刀剣乱舞妄想記 「裏切りの審神者」 (ヘイセ)
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─未来に残るモノ─

今剣を極みにして、手紙を読んだ時にふと浮かんだ物語です。
ですが書いてみると蛍丸がメインになっていました(推し故に)。
少し残酷な描写もありますが、審神者の皆様に楽しんでいただけるよう台詞等を意識いたしました。口調や性格は自分のイメージと花丸の様子が反映されています。ご了承ください。
最後のかっこつけた文章は中二病と蛍丸愛が働いてしまった結果です。



 

 紅葉が生える庭は、夕日がそこに落ちたように燃えていた。庭の縁側から見える風景は、その紅葉とその奥に見える煙が上がる炎の海。炎は庭を飲み込む波として近づき、紅葉の色を深めていく。

 そんな絶望的状況を本丸の中から、薙刀の切っ先を下げた岩融が見ていた。

 

 「主!敵は本丸のすぐそこまで迫っている!逃げるなら今の内だ!」

 「き、君なら勝てるだろう岩融?」

 

 主と呼ばれる彼は、その呼び名が似合わない少年だった。そんな彼よりも幼い今剣は震えてその主に寄り添っている。

 

 「……お願いだ主!頼むから逃げてくれ!」

 

 岩融は今にも泣き崩れそうな顔を主に見せて、拳を(ちゅう)に振り下ろした。その迫力に主も今剣も身震いして固まった。

 

 「でも岩融、僕はみんなの歴史を守る為にも、この本丸を離れるわけにはいかない」

 「だけどもう……」

 

 岩融は唇を噛んで、迫る炎を睨んだ。 

 

 「こわいよあるじさま」

 「大丈夫だよ今剣」

 

 主が今剣を撫でた時、炎の中から矢が放たれた。矢は炎の雨となり庭を襲う。数十本は彼らがいる部屋まで届きそうだったが、その全ての矢を岩融の一振りが叩き落とした。

 

 「主!時間は俺が──」 

 

 覚悟を決めたように薙刀を持ち直した岩融は、炎へと突進しようとした。しかし、後ろにいた少年の「岩融!」の一声で彼の足はピタリと止まった。

 

 「今剣を連れて遠くへ行って。とにかく遠くに。僕が死んだら君達は刀剣に戻ってしまうだろうけど──」

 「なっ!何を言って!」

 「刀剣として生きていれば!君達はまだ、生きられる。何百年か刀のままかもしれないけど、生きられる」

 

 大きく開いたままの大男の口は、何も言うことなく閉じた。口を閉じた岩融は項垂(うなだ)れていた。その巨体は薙刀に支えられて、堪えていた。

 

 「今剣。もしもまた、この世に顕現出来たら今度は正しい歴史を守るんだよ。そして新しい主のこともね」

 「あたらしいあるじさま?」

 

 今剣は少年を見つめたまま、首を傾げた。今剣がその言葉を理解する間さえ敵は与えてくれなかった。今度は銃声が響いた。炎の中から発射される鉄の塊は紅葉を砕き、庭の岩を砂にし、部屋の(ふすま)を貫通した。標的に当てる気のない、恐怖を与えるだけの射撃。

 

 「行くんだ岩融!」

 

 岩融は何も返事をしなかった。だが彼の行動に迷いはない。すぐに今剣を抱きかかえ、部屋の奥へと走り出す。

 

 「なにをするんですか岩融!はなしてください!どうしてあるじさまはこないんですか?」

 

 今剣が話し終わるよりも早く、岩融はその部屋を後にした。主と呼ばれた少年は、その2人の後ろ姿を最後まで、涙が落ちる目で追っていた。そして2人へ別れ言葉を言った。しかしその声は2回目の銃声に消され、2人に届くことはなかった。2回目の銃声も周辺の物を破壊して、恐怖を与えるためだけの射撃だった。

 

 「お前も行って良いんだよ清光」

 

 少年を見守るようにずっと部屋の隅にいた加州清光は、刀を抜いて少年の前へ立った。

 

 「でもさ……俺って初期刀じゃん?だから最後まで、あんたの側にいるべきだと思うんだよね」

 「ごめんよ清光。僕のせいでみんなが……」

 

 少年は顔から感情が溢れ出ていた。言葉を発することもままならない。まるで1人ぼっちになって震えている彼の手を、加州清光が握った。

 

