怨霊の話 (林屋まつり)
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一話

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 

「学生さん、ちょっといいかな?」

「はい?」

 学校からの帰り道。美千子はそんな声をかけられた。

 振り返る。黒い外套の青年。彼は安心させるように穏やかに微笑む。

「この近くに海軍基地があると思うのだけど、もし場所を知っていたら教えてくれないかな? 案内してくれれば嬉しいんだけど」

「あ、……ええと、」

 美千子は言葉に詰まった。場所は知っている。たまたま町で会えば雑談に興じるくらいには親しい軍人もいる。

 とはいえ、美千子は一人の女学生。当然横須賀海軍基地には入れない。顔見知りだから居丈高に追い返されることはないだろうが、入れてくれることはないだろう。

 困ったような彼女に彼は苦笑。

「場所が分かればいいよ。中に入ったりはしないから」

「あ、はい。それでしたらこっちです」

 近くに案内するなら構わない。軍関係者の人かな? と、そんなことを思いながら歩き出す。

 ふと、

「あ、……あの、私、山川美千子って言います」

 横須賀海軍基地まで距離がある。道中の会話もあるだろう。だから、先に名乗っておく。

 彼は微笑。「よろしく」と、応じて、

「僕の名は蘇我豊浦だよ」

 

 ――――そして翌日。横須賀海軍基地は壊滅した。

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 

 連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》。その拠点の会議室。そこにウィッチたちが集まる。

 大規模な作戦の発令時にも匹敵する厳し表情を浮かべるミーナに、ウィッチたちはそれぞれ緊張を感じて沈黙。

 全員が集合したことを確認し、ミーナは口を開く。

「みんな、緊急の任務よ」

「緊急?」

 トゥルーデの問いに彼女は頷き、

「え?」

 芳佳は、不意に向けられた視線に首をかしげる。続けて、問いを投げかけようとしたところで、声。

「扶桑皇国、横須賀海軍基地が、壊滅したわ」

「…………え?」

 その、あんまりな内容に動きを止めた。

「扶桑、皇国。……芳佳ちゃんの、故郷、の」

 リーネは目を見開く。親友の故郷。けど、それだけではない。

 扶桑皇国の海軍にはいろいろなところでサポートしてもらっている。そこが、

「ミーナさんっ、あ、あの、みんなは無事ですかっ!」

 芳佳は立ち上がる。けど、ミーナは首を横に振る。

「わからないわ。ついさっき美緒が横須賀市に到着したみたいだけど、……これが送られてきた映像よ」

「ひどい」

 ルッキーニも、思わず呟く。航空写真でノイズだらけの不鮮明な映像だが、それでもはっきりとわかる。蹂躙、文字通り破壊しつくされた横須賀海軍基地が。

 けど、

「村、は? ミーナさん、あの、私の、村は」

 その破壊痕を見て、芳佳は呟く。芳佳の故郷、生まれ育った村。そして、大切な家族や友達のいる場所。

 それは、横須賀海軍基地と同じ、横須賀市にある。もし、ネウロイがそこで暴れたら、

 絶望的、その文字を思い芳佳は蒼白になる。ふらつく彼女をリーネは慌てて彼女を支える。

 芳佳の問いにミーナは溜息。

「周囲の町に被害は確認されていないわ。基地が破壊された、だけよ」

「そう、……ですか」

「よかったね。芳佳ちゃん」

「…………うん」

 よかった、……もちろん、横須賀海軍基地が破壊されたことはよくないけど、それでも、故郷は無事。

 それを聞いてひとまずの安堵。けど、

「妙な話だな。ご丁寧に基地だけを破壊するとは、……何を考えている?」

 トゥルーデは首をかしげる。そんな話、聞いたことがない。

「なんか基地に恨みでもあるのかなー?」

 エーリカも首をかしげる。自分で言っておいてなんだがその可能性は低い。……というか、考えようがない。

 何せ相手は未知の敵。接触を試みたことがあっても成功したことはない。恨みという概念があるかさえ、不明。

「相手が人間ならなあ。敵の拠点を襲撃。……ってんでいいんだけど」

 シャーリーも難しい表情。けど、

「何にしてもさ、ここで話しててもしょうがないだろ。

 世話になってるんだし、助けに行くんなら、さっさと行くぞ」

 エイラが軽く手を振り、サーニャも頷く。

「どちらにしても、ネウロイが近くにいるなら芳佳ちゃんの故郷も危ないし、いつ襲われるかわからない。

 急がないと」

「あ、……そ、そうだよっ」

「ええ、そうね。

 事は一刻を争うわ。総員、扶桑皇国に向けて出発しますっ」

 ミーナの声に、了解、と声が重なり、ウィッチたちは飛び出した。

 

「…………けど、扶桑皇国まで遠いよねー」

 ルッキーニの言葉にウィッチたちは肩を落とす。例外は一人。

「あの、ペリーヌさん。

 これ、ほどいてくれないですか?」

 縄で繋がれた芳佳。彼女の言葉にペリーヌは淡々と応じる。

「扶桑皇国までストライカーユニットで飛行しだすような鉄砲玉を自由にさせるわけないでしょう?」

 当たり前だが、欧州から極東と呼ばれる扶桑皇国まで途方もない距離がある。ストライカーユニットで飛んだとしても途中で魔法力が尽きて墜落するのは目に見えている。

 それでも飛び出そうとする芳佳。任務に伴う最初の作業が仲間の捕縛という現実にペリーヌは溜息。

「だ、だってえ」

「美緒から、追加連絡で周辺の町や村にも被害が出ていないことを確認したわ。

 横須賀海軍基地の軍人も、怪我人は多数いたけど幸いにも死者は出ていないそうよ。ネウロイの脅威はみな実感していたから、速やかに避難していたようね」

 何せ《オペレーション・マルス》では主力としてネウロイと真っ向から戦った軍人たちだ。その脅威は骨身にしみているだろう。

 慢心して無謀な戦いに挑まず、速やかな避難により人的損害を最小限にとどめられた。その判断の正しさにミーナは内心で感心する。

「そうですか、……よかったあ」

「とりあえずは、だ。

 海軍基地が使えないのなら、到着したら拠点の確保、それに、襲撃したネウロイの情報を収集、索敵して撃破だな。やる事はたくさんある」

「ま、拠点の確保ならすぐ終わるでしょ?

 宮藤の実家とかちょっと興味あるなー」

 エーリカの問いに、拠点をどうするか考えていたミーナは軽く手を叩いて「そうね、宮藤さん、お願いできる?」

「あ、はい。大丈夫だと思います」

 軍からの要請なら学校そのものを拠点として使うこともできるだろう。それに、山間の田舎だ。空き家もある。なんにしても寝床に困ることはない。

「芳佳ちゃんの部屋かあ」

「芳佳の部屋っ、どんなところだろうねっ」

 リーネは興味深そうに呟き、ルッキーニは楽しそうに笑う。芳佳は苦笑。「別に何もない、普通なところだよ」

「あんまりはしゃがないで、遊びに行くわけじゃないのよ。

 トゥルーデもちゃんと監視しておきなさい」

「…………そうだな。宮藤の部屋に変なものがないか、確認する必要がある」

「……貴女は何を言っているの?」

 妙なことを言い出したトゥルーデにミーナは半目で呟く。

「へ、変なものなんて何もないですっ!」

「ま、確かに宮藤、娯楽少なさそうだしねー」

 訓練しているか家事をしているか、芳佳にはその印象しかない。エーリカの言葉に皆が頷く。

「宮藤も、もっと娯楽とかみつけろよっ!

 あ、バイク貸してやろうか? バイク、楽しいぞっ、思いっきり吹っ飛ばすのっ」

「ええ?」

 ずい、とシャーリーに抱き寄せられる芳佳。そして、唇を尖らせるトゥルーデ。

「カールスラント軍人たるもの、遊びに現を抜かす暇などないっ!」

「いや、芳佳はカールスラント軍人じゃないって」

「うっ?」

 説教を始めたトゥルーデはけらけら笑うエーリカに轟沈。

「音楽、楽しいよ。……芳佳ちゃんとセッション、……できたら、楽しいと思う」

 おっとりと微笑むサーニャに頷きかけて、膨れて睨みつけるエイラを見て反射的に玉虫色の返答を選択。

「え、えーと。……そのお料理とか、楽しいし」

「あっ、扶桑皇国のお料理。たくさんあるんだよね。

 楽しみ」

「うんっ、お母さんの作ってくれた料理、すっごく美味しいよ」

「おおっ、美味しいごはん、楽しみーっ」

 ルッキーニは嬉しそうに笑い、ペリーヌは慄く。

「…………腐った豆を食卓に出す国の料理」

「な、納豆だよっ! 納豆は美味しいよっ」

 抗議の声を上げる芳佳。ペリーヌは何か言い返そうとして、ぱんっ、と音。

「はいはい、雑談はここまで。

 いくつか報告することがあるわ」

 通信機に張り付いていたミーナの渋い声。

「まず、欧州からの追加派遣は期待できなさそうね。

 激戦区である欧州からは距離があるし、離れるわけにもいかないから」

「…………はい」

 残念そうに芳佳は呟く。期待ができないことはわかっているし、聞いていた。

 元々《STRIKE WITCHES》の派遣も《オペレーション・マルス》により扶桑海軍の有用性が認められたからという理由が大きい。そうでなければ激戦区に集うウィッチたちの中でも指折りの部隊である彼女たちの派遣は認められなかった。

 とはいえ、それが限界でもある。エースが抜け、さらに追加でウィッチたちが極東に向かったら、その隙に欧州はさらにネウロイに蹂躙されるだろう。

「それと、横須賀市に出現したネウロイだけど、……どうも、拘束されているようね。

 特殊な、……魔法? のようなものでね」

「固有魔法か?」

 一部のウィッチには固有の魔法がある。それかな、と思ってシャーリーの問い。

 拘束をする魔法、自分は知らないが、使い手がいたとしても不思議ではない。

 けど、ミーナは難しい表情。

「だと、思うわ」

「曖昧だねえ?」

 首をかしげるミーナにシャーリーは苦笑。

「仕方ないじゃない。魔法なんて大まかにくくられていても、地域ごとに独自発展した魔法なんていくらでもあるのだから」

 今の主流が自分たちウィッチというだけで、世界中にはその地域、その時代に合わせた魔法があるといわれている。そうした独自魔法体系の研究も成されているが、ネウロイとの戦闘が第一義であり、研究は遅々として進んでいない。さらにはそれぞれの使い手の数が少なく、隠れているものがほとんどだ。

 ゆえに、そういう事が出来る者がいる、という形で納得するしかない。

 ただ、

「まあ、……ともかく、そういう理由で、とりあえずの安全は保たれているようね。

 けど、その魔法もいまいちよくわからないところもあるし、どちらにせよ早期の合流と対応が必要よ」

 ミーナの言葉に異存はない。皆が頷いた。

 

「…………なんだ、これ」

 横須賀市に到着。横須賀海軍基地。その状況を確認するために来たウィッチたちはきょとんとする。思わず、シャーリーが呟く。

 なんだこれ、と。……けど、その問いに誰も答えられない。それだけ異様な光景がそこにあった。

 硝子の箱に黒雲を圧縮して押し込めばこうなるか、あるいは、黒い濃霧、高濃度の煤煙。あるいは、

「ネウロイの、巣? ……ですの?」

 ウィッチたちの感覚ではこれが一番近い。もっとも、そんなものが地上に、真四角で存在するとは到底思えないが。

 海軍基地の敷地をぐるり囲むように存在する縄。そして、そこを境界とするようにその向こうが黒い霧に閉ざされている。

「これ、……注連縄?」

 海軍基地を囲う縄。芳佳はなんとなく連想したそれを呟く。

「しめなわ?」

 リーネは首をかしげる。それが何なのか知らない。そして、それは皆も同様。

「芳佳ちゃん、しめなわ、って?」

「え? ……あ、そっか。知らないよね」

 注連縄は扶桑皇国の文化だ。主にあるのは神社で、他国、特に欧州には縁遠い。

 けど、何か、と聞かれるとなんて答えようか。……首をかしげる、と。

「それは境界を作るものだよ。大体使われるのは神社、そうだね。神域という方がわかりやすいかな。

 つまり世界を区切る縄。で、今回は鉄蛇の存在個所を区切っているんだ。それがある限り、鉄蛇は外に出られないよ」

 男性の、声。

「ん、誰だお前?」

 エイラはあまり聞きなれない男性の声を聞いていぶかしそうに振り返る。

 声の主、穏やかな印象の、三十歳くらいの青年。扶桑皇国の人とエイラは見当をつける。

「僕は蘇我豊浦。それを作って、そこにいる鉄蛇を閉じ込めた《もの》だよ」

「鉄蛇? ……ああ、ネウロイの事ね」

「そう呼ばれているらしいね」

 ミーナの言葉に彼、豊浦は頷く。

「閉じ込めた、……っていう事はお前も、ウィッチか?」

 男性のウィッチも、いないわけではない。現在は確認されていないが過去にいたらしい。

 珍しいな、と思っての言葉に彼は首を横に振る。

「違うよ。僕は魔縁、……まあ、ようするに怨霊だよ」

「うぇ?」

 思いがけない言葉に思わず変な声を上げるエイラ。

 魔縁、というものはわからないが、とりあえず怨霊はわかる。珍しい男性のウィッチ以上に珍しいかもしれない。……事実とは思えないが。

「そういうあなたたちは? 蕃こ、……異国の人に見えるけど?」

 豊浦の言葉にミーナは一息。彼と相対するように前へ。

「横須賀海軍基地を襲撃したネウロイを撃破するために、欧州より派遣された連合軍第501統合戦闘航空団《STRIKE WITCHES》です。

 私は隊長のミーナ。事情を知るのでしたら協力をお願いします」

「うん、了解」

「あ、あのっ、私の、村は、あの、「ああ、君が宮藤さんかな? 宮藤芳佳君」へ?」

 初対面の男性に名前を当てられて困惑する芳佳。彼は微笑。

「美千子君が君の事、嬉しそうに話していたよ」

「みっちゃん、……みっちゃんは、無事ですかっ?」

 友達の名前を聞いて詰め寄る芳佳。豊浦は頷いて「ああ、あの村は無事だよ。怪我人はいない。……けど、怪我した軍人を預かっているから、少し慌ただしくなってるくらいだね」

「そう、……ですか」

「それと芳佳君のお母さんとお祖母さんは近くの病院で怪我人の治療をしているよ。美千子君もそっちのお手伝いをしているみたいだね」

 家族、友達、大切な人の無事を確認でき、芳佳は安堵の吐息。

「よかったね、芳佳ちゃん」

 リーネに笑顔で「うんっ」と頷く。

「それで、事情だけど、……長くなるけどどこで話す? 君たちの寝泊まりする場所があるならそこでいいけど?」

 寝泊まりする場所。それはもちろん、

「芳佳の家っ!」

 ルッキーニは両手を上げて応じる。誰も異存はない。頷く。

「それじゃあ、先にそっちに行こうか。

 芳佳君、母親たち会いたいと思うけど、あっちはあっちで忙しいし、夜でいいかな?」

「あ、はい」

 横須賀基地がネウロイの襲撃で壊滅したとなれば負傷者もかなり出ているだろう。その治療が最優先だ。

 それは医者を志す芳佳も理解できる。我侭を言っていいところではないことも。

 だから頷く芳佳に豊浦は微笑。

「それじゃあ、行こうか」

 

「な、なな、なんですのここはっ? ひ、秘境っ? 秘境ですのここっ?」

 山に入ったらペリーヌが悲鳴を上げた。

「秘境って」

 で、故郷を秘境呼ばわりされた芳佳は微妙な表情。

「わおっ、すっごーいっ、緑がいっぱいっ!」

「うん、……涼しくて奇麗なところ、これが扶桑皇国の森なんだ」

 ルッキーニははしゃぎ、サーニャは感嘆の声。

「ふむ、……カールスラントの森とは趣が異なるな。

 ここも悪くないな」

 トゥルーデは興味深そうにあたりを見渡す。ふと、芳佳は振り返って、

「あ、蛇には気を付けてくださいね」

「へ、へへ、へ、蛇っ? 蛇、蛇がいますのっ? ここは魔境ですのっ?」

「魔境っ?」

「さすがに、魔境はないんじゃないかな」

 ペリーヌに抱き着かれたリーネは苦笑。

「なんだ? ツンツン眼鏡はこういうところだめか? 案外臆病だな」

「うぐっ? ぐ、……ぐぐ」

 あまり言い返せない。黙るペリーヌにエイラは意地悪く笑う。

 ともかく、

「あ、見えてきました」

「…………ん?」

 山間の小さな村。懐かしい故郷の無事な姿に芳佳は自然、笑みが浮かぶ。

 よかった、と。

「こ、……これが家か」

「え? 変ですか?」

 驚愕の表情を浮かべるトゥルーデ。

「い、いや、……もろそうだな」

「そうね。いえ、美緒から聞いていたけど、木でできた家、……驚きだわ」

「うわー、よく燃えそう」

「燃やさないでくださいっ!」

「欧州は石造りの家が多いみたいだね。

 そういう家に住んでいる人にとっては珍しいだろうね」

 豊浦は楽しそうに笑って応じる。そうかも、と芳佳は普段暮らしている基地を思い出す。

 石造りの頑強な建物。……近くに横須賀海軍基地があるせいか、そういう建物も見慣れているがそれしか見たことがない人にって扶桑皇国の家は珍しいのかもしれない。

「静かで、涼やかで、……外の山とも調和のとれた家。……こういうところで暮らすの、よさそう」

「借景といってね。建物も景色の一部としてなじめるように作られているんだよ。

 自然の中に溶け込むように作られた家。だから庭先から外を見てもあまり違和感を感じないんだ」

「借景、……人の住む場所も、自然の一部になるように、ですね。……そういうの、いいなあ」

 羨ましそうなサーニャ。エイラはカメラを持ってきていないことを後悔。絶対に見つけて風景の写真をサーニャにプレゼントしようと心に決める。

「欧州の石造りの家は対立が中心なんだろうね。

 森の中には魔がいる。ゆえに魔が入り込めないようにする。堅牢な家はそういう意味があるのかもしれないね」

「……かもしれないわね」

 ミーナは頷く。確か昔に御伽噺で森には悪い魔がいると聞いたことがあるのだから。

「うう、魔とかそういうのやだあ。

 ここにはいないよね? 扶桑皇国には怖い幽霊とかいないよね?」

 シャーリーの後ろに隠れてルッキーニ。シャーリーは笑って「ほら、そこに怨霊がいるぞ」

 自称していた豊浦を示す。ルッキーニは警戒の声。

「おや? これは嫌われたかな?」

「怨霊なんて自称するからよ」

「ちなみに、扶桑皇国の森には神がいる、と言われているよ。

 ……といっても、西欧の神とは全然違う。恵みをもたらす事もある。けど、祟り、……害をなすこともある。ある意味西欧の魔と大差ないかもしれないけどね」

「うむ? うー?」

 よくわからない、とルッキーニ。豊浦は微笑。

「まあ、大丈夫。それにそういう話をしに来たんじゃないよね?」

「そうね。興味はあるけど、まずはネウロイの事よ」

 興味を断ち切り応じる。時間があれば少し詳しく聞こうか、と思うけど。

「あの、……お時間がありましたら、聞かせてもらえませんか?」

「私も、あの、……御伽噺とか、聞いてみたいです」

 サーニャとリーネの言葉に「時間があったらね」と豊浦。

 と、不意に芳佳は駆け出す。彼女の目指す先。

「宮藤診療所、あそこが宮藤の家かあ」

「む、……もろそうだな。ミーナ、宮藤の家ならもう少し頑強にするべきではないか? 何かあっては困るだろう」

「……貴女は何をしに来たのよ?」

 難しい表情で検分するトゥルーデにミーナは胡散臭そうな視線を向ける。

「私は、このままでいいと思う」

「サーニャは木の家とか好きか?」

「うん、いいと思う」

「そっか、じゃあどういう作りなのかも見ておこうな」

 いつか、お金を貯めて木造りの別荘をプレゼントする。きっと喜んでくれるだろうな、とエイラ。

「だから、貴女たちは何しに来たのよ?」

 



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二話

 

「やっほーっ、芳佳の部、あうっ?」

 豊浦はさっそく屋内に飛び込んだルッキーニの肩を掴み制止、バランスを崩したルッキーニを片手で支える。

「靴を脱がないとだめだよ?」

「え? そうなの?」

「そうだよ。扶桑皇国の家は玄関で靴を脱ぐの」

「ふーん?」

 靴を脱ぐ。屋内へ。

「狭い、ですわね」

「あ、あははは」

 ペリーヌの言葉に彼女の家を知る芳佳は苦笑するしかない。あの規模の家と比較すれば大抵の家は狭いだろうが。

 ともかく居間へ。「ちょっと待ってて」

 豊浦を含めて十一人。さすがに狭い。

「こっちだね」

 豊浦も頷き、襖を開く。そこにも部屋。

「紙で区切られた部屋? なんだそれ?」

「え? 変なの?」

「ねえ、芳佳ちゃん。さっき開けたのって、扉? 壁?」

「…………何だろうね?」

 リーネの問いに芳佳は首をかしげる。襖が扉なのか壁なのか、考えたことなかったな、と。

 ともかく居間と仏間を繋げてそれなりに広くなった。仏壇に突撃するルッキーニを豊浦が抑えたのを横目に、

「……すごい。これは昼寝が進む」

「進むなっ! というか、床に寝転がるなっ!」

 畳に横になってごろごろし始めたエーリカを怒鳴るトゥルーデ。

「これは、……草、ですわね。草?」

 難しい表情のペリーヌに、ふと、リーネは口を開く。確か、

「あ、私聞いたことあるよ。

 タタミ、っていうんだよね? 扶桑皇国独自の床。……床? マットレス?」

「床、でいいと思うよ」

「……寝転がれる床。…………ミーナー、あっちの基地にもタタミを入れようよ。

 これでどこででも昼寝ができる」

「どれどれ、」ごろん、とシャーリーも寝転がって「ミーナ、私もハルトマンに賛成だ」

「やばい、日向がヤバい。これ、半端なく昼寝が進む」

「もう、何もしたくなくなるな」

 日向で畳に寝転がりうとうとし始めたシャーリーとエーリカ。

「寝るなーっ!」

「けど、床に直接腰を下ろすのも新鮮ね」

「あ、座布団ありますよ。……ええと、クッションです」

「私はいいです。タタミ、もっと触れていたい」

 さわさわと畳を撫でるサーニャ。

「私は使わせていただきいますわ。

 床に直接座るなんて」

 ペリーヌはぼやいて腰を下ろす。リーネは室内を見渡して、

「明るいね。窓も大きい。……なんか、不思議な感じがするね」

「気に入ってくれた?」

 物珍しさもあるだろうが、概ね好評らしい。自分の家が好かれるのは嬉しい。

 芳佳の問いにそれぞれの肯定。それを聞いて自然と笑みが浮かぶ。

「僕の国の建物が気に入ってくれたみたいでよかったよ。

 けど、くつろぐのは話をしてからにしようか」

 ぱんっ、と豊浦が手を叩く。

「そ、そうねっ、ほら、さっさと起きなさいっ」

 シャーリーとエーリカはのろのろと起き上がり、ミーナは慌てて声を上げる。

 畳の感触が面白くてついそっちに意識が集中してしまった。遊び始めた仲間をいさめるのは自分の役割なのだが。

「それで、横須賀海軍基地を襲撃したネウロイね。……ええと、鉄蛇?」

 確か、豊浦はそういっていた気がする。豊浦は頷く。

「緊急だったから映像はないけどね。

 全長、数百メートル程度の長さの、黒い蛇。それが大まかな外観だよ。それが、八」

「八っ?」

 大型のネウロイが八体。個体の性能よりけりだが、これで高速の挙動や大出力のレーザーを乱射するようなネウロイとなると、この戦力だけでは厳しいかもしれない。

 扶桑皇国にはまだ海軍基地があるし、欧州の精鋭たちには劣るがウィッチもいる。美緒が駆けまわっているから援軍を要請するべきか、と。ミーナは親友を思い。

「現状はそれがまとめて横須賀海軍基地、……ほぼ跡地になってるけど。

 そこの敷地内に封印した。実際の戦力に関しては不明かな。不意打ちで封印したから交戦そのものはほとんどしていないから」

 緊急の措置。情報はなし。

 とはいえ仕方ない。大型のネウロイが八。そんなものと交戦すれば横須賀市は廃墟になっていてもおかしくない。被害を最小限に食い止めたと思えばそれ以上を望むわけにはいかない。

「といっても、放置はできないな。ネウロイが自然消滅したという話も聞かないし」

「そうね。どうにか作戦を立てて決戦としなければいけないわね。

 封印の外から攻撃は?」

 最良の方法は封印により動けないネウロイに対し、安全圏からの絨毯爆撃。けど、豊浦は首を横に振る。

「一方向からの干渉はできない。制御が追い付かなくてね。

 申し訳ないけど、箱に閉じ込めた、までだね。強度を上げることに手一杯だ」

「そう」

 つまりは先延ばし。となると、今のうちに住民には遠方に避難をしてもらい。横須賀市を無人としたうえで海軍や扶桑皇国のウィッチを配備して、万全の体制を整えてネウロイを解放、撃滅。

 横須賀市は壊滅するだろうが、人的被害を最低限にするためにはこれしかない。

「横須賀市、が」

「芳佳ちゃん」

 もちろん、ネウロイの破壊力は芳佳も知っている。大型のネウロイが八、暴れだしたらここがどうなるか、それは芳佳もわかる。

 故郷が、生まれ育った場所が破壊される。……拳を握る芳佳の手をリーネは取って、ぽん、と。肩を叩かれる。

「壊されても、また作り直せばいいのですわ。

 結構、やればできるものですのよ?」

 ペリーヌは優しく告げる。故郷をネウロイに占領され、けど、解放して今は復興に力を尽くしている彼女の言葉だ。芳佳は頷く。

「ま、……まあ、それに、少佐の国ですし? それに、……世話になったのにお返しが出来ないのもよくないですし? 多少は、寄付もしてあげますわよ?」

「ツンツン眼鏡は自分の国で手一杯だろ、無理すんな」

「芳佳ちゃん。復興は私たちも協力するからね」

「……ま、まあ、どーせ、使う暇もないし、…………そーだな。サーニャここ気に入ってるみたいだし、別荘一つで手を打ってやってもいいぞ」

「あ、それいいね。芳佳ちゃんの家の近くにお家。芳佳ちゃん、私もお手伝いするね」

「むっ、で、では「トゥルーデは妹の世話があんだろ、無理すんな」……ぐぐ」

 勇んで立ち上がるトゥルーデはエーリカの言葉に撃沈。

「うん、……ありがとう、みんな」

 芳佳は笑顔で頷く。……そう、建物はまた作ればいい。もちろん、大変なのはわかる。

 けど、仲間たちがいる。みんながいれば、出来ないことは何もない。

「そうだね。……一体ずつなら、ある程度被害は食い止められるかな?」

 そんな彼女たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた豊浦は不意に口を開く。

「そんなことも、出来るの?」

「出来るよ。ただ、制御が大変だから僕はそっちにつききりになるけどね」

 ただ解放するだけではない。一部を解放し、他は維持しなければならない。その複雑さはただ解放するよりずっと高くなるだろう。

 ゆえに制御するために付ききりになる。その言葉に、

「だめです」

 芳佳は、否、と告げる。

「宮藤さん?」

 それは故郷への被害を拡大させる選択。それをした芳佳にミーナは首をかしげる。それは豊浦も同様。けど、

「付ききりで制御っていうと、豊浦さんも近くに残るっていう事ですよね?

 それは、危険です。そんな事、させられません」

 確かに、故郷を壊されるのは嫌だ。けど、それより、誰かが危険にさらされるのは、許せない。

 その覚悟で告げる芳佳。は、

「ふぁっ?」

「いい娘だね」

 頭を撫でられてた。久しぶりの、懐かしい感覚に思わず心地よさを感じて、目を細めて、顔が緩んで、「って、じゃなくて、そういう問題じゃないよっ!」

「違った?」

「違うよっ」

 怒鳴る芳佳に豊浦は笑って「リーネ君?」

「あ、……え、ええと、な、なんでもない、です」

 羨ましい、とそんなことを思ってしまった。それが撫でた豊浦に対してか、撫でられた芳佳に対してかはわからないけど。

「僕は大丈夫だよ。鉄蛇を封じた封印を僕の周りにも展開するからね」

「…………豊浦さんの無事が確保できるのなら、お願いしたいわ」

 一体ずつ相対できるならそれに越したことはない。横須賀市の被害ももちろんだが、ネウロイが一体ならそちらに戦力を集中できる。

 その方が早期の撃滅に繋がる。そして、仲間たちも安全に戦える。

「それに、八体の同時解放になると取り逃がす可能性も出てくるよね? 横須賀市の外にまで鉄蛇の被害が出てしまうかもしれないよ。

 芳佳君、心配は嬉しいけどね。……それに、」

 不意に、豊浦は笑う。

「僕が危ないところにいても、君たちがいれば大丈夫じゃないかな?」

「う、」

 笑顔で言われれば引き下がるしかない。……けど、何も言わず引き下がるのも、なんかいやだ。

 だから、

「無茶、しないで、危なさそうならすぐに逃げてね」

「それ、大抵貴女に言いたくなる言葉ですわ。聞いてくれた記憶はありませんけど」

 唇を尖らせて告げる芳佳にペリーヌは呆れて呟く。同意されて笑われて、今度こそ芳佳は負けを認めた。

 と、呼び鈴の音。

「おや? お客さんかな」

「患者さんっ?」

 ここは宮藤診療所。訪ねてくるとしたら怪我人だろう。

 母も祖母もいないが、自分も治療はできる。立ち上がり駆けだす。

「それじゃあ、私たちもいったん休憩としましょう」

 そして、芳佳がいないのなら話を進めるわけにもいかない。優先すべきは怪我人の治療だ。

「私も、芳佳ちゃんを手伝ってきます」

 リーネは立ち上がる。トゥルーデも立ち上がりかけたが、エーリカは彼女の手を掴んで制し「雑用あったら呼んでくれー」

 大勢で押しかけても邪魔になるだけだろう。頼まれたら動けばいい。エーリカの言葉に立ち上がりかけたペリーヌとミーナも顔を見合わせて腰を下ろす。

「うんっ」

 リーネは頷き、不意に、声。

「杉田さんっ?」

「宮藤さん。よく戻ってきてくれました」

 扶桑皇国海軍の大佐。あの、《大和》の艦長を務めていた軍人の声。ここに集ったウィッチたちも知っている。

 ほどなく淳三郎を伴って芳佳が戻る。彼は深く一礼。

「このたびは対ネウロイに駆けつけていただき、誠にありがとうございました」

「いえ、ネウロイは私たち共通の敵です。

 それに、扶桑皇国海軍には我々にとって大切な戦友です。危難を見過ごすことはできません」

 ミーナの言葉に淳三郎は微笑。と、

「豊浦さん」

「やあ、淳三郎さん」

「あ、お知合いですか?」

 紹介を、と思った芳佳は声を上げる。淳三郎は頷いて「前日に、彼が警戒を告げてくれました。鉄蛇の襲撃も豊浦さんのおかげで被害を最小限に食い止められています」

「前日?」

「ん? 豊浦も未来のことがわかるのか?」

 未来予知の固有魔法を持つエイラは興味深そうに問いかけ、

「わかる、というほどでもないよ。天文道、……ああ、と、星占いみたいなものだよ」

「なんだそれ?」

「豊浦さんも、星が好きなのですか?」

 星占い、サーニャは興味をひかれたらしい。む、とエイラが眉根を寄せる。

「星はいろいろなことを教えてくれるからね。……まあ、それはいいとして、淳三郎さん。素性の知れない民間人の曖昧な警告を真面目に取り合って、被害を最小限に抑えられたのは貴方たちの成果です。その度量には感服しました」

「いえ、民間人とはいっても、その言葉をないがしろにはできません。

 素晴らしい人材もありますので、それに、それ以降も部下の治療でお世話になっていますから」

「治療? 豊浦さんは治療魔法も使えるの?」

 芳佳の問いに、「まさか」と苦笑。

「薬草を見つけて薬を作るのと、簡単な治療くらいはね。

 これでも、典薬寮でこっそり学んだこともあるんだ」

「典薬寮?」

「……ええと、医学校、みたいなところかな」

「え?」

 芳佳は首をかしげる。診療所を継ぐと決めたときから国内の医学校は一通り調べてみた。けど、典薬寮なんて聞いたことがない。

「もう千年以上昔だからね。今は存在しないよ」

「あ、そうだね。千年前の学校が今もあるわけないよね」

「……あの、芳佳ちゃん。豊浦さんが千年以上前の学校で学んだの、変じゃないかな?」

 豊浦の言葉に納得する芳佳に、リーネは苦笑。「はっ」と、芳佳。

「そうだよ。僕は怨霊だから、千年前の学校にも通えてたんだ」

「…………ま、まあ、たまに突拍子もないことを言うが、我々も信頼できる人だと思っている」

 淳三郎も苦笑い。

「千年前の学校に通ってたって、豊浦は何歳なんだ?」

 少し付き合ってみようと、シャーリーは口をはさんでみる、豊浦は指折り数えて「千三百、くらいかな」

「…………ああ、確かにそれなら千年前の学校にも通えるな」

 もういいや、とシャーリーは放り投げた。一応淳三郎を見るが、

「一部を除き、信頼できる人だと思っている」

 少し苦しそうな言葉を聞いて、皆聞き流しているのかと納得。

 淳三郎は姿勢を正す。救援に来てくれた礼は終わり、これからは軍人としての話だ。雰囲気の切り替わりにミーナも表情を引き締める。

「ミーナ中佐。呉や佐世保など、国内の残った海軍基地で軍船の手配が出来た。

 坂本少佐の呼びかけで各地のウィッチたちもそれに同道する。到着は、準備も含めて三日後の予定だ。……ただ、やはりウィッチといっても、その、皆さんと比較すれば未熟者が多いが」

 それはわかっている。ミーナも頷く。それを確認し、

「ミーナ中佐、出現したネウロイ、通称、鉄蛇の撃滅を任せたい。

 そのために、全ウィッチ、および全軍船、ひいては扶桑皇国軍の指揮を任せる」

「へっ?」

「おや? 一国の軍権を預けるなんて、ずいぶん大きく出たね」

 つまり、そういう事。中佐、それも、他国の軍人に預けていいものではない。

 けど、

「我々はネウロイに対してあまりにも無知で、無力だ。

 たとえそれが他国の軍人であっても、中佐であっても、今までネウロイと戦い続けてきた彼女に指揮を任せるのが一番確実だろう」

 軽く言うが、ミーナにはそれがとんでもない決断だとわかっている。

 言葉に詰まるミーナに、のし、と背中にのしかかる誰か。

「すっごいじゃん、ミーナ。何階級特進? 中佐から大将? 五階級特進なんて初めて聞いたよ。私」

「た、確かに聞いたことないわね」

「なに、君たちがもっとも戦いやすいように、確実に勝利し無事に戻ってこれるように、それを考えて使ってくれればいい」

「わかり、……ました。扶桑皇国、軍権を一時預かります。

 代わりに鉄蛇は必ず打倒します」

「うむ、任せた」

「さて、それじゃあ方針の確認ね。……と、それなら、まずは豊浦さんの護衛を任せようかしら。

 扶桑皇国の海軍を護衛につけて、豊浦さんは封印の制御。鉄蛇を一体ずつ解放し、私たちで交戦、撃破。それを八回ね。

 鉄蛇の詳細もわからないし、また変更はあるかもしれないけど、これを大まかな方針としましょう」

「はいっ」

「杉田大佐は近くの港に一度軍船などの停泊をお願いします。

 場合によっては長期戦となるでしょう。補給路の確保なども密にお願いします」

「了解した。それで、君たちの拠点だが?」

「はえ? 芳佳の家じゃないの?」

「さ、さすがに狭い、かな」

 診療所のベッドも使えばある程度の人数は寝泊まり出来るが、さすがに十人以上宿泊できる場所はない。

 それと、

「宮藤さんの通っていた学校だが、一時我々の駐屯地とさせてもらっている。

 そこはこちらで使わせてほしい」

「確か、空き家はあったはずだし、そこでいいんじゃないかな?」

「おお、扶桑皇国の家だーっ!」

「畳ある畳? ごろごろしたなー」

「ハルトマンっ、作戦行動中だっ」

「えー? 大丈夫じゃない?

 だって、ネウロイは、……ええと、鉄蛇だっけ? 鉄蛇は動けないんだし、海軍の合流待ちでしょ?」

 エーリカは指折り「到着まで三日、補給路の確保やらなんやかんやで一日、ほら、四日は暇だよー」

「うぬぬ、だ、だが、それなら鉄蛇の情報収集を「封印には近寄らないで欲しいな。下手な干渉をされて壊れても困るから」では、せめて「目撃情報などはすでにまとめてある」なら、それをもとに会議だっ」

「四日間続く会議なんて、八割以上は無駄だと思うぞ」

 シャーリーは真面目な表情で告げる。反論しようとするが、間違いなく無駄だろう。言葉を飲み込む。

「じゃあ、山っ、山行きたいっ!」

「お、いいなっ、散策楽しそうだなーっ」

「あの、私、この国のお料理、もっと勉強したいです。

 芳佳ちゃん、お願いしていい?」

「うんっ、お母さんもお祖母ちゃんもお料理すっごく上手だよ」

「わ、やったっ」

「サーニャ、私たちはどうする?」

「うん、散歩したい」

「うう、こんな山に囲まれた場所。何が出るかわかったものではありませんわ」

「この前蛇とか熊はいたね」

「わ、わたくし、この魔境を下りたいですわ」

「私の故郷を魔境とか言わないでくださいっ」

「いや、訓練を」

 おずおずと言葉をはさむトゥルーデ。豊浦は頷いて、

「それなら、山岳強歩なんてどうだい?」

「う、む。そうだな。確かに訓練にはもってこいだ。

 よし、ハルトマン。わかったな?」

「私は山より畳がいい」

「ハルトマン君にはあとで炬燵を紹介しよう」

「こたつ? 何それ?」

「あ、炬燵ならうちにもありますよ。

 お夕飯の時に出しますね」

「ふーん? なんかよくわからんけど楽しみにしてるよ」

「ま、……まあ、時間もあるしちょっと外を見てみましょうか。

 それに、寝泊まりする空き家も見ておきたいわね」

 ミーナの言葉に頷く。

「それじゃあ、芳佳君は炬燵と、お夕飯の準備だね」

「はい。あ、豊浦さんは?」

「みんなの案内をしようかな。淳三郎さんもやる事があるだろうしね」

「う、む」

 頷く。この非常事態。大佐としてやるべきことはたくさんある。

 何より、美緒や扶桑皇国各地の海軍の仲間に《STRIKE WITCHES》合流の報を届けたい。

「あ、芳佳ちゃん。大変なら私もお手伝いするよ」

「うー、ん、……うん、お願いしていい?」

 母と祖母も戻ってくる。けど、十人近い人数の夕食作りだ。リーネが手伝ってくれるなら心強い。

「それじゃあ、リーネ君はあとで誰かに案内してもらおうか。

 他のみんなは行こうね」

「芳佳の村、探検探検っ」

「いや、それよりも宮藤の部屋に変なものがないか確認を、だな」

「って、何もありませんっ!」

 難しい表情で告げるトゥルーデ。は、耳を引っ張られた。

「いだっ、な、なにをするミーナっ」

「だから、何しに来たのよ貴女はっ?」

 トゥルーデが引っ張り出されて、ウィッチたちは宮藤診療所を後にした。

 



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三話

 

「ん、……うん、涼しい。静かで、穏やかで、いいところ」

 サーニャは深呼吸をして、ほう、と一息。

「さて、それじゃあ近くの空き家に行こうか」

「おーっ、あっ、豊浦っ、どういうところっ? 芳佳の診療所みたいなのっ? たた、…………何とかはあるっ?」

「畳かな? あるよ。部屋の床は大体それだね」

「やったあっ」

「あそこでごろごろするのはいいんだよなあ。日向だと本気で昼寝したくなるな」

「シャーリーさんっ、……まったく、わたくしたちはネウロイ、……ええと、鉄蛇と戦いに来たのですのよっ!」

 怒鳴るペリーヌの側、トゥルーデが頷く。

 けど、

「まあまあ、あまり気張ってても疲れるだけだよ。

 集中するのは戦闘の時にね」

「そうそう、今はリラックスする時間だ。豊浦は話が分かるなっ」

「僕も昔はよく山の中をのんびりとうろうろしてたなあ」

 拳を握るシャーリーとのんびり呟く豊浦。「これで大丈夫ですの?」と、ペリーヌはなんとなく危機感。……ふと、

「そういえば、豊浦さん。あなたのご職業は? ……先に言っておきますけど、ええと、怨霊? とか、そういうのはなしですわよ?」

「そりゃあ、まあ、怨霊は職業じゃないしね」

「それが職業だとしたら、……いやだなあ」

 シャーリーはしみじみと呟く。職業、怨霊。…………笑えない。

「職業かあ。……ん、最近は山家と一緒にいることが多かったね」

「サンカ?」

「山で暮らしている人たちだよ。

 木こり、狩猟、川釣り、あと、竹細工とかもやってたかな。籠を作ったり、あと、農機具とか鎌を直したりもしてたね。暇なときは木で彫り物とかしてたな。

 その前はエタの人たちと皮革、……革製品を作ったり、ね。

 あとは、土木工事を手伝ったり、正成君たちと山をうろうろしたり、刀を打ったり、傀儡士をして雅仁君たちと遊んだりしてたかな。あ、傀儡士っていうのは人形劇をやる人だよ。ずいぶん昔は政治家もやってたね。あとは、建築士かな。お寺を建てたこともあったよ」

「…………な、なんか、いろいろですわね」

 意外な多芸ぶりにペリーヌは困ったように応じる。

「へー、いろいろなことやってるんだな」

「時間はたくさんあったからね。あ、人形劇で使ってた人形はあるけど、人形劇。いつかやってみようか?」

「おーっ、見たい見たい見たいっ!」

 ルッキーニは瞳を輝かせる。楽しそうに近寄ってくる彼女を豊浦は撫でる。

「それもいいのだけど、……ええと、豊浦さん。

 貴方も、ウィッチなの?」

 聞いた限りではウィッチとして活躍していたことはなさそうだ。とはいえ、鉄蛇を封印したこと。それはおそらく魔法によるものだろう。

 ミーナは豊浦を見る。自称千三百歳は信用できないが、それでも自分より若いということはなさそうだ。

 ウィッチとしてはすでに限界を超えている年齢。男性ということも含め、ウィッチとしたら相当特殊だが。

「君たちのいうウィッチとは違うと思うよ。

 ええと、陰陽。あとは、風水、……かな。あの結界は風水を応用したものだからね」

「はあ?」

 どちらも聞いたことがない。宮藤さんに聞けばわかるかしら、とミーナは判断保留。

 と、

「あ、見えてきたね。あれだよ」

「お、でっかいっ」

「うわー」

 大きい、宮藤診療所よりさらに二回りくらい大きいかもしれない。

「これが私たちの別荘か」

「エイラ、まだもらえると決まったわけじゃないわよ」

 楽しそうに駆け出すルッキーニとシャーリー、サーニャとエイラも興味深そうに歩き始める。

「ん? トゥルーデは不満?」

 元気だなー、とエーリカは続こうとして、眉根を寄せるトゥルーデに首を傾げた。

「ああ、…………なんというか、拠点としてはやはりもろく見えるな。

 木でできた家というのは」

「そうね。これもこの国の特徴、なのかしら?」

「風土を意識されたつくりかな。

 ほら、扶桑皇国は季節の変化がはっきりしているから、高温多湿な夏と、湿度が低くて気温が低い冬があるんだ。

 それで、木材は湿度を吸収したり、膨張して外気を遮断したりね」

「そうか、……なるほど、気候を意識した機能があるわけだな」

 納得したように頷くトゥルーデ。

「まあ、襲撃なんてないから別に問題ないでしょ」

「それもそうだな」

「お庭っ、お庭っ、……おお、木がたくさんっ!」

「ひろーっ、庭も広いなっ! ……お、倉庫かっ、すげーっ、何で出来てるんだこの倉庫っ?」

 さっそく庭を走り回るルッキーニとシャーリー。

 と、

「なあなあ、豊浦。これなんだ?」

「可愛い」

 門のところに座り込むサーニャ。

「石像? なんか変な顔だな」

「可愛い」

 けらけら笑うエイラの側、サーニャはさわさわと石像の頭を撫でる。

「ああ、お地蔵さまだよ」

「おじぞう、さま?」

「そう、出かける人が無事に帰ってきますように、って見守ってくれる石像なんだ。

 あとは、家の中に悪いのが入ってこないように見張ってくれる、のもね。……そうだね。家に対するお守り、みたいなものだよ」

「ふーん」

「可愛い」

 サーニャはさわさわと石像を撫でる。

「木造りでよければ彫ってあげようか?」

「え? ほんと、ですか?」

「小さいので良ければね」

「わあ」

「よかったな、サーニャ」

「うんっ」

「こっちには湧水があるっ!」

「井戸だっ!」

 そして、相変わらず庭を走り回るルッキーニとシャーリー。豊浦はどうしたものかと思ったが。

「あの二人は無視して結構ですわ。そのうち飽きたら家に来るでしょうし。

 それより、豊浦さん。さっさと屋内を案内してくださいます?」

「ああ、そうだね。みんなの部屋も決めないとね」

 頷いて屋内へ。サーニャとエイラも立ち上がって続く。

「リーネちゃんも、可愛いの好きだし、お地蔵様、気に入ってくれるかも」

「そうだなー」

「靴脱ぐんだっけ? 面倒だなー」

「むう、これでは外にすぐに出られないな。……ん? 豊浦、誰かいるのか?」

 トゥルーデが示した先。ペリーヌは首を傾げ「なんですの? これ」

「いや誰もいないよ。それは、草鞋。簡単な履物で、そこに足の指をひっかけて履くんだ。サンダル、みたいなものかな」

「これも草ですわね。……床といい、靴といい、この国の住民は草にどれだけ思い入れがあるのかしら?」

「主食が稲だからね。稲刈りした後は藁が大量に出るから、それを何か使えないかって試行錯誤した結果だよ」

「これ使っていいの?」

 エーリカの問いに豊浦は頷く。

「もちろんだよ。備え付けのものだからね」

 エーリカは頷いて靴を放り投げて中へ。豊浦は苦笑して靴をそろえる。

「すいません」

 ミーナはそんな豊浦に困ったように頭を下げる。豊浦は笑って「子供にありがちなことだからね」

「子供、…………はあ、まあ、子供ね」

 エーリカは十七歳だったか。そろそろ子供からは卒業してほしいが。

 とはいえ子供っぽいところの方が多い。ミーナは溜息。

「あ、ここは、畳じゃないんですね」

 玄関を上がって襖をあけて、サーニャは残念そうにつぶやく。

 板の間。木の床。そして、

「なぜ鍋があるんですの?」

「鍋だね」「鍋だな」

 部屋の中央になぜかぶら下がっている鍋。

「煮物を作るんだよ」

「…………なぜ?」

 確かに鍋は煮物を作る物だ。それはわかる。

 ただ、それが部屋の中央にぶら下がっている理由がわからない。

「そこ、」鍋がぶら下がっているところ、一段低くなっているところを示して「そこで火を焚いて、温かい鍋料理が食べられるんだ」

「……出来立てを食べるんだな」

 部屋のど真ん中で鍋を作る理由。エイラにはそれくらいしか思い浮かばない。

「それに、火を焚くから冬場の暖房に使えるからね。ここでみんなで集まって火にあたりながら食事をとったりするんだよ」

 

