。最後にマントラが一番、修行経験と(グル)から学んだ知識が多いという点がある為、全体的な効力を上昇させつつ、魔霧という現象そのものを固めて調べる為の補助として使うのだ。まぁ、祈った端からフリーダムに成功させる真理への干渉であるマントラは、割かし自由なのだ、出来る事が。

 

「―――まぁ、こういう風に複数の魔術を掛け合わせる事で乗算式に魔術効果を高める事ができる訳だ。多少の妨害があっても強引に突破し、逆探知ぐらいはできる」

 

「勉強になるなぁ……うーん、アジアの魔術か。ロンドンだと彼方方面の話は中々レアというか入ってこないんだよね……」

 

「まぁ、積極的に布教を広めていた宗教の背景には魔術的な侵略が常に存在していたからな。アジア圏の魔術組織ってのは基本的にはクローズドコミュニティで、自らを国外へと広げることを嫌がっていたからな。その結果が蠱毒の中で成長を遂げた独自の概念だからな。まぁ、どこも一長一短だよ。変に手を伸ばすよりは解るものを極めたほうがはるかに効率がいい」

 

「ふんふん、成程……あれ、ここはどういう意味を持っているんだい?」

 

「これか? これは異なる魔術体系を連結させるための中継ぎだ。異なる体系の魔術の中で共通を強制的に作るのではなく、もとより存在する部分を強調して流動的に変化させるんだ。1から4へ飛ぶよりは1から2へ、そこから3、4と変化するほうが工程は増えるが術自体の強度と柔軟性が上がり、行使する際の安全性が上がる」

 

「僕の専攻は薬学と調薬になるんだけどこれは応用の参考になるなぁ……」

 

 そうやってヘンリーと軽い魔術談義をしながらも、心の底では少しだけ、虚しさを感じる。何故かと言えば話は簡単で、ここで彼に何かを教えたとしても、それを彼は正史に引き継ぐことはないからだ。特異点での出会い、別れ、物語、成長、それは決して座には記録されないのだ。特異点の修復と共にそれは忘れられ、なかった歴史として消去されてしまうのだ、正しい時間に。だからこうやって教えて盛り上がっても、それは一時の夢―――胡蝶の夢でしかないのだ。

 

『虚しい……いえ、悲しい話ね。人理を救ってもそれを保障できる人間はカルデアの少数のみよ。召喚されている英霊だってその記憶を保てるか怪しいわ。国連もカルデアが自爆したカバーストーリーとでも言いそうね。この人理焼却か人類を救ったとしても、それを認める存在がいるかどうか……』

 

 悲しい話だ。本当に悲しい話だ―――だけど一番悲しいのはそれに参加する以外の選択肢を持っていないのに、魂を削りながら歩き進んでゆく立香の存在だ。彼が一番危うく、悲しく、そして最も輝いている。自分のようなダメな大人だからこそ、彼がこの先、報われるように頑張らなくてはならないのだ。自分は()()()()()()()()側の人間だ。だけど彼にはまだこの先がある。まだまだ学べることがたくさんあるのだ。

 

 その未来を―――ここで失わせてはならないのだ。

 

『……そうね、確かにそうよ。それに関しては貴方は何よりも正しいわ。ただ救いたいのと、救えるかはまた別の話よ』

 

 世の中、そう簡単にはできていない。救いたいから救い、救えるとはいかない。

 

 本当に、どうしようもない。

 

 

 

 

「―――さて、こんなもんだろうか」

 

 完成された木版に彫り込まれた魔法陣はすでにその溝の中に触媒の液体を流し込まれた状態だった。溝の深さまでもが魔術に影響するというめんどくささなのだから、魔術の存在を考えたやつはやはり頭おかしいと思う。結果としては非常に優秀な結果を出せるのだが、その過程がものすごく面倒だ。それを考えるとマントラは実に楽だと思う。唱える事と理解する事、そして修行による経験だけで数百を超える結果を生み出すことができるのだから。

 

 そう考えると完全に魔術というジャンルとは異なる気がする。ともあれ、これで準備は完了した。

 

「後は―――」

 

 詠唱を呟き、木版の端に触れながら陣の溝の中に魔力を注いで行く。数時間ほどかかってしまったが、それでも完成された魔方陣はその効力を発動させ、淡く輝き始める。それは即座にアパルトメント外の魔霧へと連結し、魔霧の中を泳ぐように漂い始める。魔術と同期した感覚が魔霧をよぎりながら進んで行く。

 

 深く、さらに深く、その発信源へと向かって泳ぎ進んで行く。段々と濃くなって行く魔霧の中、こちらの動きに感づいたように干渉を始める感覚を覚える―――魔術だ。

 

『あら、どうするの?』

 

 無論―――無視して強引に突破する。神経を魔術に全投入し、一気に探知速度を加速させる。焦るような感触と共に直後、魔霧が湧き出る場所を発見した。それはロンドンに存在する地下への入り口であり、それを発見するのと同時に魔術と同期した感覚が巨大な魔力を、そして霊基を確認した。その姿を魔術の感覚で捉えた瞬間、

 

 魔術が破壊された。

 

「ぐっ―――」

 

 魔術が破壊されるのと同時に木版が真っ二つに割れ、そして破壊された反動でダメージが肉体に来た。額が切れ、こめかみから血が静かに流れる。ギリギリで此方から魔術を切る方が早かったが完全には逃げきれなかった、という感じだろう。あぁ、自分の手際の悪さに絶望したくなってくる。とはいえ、情報は情報だ。

 

「ミスタ、大丈夫かい?」

 

「あぁ、ちょっと最後の最後で抵抗されただけだ―――魔霧の発信源は解った」

 

 回復魔術で自分の治療を行いつつも、指は下を示す。

 

「地下だ、連中地下から魔霧を発生させてやがった。具体的な場所とか施設とかは解ったもんじゃないが、地下からだってのは解った」

 

「地下……時計塔かな? あそこは広いし隠すにはうってつけの場所だし……」

 

「あそこがあったかぁ……」

 

 そういえばロンドンには時計塔が存在した。アレはダンジョンとさえ表現できる巨大な地下機構だった筈だ。となると聖杯の安置場所の第一候補はそこかもしれない。ともあれ、これで仕事は十分に果たした。少しは休ませてもらおう。

 

「とりあえず俺は一旦回復する為にも休む」

 

「あぁ、うん。お疲れ様アヴェンジャー。後片付けは僕の方でやっておくよ」

 

「すまん」

 

 ヘンリーの言葉に今は甘えるとして、そこそこ体力を消耗したのも事実なので、適度に回復を図るためにもとりあえずは居間―――冷蔵庫の中のシードルに手を出す事にする。

 

 

 

 

 ―――なお、数時間後に立香らが帰還してくる。Pと名乗るキャスターを出合い頭に令呪ボルクで即死させつつ、魔霧の中から出現したサーヴァント、シェイクスピアを保護することによって魔霧が聖杯の産物であるという仮説を確定させた。

 

 それとは別に、また一人文系サーヴァントが増えたことによって、拠点となっているヘンリーのアパルトメントの騒がしさがまた一段と上昇した―――。




 描写する程でもないんだよなぁ、Pは……。それはそれとして、だんだんと手口がガチ勢化するボクラのガーチャー。殺意を忘れたらそこでおしまいですよ。ただ心はガラスだぞ?


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鏡写し - 6

「―――聖杯の探索を行う前にヘルタースケルターを始末したほうがいいと思うんだ」

 

「妥当な判断だな。Pとかいうアホを始末したけど、アレがいる限りどう足掻いても探索の足を潰されるのは目に見えてるからな。まずは相手が数を揃えているならその元凶を潰しとかねぇと後々背中を取られてめんどくせぇし」

 

「おや、無駄に賢そうな事を言っていますね、この子は。もしかして少しでも内申点を上げようとしているんでしょうか? あさましくあざとい……モードレッド、マイサン……今からキャラ転向を始めても遅いんですよ……」

 

「ち、父上ぇー!」

 

 相変わらずペンドラゴン家はネタに事欠かなかった。それはそれとして、少し真面目な話になるが、ヘルタースケルターの掃討に関しては賛成だった。少なくとも地下に聖杯があるとわかっても、それを求める時に地上から侵入した際、ヘルタースケルターの物量で一気に攻められたら割と真面目に辛い。いや、戦闘自体はそうでもないが、問題は立香が激しく損耗する事だ。この中で唯一、英霊スペックではないのは立香だけなのだから。だから優先度は高いと言える。

 

「問題はどうやって、よねー。ぶっちゃけこの霧の中で探すのって難しくない?」

 

 そう言いながらも、アルテミスの視線がこちらへと向けられる。流石に待て、と言う。

 

お前ら(英雄)じゃねぇんだから流石にそこまで便利にゃあ出来てねぇよ……まぁ、強風で魔霧を吹き飛ばす事はできるけど、それでもロンドン全体なんてできねぇぞ? それに魔霧の中に相手が隠れているって保障もねぇ。まずは確実に相手を倒す手段を考えてくれ」

 

「うん、まぁ、そう言われたらそうなんだけどねぇー……私も本来の力が出せたらパパー! と終わらせちゃうんだけどなぁー」

 

「やめてください。いや、ほんとやめてください。マジでやめてください。シャレにならないんでほんと自重してくださいね。いや、マジで」

 

 オリべえの胃が今度は犠牲になっている。だが物理的に胃が存在するかどうかさえも解らないので、これはまぁこれでいっか、という感じで犠牲になるオリべえを見送る。それはそれとして、どうやって魔霧に対処し、ヘルタースケルターを対処するか考える。すでに今までの調査でヘルタースケルターが指令を受けて動いている半自動的なロボットである事は理解している。その動力源はおそらくそれを製造した存在の魔力であり、そこから供給を受けているとも。それを逆探知できれば―――なんて、簡単にはいかない。

 

 なにせ、破壊されたヘルタースケルターは勝手に魔力に分解されるからだ。

 

 だから素材からではなく、魔術か、あるいは宝具によって生成されていると考えられる。

 

 ……ここまで解っていて探知が進まないのは一つ、魔霧に探知を阻害する力がある事、そして同時に相手も一か所で固まるほど馬鹿ではないだろう、とこちらの予想がある。ぶっちゃけ、探し始めたら逃げるだろうという確信があるのだ。

 

「めんどくせぇなぁ。マーリンの奴はいねぇのかよ」

 

「引きこもりのことは忘れなさい。とはいえ、今は彼の存在が欲しいのは事実ですね……ケルトの方でそういう事に関する知恵はありませんかクー・フーリン」

 

「あぁん? まぁ、原初のルーンを使って大まかな位置を探すってのが俺の限界だな。その原初のルーンでさえキャスタークラスじゃねぇから十全に使えるってわけじゃねぇから、マジで方向って程度しか解らねぇだろう。こういうの、スカサハならまだ、なんかやり口があったんだろうがなぁ……正直俺はそれ以上はできねぇぞ」

 

 それができるだけでもかなり上々だとは思うのだが―――シェイクスピアとアンデルセンは書斎を占領、引きこもって一向に出てくる気配すらないし、沖田は期待するだけ無駄だ。ナーサリー・ライムにもそういう類いの技能があるようには思えない。直感がもう少し能動的に使用できるスキルだったら探せたのかもしれないが、そういうスキルじゃないから考察するだけ無駄だ。

 

『―――どうやら難しく考え過ぎているようだな』

 

「あ、教授」

 

 手段を考えていると、立香の声とともに新たなホログラムが映し出されるのを見た。そこに表示されているのはエルメロイ2世の姿だった。そういえば彼の霊基は現在、孔明という歴史に名を遺した大軍師だった事を思い出す。これは一つ、良い知恵が出るのではないか? と軽く期待が持てる為、エルメロイ2世ヘと集中する。

 

「なんか作戦でもある?」

 

『あぁ、あるぞ。最も作戦と呼べるものでもないがな』

 

 それは、

 

『―――ゴリ押しだ』

 

 えっ、と誰かが声を零すが、葉巻を咥えたエルメロイ2世はそれに気にする事もなく、そのまま話を続ける。

 

『確かに相手のサーヴァントや状況を警戒し、慎重になるのも大事だ。だがそれはそれとして、慎重な安全策ばかり選んでいると逆にその隙を突いて相手の動きを許してしまう。こういう状況は逆にマンパワー任せに強引に押し通すぐらいが安定する。先ほどランサーのルーン魔術で大まかな方角は解ると出たのだろう?』

 

 なら話は簡単だ、とエルメロイ2世は告げる。

 

『アヴェンジャーで魔霧を霧払いしつつランサーのルーン魔術で探知、襲い掛かってくるザコは他のサーヴァントで護衛しながら排除すればいい。ぶっちゃけた話をするが()()()使()()()()()()()()()だという事を忘れるな。相手が相当凶悪なハメ能力でも持っていなければ、少しミスをしても数と質ではカルデアがかなり上だ、それこそ今まで何度も聖杯もちの英霊と戦って勝利してきた程度には―――恐れる必要はない、我を押し通せ』

 

 ホログラムがロマニのものへと切り替わる。で、どうかな? と問うてきた彼に対して、うん、と立香が頷いた。

 

「―――カルデア最高最悪の暴力によるゴリ押しを見せてやる……!」

 

 

 

 

「―――はい! という訳で第一回! 倫敦ヘルタースケルターの親玉を狩り殺せゲームを開催いたしまーす! 司会と実況は無能! 無職! 無価値の3Mがつくオリべえです。今回の大会のスタッフには探索担当のランサークー・フーリンくん、そして霧払い担当で最近扇風機というあだ名がついたアヴェンジャーくんです」

 

「どうもよろしく殺します」

 

「まぁ、たまにゃあ茶番も悪くねぇけど……おい、なんか全体的にガチじゃねーかこれ?」

 

 ラジカセから軽快な運動会っぽい音楽が流れ始める。クー・フーリンとともに文句を言いつつも、探知と霧払いを始める。広範囲に魔霧を吹き飛ばすため、魔力を継続的に消費されるのと同時に強風が発生し始める。それによってロンドン中央から魔霧が排除される。範囲は広くはないが―――弓兵が視界を得るには十分すぎる広さではあった。そんなわけで、立香の護衛であり運搬係であるマシュ、サポート担当の自分とクー・フーリンを抜いた残りの三騎、

 

 信長、エミヤ、オリオンがやる気満々だった。オリオン(アルテミス)に至っては何やらオーラさえまとっており、服装も白から赤へと色変わりしていた。どこからどう見ても本気の姿だった。おそらくオリべえにいい感じにおだてられてしまったのだろうか、これはいい悪夢が見れそうだなぁ、と思いつつ霧払いを開始する。オリべえがそれではー、と声を置く。

 

「エントリーナンバーワン、序盤はカルデアでお留守番中だったエミヤさん、今回の準備と必勝の策をお願いします」

 

 オリべえの言葉に見たまえ、とエミヤが腰の矢筒を示す。ドラゴンの逆鱗を使用した矢筒は中に宝具から変形された矢が消耗される事なく中に維持され、込められていた。

 

「見ての通り、これが私の必勝の策だ。カルデアにいる間にちょくちょく固有結界を展開、その内部で精錬した聖剣を使い捨て可能な矢としてストックしてある。ダ・ヴィンチ女史と食堂アルバイトの報酬で交渉した結果、私の貯蓄を崩してこうやって、固有結界外でも上位ランクの魔剣や聖剣を維持する礼装を用意させてもらった―――固有結界なしでも今の私は対軍、対城クラスを連射するぞ。まぁ、見ていたまえ。最後に勝つのは私と決まっている」

 

「クッソガチな説明ありがとうございました。えー、それじゃあ次! 信長さん! 戦術と意気込みをどうぞ!」

 

 オリべえが小型マイクを片手に信長へとインタビューをする。信長の周囲には火縄銃が大量に浮かび上がっており、いつでも発射可能な状態となっていた。それこそ一つの軍隊を相手にするというレベルで展開されており、どこからどう見ても戦争の準備としか思えないレベルでの展開だった。

 

「わし、焼き討ちさえ気を付ければ割と無敵じゃからな! 日ノ本に轟かせた魔王の三段撃ちを星になったおき太の代わりに見せちゃる」

 

「星になってねぇーから。ただ、物量ってのはいちばんシンプルな暴力だよなぁー。あー……はい、次次。次どうぞ」

 

 オリべえのゲンナリとした声に反応するようにオリオンが楽しそうに笑う。漏れ出している女神のオーラが超ハイテンション状態に彼女が突入していることを証明していた。

 

「ダーリンに頑張って! 愛している! 優勝信じているからって言われたら本気を出さなきゃもうこれは罪よ罪! だってほら、私ってばやっぱり良妻だし? ダーリンの前では乙女的には頑張らないといけないと思うしキャー! これでダーリンも増々私に入れ込んじゃうどうしよう、ケダモノ―――!」

 

「オリべえお疲れさん」

 

「なんで人理焼却に抗っている合間に俺、こんな目に合ってるんだろうなぁ……」

 

 オリべえの切実な願いを無視しつつ、ルーン魔術が探し人を示した。それは一つの方角を示し、そしてそちらへと向かって大きく腕を薙いだ。それに反応するように魔霧が一気に吹き飛ばされ、街中を進んでゆく大量のヘルタースケルターの姿が見えた。Pと名乗るキャスターを始末した影響か、オートマタやホムンクルスの姿は見えず、その代わりにおぞましい数のヘルタースケルターが一斉に走りまわる姿が見えた。その姿を見ながら立香が口元にホイッスルを運ぶ。

 

「―――第一回、ヘルタースケルター狩り大会開催! 優勝者には願い事をカルデアが叶えられる範囲で叶えます!! ちなみに宝具を使った本人を倒すと100点だよ! ザコは一律1点!」

 

 英霊たちがめっちゃやる気を出した。それをクー・フーリンとオリべえと愛歌で横に並んで眺める。ドン引きするぐらい精密で、そしておぞましい虐殺が始まった。まず最初に浮かび上がった信長の無数の火縄銃がその銃口からレーザービームを射出し、一気にヘルタースケルターを蹂躙し始める。そうやって粉砕されたヘルタースケルターを壁にしながら新たなヘルタースケルターが出現すると、エミヤが聖剣矢を放った。空間を跳躍して放たれる矢はヘルタースケルターを貫通するとそのまま次のヘルタースケルターへと跳躍、矢となった刀身そのものをすりおろしながらも貫通とランダム跳躍を繰り返しながらひたすらヘルタースケルターをワープしつつ殺しまくり、物陰に隠れようとする個体を隠させる事もなく消し飛ばす。

 

 そして何よりも酷いのがオリオンだった。というかやっている事が完全にアルテミスだった。魔霧が晴れた青空、まだ昼間だが―――()()()()()()()()()()()のだ。そして月光そのものが収束し、サテライトレーザーとして宇宙から落ちてくる。むろん、頭上からの攻撃に対して逃げられる場所がなく、路地裏に逃げ込んでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()為、実質逃げ場などなかった。

 

『これ以上なく暴れてるわねぇ……まぁ、エミヤに関してはどこか、必死さすら感じるのは何故かしら。そうじゃなくてもほかの二人も割とテンション高いわねぇ……』

 

 ドン引きする程のガチっぷりだった。お前ら、もしかして奥の手とか使ってない? って言いたくなるレベルの殲滅力だった。

 

「っと、ガンガン進んでくな。おい、アヴェンジャー」

 

「あいあい、解ってる」

 

 屋根から屋根の上へと移動するように跳躍し、それに合わせて魔霧を払う。それに合わせてクー・フーリンが索敵を行い、大まかな方角を示す―――やはり、動いている。どうやら此方が強引に探しに来ているというのが伝わっているらしい。とはいえ、移動がやや遅く感じられる。これは、詰めれるな、とほぼ直感的に判断する。

 

「―――優勝し、あの無駄飯ぐらいに食糧制限を……!」

 

「えぇぃ、優勝しわしが平蜘蛛礼装を作ってもらうんじゃぁー!」

 

「ダーリンが二度とほかの女に手を出せないように監禁するための礼装を用意してもらうわ!」

 

「あの、マジで俺のためにも勝ってください。ほんとお願いします」

 

 オリべえの必死な声を聞きながらも、ロンドンの街へ、この軍隊を指揮する存在を討伐する為に一気に飛び込んだ。




 そう、それはすなわちゴリラ戦術。ゴリラのごとくたくましく正面からなぐり殺せばええねん! それだけの話である!

 フランとの関係? 迷い? 知るかぁ! 死ねぇ! な平常運転のカルデア。悩む前に殺せ、殺してから悩めのひどさ。やっぱり敵は確殺するのに限る。

 次回、バベジン惨殺。なおモーさんは護衛の関係でハウスであった。


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鏡写し - 7

 その有様を一言で表現するのであればまさに地獄絵図という言葉が相応しかった。

 

 強引に突破しながらヘルタースケルターの残骸を山のように積み重ねながら力任せに突破し、強引にその操り手であるらしき存在を見つけ出す。それは巨大なロボットのような姿をした、蒸気の塊だった。蒸気王と名乗り上げたそれは体から蒸気を発していた。まるで違う技術によって作られた存在、異質すぎるエネミーサーヴァントであったが、()()()()()()()()()()と言わんばかりに速攻の集中攻撃がその蒸気王へと向けられた。エミヤの聖剣矢、信長の集中砲撃、そしてオリオンの月光砲、すべてが同時に、逃げる場を奪うように放たれ、そして一瞬で敵の姿に食らいつきながら穿つ。

 

 ―――そうやってチャールズ・バベッジと名乗るサーヴァントは消え去った。地下を目指せという言葉のみをその最期に残して。

 

 苛烈にして効率的。しかしこれぐらいやらないと真面目な話、まともに連戦をこなすことはできないため、相手には悪いがこのペースで毎回戦闘を行わせてもらっている―――だが個人的に気になる場所は別にあった。サーヴァントは別にいいのだ、戦術もいいのだ。なぜならこれが人生(修羅道)だからだ。どうやって生きてきて、闘争を日常にまで組み込んだ連中ばかりなのだから。だが何よりも心配なのは、

 

 

 

 

「―――藤丸、お前は本当に大丈夫か?」

 

「ん?」

 

 対バベッジを終わらせてロンドン市街の安全を取り戻したところで、少しだけ立香を借りて路地裏へと連れ込んだ。話があると言ったら快諾してくれた立香を連れて路地裏へと来たところで、改めてその姿を良く観察する。見た目は本当に平凡な男子―――それもまだ青年と呼べるような年代のそれだ。正直、こんな状況に巻き込まれる方が間違いと言えそうなほど、普通の子だった。そんな立香は何を言ってるんだ、と言わんばかりの表情を向けてきていた。

 

「なんか俺、やらかした?」

 

「いや、そういう訳じゃないが……お前、ストレス感じてるだろう? 大丈夫か?」

 

 不安なのはその事だった。最近は戦闘頻度が高いし、令呪を使って宝具を放ったり、と立香が前線で判断する度合いが上昇している。それはつまり立香が積極的に作戦に参加し、そして判断しつつ行動しているという事実でもある。それを慣れてきた、と判断してもいいのだが―――正直、そこまで楽観はしたくない。戦闘行為というのは()()()()()()なのだ。たとえどんなサイコパスであろうが、戦闘すれば疲れ、疲弊するというのは()()()()()()なのだ。

 

 ナチュラルボーンなバトルジャンキーであっても、()()()()()()()()()()()()()()()()ものなのだから。地味にバカにすることはできない。だからこの連戦状況で、立香が疲弊していない訳がないのだ。こういう機微に聡いブーディカは戦力不足というのが原因で特異点まではこれないし、ロマニはカルデアから離れられない。サンソンは専門家ではないし今はカルデアに残っている為、質問ができるのは自分だけだ。

 

 これが聖人と呼ばれる様なサーヴァントがいればもうちょっとそういう機微に聡いのかもしれないが、生憎と未だに聖人がこのカルデアへと到着した事はない。だから質問する。

 

()()()大丈夫なんだな? 下手なウソで逃げようとするなよ?」

 

 その言葉に立香はあー、と小さく唸る。

 

「……ちょっと辛い」

 

「ちょっと?」

 

「凄く辛いです。マシュに守られなきゃ生きていられないのと、マシュとの契約がなきゃこの魔霧の中でまともに動けないのと、何時狙われるんだろうってのと、あと純粋にキャパオーバーっぽくてすっごく辛いです」

 

「良く言った」

 

 やはりか、と思いつつ立香の頭を軽く撫でる。わぷっ、と言いながら頭をなでられる立香は恥ずかしそうにしつつ、なすがままになっている。他のサーヴァントの視線はなく、覗き込んでくるような奴もいないから、ポロっと本音を零してくれたのだろうか。或いは、俺のことを信頼してくれているのだろうか? どうあれ、立香を裏切るようなことは自分には出来ないだろう。彼が人類最後のマスターである以前に、彼は守られるべき子供なのだから。

 

「辛かったら辛いって素直に言えよ? 隠す必要はないからな。隠したところでかっこいいって訳じゃないし、寧ろ弱音を吐ける方が女子にはウケがいいぞ」

 

「マジか。……マジか。というか先生、最初と比べてだいぶ人間らしくなってきたっすな」

 

「色々と俺も思い出してきたからな。おかげで少しはお前の相手をするだけの余裕もあるってもんよ……まぁ、それはそれとして、この特異点もたぶん、あと少しだ。それを切り抜けるまであと少しだけ頑張ってくれ。そうすればしばらくは休みだ。頭を空っぽにして遊べるぞ」

 

「うん、俺頑張―――」

 

 素早く立香の頭にチョップを叩き込み、訂正させる。

 

「じゃあ適当にみんなに頼る」

 

「それで良し。そんじゃ一旦休息の為にもアパルトメントへと戻ろうか……それはそれとして、オリオン勝利しちゃったけど大丈夫かあれ」

 

「ご愁傷様って事で」

 

 笑いながら帰路へとつきながらも、胸の内にある不安は消えなかった。ロンドンの魔霧に影響されないとはいえ、その鬱陶しさと見えない敵との戦い、無限に増える増援、そして暗殺の出来るジャック・ザ・リッパーという組み合わせはどうやら、相当立香の精神を疲弊させていたらしい。ここで冗談の一つも言えず、効率的な作戦を考えて実行しているのは―――この特異点を一秒でも早く攻略する為なのだろう。自分に余裕ができて見えるようになると、見えてくる事が増える。それを通して思う事は、

 

 ―――早いところ、ここは決着をつけないと危ないかもしれない。

 

 

 

 

「おう、お帰り。その様子を見ると上手くできたみてぇだな? 作家どもが煩くてたまんねぇから代わりに相手してくれ」

 

 帰還早々、モードレッドと作家共の歓迎を受けた。そんな作家共の姿を見れば優雅にスコーンとジャムを片手に、もう片手に紅茶を淹れており、優雅なアフタヌーンティーに洒落込んでいた。相変わらず英国文化は優雅だなぁ、と軽く呆れながらも疲労しているのは事実なので、カルデアから送ってもらい、ヘンリーの冷蔵庫に突っ込んでおいたスポーツドリンクを取り出し、それをマシュと立香に投げ渡し、自分の分を取り出して飲む。ロンドンが魔霧の影響で冷え込んでいるのは事実だが、それはそれとして冷たい飲み物は活力を呼び覚ます。

 

「はぁ、生き返る。一旦休息入れたらロンドンの地下に突撃だな」

 

 来客ソファに座り込みながら息を吐き、最後の探索の為の休息を行う。パラケルスス、チャールズ・バベッジ、ジャック・ザ・リッパー、後なんか流れ作業で立香らが殺害したらしいメフィスト。それら全部討伐したところで地上の安全はある程度確保出来た。あとは地下へ、魔霧の発生源へと潜って行くだけだ。なんだかんだでロンドン特異点での探索は長くなった。これが終わったら第五特異点の特定でそれとなく時間がかかるだろうな、なんて事を考えていると話が進んでいた。

 

 どうやらその内容はサーヴァントと、そしてその本来の形に関する話であった。

 

『まぁ、そもそも聖杯を召喚する為の聖杯戦争ってシステム自体が歪だからね? 元々は英霊召喚と呼ばれるシステムを都合よく改変したものが聖杯戦争という形になっているのよ。だから違和感を感じてもおかしくはないわ。だってそれは正しい違和感ですもの。本来の英霊召喚はグランド級サーヴァントを召還する事で人類悪に対抗する為の手段を召喚する為の儀式だし、こうやって聖杯を争う事自体が本来の用途とはかけ離れているのよ』

 

 ……驚いた、それはデータベースにも虚ろの知識にも存在しなかった情報だった。

 

『そりゃぁそうよ。協会だって覚えているのは現代から見て相当昔の連中だけよ? それにそんな大事になる事を予測できるのはそれこそアトラス院の変態どもだけだわ。……まぁ、こうやって話題に上がってくる以上、()()()()()()()()()()()わよ。私から言える事は……そうね、逃げなさいとしか言いようがないわね。十全に対策したところで人類悪も冠位指定も確殺できるという領域からほど遠い存在よ。対策がどうした? その上から殺す、って領域の話だからね』

 

 文字通り格が違う、という話か。

 

『そうね。相対するという考え自体が間違いだわ』

 

 何も知らない俺の代わりに多くを知る愛歌。彼女がそう言っているのだから、恐らく相当なレベルでの絶望なのだろう。そして彼女がこうやって言葉にする以上、いつか、どこかで出現するのだろう。それがなんとなくだが理解できた。……或いはその登場が近いのかもしれない。何しろ、アルトリアもこの特異点で全滅したとか言っていた記憶がある。となると本当に出現するのかもしれないのか? グランドクラスが?

 

 グランドサーヴァントが?

 

「―――」

 

「あれ……静かですけどどうしたんですか、アヴェンジャーさん?」

 

「ん? あぁ、ちょっとこれが終わったら何をしようかなぁ、って考えていてね。ほら、この特異点もいい感じに終わりが見えてきたところじゃないか? これが終わったら暖かいシャワーを浴びれると考えるとなんか気が抜けてきてねー……あー、早くたっぷりとシャワーが浴びたい……」

 

「あぁ、そういえばアヴェンジャーさんは綺麗好きでしたよね。なんというか、お部屋を伺った時もいつも綺麗にしてある、というか」

 

「掃除や自分を清潔に保つことは大事だぞ。作業場の清潔さはその人物の性格が読み取れるし、人間の印象なんてものは可愛いやかっこいい以前に清潔か否かで変わってくるからな! サーヴァントはそこらへん、霊体化すれば一瞬で汚れや服の破れとかから回復できるという凄まじい特権を持っているわけだが、俺たち人間はそうじゃない。それに何時、シャワーや風呂が使えなくなるのかわからないんだ。浪費できる水を調達できる間にしっかりと風呂やシャワーには入っておけ。さっぱりするだけで効率が段違いだからな」

 

「先輩! 凄いです! アヴェンジャーさんから凄まじい執念を感じます! これでもかってぐらいのプッシュ力を感じます!」

 

「そうだねー。まぁ、ロンドンは魔霧でじめじめしてて軽くめんどくさいから、さっさとシャワーを浴びてさっぱりしたいって気持ちには賛成なんだよなぁー……」

 

 その内、カルデアに大浴場を追加しよう。そう、やはり大浴場だ。風呂場というのはデカくてナンボという奴だ。自分の部屋のボックスシャワーも悪くはないのだが、やはり広々とくつろげる風呂の中でゆっくりと時間を過ごせてこその癒しではないかと思う。それにそういう開放的な場所があれば少しは心労を和らげるのにも効果があるだろう。

 

 ……ともあれ、聖杯の獲得まであと少しだ。ここまで来たらあとはサクっと回収し、特異点を終わらせるだけだ。そうすればカルデアへと戻って休息を入れる事もできる。嫌な予感が尽きないが―――それでも、あと少し。それさえ乗り越えれば休めるのだから、そこまで全力疾走で駆け抜ければいいのだ。

 

「……」

 

 カルデア全滅の原因、俺達の死因。

 

 そのおぼろげな正体が直感的に理解し始め、それを忘れる為に微笑を浮かべた。

 

 悲しいことに、笑い方を思い出して上手になったのは―――嘘だった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/13fce834-fa3f-4674-8db0-8867a4951f83/1c367357cf23cd0ef7dea1676303ed84

 バベジン、セリフすらなく消し飛ぶ。ロンドン結構書いてるクセに悪役側にまったくセリフがない件。正直喋り方難解だからしゃべらせたくはないって事実もある。


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ストーム・ハント・ショー・ダウン - 1

「―――ロンドンの地下にこんなもんがあるとは思いもしなかったぜ」

 

 そう言いながら薄暗いロンドン地下通路を抜けて行く。その作りは近代的ではなく、もっと古い作りのように見える。表現するなら中世ぐらいの作りだろうか? ただ見覚えはあるにはあるのだ、この作りは。

 

「冬木の大聖杯に続く道を思い出すな」

 

「あぁ、あそこか……確かに作りが近いな」

 

 エミヤが納得の声をこぼす。そういえばお前は冬木のプロフェッショナルだよな、と壁に触れながら思う。かなり強固な作りをしているこの地下通路はドンドン地下へと向かって進んでおり、進んでゆく度に段々とだが魔霧が濃くなって行くのが感じられた。その濃度も上昇するにつれ、だんだんとだがサーヴァントさえ圧迫し始めるようにさえ感じている為、割と真面目に対処する為に強風を発生させて霧払いをしている。この魔霧という存在はどうやら、考えていた以上に厄介なものに感じる。第一、高濃度の魔力が入った霧であり、聖杯が生み出しているという時点でロクなものではない。

 

「……結構深いな」

 

「相当深く彫り込んでいるあたり、そして古さから考えると近年作成されたというわけではないな、これは。もっと前……数百年前から、という規模だな。まぁ、レフ・ライノールの発言を鵜呑みにするなら前の時代からコツコツとした準備をしていたとも考えられるが」

 

「なんか妙に気の抜ける考えだな。いや、隠すにはちょうどいい場所ってのは解るんだけどよ」

 

「おーい! 誰かそろそろわしと交代しない??」

 

 前方でオートで火縄銃を浮かべては射撃していた信長が声をかけてくる。視線を前方へと向ければ大量のアンデッドが道を阻害しているのが見えた。ただそれをまともに相手するのは面倒な為、メンバーの変更はなし、アーチャー組でローテーションを決めながら射撃で一方的に掃討しながら進んで行く。地味に数が多いのが面倒な話だ。とはいえ、ザコはザコだ。時間がとられるだけであり、倒すことには一切の問題がない。

 

 だが時間がかかればそれだけ負荷が立香にかかる。チラり、とその姿を盗み見る。表面上は立香は真面目な表情を浮かべている―――果たして、本当に大丈夫だろうか? 正直、心配はしてあげられるが、専門ではない。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。そう考えると自分自身でも相当やらかしているな、と呆れてくる。それはそれとして、ザコの相手をするのも面倒だ。

 

「強引に突破するか?」

 

「うーん……帰りの心配はしなくてよさそうだし、そっちのがいいか。じゃあノッブとオリオン交代で。一発でかいのぶち込んだら強引に突破するからクーニキと先生で前衛お願い」

 

「おう、任せな」

 

「そんじゃ働きますか」

 

 大戦斧へとシェイプシフターを変形させ、マントラを唱えて身体能力を上昇させる。クー・フーリンも魔槍を構え、突貫の姿勢を見せる。そんなこちらに立香から魔術による強化支援が入り、オリオンが巨大な弓から月光の砲撃を放って隙を生み出した。それを感じた瞬間に足元を蹴り、一気に前へと飛び出して骨の群れを消し飛ばしながら中央に道を作った。

 

 

 

 

 数は確かに多い―――だがザコだ。そこまで苦しむことはない。強引に中央突破してしまえばあとはこっちのものだ。長く、永遠にも思える通路を駆け抜けて行けば更に魔霧は濃度を増してゆき、それこそ魔力を吸い上げられそうになる濃度へと上がって行く為、迷うことなく霧払いしながら立香を運びつつ進んで行く。その結果、いよいよ逃亡の終わりが見えてくる。

 

 やはりそれはどこか見たことのある光景だった。

 

 巨大な空洞の中央には盛り上がった山のような場所があり、そこには巨大な蒸気機関が鎮座していた。黙々と魔霧を生み出すその巨大な蒸気機関はこのロンドンに災厄を生み出していた犯人であり、

 

「―――良くぞここまで到達した。いや、流石か。もしくは当然ここまで来たと言うべきか。冬木の頃は歩くだけでも苦労していたのが良くここまで息もつかずに敵を滅ぼし、やってきたものだ。その成長性には驚きを通り越して呆れを覚えるぞ。我らが悪逆の形に抗う者たちよ」

 

「呆れるのはこっちだ。相変わらず御託を鬱陶しく並べる連中だな」

 

 そう言って、モードレッドは敵意をインバネスコートを着た、青髪、オールバックの男へとクラレントと共に向けた。油断することなくこちらも武器を構え、おそらくはこの特異点に関する黒幕に対して警戒を見せる。男の手には聖杯はない。となると隠しているのか、或いはあの巨大な蒸気機関の中にあるのか、それが判断できるまでは容易に手が出せる状況ではなかった。

 

「お前が……黒幕か?」

 

「然り、私はマキリ・ゾォルケン。この魔霧計画の最初の主導者である。この特異点―――第四特異点を破壊する役割を王の名の下に遂行する一人の魔術師だ」

 

『マキリ・ゾォルケン―――冬木の聖杯戦争における御三家の一つね。間桐、マキリ……とんだ言葉遊びね。まさかこんなところで見るなんてとてもだけど思わなかったわ。それに王と言っている辺り、こいつもレフの一派なのね』

 

 となると出来れば情報を引き出したいところだが―――それを話そうとする意思がマキリには見えなかった。

 

「あぁ、見えるだろう? アングルボダの姿が。アレはすでに暴走状態にある。現在ロンドンでは急速に魔霧が濃度を活性化しつつある―――そう、それこそ今のこの濃度が比にならないレベルでな。そしてそうすれば間違いなく強力な英霊が召喚される」

 

「お前の目的は―――」

 

「―――語るに及ばず。この特異点の破壊のみ。増しつつある濃度。この魔霧を活性化させられる英霊が出現すればこのイギリスそのものが消し飛ぼう―――そして私は既にその到来を確信している―――」

 

「―――お前、うるせぇわ。オレ以外がブリテンを滅ぼすって正気かてめぇ? やらせるわけねぇだろ」

 

 赤い稲妻をモードレッドが纏った。灼雷はスパークしながらマキリに対するモードレッドのいら立ちを明確に証明しており、どれは同時に避けられない戦闘を示していた。もはやここから先は激突するのみ。そして聖杯もマキリの意識の向け方からもはやあのアングルボダという蒸気機関に接続されている事実も確定した。それならば、もはや遠慮する必要はない。

 

「Take that you fiend―――!」

 

「先制攻撃ってな」

 

 マキリが動き出す前に迷うことなくクラレントから灼雷が、そして梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)が放たれた。一瞬で閃光と爆熱に飲み込まれた中から、人の姿を捨て巨大な姿が出現した、それはもはや見慣れた感じのある黒い肉塊の柱、大量の目玉が生理的嫌悪を生み出す冒涜と獣の刻印を刻まれた悪魔だった。体の中の獣性がこいつを食らえ、と本能的に叫ぶことを感知する。

 

「七十二柱の魔神が一柱。魔神バルバトス―――我が願うは悪逆、そして狂乱の檻に囚われし星の開拓者―――」

 

『気を付けろみんな! そいつは英霊召喚の一節だ! 急いで倒さないと英霊を呼ばれるぞ!』

 

「んじゃあわしの出番じゃな!」

 

 巨大化したマキリが醜悪な魔神柱の姿へと変貌したそれに対して信長の神性特攻宝具が発動する。全裸マントというどうしようもない恰好なのだが、オリオンがそのまま大地に転がってぐだぐだし始める姿を見れば、それが宝具としてはどれだけ強力なのは見て取れる。それと同時に浮かび上がる三千丁の火縄銃を一気に連射させ、マキリ―――バルバトスの体に砲撃を躊躇なく叩き込んで行く。しかし展開していた対神宝具を即座に信長は解除した。

 

「なんじゃこれ? 神性特攻が刺さらんぞ。となるとあんまりわしの相性の良い相手じゃないの。マスターよ、交代じゃ!」

 

「チェンジオーダー! ノッブを生贄に、カルデアから謎のヒロインZを場に召喚する! 皆、アングルボダを巻き込まないように最高火力で一気に消し飛ばすんだ! っ、マシュ前へ!」

 

「はいっ!」

 

「マスターの呼び声に私が見事フハハハーンなとう―――うわぁぁぉ!?」

 

 立香が叫んだ瞬間、閃光と押し寄せる大河が呑み込まんと広がったが、直後マシュの展開した仮想宝具の存在によって一気に押しとどめられ、安地を生み出す。そこに飛び込んだ瞬間、火力を一気に高めあげるために自身に対するフルエンチャント、フル強化を一瞬で完了させ、

 

「はぁぁぁ、あ!」

 

 マシュの気合いの方向とともに障壁が敵の攻撃を押し弾いた。その瞬間、一気に飛び出した。左右バラバラに展開しながらもアングルボダを巻き込まないように武器を輝かせながら、クー・フーリンが対軍規模で分裂する魔槍を放った。エミヤが投影済みの聖剣を矢として一斉に放った。アルトリアがロンゴミニアドを光に変えて投擲した。オリオンが月光を力へと変えて一気に収束して放ち、モードレッドがアルトリアに合わせてクレラントから灼雷を放った。それに合わせ、邪魔になる魔霧を霧払いで吹き飛ばし、宝具にささげた魔力の減衰を無効化する。

 

「早すぎ―――る―――!」

 

 バルバトスの体に大量の穴が穿たれ、一気にぼろぼろになる。それこそ哀れと表現できるレベルで。一切の容赦なく爆撃のように連打される大規模殺戮級の宝具の雨の前に。バルバトスの巨大な姿が一瞬で削れて行く。それをありえないものを見るように目を見開きながらバルバトスが砕けて行くが、

 

「―――一体、何回お前らと戦ったと思ってるんだ」

 

 そう、立香が言った。

 

「ローマで、オケアノスで既に戦ってるんだ。シミュレーターでもデータで再現して何度か訓練だってしてるんだぞ。そりゃあ慣れる訳じゃないけどさ。それでも何度も勉強して、対策を考えて、戦い方を相談しながら間違えないようにやってるんだ―――これぐらい、当然だよ。俺たちは負けられないんだから」

 

「―――」

 

 バルバトスがそれ以上の言葉を話せるようなことを許すことなく、そのまま一斉に宝具火力を叩き付け、欠片さえも許さずにバルバトスの姿を消し去った。それによって漸く、ロンドンからすべての敵の存在を排除する事に成功した。警戒を残しながらも、ほっと息を吐いた。これで第四特異点もなんとか無事に切り抜けた。

 

 そう思った直後、

 

「―――いいえ、まだです! モードレッド!」

 

「任せな父上!」

 

 アルトリアとモードレッドが既に動いていた。跳躍するように二人が真っ直ぐに向かうのはバルバトスの後方―――その姿によって隠されていた、魔霧の超濃縮体だった。すさまじいとまで表現できる濃縮された魔霧は英霊を召還する為に必要とする魔力をはるかにぶっちぎっており、それが英霊召喚と同じ反応を示すことは恐怖しか生まなかった。それをおそらくはアルトリアとモードレッドが直感的に読み取ったのだろう。すでに二人は攻撃に入っていた。

 

「相手が完全に現界する前にケリをつけます!」

 

「震えろ、灼雷―――!」

 

 凄まじい閃光を引き連れながら一瞬でアルトリアとモードレッドが飛び込んだ。だがそれよりも早く、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔力が一気に吸い尽くされた。ロンゴミニアドとクラレントが急速に光を失う。エミヤが投影した武器が一瞬で溶けた。急速に魔力を吸い上げられる感覚の中、心臓が鼓動をうちながら急速に魔力を充填し、枯渇と供給による苦痛が肉体を駆け巡るも、次の瞬間には予想できる事態に備えてマントラを唱えながらチャクラを更に活性化、迎撃へと入れる様に限界駆動する。体が悲鳴を上げるのを無視しながら無理やり動く。マシュと立香は―――大丈夫だ、シールダーの防御力は伊達じゃないらしい。となると心配するのは自分自身のみ―――。

 

「ごめんなさいマスター、()()()()()よ、気を付けてね……」

 

 直後、すべての空気が震えた。閃光が全てを満たした。芯まで響くような衝撃と激痛に耐えようとした体が一瞬で吹き飛ばされ、衝撃から一瞬だけ視界がホワイトアウトする。激痛を感じながら背中に衝撃、吹き飛ばされ、転がりながら壁に叩きつけられて動きが止まり、血反吐を吐きながらその声を聴いた。

 

「―――人類史に雷電神話、降臨」

 

 神経がショック状態の影響なのか、まともに動く事が出来ず、そんな肉体の代わりに、開く事の出来ない目はしかし、相手の姿を捉えた。魔霧は収束し、一つの英霊の姿を生みだしていた。其れは英国紳士風の男でありながら、雷電を纏い、その存在感だけで破壊を撒き散らす、狂化を付与された英霊だった。

 

「即ちニコラ・テスラ参上である!」

 

 高らかに宣言した直後、雷電が再び空間に満ちた。




 雷電王降臨であった。4章も漸く終わりが見えてきましたなー。なんだかんだでオルレアンで8話、ローマで19話、オケアノス8話、そして現在ロンドン12話目、となんかパターンはいってきた感じで。

 5章はどう見ても話数インフレが見えてるんだよなぁ……インド的に考えて……。

 一部読者が「こんな戦い方で最終決戦助けてくれるのか?」と疑ってるけど、それでもてんぞーは確殺教を止めない。敵を喋らせる前に殺さないと安心して眠れない!! 実際にバルバトスマキリとか喋らせているとその間に召喚詠唱してたしね。やっぱり最速で殺すのが正義。

 なおチェンオダは仕様変更によって現在連れている英霊をカルデアの英霊とノータイムで交代する魔術となった。


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ストーム・ハント・ショー・ダウン - 2

「―――はーい……生きている人達点呼ー……」

 

「エージお兄さんいきてまぁーす……」

 

「アーチャーエミヤ、何とか生き残ったぞ」

 

「私は無事です先輩」

 

「クッソ、父上に庇われたから無事だぜ!」

 

 体を起き上がらせながら瓦礫を退けた。大空洞内部は酷い有様を晒していた。大地は高圧の電流によって焼き焦げており、自分の体内では残留した電撃が神経をチクチクと焦らす様に痛みを注ぎ込んでいた。マントラの呼吸とチャクラの活性化で肉体を回復させつつ素早く電撃を排出し、霧払いを使用して―――大空洞内部にもはや魔霧が存在していないのを理解する。あの英霊―――ニコラ・テスラが現界する時にどうやら、大空洞内部の魔霧を全て吸収されたらしい。アングルボダももはや機能停止しており、簡単に聖杯が回収できる状態になってはいるが、

 

「―――直ぐに追いかけようぜマスター。アイツは駄目だ。そのまま外に行かせたら嫌な予感(≪直感≫)しかしねぇ」

 

 モードレッドの言葉に頷きを立香が返しながらも、口を開いた。

 

「消えたのはオリオンとクーニキと謎のヒロインZ……神性繋がり? いや、謎のヒロインZには神性ないし……でもオリオンは天敵って……いや、考えている場合じゃないや。チェンジオーダーは使ったばかりでまだ使用出来ないし……ドクター!! 沖田とサンソンとランスロットをこっちに!」

 

『了解! 直ぐにレイシフトさせるけど時差の影響で到着は少し遅れる! あと今計測したアーチャー、ニコラ・テスラだけど彼は高濃度の魔霧を纏っていた! 彼の雷電はそれを活性化させ、魔力のドレイン効果を持っている! 接近戦を挑む場合は気を付けて!』

 

「了解! ごめんマシュ、俺を運んで。皆、ダッシュでテスラを追うぞ!」

 

 起き上りながら回復薬を口の中に放り込み、煙を発しながら細胞を急速活性する。傷ついた組織を蘇生させながら素早くシェイプシフターを担ぎ、テスラを追いかける様に一気に大空洞から地下通路へと飛び込んだ。そこに即座にエミヤが追い付き、モードレッドの三人で並び、一気に地下通路を壁を、床を、天井を蹴りながら加速して跳躍する。来るときはその道を邪魔していたスケルトンやゴースト、ゾンビの類は()()()()()()()()()()()()()()()()。ニコラ・テスラが地上を目指す上でその道中にある姿を焼き払ったのだろう。あの魔力量であれば、歩いているだけで蒸発させられるだろう。

 

 そのおかげで、一気にこっちが前へと追いつける。

 

 ―――そして、見えた。雷電が。

 

「愛歌、魔力を回せ!」

 

『もう、無茶のし過ぎは駄目よ?』

 

「俺が剥がす!」

 

「おう、任せたぜ!」

 

「我が骨子は捻じれ狂う―――」

 

 バスターライフルに変形、一気に目撃したテスラへと飛び込んで行きながらトリガーを引き、奥義を叩き込む。テスラの纏う魔霧が雷電により活性化し、それが急速に魔力のドレインを行う―――これが通常の英霊であればそれこそ霊核すら吸収されていたのかもしれないが、カルデアのサーヴァントは霊核が全てカルデアに保存されている為、そんな心配はないし、自分は()()()()()なのだから、魔力欠乏による壊死のみを覚悟すればいい。

 

「消し飛べ開拓者! 人類史におけるお前の出番はもう終わったんだよッ!」

 

()()()()かっ! 未来を担うべき星と人の英雄、そう謳うのであればこの私を止めてみせるのだ! 困った事に()()()()()()()()()()()()()と今の私は思っていて歯止めが聞かないからな! はっはっはっはっは!」

 

 魔霧と奥義が衝突し、大きく吸収、減退、減算、分散、解体しながらも貫通したそれが雷電のバリアによって弾かれた。咆哮を響かせながらバスターライフルのトリガーを二度、三度、四度、五度、砲身が焼け付くまで連打する。その為の魔力を捻出するたびに急速に魔力を吸い上げられるが、梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放つ度に魔霧が消し飛んで、テスラの本体が露わになるのが見える。そしてその姿を見せる前に先に砲身が焼け付いた。故に弓へと変形させ、後ろから飛んできた矢を掴みながら、それで最後の一本を射る。

 

「―――梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)ァ!」

 

「ぬぅっ!」

 

 壊れた幻想を織り交ぜながら放たれた矢が爆裂しながら地下通路の壁を削りながらテスラの守りを引きはがした。その瞬間に灼雷を纏ったモードレッドの剣が一気に斬りこむ様に飛び込んだ。

 

我が麗しき(クラレント・)父への叛逆(ブラッドアーサー)―――!」

 

 灼雷がテスラの体から溢れ出す迎撃の雷撃と衝突し、そして一方的に()()()()。その事にモードレッドが驚愕の表情を浮かべたが、即座にエミヤによる援護射撃が入る。偽・螺旋剣が迎撃の雷電と衝突、爆発しながらモードレッドを後方へと吹き飛ばした。それと同時に大戦斧へと変形させながらテスラへと飛び込んだ。呼吸を整えながら一気に大戦斧を振るう。

 

お前はここで堕ちろ(復讐者:苦痛耐性:戦闘続行)……!」

 

 迎撃の雷電に体を貫かれたまま、大戦斧を振り下ろしてテスラを殴り飛ばした。一瞬ショックで神経が操作を失った―――いや、錬金術、そして科学と言う物が肉体に混ざっているからこそ雷電に反応してしまった、と表現すべきかもしれない。とはいえ、苦痛を無視すれば、動けない範囲ではない。牙を剥きながら雷電に体を貫かれながらも無理やり魔力で心臓を掴み、それを動かして自分を生存させる。

 

「しゃらくせぇ! 死ねと言ったはずだ開拓者ァ!」

 

「フハハハハ! チャージアップ、充・電・完・了!」

 

 先ほどの二倍の雷電に貫通されながら大戦斧で殴り飛ばした。テスラを吹き飛ばした先で矢が弾着し、爆裂しながらそこにモードレッドが灼雷なしでの拳を叩き込むが、モードレッドのそれだけを的確にテスラが受け流し、そしてカウンターに蒸発させるだけの熱量を誇る雷電を叩きつけてくる。

 

「うるせぇ! くたばりやがれ!」

 

 それを紙一重で回避しながらカウンターで拳をモードレッドが叩き込み、テスラが後ろへと大きく跳躍した。テスラの動きを見る限り、彼は英霊ではあるが()()()()()()様だった。つまり戦いと言うフィールドでは此方の方が遥かに有利。しかし、

 

「―――地の英雄にしては中々良くやると褒めたい所ではあるが、時間切れだ!」

 

 テスラが再び雷電のバリアと魔霧の結界を纏った。チ、と吐き捨てるモードレッドが後ろへと一気に跳躍するのと同時に、テスラの周囲を雷のリングが幾重にも展開された。

 

「その健闘を称え、御覧に入れよう! 人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!」

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 鋼さえあっけなく蒸発させ、天地の英雄を抵抗もなく蒸発させる()()()()()()()()()()()の雷が放射状に放たれた。それに割り込む様に展開された熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)の七つの花弁は属性違いからか、高い効果を発揮できずに一枚一枚と剥がされて行くが、其れに割り込むようにマシュが飛び込んだ、

 

「ハァァァァァア―――!」

 

 大盾を振り回す様に雷電を殴りつけると同時に宝具による防壁が稼働、それが宝具の雷電を捻じ曲げて地下通路へはね回すが、一切後方の此方へとは流さない。それを見て、テスラが楽しそうな表情を浮かべる。

 

「素晴らしい! 実に素晴らしい! 人類の明日を担う星と人の英霊がこんなにも輝き、そして力を見せている―――さあ、いざゆかん、我らの決戦の地、バッキンガム宮殿へ!」

 

「あ、こら、逃げるんじゃねぇ!」

 

 雷電を纏ったテスラは電磁加速によってほぼ射出されるような速度で地下通路を抜けて行く。それを追いかけようとして一瞬だけ視界が眩むが、それを悟られないように逆に足取りをしっかりとし、踏み込みながら口の中に回復薬を放り込み、グラスを砕き割った。液体を喉の中に流し込みながらビンを口の中から吐き捨てる。

 

「追撃! 追撃―――! というかドクター! 援軍は!!」

 

『ごめん、まだレイシフトの時差に囚われてる! 後10分はかかる』

 

「おいおい、あの速度で10分もありゃあバッキンガムは余裕で到着できるぞ!」

 

「なら話は簡単だろうが! 俺達でどうにかするんだよ!」

 

「全くやりがいのある職場だな、ここは」

 

 エミヤの苦笑を耳にしつつも、再び一気に地下通路を駆け抜けて行く。最初降りた時は大量のザコがその道を塞ぐように邪魔をしていた。だが今はその気配は欠片も存在せず、床と壁も、高圧電流の接触を受けて完全に焦げ、所々では燃え上がってさえいた。それが今、相対しているニコラ・テスラと言う存在がどれだけ凶悪であるのかを証明していた。こういう状況だからこそクー・フーリンの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)が一番欲しくなってくるのに、そんなときに限ってまさか即死しているとは思いもしなかった。

 

 しかし、

 

「天・地・人・星、か」

 

「えーと……サーヴァントの分類だっけ?」

 

 立香の言葉に走りながら頷きを返す。

 

「天の英霊は神話に属する存在。地の英霊は伝承に属す英霊。つまり創作や伝説といった、確証の取れない存在、神秘のグループと言ってもいい分類だ。これに対して人は近代史の明確にその存在を証明できる人物達、史実系サーヴァントと表現していい連中になる。最後の星グループがこれが一番特徴的で人グループの中でももっと星から役割を得た存在に対して与えられる属性だった……筈だ」

 

「先輩、ニコラ・テスラとは近代史において雷に関する謎を解明した人物です。人類史に電気の概念を神から人が操る道具へと形を落としたのは彼の偉業であり、今までは神や自然の産物であったそれを明確に人類の道具という形に落とした人です―――つまり、ドレイク船長と同じ、星の開拓者です。彼は電気が神の力ではなく、人間の道具であると証明した星の開拓者なんです」

 

「あぁ、成程……だから妙に天地属性を気にしてたんだ……」

 

「チ、オレが雷を使うだけじゃなくてそう言う意味でも相性が悪いのか、アイツは」

 

「神性特攻に続き今度は天地特攻かぁ……なんかゲーム遊んでるような気分になってきたなぁ……」

 

『うーん、データだけならたくさんあるし、冬木から進めて来たボク達の物語をRPGゲームにでもして遊んでみる? ツールはあるし……ま、それもこの特異点が終わってからだけどね!』

 

 じゃあ、と立香が苦笑しながら答える。

 

「この戦い、勝って終わらせないとね!」

 

 その言葉に答える様に地下通路の終わりが見え、一気に飛び出した。ロンドン、中央通りからバッキンガム宮殿へと向かって、巨大な雷の階段が伸びており、その上にはニコラ・テスラの姿が見えた。

 

「来たか―――来たか! 来たか英雄たちよ! 我が道を阻む勇者よ!」

 

 バッキンガムへと延びる大雷階段の上でテスラは嬉しそうな声を発していた。本気で相対するという意志を感じるのと同時に、本気で止めて欲しいという意志も混ざった、狂気による汚染をその瞳に感じた。英霊数騎分の霊核を保有したテスラは笑い声を響かせながら雷鳴を響かせる。それを受けて魔霧が活性化して行く。アレをどうにかしない限り、まともに戦えたものではない。それにまだ、カルデアからのレイシフトが追い付かない。

 

「宣言しよう! 私がバッキンガム上空に到達する事で我が雷電と魔霧は反応を起こし、爆発的に活性化しながらこのイギリス全土を飲み込むと! それによりこの特異点は破壊される―――さあ、貴様らにそれを止めようとする気概は!」

 

 テスラの言葉に、立香が僅かに唾を飲み込む音が聞こえ、そして背中に視線を感じた。

 

「皆、俺はこんな所で負けるとは思ってない―――だから、頼む」

 

 その言葉にマシュが前に出る。

 

「はい! 私達の旅はこんなところでは終わりません」

 

 エミヤが弓を取った。

 

「あぁ、だから―――」

 

 モードレッドがクラレントを構えた。

 

「テメェはここで―――」

 

 大戦斧を肩に担いで踏み出す。

 

「―――朽ちて行け」

 

 寸分の迷いもなく、憂いもなく、正面から殴り殺すという意志を込め、大雷階段の下から見上げる様にテスラを見上げ、テスラが笑った。

 

「よろしい、ならばご覧に入れよう―――真の雷霆たるものを!」




 連続更新、テスラは条件無敵の様なもんだから強いですねぇ……正直桜井でテスラと言われるとおじいちゃんの方を思い出す。


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ストーム・ハント・ショー・ダウン - 3

 戦闘開始直後に空が雷電で包まれた。一斉に雷撃が空から雨の様に降り注ぎ始めると同時に、魔霧が一気に活性化し始める。地下通路、そして大空洞の魔霧は全てテスラへと変形した―――だがここ、地上、大空洞よりも総量は多いだろう魔霧はまだまだ残っていた。即ち、ロンドン全域が現在、テスラの領域であった。既に地下通路から出たという時点で彼の攻撃範囲内であったが、短時間に二度も攻撃を経験すれば、

 

「対処の一つや二つ出来るに決まっているだろう!」

 

「なんと!」

 

 空へと矢が放たれ、それが雷鳴を一点へと集めた。一瞬で破壊されるが、流石に破壊は雷速よりも遅い。サーヴァントであれば十分に回避できる速度であり、エミヤが生み出した一瞬に合わせて一気にテスラの方へと向かって大戦斧を振りかぶりながら突貫する。再び纏っている魔霧を誰かが―――いや、己が剥がさないとならないのだ。そうしなければ誰の攻撃も届かない。故に自分を迎撃に来る雷撃を受けても、

 

「止まりはしないか!」

 

無論、末路は覚悟してる(≪復讐者:死狂い≫)

 

 死にたくないのと()()()()()()のでは全く違う話だ。そこらへんの分別に関しては此方で既に完了している。故に、激痛が走ろうが、逃げられない閃光が体を突き抜けようが、それを無視してバーサーカーの如く体を加速させる。アヴェンジャークラスは何よりもその戦い方と相性が良い。この痛みが魔力になる。この痛みを耐える為に力が湧き上がる。心臓が生かす為に破裂しそうな程加速する。魔力が体から溢れ出す。それこそ魔霧のドレインに負けない勢いで。

 

 チャクラを解放する。マントラを唱える。聖術を唱える。仙術を呼吸する。風水で往く。錬金術で武装を整える。東洋の体術技能で体を動かす。中東の外法で肉体のリミッターを解除する。そうやって複合魔術、技術、キメラとも呼べる状況で限界まで肉体を酷使する事で漸く、英霊と言う根本的にスペックの違う存在と正面から殺し合える。

 

「ぉぉぉおおお―――!」

 

 大雷階段へと一気に飛び乗り、渾身の魔力撃を振り下ろす。それは鋼鉄を殴る様な感触と共に魔霧と接触し、その一部を一気に吹き飛ばした。その内側から迫る即死級の雷撃を横へと素早く筋肉を断裂させながら回避し、魔術と細胞活性での固定でむりやり動く様に操作しながらノンストップで避けた先から弓へと変形、梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放った。至近距離からの砲撃がテスラを叩きつけるが、雷帝は魔霧を千切れさせながらも雷電による迎撃を行い、逆方向へと跳躍しながら()()()()()()()()()していた。

 

「フハハハ! 電磁浮遊であるとも!」

 

「理由を創れば何でもやっていいって訳じゃねぇぞ!!」

 

 屋根の上に着地し、直後、横へと大きく跳躍しながら曲射する。上へと放った矢が空中で弧を描きながら古代の奥義となって頭上からテスラめがけて落下して行く。頭上を奪った瞬間から光になってテスラを滅ぼさんとするが、電磁加速により一気に速度を加速させているその姿に掠りもしない。見てくれはアホっぽいが、その実力は化け物だった。

 

「しゃら、くせぇ―――!」

 

 そこにモードレッドが魔力放出をジェット噴射の様に加速させながら飛び込んだ。灼雷の尾を引きながら飛び込むがテスラはしかし、そこから放たれる斬撃を回避する。直後、100に分裂した剣の矢が一斉にテスラを包囲する様に襲い掛かる。全方位に雷電を放出し相殺した姿に、

 

 ―――正面からマシュが突貫した。

 

「フハハハハ! いいぞ! その調子だ!」

 

「くっ、まるで要塞を殴っているような……!」

 

 雷撃を大盾で完全に遮断しながらもそのまま叩き付ける様にテスラを殴り飛ばした―――しかしマシュの言葉から聞こえる通り、反応は良くない。笑いながらテスラはバッキンガムへと向けて飛翔して行く。まともに戦わず、そのままバッキンガムへと向かうつもりか、そう判断した直後、雷鳴が夜空を轟く。そしてそれは閃光と共に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぬぅっ!?」

 

「おいおい―――そりゃあゴールデンじゃねぇぜ」

 

 寸前の所でテスラが大きく飛翔し、階段から外れて屋根の上でホバーして動きを止めた。その進撃を阻んだ人物は―――実にゴールデンだった。短い金髪の髪に黄金のアクセサリーの数々、そして大きく開けられた胸元から見える見事な胸襟―――凄まじい程にゴールデンな男だった。カラーグラスを装着した男はテスラの様に雷鳴を響かせ、帯電しながらも雷神の斧をその肩に担ぐように構えていた。それは真っ直ぐテスラへと向けられていた。

 

「おうおうおう! お前、聞こえねぇのか、苦しい、痛い、暑い、助けてと叫ぶ焼却された人々の声がよ。聞こえねぇのか、助けを呼ぶ声が」

 

「貴様は……成程、我が雷電とここに停滞した魔霧の反応によって召喚されたサーヴァントか! あぁ、そして答えよう! 普段の私であるならば英国紳士としてこのような恥ずかしい行いは出来ないだろう……だが私は狂化されている! 其れもまた一興だと思うのだよ、我が雷霆によりこの人理を焼却する! それもまたスパーキングと思わないかね、ミスター・ゴールデン!」

 

「なら俺の答えは一つだ―――助太刀するぜ、大将。鉞担いだゴールデン、坂田金時っつー英霊だ。助けが必要そうだから無理やり来たぜ!」

 

「超、超ゴールデン助かります」

 

「はっはっは! 解ってるじゃねぇか!」

 

「あ、こら、何やってるんですか金時さん。そんなに雷起こさないでくださいよ、その静電気で尻尾の毛が立ってしまうので」

 

「おい、ここは戦場だぞフォックス……」

 

 金時の背後を追いかけてくるように和装姿の女―――獣人、らしき姿が出現した。金時にフォックスと呼ばれた辺り、狐系なのだろうが、それを考えているだけの時間や余裕はない。テスラが足を止めている内に素早くバスターライフルへと変形させようとしたところで、金時とフォックスを召喚し終わったロンドン中の魔霧が急速に濃縮、テスラの召喚時の様に一点へと向かって集まり始めていた。

 

「もう既にお腹いっぱいなんですけど……」

 

「頑張れ藤丸。どうやら特異点終盤でのボスラッシュは標準らしい」

 

「んー……長年女性関係で痛めて来た胃が急に再稼働を始めて来たぞ……!」

 

「おい、顔が蒼いけど大丈夫かアーチャー」

 

 段々とだが状況の収拾がつかなくなってきた所で、バッキンガム宮殿上空で濃縮されて行く魔霧はテスラの時と同様、召喚反応を示し始める。まさに怒涛の展開と呼べる凄まじい速度で、またこの場に新たに、おそらくは敵であるサーヴァントの姿が増えた。それは黒馬に乗った一人の女の姿だった。見覚えのある聖槍を片手に握り、ロンドンを見下ろす女は、

 

「かはっ」

 

「ち、父上が増えたぁ! 増えたぞ! ち、父上ぇ! そしてアーチャーが吐血したぁ!」

 

「カルデアに帰りたい……」

 

『ほ、ほら、不幸中の幸いで魔霧は減ったんだし、立香くんあと少しだけ頑張ろう! ね? ね!』

 

『ボスサンドイッチとか全く話に聞いてないわよ……これ、難易度調整狂って……あ、いや、待って。なんだかんだでオケアノスも十二の試練ヘラクレスとか用意されてたし脅威レベル的には変わらなかったわね、ふぁいとっ!』

 

 それはそれとして、明らかにロンゴミニアドが光っているし、回転しているし、星のエネルギーを巻き上げてパワーアップしている。テスラと同時にアレを相手しろというのか。普通に死ぬぞ。なんというか物凄く普通に死ぬぞ。マシュ以外はアレに耐えられる自信が無い。というか確実に無理だ。俺でさえどんなに全力を尽くしても真正面からバラバラにされる。梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)とぶつけ合っても多分一瞬で飲み込まれる。アレは格が違う。というか見てる。こっちを見てる。やはり姿は違っても中身は同じアルトリアなのか、こっちガン見してロンゴミニアド回転させている。これ、もうダメだろ。因縁ならエミヤの方にあるから仲良くロンゴミニアドで殺してやってくれ、こっちを見るな。

 

 今、脳内で、門司とトワイスとリンがサムズアップしながらこっち来いよ、つってるのが見える。

 

『いや、そっちに行くには早すぎるからね? まだまだ死ねないからね? それにほら―――此方も戦力は整ったわよ』

 

 愛歌が声を放てばレイシフトが発生する。ロンドンの戦場となっている市街地の屋根に霊子の燐光を散らしながらカルデアから送られてきた補充戦力が姿を見せる。ランスロットは真っ先に視線を槍のアルトリアへと向けて大きく吠え、沖田は素早く刀を構えて何時でも切り付けられる状態へと移行し、そしてサンソンはラヴ♡マリーと書かれた団扇を装備していた。

 

「いや、待って! サンソン! 武器は! 武器はどうした!?」

 

 えっ、という声が一斉に漏れ、サンソンの手の中にあった団扇へと向けられ、サンソン自身も黙ったまま、視線を団扇への方へと向けながら、それを何度か振るう。それで剣の動きを数度再現し、魔力を宿らせて屋根の一角を切り裂く。

 

「だ、大丈夫です! 戦えそうです!」

 

「そういう!! 問題では!! ないだろう!!」

 

「ほんとそれ」

 

「大丈夫―――マリアへの愛が限りなく僕を強くしてくれる」

 

「アイツバーサーカーだっけ? アサシンじゃなくて?」

 

「Not Arthur! Not Arthur!」

 

『一気に増えて煩くなってきたわねコレ……』

 

 ランスロットが指差しで芸に走っている辺り、サンソンに対する対抗心を覚えているのかもしれない。お前ら本当に英霊だよな? だったよな? そう思いながらも、先ほどよりは心が楽になって行くのを感じる。仲間が増えて戦力が向上したのが一つの理由だが―――それとは別に、煮詰まった戦場の空気が変わって行くのを感じられた。先ほどまでは控えめに言って()()があった。早くどうにかしないと、アレを倒さなくてはならない。そう言う空気が蔓延し、決死になる部分があったのだ。

 

 だが今、カルデアからの増援と金時とフォックスが登場し、軽い風が流れ始めるのを感覚的に捉える。淀んだ空気を押し流し、カルデアらしい空気が流れ始めている。立香へと視線を向けてみれば、汗を掻いているのは見えるが、必要以上に緊張しているのは見えない。()()()()()の状況に変わりつつあるのを彼も感じ取っているのだろう。ともなれば、流れは、

 

『完全に此方が取ったわね』

 

 愛歌の言葉に同意し、立香の言葉が響く。

 

「戦場を二つに分ける! テスラ対応班はエミヤ、先生、ゴールデン、フォックス、沖田! アルトリアに対応するのはランスロット、モードレッド、サンソン、マシュで! フォックスさん良く解らないんでゴールデンとセット運用ですけど問題ありませんかねぇ!」

 

「あ、私、天に属す英霊というか反英霊ではありますが、それはそれとして、あの程度の雷撃に当たる様な事はしませんのでそれで大丈夫ですとも。それと私の真名、名を玉藻の前、気軽にタマモちゃん、とでもお呼びくださいマスター」

 

「うわきつっ」

 

「今言ったの誰だ」

 

 軽い笑い声がロンドンの空を駆け巡り、それを喉から漏らしながらも跳躍、場所を入れ替える様に決戦に向けて居場所を切り替える。同時に装備も切り替え、前衛は金時に任せ、完全に迎撃と援護へと向けて装備を弓へと変形させる。軽く看破するだけしてみたが、あの坂田金時、どうやら超がつくレベルでの一流のサーヴァントらしく、まともに戦った場合、勝てる方法が自分には見いだせない。つまりは素直に前衛を其方に任せた方が有利だ。戦場を二グループで分けた所で、金時、そして玉藻、エミヤに並ぶ。

 

「そういう訳でよろしく頼むぜ。俺の背中はそっちに預けるからな」

 

「日本でも有数の有名人にそう言われると光栄だ」

 

「恥ずかしいからんな事を言わないでくれよ、手元が狂っちまうわ。おう、フォックス。お前、俺の召喚にタダノリしてきただけなんだから無茶するんじゃねぇぞ」

 

「言われなくてもサポートしかしませんよ……はぁ、英国への召喚と聞いたから期待していたんですけれど、それがこんな結果になるとはなんとももはや、我が運ながら、呆れ果てたものですね」

 

「ま、戦力が増えるのは此方としては大歓迎なのだがね」

 

 大英雄に大反英雄、それが援軍として戦ってくれるならこの上なく心強い。ロンゴミニアドのアルトリアに関しては―――心配する必要はないだろう。そもそも原典からして()()()()()()()()()()()のだから、後はどれだけ数の暴力でアレを押し込めるか否か、だ。寧ろ大変なのは此方だろう。

 

 故に、

 

「さあ、我が悪逆を止めんとする英霊達よ! 準備は完了したか? であるならば最終ラウンドのゴングを鳴らそうではないか!」

 

 浮かび上がったテスラの宣言と共に、ロンドンにおける戦いの最終ラウンドが幕を開けた。




 という訳で乳上乱入でvsテスラ&乳上のボスサンド状態へ。

 ここら辺から全体的な難易度が爆上がりして行く方針で。そう、つまりは今までがチュートリアルだったのだ。これからは地獄が見れる事でしょう。色んな意味で。

 そしてゴルフォ、出番だぞ。


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ストーム・ハント・ショー・ダウン - 4

「―――さあ、それでは私の世界へとご招待しようか」

 

 初手はエミヤが撃った。アルトリア・ランサーと挟撃されないように固有結界が展開され、ロンドンの街並みを剣の丘で上書きする事に成功した。その中でテスラは驚いたような表情を浮かべ、金時と玉藻もまた、少し驚いていたような気がする。だがそんな事に気にせず、全速力で動く。適当に近くの剣に触れて引き抜けば、それが即座に矢に変形する―――これはエミヤと事前に仕込んだ連携だ。剣の丘で自分が戦う場合、こうやって刀剣を此方が引き抜いた時に自動的に矢へと変形させてくれれば、俺でも宝具矢の射撃を行える為、それだけで殲滅力が一気に上昇するという寸法だった。シンプルであるがしかし、効果的な戦術。

 

 故に一切迷う事なく宝具矢を三矢、一気に大弓へと変形したシェイプシフターへと番えた。この状態で奥義と共に打ち出せばその威力は、

 

『―――一矢、一矢が()()()()()()()()

 

 弓から放たれた梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)が空間を貫通しながら真正面からテスラへと向かって行く。一つ一つが直径十五メートルほどの砲撃の形状をしているそれが正面から二つ、そして同時に放たれた曲射によって上から一つ落ちる様に襲い掛かってくる。それに加え、剣の丘に存在する無限の剣達が一斉に飛び立ち、無限に地獄を形成する為に降り注ぎ始める。笑いながらテスラは魔霧を電磁バリアーを展開しながら降り注ぐ剣雨の中へと雷電を降り注がせながら突撃した。

 

「金属を弾くか!」

 

「凡そ、我が英知は万能であり、我が雷電に不可能はない!」

 

 電磁バリアーを幾つかの剣が貫通しているが、高速移動でテスラがそれを回避しながら雷撃を放射する様に放って行く。それを追いかけるように正面を塞がないように、走りながら丘から剣を引き抜き、それを素早く曲射にて放つ。大きくカーブを描き、頂点に到達したところで砲撃となって頭上から降り注ぐ対軍攻撃がテスラの道を塞ぎ、その行方を追い込んで行き、その姿へと向かって正面から金時が接近する。テスラの放つ雷撃を金時が喰らうが、逆に金時が活性化するのが見えた。

 

 テスラの雷を触媒に召喚された英霊―――おそらくは聖杯が呼び出したカウンター存在なのだろう。

 

黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)ッ―――!」

 

「良い電圧だミスター・ゴールデン!」

 

 魔霧を消し飛ばしながら鉞とテスラの雷撃がぶつかり合い、テスラが弾かれた。差がありすぎる金時の筋力に対してテスラの方が全く対応できていなかったらしい。その姿を逃がす訳もなく、素早く矢雨を降り注ぎ、砲撃として連続でテスラを狙い、その動きを制限と攻撃に連続させて行く。急速に消耗される魔力に体が悲鳴を上げ始めるが、それが一瞬を超えて安らぎはじめ、楽になる。

 

「頑張るのは宜しい事ですが、それはそれとして、無理は禁物ですよ」

 

「すまん……が、これぐらいしか出来ない」

 

「男の子っていつもそうやって張り切りますねー?」

 

『そういうもんだからねー』

 

 お前ら仲良く喋ってないで助けろよ、と思いつつも矢を放つ。テスラも大分本気になり始めているのか、纏う雷電の総量が一気に上昇しているのが見えた。空間そのものが帯電しながら自動的に攻撃を行っており、前線にいる金時なんかはほぼ常にその雷撃を受けていた。剣雨と対軍砲撃を受けながらもそう、ニコラ・テスラと言う規格外の天才は未だに動いていた。玉藻と言う超ド級の術師が後衛から常に呪術による行動、能力制限でテスラを削り、奪い取った分を分配しながら味方の強化を行っているのに、それでも天才は戦い続けていた。

 

「狂化されようとも、私には矜持がある! ただで敗北する事は出来ん! 人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)―――!」

 

 超高密度のプラズマ化電流が固有結界内を蹂躙する様に放たれた。即座に展開された熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)と五連対軍砲撃がぶつかり合いながらも相殺―――されること無く、突き抜けながら()()()()()()()()()()。魔力と神秘否定の星の開拓者。それが本来のルールを無視するような極悪さをここに証明していた。

 

「おや、無銘さん辛そうですね」

 

「解っているなら手伝いたまえ!」

 

「はいはい、解っておりますとも―――というわけで水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)! 月の方では産廃と騒がれていたこれも、現在の霊基であれば―――」

 

 剣の丘を上書きする様に無限鳥居の固有結界が展開された。彼岸花が咲き誇る世界はエミヤの固有結界から場所を替え、新たな固有結界とも取れる世界だった。おそらくは玉藻の能力なのだろう。剣の丘が消えた事で対軍射撃が消えたのが非常に辛い話であるが、その代わりに魔力を感じ取る。損耗を一切感じない。戦闘中に消費された消耗が一気に満たされ、常に満たされている状態へと回帰しながら、テスラとの戦いで得た全てのダメージが回復されるのを感じ取った。

 

「あくまでも回復ですから過信はなさらずに。死なない訳ではないですので」

 

 玉藻のそんな言葉を耳にしながらも弓を構え、一気に飛び込みながら矢を放つ。回復による無制限の魔力が解禁になった為、自前と回復する魔力によって地力で対軍射撃を行う事に切り替える。皮膚が千切れる感触を感じた次の瞬間にはそれが再生する。何とも戦いやすい空間だと思いながら、金時が動きやすいように砲撃での支援を続行する。鳥居の上からテスラの動ける場所を制限する様に速射し、その動きを大雑把に制限する。その隙に金時が一気に接近し、技巧による近接戦闘が始まる。

 

 そこにエミヤの矢が割り込む。

 

 エミヤの矢は此方の大雑把な介入とは違い、もっと細かく狙われた物であり、テスラの攻撃へと入ろうとする意識の瞬間、動きの基点を創ろうとする瞬間、金時の攻撃に対して反応を行おうとした瞬間を狙う様に妨害する矢だった。それも普通の矢ではなく、金属ではない石剣を矢に変形させたものを使っている―――テスラの電磁波に影響されないように。そしてそれでテスラが意識を向ければその瞬間に金時が鉞で殴り飛ばし、無視すればそのまま矢が突き刺さる。エミヤとの動きに関してはカルデアで予め連携を組んであるが、金時との方は即興だ。それでも全体としての動きは、

 

 非常に完成されていた。だが相手もまた英雄。そのまま倒れる事は良しとしない。再び宝具級の雷電がテスラから放たれ、結界内に大穴を穿たれる。エミヤの固有結界でやった事である為、多少のダメージを覚悟で再びテスラが結界破りを決行したのだ。

 

「逃がさん!」

 

 生み出された出口から引きはがす為に射撃するも、それを食らいながら強引に突破した。

 

「宝具を解除します」

 

 空間から逃げられたのであれば何時までも展開している意味もない。テスラを追いかける為に宝具が解除される―――その瞬間、

 

「―――受けたまえ(人理神話・雷電降臨)!」

 

 解除された宝具から出現した直後を狙ってテスラが宝具を放った。瞬間的に迎撃と防御の攻撃、宝具が回るが、出力が違いすぎる。軽減し、即死とまではいかぬも、

 

「がぁっ―――」

 

 雷電が体を突き受け、その衝撃のままに体が屋根の上から数百メートルと言う距離を一気に吹き飛ばされた。衝撃と共にぶつかり、体を建造物にめり込ませながら漸く飛行から解放される。腰のホルダーに保存してある回復薬を引き抜き、それを口元へと運び、ガラスをかみ砕いて中身を喉の中へと注ぎ、ガラス片を吐き捨てた。

 

「クッソいてぇ……」

 

『筋肉断裂、胸骨骨折、内臓出血、体が所々炭化しているわね』

 

「ならまだ戦えるな。死ななきゃ安い」

 

 一本じゃ足りない。そのままもう一本口の中に放り込んで飲み干し、造血丸を飲み込んで血液の補充を行っておく。愛華の心臓のおかげで一番中毒性の高い魔力回復薬を飲まなくて済んでいるのが幸いか、アレは最悪人を廃人にする様なものなのだ。ともあれ、ちょっとだけキレた。というか割とブチギレた。体をめり込んでいた()()()()()()から引きはがし、視線を背後へ、そして下へと向けた。

 

「ビッグベンか」

 

『世が世なら発狂しそうな光景ね……』

 

 愛歌のその言葉を聞きながら飛び降りながらシェイプシフターを変形、大戦斧に変えてビッグベンが落ちてくるように根元で切り込みを作り、こっちへと落ちてくるように調整した。

 

『えっ』

 

 倒れてくるビッグベンへと飛び上がって腕を突き刺し、脳のリミッターを解除、筋力を増強、変容を虚ろの英知で疑似的に再現、リソースを全て筋力へと回し、無理やり倒れてくるビッグベンを空中で背負うような形にしてからそれを―――投げた。真っ直ぐ、大雷階段の方へ、テスラと金時が接近戦を繰り広げている方の場所へ。

 

「金時! これで殴れ!!」

 

『えぇ……』

 

 ぶちぃ、と筋繊維が千切れながらも再生する音を聞きながら、ビッグベンを投げ渡した。その姿、状況、そして投擲された武器に対してニコラ・テスラが理解を超えてしまったのか完全に動きが停止した。だが金時の方はまるでやべぇ、という楽しそうな表情で飛び上がり、

 

「―――受け取ったぜ(≪怪力:A+≫)……!」

 

 それを()()()()()()。その姿をテスラは完全に固まったまま眺めており、ビッグベンに金時が雷撃を充填させた時点で、漸く正気に戻った。自分に迫りつつある超大質量の鈍器、其れに雷電がチャージされ、これから叩き付けられるそれがどんな効果を発揮するのか、ニコラ・テスラは瞬時に悟ったのだろう。それを目撃したテスラはもはや笑うしかないと、大声で笑い声を上げ始め、飛びかかる様に、薙ぎ払う様に金時がビッグベンを振り下ろしてくる。

 

「こいつが友情のゴールデン・クロックタワー・スパァァァック―――!」

 

「その友情、ちょっと破壊的すぎやしませんか?」

 

 玉藻の冷静なツッコミが冴えわたる中で、ビッグベンにテスラの姿が音速でめり込んだ。そのまま大雷階段を触れた場所から消し飛ばすようにビッグベンを薙ぎ払い、筋力A+、そして怪力A+という超規格外の筋力の暴力で触れたそばから歴史ある遺産で破壊し、片手でその大質量を振り抜いて完全に消し飛ばした。

 

 それが完全に振り抜いた後にはもはやテスラの姿も、大雷階段もその姿が残されておらず、見えなくなったところでビッグベンをロンドンの中央通りに突き立てる様に落としながら着地し、イエェーイ、と叫ぶ姿がビッグベン跡地からは見えた。

 

『なんというか……神話で山投げとかの記述を見るけど、本気出せば割とどうにかなるのね、人類って』

 

「まぁ、山と比べるとまだビッグベンは軽い方だからな」

 

『それでも正直、普通はビッグベンを鈍器に使うって発想はないわよ……』

 

 呆れた様な愛歌の声を聴きつつも、しょうがないだろう、ブチギレたのだから、と答える。それにこの特異点を修復したらこのビッグベンアタックもまた歴史の闇に葬り去れるので、それでどうにか許してほしいと思う。

 

『英国市民が心臓ショックで死にそうな光景だったわねー……』

 

 ふぅ、と息を吐きながら壁の上に座り、魔術を使って自己回復を行っていく。今回も、本当に何とかなったな、と溜息を吐きながら勝利を実感した。少し離れた場所では立香の指揮で複数の英霊が動いているのが見える。最初と比べると見違えるような成長を見せているあの少年も、漸く半人前と呼べる様な領域にまで上がってきたな、と思う。

 

 もう一度、ふぅ、と息を吐いた。流石に今回は疲れた。いい加減、暖かいシャワーでも浴びて、泥の様に眠りたい。

 

『ま、それぐらいの贅沢が許されるぐらいには頑張ったわね、よしよし』

 

 愛歌が頭を撫でてくる。その事に気恥ずかしさを感じながらも、抵抗するような気力は自分にはなかった。後はもう、聖杯を回収して終わりだ。

 

 長い、ロンドンの霧中探索も、漸く終わりが見えた。

 

 特異点探索が全て完了して生きていたならその時は……今まで特異点で回った場所、その現代の姿を再び見て回るのも悪くはないのかもしれないなぁ。そんな事を考えつつ、立香の指揮する戦い、その形勢が此方側へと少しずつ傾いて行く姿を眺めていた。




 これにてボスラッシュは終わり!!!

 真のラスボスが来るぞ!! お前のとーちゃんけしかけるぞ!! なんでもいいから帰って来い……帰って来いよ……。


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答え - 1

「おーつーかーれーさーま―――!」

 

 立香の声と共に完全に脅威が消え去ったのが確認できた。ニコラ・テスラも、アルトリア・オルタももはやその姿はロンドンにはなく、残されたのは戦闘による被害だけだった。魔霧もその大半はテスラとアルトリアが食ってしまった為、光輪が存在する大空が現在ロンドンの上空には見て取れた。とはいえ、これ以上英霊が召喚される事はなく、残された作業は聖杯の回収だけであった。長く、そして苦しい戦いだっただけに感慨深ささえある。それに、なんといってもこれで第四特異点なのだ。そう、全部で七つの特異点、その内四つを攻略したのだ。

 

 残りは五、六、そして七。それが終われば人理修復完了だ。漸く、半分を超える事に成功したのだ―――実に、長かった。こんなポンコツの体でも、何とか引きずってここまで頑張ってこれた。正直な話、第三特異点辺りで死ぬんじゃないか? と最初は思っていたりもしたのだが……どうやら、まだまだ存分に戦えるらしい。結構派手にダメージを食らったが致命傷に繋がるものが今回はない。だからゆっくり休んで、傷を癒して第五特異点に備えれば最後まで戦い続けられるかもしれない―――少なくとも簡単に命を投げ捨てる様な事はもう、出来ない。先に死んでしまった者達の為にも、俺は生きなくてはならない。後マリスビリーの顔面に一発叩き込むまで死ねない。

 

『アイツのヘイトの集め方に関してはもはや天性のものを感じるわね』

 

「まぁ、死んじまったから何を考えて、何に備えていたのかはもう解らねぇんだがな」

 

 そう、気になるところは()()だ。

 

 ―――マリスビリーは何に備えていたのだ?