 「主がみんなの歴史を守るって言った時、あいつ(、、、)もみんなも喜んでた。だから誰も、主を恨んだりしないって」

 

 感情が混じる声で話そうとする少年の手を離し、加州清光は再び立ち上がる。そして迫る炎を自分の目に焼き付けた。彼は恐怖で体が震えた。それでも刀を胸の前に構えて、敵の方へ向かおうと──

 

 「清光!」

 

 その呼び声に加州清光は恐怖から解放されて、後ろを振り返った。そこにはやっと話せるようになった少年がいた。2人は互いを見て、安心したように微笑んだ。

 

 「じゃ、行ってくるねー」

 

 加州清光はためらいなく縁側から降りて、炎へと向かって行った。そんな彼を迎えるように銃声が鳴り、矢が放たれた。一点へ集中させられた銃弾は加州清光の刀を粉砕し、身を守れなくなった彼の体を一方的に撃ち抜いていく。弾丸が抜けるたびに彼の苦悶の表情は薄れていき、血が水玉模様を空中に描く。銃弾に踊らされた彼の体は銃声から3秒後、地に倒れた。そして計算されたようなタイミングでそこに全ての矢が降り注ぐ。

 

 「……やす……さだ──」

 

 その矢は彼の命を幾度も貫いた。彼が絶命するとあちこちから岩が投げられて、巨人が踏み潰す如く紅葉の庭を破壊した。そして最後には少年が残っている本丸に徹底的に岩を投げ、叩き潰した。

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 戦装束姿の刀剣男士5人が1人を中心に囲んでいる。その格好からか全員の目には自信とやる気がみなぎっている。

 

 「今日も隊長は俺、蛍丸。そんで隊員は岩融、国行、清光、安定、今剣。うん、いつも通りだね」

 「きょうはどこなんですかー?」

 「今日は特別って言ってたよ」

 「遠くなければええけどな〜」

 「お前はいつもそう言っているな!」

 

 やる気のない態度の明石国行は、岩融に背中を叩かれた。背中に紅葉がついたわけもないのに、彼はジャンプを繰り返して大げさに痛がっている。

 

 「蛍丸隊長。その特別な場所って言うのはどこなの?」

 「う〜んと……これ、なんて読むの安定」

 「安芸の宮島。だよね清光?」

 

 蛍丸が持っている紙を覗き込むなり、加州清光は即答する。

 

 「そうだよ。宮島って言うと厳島の戦いとか長州征討とかだね」

 「確か太平洋戦争では、軍の重要拠点になっていたはずやで」

 

 すっかり背中の痛みを忘れた明石国行が、そう付け加えた。何に反応したのか、面倒くさがりな彼とは思えないあまりにも素早い対応だった。

 

 「でもぼくたちがいくじだいは、いちねんまえみたいですよ!?」

 「んなアホな!いくらなんでも最近すぎるやろ」

 

 上下にずれた明石国行の眼鏡が、彼の驚き様を示していた。しかし彼だけが驚いたわけでなはく、加州清光や岩融も声を出せないほど驚いていた。唯一冷静だったのは蛍丸。

 

 「アホじゃないよ国行。本当だよ。だから特別なんじゃない?ほら、大阪城とか!たまにあるじゃん?」

 「1年前?それってちょうど俺が初期刀として、ここに来た時だ」

 「その後にすぐ僕が来たんだよね!清光嬉しそうだったから、僕今でも覚えてるよ!」

 「あーもう!うるさいうるさい!出撃するんだから、そういう話はやめてよね!」

 

 大和守安定は両手を使って、自分の記憶の良さと共に、当時の自分の嬉しさもアピールしていた。加州清光が途中で止めなければいつまでも、当時のことを話し続けただろう。

 

 「ふん!時代がいつにせよ、我らが倒すべき敵に違いはない!」

 

 岩融が自身の背丈はあろうかという薙刀を地に突き立てた。それにより全員の気持ちと表情が、一気に引き締まった。おそらくいつもこうして、士気を高めているのだろう。

 

 「そうだね。それじゃあそろそろ、行きますかっと」

 

 * * * * * *

 

 砂利道の両側には田園風景がどこまでも続いている。空の下では連なる山々が陽を浴びており、のどかな雰囲気が漂う。

 蛍丸は自身が背負う刀を握り、カチッと金属音を鳴らした。その小さな音でさえこの場では存在感を強め、場の空気を一変させる。

 