 寝室として使うそれぞれの部屋を決めて、中央、居間、と呼ばれた一際広い部屋に集まる。

「ま、それにしても、思ったより大事になってなくてよかったよ」

 集まってシャーリーは改めて一息。

 それは皆も同様、頷く。

 横須賀海軍基地がネウロイにより壊滅した。それを聞いたとき、どれだけの被害者が出たか、想像もしたくなかった。

 何より、ここを故郷とする芳佳の事を思えば、さらに気が重くなる。

 けど、豊浦のおかげで被害は最小限に食い止められ、死者は出なかった。

「豊浦には感謝をしなければならないな」

 トゥルーデの言葉に皆が頷き、

「けど、変な奴だよねー」

 エーリカの言葉に、さらに頷いた。

「ま、まあ、どこまでが眉唾かは知らないが、ネウロイ、……いや、鉄蛇という呼称だったか。

 鉄蛇の被害は出ていない。ひとまずはこれで良しとしよう」

「そうね。彼についてはあまり追求しないでおきましょう。

 なんていうか、……たぶんだけど、はぐらかされるような気がするわ。それで、とりあえずしばらくはここにみんなで暮らすことになるわね。

 鉄蛇の戦力がどの程度かはわからないけど、一日一体撃破すると八日、ね」

「長丁場だな」

 基本的に、対ネウロイ戦は見敵必殺。高速で移動し莫大な破壊をばらまくネウロイは町一つ半日もあれば廃墟に出来る。被害を最小限に収めるためには即座に撃墜しなければならない。

 そして、ネウロイも撤退という選択を取ることは少ない。接敵すれば最後、どちらかが墜ちるまで空戦を続けることになる。

 ゆえに、巣そのものの撃滅でもない限り、数日にわたっての作戦は少ない。

「そうね。……ただ、安全確保のためには仕方ないとしましょう」

 今のところ、軍上層部から作戦の期間についての指定はない。欧州の状況を考えればのんびりするつもりはないが。

「それに、鉄蛇は厄介な特性があるわ」

「厄介?」

 ミーナは、受け取った報告書に視線を落とす。

「外見は鉄蛇という呼称通り大まかに蛇ね。黒と赤の蛇。

 ただ、この鉄蛇、這うのよ。地面を」

「……なるほど、蛇っぽいね」

 エーリカは呟き「それが厄介?」と、ペリーヌが首をかしげる。

「いや、それは確かに、厄介だな」

「バルクホルンさん?」

「それはつまり、移動するだけで町が破壊されるという事だ。

 いくらなんでも建物よりネウロイが脆いということはないだろう。移動速度は不明だが」

 地上を這いまわるネウロイとの交戦経験はないから、交戦した場合にどちらが厄介かは不明だが。もし取り逃がせば、通過した場所は飛行するタイプのネウロイより大きな被害が出るかもしれない。

「そうですわね」

「簡単に撃破できれば、撃破したらすぐに開放。で一日のうちに数体撃破できるでしょうけど、それは実際に交戦して判断することね」

「楽勝ならいいんだけどねー」

「油断は禁物よ」

 のんびり呟くエーリカにミーナは苦笑して応じる。

「それと、もう一つ。

 証言によると地面から突如現れたそうよ。地面に潜るとしたら取り逃がす危険性も出てくるわ」

「……うわ」

 確かに、そんなネウロイを複数同時に相手にするとしたら、取り逃がす可能性が高い。

 そして、もし取り逃がせば、地中を移動するネウロイの発見はほぼ不可能だ。時間はかかるだろうが、扶桑皇国そのものが蹂躙されかねない。

 改めて、今回の作戦の意味を強く意識する。

「まあ、わかっているのはこの程度ね」

「ほとんどわかってないな」

 エイラが呆れたように呟き、ミーナは溜息。

「仕方ないわ。警告があったとはいえ不意の出現。避難に追われて確認する余力があるとは思えないし、その後はすぐに封印。

 これで詳細な情報を持ち帰れっていう方が無理よ」

「だなー」

「とりあえず、みんなは地上を移動するネウロイとの交戦について考えてみて」

 何せ初めてのケースだ。それぞれ戦闘プランを考えて擦り合わせた方がいいだろう。

「で、形状は蛇、か。……あれ、とぐろ巻いたりするんかな?」

「さすがに生態そのものまで蛇っていう事はない、と。思うわ」

「毒持ってたりー」

「いや、噛まれたらそれどころじゃないだろ」

 ルッキーニの言葉にシャーリーは苦笑。毒以前に数百メートルの蛇に噛まれたらその時点で生き残れるとは思えない。

「けど、噛みついてくるってことは食われることもある?」

「う、……い、いやなことを言わないでくださいっ」

 エーリカの言葉にペリーヌはネウロイの体内に飲み込まれることを想像し眉根を寄せる。けど、

「ええ? 大丈夫じゃない? ペリーヌ、ネウロイの体の中に突撃したじゃん?」

「そんなことありましたっけ?」

「ほら、……赤城とウォーロックの中に」

「…………あ、あれは空母ですわよっ!」

 確かに、考えてみればネウロイの腹の中に突撃したといえる。意識してなかったけど。

「結局私たちは何と戦う事と想定すればいいんだ? 蛇か? ネウロイか? 鉄蛇って毒持ってるのか? ビーム撃つのか?」

「……なにかしらね? とりあえず、両方でいいんじゃない?」

 

「わあっ、おっきいねー」

「あら? リーネさん」

 蛇についての資料が必要か喧々諤々と議論を繰り広げていたミーナたちは不意の声に顔を上げる。

「みんなー、お夕飯の準備できたよー」

「あ、場所わかったか?」

 シャーリーの問いにリーネは「豊浦さんに案内してもらいました」と応じる。

「そういえば、豊浦さんは?」

 なら一緒にいると思うのだが、と。首をかしげる。

「豊浦さんは山に薬草を取りに行ったみたいです。……ええと、山で寝泊まりするみたいだから、気にしなくていいって」

「なぜ山で?」

「わからないです」

 理解できなさそうなペリーヌの問いにリーネは曖昧に微笑む。彼女にもわからない。

「山で暮らしていたみたいだし、その方が落ち着くのではないか?」

「そ、そうなんだ。ええと、不思議な人、だね」

「突っ込み禁止だな」

 皆が思っていることを改めて言われてエイラが方針を語る。それがいいのかな、と。リーネも頷く。

「ねーねー、それよりご飯でしょーっ、さっさと行こうよっ! 芳佳の家だよねっ?」

「そうだよっ、あ、芳佳ちゃんのお母さんとお祖母さんも帰ってきたの。

 芳佳ちゃんのお母さん、すっごく料理上手だったよ」

「芳佳よりっ?」

「うんっ、私もびっくりしちゃった」

「リーネが驚くほどかっ、これは期待できるなっ」

 拳を握るシャーリーにリーネも笑顔で頷く。はしゃぐルッキーニを先頭に家を出る。

「あ、そういえば門のところに可愛い石像があったよね」

「うん、お地蔵さまだって。……ええと、家のお守り、みたいなの。

 豊浦さんが、木彫りの作ってくれるって」

「木彫り?」

「なんかあいついろいろ出来るみたいだぞ。おてら建てたって言ってた」

「おてら?」

「…………そういえば、何だろうな、おてらって」

 と、そんな雑談を交わしながら家を出る。さわさわと、暗い農道を歩く。

「お、おお、これはなかなか、新鮮だね」

「ハルトマン?」

 道を歩き始めて少し、不意にエーリカが声を上げた。トゥルーデは首をかしげると、エーリカは足を上げる。

 その先にはいつも履いている靴ではなく「ああ、草履、か」

「ぞーり?」

「草で出来たサンダルだって」

「へー、……扶桑皇国って靴まで草で作るんだ」

「それで、お風呂は木造りでしたわ。壁は紙、家は木、床と靴は草。不思議な国ですわね」

「そうだねー」

 さわさわと、暗い農道を歩く。りーん、と音。

「虫の音か」

「そうですわね。……うう、虫もたくさんいるのかしら?」

 眉根を寄せるペリーヌ。

「虫っ、おっきいのいるかなっ?」

「でかい蛇ならいるらしいぞ」

 期待の表情を浮かべるルッキーニにトゥルーデは苦笑。

「それいらなーい」

「そーいえばさ、リーネ」

「何ですか?」

「こたつ、って結局何なの?」

 



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四話

 

「そっか、……炬燵って、楽園の事だったんだねー」

「ぬくぬくー」

「……みんな、私はもう、だめだ」

「あとは任せたー、もう私は何もやりたくない」

 炬燵に潜り込んで動きを止めるエーリカとルッキーニ、シャーリーとエイラ。

「なに言いだすのよ貴女たちは?」

 ミーナは軽く頭を抱え、なんとなく気持ちがわかる芳佳は笑うしかない。

「あら、……ふふ、賑やかになったわね」

「作った甲斐があったねえ」

「あ、ええと、こんばんわ。

 大勢でいきなり押しかけてすいません」

 炬燵に潜り込んだまま出てこない仲間たちを横目で睨んでから頭を下げるミーナ。

「あら、ご丁寧にどうも。

 それに、いつも娘がお世話になっています」

「い、いえっ、宮藤さんはとても優秀な軍人で、私たちも助けられることが多いです」

 丁寧に頭を下げる芳佳の母、清佳にミーナは軽く手を振って応じる。けど、苦笑。

「それならいいんだけどねえ。芳佳は我侭で頑固、軍規なんてろくに守っちゃあくれないだろ?

 苦労を掛けてないか心配でねえ」

「お、お祖母ちゃんっ」

 そして祖母、芳子の言葉に芳佳が慌てて声を上げる。けど、

「あ、……あはははは」

 非常に残念なことに、芳佳のフォローができないのでミーナは曖昧に笑った。

「み、ミーナさんっ? ……あ、あの、…………って、なんで皆そっぽ向くの?」

 そして、フォローが出来ないのはそこに集った仲間たちも同様。かける言葉がまったく思い浮かばず視線を逸らす。

「あ、あの、……ほ、ほらっ、…………あの、……その、…………え、ええと、」

「リーネちゃんっ?」

 一番の親友は言葉をひねり出そうとするが、失敗したらしい。

「リーネちゃんはいい娘だねえ。

 けど、芳佳は無茶ばっかりするんだから、ちゃんと諫めないとだめだよ。怒るときは怒るのも友達だ。心配かけたら思いっきり叱ってやりな」

「そうねえ、……仔犬を助けようとして滝壺まで落ちそうになったとか」

「ひうっ?」

「あとは、熊と向かい合ったりとか」

「ほかにも「ちょっ、お母さんっ、お祖母ちゃんもやめてよーっ!」」

 いつの間にか過去の暴露になっていた。興味深々とした表情のリーネを横目に二人を制して、

「ほらっ、ご飯っ、ご飯食べちゃおうよっ! 冷めちゃうよっ」

「えー、私、宮藤のこと聞きたいなー」

「シャーリーさんっ!」

「そうだな。私もみ「妹の事はちゃんと知ってないとねー」そう、いも、……妹じゃないっ!」

「あら? ええと、バルクホルンさん。

 バルクホルンさんは芳佳のお姉さんだったのね?」

「そうかいそうかい、……不束者だが、よろしく頼むよ」

「なんでそうなるっ?」

「ふふ、……はい、あまりみんなには馴染みのない料理かもしれないけど、苦手だったら遠慮なく言ってね」

「え? ええと、くさ、……こほん、納豆はありますの? あれは、その、少し苦手ですわ」

「腐った豆はないわよ」

「え、えええ」

 濁した言葉を率直に言われて変な声を上げるペリーヌ。

「まあ、それ言ったらお味噌汁に使う味噌も腐った豆なんだけどね。

 扶桑皇国は発酵食品も多いから、腐ったものばっかりだねえ」

「た、あ、はい」

 食事の前に言わないでほしい。

「はい、しなびた野菜よ」

「沢庵っ、お母さんっ、変なこと言わないでっ」

 というわけで配膳終了。「これは、魚の丸焼きか?」

 トゥルーデが串に刺さったままの魚の丸焼きを箸でつつく。

「ええ、豊浦さんが釣ってきたヤマメよ。腸を抜いてお塩で味付けしたの?」

「わた?」

「臓物よ。せい「わかった。わかったから言わないでいい」」

 食事前に臓物の話はしてほしくない。曖昧な表情で応じるトゥルーデに清佳は「そう」と応じる。

 配膳が終わり、清佳と芳子も一緒に腰を下ろす。

「私たちもぜひご一緒させてもらいますね」

「え、ええ、それは構いませんが」

 気にすることではない。けど、妙に楽しそうな清佳にミーナは首を傾げた。

「お母さん?」

「ええ、母として、娘がちゃんとやっているか聞いておかないと」

「ふぇっ?」

「そうだねえ。医学や軍人としての事はともかく、行儀や礼儀。それに、少しは規則ってものを守っているか、そのあたりは聞いておきたいねえ」

「え、ええっ? ちょ、ちょっと、お祖母ちゃんっ!」

「そうですね。そういったことは家庭での日頃の生活で培われるもの、ちゃんとご家族とは話し合っておいた方がよさそうね」

「ミーナさんっ?」

 なぜか乗り気なミーナ。助けを求めるように視線を向ければエーリカが合掌して「なむー」

「ハルトマン、それはなんだ?」

「ご愁傷様、っていう事らしいよ」

「そうか」

 とりあえず、みんなも続いた。

「ご飯っ、ご飯食べようよっ!」

 旗色の悪化を感じた芳佳は慌てて声を上げる。出来れば食事中は避けたい。そしてなぜか思い出すのは学校に通っていた時の家庭訪問。

「そうね。あまり遅くなっても困るし、……ああ、いえ、大丈夫ね。今日じゃなくても」

「そう、そうだよっ、ほら、遅くなると寝る時間になっちゃうよっ」

「明日、ゆっくり時間を取りましょう」

「そうですね。じっくりお話をしましょう」

「えええ」

 崩れ落ちる芳佳。ともかく、いただきます、と声が重なり、

「宮藤、私はお前を見損なった」

「何ですかっ?」

 さっそくご飯を食べたシャーリーが重々しく告げた。

「お代わり―っ」

「はやっ? って、ルッキーニちゃんっ、おかず食べてないのっ? ご飯だけっ?」

「ええ、そうですわ宮藤さん。

 いつもよりご飯が全然美味しいですわよ? どういうことですのっ?」

「それは最近収穫したばっかりだからねえ。収穫したて、精米したては美味しいものだよ」

「鮮度かっ?」

 それで見損なわれても困る。ふと、

「ふふ、サーニャちゃん。ちょっと貸して」

「あ、はい」

 焼き魚に悪戦苦闘していたサーニャからお皿を受け取り、清佳は器用に骨を外し、身を取り分けていく。

「わ、わ、すごい。上手、ですね」

 目を丸くするサーニャに清佳は微笑。「エイラちゃんも、とってあげましょうか?」

「う、…………お、お願い、します」

 不承不承、ぼろぼろになった焼き魚を差し出すエイラ。清佳は微笑みそちらも取り分けていく。

「器用だなー」

「ええ、慣れているもの」

「これは、……ええと、お醤油ですか?」

「ううん、お塩を振ってあるから、味はついているわ」

「ねえねえ、これなにこれ?」

「生の蛸を細切れにした一部よ。それは足を輪切りにしたところね」

「……あ、はい」

「お刺身っ! 蛸のお刺身っ!」

 清佳のした言葉の選択に微妙な表情のエーリカ。芳佳は慌てて声を上げる。

「うえ、……た、たこ、生の蛸? ……扶桑皇国はそんなものを食うのか?」

「え? 美味しいですよ」

 心底いやそうな表情のシャーリーに芳佳は唇を尖らせる。「私、パス」と、シャーリー。

「ええと、お醤油につけて食べるんだよね。……あれ? これは薬味?」

 リーネは醤油のそばにある薄緑色の薬味を見て首を傾げた。

 刺身を作っているところは見ていた。その時に醤油をつけて食べることは聞いていた。けど、これは何なのか。

「あ、リーネちゃん。って、ちょっ、待ってっ、それは少しつければいいのっ!」

「え? …………むっ?」

「あらあら」

「ふひはーっ! ひゃひゃひーっ?」

「り、リーネさんがお料理で泣きだしましたわっ?」

「なにがあったっ?」

「おやおや、リーネちゃん。はい、お水」

「ひゃ、ひゃひひゃひょうひょひゃいましゅ」

「リーネ何言ってるかわかんなーいっ」

 けらけら笑うルッキーニに涙目を向けるリーネ。水を飲んで深呼吸して落ち着く。

「うう、……びっくりしましたー

 なんでこんなにたくさん出てるんですかあ」

「つける量には好みがあるからねえ」

「大丈夫? リーネちゃん」

「う、うん、…………うう、薬味って難しいんだね」

「そ、そうだね」

「お代わりーっ」

「……ルッキーニ、少しはおかずも食え」

 延々と米を食い続けるルッキーニに、シャーリーは曖昧な表情を浮かべた。

 

「私は帰りたくない。っていうか、ここから出たくない」

 移動の疲れもある。それに、慣れない寝室だ。早めに戻って眠ろう、と。話し合って立ち上がった矢先、エーリカは頑として炬燵に張り付いた。

「…………そこで暮らす気かお前は?」

 トゥルーデは溜息。

「そう、……それじゃあ、よろしくね。エーリカちゃん」

「受け入れるなっ!」

「炬燵からでないとなるとお風呂はどうしようかねえ」

「問題はそこじゃないっ!」

「トゥルーデー、年上を怒鳴っちゃあだめだよー」

「そうね。トゥルーデ、二人は軍の上官ではなかったとしても、年長者よ。

 貴女より多くの経験を積んでいるのだから、礼儀をわきまえなさい」

「私が悪いのかっ!」

 ともかく、渋るエーリカを引きずり出す。すでに動くつもりのないエーリカは仕方なくトゥルーデが背負う。

「ミーナー、こーたーつー」

「はいはい、後で申請してみるわ」

「……それ、通るのか?」

 補給の申請書に炬燵と書かれていたらどうなるか? おそらく混乱するだろう。

「それじゃあ、みんな。おやすみなさい」

「ええ、おやすみ」

「芳佳ちゃんっ、おやすみなさいっ」

 宮藤家のみんなに手を振って、宮藤診療所を後にする。三人、芳子と清佳も顔を出して手を振ってくれた。

 それを見て、ミーナは微笑む。

「いいご家族ね」

「そ、……そうだな」

 それは認める。いきなり押しかけた自分たちも笑顔で歓待してくれた。

 けど、なんとなく独特なものを感じ、トゥルーデはとりあえず頷いた。

 

「木のお風呂、っていのも不思議だね」

「そうですわね。……ただ、狭いですわね」

「だねー」

 リーネとペリーヌは肩を並べて湯につかる。……で、いっぱい。もう一人はいれば窮屈になるだろう。

 こじんまりとした木造りの湯船。……けど、なんとなくこれもいいかな、とリーネ。

「いいところだねー」

「ちょっと、……山奥すぎる気もしますけど、ね」

 のんびりとこぼれたリーネの言葉にペリーヌは微笑。物珍しさや不慣れはあってもこの家は好ましいと思ってる。芳佳の家族とも仲良くやっていけそうだ。

 ただ、出来れば虫や妙な動物の出ない場所がよかったが。

「それにしても、鉄蛇。……だね。地上蛇行型の大型ネウロイ」

 帰り道、リーネも作戦の方針は聞いている。

 地上歩行を行うネウロイは確認されている、だが。大型は聞いたことがない。

 それに、戦車とも違う。その移動は正しく蛇らしい。地中から飛び出してきたこと考えれば地下に潜ることもできるかもしれない。

「ええ、取り逃がすことは、許されませんわ」

 移動するだけで町が蹂躙される。そんなものがビームまで放ったら、……移動速度次第でもあるが、最悪、数か月で扶桑皇国そのものに壊滅的な被害が出る。

 確実に、撃滅しなければいけない。故郷を壊される寂しさ、辛さはペリーヌもよくわかっているのだから。

「うん、そうだね」

 そして、それをよく知るリーネも頷く。……絶対に、大切な親友にそんな思いはさせたくない、と。

 だから、

「蛇についての資料を集めよう。移動方法とか参考になるかもしれないよね」

「対地戦の情報を集めましょう。地上歩行するネウロイと戦闘記録とかですわ」

「「…………」」

 全く異なる方針を口にした二人は顔を見合わせた。

 入浴を終え、

「浴衣、ですわね。……扶桑皇国の寝間着」

 備え付けの浴衣。それぞれ寝間着は持ってきたが、どうせなら着てみようと脱衣所に用意しておいた。そこでペリーヌはしんみりと呟く。

「似合いませんわねえ」

「……うー」

 で、

「似合わないねー」

「そうだな」

「うー」

 すでに湯上り、浴衣を着てくつろいでいたエーリカとトゥルーデ。

「あはははっ、似合わなーいっ。シャーリーくらい似合わなーいっ」

「なんか、変だよな」

 そして、容赦なく笑うルッキーニとしんみりと呟くシャーリー。

 で、

「うー」

 総ダメ出しを受けてへこむリーネ。理由は欧州の特徴を持つ容貌。…………ではない。

「やっぱり、大切なのはおっぱいなんだねっ!

 ハルトマンとペリーヌは可愛いもんっ」

「でしょー」

「…………な、なんか、小さい呼ばわりされて素直に喜べませんわ」

「なんか、変ね」

「…………はい」

 ミーナにまで言われてリーネは肩を落とした。

「あたしたち勝ち組っ! いぇいっ!」

「いえーっ」

「ちょ、わ、わたくしを巻き込まないでくださいませんっ?」

 拳を振り上げるルッキーニとエーリカ。けど、それはつまり、

「くっ、……貧乳組が勝ち組、だと」

「貧乳言わないでくださいっ!」

 シャーリーに怒鳴るペリーヌ。つまり、そういう事なのだから。

「あ、空きました。お風呂、心地よかったです」

 最後にサーニャとエイラが顔を出す。そして、

「す、すごい」「可愛い」「うわー、サーニャきれー」「負けた」

「へ? え?」

 温かい湯につかって上気した白い肌。深い藍色の浴衣はサーニャの肌の白さを一層際立たせ、妖精と見紛う可憐さを見せていた。

 思わず、向けられる注目にサーニャは困ったように一歩引いて、

「サーニャをそんな目でみんな―っ!」

 エイラが突撃した。

 

 お布団、……ベッドともマットレスとも違う。もっと薄い寝具。

 リーネは寝転がり手を伸ばして電灯を消す。けど、

「ん、……んん」

 微かな音。仄かな灯。

 不快なものでもないし眠気を妨げるほどでもない。けど、興味をもって電灯を消したまま身を起こす。

「お外。…………ああ、そっか」

 そう、いつも暮らしている基地とここは違う。

 紙の境界。薄く、脆い壁。

 仄かな、青白い輝き。ふと、障子を開ける。

「う、…………わ、あ」

「すごい、よね」

 目を見開くリーネにかけられる声。

「サーニャさん」

「こういうの、なんていうのかな? 廊下、なのかな」

「廊下に直接座るのも、不思議な感じだよね」

「そうね」

 サーニャも頷く。けど、立ち上がろうとは思えない。ただ、座っていたい。

 座って、見ていたい。

 

 全天に瞬く星。天頂に輝く月。闇夜に沈む山。

 

 圧倒される景色。魔や神がそこにいない事が不思議に思えるような、風景。

「私、ナイトウィッチだから、夜景は見慣れているつもりだったけど。

 けど、山が近くにあるから、かな。……こんなに深い夜は、見たことないかもしれない」

「うん、……私も、初めて、…………それに、月があんなに大きい」

「部屋の中、仄かに明るかったよね。ああいう、柔らかい灯は好き」

「私も、障子、だからかな」

「風の音も聞こえたの。ええと、外との境界が薄い、っていうのかな。

 石造りの家だと、こういう事ないよね」

「うん」

 どちらがいいか、それはわからない。

 ただ、こういうところもいいな、と。そんな風に思ったから。

 もともと、二人とも饒舌な方ではない。し、言葉を交わすよりは、ただ、静かにこの夜景を見ていたい。

 さわさわと、夜風が心地いい。虫の音がかすかに聞こえる。

 静かな夜。…………二人並んで、それを見ていた。

 



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五話

 

「ん、…………ん、ううん」

 リーネは目を覚ます。朝。

「……あさあ」

 眠い。あれから、時間はよくわからないけど、もしかしたら結構な時間、サーニャと夜景を見ていたかもしれない。

 ただぼんやりと夜景を眺めて、どちらかともなく部屋に戻った。

 その風景。まだ記憶に焼き付いている。輝く月、瞬く星、神秘的とも魔的とも見える風景。

 また、今夜も見たいな、と。

「あ、……朝ごはん」

 そういえば、何も考えていなかった。キッチンの場所もわからない。

 ミーナに相談すべきか、そもそも、食べられるものがあるか確認すべきか。どちらにせよ部屋を出る。

「う、……ん」

 居間を抜ける。ぺたぺたと木で出来た床を裸足で歩く。と。

 聞こえてくるのは調理の音。とんとん、と包丁がまな板を叩く軽快な音。

 誰か作ってるのかな、と。そちらに歩を進める。

「ここ、かな」

 木で出来た引き戸。手をかけて横にひく、と。

「あ、れ? ……え? あれ?」

 石造りの台は下に火がともり、上に見たこともない形の鍋。

 お盆には野菜と焼き魚。お味噌汁とご飯が乗せられたお盆が人数分。すでに朝食の準備が出来ている。

「誰か、作った?」

 けど、首をかしげる。朝食はすべて和食。作れるとしたらある程度芳佳から和食を習っている自分ぐらいのはずだ。

 と、

「おはよう。リーネ君」

「あ、豊浦さ」

 かけられた声に、振り返る。そして、

「ひにゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

「どうしたっ、何があったっ!」

「リーネさんっ!」

「あ、おはよう。バルクホルン君、ペリーヌ君」

「あ、ああ、豊浦。と」

 目を回しているリーネ。

「どうしたー?」

「なにがあったのっ?」

「リーネっ、大丈夫かっ?」

「リーネちゃんっ」

「リーネっ、どうしたのっ?」

「敵襲っ?」

 他の皆も顔を出した。そして、のんびりと微笑む豊浦と、目を回して倒れているリーネを見て、

「貴様っ、リーネに何をしたっ」

 トゥルーデが詰め寄る。豊浦は苦笑。「いやあ、朝食を運ぼうと思ったんだけど、リーネ君がいてね。声をかけたら驚かせたみたいだ」

「それだけではないだろう?」

 いくらなんでも、後ろから声をかけて驚いて目を回して倒れるとは思えない。警戒の表情を見せるトゥルーデに、豊浦は困ったような表情で、

「どうせだからお土産を持って来たんだよ。

 これ」

 頭に手をのせる。そこにあったものをずらす。

「…………ああ、そっか」

 異様に生々しい謎の仮面を見て思わず頷いた。

 

「豊浦さんも意地悪だよー

 あんな仮面つけていきなり後ろから声をかけるんだもん」

「いやあ、少し驚くかなと思ったんだけど。まさか失神するとは思わなくて」

 頬を膨らませるリーネに豊浦は苦笑。

「いや、これつけていきなり後ろから声をかけられたら驚くって、普通」

「うう、なんか不気味」

「これ、夜中に見たら夢に出るな」

「え、エイラっ、怖いこと言わないでよっ」

 必死に仮面、猿面の能面から視線をそらしてルッキーニ。

「あれ? お土産になるかなって思って持って来たんだけど、不評?」

「当たり前だろ。これ部屋に飾りたくないよ。夜中に見たら絶対夢に出るよ」

 エイラの言葉に皆がこくこく頷く。豊浦は難しい表情で猿面を頭に乗せる。

 ともかく、それぞれお盆をもって居間へ。

「そっかあ、…………猿面は不評かあ」

「あれ、豊浦さんが作ったの?」

 リーネが首をかしげる。随分と多芸と聞いているから。

 それかな、と思って問い、豊浦は頷く。

「前に六十六枚作って部下に贈ったことがあったね」

「こんなの六十六枚、……か」

「壁一面に張り付けたらすごいよね」

「怖いわっ!」

 しんみりと嫌な提案をする豊浦にシャーリーは怒鳴る。嫌な想像をしたのか、傍らで震えるルッキーニ。

 お盆をもって居間へ。そこに出されていた卓袱台にそれぞれ朝食をのせる。

「円卓、だね」

 不意にリーネが呟く。

「円卓?」

「うん、私の故郷の伝説。王様と騎士たちのお話で、王様も騎士たちも序列を排して公平に語り合おう。っていう事で上座も下座もない円形の卓を使って会議したりしていたみたいなの」

「まあ、もともと私たちも上下関係なんてあんまりないしなー」

 シャーリーがけらけら笑って応じる。あまり、気にしたことはない。

 この中で自分は大尉、トゥルーデと並びミーナに次ぐ階級だが、だからといって他の誰かより偉いと思ったことはない。

 同僚、みんな同じ仲間だと思ってる。けど、

「たまーに、少しは気にしてほしい時もあるのだけどね」

 ミーナは軽く頭を抱えて、それなりに深刻に呟いた。主に指示を無視して突っ走る仲間たちの事を思って。

「あ、あははは」

 シャーリーはそちらを見ないようにして苦笑。

「まあ、それじゃあ、いただきます」

 豊浦の言葉に、いただきます、と声が重なった。

「ご飯美味しーっ、新鮮なお米さいこーっ」

「また米ばっかり食うなよ。少しはおかずも食べろよー」

「はーい」

「焼き鮭は塩気があるから、ご飯と一緒に食べるようにしてね」

「ん、どれどれ、……あ、しょっぱ。ルッキーニ、焼き鮭だけだときついぞ」

「おっけー」

 エイラに頷きルッキーニはおかずに手を伸ばす。シャーリーは焼き鮭をご飯に乗せて「米と一緒に食べると美味いなこれ」

「朝食くらい静かに食べられませんの?」

「へーい」

「そういえば、これリーネが作ったのか?」

 トゥルーデの問いに「ううん、私が来た時にはもう出来てたよ」

「え? じゃあ、まさか、」

 視線が集まる。豊浦は首をかしげて「僕が作ったよ」

「なかなか、芸達者だな」

「そうかな? あ、洗い物はしておくよ」

「それはいいわよ。そのくらいは私たちがやるわ」

 朝食を作ってもらってさらに片付けまで任せるのも悪い。と、ミーナの言葉に豊浦は微笑み「いいよ。僕のもあるし、事のついでだからね」

「あ、私もお手伝いします」

「そう? それじゃあお願いね。リーネ君」

「うんっ」

「それで、ミーナさん。今日の予定は?」

「……………………待機ね」

 

 洗い物の手伝い。リーネにはもう一つの目的がある。

 台所や食材の把握。料理は楽しみでもある。出来れば自分も料理をしたい。それに、これを機に扶桑皇国の料理をもっと学びたい。

 洗い物が終わったら台所の使い方、教えてもらおう。そんなことを思ってると、

「リーネ君は優しいんだね」

「あ、ええと、……私が食べた分もあるし」

「そう、……いや、朝驚かせちゃったから怒ってるかなって思ったんだけど」

 言われて、思い出す。思い出して頬が膨らむ。

「本当に、驚きました」

「いや、夜にやる事なかったら手慰みにね」

「豊浦さんは彫刻も出来るんですね」

「うん。山で暮らしているとね。木材の加工も出来るようにならないと」

「サーニャさんにお地蔵さんをプレゼントするって」

「うん。それも作ったからあとで渡しておくよ。

 リーネ君も興味ある?」

 問いに頷く。外のお地蔵さんは可愛いと思ったから。

 ともかく台所へ。

「外? ……あ、草履。ここ、床はコンクリートなんですね」

「そうだよ。木の床とかだと燃え移ったりしちゃうからね」

「木の家は火事が怖いですね」

「そうだね。もっと住宅が密集してるところだと、延焼を防ぐため真っ先に家を壊したんだよ」

「うわあ」

 ともかく台所へ。けど、

「……水道は?」

「これ」

「…………え? ええと、これ、何ですか?」

「ポンプだよ。見るのは初めて?」

「うん。これ、どう使うの?」

「瓶の水を上から入れて、ハンドルを上下させるんだよ」

 柄杓を使い水を入れ、ハンドルを動かす。しばらくがしゃがしゃ動かすと水があふれだしてきた。

「わ、わっ、すごいっ」

 あふれた水が瓶に落ちていく。ハンドルを手放し、水が止まる。

「じゃあ、僕が洗っていくからリーネ君。水で流してね」

「はいっ」

 粉せっけんを使い豊浦は手早く食器を洗っていく。リーネは柄杓で水をすくいながら泡を洗い流していく。

 水道に慣れているリーネは少し手間取る。微笑。

「珍しい?」

「うん。こういうの初めて見ました」

「水道の方が便利だからね」

 当然、蛇口をひねればいくらでも水が流れ出してくる。これよりずっと便利だ。

 けど、

「こういうのも面白いです」

「不便だけどねー」

 微笑むリーネ。そして、豊浦は楽しそうに笑った。

 

「おーい、随分苦戦してんなー?」

「お手伝い、しようか?」

 皿洗いにしてはかなり時間がかかっている。だから何かあったのかな、と。エイラとサーニャが顔を出した。

「あ、ううん、大丈夫です。

 ええと、豊浦さんからお台所の使い方、教えてもらってるの」

「あれ? リーネご飯作れなかったっけ?」

「ええと、西欧の厨房とは趣? が異なる、から?」

「…………いやあ、全然違う気がする。っていうか、なにこれ?」

「かまど、だって。

 下に薪を入れて、火をつけてその熱でお料理をするみたいなの」

「薪を使って火って、ずいぶん原始的だな」

 つまみをひねれば火が付くガス台を知るエイラは意外そうに呟く。

「エイラ」

「そうだね。古い家だから。設備も古いんだよ」

「そういうものか。……ん? …………ん、んー?」

「エイラ?」

 エイラはかまどの上、柱の天井近くに視線を投げる。そして、ひく、と口元が動き、

「エイラさん、何かあったのですか?」

 サーニャとリーネはエイラの視線を追おうとして、

「エイラ?」「きゃっ」

 反射的にエイラは二人を抱き寄せるように目を隠す。

「なあ、豊浦。

 かまど? の上の、あれなんだ?」

「エイラ、何かあったの?」

「なんか、黒くてごつくてでっかくて変なお面が引っかかってる」

「「……………………」」

 沈黙するサーニャとリーネ。

「あれは竈神だよ。竈の神様」

「…………か、神様?」

「あ、あの、エイラ。ええと、もう離して大丈夫よ」

「あ、うん。ええと、リーネも、それなりに気を付けろ」

「う、うん」

 朝の事で仮面に対して警戒心が高くなってるリーネも真面目に頷く。

 興味と怖いもの見たさ。おずおずとリーネとサーニャは視線を向ける。

「わっ」「え、えっ」

 視線の先、確かにエイラの言っていたものがある。黒くてごつくてでかくて変な面。

「か、神様、……なの? あれが」

「西欧の人にしてみると不思議かな?」

「うん、かなり」

「あの、どういう神様なんですか?」

「火災から守ってくれるんだよ。ここは火を使う場所でもあるからね。

 けど、粗雑に扱ったりすると逆に火難を引き起こすから、……エイラ君。変なお面とか言ったらだめだよ? この家が燃えちゃうかもしれないからね」

「神様ってそういう事もするのか?」

「恵みと祟りを起こすのが神様だからね」

「火を使う場所の神様だから、火の神様ですね。……あの、豊浦さん。竈の神様以外にもいるのですか?」

「もちろん、万物万象に神様が宿っている、というのが扶桑皇国の宗教観だからね。

 サーニャ君は興味あるかい?」

「あ、はい。…………御伽噺とか、好き、です」

 子供っぽい趣味かな、と。照れくさそうに頷く。

「そう、それじゃあ今度扶桑皇国の神話とか、話してあげようか?」

「はいっ、お願いします」

 ぱあっ、と笑顔で頷くサーニャ。と、

「わ、私も聞くぞ。私も興味あるからな」

 ずい、とサーニャの前に出るエイラ。

「そう、それじゃあ、一緒にお話を聞こうね」

「うんっ、そうだな。頼むぞ豊浦」

「わかったよ。いつ頃がいい?

 確か、サーニャ君は散策もしてみたいといっていたけど?」

「あ、はい。……ええと、」

「お昼頃でいいんじゃないか? 昼食に戻るし」

「それとも、夜、寝るとき?」

 子供のころ、夜、寝付けない自分に御伽噺を聞かせてくれた。そんな親との記憶を思い出す。

 リーネの問いにサーニャも小さく頷く。けど、「リーネ君。寝るところに異性を誘うのはよした方がいいよ」

 くつくつと意地悪く笑う豊浦。そして、その意味を理解して、

「へ? ……そ、そういうんじゃないですっ! 違いますっ! 違いますーっ!」

「リーネはともかく、サーニャのところには絶対来るなよっ! 来たら許さないからなっ! う、撃つからなっ!」

「私もだめーっ!」

 サーニャを抱えて警戒するエイラ。顔を真っ赤にして声を上げるリーネ。

「サーニャ、豊浦さんは民間人だし、好意で来てくれるのよ? それなのに撃つとか言ってはだめ」

 困ったようにたしなめるサーニャ。「む」と、口ごもり、ぽん、と。

「あ」

「サーニャ君。エイラ君はサーニャ君を心配してくれたんだよ。

 悪い人はいくらでもいるし、中には寝込みを襲う人もいるからね。リーネ君も、軽はずみにそんなことを言ってはいけないよ」

「はい」「そうなんだ。……エイラ、心配してくれてありがとう。けど、それでもやっぱり撃つとか言ってはだめよ。ね?」

「うん」

 ありがとう、と言ってもらって少し頬を染めて頷くエイラ。

「悪い人も、いるんですね」

 リーネは裕福な家の出で警備もしっかりしているし、今は女所帯で暮らしている。だから、あまり実感はなかった。怖いな、と思う。

 そして、豊浦は頷く。

「そうだよ。僕みたいなね」

「…………ええ?」

「まあ、自称怨霊だからな。悪いやつなんじゃないのか?」

 そうは見えないけど、と。口調に込めていう。豊浦は眉根を寄せて「信じてないね?」

「怨霊を信じろってのがまずは、……ってっ、豊浦っ! なにサーニャを撫でてるんだっ」

「ああ、ごめんごめん」

 頭に乗せた手で丁寧にサーニャを撫でていた豊浦は大仰に手を引っ込める。サーニャはくすくすと笑って「私は、いいですよ」

「だめだっ! 豊浦っ、髪は女の子にとって大切なんだぞ。気安く触るなっ、やっぱり豊浦は悪いやつだなっ」

「怨霊だからねえ」

 豊浦は楽しそうに笑った。 

 



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六話

 

 最低でもこの家に一週間は滞在する。

 欧州の軍上層部に状況を報告したところ、とりあえずその許可は下りた。

「軍の上層部としても、蛇型のネウロイは興味深いのでしょうね。

 それに、人型のネウロイも確認された。地上の生物を模したネウロイのサンプルデータを欲しがっているのだと思うわ」

 人型ネウロイ、といっても顔のパーツはなく、大まかな形を真似ているだけだった。

 だが、もし、もっと精密に地上の生物を模したネウロイが存在するのなら。それは今までとはまったく別次元の脅威となる。

 動物に紛れて索敵をかいくぐり、人類の生活圏に秘かに侵入、そして、都市部で暴れだす。そんな事態に対応するためにも、一つでも多くの情報が必要になるのだろう。そのサンプルデータを集めるためにある程度の長期滞在の許可が出た。という事らしい。

「一応、形状が蛇という事だから蛇の運動についての情報。それと、どの程度参考になるかわかららないけど、陸上歩行型ネウロイとの戦闘記録を、欧州と、扶桑皇国に要求したわ。

 急ぎで届けてもらうようにお願いしたけど、早くても明日以降になるでしょうね」

 という事で、今日一日やらなければならないことはない。

 もちろん、訓練はできる。派遣先で訓練するなど考えていなかったため模擬銃は持ってきていないが、それでも飛行訓練くらいはできるだろう。

 けど、それよりは、

「ある程度の長期滞在になるわ。

 みんな、生活に不便がないように、今日一日、周辺を散策しておきましょう」

 横須賀市を含めて周辺地理を把握しておけば作戦時の意思疎通もスムーズに行える。豊浦曰く廃墟となった横須賀海軍基地で交戦することが出来るらしいが、知っていて損はない。

 それに、生活の事もある。買い物まで豊浦達外部の者に世話になるわけにもいかない。

 と、言うわけで、

 

「みっちゃんっ」

「芳佳ちゃんっ」

 宮藤診療所。駆け寄ってきた美千子の手を芳佳は取る。離れていた友達との再会に二人は笑顔を交わす。

「久しぶりだねっ」

「うんっ、……あ、ごめんね。昨日は挨拶に行けなくて」

 大切な友達が故郷の危難を救うために戻ってきてくれた。

 凄く嬉しい。一番最初に出迎えたかった。……けど、

「ううん、それに、みっちゃんは怪我人のお世話をしていたんでしょ。なら、そっちが最優先だよ」

 もちろん、芳佳も一刻も早く友達と会いたかった。けど、清佳と芳子と一緒に怪我人の治療にあたっている。と言われれば我侭は言えない。

 むしろ、友達が怪我した誰かを救うために頑張ってる。そう思うと嬉しくて、誇らしかったから。

「えへへ」

 笑顔でそういわれて美千子も照れたように微笑む。

「やあ、おはよう。美千子君」

「あっ、おはようございますっ、豊浦さんっ」

 軽く手を振る豊浦に美千子は笑顔で応じる。「知り合い?」

「うんっ、ええとね「それで、美千子君」」

 彼を横須賀海軍基地に案内したのは自分だ。そのことを伝えようとして、それを遮るように、声。

「彼女たちに横須賀市の町を案内しようと思うんだけど、君もどうかな?」

「はいっ、……達?」

 たち、とその言葉に首をかしげて、不意に、辺りを見る。

 友達の芳佳、そして、最近いろいろ会って話をする豊浦。

 は、いい、……あとは、

「わ、わ、わわっ」

「あ、美千子ちゃん。紹介するね。

 私の、……ええと、仲間の「連合軍第501統合戦闘航空団っ! 《STRIKE WITCHES》っ!」あ、うん」

 そういえば、知ってるよね、と。芳佳。美千子はウィッチに関する憧れが強い。それに関連して軍事関係も民間人としては詳しい部類に入る。……というか、現役の軍人である芳佳より詳しいかもしれない。その現実に思い当り内心で頭を抱える。

「やっほーっ、芳佳の友達っ?」

「はいっ、芳佳ちゃんの友達の、山川美千子っていいますっ!