 

 人理焼却というものを見ていたのはまず間違いがない。だが星殺しの兵器、大量の殺戮兵器、戦争を想定したかのような物資の数々―――正直、カルデアに積載されている本来の物資の量はあのテロさえなければ()()()()()()()()()()()()()()()レベルで備わっているのだ。それはまるで、最初からカルデアが隔離された状況を想定しているようなもので、自分やマシュを用意し、英霊を召喚できるように手回ししたマリスビリーの手腕には不気味さすら感じる。とはいえ、彼が既に死んでいる事は事実だった。どうあがいても正解を取り出す事は出来ないのだ―――その娘であるオルガマリーさえほとんど死んでいるような状況なのだから。もはや、聞き出す方法は存在しないだろう。

 

「はぁー……疲れた。後はもう聖杯を回収するだけだわな」

 

『本当にお疲れ様……何とかここまで来れたわね。それがこの先続くとも限らない訳だけど』

 

「そう言うな愛歌。俺だって明日が怖い」

 

 そう、怖い。明日が怖いのだ―――死ぬかもしれない明日が来るのが怖いのだ。この恐怖こそが人間性、人間らしさ。自分が人間であるという事の証明でもある。難しい話だが、人間らしさというのはやはり、多くを経験してこそ漸く理解に至れるものだと思う。少なくとも、喜びも悲しみもありとあらゆる形で貪ってきた自分には、人間という生物の形が良く見える気がする。

 

『童貞だけどね』

 

「童貞じゃない。守ってきたんだ……宗教的には偉いんだぞー」

 

『信仰心を欠片でも持ってから言ってみなさいよそれは』

 

 まぁ、それもそうなのだが。苦笑しながら回復薬をもう一個口の中に放り込み、細胞の活性化と体力の補充を感じ取る。寿命を縮める行いではあるのだが、そうだとしてもこれなしで自分が戦う事は出来ない。そこら辺はマシュが少々羨ましい。攻撃力に欠けるが、あの圧倒的な防御力は一生変わる事のないポジションだろう……とはいえ、マシュにも寿命がある。このグランドオーダーが終わるギリギリの頃に寿命、だろうか。今まで集めて来た聖杯でその問題を解決できるかどうか、といった所だろう。

 

『あんまり期待しない方がいいわ。生み出すのは得意でも聖杯はそういう寿命を延ばすような行いは苦手だわ。聖杯でそう言う事を願おうとすればマシュを不死者にするぐらいの事をしでかす必要があるわね』

 

「夢がないねぇ……まぁ、そんなままならなさが現実か」

 

 相変わらず救いがない。そう思っていると立香が此方へと向けて手を振ってくるのが見える。どうやら聖杯の回収へと向かうらしい。どっこいしょ、と声を漏らしながら一回だけ、ビッグベン跡地へと視線を向けてから、心の中で正直すまんかった、と軽く謝っておく。ただテスラへのトドメになったのは事実なのだ、そこだけは喜んでほしい。少なくとも良い活躍だった。割と世界遺産クラッシュにハマった感じあるので、次の特異点でも見かける様な事があればぜひとも実行してみたいと思う。

 

『どこの大統領秘書よ……でも、まぁ、気持ちは解らなくもないわ。世間一般に価値があると思われるものを、思うが儘に壊せたらきっと爽快そうね』

 

 その対価が犯罪者と言う烙印である―――全く持って割に合わない。そんな世の中だからこそ上手く回っているのだろう。ともあれ、十分に体力は回復してきた。一回、口の中に詰まった血を唾で纏めて吐き出しながら立香達へと向かって軽く跳躍しつつ接近する。モードレッドが手を出しているので、それに合わせて軽くハイタッチを決める。

 

「お前があの時計塔ぶん投げる姿見てたぜ。超ロックじゃねぇかよ。なんか独り言の多い変な奴だと思ってて悪いな!」

 

「気にするな。ただアレは絶対やらない方がいいぞ」

 

「なんでだよ」

 

「超ハマる。二回目超やりてぇ。実際ぶん殴れた金時超羨ましい……」

 

 マジか、と両目を輝かせるモードレッド、やっぱり反社会的な活動に対してはどうあがいても心惹かれる場所が存在するらしい。でも気持ちは解る、気持ちはよーく解るのだ。そしてロマンや遊びに対して割と理解があるらしく、金時の方もかなりノリ気だった。なんだかこうやって金時とモードレッドの三人で話すと、中学のワルガキ三人組みたいな空気が出来上がりつつあった。まぁ、実際、やった事はその範疇を超えるのだが。ともあれ、

 

「―――さっさと聖杯回収して終わらせよ! 俺、もう疲れたよ」

 

 立香が両腕をだらりと下げて、疲れたというアピールを全身で見せていた。その姿に笑い声を零しながら、再び地下通路へ―――アングルボダのある大空洞へと向けて歩みを進めた。

 

 

 

 

「―――正直、マリー団扇でレイシフトしてしまった時はこれ、終わったな……と思ったもんですけど何とかなりましたね」

 

 そう言ってサンソンはボロボロになっているマリー団扇を見せた。

 

「寧ろそれでなんで父上のロンゴミニアドに対して一回打ち合えたんだよ……ありえねぇだろ。アレ聖槍だぞ、聖槍! 不貞野郎でさえぶっ飛ばされたってのに」

 

 話題に上がったランスロットはサムズアップを向けた。地下通路を歩きながら話を聞いている感じ、対アルトリア・オルタ・ランサー戦はランスロットと沖田が相当暴れ回ったそうだった。召喚された直後、街に対して一切の破壊を行わなかったアルトリアに対しては寧ろサンソンの方が無力で、近接戦闘を挑む羽目になったのだが―――何故あのドルヲタは生きているのだろうか、と言う驚愕さえ感じる結果が繰り広げられていた。とはいえ、召喚されたアルトリアは最終的には()()()()()()()()()()()()()()()らしく、アロンダイトとクラレントの同時攻撃にあえなく散ったそうだった。向こうも向こうで、相当な激戦を潜り抜けたらしい。

 

「ワイルドハント……父上がロンゴミニアドを使った果てがあんな姿だってなら、エクスカリバーを使い続けてて正解だったのかもしれねぇな。正直、ちゃんとした人間かどうかすら怪しいって感じがあったしな。まぁ、クソニートが面倒見てるんだからロンゴミニアドを握って戦う父上はIF以上の存在にはなれねぇんだろうな、きっと」

 

 口は悪い―――しかし、どこかでなんとなくだが、同僚の事を信じているという部分も感じられる。其れはそれとして、さっきからモードレッドがずっとランスロットにローキックを叩き込みながら歩き続けている為、地下通路にガンガンと金属音が響き続けている。正直煩い。

 

『けど、賑やかよね。余りない経験ね』

 

 愛歌の事だからもっと、こう、ちやほやされる人生かと思ったのだが。

 

『うん? 特にそんな事はないわよ。所詮は神の贄として用意された偶像よ、私は。生まれついて根源接続者だからなんでも解るし、それが原因でどうあがいても同い年の子と付き合うのは億劫だったわ。だから、まぁ、家族付き合いだけはちゃんとしてたのよ。それは替えのきかないものだし―――それでも、一番大事なものが出来たらそれ以外を全て切り捨てそうな、危ない存在が私だったんだけど』

 

 だが愛歌はそうならなかった。

 

『えぇ、ならなかったわ。なれなかったわ。私と言う存在をブレさせずに繋ぎ止める貴方がいたからね。だから私の生活は平々凡々なものよ。貴方がドラマチックで何も得る事のない人生だった代わりに、私は平凡で得るものしかない人生だったわ。素晴らしく意味のない仕組みね。作ったやつの正気を疑うわ』

 

 口を開けば自然とカミに対する恨み―――まぁ、お互いにそれだけの不満があるのだから、当然と言えば当然だ。

 

 そんな風に適当に馬鹿話や愚痴で時間を潰しながらもはや魔霧のない地下通路を進んで行くと、漸くその終わりが見えた。事前にテスラが全てのエネミーを滅ぼしたのが原因で、驚く程何事もなく到着してしまい、今回の聖杯探索は本当に終わったんだな、と実感できた。到着した大空洞の奥、そこには壊れてもはや動く事のないアングルボダの姿があり、後はそこに近づいて聖杯を回収するだけだった。

 

「―――オケアノスと比べれば日数は短めですが、その代わりにかなり疲れが圧し掛かる特異点でしたね」

 

「全部魔霧が悪い」

 

「クッソ活動し辛かったもんなぁ……」

 

 魔霧もこうやってなくなると何故か、少しだけ物足りなくなってくる。やはりロンドンと言えば霧の都―――そういうイメージが完全に脳裏に刻まれてしまっている事が原因なのだろうか? まぁ、全ては後の祭りだ。口々に終わって良かった、と苦笑しながら大空洞、聖杯へと向かって歩み進んで行く中で、

 

 ―――ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。

 

 足が止まる。その反応を見せたのは自分だけじゃなかった。英霊達は―――危機と言うものに対して敏感な者は誰よりも早くその予感を感じ取った。そしてそれに続くように立香も足を、そして手を無意識の内に震わせていた。

 

『……なんだこれは、空間に異常な反応を検知! ()()()がそっちに出現しようと―――ぐ、乱れが酷い! 映像がキレるぞ!! B班、存在証明だけは切らすな! こっちは映像の再接続を行う! A班はサポートに回れ! 皆、聞こえるか? ()()()()()、出現するだけで君達の存在証明を否定する程の大物が来るぞ―――』

 

 ロマニのその言葉と共にカルデアとの通信が切れた。予感―――予感がしていた。この場にいる誰もがその瞬間には予感していた。許してはならない()()()が接近している。それが今、出現しようとしている。全ての細胞が今、この瞬間に生きようと叫んで、警戒していた。無意識の内にシェイプシフターの虐殺機構を解除していたのに気付いた。本能的に一番凶悪な攻撃手段を、対抗手段として求めていたのだ、

 

 この―――俺が。

 

 そして、それは現れた。

 

 あまりにも静かな登場だった。空間ににじみ出る様に黒い影が滑り出て来た。軽い足取りで歩くように前に進み、シャドウサーヴァントの様な黒いシルエットで、ゆっくりと接近してくる。その存在を目視した瞬間から、敵対してはならない、逃げろと本能が警報を鳴らしているのが理解できた。

 

「―――魔元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ―――小間使いすらできんとは興ざめを通り越して滑稽だな。所詮は人間、時代を重ねて劣化する事しか出来ん不完全者か」

 

 マシュと立香の前に出た。すらり、と武器を抜いてその場にいる誰もがその存在を警戒した。

 

「無様―――あまりにも無様だ。無様で、無惨にも、そして故にこそ、無益。我が全てを見通す眼から逃れられ晒すのはそのような醜態か、カルデア。確かにその名は納得できる。まるで無の大海に漂う哀れな船だ。それがお前たちカルデアであり―――藤丸立香という個体」

 

 ガキィン、と音が響いた。気付けばいつの間にか玉藻が鏡を浮かべ、片手から出血している。

 

「名を呼ぶだけで呪い殺しますか。一尾の身では手に余るどころか穢されそうですね。私も出来るなら退散したいです」

 

 どうやら立香、と名前を口にしただけで呪い殺しそうになったらしい。そんな規格外の怪物、聞いた事が無い。いや、だが待て、知っている。これだけの化け物であるならこそ、納得できる。

 

『そう、彼こそがこの大事件の犯人にして人理を焼却した大罪の王』

 

「我は貴様らが目指す到達点」

 

『七十二の魔神を従える偉大なる魔術の王』

 

「―――名をソロモン、貴様ら有象無象の英霊の頂点に立つ七つの冠位、その一角と知れ」

 

 グランドキャスター・ソロモン。あまりにも強大すぎるその存在が、立ちはだかった―――。




 本日1更新め。公式で堂々と全能とか言われちゃっている奴。

 彼は憐憫を抱く獣だった。彼は憐れんでいた。彼は見下しながらも被害者を憐れむ。だからこそ彼は獣であった。


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答え - 2

 ―――魔術王ソロモン。

 

 彼の王は偉大な王だった。旧約聖書に彼は登場し、魔術の祖と言われている。つまり現代に存在する数々の魔術、それらはソロモンが生み出した魔術か、或いはそこから派生したものだと言われているのだ。古代イスラエルの王であり、()()()()()()()()だと言われている。凡そ、最強のキャスターのサーヴァントが誰であるかを考える上で、花の魔術師マーリンと共に候補筆頭として上がって来るのがソロモンだ。何故なら彼は魔術という概念をこの世に生みだした為、神代に起源が遡る様な魔術でもなければ、それ自体が彼に対しては無効である他、

 

 彼には七十二の魔神が存在する。ベリアルを初めとして様々な創作に名を残す有名な魔神、知名度で言えばそれこそ表世界の人間だって知っているレベルだ。彼は人ではなく王と呼ばれており、イスラエルの神殿を築き上げ、王として数多くの優れた政策を行ったとされている。

 

『―――ただこいつ、ダビデ王が最前線に送って殺した兵士の妻を寝取ってそこから生まれて来たのよね』

 

 境遇がハードすぎる。ソロモンがグレてもこれはしょうがなくない? と一瞬だけ思ってしまった事が憎たらしい。とはいえ、そんな愛歌の発言で少しだけ心に余裕が出来る。とはいえ、本当に小さな余裕だ。何か、行動に移すだけの余裕がある訳ではない。

 

「―――は」

 

 その中で、モードレッドが笑った。

 

「結局はサーヴァントなんじゃねぇか。蘇って人類を滅ぼそうと調子に乗ってるだけだろ……!」

 

 クラレントを構えたモードレッドが威圧を蹴散らしながら咆えた。そんなモードレッドの姿を見て、ソロモンは哀れなものを見る様な―――いや、完全に見下すような視線をモードレッドへと向けていた。

 

「貴様ら無能共と同じ位と私を考えるな。確かに私は英霊だが―――人間に召喚される事はない。()()()()()()()()()()()()からな。故に私にはマスターはいない。否、私が私のマスターであるとでも言うべきか。そしてだからこそ、私は己の意志でこの大事業を開始した。この宇宙で唯一にして最も愚かな塵芥―――お前たち人類を一掃する為に」

 

 ソロモンの言葉を偽りだと否定する事は出来なかった。少なくともソロモンが既に七つの特異点以外の時間軸を焼却し終わった事は既に、特異点攻略をして行く上で証明されているのだ―――つまり、この魔術王は本当に成し遂げているのだ、人理焼却という行いを。死から自ら蘇って英霊となり、そしてその上でグランドキャスターとなって降臨する。

 

 人間という領域を完全に超えている。

 

『駄目よ、心を折らせちゃ。諦めたら可能性すら存在しなくなるわ』

 

 奥歯を強く噛み締めながら、それもそうだ、と愛歌の言葉に同意し、シェイプシフターを握る。ここまで来たのだから、ここで足を止める訳にはいかないのだ。ここで立っているだけで窒息しそうなプレッシャーを感じていても、それでもまだ足掻ける。まだ生きているのだから、諦める訳にはいかないのだ。

 

「どうした? 絶望のあまりに声を失ったか? 別に抗いたいのであればかかってきてもいいのだぞ?」

 

「ハッ! 上等だ……おい、マスター。チャンスだぜ。まさか……ビビってねぇよな?」

 

「おう、大将。心配すんな。英霊(おれたち)は無理、無茶、無謀ってのには慣れてるんだ。どれだけ力量差があってもこれぐらい覆してやるよ……ほら、胸張って指示を出しな」

 

「ま、最悪お兄さんたちで責任をどうにか取ってやるさ」

 

「Arthur……Where……」

 

「マリーがいない……」

 

「あの二人はほんと状況がどうあっても変わらんな……」

 

 胸を張れ、任せろ、何時も通りの姿と言葉に立香が令呪の刻まれた拳を握りしめた―――まだ、心は折れていない。マシュの足が震えているのが見える。彼女にこの相手は早すぎたらしい。いや、その気持ちは解る。正直俺でさえ今は逃げ出したい気分だった。だけどそれは出来ない。この少年と少女を守る存在として、そんな大人として胸を張りたいからこそ、逃亡という手段はとれなかった。

 

 少なくとも()()()

 

「皆―――彼がもし、本当に、黒幕なら……ここで勝てれば全部終わる。皆、頼んでも、いいか?」

 

 その言葉に揃えて返答する。

 

「―――おう」

 

 そのやり取りを静かに、そして冷静にソロモンは眺めていた。此方が戦う意思を見せ、武器を手に取る姿をソロモンは見ていた。冷静に、観察する様に―――そして見下す様に視線を向けていた。此方の発言を全て聞いて、それを理解し、ふむ、と一声置いた。そして直後、気づかされるような驚きの表情を浮かべた。

 

「あぁ、なんだ、そういう事か。まるで気づかなかった。哀れにもまさか()()()()()()()()()のか

? 万が一にも勝機が残っているとでも思っているのか? 改めてその哀れさをこうやって感じ取れるが―――まぁ、良いだろう。ハンデをくれてやる。魔神柱を出さずにこの身一つで相手をしてやろう。いいぞ、何時でもかかってくるがいい。死ぬ前に夢の一つでも見せてやろう」

 

 そう言ってソロモンは大地から僅かに浮かび上がり、受け入れる様に僅かながら腕を広げた。その言葉の通り、ソロモンは何もしなかった。魔術、召喚、悪魔の気配さえない。文字通りその身一つだけで相対するつもりだった。ソロモンはそれだけでも此方に勝利できると、そう判断しているのだろう。そして実際にそれは正しい。まるで勝てない。勝つ姿が予想できない。このまま戦っても、どうあがいても蹂躙される未来しか想像できないのだ。だから言葉を停止させ、黙り込み、しかし直後、成すべき事を迷う事無く判断した。

 

「ランスロットォォォオオオ―――!!」

 

「―――!!」

 

 咆哮するのと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()。それはソロモンとは逆の方向。逃げる為の動き、立香とマシュのいる場所への移動。狂化された肉体を限界まで引き絞って一気に立香とマシュを掴み上げ、そして逃亡する様に動き出した。その動きに合わせて、全ての英霊と同時に動き出した。一番最初に前に飛び込んだのは金時だった。超一流の英霊とも表現できる彼が、その極限まで磨き上げられた怪力で飛び込みながら鉞を振り下ろした。

 

「―――で?」

 

 それをソロモンは指一本で受け切った。それは雷神とも表現できる必殺の一撃。金時が自壊を恐れる事なく、限界を超えて出力を絞り上げてそして自身が放てる全てを乗せた、未来を完全に捨て去った最高の一撃だった。だがそれはソロモンの指で完全に動きを停止していた。それ以上は1mmも動く事もなく、酸素を蒸発させる雷鳴でさえソロモンに届かず、まるでそれ自体がソロモンを恐れるかのように避けていた。金時がそこから次の動きに入る前に、ソロモンが前へと指を進めた。それはバターを温めたナイフで切り裂くように鉞を切り裂きながら突き進み、そのまま金時の額に突き刺さって―――その姿を真っ二つに割った。

 

「次だ」

 

 次にソロモンに突き刺さったのは呪術だった。炎、冷気、風、それが同時にソロモンの姿を消し飛ばす様に一切の躊躇もなく、金時が放ったようなリソースを全てつぎ込んだ必殺の一撃として放たれた。玉藻の前、彼女の実力を考えれば、呪術EXという凄まじい領域のそれを考えれば、ソロモン一人殺すのに放たれたそれが()()()()()()程の呪毒であるのが理解できる。生物を殺す為ではなく、地図から名を消し去る為の玉藻自身が封印していたものであったが、それを煩わしそうにソロモンは片手を振るうだけで消し去り、指を弾いた。その衝撃で玉藻の姿が粉々に砕け散った。

 

「次だ」

 

 その言葉と共にクラレントから放たれた特大の灼雷が突き刺さった。炎の様な熱を持った、灼熱の雷。神経を犯すだけではなく蒸発させ、人体を欠片も残さない、聖剣にも近い聖剣の一振り。それは本来はモードレッドの所有品ではないが、それでも年月を重ねて繰り返されてきた鍛錬と大技は裏切らない―――筈だった。完全にソロモンを飲み込んだ筈の灼雷の中で、ソロモンは軽い欠伸を噛み殺していた。その視線はこの程度しかできんのか? と見下すようなものであり、()()()()()()()()()()のだった。そしてその上で軽く息を吹きかけた。それまではソロモンに降り注いでいた灼雷が反転、吹き飛ばされるようにモードレッドへと突き刺さった。

 

「次だ」

 

 直後、処刑台がソロモンの姿を捕まえていた、物珍しそうにソロモンは処刑台に捕まった自分の姿を見てから、死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)を発動させたサンソンの姿を見た。それで処刑出来るものなら早くしてみろ、と言わんばかりの視線をサンソンへと向け―――素早く、サンソンがギロチンを落とした。処刑台に乗せられたソロモンはそこから抜け出せずに真っ直ぐ首の上から落ちて来たギロチンを受け―――止めた。首を切り落とすはずのギロチンが()()()()()。それは宝具という性質を考えればありえない現象であり、つまらなそうな表情を浮かべていた。

 

「死という運命で私を捉えられるわけがないだろう」

 

 そう言って足元の小石を蹴った。それがサンソンの頭を消し飛ばして破壊した。そのモーションの終わる直後を狙い、縮地、居合抜き、無明の太刀を沖田と呼吸を合わせて一瞬で放った。だがそれが放たれるのと同時に既にソロモンは察したような表情を浮かべ、片手で沖田を真っ二つに惨殺しながら、もう片手で完全に此方の攻撃を掴んでいた。

 

「やはり所詮は人間の延長線、この程度のものか……」

 

 見下した視線は此方ではなく、背後へと向けられていた。ゆっくりと振り返れば、逃亡した筈のランスロットの姿があった―――ただし、その四肢はもがれ、今にも消えてカルデアへと戻って行く最中だった。運搬される筈だったマシュと立香は大地に転がっていた。マシュは庇う様に即座に立ち上がろうとするが、足が震えているのが見えていた。立香の方は一瞬で全滅した光景に、信じられないものを見るような表情を浮かべていた。

 

 ……まぁ、だよな。そうだよな。そう思うよな。ありえないよな、こんな状況。

 

 笑ってしまいそうな程、絶望的だった。ソロモンはその場から一歩も動く事なく、指弾程度で離れた位置にいるサーヴァントを殺害し、欠伸の吐息で宝具を打ち返し、鬱陶しいと思う気持ちで呪詛を無効化した。蹴り飛ばした石ころさえ英霊を即殺し、そして離れた英霊を無言のままに惨殺する。もはやどうにかなる、という領域を超えていた。グランド―――つまりは冠位。それはもはや人間がどうするかとか、どうにかなるとか、そういう事を考える所から逸脱していた。

 

 何をどうしても、絶対に生存できない。

 

 そんな絶望感が心に満ちていた。

 

「どうした? 倒すのではないか? 蹂躙するのではないのか? これぐらい何度も経験したのだろう? ん? 英霊を名乗ってるのだから当然これぐらい出来るんだろう―――あぁ、そう言えばもう蹴散らしてるから聞こえる訳もないか」

 

 そう言葉を放つとシェイプシフターを握りつぶした。破片がソロモンの周囲に散乱し、散らばりながら、その衝撃だけで内臓をぐちゃぐちゃにされるような感触を覚え、吐血しながら弾き飛ばされた。その時に理解した―――こいつには絶対に勝てない。勝つにしてもどうにかして、裏ワザ染みた方法が必要なタイプなのだ、とも。

 

 だけどそんなもの、ここにはない。

 

 カルデア自慢の英霊軍団でも……勝てなかったのだから。

 

「アヴェンジャーさん!」

 

 マシュの声を背に、片膝を付いた―――ごめん、と思う。あまりかっこいい背中を先達として見せられなかった事を、だ。後、若干君の事を避けていた事もだ。本当はもっと絡むべきだったのだろう、だが自分は醜くもデミ・サーヴァントとして完成されていたマシュに嫉妬し、そして同時にあれだけ美しく、無垢な姿に苦手意識を覚えていたのだ。アレだけ綺麗で、そして救いのない人間がこの世にはいるんだ、と。

 

『……エージ、覚悟を決めたのね?』

 

「―――ほう、まだ気概が残っているか。動かないのであればその盾の少女共々、別に生かしておいてもいいのだが……いいや、そうか。それがあったか。なら駄目だな。貴様は念入りに心臓を抉り抜いてから殺してやろう」

 

 すまない立香、と心の中で謝る。もうちょっと格好良い大人でありたかったが、結局格好悪い所ばかり見せてしまったと思う。もう少し早く記憶を取り戻せば、もうちょっとだけ、付き合いの良いお兄さんとして遊んでやれたかもしれない―――まぁ、そこら辺は来世に期待するとしよう。

 

 だからすまない、愛歌。今までの人生を無駄にする様で―――一緒に死んでくれ。

 

『いいわよ。一緒に逝ってあげる』

 

 ありがたい、そう呟き―――飛び出した。ソロモンを殺す為に持てる技術と知識の全てを込めて、一直線に切り込んだ。だがそれは直後、体が到達する前に無造作に伸ばされたソロモンの腕によって失敗した。

 

 激痛と鮮血が頭を満たした。一瞬で赤色に視界が染まり、褐色肌の腕が心臓を寸分の狂いもなく背後へと抜ける様に掴んで居るのを感じた。まだ、心臓が生存を主張する様にどくん、どくん、と脈打っている―――ソロモンの手の中で。こんな状態でもまだ死ねない、自分の頑丈さに呆れる。どれだけ死に辛く作ったのだろうか、この体を。

 

「……」

 

 ふと、ソロモンが此方へと向ける視線を見た。それは決して見下すようなものではなく、その瞳の中には()()()()()()()()()()()。こいつは心の底から何かを憐れんでいるのだ。それがなんであれ、なんであるかは解らない。だが理解しているのは、自分がこれから他の英霊達がそうであった様に、まるでゴミの様に死ぬという事実だけだった。

 

「遺言があるのなら聞くぞ?」

 

無貌にて世の果てを彩る(おれといっしょにしんでくれ)

 

 シェイプシフターの殺戮駆動が始まった。一瞬の内に砕け散った破片が虚無へと変形し、体にくっつけて隠していた残りが変形、一瞬で俺と空間と世界とあらゆる物質を喰い、虚無への変形を始めた。どんな物質であろうが問答無用で虚無へと変形させてしまう星喰いの兵器。自分の体がゆっくりと虫食いになって行く。明確な死という概念が今、自分の体を巣食う。そんな中で、ソロモンを道連れにできないか最後の希望を込めて男を見た。

 

 ―――だが駄目だった。掠り傷すらない。

 

 無敵だった。男は全能だった。笑ってしまいそうな程に無敵だった。

 

 その瞬間、敗北と死を認めてしまった。口の中から鮮血が加速して溢れ出す。虚無に消し飛ばされる前にどうやら心臓を握りつぶされたらしい。あぁ、俺は本当に殺されてしまったのか。俺の人生とは何だったのだ? こうやって死んでしまったら何にも意味がないじゃないか。全ては無意味、無価値―――そう思い、そう考え、しかしこうやって、死ぬからこそ見えたものがあった。

 

 あぁ、この瞬間だからこそ見える。無意味な執着だった。そう思ったからこそ、見えたのだ。

 

 ―――死んで、漸く我執から解放された。

 

 思いが駆け巡る。想いが昇華されて行く。ここに至って初めて()()()のだ。自分の人生、自分の生、人と言う生き物、命の意味、命の流れ着く先、命が辿り着く場所が、その答えが。死が確定して、終わる命の中、我執を捨て去った今だからこそ全てが見えた。

 

 ―――フラッシュバックする。喉の奥から悲鳴の様な叫び声が漏れる。

 

 小学校時代兄家族三人で囲んでいたバースデイケーキを思い出す。中学の頃に遊んだサッカーを思い出す。初めて行った上海で迷子になった事を思い出す。マカオでギャンブルにハマって素寒貧になった時を思い出す。インドで(グル)にあった時を思い出す。モンゴルの遊牧民の世話になった事を思い出す。イギリスで聖女と出会った時を思い出す。アフリカでブードゥーの呪術師とあった時を思い出す。エジプトで食べたクソの様にまずい飯屋を思い出す。少年兵と喋った事を思い出す。薬物中毒で麻薬から離れられなくなった誰かを思い出す。死んでゆく誰かを思い出す。生きてゆく誰かを思い出す。笑顔で明日を迎える誰かを見た。涙を流して明日を迎える誰かを見た。死を悼む誰かを見た。命を輝かせる誰かを見た。

 

 ……必死に生きて、生きて、生きて来た自分を思い出す。

 

「愛歌ぁぁぁぁぁああ―――!!」

 

 名を叫びながら命が体から消えて行くのを感じた。肉体は虚無に飲まれ、命は心臓を失って流れ行き、

 

 その全てが失われ、飲まれた時、

 

 ―――自分という存在が溶けて消えた。




 全能に勝てるかよ馬鹿野郎という話。


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答え - 3

 ―――生きる。

 

 生とはそれ自体が難題である。俺は終生までそれをずっと求めていた。果たしてなんで俺は生きているのか? なぜ生まれたのか? どうしてここまで苦しまなければいけないのか? 何故死を迎えなきゃいけないのか? ……何故、生きるという事はこんなにも難しいのか。俺はそれがずっと知りたかった。俺はずっとそれが怖かった。だから俺は、ひたすら答えを求め続けた。ただただ、答えを求め続けた。求めたから答えが返って来るという訳でもない。だがそれでも、答えを求める、それ自体が邪悪な事であると自覚しながらも俺はそれを止める事が出来なかった。無かったのだ、俺には。それ以外の選択肢が。それ以外の選択の余地が。俺の本能が求めていた―――故に旅を始めるしかなかった。その終わりがどうしようもない、絶望であると最初から理解しながらも。

 

 ―――生きたい。

 

 宗教とは、心の薬である。なぜ人は宗教にそこまで信仰を捧げるのか? なぜ人はそこまで宗教を信じられるのか? なぜこんなにも多くの人々に宗教は受け入れられるのだろうか? 答えは実に簡単だった。それが死という病に対する唯一の特効薬だからだ。人は生まれながらにして死が確定している不完全な生き物だ。人は死という現象の前にはどう足掻いても弱く、そして脆い。知性ある生物の運命として、人間は考える事から逃げられない。故に、人は死を想う。自分が最終的に行き着く先を想起する。いずれ自分がそこに到達するであろうという事実を理解している。人間は賢い。だからこそ破滅する。だからこそ誰よりも死を恐れる。その到達点は生物である以上、絶対に避ける事の出来ない終焉であるが故に。

 

 ―――生きたかった。

 

 死の先を、人間が答える術はない。一部、それを乗り越えた超人とも呼べる存在は答えを持つかもしれない。だが結局は、大多数の人間がそこに辿り着ける訳ではない。故に人は安心を求める。死という事象に対して、納得を求めるのだ。そしてそれが宗教となる。門司はそれを都合のいい形だと言い、そして怒りを覚えた。その怒りは何よりも正しい。宗教は答えを出した者が始め―――そこから、人々が理解し、納得できる形で布教という歪みを得るのだから。即ち、宗教とは他人に伝わっている時点でもはや本来の形をしていないのだ。悟りとはそもそも他人に説明の出来る者ではない。それはある意味、味覚に似ている。林檎を食べる。舌の上で感じたその感触は甘く、果汁にあふれており、丁度いい酸味が唾を誘う。だがそれはあくまでも主観的な例えだ。別の人物が同じ林檎を食べても同じような感想は出ない。感性が違い、主観が違い、そして価値観が違う。人間という生物はどこまでも理解を求めても、同じ生物ではない為、永遠にお互いを理解する事も、本当の意味で共有する事も出来ない。

 

 ―――死ぬ。

 

 だからこそ人間は理解し合えない。そして宗教という形を求める。それはおそらくこの世で最も説得力のある回答だからだ。私は知っている、それが決して正解である必要はないと。そもそも正解を求めている人間すらいない事を。宗教という薬は麻薬に近い。だけど同時に人間に必要なものである。何故なら人は死への恐怖を忘れられない。不完全な生物として生まれてしまった以上、その恐怖から絶対に逃れられないから。それがヒトが与えられた永遠の苦痛であり、そして逃れられない唯一の事だった。

 

 ―――死にたい。

 

 そして、それだから、私は宗教というものを嫌悪しながらもそれもまた良い、と認める。一言で言えばそれは醜悪だった。私は宗教という形がどれだけ醜悪で、そして歪められているのかを結末と始まりを知るが故に理解していた。そう、人間は理解しようとする事しか理解しない。理解できない事があれば理解しようとするフリをして、自分が理解できる形に変えてしまう。その過程で最も大事な部分を削ぎ落しているのだと気づきもしないで。その愚かさはしかし、何よりも愛おしいと表現しても良かった。人は理解する事を諦めない。だがその行いこそが最も大きな悪であり、歪みを生む真実だった。理解を放棄し、あるがままを受け入れる事が出来る存在こそが最も真実に近いとも言えるのに、その姿を人は嫌悪し、そして放逐する。それが悪だと断定して。

 

 ―――死にたかった。

 

 だからこそ答えは何よりもシンプルだった。宗教という特効薬はあくまでもその起源へと辿れば正しかった事に間違いはない。だが最初の悲劇はそれを言葉として表現しようとしたことだったのだろうと私は思った。言葉として、説明できない事を頑張って説明しようとした。次の悲劇はそれを聞いた人間が救われたと勘違いしてしまった事だった。それは救われたのではなく、感動だった。ただの感動……だが人の心を動かす出来事は何時だって奇跡になるとされている。そう、それは奇跡だったのだろう。だが同時にやはり、悲劇だったのだろう。私はそれを覗き見ながら思った。それはなんとも、馬鹿みたいな出来事だった。だけど同時に仕方がない事でもあった。人の業はそう簡単ではない、簡単ではないのだ。教え、聞かせる程度でそれを理解できる程上手く人間は作られていないのだから。自分の身で経験し、それを感じ取り、そしてそれを体現して初めてその真理を手にする事が出来るのだから。だから素晴らしいと感じ、広げる行いが間違っていた。その邪悪こそが今の世の中を作ってしまったのだとも言える。

 

 ―――それでいい。

 

 そう、それでいい。それでいいのだ。それでいいのだ―――。

 

 

 

 溶けた。

 

 それが思考や理解や感覚ですらなく、知識として得た情報だった。そう、ここでは()は思考する必要がなかった。何故なら()は既にその一部だった。大いなる流れ、大いなる渦、この世のありとあらゆる全て、つまり  である。それを表現する言語が人類には存在しない。神性にすら存在しない。いや、それを正しく表現する事は()にだって出来ない。何故ならそれを表現し、説明しようとするだけでそれは本質から遠ざかってしまうのだから。だけど、それでも、ナニカ、が、それを表現しようとするのであれば、或いは理解可能な概念として  を表現するのであれば、それはまず間違いなくこう呼ばれるだろう。

 

 ―――根源、と。

 

 そこに()は漂っていた。いや、違う。一部となっていた。もはや肉体と呼べるものは存在しなかった。存在する必要さえなかった。この大いなる流れは全能であり、全知であり、そして全てだった。ここにある全てが一であり、そしてまた同時に全である。概念として言葉にするのであればそうなるだろう。だがその時点で間違っている。重要なのは一つ―――ここが全ての終着点という事だった。

 

 全ての終着点にして始まりにして中期点にして脇道にして重要でもなくても重要であり―――全てである。その全ての一部に()は溶けて混ざっていた。その一部として全を形成する全となっていた。そこでは思考する必要なんてなく、探るなんて面倒な行いさえ存在しない。己の一部であり、己が一部なのだから、意志を抱かずとも最初からそこにあったのだ。答えが、そして旅路の果てが。それを()は感じていた。感じ取っていた。そして同時に()()していた。人間らしい、()()()()()()()()()()()それを理解していた。

 

 ―――あぁ、()はここに到達してしまったのね。

 

 それは誰が言ったのだろうか。()か。或いは()か。男女の区別なんてものはなかった。あるのは己が全の一部であり、一つの存在としてどろどろのスープに混ぜ込んだような状態だという事だった。だがそんな状況になっても我という概念を根源の渦に喪失していなかったのはただ単に、単純な事として、

 

 悟りという境地に我執から解放され、()という存在が一度でも立ってしまった事にあった。

 

 悟り、それは答えを得たという境地にある。それはただ納得すればいい、という程優しいものでもない。明確に用意された答えを理解し、そしてそれをまた受け入れながらも己の答えを見つけなくてはならない。それを通して真理と合一し、漸く悟りという境地に至れる。そこに最後の瞬間に到達してしまった。覚者、という領域に。それは理解するもの。真理へと至った存在。そう、()()に。

 

 男と女。陰と陽。善と悪。それは根源をつかさどる上では重要な事だった。この世で最も遠く、そして近い存在。()は既に根源を孕んでいた。故に既に道は存在したのだ。ただ、人間では一生近づく事さえできない道。入口の前に立つ事さえできない道―――だが、覚者として至れば話は別である。理解し、至った途端、もはや心臓なんて飾りに過ぎない。肉体は虚飾でしかない。そんなもの、もはや、

 

 解脱の前には必要としない。男と女の魂は苦生を離れた。それは支流を辿りながら大河を混ぜあいながら駆けあがっていた。もはやそれは一つ。我も彼も、()()も存在しない完全な一つとなり、支流を駆け上がり、本流へと合流し、根源という大いなる流れ、その大河の一部となった。ここには全てが存在した。無色でありながら素晴らしき色の数々は言葉に語るに及ばず、一部になるだけであらゆる芸術を超越し、流れ、奏でられる音楽はもはや天上の歌声をゴミとさえ表現できる極楽であった。その一部となる事には、もはや善も悪もない。それが全てだった。

 

 ここに救済は果たされた。願う必要も祈る必要もない。既に一部であり、それが全てなのだから。ここで願う事もなく、全として動けばそれだけで終わる。

 

 それで、人類は救われる。

 

 それを許せるのがこの全てだった。

 

 それが全、それは根源、それが―――我。

 

「―――だけど本当にそれでいいのかしら?」

 

 なにか―――否、誰かが全を眺めていた。誰か―――彼女は全ではなかった。しかし一ではあった。彼女もまた、全となる特権を許された珍しき存在だった。否、彼女は生まれた時から既に一部だった。檻の中に囚われ、隔離された一部。そして同時に己を隔離している一部だった。そんな彼女は混ざらなかった。根源という大河に裸の足首だけを沈め、その流れを感じ取りながらもそれと一つになろうとはしていなかった。

 

「えぇ、ごめんなさい。邪魔をしてしまったかしら? いえ、違うわね。これはきっと正しかったのでしょうね。だって貴方(貴女)は間違いなく後悔するでしょうから。だからこうやって、手遅れになる前に声をかけさせてもらったわ……手遅れなんて概念がここに存在するなら」

 

 可笑しなことを言う女だった。しかし、その言葉にどこか、納得を感じる()がいた。和装の女はふふ、と小さくはにかむ様に笑みを浮かべ、笑い声を零した。彼女はやっぱり、と呟く。

 

貴方(貴女)は可哀想な人。だけどその人生はとても素敵だったのね。羨ましいわ、それだけの選択肢が選べたことが。羨ましいわ、迷う事無く選べるという貴方(貴女)の意志が。私は無理だもの。私達(接続者)は存在してはならない―――()はそう思っていたし、その意味を貴方(貴女)は良く理解してくれるわよね?」

 

 女の言葉は正しい。()は存在するべきではなかった。存在してはならなかった。生み出してはならない存在だった。それが()だった。だが同時に、()は思う―――それもまた、生きるという事なのだと。()()も、そして貴方も、また様々な事を背負って、そして生きて来た。そこには様々な事があり、そして様々なものが今の己を形成したのだと。

 

「えぇ、そうね」

 

 ここはまさに桃源郷の名に相応しい。ここであれば()はあらゆる願いを思考するよりも早く叶える事が出来るだろう。ここでなら()は飽きる事もなくずっと愛しい人を抱き続け、一つになれるだろう。だけど、それでも、

 

 ―――そんなものは、たった一度として、求めた事はなかった。

 

「えぇ、そうね。それが貴方の人生でしたものね。そしてまた貴女もそんな人生だったからこそ愛せたのね。羨ましいわ、その心が。貴方は全てを得られるけど()()()()()()()()()()のね」

 

 どこかの誰かが10人中、1か9、どちらかを救える選択肢を提示する。

 

 正義の味方は9を選んだ。彼は小数を切り捨て大多数を選ぶ事で正義を守ったが、業は彼を殺した。

 

 別の男は自身を生贄に10を選び取った。それはただの破滅でしかなく、支払うべき対価を支払って当然の如く男は散る。

 

 なら1を救えばいいのか? そんな事はない。世の中は理不尽にできている。分を弁え、そして努力してもどうにもならずに死ぬのだ。

 

 だから誰も救わず、己さえも放棄した先で誰かを救ってしまう事もある。

 

 命―――命題。ヒトの種は何故生まれ、何故死んでゆくのだろうか。その意味は一体。そんなもの決まっている。最初から決まっているではないか。あぁ、そうだとも! 決まっていたのさ! 答えなんてものは!

 

 ―――そんなものはァ! 決まっている、だろうがァ……!

 

 引き剥がす。

 

 それは悲しみだった。概念が生み出されてから存在する理解外の無限の果てから続く全て。それから己を引き剥がす。流れゆく大河を逆行して行く。どろどろに溶けて混ざった己の魂を大河から引き剥がしながら進んで行く。それは痛みだった。大いなる存在から今、自分は分離しつつある。僅かな道を残して、自分はこの存在から剥がれようとしている。摂理そのものに叛逆しているのだ。こんな事、本来であるならありえない。だがそれはありえなくもない。何故ならここは全てがあり、そして同時に一でもあるから。

 

 不可能であるという事は同時に可能であるのが真実であった。

 

「雪の降る夜また逢いましょう―――また、話せる時を楽しみにしているわ」

 

 女の横を抜けて流れて来た支流へと進んで行く。我は我である。その自覚を抱いて、大いなる一から最も無意味で無価値な己という一へと存在を破壊して行く。そうして進んで行く先で、形もない己の中から一つに溶けた存在を引きずり出した。

 

「ここでならずっと幸せでいられたのに」

 

 そんな事、別にいい。

 

「ここからならありとあらゆる運命に叛逆できるわ」

 

 そんな事、興味ない。

 

「ここでなら全能の王として無限を総べれるわ」

 

 誰がそんな事を求める。そんなものに何よりも価値がないと理解しているお前がそれを言ってどうするのだ。そう、そんなものに意味はない。求めて来たものでもなく、与えられて欲しいものでもないのだ。違う、違うのだ。自分が求めているものは―――違う。

 

 苦しいし、悲しいし、それこそ嫌になる様な人生だった。

 

 だけど、それでも、それで良かったのだ―――俺達は生まれたその時に既に救われ、祝福されていたのだから。

 

 欲しいのは全能の座ではない。

 

 欲しいのは全知の頂ではない。

 

 そんなもの、どうしようもなく()()()()のだ。

 

「じゃあ、貴方は何が欲しいの―――?」

 

 それは無論、簡単な答えである。理解しようとする必要はない。もはや英知と己は別ものであった、その恩恵の欠片の欠片の欠片―――その程度の繋がりしか、引き剥がした今では残されていなかった。それでもあの檻に囚われた和装の女や、彼女とも同列に並ぶ事が出来る。だがそれさえ必要としない。何故なら自分が今、何よりもしたかったのは、

 

 ―――子供を泣かせるような奴を、殴り飛ばす事だけだから。

 

「えぇ、では一緒に生きましょう。私は貴方の比翼、半身。死が二人を別つその時まで、貴方と共に永遠を歩みましょう、()

 

 全能とは即ち人である。王である。神である。そして―――獣である。

 

 真理、ここに至れり。されど、ここは到達点でしかなく、まさに無意味。

 

 故に僅かな繋がりを残し―――引き剥がした。さようなら偉大なる流れよ、天上の世界よ。言葉にならざる英知よ。

 

 それでも、全てが存在し、明日が存在しないよりも―――誰も救わない、苦しみしかない明日を選ぶ。

 

 そんな明日を()は常に歩いて来た。常に求めて来た。常に超えて来た。だから再びここで求める。

 

 ―――明日を。




 かくして無駄なことなど一つもなかった。生を、喜びを、苦しみを、死を経験し、新たな命の形を経験し、祈りを見て、末世を眺めた。その果てに我執から解放され、五十近い生を二度経験した。そこに無駄な事は何一つなかったのであった。陰と陽が、そして人の世の縮図を併せ持つ事で漸く楽園への扉は開いた。

 ただし、お呼びじゃねぇ。おそらくはかつてない難産。次回でロンドンラスト。


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答え - 4

世界線を観測。

 

自己の相互観測。

 

時間軸に同期。

 

属性を調整する。

 

肉体を再構築する。

 

 ―――聞こえる。音が聞こえる。再構築される肉体と新たな服装。それを通して肉体がリアルな感触を得る。それは根源の一部として溶けていた時の全知とは違い、己の肉体、己の知覚で完全に感じ取る、完全な人としての感触だった。それでもまだ不完全に。耳に届く音は決して理解できるものではなく、

 

「■―――■――――――■―――■―――――――■――■■―――――――――■■―――――――――■―――■――――――■――――――■――――――■■―――■―――■」

 

 人の言語には聞こえず、時間の流れそのものが違っていた。故に更に調整は進んで行く。根源に溶けていた状態から再び、己という存在を()()()()()()()()確立させる。根源との接続を通してこの世界に対して、僅かにのみ許された反則行為(Cheating)を行って行く。それは全知や全能から遠く離れた愚行だった。それはあの充足感と比べれば悲しい程の喪失感だった。それはもはや、二度と戻らない永遠だった。

 

言語の取得。

 

時間速度の調整。

 

「―――ありえん。貴様、は、まさか―――」

 

 人類の言語の再取得、そして時間速をイコールにする。それで漸く人類の言語を理解するに至る。時間速が違い過ぎる故に一言、音を一つ発する知覚が正しい時間に合わせられ、漸く人間の言葉を理解できる領域へと戻ってきた。それは根源に存在する以上は必要のなかった概念である故に、溶けた瞬間に消えてしまった。故に再び、再取得が必要なものであり、そこから更に、自分が必要な最後の要素を抽出、改変、適応して行く。

 

能力最適化。

 

()()()()()()

 

 ゆっくり、ゆっくりと両目を見開いて行く。そこには裸眼に映る世界の姿が見えた。褐色肌の古代イスラエル王がはじめて、驚愕の表情を浮かべて此方へと視線を向けていた。その驚きは此方が死から蘇った事ではなく、

 

「貴様、戻ってこれたのか―――」

 

「どうしたソロモン、そんなに俺が戻ってきたことが驚きか?」

 

 言葉を放ちながらチラリ、と視線を立香とマシュの方へと向ければ、二人はまだギリギリ無事だったらしい―――いや、マシュがそこそこダメージを受けている辺り、ギリアウトだったかもしれない。そう思いながらも、真正面からソロモンと視線をぶつけ合い、その姿を睨んだ。直後、視線を通して呪殺されるのを感じた。一瞬で相手を殺す事の出来るソロモン王の魔術、もはやそこに詠唱なんてものは必要なく、名を呼ぶか、或いは視線を合わせるだけでも殺しに来るだろう。

 

「だが―――俺には通じ(≪咎人の悟り≫)ない」

 

「成程、そういう事か―――私がお前を押し上げる最後の一手だったか」

 

 ソロモンがそう言葉を放った瞬間、前へと一気に踏み込んだ、前の体よりも遥かに力が入る。速度のノリが違う。新しく作り直した体は完全に現代人のスペックを超え、古代の、戦う為の人間のスペックへと到達している。その為、その速度にソロモンは―――反応した。普通に。それでも全能たる王の領域には遥かに届かない。故にどうあがいても後手である。ソロモンには勝てない。その事実を、

 

「だけど残念、もう、一人じゃない(≪単独顕現≫)のよね」

 

「―――」

 

 愛歌が止めた。ソロモンの足を、そして腕を大地から伸びる触手状の泥が動きを一瞬停止させており、その瞬間に割り込んで拳がソロモンに叩き込まれた。そこで動きを止める事なく、オーバーヒート状態のシェイプシフターを手元に召喚、握り潰しながら限界駆動を超えて変形させる―――その姿を大戦斧へ。握る腕が柄へと食い込み、魔力が注ぎ込まれる。その()にシェイプシフターそのものが悲鳴を上げるが、気にする事無く踏み込みながら、飛び込んだ。

 

 飛びかかる様に左手を伸ばし、ソロモンの顔面を掴みながら渾身の一撃を―――今までとは違う()()()()()()()()()()()()を、一撃で山を消し、二撃目で海を干上がらせるというその破壊力を圧縮させて振り下ろした。その破壊力に耐え切れず、シェイプシフターが自壊し始める。だがそれを顧みず、掴んだソロモンを大地に叩き付けながら、大地とサンドイッチにする様に振り下ろす。二撃目。完全にシェイプシフターが砕けながら()()した。もはや兵器としては完全に使用出来ない。

 

「これが()が見出した救い、救世の形―――」

 

 拳を振り上げながらタメを作る。そこに割り込む様に横に出現した愛歌がソロモンの姿を蹴った―――軽く見えるそれはしかし、スペックは()()()()()()()()()()()()()為、それだけでその姿を空へと蹴り上げた。それに追撃する様に、空の姿へと向けて拳を振り抜いた。

 

「―――命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)―――!」

 

 魔力を、エネルギーを、武器に込めていた浄化、輪廻、昇華の概念を拳から振り抜いて放った。受ける度に現世における罪状を流し、新たなる生へ、輪廻へと導く対人輪廻宝具。()()()()()()()()為の決戦宝具。その閃光が一直線に空へと蹴り上げられたソロモンを貫通し、天蓋を貫通して地上までの道を一直線に生み出した。人も神も平等に殺して輪廻に流し込む宝具ではあるが、

 

「……駄目だ、復活した直後なら初陣補正のノリで行けるかと思ったけど無理っぽいこれ」

 

「ノリだけで勝てたら世話無いわよねー」

 

「つか武器がねぇから全力出しきれねぇ―――と、危ない(≪咎人の悟り≫)

 

「それは良い事を聞かせて貰った」

 

 《根源接続者》によるソロモンの知覚する時間速度と自分の反射、思考速度を同期させる。それによって反応外から殺害されるという事態を封じ込め、背後へと転移してきたソロモンの魔術による一閃をしゃがんで回避する。そのまま体を滑らせながら拳を握り、そこに再び命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)を発動させる為に輪廻の概念を拳に込める―――とはいえ、頑強さはランクで言えばA程度の肉体、全力で放とうとすれば肉体の方が持たない。切実に武器が欲しい、そう思いながら、

 

 素早く、拳を振り抜いた。先ほどのと同様、()()()()()()()()()()()()()があるのだが、まるで何事もなかったかのようにソロモンは此方を見下す視線を向けていた。素早く後方へと飛びのき、距離を開け、マシュと立香の前に着地する。

 

「アヴェンジャー……さん?」

 

「はいはい、エージお兄さんだよー。ちょっと気合いと根性であの世から戻ってきただけだから、気にするな。そしてこっちのマスコットが愛歌ちゃん。よろしく」

 

「よろしくね、マシュ」

 

 愛歌が軽く手をマシュへと向けて振った。それを受けてマシュが困惑したような、困ったような表情を浮かべて数秒間停止するが、

 

「は、はぁ……あ、いや、それよりも先輩がまるで反応を見せないんです!」

 

 チラリ、と背後へと視線を向け、俯いたままの立香を見た―――それは完全に心の折れた姿だった。その上で何か、呪術か魔術によって干渉されている? 意識の一部をソロモンの方へと割いている今、それを細かく精査するだけの余裕はなかった。チ、と舌打ちしつつ吐き捨て、真っ直ぐソロモンへと視線を向けた。その瞳は此方、まるで観察し、看破しようとするものに見えた。故にそれを正面から受け取りながら、拳を握った。

 

「……二回ぐらいはぶち殺した(昇華)感触があったんだが」

 

「あぁ、私もまさか二回も殺されるとは思いもしなかった。だがそのおかげで見えたぞ、貴様の正体が。貴様―――救世主(けものがり)か」

 

 救世主。即ち獣を狩る存在。とはいえ、それだけではないのだが―――それで概ね、正しかった。この再調整、再構築を行われた肉体の霊基は復讐者のクラス、アヴェンジャーではない。救済を司る霊基、セイヴァーのクラスとなっている。このクラス自体が根本から獣を狩る為のクラスの様なものだ。とはいえ、

 

「―――接続者ではあるが自由という訳ではなさそうだな。()()()()()()()()()()な」

 

「……」

 

 ソロモンの様な完全な全能者ではないのが事実であり、人間、それも肉体をもつ存在として霊基のレベルを落とし込んでいる。あの楽園を離れ、人としての苦生を選んだ故に受ける、仕方のない制限だった。もはやあの一瞬の永遠からは程遠い、人の不自由な制限を受けていた。とはいえ、其れは自分が進んで選び、受けたものだった。悦びはすれど、嘆く事なんてはない。拳を握り、それをカラリヤパヤットの構えで相対に入る。

 

 構える事もないソロモンは此方へと視線を向け、

 

「―――この程度であれば手を下すまでもないな。帰るか」

 

 視線を背け、去って行こうとする。マシュがその姿に問いかけようとするのを素早く愛歌が手を伸ばして口を遮る事で黙らせる。そのまま、完全に興味を失ったかのように、振り返る事さえなくソロモンはその場を去って行く。ゆっくり、ゆっくりと虚空に溶けて行くように消えるソロモンの後ろ姿を眺め、その姿が完全に消え去ったのを確認してから息を吐く。空間からソロモンが消え、空間全体を圧迫するような重圧が消滅する。それまでずっと、息を止めていたような状態だった。

 

「ふぅー……帰ったか」

 

「何とか生き残れたわね……まぁ、敵とさえ認識されていないのが現実だけど」

 

 もしこれが完璧に根源と接続を繋いでいた状態であれば、おそらくは手段を選ばずに殺しに来ただろう。その可能性がおそらくアルトリアの前週には存在したのだ。僅かだけだが、それでも可能性がある。故にソロモンは全滅させて憂いを取り除いたのだろう。逆に今回は俺が至っても全能者ではない事を悟り、敵対する必要もないと判断したのだろう。

 

 ……本気にさせたら確実に敗北する為、ここで見逃されて助かった。

 

「あの……アヴェンジャー……さん、ですよね?」

 

「あぁ、まぁ、今はセイヴァークラスで現界し直したから今はセイヴァーだ。気軽にエージ兄さんとでも呼んでくれ」

 

「おじさーん」

 

 無言で愛歌の顔面をアイアンクローで掴んで横に引きずる。それをマシュが呆然と眺めるが、しかし次の瞬間には正気に戻っていた。

 

「いえ、待ってください! 確かに先ほど心臓を潰されて死んだ筈です!」

 

「あぁ、だからそこから蘇ったんだよ。反則技を使ってな―――まぁ、もう二度と出来る事じゃないし、込み入った説明もあるから諸々に関してはカルデアへと戻ってからやる事にしよう。それよりも、藤丸―――いや、立香の面倒は俺が見ておくから、先に聖杯の回収を頼む」

 

 此方の言葉に不承不承ながらマシュはゆっくり頷くと、何度か振り返りながらアングルボダの方へと向かって行った。それを確認してから倒れている立香へと近づき、仰向けに転がしながら開いている瞳を覗き込む。……生きてはいる。しかしその魂はどこかに囚われている。余り深く覗き込み過ぎるとこっちも引き込まれて捕まるな、と察したところでそれ以上覗き込むのを止める。大体当たりはつけた。心が折れた瞬間を狙って魂を幽閉させたか、と小さく息の下で呟くと、漸くカルデアと通信が回復したらしく、ロマニのホログラムが出現した。

 

『無事かい!? ってうわぁ!? 誰!? というかこの惨状は!? 立香くんが倒れているけど容体は!? あー、もぉー! 気になる事というか確かめなきゃいけない事が山積み! えーと……この霊基反応は……アヴェンジャー……かな……?』

 

「元、だけどそれに関しては後で説明する。それよりも今、マシュが聖杯の回収を行っている。それが終わったら速やかにレイシフトを頼む。黒幕が判明したからそれを込みで色々と話さなきゃいけない事がある」

 

 ソロモンの出現、冠位指定という事の意味、その情報をまずはカルデアへと告げなくてはならない。それから自分の今の霊基を、様子を、どうしてこうなってしまったのかも、説明しなくてはならないだろう。アルトリアが経験した時空ではどうやらここで全滅したらしいが、

 

 結果としては今回は全滅一歩手前、という程度だろう。

 

 いや、真正面から大罪の獣と相対してこの程度の損害で済んだのだから、もはや奇跡と呼べる領域にある。だが、

 

「やる事、成す事多すぎるわね」

 

「そしてその責任の大半は―――」

 

 藤丸立香という少年にかかっている。そう、グランドオーダーはまだ半分。半分しか終わっていない。そしてこの旅、ソロモンという黒幕が明確に露出された事で()()()()()()()()と考えてもいいのだろう。少なくとも、

 

 奴は明確に此方を見て、認識した―――ならば、今まで通りとは行かないだろう。

 

 聖杯を回収したマシュの姿を眺めながら軽く溜息を吐いた。どこまでも絶望的ではあるが、それでもこの絶望と希望の入り乱れる現世こそが、己が何よりも求めたものである以上、()は何も言えない―――密かに、祝福するだけだった。

 

 旅を、そしていずれ辿るであろう結末を。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/522a6d39-d3ef-4612-b596-8e606049d80f/35270e92aea60c76ea7e0df4e445e230

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/ef2524d2-71b9-4a5b-9877-a8c87c53ef11/767ea55d4ed334ca66843b0d7a0010d3

 サトミー! 新しいステータスよー! マテ風とFGO風で二度美味しいね? 誰がここまで作り込めと言った! 俺だ! データ作成は楽しいからしょうがないね!(グルのデータ隠しつつ

 という訳で実質的に敗北、心が折れた瞬間にガチャ丸は監獄へ幽閉。ロンドンはこれに終了で……。


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空の境界/the Garden of Order
影に鬼は鳴く - 1


「―――これがロンドン大空洞での顛末、その全てだ」

 

 特異点探索が終了し、カルデアへと帰還し、ロマニとこの後の展開と、報告の為に食堂でケーキを間に挟み、食べながら話しを続けていた。特異点から帰還したばかりであるという事実もあり、未だに敗北したサーヴァント達は復活していなかった。その為、普段は多くのサーヴァントがいるこの食堂も見る事の出来る数は少ない。残りの数少ないサーヴァント、ダ・ヴィンチはマシュと共に立香の様子を見に行っており、ブーディカは今、厨房で此方への差し入れを作ってくれている。

 

 そして信長とエルメロイ2世とダビデは録画ビデオを食堂の端で見ながら笑っている。悲壮感が欠片もない連中だった。なお愛歌に関しては直ぐ横でケーキと紅茶を優雅に食べている。ロマニも落ち着いた様子でそうか、と目を閉じて答え、

 

「……本当にソロモンが、出たんだね?」

 

「少なくとも肉体は完全にソロモンのものだったさ。ま、それが真実であるかどうかを見通す千里眼は俺にはないさ。ただ霊基は間違いなくソロモンであり、七十二の魔神柱もあいつが放ったもんだ。それに関しては俺が確証する」

 

「そうかぁ……本当にそうなのかぁ……あー、そうなのかぁー……マジかぁー……」

 

 すっごいショックを受けた様な表情をロマニが受け、そのまま無言でテーブルの上に突っ伏した。本当にしょうがない奴だな、と思いながら肩肘をテーブルに付きながら眺めていると、横から袖を引っ張る感触を得た。振り向けば、フォークの上にケーキを乗せた愛歌の姿が見え、それを此方へと向けていた。口を開けてそれを食べさせてもらい、

 

「甘い」

 

「それはそうよ、だってケーキだもの。ビターなチョコレートケーキというのも悪くはないけど、やっぱりケーキの王道は苺のショートケーキ。クリームも苺も甘くなくちゃ到底ケーキと呼べないわ。だからその感想は安直すぎるわ。もっと、こう―――まるで甘味の薔薇園みたい! ……な感じの食レポを次回に期待するわ」

 

「完全にエンタメの食レポじゃねーか」

 

 テレビの方を見るとダビデと信長が必死に服をばたつかせて暑い暑い、とアピールしているのだが何時から空調は壊れたのだろうか? いや、壊れているのは連中の頭だったな、と納得したところで、ロマニがはぁ、と深い溜息を吐きながら復活してきた。

 

「はぁ、まぁ、これに関しては一旦横に置こう。相手が騙っているという可能性もあり得なくないし―――」

 

「―――うん、まぁ、僕もそれに関しては同意するよ。話を聞いた感じ、とてもだけどそれが僕の息子の様には思えないし」

 

 此方の会話にダビデが椅子をグルリ、と回しながら視線を向けて来た。

 

「そもそも僕の息子(ソロモン)は生まれながらにしての王だよ? 人という時期さえ存在せず、王という存在のみを達成する為に生まれて来た。まぁ、なんというか彼もまた神々の計画の被害者とでも言うか……まぁ、そこはどうでもいいんだけど。とりあえず、()()()()()()()()()()んだ。彼が自由に怒る事なんてそもそも出来なかったと思うよ―――もし、彼が本当に僕の息子だとしたら、相当我慢できない事があったんだろうね。うん、まぁ、僕からはそれぐらいかな? それはそれとしてセイヴァー、君でテレビの方はどうにかならないのか? このままだとビデオを見終わっちゃうんだけど」

 

「あ、任せて任せて。やっぱり娯楽にバリエーション欲しいわよね。ちょっとチャンネルを無事な平行世界のチャンネルに繋げちゃいましょう。これぐらいなら抑止力も溜息を吐く程度で許してくれるわ」

 

 ケーキを一旦置いてテレビの方へと向かう愛歌が反則に近い事を言うが、未だに根源接続者である為、これぐらいであれば容易い―――そもそも魔導元帥であれば出来る事だ。なのに彼女にそれが出来ない筈もない。

 

「うん。まぁ、ソロモンの事は置いておくとして……一番聞きたい事があったんだよね」

 

「まぁ、言いたい事は解る。愛歌の事だろ?」

 

 ロマニと視線を愛歌の方へと向けた。黄金の器―――()()、だがそれも普通の聖杯ではなく穢れの大淫婦が保有するべき穢れの聖杯を彼女は片手に握っている。とはいえ、その性能は凄まじく中途半端だ。アライメントが混沌・悪であれば、伝承通りの悪逆を成し遂げるだろう。秩序・善であれば正しい聖杯としての機能を発揮しただろう。だが今は二人が一緒に存在する為にアライメントは中立・中庸。この境界線の上でのみ二人、一緒にいられる。そしてその為、あの聖杯は穢れの聖杯でありながら非常に不安定で、そして歪んでいる。それを戦闘で使える様に現在は調整中ではあるが、それから生み出される泥に関しては愛歌が触媒やら手足の様に自由に動かす事が出来る。故にそれを使って、テレビのチャンネルを平行世界に繋げている。

 

 使っている技能は凄まじいのに、やってることが極限までみみっちぃ。

 

 だが、まぁ、そんなものだ。今の彼女はそれぐらいで限界だ。万能ではあるが、全能さはない。それは己も同じだ。ただ、根源に接続しているだけである。他の者よりも少しだけ便利で楽が出来る、という事実を抜けば特に変化はない。だから、

 

「心配する必要はないさ。アレは()だからな。俺が裏切ろうとでも考えない限りはただの能天気な娘だよ。心配する必要はない」

 

「うーん、だけど根源接続者……魔術師的に考えるとねぇ……」

 

「まぁ、戦いが終わったら俺は愛歌と適当に雲隠れするさ。折角綺麗な体に戻れたし」

 

「あぁ、そう言えば戻ってくるときに肉体を再構成したんだっけ? 服装もがらりと変わっちゃってるからびっくりしちゃったよ」

 

 横の磨かれた壁に反射し、映る自分の姿を見た。まず一番最初に目に入るのは()()()()だ。今までの様な黒い肌は消え失せ、ちゃんとした東洋人の肌色を取り戻している。だが髪の毛はそのまま、色素が抜け落ちたような白髪で、もっさりしてあるのを首裏でまとめてある。服装はそこまで凝った物ではなく、下衣は機能性の高いミリタリー柄のカーゴパンツ、上衣は袖の無いインナースーツで、その上から蒼色の布をローブ、或いはマントの様に首下に巻きつけている。

 

 服装は全部、此方へと戻ってくる際に自分が旅をしていた頃の服装を思い出し、それに似た格好を幻想種の素材で再現したものだ。見た目は現代の服装だが、どれも幻想種の素材で作成されており、不死鳥の羽のアクセサリなんかもこっそりと顔横の髪に装着していたりする―――なんでも、コーディネートは気にした方がいいとは愛歌の言葉である。

 

「流石に全裸で復活することに躊躇を覚えたからな。俺はともかくあっちが」

 

「君は全裸で良かったのか……!」

 

 まぁ、そういうノリもあるよね! という話だ。なお、愛歌に関しては生前と同じ鮮やかな青と白のフリルドレスを装着している。見慣れている姿だけに、違和感なんてものは一切存在しない。まぁ、何だかんだで自分もあの子がああやって自由に動き回り、俺以外の誰かと話せるようになる姿は見ていて嬉しいものがある―――それで漸く、()も救われたという感触がある。

 

「ま、そんな訳で今の()はセイヴァー……の、霊基を借りているだけの里見栄二、だ。他人を救おうとは思わないが、説法の一つや二つ、求められればする。そこで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。遠慮なく相談してもいいんだぞ、ロマニ」

 

「ははは……だけど基本的にカウンセリングはボクの仕事だからなぁ。まぁ、でもセイヴァー……いや、エージの説法に関しては興味があるかな。君が見出した人生の答えというものを欠片でもいいから、感じ取ってみたくはある」

 

 ロマニの言葉に苦笑する。言葉とは―――難しいものだ。伝えようとすればするほど、其れは熱意と心をもって捻じ曲げられてしまう。その為、正しい言葉が伝わるとは限らなくなってしまう。それは真実から遠ざかる意味でもある。だからこの開いた感覚を、悟りと呼ばれる境地を誰かと共有する事は不可能だ。それでも、誰かに対して納得を与える事が出来る。それがおそらく、仏陀―――ゴータマの行った事だった。理解していても未だに思う、宗教は苦手で、嫌いだ。

 

「―――はい、おまちどおさま。甘いものを食べるのもいいけど、戦場から帰ってきたらまずはスープで体を温めようか。ロンディニウムは寒かったんだろう?」

 

キッチンで作業していたブーディカがスープの入ったボウルを運んで、それを前に置いてくれた。

 

「ありがとう」

 

「いいんだよ……私は実際、サーヴァントとしてはそこまで強くないって自覚しているしね。これがもっと違う霊基―――それこそアヴェンジャーであれば話は違ったんだろう。だけどそうではなく、私はライダーで召喚された。つまり私が必要とされたのはその力ではない場所なんだろうと思ってるんだ」

 

「尊すぎて眼が焼かれる」

 

「前が見えねぇ」

 

「アビシャグの気配を感じる」

 

「ファック」

 

「わしと結婚しない?」

 

「はははは……照れるのは別として、そこのロクデナシは鍋の中に放り込むよ?」

 

 ヒィ、とダビデが声を漏らした直後、テレビからギュイン、と音がし、どうやら平行世界とチャンネルを繋げる事に成功したらしい。これでまた、カルデアに新たな娯楽文化が、それもかなり理不尽な形で復活した―――これを見て現代を懐かしむ様になったら、頑張って特異点を攻略してソロモンをミンチにすればいいのだ。現状、逆にミンチにされる可能性の方が高いのだが。愛歌が戻ってくると、横に座って幸せそうにケーキを食べ進める。それに合わせ、此方もブーディカが作ってくれたスープを飲む―――なんだかんだでソロモンとの相対で冷えた臓腑が温まって行くのを感じる。

 

「その表情を見ると気に入ってもらえたみたいだね。まだまだたくさんあるから、おかわりが欲しかったら遠慮なくね?」

 

「おう、助かるわ。だけどそれはそれとして―――ロマニ」

 

「うん、そうだね……立香くんの事だね」

 

 それがおそらく現在、このカルデアに置いて重要な事なのだろう。実際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ぶっちゃけた話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それはサンソンが召喚された時点で行える事だったのだ。だがそれを行わないのはエリート思考の彼らが今の英霊達と、そして立香とどんな衝突を起こすか、解り切っているからだ。だから現状、カルデアは立香一人に特異点の攻略のマスターという役割を任せなくてはならない。

 

「特異点での戦いでストレスと疲弊は感知されている―――だけどそれ以外には特に問題はないんだ」

 

「ソロモンに呪われているからな。魂だけを別の場所に隔離させられている」

 

「やっぱりか……科学と魔術的にサーチしても異常が見つからないならやっぱりそっち方面かと思ったけど、実際に経験した人が言うならまず間違いない、か」

 

 まぁ、魂だけとなって溶けてから復活したのだから、プロフェッショナルと言えばプロフェッショナルなのだが―――あんまり、嬉しいプロではないが。スープを飲み進めつつ、横の愛歌の頭を軽く掻く様に撫でると、頭を此方に寄せて、体を擦り付けてくるのを感じる。なんか、ペットの犬みたいな反応だな、と思うと足を踏まれた。筋力Bで踏むのは止めてくれ。骨が折れる。

 

「率直に言うけどエイジ、彼を君は助けられるかい?」

 

「無理。そりゃあ細かい事ならテレビみたいにどうにかなるさ。だけど万能と全能ってのは格が違うのさ、ロマニ。こっちが鉄の棒でテコの原理を使って荷物を持ち上げようとする中で、アイツはフォークリフトを使ってる感じだ」

 

「すっごい解り辛い!」

 

 うるせぇ、ジェネレーションギャップだと言いたいのかお前。キレるぞ。

 

「根本的に格が違うんだよ、アレとは。100回勝負したら100回敗北して、1万回勝負しても1万回負ける。そういう相手なんだよ。だからアレが何かをした所で、後からどうにかするってのは俺には無理だ」

 

「そう、か……」

 

「……まぁ、でも即死してないって事は、我らの人類最後のマスター殿は今も必死に足掻いているって事さ。こと、逆境における足掻きって要素においてあいつよりも優れた人類はいないさ。俺達はここまでカルデアを引っ張ってきた少年を信じればいい」

 

 そう、それを敢えて言葉にするとしたら、

 

「―――待て、しかして希望せよ……かしらね?」

 

 愛歌が言葉を引き継ぎ、話を終わらせた。現状、カルデアの技術では立香の救出はどうにもならない事だった。そもそも魔術王と呼ばれるソロモンの放った魔術に後から干渉するなんて高度過ぎる行いが出来る存在が()()()()()()()()()()()()()のだ。それでいてあのソロモンが獣の座について全能の王としてあることを考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。故に本当に待つしかないのだ。

 

 立香が戻ってくるその時までは―――何時も通り、休暇だ。




 監獄島と空の境界は同時進行予定。外側にいる人間は描写するような事もないし。空の境界も管理人が変化したのでちょくちょく変更予定で。とはいえ、オガワハイムは掘り下げには便利なので割とそのままかも?

 データが好評でうれしい所。絵心が無くて絵が描けないけど、まぁ、説明ここまで入れればいいよね、って感じだ(

 ちう訳で現在のさとみーの姿公開であった。旅するナイスミドル風。


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影に鬼は鳴く - 2

「やれやれ、お前もつくづく運のない奴だな」

 

 夜中、立香の部屋に忍び込み、その姿を見下ろしながらそう告げた。ベッドの上に静かに横たわる立香の姿はまさに眠っている様に見えた。しかし、彼は今、本当に眠っている訳ではない。その意識がどこを彷徨っているのかは、大体見当が付いている―――とはいえ、そこは魔術王の用意した監獄。外側から脱獄させる事は出来ないだろう。故に自分が出来る事などほとんどなく、こうやって、タイミングが―――僅かに魂が此方へと寄り、声が届く瞬間に説法の一つでもしてやることぐらいが限界だった。とはいえ、おそらくこの少年にそれは必要ないだろう。この子は天運に愛されている。だがそれ以上に、誰よりも頑張ろうとする事が出来る少年だ。たとえ心が折れても、また立ち上がろうとする意志がある。

 

 それが無ければ、既に死んでいる。

 

「さて、俺がお前の為に出来る事と言えば……あんまりない。いや、ほとんどない。全くないと言ってもいい。俺は善でなければ悪でもない。故に()()()()()()()()()からな。俺が出来る事と言えば他の人よりも良く察する事だ。そもそも悟りを開いて覚者になったところで大きく変わる訳でもない。多少心が自由になって、物事の理解が通るってだけだ。まぁ、セイヴァーの霊基なんてものを使わせて貰っているが、本質的にはなんでもない、ただの人間だよ……とはいえ、この非常事態でそんな言い訳をしている余裕なんてないからな。ここは一つ、覚者らしく」

 

 ―――説法の一つでもさせて貰おう。

 

「覚者のありがたいありがたい説法だ。ついでに今、お前の魂を縛っているイフ島の監獄で一つ、予習として使える知識かもしれない。どちらにしろ、お前の魂が此方側にある時間はそう長くはない。これから毎晩、お前に一つ、ヒントを残す為の説法をしよう。俺みたいな破戒僧ですまないが、そこは、まぁ、我慢しろ」

 

 苦笑しながらさて、と声を置いた。あまり、説法得意じゃないんだよなぁ、なんて事を考えながら今の立香に必要な言葉は、

 

「―――お前は誰かを狂おしい程に妬ましく思った事はあるか? 何故アイツが、と思った事はあるか? 持たぬものを求めた事があるか? 誰かに対して嫉妬した事がないなんて言わせはしない。七罪の一つ、嫉妬。七罪なんて名前はあるが、それ自体は良くあるものだ。卑屈になる必要はない。誰だって少なかれ何かを妬ましく思う事はある。俺でさえある。あったさ。だがそれを嘆く必要はない。とはいえ、本当に無害であるなら誰も気にはしないという話だ―――」

 

 さて、と言葉を置いた。

 

「嫉妬心とは……実に単純で複雑だ。()()()()()()()()()()()()()()()()様に、()()()()()()()()()()()()()()()様に、単純に理性とそれは結び付けられない、もっと根本的な本能に絡んでいる。故にどうしようもない―――ちなみに俺はそれを切り離せる側の人間だ。どうだ、羨ましいだろ? ん? はは、まぁ、くだらない話はここまでにしよう。一つ、地獄を生き抜く術をここで教授してやろう」

 

 案内人がいるのであればそう、複雑な言葉は必要ないだろう。であるなら、自分が送る言葉は一つ。

 

()()()。自覚する事が全ての始まりだ」

 

 その言葉と共に立香の魂が遠ざかるのを感じた。再び地獄に幽閉されたか、と嘆息しつつ寝ている姿に背を向ける。やれやれ、と呟き、これは少し大変になりそうだと思った。その様子を部屋の隅からフォウがずっと眺めていたらしく、心配そうな表情を立香へと向けていた。本当にその少年の事が好きなんだな、と苦笑し、フォウに手を出す。獣はそれを受けて此方へと走ると、一気に肩の上へと駆け上がった。

 

「今は信じよう、キャスパリーグ。彼が心折れてもまた立ち上がれるという事を」

 

「フォウ……」

 

 フォウの首筋を軽く撫でながら立香の部屋を後にする。魂が囚われている為に肉体の方は段々と衰弱している―――タイムリミットは七日、といった所か。

 

 

 

 

「実はカルデアで新しいシステムを開発しようと思っている。霊基再臨ってシステムなんだ」

 

 特にやる事も無いので、食堂で膝に愛歌を乗せてぐだぐだしていると、ロマニが来た。昨日ソロモンに虐殺された面子が復活した事もあって、食堂の賑わいは一気に上がっていた。これこそ現在のカルデアだ、と言いたくなるぐらいには。度重なる召喚と加入によってカルデアの人口密度も上昇してきた。そろそろ新しい区間を整備、開放して新たなサーヴァントの追加に備えるべきだろうか?

 

「それで、その霊基再臨ってなんだ」

 

「うんとね……対ソロモン戦でサーヴァントには霊基の上が存在するってことが発覚したんだ。つまりは通常のサーヴァント、そしてグランドサーヴァント。このグランドサーヴァントに関する資料をカルデア内で徹底的に洗ったんだけど、どうやらグランド化には特定の条件が必要で、どんな英霊にでも出来るという訳じゃないらしいんだ―――ただ、英霊の霊基強化という点に関してだけは、カルデアでも真似る事が出来る」

 

「あぁ、そう言えば最弱の状態で召喚してから種火を与えて霊基回復を行っていたわね……」

 

 愛歌の言う通り、サーヴァントとして召喚される英霊は弱体化している。カルデアではその英霊らが召喚された直後に裏切っても大丈夫な様に、最弱の状態で召喚している。とはいえ、根本的に本来よりも弱くなっているというのもまた事実だ。

 

「うん、だからボクとレオナルドで霊基再臨ってシステムをソロモンの霊基を参考に作り出したんだ。このシステムは現在の英霊の霊基を強化する事によって、英霊として設定された強さの上限を突破する、というシステムなんだ。その触媒に色々と珍しい魔術触媒が必要となるんだけど―――まぁ、それに関しては今、使い道もなく余っているからね」

 

 成程、と呟く。根本的な戦力強化の話だ。サーヴァントの強さは霊基に帰順する。そして霊基が強化されればされる程、その英霊は更に力を発揮する事が出来る。純粋な身体能力は上昇し、使用するスキルの効力がアップし、そして更に戦闘で成果を出す事も出来るだろう。

 

「まぁ、グランド級ってのは無理だろう―――だけどサーヴァントという枠を超えて、本来の強さにかなり肉薄できるレベルまで強化が出来る、ってボクとレオナルドは予測している。ただこの技術もまだ穴があってね、ちょっとしたデメリットも存在するんだ」

 

 続けて、と視線で伝えながら膝の上の愛歌を両手で抱える。一部サーヴァントが団扇で自分を仰ぐ姿が見える。

 

「……うん、まあ、やられてからの復帰時間が長くなるんだ。霊基再臨による霊基の上限突破はつまり、英霊をもっと強固な、不確かを確かにする作業でもあるんだ。つまりは明確な受肉化でもあると言える。そして強固になればなる程、存在として固定される上に強度と存在感の問題で復活までの時間が伸びてしまう―――今までは数時間程度で復活出来たサーヴァント達も、霊基再臨を行えばこれから出てくるであろう強力な英霊と戦えるとしても、敗北したら復活まで()()かかる計算だ」

 

「……つまり、霊基再臨を行った後で特異点で敗北するような事があれば、探索中はもう復活を期待しない方がいい、って事か」

 

「うん。その代わりレイシフトの時差を極限まで短縮する事が出来るよ。まぁ、これがメリットとデメリットだね。ソロモンのような相手が出現するなら英霊の強化は間違いなく必須だと思ってる。だけど復活が遅れるという事は長期戦を挑む場合、此方の戦力が一方的に減る可能性を示しているんだ。そう考えるとどうするか、という悩みがあってねー……」

 

「まぁ、確かにそれは悩ましい話ね。ただこの先、強力な相手が出現するのはほぼ確実だろうし、強化しておかないと話にならなそうってのはあるわね」

 

「うん、まぁ、アルトリア・ランサー・オルタや、ニコラ・テスラの例を考えるとまず間違いなく戦力の向上は必須なんだよねー……ここら辺は立香くんが帰ってきたら相談、ってところかな。現場を一番よく理解しているのは彼だろうし、判断は任せちゃおう」

 

 またプレッシャーがかかるなぁ、なんて事を考えつつも霊基再臨の必要性は理解できる。ぶっちゃけた話、今まで登場して来ている英霊の質は()()()()程度なのだ。明確に大英雄と表現できるのはヘラクレス、そしてアルトリア・ランサー……ぐらいだろうか? 神話の中で最強の様に振る舞っていた英霊達、その多くが未だに出現していないのだから。そして相手に聖杯がある以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そもそも獣と偽りの冠位が存在する時点で割と何でもありなのだから……。

 

 まぁ、だがそれは立香の仕事だ。彼がマスターなのだ、彼が判断すべきなのだそこは。責任を丸投げしているようだが、実際にそれがマスターの仕事なのだから。自分はそこまでも道をつけるのが仕事だ。

 

 ともあれ、それはそれとして、

 

「俺も俺の方で問題解決しないとなぁ」

 

「武器の問題だっけ?」

 

 あぁ、とロマニの言葉に頷く。根源から戻って来る事で命という概念、その意味を完全に理解した。その影響で、自分にも正しい意味で宝具が、或いは()()が生まれた。数多くの権能が神々の世には存在したが、その答えを科学的に示す事によってそれらは()()へと落ちた。だがまだ幾つか、残されている権能がある。その最たるものが生と死に関する事だ。ある意味、覚者たるものの特権だろう、これは。命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)は輪廻転生の宝具、輪廻転生の権能。それはあらゆる魂から罪を、悪縁を、それを灌いで浄化し、それらと切り離された、全く新しい来世へと送り出すという宝具である。前世の業とか、来世では支払わなきゃいけないとか()()()鹿()()鹿()()()という自分の感想が生みだした権能でもある。

 

 これだけならまだ良い。だがこれを叩き込んでも相手が死ななきゃ意味がない為、エネルギー源を直接「 」とし、そこから魔力を無限に引き出しながら魂の奥まで叩き込んで浄化、そして昇華させるのがやり方である―――とはいえ、これ、割と実は使ってはならない類いというか、()()()()()()()()()()()()なので、ソロモン相手以外には転生概念は基本的にオフ予定となっている。やりすぎると、というか使いすぎると真面目にゴータマに怒られる。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、転生、そして「 」というエネルギーに耐えられる装備が存在しないのだ。まずシェイプシフター、アレは完全に欠片も残さず蒸発した。それでも何度か振るう事に耐えただけ、かなり良くやった方だ。エミヤの投影品なんて一発で蒸発するし、他の英霊の武器を―――たとえばロンゴミニアドを借りても、何回目かで蒸発した。

 

 おかげでアルトリアに凄い泣かれた。

 

 そしてどっかで覗き見してるニートが大爆笑してる。

 

 どこかの王様も爆笑してる。

 

 だが爆笑する気持ちは解らなくもない。

 

 まぁ、そもそも英霊が持ち込む宝具自体()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がある。逆に強化されたというパターンもあるが、エクスカリバーやロンゴミニアドをはじめとする神造兵器に関しては完全に劣化していると表現していい。そもそも本来のスペックであればどれだけ振るおうとも劣化しないし、常に最高の状態で攻撃を放ち続けられるほか、当たり前の様に山や大陸を更地に返す事が出来るだろう。だけど英霊にそんなスペックはない。グランドクラスなら話は別だが、通常の霊基ではそこまでの力が発揮できない―――天井が存在するのだ。そういう訳で他の英霊の武器を借りるという選択肢もない。

 

「一応エミヤに100個ぐらい投影して貰って、それを空間魔術で何時でも持ち出せるようにしてはあるけど」

 

「あぁ、朝から魔力不足で死にそうな表情を浮かべていたのはそういう理由なんだ」

 

 エミヤの属性は剣、そしてその投影能力は剣を生みだす事に特化している。なのに属性違いの大斧を投影、しかも形として残るものを大量生産させたら疲れるに決まっている。まぁ、それでも俺が戦うという以上、必要な事なので、エミヤには犠牲になって貰おう。

 

「どうにかして現存する神造兵器を入手できればいいんだけど―――カルデアにあったか?」

 

「レフが爆破テロをしたときに念入りにそこら辺は破壊されちゃったね。いや、まあ、破壊されていないけど存在抹消されている範囲の区画だから、サルベージが実質不可能なんだよね」

 

 存在消失。このカルデアはシバの観測による特殊な磁場を形成しており、それが原因で特異点のような状態であらゆる時間軸から切り離されている―――性質としては座と似たような状態だ。そのおかげで存在が消失しないが、人理焼却の炎は2017年到達時にカルデアを焼く事が確定している為、絶対安全という訳ではないのだ。

 

 なんとも、まぁ、悩ましい。

 

 ―――ともあれ、

 

(グル)がいりゃあなぁ、鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)でも借りるんだが」

 

「クシャトリヤ絶滅に使ったヴィシュヌ神の嵐斧かー」

 

 現存する数少ない神造兵器―――まぁ、(グル)自身が神造兵器を何個か保有している上に神代から存命とかいう意味不明この上ないバグキャラなのだが。なんか、普通に徒歩で人理焼却から逃れた、とか言ってそうで怖い。いや、確実にやる。あの人なら絶対に出来る。うーん、しかし会えたら会えたで、色々と恐ろしい気持ちもある。いや、クシャトリヤじゃないからそこまで恐れる必要はないのだが。

 

「はぁ、足りないものが多すぎるなー」

 

「そうだねぇー……」

 

 溜息を吐きながらぐだぐだしていると、カルデア内に放送が響く。

 

『―――チーフ! 新たな特異点を観測しました! 場所は日本! ()()の特異点です! 至急管制室へ!』

 

「……やれやれ、普通に休む暇もないねぇ」

 

 苦笑しながら立ち上がるロマニに付いて行く為に愛歌を持ち上げ、抱えながらついて行く事にする。どうやら、立香が戻って来るまでに一波乱がありそうな形だった。




 という訳でコラボっぽいイベント特異点、はじまりますぜ。立香不在=サーヴァントは連れていけない。はてさて、どうなることやら。


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影に鬼は鳴く - 3

「新しい特異点の場所は日本、それも現代です。軽く観測を行った時に見えたのは巨大なマンションと、その中にある大量の英霊や生物の反応でした。正規の特異点ではなく、大炎上本能がチェイテするローマ城や、お月見オルレアン特異点の様な、特異な特異点だと思われます―――ところで特異な特異点ってなんですか」

 

「俺が知りてぇよ」

 

「Tell me」

 

「魔術王、迫真の時間稼ぎ」

 

「また寄り道特異点か? 時間稼ぎか? 俺はサボろう」

 

「仕事しないん……?」

 

 相変わらずカルデアの管制室はカオスだった。というかここは基本的にカオスだった。何せ、四つの特異点を超えて徹夜で作業しながら未だ全滅していない、人類の最前線を支える最強のサポートスタッフ軍団なのだ、既に四つも時代を乗り越えて来た連中を裏から一切違和感を感じさせずに支援してきたと考えりゃあそりゃあ、もう、凄い連中だ。ただし、それと引き換えに連中はハジけた。まぁ、元からそういう畑の人間だ、立香よりは全然キチガイ側にぶっ飛んでいる為、そこまでのケアを必要としない、鋼のソルジャー達である。

 

「私、ここの人達好きよ。むせ返る程の命の匂いを感じるもの」

 

 愛歌がくるり、と回りながら笑い、そう言葉を吐くと男性陣が一斉に動きを止め、そして決意のこもった表情で頷いた。

 

「俺、ロリコンになるわ」

 

「待て、俺が先だ」

 

「お前一人でロリコンにはさせないさ……!」

 

 それを見ていた女性陣スタッフが作業の手を止め、唐突に上着を脱ぎ始める。

 

「あー、熱い熱い……ちょっと上でも脱ごうかしら」

 

「やっぱおっぱいだわ」

 

「巨乳からは逃げられない」

 

「女なら正直どっちでもいい」

 

「ほんとそれな」

 

 相変わらず面白すぎる会話だった。ここにいる連中は毎回ここへ来るたびに新しいネタに走っているので、もしかして本職の芸人なのではないか? と思ってしまう事も少なくはない。ともあれ、こんなクソメンタル強度を誇るスタッフを前に、今回はここへと来た意味を果たす―――無論、ここにマシュの姿はない。何だかんだであの子は無垢で、そして経験が浅い。そして何よりも、立香の件で一番ダメージを受けている。なんだかんだで一番入れ込んでいるというか、慕っていたのは彼女なのだから。本当なら自分がもうちょいマシュの様子を見ておくべきなのだが―――まぁ、今は特異点の方を、マシュに気づかれる前に処理してしまおうという魂胆だ。ただでさえ不安定な命なのだから。

 

「ともあれ、なんだ、特異点が出来たって事か」

 

「はい。おそらくは聖杯を使った小規模な奴です。特異点というよりは、規模的には異界と表現した方が正しいかもしれません。その中で何らかの法則を生みだすのに聖杯が利用されているようなのですが―――すみません、流石にカルデアからでの観測ではこれが限界です」

 

「いや、それだけ解れば十分さ。何せ、初期の頃は特異点を見つけるだけだったんだ。今ではその具体的な姿まで見る事が出来る。進化としては十分すぎるものだろう」

 

 実際、現場がどういう様子なのかを見る事が出来るようになっただけで、レイシフト直後の死亡事故を発生させないで済む。しかもこの技術は前々からあった物ではなく、カルデアがこの状況になってから生み出された技術だ。つまり、このリソースが圧倒的に足りていない中で、カルデアが持っている技術を修復するどころか進化させているのだ、この連中は。本当にお疲れ様以外の言葉が見つからない。存分に休んでもらいたいところだが、残念ながらそんな暇はない。

 

「立香が復活するのを悠長に待っている暇はない、か」

 

「うん……非常に申し訳ない事だと思うけど、特異点である以上は見逃せない。何よりつい最近ソロモンなんて存在が発覚したんだ。立香くんを眠らせて、そしてこんなタイミングでの特異点の発生、或いはこれが相手の本命なのかもしれない。放置していたら致命的なミスになるかもしれない。そういう事を考えるとやはり、見過ごす事は出来ない。最低限でもこの特異点がどういう存在なのか、それを調べる必要があるんだ」

 

 真に正論だった。ロマニは極めて真面目な表情を浮かべているが、その背後にある感情に関しては、もはや確かめなくても良く解る。だから努めて明るい表情でまぁ、任せろ、と言葉を吐く。

 

「小型の特異点なんだろう? 新しい霊基のウォーミングアップには丁度いいもんさ。知覚しているのとは別に、新しい体の調子を確かめなけりゃあいけないもんさ。そういう場合は逆にソロモン相手になにも出来なかった先輩方がいた方が邪魔なんじゃないかなぁ」

 

 食堂の方から感じる圧倒的闘気、完全にやってやるぞオラァ、という気配が伝わってくる闘気だった。そしてそれをロマニも感じ取ったのか、苦笑しながら、話を続ける。

 

「……カルデアの指令代理として確認する。現状、単独でのレイシフトが可能なのは君だけだ。マシュはマスターと切り離せないし、英霊達もそうだ。その為、単独のレイシフトによる調査になる―――それでも、君はやってくれるかな?」

 

「確認なんて優しい言葉を使うな。もうちょい強制っぽくていいんだよ」

 

「無理無理、チーフってばすっげぇチキンでたぶん今でも怒らせてないかどうか、ビクビクしてるから」

 

「まぁ、そんなチキンなチーフだから俺達、気合が入るんだけどな」

 

「うんうん、支えないと、って感じがするよね」

 

「君達は、全くもう―――……」

 

 困ったような、呆れた様な、嬉しそうな、そんな表情を浮かべるロマニの背中を思いっきり叩くと、悲鳴を上げながら大きくよろめき、軽い笑い声が響いてくる。背中を向けて管制室からレイシフトルームへの道を進みながら、走り寄って来るフォウを片手で迎え、そのまま肩の上に乗せて、歩いて行く。横に愛歌が付いて歩く。これからずっと、愛歌とこうやって歩いて行く人生が続いて行くと思うと、

 

「楽しみ?」

 

「いやぁ、憂鬱」

 

 ローキックを食らいながらも軽く笑い声を漏らしながら、新たな特異点の調査へと向かう為に迷う事無く自分の姿をコフィンの中へと沈めた。

 

 

 

 

「おぉ、月が見えるぜ」

 

 レイシフトを終わらせて特異点に到着すると、満天の夜空が見えた。そこにはソロモンの宝具の姿は見えず、満月の浮かぶ月夜が広がっていた。特異点は今までのものと比べれば一番小さい―――感覚的なものだが、正面に見える巨大なマンションを中心点に、半径10キロ圏内、というぐらいだろう。冬木よりも遥かに小さい特異点だった。到着した事で肩の上に乗っていたフォウは飛び降りると、フォウフォウ、と鳴く。

 

「そういやぁ、お前ロンドンでは大人しかったよな」

 

「キュゥゥ……」

 

 まぁ、本能的にソロモンの存在を感じ取って、目立たないように隠れていたんだろうな、とは解っている。そもそもキャスパリーグだ、その役割を考えるのであれば、まず間違いなくその存在を感じ取れるだろう。まぁ、今のキャスパリーグには何かを願うだけ酷だ。彼はこのまま、ただの獣としてカルデアを走り回っている姿が一番似合う。

 

「良い月ね。ゼルレッチが落とせそうなほど」

 

「何故そこでゼルレッチを付け加えた」

 

「いや、月と言ったら落とすしかないじゃない」

 

「なぜ」

 

「必殺ムーンセル落とし」

 

「悪化してる」

 

「ムーンセル流星群とか凄そうね」

 

「そうだな、この世の終わりだな」

 

「フォーゥ……」

 

 フォウでさえ愛歌の発言に呆れているが、当の本人はまるでそれを気にする事もなく、鼻歌を口ずさみながらステップを取る様に踊っていた。誰かに教わった訳でもないのに、妙に華麗なステップを踏んで踊る彼女の姿は月の光を浴びて、どこか幻想的なものに感じられた。また同時に、こうやって肉の体を持って明確な外を感じるのは、彼女にとっては数年ぶりの出来事であるという事を理解した。あぁ、そりゃ浮かれもするだろう。俺も、久しぶりに裸眼で世界を見ているのだ、

 

「目の悪い人がさ」

 

「えぇ」

 

「初めてメガネをかけた時。すっごい驚いたような表情を浮かべるんだ。文字が読みやすくなった、とかブレが消えた、とかじゃなくて―――世界の色って、こんなにも鮮やかなんだな、って事で驚くらしい。どうやら俺はその感動を味わえているみたいだ」

 

「成程、それはそれで中々ロマンティックね。色が鮮やかに感じる……えぇ、えぇ! そうね! それは悪くない表現だわ……ふふふ」

 

 何が面白いのかは解らない。だがそうやって自分の半身とも言える存在が笑っていると、自分もどことなく楽しく、嬉しく思える。ただそこに、どことない恥ずかしさを感じる。俺としたことが、慣れていないシチュエーションで年下に完全に翻弄されている気がする。心なしか、フォウの視線まで微笑ましい者を見る様なものになってる気がする。止めてくれ、この年齢になってからそう言う視線を向けられるのはとてもじゃないが辛い。体の方は、まぁ、三十代というぐらいに落ち着いているのだが。これぐらいが()()()()()()()()()()()なのだ。肉体と経験のバランスを両立した場合、これ以上若くする事は出来ない。

 

『あーあーあー、お、視界・感度良好! おーい、カルデアからは君達の姿が綺麗に見えてるぞー。今回は君達二人と一匹のほぼ単独の活動だ。カルデアとしても最大限のバックアップを行っていくぞー』

 

『そういう訳だ。其方へと向かって調べる事は出来ないが、断片的な情報から推理し、最善を導き出すのであれば軍師の仕事だ。頭脳労働は其方ではなく此方に回せ』

 

『とりあえずわし、あのマンション燃やしたいんじゃが。というか放火して崩した所から聖杯探すのが早くね?』

 

『それを言うなら対城宝具を一発ぶち込んで特異点からグッバイさせてみたらどうですか。ほら! ロンゴミニアド溶かしたように!! 溶かしたように!!』

 

『貴様は根に持ちすぎだろうが! ……まぁ、聞いているかセイヴァー? 此方は大変賑やかだが、バックアップの体制だけは無駄に潤沢だ。それこそ誰が遊ぼうか争いになるレベルで割と暇をしている。なにかいいネタになる事を此方から祈っている』

 

「あぁ、くたばりながら待っててくれ。というかお前ら絶対待ってろよ、終わったらいの一番に腹にいいもんをぶち込んでやるからな」

 

『博多系ラーメンですか!』

 

『違う、そう言う意味での腹にぶち込むじゃない』

 

 これ、何を喋って何をしようが、絶対に笑いに繋がるという流れだよなぁ、と悟る。苦笑しながらさて、どうしたものか、と思うと前方、巨大なマンションの前に誰かがいるのを知覚した。誰だろうか、そう思いながら視線を前方へと向け、その姿を見た。

 

 それは不思議な格好の女だった。和装の上から赤いジャンパー、それに編み上げブーツという和洋をごちゃ混ぜにしたような格好だった。宗教ごった煮な格好をしている自分が言えるわけではないが、かなりアンバランスで、それで逆に突き抜けて貫録さえある格好だった。その片手、逆手持ちで握られているのは一本の簡素なナイフであり、正面にはゾンビ、並びにオートマタの姿が見えた。神秘なんてものは欠片も見えないただの変哲もないナイフであったが、

 

 それを気にする事なく女は飛び込んだ。

 

 その動きを表現するなら芸術的とでも言うのだろう。

 

 まず肉体そのものに無駄と思えるものが無い。その肉体で最短の動作を飛び込む様に行い、ナイフを素早く軽い、しかししっかりとした動作でオートマタへと差し込んだ。あっさりとナイフはオートマタの変哲もない体に沈み込み、その姿を一振りで両断され、解体された。横をすり抜ける様なその動きは到底普通のナイフで出来る様な動きではなかった。しかし女はそれを達成すると素早く、まるで猫の様な俊敏な動きでジグザグに間を駆け抜けて行く。オートマタやゾンビの肉体自身を壁に、すり抜けながら確実に急所のみを選定して切り裂き、解体して行く。美しい程に無駄という無駄をそぎ落とした動きは的確に相手をただの残骸へと変形させて行き、

 

 十秒後には二十を超える敵の存在が全て一様に残骸になっており、何事もなかったように女は立ち上がり、

 

「―――で、別にオレは見世物をしてた訳じゃないんだけど……誰なんだ、お前は?」

 

 いや、と女が呟いた。爛々と輝く青い瞳は通常の者ではなく、それは魔眼由来の輝きだった。そしてその輝きの色は良く知っている。見れば見る程吸い込まれて、そのまま消えてしまいそうな安寧の色。それは死の色だった。

 

()()()()()()()()は? 死が全く視えない―――」

 

 そう言って、直死の魔眼の女は真っ直ぐ、此方へと、この場にいる二人と一匹に死が刻まれていない事実を視た。




 という訳で別行動開始? まぁ、バックアップと頭脳組がいるのでそんな怖くはない。そして便利な単独顕現さん。なんだかんだで即死耐性がデフォなのは強いのであった……。

 という訳で1スキから過労死同盟に入れそうな気配のあるサトミー、次回はマンションデートだ。君とマンションコーデでバトル!

