遊戯王GX 魔法使いの少女 (時任 嵐)
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1-turn 魔法使いの少女

にじファン様からの移転になります。
今まで読んでいてくれていた方も、新しく読んで下さる方もよろしくお願いします。

向こうで書いていたものを日に2話くらいのペースで掲載して行こうと思っています。……まあ向こうで全18+閑話なのでそれはすぐに尽きますが(^-^;)


「すいません!通してください!」

 

 青い空

 雲一つ無い綺麗な空が上空に広がっている。

 思わずひなたぼっこでもしたくなるような陽気の快晴の空の下で、何故か私は街中を全力疾走していた。

 

「もう試験始まってるよ〜」

 

 左腕につけている腕時計をちらっと確認すると、受付どころか試験の開始時間さえも過ぎていた。

 

 今日はデュエルアカデミアの入学試験の実技試験の日

 

 なので昨日は早く寝たし、今朝は早く起きた。電車は試験会場に開始20分前には着くように計算して乗った。

 なのにどうして今全力疾走しているかというと、答えは簡単。電車が事故で遅れてしまったのだ。

 

 本当に、どうしてこんな日に電車が遅れるの〜。

 

「遅刻だ遅刻、遅刻だぁぁ!」

 

 ちらほらといる通勤中の人々をよけながら走っていると、少し後ろから私と同じように人を避けながら走っている男の子がいた。

 

「こんな日に電車が遅れるなんて!いや、エキサイティング!これは神様が与えてくれた試練なんだ」

 

 何故か妙な方向にポジティブシンキングをしている男の子は、どうやら私と同じ境遇のようだった。

 

「私はこんな試練、嫌だよ〜」

 

 思わず男の子の言っていた言葉に反応してしまった。

 そんな私の言葉が聞こえたのか、いつの間にか私の横に追いついていた男の子が話し掛けてくる。

 

「おまえもデュエルアカデミアを受験すんのか?俺、遊城十代!よろしくな」

 

 同じ行動をとっていることから私も受験生だと判断した彼、遊城くんはニカッと私に笑いかけてくる。

 けれども、もともと体力のない私はそれに返して笑う余裕は無かった。

 

(たちばな) 舞花(まいか)です。ごめんねあんまり喋る余裕ない」

 

 はぁ、はぁ、と荒れている呼吸を一瞬無理矢理抑えて一気に言い切る。

 そもそも走りながら会話をするというのは無理があると思う。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 だんだんと苦しそうな呼吸になっている私を心配したのか、遊城くんは走りながら私の顔を覗き込んできた。

 

「ゆ、遊城、くん……前、見て!」

 

 私の方を見ていたせいで前方不注意になっている遊城くんの前に、派手な色の髪の毛の人が立っていた。

 私の言葉で前を見た遊城くんは必死になって止まろうとしたけれど、全力疾走していた状態ですぐに止まれるはずも無かった。

 

「うわっ!」

 

 必死にブレーキをかけていたおかげか、ぶつかった相手はダメージをくらう事なくその場に残る。が、ブレーキの為に重心を後ろに置いていた遊城くんは後ろに倒れてしまった。

 パラパラと遊城くんのカードが辺りに散らばった。

 

「はぁ、はぁ、大丈夫ですか?二人とも」

 

「ああ、大丈夫。ごめんな」

 

 遊城くんは私に軽く笑いかけた後、ぶつかった相手に謝る。

 そこで私は相手を凝視してしまう。その特徴的な髪型を見て、どこかで見たような気になる。

 

「君達、デュエルをやるの?」

 

 突然、ぶつかった相手が私達に話し掛けてくる。

 

「え、ええ。これからデュエルアカデミアを受験しに行くんです」

 

 私が率先として答えると、彼は腰のデッキホルダーから二枚のカードを取り出した。

 

「このカード達が、君達の所に行きたがっている」

 

「「え?」」

 

 彼は微笑みながらその二枚のカードを私達に手渡した。

 

「ラッキーカードだ。頑張れよ」

 

 それだけ言うと、彼はすたすたと歩いていってしまった。けれども、あの人が誰なのかが分かった。

 あの特徴的な髪型とデュエルモンスターズのカード。キングオブデュエリスト、まさしくその人だ。

 

「って、止まってる場合じゃないよ!遊城くん」

 

 ほんの少しぼーっとしてしまった後で、自分達の今置かれている状況を思い出した。

 

 私達は今、遅刻しているんだったよ〜

 

「あぁ、急ごうぜ!舞花」

 

 名前を呼ばれて……初めて男の子から名前を呼ばれて、少しドキッとしてしまった。

 

「う、うん」

 

 遊城くんの差し出してきた手を掴み、海馬ランドに向かって走り出す。

 

 ほんの少し、いつもより速く感じる胸の鼓動は、きっと今走っているからだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待った!」

 

 どうにか試験会場にたどり着いた私達は、受付を撤退しようとしている人達をどうにか止める。

 

 それにしてもいくら近道だからって何でこんなに変な道を通るの〜。

 

 制服のスカートに付いた葉っぱと泥をパタパタと落しながら受付の人達の所に近づいて行く。

 

「受験番号110番、遊城十代。まだセーフだよね」

 

「受験番号7番、橘舞花です。交通機関の遅れで遅刻してしまいました。隣の彼も同様です」

 

 受付の人達は突然現れた遅刻者をどうするか一瞬迷ったようだったが、交通機関の遅れならばと受付を済ませてくれた。

 

 

 会場に入ると、その中は凄い熱気に包まれていた。

 沢山の人が、真ん中のデュエルステージで実技試験を受けている人達を見守っている。誰かが凄いプレイングをすると周りの皆が歓声をあげ、ミスがあれば周りの皆が嘲笑を向ける。

 

 こんな所でデュエルするの?

 

 さっきとはまたべつのドキドキが、心臓から聞こえてくる。

 緊張と、高揚の混ざった感情が内から込み上げてきた。

 

 早くデュエルしたい!

 

 そんなことを考えていると、周りからわずかな歓声があがる。

 

 皆が注目している所を見ると、一人の受験生がデュエルの終止符を打とうとしていた。

 ブラッドヴォルスに付いた破壊輪が爆発する。爆風が二人のプレイヤーを襲い、二人のライフポイントにダメージが入る。その破壊輪が引導火力となり受験生が試験官のライフを0にした。

 

「スッゲェな、あいつ」

 

「当たり前だよ。受験番号1番、筆記試験のトップなんだから」

 

 遊城くんが呟いた言葉に反応したのは、隣の席に座っていた眼鏡の男の子。どことなく気弱な雰囲気を漂わせている彼は、自分の受験番号が119であり、デュエルでは勝ったが総合の結果はどうなるかと不安がっていた。

 

 遊城くんはそんな彼に自分も110番だから似たようなものだと、微妙に励ましになっていないような励ましをしていた。

 

 あはは、と私が苦笑いを浮かべていると、私達のすぐ近くにさっきの受験番号1番の彼がやって来た。

 率先して遊城くんが話し掛けに行く。

 

「今年の受験生じゃ、お前は2番目に強いかもな」

 

 何を思ったのか、遊城くんは受験番号1番の彼に向かってそんなことをいい始めた。

 当然、1番の彼はどうして自分が一番じゃ無いのかと聞き返した。遊城くんは、その言葉にニカッと笑いながら自信満々に答えた。

 

「1番は、俺だからさ!」

 

 そう言いながら親指で自分の方を指す遊城くんを、私は凄くカッコイイと思った。

 

『受験番号110番、遊城十代君、デュエルステージへどうぞ』

 

「おしっ、行ってくるぜ」

 

 放送で遊城くんの名前が呼ばれる。それを聞いた遊城くんは待ってましたとばかりに気合いを入れ、デュエルステージへと歩きだした。

 

「頑張ってね」

 

「おうっ!」

 

 背中越しに応援を入れたら、遊城くんはガッツポーズで私に答える。階段を下りて、ステージへ向かって行った。

 

 自分のことを1番だと言い切るほどの実力を早く見たくてしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな歓声と共に遊城くんのデュエルが始まった。相手は実技最高責任者の先生らしい。

 

「俺のターン、E・HEROフェザーマンを守備表示で召喚!カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 『E・HERO』

 確か多彩な融合モンスターを操るカテゴリーだったはず。

 

 いったいどんなカードが出てくるんだろう?今からとてもワクワクする。

 

 続く先生のターン。

 押収を発動され、遊城くんの手札の死者蘇生を墓地に送られる。その後、リバースカードを2枚伏せて大嵐を発動した。

 自分のカードを巻き込むなんて何を考えているんだろうと思ったら、その2枚は黄金の蛇神像のカード。破壊された時に発動する特殊な罠でその効果により2体のトークンを特殊召喚する。

 さらに続いてその2体を生贄にして古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を召喚した。

 

「すごいすごいすごい!眼鏡くん、あの先生すごいよ!!」

 

 ちょうど隣にいた眼鏡くんの肩を全力で揺らしながら興奮する。

 

 1ターン目に古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)だよ!すごいよね!?

 

「とりあえず、離して…」

 

 揺さぶり過ぎたのか目を回している眼鏡くん。

 

「あ、ごめんね~」

 

 ちょっと反省して眼鏡くんの肩を離すが興奮はおさまらない。

 眼前の古代の機械巨人《アンティーク・ギアゴーレム》にくぎづけになっていた。

 

 その古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)がフェザーマンを戦闘破壊し、効果により貫通ダメージを与える。遊城くんのライフポイントが一気に半分になってしまった。

 

「もうだめだね」

 

 そんな様子を見ていた眼鏡くんがぽつりと言葉を漏らす。

 諦めの表情を浮かべている眼鏡くんは残念だねといいたげな目で遊城くんを見ていた。

 

「そんなこと無いよ」

 

 私は眼鏡くんに、遊城くんの顔を見るように促す。そこにあるのは一点の曇りも無い笑顔。心からこのデュエルを楽しんでいる表情。

 

「遊城くんは全く諦めてないよ」

 

 次のドローで奇跡を起こす。そんな気がした。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 勢いよく引き抜かれたカードを見た瞬間、遊城くんは笑った。

 

「ハネクリボーを守備表示で召喚。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 遊城くんが出したのはくりくりっとした目がかわいくて、背中についた羽がさらにかわいいハネクリボー。

 

「眼鏡くん!!どうしよう、凄くかわいい!!」

 

 さっきと同様に眼鏡くんの肩を勢いよく揺さぶっていた。

 

「お願いだからもうやめて…」

 

「う……ごめんね」

 

 ハネクリボーで上がったテンションを渋々おさめる。

 

 でもかわいいよ〜ハネクリボー。

 

 もう少し長い間見ていたかったけど、先生のターンにすぐに戦闘破壊されてしまう。

 けれどもハネクリボーの効果で遊城くんへのダメージは0になり、ヒーローシグナルを発動する。その効果でE・HEROバーストレディを召喚した。

 

 攻撃力3000のモンスター相手に遊城くんは全く諦めの表情を見せない。だから、どうしても次に取る行動に期待してしまう。一体どうやってこの状況を切り抜けるのか、考えただけでワクワクする。

 

遊城くんのターン

 

 遊城くんは戦士の生還で墓地のフェザーマンを回収、融合へと繋げる。E・HEROフレイム・ウイングマンを融合召喚。

 しかし、その攻撃力は2100。先生も最後のあがきだと馬鹿にした目で遊城くんを見ていた。

 

 けれども違う。遊城くんの目は負けを認め諦めた目ではなく、勝利を確信した目をしていた。

 

「教えてやるぜ、先生。HEROにはHEROの戦う舞台があるってことを!フィールド魔法、スカイスクレイパー発動!!」

 

 舞台が突然、摩天楼へと変わる。ビルの一つのてっぺんにフレイムウイングマンが乗っていた。

 

「スカイスクレイパーの効果でE・HEROが、自分よりも攻撃力が高いモンスターとバトルするとき、攻撃力を1000ポイントアップする。行け、フレイムウイングマン!スカイスクレイパーシュート!!」

 

 これでフレイムウイングマンの攻撃力は3100。古代の機械巨人《アンティーク・ギアゴーレム》を上回った。

 フレイムウイングマンは炎に包まれ、ビルから落下していく。その勢いのままに、古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を貫いた!

 

「フレイムウイングマンの効果により戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ、先生」

 

 古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)の攻撃力、3000のダメージが先生を襲う。これでライフポイントは0になった。

 

「ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ、先生」

 

 右手を前に突き出して決めポーズをとった。

 

 すごいすごいすごい!

 

 私の興奮は最高潮だ。さっきから心臓がドキドキしてるし、遊城くんを見てたらなんだか顔まで熱くなってきた。

 って何か違う気がするけどそんなことは気にしてられない。デュエルを終えて私の所に戻ってきた遊城くんとハイタッチを交わす。

 

「かっこよかったよ!遊城くん!」

 

「へへっ、ありがとな」

 

 ちょっと照れている遊城くんが何故だか少しかわいかった。

 

『受験番号7番、橘舞花さん、デュエルステージへどうぞ』

 

 とうとう私の名前が呼ばれた。

 大丈夫、緊張どころか気分は最高にハイだ。

 これなら全力で楽しめそうだよ。

 

「頑張れよ、舞花」

 

 遊城くんの激励を受けると、また心臓の鼓動が大きくなった。顔の熱が上がっていってなんだか少し恥ずかしい。けれどもなんだかとても嬉しくって、ますます気合いが入った。

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 遊城くんがさっきまで立っていた場所につくと、目の前にいたのはさっきの先生。

 

 ということはさっきみたいにすごいデュエルが出来るってことだよね。すっごく楽しみだよ〜。

 

「受験番号7番、橘舞花です。お願いします」

 

 ワクワクが抑え切れなくてついつい頬が緩む。次はどんなデュエルをするんだろうと期待が広がる。

 

「今度は負けないノーネ。ここで勝って汚名返上するノーネ」

 

 さっき負けたショックを引きずっているようで、なんだか自分に向かって話し掛けていた。

 

 なんとか自分を奮い立たせたようで、先生はデュエルディスクを構える。私はちょっと苦笑いしながらデュエルディスクを構えた。

 

「「デュエル」」

 

 私の左腕のデュエルディスクが私の先行を告げる。

 ドロー前に手札を確認するとこれ以上無いくらいにいい手札。これはすっごく楽しめそうだよ。

 

「私のターン、ドロー。見習い魔術師を守備表示で召喚」

 

 デュエルディスクのモンスターゾーンの真ん中にカードを横向に置くと、ディスクが反応しソリッドビジョンが起動する。

 私のフィールドに小さな魔術師が自らを守るように手を交差し膝をついた状態で現れた。

 

 

見習い魔術師

DEF800

 

 

「カードを2枚伏せてターンエンドです」

 

 上々の手札。上々の場。

 先生はこれをどうやって崩して来るだろうか?

 

「ワタシのターン、ドロー。手札からマジックカード天使の施しを発動。デッキからカードを3枚ドローし2枚を捨てるノーネ。さらにマジックカード早過ぎた埋葬を発動。ライフポイントを800支払い墓地からトロイホースを特殊召喚するノーネ」

 

クロノス

LP4000→3200

 

トロイホース

ATK1600

 

 天使の施しを利用したコンボだ。手札を捨てて蘇生カードの理想コンボ。しかもこのターンまだ通常召喚を行っていない上にトロイホースの効果は

 

「トロイホースの効果発動。このカードを地属性モンスターのいけにえ召喚のいけにえにするとき、1体で2体分のいけにえにすることがデキマスーノ。ワタシはトロイホースを生贄に古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を召喚するノーネ」

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)ATK3000

 

 きたきたきたきたよ!!

 さっき遊城くんと戦った強いモンスター!

 間近で見るとさっき客席で見た時よりも迫力がある。

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)で見習い魔術師を攻撃、アルティメット・パウンド!!」

 

 大きな機械仕掛けの腕が守備表示の見習い魔術師を襲う。

 

「きゃぁ!」

 

 見習い魔術師は破壊され、ソリッドビジョンの衝撃が私を襲う。

 貫通効果によって私のライフは大きく削られてしまった。

 

舞花

LP4000→1800

 

「見習い魔術師の効果発動!このカードが戦闘で破壊された時、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚できます。水晶の占い師を特殊召喚」

 

 今度はソリッドビジョンでデュエルモンスターズのカードの裏面が現れる。

 

「さらにリバースカードオープン、血の代償を発動します。500ライフポイントを支払いモンスターを通常召喚します」

 

舞花

LP1800→1300

 

 手札をちらっと見る。

 今から通常召喚するモンスターカードを見て私はニコッと笑った。

 

「見習い魔術師を生贄に捧げ、お願い!ブリザード・プリンセス!!」

 

 現れる氷のプリンセス。

 かわいらしい姿の私の切り札。

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800

 

「生贄1体ーデ、レベル8のモンスターを通常召喚デスート!?」

 

「ブリザードプリンセスは、魔法使い族モンスターをいけにえに捧げる場合、生贄1体で召喚できるんです」

 

「シカーシ、ワタシの古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)の方が攻撃力が高いノーネ」

 

 先生は胸を張って自信満々に言っている。

 しかしその通りなのだ。

 私のプリンセスじゃ古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を越えられない。けれどもこのリバースカードがあるから先生のターンで召喚する必要があった。

 

「ブリザードプリンセスの効果により先生はこのターン魔法・罠カードを発動することはできません」

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)がいる以上、そんな物は必要ナイノーネ。ターンエンド」

 

 よしっ。

 発動は出来ないけれどもリバースカードをセットされるのが少し怖かった。でも先生の場にリバースカードは無し。だから、

 私はデッキの上に手をかける。このドローで決めて見せる。

 

 一瞬目を閉じると浮かんでくるのはさっきの映像。

 あのハネクリボーを引き当てた遊城くんのように、このドローで

 

「私のターン」

 

 心臓が高鳴る。

 今までに無いくらいにドキドキしてるのが自分でも分かる。

 ダメだ。とっても

 

 ワクワクしてる

 

「ドロー!!」

 

 引いたカードをゆっくりと目の前に持ってくる。瞬間

 

 私は笑った。

 

「装備魔法、秘術の書を発動!魔法使い族モンスターの攻撃力を300ポイントアップする。ブリザード・プリンセスに装備します!」

 

 ブリザード・プリンセスの目の前に一冊の本が現れる。プリンセスがそれをパラパラめくり、自分の魔法力を高めていく。

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800→3100

 

「マンマミーヤ!古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)の攻撃力を上回ったノーネ!」

 

「行きますっ!プリンセスで古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)に攻撃!!」

 

 プリンセスが飛び上がる。

 鎖のついた氷のハンマーをぶんぶんと振り回し遠心力を使って威力を高める。そして、その勢いを古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)の脳天にぶつけた。

 

 ドォォン!

 

 上から降り注ぐ衝撃に、古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)はつぶされてしまった。

 

「ワタシの古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)ーガ!」

 

LP3200→3100

 

 先生が頭を抱えて慌てふためく。でも私のターンは終わってないよ!!

 

「リバースカードオープン、未来王の予言!魔法使い族モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターはもう1度攻撃することができる!」

 

「な、ナンデスート!!」

 

「プリンセスの追加攻撃!!」

 

 プリンセスのハンマーが、今度は先生の頭上に勢いよく降っていった。

 

「マンマミーヤ!」

 

クロノス

LP3100→0

 

 ワァァァ!!

 

 最後の攻撃が決まった瞬間、周りから歓声が上がった。

 その中心にいるのはもちろん私

 

 ……私?

 

 あわわわわわわ

 どうしよう、なんだか凄く恥ずかしい!

 

 元々目立ったことなんてあんまり無かったし、デュエル中は高揚してるから気になら無かったけど、終わって少し落ち着いたら皆に注目されてたことを自覚してとっても恥ずかしくなってきた。

 

 ど、どうしよう、何かしないといけないのかな?

 

 混乱していた私の頭の中に何故かそんな思考が浮かぶ。そしてその何かを必死に考えたら、一つの案が浮かんだ。

 

 意を決して先生の方を向く。

 

 2連敗して放心状態になりかけていた先生は私が自分の方を向いたことに気づき私に目を向けた。

 

 そして私は、先生の方に右手を突き出した。

 

「ガ、ガッチャ、楽しいデュエルでした……」

 

 やって分かったけど

 これやる方が恥ずかしいよ!!

 うぅ。

 

 やった事を後悔してだんだん顔が熱くなっていく。恥ずかしさが最高潮まで達したよ。

 

「そ、その……ありがとうございましたっ!!」

 

 恥ずかしさに耐え切れなかった私は、先生に一礼するとすぐに駆け出した。

 

 止まれない、止まったら恥ずかしくて死んじゃう!

 

「お、舞花。スゲェデュエルだったぜ」

 

「ごめん遊城くんまた今度」

 

「お、おい!?」

 

 早口で言ってのけると、そのまま止まらずに走り抜けていく。

 

 デュエルが終わるやいなやすぐさま飛び出していった私を、皆は呆然と見送っていた。

 

 私、今日走ってばっかりだよ〜……



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2-turn 楽しいデュエル

 朝

 ちゅんちゅんという小鳥のさえずりが聞こえてきた頃に、私は目を覚ました。

 ボケーっとする頭を少しずつ覚醒させていって今日の予定を頭の中に浮かべていく。

 

「……今日、入学式だ」

 

 少し慌てて時計を見たが時間は何も問題なく、今から準備していけば十分に間に合う時間だ。

 

「ごはん…」

 

 目をこすりながら食卓に行くと、そこには昨日の内に用意しておいたパンがある。

 レーズンパンをほおばりながらこれからのことについて考えていた。

 

「これからは、一人じゃないんだよね」

 

 格安のアパートの一室。そこに居るのは私一人だ。

 両親は物心ついた頃には居なかった。けれどもどういうわけか私はどこにも引き取られなかった。

 親戚と名乗る人は一人も現れず、私を受け入れてくれる孤児院もなかった。

 通帳の中には、私が大学に入る間くらいまでは問題なく暮らしていけるようなお金があったから、今までは問題なくすごしていけた。

 でも、やっぱり寂しかった。

 全寮制のデュエルアカデミアを受験した理由も一つはそこにある。

 朝起きて部屋を出たら私以外の人が居て、そしておはようって言い合う。そんな些細なことに、私は憧れていた。

 でも、デュエルアカデミアにしたのはやっぱりデュエルが大好きだからなんだけどね。

 

「そろそろ行かなくちゃ~」

 

 洗面所の鏡の前に立つ。

 寝起きでまだ眠気が抜け切っていない顔をバシャバシャと洗い、少ししゃっきりとさせる。

 お化粧はまだしたことがなかったけど、これからはしていくのかな?

 寮に入ったら皆に聞いてみようと思いながら歯を磨き、髪を整える。

 胸よりも下までの長さの髪にくしを入れた後、愛用の黒いリボンで髪をまとめる。

 あごから耳の延長線のゴールデンポイントと呼ばれる場所で結び、慣れたポニーテールを作る。

 鏡を見ながらちょっとずつ調整して、いつもと同じように出来たらそろそろ出る時間だ。

 

 今まで着慣れていた制服に着替えると、今日でこれを着るのも終わりだということに気づいてなんだか少し寂しくなった。

 いや、そもそも今まで過ごしてきたこのアパートともお別れなんだな。荷物はもうほとんど纏めてあって、さっぱりしている部屋。

 残っているものは大家さんに頼んで処分してもらうことになっている。この部屋にはもう二度と帰ってこないかもしれない。

 

 準備の整った私は、カバンを持って玄関から外に出た。

 

「行ってきます」

 

 口から出た言葉はいつもと同じ、慣れた挨拶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫かよ?舞花」

 

「うん、酔い止めの薬は飲んできたからね」

 

「その割には辛そうだね・・・・・・」

 

 デュエルアカデミア行きのヘリコプターの搭乗場所に行くと、一番最初に私に声をかけてきたのは遊城くんだった。

 またねって言っておいてどっちかが落ちていたらどうしようとか考えていたけど、やっぱり杞憂だったようだ。その隣にはあの時の眼鏡くんもいた。名前は丸藤翔くんって言うらしい。

 あ、あと受験番号1番くんも居た。彼の名前は三沢大地くんって言うらしい。

 友達がたくさんできたよ~って喜んでいたら、ヘリコプターに乗ってくださいって言われた。

 このとき、私は覚悟を決めた。

 自慢じゃないけど私は乗り物にとっても弱い。

 どれくらい弱いかというと、小さな頃からブランコに乗ると気持ち悪くて目を回してしまうくらい。

 電車は揺れない路線なら大丈夫だけれど、ほとんどの乗り物は乗るとかなりつらい。

 

 でも、だいじょ~ぶ。

 今日の私には酔い止めがあるのです。

 

 ちゃんと使用方法にしたがって飲んだんだけど、乗って少ししたらいつものように気持ち悪くなってきた。

 

 酔い止めのう~そ~つ~き~

 

 結局私はデュエルアカデミアにつくまで、遊城くんに背中をさすってもらっていた。

 

 

 

 

 

「ひどい目にあったよ~」

 

 ヘリコプターから降りて、私たちはデュエルアカデミアの島についた。

 皆がきらきらした目であたりを見渡している間、私は気持ち悪いのが抜けるまでその場に座り込んでいた。

 

「大丈夫か?」

 

 その中で遊城くんが私を気遣ってくれた。

 

「うん、ありがとう遊城くん」

 

 遊城くんの手を借りて立ち上がり、私もあたりを見渡して見た。

 アカデミアの校舎と、ここから見える寮以外は自然に囲まれた島。

 動物さんも居るのかな~?

 

「舞花、皆もう行っちゃうぜ」

 

「へ?」

 

 見ると、すでに皆がアカデミアの校舎に向かって歩き出していた。ヘリの横に居るのは私と遊城くんの二人。

 

「行こうぜ、舞花」

 

 遊城くんは私の手を引っ張って皆に向かってかけていく。

 ……あれ?私ひょっとしてさっき手を借りたときから手を繋いだままだったの?

 遊城くんにがっしり?まれた手を見ていたら、頬が熱くなっていた。

 

 

 アカデミアについたら一人一人に制服が渡された。3種類の青と黄色と赤の制服。

 この色で寮分けをするのだと一緒に渡された生徒手帳に書いてあった。

 私は青い制服をもらった。というより女子は青い制服しかないようだ。

 遊城くんがもらった制服は赤だった。なんだかちょっと残念。

 同じ色でも男女では寮が違うとは思うけれども同じ色がよかったな~。

 

 もらった制服に着替えた後に入学式が始まった。

 恒例行事である校長先生の話が始まると同時に、遊城くんがうとうととし始めていた。

 

 早いよ~、校長先生そんなに長く話しているわけじゃないのに~。

 

 つんつんとつっついて遊城くんを起こしたら、校長先生の話が終わった。

 普通とっても長くなる校長先生の話がとっても短くてびっくりしました~。

 

 入学式が終わって解散すると、遊城くんと丸藤くんと少し話すことに。

 

「舞花、俺たちはオシリスレッドだったけど、お前は何だった?」

 

「私はオベリスクブルーだよ。女子はブルーしかないんだって」

 

 寮の話をしていると、そこに三沢くんが通りかかってきた。

 

「やぁ2番、お前もレッドか?」

 

「いや、僕は制服の色でわかるように、ラーイエローだ」

 

 三沢くんは制服の襟を少しつまんで色を見せてきた。

 そんなことをしなくても黄色だって言うのはわかるけどね。

 

「どうして君がレッドなのか不思議でしょうがないよ」

 

「何か引っかかる言い方だな?」

 

 そんなつもりはないのだろうけど、三沢くんが少し嫌味を言ってるように聞こえた。

 本人も少し気になったのか少し申し訳なさそうな顔をするけど、遊城くんはそこまで気にしていたわけじゃないみたいですぐに笑っていた。

 

「じゃあ、私はそろそろ行くね」

 

 寮の歓迎会はまだだけど、寮生活をするのだから寮のほかの女の子とも友達になりたい。だから私は寮に向かうことにした。

 

「おうっ、またな」

 

「またね」

 

「うんっ、それじゃあまたね」

 

 遊城くんと丸藤くんの返事をもらって私は寮に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

「わわわわわ、凄く豪華だよ~」

 

 女子寮に着いたら、とても広くて目がまんまるくなった。

 私の今まで住んでいたアパートの何倍あるんだろう?

 荷物を置くために、部屋に案内してもらう。寮長の鮎川先生はとっても美人で優しい人だった。よかったよ~。

 

 聞くところによると、今年の高等部編入者の女子は私一人で、後は皆中等部からあがってきた人たちらしい。

 

 あわわ、友達が作りづらいよ~。

 

 同じ編入者が居ればその子とはすぐに友達になれそうだったけど、皆中等部から上がってきてるんだったらすでに友達のグループが出来ているはずだ。そこに入れてもらうのは難しいような気がする。

 

 う~ん、弱気になっちゃダメだね。ファイトっ、私。

 

「ようしっ」

 

「あら、あなたは?」

 

 実はすでに部屋から出てお友達探しをしていた私。寮のロビーで気合を入れた声を聞いて、一人の女の子が私に話しかけてきた。

 

 金髪で、美人で、スタイルがすっごくいい女の子。

 

 ちなみに私は美人じゃなくて、幼児体型で、ポニーテールの女の子。

 

 このすっごい美人さんが、私のことをまじまじと見てくる。

 

「あの、恥ずかしいんですけど~」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 少し顔を赤くして訴えたら、あっさりと目線を変えてくれた。

 いい人なのかな?

 

「あなた、入試デュエルでクロノス先生に勝った子よね?」

 

「へ、あの古代の機械巨人《アンティーク・ギアゴーレム》の先生ですか~?」

 

 そういえば私、あの先生の名前知らないや。

 

「そう。やっぱりそうなのね。私は天上院明日香よ」

 

「あ、橘舞花です」

 

 名乗られたのでで名乗り返す。天上院さんは探し物を見つけたみたいな目で私を見ていた。

 この人、お友達になってくれないかな~。

 

「あなた、デュエル強いのよね。いずれ手合わせしたいわ」

 

「へ?」

 

 それだけ言うと天上院さんはどこかへ行ってしまった。それを見送っていたら、私にある考えが浮かぶ。

 

 そうだっ、デュエルしてお友達になればいいんだよ。

 

 私はデュエルディスクとデッキを持って、天上院さんの後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天上院さんを追いかけていくと学校まで戻ってきてしまった。

 ??何しにきたんだろう。

 

「て、天上院さ~ん」

 

 学校に入る寸前に何とか追いつく。少し大きな声を出して名前を呼ぶと、こっちに気づいて振り向いてくれた。

 

「橘さん、どうしたの?」

 

 ちょっと言葉が詰まる。

 えっと、友達になろう?ちょっと違うよね。でもいきなりデュエルしようって言うのもへんかな~?

 

 ちょっと悩んでいる間に、天上院さんは私の腕についているデュエルディスクに気がつく。

 

「ひょっとして、デュエルのお誘いかしら?」

 

 察してくれて、助け舟を出してくれる。

 私は嬉しくなって首を縦にぶんぶん振った。

 

「うん!デュエルしようよ!」

 

 そんな私の様子に天上院さんはクスっと笑った。

 

「いいわ。じゃあ中のデュエルフィ-ルドを使いましょう」

 

 天上院さんに案内されて学校の中に入っていく。さっきはチラッとしか見ていなかった校舎の中を楽しそうに見ていると、天上院さんはまたクスっと笑っていた。

 

「ここよ」

 

 デュエルフィールドに着くと、中から妙に聞き覚えのある声が聞こえる。

 耳を澄まして聞いてみると、この声は……遊城くん?

 

 中を見てみると、遊城くん、丸藤くん、それからブルーの男子生徒の3人の計5人が居た。

 

「あいつら…」

 

 天上院さんはブルーの3人を見ると表情が変わる。すこし怒った表情に変わった天上院さんにすこし聞きたいことがあった。

 

「えっと、あの人たちは?」

 

 人を指差しちゃいけないことはわかってるけど、誰のことを言ってるのかわからないかなって思ってブルーの3人を指差して聞いてみる。

 

「……万丈目くんって言って、中等部のトップだった人よ。取り巻き共々エリート意識が強くて、ろくでもない連中よ」

 

 その万丈目くんと遊城くんが、なにやら険悪な雰囲気で勝負だのなんだのと言っている。ひょっとしてデュエルする気なのかな?

 

「出来ればその実力、ここで見せてほしいものだな」

 

「いいぜ」

 

 どうやら二人ともやる気満々のようだ。けれども私はそのまえに走り出していた。

 

「ストーップ!」

 

 二人の間に割って入ると、何事かと皆が私に注目する。遊城くんと丸藤くんは私だとわかると安心したようだったけどブルーの3人は目を丸くしていた。

 

「何で止めるんだよ?舞花」

 

 遊城くんが不満の表情で私に文句を言う。

 

 むぅ、わかっていたけどそんな顔されるのはちょっと傷つくよ~。

 

「そんな険悪のままデュエルはやっちゃダメです。デュエルは楽しく、ハッピーに、だよ」

 

 全員があっけに取られたような目で私を見ていた。特にブルーの3人は何言ってるんだ、馬鹿を見るような目で見ていた。

 私、何か変な事言ったかな?

 少しの間硬直した後に、天上院さんと遊城くんが笑い出した。

 

「ははっ!そのとおりだな。万丈目!また今度やろうぜ」

 

「万丈目さんだ。まぁいいだろう、興がそがれた。いくぞお前たち」

 

 万丈目くんは踵を返すと出口に向かって歩いていった。

 

「ふふっ、あなた本当に面白いわね」

 

「?天上院さん、私何か変な事言ったかな」

 

 その疑問を天上院さんにむかって問いかけると、その場に居た皆がまた笑い始めた。

 

「ううん、何も言ってないわよ。純粋ね、あなた」

 

「そうなのかな?じゃあ何で皆笑っているの?」

 

「気にすんなって」

 

 遊城くんが笑いながら言ってきているのでやっぱり気になるけど、みんな教えてくれないんだろうなと思った。

 

「まぁいいや。天上院さん、デュエルしようよ」

 

 そこまで言ったら天上院さんははっと何かに気づいた様子で時計を見た。

 こっちを向いて、天上院さんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「そろそろ寮の歓迎会が始まるわ。また今度ね」

 

「ええぇ~」

 

 私も時計をみたら、確かにそろそろ歓迎会が始まる時間だった。私はしぶしぶデュエルディスクをしまう。

 

「あなた達もそろそろ歓迎会よ。戻ったほうがいいわ。それと、今後万丈目くんの挑発にのらないことね。あいつらろくでもない連中だから」

 

 途中まで普通だったけど、天上院さんは万丈目くんのことを言うときに表情が少し怖くなる。何かあったのかな?

 

「初対面の俺にそんなことを言うなんて、ひょっとして俺にほれたか?」

 

「ありえないっスよ、兄貴」

 

 いつの間にか丸藤くんの、遊城くんの呼び方が兄貴になっていた。兄弟の契りでも交わしたのだろうか?

 ところで、遊城くんの言った言葉になぜか私はいらっときた。私にはそんなこと言ってないのに。

衝動的に遊城くんの足を思いっきり踏みつけていた。

 

「いってぇぇ!!何すんだよ舞花!」

 

「別に何もしてないよ~」

 

 思いっきりジト目で遊城くんを見たら、なんだかバツの悪そうな顔になる。

 俺が何か悪いことしたかよと言いたげだけど、思いっきり無視した。

 

「ふふっ、面白いわねあなた達」

 

 私と遊城くんが二人で疑問符を浮かべていると、丸藤くんが慌てて遊城くんの袖を引っ張った。

 

「そろそろ行かないと間に合わないっスよ、兄貴」

 

「おぉ、ほんとだ。二人とも、また今度な」

 

 丸藤くんに引っ張られていたはずの遊城くんは、途中で止まって私たちのほうを向いた。

 

「そういえば、あんたなんて名前だ?」

 

 天上院さんに向かって遊城くんが話しかける。

 

「天上院明日香よ」

 

「そっか。俺、遊城十代。よろしくな」

 

 それだけ聞いたら遊城くんたちはレッド寮に向かって走っていった。

 残された私たちもそろそろ寮に戻ろうかなと思ったら、天上院さんがぽつんと一言言葉を洩らした。

 

「十代」

 

 笑顔で言葉を洩らした天上院さんに、私は慌てる。

 

「ひょっとして、天上院さんほんとに遊城くんに惚れちゃったの!?」

 

 それだとしたらどうしよう。

 私は天上院さんほど美人でもスタイル良くも無いし、どうやったって勝てないよ~……ってあれ?なんで勝ち負けとか考えてるんだろ、私。

 

「安心して、とったりしないわよ」

 

 天上院さんが悪戯っぽい笑顔を私に向けてそう告げる。

 

「と、とったりって、私と遊城くんは付き合ったりしてるわけじゃないよ~~」

 

 あせっていたせいか、いつもよりも語尾が少し延びている。あたふたしている私を天上院さんは凄く面白そうに見ていた。

 

 この人…S?

 

「じゃあ、片思いなのね」

 

「か、かたっ……」

 

 私が、遊城くんに?

 

 えええええええええええええ!!

 

 心臓がバクバクと高鳴る。顔に集まっていく熱は今にも頭のてっぺんから湯気を発しそうなほどに熱い。

 

「ち、違うよ……ほら、天上院さん、そろそろ歓迎会始まっちゃうよ」

 

 なんとか話題を反らそうとするその意図は向こうも分かっているようだったけど、時間が無いのも確かなので天上院さんも寮に戻る気になった。

 

「そうね、早く行きましょう。舞花」

 

「へ?」

 

 聞き間違いじゃないだろうか?天上院さんは今、私のことを名前で呼んでいなかっただろうか?

 

「え、えっと天上院さん」

 

「明日香でいいわよ。もうお友達でしょう」

 

 さっきまでと同じように天上院さんと呼んだら、訂正するように言ってくる。

 お友達。この学校に入ってはじめての同性のお友達。

 しかもそんなに嬉しいことを私じゃなくて、向こうからいってきてくれてもっともっと嬉しくなった。

 

「うん、ありがとう。明日香ちゃん」

 

 呼びすてはちょっと無理だけど、ここではじめて出来た友達に親しみを込めてちゃんづけをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はとっても楽しかったな~」

 

 あの後、寮の歓迎会で明日香ちゃんはお友達の枕田ジュンコちゃんと浜口ももえちゃんを紹介してくれた。

 二人とも私のことを品定めするような目で見てきたけれども、少しおしゃべりをしてるうちに自然と仲良くなれた。

 ジュンコちゃんはちょっと気が強いところもあるけど実は結構やさしい人で、ももえちゃんはおっとりとしたお嬢様っていう感じの人だけどしきりにいい殿方はいませんかと私に聞いてきた。

 そしたら明日香ちゃんが遊城くんのことを話して、そしたら私が遊城くんに片思いしてるってことになってしまった。

 うぅ、そんなんじゃないのに。

 自室のベッドの上でぼんやりとそのことについて考えていた。

 目を閉じたら古代の機械巨人《アンティーク・ギアゴーレム》を倒したときの遊城くんの姿が浮かんでくる。

 それを思い出すと顔に熱がいき、心臓の鼓動は大きくなっていく。

 

 好き……なのかなぁ?

 

 私はまだ初恋もしたことが無い。だから、これが好きという感情なのかも分からない。

 

 ゆっくりと、これから時間をかけて分かっていこう。

 

 今日はそういう結論をして、電気を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝付けないよ~。

 時計を見てみると、時間はまだ0時のちょっと前。

 さっきまで遊城くんのことを考えていたせいか、胸が高鳴ってなかなか寝付けない。

 少し外でも散歩して頭を冷やしてこよう。

 そう思って、パジャマから制服に着替える。制服のスカートをはいたところでコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

 

「舞花、まだ起きてる?」

 

 明日香ちゃんの声だった。こんな時間にどうしたんだろうと思いつつ、はぁい、と返事をして扉を開ける。

 私と同じように制服姿の明日香ちゃんがそこに立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「……これを見て」

 

 すっと差し出してきたのは学園のPDA。ピピっとそれを操作してメールの画面を呼び出し、一通のビデオメールを再生する。

 映し出されたのは昼間の万丈目くんだった。

 

『天上院くん。今夜0時にデュエルフィールドで、あのドロップアウトボーイに学園の厳しさを教えてやろうと思う。よかったら見に来てくれ』

 

 ドロップアウトボーイって遊城くんのことかな?

 学園の厳しさを教えるっていうことはデュエルをするっていうことなのかな?

 ちょっとよく分からない部分が多かったけど、とにかく0時にデュエルフィードで何かやるっていうことは分かった。

 

「行くの?明日香ちゃん」

 

「ええ、だからあなたも誘いに」

 

 愛しの遊城十代のためにもね、と付け加えた明日香ちゃんに私は顔を赤くして抗議する。はいはい、と受け流している明日香ちゃんにこれ以上何を言っても無駄だということが分かったので、おとなしく引き下がることにした。

 

「行きましょう」

 

 ちょうど制服に着替えていたので、私たちはすぐに寮を出てアカデミアの校舎に向かう。廊下を抜けて奥まで進むと、光が漏れている部屋がある。さっきのデュエルフィールドだ。

 

「もう始まってるわ」

 

 明日香ちゃんとデュエルフィールドに入った瞬間、目に付いたのはフレイム・ウイングマン。

 ちょうど遊城くんが融合召喚を行ったようだ。

 

「かかったな、罠カード発動。ヘルポリマー!」

 

 万丈目くんが発動したカードはヘルポリマー。

 

「ヘルポリマーって?」

 

 丸藤くんがつぶやいた声に、すかさず明日香ちゃんが説明に入った。

 

「相手が融合モンスターを召喚したとき、自分のモンスター1体を生贄にそのモンスターのコントロールを得るカードよ。デュエリストにとって基本的な知識よ」

 

「融合を使う場合、ヘルポリマー、融合禁止エリアなんかは特に注意する必要があるんだよ。ヘルポリマーは成功したときのアドバンテージが大きいけど、使うのに生贄が必要でちょっと使いづらいから、普通は融合禁止エリアのほうを使うんだけどね」

 

 明日香ちゃんの説明に私が補足として付け加える。フィールドの遊城くんはそっかー知らなかったぜ、とまだのんきな表情を浮かべていた。

 

「じゃあ扱いの難しいほうをあえて使ってるのは、万丈目くんはそれを使いこなせるほどに強いってこと!?」

 

 反対に、丸藤くんはとても不安そうな顔でフィールドを見た。遊城くんはまだまだいくぜと手札を見ていた。

 

「クレイマンを守備表示で召喚。ターンエンド」

 

 返しのターンに万丈目くんはヘルソルジャーを召喚し、2体で攻撃を仕掛ける。

 フレイム・ウイングマンがクレイマンを破壊し、攻撃力分の800ダメージを与える。ヘルソルジャーの攻撃とあわせて2000ポイントのダメージをうけた。

 

「楽しそうだね、二人とも」

 

 ぽつんと、私は言葉を洩らしていた。

 えっ、という言葉とともに私のほうを向いた丸藤くんは、どうして、と聞いてくる。

 

「遊城くん、まだ全然あきらめてないもん。相手がが強ければ強いほど面白いんだよ~、きっと」

 

 私と同じように。

 相手が強ければ強いほど、どうやって打ち破るのかを考えるのが楽しくなる。遊城くんも、私も同じだ。

 

 遊城くんはスパークマンを召喚し、ヘルソルジャーに攻撃を仕掛ける。

 1600-1200の400ポイントのダメージを与えた。そのとき、破壊したヘルソルジャーの剣が宙を舞う。狙いを定めたかのように遊城くんに切っ先を向け、遊城くんに向かって飛んでいった。

 

「モンスター効果だ。ヘルソルジャーが破壊されたとき、そのダメージは相手プレイヤーも受ける」

 

 剣が遊城くんを貫き400ポイントのダメージ。ライフが減っていくが、この程度なら問題ないはずだよ。

 

「彼、ちょっと迂闊ね。モンスター効果を無視するなんて」

 

 あきれた様な目で明日香ちゃんは遊城くんを見ていた。でも、私は違うと思った。

 

「ううん、ダメージを覚悟していたんだよ。少しのダメージを負ってでも、モンスターを倒さなきゃ進めないから」

 

 遊城くんはただ退かなかっただけ。

 傷を負ってでも倒そうという意志で動いたんだ。

 そして、きっとそれが正解だったはず。

 

 遊城くんはカードを1枚伏せてターンエンドを宣言した。このままじゃ、フレイム・ウイングマンにやられてしまう。

 けれども、きっとあのリバースカード、それでまた逆転する気なんだ、きっと。そう思うとついつい、頬が緩んだ。

 

 万丈目くんはターンに入るとすぐさま攻撃を仕掛けた。

 

「リバースカードオープン!異次元トンネル-ミラーゲート-」

 

 その効果は相手の攻撃宣言時に、攻撃対象となったモンスターと攻撃を仕掛けたモンスターを入れ替えてバトルをするカード。

 その効果により、遊城くんのばにフレイム・ウイングマンが戻りスパークマンとバトルする。

 戦闘でスパークマンは破壊され、万丈目くんに500ポイントのダメージとフレイム・ウイングマンの効果で1600ポイントのダメージを与える。

 

「ちっ、魔法カードヘルブラストを発動!自分のモンスターが自分のバトルフェイズで破壊されたとき、破壊したモンスターを破壊して、相手にそのモンスターの攻撃力の半分のダメージを与える」

 

 フレイム・ウイングマンが破壊され、その攻撃力の半分の1050のダメージが遊城くんに与えられる。これでライフポイントは550の残りわずか。

 

「さらに罠カード発動、リビングデットの呼び声。墓地のヘルソルジャーを特殊召喚。さらにヘルソルジャーを生贄に地獄将軍メフィストを召喚!!」

 

 万丈目くんの場に攻撃力1800のモンスターが現れる。比べて遊城くんの場にはもう何も無かった。フィールドの状態から万丈目くんが圧倒的に有利。そのせいなのか万丈目くんはまるで勝ったかのように振舞い始める。

 

「オシリスレッドにしては頑張ったようだが、オベリスクブルーの俺には勝てん!これで自分の身の程をわきまえるんだな」

 

「それはどうかな?」

 

「何?」

 

 まただ、また遊城くんのあの目。どんな状況でもあきらめずデッキを信じて戦うあの目。吸い込まれそうになりながら、私はその目を見ていた。

 

 そっか、私は

 

 頭の中に、またあの時の、古代の機械巨人《アンティーク・ギアゴーレム》を倒したときの遊城くんが浮かんでくる。

 

 あの、絶対にあきらめない目を、その姿勢を、かっこいいって思ったんだ。

 

「頑張って、十代くんっ!」

 

「おうっ!!」

 

 遊城くんのおそらくラストドロー、勢いよくカードを引き抜いた。

 遊城くんのドローカード。それを見た遊城くんは明るい表情になる。

 キーカードを引いたんだ。

 

 そこで、誰かがデュエルフィールドに向かってくる足音が聞こえる。

 

「ガードマンが来るわ、時間外の施設利用は校則違反よ!退学になるかもしれないわ」

 

 明日香ちゃんがそう叫ぶと、万丈目くんはデュエルを終了しようとデュエルディスクに手をかける。

 

「待ってよ!!」

 

 ここで終わりにしちゃいけない。だって、遊城くんはキーカードを引いた筈なんだから。

 私の声に、万丈目くんはデュエルディスクにかけたようとした手を止める。

 

「何だ?俺たちに退学になれというのか?」

 

「私がガードマンを遠ざけるから、最後までやって。お願いだよ~」

 

 真剣な目で懇願している私を見て、万丈目くんはちっ、と舌打ちをしながらもその提案を了承する。

 

「おい、舞花」

 

 心配そうな目で私を見ている遊城くんに私はニッコリと笑った。

 

「デュエルが途中で終わるとつまらないよ~。楽しいデュエルは最後まで、ね」

 

 そう言うと遊城くんは納得したのか万丈目くんのほうを向いた。これでちゃんと決着がつけられる。

 私はすぐに廊下に出て、ガードマンの方に向かう。

 

「誰だ!?」

 

 私の目の前に、ガードマンが現れる。

 懐中電灯から発せられる光が私に当たってとってもまぶしい。

 

「何をしている」

 

 まぶしがっているのを考慮してくれたのか、光を下に向けてガードマンさんが私に尋問してきた。

 

「新入生なんですけど、夜の散歩をしていたら迷子になっちゃったんです~。女子寮まで案内してもらえませんか~?」

 

 嘘だけれども、とっさに思いついたのはこんなものだった。普段からよく迷子になっているから頭にパッと浮かんでしまった。

 

「そうか……この奥には誰かいたか?」

 

「誰も見ませんでしたよ~」

 

「ふむ、今日の巡回はこの奥で終わりだが、誰もいなかったのならいいだろう。送っていってあげよう」

 

 ガードマンさんはいい人のようで、私を信じてくれたようだ。

 そのまま私はガードマンさんに女子寮まで送ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってきてベッドの上に横たわる。

 

 遊城くん勝ったのかな~。

 

 あの後どうなったのかは私は分からない。まだ明日香ちゃんも戻ってきてないし、早く戻ってこないかな~。

 

 ピリリリリ

 

 静かだった室内にPDAの音が鳴り響く。ちょっとびっくりしたけど、この音が通話機能の音だと分かると、すぐにPDAをつかむ。

 

 明日香ちゃんかな?

 

 そう思ってPDAの通話機能に出た。

 

「もしもし~?」

 

『舞花か?』

 

 私が明日香ちゃんだと思って出ると、聞こえてきたのは男の子の声。

 耳に響いてきたその声は、さっきデュエルしていた人だとすぐに分かった。

 

「遊城くんだよね?」

 

『ああ、無事なのか?舞花』

 

 心配そうな口調で私の名前を呼んでくれる。それがとっても嬉しくってなんだか笑ってしまった。

 

「うん、それより遊城くん……勝ったよね?」

 

 さっきから聞きたくてうずうずしていた。期待を込めた口調で遊城くんに問いかける。

 

『もちろん!あの時死者蘇生を引いたから、フレイム・ウイングマンを蘇生して勝ったぜ!!」

 

 デュエルの興奮が戻ってきたのか、少し大きな声で遊城くんは説明した。

 

 そっか、あの時のドローは死者蘇生だったんだ~。

 

「おめでとう、遊城くん」

 

 やっぱり、遊城くんは逆転勝利をしていたんだ。それが分かると私もまたすっごく嬉しかった。

 

『お前のおかげだよ、舞花。お前があの時、ガードマンを引きつけてくれたから。何よりも、お前があの時応援してくれたから』

 

 応援と聞いて、私は頭に疑問符を浮かべる。何かしたかなっと頭を捻った。

 

『なぁ、舞花。俺、このデュエルのあれはお前に一番に聞いてもらいたかったから、あの時万丈目にはやらなかったんだ』

 

 あれってなんだろう?さっきから分からないことが多くって頭を捻りすぎてしまいそう。

 

『ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ!お前のおかげだ、舞花」

 

 電話越しに遊城くんがあのポーズをとっているのが目に浮かぶ。そうか、あれってこれのことなんだ。

 遊城くんが私に一番に聞いてもらいたいって、そういってくれた事がとっても嬉しい。さっきから遊城くんは私のことを喜ばせてばっかりだよ~。

 

「ありがとう、遊城くん」

 

『十代って呼んでくれよ。あの時だってそう呼んでたじゃんか』

 

 あの時?

 私が遊城くんを十代って呼んだことなんてあったかな~?

 

『応援してくれたとき、十代って呼んでくれて嬉しかったんだぜ』

 

 瞬間、思い出した。

 

――頑張って、十代くんっ!――

 

 最後のドローの寸前、私は確かにそう言っていた。それを今思い出した。

 私、あの時は夢中で叫んでいた。それよりも、今は私は遊城くんの言った言葉を問いたい。

 

「う、嬉しかったって?」

 

『なんか、やっと友達になれた気がしてさ』

 

 返ってきた答えに、私はなんともいえない複雑な感情を起こされた。

 

 友達、か……。

 

 他の誰かに言われていたらきっと無条件に嬉しかったであろうその言葉は、彼に言われるとなんだか少し残念な気がしてしまった。

 

 友達よりも、もっと上に……

 

 そう考えてしまった私は欲張りなのかな?

 でもきっと今はこれでいいんだ。友達として、これからちょっとずついろんなものを育んでいけるのだから。

 

「友達……だよ。じゃあまた明日ね~十代くん」

 

『ああ。また明日な、舞花』

 

 ピッと、通話を切る。

 再び戻った静寂の空間に、夜風の音がカタカタと鳴っていた。

 

「また明日」

 

 夜の冷えた中を歩いていたのに、頬はまだ熱いままだった。




遊戯王OCGでは、フレイム・ウイングマンは融合召喚以外で特殊召喚をすることはできません。
ですが、アニメ内では融合解除などで特殊召喚される場合があるため、アニメ効果では蘇生制限を満たせば特殊召喚可能だと思われます。

この小説ではそちらのアニメ効果を採用しています。ややこしくて申し訳ありませんがご了承ください。


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3-turn 対決!英雄vs魔法使い

注意
この話からオリジナルカードが1枚登場します。壊れ効果とかにしないように気をつけてあるつもりですが、いやな方は回れ右して退場することをお勧めします。



「デュエルモンスターズのカードは、通常モンスター、融合モンスター、効果モンスター、儀式モンスター、それと、罠カードと魔法カードに色分けされています。さらに罠カードには通常、カウンター、永続の3種類、魔法カードは、通常、永続、速攻、儀式、装備、フィールドの6種類に分けることが出来ます」

 

 クロノス先生の授業で、いきなりデュエルモンスターズのカードについて説明しなさいって言われました。

 皆が目を逸らしている中で、私だけがクロノス先生のほうを見ていたので私が当てられた。席を立って説明を開始しようとすると、みんなの目線が私に集まってきていてすごく恥ずかしいよ~。

 緊張しているのを頑張って隠しながらカードの説明をなるべく早口に言い切って、席に座り両手で顔を隠す。

 

「シニョーラ橘、正解ですカーラそんなに恥ずかしがらなくったっていいノーネ」

 

 クロノス先生がおろおろとしながら私に言ってきてるけど

 

 無理です、私は人前に出るのが苦手なんです~。

 

 とりあえず深呼吸して少し落ち着こうとする。隣の明日香ちゃんがぽんぽんと頭を撫でてくれて何とか落ち着けた。

 

「それデーハ、シニョール丸藤。フィールド魔法についての説明をお願いするノーネ」

 

 私が落ち着いた後にクロノス先生は翔くんに次の質問をした。

 あ、この間十代くんの部屋に遊びに行った時に翔くんも名前で呼んで欲しいといってきたのでそう呼ぶことにしました。それと同室の前田隼人くんともお友達になりました。

 

 当てられた翔くんはさっきの私よりも緊張してしまっているようで、立ち上がった後あたふたするだけで上手く言葉が出ないようだった。

 

「そんな問題小学生でも分かるぜー」

 

 オベリスクブルーの男子の一人が、なかなか答えられない翔くんを馬鹿にした発言をした。

 その言葉にブルーの皆は大笑いして、翔くんに馬鹿にした目線を向ける。三沢くんはそんな皆をいやな目で見ていたけれど。

 

「翔くん、落ち着いて~。深呼吸してみよう。吸って~」

 

 見ていられなくなった私は翔くんに声をかける。落ち着くためにさっき私がやった深呼吸をさせてみることにした。

 翔くんは私の声とともに息を大きく吸い込み始めた。

 

「吸って~」

 

 翔くんはもっともっとたくさんの空気を肺に詰め込み、そろそろ限界まで達しようとしている。

 

「吸って~」

 

「はかせてよっ!!」

 

「あ、ごめんね~、忘れてたよ~」

 

 深呼吸って吸うだけじゃないんだったよ。

 翔くんはあきれた様子で私を見ていた。

 

「でも翔。お前、落ち着いたんじゃないか?」

 

 十代くんがそう指摘すると、翔くんははっとして自分を見た。

 さっきまで震えていた体と声がいつの間にか収まっている。

 

「デーハ、シニョール丸藤。フィールド魔法の説明をお願いしますーノ」

 

 そんな様子を見て、クロノス先生は翔くんにもう一度回答する機会を与える。翔くんは今度は落ち着いた様子でその質問に答えた。

 

「フィールド魔法はフィールドに出ている間は、フィールド全体に特殊効果を与える魔法カードです。森や海などの攻撃力、守備力を上げるものが一般的ですが、フュージョンゲートなど別の効果を与えるものもあります」

 

「よろしい、見事な答えですーノ」

 

 翔くんは嬉々とした様子で席に着く。さっきまで笑っていた生徒たちはみんなが呆気にとられた表情で翔くんを見ていた。最初に囃し立てた男の子はバツの悪そうな顔をしている。ちなみに三沢くんはさっきとは逆に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはありがとう、舞花ちゃん」

 

 目の前で大徳寺先生が授業をしている中、翔くんは小声で私に話しかけてきた。ちなみに私の席は翔くんの隣の十代くんの真後ろ。

 

「あはは、ごめんね~。深呼吸でずっと吸わせちゃって~」

 

 翔くんがお礼を言ってきてくれたので、私はさっき自分がしてしまったミスを謝る。

 

「それが逆によかったんだけどね」

 

「おい、二人とも。油断してるとまた指されるぞ」

 

 十代くんの指摘で前を向くと、大徳寺先生がこっちを睨んでいた。まずいと思って教科書を見ようとすると、先生に指される。

 

「橘さん」

 

「は、はい」

 

 ニコニコした顔で、先生は私の名前を呼んだ。

 まずいよ、どんな質問されるんだろう?

 私の不安をよそに、先生の発した言葉は私の予想とはまったく違うものだった。

 

「ファラオを捕まえてもらえるかにゃ?」

 

「へ?」

 

 ファラオを捕まえるとは何のことだろう?古代エジプトのファラオを捕まえに行けということだろうか?でもそれじゃあタイムスリップしなきゃダメだよね。

 よく分からないですという顔を先生に向けると、座っている自分のふとももにふさふさとした感触。

 

「ひゃぁ」

 

 思わず声を上げてしまった。その感触の原因を見てみると、そこにいたのはちょっと太ったかわいいねこさん。

 

「その猫が、ファラオですにゃ」

 

 ファラオと呼ばれてるねこは、私の膝枕が気に入ったらしくその場所で寝入ってしまった。

 体を丸めて寝ているファラオはとってもかわいらしい。

 

 でもくすぐったいよ~。

 

 結局、大徳寺先生が私のところまで来てファラオを引き取っていった。

 

 

 

 

 

 

 今日も一日の授業が終わった。

 あの後あった体育のバレーボールは、私の活躍によって見事に敗退した。

 

「それにしても、私バレーボールを顔面でしか受け取らない人をはじめてみたわ」

 

「うぅ、それを言わないでよ~、明日香ちゃん」

 

「いえ、あれはもはや芸術的でしたわ」

 

「あそこまで見事に顔面で取りに行くんだもんね」

 

「ジュンコちゃんにももえちゃんまで~」

 

 お風呂の脱衣所で、今日の授業の話が弾む。といっても私の連続顔面レシーブの話題が主だったけど。

 

 だって、ボールが手のところに来てくれないんだもん。

 

 ちなみに手で受けれた回数は0でした。

 

「ポニーテールでも活動的じゃないってことね」

 

「ジュンコちゃん、それはポニーテールの人に対する偏見だよ~」

 

 件のポニーテールのリボンをはずして、ジュンコちゃんの発言を返す。そのジュンコちゃんは着替えるのが早くてもう下着をはずしていた。

 

「舞花さん、遅いですわ」

 

 見ると、ももえちゃんも明日香ちゃんもすでに体にバスタオルを巻いていた。

 

 ひょっとして私が遅いだけ?

 

 慌てて制服の上下を脱いで籠にしまう。たたんでいる暇もないまま下着をはずし、タオルをつかんだ。

 みんなはすでに浴場に入っていた。

 

「待ってよ~」

 

 先に歩いていった3人にどうにか追いついて浴場の洗い場までいく。

 ゆっくりと体をスポンジでこすり、洗い流した後は髪の毛の手入れをする。

 あわ立てたシャンプーを髪の毛全体につけた後お湯で洗い流し、その後にリンスをつけて流す。

 

 髪の毛が多いと大変なんだよね~。

 

「それにしても明日香さんってば、スタイル抜群でうらやましいです」

 

 洗い終わって浴槽に入ろうとしているときに、ジュンコちゃんが明日香ちゃんの体を見てそういう。

 

 確かに明日香ちゃんってスタイルいいよね。

 

 会って最初のときにも思ったことを改めて思い知る。

 明日香ちゃんを見た後に、自分の体を見てみた。

 

 ……A。

 

「舞花、何でそんなに落ち込んでるの?」

 

「明日香ちゃん。どうしてそんなに大きいの~」

 

 比べてみてみると、同じ年だとは思えないような差がそこにはあった。

 私だって成長したのに、Aが一つ減ったのに。

 

「ま、舞花だって成長するわよ」

 

 落ち込んでる私を励まそうと明日香ちゃんは私の目線まで顔をさげて来る。

 大きく強調された話題のものが目に飛び込んできた。

 

「……明日香ちゃんのバカ~」

 

 なんだかとっても悲しくなってきた私は一足先に浴槽につかる。やれやれと残りの3人も遅れて入ってきた。

 明日香ちゃんの方を向けなくなった私は窓の外の景色を見る。きれいなお星様が見えた。

 

 流れ星、こないかな~。

 

 願うことは沢山あって、きっと流れたとしても言い切れないだろうことは分かっていたけれども、夜空に輝く星を見ていると自然とそんなことを考えてしまった。

 たとえ願いが叶わなくても、流れ星を見れればハッピーだから。

 

――ガサガサ

 

 外から物音がした。風ではなく何かが動いた物音。

 

 なんだろう?動物さんかな。

 

 でも女子寮付近に動物が現れたことはほとんどなかったはずだ。じゃあの物音はなんだろうかと身を乗り出して外を見た。

 

「覗きよー!!」

 

 外から誰かの叫び声が聞こえる。それと同時に湖のほうから何かが飛び込む水の音が聞こえた。

 

 って、覗き?

 

 覗きとは、この場所を考えるとお風呂を覗きにきたということ。そして今入ってるのは私。

 恐る恐る声のしたほうを見てみると、見慣れた水色の髪の少年と目が合った。

 

 ところで、今の私の状態はバスタオル一枚です。

 

 うん、バスタオルがあってよかったよね。今裸じゃないもん。

 そんな現実逃避を一瞬した後、現状を頭が一気に理解する。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 見られた。見られたよ~。

 バスタオル一枚の状態を目が合った翔くんは確実に見た。それはとっても恥ずかしいことで、いつも十代君と接しているときよりも今日の授業で当てられたときよりも顔の熱が上がる。

 そんな私の状況を確認した後、ジュンコちゃんとももえちゃんはバスタオル一枚の状態で外に出る。

 

 二人とも恥ずかしくないの~。

 

 外の状況は、二人の介入もあってかすぐに捕まえて治まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、もうお嫁もらえないよ~」

 

「舞花、混乱してるのは分かったから落ち着いて。あなたはお嫁はもらえないわ」

 

 隅のほうでいじけてる私を明日香ちゃんが必死に慰めてくれる。明日香ちゃんがぽんぽんと私の頭を撫でてくれるとなんだか少し落ち着いた。

 

「舞花、ちょっときてー!」

 

 翔くんの尋問をしているジュンコちゃんが大きな声で私を呼ぶ。何とか落ち着けた私はそっちのほうに向かった。

 

「だから、舞花ちゃんからのラブレターであそこに呼び出されたんだって」

 

 私からのラブレター?

 全然見に覚えのない私は首を思いっきり傾げる。その私をみて翔くんは不安げな顔になった。

 

「そもそも、舞花があなたにラブレターを出すとは思えないわ。十代ならともかく」

 

「あ、明日香ちゃん!!」

 

 軽く口を滑らせた明日香ちゃんの口を必死に閉ざそうとするけれども遅かった。けれども翔くんは手を縛られた状況でもらったラブレターをポケットから出すのに必死で聞いていなかったようだ。

 やっとの思いで翔くんがポケットから出したラブレターを受け取り、中身を見る。

 内容は確かにラブレターで最後に橘舞花と私の名前が入っていた。

 

「……私、こんな字書かないよ~」

 

 お世辞にもきれいとは言えない字を見て私はそう洩らす。私はこんな角ばった字は書かない、というよりも書けない。私の筆跡はどうやっても丸くなってしまう癖があるのだ。

 

「それにこれ、宛名が遊城十代になってるわ」

 

「一気に舞花さんの可能性が高くなりましたわ」

 

「ももえちゃんもっ!!」

 

 今度こそ翔くんに聞かれたかもしれないと翔くんの方を見てみたら、翔くんはラブレターの宛名に気づかなかったことで放心状態になっていた。

 

 うん、助かったよ。

 

 その翔くんをほって置いて、この後どうするかを考える。とにかく翔くんは誰かに騙されたわけで故意に覗いたというわけではないのだから。

 

「被害にあったのは舞花なんだし、舞花が決めたら?」

 

 明日香ちゃんの提案をジュンコちゃんとももえちゃんも呑む。その話を聞いてこっちの世界に戻ってきた翔くんが私を一心に見ていた。

 私としても翔くんを停学、下手したら退学になんて追い込みたくはない。

 

「翔くん」

 

 名前を呼ぶとまさに助けてくれと言いたげな目で私を見てくる。切羽詰ってる翔くんに私はニッコリと笑いかけた。

 

「何も見なかったことにしましょう」

 

 ピンと右手の人差し指を立てて提案する。

 その言葉に翔くんは呆気に取られているようだったけど気にしない。というよりも気にしたら私のほうがさっきの恥ずかしさで死んでしまいそう。だからさっきのことはお互いに忘れて無かったことにしたい。

 

「私も何も見られなかったことにしよう」

 

 これで万事解決だね、と皆を見ると、皆があきれた目で私を見ていた。

 

「まぁ、舞花がいいならいいわ」

 

 複雑な表情をしながらも、明日香ちゃんは何とか納得してくれたようだ。翔くんは目を輝かせて私にありがとうと言ってくる。

 だから忘れて欲しいんだけどね。

 

 その後、十代くんに簡単に事情を話して迎えにきてもらうことにした。

 夜遅くにこっちまできてもらうのもどうかと思ったけど、皆が呼ぼう呼ぼうと聞かなかったので。

 その時に明日香ちゃんが何か企んだような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗いくらい、女子寮の裏の湖。ちゃぷん、ちゃぷんという水の音が流れていた。

 それはボートをこぐオールの音。それが聞こえてきたと思ったら、暗闇の中に赤い人影を見つける。

 十代くんが翔くんを迎えに来たようだ。

 ボートが岸に着き、十代くんが到着する。

 翔くんの縄はすでにはずしてあって、十代くんの方に引き渡そうとする。

 その私の行動を明日香ちゃんが手で制した。

 

「翔くんの引渡しなんだけど、ここはデュエルで決着をつけない?」

 

 私を止めた手を動かさずに、明日香ちゃんはそう提案する。

 

「どうしたの明日香ちゃん、急に」

 

「別に。ただこれだけの騒ぎを起こしておいて、何もなしに無罪放免というわけにはいかないんじゃないかしら」

 

「えぇ~、でもさっきはいいって」

 

 ここまで普通に会話した後、明日香ちゃんはそっと私の耳元で囁いた。

 

「別に勝敗がどうなろうと翔くんは解放するわ。ただ、あなたはまだ十代とデュエルしたことなかったでしょう。あのデュエル馬鹿ともっと仲良くなるにはデュエルするほうがいいんじゃないかしら」

 

 愛しの遊城十代とね、と最後に付け加えて明日香ちゃんは私から離れる。

 

 なんだかややこしいことになってきたような?

 

 けれども十代くんはデュエルならばとやる気を出していた。そんな彼を見ていたら私もやる気を出さざるを得ない。

 そもそも十代くんとデュエルというのはとても楽しそうだ。

 

「うん、じゃあデュエルしようよ~」

 

 そうと決まると行動は速くて、明日香ちゃんは私をボートに乗せて湖の中央付近まで連れて行く。道中、私は乗り物に乗ったことで半分ダウンしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「何とか……」

 

 結局、私の船酔いが抜けるまで少しの間待ってもらう。波のない湖は、動いてさえいなければ揺れることはない。とりあえず立てるようになるまで回復したら、十代くんと向き合った。

 デュエルするのを見たことは何回もあるけれども、こうして向かい合ったのは初めてだ。十代くんのデュエルする顔つきを真正面から見るとなると、少し胸がドキドキする。

 

 お互いにシャッフルが終わり、デュエルディスクにデッキをセットする。デュエルディスクを構えると、デュエルディスクは私の先行を知らせていた。

 

「「デュエル!!」」

 

 デッキからカードを5枚引き、手札とする。初手チェックをすると、クロノス先生と戦ったときのようにいい手札だ。正面の十代くんも笑っていて、どうやらいい手札のよう。

 

 お互いいい引きなら、楽しいデュエルになりそうだよ~。

 

 先行の私がターンを開始する。

 

「私のターン、ドロー!見習い魔術師を守備表示で召喚。カードを1枚伏せて、ターン終了するよ」

 

 

見習い魔術師

DEF800

 

 

 クロノス先生のときと似た布陣でターンを終える。見習い魔術師には頑張ってもらいそうです。

 

「俺のターン、ドロー!手札から融合を発動!手札のフェザーマンとバーストレディを融合して、マイフェイバリットヒーロー、フレイム・ウイングマンを召喚!!」

 

 十代くんは初手から飛ばしてきて融合を仕掛けてくる。

 もはや見慣れてきた2枚を融合して、十代くんのお気に入りのフレイム・ウイングマンが召喚された。いつも横目で見ていたそのモンスターは正面から見据えると、正直言って少し怖い。

 

 

E・HEROフレイム・ウイングマン

ATK2100

 

 

「バトル!フレイムウイングマンで見習い魔術師を攻撃!フレイムシュート!!」

 

 全身を炎にまとったフレイム・ウイングマンが、私の場の見習い魔術師を貫く。守備体制をとっていた見習い魔術師はいとも簡単に弾けとんだ。

 

「フレイム・ウイングマンの効果で、戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与えるぜ!」

 

「きゃぁ!」

 

 私の目の前に降り立ったフレイム・ウイングマンの右の赤い手から炎が放出される。その炎は私を包み、ライフポイントにダメージを与えた。

 

 

舞花

LP4000→3600

 

 

「見習い魔術師の効果発動、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚するよ。私は水晶の占い師をセット」

 

 前と同じように、デュエルモンスターズのカードの裏面がそのままソリットビジョンとして私の場に現れる。

 

「ターンエンドだ」

 

 伏せカードも伏せずに十代くんはエンド宣言を済ませる。けれどもこれはあまり良いことではない。十代くんは完全に攻めで手札を使う気だと思ったからだ。手札消費の激しい融合をあと何回使ってくるかと 考えると、安心なんて全く出来ない。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 私の手札にはフレイム・ウイングマンを倒せるモンスターはいない。いや、いないわけでは無いが序盤にこのカードを使うわけにはいかない。1枚のカードを抜き出そうとする手を抑えて、考える。

 

「水晶の占い師を反転召喚。モンスター効果を発動するよ。デッキの上2枚を見て、1枚を手札に加えてもう1枚をデッキの1番下に移すよ」

 

 効果によってめくれた2枚は黒魔導師クランとブリザード・プリンセスの2枚。私は迷わずプリンセスを手札に加えた。

 

「水晶の占い師を生贄に、ブリザード・プリンセスを召喚!!」

 

 水晶の占い師が光の粒子になって消えると、その場所にかわいらしいお姫様の姿が現れる。

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800

 

 

「プリンセスでフレイムウイングマンを攻撃!」

 

 プリンセスが飛び上がり、手に持った鎖のついたハンマーをフレイム・ウイングマンに向かって勢いよく振り下ろす。氷のハンマーに押しつぶされたフレイム・ウイングマンが破壊された。

 

「フレイムウイングマンっ!!」

 

 

十代

LP4000→3300

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

「俺のターン、ドロー!フレンドックを守備表示で召喚。ターンエンド」

 

 仕掛けてこない。いや準備期間だ。

 十代くんの場に現れたのは機械でできた犬のモンスター。でもE・HEROじゃないカード。私はE・HEROを詳しく知ってるわけじゃないから出てくるモンスターすべてを警戒しなくてはいけない。あのモンスターはHEROのサポートの可能性だってあるんだ。

 でも、十代くんはこのターン止まった。この攻撃の機会を見失うわけにはいかない。

 

「私のターン、ドロー!私は白魔導師ピケルを召喚!」

 

 私の場に白のローブをまとったかわいい少女が姿を現す。

 

 デュエル中だけれど癒されるよ~。

 

 ほんの一瞬ピケルで和んだ後、再びデュエルを再開する。

 

 

白魔導師ピケル

ATK1200

 

 

「バトルフェイズに入るよ。プリンセスでフレンドックを攻撃!!」

 

 機械仕掛けの犬に、プリンセスのハンマーが振り下ろされる。ひとたまりもなくフレンドックは破壊された。

 

「フレンドックの効果発動!このカードが戦闘で破壊された時、墓地から融合とE・HEROと名のつくモンスター1体を手札に移すことができる。俺は融合とフェザーマンを手札に移すぜ!」

 

 また融合のカードが十代くんの手札に!