 「へへへ。さて、敵はどうかな〜」

 「そんな張り切らんと蛍丸。偵察の今剣たちはまだ帰ってこんのやから、休もうや」

 

 刀を途中まで抜いていた蛍丸の手に、明石国行はそっと手を添えた。そのままその手を押して大きな刀を、鞘の中に納めさせた。

 

 「あ、帰って来た!」

 「んなアホな!早すぎるやろ!ってなんや、今剣だけかいな」

 

 今剣は地を蹴って飛びながら、(しのび)の様に2人の元へやってきた。

 

 「お帰りー。どうだった?」

 

 今剣は蛍丸に応じず、かがんだまま足元を見ている。何も話さないので蛍丸が今剣の顔を覗き込むと、今剣はさらに顔を下へ向けてから口を開いた。

 

 「てきは、いません、でした」

 「えっ?さすがにそれは嘘でしょ?」

 「ほんとうです!」

 

 小さかった今剣の声が、山にこだまする程大きくなった。会話を拒否をするように下を向いていた顔も、蛍丸と明石国行に訴えるように上を向いていた。

 

 「そ、そんなことってあるのかな?国行はどう──」

 

 蛍丸が頼るように、後ろにいた彼の方を振り向こうとした時、蛍丸の顔と刃がすれ違った。蛍丸の目はすぐに通過した刃に移った。その刃が刃先に捉えていたものを見て、蛍丸は疑問の声を漏らしていた。

 

 「本当のこと、言いなはれ」

 

 明石国行は抜いた刀を上から下へ──今剣の目の前に向けていた。刀を向けられた今剣だったが、何も驚いていない。むしろその刀を睨んでいた。今剣が一歩でも動けば、その刀にすぐ追いつかれるであろう。そのくらいの距離で明石国行は刀を止めていた。これが一体どういう意味なのか、蛍丸だけが理解できていなかった。だから蛍丸は声を震わせて尋ねた。

 

 「ちょっと国行。何で今剣に刀を向けるの?」

 「こいつは、後ろに隠している右手に、短刀を握ってはる。今ここに、敵はおらんと言ったのにな」

 

 明石国行は今剣の手を見るように、向けている刀で蛍丸に促した。蛍丸が恐る恐る確かめようとすると、今剣は後ろへ一直線に跳んだ。蛍丸に意識が向いている明石国行の油断を、完全についた回避。せかっく向けていた太刀も、一瞬でその場から離れた今剣には追いつかなかった。

 

 「ははっ、ばれてましたか」

 「今剣……どうしたの?」

 

 離れているとはいえ、短刀を向けられた蛍丸は後ずさりした。けれど彼が後ずさりをしたのは、その短刀に恐怖を感じたからではない。蛍丸は自分が信じていた仲間に、そうされたことに悲しみを感じていた。故に、自分の大きな刀をすぐに抜けなかった。

 

 「あそこにてきはいません。あそこにいるのは、ぼくのあるじさまとみんなです!」

 「何を言っているの!?」

 「ぼく、おもいだしてしまったんです。ぼくのほんとうのあるじを!」

 「あるじ言うのは今の本丸の人だけやろ?本当の主ってもしかして、源義経のことを言うとるんか?」

 

 刀を持ったまま、明石国行は蛍丸の前に出た。

 

 「ちがいます。ぼくのほんとうのあるじは、あるじさまただひとり。れきしにそんざいしないぼくは、あるじさまだけのかたな!」

 「つまり今剣はあそこにいるはずの、俺たちの敵を守りたいんだね」

 

 蛍丸は自分の身長と同じほどの大きな刀剣を構えて、明石国行の前に出た。先ほど明石国行がかばって後ろに下げた蛍丸とは違う、覚悟を決めた蛍丸がそこには立っていた。

 

 「あるじさまをまもるのが、ぼくのやくめです!」

 「ねえ今剣。こんなことしても君1人じゃ、俺たち5人を止められないよ」

 「ぼくはひとりじゃないですよ。それにそっちこそ、ごにんじゃないです」

 「あかん!加州清光と大和守安定が危ない!」

 

 * * * * * *

 

 「俺を楽しませろ!」 

 