 後最近更新しすぎなので落ち着く意味でも1日1更新に戻しで。


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影に鬼は鳴く - 4

『気を付けてくれ、彼女からはサーヴァントの反応がある。敵っぽいのを倒している辺り敵だとは思えないけど……』

 

「ま、味方とも限らないわね」

 

 和装ジャンパーの女を見て、その顔と姿に「 」で見た彼女を思い出し、そして改めて彼女という存在を見て、そしてその正体に至る。こと、宇宙と合理を果たし、真理へと到達してから情報の抜きとりに関しては万能に思える力が出る―――これではミステリー小説を読むのは止めた方がいいな、と思いつつ、俺が何なのか、という話か、という言葉を置く。

 

「そう、敢えて言うなら……通りすがりの救世主……かなぁ?」

 

「はぁ? お前が? 救世主? 悪い冗談は止めてくれよ。徳を感じないどころかオレよりも血生臭いのが救世主とか最高に笑える冗談だよ。もしそれが冗談じゃないってならオレが知らない内に人を救うって言葉の意味が変わったのか、或いはオレが知らない内に世界が滅んだかのどちらかだ」

 

 最後の発言に合わせ、全員で俯いた。その動作に女が動作を停止させ、

 

「……なんだ、世界滅んだのかよ。寝てる間に世界が滅ぶとか一体どこの三流小説って話だ。ということはなんだ、なんだか妙にふわふわするし、見慣れた見慣れたくないマンションも見える事だし、夢かなんかか、こりゃ。終わったら橙子に一つ、魔除けでも……いや、そんな規模でもないか。っつーことは何だ、お釈迦様が世直しの旅でもしてるのか」

 

「俺が他人を救う訳ないだろ。俺を視ろ。徳を積んでるように見えるか? 我が身可愛さに世直しするんだよ!」

 

「……」

 

 今度こそ相手が黙り込んだ。まるで理解できない馬鹿を見る様な視線を向けてきている。まぁ、でも正直そう思われてもしょうがないとは思う。何せ、根本的に俺は他人という存在を救うつもりはないのだから。自分が一番可愛いのは当然だ―――だがそれ以上に自分(まなか)の事で手一杯なのだから、どっかの覚者と違って他人に構っている余裕などない。現在自分がカルデアに協力するのは当然ながら、()()()()()()()()という至極真っ当な理由からだ。

 

 ただ本気で発言している事が相手は理解できたのか、溜息を吐きながらナイフを下ろした。

 

「……なんかやる気無くすわお前。根本的に気力を削いでくるというか」

 

「あぁ、天敵よ天敵」

 

「成程な。……ん、じゃあな」

 

 そう言うと興味を無くしたかのようにマンションへと向かって和装の女が歩いて行く。まぁ、待て待て、と言葉を投げて彼女の足を止めさせる。何故だか彼女が此方に対して向ける視線が少しだけ、馬鹿を見るものの様に見える。

 

「まぁ、待て。見た感じ、お前はあのマンションに用事がある様子。そしてここに丁度良い所に戦闘とクソへたくそな説法を得意とする通りすがりの救世主がいる―――これ、組み合わせとしてはB級映画並だとは思わないか?」

 

「……まさか、とは思うが……オレと組みたいって言ってるのか?」

 

「ちなみに断ったら解き放つぞ―――リトルビーストを」

 

「フォゥ!? フォーウフォーウ! キュゥゥゥ―――!」

 

 逃げようとするフォウを愛歌が瞬間移動で先回りして掴みとり、必死に足をばたつかせるその姿を見せて高く掲げて見せた。その姿を彼女はしばらく、無言のまま眺めていると、毒気を抜かれた表情で溜息を吐き、好きにしろ、と呟きながら背を向け、マンションへと向かい始めた。それを見てた愛歌がフォウを投げ捨てる。そんな彼女の姿を追いかけつつ、俺のコミュ力はどうよ、と管制室へと向けてサムズアップを送れば―――帰ってくるのは呆れの表情と溜息ばかりだった。はて、何故だろう。

 

 

 

 

「―――ここ、オガワハイムって言うんだけど、元々は幽霊屋敷みたいなもんでな、薄気味悪いったりゃありゃしない場所だった。伝記の内容にするにはちょっとファンタジー入りすぎてる感じの場所。なんでも起きたら生き返って、一日の間に死んで、そして次の日にはまた生き返るとか、しょうもない螺旋の繰り返し。そういうしょうもない所だったらしいぞ」

 

「はー……外から見て解るぐらい怨念が詰まってるわ、これ」

 

 あんまり近づきたくはない雰囲気だ。マンションそのものが磁場の様なもので魂を逃がす事無く捉えているだけではなく、そのまま汚染している。いや、汚染というよりは開放に近いだろう。人間の根本的な獣欲、怒りだとか嫉妬とか、性欲とか食欲。ここにいる連中はそれに影響されて、開放的になってしまうような場所になっている。だがそれだけではなく、何らかの特殊な環境に変化している。それらを見て、自分が出せる感想はめんどくさいの一言に尽きた。

 

「結局あの時はオレが管理人? 下手人? まぁ、黒幕を切り倒してそれでおしまい……だった筈なんだけどな。悪い夢を見てるみたいだ。いや、そういやぁ、そもそも夢か、これ」

 

『現状の両儀式さん、だっけ? の状態は正しく夢を見ていると表現してもいい状態だ。彼女の肉体自体は既に人理焼却によって焼かれているはずだけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。つまりは彼女は肉体のない状態でカルデアと同じ、漂流の状態になっているんだ。そこに何故か英霊として肉体と霊基が与えられている。正直、かなり不思議なケースだよ』

 

「難しい言葉を選ばないといけないタチか? もう少し簡単に喋ってくれ」

 

『あー……うん。つまりは夢を見ている状態って事です』

 

「ならなんで態々そう言わないんだ」

 

『ほんとドクターは駄目だな』

 

『このヲタク人間め』

 

『自重したまえ』

 

『他人に教えるという事に慣れていないな貴様?』

 

『どうしよう、味方がいない』

 

 苦笑しつつも、彼女―――式が何故こんな特異点の中で生き残っているのかは、察しがついている。そして彼女の中にある存在の事に関しても、既に察しは付いている。出来るなら一言、お礼でも言いたいのだが、本人が外に出てくる事を望まないのであれば、それを自分がどうこう言うつもりはない。

 

 ―――察しが良いのは良いので、結構めんどくさいな、これ。

 

 そんな愚痴を喉の中で殺しながら飲み込んでいると、愛歌が此方へと視線を向けており、微笑んだ。思えば彼女もまた、全知の領域に立っていた者の一人だ。そんな彼女もまた、知り得る限りの多くを知っていた事になる―――果たして、日常的に知りすぎている生活とはどんなものなのだろうか? 理解しようとすれば……理解できるのだろう。それがまた、どうしようもなく面倒だ。プライバシーの欠片もない。

 

 戯言だ。

 

 チリンチリン、と鈴の音が鳴る。音に導かれるように視線を持ち上げれば、オガワハイムの中に入って行く白猫の姿が見えた。魔性の気配を持った猫だった。おそらくはまともなものではあるまい。そう思いながらもその姿がマンションの中へと消えて行くのを眺め、そしてフォウを見た。

 

「……やっぱお前、猫じゃないよなぁ」

 

「犬っぽいよな」

 

「いいや、これはウサギよ。耳辺りは」

 

「フォウ!?」

 

 キャスパリーグ、災厄の猫―――そう、猫だ。一応猫だ。ジャンルとしては猫だ。ただしこの生物を本当に猫と呼んでいいのかどうかは、良く解らない。とりあえず、と呟きながらフォウを持ち上げ、そして肩の上に乗せておく。この小さな獣は際限なく欲望を吸い上げて吸収し、無限に成長を続ける悪魔だ。少なくとも本来であれば。現在のカルデアはそういう()()()()()()()()()()()()()()()()為、キャスパリーグは魔力が増えるだけで一切、獣としては成長していない。しかし、このままマンションに突入すれば、多少そういう物の毒気を受けるであろう。

 

「ほれ、あんまり暴れるなよ(≪咎人の悟り≫)

 

「フォゥゥ、キュッ!」

 

 一応、救世主だ。汚染対策の百や二百、出来て当然である。故にフォウに軽いフィルタリングだけを施しておき、式と並んでマンションへと向かって歩く。

 

「結局、お前はこれを潰しに来たんだろう? なんか条件とかあるのか?」

 

「あー……おそらくは核に聖杯が使われてる。それを回収すればこの空間を維持している存在の消失によって自然崩壊する。そうすれば晴れて現実へと戻れるぞ」

 

「へぇ、って事は片っ端から怪しいのを切ればいいんだろ? どうせこんなまともじゃない所に引っ込んでる奴なんてまともな訳がないしな」

 

「まさに道理である。怪しい奴からぶっ殺していけばいいんだよ。誤殺害だった場合は供養するって事で」

 

『これが救世主ってマジかよ。地球終わってんな』

 

『ダーリン、人理燃えてるからあながち間違いじゃないわよ?』

 

 こちとら砂漠の戦場で少年兵を相手に銃撃戦を繰り広げたことまであるのだ。今さら屍を一つ二つ増やそうとも、そこまで思う事はない。敢えて語るとしたら救世主の屑とか、そういう新ジャンルである。ともあれ、こんな外から瘴気で溢れているのが見える魍魎の巣の中に、普通の奴がいる訳がないのだ。出会った端から全部敵だと思ったほうが遥かに楽だ。そういう訳でマンションの前に立った。上へと視線を向け、軽く階数を数える。

 

「うへぇ、結構たけぇな」

 

「まぁな、見た目は普通なんだよ、構造はキチガイか、ってぐらいに馬鹿みたいなんだけどな。まぁ、見た感じお前もそこそこ出来るみたいだし、コンビでなら特に問題ないだろ。寧ろオレとしちゃあそっちの嬢ちゃんが動けるかが不安なんだが」

 

「あら、心配してくれるの? けど大丈夫よ。こう見えてある程度自在に転移が出来るから必要のない限りは適当に逃げ回るか隠れてるわ。その方が動きやすいでしょ?」

 

 愛歌の言葉を聞いて、その瞳を見て、式が溜息を吐く。ナイフを握っていない片手で軽く頭の横を掻きつつ、

 

「……なんだかジャンル違いの話に出て来た主人公の様な気分だ」

 

「安心しろ、お前もジャンルとしちゃあ一般からかけ離れてるから」

 

「それぐらい自覚してるさ」

 

 ぶつくさ言いながら、先ほど白猫が抜けたオガワハイムの自動ドアの前に立つ。あの時は猫が入ろうとしたらすんなりと開いたのだが、此方が招かれざる客である影響か、扉は開こうとしなかった。視線を式と見合わせる。視線を再び自動ドアへと向けて、軽く蹴りを入れる。筋力Bという人類を超えた筋力で蹴りを入れるが、まるで開く気配を見せない。

 

「いいセキュリティしてんな」

 

 空間魔術でエミヤに量産させた斧の一つ、シェイプシフターで作っていた大戦斧と同じタイプ、2メートル級で両刃、幅だけで1メートルはあるであろう大戦斧を取り出し、肩に担いだ。

 

「ま、これから機能しなくなるんだがなっ!」

 

 式がナイフを振るうのに合わせて大戦斧を振り回した。それに従って入口が()()()()()()()()()になり、それに連動して発動する類のトラップが衝撃波によって無理やり奥へと向かって押し込まれ、エントランスの奥で爆裂とうめき声が聞こえてくる。ガチガチ、と音を立てながら狂った歯車のオートマタが機能停止し、ゾンビが砕けたオートマタの残骸を食らってバラバラになっている。

 

「かなり悪辣な仕掛けになってるわね? 前もこうだったの?」

 

「オレが来た時はもう少し普通っぽさを取り繕ってたな―――管理人が変わったか?」

 

 式の言葉に合わせて飛び込んできた幽霊に蹴りを叩き込んで天井に突き刺した。それにタイミングをずらして接近するオートマタを大戦斧を投げつけて爆散させつつ、新しく近づいて来た幽霊の首を掴み、それをそのまま握りつぶして消滅させた。

 

「―――筋力良し」

 

 ゾンビが二体飛び込んでくる。その素早さを上回って回避しながら回し蹴りでゾンビの上半身を抉りとり、二体目のゾンビの拳を片腕でガードし、受け止めてから弾き、蹴り飛ばす。

 

「耐久、敏捷良し。魔力は言うに及ばず。調子は悪くないな」

 

 新しい斧―――今度は短く、小さい、手斧と呼ばれるブーメランの様な投擲用斧を取り出し、それを手首の動きで投擲した。回転しながら飛翔する手斧は見事にゾンビ数体の頭をミンチにしながらそのまま、同じ軌跡を辿る様に戻ってきた。

 

「派手に散らかすな、お前は」

 

「整理整頓からは縁遠い男で悪いな」

 

「ちなみに部屋の掃除は地味に私がやってるわ」

 

 いらんことをお前は、と言う前に式の視線が此方へと向けられ、そして再び愛歌へと向けられ、

 

「ま、趣味は人それぞれと言うけど余り趣味が良いとは言えないぞ、それ」

 

「どう説明すればいいんだこれは―――」

 

 愛歌との関係は複雑だ。説明すると背景の話をしなきゃいけないから地味に時間がかかるんだよなぁ、なんて事を考えた直後、

 

 ―――正面、床が黒い泥に覆われ始めた。

 

 愛歌の使う穢れの聖杯とはまた違う種類の泥だ。一目見て感じ取れるのは()()()()()()()だった。それを感じ取った直後、

 

 五十を超える猛獣が泥の中から湧き上がった。

 

「やっぱセキュリティが優秀だわここ」

 

「それに関しては同意してもいいな。さて、やるか」

 

 大戦斧を肩に抱え直しつつ、咆哮と共に飛び込んでくる黒い獣を迎えた。




 という訳で番犬との勝負。折角のイベントだ、派手にやろうという事で。もう察しの良い読者なら一体どこの教授化を把握していると思う。という訳で一言、

 メルティブラッドもよろしく。


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影に鬼は鳴く - 5

「―――うるせぇ、死ね」

 

 飛び込んできた姿に向けて迷う事無く梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放った。斧から放たれる爆裂の衝撃波が大地を床を刻んで亀裂を生み、正面の空間、生まれた亀裂から泥交じりの衝撃波が天井へと向かって消し飛ばす様に発生する。正面から襲い掛かろうとした黒い獣が全て、一斉に蒸発して姿を消し去った。その姿が消え去った事で半分溶けた大戦斧を投げ捨てる。すると正面、砕けた空間が時間を戻して行くように再生を始めた。黒い獣は完全に熱量で蒸発させたつもりだったが、再び床を覆う様に滲む黒が、未だに無事である事を証明していた。

 

「なんだこれ? 命がぐちゃぐちゃに煮詰まったスープみたいな状態になってるぞ。気持ち悪い」

 

「というか蒸発しきれなかった事に軽いショック受けてるんだけどこれ。しっかしぶっ飛ばした感じ、個体ではなく群体タイプか。こういうのは核となる奴が隠れてたりするんだよな。っつーわけで俺が適当に吹っ飛ばす」

 

「んで見えた所でオレが殺せばいいんだな」

 

 正解、と言葉をするまでもない。新しい斧を空間魔術で引き寄せながらそれに梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を込めて振るう。再び天地が鳴動し、床が砕けながら大規模な衝撃波と熱が一瞬で黒い獣を蒸発させる。これが対軍、対城規模なら間違いなく疲弊するのだが、威力の圧縮もしない対人規模であればほとんど疲労はない。その為、軽い連射は簡単に行える。故に床へと叩き付け、斧を融解させながら新しいのを取り出し、何度も何度も何度も床を消し飛ばしながら破壊を撒き散らす。その中で後ろへと下がった式が冷静に戦場を俯瞰する。

 

「見えた―――」

 

 式がクラウチングスタートを取る。それに合わせ、言語を変換する。悟りの声を直接脳へと届け、その一端を理解させる―――あらゆる虚飾を祓い、運命を掴み、そしてどんな存在であろうとも有利を得る事が出来るという単純な説法。それを通して式の死に対する感覚が強まり、彼女の眼には明確に死と急所が映る。

 

「―――死がオレの前に立つんじゃない」

 

 一瞬で駆けた式が次の瞬間には反対側の壁をナイフで解体していた。壁が崩れるのと同時に、その向こう側に隠れていた姿が露わになる。それは黒いコートを装着した混沌の固まりだった。その変色した、人を捨てた姿は生理的嫌悪を生み出しつつも、特徴的な姿故に誰であるかを即座に理解させられる。魔術教会のビンゴブックに載っている魔術師―――いや、死徒だ。こいつは元虚ろの英知の方から吸収した知識で知っている。

 

「ネロ・カオスかっ!」

 

 ニンマリ、と頬さえ裂ける様な笑みを浮かべ、ネロ・カオスがバラバラになった。だがその直後には黒い混沌の液体となり、バラバラになったそれが式を飲み込もうとする。

 

「なっ―――」

 

「―――あら、それでレディを誘えるとでも?」

 

 それを阻む様に泥の剣群が足元から式とネロ・カオスの姿を分断し、泥と泥がぶつかり合った。その隙に一瞬で式が離脱し、横へと戻ってくると軽く片手で頭を押さえた。

 

「なんだあいつ……気持ちが悪い。死が多すぎる。視えすぎて逆に吐き気を覚えるぞ」

 

『―――死徒、ネロ・カオスはその肉体そのものが固有結界となっているらしい。この資料によると生命をストックしていて、その数こそ簡単に数百を超えるとか』

 

「お前もっとパニックホラーとかに出現するべき存在だろ。こっちに来るなよ。というか死ね」

 

『救世主のクセしてこいつ死ねとしか言ってないぞ』

 

 迷う事無く再び新しい斧を振り下ろした。蒸発させながら発生した亀裂と熱波が一瞬で空間を地獄へと変形させた。それに合わせる様にオガワハイムそのものが広くなってゆくような気がした。なんというか、明確に戦場を形成しようとしているとでも言うべきなのだろうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。つまり広く、もっと広く、そして物量という単純な暴力を利用できる空間への変化だ。

 

「やれやれ、本格的に化かされ始めたか。ここもオレが前見た時とはまるで別物だな……まぁ、どっちにしろ殺すんだけどな。さっきの支援、また出来るか?」

 

「任せろ。とりあえず俺がありったけ剥がしまくるから、中核を適当に解体しろ」

 

「解りやすくて結構。そんじゃ、適当に隠れるか」

 

 言葉と同時に式が気配遮断によって一瞬でその姿を消失させた。慣れてるなぁ、なんて事を想いながらも、新しい斧を取り出し、今度は二刀流でそれを握った。余り派手に動いていない為、まだ肩の上にフォウがいたが、そろそろアクションシーンを始めるので、降りておいた方がいいぞ、と視線で伝える。まぁ、近くにいればフィルタリングは出来るので肩に乗ってる必要はないのだが。ともあれ、

 

「蒸発させるだけじゃあ殺せねぇかぁ―――命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)は対人、対神特化だから人や神とは判断できないもんには通りが悪いからなぁ……」

 

「困ったものね。潰しても潰してもまた蘇るのだから。直死の魔眼みたいに確実に殺せればいいのに」

 

 簡単にやるなら宝具の出力を上げればそれで問題解決なのだが、……そうすると確実に同属に怒られるし。あんまりこんなくだらない事で宝具を乱発してもなぁ、と思わなくもない。そうなると、やはり地道な活動が一番という事か、と結論する。結局の所、決め手は式の直死の魔眼による即死なのだ。その無数の命、徹底して狩りつくそうではないか。まぁ、

 

「喋れない程度に理性を奪われた姿を見るのも忍びない。一気に消し飛ばしてやるさ」

 

 丁度良い所に()()()()()()が戦場を広げてくれたし、これなら多少本気でぶち込んでも大丈夫だろう。数を続々と増やし続け、一気に百を超える数を展開し始める原初の混沌、ネロ・カオスの姿が見える。だがこの規模であればまだ十分、余裕で対処可能な領域だ。根源から魔力を無限に引き出しつつ、それをマントラへ変換しながら自身を高めて行く。純粋な破壊のエネルギーとして、それを斧の中へとこめて行く。

 

「どうするの?」

 

 横にいる愛歌が聞いてくるので答える。実にシンプルな話だ。

 

「数が多いならまとめて処理すりゃあいいってだけの話だ―――以降、奥義をぶっ放すだけの作業に入る」

 

『酷い話だ……』

 

 対軍規模へと拡大させた梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)が爆裂した。敵対者からすればおそらく悪鬼の如き表情を浮かべているのが見えるのだろうが、そんな事はお構いなく、大戦斧を振るう。その衝撃に耐えきれず投影品はその柄までが完全に蒸発して消え去る。衝撃によって砕け散る床や壁はしかし、一切埃や瓦礫の類を生み出さない―――壊れた側から蒸発して消え去るからだ。爽快感さえ感じる圧倒的破壊の前に、空間内のあらゆる不純物が消去されるのを感じ取る。その中で、蒸発した筈の混沌が再び再生しながら形を作ろうとするのが見える。やはり生命力の固まり、一発程度では追い込めないらしい。

 

「さあ―――何発目で死ぬか! 試してみるか混沌の獣!」

 

「派手目に行きましょう? お祭りだと言うのなら開始のパレードは賑やかにやらないと勿体ないわよ」

 

「落! ち! ろ!」

 

 再生途中の床に叩き付けた。熱と衝撃波の嵐が全てを飲み込みながら生物生存の領域を不成立の状態へと叩き込んで行く。まだまだ出力を絞っている状態だが、それでも対軍規模、数百規模であれば余裕で巻き込めるだけの破壊力がある。それを持って黒い混沌を一気に飲み込んで蒸発させる。だがそれは結局、形のない生命力のプール。一発叩き込んだ程度では生命力を削る程度でしかない―――不死を目指した存在の面目躍如、とう所だ。

 

 だが興味はない。完全に蒸発した斧の代わりに新たな斧を取り出し、それを振り下ろした。爆裂と暴風と熱の暴走が空間を食らいあいながら何度も発生する。二撃、三撃、四撃、五撃、六撃と慈悲もなく叩き込んで行く。その度に地獄は更に激化して行く。魔力の消費にピリ、と痛みを感じながらもそれも生きているという事の証明、心地よいと感じつつ、何度も振り下ろされる殲滅の奥義を前に、混沌が姿を変えて行くのが見える。

 

 何度と繰り返されて蒸発して行くことに、生命としての危機を覚えたのかもしれない。徐々に一か所に固まり、耐えきれるだけの幻想へと姿を変えようとするのが見える。

 

はーち(≪救世主≫)! きゅーう(≪根源接続者≫)! じゅーう(≪咎人の悟り≫)!」

 

 がんがんがん、と連続で武器を蒸発させながら床に叩き付ける。凄まじい勢いで消耗されて行く武器にエミヤが胃痛を覚えていなければいいんだけど。そう思いながら手を緩めない辺り、俺も相当な外道だよなぁ、と心の中で笑いながら再び振り下ろした。蒸発して行く視界の中で、笑いながら相手を見れば、混沌は一か所に固まっていた。本能的に生き残る為に最強の姿を顕現させる事を選んだのだろう、一か所に集まった生命とその因子はネロ・カオスの姿を背の高い怪物の姿へと変形させ、その瞬間、手を緩めた。

 

「―――直死」

 

 緩んだ瞬間、緩んだ合間をすり抜ける様にナイフを逆手に握った式が出現した。その居場所は既に怪物のネロ・カオスの真横であり、その横を抜けながら素早くナイフが三閃された。彼女と同じ視覚を持たない此方に彼女が見えたモノは理解できないが、それで一つに濃縮された命、それが一閃毎に一気に二桁程即死されたというのが見えた。それが続けて振るわれ、一気に生命がそぎ落とされ―――混沌が動き出そうとする。

 

「だが詰みだ」

 

 マントラで踏み出そうとした大地をへこませた。踏み出そうとした足が無を踏み、力が入らないのが見えた。その瞬間に再び式が素早くナイフを振るっていた。その速度にネロ・カオスは追いついていない。故に残されるのはただの怪物の解体作業だった。殺された命の総量から足が消失し、腕が切り落とされて消え去り、胴体が解体され、そして首が斬り落とされ、頭が割れた。最終的に存在の全てが完全に解体され、何も残す事なく完璧に消え去った。

 

「やれやれ。怪物とは喋らない、理解できないってのが定番だけど……お前、死ねるぶん、怪物としては失格だな。もっとも、死ななかったら死ななかったで困るんだけどな」

 

 鮮やかにしてお見事。式の動きには鍛えられた人間としての物が見られる。自分よりも遥かに洗練された動きに感動さえ覚える。それはこの特異点の捜索にいて非常に心強いものなのだが―――それはそれとして、これは非常に困った事でもあった。マンションのエントランスホールが広い空間から元の大きさに変化する中で、式の横に並びつつも、軽く息を吐いた。

 

「しっかし序盤のボスからこんなのを用意するとか正気か? 明らかにオオトリとして出すようなレベルだろ、これ」

 

 まぁ、普通の戦いの話をするのなら、今ので十分にラスボスレベルの実力はあるよなぁ、とは思わなくもない。実際、専用の対策でもなければ物凄く面倒な部類に入るだろう、アレは。まぁ、軽く狂化されていた事を考えると此方の流儀に合わせたキャスティングだった、といった辺りだろうか。そういう行動を好む相手を軽く思い出そうと考えると、めんどくささに溜息が入る。とはいえ、聖杯がここにあるのは確実だろうし、それを回収するまではここから逃げる事は出来ない。

 

 煙草でも吸いたい気分だった。ただ愛歌が何時も引っ付いている手前、煙草は吸えないのが現実だった。カルデアや特異点であっても、喫煙者に対して世界は厳しかった。

 

「とりあえずこれで番犬? 番混沌? はぶち殺した訳だけど―――」

 

 チリンチリン、と音がした。視線を音の方へと向ければ、マンションのエントランスホールから1階廊下へと通じる扉が静かに閉まる姿が見えた。そこで聞こえた音は猫が装着するような、鈴の音であり、おそらくはあの白猫が此方へと進むように誘い込んでいる、という証でもあった。それを見てから、式と視線を合わせた。

 

「まあ、進むしかないな」

 

「元々調査する予定だしな。ヒントがあるだけマシだ、マシ」

 

「そりゃそうだ。だけど初っ端からアレだと思うと胃もたれしそうだ」

 

 そこは、まぁ、なんとかなるのではないか? と思うしかない。少なくともずっとあの重さで来るとは思えない。アレだけの怪物を用意するのにもリソースは必要だろうし、聖杯は万能であっても全能ではない。たとえば失われた命を作り出す事で再現する事は出来ても、生きている人間の寿命を補填するような事は出来ない。聖杯にも明確な限度が存在する。だからあのネロ・カオス・バーサーカーとでもいうべき存在もぽんぽん出現しないだろう。したらしたで凄い困る。

 

 それはともかく、

 

「探索を進めるか」

 

「そうだな、飽きない夜になりそうだ……」

 

 式の言葉に苦笑しつつ、再びフォウを肩の上に乗せながら奥へと向かって歩き出す。




 という訳でネロ・カオスBSKおしまい。脚本家は適度に炬燵でみかんを向きながら舞台にシナリオを合わせているようですって感じで。

 メルブラ+fate+空の境界な感じで今回のイベントはお送りいたします。しかしほんとネロ・カオスは出演する作品間違えてる。


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影に鬼は鳴く - 6

『―――異界化?』

 

 歩きながらロマニの映るホログラムに頷きを返しつつ、カルデアから持ってきたビーフジャーキーの端をちびちび噛んでいる。既に愛歌は歩く事に疲れてしまっているので、上に着ているマントの端の方を平面に固めてその上に愛歌を座らせている。式の視線が此方に突き刺さるが、そんな事は気にせずに歩いている。不思議な見た目のマンションだが、その内部はまるで歪められているかのように見た目よりも広く、長くなっている。いや、明らかに歪められているのだろう。何らかの固有結界による登場人物たちの配置、そして聖杯による建造物の異界化、それがここで見られる現象だった。

 

「あぁ、理由とかは()()()()()()んだが、構造変化とかマンション自体を固有結界の対象にして、登場人物の調整を行ってる。なんか意図を持ってやってるみたいだが……まぁ、おかげで変なのが出現しそうだ」

 

『変なの、ねぇー……まぁ、危なそうだったら戻ってくるんだよ? 立香くんが動けない中、唯一自由に歩き回れる君を失う訳にはいかないんだから』

 

「解ってる解ってる」

 

『んもー。本当に解ってるのかなぁ……なんか記憶を取り戻してから急速にグレ始めちゃってボクは心配だよ……昔は何事にも感謝してくれる子だったのに……』

 

「そこでそういう話のチョイスをするから駄目なのよ、貴方」

 

 愛歌の言葉に無言で通信が切れた。おそらくカルデアでは完全にノックアウトされたロマニが介抱されている最中だろう。此方、オガワマンションは現在大量の怨念と瘴気が渦巻く地獄の再現となりつつあるが、カルデアと通信を繋げているとなんだか平和なままではないかと疑ってしまう。まぁ、実際は昏睡状態の立香がいて、意味不明な怨念マンションが稼働していて、どうあがいても平和と言える状況ではないのだが。まぁ、聖杯を回収したら適当に浄化するぐらいならありかもしれないなぁ、なんて事を想っていると、漸く、扉が見えて来た。

 

「長々と廊下が続いて漸く扉―――部屋、調べておくか」

 

「まぁ、調査しに来てるんだしな」

 

 廊下の途中、今まではずっと続いていた壁に扉があった。その横にはインターホンと、弓塚、と書かれた表札があった。それを見て、式と視線を合わせた。そして再びインターホンへと視線を向け、首を傾げた。もしかしてこれはインターホンを使え、という事なのだろうか。そんな事を考えていると、泥の触手が伸びて、

 

「あっ」

 

 式と声を揃えて呟くと、触手がインターホンを押した。愛歌へと視線を向けると、舌を可愛らしく突き出してテヘペロッ、と表情を浮かべているのでとりあえず許す事にした。式のジト目を無視していると、扉の向こう側がドタバタと騒がしさを感じる為、式と並んで今度はジト目を扉へと向けた。そして再び、インターホンが押される。

 

「あ、はーい! 今行きます! 今行きます……きゃっ! あうぅ……」

 

 転んだらしい。また転ぶ。そしてがちゃり、と扉の鍵を外す音が聞こえ、そろーり、そろーり、と扉が開けられる。後ろから愛歌がサングラスを渡してくるので、それを受け取りながら装着する。扉を小さく開けて、その隙間からどこか、幼さを顔に残す少女が姿を見せて来た。茶髪のツインテールで、それ以外には特に特徴のない―――血の匂いのする善良な少女(秩序・善)だった。

 

「あ、あ、あの、その、弓塚です……けど……あの、家賃の方、ですか……?」

 

 式と視線を合わせてから顔を弓塚の方へと戻した。

 

「話が解ってるじゃねぇかよ嬢ちゃん……おい? こんな一等地の豪華マンション(じごく)で暮らしてんだろ? それがどういう意味か解ってんだろ? あぁ?」

 

「あのさぁ、世の中、回るものが必要だっての、解るかお前?」

 

「ひぃぃ! あ、はい! そうですね! ちょ、ちょっとお待ちください!」

 

「ノリノリね、二人とも」

 

フォウゥ(それでいいのか)……」

 

 ドアをバタリ、と勢いよく弓塚が閉めて、部屋の中へと戻って行った。サングラスを外して外へと投げ捨てながらふぅ、と息を吐きながら先ほどの少女から感じ取った違和感の原因を知るため、静かに思考に耽ろうとしたところでおい、と声が式からかかってきた。

 

「あいつ、奥に戻ってから動く気配がないぞ」

 

「仕方がない、家賃の滞納は法律で禁止されているからね。これは乗り込まなくては……!」

 

「お、そうだな」

 

 サクサクと直死の魔眼で扉の鍵を破壊しつつ、あっさりとマンションのルーム内に侵入する。部屋はそんな広くはなく、玄関を抜けるとまた扉が見え、その向こうがおそらくはリビングになっているのだろう、弓塚の気配を感じる。そっと、気配と音を殺しながら接近し、弓塚が何をしているのかを伺う様に、リビングの様子を覗き見る。どうやらリビングの向こう側にはダイニングが存在し、そこにテーブルを挟む様に、弓塚は座っていた。弓塚の反対側には人の姿があり、それに向けて弓塚はスプーンを伸ばしていた。その片手にはスープの入ったボウルがあり、

 

「はい、遠野クン。あ、あーん……どうかな? 昨日はちょっと失敗しちゃったんだけど……あはは、今日のはちょっとした自信作なんだ。それで、どうかな……?」

 

 まるで此方に気づく様子のない弓塚は―――いや、此方と喋った事さえ完全に忘れ、何かに魅入られたかのように目の前の姿へとスプーンを伸ばし、そしてスープを飲ませようとしていた。だが口元へと運ばれたスープはその口を割る事はなく、唇から零れた姿を汚した。

 

「あっ、あっ……あ! ご、ごめん! ごめんなさい、その、不味かった? それとも熱すぎた? 冷たすぎた……? う、うん、そうだよね。それぐらい私の方が察さなきゃ駄目だよね。うん、このスープも失敗だね……」

 

 そう言うと興味を無くしたかのように先ほどまで大事そうにしていたボウルの中身を裏返して解放した。テーブルの上にぶちまけられたそれにもはや弓塚は興味を持つ事もなく、スプーンだけを握って、キッチンの方へと向かおうとした。此方へと視線は向けられたはずなのに、まるで此方に気づく様子もない姿に、もはや彼女が完全にこのマンションに囚われている亡者の一人である事は考える必要もなく、判断できた。

 

「おい……アレを視ろよ」

 

 そう言って式がナイフで遠野と呼んだ存在を示した―――その先にあったのは干からびたかのような死体であり、その頸にはまるで何度も噛みつかれたかのような吸血痕が存在していた。ここで何があったのか、それを想像するのは難しくはない。改めて弓塚を見れば、もはや彼女の属性が秩序・狂へと汚染されているのが見え、善良だった少女の姿等残滓程度にしか残っていない。徹底して醜悪で、救いのない光景だった。

 

「これを仕組んだ奴は相当良い趣味をしているわね。性悪説の証明? いいえ、違うわね。生物に隠されている本性とも言える部分を暴こうとしているのかしら? どちらにしろ趣味としては最悪の部類だし、欠片も愉快ではないわね」

 

『この惨状から取れる情報等解り切ったものだろう。それよりも解放してやった方がいいだろう』

 

「ちなみにロマニは?」

 

『介抱中だ』

 

 エルメロイ2世が解ってて此方の冗談に乗ってきてくれたが、欠片も空気が軽くなる事はなかった。故に無言のまま新しく斧を取り出し、鼻歌を口ずさみながら鍋に腐った素材を放り込み、料理を進めようとする弓塚の背後へと回り込み―――。

 

 

 

 

「はぁ、この先こんな光景ばかりと思うと流石に憂鬱になるな」

 

「言うな、マジで―――とか言ってたらいきなり次の部屋が見えてきてるじゃねーか」

 

「無視して進みたいんだけどなぁ」

 

 溜息を吐きながらビーフジャーキーをもしゃもしゃと噛みつつ、次に見えて来た部屋を確認する。扉の作りは先ほどのと一緒で、インターホンと表札が見える―――ただし今回は名前ではなく、白髪同盟という不思議過ぎる名前の世帯だった。もはやインターホンを押すのすらめんどくさい。そう思っていると式も同じことを考えていたのか、ナイフをドアの隙間に突き刺し、スライドさせた。それで鍵を殺す事に成功し、扉が音を立てずに開いて行く。今度もまた胸糞の悪い景色が広がっているのか、なんて事を考えながら侵入し、リビングを見た。

 

 そこにはやはり、地獄絵図が広がっていた。白髪の少女が壁に貼ってある立香のポスターを見て滅茶苦茶欲情していた。そしてその部屋の反対側ではどこかで見た事のある竜殺しの大英雄が体育座りで丸まっており、見た事のない―――おそらくは徳と格からして北欧のヴァルキュリアが槍の先端でジークフリートの頭を執拗につんつんと突き刺していた。

 

「安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様―――」

 

「すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない―――」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 無言のまま、静かに扉を出て、そのまま外に脱出し、式と視線を合わせ、無言のままに破壊した扉を適当に泥でも詰め込んで開かないように修復し、開かないように固めておく。これで良し、と額の汗を拭きとりながら、そのまま扉を通り過ぎて再び廊下を歩きだす。

 

「――― はぁ、この先こんな光景ばかりと思うと流石に憂鬱になるな」

 

「 言うな、マジで」

 

「今の出来事をなかった事にしたい気持ちは痛い程解るわ―――それでもなかった事には出来ないのよ……」

 

「畜生……この先この邪悪かカオスかはっきりしないノリが続くと思うと色々と辛いんだけどなぁ」

 

 初手ネロ・カオスからの精神攻撃、そこからの同盟部屋。思わず梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を叩き込もうかと思ったが、北欧神話の戦乙女と、あの反則に近い防御を持っているジークフリートなら割と普通の表情で耐えてくる可能性がある。問答無用でぶち込むのを堪えた自分を褒めたい。というか普通に耐えるのほんとにやめろ、と言いたい。まぁ、それはともあれ、

 

「もうさ、外壁登らない?」

 

「……。いや……調べなきゃいけないから、流石にダメだろ」

 

 式が一瞬、物凄く悩む姿が見えた。これ以降また同じノリで同じような事が発生する事を考えたら、確かに躊躇する理由も解る。だが最後の部分で理性が勝った―――結局の所、根っこの部分で式という女は善良なのだ。正義の側の人間、優しさを忘れる事の出来ない人物だ。だからこそ直死の魔眼なんてものを保有していても真っ当な感性を持っているのだろうが。

 

「なんつーかさ、進めば進むほど、俺、嫌な予感がするんだよ……なんというか―――監視されてる? いや、観察されてる? というかさ……」

 

 屋上の方から凄まじい存在感を感じるのだ。ぶっちゃけた話、聖杯はそこにあるのだと思っている。だから一気に外壁を昇ってそこまで行きたいのが事実なのだが、

 

「流石に部屋を見回らないってのはオレの仕事がダメになるから無理だ」

 

「まぁ、だよな」

 

 憂鬱になる事実だったが、マンションの探索は行わなくてはならない事だった。さっさと聖杯だけ回収するというのも無理そうだし、もう部屋を覗き込んだらとりあえず梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を連射して消し飛ばしながら進むと言うのでいいんじゃないだろうか。

 

 そんな感じに若干やけになっていると、廊下の終わりが見えるのと同時に、おそらく一階最後の扉が見えて来た。

 

 そこにかかっていた表札は、

 

 ―――管理人室だった。




 次回、管理人室で真相が明らかになる……! 調査以来だから一つ一つフロア上がっていないといけないのが辛いけど、一つ一つ描写濃くするとロンドン以上の長丁場になりそうで実は内心焦ってる。

 ただでさえアメリカという死亡確定の大陸が過去最長クラスになりそうなのに……。


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影に鬼は鳴く - 7

「管理人室……」

 

「ここの? ここの管理人か? またしょっぱなからろくでもない所を引いたな」

 

 管理人室と書かれた表札のある扉―――正直、開けていいのかどうか、判断し辛い。とはいえ、逃げる事だけは出来ないのだから、絶対に開けなきゃいけないのだ。なんだかもう、激しくめんどくさいなぁ、なんて事を思いつつあると、式が溜息を吐いた。

 

「調べなきゃいけないんだ。開けるぞ」

 

「……おう」

 

 そう言うと式が意を決し、扉に手をかけた。どうやら今度は鍵がかかっていなかったらしく、あっさりと扉が開いた。武器を片手に、警戒しながら二人で扉を潜り抜ければ、直ぐにその奥にあるリビングの姿が見えて来た。だがその光景は予想していたものとはまるで違った。

 

 ―――炬燵だった。

 

「む、どうやら客人の様だ」

 

「その様ですね」

 

 炬燵に潜り込み、鍋を挟み込む姿が見えた。片方は金髪の男であり、眼を閉じているがそれでもものが見えているのか、マント姿という明らかに似合っていない姿ながら箸で鍋の中身を突いていた。その反対側に座っているのは―――服装では見た事がある。アトラス院の服装だ。長い紫髪を束ねて伸ばしている女だが、座っている人物たちは両方共、濃い血液の匂いを漂わせていた。良く見れば鍋も赤い。キムチ鍋かと最初は思ったが、血液の鍋だったらしい。余りいい匂いではないので、軽く鼻を抑える。

 

「ようこそ客人よ、このオガワハイム。私が管理人であったズェピア、ただのズェピアだ。本来であればもっと何らかのパーソナリティが付与されている所だが、リソースが勿体ないという理由で色々と剥奪されてしまい、今ではこうやって管理人室で血鍋をつつくただの吸血鬼だ」

 

「そして私が吸血鬼シオン。シオンという人物が完全な吸血鬼となってしまったIFで、本来は中ボス辺りで配置される予定でしたが、毎度毎度吸血鬼をボスに配置するのって正直どうなの? 飽きられません? って理由でこんなどうでもいい所へと回されました。それはそれとしてズェピア、そのきりたんぽ取ってくれませんか? いい感じに汁を吸ってると思うんですけど」

 

「ならば其方の大根と交換だ。あと白菜も幾つかつけて貰おう」

 

 三人で横並びになりながら、吸血鬼が普通に鍋を食べている景色を眺めていた。えぇ、と声を漏らしながら欠片も食欲の湧かない食事風景を眺めていると、ズェピアが小さなお椀を持ち上げ、

 

「―――食べるかね?」

 

「喰えるように見える?」

 

「……そうか」

 

 なぜそこで残念そうにするの? ツッコミどころだらけだった。なんというか、もう、本当にツッコミどころしかなかった。両手で静かに顔を隠し、もうこれ、本当に帰ってもいいんじゃないかなぁ、と思い始めているとまぁまぁ、と声を向けられた。良いから座りたまえ、とも。その声に従いならがら渋々と炬燵に参加する。軽く現在の精神性を看破するが、敵対する意思はないらしい。というか早く死にたいとさえ感じる。これは一体どういう事だろうか。

 

 炬燵に入りながら腿の上にフォウを乗せて、その背中を撫でながらで、と声を漏らす。

 

「なにこれ」

 

「鍋だが?」

 

「美味しいですよ―――吸血種限定ですが」

 

「生きた人間にんなもん勧めるなよ―――カルデアのエリちゃんはステイな。んな事よりもさっさと話を終わらせてくれ。ロクな事が起こりそうにないからさっさと帰りたいんだよ」

 

 その言葉にズェピアはうむ、まぁ、と声を置き。

 

「端的に言うと―――元々は私が黒幕だった」

 

()()()、か」

 

 あぁ、とズェピアがカニの足を食べながら頷く。なんか見ているだけで凄い残念だからお前、喰うのやめろよと言いたい。

 

「魔術王より聖杯を受け取った私は条件さえ整えば簡単に出現する事が出来るからね。それで私も私の方で目的はある。聖杯というブースターを得た状態であるなら第六法へと挑み、今度こそ人類の未来を確約する方法を見つけ出せるのかと思いつつ、対価としてこのマンションを一つの舞台劇の場所として調整を開始した。無論、クライアントの要望通り英霊の暗黒面を引きずり出す、傷痕を晒すような舞台を作り上げたものだ。君もここまでに来たのなら見た筈だ」

 

 弓塚や、あの残念同盟の事だろう。

 

「英霊であれ、人であれ、生きていればそれなりに胸に秘める思いがある。それは大半が醜く、そして他人に見せる事の出来ない感情であったり、事実だったりする。或いは自ら直視する事を恐れてしまいこんでしまった感情であったり、とかね。私はそれを劇として演出に使えそうなレベルに引き出しつつ調整を行っていて、まぁ、様々な英霊や記録にある存在を呼び出し、キャスティングを行っていた訳だ」

 

「話が長い」

 

「じゃあそこの作家気取りの代わりに簡潔に答えますが、ぶっちゃけ制御不能なものを呼び出したせいで逆に舞台を乗っ取られちゃったんですよ。一階にいるのは余りとか、気に入らなかったのとか、こう、素材の端数的なアレですよ」

 

「シオン? ここは私が説明をする番ではなかったのかね?」

 

「その無駄に長くて眠くなる喋り方をしていると折角のお客さんなのに途中で帰っちゃいますよ。ほら、乗っ取られたせいで私達もそれなりに残念になってるんですから」

 

「ふむ、それもそうだね」

 

「……頭が痛いぞ里見」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

『あー……二人には悪いけどその部屋から、というか目の前から聖杯の反応がするんだけど……』

 

 視線を炬燵の上、その中央にある鍋へと向けた。鍋の具材を浮かべているその入れ物、多少変形しているが、黄金の輝くそのデザイン、感じる魔力に関してはなんというか、凄まじく見覚えや感じ覚えがある。一回だけ指で目を揉んでから視線を鍋へと向けて、鍋の代わりに変形させられた聖杯が使用されているのを今度こそ、ちゃんと認識する事に成功した。流石に聖杯がこんな使われ方をするのは想像したくなかったなぁ、なんて事を思いながら鍋を見ていると、

 

「―――あ、食べます?」

 

 

 

 

「―――聖杯回収したしもう帰らない? ダメ? マジで?」

 

『屋上にこの惨事を引き起こした下手人がいるというのだ。それを確認するまでは戻れない……というのが所長代理の言葉だ。ちなみに当の本人は糖分補給で一旦席を離れている為、代わりに(エルメロイ2世)が場を引き継いだ』

 

 まだまだ、このクソみたいな特異点は続くらしい―――とはいえ、ズェピアとシオンのコンビから色々と情報が手に入ったので、そこまで深く調査する必要はなくなった。

 

 まず最初にこの特異点を作成したのが魔術王であり、その特異点の形成の中でタタリという現象を引き起こしてワラキアの夜―――つまりはズェピアを作成した。彼の手元に聖杯が届くようにして、その聖杯を使ってこのオガワハイムに地獄の再現を行う様に命令を下した。それを受けつつもズェピアは趣味に走り、彼の感性に合わせた舞台として構築を始めた。それは普段は隠されている人間性を表層へと引きずり出すという悪趣味極まりないものだった。弓塚の場合は恋慕であり、あの同盟の場合はそれぞれの一番強い感情を増幅させ、他にも七罪になぞらえた暴走英霊が待ち受けていたらしい。

 

 一つの部屋に一つの物語を。まるで物語を読んで行くような気軽な地獄。そういうデザインをズェピアは予定していた。そしてその最中にズェピアは第六法へと挑むための手駒を作成しようとして―――失敗、叛逆されて逆に舞台を奪われて、この無秩序に怨念渦巻くマンションへと変質させられたらしい。まだ一階はズェピアのモデルらしいが、二階からはもっと、()()()となっているとの事だった。

 

 以上、鍋食ってる吸血鬼二人を惨殺する事によって得た情報だった。残念な話だが、ズェピアとシオンが元黒幕であった以上、屋上のラスボスを排除した後でまた動き出さないとも限らない。若干鍋臭いが、聖杯だって回収する必要はある。とはいえ、二人は既に完全にやる気をなくしていた様子を見ると、反抗する事さえ考えるのが億劫になるような相手が出て来てしまったのだろうが。それがどうか、水晶峡谷に引きこもっている蜘蛛のような奴じゃない事を祈る。

 

「まぁ、ここから上はさっきみたいなめんどくさいのは減るんだろ? ああいうめんどくささのない、戦うだけだったらいくらでも大歓迎だ」

 

「まぁ、言いたい事は解る。一号室や二号室みたいなめんどくささはほんと勘弁して欲しい」

 

 そう言いながら手の中にある鍵―――管理人室から強奪したマスターキーを式に投げる。それを受け取った式が廊下奥にある扉の鍵を解除し二階へと通じる階段への道を開けた。上の階へと向かって続く螺旋階段の姿が見える。足を止めている理由もなく、とりあえず螺旋階段を上り始める。

 

「しかしお前、何時もこんなのばかり相手にしてるのか?」

 

 式の言葉に、自分の代わりに愛歌が答えた。

 

「普段はもうちょっとシリアスな相手が多いわよ? なぜかここの連中はねじが全部ぶっ飛んでるようだけども。まぁ、それでも英雄か、或いは怪物の類と戦い続けってのは事実よね。楽しいわよ、カルデアは。常に刺激と未知が溢れているわよ。何より人類史でおそらく一度しか存在しない大きな戦いを何度も経験できるもの」

 

「へぇ、それは羨ましいこった。オレも、合法的に英雄の一人でも殺せるってのは興味をそそられるな」

 

『だったらこれが終わればカルデアへと来ればいい。回収した聖杯を使えば一緒にカルデアへとレイシフトするぐらいの事は問題はないだろう。ついでに言えば現在のカルデアでは正規アサシンが圧倒的に不足していてな、補充されるならこの上なく有り難い』

 

『あの! ここに遮断EXのアサシンが!』

 

 お前はスニーキングやるって性格じゃねぇだろ、と多方面からツッコミが入る。えー、と不貞腐れるカルデアの馬鹿を放置しつつ、螺旋階段を上がり切った。本当に不思議な建造物だと思う。この形状そのものが魂を逃がさないように出来ている、とさえ表現が出来る、頭の痛くなるような場所だった。歩きながら足裏で軽く浄化のマントラを床に打ち込み、歩きながら軽い浄化を行っているが、それで怨念が祓える様な様子は一切感じられない。どうにかするには根本的な原因の排除が必要になるのかもしれない。

 

「ふぅ……一階よりはマシだといいんだけどな」

 

「祈るだけならただよ」

 

「神様がそれに応えてくれるかどうかは未知数、か。ま、期待せずに行こうか」

 

 そう言いながら、式が二階の廊下へと続く扉を開けた。その瞬間にむわっと顔面にかかる様に広がったのは霧だった。つい最近、経験したばかりの出来事なだけに、それはどこか既知感を呼び覚ましてくる。だがそれとは別に、同時に警戒心が引き上げられる。霧の向こう側から視線を、そして声がする気が。

 

 それは子供の、すすり泣く様な声だった。無理やり警戒心を引き剥がすような子供の泣き声。静かに大戦斧を肩の上に乗せながらフォウの頭を開いている手で撫で、前へと向かって踏み出す。二階の様子は深い霧に覆われており、先を見る事の出来ない濃霧に包まれていた。とはいえ、それが普通の霧ではなく、酸性、人間であれば容赦なく溶かす類いのものであるのは良く理解出来るのは、既にそれをマテリアルとして一度、カルデアで閲覧しているからだろう。

 

 少し前へと進めば、霧の中にうずくまる少女の姿が見えた。

 

「おかあさん……おかあさん……どこ……? わたしたちのおかあさん、どこ? おかあさん……」

 

 泣きながら母親を求める少女の声は良く聞こえた。異様な状況ながら、そのあどけない姿に心のガードを下ろしてしまいそうな、そんな異常さがこの空間にはある。そう、無警戒にも近づいてしまいそうな、そんな感覚が。

 

「たすけて……だれか、わたしたちを……たすけて」

 

「―――いいや、()()()()()ね」

 

 足を止め、少女を見下ろしながら、近づく事なく断言した。スキルとしての《咎人の悟り》が自動的に精神の干渉をシャットアウトし、同時にこの霧に紛れる干渉をも、自分と式からシャットアウトする。そうやって常に平静な状態を維持しつつ、断言する。

 

「お前は既に終わってる。召喚されて実体のないサーヴァントになっている時点でお前に救いなんてないんだよ。救われたと思うのは()()()()()だけの結論だ。お前は―――一生、救われない」

 

 まぁ、それはこの少女だけではない。()()()()()()()()()()()()()真実でもある。救いが欲しいのだったら、生前の間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、当然、死後に救われる筈もない。馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 故に救えない。救えるのは生きた人間だけ。当然の話だ。

 

 そして当然だからこそ―――受け入れられない。

 

 言葉を放った瞬間、泣き声が殺意を孕んだ瞳に変わり、此方へと向けられた。

 

 ―――無音と共に振るわれる銀閃に、それとほぼ同時に反応した。




 という訳でラスボスのビジョンが見えてきた所でそろそろ真面目なオガワジゴクハイム始まるよー。

 お待ちかね、暗黒面に墜ちた英霊&メルブラの混同戦場よー。

 助けてと言うには遅すぎる。英霊となって召喚された者が幸せになってもそれは所詮別人であって本人ではない。救われたいのなら生前で自分を助けるべきだった。だから英霊という連中は絶対に救えない。


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影に鬼は鳴く - 8

 選んだ選択肢は横へと飛ぶ事であり、同時に横を蹴るという事だった。ブーツの裏から感じる感触は人の体の物であり、此方も回避しながらの動作であったため、出だしが遅くなったのが影響して威力はそこまで乗っていない。だがそれでも、ブーツの裏を同じく足で蹴り止めた姿は見えた。それは学ラン姿の青年の姿だった。片手にはナイフを握っており、式の様に、その目を爛々と輝かせている。

 

「しっ!」

 

「おっと」

 

 ほぼ同時に回避動作をとっていた式が青年に向けてナイフを振るい、青年が蹴りの反動を利用して天井へと跳躍、それを足場に蜘蛛の様に跳ねまわる。その瞬間、霧を纏いながらジャック・ザ・リッパーが二刀のナイフを逆手に握って真っ直ぐ、此方へと飛び込んでくる。凄まじい殺意は此方の存在を否定するような威圧感を持っており、本来であれば真っ先に女性を狙うはずが、此方を絶対に殺すという意思を感じさせた。だからその姿に斧を片手で握り、もう片手で指先を突きつけながら、下がる様に回避動作に入る。

 

「どうした? 怒ったのか? 解らないフリをしてキレるのは止めろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だろう?」

 

 ナイフが交差する様に振るわれる。それをしゃがみながら回避しつつ、左手でジャックの顔面を掴んだ。冷静に、冷徹な殺人鬼として隠れながら逃げ回り、奇襲と不意打ちに特化した戦い方をされるなら脅威だ。だがその体は子供の体で、大人と比べればリーチ、強度、速度の全てが違う。()()()()()()()()()()()()()()なのだ。それでいて此方の肉体は再構成の際にある程度、肉質やバランスを理想的なものに作り替えている。つまり、純粋に人という形として上回っている。だから後は戦い方とその心次第。

 

「―――さようなら」

 

 冷静じゃない状態で襲い掛かってきても、カモなだけだ。顔面を片手で押さえつけながら斧を振り落とすところ、正面から割り込んでくるように放たれるものが見えた。

 

 ―――弾丸だった。

 

 舌打ちしながらジャックを解放、蹴り飛ばしながら弾丸を回避する。蹴り飛ばしたジャックの姿めがけて斧を投擲すれば、ナイフが閃くのが見えた。ジャックのではなく、先ほどの学ランの青年のだ。青年のナイフが斧を紙屑の様に解体するのを見て、それが直死の魔眼の効果によるものだと理解出来た。直後、殺しに式が背後へと潜り込み、姿勢を低くしながら半円に斬撃を繰り出し、それを曲芸の様な跳躍で青年が回避する。

 

「お前はサーカス出身かなにかかっ!」

 

「悪いね。それにそこのお兄さん、言霊を使って言葉攻めとは中々趣味が悪いんじゃないかな」

 

「可愛い子程虐めたくなる性格をしていてね、すまんな」

 

 ジャックは見た目も精神も子供だからこそ取れる手段だが―――腐ってもサーヴァント、一度引いて落ち着く時間が出来れば冷静に考え始める。今の一合で殺しておきたかったな、と思いつつ後ろへと数度、逃げる様に跳躍する。直後、立っていた位置に弾丸が突き刺さり、跳弾する。跳ね返りながら此方へと向かってきた弾丸に触れる事なく、紙一重で回避する。

 

「起源弾……面倒なものを持ち出してきたものね。カルデア製のサーヴァントに対しては無意味だけど、生身の肉体である貴方に対してはこれ以上ない毒よ」

 

「知ってる」

 

『おやぁ? どうしたんですかシロウ? 苦々しそうな表情を浮かべてしまってどうしてるんですか? ん? 何か思い入れでもあるんですか? ん? 口を開けないと解りませんよぉー? んー?』

 

『この騎士王クッソウザイ』

 

 霧の中に狙撃手を隠しながらそれに紛れる暗殺者二人―――距離を作った瞬間にジャックも青年も姿を消した。それを察して式がバックステップを取り、横に並んできた。ナイフを逆手に構えると、クラウチングスタートの様な姿勢を取った。

 

「奥の奴が面倒だな。俺が行って殺ってくる―――って言いたい所だけど、確実に罠だろ」

 

「流石にこんな閉鎖空間で狙撃手を用意しておいて、伏せ札が無い訳ねぇだろうかな。近代兵器で射撃してきたって事は近代式のワイヤートラップ、クレイモア、後はそれに魔術地雷と範囲爆破が伏せてあると見た」

 

「飛び込むにはちと面倒だな―――こういう時は」

 

薙ぎ払うに限る(ブラフマーストラ)

 

 何を仕掛けていようが、それを巻きこむ様に纏めて吹き飛ばしてしまえば意味はない。そう判断し、相手がアクションを見せる前に大戦斧へと武器を切り替えながら、マントラを息の下で一瞬で唱え、力の放出先を指定する。必要以上の破壊が発生しないようにオガワハイムへと広がらないように、力を調整し、息を吐きながら一瞬で大戦斧を振り下ろした。その瞬間、衝撃と爆裂が床を伝いながら一直線に破壊となって道にある全てを飲み込みながら破壊して行く。その先で、霧さえも蒸発して行く先で、見える。

 

 ()()()()()

 

「―――違う、こっちを誘ったか!」

 

「遅いわ」

 

 梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)に巻き込まれ、融解した扉の向こう側―――進路に飲まれなかった扉の向こう側、部屋から飛び出てくる白い少女の姿が見え、彼女が光球を浮かべ、そこに閉じ込められる自分と式の姿を幻視した。飛び出した少女はそれを胸に抱き、微笑んだ。

 

「私の世界へようこそ―――」

 

 世界が一瞬で鏡の様な氷に囲まれた氷原に変貌しようとして、それを息を吐いて元の廊下の姿へと戻した。

 

「だがここは現実、夢は寝てから見る(≪咎人の悟り:精神耐性≫)

 

「くっ、なんて無様……!」

 

「嘘、通じてない!?」

 

 夢幻の氷原が一瞬で瓦解する。それと共に少女の背後に出現するジャック、青年―――そして長銃を片手に握った、髪を下ろし、やや若くしたようなエミヤの姿を見た。カルデアからの通信で吐血するような声を聴きつつも、相手が詰みに持って行く手段に精神攻撃を選んだ事を感謝する。そうでなければ今の所でカウンターを食らって全滅していたかもしれない……慢心は出来ないな、そう思いながら再び、まとまった集団へと向かって斧を振り下ろし、爆裂を発生させた。

 

「無意―――」

 

「―――かどうかはお前の死で確かめろ」

 

 青年がナイフの一線で梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を殺した。だがそれを隠れ蓑に既に式が接近していた。一気に飛び込む式に対して若エミヤが後ろへと下がり、刀剣を生み出しながら退避するのと同時に、対応する様にジャックが飛び込み、迷う事無く白い少女を殺そうとした式を、青年が庇った。その片腕が切断され、返しの刃で胸元がざっくりと死滅した。そこでジャックの攻撃を受け止め、編み上げブーツで青年と少女を纏めて蹴り飛ばしながら中段で跳躍し、弾丸を回避する。

 

 それに合わせ、此方も取り出した弓に雷霆の矢を回転しながら装填し、一瞬で放った。雷速で放たれた矢が弾丸と衝突し、弾丸を飲み込んで焦がしながら一直線に進む。ジャックの背後を抜けて真っ直ぐ、若エミヤの姿を捉えようと進み、しかし結界の様に阻む剣に衝突し、散った。

 

「一発でダメなら死ぬまでやりゃあいい、ってだけなもんさ」

 

「チ―――」

 

 主義主張の理解、対話なんてするつもりはない。敵は敵として殺す―――立香がいれば絶対にできないやり口であるだけに、そして彼がいないからこそ選べる選択肢なだけに、理解の努力を完全に放棄し、殺す為に矢を一気に三本放った。壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴って三次元的に動き回る式とそして再び霧を纏いだしたジャック、二人の戦場を横切る様に弾丸と剣群と雷矢の連発が衝突する。衝突の度に発生する爆風と雷塵が纏われ始めるジャックの霧を散らし、彼女を完全に霧に隠す事を許さない。

 

四呼吸後、殺れるぞ(≪咎人の悟り≫)

 

「あいよ、んじゃあ終わらせますかねっ!」

 

 剣群と雷矢の連弾が爆裂を戦場の各所で生み出しながら破壊を巻き起こし、徐々に粉塵が舞い上がって行く。その中、一気に自分も飛び込んで行く。武器を弓から斧へと替え、敏捷をチャクラの解放で一時的に強化し、青年や式の動きを此方の技術で模倣、再現し、三次元的に廊下を跳ねるよう、滑るようにバラバラに動く。それは射撃武器という攻撃手段を一気に制限する動きであり、面制圧による動きを誘うものだ。それを相手も理解しているが―――ジャックを巻き込んでしまう為、動けない。

 

「そう、それがどんなものであれ、子供は巻きこめない。捻くれて、歪んでも善性をどこか捨てきれていないんだよ、お前は。どうせこの場限りの夢なんだから遠慮なくやればいいのにな―――」

 

『シロウが吐血した!』

 

 身内へのダメージが高い戦いだ……! と思いながらも、ジャックを巻き込まない為に一瞬だけ、若エミヤの動きが停止した。その瞬間、式とジャックの戦場に突入した。片手斧をジャックの方へと向けて軽く放り投げながら通り過ぎて行く。その動きに一瞬、ジャックが意識を向けた。その呼吸の合間を雲曜の如く式が切り込んだ。

 

「視えた」

 

 次の瞬間にはジャックが解体された。そして前衛を失った若エミヤでは、

 

「ここまでだ」

 

 諦めた様な声と共に、頭から股までを斧で真っ二つにし、その姿を消滅させた。中々厄介な組み合わせだった。女性特攻のジャック、魔術師殺しの若エミヤ、直死持ちのアサシン、そして精神攻撃持ちの少女。正直な話、今まで戦ってきたサーヴァントとしては一番殺意の高い組み合わせだったと思う。これが大半のサーヴァントであればまず精神攻撃部分でアウトで、それが通じないのなら直死で殺す。魔術師が前に出るようであれば暗殺、と非常にクソみたいな殺意の高い組み合わせだった。

 

「……マスターがいないのと、俺に精神攻撃が通じず、アサシンの動きに反応できるレベルの技術があるのが救いだったな」

 

「ま、なんでもいいさ。とりあえず、そっちをどうするか、って事だな」

 

 式が生き残った青年と、そしてそれを介抱しようとする少女へとナイフを向け、それに合わせ此方も大戦斧へと切り替え、一回勢いよく床に叩き付けてからそれを肩に担ぎなおした。それを見たせいか、白い少女は完全に動きを停止させていた。なんら抵抗を見せない辺り、実力を悟っているのか、或いは精神攻撃ばかりで肉体的な攻撃手段はあまりないのかもしれない。

 

『あそこにお前さん追加すれば完全に暴力団の現場だよな』

 

『あぁ、確かにキャスターってヤクザの若頭か、参謀って感じの雰囲気あるよな』

 

『ロードやめてヤクザになってみますかキャスター。ロードヤクザエルメロイ2世。ビッグベンヤクザスター。えぇ、ぴったりですねぇ……』

 

『今から貴様らを石兵八陣に死ぬまで閉じ込めようと思うが、異論はないな? これぞ大軍師の究極陣地……!』

 

「ほんとカルデアは楽しそうで羨ましいわね」

 

「フォウ……」

 

 またあいつら共食いしてる……。自分もカルデアの方に残って共食いに参加したかったなぁ、と思いつつも、残された青年と少女のコンビへと視線を向けなおし、

 

「これからお前には二択が用意される」

 

「尋問か、拷問の違いだけどな」

 

「好きな方を選ぶといいわよ? 答え次第では生き残れるからね」

 

「催眠導入をしやすくする為に何度か姿を見せたのに無効って何よ、無効ってぇー……」

 

 今の()はマーラさえも殴り飛ばせるぞ、とサムズアップを向ける。一応こんな性格をしている上に悟りへと向かって中指を立てながら唾を吐いてファックというような所業しか行っていない訳だが、それでも覚者は覚者―――精神干渉の類は一切通じないのである。故に誘惑、破壊、干渉、変化、その類で勝負を仕掛ける時点で敗北が決定している。根源に溶けてもなお根性で復帰した魔人を舐めるなよ、と言いたい。

 

 で、と言葉を置く。

 

「死ぬ? 吐く? どっちにする? ちなみに黙ってたら普通に情報なしで先に進む」

 

「選択肢が無いじゃない!!」

 

「選択させるつもりがないからな」

 

 にっこり、と笑みを浮かべた式はしかし、威圧感たっぷりの姿を見せていた。それを受けて少女は動きを停止すると、仕方がないわねぇ、と言葉を置いた。

 

「―――一時間だけ頂戴。そうしたら屋上までの最短ルートを案内するわ。ここ、隠し通路とかがあって、それを通れば数階飛ばして進めるのよ」

 

「一時間?」

 

「えぇ、大丈夫よ、逃げる訳じゃないわ」

 

 白い少女は視線を此方から青年へと向け、そして此方へと戻した。

 

「動けないなら丁度いいし、既成事実でも作ればいい加減ふらふらと歩き回らないんじゃないかなぁ、って」

 

 その言葉に介抱途中の青年の動きが停止する。肉体が霊子で構成されているからか、血を流さず、まだ生き残っていた。しかし白い少女の言葉に青年は固まり、沈黙し、そして正気に戻ったような表情を浮かべるが、次の瞬間には無事な両足を凍らされ、そのままずるずると少女に適当な部屋へと引きずられて行った。

 

「……はっ? いや、待て、レン、お前は何を言って」

 

「じゃあ一時間後な」

 

「少しオーバーしても待ってるからな」

 

「頑張ってー」

 

フォウフォーウ(行ってらっしゃーい)

 

 アレも本来のあり方とは違うんだけど、面白いからいっかー、と適当に思いつつ、そそくさとその場を離れ、一時間ほど、時間を潰す事にする。ここにいる限り、どうあがいても100%なシリアスは期待出来ないなぁ、と無秩序なこのマンションの法則性を見出しながら、溜息を吐いた。




 ジャック+七夜&レン+若エミヤ。奇襲、暗殺、特攻、直死、魔術師殺しという殺意の包囲網。精神耐性がないと確実に詰みになるという包囲網。

 という訳で逆レゴールインを横目に、新たなツアーガイドを雇って目指せ、屋上。ここにまともな奴はいないからな!!! ほんと救えないな! 特に七夜! お前だよ!


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影に鬼は鳴く - 9

「―――待たせたわね。さ、此方よ」

 

 七夜という一人の青年の尊い犠牲を乗り越えて先へと進む。白い夢魔―――レンがガイド代わりにこれからはこのオガワハイムを案内してくれる。百を超える扉の無い入口の内の一つを一つを数える様にレンは進んでおり、数えるのがめんどくさくなる程多いこの扉もまた、オガワハイムのセキュリティの一つだと考えると本格的な調査がいったい、どれだけめんどくさいものなのかを考えさせられる。ただ、今はレンの案内があるだけマシなのだろう。

 

「下から吸血鬼の気配が消えたという事は貴方達が始末したのよね?」

 

 扉を数えながら進み、レンが声を投げてくる。それに頷いて答えた。

 

「そう、なら解っていると思うけど元凶はあの二人よ。このオガワハイムって場所は本来、別の人物の管轄になる予定だったらしいけど、なんでもスケジュールが狂ったとかでワラキアの夜が呼ばれたのよ。あいつは代打なのよ。そして今、ここを支配しているのが代打の代打なのだから笑ってしまうわよね? まぁ、欲望と本能に素直になる様に調整されているのはワラキアの仕業よ。今の支配人は整った舞台と役者を横から奪って、そしてその上で秩序もなく放置している奴よ」

 

『なんでまたそんな事に……』

 

 カルデアの通信を通したそんな声に、決まっているじゃない、とレンが答える。

 

()()()()()()からよ。そもそも私達は元々一夜の幻影の様な存在よ。上にいるのもそう。英霊も召喚されない限りはそうでしょ? なら踊らなければ嘘よ。だってそうでしょ? ()()()()()()()()()()()もの。それを叶えられるかどうかは別として、自由に動き、考える事が出来る環境を得る事が出来るのであれば、多少歪んだとしてもそれに乗らない理由はないわ。それともなに? 一生自由意思のない人形の様なままがいいのかしら?」

 

『うーん、確かにそれは勘弁してもらいたいねー……』

 

 ロマニの、情けない声が通信の向こう側からした。

 

「なら解るでしょ? これを乗っ取った支配人はこのオガワハイム内限定で好きに振る舞う事を許してくれたのよ。台本に縛られない、ね。その代わりに侵入者に対する持ち場での迎撃の義務があったりするんだけどね。その上で皆、本能や欲望に忠実に狂ったりしているもんだからあちらこちらで大騒ぎで悪くない騒がしさよ―――まぁ、それも終わりが見えてきた所ですけれどね」

 

 そう言ってレンは足を止め、振り返りながら視線を向けて来た。

 

「終わらせるのでしょう?」

 

「邪魔だしな」

 

「敵は皆殺しに限る」

 

「影も形も残さず始末しないとね」

 

フォウ(なんだこいつら)……」

 

 フォウが微妙に引いている事実を無視しつつ、特異点は特異点なのだから、解消するに決まってるじゃねぇか、と断言する。そうしなきゃここにいる意味はないし、一つでも残せば未来に禍根を残す。そしてそれは巡りに巡って、将来的に未来を殺す事になるだろう。そしてそれはつまり、最終的に俺自身の首を絞めるという事実でもある―――つまり、俺自身の為に見逃す事は出来ないのだ。悪いが邪魔だし死んでくれ、としか言えない。そういう事情もある為、偽ったり言い逃れしたりする事は絶対にない。

 

「ま、その判断で正しいと思うわ。ロクなものではないと思うもの、私自身が私自身の事をね」

 

 そう言って部屋に入ったレンの後を追うと、簡素な部屋に入った。玄関を抜けてリビング、ベッドルームへと抜け、本棚を片手で弾き飛ばせば、その背後に隠し階段を見つける。なんともまぁ、古典的だがこんなに部屋が多いと探すのが面倒だとも思える仕掛けだ。

 

「さ、これを昇れば屋上二つ下の階まで進めるわ。つまり最低二度は戦闘する必要があるのだけれど―――まぁ、その様子を見ていれば別に心配なんてしなくても良さそうね。フロアマスター的な感じなのは普通に突破できそうね」

 

「とか言って途中で帰るのは許さんからな」

 

「……」

 

 衣の裾を伸ばして、それでレンを確保したら、そのまま連行する様に隠し通路を歩いて行く。仔牛が連れて行かれるような歌が聞こえてくるが、きっと気のせいだ。そう自分に言いながら、上へと向かって進んで行く螺旋階段を上って行く。相変わらず、感覚を狂わせる妙な形をしたマンションだと認識できる螺旋階段だった。早くこの騒動を終わらせてカルデアに帰りたいなんて事を想っていると、階段を上がりながらも鼻につく匂いがあった。それに先に反応したのは式の方だった。

 

「なんだ? 酒の匂いか? 頭を揺らすような奴だな、これ」

 

「気付け、いるか?」

 

「いや、こういうのならオレでも大丈夫だ。流石に耐性がある。ただこれ、脳髄に直接かかる様な感じがあるな。ヤバイ奴だな。まぁ、本格的に酩酊し始めたら気付けを頼む」

 

「んじゃ言動に乱れが見えた瞬間に気付けするな」

 

「この慣れきった殺伐とした会話、完全に殺る気だわ」

 

「だからその為に来てるって言ってるじゃねぇか」

 

 呆れ、しかし苦笑しながら螺旋階段を上がって行き、そして上の階へと漸く、到着する。ここまで来ると式の言っていた酒気が強く感じられる。果実の、酒気だ。それこそ一般人であれば既に泥酔してしまいそうな程強い酒の匂い。甘く、蕩ける様な酒の匂い。それを受けて式の方は無事かどうかを確かめてみたが―――逆に、その目は冴えた様に見える。

 

「流石にこんな剣呑な気配の中で酔う程オレも単純にできちゃいないさ」

 

「まぁ、確かにこりゃあ剣呑か」

 

 果実の酒気に隠れている中で、同時に感じるのは濃い、血の匂いだった。そして同時に化外の気配だった。隠し通路を出て、入ったのと似たような部屋に入る。そこから扉を抜けてオガワハイムの廊下へと出れば、満天の星空と、地上数階から見れる都会の夜景が眺められる。だがそれと同時に、赤く、血によって塗られた廊下の姿も目に入る。

 

 見えるのは大量の臓物と、バラバラになった死体、塗られたかのように広がる血の姿、そして死だった。まるで遊ぶかのように殺された大量の死体と、それを処理するかのように焦げた死体が見える。それが大量に、無作為に抛り出されており、所々欠けている死体には()()()()ような痕跡が存在した。

 

「―――お前は引っ込んでた方がいいかもな」

 

「レディの扱いはもうちょっと丁寧にしなさいよ!」

 

 そういう扱いをするのは一人に留めると決めているので、残念ながら売り切れなのである―――レンをマントから部屋の中へと放り捨てながら、肩の上のフォウに掛ける結界を少しだけ強化しつつ―――フォウもレンと一緒に部屋の中へと戻しておき、視線を廊下奥、螺旋階段方面へと向けた。その先には屍を積み重ねて椅子にする姿と、壁に寄りかかって目を閉じる二つの姿が見えた。片方は女で、もう片方は長身の男だった。小柄の女と長身の男、まるで正反対の存在に思えるが、その二人は共通している点があった。

 

 濃い、隠しきれない血の匂いと化外の気配を持ち合わせているという事だった。

 

「今度のも楽しめそうだな」

 

「次から次へと、飽きない場所だ」

 

 ナイフを抜く式に合わせ、此方もゆっくりと大戦斧を抜き、肩の上に乗せた。エミヤに作らせた奴でも特別頑丈に作らせた物の一つだ。これであればある程度本気で振るっても……壊れるのは少しだけ、遅いだろう。流石に投影品では強度に限界がある。とはいえ、これでなら最後まで戦い抜けるだろうとは思う。

 

 ―――さて。

 

「―――あぁん、お客様やわぁ、よろしおす」

 

 そう言ってほとんど裸に近い格好の小柄の女が―――いや、鬼が盃を傾けて、そこから酒を飲んでいた。そこには綺麗な青い瞳が浮かんでおり、それを酒に浮かべて飲んでいたらしい―――最も醜悪な酒の一つだ。腰の筆からは更に人の匂いを―――血の匂いを感じる。()()()()()()()()()()()のだろうか。それを理解し、感じ取ったその考えと性分に、吐き気を覚えた。駄目だ、こいつらは理解できても共感する事は一生ない。

 

「鬼、か……鬼かぁ……うわぁ、めんどくさい所と当たったなぁ、これ」

 

「成程、そりゃあ桃太郎も遠慮なく殺すって訳だ。つかこれに勝てる犬や鳥、猿ってなんなんだ。ま、どちらにしろ戯言か。本来の趣旨を若干見失いそうだが、邪魔なら斬り払って進むしかないしな」

 

 それに関しては同意する。聖杯を回収しただけではどうにも終わりそうにないこの特異点、黒幕をとりあえず殴り飛ばさないとならないのだ。こんなところで足踏みしている暇はない。そういう意味で連中は蹴散らさなければならないのだが―――それとは別に、流石に俺でもこんな光景を見せられて怒らないという訳ではない。鬼としては仕方のない、普通の事なのかもしれないが、それはそれ、これはこれ、だ。普通に許せる筈もないので、

 

「さっさと殺して進む」

 

「イヤやわぁ、折角坊主を殺せていい気だったのになぁ? 紅摩?」

 

「……」

 

 小柄の女の言葉に長身の男は答えず、静かに髪に隠されていない片目を開き、そして羽織を脱いだ。そして静かに視線を此方へと、闘志を見せる様に向けてきていた。紅摩と呼ばれた男の方はどうやら小柄な女の方とは違い、喋る事を好まない寡黙な性格をしており、歪んではいるものの、真っ直ぐさを感じさせる存在だった―――鬼の純度としては女の方よりも遥かに低い。まだこちらは人間に近いな、と思えた。

 

「はぁ、紅摩もやる気満々やなぁ? うちもまだ坊主を漬けた酒に蕩けたいやけど―――」

 

「目に毒だし、心にも毒だ。座ってるならスパっと首を落として終わらせるぞー」

 

「ふふ、怖い顔……堪忍しとくれやすぅ」

 

 まるでやる気のない声で屍の上から小柄の女が下りた。先ほどのチームとは違って、まるで連携する意思を感じさせない二人組だったが、個々の実力、威圧感に関しては下の者達よりも遥かに上だった。それこそ、純粋に戦う事に特化したサーヴァントと相対しているような、そういう威圧感を感じさせる。

 

「男は貰った」

 

「いや、待て、オレが男の方を相手する」

 

「馬鹿言うんじゃねぇよ、男の相手は男が相手するに決まってんだろ。お前は女同士あっちの小さいのを相手にしてろよ」

 

「何だ里見、お前、フェミニストでも気取るつもりか? 似合ってないからまず止めろ。その上で気持ち悪いから止めろ。そしてついでに言うならお前の方が体格的に有利取れるからそっちでいいだろ?」

 

「は? 正気か? 確かに幼女っぽいからとりあえず爆殺してみたいって事を一瞬思い浮かべたけど―――」

 

『今、物凄い発言が聞こえたんだけど』

 

「―――それはそれとして、あんな品性の欠片も感じさせない鬼の相手なんざしてられるか。俺に精神攻撃が通じないのと精神的なダメージを食らうのとでは話が違うんだぞ! 見てみろよ、あの恰好を!」

 

 並んで女へと視線を向けた。それを受けて嫌やわぁ、と恥ずかしそうなフリをする鬼の姿を見て、そのギリギリすぎるラインをギリギリに攻めた本当にギリギリな格好を見て、視線を外し、そしてもう一度式へと視線を戻した。

 

「戦闘中気が気じゃないからほんとやめてくれ」

 

「言いたい事は解るけどオレだって殺る機会があるってならまともに殺し合える相手が良いぞ。誰が好き好んであんな痴女を相手にしたいと思うんだ」

 

 式と無言のまま向かい合い、数秒間沈黙してから、鬼のふたりへと視線を戻した。

 

「ちょっとタイムで」

 

「ええよ」

 

 紅摩がどこか、同情するような視線を向けている……気がする。それを背に受けつつ、式と顔を突き合わせて素早く相談し始める。どちらがババを引く(痴女の相手をする)か。どこからどう見てもあんな痴女の相手をするのは罰ゲームでしかない。服装を見ろ、武器が引っ掛かったらそのまま全部脱げそうな姿を。どこをどう見ても正気じゃない。戦場にセックスしに来ましたとか言い始めても不思議じゃない格好だ。というかアレ、倒した相手が好みのイケメンだったらその場で犯しながら物理的に喰うタイプだ。やはり相手したくない。

 

「ほら、俺が小さい子を相手すると絵面的に最悪だし」

 

「今更かよ。下の階でやった事を思い出せよお前」

 

「知らんなぁ……仕方がない。これで決めよう」

 

「……マジか」

 

 じゃんけんをする為に拳を握り、それで式が冷や汗を浮かべていた。とはいえ、他に解決法もないので、式も諦めたかのようにじゃんけんをする為に拳を握り、

 

「最初はぐー」

 

「じゃん、けん―――」

 

ぽん(咎人の悟り:心理)

 

「ぽん―――ってちょっと待てお前人の心読めただろ!」

 

「だが遅い、俺の勝利である」

 

 グーとチョキがぶつかり合い、見事に勝利。それを最後まで気づけない式の方が悪いのだ、とドヤ顔を浮かべると直死の魔眼で睨まれた。正直、怖いので止めて欲しいが、恨みごとの一つや二つ、騙した形だし仕方がない、と諦める。

 

「次はオレが選ぶからな」

 

「あー、はいはい。まぁ、こんな痴女が他にいるとは思えないし、罰ゲームは今回きりだろうよ」

 

「はぁ、それもそうか」

 

「うちは別にええけど、本人の前で何度罰ゲーム言うんの?」

 

 聞こえるように言ってることを気付け、鬼。そして反省しろ。そう思いながらも見事紅摩との対戦権を獲得したので、式との立ち位置を入れ替える。正直、ぐだぐだ具合が帰りたいレベルで酷いのだが―――それはそれ、これはこれ、明日を生きる為なのだ。

 

 開始の合図なんてものはなく、式と立ち位置を入れ替えた瞬間―――二人、同時に飛び出した。




 悟りを得た瞬間から、彼には世界が良く見えるようになった。人が良く見える様になった。心というものが手に取る様に解った。彼は真理に至った者として、この世で最も心理に通じる存在となったのであった。それを加味し、アレは思った。

 ―――じゃんけんで負ける事ないなこれ……!

 どうしようもねぇな。という訳でvs酒呑童子&紅摩の鬼タッグ。

 そして中の人はさとみーお兄さん(強調)の支援絵を貰って張り切り状態。毎度毎度描いて貰ってて頭が上がらない!!!


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影に鬼は鳴く - 10

 紅摩へと向かって踏み込むのと同時に、隻眼の鬼が反応した。それとは違う方向へと痴女が跳躍し、広い廊下を二分する様に戦場が交わらず、分断された。握りしめた斧を持ち上げ、紅摩へと向かって跳躍する様に踏み込みながら、一気にそれを振り下ろす。わずかに体を横へとズラしながら回避する紅摩の動きには野生の本能の様なものが見え隠れする―――鍛え上げられた人間の武ではなく、人間を超える上位種としての最も効率的で、自然なふるまい方だった。天然の鬼武とでも表現するべきだろうか、()()()()()()使()()()()()()()()()()様な動きだった。そこに人間的な武術の概念を加える事は―――不純。水の中に油を混ぜるようなこの動きを見ればどれだけ鍛え上げられているのかが解る。図体だけの木偶ではない。

 

  紙一重をすり抜けた鋼の肉体が拳を作り、それを破壊する様に此方へと向けて振るってくる。所詮は使い捨ての武器、迷う事無く手放しながら、体を伏せる。そのまま空間と召喚の魔術で新しく斧を呼び寄せ、伏せた頭上に呼び出す。それは振るわれる紅摩の拳とぶつかり合い、召喚された斧の方が砕けた。頭上を越えて行く紅摩の拳、そこにダメージを感じさせない。

 

 ならば、それはそれで良し。

 

 伏せた状態から横へと滑りながら弓を取り出して速射、跳躍した紅摩が壁を蹴り、天井へと移動し、それに合わせ此方も弓を捨てながら斧を取り出し、床を蹴って廊下を蹴りながら移動する。天井を蹴って加速する紅摩と、廊下を蹴って天井へと向かおうとする此方で、交差する様に拳と斧がぶつかり、火花を散らしながらすれ違う。そのまま天井と壁を蹴り、廊下の奥へと向かって移動を繰り返しながらも跳躍を連続で、足場を縦横無尽に駆け抜けながら交差し、互いの武器をぶつけて行く。

 

「は―――ははは、どうした紅摩()()、表情が曇ってるぞ!」

 

「……」

 

「なんだ、少年って呼ばれるのが不服か? 俺の半分も生きてない上に未熟者であるならばガキ呼ばわりも道理だろう!」

 

 笑いながら斧と拳がぶつかり合う。大分、式との戦場が離れた所で床を足場に足を止め、両手で握った斧が紅摩の拳とぶつかり合い、一瞬の停滞がお互いに生まれる。それを互いに、一瞬だけ筋力を強化する事によってお互いに後ろへと押し込み、距離が空いた瞬間に迷う事無く梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放った。爆裂する廊下に破壊が届く前に紅摩が床を燃やしながら砕き、踏み抜いたのを見た。それは一瞬で加速する姿であり、完全に此方が攻撃を放つ前に横へと抜けてくる姿であった。横から頭を弾き飛ばしに来る拳を、斧を手放し、攻撃そのものを暴発させながら、その衝撃を受けつつも、紅摩の拳を受け流した。

 

「む」

 

 受け流しながら腕を滑らせるように素手を走らせ、紅摩の腕を引っ張りながら外へと少しずつ押し出し、伸ばしながら硬直させる。そのまま逆側の手を掌底に紅摩の首を砕くように押し込む様に持って行く。その動きを紅摩が膝を折りながら体を下げて腕に余裕を作る事で回避しながら、そのまま、鋼鉄さえも粉々に粉砕する足を振るってくる。

 

よ―――(≪■■■■■:A++≫)

 

 その動きは既に読めていた故、掴んだままの紅摩の伸びきって硬直した腕を足場代わりに片手で体を持ちあげ、倒立しながら逆の手に斧を持ち出し、刈り取る様に反対側に落ちる様に体ごと、斧を下ろした。首を断つように振り下ろされた刃を紅摩が残った片腕で強引に押し出しながら、それを回避する。フリーハンドスタイルだと対応が早いと思いつつ、斧を放棄しながら後ろへと一歩―――つまりは紅摩の背に自分の背を押し付けるような形で密着しながら、武器を抜いた。形状は斧の刃をもっと複雑にしたもの。刃の部分だけを取れば、(グル)が握っていた武器のそれに似ているだろうが、その刃に付属した長いポールアームと組み合わせる事で初めて一つの武器となる。

 

「さて、これにどう対応する(≪■■■■■:武芸百般:大鎌≫)?」

 

 背中合わせのまま、時間もなく出現した大鎌(デスサイス)は後ろへと延びる様に存在し、その刃の内側に、此方の背と挟み込む様に紅摩の姿を捉えた。そのまま、大鎌を引き寄せながら背中を押し付ければ、紅摩に逃げ場はなく、背から押されながら正面から刃に挟み撃ちになる。

 

 直後、熱を感じた。

 

 ―――あ、やべっ。

 

 ……本気にさせちゃったわねー。

 

「そうだなぁー……」

 

 脳裏に流れる愛歌の声に言葉を出して答えた。

 

 そして、()()()()()()()()()()

 

 背中にやけどするほどの熱を感じながら前転しながら逃亡を企てれば、先ほどまで存在した位置が炎で包まれるのが視えた。筋肉がある上に鍛えており、戦闘経験と殺害経験あり、戦いや殺害に忌避感がない上に接近戦に持ち込んだ場合、確実なカウンターを決める為の武器がある―――現代人の準紅赤朱としてはほぼ完成されている戦闘力と呼べるかもしれない。少なくとも、人間というカテゴリーとしては最上位の一つだろう。

 

「まぁ、何とかなるだろう」

 

 自分が負けるとは欠片も思わない。故に斧を手に取った。大戦斧を右手に、そして新しく大戦斧をもう一つ左手に。二斧スタイルにシフトしつつ、燃え上がる様な赤に変貌した紅摩の髪と目の色を見て、早めにケリを付けないと調子に乗りそうだな、と思い、後ろへと一気に引いた。直後、爆発するような熱量と共に灼熱が舞った。廊下が一瞬で炎の海に飲まれ、酸素が燃焼され始める。その中で、一気に紅摩が踏み込んでくる。その足が正面、懐へと踏み込んでくるのと同時に、

 

 ―――泥の剣が足を貫いた。

 

「あら、ごめんなさい」

 

 灼熱が泥を蒸発させようとするが、それよりも愛歌の握る黄金の盃から零れる泥の方が多く、紅摩が飛びのいた。直後、紅摩の跳躍した方向へと向けて、まるで追尾する様に大地から剣の道が一気に生え伸びる。それを前に足を床へと叩き付けた紅摩の正面、灼熱が連続で爆裂しながら剣群と衝突し、泥を弾き飛ばす。その瞬間に踏み出す様に一気に飛び込んだ。踏み込みから対応へと紅摩が動き出そうとした瞬間、

 

 ―――紅摩の片足が吹き飛んだ。

 

「なっ―――」

 

「最初から最後まで、全力で叩き込んで行くぞォ―――」

 

 タネは単純に剣が紅摩の足を貫いた時、その一部が足に付着したまま、という事実だった。それを爆発させて紅摩の足を奪った、それだけの事実である。だがそれで今、ほぼ行動不能に追い込み、そしてこの男が現在、再現された存在であるというのなら、殺さない理由はない―――心は無事らしいが、それがこの後歪まないとも限らない。()()()()()()殺した方がいいだろう。故に、片手で大戦斧を握ったまま、紅摩を床へと叩き落としながら逆の手で大戦斧にマントラによる強化と奥義を―――梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を込めながら振り下ろした。

 

「さ、存分に滅びなさい?」

 

「一つ―――」

 

 床を砕きながら奥義と挟み込む様に振り下ろし、大戦斧が蒸発した。同じように逆の大戦斧を振り下ろしながら、次のを引き出す。そしてそれもまた、振り下ろされる途中で新しいのを引きずり出す様に次の準備をする。

 

「二つ、三つ、四つ、五つ、六つゥ―――!」

 

 繰り返して何度も振り下ろし、原形を消し去る様に何度も何度も逃げ場もなく、ミンチを通り越してジュースに変える様に殺す様に振り下ろし続ける。だがそれは十一回目で、武器の消費数的に燃費が悪くなる為、抑え込む様にマウントを取っていた足を解放しつつ、

 

「うぉぉぉぉ、ラストォ!」

 

「さようなら……覚えてたら来世で逢いましょう? いえ、この場合は人理修復したら、かしら」

 

 泥がその姿をマンションの廊下の外へと、弾き出した。その姿へと向けて斧を一回転させながら出力を抑え、対城規模で斧を蒸発させながら半ば、力を投げ飛ばすような形で振り落とした。

 

命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)!」

 

 床を触れた箇所から浄化による消滅を行い、消し去りながら廊下を飲み込んで消し去り、既に死に体近かった紅摩の投げ出された姿を飲み込んで一瞬で昇華して消し去った。完全に紅摩が消え去ったのを確認してから閉じていた掌を開き、それを軽くひらひらと振り、()()()()()()()()()()()()()。武器でエネルギーを受け止めきれない結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これ以上の威力、連撃を安定させるにはやはり、神造兵器が必要となってくるだろう。

 

「森の賢者(ゴリラ)よ、森へと帰るがいい……お前にもあるだろう、帰るべき森が……」

 

「完全に野生動物扱い」

 

 文明を捨てて俗世と交わらず、成長や発展を望まずひたすら引きこもって森の隠者を気取るなら一生筋肉だけのゴリラだ。自分から成長しようという考えのない奴は好きじゃないので、一生ゴリラでもチンパンジーでもなんでもいいから、好きに引きこもってろと言いたい。自分から未来を閉ざす奴はほんと興味ない。それはともあれ、紅摩の始末が終わったので、視線を戻して式の方へと向けた。紅摩との戦いの余波で派手にあっちこっちが崩壊しているが、式の方にまでが届いていなかったらしく、其方は比較的に平和な姿をしていた。

 

 とはいえ、痴女の様な鬼は既に体がバラバラのパーツに解体されており、頭に至っては首を跳ね飛ばしてから真っ二つに割られている。これでは頭だけになって動いても、噛みついてくる事は出来ないだろう―――大江山の酒呑童子が源頼光公にやった様な不意打ちは到底不可能だろう、これでは。それに既に魔力の粒子となって散り始めている、完全に勝利したらしい。

 

「そっちは大分派手にやったみたいじゃないか」

 

「そっちも結構派手に解体したな」

 

「ん? あぁ、これ見よがしに神便鬼毒酒なんてもんを持ち出すからな。それに縁のある鬼なんて一つだろ? となると念には念を入れて解体(バラ)しておかないとな。……まぁ、それはそれとして、個人的に大江山の鬼と言ったら、こう、もっと屈強で……お前が相手したような奴ばかりを想定してたから、なんか夢が壊れた様な気がするよ」

 

「あー……」

 

 まぁ、アルトリアを見たり、暴君ネロを見たり、破壊の大王アルテラとか、後はオリオン&オリべえだろうか? そこら辺を見ていると、伝承ってなんだっけ? お前ら節穴か何か? って思いたくなるような事は多々ある。ただ最近はもう、そういう所に関しては諦めている部分がある。今度実は女性だったんだよ! というパターンを見ても驚かない自信がある。そもそもアーサー王が実は女性だったって誰か気づけよ。どう見てもあのケツは女のそれだろう。割とエロいんだぞ、あのケツは。

 

「……」

 

 無言でニコニコと笑みを浮かべてくる愛歌が地味に怖いのでこの思考は切り上げよう。それはそれとして、戦いが終わったところで扉を抜けて、レンとフォウが出てくる。凄まじい惨状と戦場の様子にレンが呆れた様な表情を浮かべた。

 

「あの二人に勝てたのね……まぁ、だとしたら私達が勝てなくて当然だったわね」

 

「鬼種のコンビ、悪くはないけど俺達の相手には片手落ちだな」

 

「片方は人間を見下して遊んでいて、もう片方は鬼に心がなり切れていないもの。そんな不完全な混じり物じゃ勝てる訳がないし、人も鬼も関係なく平等に殺す魔眼の前では鬼がどれだけ硬かろうが一撫ですればおしまいなのだから意味はないわ。つくづく運が悪かったわね」

 

 酒呑童子は人間を舐めてる―――というよりは独自の価値観で()()()()と見ていい。だがその根底にあるのは独自の基準、そして人間は結局は()()()()()()という認識だった。だから式に追い込まれるまでは本気を見せるつもりはないのだろうが―――まぁ、そういう舐めた態度が頼光四天王に殺される隙を生んだのだし、こうやって今回もあっさりと殺される原因となるのだ。学習しないというよりはそれが酒呑童子という鬼、と認識した方が正しいだろう。

 

 紅摩に関してはもうちょっと面倒だ。全力だし、力の限りは尽くす。だが根底として彼はどれだけ鬼に近づこうが、人間であるという事に変わりはない。そして本人が人間的な意識を強く持っている。踏み外して鬼の方へと落ちれば更に強くなるだろうが、その精神力でそれを否定しているのだ―――それが逆に彼を弱くしていた。

 

 どちらにしろ、鬼コンビは両方共、自身の事でオチがついた。

 

 やや、不完全燃焼である。

 

「……」

 

 ―――屋上にいる存在の気配、ここから感じるんだよなぁ……!