 次のターンに反撃が来ることが明白となる。ならせめてこのターンに少しでもライフを削らなきゃ。

 

「ピケルで十代くんにダイレクトアタック!」

 

 ピケルの杖の先から発した光が一直線に十代くんのおなかを貫いていく。

 

「くっ」

 

 

十代

LP3300→2100

 

 

「ターン終了だよ」

 

 ピケルの攻撃をくらった十代くんはそのまま俯いていた。どうしたのだろうかと一瞬気になったけれど、それは本当に一瞬で終わる。

 

「ははっ」

 

 十代くんは笑っていた。

 十代くんは内から湧き上がってくる笑いに抗いきれずに笑っていた。

 

「サイッコーに楽しいぜ、舞花!」

 

 いつもどおり、デュエルを一心に楽しんでいるその表情。

 偽りのないその心は、デッキに力を与えていく。

 

 そして、私も楽しい。

 

 やっぱりデュエルは楽しいよ。

 

 十代くんはデッキの上に手を置くと、一瞬止まった。

 まるでデッキと心を通わせているかのように、語りかけているかのように。

 

 ああ、ダメだな~私。

 

 十代くんはきっとこの状況を打開してくる。この状況をひっくり返してくるはずだ。

 

 それなのに私は、ワクワクしている。

 

 十代くんがこの状況をどうやって打破するのか。十代くんが何を引くのか。十代くんがどんなカードを出してくるのか。

 私は知りたいよ。

 

「ドロー!」

 

 十代くんはデッキからカードを引き抜く。そのカードを一瞬確認すると、ニカッと笑い、すぐさまそのカードを表にした。

 

「E・HEROバブルマンを召喚!バブルマンの召喚に成功したとき、自分の場に他のカードがないとき、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 このタイミングでさらに手札補強。

 さぁ早く、この状況を打破して見せて。

 

「行くぜ!舞花!俺は手札から融合を発動!手札のスパークマンとクレイマンを融合して、E・HEROサンダージャイアントを召喚だ!!」

 

 場に出される雷の巨人。

 体にまとう雷が辺りに放電している。

 

 

E・HEROサンダー・ジャイアント

ATK2400

 

 

「サンダージャイアントの効果発動!このカードよりも元々の攻撃力が低いモンスター1体を破壊する。ピケルを破壊だ!ヴェイパースパーク!!」

 

 放電された雷がピケルを襲う。数秒間電撃がピケルの体を巡った後、破壊された。

 

 でもこのままじゃプリンセスを倒せないはず。そう思考したときに私は悟った。

 まだ何か来るっ!

 その考えとほぼ同時に、十代くんは手札のカードを表にする。

 

融合回収(フュージョンリカバリー)を発動!俺は墓地の融合と、融合に使用したモンスター1体を手札に戻す!俺は融合とスパークマンを手札に加え、再び融合を発動!場のバブルマンと手札のフェザーマン、スパークマンを融合してE・HEROテンペスターを召喚!!」

 

 3体融合!?

 驚いていたのもつかの間、3体のモンスターが融合し、フェザーマンと同じような翼を生やしたヒーロー、テンペスターが姿を現した。

 

 

E・HEROテンペスター

ATK2800

 

 

 それにしても、十代くんは融合を1枚しか使っていないのにこの連続融合。やっぱりすごいよ十代くん!!

 

 自分の中の高揚感が、私をますます笑顔にさせる。

 楽しくてしょうがなくて、私は笑顔を崩せない。

 

「カードを1枚伏せて、バトル!テンペスターで、ブリザード・プリンセスを攻撃!カオス・テンペスト!!」

 

 攻撃力が同じモンスターで攻撃って、相打ちを狙ってきたの!?

 

「迎え撃って、プリンセス!!」

 

 プリンセスの放ったハンマーとテンペスターの放つ風。両者は交わることなく相手のほうに向かっていく。プリンセスに風が直撃するのと、ハンマーがテンペスターに直撃するのはほぼ同時だった。プリンセスは悲鳴を上げて破壊される。しかし、テンペスターはプリンセスの放ったハンマーを弾き飛ばした。

 

「攻撃力は同じはずだよ?」

 

「テンペスターのモンスター効果さ。自分フィールド上にあるカードを1枚墓地に送って、このターン戦闘では破壊されなくなるぜ!!」

 

 十代くんの場からはさっき伏せたリバースカードが消え去っていた。このバトルで破壊されたのは私のプリンセスだけ。

 そして、私のフィールドはがら空きとなった。

 

「どうだ、舞花!お前のエースは倒したぜ」

 

 十代くんは右手を上げてガッツポーズ。さっきまでと同じ、楽しんでる声。でも、十代くんは一つ勘違いをしている。

 

「私のエースはプリンセスじゃないよ~」

 

 それを告げると、十代くんは呆気にとられたような表情で私を見た。クロノス先生との入試デュエルのときの印象が強かったせいで、私のデッキのエースを勘違いしてしまったんだろう。

 

「へぇ、じゃあ見せてくれよ。お前のエースを」

 

 十代くんはきっとワクワクしている。私の次の一手。エースを召喚してくることを。

 

「ねぇ、十代くん」

 

 そんな十代くんを見ていたら、思わず私は口を開いてしまった。

 

「十代くんはどんなときが一番デュエルを楽しいって思う~?」

 

 質問を聞いて、十代くんはう~んと頭を捻る。思い当たる事柄が多いんだろうな。

 

「自分の攻撃が決まったとき?相手がすっごく強かったとき?キーカードを引き当てたとき?」

 

 十代くんはこのどれもが当てはまるといった風で、私を見ていた。そしてこれは私にも当てはまる。でも、1番じゃない。

 

「私はね……」

 

 すぅっと一瞬深呼吸。高鳴っていた胸を少し落ち着かせる。そして、手札のカードを1枚見る。

 私はニッコリと笑った。これからが、1番楽しいデュエル。

 

「自分の1番好きなカードを使って戦う時!そのときが1番楽しいよ!!」

 

 プリンセスが破壊され、がら空きになってしまった私のフィールドに残っている2枚のリバースカード。そのうちの1枚を今開く。

 

「リバースカードオープン、速攻魔法、上級魔術師の呪文詠唱!私は手札の魔法カード1枚を発動する!!」

 

 手札のカード1枚を引き抜く。デュエルの最初から握っていたそのカードは、私の最も大切なカードを呼ぶ魔法。

 

「手札の黒魔術のカーテンを発動!ライフポイント半分をコストにして、デッキから黒魔術師を特殊召喚するよ!!」

 

 

舞花

LP3600→1800

 

 

 デッキから抜き出したそのカードは、良く言えばとても使い込まれていて、悪く言えばとてもぼろぼろのカード。

 表面は傷だらけで、スリーブに入っているそのカードの4隅は少しずつ剥がれていた。

 このカードは私のデュエルの原点。私がデュエルを始めたときからずっと一緒の大切なカード。

 

「最後まで……私と共にっ!来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 紫色の衣をまとった黒の魔術師。私にとっては鏡で見る自分の顔と同じくらい見たカードイラスト。

 私のデッキのエース、ブラック・マジシャンが私のフィールドに舞い降りる。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500

 

 

「スゲェ、あの武藤遊戯さんと同じ、ブラック・マジシャン……」

 

 私の場に召喚されたブラック・マジシャンを見て、十代くんは感嘆の息を洩らす。ほんの数秒見とれた後、サンダージャイアントの攻撃をせずに、バトルフェイズを終了してエンド宣言をした。

 

 私はブラック・マジシャンを召喚できたとは言え、まだ不利な状況に変わりは無い。特に私のブラック・マジシャンじゃテンペスターを倒せない。手札にはこの状況を打開するカードは無い。

 私はデッキの上に手をかける。さっきの十代くんの真似じゃないけれども、目を閉じた。

 

―――

 

 何かが聞こえる。それは外からではなく、デッキの中からの声。デッキの上にかけた手からは、得体の知れない何かを感じていた。

 今までに感じたことのない何か。けれども私はワクワクする。デッキから、一体何が来るのだろかと。

 

「ドロー!」

 

 引いたカードはほとんど見覚えの無いカード。

 

 こんなカード入れたかな~?

 

 カードを凝視すると、一瞬イラストがウインクした。ありえないとは思ったけれども私は確かに見た。

 それと同時にこのカードが何かを思い出した。

 

 あの日、デュエルアカデミアの入試の日。

 十代くんと一緒に走っていたあの時。

 

――ラッキーカードだ

 

 あの時もらったカードだ。

 

 その場の流れでデッキに入れていたそのカードのテキストを改めて見てみる。

 そして、私はまたニコッと笑う。

 

 これならいけるよ

 

 場、手札、ドロー、それらがかみ合っている。

 

「リバースカードオープン!強制脱出装置を発動!」

 

 伏せていたもう1枚のカード。強制脱出装置はその効果により、モンスターカード1枚を手札に戻す。

 

「融合モンスターは手札には戻らない……」

 

 強制脱出装置を見て、十代くんはつぶやく。でも、そんな心配をする必要は無いよ。

 

「私はブラック・マジシャンを手札に戻すよ」

 

 私が戻したカードに十代くんは驚く。無理も無い、自分の強力な融合モンスターを除去されると思っていたのだから。

 でも、これは準備。私のブラック・マジシャンが十代くんを倒すためのね。

 さっき引いたカードを掴む。自分を使ってくれと、このカードは言っている気がした。

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを召喚!」

 

 私の場に召喚されたモンスターは、簡単に言えばデフォルメされたブラック・マジシャン。あのかっこいい姿を小さくしてかわいらしくなったそのモンスターは、飛び上がってブラック・マジシャンと同じポージングをとっていた。

 

 

ジュニア・ブラック・マジシャン

ATK1000

 

 

「さらに私は魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動!私はこのターン、もう一度通常召喚をすることができる!ジュニアを生贄に捧げるよ」

 

 登場したばかりの小さな魔術師は、光となってフィールドから姿を消す。そして、その光が少しずつ集まり、私の持っている1枚のカードに吸収される。

 

 休憩が短くてごめんね。でも、もうちょっと頑張ろうね!

 

「ブラック・マジシャンを、もう1度召喚するよ!」

 

 ジュニアのいた場所に、さっきと同じようにブラック・マジシャンが現れる。

 

「ブラック・マジシャンはレベル7、生贄は2体のはずじゃあ・・・」

 

 最もな疑問を十代くんが投げかける。でも、今起きていることに対して、十代くんは疑問よりも楽しさのほうが勝っている様子でブラックマジシャンを見ていた。

 

「ジュニアの効果だよ。ジュニア・ブラック・マジシャンは、ブラックマジシャンの召喚のための生贄になるとき、1体で2体分の生贄として扱うことができる。そして、ジュニアを生贄にして召喚したブラックマジシャンは、攻撃力が1000ポイントアップするよ!」

 

 さっき吸収された光が、ブラックマジシャンの魔法力を高めているようだ。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK3500

 

 

「攻撃力3500!?」

 

 十代くんの驚いている表情を見る間もなく、私は残り2枚の手札のうちの1枚のカードを表にする。

 これが私の切り札!

 

「さらに魔法カード、拡散する波動を発動!1000ポイントライフを支払い、私の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体はこのターン、すべての相手モンスターを攻撃できる!!ブラック・マジシャンで、サンダージャイアントとテンペスターを攻撃!」

 

 

舞花

LP1800→800

 

 

 上空へとブラック・マジシャンが飛び上がる。ブラック・マジシャンは自分の攻撃範囲にすべての敵モンスターが入る位置まで上昇すると、下に向かって杖を構える。

 

「ブラック・マジック!!」

 

 ブラック・マジシャンの杖から放たれた黒い魔術が、十代くんの場の2体のモンスターに直撃する。

 

――ドォオン

 

 爆発が起き、水面が空に柱を造る。爆発の煙が晴れたとき、十代くんの場にモンスターは居なくなっていた。

 

 

十代

LP2100→1000→300

 

 

「ははっ」

 

 十代くんはまた笑っていた。自分の圧倒的優位だったさっきの状況から再び一転して私が有利な状況。今度は手札は1枚、次の布石すらも打っていない状況。なのに、十代くんはやはり笑っていた。

 

「スッゲェ……スッゲェぜ!舞花!」

 

 この状況になってもなお、デュエルを楽しむ十代くんの目。次のドローでも融合に必要な手札3枚に足りることはないのに、それでも尚、自分の可能性を信じている目。

 

 やっぱり、十代くんはかっこいいよ!!

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 私の伏せたカードは、闇の幻影。このカードなら十代くんがブラックマジシャンを破壊しに来ても守ることができる。

 

 十代くんにターンが移る。

 十代くんの手札は1枚。けれども目は、あの時と同じ。

 クロノス先生を、万丈目くんを倒したあの時と同じ目。

 

「俺のターン…」

 

 瞬間、私の胸が高鳴った。

 十代くんが今まさにドローをしようとしている時、十代くんの動きがスローに見える。

 

 今を、どうせなら永遠に続けていたい。

 

 楽しい、楽しすぎるこのデュエル。状況的に、十代くんの最後のドロー。終わりの見えてきたこの戦いを私はもっともっと続けていたかった。

 

 ずっとずっと、十代くんとデュエルしていたい。

 

「ドロー!!」

 

 私には、十代くんの手が光って見えた。いや、そのカードを引きぬく様すべてが、輝いて見えた。

 引いたカードを、十代くんは目の前に持ってくる。そのカードを確認する十代くんの表情を確認したとき、私は悟った。

 

 私、負けちゃったんだね……。

 

 自嘲ではなく、笑みが洩れる。ただ、私には楽しいこのデュエルが終わってしまう悲しさがあったのかもしれない。

 でも、最後まで楽しもう。

 場のブラック・マジシャンは、そんな私のほうをチラッと見ていた気がした。

 

「きたきたきたきた!!俺は手札から魔法カード、ミラクルフュージョンを発動!!墓地のフレイム・ウイングマンとスパークマンをゲームから除外して…来いっ!!E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン!」

 

 フィールドに、一筋の光が舞い込む。

 その光の筋は、だんだんと太く広がっていき、大きな光の柱を作り出した。その柱の最上部、目視できない天空から、光り輝く英雄がその姿を現した。

 

 

E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン

ATK2500

 

 

「シャイニングフレアウイングマンの攻撃力は、墓地にあるE・HERO1体につき、300ポイントアップする!俺の墓地のE・HEROは6体、よって攻撃力が1800ポイントアップ!」

 

 墓地のHERO達からの絆の力が十代くんの場のシャイニングフレアウイングマンに力を与えていく。その力の大きさは、私のブラックマジシャンの力を上回っていた。

 

 

E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン

ATK4300

 

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンで、ブラック・マジシャンを攻撃!!」

 

 シャイニング・フレア・ウイングマンの体が、自らが発した光に包まれていく。輝きをまとったシャイニング・フレア・ウイングマンが拳を構え、一直線にブラック・マジシャンの方に飛んでくる。

 

「シャーイニング、シュートォ!!」

 

 ブラックマジシャンとシャイニングフレアウイングマンの攻撃力の差は、私のライフポイントと同じ800。これでおしまいか~。

 

 楽しかったよ、十代くん

 

 シャイニング・フレア・ウイングマンの拳がブラック・マジシャンのお腹を直撃する。しかし、本来なら破壊されるはずのブラック・マジシャンはその場に立ったままだった。

 

 

舞花

LP800→0

 

 

「ブラックマジシャンが……破壊できなかった?」

 

 デュエルが終了して、ソリッドビジョンが消えていく。その中で最後まで残っていたブラック・マジシャンを十代くんは驚いた目で見ていた。

 

「墓地のジュニア・ブラック・マジシャンの効果だよ。ジュニアををゲームから除外して、場のブラック・マジシャンの攻撃力を1000ポイント下げることで、そのブラック・マジシャンは破壊を1度だけ免れることができる」

 

 最後の最後まで、私はブラックマジシャンを守れた。デュエルには勝てなかったけど、でも、本当に……本当に……

 

「十代くん」

 

 最後にブラックマジシャンを破壊できず、少し悔しそうな目をしている十代くんは、私が呼ぶとすぐにこっちを向いてくれた。

 

「すっごく、すっごく楽しかったよ~」

 

 私は自分の顔を見ることができない。けれど、きっと今の私は今までで1番いい笑顔ができていると思った。

 だって、1番楽しかったデュエルの後なんだから。

 

 私の顔を見た瞬間、十代くんは一瞬たじろいだ。その頬はほんの少しだけ朱に染まっている。一瞬下を向いて、首を左右にぶんぶん振った後で私のほうを向きなおす。いつものようにニカッと笑って、右手を突き出した。

 

「ガッチャ、俺も楽しかったぜ!舞花」

 

――ドキン

 

 私の心臓が大きく鳴った。今まで見たどれよりもいい、今の十代くんの笑顔。私と同じことを考えていてくれていれば、とっても嬉しいとそう思った。

 大きく動く心臓は、休まずに私の中で鼓動し続け、少し苦しい。けれども、なんだかとっても心地いい

 

 

 

 

 恋の音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とのデュエルに勝った十代くんは、約束どおり翔くんを連れて帰っていった。

 

 なんだか少し慌ててた気がするけど、どうしたんだろ~?

 

 今私の頭の中で流れている映像は、それも含めた今までの十代くん。

 今日、私は確認した。

 

 

 十代くんが大好きだって。

 

 

 今まで少し曖昧だった気持ちがはっきりとした気がした。分からなかった感情がはっきりと理解できた気がした。

 これが恋って言う感情なんだなって。

 

 だったら私は、これから少しでも十代くんに好かれたい。

 

 そして、いつか十代くんに好きになってもらえたら、その時は………

 

 

 上がっていった顔の熱は、朝日が見える時間になっても下がることは無かった。




オリジナルカード紹介

ジュニア・ブラック・マジシャン
星3 闇属性 魔法使い族 ATK1000 DEF1000
ブラック・マジシャンを生贄召喚する場合、このモンスターは1体で2体分の生贄とすることができる。さらに、このカードを生贄にして召喚したブラック・マジシャンは攻撃力が1000ポイントアップする。
墓地のこのカードをゲームから除外し、ブラック・マジシャンの攻撃力を1000ポイント下げることで、1度だけそのブラック・マジシャンの破壊を無効にする。

漫画オリジナルカード

上級魔術師の呪文詠唱
速攻魔法
手札にある魔法カード1枚を発動する。(発動条件やコストを無視することはできない)


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4-turn 交わらぬ想い

「十代くんも翔くんも、もっとちゃんと勉強しなきゃダメだよ~」

 

 オシリスレッド寮の十代くんたちの部屋で、私は十代くんと翔くんと一緒に勉強をしていた。というか、私が二人の勉強を見ていた。

 明日は月1試験の日。私たちデュエルアカデミアの生徒が必死になって勉強していい成績を取らなければいけない日だ。

 特に目の前にいる十代くんたちオシリスレッドの生徒にとっては下手をしたら留年や退学になってしまうかもしれない危険性がある。にもかかわらず、十代くんは全く勉強しないでいた。

 

「だ~か~ら、俺は実技で勝つから大丈夫だって」

 

 私の授業のノートを目の前にしてうねっている十代くんが、ペンを口に乗せて不満そうな顔をしている。勉強がいやだとさっきから全く身が入っていない。

 

「実技だけ良くってもダメですっ。筆記もちゃんといい成績をとらなくちゃ~」

 

 ひょっとしたらそのまま寮昇格にもなるかもしれないし、そうしたら私と同じブルーになって、そうしたらもっと一緒に……

 

 なんだか想像したら恥ずかしくなってきたよ~

 

 少し上がっていた顔の熱を下げようと、翔くんの方を見てみる。

必死になって勉強しているのは分かるのだけれども、詰め込みすぎのような気もする。必死も必死に暗記を進めていた。

 

「そろそろごはんなんだな」

 

 3段ベッドの一番上から、2人と同室の前田隼人くんの声がした。言われてみてようやく時計を見ると、確かに夕ご飯の時間だった。

 

「それじゃあ私は戻るね~。二人とも、明日に向けてしっかりね~」

 

 ブルー女子寮に帰ろうとしている私の背中に向かって、十代くんが声をかけた。

 

「いや、舞花も一緒に食べようぜ」

 

 振り向いてみると、ニカッと笑っている十代くん。一緒にごはんと誘われた私は、嬉しくなってついつい了承してしまった。

 

 

 

 みんなと一緒にレッドの食堂に行ってみると、なんだか他の生徒が騒ぎ出していた。

 

「みんな~、ごめんだにゃ~」

 

 その中心には、オシリスレッドの寮長である大徳寺先生がいた。なにやら申し訳なさそうな顔で生徒たちに謝っている。

 

「どうしたんだ?大徳寺先生」

 

 まだ事情が分かっていない私たちの中で、十代くんが率先して大徳寺先生に何が起こったのかを聞く。すると先生は困った顔をして言った。

 

「実は、いつもレッドの食事を作ってくれてる人が今日はお休みなんだにゃ。で、私は料理が作れないから、今日はごはんが食べられないのにゃ」

 

「ええー、飯抜きかよ。なぁ、だれか料理できるやつはいないのか?」

 

 大徳寺先生の説明が終わると、十代くんはみんなに向かって呼びかける。けれども、レッド寮の中には、料理を作れる男の子はいなかったようで、だからそもそも騒ぎになっていたのだと納得する。

 

「舞花!おまえ料理できないか?」

 

 レッド寮の生徒が誰も料理できないと分かると、すぐさま十代くんは私に振る。そして、十代くんの発言と共に、レッド寮の生徒全員の目が私に向いた。

 

「えっと……人並みにはできるよ~」

 

 正直言ってみんなの目線が私に集まっているので恥ずかしい。

 

「橘さん、みんなのためにも料理を作って欲しいんだにゃ~。お願いだにゃ~」

 

「「「「お願いしますっ」」」」

 

 大徳寺先生が両手を合わせて必死に私に頼み込んでくる。しかも周りのレッド生徒もみんな私に向かって頭を下げていた。翔くんまで。

 

「わ、わかりました」

 

 結局、その場の空気にのまれてしまった私は、その申し出を受け入れてしまった。

 

 

 食堂の調理場に行くと、すでに材料が出ていた。誰かが頑張って作ろうとしたのだろうか?ひとまずその材料を確認して、何を作るか考える。

 

 ……お味噌汁を作る材料とめざし、それからたくあんしかないよ~。

 

 成長期にこれって大丈夫なのかな?疑問に思いつつ他の材料を探して冷蔵庫を見てみる。冷蔵庫の中にもほんの少しだけ他の材料が入っていた。

 男の子ならお肉が食べたいかなって思ってたけど、お肉が全く無い。これで作るの?

 なんだかめざしを焼いてお味噌汁を作るのが精一杯なんだけど。いつもこんな料理なのかな?

 

「十代くん、レッドの献立っていつもはどんなの?」

 

「いつもめざしと味噌汁とごはんとたくあんだぜ」

 

 それだけなんだ…。というか今私が想像した料理そのままだ。

 毎日それじゃあ飽きちゃうよね、と私は材料を見ながら他に何かできないか思案する。

 

 とりあえず、こんな感じかな?

 

 今、頭の中で想像したものを形にしていく。

 包丁をトントンと叩いて材料を切っていき、お味噌汁のなべへと入れていく。だしはしっかりと鰹節でとっておいた。材料を煮ていって、最後に味噌を溶いていく。

 お味噌汁の準備が整った後、もう一つの準備を始める。

 めざしをちょうどよい頃合まで焼いた後、身をほぐす。もやしとほうれん草をボイルして、先に焼いためざしと合わせていく。

 

 簡単になっちゃったけど、こんな感じで良いかな。

 

 

「できました~」

 

 材料のこともあったけど、私のレパートリーじゃ結局変わったものは作れなかった。目の前にあるのは、みんなにとって見慣れた味噌汁とごはん。それから私が作ったのは

 

「舞花、これなんだ?」

 

「めざしのサラダだよ~」

 

 十代くんが不思議そうな顔をして指を指したのは、唯一いつもと違う献立。とはいっても結局はめざしなんだけど。

 ふ~ん、とよく分からなさそうな顔をして、十代くんは料理に箸をつけた。

 

 な、なんだかドキドキするよ

 

 十代くんに自分の料理を食べてもらうことに、少しばかり緊張していた。

 十代くんが箸で掴んだ料理を口へと入れる。もぐもぐと何回かかんだ後に、ごくんと飲み込むと、ニカッと笑って一言。

 

「うめぇ!」

 

 その後はがつがつと一気に食べていく。周りからもおいしいおいしいとの声が聞こえてきた。

 

 よかった~

 

 ほっと安堵の息をつく。安心してなんだか脱力した。

 

「いつものよりうまいんだな」

 

 ちらっと一言、隼人くんがそんなことを洩らすと、周りからも賛同の声が上がる。

 褒めてくれるのは嬉しいんだけどな~。

 

「そうだ!舞花、これから毎日料理作ってくれよ」

 

 毎日、料理……

 毎朝、お味噌汁……

 

 夫婦?

 

 あわわわわわ!

 

 そんな、私たちまだ高校生だよ!早いよ!

 

「どうしたんだ?」

 

 とたんに真っ赤になった私を心配して十代くんが私の顔を覗き込んでくる。正面に十代くんの顔が現れ て、私の顔はより熱を増していった。

 

「なななな何でもないよっ」

 

 落ち着こう私。十代くんはそんなつもりで言ってない。少し深呼吸しよう。

 吸って~、吸って~、吸って~、はいて~。

 

 ようしっ、落ち着いたよ

 

「それじゃあ十代くんまた明日」

 

「あ、ああ」

 

 十代くんの返事も聞かずに一目散にレッド寮を出て行く。落ち着いたからこそさっきまで自分が考えていたことが余計に恥ずかしい。

 

 明日のテスト、だいじょうぶかな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テストの日、私はいつもどおりに目が覚めた。

 明日香ちゃんたちと朝ごはんを食べた後、学校へと向かう。

 教室に入ると、テスト前の最後の時間に必死になって勉強している生徒がたくさん見えた。

 

 みんなぴりぴりしてるよ~

 

 ふといつもの席を見てみると、そこには翔くんの姿はあったものの、十代くんの姿は無かった。

 

 寝坊かな?

 

 でも、翔くんが十代くんを置いてくるというのもおかしい。何かあったのだろうか?

 しかし翔くんに聞こうにも、必死にノートを見返している翔くんに話しかけるのもなんだか悪い気がした。まだ少し時間もあったので、なんとなく外を探してみることにした。

 

 ぴりぴりとした空気の張り詰める教室を離れたら、なんだか外の空気が美味しい。軽く体を伸ばして日光に当たると気持ちがよかった。

 

「あれ?」

 

 2.0の自慢の視力で、少し離れた所で何かが動いているのが見えた。

 目を凝らしてよく見てみると車の姿だった。しかし、何かトラブルでもあったのか、エンジンを使って坂道を登ってきているのではなく、誰かが後ろからそれを押して動かしていた。重量のある車を一人で押しているので、遠目にもその人が辛そうにしているのが分かる。

 

 手伝わなくっちゃ

 

 私はすでに走り出していた。

 

 

「手伝いますよ~」

 

 はぁはぁと少し呼吸を乱した私がそこに到着するや否や、私も車の後ろに入って押し始める。今まで車を押していた人は、びっくりした表情で私のことを見た。

 

「ちょっと、いいよ、今日はテストだろ?遅刻しちゃうよ」

 

 車を押していたおばさんが私を心配して言ってくる。けれども私としてはほっといてテストを受けてたら気になって集中できないし、気づいてしまった以上手伝わなくちゃ気分が悪い。

 

「大丈夫ですよ~。それより、早く頂上まで押しましょう」

 

 う~ん、と腕に力を込めている私を見て、おばさんは悪いねぇと一言だけ洩らして押し始めた。けれども非力な私の力が加わっただけではあまり意味が無く、車はあまり進まない。

 どうしようと考えているうちに、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「遅刻だ遅刻だぁ!!」

 

 最初に会ったときのように、叫びながら走ってくる十代くん。私たちの横まで来ると、勢いを緩めて止まった。

 

「俺も手伝うぜ!」

 

 十代くんはすぐさま私たちと同じように車を押し始めた。男の子の力が一つ加わっただけでさっきとは段違いに車が動いていく。

 

「でも、十代くん遅刻しちゃうよ」

 

 そう、私と違って十代くんはオシリスレッドだ。悪い成績をとればそれだけで退学の要因になりかねない。けれども十代くんはおばちゃんの方を目で指して一言。

 

「困ってる人をほっとけないだろ。困ったときはお互い様さ」

 

「すまないねぇ、二人とも」

 

 十代くんが言った言葉に、おばちゃんが感謝の意を示す。

 十代くんも私と同じようなことを思ってくれたのが少し嬉しかった。

 

 

 

「ありがとう二人とも」

 

 おばちゃんからお礼をもらうとすぐに、私たちは試験の教室に走り出した。

 何とか辿り着いたら、すでに時間は30分も経過していた。

 

「ぐぅ、ぐぅ」

 

 教室では、みんなが頭を捻っている中、一人だけ机に突っ伏していびきをかいている人がいた。レッドの制服に水色の髪の毛、翔くんだ。

 

「兄貴~、ごめんよ~」

 

「許さ~ん、絶対に許さんぞ」

 

 翔くんの寝言に返事をする十代くん。翔くんはその言葉を聴いてすぐに起きた。

 

「あ、兄貴」

 

 十代くんを確認すると、翔くんは苦笑いを浮かべる。何か後ろめたいことでもあったのだろうか?罪悪感が見えた。

 

「二人とも~、さわいじゃダメだよ。早くテストを受けようよ」

 

 二人が騒いでいる間に、大徳寺先生から答案用紙をもらってきた私は、十代くんに手渡した。

 

「ああ、分かってるって」

 

 私から答案用紙を受け取った十代くんは、翔くんの隣に座って試験を受け始めた。私も自分の席に座って試験問題を見始める。

 ほんの数分、問題を解いたと思ったら、さっきと同じ方向から、再び誰かのいびきが聞こえた。それも、今度は二人分。

 

 十代くんも翔くんも寝ちゃダメだよ~

 

 けれども試験中に声を出すわけにもいかないので起こすことはできなかった。しょうがない、十代くんは昨日言ったとうりに実技で何とかするだろうし、翔くんも昨日あれだけ勉強していたのだから寝る前にある程度できているよね。

 あきらめて私は自分の問題用紙に鉛筆を走らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで筆記テストは終了、実技テストは午後から体育館でおこないま~す」

 

 スピーカーから大徳寺先生の声が響く。それを合図にみんなが鉛筆を置いて、筆記テストは終了した。

 

「「「「うおおおおおおおお」」」」

 

「へ?なに?」

 

 試験終了と同時に、教室にいたみんなが外に出て走り出した。

 なんだか鬼気迫るような感じで飛び出していくみんなの姿を私は目をぱちくりさせながら見ていた。

 

「明日香ちゃん、何があったの?」

 

 みんなと違って教室の外に飛び出していかなかった明日香ちゃんに今の現象の説明を求める。

 

「購買に新しいカードが入荷されるのよ。みんな午後の試験のためにレアカードを買いにいったのよ」

 

「明日香ちゃんはいいの?」

 

 新しいカードを買えば、それが強力なカードなら午後は格段に有利になる。けれども明日香ちゃんはあせった様子も無く教室に残っていた。

 

「私はいいわ。今自分のカードを信じられないようじゃデュエリストとして失格じゃない?」

 

 当たり前じゃないといった風に明日香ちゃんは言ってのける。

 

「でも、どんなカードが入ったのか見たくない?」

 

「え……そうね、ちょっとは」

 

「じゃあ行こうよ、十代くんたちも購買行かない~?」

 

 明日香ちゃんの手を掴んで、同じように教室に残っていた十代くん、翔くん、三沢くんにも声をかける。3人もその話をしていたらしく、乗り気な顔を見せていた。

 

「ああ、速く行こうぜ、売り切れちまう」

 

「うん、行こう~」

 

 教室を出て、今度は購買部に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

「あれ?誰もいないよ~」

 

 さっき出て行ったはずの大勢の人はこの購買部に向かっていたはずなのに、いざついてみると購買部には人の影が全く無かった。

 

「もう全部売れちまったのか?」

 

 十代くんが言った言葉が、きっとそのまま真実なのだろう。みんなはすでにカードを買って戻ってしまったのだろう。

 

「お姉さん、カードはどうなりました?」

 

 とりあえず確かめるために、私はレジに立っているお姉さんに聞いてみた。

 

「それが、たくさん買っていった生徒さんがいたから」

 

 レジの奥からごそごそと何かをあさっている。そこから取り出したのは一つのパックだった。

 

「もうこれしかないのよ」

 

 申し訳なさそうな表情で私たちの前にそのパックを置く。あと一つのパックを誰が買おうか?

 

「……私はいいよ~、今の自分のデッキが気に入ってるから」

 

「私もいいわ。もともと買うつもりも無かったもの」

 

 私は元々買いに来たというよりも見に来たのだ。私としては今のデッキのままがいい。明日香ちゃんもさっき言ったとおり買うつもりは無いようだ。

 それに今カードが必要なのは、実技の成績しだいでは退学もありえる二人の方なのだから。

 

「俺もいいから、翔が買えよ」

 

 十代くんもいらないと翔くんのほうにパックを渡す。その姿を見た翔くんは受け取る前に少し慌てる。

 

「いいの?アニキだってカードが必要なんじゃ」

 

「気にすんなって、いいから買えよ」

 

 遠慮している翔くんの手にパックをのせる。これで翔くんが買うことは決定した。

 

「それじゃ、実技までの時間でデッキを組みたてよ~」

 

「お待ち」

 

 レジの奥から、なんだか聞いたことのある声がした。奥から誰かが歩いてきたかと思うと、そこにいたのは少し太ったおばさん。

 

「あ、今朝のおばちゃん」

 

 今朝車を押していたおばさんだった。

 

「おばちゃんじゃないよ、トメって呼んで」

 

「トメさんって購買部のおばちゃんだったのか」

 

 今朝助けたおばちゃんとこうしてもう一度会えたのはなんだか嬉しい。

 そのトメさんはなんだか楽しそうに笑っていた。

 

「ほら、二人に今朝のお礼だよ」

 

 そういってトメさんは私たちに二つのパックを手渡してくれた。

 

「「ありがとう、トメさん」」

 

 私と十代くんが同時にお礼を言うと、トメさんは照れくさそうにいいよいいよと言ってくれた。

 私と十代くん、そして翔くんはさっそくもらったパックを開けてみた。

 

「お、進化する翼だって、面白そうなカードだな」

 

 十代くんはパックから出たレアカードをみて喜んでいた。翔くんはあまりいいカードが出なかったようで、少し残念そうな表情を浮かべていた。

 私の空けたパックからも、レアカードが出てきた。それを見て表情を硬くしていた私のほうを気にせず、みんなが私の持っているカードに注目した。

 

「お、ウルトラレアカード」

 

「魔法使い族のサポートカードじゃない、よかったわね、舞花」

 

 みんなが嬉しそうに騒いでいる中、私はあんまりいい表情を出せなかった。

 

「どうしたんだ?嬉しくないのかよ」

 

「え?ううん、嬉しいよ~」

 

 言った手前、どうしようもなかったので、私はそのカードをデッキの中に入れる。

 

 大丈夫……大丈夫……

 

 言い聞かせるように、私は心の中でつぶやいた。

 

「じゃあ、午後のテストまでにデッキ調整しようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side万丈目―

 

 

 畜生

 

 今までは自分一人でいることなんてほとんど無かった。俺の行くところには必ず誰かが付いてきて、そして俺はそいつらを引っ張っていた。なのにだ

 

――オシリスレッドに負けた

 

 その事実が俺のすべてを消し去った。

 

 あの日、入学式の後に行った遊城十代とのデュエル。俺は勝てると思っていた。いや、ほとんど勝っていた。だが、あいつは

 

『死者蘇生で、フレイムウイングマンを特殊召喚』

 

 最後の一枚

 たった一枚のドローカードで全部ひっくり返しやがった。ムカつくぜ、戦略を馬鹿にしたような引きしやがって。

 そう、俺は実力で負けたわけではない、だが、取り巻きのあいつらは

 

――オシリスレッドに負けた雑魚

 

 そういって、俺の元から去っていった。あいつらは一体何を見ていたんだ?デュエリストとして、明らかに俺のほうが上だったというのに。

 そして、いつの間にか俺がレッドに負けたという噂が広まっていた。そしたら、今まで俺に負け、俺にこびてきたすべての連中が、手のひらを返したように俺のことを見下し始めた。

 俺よりも弱い連中がっ!

 

 俺はデュエルキングになる

 

 それは兄さんたちと誓った約束であり、果たさなければならない俺の義務だ。いや、デュエルキングになること、それは俺の夢なんだ。

 だから、こんなところで足踏みなんてしていられない。俺はクロノス教諭の元に行った。

 

「クロノス教諭、俺を遊城十代と戦わせてください」

 

 もう一度デュエルすれば、今度は必ず俺が勝つ。大勢の前で俺のほうが上だということを、俺を馬鹿にしてきたやつらに証明する。

 しかし、クロノス教諭は、顔をしかめてこう言った。

 

「それはダメなノーネ。アナタがドロップアウトボーイに負けたという話は、私も知っているノーネ」

 

 俺は唇をかみ締めた。こんなところにまでそのことは伝わっていたのか。ならばもう全校生徒が知っていてもおかしくは無い。

 

「あれはただのマグレです。今度はどうやったって俺が勝つ」

 

 拳を握り締めて、クロノス教諭に気合を見せ付ける。しかし、クロノス教諭は首を横に振っていた。

 

「ダメなノーネ。アナタはブルーとしての力が足りてないノーネ。そこで、今回の実技試験ーデ、アナタが負けたらラーイエローに降格してもらうノーネ」

 

 クロノス教諭からの宣告に、俺は絶句した。

 

 降格だと?冗談じゃない。

 

 こんなところで俺は足踏みしている場合ではないんだ。デュエルキングになるために、俺は降格なんてしている暇は無いんだ。

 

「相手は……そうでスーネ、アナタが中等部の時から合わせて戦っていないブルー生徒のシニョーラ橘にするノーネ」

 

「橘……あの遊城十代と一緒にいる女か」

 

 あの女は確かに高等部編入組。外部の男子はブルーに入れないから確かに俺が手合わせしたことのない唯一のブルー生徒だ。それに

 あいつもクロノス教諭に勝ったんだ。

 それだったら十代でなくとも、あいつらを見返す分にはいいかもしれない。

 どちらにしても俺に拒否権なんて無いんだ。あいつに勝って、俺はブルーに残留する。

 

「分かりました」

 

 踵を返して、俺はその場所を後にする。あいつに負けるとも思えないが、念には念を入れるべきか。

 俺は購買部に向かって走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side舞花―

 

「万丈目くんが相手なんですか~?」

 

 実技試験の会場で、目の前にいる対戦相手を見て私はその場にいたクロノス先生に尋ねる。

 

「そうでスーノ。同じ色だカーラ、問題ないノーネ」

 

 確かに同じブルーだけれども、私は同じ女子と戦うことになると思っていたから驚いていた。でも万丈目くんなら相手にとって不足は無い。強い相手ならそれはきっと楽しいデュエルができるから。

 

「じゃあ、よろしくねっ、万丈目くん」

 

 ニッコリ笑って万丈目くんに手を差し出す。けれども万丈目くんは何も言わないでさっさとデュエルの定位置についてしまった。

 

「さっさとしろ、始めるぞ」

 

 左腕につけたデュエルディスクを起動させる。万丈目くんはすでにデッキの上から5枚のカードを引いていた。

 

「ま、待ってよ~」

 

 慌てて私も定位置について、ディスクを起動させる。カードを5枚引いて、いつもなら何も迷わず手札を見る。けれども私は気になっていた。

 

 万丈目くん、何か変だよ

 

 私は別に万丈目くんとたくさんお話したわけではないし、そんなことを分かるくらい万丈目くんのことを知っているわけでもない。しかし、そんな違和感とも言える何かを感じていた。

 

 焦ってる、怖がっている、不安がっている。

 

 その感情は私には分からなかったけど、私には知ることはできないけれども、楽しいデュエルをすれば、きっと笑顔になると信じて。

 

「「デュエル」」

 

 デュエルディスクが、私の先行を告げた。

 

「私のターン、ドロー!私は白魔導師ピケルを召喚」

 

 

白魔導師ピケル

ATK1200

 

 

 手札から召喚された小さな白魔導師。その愛らしい姿がソリッドビジョンとなって映し出された。その途端

 

「「「「かわいい~~」」」」

 

 客席の多数の女生徒から、黄色い声が飛んできた。ソリッドビジョンによって映し出されたピケルは、私も含めて女の子にとってはかわいくって抱きしめたくなるよ。

 ただ、女の子の声に混ざって低い男声が聞こえてきたのは少し寒気がしたけれど。なんだか聞き覚えのある声が聞こえた気がした。恐る恐る客席の方を見ると三沢くんがなんだか頬を赤らめてピケルのほうを見ていた。

 

 ……見なかったことにしよう~

 

 少しずれていた思考をデュエルに戻す。万丈目くんはピケルの登場をみて余裕の表情を浮かべていた。少なくともピケルよりは攻撃力の高いモンスターがいるということだろう。なら

 

「さらに手札から王女の試練を発動するよ。ピケルの攻撃力を800ポイントアップ」

 

 

白魔導師ピケル

ATK1200→2000

 

 

「ターンエンドだよ」

 

 攻撃力2000のピケルを前にして、万丈目くんは全く余裕の表情を崩さない。何か手があるのだろうか?

 

「俺のターン、ドロー。俺は手札からV-タイガージェットを召喚。さらに永続魔法前線基地を発動。このカードの効果によって1ターンに1度、レベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。俺はW-ウイングカタパルトを特殊召喚」

 

 次々と並んでいく万丈目くんのモンスターたち。その展開力は見事としか言えない。

 

「そして、俺はこの2体のモンスターを合体させる。出でよ、VW-タイガーカタパルト!」

 

 万丈目くんの場の2体のモンスターが合体して、一つのモンスターとなる。その合体ロボットのような合体は、昔のアニメのようだ。

 個人的には合体ロボはとってもかっこいいって思うんだよ~。

 

 

VW-タイガーカタパルト

ATK2000

 

 

 それでもまだピケルと同じ攻撃力。ひとまずこれなら安心と私は胸をなでおろす。

 

「VW-タイガーカタパルトのモンスター効果発動!手札を1枚捨てることで、相手モンスター1対の表示形式を変更する!ピケルを守備表示に変更だ!」

 

「そんなっ!」

 

 ピケルの表示形式が変わる。

 今まで臨戦体制だったピケルは両手を交差して膝をつき、無防備な守備力をさらけ出した。

 

 

白魔導師ピケル

DEF0

 

 

「バトルだっ!VW―タイガーカタパルトでピケルに攻撃!!」

 

 タイガーカタパルトとから2発のミサイルが発射される。ミサイルは一直線の弾道を描き、ピケルに直撃した。

 爆風が起こり、煙が立ち込める。その煙が晴れた時、私のフィールドのピケルは消えていた。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 やっぱり…

 せっかくピケルを破壊したというのに、万丈目くんは全く嬉しそうじゃない。最初に感じたとおり、万丈目くんは何かに苦しんでいる。

 

 デュエルを楽しんでいない

 

 その事が、わかってしまった。

 

「私のターン、ドロー」

 

 いつものように、引いたカードを手札に加えようとする。しかし、私はそのカードを確認すると共に、

 

 

 

 そのカードを落としてしまった。

 

 

 このカードは……

 さっきトメさんからもらったパックに入っていたカード。確かに強くて、そして私のデッキにぴったりのレアカード。でも私は……

 

「何をしている!さっさとターンを進めろ」

 

 万丈目くんの声が聞こえた。そしてその声から、聞こえてきたものがあった。

 それに気づいたとき、私は落としたカードを拾う。この使い方をしたらきっと怒られる。けれども私は、この使い方をしたい。

 私のデュエルの楽しみ方はこうだから。そして、万丈目くんもデュエルを楽しんで欲しい。

 

 

『大丈夫だよ』

 

 

 声が、聞こえた。今までに聞いたことの無い、でも何故だか知っている声。見ると、私の手札にいる1枚のカードが笑っていた。

 

 ジュニア……

 

 私はまた、いつものように、デュエルをしているときの笑顔になる。心強い、私の頼れるパートナーがそこにいるから。

 

 

「私はマジシャンズヴァルキリアを守備表示で召喚するよ、カードを2枚伏せてターン終了」

 

 

マジシャンズヴァルキリア

DEF1800

 

 

 守備表示で現れた魔法使いの女の子。他のモンスターと同様に、両手を組んで膝をついて守りの体制に入った。

 

「俺のターン、ドロー。手札のX-ヘッドキャノンを召喚、さらに前線基地の効果によりZ-メタルキャタピラーを特殊召喚」

 

 万丈目くんは1ターン目と同様の展開力を見せ、場にモンスターを並べていく。

 X、Z、ときたのだ。おそらく、このターン中にもう1枚来るはず。

 

「さらに罠カード発動!リビングデットの呼び声!このカードの効果で、俺は墓地のY-ドラゴンヘッドを特殊召喚!そして」

 

 予想どおり万丈目くんはYまで場に揃えてきた。つまりこれで合体モンスターがすべて揃った。

 

「XYZを合体させ、XYZ-ドラゴンキャノンを特殊召喚!」

 

 圧巻の一言。

 万丈目くんの場には攻撃力2000を越えるモンスターが2体並んだ。

 

「まだだ、俺はさらにこの2体を合体!VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン!!」

 

 大型の2体のロボットが一つに合体する。

 さっきよりもさらに大きい1体のロボットが姿を現した。

 

 

VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン

ATK3000

 

 

「VWXYZの効果発動!1ターンに1度、相手の場のカード1枚を除外する。マジシャンズヴァルキリアを除外しろ!アルティメットデストラクション!!」

 

 VWXYZの胸の砲台から青いエネルギー波が発射される。マジシャンズヴァルキリアにあたったらひとたまりも無いだろう。

 ドクン、と心臓が揺れる。

 あのカードを開くタイミングは、今!

 

「リバースカードオープン!速攻魔法、ディメンション・マジック!!」

 

 エネルギー波がマジシャンズヴァルキリアに直撃すると思った刹那、マジシャンズヴァルキリアの姿が光の粒子となって四散する。

 

「サクリファイスエスケープだ!」

 

 なぜか、客席にいる三沢くんの声がはっきりと聞こえた。そして、それに対するほかの人の声までも。

 

「サクリファイスエスケープ?」

 

 翔くんの声、そしてその声は三沢くんに対して説明を求めていた。

 

「相手の効果の対象となったモンスターを生贄に捧げることによって、その効果をかわす高等テクニックだ!」

 

 その言葉のとおり、VWXYZのエネルギー波は対象を失って空振りした。そして私のディメンションマジックの効果はまだ続く。

 

「ディメンションマジックは、自分のフィールドに魔法使い族モンスターがいるとき、モンスター1体を生贄に捧げて発動するカードだよ。私は手札の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚するよ!」

 

 手札のカードのうちの1枚。それはさっき私を励ましてくれたカード。

 行こう、私と一緒に。

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 現れたのは小さな黒魔術師。ブラックマジシャンをデフォルメされたようなその姿と、そのポージングで、私のフィールドに降り立った。

 

 

ジュニア・ブラック・マジシャン

ATK1000

 

 

「まだディメンションマジックには効果がある。特殊召喚に成功した時、フィールド上のモンスター1体を破壊できる」

 

 客席の三沢くんの呟きが聞こえる。

 そう、本来ならディメンションマジックにはもう一つの効果がある。けれども、私は……

 

「……万丈目くん、バトルフェイズに入る?」

 

「何を言っている!?まだお前のディメンションマジックの最後の効果が残っているだろう?」

 

 悔しそうに、目を私に向けて万丈目くんは言い放つ。

 ここで私が発した言葉はきっと誰しも予想しなかっただろう。

 私は覚悟を決めて、微笑んだ。

 

「破壊効果は、任意効果だから、使わないのです~」

 

 

 一瞬、体育館内の音が消えた。

 みんなが私の発した言葉の意味を理解できなかったのだろう。そして、いち早くその意味を理解した万丈目くんは、私に怒りを向けた。

 

「ふざけるなっ!!手加減でもしているつもりか!?俺を馬鹿にするな!!」

 

 万丈目くんの怒鳴り声が、無声だった館内に響き渡る。それを皮切りにして、客席にいるみんなも騒ぎ出した。

 

「ふざけてないよ」

 

 ぴたっと、再び館内の声が止まる。万丈目くんは目を見開いていた。

 

「これが私のデュエルだから。私は、カード効果で相手のモンスターを破壊するのが大嫌いだから。

私はデュエルを楽しみたい。私は相手の全力と戦いたい。全力で相手のモンスターとぶつかり合いたい。だから私はモンスターを破壊するカードは1枚だって使わないよ」

 

 これは私の意地なのかもしれない。でも、私はやっぱり、モンスターを破壊するカードを使いたくない。

 自分の信頼しているカードが、汎用除去1枚で消えてしまうのは、どうしても嫌だから。

 

 みんなが絶句している中、万丈目くんは肩を震わせていた。

 

「……バトルフェイズ。VWXYZで、ジュニア・ブラック・マジシャンを攻撃!」

 

「リバースカードオープン、攻撃の無力化。相手の攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了するよ」

 

 再び放たれたエネルギー波。しかしそれは時空の穴へと消えていった。

 

「……ターンエンドだ」

 

 万丈目くんは怒ってる声を出すまいとしているのか、少し静かだ。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード強欲な壷を発動するよ。デッキからさらにカードを2枚ドロー」

 

 手札に入ったカードは、きっとそうだろうと思っていた。来ると信じていたからこそ、ジュニアを召喚したのだから。

 

「万丈目くん」

 

 私はメインフェイズに入る前に、万丈目くんに声をかける。

 万丈目くんは、私の言葉を聞きたくないのか、目をそむけていた。

 

「どうして、デュエルを楽しまないの?」

 

 私の発した言葉に、万丈目くんは反応する。歯をくいしばり、さっきよりも怒りをあらわにしている。

 

「楽しむだとっ!?デュエルとは、相手に勝つためにするものだ!そして、俺は勝ち続けてデュエルキングになる!!デュエルを楽しむ必要など無い!!」

 

 万丈目くんは怒りの表情で、怒声で、私に向かって言い放った。

 でも、だったらどうして

 

「なら、どうしてそんなに苦しそうなの?」

 

 万丈目くんは瞳に苦しみを宿していた。遠目にも、私にはっきりと見えるくらいに。

 

「黙れっ!!」

 

「黙らないよっ!!万丈目くんだってほんとはデュエルを楽しみたいんでしょ?」

 

 私はさっき引いたカードを表にする。

 場にいるジュニアの姿が光となって消えて行き、その光が集まって、私の持っているカードに吸収されていく。

 

「万丈目くんの、1番大切なカードは何?デュエルは……」

 

 私は手に持っているカードを、デュエルディスクへとセットした。

 

「1番大好きなカードを使って戦う時、1番楽しいんだよっ!!最後まで……私と共にっ!来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 フィールド上に現れたのは、ジュニアと違ってデフォルメされているわけではない、普通の、私の最も大切なカード。

 紫色の衣をまとった黒魔術師が、召喚された。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500

 

 

「ジュニアはブラック・マジシャンを生贄召喚する時、1体で2体分の生贄とすることができる。そして、ジュニアを生贄にして召喚したブラックマジシャンは攻撃力が1000ポイントアップするよ」

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→3500

 

 

「バトル!ブラック・マジシャンで、VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノンを攻撃!ブラック・マジック!!」

 

 ブラック・マジシャンの杖先から放たれた闇の魔法。VWXYZに当たると、VWXYZは爆音と共に破壊された。

 

 

万丈目

LP4000→3500

 

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

 万丈目くんは、黙っていた。自分の胸に手を当てて、そこにある何かを握り締めるようにしていた。

 

「俺のターン、ドロー。手札から装備魔法、再融合を発動。ライフを800支払い、墓地にいる融合モンスターを特殊召喚する」

 

 

万丈目

LP3500→2700

 

 

 万丈目くんの墓地から、つい今さっき倒したVWXYZが復活する。

 

「VWXYZのモンスター効果発動。ブラック・マジシャンを除外する」

 

 今度はかわす術が無い。私のフィールドのブラック・マジシャンは、ゲームから除外され、私のフィールドから消えていった。

 

「1番好きなカードを使って戦う?何を言っている。デュエリストにとってカードは戦うための道具にすぎない。俺はお前らとは違う!楽しいかどうかなど、好きかどうかなど関係ない。そんなカードになど頼らず、俺は自分の力で戦う!!VWXYZでプレイヤーにダイレクトアタック!アルティメットデストラクション!!」

 

 VWXYZから放たれた青のエネルギー波が私の体を貫いた。

 

「きゃぁ!!」

 

 3000ポイント分の衝撃が私の体を襲う。飛ばされてしまいそうな力から、必死になって体を支えた。

 

 

舞花

LP4000→1000

 

 

「万丈目くんにだって、あるはずだよ。自分と共に戦ってきて、自分の最も信頼できるカードが。じゃなきゃそんな目をするはずないよね?」

 

 万丈目くんの目には寂しさが映っていた。それは、自分の信頼するカードと共に戦わないことの寂しさ。

 きっと万丈目くんにだって、自分の1番好きなカードを使って楽しくデュエルをしていた時期があったはずだ。けれども、どうして今はそんなにつらそうにデュエルをするの?

 

「黙れっ!そんなことは関係ない!!俺はただ、強くなってデュエルキングになるだけだっ!!ターンエンド」

 

「エンドフェイズ、リバースカードオープン!闇次元の開放を発動!ゲームから除外されている闇属性モンスター1体を特殊召喚するよ。戻ってきて、ブラック・マジシャン!」

 

 私のフィールドに舞い戻るブラックマジシャン。

 このタイミングでの帰還に、万丈目くんは私のもう1枚のリバースカードに目を向ける。そして、万丈目くんの考えていることは多分正解だ。

 

「私のターン」

 

 なんなんだろう?このデュエル。

 いつもなら、このデュエルはどれだけ楽しめていたのだろう?VWXYZを高速召喚するその手際。倒したVWXYZを復活させて繰り出してきた見事な反撃。

 さっきまで私の有利だったというのに、いつの間にか形勢は私の不利。こんなに楽しいデュエルなのに、万丈目くんは苦しんでいる。

 

 終わらせよう

 

 意を決して、私はカードを引いた。

 

「私は装備魔法、魔術の呪文書をブラックマジシャンに装備するよ。その効果により、ブラック・マジシャンの攻撃力は700ポイントアップ。VWXYZに攻撃!ブラック・マジック!!」

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→3200

 

 

 さっきと同じビジョンが、フィールド上で行われる。ブラック・マジシャンの闇の魔法によって、VWXYZが破壊された。

 

万丈目

LP2700→2500

 

 

「ねえ、万丈目くん」

 

 VWXYZが破壊され、万丈目くんは悔しそうに目を瞑っていた。私の声はおそらく届いていると思う。

 

「私はね、デュエリストは自分の信頼するカードと一緒に強くなっていくと思うんだ」

 

 そっと、ディスクにせっとされているブラック・マジシャンのカードを撫でる。いままでずっと一緒に戦ってきたそのカードの表面の傷を、やさしく撫でた。

 

「だから、ただ自分ひとりで、ただ苦しんでいる万丈目くんは、このままじゃデュエルキングになんて……なれないよ。リバースカードオープン」

 

 私のフィールドで開かれたリバースカード。それは『未来王の予言』。このターンの召喚を封じて、もう1度攻撃を行えるカード。

 そのカードが告げるのは、このデュエルの終焉。

 

「ブラック・マジシャンの追加攻撃!ブラック・マジック!!」

 

「畜生……」

 

 ブラック・マジシャンの杖先から、黒い球体が形成される。大きくなったその球体が、ブラック・マジシャンの杖から離れ、万丈目くんにぶつかった。

 

「ちくしょぉぉ!!!」

 

 

万丈目

LP2500→0

 

 

 デュエルの勝敗が決した。

 

 万丈目くんはその場に座り込み、放心していた。

 私は万丈目くんに近づいていき、手を差し伸べた。しかし

 

 バシィン!!

 

 私の差し出した手を万丈目くんは払いのけた。キッと私をにらめつけて、言った。

 

「俺はデュエルキングに…ならないといけないんだ!!それなのに、なぜお前たちのようなお気楽デュエリストが俺の道を阻む!!」

 

 今、私にははっきりと見えた。万丈目くんの背中の後ろにある、重圧。デュエルキングにならなくては『いけない』その大きなプレッシャーが。

 

「万丈目くん……」

 

「くそっ!!」

 

 万丈目くんは走って行った。有無を言わさないその背中を多くの人に見せ付けて。

 

「あ……」

 

 頬を、冷たい感触が流れていく。

 私は……泣いていた。

 

 私は無責任だったんだ。私には万丈目くんの背負っているものも、万丈目くんの何も知らなかった。なのに私は勝手なことを言って、ただ私の考えを押し付けようとしていた。

 どうして、こんなにデュエルをつらく感じているんだろう?万丈目くんは、どうしてこんなにつらいのにデュエルをしているんだろう?

 

「舞花……」

 

 いつの間にか、十代くんが私のそばに来ていた。そっと、私の頭を撫でてくれていた。

 

「うわぁぁぁんん!!」

 

 何もかまわず、私は十代くんの胸に顔をうずめて、大きな声で泣いてしまった。

 

 十代くんは私が泣き止むまで、優しく私の頭を撫でてくれていた。

 

 

 

 

 

 万丈目くんは、次の日から、学校に来なくなってしまった。



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5-turn ユメ

 傷つけてしまった万丈目くんの心。

 その事実によって、傷ついてしまった私の心。

 

 

 あの日の次の日。私は万丈目くんに謝りに行こうとしていた。しかし、授業の時間になっても万丈目くんが現れることはなかった。

 その日の授業が終わると私はすぐに探しに行った。

 ブルー寮には帰っていないと言われたとき、一つの可能性が頭によぎった。それを確かめるべく、港へと向かう。

 港にはブルー寮の、アカデミアのカイザーと言われた丸藤亮さんがいた。そして、私は確かめるべく、その人に向かって口を開く。

 

――万丈目くんを見ませんでしたか?

 

 カイザーさんは、一瞬も思考することなく、答えてくれた。

 

――島から、出て行った。

 

 その答えが耳を通ったとき、私の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「舞花、いい加減に出てきて」

 

 部屋の外で、明日香ちゃんの声が聞こえる。私に出て来いと言っている。無理も無い、あの日から4日間、私は部屋を出ていなかった。

 部屋の中で、部屋の隅でずっと座っている私は答える力さえも無かった。

 

「十代はまた今日も寮の前まで来てたわよ。みんな貴方を心配してるわ」

 

 ああ、私はみんなに迷惑をかけているのか。

 自覚はしていた。そして、罪悪感も感じていた。けれども、私の体は出て行こうとはしなかった。出て行く力も、気概も無かった。

 

 私は、傷つけてしまったのだ。

 

 あの後、私はクロノス先生に事情を聞いた。あのデュエルに負けたら、万丈目くんはラーイエローに降格だったということを。

 パズルのピースが、あの時欠けていたピースが嵌っていった。

 万丈目くんが、楽しむこともせず、ただデュエルに勝とうと必死だった訳を。万丈目くんが、あんなにデュエルを怖がっていた訳を、私は知った。

 

 私は何をしていたんだろう?

 

 あんなに追い込まれていた万丈目くんに、私は自分の考えを押し付けようとしかしていなかった。万丈目くんが苦しんでいることを、私は気づいていたのに。

 私はどうして……

 

 万丈目くんの背負ったものを、感じることができなかったんだろう

 

 万丈目くんがデュエルキングにこだわる訳を、私は知っているわけではない。

 でも、あの背負っていた圧力は、きっと万丈目くんを苦しませていたのだろう。そして、私が行ったあのデュエルでの行動もまた、万丈目くんを苦しめていたのだろう。

 

 

 

 

 どうすれば良かったんだろう?どうすればいいんだろう?

 

 

 

 

 頭の中で考えていることが、ぐちゃぐちゃになっていく。

 まとまらない、堂々巡りの思考を、止めることすらできない。

 

 胸が痛くて、苦しい。

 眼が熱くて、涙が流れ続けている。

 

 体中を不快感が支配する。そして、私は私に対して嫌悪感を抱く。

 

 すべて私のせいで、気づけなかった私のせいで。

 

 そして、私は謝る事さえもできないのだ。

 

 

 

「舞花……」

 

 外から、また声が聞こえてくる。女子寮に入って、一番最初に友達になってくれたその人は、さっきからずっとそこにいてくれたのだろう。

 

「貴方が悩んでることも、何に悩んでるかも分かってるわ」

 

 優しい声が、聞こえてくる。そして、その声は、私の心を蝕む。

 

「外に出てきて。そして、私と……私たちと一緒に、どうしたら良いか考えましょう」

 

 優しくて、暖かいその声は、私に届く。そして、私に、手を差し伸べてくる。

 けれども、私は、その声に、応えることはできない。私は、その手を、受け取ることはできない。

 

 全部、私の、せいなのだから

 

「……ごめんなさい」

 

 かすれるような声が、私の喉から発せられた。誰に発していたのかは、私にも分からない。

 

 万丈目くん?明日香ちゃん?十代くん?

 

 いや、きっとみんなだ。

 

「ごめんなさい」

 

 ようやくはっきりとでたそのことばが、どこかにとどいたのか、わたしにはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 いつの間にか眠っていたようだ。目をこすると、涙の後が乾いているのに気がついた。

 どれくらい眠っていたのだろう?それを確認しようと、部屋の時計のあるほうを向く。

 

 瞬間、気がついた。

 

「ここは……どこ?」

 

 いつもの自分の部屋ではない場所に、私はいた。

 その場所は言うならば空間。何も無い、ただ真っ白いだけの無の空間。

 

 立ち上がり、その虚無の空間の中で目印になる何かが無いのか必死に目を動かす。けれどもその場所には本当に何も無かった。

 

「こんにちは」

 

 はっと、後ろから声が聞こえた。

 驚いた勢いのまま振り返ると、そこには20前後くらいの女の人が立っていた。

 

「……こんにちは~」

 

 私は笑うこともできず、小さな声で挨拶を返した。

 その私の様子を見て、お姉さんはニコニコ笑いながらこう言った。

 

「デュエルしよっか」

 

 人差し指を立てて、お姉さんは提案してきた。その言葉に私は呆気にとられた。

 

「え?」

 

「じゃあ、はいこれ」

 

 固まっている私に、お姉さんはデュエルディスクを取り出して、私の腕につける。有無を言わさないまま距離を取り、ディスクを展開させていた。

 

「じゃあ、はじめよっか」

 

 もう何がなんだか分からない。流されるままに、ディスクを展開させた。

 

「「デュエル」」

 

 先攻はお姉さんだ。私は手札を確認することなく、ぼんやりとお姉さんのプレイングを見る。

 

「私のターン、ドロー!私はモンスターを裏側守備表示で召喚してターン終了」

 

 おなじみのようにカードの裏側の絵柄がソリッドビジョンとなって表示された。

 

「私のターン、ドロー」

 

 流されるまま、始めたこのデュエル。気乗りしないまま、私は引いたカードを表にした。

 

「マジシャンズヴァルキリアを攻撃表示で召喚。裏側表示モンスターに攻撃」

 

 

マジシャンズヴァルキリア

ATK1600

 

 

 マジシャンズヴァルキリアがソリッドビジョンで立体化し、すぐさまお姉さんの裏側守備モンスターに魔法を放つ。

 攻撃に反応するように相手のモンスターは表側表示になり、ヴァルキリアの攻撃をはじき返した。

 

「墓守の偵察者は守備力2000。残念だけど攻撃は失敗ね。さらに私は墓守の偵察者のリバース効果によりデッキから墓守と名のついた攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚できる。2枚目の墓守の偵察者を守備表示で召喚」

 

 

墓守の偵察者

DEF2000

 

舞花

LP4000→3600

 

 

 デッキよりもう1枚の墓守の偵察者が、場の墓守の偵察者の隣に召喚される。これで守備力2000のモンスターが2体並んだ。

 

「ターンエンドです」

 

 抑揚のない声で、私はエンド宣言をする。

 

 ダメ、全然楽しくないよ

 

 また傷つけてしまうのが怖いのだろうか?私は……今の私はカードを見ることさえも苦しく感じていた。

 

 

「私のターン、ドロー!強欲な壷を発動してさらに2枚ドロー!2体の墓守の偵察者を生贄に、氷の女王を召喚!!」

 

 2体の生贄を消費する最上級モンスター、氷の女王が召喚される。水色の髪の女性が、絶対的な存在感を持って立ちふさがっていた。

 

 

氷の女王

ATK2900

 

 

「氷の女王でマジシャンズヴァルキリアを攻撃!コールド・ブリザード!!」

 

 氷の女王が杖を一振りすると、そこには吹雪が現れた。マジシャンズヴァルキリアがあっという間に凍っていき、氷結した瞬間、音を立てて砕け散った。

 

舞花

LP2300

 

 私は呆けたまま、マジシャンズヴァルキリアの破壊される姿を見ていた。

 

「…私はカードを1枚伏せてターンエンドよ」

 

 そんな私の姿を気に入らないような目でお姉さんは見ていた。けれども、今の私はどうしても目の前のデュエルに集中できない。

 

 大好きなデュエルをしているはずなのに、どうしてこんなに苦しんでいるんだろう。

 

 これが、万丈目くんの感じていた苦しみなのだろうか?それともまた、別の苦しみなのだろうか?どちらにせよ、私は胸が苦しかった。

 他人を傷つけて、それで楽しくデュエルをやろうなんて、そんなことはできなかった。

 

「何してるの?」

 

 目の前にいる名前も知らないお姉さんが、少しいらいらした表情で私のことを見ていた。この人もまた、私とデュエルするのが嫌なのかな?だったら私はもうやめてしまおうか。

 

 サレンダー

 

 その言葉が頭をよぎった。

 

「……楽しくデュエルをしようって、そういう風にはもうできないの?」

 

 お姉さんの表情がまた変わっていて、今度は哀れむような目で私を見ていた。

 

「…無理ですよ~」

 

 顔を伏せて、目を見られないようにして、私は答えた。

 他人を傷つけた私が、どうして楽しくデュエルをできるんだろうか。

 

「そんなに怖いの?他人を傷つけることが」

 

「怖いです。誰かが悲しんでいると、私はとっても悲しいです」

 

 他人の不幸を蜜の味にして味わうことなんて、私にはできない。誰かが辛そうに、苦しそうにしているのを見ると、胸が張り裂けそうに痛くなる。だから私は、他人の不幸を、笑って見過ごすことなんてできない。

 

「そう、だったら……」

 

 お姉さんがふわっと微笑んだ。まるで小さな子供を諭すように。

 

「あなたは、誰かが笑っていたら一緒に笑える?」

 

 ふと、一瞬頭の中で想像していた。誰かが楽しそうに笑っていたら、私もとっても楽しい。誰かが嬉しそうに笑っていたら、きっと私もとっても嬉しい。

 

「……はい」

 

 誰かが幸せそうに笑っていたら、きっと私も幸せだ。

 

「だったら、あなたが笑顔で、デュエルを楽しまないでどうするの?」

 

 その言葉の意味が、頭の中で急速に理解できた。私はあのときのデュエル、全力で楽しんでいただろうか?笑顔が絶えて、ただただ必死に万丈目くんに言葉を浴びせていた私は、心の底から、デュエルを楽しめていたのだろうか?

 

「あ……」

 

 あのときの私は、ただ必死で、言葉を向けていただけで、笑顔なんて出せなくて、万丈目くんと苦しんでいた。

 

 そうだよ

 

 私が幸せそうに、楽しくデュエルをしないで、どうして万丈目くんも楽しめるの?

 

 万丈目くんには事情があった、負けられない事情が。でも、万丈目くんだってデュエルが大好きで、だったら心の底からデュエルを苦しみきるはずがなかったんだ。

 

 どうすればよかった?私は全力でデュエルを楽しめばよかったんだ。そうすれば、一緒に万丈目くんも笑えたかもしれなかったんだ。言葉じゃなくてデュエルで、一緒に語ればよかったんだ。

 

 どうすればいい?もう1度、万丈目くんとデュエルしよう。万丈目くんは、きっとデュエルを辞めない。ならきっとどこかでもう1度デュエルできる。そうしたら、今度はすっごく楽しくデュエルをしよう。

 

 

 胸のつかえがとれる。ほんの少し心が軽くなった気がした。目の前にいるお姉さんはまたニコニコと私を見ながら笑っていた。

 

「もう、大丈夫かな?」

 

「はい」

 

 真っ直ぐに、私は今のフィールドを見つめた。相手の場にいる氷の女王。これをまずは倒さなくちゃ。

 自然、笑顔が現れていた。いつものような胸の高鳴りが、高揚感が、私を支配する。

 

 全力で楽しもう、このデュエル!

 

「私のターン、ドロー!」

 

 初めて私は自分の手札を見つめた。この手札では氷の女王は倒せない。でも、倒すための準備を整えることはできるかもしれない。

 

「私はホーリーエルフを守備表示で召喚します。カードを4枚伏せてターンエンドです」

 

 

ホーリーエルフ

DEF2000

 

 

 一気に4枚ものカードを伏せた私を、お姉さんは一瞬驚いたように見つめ、そして笑った。

 お姉さんも、すっごく楽しそうにデュエルをしていて。私は十代くんの顔が頭をよぎっていた。二人は似ているのかもしれない。

 

「私のターン、ドロー!私はヂェミナイ・エルフを召喚」

 

 双子の女性エルフが相手の場に現れる。

 

 

ヂェミナイ・エルフ

ATK1900

 

 

 そういえば、お姉さんのデッキも私と同じ魔法使い族だ。ミラーマッチなんて初めてだから、なんだかとっても楽しい。

 

「リバースカード4枚なんて私は恐れないわよ~。バトル、氷の女王でホーリーエルフを攻撃!コールド・ブリザード!!」

 

 さっきと同様に、私の場のホーリーエルフが凍らされ、砕かれる。私の場にはモンスターが居なくなった。

 

「ヂェミナイ・エルフでダイレクトアタック!」

 

 二人のエルフによるコンビネーション攻撃。片方が私に攻撃を入れ、間髪いれずにもう一人が私に攻撃を仕掛けてきた。

 

 

舞花

LP2300→400

 

 

「あれ?4枚のリバースカードは発動しないのかな?」

 

 私の場にある4枚の伏せカード。それをこのバトルフェイズで発動してくると思ったのだろう、不思議そうな顔でそれを眺めていた。

 

「いいえ、発動しますよ~」

 

 攻撃が終わり、バトルフェイズも終了するとき。このタイミングで、私は自分の場の伏せカードを開いた。

 

「速攻魔法発動!魔法の教科書!!」

 

 私が4枚のカードを伏せた理由は、手札に置いておけなかったから。私は最後に残っていた手札を墓地へと送った。

 

「このカードは手札を全て捨てて発動します。デッキからカードを1枚ドローしてそれが魔法カードだったら発動します」

 

 デッキから鼓動を感じる。それは、私が最も信頼してるカードの鼓動。だからなのだろうか?私はこの1番上のカードが何なのか、分かるような気がしていた。

 

「ドロー!」

 

 私は引いたカードを見なかった。そして、私はそのカードをそのまま発動した。

 

「黒魔術のカーテンを発動!!」

 

 

舞花

LP400→200

 

 

 フィールドに現れる黒き魔術師のカーテン。私のライフを半分吸収して、そのカーテンが開かれる。

 

「最後まで……私と共にっ!来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 カーテンから現れた、黒魔術師。私の最も信頼するエースモンスター。

 このカードが場にあるだけで、安心感が違ってくる。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500

 

 

「……ブラック・マジシャン、か」

 

 お姉さんがなんだか懐かしそうな目で私のブラック・マジシャンを見ていた。そして、それに答えるかのように、ブラック・マジシャンもお姉さんを見ていた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「なんでもないわ。カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 お姉さんはくすりと笑った後、なんでもないと手を振った。少し疑問に思いつつも、私は自分のターンを開始する。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 お姉さんの場にある2枚の伏せカード。私はこのデュエル中に、まだ1回も攻撃を成功させてないことを思い出す。ならあれは攻撃反応型罠の可能性がある。でも、

 引いたカードを見て、私は笑う。このカードなら、いける。

 

「リバースカードオープン、黙する死者を発動!墓地の通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚します。ホーリーエルフを守備表示で召喚」

 

 場に再び現れるホーリーエルフ。ごめんね、また墓地に戻すことになるけれど、あなたの生贄は無駄にしないから。

 

「ホーリーエルフを生贄に、お願い!ブリザード・プリンセス!!」

 

 ホーリーエルフが生贄の光となって四散する。そしてその場所には水色の髪の少女が現れた。

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800

 

 

「プリンセスの効果により、お姉さんはこのターン、魔法・罠カードを発動させることはできませんよ」

 

 プリンセスが場に現れると同時に、お姉さんの場の伏せカードが凍結する。これでこのターンお姉さんはこの2枚を発動できない。

 

「でも、その2体じゃ氷の女王は超えられないわよ?」

 

「大丈夫ですよ~。リバースカードオープン、秘術の書!プリンセスに装備して、攻撃力、守備力を300ポイントアップします」

 

 開かれた秘術の書。ぱらぱらとめくられながらプリンセスの魔法力を高めていく。

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800→3100

 

 

「バトル、プリンセスで氷の女王を攻撃!!」

 

 プリンセスが手に持った大きなハンマーを振るう。氷の女王の頭上にハンマーが振り下ろされ、氷の女王は押しつぶされた。

 

 

お姉さん

LP4000→3800

 

 

「あらら、破壊されちゃったわね。でも氷の女王の効果発動!このモンスターが破壊されたとき、墓地に魔法使い族モンスターが3体以上いるなら墓地の魔法カード1枚を手札に加えるわ。強欲な壷を手札に加えるわよ」

 

 お姉さんの手札は……5枚。さらに1枚は強欲な壷。次のターンでとんでもない反撃がくるのは必至。ならこのターンで……

 

「ブラック・マジシャンでヂェミナイ・エルフを攻撃する?」

 

 ふと、お姉さんが悪戯っぽく笑っていた。一体何だろう?魔法・罠カードを封じているこの状況で、何かあるというのだろうか?