 岩融の声が轟く林の中には、切られたばかりの木々がいくつも転がっていた。大根を輪切りにするように容易く、大男は薙刀を振るい、木を散らす。男の高揚している笑い声が林を走り、前方にいる2人を追いかける。次に斬られるのは木か自分か、それとも隣にいる相棒か。そんな気持ちで2人は鬼から逃げる。

 

 「俺が相手をするから安定は逃げろ!」

 「それは嫌だ!なら僕も戦う!」

 「お前の刀はさっきヒビが入っただろ!岩融は化け物だ!追いつかれたら──」

 「はっはっはっは!俺が」

 

 空中に飛び上がった岩融の空から迫る薙刀が、加州清光の背中に襲いかかる。それを真横で見ていた大和守安定が、それを黙って見過ごせるはずがなかった。

 

 「清光危ない!」

 「恐ろしいか!」

 

 薙刀は振り下ろされる寸前で、なぜか一歩後ろへ引かれた。そのため走っている加州清光には当たらなかっただろう。が、彼を守ろうと背後に回った大和守安定の背中は薙刀の餌食になってしまった。鮮血(せんけつ)が跳ねた瞬間、岩融は仰天して舌を鳴らした。

 大和守安定は悲痛の叫びを上げると、斬られた勢いのままその場に倒れた。浅葱色(あさぎいろ)の布からは赤が湧き出て、刃が通った線の道が作られていく。加州清光はその大和守安定を見て、足を引きずりながら近づいた。

 うつ伏せになる大和守安定の前でしゃがむと、加州清光は彼の頭を自分の膝の上に寝かせた。震えが止まらない赤い爪の手で彼の白い頬に触れて、加州清光は現実を理解した。

 

 「やす……さだ?」

 「自らが友の盾になったか……」

 

 絶好の追撃の好機であるが、岩融は刃についた血を払い、2人と距離を置いた。大和守安定を抱く加州清光のその光景を見て、岩融は目を瞑った。その表情は遠い昔のことを思い出しているようだった。

 

 「安定!安定!」

 

 加州清光は自分の戦装束や手に血がついてもお構いなしに、彼の体を自分に抱き寄せる。何度も彼の名を呼び、体を揺らし、手を握った。

 

 「きよ、みつ……戻ったらさ……この傷…治せるかな」

 「ばかやろう!刀も構えないで、なんで、なんで俺のことを!」

 

 加州清光の涙は大和守安定の頬に落ちて、そこを流れる彼の涙と合流した。大和守安定は加州清光の温度を感じると、とても幸せそうに微笑んで、目を閉じた。

 

 「安定?安定!安定!」

 「愛する友との別れは済んだか、加州清光?」

 

 浅葱色をその場に寝かせて彼は自分の上着をかけた。加州清光は拳をついて立ち上がり、刀を抜く。その刀を構えた彼の目は怒りに溢れた深紅色。

 

 

 「岩融。お前だけは──殺す(斬る)!」

 

 * * * * * *

 

 「さすが天狗やな。俺の刀が当たらんわ」

 「あなたこそ、ぼくについてこれるなんて、すごいですね。いつもねているのに」

 

 短刀と太刀。大きさからして明石国行が今剣を圧倒するかと思いきや、傷を負っていたのはその明石国行だった。

 蝶のように舞う今剣が止まった時に、蜂のように明石国行が刺すが、今剣はそれさえも風のように(かわ)す。そしてそれと同時に跳んで明石国行を斬る。

 短刀とはいえ斬られ続けた明石国行の戦装束は、鎌鼬(かまいたち)にやられたようにぼろぼろになっていた。それでもその攻撃を恐れない明石国行は、太刀で今剣に何度もふりかかる。斧を振りおろしたような威力の一振りは、一度でも当たれば致命傷になるだろう。それを分かっているからこそ今剣の表情に余裕はない。簡単そうに攻撃を躱してはいるが、常にギリギリの勝負をしていると感じているだろう。

 

 「能ある鷹は爪を隠す。いや、それは猫やったかな。どっちでもええけど、自分の実力はわざわざ、見せびらかさなくてもええでしょう」

 「だから、ほたるまるをあっちにいかせたんですか?」

 「──歴史を変えたいんか?」

 「!?」

 