 

 びんびんと、ここにいるぞ、と物凄く主張する様に、濃い気配を感じる。ここまで来たらもはや間違える事は出来ない。屋上で待ち受けるラスボスが誰なのか、それを予想できてしまった。ほんと、察しがいいのってクソだな、と思いつつ、憂鬱な気分をなんとか蹴り飛ばす。

 

「ん? どうしたんだ里見?」

 

「いや、なんでもない。楽に終わる楽しい仕事がしたいって思ってただけ」

 

「なんだそりゃ。これも中々いいセン行ってると思うけど……まぁ、確かにどこか、役者に不満を感じる点はあるな。もうちょっと、こう、英雄っぽいのを出してくれると個人的には殺りがいがあって嬉しいんだが」

 

 英雄からほど遠い連中しかこのマンションには出現できない。そういう怨念がここには漂っている。一階の竜殺しの大英雄に関してはこの際、見なかった事にしておく。ともあれ、

 

「先に進むか」

 

「ま、夜が明ける前に終わらせちまおうぜ―――明ける夜があるなら、って話だけどな」

 

 今更ながらそれが怪しいんだよなぁ、と頭を抱える話だった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/2f51a587-9025-4e68-951d-0566cd6014ef/734a5f4961311e33811bf18ac6869b54

 基本的に欠片も容赦という概念を見せないさとみー。そんな彼の装備する概念礼装はきっと2030であた。☆出して集めて殴り殺せ(マウントパンチ

 オガワハイムも終わりが見えてきた代わりにラスボスも見えて来た。オガワハイムは地獄よー


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影に鬼は鳴く - 11

 ―――ふぅ、と息を吐きながら髪ひもを取った。

 

 ふわりと広がる長髪を軽く頭を横に振って伸ばしてからそれを片手で掴み、首の裏辺りで纏める。後ろからそれを愛歌が別の髪ひもを使ってササっと結わいてしまい、髪を纏め終わる。長髪は昔、あこがれていた部分もあるが、こうやって実際に長髪になってみると面倒でしょうがない。とはいえ、この長髪は()()()()でもある為、そう簡単に切って減らすという訳にもいかないのだ。だから髪を纏めてくれた愛歌にありがとう、と言葉を向けてから、待たせた、と声を出して次の階へと続く螺旋階段を上り始める。

 

「オレ、思ってたんだけどさ」

 

「ん?」

 

「ソイツ、なんなんだ?」

 

『あー……聞いちゃうのかー……カルデアでも敢えてスルーしていたそれを聞いちゃうのかー……』

 

 階段を上がりながら、片腕で抱いて持ち上げ、運ばれる愛歌の姿へと式は軽い視線を向けていた。所謂、お姫様抱っこという形式だ。彼女も手を此方の首に回し、半分ぶら下がって居る様な形で、胸の上にフォウが座っている。そして、愛歌が何か、彼女がなんであるか、という話しだ。それは何とも、言葉で表現するには難しい話だ。正直な話、どうやって説明すればいいのかに悩むというレベルで困る。無限に続くように思える螺旋階段を上りながらそうだなぁ、と声を置く。

 

「デザイナーズチャイルド、って知ってるか?」

 

「あれだろ? 人工的に子供をー、って奴だろ?」

 

 まぁ、それで正しい。血統ダビスタが日常的な魔術界隈では実は()()()()()()()()()()()()()のだが、元々、自分はそういう背景のない世界の生まれだから、これは本来、自分にはありえない事だったのだ。そもそも俺の出自は普通―――の筈なのだ。

 

「まぁ、俺の場合科学や魔術でデザインされた訳じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()した訳だ。自分の意思の代弁者、来るべき災厄への対策、そして再び信仰を大地に満たす為の指先として。俺がそれのプラス側の存在」

 

「そして私はその相対の存在として()()()()()()ね。元々存在していた人物のリストから正反対の人物をピックアップ、その運命に干渉する事によって都合の良い方向へと向けて育てる、って感じね。そういう訳で本来なら私が相対する悪役としての役割を演じるべきだったの。私達は裏で表。旅路を終えて相対する事で対極を通して太極を知る、という構造ね」

 

「……つまり敵だったのか?」

 

 まぁ、話はまだ続くからちょっと待ってろ、と挟み込む。ただ、まぁ、元々は敵として設定されていた、というのは正しい。つまりは神様のプロットでは愛歌がラスボスとして配置されていたのだ。先にちゃんとラスボスを用意している辺り、二流、三流シナリオライターよりははるかにマシな手腕だと、ここだけは褒めてやってもいい。ただその後が杜撰―――というよりは、それが限界だったのだろうと思う。

 

「……まぁ、それで話が続く訳だが―――」

 

 なんだったか、あぁ、そうだそうだ。

 

「―――そう、だから俺は生まれた時から聖人になる様に義務付けられていたんだよ。実際、その為に神の声を聴いていたし、聖人という体質もしてた。まぁ、だけどガキの頃に色々とあって俺はジャンヌ・ダルクとは真逆の方向性を選んだ、って訳だ」

 

『それはつまり、神の声に叛逆した、という訳だね?』

 

 ロマニの声にそうだ、と答える。

 

「本来のプロットだと俺が失いながらも聖人として成長して行く物語だったらしいけど、なんで俺がそんな茶番に付き合わなきゃいけないんだ、死ねよオラ! ……ってキレてな? 結果、従うどころか聞こえる啓示全てに叛逆して国内から逃亡してな。まぁ、それで本来想定されていた道とは真逆の方へと走り始めた訳だ、俺は。そして俺がそうやって狂えば、当然、鏡写しの相対者として用意されていた愛歌の方も狂ってくる訳だ」

 

「私が本来背負うべきは悪と混沌の暴虐―――だけどね、進んでそれと不幸を経験した人がいてくれたの。だから鏡写しの私はそうならなかった。平和で、平穏で、秩序の中、善人である形を体現する短い人生を送ったわ―――まぁ、最終的に狙撃されて心臓だけにされちゃうんだけど」

 

 それで話を続けるなら、愛歌と自分の関係は複雑だ。陰陽はその両側が揃って初めて完璧な太極図を描く事が出来る。それはつまり欠けている要素を両側から埋めるという行いであり、それが綺麗に合致する存在はこの世界には少ない。見つけるのは難しいだろう―――それこそ意図的に作成でもしない限りは。両儀式という存在はその少ない人造で、そして成功のパターンだ。だがそれも何代という積み重ねがあって漸く成功するものだ。たった一代、お手軽に出来るものじゃないのだ。

 

 それをマリスビリーは成果を横取りする事によって魔術と科学の合わせ技でどうにかしようとした。

 

 結論、或いは結果から考えれば奴は()()()()のだ。それは何よりも今、特異点を攻略している自分の姿を見れば解る。最終的に俺は自分だけしか救わない事を選択肢として選んでいる。だがそれとは別に、カルデアに協力しなければ、特異点の解決を助けなければ因果が巡り巡って此方が最終的に死ぬ―――人理は修復しなくちゃならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。まぁ、これは今は関係ない話だ。ともあれ、今の()と、そして愛歌の関係。

 

 それは鏡だ。正反対の存在で、そういう風にデザインされて生まれた被害者という仲間。だけど同時に互いの理解者であり、共犯者であり―――そしてこの世で一番、大事にしなくちゃいけない相手なのだろう。俺の両手を塞ぐ存在だ。こいつがいる間は流石に他の誰かを余分に救おうとする事は考えられない。

 

「……ま、そんな訳で切っても切れない縁によって繋がれていると思えばいいさ」

 

「こんな感じにね」

 

 そう言うと愛歌の首に首輪が装着され、それからじゃらり、と鎖が階段へと向けて伸びた。幼い少女の姿に首輪と鎖という背徳的な格好が追加され、無言のまま、レンと式と、そしてカルデアにいる一部の人物たちがドン引きするのを気配だけで感じた。だが待て、ここは俺は一切関係ないのではなかろうか? 全部出したのは愛歌だけだし。それに説明的にこれは俺の正反対である愛歌が出したものだ。つまり、俺はノーマルの極み。

 

 ―――だけど今は中庸の境界に立ってるから一緒よ。

 

 言い訳とかできなかった。

 

 なお、

 

『―――アビシャグがつけてるのを想像したらアリだね! うん、アリだよ! イケる!』

 

『ダーリンに必要だったのは首輪だった……?』

 

 何故か首輪スタイルは一部には好評だった。

 

 

 

 

 ロリには束縛趣味があるという新たに知りたくもなかった情報が露見しつつ、更に上の階へと移動した。螺旋階段は相変わらず方向感覚を狂わせるような錯覚があるが、あくまでも魔術的にではなく構造的なトラップである為、英霊化してる今、ほとんどそういう物は通じはしない。逆に言えば立香がいれば多少面倒だったかもしれない。いや、その前に怨念と怨霊の固まりの方が遥かに面倒だっただろう。ともあれ、そういう面倒を乗り越え、屋上一個手前、最後の階層へと到着した。

 

「人間の性癖って不思議ね」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

「被害喰らってるの俺一人なんだけど」

 

『早速ダーリンに鎖を巻いてみたんだけどどうかしら?』

 

『……』

 

『オリべえ、隙間なく鎖に巻かれてる……!』

 

 相変わらず味方を殺す事に余念のないカルデアだった。そんな中、漸く最上階の様子を落ち着いて見回す事が出来るようになった―――こちらは下の階と比べればはるかに清潔で、綺麗であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()空間だった。シャットアウトされた上でこの階層だけが綺麗に浄化されている―――そのおかげでオガワハイムらしからぬ、清廉な気配でここが満たされている。何者かがこの階層に限定して悪霊や怨霊の類を浄化したのは解る。それもかなりのプロフェッショナルだ。

 

 だが大体、どういう手合いかは解る。

 

 廊下を進んで行けばその中央付近で待ち構える様に立つ女の姿が見えた。短髪の蒼髪に袖の無い機能性を重視した服装、その両腕には制御式として刺青が彫られており、その片腕は巨大なパイルバンカーを床に立たせながら握りしめていた。式の様な、希薄な霊基を感じる―――つまりは疑似的にサーヴァントにされている存在だ。おそらくは本来、英雄とも呼べる人物ではない。下のフロアで倒した紅摩と同じだろう、そこは。とはいえ、自分が彼女を英雄の格ではないと言うのは、

 

「十数年ぶりですねー、シエルさん」

 

「えぇ、お久しぶりです里見さん。イギリスぶりでしょうか。まさか再会するのが世界が滅んだ後になるとはまるで思いもしませんでした」

 

 一斉に視線が此方へと向けられる。今日は説明する回数が多いから、早い所立香が戻ってきて視線を集めるポジションに戻ってこないかなぁ、と思いつつ、説明する。シエル―――弓のシエルと呼ばれる埋葬機関に所属する代行者だ。その実力は()()()()()()()()()()()と言われている、現代の天変地異クラスの戦力―――らしい。まぁ、自分がシエルと合ったのはまだ一般人だったころの話で、宗教巡りの時、聖堂教会のアレコレを見せて貰う事で融通してくれたのだ。

 

 ―――まぁ、おそらくは神からの啓示でもあったのか、或いは組織的な干渉があったのだろうが。流石にそこまで読み取るのは面倒だ。とはいえ、そう言う事もあって軽い面識ならあるのだ。まぁ、それだけなのだが。

 

「あの時は道と教えに悩む人がここまで大成するとは思いませんでした……おめでとうございます、そして同時に此方側へと引き込めなかった事が残念に思えます。……まぁ、戯言もこれぐらいにしておきましょう。この先を進むというのであれば、最低限私をどうにかできる程度の実力を発揮してくれないと安心できませんので」

 

「うーん、この迷いのない戦闘脳」

 

「話が早くていいじゃないか。オレは嫌いじゃないぞ、こういうのは」

 

 シエルも気づいていないだけで大分オガワハイムに毒されているなぁ、と思っていると、式が先に前に出た。その手にはナイフが握られている。何時でも戦闘に入れる状態だが、

 

「次はオレの番って話だから貰うぜ」

 

「はいはい、どうぞどうぞ。流石に顔見知りを迷う事無くミンチに出来る程俺は外道じゃないし、任せるわ―――え、なんだよお前らのその視線。なんで俺が責められるような視線を向けられてるんだよ。ほんとだよ? 躊躇するよ? 身内だったらちょっとは躊躇するよ……? ほんとだよ……?」

 

 誰もが疑ってかかるこの世界、一回滅べばいいと思ったが、良く考えたら既に滅んでた。ソロモン……やるなぁ! と、心の中で僅かながら喝采を送りつつ、二対一ではなく一対一の状況にシエルは僅かながらの驚きを見せてから少しだけ眉を歪めた―――舐められたとでも思っているのだろうか?

 

 まぁ、舐めているとも取れるかもしれないが、本気で殺しに行くのは事実だ。

 

 ただ()()()()()()()()()()()()()、なのだ。オガワハイムの性質、式もまたオガワハイムの外に出現したサーヴァント、その影響を僅かながらに受けているのだろう。ともあれ、正確な彼女のスペックを把握する為にも、

 

 一回、冷静に離れた場所から戦いを見るのは悪くない。

 

 そう思いながら鎖をじゃらじゃらと鳴らし、握らせて来ようとする愛歌をどうあしらうか考えつつ、正面のシエルと式の戦いを見た。




 カッミ、方針を伝える。さとみー、中指を突き返す。カッミ、聖人に相応しい力を与えようとする。さとみー、中指を突き返す。カッミ、ヒロインを用意する。さとみー、中指を突き返す。カッミ、どうにかしてさとみーに干渉しようとする。マリスビリー、横から掻っ攫って行く。勝者、マリスビリー。

 次に貴様らメルブラでやれと言う。


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影に鬼は鳴く - 12

 ―――代行者という存在の話をしよう。

 

 連中は現代における怪物だ。

 

 比喩やなんでもなく、怪物的だ。聖堂教会と呼ばれる現代の宗教型魔術組織の中にある部門、異端審問機関、それが埋葬機関と呼ばれる存在であり、そこに所属する戦闘員を代行者と呼ぶ。彼らは一騎当千、教会の矛盾点を説法ではなく、対城級や不死性による圧倒的暴力で強制的に排除する組織である。現代の人間におけるインフレの頂点に存在する集団だと説明してもいいかもしれない。それが埋葬機関の代行者である。そしてシエルはその一員である。

 

 ()()とも呼べるが。

 

 サーヴァントでさえ通常攻撃で対城と呼べるクラスに届く事の出来る者は大英雄クラスでもなければ出来ないが、代行者になるとそれがほぼ必須になる。だが、シエルはそのレベルにはない―――その為、代行者としては失格と呼べるレベルにある。とはいえ、それでも現代における最先端最強の異端審問機関である。その実力、技術、そして魔術は怪物的と表現するのに相応しい。それこそ二十七祖を状況次第ではあるが、単独で殺害出来る場合もあるだろう。

 

 ―――そんな相手を、式は単独で戦う。

 

 シエルの姿を見れば完全武装だというのが良く解る。転生殺しの第七聖典、魔術による強化、秘術とも呼ばれる数々の改造技術、そして自己暗示による精神面の強化。それを行う事で鬼神の如き実力を発揮する。それに対して、

 

 両儀式という女は、ナイフ一本で立ち向かっていた。

 

「東洋のナイフ使いはこういうのばかりですか……!」

 

「さて、な?」

 

 身体能力で言えばシエルが圧倒していた。()()()()()()()把握した彼女の人生、彼女の経歴を把握すれば、その肉体は人間を遥かに超えるスペックを内包されたものであるのが理解できるだろう。踏み込み、パイルバンカーなんていうロマンの固まりで実用性のない兵器を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。そこには技術と経験と研鑽が見える。そんな超怪力と技巧を保有するシエルに対して、式は変態的とも言える動きを見せていた。

 

 ナイフ一本と、素のままのスペックのみで完璧に相対していた。

 

 低い姿勢から飛び込むようなしなやかな動き、その両目に備わった直死の魔眼は爛々と蒼く輝きながら常にシエルの死を捉えている。それを覗き込みながら式は接近と同時にナイフを振るい、そしてシエルはそれを迎撃せず、()()()()()()()()()()()()()。それは式の直死の魔眼を知り、そして直死の魔眼という武器の破壊力を知る故の選択肢だった。

 

 直死の魔眼。それは再生や蘇生を無視して殺す絶対の殺害手段。その存在を知るのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である事を理解できる―――つまり、シエルは直死の魔眼、その脅威を良く理解している。

 

 圧倒的な力と技術、そして聖典を保有していても、シエルが最後の一線を踏み込めない理由にはそれがあった。そしてそれが逆に式を存分に踏み込ませるだけの理由になっていた。逆に言えば式とシエルの力関係は()()()()()()()()()()()()()発生する力関係だった。彼女が保有する最大の兵器、聖典でさえ魔眼の前では容赦なく殺されるだろう―――そしてそれが最大であり、替えの効かないものであればある程、攻撃に転じづらくなる。

 

 知識、それが最大のシエルの敵とも言えるものだった。

 

 深く踏み込み、ナイフを低姿勢から式が振るう。それを逃亡する様にバックステップを取ったシエルが第七聖典を片手で握りつつ、もう片手で黒鍵を投擲する。切り払う様にナイフと衝突しそうだった黒鍵はしかし、式の目前で炎上し、切り払いながら式の視線を一瞬遮る。その瞬間に居場所を大きくズラしたシエルが素早く指先で法陣を描きながら魔術を放つ。雷鳴が天井から延びる様に床へと突き刺さり、その速度は人間の認識を超えるが故に回避不能な領域にある―――サーヴァントでさえ、高速移動用のスキルか宝具でもなければ雷速、光速の領域に踏み込む事は反応できても不可能だ。

 

 故にシエルの選択肢は正しい。直死の魔眼という究極の殺人武装に対してひたすらアウトレンジからの攻撃を選ぶのだから。廊下を隙間なく埋め尽くす雷鳴は人間一人を黒こげにした上から炭化させるには十分すぎる熱量を誇っている。とはいえ、

 

「まぁ、そう来るよな」

 

 式も、その程度理解していたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこからはほぼ六感、設置したナイフを()()()()()()()()()()()()()()へとズラし、感電する前に降り抜いて切断し、突破する道を作った。それでも一切動きを止めず、常に処理しながら、

 

 ―――圧倒的格上の存在に対して両儀式は切り込んだ。

 

 

 

 

『―――改めて拝見すると滅茶苦茶だなこりゃ』

 

 通信を通してカルデアからクー・フーリンの声がする。彼はどこか、呆れた様な声を放っていた。だけどそれも式の戦いを見ていれば、理解できる。

 

『あの嬢ちゃん、動きからしてあんま実戦経験ねぇだろ? 能力も見る感じ()()()()()()()()って感じだ。サーヴァント化してそこらへん補強されていても所詮は英雄でもない、強者ってレベルの奴だろうな。まぁ、悪くはねぇ。だけどああいう常軌から逸脱した存在と戦うには()()()()()()()()()筈だ―――なのに押し込んでいやがる』

 

『―――そうじゃな、敏捷と運気では上回っとるが、それだけじゃの』

 

 だけど式はシエルを上から叩く形で戦闘を展開していた―――スペック、そして経歴を考えればありえない事だった。直死の魔眼という必殺を警戒している事を考えても、それでもシエルがまだ有利なはずだ。だが結果として今、有利を得ている。それが現実だ。なにかで上回っていない限り、それは不可能なはずだ―――だが、現実として、

 

()()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 

『それは―――』

 

 そう、簡単に言えば、

 

「立香の事だ」

 

 アレがおそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。もはや第四の特異点を超えた事によって素人と呼ぶ事は出来ないだろう。あの少年が戻ってくれば―――少年、と呼ぶ事も出来ないだろう。彼は正しい意味で、自分の両足で立つ人間と呼べる存在になれるだろう。地味に、その時が楽しみだったりする。ともあれ、式は立香にそういう意味では似ている。

 

「天運に恵まれてるんだよ、アレ(立香)同様にな」

 

『天運―――人が持つ生きる運命、か』

 

 立香はその総量が文字通り桁違いなのだ。それこそ二桁、三桁違う。どんな危機的状況に投げ込んでも、ギリギリ生き残って戻って来るというレベルで立香は天運を保有している。おそらく、人類最後のマスターとして相応しすぎる天運だ。それこそ冥界に落ちても尽きる事はないだろう―――彼は絶対にあらゆる死地から五体満足で生還する。それが天運。運命の巡り。天が定めた神すら手にする事の出来ない物事の巡り。立香と式の違いは、式がそれを気づかずに()()()()()()()()という事だ。

 

 日常的な生活では発揮しない代わりに、極限状態での引きの良さを発生させている。そういう類いだと思っていい。或いは状況を上手く構築する能力だと思っていい。

 

「或いはそうだな……主人公力って言っていいか」

 

『きゅ、急に俗っぽくなったぞぉ……!』

 

「いや、でも、まぁ、天運ってそんなもんだろ? 言葉で説明するようなもんじゃないし」

 

 原理は簡単だ。

 

 戦闘とは選択の連続であると表現してもいい。選択肢がAとBとCがあり、そこからD、E、F、どれへとつなげるのか、そのロードマップを常に構築しながら実際の状況によって組み替えつつ最善を求めて構築していくのだ。式の天運はその選択肢の()()()()()()()類いだ。つまり本能的にどう動けばいいのを理解し、それを経験と技術で裏付けしつつ、最終的に有利を奪う。そういうものに近い。

 

 ―――或いは「 」が、軽い後押しを内側からしているのかもしれない。

 

『まぁ、どちらにしろ一種の可笑しな状況ではあるよね……』

 

 とはいえ、式がシエルを押し込んでいるのは事実だった。そして時間が経過すれば消耗品の類は減って行く為、自然と遠距離戦闘が中距離戦闘へと切り替わって行き、シエルと式との戦闘が肉薄し始める。

 

 シエルの戦術は徹底したレンジアウトからの牽制と連撃だが、速度的にそれを式が追い込み始める。黒鍵の連続投擲と落雷による弾幕を縫う様に回避する式が飛び込みながら、シエルをどんどんと廊下の終わりへと追い込んで行く―――一撃でも食らえば蘇生も不死も関係のない直死の魔眼という武器の前に、接近戦は挑めないが、

 

 ここまで来てしまえば、もはや選択肢はない。強制的に近接戦闘に舞台が移行する。

 

 シエルから式に対する踏み込みが発生し、この点で漸くシエルが押し込まれるという状況に改善が見えてくる。何度も言うがスペックもなにもシエルの方が上回っているのだから、順調に叩けば勝利するのはシエルの筈なのだ。だが彼女がそうならず、ここまで押し込まれたのは変に直死の魔眼という武装に対する認識があるからであった。知る事は武器であると同時に、またそれに縛られるという事でもある。今回のケースはそれがモロにシエルに作用した結果だった。

 

「―――お、これは一気に動くな」

 

 とはいえ、接近戦に入れば拮抗はするが―――シエルの勝ち目が見えてくる、という訳ではない、シンプルな話、式が勝つにはただ一つ、簡単な事をすればいいのだから。そしてそれを式は今、この瞬間、実演した。

 

 第七聖典と言いう強大な破壊力をもった兵器による攻撃を確実に回避し、懐へと潜り込んだのを読み切ったシエルが蹴りによる追撃を行い、それを式が()()()()()()。これは武術で言う剛の受けに当たる。しなやかな肉質故に柔に特化するのは女性としては普通ではあるが、そもそも式の肉体は普通ではないので、この程度なら容易く切り替えが出来るのだろう。そして柔が受け流し、崩すという事を行う受けを意識するのであれば、剛は受けて止める、という相手の次の行動を確実に停止させる為の受けだ。

 

 無論、どちらとも高いレベルに技量を育て上げなきゃ難しい話だが、それが出来る程度には式の腕前はあった。その為、サーヴァントとしての耐久力を含めて、血反吐を吐きながらもギリギリ一撃耐えて止める程度の事は式には可能だった。そうやって一撃を剛の動きで停止させれば、シエルの体が一瞬固定され、確実なカウンターが入る―――直死によるカウンターが。

 

 それでまずシエルの片足が消えた。どれだけ術式と存在強度を高めてもそんなものは魔眼の前では無意味になる。故にそれでバランスが崩れ、一気に速度が落ちる。それでも戦闘を続行しようとすれば体格のバランスと第七聖典という規格外の重量を持った武装が()()()()()()()。そうなれば式の攻め込む隙間は多い。無駄に素早く解体する事を選ばず、ゆっくりと表面を撫でる様に、確実に処理する様にゆっくりと、着実にナイフを通して解体して行く。

 

 まずは第七聖典を。

 

 次に逆の腕を。

 

 足を削ぐ。

 

 最後の腕を落とす。

 

 ダルマにした所で完全にシエルの動きと戦闘力が沈黙し、勝敗が決する。廊下に倒れ、動けなくなったシエルにナイフを向けて、廊下を沈黙が支配する。

 

()が悪かったな、お前。誰と重ねてるのか知らないけど、つまらないオチだったな。もう少し楽しめるかと思ったんだが……」

 

 式のどこか、落胆したような声に、ダルマになったシエルが呆れたような声を漏らした。

 

「なんですかそれは……とはいえ、これは確実に私が悪かったですね……。もしこれが終わって覚えていられたら流石に鍛え直さなきゃクビですねー……」

 

「情けなさすぎ。手加減するか、誰かの影を重ねてるのか、それとも義務感を通すか、せめてどれかにしろ。チグハグすぎるんだよ、お前」

 

「そうですねー……どこかでオガワハイムに影響されていましたか、私も。オガワハイムの創造物である以上、これも仕方のない結末ですか」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらシエルは少しずつ、魔力の粒子となって消えて行く。

 

「気を付けてください―――屋上にいるアレは本来私達(代行者)全員でかかって勝てるかもわからない相手ですから―――」

 

 

 

 そう言葉を残し、あっけなくシエルは消えた―――なんとも、穏やかで静かな戦いだった。結局自分は彼女を観察しているだけで終わってしまった訳で、かなり楽だった。

 

 とはいえ、これで最後だ―――後は屋上にいる、ラスボスになんとか()()()()()()だけだ。




 今回はちょっとお休みの話。何時もテンションあげてるとそれに慣れて後の展開が入ってこないので。それはそれとして、

 式vs完全武装シエル画みたいなら、今すぐメルブラで遊ぼう。それが戦闘シーンだ!! とかいう盛大な手抜き。

 次回、帰ってくれラスボス。たぶん物凄いインフレする。


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影に鬼は鳴く - 13

『―――ともあれ、これで核と言える反応は屋上の一つだ。それを片付ければその地獄から出られるよ、栄二。頑張ってね』

 

「ロマニ、お前やや投げやりになってない?」

 

『うん……なんというか、嫌な予感しかしないからさ……』

 

 シエルを倒した先、屋上へと続く螺旋階段―――もはやその先にある存在感に関しては通信機を通してもカルデアに感じ取られているらしい。ロマニが言うには()()()()()()()()()()()()()らしいが、妙な存在感だけは感じる。しかし、絶対強者の気配を感じるのは、カルデアにいるサーヴァント達もそうだった。もはやその正体に関しては―――自分は理解に至っている(≪救世主:サトリ≫)。正直、欠片も勝てるとは思っていない。なので、重要なのは帰ってもらう事だ。万が一戦う事にでもなったら、持てる手段全部を投入して血戦を始める必要になるだろう。なお、現状一番高い可能性である。

 

『まぁ、聖杯を回収し終わって間違いなくその空間から楔となっている聖杯の気配は既に消失しているんだ―――それでもこの特異点が消えていない感じからすると、聖杯以外にもこの特異点を維持している何かがある筈なんだ。カルデアとしてはそれを確認するまでは引き上げる事は出来ないんだ……すまない……ほんとすまない……だけど現状、自由に送り込めるのは君だけなんだ……』

 

 それは解っている為、愚痴りはしてもこうやって従順に従ってやっているのだ。背中に愛歌を背負いつつ。

 

「まぁ、立香があんな状態でマシュを引っ張り出しても事故る姿しか思い浮かばないしな」

 

『彼女は良くも悪くも純真だからねー。まだ心が比較的に幼いから、パートナー(心の支え)と一緒じゃなきゃ流石に此方からも出せないよ。まぁ、彼女の生い立ちを考えればしょうがない事さ。きっと彼も頑張っている。マシュに関してはそれを信じよう』

 

 と、ダ・ヴィンチが言葉を送って来る。まぁ、自分も立香の天運を考えるに、この程度の策略で彼が死ぬとは思っていない為、そこら辺は全く心配もしていない。問題は現在進行形でゴリゴリ削れている自分の天運だ。正直、今すぐカルデアから契約の箱を送り込んでそれに聖杯をダンクして起動させたい気分だった。とはいえ、それをやらかすと特異点から逆流してカルデアが吹き飛びそうなので、残念ながら出来ない。

 

 ―――あぁ、胃が痛い。

 

「……おい、大丈夫か里見? 顔色が悪いぞ」

 

「うん? そうか? お前がそう思うならそうなんだろう、きっと」

 

「なんだそりゃ。とんちのつもりか?」

 

「そう聞こえるならそうなんだろうよ―――いや、すまん、いや、悪い。嫌な予感しか感じないからな。俺でもこの先、どうしようもなさを感じるというか、正直な話、今までの中で一番帰りたい気分と言うか―――まぁ、なんだ。割と本気で命を懸けて戦う気配がする」

 

 戦わずに済めばいいんだけどなぁ、と祈っているが、屋上から感じる気配の強さにそれは半ばありえないだろうな、と思っている。これはもう完全にやる気満々という感じだろう、と思っている。愛歌も此方の考えを完全に理解している為、口数が完全に減っている。

 

 そんな事を話し、考えている内に、螺旋階段の終わりへと到達して―――しまった。もはや逃れられない瞬間でもあった。カルデアに最後の確認を取ろうとするが、カルデアへと通信が繋がらなくなっていた。間違いなくカルデアへの通信状況が混線し、遮断されていた。既に領域に―――いや、最初からその領域だったのだ。これぐらいはなるか、溜息を吐きながら扉を開いた。

 

 そうやって、()()でオガワハイムの屋上へと到達した。

 

 満天の星空がこの辺りでは一番近く見える場所、屋上へと抜ける道を抜けた瞬間には既にレンの姿は溶ける雪の様にその姿が消え去った。否、消え去ったのは彼女だけではなく、オガワハイム内に存在した多様の存在達もそうであった。雑多に、そして無秩序にマンション内を徘徊していた存在達はその役割(ロール)を終えて、姿を完全に消失した。故に残った三人は己と式と愛歌の三人だけ。

 

 背後で音を立てて扉が閉まれば、扉そのものが消え、残されたのは広い屋上の姿、

 

 ―――そしてその中央に立つ一人の姿だった。

 

 彼女は長く、美しい絹の様な金髪を風になびかせていた。来ている服装は胸から上を大きく露出した白に金の細工を施し、蒼いスカート部分を持つドレス姿。そのドレスを見事に美しく着こなす艶やかな肉体はしかし、本来は彼女ではなく、ただの触媒でしかなく、最も表現するのに適した肉体であるからこそ、そういう姿を取っているに過ぎない。最高の吸血鬼の肉体に、()()()()()()()()()ものが降ろされた、おそらくは()()()()とでも表現すべき姿、存在。

 

「―――少々不自由だが、この窮屈さも心地よい」

 

 風に金髪を揺らす彼女はそう言いながらゆっくりと振り返り、視線を向けて来た。赤い双眸が此方を、そして式を完全にとらえた。それと同時に絶大な重圧が世界を襲い掛かった。それは生物の本能として相手が己よりも上である事を本能的に悟ってしまったが故の感覚だった。生物としてのスケールがまず違う。

 

「さてな、不自由なんてオレは感じた事がないしな」

 

一応人類だしな、俺ら(≪咎人の悟り≫)

 

 とはいえ、その程度で怯む程若くはない。式も式で、この程度の威圧感であればサポートもなく普通に耐え抜ける程度には精神的に極まっている。その為、正面から女に対して視線を返す事が出来た―――その朱い、ルビーの様に芸術的な瞳に。ここでカルデアと通信が繋がらなくなったのが惜しい。今ならロマニを発狂に追い込めたかもしれないのに。

 

「成程。それがヒトの視線というものか。しかし(ソラ)へと繋がる者に覚者か。これはまた面白い者が我が前に立ったものだ。来るのであれば人類最後の希望かと思っていたのだが―――成程、其方は魔神王の罠に落ちたか。一目見定めたくもあったが、ならば仕方あるまい。貴様らで我慢するとしよう」

 

「―――待て、アーキタイプ。お前から見てもアレは敵だろう? 自身を滅ぼすような相手に肩入れする必要はお前には必要ない筈だ。だから頼むから帰ってください。ほんと、いや、マジで」

 

 今にも暴れだしそうな雰囲気の彼女―――アーキタイプに対して言葉を意識に差し込むような形で放ち、無意識的にその戦意を削いでみる。それで彼女の初動は停止した。しかし、停止しただけで戦闘を止めるつもりは一切ない様に見える。いや、おそらくは止められないだろう。今はただ、喋るのが楽しいという気持ちが彼女の中にあるだけだ。それが理由で戦闘の開始を引き延ばしているだけに過ぎない。

 

「これは面白い事を言う。確かに私にはあの魔神王の言葉に従う必要はなく、欠片も共感はせぬ。寧ろ我が地表(はだ)を這う者達の健闘を愛おしくさえ思っている―――だが同時に見てみれば誰も彼も虎視眈々と終末を急いでいる。そして()()だ」

 

 これ―――即ちこの特異点という状況、地球が滅んで人理が焼却されてもはや陸地が存在しないという状況に対して言っているのだろう。しかし、待て、と言葉を置く。

 

「奴の目的は人類を作り直す事だ―――お前は死なない筈だ」

 

「あぁ、確かにそうであろうな。だがそれはそれとして、()()()()()()()()。何をどう足掻こうが鋼の大地はいずれやって来る。であるならばここで足掻こうが足掻くまいが、結果としては同じであろう? ならば()()()()()()()()()だとは思わないか?」

 

「思う訳ないだろこの阿呆! ド阿呆! クソ阿呆! ふざけてんのか! ラリってんのか! そんなのアリな訳ねぇだろ!」

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という馬鹿みたいな理論を本気で口にしているのだ、この存在は。アーキタイプ―――アーキタイプ:アース。原初の一(アルテミット・ワン)、彼女は精霊種にして吸血種、そしてこの世で最も古き存在の一つ―――この星、地球そのもの。星の触覚だ。つまり、地球という星が人の形をしているに過ぎない。つまり、彼女の言葉は星の言葉なのだ。つまり彼女が本気になればオーストラリアをアメリカに叩き付けられるし、日本をロシアに跳ね飛ばすし、南極と北極は一瞬で溶けて大洪水が発生し、ノアの再現でも始まる。

 

 本気でそれが出来てしまう存在なのだ。

 

 戦犯、ズェピア。何故こんなものを呼んだ。

 

「そう猛るな覚者。不満があるのであればその手で我が身を引き裂き意志を通せば良い―――ここはそう言う場所で、今回はそういう祭であろう? 夜が明けるまでのささやかな宴よ。良い、貴様もそれに踊ると良い。私も今は非常に楽しく、解っていても止められそうにないのだからな」

 

 絶句する。解ってはいたが、ここまで馬鹿だったのか、俺らの星とは。

 

「さあ―――どうす(≪原初の一≫)る!」

 

 完全にアーキタイプはやる気だった。この上なく楽しんでいた、この状況を。本気で発言しているが、それは彼女にとって遊ぶための口実でもある―――()()()()()()()()()()()()()()()だろう。そういう無駄な義理堅さが彼女にはあった。クソみたいな義理堅さだった。そんな義理堅さほしくなかった。

 

 そんな事を内心葛藤していると、ちゃき、と金属音が聞こえた。横へと視線を向ければ式が刀を片手に握っており―――その気配が軽く変質していた。

 

「これ以上話し合っても無駄よ。彼女は彼女で祭のケに酔っているのよ。それを理解していて。だからどうあれ、満足させない限り終わりはないわよ」

 

「あー……やっぱりか。やっぱりそうなるか。解ってたのならもうちょい早く出て来てほしかった……」

 

「流石に進んであの子の時間を奪うのは憚るわ。ただ、今回はあの子の手に余りそうだし……私が手伝うわ」

 

 刀を鞘から静かに抜いた彼女は「 」で出会った方の彼女なのだろう。ありがとう、と言いたい気持ちがあるが―――そんな時間、ここにはなかった。溜息を吐きながら空間魔術で手元へと、エミヤに投影させた斧の中で一番上等なもの―――バジリコスと呼ばれる蜥蜴竜の斧を取り出す。大斧に入るその武器を右手で握り、軽く振るってから仕方がない、と呟きながら愛歌へと視線を向けけた。

 

「下がってろよー」

 

「はいはい、解ってるわ」

 

 転移して消える愛歌の姿を見送ってから視線を正面へと戻し、斧を担いだ。さて、と一言零し、

 

「―――初手で決めるぞ(≪根源接続者:覚醒≫)

 

えぇ、解っているわ(≪根源接続者:覚醒≫)

 

 根源を通して一時的に自身のパラメーターを改変、霊基状態を最終状態から突破し、本来は聖杯を使って強化する転輪霊基の領域、それで出来る限界状態まで自身のパラメーターを改変する。その上で自身のスキル状態を完全解放、それを霊基に最大の状態までアジャストし、最大の状態まで強化を完了させる。それを自分と式で同時に行いつつ、根源その物からリソースを引きずり出して強化を行う。神仏の与える加護に匹敵する強化を自身達に与え、一時的に凄まじいブーストを与える。

 

 それを見過ごす様に見ていたアーキタイプは笑みを浮かべ、そして誘う様に手を伸ばした。

 

「さぁ、準備は出来たか?」

 

「ここまで手間をかけさせるんだ、終わったらデートの一つでもしてくれなきゃ割に合わんぞ!」

 

「ふふ、そうね。ならばそれは考慮しておきましょう……無事に終わったら、だけど」

 

 息を吐き、呼吸を切り替え、思考を純化し、精神をフラットに、肉体を締め上げ、魂を燃え上がらせながら、視線を正面へと向け、視線を合わせた。

 

「―――宵の宴だ、参るが良い」

 

少し、戯れようか(≪修羅の刃:縮地≫)

 

 言葉に合わせるのと同時に縮地で大地を蹴って一瞬で前に飛び出す。それに対してその両目でアーキタイプが捉えている。故に彼女が急接近する此方へと視線を向け、意識を送り込んでいる合間に彼女の意識を理解し、

 

 ―――サトリを通して、背後を奪った(≪修羅の刃:仙術:縮地≫)

 

 悟りを通して対象を理解し、サトリを通して意識の空白に潜り込む。技術と言う縮地を使って正面からの接近に対して認識させる事は此方に対して集中させる行いでもある為、その意識の誘導は楽である。それを通して彼女の背後へと()()()()()()、つまりは仙術として認識される転移術で()()()()()()()()()()()()()()()()()する。

 

 その結果、移動と加速による初速加速を保存したまま背後から認識されずにと出現するという行いが成功する。

 

ず、ぇぇアアアアアアア(≪修羅の刃:殺戮武神≫)―――!!」

 

「なんと―――」

 

 斧を振るいながら斬撃を捻じ曲げる。背後から入った斜め上からの切り下ろしを捻じ曲げながら腕、肩、腰、逆の腕と抉り抜くように振るい抜きながら両腕を両断し、背中を真っ赤に染め上げたまま、呼吸を挟む事もなくそのまま斧を全力で振るい、斬り飛ばした腕をミンチにしながら片足を弾き飛ばした。それが入るのと同時、アーキタイプの意識が此方へと戻された瞬間に、

 

―――(≪雲曜≫)

 

 刀による閃が三つ走った。首、心臓、そして竹割りが放たれた。確実に殺しきる様に死の線をなぞるように放たれた必殺、致死の攻撃が正面から対応する時間さえも与えないように放たれ、一瞬でアーキタイプの存在を肉塊に変えた。それは初手での決着を示す―――筈だった。

 

「―――勇ましいな、胸が弾むぞ(≪神代回帰≫)

 

……(≪咎人の悟り≫)!」

 

 首だけとなったアーキタイプは笑い様に声を放っていた。それはまだ彼女と言う存在が余裕である事を証明し、これで終わりではないという事を見せていた。それに反応を示し逃れようとした瞬間、アーキタイプの肉体が閃光と共に弾けながら、言葉が走った。

 

ひょうが(≪ARCHETYPE:EARTH≫)

 

 直後、世界全てが極低温に包まれて白く染まった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/a6403847-bdbf-42b3-99bc-d8a87786cd47/7b59a90071d4683027d06fa84a5ece72

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/79b32b61-e06b-45ff-9284-a840ba8899e8/02744f1a2bf3848531ca499af7021379

Q.つまりどういうこと?
A.自力でレベルマスキルマ転輪状態+7章の加護モードで勝負じゃ

 という訳でお姫様はお姫様でもMBで登場した地球なお方。帰ってくれ。そして殺しても死なないぞ! 負けたら修復しても大陸ピンボール! ほんと帰ってくれ。


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影に鬼は鳴く - 14

「―――がはぁっ」

 

 血反吐を吐き出しながら体を持ちあげて行く。

 

 オガワハイムを中心とした地点は絶氷の世界に包まれていた―――()()()()()が、だ。オガワハイム、その周りの住宅街、その更に先にあるビルの類い、その全てが氷河に覆われていた。精霊種、それも神代回帰を行ったアーキタイプが限定的なテラフォーミングを行い、氷河という存在そのものをここに再現した―――あらゆる分子運動が停止し始め、生命という生命を停止へと追い込む極低温の地獄が形成され始めていた。コキュートス、或いは無間地獄とも表現できる雪原はレンが広げたそれとは次元の違う酷さだった。何故ならこれは固有結界ではなく、現実なのだから。現実として発生していたのだから。

 

あー……クソ(≪根源接続者:■■観測:遡行≫)

 

 正しい形が観測される。その事実が現在を上書きする様に腹を貫通していた氷柱が体を抜け、凍って千切れかけていた体が巻き戻る様に再生して行く。致命傷であった筈のダメージはそうやって傷を負う前の状態へと回帰され、傷一つない状態へと復元された。口の中に残った僅かな血反吐を吐き出しながら、凍り付いて砕け散った斧の代わりに、次の斧を引き抜いた。視線を巡らせば違う場所で起き上り、傷一つない姿で復帰する式の姿が見えた。

 

 そして同時に、無傷のアーキタイプの姿が見えた。氷河に対抗する様に自身の周りだけ魔術的に熱量を上昇させながら、無傷、汚れ一つない服装の彼女へと視線を向けた。

 

「―――見事だ。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは思いもしなかったぞ」

 

 呼吸し、斧を握り直し、前傾姿勢になって、動き出せるように構える。片目だけ式の方へと視線を向け、彼女の心を悟り、どう動くのかを把握しながらマントラとチャクラを練る。

 

「三度振るい存分に殺し、氷河の到来の合間に命を昇華させるか。だが残念だが我が命は十数度昇華されようと尽きぬ」

 

 完全に見抜かれていた。氷河発動までの刹那、防御を最低限だけに回し、命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)を打ち込んだ。輪廻転生の概念であるが故に、命を積み重ねるようなものであれば問答無用で昇天させるだけの相性の良さはあるのだが、命の総量が桁違い過ぎて、ほとんど意味を成していない。ヘラクレスなら今でも一撃で昇天させられる自信があるのだが―――大英雄とはやはり、比較できない。相手はなにせ、星だ。何千、何万、何億と生命を育んできた全ての命の母だ。その命を尽きさせようとするのであれば生半可な事でなくては無理だろう。

 

 ―――アレが恐ろしい程に劣化していても、直死で殺し切れないってヤバイな。

 

 初手で決着をつけるつもりだったが、こうなれば持久戦だ―――相手をひたすら殺し続ける、と言うやりたくない一番酷い戦いに入る。奥の手、とか言っていられない。考えられない。持てる全ての手段で確実に殺し続けないとダメだ。それに死亡時に自爆してくると考えると此方も、常に自爆を乗り越える方法を考えながら戦う必要がある。

 

「さあ、後何度時計の針を巻き戻せる? 宙より相互の観測による遡行補完といえども限度はあろう? 二度か? 三度か? 或いは四度か? さあ、ヒトの力では星は掴めぬぞ? 完全に死に絶える前に我が命、奪ってみせよ! かぜ(≪原初の一≫)よ!」

 

 言葉を吐くのと同時に竜巻が五つ発生した。飲み込まれれば一瞬で肉体が挽肉になる様な規模の竜巻、それがオガワハイムそのものを削る様に囲みながら接近し、酸素そのものを吸い上げながら破壊しに接近してくる。此方の致命傷からの蘇生方法が一発で見抜かれるも、それを封じてこようとしないのは本当に遊ぶつもりがあるのだ、と言うのが良く解る。再生の範囲であれば遠慮なく連発出来る。ならばここが使いどころだろう―――カルデアに見られてない今なら使える。

 

梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)―――!」

 

 迷う事無く対国規模でブラフマーストラを放った。発生した竜巻、オガワハイム、そしてアーキタイプを飲みながら国殺しの奥義が発生した。正面、蒸発させるようにアーキタイプの姿を消し飛ばすのと同時に彼女の後方に発生していた二つの竜巻が消滅し、その代りに空が夜の闇の中で、明るく輝いた。

 

「めてお」

 

 それは降り注ぐ災厄だった。めてお―――つまりは隕石。それが空から降り注ぐようにオガワハイムの屋上、その跡地へと向かって降り注いでくる。もはや何時死んだのか、とさえ判らない様な素早い速度で消え去った筈の肉体をアーキタイプは既に蘇生し終え、式の肉薄を許していた。雲曜から放たれる刀の一閃がアーキタイプへと届くかどうかを確認する事もなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()腕を回帰、遡行させて元の形に戻しながら握り直し、背後へと向かって振り向き、薙ぎ払う様にもう一度、対国規模で薙ぎ払った。武器が融解する感触と共に竜巻が消え去り、武器では保持しきれなかったエネルギーがバックファイアを起こしながら腕を溶かす。それが遡行による復活を得る時間も面倒だ。逆の手に斧を握り、飛び込んで行く。空を覆う隕石が落ちてくる中、オガワハイムへと衝突して足場が崩壊する中で、それを気にする事なく飛び込んで行く。

 

 式が刀を振るい、アーキタイプが頭が割れた。

 

「いなずま」

 

「これで道雪と並べた(≪雲曜:雷切り≫)かしら」

 

 死と共に自爆で放たれて来る雷を雲曜の極意で式が切り払い、死亡し、再生途中のアーキタイプを数度殺した。その動きはどうやら的確に直死の魔眼によって死を切り抜いているらしいが、まるでそれを意に返す事無く、普通に彼女は蘇り続けていた。

 

「式!」

 

「解ったわ、こうね?」

 

 蘇生直後のアーキタイプを此方へと向けて式が回転し、峰で殴り飛ばしてきたのを此方で迎える。

 

「―――喋る頭がなきゃあ自爆もできねぇだろうなぁ! っつーわけでだ、美人ってところは勿体ないけどお前はここで死に続けろ(≪修羅の刃:殺戮武神≫)……!」

 

 遡行完了した右手をアーキタイプの口の中へと叩き込みながら舌を()()()()()()。そのまま左手で斧を振り下ろし頭を割断、物理的に音が発せない状態にしながら素早く乱舞する―――やり方はナインライブズに近い、腕をランダムに振り回しつつ手首のスナップに反動を与え、振り抜くたびに反動で動きを加速させ、手首を肩周りの可動域を滑らかに動かす事でスムーズに感性を維持したまま―――神速の連撃を叩き込む。そこに一つ一つ、全く容赦のない命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)を加えて行く事で殺しながら命を昇華させて行く。その回数は数えない―――ただ殺し続けるだけだ。

 

 もはや足場となっていたオガワハイムは―――ない。完全に砕けて、破片となってその中を跳躍、落下しながら片手でその体を掴みながら()()()()()()()()()()()()何度も振り下ろし、肉を動き出さないように削ぎながら殺し続ける。優先して思考と言葉を封じる為に頭を潰し続け、殺し、殺し、殺し続けようとして、

 

 腕が此方の認識よりも早く首に伸びた。ぐきり、と嫌な音が響き、息が消えた。

 

「調子に乗ったな! 返礼させて貰おう―――!」

 

「ごっ」

 

 気付いた時には()()()()()()()()()。視界には高速で離れて行く自分の体と、大きくスカートを広げながら足を伸ばすアーキタイプの姿が見えた―――つまりは全力で蹴り飛ばされたのだ。器用に、丁寧に心臓だけを潰す様に衝撃を貫通させて。そんな細かい芸が地球のクセに出来るのかよすげぇな、なんて事を想いながら殺しきれなかった事を悔み、背中から大地に衝突し―――そのまま体を丸めて回転させる。道路へと衝突した体が痛みを訴えるが、それを無視して転がり、凍り付いた障害物を粉砕しながら体に押し込められた衝撃を回転と共に押し出す様に転がって、最終的に大地を蹴って両足で立つ。

 

 その頃には既に心臓の遡行は完了している。が、喉には血液が詰まっていた。それを勢いよく吐き出した。

 

「くっそー。こういう時ばかりは血肉のないサーヴァントが羨ましいわ。ハートブレイカーとか一体どこ学んだんだアレ。いや、待て。人類と共にあるって事は全ての歴史見てるって事か。やってられっかよ。俺は帰るぞ!」

 

「それで帰れたら良いわねー。カルデアは現在ブラック営業中よ」

 

 隣の瓦礫の上に愛歌が座っている。夜空を見上げれば隕石が降り注ぎながら雷鳴が降り注ぎ、竜巻と暴風が発生しながら衝撃波が多重に発生している。その中で式は刀で片っ端から超常現象を殺している為、無傷を維持していた。自然現象を殺害出来る式の場合、此方みたいに馬鹿正直に攻撃を食らう必要がない為、被弾率が圧倒的に低い―――とはいえ、先ほどのやり取りの感触、アーキタイプも()()()()()()()()()()感じがある。式一人に任せてたらいつの間にかミンチになってそうだな、と思う。

 

「気を付けなさいよ? 意識さえ喪失しなければ完全な状態まで復元できるけど―――」

 

「やりすぎると呑まれる、だろ。お前も気を付けろよ、俺達同時に死ぬとそのまま根源にボッシュートだから」

 

「EXクラスで繋がってると便利なようで不便よねー。こんな時に(グル)がいてくれたらいいのにねー」

 

「神話通りならあの人地球を戦車にするからな。だがちょっと待て、あの姫を戦車にって事は(グル)はあの姫をケツの下に敷いてドライブするって事か? これはぜひとも宝具として譲ってもらうほかない―――おう、無言で首輪と鎖でアピールするのやめよーや」

 

「いいのよ? 私、そういうのも受け入れるから」

 

「俺が社会的に確殺されるから止めようぜ―――って遊んでる場合じゃねぇや。ついでに考えてる時間もねぇな」

 

 たいよう、と音が聞こえた次の瞬間には本当に太陽の様な光球が空に浮かび上がっており、夜を明るく照らしていた。わぁい、そろそろ脳味噌溶けそう。そんな事を考えながら氷河が溶けて行く中、崩壊して落ちて行くオガワハイムの破片の中へと向かって一気に跳躍して飛び込んで行く。完全に再生を果たした右腕で斧を握りしめながら、まずは太陽の迎撃へと向かう―――サイズがデカすぎて式が直死で殺すには武器のリーチが足りない。

 

 となると()()()()()()()()()()()()

 

 落ちてくる瓦礫を足場に鮭跳びの術で重力もなく一気に戦場へと帰還する。式とアーキタイプの戦いは式が切り払いながら手足を切り落とす事によって防戦に押し込まれており、

 

ただいま! 死ね!(≪救世主:サトリ≫)

 

「む―――」

 

 対国級梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)で太陽諸共空のアーキタイプを薙ぎ払った。一瞬で蒸発するアーキタイプの姿、そしてその背後に奥義がぶつかる事によって太陽が爆裂し、大質量の炎が空から大地へと向かって降り注いでゆく。爆発した事によって広範囲が熱量によって焼き払われる熱線が無差別に降り注がれる―――それに対して知覚のチャンネルを切り替えた式が刀を一閃し、一瞬で此方への影響を切り殺した。そこに割り込む様にアーキタイプが焼かれながら飛び込んでいた―――だがその強度は先ほど殺し続けた状態よりも上昇している。

 

「指先が踊るではないか」

 

おっと、お触り厳禁だ(≪修羅の刃:カバーリング≫)

 

 今までよりも遥かに早く、そして強靭になって、アーキタイプの指先が式を殺しに来た。指先でさえ人間を真っ二つに切り裂くだけの力がある―――ビーストには弱体化の関係では届かなくても、それでも冠位級は間違いなくある、その一撃を落ちて行く隕石の破片を足場に跳躍、割り込んで斧を振るう。ただ前に立つだけではなく、指先を斧の先端で受けながら捻り、滑らせ、威力を引き込みながら流れを作る様に誘導し、それをあらぬ方向へと捻じ曲げながら無力化する。その結果、アーキタイプの両腕が下へと向けられ、頭を傅く様な形に落ちた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 そして雲曜がそこに切り込んだ。音を封じ込める様に首を浅く切り付けてから心臓を両断する様に、胴体を切り落とさずに一閃、三次元的な動きを落下する瓦礫を足場に行い、そのまま心臓を二度通して殺し、口を一閃に割いて殺し、再生能力を一瞬だけ弱めながらその動きを封じ込め、頭を押さえこむ様に踏んでいた足を滑らせながらムーンサルトを決める様に引っ掛けて蹴り飛ばす。空中で回転し、逆さまになりながらエネルギーの逆流で腕を焼きつつも、斧を蒸発させ、対国奥義―――つまりは本来のブラフマーストラ、()()()()()()()()()()()()奥義を放つ。

 

命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)―――」

 

 瓦礫、隕石の破片、氷河、熱風、家屋、道路、その全てを巻き込みながら破壊の奥義が走った。閃光と共に全てを飲み込む古代の奥義は大地に癒える事のない爪痕を残しながら国を亡ぼすだけの破壊力をこの狭い特異点の中で発揮する。それはオガワハイムの残骸を確実に呑み込みながら全てを無に飲み込んで消し去る絶対破壊の権化であった。今までの様な迎撃で空には放たない。特異点を破壊するように大地へと放ったそれは喋る事の出来ない女の姿を呑み込み、蒸発させた筈だった。

 

 空から落下し、まだ無事な瓦礫の上へと着地する。

 

参ったな(≪救世主:常在戦場≫)

 

そうね、勝ち目が視えないわね(≪セイバー:常在戦場≫)

 

 梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)の破壊によって大地から空へとめがけて光の柱が天高く伸びている。その中心に、母なる大地の化身の姿が見えた。笑う声を楽しそうに響かせながら愛おしそうな表情を浮かべ、抱きしめる様に腕を広げていた。

 

「さて、どう盛り付けたものか……ふむ―――こうか(≪空想具現化≫)?」

 

 言葉と共に破壊しつくされた特異点の姿が一瞬で変貌した―――巨大な月と城の見える、白い花が美しく咲き乱れる湖畔の岸部に。一瞬で彼女の領地に引き込まれた事実に、そして此方が下手に実力を発揮しているだけに、彼女のテンションは上りっぱなしだった―――とはいえ、接待すると全てが終わる。

 

 ―――目の前の存在が納得するまで、殺し続けるしかないのだ。

 

「さあ、第三幕を始めようぞ……!」

 

 考えろ、考えろ、考えろ―――相手の不死性には法則(ルール)がある筈だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。少なくとも冠位級はあっても弱体化している存在、殺せない理由はないのだから。戦い続ける限りはあの女のテンションを供給するだけ、

 

 ―――法則を見出し、決着をつけるのが唯一の道だ。




 助けてグル! 地球が襲い掛かってくるの! 古代インドの力でどうにかして! なお徒歩で来ない。それはそれとして、フル状態の接続者x2が本気で戦ってるのに笑ってるって何事だこれ。帰ってくれ姫様。

 なお、かなりインフレしているように思えてまだ次から来る章の方が酷いらしいという恐怖の事実。アメリカ、キャメロット、バビロニアと地図から消え去る地域が俺らを待っている。

 毎度の事ながら、現象には理由と説明と原理がある。考えない奴は死ぬだけ。


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影に鬼は鳴く - 15

 ―――どこかに法則(ルール)が隠れている。

 

 少なくとも、蒸発した状態から命を三十回分消し飛ばされた状態でなお完全な状態に復元できる存在は、もはや冠位級でもビースト級でもありえない。何らかのチートを行っているに違いない。つまりは法則だ。そこに何らかの法則が走っているのだ、というのはこの戦いで既に確信できている事だった。彼女(アーキタイプ:アース)は本体ではない。英霊の霊基として再現された、そのまた触覚の再現だ。つまり二重に弱体化しているのであり、聖杯を奪って一度ブーストしてから手放したとしても、それでも無敵というのはまずありえない。そういう全能の領域にある出来事には()()()()()()()()()()()()()()のだから。故に、ロジックが通らない。

 

 たとえば自分の再生、蘇生遡行。これは明確なロジックが存在する。自分の場合は愛歌と繋がっている事を利用し、お互いの存在を根源を通してX次元的に正しい状態を観測している。その観測を通し、正しくない状態に、つまり欠損や死亡状態に入った場合、正しい状態で現在の時間を上書きする事によって限定的な遡行現象を発生、バックアップされた正しい状態に自らの状態を復帰させる。これは片方、愛歌か自分さえ無事でいればどうにかなる方法だ―――逆に言えば二人とも意識が落ちていれば、詰む。

 

 つまり、理不尽で無敵めいた現象であれ、絶対的なロジックとギミックの下で動いているのだ。私は無敵だから無敵である―――なんて理不尽は少なくとも、この世界には存在しない。どんな存在であれ、急所は存在するのだ。そしてそれはあの姫であろうとも、同じだ。彼女もまた、絶対的なロジックの中で動いているに違いない。故にそのルールを見出せば勝機が―――見えなくも、この戦いに終わりを与える事は出来る。

 

「見に回る……しかないか?」

 

「成程、覚者の知覚で法則を悟ろうという魂胆ね? となると私が前に出る必要があるわね。とはいえ、この理不尽をどうにか出来ない限り私達に未来がないのも同然―――本当はこれ、あの子の霊基を便乗させて貰ってる形だから余り手を出しすぎるのは嫌だったのだけれど、そんな我儘を言っていられる状態でもないわね」

 

 そう発言した直後、式の髪が長く伸びた―――流石に衣装まで変える余裕はないが、それだけでも十分、霊基の変換は完了した。

 

これで準備完了ね(根源接続者:無限覚醒)

 

 無限覚醒―――つまりアニメや漫画で発生するような覚醒状態を()()()()()()()()()()()()()だ。その代償は凄まじいものがあるが、その代わりに常に自身を覚醒状態へと追い込み、維持し、鬼神の如き限界を超えた力を発揮し続ける―――先を考えない戦い方でもある。とはいえ、この場で相手の追いすがる為には必須とも言える事でもあった。使いたくない手段なだけに、やや歯がゆいが、

 

「―――任せて。ここで終わらせるべき旅路でもないし、ね?」

 

「あぁ、信用してるさ」

 

 正面に切り込んだ式を補佐する為に、武器を弓へと持ち変える。《根源接続者》で根源の海から魔力を供給し、《修羅の刃》で戦闘用術式を複数構築、融合、統一、無詠唱改造を完了させ、次元を一段階引き上げながら、《救世主》、或いは覚者の能力でサトリを行い、式の動き、その流れを完全に把握する。弓を軽くヌンチャクの様に体の周りに通す様に振るい、躍らせ、祈祷運動を終わらせ、それを概念的に刻印し、術式保存と複製を行い、過程消去を完了させる。アーキタイプ:アース、つまりは地球の意思を完全に読み取るのは流石に生物としてのチャンネルが違う為、少しだけ時間を必要とする為、サトリを平行して行いつつ、梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)を真っ二つに割って前に進み出てくるアーキタイプを、式の背後から見据えた。

 

「なみよ……!」

 

 言葉と共に式の雲曜の動きよりも早く、大地を覆う数百メートル規模の波が発生した。正面から襲い掛かってくるそれを縦一文字に刀を振るい、式が殺すのと同時に、その背後に一瞬でアーキタイプが出現し、片腕を持ち上げていた。一撃で殺す為の動きに割り込む様に、既に矢は放たれていた後だった。爪弾きを交えた先行射撃、サトリの二矢は式へと回り込むのと同時にアーキタイプの()()()()()()()()()矢だった。

 

 黒く、焦げ付いたかのように輝く矢―――、

 

「―――雷崩(フェイク・ヴァジュラ)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が頭上からアーキタイプの腕を蒸発させ、回避しようとして動いたアーキタイプの位置へと落ちた。それをアーキタイプは即座に再生した拳の裏で殴り壊した。その存在強度が増している、と悟りながら素早く矢を先行して射る。その全ては計算づくであり、そして式の動きを支援する様(エンカレッジ)に動く。上と並列して同時に放つ水平の射撃は細胞そのものを崩壊させる疑似・神格再現の雷崩、それがアーキタイプの動きの出だしを妨害する様に乱射される。

 

 その動きに入り込み、刀が軌跡を描く。

 

 誘いこむ様に誘導されたアーキタイプの口を割いてから命を絶ち、蘇る合間に数度、死をその体に刻みながら式が滑るように跳躍した。直後、蹴りが発生し、五十メートル範囲をその動作だけで薙ぎ払いながら再生し、指先から閃光が放たれた。既に放たれた矢がそれに割り込む様にぶつかり、式とアーキタイプの途中で炸裂した。

 

 ―――アーキタイプの視線が此方へと向けられた。

 

迂闊よ(≪雲曜:無拍子:潜行≫)

 

「ならば対応しよう」

 

 知覚外から接近した式の動きを本能的に察知したアーキタイプが式の刀を回避し、踏んだ足で足場を砕きながら、崩壊させながら刀を破壊しようと手を振るった。その手首に矢が衝突し、()()()()()()()()()()()()()()も、その瞬間には刀を反らし、その柄尻をアーキタイプの顎へと向けて叩き込んでいた。

 

 ぐきぃ、という破砕音と共に首が曲げられ、骨が折れていた。

 

 そして次の瞬間には体が解体される。だがそれも刹那の出来事、今まで以上の速度でアーキタイプが蘇り、死からの反撃を繰り出してくる。それを切り払った―――アーキタイプの体が切れていない。今の蘇生でついに死線か奥義級でもなければ攻撃が通らないレベルにまで強度が上昇したらしい。言葉を止めようと刀が振るわれるがしかし、それに反応してアーキタイプが僅かに下がり、振り抜いた瞬間に接近する。雷崩が空を阻む様に頭上から間に突き刺さる様に落ち、それで一瞬動きを止める事もなく、体を焼かれ、分解されながら指を弾いた。

 

 刀と指先が触れ合う。凄まじい衝撃と火花が舞い、同時に波が発生した。多重に波紋の様に広がる衝撃波が世界そのものに広がる様に周囲を蹂躙して行き、一瞬で自分と式を呑み込み、全身の骨を砕きながら押し飛ばす。式と共に、分断され、吹き飛ばされ、笑い声の中、全身に痛みを感じながら折れた弓を手放しつつ、

 

 ―――顔を持ち上げた(≪救世主:サトリ≫)

 

貴様の終わりを悟った(≪根源接続者:無限覚醒≫)―――」

 

 言葉と共にアーキタイプが嬉しそうな表情を浮かべ、踏み込んできた。此方を超える速度、強度、筋力、魔力、運気、性能、天運、全てにおいて此方を上回っている、まさに上位存在。おそらく死の概念すらこの存在には無意味だろう―――なにせ、地球という存在そのものなのだから。いや、否、だからこそ、こいつはここで()()()

 

 髪ひもが切れ落ちて、ふわり、と血に濡れた髪が血色のまだら模様に染まったまま広がった。奥歯をかみ砕きながら力を入れ、斧を一本引き抜いた。チャクラの活性化、マントラの無詠唱化、根源による供給を全て終えた瞬間にはアーキタイプの姿が目の前にある。殺しの動きを前に、サトリで彼女の意識の間隔を理解し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 花びらが舞い上がり、空から雪の様に降り注いでくる。その中で、顔面を掴んでいた手を首まで落とし、大地へと固定する様に彼女を押さえつけながら、斧を振り上げた。

 

「―――次は戦いなんて疲れる事じゃなく、デートにでも誘ってくれ」

 

「勝ったつも―――」

 

 

 言葉を追える事もなく、斧を振り下ろした。対国級ブラフマーストラ、梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)。未だに武器の関係で未完成と言えるそれは武器を蒸発させながらアーキタイプを貫通し、彼女を拘束、デバフする聖杯の泥をばしゃばしゃと跳ね上げ、泥の雨を生み出しながらその下にある大地を、半径数キロメートル内を一気に砕いた。その反動として腕が骨に達するレベルまで融解するが、即座に無限覚醒と相互観測による状態遡行による回帰で回復し、新しく斧を握り、

 

 二度目、振り下ろした。激痛は感じるが、想像を絶するそれは最早脳が感じる事を否定する領域にあり、振るった腕が融解しようが痛みを感じる事はなく、アーキタイプの形を崩さないようにその体を貫通しながらその背後にある大地に大地殺しの奥義が炸裂、千年城の湖畔が大地を伝わる対国の破壊規模に吹き飛び、大地が亀裂を生みながら崩壊し始める。根源接続を通した無限の供給を通して神経を焼き切りながら即座に遡行した。新たな斧を握った。

 

 三度目、振り下ろした。体を貫通した時ではなく、その攻撃が彼女を抜けて()()()()()()()()()()アーキタイプの体が反応する様に跳ねあがった。そう、所詮ヒトガタなんて()()()()()()()のだ。彼女の本質は大地。地球。星という存在そのもの。つまりは()()()()()()()なのだ。

 

 今の彼女の霊基で言えば権能か宝具―――指定された領地が存在する限りは、という法則なのだろう。

 

 なら話は簡単だ。

 

 世界(だいち)を消し飛ばせばいい。

 

「―――七つ」

 

 梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ・パラシュ)が振り下ろされた。著しい消耗と遡行による人知を超えた激痛を忘却の彼方へと押し出しながら振り下ろした。アーキタイプが反撃に体を引き裂いてくるが、それを無視して大地に押し付けるのを維持したまま、斧を振り下ろした。腕が胸を貫通するが、そのダメージを無視しながら新しい斧で振り下ろした。押し倒すのに使っている腕を握りつぶされ、体を外に蹴り飛ばされそうになる―――だがその前に縫い付ける刀が動きを止め、斧を振り下ろした。

 

 何度も、何度も、何度も、命を燃焼させながら斧を全力で振り下ろし、大地へと貫通させた。

 

 国殺しの奥義。それはつまり星に対する毒。放てば放つだけ強まっていたアーキタイプの力が抜けて行き、その反則染みたルールが汚染され、侵略され、凌辱されるように弱まって行く。そう、凌辱だ。この宝石の様な女を殺す様に凌辱している―――自分よりも遥かに強い強者を。

 

 ―――まぁ、趣味としては悪くないかもしれない。

 

 そんな事を考え、音と相手からの反撃を全て無視しながら無心で斧を召喚し、振り下ろした。大地は死に逝く。一つの都市の規模を持った領地、特異点、それは斧が振り下ろされるたびに大地が消し飛び、バラバラになりながら崩壊が進み、余す事無く地獄へと叩き込まれて行く。

 

 大地が死に、空が死に、草花が死に―――そして、やがて、攻撃の度にビクビクと反応を見せていたアーキタイプも動きを完全に停止させていた。

 

 それでも斧を振り下ろすのを止めない。

 

 その姿が、原形が消え去るまで首を抑え、片手で斧を掴んだまま、執拗に振り下ろす。何度も、何度も何度も、特異点の大地をもはや完全に消し去る様な勢いで何度も振り下ろし、

 

 ―――ふと、自分が押し倒し掴んでいた感触が完全に喪失した感触を感じ取り、漸く、完全に消し去った事を正気に戻って理解した。

 

 もはや大地は死に耐え、粉微塵となった大地は荒野砂漠の様に完全に荒れ果て、美しかった領地の姿も、元の現代の街の姿もなく、完全に鋼の大地が出来上がっていた。

 

 これが地球を殺す未来の光景だった。

 

 全ての力を抜いて、呆然と斧を振り下ろした後の格好で動きを停止させ、血反吐と息を口から吐き出しながら空を見上げた。

 

 巨大でどこよりも近い月が柔らかな月光と共に崩壊した大地を照らしていた。

 

「あ゛―――……」

 

 言葉ではなく音を喉の奥から吐き出しながら、動くこともなく多重に発生していた強化を解除し、その反動でまた新たに血反吐が喉を湧き上がってくる。鼻血と血涙が同時に溢れだし、吐血もする。おそらく式の方も同じような惨状だから彼女の方へと視線は向けず、血反吐を吐き捨てながら口を開いた。

 

「……俺、ゼルレッチ尊敬するわ」

 

「そうね、今度アドバイスでも伺っておきましょう……」

 

 あぁ、それが一番だろう。世界の狭間でどうせ此方を見守っているのだろうし。というかじゃなければカレイドスコープなんて概念礼装がピンポイントでカルデアに来るはずもないし。ともあれ、今は、

 

 後ろ向きに倒れた。

 

「休む……」

 

 倒れる音が聞こえた。

 

「流石に、もう動けないわね……」

 

 もう二度とアーキタイプとは戦わない。そう心に誓いながら、ゆっくりと目を閉じた。これが終わったら違う天体に移住したい、と思いながら、下手な特異点よりも極悪だった横道は今、ここに終わりを得た。




 タイプアース(超弱体化)撃沈。決め手はマウント。先輩最低です。

 こにてオガワハイムは(物理的に)終了。次回は復活のガチャ丸とバレンタインを短く数話でまとめて、アメリカに入る予定。ついに始まる、FGOインフレ神話。


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バレンタインカオス ~2016~
とらぶるchocolate - 1


 ―――オガワハイム特異点消滅から数日が経過した。

 

 藤丸立香が目覚めた。

 

 目覚めた彼は寝たきりだった事もあってやや衰弱している姿が見えた。とはいえ、眠りに落ちている間に、何かが視えたらしく、その影響かスゴイさっぱりしたような表情をしており、少年が一人の男へと、成長途中の様な精気に満ちた表情を見せる様になり始めた。彼が監獄で何を感じ、何を見つけたのか―――それを探るのはきっと、野暮な話だろう。

 

 立香が目覚めた事で漸く、とでも言うべき緊張からカルデアは解放された。何だかんだで彼が人類最後のマスターであるのとは別に、頑張っている少年として応援している人間しかこのカルデアには存在しなかったのだ。だから立香の復帰と共にカルデアは活気づき始める。また前の、日常的な活気が、

 

 ―――甘い匂いがカルデア内を満たし始める。

 

 

 

 

「あ、器がないわ」

 

「手っ取り早く聖杯使えば?」

 

「それがあったわね。聖杯、聖杯使っちゃいましょ」

 

 空っぽの聖杯の中に完成されたチョコレートを流し込んで行くのを後ろから眺めている。愛歌がチョコドリンクを注いでいるのは本物の聖杯だ。それをバレンタインの義理チョコに使おうとしているんだから、正気を疑う。とはいえ、それを提案したのは自分なのだから、自分も自分で色々とアレなのかもしれない。正直、自覚はある。とはいえ、これで美味しいチョコドリンクが作れるならもうそれでいいんじゃないだろうか。聖杯印の聖杯チョコドリンク。魔術師発狂間違いなし。そもそも聖杯が既に四個以上このカルデアに存在する事を考えると、並ではない魔術師でも発狂してておかしくはないのだが。

 

 これだけ聖杯があれば根源までドリルなんかせずパルクールキメながら行けるだろうに。

 

 まぁ、その場合スケボーキメながら守護者がやってくるのだろうが。

 

「うん、これで立香へのチョコは完成ね。日頃のお礼と労いを込めて、ちゃんとこういうのは渡しておくとモチベーションに続くからね。何よりこれぐらい出来ないなら女子と名乗る事はできないわ」

 

「遠回しに女子として死んでるってディスられてるぞアルトリア」

 

 チョコの作成が終わった、という事で自室内を改造して作ったキッチンスペースを壁の中へと収納させて行く。根源接続者がEXクラスであると割とフリーダムにスキルを引っ張り出して魔術が使えるから、便利だよなぁ、と思っている。陣地作成を引っ張ってきて、その応用でキッチン等を自室内に改造、拡張、設置している。おかげで二人部屋としては結構いい広さになっている―――まぁ、二百人職員が死んでるのだ、空いている部屋は腐る程あるのだから壁をぶち抜いて弄らせて貰っているのだ。

 

 口の中に一口サイズのチョコ―――作業が始まる前に愛歌からもらったものを口の中へと放り込み、終わった事を確かめてから、で、と言葉を置いた。

 

「どうすんの?」

 

「他の子に巻き込まれる前に渡すしかないわねー。というか順番的に一番最初に渡しておいた方が彼としても最終手段があって楽でしょう。うーん、やっぱり召喚してない筈の英霊達まで勝手にレイシフトして厨房使おうとしているわね。別にキッチン用意しておいて良かったわ。という訳で栄二?」

 

「はいはい」

 

 セイヴァーとしての服装のまま、片手にバズーカを担ぎ、サングラスを装着した。朝起こす時は早朝バズーカであると芸能界では昔から決まっているのだ―――他のサーヴァント達が起き出す前に、最終手段を先に手を回して置くべきだろう。そういう覚悟の下、まだ早朝のカルデア内部、多くの英霊達が起きてはいるものの、バレンタインの準備と言う理由で食堂に集結している。それを無視し、一番乗りで立香の部屋へと向かう。途中、怪しいテケテケ姫を見かけたので知覚される前に気絶させて適当な部屋の中に放り込み、朝駆けを阻止して、立香の貞操を守ってから立香の部屋へと向かう。

 

 マスターキーを使って音もなく立香の部屋に侵入し、とりあえず室内を観察する―――ちょくちょく他の英霊達から色々と貰っているのか、意外とものが多い。この様子だと近いうちに部屋を拡張しないと足りなくなってくるかもしれないなぁ、なんて事を考えながらベッドに寝転がっている立香の姿を見つけた。

 

 毛布を蹴り飛ばす様に、インナーとトランクス姿で眠っている立香は腹を出す様に寝相の悪さを見せている。

 

「少し前まで魂抜かして永眠に近い状態だったクセにのんきな顔晒して眠りやがって……まぁ、いいや。相棒面してるアイツが来る前にバズーカぶっ放すか。遮音結界よーし」

 

「奇襲用意よーし!」

 

「発射、ポチっとな」

 

 バズーカのトリガーを引けば、爆音と共に突風が立香の顔面を襲った。一瞬、その顔がブルドッグの様な様子になり、腹筋崩壊しそうになるのを気合いで堪えながら、バズーカを根源の渦に投げ捨てた。これ、もしかして人理一豪華なゴミ捨て方法ではないか? なんて事を一瞬考えながらも、立香がゆっくりと目を開いた。

 

「……え、えーと……おはよう? 先生に愛歌ちゃんか……まだ眠いから眠らせてー……」

 

「神経クッソ太いなこいつ。だが寝かさない(≪咎人の悟り:状態解除≫)

 

「眠気が消えたァ!! 先生ェ!」

 

「まぁ、待て立香少年。俺様がこの世では絶対受ける事の出来ない説法を一つやってやろうと言うのだ。その上で愛歌からチョコを受け取れるのだ。良く聞いておけよ? これがお前の運命を決する―――そう、シャトー・ディフで試練に挑んでいた時よりも遥かにヤバイ事態からお前を救う」

 

「お、人理焼却案件かな」

 

「とりあえず―――ハッピーバレンタイン、立香。私からバレンタインのプレゼントよ。感謝しながら受け取りなさい?」

 

 聖杯に注がれたチョコレートを愛歌が取り出し、寝起きの立香にそれを渡した。それを両手で立香が受け取り、器を見て、思考停止してから復帰し、再びチョコと器を見て、視線を愛歌へと向け戻した。

 

「勘違いじゃなきゃ聖杯っぽいんですけど」

 

「適当な器がなかったから聖杯で代用したのよ」

 

「聖杯で代用」

 

「ちなみに中身のチョコはなんか聖杯で祝福されちゃったから、どんな薬を飲もうが、今日一日ぐらいだったら守ってくれるんじゃないかしら」

 

「祝福」

 

 いいか、立香、良く聞けよ、と言葉を置く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは知っている。そしてそれをサーヴァント達も割と楽しみにしていたのも知っているな? だがここでカルデアという時空のバグを舐めちゃ駄目だ。過去、オリオン……というかアルテミスが召喚される可能性を手繰ってカルデアにレイシフトしてきた事件があるな? アレと似たような事で()()()()()()()()()()()を手繰り寄せて今日限定でまだ召喚されていないサーヴァント達が大量に出現、食堂で地獄絵図が形成されている!!」

 

「地獄絵図」

 

「一応、このまま見捨てるのも可哀想だし? 媚薬とか惚れ薬入りチョコとかをそのままにするのも可哀想だし? そういう訳で今日は色々と活動する前にググ、っとそれを飲んだ方がいいわよ。どっかの自重しない連中に対して、今日限定では無敵でいられる……といいわねぇー……」

 

「あの、確証……」

 

「ない」

 

「ア、ハイ」

 

 チョコ耐性貫通とかいうバイオウェポンを生み出せそうなダークマター製造機を約一名知っているだけに、油断は出来なかった。というかしてはならなかった。そういう訳で、まだ早朝だというのにカルデアは既に地獄の中に放り込まれていた。ある意味シャトー・ディフ級の地獄だった。下手すればそのままベッドインからのめった刺しとかいう事態が発生しかねない状況なのだ。乙女の怨念が強すぎる。そうとしか説明できないのだ、このイベント。逃してたまるか、と言う凄まじい強迫観念さえ感じる。なんというか、立香は犠牲になるのだ。バレンタインというイベントの犠牲に。それはそれとして、

 

「……腹に鉄板、仕込んでおけよ?」

 

「あ、これガチな奴っすか」

 

「個人的には早めに恋人の一人でも作っておくとそれだけで楽になるから推奨したいんだけど」

 

 まぁ、マシュの事を考えれば不可能だよな、それ。ともあれ、

 

 ―――立香の地獄のような一日が始まった。

 

 

 

 

 カルデアの甘い朝が始まる。明確に朝と呼べる時間帯になると、暗く、最低限の電灯を残して消灯していたカルデアに光が戻る。現状、太陽の光なんてものはもはや人理には存在しない為、カルデアだけが唯一の、この星―――もはや星なんてものは存在しないが、それが光源となっている。故に現在、正確に時間を保持し、記録し続けているのはこのカルデアだけとなっている。つまり、カルデアこそが時の中心点であるとも表現できる状態である。まぁ、だからカルデアが朝、と判断すればそれが世界の朝となるのだ。

 

 なんとも、悲しく虚しい。

 

 とはいえ、その虚しさを忘れるような喧騒にカルデアが包まれ始める。巻き込まれない内に自室へと戻ろうとすると、白い毛皮にチョコレートが軽くかかったフォウが全力で廊下を駆け抜けて行き、その後ろを溶けたチョコのボウルを片手に追いかけて走る白い服装の冠位級魔術師―――マーリンの姿が見えた。その背中姿を無言のまま見送り、軽く頭を押さえてからふう、と息を吐く。

 

「まぁ、アイツちょくちょく魔力供給に来てるしな」

 

「文句は言えないのよね」

 

 ぶっちゃけた話、マーリンがちょくちょく魔力の供給に来ないと、カルデアの一部機能がダウンしたままだったりする。ただあの様子を見る感じ、今回は純粋にフォウに悪戯しに来たらしい。お前、アヴァロンに帰れよ。アルトリア投げつけるぞ。あとランスロットもおまけで投げつけようかと思ったが浮気性が酷くなりそうだし止めておこう。円卓の連中は早くアヴァロンに乗り込んであの覗き魔をどうにかしてもらいたい。マジで。

 

「ま、対策だけ渡せたし、後はゆっくり過ごすか……」

 

「自分から騒動に首を突っ込む必要もないしねー? バレンタインぐらいは二人で邪魔されずにゆっくりしましょう。ここ最近は忙しかったし」

 

 チョコレートの材料を求めてレイシフト。護衛を引き受けてレイシフト。なんかつき合わされてレイシフト。定期的に発生するダークマターの処理で出勤、食中毒を食らうサーヴァントを解毒する為に出動―――貴様ら、悟りを何だと思ってる。美味しいカカオがある方角が解るセンサーとかじゃないんだぞ。もっと偉いんだぞ。

 

 この地上で人類を一番よく理解している人間なんだぞ。

 

 それはそれとして、立香を見ていたら嫌な予感しかしない為、何時でも『女性に刺されない100選』を渡しに行けるようにしておこう。朝から渡しておくと激しくつまらないからタイミングを狙っておこう。

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、食堂の方から逃げる様に歩き去って行くジャンパー着物姿の女が見えた。

 

「お、式。食堂から逃げて来たか」

 

「流石にな。あんな騒がしい所でやってられないよ。そもそもチョコを作るなんてこと自体が気の迷いだったんだ……」

 

 そう言うとぶつぶつ言葉を残しながら式が去って行く―――彼女はオガワハイムの後、聖杯の力を使ってそのままカルデアへと連れ帰ったサーヴァントだ。英霊ではないが、最強の武器とも言える直死の魔眼の保持者、それを逃す手はなかった。立香がいない為に縁を結ぶ事は出来ないが、それなら直接カルデアへと持ち込んでしまえばいい、と言うだけの話である。これが成功した現在、式はカルデアに所属する運びになった。

 

「あらあら、素直じゃないわね(≪単独顕現≫)

 

「それ、何やっても許されるためのスキルじゃねーから」

 

 そう言いながら虚空から着物姿、式の髪を長くした女の姿が出現した。此方もオガワハイムにいた式の肉体の人格―――それが単独顕現をマーリンや己の様に引っさげて、同一だが別の肉体を持って出現した姿だ。同一人物ではあるが、その人格、考え、権能は違う、別人。実にややこしい。

 

 此方も式同様、召喚なしで徒歩でカルデアに来た。

 

 聖杯すら使っていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、という無茶な理論で徒歩で来たのだ。

 

 根源接続者だからこそ出来る無茶苦茶なのだが。

 

「たぶん、あの子なんだかんだでチョコを上げようとするから、その時は余りからかわずに素直に受け取ってね? きっとからかっちゃうとそのまま拗ねちゃうから」

 

「流石にそんな子供っぽい事はー……」

 

「しそうよね?」

 

 うん、まぁ、ノリでやると思う。ただこうやって「式」に言われたのであれば自重しよう。一応、彼女に対しては恩義を少なからず感じているのだし。

 

「その代わりだけど、お茶の時間に茶請けでも持っていくから」

 

「じゃあ楽しみにして待ってる」

 

「ふふ、それじゃあね」

 

 「式」が去って行く姿を眺める。なんだか都合よくバレンタインの贈り物を渡す都合をつけられたような気がする。それに対する愛歌の反応は―――まぁ、気にする必要もない。まぁ、チョコとかお返しは多い方が男子的に嬉しいよなぁ、なんて事を考え、どうやって立香がこれから経験する地獄を愉悦するか考えつつ、自室の扉を開いた。

 

「―――なんだ、遅かったではないか」

 

「ん?」

 

 自室を開けた先で、見慣れない姿を見た。

 

 身長は低く、百四十に届かない程度しかない、幼い少女のそれだ。ただ長い金髪に、見慣れない一般的ではないデザインのワンピースドレス、そしてその朱い瞳に美しい顔立ち―――姿は完全に少女のそれだが、完全に見覚えのある人物だった。

 

 現実逃避したい此方の心境を無視し、奴は―――幼い姿のアーキタイプ:アースはいつの間にか、我が自室に降臨していた。

 

「宴だ―――参ったぞ!」

 

「参らないでください」

 

 それしか震える声で絞り出せなかった。




 立香が復帰してガチャを回したことによって巌窟王(描写外)追加、式はオガワハイムから直接聖杯の力で移住、式バーは徒歩で来た。マーリン? あいつ定期的に遊びに来てるから。

 そして姫様登場。なおロリ。これはロリコンの風評被害が加速するな! あとオジロリとかいう組み合わせは嫌いじゃない。

 ばれんたいんを2~3話で纏めたらサクサク5章開始予定で。次回あたりで新章開始前の新キャラ紹介を終わらせたい。バレンタインはそういう為のギャグパートでもあったり。


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とらぶるchocolate - 2

 最初は復讐しにレイシフトでもしてきたのかと思ったが―――違う。本来よりも小さい姿はオガワハイム特異点で出会った姿よりも弱体化している事を証明し、その姿も十分の一程度まで削られている。それは今、この地球と言う惑星がどこまで弱っているのかを証明しているような事であり、そして彼女という存在がどれだけ残されているのかをも証明している。

 

 ()()()()()()()()()()()なのだ。そしてカルデアは一応、場所としては地球に存在する。つまり、このカルデアが存在しているヒマラヤ山脈の一部の地域、それが地球に残された最後の大地なのだ。それだけが現在、あの巨大な星が持っていた大地の残りなのである。故に、それにふさわしい程度の力、規模しか目の前の姿は持っていない。

 

「正直な話、我が現身を創るのは難しくはない。だが真祖の様な完成度、強度は不可能だ。精々魔力の詰まった肉袋が限度だ。とはいえ彼の地で我が身を討ったおかげで漸く目覚められたわ。それに関しては貴様を褒めて遣わす」

 

「まぁ、威厳を保とうとするのはいいけれどその姿で威厳を保とうとしても無駄よ? 流石にその姿じゃねぇ……?」

 

 胸を張ってふんぞり返っているアーキタイプ:アース―――この際、名称が長いのでアースとでも略す。彼女の姿はあのオガワハイムで見た成熟しきった肉体とは違い、明らかに子供の姿をしていた。そこから感じる力も大幅に減っており、前述の通り感じる力は十分の一程度、それに身体能力も大幅に低下し、平均的なキャスター以下の身体能力程度しかないだろう。文字通り、彼女は弱体化している。だがそれも仕方のない話だ。彼女はこの惑星の化身であり、その姿は触媒であり、現身。それでいながら定規でもあるのだ。これが彼女のアバターであるなら、どれだけ彼女に力があるのかが見える―――つまり、カルデアの範囲しか大地が残されていない今、アースにはこの程度しか力が残されていない。

 

 オガワハイムの場合は再現顕現であった為、本来の規模だったのだろう。

 

「本来であれば星の内海で眠り続けているのが正しいのであろうが―――こうも楽しい催しに目を覚ましてしまえば眠り続ける事等私に出来るものか。この不安定であり、しかし確かに存在する時空は存在確率の確定に使える。おかげでこうやって不完全ではあるが我が現身を生みだす事も出来た」

 

「いや、寝てろ(寝てなさい)よ」

 

 迷う事無く愛歌と同時に声を放ってツッコミを入れる。こんな辛辣な言葉を吐いているが、滅茶苦茶声が震えているだけの自信はあった。明らかに全方位的に戦力としてカルデアに常駐するのは無理があるだろう、お前、と。

 

「目覚めてからこの数日間、我が目を通してしっかりとカルデア内部を、そして今までの旅路を見て来た―――なんとも楽しそうな事をしているではないか。このような祭に参加出来ぬのはあんまりではないか?」

 

「姿からアーパー力を調達しなくてもいいんだぞ??」

 

「許せ、あまりに楽しそうで自分でも抑えきれぬのだ―――とはいえ、そのまま普通に戦列に加わってものちの追及が辛かろう? 適当に使い魔の一つとでも言いのけるが良い。実際、この器は使い捨てが出来る様に作ったからな。最大五度までは死ねるぞ」

 

「準備いいっすね全生命の母(かーちゃん)

 

「無論だとも。私とて遊べるのであれば遊びたい」

 

 これ、何を言っても無駄ね……と言う愛歌の声が結論の全てを物語っていた。いや、弱体化しているし、納得できる範疇のサイズと実力だし、色々と察してくれるのはいいのだが―――いや、やっぱり良くない。全てが終わった後で実はカルデアをアーキタイプ:アースが助けていたんですけど魔術協会的にこれどう思いますか? うーん、全員封印指定かな? なんてアホみたいなルートがありえる。ズェピアだ。大戦犯ズェピアだ。なぜアイツは調子に乗ってアースを召喚しようとしたのか。どこからかぐだぐだ粒子が紛れ込んでしまったのだろうか。許せ、カルデア。地球は味方だ。

 

 この星は俺達と戦ってくれるのだ―――駄目だ、どう取り繕うとも酷い状況だ。……せめて、弱体化したとはいえ、アースを戦力として利用できるようになったという事実を今だけ、心の中で少しだけ、本当に少しだけ喜んでおこう。

 

「―――では本題に入ろう」

 

「今のが本題じゃなかったのね」

 

「私もバレンタインを楽しみたい為、チョコレートを作ろうと思う」

 

「地球産チョコレートですってよ奥さん」

 

「神秘の塊ね。たぶん食べるだけで根源にスカイダイブできそうね」

 

「故にカカオを育てる所から始めようと思う」

 

「流石地球、本格的だ」

 

 どうしようかこれ……。カカオから育てるとかスケールが違う。一日の時間が二十四時間しかないのに明らかに一年と言う範囲で収まらないレベルでバレンタインの準備を始めようとしている。解っているのか、そのカカオを育て終わる頃には末に人理が完全に焼却されてソロモンくんの創世神話が始まってそうなのが。恐らくは冗談だろう―――駄目だった、この幼女、本気でカカオから育て始めると考えている。やはり地球的思考となると時間感覚が狂っているのだろうか。

 

「では行くぞ。まずは育てる為の大地を確保する為にレイシフトだ」

 

「既にチョコレートは大量に用意してあるんでそれを使わない……?」

 

 その方法があったか、と言わんばかりに目を見開く我らが地球を見て、これ、駄目かもしれない、と悟る。まさかのポンコツ属性である。地球がである。いや、だが良く考えてみたら体のベースがアルクェイドなのだからポンコツなのはポンコツなのでしょうがない気がする―――いや、やっぱダメだろこれ。

 

 諦めを感じながら室内のチョコレートを探し始める。聖杯チョコドリンクの作成で余ったチョコを鍋の中に入れて保存している為、それを使えば問題は解決だ。そう思ってチョコを取り出そうと探し始める間に、何だかんだで愛歌がエプロンを取り出してアースにチョコづくりを手伝おうとし始めようとする。こうなると一旦外に出た方がいいだろうと判断し、こっそり、自室を出て行こうとする。

 

 扉を開き、廊下を見た。

 

 ぱから、ぱから、と音を立てながらチョコレートで出来た馬が走ってた。

 

「デュフフフフフフwwwwwwwww―――……」

 

 縄に縛られたどこかの海賊がチョコレートの馬に引きずられて頭を燃やしながら廊下を引きずられていた。そうかぁ、お前チョコもらえない癖に来ちゃったかー。バレンタインって凄いなー、なんて事を想いながら更に廊下内を見ていると、今度は全裸のケルト戦士がカラドボルグを担ぎながら廊下内を走っていた。そこまで見た所で限界だった。無言で扉を閉めてロックをかける。

 

「今日は一日外に出ず部屋の中で過ごそう」

 

「でもチョコレートが足りないから食堂に行く必要あるのよね」

 

「この状況で俺、うろつきたくない!! 絶対にロクなことにならねぇ!! いいか? 見てろよ! 見てろよお前!!」

 

 ロックを解除し、扉を開ける。その向こう側では廊下を走って駆け抜けて行く大量のチョコサーヴァント、そしてそれを齧りながら追いかける三種類のアルトリアがいて、その背後をランスロットが必死に追いかけている。それが今度終わったと思ったら玉藻とどっかで見た事のある蛇姫が残像を残す速度で互いを妨害しながら立香の部屋の方へと向かって移動して行く。この世の地獄ってここにあったんだなぁ、という新鮮な気分に今ならなれる。

 

「な、この中を進むの止めよう? な?」

 

「さ、行きましょ」

 

「うむ、行くぞ」

 

「仲いいなぁ、畜生」

 

 ロリが二人ともノリノリな為、逃げ場が完全にない。えぇ、嫌だぁ、と否定する前に片手を愛歌に奪われ、引っ張られていた。えー、と口に出しながらも、もはや逃げ場がないのは理解している事だった為、口だけの抵抗だ。何で俺の周りにはロリが集まるんだ、と思いながらも背中をアースに押されながら廊下に出た。先ほどまでのカオスが嘘だったかのように廊下は静まり返っており、台風の前の凪を思わせるような状況だった。

 

「では私は貴様の影を住処に借りよう」

 

「いい御身分だな、ほんと」

 

