山猫の砲撃手 (中澤織部)
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序章 始まりの音色(散弾バズーカ)

ちょっと書き直して新たに投稿しました。
機体名とか一部展開とか変わったりしますので、改めてよろしくお願いします。


リンクス戦争の終結以降、企業によって大地はその多くが汚染され、企業の重役達を含む人々は遥か遠くの空に浮かぶ航空プラットホーム『クレイドル』に居場所を改め、大地に残された人々は辛うじて汚染の少ない地域に住んでいた。

企業間の戦争はその形を大きく変え、ネクストに変わる主戦力としてアームズフォートが開発され、酷く混迷を極めていた。

そんな世界情勢と違い、大地よりも広い海はどこまでも穏やかであった。

そして、汚染と共に荒らされる大地から遠く離れた海の上に、一隻の船が航行していた。

船は寸胴に近い形状の輸送艦で、船体には企業連管理下の傭兵機構『カラード』の所属を示すロゴが記されており、その真横には白地で『No.31』というナンバーが入っていた。

カラード所属のリンクスなどに対し、個人単位で貸し出されるこの輸送艦の内装は、三つほどの区画に分けられている。

3つある区画は、所有者であるリンクスが所有するネクストを格納する第一区画と、その弾薬や予備パーツを収納する第二区画、そして輸送艦の船員やネクストの整備士にリンクス本人とその関係者が住む居住区画に分けられており、リンクスへのサポートを万全なものとしている。

その内、居住区画に存在する一室で、気だるげな声が響いた。

 

「あーあ、何でこんな依頼が来るのかねぇ」

 

そう言いながら、青年『加藤勇季』は年期の入ったパイプ椅子に座りながら、すっかり温くなってしまった炭酸飲料を喉に流し込んだ。

温くなっても強く炭酸が残るそれは、第三区画に置かれた冷蔵室に山積みにされていたもので、クーガー社で新設された食品部門が販売する新製品となるコーラ飲料らしく、キャッチコピーは『君の味覚にVOB!!』だそうだ。

刺激的で爆発するような炭酸の強さは、成る程癖になる代物と言えるだろう。

 

「……貴女がGAを懇意にしすぎたからじゃないかしら」

 

彼の愚痴にそう答えたのは、小柄ながらに豊かな胸や引き締まった身体に艶のある、ブロンドの髪をショートヘアにした女性。雰囲気や佇まいからおしとやかで柔らかさが感じられる彼女は、勇季と同じように温くなったコーラに口をつけた。

 

「そうは言うがメノ、俺はオーメルやインテリオルの依頼も受けてるんだぞ」

 

「そうは言うけれどね、GAの内情からすればあり得ることだったでしょ?」

 

そう言うと、彼女、『メノ・ルー』は視線を壁に掛けられたディスプレイに視線を向け、勇季もそれに倣った。

壁に掛けられたディスプレイは大型の物で、映し出された画面には世界を支配する巨大企業の一角であるGAのロゴと依頼文が表示されていた。

依頼の内容は、数ヵ月ほど後に行われる企業連主催の大規模な公開カラードマッチに関するものだった。

内容は解りやすいもので、

 

『今回行われる企業連主催の公開カラードマッチにおいて、我がGA社製商品の実演とPRを兼ね、登録されたばかりの新人リンクスである加藤勇季にGA側としての出場を依頼する』

 

と言う旨のものだった。

通常兵器郡の規模では圧倒的な戦力を保有し、専属のリンクスもいるにはいるGAではあるが、ネクスト開発やコジマ系技術などの分野では他社の後塵を拝しており、GAが総出で推し進めているNSS計画と並行し、有望な若手リンクスの囲い込みや勧誘も率先して行っていた。

今回の依頼はつまり、自社の製品の優秀さをアピールすると同時に、若手を囲うことでGAの戦力が充実していると他の企業に向けてアピールすることを目的にしているのだろう。

それだけならばよくある依頼として受けるのだが、メノが心配しているのは依頼の報酬に関する、

 

『報酬は、カラードマッチの最終的な成績に応じて支払われる』

 

という部分だ。

簡単に言えば、歩合制のようなものだ。適当にやってもそれなりに貰えるが、結果によってはより多額の報酬と名声を得る。

まだ若く、野心あるリンクスならば、千載一遇の好機と受け取るだろう。

しかし、ランダムで決まる対戦表によっては何処まで勝てるかどうかは解らないし、何より勝ちすぎた場合も他の企業や組織に睨まれ、引き抜きや妨害を受ける可能性が高く、そうなってしまえば今後の活動に支障が出る。リスクの高さもそうだが、未知数の部分が多すぎる

 

「でも大丈夫なの? 波風を立たなくするなら、中堅辺りに収まるぐらいじゃないと」

 

それなりにうまい着地点をさりげなく提示する辺り、メノも依頼を受ける気だったのだろうか。

 

「まあ、やれるだけはやってみるさ」

 

勇季は苦笑混じりにそう答えると、依頼を了承する主旨の文を、依頼主のGAの仲介人へと返信する。

無事に送られたことを確認すると、勇季はディスプレイを消して椅子から立ち上がりながら、メノへ視線を向けた。

 

「なあ、メノ」

 

「ええ、解っているわ。シュミュレータなら準備してある」

 

苦笑混じりに答えるメノに、勇季は感謝しながらメノと共に部屋を出た。

カラードから傭兵であるリンクスに貸し出される輸送艦は、外見こそ小型タンカーのような武骨な形状をしているが、船内を歩けば似ても似つかない構造なのだと理解できる作りをしている。

船の全体と比較すれば、決して広くはない船内の通路を歩きながら、勇季は側を歩くメノに対し、内心深く感謝していた。

 

……俺が此方に来てから、何から何まで世話になっちまってるよなあ。

 

加藤勇季の生まれは、かつて国家解体戦争以前は日本という名で呼ばれていた極東の経済大国であり、国内の巨大企業『有澤重工』によって滅ぼされた。

それは日本だけでなく、世界中のあらゆる国々はそのことごとくが文字通り解体され、その首謀者たる六大企業によって統治されることになった。

勇季は国家解体戦争直前の生まれで、リンクス戦争時には有澤重工のノーマルACのパイロットとして、命からがらに戦争を生き残ってきた。

レイレナード陣営の壊滅によってリンクス戦争が終結すると、彼は有澤重工から戦功が多かったことと、戦時中に行われた検査でそれなりのAMS適性が検知されたことが重なり、暫くの間だが休暇を貰うことが出来た。

そして深刻なコジマ汚染に対するクレイドル建造計画が大々的に報じられ、世界情勢はリンクス戦争後の新たなる体制に移行しつつあった時期のこと。

勇季は休暇中に立ち寄ったとあるコロニーの路地裏で座り込んでいた女性、メノ・ルーと出会った。

みすぼらしく、とても満足な食事も摂れていなさそうだった彼女を助けた彼は、彼女の事情を知り、GA最高クラスのリンクスであるメノ・ルーが生存していたという事実に驚いた。

リンクス戦争の契機となったハイダ工廠粛清の際に撃破されたという話を聞いた彼は、彼女が死んでいたものと思っていたからだ。

事情を聞くと、ハイダ工廠の戦闘で“あの”アナトリアの傭兵と戦い、撃破されながらも奇跡的に生還したメノは心身ともに大きく傷付き、ネクストに乗れなくなってしまったらしい。

その上、戦えなくなった負い目からリンクス戦争の最中にGAから逃げ出したとのことで、GAは軍の士気を下げぬよう、表向きには生死不明の扱いになったそうだ。

加藤勇季も、企業にはあまり良い感情は抱いてはいなかった。

そんな理由だったからだろうか、自分が近々リンクスになることを思いだした彼は、彼女にとある提案をした。

 

「君がよければの話だけど、俺の専属オペレーターとして協力して貰えないか?」

 

リンクスというのは立場上、扱い難い存在だ。

加藤勇季はリンクスとしての知識などほぼ皆無だった。だからこそ、彼女にオペレーターとして助けてもらう代わりに、その見返りとしてGAなどの各企業から受けるであろう追求に対し、彼女を庇い助けることを提案した。

勿論、それが上手く行くかは分からなかったし、戦えなくなった彼女をまた戦場に関わらせるのもどうかと思ったが、彼女はその提案を受け入れてくれた。

それからというもの、勇季は様々な問題に関わりながらも晴れてリンクスとなり、メノとは公私共に助け合うパートナーという関係になった。

新参故に、ランクは未だ末席の31……、いや公開カラードマッチの前後にまた新しいリンクスが加わるらしいから、実質下から二番目となるだろう。

何にせよ、今回の依頼内容のカラードマッチの結果によっては、色々と環境も変わるかもしれない。

奇跡ともいうべきであろう彼女との出会いに感謝しながら、勇季は到着した先であるシュミュレータ室に入り、メノと共に向かい合う形で設置されたシュミュレータを起動させた。

シュミュレータは疑似的にではあるがAMSを接続し、ネクスト登場時と同じ感覚で仮想空間内で戦闘シュミュレーションを行える代物だ。

ネクストはその特性上、頻繁に動かすことが出来ない代物であるため、リンクスにとってこういった設備は有り難い。

勇季は予め登録されていた自身の機体データを選択し、設定をオーダーマッチ形式にし、ステージもオーダーマッチではよく使われる旧ピースシティエリアを選択。

暫くして、自身の機体が仮想空間内の旧ピースシティに出現し、機体の名前が表示される。

 

――――――『ローザ=ファルチェ』――――――

 

その名前が、GAやオーメルを初めとする各種企業のパーツで組まれた、四脚型のネクストの名前だった。

機体の読み込みと共にメノもセッティングが完了したようで、直後に戦闘開始を意味するアラートが仮想空間に鳴り響いた。

仮想上の打ち棄てられた都市において、ネクスト戦が開始された。

 

 

 

 

 

「ここだ……!!」

 

俺のネクスト、ローザ=ファルチェが右腕に装備されたアサルトライフル『MRーR102』で射撃し、メノの駆る重量級ネクスト『プリミティブライト』に攻撃を与える。

 

「そこはもう少し、こう……!!」

 

それに対し、メノは敢えて実弾防御重視である自分の機体の装甲でライフルの弾を受け、左手のガトリングガン『GAN01-SS-WG』でこちらを削りにかかる。

メノの機体と比べると、こちらは装甲がやや薄めで、削りあいで叶うことはない。

とっさにそう判断した俺は、ライフルの代わりに右側背部に装備した有澤重工の名作グレネード『OGOTO』を選択。

放たれた超火力のグレネードは、プリミティブライトの装甲を穿ち、APを抉りとる高いダメージを与えた。

しかし、それに対してメノの臆することなく、背部武装の大型ミサイル『BIGSIOUX』を発射。フレアを射出するタイミングが遅れた俺は、咄嗟にQBによる回避を選択する。

直撃は免れたが、結果としてAPは大きく削れた。

 

「まだまだね……、このままじゃ勝てないわ」

 

メノの放った言葉に、俺は心の中で大きく頷く。

メノの乗機であるプリミティブライトはリンクス戦争時におけるGA標準の重量二脚機体。

ネクストの機体も武装も、今では新型の普及と更新によって変わりつつある現状、プリミティブライトよりも硬い重装甲タイプは生まれつつある。

加えて勇季の操縦するローザ=ファルチェは、頭部はオーメル社製の『HDーJUDITH』にローゼンタール社製コアパーツである『CRーHOGIRE』を使用しており、腕部は旧レイレナード製の『03ーAALIYAH/A』脚部は旧GAE製の『GAEN01ーSSーL』という、機動力や実弾防御に向いた中量四脚機体だ。四脚による安定性を利用した射撃機体ではあるが、武装の関係によりとかく頑丈な機体には勝てない欠点を持つ。

リンクスとして、メノ・ルーは強い。

けれど彼女は既に前線を退き、リハビリもこなしてはいるが動きもかつてよりはたどたどしいものだという。

このままでは、例え勝てても下位のリンクスを相手に勝てるだけで、ランク20から上には勝てないような相手が来るだろう。

渦巻く雑念を脳内で処理しながら、GAか宣伝用に供与された左手の新型バズーカ『GAN02ーNSSーWBS』を静かに構える。

GAが推し進めているNSS計画の中の一環として開発されたこのバズーカは、弾薬を散弾のように撃ち出す珍しい類いの武器で、今回の依頼を仲介された際にサンプルとしてデータ上のものが供与されており、依頼文の備考に依頼が完了した際には、実物を無料で提供すると約束された品だ。

今回の依頼では、宣伝も兼ねて嫌でも多用しなければならない為、データ内だろうと慣れておく必要がある。

勇季は気持ちを落ち着かせると、バズーカの照準を合わせ、向こうで此方に向かってくるメノの挙動から次の動きを予測、彼女の動くであろう方向に砲身を向け、トリガーを引いた。

新型の散弾バズーカが火を吹き、プリミティブライトに向かって散弾が撃ち出された。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、勇季」

 

数十分後、疲労でシュミュレータに寄りかかるように座り込んだ勇季の頬に、メノが良く冷えたスポーツドリンクを当てた。

疲労で火照った身体には、ひんやりとしたペットボトルの感触が程よく染みる。

シュミュレータ内での対戦の結果は、加藤勇季の惨敗であった。

幾度も対戦を繰り返したものの、後半からプリミティブライトのAPを半分ほどは減らせたとしても、そこで弾切れするか相手のミサイルやガトリングに削られるかのだちらかで、結局勝つことはなかった。

 

(勝てるのか? こんな有り様で……)

 

まだ訓練しなければならない必要性はあるが、今日の訓練はここまでにしておく。

続けたいのは山々だが、疑似的なものとはいえ、AMSを使用するシュミュレータは長時間使いすぎると、肉体的な疲労と精神的な負荷といった悪影響が出てくる。

ほんの数時間程度が一般的な限界値であり、少しでもそれを超えると危険域になるため、基本的には無理をしない程度でのシュミュレータ時間が提唱されており、訓練といえどもそれは徹底されていた。

 

「それじゃあ、私は先にシャワーでも浴びてくるわ」

 

メノはそう言うと、片足を庇うような所作でシュミュレータ室から出ようする。

リハビリを続けているメノだが、ハイダ工廠の事件以降、彼女はAMSを使用すると右足を満足に動かせなくなるという後遺症を患っていた。

勇季は立ち上がるとメノの元に向かい、腕を彼女の細い腰に回し、やや抱き寄せるようにして支えた。

 

「……有り難う」

 

彼女の感謝の言葉に、彼は無言の笑みで答える。

後遺症もある彼女を訓練に付き合わせてしまっているのは勇季であり、だからこそ、彼はできる限りのフォローをするのは当然の話だと考えていた。

シャワー室の前まで行くと、メノは勇季の方を見て、

「御免なさい。まだ足の調子が悪くて……」

伺うような口調は、あることを示唆していた。

 

「その、一緒に浴びる?」

 

「そりゃあ勿論」

 

勇季は迷うことなく答えた。

後遺症の残る足で濡れたタイルの上を歩くのは危険だし、そういった意味でパートナーでもある自分が支えるのは当然の話だ、と勇季はそう考えていた。

異性の裸……という問題はあるにはあるが、彼女とは随分な付き合いの長さだし、今更言うほどの事ではない。

 

「……馬鹿」

 

小さい声でメノが呟いたが、勇季はそれを上手く聞き取れなかった。

シャワー室に入ると、勇季はまずメノを脱衣所に設置されている椅子に座らせると、彼女の着ていた服に手を掛けて、気付いた。

メノは基本的に、シュミュレータを使用することも考えて動きやすいスポーツウェアを着ているのだが、体型にフィットするスポーツウェアは、彼女の小柄な体型には不釣り合いな程、グラマラスでたわわな部分をより強調する。

しかも、今は汗で張り付き、彼女の身体のラインがより目立っている。

勇季も一応は男だ。

異性としての魅力を最大限に強調させた彼女の姿に、欲情しない男はいないだろう。

 

「どうかしたの?」

 

位置的故に自然と上目遣いで問うてきたメノを見た勇季は、気持ちを押さえられず、彼女の唇に自分のそれを重ねた。

 

「……っ」

 

突然の行為にメノは戸惑うが、しかし、彼女はそれを受け入れ、十数秒ほどしてから唇を放した。

 

「もう、いきなりそんな……」

 

そう口で言うメノの反応は、満更でもないようだった。

 

「それじゃあ、続きはシャワーの後、か?」

 

薄く笑みを浮かべながら問う勇季に、彼女は無言の笑みで自分の服に手を掛けた。

お互いに衣服を脱いだ後、二人で熱めのシャワーを浴びながら、勇季はメノの身体に触れた。

梳くように撫でた彼女のブロンドの髪は、普段は繊細で優美な美しさをしているが、一度濡れると艶かしさが増しているように感じる。

つい、髪を撫でるついでに彼女の身体を引き寄せてしまう。

小柄で華奢な印象を与える彼女の肢体は、つい抱き締めたくなってしまう程に愛らしいものだった。

一方のメノも、勇季の胸板に顔を埋めるようにして寄り掛かった。

 

「やっぱり、貴方と居ると落ち着く……」

 

小さい頃の俺だったら、こんな生活をするとは夢にも思わなかっただろうーー、と勇季は思った。

シャワーを浴び終えた勇季とメノは、タオルで身体に残った水気を拭いながら、脱衣所で代えの服を用意し忘れていたことに気づいた。

 

「やっべ……、何か服とかあったっけな」

 

何かないものかと普段はクリーニングをし終えた服を置いていた場所を探したが、結局見つかったのは下着のみだった。

 

「別に、今更下着だけでも大丈夫じゃないの?」

 

「いや、下着というにはシチュエーションが……」

 

勇季の言葉に、メノは呆れたような視線を向けてきた。

……慣れてきたといっても、やはり解り会えないこともあるものだ。

二人は唯一用意できた下着姿のまま、自室に行って簡単な食事を摂った。

合成食品は味気の無いものばかりだが、勇季にとって食事とは腹が満たせればそれでいいものだが、元々上流階級の出であったメノには、それが少々不満らしい。港に着いたら町へ買いにでも行くとしよう。

 

「ねぇ勇季。今日はもう一緒に寝ましょう?」

 

食事の後、メノがそう誘ってきた。ふと時計を見れば、もう夜の十一時を過ぎていた。勇季とメノは寝室の方へに赴き、同じベッドで横になった。

ダブルベッドサイズより少し小さめだが二人で寝るには十分なサイズのそれは、一般の人間では味わう機会のない、ゆったりとした高級なものだ。

ベッドの上で仰向けに寝た勇季の足に、メノの細い足が絡み付く。胸板を這う彼女の手指を見て、勇季は諦めたような気持ちになった。

 

「……あー、これは寝かせてくれないかな?」

 

何となく聞くと、彼女は、普段なら見せることの無いだろう悪い笑みを浮かべて答えた。

 

「勿論、寝かせるつもりはないわ」

 

そう言ってメノが寝室の灯りを消し、部屋は暗闇に包まれた。

暫くして、暗く僅かな月明かりに陰影を浮かばせたベッドの上で、メノは勇季の腕に抱きつくようにして眠っていた。

勇季もメノの穏やかな寝顔を見届けると、自身もゆっくりと目を閉じて、明日のための眠りにつく。

メノの首から下げられたロザリオだけが、夜闇の中で月明かりを反射していた。

 

 

 

次回 カラード公開マッチ(前編)




次回はオリジナルイベント、公開カラードマッチです。

簡単に言うと、企業の人気取り目的の見世物で、模擬弾(当たったら死ぬ)などを使ったショーと考えていただければ幸いです。
基本的に、リンクス達のランクもこのイベントで変動することもある手前、大体やる気満々です。
※例 ダンとかカニスとか辺り
また、そこら辺気にしていない人物は適当に流したります。
※例 テレジアさんとか王小龍とか

そういうトコも含めて、一部リンクスの出番を流したりしますが、出してほしいリンクスは、コメントなどでリクエストしてください。
出来るだけのことはしますので。


それでは、また次回もお楽しみに


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公開カラードマッチ(前編)

ついに始まった公開カラードマッチ。
……と思っていたら、実際の試合自体はまた次回です。

今回は、他リンクスとの絡みなどをお楽しみください。

……メノと勇季ののろけとか誤字とか、コメント等からご指摘してくだされば有り難いです。

後、リンクスとの絡みなどについても、リクエストなど頂ければ幸いです。




公開カラードマッチ当日。

 

「うっわ、なんだよこの人の数は……」

 

依頼通りに勇季とメノは、カラードマッチ開催の中心地であるカラード本部に来ていた。

普段はそれなりの出入りがある程度のカラード本部ビルとその周辺の施設郡は、現在カラードに所属するリンクスと、彼らのネクストを整備するスタッフや各企業の派遣した人員を始め、多くの人で賑わっていた。

今回企業連が主催する公開カラードマッチは、その試合風景などが重役のいる各クレイドルや地上で企業が管理する地下都市群などに中継される為、企業からすれば自社製品をPRする格好の舞台だ。

試合の合間には各企業がCMを放送することもできるので、ネクスト用のパーツや武器のみならず、一般に流通する品物も宣伝できる。

だからこそ、企業は自社製品を売るためにも、自陣営に所属する専属傭兵や、関係の深い独立傭兵を宣伝の為に囲い込む必要があった。

勇季が受けた依頼も、そういった理由と経緯から舞い込んできたものだ。

人混みを掻き分けてカラード本部の中に入ると、とにかく広く作られた、五階層までが吹き抜けになったロビーが直ぐ目の前に広がる。

リンクス戦争時には船を本社にしていたBFFや、本社そのものが浮遊する要塞だったGAに、本社の形状や建築方法が突飛過ぎたレイレナードといったものに比べると些か普通に見えるが、ここはリンクス達の情報や各種資料を初め、各企業の機密の一部が保管されている最重要施設ということもあり、この施設にはかなりの防衛設備と最新技術が導入されている。

最新の建築技術と欧州における伝統的装飾の施された優美にして華美なロビーは、今や大勢の人間が入り乱れたパーティー会場さながらであり、中には知っている顔もちらほらと見えた。

 

「あら、よく見たらエルカーノさん達もいるわ」

 

見知った顔を見つけたらしく、メノは人混みの中でも特に人の多いグループを示した。

衣服にGAやMSACといった企業のロゴが入った技術者や整備士、そして企業の職員の他、恐らくはリンクスらしき人物が数人程。

GAからの依頼で参加した勇季とメノは、そのグループへと向かった。

 

「失礼、GA社への協力を依頼された傭兵の加藤だ。……責任者と話したいんだが、今どちらに?」

 

そう声をかけると、グループの中から何人かが反応し、此方に視線を向けてくる。

一番初めに応えたのは、何処にでもいそうな雰囲気のある青年。短くカットした明るい茶色の髪や目付きも含めて一般人と言った容貌の彼は、こういう世界には慣れて居ない、若さゆえの経験不足という印象が強い。

 

「お、加藤じゃねえか。やっぱりお前もこっち側だったか?」

 

誰を相手にしても態度を変えない気兼ねないスタンスは、勇季のような新参からすれば、有り難いと思える存在と言えた。

 

「まあな。やはりダンも此方側なのか?」

 

やや肩を竦める調子で、勇季は青年『ダン・モロ』に挨拶をする。

ダンはカラードランク28位の独立傭兵で、実力自体は他のリンクスと比べても優れているとは言えない。むしろ弱い部類と言えるだろう。

ネクスト戦力を欲するGAからみても、数合わせ程度に過ぎないレベルの人材だった。

 

「へへへ、やっぱGAは見る目があるぜ。ま、俺達の実力なら楽勝ってもんだろ?」

 

……この妙に自信過剰な台詞と自信を覗けば、正義感と情に厚いただの好青年で済むんだが。

そう内心で苦笑しながらも、勇季はダンとたわいもない会話を交わした。

ネクスト用装備の試作品や配備された新型アームズフォートの噂から、最近始まったGAのTVアニメ『ネクスト戦隊サンシャインズ』の話と、趣味の合うダンと話す話題は多い。

 

「それでよ、サンシャインズの新「ねえ、ちょっといいかしら?」て、……どうしたんすかメイ姐さん?」

 

そう言ってダンとの話に割り込んできたのは、緑がかった黒髪と長身でグラマラスな体型を隠そうとしないラフな衣服を纏った、それでいて年上の女性のような落ち着いた印象を与える女性。