 お会いできて光栄ですっ! フランチェスカ・ルッキーニ少尉っ!」

「あれ? あたしのこと知ってる?」

「はいっ」

「あ、うん。ここに戻ってきたとき、みんなの事たくさんお話ししたから」

 美千子はその手の話が大好きだから随分と盛り上がった。彼女への紹介はほとんどいらないと思う。

 憧れのウィッチたち。美千子は瞳を輝かせる。

「いい機会だね。美千子君。学生の時の芳佳君の事を話、聞いてみたいな」

「ふぇっ?」

「あ、私も興味ある。ええと、美千子ちゃんだね。

 お話、聞かせて」

「そうだな。宮藤がどのような学生生活を送っていたのか、ぜひ聞かねばならない」

「はいっ」

「バルクホルンさんっ?」

「それじゃあ、町の案内をお願いね」

「あれ? ミーナは来ないの?」

 エーリカの問いにミーナは頷く。

「そうね。豊浦さんの封印したところは見ておきたいけど、それから時間は取りたいわ。

 だって、」

 ミーナは宮藤診療所に視線を向ける。診療所から出てくる女性。

「お、…………おかあ、さん」

 決意に満ちた表情の母に芳佳は口元を引きつらせる。清佳は厳しい視線で芳佳を一瞥し、

「ミーナさん。基地での娘の行動を、お聞かせください」

「ええ、わかっています。

 私も、ぜひ宮藤さんのご家庭での生活を聞いておきたいと思っていました」

 力強く手を握る二人。芳佳は慄く。

「あ、…………あのお」

 おずおずと手を伸ばし、二人に睨まれて肩を落とした。

「お、お手柔らかにお願い、します」

「芳佳、母は娘の事にいつも一生懸命よ。

 と、そうだ。豊浦さん」

「ん?」

「皆さんの滞在している家ですが、まだ空き部屋はありますか?」清佳は、ぽん、と見上げる芳佳の肩を叩いて「娘も預かってもらえますか?」

「お母さんっ?」

 ぎょっとした表情で振り返る芳佳。豊浦も首をかしげて「それは、大丈夫だけど、いいのかい?」

 せっかく家族が近くにいるのだ。それなら一緒にいる時間を大切にした方がいい。芳佳は、また遠く離れた欧州に行ってしまうのだから。

 けど、清佳は首を横に振る。

「芳佳、今、貴女はお仕事の最中よ?

 これは、貴女自身が決めたこと、蔑ろにすることは許しません」

「…………はい」

 そう、家族と会えたことが嬉しくて、忘れそうになっていた。

 今は作戦行動中だ。そして、軍人として戦うことを決めたのは自分自身だ。家族と一緒にいられないのは寂しいけど、自分の決断を貫かなければいけない。

「ミーナさん、豊浦さん。みんなも、娘をよろしくお願いします」

 だから、丁寧に頭を下げる清佳に、皆は頷いた。

 

「それでね。芳佳ちゃん。崖の木に登って下りられなくなった仔猫を助けようとしてね。木が折れて一緒に落ちそうになっちゃったんだよ」

「みっちゃんっ」

「まったく、後先考えないのは昔からですのね?」

「だ、だってえ」

「宮藤はどこ行っても変わらないなー」

 エーリカの言葉に項垂れるしかない。「これは叩けばいくらでも出てきそうね」と、真顔で呟くミーナに慄く。

「わ、私の話はいいからっ、ほらっ、……ええと、そうだっ、基地っ、基地のお話をしようよっ」

「軍事機密」

「ええっ、そうだったのっ? そんなのあったのっ?」

「…………宮藤さん?」

「宮藤、お前、まさか?」

 ミーナとトゥルーデが胡散臭そうに彼女を見る。

「シャーリー、軍事機密、ってなに?」

「ん? 知らね」

「お前らもかーっ!」

「まー、別に秘密にすることないじゃん。

 なー、ルッキーニー」

「そうそう、隠す必要がある事なんて何もないよっ、ねっ、芳佳っ」

「え? え? う、うんっ」

「ありますっ! 貴方たちは軍人を何だと思ってるのよっ!」

「そうだね。友達との交流の場かな?」

 豊浦の言葉にルッキーニとシャーリーは「「いえーっ」」と、手を打ち合わせた。ぱんっ、と音。

「違いますっ!」

「た、楽しそうなところ、だね」

「あ、あはははは」

 困ったように呟く美千子にリーネは笑うしかなかった。

 

「何度見ても不思議な光景ね」

 横須賀海軍基地。そこを覆う黒い雲。

「これは、ネウロイの巣、か?」

「なにそれ?」

「ああ、ネウロイの拠点だ。

 黒い巻雲のような形をしている」

「そうなんだ」

「注連縄、だよね。これ」

 リーネは張り巡らされた縄を興味深そうに見つめて、

「これは、鉄棒、か?」

 トゥルーデはその注連縄近くに突き刺さった黒い棒に触れようとし「それに触ってはだめだよ」離れた。

「これも、封印に必要なものか?」

 しげしげと黒い鉄棒を見る。

 黒い錆に覆われている。脆そうな鉄棒。何なのかは分からないが。

「そうだよ。鉄剣。国宝級の古刀だからね」

「こ、国宝っ?」

「それに触って抜けたりしたらそれだけで鉄蛇が解放されるから、バルクホルン君。興味があるのはいいけど、触らないようにね」

「う、うむ」

 言われて、トゥルーデはまた鉄棒を見る。鉄剣、……剣には見えないが、確かに古そうだ。

「これを八本周りを囲うように突き刺してある。

 解放時には一本を抜いて、それで一体開放になるね」

「これも、豊浦さん固有の魔法なの?」

 魔法、かは分からないが、風水だか陰陽だか。

「そうだよ。八剣宮の封印。熱田神宮に倣ってみた」

「封印系の魔法は、興味があるわね」

 ミーナもトゥルーデと同様、縄と鉄剣を見て呟く。

 もし、必要な道具をそろえてある程度誰にでも扱えるようになれば、高速で飛翔するネウロイを捕え、動きを止めて早期に撃滅できるかもしれない。

「この国ならともかく、異国だと僕もできるかは分からないけどね。

 まあ、興味があるなら僕の、……ええと、魔法? についても話してみようか」

「ええ、お願い。……さて、サーニャさん」

「はい」

「ん?」

 す、とサーニャは一歩前へ。豊浦は首をかしげる。

「この内部の様子を探るわ。

 サーニャさんは探査の固有魔法を使えるから」

 それで、この中にいる鉄蛇の情報を得られれば対策も立てやすくなる。けど、

「それは、止めた方がいいと思うけど。……うーん」

「危険、ですか?」

 ただ、その様子を知るだけ、危険はないと思う。

 けど、難しい表情の豊浦にサーニャは問う。

「ううん、……大丈夫だと思うけど。一応。安全策のためのおまじない」

「はい」

「おまじない?」

「うん、まあ、心理的な意味でね。

 エイラ君、サーニャ君を抱きしめてみようか」

「なっ?」

「それがおまじない?」

「うん、サーニャ君の魔法がどういうものかは知らないけど。

 けど、僕の想定するのに近い方法だとしたら、その方が安全。……エイラ君がだめなら、芳佳君」

「あ、はいっ」芳佳はサーニャの後ろに立って「こう」

「って、宮藤ーっ!」

 後ろから手を回した芳佳にエイラは怒鳴る。睨む。

「え、エイラさんっ?」

「私がやるっ!」

「じゃあ、エイラ君は正面から」

「ふあっ?」

 顔を真っ赤にして震えだすエイラ、サーニャは困ったように声をかける。

「エイラ。駄目なら、無理しなくていいよ。芳佳ちゃんに代わってもらうから」

「駄目ってわけじゃなくて、…………う、うーっ!」

「で、これ、意味あるのか?」

 顔を真っ赤にしてゆっくりと手を伸ばすエイラ。彼女を見てシャーリーは不思議そうに問いかける。

「それは、……意味がないことを祈りたいな」

 豊浦は心配そうにサーニャを見て、そして、サーニャは封印の向こうに魔法を向けた。

 

 ソレ、ガ、知覚、さレる。

 鉄、炎、雷、大地の奥底、生きることを許さぬ山、死霊のいる森、眠る、死人、鬼、……………………蛇。

 

 響く、絶叫。

「サーニャっ?」「サーニャちゃんっ!」

「あ、…………あ、か、……はっ」

 芳佳とエイラの必死の呼びかけに、絶叫したサーニャが、目の焦点を結ぶ。

「あ、え、エイラ」

「大丈夫かっ? サーニャっ?」

「う、……ん」

 真っ青になる。そして、「ひゃっ?」

 サーニャは、しがみつくようにエイラの背に手を伸ばす。

「ん、……あ、温かい。

 エイラ、……もっと、ぎゅってして」

「う、うん。こ、こうか?」

「サーニャさん、大丈夫?」

「は、……い」

 しがみつくようにエイラに抱き着くサーニャ。ミーナは心配そうに問いかける。

 大丈夫。けど、

「あの、ごめん、……なさい。

 もう少し、このまま」

 すがるようにサーニャはエイラに抱き着く。

「う、うん」

 少し、サーニャはエイラに抱き着いて、……「もう、大丈夫です。ありがと、エイラ」

「う、うう、うん」

 真っ赤になってるエイラにサーニャは微笑み。

「ええと、すいません」

 ぺこり、ミーナに頭を下げた。

「いいのよ。それより、大丈夫ね?」

「はい」

「豊浦さんのおまじないのおかげだね」

「はいっ、ありがとうございます。豊浦さん」

 ささやかなこと、かもしれない。

 けど、少なくともサーニャはこのおまじないがなかったらどうなっていたか。意識を保っていられる自信はない。

 心の底から凍り付くような感覚。そこから救ってくれたのはエイラの体温と鼓動だったのだから。

「ううん。無事でよかったよ」

「それで、サーニャさん。報告は大丈夫?」

 問われてサーニャは困ったように頷く。

「鉄蛇、の姿とかは把握できませんでした。

 その、……なんていうか、いくつかの断片的なイメージを直接見せつけられた感じで、それも全部とりとめのないものです」

 思い出す、震えそうになり。傍らのエイラの手を握る。

 その体温を感じ、一息。

「深い、深い、真っ黒な地面の底が見えました。

 同じように、深い森が見えました。芳佳ちゃんの家の森とは違う、もっと暗い、……死霊がいるような森です。

 あと、……炎とか、黒い鉄が見えました。他にもいくつか断片的な映像は見えた、と思いますけど、よく覚えていません」

「そ、……う」

 確かに、とりとめのない、よくわからない。

「んー、……サーニャってそういう映像も見れるの?」

 ルッキーニは不意に首を傾げた。彼女の固有魔法は全方位広域探査。それは主に音でなされていると思っていた。

 第一、森の映像を見たと言っていたが、ここは横須賀市の海軍基地近く、当然、森などない。

「ううん、……ごめんなさい。私も、よくわかりません。

 お役に立てず申し訳ございません」

 元々、サーニャのやるべきことはここに封印されている鉄蛇の数や移動パターンの把握だ。この成果では失敗といえる。

「ううん、いいのよ。……けど、今まで欧州で見てきたネウロイとはまったく別物の可能性もあるわね」

「ネウロイのほかに、類似した存在あるのか?」

 トゥルーデがぎょっとして問いかける。他の皆も不安そうにミーナを見る。

 ミーナは、少し考え、

「いくつかの伝承上の怪物は、ネウロイである可能性が指摘されているわ。

 ほら、宮藤さんが遭遇した人型ネウロイがあるでしょう? あんな感じね。今回の鉄蛇もそのたぐいのネウロイだと思うのだけど。

 あるいは、古くから存在し、独自進化をしたネウロイかもしれないわ」

「独自進化?」

「宮藤さんが接触したっていう人型ネウロイ、あれは宮藤さんを攻撃してきたわけではないのでしょう?」

「はい」

 頷く。少なくとも芳佳はネウロイから害意は感じなかった。

「その意図はどうあれ、……そうね。私たちが戦っているネウロイだって出現から数十年でいろいろなパターンがあったでしょう? それが私たちと戦うための成長だとしたら、もっと昔、……それこそ、数百年前から地上に降り成長したネウロイがどのようなものになるか、まったくの未知数よ。

 サーニャさんの探査を逆探知して、鉄蛇が見てきた映像をサーニャさんに向けて発信する。そんなことが出来るネウロイかもしれないわ」

「そうですか」

 古くから存在し進化したネウロイ。……どんなものか見当もつかない。だからミーナは沈黙するみんなに頷く。

「大型ネウロイが八体。

 それですむとは限らないわ。みんな、過去の経験に慢心せず、初心に戻ってあらゆるケースを想定して動けるようにしておきなさい」

 ここにいるウィッチたちは欧州でも指折りの戦果を挙げている。それだけの数のネウロイを撃墜してきた。

 けど、それはつまりネウロイとの戦闘がパターン化している可能性もある。全く未知の行動をとるネウロイに足元を掬われかねない。

 ウィッチたちは例外を除きそれぞれ表情を引き締める。それが見れただけでも意味はあった。ぱんっ、とミーナは手を叩く。

「さて、それじゃあ皆は横須賀市を見て回りなさい。

 山川さん、豊浦さん、みんなをお願いね」

「は、はいっ! 頑張りますっ」

 毅然と告げるミーナに、格好いいなあ、と半ば見惚れていた美千子は反射的に声を上げ、豊浦は微笑。「了解」

「……それと、エイラさん。戻ってきなさい」

 唯一の例外。顔を赤くしてぽーっとして動かないエイラをミーナは小突いた。

 



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七話

 

「あの、お手柔らかにお願いします」

「ふふ、ふふふふふ」

 深々と頭を下げる芳佳に悪い微笑を向けてミーナは宮藤診療所へ。

「それじゃあ行こうか。……ええと、どこか、行きたい場所ある?」

「そうですわね。生活必需品が売っているお店がいいですわ」

「はいっ」

「あの、食材、お野菜とか売ってるお店はありますか? 扶桑皇国のお料理、お勉強したいです」

 むんっ、と拳を握るリーネ。美千子は目を見開いて、

「すごい、リーネさん。お料理もできるんですね。ウィッチなのに凄いですっ」

「えへへ、……けど、芳佳ちゃんの方が凄いよ」

「わ、私はずっとお家で作ってたから」

 ウィッチになるなんて考えてもいなかったころ。当たり前のように家事をしていた。その経験がある。

「リーネ君。食材なら山にいくらでもあるよ。

 釣り、狩り、食べられる野草の採取とかね」

「それは難易度高すぎますっ」

「釣りっ! 豊浦っ、あたしもやってみたいっ」

 ルッキーニが手を上げる。

「そう、それじゃあやってみようか」

「いやったあっ」

「いいけど、竿とかあるのか?」

 シャーリーは首をかしげる。さすがに持ってきていない。豊浦は頷く。

「大丈夫。鉈と針はあるから」

「え? 竿も現地調達?」

「シャーリーも釣りをしてみてはどうだ? 少しは落ち着くんじゃないか」

 トゥルーデは横目で見て笑う。「む」と、シャーリー。

「山なんて入りたくありませんわ。虫が出たらどうするんですの?」

 考えたくもない、とペリーヌ。

「ペリーヌさん、虫とか苦手だよね」

 いつかの、小さなネウロイが基地に紛れ込んだ時のことを思い出す。虫が苦手なペリーヌ。そして、

「虫っ? かっちょいい虫もいるっ?」

「もちろん、巨大な蜘蛛もいるよ」

「蜘蛛ーっ!」

「ひっ、い、いいですのルッキーニさんっ、蜘蛛を家の中に持ってきたら承知しませんからねっ! いいですねっ!」

「えーっ?」

 ルッキーニは頬を膨らませてエーリカに視線を送る。

「いやあ、私も蜘蛛はさすがに勘弁」

「えーっ? 芳佳はいいよねっ?」

「へっ? え、ええと、……お、大きいのは、ちょっと勘弁してほしいな」

「こらこら、蜘蛛は益虫だよ。あんまり無碍にしてはいけないよ」

「益虫?」

 ペリーヌは首をかしげる。豊浦は頷いて「害虫を食べてくれるありがたい虫だよ」

「あ、そうなんですよね。

 近所の農家さんも蜘蛛は悪い虫を食べてくれるありがたい虫だから大切にしろ、って言っていました」

 美千子も頷く。「むむ」とペリーヌ。知らなかった。

 思い出すのは領内の農園。そこで働く農家の皆も知っているのだろうか、という事。

 害虫の被害については聞いてる。貴族として領民の声は常に意識している。その話の範囲では、害虫の対策は被覆による虫除けくらいだったか。

「ちょっと、後でそのあたりの話聞かせてくださいませんの?」

「あれ? ツンツン眼鏡、虫嫌いじゃなかったっけ?」

 不思議そうなエイラにペリーヌは「嫌いですわよ」と応じ、

「けど、領内の農家に有益な知識を持ち帰るのは、吝かではありませんわ」

「領内?」

 首をかしげる豊浦に美千子は胸を張って「ペリーヌ中尉はウィッチであると同時に、ガリアの貴族でもあるんだよ」

「そうなんだ。ペリーヌ君は真面目なんだね」

「と、当然ですわっ」

 感嘆の表情を浮かべる豊浦にペリーヌは胸を張って応じる。それこそ貴族の義務であるのだから。

「やったっ、ペリーヌから許可出たっ!

 豊浦っ! でーっかい蜘蛛を捕まえてこようっ!」

「そうだね」

「実物はいりませんわよっ!」

 手を広げるルッキーニと、なぜか乗り気な豊浦にペリーヌは大声で応じた。

「そういえば、宮藤、山川。二人は周囲の山に詳しいか?」

「え? はい、よく遊んでいました」

 地元の山だ。幼いころはよく二人で駆けまわっていた。今も薬草や山菜を取りに入っている。

「そうか、……では、明日は二人の案内で強歩登山を行う」

「「えーーっ!」」

 エイラとエーリカから悲鳴が上がった。

「ミーナとも話したが、カールスラント軍人たるもの、たとえウィッチであっても体力は必要だっ!」

「いや、私、カールスラント軍人じゃないし」

 エイラはそっぽを向く。

「揚げ足を取るなっ! ともかく、こんな訓練ができる機会はほとんどない。

 つべこべ言わずにやるぞっ」

「うえー」「山登りとかやりたくないよー」

「うう、……む、虫は出ませんわよね? ね、宮藤さんっ? 虫とかいませんわよねっ?」

「え? たくさんいますよ」

「わたくし、辞退しますわ」

「山かっ、くぅー、冒険家の血が騒ぐーっ」

「いや、シャーリーいつから冒険家になったの?」

 拳を握ってテンションを上げるシャーリーにルッキーニは首をかしげる。

「や、山に入るの。……えと、芳佳ちゃん。大丈夫?」

 不安そうなリーネに芳佳は微笑。

「大丈夫だよ。リーネちゃん。怖いところなんてないからねっ」

「滝つぼに落下しそうになった芳佳君が言うと説得力がないね」

 リーネは芳佳の微笑に笑い返そうとしたが、固まった。

「あ、あれは仔犬を助けようとしてっ、それでですっ!」

「まあ、僕も入るし何かあったら、……それなりに頑張ってみるよ」

「豊浦は山にも慣れているのか?」

「うん、五百年くらいは山をうろうろしてたから」

「…………ま、まあ、慣れているのだな」

 とりあえず聞き流す。

「それに、ええと、……空を飛ぶんだよね。

 それなら、山とか、森に墜落した場合の事を考えて、ある程度慣れておくのは必要だと思うよ」

「そういう事だ。いいか? これはウィッチとして必要な訓練だ。虫が出るからだの面倒だからだのそんな理由でさぼる事は許さんっ」

「あ、それとハルトマン君。あの家に炬燵出しておいたよ」

「トゥルーデ。私、炬燵と合体するから無理」

「無理じゃないっ! 豊浦っ、炬燵は解体だっ」

「「「「えーっ」」」」

「えーじゃないっ!」

 

「ここが、今やってる一番大きいお店だよ」

 デパートに到着。その道中、美千子のいう意味は分かった。

 多くの店が閉まっている。生活が維持できる最低限の営業という形だ。

 そして、その理由もわかる。

「ま、しょーがないよな」

 いろいろな店が見れなくて膨れているルッキーニの頭を撫でながら、シャーリーは呟く。

 封印されている。とはいえ、すぐ近くに大型のネウロイがいるのだ。むしろ、この店が開いていることが驚きだ。

「いらっしゃいませ。……あっ、ウィッチの皆さまっ」

 商品を並べていた店員が笑顔で挨拶をし、すぐに驚いた表情で声を上げた。ほどなく、

「わっ」

 美千子が驚いたように声を上げる。芳佳も困ったような表情。店員の声を皮切りに一斉に人が集まってきた。

「わっ、写真で見るよりずっときれいっ」「可愛いっ!」「横須賀市をよろしくお願いしますっ!」「頑張ってくださいっ!」

 客も集まって声。歓迎と好意は嬉しいけど、

 人が集まれば動けなくなる。どうしようかな、と芳佳が思い始めたところで、

「皆さまが困っています。仕事に戻りなさい」

 奥から声。恰幅のいい男性が声をかけ、集まっていた人だかりは散会していく。

「すいません。皆様の勇名はよく聞いていますので、一目会いたいという人が多くて」

「あ、いえ、大丈夫です」

 ぺこり、丁寧に頭を下げられ芳佳は軽く手を振る、彼は目を細める。

「私はここの店主をしている者です。皆様の事は聞いています。生活に不便がないよう、ぎりぎりまで歓迎させていただきますので、いつでもお越しください。必要なものがあればいつでもお届けします」

「はい、ありがとうございます」

 普通に考えれば、すぐ近くにとてつもない危険が存在するのだ。一刻も早く逃げ出したいだろう。

 けど、それでも不備がないように支えてくれる。その好意がうれしくて芳佳は笑顔で応じる。だから、私に出来る事。

「代わりに、ここは絶対に守ります」

 ウィッチとして出来ること。ここを守る。その覚悟を告げる。……そして、その言葉に、

「いえ、それは不要です」

 困ったような、否定の言葉。芳佳は予想外の言葉に動きを止める。

「私たちは開戦時にはすぐに避難します。横須賀市は無人になります。その準備はすでに進めています。

 なので、ウィッチの皆さまにはここを守る事より、扶桑皇国の脅威の撃滅と、何より、皆さまが生き残れることを第一として行動してください」

「なに、家が壊れたらまた建て直せばいいんだっ、だから気にするなっ」

「壊れて困るようなものはさっさと持ち出して逃げてるから、遠慮はいらないよっ」

「町より貴女たちの命の方がずっと大切なんだから、パーッとやっちゃいなさいっ!」

 店主の声と、それに重なりここに暮らす人たちの声。

 大切な家がある。思い出の詰まった町がある。

 けど、それよりなにより、貴女たちの命が大切だと。そういってくれた。

 だから、

「はいっ、ありがとうございますっ」

 

 宮藤診療所。ミーナは出迎えた清佳に会釈。

「お時間を取っていただき、ありがとうございます」

「いいんですよ。それに、娘がお世話になっている人ですから」

「いえ、宮藤さんには私たちもたくさん助けられてもらっています」

 謹直に応じるミーナに清佳は好ましそうに目を細める。そのまま居間へ。

 畳に腰を降ろし、清佳は一度奥へ。ほどなくお茶と茶菓子を持って戻ってきた。

「どうぞ、緑茶です。お口に合えばよいのですが」

「ありがとうございます」

 芳佳や美緒がよく淹れてくれた。だから、抵抗はない。

「それにしても驚きました。欧州の医学校に留学したと思ったら、まさか軍人として戻ってきたのですから」

「あ、……えーと、すいません」

 そのあたりの事情は美緒から聞いている。あのあと、勢いで《STRIKE WITCHES》再結成としてしまったが、芳佳には留学の道も提示した。

 けど、

「いいんですよ。それがあの娘の選択したことですから」

 娘が自ら歩むべき道を選択し、そこに向かって歩き続けること。その姿を誇らしいと、嬉しそうに母は語る。

「私の方こそ、ミーナさん。

 無茶ばっかりして、我侭な娘ですが、よろしくお願いします」

「我侭、という事はないのですが」

「あら? 自分がやろうと決めたことのためなら規則を無視して突っ走るのは、我侭ではないかしら?」

「……そうかもしれませんね」

 ミーナは困ったように応じる。けど、

「はい、わかりました。

 宮藤さんは、お任せください。…………出来る範囲でですが」

「ええ、それで構いません」

 何せ命令違反上等の娘だ。そうでなくても彼女が舞う空は戦場。いくらミーナでも安全を保障しますとは言えない。

 それに、必要ない、だって、

「それも、娘の決めたことですから」

「…………はい」

 自分の娘が戦場にいる。それがどれだけ心配なことか、子のいないミーナにはわからない。

 けど、…………思い出す、芳佳の母親。宮藤一郎。戦火に遭い死亡した、彼女の夫。

 愛する人が死ぬ悲しみはわかる。夫が死亡したと聞いたとき、彼女はどれだけ嘆いただろうか? それでも、戦場に飛び出そうとする娘を、彼女がそう決めたのだからと送り出す。……自分にそんな強さはあるだろうか?

 否、と。かつて愛する人を喪い。その事を思い悩みすぎてウィッチたちに異性との接触を最低限にするよう厳命した自分に、清佳のような決断ができるとは思えない。

 強い、と思う。あるい二十歳前の小娘が一人の少女を育てた母と比較すること自体、おこがましいのかもしれない。

「それと、清佳さん。もう一つお聞きしたことがあります。

 豊浦さんの事ですが」

「ああ、……山家ですね」

「……その、サンカ。とはどのような職業なのですか?」

「正確には職業というわけではありません。家を持ってそこを拠点に暮らすのではなく、山々を渡り歩く、山そのものを拠点とする非定住者。……ですね。

 私も、まだ子供のころはたまにこの村に来るのを見かけていました。よく川魚や山菜、狩猟で得たイノシシとお米や野菜を交換したり、大工仕事や農具の修理をしてくれていました。それで、そうした一時的な交流をした後はすぐに山に戻っていました。

 最近ではほとんど見かけないので、いなくなったと思ったのですが」

「そうですか」

 確かに、豊浦の言っていたことと大体一致する。

「それで、豊浦さん個人ですが。……ええと、個人的な印象ではいい人です。

 横須賀海軍基地への鉄蛇の襲撃をどのように予見したかはわかりませんが、襲撃の際も横須賀海軍基地に踏み込んで避難を助け、鉄蛇の封印後は薬草を頂いたり、治療を手伝ってもらったり、市街地の混乱を治めるために奔走したりといろいろ助けてもらいましたから」

「そのようですね」

 頷く。淳三郎は豊浦に感謝をしていた。清佳の言葉も嘘はないだろう。

 ただ、

「あの、封印は、魔法だと思いますか?」

「…………難しいですね」

 清佳も魔法についての知識はある。魔導エンジンの権威である夫がいて、自身も魔法を使い治療にあたっているのだから。

 けど、それでも、

「難しい、ですか?」

 否定でも肯定でもない返答。それしかできない。

「はい。……少し話が脱線しますが、構いませんか?」

「もちろんです」

「では、……扶桑皇国の歴史に、陰陽寮、というものが存在します。天文観測や占術をしていたと記録されていますが、扶桑皇国のウィッチの間では、魔法の研究をしていたのではないか、と言われています」

「陰陽、……確か、豊浦さんが使う魔法がそのような体系といっていたわ。……あ、ええと、魔法かは解らないけど」

「その陰陽寮は、七世紀後半、七百年ごろに作られたと歴史書には記されているのよ」

「七百、年。……扶桑皇国では千年以上前から魔法の研究を?」

 桁が違う、と。ミーナは内心で呟く。

「ミーナさん、何度も言うようだけどその陰陽が魔法とは限りません。私たちのいう魔法とはまったく別物の可能性もあります。

 あるいは、原理は一緒かもしれませんけど、長い研究の末まったく別の、私たちの魔法とはかけ離れた技術になっているのかもしれません」

 だから、難しい、判断できない、と清佳は申し訳なさそうに締めくくる。

「わかりました。ありがとうございます」

「いえ、協力できなくてごめんなさい」

 ともかく、豊浦について害はなさそうだ。

「ミーナさんから、豊浦さんの印象については?」

「穏やかな青年、という印象です。今のところいくつか不審な点はあっても、悪い人には見えません」

 あの警戒心の強いサーニャも言葉を交わしていた。悪い人とは思えない。

 けど、

「不審? ……ああ、怨霊とか」

「あれはどの程度本気で言っているのか」

 ミーナは溜息。清佳は苦笑。

「まあ、皆さん、冗談として受け流しているようですから」

「はい」

 それが基本ね、と。ミーナ。けど、

「とはいえ、ネウロイを封印した、という実績やその出現を予知した点は十分に評価できることです。

 可能なら、欧州に来て欲しいくらいです」

「そうですね」

 とはいえ、当人の希望もあるし欧州でも扱いかねるだろう。それに、扶桑皇国が簡単に手放すかは分からない。

 だから「希望ですけどね」とミーナは念押しし、お茶を一口飲んだ。

 



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八話

 

「随分、いろいろ買ってきたわね」

 夕方、家で待っていたミーナは引き攣った微笑。

「…………は、はは、女の子の買い物にかける情熱を、甘く見ていたよ」

 そして、荷物を背負った豊浦は乾いた微笑。

「豊浦さん、荷物持ちまでしてくれなくていいのよ?」

「いや。女の子に荷物を持たせるのか、って、全方位から怒られて」

 豊浦はぐったりと応じてそのまま家へ。ウィッチたちは困ったように後に続く。……ふと「芳佳ちゃん?」

 きょとん、と拠点の家を見ていた芳佳にリーネ。芳佳は首をかしげて「こんなところに家があったんだね」

「宮藤がこっち来てから建てたんじゃないの? それより炬燵炬燵ー」

 そんなものかな、と芳佳も続く。そして、買い物の戦果。

「…………誰よ、この服買ったの?」

「こ。これはクリスに似合うだろうと推されて、扶桑皇国の服はどれも趣があってだなっ」

「…………包丁?」

「和包丁は憧れでしたっ」

「…………なにこれ? 毛布? 服?」

「綿入れ、っていう服だってー、これでいつでも毛布の中だね」

「…………カメラ?」

「サーニャがここの風景を気に入ってるからな。ばんばん撮らないとなっ」

「…………籠?」

「山に行くんでしょっ? たくさん虫とらないとねっ」

「…………楽譜?」

「扶桑皇国の民謡です。聞いたこともない曲。楽しみです」

「…………からくり大全?」

「ん、ああ、扶桑皇国伝統の機械らしい。やっぱ知らない国の機械も勉強しないとなっ」

「貴女たち、何しに来たのよーっ!」

 ミーナ怒鳴る。一応止めようとして、結果流された芳佳は苦笑。

「ふう、……ペリーヌさんは作戦に関係ない、余計なものは買わなかったようね?」

 あまりにも趣味全開なウィッチたちを横目にペリーヌに視線を送る。ペリーヌは視線を逸らす。

「ああ、うん、堆肥百キロはさすがに自制してくれたよ。…………芳佳君と頑張って止めたよ」

「輸送機、載せられませんから」

 しんみりと呟く芳佳。ミーナは頭を抱えた。

 

 ぱちぱち、と火が爆ぜる音がする。

「そろそろできたかな」

 囲炉裏からぶら下がっている鍋の蓋を開ける。「「「「おおっ」」」」と声。

 くつくつと、鍋。

「はっやくっ、はっやくっ、お鍋はっやくっ」

「美味しそうねー、これは、宮藤さんが作ったの?」

 ミーナも興味深そうに鍋を覗き込む。けど、芳佳は首を横に振り、

「私だっ」

「え? シャーリーさん?」

「なにぃっ?」

「……いや、なんでそんなに驚くんだよ?」

「お、お前、料理なんてできたのかっ?」

 慄くトゥルーデにシャーリーは頬を膨らませて「私だって出来る」

「えー、シャーリー料理下手だよ」

 こちらも首をかしげるルッキーニ。けど、豊浦は笑って「切るのは上手だったよ。それに速かったし」

「おう、任せろっ」

 拳を握る。「切っただけかよ」と、エイラ。

 胡散臭そうな視線が集中するが、シャーリーは気にしない。

「切るだけでもね。食べやすい大きさをちゃんと考えて切ってくれたからね。

 料理はともかく、シャーリー君は食べる人の事を良く考えているよ」

「ふっふー」

 豊浦に言われてシャーリーは胸を張る。

「さて、それでは食べましょうか」

 ぱちっ、と火が爆ぜる音。それを聞いてミーナは声を上げる。いただきます、と声が重なって、

「よしっ、鶏肉はもらったあっ」

「ああっ、シャーリーずるいっ」

「わ、わ、あ、」

「く、ど、どれを食べればよいのですの?」

「ツンツン眼鏡はシイタケでも食べてろ。

 あ、サーニャ。何か食べたいものはあるか?」

「ええと、お豆腐、食べてみたい」

「よし任せろっ、…………崩れたーっ?」

「お豆腐、ばらばら」

「知っているかい? ペリーヌ君。シイタケは、菌類なんだよ」

「それをこれから食べようとしているときに言わないでくださいませんかっ!」

「こらお前らっ! ちゃんとバランスを、…………って、誰だ私の取り皿に葉っぱを大量に詰め込んだ奴はっ!」

「お、おお? 牛肉もあるじゃん、ラッキー」

「あ、これはジャガイモね。……ジャガイモ? え? これジャガイモ?」

「それサトイモ」

「み、みんな速いですっ、あ、わ、なくなっちゃうっ」

「はい、リーネ君」

「あ、ありがとうございます。……って、きゃあっ? な、なんですかこのうねうねしてるのーっ?」

「きゃははっはっ、リーネのお皿うねうね一杯で気持ち悪ーいっ」

「豊浦さんの意地悪ーっ!」

「あの、豊浦さん。これ、なに鍋なの?」

 鶏肉と豚肉と里芋と白菜と、……雑多なものが入っている鍋を見て芳佳は首をかしげる。

 豊浦は頷いて「…………いや、安かったものを適当に」

「適当っ?」

「大丈夫だ宮藤っ、火を通せば大抵のものは食べられるっ」

「僕もそう思ってた時代があったよ。けど、毒キノコを食べて死ぬかと思ったことはあったね」

「お前は山で何やってるんだ?」

 シャーリーは胡散臭そうに豊浦を見る。豊浦は頷いて、

「いいかいシャーリー君。

 山では食べられるものも限られる。貯蔵なんてできないからね。だから、採った、焼いた、食った。これが大切だよ」

「ぐっ、……た、大変だ。なんか楽しそうだって思ってしまった」

「やるぅっ、私も山に行くっ」

「山には、死霊がいます」

「…………ごめん、シャーリー、山には一人で行って」

「諦め早っ?」

「バルクホルン君。明日は山に行くんだよね?」

「う? む、そうだ」エーリカの取り皿から牛肉を強奪していたトゥルーデは頷いて「体力づくりにはいいだろう」

「怖くない、ですよね? お化け、いないですよね」

 リーネもどこか不安そうに問いかける。豊浦は頷く。

「虫はいるかもしれないけどね」

「ひうっ? ……い、いやですわ。これだから魔境は」

「私の故郷を魔境って言わないでっ!」

 芳佳は怒鳴り、みんなはけらけら笑う。ぱちぱちと火が爆ぜる音。…………「幸い、ね」

「ミーナさん?」

 ぽつり、こぼれた小さな言葉。芳佳は首をかしげる。

「あ、……ううん、なんかいいなあ、って思ったのよ。

 こうして、温かい火をみんなで囲んで、賑やかに食事をとるのって」

 穏やかに微笑むミーナに、芳佳も笑みを返す。

「はいっ、そうですねっ」

「いいなあ、囲炉裏もいいなあ。

 炬燵といい綿入れといい、扶桑皇国の発明は凄いなあ」

「……自堕落な発明だな」

 うっとりと呟くエーリカを横目にトゥルーデ。

「で、山で暮らす豊浦はよくこういう事してたのか?」

 シャーリーの問いに豊浦は頷く。

「山家は自分の家を持たないからね。夜になったらそれなりに広いところで火を熾して料理してたよ。

 だから、近くに煙が立ってたりしてたら食材もって乗り込んだりしてたよ。まったく知らない人だけど、まあ、向こうもいろいろ飢えてるからね。食べ物をもっていけば大抵は歓迎される」

「凄い生き方だな」

 改めて、楽しそうだな、と内心を隠してシャーリー。けど、

「ただ、そこそこの確率で、食材を奪い取られそうになる。……ルッキーニ君。

 山には、人知れず死体が転がっているんだよ。山に死霊が出るのは、これが理由だ」

「ひいっ?」

「お前な、ルッキーニを怯えさせるなよ」

 シャーリーは自分の後ろに隠れたルッキーニを撫でながら豊浦を睨む。豊浦は「ごめんね」と笑う。

「さて、そろそろ締めかな。ちょっと持っていくよ」

「まだ少し残ってるぞ」

 トゥルーデが制止。けど、

「バルクホルンさん。お鍋には食材の出汁が出てるから、このスープを使って雑炊とか作るんです。

 残った具材もそのまま雑炊にして食べるんです」

「そうなのか。……スープまで利用するのか」

「へえ、そういう食べ方もあるんですね。面白いです」

「ん、リーネ君も来るかい?」

 興味津々と身を乗り出すリーネに豊浦は問いかけ「はいっ」とリーネも立ち上がる。

「私もお手伝いしますっ」

「そう、じゃあお願いね」

 そして、三人並んで台所へ。残された面々は囲炉裏で火にあたる。

「最初見たときは理解不能だったけど、なんか面白いな、こういうの」

 部屋のど真ん中に鍋がぶら下がっている。それを見たときの衝撃は覚えている。

 最初は理解不能だったが。

「そうだなあ。……こういうのもいいな」

「火ってうまく使えばこんな温いものなんだね」

 エーリカは手を広げて火にあたりながら呟く。

「ぬくぬくしてるな」

「竈の、……神様」

 不意に、サーニャが呟く。それは、朝に聞いた話。

「なんだそれは?」

「……ええと、コンロの神様?」

 確か、竈はそういうものだったはず。とエイラ。

「なにその超限定的な神様」

「私もよく知らん。なんか、黒くてでっかくてごつくて変な仮面らしいぞ。

 なんで仮面が神様なんだろうな」

「竈の神様。火を使う場所の神様で、火の神様って、豊浦さんが言ってました。

 火は暖かくて、恩恵をもたらすけど、その神様は火難を起こすって、だから、丁寧に扱わなければいけないって」

「確かに、火は強すぎると火事にもつながるわ。慎重に取り扱わなければいけないわね」

「神様を粗雑に扱ったら、怒られる、のかな」

「かもしれないわね」

 神様、という存在について、ミーナは懐疑的だ。

 けど、それを火と当てはめれば、確かに火は正しく運用すれば様々な恩恵をもたらし、粗雑に扱えば火災など、大きな災害を引き起こす。

 そこに意志を見出す。……それもまた、考え方としては面白い。

「お待たせしましたー」

「出来た、っていうのかな?」

 蓋をした鍋を持ってきた豊浦と、リーネと芳佳。豊浦は自在鉤に鍋をつるして火に当てる。

「じゃあ、さっそく、いっただ「まだだよ」ほえ?」

 さっそく箸を手に取り突撃しようとしたルッキーニは動きを止める。まだ? と、首をかしげる。

「うん、ルッキーニちゃん。少し煮立ててからだよ。

 まだ、冷たいから美味しくないと思うの」

「えー?」

「食べられるようにしてから持ってくるもんじゃないの?」

 咎めるというよりは、不思議そうにエーリカ。「まあまあ」と、豊浦は適当に応じて、

「温まるまではのんびりしてようか。

 あ、そうだ。異国の人もいるし、扶桑皇国の話とかしようか。芳佳君も、自分の国の事で聞いてみたいことがあったら遠慮しないで」

「豊浦さんは詳し、……ん、ですわよね?」

「伊達に千三百年も存在していないからね」

 胸を張る豊浦に胡散臭そうな視線。

「あ、じゃあ、扶桑皇国の神話とか、いいですか?」

「いえ、リーネさん。申し訳ないけど、それよりも先に聞いておきたいことがあるわ」

 身を乗り出すリーネを制し、ミーナは口を開く。

 それは、結局答えの出なかったこと。

「豊浦さん。あなたの魔法について教えて、……ええと、風水とか、陰陽とか、だっけ?」

「どちらも聞いたことがないな」

 トゥルーデは呟く。軍人として、世界中の魔法についてある程度調べたことがある。

 けど、そのどれとも該当しない。

「今日、清佳さんとお話をしたのだけど。

 その、陰陽、というのは千年以上前から、扶桑皇国で研究をされていた魔法である可能性があるわ。公式でここまで古い魔法体系なんて存在しない。事実なら前代未聞よ」

「せ、千年っ?」

「え、ええと、千年前っていうと、……ええと、平安、時代?」

 うろ覚えの知識を披露する芳佳に豊浦は苦笑。「残念だね。陰陽が表舞台に登場したのは飛鳥時代の後期だよ。七世紀後半だね」

「千年って、凄いな。……え? 扶桑皇国って、千年も前からあったのか?」

「豊浦さんのいうことが本当でしたら、千三百年前からあったのではなくて?」

「伝説まで含めると皇紀二千六百五年。

 つまり、大体二千六百年前からあったわけだね。この国は」

「…………すげー」

 想像もできない、とシャーリー。

「そうだねえ。……んー、知らない人に改めて説明、……か」

 難しそうに豊浦は眉根を寄せる。その仕草を見て、ミーナは一つ思い至る。

 つまり、マニュアルとして形に残っていない、と。

 マニュアル化されているのならそれをそのまま話せばいいはずだ。補足などもあるだろうが言葉に詰まる事はない。

 けど、彼は首を傾げ言葉を探す。…………「ええと、そうだね。この星が一つの生物である、っていう考えは知っているかな?」

「そうなの?」

「あ、もちろん、意志をもっている、という事じゃなくてだけどね。

 ええと、そうだね。地表を皮膚、水を、血液とかかな。地殻を筋肉とか、……まあ、うん、そんな感じ。

 生物の体として当てはめられる、という方が、……………………うーん、ごめん」

 うまい言葉が見つからなかったらしい。そして、ルッキーニも首をかしげる。

「まあ、この星もスケールとか構成しているものが違うというだけで、人の体と同じようなもの、っていう事ね」

「ふーん?」

 よくわかってなさそうなルッキーニ。補足したミーナも説明は難しく、「続けてください」と促す。

「それで、人の体と同じなら、この星自体にも魔法力はある。……まあ、人と同じ魔法力とは違うと思うけどね。

 地殻エネルギー、龍脈、扶桑皇国では《ひ》なんて呼ばれているかな。風水はそれを制御する術だよ。それが魔法か、と聞かれると自信はないけど。

 鉄蛇の封印は《ひ》を遮断したんだ。それはこの星にある空間にまで影響するから、あそこは空間そのものが乖離されている状態になっているんだね」

「それは、……随分と強力そうだな」

 トゥルーデは呟く。星そのものに宿る魔法力。それがどれほどのものか、見当もつかない。

「それで、陰陽は星そのものじゃなくて、万物。木とか火だね。それが持つ《ひ》、……まあ、そうだね。実質的には機能を制御する術だよ。

 だから、」

 豊浦は囲炉裏の火に手を翳す。不意に、火が大きくなる。

「万物に霊性を、万象に神性を、あらゆるものに魔法力がある。

 それを減衰、活性化という形で制御する。それが僕の使う陰陽や風水だね。もちろん、限度はあるしそもそも星の《ひ》なんていろいろ道具をそろえて、日時や場所を合わせて、うまくやらないと扱えないけどね。

 それだけ、途方もない力だから、……うん、一つの魔縁である僕が制御するなんておこがましいな。借り受ける、という方が正しいね」

「興味深いわね。……星や自然に魔法力がある。というのも。

 豊浦さん。この件が終わったら欧州に来ていただけますか? ぜひ、その技術や知識を教えて欲しいです。

 待遇は、……出来る限り優遇します」

 彼の持つ知識や技術は、ネウロイとの戦争に間違いなく一石を投じる。あるいは、決定打になるかもしれない。

 ミーナの言葉に、豊浦は苦笑。

「怨霊を招き入れるというのも考え物だけどね。……けどまあ、考えてはおくよ。

 っと、そろそろできたかな」

「あの、豊浦さん。それは、どこかで教えてもらえるのっ?