 そう言うとアースが影の中に潜って行く―――あ、なんだか懐かしいな、これ。期間的にはまだ半年程度なのに。そんな事を想いながらも食堂へと向けて歩いて進んで行く。カルデアが現在バレンタイン戦線発令中である事が原因なのか、少し歩けばすぐに騒がしさが聞こえてくる。壁を見れば所々チョコが叩き付けられており、砕け散ったチョコサーヴァントの姿もそこらに見える。これが食料の無駄だったら怒るだけの理由にもなるのだが、今回のイベントの材料はほとんどレイシフト先から自分で持ち込んできている物の為、文句はあまり言えない。

 

 まぁ、徐々にだが食糧事情は改善されているのだ―――だからこそこんな余裕が出来ているのだが。

 

 そんな事を考えながら食堂を目指していると、強いチョコレートの匂いがしてきた。正面、チョコレートで出来ていたサーヴァントが武器を構えながら食堂への道を塞いでいた。大きな旗を持って、そこにはホワイトチョコでチョコの人権を守れ! と書いてあった。その姿を見て数秒間動きを停止させる。ついにチョコの解放運動まで始まったのか、と困惑していると、悲鳴と共にチョコレートが溶け始める。跡形もなく蒸発する様に溶けるチョコの姿の向こう側から見えて来たのはスーツ姿の男の姿だった。

 

「む、貴様はセイヴァーか」

 

「巌窟王か……その様子を見ると……」

 

「あぁ。流石にそのまま放置しておくと大人しく珈琲も飲めんからな。貴様も見かけたら適度に狩るといい」

 

 そう言って巌窟王エドモン・ダンテスは此方の横を抜けて、廊下の奥へと歩き去って行った。彼もまた、このカルデアに新しく赴任したサーヴァントの一人だ。特異点で出会った事のないサーヴァントだが、寝起きで召喚を行った立香の声に一発で応えて召喚された辺り、外面はクールだが中身に関してはかなりホットな野郎なのだという事が解る。何せ、処理する必要のないチョコを潰して回っているだけ、既にツンデレ属性疑惑がある。

 

 無事に、馴染めそうな気がする。

 

「ま、強そうなサーヴァントが増えるのは良い話だ」

 

「マシュが嫉妬しそうだけどね」

 

「それはそれでいいもんさ。飲み、食い、そして抱き、生きよ。地上での命は短く、どこまでも儚い。悲しみに満たされるのも、怒りに満たすのもまた自由で、人間らしい行いであり、それは生きている人間の特権だ。嫉妬に狂うのもまた、人として必要な一歩だ。マシュは純粋で、穢れが無さすぎる。あの子は少し、悲しみや怒りを覚えた方がいい」

 

 聖人共の見解は違うだろう。復讐に燃える事は間違っている。人は救われるべきであろうと主張するだろうし、平穏と安らぎが必要であると言うだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()としか言えない。

 

 人を救うのもいい。だが復讐に狂うのもいい。人とはそういう物であり、その自由であるからこそ人なのだ。

 

 何が人間らしい、らしくない、こうするべきだ、こうしないべきだ、そんな事を騙っている内は未熟も未熟、としか言えない。とはいえ、そんな結論に納得できる者の方が少ないだろうが。少なくとも、心の底からこれに共感できる存在はいないだろう。

 

 ―――どうでもいい話だ。

 

「とりあえずカルデアを後で換気開いておかないとな」

 

 これじゃあチョコの甘ったるい匂いで胸焼けしそうだ。そう思いながら匂いの源泉を追いかける様に更にこれだけのチョコがフリーダムに走り回っているのであれば、相当量のチョコが余っていそうだな、と食堂に近づくにつれ、段々と聞こえてくる喧騒とチョコの匂い、ここでも暴れてるのか、そんな事を思っていると、

 

 クー・フーリンが食堂から放り出されて死んでいた。その頭には刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)が刺さっていた。

 

「あ、また死んでる」

 

「まぁ、霊基再臨してもカルデア内での死亡なら復帰は従来通りだから……」

 

 だけどなんであいつまた死んでるんだ? そんな事を考えながら食堂を覗き見る。

 

「うぉぉぉ―――!」

 

「戦えー! 逃げるなー!」

 

「誰だあんなものを作ったのは―――!」

 

 それは宙に浮かび、両手を広げる姿だった。

 

 十の指輪を装着し、チョコレート色の髪を持つ、古代イスラエルの王。

 

「チョコモン……!」

 

 チョコレートサーヴァント・ソロモンだった。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/1ad7de4a-cd31-4822-87ec-6f48f905e104/cbed1cbe88ec8bb30fbfc0728a6c9c63

 つまりこういうデータ作成するよ、と言いたかった。そういう話。fate風のスキルやステータスじゃ表現しきれない部分が多いからこういうデータにしねぇとキャラの出来る事、完全に把握できねぇやって話で。

 バレンタインのボスはチョコモンくん。


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とらぶるchocolate - 3

 それはツヤツヤとチョコの輝きを放っており、凄まじい魔力で満ち溢れていた。その背後にいるダビデが腕を組みながら笑っていた。どうやらこの騒ぎの犯人を見つけ出す事が出来たらしいが、ソロモンという形を得たチョコレートはどうやら想像以上につよいらしく、襲い掛かってくる他のチョコサーヴァントたちを相手に軽い無双状態を披露していた。砕け散ったチョコサーヴァントの破片をキャッチし、それを口の中へと運んでぼりぼりと食べながら、近くにブーディカを見つけた。なんか、呆れた者を見るような視線を周りへと向けている為、一目で正気だと解る。だから片手で挨拶して近づき、

 

「なにこれ」

 

「いやぁ、自分のチョコを作って渡す! ってのをやろうとしたら動き出しちゃった奴がいてねぇー……その結果、悪乗りに悪乗りが重なってああだよ。しかもなんかローカルルールでチョコサーヴァントを倒すにはチョコサーヴァント限定みたいなのが追加されちゃって……」

 

「あぁー……」

 

「つまりは食べ物で遊び始めちゃったのね……」

 

「遊び始めたというか食べ物が遊び始めた感じね」

 

 チョコの方が始めちゃったかー。意識持っちゃった系かー、と片手で頭を押さえながら様子を眺めていると、チョコvsチョコの賭け試合が発生していた。なんか、もう、完全にバレンタインとかそういう空気じゃない。なんでこうなってしまったのだろうか……? そう思っている間に、状況を無視して愛歌が余ったチョコレートの確保に動いていた。この状況の中で全く動じない姿には畏敬を覚える。そんな中、チョコソロモンvsチョコフルアーマーアルトリア、夢の決戦が始まる。

 

「オッズは1.2:1.5だ!!」

 

「行きなさいチョコトリア!」

 

「君のパッパが最強だと証明するんだ都合の良い方のソロモン!」

 

「これはまさにクズの発言」

 

 アヴァロン、プライウェン、ロンゴミニアド、エクスカリバー、ラムレイを装備したフルアーマーチョコアルトリアが装備を全て投げ捨ててチョコソロモンと拳と拳で語り合い始める―――そう、チョコなのだ。宝具も魔術も使える訳がない。フルアーマーだったり凄まじい能力と魔力を設定上持っていても仕方がない。チョコなのだから殴り合う以外の攻撃が出来ないのだ。十の指輪を投げ捨てたチョコモンがボクシングで元フルアーマーチョコトリアに殴りかかるなら、チョコトリアはムエタイで戦ってた。

 

「設定組んだ奴出て来い」

 

「そんなもんないよ。チョコが勝手に動いてるんだよ」

 

 チョコの趣味かぁ、そっかー。そろそろ考えるの止めるか。Dont think, feelな類いの案件だったらしい。溜息を吐きながらそろそろ愛歌と混ざってチョコを持ち帰るかぁ、なんて事を考えていると横から肩を抱く感触を得た。横へと視線を向ければ、札束を握ったカルデア職員がいる。

 

「やあ、エージくん」

 

「スティーブ……!」

 

「君もやるだろ? やるよね? 参加するよね!? カモらせて」

 

 殴ってやろうかと思った。ただなぁ、影の中から延びる手がくいくい、とズボンの裾を引っ張って、早くチョコづくりをしたい、とアピールして来ているのだ。これを怒らせた場合が非常に怖いので、そのままにしておくべきじゃない。それに、何だかんだでどうやれば勝てるのかが見えてしまっている分、なんとなくだがノリが悪いのだ。こう、若干リヨってるとでも表現すべき女のマスターを召喚すればワンパンでKOできそうな気がする。それに、

 

 こういうお祭り騒ぎはマスターだけじゃない、サーヴァントたちがガス抜きする為の時間でもあるのだ。それを自分の様にまだ先のある人間が邪魔するのも悪いだろう。遊べるときに遊ぶのもまた、英雄の資質だ。こっちはこっちで、子供の遊び相手をしなくてはいけないのだ―――混ざるのはまた今度にしよう。大人しく背中を軽く叩いてから、ここから出て行く事にする。

 

 

 

 

 チョコレートの調達が終わると、愛歌とアースの二人だけで先に部屋のキッチンへと戻って行ってしまった。何とも薄情な連中だ……だが、バレンタインは基本的に女子の為のイベントなのだから、まぁ、そんな風に張り切るのもしょうがない、という所だろうか。苦笑しながらゆっくりとカルデア内を歩く。直ぐに部屋に戻るのも流石に芸がない。となると、適当に時間を潰してから向かったほうがいいだろう。

 

 そう思いながらカルデア内を歩いていると、袋を片手に歩く立香の姿が見えた。その視線は此方を見つけると、お、と声を零した。

 

「せんせー」

 

「あいあい、なにかな」

 

 もう完全に先生呼びに関しては諦めつつも、小走りで近づいて来た立香に片手で挨拶する。近寄ってきた立香はそれで足を止めると、軽くうーん、と唸ってから首を傾げた。

 

「先生、最初と比べるとまるで別人っすな」

 

「そりゃあお前、アレは人間ってより機械に近い状態だったからな。ま、だけどこうやってお前と付き合っている内に何とか本来の自分を取り戻す事が出来たよ。そこに関しちゃ手放しに感謝してるよ。お前がいなきゃ俺は自分が何だったのかさえ思い出す事が出来ず、ただの人形のままだったからな」

 

「うーん、軽い会話から来るクソの様な重い内容。最近、どこらへんに地雷が埋まってるのか、どれが起爆済みなのか、どれがまだ起爆していないのかだいたい解ってきたけど、何となくだけど先生の地雷が全て起爆済みとかいう事実に恐怖を感じてる」

 

「俺も俺も」

 

 いえーい、と言いながら軽く手を叩くと、袋の中から透明な包みの中に飾られたチョコレートを立香が取り出してきた。

 

「とりあえずハイ、チョコ。日頃の感謝のお返しに。先生がいなければ何度か死んでるし、ほんと毎回お世話になっています。ロンドンとか先生がいなければそのまま全滅してたらしいし、なんというか、ほんとお世話になりました……。あ、でもこれ、皆にも配る予定だからあまり重く見ないでね? あ、後朝の聖杯チョコほんとアザッマス。マジアザッマス。まさか惚れ薬とか媚薬の混ざったのがストレートに来るとか思いもしなかった」

 

「お、おぅ、ありがとう。ゆっくり食べさせてもらうよ安珍くん」

 

「その名前ほんとやめろ」

 

 いつの間に清姫がカルデアに紛れ込んでいたのだろう―――というかお前、直接的な縁を結んでいない筈なのに何故カルデアに来ているんだろうか? やはりバレンタインは恐ろしい。それに尽きる。ともあれ、バレンタインチョコを受け取りつつ、参ったなぁ、と呟く。

 

「折角のお返しが今は手元にないんだよなぁ……」

 

「いや、先生からは聖杯チョコ貰ったし……」

 

「いやいや、アレは全部愛歌が作ったもんだよ。アイツもアイツで結構お前を気に入っているもんだからな―――まぁ、アイツも俺も好きな人間の種類ってのは結構似るもんだからな、気持ちは解らなくもないが……さて……どうするか……あぁ、そうだ」

 

 一つ思いついた、と呟く。その言葉に立香が首を傾げるので、質問する。

 

「俺のマテリアルはもう確認してるか?」

 

「うん? してるよ。アヴェンジャーの頃とはすっごい変わってるから驚いたけど……」

 

「じゃあ俺が根源接続者であるってのも理解しているな?」

 

 その言葉に立香は頷いた。つまりはだ、と言葉を置いた。

 

「―――俺自身が聖杯の代用品みたいに機能出来るって訳だ。ちょちょいと裏技でアレコレと世界を騙す事が出来る。まぁ、制限がある訳だが、それでも俺が万能であるという事実に変わりはない。ダ・ヴィンチとは方向が全く違うがな。つまりだ、俺が思えば叶えられるという事はそこそこ存在する訳だ。好きな事を願え、立香。お兄さんがその願いを叶えてあげよう」

 

 手を伸ばす様に言葉を放ち、立香に願いをかなえると、そう言った。しかし立香はその手を取らずに頭を横に振った。

 

「ダメだよ先生、俺、それは受け取れないよ」

 

 立香の返答は早かった。それこそ、ほとんど悩んでおらず、此方が言葉を放っている間にどう返答するか、それを決めた様にさえ感じる。いや、実際一瞬で決める事が出来たのだろう。そしてその返答に、唇の端を持ち上げるのを自覚していた。

 

「何故だい?」

 

「だって―――そこには意味がないじゃないか。だからそれは受け取れない」

 

 その言葉に苦笑しながら伸ばした手を立香の頭へと向け、ぽんぽん、と撫でた。

 

「うん、それで正解だ。叶えてあげる、とか好きなものをやる、とかそういうのは全て代償を必要とする事だ。そして物事が大きければ大きい程、それは反動となって帰って来る。清貧を貫けという訳じゃないが、こういう物事のオチは破滅的であるのには間違いがないんだ。立香、君は人でありなさい」

 

「人で……」

 

 まぁ、ここら辺はやや難しい話だ。

 

「満たされない事があれば幸せな事だってある。頑張って報われれば頑張らずに報われる事もある。努力が常に実を結ぶという世界でもない。世の中、一定のルールはあってもそれが常に生きているって程優しい訳じゃない。だけど、幸せになる為の方法はいくつかある。そして人が救われるための方法も決して一つではなく、複数存在する。生きる事が祝福なら、死ぬ事もまた一つの祝福で、救いなんだよ立香―――まぁ、ちょっと難しい話だ。そうだな、簡単に捉えるとこうだ」

 

 ―――お前はお前らしくいろ。

 

「それだけ?」

 

「あぁ、それだけだ。皆、勝手に世の中はもっと複雑だと思い込んでしまうからすれ違う。悲しい事だけど、それが事実だ。だからお前だけは真っ直ぐ、一番最初に抱いた思いを忘れないでくれ。お前が戦う理由は、世界の為とかじゃないだろ?」

 

 その言葉にうん、と立香は頷いた。それを見て笑みを浮かべ、おし、と呟きながら再び頭を撫でた。

 

「難しい話はここまでだ。じゃあお兄さんからまともなバレンタインのお返しをやろう」

 

 空間魔術で手元にバレンタインのお返しに用意していた『女性に刺されない方法100選』を呼び寄せる―――本当はもっと面白いタイミングで渡そうかと思ったが、こうやってチョコレートを受け取ってしまったからには、お返しはなしという風には出来ないだろう。

 

「という訳で俺からはこれを渡しておこう」

 

「刺されない方法……」

 

「俺の認識が正しければお前はこの後も益々女性サーヴァントを引きつける」

 

「嬉しいようで嬉しくない事実」

 

「そこでお前の為に俺はこれを書いた。俺というこの地上で一番人類を、人間心理を理解している男が書いた女性完全攻略マニュアルだ」

 

「クッソくだらない事に費やされる人類の宝」

 

「日常的に使える攻略手段から洗脳染みたテクニックまで100の方法をこの本には書きこんである―――これさえあれば何股したって平気だ」

 

「まさに救世主のクズ。これは歌のクズに続く新たなクズ」

 

「ちなみにこれ、普通の刃物の類なら突き刺さらない程度には防護を施してあるから、懐に仕込んでおけばそれだけで急所を守れるぞ。軽くて鉄板よりも優秀だ」

 

 立香が無言で本を懐に収納した。

 

「お前……」

 

「いや、その……だって……なんか朝からスゴイ気配感じるし……既に襲われてるし」

 

あっ(≪救世主:覚者:サトリ≫)……その、うん。頑張って?」

 

「……うん」

 

 立香の肩を叩いて軽くやる気を出させ、マシュからのチョコが貰えるかもしれないのだから、頑張れ、しっかりと頑張れよ、と肩を何度か叩く。まぁ、マスターとしての義務だ、こればかりはしょうがない。バレンタインのお返しを渡してから立香と別れ、自室へと向かう。

 

 その頃には「式」がバレンタインのプレゼント―――和菓子を片手に、そして室内からも濃厚なチョコの匂いが感じられた。どうやら、戻って来るタイミングはばっちりだったらしい。甘くない茶を飲みながら食べようと、

 

 一日の残りは穏やかに過ごした。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/f7a797fa-0356-468e-ba09-56a5b311aedf/54744664324aa23e988a98c6b3db2163

 この後ぐだおくんは10話もかかる大冒険を果たしたそうだけど短めに尺を切り上げたいのでカットです。いい加減5章始めよう? という事で次回から5章だよ。そしてこれがディフクリア後、現在のガチャ丸データだ。

 まぁ、なんだ。

 待望の5章、次から始まるぞ。


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第五特異点 北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム
北米大戦 - 1


梵天よ、天を焦がせ(ブラフマーストラ)

 

 弓から対国の奥義が放たれた。大地を消し飛ばしながら放たれた奥義は焦土を生み出しながら()()()()で放たれた。隙間なく前方に放たれたそれは正面の戦士が放つ、同じく奥義を受ける。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 30を超える死棘が正面から奥義とぶつかり合い、互いに食い合いながら戦場を粉砕する。既に荒野しか広がっていない大地ではあったが、対国の奥義と必殺の奥義がぶつかり合う事によってその焦土は際限なく広がって行く。片や少年に見える者、もう片やフードのついたローブを被った男、見た目はまるで違うが、超高速で動き回りながら奥義を休むことなく放ちながら連射する二人の姿は超一流と呼べる領域にある存在である事を証明していた。その証拠としてもはや、その決戦場に二人以外の姿はなかった―――格として、そこに入り込めるだけの勇士がその場にはいなかった。

 

「口がうるせぇ割にはやるじゃねぇか」

 

「余も対話を捨てようとする獣には流石に容赦は出来ん、なにより貴様は生かしておくだけ危険―――ここで討つ!」

 

「出来るならやってみろ」

 

 言葉はそれまで。そこからは破壊の応酬だった。神話に名を残す大英雄の戦いは大地を粉砕、赤熱化、炎を生み出しながら移動するたびに新しく死の大地を生みだして行く。もはや周辺への被害何て考えるだけ無駄であり、どうすれば互いに必殺の一手を叩き込めるか、それを何十手先までをも計算しながら獣の様な直感を織り交ぜ、奥義と奥義のぶつかり合いで戦場のリードを奪い合いながら計算していた。

 

 だがそうやって戦い続けられるのも永遠ではない。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

「くっ―――梵天よ、天を焦がせ(ブラフマーストラ)!」

 

 弓からの奥義を放ち、それを乗り越えて接近してくる狂戦士に対して一剣一槍で少年が迎えた。変則的なスタイルでありながらも古式ムエタイで迎え撃つ彼は相手の死棘の槍を武器だけではなく蹴り技で無効化しつつ切り込んで行く―――だがそれでも、徐々に追い込まれて行くのは少年王の方であった。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 少年の通常の霊基に対して男の霊基は通常ではなかった。戦闘を通して発生した傷は時間の経過と共に自然に回復して行き、男を万全な状態に戻そうとしていた。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 それは絶死の呪いの槍であった。本来であれば一撃必殺の類。だがそれは少年―――その未来において理想王と呼ばれることになる男には寸前の所で届かなかった。理想王もまた規格外の怪物とも呼べる存在。通常霊基を持ち、神性を取り戻す代わりに全王の化身(アヴァターラ)としての権能を幾つか取り戻している。それは一歩で自由に移動する権能であったり、死から再誕する権能であったり、或いは戦士に対して優位を得る権能であったりする。それを用いて理想王は食い破られる寸前を維持し続けた。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)

 

 だがその戦いも限界が来る。理想王に対して狂戦士はほぼ無限の魔力と体力を供給され続けていた。狂戦士として無意識的に傷つく事はあっても、それを無限に湧き上がる力が癒し続けていた。それ故に、どれだけ理想王が巧みに戦い続けていても、その結末は見えていた。それは結果が引き伸ばしになっているだけで、戦いの行方は始まった当初から見えていたものであった。

 

「余は―――シータと逢うまでは倒れられん!」

 

「そうか、興味もねぇ。噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

 

 理想王の言葉に対して狂戦士は感情を見せる事はなく、興味なさげに言葉を吐き捨ててその甲冑を纏った。そこに、理想王が戦いの結末を見た。

 

「ッ、羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!」

 

「うるせぇよ」

 

 奥義の乱打に相殺の連続、それを駆け抜けて狂戦士が抜けた―――大地を焦土へと替え、人間が踏み入れる事さえできない地獄を焼かれながらも駆け抜けた戦士がその甲冑姿で理想王へと踏み込み、その心臓を死棘の槍で貫いた。

 

 

 

 

 意外とだが《陣地作成》は応用が利く。結局は自分の作りやすい環境を作成する、というスキルなのだから、どのサーヴァントだって大体は真似事ぐらいは出来る。本格的な、魔術的な意味を持たせられるのがキャスター、というだけだ。魔術的な意味を持たない、自分にとって過ごしやすい環境を整えるだけならそこまで難しくはない。そういう訳で、ロンドン以降、自室はそこそこ改造されていたりする。

 

 まず第一に愛歌と共有している為、横にある部屋を壁をぶち抜いて物理的に繋げて二人分のスペースを確保している。その他にもキッチンの追加、風呂場もボックスシャワーだけじゃなくバスタブの追加を行ったり、本格的なリフォームを行っている。個人的な趣味で色々と壁や床を変えたりもしているが、カルデアで唯一許される贅沢だと思っている。何せ、何だかんだで「式」も部屋を畳張りにしていたりするのだから、これぐらいは自由の範疇だ。

 

 まぁ、つまり―――割と自由に部屋は弄れる、という事だ。

 

 常識の範囲で。

 

 なんだかんだで趣味趣向品の類、軽い遊びを挟む程度だったらカルデアにも余裕が出て来ている。一番の理由は、四つの特異点を攻略した事によって幅広い物資をレイシフト先から入手する事が出来る事にあるだろう。鉄類ならロンドン、自然品ならオケアノス、食事ならローマとオルレアン、と入手できる先が増えているのが一番の理由だ。そしてそのおかげで様々な道具をカルデアへと持ち帰れているのだ。おかげで最初は地味だった自室も、ジュークボックスやらポスターやら、軽いダーツセットなどが設置されるようになっている。ベッドだって備え付けのものからもうちょっと大きいものに変えている。

 

 おかげで存分に寝転がれる。何せ、ベッドを使うのは自分だけではなく愛歌と、そして最近ではアースまで追加されることになったのだ。そりゃあ広い方が良いに決まっている。とはいえ、アースに関しては個人用ベッドを持って来いと言いたい所だが、あの女に関してはややアーパー入っているので文句は言えない。というか地球に文句を言える人間が存在しない。

 

「あー、そろそろかなぁ」

 

「そうねぇ」

 

 特にする事もなく、ベッドの上で寝転がってると、ロリ二匹が腹を枕代わりにゴロゴロとしていた。究極に時間の無駄遣いをしている事を自覚するが、偶にはこんな平和もあっていいのではないか? とバレンタインの狂騒を見た後では思っている。体力が有り余っているのは確かに事実だが、それでも何時でも運動や訓練している程勤勉でもない。

 

 溜息を吐きながらベッドの上でゴロゴロと時間を過ごしていると、漸く。管制室からレイシフトの準備完了を告げる通信が入って来る。それに適当に答えてから、大分人間らしく、賑やかになった自分のベッドルームを見て、残すところ、特異点も数が少なくなってきている事を想う。再び溜息を吐きながら起き上り、

 

「―――さて、いっちょ自分の為に人理を修復しますか」

 

 仙術、縮地にて管制室まで跳ぶ。

 

 

 

 

「―――さて、レイシフトの準備が整った訳で何時も通りブリーフィングだ」

 

「皆揃ってるねー」

 

 そう言ってダ・ヴィンチが見回す。管制室にはスタッフの姿の他、立香、フォウ、マシュ、自分、そしてロマニの姿がある―――つまりは特異点探索前、ブリーフィングを行う時のフルメンバーだ。今の所、まだ一人も死者を出さずにここまでやってこれたのは、代わりに死ぬ事が許される英霊達の尽力があってこそなのだろう。ともあれ、ブリーフィングの準備は済んでいた。自分の横には愛歌が、そして影の中にはアースが潜んでいる。

 

「さて、今回のレイシフト先は比較的現代―――北米大陸、アメリカだ。しかも年代は独立戦争が起こっていた1783年だ」

 

「アメリカ……アメリカぁー……」

 

「先輩、もしかして渡米経験があるんですか?」

 

「家族旅行でちょっと、ね。だけど結局は2000年代の話だからね、土地勘とかは全くないよ。えーと、それよりもドクター、先どーぞ」

 

「あぁ、うん。僕も観光とか旅行とかしたいんだけど中々時間がなぁ……ってそう言う事じゃなかったね。さて……今回のレイシフト先、1783年のアメリカと言えば丁度独立戦争の間の話だ。アメリカは元々クリストファー・コロンブスがインドを探る為に見つけ出した大陸であり、先住民たちはネイティブ・インディアンとそういう理由で呼ばれており、イギリス、フランス、スペインと争い合う様に奪い合う植民地として最初は発展するんだ」

 

 有名な話だ。ここら辺は特に詳しくなくても歴史の授業で誰でも聞くだろう。アメリカを見つけたコロンブス、アメリカを蹂躙したスペインのコルテーズ、彼らは基本的なカリキュラムの中にある為、知名度で言えばトップの部類だ。ここでさて、とロマニは言葉を置いた。

 

「だけどね、アメリカという大陸は魔術的には非常に価値が低いんだ。何せ、国としての歴史が非常に薄いんだ。その代わりに発展した祖霊信仰やシャーマニズムなんてものもあるけど、今の所、北米大陸で聖杯戦争が開かれたなんて記録は存在しない。つまり魔術的にはそこまで重要な土地じゃないんだ、ここは―――ただし、歴史の話で言えばまるで違う。人類の近代史におけるアメリカのポジションは非常に重要だ……それじゃ、その理由をマシュに話して貰おうかな?」

 

 急に話を振られたマシュはびくり、とするが立香が肩に手を置き、落ち着いて、と言うとゆっくりと言葉を吐き出し始める。

 

「えーと、そうですね。1783年アメリカ……つまりは独立戦争の話になりますが、これはアメリカが重なるイギリスからの抑圧と重圧に対して初めて国として抵抗する事を選択し、独立の為に立ち上がった戦いです。この戦いを通してアメリカは独立する事に成功します。こうする事でイギリスと縁を切る事に成功し、歴史に何度も名を残す世界最強の大国の柱が完成します」

 

 そう、現代におけるアメリカは世界最強の大国、その軍事、経済は他の国と比べ物にならない。

 

「その後、奴隷問題、解放運動、世界大戦、核兵器、冷戦、そしてエコノミッククライシスと通して、世界に多くの影響を残しました。特に世界大戦に関してはアメリカが参戦していなければ更に泥沼に、そしてアメリカよりも早く他の国が核兵器を完成させて、より酷い事になったと言われています」

 

 マシュの言葉に立香が首を傾げるが、苦笑しながらダ・ヴィンチが言葉を続ける。

 

「あの時核兵器を研究していたのはアメリカだけじゃなかったんだよ。ちなみにだけど、本来の目標は京都とかの都心部だったらしいよ」

 

「こっわ」

 

「まぁ、現状のカルデアにはそれに匹敵する戦略兵器を保有する英霊が何人かいるんだけどね」

 

「改めて思うけど過剰戦力にも程があるよね。これ、人理修復した後が酷く恐ろしいね」

 

「インド核のカルデアブルー!」

 

 ポーズを決めるとシュタ、と横に音がした。

 

「ブリテン核のカルデアブルー!」

 

 ガタン、と音を立てながら黒い騎士の姿が出現した。

 

「Arrrrrrrrr―――!! Black……!」

 

 三回転決めながら赤い聖骸布姿が出現した。

 

「日本核のカルデアレッド!」

 

「我ら、四人そろって!」

 

「国、ぶち殺せますフォー!」

 

「フォーウ!」

 

「これで大丈夫か人類の未来」

 

「大丈夫だと信じたい」

 

 管制室までネタに乗りに来た連中に軽くサムズアップを向けてからハイタッチを決め、手を振りながら管制室から出て行くのを見守る。良いネタだったぜ、と額の汗を拭うような動作を取ってから再び、アメリカ特異点のブリーフィングに戻る。

 

「う、うん……それで話に戻るけど、今回の特異点の規模は()()()()()()になっている」

 

「アメリカ全土、ですか。それは……」

 

 範囲が相当広い。少なくとも聖杯を探す為にアメリカという大地全体を探索する必要があると考えれば、まず間違いなく立香の体力と足では無理があるだろう、と思う。というか無理がある。どれだけ旅慣れた人間であってもアメリカ大陸横断はかなり体力と時間的に厳しいものがある。飛行機を使って州の間を移動するのでさえ時間がそれなりにかかるのだ。端から端まで移動するのを考えると、

 

「ライダーがいるな」

 

「うん。だからボクとしては絶対編成メンバーにブーディカを入れて欲しい。現状、彼女だけがライダーで、そしてこのカルデアで騎乗宝具を呼び出せる存在だ。立香くん以外の全員は英霊補正によって一日中走り続けてもほとんど疲労しないだろうからね、立香くんさえ騎乗できればいい。そうすればアメリカでの探索は更に捗ると思う」

 

「了解ドクター。なんだかんだでウチのカルデアはライダーに中々縁がないからなー。ドレイク船長とか来てくれたら心強いんだけどなぁー……」

 

「こればかりは運ですから」

 

「とりあえず編成メンバーはブーディカを強制として、それ以外は何時も通り君の判断に任せるよ、我らのマスター。今回はアメリカと独立戦争という大舞台、今まではとは全く違う趣を感じさせてくれる。十分に気を付けるんだよ?」

 

「―――はいっ!」

 

 勢いのよい立香の返事に僅かに笑みを零しながら、第五特異点の探索がここに決定された。レイシフトの為にコフィンへと向かう準備を行いながらも、僅かに感じる懐かしい予感と、そしてソロモンが明確に此方を意識し始めたという事態。

 

 これからの特異点は今まで以上に難しいものになるだろう、と理解していた。




 開幕アメリカ炎上。アメリカが何をしたって言うんだ!! 酷い! けど殺す!!

 アバン前にやってた少年vs狂戦士の戦いを流しつつも、とりあえずはお馴染みのブリーフィングから開始。アメリカとは長い付き合いになりそうだなぁ、と思っています(リアルな時間の意味で)。

 という訳で北米地獄開幕。


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北米大戦 - 2

「大気に全くエーテルを感じぬ。所詮は近代か。私も衰えたものだ」

 

「開幕セルフディスりとかこの幼女レベルたけぇな」

 

「待って、その子誰」

 

 影の中から上半身だけをにょろり、と出してアースがそう呟き、良い感じのリアクションを立香が見せてくれる。そんな俺らは今、アメリカの大地に立っていた。ロンドンでは魔霧の影響で空気中にすさまじいまでの魔力があった。だがここにはそれがなかった。今は軽い林の中にいるが、アメリカの大地からは現代に近い魔力量しか感じられない―――環境としては比較的に現代に近い形だった。だとすればアースも自虐する意味が見えてくるのだが。ともあれ、とりあえずは首輪と鎖を繋げて、それを引っ張って影の中から引き抜くようにぶら下げてみる。ぷらーん、とぶら下がるロリアースの姿を見せ、

 

「つい最近契約したばかりの新しい使い魔のアースちゃんだ」

 

「うむ、紹介に預かったアースだ。特技は空想具現化を少々嗜む程度だ。我が身と共に戦える栄誉を噛み締めると良い」

 

「ボッシュートでーす」

 

 鎖を手放して影の中に落とすと、そのまま中へと沈んで行く。既に彼女の正体に関して理解を得ている英霊連中はえぇ、と困惑の声と表情を見せており、マシュと立香は事情を知らないからか首を傾げている。まぁ、この二人がいない間に進んだ話だし、そういうリアクションでもしょうがないのだが。ともあれ、使い魔という設定でゴリ押す事にする。これでいいのだ。これ以上の詮索とかいらないから。とりあえず新しいペットの紹介はこれで強引に切り上げる。

 

「えーと、今回追加枠で来たのはクー、ノッブ、後アルトリアか」

 

「固定とブーディカ以外は屋内じゃなくて野戦がメインになりそうだから、広い範囲に攻撃できる対城持ちをメインに選んだよ」

 

 クー・フーリンはゲイ・ボルクの対軍投擲法があるし、アルトリアのロンゴミニアドに関しては対城クラスある。信長の三千世界も大量の火縄銃を浮かべて一斉射撃を行う事で対軍規模で運用する事が出来る。俺は対城規模で梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放てるし、ブーディカは移動手段の確保、マシュは鉄壁として君臨していればいい。

 

 割と理に叶ったパーティーだった。状況と環境を良く見ている。フォウを持ち上げてそれを肩の上に乗せていると、信長が胸を張りながらえっへん、と声を零していた。

 

「まぁ、わしに任せるんじゃな。アレじゃろ? 移動手段がまだ馬の時代ならわしのサンダンウチ=タクティクスで鴨撃ちじゃよ」

 

「何か微妙にニュアンスが違って不安になりますね……!」

 

「心配する必要はねぇよ。腐っても俺らは英霊だ。仕事はきっちり果たすさ」

 

 クー・フーリンの安定した頼もしさは健在。新しい面子は今回の第一編成にはいないが、まだ必要ではない。ともあれ、この面子なら大体どんな状況でも対応できるだろう。そんな事を想っていると、遠方に怒声と銃声が響くのが聞こえた。それは争いの音だった。音からでは判断できない程の人数がぶつかり合いながら殺し合う、そういう類いの音だった。軽口をそこでつぐむと、カルデアからの通信が入って来る。

 

『―――聞こえるかな? よしよし、さて、もう解っていると思うけど君達のいる地点の近くで戦闘が発生している。情報収集の為に接近を頼むよ!』

 

「了解ドクター! という訳で皆、何時も通り頼むよ?」

 

 言葉に覚悟と自覚が乗っているのを感じる―――明確な精神的成長を遂げたらしい。嬉しく思うも、まだまだ未熟だった少年が成長して来ているのを感じ、少しだけ寂しく思う。勝手な感傷だなぁ、と思いながらレイシフト地点の林から歩いて出て行く。その先に広がっていたのはアメリカの荒野の姿だった―――だが、その荒野に広がっている姿は異様だった。

 

「これは……戦争、ですか?」

 

 マシュの言葉を肯定する様に怒号が響いた。目の前に広がる光景は戦場というには相応しい内容だった。ローマの頃よりも遥かに多い人間が、ぶつかり合っていた。一陣営は比較的近代的な服装をしており、肌の色と顔の掘りからアメリカ人であるのが見えた。彼らの手の中には一般的な銃が握られている他、一気に時代を無視したかのようなロボットの姿が見え、両手のガトリングガンから弾丸を連射していた。それに対してぶつかり戦うのは大幅に数で上回る人型だった。此方はアメリカ人ではなく、古い戦装束にヘルムを被り、武器も遥かに古臭く、槍や双剣、弓といった物を手に銃を相手に負けるどころか逆に押してさえいた。数で上回る小柄な人間の群は古めかしい姿ながら、魔力を感じさせる存在であり、

 

「―――あぁ? ケルト兵じゃねぇか」

 

 クー・フーリンの言葉が相手の正体を看破する一言となった。

 

「えっ、ケルト」

 

「あの自分の親族さえも喜んでぶち殺しに行く蛮族文化ですか」

 

「真実だけどへこむから止めろ」

 

 ケルト―――ケルト文化。一言で言えば戦う、飲む、抱く、戦うという無限ループの固まり。他にもまぁ、色々と細かい文化的な部分があるが、基本的にケルト文化は身内の殺し合いが多すぎておぉ、もう、お前ら……という感じにしかならない。知れば知る程業が深い。

 

「前々から思ってたんですけど貴方達ゲッシュとかマジでなんで思いついたんですか」

 

「言うな。……言わんでくれ」

 

「中にはゲッシュを一方的に相手に設定させるとかいうクソみたいなチート持った奴もいたよな」

 

「一方的につけられた上に守らなきゃいけなくて穴を突かれて強制的に破らせられるクソ文化」

 

「そろそろ泣くからやめてくれ」

 

 溜息を吐きながらゲイ・ボルクを支えに立つクー・フーリンは精神的ダメージでボコボコにされていた。とりあえずエミヤに新しく投影して貰った大量の斧から一本取りだし、それを担ぎながら視線をケルト軍団へと向けた。1783年アメリカにケルト―――が、存在する訳はあり得ない。明らかに普通の存在ではない。魔力量、質、そして存在からしても普通ではない。ともなれば、

 

「敵は見えた。目標はケルト軍。アメリカのロボ兵装に関してはたぶんバベッジみたいな英霊がいるのかもしれないからまずはそれを置いて、ケルト軍団の方に攻撃を加える! 明らかな異物を追い出すぞ! という訳で対軍宝具の暴力の時間だ!! ひたすらアウトレンジから対軍宝具で薙ぎ払おう!」

 

「戦うもクソもねぇな」

 

 大規模な敵軍に対して戦闘手段を選ぶ方が間違っている―――何よりも相手はケルト蛮族で、それでいて生きていない、幻想の再現だ。だとすれば遠慮する理由なんて一つとして存在していない。ならばやる事は一つ―――蹂躙、それだけである。立香の言葉にしたがい、林から飛び出た所で対軍宝具と、対軍奥義を準備完了させ、アメリカ軍とケルト群がぶつかっている、所からケルト群後方、アメリカ軍に衝突しないように一気に振り上げた斧を振り下ろす。

 

梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

無銘星輝槍(ひみつみにあど)

 

 対軍規模の宝具と奥義が一瞬で発動し、放たれた。その直線状にいた存在は破壊力にまるで溶けるかのように次々と飲み込まれて蒸発した。その道の上には血肉が一片たりとも残されていない―――やはり、幻想の存在だった。通り過ぎた場所にはもはや魔力の粒子と焦げた大地しか残されていなかった。半壊した斧を捨て去り、新しいのを抜く合間、アルトリアがロンゴミニアドを手元に引き戻す合間、正面、ケルト軍団のヘイトが一瞬で此方へと向けられたのが見えた。なによりも早く飛び込んできたのは矢の速射だった。素早く狙う様に此方へと飛んでくるのを、

 

「カットします!」

 

 マシュが前に出て矢を受け止めた。その動きは前よりも遥かに良くなっていると断言できるものだった。素早く前へと踏み込むとカバーリングを行い、的確に衝突コースにある矢のみを盾で弾くと、それをピンボールの様に他の矢へと弾き、一動作で複数の攻撃を潰す。今までは要塞の様な動きで固定された硬さを持っていたが、そこに軽やかさが加えられている―――マシュの中に保存されていた英霊の戦闘記録、それがもっと精密に引き出されるようになっている。戦闘技術にマシュが少しずつ適応している形だった。

 

 大盾を振り回し、攻撃を薙ぎ払って無効化したところで、後ろから信長が飛び出した。

 

「これがオダ=ニンジャのサンダンウチ=タクティクスじゃ―――!」

 

「ノッブ、なんか影響の悪いアニメか漫画最近読んだ?」

 

 マシュが攻撃を弾き終わってできた空白に信長が飛び出す様に広げた火縄銃からレーザーを放った。一体どこが火縄銃なのかと言いたくなるが、サーヴァント界では武器からビームを放つのは比較的に普通の事なのだ。その為、相手が突然のビームにビビっていようが、正しいのは此方だ。

 

「はーっはっは! 薙ぎ払えー!」

 

 信長の言葉に従って三千世界が地平を薙ぎ払い、炎の壁をケルトを遮るように生み出した。それが終わる頃には既にアルトリアと自分の準備が完了してる。本来の三段撃ちの様に信長と場所を入れ替え、前へと飛び出す。そして遠慮なく対軍規模で攻撃を一気に放った。連続で放たれる爆撃と連撃が地表を薙ぎ払い、剥がしながら正面の大地からケルトというケルトを一気に死滅しつくして行く。

 

 ―――その中、対軍攻撃の合間を縫う様に一気に接近してくるケルト戦士の姿が見えた。

 

 此方からすればモブでしかないかもしれない―――だがモブといえども、人生があり、そして鍛錬があり、修羅道に落ちてもいる。故にモブは雑魚とイコールではない。無名の英雄が紛れている可能性だってある。対軍攻撃を抜けて生き残っているというだけでさえ、もはや喝采してもいい事柄なのだから。だがその希望を潰す様に、飛び込んでくるケルト戦士を一瞬でクー・フーリンが串刺し、そのまま解体する様に真っ二つにしながら接近したケルト戦士達を一気に鏖殺する。反撃の隙さえ与えず一気に殺す姿は、()()()様子だった。

 

「よう、馬鹿共。良い空気吸ってるじゃねぇか。じゃあちとばかし吸いやすくする為に胸に穴ぁ開けてやるぜ」

 

 宣言通り、機械の様な精密さであっさりとケルト戦士をクー・フーリンが片っ端から始末して行く。その手際が良いのは生前、クー・フーリン自身が相対した事のある人種であり、どういう動きをするのか、どういう背景があるのか、それを経験として知り尽くしている事に理由があるのだろう。故にクー・フーリンのペースは乱れない。どんなに早かろうが硬かろうが強かろうが、既に既知の殺傷内。その程度であればあっさりと虐殺出来る。

 

「よし、悪くない―――」

 

 立香が冷静に状況を観察しながらそう呟いた直後、指示を飛ばした。

 

「マシュ!」

 

ハイ(カバーリング)!」

 

 立香の言葉に従って素早くマシュが正面に割り込んだ。発砲音と金属の弾かれる音が連続で響く。それはガトリング銃による射撃だった。マシュが完全に攻撃を弾いた先で見えるのはアメリカ軍のロボが腕のガトリングを此方へと向けている姿で、

 

「―――未登録のサーヴァント反応検出、レジスタンスと判断。排除へ移行する……!」

 

「嘘だろお前。あ、アメリカ軍側は適度にみねうちで。クーニキよろしく」

 

「仕方がねぇな……おい、ケルト連中は致命傷食らっても笑って突っ込んでくるから気を付けろよ。殺すなら物理的に動けなくするレベルまでか、或いは一発で昇天させろ」

 

「あいよ」

 

「じゃあちょっと出力上げますか」

 

「軽く切り替える! 先生とZはなるべく広く攻撃して、迂回路から攻め込んでくるサーヴァントに対してノッブは狙撃で! マシュはクーニキと連携してアメリカ軍を押し込んで! ブーディカさんは戦車お願い! これ以上ここにとどまってても情報収集無理っぽいし逃げる!!」

 

「的確な判断ねふれー、ふれー、がんばれー、がんばれー」

 

「やはり無様にも足掻こうとする子供らの姿は何時見ても愛しいな」

 

「邪悪な幼女は二人とも静かにしててくれませんかねぇ!」

 

 鎖を手元に召喚し、影から首だけ出してエールを送っていたアースを引っこ抜き、それをそのままケルト軍の領域の中へと投げ込んだ。直後、アルトリアのロンゴミニアドの光とそれが衝突し、一瞬でアースの姿が光の中に溶けた。同時に時間が一瞬だけ停止し、無詠唱からの空想具現化が一瞬で発生した。発生された煉獄の炎がケルト軍陣地内で空へと向かって燃え上がりながら残留し、消えない傷跡を大地に残し、燃え続ける。直接触れずとも近くにいたケルト戦士は水分がどんどん失われて行く様に干からびて行き、最終的に骨と皮になって崩れ落ちた。

 

 直後、影の中に再び気配を感じた。一回死亡して蘇生し、影の中にリスポーンされたらしい。

 

「よし、良い感じに妨害出来たな」

 

 ケルト軍陣地で発生している地獄絵図を見て、サムズアップを向けると、ひきつった笑みを立香たちが浮かべていた。

 

「よ、幼女ボム……!」

 

「これで救世主を名乗ってるから世も末だよねぇ……さ、戦車の準備が出来たよ。離脱しようか!」

 

 ブーディカが戦車の準備を終わらせたらしく、立香が急いで乗り込む。それに従って戦車の進む方向へと向かって逃れる様に跳躍しながら武器を弓へと切り替え、離脱を援護する様に射撃攻撃で弾幕を張る。英霊としての脚力があれば、少し距離が離れても即座にブーディカと立香に追いつける。故にマシュとブーディカ以外の英霊で殿を持つように射撃武器で弾幕を張り、

 

 そのまま、戦場から逃亡する。




 さとみーがデータにない技能を持ちまくってるぞ!! どういう事だ! 答えろ! それは違うよ!! という話があるので、自分用にも作成した非fate型キャラクターシート。つまりロリやガチャにやっていたようなキャラシですな

https://www.evernote.com/shard/s702/sh/86b4354d-75ca-42e1-8696-904d06102248/ec0a16891909f140700f8ff0fe72b2c0

 経験年数がガチャ丸の倍以上あるんで、まぁ、順当に色々とある。これで多すぎぃ! って感じがあるようで大英霊だったらこれよりももう少しだけ大目にデータ盛られてます。

 という訳で今日から毎日アメリカを焼こうぜ。


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北米大戦 - 3

 ―――急いで戦場から離脱した。

 

 流石にケルトという敵と戦いながら、推定・味方であるアメリカ兵を同時に相手するだけの余裕はなかった。いや、その気になればどちらもまとめてぶっ飛ばすだけの実力、余裕はある。だがそうなると()()()()()()()()()()()()()()()だろう。そうなると人理修復、復元の為に戦うカルデアから大義が消える。そして大義とは大事に見えなくても、戦う上では必要な事なのだ。存在意義とさえも言える。それ故、アメリカ兵には必要以上に手を出す事が出来ない。どうあがいても撤退する必要があるのだ。殺さず、千を超える軍団と戦う事は英霊には不可能に近い。

 

 ブーディカの戦車に乗って、立香とマシュが移動する。適当に時間稼ぎをしてから霊体化した英霊達と共に大地を素早く駆け抜けて一気に戦車まで追いつくと、横に並走しながらアメリカの大地を進んで行く。カルデアのレーダーは小さな人の集まりを感知しており、まずはそこで情報収集を行う事を決定していた。その為、そこへと向かって移動しながら軽く先ほどの情報を整理する。

 

「―――まず、ここは北米大陸で、見た感じ勢力は大きく分けて三つ。アメリカ兵、ケルト兵、そして最後に()()()()()()、っぽいね」

 

「此方が未登録の英霊だと判断し、即座に攻撃を仕掛けて来た感じ、アメリカ兵側とレジスタンスの関係は良好ではない様に思えます、マスター。しかしケルト兵が侵略者だとして、それに敵対するアメリカ兵……ならレジスタンスとは何でしょうか……?」

 

 立香とマシュの言葉に続き、大地を走りながらうーん、と呟き、腕を組みながら考える。立香が此方を指差しながら十傑走りと凄く喜んでいるが、何を言っているのだろうかこいつは。ともあれ、

 

「考えられるパターンはいくつかある。その中でレジスタンスって存在を加味して考えられるパターンは大きく分けて二つ。どちらも共通してケルト兵が敵であるパターン。これはアメリカ人を殺している以上絶対の部分だ。そしてそこから考えられるのはパターンA、アメリカ兵を統括しているやつが正気じゃなくてこのままケルトを倒せてもアメリカが詰むのでレジスタンスが活動しているパターン。パターンB、レジスタンス側が正気じゃなくて横殴りしながらアメリカを詰ませるパターン」

 

うーん……(≪人類最後の希望≫)

 

 話を聞いた立香は腕を組みながら首を捻り、そして軽く考えてから再び口を開く。

 

「話を聞いてる感じ、一切迷いもなく攻撃してきたアメリカ兵側にちょっと違和感を感じる、かな? とりあえずまずはアメリカ兵側の統括と接触するのと、レジスタンスとも接触してみたいかな? ケルト? アレは論外だ」

 

「おう、それで判断は正しいぜマスターよ」

 

 クー・フーリンが霊体化を解除し、姿を見せた。

 

「どういう事?」

 

「あの無節操とも言えるケルト戦士共の数、あれにゃあ覚えがある。間違いなくアレはメイヴの仕業だ」

 

「メイヴ……女王メイヴですか」

 

 コノートの女王メイヴは永遠の貴婦人と呼ばれるケルト神話の登場人物であった。スーパーケルトビッチと笑われながら呼ばれるメイヴは数多くの勇士と婚約し、結婚し、そして肉体関係を結んでケルト神話最大の戦争を引き起こした上でクー・フーリンを殺そうと狙ったのだ。つまり、スーパーケルトビッチでありならスーパーヤンデレ地雷女でもあるのだ、あのビッチは。擁護出来る要素は一切ない。

 

「あぁ、アイツは戦士の遺伝子を体内で複製し、自分の血の一滴で無数の兵士を生産する事が出来る。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だ。勇士たちの恋人を名乗るだけはあるってもんだな? ……冗談だ、冗談。アレにゃあ理性らしき物はねぇ、ただの量産型の怪物だ」

 

 クー・フーリンがそこで最高のギャグを決めたかのように笑い声を響かせるが、立香とマシュの方はドン引きだった。スーパーケルトビッチの名は伊達ではなかったらしい。まぁ、今はそんな事よりも重要な事がある。

 

「聖杯がメイヴの手の中にあるとして、メイヴが聖杯で強化されているのを考えたらヤバイぞこれ」

 

「おう、フェルグスはまず間違いなくいるだろうし、クランカラティン、タスラムのコナルケナッハ、未来視のコンホヴォルまでいそうだな! 全部揃うとマジで強いぞ? カラドボルグで更地にしながら逃げ出す場所を未来視で見てタスラムで確実に殺した上で戦車で自分を守ってるからな! はぁ、会いたくねぇ……」

 

 クー・フーリンの肩をどんまい、と横を走りながら軽く叩く。引いていた立香はあははは、と力のない笑みを零しながらそうだね、と言葉を零した。

 

「相手が誰であれ……結局、最後に勝つのは俺達だ。とりあえず情報収集して相手の全体像を捉えよう。それからどう動くかを判断するかで」

 

「了解ですマスター」

 

「あいよ、頼りがいが出て来たな、坊主」

 

「それほどでもある」

 

 調子には乗っていないが、常にマイペースを守れるようになっている。マシュの精神の方はまだ、完全に成熟しきっていないが、立香の方は相次ぐ絶望と試練、そしてそこからの復帰で一足先に一人の戦士として両足で立ち上がる様になっている。その精神を、誰かが必要以上に支えるような事はもう、必要ないだろう。カルデアが誇る人類最強最後のマスターは、その精神面ではほとんど完成と呼べる領域に入り込み始めていた。

 

 ―――漸く、頼りになるマスターとなり始めていた。

 

 

 

 

「医療キャンプ……かな?」

 

 キャンプ地に接近したところでブーディカと戦車を消して三人だけ姿を見せた状態で近づく。キャンプ地点には大量のテント、走り回る医師の姿、そして奥のアメリカ負傷兵の姿が見えた。痛みに喘ぎながらも医師たちがそれを治療しようと走り回る姿が印象的であり、濃い消毒液と血の匂いが漂っていた。苦痛に呻きながらも立ち上がろうとする人々を支える医師の姿は前線の負傷者によって彩られていた。

 

「大量のアメリカ負傷兵と医師の姿が見えます……どうやらアメリカ軍側の医療キャンプの様ですね」

 

 マシュの言葉に頷きを返しながら周囲を見渡せば、アメリカ兵の治療が同じ、アメリカ兵の服装をした者達によって治療されており、ここがアメリカ側の施設である事が見えた。ここにはあのロボの姿もなく、忙しくはあるが、平和そうに見える。ここでなら安心して情報収集が行えそうだった。

 

「それじゃあちょっと分かれて情報収集をしようか。半々でチームを分けよう。俺、マシュ、Zとノッブ、後はそれ以外で班を組んで一時間後、ここで合流で……あ、フォウこっち来る?」

 

「フォウ!」

 

「了解了解、んじゃあ適当に見て回るか」

 

 こうやって積極的に指示を出せる様になった立香の姿を見ると、前までの情けない姿とは比べ物にはならず感動を覚える。これが息子の成長を感じる親の気持ちなのだろうか―――あぁ、そういえば実年齢的には親子ほどの年齢差が自分と立香、マシュの間にはあった。自分がどうにも保護者面をしてしまうのはそれが原因なのかもしれない。自分自身、既に子供を作るという事に関しては諦めている部分があるから、それがいけないのだろう。

 

 まぁ、それはいい。

 

 とりあえずは、

 

「仕事しますか」

 

「そうそう」

 

「ま、適当にサボってる奴見つけて聞き出せばいいんだ、難しい話じゃねえだろ」

 

 (ブーディカ)(クー・フーリン)を活用すればそこまで難しくはないだろう、と首からぶら下がる愛歌を片手で支えながら思う。

 

 

 

 

「―――とりあえず聞き出して軽く解った事を纏めるよ?」

 

 ブーディカの言葉に適当な木箱を椅子代わりにし、クー・フーリンと横に並んで首を頷かせた。膝の上に座る愛歌を片手で支える様に抱き寄せながらブーディカの言葉に耳を傾ける。

 

「現在のアメリカは東西で分割されている。西側をアメリカとして、東側がケルトの領地となっている。当初考えていた英国(ブリテン)軍の姿は一切なし、現在は完全にアメリカvsケルトの勝負となっている。基本的にアメリカ人は全員西部合衆国の一員として参加していて、機械化兵団をメインとした量産化によってケルト戦士団に対してギリギリ踏みとどまっている。だけどこれには唯一例外があって、それがレジスタンスの存在になっている……感じかな?」

 

「レジスタンスに関してはちょくちょく個人的な感情が混ざっているせいで正確な情報が痛いな」

 

「とはいえ、レジスタンス連中に関して俺らで確実に取れる情報ってのはケルトと敵対していて、西部合衆国とは同調してねぇ、って事だろ? んで合衆国の方はレジスタンスを目の敵にしやがってる―――レジスタンスは明確に敵対してねぇのにな?」

 

 聞いた話。状況はケルトは全てに敵対している、

 

 西部合衆国は全てに敵対している。

 

 レジスタンスはケルトのみを敵としている。

 

 この中での明らかな異端はレジスタンスではなく西()()()()()だ。倒さなくてもいいはずのレジスタンスにまでその矛先を向けているのだから明らかにどこかがおかしい。或いはレジスタンスがそのおかしさの理由を掴んでいる為にこうなっているのかもしれない。ともあれ、その部分は実際にレジスタンスに接触しない限りは解らないだろう。

 

「西部合衆国に関しても直接大統領って奴に接触しねぇ限りは全容が見えてこねぇな」

 

「セイヴァーとしての鑑定眼としてはそこら辺、どう判断しているんだい?」

 

 ブーディカがそう言って話を此方へと向けてくるが、手を横へと振って無理、無理、と言葉を放つ。

 

「流石に俺のサトリもそこまで便利なものじゃねぇよ。最低限接触して観察させてくれないと情報を引っこ抜けねぇわ。基本的に俺が接触した分、兵士連中は本気でトップを信じて戦ってるってのだけは伝わってる」

 

「うーん、やっぱり末端だけじゃ駄目か」

 

「最低限、幹部辺りじゃないとダメっぽいね。それに今回の特異点、本当に規模がアメリカ全土らしいし、これはお姉さんも倒されないように気を付けなきゃいけないかな」

 

 少なくとも会話から特異点の規模は算出出来た。そしてそれによれば特異点はアラスカとハワイを抜いた、このアメリカ全土となっているらしい。となると西部合衆国側から東部ケルト軍の本拠地まで移動する事を考えたら、ライダーによる騎乗宝具の移動援護は割と真面目に必要な事になる。無論、サーヴァントが立香を抱えて移動するのもいいし、俺が仙術の縮地で運ぶのも悪くはない。だが前者は問題として著しく立香の体力を消耗するという事実が、そして後者は人間の為の技術ではなく、仙人等の超越者向けの技術なので立香の無事が保障出来ないという事実がある。

 

 その為、立香に続いてブーディカもまた最優先護衛対象だ。

 

 ブーディカが消えた際、場合によっては詰む可能性すら存在する。

 

「オケアノスも規模としてはかなり大きかったけど―――」

 

「これはそれ以上だな。世界有数の大陸丸一つが戦場だ。今まで以上に移動が増えるし、野営の回数も増えるな」

 

「となるとそちら方面で立香のフォローする必要もあるか……まぁ、大分慣れてきていると思うけど」

 

 最初はキャンプさえまともに出来なかったのになぁ、今では普通に捕まえた鳥を毟るまで出来る様になって来た。あの少年、カルデアに来る前と今ではまるで違う人間になったかのような逞しさを感じる。自分もあの成長には負けていられないなぁ、なんて事を想っていると、怒号と銃声が聞こえ、そしてその直後にホログラムが浮かび上がった。

 

『皆、ケルト戦士の襲撃が発生している! 立香くん達が直接の迎撃に回ったから、キャンプの防衛を頼む!』

 

「了解」

 

『すまないね! じゃあこっちは立香くんのサポートに戻るよ!』

 

 ホログラムが消え、キャンプ地の騒がしさが聞こえてくる。ケルト戦士に対して、ここの人間では圧倒的に戦力が足りていないだろう。誰かが防衛に回らなければ一瞬で押しつぶされる。やれやれ、と呟きながら斧を新しく引きずり出し、それを肩に担いだ。

 

「そんじゃ、ま」

 

「やりますか」

 

「はは、無理をしちゃ駄目だよ?」

 

 ういーっす、と声を零しながらクー・フーリンも槍を担ぎ、軽く柔軟体操をしてからキャンプ地の前に陣取る様に移動する。更に遠く、地平線の先ではケルト戦士を相手に戦闘態勢に入る立香たちの姿が見える。また同時に、霊基を感じさせる気配もある。メイヴの能力が本物であれば、今のアメリカのやり方では最終的に磨り潰されるだけだなぁ、と思い、

 

 ……レジスタンスにはそれが見えてるのか?

 

 そこまで思考した所で考えるのを止める。自分が全ての結論を見出して教えるだけでは一切の成長がない―――自分はヒントに留め、立香の判断に任せよう、

 

 そう決め、武器を構えた。




 戦闘力が低いので戦えないけどいなくなったら詰むという絶妙なポジションのブーディカさん。弱い英霊でもそれぞれ、そこに存在する意味は確かにあるのだ。

 次回、ロリ人妻と自称マイナー英霊。それにしても幼女ボムを貴様ら気に入り過ぎじゃない?


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北米大戦 - 4

「成程―――治療が必要ですね。戦場から離れて平和な地で戦いとは無縁の生活を送る事をお勧めします」

 

「出会いがしらにお前頭の病気だって言われてる件」

 

 ケルト兵の撃退を行って立香たちが帰ってくると、新しく勧誘したサーヴァント・バーサーカー、その真名フローレンス・ナイチンゲールが宣告した。お前ら、どう見ても頭か心の病気だから戦場にいるんじゃねぇ、と。まぁ、正直言いたい事は解る。ただそれで世の中生きていける程楽ではないし、それで治療できる程楽ではない。まぁ、それはともあれ、

 

「偉く話を聞きそうにないのが今回の仲間なのね……」

 

 愛歌の言葉に立香が冷や汗を掻きながらうん、と呟きながら俯く。その様子はある程度の舵取りは出来ているが、完全なコントロールは出来ていないというのを証明していた。そんな立香を無視してナイチンゲールは勝手に行動を開始する。立香に勧誘されたらしくついてくる気はある様で、ここを出立する前に彼女の中にある正しい医療知識を広げているようだった。それだけを見ればまともな看護婦なのだが。

 

 此方の視線を無視して指示を出すナイチンゲールの姿をクー・フーリンと立香と並んで見る。

 

「……あの胸の形、いいな。特にあの胸の間の食い込み……言葉に出来ねぇな」

 

「あぁ」

 

「それな」

 

 クー・フーリンの言葉に一緒に同意し、三人で並んで腕を叩き合っていると、会話内容が聞こえなかった女子達が此方の集まりを見て首を傾げているが、そんな事を気にする事なく手と腕をぶつけ合って友情を確かめ合う―――男はやはり、エロで団結できる。それを人類は証明する事に成功したのだ。アメリカまで来て何やってるんだろう俺ら、と思いつつもやはりパイスラッシュは良い文明だった。これを破壊しないようにいつか、アルテラ大王に言わなくてはならない。そんなクソな程価値がない事を考えていると、横腹を突く気配を感じる。

 

「どうかしら?」

 

 ポシェットをぶら下げた愛歌の姿が横にあった。たぶん、ナイチンゲールの真似をしているのだろうが、未来性を完全に失っている愛歌では完全にピクニックに向かう小学生という感じしかしなかった。そう思った直後、穢れの聖杯を取り出した愛歌が泥の触手で首を締め上げてくる。

 

「ステイ! ステイステイ! 今のは俺が悪かった! 悪かったから!」

 

「お仕置きで聖杯持ち出してくるからレベルたけぇよな」

 

「人類には真似できないよね」

 

「お前ら見てないで助けろよ。貴重な戦力が今幼女に殺されそうなんだぞ。笑ってねぇで助けろよオラ」

 

 そんなこんなで適当な茶番を挟みながら時間を潰していると、やがて医師たちを纏めて指示を出し終わったナイチンゲールが何度か銃を発射して脅迫を完了させ、満足げな表情で此方へと合流してきた。フローレンス・ナイチンゲール―――彼女という人間の人生をこうやって悟り、垣間見るとなんというか、バーサーカーが確かに似合っている看護婦だと納得せざるを得ない。

 

「お待たせしました。どれだけ治療しようが患者が増えるのだというのであれば、原因を切除し適切な処置を行わなくてはなりません。これは何よりも優先される事です。ここに関しては他の医師たちに指示を残したのでもう大丈夫でしょう。それでは問題の解決の為に行きましょうか」

 

「わぁい、俺の知ってるメルセデスさんと全く違う男前さ。……だけど、うん。とりあえず進まない事には何も始まらないし―――」

 

 移動を開始しよう、という所で接近してくる多数の気配に足を止め、立香も感じ取ったのか言葉を止めた。そこに付け入る様に走り込んでくるのは多数の機械化兵団の姿、そしてそれを率いる少女の様な女性の姿だった。すみれ色の髪に黒い服装は比較的に現代に近い衣装であり、彼女が抱える本は魔道書の類の様に感じる。

 

「悪いけど貴女がここから離れると困るのよ、ナイチンゲール。今でも前線で多くの兵士が戦い続けていて、彼らは再び立ち上がる為に治療を必要としているの。その為、ここから離れられると困るのよ」

 

「どいてくださいブラヴァツキー夫人。彼らはこの根本的な問題が解決されない限りは私の患者が増えるだけだと言っています。そして彼らが嘘を言っていないことぐらいその瞳を見れば解ります。私の患者が増え続けるというのであれば問題を切除する必要があります―――えぇ、治療する為なら私はなんでもします、なんでも」

 

 ブラヴァツキー―――エレナ・ブラヴァツキーに対して迷う事無くナイチンゲールが銃を抜いた。一切の迷いのない動きに驚くどころかドン引きすらしていた。これがバーサーカーの狂化の中でも特に特殊なもの、つまりはEX領域。A+++までは振れ幅で計る事が出来る範囲だが、EXというのはそういう計測対象外だと説明してもいい。喋れるがコミュニケーションは取れない。そんなもの、通常の狂化内容とは全く方向性が違う。EXで当然の結果だ。そしてそういう類いの狂化をこのバーサーカーは持っている。

 

 話した程度で聞き分ける訳がない。

 

 ―――これを話し合いだけで味方に引き入れた感じ、立香のコミュニケーション能力の高さが窺い知れる。

 

「流石バーサーカーね、まるで話が通じないわ……だけどね、ここで貴女を野放しにする事も出来ないの。それに後ろの方にいる英霊やマスターも見た所この状況をどうにかしようとしているらしいけど……貴方達ね、彼女を勧誘したのは?」

 

 エレナ・ブラヴァツキーの視線が立香へと向けられた。それを遮るようにマシュが大盾を前に突き出し、構えた。そして同時にカルデアからの通信が入った。

 

『エレナ・ブラヴァツキー女史、神智学の才女であるなら貴女なら解っている筈だ。アメリカのやり方では兵を消耗するだけで最終的にはケルトに磨り潰される運命だと。此方の憶測が正しければ聖杯を手にしているケルト側の物量は()()()()だ。このままここでナイチンゲールを医療に従事させているよりは、特異点解決の為に動かした方が遥かに有効的だ』

 

「えぇ、でしょうね。本来であればそうなんだけれど―――まぁ、私達の王様が、ちょっとね? まぁ、仕えるって決めちゃったし……駄目ね、これ以上は話し合っても平行線ね」

 

 エレナが溜息を付くのに反応し、立香が声をカットさせるように割り込んだ。

 

「―――警戒! 来るッ!(≪人類最後の希望:心眼(真)≫)!」

 

 エレナが何かをするという気配にほぼ全員が身構えた瞬間、エレナが指を弾いた。

 

「本当はあんまりやりたくないんだけど、敵らしいし? やっちゃって()()()

 

『凄まじい霊基反応が音速で飛行してくるぞ!』

 

 遠方から何が炎を撒き散らしながら飛行してくるのを感知する。それを感知するのと同時にアルトリアが戦場を移す為に立香を抱えてキャンプの外へと跳躍し、それに従う様に後ろへと大きく跳躍しながら武器を射撃武器へと切り替える。飛行してくる存在と同時にエレナへと向けて迷う事無く雷崩(フェイク・ヴァジュラ)を信長の火縄銃と共に砲撃した。物質的な存在を崩壊させる一撃は空の存在に衝突しながら一切減速する事無く、エレナを庇う様にその大槍で切り払いつつ着地し、直後、横から殺しに来るクー・フーリンに反応して突きを回避した。

 

 戦場はキャンプ地横の荒野へと移動した。

 

「下がれブーディカ! お前じゃ一秒も持たない!」

 

「悔しいけど格が違うし、大人しく従うよ。私が落ちたらアメリカでの移動で詰むしねー」

 

 ここら辺、精神が成熟しきっている英霊らしく、素直に聞き届けてくれるのが嬉しい話だが、それを気にするだけの余裕はなかった。白髪に黄金の鎧、まるで栄養失調の人間の様な線の細さをした、インド人らしからぬ風貌のインド人がゲイ・ボルクを槍で切り払いながら弾き、戦場に空間を開けた。アルトリアも立香を後ろへと運んだことで前線に戻ってきた。それに伴い、

 

 インドの大英雄、マハーバーラタの敗軍の将、カルナが立ちはだかった。

 

「それがお前の求めるものであれば、その不誠実な憶測に従うとしよう―――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

 直後、放たれた縮小された対国宝具を対国奥義でぶつけ合う事で完全に相殺する。古代インドの奥義ブラフマーストラには幾つか性質がある。これは古代インドの大奥義でありながら、神やそれに等しい(グル)から授かる事によってはじめて使う事が出来る奥義であり、その本来はブラフマーが放つ武器に由来がある。曰く、それは万物の理を無視して貫通する。だが同時にそれは星の命を枯らし、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()との事である。

 

 つまり、ここに同じブラフマーストラが存在する以上、そのルールが適応される。振り抜かれた融解された斧の正面、カルナと己の放った対国奥義が完全に相殺を果たす事に成功した。それを見てカルナは此方に少しだけ驚いたような視線を向けてから納得するような表情を浮かべた。

 

「成程、(グル)の最新最終の弟子―――俺からすれば弟弟子の存在か。ならばこれぐらい出来て当然というものか」

 

 そのカルナの話す間に割り込む様に、三つの影が一瞬で割り込んだ。クー・フーリン、アルトリア、そして信長。

 

「―――令呪三画を持って命ずる、仕留めろ……!」

 

 相殺された瞬間、言葉を放って意識が僅かに逸れた瞬間を縫いこむ様に導き、一瞬で大英雄を倒すという選択肢を立香は取った。令呪が三画消費され、アルトリア、クー・フーリン、そして信長の宝具が同時に発動する。信長の固有結界によりカルナの神性がそぎ落とされ、その力を奪って行くのと同時に、両側から挟み込む様にクー・フーリンがゲイ・ボルクを、アルトリアがロンゴミニアドを構えた。どちらも周辺の被害を抑える事と、そしてたった一人を殺す為に規模を極限まで絞って、過剰な殺傷力をカルナへと挟み込んで放つ。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

超過駆動・最果ての星槍(ロンゴミニアド)

 

 挟みこむ様に対人奥義が衝突した。クー・フーリンのそれは説明する必要もない。心臓へと達する因果の呪いを受けた必殺の魔槍。そしてアルトリアが放ったのは普段は対軍、対城規模で放つ聖槍の破壊を対人規模へと凝縮させて放つ、命を百回消し飛ばすには十分すぎる破壊力の一撃。それを両側から受けるカルナの存在は一瞬で蒸発してもおかしくはない。だがそんな事実にカルナは一切恐れも焦りも抱く事はなく、信長の固有結界の中でもまるで影響されないかのように普通に動いた。

 

 両側から迫るゲイ・ボルク、そしてロンゴミニアドを両手から血を滴らせ、腕にいくつもの斬撃痕を刻みながら()()()使()()()()()()()()()()

 

 その事実にクー・フーリンとアルトリアの動きが完全に停止した。

 

「―――父より受け賜わったこの鎧を貫きここまで通すとは流石は大英雄といった所か」

 

 炎を纏った両手を見て即座に斬り払いながらクー・フーリンとアルトリアが離れた。何時でもブラフマーストラを相殺できるようにマントラを練りながらカルナを見る。その両手はズタズタになる様にダメージを通されているが、それは炎を纏ってからは徐々に再生しつつあった。時間をかければその内完全に回復するだろう。

 

「へへ、悪い夢でも見てるのかよこれは……外れる事はあっても受け止められるのは流石に見た事ねぇぞ。こりゃあ師匠に見つかったらどやされるな」

 

「ウェルカム・トゥ・インディアンミソロジー……!」

 

「わしのデバフまるで通じてなさそうで怖いんじゃが」

 

「同郷だろ、どうにかしろよ!」

 

 うるせぇ、一応日本人なんだから同郷じゃない、と叫びたい所だが、カルナが再び槍を抜いて、戦闘を続行する意思を見せた。令呪込みの対人オーバーキルサンドイッチで負傷程度で済まされる―――あらゆる攻撃を削ぎ、無力化する黄金の鎧と具足、インドラが恐れてそれを求めたという逸話に偽りはなかったらしい。

 

「うーん、複雑な気分……」

 

「悪く思うな。俺が上回っただけだ……貴様が気にする事ではない」

 

「アレ、イラっとするけど本人的には心の底から褒めているつもりなんだぜ」

 

「お、コミュ障じゃな」

 

 口で笑い、陽気に対応しながらもカルナから視線を外す事はなく、にらみ合いを続ける。まさかアメリカのこんな地で弟子同士での対決をする事になるなんて、思いもしなかった。神々でさえ恐れた黄金の鎧がある限りはまともに攻撃が入らないだろう。無限覚醒のスイッチを入れれば何とか押し切れるかもしれないが―――此方の武器がクソすぎて寸前で失敗するイメージが見える。なにより、根源関係の技能は余りカルデアには晒したくはない。奥の手は奥の手、最後の最後までなるべく取っておきたい。となると―――、

 

『今の格の規模で私を使って倒そうとしても無駄だぞ。英霊を二騎借りれば足止めし続ける事も可能だが、あの鎧は流石に貫けん。太陽と地球では規模が違う』

 

 天体由来だからこその力関係、という奴だろうか。自重してくれスーリヤ。

 

 さて、ここからどう動くべきか。そう悩んだところで、

 

「は―――い!」

 

 立香の声が響いた。

 

「―――俺達、降参しまぁ―――す!!」

 

 

 

 

 ―――大地が枯れている。

 

 戦火に晒され、大地は活力を失っていた。草木はその根元から焼き払われ、美しかった筈の湖は浮かび上がる動物たちの死骸によって血と、そして破壊された機械類と混ざって薄く濁り始めていた。まだこの時代は文明が機械に汚染されきっていなかった。産業の発展による汚染はもっと先の話であった筈だ。だが機械化の概念によって、そして無秩序な破壊の連鎖によって大地は急速に活力を失いつつあった。何とも悲しい話であった。

 

 だがこれは将来、どこであっても見る事の出来る景色でもあった。悲しいが、星の未来は既に決まっている。人間という種が生み出された時点で星の運命は決まっていた。それは何千何万と繰り返し探っても変わらない。だからこそ穴倉の賢人たちはそれを回避する方法を求めた―――そんなもの、人類の絶滅以外に存在しないというのに。

 

 とはいえ、それもまた人類の選択である。それを人類が選択したというのであれば、それに文句を言う事は出来ない。もはや俗世間から切り離された存在。人々との交流は戯れでもなければ絶っている。そんな身であるのにこうやって足を運んでしまったのは―――単に後悔を抱いているからだろうか。

 

「人は神に縛られ、神は運命に縛られる。最強の聖仙たるこの僕は神や運命さえからも自らを解き放ったつもりだったが―――それでもまだ、縛られている。極東風に言えば浮世の縁というのだろうか。どうも、困ったものだ。切りたくても切れそうにない。世の中理不尽だと思えばしかし、結局はそうでもない。縛っているのではなく自分から縛られているものだ。おかげで徒歩でこんなところまで来てしまったぜ」

 

 少年と青年の中間にある、浅い褐色肌の男はそれを湖の対岸にいる褐色肌の男へと向けて放った。現代風の服装に身を固めた褐色肌の男は帽子を片手で抑えつつも、もう片手でチャクラムを緩く回していた。

 

「パラシュラーマ(グル)、お久しぶりです」

 

「あぁ、久しぶりだなクリシュナ。生意気な顔に拍車がかかっているな。全く、余計なもんをポンポンと呼びやがって、おかげで必要以上に働く必要がありそうじゃないか。いい加減師を労ってくれてもいいんじゃないか?」

 

「ならばこんな所へ来なければ良いでしょうに……」

 

「馬鹿を言うな。僕にだって人並みの後悔や目的だってある。それを果たすまでは帰るつもりはないんだが―――まぁ、いいぜ。お互い、言葉で語り合う必要もないだろう。思惑が透けて見えるぜクリシュナ、僕に必要以上に働かせようとした罪だ、ちょっとした罰を受けて貰おうか―――ついでに、どれだけ成長したのかも測らせて貰おうか」

 

 パラシュラーマが横に手を伸ばし、言葉を放って求めた。直後、空が暗雲に包まれ、暴風が吹き荒れ始める。まるで世界が隔離されたかのような世界の変調が始まり、そこに痛いほどの大粒の雨が降り注ぎ始める。やがてそれはただの雨ではなく、暴風と混ざった大嵐に変貌し、雨粒に触れた存在の肉や骨を削ぎ落す弾丸になる。

 

 その中で突き出されたパラシュラーマの手の上に、嵐の中から一つの刃が突き出される。

 

 それは不格好な斧だった。

 

 形状は大鎌の鎌の部分のみ、半楕円形の三日月の様な形状をした、不思議な武器だった。持ち手と呼べる様な部分は刃の内側、三日月の内側の刃そのものを僅かに削って作ったくぼみに存在し、二メートルに届く巨大な三日月全体が刃となっていた。全てが碧色の刃からは暴虐的な荒々しさしか感じさせず、相対する存在の命を削ぎ落す意志しか感じられない。パラシュラーマがそれを握るのと同時に、大嵐そのものが吠え上がる様に勢いを増した。嵐絶異界とも評すべき絶死の空間の中、雨粒の弾丸を受けながらもパラシュラーマとクリシュナ、両者は()()()()()()()()()()だった。

 

 それに対応する様にクリシュナの指の中に納まっていたチャクラムが輝きを増した。108の角を持つそのチャクラムは淡く輝きながら襲い掛かる暴風と雨粒の弾丸を近づく前に切り裂き、払っていた。それはゆっくりとした様子で回転を始め―――直後にはその角が見えなくなる速度で回転を始めた。それをクリシュナは浮かべていた。

 

「起きろ、鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)

 

「パラシュラーマ(グル)をここで釘付けにすれば勝ちだ。決戦が終わるまで足止めするぞ、悪毒を滅する善刃(スダルシャナ・チャクラム)

 

 クリシュナの言葉にパラシュラーマが笑みを浮かべた。

 

「良い啖呵だ、気に入った―――その舐め具合がね」

 

「どちらが最強の全王化身(アヴァターラ)か決めてみるかパラシュラーマ!」

 

 クリシュナの言葉と共に一瞬だけ静寂が訪れ、直後、二人の大英雄が動いた。その動きは一つ、神話に残された本当の奥義、本当の破壊力を証明する様に、現在インドであっても未だに信仰され、その名を残す大英雄による完全なる本気の奥義。

 

 大地を割り、山を消し、海を蒸発させ、国を亡ぼす奥義。

 

 その名を、

 

梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)

 

梵天よ、悪を滅せよ(ブラフマーストラ・スダルシャナ)

 

 真実から隔離された嵐絶の異界の中で、極限までの破壊が誰かに知られる事もなく時を歪ませながら始まった。




 俺はストックって概念が嫌いなんだ。魂が腐る気がする。だから書き終えたら全部投げる。それがてんぞー。ついにインドだよ! インド始まったよ! やったぜ。

 という訳で、

 ペンシルバニア、ケンタッキー、オハイオ、インディアナ、バージニア、ウェストバージニアが嵐に沈んで通行不可となりました。どーやら嵐はしばらくやむ事がなさそうです。


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北米大戦 - 5

「―――成程、未来においても(グル)は変わらずか」

 

「まぁ、クシャトリヤに対する憎悪は薄れていないけど、少なくとも表面上見せない程度……あと現代の人間をむやみやたら振り回さない程度には自制心が芽生えているな。まぁ、何だかんだで数千年も俗世間から離れ、昔の神秘が消えて行く中で生きている人だしな……」

 

「ああ見えて(グル)は情の深い方だ。故にこそ人一倍悲しみ、そして同時に怒り狂う。クシャトリヤを21度に渡って絶滅させた逸話もその根本では(グル)が深い情を持つ人物であったという事に起因する……厚顔かもしれんが俺も、自分が散った後で(グル)がどういう思いをするか、思わなくもなかった」

 

「まぁ、何だかんだであの人は弟子に対して思い入れの深い人だからな……兄弟子も実際、クシャトリヤだってバレたのに二度も殺されずに見逃されただろ? アレ、一説では神々の策略の結果だって言われている訳だけど」

 

「俺にそれが真実であるかどうかを判断する術はない。だがそれはそれとして、俺はあの時、事実としてクシャトリヤである事を(グル)の前に証明してしまった―――理由が何であり、思惑が何であれ、(グル)がそう判断したのであれば弟子としては当然の事だ、受け入れる以外の言葉はない」

 

「高潔なのは美徳かもしれないけどお前のそれは高潔を通り過ぎて一種の病だ。それで良しとする事に忠誠を置きすぎている。おかげで一周回って不幸になる。それを自分自身で自覚しておきながらそれもまた良し、と納得する。それを悟っているとも人は言うだろうし、或いは覚者だと言うけどそれは違う。お前はお前の中にある理想の姿を病的に追いかけているだけだろうに。その態度、一度改めた方がもっと人気が出ると思うぞ」

 

「そう言うのであれば貴様も人の事は言えんぞエージ。貴様とてその本質は誰かを教え、導き、守る事から外れている。そもそもそれらの行いからは対極の存在だ。力を発揮するのであれば寧ろ今の境遇は重荷でしかない筈だ。貴様という存在は誰の為でもなく、己の為にあるからこそ何よりも強い。誰かに首輪を付け、鎖で繋いでいる様に見えてその実は自分から繋がれている。貴様も本当に力になりたいのであれば趣味を捨てて動けばいいだろう」

 

「……」

 

「……」

 

「―――あ、手を結んだ」

 

「殺し合うかと思ったのに、なんであんな言葉の暴力で解り合えるのかしら……」

 

 カルナと手を結び、握手を交わす。中々ドストレートに意見をぶつけてくる所が非常に気に入った。何よりも、この大英雄カルナ、マハーバーラタに名を残す英雄は自分の兄弟子であり、同じ(グル)から武術と教養を学んだ仲なのだ。たとえ時代が違ってあろうとも、同じ(グル)で学んだ兄弟だ。そう簡単に殺し合いに発展する訳がないだろう。少なくとも今は発展するだけの理由がない。あと、共通の話題で話せるというのが非常に良い。

 

「……捕虜の自覚があるのかしら……?」

 

 溜息を吐く様なエレナの言葉に、今現在、自分達は西へ、西部合衆国の拠点となっている場所へと向けて連行されている。と言っても拘束するような道具はなく、そして見張りにいる存在は一人―――カルナだけだ。この状況、逃げようと思えばサーヴァントを数騎置いて行けば何とかなるだろう。だがそれは選択しない。立香を見て、能天気に歩いている姿を見て溜息を吐く。

 

 立香は降参を選んだ―――相手の理性を見て、そしてアメリカを守ろうとする意志が本当であると理解したから。そしてそれと同時に()()()()()()()()()という事も判断したから。恐ろしい程に成長している。あのロンドンにいた頃とはまるで別人の様だった。だが違う。立香にはそれだけの経験があったのだ。今の今まで、それをうまく引き出せていなかっただけに過ぎない。

 

 冬木で絶望を切り抜け、オルレアンで戦いを素早く解決する方法を学び、ローマで人との接し方を覚え、オケアノスでサーヴァントの願いや戦術を学び、そしてロンドンで挫折を知った―――その果てに立香は立ち上がった。おそらく、彼は現代の人間の中で、最も得難い経験を受けている。聖杯戦争なんて人生に一度あるかないかというものを既に四つ経験している―――それは経験の極地だ。人間性とは経験を通して磨かれて行く。地獄という地獄を経験する事は百日の鍛錬に勝る。根幹として必要な基礎に関してはカルデアにいる間、英霊や自分自身で磨いている。

 

 漸く、人理の修復を担う指揮官として立香は、人類最後の希望に相応しい力を身に着けていた。

 

 故に立香に従った―――少年はこのまま捕まって従えば、アメリカ側の大ボスに会う事が出来ると悟った。そしてエレナの言葉の端から感じるニュアンスはそれを感じさせている。そもそも、これだけの英霊戦力をそのまま遊ばせるのもアメリカ側としては不本意な事なのだろうから当然の判断だ。だからこうやって、今は気楽に話している。

 

「しかし……そうなるとカルナだけ話しているのは卑怯ね」

 

 エレナがドヤ顔を見せる。

 

「私も話したいわ!」

 

「えぇー……」

 

『いやね? 立香くん。エレナ・ブラヴァツキー女史は神智学の使徒なんだ。そしてブラヴァツキー女史が傾倒する神智学はインドの神秘思想から大量の影響を受けているんだ。それこそ彼女は生前、インドが第二の故郷であると豪語するレベルでね』

 

 えぇ、そうよ、とエレナは歩きながらホログラムを出さず、声だけを送ってきたロマニの声に返答した。

 

「ぶっちゃけカルナと同じ、宇宙と合一し真理へと辿り着いた聖仙であるパラシュラーマを師にする最新の弟子の存在、そして同時に彼がマハトマ(根源・高次元)へと至った覚者であるというのなら三日三晩話通してサインが欲しいぐらいだわ!」

 

「先生見た目がロリィのに人気っすな」

 

「その口をもう一回開いてみろ小僧。内臓を引きずり出してケルトの餌にしてやる」

 

「俺!?」

 

 まぁ、でもエレナの言葉は解らなくもない。彼女が一生追いかけた―――というより魔術師が一生追いかけて到達しようとする根源に常時アクセスしているような存在な上、自分の憧れとも呼べる領域に立つ人間がいるのだから、テンションだって上がるだろう。実際、俺も兄弟子であるカルナに出会えてかなりテンションが上がっている。どれぐらいテンションが上がっているかとこのままやっぱり、三日三晩修行に関する思い出話と愚痴で語り通すぐらいのレベルでテンションが上がっている。

 

 とはいえ、それを実行しないだけの理由があった。腕を組み、首を傾げながら、()()()()()()()()()を見た。

 

「うーん……この隠しようのない蒼天の様な澄み渡った濁りのない神気……俺の勘違いだったらいいんだけどなぁー。勘違いだったらいいなぁー」

 

「貴様が俺と同じ結論に至っている以上、それが読み違いである事はまずないだろう。形だけの現実逃避だけは止めて事実を認めた方がお互いの為ではないのか」

 

 うん、まぁ、そうなんだけれど。無言のままうつむくと、背中をとんとん、と愛歌に叩かれる。少し気が晴れるがそれは良いのだが立香がニヤニヤしながら見てくるからあの野郎後で顔面に一発良いの叩き込んでやるから見てろよ。それはそれとして、認めなくてはならないらしい。アメリカの広い荒野の上、空を見上げながら現実逃避をどこまでも続けたかった。

 

(グル)が来ている」

 

「気配的にカナダ辺りで暴れているなぁ、これ」

 

「えっ、ほんと!? カナダに行かなくちゃ……!」

 

 お前、連行どうしたの? 捕虜を放置していいの? そんな疑問を想いながらも、久々に感じる(グル)の気配は熱烈過ぎて間違えようがなかった。というか遠く離れた大地でさえその気配を感じるというのだから凄まじい。魔力の使い方、その荒々しさ、まず間違いなく同格の何かと戦っている―――正直、何と戦っているのか、それを知るのが恐ろしくてしょうがない。というか本音を言うと関わりたくはない。規模からすると通った戦場の跡が嵐によって抉り、沈められ、海になっていてもおかしくはない。

 

「えーと……確かパラシュラーマとは栄二さんとカルナさんのお師匠様でしたよね? どういう人物なんですか?」

 

 マシュが首を捻りながらそう言ってくる。その言葉に頷く。

 

(グル)はなんだ……かなりダイナミックな人だった。うん、まぁ、うん……」

 

「パラシュラーマ(グル)は数多くの英雄を育てて来た優れた指導者だ。それと同時にヴィシュヌ(全王)神の化身(アヴァターラ)でもある。細かい部分は省略するが、パラシュラーマ(グル)は昔、その父親をクシャトリヤに殺された際にこの世からクシャトリヤを絶滅させる事を誓った―――それ所以21度世界を回り、存在する全てのクシャトリヤを殺して回った。その果てで復讐を完遂したパラシュラーマ(グル)は数多くの武芸者に技を教えて来た……ただし、クシャトリヤ以外に」

 

ウチ(ケルト)も結構頭おかしいとは思うけどオタク(インド)も結構かっとんでるな……」

 

「いやぁ、これと比べるとブリテンは平和だねぇー」

 

「ピクト人を抜けばそこまでそこまでぶっ飛んだものはいませんからね、ブリテンは」

 

「わ、わしが日ノ本統一すればもっと派手じゃったし……」

 

「一人の国民として言うけど勝手に魔改造しないで」

 

 後ろの方で勝手な声が聞こえる―――まぁ、パラシュラーマという人物は色々と調べてみると非常に面白い人物でもあるが、指導者としては非常に優秀でもある。ただ、彼が武芸を教えた弟子のほとんどは死んでしまう。カルナ、ドローナ、そしてあのクリシュナでさえ死んでしまったのだから、パラシュラーマに武芸を教わった大英雄は必ずどこかで死ぬ、というジンクスでもあるのかもしれない。

 

「まぁ、そんな(グル)が俺とカルナのお師匠な訳だ。偉大過ぎて頭が上がらない」

 

「多くの物を(グル)よりは授かった。そしてそれに返せないでいる事が気がかりの一つではあるが―――ふむ、今度もおそらくは返せないのだろう。どうやら俺はそういう星の下にいるらしくてな。そこらへんに関しては運命だと諦めている」

 

「お、おぉう……」

 

 悲劇の大英雄、カルナ。日本でマハーバーラタに触れた人間であれば基本的にこう思うだろう―――カルナ、あんまし悪くねぇじゃねぇか、と。寧ろクリシュナの下衆っぷりとアルジュナロボっぷりにドン引きする読者の方が多いだろう。かくいう自分もこうやって実際にカルナと会って、その人物像を良く知って、それでいて割と頬をひきつらせているという部分もある。

 

「なぁ、兄弟子よ。お前本当に武芸大会に飛び込んでアルジュナに喧嘩を売ったのか?」

 

「あぁ、真実だ。あの頃は俺もまだ若かったからな。とはいえ、あそこでドゥルヨーダナとの縁が出来たのもまず間違いなくあの時、感情のままに俺が飛び込んだからというのもまたある」

 

「あー、あれ曲解でもなんでもなく本当に兄弟子の方から飛び込んだのか……って事は幼少期のヤンチャ話は実話かぁ」

 

「その頃の話は俺としても中々恥ずかしいものがある。あまり語らないでくれると……その……助かる」

 

 へぇ、と言葉を零しながらニヤリ、と唇の端を持ち上げた。今では完全に高潔な武人ではあるが、その昔のカルナは()()()()()()()だったのだ。罵倒を言ったり、アルジュナの妻を馬鹿にしたり。

 

 だがそれはそれとして、

 

「アルジュナの妻を分け合うのはないわー」

 

「あぁ、それだけは疑問もなく頷ける」

 

『うーん、欠片も擁護出来る要素がないアルジュナの逸話だよねー……』

 

「成程、頭の病気ですか」

 

 ナイチンゲールにストレートなキチガイ宣言に軽く爆笑しつつ、空気自体は悪くはなかった。やはり敗北したのではなく、立香が自分から降参した、という辺り、此方の矜持が守られている分もあるのだろう。そのままやや緩い空気を保ったまま、西部合衆国の支配者を見る為に、アメリカの大地を進んで行く。

 

 遠方にビンビンと感じる師匠の気配を無視しながら進んで行けば、やがて地平線に一つの建造物が見えてくる。

 

 それは1783年のアメリカにはまるで相応しくない建造物―――城だった。




 その頃嵐は北上してカナダに突入、カナダ西部を大西洋と直通させていた。カナダくん今は無人らしいし存分に死ねるね。

 丸々一話、ほぼインドの話だけで進めたけど個人的には満足している。カルナも、パラシュラーマも、その背景の話は非常に面白いもの。ぜひとも皆、英語かヒンディー版を読もう。


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北米大戦 - 6

「この! 私が! 大統王! トーマス・アルバ・エジソンである!」

 

 ライオンが吠えた。そしてエジソンと名乗ったライオンの中に巣食う病を見た。その瞬間、会話するだけ無駄だこれ、と悟れてしまった。急激にやる気をなくし、溜息を吐く。懐に手を伸ばし、煙草を手に取る。今回の特異点はロンドンとはまた違う方向性でめんどくさくなりつつあるなぁ、とぼやきながら煙草を咥え、自分の影の方へと腰を曲げて頭だけを下げる。影から上半身だけを出したアースがれんごくで煙草に火をつけてくれる。

 

 ―――今、滅茶苦茶生死の境を彷徨った気がする。

 

「ふぅ―――ぷはぁー……」

 

 たっぷりと吸い込み、そして吐き出した。はぁ、と溜息を吐きながら視線をカルナへと向ければ、濁りのない澄んだ瞳が返って来る―――カルナ自身は解っているらしい。恐らくエレナも、エジソンの病に関して理解しているだろう。そして銃を取り出して今にも射撃しそうなナイチンゲールもまた、エジソンが患っている病を理解しているだろう。この状況、どうしたものか、とライオンヘッドが勧誘を進めてくる端で軽く頭を悩ませる。

 

『―――って栄二、栄二! 君も煙草なんか吸ってないで真面目に考えてよ!』

 

「えー……めんど……いや、ほら。何時までもロートルが答えを教えてちゃあ成長にならないし。こういうのはほら、立香が判断して行かないと成長にならないから」

 

「今、明確に面倒だって言いそうになりませんでした」

 

「そんな事ないよな、愛歌」

 

「めんどくさいからやだって言いたがってたわ」

 

「こいつ……!」

 

 即行で半身に売られた。膝を曲げて直ぐに逃げようとする愛歌の両頬を掴んでそれをむにむにとつまみながら制裁を加える。そんなこちらの姿に背後から立香らが声をかけてくるが、それをガン無視して愛歌の頬で遊び続ける。物事には手順と順番がある―――それを無視して結論に飛びつく事は後々、問題を起こしかねない。オルレアンの時みたいに。これからの特異点がこの規模の英雄と難易度が続くというのであれば、()()()()()()()()()()()()()だ。となると先に答えを理解してしまってもそれをむやみやたら教えずに、敢えて突き放して試練を与えた方がいいだろうと判断する。

 

 そういう事にする。

 

『うわぁ、本当に無視し始めたよあの中年……』

 

『見た目は若いけどほぼ五十だから中年というか老年だけどね』

 

「それにしてはエネルギッシュだよね」

 

 我慢……我慢だ。それはそれとして、カルデアに戻ったらロマニとっておきの和菓子は食らってやろう。絶対に許さないからな、お前。

 

 そんなこんなで三分ほど、エジソンから与えられた時間に相談を終えると、予想通り、そして立香らしい返答がその口からは吐き出された。そもそもの目的はこの大統王と会う事であり、それが果たされた今、取り繕う必要はないのだ。だから立香は笑顔でエジソンの言葉に対して、誠実に答えた。

 

「―――答えはノー、だ。ミスター・プレジデント。聖杯は諦めろ。俺達はこの定礎復元してこのアメリカを無かった事にする」

 

 

 

 

「それじゃ、気が変わったら何時でも看守に言いなさい? そうしたら出してあげるからね」

 

 それだけ告げるとエレナは大統王城地下の牢獄前から移動し、去って行った―――機械化兵を残して。そうやって牢獄内部に残されたのは生身のある人間が三人、野良サーヴァントのナイチンゲール、そして牢獄に入った瞬間強制的に霊体化させられ、干渉が行えなくなった此方のサーヴァントだった。牢獄には特殊な処理が施されており、まともに魔術の類が発動しないようになっていた。マスターからサーヴァントへの魔力供給も強制遮断されており、英霊とそのマスターを封じ込める為の牢獄であるのが良く解る性能だった。

 

「いやぁ、困った! 捕まっちゃったね!」

 

「先輩まるで悪びれていません……あ、待ってください、ナイチンゲールさん! 射撃は止めてください! 跳弾、跳弾してます! 跳弾してますから!!」

 

「……? 何をやっているのですか? 脱出の為に鍵を破壊しますよ」

 

フォーウ(話が通じない)……」

 

 そんな急いでいる連中の姿を牢獄の端で、胡坐をかきながら眺めている。ちょくちょくナイチンゲールが発射する銃弾が跳弾し、此方へと向かってくるが、それを掴んで投げ捨てる。いやぁ、急ぐねぇ、とぼやきながらのんびりと時間を過ごす。それを見ていたマシュがもう、と言う。

 

「栄二さんもなんとか言ってくださいよ」

 

「えー。まぁ、そんなに焦る必要はないよ。こういうのは星の巡りってものさ。立香の天運を考えればもうしばらくすれば状況も動くだろうし、それまでは大人しく待っていた方が良い。忍耐するのもまた一つの修行、とね。まぁ、ほれ。追い詰められたときこそ落ち着いておくもんだ―――チョコ、食べるかい? 市販品だけどね」

 

「食べるー」

 

「マスター!?」

 

 やっぱり精神的には立香が一歩先に進んだなぁ、と思いながら板チョコを軽く割って立香に分ける。それを受け取った立香は横に並んで体育座りしながらまぁ、待ってよ、と怒るマシュに声をかける。

 

「そもそも今、ここから脱出したところでどう行動するの?」

 

「それは……」

 

「無論、あの大統王と名乗る男の病を叩き伏せて治療します」

 

 言い辛そうにするマシュに対して、ナイチンゲールは迷う事無く返答した。そして、まぁ、そうだよなぁ、と立香は言ってから、

 

「でも結局ここから脱獄しても即座にカルナにバレるだけ。それでエジソンの所に到達しても物量の問題と、エレナとエジソンによる支援が入って酷く辛い戦いになる。じゃあ迷う事無く逃げればいいの? って話になるけど逆にどこに逃げればいいんだ? って話にもなる。ぶっちゃけた話、今は指針となるものがないから行動したくても行動出来ないんだよ。だからリアクション待ち。既にケルトと合衆国には接触した。後は―――」

 

「―――レジスタンス、ですか」

 

 うん、とマシュに頷きを返しながら立香が答えた。

 

「正直な話、ケルトも合衆国側も()()()()()()()のが見えてる。今までの特異点の例を見るのに聖杯が対抗存在として召喚し、それを自覚しているまともな英霊が絶対にいる筈なんだよ。そして結構派手に動いている以上、レジスタンスがそのまともな勢力だと想定して、この状況を見ていない訳がない―――となるとどこかで絶対接触がある。カルナも鬼札ならずっと温存する訳にもいかないだろうし、離れた時がおそらくチャンスになると思う……まぁ、こんな感じかな」

 

 立香が此方を見ながら、脱出しようと思うならいつでも出来るしね、と言ってくるのを軽く無視しておく。だが事実として、鉄格子程度で自分の事を拘束するのは無理だと言っておこう。たとえ魔術が封じ込められても、自分が獲得している体術には筋力を使わずに鉄格子程度ぶっ壊す技の一つや二つ、普通に存在する。それを使えば何時でも脱獄できるのだ。

 

 ただ問題として絶対にぶつかるカルナが存在するし、今脱出したところで行く先がない。

 

 そうなると素直に接触を待った方がいいのだが―――それを、ちゃんとわかっているらしい。

 

「先輩……なんか、変わりましたね」

 

「うーん、そうかな? まぁ、シャトー・ディフを経験したせいでなんか突き抜けたなぁ、って感じはするけど……」

 

 まぁ、色んな意味で大人になりつつある、という話でもあるのだろう。まぁ、それはそれとして、と立香が言う。膝の上に愛歌を抱え、背後から抱きしめる様にして適当に時間を殺していると、立香が先生、と此方を呼んでくる。

 

「暇つぶしに情報収集用に目下、最大の敵であるカルナさんの情報をプリーズ」

 

 目の前に座り込んで、説法を一つ求めてくる。えー、と声を出しても期待の視線が突き刺さってくるのが痛い。とはいえ、カルナの化け物っぷりは正直、専用対策を必要とするレベルの相手だ。出来るだけ情報は共有しておいた方がいいのは事実だろう。とっとと人理修復、人理再編を終わらせて一日中愛歌とだらだらし続けるだけの生活に溺れたいなぁ、なんて他の覚者がキレそうな事を考えながらもそうだな、と言葉を置く。

 

「―――カルナという男の境遇を総評するのであれば不幸の一言に尽きるだろう」

 

「不幸、ですか」

 

 マシュの言葉にそうだ、と答える。そもそもカルナの人生にケチが付いたのはその母、

 

「クンティーが原因だ。そもそもこの女がかなり酷い。クンティーはかつて聖仙からとあるマントラを授かり、それによって神との間に子供を設ける事が出来る様になった。クンティーは婚前の身でありながら()()()()()()使()()()のだ。太陽神スーリヤとの間に出来た子供がカルナだ。その際にクンティーが強請った為にカルナは黄金の鎧を手に入れ、そしてカルナを川に流した」

 

「川に流した」

 

 うん、そうだ。この女、誰かに預けるとか頼るではなく、川に流したのだ。黄金の鎧の求めはカルナに対するせめてもの……という心遣いだったのだが、この女、ポカとかドジが多すぎて擁護出来る場面が一つもない。

 

「で、この先の話になるがカルナは御者の夫婦に拾われ、その才能を現し始める―――そしてとある武芸の大会にて、飛び入り参加を果たした。この時最高の成績を収めていたのが終生のライバルであり、後にカルナを殺す事になる英雄、アルジュナだ。この頃のカルナはかなりヤンチャだったらしく、飛び入り参加した上で喧嘩を売って、その上で見事()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

 ちなみにこの後で、

 

「アルジュナの兄弟たち、パーンダヴァ五兄弟がアルジュナに勝負を挑むのならお前もクシャトリヤなんだろうなぁ! と聞いてきたわけだ。なおカルナの生まれはそうであっても、御者の息子として育てられた彼は卑しい身分の存在、認められるはずもなかった……アルジュナに並ぶ武芸の冴えに湧き立った会場はインドのカースト制度によって一気に牙をカルナへと向けた」

 

「そ、それでどうなったんですか!」

 

「マシュが滅茶苦茶興味津々に聞いてる……」

 

 まぁ、英雄の物語って基本的に面白いのが多いからね、と周りで聞き耳を立てている霊体化した英霊達の気配を感じつつ、話を進める。

 

「まぁ、ここでカルナの友、ドゥルヨーダナが出てくる。彼はこの状況をおかしいと思った一人の人物だった。カルナの武術の腕前は凄まじく、その生まれや育ちで批判するべきではないと判断した。そこでドゥルヨーダナはカルナを友として迎え入れ、そして同時に彼を王として迎え入れた―――つまりカルナはクシャトリヤとなった。これでカルナとアルジュナは並んだのだ」

 

「ドゥルヨーダナさん最高にイカしてるな」

 

「さて……結末はさておき、これがカルナとアルジュナの相対の始まりだった。ただ、この物語……マハーバーラタというのはカルナとドゥルヨーダナの死と敗北によって終わっている。美しい友情ではあった。だがドゥルヨーダナ自身が善性の人間であっても、彼は生まれる前から邪悪であると神々に宣告されていたからだ―――そしてその理由はあの大会で見せていた。彼はカーストを軽んじる男でもあったのだ」

 

 そもマハーバーラタという物語はカースト制度の重要さや他のヒンドゥー思想の大切さを教える為の物語だ。その為、ブラーミンは一番偉いし、クシャトリヤはその下だし、と、それを強く認識させる話が必要だった。カルナはその悲劇の大英雄、素晴らしくも悪の側に立ってしまった英雄という立ち位置にある。

 

「ちなみにこのカルナの母親のクンティー、やらかした回数は凄まじく多く、アルジュナとの戦いの前にお前実は息子だから帰って来いよ、と寝返らせようとしたり、アルジュナが景品として妻を勝ち取った時はその詳細を聞かずに兄弟で分け合えと発言していたりする」

 

「そのクンティーという人物は治療が必要ですね」

 

「ナイチンゲールさん、真顔の指摘」

 

「誰もがそう思ってるんだよなぁー……まぁ、カルナの話は一旦ここまでで切り上げようか。次回はパラシュラーマ師との関係回りの話をしよう」

 

 えー、という声を無視しながら視線を牢獄の入口へと向ければ、何もない空間から一人の褐色姿の男が出現した。特徴的なシャーマニスト風な服装の男は、

 

「―――そういう訳ですまないが授業は一旦中止だ。それとも脱獄を後に回すか?」

 

 軽い冗談の様な声に、勢いよく立香とマシュが頭を横に振った。

 

「フォーウ!」

 

 いつの間にか立香の肩の上に陣取っているフォウの姿を見つつ、まだまだ、今日という日は続きそうだなぁ、と溜息を吐いた。




 完全にさとみーと学ぶインド神話になりつつある5章。はい、完全に中の人の趣味ですね―――だが安心したまえ、ケルトもそのままとかありえないからね!