 手札誘発カード?あの多い手札ならそれがあってもおかしくはない。なら、私がとる行動は

 

「いいえ~、リバースカードオープン!イクイップ・シュートを発動!このカードの効果により、私はヂェミナイ・エルフにプリンセスの秘術の書を装備します」

 

 プリンセスの手元にあった秘術の書が、ヂェミナイ・エルフの方へと移る。今度はヂェミナイ・エルフの攻撃力が高まった。

 

 

ヂェミナイ・エルフ

ATK1900→2200

 

 

「あら、私のモンスターを強化してどうするのかな?」

 

「イクイップ・シュートの効果は、装備カードを相手に移して、その装備カードを装備していたモンスターと装備カードを移した相手モンスターをバトルさせます!プリンセスでもう1度攻撃!!」

 

 プリンセスのハンマーが、今度はヂェミナイ・エルフの方へと向かっていく。それに反応したお姉さんは、手札のカードを表にした。

 

「私は手札のジェム・マーチャントの効果発動!このカードを墓地に送ってヂェミナイ・エルフの攻撃力を1000ポイントアップさせるわ」

 

「無理ですよ。イクイップ・シュートの追加攻撃はこのカードの効果処理です。効果処理中に他のカードの効果を発動することはできませんよ~」

 

 言葉どおり、ヂェミナイ・エルフに攻撃力は加算されなかった。そのままプリンセスの振るったハンマーが、ヂェミナイ・エルフを粉砕する。

 

 

お姉さん

LP3800→3200

 

 

「あらら、私のこれ、読まれちゃってたんだ」

 

 楽しそうに笑いながら手札のジェム・マーチャントを見せてくる。

 

 すごい

 

 今、イクイップ・シュートが無かったら、ブラック・マジシャンはやられていた。

 魔法・罠カードを封じていたのに、反撃を繰り出そうとするなんてすごい。この人はとっても強いんだ。

 

「ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!ブラック・マジック!!」

 

 ブラック・マジシャンの杖から放たれた黒魔術。その塊がお姉さんの体を直撃する。

 

 

お姉さん

LP3200→700

 

 

「ターンエンドです」

 

 私の手札は0、対してお姉さんの手札は5。さらに1枚は強欲な壷。これだけの手札を温存して戦っているなんて。これだけ使ってるカードの量が違うのに、まだライフポイントも追いつけてない。

 

「じゃあ、私のターン、ドロー!さらに強欲な壷を発動して2枚ドロー!!」

 

 直感している。私はこのターンで負けるだろうと。けれども私は、どんな手を使ってくるのか、どんなカードを出してくるのかそればっかりが気になっていた。

 

「手札1枚をコストに、THE・トリッキーを特殊召喚。さらに速攻魔法トリッキーズ・マジック4を発動!トリッキーを生贄に、相手の場のモンスターと同じだけトリッキートークンを特殊召喚するわ。トリッキートークンを2体特殊召喚!!」

 

 

トリッキートークン×2

DEF1200

 

 

 特殊召喚されたトリッキーが、瞬時に1度消え、2体のトークンとなってフィールドに舞い戻ってくる。さらに、お姉さんは通常召喚の権利が残っている。

 

「私はトリッキートークンを1体生贄に捧げ、カオス・マジシャンを召喚!さらに二重召喚(デュアルサモン)を発動!もう1度通常召喚を行うわ。もう1体のトリッキートークンを生贄に捧げ、サイバネティック・マジシャンを召喚!!」

 

 早すぎる展開力。あっという間にお姉さんの場には2体のレベル6マジシャンが並んでいた。

 

 

カオス・マジシャン

ATK2400

 

サイバネティック・マジシャン

ATK2400

 

 

 その2体のモンスターを召喚した後、お姉さんは最後の手札を手にかけていた。

 

「舞花ちゃん。楽しいデュエルだったけど、これでおしまい。最後は私の最強の魔法使いでいくわよ」

 

「最強の魔法使いですか~?」

 

 楽しそうに笑うお姉さんの顔を前にして、私もずっと笑っている。最強の魔法使い、一体何が出てくるんだろう。

 

「じゃあ、いくわよ。2体のレベル6以上の魔法使い族モンスターを生贄に捧げ」

 

 輝く2体のマジシャンが、光の粒子となってお姉さんの手札のカードへと吸収される。そのカードから感じる、大きな力。氷の女王よりもはるかに強い力を感じた。

 

「最強の黒魔術師としてその姿を現せ!黒の魔法神官(マジック・ハイエロファント・オブ・ブラック)を特殊召喚!!」

 

 お姉さんの場に現れた魔法使い族モンスターは、私のブラック・マジシャンによく似ていた。けれどもブラック・マジシャンよりも大きな力が、そのカードからは溢れていた。

 

 

黒の魔法神官

ATK3200

 

 

「バトル!黒の魔法神官で、ブラック・マジシャン……いえ、ブリザード・プリンセスを攻撃!セレスティアル・ブラック・バーニング!!」

 

 黒の魔法神官が、その杖から大きな魔力の塊を作り上げる。その力はやはり、私の持つあらゆる魔法使いの力を超えていた。

 放たれたその力になすすべも無く、プリンセスは爆発音と共に消え去っていた。

 

 

舞花

LP200→0

 

 

 勝敗が決し、ソリッドビジョンが消える。私は一瞬、その場から動けなかった。

 

「あらら、大丈夫かな?」

 

「え、はい。大丈夫ですよ~」

 

 心配そうな目で私の顔を覗き込んでくるお姉さん。私はあはは、と笑いながら元気を主張した。

 

「最後は何でプリンセスを攻撃したんですか?」

 

 一瞬、お姉さんはブラック・マジシャンを攻撃しようとしていたはずだ。けれども、直前でいきなり、プリンセスへと攻撃を変更したのに疑問を持っていた。

 

「だって、健気にブラック・マジシャンを守ろうとしていたから。破壊できないのは分かっていたしね」

 

 笑いながらお姉さんは私のデュエルディスクの墓地の場所を指差す。つまり、お姉さんは分かっていたんだ。

 

「私の墓地に、ジュニア・ブラック・マジシャンがいるの分かってたんですね?」

 

「そういうこと」

 

 パチリ、と片目を閉じてウインクしたお姉さんは、なんだかとても可愛らしかった。

 

『舞花』

 

 途端、声がする。私のデュエルディスクの墓地ゾーンから1体の映像が出てきた。

 

「どうしたの、ジュニア?」

 

 いまさらジュニアがソリッドビジョンなしで立体化しても驚いたりなんてしない。しゃべったり、絵柄がウインクしたりするのだから。

 

『ごめんね、舞花が苦しんでるときに出てこれなくて。本当は僕が元気付けなくちゃいけなかったのに』

 

 申し訳なさそうに小さな体をすくめるジュニアの姿がなんだかかわいくって、ついつい頭を撫でてしまっていた。

 

「いいんだよ~。だって私がデッキを出さなかったんだもん」

 

『それでも、ごめん。それからお姉さん、ありがとう』

 

「いいのいいの。これからはあなたが頑張ってね。小さな魔法使いさん」

 

「先にお礼言っちゃダメだよ~。お姉さん、本当にありがとうございました」

 

 私とジュニア、2人分のお礼をお姉さんは笑いながら受け止めてくれた。

 

「うんうん、それじゃあ私はもう行くね。もう少ししたらあなたたちも外に出られるから安心してね」

 

 お姉さんが笑顔で手を振って別れを告げる。そのお姉さんの姿に、私は最初に抱くべき疑問を告げた。

 

「あの、お姉さんは一体誰なんですか?」

 

 その質問に、お姉さんは笑みを浮かべたまま人差し指を唇の前に立てた。

 

「秘密。謎のお助けお姉さん、かな?」

 

 その悪戯っぽい笑みを見たら、なんだかどうでもよくなってきたかもしれない。お姉さんはお姉さん、それでいいような気がする。

 

「わかりました」

 

「うん。じゃあ帰ったらお友達に元気な顔を見せてあげなよ」

 

 十代くん、明日香ちゃん、ジュンコちゃん、ももえちゃん、翔くん、隼人くん、三沢くん。心配してくれていたみんなに、迷惑をかけてしまったみんなにちゃんと謝らなくっちゃね。

 

「はいっ」

 

「いい子だね。じゃあ、もう時間切れかな?」

 

 お姉さんがそう言ったと思ったら、私の体が足から順に消え始めていた。

 

「最後に。デュエルは楽しく、ハッピーに、ね」

 

 その言葉は、いつか自分が言っていた言葉。デュエルは苦しむものなんかじゃなくて、楽しく、ハッピーにやるもの。私は自分の言葉をもう1度しっかり胸にと刻み込んだ。

 

「ありがとうございました」

 

『ありがとうございました』

 

 私とジュニアがそう言った瞬間。私の体はその世界から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで私と共に、ね」

 

 白い空間に、一人の女性がたたずんでいた。

 

「無意識に言ってるんだよね、あの子は」

 

 その女性はほんの少し、悲しげな目をしていた。

 

「思い出さないでほしいんだけどなあ」

 

 女性は空を見上げた。

 

 その白い空間には、空に太陽も星もないと、わかっていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いか」

 

 声が聞こえる。その声は私が愛しいと思っている人の声。

 

「舞花」

 

 声は私の名前を呼んでいた。そのことを理解した瞬間、私は目が覚めた。

 

「気がついたか舞花」

 

 目を開けた瞬間、私の目の前には十代くんの顔があった。

 吐息があたってしまうのではないかというほどの近い距離に十代くんの顔があった。

 

「……ええええ!!??」

 

 瞬間、頬が一気に紅潮する。

 心臓が大きく脈を打ち、まだ覚醒しきってなかった頭が一気にのぼせ上がる。

 

 何で? どうして目の前に十代くんがいるの?

 

 一方、当の本人は私が急に叫んだことで驚き、体を遠ざけていた。

 視界一杯だった十代くんの顔が離れ、真っ白い天井が新たに視界に入る。すんと香る消毒液の匂いが私の鼻をくすぐった。

 

「ここは……?」

 

「ああ、女子寮の保健室だよ。お前がいつまでたっても部屋から出てこないから、心配になって合鍵を使って部屋に入ったら倒れてたんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

 十代くんの方を向くために体を起こそうとすると、右腕にちくりとした感触。そこからは管が伸びていて何かの薬が入っているパックへと繋がっていた。

 

 少し恥ずかしかったので、視線を十代くんから少し逸らして口を開く。

 

「そういえば、鮎川先生は?」

 

「さっきまでいたんだけど、何か用があるって言って出てった。明日香たちも一緒に」

 

 じゃあ、今は私と十代くんの二人だけ?

 

 さっきの十代くんの顔のドアップが脳裏に蘇る。吐息がかかってしまうほどの至近距離にある黒い瞳にがまっすぐにこっちを向いていて、普段楽しそうに吊り上っている口元が、辛そうに下がっていて。

 

 ああ、十代くんは私を心配してくれたのかな?

 

 確かめようと、逸らしていた視線を十代くんの方に向ける。いつもの太陽の様に輝く笑顔じゃなくて、ほっとしているような微笑。

 

「ありがとう」

 

 ただ、口をついて声が出ていた。自分のせいで閉じこもった私をずっと心配してくれて、こうして私の為に笑ってくれて。

 

 十代くんはほんの少し照れくさそうに頬をかくと、表情を真剣なものにして口を開いた。

 

「舞花、万丈目のことだけど……」

 

 真剣。でも言いにくそうに十代くんは話す。解決しないといけないと思ったんだろう。私はずっと閉じこもっていたから、強引にでもこのタイミングで話しかけないと何も解決しない、そしてまた、私は元に戻るだけだと思って。

 

「ねえ」

 

 十代くんが話そうとするのを私は遮った。この話から逃げようとするのではなく、受け止めるために。

 

「十代くんなら、どうしてた?」

 

 もしかしたら、拒絶のように、転嫁のように、聞こえてしまうかもしれない。でもこれは、私の心の底からの疑問。

 

 私と十代くんは、似ている。そう思ったから聞いてみようと思ったのだ。

 

 十代くんは一瞬止まって、けれども考えるように止まったりはせず、間髪入れずに答えた。

 

「ただ全力でデュエルして、全力で楽しんでいたと思う」

 

 それは、私が聞きたかった答え。

 

「そうだよね」

 

 それは、十代くんが自分だけじゃなく、相手さえも楽しませるほどデュエルを楽しむ人だからこその答え。

 

 似ていても、私は十代くんのようにはいかなかった。

 

 私は相手を楽しませるほど、自分が楽しんでいたわけじゃなかったのかもしれない。こだわりに縛られ、志向を押し付け、楽しむ以外のことをしていたのかもしれない。

 

 もうやめよう。私はただ楽しく笑おう。カードと向き合って、相手の正面に立って、心の底から楽しく。万丈目くんに、デュエルを楽しんで貰うためにも。

 

「十代くん。万丈目くんは戻ってくるかな?」

 

「きっと戻ってくる。あいつもデュエルが好きだから」

 

 それが確実なら、私はもう迷うことはない。

 

「じゃ~あ。次のデュエルは、楽しく、ハッピーにできるようにしよう~」

 

 その言葉を聞いた十代くんは、いつものようにニカっと笑ってくれた。




補足
お姉さんの伏せカードは聖なるバリア―ミラーフォース―と収縮でした。なのでプリンセス無しだと全滅していたという流れ。
あと出てきたイクイップ・シュートがややこしいのでテキストの全文を↓に

イクイップ・シュート
バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターに装備された装備カード1枚と相手フィールド上に存在する表側攻撃表示のモンスター1体を選択し、選択した装備カードを選択した相手モンスターに装備する。
その後、選択した装備カードを装備していた自分のモンスターと、選択した相手モンスターで戦闘を行いダメージ計算を行う。

+今回の未OCG化カード
魔法の教科書
速効魔法
自分の手札を全て捨てて発動する。
自分のデッキの上からカードを1枚めくり、それが魔法カードだった場合はそのカードの効果を発動する。
魔法カード以外のカードだった場合は墓地へ送る。


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6-turn ミス・デュエルアカデミア

「それでは、本年度も始まりました!ミス・デュエルアカデミアコンテストォォーーー!!」

 

 マイクを持った一人の生徒が、高らかにその開催を宣言した。周りが大声を出しながら盛り上がっているけれど、私はそのテンションについていけずに少し苦笑していた。

 周りでは翔くんとジュンコちゃん、ももえちゃんのテンションが高く、十代くんと明日香ちゃんはなんだかどうでも良いという風に舞台を見ている。

 

 十代くん、興味ないのかな~?

 

 ぼーっと十代くんを見ていると、その視線に気づいた十代くんが私に向かって話しかけてきた。

 

「こんなことより、デュエルしてたほうが絶対楽しいのにな」

 

「うん、そうだよね~」

 

 あくまでも十代くんらしいコメントに、私はくすりと笑って同意した。

 

 私もデュエルとかの方が面白いと思うんだけどな~

 

 それでもこう盛り上がっていると、不思議と自分も楽しくなってくる。ちょっとだけ楽しみにステージの上を見た。司会の生徒に当たっていたスポットライトが消え、場内の明かりも消える。

 これからエントリーされた女生徒の名前が発表されて、その人はステージの上に上がるようだ。

 

 知り合いだったら……明日香ちゃんとか呼ばれそうだよね~。

 

 隣にいる自分の友人の姿をまじまじと見てみる。暗かったけれども私の視線に気が付いた明日香ちゃんは、ため息をついて私に話しかけた。

 

「こんなイベント、早く終わらないかしら」

 

 本当にめんどくさそうに、明日香ちゃんはそう言った。こんなのどうでもいいから授業でもしてくれと目でも言っていた。

 

「明日香ちゃん、明日香ちゃんはきっとエントリーされてるからもっと元気出さないとっ」

 

 明日香ちゃんは私なんかとは違ってすごく美人だ。正直、上から下までほとんど非の打ちようが無い。

 このイベントのエントリーは、男子生徒からの他薦制になっている。

 女の私から見てあこがれる様な容姿をしている明日香ちゃんをもし、エントリーしていなかったらこのイベントは明らかにおかしいだろう。

 

「はあ、面倒ね」

 

「それでは、エントリーナンバー5!天上院明日香ぁ!!」

 

 明日香ちゃんがつぶやくのと同時に、司会が高らかに明日香ちゃんの名前を宣言した。

 消えていたスポットライトが、明日香ちゃんを照らし、周囲にその存在を知らしめる。

 

「明日香ちゃん、頑張ってねっ」

 

「はあ」

 

 結局億劫そうな表情を変えることなく、明日香ちゃんはステージの方に歩いていった。

 

 他薦制だから仕方ないけど、辞退不可能なのはどうにかしてほしかったかもしれないとこの後私は本気で思いました。

 何故なら歩いていく明日香ちゃんを、ジュンコちゃんとももえちゃんが見送っている中、次の人の名前が呼ばれたからです。

 

「エントリーナンバー6!橘舞花ぁ!!」

 

「ほぇ?」

 

 司会が誰かの名前を叫んだかと思うと、明日香ちゃんに当たっているのとはまた別に、スポットライトの光が入る。

 

 おかしいな~?まるで私を照らしているみたい……

 

 ちょっとずつ左右にずれて、その光をかわそうとしてみると、なぜかその光は私についてくる。

 

「舞花、アンタよアンタ」

 

 ジュンコちゃんがそう言って私を指差す。

 

 えっと、今呼ばれているのがミス・デュエルアカデミア候補で、ジュンコちゃんは私が呼ばれたって言っていて……

 

「ええええええ!!??」

 

 私!?私が呼ばれたの!?

 

「橘舞花さん、早くステージまでお越しください」

 

 司会の人が改めて私の名前を呼び、自分が呼ばれたことが確かになる。

 

 何で私!?私なんかよりも可愛い人はたくさんいるのに~

 

 混乱しつつもジュンコちゃんに背中を押されて、ステージのほうまで歩き始める。

 その間に司会は次々と他の人の名前を呼んでいたけど、もう知り合いの名前が呼ばれることは無かった。

 

 ステージの上に上った私は、下に見える大勢の生徒たちの姿を見た。

 

 わわわわ、みんなこっち見てるよ~

 

 だんだんとその視線に耐えられなくなってきた私は隣にいた明日香ちゃんの後ろに隠れた。

 

「あきらめなさい」

 

 けれども明日香ちゃんは私を隠そうとはしてくれず、私を自分の前へと追いやった。

 

「明日香ちゃんひどいよ~」

 

「ひどいのはこのイベントじゃない?」

 

 未だ面倒そうな表情の明日香ちゃんの言ってることは最もだった。

 

「さて、これで本年度の候補者全てが出揃いました!それでは一人ずつ自己紹介をしてもらいましょう!」

 

 司会の人が1番の人から順に、自己紹介を促す。

 みんながそれぞれ自分のことを言った後に、明日香ちゃんの番が回ってきた。

 

「それでは次、天上院さんお願いします!」

 

 司会の人がそう言っているにも関わらず、明日香ちゃんは億劫そうな表情のまま何も言わない。

 

「あの、天上院さん?自己紹介をお願いします」

 

「天上院明日香よ」

 

 明日香ちゃんはそれだけ告げると、さっさと次に行ってと司会を促す。

 

 明日香ちゃん、本当に嫌なんだね~

 

 仕方が無いと、司会の人はその次の人にマイクを向けた……

 

「あの、橘さん?」

 

「ほぇ?」

 

 次の人って私だったよ!!

 

「ごごごご、ごめんなさい~」

 

 一瞬呆けてしまったため、司会の人に頭を下げた。そうしたら

 

 ゴンッ!

 

「痛い…」

 

 司会の人が私に差し出していたマイクに思いっきり頭をぶつけた。おそらく額が少し赤くなっているだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だだだ、大丈夫です~」

 

 額とは違う意味でもう顔中真っ赤だ。頭の先まで体温が上がってもう自分が何をやっているのかもわからなくなってきた。

 

「では改めて、橘さん、お願いします」

 

「えっと……た、橘みゃいかです。好きなものはブラック・マジシャンです。よ、よろしくお願いしみゃしゅ」

 

 噛みました。見事にブラック・マジシャン以外のところで噛みました。

 会場の皆さんからはとても暖かい目線と、がんばって、等の暖かい声援が送られてきています。

 

 うぁぁん、すっごく恥ずかしいよ~

 

「そ、それでは次の方ー」

 

 気を使ってくれたのか、司会の人はすぐに次の人にマイクを向けてくれました。

 それに伴ってみんなの目が隣に行ってくれたのを感じると、顔を伏せて真っ赤になった顔を見られないようにした。

 

 そうして、顔の熱が下がるまで伏せていたら、いつの間にか投票時間となっていた。

 正直私は順位なんてどうでも良いから早く帰りたい、と明日香ちゃんと同じようなことを考えていた。

 

「皆さん長らくお待たせいたしました!それでは結果発表です!!」

 

 集計が終わるまでの時間がとても長く感じられたがそれも終わり、司会が声高らかに結果発表への移行を宣言した。

 

 これでやっと終わりだよ~

 

 安堵の息をついて、司会の順位発表を聞きに入る。どうせ自分が入っているわけは無いのでと楽観的に聞くことにした。

 

「それでは、本年度のミス・デュエルアカデミアはぁぁーーー!!」

 

 何かしらの結果発表などでよく聞く太鼓の音が講堂内に響き渡る。それが止んだと思うと、ぱっとスポットライトの光が、ステージ上の一人を照らし出した。

 

「まさかの3年連続!!オベリスクブルー3年、小日向星華さんです!!」

 

 照らし出された人は、本当に美人で3年連続というのも頷けるような人だった。彼女がにこやかに会場内のみんなに手を振っている。

 何はともあれこれで終了だよね。ステージ上のみんなが表彰の前に立ち去ろうとすると、

 

「待ってください!」

 

 司会の人が手元にきた紙を見て、マイクに向かって大声で叫んだ。

 みんなの注目が今度は司会の人に集まる。

 

「なんと得票数が同じ人がいます!オベリスクブルー1年、天上院明日香さん!!」

 

 ぱっと、今度は私の隣の明日香ちゃんが照らされる。もう戻れると思っていたのにいきなり照らされたので明日香ちゃんも少し驚いていたようだ。

 

 って、1位が二人いるんだけど、それっていいのかな~?

 

 司会の人がどうしようかと悩んでいるところに、集計を行っていただろうPCを抱えた生徒が司会の人に駆け寄り、何かを話す。

 それを聴いた瞬間司会の人は再びマイクに向かって叫んだ。

 

「なんと!まだ投票していない生徒がいるようです!!オシリスレッド1年、遊城十代くん!!」

 

 ……十代くん?

 

 突然に自分のよく知った名前が出たかと思うと、客席に実行委員に捕まってステージまで歩いてくる十代くんの姿が見えた。

 

 十代くん、ほんとに興味無かったんだね~…

 

 十代くんがステージに上がると司会の人は十代くんにマイクを差し出した。

 

「それでは、遊城十代くん。この二人のどちらに投票する?」

 

「いや、俺本当に興味ないんだけど……。俺の票、無効にできない?」

 

「全校生徒が投票したんですよ!しかも君の一票が勝負を決める。こうなってしまったら無効になんてできません!!」

 

 興味の無い顔をしている十代くんに、最後の一票を入れることを熱望する司会者。確かにこうなってしまった以上ここで無効になんかできない。全校生徒の注目が十代くんに集まる中、十代くんは頬をかきながら考えていた。

 

「それじゃあ……舞花で」

 

 ……へ?

 

 十代くんの発した言葉に、場内が凍る。司会者の人も含めて、みんな開いた口がふさがらないといった風だ。

 

「じゅ、十代くん?」

 

 確かに誰に投票するかは自由だし、それはもちろんエントリーされているのだから私に入れても良い。

 でもこの空気の中であの二人のどちらかでもなく私を選ぶのはちょっとまずいんじゃないだろうか。

 

 案の定、周りから十代くんに向かって二人から選べよと非難が入る。司会者がマイクでそれを収め、改めて結果をどうするか役員たちで議論が入る。

 

「よかったじゃない、舞花」

 

 ふと、隣の明日香ちゃんから話しかけられた。よかった、とは一体どういうことなのかわからなかった私は首を傾げる。

 

「十代から票をいれてもらえたじゃない」

 

 そうだよね。十代くんは私に票を……

 ちょっと待って、今やってるのはミス・デュエルアカデミアコンテストで、十代くんは私に票を入れてくれた…

 

 十代くんは、私が一番良いって思ってくれたってこと?

 

 わわわわわわわわ!!

 

 さっき収まった頬の熱がまた一気にぶり返す。今度は心臓までドクドクと脈打ち始めた。

 

 にゃにゃにゃにゃにゃ!!??

 

 急に大徳寺先生の喋り方が移ったのかネコ語が頭の中で響いていた。

 十代くんの方を見てみる。十代くんは私の視線に気が付いてニカッと笑いかけてくれたけど、今の私には直視できずに目を背けて俯いてしまった。

 

「おい、大丈夫か?舞花」

 

 十代くんが私の元に来ようとしたとき、間に司会が割り込んできた。

 

「お待たせしました!!なんとそこの遊城十代くん、事態をさらにややこしい事にしていました!なんと、彼が先ほど投票した橘舞花さんは、1票差で3位でした!つまり、これで同率1位が3人になってしまったことになります!!」

 

 なんだかもっとややこしい事になっています。って、私が3位!?

 私なんかに入れてくれる人がどうしてそんなにいたの!?

 

「本当にどうしましょう?もういっそ3人でいいでしょうか!?」

 

 司会は本当に困り果てていた。多分、こんなことは今までに無かったのから。司会が再びトークをしている間に、まだ話のまとまっていない実行委員たちが話し合いを進めていく。

 けれども彼らもほとほと困り果てているようで、上手く結論が出せない様子。そんな中で一人が動き始めていた。

 

「ばかばかしいわ」

 

 明日香ちゃんは司会に向かってそう言い放つと、こつこつとステージから降りようと歩いていく。それを司会が後ろから止めに入った。

 

「ちょ、ちょっと、どこに行くんですか?」

 

「辞退するわ。私にとってミス・デュエルアカデミアなんて何の価値も無いもの」

 

 最初からずっと面倒そうだった明日香ちゃん。その本音がついに出てきてしまったようだ。司会の制止を無視してステージを降りようとした。

 

「じゃ、じゃあ私も~」

 

 ミス・デュエルアカデミアに興味が無いのは私も同じだ。こうして揉めるくらいだったら辞退してしまえば良かったのだ。辞退不可もこの状況なら大丈夫だろう。

 先を歩いていく明日香ちゃんを追いかけようと少し早足で歩く。そうしたら、今度は司会者じゃない制止の声が聞こえた。

 

「ちょっと待ちなさい!!」

 

 声を上げたのは小日向先輩。さっきまで黙っていたのだが状況のせいで黙っていられなくなってしまったようだ。

 

「(あなた達が辞退したら、私がお情けでミス・デュエルアカデミアになったみたいじゃない)不正がばれそうになったからって逃げるの?」

 

 先になんだか間があったけれど、小日向先輩から信じられないような言葉が私たちに浴びせられた。

 

「ふ、不正?」

 

 不正とはなんだろう?私たちは何かしてしまっただろうか?

 

「そうよ。さも興味なさそうに振舞ったり、ドジッ娘をやったりして、挙句お友達に票を入れさせないで目立って。ひょっとしたらコンテストの得票も根回ししたんじゃないの?」

 

 とりあえず今言ったことには作為は無い。全員が全員素でやってしまったことだ。コンテストの得票も私たちは根回しした記憶なんて無い。

 

 というか、私たちは本気でこのステージに上りたくなかったんだよ。

 

 根回しをするのならむしろ投票しないでと言うだろう。

 なので言い返そうかと思ったらすでに明日香ちゃんが口を開いていた。

 

「バカ言わないで。私たちにとってミス・デュエルアカデミアなんて興味もないし、なりたいとも思わないわ」

 

 明日香ちゃんがはっきりと、威圧するように先輩に向かって言い放った。

 これが私達の偽りの無い本音だ。私の本音はそんなことよりデュエルがしたい、なのだけど。

 

 言いたいことを言い切ったので、私も明日香ちゃんもステージから降りていく。司会もみんなも呆然とその姿を見守っていた。

 

 

 

「じゃあ、あなた達にデュエルを申し込むわ!!」

 

 

 

 押し黙っていた小日向先輩が、マイクもなしにそう叫んだ。

 こつこつ、と私たちのほうに歩いてくる。

 

「ここはデュエルアカデミアよ。納得のいかないことがあったらデュエルで決着をつけましょう」

 

 詰め寄った先には明日香ちゃん。さっきの物言いが気に入らなかったのだろうか、さっきよりもはっきりと敵意を向けている。

 

「な、なんとぉー!!この決着はデュエルに委ねられることになったぞぉー!!」

 

 司会が盛り上がりを見せ、会場の生徒が熱狂する。みんなデュエルが好きなのだ。なんやかんや言ってもデュエルが見たいのだろう。

 

「それでは、お三方。こちらの用意したくじを引いてください」

 

 いつ用意したのだろうか?いきなり出てきたくじを3人で一緒に抜き取る。王様ゲームのように割り箸で作られたそのくじには、先端に紅い印が付いていた。

 

 私が当たり、かな?

 

 残りの二人を見ると、片方にはやっぱり私と同じように紅い印が付いていた。そして、その人は

 

「それでは!第一回戦は、橘舞花VS天上院明日香だぁー!!」

 

 ついさっき、私と一緒に退場しようとした人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所移ってデュエル場。観客席はすでに埋まっていて、みんながこっちを見ていた。

 でも、それを恥ずかしいなんて思うよりも先に、目の前の人とデュエルできる喜びを感じていた。

 

「舞花、そういえばまだデュエルしてなかったわね?」

 

「うん。初めて会ったときは、結局できなかったからね~」

 

 最初に会ったとき、デュエルをすることはできなかった。あの時できなかったデュエルを、今ここでする。

 

 明日香ちゃんはオベリスクブルー女子1年、旧中等部では最強だったって話を聞いたことがある。だったらこのデュエル、絶対に面白くなる!!

 

「楽しくデュエルしようね~」

 

「全力で行くわ」

 

 ずれているようで、お互いの思いは同じ。全力のデュエルを、全力で楽しむだけ。

 デュエルディスクを展開する。シャッフルを終えたデッキを差し込み、左腕を突き出した。

 

「「デュエル」」

 

 先攻は明日香ちゃんだ。明日香ちゃんは勢いよくカードを引いた。

 

「私は荒野の女戦士を攻撃表示で召喚するわ」

 

 最初に出されたカードは見た目少しみすぼらしい女剣士。ぼろぼろになったマントを広げて剣を構える。

 

 

荒野の女戦士

ATK1100

 

 

「リバースカードを1枚セットして、ターンエンドよ」

 

 リクルーターにリバースカード。明日香ちゃんのデッキはわからないけど1ターン目の動きとしてはかなりいいはず。

 全力には、全力で答えるよ!

 

「私のターン、ドロー!」

 

 引いたカードはマジシャンズサークル。よし、次のターンには大量展開できるよ。

 

「白魔導士ピケルを召喚!」

 

 召喚されたのは可愛らしい小さな白魔導士。あたふたしながらも自分の手に持った小さな杖を構えた。

 

 

白魔導士ピケル

ATK1200

 

 

「バトルフェイズに入るよ!ピケルで荒野の女戦士に攻撃!ホーリーマジック!!」

 

 ピケルの杖から発した光が荒野の女戦士を貫く。ソリッドビジョンの音声から彼女の悲鳴が上がった後、女戦士は破壊された。

 

 

明日香

LP4000→3900

 

 

「荒野の女戦士の効果を発動するわ。このカードが戦闘によって破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の地属戦士族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚できる!デッキからブレード・スケーターを特殊召喚!」

 

 特殊召喚されたスケーターの女性型モンスター。両腕には刃物が装着されていてちょっとだけ怖いよ~。

 

 

ブレード・スケーター

ATK1400

 

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」

 

 マジシャンズサークルともう1枚を伏せる。

 あのモンスターは生贄用なのか、それとも他の使い方があるのだろうか。ターンが明日香ちゃんに回った。

 

「私のターン、ドロー!舞花、行くわよ」

 

 何か来る!!明日香ちゃんの強気の表情からそう読み取ったその瞬間に、明日香ちゃんは自分の手札のカードに手をかけていた。

 

「手札から魔法カード融合を発動!場のブレード・スケーターと手札のエトワール・サイバーを融合して、サイバー・ブレイダーを特殊召喚するわ!!」

 

 場のブレード・スケーターの隣にエトワール・サイバーが現れ、二つのモンスターが混じりあう。一瞬の光が場を包んだ後、中からフィギュアスケーターのようなモンスター、サイバー・ブレイダーが現れた。

 

 

サイバー・ブレイダー

ATK2100

 

 

「さらにサイバー・チュチュを召喚!」

 

 サイバー・ブレイダーの隣に、今度はバレリーナらしき少女の姿が現れる。明日香ちゃんのデッキって、そういうモンスターがコンセプトなのかな?

 

 

サイバー・チュチュ

ATK1000

 

 

「舞花、行くわよ!サイバー・ブレイダーでピケルを攻撃!」

 

 サイバー・ブレイダーがフィールドの上で回転を始める。その回転が早すぎてまるで竜巻のようになり、そのままピケルに向かってくる。

 

「させないよ~。リバースカードオープン!速攻魔法、魔法大学(マジカルアカデミー)!!」

 

 サイバー・ブレイダーの攻撃がピケルに当たる直前に、ピケルの姿が光となって消える。

 

 ごめんね。毎回1ターンもたせてあげられなくて。

 

「魔法大学(マジカルアカデミー)は、自分のモンスター1体を生贄に捧げることで発動するよ。手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!手札の闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)を特殊召喚!」

 

 最近手に入れた、私の新しいお友達。闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)。紅の装束をはためかせてフィールドへと降り立つ。

 

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

ATK1700

 

 

「そのモンスターじゃサイバー・ブレイダーの攻撃力には届かない!」

 

「ううん。魔法大学(マジカルアカデミー)で特殊召喚したモンスターはレベルが2つ上がり、攻撃力が500ポイントアップするよ!」

 

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

ATK1700→2200

 

 

 闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)の攻撃力が上がり、サイバー・ブレイダーを上回る。

 明日香ちゃんはサイバー・ブレイダーの攻撃を中断した。

 

 とりあえずこのターンは凌いだね。

 

 安堵するもつかの間、明日香ちゃんは次の宣言をしていた。

 

「サイバー・チュチュのモンスター効果。このカードは相手フィールド上にこのカードよりも攻撃力が高いモンスターしかいない場合、相手プレイヤーにダイレクトアタックできるわ!サイバー・チュチュで舞花にダイレクトアタック!ヌーベル・ポアント!!」

 

 防いだと油断していた。そんな私の下に、容赦なくバレリーナの少女が襲ってくる。数回回転した後に繰り出される蹴りが私に直撃した。

 

 

舞花

LP4000→3000

 

 

「リバースカードを1枚セットし、ターンエンドよ」

 

 明日香ちゃんは強い。ジュンコちゃんやももえちゃんに何度もそう聞いていたけれど、相対してみるとそれが良く分かる。

 

 だからこそ全力のデュエルが楽しいんだよ。

 

 すっごくワクワクしていた。心の高揚が抑えきれないほどに。攻撃をくらった後なのに止められない笑みが浮かぶ。

 

「行っくよ~。私のターン、ドロー!」

 

 来た。私の大好きなカード、ブラック・マジシャン。そして私の手札はこのカードを次のターンには出すことができる。

 

「サイバー・ブレイダー……」

 

 サイバー・ブレイダーの効果は、たしか相手フィールド上のモンスターの数で決定する。1体の時は戦闘で破壊されず、2体の時は攻撃力が倍になり、3体の時は魔法・罠・モンスター効果をすべて無効にする。

 とにかく、私のデッキであのモンスターを破壊するにはどうにかしてモンスターを3体以上並べないといけない。でも、それはこのターンじゃできない。

 

「バトルフェイズに入るよ。闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)で、サイバー・チュチュを攻撃!闇紅衝撃波導(ダークレッドショックウェイブ)!!」

 

 伏せてあるマジシャンズサークルを発動することができない。今このカードを発動したら、サイバー・ブレイダーの攻撃力が倍になって返り討ちになってしまう。だから、次のターンまで待つんだ。

 

 闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)の杖から放たれる波動が、サイバー・チュチュへと向かっていく。それに反応して、明日香ちゃんが動いた。

 

「罠カード発動!ホーリーライフバリアー!このターン受ける全てのダメージを0にする!!」

 

 サイバー・チュチュへと向かっていた波動が、突如発生した透明な壁に阻まれる。サイバー・チュチュは無傷で明日香ちゃんの場に残った。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

 

 サイバー・チュチュを倒せなかった。このままじゃまたダイレクトアタックを決められてしまう。

 

「私のターン、ドロー!手札から魔法カード、強欲な壷を発動!デッキからカードを2枚ドロー!」

 

「この瞬間、闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)のモンスター効果が発動するよ。魔法カードが発動されたとき、このカードの上に魔力カウンターを1つ置いて、その個数だけ攻撃力を300ポイントアップするよ!」

 

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

ATK2200→2500

 

 

「構わないわ。手札から装備魔法、融合武器ムラサメブレードを発動!サイバー・ブレイダーに装備して、攻撃力を800ポイントアップ!」

 

 サイバー・ブレイダーの手に、似合わない妖刀が装備される。しかし、その武器はサイバー・ブレイダーの力を上昇させた。

 

 

サイバー・ブレイダー

ATK2100→2900

 

 

「魔法カードが発動されたことで、闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)に魔力カウンターが乗るよ」

 

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

ATK2500→2800

 

 

 闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)も攻撃力を上げるが、上昇値が追いつかない。サイバー・ブレイダーに攻撃力を上回られた。

 

「バトルよ!サイバー・ブレイダーで闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)を攻撃!グリッサード・スラッシュ!!」

 

 闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)に向かってサイバー・ブレイダーが蹴りを繰り出す。足の裏についたスケートの刃が闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)を切り裂いた。

 

 あれ?ムラサメブレードは~?

 

 

舞花

LP3000→2900

 

 

「さらにサイバー・チュチュでダイレクトアタック!ヌーベル・ポアント!!」

 

 さっきと同じ容赦の無い蹴りが私に直撃した。

 

 

舞花

LP2900→1900

 

 

 攻撃が終了した。私はそう思っていた。しかし、明日香ちゃんはバトルフェイズの終了を宣言せずに、手札のカードに手をかけた。

 

「これで終わりよ!速攻魔法、プリマの光を発動!サイバー・チュチュを生贄に捧げ、手札からサイバー・プリマを特殊召喚!!」

 

 フィールドから可愛らしいバレリーナの少女の姿が消える。代わりにその場所に大人になった、まさに主役のスポットを浴びるバレリーナが現れた。

 

 

サイバー・プリマ

ATK2300

 

 

「サイバー・プリマは召喚時、場の全ての魔法カードを破壊する効果があるけれど、ムラサメブレードは魔法カードを破壊する効果によっては破壊されないわ」

 

 言うとおり、サイバー・プリマの召喚の際にムラサメブレードは破壊されなかった。でも、今注目すべきはバトルフェイズ中にモンスターが特殊召喚されたこと。サイバー・プリマはまだ攻撃権を残している。

 

「サイバー・プリマでとどめよ!」

 

「させないよ、リバースカードオープン!罠カード、ライバル登場!!」

 

 私の開いた罠カード。イラストにはピケルとクランが描かれている。カードは違うけどまたお世話になるよ、ピケル。

 

「ライバル登場の効果は、相手フィールド上のモンスター1体を選択して、そのモンスターと同じレベルのモンスター1体を手札から特殊召喚するよ!私の選ぶモンスターはサイバー・ブレイダー!!」

 

「サイバー・ブレイダーのレベルは7。あなたのデッキのレベル7と言えば…」

 

 私のデッキに入っているレベル7のモンスター。それは私のデッキのエース。私のデッキの1番大切なモンスター。優しく、撫でるようにそのカードを手に取る。

 

 さあ、いくよ~

 

「最後まで……私と共にっ!来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 ソリッドビジョンによって映し出される、私の大好きなカード。ブラック・マジシャンがその姿を現した。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500

 

 

「とうとう来たわね、ブラック・マジシャン」

 

「私がデュエルを1番楽しめる時は、1番大好きなカードを使って戦う時。こんな楽しいデュエルで、このカードを使わないなんてできるわけ無いよ!」

 

 明日香ちゃんは攻撃力の劣るサイバー・プリマの攻撃をキャンセルする。もう明日香ちゃんの手札は0だ。これ以上は何もしてこないはず。

 

「ターンエンドよ」

 

 ブラック・マジシャンを出せたはいい。けれども、明日香ちゃんの場には攻撃力2900のサイバー・ブレイダーがいる。しかも今は戦闘で破壊することができない。私の手札に、現状を打開するカードは無い。なら

 このドローで、打開策を得る!

 

「私のターン、ドロー!強欲な壷を発動。デッキからカードを2枚ドローするよ!」

 

 明日香ちゃんの手札補充の返しに私も手札補充。引いたカードは……駄目だ。でも、これなら次のターンに繋げられる!

 

「ブラック・マジシャンで、サイバー・プリマを攻撃!ブラック・マジック!!」

 

 おなじみ、ブラック・マジシャンの攻撃。ブラック・マジシャンの杖から放たれた黒魔法がサイバー・プリマに直撃する。明日香ちゃんはそれを防ぐことなくダメージを負った。

 

 

明日香

LP3900→3700

 

 

「カードを3枚伏せてターンエンドだよ」

 

「3枚ですって!?」

 

 私が伏せたカードは3枚。最初に伏せたマジシャンズサークルと合わせると、私の場の魔法・罠カードは4枚。これは十分に攻撃をためらわせる枚数だ。手札を全て伏せた私に対して明日香ちゃんはどう出てくるのか?

 

「総力戦というわけね。私のターン、ドロー!コマンド・ナイトを召喚!!」

 

 現れたのは鎧をまとった女剣士。腰に差した剣をスラリと抜き放ち、私に向けて構えた。

 

 

コマンド・ナイト

ATK1200

 

 

「コマンド・ナイトの効果発動。このカードがフィールドにいる限り、私のフィールドの戦士族モンスターは攻撃力を400ポイントアップするわ」

 

 

コマンド・ナイト

ATK1200→1600

 

サイバー・ブレイダー

ATK2900→3300

 

 

 とうとうサイバー・ブレイダーの攻撃力が3000を超える。

 明日香ちゃんはバトルフェイズに入る前に、私の伏せカードに目を向けた。やはり4枚の伏せカードのプレッシャーは大きいようだ。

 

「恐れていたら、あなたには勝てない。バトルよ!サイバー・ブレイダーで、ブラック・マジシャンを攻撃!!」

 

 しかし、明日香ちゃんはそのプレッシャーに打ち勝ち、私のモンスターに向かって攻撃を仕掛けてきた。博打のように思えるかもしれない。けれども違う。

 

 明日香ちゃんは、私のデッキにモンスター除去が入っていないことを知っているから

 

 たとえ攻撃力を上昇させて迎え撃たれても、サイバー・ブレイダーは破壊されない。だからこの状況でのベストのプレイングなんだ。

 だからといって私も無反応でいる気は無い。私はさっき伏せたカードの1枚を開く。

 

「リバースカードオープン!罠カード、マジカルシルクハット!!」

 

 サイバー・ブレイダーがブラック・マジシャンに攻撃を届かせる前に、ブラック・マジシャンは私のフィールドに現れた3つのシルクハットの中に姿を隠す。サイバー・ブレイダーはシルクハットの前で1度止まった。

 

「マジカル・シルクハットは、相手のバトルフェイズにのみ発動できるよ。自分のデッキから魔法・罠カードを2枚抜き出して自分のモンスターと一緒にモンスターカードとしてセットするよ」

 

 中の魔法・罠カードは発動できるわけじゃないけれど、今は私とブラック・マジシャンを守ってくれる壁となりえる。明日香ちゃんは一瞬悩んだ後、攻撃するシルクハットを決めた。

 

「右のシルクハットを攻撃するわ!グリッサード・スラッシュ!!」

 

 サイバー・ブレイダーが足のスケートの刃でシルクハットを1つ切り裂く。しかし、その中にはブラック・マジシャンの姿は無かった。

 

「くっ、ターンエンドよ」

 

「バトルフェイズ終了時に、シルクハットは破壊される。でも、墓地に行った魔術の呪文書の効果発動!ライフポイントを1000回復するよ」

 

 

舞花

LP1900→2900

 

 

「なるほど……シルクハットの効果をうまく使ったわね」

 

「えへへ。ありがと~、明日香ちゃん。じゃあ、行くよ~。私のターン、ドロー!」

 

 来た。このターンは何でもいいから召喚できるモンスターが欲しかった。これでようやく、サイバー・ブレイダーを倒せる!

 

「まず、ブラック・マジシャンを反転召喚。さらにマジシャンズ・ヴァルキリアを召喚!」

 

 再び姿を現すブラック・マジシャン。そしてその横には新たに魔術師の少女が現れる。

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600

 

 

「あなたのフィールドのモンスターが2体になったことで、サイバー・ブレイダーの効果発動!このカードの攻撃力は倍になる」

 

 

サイバー・ブレイダー

ATK3300→5400

 

 

「ご、5400……」

 

 もともとの攻撃力が倍になり、その上で修正値を適用する。とうとう攻撃力が5000を超えた。

 

 え~と、5400っていうことは、あの遊戯さんと海馬さんの使った究極竜騎士よりも高いよ~。

 

 でも、そんなことは関係ない。今から私はあのモンスターを倒すのだから!

 

「バトルフェイズ!ブラック・マジシャンでサイバー・ブレイダーを攻撃!」

 

「攻撃力は私のサイバー・ブレイダーの方が圧倒的に上よ!」

 

 それはちゃんと分かってる。だから今から1番最初に伏せた罠カードを使うんだ!

 

「攻撃宣言時、罠カードを発動!マジシャンズサークル!このカードの効果により、お互いに攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体をデッキから特殊召喚するよ!ヂェミナイ・エルフを特殊召喚」

 

「私のデッキには魔法使い族モンスターはいないわ」

 

 明日香ちゃんは何も出さずに、私はデッキから双子のエルフを特殊召喚する。しかし、明日香ちゃんが何も出さなかったことにより、バトルステップの巻き戻しが起こらない。よって私のブラック・マジシャンはサイバー・ブレイダーに攻撃を続行する。

 

「あなたのフィールドのモンスターが3体になったことで、サイバー・ブレイダーの効果が変わるわ。あなたの魔法・罠・モンスター効果を全て無効化する」

 

 

サイバー・ブレイダー

ATK5400→3300

 

 

 サイバー・ブレイダーの攻撃力が元に戻る。今度は全ての効果を無効にされるようになった。だけど、

 

「これで戦闘破壊することができるよ!」

 

「でも、あなたの全ての効果は封じているわ。もう攻撃力を変動させることなんて…」

 

 明日香ちゃんの言ってることは分かる。私の残りの伏せカードを発動して攻撃力を上げることはできない。でも、

 

「無効化されるのは、フィールド上だけだよ!墓地の罠カード、スキル・サクセサーの効果発動!!」

 

「墓地から罠カードを発動!?」

 

 サイバー・ブレイダーのロック能力がいくら凄くても、墓地のカードまでは無効化できない。これがサイバー・ブレイダーの弱点!

 

「スキル・サクセサーをゲームから除外することで、攻撃力を800ポイントアップさせるよ!ブラック・マジック!!」

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→3300

 

 ブラック・マジシャンの杖から、再び闇の魔法が放たれる。しかし攻撃力は同じ。だからサイバー・ブレイダーも反撃に向かってくる。

 

「本当に、シルクハットの使い方が上手いわね」

 

 スキル・サクセサーを墓地に送ったのはシルクハットの効果。あの時シルクハットを引けなかったら危なかった。

 そして私の伏せカードの1枚は正統なる血統。このカードを使えば相打ちしたブラック・マジシャンを復活させて追撃することができる。これで私の勝ちだよ!

 

 

――ぞくっ

 

 

 悪寒が走る。背筋が凍るようなそれを感じた後に思う。なにか嫌な予感がすると。

 私の目には明日香ちゃんの場に取り残された1枚の伏せカードが映る。でも、あのカードは……

 

「気がついたかしら?」

 

「そのカードは、1番はじめに伏せたカードだよね?」

 

 デュエルの1番始め。荒野の女戦士と共に場に出したカード。攻撃反応型罠カードならいくらでも発動する機会があった。だから私はあのカードを、まだ見ぬカードのサポートか、サイバー・ブレイダーの蘇生カードではないかとあたりをつけていた。

 

「そうよ。そして、これで終わりよ!リバースカードオープン」

 

 明日香ちゃんのデッキのモンスターは、バレリーナやフィギュアスケーターをモチーフにしたカードが多い。今開かれたカードもまた、バレエにちなんだカードだった。

 

 

「『ドゥーブル・パッセ』!!」

 

 

「そんなっ!」

 

 ドゥーブル・パッセ。相手モンスターの攻撃をダイレクトアタックにし、攻撃対象となったモンスターでダイレクトアタックをする罠カード。

 ブラック・マジシャンの放った魔法が、サイバー・ブレイダーをすり抜け、明日香ちゃんを襲う。

 

 

明日香

LP3700→400

 

 

「なんで……」

 

 そのカードを発動する機会は他にもあった。特に、サイバー・プリマを攻撃したときに発動していればそのまま勝てたのに、どうして……

 

 読まれていたの!?

 

「あなたの引きなら、きっとあの状況でも切り抜けられるカードを引くと思っていたわ。だから使わなかった」

 

 私の伏せカードの収縮。あの時明日香ちゃんが発動していたら私はこれで切り抜けられていた。しかし、今は違う。サイバー・ブレイダーの効果でこのカードを発動することができない。

 

「あなたの強さなら、サイバー・ブレイダーを必ず破壊できる状況を整えると思っていたわ。だからあなたがモンスターを3体揃えて攻撃してくるのを待ったのよ」

 

 明日香ちゃんの言った言葉に、私は嬉しくなる。明日香ちゃんは私を認めてくれていた。だからこそのプレイングを見せてくれていたのだと。

 

 サイバー・ブレイダーのスケートの刃が私の下から上へと切り上げる。そして、私は膝をついた。

 

 

舞花

LP2900→0

 

 

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンが消える。膝をついて動けなかった私のもとに明日香ちゃんが歩き寄ってきた。

 

「すっごく楽しいデュエルだったね~、明日香ちゃん」

 

「本当ね。良いデュエルだったわ」

 

 でも、私は明日香ちゃんにほとんどの戦略を読まれ、利用されて敗北した。つまり、私と明日香ちゃんには大きな力の差があるということか~。

 

「強いね~、明日香ちゃん」

 

「強いのはあなたも同じでしょ?」

 

 明日香ちゃんの言った言葉に私は首を横に振る。

 

「私はこのデュエル、明日香ちゃんにほとんどの戦略を読まれてたんだよ?」

 

「それは、私があなたのデュエルを何度も見ていたからよ。あなたがどういうデュエルをするか、それが分かっていなかったら、あの時私はドゥーブル・パッセを発動させていたわ」

 

 確かにあのときにドゥーブル・パッセを発動させていたら、勝っていたのは私だった。でもそこまで色々と考えられることが凄いと思うんだけどな~

 

「やっぱり明日香ちゃんの方が強いよ」

 

「ありがとう」

 

 膝をついていた私に、明日香ちゃんが手を差し伸べる。それを掴んで私は立たせてもらった。そこでようやく、会場が反応した。

 

「勝者!天上院明日香ぁー!!」

 

 会場が大きな声で揺れる。大きくても決して耳をふさぎたくなるような嫌な音ではなく、デュエルを終えた私たちを祝福してくれる声。

 

「明日香!明日香!明日香!明日香!」

 

 会場から沸き起こる明日香コール。会場の注目は、明日香ちゃん1点に集められる。ほんの僅かだが私のコールも起こっていて、少し嬉しいのと同時にかなり恥ずかしかった。

 

「それではぁー!2回戦、天上院明日香VS小日向星華ぁー!!」

 

 次に行われるデュエルのために、ここにいても邪魔になる私は移動することにした。

 デュエル場を出て観客席に続く廊下を歩いていると、目の前に見慣れた男の子が立っていた。

 

「惜しかったな、舞花。でもいいデュエルだったぜ」

 

「うんっ。ありがと~」

 

 十代くんだ。何気に私をこんなところまで引きずり込んだ張本人でもあるのだが、楽しいデュエルの機会をくれたことを感謝している。

 

「おつかれっす」

 

「お疲れ様」

 

「ありがと~」

 

 十代くんの後ろから翔くんと三沢くんも現れる。労いの言葉に素直に感謝した。

 

「それにしてもオシリスレッド推薦の舞花ちゃんが敗れちゃったっすね」

 

 ピクリと、翔くんの言った言葉に反応する。

 そうだ、1番最初の疑問がまだ残っていた。

 

「翔くん、私がオシリスレッド推薦ってどういうことかな~?」

 

「だって、舞花ちゃん。あれから本当に何回もレッドにご飯を作りに来てくれたから。みんなで恩返しがしたいなーって」

 

 確かにあれから私は何回もオシリスレッドの食事を作りに行っている。さらにあまりにもひどい食事の内容から学校側に直訴して少しずつメニューの改善も行っていた。今では月に1度エビフライ定食が出せるようになったけれどそれは今関係ない。

 

「だからオシリスレッドのみんなで舞花ちゃんをミス・デュエルアカデミアにしようって……」

 

「いい話だったからな、俺も協力したんだ」

 

 翔くんの話の後に三沢くんも胸を張ってそう言った。つまりは

 

「私がこんなに恥ずかしい思いをしたのは翔くんのせい?」

 

「せいって……もしかして怒ってる?」

 

 怒ってませんよ~。ただ、しばらくの間はオシリスレッドにご飯を作りに行くのを辞めようって思っただけだよ~。

 

「じゃあ、十代くんが私に入れたのもそういうことだったんだ」

 

 それはちょっとショックだな~。あんな風に考えていた私がまた恥ずかしいよ。

 

「え?俺その話知らなかったぜ」

 

「へ?」

 

 十代くんがキョトンとした顔で言う。

 

「じゃ、じゃあなんで私に入れたの~?」

 

 つ、つまりそれは十代くんにとって私が……

 

「だってミスコンだろ。あの中で1番ドジっぽいのは舞花じゃんか」

 

「……え?」

 

 なんだろう。今もの凄くドキドキしていた心臓の鼓動が治まった。頬の熱もかなり引いた。

 

「アニキ、ミスコンは1番可愛い子を選ぶんすよ」

 

「え?ミスをたくさんする奴を選ぶんじゃないのか?」

 

 十代くんが言った言葉に、私は一瞬思考が止まっていた。

 え~っと、十代くんから見て私はあの中で1番可愛いんじゃなくて、

 

 私が1番ドジな娘だと

 

「さっきよりもショックだよっ!」

 

「うおぉ!」

 

 今度は思いっきり声に出していた。目の前にいた十代くんに思いっきりびっくりさせちゃったけど今は気にしない。

 

「十代くんのばか~」

 

 そりゃ、私はあんまり可愛く無いけど、ドジだけど、ちょっと期待しちゃったんだもん。ショックだよっ。

 

 あーもー

 

 私は何だかよく分からなくなってその場から駆け出していた。

 キョトンとした3人の姿を振り返ることなく、真っ直ぐに駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?舞花の奴」

 

「なんというか……アニキが悪いっす」

 

「え?そうなのか?」

 

「そうっすよ。1番ドジな娘認定したら怒るっすよ」

 

「あ、そっか。でもさ翔」

 

「なんすか?」

 

「俺はどっちにしろ舞花を選ぶぜ」

 

 

 

 




原作出身カード紹介
魔法大学
速攻魔法
自分フィールド上に存在するモンスターを1体リリースして発動する。
自分の手札から魔法使い族モンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は500ポイントアップして、レベルを2つ上げる。

何気にマジカルシルクハットはOCG効果です。……やっぱりややこしいですかね?


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7-turn 闇をかき消す光

「ふわぁぁ」

 

 きれいなお月様の輝いている夜、私は自室の椅子の上で大きなあくびをしていた。

 

 時間が余ってるな~

 

 最近は夜にレッド寮で食事を作ったりしていたのだが、ちょっとわけあって少しの間行っていない。

 その分、夜の時間が余っていた。宿題なんかもすでに終わっていてもうやることが無い。

 

 もう寝ちゃおうかな?

 

 今までの生活リズムを考えると、今眠るのは少し早い。だから今まで眠らないようにしていたのだけれど。

 もう少しだけ起きていようと、ついでにやることが無いので外でも見ようと、自室の窓を開けて空気を入れ替える。

 ふわっと、冷たい空気が部屋の中に入ってくる。重たかったまぶたがほんの少し軽くなると、外の様子が見えてくる。

 

 さーっ、と風に揺れる草の音。ちゃぷん、と水の上で何かが跳ねる音が、静かに耳の中に入ってきた。

 

 そんな自然の音を楽しんでいると、その中に少し異質な音が紛れ込む。ざっざっ、と草の上を踏んでいく誰かの足音。

 こんな時間に誰だろう? その方向を向いてみると、そこに見えたのは自分の友人の姿。

 

「明日香ちゃん?」

 

 こんな夜中にどうしたのだろうと疑問に思う。さらに現在の暇な心境が手伝ってしまったのだろう。

 

 私は外にいた明日香ちゃんを追いかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日香ちゃ~ん」

 

「舞花?」

 

 早足に歩いていく明日香ちゃんに追いついたのは、森を抜けてどこかの施設に着いたときだった。

 追いかけるのに夢中だった私はそこで始めてあたりの薄暗さと気味悪さに気が付く。

 

「あ、明日香ちゃん……こ、こんなところにどうしたの?」

 

 あまりあたりの状況を見ないようにして明日香ちゃんに尋ねる。

 

「こっちの台詞よ。何やってるの舞花?」

 

 反対に聞き返されました。もっとも、目的が無ければこんなところにこないのが普通だ。恐らく明確な目的があるだろう明日香ちゃんにとって、私がいるというのは明らかにおかしい。

 

「え、えっと~、外を見たら明日香ちゃんがどこかに行くのが見えたから……」

 

「つけてきたと」

 

「はい……」

 

 はぁ、と明日香ちゃんはため息をつくと、あきらめたかのように私から視線を外した。

 私の質問に言葉で答えなかった明日香ちゃんは、目の前にある寂れた施設の門の前まで歩いていく。

 数秒、その施設に目を向けた後、手に持っていた花をそっと門の前に置いた。

 

「ここは、特待生を集めていた寮だったの」

 

 花を置いた明日香ちゃんが私のほうを向いて、話し始める。

 

「でも、この寮に所属していた生徒たちがどんどん行方不明になっていった。そして、その中には私の兄さんもいるの」

 

 その話だけで、この場所がどうしてこうなっているのかを理解する。

 そうか、そんな風に行方不明者がたくさん出るような寮だからこうして廃寮になってしまったのだろう。そして、

 明日香ちゃんの目をちらっと見る。暗くてどういう目をしているのかはわからない。でも、

 

 私は花の前にしゃがみこむ。手を合わせたりはしない。ただ行方不明になってるだけの人だから。

 

 少しの間静寂が訪れる。音の無い世界を数秒感じると、近くからガサガサと音が聞こえた。

 驚いて私と明日香ちゃんがそちらを見ると、目に入ってくるのはまた見慣れている顔だった。

 

「十代くん?」

 

「よ、よう舞花、明日香」

 

 苦笑しながら右手を上げて挨拶をする十代くん。その後ろには隼人くんと翔くんの姿もあった。

 

「ど、どうしたの?こんなところで」

 

 先ほどと同じ質問を再びぶつける。十代くんは頭の後ろをぽりぽりかきながら答えた。

 

「いやあ、大徳寺先生に聞いて、ここに探検に来たんだ」

 

 ところで、さっき十代くんたちは草陰に隠れているかのようだった。それで少し気まずそうな表情をしている3人を見て、私は一つの考えに辿りつく。

 

「……今の話、聞いていた?」

 

 私が口にする前に、明日香ちゃんが先にその質問を口にする。

 

「わるい、つい聞いちまった」

 

「そう、なら分かったわね? 間違ってもここで探検なんてしないことね」

 

 盗み聞きしてしまったことを素直に白状する十代くんに、そのことをまるで意に介さないといった風に明日香ちゃんは忠告する。

 それを聞いた十代くんは一瞬考えた後、ニカッと笑って答えた。

 

「そんなの怖くて探検なんてできないぜ」

 

 私と明日香ちゃんは呆気にとられる。一体何を考えているんだろう、と。

 

「……勝手にすればいいわ」

 

 はき捨てるように、明日香ちゃんはそう言うと踵を返して道を戻っていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。明日香ちゃん」

 

 私は一度、チラッと十代くんの方を見る。それに気づいた十代くんは軽く笑みを返した。

 それだけ確認して、私は明日香ちゃんの方に駆けていった。

 

 少し離れた木々の間に明日香ちゃんは待っていた。その位置からはまだ、十代くんたちの様子を伺うことができる。

 

「本当に入っていくわ」

 

 目線の先には廃寮に入っていく十代くんたちの姿が見えた。

 

 怖いもの知らずのただの馬鹿。

 明日香ちゃんは十代くんたちをそういう風な目で見る。正直、私にも十代くんの考えは分からなかった。でも、

 

 チラっと見た十代くんの笑みがふと頭をよぎる。あれは、ただの好奇心で入っていくような目ではないように思えてならなかった。もっと別の何か、そんな目的があるような。

 

「ん……んんっ!」

 

 考え込んで、意識を思考に埋めていた時だった。隣から聞こえるうめき声。振り向くと、黒ずくめの大男に布のような物で口を塞がれている明日香ちゃんの姿があった。

 

「明日香ちゃんっ!」

 

 とっさにその大男の腕にしがみつこうとする。しかし一瞬で振り払われ、片腕を私の延髄へと振り下ろされる。

 ダンッ、という鈍い音と共に延髄に衝撃が走る。体から力が抜け、地面へと倒れこんだ。

 そして、だんだんと薄れていく意識の中で最後に声が聞こえる……

 

「貴様らには、遊城十代をおびき寄せる餌になってもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side―遊城十代―

 

 明日香の制止の言葉を振り切って、俺たちは廃寮の中へと入って行った。最後に舞花が心配そうな目で見てきたが、大丈夫と笑顔で返してやった。

 危険な場所だということは確かに分かっていた。でも、ここに来たのはもう好奇心だけの問題じゃない。

 

 明日香の兄ちゃんの手がかりを少しでも見つけてやる

 

 話を聞いてしまって、俺が考えたのはそうだった。あんな話を聞いちまって何もしないなんてできないぜ。

 

「あ、アニキ……」

 

 薄暗い中を進んでいく途中、翔がか細い声を出す。確かに薄気味悪い建物だけどそんなに怖がる必要なくないか?

 

「十代、これ」

 

 隼人が壁の石版を指差して俺の名前を呼ぶ。そこに記されていたのは、まさしく闇のゲームに関することだった。

 

「本当にここで、闇のゲームの研究をしてたんだな」

 

「へー、千年アイテムって7つあったのか」

 

 壁の石版を読んでも、他に分かりそうなものは無かった。視線を落として近くの壁を見てみる。そこには写真が壁にかかっていた。

 

「これは……」

 

 中に入っている写真にはオベリスクブルーの男が写っていた。そして、その写真には手書きでこう書いてある。

 

『10JOIN』

 

 10ジョイン?いや……テンジョイン、天上院?じゃあ、ひょっとしてこれが明日香の兄ちゃんか?

 

「きゃああああああ!!!!」

 

 突然、奥の方から悲鳴が聞こえてくる。この声は聞き覚えがある。

 

「明日香の声だ!」

 

 言うと同時に俺は走り出していた。

 

 ある程度奥へと進むと、少し大きな場所に出る。そこに誰かが転がっている。

 特徴的な桃色の髪の毛は、一瞬でそれが誰かを判別させてくれた。

 

「舞花っ!」

 

 すぐに駆け寄る。上半身を持って抱き上げると、少し苦しそうにしながら舞花の目が開いた。

 

「舞花っ!」

 

「十……代くん……明日香ちゃんが……」

 

 最後の力を振り絞るかのように弱々しく舞花は喋った。それだけ言うと、舞花は再び目を閉じる。

 すぅ、すぅと、弱々しくもきちんと呼吸はしている。とりあえず気を失っているだけみたいだ。

 

「十代、何かを引きずった跡がこっちにあるんだな」

 

 隼人がさらに奥に続く通路の床を指差す。舞花の言ったとおりなら明日香はこの奥にいるのか。

 自分の腕の中にいる舞花を見る。何があったのかは分からないけど、とにかく危険なことになっているはずだ。そんなところに気を失っている舞花を連れてなんて行けねえ。

 

「翔、舞花を頼む!隼人、明日香を助けに行くぞ!」

 

「あ、アニキ?」

 

「十代、待つんだな」

 

 舞花を翔に渡して奥の通路へとすぐに駆け出す。隼人は俺についてきて、翔は舞花をそっと床に寝かせる。

 

 早く明日香を助けに行かないと

 

 焦りながら通路を駆けていく。奥の奥まで休むことなく。

 大きな場所に出た。まるで洞窟の中みたいに岩だらけで薄気味の悪い場所だ。

 その奥に棺桶のような物がある。

 

「明日香!」

 

 棺桶の中には明日香が眠っていた。早く助けないと!

 駆け寄ろうと足を前に出したその時だった。

 

「無駄だ、その物の魂はもはや深き闇に眠っている」

 

 声が響いた。低く、下衆な笑い声と共に。

 

「誰だっ!」

 

 正面に煙が吹き上がる。声の主はその中から姿を現した。黒のコートで全身を隠した大男の姿。

 

「お前か!舞花と明日香に何をしたっ!!」

 

「我は闇のデュエリスト、タイタン。この娘を返して欲しければ、私にデュエルで勝つしかない……」

 

 タイタンはデュエルディスクを起動させる。

 

 闇のデュエリスト……つまり、闇のゲームをしようって事かよ。

 

 そんなものを信じているワケじゃない。だが、明日香が捕らわれているのは事実だ。とにかくやるしかない。

 

「分かった、俺が勝ったら明日香を返してもらうぜ!」

 

「ふふふ、闇のデュエルで勝てたらな」

 

 お互いに最初の手札5枚を引く。

 こいつは一体どんなデュエルをしてくる?

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side―橘舞花―

 

「んんっ」

 

 ゆっくりと目を開ける。眼前に広がる光景は、知らない天井に暗い空間。冷たい空気が身に染みていく。

 

「気が付いた?」

 

 体を起こすと、私の方に気が付いた翔くんが話しかけてくる。

 

「うん……」

 

 まだ覚醒しきらない頭の中を少し整理する。私は今まで何をやっていたんだっけ?

 

「ああっ!」

 

 自分の上げた大声と共に頭が覚醒する。そうだ、明日香ちゃんが攫われて、それで……

 

 いそいで辺りを見渡す。ここは……廃寮の中。この場にいるのは私と翔くんだけ。

 

「十代くんは?」

 

「隼人君と、明日香さんを助けに行ったよ」

 

 そっか。一瞬意識を取り戻した時のことを思い出す。あの時、十代くんに明日香ちゃんが危ない事を伝えられた。だから、十代くんはすぐに明日香ちゃんを助けに行ったんだ……

 ズキン、と少し胸が痛む。ほんの少しだけ心がもやもやして、少しだけムカムカする。

 

 十代くん、私を置いて明日香ちゃんを助けに行ったんだね

 

 当たり前、そのはずなのに。意識を失っている私を連れて行っても足手まといにしかならない。

 私を置いて明日香ちゃんを助けに行くのが、正しい判断のはずなのに、どうしてか私はそれを認めることができない。

 

 私を優先してくれないんだね

 

 自分の中に、こんなにもわがままな部分があったなんてと驚く。

 ブンブンと首を振って頭を揺らす。思考を変えなくちゃ。今すべきことは何?

 奥の通路に目を向ける。今、何が起きているのかは分からないけど、私もそっちに行こう。明日香ちゃんを助けに。

 

「行こう、翔くん」

 

 奥へと駆け出す。でもそれは、明日香ちゃんを心配するという建前で、自分の中のもやもやする気持ちをごまかそうとしているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side―遊城十代―

 

 やっぱりあいつは闇のデュエリストなんかじゃなかった。

 タイタンのイカサマを見抜き、消えたように見せかけられていた自分の体を元に戻す。体も軽くなって、いつも通りに動けるようになった。

 

「ぬう。仕掛けがばれてしまった以上、貴様とデュエルを続けることなど無意味なこと」

 

 タイタンは登場したときと同じように地面から煙を出して隠れ蓑にする。そのまま俺に背を向けて逃げようとする。

 

「待て!!」

 

 逃げていくタイタンを追いかける。その時、何かが起きた。

 辺りにあった像が光り始める。たくさんの像が光りある形を作り上げる。

 

 これは……さっき見た千年アイテムについていた目のようなマーク?

 

「な、何だ?」

 

 地面が揺れ、煙が渦のように巻き上がる。それがそのまま回りを囲み、俺の周囲を闇に包む。

 

「な、何なんだ? これは?」

 

「お前、また性懲りも無く!」

 

 驚いた演技をしているタイタン。そんなのにもう騙されるはず無いのにしつこい奴だ。だが、さっきまでとは空気が違うことは確かだ。これがあいつの最後の仕掛けってワケか。

 

『クリクリー』

 

 声が聞こえる。デッキの中から最近何度も聞いた声がする。デュエルディスクにセットしてあるデッキを見ると、そこから何かが出てきている。

 

 これは……羽か?

 

 それが何かを認識した時、その羽の先からさらに何かが出てくる。こげ茶色をした毛むくじゃらのそれを、俺は見たことがあった。

 

「ハネクリボー!?」

 

 あの時、遊戯さんから貰ったカードだった。

 

『クリー』

 

 ハネクリボーは元気よく返事をすると俺の周りを飛び回る。それにつられて周りを見てみると、周りには黒い小さな生き物のようなものがいた。

 

「ぐ、ぐわぁあ」

 

 正面には、その生き物に体中を多い尽くされているタイタンの姿。苦しそうにもがいている。

 

 まずい、俺もああなるのか?

 

 しかし、奴らは一向に俺を襲ってくる気配が無い。見ると、俺の横にいるハネクリボーが威嚇している。

 

 そうか、こいつらハネクリボーが怖いのか

 

 ハネクリボーが奴らを追い払う。それと同時に苦しんでいたタイタンの声が止んだ。

 

「くくく、さあデュエルの続きと行こう」

 

 苦しんでいたはずなのに、さっきよりもはっきりとした声でタイタンは喋る。やっぱり何か仕込んでやがったな。

 

「何だよ、逃げるんじゃなかったのかよ」

 

「闇のゲームを始めた以上、もう逃げることは許されない……」

 

 まだ闇のゲームなんて言ってやがる。種のばれた手品を続けるなんて往生際の悪い奴だな。

 

 でもデュエル再開となっちゃ逃げるわけにもいかない。デュエルディスクを構えなおし、場を確認する。

 

 

 俺の場にはダーク・カタパルターがいるだけ。でも、タイタンの場にはスカル・デーモンがいる。

 お互いに伏せカードは無し。そして

 

十代

LP1000

 

タイタン

LP1400

 

 ライフポイントは残り1000。下手したら一発で削られる。とにかく、スカル・デーモンを倒さねえと。

 

「行くぜ!魔法カード、死者転生を発動!手札を1枚捨てて、モンスターカード1枚を手札に戻す」

 

 手札に加えるのはスパークマン。手札のカードとこいつで一気に逆転してやるぜ!

 

「スパークマンを召喚!さらに装備魔法スパークガンをスパークマンに装備する。スパークガンはモンスター1体の表示形式を変更することができるぜ!スパークガンの効果により、スカル・デーモンの表示形式を変更!」

 

 

E・HERO スパークマン

ATK1600

 

 

「スカル・デーモンの特殊能力を発動!ルーレットを回し、1か3か6が出たらこのカードを対象にする効果を無効にし破壊する」

 

 タイタンの場に現れたルーレットが回り始める。イカサマルーレットが外れてくれなきゃ勝ち目がねえ。ここはなんとしてでも通ってくれ!

 

 しかし、その想いとは裏腹に、ルーレットが止まった数字は『3』

 

「ふはははは、スカル・デーモンの効果によりスパークガンは無効となり破壊する!」

 

 スカル・デーモンの放つ光りがスパークマンの持つスパークガンに直撃する。スパークマンは思わずガンから手を放し、スパークガンは破壊された。

 

「く……ターンエンドだ」

 

 まずい、今のままじゃ何もできない。何とかこのターンを耐えねえと。

 

「私のターン、ドロー!スカル・デーモンの効果により500ポイントライフを支払う」

 

 

タイタン

LP1400→900

 

 

 タイタンのライフが1000を切る。デーモンの強力な効果ゆえのデメリットは、ここに来て響いてくるはずだ。

 

「迅雷の魔王―スカル・デーモンでスパークマンを攻撃!怒髪天昇撃!!」

 

 スカル・デーモンの口から電撃が放たれる。攻撃表示のスパークマンに電撃が直撃する。スパークマンが苦しみ、破壊される。

 

「う……うわぁあ!!」

 

 さっきまでとはまったく違う。催眠術の胡散臭い衝撃じゃない。まるで本物になったかのような衝撃が体を襲う。

 

 

遊城十代

LP1000→100

 

 

 体に痛みが走りひざまずく。まさか、本当に闇のゲームだとでも言うのかよ!

 

『クリクリー』

 

「そうだよな相棒、とにかく勝てばいいんだ」

 

 横を飛んでいる相棒が俺を元気付けてくれる。けど、この状況は絶望的だ。スカル・デーモンを何とかして倒さないといけない。

 

「行くぜ、俺のターン……」

 

 いつものように、勢いよくカードを引こうと右手に力を込める。しかし、右手が命令を受け付けてくれない。

 それどころか咄嗟に左手で右腕を押さえてしまった。

 

「ぐっ……」

 

 さっきの攻撃で右腕がとんでもなく痛え。体中に鞭を打って立っていたが、右腕の痛みに呼応するように体中からも力が抜けていく。

 

 マズイ、さっきの攻撃が思ったよりも効いている。カードが……引けねえ

 

「どうした? 早くカードを引け……それともサレンダーか?」

 

「誰が!サレンダーなんかしてたまるかよ!」

 

 強がりとは裏腹に、右腕を動かすことができそうに無い。

 

 くそっ!動いてくれ!

 

 心が叫び、想いは強くなる。負けらんねえのにこんなのってあるかよ!

 勝たなきゃ明日香を助けられないんだ。だから頼む、動いてくれ!