 唐突なその一言は、数秒完全に今剣の動きを止めていた。動きを止めるためにその一言を呟いたのだと思ったが、明石国行はその場から動かなかった。動かないどころか彼は刀を鞘に納めた。

 

 「それはな、あいつも──蛍丸も思ってるはずや。もしかすると、大和守安定も加州清光もそうかもしれん」

 「いきなりなんなんですか!」

 

 今剣はいらついた。いきなりそう話し始めた彼に対してもそうだったがそれよりも、納刀した彼に腹が立っていた。

 

 「なあ今剣。あんたが変えるその歴史の未来に、蛍丸はおるか?」

 「そんなことはしりません!」

 「俺はあいつがこの世に残れるように、今の本丸に来る前まで、何度も歴史を変えようとした。けどそう簡単に変えられるものじゃない」

 「……たいへいようせんそう。ですか」

 

 今剣は構えていた短刀を降ろした。

 

 「そうや。別に戦争が起こっても、この国が勝てばええんやけど、それは無理そうでな」

 「あなたは、なにがいいたいんですか?」

 「別に何もない。ただ、やろうと思えば未来を変えられるあんたが、羨ましく思えたんや」

 「いっしょにれきしをかえようって、ぼくをさそわないんですか?」

 「けどな〜。蛍丸は向こうの2人を助けに行った。それが、俺があんたを斬る理由や」

 「そうですか。ざんねんです」

 「おおきに」

 

 両者は再び刀を構えてお互いに、正面から迫った。

 

 * * * * * *

 

 「どうしたどうした!腕が止まっているぞ加州清光!」

 「くっそ!化け物め!」

 

 棒のように軽々と薙刀を振り回す岩融は、容赦ない一撃を加州清光に浴びせ続けた。それを受け続ける刀は今にも折れてしまいそうである。

 涙を流し続け、震える手でなんとか刀を握っている彼からはもはや、戦意を感じることは出来ない。怒りの深紅色の目には横たわる友の顔が映っていた。

 

 「そんな構えで俺の一撃を耐えれると思ったか!」

 「……助けて安定」

 

 頭上で薙刀を振り回し、勢いをつける岩融。それを見て抵抗するのも諦めて、閉じかけた加州清光の目に、一粒の緑の光が入り込んだ。その直後、開きかけた目には、大太刀が映った。

 

 「じゃーん。必殺技でーす」

 

 力の抜けた声と共にやってきた大太刀は、岩融がいた場所を一刀両断にした。岩融はその刀を避けていたが、冷や汗を垂らし、目を見開いていた。

 岩融が立っていたその場所は隕石でも落ちたのかと疑うほどへこんでいた。それはどう見ても刀が出せる威力ではない。木々を散らす岩融といえど、それを食らっていたら薙刀ごと、粉砕されていたかもしれない。

 

 「蛍丸推参!」

 

 大太刀を担いだ蛍丸は岩融と加州清光の間に立った。

 

 「やはり……お主だったか」

 「隊長の俺が来たからには、もう大丈夫だよ清光」

 

 蛍丸は加州清光に親指を立ててにっこりと微笑んだ。

 

 「蛍丸!どうしてここに!」

 「だって俺は隊長だからね。当然でしょ?」

 「──安定が危ないんだ!だから安定を先に撤退させてくれ!」

 「2人で戻って良いよ」

 「でもお前1人じゃ!」

 「なに言ってんのさ、俺1人で楽勝だよ」

 

 蛍丸はそう話している最中、一度も岩融の方を見なかった。言ってしまえば隙だらけだった。しかし岩融は自分の身を守るように薙刀を構え続ける。

 

 「ありがとう蛍丸。戻ったらすぐに援軍を──」

 「いらないよ。報告も隊長の俺に任せて良いから」

 

 蛍丸は再び親指を立てた。それを見た加州清光は、大和守安定を胸の前で横抱きして、その場から走り去った。加州清光の顔はとても苦しそうだったがそれでも歯を食いしばり、腕の中にいる彼の名を呼んで走り続けた。

 岩融はその2人を追いかけはしなかった。蛍丸のあの一撃を見た後だったせいだろうか、蛍丸に背を向けることは死を意味すると思ったのかもしれない。

 