GAに所属するカラードラーランク18位のリンクス『メイ・グリンフィールド』だった。

彼女は、品定めするような素振りで勇季を見据えると、チャームポイントとして有名な笑みを浮かべる。

 

「へえ、貴方が噂の新人クンかしら?」

 

「始めまして、ミス・グリンフィールド。ランク31、加藤勇季と申します」

 

恭しく礼をすると、彼女は手を横に振ってそれを制した。

 

「イヤね、メイで良いわよメイで。そんなに畏まらなくても大丈夫よ?」

 

彼女、メイの浮かべる嫌みのない笑みは、成る程エンブレムと相まって『スマイリー』の異名に相応しい魅力的なものだ。

 

「貴方って、GAの中では結構噂になってるのよ? --かつてのGA最高リンクスのパートナーで、元は有澤重工ノーマル部隊所属のエースらしいじゃない?」

 

「そんな細かいことまで知られていましたか」

 

「私も、貴方のパートナーには世話になってるもの。久しぶりに会いたくなったし」

 

だから、と彼女はそう言うと勇季の傍らに居たメノへと視線を向けた。

対するメノも少し歩み出て、久しぶりに同郷の知り合いと出会えたからなのか、綻んだ表情でメイと視線を交わしていた。

 

「本当にお久し振りです、メノ先輩」

 

「ええ、久し振りね、メイ。元気にしていたかしら?」

 

二人の会話は当たり障りのない風に聞こえはするが、二人の表情を見れば、それだけでも充分なのだとわかる。

互いにGAを出身とする二人の関係について、勇季はメノから所々話は聞いてはいた。

彼女達は国家解体戦争より少し前の段階で知り合っていたらしく、企業のリンクス養成施設における先輩と後輩の間柄と聞いていた。

……しかし、何というか似ているなあ。

数歩ほど二人から下がってみて、勇季は思った。

メノもメイも、両者とも同じように女性らしくしなやかで美しい肢体をしている。

メノは小柄ながらに恵まれたスタイルをしており、一方でメイはその長身に見合ったプロポーションのスタイルといった違いはあるが、二人の挙動の度に揺れる胸は、一介の男として注視したくなるものだった。

 

「……やはり、胸というのは格別なものだなぁ……」

 

「「…………」」

 

無意識の内に勇季が口走ると二人は急に黙り、勇季の方を見た。

一体何故に此方を見ているのか、それに目付きも半目で、半分呆れと侮蔑が入り交じっているのどういうことだ、と勇季は疑問を浮かべたのだが……、

 

「ねえ勇季? 後で話があるのだけど……」

 

静かな口調に恥ずかしさと怒りを含ませ、顔を薄く赤らめながらメノが言う。

どうしてか分からずに勇季が疑念を浮かべていると、先程から空気になりかけていたダンが、呆れた調子でニヤニヤと笑いながらメノの反応について代弁した。

 

「あのな加藤、お前は何を口頭で口走ってるんだ?」

 

それを聞いて、勇季はやっと自分が無意識に口走っていたことを理解し、メノの表情の理由を知った。

 

「ああ、成る程すまないメノ。どうやら、思っていたことがつい口に出てしまったようだな?」

 

「謝るのなら、止めてもらいたいのだけど」

 

「ハハハ、何を言っているんだ? お前が魅力的な女性なのは当然の事実だろう」

 

「だからそういうことじゃなくて……ああもう……!」

 

と、メノ静かな怒りを抱きながら右手で勇季の左手を掴むと、そのまま何処かへと連れていこうとする。

 

「おいおい一体どうし「黙って」……」

 

「そ、それじゃあ俺はカニスとでも話してくるからよ」

 

そう言ってダンは微妙な表情で片手を挙げつつ、人混みの中に逃げていった。

 

「あら、じゃあ私もお邪魔させていただくわ」

 

メイは手を軽く振りながら、ズルズルと引き摺られていく勇季に笑みを向けてそう告げると、GAの整備員らしき人物に声をかける。

一方で、当の勇季はメノに拘束されたまま、何処かへと連れていかれたのであった。

 

 

 

 

 

……もう何で、ああいうことを平然と言ってしまうのかしら。

勇季の腕を掴んで連れて歩きながら、私は内心でため息をついていた。

勇季は何というか、普段は真面目で気遣いのできる人間なのだが、抜けているからなのか何気ない部分で女性を口説いていたりする。

私をパートナーとして選んでくれてはいるし、だからこそ、彼にとって私が一番大事なのは理解している。

けれど、

……私一人だけを見ていて欲しいだなんて、昔の私なら言いもしなかったのに。

私は、元々はプロテスタントの人間だった。

『根本主義者』と、企業の人間達は私のことを読んでいた。

他と比べても裕福な家に生まれた私、小さい頃から両親と同じように毎日熱心に祈りを捧げていて、両親と縁のある牧師様からは『君ほど熱心な信徒はそういないよ』と褒められたこともあった。

リンクスとなった後もそれは変わらなかったけど、それはあの日から変わってしまった。

 

『ハイダ工廠粛清』

 

リンクス戦争が勃発した直接の原因であり、私がネクストから逃げ出した理由となる事件。

あの日、私はGAの東欧方面基地で待機を行っていた。

後になってから、それがGAE離反に対する粛清の為だったと聞かされたが、その時の私はただ待機命令に従っていたに過ぎなかった。

その時、GAEからハイダ工廠防衛の要請が届けられ、その時の私はそれが待機していた理由なのだと勘違いしてしまっていた。

ハイダ工廠に向かった私を待っていたのは、どちらかと言えばGA側に与していた筈の、あの『アナトリアの傭兵』だった。

結果は知っての通り、私はあのレイヴンに敗れ、それでも運良く生き残った。

けど、事件から数週間の後、一時的な眠りから覚めた私が聞かされたのは、アクアビットと手を結んだGAEの離反と粛清という一連の真実。

そして、それによって起こってしまったリンクス戦争。

生き残ったのではなく、“生き残ってしまった”のだと、GA本社の特別病棟のベッドの上で、私は理解した。

GAの最高戦力が、裏切り者であるGAEに騙された挙げ句に敗北。

おまけに撃破された際、AMSの強制切断によって後遺症を患い、ネクストに乗れなくなってしまった。

私の誇りでもあったリンクスという強さの称号。

最早戦力として見なされていなかった私は、ストレスと死への恐怖から、次第に何もかもが信じられなくなっていて、かつてはあんなにも信じていた神様へすがることすらも出来なくなっていて。

 

気付けば、私はGAから逃げだしていた。

 

リンクス戦争の間、戦いから逃げるように各地を放浪としながら生き延びて、そしてとある町で勇季に出会った。

今になって思い返すと、その時の私は酷く惨めだったのをよく覚えている。

当時の私は現実から逃げるように薬に手を出していて、なけなしのお金と残飯で飢えを凌いでいた。

余りにもみすぼらしかった私に声をかけてくれたお人好しの彼を、その時の私は神様か何かと勘違いしてすがった。

今でも、私は彼との出会いを奇跡だと思っているし、彼のお陰で生きていられるのだと思っている。

でも、と私は思う。

今の私は、ただ彼に依存しているに過ぎないのだ。

だからこそ、公私のパートナーとして、一人の女性として私を選んだ彼が他の女性と関係を持つことが怖くて仕方がないのだ。

人目の無いところで足を止めて、彼を掴んでいた手を放す。

 

「おいおい、全くどうしたんだ?」

 

振り返って見た彼は、あの日に出会った時とほとんど変わっていない。

お人好しで努力家で、今の時代には珍しい、善人と言える人。

 

「あの、その……」

 

言葉がうまく出てこない。

ただ彼を独占したいだけの臆病な私は、何も言うことができなかった。

 

「--大丈夫だ、メノ」

 

彼が私に声をかけた。

 

「何があっても、俺の一番はお前だよ」

 

ああ、変わっていない。

その言葉を聞いた私の目から、急に涙が零れた。

 

「ええ、わかってるわ。勇季」

 

胸元のロザリオを握りしめて、一息を吐く。

幼い頃から大事にしていたこのロザリオだけが、私の数少ない大切な宝物だ。

大丈夫、いつもの悪い癖だ、と心を落ち着かせる。

彼が言ってくれるのだから、それを信じなくてどうするというのだろうか。

……私ったら、本当になんでかしらね。

自嘲気味に思うと、急に眼前の彼が思い付いたかのように表情を変えて、

 

「……ああでも、愛人というか、二番目ぐらいは許してくれないか?」

 

前言撤回。

やっぱり大丈夫じゃなかった。

 

「……勇季、帰ったらベッドでお説教ね」

 

私は低い声でそう告げると、苦笑いする彼を尻目に来た道を戻る。

……でも、“三人で”というのもいいかもしれないわね。

彼の言う二番目がどういう人なのかを考えながら、私は今日の試合について勇季と相談することにした。

 

 

 

 

 

「……」

メノ達が通り過ぎた物陰で、高級そうなスーツで身を固めた男は、ただ黙って二人の会話を聞いていた。

彼等が立ち去ったあと、懐のケースから煙草を一つ取り出すと、それを口に加えた。

そして、ポケットを探りながら自分がライターを忘れたことに気付いたタイミングで、脇からそれが差し出される。

 

「エルカーノか」

 

ライターを差し出した男の名を呼ぶ。

四十近くになっても全く変わらない、理知的ながら軽い雰囲気が特徴的な同期の元リンクスであり、現アーキテクトである『エンリケ・エルカーノ』は薄い笑みを浮かべる。

 

「どうだったローディー。彼女の様子は?」

 

スーツで固めた男、『ローディー』はエルカーノのライターの火で、煙草に火を点す。

代わりとしてエルカーノに煙草を手渡し、紫煙を吐きつつ言葉を放つ。

 

「……彼女にはパートナーが既にいるのだ。我々が気にすることでもないだろう」

 

「けどよ、メノちゃんが戻ってきたって聞いたとき、一番喜んでたのはお前さんだろ?」

 

リンクス戦争以前、GAには戦力たりえるリンクスの数が乏しく、いわゆる粗製に過ぎなかったローディー達にとって、年下でありながらオリジナルであったメノは、ある種の希望足り得ていた。

プライベートでもメノは出来の良い妹のような存在であり、ハイダ工廠の件以前は外出などもよく共にしていた。

 

「メノちゃんがいなくなってから、お前もユナイトも無茶ばっかやっててよ。ワカも……、てあいつは有澤だから違うか。だから、戦後になってアイツが戻ってきたときは、そりゃあ嬉しかったよなあ……」

 

当時を懐かしむエルカーノの言葉に、ローディーは黙ったまま頷く。

ユナイトはリンクス戦争で死に、ワカは四十三代目有澤隆文を襲名。横にいるエルカーノも、今ではGAネクストのアーキテクトで知られている。

かつては粗製と謗られたローディーも、今ではリンクスとしての仕事よりも、GAの看板リンクスとしてメディアなどの表仕事に出向くばかりだ。

妹分だったメノが一生のパートナーを見つけたことは嬉しく思うが、誰よりも心優しく、だからこそ無理をしていた彼女が、また果てのない戦いの世界に戻ることを考えると複雑な気分になる。

 

「っと、そろそろ時間だな。俺は手掛けたネクストの調整があるからよ」

 

それじゃあな、とエルカーノは軽い足取りで去っていった。

それを見届けたローディーは、吸っていた煙草を近くの灰皿に押し付けて火を消し、その場を後にする。

火を消しても残った紫煙のみが、そこに留まっていた。

 

 

 

 

 

メノと共にGAの技術者と合流した勇季は、早速機体のチェックと提供された武器の確認をするため格納庫に来ていた。

カラード本部には独立傭兵の何人か間借りするかたちで居住しているため、

ネクストの格納庫も、カラードに所属するランカーの分だけ用意されている。

かなりの大きさになる格納庫の奥側で、俺の愛機であるネクスト、ローザ=ファルチェは整備されていた。

 

「ローザ=ファルチェは四脚機体ですので、バズーカ自体は安定して撃てます。……ですが片腕の武器枠が埋まってしまいますので、他の武装やスタビライザーに関しては見直しを図ってみようと考えていますが……」

 

説明するような口調でそう言ったのは、今回提供された散弾バズーカの開発元であるGAから派遣された技術者で、名前を確か、オリヴァーと言ったか。

ローザ=ファルチェは四脚故に安定性が高く、バズーカの扱いも十全にこなせる。

オリヴァーの危惧とはつまり、バズーカ以外の武装に関することなのだろう。

 

「そこは気にしなくて構わないよ。本来、コイツの左腕武器は旧式のバズーカだからな」

 

「いえ、その事は事前の資料で確認していたのですが、以前のものと比べると、散弾という特性上から全体的なアセンブルの変更も視野にいれた方が良いかと思いましたので」

 

オリヴァーの発言も尤もな話だ。本来のバズーカと散弾バズーカでは、特性も用途も些か異なる。

 

「いや、大丈夫だ。事前にシュミュレーションで試してみたが、むしろああいう物の方が使いやすいよ」

 

「それは何よりだす。我が社が自信をもって開発した新商品ですから、気に入って頂けて何よりです」

 

それでは、と最終的な調整はもう済んでいたらしく、オリヴァーは足早に格納庫を去っていく。

勇季は改めて自分の機体を見た。

GA製の四脚パーツを中心に、様々な企業のパーツを組み合わせて作られた、四脚の射撃専門機体。

自分の得意分野を中心にしたそれは、火力を重視した構成だ。

カラーリングは暗めの赤褐色に黒に近い濃紺色を基本とし、アクセントに金のカラーリングを施している。

実のところ、実際にこのネクストを動かしたのは今まででも二、三回程度であり、久しぶりのネクスト搭乗に勇季は心を踊らせた。

感慨深そうに愛機を眺めていると、手続きを終わらせたメノが勇季の側に来た。

彼女はランダムに選ばれた組み合わせが記された対戦表を片手に言葉をかける。

 

「これが今回の対戦表なんだけど、勇季にはちょっと面倒な相手かもしれないわ」

 

手渡された対戦表には、第二回戦目の項に俺の名前と、対戦相手である『ダリオ・エンピオ』のリンクス名が記されていた。

 

「ダリオ・エンピオ、確か ローゼンタールのリンクスだったか……」

 

「カラードランク11位の実力者よ。決して侮れる相手じゃないけど……」

 

カラードランク11位ともなれば、相応の実力をもったリンクスであることは想像に難くない。

幾ら企業主催の人気取り目的とはいえ、最悪死ぬ可能性もあるので一応の注意はしておかなければならない。

だが、こちらとて負ける気など決して無いし、なにより、オリジナルであるメノから直接指導を受けたという自負が、勇季の確固たる自信となっている。

 

「大丈夫さ。必ず勝ってくるよ」

 

そう言って、勇季はメノの額にキスをする。

それは出撃の前には必ずこうするよう、彼が前々からメノに言われていたことだった。

彼女が願うからしていることではあるのだが、言われなくても自分からやっていただろう、と勇季は考える。

それは自分にとっても、彼女にとっても大事な約束だからだ。

そして勇季は、ついに始まろうとするカラードマッチを前に、胸を高鳴らせていた。

 

 

 

 

 

次回、公開カラードマッチ(中編)




というわけで、最初の相手はダリオになります。
色々悩んだんですが、彼がかませ役にならないよう、筆者も頑張りますのでどうか応援してくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


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公開カラードマッチ(中編)

長い間更新が滞っていました。
深い謝罪とともに投稿とさせて頂きます。

機体構成を少しでも変更すると、描写が面倒くさくなってきついね。



「ーーさあ、公開カラードマッチ1回戦第1試合が終了しました!」

 

クレイドル内部の中継から聞こえる熱狂的な歓声を背景に、カラード本社に設置された解説室で、放送での実況レポーターを勤める男は声をあげた。

 

「今回の実況は私、ロバート・ホプキンスが勤めさせて頂きます。そして解説はこの方!」

 

如何にも、といった風貌のレポーター、ホプキンスは隣の席に座る解説役の男に挨拶を促す。

 

「ーー今回、解説役を勤めさせていただく元ローゼンタール所属リンクス、レオハルトと申します」

 

解説役を名乗ったレオハルトは、整った顔を持つ金髪碧眼の男性で、嫌みの無い爽やかな風体をしている。

彼はかつてローゼンタールにおいて、象徴的機体である『ノブレス・オブリージュ』を駆っていた、オリジナルのトップリンクスである。

現在は現役を引退し、後進の育成に力を注ぐ彼は、その風貌と騎士道精神に溢れる性格から、現在でも高い人気を誇っている。

 

「それにしても先程の試合、レオハルトさんはどう見ましたか?」

 

そう言うとホプキンスは、先程行われた第1試合の情報を生放送中のVTRに合わせてスクリーンへ表示する。

表示されたのは、第1試合の選手である二人のパイロットと各機体の画像で表した略図である。

 

 

一回戦第1試合

ランク20 エイ・プール(ヴェーロノーク)VS ランク13 ヤン(ブラインドボルト)

 

ーー勝者 ヤン(ブラインドボルト)ーー

 

 

録画された試合風景と結果を交互に確認し、レオハルトは解説をした。

 

「この試合の勝負を決めたのは、まさしく機体構成の差だろうね」

 

「機体構成の差、ですか……。やはり支援特化のヴェーロノークでは厳しかった、と言うべきでしょうか?」

 

「それもある。ただ、今回はブラインドボルトがバランスのいい重量機だった、ということも大きな理由だ」

 

そう言うとレオハルトは、ブラインドボルトのアセンブルデータを二つ表示する。

片方はリンクス戦争時のもので、もうひとつは現在のものだ。

 

「リンクス戦争時の彼の機体は武装が全てハイレーザー等を中心にしたEN系統に統一されていて、高い火力はともかくとして、継戦能力に乏しいという欠点があったんだ」

 

けれど、

 

「今のブラインドボルトには、アルドラが開発したグレネードをはじめとした実弾兵器が搭載されていて、武装のバランス強化と充実化が図られている」

 

だからこそ、とレオハルトは続けて、

 

「インテリオルのネクストはEN防御こそ優れてはいるけど、実弾には打たれ弱い一面がある。特に武器腕を使用するヴェーロノークはさらに脆いからね」

 

「成る程……、バランスのとれた火力と機体の防御属性の相性ですか。解説、有り難う御座います」

 

そう言うとレオハルトとホプキンスは、続く第2試合の内容について確認する。

 

「えーと、第2試合は、……っと此処でルーキーの登場だ。 しかし対戦相手がランク上位のダリオ・エンピオとはーー」

 

「まあ、かなり一方的になるかもしれないね」

 

苦笑混じりに呟くレオハルトに、ホプキンスは問いかける。

 

「ダリオ・エンピオ選手はローゼンタールの所属ですが、レオハルトさんは面識がおありで?」

 

「ああ、彼は私の後輩で、ローゼンタールの後進育成の為にネクストから降りる際、ノブレス・オブリージュのパイロット候補としてジェラルドと争ったんだ」

 

「ノブレス・オブリージュの、ですか!? ……ということはかなりの実力者ということになりますね」

 

「ああ、でも世の中には『イレギュラー』というものが存在する。この新人がそうである可能性もあるから、ダリオには油断しないよう願うよ」

 

そう言うレオハルトの脳裏には、かつて、最も多くのリンクスによって行われた乱戦の記憶が甦る。

 

 

 

レオハルトは思い出す。

かつて、リンクス戦争の終盤で起きたベルリオーズ率いるネクスト部隊との戦闘。

その際に味方として増援に来た彼ーー『アナトリアの傭兵』は、数的不利にも関わらず、ベルリオーズを始めとした敵の殆どを撃破した。

その後、彼の所属していたコロニー・アナトリアはレイレナードが開発していたというプロトタイプネクスト『アレサ』により蹂躙され、その事件の首謀者と言われた当時のオーメル最高峰のリンクス『セロ』もろともにアレサを撃破した彼は、自身のオペレーターとともにアナトリアを去り、今では紆余曲折の末ラインアークに身を置いているという。

そんな彼は過去の事情から企業からは距離を置いており、今回の公開カラードマッチに対しても不参加を表明していた。

レオハルトは思い出す。

あの戦いの最中、僚機でもあったミドと共に機体が撃破され、トドメを刺される直前の事だ。

依頼を受け、増援として急行してきたアナトリアの傭兵が、1VS4という絶望的な戦力差を覆す瞬間を見たのだ。

あの戦いにおいて、最も活躍したであろう彼に対して、レオハルトは前々からお礼をしたいと考えていた。

その数少ない機会が、この公開カラードマッチだったのだが、彼が不参加だと聞いて、レオハルトは残念に思っていた。

……まあ、機会はまだあるんだ。そう落ち込んでいても仕方がない。

そう考えると、レオハルトは意識を始まろうとする第2試合に向けることにした。

誇り高い騎士であるレオハルトは、その生真面目さと義理堅さ故に、多くから信頼されているのだ。

 

 

 

第2試合開始まで10分を切った頃、加藤勇季はコックピットの中で思案に耽っていた。

試合とはいえ、初の対ネクスト戦だ。

不安こそはあれ、内心はかなり落ち着いていた。

……相手はダリオ・エンピオ、ローゼンタール所属のランク11。

遥かに格上の戦士である彼に対し、自分が勝てる可能性は恐ろしく低い。

対戦毎の賭けも、聞いたところだと9割はダリオの勝ちだと断定しているらしい。

メノや知り合いの何人かは残った1割としてこちらに賭けてくれているが、そもそも違法だろう、ソレ。

自分でも勝てる可能性は少ないと断じるが、流石にそうされると解っていても反抗したくなる。

つまりは、勝って見返してやりたいのだ。

よくある漫画や娯楽小説などで謎パワーだったり覚醒したりで危機的状況から逆転勝利したりするのだが、そういう要素になりやすいAMS適正でもこちらは格下だ。

……まあ、できるだけやってやるさ。

メノとも約束したのだ。そう易々と負けるわけにはいくまい。

 

『試合開始まで残り5分。準備はいいかしら?』

 

メノの問いかけに、格納庫からカタパルトへと機体を移動させた勇季は、何時もの調子で彼女に応えた。

 

「大丈夫だよ、メノ。ーーお前に勝利を」

 

『……っ、冗談はこれくらいにして、行くわよ勇季』

 

「OK、AMS接続良好。行けるぜ」

 

『カタパルトからの発進権限を移行、いつでもどうぞ』

 

ハッチが開かれ、眩しい陽光と熱のこもった空気が機体から肌に伝わってくる。

始まる戦いに期待し、胸を踊らせた勇季は、新たなる戦士の誕生を示す産声たる名乗りを上げた。

 

「加藤勇季、ローザ=ファルチェ出るーー!!」

 

カタパルトを高速で機体が滑走し、勢いよい状態のまま射出された。

フィールドである旧ピースシティへと飛び出した四脚の機体は、先ずは周囲を見渡すように確認して、ほぼ正面の、やや離れた位置に浮遊する赤いローゼンタールフレームのネクストを視認する。

対戦相手のダリオが搭乗する中量二脚機体、トラセンドだ。

 

『…………フハハハ。残念だったなルーキー、お前は初戦敗退だ』

 

トラセンドから通信で聞こえてくる声は低く、嘲りが混じっている。

恐らく負けるとは微塵に思ってもいないのだろう。相当な自信家ということが伺える。

 

「生憎、此方も負ける気はないんでね。勝たせてもらうぞランク11ーー!」

 

『……やってみろよ元ノーマル。やれるものなら、な!!』

 

互いに言葉を交わすと同時、試合開始を告げるアラームが響く。

第2試合の開始だ。

 

 

 

先ず動いたのは、ダリオだった。

右腕に装備されたレーザーライフルを構え、左肩のレーザーキャノンを展開する。

まるでごちゃ混ぜにしたような各企業のパーツを使用するローザ=ファルチェは、実弾防御とPA性こそ優れているが、それを無視できるEN兵器との相性がすこぶる悪い。

ダリオにとっては当然の判断であり、一方の勇季は、

 

『トラセンドのレーザーキャノンは強力よ。確実に避けて』

 

メノの忠告にそのまま従うと、直ぐ脇をレーザーキャノンから放たれた閃光が抜けるように貫く。

 

「危ねえな、っと!」

 

レーザーライフルの連射を小刻みに回避し、レーザーキャノンの一撃をQBで危なげなく回避。同時に右腕のライフルで牽制しつつ、ダリオの回避タイミングに合わせて左腕武装の散弾バズーカを放つ。

何度かの繰り返すような応酬の後、散弾バズーカは容易くPAを削り、そこそこのダメージをトラセンド本体にに与えていく。

 

『ちっ……、若造が!』

 

新人相手にダメージを受けたことがダリオにはショックだったのか、攻撃の勢いがいや増す。

ダリオはレーザーライフルから右背部のチェーンガンに武装を切り替えると、チェーンガンを連射。

諸に牽制用だったそれは、ガトリングやマシンガンに似た瞬間火力を持つ背部武装で、実弾防御とPA性能に優れたローザ=ファルチェの装甲に継続的なダメージを与えていく。

 

「チクショー、痛ぇなオイ!?」

 

『このまま空中戦を続けるのは愚行ね。ーー地上に降りて、ビル群に誘い込みましょう』

 

メノの助言を受けた勇季は、OBを使用しながらローザ=ファルチェを地上に降下させると、旧ピースシティのビル群の中でも大きめの廃墟に身を隠す。

散弾バズーカのをPA削りに使用することを前提に、右腕のローゼンタール製アサルトライフルから右背部の有澤製グレネード砲に武装を変更し、ビルの陰から相手を伺う。

……野郎、降りてくるか?