 

「ちくしょう……」

 

 動かない。痛みがただ大きくなる。ついには上がろうと踏ん張る右腕から完全に力が抜けてしまう。

 

 駄目なのかよ……

 

 ―――だいじょうぶだよ

 

 声が聞こえた。ハネクリボーでも、タイタンでもない。それは、学園にきてから毎日のように聞いていた声。

 学園に来る前に、一緒に手をつないで走った少女の声。

 その声に反応したとき、右手に痛みとは違う暖かな体温を感じる。優しくて、とても安心できる体温。 誰かが俺の手を握ってくれている。その方向を見るまでも無く、俺は彼女の名前を呼んだ。

 

「サンキュー、舞花」

 

 右手の痛みを一瞬だけ忘れて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side―橘舞花―

 

 通路の最奥まで駆け抜けると、一際大きな空間に出た。地下の洞窟をそのまま使っているかのように壁は岩だらけだ。

 その中心には大きな黒い球体があった。あれは一体なんだろう?

 

「舞花、翔!十代が……」

 

 私たちに気づいた隼人くんが、黒い球を指差して十代くんの名前を呼ぶ。

 

「隼人くん、十代くんは?」

 

「タイタンとデュエルしてる最中に、いきなり出てきたあの黒い奴の中に取り込まれてしまったんだな」

 

 やっぱり、十代くんはあの中。黒い球体に近づいて手を触れてみる。バチっという音と共に手が弾かれる。

 入ろうとするものは拒まれるようだ。

 

 ズキン、と胸が痛んだ。

 何故だろう?そんなわけじゃないのに、まるで拒絶されているような気持ち。

 ううん、違う。私が逃げているんだ、十代くんの所に行くことから。

 

 私は、十代くんにとってどの位の場所にいるんだろう?

 

 今考えることじゃないはずなのに、もやもやとした気持ちが溢れ出てくるのを止めることができない。

 分かっているのに。私が十代くんの1番じゃないことは分かっているのに。十代くんに誰かが1番なんて考えが無いことは分かっているのに。

 どうしても想いが止まらない。胸に手を当てて、ドクン、ドクンという、十代くんの事を考えると大きくなる心臓の鼓動を感じていく。

 

 私はどうしたいの?

 

 自問するが、すぐさま頭を振って思考を止める。

 今はそんなことを考えている場合じゃないんだ。明日香ちゃんが捕まっているのだから。

 

 キッと目の前の黒い球体を見る。まずはここを突破する術を考えないと

 

『舞花』

 

 デッキが一瞬輝く。驚かずに私は腰のデッキホルダーから1枚のカードを取り出す。

 

 やっぱりキミなんだね。ジュニア

 

 手に持ったジュニア・ブラック・マジシャンのカードを黒い球体の前にかざす。輝いていた光がより一層大きくなる。

 発光が収まったとき、私の目の前には小さな穴ができていた。

 

 怖がったりなんてしない。だってこの先には十代くんがいるのだから

 

 闇の中へと入っていく。すると、小さな魔物が私の周りを取り囲む。でも一向に襲ってくる気配は無い。

 

『大丈夫、僕がいる』

 

 ジュニアが杖を向けると、魔物たちは焦って逃げていく。ジュニアを怖がっているようだ。

 ジュニアが周りを警戒しながら先へと進む。そしてようやく何かが見えてくる。デュエルの最中の彼の姿が。

 でも、いつものような元気よくデュエルをしている姿ではなく、苦しそうに右腕を押さえていた。

 

 十代くん、怪我してるの?

 

「ちくしょう……」

 

 弱々しく十代くんが呟くと、頑張ろうとしていた右腕を下ろしてしまう。あきらめてしまうの? あの十代くんが?

 

「だいじょうぶだよ」

 

 後ろから十代くんに近づいていく。弱々しく下ろされた右手をそっと掴んだ。

 無理をして、動かそうと必死になっていたその手は一瞬ビクっと反応すると、静かに力を抜いた。

 

「サンキュー、舞花」

 

 私の方は見ていなかった。でも十代くんは、優しく私の名前を呼んでくれる。

 掴んでいる右手をゆっくりとデッキの上まで運んでいく。

 

「待たせたな、タイタン!行くぜ、俺たちのターン!」

 

 2つの手が1つになる。目の錯覚だと思う。でも、私にはそう見えた。

 

「「ドローっ!!」」

 

 二人の声が合致する。デッキトップがほんの少し光って見えた。

 

「魔法カード、強欲な壷を発動!デッキからさらにカードを2枚引くぜ!」

 

 デッキからさらにカードを2枚引く。1枚は十代くんが相棒と呼び、大切にしているカードだ。

 

『クリクリー』

 

 よく見ると、十代くんの隣にその相棒の存在がチラッと見えた。ドローした自らのカードに吸い込まれていく。

 そしてもう1枚のカードを見たとき、十代くんの表情が変わる。

 

 ひょっとして、これが逆転のカード?

 

「頼むぜ相棒!ハネクリボーを守備表示で召喚!!」

 

 先ほど一瞬見えた姿が、今度はフィールド上に現れる。私の方を見たハネクリボーはパチリとウインクをした。

 

 かっ、かわいいよ~

 

 大事な場面だけど不意にそう思ってしまう。だって、ハネクリボーがかわいいんだもん。

 

「おーい、舞花!このカードのセット頼む」

 

「あ、ごめんね~」

 

 呆けていた私に、十代くんが笑いかけながら手に持ったカードを見せる。さっき引いたカードをセットしてくれと言ってきた。

 いつの間にか十代くんの笑みが戻っていて、いつものように楽しくデュエルをしている十代くんの姿があった。

 

「ターンエンドだ」

 

 二人のターンが終わる。重なる手は再び2つになり、暖かな体温を繋いでいる。

 

「私のターンだ」

 

 静かに、相手はカードを引く。余裕といったていだ。無理も無い、だって私たちのフィールドは守備モンスターのみ。対してあちらは上級モンスターであるスカル・デーモンが居るのだから。

 

「スカル・デーモンの効果で、私は500ポイントライフを支払う」

 

 

タイタン

LP900→400

 

 

 ライフは残り僅か。それはこちらも同じだけど、相手のスカル・デーモンはこれでこのターンまでしか生き残れない。

 

「私はカードを1枚伏せ、手札から二重魔法(ダブル・マジック)を発動。手札の魔法カードを1枚捨て、お前の墓地の魔法カードを使用する」

 

 手札からコストを墓地に送り、私たちの墓地からカードが1枚向こうに渡る。そのカードは……そんな!

 

「非常食を発動。自分フィールド上の魔法・罠カードを墓地に送ることで、1枚につき1000ポイントライフを回復する。私は今伏せたカードを墓地に送り、ライフを1000ポイント回復」

 

 

タイタン

LP400→1400

 

 

 これで、ハネクリボーの効果で1ターン耐えて維持コストを支払えなくなったスカル・デーモンが破壊される、ということが無くなった。

 ハネクリボーのおかげでこのターンは大丈夫だけど、でも私たちの手札にモンスターカードは無い。このままじゃ……

 

『クリクリー』

 

 フィールド上のハネクリボーがクリボー語で何かを話しかけてくる。

 

 ごめんね、私じゃ分からないよ

 

「大丈夫、だってよ」

 

 十代くんが翻訳してくれる。その言葉には半分、十代くんの励ましも含まれていた。

 

 そうだよね。だいじょうぶだよ

 

 私たちは、楽しいデュエルをしているのだから。

 

「バトルだ! スカル・デーモンで、その雑魚モンスターを攻撃! 怒髪天昇撃!!」

 

 スカル・デーモンの口から、雷撃が放たれる。真っ直ぐ、真っ直ぐにハネクリボーに向かって光が走る。

 

「この時を待っていたんだ。今こそ見せてやる。ハネクリボーの進化した力を!!」

 

『クリクリー』

 

 十代くんの叫びに、ハネクリボーが呼応する。そして私は、言われるまでも無くセットされたカードを表にする。

 

「「進化する翼を発動!!」」

 

 ハネクリボーの小さな翼が、巨大になってその翼を大きく広げる。小さな体には鎧をまとい、輝きを放っていた。

 

「な、なんだとお!!」

 

「進化する翼により、ハネクリボーは進化した! 今、ハネクリボーのレベルは10!」

 

 広がっていたその翼を折り返し、向かってきた雷撃を翼で止める。

 

「ハネクリボーLV10の効果は、その身を犠牲にして、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊し、攻撃力の合計分のダメージを相手に与える! ハネクリボー! 全エネルギーをあいつに返してやれ!!」

 

 ハネクリボーが受け止めていた電撃を、自らの光を乗せてスカル・デーモンへと撃ち返す。輝きをまとったその雷撃が周囲を照らし、闇の世界にひびが入る

 

「バカな……バカなぁああ!!」

 

 スカル・デーモンに雷が当たると、大きな衝撃が周囲を襲う。

 

 パリィィィン!!

 

 ひびの入っていた闇の世界が、光に照らされ破壊される。さっき見た場所と、隼人くんと翔くんが視界に映った。

 

 

タイタン

LP1400→0

 

 

「十代、舞花!」

 

「アニキ、舞花ちゃん!!」

 

 ソリッドビジョンが消え、翔くんと隼人くんが私たちの下へ駆け寄ってくる。

 

「バカな……この私が負けるなど……」

 

「約束どおり明日香は返してもらうぜ!」

 

 負けて俯いていたタイタンは、のろのろと立ち上がって私たちに背を向けた。

 

「その娘にかけた催眠術はじきに解ける……遊城十代!」

 

 背を向けたまま、振り向かないで十代くんを名指す。

 

「いつか、キサマに復讐してやる……首を洗って待っていろ!」

 

 それだけ告げると、煙にまぎれてタイタンは消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外へ出ると、もうすでに朝日が昇っていた。

 ちゅんちゅんという小鳥のさえずりが聞こえ、朝を感じさせる。

 

 十代くんの手は、あの空間を出たら治っていたらしい。

 

 十代くんは、元気よく両腕を上げて体を上に伸ばしていた。、

 

「う……んん」

 

「あ、おはよう明日香ちゃん」

 

「……微妙に違う気がするっす」

 

 催眠術から目を覚ました明日香ちゃんに笑顔で挨拶すると、なぜか翔くんからつっこまれた。

 

 もう朝だからあってるんじゃないかな? 今、こんばんはって言ったら変だもん。

 

「私は……一体どうしたの?」

 

「安心しろよ明日香。お前を襲った奴は俺たちがやっつけたぜ」

 

 十代くんの言葉を聞いて、明日香ちゃんはまだはっきりとしていない記憶をあさり始める。ピン、と思い出したようで少し驚きながらも安堵したようだ。

 

「それから……これ」

 

 十代くんがどこかから1枚の写真を取り出して明日香ちゃんに渡す。その写真を見た明日香ちゃんは驚愕の表情を浮かべた。

 

「これ……兄さん」

 

「兄さんの話を聞いちまったから、少しは役に立てるかなあって」

 

 十代くんは頭をぽりぽりとかいていた。ちょっと照れているようだ。

 

「それじゃあ、あなた達その為に!」

 

 ちょうどそのタイミングで、ニワトリのコケコッコーという鳴き声が聞こえてくる。朝の、みんなの起き出す時間を告げる。

 

「やべえ、みんなが起き出す前に戻ろうぜ!」

 

「それじゃあ、明日香さん、舞花ちゃん、また後で」

 

 十代くんたちはここから少し遠い、レッド寮に向かって駆けていった。

 

「……舞花、私たちも戻りましょう」

 

「え、あ……うん」

 

 さっきから呆けてしまっていた私は、明日香ちゃんの声で我に返る。

 私たちも寮に戻ることにした。

 

 

 

 寮に戻ると、みんなが起きる時間までもう少し間があった。

 私たちはいったん別れて自室に戻ることにした。

 自分の部屋に戻ると、抑えてきた眠気がどっとでてくる。パッチリと目を覚ますために洗面所で顔を洗う。ぱしゃぱしゃと冷たい水を顔にかけると、ちょっとだけ眠気がとんだ。

 

 さっきまでの映像が頭の中を駆け巡る。十代くんが、明日香ちゃんのために廃寮に入ったこともはっきりと思い出す。

 

 明日香ちゃんのために……

 

 いけないことじゃないのに、いいことなのに、十代くんにむかむかする。

それと同時に不安が巡る。十代くんは、私に同じようなことがあったら助けてくれるのかと。

 

 十代くんは、明日香ちゃんが好きなのかなあ

 

 ふと、頭の中をよぎった台詞が一気に自分の不安を煽る。

 十代くんの1番は、ひょっとしたら明日香ちゃんなのかもしれない。ひょっとしたら、他の誰かなのかもしれない。

 私じゃ、無いんだ。それは、私じゃない。

 ぐるっと思考が頭の中を巡る。それを振り払うように、もう1度顔にぱしゃっと冷たい水をかけた。

 

 悩んでも、苦しんでも、ドキドキする鼓動は変わらない。

 

 こんなに苦しくても幸せな気持ちをくれているのは十代くん。隣で笑ってくれているだけで、私を幸せにしてくれるのは彼だ。

 

 少なくとも、私にとっての1番は十代くんだから

 

 とても単純で、今までの自分となんら変わりない結論。

 片思い……そんなことは分かっているんだ。私は勝手に十代くんの隣で幸せになっている。

 いつかこの位置を誰かにとられてしまうのかもしれない。でも、私はできうる限り彼の隣に存在したい。

 だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の、朝食の時間がやってくる。

 さっき別れた明日香ちゃんが、ジュンコちゃんとももえちゃんと一緒に私のところに来る。

 今日のご飯はなにかなーって会話をジュンコちゃんたちがしている中、その少し後ろで明日香ちゃんが話しかけてくる。

 

「ねえ、舞花」

 

「? 何?」

 

「遊城十代って、おせっかいな奴ね」

 

 小声で、でも優しくそう言った明日香ちゃんの頬は、少し朱を帯びていた。



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8-turn 帝王(カイザー)の力

「ね、ね~」

 

 少々緊張した声。少しだけ震えを帯びた声で私は喋った。

 

「十代くんは、明日香ちゃんが好きなの?」

 

 怖がりながら言葉を発する。後ろを向いていた十代くんは、振り向いて優しく微笑んだ。

 十代くんが私の頭の後ろに手をつけ、後頭部を少し撫でる。

 

「何言ってんだよ、舞花。俺が好きなのは」

 

 後ろの手に力が入る。ゆっくりと私の顔が十代くんの顔に近づいていく。

 

 って、えぇ!?

 

「じゅ、十代くん……」

 

 少しずつ、十代くんの顔が視界を埋め尽くしていく。十代くんの唇がもう少しで……

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

「舞花、早く起きなさい!!」

 

「ふぇ?」

 

 目の前にあったのは明日香ちゃんの顔でした。

 

 今のって、ひょっとして……夢?

 

「明日香ちゃんっ!何で起こすの~」

 

 夢だったけど、でももう少しだったのに~

 

 顔が真っ赤なのは自分の体温で分かる。起きたばっかりなのに心臓は大きく鼓動していた。

 

「何があったのか知らないけど、大変よ舞花」

 

 明日香ちゃんの顔を見ると、明らかに困惑している表情。そういえば、いつも明日香ちゃんは起こしになんてこない。それに今はまだ早朝で起きる時間でもない。一体どうしたんだろう?

 

「十代と翔君が退学になるかもしれないわ」

  

 そんなことより、もう1度寝たらさっきの夢の続きが見れないかな~……って、え?

 

 今明日香ちゃんが発した言葉の意味を捉えるまで時間がかかる。それを理解した瞬間、体中がさーっと冷えた。

 

「ど、どういうこと?」

 

「詳しくは分からないわ。今から校長先生の所に行こうと思うの。舞花もついてきて」

 

「う、うん」

 

 急いでパジャマを脱いで、制服に着替える。時間が無いので髪の毛をまとめることなく下ろしたままにした。

 

「それじゃあ、行こう」

 

 いつもと違って纏まっていない髪の毛が、ふわふわしているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 挨拶をして校長室の中に入る。中には校長先生と、見覚えのある体の大きなレッド生徒。隼人くんだ。

 

「俺もあの中に居ました。だ、だから、俺が十代とタッグを組みます」

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 校長先生に進言している隼人くんの言葉を遮る。なぜか隼人くんは私の顔を見て?マークを浮かべていた。

 

「タッグってどういうことですか?」

 

 校長先生に向かって質問する。私はまだ状況がよく分かっていないのだ。

 

「ふむ。実は昨日の夜、遊城十代君と丸藤翔君の二人が立ち入り禁止とされている場所に入ったという報告が入ってね。本来なら即退学なのだが、初犯ということもあって、制裁タッグデュエルに勝利したら無罪放免にするということだ」

 

「それっておかしいですよ」

 

 私からの否定に校長先生が少し驚く。校長先生の言葉を待つ前に言葉を続けた。

 

「私と明日香ちゃん、それから隼人くんもあの場所に居ました。それなのに2人だけ制裁を受けるなんておかしいです」

 

 だからさっき隼人くんも進言していたのだろう。校長先生はふむ、と一息をつき、言葉を出す。

 

「なるほど。しかし、その報告を受けていない以上、我々は君達を罰することはできない。庇っている可能性もあるからね」

 

「でも……」

 

「前田君にも言おうとしたが、タッグパートナーを変更することも認められない。これらは全て査問委員会で決まってしまったことだからね」

 

 言おうとしていたことも先回りされる。現在、私たちにはどうすることもできないことが突きつけられる。

 

「舞花、どうしようもないわ」

 

 明日香ちゃんが首を横に振る。校長先生もそれに同意するように頷いた。

 

「失礼……しました」

 

 情けない声が出る。十代くんたちのことが心配で。ぶんと一回首を振る。

 こんなことぐらい十代くんたちならきっと簡単にくぐり抜ける。そう信じよう。

 

 校長先生の申し訳なさそうな顔を最後に、私たちは外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕なんかじゃ駄目だあー!!絶対負けて退学になっちゃうぅー!!」

 

 どうなっているか様子を見にみんなでレッド寮を訪れる。部屋の扉を開いた瞬間、隼人くんにむかって翔くんが泣きながら抱きついてきた。

 

「隼人くん、僕と変わってくれよおー!!」

 

「そう思ったんだけど、査問委員会で決まったことは変えられないんだなあ」

 

 その言葉を聞いて余計に泣き喚く翔くん。

 

 ……なんかすでに心配になって来ました。翔くん、ちょっと情けなさ過ぎるよ~

 

「よう明日香。と……、誰だ?」

 

「えぇっ!?」

 

 なぜか私の顔を見て十代くんは首を傾げる。

 

 ちょ、ちょっと待ってよ。私の顔忘れちゃったの!?

 

「その声とリアクション……舞花か!」

 

「判断基準そこなのっ!?」

 

 私の識別は十代くん的には顔じゃなかったようです。

 

「だっていつもと髪型が違うだろ」

 

「へ?」

 

 そう言われて咄嗟に自分の頭を触る。いつもあるはずのポニーテールの結び目が無い。

 

 そっか。私慌ててたから髪の毛結んでないんだ。しかも急いでたからほとんど鏡も見てなくて…

 わわわわわわわ!!

 

 いそいで明日香ちゃんの後ろに隠れる。何事かと明日香ちゃんが私の方に振り返った。

 

「あ、明日香ちゃん。私寝癖とかついてない?」

 

 かーっと顔が熱くなる。十代くんの前に出るのに私はまったく容姿を整えずに来ていたことに気がついた。

 明日香ちゃんはクスっと笑って私の前からどく。って、ちょっと明日香ちゃん!

 

「大丈夫よ。ちゃんと整ってるわ」

 

「ほ、ほんと~?」

 

 ぺたぺたと自分の髪の毛を触る。確かに普段から寝癖とかはあまり無いけど不安なものは不安だよ。

 

「それより、お前ら何しに来たんだ?」

 

 十代くんは弄っていたカードの束を置く。別の束をデッキとして自分のホルダーにしまっていた。

 

「だって、制裁タッグデュエルやるって聞いたから」

 

 いまだに自分の頭の上に手を置いておずおずと話す。どこも跳ねたりしてないよね。大丈夫だよね。

 

「ああ、面白そうだよな!」

 

 いつものようにニカッと笑いかけてくる。

 いつものように、次にあるデュエルを楽しみにしている十代くんの姿は私を安心させた。

 

 きっと、これなら大丈夫だよね

 

 ホッと胸をなでおろす。心配が晴れてちょっと胸が軽くなった。

 

「アニキぃー。何でそんなに余裕なの?タッグデュエルなんてやったことあるの?」

 

「無い」

 

 ついさっきまで騒いでいた翔くんの質問を十代くんはばっさりと否定する。

 

 タッグデュエルやったこと無いんだね。

 

「無いから面白いんじゃねえか。お前も俺の弟分なら、弱気になんてなるなよ」

 

「そんなあー」

 

 ずっと自信のなさそうな翔くんが嘆く。

 本当は翔くんの反応の方が普通なのかもしれないけどね。

 

「まだお前のデッキの特性、何にもしらないからな。まずは腕試しにデュエルと行こうじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外へ出てレッド寮のそばにある崖の下まで行く。デュエルをする前だからとても楽しそうにしている十代くんと、対照的にとても不安そうな表情を浮かべている翔くんが向かい合う。

 

「じゃあ、やろうぜ。デュエル!」

 

「…デュエル」

 

 ……もう少し元気だそうよ翔くん。

 

「俺のターン、ドロー! 俺はフェザーマンを攻撃表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

E・HERO フェザーマン

ATK1000

 

 

 羽を生やしたHERO、フェザーマンがフィールドに降り立つ。その後ろに十代くんの伏せたカードが表示された。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 翔くんがカードを引いた後に少し固まる。どうしたんだろうと少しの間見ていると、顔がにやけていた。

 

 げ、元気になったんだ。よかった~

 

 私はちょっと引きつった笑いを浮かべた。

 

「パトロイドを召喚! バトルだ! 行け、パトロイド! シグナルアターック!!」

 

 召喚されたのはパトカーをモチーフにしたモンスター。パトロイドが頭上(?)のランプを点灯させながらフェザーマンに向かって突進していく。

 

 え、攻撃?

 

 ちょっと疑問に思いながら続きを見ると、十代くんが動いた。

 

「トラップ発動! 攻撃の無力化!」

 

 リバースカードを発動させると、フェザーマンの前方に渦ができる。パトロイドはその渦に阻まれフェザーマンの前で立ち止まった。

 

「ああ、いきなりやられちゃったんだな」

 

「う~ん……」

 

 隼人くんの言葉に、少し首を捻る。フィールドは動いていないから、そこまで問題じゃないと思うけど……

 

「あー、せっかく一発かっこいいところを見せようと思ったのに……」

 

 翔くんは落ち込んで地面に絵を書き始めていた。って、翔くん落ち込むの早すぎるよ!

 

「翔、お前ひょっとしてモンスターの攻撃力しか見てないんじゃないか?」

 

「そんなこと無いよ!」

 

 少し怒った声で否定する。それは自分でもちゃんと分かっているのかもしれない。

 

「パトロイドは相手のフィールドを確認する特殊効果がある。その効果を使えば、俺が攻撃の無力化を張っていることを確認できたはずだぜ」

 

 そう、さっき私もそれを思った。でも、確かにそれはミスだけど、攻撃の無力化ならここで使わせてしまったほうがいいからどっちにしろ関係ないとおもう。

 

「やめてよ! アニキだからってお説教は無しだよ!!」

 

 翔くんが、叫ぶ。でもおかしい。その声は十代くんに向かっているはずなのに、どこか別の場所に向かって放たれているような気がした。

 

「どうしたんだ翔。いつものお前らしくないな?」

 

「あ、ごめん。アニキ、僕変だよな。せっかくアニキがアドバイスしてくれているのに」

 

 翔くんの目線が十代くんに戻る。でも、またさっきのように不安げな表情を浮かべていた。

 

「いや、ちょっとお説教くさかったかもな。デュエリストに上下無しだ。アドバイス無しでバンバン本気出すぜ!」

 

 ターンが十代くんに移る。カードを勢いよく引き抜き、手札を確認していた。

 

「スパークマンを召喚。バトルだ! パトロイドに攻撃! スパークフラッシュ!」

 

 

E・HERO スパークマン

ATK1600

 

 

 スパークマンが手に電撃を集め、それを槍状に形作る。スパークマンがその槍を投げ、パトロイドの胸(?)を貫いた。一瞬、パトロイドの体中に電撃が走り、パトロイドはその場で爆発した。

 

 

LP4000→3600

 

 

「続けてフェザーマンで攻撃! フェザーブレイク!!」

 

 さらにフェザーマンが翔くんにダイレクトアタックを決める。翔くんはその場に倒れこんだ。

 

 

LP3600→2600

 

 

 十代くんはカードを1枚伏せてターンを終了した。翔くんはむくっと起き上がると少し乾いた笑いを浮かべる。

 

「とほほ、ひどいよアニキ。いきなり本気出すなんて」

 

「早くも戦意喪失なの? がんばって、翔くん」

 

 明日香ちゃんが呟く。翔くんの目からは闘志が消えうせていた。

 

 翔くんはデュエルを楽しいと思っていないのだろうか?

 

 疑問が胸の中で渦巻いた。

 

「きばれー! 翔!! そんなんで落ち込んでたら1年留年の俺なんてもっとかっこ悪いぞ!!」

 

 隼人くんが必死になって翔くんを励ます。それに便乗して私も声を張り上げた。

 

「がんばってっ! 翔くん。デュエルは楽しくやるんだよ~」

 

 多少張りあがってない気がするけど気にしないでください。

 

「よーっし」

 

 翔くんの元気がまた出てくる。目には闘志が戻ってきていて、体はさっきよりもシャッキリしている。やる気が出たみたいだ。

 

「僕のターン! 手札から強欲な壷を発動!! デッキからカードを2枚ドローする」

 

 強欲な壷を使って翔くんはカードを2枚引く。そこで

 

 翔くんは止まった。

 

 今度は翔くんは無表情で動きを止める。手に持ったカードをじっと見つめたまま何かを考え込んでいた。

 

 どうしたんだろう?

 

 考えてみても分かるはずがない。翔くんの次の動きを待つ。

 

「僕は……手札から融合を発動! 手札のスチームロイドとジャイロイドを融合してスチームジャイロイドを特殊召喚!!」

 

 一度首をぶんと振って、翔くんはさっきまで見ていたカードを手札に移して別のカード、融合を表にする。手札から2枚のモンスターが融合する。混じりあう渦の中から出てきたのは機関車。ジャイロイドのプロペラのように体についているものを回転させていた。

 

 

スチームジャイロイド

ATK2200

 

 

「バトルだ! スチームジャイロイドでフェザーマンを攻撃! ハリケーンスモーク!!」

 

 煙突から発した煙を回転させる。竜巻状になった煙は一直線にフェザーマンに向かっていき、貫いた。

 

 

十代

LP4000→2800

 

 

「へへっ」

 

 ダメージを受けて、十代くんは笑う。いつものように、デュエルを楽しんでいる目。十代くんはいつもどおりだ。

 

「やっと楽しくなってきたぜ、翔! 行くぜ、俺のターン! 手札から魔法カード融合を発動!!」

 

 十代くんの場に居るスパークマンと、手札にあったクレイマンが融合する。空に暗雲が広がり、雷が鳴る。ソリッドビジョンの演出だけど。フィールドにいつか見た雷の巨人、サンダージャイアントが現れた。

 

 

E・HERO サンダージャイアント

ATK2400

 

 

「サンダージャイアントの効果発動! もともとの攻撃力がこのカードよりも低いモンスター1体を破壊する! 行け、ヴェイパースパーク!!」

 

 サンダージャイアントの放つ雷がスチームジャイロイドを破壊する。さらに、十代くんは手札のカードに手をかけた。

 

「さらにバーストレディを召喚! バトル! サンダージャイアントとバーストレディでダイレクトアタック!!」

 

 

E・HERO バーストレディ

ATK1200

 

 

 サンダージャイアントとバーストレディが翔くんに攻撃を仕掛ける。電撃と炎、二つの攻撃が翔くんの体に迫る。

 一瞬の爆発。翔くんはその場で膝を折った。

 

 

LP2600→0

 

 

「やっぱ僕、駄目だ。タッグデュエルに勝つなんて無理だよ」

 

 最初まで元に戻る。弱々しく、不安げな表情を翔くんは浮かべていた。

 

「何言ってんだよ。途中までは紙一重の戦いだっただろ?」

 

「そうだよ。翔くん、もうちょっと自信持とうよ~」

 

 デュエルが終わった二人のところまで駆け寄る。やっぱりまとめていないと髪の毛がふわふわしている気がする。

 

「そういえば、さっきカード引いたとき止まってたよな? 手札見せてくれよ」

 

「あ……」

 

 翔くんが一瞬制止のために動こうとしていたけど、十代くんはそれよりも早く翔くんの手札を手に取る。ぱらぱらと見ると、1枚のカードに目が止まった。

 

 これって、どういうこと?

 

「何でパワーボンドのカードを使わなかったんだ? これがあればスチームジャイロイドは攻撃力4400の強力モンスターになっていたじゃないか」

 

 しかも翔くんのライフは2600だった。パワーボンドのダメージを受けてもまだライフは残る。使わない手はないといった状況だったのに。

 

 翔くんは十代くんが広げていたカードをパシッと取り返す。予想だにしなかった行動に私も十代くんも目を丸くした。

 

「やっちゃ駄目なんだ。このカードはお兄さんに封印されているカードなんだ!!」

 

 取り返したカードを胸に持ってくる。翔くんの辛そうな顔が目に突き刺さる。

 

「やっぱり、僕がアニキのパートナーなんて、無理なんだよー!!」

 

 翔くんが走っていく。私たちは誰も負うことができずに、その場で立ち止まっていた。

 

 翔くん……

 

 なにがあったかは分からないけれど、翔くんは何かに苦しんでいる。そしてそれはデュエルというものの楽しささえも封印しているように思えた。

 ぎゅっと両手を重ねて目を閉じる。翔くんとお兄さんに何があったんだろう? 私はそれが気になっていて、何よりも

 

 デュエルを楽しんで欲しいって、私は思うから

 

「みんな、ちょっと追いかけてくるよ」

 

 誰かの返事を待ったりせずに、私はすぐに走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔くん!!」

 

 岸壁をなぞった先、港に向かう道の途中でようやく翔くんに追いついた。翔くんは私の声を聞いて一瞬振り返ったけど、すぐさま再び走り出した。

 

 も~、追いつかないよ~

 

「わわっ!!」

 

 無我夢中で走っていたせいか、足元まで気が回らずに出っ張っていた石に足を引っ掛ける。勢いよく走っていた私がバランスを取り直せるはずもなく、その場にバタンと転んだ。

 

 膝が痛いよ~

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

 勢いよく転んだせいか、その音と私の悲鳴が翔くんに聞こえていたらしく、翔くんは引き返して私のところまで駆け寄ってきた。

 

「いたいけどだいじょうぶ~」

 

「それってあんまり大丈夫じゃないんじゃ……」

 

 うん、痛い。痛いけどとりあえず翔くんに追いついたから良かったことにしよう。

 駆け寄ってきた翔くんが逃げないように腕を掴んだ。

 

「あ……」

 

「翔くん、何があったの? お兄さんと」

 

 核心にいきなり触れる。それが触れてもいいものなのかそれも分からずに。翔くんは一瞬ハッとなってからすぐに首を振った。

 

「舞花ちゃんには関係ないよ」

 

 関係は確かにない。それは自分でも分かってる。

 

「でも、笑ってデュエルをしていない人を見過ごしたくなんてないよ。デュエルは楽しく、ハッピーにやるんだよ」

 

 私の言葉に、翔くんはグッと拳を作る。表情がゆがみ、怒りがこみ上げてきているようだ。

 

「楽しくデュエルなんて、アニキや舞花ちゃんみたいに強い人が言えることなんだよ。僕みたいな駄目な奴はそんなことできないんだ」

 

 

 ――お前みたいな弱い奴とデュエルしてもつまんねーんだよ――

 

 

「うぅっ」

 

 咄嗟に頭を押さえ込む。何か……誰かの声が頭の中に響いてきた。今までに聞いた記憶のない誰かの声がはっきりと私を責めていた。よく分からないけど今はこんな声に惑わされている時じゃない。

頭を押さえ込みながら翔くんの目を見る。翔くんは傷ついていて、苦しんでいる。そんな目をしていた。

 

「デュエルは誰だって楽しんでできるんだよ。強いとか弱いとかそんなの関係ないよっ!……そんなの関係あっちゃだめだよ」

 

 一瞬何かが頭をよぎり、最後の言葉が弱々しくなる。でも、私はデュエルをこうだと思っている。

強い人も弱い人も全部ひっくるめて正面で戦っている人と笑い合えるのがデュエルのはずだよ。私はそう思ってる。私はそうだと信じてる。

 

「だから翔くん。何があったの? どうしてお兄さんにパワーボンドのカードを封印されているの? どうしてそんなに苦しそうにデュエルをするの?」

 

 踏み込みすぎているかもしれない。他人の心の中に土足のままで。私は万丈目くんのときのことを思い出していた。だから、なにも聞かないまま、なにも分かっていないままこの手を放したくない。

 

 翔くんは苦々しい表情になる。私に言うか迷っているようだ。目を閉じて少しの間考え込む。

 音が消え、海岸に打ち付けられるバシャーという波の音だけが聞こえる。3度、4度その音を耳に入れた後、翔くんは口を開いた。

 

「小さい頃、僕はいじめっ子のゴリ助を見返すためにデュエルを挑んだんだ」

 

 目を閉じたまま、その当時のことを鮮明に思い出そうとしているようだった。

 

「少し危ないところだったけど、最後に僕はパワーボンドを引いた。それで融合モンスターを出せば勝てる。僕は調子に乗ってゴリ助と無茶な約束をしたんだ。裸で逆立ちして校庭を一周してみせるって」

 

 それは確かに無茶な約束だねと少し呆れる。それに今の翔くんからその光景が容易に想像できた。

 

「でも、僕がパワーボンドを使う寸前、お兄さんがそのデュエルを止めた。レアカードをゴリ助に渡して納得させて」

 

 どうして、という疑問は不思議と浮かんでこなかった。なんとなくだけど、次の展開が予想できたから。

 

「お兄さんは、ゴリ助の伏せカードを見せた。それは六亡星の呪縛のカードだった。僕はパワーボンドを使っていたら負けていたんだ。お兄さんは僕にこう言ったよ。『お前がデュエリストとして相応しい実力を持つまで、そのカードは封印する』って」

 

「翔くん……」

 

 私も目を閉じて想像する。その場面を、そして翔くんがどうして苦しんでいるのかその理由を。

 翔くんのお兄さんの姿は分からないけど、優しくて、本当に翔くんのことを考えてくれる良いお兄さんだというのはよく分かった。きっと強くて、頼りがいのある人なんだろうな。

 

 ピン、と1本の筋が通る。自分の中で、翔くんの考えていることがなんとなく分かってきた。

 

 掴んでいた腕を放し、今度は翔くんの手を両手で握り締める。弱々しく力を抜いていたその手は、さっきパワーボンドを握っていた右手。

 

「翔くんは、お兄さんが大好きなんだね」

 

「……うん」

 

 それがまず最初に分かったこと。翔くんは十代くん達に向ける好意よりも大きく、お兄さんのことを想っていると思った。

 だから、今苦しんでいることがなんとなく分かってくる。

 

「翔くんは、大好きなお兄さんからもらったカードを使いたいんだよね」

 

 自分の1番大好きなカードを使って戦うこと。私にとっては、それは1番楽しいデュエルの仕方。でも、誰だって自分の1番好きなカードを使いたいって想っているはず。

 

 何故だろう? 別に翔くんはパワーボンドがお兄さんからもらったカードなんて聞いていないのに、それを確信している自分がいた。

 

 翔くんは目をパチクリさせた後、ほんの少し暖かい笑みを漏らして頷いた。

 

「うん。僕はこのカードを使いたい。だからこのデュエルアカデミアに入ったんだ。このカードを使いこなせるデュエリストになるために」

 

 弱々しさが抜け、面持ちがキリッとなる。少しだけ迷いの晴れた表情。まだ迷っている部分は、不安な部分はあるかもしれないけど、それでも翔くんは笑った。

 

「戻ろうよ。翔くんがそのカードを使いこなせるようになるために……

 

 楽しくデュエルをするために」

 

 パッと手を放す。私も笑顔で話していた。

 戻ろうとする。その私たちの前に一人の青年が姿を現した。

 

「カイザー……さん?」

 

 デュエルアカデミアの帝王と呼ばれる、学園最強のデュエリスト。オベリスクブルーの丸藤亮先輩。その人だった。

 

 待って、丸藤?

 

「じゃあ、翔くんのお兄さんって…」

 

「お兄さん」

 

 隣にいる翔くんに聞こうとする前に、目の前にいるカイザーさんを翔くんがお兄さんと呼ぶ。

 これで確信した。翔くんのお兄さんがカイザーさんだって。

 

「翔、お前はどうすればそのパワーボンドを使いこなせるようになれると思う?」

 

 立っている高さは同じはずなのに、まるで何メートルも上の高さから見下ろされているような感覚がした。翔くんに対して突き放すように言葉を投げかける。

 

「それは……」

 

 何かを言おうとして口ごもる。威圧感に耐えることができずに翔くんは顔を背けた。

 

「分からないか。なら、お前はそのカードを使いこなせるようにはなれない」

 

「ちょ、ちょっとまってください。どうしてですか?」

 

 カイザーさんの顔を文字通り見上げる。にらまれるかと思ったけどそんなことはなく、ただ真っ直ぐに見つめられた。

 

「翔のデュエルを見て、何も思わなかったのか?」

 

 さっきのデュエルを回想する。違和感は無かったわけじゃない。実は思っていたことがあった。

 

 押し黙ると、カイザーさんは私の表情を見て話す。

 

「分かっている様だな」

 

 多分というか確信に近い。そして翔くんはたぶん分かってない。それを分からせるにはどうすればいいんだろうか?

 

「カイザー!!」

 

 カイザーさんの後ろから声がした。いつも聞いている声と、いつも見ている赤い制服。赤い制服は他の人と同じもののはずなのに、私にだけは違って見えて、彼のだけは別物に見えていた。

 十代くんがそこにいた。

 

 そして、私の中で1つの考えが浮かぶ。それはまったく持って確実性がなく、曖昧でどうにもならないものだけど、何故だかだいじょうぶだと思えた。

 

「カイザーさん、十代くんとデュエルしてください」

 

 頭を下げる。今日に限って結んでいない髪の毛はふわっと広がった。

 カイザーさんのデュエルをみて、何か気づいてくれるかもしれない。でも、私じゃカイザーさんの全力のデュエルに応えることはできない。手加減しているデュエルを見せていたって意味がない。

 

 十代くんも、カイザーさんも、正直意味が分からないという表情をしていた。当たり前だけど。私が勝手に考えていることなのだから。

 

「何だかよくわかんねえけど、カイザー! 俺とデュエルだ!」

 

 でも、十代くんは何かを感じてくれたのかもしれない。私に続いて十代くんも頼み込んでくれる。私の方を向いた目は、私を信じてくれると言っていた。

 

「ふ、君とデュエルか……。いいだろう」

 

 カイザーさんが受ける、そのデュエルを。これで、翔くんが何かを感じてくれればいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動した先は港。大きな灯台がよく見える。

 カイザーさんと十代くんが向き合い、デュエルディスクを構えた。

 

 これは大事なデュエル。翔くんが一歩前に進むための大事なデュエル。

 

「くーっ、学園最強のカイザーと戦えるなんてワクワクするぜ!!」

 

 いつもの十代くんがデュエルディスクを構えていた。何も説明していないけど、何かあるのは分かっているはず。でも十代くんは、いつもの調子でデュエルをはじめる。

 

 よかった。変に緊張したりして実力が出せなかったらどうしようかと思ってた。

 

 いつもの十代くんとそしてカイザーさんとのデュエル。そこから翔くんが自分に必要なものを感じ取ってくれればいいんだけど。

 

「「デュエル」」

 

 始まる。先攻は十代くん。勢いよくカードを引いて手札を確認した。

 

「いくぜ! 俺はフェザーマンを召喚!!」

 

 すでにおなじみになりつつある十代くんのモンスター。白い翼を広げてフェザーマンがフィールドに降り立つ。

 

 

E・HERO フェザーマン

ATK1000

 

 

「さらにカードを1枚伏せてターンを終了するぜ」

 

 ターンが移る。学園最強のデュエリストのターンが始まる。圧倒的ともいえる威圧感。これがカイザーだと納得させる。

 

「俺のターン、ドロー。俺はサイバードラゴンを攻撃表示で召喚する」

 

 カイザーさんが出したのは機械でできた竜。あれ、このカードってレベル5だよね?

 

 

サイバードラゴン

ATK2100

 

 

「レベル5のモンスターを生贄無しで召喚した!?」

 

 十代くんも私と同じことを思ったらしく、驚く。カイザーさんは飄々とした表情で答えた。

 

「サイバードラゴンは君の場にモンスターがいて、俺の場にモンスターがいない時生贄無しで召喚することができる。さらに俺は手札から魔法カードサイクロンを発動。君の場の伏せカードを破壊する」

 

 手札の魔法カードから発した竜巻が、十代くんの伏せカードを破壊する。これで十代くんは攻撃を受けるしかない。

 

「バトル。サイバードラゴンでフェザーマンを攻撃。エヴォリューションバースト!」

 

 サイバードラゴンの口からエネルギー波が放たれる。フェザーマンはひとたまりもなく破壊されてしまった。

 

 

十代

LP4000→2900

 

 

「俺は手札から魔法カード、タイムカプセルを発動。デッキからカードを1枚選び、カプセルの中に入れる。2ターン後にこのカードを破壊し、カプセルに入れたカードを手札に加える」

 

 カプセルがフィールド上に現れ、1枚のカードを取り込んでふたを閉じる。何が入っているのか。私がデュエルを頼んだ意図をカイザーさんが分かっていれば、あのカードはきっと……

 

「ターンエンド」

 

 これがカイザーと呼ばれるデュエリストの1ターン目。レベル5のモンスターをだして攻防を固め、さらに次の布石まで打ってくる。すごい、何も考えずに私もデュエルしたい!!

 

「さあ、いくぜ! 俺のターン、ドロー!手札から魔法カード、融合を発動! 手札のクレイマンとスパークマンを融合してサンダージャイアントを召喚!!」

 

 

E・HERO サンダージャイアント

ATK2400

 

 

「サンダージャイアントの効果発動! このカードよりも元々の攻撃力が低いモンスター1体を破壊する! ヴェイパースパーク!!」

 

 サンダージャイアントの効果により、サイバードラゴンは破壊される。伏せカードはなし。これで実質、カイザーさんのフィールドはがら空き。

 

「よし、がら空きの本陣突破だ! バトル、サンダージャイアントで、プレイヤーにダイレクトアタック!!」

 

 サンダージャイアントの雷が、滞りなくカイザーさんのライフを削る。そのカイザーさんは表情一つ変えることなくフィールドを見つめていた。

 

 

カイザー

LP4000→1600

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、効果によりサイバードラゴンを召喚。さらに手札から死者蘇生を発動。墓地のサイバードラゴンを特殊召喚」

 

 流れるように、場にサイバードラゴンのカードが2枚並ぶ。でもその攻撃力ではサンダージャイアントを倒すことはできない。

 ということは、まだ何かある。カイザーさんは手札のカードに手をかける。

 

「この2体を融合。サイバーツインドラゴンを融合召喚」

 

 上方に渦が現れ、2体のサイバードラゴンがその中に吸い込まれる。二つのドラゴンが混ざり合い、姿を変えてフィールドに出てくる。

 サイバードラゴンの首が二つ生えた機械の竜が現れた。

 

 

サイバーツインドラゴン

ATK2800

  

 

「サイバーツインドラゴンは、一回のバトルフェイズ中に2度の攻撃をすることができる」

 

 ということは、2回目の攻撃は十代くんへのダイレクトアタックになる。それをくらえば十代くんのライフは一気に0。

 

「アニキ……」

 

 翔くんが十代くんを心配して呟く。でも、私は心配していない。十代くんの表情を見れば分かる。まだまだ何か企んでいるというその表情に、恐らくカイザーさんも気づいていた。

 

「バトル、サイバーツインドラゴンでサンダージャイアントを攻撃。エヴォリューションツインバースト!」

 

 1発目の攻撃。エネルギー波は容赦なくサンダージャイアントを貫く。そして、もう1発の攻撃が十代くんへと迫っていく。十代くんは1度ニヤリと笑って伏せカードを開けた。

 

「トラップ発動! ヒーロー見参!! 相手は俺の手札を1枚ランダムに選び、それがモンスターカードだった場合フィールド上に特殊召喚する! 俺の手札は1枚! よって手札のフレンドックを守備表示で特殊召喚!!」

 

 私とのデュエルで見た機械でできた犬が十代くんの目の前に現れる。十代くんに向かっていたエネルギー波はフレンドッグにあたり、十代くんへのダメージを遮った。

 

 

十代

LP2900→2500

 

 

「フレンドッグの効果発動! このカードが戦闘で破壊されたとき、墓地にあるE・HERO1体と融合のカードを手札に加えるぜ! 俺は墓地のクレイマンと融合を手札に加える」

 

 やられそうな状況から、一気に次の布石まで打った。E・HEROの融合先は網目状。次にモンスターを引ければ融合できる可能性は高い。

 

 さすが十代くん。すごいよ!

 

「俺のターン、ドロー! バブルマンを守備表示で召喚! さらにモンスター効果を発動! バブルマンが召喚されたとき、フィールド上に他のカードがない場合、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 この状況で恐らく最もいいモンスター、バブルマン。その効果によってデッキからカードを2枚引く。

 

『クリクリー』

 

 十代くんの肩の辺りに見える、十代くんが相棒とよぶ存在。

 今のドローでハネクリボーを引いたのかな? ということはもう1枚のカードは進化する翼なのかもしれない。ハネクリボーLV10なら十代くんは一気に逆転勝利できる。でも、このターンはバブルマンを召喚してしまっている。次のターン、ハネクリボーを出すまで、十代くんは耐えられるの?

 

「手札から融合を発動! 場のバブルマンと手札のクレイマンを融合! マッドボールマンを守備表示で召喚!」

 

 

E・HERO マッドボールマン

DEF3000

 

 

 守備力3000のマッドボールマン。サイバーツインドラゴンがいくら2回攻撃ができるといっても攻撃力が劣ってちゃ意味がない。

 これで1ターン耐えれば、十代くんはハネクリボーを出せる。これで

 

「次のターン、タイムカプセルが発動する」

 

 翔くんがポツリと呟く。タイムカプセルの2ターン目、つまり、次のターンにサーチしたカードが手札に入る。

 

 そしてそのカードはおそらく、あのカードだ。

 

「俺のターンだ。この瞬間、タイムカプセルの効果発動。タイムカプセルを破壊し、中のカードを手札に加える」

 

 手札にタイムカプセルによって収められていたカードが手札に加わった。

 

「十代、このデュエルもそろそろ大詰めかな」

 

 ここで初めて、カイザーさんは十代くんの名前を呼んだ。認めたということかもしれない。十代くんのその力を。

 

「ああ、どうなるかワクワクするぜ」

 

「そうだろう。君は君の持てる力を全て出し切っている。俺もそんな君に対して全力を出し切ることができた。俺は君のデュエルに敬意を示す」

 

 その言葉は十代くんには向かっていなかった。その言葉はきっと翔くんに向けた言葉。そして翔くんに足りないものに気づいて欲しいという心。

 

 

 翔くんのデュエルは独りよがりだ

 

 

 翔くんのデュエルは相手を見ずに、自分の強力なカードだけを過信して相手を蔑ろにしている。そして、さっき聞いた過去のことから、相手を馬鹿にさえしていた。

 そうじゃないんだよ。相手を見て、相手と一緒に真剣に、そして楽しくデュエルをする。バカにせず、決して侮らない。それがデュエルなんだ。

 

「そうか、僕はあの時、相手をまったく見ていなかった……」

 

 翔くんは呟いて、目線をデュエルに戻す。すこしずつ、このデュエルを通して何かが分かってきたのかもしれない。

 

 デュエルのほうは、カイザーさんが手札に加えたカードから、オーラのような何かを感じる。力強く、圧力さえも感じさせるカード。

 

「いくぞ! 俺は手札から融合解除を発動! サイバーツインドラゴンの融合を解除」

 

 サイバードラゴンが再びフィールドに2体並ぶ。解除した理由、それはきっと最強の、このデュエルを終わらせるのに相応しいカードを呼ぶため。

 

「いくぞ! 手札から魔法カードパワーボンドを発動!! 場のサイバードラゴン2体と、手札のサイバードラゴンを融合!」

 

 サイバードラゴン3体が一瞬消える。暗黒の空間の中に取り込まれた3体のサイバードラゴン。刹那、その暗黒に光が差す。

 大きな力が、圧倒的なパワーが、その中から現れる。サイバードラゴンの首を3つ持つ、強大な力をもつドラゴンがフィールド上に現れた。

 

 

サイバーエンドドラゴン

ATK4000

 

 

「パワーボンドで融合したモンスターの攻撃力は2倍になる」

 

 

サイバーエンドドラゴン

ATK4000→8000

 

 

 攻撃力……8000! 今までにそんな数字は見たことがない。私は興奮と感動に包まれる。

 すごい、これがカイザーさんの力。私も……私も戦ってみたい!!

 

「サイバーエンドドラゴンは貫通効果を持つ」

 

 攻撃力8000の貫通攻撃。強すぎる。これをくらったら十代くんのライフが0になる。

 

「十代くん! このターンを耐えればパワーボンドのリスクダメージで十代くんの勝ちだよっ!!」

 

 分かっているはずだ。十代くんもそんなことは分かっているはず、でもそれを言わずにはいられなかった。

 

「そんなことは問題じゃない」

 

 翔くんが呟く。考え込んでいた翔くんは分かったようで、目を輝かせて、カイザーさんの方を見ながら声を出した。

 

「お兄さんが、舞花ちゃんが言いたかったのは……相手をリスペクトしろということ!」

 

 リスペクト、それは尊敬すること。

 相手の力を認め、それを打ち破るために尽力すること。それが、デュエリストにとって必要なこと。

 

「いくぞ! サイバーエンドドラゴンで、マッドボールマンを攻撃! エターナルエヴォリューションバースト!!」

 

 堅固なマッドボールマンの守備力をものともせずに貫いていく。マッドボールマンの壁がまるでなかったかのように威力は衰えず、十代くんの体を包み込んだ。

 

 

十代

LP2500→0

 

 

「アニキ!」

 

「十代くん!」

 

 ソリッドビジョンが消えると同時に、私と翔くんが十代くんに駆け寄る。十代くんは私たちではなく最初にカイザーさんの方を見た。

 

「楽しい…デュエルだったぜ」

 

「ああ」

 

 小さな返事をして、カイザーさんを背を向けた。一瞬こちらを振り返り、翔くんの顔を確認する。

 

 だいじょうぶですよ

 

 カイザーさんの伝えたかったことは、翔くんにきちんと伝わりましたから。

 

 カイザーさんは翔くんの顔をみて、満足そうな表情を浮かべて再び背を向ける。大丈夫だと分かったようだ。

 私は歩いていくカイザーさんに駆け寄る。追い抜かして前まで行き、頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「いや、俺のほうこそ礼を言おう」

 

 やさしく、カイザーさんはありがとうと一言言う。

 本当に、いい兄弟なんだな~

 

 去っていくカイザーさんを見送り、十代くん達の方まで戻る。

 

 ぐ~

 

 二人のおなかから大きな悲鳴が聞こえた。

 

「って、もう寮の食堂しまってるぞ」

 

 時間がいつの間にか遅くなっていて、夕食の時間はすでに過ぎていた。集団生活の規則として、遅れたらもうご飯は残っていない。

 

「それじゃあ、久しぶりに私が作るね~」

 

 そろそろまたレッド寮で食事をつくろうって思っていたから、この機会にまたやろう。それと、私も夕食に遅刻しているから食べるものがない。

 

「じゃあ、早く行こうよ」

 

 先にレッド寮に向かって歩き始める。十代くんはふと気が付いたように私の後姿を眺めた。

 

「舞花ー、よく見たらここ、はねてるぞ」

 

 十代くんが私の後頭部の髪の毛を触る。感触的に、確かにそこが跳ねていると分かった。

 

 って、いうことは……

 私、1日中寝癖つけて外出てたっていうこと?

 

 かーっと顔が熱くなる。体中の体温が一気に顔に集まったみたいだ。

 

 えええええええええ!!!

 

 すっごく恥ずかしいよ~~

 

「~~~~~」

 

「おい、舞花どこに行くんだよ!?」

 

 寮に帰って、髪の毛を整えて、顔の熱が引いたら作りに行きます。

 あとでそうメールしておくことにした。

 



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9-turn 心を強く、デュエルを楽しく

―side丸藤翔―

 

 いよいよ、制裁タッグデュエルの日がやってきた。最後のデッキチェックを、アニキと一緒にすませる。

 

「いよいよだね」

 

「そうだな」

 

 1枚1枚デッキのカードを確認し、40枚の束をデッキホルダーに納めようとする。しかし、震えていた手はほんの少し場所を外して、数枚のカードが散らばった。

 

「おい、大丈夫かよ翔?」

 

「……ごめんアニキ。やっぱり僕、足を引っ張っちゃいそうだ」

 

 僕の実力は、やっぱり弱い。アニキの足を引っ張って、強いアニキまでも退学に追い込んでしまったらどうしよう。

 何回も振り払ってきた不安と恐怖が、また自分を襲う。体は震え、心臓が大きく鼓動する。

 

「何言ってんだよ、お前なら大丈夫さ。なんたってお前は、俺のパートナーなんだからな」

 

 答えになってないアニキの言葉。でも、アニキの声色と笑顔は、本当に僕のことを信じきっているのだと教えてくれる。

 

 僕はアニキのパートナー

 

 こうして僕をちゃんと頼ってくれているアニキの期待に、ちゃんと応えなきゃと気合を入れた。

 

「がんばるんだな。お前たち二人がまたこの部屋に帰ってくるって信じてるぞ」

 

 隼人君の激励を受けて、部屋の扉を開ける。

 

「じゃあ、行ってくるぜ」

 

「行ってきます」

 

 帰ってくるという意志を示して、僕達は扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side橘舞花―

 

 デュエル場はすでにたくさんの生徒で溢れかえっていた。大勢の中から自分の知り合いを探すためにキョロキョロする。中心のデュエルフィールドに目が一瞬行き着くと、少しの間忘れていた心配が出てくる。

 

 二人とも、大丈夫だよね

 

 不安に思う心を励ますように自分に言い聞かせる。

 

「舞花」

 

「橘君」

 

 二人分の声に同時に呼ばれる。そこにいたのは明日香ちゃんと三沢くんだ。

 

「あ、よかった~。見つけたよ」

 

 呼ばれた二人の方に駆け寄り、明日香ちゃんの隣に座る。

 

「舞花、十代はどうだった?」

 

「へ? 今日はまだ会ってないよ~」

 

「え?」

 

 明日香ちゃんが不思議そうな目で私を見る。私、何か変なこと言ったかな?

 

「あなたなら、デュエル前に十代に会いに行くと思ってたわ」

 

「……あれ?」

 

 そういえば、そうだ。何故か私は今日会いに行こうと思っていなかった。何もせず、ただここに見に来ただけだった。

 

 どうしたんだろ、私

 

 自分の行動を自分で不可解に思って首を傾げる。考えてもよく分からなかったのでその疑問を放置した。

 

「来たぞ」

 

 三沢くんの声に反応してデュエルフィールドを見る。いつものように笑っている十代くんと、少しだけ不安げな色を見せつつも、覚悟を決めて前向きな表情の翔くんが現れた。

 

 よかった。十代くんはいつもどおりだ

 

 翔くんも、またおどおどしたりすることなく立っていた。そんな二人を見て少しだけ安堵する。

 

「おーい!」

 

 中心にいる十代くんがこっちに向かって手を振った。どうしようかと迷っていると、隣にいる明日香ちゃんに肘でつつかれる。暗に反応死なさいと言っているのがよく分かった。

 

「が、がんばってね~」

 

 上手く声を張り上げることは出来なかったけど、その声は届いたようで十代くんはガッツポーズをとる。頑張ると、その態度で返事をしてくれた。

 

「それデーハ、これより制裁タッグデュエルを始めルーノネ」

 

 クロノス先生がステージに上がって宣言する。生徒たちの盛り上がる声を耳に入れながら、私は両手を握って祈る。

 

 どうか、十代くん達が勝ちますように

 

「デーハ、対戦するデュエリストーヲ紹介するノーネ」

 

「「ハッ」」

 

 クロノス先生の言葉が終わると同時に、デュエルフィールド上に二つの影が飛び込んでくる。空中で一回転して、フィールド上に降り立った。

 

「我ら流浪の番人」

 

「迷宮兄弟!」

 

 二つの同じ顔に、額に『迷』と『宮』の文字。そして迷宮兄弟という名前。それらは一つの答を私の中に出した。

 

「それって、あのデュエルキングと戦ったことのある、あの?」

 

「その通りでスーノ。彼らこそあのデュエルキング武藤遊戯と戦ったことのある、伝説のデュエリストなノーネ」

 

 私の記憶が的中する。つまり十代くんたちは、伝説と呼ばれるデュエリストと対戦して勝たなければいけないということだ。

 

「聞いたことがあるわ。その強力なコンビネーションで、デュエルキングを苦しめたことがあるという兄弟デュエリスト」

 

「そんな相手なんて、十代達に勝てるはずがない」

 

 明日香ちゃんと三沢くん、二人の呟きに私はクスっと笑う。

 

「だいじょうぶ、だよ」

 

 二人が、え? と私に反応する。私は中央の十代くんを見るように促した。

 

「十代くん、すっごく楽しそうだもん」

 

 伝説のデュエリストを前にして、負けたら退学のデュエルの直前で、十代くんは目の前のデュエルを楽しみにしていた。

 相手がどんなに強くても、どんな大変なデュエルでも、それを楽しみにできる十代くんの強さ。

 

「十代くんは、きっと負けないよ~」

 

 心の底に、どこか心配する自分が残っていても、私は安心してこれからのデュエルを見れる。きっと勝って、また一緒にいられると信じて。

 

 中心のデュエリストが、皆一斉にデュエルディスクを構える。

 

「それデーハ、制裁タッグデュエル、開始なノーネ!!」

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

 退学を賭けたデュエルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side丸藤翔―

 

 とうとうデュエルが始まる。開始は僕のターンからだ。

 

「僕のターン、ドロー! 僕はジャイロイドを攻撃表示で召喚!」

 

「私のターン、ドロー! 地雷蜘蛛を攻撃表示で召喚!」

 

「俺のターン、ドロー! E・HERO バーストレディを守備表示で召喚!」

 

「私のターン、ドロー! カイザーシーホースを攻撃表示で召喚!」

 

 全員の1ターン目、1人1体ずつ自分フィールド上にモンスターを召喚する。

 

 タッグデュエルのルールでは、1ターン目には攻撃できない。次の僕のターンが勝負の始まりだ。

 

「さらに魔法カード、生贄人形を発動!」

 

「え?」

 

 そのまま終わると思った迷宮兄弟のターン。でも手札から魔法カードを発動してきた。

 

「生贄人形は自分フィールド上のモンスターを生贄にして発動する。地雷蜘蛛を生贄に、手札からレベル7のモンスターを特殊召喚する。私は風魔神-ヒューガを召喚!」

 

 油断していた。何もしないと安堵していたら、いきなり攻撃力2600のモンスターが特殊召喚される。風魔神-ヒューガ。一体どんなモンスターなんだろう?

 

「すまないな兄者。礼をせねば。手札から魔法カード、闇の指名者を発動! このカードはカード名を一つ宣言し、相手のデッキにそのカードがある場合、相手は手札に加える。私の指名するカードは雷魔神-サンガ!」

 

 闇の指名者のカードを、自分のタッグパートナーに向かって発動した。そんな、それじゃあ外れようが無いじゃないか!

 

「ククク、ありがたい。もちろん私のデッキにはサンガのカードはある」

 

 迷宮兄弟兄は、デッキからサンガのカードを手札に加える。

 

 どうしよう、1ターン目からこんなモンスターを呼ばれて、その上手札にもまだ強力モンスターが。

 

「あ、アニキ」

 

「さすが伝説のデュエリストだけあるな。俺たちも負けてらんないぜ、翔」

 

 アニキは笑っていた。目の前の強力なモンスターを見て無邪気に。

 アニキはやっぱりすごいや。僕にはそんなこと……

 

 ――デュエルは楽しく、ハッピーにやるんだよ――

 

 頭の中で、声が響く。そうだ、教わったじゃないか。デュエルは楽しくやるものだって。

 目の前のヒューガを見る。相手は僕達にちゃんと全力を尽くしてくれているんだ。僕が弱気になって力を出さなかったら、アニキに迷惑がかかるだけじゃなく、迷宮兄弟の2人にだって失礼なんだ。

 

 相手は僕たちをリスペクトしてくれたんだ。だから、僕もそれに応えるんだ!

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 僕は勢いよく、カードを引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side橘舞花―

 

 少し怖がっていた翔くんの目に闘志が灯る。よかった、ちゃんと気が付いてくれた。

 

 そうやって相手のことを考えて、ちゃんと全力を出せば、自然とデュエルは楽しくなっていく。翔くんはもうひとりよがりに戦ったりなんてしない。

 

「僕は見逃してないぞ。ヒューガの生贄にされたのは、迷宮兄弟、兄のモンスター。つまり、兄のフィールドには壁モンスターがいない!」

 

 翔くんはちゃんと場を観察していた。でも、1つだけ見落としていることがある。

 

 翔くんは融合を使ってスチームジャイロイドを特殊召喚する。そして、がら空きのお兄さんに対してダイレクトアタックを仕掛けた。

 

「ククク、風魔神-ヒューガの特殊効果発動! 相手モンスターからの戦闘ダメージを、1度だけ0にする!」

 

 翔くんの攻撃は、ヒューガの風の防壁によって阻まれる。

 

 翔くん……

 

 今までの翔くんだったら、絶対に気落ちして思いつめる。けれども翔くんは場をしっかりと見据えていた。

 

「そうか、ヒューガにはそんな特殊効果があるんだ……」

 

 足りない知識を補って、次に繋いでいこうとする姿勢。翔くんはもう逃げずに目の前のデュエルにしっかりと向き合っていた。

 十代くんと目で会話しながら、次の状況に向かって思考している。

 

「翔君、まるで別人ね」

 

「うん。翔くんはもう、立派なデュエリストだよ」

 

 おどおどしたり、ビクついたりもしない。ついには笑みが漏れ出していた。デュエルを楽しむ心を持って、翔くんはデュエリストになったんだ。

 

 翔くんはターンを終了する。続いて迷宮兄弟、お兄さんのターン。死者蘇生でさっき生贄に捧げた地雷蜘蛛を特殊召喚する。さらに、弟さんと同じく生贄人形を発動した。レベル7のモンスター、水魔神-スーガが特殊召喚される。

 

 まって、まだ通常召喚が残ってる! しかも弟さんの場にいるのはカイザーシーホース。さらにお兄さんの手札にはさっき指名されたあのカードが!

 

「カイザーシーホースを生贄に捧げる。このモンスターは、光属性モンスターの召喚の生贄になる場合、1体で2体分の生贄とすることができる! 雷魔神-サンガを召喚!!」

 

 迷宮兄弟さんのフィールドに3体の魔神が召喚される。でも、迷宮兄弟、お兄さんの手はまだ止まっていなかった。

 

「さらに水魔神-スーガ、風魔神-ヒューガ、雷魔神-サンガの3体を生贄に捧げることで、ゲート・ガーディアンを特殊召喚!!」

 

 すごい……

 

 私は感嘆の息を漏らす。

 その召喚条件から、扱うことはできないとされていたゲート・ガーディアンのカード。それをいとも簡単に出した迷宮兄弟さんはとってもすごい!

 

 私もデュエルしたい!

 

 デュエリストとしての心が騒ぐ。でも、今はタッグデュエルの最中だからと頑張って黙った。

 

 召喚されたゲート・ガーディアンの攻撃で翔くんのスチームジャイロイドは破壊され、大きくライフポイントを削られる。

 強大なゲート・ガーディアンを前にして、十代くんも私と似たような気持ちになっているようだ。このモンスターをどうやって倒すか、考えただけでワクワクしているみたい。

 そして、翔くんもまた笑っていた。楽しそうに、目の前の強大なモンスターを見ていた。

 

「翔君も、十代や舞花のデュエル菌が移ったみたいね」

 

「む~、それってどういう意味? 明日香ちゃん」

 

 私がちょっと膨れて見せると、明日香ちゃんはクスッと笑った。

 

「いい意味よ」

 

「そうだな」

 

 隣にいた三沢くんまでもが同意する。

 

 とりあえず、褒められてるってことでいいのかな?

 

 

 デュエルは十代くんのターンへと移行する。十代くんはまず、クレイマンを召喚して融合を発動。場のバーストレディとクレイマンを融合して、ランパートガンナーを融合召喚した。

でも、ランパートガンナーの攻撃力、守備力じゃゲート・ガーディアンには敵わない。どうするの、十代くん。

 

「E・HERO ランパートガンナーは、守備表示のまま相手プレイヤーにダイレクトアタックができる!ランパートショット!!」

 

 防御体制をとっているランパートガンナーが盾をほんの少しどけて、右腕のランチャーからミサイルを発射する。目の前にいたゲート・ガーディアンをスルーして迷宮兄弟さんへと直接攻撃した。

 

「この効果では、攻撃力の半分のダメージだけどな」

 

 ランパートガンナーの攻撃力の半分、1000ポイントが迷宮兄弟さんのライフポイントから引かれる。まだまだ場では負けてるけど、これが反撃の狼煙になるはず。

 

 続く迷宮兄弟、弟さんのターン。メテオ・ストライクをゲート・ガーディアンに装備する。でも、そのカードにチェーンして翔くんがサイクロンを発動した。

 これでメテオ・ストライクを破壊して、貫通効果から身を守ることができるよ!

 

「甘い! カウンター罠アヌビスの裁き!」

 

 アヌビスの裁きは、確か魔法・罠カードを破壊する効果を無効にして、さらに相手フィールド上にいるモンスター1体を選択して破壊し、その攻撃力分のダメージを相手に与えるカードだ。

 翔くんの発動したサイクロンが無効になり、十代くんの場のランパートガンナーが破壊される。その攻撃力分のダメージが2人のライフポイントから引かれた。

 

「まずいな。やはり初めてのタッグデュエルで、相手が伝説のデュエリストではいくら十代でも……」

 

「そんなことないよ」

 

 三沢くんの呟きに反論する。きっぱりと、自信を持って。

 

「デュエリストが負ける時は、そのデュエルをあきらめた時だよ。まだ、十代くんはあきらめてなんかいないよ」

 

 信じている。でも少し手が震え、心がざわめく。心の奥に眠る不安が表面に表れ始めた。

 

 心配だよ

 

 心の呟きは、自分の中の不安を加速させた。

 

 それでも私は目を閉じたりなんてしない。ちゃんと十代くんたちを信じている自分の心に従って。

 

 続いていた迷宮兄弟、弟さんのターン。ディフェンスウォールを召喚される。これで、全ての攻撃はディフェンスウォールが受けることになった。

 先にディフェンスウォールを突破しないと、ゲート・ガーディアンには届かない。

 

 次は翔くんのターンだ。でも、翔くんはまた、いつものように体を震わせてしまっていた。

 

 翔くん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side丸藤翔―

 

「僕のターン。サイクロイドを守備表示で召喚して、ターンエンド」

 

 ゴメン、アニキ。僕が余計な事をしたから、こんなピンチになっちゃった。

 サイクロンは、僕達の身を守るどころか、僕達のライフポイントを大きく削る結果となってしまった。

 

 どうしよう

 

 自分の心に不安が訪れる。目の前にいる強大なモンスターに恐怖を感じていた。でも、それと同時に、僕の中のデュエリストとしての心が騒ぐ。

 

 このモンスターをどうやって攻略しようか、と。

 

 恐怖と高揚、二つの心が入り乱れて混乱する。デュエルを楽しく感じる心と、大好きなアニキを退学に追い込むかもしれないという恐怖。

 そんなことを考えていたら、頭が痛くなってきた。

 

 ふと、アニキの方を見る。アニキは真っ直ぐにゲート・ガーディアンを見つめていた。

 

 アニキはまだあきらめていないんだ

 

「翔」

 

 アニキが目線を外して、僕の方を見て話しかけてくる。

 

「失敗なんて誰にでもある。でも、俺はお前を信じてるぜ」

 

 ニカッと笑って僕に言う。僕を信じて、僕のデュエルを信じてくれている。

 

 そうだ、アニキは僕をパートナーだって言ってくれたじゃないか。だったら、アニキがあきらめるまで、僕があきらめるわけにはいかない!!

 

 恐怖心を噛み殺す。それと同時に、高揚感が体を支配する。デュエルを楽しむ。いままで舞花ちゃんが言い続けてきたその言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。

 

 この気持ち、この高ぶり、これがデュエルを楽しむって事なんだ!

 

 もう怖がらない、もう怯えない、もう俯かない。僕は相手をリスペクトして、最高のデュエルをするんだ!

 

 ターンはすでに渡っている。迷宮兄弟、兄のターン。

 

「ゲート・ガーディアンでサイクロイドを攻撃! 魔神衝撃波!!」

 

 迷うことなく、サイクロイドを貫く。メテオ・ストライクの効果によって貫通ダメージをくらった。

 

 耐えている。僕たちのライフはまだあるんだ。残り1700となったライフポイントはまだ希望だと言っていい。あきらめちゃ駄目だ。

 

 でも、どうしてもゲート・ガーディアンを倒す手段が浮かんでこない。どうすればいいんだろう?

 

「翔、俺たち2人であのゲート・ガーディアンを倒すぞ!」

 

 アニキが僕に言う。アニキには何か考えがあるんだ。そしてそれは、僕の力を必要とするもの。

 

 よし、だったらまず、アニキの考えを理解しなきゃ

 

「わかったよ、アニキ!」

 

 アニキのターンが始まる。アニキはスパークマンを召喚し、スパークガンを装備する。そして、ゲート・ガーディアンを守備表示へと変更させた。

 

 そうか! アニキは僕にあのカードを使えって言ってるんだ。

 

 ただ守備表示にしただけの行動。迷宮兄弟は意味のないことだと鼻で笑っている。でも僕にはアニキからのメッセージが伝わった。次のターン、僕はゲート・ガーディアンを倒す!

 

「リバースカードを1枚伏せ、俺のターンは終了だ」

 

 アニキは僕のためにサポートに徹してくれている。本当にありがとう、アニキ。

 

「私のターン。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 迷宮兄弟、弟のターンが終わる。僕はカードを引く前に、アニキに向かって問いかけた。

 

「ねえ、アニキ」

 

「ん?」

 

 アニキが不思議そうに僕の呼びかけに応える。

 

「アニキはどうして僕のことを信用してくれるの?」

 

 僕は、やっぱり弱い。舞花ちゃんや明日香さんがパートナーだったら、きっともっといい展開になっていたはずだ。

 僕はアニキを信用している。でもアニキは僕の弱い実力をあてになんてすることないのに。僕みたいな弱いデュエリストを信用する理由なんてないのに。

 

 アニキは僕の言葉に、ニカッと笑って答えた。

 

「だってお前もデュエル好きだろ? お前は自分の持ってるカード全部大事にしている。そういうとこ、俺は好きだぜ」

 

 よかった

 

 僕は心の底から安堵した。だってアニキは、僕をちゃんと僕として見て、信用してくれているんだ。

 誰でも良いわけじゃなくって、ちゃんと僕を信用してくれているんだ。なら、僕はそれに応えるんだ。

 

 アニキが整えたこの状況。これを生かすために、僕はあのカードを引くんだ!

 

「僕のターン」

 

 僕はまだデュエルをしたい。この学園で、この学園のみんなと。だから、応えてくれ僕のデッキ! 僕はまだ、この学園に居たいんだ!!

 

「ドロー!!」

 

 引いたカードを目の前に持ってくる。それを見た瞬間

 

 僕は笑っていた

 

「僕はドリルロイドを召喚! バトルだ! ドリルロイドで、ゲート・ガーディアンを攻撃!!」

 

「血迷ったか。そのモンスターではゲート・ガーディアンは倒せん!」

 

 確かに、僕のドリルロイドの攻撃力は1600。全くゲート・ガーディアンには届かない。でも

 

「ドリルロイドは守備表示モンスターを攻撃したとき、そのモンスターを破壊する!!」

 

「「何!!」」

 

 ゲート・ガーディアンに向かって、ドリルロイドが正面についているドリルを回しながら突っ込んでいく。ゲート・ガーディアンに突き刺さる直前に、ディフェンスウォールに阻まれた。

 

「甘い! ディフェンスウォールの効果で、ゲート・ガーディアンは無傷だ!」

 

「ディフェンスウォールが邪魔をするのは、分かっていたよ」

 

 ドリルロイドが攻撃したことにより、ディフェンスウォールの守備力より劣っていた攻撃力分、僕達のライフが引かれる。だから、ゲート・ガーディアンに攻撃が通っていたら、僕達が負けていたんだ。

 

「僕たちの本当の狙いはこっちだ! 魔法カード、シールドクラッシュ発動!!」

 

 シールドクラッシュは、相手の守備表示モンスターを1体破壊する。アニキがわざわざ守備表示にしてくれたゲート・ガーディアンを破壊する!

 

 爆発音が響き、煙が巻き上がる。それが晴れると、ゲート・ガーディアンは破壊されていた。

 

「やったな翔!」

 

「うん、アニキ!」

 

 二人してガッツポーズをとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side橘舞花―

 

「まさか、彼がゲート・ガーディアンを破壊するとは……」

 

 三沢くんが驚いた声で言葉を発する。

 

「二人は、タッグデュエル用にデッキを合わせたりしていなかったのかもしれない。でもね、二人ともお互いのデッキを知って、お互いのカード間のシナジーをちゃんと把握しているんだよ。これもきっと、一つのタッグデュエルの戦い方だよ」

 

 二つのデッキを合わせれば、タッグデュエルにおいて戦いやすくなるかもしれない。でも、二人はそうせず、自分たちのデッキのカードを把握しきった。そうすることでこのタッグデュエルを戦うことにしたんだ。

 

「僕は、カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 翔くんのターンが終わる。ゲート・ガーディアンを倒された迷宮兄弟さんたちはどう出るのかな?