 原作での会話や暴走っぷりが見たいだと? 良い事を教えてやろう。

 原作でやれ。正直主人公が関わってないシーンで原作そのままのシーンって描写する意味ある? とはずっと前から疑問に思ってる。という訳で何時もながら原作そのままっぽい所は尺の問題でカットカットカット。

 正直カットしても過去最長になる予感しかしない。


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北米大戦 - 7

「―――えーと……ま、十九世紀の魔術師ならこの程度か……3、2、1……はい、終わり(≪修羅の刃:極東太極図:地脈殺し≫)

 

 牢獄内の特殊空間を維持する為のシステムを地脈ごと一時的に破壊した。局地的にやる事でカルナに気づかれないように達成する。再び魔力供給が復活するが、それを敢えてストップし、サーヴァント、そしてマシュを霊体のまま維持する―――全てはカルナの感知に引っかからない為の措置だ。後は隠密と暗殺で機械化兵を処理しながら静かに城の外へと脱出するだけだ。

 

「ふむ、中々手際が良いな。これは此方の到来を待っていたか」

 

「まぁ、接触はその内来るって解っていたしね……そんじゃ、ジェロニモさんと先生、よろしくオナシャッス。割と真面目にカルナさんにバレると詰むんで俺ら」

 

あいよ、任せな(≪修羅の刃:圏境≫)

 

「話が早いのはいいが……むう、なんか物足りんな(≪宝具:借用:顔のない王≫)

 

「直ぐに姿が消えてしまいましたね……」

 

『毎回思うけど君、本当に救世主のサーヴァント? 本当は破壊神とかじゃないのかって思うよね』

 

 うるせぇ、と心の中で呟きながら牢獄から脱出する。閉ざされていた魔力の流れが回復するのを感じ取るが、それを隠す為に閉ざしたまま、圏境を維持し、通りすがりの機械兵の背後へと滑り込み、そのまま素手を背後から一気に動力源に腕を突き刺し、兵装の全ての機能を停止させる。若干スパークして電流が腕を通して感電してくるが、それは気合いで耐える―――男であればこの程度、誰だって出来る。

 

「電気式、背部に小型発電機を装着している、か」

 

「同時にエネルギータンクにもなっている。一撃で破壊すればそのまま機能停止する」

 

 成程な、と呟きながら完全に姿を消した状態、床ではなく壁と天井を足場にして素早く、音を殺して移動する。人類の未来を取り戻そうとする戦いでこういうダーティーな技術が役立つ時が来るとはなぁ、と思いながらレジスタンスの使者、ジェロニモと共に透明な状態でサクサクと機械兵を処理して行く。熱源センサーの類ではなく、どうやら普通の視界を使って探知しているらしく、透明になるだけで簡単に処理できるのが良かった。

 

「さくさく片づけちゃいましょう? 雑魚の相手は暇だし」

 

「ん? 今誰か―――」

 

 愛歌の発言に気を取られた瞬間に一気に意識を落とした。やっぱ雑魚の相手は楽でいい。今後の特異点はこういうのをばかり相手する様なのであればいいのになぁ、と思いつつ、軽く息を吐いた。軽く膝を曲げながら地下牢獄の床に触れ、風水術を利用した地脈探査で気配を探る。マントラの方が正直な話得意なのだが、マントラを使うと見知った気配にカルナが文字通り音速で駆けつけてくる可能性がある為、おいそれと使用できない。

 

 自重してくれ、大英雄。

 

「―――ふむ、ここからはしばらく兵がいないか。少しは話が出来そうだな……と言っても改まって言う程の事がこの場ではないのだが……」

 

「じゃあ趣味でも……」

 

「お見合いかよ」

 

フォウゥ(大丈夫か)……」

 

 呆れた様な溜息と視線が一斉に立香へと向けられ、震え声でなんだよぉ、と言ってのける。まぁ、良いギャグだったと思っておこう。ともあれ、出口を目指しながらジェロニモという男に関する話を軽く交えた。ジェロニモはこの国の歴史における敗者の側の存在だ。つまり、彼はこの大陸における先住民族、ネイティブ、或いはネイティブ・アメリカンと呼ばれる存在、そのシャーマンである。マシュはそんなジェロニモが何故レジスタンスとして、この特異点の修復の為に動こうとするのかが解らなかった。

 

 まぁ、確かに複雑な話ではある。

 

 結局のところは()()の一言で済まされる。

 

「私は過去をなかった事にしようとは思わない。そもそも願ったところでその事実が消える訳ではない。何よりそれはかつて、命を賭けて戦った同朋達に対する侮辱となる。確かにそれは滅びてしまったのだろう。確かに多くの血が流れてしまったのだろう。だがこの大地を見よ、将来の星を見よ。まだそこに我らの遺産や息吹は残っている。将来へと続く何かを私達は生み出せたのだ。であるなら、それは決して無駄ではなかった……テーブルをひっくり返すような事は私には出来ない」

 

 霊体化されたサーヴァントから吐血する気配を感じた―――あぁ、そういえばアルトリアの最初の願いはやり直しだったなぁ、と思い出し、今のジェロニモの発言はクリティカルで突き刺さるよなぁ、と軽い笑い声を漏らしながら索敵を怠らない。集団よりも少し前に出て、機械兵の速やかで確実な始末を遂行する。

 

「まぁ、それにしても今のアメリカはかなり混沌としているわね」

 

「あぁ、正直何が原因なのやら……」

 

 確認されているのはメイヴを筆頭としてケルト戦力、そしてエジソンを筆頭としてアメリカ戦力、そしてカルナとパラシュラーマが両方この大地に来ているのであれば―――おそらく、アルジュナ、クリシュナ辺りも来ているに違いない。基本的に聖杯がベースによる英霊の召喚とは()()()()()()()となるのだ。召喚されている英霊に対してカウンターとなる縁のある英霊を呼び出す。それが基本的なシステムになっている。そうする事で防衛を行うのだ。

 

 だからカルナの相対者にはアルジュナが、

 

 エジソンがいるなら逸話的にテスラ辺りが出現してもおかしくはない。

 

 まぁ、考え過ぎだという事は、特異点ではありえないだろう。いきなりソロモンがやってきたなんてパターンだって存在したのだから。

 

「これで出口まではクリアか」

 

 機械兵をまた一つ破壊し、完全に機能停止に追い込みながら息を吐いた。ここまで完全に隠密状態を維持しながら移動してきたが―――どうにも、嫌な予感を感じる。とはいえ、気配を断ったまま、振り返る。ジェロニモの方も宝具を部分的に解除しながら頷きを返してきた。

 

「ここを抜ければ外だ。カルナにバレる前に一気に駆け抜ける」

 

「マスター、失礼しますね」

 

「キャー」

 

 マシュが一時的に大盾を背負うと、両手、お姫様抱っこで立香を抱え上げた。まるで乙女の様なリアクションで顔を隠す立香、完全に解っててやっている気がする。それを見ているフォウもどこか呆れた様な溜息を吐き、邪魔にならないようにマシュの肩の上へと一気に飛び上がった。ナイチンゲールもいつでも飛び出せる様に見える―――というか押し込まないと飛び出しそうなので心配する必要はないとして、

 

「では―――脱出する!」

 

 ジェロニモの言葉に従って残り短い地下牢獄を一気に駆けだす。ここまで来ると後は時間の勝負だ。もはや残っている機械兵の姿も少ない。ここになるともはや姿を隠す事もなく、通りすがりに一撃を加えながらノンストップで出口へと向かって一直線に駆け抜けて行く。弾丸の避け方は現代の戦場で学んでいる。それを体現できる肉体が今はある。その為、遠慮する事無くガトリングの射線を外れ、通り過ぎながら横へと蹴りを叩き込み、ガトリングを破壊しながら姿を壁に打ち込みつつ前に進む。

 

 レジスタンスへと合流する為にはもはやこんな場所にはいられない―――となると速やかに脱出するべきなのだ。故に解き放たれるように外へと飛び出した瞬間、

 

 ―――完全に気配を殺し、待ち構えるようにその姿はあった。

 

「残念だがここから先は通行禁止だ。貴様らなら方法はどうあれ、絶対破ると思っていた」

 

梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

 飛び出した所で待機していたカルナへと向けて迷う事無くブラフマーストラを打ち込んだ。大地が沸騰するような感触を得るが、同時にカルナもおそらくは放っていたのだろう―――相殺され、城付近の大地がひっくり返る様に吹き飛んだ。その隙に割り込む様に立香の声が放たれた。

 

「ノッブ! Z! ごめん!」

 

「足止めじゃな? まぁ、出来るのは相性的にわしらぐらいじゃろうしな」

 

「ですけど……別に倒してしまってもいいんですよね?」

 

『カルデアでエミヤくんが吐血したぞ!!』

 

 即座に信長の対神結界が発動し、アルトリアが二本のロンゴミニアドを抜いた。倒す事ではなく足止めという目的で戦闘をする事を選択すれば、時間としてはそれなりに持つはずだ。だからそこに戦力を送り込む意味でも鎖を引っ張り上げる。

 

「宵には程遠いが宴だ―――参って来い!」

 

「荒々しいな……だが良かろう、今の私はただの使い魔なのだからな!」

 

「むっ」

 

 現世を満喫している星の化身を戦力に追加する。戦車を取り出して迷う事無く逃亡を開始しようとするブーディカの姿を狙ってカルナが動き出そうとした瞬間、鎧の隙間を拭おうとする火縄銃の精密狙撃が入り、回避するカルナの動きに追従したアルトリアの二槍流による崩しの動きが入り、更に追撃する様にらいめいが連打される。回避不能、雷速の連打は妨害を受けるカルナの体に直撃するが、一切のダメージを発生させない。何もないかのように戦闘を続行するカルナの動きを信長、アルトリア、アースの三人で出鼻を完全に挫く様に潰し、行動を封じ込める。戦いではなく遅延戦闘、その目的は逃亡のみにある。

 

「お、このロリ連打できるっぽいの」

 

「貴様もどちらかというとロリではないか」

 

「いやぁ、貧乳体型の争いは醜いですねぇ。おぉっと、今私の方を二人そろって狙いませんでしたか?」

 

 馬鹿やってる余裕があるならいけるな、と判断する。とはいえ、戦車に立香とマシュが飛び乗ったところで、自分も飛び乗った。割と戦車には余裕がある為遠ざかる此方の姿へと追撃が行えないように、ブーディカが御者台で必死に手綱を握っている間に弓を抜いて雷崩を連射する。神話の再現とも思える雷鳴の乱射に空気そのものが蒸発しながら震動を伝えてくるが、カルナの膨大な気配は翳る事さえなく、無敵に健在だった。バグかよ、と息の下で呟きながらも立香の信長とアルトリアを殿に、囮において逃亡するという判断は正しかった。

 

「実際バグだよ、カルナは。神々が黄金の鎧を奪い、師に呪われて奥義を忘れ、御者に裏切られて、戦車が破壊され、それで身動き一つ取れない状況に追い込まれて無抵抗な状態で殺されている―――そうでもしなければカルナは殺せなかったと言われている」

 

「お、バグかな」

 

「流石英雄―――危ないっ!」

 

 攻撃の合間を縫って石の投擲がカルナから蹴り飛ばされてきた。それが砲弾の様な速度と衝撃でマシュによって迎撃された。完全に砲台として君臨したアースと信長、前衛として活躍しているアルトリアを加えた三人編成と戦いながらそこまでの武芸を―――いや、流石におかしい。()()()()()

 

 何かしら理由がある、筈だ。

 

 ……(グル)とカルナが揃ってアルジュナまで揃っているなら―――?

 

 マハーバーラタの再現が来るかもしれない。そう考えながら弓による迎撃連射を上昇させながら素早く、戦場から離脱する。合衆国拠点から離れる。

 

 信長とアルトリアという犠牲を作って。

 

 英霊が使役する戦車を使っているという事もあり、並の自動車を超える速度で城とカルナの姿が遠ざかって行く。それでも此方へと向かって接近しようとする凄まじい気迫を感じる―――相当距離が空かない限りは一瞬たりとも油断が出来ない。流石に人数が過密という事で途中から戦車から飛び降りて、横を並走するが、それでも人数は多く、霊体化していない面子でジェロニモ、マシュ、ナイチンゲール、ブーディカ、自分、そしてマスターの立香、と結構な人数になっている。ブーディカの戦車は本来、移動用のそれではなく、この人数で大規模な移動を行おうとすると、どうしても辛くなってくる。

 

 最低限、立香さえ乗っていればいいのだが、長距離移動の時はそうも言っていられない。

 

 そこで移動手段を確保する必要がある……その時の事に軽く頭を悩ませる。

 

 そのまま、半日ほど戦車に乗ったままノンストップで移動し続ける。その果てでアルトリアと信長の撃破が確認され、アースも一回死に、カルナが勝利したという事を理解した。そうやってレジスタンスに合流するべく、

 

 ただ、ひたすら道を駆けた。




 反則生物カルナさんから逃亡する。ただ単純に感知した訳でもなく、まぁ、お前らなら脱出するだろう。それぐらいはするだろうと評価し、信じての行動。助けてグル。

 という訳でレジスタンスへ。ノッブ、アルトリアは脱落とアースデスカウント+1で。

 へへへ、あと少しで噂のメスボディとご対面だ……!


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北米大戦 - 8

 ぱちぱち、と火花が音を静かに立てている。それを眺めながら新たな薪を投入する。乾いた薪は即座に燃え移りながら焚火を維持する為の燃料となって燃えて行く。これでしばらくは炎が保つだろうな、と確認してから聞こえてくる足音に視線を向けた。血抜き等の処理が施されたシカを背負ったジェロニモの姿だった。どうやら最低限の処理は終わらせてあるらしく、血生臭さは感じられない。そこら辺は流石ネイティブだとでも言うべきなのだろうか。お疲れ様、と告げる。

 

「や、これなら特に問題もない。それに今は物資が制限されているのだろう? なら狩りで適当に力の付くものを取ってきた方がいいだろう。彼が唯一のマスターであるなら大事にしない理由はない。文字通り、彼はこの大地における最後の希望なのだから。それより其方は眠らなくていいのか? マスター同様生身なのだろう?」

 

「俺か? 俺はいいんだよ。というか無理だわ……(グル)の気配が強すぎてなぁ、まるで眠れる気がしない」

 

「あぁ……あの大嵐の気配か……」

 

 ジェロニモと共に視線を北の方角へと向けた。嵐と破壊の気配はアメリカ北東部から始めカナダへと向かって北上し、そのままカナダを横断する様に西部へと向かって移動している。丸一日、ノンストップで大陸の地形を変えながら移動しているのを考えるとゲッソリとする。自分もきっと頑張ればそれぐらい出来るだろうが、武器が致命的に足りていない。メインウェポンの一つもないのでは少々難しいと言わざるを得ない。

 

「しかし、そうか、パラシュラーマの弟子か、君は。あの大英雄カルナ同様、彼の者に師事した存在が味方に来るのは頼もしいな……」

 

「つっても俺があの人に師事したのはほんの数年間だけどな。とはいえ、俺の根本的な戦術や術技に関してはあの人が基礎を作っておいてくれたからな、やはり教導者としては超一流である事を認めざるを得ないよ」

 

「流石は神話に名を残すだけはあるか」

 

 そう告げるとジェロニモは解体用のナイフを取り出し、それで鹿を捌きはじめる。慣れた手つきが彼がこういうのを何度も繰り返したことがあると証明している。その様子をぼう、っと眺めていると、頬に感触を感じた。今、自分は大地に腰を下ろしている。胡坐を掻く様に座っている、そんな自分の股の間には足を曲げた愛歌の姿があり、背中からその姿を抱くように抱える形で寄り添っている。そんな彼女は手を伸ばし、視線を此方へと向ける様に軽く頬を押していた。もっと構え、という事だろうか。

 

 仕方がないなぁ、と口に出す事無く呟き、もう少しだけ身を寄せる様に抱き寄せると、満足したように、体から力が抜けるのを感じる。

 

「―――なんというか、栄二さんと愛歌さんって不思議な関係ですよね」

 

「ん? お前も起きてたのか」

 

「すいません、なんか寝付けなくて……」

 

 立香の横で眠っていたはずのマシュが目を開けて、此方を見ながらそう言ってきていた。愛歌はそんな事を気にせず、頭を寄せる此方の頬に自分の匂いを擦り込む様に頬を寄せていた。少しは他人の目を気にして欲しい所だが、それを自分から追い払うような事はせず、成すがまま、受け入れる。そんな様子をマシュは眺めながらえーと、と言葉を選ぶように間を作るので、そこに苦笑を挟み込んで、此方から話しかける。

 

「どう話したもんか、解らないか」

 

「えーと……その、恥ずかしながら……はい」

 

 やや目尻を申し訳なさそうに下げるマシュの姿を見て小さく笑い声を零す。それを見ていた愛歌がもう、と声を出す。

 

「あんまり年下の子に意地悪をしちゃ駄目よ。まだまだ純粋な子なんだから。ちょっと心の方の年齢、下げた方がいいんじゃないかしら?」

 

 そう言われても困る。主観的には五十年近い人生を二度繰り返した上でこの世の英知と呼べるものを手にした。真理に至って時間という概念そのものが無意味になった経験があるのだ、今更精神年齢を指摘されてもほんと困るだけなのだが……まぁ、そうだな、ちょっと意地悪するのは駄目だな、と思う。すまんすまん、と軽くマシュに謝りつつも、口を開く。

 

「見た感じ、俺と愛歌の関係が不思議か」

 

「はい。なんというか……本当に仲良くしているのは解るんです。それは恋人に接するような近しさに見えます。ですけど、恋人とはまた違ったような……家族でも友人でもなく、言葉で出来ないような複雑な関係に見えるんです。気づけば何時もそこにいますし。マテリアルの方を拝見させて貰いましたが……なんというか、色々と疑問が残ります」

 

「まぁ、そらそうだ」

 

 マテリアルなんて安いもんで人生を見通せる程英霊の人生は浅くはないし、自分の人生もその程度ではないと思っている。あくまでも目安、参考データだ、アレは。だからそれで正しい。判断は実際に会って話して、その上でするべきものだ。だからそれをマシュは行おうとしている。故にどうぞ、とまるで体勢を変えるつもりもなく、マシュに告げる。既に寝袋から脱出したマシュは焚火を挟む様に反対側で膝を抱えて座りながらでは、と言葉を置いた。

 

「栄二さんに関しては色々と納得できない不思議があります。その背景や境遇とか。ですが、正直な話……接していて愛歌さんは優しいですし、栄二さんもアヴェンジャーだった頃はなんだか避けていたような気もしていましたけど、見守ってくれていたような気がします」

 

 まぁ、実際あの頃はマシュを避けていた。純粋にあの頃はマシュが苦手だったのだ。そしてそれはたぶん、俺がマシュの近くにいれば余り良い影響を与えないであろう、という事を理解していたからなのだろう。このマシュという子は強く、生きようとしている。自殺するようなスタイルだった自分とは、どうあがいても水と油の存在だ。だから汚さないように、宝石を大事にするように触れないようにしていたのだ。

 

「だから栄二さんや愛歌さんの不思議さはこの際どうでもいいんです。ですけれど、それ以上に……ずっと、ロンドンが終わってから聞きたかったことがあるんです」

 

 その、マシュが投げかけてくる言葉は、既に解り切っていた。だから静かに、ぱちぱちと爆ぜる焚火の音を聞きながら、マシュの言葉に耳を傾けた。

 

「―――命の、意味ってなんですか……?」

 

 

 

 

「本日晴天、格好の行軍日和……はぁ……アメリカの広い大地を移動する時間が今日も始まるよー……モーさーん……ジキルー……シードルまた飲みたいよー」

 

「はいはい、落ち着いたら存分に休憩を取るけどそれまでは頑張ろうね、よしよし」

 

「あぁー……駄目にされるー……」

 

 本当にあいつ図太くなったなぁ、とブーディカに頭を撫でられてデレデレする立香の姿を見て呆れる。そんな事を思っているといつの間にか背中から首にぶら下がる愛歌の体温を感じて安心感を覚える自分の存在を理解したので、アイツの事何も言えないなぁ、と素直に降参する事にする。ともあれ、そんな馬鹿をやっていないで、今は進む必要があるのだ。

 

「―――とりあえずノッブとZが倒されちゃったから、その代わりにエミヤとドルヲタを補充! まず間違いなくケルト連中が悪である事は確定だからドルヲタの宝具で確実に一人は引きずり落とせる筈。後はカルナ、そして敵側にいるクー・フーリン対策でエミヤの固有結界! これで何とかなるといいなあ! 先生!」

 

「あぁ、うん。(グル)の気配だったらカナダ横断に成功してるよ。たぶん横一文字に真っ二つに割れたんじゃねぇかな、あの国。大西洋と太平洋御開通ー、な感じで」

 

「もう二度と北部には近づかない方向性で。そんじゃジェロニモさん、アジトまで先導お願いしますわ」

 

「あぁ、任せろ。なるべく早く会わせたい男がいるからな……今日は少々、速度を上げていく」

 

 そう告げるとカルデア一行とジェロニモで再び、アメリカの大地を走り始める。やはり英霊の脚力であればある程度乗り物が無くても素早い移動が可能となる―――敏捷ステータスが足りないのであれば魔術を使ったサポートでも行えばいいのだから、そこまで難しくはない。ただ問題はやはり、立香の移動となる、とブーディカの戦車に乗る姿を見ながら思う。

 

 なによりブーディカの戦車での運搬も、決して万能ではない。戦車である為、衝撃に対する耐性や耐久度は確かに高いだろう―――だが速度を出す為の乗り物ではないし、同時に運搬できる数に制限がある。乗れたとして2、3人が限界なのだ。それ以上は外枠に掴まって半分流されるような形になる。

 

 割と真面目にライダーの存在が必須になっている。

 

 この先、アメリカの様な移動しやすい土地だと決まっている訳でもない。サーヴァントの召喚は完全にランダムなのだ―――この先、本当にライダーが来るとは限ったものでもない。となるとやはり、カルデアの方で移動手段を用意した方がいいのだろう。

 

 ……まぁ、それで作成できていれば既に完成しているのだが。

 

「ジェロニモさん、もう一度確認するけどレジスタンスは合衆国と違ってまともなんだよね?」

 

「何を基準にしてまともと言うのかは個人に判断に任せる事になるが、少なくとも発明王の様にこの特異点を切り離して永遠にする、なんて事を願う事はないし、レジスタンスに参加している者達は全員、本来の歴史を取り戻す事に賛同した者達で構成されている。安心すると良い―――我々は味方であり、(カルデア)の到来を待っていた」

 

「―――良し、発言がめっちゃまとも!! 感動で泣きそう。ついに頭痛から解放される予感」

 

「頭痛、つまりは治療が必要ですね」

 

「あっ」

 

「ナイチンゲールさん! 困ります、戦車の上ですから困ります! ナイチンゲールさん! マスターの……先輩の頭から手を離してください! ナイチンゲールさん! メスは駄目です! メスは駄目です―――!」

 

 

 

 

 戦車が滅茶苦茶揺れているのを無視しながら、ジェロニモの先導に従ってどんどん南下して行く。向かう先は西部合衆国の徴兵によってゴーストタウンと化した西部の街一つ、それをジェロニモらレジスタンスが利用する事によって臨時拠点として機能させているらしい。現在のレジスタンスの役割は西部合衆国とそう大きな変化はない。ただ明確な違いとして、合衆国側が特異点の固定を目指している中、レジスタンスは明確に定礎復元を目指しているという事にある。

 

 その為、サーヴァント戦力の補充を最優先に、裏から合衆国の前線を抜けて来たケルト戦士の対処に回っていたりするとの事であった。

 

 この状況の中で、合衆国側からも睨まれているので、当然滅茶苦茶やり辛い。

 

 レジスタンスに同情したくなってくる。

 

 そんな中、半日ほど南へと向かって移動したところで漸く、レジスタンスの仮拠点へと到着した。これが以外ではあったが、元はゴーストタウンであった筈の街はレジスタンスの手によって軽く要塞化され、活気を取り戻していた。

 

「ようこそ、我ら希望の地へ―――まぁ、本拠地ではないのだがね。皆! 星を連れて帰ってきたぞ!」

 

「ジェロニモか!? 良く帰ってきた!」

 

 街を一周する様にバリケードが形成されており、気休め程度には侵入を拒む作りとなっていた。そのバリケードの中には扉があり、そこを通して中に入れる様になっている。一旦英霊達を霊体化させて待機させつつ、レジスタンスたちの拠点に招かれてはいる。外からも感じた活気がゴーストタウン内には満ちており、まるで軍事キャンプの様な騒がしさと慌しさを感じさせる。

 

「おぉ、凄い。銃とかある……こういう規律の取れている感じは初めて見るなぁー……」

 

「なんだかんだで今までの旅は崩壊しているか、或いは古代がベースだったからね。銃を武器に使っていたのは……オケアノスだけど確か海賊達では話にならなかったから使えなかったのよね? 此方はどうなのかしら?」

 

「あぁ、普通の銃弾ではケルト戦士には通じない。だから私が祝福を与えるか、魔術的手順を通して銃弾にケルト戦士を殺傷出来る様に効果を付与している。そのおかげで何とか連中と交戦する事が出来る様になっている……とはいえ、焼け石に水だがな」

 

 そこまでジェロニモは言葉を告げてからこっちだ、と街の中を案内してくる。その言葉にしたがい、ジェロニモの後をついて行く。

 

「今、此方には二人のサーヴァントが味方してくれている。一人はロビン・フッド、そしてビリー・ザ・キッド―――ん? どうしたアーチャー、また頭の痛そうな顔を浮かべて」

 

「いや、なんだ……このグランドオーダーは始まって以来私の胃を殺す事に特化している旅だな、と改めて感じているだけだ。なに、気にする必要はない。話を続けたまえ」

 

「またエミヤ殿が吐血してる……」

 

「あいつ、そろそろ何を食らっても致命傷なんじゃないかと思い始めて来た」

 

 バーサーク婦長から逃げる為にエミヤが再び霊体化しながら逃亡を開始する。最近、アイツかっこ悪いよな。そんな事を想いながらもジェロニモが困った表情で話を続ける。

 

「う、うむ。それで話を続けるがこの二人のサーヴァント以外にも、今のレジスタンスには一人、協力してくれそうなサーヴァントがいるのだが……彼に関しては正直、見て貰った方が早いだろう。ここだ」

 

 そう言ってジェロニモがサーヴァントの気配のする家へと案内した。

 

 家の奥には動く事のないサーヴァントの気配が存在し、ジェロニモの先導に従って奥へと進んで行く。やがて一室の前に辿り着き、中にいる事をノックしてからジェロニモが確かめた。

 

 扉を明けた先、そこにはベッドに倒れる一人の少年の姿があった。

 

『何て傷だ……生きている方が不思議だぞこれは……!』

 

 カルデアからそんな通信が入るのと同時に、ナイチンゲールが医療用の道具を片手に飛び出した。ベッドに寝ている赤い髪の少年は胸に穴が空いていた―――そう、穴だ。心臓があるべき場所には穴が空いており、通常であれば即死であると言わざるを得ない状況だったが、少年は痛そうに呻くのみで、決して死んではいなかった。死という因果に対して気合いと根性だけで耐え抜いていた。

 

「あいたたた……まぁ、頑丈な事が余の取り柄だからな……とりあえずジェロニモよ、その者達が……?」

 

「あぁ、そうだ。お前を治療できると思える者達だ。と、そうだった彼は―――」

 

 ジェロニモが紹介しようとすると、飛びついて診察、治療を開始しようとするナイチンゲールを無視しながら少年が口を開く。

 

「―――余はコサラの王、ラーマである。身分故に驚くやもしれんが、そこは気にしないでほしい。今は一介のサーヴァント、英霊として現界しているが故、それに相応しい扱いを……おい、いや、待て、その刃物は何だ」

 

「……? 心臓から十分な血液がこのままでは供給されず、体が腐り落ちます。ですので四肢を切断して血液の巡りを良くします」

 

「待て待て待て! 余は戦わなくてはならんのだ! 少なくともこの特異点のどこかに間違いなくシータがおるのだ、ならば余は戦わなくてはならん!」

 

 立香の視線が此方へと向けられ、ジェロニモとラーマがなんとかナイチンゲールから普通の治療だけを行う様に頼んでいるのを見ている間に、軽く説明を入れる。

 

「古代インド、コサラの王ラーマはラーマヤナにおける主人公である、旅を終えた彼は後にこう呼ばれる―――理想王、と。彼は()()()()()()()()()()()()()()()として終生、君臨し続けたんだ。そんな彼の物語はラーヴァナと呼ばれる魔王に奪われた妻、シータを十数年かけて取り返すものだったのさ」

 

「昔の事だからそこまで―――まて、ジェロニモ取り押さえろ! まだ腕を切り落とそうとしているぞ!!」

 

「落ち着け、落ち着けナイチンゲール! 彼は最高戦力の一人なのだ!」

 

 ベッド周りが軽い地獄だった。

 

「くっ、治療をしても治療を施した隙から腐って行く……私が遅延しか出来ないなんて」

 

「私も医術に覚えがあります、手伝いましょう」

 

 霊体化を解除してサンソンもナイチンゲールと共に治療に当たり始めた。どうやらラーマの受けた傷は相当酷いらしい医療の事に関しては専門ではないからなんとも言えないが、ナイチンゲールもサンソンも、唇を噛んで必死に治療を行っている。それでも進行を遅延する程度が限界というのが言葉に聞こえてくる。

 

「なんか、あんまり状況……良くない? ドクター、どんな感じなの?」

 

『これはアレだね、呪いだよ。死んでいる方が正しいという状態に上書きしているのをラーマがどういう訳か、抗っているんだよ。普通、こんな事は絶対にありえないんだけど……』

 

「となるとジャンヌさんみたいな聖人が解呪には必要ですね」

 

『うん、それ以外の方法となると元々ラーマの正しい状態を知っている人間を連れ出してくる必要がある。それをベースにいまの状態を上書きすれば呪いを消す事も出来る筈だ。そうすれば間違いなく治療できる筈だけど―――』

 

 そんな皆の会話を聞きながら、お前ら、それ、ギャグで言っているの? という感じで首を傾げながら聞いていた。

 

「聖人……流石にアメリカではまだ見ていませんね」

 

……(≪救世主≫)

 

 軽くビルドアップしてポーズをしてみる。

 

「となると昔のラーマを知っている人? カルナはどうかな」

 

……(≪救世主≫)

 

 サムズアップしながら笑みを浮かべてアピールする。

 

『カルナは流石に無理じゃないかな……今は敵だし』

 

……(≪救世主≫)

 

 マッスルポーズでこれでもか! と存在を主張してみる。

 

「シータだ……この地のどこかにシータがいる筈だ。余の妻であるシータであれば……!」

 

「お前ら実は俺が救世主とかいう聖人系上位ジョブだって事忘れてない……?」

 

「あっそういえば救世主のクラスだった―――あがががが」

 

「ま、マスター!」

 

 無言のアイアンクローを立香に食らわせて床から持ち上げ、少しだけぶんぶんと振り回してから解放し、ラーマの方へと行く。これが毒物だったり病だったりすれば完全に話は違うのだが、概念的で因果的な干渉、つまりは呪いによる汚染だと言うのであれば話はまるで違う。ラーマのベッド横に付き、胸にあいた穴を眺め、精査すればこれが確かに呪いの原因であると解る為、

 

そぉい(≪咎人の悟り:呪い解除≫)……はい、終わり。これでかかってる呪いは()()解除したぞ」

 

「うむ、助か……あ、いや、ちょっと待て今なんて―――」

 

「治療の時間です!」

 

 ガラスを砕くような音と共にラーマを蝕んでいた呪いが消滅する。それを見た直後、ナイチンゲールとサンソンが治療を開始する。ラーマが何か言おうとするのを物理的に封じ込め乍ら問答無用で救おうとするナイチンゲールの姿は天使というか悪魔染みていた。その姿を見て、まともにラーマと話せるのはおそらく、治療が終わって落ち着いた後だろうと、今はこの場を解散するしかなかった。




 救世主とかいう便利なジョブ。なお周りの共通認識は破壊神。

 ラーマくんは婦長には勝利できない運命。


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最愛を求めて - 1

 ―――弓が放たれた。

 

 一度に三つの矢を番えて放たれた矢は的の中心に命中し、それをまるでマシンガンの如く、10連続で射撃した。滅茶苦茶にしか見えない状況の中でも矢は全て前の矢を叩き折るかの様に中心点に命中し、的の中心に穴を開けており、的が崩れそうになった瞬間、得物を弓から槍へと切り替え、逆の手に剣を握った。一槍一剣というバランスの合わないスタイルで一気に接近すると、槍の穂先を的を引っ掛ける様に転ばせながら浮かび上がらせ、そのまま素早く剣を振るう。半分に断ちながら槍でまとめながら再び剣で断つ。シームレスな動きには超絶とでも表現すべき武術の冴えが見える―――一生を賭けて、死ぬ事なく、衰えても鍛え続けた武芸の神髄とも言えるものがその動きには隠れていた。

 

 そうやって剣を振るう事、何度か。まるで衝撃を叩き込まれたかのように的は粉々の破片になって、塵の山となって()()()()()()()下に落ちて溜まっていた。軽い運動を終わらせた少年姿の理想王は汗をかく事もなく槍と剣を弓同様、虚空に消し去って格納した。

 

「―――未だに全盛期には届かんが、これでも十分戦えるな。だから誰か、あの婦長殿を説得するのを助けてくれぬか」

 

「駄目です。貴方の心臓は確かに8割がた死滅していました。それが再生したとはいえ、未だに安静でなければいけません。それ以上の運動は医師として承諾できません。故に休みなさい―――休ませます。殺してでも貴方を休ませます」

 

「や、やめっ、やめてくれ……!」

 

 そう言っている間にお姫様抱っこでナイチンゲールに回収されたラーマが室内へと搬送されて行った。まぁ、ナイチンゲールの言葉は実際には正しい。ラーマにかかった呪いが解除された事によって、治療が通じるようになった。そうなると概念的な治療行為がスキルを通して行えるサンソンとナイチンゲールが活躍し、一気に傷を塞いで、治療した。とはいえ、呪いに犯されていた時間が長く、ラーマが弱っている事は事実だった。完全に復調するにはもう少々時間を必要とするだろうが、

 

 そうであっても、この武術の冴えは凄まじかった。だがこれでもサーヴァントの全盛期からは()()()のだろう。まぁ、それもしょうがないだろう。基本的にサーヴァントという生き物は、

 

「―――()()()()()()()()()()()()()しているのが大半だからなぁ……。特に大英雄クラスとなるとそこらへん、深刻だよな」

 

「クー・フーリンか」

 

「よう、これが王様……っつーか見た目からすると王子様がやった事か。大分エグイ武術してやがんなぁ」

 

 そう言いながらクー・フーリンはゲイ・ボルクを取り出すと、それを虚空へと向けて振るった。二度、三度、それを振るってから回してゲイ・ボルクを戻した。

 

「お前の場合はクルージーンや戦車が足りてねぇな」

 

「おうよ。他にもキャスターじゃなきゃ原初のルーン持ち込めねぇとかな、色々と制限が付くわけだ。だから色々と制限が緩い奴を見るとちっとばかし羨ましく感じるわ……まぁ、この旅でまずサーヴァントとして間違いなく鍵になるのはお前と嬢ちゃんの二人だ。()()()()()()()()()()()()()()からな、戦力的に一番安定してやがる」

 

 クー・フーリンの言葉は正しい。基本的にサーヴァントとして召喚された場合、冠位指定でもなければ弱体化されているのだ。一部の宝具、一部の能力しか持ち込めないという形で。故にサーヴァントという枠に来ている時点で本来の実力からは程遠いと表現せざるを得ないのだ。故に、一部、生身の場合の方が優勢と言える状況が揃う。それは現代英雄とでも呼べる存在、現代において神話を生み出す、制限のない存在に対してだ。

 

 つまり、自分とマシュになる。マシュも自分も生身、つまりは聖杯から召喚された英霊ではないので()()()()()()()()()存在なのだ。既に成長の終わった存在である英霊では不可能な事が、まだ生身である自分、マシュ、立香には可能だ―――故に、無限とも取れる可能性が存在する。これが、デミ・サーヴァントを保有するという事の重要性だ。英霊としての霊基を保持しながら()()()()()()()()()()()()()という可能性を残すのだろう。

 

「ラーマを殺ろうとした俺はゲイ・ボルクを握ってたらしいし、言葉も喋ったらしい……少なくとも理性がありやがる。クルージーン握ってねぇことは少なくともセイバーじゃねぇ。戦車がねぇのならライダーでもねぇ。ってことは()()()()()()()()ってことだ……戦力さえ整えれば十分殺せる範囲だ」

 

「自己評価たけぇなこいつ」

 

「自分の事を良く理解しているつってくれよ」

 

 くっくっくっく、と互いに小さく笑い声を零していると、逃げ出す様に家の中からラーマが飛び出してきた。それを眺めている此方に気づくと、クー・フーリンと此方へと向かい、

 

「なんで助けてくれんのだ!?」

 

「怖いし」

 

「会話通じねぇし」

 

「うむ―――納得の理由だな! 納得できる理由であるのとは別に、納得するかどうかは別の話だが! 余はシータと逢わなくてはならない、特に離別の呪いを覚者が解いてくれたというのに、これ以降はあり得ないかもしれない状況だ。この状況を、この時を余は見逃すわけにはいかんのだ……!」

 

 ラーマが拳を握りながら力説する。覚悟は硬いらしい。実際、話を知っている身としては物凄く馬鹿馬鹿しく、呪いの一つや二つ、報酬代わりに解呪してやれよ神々、と思わなくもない。そんな事を考えていると、串焼きを食べながら立香とマシュがやってきた。

 

「ちーっす。お、ラーマさん元気出たみたいだね」

 

「何食ってんだお前」

 

「ワイバーンの串焼き。偵察用のワイバーンが飛んでくるからそれを狩ってるんだけど、エミヤがそれでワイバーン料理を色々と創作してて」

 

「あいつ、時間さえあれば料理してんな」

 

 まぁ、料理がエミヤにとっての一番の癒しとでも言うべきなのだろう。無心で料理に向かっている間は何も考えなくてすむ―――まぁ、その気持ちは解らなくもない。自分もそういう気持ちで物事と衝突したい時はある。ただ、いい加減逃避するのを止めて立ち向かったほうが楽なのでは、と思わなくもない。

 

「それはそれとして、質問があるんだけど……ラーマと離別の呪いって何?」

 

「む、余の逸話を知らんのか。こう見えてもインドでは1,2を争う知名度を誇ると思っていたのだが……」

 

「ほんとすいません……」

 

「マスターは少し前までは神秘に全く関わる事のない生活をしていたらしいですし……」

 

 まぁ、歴史の授業なんて専科がそちらか、或いは軽い厨二脳にでも入って勉強を始めない限りは間違いなく調べない。インド神話なんてものも基本、其方系の人間や、インドに興味でも持たない限り触れる機会もないだろう。となると、別段、知らない事は不思議ではない。まぁ、それでもインド国内では知らない人はいない、と言われているのがラーマヤナ、そしてマハーバーラタである。そこら辺を考えるとラーマとしては驚きであろう。

 

「まぁ、簡単に説明するのであれば余は軍による支援を得る代わりに友を玉座へと戻す契約をしてもらったのだ。その結果、友であるスグリーヴァは猿王バーリに敗北しかけて、余はそれを覆す為に手を出してしまったのだ……それが原因で余はバーリの妻に呪われた―――それを離別の呪いと言う。余はたとえ全ての戦いを終え、シータ、余の妻を取り戻しても決して悦びを互いに感じる事が出来ない、という呪いをだ」

 

「うわぁ、エゲつな」

 

 ラーマの言葉にクー・フーリンが首を傾げる。

 

「乱入された程度で呪う程キレるか普通……?」

 

「見たかい、マシュ、立香。これがケルト人だ。家族の間で殺し合ってもまぁ、仕方がないやで済ませるような蛮族だぞ」

 

「おい、待て、なんで俺から逃げるちょっと待てよ俺だって後悔してる事は色々あるから俺は典型的なケルト人よりはマシだろ!」

 

「オイフェ。コンラ。あとコンラ。ついでにコンラ。今回ケルト勢揃ってるくさいしコンラ来てたらどうしよう。後スカサハ」

 

 クー・フーリンが倒れた。お前、今は気の良い兄貴風だけど、ケルト神話でどうしようもないやらかしを何度となくやってるんだよなぁ、と呟くと静かに、大地の上でクー・フーリンが吐血していた。ケルト人の蛮族思考とメンタルの強さはおそらく、地上最強の神話ではなかったかと思っている。

 

 そんな倒れているクー・フーリンを見てラーマがこれ、本当に大丈夫なのか? と視線を見せているが、きっと大丈夫だと信じたい。何せ、対ケルトにおいてこの男以上に頼りになる奴はいないし、最終兵器にもなる。この男一人で大体のケルトは殺害できるのだ。

 

「……まぁ、大丈夫ならそれでいいのだが。ともあれ、余はシータに会わなくてはならない。聖杯戦争であっても余とシータは同じ霊基を有する事で本来であれば同時に召喚される事のない英霊だ。故に今、この状況でのみ余とシータは別々に召喚される事が可能である。そして同時に、再会を阻む離別の呪いも覚者によって祓われた。であれば、この時を逃せば永遠にシータに会えぬかもしれない。余は、余はそれが……耐えられぬ」

 

「一応言っておくけど俺が解呪したのは今回の現界分のみだからな。根本的に英霊の座に対しての干渉は流石に無理だから」

 

「うむ、それは解っている。故に心の底から感謝を。この千載一遇の好機はまさしく貴殿のおかげで齎されたのだから」

 

「お、おう。そうか」

 

 ストレートに感謝の言葉を向けられると少しだけ、恥ずかしい。視線を反らして転がってコンラ、コンラと呻いているクー・フーリンに蹴りを入れていると、横から愛歌が弄ってくる。えぇ、俺は弄られキャラではないのだから勘弁して欲しい。

 

 しかしラーマが十数年間シータを助ける為に戦った果てで、一緒に暮らせなくなった事を考えると、色々と複雑に思う事がある。それでもなお、理想の君主として死ぬまで君臨し続けたあたり、実に不器用だと表現せざるを得ない。

 

「うーん、まぁ……個人的な感情としてはラーマの手伝いをしたい所だけど……」

 

「―――此方にも都合がある、優先して欲しい事はいくつかある」

 

「ジェロニモか」

 

 ジェロニモがワイバーンバーガーを片手にやってきた。見えない所でどうやらエミヤが存分に暴れ回っているらしい。主に調理場だ。

 

「ラーマの思いに関しては此方で汲みたいとも思っている……だが現状、奥方の居場所は解らない上、何時、どこでクー・フーリンに再び襲われるか解ったものではない。それに別の街でサーヴァントが二人ほど、防衛線を張っている。そろそろ限界が見えてくるところだから助けだしたいのも事実だ……やる事が多すぎる」

 

「む……それは、確かに」

 

 だがその根本にあるのは善性。全てを見逃し、見なかったフリをして探しに行く、という狂気を持てなかった。だからこそ苦しんだ、とも言えるのだろう。難儀な男―――いや、今の姿を見ると少年なのだろう。それを本人も理解しているのだろうか、少しだけ表情が暗くなるが、

 

「いや、協力しないという訳ではないのだ、ラーマ。現状のレジスタンスの戦力では手を広げる事が難しいのだ。何より今別行動中のロビンとビリーはどちらも偵察の得意なアーチャーだ、人や痕跡を探す上では間違いなく役立つ」

 

「いや、解っている……これは余のエゴだ。その上で協力すると言ってくれているのだから、余はその誠実さに従おう」

 

 シータを探し、接触させてくれる代わりにいまはレジスタンスの戦力として、その活動を協力する事をラーマが了承した。現状、一番正義のある組織なだけに安心が出来るし、間違った判断ではないだろう。ともあれ、問題は別の所にある。

 

 今現在確認されている対聖杯側の戦力を列挙する。

 

 ラーマとシータ、カルナ、そして気配からして生身のパラシュラーマ。普通、徒歩なだけで来れる訳がない。つまりここへと来るためのインビテーションがあった筈だ―――おそらくは聖杯から。

 

 つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈なのだ。あくまで正規のサーヴァントは()()()()なのだから。

 

 そう考えると、この戦いの先、アメリカという大陸が形を保てるのかどうかが凄まじく不安になって来る。果たして俺達はこの特異点の終わりを無事に見る事が出来るのだろうか。




 ラーマくん解禁。未だにインドで信仰される理想王を見よ。なおナイチンゲール。ラーマヤナの細かいお話は追々と。まずは戦力補充から。

 ありすぎてもたりないぐらいだし。

 なおラーマはまだ若い時代にタイマンでパラシュラーマに勝利したというとんでも王子だったり、ムエタイの創造者だったりする。


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最愛を求めて - 2

 ―――ラーマヤナの主人公、ラーマの物語は生まれる前から始まっていた。

 

 元々ラーマヤナという物語の始まりはラーヴァナと言う一人の羅刹王が修行を始めた事により、始まる。ラーヴァナは全部で十の頭と十対の腕を保有する羅刹だった。彼は炎で自身を焼きながら苦行を始めた。それも年月が経過するごとに彼は自分の頭を一つ、そしてまた一つ、と切り落としたのだ。その苦行を通し、首が最後の一つとなり、それを切り落とそうとしたところで、創造神ブラフマーがラーヴァナの苦行に応えた。そしてその時、ラーヴァナは求め、ブラフマーから授かったのだ、

 

 ()()()()()()()()という特権を。

 

 以降、ラーヴァナはいかなる神性、神性を持った存在、神話によっても害する事が出来なくなった。インドラも、ガルダ、シヴァも、どんな神であろうとラーヴァナを倒せなくなってしまった。その権利を唯一保持するのは純粋な人間のみだった。神性を持たぬ人間のみがラーヴァナと対峙し、そして打ち勝つ事を許可される。それがラーヴァナの特権にして権能だった。故に古代インド、未だに神と人が交わり、半神、或いは神の血を引く者が大量に存在した時代だった。ラーヴァナに匹敵する実力の持ち主は多くいた。だが、ラーヴァナの権能を前に、その条件を満たしてラーヴァナを御せる存在がいなかった。

 

 無論、ラーヴァナはそれを知っていた。知っていたからこそブラフマーにその権能を強請った。そして当然の様にラーヴァナは蹂躙を始めた。彼は数多くの神々に対して勝負を挑み、勝利し、その財宝や妻を集めた。それは彼の征服という野心でありながら生き様、そして同時に羅刹としての誇りと趣味だった。彼は数多くの王たちの妻を攫い、羅刹の国へと連れ帰った。

 

 無論、それで泣き寝入りする神々ではない。神々たちも一つ、相談し、計画したのだ。

 

 ―――人間を此方で用意し、ラーヴァナを討たせよう、と。

 

 それをヴィシュヌ神は承諾した。ヴィシュヌは神性を捨て、神としての記憶を完全に失い、人としての化身を転生する事で生み出す事を決めた。

 

 それこそがコサラの王、ラーマである。ラーマの人生とは神々によって生み出され、そして神々によって計画されたものだった。装備も、仲間も、協力も、そして―――その結末も。全てが神々によって仕組まれた事であった。当然の様にラーマは称賛され、後世でも未だに信仰される程の人気を持ち、名を残している。

 

 ―――だが、その横にシータの姿はない。

 

 

 

 

「ま、ざっとラーマヤナを纏めるとこんなもんだ。一部俺の悪意と偏見が混じっている事は認めなくもないけど、基本的にはこれであっている筈だ」

 

「まぁ、アヴァターラとして生まれた時点で存命の間に余の自由意思と言えるものはほぼなかっただろう。所詮は化身、神の代理人でしかない。余が何かを選んだ所でそれは結局、元々神が選び、神が敷いた道筋の上であったのだ―――余がそれに気づいたのはシータを奪われ、そしてラーヴァナと敵対する事が決まった時だった。それは―――そう、まるで流れるかのような川の流れだった。余は見た、支流から一つの大河へと流れが繋がって行く姿を。それを見て余は悟った。これが余の地上における役割、そしてこれが余の成すべき事である、と。シータもまた余の為に用意された伴侶であった―――」

 

 が、とラーマは言葉を置いた。

 

「余はたった一度もシータに対する愛を疑った事はない。余の胸に息づくこの思いは与えられたものではない。確かにきっかけは与えられたかもしれなくても、それでも彼女を愛する気持ちは本物なのだ。それは絶対に偽れない。故に余はこれが運命だと知り、全力で戦う事を決めた。それが神々の為になるからではない―――余は余の妻を、シータを絶対に取り返さなくてはならんからだ」

 

 自慢げな表情でラーマがそう言いきった。そこにはラーマが生涯を通して見つけ出した命題、その答えと思える物が見えた。ラーマは自分の行い、選択、その事に対して一切の疑問を抱く事はなかった。そして同時に、それが用意されたものであろうと、そこに感じた己の理性と本能は本物であると、心の底から信じている。それが何よりも羨ましいと思えるところだった。

 

 まぁ、

 

「―――婦長に背負われて運ばれながら言われても正直……」

 

「言うな。……言うな」

 

 立香が現在のラーマの状況を指摘すると、ラーマが両手で顔を覆った。現在の体は完全に回復している訳ではないらしく、過度な運動は許せません、というナイチンゲールの言葉からなぜか、背負われて運ばれている。見た感じ、もう既に戦闘が出来る程度は回復しているが、ナイチンゲールの目からすれば安定はまだ、らしく長期間の運動は病状の悪化があり得るとかなんとか。正直、ラーマが哀れに見えてくる。個人的にファンだっただけに、割とショックでもある。

 

「局地的な戦闘は許可しますが、それまでは絶対安静です。拒否するのであれば両手足を切り落として完治するまで拘束します」

 

「逆に入院するわ」

 

 ナイチンゲール、本当に救うという意志しか感じられない辺り、誰も強く出る事が出来ない。それだけに困ったバーサークっぷりだった。まぁ、それはともあれ、

 

 西部側にケルトの数は多くない。エジソンが用意している機械化兵がケルトと同質量で勝負をしながらカルナが時折、最前線をブラフマーストラで奇襲する様に襲い掛かっているからだ―――この時、カルナは必要以上に長く、戦場にとどまらない。おそらくカルナも理解しているのだろう。()()()()()()()()()()()という事を。しかし、そう言う戦術のおかげもあって今、最前線はケルトにやや押されながら後退して行く、という形に落ち着いている。

 

 正直な話、エジソンの戦術が物量に対して物量でぶつかるという選択の時点で、既に結果は見えている。ケルトは無限だが、それに比べればアメリカ側は有限だ。同じ質量という領域で戦おうとすればいずれ、疲弊して潰れるのは目に見えている事だった。エジソンの戦略は根本的に間違えているのだ―――それに、カルナもエレナも気づかない筈がない。

 

「東へ、か」

 

「あぁ、この先の街で防衛線を張っている。合流すれば戦力が向上するだ―――」

 

 ジェロニモの言葉が遮られ、素早くハンドサインで身を隠す様に指示される。だがそれよりも早く閃光の如く駆け抜けて行く槍捌きにより、ジェロニモが感知した存在は一瞬で串刺しになった。傷一つなく、ケルト戦士を虐殺し終わったクー・フーリンはふぅ、と息を吐きながらケルト戦士を魔力の粒子に消し去った。

 

「おう、悪ぃ。話の腰を折っちまったな」

 

「クーニキ仕事がはっやい」

 

「まぁ、対ケルトだったら俺が最強ってもんよ」

 

「フェルディア」

 

 無言で胸を抑えるクー・フーリン。フォウが足元でやめてあげなよぉ、と鳴いている。立香が不思議そうな視線を向けてきているが、特に教えるつもりはない―――話題に出すとそれだけ、致命傷が増えそうな気がするからだ。まぁ、神話知識のアレコレは知れば知っておくだけ、武器になるし、同時に面白い話題でもあると思う。今のクー・フーリンの頼もしさから想像できないレベルでやらかしが多かったりするのは、面白い話だ。まぁ、クー・フーリンに問わず、神話にいる存在なんてものは基本、やらかしが多い。

 

「貴方も人の事を言えないけどね」

 

「やめなさい……やめなされ……俺の過去話は俺が死ぬ」

 

 横でこっそりと呟いてくる愛歌に対して声を震わせながら返答する。この女にだけは一生勝てない気がする―――まあ、勝とうとも思わないのだが。

 

「急いだほうがよさそうだぞ―――先に見える街が既に崩壊しつつある。戦線の維持は難しそうに見えるぞ」

 

 偵察に出ていたエミヤが霊体化を解除しながらそう告げると、立香が頷き、素早く合流する事を指示する。道が険しく、岩のほかに木々が多くてまともにブーディカの戦車が使えず徒歩の移動だったが、このまま歩いて接近する訳にもいかず、一気にマシュが立香を運び始め、武器を手に一気にサーヴァントが防衛している地点へと向かって飛び込んで行く。

 

 その先頭を行くのは―――ナイチンゲールだった。

 

「下ろせ! 余を下ろすのだ!」

 

「その時間が惜しい!」

 

「そういう問題じゃない……!」

 

「アレ、ギャグかなぁ」

 

「たぶん本人は大まじめですよ、マスター」

 

 立香とマシュの呆れた様な視線や声をガン無視し、ラーマを背負ったまま鋼鉄の婦長殿がケルトに襲撃されている街へと向かって突撃して行った。銃を片手に、背に(ラーマ)を、そしてもう片手に拳を握ってケルトを殴り殺しながらラーマを背負う姿はまさしく変態の一言だった。とはいえ、ナイチンゲールもバーサークしててやや視野が狭くなっているのか、背後からの光景に対して意識が散漫になっている。それをラーマがちょくちょく槍を取り出しては弾いてカウンターで一殺している辺り、コンビとしては中々良さげだった。

 

 ラーマの方は堪ったもんじゃないだろうが。

 

「見てる方は完全にギャグよね」

 

 愛歌の言葉に頷く。見てる方は楽しい―――見てる方は。無限覚醒がバレないようにしておこう。バレた時が色々と怖い。

 

 それはともかく、急いで街へと飛び込み、暴れ回るナイチンゲールのほかに、やや放心しながらその奇怪な様子を眺める二つの姿が見える。おそらくはロビン・フッドとビリー・ザ・キッドだろう。ジェロニモを見て即座に助かったような表情を浮かべる辺り、それなりに追い詰められていたらしい。実際、軽く生命反応を感知する辺りで、この周辺から感じるケルトの気配が既に三百を超えている所だった。斧を取り出しながらそれを肩に担ぎ、ジェロニモや立香がロビンらと合流する姿を見た。

 

「んー、街が既に防壁としての機能を果たしてないな……連中、理性がないくせに本能的に対軍の的にならねぇようにバラけて動いてるし……いや、そう命令されてるのか、女王から?」

 

「どちらにせよ、これだけ英霊戦力がいるのよ、三百ぐらいは余裕で処理できるでしょう? ……まぁ、問題はその後なんだけど」

 

 角を曲がって出現したケルトの姿を一振りでミンチにしながら、一角ごと一気に集団を薙ぎ払い、後方も残さず処理しつつ、影の中で潜んでいるアースを影を軽く足先で叩いて呼び出す。星使いの荒い奴だ、と呆れながらもこういうやって顎で使われるのを楽しんでいるのか、ウキウキとした様子で風葬と雷葬を始める。風に触れたケルト戦士が風化して行き、また別のケルトが雷に触れて分解されて死んでゆく。見た目がロリに代わりに働かせている間に軽く考える。

 

 この数を使()()()()に出来る程相手は物量を即座に補充できるだけの力がある。

 

 となると有効手段はまず間違いなく首都への電撃作戦だが―――そもそも、暗殺が通じるような存在であれば神話で実行されているだろう。その上、クー・フーリンから聞けるメイヴの情報には、メイヴにはコンホヴォルという一時期夫だったアルスター王の未来視を借りれる可能性が高いと言われている。

 

 そうでなくても既にディルムッド、フィンと立香が交戦している。その事を考えればコンホヴォル本人の召喚もあり得るだろう。

 

 そうなると()()()()()()()だろう。

 

「……作戦立案は2世を呼び寄せてやった方が良さげだな、これは」

 

 まだこの大陸における敵の全容が把握していない。となると現在必要な事は徐々にだが、見えてきている。後は見えているゴールまでどうやって進めるかの話だ。そんな事を考えていると、感じ取れるものがあった。

 

 濃い神気と嵐の気配が衝突していた遥か北の大地、

 

 そこから騒乱の気配が消え去った。




 テロガチ勢の緑茶と合流。紅茶と緑茶が合わさった時、クソ不味い飲み物になるので誰か嫌いな奴に飲ませよう。色んな意味で破壊的だ。

 それはそれとして、クー・フーリンがいて、メイヴの夫にコンホヴォルがいたという情報があるので暗殺計画はなし。未来視がある相手の暗殺とかする奴がいるかよ!! という話である。

 後オマケでカナダ無事死亡と共に戦闘は終了しました。


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最愛を求めて - 3

「―――さて、現状に関する情報を纏める。これは現地で判明した情報、サーヴァントから聞き出した憶測、そしてカルデアで調べた情報を統合した結果、私が判断したものだ。いいな?」

 

 ロード・エルメロイ2世、諸葛孔明の霊基を持つ疑似サーヴァントの彼はそう告げると、周りから頷きを返される。おそらく現在、カルデアが保有する戦力の中で一番作戦などに関する判断が上手く、私情抜きで選択できるサーヴァントだ。効率の化け物とも表現されている存在だ。そんな孔明の言葉であれば、大きな信頼を置ける。そういう訳でロビンとビリーが合流したところで一旦、情報整理を行う。

 

「まず最初に我らの最大の敵はこのアメリカ東部を占領するケルト軍となる。その首領は現在の所、ケルト神話出身のメイヴ、或いはクー・フーリンだと思われている。少なくともこのアメリカ大陸におけるケルト戦士の無限湧き現象に関してはメイヴの宝具があったとしても、聖杯級のバックアップがなければ不可能だと思われる。その為、まず間違いなく黒幕の一人としてメイヴが存在する。そしてラーマ王から聞いた話ではクー・フーリンは禍々しい装いに異常な耐久力と回復力を見せていたとされる。それこそ致命傷とも言える傷を回復するレベル。このことから、現在の聖杯の所有者はメイヴではなく、クー・フーリン、或いはケルト戦士の作成をメイヴの手から切り離したシステマチックなものにしてから聖杯をクー・フーリンの強化に使っていると考える―――ここまではいいな?」

 

 他の者同様、頷いてエルメロイ2世に返答する。それを受けたエルメロイ2世は話を続ける。

 

「まずメイヴは生前、関係を持った存在の力を借用出来ると把握している。これはフェルグスのカラドボルグであったり、ケルト戦士の召喚であったり、コンホヴォルの未来視であったりする。特にコンホヴォル王の未来視、これは限定的でありながらメイヴに未来の様子を見せる宝具となる為、ケルト戦士の量産の様に宝具が聖杯のバックアップで拡大解釈を受けていれば、コンホヴォル王本人が召喚され、更に精度の高い未来視が発生するだろう―――」

 

「奇襲は無理、という事か」

 

「まぁ、本当に未来視が万能ってなら今頃俺らが磨り潰されているだろうし? 万能って訳じゃないんだろうな。とはいえ、イカサマがあるって解ってて博打を打つ馬鹿はいないな」

 

 ジェロニモとロビンがやれやれ、という声色で呟いた。どうやら二人の脳内で奇襲して本陣を壊滅させるというプランがあったらしい―――まぁ、司令部への電撃作戦というのはこういう状況における、一番の逆転手段でもあるのだから当然と言えば当然だろう。メイヴの未来視の情報がなければまず間違いなく実行されていた―――そして、此方が壊滅していただろう。

 

「では陣営を変えて話をアメリカ側に持ってくる。此方はエジソンが首領だ。機械化兵とする事で即席で戦える兵士を量産化し、それで無限のケルト兵とぶつかり合っている。所属している将がエレナ・ブラヴァツキー女史とマハーバーラタの大英雄、カルナ。エジソン本人はおそらく何らかの要因で正気の判断を失っている。何故なら戦場を見ればやがて、ケルトが勝利するのは見えているのにエジソンはその先、聖杯を使ってアメリカを保存する事しか考えてないからだ。彼の蛮行は止めなくてはならず、説得はこの戦いを終える為、そして味方を増やす為に必要とされる事の一つだが……この場合、エジソン陣営に所属する英霊、カルナが最大の問題となって来る」

 

 エルメロイ2世がこのカルナだが、と言葉を置く。

 

「おそらくは()()()()として聖杯に呼び出されている可能性が高い―――おそらくは彼と深い因縁のあるサーヴァントがケルト側に召喚されているのだろう。この場合、カルナのライバルとして記録されているマハーバーラタの大英雄、アルジュナだと思われる。この英雄、アルジュナはカルナと互角のサーヴァントであり、カルナと一対一の勝負であれば勝敗は解らないものだと言われているが……現在、カルナには黄金の鎧がある。あらゆる攻撃を無力化するその鎧はアルジュナと戦う上で神々が奪ってまで封じたほどの代物だ。それが残った状態でアルジュナと戦えば、おそらく天秤は其方に傾く―――まぁ、現状、これは良い。だが問題はそこに辿り着くまでのカルナだ」

 

 うむ、とエルメロイ2世の言葉に頷く。ここは俺の出番だろう。

 

「さて……カルナに関してだが、奴は俺と同じ(グル)、パラシュラーマの弟子だったという来歴を持つ。アルジュナと勝負する上ではブラフマーストラの奥義が必須だと言われていたからな。アルジュナの様に息をしているだけで授かる様な坊ちゃんとは違って、カルナは自分から探し求める必要があり、その結果辿り着いたのがパラシュラーマだった。とはいえ、(グル)はクシャトリヤを酷く憎んでいた。そしてクシャトリヤだったら弟子であろうと殺す、というぐらいの殺意を見せていた。そんな(グル)に身分を偽ってカルナは弟子となった……まぁ、結局はブラフマーストラを授かった後でバレてしまうんだけどな」

 

 ちなみにこのバレるきっかけとなった事件の原因はインドラだと言われている。そして同時にカルナから黄金の鎧を奪ったのもインドラである。最後に自分でさえ扱えない槍を渡した所でチャラになると思ってんじゃねぇぞテメェ、と個人的には一言言ってから殺したい。やっぱり神ってクソだわとしか言えない。

 

「そこ、私情を挟まない」

 

「あいあい、えーと……そうだった。カルナがこの時、パラシュラーマ(グル)に二回呪われている。その内容は一番重要な戦いの時にブラフマーストラの奥義を忘れてしまう事。そしてもう一つはその時に戦車が動かなくなってしまう、というものだった。まぁ、この時はカルナも他の武術でどうにかするわ、ってノリだったのかもしれないけど、戦争が進んで多くの死人が出る中で、カルナは最後に一度、パラシュラーマ(グル)に会った」

 

 そしてそこでカルナは願ったのだ。

 

「このままではアルジュナには勝てないから奥義の呪いだけでも消してくれ、と」

 

 ここまで追い込まれ、敗北が秒読みだったとしても―――カルナは、奥義一つで戦場をひっくり返すつもりだった。そしておそらく、意地と根性でそれを成し遂げただろう、とは思う。

 

「だけどパラシュラーマ(グル)はこれを断った。彼もまたマハーバーラタという物語の奴隷であり、決まっている流れからは抜け出せなかった。故にパラシュラーマ(グル)はそれは出来ないが、それとは別に()()()()()()()()と言ったのだ」

 

「あれ……カルナってクシャトリヤなんだよな? それっておかしくない? というかなんで殺されずにいるんだろ」

 

 立香の疑問はもっともな部分だ。だから答える。

 

「カルナの死は確定していたんだよ。彼は悪側の陣営に付いてしまった英雄として討たれる運命にあったのさ。まぁ、細かい話に関しては流石に当人に聞かなきゃ解らないけど……ともあれ、ここでパラシュラーマはカルナに対して奥義は返せないが、その代わりに祝福をくれてやると言った。ここからが本題……というか問題だ。この時(グル)はな? 弟子煩悩というかなんというか……死地へと解っていて赴くカルナに対してヴィジャヤという弓と、永遠に消える事なく燃え続ける炎と、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を与えたんだ」

 

「ごめん、最後なんかおかしなものが聞こえた」

 

 聞き間違いではないのだ。聖仙は文字通り運命さえ支配する。慈悲を見せたパラシュラーマはカルナの最後のその瞬間までは戦士として戦えるように運命を掌握したのだ。そして事実、アルジュナと相対した瞬間にカルナの全てが崩壊し―――動けなくなり、無防備だったカルナをアルジュナは一方的に射殺した。それでカルナという男の物語は終わりを迎えた。

 

 って事はだ、とクー・フーリンが口を開ける。

 

「……俺らはアイツを殺せねぇし、撤退に追い込もうとしてもあの鎧が原因で無駄に近い。その代わりにケルト連中が本気で動き出した場合、推定相対者のアルジュナによって瞬殺される、と」

 

「うん。カナダの方から(グル)の気配を感じたし、カルナ、(グル)、アルジュナと三人そろっているなら逸話的な強制力が発生するからまず間違いなく再現されてると思う。その証拠はラーマとシータの現界だ。本来の聖杯戦争ではラーマとシータの同時召喚はあり得ない。だがヴィシュヌの化身が降臨している間はその伴侶の化身もまた姿を現すという逸話をラーマとシータの同時召喚で再現されている」

 

「―――という訳でかなりの確率で今の憶測がそのまま通る。シータの存在自体、ラーマ王が確実にアメリカの大地にいるという事を感じ取っている。となると逸話再現による強制力というのも馬鹿に出来ない。そして現状、我々が協力するレジスタンスの手駒、状況、そしてこの先で成しておくべき事を考えると取れる行動は幾つかある……いいな?」

 

 付いてきているか、と確認する為にエルメロイ2世が言葉を置いた。それを飲み込む様に立香とマシュがハイ、と答えると宜しい、とエルメロイ2世が呟く。

 

「時計塔の馬鹿共よりも出来の良い生徒で喜ばしい事だ。……さて、我々が優先的に処理しなければいけない事は幾つかある。まず一つ目はエジソン大統王の説得。これはエジソンに目的を諦めさせるのと同時にアメリカ合衆国という戦力をまとめ上げる為に必要な行動だ。そして次のケルト戦力の弱体化、制限、遅延。現状のケルト陣営の進軍速度ではアメリカの命も長くはなく、エジソンの敗北も見えてくる為、相手が詰みの動きを作り出す前に幾つか陣地を切り取ってケルトの動きを抑制する必要がある。三つ目はパラシュラーマとの接触、そして可能であれば味方に引き入れる事。これに関してはエジソンを説得する話に通じるが、エジソンを正気に戻してカルナを仲間にした場合、そのままアルジュナにカルナを殺される事を防ぐための術だ。パラシュラーマに呪いの解除を頼んで貰えれば、カルナを戦力として運用できるだろう」

 

「あ、それ先生に頼めない? 先生ってばラーマの呪いを一瞬で破壊してたし」

 

 立香の信頼するような言葉に対して簡潔に答えた。

 

「死ぬ」

 

「えっ」

 

「死ぬ」

 

「……え?」

 

「俺が(グル)に殺されて死ぬ」

 

「えぇー……」

 

「うむ……まあ、パラシュラーマの奴は情が深いし、流石にそこまで短絡的ではないと思いたいが……うーん―――やはり、自分のやった事が弟子に許可もなく解除されたのであればやはり師という立場ならばキレるか。死ぬとは思わんが五体満足ではいられないな」

 

 なのでカルナの呪いは解除できない。それに戦ったところで勝てるとは思えない相手の一人だ。戦いたいとも思わない。というか逃げたい。正直師匠と今更あったところで何を言われたものか解りもしない。クシャトリヤ認定はされないだろうが、弟子がウルトラCを根源に決めて帰ってきたと知った時のリアクションが非常に恐ろしい。でもあの人、かなり情が深くて定期的に弟子の顔を見に行くぐらいにはマメだからなぁ、と思い出す。

 

 まぁ、その話は後だ。

 

「そして最後、四つ目はケルト側が召喚したケルト英雄に対してカウンターとして召喚されている野良サーヴァントの回収だ。話を聞けば近くの街にネロ・クラウディウスがいるのをロビンが既に確認しているらしい他、このアメリカのどこかにはラーマの奥方であるシータがいるとの話もある。これらの戦力になるサーヴァントを回収、説得、味方にする事で対ケルト戦線への主力に組み込む事とする」

 

 エルメロイ2世の言葉にラーマは頷く。

 

「シータ自身はそこまでは強くはない(インド基準)が……余は現界するにあたってセイバーのクラスに改造した故、本来持つべき武器を手にしていない。アーチャーのクラスで余と同じ存在として召喚されるシータであるならば、まず間違いなく余の弓を―――サルンガを持っている。それであれば羅刹王すら耐え切れず地平から消し去る、最強のブラフマーストラを放つ事も出来る。無論、この状況は余としても見逃せぬ。シータとの再会を手伝ってくれるのであればもはや憂いはない―――理想王の名に誓い、全霊を持ってこの地平からケルトの名を消し去ろう」

 

「……との頼もしい言葉だ。とりあえず、現状出来る情報整理はここまでだ。質問はあるか?」

 

 しばし、会議に使っている廃墟の間で考える様に全員が仕草を取る。エルメロイ2世のおかげで今、このアメリカ大陸で発生している状況、対処すべき事は解った。とりあえずとして、

 

「優先事項はどれになる?」

 

「私見で言わせて貰えればケルトへの対処、サーヴァントに対する接触、そして最終的にはエジソンの説得だろう。現状、一番脅威度が低いのがエジソン大統王の存在で、奴もレジスタンスに対しては関わったら対処する程度の動きしか見せない」

 

 無言で銃に弾丸を装填するナイチンゲールを見てエルメロイ2世がビクビクし始める―――その気持ちは、良く解る。あの婦長、強い訳ではないが非常に恐ろしいのだ。なんというか、本能的に逆らえない恐ろしさがある。キャラ的な問題なのだろうが、あの迫力には負ける。巌窟王だって逃げる。

 

 それはともかく、

 

「―――で、どうするのだマスター。状況は以下の通りだ。お前はどう判断する?」

 

 サーヴァントから向けられたその言葉に立香は考え込む様にしばし、黙る。腕を組み、眼を閉じて考える立香はしかし、驚く程静かで、しかし頼りになる気配があった。数秒そのまま瞑目を続けてから目を開いた。

 

「……よし、まずはケルトの攻撃に対して対応する為にエミヤとロビンにはひたすら破壊工作とテロリズムで交戦を避けつつひたすら遅延戦闘で合衆国の戦線を支援して欲しいんだけど……できるかな?」

 

「任せたまえ。この狩人と組むという事に関しては言いたい事はあるが、戦術的な相性は良い」

 

「それはこっちのセリフなんだけどねぇ……ま、俺らの流儀を理解して任せてくれるってなら問題ないわ。話の感じ、道具とかはそっちで用意してくれるならずっと前線を止めてやれるさ」

 

 エミヤとロビンが了承した。確かに口は悪いし、性格的には反発する所もあるが―――本質的にはエミヤもロビンも手段を択ばないプロフェッショナルな戦士ではなく()()気質なのだ。自主性に任せるよりは命令を出してそれに従わせる運用の方が遥かに効率的に稼働するタイプだ、英霊に多い戦士タイプとはまるで違う。その為、口では反発するものの、一緒に動けと命令すれば手段を選ばずに蹂躙するだろう。

 

「このままネロに会いに行っても数が多すぎてケルト陣の索敵に引っかかりそうだし、ここから更にグループを二つに分けて動かす。一つはネロと接触する俺のグループ。もう一つはパラシュラーマと接触する先生のグループ。二グループに分けて行動を開始、終わったらレジスタンス拠点で合流。この行動中にシータの居場所を探せるなら探す方向で……こんな感じでどうかな?」

 

 立香の作戦立案にホログラムのロマニが頷いた。

 

『現状、出来る事と言えばこれぐらいだろうしね……レジスタンスの皆は……?』

 

「我々もこれで問題はない。戦力的には其方に大きく依存する風になる……頼む」

 

「ううん、此方こそ頼むよ。俺だって皆の力を借りて何とかやってきてるだけだしね」

 

 しかしこの流れ、自分が(グル)に会う必要が出てくるとは、なんとも―――色々と、恐ろしいものがある。(グル)―――そう、(グル)だ。探そうと思えばおそらく見つけられるだろう。ただ会う方が圧倒的に恐ろしさを感じる。もう既に何十年と会っていないのも事実なのだから。

 

 とはいえ、立香の作戦にケチのつけようはない。従うしかないだろう。

 

 ……やや、憂鬱だ。

 

「とりあえずチーズ用意するか、チーズ」

 

「あぁ、最高の嫌がらせになるな。チーズ型爆弾を大量に用意するとかな」

 

「拠点にチーズを送り届けても楽しそうだな」

 

「ほほう、オタクも中々解ってるじゃないの。そんじゃ、準備に取り掛かり始めますか」

 

「ほらほら、貴方も頑張りなさいな」

 

「諦めが肝心であるぞ?」

 

「……おう」

 

 それでも、やらなくてはならないのだ。




 という訳で奇襲キャンセルでサーヴァント確保からの合流、アルカトラズの情報収集を平行して行う方針で。

 立香くんの作戦立案能力が経験値溜まってきた事と優秀な先生しか回りにいない事が原因で殺意とガチで溢れ始めてる。必殺、確殺フォーメーション!

 まぁ、という訳でグル探し始まるよ。


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最愛を求めて - 4

「―――まさかパラシュラーマが現代で弟子を取ろうとはな」

 

 アメリカの荒野を軽く跳躍する様に駆けて行く―――そこに純粋な人間の姿はなく、最低限のスペックで英雄級と呼べる領域にある存在のみがある。即ち自分、ラーマ、そしてジェロニモになる。パラシュラーマを説得する要員として己とラーマ、そしてレジスタンスの責任者としてジェロニモが同道するという編成になっている。少なくともパラシュラーマの身分はブラフミン、インドにおけるカースト制度では最上の存在に当たる為、連れてくるのなら責任者レベルではないと失礼に当たる。という訳で面識のある人間が二人、そして責任者で合計三人―――カナダへと向けて移動する為、英霊三人という少人数での移動となっている。

 

「その言い方から察するに意外の様に聞こえるが」

 

 大地を駆け抜けながらそう話すラーマに、まぁ、割とな、と答える。

 

「そもそもパラシュラーマに与えられた役割はカーストの制度を戒める事、その大切さを伝える事―――そしてカリ・ユガの終焉に生まれるカルキに全てを教え、クリタ・ユガを生みだす手伝いをする事だ。パラシュラーマ自身、マハーバーラタ以降は他人と関わり、教え、弟子の終わりを見る事にも疲れを感じている筈だ。だからカルキの到来までは引きこもって鍛えつづけているとでも思っていたのだがな……」

 

 まぁ、とラーマは此方へと視線を向けた。

 

「それが覚者を生んだのだから、観察眼は確かだった、という事か」

 

「まぁ、(グル)はそこらへん、運命を見れるお方だからなぁ。俺が当時理解していなくても、何かを見出したのかもしれないし。まぁ、あの人はこうなった今でこそ漸くどれだけ偉大なのかを理解させられるよ……ほんと、なんで俺なんかを弟子に取ったのやら……」

 

 俺の方が知りたい案件だった。

 

 まぁ、運命を見れる人の判断―――自分程度ではどうにもならんだろう。

 

 そんな風な会話をしながら東部に入って中部を迂回する様に北進していた。

 

 現在向かう場所はラーマと己が感じた、パラシュラーマの気配が最も強かった場所―――つまり、パラシュラーマの戦いが終わったであろう場所である。昨日開始した戦いは数時間前にカナダを東から西へと横断する様に終了した。開催位置がケルト陣の中である為、おそらくはケルト陣営に所属する誰かと殺し合いながら移動を続けた結果だと思っている。だから転移や飛行等の手段を取っていなければ、おそらくはアメリカ北東部に存在していると思っている。

 

 その為、現在最前線である中部を迂回し、更にやや東寄りにある合衆国城を迂回する様に、北へと向かう。距離がかなりあるもので、ダラス方面から移動を始めている為、

 

 まずはグランドキャニオンまで向かっていた。

 

 そこから北進―――ロッキー山脈を突っ切る様な形で、障害物を無視しながら移動していた。

 

 本来、人間であれば飛行機を使って移動するような距離だ。だがそんな道具も乗り物も宝具も今は存在しない。その為、ジェロニモと自分で相互に移動補助用の魔術を多重に発動させ、それで敏捷力を上げられる極限まで強化したら、一気に大地を跳躍しながら突き進んで行くという移動手段を取るしかなかった。ここまで強化を行って移動すればもはやバイクや車なんて乗り物よりも移動速度は高く、疲れを知らない英霊という存在だからこそノンストップで移動し続けられる。合衆国後方、ケルトと全く関係のない土地を走っているという事もあって警戒は少ない。その為、割と派手に跳躍したところで見られても平気だった。

 

 普通じゃこんな事は出来ない―――マスターもいるし。

 

 マスターがおらず、気にする相手もいないからこそできる移動だった。マスターが、つまりは普通の人間がいればG等の関係で飛行しながらゲロレインボーでも作っていたり、ブラックアウトする程度の速度は出している。そもそも、それだけの速度を英霊は出そうとすれば一応は出せたりするのだ。

 

 テキサスを中心とする南部は一度ケルトの攻勢を受けた影響からか、非常に荒廃していて荒野が多くなっており、それを抜けて到着するのはグランドキャニオンだった。それは言わずと知れた、アメリカの誇る観光名所の一つであり、自分が宗教巡りをしている間、一度は目撃した事のある景色だった。とはいえ、あの頃は景色を楽しむなんて考えはなかったのも事実だった。

 

「中々の景観だな」

 

「時間があれば楽しむのだがなぁ」

 

「ま、そういうのは人理が修復した後、召喚された場合の楽しみとしてくれ」

 

 苦笑しながらグランドキャニオンの大峡谷を飛び越えて行く。飛び上がり、滞空している間に青い空と白い雲、光輪を無視するとして、その空の下に広がる大自然の姿に魅入る。確かに、時間があれば何時までも眺めていたい景色だった。アースと契約し、使役しているせいか、グランドキャニオンから他よりも強く星の力を感じる―――一種のパワースポットとなっているのは事実らしい。こういう所でゆっくりと夜の星を眺めるのもまた、乙なものだろうなぁ、なんて事を考えながら先へと進んで行く。

 

 

 

 

「一旦休息を挟もう」

 

 グランドキャニオンを超えてしばらく北へと進んだところでジェロニモが言葉を置いた。足を止めながらいいのか? とジェロニモとラーマへと視線を向けた。ジェロニモの言葉にそうだな、とラーマの頷いて同意した。

 

「余とジェロニモはサーヴァントであるから食事などを必要とはせぬが……エージは違うのだろう? 我慢する事が出来るのと、我慢をするべき事とは違う。非日常だからこそある種のルーティンを守るべきだと余は思う。故に遠慮する事無く休息を入れるべきだとも思うぞ」

 

「じゃあ二人の好意に甘えさせて貰いますか」

 

 適当な木陰を見つけるとその下に移動し、影の中で移動をサボっていた愛歌とアースが出てくる。お前ら、俺を働かせておいて調子いいよなぁ、と思いつつも、愛歌の手の中に握られているランチバスケットの存在を見て許す。超許す事にする。

 

「全く現金ねぇ、もう」

 

「へへ、男なんて生き物は割と単純なんだ」

 

「誇る事ではないな」

 

「事実ではあるが」

 

「もぅ……あ、貴方達の分もあるから遠慮する必要はないわ。見ているだけというのも退屈なものでしょう?」

 

 木陰で休みながら、四人と惑星一つでランチタイムという約一惑星が原因でスケールが壮大になるランチタイムになった。とはいえ、こうやって人の姿を取っている間は表現や考え方がやや人間寄り―――というより器寄りになるらしく、その動作や表現はかなり人間的である為、タイプアースだなんて説明しない限りは通じる事もないだろう。木陰の下、草の上に腰掛けながらランチバスケットを開ける。その中に入っているのはサンドイッチと幾つかに切り分けられた果物だった。

 

「カルデアからレイシフトすれば普通は手に入らない食材とかが調達できるから便利よね―――エミヤ辺りが割と張り切ったり幻想種料理のチャレンジしたりで最近、厨房に揃ってる食材が結構バリエーション豊富なのよ」

 

「平時でもあの調子なのか、あの男は」

 

「まぁ、趣味があるのは悪くはないと思うが」

 

 サンドイッチを一つ手に取りながらその中を確かめてみる。サニーレタスにワイバーン肉、マスタードにマヨネーズとシンプルなサンドイッチの他にも定番を抑えた組み合わせや、ポテトサラダを挟んだサンドイッチも見つける。地味にポテトサラダが大好物なので、先に其方のサンドイッチを取って確保しておくと、ジェロニモに笑われた。悪かったな、子供らしくて。そう思いながらも水筒から注がれる麦茶を片手に、アメリカの大地を照らす日差しを浴びながら短いランチタイムに入った。

 

「うん、美味しい」

 

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ」

 

「中々の器量の妻だな、エージ。とはいえ、余のシータには負けるがな」

 

「流石十四年間ノンストップで妻を求めて戦い続けて来た男の言葉は違う」

 

「……うむ、サーヴァントとして召喚されて戦い続けるだけだとも思ったが、こういう事もあるか」

 

 まぁ、サーヴァントなんて生き物は基本的に絶望的に生き急いでいる。普通の聖杯戦争であればまともに休息を取る暇さえないだろう―――そんなことすれば狭い市街の中で狙い殺されるだけなのだから。だからこうやって、普通に観光名所の近くでピクニックランチなんて事はあり得ないだろう。

 

 こういう何でもないような時間を得難く感じるのもまた、この状況の異常さなのだろう。そもそも、通常の聖杯戦争でアメリカ大陸そのものを戦場とする事なんて、神秘の秘匿を考えればまずありえないだろうし、そんな規模になったら神秘としても死ぬ筈だ―――だからこんな状況、特異点でもなければありえない。或いは地球そのもので七つの聖杯を並列霊基させる……なんて事でもしなければ無理だろう。

 

「……」

 

「ん? どうしたのだ、浮かない顔をしおって」

 

 サンドイッチを口の中に詰め込みながら考えていると。影から半身だけ覗かせながら食べているアースがそんな事を聞いてくる。お前、それちょっと行儀悪いんじゃないか? とは思いつつも星に文句は言えない。ともあれ、どうしたか、と言われるとアレだ。

 

「戦いが終わった後を考えてた」

 

「あぁ、成程な。お前はマスター同様生身の人だったな」

 

「あぁ。元々俺は実験体としてカルデアに運び込まれて情報抹消されているから世間的には()()()()()()()なんだよなぁ。だから社会復帰なんざ無理だし、今更表社会に戻るつもりもない。かといってゴータマの真似をして教えを広めようとも思わないし、ひっそりと自然の中で生きようとするには俗物的すぎるんだよ。普通にクーラーのガンガン効いた部屋でビール片手にテレビ見るのがいいし、俺」

 

「これがゴータマの同属かぁ……説教が入りそうだな」

 

 もう入ってる。割と寝ている間に何度か食らってる。まぁ、解らなくもないが。覚者にしては俺が俗物的すぎるのだ。悟りを利用するだけ利用して、それに従って生きようとしていないから当然と言えば当然なのだが。とはいえ、彼方も彼方でそれが義務でもなんでもない事は理解している為、怒るだけで済ませているのだが。

 

「まぁ、俺とマシュと立香に関してはこれで終わりじゃねぇんだ。この戦いの()があるんだ。……だとしたら誰か、一人ぐらい今の内に全て無事に終わらせた時の事を考えておかないとな」

 

 まず間違いなくカルデアの存在自体が問題になるし。レイシフトだって国連議会から承認を得て漸く行う事が出来るものだ―――今の様に軽い旅行気分で連打出来るものじゃない。まず責任者一族のアニムスフィアが死に絶えて、そして顧問であるレフ・ライノールでさえいない。その上、数多くの英霊が存在するこのカルデアという場所を時計塔も国連も見逃そうとするはずがない。

 

 マシュも寿命の問題がある。

 

 立香はその頃であれば人類最強のマスターとして君臨するだろう―――おそらく、古今東西どんなマスター、たとえ月の勝利者であろうとも人理を修復する事に成功した立香には勝てないだろうとは思う。

 

 それだけ人理の修復という偉業の達成は凄まじく、ごまかしがきかない。

 

 時計塔からの追加人員、国連からの呼応策、カルデアで凍結保存中のマスター、数多くの政争等からの干渉、

 

 これらすべてをどうにかしなくてはならない。

 

 ―――少なくとも、少年と少女の旅がハッピーエンドで終わらないのは嫌だ。

 

「ま、旅が終わった後をちょくちょく考えるのも大人の仕事だよな、って話だ」

 

 面倒だが、子供は()()()()()()()()()()()()のだ。故に立香とマシュの物語はハッピーエンド以外を自分は許すつもりはない。だから自分を救うついで、ほんとそのついでで他人の人生がハッピーになれるのであれば―――それは、とても素敵な事ではないだろうか?