相当な自信家なダリオからしても、こんな隠れ潜みやすい場所にわざわざ突っ込んでくる程愚かではないだろう。

遠方からビルを破壊するなりする筈だ。

だが、と勇季は考える。

先程の言動と事前の情報から、ダリオは相当な自信家であり、プライドも異様に高いことは解っている。そんな彼がルーキーを相手に、安全策を講じるのだろうか。

加えてトラセンドの武装には、まるでそれを裏付けるかのように装備されたレーザーブレードまである。

恐らくは高名なアーキテクトであるフロイド・シャノンの設計故からかもしれないが、その近接武装は実際に驚異となる。

しかし、と勇季は考える。此方には此方でGAから支給された散弾バズーカがあるのだ、と。

新商品ゆえに情報も殆ど公にされていないが、この武器は近づけば近づく程に驚異となる兵器だ。

事前のシミュレーションでもその真価をついこの前になって確認できたほどだが、その性能は驚嘆に値する。

此方にとって、相手が散弾バズーカの真価を未だに図りきれていないのが唯一のアドバンテージだ。

隠れている間に息を整えると、ビル群の向こうから収束するような独特の噴射音が響く。

OBの起動音だ。

 

『まさか突っ込んでくる気なの……!?』

 

「可能性はあったが、本当に来るのかよ……!」

 

驚愕に満ちたメノの言葉に似たような言葉で反応し、しかし勇季は応戦を決意し、操縦桿を再度握りしめた。

 

 

 

……あのルーキー、舐めた真似しやがって……!!

ダリオは内心で悪態を吐き、OBを起動する。

相手の四脚は正面からの撃ち合いを一旦はしたが、相性の悪さを理解するとともにビル群に退避した。恐らくは背中のグレネードを隠れながら当てる腹積もりだろう。

コソコソしやがって、と思いながら、トラセンドの左腕武装であるレーザーブレードを構える。

 

『どうしたのですかトラセンド。ここは接近ではなく狙撃に徹するべきでは!?』

 

オペレーターから悲鳴に似た疑問が投げ掛けられるが、構っていられない。

 

「俺はランク11のダリオ・エンピオだぞ? この程度の策など捻り潰してやる……!!」

 

ダリオにとって、リンクスとは圧倒的な力であり、優れた人間という証だ。

だからこそ、とダリオは過去を思い出す。

己はかつてリンクスとしての力と名声を求め、正に象徴的なネクストである『ノブレス・オブリージュ』を求めた。

高い才能と実力でリンクス候補として頭角を表したダリオは、ありとあらゆる手を使いながら勝ち上がり、しかしノブレス・オブリージュのリンクスに選ばれることはなかった。

己を差し置いて選ばれたのは、候補生時代には何時も二番手で、自分よりも格下のジェラルド・ジェンドリンだった。

何故だ、と上層部に直訴したが、重要な素質が足りないというだけで取り合うことはなかった。

ノブレス・オブリージュのパイロットだったレオハルトにも、致命的なものが足りないのだと忠告された。

何が足りないんだ、と考えた己は、ただひたすらに戦い続けることを選んだ。

今でも尚、ダリオはノブレス・オブリージュを諦めてはいない。

だからこそ、こんな企業の人気取りでしない余興で手間取るわけにはいかないのだ。

相手のネクスト、ローザ=ファルチェを倒すための策は既にダリオの頭の中にある。

至近距離で行くならQBで近づき、レーザーブレードで仕留める。

勿論当たり外れかは兎も角、ブレード使用後の離脱時はチェーンガンでの牽制も行う。

ほぼ完璧な作戦だ。

唯一の危惧は相手の左腕武装だ。

バズーカの類いとは思ったが、こちらに飛んできた弾道などから、大型のショットガン系武装の可能性も予想できたが、先程までの応酬から弾数が少なく、節約しているそぶりも見せていた。

驚異とするものではないと考え、OBの解除とともに、一番確率の高いビルに向かってブレードを構える。

ブレードを構えたトラセンドはQBをしつつ回り込むようにターンを効かせた動きでビルの裏へ回り込む。

……これで終いだ!!

口角を歪め上向きに歪め、勝利の確信とともに構えたブレードを振り抜こうとした間際、ダリオは相手の挙動をその目に焼き付けた。

左腕の散弾兵器が、此方の真正面に対して向けられていたのだ。

 

「こ、のガ、キ……!?」

 

QBによる緊急回避も間に合わず、トラセンドは真正面から散弾を浴びせられ、その装甲を穿たれた。

 

 

 

散弾バズーカが直撃した瞬間、心の底から勇季は焦っていた。

……アッブネエェェーー!? マジ危ねえーー!!

OBの噴射音が響いたのを聞いた勇季は、ビルの影で散弾バズーカを構えていた。

視認した瞬間に引き金を引こうと思案していたが、高速でターンしながら真正面に現れたときは頭が一瞬真っ白になり、無意識のうちに引き金を引いていた。

偶然にもそれはトラセンドの装甲を真正面から抉り、多くの張られたPA毎、かなりのAPを削り取った。

勇季は相手にダメージを与えたことに喜び、しかしトラセンドが咄嗟に回避起動をとったことに驚愕する。

……あの一瞬で判断でするのか!

本来は己をブレードで斬ろうとしていながら、ほんの一瞬の判断で回避を選択したのは、流石はリンクスといえる。

 

『手前ぇ……、やりやがったな畜生が』

 

憤りと焦りで満ちた声で、ダリオはレーザーライフルを構える。

回避の際に盾がわりにしたレーザーブレードは、自分の放ったバズーカの直撃を受けて破壊されている。

 

「……ハハ、ヤベェ」

 

眼前のトラセンドは使い物にならないブレードを放棄し、左背部のレーザーキャノンを構える。

溢れんばかりの殺気を浴び、咄嗟に勇季はグレネードキャノンをトラセンドの足下に放つ。

放たれた榴弾は砂塵を吹き飛ばし、トラセンドの視界を遮る。

ローザ=ファルチェは背部のグレネードと左腕のバズーカを構え、QBを小刻みに起動しながらトラセンドの背後へ回り込む。

四脚型ネクストであるローザ=ファルチェは安定性能と旋回性能に優れており、大半のネクストが該当する二脚を相手にする際に大きなアドバンテージとなる。

吹き飛んだ砂塵が目眩ましとなり、トラセンドは此方の位置を把握仕切れていない。

…後はトラセンドがどちらに動くか、か。

視界を確保するためにも、トラセンドは砂塵の外へと必ず動く必要がある。

しかし、真正面は勇季が目眩ましをしたので安易な退避は危険であり、後ろへ下がることも危険な選択だ。

残る回避場所は、左右と上空の何れかに限られている。

そして、砂塵による目眩ましが薄れると、視界の先、トラセンドが此方にカメラアイとレーザーライフルを向けた姿が見えた。

読まれていたのか、という一瞬の焦りと思考も先程の経験からか瞬時に掻き消え、冷静に背部のグレネードを放つ。

レーザーライフルの連射がローザ=ファルチェのAPをゴリゴリと削るが、そんなことに構ってなどいられない。

 

「倒れろォッ……!」

 

『 クタバレ若造がァ……!!』

 

二人して叫ぶと同時、互いに放たれた砲弾とレーザーが掠めるように交差し、相手に直撃する。

トラセンドのレーザーはアンテナに似たローザ=ファルチェのヘッドパーツを抉り、カメラアイの殆どを破壊する。

一方でローザ=ファルチェの放った砲弾はトラセンドコアパーツと右腕部に直撃し、爆風とその余波でレーザーライフルとチェインガンにもダメージを与える。

直撃時の衝撃と反動から、トラセンドとローザ=ファルチェの両機は動きを止め、一時の静寂が訪れる。

 

『試合終了ォォーー!! 勝者、加藤勇季ィーー!!』

 

実況役のホプキンスが言葉を声を張り上げ、直後にクレイドルや各地の中継カメラから溢れんばかりの歓声が巻き起こる。

勝利したのだ。

 

 

 

……か、勝ったのか……?

画面端に表示された両者のAP量を見ると、トラセンドが0で、ローザ=ファルチェは残り147になっていた。

かなりギリギリな勝利であった。

勇季が現実味の無さから疑問符を浮かべていると、機体のモニター画面一杯に、勇季のオペレーターであり恋人でもあるメノ・ルーの姿が表示された。

 

『初勝利おめでとう。勇季」

 

彼女が浮かべた微笑みは暖かく、それを見てようやく自分が本当に勝利したのだと、勇季は朧気に理解した。

まだ現実味の無さは変わらないし、完全に理解できてはいないが、彼女の期待に応えたという事実が堪らなく嬉しくてしょうがないのだ。

 

「お前に勝利を、と言っただろ?」

 

勇季がやや意地悪な笑みを浮かべてそう言葉を返すと、メノは可愛らしさの残る顔を赤らめる。

 

『ええ、有り難う勇季』

 

 

 

 

 

一回戦第2試合

ランク31 加藤勇季(ローザ=ファルチェ)VS ランク11位 ダリオ・エンピオ(トラセンド)

 

ーー勝者 加藤勇季(ローザ=ファルチェ)ーー




対ダリオ・エンピオ戦、如何でしたでしょうか?

戦闘シーンの描写を頑張ってみたのですが、未だに至らぬところの多いこと多いこと……。

今後は適度な更新ができるよう、努力致しますので宜しく御願い申し上げます。



スティ子可愛いよスティ子。


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公開カラードマッチ(後編)

当初の予定より大幅に狂って大幅に遅れました。
許してください。 いやマジで。

ところで、ヒロイン候補? をちょっと出してみたのですが、何か絡ませたいキャラや展開、エンディングに対して提案やアドバイスがあったら教えて下さい。

因みに、FA主人公の首輪付きはORCAルートが確定してますが、勇季&メノはまだ決まってません。


旧ピースシティエリアの端から少し離れた場所にあるカラードの格納庫内にある控え室の中で、加藤勇季は溜め息混じりに言葉を吐いた。

 

「……何で勝ったのにこうなってるんだ?」

 

勇季の眼前にはメノ・ルーが腕を組んだまま、眉間にシワを寄せて仁王立ちをしており、一方の勇季は床の上に正座させられていた。

 

「何で、じゃないでしょう? ……あんな状態で次の対戦に間に合うと思うの?」

 

メノの言葉に釣られるようにして、更衣室の壁にかけられている大型モニターに映る愛機を見た

画面の中では遠巻きながらに作業員が二機のネクストを運ぶ過ぎたが見受けられる。

大破した二機のネクストーーローザ=ファルチェとトラセンドは、カラードの作業用重機によって回収されていた。

ローザ=ファルチェの方は未だ動ける状態ではあったのだが、ヘッドパーツが損壊している為に安全対策という意味を含めて重機による回収が行われていた。

一方のトラセンドはAPが0になっていたため、機体の安全機構が作動することでジェネレータが強制停止していた。

ネクストを含めたACは、APが0になってしまった場合に戦闘を継続すればパイロットの生命に問題が発生する。そのためAPが全損した際には強制的にジェネレータが機能を停止し、搭乗者への被害を減らす機構が備えられていた。

その為、トラセンドは移動することも出来なくなっており、重機による回収が行われていたのだ。

 

「幾ら修理費も弾薬費もGAが保証してくれると言っても、こんな状態だとパーツ交換が間に合うかどうかも解らないわ」

 

旧GAE由来の脚部やオーメルに移った後も製造が続けられている旧レイレナード腕部など、多くのパーツがリンクス戦争以前から流通する旧式パーツで構成されるローザ=ファルチェだが、だからと言ってそう簡単に部品の交換が行えるわけではない。

無論、この公開カラードマッチのような各企業が一同に会する場では、破損したパーツの交換や様々なサービスが無償で行われており、何時もの傭兵活動に比べれば快適なものだ。

 

「まあ、勝ったことは素直に喜ぶべきなのかしら」

 

そう言ってメノはGA系列標準のビジネススーツから取り出した端末タイプのディスプレイを見やり、目を細める。

正座を解いた勇季がそれを覗き込むと、そこには公開カラードマッチを利用した賭け表が表示されており、メノの元に破格の賞金が振り込まれていた。

……ああ、これは上手いこと踊らされたか?

折角の勝利の喜びも、こんな有り様では素直には喜べない。

それに追い討ちをかけるかのように、勇季の端末には自分に賭けたことで儲かった知り合いから感謝のメールが殺到していた。

あいつら……、と奥底で呆れ混じりに思いながら、勇季は何度か協同したことのある元上司のリンクス、有澤隆文のことを考えた。

GAに与する巨大企業『有澤重工』の現社長でありながら、 リンクスとして戦場で戦うことで自社の商品を宣伝する剛毅な彼は、かつては『ワカ』という名でリンクス戦争に参加していたらしく、メノとも知り合いであったという。

協同の時にも幾度か話をしたが、自身が元有澤重工所属のノーマル乗りだったこともあってか、メノと自分の後見人代わりになるとも言っていた。

そこまで世話になってしまうのは申し訳ないと思い断った時の残念そうな声色は、今でも尚謝りたい気分になってくる。

そこまで考えたところで、勇季は何故か悪寒を感じた。

もしも有澤隆文や他のGA古参の連中が、昔は心根の優しいメノが今ではかなりおかしな方向に進んでいると知ったらどんな反応をするのか。

そこまで考えたところで、恐ろしさから変に想像したりしないように決めた勇季は、気分を変える目的でメノに言葉をかけた。

 

「な、なあメノ。このあとの対戦表ってどうだったっけ……」

 

何故か冷や汗をかいている勇季に対し、メノは賭けの収支画面を閉じて、対戦表を表示して確認する。

 

「えーと、……あー、勇季? これは見る必要がないかも」

 

そう言われて画面を覗き込むと、第三試合の組み合わせが表記されていた。

 

第三試合

ランク28 ダン・モロ(セレブリティ・アッシュ)VS ランク12 リザイア(ルーラー)

 

「……あー、見なくてもいいな、うん」

 

言ってしまえばリンクス最弱候補のダンと、政治的な理由で中堅に留まるオーメルの才女であるリザイア。

ランク12でありながら、リザイアは最高クラスの適正と実力を持つリンクスだ。

間違いなく勝負にならないだろう。

「腹も減ってきたし、そろそろ飯でも食いに行こうか」

 

話題反らしの意味も含まれる発言にメノも同意する。

一応は友人であるダンの哀れな姿を見たくはないので、その時間帯を昼食にでも充てようという魂胆だ。

後で励ましのメールを送ろうと誓った勇季は控え室と格納庫から出ると、カラード本社の中央棟に向かった。

コジマ汚染が深刻化しつつある現在、地上に置かれた施設は何れも汚染対策として、施設毎の通路を外気から遮断するためにぶ厚い強化ガラスか各種建材で覆われており、天井や床にはライトなどが備え付けられている。

勇季とメノが歩いているのは、周囲を厚さ20mmのガラスを一定間隔の枠に填めたアーチ状のもので、カラード本社の施設群と周囲の広大な砂漠がよく見渡せる作りをしている。

このところ、コジマ汚染によって各地で砂漠化が進行しており、それは恐ろしいほどに悪化し続けている。

企業の方も、各地から動植物の保護と汚染の解決方法を模索しているらしいが、今はクレイドルや一部施設内での保護が精一杯であり、打開策を打てずにいた。

……こりゃあ、そろそろ人類もお仕舞いなのかねぇ

ため息混じりに思いつつ長い通路を歩いていると、通路の先に妙な姿を見つけた。

 

「ん? アレは……」

 

不可思議に思い目を凝らすと、 通路の半ば、丁度格納庫と中央の中間ほどの位置辺りで伏した姿を見かけた。

不審に感じたので近づいてみると、それはリンクスが着用するパイロットスーツの上に、運動用ジャージの上着を纏った姿をした女性だった。

一応は生きているらしく、手入れの行き届いていない青みがかった黒髪と、ジャージの背に描かれたインテリオル・ユニオンのロゴマークが呼吸に合わせて浅く上下している。

 

「助けた方が良いのか? アレ」

 

勇季が伏した女性を指差して窺うと、メノはため息を吐きつつ応えた。

 

「助けなかったら逆に問題よ? ……まあ見慣れてしまったことなのだけど」

 

勇季はメノから了承を得て、ある意味でカラードの名物にもなっている『彼女』を抱き抱えて起こす。

此方に顔が見えるようにして抱えると、やはり見慣れた顔がボサボサの髪の合間から見えた。

 

「……また行き倒れてるんですか? エイさん」

 

そうメノが問うと、勇季に抱えられたインテリオル・ユニオンの主戦力として知られているリンクス、エイ・プールは半ば死んだような目を開き、言葉を作った。

 

「……あ、有り難う。えーと、……また助けて貰えますか?」

 

 

……

 

 

カラードの本社中央棟は、20階建て相当のビルに当たる部分が会議場やカラードの斡旋場になっており、リンクスや職員の居住する居住空間は地下や周囲の施設群に置かれている。

その中でも、中央吹き抜けの2,3階部分に置かれた食堂は、多くの人々が一同に会することの出来る場所でもあり、一般職員がリンクスの素顔を拝むことのできる希少な場でもある。

昼も過ぎ、多くの技術者やスタッフなどが昼食を食べ終え、空席が目立ち始めた食堂の一画で、一つのテーブル席が目立っていた。

三人掛けを想定した円形テーブルの卓上は空の皿や器がこれでもかと積まれており、今も尚、勢いを削ぎつつも積まれていた。

そんな中、山盛りにされた明太子のパスタをフォークで丁寧に巻きながら、勇季は皿の山を産み出した相手に声をかける。

 

「それで、今度は何日食ってなかったんですか?」

 

呆れの混じった問いに、山のように多く盛られたソーセージとザウアークラフトをパエリアと同時に口へ掻き込んでいるエイが、頬をリスかハムスターのように膨らませながら答える。

 

「モグ、……ひふへいでふね。ひっ週はんほほへふよ」

 

「あー……、まあ飲み込んでからでいいよ、聞き取りづらいし」

 

そう勇季が促すと、エイは皿に載せられていた残りのソーセージとザウアークラフトを流し込み、粗方を喉奥に流し込ませてから応えた。

 

「ング、フゥ。……ここ一、二週間程は何も食べていませんでした。やはり水だけだとお腹は膨れませんね」

 

その答に、周囲にある席の彼方此方で談笑しつつ食事を摂っていた職員や技術者が、微妙な表情で後退りしたのを勇季は見た。

勇季の右隣の席で、シーフードドリアをスプーンで軽くつつきながら、メノは心配そうな表情で問うた。

 

「ねぇ、貴女も稼ぎをもう少し食費に回せないの? カラードが設立してからずっとそれでしょう? そろそろ倒れるかも知れないわ」

 

リンクス戦争の前から面識のあるメノの言葉に、エイはまるで聞き慣れたことのように答える。

 

「いえ、そうしたいのは山々なのですが、ヴェーロノークは弾薬費が嵩むので中々貯まらないもので……、機体を変えたくても適正の低い私では変えれませんし……」

 

我ながら方塞がりですね、とエイは苦笑混じりに呟きながら、ローストチキンにかぶりつく。

インテリオル・ユニオンの専属傭兵として日夜活動するエイ・プールは、インテリオルの得意とするASミサイルの宣伝も兼ねて、ミサイル搭載の武器腕パーツを中心とした機体構成をしている。

ASミサイルは高い性能の代わりに高額な兵器として知られており、弾薬費が異様に高いことで知られている。

金がかかるのであれば武器腕など使わなければいいと宣う者もいるが、エイ・プールの立場上、それが叶うことはなかった。

元来、武器腕というものは低いAMS適正によって即戦力足り得ないリンクスの能力を補うパーツで、イクバール社のナジェージダ・ドロワやGAのローディーにユナイト・モスと言った者達は、皆一様にAMS適正が低く、故に負荷の低い武器腕パーツを愛用していた。

それはエイ・プールも同様であり、国家解体戦争の最終局面で見いだされた彼女は、AMS適正の低さも合間って戦後の反企業を標榜するテロリストや旧国軍への掃討作戦がデビュー戦になっている。

リンクス戦争時はサー・マウロスクやアルドラ社のシェリングが戦死したことによるインテリオルの早期脱落の煽りを受け、対ネクスト戦をはじめとする本格的な戦争の経験は皆無に等しかった。

まだ経験の少ない、リンクスとしてもそれほどの実力が無い者が我が儘など言ったところで、それが容易に叶う筈などない。

リンクス戦争の被害が少なかったとはいえ、インテリオル・ユニオンは損失分の補充として新しい人材の発掘と事業拡大に躍起になっており、カラードのランク3、ウィン・D・ファンションの育成やAFスティグロの量産に成功しつつも、新たなる戦力を貪欲に求めている。

ランク20程度のリンクスに用はないのだろうか、エイ・プールの様な下位リンクスへの補償やサポートに関してインテリオルは充実していると言えない。

エイはテーブルの上に置かれたメニューを粗方食べ終えると、口許を拭いながら言う。

 

「この度はまた御馳走になりました、有り難う御座います。……この恩は必ず……その、返しますので」

 

「別にいいよ、飯を奢っただけだから」

 

勇季が軽く言うも、エイの眼差しと表情はまさしく真剣そのものだった。

仮にもリンクス、傭兵ならば普通の一般人が生涯かけて稼ぐ収入を数時間で稼げるのだ。

どんなに量があろうが、昼食の代金などはした金にすぎない。

……まあ、たまたま今日の食堂がバイキングだったから奢ったんだけどな。

見れば、食堂の厨房側ではエイの食べっぷりにやる気を出したシェフが何時も以上に張り切り、他のスタッフからは多忙さに膝をついたり担架で運ばれる姿が相次いで見られた。

話を戻そう。

リンクスは並々ならぬ高給で依頼を受け、それを遂行することを生業とする傭兵であり、弾薬費や修理費を差し引いたとしても、食事にありつけないような経済環境は起こり得ない筈だ。

それでもこんな状況になりえると言うのならば、それは別のことに資金を貯めているか、若しくはただ散財しているぐらいしか理由はない。

 

「本当に、何でそんなに金が無いんですか?」

 

「……実を言うとーー」

 

エイが何かを言いかけると、食堂に置かれた大型テレビから歓声が響いた。

見れば、何時の間にかダンが敗北していて、次の試合が始まろうとしていた。

 

「やっぱ無理だったな、ダンの奴」

 

「本人とGA社員曰く、AMS適正は優秀な筈なんだけどね……」

 

落胆しながら画面を見ると次の試合を行うリンクスの子細が公開される。

 

「次はランク2のリリウム・ウォルコット……BFFの新しい女王様か」

 

「相手はランク32、貴方の後に登録された新人ね。名前はミリア・B・カーチスというらしいわ」

 

メノが端末から持ってきた情報を、勇季は覗き込むように見る。

何故かエイ・プールも一緒になって覗き見るが、別に気にすることでもないのだろうか。

 

「機体名『ストレイド』か。AALIYAHフレームとは、また挑戦的なアセンブルだな」

 

「んー? このアセンブルって、何処かで見たような気が……」

 

エイ・プールが疑問を抱くと同時、試合が開始される。

この時はまだ、誰も気付いていなかったのだ。

彼女が近い未来、どんな偉業を果たすのかをーー。

 

 

……

 

 

同時刻 カラード本社VIPルーム

 

この日、自分が後見人を務めるリリウム・ウォルコットの試合を大型モニターで見ようとしていたBFF所属のランク8にして企業の重鎮である王小龍の元に、意外な人物が訪れていた。

 

「久しぶりだな、狸爺」

 

「会って早々に何を言うか、霞・スミカ……いや、今はセレン・ヘイズだったか?」

 

元インテリオル・ユニオンの精鋭リンクスであったセレン・ヘイズは、王小龍と各企業の代表リンクスの集まるVIPルームに立ち入ると、空いている席に腰を下ろした。

 

「これは教官殿、お久し振りです」

 

最初にそう言ったのは、現在インテリオル・ユニオンを代表するランク3のウィン・D・ファンションだ。

彼女は、かつてセレンがインテリオルを抜ける前に教官として指導していたリンクスであり、今でもセレンを教官として慕っている。

 

「誰かと思えば貴女でしたか。確か、独力でリンクスを育てたと聞いたていましたが……まさか彼女ですか?」

 

次いでセレンにそう問うたのは、ローゼンタールの現代表にしてランク5のリンクス、ジェラルド・ジェンドリンだ。

彼が指を指して指摘するのは、リリウム・ウォルコットと対戦する新人のリンクス、ミリア・B・カーチスである。

 

「何かと思えば自分の小飼の自慢か? ワシは忙しいのだ。そういう雑事は後にしてくれ」

 

お前がソレを言うのか、と王小龍以外の全員がそう思ったが、敢えて口に出すことはない。

机に置かれていたグラスにウィスキーを注ぎ、豪快に飲みながらセレンは宣う。

 

「まあ、見ておくといいさ。アイツはこの私が育てた逸材だぞ。……それに、単なる自慢ではないのだからな」

 

「ほう、そこまで言うなら見せてみろ。貴様の言う逸材をな」

 

セレンに挑発混じりに言ったのは、カラードのランク1として君臨する天才、オーメル・サイエンス所属のオッツダルヴァだ。

見れば、画面の向こうでは無名の新人と新しき女王による試合が始まろうとしていた。

ブザーが鳴り響き、戦闘が始まった。

 

 

……

 

 

リリウム・ウォルコットは混乱していた。

一般まで広く公開されるカラードマッチにおいて、第4試合を務める自分の相手のことを知ったのは、試合から約数十分程前のことだ。

信頼する王大老から手渡された書類には、自分の対戦相手にランク32の新人が当てられており、それ以降に相手になるであろう者達も、自分にとって戦いやすい相手ばかりが選出されていた。

政治的な取引でもあったのだろうとリリウムの聡明な頭は理解していたが、自分を溺愛する大老の気持ちや考えを無下にはできなかった。

しかし、試合を始めて直ぐにリリウムは気づいた。

……リリウムの射撃が当たりません……!。

精度に優れたBFFフレームに同社製品のレーザーライフルとアサルトライフルの組み合わせは、本来ならば高い命中力で相手を削る筈だった。

しかし、目の前にいる黒いネクストは、その全てを回避しながら、此方にライフルとアサルトライフルを当ててくる。

……的確な機動と立ち回り、本当に新人なのですか?