 

「ゲート・ガーディアンを倒すとは……少々甘く見すぎていたようだ。ならば私のターン、ドロー! 魔法カード発動! ダーク・エレメント!!」

 

 ダーク・エレメント。一体どういう効果なんだろう

 

「このカードは、ゲート・ガーディアンが墓地にあるときに発動する! ライフポイントを半分払い、デッキから闇の守護神-ダーク・ガーディアンを特殊召喚する!!」

 

 ゲート・ガーディアンを倒したことによって、更なる切り札が迷宮兄弟さんの場に召喚される。攻撃力は……3800!

 

 ダーク・ガーディアンがすかさず戦闘を仕掛ける。

 

「まずい、この攻撃が通ったら十代たちの負けだ!!」

 

「十代くん……」

 

 十代くんはまだあきらめていない! すかさず十代くんはヒーローバリアを発動して、ダーク・ガーディアンの攻撃を止める。まだ希望を繋いでいるんだ。

 

 迷宮兄弟、お兄さんはターンを終える。今度は十代くんのターンだ。

 

 負けて欲しくない。私はまだ、十代くんと一緒にいたい!

 

「がんばって! 十代くん!!」

 

 さっきと違って、声を張り上げ大声で叫ぶ。それに応えるように、十代くんはカードを引いた。

 

「強欲な壺を発動!! デッキからカードをさらに2枚ドロー!!」

 

 手札補充。あきらめない十代くんの心にデッキが応えていく。

 

「フィールド魔法、フュージョンゲートを発動! その効果により、俺は手札のフェザーマンとバブルマン、そして場のスパークマンを融合!! E・HERO テンペスターを召喚!!」

 

 私とのデュエルで出した3体融合モンスター、テンペスターが召喚された。

 

 でも攻撃力はまだ届かない。十代くんはさらに、手札のカードに手をかけた。

 

「フィールド魔法、スカイスクレイパー発動! この効果により、E・HEROと名のつくモンスターが、自分より攻撃力の高いモンスターと戦闘する場合、HEROの攻撃力を1000ポイントアップするぜ!! ダーク・ガーディアンに攻撃! カオス・テンペスト!!」

 

 2800の攻撃力が上昇して、3800。ダーク・ガーディアンに並ぶ。テンペスターの効果を使えば、ダーク・ガーディアンを倒せる。

 

「だが、ダーク・ガーディアンは戦闘では破壊されない!!」

 

 しかし、決死の攻撃も無に終わる。十代くんは分かっていたという風に翔くんの場のカードを墓地に送り、テンペスターの破壊を無効にした。

 

 十代くんは……何かを伝えようとしている?

 

 翔くんは、その十代くんの思いに気づいているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side丸藤翔―

 

 アニキの攻撃が無駄に終わる。でもアニキは何か言いたげに僕を見ていた。

 

 まさか、アニキは何かを伝えようとしているんじゃ……

 

 今度は何をして欲しいのかまだ分からない。でも、僕にできることがあるはずなんだ。

 目の前のダーク・ガーディアンは邪気を放って僕らを威嚇する。ターンは迷宮兄弟、弟に移った。

 

「罠カード発動、一騎打ち!! このターン、お互いのフィールドにいる攻撃力の1番高いモンスターで戦闘を行う!!」

 

 本来操ることのできないはずのダーク・ガーディアンを使って戦闘を行う。テンペスターに攻撃が向かう。

 

 まずい、アニキのフィールドにはテンペスターで墓地に送れるカードがない!

 

「俺は、テンペスターの破壊を逃れるために、スカイスクレイパーを墓地に送る!」

 

 摩天楼の風景が変わり、元のデュエルフィールドに戻る。これによって本来上昇するはずだったテンペスターの攻撃力は上がらず、僕らはダメージを負った。

 

 追い込まれた。残りライフは700.これで僕達は次の僕のターンで勝たなきゃいけなくなった。

 

「僕のターン」

 

 思考を巡らせる。何を引けば勝てるんだろう。分からないままに、僕はカードを引いた。

 

「このカードは……」

 

 引いたカードは、パワーボンド。封印されたカード。

 この光景はあの時のゴリ助とのデュエルを彷彿させた。使えば、強力なモンスターを呼べる。でも、それだけじゃ勝てない。ダーク・ガーディアンは戦闘で破壊できない……

 

 ピン、と頭の中で一本の線が通る。そうか、アニキはこのことを伝えようとしていたんだ!

 

「でも……」

 

 僕はどうしてもパワーボンドを発動させることができず、体を硬直させる。このカードは、封印されて……

 

 ――デュエリストの道は、自分で切り開いていくものだ――

 

 いつだったか、お兄さんが僕に言った言葉。ここで、何かにこだわって、僕は負けるのか? 違う。僕はこの状況を切り開くんだ!

 震える手で、パワーボンドのカードを手に取る。発動させるんだ! このカードを!!

 

 勇気を奮い起こす。それと同時に、一つの状況が頭をよぎった。

 僕が女子寮で捕まったときの、アニキと舞花ちゃんのデュエル。そして、そのときの言葉。

 

 ――どんな時が、1番デュエルを楽しいって思う~?――

 

 その言葉の答え、彼女の答えを胸にこめて、僕はパワーボンドを引き抜いた。

 

「デュエルが1番楽しいのは……」

 

 ――1番好きなカードを使って戦うとき!――

「1番好きなカードを使って戦うとき! その時が1番楽しいんだ!! 魔法カード発動!! パワーボンド!!」

 

 胸を張って僕は言える。このカードが僕のフェイバリットカード。僕の1番好きなカードだって。

 

 だって、大好きなお兄さんに貰ったカードだから。

 

「アニキ、モンスターを貰うよ!」

 

「おう、頼んだぜ! 翔!!」

 

 アニキが勢いよく応えて、僕は手札のユーフォロイドを墓地に送る。

 

「パワーボンドは機械族専用の融合カード。僕は手札のユーフォロイドと、アニキの場のテンペスターを融合!!」

 

 思えば、このデュエルアニキはずっと僕のサポートをしてきてくれた。アニキは僕がちゃんと立って歩けるように、僕のために戦ってくれたんだ。

 そして、迷宮兄弟。ありがとう。僕達を侮らずに、全力できてくれたから、僕達はこんな楽しいデュエルができたんだ。

 

 勝っても負けても悔いなんてない。だから、この1撃に全部込める!

 

「ユーフォロイド・ファイターを召喚!!」

 

 テンペスターがユーフォロイドに乗っただけに見える。でもその力は2つの力の融合だ。

 

「ユーフォロイド・ファイターの攻撃力は、融合素材にしたモンスターの攻撃力の合計となる」

 

 テンペスターの2800に、ユーフォロイドの1200の攻撃力が合わさる。総合して、4000ポイントだ。

 

「だ、だがダーク・ガーディアンは戦闘では破壊されない」

 

「でもダメージは通る! パワーボンドの効果により、このカードで特殊召喚したモンスターの攻撃力は2倍になる!!」

 

 アニキが体を張って伝えてくれた。戦闘で破壊できなくても、ダメージは通るって。アニキは僕を信頼してあんなことをしていたんだ。だから、僕もそれに応える!

 

 2倍になったユーフォロイド・ファイターの攻撃力は……

 

「は、8000だとぉ!?」

 

 迷宮兄弟のライフは残り3500! これで決まりだ!!

 

「ユーフォロイド・ファイターで攻撃!! フォーチュン・テンペスト!!」

 

 大きな竜巻が、ダーク・ガーディアンを貫いていく。その大きさは、その程度の障害をものともしないように、迷宮兄弟をも貫いていった。

 

 これで、僕たちの勝ちだ!!

 

 迷宮兄弟のライフポイントが0になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side橘舞花―

 

「や、やったー!!」

 

 翔くんが放った最後の1撃が勝敗を決する。迷宮兄弟さんのライフが0を刻み、十代くんと翔くんの勝利を告げる。

 

 よかった~。これで2人ともまた一緒にいられるよ~

 

 嬉しくて、すぐさま二人の所まで駆けて行った。

 段を降りていって、中央の2人のところまで降りていく。ついたときには、十代くんがいつものようにガッチャってやってた。

 

「おめでと~二人とも」

 

「うん!」

 

「おう!」

 

 賞賛の言葉に、二人は嬉々とした返事を返す。本当によかったよ~。

 

 安堵感が体を支配して、ほんの僅かに脱力する。でも、抜ききらないでその場に立ち止まった。

 

「あ、舞花サンキュー。お前の応援よく聞こえたぜ」

 

「え……よ、よかった~」

 

 聞こえるくらいの大きな声を張り上げていた自分が少し恥ずかしい。

 

「お前の応援は、いつも元気が出るんだ。本当にありがとな!」

 

 十代くんの言葉に、心臓がドキッとなる。十代くんは、私の応援で元気になるって……

 嬉しくてすこしはにかむ。心がドキドキ言っている。

 

 十代くんは私の方に手をのばす。タッチかな? 握手かな?

 

 私はわからなかった。だって……

 

 ――パシィン

 

 はたく音が、場内に響く。それは、私が十代くんの手をはたきおとした音

 

 え? 私今何をしたの?

 

 私がした行動に、1番驚いていたのは私。でも、驚いていたのはその場にいたみんなだ。私も、みんなも時が止まったかのように硬直する。

 静寂が少しの間流れる。1番早く開口したのは、私だった。

 

「ご、ごめんね!」

 

 分からなかった。分かっていた。

 私がした行動に自分で結論を出しながら頭の仲でぐるぐる変える。何でこんなことをしたの? どうして私は……

 

 その場から走り去る。その私の脳内に、1つの言葉が浮かぶ。

 

 ――怖かった



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苛立ちと逃亡

 今までは、心地よい温かさを感じていた

 

 その温もりをくれるあいつは、いつも隣にいてくれて

 

 辛いときも、どんな時でも

 

 俺に力をくれたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつが翔を追いかけていったとき、何故だか言いようのない苛立ちを感じた。

 本来は兄貴分である俺があいつを元気付けに行かなきゃなんないのに、どうしてか足が動かず、その場で止まってしまった。

 しょうがないから明日香に、翔のお兄さんのことなんかを聞いて、翔じゃなくてそのお兄さんであるカイザーって奴に聞きに行くことにした。

 何でだろうな? ほんとは俺もすぐに翔を追いかけて、翔から聞けばいいことなのに。

 

 舞花が翔を追いかけていったから

 

 

 どうしてこんなに寂しくて、不安で、苛々させられてるんだよ

 

 

 

 思えば万丈目のことがあった時、少しの間舞花が部屋に閉じこもったときも同じようなものを感じていた。ただ、あの時と違うのは苛々していることくらい。

 

 あぁもう! ほんっとに訳わかんねえ!!

 

 それで俺は結局カイザーを探しに行って。ようやく見つけたと思ったらそこには舞花と翔がいた。

 俺は気にせずデュエルを申し込もうとした。そうしたら、舞花のその日結んでいなかった髪がふわっと広がった。

 

 ―――十代くんとデュエルしてください

 

 俺が言おうとしていたことを先に言われて少しびびった。俺の考えていることが分かったんじゃないかって。

 そう考えたら何故か少し嬉しくなって、何だか照れていた。悪くない、心地いい感情を感じていた。

 

 でも、違った

 

 舞花の顔を見てみたら、俺に何かを伝えようとしていた。多分、あいつにはあいつの考えがあったんだ。翔のために、何かを、考えて、いたんだ。

 それが分かったら、今度は胸が苦しくなって呼吸が少し乱れた。苛々が再発して、自分でも訳も分からず一瞬だけ翔を睨んだ。

 でも何故か、舞花の願いを叶えてやりたいと思って俺はデュエルしたんだ。

 

 

 

 デュエル中に聞く、舞花の声援は、いつも心に届いて

 

 嬉しくて、デュエルがもっと楽しくなって、それでいつも力が入って

 

 

 

 他の誰かの応援じゃ、こうはならないんだ。だから、迷宮兄弟とのデュエルが終わったあと、俺は舞花にお礼を言ったんだ。

 いつかの暖かい手の温もりを、もう1度だけ感じたくて、手を出した。でも、そうしたら、なぜかあいつはその手を弾いた

 

 

 今までされたことの無い拒絶を受けて、硬直して、そして、心が痛くて

 

 

 

 それでもまだ、あいつと一緒にいたいって思えて、

 

 差し出した手を、そのまま宙にぶらさげたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつでもあの人の隣にいたいと思っていた

 

 でもその場所は、幸せであると同時に苦しくて

 

 苦しいと同時に胸が痛くて

 

 ほんの少しだけ、後ろを歩こうと思ったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、廃寮から帰ってきた後から、少しずつ私は距離をとり始めていた。

 

 いつもなら、校長先生の下に行かずに十代くんの下へ向かうのに

 

 どこかで自分の行動に違和感を感じていて、でも自分の行動に納得もしていた。

 

 

 1番に、なれるなんて、思えなかったから

 

 

 私は顔も可愛くなくて、背も低くて、スタイルも良くなくて、明日香ちゃんよりもデュエルが弱いから

 

 

 そして明日香ちゃんはきっと、十代くんを気にし始めていて、

 

 

 私を、全てにおいて、上回っていて、ミス・デュエルアカデミア、でもある、明日香ちゃんが、いて

もうきっと、私は、十代くんの、1番に、なれる、なんて、思えなかった、から

 

 

 怖かったんだ。これ以上好きになることが

 

 

 

 胸が締め付けられるように痛くて、心が張り裂けそうなくらいに苦しくて

 

 日が経つ毎に、好きが増す毎に、痛みも苦しみも大きくなっていって

 

 

 

 辛くて、今にも全部壊れてしまいそうで、

 

 私は、差し出された手を、弾いていた

 

 

 

 そのことは後で謝って、十代くんは許してくれた。

 そして、私はある決意をした。

 

 

 もう、この胸の内を、ずっと中に秘め続けて

 

 隣じゃなくて、少しずれた場所の、彼の笑顔が見れる場所に行って

 

 

 私は、逃げ出すことを決めたんだ

 

 

 



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10-turn 魂(デッキ)に込める40の想い(カード)

「え、武藤遊戯さんのデッキ?」

 

 購買でなにやら人がたくさん並んでいた。一体なにがあったのだろうと思っていると、前に並んでいた明日香ちゃん達に教えてもらった。

 なんでも、明日からデュエルキング武藤遊戯さんのコピーデッキがデュエルアカデミアで展示されるらしい。それを朝1番で見れる整理券を手に入れるためにみんな並んでいるそうだ。

 

「私もっ!私も見たいっ!!」

 

 武藤遊戯さんのデッキといえば、私と同じエースモンスター、ブラック・マジシャンが入っている。デュエルキングである武藤遊戯さんは、それをどう活かすようにデッキを組んでいるのかすごく気になる。

 そうでなくても、デュエルキングのデッキなんて見てみたいに決まってる。

 

「そう言うと思ってわよ。ちゃんとあんたの場所もとってあるわ」

 

「わ~。ありがとうっ!」

 

 ジュンコちゃんが後ろに空けておいたスペースに並ぶ。そのまま数分後、私たちも整理券を貰った。

 そのまま帰ろうとしたら、なにやら配っている場所で騒ぎが起きている。私たちはなんだろうと思ってその場所を覗いてみた。

 

「これはボクがもらうんだ!」

 

「1人で2枚なんてずるいだろ! これは俺のだ!」

 

 よく見たことのある1人と、知らない誰かが1枚の整理券を巡って争っていた。野次馬が集まっている場所を抜け、トメさんに事情を聞くことに。

 

「ああ、翔君がね、2枚貰って行こうとしたら、そこで整理券が終わっちゃったんだよ。それで1人で2枚もらっていくなんてずるいって後ろの子が文句を言ってねえ」

 

 それでこうなっちゃったんだ……。翔くんのことだから2枚目は十代くんの分なんだろうな。

 とりあえず言い争いをしている2人を止めるのは多分無理だ。だってあの武藤遊戯さんのデッキを見れるか見れないかだもん! そんなの譲れるはず無いよね。

 

「じゃ~あ、2人ともデュエルで決めたらどうでしょう?」

 

 争ってる2人の真ん中に入って、そう提案する。なにせここはデュエルアカデミアなのだから。

 

「よしっ! デュエルなら受けて立つッス!」

 

「良いだろう! 望むところナノーネ!」

 

「な、なのーね?」

 

 翔くんと争っていたイエローの男子の言葉に少し疑問を感じたものの、2人は特に気にせずデュエルを開始した。

 

「まったく。騒ぎを大きくしてどうすんのよ?」

 

 ジュンコちゃんが呆れたように言う。

 

「う~ん、でも2人とも争ったままなのもよくないよ? デュエルをすれば楽しいもん」

 

「そういう問題なんですのね……」

 

「舞花らしくて良いじゃない」

 

 3人ともうんうん、と納得する。私らしいって……?

 

 などと言っている間に2人のデュエルは進んでいた。イエロー男子のターンで、リバースカードは2枚でモンスターは無し。翔くんの場にはジェットロイドのみ。

 

「おいおい、一体何の騒ぎだ?」

 

 人ごみを掻き分けて、赤の制服を着た見慣れた顔が現れる。十代くんだ。

 

「えっとね。明日、武藤遊戯さんのデッキが公開されるんだ。それで、朝1番で見れる整理券を巡ってデュエルしてるんだよ~」

 

 十代くんの顔を見ないまま現状を説明する。

 

「おおっ! 遊戯さんのデッキが見れるのかー。って、あれ? その朝1番の整理券を巡って争ってるってことは……」

 

「そう。これが最後の1枚だよ」

 

 トメさんがひらひらと手にもっている整理券を見せた。

 

「えーっ! それじゃ俺見れないじゃんか!」

 

「だいじょうぶだよ」

 

 私は目線で翔くんの方を見るように促す。それに気づいて翔くんはデュエルディスクのついた手を掲げた。

 

「あ、アニキー! アニキの分はこのデュエルに買ってゲットするよ」

 

「え? じゃあ賭けてるのって俺の分なのか?」

 

「うん。翔くんが2枚持って行こうとしたから争いになっちゃったんだ」

 

 いつも通りに振る舞いながら、いつもと同じトーンの声を出しながら、この現状を説明し切る。翔くんがちゃんと十代くんのことを思っているんだってことをちゃんと伝えた。

 

「もういいですーカ? デュエルを再開するノーネ。手札から、魔法カード大嵐を発動! そして俺の伏せたカードは黄金の邪神像。よって邪神トークンを2体召喚し、この2体を生贄に、古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を召喚するノーネ!!」

 

「うお……なんかデジャブ」

 

 まさにそのまま。入学試験の十代くんとクロノス先生のデュエルの時の、先生の古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)の出し方だ。

 あの時と同様に、機械で出来た巨人がその圧倒的な攻撃力を背景に、高みから翔くんを威圧する。

 

「バトル! 古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)でジェットロイドを攻撃! アルティメットパウンド!!」

 

「ジェットロイドの効果発動! このカードが攻撃される時、手札から罠カードを発動することができる! 手札から魔法の筒(マジック・シリンダー)を発動!!」

 

 古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)が発射した拳が、ジェットロイドの目の前に現れた2つの筒の片方に吸い込まれる。そして、もう1つの筒からその拳は現れ、一直線にイエローの男子に向かって飛んだ。

 

「な、なにいいいい!!」

 

 魔法の筒による攻撃力分のバーンダメージ。3000の力は彼のライフポイントを一気に削り取った。

 勝敗が決した。翔くんが勝ち、イエロー男子は膝をついた。

 

「やったー、僕の勝ちだね。それじゃこれは僕がもらっていくよ」

 

 トメさんの手にあった最後の整理券を受け取り、十代くんに手渡す。十代くんは、今の翔くんのデュエルを褒めているようだ。

 二人が笑顔で今のデュエルの内容や、遊戯さんのデッキについて話している。

 私は明日香ちゃんの腕を引っ張って、そろそろ行こうと意思を示した。

 

「? 十代達と話していかないでいいの?」

 

 明日香ちゃんが不思議そうな目で私を見る。私は弱く首を横に振った。

 

「うん……。そろそろ晩ご飯の時間だよ。早く行こう」

 

 何も言わずに、3人とも一緒に寮に戻ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になった。

 晩ご飯は既に食べ終えて、寝る前の時間。私の頭は明日の朝に展示される武藤遊戯さんのデッキでいっぱいだった。

 

 どんなデッキなんだろ~?

 

 私と同じブラック・マジシャンを操る伝説のデュエリスト。きっと私なんかじゃ思いもよらないようなブラック・マジシャンの使い方があるんだろう。そう思うとワクワクして、早く見たい、早く見たいと気持ちが逸る。そわそわして今夜は眠れないかもしれないな~。

 

 目が冴えているので、自分のデッキを机の上に広げた。ジュニアのカードが私の方を見ている。

 

「だいじょうぶ、だよ」

 

 たとえ遊戯さんのデッキには及んでいなくても、あなたたちは私が組み上げた大切なデッキだから。

 

「だから、だいじょうぶ」

 

 私の込めた40の想いは、決して遊戯さんにだって劣っていないから。ジュニアがクスリと笑っている気がした。

 

 ――コンコン

 

 ふいに、扉が叩かれる音がした。誰かなと思って扉を開けると、明日香ちゃん、ジュンコちゃん、ももえちゃんの3人が並んでいる。さっきお風呂に入ったのに3人とも制服を着ていた。

 

「どうしたの~?」

 

「武藤遊戯さんのデッキを見に行くわよ!」

 

 勢い良くジュンコちゃんが答えた。? あれ、武藤遊戯さんのデッキを見に行くって?

 

「明日の朝公開されるということは、今夜の内に展示されるということですわ。というわけで、今から見に行くんですの」

 

「へ~……って、え? それっていいの?」

 

 一応校則違反になっちゃうんじゃないかな?

 

「あなたもでしょうけど……私たちもうずうずして明日が待ちきれないのよ。だから、早く見に行きたいのよ」

 

 あの真面目な明日香ちゃんにしては珍しい発言だ。そして他の2人も同じ気持ちだということが伺える。

 

 言うとおり私だって待ち遠しかった。だからこの提案は私も賛成だ。

 

「うんっ! 早く見に行こうよ!」

 

 私たちは校舎の方に向かっていった。

 

 夜の暗い道には電灯もほとんど灯っていない。学校だけあって、消灯時間が過ぎればもう明かりは点けない。というよりも外出してはいけないから点ける理由が無いだけなのだけど。

 

 薄暗い校舎は正直薄気味悪かったけど、早くデッキを見たい気持ちが勝って足早に廊下を通り過ぎた。ようやく展示会場の前まで着いた。

 

「う~、ワクワクするねっ」

 

「今回ばっかりは舞花に同意だわ」

 

 ジュンコちゃんが頷く。他の2人も同様にこくりと首を縦に振った。それと同時に、廊下の奥から足音が聞こえてくる。タタタッ、タタタッと駆け足がこちらに近づいてくる。それも、その音は廊下の両側から、逃げ道を塞いでいるかのように。

 

「わわわわわわわ……。あ、明日香ちゃん……」

 

 冷たい空気が体をさらっと撫で、ふるふると体が震える。私は明日香ちゃんの服の裾をぎゅっとつかんだ。

 ジュンコちゃんとももえちゃんも両手をつないで何かがくるのに備えてしまう。明日香ちゃんだけが唯一、まっすぐに何かが来る方を見つめていた。

 

「……!! 十代!?」

 

「あれ、明日香に舞花? それにそっちから来てるのは三沢か?」

 

「ほぇ?」

 

 つかんでいた手を離して左右を見回す。暗い廊下を走ってきたのは、片方から十代くん、翔くん、隼人くん。そしてもう片方からは三沢くんだった。

 

「ど、どうしたの~? みんなまでこんなところに……」

 

 と、言ってはみたものの、どうしてかなんて分かりきっていた。この時間にこんなところに来る理由なんて1つしか無いのだから。

 

「明日まで待ちきれなかったのさ」

 

 なぜか三沢くんが率先して答えた。

 

「なんだよ? みんな考えることは同じか」

 

「そうみたいだね~」

 

「というか本気で怖かったですわ……」

 

 クスっとみんなで笑いあって少しだけ和んだ。

 

「マンマミーヤ!!」

 

「え?」

 

 扉の中から、大きな叫び声が外に向かって響いた。私が反応するときにはもう、みんなが扉を開けて中の様子を伺っていた。

 

「クロノス教諭!?」

 

 少し遅れて、私も中の様子を見る。中ではクロノス先生が尻餅を付いていた。

 

「ガラスケースが割れてるわ!」

 

「キングのデッキが無いんだな!」

 

「まさかクロノス先生が!?」

 

 そう、クロノス先生の目の前にあるガラスケースが割れ、そこに置いてあっただろう遊戯さんのデッキが無くなっていた。

 

「早くみんなに知らせようぜ!」

 

「うんっ!」

 

「よし!」

 

「わかったわ!」

 

「ちょっと待ツーノ!」

 

 急いで出ていこうとした私たちをクロノス先生が必死で止める。

 

「事が公になったら、私が責任取らされるノーネ」

 

「だったら早く!」

 

「そうですよ~、もし校長先生に知られたら……」

 

「もしかしなくても免職ですわ」

 

「違うノーネ! 私じゃ無いノーネ!!」

 

 必死になっているクロノス先生に、みんなが疑問符を浮かべている。だって、みんなわかってるもんね。

 

「んなこと最初からわかってるよ」

 

「クロノス教諭が犯人なら、ガラスケースを壊す必要がないわ」

 

 明日香ちゃんと十代くんの擁護を受けて、クロノス先生は自分の懐を漁る。

 

「そうなノーネ。ガラスケースの鍵、あるノーネ……」

 

「まだ時間はたってない! みんなで犯人を見つけ出すんだ!」

 

「「「「「「「うん!」」」」」」」

 

 みんなが一斉に散り散りになってその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い海の近く。閑散としたその場所には唯一、波の音が響きわたっていた。

 私と明日香ちゃん、ジュンコちゃんにももえちゃんはその辺りを中心に捜索していた。

 

「うわああああ!!」

 

 走り回っている最中、波のザバーという音に紛れながら誰かの悲鳴が聞こえた。

 

 この声は……翔くん?

 

「みんなっ!」

 

「ええ、行くわよ!」

 

 コクン、とみんな頷くと、声の聞こえた方に走っていった。

 数十メートル、海のそばの岩場を走ったところで、膝をついた翔くんを発見する。腕にはデュエルディスクが装着されていた。

 

 ひょっとして、デュエルしてたの?

 

 暗くてよく見えなかったっけど、翔くんの対面に誰かの影が。雲がはれ、夜空に浮かんだ月がその場を淡く照らす。差し込まれた光が映し出したその影は、昼間に翔くんと明日の整理券を争ったイエローの男子だった。

 

「神楽坂君!?」

 

 明日香ちゃんがその名を呼ぶ。イエローの男の子の名前は神楽坂くんと言うらしい。その神楽坂くんがデュエルディスクを腕に付けて興奮していた。

 

「はははっ! これがデュエルキングのデッキ。これが最強のデッキの力! 俺はもう、誰にも負けない!!」

 

「あなたが……遊戯さんのデッキを盗んだんですか?」

 

 一歩前に躍り出る。神楽坂くんは私に目線を合わせた。

 

「ああ、そのとおりだ! そして俺は今! 最強のデュエリストになったんだ!!」

 

 ズキン、と心に痛みが走る。最強のデュエリストなんて……『最強のデッキ』なんて、そんなの幻想に過ぎないのに。

 

「神楽坂くん。どうして盗んだりなんてするの? 神楽坂くんのデッキは……今まで使ってきたデッキはどうするの!?」

 

「無駄よ、舞花。神楽坂君は記憶力が良すぎて、作るデッキが強い誰かのデッキに似てしまうの。言ってみれば、彼の作るデッキは全部コピーデッキ。だから、いつもあなたが言うような思い入れのあるカードなんて彼には存在しないわ」

 

「そんな……」

 

 デッキへの想い。それはデュエリストがデッキを組む上で、きっと1番重要なことなのに。

 

「もっとも、そういうデッキを使っているのが原因で、どこかで弱点をつかれていつも負けているのだけど」

 

 トクン、と心が跳ねる。私が今何をするか、誰かが語りかけているような気がした。

 

「翔くん、ディスク貸してくれないかな~?」

 

 いそいそと翔くんはデュエルディスクを外して私に渡す。私はそのディスク腕に装着した。

 

「デュエルしよう」

 

 デッキケースから取り出したデッキを、シャッフルして自分のディスクへと差し込む。ディスクはデュエルをすることを認識して、展開した。

 

「橘舞花……。俺と同じくブラック・マジシャンを操るデュエリストか。いいぜ! だが、俺のブラック・マジシャンについてこれるかな?」

 

 神楽坂くんもディスクを展開する。デュエル開始だ!

 

「「デュエル!!」」

 

 先行は私。勢い良くカードを引き抜いた。

 

「私はマジシャンズ・ヴァルキリアを召喚するよ。カードを1枚伏せて、ターン終了」

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600

 

 

 定石と呼べる1ターン目の展開。でも悪く言えば凡庸。神楽坂くんは遊戯さんのデッキなんだ。これくらい、簡単に破ってくるかもしれない。

 

「俺のターン、ドロー! 手札から魔法カード融合を発動! 手札の幻獣王ガゼルとバフォメットを融合し、有翼幻獣キマイラを特殊召喚!」

 

 まるで十代くんのような引き。1ターン目から融合素材を揃え、なおかつ融合を引き込んだ。場に現れた幻獣は、2つの首をこちらに向けて威嚇する。

 

 

有翼幻獣キマイラ

ATK2100

 

 

「この瞬間、罠カード発動!」

 

「ちっ、召喚妨害の罠か!?」

 

 私が開いた伏せカードは、もちろんそんなカードじゃない。

 

「誘発召喚! 相手がモンスターを特殊召喚したとき、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚するよ!」

 

 このデュエル、私と相手のエースは同じ。なら、先に出したほうが有利になる。

 そのために、お願いだよ!

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 私の頼れる小さな魔術師、ジュニアがフィールドに現れた。

 

 

ジュニア・ブラック・マジシャン

ATK1000

 

 

「驚かせやがって。まあいい、バトルだ! 有翼幻獣キマイラで、マジシャンズ・ヴァルキリアを攻撃!!」

 

「あれ? どうしてジュニアを攻撃しないんだろ?」

 

 神楽坂くんの宣言に翔くんが首を傾げた。でも、それって当たり前のことなんだけど……

 

「マジシャンズ・ヴァルキリアの効果だ。マジシャンズ・ヴァルキリアが表側表示で存在する限り、相手は他の魔法使い族に攻撃することができない」

 

「へー……って、三沢君いたの?」

 

「いたんだ!」

 

 正直私も気づいていませんでした。後ろのギャラリーを振り返ると、いつのまにか三沢くん、隼人くん、そして十代くんが合流していた。

 

 っと、そんなことをしている間にも攻撃は続いており、マジシャンズ・ヴァルキリアは破壊されていた。

 

 

舞花

LP4000→3500

 

 

 でもジュニアは残った。これで次のターンには……

 

「メインフェイズ2だ。手札から魔法カード、死者転生を発動! 手札1枚を墓地に送り、墓地のモンスターを1体手札に加える。俺は幻獣王ガゼルを手札に戻し、守備表示で召喚する。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

幻獣王ガゼル

DEF1200

 

 

 フィールドには2体の幻獣。かたや攻撃力2100、かたや守備モンスター。

 

 このプレイング、おかしい。

 

「なんだ? ミスか?」

 

 死者転生があったのならガゼルを召喚して2体で攻撃すれば良い。そうすれば私の場にはモンスターが居なくなり、相手は厄介なジュニアを倒せたはず。

 これがミスならいいけど、場には1枚の伏せカード。何を企んでいるんだろう?

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ブラック・マジシャン。来てくれた。でも相手の出方がわからない。様子を見る? ううん

 

「行くよ! 私はジュニアを生贄に捧げ」

 

 ここで様子を見るのは戦略的にはアリだ。でもそんなのは私のデュエルじゃないよ!

 全力で、私は私の1番大好きなカードを使って戦う! それが私のデュエルだから。

 

 フィールドのジュニアがコクン、と頷く。飛び上がり、その体は光となって私の持つカードに集約する。

 

 さあ、行くよ!

 

「最後まで……私と共にっ! 来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 フィールドに降り立つ、私の1番大好きなカード。ブラック・マジシャンはジュニアの力をもらって魔力を高めている。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→3500

 

 

「ハハハ……かかったな! 罠カード発動、黒魔族復活の棺!!」

 

 ブラック・マジシャンの召喚タイミング。さっき、私がキマイラにたいして発動したように、神楽坂くんも罠カードを発動する。違うのは私は相手に干渉するカードじゃなく、あっちは紛れも無く除去カードだということ。

 

 そうか! 黒魔族復活の棺!

 

 私が気づいた時には既に、私のブラック・マジシャンと幻獣王ガゼルが棺に取り込まれていた。

 

「黒魔族復活の棺は相手がモンスターを召喚したときに発動することができる。召喚したモンスターと、俺の場のモンスター1体を生贄に捧げ、墓地から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!」

 

「馬鹿な! あいつの墓地にいるのは、バフォメットだけだろ!?」

 

 十代くんの叫び声が聞こえる。でも、それはハズレだよ。あったんだ、墓地に魔法使いを送るタイミングが。

 

「死者転生の時だよね?」

 

「その通りだ!」

 

 完全に狙い撃ちに来ていたんだ。なぜジュニアを倒しに来なかったのか。ガゼルをわざわざ回収して召喚したのか、一気に1本の線に繋がる。

 

「お前のブラック・マジシャンは厄介だからな。早いうちに潰しておきたかったのさ。そして、墓地より蘇れ! 『俺の』ブラック・マジシャン!!」

 

 二つの魂を喰らった棺から現れたのは、私のと同じ姿をした黒魔術師。そして、それはデュエルキングと共に戦った誇り高き魂の姿。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500

 

 

「やはり、まだまだだったな。お前じゃ俺のブラック・マジシャンにはついてこれないみたいだぜ?」

 

「……魔法カード、死の床からの目覚めを発動するよ。相手はカードを1枚ドローし、私は墓地のモンスター1体を手札に戻す。墓地からブラック・マジシャンを手札に!」

 

 私が回収したカードをみて、神楽坂くんは顔を歪めながら1枚ドローする。私はブラック・マジシャンのカードを、大切に胸に抱いた。

 

「ついて行くとか、ついて行けないとか、そんなのは関係ないよ。私は私の1番大好きなカードを使うだけ。カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」

 

 失策だった? ううん、そんなことはない。

 ブラック・マジシャンは遊戯さんのデッキのエースだ。それと私のエースが戦うほうが、とっても楽しいから。

 でもブラック・マジシャンにキマイラ。流れは完全にあっちだ。でも、まだ戦える。

 

 手札に戻したブラック・マジシャンのカード。でも、またすぐにフィールドに戻してあげる。

 

「ちっ、俺のターンだ! バトル! キマイラで、プレイヤーにダイレクトアタック!!」

 

 双頭の幻獣が私に向かって猛ダッシュ。慌てず焦らず、私は伏せカードを表にする。

 

「リバースカードオープン! 罠カード、黒魔術の報復を発動! 相手が攻撃宣言した瞬間に、墓地の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚するよ。戻ってきて! ジュニア!!」

 

 再びフィールドに舞い戻るジュニア。キマイラが一瞬止まった後、今度はジュニアに向かって突進し始める。

 

「さらに永続罠、血の代償を発動! 500ポイントライフを支払って、このタイミングで通常召喚を行うことができる!!」

 

「通常召喚……まさか!!」

 

 何度だって、私はフィールドに戻す。このカードと戦うことが私のデュエルだから!

 

「ごめんね、ジュニア。もう一回ジュニアを生贄に、もう1度! 来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 相対する私のブラック・マジシャンと遊戯さんのデッキのブラック・マジシャン。お互いに杖を向け合い、戦う意思を見せあった。

 

 

舞花

LP3500→3000

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→3500

 

 

「くそっ! 攻撃中止だ。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー! バトル! ブラック・マジシャンで、ブラック・マジシャンを攻撃! ブラック・マジック!!」

 

 遂に行われる、ブラック・マジシャン同士の戦い。しかし、攻撃力は私のブラック・マジシャンの方が上。

 私のブラック・マジシャンが放った魔力の塊が、一直線にむこうのブラック・マジシャンに向かう。

 

「甘い! リバースカードオープン、シフトチェンジ!!」

 

 むこうのブラック・マジシャンの姿がふっと消え、その場所にキマイラが現れる。ブラック・マジックがキマイラを襲い、キマイラは断末魔をあげて破壊された。

 

 

神楽坂

LP4000→2500

 

 

「どうしてキマイラが?」

 

「シフトチェンジの効果で、攻撃対象になったモンスターを入れ替えたのよ」

 

 少し焦る。シフトチェンジは予想していなかった。キマイラは破壊されても特殊効果で1体モンスターを場に残されてしまう。

 

「キマイラの効果発動! このカードが破壊されたとき、墓地からバフォメットかガゼルを特殊召喚することができる。蘇れ、バフォメット!!」

 

 

バフォメット

DEF1800

 

 

 予想通りバフォメットが場に残される。モンスターの数を減らせなかった。

 

「さすが遊戯さんのデッキだね~。上手く攻めいる隙がほとんどないよ」

 

 ワクワクしてる。思っていたよりもそのデッキを使いこなすことのできる神楽坂くんとのデュエル。

惜しむらくは、やっぱり使っているのが神楽坂くんであって遊戯さんじゃないってことかな?

 

「当たり前だ。これは最強のデッキだぜ!」

 

「ちがうよ」

 

 周りにいるみんなが、私の否定に驚く。

 あたりまえだよね。だって、デュエルキングのデッキを最強のデッキじゃないって言ったんだから。

 

「なにが違う? デュエルキングのデッキ……これこそが最強のデッキだろ!」

 

「ううん、そうじゃないよ。それはただの強いデッキでしかない。そのデッキが最強となったのは、あくまで武藤遊戯さんが使っていたからだよ」

 

「ふ、何を言い出すかと思えばそんなことか。俺は武藤遊戯のこのデッキも、プレイングも、なにもかもを研究し尽くしている。俺はデュエルキングのデュエルを完璧に再現できるんだ! 現に、このデュエルで、俺はお前に主導権を1度も渡していない! 俺が圧倒している」

 

「ちがうよ。遊戯さんとはちがう。だってそのデッキは、神楽坂くんが組んだデッキじゃないんだから」

 

 心や感情。もちろんそれも大事だけど、他人の組んだデッキを使うっていうのはもっと別の、理屈的にダメなんだ。

 

「ちっ、意味不明なことを。まあいい、俺が勝つんだからな。俺のターン、ドロー!」

 

 場にいるのはバフォメットとブラック・マジシャン。私のブラック・マジシャンに攻撃力で適わなくても、簡単にこの状況を打開するカードを引いてくるはずだ。

 

「バフォメットを生贄に捧げ、来い! ブラック・マジシャン・ガール!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール

 ブラック・マジシャンの弟子で、世界に1枚しかない伝説とまで言われているカードだ。その可愛らしい姿に油断したら、師弟の連携で一気にやられてしまうだろう。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000

 

 

「すごいね~。ブラック・マジシャン・ガール、私初めて見たよ~」

 

 世界に1枚しかない、武藤遊戯さんのデッキにしかないカード。ブラック・マジシャンを使っている身としては喉から手が出るほど欲しいカードだ。

 

「頑張れー、ブラック・マジシャン・ガール!!」

 

「あんたはどっちの味方してんのよ!!」

 

 後ろで翔くんがあからさまに神楽坂くんの応援をし始めたけど気にしない。

 

 とにかく、ここで攻撃力で劣るブラック・マジシャン・ガールを出して来たということは、何かあるはず。

 神楽坂くんは動いた。

 

「手札から、魔法カード黒・魔・導・双・弾(ブラック・ツイン・バースト)を発動! 場のブラック・マジシャン師弟は、攻撃力を合わせて合体攻撃をするぜ! バトル! ブラック・マジシャンを攻撃しろ! ブラック・ツイン・バースト!!」

 

 

ブラック・マジシャン&ブラック・マジシャン・ガール

ATK4500

 

 

 ブラック・マジシャンの師弟は、かの青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)並みの攻撃力で私のブラック・マジシャンに連携攻撃を仕掛けてくる。

 二人分の魔力を、私のブラック・マジシャンは受け止めた。

 

「墓地のジュニア・ブラック・マジシャンの効果発動! 墓地のこのカードを除外し、場のブラック・マジシャンの攻撃力を1000ポイント下げることで、1度だけ戦闘での破壊を免れる!」

 

 魔力が晴れた後も、私のブラック・マジシャンはその場に留まっていた。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK3500→2500

 

舞花

LP3000→1000

 

 

「ターンエンドだ!!」

 

 倒せなかった事が悔しそう。わかってるんだよね。このデュエルの勝利条件を。

 

「このデュエル、ライフポイントは重要じゃないわ」

 

「ああ。このデュエル、ブラック・マジシャンを倒した方が勝つ!」

 

 そうだ。私のブラック・マジシャンか、遊戯さんのブラック・マジシャンか。どちらが最後まで立っているかで勝負が決まる!

 

「私のターン、ドロー! バトル! ブラック・マジシャン・ガールを攻撃!!」

 

 引いた手札じゃ、ブラック・マジシャンを倒せない。同攻撃力での相打ちが関の山だ。今は無防備なブラック・マジシャン・ガールを攻撃する。

 

 

神楽坂

LP2500→2000

 

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 私の場はブラック・マジシャンと2枚の伏せカード。神楽坂くんはブラック・マジシャンのみ。

 このターンを耐えることが、私の勝負だ!

 

「ああ、ブラック・マジシャン・ガールが……」

 

 ごめんね翔くん。

 

「俺のターン、ドロー! 強欲な壺を発動! デッキからカードを2枚ドローする」

 

 ここで強欲な壺!? でも、そうじゃないと面白くないよ!

 

 場と手札、これでお互いに使えるカードの量は同じ。このターンを耐えれば、私の勝利はすぐそこだ。

 

「これでどうだ!? 手札から魔法カード、千本ナイフを発動!!」

 

「待って、神楽坂くん!!」

 

 その魔法カードが発動される前に、私は神楽坂くんを止める。

 

「なんだ? 怖気付いたのか?」

 

 いや、そうじゃなくて。

 

「『センボンナイフ』じゃなくて『サウザンドナイフ』って読むんだけど……」

 

 ひゅーって、夜風の吹く音が聞こえた。

 

「……『サウザンドナイフ』を発動! ブラック・マジシャンが俺の場にいるとき、相手モンスター1体を破壊する!」

 

「言い直したっすね」

 

「言い直したんだな」

 

「言い直しましたわ」

 

「言い直したわね」

 

「お前ら黙れ!!」

 

 そんなことしている間に無数の(多分千本の)ナイフが私のブラック・マジシャンに向かう。

 

「破壊されたら舞花の負けだ!」

 

 しかし、ナイフは私のブラック・マジシャンの体を通り過ぎる。

 

「すり抜けた……?」

 

「カウンター罠、闇の幻影の効果だよ」

 

 闇の幻影は闇属性モンスターを対象にする、魔法、罠、モンスター効果を無効にするカード。

 ブラック・マジシャンの居た場所には、ブラック・マジシャンの幻がいただけであり、だからすり抜けてしまった。

 

「くっ、まだだ! ブラック・マジシャンで、ブラック・マジシャンを攻撃!!」

 

 さっきまでとは違う、同攻撃力でのブラック・マジシャン同士の戦い。お互いに向けあった杖の先から魔力を発する。

 同攻撃力。2体のブラック・マジシャンは打ちあった魔力を体に受け、お互いに相打たれた。

 

「死者蘇生!!」

「正統なる血統!!」

 

 破壊され、墓地に送られた2体の魔術師が、再びフィールドへ舞い戻る。

 

「何故だ!? 何故倒せない!?」

 

 黒魔族復活の棺、黒・魔・導・双・弾(ブラック・ツイン・バースト)、千本ナイフ、戦闘。神楽坂くんは私のブラック・マジシャンをあらゆる方法で倒そうとした。でも結果、私のブラック・マジシャンはまだ場に居続けている。

 

「何故だ!? 最強のデッキを使っている俺が! どうしてブラック・マジシャン1体倒せない!?」

 

「言ったよね、それは最強のデッキじゃないって。それはただの強いデッキなんだって」

 

「まだそんな戯言を……」

 

 その言葉に対して私はふるふると首を振る。

 

「わからないかな? デッキを組んだ本人以外がそれを使ってもダメなんだよ。デッキを組んでいないんだから」

 

「ちっ、さっきも言っただろ! 俺はキングのデュエルを完璧に再現できるように研究したと!!」

 

「それでデッキに入っているカードの使い方を一通り学んだって、デッキを本当に動かすことなんてできないんだよ」

 

 すう、と息を飲んだ。

 他人が組んだデッキを使うに当たって本当の意味では使いこなすことなんてできないことがある。それは

 

「デッキを組むとき、デュエリストは1枚1枚のカードに意味を持たせるんだ。このカードはこうしようって、あのカードはこの時にって。そうやって1枚1枚に想いを込めるんだ。作った人じゃない人間にはその膨大な量の想いを把握することなんてできないんだよ。例え表面上の使い方が分かったって、本当の使いこなし方はほかの人には理解できないんだよ」

 

 ただ強い人のデッキをコピーして、その回し方を仮に学んだとしても、そのデッキの本当の意味での使い方はやっぱり、本人にしかわからないんだ。

 だからコピーデッキの使い手は、嫌われるだけでなく上手く勝てない人が多いんだよ。

 

「神楽坂くん。神楽坂くんには、自分の1番大好きなカードは無いのかもしれない。でもね、初めてデッキを組んだ時のことを思い出してみてよ」

 

 ふっと、神楽坂くんが空を見上げる。いや、目を閉じて思い出しているのかもしれない。

 

「1枚1枚カードを見て、このカードは強いって思ったら入れてみて。たくさんあるカードの中から40枚を初めて選んだとき、神楽坂くんはどう感じたの?」

 

 私は……とってもワクワクした。たくさんのカードから選んだ私だけの40枚でデュエルをすることへの興奮が、ワクワクがあった。

 きっとあの時が1番、自分のこうしたいっていう想いが込もっていたと思う。

 

「強い人が使っているからそのカードを使う。強い人のカードの枚数がそうだから自分もそうする。あの時は、そんな風にデッキを組んでいた?」

 

 たとえそのデッキは自分で作ったと言い張っても、そこには自分の想いは入ってこない。そして、そのカード達への本当の理解もできない。

 

「デッキの全てを理解している。それが自分の40の想いを込めた最強のデッキだよ」

 

 私はただ、自分の1番好きなカードを使って戦うためのデッキを組んだ。でも、そのために他の39枚にも同じくらいの想いを込めている。

 デッキって、そういうものなんだって思うんだ。

 

「だったらっ! このデッキを破ってみろよ!」

 

「うんっ」

 

 神楽坂くんの挑発に、笑顔で応える。そっとデッキの上に手を置いて目を閉じた。

 

「……31分の10」

 

「何?」

 

 私のつぶやいた言葉に反応する。他のみんなも首を傾げていた。

 

「私のデッキの、攻撃力を増減する魔法・罠カードの数だよ。そして私は、このデュエル中まだ、1枚も攻守増減の魔法・罠カードを引いていないんだ」

 

 息を飲む。本来的には40分の10、つまり4分の1だ。初手に1枚以上あるべきだったんだ。でもそれをここまで引いていなかったということは、ここで引く確率はかなり大きい。

 

「私のターン……ドロー!」

 

 引き抜いたカード。そこには装備魔法を表す十字のアイコンが描かれていた。

 

「装備魔法、魔術の呪文書を発動するよ! これでブラック・マジシャンの攻撃力は700ポイントアップ! ブラック・マジック!!」

 

 4回目の、ブラック・マジシャン同士の対決。もうお互いにリバースカードも存在しない無防備な戦い。

 完全な数値勝負となったこの戦いは、700ポイントの差で、私のブラック・マジシャンが勝った。 

 

 

神楽坂

LP2000→1300

 

 

「ターンエンドだよ」

 

 ふらふらと、神楽坂くんは最後のドローのために手をかける。勢いも覇気も何も見えなかった。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 神楽坂くんは引いたカードを見たあと、その手から力を抜いた。

 

「ターンエンド」

 

 

 ――真にデッキを愛し、理解しているデュエリストは、次にどんなカードを引いても、その時の最高のプレイングをすることができる

 

 

 いつだったか、誰かが言っていた言葉が頭の中で響いた。

 

「私のターン、バトル! ブラック・マジシャンでプレイヤーにダイレクトアタック!!」

 

 終止符をうつ最後の魔法。ブラック・マジシャンがこのデュエルに終焉を告げた……

 

 

神楽坂

LP1300→0

 

 

 膝を付いている神楽坂くんに駆け寄って手を差しのべる。

 

「ごめんね」

 

「何を謝って……」

 

「本当はね、頭の中がぐちゃぐちゃしててさっきまで言ってたこと、あんまりまとまって無いんだ」

 

 口に手をあててクスリと笑って見せる。神楽坂くんは呆れているかな?

 

「いや、ちゃんと伝わっているさ」

 

 でも神楽坂くんはふふっと笑った。

 良かった。結構不安だったんだもん。

 

「1枚1枚に想いを込めろ、か。そうだな。強いデッキをただ作ろうとするのに夢中で、カードに込めるための自分の想いを見ていなかった気がする」

 

 ディスクからデッキを外して、私に差し出した。

 

「ありがとう。次は俺の気持ちを込めた、俺の最強のデッキで勝負したい。その時は、もう1度デュエルしてくれるか?」

 

「うんっ! また楽しくデュエルしようね!」

 

 私は笑っていた。笑顔をまっすぐに神楽坂くんに向けて。

 

「よし、じゃあその時のためにメールアドレスを……」

 

「やったなっ! 舞花!!」

 

 突然に、後ろから十代くんが背中を叩く。

 私を褒めてくれているんだ。

 いつもなら手放しで喜んでいるようなことなのに、私は手に持ったデッキをそのまま十代くんに手渡した。

 

「クロノス先生に渡しておいてね~」

 

「えっ……て、おい! 舞花!?」

 

 また顔を見ないままに、私は部屋まで戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団までダイブして、遅くなって削れてしまった睡眠時間を少しでも取るために目を閉じた。

 今日あった出来事が脳裏にフラッシュバックしている。

 

 想いを込める……

 

 今の私が言えたことだったのかな。

 想いを込めるということは、そのためにまず自分の想いと向き合わなければならない。

 

 私は今、自分の気持ちと向き合えているのかな?

 

 今日なんども十代くんに会ったのに、顔も見ようとしないですぐに離れていくの繰り返し。

 でも十代くんに話しかけられてだけで、ドキドキして幸せな気分になるのは変わらないで、それでもまた苦しくなるのを怖がって離れていく。

 

 私はどうしたいんだろう?

 

 デッキを組むように、本当にやりたいことを構築すればいいはずなのに、どうしてもそれができない。私は苦しまないようにこの気持ちを消し去りたいのか、それとも幸せになるために実らせたいのか。

 でも後者はどうしたってできないって分かっているから、前者を選ぼうとしている。でも、それができなくて、まだ話しかけられるだけでもふわふわと浮き上がっていくような気持ちになってしまって。

 

 分かってしまったんだ。幸せにならなくていいから、苦しまないようにするために苦しんでいる中で

 

 恋を諦めるってことは、恋を実らせるのと同じくらい、難しいことなんだって




今回の未OCG化カード

黒魔族復活の棺
通常罠
相手モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する
魔法使い族モンスター1体を選択して発動する事ができる。
自分フィールド上のモンスター1体と相手フィールド上のそのモンスター1体をリリースする。
その後、選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

死の床からの目覚め
通常魔法
相手はデッキからカードを1枚ドローする。
その後、自分の墓地に存在するモンスターカードを1枚選択して手札に加える。

黒魔術の報復
通常罠
相手フィールド上に存在するモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
自分の墓地に存在する魔法使い族モンスターを1体選択して自分フィールド上に特殊召喚する。
相手のバトルフェイズ終了時、この効果で特殊召喚したモンスターを破壊する。

黒・魔・導・双・弾(ブラック・ツイン・バースト)
通常魔法
自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」と「ブラック・マジシャン・ガール」が表側表示で存在する時に発動することができる。
このターンのエンドフェイズまで、自分フィールド上に表側表示で存在する「ブラック・マジシャン」の攻撃力は自分フィールド上に表側表示で存在する「ブラック・マジシャン・ガール」1体の攻撃力分アップする。


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11-turn 恋する乙女の心意気

「毎年恒例、北にあるデュエルアカデミア姉妹校、ノース校との友好デュエルが近づいています。去年はオベリスクブルーの丸藤亮君がノース校の代表を倒し、本校の面目躍如となりました。今年の本校の代表はまだ決まっていませんが、誰が代表になってもいいように、皆さん頑張ってください」

 

 モニターに映し出された校長先生から連絡事項が告げられる。それは、もうすぐに迫ってきた北にあるデュエルアカデミアノース校とのデュエルのこと。

 

 北にあるノース校との友好デュエル、一体どんな人が来るんだろ~?

 

 誰が代表になるかはわからないけど、なんだか面白そうでワクワクしている。できれば私が代表になってデュエルしたいな~。

 

 ふと、去年の代表だったカイザーさんの方を見てみた。やっぱり今年もカイザーさんが代表になるのかな?

 

「あれ?」

 

 オシリスレッドの方から、カイザーさんに向かって熱烈な視線を送っている人がいることに気がついた。翔くんの隣にいる少し小柄な人。

 

 あんな人、レッドにいたかな~?

 

 何度もレッドに足を運んでいる私が見たことのない人。転校生とかかなと思ってその人の顔をまじまじと見てみると、なんだか妙な違和感。

 

 男の子、なんだよね?

 

 女子は強制的にオベリスクブルー女子寮に入るのだから、あの人は男の子のはず。でも体つきや、なんというか、感じが男の子っぽくない。

 

 首を捻ってすこし考えていると、後ろからつんつんと背中をつつかれた。

 

「何やってんのよ。もう話は終わったわよ」

 

「へ?」

 

 周りをみるともうみんな戻り始めていた。考えていたら話が終わったのに気づいてなかったみたい。

 

「素敵な殿方でも見つけましたの?」

 

「えっと……そういうわけじゃないんだけど~」

 

 さっきの場所を見てみると、すでにあの人も、翔くん達も居なくなっていた。

 

「考え事?」

 

「う~ん、なんでもないよ~」

 

 ひょっとしたら女の子みたいな体つきを気にしている人なのかもしれない。だとしたらあんまり気にしたら失礼だよね。

 

「ごめんね、私たちももどろっか」

 

 結局、特に気にしないようにして、私たちも寮に戻ろうと学園を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side天上院明日香―

 

「珍しいわね、貴方からの呼び出しなんて」

 

 日が沈み、辺りが暗くなり始めていた頃に、私は学園の港にある灯台の下で人と会っていた。

 

「ああ、実は相談があってな」

 

「カイザーともあろう貴方が相談?」

 

 会っている人はデュエルアカデミアのカイザー、丸藤亮。彼は私の兄さんの親友でもあった。だから、こうしてたまに行方不明の兄さんの情報交換のためにこの灯台の下であっているのだけれども。

 今日の亮は少し様子が違った。なんというか、単純に困っているといったようだ。私に相談するほど困っているということか。

 

「ああ、これを見てくれ」

 

「これは……女の子の髪留め?」

 

 亮が取り出したのはどう見ても彼が着けるものと思えない髪留め。

 

「落し物かしら? 私に心当たりは無いわよ」

 

「いや、そうじゃない。この髪留めの持ち主には心当たりがある。問題はその人物がこの学園に来ているかもしれないということだ」

 

 亮の説明に首を傾げる。その髪留めの人物がこの学園に来たら、何か問題があるのかしら?

 

「この髪留めの持ち主はレイと言って、俺の知り合いなんだが……。どうやら俺は彼女に気に入られてるらしくて、ここまで追いかけてきてしまったらしい。恐らく、デュエルアカデミアのレッド生として」

 

 気に入られてる、なんて持って回った言い方をしているけど、要するに好かれてるってことよね。

 

「レッド生として? 女子は原則、ブルーに入るのが決まりよね」

 

「レイは小学5年生なんだ。だからいろいろごまかすために、男のふりをしているらしい」

 

「……それこそ、背の小さな女子とかのほうがごまかせると思うのだけど」

 

「俺にもよく分からん。だが、レイがこの学園にいるのは確かなようだ」

 

 好きな人を追いかけて、小学5年生の女の子が編入試験を突破してまで会いに来る。

 凄いわね。容易く真似できるようなことじゃない。それだけそのレイって子の想いが強かったんでしょうね。

 

 まったく、舞花もそれくらい行動的ならいいのに

 

 最近舞花が元気がないのは、私もジュンコも、ももえも気づいていた。表面上はうまく取り繕っているけれど、そんなのには誤魔化されない。

 あからさまに十代を避けてるのも分かってるし、だんだんと何を考えているのかも分かってきた。

 

 もうちょっと自分に自信を持てばいいのに

 

 あの子は妙に自己評価を低くする傾向がある。そして、他人への評価を妙に高くすることも多い。まあ確かに寮の皆と比べて、いろんなところが小さいのは事実だけど、それがイコール魅力的でないには繋がらないというのに。

 

「はあ」

 

「どうかしたか?」

 

 大きめについてしまったため息。月明かりが私の疲労の顔色を照らしている。

 

「そうね」

 

 あの子のことを考えながら、私は表情を変えた。

 

「好きな人に、まっすぐ向かっていって欲しい人がいるのよ」

 

 そうでなければ、私は遠慮してしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―side舞花―

 

 晩ご飯が終わって、私は自分の部屋で明日の予習をしていた。部屋の中には鉛筆のカリカリという音が走る。

 そんな静かな部屋の中に、ピリリリリと機械音が響く。机の隅に置いておいたPDAを開くと、1件のメールが届いていた。明日香ちゃんからだ。

 

『今すぐレッド寮近くの岸壁まで来て』

 

 メールにはそれだけ書いてあった。

 

 あんまり行きたくないな

 

 レッド寮には最近近づいていなかった。なるべく十代くんに会わないようにするために。

 でも、このメールを見た瞬間にすぐさま行こうとしてしまった自分がいて、会いたい会いたいって思ってしまう心があって。

 それを自分で分かっていながら首を振る。こんなんじゃダメなんだって。

 

 でも、明日香ちゃんがすぐ来てって

 

 何かあったのかもしれない。ひょっとしたら、また何か事件に巻き込まれているのかもしれない。

 そうやって自分に言い訳を重ねて、私は制服に着替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸壁まで行くと、そこにいたのは明日香ちゃんだけでは無かった。レッド寮だから隼人くんや翔くんがいるのはわかるけれど、なぜかカイザーさんまでいる。

 でも、十代くんの姿が見えない。不思議に思っていると、崖の下の方から声が聞こえる。そこにいたのは十代くんと……学校でみた、ちょっと女の子っぽいあの人だった。

 

「あの人って誰?」

 

「早乙女レイなんだな」

 

「男の子だと思ってたんだけど、女の子なんだって」

 

 ん? 女の子ってどういうこと?

 

「レッド寮生だよね? なのに女の子って?」

 

「その事については後で説明するわ。もう、デュエルが始まるわよ」

 

 下の二人は向かい合ってディスクを構えた。デュエルって一体どうしてそんなことになったんだろう?

 

 まあ、十代くんだもんね~

 

 ……この一言で納得できるのがすごい。

 

「「デュエル!!」」

 

 二人のデュエルが始まる。先行であるレイ……ちゃん? がカードを引いた。

 

「ボクのターン、ドロー! 恋する乙女を召喚!!」

 

 ……恋する乙女?

 

 初めて聞くカード名だ。その名にふさわしい可愛い女の子がフィールド上に現れる。

 

 

恋する乙女

ATK400

 

 

「恋する乙女……使うカードまでそういうのなのね」

 

 後ろで明日香ちゃんがポツリと呟いた。カイザーさんがなんだか弱ったな、っていうような表情をしている。

 

「どういうこと?」

 

 明日香ちゃんはふふ、と微笑んだ。

 

「舞花、あの子をしっかりと見るのよ」

 

「へ?」

 

 明日香ちゃんの言った言葉の意味がよくわからなくて首を傾げる。

 

 しっかりと見るって、どうして?

 

「デュエルが進むわよ。目を逸らさないで」

 

「あ……うん」

 

 明日香ちゃんに促されフィールドに目を戻す。ターンが移って、十代くんがカードをドローした。

 

「フェザーマンを召喚」

 

 十代くんのおなじみ、フェザーマンが召喚される。

 

 

E・HERO フェザーマン

ATK1000

 

 

 フィールドに現れたフェザーマンはすぐさま攻撃態勢に入った。

 

「えー、勝負にならないよ」

 

「どっちの応援してんだな」

 

 そんな二人の呟きを軽く耳に入れながら、目線はずっとデュエルに向けている。フェザーマンの放った無数の羽が恋する乙女を襲った。

 

「恋する乙女が攻撃表示の時、戦闘では破壊されない」

 

 恋する乙女は膝をついて座り込みながらも、破壊されずフィールドに居残る。でも攻撃表示である以上、ライフポイントにダメージが入る。

 

 

レイ

LP4000→3400

 

 

『舞花』

 

 肩の上辺りから声がした。見ると、ジュニア・ブラック・マジシャンがふわふわと浮いていた。

 

「どうしたの? ジュニア」

 

『あれを見て』

 

 ジュニアが指した瞬間、周りが何故かピンク色のふわふわとした風景に切り替わる。

 

 え? フィールド魔法とか発動したわけじゃないよね?

 

『お、お嬢さん。大丈夫ですか?』

 

 ……何かが聞こえた。いつの間にかフェザーマンが恋する乙女に近づいて行き、頬を染めて、彼女を優しく心配している。

 

「何やってんだよフェザーマン! 女の子に恋するなんて、ヒーローらしくないぜ」

 

 ――女の子に恋するなんてヒーローらしくない――

 十代くんの言葉を一回、頭の中でリピートする。一瞬だけ目を伏せて考えてしまった。

 

 十代くんはヒーローだ

 

 これは私の中の印象。十代くんはヒーローで、それなら十代くんも女の子に恋をしないということだろうか?

 嬉しいような、つらいような、複雑な感情が胸の中で渦を描く。十代くんが誰かに心奪われること無いと思い喜ぶも、私の隣に来てくれる事が無いと目線を下げる。

 

「そうかもしれないわね」

 

 頭の上にポン、と暖かい感触がした。柔らかい、優しい手がそっと私の髪を撫でる。

 

「だからこそ、あなたはレイをちゃんと見なければならないの」

 

 優しく、諭すように明日香ちゃんが前を向いてと私の顔をまっすぐ向けさせた。向いた視線の先にはレイちゃんの姿。

 

 どうして? と、一瞬聞こうとしたけれども口を噤んだ。今するのは聞くことじゃなくて、このデュエルを見ていくことのような気がしたから。

 

「ボクのターン。装備魔法キューピット・キスを発動! バトルよ! 一途な想い!!」

 

 再びデュエルフィールドがピンク色に包まれる。その中央を恋する乙女がキラキラと駆け抜けていく。

 

『フェザーマンさぁん。私の一途な想いをうけとめてぇ……あっ!』

 

 フェザーマンまで走り寄り、その体に抱きつこうとするが、フェザーマンはあっさりとかわしてしまう。その勢いを殺しきれないまま、恋する乙女はその場で転んでしまった。

 

『ひ、ひどい……』

 

『す、すまない。そんなつもりじゃ……』

 

 転んだ恋する乙女をフェザーマンが抱き起こす。

 

 ――ちゅ

 

 体が近づいたとき、恋する乙女の投げキッスがフェザーマンの頬に当たった。

 

「え? ええええ!?」

 

「どうしたのよ舞花?」

 

 今の衝撃的映像に困惑すると、後ろの明日香ちゃんが不思議そうな表情をして私に問うた。

 

「だ、だって今フェザーマンと恋する乙女が……」

 

「何言ってるんすか。普通にソリッドビジョンが映ってるだけだよ」

 

 他のみんなも私の言ってることがよく分からないようで、頭に疑問符が浮いていた。

 

 あれが見えてるのって私だけ?

 

「舞花といい、十代といい、何かが見えてるみたいなんだな」

 

 隼人くんつぶやいた直後に、私は十代くんの方を見た。十代くんも、私と同じように今フィールド上で起こっていることに困惑しているようだ。

 

 そっか、十代くんも見えてるんだ

 

 トクン、と一度胸が揺れる。心の奥から暖かい気持ちが表面まで流れてきた。

 

 こんなだから、ダメなんだよね。ちょっと何かあるだけで抑えられなくなっているんだ。

 

 胸の前で握っている両手にぐっと力を入れる。一瞬だけ目を閉じたあと、もう一度デュエルフィールドを見据えた。

 

『じゃあ、十代を攻撃してぇ』

 

『もちろん! 君のためなら、できる!!』

 

 ……何故かフェザーマンが十代くんに向かって風の攻撃を仕掛ける。攻撃力1000の強風が十代くんを襲った。

 

 何でフェザーマンが十代くんを!?

 

 

十代

LP4000→3000

 

レイ

LP3400→2800

 

 

「乙女カウンターの乗ったモンスターを攻撃し、逆に戦闘ダメージを受けたら、キューピット・キスの効果が発動。そのモンスターをコントロールできる」

 

 そっか。だからダメージを負いながらバトルをしたんだ。

 

 コントロール奪取というのは、取れるアドバンテージが単純な除去や展開補助よりも大きい。相手のモンスターを除去しつつ、自分のモンスターを展開するということなのだから、フィールドにおけるアドバンテージは絶大なのだ。

 

 これでボードアドバンンテージはレイちゃんの方が圧倒的になってしまった。十代くんはどう戦うの?

 

 レイちゃんはカードを1枚伏せてターンを終えた。がら空きになってしまったフィールドを前にして、十代くんのターンが始まる。

 

「なんか調子狂うぜ。とにかく俺のターンだ。E・HERO スパークマンを召喚! バトル! フェザーマンに攻撃!!」

 

 そうだ。恋する乙女にさえ攻撃しなければ乙女カウンターが乗ることは無く、結果としてモンスターを奪われることもないはず。そう思ったのもつかの間、レイちゃんが動いた。

 

「罠カード、ディフェンス・メイデン発動!!」

 

 スパークマンの放った電撃は間違いなくフェザーマンに向かっていた。しかし、そのフェザーマンの前に、両手を広げて恋する乙女が割って入った。

 

『きゃああああ!!』

 

 スパークマンの電撃が恋する乙女の方へと当たる。ということはつまり、さっき発動した罠カードの効果は

 

「ディフェンス・メイデンの効果により、スパークマンの攻撃は恋する乙女に移った!」

 

 やっぱり、攻撃誘導カード。これによって乙女カウンターを乗せ、なおかつ他のモンスターを守る。しかも永続罠だから効力はずっと残る、すごく厄介なコンボだ。

 

 

レイ

LP2800→1600

 

 

『スパークマン! お前はヒーローの癖に、か弱い乙女を攻撃するなんて、なんてやつだ!!』

 

『ああ、俺は一体なんてことを……』

 

 またまたピンク色の空間がフィールドを包んでいた。スパークマンがフェザーマンに責めたてられ、頭を抱えて唸っていた。

 

『自分を責めないで。戦うこと、それは宿命なのだから……』

 

 最後に、ねっ、とウインクを加えると、スパークマンが胸に手を当てて顔(ヘルメット?)を赤くした。

 

 それにしても、気のせいか、恋する乙女の方は全く恋をしていない気がするんだけど~……

 

「ボクのターン。装備魔法、ハッピー・マリッジを発動! その効果により、フェザーマンの攻撃力分だけ、恋する乙女の攻撃力をアップする」

 

 

恋する乙女

ATK400→1400

 

 

 恋する乙女の姿が、ウェディングドレスを着た花嫁の姿へと変身する。

 

 お嫁さん、か~……

 

 首をぶるんとふるって思考を打ち消した。

 

「恋する乙女でスパークマンを攻撃!」

 

『スパークマンさまぁ』

 

 さっきのフェザーマンと同じように、スパークマンに向かって走っていく。これまたさっきと同じように、恋する乙女はスパークマンをも虜にした。

 

 

レイ

LP1600→1400

 

 

『お願い、私のために戦ってぇ』

 

 スパークマンとフェザーマンが十代くんに向かって攻撃を仕掛ける。スパークマンのコントロールを奪われ、がら空きになってしまっていた十代くんのフィールドを通り抜け、十代くんへと直撃した。

 

 

十代

LP3000→400

 

 

 バッと、レイちゃんは帽子をとって中のバンダナも捨て去り、綺麗な青髪を夜月の下に晒した。どうだと言わんばかりの表情で、自分の『乙女』をそこに見せつけるように。

 

「女の子は恋をすれば強くなる。不可能なんて無いの」

 

 その言葉は私の心を深くえぐった。

 

 強く……なる……?

 

 その言葉にこもっている思いが、私の全身を貫いた。

 全身から汗がどっと吹き出していく。熱くなった体を冷やすために、お腹の下から湧き上がってくる熱さを冷やすために。

 脳裏に浮かんできたのは、昼間の集会の時。レイちゃんが、カイザーさんを一心に見つめていたあの眼差し。

 

 まさか……

 

「あの子にとって、デュエルのモンスターを夢中にさせることくらい簡単でしょ。何せ初恋の人を追って、こんな南の島まで飛んで来てしまうんだから……」

 

 明日香ちゃんがチラリとカイザーさんの方を見て言う。やっぱりそうなんだ。

 

 ――不可能なんて無いの――

 

 レイちゃんの言った言葉の意味を、私の心が理解する。ああ、そっか。レイちゃんは自分の大好きなカイザーさんを追いかけてここまで来たんだ。

 

 脱帽する。その言葉を実行するための、その心意気とその行動力に。そして何よりも、その純粋な想いに。

 

「あ……」

 

 その心が、想いが、強さになって今まさに十代くんを追い詰めている。その事実を確認してしまうと、胸の中から苦しさが表象して、どうしても瞼が重く感じて、目をふせようとした。

 

「ちゃんと見なさい」

 

 そんな私の行動を許すまいと、明日香ちゃんが私の頭を引っ張り上げて前を向かせる。

 

「あなたが今したいことは何かしら?」

 

 私が今したいこと。それはわかってる。でも、それはもうしないって決めていた。それはもうしたら辛いって思ってた。

 脳裏に残ってる十代くんの辛そうな顔が、すねた顔が、怒った顔が、悲しそうな顔が、私の中でぐるぐる回ってる。それらも私の大好きな十代くんの顔だ。

 

 私は息を大きく吸い込んだ。胸に一杯に集まっていくのは『想い』

 

 でも、私が一番見たい十代くんの顔は……

 

 

「がんばって! 十代くんっ!!」

 

 

「おうっ!!」

 

 十代くんの、笑ってデュエルするその顔なんだ。 

 楽しそうで、まっすぐで、強くて、カードを信じきってて、ワクワクしてて。

 

 そんなことを考えてしまったら、私の口はつぐむことを許してくれなかった。衝動的に、感覚的に、脊髄反射で口が開いた。

 頭でそれを戒めようとしても、心がそれを求めていて、体が硬直して身動きが取れない。

 

 そして結局、楽しそうな十代くんの表情を目に焼き付けるのだ。

 

「行くぜ! 俺はE・HERO バーストレディを召喚! さらに魔法カード、バーストリターンを発動! バーストレディが自分フィールド上にいるとき、バーストレディ以外の全てのE・HEROを手札に戻す!!」

 

 バーストレディが、フィールドのフェザーマンとスパークマンを一喝する。乙女カウンターがとれて、正気になった二人は十代くんの手札に帰ってきた。

 

「さらに魔法カード、融合を発動! フェザーマンとバーストレディを融合して、フレイム・ウイングマンを召喚!!」

 

 おなじみの十代くんのフェイバリットヒーロー、フレイム・ウイングマン。これで勝負は決まりだね。

 

「行けぇ! フレイムシュート!!」

 

 フレイム・ウイングマンの火の腕から放たれた炎が恋する乙女を焼き尽くす。これで、レイちゃんのライフは0

 

 

レイ

LP1400→0

 

 

 私たちはデュエルが終わる寸前に、十代くんたちのもとまで降りていった。二人は向かい合って、十代くんがいつものように、ガッチャってやっていた。

 

「十代……ボク……」

 

「おっと、それより先は、後ろで見ていたあいつに言ってやってくれよ」

 

 十代くんが指さした先にいたのは、カイザーさん。デュエルをしただけで、十代くんは全部の事情を察したのだろうか?

 

 レイちゃんは向き直り、カイザーさんを見据えた。カイザーさんも、少しうろたえながらもその視線に応えた。

 

「あの、亮さま。亮さまがデュエルアカデミアに進学なさってから、会いたくて会いたくて、やっとここまで来たの」

 

 想い一つで、レイちゃんはこんなところまで来てしまった。改めて考えて、やっぱり凄いって思う。

 

「十代とのデュエルには負けたけど、亮さまへの想いは誰にも負けない。乙女の一途な想いを、受け止めて!」

 

 ほんとにすごい。まっすぐに自分の想いを見つめていて、それで自分の想いは誰にも負けていないって自信をもってて。これがレイちゃんの……恋する乙女の力なんだ。

 

 カイザーさんは一瞬目を閉じたあと、レイちゃんに目を向けて口を開いた。

 

「気持ちは嬉しいが、今の俺にはデュエルが全てなんだ……」

 

 あ……

 

 レイちゃんの目が潤む。そんなレイちゃんの手をカイザーさんは取り、手に何かをつかませた。

 

 それは……髪留め?

 

 レイちゃんはギュッと、その髪留めを握り込む。瞳からは一筋、涙が線を作っていた。

 

「カイザーさん……」

 

 たまらなくなった私は、口を開く。カイザーさんに向かって、言いようのない怒りを込めて。

 

「ちゃんと、レイちゃんの想いを受け止めてください。目を、逸らさないでください」

 

 カイザーさんの言ってる言葉から、どうしても真剣味を感じることができなくて腹がたった。カイザーさんはどうしてか、レイちゃんを小馬鹿にしている感じさえする。

 

「どういう……」

 

 どういうことだ、なんて言わせない。

 

「本当にレイちゃんの想いを正面から受け取っていたら、デュエルがすべてなんて言葉は出てきませんよね!!」

 

 声が張り上がる。お腹の底から熱い怒りがこみ上げてきた。だってこの人は、レイちゃんから目を背けている。目を背けてやり過ごそうとしているとしか思えない!