 私も、ぜひ教えて欲しいですっ!」

 瞳を輝かせて詰め寄る芳佳。そして、それはほかのウィッチも同様。もし扱えれば、それは今まで以上の力を得られるという事だから。

 豊浦は、ぽん、と芳佳を撫でて、

「芳佳君、君は医療の道に進むんじゃないのかな?

 いろいろな道をまとめて極めるには、人の命は長くないと思うよ? 二兎を追う者は一兎をも得ず、この言葉を僕は間違えているとは思えない」

「…………はい」

 肩を落とす。医療の難しさは芳佳もよく知っている。一生学び続ける必要があると、実感している。

 それに続いてさらに全く未知の魔法体系を学べるか。……けど、

「それでも、教えて欲しい、です」

 ウィッチたちも、頷く。それぞれの夢がある。人生をかけて貫き通したい道がある。

 けど、それでも、出来ないからやらない、見向きもしない。そんな事はしたくないから。

 彼女たちの思いを受けて、豊浦は優しく微笑んだ。

「いい娘たちだね。……うん。けど、まずは目先の事に集中しようか。

 欧州行きと一緒に考えてみるよ」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 撫でられる心地よさを感じながら、芳佳は頷いた。

 

 食事を終え入浴を終え、芳佳はあてがわれた寝室へ。

 障子に仕切られた畳の部屋。広いなと思ったけど慣れている芳佳は特に違和感なく、部屋の中央に敷かれた布団に寝転がる。

 そして、思い出すのは彼の事。

「豊浦さん、……か」

 年上の男性。よくわからないけど、いろいろ知っている人。

 そして、……髪に触れる。頭を撫でられた。とても、久しぶりの感触。

 懐かしい心地よさ。そして、くすぐったさ。

 思い出すのは父。六歳の時に別れた人。…………懐かしい、大切な思い出。

 お父さんも、あんな風に撫でてくれたな、と。

「いい人、だよね」

 ぽつり、呟く、と。

「芳佳ちゃん」

 とん、と、障子が叩かれる。

「リーネちゃん?」

「そっち、いっていい?」

「うん、もちろん」

 頷く、と障子が開く。芳佳は起き上がろうとするが、「あ、いいよ」

 リーネも、ころん、と芳佳の隣に寝転がる。基地にいたときはよく一緒に寝ていた。すぐ近くにいる彼女の体温を感じられる気がして、芳佳は微笑む。

「豊浦さん、優しい人だね」

「そうだねえ。よかった」

 いい人と出会えたのは嬉しい。それが同じ扶桑皇国の人ならなおさら。

 けど、

「けどね、芳佳ちゃん。

 豊浦さん、意地悪なところもあるんだよ」

 かすかに頬を膨らませるリーネ。芳佳は鍋を食べていた時の事を思い出し「白滝、たくさん入れられてたね」

「そうそう、あれはびっくりしちゃった」

 取り皿に大量に盛られた白滝。はたから見ればなかなか形容しがたい光景だった。

「他にもね。……ええと、能面、だっけ? 変なお面をつけて驚かせたりしたんだよ。

 声をかけれて振り返ったらお面つけてたからすっごく驚いたの」

「あはは、それは驚くよねー」

 芳佳も能面は見たことがある。あれを付けた人に後ろから声をかけられ、振り返ったら、……たぶん自分も驚く。

「あと、竈の神様。芳佳ちゃん。竈の上にあったお面、気づいた?」

「ううん、気づかなかった」

 ポンプや竈、今では見かけなくなった台所の様子に興奮していた芳佳はそこまで見ていなかった。「どんなの?」と、問いかけ、

「黒くてごつくてでっかくて変なお面」

 エイラが言っていた感想をそのまま告げてみる。「へー、私も見たいなー」と、芳佳。

「もう遅いから、明日見せてあげるね。

 けど、扶桑皇国の神様って凄いね。竈の神様。私、そんなの神様なんて想像もしてなかったよ」

「そうだね」

 芳佳も詳しくは知らない。けど、御伽噺として聞いたことがある。

 確か、

「ええとね、……扶桑皇国はいろいろなものに神様が宿ってるんだって」

「そうなんだ。凄いね」

 目を丸くするリーネに芳佳も「うん、すごいよね」と頷く。

 ふぁふ、と音。

「リーネちゃん、一緒に寝る?」

 小さなあくびを漏らしたリーネに芳佳は問いかけ、リーネは頷く。

「うん、じゃあ、お邪魔します」

 もそもそとリーネは布団の中へ。芳佳も布団に潜り込んで、手を重ねる。

「あ、あのね。芳佳ちゃん」

「なぁに?」

「あの、……と、豊浦さんに頭撫でてもらったとき、どうだった?」

 少し顔を赤くして、おずおずと問いかけるリーネ。

 どうだった、か。

「その、……芳佳ちゃん。凄く心地よさそうだったから、…………あの、いいのかな、って」

「うーん、……そうだね。心地いいっていうか、懐かしい感じがした、かな。

 ええと、私、お父さんとまだ小さい時に別れちゃったから」

「あ、……うん」

 死別の過去。それを聞いてリーネは困ったように頷く。芳佳は微笑。

「だから、懐かしい感じがしたの。

 まだ、お父さんがいたとき、こんな風に撫でてもらってたのかな、って思って、ね」

「そうなんだあ」

 いいなあ、と。言いかけてリーネは反射的に口を噤む。……それがなぜかはわからない。

 けど、いいなあ、と。そう思った。

 



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九話

 

 快晴、風もなく心地の良い陽気。……それを確認し、トゥルーデは胸を張る。

「では、今日は山に行くぞっ」

「へー」

 綿入れに包まれたままエーリカはぐったりと応じる。トゥルーデは眉根を寄せて「それを脱げっ」

「えー、無理ー」

「ウィッチ、……いえ、軍人たる者、ちゃんと体力はつけないとだめよ。

 それに、鉄蛇との戦闘も控えているのだし、体を鈍らせるわけにはいかないわ」

 基地では常に訓練として体を動かしている。有事の際、すぐに万全の状態で動けるように、日頃から体は動かしておかなければいけない。いくら平穏だったとしてもそれに甘んじで体を鈍らせ、いざというときに動けないようでは軍人として失格だ。

 ゆえに告げるミーナにエーリカはしぶしぶ綿入れを脱いだ。

「サーニャ、たくさん歩くみたいだけど辛くなったらすぐに言うんだぞ」

「うん、……その時は豊浦さんに負ぶってもらうから、大丈夫よ」

「う、…………む、むむむっ」

「エイラ?」

 難しい表情のエイラ。困ったように覗き込むサーニャ。エイラは頷いて、

「だめだ、サーニャは私がおんぶしていく」

「エイラさん。それは難しいと思うよ。

 山道はただでさえでこぼこもたくさんあるから」

 地元の山に慣れている芳佳もサーニャを負ぶって歩ける自信はない。体力的な問題もあるが、何より同じくらいの体格の人ひとり背負って歩くのはバランスを取るのも難しい。ろくに舗装されていない山道ならなおさらだ。

「うー」

 といっても、サーニャが豊浦におんぶしてもらおう。それはつまり、…………それ以上の事を考えそうになり、エイラは慌てて首を横に振る。

「やあ、集まって、……エイラ君、僕、なにかしたかい?」

 豊浦は壮絶な目で睨まれて首をかしげた。

「あの、豊浦さん。それは?」

「ああ、」豊浦は猟銃を示して「ほら、山といえば、狩りだから」

「しないよっ! ねっ、バルクホルンさんっ」

「そ、そうだな」

「そっか、あ、けど、釣りくらいはする?」

「そうだな。……宮藤、山川、魚を釣れる場所はあるか?」

「小川ならあります。そこなら、釣れると思います」

「釣りですわね。それで、竿は?」

 ペリーヌの問いに豊浦は鉈を示す。

「…………竿?」

「現地調達は基本だよ」

「…………そうですか」

「はいはい、じゃあみんな、準備はできた?」

 ぱんっ、と手を叩いてミーナが問いかける。ルッキーニは笑顔で虫かごを掲げる。

「問題なしっ」

「準備、それなの?」

「ま、食い物をもっていけば何とかなるだろ。……それとも、それも現地調達か?」

「魚の塩焼きくらいならね。それ以上は、……芳佳君に猟銃を取り上げられたねえ」

「それでいいのっ、シャーリーさんも、お弁当はおにぎり作ったから、ね、リーネちゃん」

「うんっ」

「それじゃあ、先頭を宮藤さんと山川さん。一番後ろは、豊浦さん。お願いしていいかしら?」

 ミーナの問いにそれぞれ頷く。芳佳と美千子は、とりあえず一番近く、五百メートル程度の山頂を目指す事にする。これなら問題はないだろうから。

 一度山頂に向かって、下りるときに近くの小川で休憩。食事もその時で、と。美千子と確認し合い。頷きあう。

「決まったみたいだな。

 それでは、行くぞっ」

「おーっ!」

 ルッキーニは笑顔で手を振り上げ、シャーリーも楽しそうに歩き出す。その後ろを肩を落としてエーリカが続き、カメラを提げたエイラと興味深そうにあたりを見ながらサーニャが続く。

 そして、……不意に芳佳は振り向く。

「あ、熊がいたらいきなり大声を上げて逃げないで、静かにじっとしていてくださいね」

 その言葉を聞いて、ペリーヌは逃げ出した。

 

「どうして、……どうしてわたくしがこんな魔境探索をしなくてはなりませんのー」

「魔境じゃないよお」

 ペリーヌの横を歩くリーネは苦笑。

「うう、熊とか出たら、……どうすれば」

「歌いながら歩くと熊は出ないらしいよ」

「ミーナさんっ、お願いしますっ」

「歌いながら歩きたくないわよ」

 ちょっと楽しそうだな、と思ったが、柄じゃない、と拒否。

「まあ、じゃあ仕方ないね。

 熊よけの鈴でもつけようか。ペリーヌ君。ちょっと止まって」

「はい」

 止まる、と豊浦はペリーヌのリュックに大きな鈴をつける。軽く振ってみると、かろんかろん、と音。

「ふふ、面白い音だね」

「そうですわね。これで、熊は出ませんの?」

「うん。……まあ、一応ね。さすがに野生動物相手に絶対は言えないよ」

 一応、というところで抗議しようとしたが、確かに相手が野生動物では仕方ない。ペリーヌはしぶしぶ頷く。

 そして歩き出す。歩を進めるたびにかろんかろん、と音が鳴る。

「何の音?」

 エーリカが振り返って問いかける。「迷子にならないように鈴の音だよ」と豊浦。

「あー、ペリーヌ迷子になりそうだし」

「なぜですのっ?」

 なぜか納得するエーリカに怒鳴る。エーリカはにやあ、と笑って、

「でっかい虫とか出たらさ、パニックになってどこか適当なところに逃げ出しそうじゃん?」

「うぐっ?」

 そのことを想像し、そうかもしれません、と納得してしまったペリーヌは言葉を噤む。

「でっかい虫っ? 見つけたっ?」

 そして、ひょい、と飛び出すルッキーニ。「見つけてませんわ」と、ペリーヌはひらひらと手を振って応じる。

「ん? その音はなに?」

「鈴ですわ。熊とか怖い動物が寄ってこないようにするための」

「へーっ、おもしろーいっ!

 ペリーヌっ、あたしも欲しいっ」

「ルッキーニ君もつける?」

 豊浦は鈴を取り出す。かろんっ、と音。

「うんっ」

 豊浦はルッキーニのリュックにも鈴を括り付ける。ルッキーニは上機嫌に飛び跳ね、そのたびにかろん、と音が鳴る。「ありがとっ」と、シャーリーのところへ。

「シャーリーっ、鈴もらったーっ」

「え? それくれたのか?」

「ちょっと、ルッキーニさんっ! もらったわけではありませんわよっ!」

「ああ、いいよそのくらいは。大したものでもないしね。

 ペリーヌ君も、よければそれあげるよ?」

「そ、そう、……では、いただきますわ」

 ペリーヌは嬉しそうに応じる。リーネ笑顔で「よかったね。ペリーヌさん」

「え、ええ、あの子たちも、喜んでくれそうですわね」

 あの子たち、……ペリーヌが預かっている孤児たちだろう。リーネとも交流がある。家族を失い、それでも暗い様子もなく、ペリーヌたちと懸命に生きる子供たち。

「うん、きっと喜んでくれるよ」

「お土産?」

「そうなの、ペリーヌさん。孤児を引き取って面倒を見てるの」

「そうなんだ。ペリーヌ君は偉いね」

 感嘆する豊浦。ペリーヌは視線を背けて「ま、まあ、これも領主としての義務ですわ。別に驚かれるようなことでもありませんわよ」

「それでも偉いよ。ペリーヌ君は頑張ってるんだね」

 ぽん、と。

「ふ、……あ、」撫でられて、じわじわと顔が赤くなって「ちょ、やめなさいっ」

 振り払った。豊浦は笑って「ああ、ごめんね」

「ま、まったくっ、小さい子供じゃないのですのよっ! やめっ、やめなさいっ! やめてっ!」

 しつこく撫でる豊浦を相手に悪戦苦闘するペリーヌ。豊浦はけらけら笑って手を放す。

「むーっ、……もうっ、意地悪な人ですわねっ」

「いやあ、僕も年寄りでねえ」

「まったくっ!」

 ペリーヌはそっぽを向いて歩き出す。「リーネ君?」

「あ、……あ、ご、ごめんなさいっ?」

「なにが? まあ、ほら、急がないと置いていかれるよ」

「はいっ」

 

「うがー、つーかーれーたー。こたつー」

 ぐったりと歩くエーリカ。トゥルーデは彼女の手を引っ張って歩く。

「そろそろ休憩にしますか?」

 美千子は苦笑して振り返る。トゥルーデは振り返る。

 大仰に肩を落とすエーリカはともかく、ペリーヌやリーネ、サーニャ、エイラにも疲れが見える。

「そうだな」

 慣れない山道を歩きっぱなしだったし、一息つくのもいいか、とトゥルーデは頷く。

「みなさーん、休憩にしますよーっ!」

 それを聞いて芳佳は手を振る。ほっと、安堵の声。

「さて、それじゃあ芳佳君、美千子君、茣蓙を広げるから手伝って」

「ござー?」

 疑問なのかよくわからない声を出すエーリカ。

「まあ、簡単な畳だよ。と」

 ばさっ、と茣蓙を広げる。「レジャーシートさえも草」と、慄くペリーヌ。

「……それにしても、山川と宮藤は元気だな」

 トゥルーデもかすかに疲れを感じて一息。腰を下ろす。男性の豊浦はともかく、芳佳と美千子にも疲れた様子は見られない。

「慣れていますから」

「そうか、…………むう」

 芳佳はともかく、美千子は一般の女学生だ。その彼女より体力がないような気がしてトゥルーデは難しい表情。

「あー、つーかーれーたーっ」

 ごろん、とエーリカとエイラはそろって寝転がろうと倒れ、頭をぶつけて悶絶。「なにやってるんだお前らは?」と、トゥルーデ。

「ええと、……豊浦さんは山家よね?

 いつもこういうところで暮らしているの?」

「そうだよ。まあ、茣蓙なんて上等なものは滅多に持ち込まないから、葉っぱ集めて寝転がることが多いけどね」

「葉っぱ?」

「荷物は少ない方がいいからね」

「まあ、確かにかさばるよねー」

 ごろごろ寝転がるエーリカ。

「そういう事」

「あの、豊浦さん。聞いていい?」

 不意に、芳佳が手を上げた。「なにかな?」

「あの、…………どうして、山で暮らしているの?」

 問いにくそうに、口を開く芳佳。

 平地で暮らした方がずっと楽だろう。豊浦にそれが出来ないとは思えない。

 けど、それでも、不便な山で暮らす理由。もしかしたら、

 …………もしかしたら、聞いては悪いことかもしれない。平地にいられないような、辛い事情があるかもしれない。けど、

「ん、ただの好奇心だよ」

 あっさりと、応じた。

「豊浦は物好きな奴だなー」

 エーリカと寝転がる場所の取り合いを演じていたエイラがごろんと転がって告げる。否定できない。

「あの、どんなことに興味があったのですか?」

「そうだね。さっきの、芳佳君の問いかな。

 山家は僕だけじゃない。だから、わざわざ山で暮らす人の話を聞いてみたかったんだ」

 豊浦の答えに、そこにいる少女たちは興味の視線を向ける。

「大まかに二種類。一つは資源のためだね」

「資源?」

「そ、木材、鉱物資源、……あとは、川魚、狩猟目的、…………マタギはまだいるのかな?

 ともかくそういう人たちだよ。まだ開拓されていない場所、知られていない資源を探すために、奥地を目指して山に分け入った人たち。……当然、すぐに入って戻ってこれるような場所にはもう手が付けられているから、すぐには戻ってこれない奥地に進むためには山で暮らす必要があるからね。

 そして、鉱脈を見つけて独占できれば莫大な富に繋がる。狩猟で得た食肉は平地の人にしてみれば珍しいごちそうだからね。危険だけど、それに見合う価値があるんだ。

 それと、もう一つは悪人かな」

「悪人?」

「そ、殺人、強盗とかして平地にいられなくなった人、山に隠れて暮らすしかできない罪人。…………それと、そうだねえ」

 不意に、豊浦は意地悪く笑う。

「芳佳君みたいな、かな」

「わ、私っ?」

「芳佳ちゃんは悪い人じゃないですっ」

 反射的に立ち上がるリーネ。その視線には強い憤り。

 そして、彼女の友人たちも非難の視線を向け、豊浦は苦笑。

「自分の理想を貫くために権力者に刃向かい。けど、敗北して追放された《もの》たち。

 正しい、を執行する者たちに自分の正しさをもって相対し、敗北して悪人とされた《もの》。……さて、規則をよく破っていた芳佳君は、こういう人じゃないのかな?」

「心当たりがありすぎるわね」

 ミーナは同意。そして、納得。

 軍部でも反逆罪という言葉がある。自分の信じる正義のために上に反逆する者。それは確かに上層部から見れば悪人になるのだろう。けど、

 ミーナは、不意に、困った現実に思い至り頭を抱える。シャーリーは大笑い。

「それじゃあ、私たちの部隊は悪人だらけだなっ」

「ちょっとっ、わたくしまで巻き込まないでくださいますっ?」「わ、私もー?」「私もかっ?」

 心外なペリーヌとリーネとトゥルーデが抗議の声。「サーニャもか?」

 自分はいい、命令を真面目に聞いているとは思っていないのだから。

 けど、大切な少女まで悪人呼ばわりされてむくれるエイラ。サーニャは微笑。

「まだ、そういう事はしてないかもしれないけど。……けど、」

 いたずらっぽく、エイラに笑いかけて、

「大切な人のためなら、私も悪い人になっちゃう、かも」

「う。……ま、まあ、サーニャがそれでいいなら、いいけどさ」

 そんな微笑にエイラは頬を染めてそっぽを向く。

「なに照れてんの」

「照れてないっ」

 にやにや笑うエーリカにエイラは怒鳴る。けど、

「それは、辛いよね」

 自分の貫きたい理想。けど、そのために悪と呼ばれて追放されたこと。

 以前、《STRIKE WITCHES》が解散させられ、故郷に戻された時の事を思い、ぽつり、リーネは呟いた。

「そうだね。……だから、山には怨霊も出るんだ。理想を踏みにじられ、居場所から追放された《もの》が、追放した者への怨みを抱えて、山に行き、山に隠れ、山で死ぬ。

 その怨みがこの昏い山には堆積しているんだよ」

「うっ」

 怨霊の実在は信じられない。けど、豊浦のいう事に妙なリアリティを感じてリーネは小さく震える。

「あう、あう、あううう」

 ルッキーニはシャーリーの後ろで震える。シャーリーは彼女を撫でながら「あ、あんまり、こ、怖いこと、いうなよ、な」

 思わず下りる沈黙。豊浦は苦笑。

「ま、そういう人たちもいるっていう事。悪人には悪人なりの事情もあるから、ね? 可愛い悪人さん」

 笑って芳佳を撫でる。……確かに、豊浦の最後に語った悪人には共感できる。というか、自分もそうだっていう自覚はある。

 けど、

「あ、あんまり悪人って言わないでよ」

 そういわれるのはやっぱり、ちょっといや。唇を尖らせてそっぽを向いた。

「いやいや、ごめんごめん」

「むー」

 困ったように笑って芳佳を撫でる豊浦。ふと、リーネはそんな彼を見て、思い出したこと。

 彼は自分の事を魔縁といっていた。怨霊のようなものだ、と。

 なら、

「豊浦さん、も?」

「ん?」

「…………あ、ごめんなさい、なんでもない、です」

 小さな、小さな呟き、問い返した彼にリーネは首を横に振る。

 聞いてみたい、と思った。けど、それは彼の辛い過去を引き出すことになる。興味本位で聞いていいことじゃない。

 だからリーネは言葉を濁し、視線を背けて追及を避けた。

 



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十話

 

「…………こ、これはなかなか、険しい、ですわね」

「はふー、あうー」

 ふらふらと進むペリーヌと変な声を上げるリーネ。

「みなさーん、大丈夫ですかー?」

「気を付けてくださいねー」

 先頭を歩く芳佳と美千子は手を振る。その後ろを頑張ってトゥルーデが続く。

「ま、山道って言っても整備されている場所ばかりじゃないよね」

 道、というにはここは険しい。ところどころ岩が突出し、草が茂り木の根が飛び出している。まっすぐ歩くのは困難だ。

「うぐぐ、サーニャがんばれ」

「エイラも、頑張ろうね」

 エイラとサーニャは手に手を取り合って協力して登っていく。その横をぴょんぴょんと身軽にルッキーニが通過。

「んー、木陰が涼しいなー」

 シャーリーが深呼吸、ミーナは汗をぬぐいながら「思ったよりハードね」と呟く。

「あんまり山道とか慣れてないしな」

「だるい、疲れた。……木陰はいい感じ。昼寝したい」

 ぷつぷつとエーリカは呟きながら歩を進める。

「豊浦さんは、辛くありません、の?」

「いや、大丈夫だよ」

 荷物を持ちながら豊浦の足取りが鈍ることはない。

「体力あるんですね」

「どっちかっていえば慣れかな。

 山家はここで狩りをしなくちゃいけないし、あんまりのんびりもしていられなかったからね」

「そうなんだ。凄いなあ」

「修験者はもっとすごかったよ。……あ、修験者っていうのは山籠もりしてる。……………………まあ、鉱物資源を目当てに山籠もりしてる。……修行者? なんだけど。これよりずっと険しい山道を平地を走るのと似たような感じで駆けまわってたよ」

「信じられませんわ」

 ペリーヌも進む先を見て溜息。歩くだけでも気を使うのに、ここを走るなんて考えたくもない。

「平地の人が見かけたときは空を飛んでいる、なんて思われていたらしいね」

「気持ちわかります」

 リーネは一息ついて応じる。こんな歩くのも大変な悪路を走り回っていたら、遠目には低空飛行していると思うかもしれない。

 ともかく、山道に慣れていないウィッチたちは慎重に歩を進める。途中でサーニャが転びそうになり、芳佳が抱き留めてエイラが突撃して三人並んで転がるというトラブルがあったり、

「疲れたら抱っこしていこうか?」

「遠慮します」

 へたりこみそうなミーナは軽く笑って提案する豊浦を睨んだりしながら険路を進み。

「頂上到着ですっ」

「「おおっ」」

 眼下に見える木々、山林とその向こうにある山村。

「高所からの光景は見慣れているつもりだったが。自分の足で登ったと思うと格別だな」

 トゥルーデも感慨深く呟く。標高五百メートル程度。ウィッチたちの基準で言えば高いといえる場所ではない。

 けど、山道を一歩一歩歩いてここまで来た。そう思えば見慣れた高所からの景色も別物に見える。

「それじゃあ、エイラ君が写真持ってるから撮影しようか」

「お、そうだな。頼むよ」

 エイラから写真を受け取って構える豊浦。けど、

「豊浦さんは、はいらない、ですか?」

 リーネがぽつりと問いかける。

 ここに来る途中。いろいろお話をした。だから、記念撮影も一緒がいい。

「入らないよ。僕は怨霊だから写真に写らないんだ」

「…………えー?」

 真面目な顔で素っ頓狂なことを言い出す豊浦に、思わずリーネは変な声を返した。

 

 小川に到着。開けた場所と明るい空間。そして、水の音を聞いて山道に疲れたウィッチたちは力を振り絞り、

「きゃははっ、つめたーいっ」

「ん、涼しい」

「あー、くたびれた」

 さっそく小川に突貫するルッキーニと、岩に腰を下ろして足を入れるサーニャ。シャーリーは寝転がる。

「豊浦さんは?」

 ペリーヌも近くの岩に腰を下ろして一息。気が付けばいない唯一の男性は、

「豊浦さんなら、釣りに行きました」

 美千子は微笑。「そう」と、ペリーヌ。

「あっ、ルッキーニちゃんっ、あんまり奥に行かないでっ、流れ速いよーっ」

「はー、水が冷たいなー」

 奥に突き進むルッキーニに芳佳は慌てて声をかけ、彼女の隣でエーリカは足に水をつけて寝転がる。冷たい、が。歩き回って疲労し火照った体には心地いい。

「疲れたー」

「お疲れ様。……ほんと、私も疲れたわ。

 鈍ってるのかしら」

 ミーナはエーリカの隣に腰を下ろして溜息。実を言えばここまで疲れるとは思っていなかった。

「ま、慣れてない道だからね。さすがに軍人じゃない人に体力で負けたりはしないよ」

 視線の先にはリーネと仲良く話をしている美千子。彼女は自分たちほど疲れている様子はない。

 エーリカも軍人としての自覚はある。私生活は気ままにのんきに過ごしているが、訓練を怠ったつもりはない。その自分が女学生より体力がないとは思えない。

 つまり、慣れの問題。

「そうでしょうね。…………トゥルーデがショックを受けてなければいいけど」

「あり得るなー」

 普通に考えればエーリカと同じ結論に達するだろうが、トゥルーデはそこに達する前に自己の未熟という結論を出して終わりだろう。自己研鑽は悪いこととは思っていないのでそれはそれで構わないか、と。エーリカは放置を決定。

 そして、軍人といえば、

「まあ、訓練としては悪くないんじゃないの? バランス感覚はつくだろうし」

 険路を歩くのに余計な体力を消耗するのはバランス感覚の問題もあるかもしれない。あてずっぽうで言うエーリカだがミーナは真面目に受け取ったらしい。

「そうね。時間があれば近くの山間部に、登山訓練もいいかもしれないわね」

「……ま、お手柔らかにね」

「それにしても、楽しそうねえ。冷たくないのかしら?」

 回復したらしい、シャーリーも川に突貫する。芳佳も川へ。

「まあ、疲れた後だしね。…………あ」

 芳佳に呼ばれてトゥルーデも川に向かう。川に向かって、足を滑らせて転んだ。

「トゥルーデっ?」

 盛大な水音と水しぶきをまき散らして川に没するトゥルーデ。ミーナとエーリカは顔を見合わせて、慌てて川へ。

「ぐ、……い、いたた。な、なんか、滑ったぞ」

「それは滑りますよ。川底の石には苔もありますし」

 芳佳はトゥルーデの手を取って立ち上がらせる。「大丈夫かーっ?」と、

 ざぶざぶと水をかき分けてくるミーナとエーリカ、……で、

「きゃっ? な、ひゃああっ?」

 ざぱんっ、と音。「って、私まで巻き込むなーっ!」

 足を取られたらしい、転ぶミーナと彼女に掴まれたエーリカ、と。

「え?」

 エーリカは反射的に手を伸ばす。その手の先には立ち上がりかけたトゥルーデ。そして、「芳佳ちゃんっ?」

 美千子と雑談をしていたリーネは慌てて声を上げる。その先、四人仲良く川の中に没した。

 

「まあ、盛大に楽しかったみたいだね」

「うぇっくしょんっ」「くしゅんっ」「うー」

「…………火がここまで有り難いと感じたのは、初めてよ」

「あははははっ、川に入って転んでずぶぬれか、あははははっ」

「お、お前も似たような状況だろうっ!」

 腹を抱えて笑うシャーリーに怒鳴るトゥルーデ。もっとも、彼女の言葉通りシャーリーもずぶぬれだが。

「違うよー、私はルッキーニと遊んだ結果だ。バルクホルンみたいなボケじゃない」

「ボケというなっ!」

 ルッキーニもそれは同様「びちょびちょー」と、笑う。

 ともかく、水中に没した四人。遊んで濡れ鼠になった二人。ペリーヌが呼んできた豊浦の熾した焚火で暖を取る。

「はい、タオル。体を拭いて服が乾くまでくるまってなさい。

 僕はしばらく釣りをしてるから、服を着たら呼んでね」

 さすがにタオルしか身にまとっていない少女たちと一緒にいるつもりはないらしい。豊浦はタオルを人数分放り投げてさっさと釣り場に戻る。

「あ、私も釣り見てみたいです」

「私も見物してる」

 釣りに興味を持ったらしい、サーニャとエイラは豊浦の後を追いかける。

「河原で走ってはだめだよ。転んだら怪我するからね」

「はい」「わかってるよ」

「まったく、川で遊んでこの様って、子供ですの?」

「楽しかったっ」「子供だよっ!」

 豊浦が視界から消えたので気兼ねなく立ち上がり胸を張るシャーリーとルッキーニ。もそもそと服を脱ぎながらミーナは「油断したわ」と溜息。

「私は子供じゃないよ。ミーナに巻き込まれたの」

「……ごめんなさい」

 足を滑らせ、反射的に近くにあるもの、つまりエーリカの腕をつかみ、そのまま転んで巻き込んだ。ミーナは謝るしかできない。

「そして私はハルトマンに巻き込まれたんだな」

「トゥルーデはいいじゃん。もともとずぶ濡れだったんだから」

「私も」

「…………すんません」

 事故に巻き込まれた芳佳にエーリカは謝る。「ごめんなさいね」と、元凶も小さくなる。

「早く拭かないと風邪をひいちゃいますよ」

「こんなところで風邪をひいて、鉄蛇との交戦に影響を出さないでくださいね」

 苦笑するリーネにペリーヌも呆れた表情で告げる。「わかってる」とトゥルーデ。

 ともかく体を拭いて、濡れた服は近くの岩の上に広げる。そしてタオルにくるまり火にあたる。

「…………着替え、持ってくればよかったわ」

 なんで晴天の下タオル一枚で火にあたって暖を取っているのか、その現実を思いミーナは頭を抱える。

「ごめんなさい。気が回らなくて」

 小川に行く事は聞いていた。けど、こうなることは想像できなかった。肩を落とす美千子にミーナは首を横に振る。

「いいのよ。私たちも、気が回らなかったわ」

「準備不足だな」

 トゥルーデも続く。失敗した、と。

「まっ、楽しかったからいいじゃんっ」

「ねーっ」

 遊んだ結果ずぶ濡れになった二人は気にしない。ぱちぱちと焚火にあたる。

 と、

「おーいっ、リーネー、山川ー、ツンツン眼鏡もちょっと手伝えー」

 不意に、奥から声が聞こえた。エイラの声。三人は立ち上がる。

「なんだろうね?」

「わからない。……けど、行ってみよう」

「まったく、今度はなんですの?」

「釣りかなあ?」

 ぱたぱたと三人は呼ばれたほうへ。行ってみると乱雑に放り投げた木の枝。

「豊浦さん、大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫だよ」

 木々の中に突撃する豊浦と、心配そうに彼を見ているサーニャ。エイラは溜息。

「薪が足りなさそうだから調達だってさ。あっちのあほどものところに持ってってやってよ」

「はあ、仕方ありませんわね」

 溜息をつくペリーヌ。どうしてわたくしが、とは思うがさすがにタオルしか身にまとっていない彼女たちに頼むわけにもいかない。

 がさがさと音、そして、木を割る音。豊浦の向かった先から小枝が放り投げられる。エイラとサーニャは放り投げられた小枝を適当にまとめて、

「それじゃあ、持っていこうね」「はいっ」

 リーネと美千子は薪を集めて一抱え。並んで歩きだす。

「ごめんね、美千子ちゃん。お手伝いしてもらっちゃって」

「ううん、大丈夫ですっ。……えへへ、それに、ちょっと嬉しいです」

「そう?」

「はいっ、私、ウィッチにずっと憧れていましたっ、だから皆さんに会えて光栄ですっ」

「そうなんだあ」

 憧れの存在、そういわれて照れくさそうにリーネは応じる。

「私、魔法の才能はないので、ウィッチにはなれないですけど、皆さんのサポートが出来るお仕事に就きたいって思ってますっ」

 そして叶うなら、大切な友達である芳佳の従兵になりたい。

 真っ直ぐに憧れの視線を投げる美千子に、リーネは微笑。

 ウィッチは女性だ。男性が苦手なウィッチは女性の整備士を希望することが多い。が、現実としてウィッチではない女性の軍人は非常に少ない。

 ゆえに、常に女性の従兵には常に高い需要がある。当然相応の能力が求められるが、美千子がそれに向かって努力すれば、自分たち《STRIKE WITCHES》の下で従軍できる可能性は十分にある。

 だから、

「きっとなれるよ。その時は、一緒に頑張ろうね」

「はいっ」

 そんな希望を込めて、二人は笑顔を交わした。

 

 服も乾いて着る。トゥルーデの呼びかけにサーニャとエイラが戻ってきた。

「あれ? 豊浦は?」

 シャーリーが首を傾げ「下ごしらえだってさ」と、エイラ。

「魚を捌くの、見ない方がいいって言われたから」

「そう、かもね」

「豊浦から、昼食の準備をして待っててだってさ。

 あ、焚火はそのままにしてだってさ。それと、でかい石どかしておいてって」

「魚焼いてくれるのかな」

 ペリーヌが薪を放り込む。ぱちぱちと爆ぜる音。

「そうじゃない? あー、いいねーっ、晴れ空の下で食べる飯ってのも」

「うんっ、わくわくするねっ」

 茣蓙を広げてお弁当のおにぎりを並べる。適当に水筒をおいて「準備完了?」

「あんまり作らなかったね。もうちょっと作った方がよかったかなあ」

「荷物を増やすのも考え物だし、これでいいんじゃない?」

「出来たよー」

 豊浦は枝と葉で作った簡単な笊に串を刺した魚をもって顔を出す。石をどかしてできた地面に刺していく。

「それじゃあ、これは焼けるまで待つとして、おにぎり食べ始めようか」

「さんせーっ、やったーっ、あたしお腹ぺこぺこーっ」

 ルッキーニが皆の思いを口に出す。山を歩き回って川で遊んで、随分とお腹空いていた。

 さっそくシャーリーはおにぎりを食べる。具はなく塩で味付けしただけのシンプルなものだが。

「うまーっ、やっぱ米に限るなっ」

「……お前はどこの国出身だ?」

「えー、いいじゃんか。美味いものは美味いんだし」

「まあ、それもそうだな」

 トゥルーデも頷く。美味いものは美味い、それは事実だから。

「汗をかいた後は塩分を取った方がいいよ。塩気のある食べ物は美味しく感じるだろうね」

「サンドウィッチは、……駄目かなあ?」

 リーネが困ったように呟く。ペリーヌは首を傾げ、

「…………あ、あんまり想像できませんわね」

「と、そろそろ焼けたかな」

「ええと、……お箸、とか持って来たかしら?」

 ミーナは荷物の方へ視線を向ける。「あ、」と芳佳。

「持ってきてない」

「必要ないよ。そのまま食べられるよ。腸は抜いてあるから」

「え?」

 そのまま? と、ミーナは焼いた魚を見る。頭と尻尾はさすがに食べられそうにないが。

「皮、も?」

「食べられるよ。頭と尻尾と骨以外は」

「好きな人は好きですよねー

 私のお父さん、腸抜きは邪道だとか言うんですよ」

「苦味があるからね。そういうのが好きな人もいるよね」

「豊浦さんもですか?」

 美千子の問いに、豊浦は頷く。

「食べられるものは、なんでも食べないとね。無駄に出来るものは何もないよ」

「あっ、山で暮らすと、そうですね」

「実は苦手なんだけどね。苦いから」

「そうですよねー、私も、こっそり抜いてもらってます」

 美千子と豊浦はそんな言葉を交わして食べ始める。芳佳も串をもって食べ始める。

「た、食べられるんだー」

 リーネは魚の串焼きを見て呟く。他の皆も慣れない食べ方に戸惑っている。豊浦は苦笑。

「無理に食べなくてもいいよ」

 食文化は国それぞれだ。嫌悪も忌避も国ごとに異なる。無理に食べさせるつもりはない。

「うー、…………え、えいっ」

「リーネさんっ?」

 かぷ、と小さく齧りつくリーネになぜか驚愕の声を上げるペリーヌ。

「あ、…………美味しい」

 その呟きにシャーリーとルッキーニも続く。かぷ、とサーニャが一口。

「う、うまいか?」

「うん、……えへへ、こういう食べ方初めてだから、不思議な感じするね」

「そ、そうだな。……うむむ」

「エイラ、苦手なら無理しないで。

 私、食べるよ」

「うー、た、食べるっ」

「なんでそんな覚悟が必要なの?」

 はむはむと焼き魚とおにぎりを交互に食べながらエーリカ。

「うう、なんて、品のない」

「山暮らしに求められてもねえ」

 右手に焼き魚をもっておろおろするペリーヌの呟きに豊浦は苦笑。

「ま、こういう食べ方もあるっていう事だよ。

 食べないなら僕が食べるよ」

「…………ええ、お願いしますわ」

 どうしても抵抗があったペリーヌは豊浦に渡す。豊浦は代わりにおにぎりを渡す。

「ペリーヌさんは、こういう食べ方は苦手?」

 芳佳の問いにペリーヌは困ったように頷く。

「ええ、作っていただいておきながら申し訳ないのですが」

 ペリーヌは軍人である以上に領主であり、貴族だ。そう自認しているし、そうあるように教育を受けている。

 愛する故郷を守る。そのためにはその在り方を是としている。けど、それゆえに受け入れられない事もある。幼少より叩き込まれた礼儀作法からかすかな拒否感がある。

「そう思ってくれればそれでいいよ。僕の事は気にしないでいい。

 捨てたら怒るけどね」

「もちろんですわ」

 頷く、捨てるつもりはない。食材の調達。そこにどれだけの苦労があるか知っている。時間をかけ、多くの労力をかけてやっと得られる大切なものだ。それを知っていて蔑ろにするなど領主として出来るわけがない。

「そうか、ツンツン眼鏡は魚食べられないのか。

 じゃあ、私の分のおにぎりもあげるよ」

「私のも、いいよ」

「私もあげます」

「私も、はい、ペリーヌさん」

「これから下山もある。ちゃんと食べておけ」

「途中で腹減って動けなくなったら困るしねー」

「そうね。いつでも万全の体調を維持するのは大切なことよ」

「よっし、じゃあ、あたしもあげるっ」

「へ? え?」

 ずい、と集まるおにぎり。最後にシャーリーは笑って「残さず食えよ」

「こんなに食べられませんわよっ!」

 



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十一話

 

 がっ、と音。

 がっ、がっ、と木を削る荒い音。

「今度は何をしているんですの?」

 太い木の枝を削る音。ペリーヌはひょい、と覗き込む。

「ん、ああ、円空君の真似事でね。鉈で仏像を作ってるんだ。山に入ったら一つは作ってそこらへんにおいておくようにしているんだよ」

「そこらへん」

「まあ、もともと木だからね。あって害になる物でもないし」

「お地蔵さま、ですか?」

 一緒にいるのはサーニャと芳佳、リーネ。

「ううん、ちょっと違うよ、と。

 ん、と。…………こんなものかな」

「これで完成?」

 芳佳は首をかしげる。仏像、というのは扶桑皇国出身の芳佳も何度か見たことがある。

 丁寧に彫られた木像。今にも動き出しそうな姿と優しい顔立ちにしばらく見入っていた記憶がある。けど、

 豊浦が完成と称したのは随分と出来が粗い。

「そ、円空君はこういうのをたくさん作ってたんだよ」

「こんな簡単な仏像があるんだ」

「芳佳ちゃんが知っているのとは違うの?」

 当然、仏像なんて見たこともないリーネに豊浦が作った仏像がどういうものかの判別はできない。

「うん、国宝とか、すっごい貴重な文化財。とかもあるんだよ」

「…………え?」

 そこら辺の木を鉈一本で乱雑に加工したものはさすがに国宝とは思えない。

「そういう仏像もあるけどね。

 円空君はそういうのを嫌って道端において拝んでくれればそれでいい、っていう程度だったみたいだよ。

 はい、ペリーヌ君、あげるよ」

「え? あ、はい、ありがとうございます」

 ぽいっ、と放り投げられる。反射的に受け取る。受け取って、サーニャと芳佳とリーネも含めてまじまじとそれを見る。

 そこら辺の木を適当に加工しただけ。価値があるとは思えない。

「はい、リーネ君」

 そうしている間にもできたらしい。ぽいっ、と豊浦は仏像をリーネに投げ渡す。

「あ、ありがとうございます。…………ええと?」

 リーネも仏像に視線を落とす。乱雑に彫られた目と口と鼻、それが、笑っているような気がしてなんとなく笑みが浮かぶ。

「机の隅っことか、庭の端っこにでも置いておいて、見かけたら今日一日いいことがありますように、って手を合わせて呟いてみるといいよ」

「そういうものなの?」

「そういうもの。なんでもいいんだ。

 ただ、一日の始まりに今日一日穏やかに暮らせますように、って祈って、一日が終わったら平穏な一日をありがとうございました、って。感謝する先があればね」

「…………穏やかに、か」

 いいな、とリーネは憧れるように呟く。

 自分はウィッチだ。そして、欧州はネウロイの脅威にさらされている。平穏なんて、どこにもない。

 けど、せめてそう祈ることが出来れば、

 機械のように敵を壊すために戦うのではなく、平穏を守るために、この、大切な世界を守るために戦っているんだと。その思いを忘れたくない。

 そのためにも、日々の祈り、理想の形を口に出すのは、いいのかもしれない。

「毎日毎日、生きるのも大変だった貧しい村の人たちはそれで十分だったんだ。

 それがなんだってかまわない。実際に効果があるかなんて気にしない。ただ、祈って縋る何かがあればね。……それを愚かと思えないほど、困窮していた人たちもいたんだ。はい、芳佳君」

「あ、ありがとう」

「円空君はそんな人たちのためにたくさん仏像を作ってたね」

「優しい人、だったんだね」

 生きるのも大変な人たち。そんな人たちが報酬を払えるとは思えない。おそらくは無償奉仕だろう。

 けど、それでも、それを続けたのなら、そこにあったのは貧しい人たちがせめて希望を忘れないでほしいと、そんな優しさからと思うから。

「そうだね。……………………守屋も、そんな人の弱さを理解できれば、……ね」

 不意にこぼれた寂しそうな声。

「守屋?」

「サーニャ君にはあとでお地蔵さまをあげる約束してたけど。こっちはどうする?」

「あ、欲しいです」

「はい、どうぞ」

 サーニャは受け取り微笑む、と。ひょい、と彼女の後ろから声。

「なになにっ、何かもらったのっ? わっ、あはははっ、変な顔ーっ! 変なのーっ、なにそれーっ?」

 顔が面白かったらしい、ルッキーニがけらけら笑う。サーニャは唇を尖らせて「可愛いよ」と応じる。

「ありがとうございます。大切にします」

「そうだね。……あ、そうだ。これは扶桑皇国に伝わる御伽噺だけどね」

「御伽噺?」

「昔にね。お地蔵さまを放り投げて遊んでいた子供がいたんだ」

「そうですの? まったく、悪童はどこにでもいるんですのね」

 呆れたようにペリーヌが呟く。「そうだね」と豊浦は頷いて、

「ペリーヌ君と同じことを思った大人の男性がその子供を叱ったんだよ。お地蔵さまで遊ぶな、ってね」

「当然ですわ」

「そしたら、その大人の男性はお地蔵さまに怒られたんだ。

 どうして子供と遊んでるのを邪魔をしたんだ。だって」

「…………ええ?」

 まさかの展開にきょとんとするペリーヌ。「それ、放り投げて遊ぶものなの?」

「それもいいかもね。ルッキーニ君にも何か作ってあげるね」

「うんっ」

「お地蔵さまは子供が好きなんだよ。だから、きっとみんなの祈りも聞いてくれるよ」

 楽しそうに笑う豊浦、鉈で器用に木像を彫る姿にルッキーニは歓声を上げる。そして、芳佳とリーネ、サーニャとペリーヌは、不意に思ったこと。

「「「「子供扱いしないでっ」」」」

 四人そろって声を上げた。

 