解らない。何故こんなにも強いリンクスが新人なのか。

何故こんなにも力量の差があるのに、どうして自分はランク2の座に甘んじてしまったのか。

普段なら仕舞いこめるような弱音をぼろぼろと溢してしまう。

リリウムは心の奥底からアレに恐怖している。

頼みのハイアクトミサイルも軽々と回避され、的確に撃ち落とされていく。

咄嗟の回避が間に合わない。例え間に合ったとしても、偏差射撃を受けてしまう。

折角のECMが全く意味を為さない。

隠れるための障害物が、まるで無いかのようアレは攻撃してくる。

ああ、どうしてこんな。

 

王大老、助けてください。

 

りりうむは、あなたのごきたいにそえません。

 

「あ、ああ、何で、なんなのですか貴女は!?」

 

くるしまぎれのりりうむのさけびに、かのじょはこたえました。

 

『私? ……私はーー』

 

 

……

 

 

その戦いを見て、レオハルトは戦慄していた。

……まさか、アレではまるで彼みたいじゃないか。

黒いレイレナード製の中量二脚機体に両手のライフルと背部のグレネードキャノン。

EN消費に難の有った『03ーAALIYAH』の弱点を実弾系兵装で消費を抑え、瞬発力を利用した高機動の地上戦を主体とする合理的な戦法を、彼は知っていた。

 

「え、新しい情報だって? ちょっと待ってくださいねぇっと。……ッハアァ!?」

 

隣でスタッフから新しい情報がもたらされ、それを確認したロバートの表情が唖然としたものになる。

 

「レ、レオハルトさん。……これ」

 

震える手でレオハルトに手渡された書類には、ランク32の詳細な情報が記されていた。

そして、そこには余りにも知りたくなかったものが記されていた。

 

ランク32 ミリア・カーチス 機体名 ストレイド。

 

本名、『ミリア・ベルリオーズ・カーチス』と。

 

 

……

 

 

新しき時代、新しき戦場に現れたのは、過去より来た英雄の忘れ形見。

それは多くの人々の人生を狂わせ、汚染された世界を動かしていく。

そして同時に、過去の亡霊が密かに蠢き出していた。




キャラクター紹介

ミリア・ベルリオーズ・カーチス

機体名:ストレイド

かつてのオリジナル、レイレナードの英雄たるベルリオーズの遺児。女性。
故あってセレン・ヘイズに育てられ、リンクスとして生きてゆくことになる。
父のことはあまり覚えておらず、仇であるというラインアークのホワイトグリントのパイロットと対面しても、あまり感情を動かさない。
あまり喋らないが、動くときは大胆でベルリオーズの娘らしい側面がある。
好きなものはセレンとネクスト、そして……

見た目はやや薄い小麦色の肌に透き通る碧眼。そして純白のような銀の長髪。
基本的に無表情のようで、しかし表にでないだけでかなり感情豊か。

搭乗機体であるストレイドはベルリオーズの愛機シュープリスそのままで、カメラアイだけが赤色に変更されている。


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幕間 登場人物紹介①

ちょっといきなりで早いかもしれないけど、主人公とかを纏めてみた。
さあ、フロム脳の強化訓練だぞー!


登場人物

 

カラードNo.31

リンクス名:加藤勇季

ネクスト名:ローザ=ファルチェ

 

・主人公。元有澤重工ノーマル部隊に所属していた新人リンクス。

リンクス戦争の際には有澤製ノーマル『ZENGAME』に搭乗し、様々な戦場で活躍。

その最中に行われた身体調査でそれなりのAMS適正が確認され、リンクスとしてカラードに登録されることになる。

カラード登録前に元GA所属のメノ・ルーを偶然にも助け、彼女のサポートの元独立傭兵として活動することになる。

ネクストでの戦闘経験は少ないが、しかしノーマル部隊所属時に鍛えられた経験と戦術眼は確かなもので、機動力に優れた四脚機体を駆り、確実な中距離射撃戦を得手とする。

ノーマルの頃に死にかけた経緯から、有澤らしいタンクよりも軌道力のある四脚に転向した過去を持つ。

何よりも生き残ることを優先し、ミッション放棄も前提とした立ち回りが多い。

性格はやや抜けた好青年という感じ。

パートナーであるメノ・ルーとののろけ話を憚ることなく、彼女の為ならと無茶もする努力家。

 

 

 

元オリジナルNo.10

リンクス名:メノ・ルー

ネクスト名:プリミティブライト(シミュレータのみ)

 

・ヒロイン。国家解体戦争に参加したオリジナルナンバーの一人で、現在は加藤勇季のオペレーター兼公私のパートナー。

かつてはGAの最高戦力と呼ばれていたが、ハイダ工廠粛清時に、GAEもといアクアビットの策略によりGAE防衛の依頼を受けアナトリアの傭兵と交戦の末、撃破される。

辛うじて一命をとり止めたものの、リンクス戦争勃発の契機となってしまったことと、撃破された際にAMS接続が強制切断され、後遺症により戦うことができなくなってしまったことからGAを脱走。放浪の末に加藤勇季と出会うことになる。

過去には過度の人間不信に陥り、薬物に依存した時期もあったが今ではそれを克服し、パートナーである勇季に対して半ば依存するようになった。

……あれ、治ってなくね?

元々は敬虔なプロテスタントであったが、精神的に逞しくなった彼女は中々にえげつないことも良しとすることになり、外道度が増している。例えるなら某武蔵勢。

因みにかなりの巨乳である。

 

 

 

カラードNo.32

リンクス名:ミリア・ベルリオーズ・カーチス

ネクスト名:ストレイド

 

・最新のリンクスで独立傭兵。首輪付き。

今は亡きレイレナードの誇るオリジナルNo.1、ベルリオーズの遺児。

とある切っ掛けからセレン・ヘイズ(霞・スミカ)が育てることになり、リンクスとして戦場に立つこと。

父であるベルリオーズをゆうに越える最高のAMS適正と父親譲りの戦闘センスを持ち、父の愛機であるシュープリスそのままのアセンブルで戦う。

余り喋らない寡黙な少女だが、感情自体は豊からしく笑顔を見せたりもする。

経歴の半分が不明でありながら、その天才的な素質からベルリオーズの子であると認めさせている。

好きなものはセレンとネクスト、そして……。

遥か未来でも出てくるカーチスの姓を持つ生粋のイレギュラー。

何気にいろんなリンクスと交遊関係を深めたりなど、喋らないのにコミュ力の高いナチュラルチート。

 

 

 

オペレーター

オペレーター名:セレン・ヘイズ

ネクスト名:(データエラーにつき閲覧不可能)

 

ミリアの育ての親。クールで理知的な印象で女性でありながら過激。

ミリアをリンクスに仕立てあげた人物で、彼女の後見人でもある。

何かの目的があって活動しているが詳細は不明。

正体は……言わなくてもわかるだろう?

原作とは違い、ある『約束』を果たすためにミリアを育てている。

ややツンデレ系の年上キャラ。

 

 

 

カラードNo.20

リンクス名:エイ・プール

ネクスト名:ヴェーロノーク

 

・万年金欠のリンクス。リンクス戦争にも参加していたがほとんど何もせずにインテリオル・ユニオンが撤退するかたちで終了し、カラードに登録される。

乗機ヴェーロノークはASミサイルに特化した機体であり、ミサイルマニアとも称されているのだが、実際は低いAMS適正を補う形で武器腕パーツを使用しているだけである。

空腹から何度も行き倒れては勇季に助けられて(奢ってもらって)おり、そういったことからか勇季には特別な感情を抱きつつある。

常に金欠であるため常に空腹、カラード本社等で行き倒れているのを高頻度で見ることができる。

悲しいほど貧乳。まな板とは彼女のこと。

 

 

 

カラードNo.28

リンクス名:ダン・モロ

ネクスト名:セレブリティ・アッシュ

 

・GAに近い独立傭兵。まるで一般人。

自信に満ちた言動が多いが中身はヘタレの青年。

良い奴ではあるのだが、持ち前の優れたAMS適正と才能を無駄にする色々と残念な人物。

同じ下位リンクスのカニスやパッチ、ウィス&イェーイといった面々と仲が良く、勇季やミリアといった新参にも気兼ねないところが取り柄。

ちょっと背伸びした大学生みたいな奴。

因みに幸運はかなりある。

 

 

 

カラードNo.11

リンクス名:ダリオ・エンピオ

ネクスト名:トラセンド

 

・ローゼンタールの主戦力。悪役みたいな野心家。

高いAMS適正や判断能力に優れるエースであり、本来ならばノブリス・オブリージュの二代目パイロットになる筈だったのだが、性格の悪さと言動が災いして選ばれなかった。

二代目ノブリス・オブリージュのジェラルド・ジェンドリンに深い敵意を向けているが、欠点を自覚していないため、恐らくノブリスに乗る可能性はないだろう。

カラードマッチで勇季に敗北するが、それを機に彼にも突っ掛かるようになったが、飲みに誘ったりと何故かフレンドリー。

仲良くなれば良い友人になれるのだろうか。

この作品では、カーパルス襲撃の際にジェラルドと共闘して挑むことになる予定。彼等の連携は必見。

クズっぽいというかクズだが結構義理堅い。

 

 

 

その他

 

 

ロバート・ホプキンス

 

・カラードマッチの司会。実はカラードの重役。

この後も出番があるかは解らない。

 

 

 

オリヴァー

 

・GAの派遣技術者で、散弾バズーカをはじめとするGAの新兵器開発に関わっている。

素晴らしきロマン兵装ドーザーブレードの開発にも彼が関わっている。

元ネタは某IGLOOの彼、あっちよりややはっちゃけており、今後も結構出てくる予定。

 




現状のメインはこの辺り。
話が進めば出てくるのだが。
今後の加藤勇季は本編にないオリジナルのミッションが出てくる予定ですが、これはミリアが首輪付きだからという理由ですのであしからず。


それでは、良きACライフを。


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束の間の休息

何故かしっちゃかめっちゃかになった休憩話。

アーマードコアの新作をまちながら傭兵業してる毎日。

VDではナイス=ショットという名前の中量二脚で傭兵とかしてますので、もし会うことがあったらどうぞよろしく(*・∀・*)ノ


第4試合

リリウム ・ウォルコット(アンビエント)VSミリア・B・カーチス(ストレイド)

 

ーー勝者、ミリア・B・カーチス

 

ベルリオーズの娘の鮮烈なまでのデビュー戦は、僅か数分後におおよその下馬評を大きく覆して決着した。

ランク2のリリウム・ウォルコットを相手に圧倒的な勝利を修め、天才的な素質を見せつけたミリアは一瞬にして世界から注目された。

無論、それはカラードのリンクスにとっても例外ではなく、下位から中堅のリンクス達はミリアに感嘆と嫉妬を表し、中堅から上位のリンクスはある種の危機感をもって彼女の実力を認めた。

カラード本社ビルの中でも、セキュリティに優れたVIPルーム……通称『お茶会』と呼ばれる上位リンクスの会合が行われている場所では、突如として現れたミリアの後見人となっているセレン・ヘイズに、『お茶会』の主要メンバーたるトップリンクス達は改めて注目した。

 

「今更になってベルリオーズ……あの亡霊の名を聞くことになるとは。貴様、狙ってやったな?」

 

王小龍の睨みも意に介すことなく、セレンはグラスを傾けて言う。

 

「可愛がってるウォルコットの小娘の経歴に泥を塗られてお怒りか? まあ、その程度のことはどうでもいい」

 

そう言ってセレンは懐から端末を取り出し、机の上へ置いた。

起動させた端末はホログラムを投影し、幾つかの画像を表示させる。

表示されたのは、件のリンクスであるミリア・ベルリオーズ・カーチスの一部経歴と詳細な検査結果だ。

 

「最高クラスのAMS適正値に優れた汚染耐性……、流石はあの英雄の娘か。末恐ろしいな」

 

ローディーがそう呟くのも無理はない。

現在に至るまでに最高のAMS適正値を叩き出していたのは、オーメルのセロやアスピナのジョシュア・O・ブライエン、そしてレイレナードのベルリオーズの三名のみである。

しかし、彼等は何れもリンクス戦争で死亡した故人であり、現在における最高クラスのAMS適正を持つオッツダルヴァやハリにリザイアや、適正があっても実力がないダン・モロといった面々ですら彼らには及ばない。

そんな現状において、父を越える才能と非常に稀有なことで知られる汚染耐性を持つ彼女は最高の人材である。

 

「見ての通り、アイツは天才的な素質を持っている。それに先程の試合を見れば、如何に貴重かつ警戒すべき戦力だとわかるだろう?」

 

「天才どころかまるで怪物だな……。こんなモノを何処から見つけてきたと言うんだ?」

 

すました表情で問いかけるオッツダルヴァに、ウィン・Dも同調する。

 

「教官には毎度のこと驚かされますが、今回は異常にすぎます。あのベルリオーズの娘などと、戸籍情報ですら無かったと言うのに……」

 

「フン、アイツに関してはこれ以上は話せん。如何せん長いだけの昔話だからな。詳しくは暫くしてからだ」

 

過去には自らが天才に匹敵するとまで謳われ、引退した今では教え子が天才的な才能を見せつけている

セレン・ヘイズーーかつて霞・スミカの名で呼ばれた彼女は、不敵な笑みを浮かべて王小龍に言葉を放った。

 

「さて、これでアイツの可能性は概ね示したワケだが、……ここからは本題だ」

 

セレンが端末を操作すると、ミリアのデータから、とある機体の図面と幾つかの画像が表示される。

表示されたのは、両手にライフルを装備した、特徴的なフォルムと設計の中量二脚ネクスト。

長い間企業に抵抗し続けてきた民主主義組織、ラインアークの切り札の姿だ。

 

「何れ来るだろうカラードランク9『ホワイト・グリント』との戦いに、ミリアを参加させろ。……無理にとは言わんがな」

 

ホワイト・グリント。

殆どのリンクスが企業で開発されたパーツを組み合わせている中、天才アーキテクトとして知られるアブ・マーシュの手によってフレームを設計された、文字道理のワンオフ機体である。

数少ない反企業組織の一つにして最大規模を誇るラインアークだが、彼等が反抗を続けられているのはホワイト・グリントの存在こそが理由である。

かつては長引くと予想されていたリンクス戦争の戦況を覆し、単機で一つの企業を滅ぼした伝説のリンクスが駆る真白き閃光は、圧倒的な戦闘能力でラインアークの存続に大きく貢献してきた。

例えホワイト・グリントを打倒できたとしても、企業にとっては大きすぎる損失を被る可能性があり、何よりも貴重なネクスト戦力を失うことを恐れた企業達が揃って出し惜しんだが為に、現在の状況が生まれているのだ。

 

「成る程、既に滅んだレイレナードとはいえ、企業側の英雄ベルリオーズの遺児がホワイト・グリントを討ち滅ぼす……。ボケた老人共も納得するB級シナリオだな」

 

オッツダルヴァが含みのある表情で嘯く。

企業がリンクスを出し惜しみする大きな理由は、ホワイト・グリント程の存在に敵うだろう上位リンクスが、揃って企業専属ばかりになるからである。

例え居なくなっても困ることのない独立傭兵は基本的にカラード下位の者ばかりであった。

独立傭兵で唯一の上位ランカーであるロイ・ザーランドも、インテリオル寄りのリンクスである為に捨て駒に出来ない。

そんな中で、かつてオリジナルリンクスのNo.1として活躍した英雄ベルリオーズの愛娘が、父の仇でもあるホワイト・グリントを打倒しようとしている。

セレンがそれをわざわざ提案するのは、企業にとって大きなメリットが二つほどあるからだ。

 

第一に、目の上のたん瘤であるラインアークを排除できるという点だ。

ホワイト・グリントという唯一の存在に半ば依存しているラインアークは、言い換えてみればただの烏合の衆に過ぎず、最高戦力を失えば自然と崩壊するだろう。そうなれば企業も悩みの種であった不穏分子を排除し、他のことに注力することができる。

 

第二に、英雄の娘の敵討ちという大義名分と、“企業連合の象徴”を得られるという点だ。

かつて、ホワイト・グリントのパイロットはリンクス戦争の終盤に、レイレナード陣営の切り札であるベルリオーズ率いるネクスト部隊と交戦し、それを打ち破った過去がある。

刺激的なドラマを欲する民衆からすれば、肉親の仇討ちという大義名分を持つミリアは最高の主役だ。

企業連合が彼女を担ぎ上げれば、盲目な民衆も挙ってそれに続くだろう。

クレイドル体制以降、ラインアーク等の反体制勢力や詳細不明のネクストの出没など、企業に対する不安や不平不満が蔓延する中で、解り易いヒーローというのは不可欠な存在なのだ。

 

企業にとっての煩わしい存在を打倒し、加えて統治者である企業の威厳を保つ為の象徴を確保できる。

たとえ失敗したとしても、独立傭兵一人の損失ならば企業も専属リンクスという貴重な戦力を温存できる。

何とも単純で旨味ばかりの分かりやすい取引だが、企業からすれば万歳三唱して迎え入れたい程の安い条件だ。

 

「では、その要望は私の方から出しておきましょう。教官の経歴を踏まえれば、インテリオルからのルートからの方が容易に通る筈ですので」

 

ウィンがそう言うと、セレンはこれ以上は必要ないと判断したのか、端末の電源を落として懐に仕舞うと、グラスを片手に席を立った。

部屋から退出しようとするセレンに、呼び止めの声がかけられる。

 

「待てセレン・ヘイズ。最後に確認したいことがある」

 

声の主はGAのトップリンクス、ローディーであった。

彼は葉巻から紫煙を昇らせながら、老練とした眼差しでセレンに問いかけた。

 

「その要求……それはベルリオーズの娘が言い出したものか?」

 

ほんの一瞬、セレンは僅かに表情を堅くして、間を空けて応える。

 

「ああ、……アイツがどうしてもと言ってな」

 

「そうか。ならば何も言うまい」

 

そうか、とローディーの返答にセレンは短く答えると、急ぐように部屋を退出した。

残った五人は改めてモニターに目を向け、大いなるジャイアントキリングに未だ冷め止まらぬ歓声の響く中継を見た。

 

 

……

 

 

「ベルリオーズ……、今になってそんな名前を聞くなんて……」

眉をひそめたメノは、まるで宴会場の様な有り様になった食堂でそう呟いた。

昼食を終えた加藤勇季とメノ・ルー、そして大量のデザートを頼んだエイ・プールの三名が食後のティータイムをしていた時、試合に負けたので暇になったダン・モロと試合前にも関わらず余裕を見せるカニスの二人が意外な人物を連れてきたのが原因だった。

 

「……ミリアです……宜しく」

 

二人に挟まれる状態で連れて来られたのは、現在において最も話題になっているミリア・ベルリオーズ・カーチスだった。

誰とでも仲良くなれることで有名なダンとカニスだが、まさか彼女まで連れてくるとは、流石に勇季達も思わなかった。

 

「いやあ、負けた後にカニスと駄弁ってたら、暇そうにしてたのを見つけてよ」

 

「ああ、だから一緒に飯でも食おうかって話になったんだよ」

 

二人揃ってデカいステーキを頬張りながら、ダンとカニスの馬鹿二人はそう嘯いた。

誰であろうと気兼ねしないフレンドリー極まる彼等の行動は、時として企業の重鎮達の予想を遥か斜めに超えて来る。

 

「凄えよお前ら、お前らやっぱ凄えよ。……あ、俺は加藤勇季、よろしくな」

 

二人のお陰で早くに馴染めた経験のある勇季も、彼等と肩を組んでミリアを歓迎する。

そんな彼らに対し、驚きと戸惑いの感情を含みながら彼女は答えた。

 

「……勇季さん、ですか……」

 

英雄の忘れ形見。ベルリオーズの残り香。早くもそういった通称がまかり通っているが、生前のベルリオーズと面識のあったメノからすれば、生前の英雄がかつて見せた、戦士としての威厳と実直さは彼女にはなく、寡黙というよりは自己主張のなさが感じられた。

 

「ベルリオーズさんのお子さんでしたか。何か面影はあるんですけど、やっぱり雰囲気は違うんですね?」

 

沢山のデザートを口に頬張りながら、エイ・プールはミリアの顔をまじまじと見つめて言う。

それにミリアは萎縮してしまい、それを見たダンとカニスがミリアの肩を掴んで引き寄せた。

 

「エイさん酷いっすよ、そんなこと言って!」

 

「ミリアを苛めたら、マッハで蜂の巣にしてやんぞ!」

 

ある種の冤罪に似た非難に対し、エイはあらぬ罪に狼狽し、椅子から半ば浮いた姿勢で反論した。

 

「ちょ、何でそうなるんですか!? わ、私なにもしてませんよ!!」

 

「ミリアちゃんが怯えてるだろーが、気付け年増!」

 

「そうだぞインテリオルのBBAが!!」

 

「な、何を言ってるんですかババアって!? 私はまだ三十ちょっとですよ!!」

 