 

「俺は……」

 

 困惑している。それでもカイザーさんは目を伏せている。私はもう一度追及しようと言葉をつむごうとした。そうしたら、レイちゃんが細い声で一言。

 

「いいよ……」

 

 数秒、空間に静寂が流れる。最初に口を開いたのは、あろうことかカイザーさんだった。

 

「レイ、故郷に帰るんだ」

 

 出てきた言葉は残酷で、冷たくカイザーさんが言い放った。レイちゃんは顔を伏せて、その言葉に頷いた。

 

「何でだよ! 女の子だって、ブルーの女子寮に入れて貰えば……」

 

 カイザーさんは首を振って、答えた。

 

「レイはまだ小学5年生だ」

 

 ……え?

 

 えへへ、とレイちゃんが苦笑していた。

 

「じゃあ俺、小学生に苦戦してたのかよ!」

 

「ごめんね、ガッチャ。楽しいデュエルだったよ」

 

 レイちゃんが悪戯っぽく笑って、十代くんのように右手を突き出す。そんなレイちゃんを見て、十代くんも笑い始めた。

 

「あはは、これだからデュエルは止められないんだよ!」

 

 楽しそうに、面白そうに、十代くんは笑っていた。小学生の、強いデュエリストと戦って、本当に楽しかったんだね。

 

「じゃあ、レイは明日の朝、船に乗って帰るのね」

 

 明日香ちゃんが、船の来るタイミングを思い出しながら口にした。明日の朝が最速らしい。

 

「あれ? じゃあレイちゃん、今晩どうしようか? 今夜も十代くんの部屋はまずいよね」

 

 さすがに女の子だってわかった以上、十代くんたちと一緒のレッド寮というのはまずい。ちょうど私と明日香ちゃんがいるので、どちらかの部屋で一晩引き取れば……

 

「あー、舞花頼む」

 

 十代くんが特に何も考える様子もなく、私に頼む。

 

 私を頼ってくれた、と考えると嬉しいけど、今の私にそれをちゃんと受け止めるのは正直つらい。

 

「えっと、明日香ちゃん、お願いできないかな~」

 

「ヤダ」

 

 明日香ちゃんに話を振ったはずなのに、何故か十代くんが横から断った。本当に不機嫌そうな顔をして。

 

「俺は、お前に頼むって決めたの。だから舞花頼む」

 

 まるで駄々っ子のように、十代くんは頬を膨らませて私に頼んだ。なんだか可愛いって思ったのは秘密だ。

 

「でも……」

 

「でもじゃないの。俺は舞花に頼むんだよ」

 

 結構頑固なようです。

 

「いいじゃない。舞花、レイをお願いね」

 

「えっと、お願いします……」

 

「ええ!?」

 

 結局意見を曲げない十代くんを立てて、みんなが賛成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻って、レイちゃんを中に入れる。ブルー女子寮は、レッドに比べてかなり豪華だから、レイちゃんは少し驚いてキョロキョロしている。

 

 よいしょっと、余っているお布団を敷いて、もう一つ寝床を作る。今夜は私がこっちかな?

 

「レイちゃんはベッドでいいよね?」

 

「え? それは悪いんじゃ……」

 

 いいから、と遠慮しているレイちゃんに気を使わせないようにベッドに腰掛けさせる。今夜はもう遅いから、そろそろ寝ないとまずいかな。

 

 でも……

 

 レイちゃんの顔はまだ沈んでいる。無理もない、だってカイザーさんに振られた後なのだから。

 

 あんな風になるのなら、恋なんてしない方がいいのかもしれない

 

 恋をしている間は幸せな気持ちになれても、その想いが届かないと知ってしまったら、とっても傷ついてしまう。今のレイちゃんのように、そして私のように、胸をナイフで切り裂かれるかのような痛みがずっと走り続けてしまう。

 

 だったら、恋なんてしない方がいいのかもしれないんだ。

 

「舞花さん……?」

 

「ふぇっ?」

 

 黙ってしまっていた私を不思議に思ったレイちゃんが私の顔をのぞき込む。

 ちょっと驚いてしまったけど、レイちゃんの顔にまっすぐ目を向けた。

 

 やっぱり、まだ辛そうなんだね

 

 そう思っていたら、私は自分のデッキを手にとった。

 

「デュエルしようよ~」

 

「え?」

 

 元気を出すならデュエルが一番だよね。笑顔でレイちゃんをデュエルに誘った。

 

「え、えと……?」

 

「楽しいよ~」

 

 なんだかよくわからないといった風だったが、レイちゃんもデッキを準備した。

 

 カーペットの敷かれた床の上に、一般用のプレイシートを広げる。

 

 ソリッドビジョンは映らないけど、こういうデュエルもいいよね~

 

 準備をして、二人とも声を合わせてデュエルを開始した。

 

 

 

 

 

 

「恋する乙女の効果でブラック・マジシャンをもらうよっ」

 

「じゃあ私のターンに所有者の刻印を発動~。コントロールを返してもらうね~」

 

「えー! ボクの負けだー!」

 

 デュエルの盤面をそのままにして、二人で大きな声で笑いあった。今回は私が勝ったけど、どっちが勝ってもおかしくない、本当に楽しいデュエルだったよ~。

 

「舞花さん、デュエルって楽しいね」

 

「うんっ」

 

 デュエルはその人の心を映す。最後の方は、レイちゃんは心の暗い部分を晴らし、私と同じように楽しくデュエルをしていた。やっぱりデュエルは良いよね~。

 

「……ありがとう、舞花さん」

 

「ほぇ? どうしたの~?」

 

 急に神妙な顔つきで、レイちゃんが言葉を発した。でもその言葉の意味が分からずに私は首を傾げる。

 

「亮さまのこと……」

 

「……」

 

 私は、黙った。だって私は何もできなかったのだから。

 

「亮さまはボクの方を向いてくれなかったけど、向こうともしてくれなかったけど。でも、伝えたことは後悔してない。落ち込んでいたのも、今舞花さんに元気づけて貰ったよ」

 

 伝えたことを後悔していない。やっぱりレイちゃんは強い。レイちゃんなら、恋する乙女は最強だって、そんな言葉は大仰でもなんでもなくなるんだ。

 

「恋ってさ、まるで下り坂みたいなんだ。勢いがついちゃったら止まれない。私は止まろうともしなかったんだ」

 

 レイちゃんの話に、私は口を閉じて耳を傾ける。吹っ切るように、レイちゃんは話を続けた。

 

「でも、坂を下り続けることなんてできないんだね。いつかは最後についちゃって、平面か上り坂に行っちゃうんだ」

 

「そう……なんだ」

 

 相槌を打つ。ただそれだけにする。

 

「だから舞花さん。恋をしている間は勢いをつけて駆けていこうよ。それが恋する乙女だよ」

 

「え? 私は……」

 

 恋なんて、と続けようとした。その前にレイちゃんが言葉をはさむ。

 

「十代が好きなんだよね」

 

「ええ!!」

 

 必死になって否定しようとした。でもレイちゃんの瞳には確信の色が灯っていて、私が口を開くのを阻止した。

 

「わかるよ。十代が言ってたもん。デュエルをすれば、その人の心がわかるって。それに……」

 

 言葉を区切って一拍置く。レイちゃんは一瞬目を閉じて、意を決したように目を開いた。

 

「私も十代のこと、好きになったんだもん」

 

 一瞬、思考が追いつかなかった。ちょっと間を置いて、その言葉の意味を思考する。

 

「ええええ!?」

 

 レイちゃんはクスっと私に向かって笑いかける。

 

「あはは、驚きすぎだよ」

 

「だ、だって……」

 

 そんなの予想するはずもなかったから。ポカーンとしている私に向かってレイちゃんは話を続ける。

 

「舞花さん、逃げちゃダメだよ。恋する乙女は最強なんだから」

 

「それは……レイちゃんだけだよ~」

 

 私にはそんなことできる自信はない。私にはどうしてもまっすぐに恋をし続けることなんてできそうにない。

 

「私は恋をして、どこかで弱くなっちゃったかもしれない。傷つくのが怖くて、つらくて、ずっと逃げ出そうとしている」

 

「そんなの当たり前だよ」

 

 レイちゃんがふわりと笑う。まるでさっきの恋する乙女のような迫力が背中から溢れていた。

 

「本当は誰だってそう。ふられたらどうしようって、傷ついたらどうしようって、みんなそう思って恋をしてるよ。それでも恋する乙女は最強だって、自分に言い聞かせて背中を押しながら」

 

 ――みんなそう

 

 これは私が自信ないから、とかそういうことじゃないってこと? みんながみんが、そう思って恋をしているってこと?

 

「でも、私なんか……」

 

「私なんか、なんてことも思ってるよ。でも、恋する乙女に必要なのは、可愛さでも、頭の良さでもないよ」

 

 一拍置いて、レイちゃんが一度深呼吸をする。ニコッと笑ってレイちゃんが続けた。

 

「自分が1番、その人のことを好きだって思えれば、それでいいんだよ。ふさわしいとかそういうことも考えない」

 

 レイちゃんは私の背中をポン、と叩いた。

 

 自分が1番、その人のことを好きだって思えているか? そんなの、決まってる

 

「私は、十代くんのこと、大好き……」

 

 こんな風に苦しんでしまうくらい。あきらめようと思っても諦められないくらい。私は、十代くんの事が大好きです。

 

「じゃあ、ライバルだね」

 

 いろいろ流されそうだったけど、レイちゃんのその言葉に対しては疑問があるよ。

 

「レイちゃん、どうして十代くんのこと……」

 

 レイちゃんははにかみながら、答えた。

 

「多分、舞花さんと同じ理由だよっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、レイちゃんを乗せた船が島から離れていく。レイちゃんは顔をだして、大きな声で話した。

 

「来年小学校を卒業したら、また受験して、ここに来るからー!!」

 

 手を振って叫んでいるレイちゃんに向かって、私たちも手を振り返す。そして、レイちゃんはあの言葉を発した。

 

「だから、待っててね! 十代さまぁー!!」

 

「えー!!」

 

 十代くんがものすごく驚いている。きっとカイザーさんの名前を呼ぶと思っていたから、みんなも同様に驚いていた。でも、知っている私だけは、クスっと笑んでいた。

 

「舞花、強力なライバルが登場したみたいね」

 

 このままで大丈夫なの? と言うように明日香ちゃんが呟いた。ちょっと心配してくれてるのかな? 

 

 そんな明日香ちゃんに、そして、船に乗って十代くんに手を振ってるレイちゃんに見せつけるように 

 

「えいっ」

 

「うおっ」

 

 ――十代くんの片手に抱きついた。

 

「へえ」

 

 明日香ちゃんが笑って

 

「「おお」」

 

 隼人くんと翔くんが笑って

 

「ほお」

 

 カイザーさんも笑って

 

「おい、舞花っ」

 

 十代くんも、さすがに照れているようだった。

 

 遠くでも、レイちゃんの顔がはっきりと見えた。嬉しそうで、けれどもやっぱり複雑そうな、そんな表情。

 

 ――恋する乙女に必要なのは、自分が1番、その人のことを好きだって思うこと――

 

 私は明日香ちゃんより可愛くない。スタイルも良くない。勉強もできない。デュエルも強くない。

 

 でもきっと、私は1番、十代くんのこと大好きだよ

 

「私の方がぁー! 十代さまのこと大好きだからねぇー!!」

 

 レイちゃんが私に向かって叫ぶ。そして、私は

 

 きっと初めて

 

「べーっ」

 

 とても悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が行くまでは、頑張れっ! 舞花お姉ちゃん」

 

 



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12-turn ライバル登場!

「十代君、橘さん、三沢君、天上院さん、ちょっときて欲しいのにゃ~」

 

 今日最後の授業の錬金術。いつもよくわからないけど何だか楽しいこの授業が終わった後、授業をしていた大徳寺先生が私たち4人を呼んだ。

 

「何かあったのか? 先生」

 

 十代くんが一番最初に先生に尋ねる。いつかの時と違って問題を起こした訳でもないし、あの時と違って三沢くんもいる。私もみんなもよくわからなくって首を傾げていた。

 

「実は……君たちにノース校との対抗デュエルに出て欲しいんだにゃ」

 

「ええ~!?」

 

「よっしゃあ!!」

 

 私が声をあげ、十代くんはガッツポーズ。他の二人は単純にポカーンとしている。正直カイザーさんが今年も代表になると思っていたのだろう。私もそう思っていたから。

 

「……あの、代表は一人だけでは?」

 

「それに、何故俺たち1年生から……?」

 

 三沢くんと明日香ちゃんは冷静に疑問点を上げていく。十代くんはそんなことも気にせずにすっごく嬉しそうだ。私がそっちを見てドキドキしているのは気にしないでくださいね。

 

「ノース校から、今年の代表は1年生にすると連絡があったのにゃ」

 

「それで1年生に?」

 

「そうだにゃ。それとその時、一緒に連絡されたのが……

 

 今年はタッグデュエルにしようということですのにゃ」

 

 タッグデュエル!?

 

 あれ、それでもおかしいよね~?

 

「私たちは4人ですよ~」

 

 タッグデュエルなら2人だ。でもここにいるのは4人で2人余ってしまう。私がそれを口にすると同時に、三沢くんと明日香ちゃんがにやりと笑っていた。

 

「そうか」

 

「そういうことね」

 

 2人は分かったようだけど私と十代くんはよくわからない。大徳寺先生が説明をしてくれる。

 

「そう、ここにいる4人から2人を選ぶんだにゃ。タッグパートナーはそちらで決めてくださーい」

 

 それだけ言ったら、大徳寺先生はさっさと帰ってしまった。一瞬ぽかんとしてしまったけど、私たちもようやくその意味を理解した。

 

「じゃあ~」

 

「お前たちとデュエルすんのか!!」

 

 ここにいる内の2人とデュエルし、1人とペアを組む。そんなデュエル、考えただけでもワクワクするっ!!

 

「タッグはどうする?」

 

「「あ」」

 

 三沢くんの一言で、はしゃいでいた私と十代くんが一度止まった。そうだよね、タッグ決めは重要だよね。

 

「じゃあ、私が十代と組むわね」

 

 率先として声を上げたのは明日香ちゃんだった。そしてその内容に私は驚く。あの明日香ちゃんが、自分から、それも十代くんとペアを組みたいと言うなんて思っていなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。十代くんとは私が組むよっ」

 

 でも、その意見を認めて引き下がる気には私はなれなかった。明日香ちゃんが相手でも、いや、明日香ちゃんが相手だからこそ、ここで引くわけにはいかない。レイちゃんじゃないけど恋愛センサーが自分に付いたように、明日香ちゃんから警鐘が鳴っている。

 

 あの時、自分に自信のない私が引いてしまおうと思った理由。それは明日香ちゃんも十代くんを気にかけているということ。

 

 それなら私は引き下がるわけにはいかない。例え自分に自信が無くても、それでも十代くんの隣に居続けたいと思ったから。

 

「じゃあどうしましょうか。デュエルで決める? 勝った方が十代と、負けた方が三沢くんと組む」

 

「うん。それでいいよ~」

 

「俺は外れ扱いなのか……?」

 

 三沢くんの呟きなどどこ吹く風かとスルーして、私と明日香ちゃんは目から火花を散らす。お互いにデュエルで決着をつけることを了承して、フィールドに行こうとと足を向けると。

 

「ちょっと待てよ。俺の意見を無視して勝手に決めんなよな」

 

 ちょっと膨れ顔の十代くんが拗ねたように声を出す。それを受けて私たちは足を止めた。

 

「明日香、悪い。俺は舞花と組むよ」

 

 十代くんは明日香ちゃんにはっきりと断った。

 

 そのことが嬉しいはずなのに、私は目をパチクリさせて十代くんを見る。

 

「十代くん、私でいいの?」

 

「ああ。舞花とはデュエルしたことあるし、お互いにデッキが分かってるからやりやすいだろ?」

 

 十代くんの言葉は私の期待したものじゃなくて、打算から生まれた言葉だった。単純に、どちらと組んだ方がいいか、と考えた結果の答え。それでも私の心は嬉しくて、とくんと揺れてはにかんだ。

 

「……わかったわ。舞花、今回は譲る。けど次の時は、私を選んでもらうわ」

 

 明日香ちゃんは順番にと言っているわけではない。次の時は十代くんに自分を選ばせる、と言っているのだ。打算でなく、純粋な気持ちで自分と。

 

「うん。でも次も……」

 

 私が、とは言わなかった。お互いに分かったように首をこくんと頷かせると、明日香ちゃんは三沢くんの隣に立った。

 

「おっし! 一緒に頑張ろうぜ舞花!!」

 

「うんっ!」

 

 十代くんとタッグデュエルだ。前に十代くんが翔くんとタッグデュエルをしたけど、私もやりたくてしょうがなかった。その願いが今叶う。嬉しくって、十代くんとのタッグでドキドキが大きくなる。楽しそうなデュエルの高ぶりと、恋の胸のドキドキが一緒になってなんだかとっても心地よい。

 

「十代」

 

 私たちがはしゃいでいると、三沢くんが神妙な面持ちで十代くんの名を呼んだ。

 

「お前は入学試験の時に言ったな。1年生の中で、俺が2番目だと」

 

 思い出す。私たちが初めて会ったあの場所で、筆記試験トップの三沢くんに向かって、十代くんはたしかにそう言っていた。

 

「これで決めよう。どっちが1年生最強なのかを」

 

 視線が交錯する。十代くんと三沢くん、そして……

 

「そうね。さっきのことじゃなく、私たちもはっきりとさせましょうか。どちらが強いか」

 

 私と明日香ちゃんも。いつもの、少し強くても優しさを帯びた瞳が、今はっきりと私に敵意を向けている。

 

 リベンジマッチだ。前回負けてしまった私にとっては、これはリベンジ。

 

「うん、楽しみだよ~」

 

 私も強く、その瞳に火花を返す。全身から力が溢れてくる。両手両足が軽く感じ、心には高揚が湧き上がってくる。まだ始まってもいないデュエルに対して、今とても燃えていた。

 

「じゃあ」

 

「あとは」

 

「デュエルの時に」

 

「語り合いましょう」

 

 みんな口元がつり上がっている。この楽しみな気持ちを、奮い立つこの感情を、抑えることは全くできない。

 

 目と目で互いの意思確認をした私たちは、2手に別れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十代くん、どうしようか~?」

 

 レッド寮の十代くんたちの部屋で、タッグデュエルの作戦会議を開く。会議といっても、いるのは私と十代くんと翔くんと隼人くんだけだけど。

 

「僕達の時と同じように、お互いのデッキをチェックしたら?」

 

「そうだな」

 

 前回タッグをした2人がいるから、どういうことをすればいいかはなんとなく分かる。私と十代くんは部屋の中でデッキを広げた。

 

 1枚1枚、お互いのカードを確認していく。十代くんのカードと私のカードの、シナジーしそうなものをピックアップして話し合う。そうしながらデッキを調整していった。

 

「そういえば、タッグデュエルのルールは前と一緒なんだよね?」

 

「多分そうだろ」

 

 だったら、いくつか試してみたいカードがある。十代くんにそのカードを見せると、ニカっと笑って

 

「いいじゃん、入れようぜ」

 

 そんなカードを数枚いれて、デッキの調整を終える。カードを束にして、さらに1枚1枚、もう一度カードをチェックしていく。

 

 大丈夫だよね

 

 最後の1枚までデッキを見終え、カードをきちんと整える。

 

「よし、できた~」

 

「よし、完成だ!」

 

 出来上がったデッキを手に、二人で顔を見合わせる……って

 

「十代くん近いよ!!」

 

「え?」

 

 見合わせた顔がものすごく近くにある。吸い込まれそうなくらいまっすぐに、十代くんの瞳が私の瞳を捉えている。

 

 十代くんの顔、やっぱりかっこいいよね~

 

 ポンっ、と音がしたかもしれない。体中の熱が顔に集まって頭の先から煙が出る。

 

 耳! 耳まで真っ赤になってるよ~

 

 自分の体温の感じから、そんなことを考えて、ようやく十代くんが後ろに引いてくれた。

 

「びっくりしたよ~」

 

 体の熱さに気を取られていたけど、胸のドキドキがおさまらない。心臓が、空気を伝って十代くんまで届いてしまいそうなくらい大きく鳴動している。

 

 でも、すっごく幸せだ

 

 私は思わずはにかんだ。

 

「それじゃあ、翔くん、隼人くん、タッグデュエルの練習に協力してくれないかな~」

 

「いいよ」

 

「俺もいいぞ」

 

 二人ともデュエルディスクを持って先に外へ出た。十代くんも自分のデュエルディスクを腕にセットした。

 

 私は、十代くんの右手をつかんだ

 

 一瞬、十代くんは驚いた。

 

「じゃあ、行こうよ~」

 

「ああ!!」

 

 入学式の時とは逆に、私が手をつかんで引っ張っていく

 

 暖かで、心地よい体温が、手から心臓へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――side三沢大地――

 

「十代のエース、フレイム・ウイングマン。倒した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える危険なモンスターだ。これを警戒するにはフェザーマンかバーストレディのどちらかを押さえればいい」

 

 学校のコンピュータールームで、今までの十代と橘のデュエルのビデオを見ながら対策を立てる。

 

「さらに、舞花のブラック・マジシャン。舞花のデッキならこのカードが要注意ね」

 

「明日香君か……」

 

 キーボードを叩く手を一度止めて、後ろを振り向く。声から推察したとおり、天上院明日香がそこに立っていた。

 

「橘のブラック・マジシャン。今彼女のデュエルデータを見ていたが、驚異的だな」

 

 もう一度キーボードに向き直って、橘のデュエルデータを呼び出し、その画面を見せつける。

 

「ほとんどのデュエルでブラック・マジシャンを呼び出すそのタクティクスも危険だが、もう一つ」

 

「一度ブラック・マジシャンを出したら、最後までフィールドに居続けている……」

 

「そのとおり」

 

 橘はあくまでもブラック・マジシャンにこだわる。破壊されないように守り、破壊されてもフィールドへと舞い戻す。

 

「ブラック・マジシャンがフィールドを離れた最長時間は……神楽坂の時の1ターンか」

 

「少なくとも、往復1ターンは離れていないわね」

 

「恐ろしいな……」

 

 まさに不動のエース。これを崩さない限り、橘に勝つのは困難だ。

 

「十代の方も、フレイム・ウイングマン、サンダージャイアント、あげていけばきりがないほどの融合モンスター。これらに個別に対策を取るのは容易じゃないな」

 

 思考する。この2人への対策を。例えば……

 

「橘の方なら生贄召喚を封じるべきか。ジュニア・ブラック・マジシャンを生贄に捧げられなければ攻撃力は1000ポイントアップしないし、もう一つのエース、ブリザード・プリンセスを封じることもできる」

 

 それならば生贄封じの仮面か? だがそれでは自分も上級モンスターの召喚ができなくなる。だがそこの兼ね合いをとっていけば……

 

「やめましょう」

 

 明日香君がピシャリと言い放つ。その姿には、いいしれない威圧感が漂っている。

 

 正直怖いんだが……

 

 額から汗がたらりと流れた。

 

「やめる、とは……?」

 

 明日香君は無言で俺の目の前のコンピューターを操作する。映るのは今俺が見ていた二人のデュエルしている映像。

 

「あなたはこの二人を見てどう思った?」

 

 この二人を見て……?

 

「デッキの構築力、プレイング力、どれを見ても強い。だが、二人とも……」

 

 言い切らずに口ごもる。明日香君の言いたいことが分かったからだ。そしてそれは、分析という尺では測ることのできない力のことだ。

 

「土壇場での引きがいい。天才ってのはこういう奴らのことをいうんだと思った」

 

 土壇場でのドロー力。劣勢すら切り返す驚異の力。橘の方は少し弱いかもしれないが、二人に備わる力だ。

 

「そうよ。私たちはそんな相手に対してそんな戦略をとって勝てるのかしら?」

 

 そんな戦略、つまりは対策をとりながら戦うということだろう。

 

「どういう意味かな?」

 

 だからこそ、対策を立てて挑まなくてはいけないのではないか? 俺はそう思っていたからこそ首を傾げた。

 

「そんな相手なら、対策なんか立てたってどうせ打ち破ってくるわ」

 

「そんな……」

 

 無茶苦茶だ。そう言いたかったけれど口をつぐんだ。

 

 俺がどうかしていた

 

 十代達ならそれくらいしてくる。それくらいのことができる。それが今研究していたあの二人じゃないか。

 

「だったら、私たちの勝ち目があるのなら、対策じゃなく、自分にできる最高のデュエルをすることじゃないかしら」

 

 声は張り上がっていない。語調が強かったわけでもない。しかし、その言葉の強さが胸を貫いて心に届く。

 

 それが、俺たちの勝ち目か……

 

「明日香君は、十代や橘に影響されてきてるんじゃないか?」

 

「それは嫌味かしら?」

 

「いや……」

 

 首を振る。ああ、こんなにワクワクするのは久しぶりかもしれない。

 対策をするわけでなく、自分の全力のデュエルで打ち破る。考えただけで気持ちが高ぶる。

 

「俺もそうだ」

 

 計算や確率を打ち破る相手に、計算や確率で勝ってみせよう。

 

 

 俺自身の、全力のデュエルで

 

 

 作った拳を、ポケットの中で握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――当日――

 

――side舞花――

 

「十代くん~」

 

 今日は代表決定タッグデュエルの日だ。朝一番に、私は十代くんたちの部屋を訪れた。

 

「あ、アニキならまだ寝てるよ」

 

 すでに起きていた翔くんがベッドの中を指さした。その場所を覗き込んでみると、すやすやと寝息を立てて眠っている十代くんが見える。

 

 ぐっすり寝てるね~

 

 そのまま十代くんの寝顔をまじまじと眺める。いつもの元気な顔じゃなくて、静かに、幸せそうに寝てる十代くんの顔が、なんだかすごく可愛らしい。

 

 ずっと眺めていたいな~

 

「起こさなくていいの?」

 

「わわっ!」

 

 後ろから話しかけてくる翔くんの声に驚いてしまった。そうだった、翔くんも居たんだった。

 

「そうだった。えっと、十代くん起きて~」

 

 慌てて十代くんの体を揺さぶる。数回、寝ぼけた声を聞いたあと、十代くんは目を覚ました。

 

「よーっし! デュエルだデュエルだ!」

 

 起きたばっかりなのに、すごく……ハイテンションです。

 

「それじゃあ、ご飯食べたら行きましょう~」

 

「よしっ、行くぞ!!」

 

 もうすでにオシリスレッドの朝食は用意済みだ。それを聞くと、十代くんはすぐさま食堂に走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それデーハ、これよりノース校との対抗デュエル代表決定デュエルを開催するノーネ!!」

 

 いつものデュエル場。クロノス先生が何だか複雑そうな表情をしながらデュエルの前口上を述べていく。

 

 何か嫌なことでもあったのかな~?

 

 のんびりとそんなよそ見な思考をしていると、それを一蹴するかのような威圧感が胸を貫く。

 それを感じた方向にいるのは、これから対戦するタッグの二人だ。

 

「負けないぜ」

 

「負けないわよ」

 

 三沢くんは十代くんに、明日香ちゃんは私に向かってたった一言だけ投げかけた。威圧に飲まれかけている私は一瞬、口が固まる。

 

「こっちだって負けないぜ!」

 

 それを払拭する十代くんの輝き。それに触れることのできた私は、喉にかかっていた言葉を引き上げた。

 

「楽しくデュエルしようねっ!」

 

 全員が一度顔を見合わせてコクンと頷く。それと同時だった。

 

「それデーハ、代表候補者の入場ナノーネ!」

 

 一斉に歩き出す。みんなはもう顔を向け合うことなく、ただデュエルフィールドを見つめていた。

 

 みんなが配置につく。シャッフルを終えたデッキをディスクへと差し込み、腕を掲げて起動させる。

 示し合わせたわけでなく、その動作は皆同時だった。

 

「準備はよろしいデスーカ? それでは、デュエル開始ナノーネ!!」

 

「「「「デュエル」」」」

 

 クロノス先生の宣言でデュエルが開始した。

 

 デュエルディスクが知らせた1番手は……私。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 1ターン目は誰も攻撃することができない。けど用心はするべきだよね。

 

「白魔導士ピケルを守備表示で召喚! ターンエンド」

 

 小さくて白くて可愛らしい、ものすごく可愛い魔法使いの少女が姿を表す。あたふたしながらも杖を構えてポージングを決めた。

 

 やっぱりかわいいよ~

 

 

 白魔導士ピケル

 DEF0

 

 

 タッグデュエルのルールでは、パートナーとターンが続くことは無く、自分のタッグのどちらかのターンが終わったら、相手のタッグのどちらかのターンとなる。

 だから、次のターンは十代くんではない。次のターンを表示されたのは……明日香ちゃんだ。

 

「私のターン、ドロー! サイバー・ジムナティクスを守備表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

 サイバー・ジムナティクス

 DEF1800

 

 

 危ないところだったよ~……

 

 冷や汗がたらりと額を流れる。

 サイバー・ジムナティクスは手札を1枚捨てることで攻撃表示のモンスターを1体破壊する効果を持っている。もしピケルを攻撃表示で出していたらやられてたかもしれない。

 

 ほっと、一度安堵の息をついたところで次は十代くんのターンだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「この瞬間、白魔導士ピケルの効果発動! スタンバイフェイズに、自分の場にいるモンスター1体につき、ライフポイントを400ポイント回復するよ。 ホーリー・サンクチュアリ!!」

 

 

 舞花&十代

 LP8000→8400

 

 

 このデュエルでは、味方のフィールドも自分のフィールドとして扱う。十代くんのバブルマンなんかは、私のフィールドが効果の発動を邪魔してしまうかもしれないけど、私のピケルはその効果を大きく活用することができる。

 

「E・HERO スパークマンを守備表示で召喚! カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 E・HERO スパークマン

 DEF1400

 

 

 十代くんは定番となりつつあるスパークマンを召喚。ただ、ジムナティクスの効果を警戒しての守備表示。

 

 どうしようとも、まだこのターンじゃ動けないもんね~

 

 最後となる三沢くんのターンが始まる。

 

「俺のターン、ドロー。カーボネドンを守備表示で召喚。カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 

 カーボネドン

 DEF600

 

 

 みんな守備表示。さらに伏せカード。攻撃できない1ターン目はみんなして防御を固めてきた。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 でもここからは攻撃ができるようになる。本当の開始はここからだよ!

 

「スタンバイフェイズに、ピケルの効果を発動! ホーリー・サンクチュアリ」

 

 ピケルの癒しの白魔法。私の体中を包み、淡く照らす。

 

 

 舞花&十代

 LP8400→9200

 

 

「そして、マジシャンズ・ヴァルキリアを召喚!」

 

 十代くんのスパークマンのように、もはや定番となりつつある私のモンスター。

 魔法使いの少女は臨戦態勢で杖を構えた。

 

 

 マジシャンズ・ヴァルキリア

 ATK1600

 

 

 

「装備魔法、王女の試練を発動するよ。ピケルの攻撃力を800ポイントアップ!」

 

 

 白魔導士ピケル

 ATK1200→2000

 

 

 これでピケルの攻撃力はサイバー・ジムナティクスの守備力を超えた。さらに私はピケルを攻撃表示へと変更する。

 

 さあ、いっくよ~

 

「バトルフェイズ! ピケルでサイバー・ジムナティクスを攻撃! ホーリーマジック!!」

 

 ぴょこん、と擬音がつくようにピケルは跳ね、杖を構える。杖の先に白い魔力が溜まったかと思うと、レーザー丈になってサイバー・ジムナティクスを襲う。

  

 パァンという音と共に、モンスターが光となって四散した。

 

「くっ」

 

「まだ攻撃は残ってるよ! マジシャンズ・ヴァルキリアで明日香ちゃんにダイレクトアタック!!」

 

 マジシャンズ・ヴァルキリアが明日香ちゃんに杖の先を向ける。そのタイミングで、

 

 明日香ちゃんが動いた。

 

「リバースカードオープン……」

 

 絵柄に書かれているのは……今私の場にいるモンスター。

 

「ライバル登場!!」

 

 私が前のデュエルで使ったカードだった。

 

「そのカードは……」

 

「前のデュエルであなたが使ったカードよ」

 

 あの時、私がブラック・マジシャンを出すのに使ったカード。でも、何で明日香ちゃんが?

 首を傾げる。明日香ちゃんはそんな私を鋭い目付きで見つめた。

 

「このカードをあなたが使ったとき、私はとても嬉しかったわ」

 

 嬉しかった……?

 

 私にはその意味がわからないと悟ったか、明日香ちゃんは続けて言葉を紡ぐ。

 

「私はアカデミアの女王と呼ばれていた。そのせいで、みんなからは羨望の眼差しでしか見られたことなんてなかったわ」

 

 そうだ。いつもみんなは明日香ちゃんを尊敬していた。友達であるはずのジュンコちゃんやももえちゃんですらも、明日香ちゃんに対しては尊敬の眼差しを向けている時がある。

 

「だから、私は求めていたの。私が全力で戦えるような同年代女子生徒(ライバル)を!」

 

 孤高だった、明日香ちゃんは女子生徒の中では圧倒的に強かったから。そしてこの学校には、花嫁修業のような感覚で通ってる子もいるから、本気で強くなろうとする人が少ないんだ。

 かと言って男の子じゃダメなんだ。同性の、まさにライバルという人間が、今まで居なかったんだ。

 

「あなたがこのカードを使ってくれたとき、私の願いが通じたようで嬉しかったわ。初めて会った時から、あなたは私のライバルになれる人間だと思っていたのだから」

 

 私はあの時無意識に使っていたようで、同じことを思っていたのかもしれない。

 明日香ちゃんは私の力を認めてくれていた。そして私も、最初からきっと良い友達(ライバル)になれるって思っていたから。

 

「その好敵手(ライバル)とのデュエル……私は手を抜かない!! ライバル登場の効果で、エトワールサイバーを守備表示で特殊召喚!!」

 

 

 エトワールサイバー

 DEF1600

 

 

 手を抜かない。その言葉の通りなのだろう。明日香ちゃんの切り札を呼ぶ1枚、エトワールサイバーが私のマジシャンズ・ヴァルキリアの攻撃を阻む。

 

「攻撃変更するよ。ヴァルキリアでカーボネドンを攻撃!!」

 

 攻撃の方向が変わり、明日香ちゃんから三沢くんの場へと杖の向きが変わる。

 フィールドを爆煙が包み、ヴァルキリアの攻撃はカーボネドンを粉砕する。

 

「私も……全力だよ」

 

 攻撃の方向が三沢くんに行ってしまった。でも、私は逃げるわけじゃない。

 

「わかってるわ」

 

 コクン、と明日香ちゃんは頷く。だって、これはタッグデュエルなのだから。目の前の戦いたい相手(ライバル)とだけ戦っているわけにはいかないから。

 

 

 さりげなく、カーボネドンが破壊されたタイミングで、三沢くんは魂の綱を発動していた。その効果によってハイドロゲドンが三沢くんの目の前に特殊召喚される。

 

 

 明日香&三沢

 LP8000→7000

 

 

「ターンエンドだよ」

 

 すう、と息を飲む。次の明日香ちゃんの一手が手に取るようにわかる。でも、今の私にはそれを防ぐ手段は無い。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 明日香ちゃんも、読まれているのは承知のようで、迷うことなく手札のカードに手をかけた。

 

「魔法カード、融合を発動!! 手札のブレード・スケーターとエトワールサイバーを融合! サイバー・ブレイダーを召喚!!」

 

 前に戦った明日香ちゃんのエースカード。サイバー・ブレイダーがあっというまに召喚された。

 

 

 サイバー・ブレイダー

 ATK2100

 

 

 今、私たちのフィールドのモンスターは、ピケル、ヴァルキリア、スパークマンの3体。よって私と十代くんは全ての効果を使うことができなくなってる。

 

「バトルよ! サイバー・ブレイダーで、マジシャンズ・ヴァルキリアを攻撃!! グリッサード・スラッシュ!!」

 

 息をつく間もなく、ヴァルキリアはサイバー・ブレイダーのスケートの刃に両断される。2100-1600、500のダメージが私を襲う。

 

 

 舞花&十代

 LP9200→8700

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 宣言通り、いや、宣言なんてしなくても、明日香ちゃんは本気だ。

 そして、もちろん私も、十代くんも、三沢くんだって本気のはず。

 

 この燃え上がるように熱いデュエル。楽しくって仕方がないよ!

 

「行くぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

「ピケルの効果発動! ホーリー・サンクチュアリ!」

 

 

 舞花&十代

 LP8700→9500

 

 

 ピケルの効果でライフポイントは初期値よりも高い。でも、このデュエル、気を抜いたらきっとあっという間にやられちゃう。

 

「今度は俺の番だ! 融合を発動。場のスパークマンと手札のネクロダークマンを融合! 来い! E・HERO ダーク・ブライトマン!!」

 

 十代くんの使った中で、まだ見たことが無いHERO。スパークマンとネクロダークマンの特徴を二つとも持っているようなHEROがフィールドへと現れた。

 

 

 E・HERO ダーク・ブライトマン

 ATK2000

 

 

「ダーク・ブライトマンで、ハイドロゲドンを攻撃! ダーク・フラッシュ!!」

 

 ダーク・ブライトマンは両の手から黒い光を発生させる。スパークマンのスパークフラッシュのようにその光を相手モンスターに飛ばしていった。

 

「しまった……」

 

 

 三沢&明日香

 LP7000→6600

 

 

 ハイドロゲドンが破壊されると、三沢くんは悔しそうに呟く。あのモンスターは、何か切り札を呼ぶためのモンスターだったのかもしれない。もしそうなら、今倒せたのは良かった。

 

「攻撃後、ダーク・ブライトマンは守備表示になる。ターンエンドだ」

 

 

 E・HERO ダーク・ブライトマン

 ATK2000→DEF1000

 

 

 三沢くんのフィールドからはモンスターが居なくなった。けど、次は三沢くんのターンだ。入学試験トップの三沢くんが、1ターンでどんな行動をしてくるか分からない。

 

 ちらり、と十代くんの顔を見た。

 

 このデュエルが決まったとき、ライバル心をむき出しにして十代くんに宣戦布告した三沢くん。その三沢くんが、このターンどんな行動をとって自分を攻撃してくるのか。十代くんは気になって仕方がなくて、そしていつもの、とってもワクワクしている顔だ。

 

 楽しいよねっ

 

 心の中で呟いたのと同時に、十代くんはコクン、と頷いて笑った。

 

「俺のターン、ドロー。魔法カード、強欲な壺を発動。デッキからカードを2枚ドローする。さらに魔法カード、化石調査を発動。このカードは、デッキからレベル6以下の恐竜族モンスターを手札に加えることができる。その効果で、デッキからオキシゲドンを手札に加える」

 

 強欲な壺の手札補充、さらに化石調査でのサーチ。三沢くんの手札が一気に濃くなる。

 

「十代、橘、俺はお前たちのようにカードのドローが良いわけではない。だが、俺はカードを駆使することで、その差を埋めてみせる!」

 

 顔つきが険しくなる。三沢くんもこのターンで切り札を出してくるつもりだ!

 

「行くぞ! 手札に加えたオキシゲドンを召喚! さらに手札から装備魔法、早すぎた埋葬を発動! 800ポイントライフを支払い、墓地のモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する。俺は墓地のハイドロゲドンを特殊召喚!」

 

 三沢くんのフィールドに2体のモンスターが並ぶ。水素と酸素をまとった2体の恐竜がこちらを睨む。

 

 三沢&明日香

 LP6600→5800

 

 ハイドロゲドン

 ATK1600

 

 オキシゲドン

 ATK1800

 

 

「ハイドロゲドンで、ピケルを攻撃! ハイドロ・ブレス!!」

 

 ハイドロゲドンの口から吐かれた水素の息吹(ブレス)。ピケルに向かって一直線に進んで行く。

 

「ピケルの方が攻撃力は上だよ~?」

 

 そんなことは百も承知。そう言わんばかりに三沢くんは手札のカードに手をかけた。

 

「分かってるさ。速攻魔法、エネミーコントローラーを発動! モンスター1体の表示形式を変更する! ピケルを守備表示に変更」

 

 空中に浮かび上がったコントローラーに、何かコマンドが入力される。ピケルに何かの強制力が働き、杖を構えた臨戦態勢から、膝をついて守りを固める守備体制へとむりやり変えられてしまった。

 

 

 白魔導士ピケル

 ATK2000→DEF0

 

 

「そんなっ!」

 

 無防備と言っていいピケルの守備力。もちろん耐えられるわけもなく、水素のブレスに屈し、破壊されてしまった。

 

 ピケル~……

 

「ハイドロゲドンの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊したとき、デッキからハイドロゲドンを特殊召喚することができる!」

 

 フィールドにもう1体ハイドロゲドンが増える。

 

 そんな、これじゃあ破壊されればされるほど戦力が増えちゃうよ~

 

「2体目のハイドロゲドンで、ダーク・ブライトマンを攻撃!」

 

 続いて放たれるブレス。効果によって守備体制をとっていたダーク・ブライトマンの低い守備力を襲う。

 

「罠発動! 異次元トンネル―ミラーゲート―! このカードは、E・HEROと名のつくモンスターが戦闘する時、相手モンスターと、自分のモンスターを入れ替えて戦闘を行う」

 

 これでハイドロゲドンは十代くんのフィールドに移り、戦闘破壊しても効果を発動できない。ナイスプレイだよっ、十代くんっ!

 

「甘いぞ十代! リバースカードオープン、暴君の威圧!」

 

「何っ!?」

 

 フィールドにいたはずの、攻撃を終えたハイドロゲドンが生贄の光になってフィールドから消えていく。

 

「暴君の威圧は、自分フィールド上のモンスターを1体生贄に捧げて発動する。このカードが存在する限り、俺のフィールドのモンスターは、罠の効果を受け付けない!!」

 

「じゃあ、ミラーゲートは……」

 

「不発だ!!」

 

 ミラーゲートが入れ替えるはずだったバトルが、入れ替わることなく戦闘が継続する。ダーク・ブライトマンはブレスに飲み込まれて破壊されてしまった。

 

「だが、戦闘で破壊されたダーク・ブライトマンの効果を発動! 相手モンスター1体を破壊するぜ! サイバー・ブレイダーを破壊だ!!」

 

 ダーク・ブライトマンの最後の力がサイバー・ブレイダーを襲う。明日香ちゃんは一度舌打ちをして、一枚のカードを発動させた。

 

「ただではやられないわ! 速攻魔法、融合解除を発動! サイバー・ブレイダーの融合を解除」

 

 ダーク・ブライトマンの最後の効果が当たる前に、明日香ちゃんのフィールドが光る。サイバー・ブレイダーが二つに分かれ、融合前の二体に戻った。

 

 

 エトワール・サイバー

 ATK1200

 

 ブレード・スケーター

 ATK1400

 

 

「三沢くん?」

 

 明日香ちゃんが少し……少しだよね? 怒った顔で三沢くんを睨む。三沢くんはひきつりながら後ずさった。

 

「あ、ああすまない。……ハイドロゲドンの効果発動! もう1体ハイドロゲドンを特殊召喚! そして、最後のハイドロゲドンとオキシゲドンで、十代をダイレクトアタック!!」

 

 もう私たちのフィールドはがら空きになってしまっている。守る手段もなく、オキシゲドンの酸素のブレスと、ハイドロゲドンの水素のブレスの二つを受けてしまった。

 

「十代くんっ!!」

 

「大丈夫だ、舞花」

 

 ニカッと笑って十代くんは楽しそうな笑顔を見せた。そうだよね、それでこそ十代くんだよ。

 

 

 十代&舞花

 LP9500→7700→6100

 

 

 大きなダメージを受けてしまった。ピケルの効果で割らなかった初期ライフ値をとうとう下回ってしまう。

 

「十代! まだここからだ!!」

 

 三沢くんが叫ぶ。その顔はあの時、宣戦布告したときと同じ顔。十代くんを打ち破ると、自信満々に言っていたあの時の顔だ。

 

「手札から魔法カード、ボンディングH2Oを発動! 場のハイドロゲドン2体とオキシゲドン1体、つまり、酸素2と水素1を化合し、水を生成する! ウォータードラゴンを特殊召喚!!」

 

 現れたのは水の龍。ハイドロゲドンの水素とオキシゲドンの酸素が化合した姿。

 

 

 ウォータードラゴン

 ATK2800

 

 

「そしてこの瞬間、墓地のカーボネドンの上に10枚のカードが積み重ねられた。カーボネドンは瞬間的に巨大な圧力をかけられて、ダイヤモンドを生成する。モンスター効果発動! このカードを除外することで、ダイヤモンド・ドラゴンを特殊召喚する!!」

 

 

 ダイヤモンド・ドラゴン

 ATK2100

 

 

「綺麗……」

 

 思わずそう言ってしまった。それほどまでに綺麗に白く輝くダイヤモンドの光。ダイヤモンド・ドラゴンが大きな鳴き声を発してその存在感を周囲に知らしめた。

 

「最上級モンスターが2体も……」

 

 しかもこっちのフィールドは0。この状況は、まさに絶体絶命だ。

 

「十代! 1番は返上してもらうぞ!!」

 

 三沢くんがまっすぐに十代くんを指さした。

 

 フィールドの2体の龍の圧力は、その言葉を具現しているかのようだった。




今回の未OCG化カード
カーボネドン
星1 光属性 ドラゴン族 ATK100 DEF600
墓地にあるこのカードの上に10枚のカードが置かれた場合、墓地のこのカードをゲームから除外して、「ダイヤモンド・ドラゴン」1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

あ、OCG的にはダメージステップに融合解除は発動できませんが、アニメ的なルールなので細かくはつっこまないでください。……って言うと便利な言い訳に聞こえますね(^-^;)
作者的には分かってやってるのでルールミスでは無いです。


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13-turn 絶体絶命!? 奇跡を起こす軌跡

「十代! 1番は返上してもらうぞ!!」

 

 背に2体の最上級ドラゴンを従えた三沢くん。2体の龍が放つ圧力は、私たちを畏怖させようとしている。

 

 

 《フィールド》

 舞花&十代 

 モンスター無し 伏せカード無し

 

 三沢&明日香 

 エトワール・サイバー ブレード・スケーター ダイヤモンド・ドラゴン ウォータードラゴン 罠カード 暴君の威圧 伏せカード1枚

 

 

 舞花&十代

 LP6100

 

 三沢&明日香

 LP5800

 

 

 ライフポイントでは勝ってるけど、フィールドの差は圧倒的だ。私と十代くんのフィールドには、すでにカードが何もない。

 なんとか次の私のターンで、少しでも盛り返さないと。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 ようやく三沢くんのターンが終わる。この1ターンで出された2体の最上級ドラゴン。入学試験1位の面目躍如を果たしてきた。

 

 でも、私も十代くんもそんなに簡単に勝てるなんて思ってない。ここから盛り返していくよ!!

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ダメだ、手札が悪い。でも、今引いたこのカードを使えば……

 

「魔法カード、トレード・インを発動! 手札のレベル8のモンスターを墓地に送ってカードを2枚ドローするよ。手札のブリザード・プリンセスを墓地に送ってドロー!!」

 

 引いたカードを見てみる。1枚はタッグデュエル用に入れてみたカードの1枚。そしてもう1枚は……

 

 来てくれたね。『ブラック・マジシャン』

 

 引いたカード、残りの手札、使うことのできるあらゆる場所のカードを頭のなかで整理して考える。

 

 このカードを組み合わせれば……

 

 頭の中で一つの筋道が浮かぶ。それは私の手札に眠る、大好きなカードを呼び出すための道。

 

 よしっ、いけるよ~

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを守備表示で召喚! カードを2枚伏せてターンエンドだよ」

 

 

 ジュニア・ブラック・マジシャン

 DEF1000

 

 

 おなじみの私の可愛い相棒。ジュニアはフィールドで膝をおって両手を組む。

 

 あっさりターンを終えた私を明日香ちゃんは訝しげに見つめる。私の伏せカードを警戒しているようだ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 明日香ちゃんの視線の先にあるのは、ジュニアだ。私の切り札を呼ぶための、私の相棒と呼べるモンスター。明日香ちゃんは、今私がどうやってブラック・マジシャンを出す気なのか考えているはずだ。

 

「(今までの舞花を考えれば……血の代償? その可能性はあるわね。でも、逆にそれ以外なら、舞花はブラック・マジシャンを召喚するために次の自分のターンを待たなければいけない。2枚の伏せカードは2ターンを耐えるためのものかもしれないわ)」

 

 数秒、動きが止まったかと思うと、明日香ちゃんの眼がキッと鋭くなる。攻撃する意思をこちらに向けた。

 

「あなたに対して、躊躇したってしょうがないわ。バトルよ! ブレード・スケーターで、ジュニア・ブラック・マジシャンを攻撃!!」

 

 フィールドに残っている2体のサイバー・ブレイダーの融合素材。その一方のブレード・スケーターがジュニアに向かって来る。

 

「リバースカードオープン! 罠カード、ラスト・エントラスト!!」

 

 直後、ブレード・スケーターの動きが止まり、ススと明日香ちゃんの下へと戻っていく。

 

「ラスト・エントラストは、このターンのバトルフェイズを終了させるよ」

 

 ただそれだけのシンプルな効果。でも、攻撃の無力化と違ってタイミングを選ばない。そしてその分だけデメリットが存在してしまうカード。

 

「そしてラスト・エントラストの効果で、私は相手プレイヤーに手札を1枚渡すよ」

 

 トトっと走って十代くんの下まで行く。

 

 カードを渡すのは相手プレイヤーだ。でも、迷宮兄弟さんたちがやっていたように、相手プレイヤーを対象に取る効果はパートナーに使うこともできるのがこのタッグデュエルのルール。だから、私は十代くんにこのカードを託す。

 

「十代くん……」

 

 私が十代くんに差し出したカードを十代くんは見つめる。驚きの表情が一瞬だけ浮かび上がった。

 

「舞花、このカードは……」

 

「お願い、だよ」

 

 その一言だけ告げて、私は自分の立ち位置まで戻っていった。

 

「でも、あなたは三沢くんのターンを耐えなければブラック・マジシャンを召喚できない! 私はこれでターンエンドよ」

 

 タッグデュエルの回り方なら、確かに私は三沢くんのターンを超えなければ『私の手札から』ブラック・マジシャンを召喚できない。

 

 でもっ!!

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 ここで始まる十代くんのターン。十代くんは一瞬だけ私の顔を見つめた。

 

 お願い、だよ

 

 コクン、と頷いた私に対して、いつものように十代くんはニカッと笑ってくれた。

 

「行くぜ!」

 

 十代くんが手札のカードに手をかけるのと同時に、私のフィールドのジュニアが飛び上がる。

 その体は光となって、十代くんの手のカードへと吸い込まれていく。

 

「そんな……まさかっ!?」

 

 忘れてはいけない。タッグデュエルのルールには、パートナーのモンスターを生贄に捧げる事ができるということを!

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを生贄に……」

 

 今、私はあなたのマスターになれないけれど、でも、あなたは私と……私たちと一緒に戦うんだ!

 

「最後まで……私たちと共にっ!」

 

「ブラック・マジシャンを召喚!!」

 

 私の場のジュニアを生贄に捧げられて召喚された、私のフェイバリットカード。ブラック・マジシャンは私ではなく十代くんのフィールドへ召喚された。

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK2500

 

 

「ジュニアを生贄に捧げて召喚したブラック・マジシャンは、攻撃力が1000ポイントアップするぜ!」

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK2500→3500

 

 

 これでブラック・マジシャンの攻撃力はフィールドの全てのモンスターを上回った。ようやく攻撃に入ることが出来そうだよ。

 

 十代くんも同じことを考えていたのか、すぐさまバトルフェイズに入った。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでウォータードラゴンを攻撃!!」

 

 十代くんが私に目で合図を送ってきた。

 

 うんっ!

 

「ブラック・マジック!!」

 

 私が技名を叫ぶと、ブラック・マジシャンが呼応し魔力を生成する。黒い、巨大な黒魔法がウォータードラゴンに向かって一直線に向かっていった。

 

 と、同時だった。

 

「この時を待っていた! リバースカードオープン!」

 

 三沢くんが伏せていたカードを開く。それと同時にブラック・マジシャンの体が炎に包まれていく。

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK3500→0

 

 

「そんなっ! なんで……」

 

 突然にブラック・マジシャンの攻撃力が0になる。放たれていた黒い魔法はウォータードラゴンに弾き飛ばされた。

 

「DNA移植手術の効果により、俺はフィールド上のモンスターの属性をすべて炎属性に変更した」

 

 三沢くんの伏せカード、それはDNA移植手術だった。でも属性を変えるだけのカードでどうしてブラック・マジシャンが……

 

「そしてウォータードラゴンの効果により、フィールド上に存在する全ての炎族、炎属性モンスターの攻撃力は0になる」

 

「バカな! DNA移植手術の効果は自分のフィールドにも影響するはずだろ!? どうしてそっちのモンスターは攻撃力が0にならないんだ?」

 

 十代くんの指摘。それを聞いて私は背筋が凍るような寒気を感じた。この事態は初めから計算されていたのだという事実に気づいてしまったんだ。

 

「暴君の威圧だよね……?」

 

「そうだ! 暴君の威圧によって俺たちのフィールドのモンスターは罠の効果を受け付けない。よってDNA移植手術の効果は受けない!」

 

 それによって三沢くんたちのフィールドのモンスターは攻撃力を保っているということなんだね。

 

 私たちが戦ってる相手の強さを改めてすごいと感じる。こんな風に、計算し尽くしたプレイングをやってのけるのだから。

 

「すごい……」

「すっげえな……」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。私と十代くんは同時に呟きが漏れていた。一瞬顔を見合わすると、私たちの心が一緒だということはひと目でわかった。

 

「すっげえぜ! 三沢!!」

 

「本当にすごいよ~!!」

 

 楽しい!

 

 心臓がドキドキする。それは十代くんに向けるものとはまた別のドキドキ。

 体の底から熱が湧き上がってくる。足の先から、頭のてっぺんまで覆い尽くすと、そこにあるのは高揚感。

 

 決闘におけるピンチは、むしろすっごく楽しい。

 相手が強くて、すっごいコンボを決めてきたときは本当に楽しい。

 

 それを打ち破るために、全力をつくして戦えるのだから

 

「褒めてくれるのは嬉しいが、ウォータードラゴンの反撃を忘れてはいないか?」

 

「「あ……」」

 

 そうだ、攻撃を仕掛けた私たちだったけど、攻撃力が0になっただけでまだ戦闘は継続しているんだった。

 

 ウォータードラゴンが水の息吹(ブレス)をブラック・マジシャンに向かって放っていた。

 

「罠発動! ブラック・イリュージョン!!」

 

 息吹はブラック・マジシャンの体をすり抜ける。

 

 間一髪、間に合った~……

 

「ブラック・イリュージョンの効果で、このターンブラック・マジシャンは戦闘とあらゆる効果では破壊されなくなるよ!」

 

「だが戦闘ダメージは受けてもらう!!」

 

 ウォータードラゴンの息吹(ブレス)はブラック・マジシャンをすり抜けたまま、十代くんへと直撃した。

 

「っつー……」

 

 

 舞花&十代

 LP6100→3300

 

 

「十代くん、平気?」

 

「ああ、へっちゃらだぜ!」

 

 問題ないと体を動かす十代くん。

 このターンの攻防でライフをまた大きく削られてしまった。

 

「ブラック・イリュージョンの効果で、相手プレイヤーは1枚ドローできる。十代くんに1枚ドローしてもらうよ」

 

 このルールだとブラック・イリュージョンは完全にメリットカードだ。

 

「ドロー!」

 

 十代くんの手札に、どうか逆転の一手が入ってくれますように……

 

 私のフィールドにはもう伏せカードは無い。それどころかモンスターすらいない。十代くんのこのドロー次第で、どうにかしないといけないんだ。

 

「よし! フィールド魔法、フュージョンゲートを発動!」

 

 十代くんが引いたカードを表にする。フィールド魔法の発動によって、あたりの風景がガラリと変わる。少しくらい、渦を巻いたようなものが見える場所が映し出された。

 

「フュージョンゲートの効果により、融合なしで融合召喚を行うことができる! 俺は手札のバブルマンとクレイマンを融合! 現れろ! E・HERO マッドボールマン!!」

 

 十代くんの手札から2体のモンスターが渦の中へと吸い込まれる。2体のモンスターが混ざり合ったと思うと、その中から大きなボールのようになったHEROが姿を表した。

 

 

 E・HERO マッドボールマン

 DEF3000

 

 

 攻撃系のモンスターじゃ攻撃力が0になってしまう。だから守備系のモンスターを出したんだ。マッドボールマンの守備力ならどのモンスターでも突破できない。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 十代くんのターンが終わる。次にターンが回ってくるのは、現状、最も強いモンスターを従えている

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 三沢くんだ。

 

 三沢くんは引いたカードを見た瞬間、にやりと笑いを浮かべた。

 

「魔法カード、撲滅の使徒を発動! このカードの効果により、伏せカード1枚を破壊する!」

 

 直前に十代くんが出したカードに向かって使徒が剣を振るう。

 

「チェーンだ! 罠カード発動!」

 

 十代くんが開いたカード、それは……

 

 

 ――このカード、俺も使って助け合おうぜ!――

 

 

 私がタッグデュエルに使えると思ってピックアップしたカードの中で、唯一二人ともデッキに入れたカードだった。

 

「強欲な贈り物!」

 

「何っ!?」

 

 強欲な贈り物は、相手プレイヤーに2枚カードをドローさせるだけのシンプルなカード。本来ならデメリットしかないはずのカードだけど、このタッグデュエルでは違う。

 

「舞花が2枚ドローするぜ!」

 

 シンプルが故に、デッキを選ぶ必要が無かった。強欲な贈り物の効果で2枚ドローする。

 

「ドロー!!」

 

「だが、これでお前たちの身を守るものは無い!! バトルだ! ウォータードラゴンで、ブラック・マジシャンを攻撃! ウォーターブレス!!」

 

 三沢くんの言うように、もう私たちの場には伏せカードは無い。純粋なモンスター勝負をしなければならなくなってしまった。

 

 でも、ブラック・マジシャンの攻撃力は……0

 

「ブラック・マジシャンっ!!」

 

 ウォータードラゴンのブレスに飲み込まれ、ブラック・マジシャンは破壊されてしまった。

 

 

 舞花&十代

 LP3300→500

 

 

「ああ~……」

 

「これで終わりだ! ダイヤモンド・ドラゴンで、橘にダイレクトアタック! ダイヤモンド・ブレス!!」

 

 フィールドに何も無い私に、ダイヤモンド・ドラゴンの攻撃が来る。

 

 私にも、十代くんにも、もう伏せカードが無い……

 

「俺たちの、勝ちだ!!」

 

 負けるの……?

 

 もう、だめなの……?

 

 ダイヤモンド・ドラゴンの息吹(ブレス)が、当たった。

 

 ――ドォン!!

 

 煙が上がる。ソリッドビジョンによって作られたその煙がだんだんと晴れていく……

 

「な、なんだ!?」

 

 薄くなっていく煙に、私以外の影が映る。両手を広げた、人影。

 

「ブラック・マジシャン……」

 

 破壊されたはずのブラック・マジシャンの姿が、私の目の前にあった。

 

 両手を広げ、私を守るようにして、私の前に立ち塞がっていた。

 でもその姿は本体ではなく、半透明の姿。墓地から伸びている光とつながっていた。

 

「な、何故だ!?」

 

 何故? 私にも分からなかった。でも、私の手札のカードが1枚光っている。

 

 そっか、このカードが……

 

「自分フィールド上のモンスターが破壊されたとき、手札を1枚捨てることでこのカードは手札から発動することができるんだ」

 

 1枚手札からカードを墓地に送る。そして、そのカードをちゃんと表にした。

 

「『死者の加護』」

 

 死してなお、ブラック・マジシャンが私を守ってくれた。半透明となっているブラック・マジシャンは、目をつむって私にコクンと頷いた。

 

 ありがとう、ブラック・マジシャン

 

「死者の加護の効果で、バトルフェイズは終了だよ」

 

「くそっ! ターンエンドだ」

 

 首の皮1枚繋がった……っていう感じだ。本当にずっと追い込まれてしまっている。今凌いだだけで、こっちはまさに絶体絶命の状況が続いてしまっている。

 

「私のターン……」

 

 でも、戦うよ。

 

 だって私はデュエルが好きだから。

 

 勝とうって思いながら、勝つって考えないまま、私は最後まで全力で、自分の出来ることをするんだ。

 

 それが楽しむってことだから。

 

「ドロー!!」

 

 手札に舞い込んだカードは希望をつなぐカード。

 

「手札から魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のモンスターカード5枚をデッキに戻して、2枚ドローするよ!!」

 

 ピケル、ヴァルキリア、プリンセス、ジュニア、そしてブラック・マジシャンの5枚をデッキに戻してシャッフルする。

 

「2枚ドロー!!」

 

 その2枚のカードを見たとき、

 

 私は笑った。 

 

 そして、頭に浮かんでくる。それは奇跡(勝利)を起こす軌跡。

 

 さあ、行こう

 

「黒魔術のカーテンを発動! ライフポイントを半分にして、デッキからブラック・マジシャンを特殊召喚するよ!!」

 

 デッキで一時休憩していた私のブラック・マジシャン。まだ疲れは取れてないかもしれないけど、でも……

 

「最後まで……私と共にっ! 来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 最後まで私と戦って!

 

 再びフィールドに舞い戻る漆黒の黒魔術師。あなたの役目は、この状況を打破すること。

 

 

 舞花&十代

 LP500→250

 

 

「だが、DNA移植手術の効果でブラック・マジシャンは炎属性になり、ウォータードラゴンの効果で、攻撃力が0になる!!」

 

 ブラック・マジシャンの体を炎が包む。そしてその周りを、ウォータードラゴンの水が包み、攻撃力を奪う。

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK2500→0

 

 

「行くよ! 『黒・魔・導(ブラック・マジック)』!!」

 

 手札から1枚のカードをデュエルディスクにセットすると、ブラック・マジシャンが飛び上がり、杖の先に黒の魔力を貯める。

 いつもと違ってその魔力は横長く、モンスターの後ろに向かって飛んでいった。

 

 ――ドォン!!

 

 煙が晴れると、三沢くんの場にあった2枚の罠カードが消えていた。

 

「しまった!」

 

 専用魔法カード『黒・魔・導(ブラック・マジック)』。このカードの効果は、相手フィールド上の魔法・罠カードをすべて破壊する。かつて猛威を奮い、禁止カードに制定された『ハーピィの羽箒』と同じ効果を持つ強力カードだ。

 

「これでブラック・マジシャンの攻撃力は元に戻るよ!」

 

 ブラック・マジシャンの体から炎が取れる。その下から本来の紫の衣装が現れた。

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK0→2500

 

 

「バトル! ブラック・マジシャンで、ブレード・スケーターを攻撃! ブラック・マジック!!」

 

 場には十代くんのフュージョンゲートがある。このままほっておいたらまたサイバー・ブレイダーを特殊召喚されてしまう。だから厄介な最上級モンスターを置いといても攻撃しなきゃ。

 

 ブラック・マジシャンの攻撃がブレード・スケーターを破壊した。

 

「くっ……」

 

 

 三沢&明日香

 LP5800→4700

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

 これが私のできる精一杯。勝てるかどうかは分からなくても、勝つためのことは全部やった。

 手札も0。もう、やれることは無い。

 

「私のターン、ドロー!!」

 

 明日香ちゃんの場にいるのはエトワール・サイバーのみ。サイバー・ブレイダーという切り札を呼ぶ手段を失っている今、明日香ちゃんは一体どう仕掛けてくるだろう?

 

「マンジュ・ゴッドを召喚!」

 

 明日香ちゃんが出した中で、初めてサイバーとつかないモンスターカード。その効果は有名だから私も知っている。

 

「マンジュ・ゴッドの効果発動! このカードが召喚に成功したとき、デッキから儀式魔法カードを1枚手札に加えるわ」

 

 明日香ちゃんは融合召喚をメインにしているプレイヤーだと思っていた。でも、ここにきて儀式召喚の必須サポートであるマンジュ・ゴッドのカード。いったいどういうこと?

 

「サイバー・ブレイダーはもう出せないわ。なら、私はもう一つの切り札を出す!」

 

 まだ見たことの無い、明日香ちゃんのもう一つの切り札。デッキから手札に加えたカードをそのまま表にした。

 

「機械天使の儀式を発動! フィールドのエトワール・サイバーとマンジュ・ゴッドを生贄に捧げるわ」

 

 儀式召喚は自分の場か手札から儀式召喚するモンスターとレベルの数が一致かそれ以上になるように生贄に捧げる召喚法。今の2体を生贄にしたということは、最高でレベル8。

 

「サイバーエンジェル―荼枳尼―を儀式召喚!!」

 

 初めて見るモンスター。機械で出来た天使がフィールドに表れる。

 

 

 サイバーエンジェル―荼枳尼―

 ATK2700

 

 

「サイバーエンジェル―荼枳尼―の効果発動! このカードの儀式召喚に成功したとき、相手プレイヤーは自分モンスター1体を選択して破壊する!」

 

「えっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 自分モンスター1体。私たちの場にはお互いに1体ずつのモンスター。

 

 どっちを破壊すればいいんだろう?

 

 思考する。頭を回転させてどうすればいいのかを考えてみる。

 

 単純に考えるなら、次は十代くんのターンだから、十代くんのモンスターを残すべきだよね。

 

 でも……

 

 ブラック・マジシャンを見る。これはつまり、ブラック・マジシャンを自ら選択して破壊するということをしなければならないということだ。

 

 どうしよう……

 

 一瞬葛藤する。でも、結論なんてすぐに出る。

 

 これはデュエルなんだ

 

 だから、勝つための行動を取るべきなんだ。

 

「私は、ブラック・マジシャンを……」

 

 一瞬だった。ほんのちょっと残っていた迷いが、言葉を一度途切らせ、そして

 

「マッドボールマンを破壊だ!!」

 

「ええっ!?」

 

 その間に十代くんが自分のマッドボールマンを破壊した。

 

「じゅ、十代くん……?」

 

 私のブラック・マジシャンを、守ってくれた……?

 

 十代くんは振り向かない。そして、これで十代くんのフィールドはがら空きだ。

 

「バトルよ! 荼枳尼で、十代にダイレクトアタック!!」

 

 まずい! これが通ったら、私たちの負けだ!

 

 それに……

 

 自分の身を守るすべを捨ててまで、私のブラック・マジシャンを守ってくれた十代くんを、

 

 私の大切な人(パートナー)

 

 守らなきゃ!!

 

「墓地の埋没神の救済の効果発動! 墓地のこのカードを含む5枚のカードをゲームから除外することで、バトルフェイズを終了させるよ!!」

 

 珍しいタイプの、墓地でしか効果を発動することができないカード。その効果によってバトルを行おうとした荼枳尼を止め、バトルフェイズを終了させた。

 

「くっ! ターンエンドよ!」

 

 一度舌打ちを交えて、明日香ちゃんは悔しそうな表情を浮かべる。

 

 なんとか……助かった……

 

 安堵の息を漏らす。でも、これでもう本当に身を守るすべはなくなった。

 

 だから、十代くん、これがラストチャンスだよ

 

「俺のターン」

 

 力を込める。十代くんの最後のドロー。その姿はまっすぐで、堂々としていて

 

「ドロー!!」

 

 そして、輝いて見えた。

 

「舞花!」

 

 大きな声で私の名前を呼ぶ。まっすぐに、私の瞳を視線が貫く。

 それだけで、私は十代くんの言いたいことが理解できた気がした。

 

 ――いいよ、十代くんが守ってくれたんだから――

 

 私はコクン、と頷いた。

 

「魔法カード、ヒーローマスクを発動! デッキからE・HEROと名のつくモンスターを1体墓地に送ることで、自分のモンスター1体を、そのモンスターと同じ名前にすることができる! デッキからフェザーマンを墓地に送るぜ!」

 

 墓地にフェザーマンを送ると、ブラック・マジシャンの顔に、フェザーマンのお面が表れる。これでこのターン、ブラック・マジシャンはフェザーマンになった。

 

「フュージョンゲートの効果発動! 手札のバーストレディと、フェザーマンとなったブラック・マジシャンを融合!」

 

 フュージョンゲートの渦に、ブラック・マジシャンとバーストレディが吸い込まれていく。この2体による融合は、きっと私が1番よく見てきた十代くんの融合モンスター。

 

「来い! マイフェイバリットヒーロー、フレイム・ウイングマン!!」

 

 ああ、きっと十代くんはわかってるんだ。私が伏せているカードがなにかということを。

 

 私の伏せているカードが、奇跡(逆転)を起こすためのものだということを。

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 ATK2100

 

 

「行くぜ! フレイム・ウイングマンで攻撃!」

 

「バカな! 攻撃力では、俺たちの場のモンスターには敵わない!」

 

 そして十代くんは手札も場の他のカードも0。ひとりじゃ勝てない。

 

 でも、ひとりじゃない!

 

「いや、これが俺たちの、奇跡を起こすカードだ!」

 

「行くよ! リバースカードオープン! 『奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)』!!」

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 ATK2100→3100

 

 

 フレイム・ウイングマンの攻撃力が、奇跡によってアップする。

 

奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)の効果により、攻撃力を1000ポイントアップするよ」

 

「そして、このターン、フレイム・ウイングマンは2回攻撃することができる!!」

 

 フレイム・ウイングマンがウォータードラゴンの顔の高さまで飛び上がる。そして、ウォータードラゴンの頭に向かって、右腕の口からでる炎を吐き、ウォータードラゴンの体中を炎が包んだ。

 

「ウォータードラゴン!!」

 

 圧倒的な火力により、ウォータードラゴンの体が蒸発する。

 

 そして移動してもう1体、荼枳尼に向かっても炎で攻撃する。

 

「荼枳尼っ!!」

 

奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)の効果により、フレイム・ウイングマンは戦闘ダメージを与えられない。けど……」

 

 でも、二人の目の前にフレイム・ウイングマンが降り立った。

 

「フレイム・ウイングマンの効果により、攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ!!」

 

 二人を大きな炎が包む。二人のLPに、今破壊した2体の攻撃力分、ダメージが襲った。

 

 

 三沢&明日香

 LP4700→1900→0

 

 

「決まったノーネ……。勝者ーハ、ドロップアウトボーイーと、シニョーラ橘のペアナノーネ……」

 

 なんかとてつもなくテンションの低いクロノス先生がデュエルの終了を告げる。それと同時に会場が沸きあがった。

 

 ――ワァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――side明日香――

 

 会場の沸き上がる歓声の中心、舞花と十代が笑顔でデュエルの勝利を喜んでいる。

 

 ……どうせ舞花が数十秒後に赤面するのは置いときましょう。

 

「負け……たわね……」

 

「ああ……」

 

 力の抜けた声で、隣にいる三沢君に話しかける。三沢君も同様で、力の抜けた声を返す。

 でも、これは落ち込んでいたり、負けが悔しかったりするわけじゃない。いや、負けは悔しいことは悔しいのだけれど。

 

 やりきった、ということなのかしら

 

 ほんの少し乾いた笑いで三沢君を見つめると、コクン、と三沢君は頷き返してくる。

 同じ感情が体中を巡っているのだろう。それは見て分かった。

 

「俺たちの敗因は……」

 

「コンビネーション……でしょうね」

 

 三沢君が言おうとしていたことを先回りして口に出すと、やはりか、という表情を返される。

 

「私たちは、あくまでも自分のデュエルに集中していたわ」

 

「その結果、俺たちはお互いを援護しあうというタッグデュエルの本質から外れてしまっていたわけか」

 

 私たちは舞花と十代と違って、個人プレイに専念しすぎていた。三沢君も私も切り札を出し、二人を追い詰めていった。

 でも、二人の力を合わせたプレイングを見せつけられ、結局最後は負けてしまったのだ。

 

「おーい、明日香! 三沢!」

 

 いつの間にか、十代と舞花がこっちに来ていた。

 

 予想通りというかなんというか、舞花は恥ずかしがってるわね

 

 でも、デュエル中は観客の視線なんて気にしてないわけだし、このデュエル中の集中力も舞花の強さのひとつなのかもしれないわね。

 

「ちょ、ちょっと十代くん~」

 

 何故か十代が舞花の腕を取っていた。

 

 ……なんとなくやろうとしていることがわかってしまった私は思わず苦笑してしまった。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 いつも、十代がデュエルの後にやるこのポーズ。タッグデュエルだったせいか、舞花の腕も巻き込んで。

 

「ほわあ!!」

 

 ……舞花がまた真っ赤になってるわけだけど。

 でも、とても嬉しそうで、幸せそうで、見てるこっちにまでその心音が聞こえてしまいそうなくらい何を思っているかがわかりやすい。

 

「十代」

 

 ちょっと空気になりかけていた三沢君が十代の前に手を伸ばしていた。

 

「舞花」

 

 それを見て……いや、それを見る前からもう、私も同じように舞花の前に手を伸ばしていた。

 

「今回は負けた……だが、次は負けない」

 

「これで1勝1敗よ。次で決着をつけましょう」

 

 二人は、私たちの言葉とともに手を受け取った。

 

「次だって負けないぜ!」

 

「私もっ! 負けないよ~」

 

 私の手を握った親友(ライバル)の手は、小さく、華奢で、

 

 暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルは人の心を映す。今回のデュエルで、私は舞花の心の中が少しだけ見えた気がした

 

 

 

 

 でも、垣間見えたその心の中は、私の想像以上に純粋で

 

 

 

 私の想像以上に縛られているようだった

 

 

 

 

 

 

 あなたがデュエルを楽しもうとするのは、そんなに躍起になってするものなの?

 

 

 

 

 

 あなたは一体、何にそれを強いられているの?

 

 

 

 

 

 そして、何よりも

 

 

 

 

 

 あなたにとって、十代は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きることそのものに必要なの?