 下山からしばらく、黙々と山道を下りていると、不意に、

「ふ、……うっ」

「ペリーヌさんっ?」

 後ろの方をリーネと歩くペリーヌが不意に姿勢を崩し、木によりかかる。

「大丈夫か?」

 トゥルーデの問いにペリーヌは弱々しく微笑んで「大丈夫、少し、疲れただけですわ」

「少し、休憩にしますか?」

 芳佳は心配そうに空を見上げて呟く。

 少しずつ、暮れ始める空。長時間の休憩をしては暗くなってしまうかもしれない。

 暗い山道は危険だ。芳佳や美千子も親から強く戒められ近寄ったことがない。

 けど、

「いや、それじゃあ、暗くなるからね。

 ペリーヌ君は僕が抱えていくよ」

 へ? と、誰かが呟く前に、

「ひゃあっ?」

 ひょい、と豊浦はペリーヌを抱え上げた。

「な、ちょ、ななっ」

「こらこら、暴れないで、落とすよ」

 豊浦の腕の中でじたばた暴れるペリーヌ。けど、豊浦は苦笑するだけで揺るがない。

「あの、ペリーヌさん。

 出来れば、それでお願いしていいですか? ええと、やっぱり休憩すると暗くなっちゃうから」

 申し訳なさそうに芳佳は声をかける。暗くなる、ただでさえ慣れない山道でそうなればどれだけ大変か、……それを察し、ペリーヌは小さくなる。

「夜の山はとても危険だよ。僕たち山家でもめったに近寄らない。

 怨霊、……は信じていないみたいだけど、そうだね。山犬とか、危険な動物もいる。僕たち山家も夜の山では見通しのいい場所を確保してそこから動かないからね」

 危険である、と。その現実をペリーヌはしぶしぶ受け入れた。

「わかりましたわ。その、…………お願い、しますわ」

「ん、任せて、……ああ、これがいやなら肩に担ごうか?」

「結構ですっ!」

 荷物のように肩に担がれる自分の姿を想像し即座に却下。芳佳は安心してまた前に戻る。歩き出す。

 けど、こんな姿勢は恥ずかしい。顔を真っ赤にして小さくなるペリーヌ。豊浦は少し困ったようにそんな彼女を見て、ふむ、と。

「そうだ。ペリーヌ君」

「な、なんですの?」

「扶桑皇国には臀部の表現として安産「死になさいっ!」」

 全力で殴った。

 

 エーリカは居間にある炬燵に潜り込み、愛用の綿入れを着こむ。畳にごろん寝転がる。手を伸ばして座布団を引き寄せ枕代わりに、

「…………至福」

「お前なあ」

「ウルスラも、わけのわからん兵器作らないでこういうの発明すればいいのに」

「軍費で炬燵なんて作り出したら上層部が怒るわよ」

「せんいこーよー」

 苦笑するミーナにひらひらと手を振ってエーリカ。「高揚しているようには見えんな」と、トゥルーデ。

「これ、基地に導入したらどうなるかしらねえ」

 ミーナももそもそと炬燵に入り、表情から力が抜ける。というか、全身から力が抜ける。

「…………ああ、これで書類仕事したいわあ」

「ぐー」

「ミーナっ!」

「まあまあ、トゥルーデも入りなさい」

「む、……そういえば、宮藤たちは?」

「宮藤さんとリーネさんサーニャさんとエイラさんはお夕飯を作ってるわ」

「随分な大所帯だね」

「なんでも、台所がものすごく原始的らしいのよ。ポンプとか、火を熾して鍋を温めるとか」

「…………旧家か」

「豊浦さんも見ているみたいだけど、まあ、見てるだけでしょうね」

「かもしれないな」

 トゥルーデももそもそと炬燵に潜り込む。じんわりとした温もりに脱力しそうになるのをこらえる。

「ふっふっふ、トゥルーデも炬燵の魔力にかかった?」

「かかるかっ」

 はあ、と三人で一息。

「それで、資料は届いたのか?」

「ええ、宮藤診療所に届いていたみたいね」

 ミーナは分厚い封筒を掲げる。その中身を炬燵の天板に広げる。

「扶桑皇国からね。陸上型ネウロイについては欧州に任せるつもりだったみたいで、蛇ついての資料ね」

「そのようだな」

 それが妥当だろう。欧州と比較すると扶桑皇国のネウロイ出現数は少ない。大した資料を集められるとは思えない。

 トゥルーデが手に取った資料は蛇の活動についてで、

「やはり、地中に潜る蛇もいるのだな。……む」

「トゥルーデ?」

「川にも生息か。……これは厄介だな。

 扶桑皇国の軍船にも襲撃するかもしれない」

「…………ええ、これは警戒の必要があるわね」

 ネウロイは基本的に水を嫌う。だが、これから相対する鉄蛇もそうだとは限らない。水に近寄らないことを前提として海に追い込んだらそのまま軍船を蹴散らして海上を逃げるということになりかねない。

「海蛇、というのもいるみたいだし、海に追い込んで逃がさないようにする、として行動したら海中に逃げ込む可能性もあるわね」

「そうなると手が出せないな」

 眉根を寄せる。ストライカーユニットは海中の潜行など考えられていない。銃弾が届くとも思えない。

 海に潜られたら、地中同様、手出しができない。

「ただ、移動速度は、……まあ、時速十キロ半ば程度。

 海中と地中にでも行かない限り取り逃がすことはないわ」

「そうだな」

 つまり、開放したら集中攻撃による短期決戦。リーネを除く全員で全身を銃撃し、コアを露出させたら即座に狙撃で仕留める。

「それと、毒だけど。噴射することもあるみたいね」

「ビーム以外の攻撃方法を持つネウロイか」

 それがどんな毒かは分からないが。

「近くに神経毒の毒霧をまき散らされて、近寄ったらマヒして墜落。なんてことになりかねないわ。

 トゥルーデ、銃で殴るのは自重しなさい。ルッキーニさんにも言わなくてはならないわね」

「ハルトマンなら吹き飛ばせるのではないか?」

 固有魔法で風を操るエーリカなら、その暴風で毒霧を散らせる。ミーナは「そうね」と頷いて、

「といっても不意を突かれては元も子もないわ。

 それに、ビームみたいにわかりやすいのならともかく、口から毒霧を撒かれているだけだと遠目から判断できないわよ?」

「……それもそうか」

「他のみんなの意見も聞きたいけど、私たちの結論は高度を確保して移動しながらリーネさん以外で全身を銃撃。コアを露出させたら即座に狙撃で仕留める、ね」

「逃げ出そうとしたら動きを止めなければならないが、サーニャもリーネと同様に待機がいいだろう。

 地面を掘り始めたら頭部に集中砲撃してもらえば、さすがに鉄蛇も動きを止めるだろうからな」

「そうね」

 トゥルーデと一先ずの方針を確認し、ミーナは頷いた。

 

「今日のお夕飯はお饂飩ですよー」

 豊浦が土鍋を運び、芳佳は茶碗とお椀と箸を持ってくる。

 サーニャとエイラは一緒にお櫃を運び、リーネは小皿を持って来た。

 そしてまた、囲炉裏の周りに座る。自在鉤に鍋を吊るして五徳で下から支え、囲炉裏の火に当てる。

 土鍋に集まる期待の視線。ぱか、と豊浦は土鍋の蓋を開ける。「「「おおっ」」」と、感嘆の声。

「美味しそーっ」

「また、雑多にものが入ってるな」

 トゥルーデが興味深そうに覗き込む。「彩がいいわねー」とミーナ。

 ネギやシイタケ、牛肉か、それに卵や白菜、様々な色彩がある。

「これは何ですの?」

「天麩羅です。お饂飩に入れて食べるの、私も初めてです」

「そうですの?」

 芳佳の言葉にペリーヌは首をかしげる。

「よくお醤油をつけて食べていたんです」

「鍋は、とりあえず入れてみる。……それでいいと思うよ」

「よくないと思うよ」

 しんみりと呟く豊浦に呆れ交じりに応じる芳佳。

 ともかく、それぞれのお椀に饂飩を入れていく。それと、

「あ、ご飯よそるから、お茶碗貸して」

 お櫃を開ける。ふわりとした炊き立てのご飯のにおいにサーニャは目を細める。

 美味しそうなにおい、と。

「たまごっ、たまごっ! 芳佳っ、たまご頂戴っ」

「はい」

 黄身を崩さないようにルッキーニのお椀に卵を滑り込ませる。「やったあっ」と目を輝かせるルッキーニ。

「扶桑皇国の料理は、……なんていうか、ごった煮なものが多いのですわね」

 土鍋の中を覗き込んでペリーヌ。豊浦は頷く。

「いや、切って煮るだけで、楽なんだ」

「…………ま、まあ、美味しいからいいですけど」

「ちゃんと味付け整えています。

 豊浦さんっ、手抜きしてるみたいに言わないでっ」

 みんなで食べる料理だ。味付けに手を抜いているつもりはない。

 故の抗議に豊浦は笑って「ごめんごめん」と、撫でる。

「もうっ」

 撫でられながら芳佳は膨れてそっぽを向く。

「ちょっと味は濃いめだから、ルッキーニちゃん。ご飯と一緒に食べるようにしてね」

「はーいっ」

 うどんをよそって、小鉢を手前に、サーニャがよそったご飯をおいて、いただきます、と声。

「自分の分が確保されてると、ちょっと安心」

 うどんを啜りながらリーネ。昨日の鍋は周りの速さに圧倒されて手出しがなかなか出来なかった。挙句に豊浦に意地悪されておろおろした。

 けど、今は大丈夫。ゆっくりとうどんを食べる。

「はふはー」

 温かい料理にはふはふと食べるエーリカ。

「けど、お鍋というのは案外いい料理かもしれないわね。

 いろいろな具材をまとめて食べられる。栄養のバランスを調整しやすいわ」

 つるつるとうどんを食べながらミーナ。「そうだな」とトゥルーデも肉を食べながら応じる。

「栄養の管理にはよさそうだ。それにこのうどんは消化にもよいだろう」

「冷蔵庫にもいいよ。入れられそうな残り物は片っ端から放り込めるからね」

「…………ええと、それもそう、かもしれないわね」

「とーよーうーらーさーんっ!」

 芳佳が抗議の声。お鍋も立派な料理。そんな風に適当に作っていいものじゃない。

「はは、ごめんごめん」

 微笑での謝罪に芳佳は納得しないらしい。相変わらず頬を膨らませていた。

「仲いいねー」

 はふはふとうどんを食べていたエーリカがそんなやり取りを見て、ぽつり、呟く。

「え? そうですか?」

「そ、だって宮藤。……………………ま、いっか」

「は、ハルトマンさんっ、何ですかっ」

「べっつにー、ま、宮藤が気にしてないならいいけどさ」

「な、なに、何ですかっ?」

 にやにや笑うエーリカに芳佳は問いを重ねる。けど、彼女はにやにや笑って答えず、天麩羅を食べた。

「おー、おつゆの味が染みててこれ美味しー」

「じゃあ、僕の分もあげよう」

「わーい」

 エーリカは豊浦から天麩羅を受け取る。

「そういえば、豊浦さん」

「ん?」

 笑顔で天麩羅を食べるエーリカを撫でていた豊浦は、リーネの声に視線を向ける。

「豊浦さんって、好き嫌いはあるの?」

「んー、嫌いなものは、苦いもの、あと、辛いものとかも苦手かな。

 好きなものは甘いもの」

「結構、子供っぽい味付けが好きなんだね」

 意外そうに呟く。「そうかな?」と豊浦は首を傾げた。

 

 食事が終わり、あとは眠るだけ。そんなゆったりとした時間。不意に、

「そうだ。サーニャ君。約束していたお地蔵さまだよ。

 はい」

 どこぞから取り出した地蔵の木像。丸々とした容貌と静かな微笑。サーニャは目を輝かせて、

「可愛い。…………あ、ありがとうございます」

 さっそく受け取り、少し考え、膝にのせて撫でる。

「気に入ってくれたかい?」

「はいっ」

 サーニャは笑顔。「よかったな」と、エイラはそんな彼女の笑顔を見て微笑む。

「それはよかった。……それと、リーネ君」

「あ、え? わ、私もっ?」

 いいなあ、と。横目で見ていたリーネは呼ばれて振り返る。豊浦は微笑み頷く。

「はい」

 とん、と。置かれたそれを見て固まった。

「…………可愛く、ない」

 サーニャが思わずつぶやく。ルッキーニが「格好いいーっ!」と歓声。

「……なにそれ?」

 芳佳が首をかしげて、豊浦は真面目な表情で頷く。

「それはね。蔵王権現、っていうんだ。

 昔、役小角っていう人が乱れた世を正すために呼んだ有り難い仏? だよ」

「あ、そうですか」

 かけらの興味もない芳佳は淡白に応じる。で、

「わ、私はサーニャさんのお地蔵さまみたいに可愛いのがよかったですーっ!

 豊浦さんの意地悪ーっ」

 リーネ怒鳴る。期待していたのだからなおさら、隣に座って半ば寝ていたエーリカが跳ね起きた。

「むう、……リーネ君には不評みたいだね」

「当然よ。こんな怒った顔の木像をもらって喜ぶ女性なんていないわ」

 ミーナが呆れたように木像を手に取る。威圧感漂うその表情。よくよく見れば結構な迫力を感じる。作成者の腕前には感服するが、女性への贈り物としてこれを選択するとしたらセンスが悪いを超越している。

「ちなみに、着色するとしたら青なんだよね」

「こわっ」

 迫力ある怒った顔の木像が青く着色。……それを想像して思わず変な声が漏れた。

 とにかく、好評だったルッキーニに蔵王権現の木像を押し付ける。で、

「ごめんごめん。はい、リーネ君」

「あ、こっちは可愛いです」

 ふくふくと微笑むお地蔵様の木像。それを受け取りリーネは安心したように微笑。

「リーネちゃんのも、可愛いね」

「うんっ」

「まあ、このくらいのものならいくらでもね。……さて、それじゃあ僕はそろそろお暇するよ」

 立ち上がる。「なんだ、また山に戻るのか? ここで寝てもいいと思うけど?」

 シャーリーの問いに豊浦は苦笑。「この家にもっと鍵があればそれもいいかもね」

「ほんと、何もないな」

 トゥルーデが呆れたようにぼやく。ろくに鍵のないこの家、扶桑皇国のセキュリティはどうなっているのか。軍人であるトゥルーデには理解が出来ない。

「まあ、そういうわけ。

 シャーリー君、君が気にしなくてもペリーヌ君とかは気にすると思うよ?」

「え? ええ、そうですわね。

 こんなセキュリティのまったくないような家で大人の男性と過ごすなんて言語道断ですわ」

 慌てたように言葉を紡ぐ彼女に豊浦は笑みを向けて、家を出た。

 



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十二話

 

「バルクホルン君は、半殺しにしようか、皆殺しにしようか」

 朝、ふらりと立ち寄った台所でそんなことを言われて、トゥルーデは挨拶を忘れて動きを止めた。

 沈黙。割烹着と三角巾を着た豊浦は首をかしげる。

「バルクホルン君、半殺しがいい? 皆殺しがいい?」

「…………それは、私に対する挑戦か?」

 割烹着姿の男性に問われ、敵意より困惑が先立つ。が、豊浦は首を傾げた。

「朝食の事だよ?」

 

「はい、これが半殺し、で、こっちが皆殺し」

「扶桑皇国って、ずいぶんと物騒な名前の料理があるのね」

 朝食、並べられた牡丹餅を見てミーナは首をかしげる。トゥルーデは溜息。

「紛らわしい、朝食のメニューに皆殺しやら半殺しと書いてあったら誰も注文しないぞ」

「それもそうだねー」

 メニューに書かれた半殺しの文字、少なくともエーリカはこれを食べ物とは思わない。

「半殺しでお願いします。なんてねー」

 ともかく、お茶と牡丹餅を並べて朝食開始。

「そうだ。みんな、今日、美緒や杉田大佐と鉄蛇に対しての作戦会議をするわ。その時は皆ここにいること、いいわね?

 当然、豊浦さんにも参加をしてもらうわ」

「ん、了解」

 牡丹餅を食べながら豊浦は応じる。作戦会議、と。それを聞いてウィッチたちは表情を引き締める。

 つまり、

「準備は終わった、という事か?」

「そうね。明日には鉄蛇との交戦になるわ。一応、予備の銃弾とかは持ってきてもらうけど、特に豊浦さん。必要なものがあったら言っておいてね」

「う、……ん。ん、うん。

 大丈夫、七星剣は四天王寺から持ってきてるから」

「……あ、そう」

 七星剣、というものについてはわからないが、おそらく豊浦の使う魔法に関係のある道具、とミーナは納得しておく。

「それに、僕の事は皆が守ってくれるみたいだからね。大丈夫でしょ」

「まあ、その信頼には応えさせてもらうわ」

 気楽ね、と。ミーナは苦笑。とはいえ信頼されていて悪い気はしない。

「だいじょーぶっ、豊浦はちゃーんと守ってあげるからねっ」

 ルッキーニも笑顔で応じ、「頼もしいね」と、豊浦は笑って彼女を撫でる。

「まあ、そのあたりの配置も含めてね。みんなも、交戦方法の相談もするから、それぞれのプランを考えておいてね」

「「「はいっ」」」

 生真面目な返事が重なり、ミーナは満足げに頷いて牡丹餅を一口。

「あら、美味し」

「皆殺しは気に入ってくれた?」

「…………美味しいけど、その呼称はやめてくれないかしら?」

 

「宮藤さんっ」

「あっ、静夏ちゃんっ、久しぶり」

 謹直に敬礼する静夏に芳佳は笑顔を向ける。その笑顔を見て、静夏も自然笑みが浮かぶ。

 それと、

「はっはっはっ、懐かしいなっ」

「坂本さんっ」

「懐かしい、というほどでもないでしょ、美緒」

 堂に入った高笑いの美緒。ミーナは苦笑。が、そんな彼女に美緒は拗ねたような視線を向けて、

「私一人で扶桑皇国中を駆け回ったのだぞ。そうも感じる」

「ああ、ごめんなさいね」

 随分忙しい思いをさせていたらしい。それと、

「彼が、その、豊浦か?」

 淳三郎と軽く挨拶を交わしていた豊浦。彼は頷く。

「やあ、初めまして、蘇我豊浦だよ」

「ウィッチ、ではないのだな?

 鍵を握る人物だと聞いているが?」

 豊浦について美緒と静夏はそれしか聞いていない。今回の作戦における重要人物である、と。

 ミーナが適当なことを言うとは思えないが、意味が分からない以上不信は残る。

「ええ、……そうね、そのことも含めて、作戦会議をしましょう」

 

 静夏は緊張していた。

 広い居間、そこに集まっているのは胡散臭い一名を除き、格上の存在ばかりなのだから。

 淳三郎はウィッチでなくとも海軍の大佐。下士官である軍曹にとってはるか雲の上に位置する階級であり、軍人の家系に生まれ、その基本を叩き込まれた静夏にとって会話するだけで緊張を強いられる位置にいる人。

 そして、欧州でも最上位の部隊。世界中のスーパーエースが集う《STRIKE WITCHES》。憧れ、あるいは、崇敬に近い思いがある。

 そんな人たちに囲まれての会議。これも経験だから同席しろ、と。美緒の言葉に頷いて同席したが。

「さて、それじゃあまずは現状の確認をしましょう。

 横須賀海軍基地は現在、蛇型ネウロイ、通称、鉄蛇が八匹封じ込めてあります」

「…………ああ、」

 美緒は頷く。その光景は確認した。けど、

「あれがどういうものかはわからないが」

「あれは豊浦さんが封印したらしいわね。……ええと、風水、だったわよね?」

「風水?」

「彼固有の魔法らしいわ。あと、陰陽、だったわね。

 美緒、それと、……ええと、服部さん。二人は聞いたことがある?」

 問われて二人は首を横に振る。

「固有の魔法でしたら、しかるべき調査機関に報告する必要があります。

 豊浦さん、ネウロイ討伐後、同行を」

「え? いやだよ」

 生真面目に告げる静夏に豊浦はあっさりと応じた。まあ、そんなところでしょうね、とミーナ。

 報告など考えもしなかったのんき者たちはともかく、

「なっ、……今この世界は「僕たちを化外に追いやった者たちのために働くつもりはないという事だよ」」

 豊浦は、嗤う。

「言ってなかったね。僕は魔縁、怨霊だ。今更人の世の助けになりたいとは思わないよ」

「わけのわから「ま、当人がそういってるならいーじゃん」」

 不意に割り込むやる気のない声。静夏は反射的にそちらに視線を向ける。

「ハルトマン中尉?」

「鉄蛇封印してんのは豊浦の魔法なんだから。機嫌損ねたら大型ネウロイ八体同時に暴れだしちゃうかもよー」

 彼がそんなことをするとは思えない。けど、こんなところでいがみ合っていても無駄でしかない。

 ゆえに話を切り上げる。静夏はまだ不満そうだが、それでもエーリカの言葉、頷いた。

「そうね。まずは鉄蛇の事に集中しましょう。

 それと、服部軍曹、彼は軍人ではありません。彼の意思を無視して軍に強制連行するなんて、それこそ人道を無視した言語道断の行いです」

「し、失礼しましたっ」

 ミーナも苦笑して告げる。静夏は慌てて謝る。

「さて、今回の鉄蛇は地下から出てきた、つまり、地下を潜行する可能性があるわ。

 地下に潜ったネウロイを補足する術はありません。もし取り逃がしたら最悪、補足もできないまま扶桑皇国は破壊されつくされかねないわ」

 ネウロイの脅威はここにいる皆が知っている。だから、一国を滅ぼすというその言葉に異を唱える者はいない。

「だから、取り逃がすことなく、確実に撃破することが前提よ。

 そのために、一体ずつ撃破していくわ」

「鉄蛇は八体いるのだろう? そんなことが可能なのか?」

 美緒の問いに応じるのは豊浦。

「出来るよ。それは僕が解除、制御する」

「そうか」

「ええ、それで、……まず、扶桑皇国のウィッチたちは豊浦さんの護衛を頼みたいのよ。

 豊浦さんの制御が失敗したら鉄蛇が八体同時に解放されるわ。そうなれば取り逃がす可能性はずっと高くなる。当然、交戦そのものも危険になるわ」

「そうだな」

 美緒は頷く。それに、戦力配分としてもちょうどいいだろう。

 扶桑皇国に残っているウィッチは経験不足の者が多い。優秀な者は最前線である欧州に送られるのだから当然のことだが、それはつまり集めたウィッチたちはここにいる《STRIKE WITCHES》よりはるかに格下ということになる。

 世界でもスーパーエースと呼ばれる者たちとそんなウィッチたちが一緒に戦えるとは思えない。それなら全員でシールドを張り一人の護衛に集中した方がいい。

「それと、海軍には横須賀海軍基地の敷地外に出ようとする鉄蛇の牽制と足止めに注力をお願い。

 集中砲撃をすれば動きを止めるのに十分でしょう」

「了解した」

 淳三郎は内心の安堵を押し隠して頷く。

 超高速で飛び回るウィッチたちの戦闘に艦砲で援護をするのは非常に気を遣う。彼女たちはネウロイとの戦闘に集中しているのだ。後ろからの艦砲にまで気を遣う余裕はない。必然としてこちらでウィッチに当たらないように砲撃することになるが、動きの遅い艦砲でそれは至難の業。けど、タイミングを絞ってくれるならやりやすい。

 頷く淳三郎にミーナは頷いて、

「その二つの指揮は美緒に任せるわ」

「わかった。任せろ」

 そして、《STRIKE WITCHES》の呼吸を誰よりも知る美緒がそれらの指揮を執るのが一番確実だ。

 それに、防御のタイミングも誰かが指揮を執って合わせた方がいい。未熟なシールドではネウロイの攻撃で簡単に砕かれる。ゆえに何層も重ねて防御をしなければならないが、扶桑皇国に残っているウィッチたちにシールドを重ねて張れるような連携が可能かは不明。連携が期待できないのなら指揮官を置く必要がある。ネウロイとの交戦経験が豊富な美緒が指示をするのが確実だろう。

「それで、豊浦さん。

 その制御はどこからなら可能?」

 出来るなら、横須賀海軍基地から離れて欲しいが、それは彼の都合次第。

「海上からでも出来るよ。ただ、屋外で、視認可能な場所の必要があるね」

「そう、なら、杉田大佐」

「わかった。《大和》の甲板に豊浦さんと、ウィッチ隊を配置しよう。

 艦隊の配置は?」

「それは任せるわ」

 そちらはミーナより艦隊指揮をこなしていた彼の方が効率よくできるだろう。ミーナの言葉に淳三郎は頷く。

「わかった。豊浦さんの護衛、および戦線離脱を試みた際の足止めとして艦隊の配置をする。あとで布陣をまとめた資料を送るが。……そうだな、交戦区域外への足止めだから、豊浦さん護衛のための中央艦隊と、足止め用に東と西の三艦隊を想定する」

「ええ、それでお願い。

 それで、鉄蛇への交戦ね。……美緒や服部さんもいることだし、仮説も含めてわかっている鉄蛇の話もしましょう。みんなもおさらいね」

 一息。

「まず、数は八ね。移動方法は蛇行。飛行型ネウロイよりも移動速度そのものは落ちるでしょうけど、これは移動するだけで家屋が踏み潰されることを意味するわ。ネウロイが通った跡は廃墟ではなく更地となるでしょう」

「蛇型のネウロイか、聞いたことはないな」

「それは我々も視認した。……いや、全容までは無理だったが、被害状況の航空写真や遠目から見た限りではそれで間違いない」

 淳三郎の言葉に豊浦も頷く。

「確かに聞いたことはないわね。けど、ネウロイも進化しているわ。

 服部さんも、人型ネウロイは聞いたことあるかしら?」

「トラヤヌス作戦で接触を試みた個体ですね。資料には目を通しました」

 静夏の言葉にミーナも頷く。

「それと、サーニャさん」

「あ、はい。……ええと、一昨日、封印地に近寄って私の固有魔法で内部を探ろうとしました。

 その際、内部を探ることに失敗して、意味不明な、断片的な映像を押し付けられました。ええと、森とか、山の映像です。ネウロイの電波妨害とは全然違うやり方でした」

「公式ではないとはいえ、伝承の怪物はネウロイである可能性が指摘されているわ。

 例を見ない形状や、サーニャさんの受けた映像妨害を統合して、ずっと昔に扶桑皇国に降りて、独自に進化したネウロイである可能性があるの。形状の基となった蛇の生態まで模倣している可能性もあるし、どんな攻撃をしてくるかも未知数で考えているわ」

「なるほど」

 美緒も頷く。ネウロイの多様性はこの目で見ている。ミーナの言葉は笑い飛ばせる類のものではない。

「とすると、海中に近づいたらすぐに牽制した方がいいかね?」

 淳三郎は問い、ネウロイは水に近づかない、と。その知識のある静夏は首をかしげる。苦笑。

「蛇の生態を模倣しているといったね? 海蛇という存在もある。

 可能性としては低いかもしれないが、水中潜行を始めたらやはり捕捉は難しくなる。ここで取り逃がした鉄蛇が数か月後に欧州、最前線の背後から強襲する可能性もある。…………その危惧だよ。服部軍曹」

「はっ、……り、理解しましたっ」

「そうね、お願いしたいわ」

 単純な打撃力なら大口径の砲撃を行う艦砲の方がウィッチの銃撃よりも高い。装甲を貫くことはできなくても足止めには有効だ。

 もちろんウィッチも追撃するが、艦砲があることが前提ならそれに応じた戦術も取りやすい。

「それと、蛇には地下に潜行する種もある。それはネウロイも同様だな。現に、鉄蛇は地下から現れたと聞いている」

 トゥルーデが不意に口を挟む。淳三郎は頷く。

「その場合の足止めも、艦砲は有効だと思うが?」

「そうね。……その場合、兆候を確認したら合図をするわ。私たちは上昇して高空から直下への銃撃をするけど、その位置に向かって艦砲の集中砲撃も頼みたいわ」

「了解した。合図があればウィッチたちの直下に向けて砲撃を集中させよう」

「ええと、つまり、横須賀海軍基地から出そうになったら艦砲で足止めして、それ以外は私たちで攻撃っていう事ですか?」

 挙手する芳佳にミーナは頷く。

「大まかにそれでいいわ。もちろん艦砲砲撃中も私たちは追撃するけど、……そうね。範囲外に近づいたら艦砲の足止めメインで、私たちは高空からの遠隔銃撃。そうでなければ艦砲は気にせず鉄蛇の相手に集中ね。

 鉄蛇の装甲や攻撃方法によって変わるけど、一先ずこの方針で行きましょう」

 ミーナの総括に異議はない。皆は頷く。

「さて、次は私たちウィッチたちの戦い方についてだけど、……杉田大佐や豊浦さんは?」

「よければ聞いておこう」

 ウィッチの戦術について、今回、直接は関係ないかもしれないが知っていれば後の援護方法の参考になる。連動について出来る限り学んでおきたい。

 ゆえに淳三郎は頷き、豊浦も頷く、が。

「さっきの話を飲み込む時間もあるだろうし、少しお茶にするかい?」

「そうね」

 話の区切りでもあるし、一息つけば別の意見も出るかもしれない。だからミーナは頷き、豊浦は立ち上がる。芳佳とリーネも反射的に立ち上がるが「二人は皆と一緒にいなさい。今はそれが大切だよ」

「「はい」」

 それがウィッチとして必要なこと。それを指摘されれば手伝うわけにもいかない。

 大人しく腰を落とした二人に豊浦は微笑を向け一人台所へ。

 ほう、と一息。

「それで、あの豊浦とやらは戦えるのか?

 随分と妙な魔法を使うようだが」

 豊浦がいなくなったのを見計らって美緒が口を開く。好奇心に満ちた彼女の問いにミーナは苦笑。

「どうでしょうね? 確かにネウロイを封印しているという実績は欲しいわ。正直に言うとね」

「それに、……ええと、陰陽、だっけ?

 火力アップとか便利だよねー」

 エーリカは羨ましそうに言う。お風呂の準備とかちょくちょく使っていたらしい。生活を便利にする魔法は戦力とは別の意味で憧れる。

「ただ、純戦力になるかは分からないわね。制御が難しいらしいし。今回みたいに出現場所を特定。あらかじめ準備が出来ているならともかく、不意を打って出てくるネウロイ相手に突発的な対応が取れるかは、正直難しいと思うわ」

 確かに、応用発展させ、さらに使いやすく、突発的にでも展開できるのなら対ネウロイ戦で非常に有益だ。

 とはいえ、いくつか考えた結果としてそれは非常に難しい。そもそも星そのものの魔法力を制御するなど一朝一夕で可能とは思えない。長期的な、……それこそ、数年単位での研究と発展が必要だろう。

 ゆえに、現在の戦闘で役立てるのは難しい。

「出現場所を特定? 彼にもエイラのような魔法があるのか?」

 すなわち未来予知。対しエイラはひらひらと手を振って「星占いだって」

「…………ああ、そうか」

 もはや御伽噺だな、と。美緒は匙を投げた。

 



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十三話

 

「はい、お茶とお菓子」

「…………扶桑皇国のお菓子、可愛いから食べるの、ちょっともったいないです」

 純白にうっすらと餡子の黒。色合いも見事なお団子を見てサーニャは小さく呟く。

 他に、練り切りや羊羹、金平糖など一口大に作られた彩鮮やかで繊細な和菓子の数々に、お菓子の到来に両手を上げて喜んだルッキーニさえ手を伸ばすのも躊躇った。

 とりあえず写真を撮り始めたエイラを見て、豊浦は苦笑。

「気にしなくていいよ。僕の手作りだし、あとでまた作ってあげるよ」

「…………くっ、食べ物に見た目を気を使う必要はない。……が、ここまで見事だと考えを改めたくなるな」

 軍人ゆえに食事には効率を最優先すべきだと考えるトゥルーデは自分の考えに疑問を持ちはじめ、ペリーヌは「素晴らしいですわ」と素直に感嘆。

「異国の人には珍しいかな、こういうのは?」

「そうですわね。あまり見たことありませんわ」

 貴族であるペリーヌは奇麗に形作られたケーキ類も見たことがある。けど、それとは趣の異なる美しさの菓子。とても興味深い。

「ねー、豊浦ー、お菓子に人形が混じってたけど」

 小さな白い犬の人形をつまんでエーリカ。豊浦はそれを見て「ああ、それは米粉のお菓子だよ」

「なんでお菓子まで人形にするの?」

「…………さあ?」

 うん、と豊浦は頷いて、

「後でレシピをあげよう。きっと賄賂に役立つよ」

「レシピだけ、受け取るわ」

 提案ははねのける、とミーナは告げて一口。

「ん、美味し。……これは、お茶が合うわね」

「コーヒー党のミーナも緑茶を認めたか」

「うん、美味しい。

 私も緑茶の淹れ方、お勉強しないと」

 レシピをもらえる、と内心で喜んだリーネは緑茶を飲んで決心。確かにこれには緑茶が合う。いつか家族で扶桑皇国風のお茶会とかしたいな、と。そんなことを思ったから。

 甘味を楽しみ、一息ついて、

「それじゃあ、私たちの交戦についてね。

 基本は空から直下に向けての銃撃になるわ。全員で飛び回りながら全身に向けての銃撃ね。コアが発見されたら、リーネさんの狙撃で撃ち抜く。

 だから銃撃にはリーネさんは加わらなくていいわ」

 狙撃を得意とするリーネはコアを露出したら即座に一撃入れることに集中してもらった方がいい。リーネも頷く。

「それと、サーニャさん。

 鉄蛇が私たちと交戦しているとき、砲撃は控えていいわ。代わりに地面や、離脱に意識を割いたような兆候があったらすぐに砲撃をお願い」

「はい」

「ねえねえ、蛇なんだし毒とかあるんじゃないの?」

 ルッキーニが身を乗り出して手を上げる。元々ネウロイは瘴気をまき散らす。単体のネウロイはそこまでひどくないが、蛇を模しているなら毒の存在は無視できない。毒を模して瘴気の出力強化もあり得る。

 ゆえにミーナは頷いて、

「そうね。エーリカの固有魔法がそれには有効でしょうけど。

 逆に、ルッキーニさんやトゥルーデのように隣接する必要がある戦術は危険かもしれないわ。ある程度の安全が確認できるまでは不用意な接近は控えなさい」

「「了解」」

 ルッキーニとトゥルーデは頷く。近寄ってそのまま毒に当てられて墜落したなど笑い話にもならない。

「鉄蛇ってやっぱり速いのかな。蛇行だと飛行より速度は遅そうだけど」

 シャーリーの言葉に「そうでしょうけどね」とミーナも同意。だから、

「適度な距離を維持しながら張り付くわ。

 最悪は仕留めそこなって逃がすことよ。そのためにも射線は集中、迅速かつ確実な撃滅を最優先。上は鉄蛇の情報を欲しがっているけど無視していいわ」

「了解」

 動きが遅いならそれだけ全身にくまなく銃撃できる。自分の持ち味、速度はそこで活かせる、とシャーリーは頷く。

「では、わたくしは固有魔法中心で攻めようと思いますわ」

「私もー、遠くから範囲優先で吹き飛ばした方がよさそうだね」

 雷撃と疾風の固有魔法、銃撃よりも広範囲を薙ぎ払える。ペリーヌとエーリカの提案にミーナは頷き、

「それと、宮藤さん。序盤は攻撃より防御を意識して。

 想像以上の大威力の攻撃を行う可能性もあるわ。その場合、貴女のシールドが要よ」

「はい」

「ヤバそうなのが見えたら私も通信飛ばすから、その時は宮藤の後ろに避難な」

「そうね。お願い」

 それぞれの役割を割り振る。その会話に逡巡はない。ウィッチたちは個性を認め、役割を自認し、最適の位置を確認していく。

 凄い、と。静夏は内心で呟く。苦笑。

「そんなに不思議なものではないわ。彼女たちとはそれなりの付き合いだし、役割分担は見当つくわ」

「あ、…………あ、い、いえっ、未知のネウロイに的確な配置、御見それしましたっ」

 ミーナの苦笑が言葉を失っていた自分に向けられたと気づき、静夏は慌てて声を上げる。「経験の差ね」とミーナは応じる。

「さて、方針も確認したし、あとは明日に備えましょう。

 各自必要とも思われるものは準備をして、銃弾は、明日、交戦前に扶桑海軍に必要分届けてもらいましょう」

「すでに予備の銃弾や銃火器は準備してある。扶桑皇国の危機でもあるし、出し惜しみをするつもりはない。

 必要なものを提示してもらえば明日持っていこう」

 淳三郎も頷き準備を請け負う。そして、お開き、となった。

 

 みんなで昼食を終える。今回決まったこと、そしてさっそく提示された補給物資の準備や告知のために飛び出した美緒と淳三郎を見送る。

 静夏は残った。彼女も一緒に豊浦の護衛を務めるウィッチたちと話をしておきたいが、《STRIKE WITCHES》と話が出来るせっかくの機会だ。気を利かせた美緒が残るように指示を出した。

 久しぶりに会ってすぐに会議だった。だからやっと雑談もできる。芳佳は静夏と居間に戻りながら口を開く。

「静夏ちゃんも来てくれたんだね」

「はいっ、坂本少佐の助手として同席するように指示を頂きました」

「会議って、面白くなかったでしょー」

 綿入れを着て炬燵に潜り込んでごろごろし始めたエーリカ。ごろん、と横になって問う。

「はい、ハルトマン君。みかんだよ」

「剥いてー」

「ちょっと待っててね」

 みかんを剥く。一つまみ。

「あむ、……はあ、…………うまいー、…………あ、もうだめ。動きたくない。

 豊浦ー、食べさせてー」

「はい、あーん」

 ごろん、と寝転がって口を開ける。豊浦は一つ取って口に放り込む。

「あむー」

「ハルトマン、…………というか、お前は何をやっているんだ豊浦っ!」

 甲斐甲斐しく怠惰な部下の世話を焼く豊浦にトゥルーデは吼え、豊浦は真顔で頷く。

「バルクホルン君。ハルトマン君は明日戦わなくてはいけない。

 そのためにも今は英気を養うべきだと思う。…………あ、はい、あーん」

「あーん」

「ぐ、」

「さあ、バルクホルン君も明日の戦闘のために炬燵に入って英気を養うんだ」

「そーだー、せんいこーよーだー」

「そうだよ。さあ、バルクホルン君も怠惰空間でだらけ始めるといいよ」

「そーだそーだー」

「…………た、確かに明日のためにも、……………………豊浦、さっき、英気とは違う言葉を口にしたか?」

「…………はい、ハルトマン君。あーん」

「あーん」

「ごまかすなっ!」

「…………え、ええと、会議、参考になったかな?」

 不思議な光景を背中に隠して問う芳佳。静夏はそちらに視線を向けないように集中して「はい。特にミーナ中佐の采配の見事さには感服しました」

「やはり、炬燵と畳は基地に導入すべきね。……いえ、ちょっと待って、ここで書類仕事をしたら居眠りをしてしまうわ。

 これは専用のコーヒーメーカーと、頭の活性化のために糖分。……お菓子も必要ね。あと、体調を崩さないように綿入れも、……………………あ、もうだめ、ここで仕事とか出来な、……戦意高揚ね」

「ミーナっ!」

「はい、ミーナ君。お茶だよ」

「ええ、ありがとう。…………ふう。美味しい。

 やっぱり炬燵ならコーヒーじゃなくてお茶ね。緑茶メーカーってあるのかしら?」

「ウルスラに開発させればいいよ。大丈夫、これもせんいこーよーのための必要経費だよ」

「それもそうねえ」

「はい、ミーナ君。お茶菓子だよ」

「ええ、ありがとう。…………はあ、甘くて美味しい。炬燵に入って緑茶を飲みながら甘いお茶菓子を食べる。……戦意高揚するわー」

「…………感服、し、ました」

 だらけた声の主を極力意識しないように静夏。

「あははは、し、静夏ちゃん。お、お部屋でお話ししよっか。ねっ」

「そ、そうですね」

 静夏の背中を押して芳佳。視界の隅に向かい合ってだらけ始めるミーナとエーリカが見えたが、二人は優秀な軍人だ。炬燵が見せた幻と思い込んで部屋へ。

 部屋へ、と。障子越しに並んで座る影。芳佳は静夏の手を引いて障子を開ける。

「あ、ペリーヌさん。リーネちゃん」

「リネット曹長、ペリーヌ中尉」

「あ、こんにちわ、静夏ちゃん」「お久しぶりですわね」

 二人とはガリアで会っている。だから静夏は一息ついて二人と並んで腰を下ろす。

「参考になりまして? まあ、作戦会議は部隊によって千差万別でしょうけど」

「はい。特にミーナ中佐の采配の見事さには感服しました」

 炬燵の惨状を考えないようにしながら静夏。「そうですわね」と炬燵の惨状を知らないペリーヌは頷く。

「チームを組んで、みんなでいろいろ戦っていくと、自分や仲間の癖もわかってくるからね。

 あとは、自分がどうすれば一番みんなの役に立てるか、それを考えていければいいと思うよ」

 リーネが優しく微笑む。「はいっ」と静夏は頷く。

 自分に実戦経験が足りないことはよくわかっている。マニュアルを大切にするのが悪いとは思わないが、実戦経験を多く積み少しでも応用を利かせられるようになりたい。

「それに、みんなで一緒にいると楽しいからね」

「はいっ」

 以前なら、……彼女たちと知り合う前なら、それも余計な事と思ったかもしれない。

 けど、今は、そんなチームもいいと、そう思う。彼女たちが羨ましいと思うくらいには、

「まあ、ここは癖というか、仲間たちの個性が少し強すぎる感じもしますわね。

 服部さん。見習うのは結構ですが全部が全部真似をしてはいけませんわ。じゃないと、」

 ふと、ペリーヌは意地悪く笑う。

「どこぞの誰かさんのような。無鉄砲な事ばっかりしていると仲間としてはハラハラして仕方ありませんのよ?」

「あ、あはははー」

 どこぞの誰かさんは気まずそうに視線を逸らす。やるべき事をやっている。その行動に後悔はない。けど、心配させているのも事実だから。

「それは、……はい、わかっています」

 そして、ペリーヌにまったく同感な静夏は苦笑して頷いた。

 

「…………そして、こういうところを見習ってはいけませんわ」

「はい」

 

「……で、皆さんは何をやっているんですの?」

 静夏を送り出し、ペリーヌは頭痛をこらえた表情で呟く。

「む、ツンツン眼鏡か、言っておくが頼まれたってここは譲らないぞ。土下座しても無駄だ」

「しませんわよっ!」

 炬燵に下半身を押し込みうとうとするサーニャ。そんな彼女に膝枕をしていたエイラは威嚇する。別の一角ではシャーリーとルッキーニが下半身炬燵、上半身綿入れ、頭座布団の完全装備で眠りについている。

 天板には綿入れを着こんだミーナが頭をのせて睡眠中。エーリカはもそもそとみかんを食べながら真顔で告知する。

「ペリーヌ、連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》の半数は炬燵の猛威で無力化したよ。……あとは、まかせ、た。…………ぐー」

「こ、炬燵の猛威恐るべし、だね」

 リーネはとりあえず言ってみる。

「えーと、バルクホルンさんは?」

 こういう時一喝してくれそうな彼女はどこに行ったのか? 問いにエーリカは復活。

「みかん剥いてくれたりお茶淹れてくれたりお菓子食べさせてくれたりでせんいこーよーに一役買ってくれた豊浦を追いかけまわしてどっか行っちゃった。

 庭で追いかけっこしてるんじゃないかな?」

「あ、そうですか」

 彼は何やっているのか。芳佳にはよくわからない。

「言っておくけど、もう炬燵にお前たちの入る余地はない。

 いいか? サーニャを引っ張り出したら怒るからな」

 大切な少女の穏やかな寝顔を堪能していたエイラは徹底抗戦の構えを示した。引っ張り出される可能性を示されたエーリカは物理的に炬燵にしがみ付く。

「そんな事しませんわよっ! リーネさん、宮藤さん、行きますわよっ」

 歩き出したペリーヌにリーネと芳佳は首をかしげて「どこへ?」

「わたくしたち《STRIKE WITCHES》の半数を無力化した炬燵の手先、豊浦さんを捕縛しますわ」

「…………豊浦さん、炬燵の手先なんだ」

 

 捕縛したら暗くなった。

 