いや、三十代で行き倒れてたりするのは色々と手遅れではないのだろうか。

そう思うメノも、もう三十手前に来ているのだが、かつてそれを指摘した勇季は全治二週間の怪我を負った過去があるからか、彼は過ちを犯さぬようにダンとカニスから少しずれて、メノの側に寄っていた。

 

「三十代かー。結構若く見えるけどな?」

 

「何で私の方に来てソレを言うのか解らないけど、確かにエイは若いのよねー。……見た目は」

 

メノの言葉を聞き、少し喉が乾いた勇季はテーブルに置かれたグラスを手に取り、口をつけた。

喉を潤す感覚。少しだけの辛味があるそれは、クーガーの食品部門が売り出しているジンジャーエールだ。

以前に飲んだクーガーコーラとほぼ同じ時期に発売しており、市販のラベルにはデカデカと印刷されたローディーと共に『渋い大人の炭酸飲料。ベテランの味わい』という謎のキャッチコピーが記されていた。

食堂ではドリンクバーが設置されており、スポンサーでもある企業の供給により、飲み物ならば不足しないとも評されている。

因みに、先程まで食べたものは、質の良い合成食品ばかりである。

話を戻そう。

 

「メノは充分若いだろ? 俺の少し上だったっけ?」

 

「……貴女より二つ上。やっぱり皆、若い娘が好きなのかな」

 

「いや、俺はそういうの無いし、むしろメノぐらいが一番魅力的だぞ?」

 

「……勇季、お仕置き追加」

 

頬を少しだけ赤らめたメノとたわいもない会話を勇季がしていると、エイと取っ組み合いになりかけていたダンとカニスが一転して勇季とメノに目を向け、直ぐ後に絶望したような悔し涙を浮かべると、テーブルに拳を叩きつけて叫んだ。

 

「くそう、目の前のリア充が憎たらしい……!」

 

「アレを平然と言える神経が羨ましいぞ畜生!?」

 

見れば、エイの方も絶望した顔を浮かべながら、テーブルに突っ伏しつつ、悔しそうに呪詛を吐いていた。

 

「……お二人とも羨ましいですね。私なんて家に帰っても一人だけで何もないんですよ? もう三十を過ぎたのに独り身なんて哀れですよねー。リンクスになる前の友人なんて、もう結婚して子供が二人もいるそうですよ? 年長は小学校に入ったって嬉しそうにしてて、それなのに私なんてお金がなくて行き倒れてるような体たらく……こんな私じゃ出会いなんて有りませんよ。ハ、ハハハハハ……」

 

やや鬱が入りかけたエイを見て、これはかなり酷い状態だと、勇季は内心でそう判断した。

かつて、初めて出会ってからまだ幾ばくも経たない頃のメノも、こんな状態になっていたことがあった。

リンクスにとって重要なAMSというものは、それこそ適正に優れる人間ならばそもそもの症状もないが、かのアマジーグやアナトリアの傭兵といった人物の事例があるように、AMS適正の低い者がネクストに搭乗した場合、酷い精神負荷の影響もあって徐々に精神を蝕まれるケースが見られている。

適正の低さを武器腕で補っているエイは、低い適正と惜しみ無い努力によってその影響も強い。

 

「あー、貴女も充分魅力的な人だし、そんなに卑下する必要もないと思うんだが……」

 

「ハハハ、心にもないこと言わないでください。口だけならなんとでもーー」

 

「いや、貴女が良いなら食費とか養っても……」

 

何とも迂闊な一言だと、その場にいた誰もが勇季に呆れの感情を向けた。

基本的に、リンクスというものは自立した生活をしている。

それは、傭兵という職業の過酷さや孤独から生まれるものなのだが、エイ・プールのような企業専属のリンクスは半ば企業の社員待遇として扱われている為にそう上手くはいかない。

独立傭兵のような、特定のスポンサーを持たずに多企業からの依頼を受ける生活ならば、まだ形振り構わない仕事もよろこんで受けられるが、企業専属ともなるとそう簡単にいくことは先ずない。

エイ・プールは主にインテリオル・ユニオンやトーラスにアルドラといったグループからの依頼(というなの任務)をこなしているのだが、恐ろしいことにインテリオルの情報は極端に少ない上に不正確。過去には敵戦力を大幅に間違えたことにより、エイ自身が命の危機を感じたことは少なくない。

しかも報酬額がかなり渋い為、弾薬費や修理費で赤字寸前なのが更に悲惨さを加速させる。

正直な話、誰かに養ってもらうのならばどんな条件だろうと喜んで受け入れるだろう。

 

「……それ、本当ですか?」

 

ガバリ、と顔を上げたエイ・プールの表情は真剣そのもので、目は思い切り見開かれ、凄まじい形相になっていた。

 

「えーと、俺はわりかし本気だけどな。エイは可愛……綺麗だし、異性としても魅力的だと思うが?」

 

「な、なあカニス。アイツ死んだかな?」

 

「お前解ってんだろ? アイツは何時も自然に口説いて死ぬのさ。……ミリアちゃんも気を付けろよ?」

 

「……勇季は年上好きの女誑し……?」

 

「いやいやちょっと待てそこの馬鹿共。俺は正直に言っただけだぞ!?」

 

「勇季……。まさかとは思うけど二股とか考えてた?」

 

メノやミリアのような女性陣とダンとカニスら非リア充からの視線が痛い。

そんな有り様でも、エイはこれ幸いにと勇季の手を強引に握りしめ、何時の間にやら所持していた書類を押し付けた。

 

「この書類にサインして養ってください。記入してくれるのなら何でもしますから!」

 

「おま、これ企業連発行の婚姻届か!? 何処から取り出してきたんだソレ!?」

 

「……其処のシェフが手渡してた。ほら……」

 

「シェフーーーー!? 貴様ーーーー!!」

 

ミリアの言葉に勇季が叫ぶと、シェフはそそくさと厨房の奥に逃げ、デカいステーキとハンバーグの盛り合わせをカウンターに置いて、親指を立てながら奥に逃げた。

ウェイターが持ってきたそれにはお子様ランチ特有の旗が立っており、そこにはミリアのエンブレムと『デビューおめでとう。記念にタダだ!』とミリア宛のメモが書かれていた。

 

「……有り難う……」

 

ミリアは笑顔で厨房に手を振ると、早速フォークを手に取って食い始めた。

無論、そんな光景の中でも勇季とエイは取っ組み合いを続けていた。

 

「大丈夫ですよ企業連からは重婚も認められていますから、メノさんの欄もほらここに!」

 

「あ、本当ね。ちゃんと二人分の記入欄があるわ。最近の企業ってこんなの認めてるの?」

 

「だから何で認めてんだよ企業連は!!」

 

「やっぱり皆ハーレムが好きなんでーー」

 

「ーー馬鹿が。そんな単純な理由ならば、企業も苦労などしないだろうが」

 

突然加わった新しい声が響くと同時、エイの頭頂部に手刀が叩き込まれた。

まともに食らえばかなりの激痛となるだろうそれは、エイの意識を一息吐く分は途切れさせるには充分な威力であった。

 

「……ったぁ。だ、誰ですかいきなりーー」

 

「私だ。まだ私生活まで弛んでいるのか? 貴様は」

 

背後から通る冷たい声に、エイはだらだらと滝のような汗を流し、恐る恐る振り返った。

見れば其処には、すらりとした長身と引き締まったボディラインに暗いえんじ色のスーツを纏った、三十代後半の女性の姿があった。

纏められた黒の長髪と鋭い切れ長の目は日系と称される外観の中でも優美なものだが、彼女の纏う空気はまるで冷気のように冷たい。

ひい、という短い悲鳴とともにエイは勢いよく後退り、勇季の背に隠れた。

余程恐ろしい記憶が有るのか、エイは怯えるようにガタガタと身を震わし、傍らのメノも露骨なまでに彼女を警戒していた。

 

「えーと、まあ色々と言いたいこともあるにはあるが、先ずはアンタ誰だ?」

 

勇季が困惑気味に問うと、相手は苛立ち混じり故か、ややキツめの喋り方で答えた。

 

「私はそこにいるミリアのオペレーター、名をセレン・ヘイズという」

 

話を聞けば、彼女がある場所に顔を出した後、戻ってみたらミリアが消えていたので彼方此方を探したところ、やたらと騒がしい食堂を見れば馬鹿騒ぎの中で呑気に飯を食っていたというのだ。

勇季は元凶のダンとカニスを睨むも、二人はそっぽを向いて我知らぬとばかりに口笛を吹く。

後で絶対に酷い目に合わせてやると、勇季が心の中で思っていると、セレンはミリアの側まで移動し、彼女を咎めた。

 

「……なあ、何処かに行くのなら、先ずは私に連絡を取れと言っただろう?」

 

こつん、とセレンはミリアの頭を軽く叩いた。

対してミリアはセレンを見て、やや渋めに顔をしかめて言った。

 

「……セレン、酒臭い……」

 

「ああ、つい先程二、三杯程度な。心配するな、オペレートに支障がない程度だ」

 

それでも飲んでるのか、と回りからのツッコミにどこ吹く風か、セレンは既に頼んでいたらしいビールジョッキを片手にミリアの隣にドカリと座る。

 

「それより、随分と楽しそうだったじゃないか? 私も混ぜろ、代金は私が支払う」

 

何とも豪快なことだ、と勇季が率直に感想を抱いていると、周りのメノやダンにカニスらは率先して高いものを注文しようとしており、下手に欲張ると後で殺されると考えた勇季は、無難に軽いデザートでも頂こうかと決める。

束の間の平和な時間が、長く続いてくれればと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

※顔文字を含めて試験的に書いてみました。

顔文字とか、たまに入れてもいいのか問うてみます。

 

 

……

 

 

ダン&カニス「それじゃあ、お言葉に甘えて俺達はこれとこれかな(・∀・)人(・∀・)」

 

ミリア「……私は、これ追加で……(  ̄▽ ̄)」

 

エイ「えーと、じゃあ私はー(*´ω`*)」

 

勇季「平和だなー( ´∀`)」

 

メノ「そうねー……あ、あとこれ追加で(´∀`*)」

 

 

……

 

 

セレン「言っておくが、お前だけは自腹か他を頼ってくれ。(# ゜Д゜)」

 

エイ「そ、そんなぁーー!?!Σ( ̄□ ̄;)」

 

 




セレンさんは酒豪。ミリアは未成年なのでそういうのは慣れていないという設定です。
後、エイ・プールは大食いで金欠のため、インテリオルやアルドラのリンクス達は、奢る度に酷い目に遭った過去を持っており、セレンもエイには奢りたくないとのこと。

次からは本編チャプター1です。


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余興は終い、斯くして日々は変わらず

やっと書けたあぁ…。
最近はまぁ色々とあってねぇ。
アズールレーン始めたりブラボ再開したらフルボッコにされたり冬コミ落ちたり、ね。

やっぱウィッチャーって面白いよなぁ。
何かウィッチャーネタで短編でも書こうかしら。


「そろそろ出番よ。急ぎましょう」

 

直ぐ後ろを歩くメノの言葉を聞きながら、加藤勇季はネクスト用スーツを身に纏い、格納庫に向かっていた。

大番狂わせにより熱狂的な盛り上がりを見せた公開カラードマッチの1回戦が滞りなく終了し、各企業による新商品の紹介と1回戦の各試合の振り返りが放送されたいる間、多くのリンクス達は次の2回戦に向けて備えていた。

昼食を終えた勇季とメノも例外ではなく、ダンやミリア達と別れた後、選手控え室に居たのだが、そこで企業傘下の報道陣が待ち受けていたために、2回戦まで録に休めていなかった。

 

「なあメノ、次の相手の情報を教えてくれるか?」

 

早足で通路を行く勇季の問いに、メノは手元の端末に詳細な情報を提示し、勇季に手渡す。

 

「相手はアルドラ所属のランク13、ヤンさんね。搭乗機のブラインドボルトは高火力重装甲の強敵よ」

 

「それでランク13だと? 弱点の一つくらいは有るんだろ?」

 

「ええ、ブラインドボルトは火力の代わりに弾数がないの。相手の弾切れまで避け続けて、後はグレネードを主軸に撃ち続けるのが有効ね」

 

「四脚に避け続けろっていうのもどうかと思うが、まあやったみるさ」

 

そう言葉を交わしながら格納庫まで辿り着くと、愛機であるローザ=ファルチェが出撃を今か今かと待つように佇んでいた。

機体のパーツ交換や修理は既に完了していたらしく、作業員の半数が格納庫からの移動を終えていた。

と、勇季の前にGAから派遣された派遣技師のオリヴァーが立ち、姿勢を整えて言う。

 

「ローザ=ファルチェの修理が完了いたしました。試合には余裕で間に合いますよ」

 

「ああ、有り難う。それと、そっちが試供した新型バズーカだが……」

 

「まさか、お気に召して居ただきませんでしたか?」

 

「いや、凄く気に入った。今度から率先して使わせてもらよ」

 

「おお……、それは有り難う御座います! それでは、私は本社へ報告に参りますが、今後とも御贔屓に」

 

そう言って格納庫から立ち去るオリヴァーを見送った勇季とメノは、それぞれコックピットとオペレートルームにそれぞれは向かい、試合に向けた最終調整に入った。

オペレートルームに置かれたモニターには、クレイドルや地上の各居住施設などから中継される観衆が映されており、それぞれの場所が熱気に満ち溢れているのが解った。

 

『さあ、間もなく公開カラードマッチ2回戦第二試合が開始されようとしています! 選手は方やアルドラ社唯一の精鋭にしてプロフェッショナルのヤン。そしてその相手は先程のミリア・カーチスに次ぐジャイアントキリングを成し遂げた新鋭の独立傭兵、加藤勇季!』

 

カラードマッチを中継するスタジオで揚々と宣う司会の説明と共に、勇季とヤンの顔写真とそれぞれのプロフィールが表示される。

まだ始まってもいない試合に、観衆の盛り上がりは更に苛烈さを見せていた。

だがーー

 

 

 

……

 

 

 

先ず最初に空気が変わったのは、中継スタジオからだった。

突然、スタッフの一人が血相を変えてカンニングペーパーを片手に司会の元へ駆け寄ってきたのだ。

 

『え? 企業連から急報だって? ーーえ!? そ、その情報は本当なのか……!?』

 

スタッフが耳打ちすると司会は顔を青ざめさせ、再度確認をとった。

司会の戸惑う声に、観衆の声色の中に困惑と不安の声が湧いた。

戸惑いを抑え、冷静に届いたカンニングペーパーを読み上げる司会の声は、しかし震えていた。

 

『……えー、アルゼブラ社の新資源プラントPA-N51を所属不明のネクストが襲撃し、同地の防衛に当たっていたリンクス、イルビス・オーンスタインが重傷を負ったとのことです。……カラードマッチは一時中止とし、参加していた全リンクスは各自待機するよう、統治企業連合から通達されました……』

 

司会のアナウンスに観衆はざわめき、次いで画面が切り替わり、企業連からの通達が簡素に表示された。

 

《所属不明ネクストへの対応指示について

 

1:不明ネクストによる襲撃に備え、各地域の市民は自主的、または軍による誘導に従って避難すること。

 

2:各地の軍や所属部隊はネクストによる襲撃を想定した臨戦体制を整え、警戒を厳とすること。

 

3:カラードに所属するリンクスの内、企業専属は各企業の指示に従い、独立傭兵は企業連からの通達を待って待機すること。

 

以上の指示に従い、節度、効率に優れた対応をお願いします》

 

繰り返される企業連のアナウンスに、観衆からは困惑と些かの悲鳴や怒号が上がるが、それも次第に収まっていく。

安穏たる空気で、人々は祭りの終わりを感じていた。

 

 

 

……

 

 

 

突然のカラードマッチ中止。

それに対し、怒りや戸惑いを覚えたのは市民だけではなかった。

 

「何だよそれ、じゃあ試合は? 折角名を上げる機会だってのに……!」

 

暇を理由に、ミリアの控え室に居座っていたダン・モロが、声を荒げて言った。

このカラードマッチは、企業による統治の中で漏れ出る不平不満に対するガス抜きとして企画されたものだ。

ただの演目というわけではなく、勝敗如何によってはカラードランクの変更が視野に入っていたため、下位のリンクスの多くが名を売る目的で参加していたのだ。

それが中止ともなれば、リンクスの間でも不満は出る。

 

「それは負けた俺達が言うことじゃないだろ? 本当にショックなのは、勝利したミリアや勇季なんだぞ……」

 

激昂するダンをカニスが諌める。

カニスも1回戦第六試合において、有澤隆文が搭乗する雷電に撃破され、敗退したのだ。

ダンと同じようにジャイアントキリングに挑んだ身で、だからこそ、勝利の意味を無くしたミリアや勇季が最も辛いと考えていた。

 

「……私は気にしてない。大丈夫……」

 

ミリアが平然とした表情で言うが、言葉に反して表情と声色は優れない。

当然だ。しかし、ダンやカニスが何を言ったとしても、気休めにもならないのは事実だ。

 

「今のコイツに必要なのは、慰めじゃあない。お前達も、自分のネクストの調整ぐらいは済ましておけよ」

 

部屋の奥で書類を整理するセレンの言葉に、ダンとカニスは黙って頷き、自分達の機体を見に行く。

二人が出ていった後、俯くミリアから嗚咽が小さく漏れたが、セレンがそれに言及することはなかった。

静かな室内で、小さな嗚咽と紙束の音だけが空しく響いた。

 

 

 

……

 

 

 

その日の夜、カラード本社ネクスト格納庫の脇に設置されたベンチで、勇季はただ沈黙して座っていた。

周りには誰も居ない。何時も側にいたメノも、GA社との報酬確認のため、カラード本社中央棟の方に出向いていた。

格納庫の中は暗く、愛機であるローザ=ファルチェが僅かな照明で照らされているだけだ。

勇季が公開カラードマッチに参加したのは、単にGA社の依頼を受けたからだけではない。

相手によっては有り得たランクの変動。

勝ってランクが上がれば名は売れ、企業から注目されればより良い報酬の仕事が得られると考えてもいた。

欲をかいたようなものだが、しかしランク11のダリオ・エンピオを打倒したという事実は、勇季の自信をつけさせるには充分なものだった。

だからこそ、突然の中断は一層堪えたのだ。

AMSの影響かも知れないが、余り気分は優れているとは言えない。

だから一人でただ座り込み、精神を落ち着かせていたのだが……。

 

「……君が、加藤勇季君だったかな?」

 

ふと、暗闇から聞こえた声に顔をあげれば、目の前に片目を眼帯で隠した、禿頭の中年が立っていた。

彼は手に持っていた缶コーヒーを軽く放り投げ、勇季はそれを危なげなく手に取った。

 

「アルドラコーヒー……、自社商品の宣伝ですか?」

 

「そう言わず、貰い物は素直に受け取るべきではないかね?」

 

大袈裟に肩を竦めて、アルドラ唯一のリンクスであるヤンは勇季の隣にドカリと腰を下ろした。

国家解体戦争は国軍兵士を務めていたというヤンの背丈は二メートル近くあり、筋骨隆々とした体躯は衰えを見せない。

 

「……有り難う御座います」

 

勇季は礼を言うと缶のプルタブを開け、コーヒーを口にした。

瞬間、勇季は顔を僅かにしかめる。

舌に味が届いた時点でとにかく苦いのだ。

通常のブラックコーヒーの二、三倍はあるのだろうか。

 

「ハハハ 、……やはり苦いな」

 

渡してきたヤンも、呆れたように苦笑して呟いた。

自分ですら苦いと苦言するようなそれを、どういう考えで他人に渡すのだろうか。

噂でしかないが、ヤンは生真面目で義理堅い気質の軍人タイプで、嫌がらせはしない主義だと聞いていた。

これも何かを思ってのことなのだろうか、と勇季は疑いつつもちびちびとコーヒーを喉に流し込む。

 

「気付け薬の代わりだ。落ち込んだ気分には刺激が必要だからな」

 

ヤンは一気にコーヒーを呷ると、おもむろに煙草のケースを懐から取り出しし、勇季に確認をとった。

あまり煙草が好きではない勇季は首を横に振り、ヤンは頭を掻きながら煙草を仕舞った。

そうして格納庫の天井、天窓から見える夜空を見上げながら、ヤンは勇季に問いかけた。

 

「君の思っていることは大体想定できる。今日一日の為に費やしてきたことは無駄なのか、と思っているのだろう?」

 

僅かな沈黙の後に勇季は頷き、言葉を紡ぐ。

 

「……まあ、カラードランクのことは甘言とは思ってました。でもランク11に勝ったことは誇るべきこと……そう考えてはいます」

 

「君とあのベルリオーズの遺児は、確かな実力を見せつけたのだ。企業も君達を重要な戦力として評価するだろう。……ランクとはあまり関係がないがな」

 

そう言うとヤンは笑みを浮かべてベンチからゆっくりと腰を上げた。

ふと腕時計を見れば、時刻は夜の0時をとうに過ぎている。

 

「何時までも悔やんで引き摺るのではなく、それを糧に前を向くといい。何故ならば、君には才能があるのだからな」

 

それに、と言葉を続けて、ヤンは去っていった。

 

「リンクスというのは、誇りこそあれど面の皮が厚い奴ばかりではないよ」

 

ヤンの立ち去る姿を見送った勇季は、たで一人でアルド ラ社製コーヒーを呷った。

濃すぎるカフェインと苦味で冴えた頭を働かし、ヤンの言葉を幾度も反芻する。

カラードマッチが中止となった現状、企業は次なる企業間紛争への対策を講じていくだろう。ガス抜き目的のソレを中継された民衆は憤るだろうが、それが直ぐに終息するのは解りきったことだ。

寝て目が覚めれば、何時も通りのリンクス稼業が待っているーーそのことに嘆息しつつ、勇季はコーヒーを飲み干すと、それをベンチ脇の屑籠に捨てた。

眠るために勇季が立ち去ると、何者も居ない格納庫は無音に沈んだ。

ただ、非常用口のライトが寂しく点灯し、明滅していた。

 

 

……

 

 

「ゆ、勇季、ちょっと大変……!」

 

翌日、カラード本社に近い港に停泊していた戻った勇季がまず行ったのは、焦った調子のメノを落ち着かせることだった。

 

「どうしたんだ? 何か襲撃があったわけじゃないだろうに……」

 

勇季がそう言うと、メノは仕事の依頼などに使用する携帯型端末の画面を震える手で見せた。

支援企業でもあるGA製特有の頑丈さを重視した厳つい端末の画面には、つい先程になって届いたらしいメールが表示されていた。

企業連特有の形式ばった長い文面を読み進めると、ある一文に目が行く。

 

「……これ、本当なのか?」

 

信じられないような目でメールを読み終えた勇季は、そうメノに語りかけた。

端末に表示されたメールの文面、それは端的にこう記されていた。

 

『カラード及び企業連は加藤勇季をランク11へ昇格させることを認めた』と。

 

 

……

 

 

遡ること数刻程前のローゼンタール本社。

リンクスに関わる諸々の責任を任されている部署の一室で、ローゼンタール社重役を勤める男が眉間に皺を寄せていた。

 

「……本気なのかね?」

 

彼は元々ローゼンタール社の事務職であったのだが、リンクス戦争後の粛清によってほぼ総ての重役が追放された為に、成り行きで役職を任された経緯を持っている。

『責任者とは責任を取るのが仕事』というのは良く言われていることだが、それは実力に関係なく、いざというときには全てを押し付けて切り捨ててしまえばいいからに他ならない。

そういった面倒くさい立場の、しかも扱い辛いネクスト部門の責任者ということもあって、彼は齢五十前の時点で重度の胃痛に悩まされていた。

そんな彼が頭を悩ませて問うた相手は、机を挟んで立つ男。

糊の効いた質の良いビジネススーツを着込んでいても抜けきれない野卑さが特徴的なのは、ローゼンタールの主力リンクスであるダリオ・エンピオだ。

重役の胃痛の大半ともいえる彼は、普段の野心と敵意を剥き出しにしたような表情ではなく、覚悟をこそ決めたような眼差しをしていた。

重役は再度溜め息を吐き、机の上に置かれた紙を見やった。

 

「しかし嘆願書とは……、しかも自分の降格願いなんて一体どうしたと言うんだ?」

 

「……あんな負けかたをしといて、ランク11のままというのは烏滸がましいってだけだ」

 