 

 

 

 




今回の未OCG化カード
ラスト・エントラスト
通常罠
バトルフェイズ時のみ発動する事ができる。自分の手札1枚を相手に渡す。バトルフェイズを終了する。

ブラック・イリュージョン
通常罠
発動ターンのエンドフェイズまで、自分フィールドに表側表示で存在する「ブラック・マジシャン」1体は戦闘とカード効果では破壊できない。
このカードの発動後、相手はデッキからカードを1枚ドローする。

死者の加護
速攻魔法
自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時に発動する事ができる。
手札を1枚捨てる事でバトルフェイズを終了する。
このカードは相手ターンでも手札から発動する事ができる。

埋没神の救済
速攻魔法
自分の墓地に存在するこのカードを含む5枚のカードを選択してゲームから除外して発動する。
このターンのバトルフェイズを終了する。

機械天使の儀式
儀式魔法
「サイバー・エンジェル」と名のついたモンスターの降臨に使用する事ができる。
自分のフィールドまたは手札から儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように
モンスターをリリースしなければならない。

サイバーエンジェル―荼枳尼―
儀式モンスター
星8 光属性 天使族 ATK2700 DEF2400
「機械天使の儀式」により降臨。
このカードが特殊召喚に成功した時、相手モンスター1体を相手が選択して破壊する。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


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閑話1

 波

 

 それは海の波ではなく、多過ぎる人の波。左右を見回しても周りの風景を見ることができず、視界を遮っていく人ごみ。

 

「おかあさぁん……」

 

 その波の中でひとりの少女が泣いている。しかし、その泣き声は波を飛び越すことなく掻き消えていく。

 

 少女はひとりだ。

 

 周りにはこんなに人がいるのに。

 

 少女はひとりだ。

 

 だから少女は泣いている。ひとりでいることに耐えられぬのだから。

 

 少女は歩いていく。

 

 ひとりでいることを拒むために。

 

 少女は歩いていく。

 

 その波にさらわれぬように。

 

「ここ……どこぉ……?」

 

 少女がたどり着いた場所は、見知らぬ風景。

 

 右も知らない。左も知らない。

 

 少女はどこにいるのか分からない。 

 

 わからない。

 

 わからないことは、怖い。

 

 少女は身震いした。

 

 周りには人がいなかった。

 

 さっきは、いても孤独だと思っていたのに、

 

 居なくなった途端に、もっと恐ろしい恐怖が体を包んでいた。

 

 怖い

 

 怖い

 

 怖い

 

 怖い

 

 少女はすぐさま、近くにあったお店に飛び込んでいった。

 

 人がいて欲しかったから、

 

 人を見たかったから

 

 例え自分を見ていない人でも、自分が人を見たかったから

 

 店に飛び込んだ瞬間に耳に飛び込んでくる喧騒が、少女の心を僅かに安堵させる。

 

 少しだけ涙の引いた目に、辺の光景が飛び込んでくる。

 

「なんだろう……これ……?」

 

 目に飛び込んできたのは、数多の絵柄の書かれた札。

 

 四方に、埋め尽くすかのように、壁に掛けられて並んでいる。

 

「これ……かわいい」

 

 絵柄には幾つもの種類があった。

 

 かっこいいもの、かわいいもの、うつくしいもの、

 

 逆に、かっこわるいもの、かわいくないもの、きしょくわるいものまで様々であった。

 

 少女がいくつかの絵を見ていくと、その奥にある少し広いスペースに出た。

 

 そこにはたくさんのテーブルが並んでいて、そこにはたくさんの人が座っていた。

 

「攻撃!!」

「発動!!」

 

 入った時から聞こえていた喧騒はここからだったのかと少女は納得して人々を見た。

 

 そして

 

 少女の目が止まった

 

 

「っしゃあぁぁ!! 俺の勝ちぃ!」

  

 

 その人の顔が特徴的な形をしていたわけではない

 

 その人の声が大きかったわけではない

 

 

 ただ

 

 

「楽しいデュエルだったな!」

 

 

 その人の笑顔だけ、とても眩しく見えたのだ。

 

 



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14-turn 雷の心 逃亡からの逃亡

 辺り一面、広大な海しか見えない世界。

 辺には霧が立ち込めていて、足元に広がる海は光を反射することなく暗黒を広げている。

 そんな世界の中心にいるのは、俺のみ。

 

 波のザァーという音のみが耳を刺激し、他の音が無いことを強調させている。

 

「くそっ、カラか……」

 

 手に持ったペットボトルの中身は既に空気しか入っていなかった。

 

 俺は一体、何をやっているんだろうな……?

 

 一言で言えば、俺は漂流していた。アカデミアを離れるために乗った俺の船はエンジンのトラブルを起こし、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 海を伝ってきた波風が、首筋をサラっとなぞると体が少し震えた。

 

 薄暗い空を見上げながら、自分のあまりの愚かさにもはや笑いが漏れていた。

 

「クロノス……、遊城十代……」

 

 つぶやいているのは、自分をこのような状況に追い込んでいった者たちの名前。恨めしいはずなのに何故か、憎悪という感情は湧いてこなかった。

 

「橘……舞花……」

 

 真っ直ぐに俺を心配する目を、俺は忘れることができないからか……

 

 

 

「くそっ!!」

 

 

 

 空に向かってカラになったペットボトルを放り投げる。払拭するように、足掻くように。

 

 それでも目に焼き付いた映像は消えることはなく、残り続けている。

 

 

 ――ザァー!!

 

 

「何っ!?」

 

 大きな音に目を向けると、自分の投げたペットボトルをさらって大波がこちらに近づいてきていた。

 

「う、うわああああ!!」

 

 抵抗することもできずに、俺はその大波に体をさらわれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。俺はどこかの島に流れ着いていた。

 辺り一面が白銀に彩られた世界。周りには氷山しか見えず、感じる空気は冷たい。

 よく凍死しなかったな、などと余計なことを考えることができる位には大丈夫なようだ。

 

「ここはどこだ?」

 

 その世界を見渡すと、島の中心方向と思われる方角に建物が見える。気持ちデュエルアカデミアの校舎に似てるかもしれないと考えながら、俺はその建物へと歩いた。

 

 建物の前まで行くと、大仰な門が行くてを阻んでいる。

 

「おい、開けろ!」

 

 ドンドンとその門を何回か叩くも、何も返事は無く、扉が開くことも無い。

 

「誰も居ないのか! おい!!」

 

「無駄だ」

 

 隣から声が聞こえた。妙に弱々しい声に振り向くと、そこには40は過ぎてるようなじじいが座り込んでいる。

 

「どういうことだ?」

 

「ここはデュエルアカデミアノース校。その門は40枚のカードがなければ開かない」

 

 デュエルアカデミアノース校。聞いたことがあるがこんなところにあったのか。

 

 だが、この門を開くための条件に、少しおかしいと首を傾げた。

 

「俺は40枚のカードを持っている」

 

 腕に付けたデュエルディスクには、しっかりと今まで使ってきたデッキがセットされている。なのにどうして開かない。

 

「そのカード、水に濡れてふやけている」

 

「何ぃ!?」

 

 慌ててデッキをディスクから外すと、いつものピシっとしたカードの感触ではなく、ふやけた感触を指で感じる。数枚は裏面からも剥がれてしまっている。

 

 なるほど、これではディスクにセットしても使えない、か。

 

「扉は40枚の使うことのできるカードが無いと開かない」

 

「なら、どうすればいい?」

 

「この学園の周りのクレバスや洞窟にはカードが隠されている。それを集め、40枚のデッキを作れば……」

 

 そこで俺は、じじいのディスクにセットされているデッキに目をやった。

 

「それは……」

 

「ここには37枚のカードがある。ここまで集めるのに、私は体力を使い果たしてしまった」

 

 つまりこのじじいは、40枚のカードを集めることのできなかった、ただの脱落者か。

 

「ならば、これでそのカードを俺に売れ」

 

 キャッシュカードを差し出す。俺は万丈目グループの人間だ、預金などいくらでもある。ようは言い値ということだ。

 

「ふ、ふざけるな。これは私の生きた証だ! お前はそれを奪うというのか!!」

 

 じじいは慌てて腕に付けたディスクを体で隠すようにうずくまる。じじいの言葉などどうでもいいが、売る気がないということだけはよくわかった。

 やれやれ、と首を回して立ち上がる。どうせこの周りでカードを集めるしかないようだ。

 

「まあいい。自分のことは自分でやる」

 

 譲る気がないというなら自分でどうにかするしかない。

 周囲の氷山やクレバスに目をやる。険しそうなそれらを見ていると、身の毛がよだった。あの中から探さなければならないのか。

 

 まあいいだろう。やるしか無さそうだからな。

 

 身を奮い立たせて、カードを集めに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を引きずるように歩いていく。

 全身びしょ濡れになりながらも凍死していない自分を不思議に思いながらも、門のもとまで歩いていく。

 

 全身の疲労感を払拭するように体を奮うと、ようやく門の下までたどり着いた。

 

「おお! 君は……」

 

「じじい、まだいたのか」

 

 門の下には、座り込んでいたじじいがまだ居た。じじいは俺の姿を確認するとすぐさま駆け寄ってきた。

 

「まさか、カードを集めきったのか」

 

 俺のディスクにセットされているカードを見て、じじいは驚いたように、けれども少し嬉しそうに聞いた。

 

「まあな」

 

 苦労の末に集めたので、俺も少々誇らしく思っているので自慢しておこう。

 

「北海のシャチと戦い…」

 

 そんなものはいなかったが

 

「はてしない断崖を登り…」

 

 なぜか登りやすいようになっていたが

 

「シロクマと戦い…」

 

 逃げ回っただけだが

 

「吸血コウモリと戦い…」

 

 妙におとなしかったが

 

「ついに揃えたぜ!」

 

 とにかく揃えきったのは確かだ! 

 

「おお、すごい……。よかった、わしは君が行ったあとずっと後悔していたのじゃ」

 

「後悔?」

 

 俺はじじいがつぶやくように行った言葉を聞き逃さなかった。じじいは少し困ったように言葉を繋げる。

 

「わしは、君にカードを譲るべきだったのだ。若い君は、わしのようになってはならん」

 

 じじいは俺の目を真っ直ぐに見て話してくる。俺の目に写ったじじいの目、それは……心配?

 

「しかし、君はカードを揃えて戻ってきてくれた。さあ、早く門をくぐりたまえ」

 

「じじい、お前も一緒に行くんだ」

 

 瞬間、口が動いていた。無意識だ……と思う。けど、その言葉を発した自分に全く驚いていないことに少し驚いた。

 デッキから3枚のカードを引き抜いた。

 

「え、しかしそれでは君のデッキが」

 

「勘違いするな、43枚ある。お前の分も拾ってきただけだ」

 

 なぜ、俺はこんな嘘を言っているのだろう?

 どうして、俺はこのじじいを助けようなどと思っているのだろう?  

 

 この自問に、答えが出ない。動揺するが、表情には出さないようにじじいに笑う。

 

「ありがとう。君はわしの恩人じゃ」

 

「さっさと行け、俺は疲れた。少し休んでから行く」

 

「ああ! 本当にありがとう……。そうだ、あんたの名前は」

 

 じじいの起こしていた焚き火の前に腰を下ろす。じじいの姿を見上げるようにして、答えた。

 

「万丈目準だ」

 

 その言葉を聞くと、満足したじじいは門をくぐっていった。

 

「3枚、足りなくなっちまったな」

 

 43枚あるなんて嘘だ。これで俺のデッキには37枚しかなくなっちまった。

 自分の愚かさに苛立つのかと思っていたが、不思議と悪い気分はしない。それどころか、何故か少し気分がいいくらいだ。

 

「され、どうするかな」

 

 普通に考えれば、また集めにいくしかない。けれども、40枚集めることに体力も精神力も使い切ってしまった俺にはもう、立ち上がるような気力すらわかなかった。

 

 あと3枚……

 

 あと3枚なんだ……

 

「3枚……か……」

 

 自分の胸に下がったペンダントを手に取る。この偶然の一致に胸が震える。

 

 だが、こいつらは……

 

 体が硬直する。全身が鉛になったかのように冷たく感じる。まるで自分の体が別のどこかにあるようだ。

 それでいて指先ははっきりとこいつらを捉えている。もう、使う気は無かったってのに……

 

 ――デュエルは、自分の一番大好きなカードを使って戦う時、一番楽しいんだよ――

 

「ちがう。もう一度3枚集めるのが面倒なだけだ……」

 

 頭に浮かんできた奴のイメージを必死に振り払う。

 そして言い聞かせるように、言い訳を胸に突き刺す。しょうがない……しょうがないんだと止めようとする感情を必死に止める。

 

「行くぞ、雑魚ども」 

 

 デッキに突き刺した3枚のカードが笑ってるように見えた俺は、きっと頭がわいているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっ! 40枚カードを揃えてきてやったぞ! さっさと入れろ!!」

 

 門に向かってデッキの付いたディスクをかざすと、それに反応するように門が動く。

 左右に開いた門をくぐると、中に見える風景は・・・・・・西部?

 妙にウエスタン? とでも言えばいいのか、よく西部劇で見る大きく中央が開いた町並みに、木でできた家々が両側にストレートに並んでいる。

 

「ぐわぁあ!!」

 

 悲鳴が聞こえたと思うと、一つの家から飛び出してくる人影。飛び出してきたと言うより投げ出されたというべきだろうか、その人物は道の真ん中に寝転んだ。

 

 ん、あいつは・・・・・・

 

「おいじじい!」

 

 さっきのじじいだ。じじいに駆け寄って起こすと、家の中から他の人間が大勢出てきた。

 大勢の中に、椅子に座る人間が一人、どうやらこいつがボスのようだ。

 

「おい、また新入りだぜ」

 

 発言から察するにこいつらがこの学校の生徒のようだ。

 

「お前ら、これは一体どういうことだ?」

 

 連中はじじいを見ながら嘲笑うと、俺に目を向けて説明した。

 

「この学校のルールでな。新入生はランク付けのために俺たちの中のランクの低い順から戦っていき、負けたところでランクが決まるのさ」

 

「そいつは一番最初に負けた。つまりそいつは一番下のランクだ!」

 

 じじいは一回で負けたのか。まあこんなところでかき集めたデッキなら仕方が無いか・・・・・・

 

 普通ならな!

 

「じゃあ、俺の相手もしてもらおうか!」

 

 ディスクを起動する。そういえば久しぶりのデュエルだ、腕が鳴るぜ。

 

「ああ、最初の相手は俺だ! 行くぞ新入り!!」

 

「新入りじゃない! 俺の名は・・・・・・」

 

 一泊呼吸をおく。そして天高らかに人差し指を突き上げた。

 

「一! 十! 百! 千! 万丈目さんだ!!」

 

 最初の相手がディスクを構える。一番最初の雑魚などさっさと蹴散らしてやるぜ!!

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

 

 

 

「リミッター解除!」

 

 一人目・・・・・・

 

「ダイレクトアタック!」

 

 10人目・・・・・・

 

「罠カード!!」

 

 ・・・・・・ええい、もう何人目だか覚えてない!!

 

「やるな」

 

「しかしここまでだ」

 

「俺たち四天王が相手をしてやる」

 

 最初に見たボスっぽい奴の周りにいた4人が立ち上がる。なるほど、こいつらが出てきたということは、最後の相手までもう少しか。

 

「面倒だ! 4人まとめてかかって来い!!」

 

 学校最強(メインディッシュ)を前にしたら、うずうずが止まらないぜ。こいつらをさっさと蹴散らしてあいつとデュエルしてやる。

 

「なめやがって、俺は切り込み隊長を召喚!!」

 

 早速とばかりに四天王の一人が切り込み隊長を召喚する。

 

「切り込み隊長の効果発動! このカードが召喚に成功したとき、手札のレベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚できる!」

 

「慌てるな阿呆が。切り込み隊長の効果はレベル4以下のモンスターだ。戦士族縛りは無いぞ」

 

 訂正してやったら慌ててテキストを確認しだした。まさか本当にわかっていなかったのか? 流石にいい間違いだと思ってたぞ。

 

 その程度の実力で四天王だとは、笑わせる。

 

「とにかく、切り込み隊長の効果で切り込み隊長を召喚!!」

 

 2体に増える切り込み隊長。そしてまだ他の相手ターンだ。

 

「俺のターン」

 

「俺のターン」

 

「俺のターン」

 

 まるでリピート映像を見ているように切り込み隊長が並んでいく。全く、四天王全員が同じ戦略だとはな。

 

「切り込み隊長が2対以上並んでいるとき、相手は攻撃できない!」

 

「これが俺たちの切り込み隊長ロックだ!!」

 

 慌てずに自分のカードをドローする。この局面で俺のプレイングは・・・・・・これだな。

 

「俺は巨大ネズミを守備表示で召喚。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「はっ! 俺たちのロックを前に手も足も出ないようだな」

 

 四天王どもが嘲笑うように俺を見てくる。しかし、それを俺は一笑した。

 

「それはどうかな?」

 

 俺は、ずっと考えてきた。このカードたちを集めるサバイバルの途中で、集めてきたカードを活かす方法を。あらゆる局面でのプレイングを。

 この程度の事態は予想済みだ。

 

「強がりを! 俺は手札から連合軍を発動! このカードの効果で、俺の場の戦士族モンスターは俺の場の戦士族モンスター1体につき、攻撃力を200ポイントアップさせる!!」

 

 

 切り込み隊長

 ATK1200→ATK2800

 

 

 一気に切り込み隊長の攻撃力が最上級モンスターレベルまで跳ね上がる。

 

 しかし、どうでもいいな。

 

 このデュエルはもう、終わっているのだから。

 

「切り込み隊長でその雑魚を攻撃!!」

 

 巨大ネズミ程度の守備力ではどうすることもできずに両断される。しかし、俺の雑魚はそんな程度で終わりはしない!

 

「巨大ネズミの効果発動! このカードが戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下の地属性モンスターを1体特殊召喚する! 逆ギレパンダを特殊召喚」

 

 

 逆ギレパンダ

 ATK800

 

 

「その程度の雑魚など!」

 

「逆ギレパンダの効果発動! 相手モンスター1体につき、このカードの攻撃力が500ポイントアップする!!」

 

 

 逆ギレパンダ

 ATK800→4800

 

 

 連合軍程度の攻撃力上昇など物ともしない大型モンスターが完成した。切り込み隊長は寸前でブレーキをかけ立ち止まる。

 

 だがこれではロックを突破できない。しかし、これで終わりだ!

 

「さらに罠カード、破壊輪! このカードの効果でモンスター1体を破壊し、その攻撃力分のダメージを全てのプレイヤーに与える!」

 

 攻撃力4800となった逆ギレパンダに破壊輪が装着される。こいつが爆発すればライフは0だな。

 

「ばかな、俺たちと自滅する気か!!」

 

 馬鹿が何か喚いている。しょうがない、教えてやるか。

 

「速効魔法、防御輪。こいつがダメージから俺を守ってくれる」

 

 つまり、ダメージを受けるのはあいつらだけだ。

 

 ドォン、と爆発音が響くと、四天王4人はその場に横たわっていた。

 

「さあ、これで後はお前だけだ!!」

 

 ピシッと、未だ椅子に座っているボスに指を突きつける。それを受けて奴はようやく重たい腰を上げた。

 

「ふうん、ここまで勝ち残った気力、体力、褒めてやろう。だが、ここまで勝ち進むのに手の内を晒しすぎたな」

 

 うっ、と一瞬後ずさりそうになるが踏みとどまる。

 

 表情を変えるな。まだ余裕を見せつけてやれ!

 

「だったら、この俺を倒してみせるんだな?」

 

「もちろんだ!」

 

 ディスクを展開する。これで……最後のデュエルだ。こいつに勝って証明してやる!

 

 俺は……強いデュエリストであると!!

 

「「デュエル!!」

 

 先行は……ちっ、奴か。

 

「俺の先行! 俺は手札からデビルズ・サンクチュアリを2枚発動! このカードの効果により、俺はメタルデビルトークンを2体特殊召喚」

 

 いきなり魔法カードによって2体のトークンが呼び出される。メタルデビル・トークンの攻撃力は0だが、トークンにしては珍しく生贄に捧げることができる。

 

「俺は2体のメタルデビルトークンを生贄に、デビルゾアを召喚!」

 

 

 デビルゾア

 ATK2600

 

 

 いきなり呼び出された最上級悪魔族モンスター。攻撃力が高く、俺のデッキのモンスターじゃどうやったって太刀打ちできない。

 

「さらにカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札、フィールドを見回す。しかし、このいきなり現れた高攻撃力モンスターに太刀打ちできる手段は……

 

 

 

 

 

 ある……

 

 

 

 

 

 だが……俺は……

 

 

 頭を振り回しながら浮かんできたものを払いのけようとする。それと同時に、他の案を思考する。

 

 ああ、わかってるさ。他の方法はないってことくらい。

 

 奴は俺のデッキを見尽くした。ならば、今まで使ってきたカードの対策は立てているはずだ。さらに奴はこの学校最強の男。ミスを期待することはできない。

 

 だが……冷たい。

 

 指先のカードを触れる感触が、まるで鉄に触れているかのように無機質に冷たい。全身の感覚はどんどんぼやけていってるのに、カードを触れるその指先のみ、はっきりと俺の脳にその感触を伝えてくる。

 

「どうした! 早くしろぉ!」

 

 ビクッと体が跳ねる。それと同時に体の感覚が戻ってきた。背中から溢れ出した汗がとても冷たい。

 

「俺はデス・シザースを守備表示で召喚! カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 KA-2 デス・シザース

 DEF1000

 

 

 ようやく相手にターンを渡す。奴はそんな俺を見て、高らかに笑いあげた。

 

「ふはははははは! どうやら勝機は無いと悟ったらしいな!」

 

「逆だ。お前如きに負けるはずないと改めて思っていただけだ」

 

 あくまでも強がる。デュエル中に弱みなんぞ見せてたまるか。もし見せれば、それはすなわち弱点となり、敗因となりかねない。だからこそデュエリストは常に、自信満々の顔で立っているべきなのだ。

 

「言っていろ! 俺のターン。リバースカードオープン、メタル化・魔法反射装甲。このカードをデビルゾアに装備する」

 

 デビルゾアにメタル化。デュエルモンスターズの中でも有名な組み合わせのひとつだ。つまり、奴が次に出してくるモンスターは、一つ。

 

「デビルゾアを生贄に捧げ、デッキよりメタルデビルゾアを特殊召喚! さらに罠カード、リビングデッドの呼び声を発動! このカードによって、墓地のデビルゾアを特殊召喚!!」

 

 

 メタルデビルゾア

 ATK3000

 

 

 一気に並ぶ2体のデビルゾア。最も、片方は機械の体になってしまっているが。しかし、これで高攻撃力モンスターが2体並んでしまった。

 

「ふはははははは! お前のデッキのモンスターは雑魚ばかりだ! お前にはこのデビルゾアを倒せることのできるモンスターは居ない!!」

 

 言う……通りだ。

 

 俺のデッキにはデビルゾアを超える攻撃力を持つモンスターは存在しない。唯一、攻撃力の上回る可能性のある、逆ギレパンダはその存在を知られてしまっている。多数のモンスターを並べては来ないだろう。

 

「行け、デビルゾア! あの雑魚モンスターを粉砕しろ! デビルエクスシザース!!」

 

 ひとたまりもなく、破壊されるデス・シザース。これで俺のフィールドは……がら空きか。

 

「さあ喰らえ! メタルデビルゾアでダイレクトアタック!! メタルデビルエクスシザース!!」

 

 機械で出来た体の悪魔が俺に向かって突進してくる。両の手をクロスに構え、俺の体を切り裂いた。

 

「がっ……!」

 

 

 万丈目

 LP4000→1000

 

 

「さあ、これでお前のライフは風前の灯火。さらにデッキには雑魚モンスターのみ。俺の勝ちだなあ? 万丈目」

 

 既に勝ち誇った笑みをこちらに向けてくる。

 

 雑魚モンスターか

 

 確かにそうだ。このデッキに入ってるモンスターたちは、全部低攻撃力の下級モンスターしかいない。

 

 雑魚と呼ばれたって仕方がない

 

 

「教えてやるよ、万丈目。デュエルはな、雑魚モンスターが強いモンスターに勝つことなんて無いんだ」

 

 ああ

 

「そうだな……」

 

 雑魚モンスターが、強いモンスターに勝つことなんてできやしない

 

「物わかりがいいじゃないか」

 

 そんなことは分かってる

 

「貴様より、頭がいいだけだ」

 

 ずっと昔から、知っている

 

「言ってくれるじゃないか」

 

 何故なら、俺は使っていたことがあるからだ

 

「事実だからな」

 

 雑魚と言われたモンスターを

 

「なら、お前は負けだと理解しているな?」

 

 しかし、手放した

 

「いいや」

 

 耐えられなかったからだ

 

「まさか、勝つつもりなのか?」

 

 自分のカードが雑魚と言われ、罵られ、貶されることを 

 そして、何よりも……

 

 ――オジャ万丈目――

 

 自分自身のプライドを、粉々にされることをだ

 

「当たり前だ! 速攻魔法発動、ヘル・テンペスト!!」

 

 開かれた速攻魔法、ヘル・テンペスト。このカードは3000ポイント以上のダメージを受けたときに発動することができる。

 カタカタと震える手で、自分のデッキを手に取った。

 

「このカードの効果で、お互いのデッキ、墓地のモンスターをすべてゲームから除外する!」

 

 自分のデッキから、すべてのモンスターカードを抜き取る。一枚一枚、丁寧に、慈しむように。

 冷たい指先があるカードを捉えると、耳の奥でノイズが走る。

 

「ふん、自らの雑魚モンスターをすべてゲームから除外するとは……何を考えている?」 

 

 そのせいで、あいつの声などほとんど聞こえやしなかった。 

 

 無反応でいた俺から、口だけで諦めたとでも思ったのか、奴は勝ち誇った笑いを浮かべている。

 

「ターンエンドだ! さっさとサレンダーでもするんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かだ

 

 

 

 

 

 

 心の中が、まるで空っぽになってしまったかのように

 

 

 なにもない空間が広がっていく

 

 

 ポツン、と一人立っている俺

 

 

 これが、今の俺の結果なのだろうか?

 

 

 無限に広がっていく空虚は、無機質な冷たさを体中に突き刺す

 

 

 俺は、何を感じてきたのだろうか?

 

「ドロー!」

 

 カードを引いた。俺の求めていた、そして、このデュエルを終わらせるための、『雑魚カード』

 

「リバースカードオープン! 異次元からの帰還!」

 

 万丈目

 LP1000→500

 

 開かれた罠カード。異次元からの帰還はライフポイント半分をコストにゲームから除外されている自分のモンスターを可能な限り特殊召喚するカード。

 

 これで呼ぶのは、俺がかつて使ってきた、雑魚カード。

 

「出て来い! デス・シザース! 逆ギレパンダ!」

 

 そして、残るは……もう使うことのないと思ってきたカードたち。

 

 胸の奥に槍が刺さる。その上さらに体の中でぐりぐりと回されているような痛み。

 

 手に取ったそのカードたちは、また笑っている。使ってくれることを喜んでいるのだろうか?

 それとも……

 

「おジャマ共!」

 

『『『どうも~』』』

 

『久しぶりアニキ~』

 

 ああ、昔と何も変わらないノリのやつらだ。

 黄、黒、緑。三色の三兄弟は昔と何も変わらないままで、俺の目の前に姿を現した。

 

 おジャマ共を見る奴の目は明らかに訝しげだ。

 

 分かってるさ。こいつらが使う価値のない雑魚カードだってことくらいな。

 

「そんな雑魚どもが出てきたところで、俺のデビルゾアを倒すことはできんぞ!」

 

「それはどうかな? 魔法カード発動!」

 

 デュエルモンスターズには、ロマンカードと言うものがある。単純に発動することが難しい、というかほぼできないと考えられているカードのことだ。

 

 少なくとも、昔の俺は、このカードを使おうと考えた時、そこに至る道筋を浮かべることができなかった。

 ただのロマンだと、言われていた。誰からも、お前には発動することはできないと、言われていた。 

 しかし、俺は今このカードを発動している。

 

 発動、できている

 

『さあ行くぞ!』

『おジャマ究極奥義!』

『おジャマ……』

 

「デルタハリケーン!!」

 

 三匹のおジャマ達がケツを合わせあって、大回転しているというシュールな絵。

 しかし、その回転は大きな竜巻を作り、相手のフィールドを飲み込む。

 

「で、デビルゾア!!」

 

 竜巻の中心部にデビルゾアは引き込まれた。360度の全方位からの攻撃。

 デビルゾアは断末魔をあげて破壊された。

 

「おジャマ・デルタハリケーンは相手のフィールド上のカードをすべて破壊する」

 

 風が晴れ、俺のフィールドにおジャマどもが帰ってくると、相手のフィールドには何もなくなっていた。

 

「だ、だが攻撃力0が3体並んでいる程度で……」

 

「右手に盾を左手に剣を」

 

 俺が表にした魔法カード。奴はそれで自分の敗北を察知した。

 

「全員! 一斉攻撃!!」

 

 敗北の瞬間の奴の声は聞こえなかった。

 

 俺は、また、空虚な世界に身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、新しいキングが誕生したようじゃな」

 

 気がつくと、ソリッドビジョンは消え、目の前には最初に会ったじじいが立っている。

 

「……そうみたいだな」

 

 しかし俺は、無感動に返事を返す。こんな雑魚どもの王になったところで嬉しくもなんともないのだ。

 

「これで、君がデュエルアカデミア本校との対抗試合の代表ということになる」

 

「本校との対抗試合? どういうことだ!? いや、そもそもどうしてそんなことをお前が!?」

 

 なぜ俺と同時にここに入ったはずのこのじじいがそんなことを知っている? そして本校との対抗試合とはどういうことだ?

 いくつかの疑問が頭の中を駆け巡り、少しくらついた。

 

「まず最初に、私はこのデュエルアカデミアノース校の校長じゃ。君がここに来る事を事前に察知していたので、君を見るために演技していたのだ」

 

「お前が校長だと?」

 

 とりあえず最初の疑問は解決した。ほっと胸をなでおろして、次の言葉を待つ。

 

「対抗試合とは、両校の名誉をかけて年に一回代表を出してデュエルするのだ。向こうに今年の代表は1年生になるだろうと言ったら向こうも1年生を用意してきたよ」

 

「お前……俺がここのキングになると読んで……」

 

 そこまで言葉を口にしたところで、ハッと気がつく。

 

 1年生?

 

 本校の1年生で、代表になるほどの腕を持つもの。

 

 しかし、あいつはオシリスレッドだ。その1点でクロノス教諭が反対しているかもしれない。

 だが、もしかしたら、

 

 胸がざわめく。森林に強風が吹いたかのような音が体中を巡っていた。

 感情があふれてくる。期待と希望、言いようのない憎しみ。そして……

 

 

「向こうの1年生の名前は!?」

 

 

 校長の口の動き、一挙一動から目を離さなかった。

 

 

「確か……遊城十代と、橘舞花だったか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心の底で拳を握った。

 全身を、風がスゥと抜けていく。

 

「そうか、お前たちなのか……」

 

 予期せぬ再戦の舞台の成立に胸が躍った。

 

 歓喜なのだろうか? 憎悪なのだろうか?

 それとも、また別の何かなのだろうか?

 

 自分を包んだ感情が何かまでは、分からない。

 

「待ってろよ」

 

 それでも、心は躍っていた。 



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15-turn 自由への道

「う……ん……」

 

 目が、覚めた。

 太陽の光が、まだ閉じられているカーテンの後ろから淡く注がれている。

 起き上がって目を2、3回こすった後、勢い良くカーテンを左右に開くと、暖かな日光が体中を包んで、おはようと言ってくれた。

 私もおはようと返すように目をパッチリと覚まし、ちらりとカレンダーの日付を確認する。

 

「よしっ、今日だね~」

 

 カレンダーに赤くつけられた丸印。それは今日の日付の上に記されている。

 

 今日は、待ちに待った学園対抗タッグデュエルの日だ。

 

 ちらりと自分の机の上に広げられている自分のデッキを見てみる。昨日徹夜してデッキの見直しをして、また、改良を行っていたので、まだ一つの束にはまとめていない。

 そこに広がっているカード一枚一枚を覗き込むと、やる気十分、と私に意気込みを見せてくれている気がした。

 

「がんばろうね~」

 

 時間を確認してみると、もう少しでノース校の代表の人が来る時間だと気づく。 

 

「じゃあ、行こっか」

 

 散らばっているカードを一つの束にまとめた後、私は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 港に着くと、ノース校の代表生徒の姿を一目見ようと、たくさんの生徒が来ていた。

 ざわざわと賑わっている中で、私は他のみんなを見つけることが出来ずに、後ろのほうで人垣を眺めていた。

 

「お前!?」

 

 前の方のざわめきが大きくなっている。その中から突出した声の聞き覚え。

 十代くんの声が聞こえた。

 そして、十代くんの声の異常なくらいの慌てよう。

 

 いったい何があったんだろう?

 

 あまり強引なことはしたくなかったけど、人ごみの間のわずかな隙間をくぐって前まで抜けていく。なんとか通れる位の隙間があってよかった。

 

 ……小さいからじゃないですよ?

 

 最前列まで抜けたとき、私の目に飛び込んできたのは、忘れるはずの無い人の顔。

 青と白の蛍光色で明るく輝いていたかつての姿とは違い、全身を真っ黒く包み、光を埋めている。

 

「ま……万丈目くん……?」

 

 私は、戸惑いながら、その名を呼んだ。

 

 かつて、オベリスクブルー1年生の中で最強を誇った人。

 かつて、十代くんと私とデュエルをした人。

 

 そして、かつて私が、傷つけてしまった人。

 

 

 

 

 やった

 

 

 

 私の心は、歓喜に打ち震えていた。

 信じていたことは、今ここに現実となって目の前に現れてくれた。

 

 きっと万丈目くんは、デュエルを辞めない

 

 そして、いつかもう一度デュエルできるって

 

 

 誰かが言ったわけでもないのに、私は目の前の万丈目くんがデュエル相手だと確信していた。

 

 そんなもの、見れば分かるから……

 

 自然、笑みが漏れる。そして、万丈目くんに言うべきことを口にしようとした。

 

「万丈目くん」

 

「バカもの! よりにもよってこのお方をくん付けだと!!」

 

「ひっ!」

 

 万丈目くんの周りにいた大きな人が大声で怒鳴る。

 驚いて少し後ずさり、少しだけ悲鳴が漏れてしまった。

 

 な、何も言い出せないよ~

 

「いい。ほっておけ」

 

 万丈目くんが熱り立っていた大きな人を諌めると、私と、十代くんの方を向いて呟いた。

 

「そいつらに、さん付けされる資格なんて無いからな」

 

 その呟きにこめられているのは、寂しさでも、悔しさでもない。

 そこに込められていたのは、奮い立つ闘争心。

 

「まあ、俺たちお前に勝ってるもんな」

 

「そのとおりだ。だが……今度は負けん!」

 

 立ち込める熱気が万丈目くんの周りを包む。気のせいか、気温がわずかに上がっているようにも感じる。

 これからの戦いに、どれだけ燃えているのか私には分からない。推し量ることが、出来ない。

 

 それほどまでの高ぶりを私は感じていた。

 

「面白れえ! 今度も絶対負けないぜ、万丈目」

 

 二人の視線が交錯し、火花を散らし始めたと思った瞬間、上空から聞こえてくる空気を切り裂くプロペラ音。

 

「おいっ! あれを見ろ!」

 

 誰かが声を上げ、上空を指差す。その方向を見上げると、そこには数台のヘリコプターが旋回している。そして、その車体の下には丸に囲まれた『万』という文字。

 

 あれは一体……?

 

「まさか……」

 

 万丈目くんの顔色が変わる。困惑が手に取るように分かる。ヘリの中から2人の人物が顔を出した。

 

「長作兄さん! 庄司兄さん!」

 

 兄さん……?

 

 と、いうことは、今私が見ている2人の人物は万丈目くんのお兄さんなんだろう。その2人がなぜこんなところに来ているのだろうか?

 

「はい、みなさんこっちを向いて~。対戦するのは、そこにいる4人かな?」

 

 今度は一体なんだろう?

 

 私たちを呼んだ人は、大きなカメラをこちらに向けていた。しかも丁寧に光を当てるための鏡なんかも来ている。

 

「これは一体どういうことですかな?」

 

 たまらなくなった校長先生が、万丈目くんのお兄さんたちに向かって問いかける。一人が高笑いしながら答えた。

 

「もちろん、我が弟の勝利を祝福するのだよ。全国ネットでな!」

 

 ……全国ネット?

 

 その言葉に一瞬首をかしげて考えてみる。

 

 え~っと、全国ネットっていうことは、あの本格的な大きいカメラはTVカメラで、それに映ってるっていうことは……

 

「えー! じゃあ俺たち、日本国中に映ってるってことか!?」

 

 十代くんが言ってくれました。

 私はとっさに十代くんの後ろに隠れてカメラの死角に入り込みました。

 

 よしっ……これで映らないね~

 

「舞花、どうせデュエル中は映るわよ」

 

「どうしよう明日香ちゃん~……」

 

 正直泣きそうです。

 

「覚悟を決めなさい」

 

「そんな~」

 

 私がうなだれている間に撮影の人たちは一度撤収した。この後はデュエルを映すときまでは撮影はないみたいで、ひとまず息をつけた。

 けど、この後はどうしたって避けられない。どうすればいいんだろう?

 

「覚悟を決めなさい」

 

「二回言われたっ!?」

 

「どうせあんたのことだから、デュエルが始まっちゃえば気になんなくなるでしょ?」

 

「ほんのちょっと我慢すればすぐに終わりますわ~」

 

「そんなもんかな~?」

 

 ジュンコちゃんの言うとおり、いつもはそうだけれども。

 けど今回はTV中継だ。いつものような集中力だけで埋められるのだろうか?

 

「それに、覚悟を決めるのはそれだけじゃないでしょ?」

 

 明日香ちゃんの言った言葉に対して、私は必要ないと首を振った。

 

「そっちは、覚悟なんていらないよ」

 

 腰につけてあるデッキケースをやさしく触る。

 ケース越しに感じる私のデッキの暖かさが、指を伝って胸まで届いた。

 

 

 

 

「私は、楽しくデュエルするだけだから」

 

 

 

 

 そこに必要なのは、覚悟なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―side万丈目―

 

 

「兄さんたち、どうしてこんなことを……?」

 

「決まっているじゃないか。俺たちの夢を現実にするためのプランさ」

 

 俺たちの夢、と聞いて一瞬で頭に浮かんでくる。

 それは兄さんたちとともに、政界・財界・カードゲーム界の三つを兄弟たちで制覇して、世界に万丈目帝国を作り上げることだ。

 

 俺たちの夢

 

 いつも兄弟たちの落ちこぼれとして扱われ、邪魔者として扱われてきた俺が、唯一自分の価値を認めてもらったのがデュエルだった。

 

 

 お前はいらないとさえ言われてきてしまった俺が、唯一頂点を期待してもらったデュエル。

 唯一俺が、万丈目帝国を作ることに貢献できること。

 

 うれしかったんだ。これで俺もようやく、万丈目の人間として期待されるって。

 

 

 けど、

 

 

「だから準、ちゃんと勝つんだぞ」

 

「しっかり勝って、デュエル界の新たなカリスマとして君臨するのだ」

 

 

 今、俺に向けられている視線は期待ではない。

 

 

 勝って当然だと、負けることを許さないと。

 万丈目一族という家柄に纏わりついた、頂点であるという常。

 

 勝つ期待なんて、俺に対してはもうない。

 

 

 俺に向いているのは、ただ『勝った』という結果のみを求めている、そんな視線。

 

 

「分かっています。俺は絶対に負けない」

 

 

 しかし、自身を支えている自信はぐらぐらと揺れてしまっている。

 

 それでも、その自信を支えにして、俺は立っていなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!!」

 

 デュエル場に行く途中、頭を冷やそうとトイレに寄った。

 文字通りに頭を冷水に晒して体温を下げようと努める。しかし、そこで感じてしまったのは、熱ではなく、重圧。肩にかかっている大きな荷物は、自身を押しつぶしてしまいそうだ。

 

「勝てば……いいんだろう!」

 

 ドンっ、と大きな音がその場に響いた。右の拳が赤くなってしまっている。 

 

「そうだ、勝てばいいんだ」

 

 口から出ている言葉は、まるで自分の物ではないかのような冷ややかだ。

 

 結局、俺は勝つしかない。それこそ……

 

「どんな手を、使ってでも……」

 

 そうすれば、勝ち続ければいつか、この肩に乗っている荷は下りるはずなのだから。

 

 

 自分の考えていることに対して、自分自身に抱く嫌悪感。

 

 滴る水の音が、1万キロ先のように耳から離れている。

 

 

 ちくしょう

 

 

 ―デュエルは楽しく、ハッピーにやるんだよ~―

 

『アニキ~』

 

 

 

「黙れ」

 

 

 俺は勝つしかない……勝つしかないんだ。

 

 

「行こう」

 

 

 プライドを、かなぐり捨ててでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―side舞花―

 

「し、信じられないノーネ! 今、このワタシの姿がTVに映ってるなンーテ!」

 

 デュエル場の中央で、クロノス先生がマイクを持ってライトに当たっている。

 今から始まる対抗デュエルの司会をするためなのだが、とてもうれしそうにカメラの方を向いていた。

 

「それデーハ、これよりデュエルアカデミア対抗デュエルを開催するノーネ!」

 

 クロノス先生の宣言と同時に会場中が湧き上がる。

 大きすぎる声が会場全体を揺らすと、観客席を映していたカメラが再び中央に戻る。

 

「選手の紹介するノーネ」

 

 すーはー、と呼吸を繰り返して心を静めていく。

 

「舞花、大丈夫か?」

 

「うんっ!」

 

 笑顔でこくんと頷くと、十代くんは安心したようで視線を壇上にと移す。そこに出てくるであろう対戦相手のことに思いをはせているようだ。

 

「万丈目はさ」

 

 視線をそっちにおいたまま、十代くんは口を開いていた。

 

「別の学校に1人で行って、そこの頭をとってここに乗り込んできたんだ」

 

 その口調は、まるで今口を開いているのを気づいていないかのように、漏れてしまった心の声にさえ聞こえた。

 

「今のあいつは……すげえ。正直、尊敬する」

 

 だからこそ……

 

 十代くんの心の中は、手に取るように分かってきてしまう。

 だって、私も同じことを考えているのだから。

 

 握り締めた拳に滲んでいる汗は、緊張感と、闘争心。

 

 そして何よりも、楽しみだ。

 

 十代くんの言うとおり、別の学校の頭をとって

 ここに、もう一度戦いに来た彼との戦い。

 

 いったいどれだけ強くなっているのだろう?

 

 いったい、どんなデュエルをしてくるのだろう?

 

 ワクワクする

 

 とってもとっても、ワクワクするんだ。

 

 

 ねえ明日香ちゃん

 

 やっぱり覚悟は必要じゃないよ

 

 私は今、こんなに楽しみなんだから

 

 

 

「それデーハ、デュエルアカデミア本校代表、ドロップアウ……ではなく、遊城ジュウダーイ!」

 

 十代くんはいつものように楽しそうに、壇上に上がって客席のみんなに手を振っている。

 

 私はデュエルディスクにセットしてあるデッキを、一回だけそっとなでた。

 

「よしっ、行こうか」

 

「デュエルアカデミア本校代表! 『可愛らしい奇術師(トリッキー・プリンセス)』橘舞花ナノーネ!」

 

 みんなの拍手の中、私も壇上へと上がっていく。

 

 緊張も恥ずかしさも、何もない。

 

 今あるのはこれから始まるデュエルへの期待だけ。

 全身を包む高揚感は、静かに、けれども確かに体温をわずかに上げる。

 

 胸に当てた手から感じる自分の心音は、ワクワクしていると告げていた。

 

 

 

 ……ん?

 

 

 

「『可愛らしい奇術師(トリッキー・プリンセス)』って何ですかっ!?」

 

「ホニャーラ? 何言ってるノーネ? みんなそう呼んでルーノネ」

 

 ……おかしい、私はそんな呼ばれ方された記憶がない。

 

「さんざん、墓地から罠だの相手ターンに手札から魔法だの使ってるからよ」

 

「けっこう前からそんな風に噂されてましたわ」

 

「いつの間に!?」

 

 全く聞き覚えのない呼ばれ方で呼ばれたことに意識が行ったので、本当はちょっと残っていた緊張とか気恥ずかしさとか一気に吹っ飛びました。

 そして全くTVに映る気が無い様で、明日香ちゃんだけこっそり映らないように避けている。

 

 む~、ずるいよ~

 

「続きマシーテ、デュエルアカデミアノース校代表! デビルゾアの使い手、江戸川遊離!!」

 

 意識を何とか対戦相手の方に戻すと、奥から大きな男性が現れる。全身にもりもりついている筋肉が、こちらに向けて威圧感を放っている。

 

 って、港で会ったあの人だ。

 

 そういえば、あの時は万丈目くんにいっぱいいっぱいで、そのパートナーのことまで頭が回っていなかった。

 そっか、あの人が万丈目くんのパートナーだったんだ。

 

「そして、最後ーハ……」

 

「いらん、自分の紹介は自分でする」

 

 もうすでに壇上に上がってきた万丈目くんがクロノス先生からマイクをひったくる。

 クロノス先生は名残惜しそうにそのマイクを見ていたが、さすがに万丈目くんのお兄さん方がこのTVのスポンサーなので、文句も言えずに縮こまった。

 

「お前たち! この俺を覚えているか!!」

 

 しん、と一瞬にして会場が静まった。

 ひそひそと話すそんな小さな声すらも無い完全なる無音。デュエル場についている空調の音がはっきりと聞こえてくるほどだ。

 そして、一瞬にして、みんなの視線が万丈目くんに集まっていた。

 

「俺が消えてせいせいしたと思っている奴。俺の退学を自業自得だと思っている奴!」

 

 少しずつ、みんなの視線が疎らになる。本当にそう思っていた人がいたのかもしれない。そんな人たちがここからなら手に取るように分かってしまって、少し苦しい。

 

「確かにその通りだ! だが俺は、地獄の底から這い上がってきた!! もう一度、俺の名を刻み込め!!」

 

 万丈目くんが人差し指を天に掲げる。その様は、言いようの無いほどに似合っていた。

 

「俺の名は一・十・百・千!!」

 

「「「「「万丈目サンダー!!!!」」」」」

 

 万丈目くんのコールにあわせて、客席に座っていたノース校のほかの生徒が声を響かせる。

 その姿はある意味奇妙だ。だけど、それだけ万丈目くんがみんなに慕われてると思って、なんだか少し口元を吊り上げた。

 

「行くぞ十代! 橘!」

 

「来いっ! 万丈目!!」

 

「楽しいデュエルを、期待してるよ~」

 

「サンダー、俺がサポートします」

 

 各々がデュエルディスクを構える。

 

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

 

 十代&舞花

 LP8000

 

 万丈目&江戸川

 LP8000

 

 デュエルディスクに、共通ライフである8000ポイントが表示される。そして、決定されたターン順も表示された。

 

 順番は、万丈目くん→十代くん→江戸川さん→私だ。

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ファーストターンを得た万丈目くんが勢い良くカードを引き抜く。

 

「俺はアームド・ドラゴンLV3を守備表示で召喚。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 現れたモンスターは、まだ可愛らしい小さなドラゴン。両手を胸の前で交差して防御体制をとっている。

 

 

 アームド・ドラゴンLV3

 DEF900

 

 

「レベルアップモンスター!?」

 

「伝説のレアカードじゃないか!!」

 

 観客席から驚きの声が上がっている。無理も無い。レベルアップモンスターなんて見る機会、本当に無いのだから。私も見たのは初めてだ。

 

 

 レベルアップモンスター

 

 確か、特定の条件を満たすと上級のモンスターにレベルアップしていくモンスターだ。

 今はあんなに可愛らしいドラゴンだけれども、レベルアップしたらどんな強力なモンスターになるか分からない。慎重に行かないと。

 

「俺のターン、ドロー! E・HERO バーストレディを攻撃表示で召喚。ターンエンドだ」

 

 

 E・HERO バーストレディ

 ATK1200

 

 

 続く十代くんのターン。召喚されたのは十代くんのお気に入り、フレイム・ウイングマンの融合素材であるバーストレディ。

 攻撃表示で出されたが、タッグデュエルの1ターン目は攻撃することが出来ないのでターンエンドした。

 

「俺のターン、ドロー! ジャイアントオークを召喚!」

 

 

 ジャイアント・オーク

 ATK2200

 

 

 ジャイアント・オークは下級モンスターにしては破格の攻撃力を持っている代わりに、一度攻撃したら守備表示になって次のターン動けなくなるというデメリットを持っている。

 しかし、2200の攻撃力は高く、突破するのは時間がかかってしまうかもしれない……

 

「さらに魔法カード、生贄人形を発動!」

 

 そう思っていたら、発動された魔法カードによって、ジャイアント・オークが生贄となってフィールドから消える。

 わざわざ、高攻撃力モンスターを生贄にしてまで、出そうとするモンスターっていったい?

 

「生贄人形の効果により、手札からレベル7のモンスターを特殊召喚する! 来い、デビルゾア!!」

 

 

 デビルゾア

 ATK2600

 

 

 現れたモンスターは悪魔族の中でも攻撃力の高いモンスター、デビルゾア。

 通常モンスターでレベル7という部分が、私のお気に入りであるブラック・マジシャンと似ている。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 うまい。

 生贄人形で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃することが出来ない。

 そのデメリットも、タッグデュエルで1ターン目攻撃できないルールなら無視することが出来る。

 

 さすがにノース校もう一人の代表だけあって強い人なんだ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 手札にはカードがそろっている。次のターンには、ブラック・マジシャンを出せそうだ!

 

「ジュニア・ブラック・マジシャンを守備表示で召喚! ターンエンドだよ」

 

 

 ジュニア・ブラック・マジシャン

 DEF1000

 

 

 出てきた私の可愛らしい相棒、ジュニア。この子を次のターンまで生かすことが出来れば、ブラック・マジシャンを召喚することが出来る。

 

 

「俺のターンだ」

 

 そして始まる万丈目くんのターン。そして、このターンから攻撃宣言を行うことが出来る。

 万丈目くんはカードを引いた直後、場にいるアームド・ドラゴンを指差して宣言を行った。

 

「アームド・ドラゴンLV3の効果発動! このカードが俺のスタンバイフェイズ時に表側表示で存在する場合、このモンスターを墓地に送り、デッキからアームド・ドラゴンLV5を特殊召喚することが出来る!! 出でよっ! アームド・ドラゴンLV5!!」

 

 フィールドにいたアームド・ドラゴンLV3の姿が変わっていく。

 オレンジ色だった体色は赤くなり、着ている鎧は黒くなっている。

 

 

 アームド・ドラゴンLV5

 ATK2400

 

 

「行くぞ! アームド・ドラゴンのモンスター効果発動! 手札からモンスターカード1枚を墓地に送り、そのモンスターの攻撃力以下のモンスターを1体破壊する!」

 

「何っ!?」

 

 モンスターが持つ、破壊効果。万丈目くんの手札には、攻撃力幾つのモンスターがいるの?

 

「俺が手札から捨てるのは、仮面竜! このカードの攻撃力は1400。よって攻撃力1200のバーストレディを破壊する! くらえ! デストロイ・パイル!!」

 

 アームド・ドラゴンが鎧の後ろに付いていた棘をミサイルのように飛ばす。と、いうよりミサイルだったようで、バーストレディに着弾し、バーストレディを破壊した。

 

「しまったっ!」

 

「そして、まだ攻撃が残っている! バトルだ! ジュニア・ブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 今度は巨大な爪を使ってジュニアを引き裂く。ジュニアが悲鳴を上げて破壊されてしまった。

 

「お前のブラック・マジシャンは厄介だ。そいつを潰すだけじゃ足りん! 永続魔法、禁止令を発動! このカードがある限り、お前はブラック・マジシャンをプレイすることが出来ない!」

 

「そんなっ!?」

 

 ブラック・マジシャンを完全に封じられた。禁止令がある状態じゃ、手札のブラック・マジシャンを出せないし、仮に出せたとしても、行動することが出来ない。

 

「まだだっ! アームド・ドラゴンが相手モンスターを戦闘で破壊したターンのエンドフェイズ、LV5はLV7へと進化する! さらに進化せよ、アームド・ドラゴン!!」

 

 LV5が更なる成長を遂げる。大きくなっていた体がさらに巨大となり、デュエル場のドームの天井にさえ届きそうと錯覚するほど。LV7になったからには、さらに強力な力を身につけてしまっているのだろう……

 

 

 アームド・ドラゴンLV7

 ATK28000

 

 

 強い……

 万丈目くんが強いのは知っていたけど、何だろうこの違和感は。

 

 何よりも、また万丈目くんは苦しそうな表情で戦っている。

 

 

 だめだ

 

 

 前のデュエルとは違うんだ。

 

 今は……せめて私と十代くんだけでもデュエルを楽しもう。

 

「すっげえモンスターだな、万丈目!」

 

 いつもと変わらずに、十代くんは万丈目くんのモンスターを見て興奮している。

 でも、それは私も同じだ。こんな強そうなモンスターと、戦うだけでもワクワクしてくる。

 

 

 なんとか、万丈目くんの張った禁止令を突破して、私はブラック・マジシャンで戦おう。

 

「次は俺のターンだ、ドロー!」

 

 続く十代くんのターン。カードを引いた十代くんの表情が明るくなる。

 いつもながら、キーカードを引いたんだ。

 

 十代くんなら、きっと融合のカードだ。

 

「万丈目! お前がそんなすげえモンスターで来るなら、俺も最強のHEROで戦うぜ! 俺は手札のバブルマン、フェザーマン、スパークマンを融合して、テンペスターを……」

 

「お前が融合を引くのは読んでいた」

 

 静かに……しかし、威圧感が万丈目くんの周りから発せられている。

 万丈目くんは、ゆっくりと自身の伏せカードを開いた……

 

 

 

 

 

 

「融合禁止エリアを発動」

 

 

 

 

 

 

「ばかなっ!?」

 

 手札から発動しようとしていた融合のカードを、十代くんは手札にしまう。

 

 予想外だ

 

 万丈目くんが融合対策を使ってくるかもしれないということは考えていたかもしれない。けれど、今までの万丈目くんなら、きっとまたヘル・ポリマー辺りだと思っていた。

 しかし、万丈目くんが発動したのは、直接的に、そして永続に融合を封じる『融合禁止エリア』

 

 万丈目くんの高いプライドなら、決して選択することは無いと考えていた選択肢。

 

 

 まって

 

 

 禁止令だってそうだ。万丈目くんなら、前の万丈目くんだったら、こんなに直接的で簡単な方法で封じようなんて考えてこなかった。

 少し癖があっても、アドバンテージをしっかり取れるカードを使いこなして封じようとしてきていた。

 

 なのに、どうして……

 

「なりふりなんて……構ってたまるか」

 

 万丈目くんが発した言葉は……冷たい?

 いや、寂しくて、悔しくて、情けない。そんな感情を込めた、呟き。

 

 やりたくないんだ。したくないんだ。

 

 万丈目くんは、それでもただ勝つためにこのカードを選択した。

 

「何もかもかなぐり捨ててでも、お前たちに勝つ!!」

 

 

 万丈目くんの叫びが、デュエル場にこだました。

 



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16-turn 封じられた切り札 LP8000vs100

 十代&舞花

 LP8000

 

 モンスターカード なし

 魔法・罠カード  なし

 

 

 万丈目&江戸川

 LP8000

 

 モンスターカード デビルゾア アームド・ドラゴンLV7

 魔法・罠カード  禁止令 融合禁止エリア 伏せカード2枚

 

 

 

 

 

 

「何もかもかなぐり捨ててでも、お前たちに勝つ!!」

 

 万丈目くんの開いたリバースカード、融合禁止エリア。そのカードの効力によって、十代くんの融合は発動することさえ出来なくなってしまった。

 

「くっ……。E・HERO バブルマンを攻撃表示で召喚」

 

 融合の出来なかった十代くんは、融合素材にしようとしたバブルマンを召喚する。そして、今、私たちのフィールドのカードは0枚。

 

「バブルマンの効果発動! このカードが召喚に成功したとき、フィールドに他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローできる!」

 

 タッグデュエルでは生かし辛いと思っていたバブルマンの効果を発動して、デッキからカードを2枚引く。

 

 とにかく、今私たちがするべきことは万丈目くんの2枚のカード、『融合禁止エリア』と『禁止令』を突破することだ。

 

「万丈目! E・HEROの強さは融合だけじゃない! E・HEROと魔法・罠カードの連携にある! 速攻魔法発動、バブル・シャッフル!!」

 

 バブルマンとアームド・ドラゴンの2体が泡に包まれる。ちょっとずつ、攻撃体勢から守備体勢へと動かそうとしている。

 

「バブル・シャッフルは、バブルマンと相手のモンスター1体を守備表示にし、その後バブルマンを生贄にして手札のE・HERO1体を特殊召喚することが出来る!」

 

 アームド・ドラゴンLV7の守備力は1000。そして、十代くんの手札にはさっき呼び出そうとしていたテンペスターの融合素材であるスパークマンがいる。

 これで、アームド・ドラゴンを戦闘で破壊することが出来る! 

 

 十代くんは、切り札である融合モンスターを封じられているのに、相手モンスターに対して決定打を与えようとしている。

 

 しかし……

 

「あまい! リバースカードオープン!」

 

 そのカードを開いたのは……江戸川さんだ。

 バブルマンとアームド・ドラゴンから泡が消えていく……

 

「な、なにっ!?」

 

「マジック・ジャマー!」

 

 マジック・ジャマー

 カウンター罠を代表するカードだ。

 手札1枚をコストに、魔法カード1枚を無効にするシンプルな効果。

 しかし、その効果は今は絶大だ。

 

 十代くんのバブルマン、万丈目くんのアームド・ドラゴンは攻撃表のままフィールド上に残ってしまった。

 

「くっそぉ……。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 十代くんは残念そうにターンを終えた。でも、考えていることはなんとなく分かる。

 

 こんなに簡単に終わるなんて思ってない。

 

 また、次の手を考えてあのモンスターを倒すんだ。

 

「俺のターンだ! ドロー! 強欲な壷を発動し、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 次のターンは江戸川さん。彼のフィールドにいるデビルゾアは、万丈目くんのLV7によって霞んでしまっているようにも見えるが、しかしその強大な攻撃力ははっきり言って脅威だ。

 

「バトルだ! デビルゾアでダイレクトアタック! デビル・エクス・シザース!!」

 

 デビルゾアが向かってくるのは、今フィールドの開いている私の下。最上級の力をもつ悪魔が手を十字に重ねてクロスに切りかかってくる。

 

「きゃぁ!!」

 

 

 十代&舞花

 LP8000→5400

 

 

 十代くんのバブルマンを無視して、私へのダイレクトアタック。モンスターの破壊は万丈目くんのアームド・ドラゴンに託したということだろうか?

 

 

 やっぱり強い

 

 

 あの二人も、自分たちのデッキの特性を把握している。

 しっかり二人の息を合わせて戦ってきている。

 

「舞花……」

 

「うん」

 

 十代くんと目を合わせる。ピンチを感じている、この状況で

 

 私たちは笑ってこのフィールドを見ていた。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!」

 

 攻撃を受けた私のターン。

 

 確認しよう

 

 相手フィールドにはアームド・ドラゴンとデビルゾアの2体の最上級モンスター。

 対する私たちのフィールドにいるモンスターはバブルマンのみ。

 さらに、私たちは今、それぞれの切り札を出すことを封じられている状態だ。

 

「けど……」

 

 禁止令の効果を頭の中で確認しなおす。

 

 そうだ。私にはあの2枚を突破できる方法がちゃんとある!

 

「私は手札から魔法カード、古のルールを発動! このカードは、手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚することが出来る!」

 

 とたん、観客からのざわめきが大きくなる。私が何をしようとしているのか分かったのだろう。

 

 禁止令の効果は、プレイの不可

 だけど、他のカードの効果による召喚は封じられていない

 

 だから、このカードを使えば場に出すことだけは出来る

 

 さあ、行こう

 

 手札のカードをやさしく引き抜く。

 一瞬だけ暖かさを感じた後、デュエルディスクにセットした。

 

「最後まで……私と共にっ! 来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 フィールドに降り立つアメジストににた紫色。 

 両手を組んでその知性に威厳をつけている魔術師。

 私の大好きなカード。

 

 ブラック・マジシャンがフィールド上に降り立った。

 

 

 ブラック・マジシャン

 ATK2500

 

 

「だが、分かっているんだろう? 禁止令が出ている状態で指定したモンスターが出てきた場合、その一切の行動を禁止する!」

 

 ブラック・マジシャンの体に重圧がかかる。その行動一切を封じ込めるように。

 ブラック・マジシャンはその場に膝をつけた。

 

 そう、禁止令はプレイを制限するだけじゃ終わらない

 

 禁止令が場にある限り、ブラック・マジシャンは攻撃することも表示形式を変更することも、(しないだろうけど)生贄に捧げることも出来ない。

 

「分かってるよ……だけど、この状態でも専用サポートカードは使える!」

 

 手札から引き抜いたのは、前のタッグデュエルでも使ったカード。

 禁止に制定されてしまった強力カードと同じ効力をもつ強力なカード。

 

 ブラック・マジシャンの攻撃の名前の付いた魔法カードだ。

 

「行くよ! 魔法カード発動! 『黒・魔・導(ブラック・マジック)』」

 

 膝をついていたブラック・マジシャンの体から重圧が消え、高く飛び上がる。

 角度的に相手モンスターの頭上を超え、相手の魔法・罠カードを狙える位置まで飛び上がった。

 

 これで、あのカードを破壊して行動できるようになるっ!

 

 ブラック・マジシャンが杖の先から漆黒の魔力を放つ。その魔法が相手二人の魔法・罠を破壊しに向かっていく……

 

 

 

 

 

 刹那

 

 

 

 

「リバースカードオープン!!」

 

 ブラック・マジックが反転してブラック・マジシャンに向かって襲ってくる。

 

 一瞬の出来事

 

 ブラック・マジシャンが自らの放った魔法によって、悲鳴をあげて破壊されてしまった。

 

 

 十代&舞花

 LP5400→2900

 

 

「な……なに……?」

 

 一瞬、何が起きたのかが分からなかった。

 だけど、起きた状況……

 

 魔法・罠カードを破壊しようとし、それを無効化され、私のモンスターが破壊され、そしてダメージを受けた。

 そんな効力をもつカウンター罠を、私は知っていた。

 

「アヌビスの……裁き……?」

 

 江戸川さんのフィールドで開かれているカードは、今まさに私が言った『アヌビスの裁き』だ。

 

 江戸川さんはコストの手札を墓地に送っていた。

 

「サンダーのカードを破壊させる気は無い!」

 

 

 しまった

 

 今のは完全に私の失策だ

 

 十代くんがバブル・シャッフルの時に使わせた『マジック・ジャマー』

 アームド・ドラゴンが倒せなかった代わりに、私は十代くんがカウンターを使わせたと前向きに考えていた。

 

 2枚カウンター罠を伏せているという可能性を頭から消していた

 

 もし、考えていたら

 

 私は今の『黒・魔・導(ブラック・マジック)』を通すことが出来ていたんだ。

 

 残った手札の1枚に目線をやる。

 そのカードは『上級魔術師の呪文詠唱』

 手札の魔法カードを発動するこの魔法カードを使えば、カウンター罠を潜り抜けることが出来たのに。

 

 これは完全に私の読み間違いだった……

 

 墓地に行ってしまったブラック・マジシャンのカードに目を向ける。

 

 ごめんね。私の実力不足で……

 

「黒魔導師クランを守備表示で召喚。カードを1枚伏せて魔法カード、悪夢の蜃気楼を発動! ターンエンドだよ」

 

 ピケルのお姉ちゃん、クランを守備表示で召喚する。姉妹らしくその守備力は0だが、今の私の手札には他に召喚できるモンスターがいない。

 黒い耳の付いた帽子を深く被って、守備体勢をとっている。

 

 

 黒魔導師クラン

 DEF0

 

 

「俺のターンだ」

 

 そして、ついに来てしまった万丈目くんのターンだ。

 勢い良くカードをドローした万丈目くんのスタンバイフェイズに、私の魔法カードの効果が発動する。

 

「この瞬間、悪夢の蜃気楼の効果発動! 相手ターンのスタンバイフェイズに、手札が4枚になるようにカードをドローするよ」

 

 悪夢の蜃気楼のカード効果によって、私は手札が4枚になるようにカードをドローした。

 

 伏せているカードは『上級魔術師の呪文詠唱』だ。今引いた中に、なにか良い魔法カードがあれば発動しようと思っていた。

 けど、その想いとは裏腹に、手札に入ったカードには上級魔術師の呪文詠唱で発動できるようなカードは無かった。

 

 残念そうな表情をしていることから、スタンバイフェイズでの私の行動が終わったのを確認する。万丈目くんはメインフェイズに入った。

 

「アームド・ドラゴンLV7の効果発動! 手札からモンスターカードを捨てることによって、そのモンスターの攻撃力以下の相手モンスターを全て破壊する!」

 

「そんなっ!?」

 

「全てだって!?」

 

 LV5からLV7になったことにより、効果も格段にレベルアップしている。

 私たちの場にいるモンスターの攻撃力は800と1200。手札から下級モンスターを捨てるだけで簡単に全部破壊されてしまう。

 

「俺は手札のドラゴンフライを墓地に送り、攻撃力1400以下のモンスターを全て破壊する!」

 

 アームド・ドラゴンの腹部についている3枚のカッター。そのうちの2枚がぎゅぅんと音の立つほどに高速回転して発射される。

 私のクランと十代くんのバブルマンが切り裂かれ、破壊されてしまった。

 

「そして、アームド・ドラゴンLV7の攻撃! くらえアームド・バニッシャー!!」

 

「うああああ!!」

 

 巨大なアームド・ドラゴンの鋭い爪が十代くんを引き裂く。

 ダメージに応じたソリッドビジョンの衝撃が襲ってきた。

 

 

 十代&舞花

 LP2900→100

 

 

「もう無駄だ。切り札を封じられ、少しだけ芽生えた希望もすぐさま摘み取ってきた。もう貴様らにアームド・ドラゴンを倒す術は無い」

 

 私たちのライフポイントは、もう残り100。ここまでくるのに、私たちはアームド・ドラゴンを破壊するための行動を阻害され、かつ私たちは切り札を出すことを封印されてしまっている。

 

「今なら、無様に負ける前にTVの前でサレンダーすることを認めてやろう」

 

 サレンダー

 デュエルをあきらめ、敗北を認めるということ。

 

 それを聞いた私たちは、

 

 

 

 静かに笑った

 

 

 

 

「冗談だろ? サレンダーなんかするわけ無いじゃん」

 

「こんなに楽しいデュエルをしてるのに、途中で止めちゃうわけ無いよ~」

 

 

 胸がドキドキしている。

 TVに映る緊張でも、十代くんといる緊張でもなんでもない。

 

 

 いつもどおりの、デュエルをしているときの興奮、高揚、高ぶり

 

 

 

 楽しいんだ

 

 

 

 このデュエルが。

 

 

 あんなに強いモンスターが目の前にいて

 私たちは行動をほとんど封じられてしまって

 

 

 でも、それを破る方法を考えるのが、

 この先にあるかもしれない、勝利への道を探すのが

 

 面白くて、楽しくてしょうがないんだ!

 

 

「無駄だと言っているだろう? はっきり言ってやる。お前たちがアームド・ドラゴンを倒せる可能性は0だ!」

 

「可能性が0になるとしたら、それはあきらめた時だよ」

 

「その通りだぜ。デュエリストがあきらめない限り、奇跡は起こせるんだ!」

 

 万丈目くんが唇をかみ締める。私たちがあきらめないことに苛立ち、嫌悪し、そして、残念がっている。

 

 どこかで、万丈目くんは恐れているのだろうか?

 

 ここからの敗北に、

 ありえないところから出てくる、奇跡と言う可能性に。

 

 私はまだ、万丈目くんが何を思っているのか、何を背負っているのかが分からない。

 分からないけれど、私はデュエルをこうして楽しむことに決めたんだ。

 

 万丈目くんに、何かを告げようとも、諭そうともせず、私はただ、デュエルを楽しむ。

 

 それがきっと、あなたがデュエルを楽しむことが出来る唯一の可能性だと信じているから。

 

 唯一分かることは、万丈目くんはこっちを見ないで、別の何かと戦っているように感じる。

 ただ、今の私には何も出来ないのだろう。

 

 

「ちっ、まあいいだろう。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「おっと、その前に速攻魔法、非常食を発動するぜ。舞花の悪夢の蜃気楼を墓地に送って、俺たちのライフポイントを1000ポイント回復させる」

 

 

 舞花&十代

 LP100→1100

 

 

 これで背水状態だったライフポイントに、一応の余裕が出来る。

 さらに、私の悪夢の蜃気楼のデメリット効果であった、自分のスタンバイフェイズ時に、このカードの効果でドローした分だけ手札を捨てることを回避できた。

 

「ありがとう、十代くん」

 

 ニカッと一度笑って、自分のターンに入るためデッキに手を触れた。 

 

「行くぜ! 俺のターン、ドロー! E・HERO スパークマンを召喚!」

 

 

 E・HERO スパークマン

 ATK1600

 

 

 十代くんが出したのは、テンペスターの融合素材にしそこねたスパークマン。その攻撃力では相手フィールド上のモンスターには太刀打ちできない。

 

 けど

 

 私には分かった。十代くんが何をしようとしているのか

 

「さらに装備魔法、スパークガンを装備。このカードは、3回だけ、モンスターの表示形式を変更することが出来る!」

 

 やっぱり、私の予想通りのスパークガン。このカードの効果でアームド・ドラゴンを守備表示に出来れば戦闘破壊できる。

 けど、そう簡単ではない。さっきからずっと私たちの行動を妨害してきた江戸川さんの場には、まだ伏せカードが1枚残っている。

 

「カウンター罠発動、八式対魔法結界を発動! このカードは、モンスター1体を対象とする魔法カードの効果を無効にする!」

 

 装備魔法は、原則的にモンスター1体を対象とする魔法カードだ。八式対魔法結界にはどうしても引っかかってしまう。

 スパークマンはスパークガンを装備できずにフィールドで項垂れた。

 

「くっそぉ、またカウンターされちまったか。カードを1枚伏せて、魔法カード、戦士の生還を発動! 墓地のバーストレディを手札に戻してターンエンドだ」

 

 また攻略できなかった。けど、まだ私たちは負けていない。

 

 負けない限り、戦うことは出来る。こんなに楽しい挑戦が、まだ出来るんだ。

 

「万丈目、やっぱりデュエルって楽しいよな?」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

 不機嫌そうな万丈目くんに、十代くんはこれ以上ないくらいの楽しさを乗せて、笑う。

 

「だってさ、倒せないモンスターが目の前にいるんだぜ? これを倒す奇跡を次のターンに起こせるかもしれないって、倒せない間はずっと考えていられるんだ。それって最高にワクワクするだろ?」

 

 倒せないこと、防がれること。それらは決して絶望ではない。

 次にできる何かがあるかもしれない。

 それらを起こすまでの間、まだまだワクワクしていられるんだ。

 

「何をバカなことを言ってやがる。第一、お前のターンはもう回ってこない。このターンに江戸川が、もし倒せなくても次の俺のターンまでが限界だ。もうお前のターンは無い」

 

「俺のターンはそうかもな。でも、まだ舞花のターンが残るかもしれない。そこで、俺たちは奇跡を起こしてやるさ」

 

 十代くんは、私を信じて目を向けている。

 

 

 そんな十代くんに

 

 

 私はにっこりと、笑みを返した。

 

「ふざけたことを……。江戸川! さっさと決めろ!」

 

「了解です、サンダー。俺のターンだ!」

 

 でも、このターンは凌がないといけない。江戸川さんにはデビルゾアがずっと残ってしまっている。

 

「デビルゾアでプレイヤーにダイレクトアタック! デビル・エクス・シザース!!」

 

「罠発動! ヒーローバリア! E・HEROが場にいる時、相手モンスター1体の攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 ダイレクトアタックのために私に迫ってきていたデビルゾアを、スパークマンが発生させたバリアが阻む。

 なんとかこのターンは耐えることが出来た。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 やっぱり、江戸川さんは最後まで伏せカードを切らさなかった。 

 そのスタイルはいわゆるドローゴーと言う物。

 ドローして、セットして、相手にターンを渡すそのスタイルは、相手ターンでの行動量が多い。

 

 けど、その代わり、江戸川さんはずっとデビルゾア1枚で戦っている。

 

 万丈目くんも、アームド・ドラゴンで戦うことに特化したデッキ。

 

 つまり、目の前にいるあの2体を倒せれば、私たちは勝てるんだ。

 

「行くよ、私のターン」

 

 万丈目くんの言ったとおり、きっとこれが私のラストドロー。

 

 そして、十代くんの言ったとおり

 

 このドローで、全てを決める!

 

「ドロー!」

 

 私の引いたカードは、今日初めてデッキに入れたカード。

 今日の新しい、お友達かな。

 

「久遠の魔術師ミラを召喚!」

 

 現れた魔術師は、一言で言うなら白。

 肩まですぅと伸びている真っ白い髪の毛。着ている服も白を基調としていて、手には身の丈ほどの杖を持っている。

 

 

 久遠の魔術師ミラ

 ATK1800

 

 

「ミラのモンスター効果発動! このカードが召喚に成功したとき、相手フィールド上にある魔法・罠カード1枚を選択して、確認することが出来る! 私は万丈目くんの伏せカードを確認するよ。リバース・スキャン!」

 

 ミラが杖を一振りすると、杖先から発せられた光が万丈目くんの伏せカードを包む。その発光が終わったかと思うと、万丈目くんの伏せカードが開かれた。

 

「リビングデッドの呼び声、だね」

 

 万丈目くんが前にも使ったことのある蘇生カード。

 リビングデッドの呼び声があるのなら、たとえLV7を破壊したとしても、LV5を復活させられてしまうだろう。そうしたら、また進化させるタイミングを与えてしまうかもしれない。

 

 私は手札のカードを見やる。

 

 

 瞬間、閃いた。

 

 

 今確認したカードはリビングデッドの呼び声。

 ひょっとしたら、これが勝利への奇跡を引き起こすかもしれない!