「ま。……まったく、ちょこまかと、大人の男がどうしてあそこまで飛んだり跳ねたりできるのだ」

 トゥルーデが憤り一割呆れ九割の溜息。少女四人と暗くなるまで追いかけっこに興じた大人の男はけらけら笑って「獲物を見つけたら即対応。これが山家の基本だよ」

「山家ってすごいんですね」

「そうだよ。リーネ君。見習っていいよ」

「え、……えーとお」

 少女四人と暗くなるまで追いかけっこに興じた大人の男の何を見習えばいいのかわからない。

「さて、それじゃあおゆはんを作っちゃおうか。

 芳佳君、リーネ君、疲れているなら休んでていいよ」

「あ、いえ、お手伝いします」「私も作りますっ」

 芳佳とリーネはぱたぱたと豊浦に続く。古い作りの台所は不便も多いが、目新しいものばかりで面白い。

 というわけで三人は台所へ。そして、ペリーヌとトゥルーデは第二回戦を意識した。つまり、

「起きろーっ!」

 炬燵の猛威を吹き飛ばすトゥルーデの怒声。ペリーヌは抵抗すれば雷撃さえ厭わない覚悟で炬燵の猛威に屈した仲間たちを引きずり出した。

 



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十四話

 

「さて、みんな。準備は万端ね」

 必要十二分に休養を取ったミーナは意気軒昂。気合十分に告げる。応じるのは同じく必要十二分に休養を取ったウィッチたち。

「すごい。戦意高揚してるね」

「…………炬燵の導入が是か非か。あとで相談していいか?」

 トゥルーデは芳佳に問いかける。芳佳は「はい」と応じる。結論は難しそうだが。

 ともかく、艦隊の布陣も完了した。あとは、

「さて、それじゃあ始めるよ」

 鉄蛇の封印、その要となる鉄剣を手に豊浦。それを抜いたらすぐにシャーリーが《大和》まで送り届ける事になっている。

 抜いたら、交戦開始だ。豊浦の言葉にそれぞれの武装を手に、ウィッチたちは頷く。

 ミーナは息を吸う。インカムを操作。チャンネルを展開した扶桑皇国の軍船にも届くようにして、手を上げる。

 

「交戦、開始しますっ!」

 

 シャーリーは豊浦を抱えて飛び出す。鉄剣が抜けて、黒く染まった一角からそれが形を表す。

「確かに、蛇ね」

 大型ネウロイに匹敵する巨大な蛇。鉄蛇という名は的を射ている。そして、トゥルーデとルッキーニが飛び出す。直前。「宮藤っ! 防御っ!」

「はいっ」

 ウィッチたちは初撃に備えて集まっていた。だから、その一撃が来る場所にはおおよそ見当がつく。

 自分たちめがけて迫るのは火炎の砲弾。ビームとは異なる一撃。芳佳は息を呑むが脅威であることには変わりない。

 展開したシールドが一撃を受け止める。重い、殴りつけるような一撃。

 けど、ビームのような持続する攻撃ではない。一撃受けきれば砲弾が砕けて終わりだ。展開は一瞬でいい。

「一撃は結構重いですっ! けど、砲弾は脆くて、弾速は遅いですっ!」

「回避優先ってことね。……うっしっ、いっくぞーっ!」

「いっくよーっ! バルクホルンっ!」

「わかってる、後れを取るなよっ。シャーリー、ルッキーニっ」

「「了解っ」」

 シャーリーも合流し、三人で前線、突撃。その後ろをエーリカとペリーヌ、芳佳とミーナが続く。

「来たっ!」

 火炎の砲弾が放たれる。基本的には口から放たれるらしい。見慣れたネウロイより射線が読み易い。

 が、

「くそっ、面倒だなこの攻撃っ」

 シャーリーは苛立たしそうに呟く。遅い、が。一撃の範囲が大きい。おまけに近寄っただけで熱を感じる。ぎりぎりで回避してもその熱で火傷するかもしれない。

 そして、連射も効くらしい。空を睨む鉄蛇は火炎の砲弾を無数に吐き出す。そのたびに大回りで回避しなければならず、思うように速度が乗らないシャーリーは歯噛み。

「散会するっ!」

 三人はそれぞれの方向へ。前が空いた。だから、

「先手、行きますわよっ!」

「ペリーヌは下がって、私が先に行くっ! 合わせてっ!」

 手を向けようとしたペリーヌは声に動きを止める。エーリカは手を広げて「宮藤っ!」

「はいっ!」

 シールド展開。砲弾を弾き、その隙に、声。

「シュトゥルムっ!」

 竜巻が射線上の砲弾を吹き飛ばす。鉄蛇との間に障害物がなくなる。

 雷撃単体では砲弾に相殺されてろくに届かないだろう。それを察したエーリカのセンスに改めてペリーヌは感嘆するが、今は、

「感謝しますわ」

 それだけ呟き、声。

「トネールっ!」

 鉄蛇を雷撃する。一点集中させた落雷は文字通り鉄蛇を貫く。が、

「硬い」

 雷撃に焼かれた痕がある。けど、それだけだ。

『強度確認、砲撃します』

 サーニャの声。放たれたロケット弾は確かに鉄蛇に直撃して爆発する。「なんて硬さ」

 並みのネウロイならその体の一部を吹き飛ばせる。そんな一撃を受けてもわずかに抉れただけ。

「こりゃあ、かなり銃撃しないとコア出てこないな」

 シャーリーも銃撃を加えながら呟く。

「再生しない。……か、これだけは救いだな」

 銃撃してわずかに削れる。けど、再生の兆候はない。

『シャーリーっ! 上に飛べっ!』

 不意にエイラの声が聞こえた。疑問よりも先に体が動く。シャーリーは急上昇。その足元を巨大な何かが薙ぎ払った。

「何だあれっ?」

『尻尾の薙ぎ払いよっ、気を付けて、かなりの速度だったわっ』

「わ、かって、るっ」

 シャーリーは高速で飛び回りながら銃撃する。が、眼前に迫る巨大な壁。急降下、頭上を巨大な尾が薙ぎ払う。

 ぐんっ、と。薙ぎ払った尾はトゥルーデにも迫る。彼女も急上昇して回避。

 回避しながら銃撃を続けるが。移動速度はともかく鉄蛇の挙動は速い。集中的な銃撃が出来ず体のいたるところに小さな傷を作っていく。

 らちが明かない、と。トゥルーデは内心で舌打ち。

『固有魔法、行くっ?』

 ルッキーニの声。提案するという事は迷いがあるのだろう。その理由はわかる。だからトゥルーデは声。

「行くなっ!」

 ルッキーニの固有魔法は魔法力の消費が激しい。下手に魔法力を消費して速度を落とせば、尾の打撃を受ける。直撃すれば骨折では済まないだろう。最悪、人としての形も残らない。

 地道な銃撃を続けてコアを露出させて撃破するしかない。が、

「くそっ」

 比較的近くにいる自分たちは振り回される尾により集中的な銃撃が出来ず、……空を見る。

 放たれる火炎の砲弾。エーリカの固有魔法や芳佳のシールドで防ぎ、回避を重ねながらミーナやペリーヌ、エイラが銃撃を重ねているが。一撃の規模が大きい。思うように距離が取れずにてこずっている。

「ああもうっ、硬いってのがこんなに厄介とは思わなかったっ」

 シャーリーの怒声が聞こえる。まったくだ、とトゥルーデは内心で頷き、銃撃。飛翔。下から振り上げられる尾を回避してさらに上を目指す。

「シャーリーっ! ルッキーニっ! 頭部を狙うっ!」

『『了解っ!』』

 巨大な鉄蛇に沿うように飛翔。頭部に向かって距離を詰める。と、

『バルクホルンさんっ! 直上注意ですっ!』

「わかったっ!」

 その意味は、トゥルーデもわかる。ぐん、と鉄蛇の巨大な顔が自分を睨みつける。そして、

「ちっ」

 火炎の砲撃、それを警戒していたトゥルーデは舌打ちして直角に強制進路変更。トゥルーデが飛んでいた場所を鉄蛇の巨大な頭が通過。

 地面を打撃する。巨大な飛空艇が高空から叩き付けられたような、激震。

『地中潜行警戒っ!』『ウィッチは上昇っ! 艦砲っ!』

 サーニャとミーナの声が重なる。けど、トゥルーデは自分に迫る牙を確認。

「いや、私を追撃してきているっ! 艦砲中断っ! 悪いがシャーリーは私に付き合ってくれっ! 他ウィッチは対地銃撃っ!」

「それじゃあ、バルクホルン、しばらくは追いかけっこかっ?」

「それがいいだろうな。火炎の砲弾は気を付けろよ」

 隣を飛ぶシャーリーと言葉を交わし、飛翔に集中。背後から地面を削り砕きながら鉄蛇が突撃する音を感じる。

「こりゃあ、外に出すわけにはいかないな」

 案の定だが、飛翔するネウロイよりは遅い。けど、確認した光景は巨大な基地の残骸が紙屑のように吹き飛ばされるもの。この突撃に直撃したら自分たちの拠点である軍事基地さえ粉砕される。これが町に解き放たれたら何も残らない。建物の修繕どころか地均しから始めなければならないだろう。

 そして、その光景を空から見ながらエーリカは銃撃を重ねる。鉄蛇が這い進んだ上には巨大な残骸が空を舞い。そのあとには抉れた地面が残る。

「削岩機かこれ」

「けど、狙いやすくはなったわね。総員、頭部への集中攻撃っ!」

 どこにコアがあるかわからない。けど、ここまでの硬さだと全身をくまなく削っても埒が明かない。なら、一点集中させてコアのある場所を少しずつ絞っていった方が効率がいい。

 そして、その場所。火炎の砲撃を行う頭部がいいだろう。ウィッチたちは銃撃を頭部に集中させる。

 削る穿つ、銃撃に慣れたウィッチたちはその射線を一点に集中させる。例外は一人。

「みえ、たっ!」

 銃撃の中、かすかに見えた深紅の輝き。見間違えるはずもない、ネウロイのコア。

 リーネは引き金を引く。銃撃とは比較にならない重い銃声。近づくことで射程の延長は行わない。直進だけする鉄蛇の動きを読んで弾道安定も魔力の割り振りを最低限にする。

 代わりに、その威力に重きを置く。中型のネウロイさえ貫通可能な一撃。それが微かに露出したコアに直撃。

 

 咆哮。

 

「こっち来たわっ!」

 リーネの銃撃を受け、鉄蛇が空を睨む。

「痛がってるって感じかな。リーネ、どんなもんだ?」

「威力に集中して銃撃しました。けど、ごめんなさい。撃破できませんでした」

「直撃しただろ。謝るんじゃなくて硬さの報告だ。

 コアもがっちがちだってな」

 撃ち抜けなかった。申し訳なさそうに報告するリーネの肩をエイラが叩く。

「コアの位置を確認したわ。リーネさんは引き続きコアを狙撃。

 他ウィッチはコアに届く周囲を銃撃して、コアに至る疵を広げるわ」

 頭部のコアを攻撃するために空に集まるウィッチたち。対して鉄蛇は口を開く。そこから、火炎の砲撃が始まる。

「だあああっ! 面倒だなほんとにこれはあっ!」

 頭部に射線を集中させたい、が。ばらまかれる巨大な砲弾は接近を許さず、鉄蛇から距離を取ることを余儀なくされて頭部への銃撃も難しくなる。

 当然、それはリーネにも言える。けど、

「これなら、どうかしらね」

 リーネに向けられる砲撃。ミーナはその前に飛び出しシールドを展開。

 それは面での防御ではなく、

「受け流せる、わね」

 リーネから見て斜めに、防ぐのではなく進路に干渉するようにシールドを展開。シールドにより進路をそらされた砲弾は空に抜け、リーネは銃撃。

 銃弾はコアに突き刺さる。鉄蛇が苛立たしそうな声を上げる。

「すごい」

「固有魔法の補助があってね」

 弾道は固有魔法で読み取れる。そこから逸らすための角度、位置は判断できる。

 この方法なら自分のシールドでも十分に対処できる。だから、

「サーニャさんっ! 鉄蛇頭部に接近します。

 私の後についてきてっ!」

「はいっ!」

 ミーナとサーニャは飛び出す。火炎の砲弾が放たれるが固有魔法が伝える弾道を読み取り砲弾を逸らして前へ。

 真っ直ぐに迫るミーナとサーニャに脅威を感じたのか、鉄蛇は二人への砲撃を集中させる。それはつまり、

「隙ありーっ!」

 散会した先、そこで深紅のコアを確認したルッキーニはここぞとばかりに引き金を引く。銃弾はコアを穿ち、小さな疵を少しずつ広げていく。

 それを見ながら、声。「シャーリーっ!」

「あいよっ!」

 返事を聞いてルッキーニは銃撃中断。空域離脱。彼女がいた場所を地面からつきあがった尾が薙ぎ払う。

 そして、尾と並走して飛翔していたシャーリーがその空域へ。ルッキーニと交代するようにコアに銃弾を叩き込む。

「ここにコアがあるっ! なんかやるならさっさとしてくれっ! って、うおおっ?」

 尾が迫る。巨大な割には器用に近くを飛び回るシャーリーを叩き落そうと動く。

 高速で離脱。回避。尾の動きに意識を割いたからか、砲撃の手が弱まり、

「道を開くよっ! シュトゥルムっ!」

 エーリカの放った疾風が砲弾を吹き飛ばす。そして、

「行きます」

 コアの周囲にロケット弾を叩き込む。爆撃の音が重なり疵が広がる。

 疵口が開いた。ゆえに、ウィッチは鉄蛇の周囲を飛翔しながら頭部を目指す。ちり、と。

 微かな違和感。それがなんなのか、理解したのは一人。

「総員、シールドを展開しながら離脱っ!」

 違和感、その正体は自分の固有魔法を使ったときに感じる静電気。そして、その兆候が意味するものは、

 鉄蛇の周囲、すべてを雷撃が薙ぎ払う。

「ひゃうっ、びりびり来たーっ」

「シールドなかったらやばかったな。さんきゅペリーヌ」

「にしても、近寄るのも危険か」

 トゥルーデは歯噛み。理由は不明だが雷撃は鉄蛇周辺にしか届かなかった。範囲は狭い。

 けど、雷撃を目視で対応することは不可能だ。シールドによる減衰で命は助かったが感電死の危険性は十分にある。

「ほんと、洒落にならないネウロイだなこれ」

「そうね。ともかく、地道にコアを削るしかないわ」

 

 咆哮。

 

 鉄蛇は苛立たしそうに空に向かって吼える。そして、口を閉じる。

「いっ?」

 放たれるのは炎をまとった無数の礫。一撃の威力は低いが。

「散弾っ? 砲弾を自分で砕いて飛ばすなんて」

 それも連射が効くらしい。あっという間に眼前は炎の礫で覆われる。

「う、っとうしいっ! シュトゥルムっ!」

 業を煮やしたエーリカが固有魔法でまとめて吹き飛ばす、が。

「え?」

 その眼前に迫るのは、炎の砲弾。

「ハルトマンさんっ!」

 芳佳は飛び出して砲弾を受ける。重い一撃、が。

「あ?」

 砲撃、二撃目。直撃して弾き飛ばされた。

「宮藤っ!」

 シールドを、と思ったが。次に迫るのは砲撃ではない。次は、

「鉄蛇っ!」

 鉄蛇そのものが突撃する。もし食らいついたらシールドなど関係ない。人なら丸呑みできる。その先は、……考えたくもない。

「宮藤っ!」

 エーリカが飛翔して救出に向かう、が。すでに見越されていた。鉄蛇は突撃しながら炎の礫を吐き出す。ばら撒かれた炎弾がエーリカをシールドごと弾き飛ばす。けど、芳佳の動きを先読みしたエイラがぎりぎり間に合った。辛うじて彼女を拾い上げる。が、

「やうっ?」

 一人ひとり抱えての飛行だ。さすがのエイラも砲撃を回避できずシールドごと叩き落される。鉄蛇はウィッチたちを炎の礫で牽制しながら執拗に二人を追撃。

「エイラさんっ、わた「黙ってろっ!」」

 余計なことを言わせるつもりはない。エイラは建物への激突さえ覚悟して低空。高速の飛翔を選択。

 鉄蛇はウィッチたちの攻撃を無視してエイラに迫る。エイラは舌打ち。芳佳を手放せない。彼女を放り出したら初速の乗ってない状況からの飛行になる。そうなれば芳佳は轢き潰される。

「芳佳に、近寄るなーっ!」

 ルッキーニは露出したコアに接近。己の固有魔法を叩き込む。コアが大きく欠けるが、鉄蛇はそれさえ無視して追撃を選択。そして、

「え?」

 いないはずの、彼がいた。

 

「我が祖神、朱砂の雄の尊名により命ず、金気、空間展開。金域、構築。金剋、出力超過。金乗、――――世界切断」

 

 斬っ、と。鉄蛇が両断された。

 

「あー、…………お、わ、……た」

 豊浦は倒れた。純白に散る鉄蛇の残骸の真ん中、ばったりと倒れる豊浦。

「豊浦さんっ!」「豊浦ーっ!」

 近くにいた芳佳とエイラが真っ先に駆け寄る。豊浦は手を上げる。

「よ、……しか、君、エイラ、君」

 芳佳はその手を取る。その瞳に勝利の喜びはない。あるのは、心配と、

「豊浦さんっ、鉄蛇は倒しましたっ。もう大丈夫ですっ」

「大丈夫かっ? 痛いところはないかっ?」

「…………寝る、あとは、任せた。…………ぐう」

 そのまま目を閉じて眠り始めた。エイラと芳佳は顔を見合わせて、

「おーいっ、みんなーっ!」

「さっきの、何だったんだっ! 鉄蛇の頭が両断されたぞっ?」

「宮藤さんっ、エイラさん、……って、豊浦さんっ?」

「豊浦さんっ、大丈夫ですのっ?」

 ウィッチたちが戻ってきた。それぞれ地上に降り立つ。そのころには芳佳はざっと全身を診て、

「寝ているだけ、みたいです。

 たぶん、魔法力の使い過ぎによる一時的な疲労、だと思います」

「そ、……う。けど、」

 ミーナの視線が困ったように揺れる。男性で、すでに三十歳程度に見えるが、今の一撃。魔法力の枯渇には十分な威力だった。

 それに、……………………それ以上は考えないようにし、他、すべての思考を振り払う。おそらく、自分と似たような思いがあるであろう彼女たちを無理にでも動かすために、声。

「ともかくっ! 彼を家に運びましょうっ!」

 



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十五話

 

「ん、……ふぁー」

 家に運び込む。彼を寝かせてから避難している清佳を呼ぶために連絡をしようとしたところで、豊浦が目を覚ました。

「豊浦さん、……大丈夫?」

「ん、……う、んんん。」軽く目をこすってあくび。軽く頭を振って、微笑。「僕は大丈夫だよ。疲れただけ」

「そう」

 ミーナは安心したように微笑む。他のウィッチたちも、力が抜けたように一息つく。

 けど、中には、……………………「そうだね。僕は大丈夫だから、ハルトマン君、エイラ君、芳佳君、ルッキーニ君、少し部屋に戻ろうか」

「え?」

「あ、あの、それ「戻ろうか」」

 それより、自分の事より、彼に言わなければいけないことがある。だから身を乗り出した芳佳を豊浦は制する。他の彼女たちもそれは同様。けど、強いて言われれば逆らう事は出来ない。

 肩を落として部屋に戻る。…………苦笑。

「ごめんね。リーネ君。なんでもいいから食べ物を持ってきてくれないかな? ああ、うん、お団子がいいな。

 お腹空いたから、たくさんお願いね」

「あ、はいっ」

 ぱたぱたと厨房に向かうリーネ。彼女を見送って、

「ミーナ君は僕の話に付き合ってね。それと、ペリーヌ君、バルクホルン君、サーニャ君、シャーリー君、君たちに頼みたいことがあるんだ」

 

 す、と。トゥルーデは襖を開く。びくっ、と小さな肩が震える。

「ハルトマン」

「なんだ。トゥルーデか」

「あ、ああ」

 沈んだ声。それを聞いてトゥルーデは豊浦に言われた事を思い浮かべる。必要なことかもしれないな、とも。

 最初に彼が寝室に向かわせた者たち。彼女たちは勝利した後も気落ちしていた。何か、交戦で不手際があったのかもしれない。

 その結果が倒れた豊浦だ。気に病んでいる可能性は十分にある。……………………が。

「なに? 今、私ひゃっ?」

 背中を向けながら何か言いだしたエーリカ。その小さな背中を、後ろから抱きしめた。

「な、なな、なにっ? いきなりっ? えっ? トゥルーデ、だよ、ね?」

「う、……む」

 困惑した声。ついでに頭を撫でる。腕の中のエーリカがさらにびくっ、と跳ねたが。

「……………………なに、それ。豊浦の差し金?」

「…………黙ってろ」

 その通りだがはいそうです、というのも癪な気がしたので素っ気なく応じる。少しずつ、エーリカから力が抜ける。

「あー、……あいつ、気が利くなー

 うん、悪くないや」

「そうか」

 それならよかった、と。トゥルーデは一息。そろそろいいか、と思ったところで、

「ごめん。ちょっと愚痴に付き合ってくれない?

 あ、このままでね」

「ああ」

 小さな、声。

「あの時、……さ。

 宮藤が墜ちたの、私のせい、なんだ」

「そう、だったのか?」

「ほら、小さい砲弾。ばら撒かれてたじゃん。物凄く」

「ああ」

 思い出す。弾幕といった方がいい莫大量の弾丸。

 一撃の威力は低いが、それでも視界を覆うほどの密度があった。自分もその弾幕を抜ける方法を考えることで手一杯だった。

 それに対して、

「私さ、固有魔法でまとめて吹き飛ばす事にしたんだ。

 シールドばっかりだと切りなかったし」

「ああ、そうだな」

 エーリカと同じ固有魔法が使えれば自分もそうしただろう。シールドに隠れていては押しつぶされる。そういう状況だった。

 けど、

「それが、……失敗。だった。礫の後ろに、でっかい砲弾があって、固有魔法を使った直後で、回避も、シールドも出来なかった。

 直撃しなかったの、宮藤のおかげだったんだ。……けど、それで宮藤も、追撃回避、出来なくなって。

 あいつも、私守るため、頑張ってくれたけど、耐えられなくて。…………それで、……………それでえ」

 ぎり、と拳が強く握りしめられる。それで、芳佳は力負けして撃ち落とされ、エイラともども窮地に陥った。運よく豊浦が駆けつけて事なきを得たが、そのために彼は倒れた。

「あの時、私がもっと巧くやってれば、……宮藤にシールド任せてないで、私ももっと早くシールド展開できれば、」

「ハルトマン」

 自分の失敗で大切な友が危機に瀕した。助かったのは、運がよかったからでしかない。

 もし、一つ間違えれば、…………死んでいた。

 死んでいた。言葉を吐き出しながらその意味を意識する。だから、

「ご、……め、ん」

 震える声。そして、力任せにトゥルーデは引き寄せられた。自分を抱きしめてすすり泣く。腕の中にすっぽり収まるエーリカ。

 カールスラント四強の一角に数えられるウルトラエース。……けど、

「ああ、大丈夫だ。

 宮藤も、エイラも、豊浦も、誰も死んでいない。生きてる。だから大丈夫だ」

 自責に涙をこぼす小さくて弱々しい少女を抱きしめ、丁寧になでる。もう大丈夫、そう、言葉を紡いでいった。

 

「あむっ、……ん、む。もう大丈夫かな? はむっ」

「まったく、あれは豊浦の差し金か。

 倒れたんだから私たちに気遣いなんてしてないで寝てろよ」

 サーニャと手を繋ぎ、微かに赤くなった瞳のままそっぽを向くエイラ。傍らのサーニャは微笑。小さく頭を下げる。そんな二人を微笑ましそうに見ながら豊浦は団子を手に取って口に放り込む。

「はむっ、いや、正直泣きそうな女の子に囲まれてると非常にいたたまれない。

 あむっ、まあ、僕の居心地改善と思ってくれればいいよ。あむっ」

「あのー、豊浦さん。

 その、気を遣ってくれたのは嬉しいのですが。せめて食べるのやめませんの?」

 口の中に団子を放り込みながらしゃべる豊浦に、ペリーヌは溜息をつきながら口を開く。

「うむっ、いや、リーネ君のお団子が、あむっ、美味しくて、はむっ、止められ、…………」

 こくん、と飲み込む。豊浦は真面目な顔でペリーヌを見る。

「いいかいペリーヌ君。僕は大規模な魔法を行使した。回復にはお団子を食べることが必要なんだ」

「…………なに、いいかけましたの?」

 じと、と見据えるペリーヌ。ほどなく豊浦はきまり悪そうに視線をそらした。

「これも美味しいお団子を作るリーネ君が悪い。

 リーネ君、ペリーヌ君に謝りなさい」

「はいっ? あ、あの、美味しいお団子を作ってごめんなさいっ」

「なんでリーネさんが謝るんですのっ?」

「はっ、…………そうですっ! なんでお団子を作っただけなのにペリーヌさんに謝らなくちゃいけないんですっ?」

「リーネ君はいい娘だねえ。……さて、お団子についてはともかく、ごめんね皆。明日はお休みでいいかな?」

「ええ、そうね。無理はさせられないわ。

 私たちも鉄蛇との戦闘情報を整理したいし、こちらの事は気にせずゆっくり休みなさい」

「ん、……そうさせてもらうよ。

 君たちも、今日は一人じゃなくて誰かと一緒に寝た方がいいよ。……まあ、これは経験談だけど、意識してなかったとしても、自責を抱えて一人で眠る夜は、結構きついからね」

「経験談?」

 自責を抱えて、という事はシャーリーも解かる。豊浦にそそのかされてルッキーニの所を訪ねたとき、固有魔法を使って鉄蛇を仕留めきれず芳佳とエイラの危機を防げなかったこと。その自責に涙をこぼしたのだから。

 なら、豊浦がかつて抱えた自責とは?

「そ、……僕も、軍を率いて戦ったことがあったんだ。

 その相手がね。……ああ、うん、彼は正しくて強かったんだ。どうしようもないほどね。今でも、憧れてるな、あの強さには。

 そんな彼を政治的な理由で、逆賊と決めつけて、数十倍の戦力を用意して、彼の仲間を事前に暗殺して、そして、殺したんだ」

 苦笑。その時の事を思い出して、ぽふん、と起こした身を倒す。

「正しい彼を、必要だったからっていう理由で、徹底的に追い詰めて殺した。

 あの時は僕も子供だったからね。その時は意地はって一人で寝たら、怖くて一睡もできなくて、数日間は食事もろくに手に付けられなかったよ。だんだん罪悪感が強くなって、挙句殺した相手に呪い殺されるなんてとんでもない事を思いついて、大慌てで弔ったなあ。

 いや、情けない思い出だけどね」

「そう、……か」

 思わず、沈黙。だから豊浦は苦笑。

「ま、そういうわけ、僕の経験談だから信じて欲しいな」

 

 ウィッチたちは早々に夕食と入浴を済ませ、豊浦の忠告を受けて誰かと一緒にいることにした。

 だからエイラはサーニャに軽く抱きしめられて目を閉じる。

 胸に抱きしめられる。柔らかな感触と暖かな体温。そして、優しい鼓動を感じる。

 いつもなら恥ずかしいと感じるこの状況も、疲労で半ば眠りについている意識は単純に心地よさを受け入れてゆっくりとまどろんでいく。

 ふと、声。

「……豊浦さんの言ったこと、ほんとなのかな?」

「さあな」

 サーニャの言葉に、エイラは適当に応じる。サーニャはこんな返事に怒るかもしれない。けど、

「けど、…………ん、なんでも、いいよ。

 あいつは、世話焼きの、変なやつだ。……それで、いい」

 どんな悲劇を背負っていようと、たとえ、彼が自称する通り、古くから存在する怨霊であろうと。

 それでも、ここで世話になった自分たちを子供扱いする変な青年だ。エイラはそれだけでいいと、微睡ながら呟く。

「うん、そうだね。私も、それでいいかな」

 眠りにつく。大切な友達の寝息を感じ、サーニャは優しく彼女を撫でる。……ふと。

「ん?」

 聞こえてきたのは、細やかな音。

 聞いたこともない音。けど、何かの演奏であることはわかる。その音は虫の音、風の音、夜の音と調和し、心地よく響く。

「豊浦さん?」

 借景、という言葉を思い出した。自然の音色に溶け込み、自然の音とともに一つの演奏として成立する。そんな音。

「すごい、……なあ」

 ピアノ奏者である自分に出来るとは思えない。長く自然の中でともにいたからこそできる演奏。子守唄のような心地よさを感じる。

「ん、…………ううん」

 限界、意識が眠りに落ちる直前、サーニャは優しく胸の中のエイラを撫でた。

「お疲れさま、エイラ」

 

「やあおはよう。朝食の準備はできたけど、……………………どうしたの?」

 朝、たまたま会ったトゥルーデ、ミーナ、エーリカと朝食の配膳を終えた豊浦は首を傾げた。

 その先、不機嫌そうにそっぽを向くペリーヌとおろおろする芳佳。

 そして、不機嫌そうにそっぽを向くサーニャとめそめそするエイラ。

「あうう、……だ、だって仕方ないじゃないかあ。

 さ、サーニャに抱きしめられてたんだぞ、おっぱいに頬擦りしたくなってもいいじゃないかあ」

「エイラっ!」

 男性の前でいきなりな告白に顔を真っ赤にして怒鳴るサーニャ。エイラは小さくなる。

「そうそう、仕方なーい仕方なーいっ」

 ルッキーニは上機嫌にシャーリーの胸に後頭部を埋める。シャーリーはルッキーニを撫でながらけらけら笑って、

「そうだそうだ。サーニャ。こういう時は快く胸を貸してやれ、胸だけになっ」

「…………」

 どや顔で告げたシャーリーに一同沈黙。

「あ、あれ? ……私、変なこと言ったか? お、面白くなかったか?」

「……………………」

 表情豊かなルッキーニが見せた完全な、無、の表情。すべてを察したシャーリーは立ち上がり、部屋の隅で膝を抱えて俯いた。

「と、ともかくっ! も、もうあんなこと、絶対にダメなんだからっ! じゃないと、もうエイラと一緒に寝てあげないんだからっ!」

 よほど恥ずかしかったらしい、サーニャは顔を真っ赤にして怒鳴る。一緒に寝るといっても半分眠ったサーニャが勝手にエイラのベッドに潜り込んでいるのだが。いっぱいいっぱいな二人がその現実を認識できるはずもなく。

 改めての拒絶宣言を受けてエイラはめそめそとシャーリーの隣で膝を抱えた。

 みんなで静かにエイラを見送り、豊浦は芳佳に視線を向ける。

「……………………で?」

「あ、あれは、……べ、別に他意があったわけじゃなくて、ね、寝相だから仕方ないんですっ」

 芳佳がペリーヌを見ておろおろする。ペリーヌは、じと、と芳佳を睨んで、

「だからって、ああもあからさまに避けられると腹が立ちますわ」

「避けた?」

「あ、……えーとね。

 昨日の夜、芳佳ちゃんを中心に三人で手を繋いで並んで寝たの。けど、起きたら芳佳ちゃん、私に抱き着いてて」

 ペリーヌも芳佳のリーネの友情は知っているし微笑ましくも思ってる。けど、ああもあからさまに離れられては面白くない。拗ねている、と自覚はあるが面白くないものは面白くない。

「あ、あれはねっ、……ええと、あ、あの、…………リーネちゃんのおっぱいの抱き心地がよくて、ねっ、そっちが慣れてるからっていうだけで、ペリーヌさんを避けたっていうわけじゃないよっ!」

「…………宮藤」

 妹分と思っていた少女の意外な性癖を聞いてトゥルーデは遠い目。

「あ、あのさ、宮藤。それだと、リーネは」

 エーリカは恐る恐る呟く。芳佳は、はっ、と視線を向ける。

 笑み、という表情分類は変わらない。かもしれない。

 ひきつったその表情を笑みといえば、笑み、といえるかもしれない。

「あの、ね。芳佳ちゃん。

 それは、私の体が目的だったの?」

「ひううっ?」

「宮藤さん?」

「あ、あう、……あう、あうう」

 右と左から睨まれ、芳佳は半泣きでおろおろして、不意に立ち上がる。

「反省します」

 エイラの隣で膝を抱えて座った。

「……………………ミーナ君、僕は間違えていたのかな?」

 誰かと一緒に寝るように提案したのは彼だ。《STRIKE WITCHES》内部分裂の、元凶は彼になる。

 けど、ミーナにとって昨夜はいい夜だった。真ん中にエーリカ、彼女を中心にトゥルーデと三人、手を繋いで寝た。

 子守唄のような優しい音と大切な友の体温、そして、戦闘の疲労が重なり心地よく熟睡出来た。豊浦の提案には感謝をしている。

 だから、ミーナは部屋の隅で並んで膝を抱える三人を見て、満面の笑顔。

「豊浦さんは悪くないわ。悪いのは全面的に私の部下よ」

 

「朝食準備してもらってなんだけど、もう大丈夫なのか? 豊浦」

 復活したシャーリーが朝食をとりながら問いかける。

「体調自体はね。まあ、今日はおとなしく寝てることにするけど、この程度なら問題ないよ」

「そう。……けど、豊浦さん。お昼とかは私たちが準備するから、安静にしててね」

 リーネの言葉に芳佳も頷く。豊浦は微笑して「ありがとう、お願いね。リーネ君」撫でる。リーネはくすぐったそうに目を細める。

「けど、豊浦凄いねっ、あんなに硬い鉄蛇を真っ二つだもんっ!」

 ルッキーニが拍手。そして、改めてその異常さをミーナは認識する。

 何せ、コアでさえ銃撃ではほとんど傷つかない常識外れの硬さを持つネウロイだ。それを両断した。ミーナの知る現存するあらゆる兵器、魔法を含めてあれに比肩するのは、芳佳が魔法力の枯渇と引き換えに放つ真・烈風斬くらいか。

「ん、ああ、あれは世界そのものを斬ったからね。斬撃っていう意味じゃあインチキだよ。硬度はほとんど関係ないんだ」

「それも、……ええと、陰陽とか風水の力?」

「その両方。…………興味あるかな? その、かなり難しい話だけど」

「ええ、お願い」

 難しい話でも構わない。豊浦の使う魔法はここにいるウィッチにとって無視は出来ない。

 けど、

「食事が終わった後でいいか?」

 興味津々と身を乗り出すミーナを制してトゥルーデ。豊浦は「それがいいね」と請け負った。

 



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十六話

 

「世界は五つの要素で構成されている。……そんな話は知っているかな?」

「ええと、化学元素ではないわね?」

 ミーナも化学に詳しいわけではないが、聞いたことがある、という範囲なら現代科学の話ではないだろう。

「あの、四大元素、ではないのですか?」

 古代、そんな話が欧州であった。サーニャは首をかしげる。

「欧州はそうなのかな。ただ、扶桑皇国では五行が有名でね。僕のもそれの応用なんだ。

 陰陽、の考え方だね」

 豊浦はメモ帳にペンで文字を書いていく。それは五つ。

「火、水、土、木、金。五行説、なんて言われているよ」

「ん、四大元素と似てるな。

 土と水、火は一緒だ。こっちだと木と金はなくて代わりに空気なんだけどな」

「そう、……まあ、ここは欧州とも離れてるし、考え方の乖離があったのかもね。

 それで、あの時は鉄蛇の通り道を、金、で満たしたんだ。金は金属、切断する刃物だからね。あそこの空間そのものが切断力を持つ刃物になったんだよ。

 刃物なんて言っても概念上の刃物だから、物質的な強度は関係ない」

「うー、難しー」

 ルッキーニはぐらぐら揺れる。豊浦は微笑。「説明も難しくてね。ごめんね」

「はあ、……案の定だけど、私たちの魔法体系とはかけ離れているわね」

「そういえば、豊浦。そもそもお前はあの場にいて大丈夫だったのか?」

 ふと、トゥルーデは首を傾げた。確か、彼には彼の役割があったはずだ。

 封印の維持。確かに自分たちを助けに来てくれた事には感謝をしているが、それを疎かにされても困る。

 問題が発生していないことは外部からの連絡がない事で分かっているが。

「ああ、うん、あの時は封印の安定が確定したんだ。だから動けたんだよ」

「そうか」

 ならいいか、と。トゥルーデは溜息。ふと、豊浦は意地悪く笑う。

「まあ、そういうわけだから、こっちも手が空いたらまた助けてあげるよ?」

「…………いらない。感謝はしているがそもそも民間人の貴様がネウロイとの戦場に立つこと自体が間違えているんだ。

 民間人は安全な場所で大人しくしていろ、戦うのは我々軍人の役割だ」

 強がり、の自覚はある。民間人が大人しくしていなかったから芳佳とエイラは生き残れたのだから。

 けど、誇り高きカールスラント軍人、……否、一人の軍人として、民間人を戦場に立たせるなど許されない。民間人に自分たちの守りを期待するくらいなら、この場で軍人であることを辞めた方がましだ。

 ふむ、と豊浦は頷く。

「って、こらっ! 私まで撫でるなっ!」

「バルクホルン君もいい娘だね」

「やめろっ! 撫でるなっ! 放せっ! はーなーせーっ!」

「よしよし、いい娘いい娘」

「いい娘いい娘じゃないっ! やめろっ! 貴様っ、カールスラント軍人を何だと思ってるっ!」

「いい娘いい娘」

「いい娘いい娘じゃないといっているだろうがぁあっ!」

 じたばた暴れるトゥルーデ。豊浦はけらけら笑って手を放し、

「いーこいーこ」

「ふんっ!」

 にやにや笑って頭を撫で始めたエーリカの腕を打撃して払いのけた。

「そうそう、いい娘いい娘」

「ミーナーっ!」

 

「さて、鉄蛇の話ね」

 家に来た美緒と静夏、淳三郎を含め改めてミーナが口を開く。

「豊浦は?」

 美緒の問いにミーナは困ったように溜息「魔法力の過剰行使で安静よ」

「む? ……そうか、いきなり飛び出したから何かと思ったが、魔法による援護か」

「…………それは後で話すわ」

 とりあえずそれだけ口にしておき、一息。

「まず、鉄蛇ね。防御能力が桁外れよ。

 コアにルッキーニさんの魔法を直撃させても動いてたわ」

「…………コアも抉れただけだった。壊せてない。……あーもーっ! 悔しーっ!」

 その時の事を思い出したのか暴れだすルッキーニ。そして、美緒は目を開く。

「コアに、ルッキーニの固有魔法を直撃させて、だと?」

 単純な破壊力ではルッキーニの固有魔法がこの中では最強だ。けど、コアだけでその一撃に耐えきった。

 尋常ではない防御能力を持っていることになる。ミーナは溜息。

「外殻はそれ以上ね。ええと、私とエーリカ、宮藤さんとペリーヌさん、ルッキーニさん、エイラさんとサーニャさんの銃撃。コアのあった頭部一点に集中させて、十数分、やっとコアが少し見えたわ。

 復元しないのが本当に救いよ」

「それで復元までし始めたら手に負えないな」

「もちろんそのコアだって、ルッキーニさんの固有魔法だけじゃなくて、リーネさんが威力重視で魔法力を込めた狙撃も撃ち込んだし、銃撃も続けたわ。

 それに加えてルッキーニさんの固有魔法にも耐えきった。硬度、耐久能力は今まで戦ってきたネウロイの中でも段違いね」

 はあ、とミーナが溜息。バルクホルンは「それと、」と、口を開く。

「攻撃方法は炎の砲弾だ。それもかなり連射が効いた。威力は」

「私のシールドでも、連続三発が限界です」

「ああ、はたから見てて随分と派手だったな。威力も相当高いか」

「はい、それに、一撃一撃の範囲が大きいうえ、高熱をまとっています。

 回避がかなり大回りになるので、近寄るのも難しいです」

「う、……む。そうか」

 その攻撃は離れた位置から見ていた美緒も見ている。遠目からさえそれとわかる巨大な炎の砲弾。その光景を見ていた新人のウィッチたちは顔を真っ青にしていた。

「おまけに尻尾を振り回して薙ぎ払う。突撃して食らいついて来たり、挙句には自分の周囲に雷撃。

 火炎の砲弾だって自分で噛み砕いて散弾にしてたわ。ネウロイの研究している連中が知ったら発狂するわね」

「…………かもしれないな」

「そんなのと、戦っていた、のですか」

 呆然と、静夏が呟く。

「いやさ、それはいーんだよ」

 エーリカは一息。

「まあ、そりゃあ硬いだけならいいさ。削っていけば何とかなるし。

 砲弾だってきついけど防御できないことはないし、回避も無理じゃない。…………問題なのはさ」

 世界指折りのウルトラエースが問題視する事。それは、

「あいつ、散弾ばら撒いて目くらましにして、その向こうから隙見せた私に本命の砲撃してきた。

 攻撃と離脱だけじゃない。いろんな攻撃方法を牽制やら本命やら使い分けるんだ。それも、こっちの動きまで把握して、……腹立つくらい頭回るよ。あいつ」

「同感だ。近づいてコアに銃撃してたけど、あのバカでかい尾で私だけ狙って叩き落そうとしてきた。自分のサイズもわかってるし空間把握能力も高い」

「動物的かもしれないが、知恵も相当回るか」

 淳三郎の呟きに相対したウィッチたちは頷く。

「そんな化け物、どうやって倒したんだ」

 呆然とつぶやく美緒に、ミーナがうんざりと肩を落とした。

「結局、とどめを刺したのは豊浦さんよ。

 彼固有の魔法でコアを両断していたわ。……それで、彼は今日動けない。今日の交戦はなしね。まあ、対策も考えないとならないからどちらにせよ交戦は控えたでしょうけど」

「……両断」

「それについては彼の固有魔法、陰陽の領域よ。

 けど、彼は鉄蛇の封印を担う役割があるわ。民間人がこんなところで軍事活動に従事している時点で大問題なのに、それ以上を期待するわけにはいかないわ」

「…………そうだな」

 美緒は頷く。もし仮に、豊浦に何かあれば、そんな外れたネウロイが残り七体まとめて暴れだすことになる。扶桑皇国の存続は絶望的だろうし。最前線の欧州にまで来られたら、想像さえしたくなくなるような惨状が始まるだろう。

「ともかく、豊浦さんの様子を見てまた明日交戦するわ。

 杉田大佐、銃弾の用意は過剰なくらいお願い。何にせよあの硬いのを削るには銃弾が必要だわ。鉄蛇のレポートは欧州に送るから、向こうも必要性はすぐに納得してくれるでしょう。海蛇みたいに海を渡るとでも書いておけば融通してくれるわ。

 戦闘映像記録は?」

「とってある。レポートの説得力追加に一役買ってくれるだろう。

 了解した。それと考えられる火器は揃えておこう。現物を見るなら来てくれるか?」

 淳三郎の問いに「私はレポートの作成をするからいいわ」とミーナ。

「そうだな。私は見させてもらおう。何にせよ火力が必要だ」

 バルクホルンは応じ、他のウィッチも同様に頷いた。

 

「…………で、貴方は何やってるの?」

 武装類を見に出かけたウィッチたちを見送り、豊浦と話をしようかと彼の寝室に入ったミーナはジト目。

「ん、……いや、ルッキーニ君とか喜ぶかなって思って」

 猿面に煌びやかな赤い服を着た等身大の人形を整備していた豊浦。

「………………………………これ、なに?」

「山神、ちょっと見てて」

 胡散臭そうな視線を隠そうともしないミーナを前に、豊浦は上機嫌に人形の背中に手を入れる。かた、と音。

「動いたわね」

「僕も傀儡師をしていた時に使っていたんだ。整備を欠かさなかった甲斐があったよ」

 かたかたかた、とぎこちなく肩、肘、手首、手指が動く。首も動く、足も膝も動く。…………とりあえず、凄い物のような気がする。

「ふふ、どうだい」

「ああ、ええ。…………まあ、凄いと思うわ」

 どや顔の豊浦。凄いと称しながら視線は尊敬ではなく胡散臭いものを見るようなものだが。

「…………まあ、改めて感謝をさせてもらうわ。

 助けてくれてありがとう。次は貴方に頼らないように勝利できるよう、全力を尽くすわ」

「うん、僕も君たちが好きだからね。喪わなくてよかったよ」

「え、…………え?」

 好き、と。その言葉を聞いてミーナの顔がじわじわと赤くなる。

「ミーナ君?」

「だ、だめよっ、だ、誰に気があるのかは知らないけどっ! そ、わ、私たちはウィッチなの、そういうのはだめなのよっ!」

 大慌てで後退するミーナ。豊浦は首を傾げ、……不意に苦笑。

「僕が君たちに恋愛感情を持つことはありえないよ。

 そうだね。…………可愛い孫と遊ぶおじいさんかな、気分としては」

「あ、……え、ええ、そ、そうよね」

 はー、とミーナは溜息一つ。そして、じ、と豊浦を見る。

「なにかな?」

「千三百歳の貴方なら別に他意はないんでしょうけどね。

 けど、貴方は見た目三十歳くらいなんだから、す、好きとか、気楽に年頃の女性に言ったら誤解されるわ。慎みなさい」

 生真面目に告げるミーナに豊浦は噴き出す。「真面目に聞きなさいっ!」と、ミーナは顔を真っ赤にして怒鳴るが。豊浦はけらけら笑う。

「ああ、うん、ごめんごめん。そうだよね。多感な年ごろの女の子じゃあ誤解するね」

「そういう事よ。まったくっ」

 そっぽを向く。豊浦は忍び笑い。

「それで、その多感な女の子たちは大丈夫だった?