半ば不貞腐れて言うダリオだが、それに驚いているのは重役に他ならない。

普段のダリオという人となりを知っている彼にとって、ダリオ・エンピオとは欲深い野心家という印象で自らの敗北を省みようとする人間ではなかった。

今回の敗北から何かを得たのだろうか、と勘繰りをしてしまいそうになる重役ではあったが、今のご時世で余計な詮索は死に繋がる。故に深く追求してしまいそうになる自分を抑える。

 

「それで、これは受理されんのかよ?」

 

ダリオの言葉に、重役の男は苦々しく応えた。

 

「本人の希望したこととは言え、本来は受理されることはないのだがね……、少し前に一つの申請が受理されたから、これも通るだろうな」

 

「少し前、だ? 俺以外にいたのかよ、それ」

 

意外な様子でダリオが問うと、重役は訥々と語った。

 

「ああ、BFFのリリウム・ウォルコットからの申請があったらしくてな。企業連とカラードに潜ませた諜報部からの報告で判明した」

 

「へぇ、あの御嬢様がねぇ……」

 

冷ややかで淡々とした彼女へのイメージからか、ダリオは興味深そうに呟いた。

 

 

……

 

 

「さて、再度問うことになるが、お前は本当に良いのか? リリウム」

 

所変わって大西洋に浮かぶBFF第二艦隊が停泊する海上ドックの一室。

木彫りを基本とした彫刻を初めとして、くすんだ赤色に似た室内は、中国由来の調度品が置かれ、ほんのりと鼻孔を擽るような香が焚かれている。

己の故郷に似せたそこはカラードランク8位に在籍する老年のリンクス、王小龍の自室である。

欧州において英国本土を本拠とするBFFではあるが、その中枢を担う幹部の何割かは中華やインドを筆頭にした旧植民地出身の面々で構成されていた。

国家解体戦争以前からBFFは複雑な内情を抱えており、王小龍はその頃から卓越した政治的手腕を見せていたことから、リンクスでありながら企業の幹部として相当の権利を保有している。

BFFの新しき女王として活動するリリウム・ウォルコットの後見人でもある彼は、しかしまだうら若き彼女には敵わぬことがあった。

 

「ーーはい。リリウムは今一度、自らの在り方を振り替えるべきと考えました」

 

目映く思える程のプラチナブロンドの髪を長めに切り揃え、纏う衣服を黒や灰に白色のアクセントを加えた彼女は、完璧と言える所作で己の意思を表した。

今から数時間ほど前に起きた敗北、それは多くの観衆の前で記録されており、故にリリウムにとって非常に堪えるものだった。

過去に国があった頃の政治家や今の企業幹部のような者達は不都合だと簡単に揉み消すのだろう。しかし、そのような臆面もなくそれを行う程、リリウムは面の皮が厚いわけではなく、彼女の清純で慎ましやかな性格がそれを許さなかった。

政治には向かないであろう、その無垢な有り方は戦場では異彩を放つのだが、民衆に対するイメージ戦略としてならば最も適している。

かつて、リンクス戦争において重要なネクスト戦力の悉くを失い、本社でもあったクイーンズランスの轟沈によって大打撃を受けたBFFが復興を果たしたのは、GAの支援を取り付けた王小龍ら穏健派とリリウム・ウォルコットの求心力に依るところが大きい。

厳格な中央集権体制で知られたBFFは、アナトリアの傭兵による強襲作戦で首脳部が壊滅し、残された残存兵力と中央から左遷の憂き目にあっていた穏健派幹部を王小龍が纏めあげたことで辛うじて存続した経緯があり、その際に活躍したのがリリウムだった。

BFFにおける貴族派閥の数少ない後継者であり、リンクス戦争で戦死したウォルコット姉弟の血縁という経歴を持つ彼女が最初に行った功績は、リンクス戦争直後の混乱が続くBFFが統治する各コロニーへの復興支援であった。

彼女がウォルコット家の私財を擲ってまで見せたその姿勢に民衆は感嘆と尊敬の念を抱き、その結果としてBFFの早期復興を果たしたと言える。

現BFFの基盤を支えたに等しい彼女は、うら若い年頃であっても、発言力は王小龍と同格に近い。……もっとも、ネクスト操縦などの多くを教えたのは小龍であるために、リリウムは彼の意思を尊重しているのだが。

そんなリリウムが自らの意思で行動を起こすのは珍しいが、それがよりによって自身の降格を求めるものだとは流石の小龍とて驚いていた。

 

「受理されれば、お前がランク最下位へ降格するのは確定だろう。自らに勝ったリンクスとの入れ換えなどと、何があったというのだ?」

 

「王大人にはご迷惑を御掛けしまうでしょう。……ですが、リリウムは未だに未熟だということを理解させられてしまったのです。不正に甘んじることはできません」

 

一瞬の静寂に室内が沈み、幾ばくかを置いて小龍はリリウムを見据えて言った。

 

「まあ、お前が言うのならば、私はなにも言えんよ」

 

ただし、と小龍は付け加えて、

 

「ランク最下位となるからには、強引にでも駆け上がらねばなるまい。最低でも三ヶ月以内にはランク15まで戻らなければ此方が困るのだ」

 

ネクスト操縦の師として、小龍が出した課題にリリウムは無言で頷く。

三ヶ月でランク中堅までという、よくよく考えれば無茶な内容に見えるが、小龍はそれが出来て当然と考えており、一方のリリウムも、それが出来ねばならないと認識していた。

 

「話はそれだけでよいな? では戻れよリリウム。直ぐに行って貰いたい場所があるのだ」

 

「承りました、王大人。……ご迷惑を御許しください」

 

リリウムがそう言って部屋を退出するのを見届けると、小龍は直ぐ様に電話を鳴らし、何処かへとかけた。

暫くして相手が応答を見せると、老人は言う。

 

「イアッコスか? 私だ。……先程リリウムからランク降格の要望があった。カラードへの通達と……ああ、そうだ。ベルリオーズの娘に連絡を取りたい」

 

突然の降格に起こるはずの混乱は、老獪な政治屋の手によって起こる前に静まって行く。

ランクの変動などは、大きな騒ぎの起きぬように日々は過ぎて行くだろう。

BFF軍首脳部に地位を置く元リンクスのイアッコスと、リンクスでありながら政治を動かす王小龍。

孫のようなリリウムの願いという我が儘一つ叶えられずして、BFFや企業連を動かせはしないのだ。

 

 

……

 

 

翌日、BFF社所属のランク2、リリウム・ウォルコットとローゼンタール社所属のランク11、ダリオ・エンピオの降格が発表され、それと同時に二人の独立傭兵がその地位にそれぞれ昇格されることが伝えられた。

本来ならば一大ニュースとなるようなそれも、王小龍ら政治屋の苦労やストレスと引き換えに騒ぎになりすぎぬよう抑えられた。

公開カラードマッチの結果と同一のそれは、一部の反発や不信感を招いたものの、華々しく舞台に躍り出た若き二人のリンクスを歓迎し、讃える声を民衆がしたことにより、改めて、カラードランクの変動が正式に認められることになった。

その意外な顛末を受けた勇季とメノの二人は、電子メールで知らされたランク昇格の通達に戸惑い、しかし気を取り直して返信を送った。

それから暫くして、昇格の際に必要な各種面倒な手続きを終わらせた勇季の通信端末に、ダン・モロからのメールが届いた。

文面には、ダンとカニスからの提案で、ランク11への昇格を祝して夜に飲もう、というものだった。

メールには店の場所が添付されており、そこはカラード本社の住居区に置かれた、安くて美味い品と高級な品がそれぞれあるとカラード社員に評判の、有澤重工とBFFの二社がスポンサーになっている酒場だった。

夜になって向かってみれば、そこにはダンやカニスの他に、同じく昇格が決まったミリアとその保護者のセレン・ヘイズが居り、加えてエイ・プールやウィスとイェーイの二人組リンクスや解体屋のチャンピオン・チャンプスが先に飲んでいた。

 

「なんだよ、先に飲んでたのか?」

 

そう勇季が言うと、提案者であったダンはジョッキを片手に軽いノリで応えた。

 

「よう、先に飲んでて悪かったな!」

 

ハハハ、と大笑いしながらジョッキを呷る姿は、まさに出来上がっているような状態だ。

流石に未成年のミリアは普通のジュースをちびちびと飲んでいるのだが、同じく未成年の筈のウィスやイェーイがそれぞれジョッキとグラスを片手にしているがいいのかソレ。

 

「昇格祝いなんですから、盛大に飲みましょう? 折角のタダ酒なんですから!」

 

そう言って高級なワインや豪勢な料理を注文しながら大きなタッパーに詰め込んでいるのは、何時ものインテリオル社のジャージではない、高級な筈のスーツをよれよれにして着ているエイ・プールだ。

片っ端から詰められていく料理でタッパーの中はまるで下手くそな詰めかたをした弁当の中身のようにぐちゃぐちゃとしており、勇季はその光景に言い様のない哀しみを感じた。

 

「おい、何がタダ酒だ。一応は割り勘の筈だぞ?」

 

そうドスの聞いた声で言うのは、スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツとスラックス姿のセレンだ。

彼女の片手にはワイングラスが有り、傍らのボトルから相当な度数の品だとわかる。

 

「ふん、下らないことで騒ぐ暇があるのか? 此処の支払いは俺にでも押し付けやがれよ」

 

そう言ってウイスキーのボトルを煽るのは、勇季に負けたばかりのダリオだった。

性格の悪さで知られた彼が、どうして自分を負かせた人間の昇格祝いに来るのか不明だが、大分飲んでいるらしく、半ば呂律が回っていないように見える。

 

「畜生が…大体俺にだってなぁ、プライドっつーもんがあんだよ。負けてンのに企業様のご意向で不問だぁ? なぁオイ、聞いてんのか」

 

「ハイハイ聞いてる聞いてるってーの。酒よりも食いもん頼めよ全く…」

 

ウイスキーをグビグビと呷っていく様は、正しく酔っぱらいのそれだ。

呂律の回っていない悪態を垂れるダリオを、同じローゼンタールに繋がりを持つカニスが聞き相手として介抱する。

余程の前から知り合いだったのだろうか、カニスは手慣れているように。ダリオの手から酒を取り、ついでに肉を頼んでいた。

 

「お肉美味しい…お魚美味しい…」

 

「ミリア様、タンパク質も良いのですが野菜も摂りましょう? 成長出来ませんよ」

 

そう言ってセレンとダンの居るテーブルでミリアにサラダとザウアークラフトをよそうのは、何とリリウム・ウォルコットだった。

彼女は少食なのか、ミリアの分とは別に自身の分を小皿に分けている。

 

「一応聞くけど、なんでこの世から面子なんだ?」

 

勇季が問うと、セレンが悪態を吐くように言った。

 

「どうせ老人の指図か、それとも個人的な意思で来た以外に理由などあるまい」

 

「そうだぜ勇季、これも何かの縁…つまりは一期一会ってやつさ。一々気にすんなよ?」

 

ダンの暢気な言葉につられ、勇季は少しだけ肩の力を抜いた。

リンクス足るもの、日々万事を疑っていろとは言うが、たまにはこういうのも良いのだろう。

 

「全く…、まあいいか。俺も酒を頼むよ」

 

「ええっと、私はこのカクテルで、勇季はビールであってるかしら?」

 

こうして、一時はひっそりと揉めたランク昇格を巡る騒動を知らず、勇季やミリア達は無礼講を楽しみ、また元の日々へと戻っていく。

この後起こることを、この時の彼らはまるで知りもしなかった。

 

大いなるジャイアントキリングは、直ぐ其処まで迫っていたのだった。

 

 

 




次回は『ミミル軍港襲撃』からクレイドル21辺りまで、勇季とミリアの其々が中心となりますのであしからず。

アルトリウスとファーナムのフィギュアめっちゃカッコエェナリィィィィィ(発狂)


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リンクスの戦場、AFの巨影

第一話を投稿したのが一年前という恐るべき事実。
遅筆もここまでいけば顰蹙すら買えないのでは……。
なるべく早く書こうと思ってるのですが、やはり難しいというもの。



そういえばアズレンの綾波は可愛いですね、三笠も好きですが。
(モンハンとかウィッチャーとか大神やってたとか言えない)


『それじゃあ、作戦の内容を説明するぞ』

 

二日酔いから漸く醒めた勇季は、企業からの依頼を受けていた。

 

『依頼主はGA。目標はインテリオルが領有するミミル軍港の襲撃だ』

 

ミミル軍港とは、インテリオル・ユニオンの保有する軍港のことを言う。複雑な地形の入り江を使った天然の要塞であり、主戦力通常海軍戦力どころか、アームズフォートの運用まで噂される重要拠点だ。

 

『弾薬費は偉いさん持ちになっている。まあ、金を気にせず撃ちまくっても構わないというわけだ』

 

「そりゃあ、素晴らしいことだけどさ、そんな太っ腹ということは何か裏でもあるんだろ?」

 

そう訝しげに勇季が言うと、GAの依頼仲介人であるジョージ・オニールは画面越しに表情をしかめて言う。

 

『…実は、信用のある筋からアームズフォートの存在を確認したとの報告があった』

 

その言葉に、メノは眉をひそめて訝しげに、ジョージへ疑問を投げ掛けた。

 

「アームズフォート…インテリオルが保有するのはイクリプスぐらいよ。あれをミミル軍港で整備できるというの?」

 

メノの問いに、勇季も頷く。

インテリオル・ユニオンの保有するアームズフォートと言えば、トーラスと共同開発した飛行型AFのイクリプスが挙げられる。

円盤に似た形状のそれは同社の旧型兵器フェルミを先鋭化させたような代物で、空中からの一方的な制圧攻撃に特化したものだ。

 

『それは此方も疑問視していてな。数少ない情報からの憶測に過ぎないが、恐らくは新型のAFだと思われる』

 

「新型ってことは……、つまりどういうのか見てこいってわけか?」

 

つまり、今回の作戦内容はミミル軍港へ襲撃し、敵の通常戦力を排除。次いでに詳細不確かなAFの存在の確認をするという二重の目的があるということだ。

 

『ああ、それともう一つ。…AFの存在を確認した場合は破壊しろとのことだ。破壊すれば追加報酬が出るそうだから、頭の片隅にでも入れておいてくれ』

 

「弾代は保証してくれるんだろう? なら受けよう」

 

勇季が言うと、メノもそれに続いて首肯した。

 

「弾薬費の肩代わりは嬉しい話ね。ミミル軍港と言えばインテリオル海軍戦力の重要拠点だもの。相当の出費は覚悟していたもの」

 

『決まりだな。なら直ぐにでも偉いさんに伝えよう。なるべく早く決行しろとのお達しだからな』

 

それじゃあな、とジョージが通信を切ると、メノは早速ネクストの整備スタッフに連絡を取った。

 

「ミッションに備えて一部武装の変更をお願いします。…要望ですか? そうですね、では弾数のある武装をーー」

 

 

……

 

 

数日後、補給目的のインテリオルの第5艦隊が停泊するミミル軍港は突如として混乱に見舞われた。

 

『停泊中の第5艦隊へ、こちら管制室。応答せよ』

 

『こちら第5艦隊。どうした管制室?』

 

『当港に接近する機影を探知した。恐らくはGAの輸送機と思われる。至急迎撃の用意をーー』

 

『何だって? GAの輸送機が何をーー、ああ畜生畜生クソッタレ、見えたぞ、あいつらネクストを投下しやがった!』

 

『こちらでも確認した。……まさか、あれは新しいランク11か!? 応戦しろ、何としても阻止するんだ!』

 

突然のネクスト襲撃。

補給のために停泊していた第5艦隊は、緊急の要請に可能な限りで応え、軍港内の防衛部隊も速やかな展開を行った。

対して、勇季が駆るローザ・ファルチェは水面を滑るようにQBを吹かし、艦船の主砲の直撃だけは避けることにした。

 

「さてと、それじゃあさっさと終わらせますか」

 

右腕のBFF製ライフルを淡々と撃ちながら、左背部に新しく装備したアルゼブラ製スラッグガン『KAMAL』の照準を停泊する空母に向ける。

護衛艦に比べて大型の空母は、しかし機銃程度の火器しか搭載されておらず、スラッグガンの直撃によって大きくまばらな穴を開け、そこから爆発した。

軍港の先に進むと、一、二機のノーマルや複数のMTによる弾幕がローザ・ファルチェを襲った。

インテリオル製ノーマルのレーザー射撃を避け、小刻みにブースターを吹かせて回避を行っていると、輸送機から此方をサポートしているメノから通信が入った。

 

『全部を相手にしていても仕方がないわ。補給艦を狙って』

 

メノの助言に従い、勇季はスラッグガンを武装のない補給艦に向けて放った。

独特な形状の補給艦は燃料かなにかでも積んであったのか、周囲の艦船やMTを巻き込んで吹き飛ばす。

機体越しに響く程の轟音を鳴らし、補給艦は面白いように諸々を巻き添えにしながら港の底に沈んでいく。

 

『この辺りに敵はいないようね。じゃあ次にいきましょう』

 

メノの言葉に応え、勇季は軍港の更に奥へと機体の進行方向を定めた。

断崖に囲まれた入江を進んで行くと、道中には岩肌をくり貫かれて造られたドックに停泊する潜水艦が視認できた。

例え一隻とて、報酬の為に見逃すわけにはいかない。

 

「一つ二つ……、これで粗方沈んだか?」

 

船舶の一、二隻ほどが限度であろう幅の水路に隠れて待ち構えていた敵を残さず排除し、新しく開けた場所に出る。

そこは大きめの港だったようで、岩山をくり貫いたドックと強化型コンクリートの岸壁に停泊する艦群が砲撃を行ってきた。

勇季は最小限のQBで艦砲を避け、最初に沈めた空母や補給艦艇と同じ型と思わしき艦群を先程と同じように沈めていく。

果たして、後どれだけ敵は居るのか。

GAから事前に渡されたミミル軍港のデータを頭の中で再確認し、もう半ばを過ぎたのだと認識する。

奥には殊更に大きくくりぬかれた岩山と、一際大きく中に築かれたドックが見えた。

 

『あれで最後よ。油断しないで』

 

「そんなこと言われなくても、解ってるさ」

 

見てみろよ、と言う勇季の促しに応え、メノはローザ・ファルチェのメインカメラ越しにミミル軍港の中心部であろう巨大な洞窟を見た。

多くの艦船が停泊し、防衛のMTやノーマルが迎え撃とうという中、その奥には巨大なソレがいた。

 

『見えたわ……、あれがインテリオルの最新型AF……』

 

「見た目からして水上戦闘向けだろうな。逃げられる前に沈めとくか?」

 

『待って、今の状態じゃ心許ないわ。……今は沈めきれなくても、あのAFのデータを回収するくらいはしておきましょう』

 

「そうだな、……AF周りに補給艦がある。あれを利用すればどれくらい削れる?」

 

『さっきの爆発から鑑みれば相当でしょうね』

 

AFへの道中を阻もうとする防衛部隊のMTやノーマルを片手間に片付け、巨大な洞穴へと侵入する。

日射しの通らない暗い穴は人工のライトで煌々と照らされ、洞窟の天井は鉄骨や支柱に支えられている。

目の前に近付いて見たAFは、丸みを帯びた生物的な印象を受ける外見をしており、水面に浮かぶ為の大きなフロートと、機体の後部にこれでもかと用意されたブースターから水上での高速戦闘を重点に開発されたたものだと察せられる。

手近な補給艦艇を狙い撃ち、誘爆を誘う。

派手な爆発はAFの装甲を焼き、損傷を与えた。が、

 

『ーー勇季、AFが動き出したわ。逃げる気よ!』

 

「畜生、させるかよ!?」

 

右肩に搭載されていたグレネードキャノン『OGOTO』を展開し、ここぞとばかりに派手に撃ち放つ。

照準が完全に定まらない状態で撃ちかましたが、大きい的を相手には要らぬ心配だ。

射撃安定性に優れた四脚故に反動は抑えられたそれは、その決して優れてはいない弾速によってミミル軍港からの脱出を図るAFの後部ブースターに命中した。

爆炎を上げたブースターが停止した影響で、無事な方のブースターが空回りし、洞窟の岩壁をガリガリと削りながら派手なスピンを描く。

洞穴の奥、もう一つの出口に停泊してあった作戦目標の艦船を巻き込みながら回転するAFは、洞窟の出口手前で横這いに激突し、轟音を響かせて沈黙した。

 

『作戦目標を達成……、まさかAFまで沈めるなんて』

 

眼前で起きた光景に、モニターを通して見ていたであろうメノも呆れた調子で言った。

 

「……いやー、それにしても見事な回転だったなー。ハハハ……」

 

ともあれ、これで作戦目標であるミミル軍港の敵戦力は撃破した。

偶然とはいえ、可能ならばと言われた新型AFを撃破したのは大きい成果と言えるだろう。

 

『GAに届ける報告書はこっちが作成するから、貴方は作戦領域から離脱して』

 

受けた依頼は達成されたので、最早此処に留まる必要もない。

ミミル軍港から救援要請を受けたであろうインテリオルの即応戦力が迫っているのは明白だろう。

 

「了解、じゃあさっさと帰りますか」

 

ローザ・ファルチェのメインシステムを戦闘モードから通常モードへと変更し、OBを吹かしながら領域から離脱する。

以来主であるGAの主権領域はここから近いので、先に其処へ移動した輸送機と合流することにした勇季は、広大な海洋と黒煙を上げるミミル軍港を背にし、穏やかな海上を滑走していくのであった。

 

 

……

 

 

「ーーこちらレイテルパラッシュ。ミミル軍港に到着した。……ああ、既に手遅れだったらしい」

 

勇季が作戦領域から離脱してから約十分後、片端から破壊されたミミル軍港の、少し前までは管制塔があった場所に、インテリオル・ユニオンの最高戦力と謳われるレイテルパラッシュは佇んでいた。

ミミル軍港からの救援要請を受けたインテリオル・ユニオンは、軍港から最も近い基地で待機していたウィン・D・ファンションに出動を要請しており、速度に定評のある彼女は恐るべき速度で到着したのだ。

しかし、彼女の眼前に見えるのは徹底的に防衛戦力を破壊され、軍港としての能力の多くを損失したミミル軍港の惨状であった。

 

『レイテルパラッシュ、貴女が気を落とす必要はありません。ミミル軍港に万全の戦力が居なかっただけです』

 

「そうは言うがな、これではもしGAが侵攻してきては防衛もーー」

 

言いかけて、しかしウィンは言葉を止めた。

……成る程、その為の私というわけか。

インテリオルの最高戦力が即座に投入されれば、GAによるミミル軍港侵攻計画は阻止できるという腹積もりなのか。

既に領域から離脱したというGA側の傭兵は、恐らくは事前に敵を排除する露払いだったのだろう。

見れば、入り江の僅かな隙間から向こう、接近するGAの艦隊と量産型AFのギガベースが見えた。

 

『敵影、GA第2艦隊を確認しました。あれを撃破するのが貴女の役目です』

 

少し遅れてはいるが、インテリオルの即応艦隊がこちらに向かっている。

増援が到着するまで耐えろとでも言うつもりなのだろうが、今のウィンの胸中には苛立たしさばかりがあった。

 

「まさか、あの程度の戦力で此処を落とせると思っているのか? ーー愚かだな」

 

そう毒吐くと、ウィンは機体のメインブースターを吹かし、勢いよくGA艦隊の前にに躍り出た。

 

『来たぞ、相手はクソッタレのブラス・メイデンだ!』

 

『全艦は弾薬を出し惜しむな。撃て、撃てェ!!』

 

『奴を討てば大金星だぞ!!』

 

GA第2艦隊から放たれる火砲の嵐を難なく掻い潜り、ウィンはコックピットの中で獰猛に吼えた。

 

「……そんなモノで私を落とせると思ったか? ミミル軍港を狙ったこと、後悔させてやるぞ!!」

 

 

……

 

 

「ーー勇季、お疲れ様」

 

GAの基地に戻り、ローザ・ファルチェを除染した後に格納庫へと移動させた勇季がヘルメットを脱いでコックピットを開けると、メノがこちらに手持ち用の魔法瓶を差し出した。

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って受け取った魔法瓶は、中の熱を感じられる程に温かい。

蓋を回して外すと、中からは目が醒めるようの芳しいコーヒーの香りが漂い、勇季の鼻腔を擽った。

一口付ければ、コクと酸味のほどよい味が疲れた身体によく染みる。

コックピット出た外、GA社所有のこの基地は季節的にやや肌寒い地域にあり、だからこそメノの気遣いがこちらには有難い。

 