 

「素直じゃないわねー」

 

「俺は何時だって自分の欲望に素直だぞ? な? ―――おい、お前らなんでこっちを見ないんだよ、おい!」

 

 少しはこっちを見て返事してみろよお前ら! と、中々賑やかなランチタイムを過ごしていると、地平線に人影を見た。感じた事のない、しかし強い気配に動きを止める事なく食べていたサンドイッチを口の中に押し込み、麦茶で一気に流し込んだ。勿体ないと思いながら一気に食べ終わるとさて、と心の中で呟きながら立ち上がり、此方を相手も発見し、近づいてくる姿を見た。普通の跳躍ではない、伸びながら素早く移動する跳躍は高速移動法の一つ、それも見た事のあるものだ。

 

 なにせ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 

 故に、その姿を見た瞬間、相手の人生を悟り、正体がなんであるのかを理解した。全身をタイツで包む姿は典型的なケルトの衣装ではあるが、その艶やかな肢体に隠れる技量、叡智、そして()()()()()()()()()から算出できる存在は一人しかいない。

 

「ピクニックも短かったな……」

 

「終わった後でゆっくりやれば良いだろう。それよりも穏やかな気配ではないな―――来るぞ」

 

 ラーマの言葉と共に正面の大地を爆ぜながら、影の国の女主人が着地した。顔の下半分を隠すようなマスク姿で朱槍を二本抜き放ち、回転させてから構えた。

 

「最初は馬鹿弟子が暴走しているのであればそれを諌めるのが師の役割とし、共に戦おうと思ったが―――貴様がいるのであれば話は変わる」

 

 女の視線は斧を抜き、肩に乗せた此方へと向けられ、固定されていた。

 

「貴様、()()()()()な……? 心臓を抉り、死の概念を叩きつけられ、身を微塵にしても死ねぬ私を―――!」

 

 気持ちは解らなくもない―――だがお前、そんな事を言っている場合じゃないだろう。人理が燃えているんだぞ、というか燃やされ終わってるんだぞ。お前、そんなことしてる場合じゃないぞ?

 

「影の国に帰ってくれスカサハ。クー・フーリンも今ならあげるから」

 

「いらん。そして置いて行け―――私の終わりを……それでこそ影の国より参った意味がある!!」

 

 畜生が、厄日かよ、と呟きながら飛び込んでくる()()のスカサハと相対する。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/b98e6c54-b3bf-4981-9dc6-1c3b11642d39/900c9b477ce1b2b5474c2d823be401a5

 影の国に帰れ。という訳で2スキル調整完了で解禁。vs生身スカサハ師匠だよ。

 正直お前も例外で召喚されているって枠だからサーヴァントにするよりも生身の方がしっくりくるよ。やったね、サーヴァントの時みたいな弱体化なしだよ。こっち来ないでくれ。

 彼女は死ねない。死という概念が届かなかった。心臓を穿っても死ねない。微塵に砕いても死ねない、生きているだけの女だった。何時かはあの男であれば……と願うも、男は死んだ。故に女は一人、国が燃え尽きるその日まで玉座で殺せる者を待つ。誰ぞ、私を殺せるものはいないか。


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最愛を求めて - 5

 スカサハが踏み込んだ。それと同時にその足は泥を踏んでいた。穢れの盃から溢れ出た、汚染の泥。それに触れればあらゆる生物がその強度を歪められ、脆く崩れ始めるそれを、スカサハは踏みながらも一切体勢や動きを崩す事無く、自然な動作で直前まで踏み込んでくる。完全に自身の体重、筋肉、可動範囲、バランス、そして()()を理解している動きだった―――おそらく、その()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()のだろう。明確なウェイトの一つとして、体の重心移動の為のパーツとして。そうやって殺しに来る動きのスカサハのそれは美しいとも表現できる領域にあり、

 

 芸術を超え、神域にある。

 

 ―――しかし、

 

通す訳が無かろう(≪武の祝福≫)

 

 振るわれるゲイ・ボルクにも見える呪いの朱槍を一瞬で同じ、槍で弾きながら返しの動きで、つまりは逆の手で握る不滅の刃でスカサハの首を取りに行く。それは何の抵抗もなくスカサハを殺しに行き、

 

 そして鮮血と共にその首に突き刺さった。

 

「―――な」

 

「正気か……!」

 

 だがそれでもスカサハの動きは止まらない。首に不滅の刃が埋まって行くのを気にする事なく前へと進み、此方へと向かってくる。それに従って首は断たれて行き―――刃が反対側へと抜けた。スカサハの首は完全に断たれた。だがその瞬間、彼女は死から否定された。死という概念そのものがスカサハへと届かない。触れる事が出来ない。存在する事が許されない。それ故に、彼女は即座に正しい形へと戻る。つまりそもそも首を切り落とされてなんかいない、という状態へと。スカサハに致命傷という概念はなかった―――そう、彼女に死はない。

 

 それは祝福でもなく、呪いでもなく、ただの生き地獄だった。

 

「まぁ、だからって殺されてやる訳(≪修羅の刃≫)じゃないが」

 

 ラーマを抜けて接近したスカサハの槍と一合、斧を重ね合わせた。それだけでスカサハの持つ死への執着、妄執、愛しさを感じられる。この女は心の底から死にたがっているが、魂や肉体を殺した程度じゃもはや死ぬ事が出来ない。それ程までに絶望的に死から遠ざかってしまった。哀れに思いながらも、ゲイ・ボルクを下へと向けて叩き落した。次の瞬間には逆の手に出現する新たなゲイ・ボルクをもう片手の新しい斧で叩き潰しながら、

 

 素早く六合、連続で刃を重ねた。鋼音が響きながら武器が破壊され、痺れが手に残る。たったそれだけで技量的にはスカサハの方が上回っているというのを理解できた。そもそも悠久の時を生き、絶える事なく鍛え続けて来たのだから、当然の結果とも言える。故に、

 

「―――故に同じ領域では戦わない(≪咎人の悟り≫)、と」

 

それで正解だ(≪武の祝福≫)数とは力故な(≪全王化身:借用:マツヤ≫)

 

 体を下へと引きながら膝を折り、朱槍の下を抜ける様に動きながら新たな斧を取り出すのと同時にラーマが連携して槍と剣を振るう。僅かにタイミングをズラして行われる槍と剣の連携は相手の反応のタイミングを狂わせる為の動きである。反応した後で捉えて殺す、そういう類いの動きをラーマは取る。しかし殺す為ではなく、()()()()()()()()()()()()()()為に。

 

「戯け、生前ならともかく今の貴様で私を捉えられるとでも思ったか」

 

 スカサハが回避した。その動きはシンプルに体を反らせるという動きだった。だがそこに異常とも取れるのはゲイ・ボルクを一本、ラーマの槍に当てながら固定、そこで発生する力の拮抗を使って体を反らせたまま持ち上げ、下からの攻撃を回避しながら体をズラして行き、ズラされる攻撃のタイミングに対応して動く。

 

 だがその動作に入るのと同時に此方も一気に消し飛ばす様に動く。空中にある以上、スカサハの動きは鈍い、故に、遠慮なく空を薙ぎ払う様に、

 

「―――梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)

 

 奥義を放った。

 

甘い(≪魔境の智慧≫)

 

ほう、それは真か(≪空想具現化≫)?」

 

 重力が急激に縫い付ける様にスカサハの体を大地へと引きずり下ろし、奥義を回避した瞬間、影の中で待機していたアースが上半身のみを覗かせ、スカサハの眼前に手を伸ばした。

 

なみよ(≪原初の一≫)

 

 直後、大地を波が走った。その発生と同時に正面広がっていた大地は一瞬で分解し、砂漠を通り越して液状化し、泥の海へと姿を変貌させた。閃光の通りで一瞬だけスカサハの姿が消える、が、その気配は消えていない。素早く後方へと向かって跳躍すれば、空に飛びあがるスカサハの姿が見えた。鮭跳びの術であのタイミングから逃げ延びるか、と軽く呆れさえ感じるが―――この流れは読めていた。そして跳躍しているスカサハは力を引き出してくる為にゲイ・ボルクを既に投げ放つ態勢にある。その動きは一瞬。

 

「―――貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

物騒な呪いには退場願おうか(≪咎人の悟り≫)―――!」

 

 ゲイ・ボルクが投擲されるのと同じ時間軸に干渉し、因果による心臓を貫く呪いを発動と同時に解除し、発動を無かった事とする。だがそれは別に発動自体がなかった事になる訳ではない。斧を二本、交差させるように切り払う。まるで1トントラックを生身で受け止めたかのような衝撃に体が後ろへと無理やり押し込まれ、斧が砕け散る。だがその瞬間にはスカサハは無防備であり。

 

「……精霊よ、太陽よ。今一時、我に力を貸し与えたまえ。その大いなるいたずらを―――大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)!」

 

「……呼んだか?」

 

「呼んでない。呼んでないから連射しろ。とりあえず連射しろ」

 

 出現する巨大なコヨーテの守護霊、そして出現する太陽。それが一瞬で正面の世界を炎と閃光で包み込んだ。それを助長する様にれんごくをノンストップでアースが叩き込み続けている。逃げ場が無いように抜けられそうな場所を潰し、確実に追い込んで封殺する様に、地形そのものに埋没させるように―――スカサハが得意とする近接武装戦へと持ち込まれない様に攻撃を連続で放つのに、自分も弓を抜いて参加する。一瞬でこの世の地獄とも思える光景が繰り広げられる中、周囲の景色が、風景が、空気が変わって行く。

 

「―――阻め、我が国、我が身を守護する七つの城壁よ! 来たれ不幸の原!」

 

「ざけんなー! ざけんなー! ざけんな(≪修羅の刃≫)……!」

 

「固有結界ではないな、直接国を召喚して上書きしているか。参ったな、これは面倒だぞ(≪偉大なる者の腕:弓≫)

 

「はっはっは、……これはどうしようもないな(≪シャーマニズム≫)

 

「そう言いながら一切手の動きを止めずに爆撃を強める辺り流石よね」

 

 弓をラーマと並んで素早く連続で乱射し続ける雷崩(フェイク・ヴァジュラ)と通常のブラフマーストラが連続で放たれながら影の国を守護する七つの城壁の一つに衝突し、城壁を貫通しながら次の城壁を穿ち、スカサハへと届かせる為に連射と超速射を行う。原子分解を行う雷と万物を問答無用で貫通するブラフマー神の奥義が城壁を粉砕して行く。対城・対国級の連射が城壁の一つをアメリカの大空にようやっと吹き飛ばしたところで、新たな城壁が見え、また同時に足元が泥濘に覆われ始めた―――スカサハの呼び出した彼女の国に至る道に存在する障害の一つ、不幸の原が広がっていた。

 

 それはどんな強運であろうが全てを無に落とす、祝福殺しの野原だ。

 

 それをシャーマニズムでジェロニモがアメリカの大地を活性化させ、召喚された大地に対してアメリカの大地そのもので抵抗する事によって軽減する―――スカサハの本業は呪術師だ。呪いに関する干渉は全て遮断できるが、不幸の原は性質であって呪いではない為、片手間で遮断する事が出来ない。

 

「プシュカ・パタ! プシュカ・パタ・ヴィーマナ出そう、ラーマくん! お空から爆撃するのだ!」

 

「余は今はセイバーなのだ! ライダーじゃなければ持ってないぞ! 神器の類であればありったけ持ってきたのだが!」

 

「このインド使えねぇなぁ! 霊基改造してセイバーで来るならもうちょっと使える宝具持ち込んで来いよ!!」

 

「良し、戦いが終わった後で話があるとして―――来るぞ!!」

 

「メンヘラでヤンデレで数千年引きこもりの見た目だけ若作りのババアがか! あ、殺気凄い」

 

「余裕あるな君達は」

 

 鉄火場は慣れているからなぁ、と思いつつ、城壁を超え乍ら飛び込んで殺しに来るスカサハの姿が見えた。その両手にはゲイ・ボルクが一本ずつ―――そしてその背には同じような呪いの朱槍が三十を超える数で浮かんでいた。その全てに原初のルーンが刻印されており、その全てに心臓破りの呪いが付与されていた。それをどんな方向へ、バラバラにランダムにはなったとしても、その全てが因果を超えて心臓を突き破る為に異次元な軌道を描きながら動くだろう。

 

 正気じゃねぇ。

 

 死にたい。

 

 だけど女王と戦士としての誇りがある。

 

 故に―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 切実に帰ってくれ、と言いたくなるメンヘラ代表だった。とはいえ、殺しに来る以上、殺さなくては此方が殺される―――というか本気で殺しに来ている。これだから、

 

「ケルトは……!」

 

 朱槍が放たれた。それらの呪いを発現と同時に浄化した。だが朱槍の動きは停止せず、そのまま残像さえ残さずに落ちてくる。それをラーマが弓を速射しつつチャクラムを飛ばし迎撃、朱槍をピンボールの様に跳ね飛ばしながら慣性を利用し、ぶつかり合って弾く。その合間を抜ける様に一気にスカサハが飛び込んだ。不幸の原、その泥濘や効力は一切スカサハには届かず、彼女に味方していた。確かな足取りで底なし沼の上を沈む事なく進んできながら、二本の朱槍を手に、四本を浮かべながら接近した。弓を捨て去りながら踏み込む―――斧を抜きながら確かな足元を感じる。強大すぎるため、この距離ではもう梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)は放てない。

 

 ―――ここからは経験と技巧と連携の勝負。

 

「私を―――殺せ」

 

「うるせぇ」

 

「貴様はここで」

 

「さっさと死ぬといい」

 

 ラーマから位置を僅かにズラしながら両側から攻め込んだ。対応にスカサハの両手が塞がり、その瞬間に守護獣がスカサハの背後に出現し、ジェロニモの命令と共に一気に襲い掛かった。振り返る事もなく浮かべる朱槍で迎撃に回りながら、スカサハの重心がズレ、打ち合わせる武器を引き込もうと動かす。それに対応し、武器を引きながら後ろへと下がれば、朱槍が回転する様に振るわれる。速度の乗る槍の動き下がるのと同時にれんごくが叩き込まれるのをスカサハが影そのものになる様に姿をブレさせ、動きを作った。

 

I, see you……(≪サトリ≫)

 

 が、それを読む―――この地上において読みという一点で覚者を超える事の出来る存在はいない。心を読むのではなく、その人物という存在そのものを読む為、無心になって動いたところでその動きを悟れる。それが覚者という反則的な存在であり、それに対抗できるのは―――その領域まで心理学を極めている存在、プラトンの様な者ぐらいだろう。故にスカサハもそれを相対して理解している為、

 

 ()()()()()()()()()()()()という方法で攻める。

 

 ―――即ち、技量と経験でゴリ通す。

 

 回避先に攻撃をラーマとサトリとマツヤの予見の権能で互いの動きを読み取りながら即席で連携を組みあげて行く。攻撃を交代させるように素早く、連続で押し込む様にスカサハを圧倒しようとするが、生身であるスカサハに対する制限は現在―――存在しない。

 

 その為、クラス分け等という弱体化を受け付けず、全ての技を持ってスカサハは動ける。

 

 その武術の冴えは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだった。打ち合う度に筋力を超えて不可思議な衝撃が武器を伝って手を殺しに来る。それが衝撃交じりの斬撃となって、打ち合う度に手に斬撃を刻みもする。まともに打ち合えばそれだけ不利になって行く。だがそうやって距離を開けようと考えれば新たに朱槍をスカサハが生み出すだろう。

 

 となると、反撃上等で一気に押し込む以外の選択肢が無い。

 

―――(≪根源接続者≫)

 

 武器を破壊されながら手刀で朱槍を受け流しつつ、拳を握り、根源へと接続する。命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)は使わない。この女には()()()使()()()()。だから拳を固めながらその心を、徹底的に殺す。その為に覚醒に入ろうとした瞬間、スカサハのブレる動きを新たな気配が掴んだ。

 

 片手をスカサハの肩に置き、ミシリ、と骨を砕く様な音を立てながら青年は出現した。浅い褐色の肌に黒髪、上半身をポンチョの様な格好で隠しながら片手で三日月の様な形の斧を手に握り、素足で大地を踏む青年は髪をオールバックで流しながら、口を開いた。

 

「―――お前、誰の許しを得て人の弟子虐めてるんだ?」

 

 直後、人の姿が影となって吹き飛んだ。遠くで聞こえる城壁の粉砕音と共に、漸く、割って入った姿を見る事が出来た。実に二十数年近い再会となる人物は僅かに成長したようにしか見えない姿をしており―――それでさえ、本当の姿でもなく、力を発揮する為の変体であるのは理解できた。だがその前に、ややひきつった表情のまま、言葉を向けた。

 

「お、お久しぶりです(グル)

 

「久しいな、馬鹿弟子。理解力が上がった所で少しはお前の師の偉大さを理解できるようになったか? ん? はは、冗談だ、そう僕に怯える事もないだろう?」

 

「は、はは……はははは……」

 

 どうしてだろうか―――最強の助っ人を前に、乾いた笑いしか漏れないのは。




 ハイパーお師匠大戦、アメリカとさとみーとクーニキは吐血する。二人とも帰ってくれ。

 果たしてこの戦いに収拾はつくのだろうか……。なお規模としてはどちらも観察と手札の確認なのでまだ小規模な模様。


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最愛を求めて - 6

 パラシュラーマ。

 

 それはインド神話における最上位の武芸の師であり、同時に最強の聖仙の名でもある。彼は宇宙そのものと心技を合一させ、真理へと至ったとされている者であり―――そして何よりも、自分の武芸における師でもあった。他の英雄達とは違い、学んだのはたったの数年程度だった。だがそれでも、その偉大さはこうやって上の領域に上がったからこそ解る―――凄い、世話になったのだ。それもかなり丁寧に世話になったものだ、と今では思う。異郷の、同じ宗教でもない男を弟子として迎えて鍛えてくれたのだ。おそらく、かつてのパラシュラーマではありえない事だった。

 

 故に言葉にはし辛いが、感謝している。人理が焼却されてもあの人なら死なないだろうなぁ、

 

 ―――と思ったらいた。

 

「……気配は感じていたが本当に貴様がいるとはな、パラシュラーマ」

 

「お前も随分と久しいな、ラーマ。しかし縁を辿ってきてみるもんだ。こんな面白い同窓会をやっているなんてな……と、そうだった。とりあえずまだあの女が生きているし、くっちゃべってる場合じゃなかったな」

 

 そう言うとおい、とパラシュラーマが砕けた城壁の方へと声を向けた。土煙の上がる破壊の痕跡はパラシュラーマが殴り飛ばしたスカサハの体のある筈の方角だ―――だが破壊の痕跡の規模にしては血の匂いが全くしない。それはつまり、スカサハに発生した破壊の結果を証明する事でもあった。

 

「今の程度でくたばる程弱くないだろ、お前も」

 

「―――割り込んできた貴様には言われたくはない言葉だな」

 

 言葉と共に服装はややボロボロになっているが、ダメージらしいダメージを見せないスカサハの姿が城壁の方から姿を見せて来た。そうか、あんなに殴り飛ばされて完全な無傷とは恐れ入った、と思いつつも、スカサハを見ながら武器を取り出す必要はなく感じた。スカサハ本人も、この場での戦闘の継続はパラシュラーマが割って入った時点で不可能だと悟ったのだろう。事実、パラシュラーマを無視して此方と戦闘を続けることは困難だろう。

 

「邪魔をするな鏖滅者」

 

「お前のその選ばなさが悪いんだよ、女王。少しは状況を読め」

 

 パラシュラーマにそう言われて、スカサハが首を傾げる。

 

「なんだ、人理焼却の事を言っているのか―――()()()()()()()()()()()()? そんな事はセタンタ等に任せておけば良い。それよりも何千という時を経て漸く現れた輪廻の使徒だ。これを逃せば何時かは解ったものではない」

 

「お前からすればそうかもしれないけど、人類全体からすれば取り返しのない出来事なんだよ。まぁ、お前の言い分に関しては業腹ながら解らなくはない―――ただお前が手を出しているのは僕の不出来な弟子であるし、そもそもこいつは()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

 

 スカサハの視線が此方へと向けられるので、無言で右中指を浮かべてから、流れるような動作で左手中指を突きあげる。これがお前の答えだスカサハ、とついでに演出で後光でも照らしてみる。これで歴史で最も神聖な雰囲気のある覚者の中指というクッソくだらない事が起きてしまった。自分の才能が恐ろしい。

 

「死にたいなら一人で死ねババア。俺がお前に向ける言葉はそれだけだ。俺に迷惑が掛からない範囲なら特に問題なく来世までぶっ飛ばしてやる」

 

 だけど、スカサハは違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな。いいか、良く聞けよケルト式数千年物引きこもりババア。お前の理知的な姿はあくまでも見せかけた部分だけだ。深い叡智と経験を多く持ち、そして重ねられた修練による魔技とも表現すべき領域にその技巧はある。故に自制心があるようでそうじゃない。お前は根っからのケルトだ。理性で解っていながらも本能的な欲求と誇りを絶対に捨てる事が出来ない。女や人としてではなく、戦士や本能をお前は絶対に選ぶ」

 

 その言葉にスカサハは返答しないし、動きを見せず、パラシュラーマはニコニコと笑みを浮かべ、ラーマとジェロニモは止めた方がいいんじゃないか? と肩を叩いてくる。だがここにパラシュラーマがいるなら話は別だ―――別に、(グル)の威光を借りてもいいのだろう?

 

「いいか、メンヘラでヤンデレで蛮族女、良く聞けよ。お前はここは一切殴りかかる事なく、頼んで頭を下げればそれで死ねると理解している。だけどお前の戦士としての誇りがそれを許さない。死ぬのであれば戦いの中で、そこで壮絶に絶命したいと願って()()()()()。数多くの英雄や勇士たちがそうであった様に自分もそうやって壮絶に死にたいと乙女の様に思っている。そしてお前はプライドを選ぶ。現実よりも戦いの中で果てる事を選ぶ。どんな状況、どんな選択肢でも絶対に曲げる事はないだろう、それが()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから」

 

 故に断言しよう。

 

「―――スカサハ、()()()()()()()、とな」

 

 愛歌が後ろであーあ、言っちゃった、と言うのが聞こえる。パラシュラーマが爆笑するのが聞こえる。どうやらかなり面白かったらしい。個人的にもいきなり殺しに来られて軽くストレスがたまっていたので大人げなく真実の暴力で殴りに行ったが、どうだろう、少しは反省してくれただろうか? まぁ、そんな訳はないだろう。これで考えを改めるようなケルト文化ではない。連中、ゲッシュとかいう意味不明なクソルールの中で生きているキチガイだから。文字通り()()()()()()()()()のは既にメイヴが証明している。

 

 それを聞いたスカサハは数秒間完全に停止していた。そこから口を開けて漏らしたのは、

 

「―――ふ、ふふ」

 

 笑い声だった。愉快そうな声を響かせながら笑い出した。アメリカの空に響く様な笑い声を、一切邪魔される事もなくスカサハは響かせていた。それを唐突に止めながらスカサハはそうだな、と呟いた。

 

「貴様は正しい。私に戦士としての誇りを捨てる事は出来ん。戦いの中で死ぬ事のみを求める。そしてその様な凶事、貴様は認めんだろうな」

 

「敵に慈悲を示す馬鹿がどこにいる」

 

「正論、いや、まさに正論だ。言葉もない。貴様の言葉は正しい。私が頭を下げる事はあり得ない。そして戦いの中で果てるという願いも捨てきれない―――」

 

 スカサハが何を考えたのか―――いや、どういう考えに行き着くのかを悟った瞬間、ゲロを吐きそうになった。耳を押さえて言葉を否定したかったが、そんな訳にも行かず、スカサハが放った言葉を聞いた。それは即ち、この状況に対する答えだった。

 

「故に()()()()()()()()()()()()()()()()()のだな? カルデアだったか。流れを見ればおそらく数日中にはケルト側と決戦を挑む流れ。ならそれに便乗させて貰おう」

 

「わぁい」

 

 そこで謝るという選択肢が出現しない辺り、実にケルト的だった。殺してくれないなら()()()()()()()()()()()()()というのがスカサハの判断だった。そりゃあ総力戦で、突破が必要な乱戦の状態で長々と戦ってはいられない―――そうなると宝具を温存する事も出来ないし、無理やり使わせる事の出来る状況だろう。だがそこまでしてやるかこの女、と軽くキレそうになる。とはいえ、そう判断を終えた後には既にスカサハは影を溶かして、その領地ごと一瞬で幻の如く消え去った。最初からそこに存在しなかったかのように。

 

「言葉もねぇ」

 

 スカサハの自分の欲求に素直な方針と、その判断の素早さに関してはもう完全に言葉もなかった。流石に綺麗そうな女を見たら見つけられる前に殺して報告した女、地雷力の桁が違う。どれだけ見た目が良くても、

 

「中身がああじゃそそらないか?」

 

(グル)、心を読むの止めてください。ほんと辛いんで」

 

「ははは、そう言ってくれるなよ。久しぶりに知っている顔、それも生きているのが見れてご機嫌なんだから。ドローナの奴はいないけどカルナもいるんだってな、この戦場に? クリシュナの奴も来てたし、こりゃあ派手な同窓会になりそうじゃないか」

 

 楽しそうに笑うパラシュラーマが近づいてくると背中を叩いてくる。それが地味に痛い―――が、再会出来て嬉しいのは自分もそうだったりする。何だかんだで、旅をしていた時代の知り合いなのだ、パラシュラーマは。だからこうやって再び会えた事は自分の未熟さを思い出す様で恥ずかしいが、同時に忘れられない懐かしさを感じさせてくれる。

 

「いやぁ、本当に偉くなりやがって。気が付いたらゴータマの同類か」

 

(グル)、痛いです。背中叩く手が超痛いです。マジ痛いですって」

 

「ん? あぁ、すまんすまん。ちょっとはしゃいでしまった」

 

 絶対に背中が赤くなっているだろうなぁ、と思っていると呆れた様子でラーマがパラシュラーマを見ていた。

 

「貴様は本当に変わらんな、パラシュラーマ。ただ昔はもう少し隠者気取りだったとは思うぞ」

 

「僕か? 僕が隠者気取りなのはそれはそうさ。何せ、俗世間に関わっていい事なんて特にないからね―――まぁ、最近は色々と手を出す事も考えて来たけどね。カルキが生まれてくるまで何もせずに引きこもっているというのもいい加減飽きて来たから、最近はちょくちょく教師の真似事を始めたよ。そのおかげで面白い拾い物があった訳だけどさ」

 

(グル)、背中が痛いです。背中が」

 

 (グル)のテンションが高い。物凄く高い。

 

「昔の(グル)はもうちょい威厳があった感じがするんですけど」

 

「ん? そりゃあ師として振る舞うなら僕だって威厳の一つや二つ、引っ張り出すしそう振る舞うさ。だけど仮にとはいえ修行を終わらせて送り出したんだぞ? その上で自らの道を見つけ、そして一人の人間として大地に立った―――ならば実力や立場、背景等を無視した一人の人間としての僕らは対等な存在だ。そうなったらまた面倒を見ている時以外で堅苦しくする必要もないだろう? お前もいい大人なんだ、所帯持ちかどうかは微妙なラインだとして、立派な大人になったんだ。何時までも無駄に威張り散らす必要もないさ」

 

「……もしクシャトリヤの娘と結婚していたら?」

 

「気配で殺してた」

 

「やっぱ神話から生きている人間でまともなのはいないんだなぁ……」

 

 クシャトリヤさえ、クシャトリヤさえ絡まなければ本当にいい人なんだ、パラシュラーマは。情に深く、弟子を大切にし、その才能をきちんと認めて嫉妬する事もなく完璧にその才能を磨き上げるだけではなく、去って行く弟子に祝福等を与える人情家だ。だがそれはそれとしてクシャトリヤは殺す。その唯一の例外は先に弟子であったカルナ、そして同じアヴァターラであるラーマだけだった。

 

「……とりあえず落ち着いたところでよろしいだろうか?」

 

 会話がひと段落した所でジェロニモが声を挟んできた。慎重に、しかし敬意を見せる様に。その動きにまぁまぁ、とパラシュラーマが片手を持ち上げた。

 

「そう畏まる必要はないさ。それに君の要件も大体解っている」

 

(グル)、解説殺しっすな」

 

「お前も今では人の事言えたもんじゃないと思うけどねぇ」

 

 まぁ、それはそうなのだが、挨拶とか諸々のタイミングを失ったジェロニモが若干表情をしょんぼりさせている。とりあえず、元気を出せよ、と軽く肩を叩きながら元気づける。今は、普通にパラシュラーマがめっちゃ気さくな事に安心しようじゃないか、という事で。

 

「それはそれとしてパラシュラーマ、貴様クリシュナと言ったか」

 

「あぁ、クリシュナの奴ね。なんかアイツ、アルジュナを呼び出してるし、色々狙ってるみたいだし、油断しない方がいいぞ……と、流石にこんな所で話し続ける内容でもないな。とりあえず人類最後の希望が来てるんだろう? 地味に会うのを楽しみにしてるんだ―――さぁ、行こうか」

 

 ノリノリの(グル)を見て軽く溜息を吐く。この場でのスカサハとの本格的な戦いは何とかぎりぎりで回避できた。

 

 その代わりになんか、アメリカで行う全体的な戦いのグレードが上昇してしまったような、そんな気がしてならなかった。




 アメリカくん、寿命が数日伸びる。助かるとは言わない。

 という訳でスカサハ、神話に名を残すメンヘラヤンっぷりを見事に見せてくれる。この状況にはクーくんも見事吐血しながら倒れてくれるでしょう。SN男子勢が一体何をしたって言うんだ!!!

 という訳で再び合流してからルート分岐のお話。アメリカも少しずつ終わりが見えて来たけどやっぱ長い。さとみーの胃痛が始まる。

 そしてお前、挑発するから……。


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最愛を求めて - 7

「―――まぁ、という訳でこっちは(グル)と合流出来たよ。と、いう訳で此方が俺の師匠に当たる人物でインドの大英雄の生みの親とも言えるお方、パラシュラーマ師だ」

 

「やあ、やあ。クシャトリヤはいるかなー? んー? そっかー、いないかー。じゃあ殺さなくていいね。という訳で弟子の紹介に預かったパラシュラーマだ。別にクシャトリヤ以外は怯える必要はないんだぜ? まぁ、人理を何とかしようとするよしみ、仲良くやろうぜ」

 

「凄いですよマスター、あの栄二さんが先ほどから滅茶苦茶ビクビクしてます」

 

「その気持ちはなんとなく解るけどね……」

 

 喋っている間、ずっとパラシュラーマに肩を組まれていれば誰だってそうなる。アレだ、サラリーマンの平社員が社長と一緒にいるような、そんな気分だきっと。助けてラーマ、と視線を(ラーマ)に向けるが、あのショタ王は此方へと視線を向けずに、違う方向へと視線を向けて此方の助けを無視しやがっていた。それとは別の話になるが、スカサハの話を報告してからクー・フーリンが顔と胃を抑えながら蹲ってた。ナイチンゲールが先ほどから大丈夫? 切除する? とアピールしてきているがアイツも大丈夫だろうか。いや、大丈夫じゃないな。

 

「まぁ、僕が来たからには安心すると良い。今は調子が良いし気分も良い。だから大サービスしてこの大地に存在するケルトを根こそぎ薙ぎ払ってやろう―――と言いたい所だけど、僕も僕で少々相手をしなきゃいけない奴がいるからね、今回は大っぴらに動けるとは思わないでくれ。精々軽く支援したり、相手の大物が一人動けなくなる程度だと思ってくれ。お前たちと一緒にケルト側のクー・フーリンやメイヴ、スカサハとは戦えないよ。残念ながらね」

 

「残念に思う反面、ほっとするのは何故だろうか……」

 

 ―――現在、パラシュラーマと合流する事にした為にレジスタンス拠点に戻った。

 

 丁度立香の方も仲間集めと情報収集を終わらせた所らしく、ネロを味方に引き入れる他、エミヤとロビンが最前線でチーズをばら撒きまくってひたすらメイヴに嫌がらせ、そして交戦してフェルグス、そしてクー・フーリンの親友であった男、フェルディアと交戦し、その果てで西の果てにあるアルカトラズの情報について入手する事に成功した。その為、エミヤとロビンは現在引き続き潜伏中でここにはおらず、それ以外の味方サーヴァントが揃っているという形だった。

 

 正直、戦力としてはかなり整ってきたのも事実だ。

 

「―――ただやはり、大統王陣営との共闘、そしてラーマの奥方の救出は必要だろう。相手の戦力をマスターらが計ってくれた事と、此方で戦力を確認した事で解る。限界まで戦力を集めてからぶつからないと一気に押し負ける」

 

「お前の女だろクー・フーリン!! どうにかしろよ!!」

 

「うるせぇんだよ!! 俺はまた親友殺さなきゃならねぇことに頭抱えてんだよ! しかもアイツオイフェも来てるぞとか言ってるんだぞ!! これコンラいるじゃねーか! お師匠の相手してる余裕とかねーよ! お前にくれてやるから!」

 

「不良品は求めてねぇんだよクソが!! 見た目は良くても中身がダークマター化してるじゃねぇかあのババア!!」

 

「お前解る? 俺の気持ち解る? セタンタ、お前あの美人に惚れそうだから先回りして殺しておいたぞ、どうだ? って首級見せられた時の俺の気持ち解る? なぁ!」

 

 クー・フーリンに近づき、腕を取って握手を交わした。お前、アレと何年間も一緒に生活して修行してたのか。良く無事―――じゃなかったな、心の底から同情しつつ、自分の師匠がパラシュラーマという凄まじい人格者である事に今更ながら感謝する。見た目はいいのだ、見た目は―――だけど中身がダメすぎる。やっぱりケルト女は駄目だ。邪悪か蛮族かのどちらかしかいない。クー・フーリンとガッツリ握手を交わし、友情を確かめ合っている裏では話が進んでいた。

 

「現状、パラシュラーマ殿を交えて此方で観察した追加戦力はアルジュナ、クリシュナ……」

 

「そしてこっちでケルト側に確実にメイヴがいる事と、フェルグスとフェルディアを確認した。後、話ではオイフェもいるとか。こうなると、やっぱり最終的には総力戦による中央突破での決戦勝負に持ち込むのが一番だと思うんだけど……」

 

「というか現状、勝ち筋がそれしかないね。或いは逸話再現による敗北を狙ってもいいけど、そんな解り切った事は向こうでも間違いなく対策するだろう。確か女王メイヴはチーズの投擲によって死んだんだろう? だったら優秀な弓兵を周りに設置して、チーズが飛んできたらそれを射撃して迎撃すれば万が一の時はどうにかなるだろう」

 

「ギャグの様だけれどガチガチの対策なんだよなぁ、これ……」

 

 戦場でチーズが勝敗を握るとかバカみたいな話だが、現実としてメイヴを殺すのに一番有用な手段である以上、馬鹿にする事は出来ないのだ。それはともかく、一つずつ問題を片付ければ大体だがやらなくてはならない事も見えてくる。やはり戦力の補充だ。パラシュラーマという超越級の存在が加入したのはいいが、同じ様にスカサハも向こう側にいるのが発覚している。そしてそれは別に、メイヴが行う自分の能力での召喚は()()()()()()()()()()である為、聖杯がカウンター召喚を行わない。

 

 その為、発覚している以上の戦力を相手が用意している可能性が非常に高い事がここで判明する。

 

 となるとやはり、戦力の向上と用意が一番大事になって来る。

 

「……次も二方面作戦か?」

 

「大統王エジソンの説得、そしてシータの救出だな」

 

(クシャトリヤ)を名乗る奴にロクな奴がいる訳ないんだ、んなのぶっ殺せばいいのに」

 

 パラシュラーマの過激発言に関しては笑える要素が欠片もない上に立香からお前の師匠だろ? 何とかしろよ、的な視線を向けられる。だが数千年間生きてきて、現代のクシャトリヤを問答無用で殺さないだけかなり進歩だし、それ以上の譲歩を引き出すのは無駄と言うか無理なので、俺にSOSサインを向けるのは切実に止めて欲しい。

 

「まぁ、(グル)の過激発言はさておき、大統王と組んだってのがバレればアルカトラズの警備も増えるだろうから、アルカトラズの攻略と並行して大統王の説得だな」

 

「殺せばいいのに……」

 

「エジソンの! 治療を! お願いします婦長!!」

 

「強引に押し切ってる」

 

 にこり、とパラシュラーマが此方へと向けて笑みを浮かべている辺り、解っていて発言しているのだろう。ほんと止めて欲しい、先ほどからずっと胃壁がゴリゴリ削れているのだから。ゴータマとかいう苦行大好きなのとは違い、自分は楽であればそれはそれでよいというタイプなのだから、本当に止めて欲しい。というか愛歌とアースが逃げ出しているから俺が一人で全ての被害を請け負っているのがまた辛い。お前ら帰って来い。

 

「とりあえず組み分けするとして―――アルカトラズ行きとエジソン行き、どう分ける?」

 

「余は絶対にアルカトラズへと向かわせて貰おう」

 

「おぉっと、僕もそっちに向かいたい所だけど、カルナの奴が王を名乗る馬鹿の所にいるんだって? じゃあちょっとそのツラを拝ませて貰おうかな」

 

 静かに心の中でカルナに対して合掌を向ける。(グル)の相手はカルナに任せた。なんだかんだで(グル)はカルナの事を非常に気に入っていたし、悪い事にはならないだろう―――たぶん。まぁ、この場合、

 

「俺がアルカトラズに回るか。シータと近づいて離別の呪いが蘇った時はえんがちょできるし」

 

「交渉の時に責任者が居なければ話にならんし、私とマスターは大統王との会談だな」

 

「治療します」

 

「えーと、ナイチンゲールさんはどうやらエジソン大統王で固定の様ですね。エミヤ先輩はチーズ祭でストレス発散中ですし―――」

 

「では余は救出の方へと回ろう! なんと囚われ、会えない妻を念願叶って救出すると言うではないか! これぞまさにローマ(ロマン)である!」

 

「んじゃ、僕もアルカトラズに回して貰おうかな。アウトロー的にお姫様の脱出には興味あるしねぇ」

 

「あ、はい。ネロさんとビリーさんはアルカトラズ、と。ではクー・フーリンさんは……」

 

「ん? 俺は大統王の方に回してもらうかね。戦力的にもそっちの方が安定するだろ」

 

「私は今回もマスターの方に付かせて貰うね。足は必要だろうし」

 

「では私はアルカトラズの方へ。医術が必要な場合も考えられますから」

 

 ―――という事で、次の行動が決定した。まずは、範囲攻撃と移動砲台を兼ね備えた自分に弱体化が狙える固有結界を保有するネロ、早打ちでの妨害が非常に優秀なビリー、治療要員のサンソン、そしてメインであり宿願を果たす時がきたラーマのアルカトラズ突入チーム。次に、パラシュラーマ、クー・フーリン、ブーディカ、マシュ、ナイチンゲールそしてジェロニモと幅広い状況に対応しつつ現人神の暴力で大体なんでもぶち殺せるエジソン説得チーム。と、二手に分かれて行動する。

 

 戦力的には今までの特異点と比べてもトップクラスに入る暴力になっている。パラシュラーマ一人がそれを一気に天井突破まで引き上げているのだが。それでもまだ相手側の戦力の方が大きいと考えると、第四特異点と比べて物凄いインフレが発生していると考えられる。正直、ここまで特異点の難易度が上昇するとは考えていなかった。

 

「そんじゃ、出発前に一旦解散しよう。前線ではエミヤとロビンがテロしまくってるおかげで時間に少し余裕がある。ならそれだけちゃんと休んで、絶対に作戦を成功させよう」

 

 立香の言葉に返答を返しながら、いったん休憩に入る。スカサハの遭遇、そしてパラシュラーマとの再会と色々あったため、精神的に疲れている事は否定できなかった。アルカトラズに向かうまでに少し仮眠でも取って休むかなぁ、と思っていると、

 

 パラシュラーマに肩を掴まれた。

 

「さて、休憩と行きたい所だろうけど―――駄目だ、この先の戦い、お前がちゃんと戦っていける様に久々に稽古をつけてやる。その新しい体のスペックに慣れてないだろ? 動きにズレが見えるから致命的なミスになる前に修正するぞ」

 

「そんなー……もうちょっと手加減してくださいよ(グル)……」

 

「手加減ならもう十分にしてるさ。だけどそれより僕の弟子が未熟を晒して恥をかくってのが許せないのさ。ほら、弟子の恥ってのはつまりそれを教えた僕の恥だろ? お前が無様を晒して困るのはお前だけじゃなく僕もそうなんだよ。という訳でお前の失敗が大きな失敗へと繋がる前に稽古をつけてやる。あの時は理解も何もなかったから骨組だけで我慢してやったが……あぁ、こうなると時間が足りないのが困るな。止めてやろうか」

 

「ほんと勘弁してください―――おい、立香、お前なに無言でスマホでビデオ撮ってるんだ。待て、逃げるな! 逃げるな立香!」

 

 追いかけたいが、既にパラシュラーマが此方の首の襟を掴んで離さない。そのまま街の外へと鍛錬を付ける為にズルズルと引きずられて行く。その姿をラーマが可哀想なものを見るような目で送って来る。そんな視線はいらないから助けてくれとしか言えない。

 

「いってらっしゃーい」

 

「頑張るが良い」

 

「お前ら覚悟しておけよー……」

 

 いつの間にか避難を完了させていた愛歌とアースと、そして見ないふりをするラーマへと向けて中指を突き立てながらずるずると、数十年ぶりの鍛錬の為にパラシュラーマに引きずられて行く。




 作戦会議pt2と戦力振り分け。仲間の数が多いと自然と部隊分けが出来るのが良い所。

 なおこれには描写による負担軽減という身も蓋もない理由もある!

 さとみーとグルは仲良し。


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最愛を求めて - 8

「さて、こうやってお前に稽古をつけてやるのも久しぶりな話だな、懐かしさに涙を流しそうだよ」

 

(グル)、俺、出発まで休みたいです」

 

「駄目だ。そもそも精神洗浄で精神的な疲労を落として、肉体的なのも癒せるクセして何を我儘な事を言ってるんだお前。僕はお前の師だぞ? やると言ったらやるんだ。はい、返事」

 

「うっす」

 

「気が抜けてるなこいつ―――まぁいい、話を聞きなさい」

 

 パラシュラーマの口調が変わる。それに反応して自動的に背筋を伸ばす。これから真面目に稽古をつけてくれるつもりだというのがそれだけで伝わった―――なんというか、本当に普通にいい人だった。それは間違いがないのだ―――クシャトリヤ・アレルギーさえなければ。レジスタンス拠点の外、無人の荒野、久方ぶりに師匠と二人で向き合っていた。ちょくちょく興味のある視線が此方へと向けられている。やはり、神代の武芸者、英雄の教導者となると興味も出てくるのだろう。それを無視する様にパラシュラーマは話を始めた。

 

「まず第一に―――お前はまだ弱い、と。今の面子では比較的に活躍できてるから、って調子に乗ってないか? まぁ、気持ちは解らなくもない。だが忘れるな、お前が相手をしているのは()()()()()()という存在である事を。それこそ大英雄であれば冠位指定でもなければ基本的に弱体化している。その事に関してはおそらく今回、君が様々な英雄と会う事によって実感しているだろう」

 

 パラシュラーマの言葉に静かに頷いた。事実、大英雄の類はスペックが高すぎたり、解釈が多すぎる結果クラス訳にする事で()()()()()を行っているのだ。そうする事によって英霊をサーヴァントというレベルで弱体化させ、召喚可能にしている。だが勿論、そうやって分割する事が出来ずにいたり、或いは()()()()()()()()()()()()()()ものだったり、分割したところで弱体化できていない……そんな多大な力を持った反則級のサーヴァントなんてものも存在する。

 

 それがギルガメッシュだったり、ソロモンだったりする。

 

「生前の彼ら、制限のない状態と比べれば今の君は赤子の様だ。多少反則技をすれば勝てるかもしれない。だけど毎回反則技に頼るつもりか? それは違うだろう、制限があるからこそ反則なんだからね―――つまり、そう言う部分を除いた素の状態ではお前はまだまだ稚魚と言える領域にあるんだよ。現代英雄の卵だよ」

 

「プライドがズタズタっすわ」

 

 まぁ、待て、とパラシュラーマが言う。

 

「その為に僕がいる。そう、弟子の恥は(グル)の恥。お前が実力不足で失敗したらそれは育て上げた僕の責任に直結する。無論、僕だって教育者としてはかなり自信を持っている。なにせ、お前とは違ってカルナやドローナの様な優秀な弟子を持っているからね。というかお前、才能が足りてない。弓は捨てろ。射れば当たるという領域にないなら使うな」

 

「うっす」

 

「あと武器を一つに絞るとか、一つを極めるとかそういう事を考えるのは止めなさい。お前に()()()()()()()()()()()()()()()()からね。君は突き抜けた超一流じゃなくて様々な武器を一流に極めて使うタイプの戦士……いや、誇りの類が薄い分、性質的には兵士と言った方が近いかもしれないな。お前にとっては技術も戦術も武器の一つでしかない……と言う必要はないね? 今ならお前がお前自身を理解できているだろうし」

 

 コクリ、と頷く。まあ、薄々と解ってはいた。とはいえ、現状、一番手に馴染む武器は斧で、それ以外の武器となると中々手に出しづらいという状況だった。エミヤの様に即座に武器を作り出せるならともかく、自分のは空間魔術でストックしているのを引き出しているだけだ。そこら辺を含めて武器と戦い方には問題がある事は自覚している。

 

「ま、これに関してはある程度解決策があるから後回しだ。それよりもお前に稽古をつけてやろうとしている理由、解っているね?」

 

「はい……技術と肉体の連動に対する齟齬ですね」

 

 自覚はある。肉体的なスペックが今までの物と比べたら()()()()のだ。普通の人間だったころよりも、そしてアヴェンジャーだった頃よりも肉体の性能が良すぎる。人間、何年も慣れ親しんだ体から別のに乗り換えて簡単に慣れる訳がないのだ。少なくともまるで別物の様な肉体でバランスを崩さない上に普通に戦闘を行えるのは、根本的な基礎能力を長年鍛え、維持してきた事にある他、全体的な肉体の動かし方に関する知識を自分が持っていた、という物もある。

 

「そう、経験だ。結局の所、世の中戦闘で何が一番重要と言えば基礎と経験、この二つのバランスになる。極限まで強くなれば最終的には奥義はブラフや見せ札の一つでしかなくなる。戦闘の主体は自分の距離を保ちながらどうやって相手を素のまま圧倒するか、という領域に収まる。奥義や大規模な破壊技はあるとだけ解らせればそれだけで相手が警戒し、それに対処する様に動いてくるから意味がある―――まぁ、そのまま殺せるってなら撃ってもいいんだがね」

 

 さて、とパラシュラーマが呟く。

 

「本当ならここら辺でじっくりと昔、教えられなかった事を教えたい所だ。あの頃はお前がただの人だった事もあって色々と教えずに送り出してしまったからね。まぁ、僕はカルデアには行けないしちょくちょく夢の方にお邪魔させてもらう事にするけどさ」

 

「すいません、既にゴータマくんも遊びに来てるんで」

 

「ん? 同窓会が出来るじゃないか」

 

「ソッスネ」

 

 言うだけ無駄だという事はなんとなくだが察していただけに、諦めは早かった。

 

「―――という訳でだ」

 

 パラシュラーマはそう言うと足で軽く大地を踏んだ。それに反応する様に虚空から武器が落ちて来た。それは様々な形状をしていた。ハンドガン、アックス、サーベル、カティ、ランス、グレイブ、ハルバード、カタナ、ソード、クレイモア、ウィップ、シールド、メイス、ハンマー―――姿かたちにおいて被る様な武器は何一つ存在せず、古今東西、古き時代の名剣や名刀、神造兵器が混ざるような事があれば、現代社会の象徴とも言える武器であるハンドガン、グレネード、マシンガン、ショットガン、ジャベリンなんてものまで用意されている。確かにレイシフトではなく生身で特異点に突入しているパラシュラーマであれば現代の品を容赦なく持ち込めるだろうが、流石にこれはやりすぎと言える状態だった。

 

 そんな事を考えていると、パラシュラーマが三日月を―――鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)を担いだ。

 

「まぁ、見ての通り長々と時間がある訳じゃないからね。鍛錬や稽古ってのは一か月二か月程度やったところで成果が出るもんじゃないし、根気よく数年間継続して初めて成果の出るもんだ。お前の技巧は申し分ない。だけど()()()()()()()が圧倒的に足りていない。実戦の前に修練として体を動かす基礎の部分がやや不足している。時間があればじっくりやるんだけどなぁ―――まぁ、この際しょうがない。限られた時間に色々と詰め込むのも(グル)としての腕の見せ処だ」

 

 再び、という訳で、だ、と言葉を置いた。

 

「―――今からお前を()()()()()()()()()()()()()()()()()()。反撃するな。受けて耐えるか受けて流せ。ひたすら感覚と技術の齟齬を感じながらそれを修正し続けろ。なぁに、覚者ってのは理解力があるんだ、ざっと1000種類ぐらい用意してきたけど今日一日もあればきっと終わるさ」

 

 喜べ、とパラシュラーマは神造兵器を担ぎながら言った。

 

「数多くの戦士が求めながらも受ける事の出来なかった修練の数々をお前に施してやると言っているんだ。時間が空いたら卒業祝いに記録には一切残っていない僕の秘術の一つや二つ、分けてやってもいい、望外の幸福を噛み締めろ」

 

「わぁい、嬉しいなぁー……嬉しいなぁー……はぁ」

 

 覚悟、決めますか、と小さく呟く。パラシュラーマの稽古は完全に善意であり、この先、メンヘラケルト女にストーキングされる事が確定している以上、絶対にどこかで自分を強化しなくてはならないのだ。それにこれを通して秘術を一つや二つ、教えて貰えるのなら安いもんだ。

 

(グル)ゥゥゥ!! かかってこいやぁぁぁ―――!!」

 

「お、じゃあやるぞ」

 

 

 

 

「―――わぁ、飛んでる」

 

 物見櫓から栄二とパラシュラーマの姿を眺めていると、斧での良い一撃が入った姿が一瞬で空を舞った。普段はコミカルながら頼りがいのある姿を見せている分、こういう風に滅茶苦茶困っている姿を見るのはなんだかんだで新鮮だった。流石の覚者も師匠の前では形無し、という事だろうか。それはそれとして、ガンガン大地が抉れる勢いで攻撃を楽しそうにパラシュラーマが繰り出している。

 

「あれ、完全に楽しさで加減忘れてないかな……」

 

「まぁ、お師匠様からすれば数十年ぶりの知人とのスキンシップよ、それなりに楽しみにしていたのでしょうね」

 

 突然横から湧いた声にびくり、とすると物見櫓から落ちそうになる。悲鳴が零れる前に一瞬で触手な様なものが伸びて腕を掴み、それが物見櫓まで姿を戻した―――良く見ればそれは泥だった。解放されたところで手首を確認するが、そこに汚れらしい汚れは一切なかった。なんとも、不思議な泥だった。そしてそれを操った張本人―――聖杯を握る少女の姿が同じ、櫓の上にいた。

 

「い、いきなり出てくるからビビったぁ……」

 

「ごめんなさいね? 私もほら、様子は見たいけど近づくと巻き込まれそうだしね? ここが丁度良かったのよ」

 

 そう言うと愛歌は横で栄二の姿を眺める。その姿はどことなく楽しそうに見えた。そんなこちらの視線に愛歌は気づいたのか、にやり、と笑みを浮かべた。

 

「あら、もしかして私に見惚れてしまったかしら? でもごめんなさい、私、売約済みなの」

 

「いや、ロリコンじゃないから」

 

「私、こう見えて貴方よりも年上よ」

 

「えっ!? ……えっ!? ほぁっ!?」

 

 どこからどう見ても自分より姿が小さく、年下にしか見えない愛歌で、そして振る舞いもそういう感じになっている。そういえば栄二も時折自分の年齢を、アラフィフだという事もネタにしているが、見た目は全くそう見えない為、二人揃って年齢詐称カップルという所なのだろうか? 困惑している此方の姿をみて、愛歌がくすり、と笑う。

 

「まぁ、私に対する態度は今までと特に変わりもなくていいわよ。私、今、結構幸せだしね。やっている事は大きいけど、それでもこんな時間を過ごせるとは思いもしなかったからね……私も、彼も。ま、今は関係のない話ね。過ぎ去ってしまった事は全能でもなければどうにもならないしね」

 

「あの、その発言魔術王的な意味でシャレになってないんですけど」

 

 そもそもこのレイシフトの旅だって終わってしまった結末を覆す為の旅だ。やっている事はロマニ曰く、裏ワザに近いらしい。

 

 ……と、そこまで考えた所で、あまりよくこの愛歌という人物と、栄二という人物を知らないな、と思った。普段から世話になるクセに妙に昔の事を知らないというか―――カルデアで調べても出てこない。知っているのは。マテリアルに記載されている程度の情報だった。

 

 それを聞こうかどうか悩む―――。

 

「……うーん、先生、結構楽しそうだなぁ」

 

「あの人、根っこの部分では結構寂しがりやなのよ。めんどくさいめんどくさいって言いながら基本的には誰か一緒にいないと嫌がるタイプの人。こう、ツンデレ、というよりは猫っぽい? そういうタイプの人よ。貴方も暇があったらもっと面倒に付き合せちゃいなさい、文句言いながらも楽しんでるに違いないわ」

 

「じゃあ今度部屋にお邪魔しようかなあ」

 

 きっと、踏み込んで良い時が来たら勝手に喋ってくれるだろう、と思いながら訓練の風景を見た。ミニガンをぶら下げてそれを乱射するパラシュラーマから全力で逃亡する栄二を見ながら、確かに雰囲気的には結構楽しそうな気がすると思う。それはそれとして、あれだけの現代兵器は一体どこで入手したのだろうか。

 

 考えるのが恐ろしい。

 

「あ、飛んだ」

 

「飛んだわね」

 

 ガトリングを捨てて放たれた矢がまるで砲弾を叩き込んだような轟音を生み出しながら再び覚者の姿を吹き飛ばしていた。しばらくは見ていて退屈しないだろうなぁ、とその光景を眺めていた。




 いっしょにとれーにんぐっ!

 一か月二か月程度の修行で強くなれるなら英雄なんていらないんだよというどうしようもない現実。土壇場の覚醒が入ったところで人間、倍強くなるなんて夢は見ないほうが良い。強さとは日常の延長にあるのだ。って事を何か毎回しつこく書いている気がする。

 次回!! アルカトラズへ特攻英雄サーヴァントチーム!! ラーマ怒りのランボー!


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最愛を求めて - 9

「大丈夫? 辛くない? 結婚する?」

 

「結婚したい……ちゃんとした家庭に入りたい……」

 

「駄目だなこれは。使い物にならんぞ」

 

「良し、任せろ。弟子の基本というのは生かさず殺さずだ。僕がそこらへん叩き起こしてやろう。場合によっては来世巡りするかもしれないけどね」

 

「超起きました」

 

 ―――そういう訳で、別行動の時間となった。

 

 無論、この短期間で劇的なパワーアップなんてない。ちょっとだけ、体の使い方がマシになったというレベルの話だ。そもそも覚醒したら数倍も強くなると言う考え方が都合が良すぎるのだ。人間、覚醒が入ったとしても強くなるのは良くて三割程度が限界なのだから、継続的に鍛えて強くなることが重要なのだ。なので、特別、強くなったという訳ではない。それでも(グル)の心遣いに関しては嬉しかった。

 

 久方ぶりに、過去の自分を知る人物との時間だったのだから。楽しくない訳がない。今では自分の過去を知るのも生きている人間では愛歌とパラシュラーマのみ、手段がどうであれ、思いっきり運動させられたのは懐かしさと色々と悩む前に発散させる為なのだろう。それでいてキチンと秘術は口伝として受け取った。

 

 書物にも記録にも残さない、言葉のみで伝えられる秘術の中の秘術。それを分けて貰えたのだから、大成果だ。

 

 ―――それはそれとして、作戦行動が開始する。

 

 即ちアルカトラズチームと、説得チームの行動である。ひたすら西へ、アメリカの端へと行った所にアルカトラズは存在するらしく、地形的にはそこまでは山脈のない、平坦な道らしい。漸く、シータに会えるという気持ちのせいか、ラーマは朝からテンションが天元突破している部分が見える―――おそらくは離別の呪いが存在しない事から今回ばかりは本当に会えるかもしれないという思いがラーマの闘志を後押ししているのかもしれない。

 

 そんな事もあって、アルカトラズへと向けての移動、ラーマは常にフルスロットル状態だった。

 

 英霊オンリーのチームである事を含めて、今回も移動に手間はかからない―――ひたすら全力で西を目指せばよい、というだけの事なのだから。そう言う事もあって西、アルカトラズへと向かっての旅は実に順調だった。編成されたチームも基本的に全員、戦闘を行えるサーヴァントであり、幅広い状況に対応できるメンツになっている。

 

 ―――そうやってアルカトラズへと近づけば増える存在がある。

 

 ワイバーンだ。

 

 偶にレジスタンス拠点を突く様に出現するワイバーン―――少し前まではエミヤによって非常食として処理されていた幻想種だが、その出現傾向と方角から、その巣はどうやら西の方、つまりはアルカトラズ方面に存在している様子だった。そしてそれを肯定する様にアルカトラズ方面に近づけば近づく程、うざったらしいぐらいにワイバーンの数が増えて行く。それはまるでこれ以上進む事を阻む様で、ワイバーンのみならずドラゴンまで複数出現し始める始末だった。

 

 とはいえ、そんなものでラーマやノリノリのネロが止められる訳もない。ラーマは赤子の手を捻るが如くドラゴンを抹殺するし、それをネロは皇帝特権で真似て、ドラゴンスレイヤーリプレイを始める。そんな事もあり、出現する障害は障害らしい事を全く行えず、インドとローマのコンビネーションによって瞬く間に蒸発し、逆鱗等の素材に変わって行く。何だかんだで大量に出現する幻想種は素材になってくれるから嬉しい話でもあった。

 

 とはいえ―――目的が目的だ、油断や慢心、抜かりなんてものはない。

 

 宝具の効果によって多種多様の武器を持ち込めているラーマはそれらを駆使して虐殺という言葉に等しい行いをワイバーンやドラゴンたちへと向けて行い続け、アルカトラズへと続く道を真っ赤に染め上げながら突き進んで行く。それはまるでかつて、彼がランカー島に幽閉されたシータを救い出す時のような形振りの構わなさであり、今度こそ、絶対に、という鋼の意志を感じさせるものだった。

 

 半日ほど、ノンストップで殺戮を続けながら西へと進み続ければ、やがてアメリカの果てへ―――つまりはアルカトラズへと到達する事が出来た。

 

 

 

 

 正面には巨大な監獄の姿が見えた。城の様にそびえる石造りの監獄の周りには大量のワイバーンが哨戒しており、鳴きながら警戒の声を放っている。その他にもドラゴン、ゲイザー、ソウルイーターの姿が見え、アルカトラズという監獄を最大の警戒を持って守護しているのが見えた。だがそれらは今、威嚇するような声を放ちながらも一切近づこうとする事はなかった。その理由は実にシンプルであり、

 

 ―――ラーマが、本気だった。それだけだった。

 

 神性を失っていないラーマはアヴァターラとしての権能を持っている他、サルンガを抜いた数多くの武器を持ち込んでおり、それを自在に振るう万全の技量を誇っている。だがそんな事実よりも、ラーマの魔力なんてものよりも、問題はその気迫だった。それだけだった。ただそれだけでしかし、幻想種は()()()()()()()()()()()()()()()という事実を本能で悟ってしまった。

 

 それこそ、味方である自分達さえ先頭を譲ってしまう程度にはラーマの放つ気迫は違った。

 

 ここに、まともな精神の人間が一人もいなくて良かった、と言える。

 

「……わぁ、凄い。これ、()()()()()()()()()()って奴だね」

 

 口笛を吹きながらおちゃらけるビリーの言葉だったが、その言葉に偽りはなかった。心臓の弱い人間でなくても、今のラーマと同じ空間にいれば心臓が停止するだろう。それぐらいには少年の姿をした化身は本気だった。そしてその視線はアルカトラズの監獄、その前の道を塞ぐように座り込む褐色肌の男へと向けられており、その褐色肌の男はこの充満する気配と威圧の中で、笑みを浮かべた。

 

「最初はどんな小僧かと思ったが―――いや、言い訳だなこりゃ。俺の名はベオウルフ。ケルト側に与する将が一人……つっても暴れてぇから味方してるだけなんだがな、これが! がっはっはっはっはっは!」

 

 盛大に笑うとベオウルフは立ち上がり、鈍器と剣を握りしめ、それを肩に担いだ。まるで獣の様な男だった。とてもだが王としては相応しくはない、戦士でも人でもない、獣の様な男だ―――だけど、それでも矜持を持った男だった。目の前の男が到底メイヴに魅了されているようには見えなかったが、それでも彼は敵として立ちはだかっていた。

 

「まぁ、なんだ。見ての通り、俺がここの管理者で責任者で看守で門番だ。そして俺一人がここの管理をしてる……ってーことで、オキャクサン? ご用件を伺おうか?」

 

「シータを、余の妻を返してもらおうか」

 

「悪いな、面会も脱獄も禁止なんだわ」

 

 ―――本来なら、とベオウルフはその言葉に付け加え、視線を真っ直ぐラーマへと向けた。それで大体、ベオウルフの要求と言えるものが理解できた。その為、小さくふふ、と笑い声を零した。ネロ辺りはロマン思考から何をしようとしているのか理解できているだろうとは思う。だからこれはもう、出番ねぇな、と諦めて溜息を吐く。

 

「―――だが俺は殴りに来た。殴り合いをしに来た。なのにこんなところで暇してたんだわ。っつーことで、テメェ」

 

 ベオウルフが武器を後ろへと投げ捨てた。重量のあるそれはアルカトラズに衝突するとその壁をへこませながら埋まった。それを横で見てたワイバーンが鳴きながら逃げて行く。それに気にする事なくベオウルフが拳を握った。

 

「女が欲しいってなら、拳で取り返してみろ―――!」

 

「邪魔だァァァア―――!!」

 

 完全に熱血の入ったラーマが武器を投げ捨ててベオウルフへと向かって飛び込んで行った。

 

「邪魔するんじゃねぇぞてめぇら!!」

 

ごぎゃー(ムリっす)

 

 幻想種達の混ざれる訳ねぇだろ、という抗議の声が響くのと同時に、ベオウルフとラーマが飛び込み、握りしめた拳を二人が同時に避ける事なく、互いの顔面に叩き込んだ。それを受けてもなお、ラーマとベオウルフは一歩も引く事はなく、咆哮しながら拳を握りなおした。そのままラーマもベオウルフも、一歩も引く事無く完全なインファイトを始め、殴り合いを開始する。その姿に幻想種たちはなんだこいつら、という視線を向け、

 

「うむ! 余のコロシアムでの闘技を思い出す光景であるな!」

 

「完全に男の世界入っているねぇ、これは」

 

「終わった後の治療の準備だけはしておきますね」

 

オカン(エミヤ)が残して行ったワイバーンジャーキーでも食うか」

 

 此方は完全に観戦モードに入っていた。ジャーキーをかじりながらラーマ対ベオウルフ、西洋対決を眺める。隣でネロがいけー、そこだー、負けるなー、と物凄く煩いが、それを無視しながら二人の勝負を眺める。

 

 ベオウルフの打撃は強く、そしてひたすら重い。恵まれた体格と圧倒的な筋力と耐久力を合わせたハードパンチャー、それがベオウルフのスタイルだった。基本的に引くという概念も守るという概念も持たない、野生の拳。攻撃をその体で受ける瞬間に筋肉を締め上げ、固定、硬化させ、その瞬間だけ鎧の様に固めて耐えるというスタイルを攻撃を受ける一瞬だけやって、そしてそうやって肉体で受け止めた相手の攻撃で動きが停止している時にカウンターを叩き込む、まるでプロレスを見ているような戦い方だった。

 

「どけぇ―――!!」

 

「進みてぇなら俺を退けてみろ!!」

 

 それに対するラーマの動きは鋭く、そして素早いものだった。刻むような武の冴えは古式ムエタイのもの、拳だけではなく足技を入り混ぜたコンビネーションでベオウルフに凄まじい速度で連打を加えて行く。古式ムエタイの開祖であるラーマはその武術の極みにある存在と表現しても良く、ベオウルフの荒々しい動きとは対極的な動きを取っている。ベオウルフの拳をいなしながら腕や足を滑り込ませ、凄まじい速度でベオウルフの体を何度も何度も穿って行く。

 

 ―――ただし、感情が高ぶり過ぎているのか、やや細かい部分が雑になっているのが自分の目で見えている。

 

 だが、

 

「悪くねぇ―――悪くねぇぞ!!」

 

 それさえも良し、とベオウルフは笑っていた。何よりもベオウルフはラーマのその気概と気迫と、そして妻を救おうとするそのラーマの心の籠った拳を受けて全力で笑っていた。それでいて悪に元から徹しきれていないのだろう。しばらく殴り合いを続けると、ラーマの乱打に押し切られるような形でベオウルフが後ろへと軽く押し込まれた。それで更にベオウルフのテンションが上がる。

 

 はははは、と笑う声と、ラーマの咆哮がアルカトラズの空に響く。幻想種たちは先ほどから繰り返される本能的な危機の気配に、ゆっくりとだが逃亡を始めていた。

 

 その光景を前に、完全に仲間はずれになった俺らはジャーキーを口に咥えながらラーマの戦いをやっぱり、観戦してた。

 

「行けぇーい! そこだぁー! 奥方を救うという気概を見せるのだぁー! そこだ! 王者パンチ! 王者パンチだ!!」

 

「すっかりネロさんが夢中に」

 

「まぁ、ローマ出身だからな―――あ、出る前に(グル)が淹れてくれたチャイ飲む?」

 

「えらくフランクだね、あの人。あ、貰うよ」

 

 四人で横並びになりながらラーマとベオウルフの戦いをチャイを飲みながら眺める。

 

 ―――これ、俺達、必要なかったのではないか……? なんて疑問を持ちながら。




 ラーマ、怒りのランボー。

 古式ムエタイの開祖なので型月的に言えばきっとムエタイEX。そう、武器がなくなったところで弱くならないのだ。それはそれとして、タイマンを始める男たち。偶には本能のままに暴れるのだ……。

 5章が完全にてんぞーと学ぶインドになってて笑う。


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最愛を求めて - 10

「―――は、ははは、悪くなかったぜ……お前の拳はよ。オラ、通れ」

 

 そう言うと満足げな様子のベオウルフがどか、と音を立てて草地の上に座り込んだ。完全にラーマとの殴り合いで満足したのか、体中に痣を作りながらもどこか、すっきりした感じをしていた。どうやら本当に聖杯とかそういう事はどうでも良く、殴り合いたかっただけだったらしい―――これはまた、物凄い珍しいタイプのサーヴァント、というかただのヤンキーだった。それを見下ろすラーマも結構考えなしで殴り合っていたのか、髪がぼろぼろになっている。それでも膝を折る事なくベオウルフを睨み付け、

 

「シータは、どこだ」

 

「一番奥の牢獄だよ。安心しろ、触れちゃあいねぇよ。そもそもこんなの俺の趣味じゃねぇんだ。とっとと救い出してやんな」

 

 めんどくせぇ、と言いながらベオウルフは煙草を取り出し、それを咥えた。ワイバーンを手招きするとそのブレスで煙草に火を付けさせる―――なんとも豪勢な火の付け方だった。それを見て毒気が抜けたのか、或いは冷静になったのか、ラーマが小声ですまん、と謝って頭の裏を掻いて、

 

 完全に飲み食いしながら眺めるこちらを見た。

 

「あの、その、もうちょっと緊張感とか……」

 

「念願叶うのは解るけど、中身はいい大人なんだから突っ走るの止めよう?」

 

「……はい」

 

 それを言われてラーマは大人しく頭を下げるしかなかった―――当然の話だが。ともあれ、ベオウルフは完全に満足してしまったのか、これ以上戦う気概を見せる事はなかった。そしてその理由はアルカトラズの意味がなくなれば前線へと向かえる、というしょうもない理由なのだからどうしようもない。まぁ、ラーマもベオウルフも結果としてはハッピーなのだからこれでいいのではないか、という話だ。

 

「まぁ、とりあえずは行こうか―――ラーマが暴走を始める前にな」

 

「そうだねぇ、まぁ、気持ちは解らなくもないんだけど」

 

 ネロとビリーの言葉にラーマが頭を抱える。そんなラーマの背中を軽く叩く様に前に押し出し、苦笑しながらサンソンが追い付いて軽くダメージを見る―――少し切れている部分があるが、酷いダメージはないらしい。本当にただの清々しい殴り合いだった様子で、後には何も引かない。馬鹿馬鹿しくも儀式的な殴り合い、

 

 ヒーローがお姫様を助け出すなら悪い奴の一人か二人でも殴り飛ばさなきゃ格好がつかない。

 

 それが終われば―――後は一直線だ。

 

 突入可能になるとまずラーマがアルカトラズの扉を蹴り飛ばした。蝶番が扉と共に吹き飛んで、奥の壁に衝突して砕け散る。そのまま足を止める事なくラーマが一気にアルカトラズの中へと飛び込んで行った。

 

「道解るのか?」

 

「気配で解る!!」

 

 そう言うとラーマは止める間もなく一気にアルカトラズの奥へと飛んで行った。アルカトラズの中へと消えていったラーマを走らず、歩いて追いかけはじめる。ラーマの言う通り、アルカトラズの中にはサーヴァント一騎分の気配しか感じられなかった。となるとアサシンでもいなければ、アルカトラズの防備はベオウルフと、周りの幻想種によって賄われていた、という事なのだろう。他のサーヴァントの気配を感じられない以上、急ぐ必要もなく、ラーマの破壊の痕跡を追いかける様に歩く。

 

「やれやれ、こういう所は年頃相応とでも言うべきであるか」

 

「ま、十四年間戦った結末を考えるとな。愛妻家って話は有名だったけどここまでとは凄まじいものを感じるわ」

 

「それよりも余はこの警備の薄さに驚愕するぞ」

 

「まぁ、心臓を撃ち抜かれたのであれば普通はそのまま敗退すると思いますからね。シータ自身にはそこまで価値があるとは思えなかった、しかし完全にノーマークにする事は出来なかった。そういう訳でサーヴァントを一騎配置した……と言う感じでしょうか」

 

 まぁ、ラーマの心臓を八割がた吹き飛ばしたのだ―――その状態から復活出来ると思う方が無茶だ。普通ならば。それを成し遂げてしまう辺りがやはりインド原産サーヴァントの恐ろしさというか、並の英霊じゃなくても真似できない事だ。ともあれ、そんな話をしながらアルカトラズの奥へと、邪魔となったいた鉄格子やシャッターの破壊の痕跡を追いかけながら進んで行けば、奥の方にラーマと、そしてそれに似たもう一つの気配を感じた。

 

 ―――流石に、二人の再会を邪魔するのも悪い。

 

 ラーマに追いついたところで見える範囲まで接近するのは止めて、

 

 少しだけ、二人だけの時間を離れて待つ事にした。

 

 

 

 

 ―――ひとしきり、ラーマとシータが二人だけの世界を作って満足したところで介入し、サンソンを検査の為にけしかけた。その間でもずっとラーマとシータが手を離す事無く握り続けているので、なんともまぁ、言葉に出来ない恥ずかしさを感じてしまう。そう、見ている此方の方が恥ずかしさを感じてしまう程シータとラーマは幸せな表情を浮かべていた。なんというべきか、もう、そこに一緒に、同じ空間にいられるだけで幸せとか、そういうレベルだった。その空気を食らってネロが奏者、と叫びながら撃沈していた。

 

「あの、ありがとうございます。ラーマ様から聞きました。皆様の力のおかげでこうやって切望していた再会を果たす事が出来ました。本当に、ありがとうございました……!」

 

「余から改めて礼を言わせて欲しい。余、一人であれば絶対にシータと再会する事は叶わなかっただろう……。呪いを解き、そして情報を集め、協力してくれたおかげだ。本当にありがとう」

 

 そう言ってシータとラーマが並んで頭を下げて来た。そんなラーマと並ぶシータの姿は凄まじい程にラーマに似ており、実は兄妹なのでは? なんて思えてしまう程に似ていた。だがそのカラクリも、一部は離別の呪いにあるのだろう―――離別の呪いは座にラーマとシータをラーマとして記録させているのだ。それが原因でお互いに、姿が近づいている部分もあるのかもしれない。

 

 それはそれとして、ずっと幸せそうにニコニコしているので、心が温まって来る。

 

「むぅ、流石にちょっと羨ましいわね……ねー?」

 

 言外にもっと構え、とアピールしてくる愛歌に苦笑しつつ、軽く愛歌の頭を撫でる事にした。まぁ、何だかんだで今の自分は一人じゃないし、誰か、一緒にいられる人と共にある……孤独ではないから、大丈夫だ。根源に溶けて消えるその日まで、常に愛歌と一緒だ。それはこれから先も変わる事のない事実だ。俺達は決して切れる事のない縁で結ばれている。

 

「―――ぐぬぬぬ、奏者! 我が奏者を月から呼ばねば……!」

 

「現代の月はもうないからねぇ」

 

「奏者ぁ―――!」

 

 ネロがかつてのマスターを求めて助けを求めるが、無論、月の勝者がそんな言葉で登場できる訳もなく、ネロの声はアルカトラズの中で虚しく響き渡るだけだった。まぁ、何時か会えるよ、と慰める気ゼロの言葉をネロへと嘲笑と共に送れば、拳が此方へと向かって飛んでくる。それを回避しながら軽くおちょくりつつ時間を過ごしているとおほん、という声がラーマの方から来た。

 

「その……なんだ、ゆっくりしててもいいのか?」

 

「おっと、それもそうだな。予想外に楽をさせて貰ったからすっかり忘れてたよ」

 

 ビリーの笑い声にそういえば今、立香チームがエジソンの説得の為の行動中だったな、と思い出す。上手く行けばそのままエジソン城で作戦会議を始める事も出来るだろう―――となると直接エジソン城へと向かったほうがいいかもしれない。

 

「となるとここには用事はもうねぇな。忘れ物、何もないよな?」

 

「うむ―――シータは死んでも絶対に手放さぬ」

 

「ラーマ様……」

 

「えぇい! その甘い空気を止めぬか! 止めぬか!! 余が惨めであろう!」

 

 見つめ合うラーマとシータを引き剥がそうとするネロをサンソンとの二人がかりで腕を掴みながらアルカトラズの外へと引っ張って行く。いやだー、奏者を呼べー、と駄々を捏ねるネロを無視してさっさとアルカトラズの外へと出ると、そこには焚火で竜肉を焼くベオウルフの姿を見た。既に焼き終わった肉が漫画肉の様な骨付き肉となっており、骨の部分を掴んでは食いちぎっていた。ネロを連行する此方の姿を見て、ベオウルフがおう、と言う。

 

「用事は終わったのか?」

 

「余が駄目なのに桃色空間を許すものかー! 放せー!」

 

「あぁ、おう。なんとなく解ったわ」

 

 その後で出て来たラーマとシータの姿を見るとベオウルフが立ち上がり、おーし、と肉をかじりながら周りの幻想種へと指示を出す。

 

「てめぇら! 囚人のいない監獄に価値はねぇ! これをぶっ壊したら前線に戻るぞ!!」

 

「!?」

 

「あぁん? 壊す必要? ……ノリに決まってんだろ!!」

 

 流石鉄腕王、その理屈はおかしい。とはいえ、幻想種の方も最初は困惑してたがノリが良いらしく、ラーマとシータが出た後は嬉々としてアルカトラズの解体へと向かって行く―――その姿を見るに、どうやら余り暴れられない幻想種のストレス発散を兼ねている様にも見える。なんだかんだでこの殴り合いしかしなかった脳筋王は部下の事を考えていたらしい。そしてそんなベオウルフはおう、と呟き。

 

「もう用事はねぇんだろ? さっさと行っちまいな。次、戦場で会ったら今回みたいな事はしねぇ。正真正銘、全力の本気で殴り飛ばしてやるからな。楽しみに待っておけよ」

 

 それだけ告げてベオウルフは此方に背を向けた。恐らくは元々、この監獄に女を一人拘束し続ける事自体好きではなかったのだろう。その為か、楽しそうに部下の幻想種に混じってアルカトラズの破壊解体へと向かって行く。ストレス解消に混ざりたがるネロを引きずりながらアルカトラズを去って行く。何時までもラーマとシータが手を離さないのでネロ本人が荒れ狂いっぱなしである。

 

「えぇい、いい加減にしろネロ! お前のその態度を月の勝者が見たらなんと言うか!」

 

「奏者であれば抱きしめて可愛いと言ってくれるであろう!! そのまま余と即ベッドイン!」

 

「駄目だこれ」

 

 駄々を捏ねるネロをそのまま引きずって行く。これならこいつをエジソン側へと送れば良かった、と心底後悔しつつ、完全に二人きりの空間を形成しているラーマとシータ夫妻を軽く盗み見て、それから前方へと視線を戻す。

 

 考えるのはこれからの展望の話だ。

 

 これで凡そ、この大陸で集められる味方は集まった。立香とパラシュラーマが揃っているのだから、というかナイチンゲールがエジソンの病の前で失敗するとは思えない。だから彼方は絶対に成功するだろうと思っている。そしてそうやって集められるだけのサーヴァントが揃った今、漸くケルトと戦うだけの準備が出来た。

 

 それによって最終決戦へと挑むだけの準備が完了する。

 

 ……コンホヴォルの権能によってメイヴには未来視が備わっている。その為、彼女に暗殺や奇襲という手段は通じない。つまり()()()()()()()()()が一番の手段になってしまう。その為、ケルトvsアメリカという勝負、その最終戦はどういう形になるのかは()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()、これだけだ。

 

 持てる最高の戦力で強引に戦線を突破、メイヴと敵クー・フーリンへと接敵、そのまま正面から圧殺する。これがおそらく可能な唯一の勝利のルートだろう。

 

 問題はケルトの物量に対する此方の対抗手段が必要な事と、相手がケルトとインドから召喚している将兵の数だ。

 

 それらの問題をどうやって解決するかが最終戦における勝敗を分ける要素になるだろう。

 

 ―――それはそれとして、スカサハの事もある。

 

 シータを救い出したところで、第五特異点の未来はまだまだ暗かった。




 ラマシタは特別な事をするのではなく、なんか、もう、一緒にお互いを認識して手を繋いでいられるという時点でもうそれで完成されているなぁ、というかそこに神聖さがあるなぁ、というかもう……心が……浄化……ウワァァァァァ……。


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地上の星 - 1

 ―――結論から言ってしまえば、エジソンの目を覚ます事に成功したらしい。

 

 その際にパラシュラーマvsカルナの戦いが発生し、城の横の大地に底の見えない大穴を生んでしまった事以外は陣営としての損害はほぼなかったらしい。流石にそこら辺はパラシュラーマも自重した―――のか、或いはカルナが意地でも通さなかったのだろう、どちらにしろ、エジソンとの相対は終わった。これによってアメリカ合衆国側は一つの集団として纏まる事に成功した。それにより、漸く、ケルトという敵に対して相対する事が出来るようになった。

 

 これにより、第五特異点は漸く最終章への幕を開ける権利を得た。

 

 

 

 

 ―――城のテラスから夜空を見上げている。

 

 エジソンがいなければ、まだ大量生産の概念が存在しないこの大地は廃棄ガス等の汚染からは縁遠く、空を見上げると美しい星空が見える。だがそれと同時に空を覆う光輪の姿が見える―――それは魔術王ソロモンではなく、その体に巣食う魔神王ゲーティアが放った破滅の宝具。全人類、その歴史という熱量の全てが詰まった理不尽極まりないエネルギーであり、それこそ宇宙を一つ創世してしまえるだけの熱量を誇っていた。既に作業は完了している。それに割り込む様に自分達は今、戦っていた。卑怯、と罵る事は出来ないだろう。これは人類が自力で掴んだラストチャンスなのだから。

 

「どこへ行っても星空は美しい……そう思わないか、アース」

 

「センチメンタリズムに浸るか契約者? だがその言葉は否定せん。確かに穢れぬ星々は、輝きの変わらぬそれは美しく映ろうよ……まぁ、私は多少見るのに飽きたがな」

 

 アーキタイプのもっともらしい言葉に、苦笑を隠せなかった。確かに地球形成の頃から宙を眺めていればそりゃあ飽きるだろうなぁ、とその言葉に納得せざるを得なかった。とはいえ、それはそれだ。男は宇宙という世界にロマンティズムを覚えずにはいられない。それは無論、(グル)から秘術を学び、マントラを通して宇宙と一体化する秘法を授かってもそうだった。宇宙は無限に広がっている。それだけで男心をくすぐるのだ。

 

 だがそれはそれとして、

 

「雑に扱う様ですまないな、アース」

 

「気にするな。元々自分自身、かなりの我儘でついてきているというのも理解しておる。使い魔と称して世界とレイシフトを騙すのも相当無理をしておろう?」

 

「まぁ、そこは栄二お兄さんの持ちうる秘術の一つや二つでなんとか、ね。そこまで苦労する部分じゃないさ。何よりアースの存在自体、戦力として便利に扱えるから問題はないのさ。だけどそれはそれとして、やや雑に使っている自覚はある。そこだけはすまないね、と」

 

「解っているなら言う必要はあるまい。なんだかんだで雑に扱われるのも、使い魔の如く使役されるのも未知と言える事だ。何よりも、我が地表(はだ)の上で生まれた子供のやる事だ、一々それに目くじらを立てる程私も酷くはない」

 

 アースの言葉に今度は普通に笑ってしまった。

 

「お母さんキャラか」

 

「この姿では聊か無理があるであろうがな。本来の()の姿はもっとセクシーだ……知っているだろう? 幼き姫の容姿を」

 

 まぁ、確かにアルクェイドの肉体はかなり母性を感じる部分がある。あのドレス姿とかかなり悪くはない―――というか寧ろ良い、好きな部類に入ると思ったとたん、首にぶら下がる感触を得た。見れば先ほどまでどこかに消えていた愛歌が首からぶら下がり、此方の顔を引きずり下ろしていた。そのまま耐え切れず転びそうになるのを何とから体を捻って、尻からテラスに寄りかかる様に、座り込んだ。そのまま正面を占領する様に愛歌が座った。

 

「妬いた?」

 

「妬いた」

 

「そりゃあすまんね。という訳でアース、話の途中だが」

 

「うむ、心得ておる。ゆっくりとすると良い。私も適当に若者との会話を楽しむとしよう」

 

 アースの気配が去って行く中、仕方がないなぁ、テラスの柵に背中を預けたまま、首を抱きしめるままの愛歌を一回転させるように引き寄せ、股の間に座らせるようにした。それで手を腰の周りに通して抱き寄せれば、満足したような息を感じた。これで幸せになるのだから安い奴―――と、思ってはいけないのだろう。何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 それ以外の道では終末の獣を生みだす穢れの大母に辿り着くだけだ。それが愛歌に用意されている結末。

 

 故に彼女が幸せになるにはまず最初に、生まれから変わらなくてはならなかった。好きなタイプが変わらなくてはいけなかった。その上で運命そのものが狂わなくてはならない。もはや別人、とも言えてしまうかもしれない。だが根本的に愛歌は変わらない。嫉妬深く、そして情の深い、一人の女なのだ。そして里見栄二という男はその人生の全て、その労力の全てをまず愛歌第一に捧げると決めている。だから、これでいいのだ。

 

 俺の人生自体が許されるものではなかった。俺は俺の人生を許せなかった。

 

 だけどそれを許し、愛すると愛歌は言った。なら()はそれを認めなくてはならない。()という愛を認めなくてはならなかった。だから俺は()を愛し、想いに応える。それが今、覚者として自分が出せる答えだった。

 

「私、重い女になってないかしら」

 

「アホみたいに手がかかる重い女だよ、お前は。少なくとも俺の人生を丸一つ使わなきゃ面倒を見ていられない程には、な」

 

 まぁ、気にするな、と告げる。じゃあ気にしないわ、と声が返って来る。

 

 ―――星を見上げた。

 

 回り、廻り、流れ、そして星が揺らいでゆく。それは天体の動きだった。無限に続く、終わりのない永遠だった。だがそれにさえ答えはあった。こうやって座り、空気を感じ、心を無我に済ませる。感じられるのは服越しの愛歌の体温、世界の空気、星の息吹―――そして宙の鼓動。世界は少しだけ落ち着いて感じてみれば、言葉にならない音と祝福によって満たされている。そう、世界は祝福で満ちているのだ。だからこそ、ゲーティアを憐れむ。アレはそれが理解できていない。それが理解できていないのに全てを知った気になっている。

 

 それは、本当に、悲しい。

 

「悲しんでいるのね」

 

「俺にも人並みの心はある―――とはいえ、こいつに関しては数少ない()()だからな」

 

 そう、それは例外なのだ、と口の中で言葉を転がしていると、前方、テラスへと進み出てくる姿が見えた。それはシータとラーマの姿であり、此方を見かけるとむ、と声を零した。

 

「……もしかして邪魔をしたか?」

 

「いいえ、気にしなくていいわよ。二人だけの時間なんて私達はそれこそ何時だって捻出できるし……ね? それよりも其方は貴重な時間でしょう?」

 

「あぁ、そう言って貰えると助かる。……ただ、改めて余とシータで貴殿に感謝の言葉を告げたくてな」

 

 そう言うとシータが頭を下げた。

 

「ありがとうございます、覚者殿。貴方のおかげでふたたびラーマ様の手のぬくもりを感じる事が出来ました。それはもはや二度と感じる事さえないと思っていた事なのに……」

 

「貴殿のおかげで余とシータは救われた。それだけを伝えたかったのだ。そして改めて感謝を」

 

 そのラーマの言葉にいやいや、と手を振る。

 

「俺は正直なーんにも助けてないよ。そもそもここで離別の呪いを剥がせてもそれは()()()()()()()()()だからな。本質的に原典に存在するラーマヤナのラーマを俺は救っている訳じゃない。そして特異点での記憶は消える。なかった事となる―――だからお前とシータの巡り会わせは再び消えるんだ。だから俺は何も救っちゃいないのさ」

 

「それは真実だ―――だがここに存在した時間を余とシータは今感じている」

 

「そしてそれを私達以外の誰かが覚えていてくれています。……なら、それだけで十分です。たとえそれが消えてしまう事実であっても、再び私はラーマ様と巡り合う事が出来ました。ならきっと、またどこかで……そんな希望を抱けるのです」

 

「という事だ。うむ! すっきりした! 良し、ではパラシュラーマの所へ行くぞシータ! 今夜は昔話で盛り上がるとするか!」

 

「はい、ラーマ様! ふふ、寝ている時間も勿体ないですね」

 

 会釈を残すと童心に帰ったかのように去って行く―――あぁ、そういえば、そんな時間もラーマとシータさえには無かったんだな、と思い出し、二人の未来が明るい事を祈る。それは既に終わってしまった物語だ。ラーマヤナの一説にはその後、ラーマとシータは再び一緒に巡り合えるなんてパターンもある。

 

 だがそれは二次創作だ。

 

 原典ではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その事実に、一切の変化はない。

 

 ラーマとシータの物語の終わりに救いはなかったのだ。それだけは事実だった。

 

 だが、それでもあの二人の言葉は正しい。今、この瞬間の時間を否定する事は出来ない。今現在流れるこの時間で発生した出来事は定礎復元と共に消え去ってしまう事実だ―――だが、それを俺達は覚えている。俺達がしっかりと記録している。ならそれはなかった事にはならない。二次創作でもいいのだ、誰かが幸せになった、という事実を覚えてさえいれば。

 

 なぜならほら、世界はこんなにも祝福に満ちているのだから。

 

「―――ううむ、俺に覚者らしい考えは似合わないな」

 

「あら、そうかしら? 普段がちゃらんぽらんすぎるだけだから、もう少しだけ言葉遣いを正せばそれで十分だと思うわよ? 私は普段からかっこいいと思っているし」

 

「そりゃまたどうも」

 

 星を見上げた。明日はいよいよ対ケルト最終章になる。最終的な戦術の確認は明日の朝行うとして、自分の最初の相手はまず間違いなくスカサハになってくるだろう。まずはあの地雷ケルト女をどうにかして処理しないと話にならない。非常に面倒な話ではあるが、そういう意味ではスカサハの取った手段は一切間違っていなかった。ただスカサハ一人相手に遊ばせておくだけ自分の存在が軽いとは思っていない。素早くあの女とケリをつけないとならない。

 

「なんとも、まぁ、面倒な話だ」

 

「あら、生きている生身の人間だから軽率に輪廻送りしちゃえばいいのよ?」

 

「それはそれ、これはこれ。俺がそれを稼働させるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と戦う場合のみだよ。まぁ、サーヴァント相手なら座に帰るだけだから割と軽率に使うけどねぇ。少なくともスカサハに関しては完全な自業自得だ。手段も考え方も反省していない女に対して俺が加える手心なんて欠片もない」

 

 見た目はいいのだ、見た目は。だけど中身が暗黒物質なのはどうにかして方が良い。

 

 さてはて、(グル)から貰った秘術、秘法が幾つか。そしてそれとついでに譲り受けた()()()()がある。後はそれを使ってどこまで綺麗に落とし込めるか、という所だろう。まぁ、最終的に結論を出すのは日々鍛錬と大義だ。大義のない戦いはどこまで頑張っても最後の最後で滑り落ちて行くものだ、そこに勝利はない。

 

「―――先生ー! さとみー! さとみーせんせー!」

 

「あら、呼ばれているわね」

 

「つか何時だと思ってるんだアイツ……」

 

 テラスから見下ろすと珍しい魔術触媒を両腕一杯に持ち歩く立香の姿が見えた。それらはどれも、自分が霊基再臨を行う為に必要な素材だった。どうやらそれを見て悟った感じ、エジソン大統王から融通してもらったらしく、決戦前の強化に使おうという魂胆だったらしい。根源接続からの自己改造で強制再臨できるだけに、立香が素材を貢ごうとする事にちょっとだけ、罪悪感を感じる。

 

 ちょっとだけ。だがやっぱり誰かに貢がせるというのは気分が良い。

 

「仕方がない、ちょっとだけ弟分に構ってやるか。年齢的には弟と言うよりはもはや息子なんだけどネ……」

 

「もう、そんな事で落ち込まないの。本当に救世主らしくないわねー」

 

「いいよ。俺のリソースは基本全部お前に振り込んでる形だし―――」

 

 でも、まぁ、

 

 ―――原罪の獣と相対する時が来れば、俺もまた、この振る舞いを正そう。

 

 その時は()()()()()()()()()()()()()として振る舞い、動くだろう。

 