 「武蔵坊弁慶の薙刀であるこの俺の相手がこんな子供1人で十分とは、ずいぶんと舐められたものだな!」

 「ちょっと!今、隊長の俺のことバカにしたでしょ!」

 「当たり前よ。貴様に俺が負けるわけがない。さっきのは不意打ちだったが、構えていれば余裕よ」

 「へー。それじゃあ、派手に戦いますかっと」

 

 蛍丸はそう言うと、刀を地に落とした。

 

 

 * * * * * *

 

 ──とある本丸

 

 「ただいまー」

 

 片手を上げて挨拶をした蛍丸は、本丸に帰ってきた。その後ろを、ボロボロの戦装束を着た明石国行が肩を叩きながら歩いている。そんな2人を数名の戦装束に着替えた刀剣男士たちが駆け寄って迎えた。

 

 「蛍丸!明石国行!2人とも無事か!?今、三日月たちが援軍に行くところで──」

 「もう終わったよ長谷部」

 「なら早く手入れ部屋に!」

 「手入れは国行だけで良いよ。俺は報告に行ってくるからさ」

 

 ささっとその場を抜けようとした蛍丸に、へし切長谷部は尋ねた。

 

 「おい──岩融と今剣はどうした」

 「……あの2人には、蛍がとまらなかったんだよ」

 

 蛍丸はいつになく声に力を入れて答えていた。だがその内容からふざけていると、へし切長谷部には思われてしまった。

 

 「ど、どういうことだ!それでは主に報告が出来ん!」

 「だーかーら!俺が今から報告に行くんだってば!」

 

 蛍丸はぷいと顔を振るとそのまま本丸の奥へと向かった。そんな蛍丸の後ろ姿を見ていた鶴丸はあることに気がついた。

 

 「……こりゃ驚いた」

 「どうかしたのか鶴丸」

 「ああ、蛍丸の戦装束が傷1つ負っていないんだ。明石国行や戦に慣れているあの2人でさえ、重傷で帰って来たのにな」

 「──ほう、確かにそう見えるな。蛍でも舞ったか、それとも……」

 

 考え込んだ三日月宗近にはその理由に察しがついたが、すぐに口を閉ざした。

 

 「それとも?」

 「ん?なんだったかな。はっはっは、忘れてしまった」

 「三日月さん鶴丸さん。お、お着替えの準備が出来ました」

 「おお、ありがとう五虎退。行くぞ鶴丸」

 

 * * * * * *

 

 ──蛍丸たちが帰還する前

 

 刀を落とした蛍丸に岩融は、薙刀を地面に打ち付けて刀を握るように促していた。

 

 「どうした蛍丸!かかってこい!」

 「ここにいた敵は全滅。でも、今剣と岩融は戦闘によって消滅。っていうのはどうかな?」

 「何がだ!」

 「報告の内容だよ。俺がこう言えば、俺たちは戦わなくて済むでしょ?」

 「信用出来ると思うか!どうせ援軍を連れてくるのだろう!」

 「俺は岩融を信じるよ」

 

 蛍丸は刀を拾い上げ、背中の鞘に納めて、岩融に背を向けた。

 

 「どうして俺を斬らんのだ!」

 「だって岩融は敵じゃないもん」

 「だが俺はここにいるお前たちの敵を庇っている!言ってしまえば俺も時間遡行軍だ!」

 「──岩融は守ってるんでしょ?ここにある歴史を。じゃあ大丈夫。それは時間を改変しようとする敵じゃないよ」

 「でも、でも俺は大和守を斬ったんだぞ!」

 「だけど重傷で済んだ。きっと本当は斬ろうとしなかったんでしょ?」

 「っ!俺がそんな甘いやつだと思っているのか!」

 

 岩融は地面を踏み、その場から飛び上がった。宙に上がった大男は天から叩きつけるように、薙刀を蛍丸に落と──

 

 「本気の俺は、すげえんだからね」

 

 刹那に抜刀された大太刀は、迫る薙刀を空に向けて弾き飛ばした。岩融の足が地についた時、すでに手元に薙刀は無かった。岩融の体重を乗せた一撃を受け切った蛍丸の足は、その場にめり込んでいたが、蛍丸は笑っていた。

 

 「ほらね、岩融は俺を斬らなかった。足とか狙えば良いのにさ、防ぎやすいように上から来たんでしょ?」

 「それは言えぬ。なんせ俺と今剣は既に死んでいる(、、、、)からな」

 

 岩融は武器を持たぬまま背を向けてそう答えた。

 