 真面目でいい娘たちだし、僕が倒れたことを気に病んでいなかったかい?」

「…………そうね。一応みんな、大丈夫そうだったわ。

 悪いわね、フォローまで気を遣ってもらっちゃって」

 大丈夫だった、とはいえ、確かに豊浦のいう通り、多感な年ごろの少女だ。軍人としての責務を果たせず民間人が倒れたことを気に病むだろう。もし、豊浦のフォローがなければ朝もずっと暗い雰囲気だったかもしれない。

「いい娘たちは余計に、甘えられる誰かが必要だからね」

「…………そうね」

 甘えられる誰か、頼りたくなる誰か。…………ふと、ミーナはこんなことを考えた。

 陰陽とか風水とかそんなことは関係ない。ただ、ただ、みんなの遊び相手として、彼は基地に来てくれないだろうか、と。

 そんな内心の大半を押し隠し、ほんの少しだけ表に出す。

「ええ、豊浦さんにはいろいろとお世話になっているしね」

「ん、芳佳君と仲良くしてくれているからね。このくらいはお安い御用だよ」

「宮藤さん?」

 確かに彼は芳佳と仲がいいが、他のウィッチたちも分け隔てなく接している。あえてここで彼女の名前を上げる理由。

「そうだよ。芳佳君は僕の遠い親戚だろうからね」

「そう、……なの?」

 もちろん、芳佳の身元は調べてある。いくら芳佳が優秀なウィッチであったとしても身元不明の少女を前線に引っ張り出すなんてことはしない。

 けど、当然その中に『蘇我豊浦』の名前はない。芳佳も彼とは初見だったように見えたが。

「ん、ミーナ君も認めたじゃないか。僕が千三百年前の人だって。

 僕に子供はいないけど、親戚はいたし、芳佳君はその親戚の子孫だろうからね。この国はそのころから続く単一国家。血はずっと受け継がれていくよ」

「…………なるほど、そう、かもしれないわね」

 自分の血縁。自分に縁のある人が千年も後にまだ生きている。胡散臭いうえ、随分とロマンチックな話だ。けど、長大な歴史を持つ扶桑皇国。そういう事もあるかもしれない。

 だから、微笑。

「豊浦さんは案外ロマンチストね」

「ろ、……まん? ミーナ君、それ、どういう意味?」

「秘密よ」

 首をかしげる豊浦の姿を見て意地悪く笑い襖を閉める。一つ伸びをしてレポートに取り掛かった。

 



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十七話

 

 武装類はすべて横須賀海軍基地から東京湾をはさんだ富津岬に用意してある。

 鉄蛇が海を越えられるかは不明だが、ネウロイは水を嫌う。陸地に置くよりは安全だろう。

 そして、そこには無数の軍船も停泊してある。

 そこに向かう途中。

「宮藤さんは、本当にすごいのですね」

「う、……ん?」

 不意に静夏に言われた言葉に芳佳は首を傾げた。

「あの、蛇型ネウロイ。……ええと、鉄蛇です。

 とても強力なネウロイだと思います。それと戦えるなんて、凄いです」

「あ、……ええと、みんなの協力もあったから」

 きらきらとした視線を向けられ、芳佳は困ったように応じる。

「はい、さすがは《STRIKE WITCHES》ですっ」

「うーん、……けど、結局勝てなかったし、私たちもまだまだ訓練が足りないよね」

 芳佳は困ったように応じる。丁寧に、深い悔恨を隠す。

 あの時、もっと自分が頑張っていればエイラまで危機にさらすことはなかった。豊浦が出てくる必要もなかった。そして、もちろん彼が倒れることも、……そのことを思い出し、力不足を改めて実感する。

「けど、そんなネウロイなんてそうはいないでしょう」

「そ「ま、それはそーだけどな」」

「きゃっ」「シャーリーさんっ?」

 並んで話していた二人を後ろからまとめてシャーリーが抱きしめる。

「といってもいたんだし、まだ見つかってないだけで他にも世界中にとんでもないネウロイがいるかもしれないからな。

 だから、これも例外ってだけじゃあ終わらないかもしれないぞー」

「あ、……う」

 よく見かけるタイプのネウロイさえ、一人で撃ち落とせるか、その自信はない。

 言葉に詰まる静夏。シャーリーはぱんっ、と彼女の背中を叩いて、

「ま、なんにしても訓練あるのみだ。期待してるぞ、次期エース」

「へっ? えっ? は、はいっ」

 尊敬するウルトラエースから笑顔でそういわれ、静夏は反射的に姿勢を正した。

「うん、静夏ちゃん。訓練は大切だよっ」

「はっはっはっ。服部もそろそろ扶桑皇国を出て実戦経験を積んだウィッチと模擬戦をするのもいいかもしれないな。

 どうだ? まずは宮藤とでも」

「おっ、少佐っ」「坂本少佐っ」

「よお。宮藤、シャーリー。

 今回の件、なかなか難儀そうだな」

「あはは、いや、本気できついです」

「私も聞いたことがないタイプのネウロイだな」

「いやー、やたらと飛びにくいし、正直二度と戦いたくないです」

「強いですからねー」

 芳佳も同意。静夏は首をかしげて「飛びにくい?」

「ああ、そうそう。あの砲弾やたらとでかくてさー、回避しようとするとものすごい大回りになるわけ。

 そんなでっかいのばかすか撃ってくるから全然近寄れないんだよ」

「なるほどシャーリーは苦手そうだな」

「ま、といってもあと七体。何とか頑張りますよ」

「ああ、期待しているぞ。宮藤もな」

「はいっ、最善を尽くしますっ」

「はっはっはっ、頼もしいな。

 こっちの事は気にするな。お前たちはお前たちの最善を尽くせ」

「「はいっ」」

 そして、富津岬の港に到着。さっそく駆け降りるシャーリーとルッキーニ、そして、

「こらっ、あまり走るなっ!」

 トゥルーデが慌てて二人を止める。

「相変わらずだな」

 美緒は苦笑。「なにも、変わりませんわよ。少佐」と、傍らを歩くペリーヌも頷く。

「まあ、迷子になっても困るからあまり離れないようにしてくれ。

 それでは、武器庫まで案内しよう」

 淳三郎が先頭を歩きだす。シャーリーとルッキーニを捕獲したトゥルーデが一礼するのに軽く手を上げて応じ、

「こっちだ。ついてきなさい」

「…………あ、うん。……けど、賑やか、だね」

 リーネは不思議そうに呟く。眼下、おそらく扶桑皇国のウィッチだろう。少女をはじめ多くの人が集っている。

 溜息。

「まったく、……それぞれの仕事があるというのに」

 淳三郎は軽く頭を抱えた。

 

「ようこそ、《STRIKE WITCHES》の皆さま。

 このたびは扶桑皇国の危難に駆けつけていただき。誠にありがとうございましたっ」

 声、とともに敬礼。ウィッチたちも敬礼を返す。

「さて、それでは行こうか。

 皆も、すぐに仕事に戻れっ!」

 淳三郎の言葉に敬礼をしていた整備兵たちは駆け足で仕事に戻る。例外は、

 そわそわと、何か言いたそうに視線を投げかける少女たち。……まだ、訓練中のウィッチにとって、欧州最前線で戦うために世界から集められたエースが集う部隊。《STRIKE WITCHES》はまさしく憧れの対象だ。

 何より同郷の出である芳佳には特に多くの視線が向けられる。

 えーと、と慣れない注目に困る芳佳。けど淳三郎は強いて無表情で歩き出し、

「宮藤、相手をしたいかもしれないが、先に仕事をこなせ。

 明日への準備を怠るな」

「はい」

 美緒が軽く背を叩いて促す。ある程度注目に慣れている他のウィッチたちは興味津々とあたりを見ながら一緒に歩いていく、と。

「杉田大佐」

「む?」

 書類をもって駆け寄る壮年の男性。彼は芳佳たちに一度敬礼し淳三郎に書類を見せる。ふむ、と。

「服部軍曹。武器庫の場所はわかるか?」

「はいっ、把握しております」

「そうか、すまないが、私は少し席を外す。

 《STRIKE WITCHES》の皆を案内してやってくれ」

「はいっ」

「仕事か?」

「弾薬の追加発注だ。内地の陸軍基地にも発注をかけなければならんな。

 ミーナ中佐のレポートは国内でも有効活用させてもらう」

「そうか」

「さて、徹甲榴弾はどこで手に入るか」

「大佐、ネウロイ相手ですと榴弾よりは打撃と衝撃力を重視した方がよろしいかと思います。

 自分は高速徹甲弾の検討を上申します」

「ふむ、……確かにそちらの方がよいかもしれないな。

 承認しよう、海軍管理の砲弾はありったけ持って来い。陸軍には私が直接打診する」

「了解しましたっ」

 二人は言葉を交わしながら歩いていく。そちらを見送って、

「皆さま、こちらです」

 静夏は先頭を歩いていく。

「う、……ちゅ、注目されてる、ね」

 注目に慣れてないのは芳佳だけではない。サーニャは小さく呟く。

「気にしない、……って言っても気になるよなー」

 悪意は感じられない。けど、それでも集まる注目にサーニャは小さくなる。エイラは苦笑。

「エイラは、気にしないの?」

「ま、慣れているからな」

 欧州の貧しい寒帯国スオムスが世界に誇る国内最強のエース、国の英雄としてエイラは有名だ。今以上に注目を集めていたことも一度や二度ではない。

 対し、サーニャはブリタニアで腕を磨いたがもとはオラーシャの出身。エイラのように国の英雄、という扱いを受けたことはなかった。他国のウィッチという事で注目されること自体ほとんどない。

 だから、堂々と歩くエイラをサーニャは羨ましいな、と思い。「あの、エイラ」

「んー?」

「手、……つないで、いい?」

「うぇっ?」

「あ、…………あの、だめ?」

「ぜ、全然いいぞっ、うんっ」

 エイラからの許可が出て、サーニャは手を握る。一息。

「ありがと、……注目されるの、慣れてないから」

「ま、まあそのうち慣れるから、それに大丈夫だっ、何かあったら私が守ってやるからなっ」

 何があるとは思えないが、ともかくエイラの言葉にサーニャは微笑。

「ありがと」

「全部終わったら少しくらいは相手をしてやってくれ。

 特に宮藤、皆お前とは話をしたがっていたぞ」

「わ、私ですかっ?」

 なぜ自分が、と。声を跳ね上げる芳佳。近くにいる静夏はふと思う、この人、自分に向けられる評価に頓着しているのだろうか、と。

「自国のエースならそれくらい当然だって、胸張りなよっ! 扶桑皇国のエースっ」

 すぱんっ、とカールスラント四強の一角に背を叩かれる。「…………えーす?」

「うん?」

 不意に、こぼれた声。

「……私、そういう風に思われてたんだ」

 ぽつりとこぼれた声にエーリカは動きを止めて、

「ふ、……くっ、あ、あははははっはっ! なんだっ、そういう自覚全然なかったんだっ!

 なんだー、宮藤がエースじゃないのなら世界中のエースは随分減しちゃうんじゃない?」

「え? え? そ、そんなにっ? だ、だって私、撃墜数全然少ないですよっ? ハルトマンさんの十分の一くらいですっ」

「…………え? そだっけ?」

「宮藤の公式撃墜記録は三十程度だったな」

「あ。……あれ? なんで?」

 なぜか首をかしげるエーリカ。なんでか? 「……実力、不足?」

「出撃機会が少ないからだ。まあ、他の評価など気にする事はない」

「そうそう、そんなの気にしても面倒なだけなんだから。

 宮藤のやりたいようにやればいいさ。周りからなんて言われても気にしなくていいってっ、私だってトゥルーデに何言われも気にしないからっ」

「お前は少しは気にしろっ! まったくっ! なんでジークフリード線の維持にあんなに苦労するんだっ!

 第一、カールスラント軍人たるもの、もっときり「だが私は気にしないっ!」しろーっ!」

「…………まあ、はい、宮藤さんは扶桑皇国のウィッチたちの間では伝説的存在です。

 お時間がありましたら皆さんとお話をしてみてください。きっと喜んでくれます」

「はあ、そうですか」

 どうにも実感がわかないらしい。芳佳は曖昧に応じる。

「そうだな。それに、後輩との話もいい刺激になるぞ」

 美緒にも告げられて「じゃあ、時間があったら」と、応じておく。

「大丈夫ですの? この軍規を突き抜けたじゃじゃ馬とお話なんて。混乱させてしまうのではなくて?」

 ペリーヌが横目で見るのは静夏。正しく、彼女の軍人らしからぬ行動で混乱をした被害者。

「なに、宮藤の事は服部がよく話していたからな。大体みんな知っている」

「さ、坂本少佐っ!」

 いきなりな発言に美緒につかみかかる静夏。美緒は首をかしげて「どうした? あんなに胸を張って話していたではないか? 訓練で好成績出した時より誇らしそうだったぞ」

「あ、うえっ? え? ……い、いえ、そ、そんなことはありませんっ! 私は、ただ請われたから宮藤さんの武勇を伝えただけですっ!」

 忍び笑いするペリーヌとわかってなさそうに首をかしげる芳佳。ともかく、静夏は武装類が格納されている倉庫へ鍵を開けて戸を開く。

 明かりをつけた。そして振り返る。広い倉庫一杯に持ち込まれた銃火器を背に、

「こちらです。それぞれ、必要なものを見繕ってください」

 

「あの、バルクホルンさん。

 相談に乗ってもらえますか?」

 さっそく武装を物色し始めたトゥルーデにかけられる声。

 顔を上げる。「リーネか? 相談とは武装についてか?」

「はい。私、対装甲ライフルと機関銃をもって飛びますけど、機関銃はおろそうかって思ってます」

 何せ相手は凄まじく硬いネウロイだ。早期撃破には少しでもコアが露出したらそこに銃弾を叩き込む狙撃能力も重要になってくる。

 それを成すのは自分である、その自覚はある。だから対装甲ライフル以外の装備を選択するつもりはない。

 問題は、副武装として用意してある機関銃。

「下ろして、別の武装でも持っていくのか?

 リーネの出力でもう一丁対装甲ライフルをもっていくのは難しいと思うぞ」

「あ、いえ、そんなことはしませんっ」

 一度、対装甲ライフルを二丁構える自分を想像して慌てて首を横に振る。

「機関銃を下して、銃弾を多めに持っていこうって思ってます」

「そうだな、鉄蛇の硬度を考えれば悪くない選択だ」

「はいっ、……けど、機関銃を持っていた時より、攻撃の手数は減っちゃうんですよね」

 対装甲ライフルの銃弾はほかの銃弾と比較して重く大きい。副武装として機関銃を持っているのは手数を補うためにある。

 銃弾はぎりぎりまで持ち込むつもりだが。それでも手数としては随分落ちるだろう。故の相談に、ふむ、とトゥルーデは首をかしげる。

「あ、あの、」

「サーニャ、もか?」

「はい、……私のフリーガーハマーも、装弾数少なくて、どうしようか迷っています」

「そうか。…………ああ、いや、リーネ。お前の意見には賛成だ。

 お前の、対装甲ライフルによる銃撃は有り難い。そちらに集中してくれていい。…………が、そうだな」

 ふむ、と首をかしげるトゥルーデ。

「バルクホルンさん?」

「ああ、いや、さすがにフリーガーハマーのロケット弾をもっていく事は出来ない。

 どうにか給弾の方法も考えなければな」

「そうですね」

 うーん、と三人並んで首をかしげる。

「補給艦を一つ用意してもらうか。装弾の手間もかけられないしな」

 交戦中。銃弾が切れたら一時離脱、軍船の上にある代わりの銃を手に取り戦線復帰。

 交戦中に装弾するよりは安全かもしれない。それに、それならフリーガーハマーの弾数も気にする必要はないだろう。

「そうですね。そこにフリーガーハマーの代わりのを置いてもらえれば、それと取り換えて戦線復帰できます」

「そういう事だ。……その場合の行動についても詰めなければならないな。……はあ」

 溜息をつくトゥルーデ。首をかしげる二人に苦笑。

「いや、これで私もいろいろ対ネウロイ戦の経験を積んできたつもりだが。今回はいろいろ初めてのケースが多いな」

「私も、です。あそこまでの硬度を持つネウロイは、初めてです」

「そうだな。それと、補給艦については杉田大佐に話しておく。

 装弾済み、すぐに使えるようにな」

「「はいっ」」

 トゥルーデの言葉に二人は頷く。「……と、そうだ。リーネ」

「はい、なんですか?」

 サーニャと並んで歩きだそうとしたリーネは動きを止める。

「徹甲弾だが、口径が合えば高速徹甲弾か徹甲榴弾にしておけ。

 カールスラントにも要請しておこう。……次戦では徹甲榴弾も使うようにして、どちらが効果があるか試してくれ」

「はいっ」

「バルクホルンさん、相談に乗ってくれてありがとうございました」

 ぺこり、頭を下げるサーニャと、彼女に続くリーネ。

「ああ、相談したいことがあったらいつでも声をかけてくれ。私も知恵を貸そう」

「「はいっ」」

 笑顔で返事をする二人。…………不意に、頬が緩みそうになり、慌てて口元を抑える。辺りを見る。

 エーリカはいない。もし見られたら確実にからかわれる、と。そうならなかったことで安堵の吐息。

 ただ、やはり頼られるのは嬉しいものだな、と。そんなことを思いながら倉庫の中を歩き、ふと、目に留まったもの。

「パンツァーファウスト、か」

「お、それ持っていくのか?」

「…………リベリアン。……ん?」

「ああ、」シャーリーは大きなベルトを示して「これ、持って行ってみようかなって思ってな」

「手榴弾か」

「機関銃よりは一撃の威力あるだろ?」

「そうだが、暴発には気を付けろよ。そんなの装備して暴発したら死体も残らんぞ」

「うげー、それもそうだな。……うーん、これで上から爆撃とかいいと思ったんだけどなー」

「火炎を吐く相手に爆発物を落としたところで暴発させられるのがオチだ」

 鼻で笑うトゥルーデにシャーリーは口をとがらせて「じゃあ、それは何だよ?」

「ああ、遠距離からなら、と思ってな。

 皆に足止めしてもらって、軍船から順次砲撃していけば、機関銃よりは火力があると思うのだが」

「あー、それもそうだな。

 私たちで地面に押さえつけて、艦橋辺りから片っ端から撃っていくか」

「そうなるな、荒っぽい戦術だが。……と、いうわけだ。使い方は覚えておけよ。リベリアン」

「って、はあっ? 私がやるのかっ?」

 面白そうだな、と思っていたシャーリーはトゥルーデに肩を叩かれて声を上げる。トゥルーデは笑う。

「当然だ。そんな使い捨て戦術に時間をかける余裕はない。せいぜいかっとべ。リベリアン」

「…………へいへい、善処しますよー」

 にやー、と笑うトゥルーデにシャーリーは舌を出し、けど、

「ま、面白そうだけどな」

 頷いた。

 



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十八話

 

「すいません。こんなにいろいろいただいて」

 家まで送り届けてくれた軍人に芳佳は頭を下げる。彼は気にしない、と軽く笑って会釈を返し、車を出す。

 もらったのは食材一式。武装類の確認の後、一緒に食事を、という流れになったが、芳佳たちはそれを辞退した。

 こっちにはミーナと豊浦もいる。特に豊浦は一日安静なのだから、自分たちで料理を作ってあげないといけない。

「さて、それじゃあ、頑張ってお昼ご飯作っちゃおうねっ」

「うんっ」

 芳佳とリーネは笑顔を交わし、サーニャも頑張ってお手伝いを、と奮起。エイラも面倒だなー、と思いながら彼女たちに続く。

「そっちは任せたぞ」

 補給艦についての報告をミーナにしようと思っていたトゥルーデはそんな彼女たちに微笑。そして、「ただいまーっ」

 玄関から中へ。「おかえりなさーい」と、ミーナの声

 板の間を抜け襖を開けると炬燵に入ってレポートを作成するミーナ。仕事中ゆえのきりっとした表情。

 ただ、炬燵に体を突っ込み綿入れを着こみ目の前にみかんと湯呑があるので威厳はない。

「ミーナ、そのスタイル、あまり気にいるなよ?」

 カールスラント軍人としてそれでいいのか、軽く頭を抱えるトゥルーデにミーナは唇を尖らせる。

「少しでもリラックスした状況で仕事をした方がいいと思わない?」

「まあ、……そうかもしれないが」

「それじゃあ、ミーナさん。私たちはお昼ご飯作ってきちゃいますね」

 芳佳たちはそういって歩き出す。「ええ、お願いね」とミーナ。

「こったつっ、こったつっ! シャーリー、一緒に座ろー」

「そうだな」

 シャーリーは炬燵に潜り込み彼女の膝の上にルッキーニが座る。

「ぬくぬくー」

「それでミーナさん。武装類ですが、…………何ですのそれ?」

「ああ、座椅子ね」ミーナは背中を預ける座椅子のひじ掛けを軽く叩いて「豊浦さんが作ってくれたの」

「…………彼は安静じゃないんですの?」

 胡散臭そうなペリーヌ。ミーナは溜息をついて「仕方ないじゃない。仕事してたら唐突に持って来たんだもの」

「それも楽そうだねー、体重を預けられて」

 羨ましそうにペリーヌの隣に座るエーリカ。「ええ、楽よ」とミーナは笑って返す。

「けど貸さないわ」

「ちぇー」

 エーリカももぞもぞと炬燵の中へ。会議の場がこれでいいのか、とトゥルーデは思うが今更この面々を引きずり出すのも困難だろう。諦めて炬燵に潜り込む。

「このままだと、基地の会議もこんなことになりかねませんわね」

 ペリーヌが頭を抱えた。ミーナは難しい表情で「欧州に報告を入れたとき、炬燵を補給物資に含められるか聞いたけど、そもそも炬燵が何なのかわかってなかったみたいね」

「ま、当然だよねー」

「っていうか、本気で導入しようとしないでくださいっ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、こういう時のためのウルスラだから」

「お前の妹は大工仕事までできるのか?」

 シャーリーは首をかしげる。兵器開発と家具作成は別物な気もするが。

「なに言ってるの? ウルスラに作れないものなんてないっ!」

「あ、ああ」

 意外な剣幕で迫るエーリカ。思わず引いた、が。不意に笑う。

「な、なんだよ?」

「そうだよなー、何せ、自慢の妹だもんなー」

「う、うるさいなー」

「ハルトマンは妹の事が大好きだもんねーっ」

「うるさいっ!」

 シャーリーとルッキーニに怒鳴る。が、この二人は聞かない。けらけら笑ってエーリカが頬を膨らませる。

「まあ、炬燵の導入はともかくだ。

 ミーナ、杉田大佐に頼み、装甲空母《大鳳》の甲板に我々の武装を置いてもらうよう頼んでおいた」

「武装? ああ、銃弾とかね」

「いや、装弾済みの銃そのものだ。特にサーニャのフリーガーハマーは装弾にも時間がかかる。が、そんなことを言っていられる相手ではないだろう?」

「それもそうね。ええ、今回はそれが必要かもしれないわね」

「これが大まかな置き場所だ。一応、皆には目を通すように伝えておいた」

「ええ。ありがとう」

「……はあ、固有魔法があるから必要ありませんわよ、と胸を張れればいいんですけどねえ」

 ペリーヌは溜息。銃弾がなくなってもいざとなれば雷撃で周囲一帯をまとめて撃破できる。けど、今回の敵にその慢心は危険だ。

「そうだよー、あー、なんか悔しー」

「…………コアさえ破壊できなかった。……あうう。撃破できるまで固有魔法やったら魔法力なくなっちゃうよー」

 同じく攻撃型の固有魔法を持つエーリカとルッキーニも不満そうに頬を膨らませる。が、

「自重ね。自重」

 仕方ない。まだどれだけ耐久性があるか分からない。それなのに固有魔法を乱発して飛べなくなった、では話にならない。

 それはわかる。だから三人は不満そうに押し黙った。

 

 芳佳とリーネ、サーニャとエイラ、そして豊浦が居間へ。それと、

「はい、座椅子。みんなの分あるから使っていいよ」

「…………なんで豊浦さん。お休みしているはずなのに大工してるの?」

 じと、と。芳佳が豊浦を睨む。豊浦は決まり悪そうに視線を背ける。

「いや、…………ひまだし」

「寝てないとだめですっ!」

「……そんな、せっかく人形劇用の人形も整備したのに。…………よ、芳佳君。……ほら、僕は大丈夫だから、ね?」

「だーめーでーすっ! 病み上がりなんだから大人しくしててくださいっ!」

 ぴしゃりと応じる芳佳と小さくなる豊浦。「病み?」と、不意に聞こえた疑問は聞こえないふり。

「人形?」

「そ、そうだよルッキーニ君っ、何せミーナ君も凄いって大絶賛したものなんだっ」

「…………えー?」

 凄いのは認めたが大絶賛をした覚えはない。勝手なことを言うな、とミーナは豊浦を睨むが彼は無視。

「人形だってっ、芳佳っ! あたし見てみたいっ!」

「そう、それにね。これは扶桑皇国古来からの伝統芸能なんだ。

 どうだい、ペリーヌ君? 他国の文化に触れることは、貴族として有意義だと思うよ? 文化交流文化交流」

「へ? ……え、ええ、そうですわね。他国の伝統文化を学ぶのも大切なことですわ」

 国交の場ではその知識あるなしで相手国の事をよく学んでいるか印象が大きく異なる。ペリーヌにはまだ経験がないが、いずれ貴族として扶桑皇国の執政者とも相対する事があるかもしれない。そうなったときの事を考えれば知っていて損はない。

 損はない、が。

「豊浦さんっ!」

「…………はい、すいません。大人しく寝ています」

 ルッキーニとペリーヌが慄く剣幕の芳佳に押されて、豊浦はしぶしぶ両手を上げた。

「まあ、僕の部屋に人形はあるからね。

 ルッキーニ君、ペリーヌ君もよければ見に来なさい」

「お人形さん、可愛いですか?」

 お人形といわれればサーニャも興味が出てくる。可愛ければ見てみたい、と。二人は問いかける。対し、

「可愛くないよ」「可愛くないわね」

 豊浦とミーナは正直に応じる。「え?」と、疑問。

「まあ、それよりご飯を食べようか。せっかくみんなが頑張って作ってくれたんだしね」

「そうだな」

 トゥルーデも頷く。メインは焼いた鶏肉に大根おろしのソースをかけたもの。

「どれも旨そうだな。

 これは、芳佳たちが作ったのか?」

「うん、あ、……えへへ、今日のメインはサーニャちゃんにお願いしましたっ」

「あう、……あ、あの、…………お料理、あんまりしたことないから、自信ない、ですけど」

 自分の手料理を誰かが食べる。そんな事初めてで、小さくなるサーニャ。「どれ」と、トゥルーデが一口。

「……ん、ああ、美味いな。上出来だ」

 そういってトゥルーデはサーニャを撫でる。サーニャは意外そうに目を見開いて、心地よさそうに目を細める。

「…………って、なんでバルクホルンまでサーニャ撫でてんだっ!」

「……へー、トゥルーデ、…………へー?」

「む、……な、なんだ」

 エイラに怒鳴られエーリカに睨まれる。けど、ミーナは微笑んで、

「あら、らしくなってきたわよ。お姉ちゃん」

「ふぁっ?」

「そうですね。バルクホルンさん頼りになるから、お姉ちゃんっていう感じです」

 リーネの肯定になんとなく嬉しさを感じ、けど、そうじゃない、と思い直す。

「な、……べ、別にそういうのはいらないぞっ!

 カールスラント軍人たるもの、常に精進を怠らない部下を労わずしてどうするっ」

「そのやり方が頭なでなでか? カールスラント軍人としてどうだよ? それ」

「うるさいっ! これは撫でられたときに存外心地よかったから慰労に向いていると判断したからであって、別に妹云々は関係ないっ!」

 にやにや笑うシャーリーに一発怒鳴る。

「私も、頭撫でてもらえると嬉しいです」

 そして、ほっこりと同意するリーネ。ペリーヌは、にやー、と笑う。

「バルクホルンさんも、そういうの、お好きだったんですわねー

 豊浦さん、また撫でて差し上げたら?」

「いや、ここは現地妹の芳佳君がいいと思うよ。さぁ芳佳君っ! 普段の感謝の気持ちを込めて撫でるんだっ!」

「はいっ! バルクホルンさん、撫でさせていただきますっ!」

 いろいろな方向から攻撃されるトゥルーデを珍しいな、と見ていた芳佳は不意に話を振られて立ち上がる。

「結構、だっ!」

 

「きゃははーっ、うわーっ、なにこれ変なのーっ?」

「へー、確かに変なやつだな。可愛くないなー」

 情け容赦なく爆笑するシャーリーとルッキーニ。けど、

「変なのですけど。……見事な作りですわ。

 服もしっかりしていますし、面も、…………ううん、改めてみると相当いいつくりですわね」

「「えっ?」」

 真面目に褒めるペリーヌに驚くシャーリーとルッキーニ。二人には何がどう見事なのかよくわからない。

「ぬう、……貴族めー」

「目が肥えている、という事ですわ」

 事実貴族であるペリーヌは謎の抗議を送るシャーリーをさらりとかわす。

「はあ、……可愛くなかったです」

 で、豊浦の側で緑茶を飲みながらしゅんとするリーネ。

「可愛くないって言ったでしょ。……うん? リーネ君は可愛い人形が所望かな?」

「あ、……ええと、所望、……っていうか、見てみたい、です」

 思い起こせば彼にはたくさんお世話になっている。それなのにさらに我侭を言う事なんてできない。

「豊浦。可愛い人形とか持ってるのか?」

 エイラも緑茶を啜りながら聞いてみる。男性で人形、というのはあまり結びつかないが。

「ああ、持ってるよ。市松人形ならね」

「へー、意外。どんなのだ?」

 興味津々とエイラ、サーニャとリーネも可愛いのなら見てみたい、と。豊浦に視線を送る。…………つと、芳佳は市松人形という言葉を聞いてさらりと嫌な予感。

「ええと、写真が「検閲しますっ!」芳佳君?」

 どこぞから取り出した写真を三人が見る前にかっさらう。不思議そうな視線を背に、まずは覚悟を決めるために深呼吸。…………見る。……………………口元が引き攣る。絶対に今夜はリーネと一緒に寝ようと決心する。一人で眠れる自信は、今消し飛んだ。

「サーニャちゃん、エイラさん、リーネちゃん。

 これ、絶対に、見ちゃ、だめ、だから、ね」

「う、…………うん」

 芳佳の剣幕に思わず頷くエイラ。意地悪、ではない事は芳佳の表情を見ればわかる。

「いい? 絶対、絶対だからね?」

「うん」「わ、わかったよ。芳佳ちゃん」

 念押しの言葉にリーネとサーニャは気圧されるように頷く。興味はあるが、不安を感じて大人しく引き下がる。

「むう、……こっちも不評かな。

 じゃあ、…………羽織狐と、玉乗り兎、あと、撫牛ならいいかな? はい、芳佳君」

 また写真を取り出して今度は最初に芳佳に手渡す。芳佳は市松人形の写真を置いてみて「あ、可愛い」

 思わずつぶやく。なら問題ないだろうとサーニャたちも覗き込む。

 丸いテーブルにちょこんと乗った動物の人形。兎と狐は服を着ていて愛嬌がある。

「実物は持ってないんだ。ごめんね」

「あ、いえ、いいです。ありがとうございますっ」

 ぺこり、頭を下げるリーネ。豊浦は彼女を丁寧に撫でて「その写真でよければあげるよ。芳佳君も、市松人形の写真、欲しいよね?」

「いらない」

 きっぱりと言ってのける。だって、「やっほーっ、例の人形見に来たよー」

 さっ、と襖が開く。ミーナとトゥルーデと話をしていたエーリカは豊浦の部屋に乗り込んで、ふと、

「お、何の写真?」

「って、ハルトマンさん、それ見ちゃだめぇっ!」

 慌てて止めるが時すでに遅し。…………そして、

 

「何事だっ?」「ハルトマンっ?」

 耳をつんざく絶叫。直撃した部屋の面々は悶絶し、ミーナとトゥルーデは部屋に入る。そして、

「トゥルーデっ!」

「うわっ?」

 誰かが胸に飛び込んできた。抱き留める。と。

「あ、あう、あうう」

「は、ハルトマンか? ど、どうした?」

 涙目で見上げる彼女。思いきり抱きしめたい衝動に駆られるが。必死に抑える。

「あ、あれ、あれえ」

 震える指で示すのは裏返しになった一枚の写真。

「これ?」

 ミーナが手を伸ばすが「ごめんなさいっ、ミーナさんっ!」

 芳佳はその上に滑り込む。

「きゃっ? ちょ、宮藤さんっ?」

「これは絶対に見ない方がいいですっ! いいですかっ! もし見るなら覚悟してくださいっ!

 私、責任とれませんからっ!」

 結構な剣幕の芳佳。とはいえ悲鳴を上げて今もトゥルーデに泣きつくエーリカがいるので冗談とは思えない。

「え、……ええ、気を付けるわ」

「うーむ? そんなに怖いかなあ?」

「ば、ばかーっ! あんな気味悪い写真怖いに決まってるよっ!」

 首をかしげる豊浦に涙目で怒鳴るエーリカ。「ふむう?」と、彼はよくわからなさそうに応じる

「うう、扶桑皇国はあんなので人形遊びとかしてるの? …………宮藤怖いー」

「私っ?」

 

 そして、夜。トゥルーデは布団に潜り込む。

 明日、また鉄蛇との決戦だ。あれだけ猛威を振るったネウロイ相手に戦う。けど、仲間たちに強い緊張は見えない。各々リラックスしているように見えた。

「ああ、いい雰囲気だな」

 ぽつり、呟く。

 少し、緩すぎる気もするが、強敵を前に委縮するよりはずっといい。…………ふと、その理由を考えてみる。

 背中を任せ、命を預けるに足る仲間たちと一緒に戦う。彼女たちと一緒ならどんな強敵でも倒せる。そんな信頼がある。

 あるいは、豊浦の存在もあるかもしれない。のんきな性格やらいろいろ言いたいことはあるが。彼の穏やかな態度は安心も感じる。

 …………それと、……耳を澄ます。外の音。それに調和して響く、不思議な音色。

 この家も、あるのかもしれないな、と。

 囲炉裏や炬燵などの温かさを共有し、障子や大きな窓は陽の光を、そして、月の光を柔らかく室内に届ける。

 家、とするには少し脆い気もする。……けど、

 休むのには、……そう、戦場を離れ、休憩をするにはいいかもしれない。

 カールスラント軍人にはあるまじき怠惰な考え。……けど、ここの穏やかさはそれさえ肯定してしまいそうになる。

 と、

「と、トゥルーデ、お、起きて、る?」

 障子の向こうから、遠慮がちな声。

「ん? ああ、ハルトマンか?」

「う、……うん、はいって、いい?」

「ああ、構わないぞ」

 頷く、明日の相談だろうか? と、障子が開く。…………目を、見開いた。

 

 紅潮した頬。羞恥で微かに潤む瞳。遠慮がちに開く口元を隠す枕。

 障子越しの月光は金糸の髪を微かに輝かせ、闇夜と藍色の浴衣が白い肌を引き立てる。

 

 思わず、見とれるトゥルーデに、少女は小さなおねだりをした。

「トゥルーデ。…………一人は、怖いから。……今夜、一緒に寝て、いい?」

 



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十九話

 

「交戦を開始しますっ!」

 鉄蛇との二戦目。開戦の声が響いた。

 

 鉄蛇の咆哮。開放され、視界の先にいる芳佳を睨む。口を開く。その後頭部にフリーガーハマーのロケット弾が突き刺さる。

 爆発が連続する。けど、

「個体差がある、っていうほどじゃなんですね」

 鉄蛇は気にせず芳佳に炎の砲弾を放つ。大きな損傷は、見られない。

 ロケット弾を複数叩き込んで、ようやく確認できる程度の損傷を与えた。相変わらずの硬度。けど、

「わかっていれば、驚くほどではないっ!」

「気にせず叩き込めーっ!」

 ルッキーニとバルクホルンは突撃して銃撃掃射。莫大量の銃弾を鉄蛇の頭部に叩き込む。

「宮藤さんっ! 背中借りるわっ!」

「はいっ」

 砲弾を回避する芳佳の背にミーナ。彼女は自分の固有魔法に意識を集中させる。

 次に来る砲弾、それを見極めて、「んっ」

 芳佳の姿勢を調整。砲弾が迫り、射線から斜めに展開されたシールドに逸らされる。

「出来ましたっ」

 当然、軌道修正だけならシールドにかかる負担も小さくなる。まだ、余裕がある。

「いけるわね」

「はいっ」

 それを行うには、ミーナの固有魔法による補助が必要。けど、成功したなら。

 鉄蛇が真っ直ぐに芳佳とミーナを睨む。その視線に苛立たしさを感じたのは、気のせいか? けど、

「ふふ、怒っているのかしらね。けど、こっちに集中するのは、悪くないわ」

 砲撃する鉄蛇の後ろから、ウィッチたちは頭部に銃撃を集中させる。近寄るようなことはしない。慎重にその外殻を砕いていく。

 けど、

『総員散会っ! 散弾来るぞーっ』

 エイラの声。鉄蛇は、ぐるん、と振り返る。後ろからの銃弾が気になったのか、散弾を連続して放つ。

 が、遅い。エイラの警告でウィッチたちはすでに離脱している。散弾が広範囲を薙ぎ払うが、散会したウィッチたちには当たらない。

 頭部以外に攻撃するつもりはない。背を向けられた形になる芳佳とミーナは即座に頭部に銃弾を叩き込み。下へ逃れ頭部への銃撃が難しいペリーヌとハルトマンは攻撃を行わず上昇に専念。そして、

「攻撃と散会、攻撃範囲外から削っていく。……安全策で行かせてもらうぞ」

 鉄蛇の向いている咆哮以外全方位。距離を保ってウィッチたちは銃撃する。飛行型ネウロイなら全方位にレーザーを放つが、今のところ鉄蛇は近づかなければそれはない。

 油断はできない、が。

 

 咆哮。

 

 頭部に銃撃が集中し、鉄蛇は鬱陶しそうに咆哮し、姿勢を下へ。

「逃げるかっ」

 移動する。銃撃を届かせるため、ウィッチたちは高度を下げる。が、

「うわおっ?」

 振り上げられる巨大な尾。ルッキーニは回避。『ルッキーニ、上に移動っ!』

 エイラの声が響く。振り上げられた尾はルッキーニの横で急停止。そして、横への薙ぎ払いに移動。

 慣性を力づくでねじ伏せた挙動。警告がなければ直撃したかもしれない。

 怖い、と思うけど。

「まだまだ、戦えるよっ!」

 飛翔継続。薙ぎ払われた尾が跳ね上がるが、警告されるまでもない。ルッキーニは見越して回避。

「ルッキーニさんっ」

 先行するペリーヌが速度を落とすが「先行って攻撃してっ! ここはあたしに任せたっ!」

「……頼みますわよっ」

 尾が振り回される。攻撃に意識を割いているからか、あるいは、体の一部が浮いているからか、鉄蛇の移動速度は遅くなっている。

 他のウィッチたちは距離を詰め、銃撃を続ける。ルッキーニは飛び回って振り回される尾を回避。

「頼むよーっ! っとうっ?」

 振り下ろされる尾を右に飛翔して回避。爆砕の音。

「って、うげぇっ?」

 爆砕、そしてばら撒かれる土塊と鉄塊。それがルッキーニに迫って「シュトゥルムっ!」

 放たれた風がそれを薙ぎ払う。

「お疲れーっ!」「ありがとっ!」

 手であいさつを交わし、エーリカとルッキーニは並走。そして、

「あーもうっ! あったまくんなーっ!」

 ルッキーニと合流しておとり役を、と思ったが。ルッキーニとエーリカを無視して鉄蛇は速度を上げる。自分たちを無視して先行するウィッチたちへの追撃に移ったらしい。

 そして、その判断は正しい。無駄弾を警戒して二人に攻撃するつもりはない。それさえ見越されたらしい。つくづく頭にくる。

「来た来た来たーっ!」

 先行するウィッチたちのうち、殿を務めるエイラが声を上げる。火炎の散弾を乱射。

 けど、まっすぐ来たなら。

「撃てっ! リベリアンっ!」

『了解っ! 巻き込まれるなよーっ!』

 

 シャーリーは空母の甲板を走り回りながら迫撃砲の引き金に連動した板を蹴っ飛ばしていく。ウィッチの攻撃により迫撃弾が魔法力を帯びて空を舞う。

 高速化の魔法。それを駆使して駆け回る。

「そらそらそらっ!」

 不意打ちのみの一発限り、空から落ちる迫撃砲弾は気づかれて上に砲撃されればそれだけで誤爆されて終わりだ。

 だから、遠慮なしの大盤振る舞い。高速の疾走込みで存分にその火力を叩き付ける。

『初弾命中っ!』

 ミーナの声。とともに地上で盛大な爆発が起きる。巻き込まれるようなことはないだろうが、その火力にはさすがのシャーリーも驚嘆。

 けど、

「まだ、ってか」

 徐々に、その爆発場所が上になり、代わりに下からの砲弾が見える。鉄蛇がその意図に気づいて空へと砲撃したらしい。

「損傷はっ?」

『確認可能です。けど、コアは出てませんっ!』

「おいおい、中型ネウロイなら消し飛ぶぞこれ」

 リーネの報告に苦笑。遠目からそれだけの火力を叩き込んだ自覚はある。

「合流するっ」

 

 地獄、というものがある。真偽はともかく、芳佳はその存在を知っている。

 だから思った。地獄って、こういうところなのかな、と。

 シャーリーが行った数十発の迫撃砲爆撃。それにより眼下は炎の赤と炭化した鉄で出来た火の海。灼熱地獄という言葉をいやでも連想させる。

 そして、その地獄の中に、蛇がいる。

 

 咆哮。

 

 鉄蛇は地面に尾を持ち上げて、地面に突き刺す。そのまま体を地中に抉りこませる。

「つっ、地下に行く気っ!」

 潜る。その初動と判断したミーナは声を上げる、が。

「違うっ! シールドはりながら離脱っ! ハルトマンっ! 芳佳っ!」

 エイラは声を上げてウィッチたちはそれに従う。鉄蛇は、潜り込ませた尾を跳ね上げた。

 まき散らされる土砂と吹き飛ぶ岩盤、鉄塊。莫大量の礫が視界を遮る。

「ああもうっ! 私の固有魔法は視界確保のためじゃないってのーっ!」

 莫大量の飛来物はもちろん危険だが、それ以上に視界が遮られたことに問題がある。だからエーリカは手を下へ。

「シュトゥルムっ!」

 放たれる竜巻が飛来物、土砂の壁を切り裂く。追撃を警戒して芳佳はシールドを展開。「南っ!」

 ミーナの声。同時にリーネとルッキーニがシールドを展開。そこに叩き付けられる火炎の砲弾。

「目くらまして離脱か」「行きますわよっ!」「牽制しますっ!」

 トゥルーデとペリーヌが機関銃をもって鉄蛇に向かって飛び、サーニャがロケット弾を放つ。鉄蛇はロケット弾の撃墜を選択。そちらに砲撃。

 ロケット弾は砲撃されて誤爆。けど、ペリーヌとトゥルーデは鉄蛇の後ろへ。頭部に銃撃。

 銃弾が突き刺さり、鉄蛇は振り返る。銃撃する二人を睨み。砲撃。

「いい加減、それは見飽きましてよっ!」

 砲弾を回避する。見慣れれば回避できないことはない。さらに連続して叩き込まれるが、ペリーヌとトゥルーデは回避。「そろそろ、か。ペリーヌ。散弾に気を付けろっ」

「了解っ」

 トゥルーデの警告を聞いてペリーヌは上昇を選択。トゥルーデもペリーヌと逆方向に上昇。そして、ペリーヌに向かって散弾が放たれる。

「予測できれば、対応、出来ます、わっ!」

 ばら撒かれる散弾を回避する。数は多いが回避できないほどでもない。トゥルーデと、さらにシャーリー、ルッキーニも空を舞い散弾を引き付ける。

 それでも相当な数の弾幕だが、今まで相手にしていたネウロイの全方位に向けて乱発されるビームに比べればまだ密度は薄い。ペリーヌは回避の一択。

 四人のウィッチが四方へとび散弾の射線を拡散させる。そして、

「掃射しますっ!」

 ミーナの指揮のもと、芳佳とエイラ、サーニャが頭部に銃撃。銃弾が頭部に集中し叩き込まれ、微かな疵を蓄積させて、

「コア、視認ですっ!」

 対装甲ライフルが火を噴く。銃弾がわずかに露出したコアを打撃。

 

 咆哮。

 

「やっぱり、コアを撃ち抜いても一撃必殺とはいかないわね」

 確かに、微かに露出した赤い輝き、コアにリーネの放った銃弾は突き刺さった。けど、鉄蛇は健在。

「続けますっ」

 わかっていたこと、だからリーネは狙撃を続ける。微かに露出したコアを一撃一撃、確実に銃撃していく。

 ふと、

「とぐろ?」

 鉄蛇はぐるん、と地面を薙ぎ払うように尾を旋回させ、とぐろを巻き始めた。「リーネさんは狙撃を続けて、他、みんなは警戒」

 動きがあった、故の指示にウィッチたちは距離を取る。狙撃を続けるリーネの傍らにはトゥルーデ。芳佳はいつでもシールドを展開できるよう最前線で意識を集中させる。

 鉄蛇はとぐろを巻き、動きを止める。ごぐん、と。その喉が大きく膨らむ。

 え? と、誰かが呟いた気がして、

「散会っ! 宮藤っ! 受けようなんて考えるなっ!」

 エイラの警告。そして放たれる巨大な砲弾。

 巨大な鉄蛇の頭部。その倍はありそうな、それ自体が中型のネウロイに匹敵する弾丸。それが迫る。けど、

「遅すぎだっ!」

 弾速は遅い。ウィッチたちはそれを悠々回避し、その砲弾が、下から砲撃された。

 

 爆発。

 

「きゃううっ?」

 何が起きたのか、リーネには一瞬分からなかった。

 大爆発、爆風がシールドごとリーネを吹き飛ばし、放たれる礫がシールドを叩く。目を開けようにも爆発の光が強くて視界が悪くなる。

 そして、停止。「みんな、は?」

 いない。けど、引き離されたことはわかる。直下にいた鉄蛇が今は離れている。

 鉄蛇が爆発で吹き飛ばされたことないだろう。すでにとぐろは巻いていないが、あの状態から高速で移動できるとは思えない。

 と、

『みんなっ、返事してっ! 怪我はないっ?』

「は、はいっ! リネット・ビショップ。……損傷ありませんっ!