「こういうことを言うのはどうかと思うのだけど、貴方が撤退した後にミミル軍港に向かったGA第2艦隊は損害を受けて撤退したらしいわ」

 

「近くの基地から増援が来たのか。……相手は何だったんだ?」

 

「カラードのランク3、ウィン・D・ファンションだったそうよ」

 

「俺が残ってれば、なんてことは言ってくれるなよ? 残ってたところで死んでしまったら意味ないだろ」

 

勇季は嘆息し、メノと共に格納庫を出る。

格納庫と比べれば格段に暖房や空調が効いたリンクス専用に拵えられたロッカールームに入り、ネクスト搭乗用のパイロットスーツに手をかける。

よく企業がPR目的で女性リンクスに昔のマンガやアニメで使われたような身体のラインが強調されるようなピッチリしたスーツを着せているが、実際のああいうものには実用性がない。

その為、勇季が今着用しているものを始め、コジマ汚染からの防護目的で作られた、細めの宇宙服に似た外見のそれが普及している。

ジッパーを下ろしてパイロットスーツを脱ぐ。スーツの下には汗を吸いやすいスポーツウェアを着た中肉中背の身体があった。

 

「ここのロッカールーム、ちゃんとシャワーが完備されてるのか」

 

ロッカールームの脇に設置されたシャワーは不透明な雲ガラスで遮られており、リンクス用に設えてあるために人目を気にすることもない。

 

「私が居た頃のGAはシャワーなんて共用だったけど、最近から差別化してきたようね」

 

メノがリンクスとして所属していた頃から、企業の中でもGAは大所帯で知られていた。

故にトップエリートとも称すべきリンクスに破格の待遇で対応してきたインテリオルや旧レイレナードとは異なり、GAのリンクスは庶民的な人物が多かったのだ。

例外があるとするならば、リンクス戦争後に陣営入りをしたBFFグループは発祥から封建的な部分が強かったためにリンクスもやや上流階級的な思想や価値観の人物が極端に見られるところか。

衣類を脱ぎ、シャワー室に足を踏み入れて蛇口を捻る。

頭から熱い湯を浴びて疲れと汗を洗い落としていると、報告書の作成をしていたメノから声がかかった。

 

「ねぇ勇季。ミリアちゃんからメールが来てるわよ」

 

「ん? ぁあ、この前飲んだ時に独立傭兵のよしみってことでアドレスの交換をしたんだよ。こういう人脈も時には必要だしな」

 

それはカラードマッチ後の下位リンクス中心の飲み会でのことだった。

一番の新入りでありながら圧倒的な実力を見せつけたミリアは、しかしセレン以外に友好があるのはダンやカニスのような独立傭兵が主であった。

当然というべきか、同じ独立傭兵でありながらミリアに次ぐ戦績を上げた勇季も例外ではなかった。

企業専属のリンクスと異なり、一定の勢力に深入りしないのが基本の傭兵としては、各企業や個人との間に繋がりを持つのは今後の活動には必要であった。

……まあ、主な企業とのチャンネルはオペレーターのセレン・ヘイズが一括して管理してるらしいが。

ミリア個人はその消極的な性格からか、彼女の専用端末には友人とのチャンネルしか登録していない。

手早くシャワーを終え、タオルで水滴を拭う。下着の上にジャージの姿でメールを確認する。

ログには未読のメールを四通ほど確認できたので、勇季はそれらの一番上、ミリアからのメールを先ず開いた。

 

 

……

 

 

『from:ミリア・B・カーチス

 

 

はろはろー、ミリアでーす♪

 

ついさっきですね、セレンから勇季さんがインテリオルのAFを撃破したって聞きました。

 

実は、私もこれからAFの…ぎがべぇす?ってゆーのを倒すミッションを受けることになりまして、今輸送機の中なんです。

 

依頼なんてまだ数件もこなしていないので緊張してますが、精一杯ガンバりたいです!

 

メノさんも勇季さんも、お身体には気を付けて下さい。

 

それでは!!(^-^ゞ)

 

 

 

PS:今度の報酬で色々と武器とか購入したり試したりしてみたいのですが、何かカワイイのとかありますか?

今度色々とアドバイスしてください。

 

 

to加藤勇季さま、メノ・ルー様』

 

 

……

 

 

「なぁ、メノ…」

 

「きっと同じコト考えてるわよ、私達」

 

「じゃあ、せーので同時に言ってみるか?」

 

そう言って、勇季とメノは呼吸をあわせて、

 

「「せーの、」」

 

 

「「ミリア(ちゃん)って文面だと饒舌なんだなー」」

 

 

……

 

 

海上を飛ぶインテリオル所属の大型輸送機の中、背中に大仰な外観の追加ブースター『VOB』を装着したアリーヤのコックピットの中で、ミリアは静かに目を閉じ、思案に耽っていた。

別に思案と言っても、それほど大層なモノではない。

「今日の晩ごはんはどうしよう」とか「そういえば忘れものモノしたっけ?」とかそう言ったレベルのことだ。

……勇季さんはメール見たのかなぁ。文面だとお喋りなんだって引かれたらどうしようかな……。

ミリアは、普段の自分が活発な印象がない、大人しい人物と思われていることを理解している。

その消極的な性格は言動から滲み出ていて、喋ることもあまり好きではない。

これは幼い頃から習慣づいていた父譲りの寡黙さに理由があった。

ミリアは父親の、ベルリオーズのことを知らない。

それは産まれて直ぐに母方の元で預けられ、父の戦死と母の病死からいつの間にかセレンの元で育てられていたからである。

しかし、そんな自分でも文面なら饒舌で積極的になれるのではと努力しようとした結果、今に至っているのだ。

……ホントはもっと沢山の人たちと、色々なお話しをしたいんだけどなー。

そう考え事をしていると、オペレーターのセレンから通信が入った。

愛機であるストレイドも、システムを戦闘モードに切り替えており、何時でも作戦を開始できる状態だ。

 

『そろそろ作戦空域に到達する頃だ。しっかりと準備を済ましておけよ』

 

「……解ってるよ、もう出来てる……」

 

『そうか、ならさっさと済ませるぞ』

 

ミリアの返事にセレンが応えると、格納庫下部がゆっくりと開いた。

格納庫天井のハンガーが下側に延び、固定されていた黒色のアリーヤ……ストレイドが高速で流される冷たい外気に晒される。背部のVOBが点火されると機体を固定していたハンガーが外され、重量によっで落下しようとするストレイドは、VOBのブースターによって航空を超加速で飛行していく。

飛んで行くストレイドの向かう先、遥か彼方の水平線からは超質量の砲弾が放たれる。

ここからは超高速の戦場。此方を撃墜せしめんとするギガベースの主砲が狙ってくる。

 

「……勝ちます。私は」

 

小さく、しかしはっきりとしたミリアの呟きに応えるように、ストレイドのカメラアイは妖しく眩いた。




残念ながらギガベース戦はカットです。
ローザ・ファルチェとストレイドのアセンの画像上げようと思ったらPS3のコントローラがぶっ壊れてたので多分時間かかります。


次はなるべく早く上げたいです。


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古き平和の都市に、イレギュラーは対峙する

遅れてすまないが多分もっとも長くなったネ。
ダークソウルリマスターも購入し意気揚々としている今日この頃。
リマスターで『admiral paetta』って名前の魔筋キャラを見かけたら自分なんで握手しよう。


ミミル軍港襲撃から約一ヶ月後、加藤勇季はGAから依頼されたリッチランド襲撃任務を終えてGA基地に帰投していた。

数多くのノーマルACとMTに加え、量産型AFのランドクラブからなるアルゼブラの防衛部隊が展開していた農業プラントだったが、僚機として雇ったメイ・グリンフィールドと共に挑むこになった。

量産型とは言え、AFの存在により強固な防衛体制を整えていたアルゼブラではあったが、重量二脚の支援機であるメリーゲートがミサイル弾幕と重装甲を駆使して敵を引き付け、その隙にローザ・ファルチェのグレネードランチャーでランドクラブの砲塔を破壊する──といった連携で無事に作戦を遂行し、敵戦力の壊滅に成功した。

黒煙を上げて沈黙するランドクラブの残骸を背景に基地に帰投し、愛機の整備を任せた勇季はリンクス用のロッカールームへ移動し、今は着替えも終わって室内のベンチで仰向けに寝転がっていた。

普段ならば此処にはメノが居るはずだったのだが、今回は彼女の搭乗していた輸送機がマシントラブルによって離れた基地に着陸したらしく、今は此処に居ない。

ぶっちゃけてしまえば暇なのである。

 

……メノに色々と預けてたし、特にやることもないからなぁ……。

 

通信端末はあれど、しょっちゅうメールを送ったりするワケではない。

良く読んでいた本も、出撃前にメノへ預けていたので手元にはない。

基地を見て回るのも手ではあるが、仮にもリンクスである自分が当てもなく彷徨いているのも問題になるだろうし却下。

 

「運良くあった手元の財布には小銭ばかり……、飲み物でも買ってくるかな」

 

ネクストを整備できるような基地には、必要な人員の多さからか、必ずと言っていいほど購買部や自販機が多く存在する。

GAグループの所属基地ともなれば、個人的には気に入っているクーガーコーラや有澤重工の緑茶『有澤社長愛飲! 大艦巨ほうじ茶』が販売されているはずだ。

寝そべったままから上半身を起こし、傍らの財布に手をかけたその丁度のタイミングで、

 

「ハーイ、暇してるかしら?」

 

一応は男性用のロッカールームに入るのなら、ノックぐらいはすべきなのではないだろうか。

 

「あぁ、まあ確かに暇なんだが、一体どういう用件なんだ?」

 

「ついさっきまで僚機だった相手にそんなコト言うのかしら? お礼よ、お礼」

 

勇季の問いに、彼女、メイ・グリンフィールドは自身のエンブレムにも劣らない魅力的な笑顔でそう言った。

 

 

……

 

 

……もう、録な説明も無しだなんて、どういう経営をしているのかしら……!

作戦終了後、マシントラブルによって別の基地に降りることになったメノは、漸く勇季の居る基地に到着した。

南西にあった航空機の発着を主体にする基地から、軍用の高速道路を使って約十五分というのがまだ救いであろうか。

報告書等は移動中の車内で既に作成済みである為、勇季と合流した後は拠点代わりの輸送艦に戻るなり近いクレイドルにでも行くなり、空いた時間をゆっくり過ごすことができる。

頃合いとしてはそろそろ忙しくなるのだから、レジャーや娯楽は余裕をもって満喫したいのだ。

……勇季も案外寂しがっていたりして。

まさかね、と思いながら基地の通路を早足で進んでいくと、リンクス用にわざわざ用意されたロッカールームが見えてきた。

自動照明の灯りが点いているから、室内に居るのはほぼ確定。

しかし──。

……話し声……?

室内から微かに漏れる声、性質から勇季の独り言ではないのは解るが、しかし相手は誰なのか。

一番の可能性はメイだが、メノの胸中は半ばそうあって欲しくないと考えていた。

メノ・ルーにとって、メイ・グリンフィールドは国家解体戦争直後から交友があった。

パックス・エコノミカから間もない頃、一時期はGA社のリンクス養成施設で訓練に戻っていた時に、AMS適性検査に合格して連れてこられた、まだ十歳くらいの彼女と知り合ったのだ。

同年代の友人が居なかった自分にとって、メイという同性の友人が出来たことは、当時の記憶のなかでも鮮明に覚えていた。

勇季はメイと何を話しているのだろうか。僚機として依頼の礼でもしているのか、ふとメノはドアに耳を近づける。

盗み聞きではない。ない筈だと思いたい。

 

「フフフ、メノ先輩には悪いけど~、っと」

 

「──ちょ、待て、胸が当たってるんだが!?」

 

「人の居ないところで何をやってるのよ──!? 」

 

思わずドアをぶち壊す勢いで怒鳴ってしまったのは仕方がないことだと思うんですが。

壊れたら後でちゃんと弁償しようと考えながら、彼女は二人を見た。

 

 

……

 

 

メイ・グリンフィールドにとって、このタイミングでメノが来る事態には半ば唖然とする状態だった。

今回勇季にちょっかいをかけたのは、普段からダン・モロとかをからかっていたのもあるが、かつては自分の友人兼先輩として、今では愛する人と支えあうメノ・ルーと公私共に大事なパートナーである加藤勇季……、彼女との幾度かの会話から彼に興味を持ったに過ぎない。

……これは、一寸不味いかしらねぇ……。

彼女にあったのはただの悪戯心であって、邪な考えではない。

わざわざ友人と言えるメノと仲違いしようというワケではないのだが、果たしてその心配は無用だった。

 

「メイ、これからは勇季にちょっかいなんてかけてはダメよ? 直ぐにその気になるから」

 

「おい待ってくれ? 俺はその気になってなんか──」

 

「インテリオルのエイ・プールにセーラちゃんは? あとは同じ独立傭兵のネリスさんとも、仲が良かったわよね……?」

 

「あら、貴方ってそんなに交流があったの? 見かけによらず大胆と言うべきかしら」

 

「いやいや待ってくれ! エイさんはともかくネリスさんとは以前に共闘した時に馬があったくらいで、セーラに関してはお前も知ってるだろぉ!?」

 

勇季がリンクスとしてデビューして間もない頃、オーメルサイエンス社から独立傭兵部隊『コルセール』と協同で任務を受けたことがあり、その際にコルセールを率いていたリンクス──フランソワ・ネリスと酒などの趣味で意気投合したとはいえ、彼女と話す機会もそうそうあるわけではない。

インテリオルの最年少リンクスとして知られていたセーラ・アンジェリック・スメラギも、リンクス戦争終結の折りにリンクスを引退しており、少し前にカラード本社で偶然再開したメノが昔話に花を咲かせていたぐらいだ。

 

「誓って俺は口説いてるわけじゃないからな、ただ話してただけだぞ!」

 

「そうは言うけどね。自覚ないようだけど、勇季は自然に相手を口説いてるのよ」

 

「あらあら、カラードマッチでも私のコト、口説いてたような気がするけど……?」

 

「畜生、此処に味方は居ないのか!?」

 

それから暫くの間、勇季はメノとメイの二人に終始からかわれ続けるのであった。

──補足しておくと、メノと昔話しに花を咲かせている間、セーラは終始顔を赤らめながら勇季のことをチラチラと見ていたことを記しておこう。

そしてそれが、カラードの男性職員や他のダンやカニスら男性リンクスに知られ、更に酷い目に会うのは当分先の話である。

 

 

 

……

 

 

 

「──お前、此処にいたのか? 随分と探してたぞ」

 

インテリオル・ユニオン傘下の基地にある格納庫、全身を黒に染め上げたレイレナード製中量二脚フレームのネクスト──ストレイドを見上げながら、ミリア・ベルリオーズ・カーチスは自分に向けられた声に反応し、しかし振り返らずにただ愛機を見上げていた。

声の主、セレン・ヘイズはそれに怒ることもなく、ミリアの側に歩み寄った。

 

「──セレン」

 

ふと、ミリアがセレンの名を呼んだ。

 

「ミリア、お前は本当にネクストが──いや、…ストレイドのことが好きなんだな」

 

溜め息混じりに言うセレンに、愛機を見上げる銀髪の少女は表情をも変えずに嘯いた。

 

「……一番好きなのはセレンだよ?」

 

ミリアの言葉に、セレンはわしゃわしゃと傍らの少女の頭を撫でた。

そこで彼女はふと、ミリアの幼くも整った横顔に、過去の面影を重ねた。

今から数年ほど前のあの日、レイレナード社に出向いた彼女に投げ掛けられた言葉を。

脳裏にはあの時の会話が、そして情景が今でも鮮明に焼き付いている。

 

──スミカ、アイツのこと、頼むぞ──

 

──待て、貴様は何故、私に愛娘を託す? 何故──

 

リンクス戦争の最中のあの日、アイツが何故ミリアを自分に託したのか。

己の死期が近いことを悟ったのか、それとも勝利の果てにあったソレから幼い彼女を遠ざけようとしたのか。

今になっても解らないが、けれど解るのは、この少女が紛れもない天才であることと、漠然としていながらも感じる、何かが変わるかもしれないという期待感が自分の中に生まれてきたということだ。

 

「──次の仕事までにはまだ時間がある。休んでおけ」

 

コクリ、とミリアが頷くのを見届けると、セレンは格納庫から足早に退出した。

 

「ふえぇ……お腹が空いて何も出来ません……」

 

格納庫の扉の傍らで何か情けないジャージ姿の馬鹿が倒れていたような気がするが気にしてはいけない。無視しておこう。

 

「勇季さん……、お願いですから養って……何でもします……」

 

お前、いっそのことGAにでも移籍してしまえ。

 

 

 

……

 

 

 

「──え、GAから緊急の依頼だって?」

 

ある日の輸送艦の一室、依頼が無かったためにトレーニングルームで身体を動かしていた勇季の抜けた声に、メノは溜め息混じりに応えた。

 

「……ええ、ミッション内容はGA所属のネクスト、ワンダフルボディの救援だそうだけど」

 

ワンダフルボディ──その搭乗者であるドン・カーネルと言えば、GAが推進するNSSプロジェクトに参加している人物で、カラードランク24位に座する下位のリンクスだ。

勇季は彼と関わったことは殆ど無いに等しいが、その人となりや実績ぐらいは聞いている。

 

「ドン・カーネルと言えば、ベテランのノーマル部隊からの叩き上げだろ。何があったんだ?」

 

「ネクストを使ってレッドバレーを強行突破したインテリオルの輸送部隊追撃の任務をしていたそうよ。どうやら輸送部隊自体が囮で、本当の狙いがワンダフルボディにあるとわかったみたいね」

 

それが事実ならば、ワンダフルボディを相手にネクストをぶつけてくる考えだろう。

低いAMS適正からか動きが悪い彼では、襲撃してきたインテリオルのネクストに勝てる可能性は無いに等しい。

故に救援依頼というわけか。

 

「受けよう。ワンダフルボディの救援成功に加えて敵ネクスト撃破で追加報酬だ。交渉は頼んだぞ」

 

メノにそう告げると、勇季は急ぎ慣れたようにトレーニングルームから移動し、パイロットスーツへの着替えを済ませると、格納庫に向かい、充分に整備された愛機に搭乗した。

武装は何時ものライフルと散弾バズーカ、背部グレネードに加えて、左背部に新しく総弾数と発射数に優れた垂直ミサイル『WHEELING03』を装備し、肩部には分裂型の連動ミサイルである『061ANRM』を装備。どちらも企業の在庫処分で安く大量に売っていたのを購入したままで使っていなかったが、敵ネクストへの牽制にでも使うつもりだ。

 

「頼むから耐えててくれよ……」

そう言って勇季は愛機であるローザ=ファルチェを起動させる。

格納庫の正面ゲートが開かれ、輸送艦の甲板に設置された専用のカタパルトに機体を乗せると、それと同時に背部にVOBが装着された。

 

「加藤勇季は、ローザ=ファルチェで行く!」

 

VOBを起動させると、加速を付けた発艦とともに圧のような加速が、コックピット内部に普段の挙動ではあり得ない勢いで勇季にのし掛かった。

向かう先は旧ピースシティエリア。

そこで勇季は、ある種の運命的な遭遇を果たす。

 

 

 

……

 

 

 

『こちらマイブリス。宜しく頼むぜ』

 

「……宜しく」

 

ワンダフルボディ撃破の以来を受けたミリアは、インテリオルからのすすめで僚機にとあるリンクスを雇っていた。

リンクスの名はロイ・ザーランド。

カラードマッチにおけるミリアの繰り上げまでは、独立傭兵としては最高位のカラードランク7位に位置付けられていた男だ。

アルドラ社系列のフレーム『HILBERT-G7』に強化型ガトリングやデュアルハイレーザーライフル、さらには高火力のミサイルを装備した重装甲高火力のネクスト『マイブリス』を駆り、堅実的ながらに圧倒的な強さを証明している。

そんな彼が僚機として薦められたのは、インテリオルのリンクスが不足する情勢と、アピールのためにあった。

インテリオル・ユニオンに所属するリンクスは現状で約三、四名程で、その誰もが別の戦場に出撃していた。

独立傭兵ながらにインテリオルの専属という暗黙の了解があった彼が選ばれたのは、ごく自然の成り行きと言える。

そして、僚機との協同を密接な関係だとアピールさせていければ、インテリオル側にミリアを囲い込めるという思惑もあった。

 

『あんたも、面倒な謀に巻き込まれちまったなぁ……』

 

通信越しに聞こえてくる愚痴た呟きは、ロイがそういった企業の権謀術数の類いを好まない人物だということの証左だ。

 

「……別に、気にすることない」

 

一言一言が短く、続かない会話は応酬する余地もない。

ロイは、この少女とのコミュニケーションを取りかねていた

口数の少なさからはかつてのベルリオーズの血筋だと理解できるのだが、しかしそれにしても話を広げられないので、色男でも知られる彼の常套手段である会話で和ませてからお茶に誘うこともできない。

……畜生、インテリオルの偉いさんは好き勝手に言いやがって全く……。

人脈だのルート作りだのは自分向きではない、とロイは自身の特性を把握している。

故に、そういったものはウィンDかエイ・プールに任せれば……とそこまで思ったところでロイは一度考えを改めて直す。

ウィンDにはロイ個人の関係からそういうことはしてほしくはない。けれどもエイ・プールには普段の言動から非健康的な私生活が滲み出ており、また残されたスティレットも協調性のない人物だ。

となると、やはり面倒なことばかり、彼に御鉢が回ってくるというワケだ。

 

「……来たよ」

 

『おっと、それじゃあさっさと終わらせちまおうか』

 

敵の姿を確認し、ミリアとロイは同時に機体のメインブースターに火を入れ、作戦を開始した。

 

『ようやくネクスト投入か。仕掛けが遅いな、インテリオル・ユニオンも』

 

通信越しに聞こえた中年の声は、恐らくワンダフルボディのものか。

GA製ネクスト『NEW-SUNSHINE』フレームに各種実弾武器で構成された迷彩柄の機体の周囲には、恐らくはGA所属であろうノーマルACが、ワンダフルボディに追随するように大量に出現した。

 

『チッ、無駄な取り巻きをぞろぞろと……、目的はワンダフルボディの撃破だ。雑魚は無視しても構わん』

 

舌打ち混じりに苛立ったセレンから通信が入る。

彼女のようにリンクスとしての誇り…とまではいかなくとも、相応のプライドや矜持がある。そしてことそういった人物はこういう粗製だとかノーマルに頼るような奴には手厳しい。

ろくな実力もなしに戦場に立つのは愚か者だ…とはセレンの発言である。

 

「……ストレイド、行くよ」

 

ミリアは勢いよくワンダフルボディの元に突撃し、戦闘を開始した。

 

 

 

……

 

 

 

『急いで勇季、始まってるわ……!』

 

「わかってるさ、見えてる!」

 

メノからの通信を受けた勇季は、作戦エリア到達とともに勢いよくVOBを強制パージした。

ほぼ最高速のまま加速した状態のVOBは、勢いよく戦闘エリアにいる黒色のネクストに向かって特攻した。

単純な設計故により多くの燃料が積載できるVOBは、使い方しだいではソレそのものが超大型の質量ナパーム弾と化す。

 

『……!』

 

──しかし、直撃コースに居たネクストは右背部のグレネードキャノンをVOBに向けて発射。

炸薬式のグレネード弾はVOBに正面から着弾し、炸裂による破壊を生み出した。

直撃前に空中で爆発四散したVOBは、しかし、その爆発による衝撃により増した破壊力をもって、辺り一面に炎熱と質量による破壊を生んだ。

 

『どわぁ!? だ、誰がこんなァ……!!』

 

『なんだ危ねぇっ──!?』

 

爆風のあおりを受けたワンダフルボディとマイブリスは多少だが機体のAPを減らすことになった。

VOBの爆散を確認した勇季は、それを見計らって小刻みなQBを駆使してワンダフルボディの前に降り立った。

 

『お、お前は新しいランク11のネクスト! GAからの増援か……!?』

 

「その通りだワンダフルボディ。俺が援護するから撤退を──」

 