 「──約束するよ岩融。俺、2度とここに出陣しないように説得するよ」

 

 蛍丸は落下してきた薙刀を岩融に手渡した。岩融はそれを受け取り、差し出された蛍丸の小さな手と握手をした。

 

 「おう。頼む」

 

 

 * * * * * *

 

 ──とある本丸

 

 傷の手当てが済んだ明石国行は、前髪をいじりながら、さっきから黙ったままの蛍丸に話しかけた。

 

 「嘘の報告は出来たんか?」

 「うん。なんとかね」

 「だから俺が報告に行く言うたのに」

 「良いんだ。決めたのは俺だから」

 

 そう言う蛍丸の顔を、明石国行はつまらなそうに見ていた。

 

 「で、それを聞いてあのお方は納得したんかいな」

 「もう行かないって、約束はしたよ」

 「俺たちが行かなくても、政府は行くで。あそこにおる今剣たちの主である、裏切りの審神者を討ちにな」

 「岩融と今剣は強いから平気だよ」

 「せやな。まともにやりあってたら、どうなったことやら」

 

 それぞれの実力を身で知った2人は自身に満ちた顔で微笑んだ。しかし蛍丸はふと、口元を細めて口に手を当てた。

 

 「ねえ国行。歴史を変えたら、どうしていけないんだろう?」

 「うん?それはな──今会いたい人に、会えんくなるからや」

 

 あまりにもしっかりと彼が答えたので、蛍丸はぷっと笑った。

 

 「らしくないこと言うじゃん。でも確かに、国行と国俊に会えなくなるのは嫌だ」

 「せやろ?だから今を守るために、過去を守るんや」

 

 でもな、蛍丸。たとえ俺が存在しない未来が待っていても、お前が存在し続ける未来を作りたい。お前だけ(、、、、)が無事なら、俺はそれでええんや。今なんてな、興味ないんや。せやから、お前が俺といたいなら、そん時(、、、)が来た時には俺を斬って、止めてくれ。

 

 「国行!蛍!大丈夫か!?」

 

 廊下から聞こえた走る足音の正体は部屋に入るなり、無駄に大きな声で2人を呼んだ。

 

 「国俊!俺、今ちょうど国俊に会いたいって、思ったんだ」

 「な、なんだよ急に!」

 

 いきなり蛍丸に抱きつかれた愛染国俊は対応に困り、明石国行に目で助けを求めた。

 

 「愛染国俊。蛍丸の面倒頼むわ」

 「国行はそんなに重傷なのか?」

 「ちょっと頑張りすぎたからな」

 

 明石国行はその場に手をついて寝転んで、2人に手を振った。

 

 「じゃあ行こうぜ蛍」

 「また後でね国行」

 「またな」

 

 愛染国俊に手を引かれて部屋を後にした時、明石国行がこちらに背を向けていたことが蛍丸には印象的だった。

 

 「国行。どっか行ったりしないよね?」

 「何言ってんだよ」

 「なんか今、さようならって言われた気がして」

 「もしそうだとしても、あいつが動くわけないだろ?」

 「そ、そうだよね。食べて寝るのが好きだもんね」

 「あっ、今日の晩御飯!超豪華らしいぜ!なんでもにっかり青江が海で──」

 

 今日の俺のやったことがどういう未来になるのかは分からない。もしかしたら岩融と今剣にとって悪い未来がやってくるのかもしれない。けど俺は、あの2人に今を大事に、幸せに生きて欲しいって思った。だって、人も物も形あるものはいつ壊れたり、なくなったりするか分からないから。

 もし悲劇が起きてその結果、過去を変えたいって願うようになっても、俺は今を生きれるようになりたいし、誰かにもそうなって欲しい。

 俺は自分の歴史に悲観してないよ。そりゃたまにはなんで俺だけこんな目にって、思う時あるけど、俺のことをみんなが覚えてくれてるから、寂しく思った時はないよ。でも、だからこそ、俺のことは忘れないでね。

 

 ─終わり─

 

 翡翠の魂舞う中に  終えた刀剣  地に刺さる

 ひとたび魂輝けば  欠けた刃に煌き宿る 

 舞う翡翠の光は不死の炎  空を斬り裂く蛍の群  古の刀  その名は──

 

 「蛍丸!推参!」

 

 

 

 



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