 

 

「手札から装備魔法、バウンド・ワンドをミラに装備するよ! このカードの効果によって、ミラは自分のレベル×100ポイント攻撃力をアップ!」

 

 

 久遠の魔術師ミラ

 ATK1800→2200

 

 

 これでもまだ攻撃力が足りない。だけど、まだ私はあきらめたりなんかしないよ!

 

「そして、手札を全て伏せて、ターンエンド!!」

 

「全てだとっ!?」

 

 観客のみんなもざわついている。……また変なことでもはじめるのかとか聞こえた気がしたけど気のせいにしよう。そうしよう~

 

 でも、これが私に出来る全部。 

 そして、これがアームド・ドラゴンを破るための必殺の一撃になり得るもの。

 

「何を考えているか知らんが……俺のターンだ、ドロー!」

 

 私の作戦が成功しようとも失敗しようとも、おそらく最後になるであろう万丈目くんのターン。 

 

「見られたが……発動してしまえば関係ない! リバースカードオープン、リビングデッドの呼び声!」

 

 万丈目くんは、さっき私が確認したリビングデッドの呼び声を開く。

 

 そして、

 

 

 

 

 それが、私たちが勝つための道の入り口

 

「させないよっ! 罠発動、金属探知機!!」

 

 突如現れた機械が、万丈目くんのリビングデッドの呼び声に反応して音を出す。その音がリビングデッドの呼び声の効力を無効にしている。

 

「な……なんだこいつはっ!?」

 

「金属探知機の効果によって、このターン、全ての永続罠カードの効果を無効にするよ!」

 

 リビングデッドの呼び声は、発動時に墓地のモンスターを蘇生するカード。この効果を発動時に無効にしてしまえば、この先、リビングデッドの呼び声は何の効果も無いカードとして残るだけになる。

 

「くっ……だが全滅させれば関係ない! 魔法カード、死者転生を発動! 手札を1枚墓地に送り墓地のアームド・ドラゴンLV5を手札に戻す。そしてLV7の効果を発動し、このカードを再び墓地へ!!」

 

 アームド・ドラゴンLV5の攻撃力は2400。その攻撃力を超えるモンスターは私たちのフィールドには()はいない。

 

「チェーンするよ! 速攻魔法、上級魔術師の呪文詠唱! 手札の魔法カード1枚を発動するよ!!」

 

「バカなっ!? お前の手札は0。発動できる魔法カードは無いはずだ!」

 

 そう、私の手札は0。発動する魔法カードは手札にはない。だけど、

 

「私の手札に無いだけだよっ! 罠カード発動、精霊の鏡!!」

 

 突如現れた精霊の操る鏡。その鏡に私の発動した上級魔術師の呪文詠唱の魔力が吸収される。

 

「精霊の鏡は、魔法カードの対象を別のプレイヤーに移し変える。上級魔術師の呪文詠唱の対象を十代くんに移し変えるよ!」

 

「同じことだ!! この状況を潜り抜ける魔法カードなど……」

 

 言いかけた段階で、万丈目くんは気が付いた。

 

 十代くんが最初の方で発動しかけた魔法カードの存在。

 そして、現在の状況を……

 

「金属探知機か……?」

 

「そうだよ。金属探知機はこのターン中、全ての永続罠の効果を無効にするんだ。もちろん『融合禁止エリア』も」

 

 金属探知機は、永続罠発動時にしか発動することができないカード。

 だから、万丈目くんがリビングデッドの呼び声を伏せていたことが分かったからこそ、私はこの戦略をとりに行くことが出来た。

 

 こうして、十代くんが切り札を召喚することをサポートする戦略を

 

「これで、十代くんは融合を発動できる!」

 

「サンキュー舞花! 行くぜ、魔法カード『二重融合―ダブル・フュージョン―』発動!! 500ポイントライフを支払い、2回融合の効果を使用する!!」

 

 

 十代&舞花

 LP1100→600

 

 

 十代くんが発動したのはただの融合じゃなくて、ダブル・フュージョンのカード。その効果は2回の融合を行うことができる。

 私は十代くんが発動しようとしていたときにそのカードを確認していたから、さらに十代くんの手札にいるモンスターを覚えていたから

 私は、十代くんが何を出すのか分かる。

 

 

「行くぜ! まず手札のフェザーマンとバーストレディを融合! 来いっ! E・HERO フレイム・ウイングマン!!」

 

 おなじみの、十代くんのフェイバリットヒーロー。フレイム・ウイングマンがフィールドに降り立つ。

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 ATK2100

 

 

「さらに、フレイム・ウイングマンとスパークマンを融合!」

 

 この2体の融合は、私との初めてのデュエルで見せた十代くんの切り札。 

 融合の渦に吸い込まれていった2体のモンスターが混ざり合い、刹那

 

 輝きがフィールドを支配する。

 

 一瞬、光に視界を奪われた後に、光り輝くヒーローがフィールド上に降り立っていた。

 

「現れろっ!! E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン!!」

 

 

 E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン

 ATK2500

 

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンは、自分の墓地にいるE・HERO1体につき攻撃力を300ポイントアップする!」

 

 シャイニング・フレア・ウイングマンが墓地にいるヒーローから光をもらう。その光を体中に吸収すると、力がみるみる上がっていく。

 

 

 E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン

 ATK2500→4000

 

 

 強大すぎるその攻撃力。チェーンの処理が終わったので、アームド・ドラゴンの効果がここで発動する。

 しかし、シャイニング・フレア・ウイングマンを破壊することはかなわず、大きな刃がミラを襲う。

 

「ミラっ!」

 

 効果によってミラは破壊されてしまった。しかし、ミラに装備されていたバウンド・ワンドがフィールド上で光る。

 

「バウンド・ワンドの効果発動! このカードの装備モンスターが破壊されたとき、装備モンスターを復活させるよ!」

 

 バウンド・ワンドの光がミラの姿を形どる。そこに色が付いていき、ミラがフィールド上に戻ってきた。

 

 

 久遠の魔術師ミラ

 DEF1000

 

 

 アームド・ドラゴンは前のターンまで確実に私たちのモンスターを全滅させてきた。

 だけど、このターンでは私たちのモンスターは1体たりとも倒れていない。

 万丈目くんは一度舌打ちする。

 

「バトル! LV7で、久遠の魔術師ミラに攻撃! アームド・バニッシャー!!」

 

 声量はさっきまでと変わっていなかった。だけどその声に含まれる戦う気持ちは、幾分か消えてしまっている。

 

 分かってしまっているんだ。私たちが、次のターンに、デュエルを終わらせるってことを。

 

 だけど……それでも、万丈目くんは攻める姿勢を崩そうとしない。前を向いて、デュエルで戦っている。

 それはきっと、万丈目くんもデュエルが大好きだから

 

 私は、そう信じている。

 

 

 

 ミラが破壊されたが、復活の際に守備表示にしていたため、ライフポイントに傷は付いていない。

 

「ターンエンド」

 

 すがりつくような声。最後の最後、まだ逆転されきっていないこの状況で、引いてほしくないカードを引かぬように切に願って絞り出ている声。

 

「俺のターン」

 

 だけど分かってるんだ。十代くんは、きっと引く。 

 

「ドロー!」

 

 ああ、きっとみんなも見えただろう。

 十代くんがカードを引くときの、輝いたようにさえ見えるその手を。

 

「万丈目! これが、俺たちの決着にふさわしいフィールドだ! フィールド魔法発動、スカイスクレイパー!!」

 

 デュエル場に、突如現れたたくさんのビル。摩天楼がこの場所に築かれる。

 

「バトル! シャイニング・フレア・ウイングマンで、アームド・ドラゴンLV7に攻撃! シャイニング・シュートぉ!!」

 

 シャイニング・フレア・ウイングマンの拳に集まっていく光。その大きさが自分の体をも凌駕するほどになると同時に、アームド・ドラゴンに向かって突撃する。しかし、

 

「させてたまるかぁ!! リバースカードオープン、シフトチェンジ!」

 

 アームド・ドラゴンへ、シャイニング・フレア・ウイングマンの攻撃が当たると思ったその瞬間、その場所にいたのはデビルゾア。身代わりとなってデビルゾアが攻撃を受けて破壊される。

 

 

 万丈目&江戸川

 LP8000→6600

 

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンの効果発動! 戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを、相手に与える!!」

 

 江戸川さんに、巨大な光が直撃する。デビルゾアの攻撃力2600のダメージの衝撃が与えられた。

 

「ぐわぁ!!」

 

 

 万丈目&江戸川

 LP6600→4000

 

 

 のけぞり、今にも倒れるかと思っていた江戸川さん。だけど、倒れる寸前でその大きな体を無理やり支える。

 

「まだだ……。まだ負けんっ! サンダーのアームド・ドラゴンが倒されない限り、俺たちはまだ負けん!!」

 

 その身で全てのダメージを受けきった江戸川さんの咆哮。一瞬こちらが後ずさりそうになったけれど、踏みとどまる。

 

「ごめんね」

 

 彼の目の前には、まだソリッドビジョンによって起こされた煙がある。だから、まだ気づけないだろう。

 私が発動した速攻魔法に。

 

 煙が晴れ、みんなの視界が一気にクリアになる。すると、十代くんのフィールドにはいるはずのシャイニング・フレア・ウイングマンがいない。

 代わりにいる、スパークマン。そして、

 

 ビルのてっぺんに立っている、フレイム・ウイングマン。

 

「な……なぜ……?」

 

「私が融合解除を発動したんだよ」

 

 融合解除によって解除されたシャイニング・フレア・ウイングマンの融合。それによってフィールドに戻ってきたフレイム・ウイングマンとスパークマンの2体。

 

「スパークマンでダイレクトアタック! スパーク・フラッシュ!」

 

 もう何も残っていない江戸川さんのフィールドを光が通過する。放心しかけている江戸川さんの体に電流が走った。

 

 

 万丈目&江戸川

 LP4000→2400

 

 

「うそだ……」

 

 大きな体から発せられた、弱弱しい呟き。その言葉は、どこかに届いただろうか?

 

「これで最後だ! フレイム・ウイングマンで、アームド・ドラゴンを攻撃!」

 

 ビルのてっぺんにいたフレイム・ウイングマンが、アームド・ドラゴンに向かって急降下。その体が炎に包まれる。

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 ATK2100→3100

 

 

 そして、貫いた

 

 スカイスクレイパーによって3100まで引き上げられた攻撃力が、アームド・ドラゴンを倒す。

 

 

 万丈目&江戸川

 LP2400→2100

 

 

「そして、フレイム・ウイングマンの効果が発動する」

 

 フレイム・ウイングマンが万丈目くんの目に降り立ち、炎を発する左手を万丈目くんへと向ける。その口から、火の光が微かに見え始めた。

 

「ま、まずいぞ! カメラ全部切れぇ!!」

 

「止めるなぁ!!」

 

 TV局の人が慌てて周りに指示する。スポンサーの弟の負けを全国放送するわけには行かないという判断だろう。

 だけどそれを万丈目くんが一喝した。それに反応して、全部のカメラが万丈目くんへと向く。

 

 その瞬間

 

 フレイム・ウイングマンの炎が、万丈目くんを包んだ。

 

 

 万丈目&江戸川

 LP2100→0

 

 

 

「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」

 

 デュエルの勝敗が決した瞬間、湧き上がる歓声。若干耳鳴りがしそうだけど、今は勝ったことが純粋にうれしくって気にならなかった。

 

「ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ」

 

「本当に、すっごく楽しかったよ~」

 

 伏せてしまっている二人に対して、私たちは各々の感想を相手に告げている。

 本当に楽しかった。

 

 負ける寸前まで追い込まれてしまったこのデュエルは、ハラハラもして、本当に楽しかった。

 

「準!」

 

「貴様、何をやっている!!」

 

 そんな中、万丈目くんに寄ってきたのは2人のお兄さん。伏せていた万丈目くんの胸倉を掴んで、無理やりその顔を上げさせた。

 

「お前は自分が何をやったのかわかっているのか!?」

 

「万丈目一族に泥を塗りやがって!!」

 

 罵声が万丈目くんに向かって投げられる。万丈目くんの体にそれらが何回も何回もぶつかっていく。

 

「すまない……兄さん」

 

 万丈目くんは、その目線をお兄さんたちに合わせられなかった。

 

「やめろよあんたたち!」

 

 その言葉を発したのは、十代くん。

 

「なんだお前は!」

 

「我ら兄弟のことに口出しするな!!」

 

「兄弟ならなおさらそんな態度はないだろっ!!」

 

 私には兄弟はいないけれども、だけどこんな言葉はあんまりだ。がんばって戦った万丈目くんに対してあんまりにも残酷すぎる。

 

「俺たちは持てる力の全てを出し切って戦ったんだ。文句なんか言わせない!」

 

「途中経過などどうでもいい。我々は結果を問題にしているんだ」

 

「そのとおりだ。結果こそが、勝利こそが万丈目一族にとって絶対のもの! それをこいつは……」

 

 十代くんの怒声も、万丈目くんのお兄さんたちは聞き入れずに言葉を投げ返す。

 万丈目くんは目を伏せたまま黙っている。

 

「勝利ってなんですか?」

 

 私は、十代くんたちの間に割って入る。万丈目くんのお兄さんたちの顔をまっすぐに見上げた。 

 

「たとえ1万ポイントの差をつけて勝ったとしても、勝ったとき心の底からうれしいって思えなきゃ、そんなの勝利なんかじゃない」

 

 どうして勝ってもまだ苦しまなきゃいけないの? どうして勝った時心の底からうれしいって思えないの?

 

「あなたたちは、万丈目くんからずっと『勝利』を奪ってきたんじゃないですかっ!!」

 

 ずっと勝利することの出来ないデュエルなんて、それはどうしてもつらすぎるよ。万丈目くんはそんなことを強いられてきたんだ。

 

「そうだ。万丈目はあんたたちから与えられたプレッシャーで、ずっとデュエルで戦うことを奪われて。万丈目はずっとあんたたちと戦う羽目になってたんだ!」

 

「黙れ貴様ら」

 

 押し黙っていた万丈目くんが、ようやく言葉を発する。万丈目くんのお兄さんは、胸倉を掴んでいた手をそっと引いた。

 

「これ以上、俺を……みじめにさせないでくれ」

 

 目を、あわせようとしない。その声に生気は無かった。

 

「すまない。もう帰ってくれ兄さんたち」

 

 万丈目くんがその言葉を発したとき

 

「そうだ!! 帰れ!!」

 

「万丈目サンダー! お前はよく戦ったぞぉ!!」

 

「「「「サンダー!! サンダー!! サンダー!! サンダー!!」」」」

 

 観客席からみんなの声が上がる。ノース校だけじゃない。ずっと、万丈目くんを嫌っていたりもしていたはずの本校のみんなも、一丸となってサンダーコールを続けている。

 

 みんな、万丈目くんのことを分かったんだ。

 

 いままでどんな気持ちでデュエルしてきたのか

 いままでどんな気持ちですごしてきたのかを。

 

 万丈目くんの顔は良く見えない。

 

 けど、万丈目くんの口元は、微かに緩んでいるように見えた。

 

「くそっ! 行くぞ」

 

 万丈目くんのお兄さんたちは、その場にいるのが耐え切れなくなって去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでお別れだな、万丈目」

 

 万丈目くんのお兄さんたち、TVの撮影の人たち、たくさんの人たちがばたばたと先に帰ってしまった後、残ったノース校の生徒たちの見送りのために、みんなで港まで来ていた。

 

「元気でね」

 

「またデュエルしような」

 

 ひょっとしたらこれで最後になってしまうかもしれないけど、またデュエルできる日が来ることを信じて万丈目くんと分かれよう。

 そう思っていたのだけれど、

 

「いや、俺はここに残る。やり残した事があるからな」

 

 ……へ?

 

「校長、アームド・ドラゴンは返す。それから江戸川、キングの座はお前に返すからな」

 

「いや返すって言われても……サンダー!?」

 

 別れを覚悟して挨拶をしていたはずの私たちの発言を見事に打ち破った後に着々とノース校の事後処理を進めていく万丈目くん。

 

 えっと、つまり

 

 万丈目くんはこっちに残るって言うことなんだね。

 

「やったぁ!!」

 

「よっしゃぁ!!」

 

 私と十代くんが同時に叫ぶ。万丈目くんは目を丸くして私たちを見た。

 

「これでいつでもデュエルできるな!」

 

「私、今から楽しみだよ~」

 

 私たち以外にも、今日のデュエルを見て万丈目くんとデュエルしたいと思った人たちが万丈目くんに詰め寄る。

 

「ちょ、お前らはなれろ!」

 

 みんなでデュエルしようデュエルしようと詰め寄っていくうちに、いつの間にやら出航の時間になっていた。

 

「「「「サンダー!! お元気でー!!」」」」

 

 離れていく潜水艦の船上で、たくさんの人たちが泣いている。万丈目くんは、そんなみんなに返事を送る。

 

「お前たちも、元気でな」

 

 呟くようにしたその言葉は、音として届いてはいないかもしれないけど、きっと気持ちはみんなに届いているよねっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばここに残ったら、万丈目サンダーは出席日数の関係で、オベリスクブルーでは進級できないのにゃ」

 

「え?」

 

 潜水艦が遠くに見えなくなってしまったころに、大徳寺先生が思い出したようにしゃべった。

 

「万丈目サンダーは、進級するには出席日数の関係ないオシリスレッドに入るしかないのにゃ」

 

「なんだとぉ!?」

 

 そういえば3ヶ月も休んでたんだもんね。そろそろ出席日数が足りなくなってもおかしくは無かったんだ。

 

「じゃあ、文字通り同僚になるんすね」

 

「勝手に決めるな!!」

 

「大丈夫だよ~。レッド寮のごはんはみんなで食べるから楽しいよ~」

 

「そういうことを言ってるんじゃないっ!!」

 

「じゃあ、万丈目の入寮を祝して」

 

「だから勝手に決めるなぁ!!」

 

 万丈目くんはいろいろ言ってるけど、もうこの流れは止まらないだろう。みんなは右手の人差し指を空に向かって伸ばした。

 

「一・十・百・千!!」

 

「「「「万丈目サンダー!!」」」」

 

 万丈目くんの、一瞬したうれしそうな表情を、見れたのは私だけかもしれない。

 

 

 




OCGルール的には、上級魔術師の呪文詠唱は発動できないと注釈。
だって対象となるカードが手札に無いですからね。空打ちとなってしまうため発動そのものができません。
まあアニメルールだと魔法の教科書を手札0だからノーコストねとか言ってるんできっと大丈夫だと私は信じてます!


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17-turn 笑ったあなたとするデュエルを楽しみにしてるよ

 夜風が冷たい。

 もう夜もふけ、レモンの形に欠けた月が淡く周囲を照らしている。

 海の近くにある岸壁の外側から聞こえてくる波の音が耳に溶け込んでいく。

 

 ああ、静かだ。

 

 ついさっきまで、レッド寮入寮歓迎会とやらがあったせいで、だいぶうるさい環境にいたが今は静かだ。

 静かな環境に身を任せたまま、ゆっくりと目を閉じる。風の流れを感じて、心がゆっくりと静まる。

 

 

 ――勝利って何ですか?――

 

 

 ほんの数時間前のことが目の裏に映る。

 とある少女の言葉。

 悪意は無かったにせよ、俺を一度、学園から追い出した奴。

 

 と、そこで地面の草を踏み分ける、ざっざっという足音。

 驚きもせず振り返ると、そこにいたのは、やはりというか一人の人物。

 

「あれ? どうしたの~、万丈目くん」

 

 こうして見ていると、ただのとぼけた少女。しかし、デュエルの時には芯を持った強さを持っている。

 自分の信じたデュエルを疑わない。疑おうともしないで、貫く。

 

「ちょうどよかった。お前に聞きたいことがあった」

 

 聞きたいこと? 自分で言っておいて疑問に思ってしまった。なぜなら俺は聞きたい事があるのではない。

 

 

 言いたいことがあるんだ

 

 

「何かな?」

 

 少女は俺が発するであろう言葉に耳を傾けようとしている。

 

「お前は、デュエルを楽しむことに疑問を思ったことは無いか?」

 

「何で~? 疑問になんて思うわけ無いよ」

 

 ああ、思ったとおりだ。こいつは何も疑問に思っていない。

 楽しめない奴が居たら、楽しめるように努力するのだろう。こいつはデュエルがただ楽しいものだと思っているのだ

 

 そしてそれはきっと、こいつのパートナーも一緒だろう。ただ一つだけ、この二人の間で違うものがある。

 

 考えていたんだ

 

 どうして俺は最初から、こいつの言葉を受け入れたくないと思っていたのか

 

 ちらりと腰につけてある自分のデッキケースを見てみる。その中には、『勝つため』にデッキからはずしていたカードたちも入っている。それは、俺がずっと使わなかったカードたち。

 

 わからなかった

 

 だけど今日、こいつとデュエルをしてみてようやくわかった気がする。

 

「お前は、デュエルを本当に楽しんでいるのか?」

 

 この投げかけた言葉は、一直線に少女を貫く。少女は少し驚いて、本当に『わからない』という顔で答えた。

 

「楽しんでいるよ~」

 

 きっと、これは本音なのだろう。この少女はきっと本音で楽しんでいるんだ。『自分のデュエル』を。

 

「お前は」

 

 この言葉を投げるのに、ちょっとした躊躇いが生まれる。でも、これはあの時俺がやられていたことなんだ。

 

 俺は、お前を否定したい。

 

「デュエルの『勝ち』をまるで意識していないだろう?」

 

 少女は言葉に詰まっているようだ。おそらく、図星。俺がデュエルをして感じていたこと。

 

「勝ち負けよりも、私はデュエルを楽しみたいから」

 

 デュエルを楽しむ、それは勝ち負けなんかより大事なこと。そう思っているんだろう。それはいい。だが、こいつはそれだけしか見ていない。

 

 楽しむことを固定観念で捉えているんだ。誰よりも持っている自分のデュエルを、ただ貫くことが自分の楽しさだと信じている。それ以上が無いと、信じている。

 

「ふざけるな」

 

 ピシリと亀裂が入る。俺たちの間の、決して交わることの無い思い。

 

 

 解放されたプレッシャー。俺はこれで、自分の自由にデュエルをすることができる。だからこそ、俺は自分のデュエルを考えた。

 

 俺のデュエルは何だ? 

 

 俺がするべきデュエルは何だ?

 

 俺がしたいデュエルは何だ?

 

 目を閉じた。すん、と澄んだ空気の流れが体中をめぐる。ふわりと浮かぶような感覚を感じ取った後、胸に一つの心を掴む。

 

 

 わかったんだ

 

 

 兄さんたちからのプレッシャーから解放されて、それでも尚、俺のデュエルは勝利を求めている。

 

 プロデュエリストになりたい

 デュエルキングになりたい

 

 それは万丈目帝国とは関係ない、俺の憧れ、俺の目標、俺の、夢。

 

 何でだろうな?

 

 そんなのは決まっている。

 

「お前は『勝つだけ』のデュエルを否定している」

 

 勝利することが『楽しい』からだ。

 

 それを認めていない、考えていない、好きでない。だからこの少女は、あんな風に勝つことに非合理的なこだわりを持ってしまっているんだ。

 いや、こだわりを持つだけならいいだろう。だが、それはデッキ構築の段階で留めておくべきだ。

 

 こいつはデュエル中なのに、そのこだわりによって『勝つ』ことへの回り道をした。

 

 ただ勝つことを求めずに、自分の中のやりたいことをして、それで負けてもいいと、それで負けても満足だと、この少女はそう思っている。

 

「……」

 

 少女は黙り込んでいる。図星なのだろうか? それとも考えたことも無かったのだろうか?

 

「お前は『勝利』とは何か? と言ったな。勝った時心の底から嬉しくないと嫌だと言ったな。ああ、俺もそう思う。だがお前はたまたま勝ったら嬉しくて、そうでなくても楽しいデュエルをする。そう考えているんだろう?」

 

 一番の違いは、勝つことを第一に考えているのか? それともそれ以外を第一に考えているのか? ということ。そして俺は、勝つことを第一に考えている。だから、

 

「俺は認めない。お前の『楽しむだけ』のデュエルを」  

 

 それは、俺にとって一番楽しいデュエルじゃないから。楽しむために、勝つための最上級の努力をしたいんだ。楽しむために、死に物狂いで勝ちに行きたいんだ。

 

 それが、俺の答えだ

 

「そっか……」

 

 少女は夜空を見上げながら、呟くように答えた。

 

「あなたがそう思っているのなら、私は何も言わないよ。私は私、あなたはあなた。ただそれだけ。だけど……」

 

 呼吸音が聞こえる。少女の静かで、綺麗な呼吸音が耳に優しく沈む。月の光が、彼女を淡く照らしていて、神秘的に映る。

 

「あなたは、自分の大事なカードを使いたいと思っている。これも真実だよね」

 

 ぽつんぽつんと、胸に現れる何か。それは、彼女が引きずり出した、俺の深。

 彼女の言葉に疑問は無かった。ゆるぎなく、まっすぐに俺の心臓をずぶりと貫く。

 

 たぶん、これは最初のデュエルのときに気づかれたんだろう。

 

 そしてそれもまた、俺の真実である。

 

「そうだな」

『アニキー!』

 

 と、その時に俺の腰のデッキケースから出てくる黄色。下品ではあるが、俺が昔使ってきた雑魚カード。そして、

 

「だから、俺はこいつを使うぞ」

 

「へ?」

 

 矛盾していると思われているのだろうか? 無理も無い。だが、俺は言っている。

 

「俺は『勝つだけ』のデュエルも『楽しむだけ』のデュエルもごめんだ。俺様は『楽しんで勝つ』」

 

 それが自分にとっての『勝利』の近道だとわかったんだ。

 

「俺ほどのデュエリストになれば、『自分の一番好きなカードを使って勝つ』ことを求めるのさ。使うだけでもなく、勝つだけでもなく、俺は両方をとってやる」

 

 それが一番……勝ったとき一番楽しいから。『勝利』したいんだ。これが、俺にとって一番の勝利なんだ。

 

「そっか。それが万丈目くんのデュエルなんだね?」

 

「ああ」

 

 少女は俺の言っていることを受け入れたのだろうか? それとも、納得しないままでも、それでもいいから俺の行く道に口を出さないと決めたのだろうか?

 

 俺には、今の俺にはわからない。

 

「それがこの俺、万丈目サンダーのデュエルだ!」

 

 

 

 そして、俺の宣言を聞いて、橘はふわりと笑った

 

 

 

【笑ったあなたとするデュエルを楽しみにしてるよ】

 

 

 

 それは、きっとすぐに叶うと思う。 



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閑話2

 世界が広がっていた

 

 広がっている世界には笑顔があふれていて、

 

 少女の目の先に居るあの人だけ、その笑顔が輝いていた

 

「ねえ、それなあに?」

 

 少女が指差して聞くと、その人は嬉しそうに微笑んだ

 

「デュエルモンスターズって言うんだ」

 

 でゅえるもんすたーず?

 少女は首をかしげる

 

 何をしているのか、少女はまだわかっていない

 

「そう、すっごく楽しいんだ」

 

 そういって一枚の札を見せてくれる

 

 かっこよくて、頭がよさそうで、そして強そうな絵が描かれている

 

 そこまで話すと、その人は目の前の人の方を向いて、続きを始めてしまった

 

 少女はまた、その様子をじっと見始める

 

 何が起きているのかはわからない

 

 何をしているのかわからない

 

 なのにどうしてだろう?

 

 少女の顔には、笑顔が出てきている

 

 少女は、楽しそうにその様を見ている

 

 どうしてだろう?

 

 どうしてだろう?

 

 何が楽しいのかもわからないのに

 

 何が嬉しいのかもわからないのに

 

 でも、少女は楽しそうだ

 

 心の底から 

 

 楽しそうなみんなを見ているからでもなくて

 

 雰囲気に、流されて笑っているわけでもなくて

 

「ねえ」

 

 少女は、足を踏み出していた

 

 自分の意思で 

 

「私もやってみたい」

 

 そしてあの人は、少女の頭を優しくなでた

 

「いいぜ、やってみよう!」

 

 とくん、とくんと心が騒いでいる

 

 少女は、その感情がなんなのか分かっていない

 

 ただ、少女は心地よさそうに

 

 少女は笑顔を浮かべて

 

 少女は愛しそうに、カードを触った



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18-turn 姫

 キーンコーンカーンコーン

 

「はい、じゃあ今日の授業はここまでなのにゃ」

 

 授業の終了のチャイムが鳴り響く。

 今やっていた授業は錬金術の授業。担当の大徳寺先生が授業の終了を宣言すると、みんなは座りっぱなしで疲れた体を伸ばしたりした。

 

 錬金術の授業は、実は不人気なんだよね~

 

 この教室は大人数が入る大き目のものだけど、空席は目立つというものを上回って、埋まっている席のほうが少ないくらい。

 

 錬金術の授業も楽しいし、大徳寺先生も良い先生なんだけどな~

 

 とは言っても、ここの授業はデュエルに関するものがほとんどで、デュエルにほとんど関連しない錬金術の授業が不人気になってしまうのもある意味当然なのかもしれない。必修じゃないし。

 

「あ、みなさーん。帰る前にこのプリントを持っていって欲しいのにゃ」

 

「何ですか、それ?」

 

「今度の日曜日に、島に眠る遺跡を巡るピクニックを企画したのにゃ。希望者はこぞって参加して欲しいんだにゃ」

 

 ピクニックか~

 

 私は正直、遺跡に興味はあんまりない。けど、ピクニックに行くっていうのはなんだか楽しそうだよね~

 

「舞花、行きたそうね」

 

「うんっ、なんだか楽しそうだよね」

 

 明日香ちゃんは私に話しかけた後、少し険しそうな顔でプリントを眺めていた。

 

 ああ、そっか

 

 遺跡。闇のデュエルに関係するものがあるかもしれない。ひょっとしたら、お兄さんの手がかりがつかめるかもしれない。

 浮かれていた自分と、大切な兄弟を心配する明日香ちゃんを見比べて、気持ちが沈む。私は少し無神経だったと反省しなくてはいけない。

 

 明日香ちゃんは目を伏せた私を見て、頭をポンと叩いた。

 

「そうね、楽しみよね」

 

「……ごめんね」

 

「何で謝るのよ。私は、あなたと出かけるのを楽しみにしてるのよ」

 

 そう言って明日香ちゃんは微笑む。沈んでしまった気持ちが軽くなる。明日香ちゃんが私と出かけるのを楽しみにしてくれたのも、純粋に嬉しいくて、ついつい私も笑顔になった。

 

「ありがとう! 私も楽しみだよ~」

 

 私も楽しみに日曜日を待つことにした。

 

 

 

 

 

 日曜日を迎える。集合場所に集まっているのは、私と明日香ちゃん。それから十代くんに翔くん、隼人くん、万丈目くんというメンバーだ。

 ジュンコちゃんとももえちゃんが来れなかったのがちょっと残念。

 

「にしても、万丈目まで来るとは思わなかったぜ」

 

「サンダーだ。俺だって来たくて来たんじゃない。レッドになったからには行事に参加しろと大徳寺先生に無理やり……」

 

「万丈目君は、天上院さんが来るといったら喜んで来たのにゃ」

 

「ち、違う! このメンバーじゃ女性への気遣いが出来る奴が居ないと思ったから参加したんだ!」

 

 万丈目くんがあわてて否定した。ちなみに当の明日香ちゃんは特に会話を聞こうともせずに荷物のチェックをしていた。

 

 それにしても、万丈目くんもそんなこと気にしなくてもいいのにね

 私も明日香ちゃんもそんな風に気を使われなくても大丈夫なのに

 

「とにかく、全員揃ったようなので出発だにゃ~」

 

「おー!」

 

 大徳寺先生が号令をかけて、みんなのピクニックが始まった。

 

 大徳寺先生が行こうと言った遺跡は、今出発すればお昼ごろには着くくらいの場所にあるらしい。

 ただ、そこまでの道は少し険しく、注意を受けたみんなはなるべく一列になって大徳寺先生の後をついて行った。

 

「あれ、ここどうやって進むんだ?」

 

 前のみんなが止まったので、私も前を見てみる。目の前には流れの速い川。長々と続いているその川の様子を見る限り、どこかに渡れそうな場所は無さそうだ。

 

「そこに丸太があるのにゃ」

 

 うん、無いよ~。あたりを見回した時に何か太い丸太がかかっているのを見た気がしたけれど、そんなものはきっと無い。きっとどこかに橋が架かってたりするんだよね~?

 

「現実を見なさい」

 

「無理だよっ!」

 

 でもそんな問答をしたときにはもう遅い。男の子みんなはすでに丸太を渡って向こう岸へと行っていた。

 

「ほら、ゆっくり渡って」

 

 下は見ない。下は見ない。

 自分に言い聞かせながら不安定な足場を一歩一歩進んでいく。ぐらぐらとしているのは丸太なのか私の足なのか、そんなことを考えている余裕は無くちょっとずつ進む。

 

「もうちょっとよ」

 

「うんっ……わぁ!?」

 

 もう二歩ぐらいというところで、丸の頂部から少し踏み外れる。丸からずれた足はずるりと滑って空中へと投げ出される。

 

「危ない!」

 

 はしっ、と手を掴まれた。バランスの崩れた体ごと手を引っ張って岸へと上げてくれる。そのまま勢いに乗ってぽふ、と引っ張ってくれた人の体に倒れこんだ。動揺していた私は、落ち着くために大きく息を吸い込んだ。

 

 す~、は~

 

 あれ、この匂いは……?

 

「大丈夫か? 舞花」

 

 あ、やっぱり十代くんだ。

 

 抱きとめてくれている体から伝わってくる体温が暖かい。身長差から、私の顔は彼の胸にくっついている。とくん、とくんという心音が直接私の中に響いた。

 

 なんだか、すっごく気持ちがいいな~

 

 ふわふわと浮かんでいる雲の上にいるみたいで、気持ちが良くて、すぅと心が安らぐ。

 

 あったかい

 

 あったかい

 

 ぽかぽか、ぽかぽかと体が温まって、そのまま目を閉じて……

 

「舞花、戻ってきて」

 

「ほぇ?」

 

 明日香ちゃんの手が私を引き離した。そこで私はようやく、今何をしていたのかを知る。

 

「ええ!? 私今何してたのっ!?」

 

「とりあえず、匂いで誰かを判別してたっすね」

 

「それも的確だったんだな」

 

「そそそんなこと無いよっ!?」

 

 みんながやれやれという表情で私を見ているけど、そんなみんなを確認することすら出来ないほどに私はテンパってしまっている。

 

「とにかく、怪我が無くて良かったな」

 

「え……うん……」

 

 十代くんが私を見てそう呟いた。私はちょっと落ち着いてその言葉に頷く。と、同時に心中を巡るガッカリな気持ち。

 

 分かってたけど

 

 分かっていたけど、ちょっとくらい意識してほしかったなあ。

 はぁ、とため息をついた。残念だけど、十代くんがそういう人だってことは分かってる。

 

 いいよ

 

 ちょっとずつでも進めたらいいって、私は思っているから。

 

 いつかはちょっとぐらいこういうことに、どぎまぎしてくれたら良いなあ。 

 

「舞花、みんな行っちゃうぜ?」

 

「あ、うんっ。まってよ~」

 

 また進んでいく。先に行っているみんなを追いかけて、少し早足に歩いていった。

 

 その後は大きな岩の段差を登っていったり、深い森の中を、草を掻き分けながら歩いて行ったりして行った。そうして二時間くらい歩いたところで、ようやく森を抜ける。

 

「おお、着いたのにゃ」

 

 先頭の大徳寺先生が感嘆した。私たちも目の前の光景を見てみる。

 

「古代遺跡の入り口なのにゃ」

 

 先生が指差した方向には、アーチ状に作られている石の門。遺跡というだけあって古いものなので、石には苔が生えている。

 その先にも目を向けてみると、同じように苔が生えているけど、何かに使っていたと思われる施設のような場所がある。石畳が足の下に広がっていて、古代のエジプトとかの遺跡に見える。

 

「もっと奥まで行けば、古代のデュエル場なんかがあるのにゃ」

 

「デュエル場ですかっ?」

 

 デュエルという単語にすぐさま反応してワクワクする。古代のデュエルっていったいどんなことをしていたんだろう? ルールはどんなものだったんだろう? 考えてみるだけでもワクワクするよ!

 

 ぐ~

 

 と、そこで私の耳にも届くくらいの大きなお腹の虫の悲鳴。

 その主である十代くんが、頬をぽりぽりと掻きながらリュックを下ろした。

 

「それより先に、飯にしようぜ」

 

「賛成だな。俺はあまり疲れていないが、天上院く……女性にはきつかっただろうから休ませないとな」

 

 万丈目くんの言葉では私は、一瞬女性カウントされていないように聞こえるんだけど……?

 

「万丈目君、明日香さんのことばっかりっすね」

 

「ななななにを言っているんだ!? 俺は女性への気遣いのできていないお前たちの代わりに、気遣いをしているに過ぎん!」

 

 ちなみに明日香ちゃんは、地面にシートを広げてご飯の準備をしていました。

 と、このままじゃみんなが座れるほどの大きさが無いので、私も持ってきていたシートを広げて人数分の座れる場所を確保。

 

「とにかく、ご飯にしようよ~」

 

 未だに何かを言い合っている翔くんと万丈目くん。十代くんも隼人くんも大徳寺先生もすでにこっちにきて座っていた。

 二人もようやく座って、みんなは持ってきていたお弁当を開こうとする。

 

「ふっふっふっ。私は購買部のトメさん特製のお弁当なんだにゃ~」

 

 大徳寺先生が自慢げに自分のリュックを見せてくる。

 

「先生、もしかしてそのリュック全部お弁当ですか~?」

 

「その通りなんだにゃ」

 

「すっげえな。俺にも分けてくれよ先生!」

 

「嫌なのにゃ。みんなに分ける分は無いのにゃ」

 

「ちぇ」

 

 物欲しそうに先生のリュックを見つめる十代くん。こんなこともあろうかと、私は自分の鞄の中からもう一つお弁当箱を取り出した。

 

「十代くん、私多めに作ってきたから大丈夫だよ~」

 

「おっ、さすが舞花!」

 

 開いた私のお弁当箱に、十代くんがお箸を伸ばそうとする。その瞬間に聞こえてくる悲鳴。

 

「ああああぁぁぁぁ!!」

 

 大徳寺先生の声がその場に響いていた。

 

「ど、どうしたんだよ大徳寺先生」

 

「なにかあったん……」

 

 私が言葉を言い切る前に、私の膝の上に感じた暖かくてふわふわした感触。なにかと思って見ると、そこにいたのは、この場につれてきていない猫。

 

「ふぁ、ファラオ……?」

 

 よく見てみると、ファラオの口の周りにはご飯粒がたくさんついていた。

 

「まさか、その猫が弁当を全部食べたのか?」

 

「そのまさかなんだにゃ~。みなさん、私にお弁当を分けて欲しいんだにゃ~……」

 

「嫌なのにゃ。先生に分ける弁当は無いんだにゃ」

 

 十代くんがさっき言われたことをそっくりそのまま返した。みんなも同調するように口を尖らせて同じことを言う。

 

「そ、そんなこと言わないで欲しいんだにゃ~」

 

「さっき先生が言ったんだぜ?」

 

「わ……忘れて欲しいんだにゃ!」

 

「私も聞きましたよ? 先生が私たちに分けるお弁当は無いって」

 

「天上院さんまでひどいにゃ~」

 

「諦めが肝心っすよ、先生」

 

「そうなんだな」

 

「そんにゃ~」

 

 みんなからことごとく断られて項垂れる先生。そんな先生を見て、みんなは悪戯っぽく笑っている。

 

 分かるけどね、でもみんな先生のこといじめすぎだよ~

 

「先生、私の分けますから元気出してください~」

 

 私のお弁当を先生に差し出すと、先生は泣きながら私の手を掴んだ。

 

「ありがとうなんだにゃ~!」

 

「まったく、舞花は……」

 

 みんなちょっとあきれていたけど、でも本気でお弁当を分けないつもりじゃなかったみたいなので笑って先生を見ていた。

 

「嬉しいんだにゃ~。美味しいんだにゃ~」

 

 先生は喜びすぎだと思う。

 でも、作った身としてはこんなに喜んで食べてもらえるとすっごく嬉しい。先生の気持ちのいい食べっぷりを見て、思わずニッコリと笑ってしまった。

 

「橘さんはやさしいのにゃ~。私も結婚したら、こんな娘が欲しいのにゃ」

 

 みんなに弄られていた、つい今さっきの大徳寺先生の顔が浮かんでくる。そうしたら、私は悪戯っぽく笑ってしまっていた。

 

「ありがとう~、お父さんっ」

 

「っ!?」

 

 カチャリ、と先生の握っていた箸が地面に落ちる。先生の顔が強張っていて、なんだか怖い。

 

 数秒、空気が凍り、静寂が流れる。

 

 そして、それを打ち破ったのは、他ならない大徳寺先生だった。

 

「ご、ごめんだにゃ~。いきなりだったので、驚いてしまったのにゃ」

 

「なんだよ、脅かすなよ先生」

 

 表情がいつもの大徳寺先生の笑顔に戻った。でも、私の目に焼きついてしまったさっきの顔。

 その表情は、何かが違った。

 大徳寺先生という人そのものが、どこか別の人間であるかのようで。

 

 ただ、冷たくも、暖かくも感じない。何かを投げ捨てたようなそんな顔が、私の中に残ってしまった。

 

 どうしよう

 

 どうしよう

 

 何かを聞くべきだろうか?

 それとも、何事も無かったかのように振舞うべきなのだろうか?

 

 視線が右往左往して、考えが纏まらないまま時間が流れる。私以外のみんなの、ご飯を食べている音が遠く感じる。

 

「どうしたんだよ、舞花」

 

 心配する十代くんの声。私がその声に応えようとしたその時だった。

 

 ―にゃ~

 

 離れたところでファラオの声が聞こえる。そして、その場所の地面からあり得ないほどの発光。

 

「な、何だ?」

 

「何が起きてるんだな!?」

 

 みんなが慌てて立ち上がる。大地から伸びた光は一直線に天に向かって伸びていき、雷のように、轟音と共に再び大地へと降り注ぐ。

 

 全員が、今の状況を危険だと感じて身を縮めた。

 

「み、みんな遺跡に向かって逃げるんだにゃ!!」

 

 大徳寺先生の声と共に、みんなが一斉に遺跡の入り口へと向かって走る。

 全員が遺跡の中に入ったと思って私は一度安堵の息をついた。しかし、

 

「おいっ! 何をやってるんだ十代!!」

 

 万丈目くんが叫ぶ。その時になってようやく外を見てみると、十代くんが一人、遺跡の外で天に昇る光を凝視していた。

 

「俺は大丈夫だ。みんなはそこで待っててくれ!」

 

 十代くんが駆け出す。その向かう先は、光の根源の地面。十代くんは一人でこの状況を解明しようとしているんだ。

 

「まって! 危ないよ十代くん!!」

 

 気づいたとき、私は遺跡の中から飛び出していた。

 

 十代くんが、一人で危険に飛び込もうとしている。

 

 それは、絶対にいやだ。十代くんに何かあったら、私は絶対に嫌だ。

 

「待ちなさい舞花!」

 

「危ない! 外に出たら駄目なんだにゃ!!」

 

 明日香ちゃんの制止の声を振り切って、駆けていく十代くんの後を走っていく。刹那

 

 

 ――ドォン

 

 

「きゃっ!!」

 

 再び轟音が響く。その音に、私は恐怖して思わず悲鳴を上げる。

 

「舞花! 待ってろって言っただろ!」

 

 その声に反応して、十代くんは私が後を追いかけてきたことに気づく。

 

「だって……」

 

「だってじゃない! お前が危険な目にあったらどうするんだよ!」

 

 怒鳴りながら、十代くんは私に手を差し伸べてくれた。私はその手をとる。愛しい温かさが右手を包み込む。そこまで感じて

 

 

 ――ドォン

 

 

「うわああああぁぁぁぁ!!」

 

「きゃああああぁぁぁぁ!!」

 

 私たちを、光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、さっきまでと同じはずの風景に違和感を感じていた。

 

「ここ、どこだ?」

 

 同じなんだ。周りにある遺跡の配置も、目の前にあるアーチ型の入り口も。ただ、それでもどうしても感じてしまう違和感。

 

「そうか、苔が無いんだ」

 

 ようやく分かった。目の前にある遺跡全部が、さっきまでと違って妙に真新しいんだ。

 

 一体どうなっているんだ?

 

『クリクリー』

 

「あ、ハネクリボー。悪いけど俺のほっぺたつねってくれよ」

 

『クリー』

 

「いってぇ!! んな本気でつねんなよ……って、ハネクリボーが俺のほっぺたつねった!?」

 

 目の前に浮かんでいる、何度も見てきた相棒の姿が今日に限って妙にはっきりと見えている。

 そして、俺の頬をつねれた。今まで見ることと話すことはできても、触ることはできなかったのに。

 

 本当に、一体ここはどこなんだ?

 

「あなたたち! ここで一体何をしている?」

 

 そこで初めて、俺たち以外の声が聞こえた。よく通る女声が聞こえた方向を見てみると、黒いローブに身を包んだ女性がいる。

 

「ここは神聖な場所。今すぐここから立ち去りなさい」

 

 女は俺を突き放すように、冷たい声でこの場から遠ざかることを通告する。

 

 と、そこで聞こえてくる他の人間の足音。音の数からして5、6人くらいの人数だろうか?

 

「こっちだ!」

 

 女が俺を押して物陰へと隠してくれる。

 

 温かい体が俺を包んだ。

 

 やわらかい。そういえば、さっき舞花を助けてくっついた時もこんな感じだったなあ。

 鼻をふうわりとつくようなな甘い香りは、さっき舞花から香ってきたもの。やわらかくて、あったかくて、そして華奢で、体にすっぽりと収まった。

 とくん、とくんとした胸の鼓動が、繋がった体から伝わってきたっけ。

  

 舞花は大丈夫なのか!?

 

 舞花だけじゃなくて、他のみんなも。翔や隼人や明日香や万丈目や大徳寺先生は!?

 

「行ったようだ」

 

 足音が遠ざかったところで、女は俺から離れた。

 

「早くここから離れろ。お前も他の者たちと同じように捕まりたいのか?」

 

「捕まった? どういうことだ!?」

 

 女が出したのは隼人のリュック。中に入っているのは弁当とデュエルディスクだったはず。手渡された荷物の重みから、何もなくなっていないことを確認した。

 

 そんなことより、捕まったのなら、みんなを助けないと。

 

「なあ、みんなの所に連れて行ってくれ。俺はみんなを助けたいんだ!」

 

「その必要は無いぞ」

 

 気が付かなかった。女も気が付いていなかったようだ。いつの間にか、俺たちの目の前に来ていた一人の男。髭を生やして、いかにもリーダーという風格を出している。

 

「お前は墓荒らしとして処刑される。他の者と一緒に生きたまま埋葬されてな」

 

 男が手を挙げると、周囲から槍を持った男たちが俺たちを囲う。槍の先端がギラリと光り、それがおもちゃではなく、そして動いたら殺すという殺気がちりちりと俺の身を焼いている。

 

「俺たちは墓荒らしなんかじゃない!」

 

「しかし、それが掟だ。どうしても処刑を逃れたければ、ワシと儀式をして、勝利することだ」

 

 そう言って男が出したのは、見覚えのある束。俺たちがいつも使っている物そのものだ。

 

「デュエルモンスターズ!? じゃあデュエルして勝てばいいんだな」

 

 それなら、俺にも勝機がある。みんなを助けるためにも、俺は勝つんだ。

 

「なら、ついて来い。儀式の場に案内する」

 

 男がそう言って歩き出そうとする。しかし、突如何かを思い出したかのように振り返った。

 

「先に言っておくが、この儀式で生還したものは、今までに一人しかいない」

 

「そうか、じゃああんた強いんだな? なんだかワクワクしてきたぜ」

 

 ワクワクもする。だけど、自分と、そしてみんなの命がかかったデュエルだ。緊張感で胸が揺れている。

 

 それでも、デュエルはデュエルだ。

 

 俺は俺のやり方、いつもどおりで、デュエルに勝たせてもらうぜ。

 

 案内された場所は、いかにもデュエルを行うための場所のようだった。

 対面して戦うために用意された二つの立ち位置。その中央は大きな穴が開いていて、深い底が見えている。

 

「十代くーーん!! 助けてにゃー!」

 

 と、その穴の底から聞こえてくる声。見下ろしてみると、5つの棺が蓋を閉じられていない状態で設置されている。

  

 翔が、隼人が、万丈目が、明日香が、大徳寺先生が、その中に納められている。

 

「みんな!!」

 

「アニキー!」

 

「じゅうだーい!」

 

「待ってろ! すぐに助けてやるからな!」

 

 翔の声、隼人の声。万丈目と明日香は取り乱したりしていないようで、けれども身の危険を感じているように棺の中でこっちに目を向けている。

 

 違和感を感じた。

 

 それと同時に、何か自分の中にどうしても足りない何かを感じた。

 それが何かを理解するのに、そう時間はかからなかった。 

 

「舞花……舞花はどこだ!?」

 

 いないんだ。俺と一緒にいたはずなのに、たった一人だけ。

 

 すぐさま応援の声が響いてくることに疑いを感じていなかった。そして、それが無いことにどうしても違和感を感じて、そして物足りなさを感じた。

 

 けど、そんなことよりもどうして舞花がいないのかということが気になる。

 

「おいっ! もう一人、舞花はどこだっ!?」

 

「なんの事だ? お前の仲間と思われる奴らは、あそこにいる奴らだけだ」

 

 でもいない。舞花がどこにもいない。

 どくんと心臓が跳ねて、視線が右往左往する。きっとまだ捕まっていないんだと自分に言い聞かせて、なんとか落ち着こうと努める。

 

 大丈夫。あいつは俺といたから、きっとみんなとは違う場所に行ったんだ。だから俺みたいにきっと捕まっていないだけだ、

 

 なんとか自分の中で納得いく答えを出して、デュエルディスクを構えた。

 

「デュエル!」

 

「儀式、開始」

 

 先行は相手に渡った。

 

「私のターン、カードドロー」

 

「おっさん、めちゃくちゃ普通にデュエルモンスターズだな?」

 

 普通にカードドローとか言ってるし。とりあえず用語が違ったりして面倒なことになったりはしないみたいだ。

 

「おっさんじゃない、墓守の長だ。裏守備表示で召喚。ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー! 俺はE・HERO バブルマンを召喚!」

 

 何もいない最初のターンで召喚されるバブルマン。このカードの効果は最初なら絶対に発動できる。

 

 

 E・HERO バブルマン

 ATK800

 

 

「バブルマンの効果発動! このカードが召喚に成功した時、俺のフィールドに他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 2枚引いた。俺の手札に加わったのはフェザーマンとバーストレディ。これなら、次のターンには一気に攻め込めるはずだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 続く相手のターン。カードをドローして不敵に笑っている。

 

「何がおかしいんだ?」

 

「教えてやる。お前がバブルマンでアドバンテージを稼ごうが、無意味だということをな! 反転召喚! 墓守の番兵!」

 

 デュエルモンスターズの裏側の柄のソリッドビジョンが反転する。槍を手に持った、少し太った墓守が目の前に現れる。

 

 

 墓守の番兵

 ATK1000

 

 

「リバース効果発動! 相手フィールド上のモンスター1体を手札に戻す!」

 

「何だって!?」

 

 バブルマンが俺の手札に帰ってくる。そして、これで俺のフィールドのモンスターは、0。

 

「さらに墓守の長槍兵を召喚! 2体でダイレクトアタック!」

 

 

 墓守の長槍兵

 ATK1500

 

 

 2体の墓守の槍が俺の体を貫く。

 

「ぐはっ……」

 

 腹に走る強烈な痛み。槍で貫かれたそのままのようで、思わず一度膝をついた。

 

 ソリッドビジョンじゃない。痛みが、本当に襲ってくる。

 

「こんなデュエル続けたら、体が持たないぜ……」

 

 でも、こんなデュエルを俺は経験した事がある。

 いつだったか行ったインチキな闇のデュエル。あの時も俺の体を襲ったのは本当の痛みだった。

 

 同じだ。だからだいじょうぶだ。

 

 

 十代

 LP4000→1500

 

 

「うわぁ、閉まる閉まる!」

 

 下を見てみる。みんなを納めている棺の蓋が少しだけ閉まっている。まるで俺のライフポイントに反応しているかのように。

 多分、俺のライフが0になったらみんなの棺の蓋が閉まって、息をできなくするんだろう。

 

 そんなことはさせない!!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 俺の決意に応えるように、デッキは俺の今一番欲しいカードをくれた。

 

「来たぜ! 魔法カード、融合を発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合して、来いっ! E・HERO フレイム・ウイングマン!!」

 

 マイフェイバリットヒーロー。俺の最も信頼している切り札が、俺のフィールドに現れる。

 負けられないデュエルだ。だから俺は全力で行くぜ!

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 ATK2100

 

 

「バトルだ! フレイム・ウイングマンで墓守の長槍兵を攻撃! フレイムシュート!!」

 

 フレイム・ウイングマンの手から放たれた炎が、墓守の長槍兵を燃やす。一瞬の断末魔の後、墓守の長槍兵は破壊された。

 

 

 墓守の長

 LP4000→3400

 

 

「さらに、フレイム・ウイングマンの効果により、戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える!」

 

「何!? ぐわああぁぁ!!」

 

 フレイム・ウイングマンの炎が、今度は墓守の長を包み込む。おそらく相手は炎の熱さを体中で感じ取った。

 

 

 墓守の長

 LP3400→1900

 

 

 何とか、フレイム・ウイングマンで状況を有利に持っていくことができた。だけど、墓守の長だって何をしてくるか分からない。ここは油断できないぜ。

 

「俺はさらにフレンドックを守備表示で召喚。ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー。墓守の番兵の攻守を変更。さらに裏側守備表示で召喚し、ターンを終了する」

 

 意外にあっさりと終わった相手のターン。万策尽きたんならいいんだけどな。

 

「俺のターン、バトル! フレイム・ウイングマンで墓守の番兵を攻撃!」

 

 何事も無く破壊される墓守の番兵。その攻撃力分の1000ダメージを、相手は受けた。

 

 

 墓守の長

 LP1900→900

 

 

「私のターン、カードドロー! 私は強欲な壷を発動し、さらに2枚ドロー!」

 

 目つきが変わった。墓守の長が動くのなら、このターンか!?

 

「行くぞ! 私は墓守の暗殺者を召喚! さらに墓守の呪術師を反転召喚して効果発動! このカードが召喚に成功した時、相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与える!」

 

 

 墓守の暗殺者

 ATK1500

 

 

 墓守の呪術師

 ATK800

 

 

 墓守の呪術師がなにやら呪文を唱え始める。俺の頭に何かキーンとしたものが響いて、頭の中をかき乱す。そして、激しい頭痛がしたと思うと、ライフが減った。

 

 

 十代

 LP1500→1000

 

 

「さらに私はフィールド魔法、王家の眠る谷-ネクロバレーを発動! このカードがフィールドにある限り、墓守と名の付くモンスターの攻撃力は500ポイントアップする!」

 

 

 墓守の暗殺者

 ATK1500→2000

 

 

 墓守の呪術師

 ATK800→1300

 

 

 2体の攻撃力が上がる。だけどまだ俺のフレイム・ウイングマンの方が上だ。

 

「墓守の暗殺者で、フレイム・ウイングマンに戦闘を挑む!」

 

「でも俺のフレイム・ウイングマンの方が攻撃力は上だぜ?」

 

「墓守の暗殺者は、戦闘する相手モンスターの表示形式を変更することができる!!」

 

 フレイム・ウイングマンの表示形式が変更される。今まで臨戦態勢をとっていたのに、膝を着いて両手を交差して、防御体勢をとった。

 

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン

 DEF1200

 

 

 フレイム・ウイングマンの守備力では防ぎきれない。墓守の暗殺者がフレイム・ウイングマンを切り裂いた。

 

「フレイム・ウイングマン!!」

 

「まだだ! 墓守の呪術師でフレンドックを攻撃!」

 

 フレンドックが破壊される。だが、フレンドックは破壊されることで俺に希望を繋いでくれる。

 

「フレンドックの効果発動! このカードが戦闘で破壊された時、自分の墓地の融合とE・HERO1体を手札に加える!」

 

「王家の眠る谷で墓荒らしの所業は許さん!! ネクロバレーが存在する限り、墓地に効果のいくあらゆる効果を使うことはできず、墓地のカードを除外することもできない!!」

 

 フレンドックの効果が無効になり、俺の手札に融合とHEROのカードを手札に加えることができなかった。

 

 まずい。

 

 相手フィールドには2体のモンスター。それに比べて、俺のフィールドにはもうモンスターがいない。しかもフレンドックの効果を発動することができなかったせいで、俺は次のターンへの布石を何も打てなかった。

 

 状況は、とんでもなくまずい。

 

 でも、俺は勝たなきゃいけない。

 

 俺が勝たなきゃ、みんなの命が……

 

 みんなが死んじまう。

 

「どうやら、もう私の勝ちのようだな。ちょうどいい。最後は新しい我らの巫女の前でお前を倒すとしよう」

 

 長がパチンと指を鳴らすと、衛兵達がなにやら椅子を担いで現れる。その上に乗っている人物は、どういうわけか、俺の知っている人。

 知っている所じゃない。いつも俺と一緒にいてくれる人。

 

「舞花……?」

 

 どうして、あいつがあんなところにいるんだ!?

 

「お前! 舞花を返せっ!!」

 

 長は一瞬目を見開いた。驚いているようだ。だが、その数秒後に大きな声で笑い始めた。

 

「はっはっはっ!!」

 

「何がおかしい!?」

 

「可笑しくもなる。お前はこの方がどういう方なのか、まるで分かっていないと見える」

 

 どういう方? 言っている意味が分からなくて、首を傾げる。長は一体舞花を何だと思っているんだ?

 

「どういう意味だ?」

 

「教えてやる。このお方はな……に「十代くーん、暗いんだにゃー! 早く助けて欲しいんだにゃー!」」

 

 大徳寺先生の声が長の言葉を遮った。長が何を言ったのか聞き取ることはできなかった。

 

 一体、舞花が何だって言うんだよ。

 

 わからない。一体どういうことなのか。わからない。

 

 でも……

 

 今までの思い出が、頭の中で駆け巡る。

 

 いつも笑っている舞花が

 

 

 悩んで、苦しんでいる顔をしている舞花が

 

 

 悪戯っぽく、笑っている舞花が

 

 

 そして、楽しそうにデュエルしている舞花が

 

 

 頭の中で、はっきりと、曇り一つ無く鮮明に浮かんでくる。

 

 

 ――十代くん――

 

 

「そんなことはどうだっていい! 舞花は俺たちの仲間だ! 返して貰うぜ!!」

 

 目の前がカラリと光る。鮮明に、目の前の光景が入ってくる。

 絶望的だと思えて仕方が無かったこのデュエルの目の前に、はっきりとした希望が見えてくる。

 

 絶対、勝たなきゃいけないんだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 勢いよくカードを引き抜く。そこで来てくれたのは、アカデミアに来てから相棒と呼んでいるカード。

 

『クリー』

 

「よく来てくれたぜ相棒! 俺はハネクリボーを守備表示で召喚。ターンエンドだ」

 

 

 ハネクリボー

 DEF200

 

 

 最初のターンから伏せている1枚のカード。ここまで時間差をつけているんだ。あいつはこのカードを警戒していないはず。

 

「ハネクリボーで1ターン生き延びるつもりか。まあいい。私のターン、墓守の暗殺者でハネクリボーを攻撃!!」

 

「させるか! 速攻魔法発動、進化する翼! 手札2枚を生贄に、ハネクリボーを進化させるぜ!」

 

「そんなことだろうと思ったわ! 手札の墓守の監視者の効果発動! 墓守の監視者は手札を捨てる効果を含む効果を無効にする!!」

 

 進化する翼が無効になって破壊される。ハネクリボーはLV10になることができずにそのままの状態で場に残った。

 

「攻撃は終わっていない。墓守の暗殺者の攻撃!!」

 

『クリー』

 

 ハネクリボーが破壊される。しかし、破壊された時の光の粒子が降り注いで、俺の目の前を防御してくれている。

 

「ハネクリボーが破壊されたことで、俺はこのターン、戦闘ダメージを受けない」

 

「たかが1ターン生き延びただけだ。1枚のカードを場に伏せてターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー! 強欲な壷を発動! デッキからカードをさらに2枚ドローする」

 

 手札を見てニヤリと笑う。よし、流れは俺に来ている!

 

「ダーク・カタパルターを守備表示で召喚! さらに悪夢の蜃気楼を発動! カードを3枚伏せてターンエンドだ」

 

 

 ダーク・カタパルター

 DEF1500

 

 

 ダーク・カタパルターでネクロバレーぶっ潰し、悪夢の蜃気楼で勝利を呼び込んでやるぜ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

「スタンバイフェイズ、悪夢の蜃気楼の効果発動! 手札が4枚になるように、カードをドローするぜ」

 

 引いたカードの中には、モンスターが3体。よし、これなら次のターン、戦えるぜ。

 

「いいカードを引いたようだが、そんなものは無駄だ! 墓守の呪術師を生贄に捧げ、我自身を召喚!!」

 

「なにっ!? 自分自身を召喚?」

 

 確かにフィールドに墓守の長が移動する。そして長がまた不敵に笑った。

 

 

 墓守の長

 ATK1900→2400

 

 

「私が場にいる限り、私のフィールドはネクロバレーの効果を受けない。さらに効果により、墓地から墓守を1体特殊召喚する! 出でよ、墓守の長槍兵!!」

 

 

 墓守の長槍兵

 ATK1500→2000

 

 

「さらに罠カード、降霊の儀式を発動! このカードの効果により、墓地の墓守を特殊召喚する! 蘇れ、墓守の呪術師!」

 

 墓守の呪術師が復活する。そして、また唱えた呪文により、俺のライフポイントが500削られる。

 

 

 十代

 LP1000→500

 

 

「さあ、これで最後だ! 墓守の暗殺者で、ダーク・カタパルターを攻撃! 効果により、表示形式を変更する」

 

 

 ダーク・カタパルター

 ATK1000

 

 

 攻撃力の差は1000ポイント。俺のライフポイントじゃもう受けきれない。

 しかし、墓守の暗殺者は俺の目の前で止まった。躊躇っているようで、なかなかダーク・カタパルターに剣を振り下ろすことができない。

 

「どうした!? 早く攻撃しろ!!」

 

「速攻魔法、非常食を発動! 俺の場の伏せカードと悪夢の蜃気楼を墓地に送って、ライフポイントを2000回復する」

 

 

 十代

 LP500→2500

 

 

 躊躇ってくれている間に俺は非常食を使って回復することができた。そこでようやく墓守の暗殺者がダーク・カタパルターを切り裂く。

 

 

 十代

 LP2500→1500

 

 

「ふっ、一瞬だけ生き延びたに過ぎん。私自身で止めを刺してやる! 墓守の長でダイレクトアタック!!」

 

 その攻撃は大丈夫だ。俺は焦らずに最後の伏せカードを発動した。

 

「罠発動、ドレインシールド。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分、俺のライフを回復する」

 

「なにぃ!?」

 

 

 十代

 LP1500→3900

 

 

 ライフポイントが一気に回復する。けれども、これで俺のフィールドはがら空き。残りの攻撃は全部受けなきゃならない。

 

「墓守の長槍兵と墓守の呪術師で攻撃!!」

 

 呪術師の呪文が俺の精神を遅い、長槍兵の槍が俺の体を貫く。内部と外部、両方からの痛みが俺を襲う。

 

 

 十代

 LP3900→2400→1100

 

 

 くるしい……

 

 口の中に鉄の味が広がる。体が中からも外からも痛くって、思わず手をついてしまった。

 

 いてぇ

 

 痛いなんてレベルじゃない。今にも意識を手放してしまいそうな痛み。口の中に広がる鉄の味を外に出して、地面に赤い染みができた。

 

 ああ、そういえば前にもこんなことがあったっけ。

 

 あの時も闇のデュエルをしていて、俺は体に激痛を貰っていて、

 

 でも……

 

 ――十代くん――

 

 ああ、同じだあの時と。だから俺は戦えるんだ。

 

「がんばって!!」

 

 お前の応援が心に染みるから。お前の応援が心の底から嬉しいから。

 だから、俺はこんな状況でも戦えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だろう? 

 意識がほんの少し覚醒し始めると、私は何かに座らされていた。

 何が起きているのか分からなかった。だけど、目の前には十代くんがいて、デュエルをしていて。

 

 でも、十代くんは苦しんでいて。

 

 嫌だよ

 

 笑ってデュエルをしようよ

 

 デュエルは楽しく、ハッピーにだよ

 

 十代くんが苦しむほどの事態が、私には分からなかった。だけど、意識が覚醒しきる前に、私の口はすでに動いていた。

 

「がんばって!!」

 

 その言葉が出た瞬間に、十代くんは立ち上がった。

 そして、高らかに笑い始めた。

 

「ははは!」

 

「どうした。闇のデュエルで気が狂ったか?」

 

「冗談。俺、今すっげえ楽しいんだぜ? だって俺はここから勝つんだからな!」

 

「ほう。まだ希望を捨てないとは……。その心意気だけは認めてやろう。だが、その希望も打ち砕いてやろう! 魔法カード発動! 王家の生贄!」

 

 十代くんの相手が発動した魔法カード。確か、ネクロバレーがある時に発動できて、お互いの手札のモンスターを全て捨て去るカード。

 

 十代くんの4枚ある手札の内の3枚が消え去る。みんなモンスターカードだったんだ。

 

 まずいよ。これで十代くんのモンスターカードは0枚。これじゃあ戦えない。

 

 けど、十代くんは笑っていて、次のカードで、きっと逆転できると信じきっている。

 

 十代くんなら、それができるって、私も信じている。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 引いた瞬間に十代くんの表情が変わる。きっと強力なモンスターを引いたんだ。でも……

 

「どうやら上級モンスターを引いたようだな。だが、お前のフィールドにはそれを召喚するための生贄がいない!」

 

 その通りだ。十代くんの場にはモンスターカードがもう無い。例えどんな強力なモンスターだとしても、召喚できなければ意味が無い。

 

 

 けど……

 

 

 十代くんは嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた。

 

 

「王家の眠る谷-ネクロバレー。冥界への一切の干渉を許さない聖地。だが、聖地から冥界への干渉はできなくても、冥界からの干渉はできる!!」

 

「ばかなっ!?」

 

「俺は墓地のE・HERO ネクロダークマンの効果を発動! このカードが墓地にあるとき、一度だけE・HEROの召喚に生贄を必要としなくなる! 来いっ! E・HERO エッジマン!!」

 

 

 E・HERO エッジマン

 ATK2600

 

 

 十代くんのフィールドに現れる黄金色のHERO。融合モンスターでない、唯一の最上級モンスター。

 E・HERO エッジマンが相手モンスター1体に狙いを定めた。

 

「エッジマンで、墓守の呪術師を攻撃!」

 

 エッジマンの攻撃が、墓守の呪術師を貫く。相手のLPの残りは900。そして攻撃力の差は1300。これが意味することは、デュエルの終焉。

 

「うわああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 墓守の長

 LP900→0

 

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 十代くんがいつものポーズ。ああ、よかった。十代くんは勝ったんだって実感した。

 

「やったね。十代くん!」

 

「おうっ!」

 

 十代くんの相手をしていたおじさんは、そんな私たちの姿を見て驚いたように、けれどもどこか嬉しそうに笑っていた。

 

「前にもこの儀式を勝ち抜いた奴がいる、と言ったな。だが、あやつは儀式に勝ち抜くのが精一杯で、デュエルを楽しむ余裕など無かった。お前は立派なデュエリストだな」

 

 おじさんは首から提げていたネックレス?を取ると、それを十代くんに手渡した。

 

「それは闇のアイテムだ。お前がいつか、闇のデュエルを戦わざるを得なくなったとき、それがきっと力を貸してくれるだろう」

 

「ありがとう……。でもこれ、半分か?」

 

 確かに、十代くんの首にかけられたそのネックレスについているアイテムは、真ん中から割れていて半分しかないようだ。

 

「もう半分は、儀式を勝ち抜いたもう一人に渡してある。おそらくは、いずれ会うことになるだろう」

 

 そして、おじさんはちらりとだけ私を見た。

 

「そして、一つだけ忠告しておこう」

 

 そう言って、おじさんは十代くんの耳元で、小さな声でそっと何かを伝えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうやって帰ればいいんだ?」

 

「そんなこと俺が知るわけ無いだろ!」

 

 なぜか十代くんは万丈目くんに、この場所からの出方を聞いていた。万丈目くんは当たり前のように分からないので、十代くんを怒鳴りつけている。

 

「お前たち! 何をしている!?」

 

 おじさんが叫ぶ。見るとたくさんの人が、私たちに向けて槍を構えている。

 

「王家の墓を荒らすものには死を!!」

 

「この者達は掟に従い、儀式を勝ち抜いたのだ。これを処罰することは許さんぞ!」

 

 おじさんの言うことも聞かずに、槍が迫ってくる。その内の一本が十代くんに迫る。

 

「十代くんっ!!」

 

 咄嗟に間に入り込もうとする。そして、

 

 

 ――ガキィン!

 

 

 金属の触れ合う音。それはもちろん、私や十代くんが刺された音じゃない。

 

「大丈夫?」

 

 間に入ったもう一人の人。黒いローブをはためかせていたが、今の衝撃で切れたのか、ぱさりとそれが落ちる。

 中にいたのは綺麗な女の人。

 

「お前だったのか?」

 

「十代くん、こんな綺麗な人といつの間にお知り合いになったのかな~?」

 

 そんなことを聞く状況じゃないのは分かっているけど、状況なんてどうでもいいからこの質問に答えて欲しい。

 

「ま……舞花。何かお前、目が笑ってないぞ?」

 

「そんなことはどうでもいいから。十代くん~?」

 

「そんな状況じゃないだろ!?」

 

「私は墓守の暗殺者。そんなことはいいから私の頼みを聞いて」

 

 綺麗なお姉さんにもどうでもいいと言われました。しょうがないから帰ってから聞くことにしよう~。

 

「元の世界に返ったら、そのアイテムの半身を持っている人に伝えて。サラはいつまでも、あなたをお慕いしていますと……」

 

「必ず伝えますっ!!」

 

「反応早っ!?」

 

 そんな重要なことは絶対に伝えなきゃいけない。私はこの人の想いを必ずその人に伝えると心に誓った。

 

 だって、目を見たら分かってしまったから。

 

 どれだけ純粋で、どれだけその人のことを想っているのか。

 

 レイちゃんじゃないけど、この人も恋する乙女だと思ったから。

 

 だから、私はこの人の想いを必ず伝えよう。

 

 世界が違って、もしも会えないとしても。

 

 せめて、せめて、想いだけでも、気持ちだけでもただ伝わることが、きっと重要だと想ったから。

 

「早く行きなさい。ここは私が食い止めるから」

 

「でも、どうやって帰ればいいんだ!?」

 

「それは、あなたの……いえ、貴方たちのパートナーが教えてくれるわ」

 

『クリー』

 

『こっちだよ』

 

 デッキケースから現れた2体の精霊。十代くんのハネクリボーと、私のジュニアが私たちの行くべき方向へと案内してくれる。

 

 ……あれ、精霊がいる人ってもう一人いなかったっけ?

 

『万丈目のアニキ~! オイラも案内するよ~ん!』

 

「出てくるな! 天上院君の前で、お前のような下品な精霊を晒せるか!!」

 

 うん。きっと私たちだけだね~。きっとそうだよね~。

 

 ハネクリボーとジュニアに付いていって、アーチ型の門の前まで行き着く。すると、突如門の周辺がけたたましく光りだした。

 それは、あの時と同じ発光。

 

 天に昇る光が、私たちを包んでいく。

 

 その光が私たちの視界を真っ白に染めて

 

 私たちは、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……?」

 

 目を覚ました。周囲を見回して見ると、私のいる場所は最初にいた場所。苔が生えて、崩れ落ちていてるアーチ型の門が視界に入った。

 

 そっか、戻ってきたんだ。

 

 それからみんながいるのかを確認する。

 

 明日香ちゃん、翔くん、隼人くん、万丈目くん、大徳寺先生、みんないる。

 

 って、あれ? 十代くんは?

 

 ――くー――

 

 耳元で聞こえてくる誰かの寝息。それは私が座っている下から聞こえていた。

 

 あれ……ひょっとして……?

 

「十代くん!?」

 

 私の下でぐっすりと眠っているのは十代くんだった。

 

 というかみんな寝てしまっているようだった。

 

 ひょっとして、夢を見ていたのかな~?

 

 けれども、十代くんの首にかかっているものを見たら、それは違うと理解した。

 

 そっか、夢じゃなかったんだね。

 

「くー」

 

 十代くんの静かな寝息がやさしく耳に沈む。密着している私に、あたたかい体温が伝わってきてドキドキする。

 

 ちょっとだけなら、いいよね?

 

 みんなが起きるまで……いいや、みんなが起きても、寝てるふりをしたらばれないよね。

 

 こっそりと、私は十代くんにくっついたまま、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 一つだけ忠告しておこう

 

 あの時、耳元でささやいた言葉。それは、一体どういう意味だったのだろう?

 

 あの時聞けなかった言葉は、一体何と言っていたのだろう?

 

 分からない

 

 舞花は俺の大切な仲間で、

 

 俺の大切な友達だ。

 

 だから、仮に舞花が何であろうと、特に問題は無いと思っていた。

 

 だけど、あの言葉は、そんな俺の気持ちを打ち破るかのように、

 

 心を、切り裂いていった。

 

 

 

 

 

 

 ――近いうちに、彼女とは別れの時が来る。彼女と深く関わらんほうが身のためだぞ――

 

 

 

 

 

 




これで、にじファン様で連載していた部分の掲載は終了です~。

続きは……いつだろ? 相も変わらず無計画に書けた時に掲載しますとしか言えないですからね(^-^;)

なるべく早く頑張ります!


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