 まぁ、それまでは……適当に、緩く、自分らしくやっていこう。

 

 星は、宙は、この世界はそれだけを許す自由と祝福に満ちているのだから。だからきっと、この旅は続くのだろう。最後の最後、青空を取り戻すその瞬間まで。




 無言の吐血。

 もうロリでいいや……。公式でも……ラマシタに救済を……。


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地上の星 - 2

 ―――蒼い衣を脱いで軽く振るえばそれは一枚の長い布に変化する。

 

 一本の布と変化した衣を左腕へと寄せればバンテージの様にそれが左腕に巻き付き、腕を伝って肩へと巻き付き、そしてマフラーとなって首に纏わり、後ろへと延びる。衣の下にあったノースリーブのボディスーツはそのまま、髪を首の裏でもう一度だけしっかりと、邪魔にならない様に結びなおす。これで軽いお色直しは完了だ。愛歌へと向ければ彼女も少しだけ服装を肌蹴ている―――どこかの世界で、大淫婦と呼ばれるような、そういう着崩し方だった。ちょっとだけ、今までの衣装を変えた姿だ。それだけだ。それ以上の意味はない。元々再臨での衣装変更は霊基に対する姿の最適化、という意味がある。

 

 自分の様に英霊ですらない場合は、

 

「ただの気合の入れ直しである」

 

「意味あるの?」

 

「特にない」

 

「すげぇよ先生は……普通は断言できねーもん……」

 

 それな。と、全く関係のない、くだらない話で盛り上がる。とはいえ、貴重な素材を使って態々必要もない、俺に貢いだりしたのだ。その期待には応えようとは思う。まぁ、応えられないのならそのままこの特異点に食われて死ぬ、と言うだけの話だ。

 

 そうやって与えられた部屋で準備を終わらせると、大統王城の会議室での作戦の最終確認を行う為に、この特異点に存在する合衆国同盟側の全サーヴァント、そして現在動かす事の出来る一番強力なカルデア側のサーヴァントを連れ出してきた。そう言う事もあって、会議室は大分騒がしい様子になっている。会議室、自然とインド側の面子に混じりながら混ざる。

 

 獅子の頭をしたサーヴァント、エジソンがややパラシュラーマ師にビビりながらも、良い笑顔と声で挨拶を向けて来た。

 

「うむ! 良くぞ集まった! そして本当に良く集まってくれた! 私もこうやってアメリカを救おうとしてくれる者が揃ってくれる事に喜びを覚える―――うむ、実にどの口が、と言うべき話ではあるがな! それでは本日の決戦、その流れに関する最終確認を行おうと思う。Mr.エルメロイ、よろしくお願いする」

 

「全く、毎度こういう仕事は私に回って来るな……」

 

 文句を言いながら会議室中央に広がるアメリカの地図をエルメロイ2世が指で示した。

 

「いいか? 現在のアメリカの状況は完全に二分している。西のアメリカ合衆国側、そして東のケルト側だ。このうち、ケルト側の拠点はワシントンDCにあるとされている―――つまり、私達の大目標はワシントンDCへの到達、そこに控える女王メイヴとクー・フーリン・オルタと思わしき存在の討伐となる……これはいいな?」

 

 何時も通りエルメロイ2世が確認してから話を進める。

 

「では話を続ける。問題はケルト側の物量が無限に等しく、メイヴは未来視の権能を保有しているという事だ。つまり彼女には奇襲が通じず、そして大量の兵量で押し潰す作戦を通す事が出来る―――これに対して、私達が取れる手段は少ない。と言うよりも、一つしかない」

 

 エルメロイ2世はそう言うとアメリカ地図の上にあった駒を動かす。地図の裏に密集するケルト兵の駒に向かって数の少ないアメリカ兵側の駒を中央突破する様に真っ直ぐワシントンDCへと叩き込んだ。

 

「―――一点突破だ。最短のルートで中央突破し、連中に食らいつく。メイヴの未来視の範囲が良く解らない以上、下手に策を弄するとそれを逆に利用されかねない可能性が出てくる。こうなってくると迷わず正面突破して潰すのが一番合理的な手段になって来る……というよりそれしかないだろう。この場合、問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だろうな」

 

 エルメロイ2世のその言葉に、パラシュラーマが言葉を挟んだ。

 

「まぁ、そこは僕らに任せるといいさ。無限と言っても最初から億とかいる訳じゃないんだろう? だったら僕らで消耗しない程度にブラフマーストラを打ち込んでやって消し飛ばしてやればいいだろう? 千でも万でも雑兵を出して来いよ。その程度で僕たちが消耗するなんて夢を抱くんだったらね」

 

 それにカルナが続く。

 

「無論、この俺もパラシュラーマ(グル)より呪いを解いて貰った。俺の宿敵の男の気配を向こうから感じる。故にその時は俺も、再び決着をつける為に戦いに赴くだろうが。それまでは任せると良い。俺とてマハーバーラタにて大英雄と呼ばれた者の一人、(グル)の前で恥を晒す訳にも行かん、全力を持って有象無象を滅ぼそう」

 

 そこに俺が言葉を加える。

 

「うん、まぁ、師匠が張り切っている中で弟子の俺達が遅れる訳にはいかないからな―――そういう訳で、有象無象のケルト共や一部将兵に関しては一切気にする必要がない。というかさせない。絶対に届く事はないから安心してワシントンまで駆け抜けて行け。面倒なのはこっちで全部消し飛ばしてやっからな」

 

 最後にラーマが美しい輝きの弓を片手に頷いた。

 

「―――余もシータからサルンガを受け取った。全盛期からは程遠いかもしれぬが、それでもかつて羅刹王や数多くの存在を屠ったというこの理想王と讃えられた我が武の祝福、その全てを披露して見せよう。それでこそ漸く、余はこの状況に、この出会いの全てに感謝を返す事が出来る。いや、この地上から全ての敵を消し去っても足りぬぐらいに感謝している。故、露払いを終わらせたら何とか合流しよう」

 

「やだ、ラーマくん超猛ってる……」

 

「そりゃあなぁ……」

 

 ラーマは羅刹王ラーヴァナにシータを奪われ、それから十四年間ひたすら取り返す為に戦い続けた。だがその果てにあったのは離別だった。そしてそれは死後も続いている―――つまり、ラーマの十四年間に終わりは来ない、まだ来ていなかったのだ。その大願が果たされたのだ。そりゃあテンションもちょっとおかしくなるというものだ。ちょっとというか大分って感じだが。まぁ、それはそれとして、

 

 ここにインドの流れを組むサーヴァントが四騎揃ったのだ。

 

「……どうやら前線の問題は解決しそうだな」

 

「ま、これだけ豪華な面子が揃ってるんだ。アルジュナだろうが、クリシュナだろうが、全員纏めて灰にしてやるさ―――弟子共とラーマがね。まぁ、僕は僕の方で戦わなきゃいけない相手がいるっぽいからね。常に使える戦力だとは思わない方がいいよ」

 

『それでもジェットストリーム・ブラフマーストラだろ? これ以上ない心強さだよ』

 

『また君は適当なアニメ知識を引っ張り出して……』

 

『そ、そんな事ないよぉ』

 

 そんなやや緩いカルデアの空気を感じながらも、此方側だけではなく相手側の戦力も確認する。筆頭となるのはクー・フーリンを初めとしたケルト勢、そしてその次にクリシュナとアルジュナのインド勢なのだが―――現状、このインド英雄もそれだけで終わりではない、というのも此方の見解だった。そもそもラーマが召喚されているのだから、その縁召喚でそれに匹敵するような敵がいてもおかしくはないのだ。だからケルト以外にもまだ隠れているインド勢がいると思われている。

 

 ―――まぁ、クリシュナだし。卑劣な手段の一つや二つ、あの正義厨なら持っているだろう。

 

「私達の戦いは基本が正面からの衝突、そして強引な中央突破になる―――相手もそれを理解して備えてくるだろう。故に本番は相手を突破し、ワシントンDCへと到着してからだ。それまでは作戦という作戦等ない。()()()()。それだけだ」

 

 ―――それだけが、与えられた最もシンプルな作戦だった。

 

 

 

 

 そして決戦が始まる。

 

 アメリカ合衆国に残された全ての機械化兵と、そしてレジスタンスの兵士たちが参陣する。その先頭に立つのは自分達、サーヴァント。その中でも最も極悪で危険と呼ばれる奥義を持った四人で並び、武器を抜いた。

 

 手を振るって呼び寄せるのは半月を描く鋼の塊。大きさ自体が二メートルを超え、持ち手が刃の内側に存在するという奇形の斧。嵐の神性を封じ込めた翡翠色の神造兵器―――元はパラシュラーマが神より授かり握った、大虐殺の大斧。卒業祝い、にと(グル)から態々預かった手に馴染む良き武装。

 

「―――うーん、なんだかこうやって握ると申し訳なさが」

 

「一々細かい事を気にする奴だなぁ。僕が卒業祝いに渡したものなんだから、一々気にしなくていいよ。それよりもそいつは僕の象徴とも言える奴なんだから、あまりかっこ悪い活躍するんじゃないぞ? その場合は場所を問わず見つけ出して殺してやるからな」

 

「クッソ返したい……とはいえ、アホみたいに手に馴染むうえ、これを思いっきり振るってケルトを地平から消し去りたいというのもまた事実。ここはいっその事ハジケてやろう。よっし、兄弟子よ、どちらがより多くのケルト消し飛ばせるか競争といかないか? なに、負けた方は勝った方の頼みを一回だけ聞くという縛りでな」

 

「別にその程度俺にとって罰でもなんでもないが―――そうだな、兄弟子として威厳を失う事を認める事は出来ないな。俺の様な男を兄弟子として貴様が認めるからこそ、ならば俺もそれに全力で応えるとしよう。師の下で武を磨いた年月は俺の方が遥かに長い。確かに魔力の制限がないという点では貴様の方が上だろう、だがそれが結果に通じるとは思わない事だ」

 

「やれやれ、二人して若いな―――とは言いたいが、その昂りは余にも解るからな」

 

 ふっ、とラーマが笑う。

 

「シータを取り戻す為に待たせる事はあった―――だが帰りを待つ為に後ろへとシータを置く戦いは、これが初めてだ。今の余であれば何者にも負ける気はしないな!」

 

「前線に来てまで惚気てるんじゃねぇ!」

 

 げらげらと笑いながらそれぞれ、全員が武器を抜いた。ヴィジャーヤ、サルンガ、鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)、無名の神造兵器。それぞれが超級の宝具、兵器、それ単体で魔術教会が発狂するような神秘を宿した遺物。それを担ぎながら正面へと飛び込みながら、地平線の向こう側へと向けて、見えてくる絨毯の様に敷き詰められたケルトへと向かって各々が武器を振るう。

 

ブラフマーストラ。

 

 直後、大地が死んだ。見える範囲全てが熱と閃光と破壊に飲まれながら広範囲に渡って国を亡ぼすような規模の奥義が放たれ、正面に見える大地から全ての命を奪い去った。僅かに見えた丘や山でさえ完全に平坦な荒れ地になるまで整地されてしまい、平坦な何もない、焼けた大地だけをその正面に残した。

 

 そこに存在した筈の絨毯のような規模のケルトの姿も、全てが完全に蒸発した。一つ残らず、一人も残さずに全てが消え去った。完全なる破壊と死による蹂躙だった。

 

「さあ、祈れ! 祈りたければ祈るんだ! 助けを求めろ! 許しを乞え! 神に希望を求めろ! ()()()()()()()()からな! この僕が、最強の聖仙たるパラシュラーマの名において貴様らに一つ、説法してやる。良く聞け―――」

 

 燃え盛る無名の剣を肩に担ぎながらパラシュラーマが断言した。

 

「―――ここに貴様らの神はいない。その目は届かない。その声も、何もかもが届かない。喜べ、貴様らの死は聖仙として預言してやる―――絶対だ」

 

 そのまま競い合う様に前線へと飛び込んだ。再び全力で奥義を振るう。本来であれば武器が耐え切れずに溶解するだけの出力を根源から引き出している。武器が耐え切れずに砕け散るだけの力を込めている。エミヤの投影品であればこれだけの出力も規模も無理だ。そこまで広がる前に先に武器が壊れてバックドラフトするだろう。

 

 ニヤけてしまう。

 

 こりゃあ()()()()にもなるというものだ。耐えられる武器さえあればいい、と思っていたが違う。これだけ手に馴染んで振り回せるとなると、もっと欲張りたくなってしまう。そしてパラシュラーマの超一流という領域が自分には無理なのも改めて良く理解できる。結局の所、武器を選ばなきゃ十全に戦えないからだ。

 

 まぁ、それは置いて、

 

「―――競争だ、兄弟子」

 

「無論、勝つのは俺の方だがな弟弟子」

 

 はっはっはっは、と笑い声を響かせながら一番槍の役割を果たすべく再び前へと飛び込んだ。鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)を振り上げ、そして地平を薙ぎ払う様に再び奥義を放った。目前に見える光景が一掃されて行きながらも、この惨状を察して高速で遠方から急接近してくる強大な気配を感じる。

 

 それを迎える様に得物を担ぎ―――北米神話大戦の最終章を開始する。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/1f4d1431-bee4-49c5-80a9-a13afd7957dc/efcf4ada402a7a1da034bbec0c03d4f8

 マテリアル更新+武器ゲット+宝具強化ザマスよ。毎回ちゃんと弟子に卒業祝いを送っているマメな師匠。インド師弟は基本仲良し。基本。

 それはそれとして、アメリカよ、天に帰る時が来たぞ。


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地上の星 - 3

 ケルトが地平から一旦完全に消え去った。しかしそれでもアメリカ大陸を沈没させると見間違うほどのケルトが出現し始める。地平線を黒く塗りつぶして行く人影の中、巨大な姿がそれを踏みつぶしながら大地を赤く染めて登場しつつあるのが見えた。ブラフマーストラを放っていた動きを停止させ、正面、地平線の向こう側から出現しつつある巨体を見た。溢れかえるケルトの姿を踏み潰しながら大地に赤いシミを生みだす存在は醜く、進めば進むほどのその姿は更に大きく見えてくる。

 

 同時に頭を穿つような悪臭が漂い始める。本来であれば魔力で作られたケルト戦士達は血を流さない―――だが歩きながら、更に巨大な姿を見せながら出現する怪物は掬い上げるようにケルトを巨大な手で掴み、数十人同時に口の中へと放り込み、咀嚼した。血を流さぬ怪物の兵が大地と怪物の口元を赤く濡らしながら咆哮を轟かせ―――悪臭、死臭を戦場に蔓延させた。それはまともな精神をしている人間であれば問答無用で発狂へと追い込むような気持ち悪さをしていた。その姿を見ながらラーマが叫んだ。

 

「―――クンバカルナか!」

 

「羅刹王の陣営にいたという()()()()()()()()()()()()()か! クソデケェ!」

 

 最前線、焼けた大地の上に立ちながら、更に大きくなって行くクンバカルナの醜い姿を見た。それが数億という猿の犠牲者を生みだし、討伐された存在であった。その逸話に偽りがなければ、こいつ一匹でそのままアメリカ側の人間を全て食らい尽くすだろう。その大きさも非常識なもので、()()()()()()()()()()()()()のが遠巻きながら理解できる。アレが戦場に走ってきた時点で地震と巨影が消えないからだ。

 

「ふむ、成程。バーサーカーとして召喚されているようだな。して、貴様(ラーマ)はどうやってアレを倒した?」

 

「ん? 余か? 剣で四肢を切り落としてからそんなに腹が減ってるなら好きなだけ食わせてやろう! ……と、口の中を矢で埋め首を断った」

 

「うわ、参考にならねぇ……」

 

 クンバカルナが口を開けてながら地響きを鳴らし迫って来る姿を見る。その大きく開けられた口には人が簡単に三十ぐらい放り込めそうだった。それだけ大きな口を矢で埋めたとは、一体どういう事だろうか。やぱりインドスケール盛り過ぎじゃねぇかなぁ、と思いつつあると、更に巨大に見えてくる敵の姿にやべぇ、と思う。

 

「まともに相手したくねぇな、アレ」

 

「臭いし」

 

「とはいえ、どうにかせねばならんな」

 

「じゃあしばらく退場してもらおうぜ」

 

 そう言いながらパラシュラーマが横に着地し、マントラを通して自然と、宇宙の真理と合一を果たした。爛々と目を輝かせながら真言を呟き、手をタクトの様に振るう。それに従い天地が鳴動を始め、アメリカ大陸西部からナニカが凄まじい勢いと質量を持って高速で接近し、

 

 ―――そのまま、クンバカルナを轢き殺すように轢いた。

 

 超質量とクンバカルナは弾かれるように戦場の外へと飛び消えた。死んだわけではないが、戦場から大きく引き剥がされた、醜い耳を犯すような咆哮と共に。視界から消えた。それを三人で並んで見ながら、視線をパラシュラーマへと向けた。

 

「いや、邪魔なんだから戦場から追い出せばいいだろ?」

 

『今ロッキー山脈の一部が変形しながら吹っ飛んだんだけど誰か犯人を知らないかなぁ!』

 

「まぁ、パラシュラーマ師であれば普通の事だ。この程度」

 

「まぁ、そうなのだが……戦略的には正しいが……忘れよう。それよりもクンバカルナの相手をしばらくしなくていいのは朗報だ―――敵サーヴァントがいない今の内に前線を一気に押し上げるぞ! 各自散開して撃滅を!」

 

 だいぶテンションが上がってきているのを自覚しながら散開する様に飛び出す―――カルデア本隊は未だに後ろから此方の露払いに従いつつ一気に前進してくる。そのメンバーは対人宝具、対人奥義に特化した面子となっている―――その理由は勿論、露払いをインドとアメリカに任せて、一気に敵陣に切り込んだ電撃作戦を目的とするからだ。

 

 となると、なるべく多くのケルトを鏖殺しつつ、サーヴァントを釣り出す必要がある。いや、必ず釣り出されるだろう。サーヴァントの相手はサーヴァントでなければ止められない。そしてサーヴァントが出てくるなら、サーヴァントで止めなくてはならない。そうしなければただ蹂躙されるだけの結末が待っている。それは相手も理解している筈だ。

 

 故に散開しつつ、相手が相対したがる将を、サーヴァントを釣り出す。地平の彼方へと向かって破壊を叩きこめば急速にアメリカの大地が荒廃して行く。爆裂と雷火の戦場の中で、クンバカルナと入れ替わる様に接近する強い気配を幾つか感じる。更に戦場へと向かって飛び込んで行き、ケルト陣営側の気配を刺激してみる。それに釣られ―――いや、迷う事無く此方へと向かってくる気配が一つある。

 

「来たか!」

 

『……浮気は駄目よ?』

 

「地雷女に手を出そうとする程馬鹿じゃない―――来い!」

 

 戦場の一角を占領する様に足を止める。接近してくる姿がここまで来ると見えてくる。さて、立香たちの方は作戦通り動いてくれよ―――と、思いながら、接近してくる姿に向けて斧を向けてからそれを天にかざした。

 

「さあ、お前との初陣だ。俺にお前の事を誇らせてくれ―――鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)!」

 

 言葉に答える様に翡翠色の輝きを奇形の斧が放った。その輝きと共に大気が震え上がった。吸い上げられる魔力は通常の人間でなくても一瞬で干からびさせるだけのものがある―――だが根源を通しての無限供給の魔力にそんなものは通じない。出力としての制限はあっても、供給としての制限は存在しない。故に喜んで魔力を吸い上げる嵐斧はそのまま風を操った。それが世界を一つ包む様に流れた。それに続き、大気に雨をもたらした。大粒のそれは天から最初はゆっくりと降り注ぎながら風と混じり合い、勢いを加速させて行く。マントラの加護を通して雨に濡れぬ身は常に最良の思考と風雨の対象外へと押し出されていた。だがその外側、身に触れぬ雨と風は、

 

 生物を生きる事を許さぬ嵐の異界を生みだしていた。

 

 結界ではなく異界。もはやそれは一つの違う世界だった。

 

 吹き荒ぶ嵐はもはや生物の生きる場所ではない。苛烈すぎる風の気配は()()()()()()()()()()()場所であり、そして降り注ぐ雨は()()()()()()()()()()()()()もの。空間そのものが雨と風によって音を失いながら息が白く染まる様な気温の低下が発生する。足元の大地はあっさりとその原形を無くし、風と雨粒によって抉り抜かれたそこは湖と化す。完全に日の光が乱雲によって遮られ、轟雷が天上に鳴り響く。

 

 鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)を下ろしながら嵐絶異界の中、水面の()を何事もないかの様に歩き進みながら、右手で握る嵐斧を肩に担いだ。風にも雨にも干渉されず、足元の湖にも干渉されず。異界形成前と何ら変わらない状況のままでいる。だがそれ以外の全ては完全に嵐に飲み込まれていた。足元の湖でさえそうだ。

 

 パラシュラーマはこれを引きずってカナダを横断したのだ―――そりゃあカナダも滅ぶという奴だ。

 

 だがそんな嵐の中、小動する事もなく、侵入し、水面の上に立つ女の姿があった。

 

「―――待たせたな」

 

「待ってもいないし望んですらいねぇ。自分の都合の押し付けもいい加減にしろよ、女。死にたけりゃあ影の国を人理に繋いでついでに焼かれれば良いだろ」

 

 影の国の女王スカサハが衣装を一新していた。ヴェールの様なものを被り、どこかで見た事のあるゲイ・ボルクを片手に、そして彼女が持っていた旧式ゲイ・ボルクをもう片手に握っている。彼女の魔術や呪術の腕前を考えるなら、あれらをあっさりと複製してくるだろう―――羨ましい能力だ、自分も武器の複製や投影能力が欲しい。ノータイムで生み出しつつ投げる事の出来る武器が増えるだけで戦力の幅は一気に広がるというのに。

 

「冗談を言うな。望む様に死ねるかもしれない状況で、その機会を逃す馬鹿はおらぬだろう?」

 

「ふぅー……」

 

 まぁ、喋るだけ無駄だよな、とは思う。それに彼女に現状、愛歌以外に対して救いの対象を広げるという余裕が己にはない、という説明を彼女へと向けても意味はないだろう。ラーマは()()()()セーフだ。言い訳があるし、大義名分があるし、何より()()()()()()()()()からだ。大本のラーマとシータを救う訳ではないから、スナック感覚で解呪出来た。だがスカサハは違う。この女は()()()()()()()()()()なのだ。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

 こういう酷く自己中心的な女は好きになれないのも事実の一つだ―――見方を変えればただただ必死なのだろうが。必死な上に不器用な女―――救いようがないし、救うつもりもない。

 

「悪いがお前には付き合ってられない―――さっさと終わらせて貰おうか」

 

「此方とてそのつもりだ―――さぁ、私を殺せ。殺してみせよ」

 

 その言葉と共にスカサハが二槍を握り、一気に飛び込んで―――その動きを殺して後ろへと飛びのいた。チ、とそのまま飛び込まなかったスカサハの存在に舌打ちする。鋭く見極めたか、と流石にスカサハを楽に殺そうとするのは無理があったか。

 

『―――察知されてしまったか(≪空想具現化:かぜよ≫)

 

 暴風の中にアースの風化概念の風を混ぜ込んで、触れたらそのまま特異点の終了までずっと風化させて放置しようと思ったが、それを察せられたらしい。奇襲で通じないなら呪術で風化対策されるな、と軽く溜息を吐きながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「絶え間なく支援を続けろー。囲んで押し込んで封殺してボコす」

 

『はいはい、解ってるわよ』

 

『まともに戦おうとする方が愚かしい、という奴か』

 

 大正解である。頼んだ端から嵐絶異界の雨粒の中に少量だが穢れの泥が混じり始める。最初は効果は薄いだろうが、逃げ場はないし、此方は雨の方と違って回避も防ぐ事も出来ず、徐々に蓄積して行く。時間が経過すればするほどスカサハの肉体は粘土の様に柔らかくなって行くだろう。まぁ、そこまで戦闘を続ける予定はないのだが。ともあれ、嵐の中の轟雷にアースのらいめいを混ぜ、雨風そのものに穢れの聖杯の泥を混ぜる。

 

 戦いとはまず、その準備から始まり―――次に戦場の支配へと続く。

 

 己に有利な戦場を生みだす事がまた、勝機を掴む事へと通じる。

 

「ふむ、成程……盛り上げてくれるな」

 

「これだからケルト思考は……!」

 

 そんなもの、構うまい、とスカサハが飛び込んでくる的確に降り注いでくる雷鳴を回避しながら飛び込んでくる姿に対して此方からも接近し、交差する槍と斧を正面から衝突させ、武器を拮抗させた。その停止した動きの中で、スカサハは懇願するような、期待に満ちた視線を向けてくる。本当に、

 

「―――馬鹿な女だ……!」

 

 武器を弾く。二槍であるが故に衝撃を分散させたスカサハが素早く槍を一本戻してくる。風を使って体を押す様に動かしながら横へとズレる。突き出された左槍から行動を予測して放たれる右槍の突きを斧で弾きながら体を後ろへと引く。僅かに出来た空白、風化の風と雷鳴が落ちる。それを回避する様にスカサハが飛び退くのに合わせ、呼吸を合わせ、

 

ふぅ―――(≪マントラ:心技合一≫)

 

 武器と、大地と、天と、宙と心技を合一させ、一瞬で最大出力を兵器へと込めた。それでも武器を悲鳴どころかダメージを受ける様子さえなく、機嫌よさげに魔力を吸い上げながら形を変えた。僅かに開いたスカサハとの合間に、それを叩き込んだ。

 

「―――梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)

 

 放たれた衝撃と共に大地が悲鳴を上げた。




 次回はvsスカサハ。

 さとみーは戦うなら確実に勝つだけの手段と手札を用意して勝率100%の状態にしてから確殺を狙うタイプ。スカサハは戦っている間になる程、100%にするわという感じで勝利するタイプ。

 ガチャ丸は0%を1%に変えてその1%を絶対に掴むタイプ。


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地上の星 - 4

 ―――発生したのは熱の爆発ではなかった。

 

 漸く手に馴染む武器を得た事から完全な、個人の保有する専用の奥義、誰にも真似できない完全なるオリジナルの奥義となったブラフマーストラだった。そこに混ざるのは大きく分けて二つの要素だった。一つ目の要素はつまり鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)その物から来る嵐の気質になる。その次に自分自身が保有する救世主としての気質。奥義とは心技体、そして武器を通した融和によって発生するものである。どれが欠けても完全な奥義と言えるものは発生しない。逆に言えば完全に融和すれば誰にも真似できないものが出来上がる―――たとえば固有の属性か気質を混ぜた場合等。

 

 そういう事から、放たれる梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)は方法、使い方、名は(グル)が使ったものと一緒でも、その結果はまるで違う。発生するのは風と水の爆裂。だがそこに熱量がないからと炎や閃光による爆裂に劣るなどと考えてはいけない。触れれば存在の保有する水分と同化し、巻き込みながら内側から爆裂する水、そして風による乱気流の如く大切断の連続。凡そ生物が耐え切る事の出来ない破壊が一直線にブラフマーストラの基本として()()()()を持って進む。その上で浄化属性を踏まえ、

 

 その射線上の存在は強制的に虚飾が、装飾が祓われる。属性が脱色され、問答無用でニュートラルな、加護も強化もない状態へと浄化されながら攻撃を受ける。

 

 まさに一撃必殺。破壊と殺戮の為の奥義。

 

 ()()()()()()()()どんな敵であろうと殺せるだろう。

 

「当然避けるか―――」

 

 大地を消し飛ばしながら放った梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)は範囲的に確実にスカサハを巻き込むだけの破壊力と規模があった。だが攻撃が発生した範囲内にスカサハの気配は感じられない―――いや、彼女の気配そのものが感じられない。そうなるとまず間違いなく気配を遮断して奇襲に入った、と言うのが理解できる。

 

 そう判断した直後、背後から来るのを察した。

 

「むっ、解るか」

 

「そういうのは通じないからな(≪咎人の悟り≫)

 

 背後から来た槍の一撃をマフラーのオートガードで初撃を弾きながら体を回し、振り返りながら体を後ろへと反らす様に動く。連続で振るわれる槍の軌道を見極めて回避しながら後ろへと滑らせ体を持ちあげないまま斧を振るう。迫る槍を切り払いながら後ろへと向かって一回転し、着地しながら今度は此方から飛び込む。スカサハもそれに対して正面から相対する。素早い槍撃は回転を動きの合間に混ぜ込む事によって更に加速しているようであり、動きを停止させない限りは攻撃を更に加速して行く。それでありながらスカサハの武芸の閃きは魔技の如く、止まる気配はない。

 

「本当に哀れな女だな、貴様は!」

 

「慰める言葉があるなら殺してくれ。私が求めるのは死合で果てる事のみ」

 

 素早く繰り出される槍の連続突撃に対応して此方でも斧を握り、素早く回転させながら連続で振るう。スカサハの動きに呼応する様に此方の動きを素早いものから固定された剛の動きへと変更、急所や後々響く様な場所への攻撃のみは防ぐ事として、それ以外のダメージは放置する方針にする。耐久力に関しては超一流の領域にあると信じているし、蘇生能力もある。その阻害をする呪いの類は殺せる。

 

 ―――ならば後は逝くのみ。

 

 動きの質を変えればスカサハの視線が変わる。呼吸でマントラの質を変更させ、心技合一による森羅の力を体内に取り込み、それを練り上げながら殺す様に腕をしならせ、()()()()()()()を急所を庇いながら一気に放つ。その動きに対してスカサハが最小限で動きの基点を叩き、動きを中途半端に止めるが、そこから連動し、再び同じく斧を振るうランダムな連撃を体を動かしながら横へと滑り、繰り出す。

 

「どこぞの英雄の奥義か」

 

「引き出しが多いのが自慢でね―――引き出しの多さと良相性で押し殺すのが性にあってるみたいだ」

 

 つまりメインで戦うのではなく、特化型をサポートしつつ隙あらば確実に殺すという、誰かと組んで実力を更に発揮できるタイプの人間だ―――希望としては完全な武芸者タイプ、それこそクー・フーリンやアルトリア辺りが味方として欲しい所だったが、ここではそんな文句も言えない。スカサハの加速が段々と体を掠り始めるが、それを無視して強引に体を動かす。雨粒の中に混じる赤い色を無視しながら振るう斧は闇の中に翡翠色の軌跡を生み出して行く。

 

 振るわれる斧の軌跡はスカサハの肉を裂き、血肉を吹き飛ばして抉る。

 

 だがそれでスカサハが死ねるわけではない。

 

 物理的にこの女を殺す事は難しい。いや、不可能だろう。スカサハは死という概念そのものから遠い。彼女は死という当然の権利を剥奪された憐れな女だからだ。だからどれだけ残虐な攻撃方法でスカサハの体を抉ろうとも、飛び散る血肉に熱量は存在しない。彼女が死ぬラインへと到達すれば、自動的にスカサハは死から遠ざかる。彼女は死ねない。故にこそ恋い焦がれる―――残酷で美しい死に。

 

 数多くの勇士が彼女の前で散って行った。それを彼女は一人になるまで眺めつづけてきた。誰と仲良くなろうが、全てが彼女を置いて行く。故に評価するのであれば憐れ。それでしかない。そして本当に救いようのない女だった。

 

 ―――殺し合う。

 

だけど、まぁ(≪咎人の悟り≫)

 

「どうした?」

 

「そうだな、お前の人生の総評に関してだ。今からお前を完膚なきまでに始末してやる所だが、その前に俺がお前に対して思った事を言ってやろうかと思ってな」

 

 跳躍し、距離を取り、追従するスカサハの動きを振り払おうとしながら武器を受け流した。やはり斧一本だと戦い辛い―――もっと、複数種の武装が必要だ。弓を使うなと(グル)に言われている以上、それ以外の射撃武器が必要になるな、それがない以上、異界外からアースに空想具現化を連射させているが、自然災害を呪術と魔術と原初のルーンの重ねがけで回避している―――前回の戦闘で手の内を見せてしまった影響だろう。

 

 だから大きく動き回りながら息を整え、スカサハの動きを引き込む。ワルツを踊る様に相手の攻撃を自分へと向けて引き込みながら、スカサハへと言葉を放った。

 

「―――なんとも、まぁ、()の悪い女だ」

 

 スカサハの耳朶に言葉が届いた瞬間、左手で印を結んだ。それに反応しスカサハが魔力を振り払う様に発した瞬間、世界が静止した。風と動きを停止させ、雨粒が空中で落下するのを停止した。水面の波紋は広がる事を停止して拒み、世界はあらゆる運動から切り離された。だがそれは時間が停止したからではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。一番最初に停止したのは合一、そして真理と一つとなった(ソラ)であり、

 

 即ち、星天。これぞ聖仙の秘術にして秘儀。書物に残される事なく、記される事もない奥義。

 

 星天停止、である。とはいえ、それも準備があって成立するものであり、即興で使えば即座に突破するような児戯。スカサハがそれを受けて停止した時間は()()()()()()()()。世界の外側に存在するという事はつまり時間軸の外側に存在するという事の証明である為、時間的な干渉においては凄まじい耐性を保有していると表現しても良い。

 

 だが、その女の姿は次の瞬間には―――ズレた。

 

 まずは言葉を放つ前に顔がズレ、体がズレ、腕が落ち、体が解体された。

 

 闇の中で嵐に触れられる事もなく、崩れ落ちるスカサハの()()の後ろに、立つ女の姿が見えた。蒼く輝くその瞳は()()()()()()()()()()が、それを気にする事なく女は地に濡れたナイフを振るい、血を払った。

 

「―――まさかこんな状況になって念願の殺人を達成するとはね。いや、半神みたいなもんだから殺神か? ま、どちらにしろあっけないもんだ」

 

 ふぅ、と息を両儀式(アサシン)が吐いた。解体されたスカサハだった肉塊は完全に動く事も命の気配を見せる事なく、足元の水面に飲まれて沈んだ―――それが浮かび上がってくることはないだろう、おそらくは。そしてそれを見届けながら此方もふぅ、と息を吐いた。

 

「なんとか殺せたか、いやぁ、助かった。やっぱ一人で戦うのは無理だわ、アレ」

 

「まぁ、元々作戦通りに進めただけって話なんだが……アイツ、死がないんだろう? 大丈夫なのか?」

 

「一回は確実に殺してる。こっから蘇るかどうかは……運か、或いは神のみぞ知るって奴だ。流石に俺はもう知らん。知りたくもない」

 

 やった事は簡単、気配遮断で式を潜ませて、咎人の悟りで死への理解を極限まで高めて無理矢理スカサハの死を見せる。後は嵐で大地に、湖の下に掘った陣を使って気配感知を無効化、第六感を此方へと集中させる事で鈍らせ、明確な割り込む瞬間を作って式に殺させるだけの話だ。式が同じ、根源接続を由来としている存在だったからこそ出来る裏技だ―――こっちの式はその事実を知らないが。

 

 セイバーの方の式は、アサシンの方の式が負けるまでは特異点に出てくるつもりはないから困ったものだ。あっちの方が色々と説明が楽なのに。まぁ、結局は器が一緒なのだから通じているという事実は一緒なのだ。自覚があるか否かという点が違うだけで。

 

「というかオレに殺らせるなら自分でやればいいだろ」

 

「無理無理、それはルール違反になっちまうから、逆に俺がヤバイ」

 

「はーん……めんどくさそうだな」

 

 そらな、と呟く。そもそも救世主という存在自体が面倒の極みにあるようなものだ。存在する時点で()()()()()()()()()()()他、得た答えから来る行動への執着等が生まれる。自分はそこらへん、ガン無視しているが幾つか無視できない制約が存在する。普段はゴータマに怒られる、説教されるとか言葉で遊んでいるが、真面目な話になると()()()()()()()()()()()のが事実だ。だからスカサハを救う事は俺に出来ないし、スカサハを救おうとする事も考えない。制限的に自分一人―――つまりは愛歌一人で限界なのだ。

 

 と、まぁ、そういう訳で、式の直死を利用した―――流石に死そのものの付与と比べれば劣るではあろうが、それでもこれでも一つの殺害手段だ。もう二度と蘇らない事を祈る。スカサハの攻撃が何度も突き刺さった箇所が血に滲んでいて地味に痛い。呼吸を整えて回復をしながら、軽く斧を振るえば地形を削っていた嵐が一瞬で静寂を取り戻し、晴天が帰って来る。

 

 周辺を見れば広く広がる湖と、そこに沈んだ大地が見え、その遠方にはこの空間を避ける様に戦うアメリカとケルトが見え、激しく炎と破壊を撒き散らしながら戦っているのは―――カルナ、そしてアルジュナだろうか。二人は誰にも邪魔される事なく、遠方で空中戦を広げたと思ったら間にあった崖を完全に跡形もなく消し飛ばし、人のいない方向へと大地に大量のクレーターを爆撃の如く穿ちながら神話で果たせなかった戦いの続きを行っていた。既にカルナの体には黄金の鎧がない様に見える。その代わりに片手に握られたあの槍はインドラの槍だろうか、アレを食らえば流石にアルジュナでさえ一撃だろう。

 

「見えるか、あの空飛んでアメリカ破壊してるの兄弟なんだぜ」

 

「はた迷惑な兄弟喧嘩もあったもんだ。って、それより次はどうするんだ?」

 

「ここはインド大決戦に任せ―――」

 

 言葉を放った瞬間、大地が震えた。言葉を止めて、震源地へと向かって視線を向けた。

 

 足元の湖が震動によって震えて水が飛び散っている。それもそのはずだ。巨影が太陽を遮るように()()()()()からだ。しかもそれは滅茶苦茶に濡れており、濡れた体から大量の海水を降らしていた。まだ此方側まで届かないが、それでも飛翔する姿が良く見えた。

 

 ―――クンバカルナ殿がジャンプしながらこっちへ向かってきてらっしゃるぞぉ……!

 

「え、えぇ……動けるデブってのは聞くけど飛べるデブってのはジャンル的に新しいわね……!」

 

 いつの間にか横に出現した愛歌がそんな事を言うが、冗談に出来る状況じゃなかった。軽くわぁい、B級映画かよ……とか言いたくなる光景が空には浮かんでいた。しかもどうやら投げつけられたロッキー山脈の一部を鈍器として使う予定なのか()()()()()のだ。先ほどの地震はおそらく、跳躍の為の踏み込みで発生した衝撃だったのだろう。踏み込みでアレだったのだ―――着地の場合、どうなるのだろうか?

 

「……じゃ、オレはワシントンまでひとっ走りしてくるから」

 

「待て、待て待て待て待て」

 

「じゃあな」

 

「式お前―――!!」

 

 一瞬で式の姿が消えた。ワシントンDCへと向かったカルデアの本隊に召喚されたのだろうか、或いはオーダーチェンジで切り替わったのだろうか。どちらにしろ、まず間違いなく逃げられた。おのれ、式め。この恨みは絶対に忘れないぞ、と思いながら空から落ちてくるクンバカルナから視線を外し、助けを求めて視線を巡らせる。

 

 カルナ―――アルジュナと笑いながら焦土を広げている。

 

 パラシュラーマ―――クリシュナと争いを行っている。死にたくないから放置で。

 

 ラーマ―――無事だった。視線を向けると此方に気づき、そしてクンバカルナを見上げた。

 

「アレ、どうにかしろよ!! 逸話再現できるだろ! 今だ! 必殺のラーマスラッシュ!」

 

「今の余には流石に物理的に無理だ!! あの頃はもっと成熟した体であったから一息で切り落とせたのだ、今の余では手足の長さが足りん!」

 

 足りてたら出来るのか、お前。やっぱり根本的な技量に関してはこいつら、頭おかしいなぁ、と思いつつラーマと視線を合わせ、落ちてくるクンバカルナへと視線を戻した。それから互いに武器を抜きながら構えた。

 

「仕方があるまい、再び殺してやるとしよう。解っているな?」

 

「着地した瞬間の硬直だろう? まぁ、読みに関しては(グル)にさえ負けないから」

 

「うむ。では一撃で消し飛ばすとするか……それで死んでくれるならばな」

 

「怖い事言うの止めない? 足元で生き返りそうな奴がいるんだけどこっちは」

 

「うむ……まぁ、その時はその時でスッパリ諦めよ! ともあれ、邪魔な奴からは退場してもらおうとしよう―――いい加減、羅刹の存在は見飽きた」

 

 ラーマが弓を抜き、それに不滅の刃(ブラフマーストラ)を番えた。それに合わせ、此方も左半身を前に、右半身を引いて三日月を一回転させてから握り直した。嵐の力を全て一点に集中させ、それを放つ為に極限まで圧縮させて行く中、此方の嵐とは正反対、太陽の熱量を無限に詰め込んで行くのがラーマの一矢だった。

 

 そこからは互いに言葉をかける事もなく、落ちてくるクンバカルナを見た。

 

 山という重量を抱えた超巨体は落下と同時にアメリカ大陸を砕く。大地がそのものが津波の様にめくれ上がりながら襲い掛かってくるなら、それが自然災害として全てを滅ぼそうとする土砂津波として発生する瞬間、クンバカルナの動きが停止したのに合わせ、正面から迫って来る土砂に向かって斧を振り下ろし、

 

梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)―――」

 

 そして、ラーマは矢を放った。

 

「―――梵天よ、天を裁け(ブラフマーストラ・サルンガ)




 陸津波。アメリカは死ぬ。

 さとみーは状況、環境を整えて、その上で自分で戦って追い込んでサポートする器用万能タイプ。だからと言って殺傷力がまるでないという訳でもない。つまり超攻撃的なサポーターというスタイル。なので平気な顔してアレ? これ決闘だっけ? すまんな、とかやらかす。

 という訳で続いてクンバカルナ戦。億単位で戦場で食い殺したという逸話の怪物。

 なお、その頃ワシントンは春のケルト祭。


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地上の星 - 5

 ―――次の瞬間、クンバカルナは空にいた。

 

「……は?」

 

 思わず口から洩れた言葉だった。クンバカルナが何をしたのかは陸津波を消し飛ばした向こう側に見えた。クンバカルナは着地したその瞬間には担いでいた山を振り下ろしたのだ、鈍器の様に。そしてそれを使って大地に叩き付けた下半身を持ち上げ、倒立する様に両腕と山で体を支え、そしてそのまま体を上へと飛ばしたのだ。その結果、ブラフマーストラが届く前にクンバカルナは空へと舞い戻った。

 

 デブ・イン・ザ・スカイ。笑えない。

 

「アレがまた落ちてくるのか……待って、まだ陸津波が完全に消え去ってないの」

 

「そんな事を言っている場合か! 放置していたら文字通り喰われるぞ!」

 

「まぁ、我が(ちひょう)での出来事だ。少々抑え込んでみよう」

 

 アースの言葉にあざっす、と答えながら大地を蹴って空へと飛び上がった。落ちてくるクンバカルナへと向かって一気に弾丸の様に飛び出しながらその姿へと向かって足を曲げてから、

 

 一気に突き放す様に最大限の強化を込めた蹴りを叩き込む。

 

吹き飛べ(≪修羅の刃≫)……!」

 

 クンバカルナの体表を衝撃が一瞬揺らめく様に広がり、反動で足に痛みを覚えながらクンバカルナの姿を思いっきり蹴り飛ばす。それを受けたクンバカルナの姿が空中で受け身を取る様に回転しながら―――カルナとアルジュナの決戦場へと向かって行くのが見え、二人のど真ん中にクンバカルナが叩き込まれた。直後、アルジュナとカルナの両側からブラフマーストラが飛び、クンバカルナへと叩き付けられた。それに吹き飛ばされたクンバカルナの姿が転ぶ―――ダメージは大きく見えるが、まだ戦えるように見える。

 

「あ、抗議の視線送ってる。だが反省はしない」

 

「使えるものはなんであれ使うのが戦場だから―――なっ!」

 

 ラーマが素早くブラフマーストラの二射目をクンバカルナへと放った。大地を消滅させる様に溶解させる太陽そのものの一矢は物理的に止める事は不可能であり、閃光すら見せずにクンバカルナへと向かった。だが怪物の本能で悟っていたそれは横へと飛びのきながら大地に足を刺しこんで、アメリカの国土を裏返す様にそれを蹴り上げ、理屈では考えられないほどの巨大な大地のプレートを裏返してきた。ブラフマーストラがそれに衝突、爆裂しながら大地のプレートを真っ二つに割る様に天へと向かって伸びる炎天を巻き上げたが、二分割した大地のプレートがケルト、アメリカ関係なく潰す様に落ちてくる。

 

 大きさはそれだけ当てやすい、なんて言われているが、それだけではない。

 

 それを支える筋肉と機構があるのだ―――弱い訳ないだろ、という簡単な話だ。

 

「えぇぃ、面倒なやつめ、まずは足から落とすか―――エージ、土砂や攻撃の対処を頼む。余がアレを()()!」

 

「軽く言ってくれるなぁ、もう―――嵐と共に我が名を称えよ、鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)!」

 

 広範囲に狂風を発生させる。集中豪雨は味方へと被害を出してしまう為、発生した狂風をプレートへと叩き付けて、その形を一気に砕く。発生する土砂をダウンバーストで下へと向けて叩き込みながら、分割した意識で斧を振るう。直線に放たれた水爆の奥義が一直線に大地を割り砕きながらクンバカルナの動きを制限する様に爆裂する。それを超える様にクンバカルナが踏み込んだ瞬間、その足が泥沼に踏み込み、肉体が一気に汚染による弱体化を得て、脆くなる。それを気にする事なくクンバカルナが跳躍する。その手には適当な丘が握られている。

 

 ―――見ている光景が明らかにおかしい。

 

「これと比べると第四特異点は平和だったなぁ!」

 

「余はシータに大勝の吉報のみを持ち帰るつもりなのだ、この程度で音を上げるな。覚者の名が泣くぞ」

 

「好きでなったんじゃねぇやい!」

 

 クンバカルナが跳躍しながら丘を投げてきた。正面の空間全てを塞ぐような光景に明らかにスケールの何かがおかしいよなぁ、と思いつつ迷う事無く暴風と水撃で丘を叩き割った。その向こう側が見えた瞬間には折り曲げた剣を矢の代わりにラーマが弓に番え、放った。それはブーメランの様な軌道を描きながら砕かれたわずかな隙間を縫い、跳躍したクンバカルナの足に突き刺さった―――突き刺さったのみ。

 

 斬撃が抜けて魔力の粒子がクンバカルナの足元から散る。だがそれは貫通にも切断にも至らない。飛来してきた丘の残りを左右へと受け流す様に切り払いながら、大地に着地し、その衝撃で震撃と陸津波を起こすクンバカルナを見た。

 

「ちぃ、やはりこの霊基では貧弱すぎて切断しきれん―――大技を突き刺せれれば話は別だが」

 

「んじゃ俺が動きを止めるか」

 

「頼んだ」

 

 不滅の刃を手元に召喚するラーマから視線を外しながら巨大な羅刹を止める為に縮地法でまだ無事な地脈を辿ってクンバカルナの側へと一瞬で転移する。一瞬で接近を完了させるのと同時に凄まじい衝撃を大地に感じる。走っている―――それだけで天災に等しい影響力を周りへとクンバカルナは振りまいていた。駄目だ、こいつは殺さなきゃいけない。殺さないと周りが滅茶苦茶になる。

 

「さて―――やるか(≪修羅の刃≫)

 

 斧を肩に担ぎながら魔力を注ぎ、此方へと向かって走って来るクンバカルナを見た。その姿に停止はなく、走りながら此方を蹴り飛ばそうとする姿が見える―――まぁ、それが一番楽だろうな、と思いながら力を一気に斧へと込めて行き、クンバカルナが蹴り上げる大地へと向かって斧を一回転して握り直しながら振り下ろした。

 

梵天よ、嵐に堕ちろ(ブラフマーストラ・パラシュ)―――!」

 

 本日、何度目かの奥義が大地を真っ二つに割き、爪痕を残しながら一直線に破壊を生んだ。横へと飛びのいたクンバカルナが転がり、土砂を津波の様に、岩塊をショットガンの様に大量に放ってきた。動き回るだけで武器のそれに対して真正面から飛び込む。巻き上げられた土と岩塊を足場に跳躍を素早く移動法の縮地で加速しながら、慣性を体に蓄積させる。それによって速度という威力が体に乗り始める。逆手に斧を握りながら構え、クンバカルナの巻き上げた障害を突破、真正面から相対する。

 

 ―――クンバカルナが大口を開けて待ち構えていた。

 

 縮地で大地へと体を戻した。それに合わせに慣性を乗せたままの一撃をすれ違いざまにクンバカルナの足へと叩き込む―――奥義ではなく、流し切りの斬撃。あまりに強すぎる攻撃は警戒心を生み、第六感、直感、闘争本能、生存本能を強く刺激する。その場合は()()()()()()()()()()使()()()()()()必要がある。

 

 故に斬撃を浸透させるように押し込み、半ばまでを断つ。クンバカルナがそれを受け、此方を殴り飛ばす様に倒れ始める。大地を抉りながら振るわれる拳を一撃でも喰らえば死ぬどころかミンチを通り越して血の霧になってしまう為、迷う事無く縮地法による転移で一気に逃亡する。直後、先ほどまでいた大地を粉々に消し飛ばすクンバカルナの姿が見え―――その姿へと一矢が影さえ残さず飛翔するのが見えた。

 

「今の時代ではどうであるかは知らんが、余の時代であれば弓と矢は射る他に()()する為の武器だぞ?」

 

 言葉と共に連続で爆発が発生した。速射によって放たれた矢が連続でクンバカルナの足に突き刺さりながら爆裂した。太陽の光を、熱をそのまま放つと言われる太陽弓サルンガによる連射、速射は矢を放つだけではなく、それ自体が炎と閃光の入り混じった砲弾となり、そのまま貫通させるだけではなく着弾と同時に魔力を消し飛ばす爆撃として運用できる。それ故にそれが着弾したクンバカルナの両足が膝下から爆撃によって一気に消し飛ぶ。それによって大地に倒れそうになったクンバカルナが両手で体を支えようとする。

 

「なら次は両腕だな」

 

 逸話を再現する様に、両腕を今度は消し飛ばす事を目標としてクンバカルナが力を込めようとした大地を薙ぎ払った。嵐の大斬撃が振るわれるのと同時に両手を付こうとした大地が抉れ、クンバカルナの体が本人の予想よりも下がり、沈む。それに合わせて雷鳴と泥が発生する。体を犯す泥、そして神経を焼き殺す様に発生した雷鳴がクンバカルナの動きを完全に停止させ、

 

 ―――ラーマが矢を放った。

 

 そしてそれを遮る生物が出現した。

 

 クンバカルナを庇う様に出現したのは巨大な黒い、猪だった。ラーマの放った矢をその体で受けた魔猪は太陽の光に焼かれながら粉々に()()()()()()()()()()()()()()―――即ち、生きた生物であり、召喚された魔力体の存在ではない。生きた生物である。そしてその現象が発生するのと同時に、戦場が()()()()()()()()()()始めた。

 

「やっぱりまだ生きてたのかぁ―――!」

 

 スカサハの死体を沈めた湖の中に乱水流を発生させて肉をバラバラにした筈なのに、これでもダメなのか。そう思っていると森の闇の中から赤い閃光が飛翔してくるのが見えた。それを切り払って弾きながら後ろへと大きく跳躍する。スカサハの気配を探ろうとするが森の中には猛獣の気配が多すぎて、どれと特定するかは面倒すぎる作業だった。此方の陣地を出す前に自分の陣地を蘇りつつ出してきた、という事だろうか。

 

「そのまま素直に死んでおけばいいものを……!」

 

「―――悪いな、一度は死んだ。だがそのまま死に追いつけなかった。やはり死の概念では私を殺せぬようだ」

 

 悪い事は言わないから妥協して死んでおけ、としか言えなかった。ここまで来ると頭が痛いとも言える。あの女、懲りもせず―――というか死ねなかったのか。やはり憐れな女だ、としか自分には言えなかった。それ以上の権利はない。救済しようとしない以上、同情する権利はなかった。ただ問題として、先に陣地を出された以上、上書きするのが面倒だなぁ、という思考を作った。

 

 と同時に、森の闇を抜けて様々な方向からゲイ・ボルクと魔猪が、キメラが殺到してきた。

 

 そしてそれ毎大地を、()を、全てを飲み込もうと大口を開けるクンバカルナの上半身が見えた。

 

「まともに相手してられるか……!」

 

 迷う事無く縮地で逃げた。口伝で教えてくれた大陸の仙人に今ほど感謝した事はないだろう。ぶっちゃけた話、便利すぎる。とはいえ、これ単品で問題が解決する訳ではない。ラーマの横へと縮地で戻れば、その周囲も、視線の先も完全に森で遮られており、血に飢えた獣の気配の他、遠くに不吉の気配を感じる。またクンバカルナもまだ存命で、下半身を両腕で引きずるように直進してくる。

 

「なにあれ怖い」

 

「いよいよ手が付けられなくなってきたな」

 

 影の国の召喚だ―――それで影の国の一部、最も獰猛で凶悪な魔獣が住み着く闇の森を召喚したのだろう。しかも森そのものが第六感を、直感を殺すような特殊な環境をしており、見えるのに見えない、という妙な感覚を強いられていた。これは感覚派の人間、英雄、心眼(偽)だったら即死出来る環境だなぁ、と思いながら斧を肩に抱え直した。闇のどこからか、スカサハが此方を伺っている。

 

「……どうするか、これ」

 

「どうするもなにも、クンバカルナを沈めてから潰すしかあるまい。幸い、両足は断った。後は両腕と首だけだ―――まぁ、口さえ動けばそれだけで暴れ回る奴なのだが」

 

「俺にまたあの産廃(スカサハ)の相手をしろと」

 

「すまんな」

 

 仕方がない、と呟きながらまずは第六感を取り戻す為に森への干渉を始めるか、と斧を大地に突き刺して開いた両手で印を結ぼうとする。環境への干渉方法に関してはマントラよりも中華、そして極東へと流れた風水、陰陽思想の方が遥かに通しやすい。それを通して環境の一部壊して、地脈返しを行おうとして―――動きが停止する。

 

「ん?」

 

「むっ」

 

 視線を南の方へと向けた。そこからは新しい力が新生する様に感じられた。そして気配と力の正体を探ろうとして―――そして理解した、何故(グル)が執拗にクリシュナの相手をすると、過度な支援を行う事が出来ないと言っていたのか。

 

「成程、確かにこれはパラシュラーマでなければ話にもならんな……」

 

 明確に空に広がって感じるのは()()だった。不完全ではあるが神霊に該当する存在が降臨しつつあった―――それの相手を引き受けるつもりでいたのだろう。助けたい気持ちはある……とはいえ、それを心配するだけの余裕はなかった。

 

「これ、どうすっかなぁ……」

 

「うむ、困ったな」

 

 大地を振るわせながらバタフライで迫って来るクンバカルナ。

 

 第六感封じの魔獣の森から襲い掛かるスカサハ。

 

 頭の痛くなる組み合わせだった。インドとケルトの誇る頭の悪いタッグが迫っていた。




 あ、これ、倒すとかじゃなくてワシントン先に終わるのを祈る奴だ……と悟り始める参加者たち。ヤンメンヘラケルティックババアは強かった……強すぎた……帰ってくれ。

 クンバくんも退場していいのよ。

 解ってた事だけど前々から五章はインド特盛で書こうって決めてただけに長さもおスケールも酷い事になってきた。六章と七章はこれを超える規模じゃなきゃ駄目なのか……(震え声


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地上の星 - 6

「―――ふふ、はは、ははは―――」

 

「は、は―――はははは―――ひひひ、ははは―――」

 

 声は一瞬停止し、

 

「は―――はっはっはっは、は、はぁ―――!」

 

 空に爆笑が響いている。その音源となる男たちは空を高速で駆け抜けながら何度も何度も衝突を繰り返し、爆裂と破砕を撒き散らし、その余波で地表を削っていた。そこだけ、もはや次元が違っていた。空で交差を繰り返す度に何十という武と武の比べ合い、競い合い、殺し合いを達成し、弾く衝撃で加速しながら再び距離を生み、衝突へと向かって行く。衝突の度に発生する閃光はそれだけで致死に至る毒だった。ただただ破壊を繰り返し、破壊する。破壊しか考えない全力の殺し合い。

 

 それが上空で行われている決戦の内容だった。

 

 聖仙パラシュラーマはその存在と互角に戦いを繰り広げていた。その手の中に馴染んだ鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)は存在しない。だが、その代わりに数々の武装が存在する。それは何千年という生の中で忘れながらも体に刻んで覚えつづけた動き、武器がどれだけ柔かろうが、関係なく常に最高のスペックで運用、戦闘が出来るのは超一流を超えた領域にある神業の技巧を保有しているからに過ぎない。剣を振るえばいつの間にか防御をすり抜けて相手を殺し、槍を握れば相手が反応するよりも早く心臓を貫く。矢を放てば放った瞬間を悟られずに射抜き、チャクラムは構えた瞬間には既に指に戻っている。最強の聖仙の名は伊達ではない。

 

 そんなパラシュラーマと正面からぶつかり合う怪物は、閃光に触れた存在を問答無用で消し飛ばし、破壊していた。それと戦い、全力で戦えるという久しい感覚の中、パラシュラーマは堪え切れない笑い声を放っていた。

 

「あぁ、成程やっぱり。人理焼却に便()()()()のがお前の目的だったかクリシュナ」

 

 なんて事はない、と完全にクリシュナの思惑を看破したパラシュラーマが楽しそうに相対者を蹴り飛ばし、地面にクレーターを穿ちながら理解の声を放った。なんて事はない、とパラシュラーマは声を放った。クリシュナは最初から最後まで正義の男だった。そしてそれに変わりはない。彼は正しさを守った。そして彼は今度も正しさを守ろうとした。既に人理は焼却された。ならそれを取り戻そうとするよりも、新しきを生み出すべきではないだろうか、

 

 ―――クリタ・ユガを始めるべきではないか、と判断した結果だった。

 

 そしてクリシュナの思惑―――彼の存在と引き換えに、それが可能な存在の召喚によって始まりかけていた。

 

「まぁ、本当なら僕も手伝うべきなんだろうけどね―――悪いけど、まだ足掻く人類と、そして弟子がいるんだ。お前も僕の弟子かもしれないけど、あいにくとまだ教えた覚えがないんでね、悪いけど知っている方を優先させて貰うとしよう」

 

 そう言いながらパラシュラーマは一切悪いとは思っていなかった。弟子に対する義理立て、人類に対する義理立て、そして個人の趣向を取った結果、ここでこれと殴り合うのが一番有用かつ個人の楽しみを満たせて合理的であると判断しただけだった。

 

「まぁ、なんだ―――久々の決戦だ、存分に燃え尽きようぜ。これはそういう趣旨のもんだろう? なぁ、カルキ―――」

 

 女と見間違うような白髪、美貌の者は白馬の上からニヤリ、と笑みを浮かべ、高速でパラシュラーマへと向かった―――相対の為に。そしてそれに応える様に、笑い声を響かせながらパラシュラーマが接近する。

 

 

 

 

「絶対に関わりたくない。見ろよあの大空で楽しそうにキャッキャウフフしてる(グル)を」

 

「あの二人が本気で暴れ始める前に聖杯の獲得が完了するのを祈ろう」

 

 ラーマとそんな事を言い合いながらも、手はノンストップで動かし続けていた。サルンガから連続で矢を放ち、それで爆撃を行いながら周辺の森を完全な更地に変え、此方はその横でその間に印を結び、土地殺しの準備を進めていた。第六感が通じない場合は経験が全てのモノを言う。だがその場合、圧倒的に経験を保有しているのはスカサハだ―――となると、あの女がすべての面において上回って来る。

 

 考えれば考える程、彼女を有利な陣地から崩す事から始めるのが重要なのが見えてくる。その為、簡易的な太極陣を足元に描きながら手で印を結んでいる。とはいえ、そんな事をすれば当然、

 

「む、来たな」

 

 当然ながら阻む存在がある。一番目立つのはクンバカルナだ。上半身を引きずるように跳びかかってくる姿には理性の色が一切なく、食欲しか感じさせない気持ち悪さがある、それとは別に周囲には接近し飛び出してくる獣の気配がある。それらは全て魔猪やキマイラ等の上位の幻獣ばかりであり、どれもが英雄でさえ殺せるような凶悪さをもった、影の国の化け物どもだ。やはり土地殺しを見逃す程スカサハも甘くはないか、そう思いながら影の中からアースが出現した。

 

「余興だ。狩りをしてやろう」

 

「これで一手挟めるな」

 

 風が吹いた。風が吹くのと同時に触れた魔獣の姿が一瞬で風化して行く―――その姿はファンタジーさは欠片もない、グロテスクの塊だった。肉体はまるで生気を失ったかのようにやせ細って行くとそのまま砂の様にバラバラになって崩れて散る、跡形さえも残さない残虐な死だった。

 

 だがそれをクンバカルナが強引に耐えながら突破してくる。

 

 大地ごと噛み千切る様に大きく開けた口から逃れる様に大きく森を超える様に跳躍した瞬間、森の中から無数の赤い閃光が見える。ゲイ・ボルクが飛翔する。咎人の悟りを以ってゲイ・ボルクの呪いを無効化しつつ、大きく斧を振るい、迫って来るゲイ・ボルクを一気に弾きながら空中でワンステップ、足場を取る。そのまま空中での滞空時間を大きく伸ばしながら、片手でアースの首に繋がる鎖を握り、引き寄せる。

 

「さて、どーしたもんか……真面目に戦うと馬鹿を見そうだな」

 

「殺せんのか?」

 

「クンバカルナが邪魔だがアレを真面目に殺そうとした隙を影の女王が狙っているな。となると余らの選択肢は大きく分けて二つとなる。手段を選ばずに迷う事無く殲滅を計るか、或いは勝利という手段を捨てるという事だな」

 

 まぁ、そうだよなぁ、と胸中で呟く。そこまで考えた所でありえないな、と呟く。

 

「敗者に明日はなし」

 

 とてもシンプルな話だ。人理を救う戦いに妥協はない。それで()()()()()()()()()()()()()()()()という事でもある。逃げては運命は微笑まない、最後の最後の瞬間を掴みとれるのは勝てる可能性のある戦いで勝利を握った存在だけ―――それだけだ。つまり、逃げる事と時間稼ぎはここへきて、流石に出来ない。そもそも本来であればもうワシントンに合流している筈なのだ、これ以上此方側に残る時間を伸ばしたくはない。

 

「シータに勝利を届けると伝えている。格好の悪い戦いは出来ん」

 

「んじゃあそういう方向性で」

 

 (グル)と兄弟子が派手にアメリカを焦土に変えている中で、自分達だけは格好の悪い戦いが出来る訳でもない。言葉は緩いが、ここからは本気だけではなく全力で撃滅に向かうべきだと判断する―――つまり、使える札の全てで殺しに行く事を決める。落下しながら斧を握りなおす。その中に練り上げた魔力を込めながら大地を踏みしめる。

 

「―――それじゃ、早々に決着をつけようか(≪無限覚醒≫)

 

では余も準備に入ろう(≪神性:全王化身:借用:ナラシンハ≫)

 

 世界からラーマの存在感が消失した―――ラーマの存在そのものを覚えていなければ存在していた、という事さえも忘れそうになる程、その存在は消え去った。それと同時に一気にクンバカルナへと向かって直進する。上半身を両腕で引きずり回しながら動くクンバカルナはそれだけで大地を殺して回っている。いい加減鬱陶しい。明確な殺意を持ってその自身よりも巨大な、山の如き巨体へと向かう。

 

 鏖殺の嵐斧(パラシュ・ルドラヴァス)を担ぎながら飛び込む正面、クンバカルナが拳を振るってくる。風を生み出して空中でエアステップを取り、回避した所を転がりながらクンバカルナが逆の拳を振るい、そこから逃げた先をゲイ・ボルクが射出され、命を狙ってくる。

 

 それに対して動きを変える事はなかった。

 

ふぅ―――(≪修羅の刃≫)

 

 全身にゲイ・ボルクが突き刺さるのを感じつつも、正面、クンバカルナの拳と接敵した。クンバカルナの筋力、体積、そして攻撃と共に繰り出される質量は膨大であり、通常の人間であればまず間違いなくミンチになる。だが両足を失った上で何度も穢れの聖杯の泥を触れたこいつにはもはや、本来程の破壊力を残していない。この状態であれば、

 

 ―――正面突破できる。

 

 故にそのまま、左拳をクンバカルナの拳に叩き付け、即座に折れる拳、それが状態時間の遡行によってメリメリと音と痛みを逆再生させながら無理矢理、振り抜かれたクンバカルナの拳を爪を食い込ませて握らせる。クンバカルナが次の瞬間、何をしようとするのかを理解し、腕を振り回して引き剥がそうとするのを無視して拳に手を食い込ませたまま、右手の斧を振り下ろした。

 

 万物を問答無用で貫通する奥義がそのまま、肩からクンバカルナの腕を断ち切った。

 

 大質量が落下し、クンバカルナが絶叫の声を響かせるよりも早く開いた片手で突き刺さった槍を引き抜きながら縮地で一気に逆側へと移動する。そのまま肩の上に跳躍して飛び乗り、斧を振り上げる。その瞬間、視界の端に一気に接近してくる姿が見えた。迎撃の動きへと振り下ろしを替え、払い打ちを放てば、同時に二槍の連撃を弾ける。

 

「大人しく死んでおけ」

 

「可能であればな、貴様が私を殺して見せろ」

 

 クンバカルナの上でスカサハとの相対、その第二ラウンドが幕を開ける。絶叫に喘ぐクンバカルナの声が空を揺らし、そしてその巨体も揺らす。腕一本となったクンバカルナはもはや激痛で理性だけではなく食欲さえもトばしてしまったのか、もはや赤子の様に絶叫しながら暴力装置となった。完全な狂化によって暴走するのみとなったクンバカルナが暴れるその体の上で、

 

 スカサハと殺し合う。

 

 斧を両手持ちに切り替え、二槍に対応する為に一閃一閃の速度を底上げしながらつぎ込める技量を込め、スカサハの魔技に対抗する様に不安定な足場を駆け抜けながら三合攻撃をぶつけ合う。その度に発生する衝撃は全て此方へと押し付けられた上で斬撃が浸透し、体を刻む。

 

 スカサハには勝てない。

 

 たった五十年の人生、数年の鍛錬、そして植えつけられた記憶と新しい優秀な肉体。全てがチグハグで理解を持って繋ぎ止めても習熟や日々の鍛錬が圧倒的に足りていない。一合一合衝突を繰り返す度に敗北するという実感がわき上がって来る。非常に残念な話ながら、スカサハに弱点はない。おそらく殺してもバラバラにしても普通に蘇るだろうし、マグマに沈めてもその外側で蘇るだろう。

 

 ただ、一回は殺せた―――そのまま昇天出来なかったが。

 

 なら話は変わる。

 

 ()()()()()()()()

 

「―――ゼ、ェアアアアア!!」

 

 強引に押し切る様に斬撃を叩き込む。スカサハの弾いた槍が回転し、加速しながら戻るのと同時に傷を生む。痛みが走り、体に傷が増える。体が赤く濡れ始める。だがそれを厭う事もなく、押し込む様に斬撃を加速させ、正面からスカサハを押し込む。だが強引な攻撃が通じる程簡単な相手ではない。押し込めば押し込むほどスカサハの槍は鋭く、素早く加速して体に裂傷を増やして行く。戦場にされたクンバカルナの背はその余波を受け更に傷痕が増え、心臓に伸びそうになる斬撃が増える。

 

 恐怖か、或いは本能か、的確に此方とスカサハを握りつぶす様に残りの腕を伸ばしてくる。

 

「邪魔だ」

 

 それに向けて押し込もうと斬撃を放つ。だがそれを受け流しながらスカサハが回避行動を取る。流れる様に横へと跳躍しながら横を通り過ぎて行く腕を切り落とし、クンバカルナをダルマに仕上げた。落ちて行く腕の横をスカサハが落下して行く中、何度目かの状態回帰の中、落下するスカサハへと向けて、

 

 戦いを終わらせる為に飛び込んだ。




 超インド救世主、来ちゃった。なお超インド救世主も将来的にはパラシュラーマが教える予定だったりするのである。ほんとお前過労死しそうなぐらい教えるね。

 結局の所、正面から殺すのは不可能なので、正面から以外での手段が必要になってくるのがスカサハ。正面から戦っているとその内運悪く死ぬのがクー・フーリン、

 目的を果たそうと頑張れば頑張る程空回って失敗するのがケルト。

 たぶん次回で決着。


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地上の星 - 7

 ―――スカサハという一人の戦士は強い。

 

 まず最初に才能に溢れている。神話に由来する背景を保有するスカサハはそれだけで保有する才覚が、そしてポテンシャルが他の存在と極めて違う次元にあると表現して良い。その上でスカサハは死から放逐される程の長い年月を賭けて武を磨き、呪術を鍛え、そしてそれでも磨き上げる事を止める事がなかった。スカサハという女は止まる事を知らなかった。止まるという事が出来なかった。故に彼女は限度を知らなかった。あっさりと超えてはいけないラインを超えてしまい、神域に足を入れてしまった。

 

 そしてその果てに、人である事を剥奪された。

 

 ()()()()であった。彼女はただ単純に、止まろうとしなかった―――自分から人として死ねる領域を手放した、それだけの馬鹿な女だった。彼女の間違いは神代でそれを求めてしまった事だった。神々がまだ多くの権能を残していた時代。神秘が息づく時代。そんな時代であれば()()()()()()()()のだから。現代の様な神秘の薄れた時代とはまるで違う。

 

 だからスカサハという女は愚かで、どうしようもなく救いがなく―――しかし、真っ直ぐな女だった。

 

 だからこそ憐れだとも言える。

 

 しかし、その実力は本物だ。超越者特有の過剰な経験、神代の武装、数多くの手札と引き出し。どれをとっても一流を超えた超一流の領域にある武人だというのが解る。本来であればこの領域にある存在に死角等存在しない。それを認識し、鍛え上げて対策を行い、そこを誘い込むのも手の一つなのだから。だがスカサハは違う。明確に敗北する確率を残している。死角を残している―――否、生まれてしまった。

 

 死の先を、身を焦がすほどに求めている為に、心が先走っている。制御不能な程に。

 

 長い時を生きたスカサハは数多くの弟子を取り、その何人かを愛し、そして肌さえも重ねた。それは女の性だ。だがその全てがスカサハを置いて行く。スカサハという女は絶対に死に追いつけない。神さえも殺す神域に武芸が踏み込んだ瞬間、彼女は人間としての当然の権利を失ってしまった。人の様に美しく死ぬ事も、怪物の様に醜く死ぬ事さえもできなくなった。

 

 或いは人であれば永遠の若さ、永遠の命、そう羨むだろう。

 

 だがそれは間違いだ。死とは権利だ。死とは自由であり、そして人間に約束された最も尊い権利なのだ。誰であれ、死を恐怖する。それは隣人であり、生物最大の理解者でもある。それは平等であり、同時に不平等でもある―――超越者へと至れば、それがどれだけ尊く、そして得難いものであるかを理解できてしまう。それを理解できるのが超越者であるが故に。

 

 だからこそ、スカサハという女は羨んだ。

 

「―――なんとも、羨ましい」

 

 影の国にはもはや彼女以外の人はいなかった。

 

 長い時を得て彼女以外の民は全て死に絶えた。影の国にはもはやスカサハ一人しか残されていなかった。故に彼女の居城、彼女の謁見の間、彼女の玉座―――そこで一人、孤独のままにスカサハは統治を続けた。誰もいない影の国を。ただ一人の国民、王として。

 

「―――あぁ、羨ましいな」

 

 もはや影の国には亡霊の姿さえなくなっていた。亡霊となって残っていた者達でさえ世界の外側に弾かれて長い間残っていても、すり切れて輪廻の輪に戻ってしまった。その命は死を通して再び輪廻を巡り、新たな祝福を受けて生を得るのだろう。スカサハはそれを祝福した。それが生物が受け得る最大の祝福であり、生きている存在が許された最終の救いなのであるから。全ての命に終わりはある―――だがそれは悲しい事ではない。受け入れるべき当然の結末であり、それがあるからこそ生きるという事に意味があるのだから。

 

 スカサハは想う。死を想う。そして思う。

 

 生とは答えのない旅路だ。その果てで漸く答えを得る事が出来る。死を迎え、新たな生へと旅立つその最期の瞬間、そこでこそ漸くその生に答えが見えるのだ。ならば―――ならば自分は何だ、とスカサハは自問する。自分という存在は何なのだ、とスカサハは自問した。死がなければ生きているとは言えない。死があるからこそ生があるのだ。故にその二つが揃わなければ生物ですらない、そしてそれは怪物でもない。

 

「あぁ、成程……儂は人ですらなかったか」

 

 なんとなく、気が付いていた答えをスカサハは一人、退屈そうに玉座に腰掛けながら呟いた。もはや人ですらない。ケルトの女の王、数多くの英雄を育ててきた育成者、神殺し―――果たして人ですらない存在にその言葉の意味はあるのだろうか? 時間だけは無駄に多く存在した。それをスカサハは悩み、悩み、そして己に答えを求め続けた。それでも武芸を鍛え上げる事を止めず、スカサハという女はひたすら存在もしない戦いに向けて自身を鍛えつづけた。それが報われる事はないと理解しながらもスカサハは体を鍛えつづけた。

 

 それしかスカサハには残っていなかった。

 

 スカサハは理解していた。

 

 ―――彼女にはもう、この槍しか自身を示すものがないという事を。

 

 死がなくなってからスカサハはその存在を示した。影の国に弟子を迎え入れて彼女を師として仰がせて鍛え上げた。戦いを見せ、多くを教え、恋をし、愛を育み、抱き、抱かれ、人間として振る舞った。だが女に死はなかった。それは女を人にはしなかった。そしてやがて、次々と弟子たちは、影の国にいた者達は去って行く。

 

 一人は戦いへと消える。

 

 もう一人は天寿を迎える。

 

 また別の者は事故死した。

 

 或いは感情のままに殺した。

 

 そうやって少しずつ、少しずつ、人間として振る舞っていたスカサハの前から彼女を人として知る者達が消えて行った。或いは彼なら、あの才能ならきっと―――何時かは神殺しの神域に踏み込んでくれる。そう信じて特に目をかけた希望でさえも、壮絶な人生の終わりに果てた。彼の人生を見てスカサハは想う。なんて不幸で馬鹿な男だったのだろう、と。結局はお前も人だった。()()()()()()()だ、とも。あんな大往生はスカサハには出来ない。そんな結末はスカサハに用意されていない。用意する事が出来ない。

 

「そうだ……あの馬鹿弟子を羨んでいる。()()()()()()()()()と思っている」

 

 壮絶だった。逆境の中どこまで牙を剥いて戦いながら討ち取られるような最期が欲しい。それは恋する乙女の様な願いだった。実際、間違ってはいない。スカサハは死に恋をしていた。どれだけ頑張っても追いつけないそれに切望していた。数多くの勇士たちがいた。彼ら、彼女らはスカサハを覚えていた。誰がどんな風で、彼女がなんであったのかを。彼らはスカサハをキツいが優秀な師であると覚えていたのだ。

 

 ―――だがそれさえもいなくなった。

 

 誰もスカサハを覚えていない。

 

 書物の片隅でクー・フーリンの師であった、という事実以外には名が残されていない。

 

 スカサハの性格、行い、行動に関しても出てくるのはほぼ創作を通したものばかりであって、事実からは程遠いものばかりだった。もう、スカサハを正確に知る者は死していなくなった。だからこそ、スカサハは焦がれる。死、という結末に対して。自分の人生の意味を、自分の人生の価値を、自分という存在に果たして一体何の意味があったのかを、スカサハは知らねばならなかった。それは数多くの存在に道を説いた彼女であっても知り得ぬ事だった。

 

 なぜなら彼女が教えを説いたのは人であり、

 

 スカサハ、という女は人ではなかったから。

 

「―――誰ぞ、儂を殺せる者はおらぬか」

 

 言葉が影の国を彷徨う。だがそれに返答はない。

 

「……いる訳もないか」

 

 当然の話だった。死に置いて行かれたスカサハ以外で世界の外側へと弾かれた影の国で生存し続けられる存在はいない。或いは幻想種ともなれば話は別だろう。もはや現象の様に時折出現するそれだけがスカサハの存在を知る生物であった―――だがそれすら幻想。人ではない。スカサハの求める解を出せる存在ではない。故にスカサハは求めに求めた。繋がりを、戦いを、自らの存在の証明を果たせる時を。

 

 そして、それは唐突に来た。

 

 

 

 

「―――本当に哀れな女だな、スカサハ」

 

 召喚された影の国は消え去った。完全に荒れ果てて死の大地と化したアメリカ、尻の下には家一軒ほどのサイズはあるであろうアースの氷河によって凍らされた岩塊の姿がある。楕円形の巨岩は大地から僅か数センチの差を開けて浮かんでおり、その下には半径三十メートルに延びる方陣が広がっている。そんな巨岩の上で煙草を口に咥え、アースに向かって煙草を差出し、火をつけて貰いながら一服をする。もはやそこにはラーマの姿はなく、空中での戦いは続いているが、カルナとアルジュナの戦いは完全に停止して空からの破壊音以外は大地は静かになっていた。ケルトの兵士達が出現しない辺り、ワシントンDCでメイヴの殺害に成功したのだろう。となると戦いも終わりが見えた。

 

「お前はなんてことはない、本当にただの女だったんだな」

 

 やった事は簡単だった。スカサハを刺し違えながら抑え込み、曲射で放たれた矢が同時にスカサハを追い込み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で断たれたクンバカルナの腕越しにラーマが出現、生身のスカサハの首筋の神経と魔術を遮断、動きを完全に停止した所で封印術をかけて完全に封印し、動きを停止させた、と言うだけの話である。とはいえ、抵抗が激しくここから去った瞬間に封印を破って外に出てくるだろう。その為、自分はここを動く事は出来ないし、ラーマは最期をシータと過ごす為に去ってしまった。

 

 だから時間を潰す代わりに、煙草で一服しながら第五特異点の終末まで説法をしていた。

 

「本当に愚かで哀れな女だ―――」

 

 スカサハという女に救いはなかった。彼女に死はない。それはどんな言葉であれ、覆せない事実であり、それはスカサハの()なのだ。彼女は過ぎたる領域へとそのまま、役割もなく踏み込んでしまった為にその対価を受けなくてはならなかった。一種のバグだと言っても良い。それはスカサハの様な女に対しては当然の処置だし、俺はそれをどうこうするつもりは一切なかった。だが()()()()()()()()()()()()()()()()話だった。

 

 スカサハ自身が誰よりも理解している。

 

 自分に救いはない―――救われてもいけない、と。

 

 スカサハという女は誰よりも厳しい女だった。弟子に対して、他人に対して―――そして己に対して。そうでもなければ神域の武芸者にまで至る事は出来なかっただろう。故にスカサハももはや、諦めとは違うが、死という事に関しては一種の達観にあった。何時か、時の果てで許される時があるのかもしれない。その時にきっと、終わりを迎えられるだろう。

 

 だがそれとは別に―――スカサハは人でありたかった。

 

 誰かに人としての記憶に残りたかった。

 

 彼女を正確に記録しているのはもはや座に消えた弟子たちの存在だけ―――不安定な召喚によって姿を見せ、そして役割を終えたら消えるだけの儚い幻想。生きている存在ではない。故にスカサハは求めた。

 

 誰よりも鮮烈に、鮮やかに、苛烈に―――ケルトらしく記憶に残り、なおかつ死の先へと進めるかもしれないという可能性を。

 

「めんどくせぇ女だ……助けての一言も言えないのか」

 

 いや、言えたのだろう。だが言わなかった。言う事は止めた―――きっと、それはスカサハではないから。

 

 記憶に残るべきスカサハという女戦士は苛烈で、厳しく、強く、そして美しく―――そういう存在だった。そしてどこか、救いのない哀れさを孕んだ女だった。そうでなければならない。そもそもスカサハ自身、馬鹿ではない。この迫り方で目的が果たされる訳もないと解っていた。悟られるとも知っていた。故に一種の茶番であり、傍迷惑な自殺でもあり、しかし止める事は出来なかった。

 

 それが戦士としての性だった。

 

「―――ふぅー……長かったアメリカもこれで漸く終わりか……」

 

 空では(グル)と未来王による衝突が繰り返され、おそらくは召喚が終了するその瞬間まで、空に亀裂を生みながら戦闘を繰り返すのだろう―――地味に被害が地上に来ない様に戦おうとしている辺り、二人とも器用な部分が伺える。結局はクリシュナの一人相撲だったかぁ、と呟きながらやれやれ、と呟く。

 

「流れ弾食らう前に特異点終わらねぇかなぁ」

 

 祈りながら呟く。もう、こんな忘れられそうにもない女の相手をするのは心底嫌だなぁ、と思いながら。




 アメリカはこれで終わり。これ以上やろうとすると終わりが来ないというか尺取りすぎるで全体がダレるという問題もあるのでここらで終わりなのです。書けば書く程良い、という訳でもないのよね。という訳でおしまい。次回からは次の特異点までのイベント。

 それはスカサハという救いのない女の話であった。


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見よ、カルデアの日常は赤く燃えている
男共の戯れ - 1


「―――へへ、見ろよあの大聖杯……立派に燃えてやがるぜ……」

 

「救世主ビィィィィィ―――ッム!」

 

「ロン! ロン! これもロン! それもロン! そしてロンだぁ―――!」

 

「ひたすら全裸で神秘っぽいのを抑え込む作業」

 

 正面、燃え上がりながらドンドン消し飛ばされて行く大聖杯と呼ばれた器があった。それは冬木の聖杯戦争において、最も重要な存在であったと言っても良い。何故ならこの聖杯が冬木における聖杯戦争、そのシステムの核といっても良い存在になっていたからだ。だがそれはとある聖杯戦争に於いて汚染されてしまった。それ故に正しく願望器としての機能を大聖杯は果たす事が出来なくなってしまった為―――存在するだけ、害悪の聖杯が生み出されてしまった。それが発覚したのはなんでも聖杯戦争が終了間際らしく、とてもだが冬木市での聖杯戦争は続行できるものではなくなり、最終的に聖杯は解体される事で終わった。

 

 それを知る人物がカルデアにはいる―――無論、英霊達だ。主にアルトリアやエミヤ、そしてエルメロイ2世の存在だ。聖杯戦争の結末を知っているという事は聖杯戦争における重要な場所を理解しているという事でもある。

 

 つまり大聖杯=残しちゃ駄目を良く知っている。

 

 大聖杯、破壊すべし。慈悲はない。

 

 ロンゴミニアド、第六天魔王、ブラフマーストラ、そして汚染を問答無用で浄化する救世主ビームの乱打によって出現した第四次聖杯戦争を再現した特異点は開始十分で消滅した。

 

「長くて苦しい戦いだった……!」

 

「先輩!?」

 

 

 

 

「……なんか納得いかない」

 

 エルメロイ2世が男の秘密基地でグラスをカウンターに叩き付けながらそう発言した。それを見てバーカウンターの向こう側でグラスを磨くエミヤが首を傾げる。横にいる自分も軽く肩を振り、息を吐く。まぁ、エルメロイ2世の言いたい事は解る。第四次聖杯戦争の参加者としては色々と言いたい事もあっただろう。やりたい事もあっただろう。だが戦力が整いすぎているのだ、このカルデア―――最短で処理しようと思えば、過去の聖杯戦争程度であれば簡単に解体できるだろう。その程度の戦力はここに集まっている。

 

 エルメロイ2世本人もそれを理解しているのだろう。だからぶつぶつ愚痴るだけで、大きな声で文句を言わない。これはただ単にエルメロイ2世本人の認識で、そして後悔の問題なのだから。誰よりも軍師であるエルメロイ2世の知識と経験が、この手段が最適だと理解させているのだから。だからこそ納得いかないのだろうが。

 

「しっかしウチのマスターも大分成長したな。最初は頼りのない小僧だったのに指示を出せるようになったもんだ」

 

「とはいえ、未だに未熟が目立つがな」

 

 そんな事を言うエミヤだが、エミヤもマスター・藤丸立香が成長しているという事を確かに認めている。実際、あの少年はかなり上手くやっていると思う。普通の人間じゃここまでは無理だ―――才能がない、という言葉は取り下げなくてはならないだろう。生き残るという一点に置いて、藤丸立香を超える才能の持ち主は見た事がないかもしれない。

 

 苦笑しながら酒の入ったグラスを傾ける。

 

「この先、生き残れればまず間違いなく人類でも十指に入る生存のスペシャリストになれるだろうな」

 

「生き残れれば、の話だな」

 

「Hello」

 

 ヘルム装備オンリーの家着ランスロットが隠し扉を開けてバーに入ってきた。ランスロットに片手をあげて挨拶をしながら迎え入れると、ランスロットがいつも飲んでいるものをエミヤが早速出していた。本当にそういう仕事が板についている男だよなぁ、と思いながらグラスを軽く揺らし、揺れる酒の表面を眺める。このカルデアも大分賑やかになってきたもんだ、と、そう思う。

 

「Whats up?」

 

「クッソノリが軽いぞこの騎士」

 

「王様にごめんなさいできたからな。そりゃあ心が軽くなってるんだろうさ。そろそろ霊基変換で最強のセバスロット卿にジョブチェンジして貰いたい所だわ」

 

「働きたくない……」

 

「今こいつ働きたくないって言わなかったか」

 

 足を組んで器用にヘルムの下で葉巻を咥えながらグラスを傾けるランスロットの姿は器用すぎてもはや芸人と呼べる領域に入っていた。お前のキャラ、どうしてそうなったんだろうな……と、思いつつも、サーヴァントがここまで自由に行動、活動できるのはここ、カルデアぐらいであろう。聖杯戦争の歴史を紐解いても、ここまでフリーダムになれるランスロット卿もこれぐらい……原典であっても、こんな姿は見られないだろう。そう思うとかなりレアなものが見れているんじゃないか? と、思わなくもない。

 

「えーと……何の話だったっけ……そうだそうだ、マスターの話だ。良く人間の体一つであそこまで立ち向かえるよな。正直俺、師匠出てきた辺りであ、これもうだめだ……って軽く思っちゃったわ。いや、マジで心が折れそうだった」

 

「神羅万象を知り、そして宇宙を己の体の内に収め、合一する事で始まりとするインドの聖仙か―――正直、ちょっとインフレのし過ぎではないか? いや、中華の方も割とおかしいインフレをしているのではないかと思うが。武術を通して宇宙と合一するってなんだ」

 

「それを言うなら英国のカリバーとかもおかしいだろ。なんで比較的近代のクセしてあそこまで出力が出るんだ。星の聖剣ってなんだ。ぼくのかんがえたさいきょうのつるぎという奴か。アホにも限度があるぞ。いや、まぁ、それで助かっているのだから多くの文句は言えないのだが」

 

「More servants yet to come now……inflation just yet started」

 

「や・め・ろ」

 

 三人で声を揃えてランスロットの言葉を止める。これからさき、更にサーヴァントが来るからインフレなどまだ始まったばかりでしかない、とか言われても正直困るのだ。滅茶苦茶困るのだ。対ビースト相手でもなければ本気で戦う事が許されない自分は他のサーヴァントの様に霊基リミッターを解除して殴り合うとか、そう言う選択肢を取る事が出来ないのだからほんと許して欲しい。

 

「これはアレかなぁ……俺がもっと修行しなきゃ駄目だなぁ……」

 

「……そう言えば君はまだ生きている人間だったな」

 

「英霊とは大半がサーヴァントとして召喚されている時点で弱体化している―――これから更に()()と近い性能を保有したサーヴァントが出現する事を想定するのであれば、此方もそれ相応に戦力強化をする必要がある、か。サーヴァントは霊基再臨と種火さえあれば霊基が許せる範囲で限界まで強化が出来る……だが君とマスターの場合は違うだろう?」

 

 やめてくれよ、と呟く。

 

「ただでさえ地雷女(スカサハ)(グル)の姿を見てちょっと自分の弱さを再確認しているんだから……」

 

 部屋の隅でガタリっ、と音がした。視線を向ければ部屋の隅で大人しく飲んでいたクー・フーリンがスカサハの名前に反応してちょっとビビっていただけらしい。アレは相当重症だな、と全員で眺めて、優しい視線を送ってから視線をそらす。誰だって古傷はある。誰だってネタにしたい事がある―――だけど世の中、ネタしてはならないものも存在するのだ。影の国の女王スカサハ、そのキチガイっぷりは俺達の胸の中に深く刻まれた。

 

 トラウマとして。

 

 殺してくれと言いながら全力で戦うバーバリアン。アマゾネス。ランサーの皮を被ったバーサーカー。

 

 もう二度と来ないでくれ。

 

「まぁ、俺も実際、もっと強くなれるんだろうなぁ、ってのは(グル)に軽く稽古を付けて貰って思っている事だし、ちょくちょく修練を今もやってるんだよ。流派とか近いからラーマに武芸の修練の手伝いをちょっと最近頼んでみたんだけど……アレ、マジヤバイ。超ヤバイ。悟りとか読みとか封じた純粋な武芸の勝負に入ると一本も取れないマジヤバイアレなにヤバイ」

 

「そんなにか……」

 

 ラーマ―――第五特異点で出会った理想王ラーマは恒例の特異点クリア後ガチャで見事仲間になったサーヴァントだ。サービスとして呪いを解除したので、運が良ければ追加のガチャでシータも来れるだろう、と軽くフラグを立ててみたら次のガチャで見事シータの召喚に立香が成功してしまい、そのおかげで物凄いあの理想王に感謝されている。正直な話、少年時代に一度(グル)を倒した事のあるという逸話の持ち主であるだけに、頭を下げられた時はかなり胃が痛かった―――とはいえ、つまりは武芸が(グル)レベルで磨かれている人物でもあれば。

 

 読みの勝負へと入る以上は悟りのある覚者は敗北しない。それを抜きにする事で純粋な武芸の勝負を行える。その領域に入ると割と人間やめてるとしかラーマの武芸は表現できなかった。

 

「史実、伝承、神話の三ランクでサーヴァントの実力は大体分けられる。一番面倒な概念はこの場合忘れるとして―――伝承と神話クラスのサーヴァントの間にはどう足掻いても埋める事の出来ない大きな実力の差がある。神話をベースとした物語は史実や伝承の様なリミットや制限がまるで存在しない。思い描くままが彼らの強さだ、やはりサーヴァントとして見るなら神話出身のサーヴァントが頭一つ抜けている」

 

 エルメロイ2世の言葉を受けながらバーの隅でスカサハの悪夢を忘れようとするクー・フーリンの姿を見る。確かに、心臓に必中する槍なんてものは神話クラスでもないと物語に出てくるのが許されないような武器だろうなぁ、とは思う。投げたら心臓に突き刺さるってなんだ。刺さる瞬間さえ用意すればほぼ無敵じゃねぇか、と叫びたい。

 

「神話クラスはほんと卑怯……」

 

「……第五特異点の大地で見たあの神話クラスのサーヴァント、これから先ああいうのが増えてくると思うと、少し不安を覚える」

 

 エルメロイ2世のその懸念は真っ当なものだ。

 

「戦術や戦略があったとする―――神話出身のサーヴァントはそういうのを単身で塗り替えたり破壊したりする事を何度も繰り返してきた連中だ。考えるだけ馬鹿馬鹿しい。此方から相性の良い相手をぶつけるか、或いは神話になぞって弱点で解体するか……それぐらいしか対処する方法がない」

 

 神話クラスは反則だよなぁ、と納得する。スカサハもアレで神話クラスの住人だ。彼女の場合はアレが本体であったのだが、逆にいえばアレぐらい強いのがサーヴァントとして出現する可能性が高いとも言える。

 

 人理定礎が乱れている。

 

 これから向かう先、更なる人理の魔境は崩壊している。そしてその中でこそより強力なサーヴァントや存在は出現する。アルジュナやカルナ級がこの先、敵として出現しないという保証はないのだ。無論、それに対応する為の切り札なんてものは用意しているし、誰だって負けるつもりはない。だがそれはそれとして、一振りで山を消し飛ばすような相手が出現する事に関してはモノ申したい。いや、だって、こっちは生粋の人間だし、という話だ。

 

「……鍛えるしかないなぁ」

 

「ご自慢の救済光はどうした」

 

「本来の出力で発動させると俺が怒られるから……ほら、俺新人だし」

 

「覚者界には上下関係や新人や先輩後輩関係があるのか……」

 

 いや、だってほら、どの人も基本的に恐れ多いですし? と声を震わせながら言うと、バーに集う男共が腕を組み、うん……と小さく頷いて納得してくれた。

 

 サーヴァント界にはサーヴァント界の複雑怪奇な事情があれば、生きている人間にも複雑な事情があるのだ―――色んな意味で。

 

「生き残るには強くならなくてはならない―――立香だけじゃなくて俺もそうである必要があるのが、辛い話だ。もっと人生楽になってくれないかなぁ……」

 

「何? 月で聖杯戦争がしたいって?」

 

「ゴータマさんの居る所はやめよう? ね? 冗談にならないから」

 

「根源接続者にも弱点はある、と」

 

「そこ無駄に冷静にメモるのやめろ」

 

 ―――男の飲み会はこの後も続く。




 CCCイベ来たって事で軽くオリパート削除してイベントの接合性とか、そういうのを取る方向性で。


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