ワンダフルボディに意識を向けた瞬間、勇季の駆るローザ=ファルチェの懐に黒色の閃影が迫り、両手に構えた二挺のライフルを容赦なく叩き込む。

 

『……超至近距離に、PAは通じる……?』

通信越しの声は、最後に耳にしたのが最早数ヶ月も前のカラード本社。

プライベートでの会話に通ずる平坦な調子のそれは、逆に戦場にあって容赦のなさを表している。

 

『こっちだってやり返すだけだっ!』

 

勇季はダメージ交換を覚悟に、右背部に装備していたグレネードキャノンをストレイドに向けてノーロックで撃ち放った。

脚部に旧GAE社製の四脚パーツを採用しているローザ=ファルチェとは違い、PA性能を重視したアリーヤフレームのストレイドでは受けるダメージに差が出てくる。

しかし、ストレイドはギリギリのタイミングでQBを巧みに使い、PAによってダメージを減衰できるギリギリの位置に回避した。

お陰で距離を離しはしたが、この程度では直ぐに詰められるだろう。

そう判断した勇季は、右腕のローゼンタール社製アサルトライフルと左腕の散弾バズーカの交互撃ちでストレイドを牽制する。

散弾バズーカの至近距離による瞬間的火力は、漆黒のネクストを容易には近寄らせない。

 

『おい11位、こっちはギリギリで耐えてるんだ。なんとかしてくれ!』

 

ワンダフルボディが情けない悲鳴を上げるが、しかし確実なタイミングでフレアをばら蒔いており、マイブリスのミサイルを封じている。

加えてマイブリス自体も、もっとも有効なレーザーライフルで着実に削ってはいるのだが、散弾バズーカを警戒しているために、ダメージソースになるガトリングの有効射程以上に距離をおいている。

しかし、

 

『おいおい大丈夫か? こけちまうぞ、そんなんじゃ』

 

気軽にそう言いながら、ワンダフルボディのお世辞にも良いとは言えない動きを見切り、重装甲に似合わぬ軽快な動きで背後に回りながら攻撃を続けていく。

 

『それがネクストの動きだと……! じゃあ俺はなんだ──!?』

 

ワンダフルボディが危機に瀕しているが、だからと言って目の前のストレイドを相手にしている最中に付き合っていられる素質など、勇季にはないのだ。

 

『──勇季、追加したミサイルがあるでしょ? ワンダフルボディと協力しましょう』

 

「ミサイルって、牽制ぐらいしか……いや、そうか!」

 

ミリアの助言を受け、意味を理解した勇季は早速ワンダフルボディに通信を入れる。

 

「おいワンダフルボディ、後ろに退くから今すぐ合流してありったけのミサイルをばら蒔け!」

 

『何、それはどういう──』

 

「いいから! 手前も死にたくはないだろう!?」

 

『お、おうわかった……!?』

 

QBを駆使して下がる勇季に、ワンダフルボディが頼りない動作で接近しながら、必死にミサイルをばら蒔き始めたところで、勇季も左背部と肩部の武装を展開した。

 

「さあ、生き残るための策だぞ畜生め!」

 

 

 

……

 

 

 

「あ……」

 

『おいおいマジかよ面倒だな、クソッ』

 

合流をし始めた相手を追ったストレイドとマイブリスの頭上から、多すぎる程のミサイルが豪雨のように降り注いだ。

ワンダフルボディの装備しているミサイルは、GAで売られるポピュラーなミサイルの新型と、回避しづらい垂直ミサイルの二つだ。

性能こそよいミサイルではあるが、普通のリンクスならばともかく、マイブリスやストレイドのようなレベルならば、例え二つを同時に使われても回避は可能だろう。

しかし、ここで勇季が装備していた追加装備が役に立った。

左背部のミサイルはとにかく数を撃ちまくるタイプで数の多さによって敵を圧倒するタイプだ。

加えて肩部に搭載した連動ミサイルは、連動ミサイルとしては珍しい垂直型。

この組み合わせは脅威だ。しかし相当な熟練のリンクスならば余裕で回避できるかもしれいが、しかし二機による同時攻撃ならば話も変わってくる。

GA……というよりは傘下企業のMSAC社はミサイルやFCSの技術だけで生き残ってきた強豪だからこそか、容赦のないミサイルの性能は侮るべきではない。

 

『こいつは厄介だな……!』

 

量にこそ優れたミサイルだけならば回避すればよいのだが、しかし遅れてくる垂直型の連動ミサイルが避けた先で当たるので結果的にダメージが入ってしまう。

何より、直に見たときの威圧感や危機感は、ターゲットであるネクストに向けていた意識を一瞬でも引き剥がしてしまう。

 

『チッ……これじゃあ逃げられちまうぜ……!!』

 

マイブリスは巧みなQB捌きとともに、飛来するミサイルをガトリングで迎撃していく。

 

『フン、ミサイルでの目眩ましとはな……相手も中々頭が回るらしいな』

 

通信越しのセレンから出た言葉は、この程度の弾幕に慣れているということと、現地に居ないという二つの理由があるからこそだろう。

 

「……難しいけど、追える……」

 

ミリアは変わらぬ調子で言ったが、それでもこれ程のミサイルの物量では流石に追いにくい。

しかし──、

 

「……!」

 

ミリアは多少の被弾を覚悟してOBを起動した。

 

『おっと嬢ちゃんやる気か? ならミサイルはこっちが引き付けておくぜ』

 

そう言ったマイブリスは、彼女の考えに気づき、フォローしようといる。

単機で二機を相手にするのは、危険だが可能な範疇だ。

そしてストレイドのOBに火がつき、漆黒のネクストは弾幕の嵐に突っ込んでいった。

 

 

 

……

 

 

 

『ハハハ……! 連中、驚いてるぞ! このままエリアからさっさと撤退しなきゃなぁ!』

 

旧ピースシティエリアから幾らか離れた荒野の一角。

かつては巨大な交通網が敷かれていたのだろう廃墟と残骸が風化して転がる巨大な渓谷を、二機のネクストが超低空で移動していた。

上位ランカーを相手に命があったことにからか上機嫌なワンダフルボディを他所に、勇季はメノに通信を入れていた。

その目的はナビゲーションであり、問うているのは作戦領域である旧ピースシティエリアから直ぐ近くのGA社が置いた基地の位置情報などだ。

 

『このままオーメルとGA間の紛争地域まで一気に逃げ切りましょう。インテリオルは迂闊に飛び込めないもの』

 

オーメル・GAという二勢力による係争地へインテリオルが踏み込めば、更なる争いを呼び込みかねない。

政治的な問題を起こしたくはないであろうインテリオル・ユニオンに雇われたミリア達がとれる手段は、諦めることともう一つだけだ。

 

「逃げられる前に仕留める……だろう?」

 

接近するOBの甲高い噴射音は、間違いなく追ってきたミリアのものだろう。

 

「俺が引き付けるから先に行けワンダフルボディ!」

『お、おう、任せたぞ!』

 

まだ距離のある内にOBを止めて反転し、接近するミリアに照準を向ける。

狙うのは撃ち尽くし前提に弾薬を余らせた各種ミサイルだ。

一次ロックの時点でミサイルをばらまき、ストレイドの視覚の多くを塞ぐ。

OBの推力とストレイドの機動性ならばミサイルなど容易に避けられるかもしれない。

しかし、こちらには一撃の威力に優れた大口径グレネードキャノンがあるのだ。

しかも周囲は両側を崖で挟まれた渓谷だ。横に回避するスペースはなく、上に飛べばミサイルがこれでもかと直撃するだろう。

……さあ来い。正面から撃ち抜くぞ。

無尽にも近いミサイルが目的から外れて着弾する度に砂塵が舞い、辺りの視界を不明瞭にする。

近付くOBの音。回避運動で生まれる微かなフレームの軋み。舞った砂塵に混じる石ころが装甲に当たる音。聞こえる音が、自らの狙う相手の位置を示す。

 

「そこだ……っ!」

砂塵に見えた細身の影に放たれたグレネードは重低音を轟かせる。

着弾の瞬間、周囲にダメージを与える爆炎が辺りに広がり、破壊の黒煙が周囲を巻く。

直撃だ。

だが直後の光景に勇季の目は驚愕に包まれ、その一瞬に反応が遅れた。

 

『……強引に、越える……!』

 

弾けたばかりのPAを再展開する漆黒のネクスト……右腕部が肘関節の半ばから吹き飛び、各部に破損の入ったネクストが、ヒビの入ったカメラアイで此方を射ぬく。

直撃を受けた瞬間、ストレイドは右腕のライフルをグレネード弾に投げつけて爆発させ、更に右腕を盾にしてダメージを抑えたのだ。

お陰で右腕部は破損によるパージをする羽目になったが、しかし勇季に生まれた隙をつける。

 

『……邪魔……!!』

 

反応が遅れたローザ=ファルチェを脇から左腕のライフルで殴り付け、ストレイドは加速を入れる。

 

「っ!? ……待てよオイ……!!」

 

体勢を整えて追いすがろうとする勇季の脇を、デュアルレーザーライフルから放たれた閃光が駆け抜ける。

 

『ここから先へは行かせねぇぜ? 美人の邪魔をしちゃえけねぇからよ』

 

見れば、濃緑色の重量級ネクスト──マイブリスが足止めのつもりか立ち塞がる。

 

『勇季、マイブリスが相手では分が悪いわ。ストレイドを追って!』

 

メノから通信が入るが、今の勇季にはその指示に応えられる余裕はない。

 

「……作戦を放棄する。逃走ルートを教えてくれ」

 

『勇季!?』

 

勇季の言葉にメノは戸惑うが、直後、通信から聞こえた声が現実を突きつけた。

 

『──クソ、どうな──死ぬ──てのか、俺が──』

 

断末魔とも言えるノイズの走った言葉を最後に、レーダーからワンダフルボディの信号が途絶えた。

 

『終わったか。お前さん、どうするよ?』

 

マイブリスの口調は日常会話のように軽いが、銃口はこちらに向いている。

 

「ローザ=ファルチェ、撤退する……」

 

『……解ったわ、報告書と交渉はこっちに任せて』

 

メノとの通信を済ませると、勇季はOBを吹かして渓谷から飛び立った。

これが加藤勇季の、初の任務失敗であった。

 

 

 

……

 

 

カラード人事管理部報告書

 

カラードNO.24

リンクス名:ドン・カーネル

ネクスト名:ワンダフルボディ

 

旧ピースシティエリアでのネクスト戦闘において撃破及び死亡を確認。

これによってドン・カーネルをカラードランクからの除籍を決定する。

各種手続きと処理が完了次第、カラードランク24以下のリンクスを各自繰り上げとする。

又、新しいリンクスの参入においては次回のカラード幹部会議で検討するものとする。

 

 

カラード人事管理部総務部長

アドリアーナ・ヴァルツァシュタイン

 

 




加藤勇季初の失敗……ここでの敗北は予定にありましたが、他の部分はプロットもない気分で書いてました。
次のお話しは、恐らくはミリアや他のリンクスが中心になるでしょう多分。
それでは又、次回。


by、HGリーオーに感動しつつF91を組みながら。


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ジャイアントキリングの始まり

大ッッッッ変、長らくお待たせいたしました。
いやね、ホラ、アーマードコアの新作が出るって聞いたもんでさ。なぁわかるだろ?同じリンクスじゃないk(ry)

短めですが御容赦ください(平身低頭)


「報告書ならさっさと纏めておいた。お前は少し休んでおけ」

 

ワンダフルボディ撃破後、セレンからそう言い渡されたミリアは、拠点にしていたカラードの所有する輸送艦(勇季が使用しているものと同じタイプ)を降りていた。輸送艦を降りてまですることなど少ないのだが、やはり人間というものは定期的に地に足を着けていないと、何処か調子が狂うものらしい。

輸送艦が停泊した港町は、元々は旧レイレナード領の一つであり、現在はオーメル社とローゼンタール社による合同統治を受けている。

リンクス戦争以前はレイレナード社の重要拠点の一つでもあったのだが、GA主導の苛烈な空爆を受けたことで軍港としての機能の殆どを喪失し、戦略的価値を失ったことが辛うじて町そのものの存続に繋がったと言われている。

今ではオーメルの卓越な采配により、地上ではオーメル陣営でもそれなりの経済拠点の一つとして、最盛期には劣るものの活気が戻っているのが現状だ。

とはいえ、所詮は汚染の進んだ地上の中でも比較的マシな環境というだけの町に過ぎない。地上に残された人々の受け皿としての町並みと喧騒は、決して健全なものとは言えなかった。

 

「……これ、一つ」

 

国家解体戦争以前からの長い歴史を持つ、老舗のファストフード店。

大分古い建物のせいか、飲食店としてはどうかと思えるほど壁が汚れた店内にミリアはいた。

ミリアが両手で持つトレイの上には、口数の少なさで店員を困らせながら注文した定番のバーガーセット。

陽当たりのいい窓際の席に着いた彼女は、それを小さな口でリスのように頬張り始めた。

パンズやパテはおろか、ほぼ全てを合成食品で賄いながら添加物をこれでもかと加えたバーガーの味は、不健康さの塊だが、これが意外にも人気があったりする。

 

「……」

 

ミリアはヘッドセットで音楽を聴きながら無言で淡々と頬張りつつ、ふと窓の外に見える雑踏へと視線を向ける。

地上にあって賑わいを見せる町並みは、しかし目線を変えてみれば、汚染された地上に取り残された、見捨てられた人々の自棄に過ぎない。

クレイドルの内部は、賑やかではあったが秩序だった空間だった。けれど反対に、地上にある町は何処も退廃的な空気で満ちている。

住まう人々になんの違いがあるのか、そんな優劣などミリアには皆目検討もつかなかった。

 

「あっ」

 

と、無意識にフライドポテトに伸ばした手が空を切ったことで、ミリアは先程まであった筈のフライドポテトのLサイズの山が無くなっていることに気づいた。

 

「コラ、泥棒が……!」

 

張り上げられた声に思わず視線を向けると、ミリアの食べていたポテトを丸ごと抱えて今にも店の外に逃げ出そうとしていた小さな姿と、それを後ろから首根っこを掴むガタイのいい店員の姿があった。

 

「お客さん、すいませんね。コイツは此処等でもタチの悪いクソガキでして」

 

ガタイのいい店員は小さい盗人の首根っこを掴んだままミリアの方に来たかと思うと、深々と頭を下げる。

強面で傷痕のある、用心棒か何かだと思う見てくれとは異なり、彼は普通の店員らしかった。

 

「別にいい。けど、ソレはどうするの」

 

何を思ったか、ミリアはふと、何気なく聞いてみる。

 

「いやぁ、普通なら町を治めてるオーメル社の警備部なりなんなりに突き出すんですがね、最近は浮浪者だの流れ者だのが増えてテロも酷いってんで、ただの盗人程度なんて構ってられねぇって放り出されるんですわ」

 

オーメル社及びローゼルタール社が治めていたこの地域は、旧レイレナードの領域と言うこともあってか、反オーメルを掲げる武装勢力が少数ながら現在でもテロを頻発させている。

そのためか、町に流れ着く流れ者はテロから逃れた難民や、その中に紛れ込んだテロリストばかりが多く、警察代わりの警備部はその多くがそちらに回されているのが現状だった。

ですからね、と店員がおもむろに空いた手を振りかぶったかと思うと、小さな盗人の顔面を殴り付けた。

一発、二発、三発、と何度か殴打すると、にこやかに笑ってみせる。

 

「今はこういう風に、自分等で気の済むまで始末つけるのが当たり前でしてね。お客さん、この街……というよりオーメル系の土地は初めてでしょう?」

 

「……まぁ、ね」

 

ミリアは目の前で行われる暴行をさして気にもせず、バーガーを頬張る。

店員が首根っこから手を離して床に落とすと、殴られたせいで鼻でも折れたのか、盗人は両手で血の滴る顔面を覆って踞っている。

 

「GAとかはまだちゃんと動いてくれるんでしょうが、此処等じゃ私刑なんて当たり前ですから、後はご自由にして結構ですよ」

 

盗られたポテトのお代もお返しします、との店員の言葉に、ミリアは顎に手を当てて暫く考える。

暫くして、踞る盗人を指差して言った。

 

「……じゃあ、コレ貰ってく」

 

 

……

 

 

「──それで、コレを連れてきた訳か」

 

ミリアが盗人を連れて所有する輸送艦に戻ると、セレンは先ず大きな溜め息を吐いた。

 

「生憎とウチにペットを飼う余裕はないんだ。元の場所に捨ててこい」

 

「……ちゃんと飼えるもん、散歩だってする」

 

盗人とはいえ人間を捨て犬扱いする二人だが、それに対して小柄なそれは反論するわけでもなく、ただ黙って踞っている。

 

連れて店を出る時に店員が言うには、何度か前に盗みに失敗した見せしめに喉を潰されたらしい。

喋れないからと言いたい放題のように見えるが、事実として、人間を養うのは相応にコストがかかるものだ。

それも今の今まで盗みばかりをしていた浮浪児ともなれば、養ったところでメリットもクソもないのは自明の理と言えた。

 

「お前は……、全く、何をそんなにソレを気に入ったんだ」

 

再度、大きな溜め息を吐いたセレンは、浮浪児に視線を向ける。

決して衛生的とは言えない見た目で、延び放題のボサボサの髪はろくな手入れもされておらず、襤褸切れ同然の服はサイズが明らかに合っていない。恐らくはゴミ捨て場で拾ったのだろう。服の下から覗く手足は枝のように細い。

 

「……眼、好きな眼、してたから」

 

ミリアはそう言って、髪を掻き分けて盗人の目をセレンに見せる。

薄汚れてボロボロをしている中で、その眼は色濃い感情を隠すことなく、爛々と輝いて見えた。

 

「──お前はそこそこ見る目があるらしいな、ミリア」

 

また溜め息を吐くセレン。だがしかし、三度目の溜め息には、何処か喜色が混じっているように感じられた。

 

「まずは風呂場に連れてって綺麗にしてやれ、着替えは此方で用意しておいてやる」

 

 

……

 

空に浮かぶ無数の空中都市クレイドル。その一つにあるBFF本社。

リリウム・ウォルコットはその中のトレーニングエリアで日課をこなしていた。

薄手のトレーニングウェアを纏った年頃の少女らしい、しなやかで控えめな身体にはうっすらと筋肉が浮かんでいる。

リリウムは月曜から土曜までの毎日、三時間のトレーニングを欠かさず日課としていた。

メニューは一日につき三種、AIに任せてランダムで設定している。

今日は最初にシンプルな腕立てから始まりチェストプレス。そして最後のメニューとしてランニングをそれぞれ各一時間ずつこなす。

リンクス候補生として選ばれてからというもの、彼女は毎日欠かすことなく行っている。

それは後見役として目をかけてくれている王大人の期待に応えるためでもあり、リンクスという選ばれた存在としての責務であるという彼女の考えからだった。

 

……かつての女王、メアリー・シェリー様も、決して鍛練は欠かすことがなかったと聞いております。

 

王大人曰く、BFFのみならずリンクス足る者は皆、日頃の鍛練を欠かさず、それゆえに優れているという自負があったという。

今やリンクスの在り方も大きく代わってしまったが、王大人や他のベテランたちは今でも日頃の鍛練を欠かすことはない。

リリウムはそういった人々を見てきたからこそ、その在り方を手本として、毎日のトレーニングを欠かさずこなしているのだ。

そんな時だった。

 

「少し前に通信……大人から、ですか」

 

後見人である王小龍からの呼び出し。

それを確認したリリウムは、トレーニングを切り上げてシャワーを浴びて汗を流す。

トレーニングルームの外で控えていたメイドたちに身嗜みに任せれば、先程までの薄手のトレーニングウェア姿から一転、黒と灰を基調とした正装に身を包んだ、BFFの新しい女王の姿へとリリウムは変身した。

 

「お呼びでしょうか、王大人」

 

イギリス系の空気と雰囲気が内装に反映されたBFF本社。その中にポツンと存在する中華風の庭園がある。

BFF内でも大きな権力を持つ王小龍の意向が反映された庭園を一望できる執務室に着いたリリウムは、漆塗りの椅子に座る老人に恭しく一礼をした。

 

「……」

 

椅子に深く沈んだ老人──王小龍はリリウムの言葉に反応を示さず、何もない宙を見つめている。

手にしている煙管からは僅かな紫煙が一筋ばかりが立ち上っていた。

はぁ、と小さく溜め息を漏らしたリリウムは、目の前の後見役の側に寄って、老人の皺だらけの手に自分の手を乗せてもう一度呼び掛ける。

 

「大人、リリウムが参りました」

 

そう言ってやると、ピクリ、と反応したかと思うと、老人に気力が戻るのがわかった。

 

「……ん、おぉ、リリウム。──そうか()()か」

 

王小龍の言葉に、リリウムは目を伏せる。

 

「……はい、今月に入ってもう三度目になります」

 

指導部をリンクス戦争によって失ったBFFを纏め上げ、見事にGAグループの一角として立て直してみせた稀代の陰謀家にしてリンクスとしても随一のスナイパーとして名を馳せた王小龍。

今日に至るまでBFFの復興に携わった老人は、しかしここ数年のうちに、目に見えるほどの衰えを見せていた。

BFFの重役会議やカラードのお茶会に他社との交渉……あらゆる場で老獪な陰謀家として振る舞う彼は、一度でも気を抜いてしまうと、他人の声にろくに反応もできないほど無気力な状態に成り下がることが増えていた。

むしろ、無気力で弱々しい老人の姿こそが彼の本質であるかのように、その頻度は急激に増えており、それは彼の限界が近いのだということを暗に示していた。

 

「……そうだったな、自分で呼びつけておいてこのザマとは、我ながら情けない」

 

それで、と王小龍は続ける。

 

「今回お前を呼びつけたのは他でもない。次の作戦、つまりはカブラカン撃破のことだ」

 

カブラカン、と聞いてリリウムはその端正な眉を僅かにひそめた。

王小龍の言うカブラカンとは、オーメルに近しい東南アジアなどを領有する企業アルゼブラ社の開発した大型の突撃型AFだ。

円状の走行ユニットの上に巨大な縦長の箱が乗せられたような形状をしたそれは、進行方向に存在する障害物を前面の破砕ブレードで破壊しながら前進する兵器だ。

その反面、本体にはアルゼブラらしさと言うべきか、スラッグガンとミサイルランチャーしか搭載されていないという。

これまで四機が建造されていると言われており、その破壊力でもってGAグループを長く苦しめてきた。

 

「今回、GAから我々BFFに対し要請が来たのだが、私はこの通り暫くは出られん。……ついては、お前に僚機をつけたいのだ」

 

「僚機、ですか?」

 

王小龍の言葉に、リリウムは思わず聞き返した。

リリウムの乗機であるアンビエントは、王小龍の乗機ストリクス・クアドロとの連携を前提としたアセンになっている。

一応単独での戦闘も可能ではあるが、王小龍以外との協同など思いもよらなかったからだ。

 

「……僚機については此方に当てがある。お前にはその僚機候補と打ち合わせをしてもらいたい」

 

そこまで言うと、王小龍は水の注がれたグラスを手に取って喉を潤す。贅肉の落ちた皺だらけの手は僅かに震えていた。

 

「──かしこまりました、王大人」

 

不必要な詮索をせず、リリウムは頷く。

彼女は知っていた。この目の前の老人は他人が思うよりも心優しく、そして不器用なのだということを。

 

 

……

 

 

「おいミリア」

 

 

セレンに呼ばれたミリアは、新しく飼うことになった同居人の少女の名前を考えている途中だった。

喉を潰されていた少女は、文字など読み書きできるほどの学もなく、マトモに名前もつけられていなかったらしい。

珍しくネクストのこと意外でやる気を出していたミリアだったが、それもセレンに中断されたかたちとなっていて、動かない表情筋の裏には、セレンにはわかる程度の不満の色が見えた。

 

「オーメルから依頼だ。目的は地上最強の一角、スピリット・オブ・マザーウィル撃破だ。……腕が鳴るだろう?」

 




お久しぶりです。これまでどうしてたかというと、危機契約で頭を痛めながら零式に潜ったりしてました。
ガレマール帝国よ永遠なれ……!


というわけで次回はカブラカンとスピリット・オブ・マザーウィルの二本立て……の予定です。
可及的速やかに投稿する予定ですのでどうか許して。


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