 鉄蛇の追撃を継続しますっ!」

 インカムから響いた声に、反射的に応じる。リーネ同様いくつかの声が重なり、…………けど、

『ペリーヌさんっ! 応答しなさいっ!』

「ペリーヌさんっ!」

 彼女からの、返答がない。リーネは急ぎ飛翔。

『宮藤さん、ルッキーニさんっ、シャーリーさん、エイラさんはペリーヌさんの保護っ! 他は鉄蛇の牽制っ!』

「撃ち、ますっ!」

 距離がある。けど、今はそれどころではない。一刻も早く銃撃して、鉄蛇の注意を引かないと。

 そして、それはほかの皆も同じ、鉄蛇に銃弾が叩き込まれる。……けど、

 けど、鉄蛇は一度頭を上げて、這う。残骸を蹴散らして一方向へまっすぐに突き進む。

「ペリーヌさんっ!」

 その迷いのない動き。最悪の想像が頭をよぎる。

 つまり、鉄蛇はペリーヌの位置を把握し、まずは彼女を殺すために、と。

「させないっ!」

 引き金を連続して引く。反動が肩に叩きつけられるが。それを無視。

 と、

『遅くなって、申し訳ございませんわ。ペリーヌ・クロステルマン。無事、ですわ』

 聞こえてきた声に、ふと、安堵しそうになる、が。

『鉄蛇の、追撃を、受けていますっ』

 さ、と。血の気が引いた。

 ペリーヌの声には疲労がある。おそらく、先の爆発を近くで受けたのかもしれない。シールドで魔法力を大きく削られたかもしれない。

 そんな状況で追撃を受けたら、……いやな想像を振り払い。鉄蛇の方に飛翔。

 と、

「あ、れは?」

 大きな建物の上に巨大な岩。おそらく、鉄蛇が尾で抉り飛ばした岩が乗っているのだろう。

 一息。

「ペリーヌさんっ! 岩が乗ってる建物、そちら目指せますかっ?」

『……やり、ますわっ!』

 ごめんなさい、と。疲れているであろう彼女にさらに無理をさせることにリーネは小さく呟く。

 鉄蛇の進路がわずかに変わる。リーネの指示した方へ。

 

 体が重い。ストライカーユニットの出力も悪い気がする。

 直近での大爆発。必死にシールドを展開し、けど、爆風に吹き飛ばされた。一瞬意識が朦朧とするほどの衝撃。必死に意識を保ち、背中にシールドを展開。

 それをしなければ死んでいた。けど、それでペリーヌの魔法力は大きく削られている。飛翔する事さえ、苦しいほどに。

 そして、リーネの指示した先、鉄蛇が尾で巻き上げたらしい巨大な岩がある。だから、その狙いはわかる。

 あれを落下させて、鉄蛇に直撃させる。頭部に激突してコアが壊れれば御の字、体に当たればそのまま楔になる。

 だから、ペリーヌは必死に飛翔。リーネやエーリカ、ミーナ、エイラも飛翔しながら鉄蛇を追撃。銃撃を継続している。

「ほ、……んと、あたま、来ます、わ」

 小さく呟く。間違いなく、鉄蛇は自分が一番弱っていることを把握している。執拗な追撃はその証。まずは一人落とす。その判断は頭にくる。

 いっそのこと魔法力を使い果たす覚悟で一矢報いてあげましょうか、と。思考にちらりとそんな思いがよぎり、けど、

「だめ、ですわね」

 この位置からでは露出したコアに攻撃は届かない。雷撃をしたところで無駄だし、魔法力が尽きれば墜落して次の瞬間には死体も残らない。……そうなれば、

「ああ、もうっ!」

 領民、預かる子供たち、…………そんな顔が頭によぎれば、命を懸けた一撃なんで出来るわけがない。絶対に、死ぬわけにはいかない。

 そして、大切な仲間を思う。だから、

「ごめんなさい」

 誰かに呟いて武装、機関銃を後ろに投げつける。軽くなった、と。思う。

 けど、鉄蛇が口を開く。

「んっ」

 砲撃の音。けど、

「ペリーヌさんっ!」

 横から飛び出した芳佳がシールドを砲弾に叩き付ける。進路がそれ、砲弾が近くの建物を抉る。

「宮藤さんっ!」

「あそこだよねっ、私も一緒に行くねっ」

 ふらつきそうになる体を叱咤し、ペリーヌは飛翔継続。彼女にそういわれたら、虚勢でも弱っているところなんて見せられない。

 ふと、芳佳は困ったように、「ええと、それとも別行動の方がいい? 私が囮になる?」

「無駄ですわ。別れたところでわたくしを追撃するに決まってますもの。……だから、」

 だから、ペリーヌは芳佳に意地悪い笑みを浮かべる。

「絶体絶命の危機に、付き合ってくださらない?」

「うんっ、絶対に一緒に乗り切ろうねっ」

 ふと、こんなことを思った。…………彼女の事を、無茶苦茶な人ね、と。呆れていたが。

「あまり、人のこと言えないかもしれませんわね」

「え?」

「何でもありませんわ。っていうか、来ますわよっ!」

 鉄蛇は芳佳とペリーヌを追撃しながら砲撃。火炎の砲弾が地面を、建物を、砕き破壊していく。

 二人は低空の飛行を続けて回避。けど、まっすぐ進めばいいだけの鉄蛇とは違い、二人は障害物を回避し、砲撃を弾きながら前に飛翔。効率が悪い、と。判断。

「宮藤さん、シールドに集中してくださいませんかっ!」

「了解っ!」

 ペリーヌは芳佳の手を取る。そして前へ、芳佳も飛翔しているが障害物の回避、目的地への移動はすべてペリーヌに任せる。代わりに、攻撃はすべて防ぐ。強く握った手でその意思を伝える。

 鉄蛇の追撃もあるが、砲撃をしている間はわずかに速度が鈍る。ちょうど、これで同じくらいか。

 絶体絶命の追いかけっこ。リーネの指定した場所にペリーヌと芳佳は手に手を取り合って飛翔。鉄蛇は砲撃をやめて速度を上げる。二人を食らい砕こうと口を開く。

 もう少し、……けど、砲撃をやめた鉄蛇は速度を上げて、芳佳はペリーヌの手を取って飛翔する、が。急な運動で一瞬、姿勢が崩れ、

「おいつかれ「さあ、大詰めだっ! ど派手に行ってやるーっ!」」

「ハルトマンさんっ!」

 ひゅんっ、と。エーリカは鉄蛇の横を飛翔。そして、響くのは爆風の音。

「これでどうだーっ!」

 エーリカの固有魔法、疾風が建物の基部を抉る。建物が鉄蛇の進路をふさぐように倒壊。崩れた建物が鉄蛇に直撃。不愉快そうな声を上げ、「これも、あげます」

 体を打撃されて動きを鈍らせた鉄蛇の眼前、真正面。

 サーニャはフリーガーハマーの引き金を連続して引く。放たれるロケット弾が鉄蛇を連続して爆撃し、動きを止める。

「サーニャさんっ」

「芳佳ちゃん、ペリーヌさん、お疲れ様」

 ふわり、笑み。そして、その意味は、

「行ってっ!」

 リーネの銃撃、岩が乗る建物の屋根を銃弾が抉る。ぐらり、と。岩が揺れる、が。

「だめ?」

 落ちない。目論見は「にゃぁぁあああっ!」

 その屋根をシャーリーに発射されたルッキーニが固有魔法で抉る。今度こそ岩が落下。鉄蛇に直撃。

 巨大な落下物に鉄蛇は咆哮を上げる、振り払うように動くが巨大な落下物は鉄蛇への楔としてその動きを押さえつける。

「ついでだ。有り難く、受け取れえっ!」

 追撃、トゥルーデは長大な鉄骨を振り上げ、叩き落す。鉄蛇のコアに突き刺さる。

 が、それでも鉄蛇は健在。身をよじり重なる障害物をはねのけようと暴れる。

 けど、その前に、「これで、終わりですわよっ!」

 芳佳に抱えられて鉄骨を掴んだペリーヌは、全力で吼えた。

 

「トネールっ!」

 

 鉄骨を伝い、必殺の雷撃が鉄蛇のコアに直撃。……そして、コアが砕け、鉄蛇は消滅した。

 



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二十話

 

 ミーナは仲間たちとともに《大和》の甲板に到着。そこには豊浦がいる。淳三郎もいる。……そう、だから、軍人として敬礼しなければならない。

 ならない、けど。

「あ、れ?」

 ふらり、とへたりこんだ。

「緊張が解けたのかな?」

「いや、皆、ご苦労だった。

 敬礼はいい。まずは一息ついてくれ」淳三郎は振り返り「誰か、彼女たちに飲み物をっ! それと、椅子、座る場所をっ!」

「茣蓙ー」

「茣蓙だっ!」

 エーリカの間延びした声を淳三郎は復唱。それを聞いてミーナはあたりを見渡す。少し、安心。

 へたりこんだのは自分だけではなかったらしい。トゥルーデも腰を落として眉根を寄せている。他、みんな座っているか寝ているか。

 ここにきて、戦いが終わって、安心して力が抜けたらしい。……みんなそうなんだ、と、そう思うと、なんとなくくすくすと笑みがこぼれる。

「あ、あはは、あ、安心したら力抜けちゃった」

 リーネも困ったように呟く。「私もー」と、芳佳。

「うん、みんなよく頑張ったね」

 そんなへたりこんだリーネを豊浦は撫でる。リーネは心地よさそうに目を細めた。

「そうだな。皆、よく頑張った。

 あれだけの強敵を相手によく勝利をおさめられたな」

「はい、これも坂本さんのご指導のおかげですっ」

 立ち上がろうとしたが、無理だったらしい。中途半端に立ち上がって腰を落とし、芳佳はバツが悪そうに笑う。

「いや、いい。今は休め」

 ご指導、といったが。さてどうだったか。

 自分の指導で、これだけの戦いが出来るようになるか。……正直言えば、自信がない。

 ともかく、茣蓙と飲み物が持ってこられた。エーリカはさっそくもぞもぞと茣蓙の上へ。寝転がる。ルッキーニもそれに続き、

「うあーっ」

 シャーリーが倒れこむ。「…………あ、あはは、生きてるなー」

「なに言いだすんだお前は」

 変なことを言い出したシャーリーの側に座るトゥルーデ。彼女は呆れたような表情で寝転がるシャーリーを見下ろす。

「いや、……なんか、こー、寝転がって太陽見てたら眩しくてな」

 何言ってるのか、自分でもよくわからない。ただ、

「ああ、……そうだな」

 トゥルーデもシャーリーと同じく空を見る。燦々と輝く太陽を見て、

「生きてる、な」

「だろー」

 シャーリーはけらけら笑う。トゥルーデも笑って頷く、そして、

 

 誰から、というわけでもなく、笑い声が弾けた。

 

「…………ええと、いいだろうか?」

「あ、……はい。杉田大佐」

 笑っていたミーナは慌てて表情を正す。立ち上がろうとするが制されて座りなおす。

「まず、欧州からだが、連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》へ、蛇型ネウロイの撃滅完了まで無期限の出向を許可するそうだ」

「は?」

 その言葉を聞いて、ミーナはきょとんとした。

 言うまでもないが激戦地、欧州では常に人手が足りていない。自分たちの派遣を認めるだけでもかなりの負担になるだろう。

 とはいえ、仲間たちに無理をさせるつもりはない。派遣期間を短くさせられたら徹底抗戦するつもりだったが。

「無期限っ?」

 思わず声を上げるシャーリーに淳三郎は頷く。

「そうだ、代わりに、確実に鉄蛇を撃滅し、扶桑皇国を守るように、という事だ」

「そうですか、……よかったあ」

 自国を守るために譲歩してくれた。芳佳はそのことを聞いて嬉しそうに声を上げる。

「ん、芳佳君。これは政治的な意図もあるからね。素直に喜ぶのはまだ早いかな」

「政治的?」

 不意の、豊浦の声。

「おそらくはね。……いずれ、軍備が整ったら、欧州、扶桑皇国、アフリカ、オーストラリアあたりを拠点にしての、ユーラシアのネウロイに対する世界規模の大包囲作戦。

 それを見越しているんじゃないかな? 扶桑皇国があれば太平洋を横断しないといけないリベリオンは特に戦いやすいだろうからね。そのためにも扶桑皇国の存続は大切だと思うよ。

 ファラウェイランドも近いけど、包囲戦をするのなら侵攻経路は分けた方がいいだろうからね」

「世界規模の、…………なるほど、あり得るわね」

 欧州との戦線維持にやっとな現状から考えれば、遠い話だろう。

 けど、いずれ、ネウロイを殲滅するのなら、豊浦の仮定は十分にあり得る。

 けど、それでも、…………不満そうな芳佳を豊浦は丁寧に撫でた。

「芳佳君はいい娘だね。

 けど、よく考え、よく教えてもらいなさい。利害関係が存在しない政治はない。好意は損得への布石と思った方がいいよ」

「……はあい」

 不満そうに、それでも芳佳は頷く。政治の話なんて全然分からないのだから。

「まあ、豊浦さんの想定には信憑性も高いけど、どちらにせよ扶桑皇国は守らなければいけないし、そのために鉄蛇の撃滅は必要よ。

 素直に時間が取れたとだけ思っておきましょう」

 ぱんっ、とミーナが軽く手を叩いた。

 

 《大和》で昼食を済ませ、家に戻る。居間でミーナは淳三郎から受け取った書類を放り投げた。

「ま、案の定だけどこっちの資料は役に立たないわね」

 期限の無期限延長と一緒に送られてきたのは欧州に出現した地上型ネウロイとの戦闘記録。……けど、対鉄蛇に役立つ情報はなかった。案の定、でもあるが。

「ま、それはしゃーないな。

 それで、ミーナ、明日はどうする?」

 シャーリーの問い、豊浦は「任せるよ」とだけ応じ、

「みんなは、大丈夫かしら?」

「…………すいません。ちょっと、魔法力に不安がありますわ」

 おずおずとペリーヌは手を上げる。枯渇でもしない限り回復はしていくが、すぐに全快になるわけではない。今回は随分魔法力を使った。明日までに回復しきれるとは思えないし、万全の体制で挑まなければ鉄蛇への勝利は難しいと思っている。

 ほかの皆もそれは同様。それと、

「あの、…………その、ごめんなさい。ちょっと、肩が痛いです」

 リーネが手を上げる。「肩?」とミーナが首を傾げ、

「対装甲ライフルの反動、だと思います。

 あんなに連射したの、ほとんどなかったから」

「そう」

「リーネちゃん、大丈夫?」

「うん、…………あ、けど、芳佳ちゃん。あの、お風呂の時に診てもらえる?」

「うん」

 心配そうに問いかける芳佳にリーネは安心させるように微笑んで応じる。ミーナは時計を見て、

「それに、今回、最後のやり方は特に無茶がありすぎます。反省会をします」「それと、明日は勉強会もしようか」

 特に無茶をした自覚があるペリーヌはミーナの言葉に肩を震わせたが。

「勉強会?」

 サーニャは首をかしげる。豊浦は欧州から送られてきた地上型ネウロイの資料に視線を落としながら、

「ネウロイって、ビームを放つらしいね。

 けど、鉄蛇は火を吐いたり雷撃をしたりした。なんでかな、って思ってね」

「それは、……確かにそう、だけど?」

 ただ、ネウロイだからそういう事もあるかもしれない、みんなそう納得していた。

「僕たち、……陰陽の領分からいうと、雷は木気なんだ。

 そして、蛇も木気。……その視点で言うと、鉄蛇が雷撃をするのは自然な事なんだ」

「なんで雷が木なんだ?」

 結びつかない、とエイラが首をかしげる。豊浦は頷いて、

「雷が落ちるのは、木、だね?

 特に、今みたいに高層建築物がない時代は」

「ん、…………ああ、そうだな」

 確かに、ビルとかの建築物がなければ一番高いのは木々だろう。そうなれば落雷の対象は木が多くなる。

 だから頷く。

「だからね。雷は木にひかれる。木と同種のもの、あるいは、近いものと判断されていたんだ」

「ふーん?」

「そして、蛇をまっすぐに立てると木の形に近くなる。そういう理由で木気に当てはめられているんだよ。

 陰陽、に関連した話だからネウロイとは関係ないかなって思ってたけど。攻撃方法が雷撃であるならそういう可能性もあるかなって思ったんだ」

「そうかもしれないわね。

 それに他にも鉄蛇は残っているのだし、関連する情報は少しでも得ておきたいわ」

「えーっ、お勉強ーっ?」

 そして、勉強会の言葉にぐったりするルッキーニ。苦手。

「ルッキーニさん、これもみんなが生き残るためよ。

 駄々をこねないの」

「…………はーい」

「まあ、お勉強が苦手なルッキーニ君でも出来るだけわかりやすいようにするから、ね」

 ぽん、と頭を撫でられてルッキーニは不満そうに膨れた顔から一転、緩んだ笑顔。

「はーい」

 頷くルッキーニに豊浦は微笑。「面倒をかけてごめんなさいね」とミーナ。

「いいよ。それに、ルッキーニ君くらいの女の子はお勉強より外で遊んでいた方がいいからね」

「うんっ」

 ルッキーニは笑顔で同意。ミーナは微笑。

「みんな、夕食が終わったら今日は早く休みましょう。

 いくら期間の制限がなくなったって言っても、欧州をいつまでも空けるわけにはいかないわ。明後日にはまた鉄蛇と交戦するから、それまでに体調を万全に整えておきなさい」

「はーい」

 

 というわけで反省会。居間で上座にミーナが陣取る。

 誰も死ぬことなく大きな怪我を負う事もなく、鉄蛇を撃破し、また、ここに帰ってこれた。これはミーナにとっても嬉しい事。

 けど、鉄蛇はまだ六体残っている。次も、確実に帰って来れるかは分からない。…………それは、わかっている。それが戦場に立つという事なのだから。

 ならどうするか。大切な家族と、また、ここに帰ってくる。そのために出来ることは何でもやっておく。だからミーナは安堵に緩みそうな表情を強いて厳しく保ち、口を開く。

「それでは、反省会を始めるわね」

「…………ミーナ、いいだろうか」

「なに?」

「…………その綿入れ、脱げないか?」

 きりっ、とした表情のミーナ。座布団を敷いた座椅子に座り綿入れを着こみ、傍らには緑茶。

 せめて、綿入れくらいは脱いでもらえないだろうか? と、トゥルーデ。対して、

「いやよ。寒いもの」

「…………ああ、そうか」

「今回の交戦で鉄蛇は巨大な砲撃したわね。……正直、あれには驚いたわ」

「自分の砲弾を自分で砕いて大爆発って、どうなんだよもー」

 でたらめだよー、と。エーリカはぐったりする。

 溜息。

「そうでしたわね。わたくしが一番近くで受けましたけど、礫? ええと、散弾? みたいなのが無数に直撃して、……結構きつかったですわ。

 それと一緒に発生した爆風で吹き飛ばされて、……ええ、何とかシールドで防げましたけど、失敗したら地面に激突、シールドで防御しても意識が飛びましたわ」

「私が怪我の確認をしたとき、聞こえた?」

「いえ、……意識がもうろうとして、聞こえませんでしたわ」

「そう、全方位に対する散弾と爆風の二段構え。厄介な攻撃ね」

「前兆はわかりやすいから、ま、それが出たら逃げるしかないな」

「全方位に飛んでくる爆風なんてどうすれば逃げられるんですの?

 というか、皆さんはどうやってしのいだんですの?」

「私はサーニャと合流できたからな。二人でシールドを張って何とかこらえたぞ」

「一人だったら、危なかったと思う」

 エイラの言葉にサーニャも続く。「私は、距離があったから、散弾を防ぐだけで暴風は、驚いたくらいでした」と、リーネ。

「はあ、……それだと距離を取るしかなさそうですわね。

 あるいは、誰かのそばで二重に防御するか」

「理想は後者ね。まあ、戦闘中だし、誰かと一緒に防御。それが無理なら逃げる、が適当でしょう。

 逃げる先まではその時その時になるでしょうけど、散会したらすぐに連絡を入れるわ。私から連絡がなかったらトゥルーデ。確認とその後の指揮をお願い」

「了解した」

「居場所が把握できなくなったらすぐに連絡入れた方がいいんじゃないか」

 ふと、シャーリーが口を開く。だって、

「あれ、ペリーヌってすぐに鉄蛇に見つかったんだろ? 運よく見つけられたのかもしれないけど、結構索敵能力高いかもしれないぞ」

「かも、知れませんわね」

 シャーリーの言葉に頷く。ペリーヌは地上にいた。障害物のない空より発見は困難だろう。

 けど、鉄蛇の動きに迷いは見えなかった。

「そうね。もしかしたら何らかの方法で私たちの位置を把握しているのかもしれないわね」

 ミーナの言葉にサーニャが手を上げる。

「私の固有魔法で、……ええと、豊浦さんの、封印の中を探ったとき、妨害されました。

 もしかしたら、私の固有魔法と似たような能力を持っている、かもしれません」

「そうかもしれないわね。

 で、一人になったら鉄蛇は一人を集中して狙ってくる。ね」

「ええ、そうですわ。……あの時も、私を追撃してきましたわね。

 宮藤さんがいなかったら危なかったですわ。…………って、なに笑ってるんですの?」

「え? ……えーと、えへへ、ペリーヌさんに頼ってもらえたの、嬉しくて」

 手を繋いで一緒に逃げたとき、危ないからと遠ざけるのではなく、一緒に戦おうと、危険でも、自分を信頼して頼ってくれた事。

 それが嬉しい。

「べ、……別にそういうつもりではありませんわよ。

 まあ、宮藤さんのシールド強度は高いですし? 鉄蛇からも逃げられると判断しただけですわよ」

 つい、とペリーヌはそっぽを向いて応じる。にこにこと芳佳の笑顔と、にやにやとエイラとシャーリーの笑顔から逃れる。

「あ、……あの、あの時、無茶言って、ごめん、ね」

 おずおずと、リーネが声を上げる。その声音は申し訳なさそうなもの、対してペリーヌは微笑。

「いいんですわよ。おかげで、鉄蛇への決定打を打てましたわ」

「そうだよっ、岩を使って鉄蛇の動きを止めるなんて、リーネちゃん凄いっ、私、全然考えつきもしなかったよ」

 安心させるように微笑むペリーヌと、笑顔の芳佳にリーネは安堵。

 二人には負い目があった。囮なんていう危険な役割を押し付けてしまったのだから。

「そうね。戦術としては悪くないものだったわ。

 ただ。まだ鉄蛇が戦闘可能だったらこっちはやられていたかもしれないわね。トゥルーデが鉄骨まで突き刺したからそうそう動けなかったでしょうけど」

「そうですわね。……少し、考えが攻撃に偏りすぎていましたわ」

 固有魔法による雷撃ではなく、まだ見えたコアに集中銃撃してもらった方が安全だったかもしれない。けど、

「といっても、鉄蛇の耐久性は一応未知数だったし、何より動きを止めているうちに早期の撃破はいい判断よ。

 ペリーヌさん。全力で固有魔法を使う場合は一言いいなさい。最悪、シャーリーさんに抱えてもらって《大和》に退避するという選択もあるわ」

 ペリーヌは頷く。戦線離脱をすれば皆の負担は増える。けど、足手まといを戦場に残すよりはましだろう。

 一息。

「今回の戦闘に関して、もう少し連携を密にするべきね。お互いの位置を把握し、必要と判断したらすぐに連絡。

 鉄蛇は高い索敵能力を持つ、という前提で考えましょう。一対一で戦うのは危険すぎるわ」

「というか、あんなのを一人で倒せる実力者なんて存在するんですの?」

 ぽつり、ペリーヌが呟く。呟いて、少し考えてみる、自分はどうだろうか、と。

 仮に、魔法力と銃弾が無制限に続くとすれば、あるいは勝てるかもしれない。けど、

「……豊浦さんなら、あり得る、くらいね」

 問われたミーナは自信なさそうに応じた。



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二十一話

 

 自室で戦闘の反省を書いて改めるところを考えていたリーネは、ふと、室内の時計に視線を向ける。

 そろそろ夕飯を作り始める時間。だから、立ち上がる。

 と、

「あ、サーニャさん」

「リーネちゃん。……夕飯、作りに行くの?」

「うん、サーニャさんも?」

 問いにサーニャは頷いて、

「私、も、お料理、出来るようになれたら、って。

 だから、お手伝いして、いい?」

 おずおずと問いかけるサーニャにリーネは頷く。

「うん、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 笑顔を交わして、二人は台所へ。「あれ? もう、誰かいるみたい」

「そうだね。芳佳ちゃんか、」

 あるいは、と。覗き込む。

「豊浦さん」

 サーニャの声が聞こえたのか、豊浦は振り返る。彼は少し困ったような表情。

「二人とも、どうしたのかな?」

「あ、お夕飯を作りに、来ました」

「サーニャ君。君たちは今日、疲れているはずだよね?

 それならこういう雑用は僕に任せて、二人は休みなさい」

 咎めるような言葉に、ふと、思いついたこと。

「豊浦さんも疲れていませんか?

 封印の維持をしているのですよね?」

 ふと、サーニャの言葉にリーネもそのことに思い至る。

 豊浦の魔法は謎なところが多い。とはいえ、代償がまったくないわけではない。それは一戦目に倒れたことでもわかる。

 何せ、あの鉄蛇を八体も封じ込めているのだ。そこにどれだけの力が込められているか。…………もしかしたら、

「そうです。豊浦さんも、無理しちゃだめです」

 サーニャの言葉にリーネも続く。豊浦は、ふと困ったような表情を浮かべた。

「……………………それじゃあ、一緒に作ろうか。

 リーネ君、サーニャ君、お手伝い、お願いね」

 少し、困ったような表情。けど、豊浦はサーニャを撫でながら頷く。

「「はいっ」……はい」

「おや?」

「あ、……えと、」

 豊浦から視線を向けられてリーネは一歩後退。サーニャはくすくすと笑って、

「リーネちゃんも、撫でて欲しいんですよ。

 豊浦さん、私を撫でてくれたから」

「さ、サーニャさんっ!」

 悪戯っぽく笑うサーニャに、リーネは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「そう? それは悪いことをしたね。ごめんね。リーネ君」

「あ、謝られても困りますっ」

 微笑を真面目な表情の中に、丁寧に押し隠して豊浦は謝り、

「ふ、……あ」

 リーネを丁寧になでる。少し顔は赤いまま、表情が緩んで、

「二人とも、ありがとう。

 それじゃあ、お夕飯作っちゃおうか」

「「はいっ」」

 

「あの、今日はどんなお料理を作るのですか?」

 あまり、料理の経験がないサーニャは少し不安そうに豊浦に問いかける。

「すき焼きにしようと思うよ。……そうだね。サーニャ君、一緒に作ろうか?」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 一緒に作ってくれるなら心強い、ぺこり、頭を下げるサーニャに豊浦は微笑み。

「リーネ君、ご飯をお願い。それと、サラダを作ってくれるかな?

 生野菜を切ったのでいいからね。さっぱりした感じのがいいな」

「はいっ。……あ、じゃあ、大根使います」

「うん、お願いね」

 大根と、あと、水菜と、さっぱりしたのがいいと豊浦から聞いたので、梅干しとか和えてみようかな。と、リーネは食材を選択。

 で、そんな彼女の迷いのなさをサーニャは羨ましく思う。自分がお願いされたら、たぶんおろおろしてもう少し細かく聞かないと作れないだろうから。

 頑張ろう、と。心の中で思って、まずは、

「それで、ええと、すき焼き、ですよね」

「うん、お鍋みたいなのだけど、おつゆは少ないかな。

 サーニャ君、野菜を切ってくれるかな? 食べやすい大きさでね」

「はい」

 包丁を手に取る。まな板の上にネギを持ってくる。醤油などを混ぜて割り下を作り始めた豊浦は真剣な表情のサーニャを見て、

「ゆっくりでいいから、怪我をしてはいけないよ。…………じゃないと、」

 ふむ、と豊浦は頷いて、

「出血は舐めておけば治るといわれるけど、舐めたら、さすがに困るよね」

 がくっ、と。思わぬ発言にサーニャは肩を落とした。

「な、な、なな、なっ?」

「そ、豊浦さんっ! そういう事をしたらだめですーっ!」

 顔を真っ赤にして固まるサーニャと、怒鳴るリーネ。豊浦は苦笑。

「治らないからやらないよ。…………ふむう、サーニャ君が緊張しているみたいだったから和ませようと思ったけど、失敗だったかな」

「失敗ですっ」

 豊浦の言葉に思わず変な想像をしてしまったサーニャは怒鳴る。「ごめんごめん」と豊浦は謝って、

「ただ、……まあ、サーニャ君。あまり力を入れすぎると怪我したりするからね。

 大丈夫、少しお夕飯が遅くなるだけだから、ゆっくりね」

「…………はい」

 変な事を言われて気の抜けた笑顔で大丈夫と言われて、サーニャは意識して肩を落とす。溜息一つ。

 ぽつり、と。

「豊浦さんの、……ばか」

「うん? え?」

 言った自分さえよくわからない言葉。当然豊浦は首をかしげる。そんな彼を見てそっぽを向く。

「何でもありません。リラックスするための呪文です」

「はあ?」

 相変わらずよくわからなさそうな豊浦。そんな彼に微笑を向けて、

「あの、切り方。見てもらえますか?」

「ん、うん。いいよ」

 

「今日のおゆはんはごった煮だよー」

「「すき焼きですっ」」

 適当なことをいう豊浦に両隣からサーニャとリーネが怒鳴る。

「あ、あの、ごめんなさい。私、うとうとしちゃって」

 夕食を作りにいかなかった芳佳はしゅんと肩を落とす。けど、豊浦は芳佳を撫でて、

「謝ることはないよ。芳佳君たちは明後日も頑張らないといけないのだし、それまでに体力を回復させないとね。

 それが大切だから、休んでいた芳佳君は悪いことをしてない。どっちかっていうとリーネ君とサーニャ君が問題だ。ちゃんとお休みしないといけないのにお手伝いをするって言い張るんだ。こんな強情な娘なんてね。まったく、困った娘たちだ」

 わざとらしい難しい表情で告げる豊浦。リーネとサーニャは正論を言われて苦笑。

「ふふ、それもそうね。サーニャさん、リーネさん、無理は禁物よ?」

「っていうかさ、あんまり気にしてなかったんだけど、豊浦は大丈夫か?

 鉄蛇の封印の再調整って、そんな楽なものでもないだろ?」

 シャーリーが首を傾げリーネとサーニャは改めて彼に視線を向ける。

 夕食を作るときははぐらかされたけど、もしかしたら、

「そうね。豊浦さん。今回の作戦、要は貴方よ。私たち以上に無理は禁物よ?」

 ミーナもそのことに思い至り、強く告げる。豊浦は囲炉裏の自在鉤にすき焼きをつるしながら「面倒だけど疲れはないよ。あれはほとんど道具頼りだから」

「注連縄、だっけ? あれ使えば封印の魔法が使えるのかっ」

「必要な準備を事前に行って、発動できればね。注連縄だって作り方はあるんだよ」

「…………ぐ」

 それは無理だ、とシャーリーは匙を投げた。

「だから、僕の事は気にしなくていいよ」

「疲れはなくても貴方が要であることには変わりありません」

 ぴしゃっ、と告げるミーナに豊浦は「了解」と頷く。

「ごった煮、……ほんと、ごった煮って感じですわね」

「味が濃いからね。リーネ君が作ってくれたサラダと一緒に食べるといいよ」

 膳にはご飯と取り皿、サラダと「卵?」

「すき焼きって、溶き卵をつけるんだ。好みがあるけどね。

 取り皿はまだあるから、興味があるならやってみるといいよ」

「そう、……珍しい食べ方ね。やってみようかしら」

 生卵を指先で軽く突いて、……ふと、ミーナは注目を感じる。くつくつといい匂いと食欲のそそる音を奏でるすき焼きを見て、注目の理由を察する。苦笑。

 まずは、これね、と。

「それでは、いただきます」

「「「いただきます」」」

 ミーナの言葉に、皆の声が重なった。

 

「くーっ、これ味しみててうまー」

「おいひーっ」

 シャーリーとルッキーニは早速感嘆。

「よかったね。サーニャ君」

「はい」

「え? これサーニャが作ったのか?」

 シイタケをつまみながらエイラ、サーニャは小さく頷いて「うん、豊浦さんと、一緒に作ったの」

「んなっ?」

「知っているかい? エイラ君。シイタケは、菌類なんだよ」

「それは聞いたっ! じゃなくて、どうしてサーニャと豊浦が一緒にご飯作ったんだっ?」

 二人で並んで料理する姿を想像し、必死に振り払いながらエイラ。対して、豊浦は真面目に頷く。

「そうだよ。サーニャ君。疲れているのに無理をして、いけない娘だね。心配してくれたエイラ君に謝りなさい」

「あ、ご、ごめんなさい。エイラ」

「ち、ちち、違うっ! さ、サーニャが悪いんじゃなくて、サーニャの手料理を食べられて嬉しいけど、そ、そうじゃなくてっ」

 申し訳なさそうに瞳を伏せるサーニャにエイラは挙動不審。

「そうだぞ。菌類を食べて落ち着け、代わりにこれはもらっていくから」

 シャーリーがエイラの取り皿にシイタケを放り込んで牛肉を奪取。エイラはシャーリーを小突いて牛肉を奪回。

「うー、と、豊浦が変なこと言うからサーニャがしょげちゃったじゃないかー」

「そこで豊浦に投げるのか?」

 呆れるシャーリーをもう一発小突く。豊浦はふむ、と頷いて、

「じゃあ、サーニャ君。心配をかけたお詫びに、エイラ君の我侭を聞いてあげようか」

「ふかっ?」

 変化球を投げ返されて変な声を出すエイラ。サーニャはじっとエイラを見て、

「エイラ、……私にしてほしい事、ある?」

「あ、あう、あう、……あわ、あわわ」

 しん、と。みんな箸を止めてエイラの動向を見守る。いわれのない注目を浴びてエイラは今度こそ豊浦を睨む。豊浦は真面目な表情で頷く。無駄だと悟って視線を戻す。

「……………………か、考えさえてください」

「そこでへたれるなよ」

 シャーリーをもう一発小突く。ついでに牛肉を奪取。「それ私んだーっ」と、シャーリーと奪い合い、一声。

「ご飯は静かに食べなさーいっ!」

 ペリーヌに拳骨を落とされて、エイラとシャーリーは沈黙。

「ぺ、ペリーヌもやるようになったな」

 打撃に慄きながらトゥルーデ。一応、シャーリーは上官にあたる。彼女はあまり気にしないだろうが、ペリーヌはそのあたり気にしそうだが。

「ふ、ふふふふ、いいですの? バルクホルンさん。

 実力行使は、基本ですわ」

「…………そ、そうだな」

 そこそこ荒んだ笑みを浮かべるペリーヌに引いて、

「うえー、なんかペリーヌまで変になってきたー」

 隣で慄くエーリカ。

「変ってどういうことですのっ?」

「そーいえばさー、豊浦ー」

「ん?」

「今夜はまた山に行くの?」

 ルッキーニの問い。豊浦は首をかしげて「そうだよ」

「えー」

「不満かな?」

「何かの演奏聞こえたけど、あれ豊浦でしょ? あれ聞いてると寝心地よくなるんだよねー

 ねー、またやってー、こっちで寝ていいからー」

 駄々をこねるルッキーニ。豊浦は困ったように彼女を撫でて、

「ルッキーニ君。前にも言ったと思うけど、女の子たちが寝ているここで男の僕が一晩いるのは忌避があると思うよ?

 君はいいかもしれなくてもね。他の娘たちの事も考えてあげなさい」

「えー? けど豊浦、一昨日はこっちで寝たじゃーん。昨日もー」

「一昨日は芳佳君に安静命令を出されていたからね。

 昨日は山に戻ってたよ」

「え? そうだったの?」

 首をかしげるルッキーニ。確か、聞こえた気もした。

 だから、

「演奏は、それじゃあまた夜にね。

 終わったら僕は山に戻るから」

「うー」

 演奏をしてくれるのは嬉しい。寝心地がよくなるから。

 けど、…………そんな我侭を聞いてもらって寝心地悪そうな山に戻らせるのは、抵抗がある。

「じゃ、じゃあっ、豊浦あたしの部屋で寝ればっ、部屋から出ようとしたらとっちめてあげるからっ、これでみんなは安心っ」

「それはそれで困るような」

 豊浦は苦笑。むー、と。ルッキーニは膨れる。

「ま、いーんじゃないか? 今更そういうことをやるようには見えないし」

「そうね。それに、豊浦さん。あなたは今回の作戦の要でもあるのよ。

 十分な休憩は必要よ」

 シャーリーとミーナに言われて豊浦は溜息。「ペリーヌ君?」と、一番反対しそうな彼女に水を向ける、が。

「ま、……まあ、それが作戦に必要なことですし、いいんではないですの?」

 ふい、とそっぽを向いてペリーヌが告げる。「やったーっ」とルッキーニは両手を上げる。……溜息。

「了解。一室借りるよ。

 じゃあ、ハルトマン君が使っていた部屋でいいかな?」

「へ? なんで私?」

 エノキを興味深そうに突いていたエーリカが顔を上げる。

「ハルトマン君はバルクホルン君と同室でいいと思うけど?」

「んー? トゥルーデ」

「う、…………む」

 思い出すのは、昨夜の事。見たこともないほど弱々しく、可憐な少女の姿。

「…………わ、わかった」

「トゥルーデ?」

 珍しい態度に首をかしげるエーリカ。ミーナも不思議そうな表情。

「い、いや、……ああ、それで構わない」

 やや挙動不審な彼女に首をかしげる、が。

「まあいいや、じゃあ。ハルトマン君の布団はバルクホルン君の所にもっていっておくね」

「りょうかーい」「え?」

 頷くエーリカと、不思議そうに応じるトゥルーデ。彼女は慌てて、

「そ、それでは豊浦が寝る布団がなくなってしまうのではないか?」

「あるけど? ……いや、仮になかったとしても女の子が使ってた布団を使うのは、……ねえ?」

「あー、確かに使いたいとか言われたら、引くねー」

 エーリカも豊浦に対して悪い感情は抱いていない。けど、彼は男性で、少女の使っていた布団を使いたいと言い出したら話の流れを圧し折って家から蹴り出す。

「そ、それもそう、だな」

「……ん」

 なぜか少し残念そうなトゥルーデ。

「トゥルーデ、何か不満なの? ……私の布団を豊浦に使わせたいとか? …………ええと、勘弁してよ?」

 意図は不明だがとりあえずどん引きするエーリカ。

「違うっ!」

「ああ、…………僕がハルトマン君の布団を使えば、バルクホルン君はハルトマン君と一緒に布団で寝れるという事かな?

 別に、ハルトマン君がよければ布団の事は気にしなくていいと思うよ。前にも言ったけど、誰かと一緒にいるのは悪い事とは思わないからね。僕は」

「あ、う」

 図星を突かれて言葉に詰まる。じわじわと顔が赤くなる。新鮮だなー、と思いながらも、…………ふと、芳佳を見る。妹、と。そんな言葉を思い。

「それじゃあ、お姉ちゃん。また、一緒に、寝よ?」

 なんて、ウィンク交じりに冗談めかして言ってみた。対して、

「う、……む。よ、よろしく頼む」

「あ、うん」

 顔を赤くして、小さく頷くトゥルーデ。その意外な反応にエーリカは戸惑い、頷いた。

 



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二十二話

 

 芳佳は目を覚ます。いつもより、少し早い時間。

 今日は一人で寝た。リーネと一緒がよかった。けど、今日は早起きのために一人で寝た。自分の都合でリーネにまで早起きを強いるのは申し訳ない。…………というのが、半分。

「う、…………んん」

 眠い。けど、起き上がる。

「朝食、作らないと」

 意識して声に出す。昨日の夜、うとうとしていたら夕食のお手伝い、出来なかった。

 豊浦は大丈夫と言っていた。けど、甘えてばかりもいられないし、自分同様疲れていたはずのリーネやサーニャも夕食のお手伝いをしていた。だから、朝食は自分が作らないと、と。拳を握る。

 眠気を振り払うように布団から出る。着替えて台所に向かう。

「うん、……まだ、誰もいないね」

 しん、と静まり返った台所。朝の冷たい空気と相まって、自然、芳佳は背筋を正す。

 最近、ほとんど豊浦に食事の用意をしてもらっていた。だから、…………ふと、

「ありがとう、っていうのかな」

 そんな思い。そんな言葉を込めて、芳佳は調理に取り掛かった。

 

「あれ? おはよう。……早いんだね。芳佳君」

「あ、おはようっ、豊浦さんっ」

 朝食を作っている最中、ひょい、と顔を出したのは豊浦。朝食を作りに来たらしい。

 いつもこんなに早いんだ、と。今日は意識して早く起きたけど、いつもならまだ寝ている時間。

「朝、早いんだね」

「そうだよ。僕は山家だからね。あんまりゆっくり寝ていられなくて、自然、朝は早くなるんだ。

 代わりに夜も早いけどね」

「早寝早起き?」

 問いに、豊浦は苦笑。「灯がなくて」

「…………あの、豊浦さん。

 山で暮らすの、大変じゃない? 私たちの所で暮らすのも、いいと思うよ」

 もし、……叶うなら。…………一つ屋根の下なんて言わなくても、いつでも会えるところにいて欲しいな、と。そんな願い。

 豊浦は、嬉しそうに微笑んで芳佳を撫でる。

「心配してくれてありがとう。

 けど、大丈夫だよ。山は山でいいところもたくさんあるからね」

「あ、そう、……ですか」

「里の生活も楽しそうだけどね。…………ああ、芳佳君は欧州か。

 里の、それも異国の生活なんて考えたこともなかったな。…………そうだね。もしそうなったら、芳佳君にはいろいろお世話になるかもしれないね」

「う、……うんっ、大丈夫っ、任せてっ」

 頼ってもらえる。そう思うと嬉しくて芳佳は胸を張る。豊浦は芳佳を撫でて、ふと、台所を覗き込む。

「朝食は、……ああ、作ってる最中なんだね。

 もう少しゆっくり寝ててもよかったのに」

「豊浦さんこそ、今日はゆっくり休んでて、朝食はもうすぐできるからっ」

 両手を使って台所に入ろうとする豊浦を押し返す。朝食は自分で作ると決めたから。

「と、……おっ、っと。……芳佳君は変なところで強引だね。ああ、わかったよ」

 押し出して、一息。ふと、……一緒に作っても、よかったかな。なんて思ったけど。

 首を横に振る。今日の朝食は自分で作るんだ、と。思い直して調理に戻った。

 

「はい、朝ごはんです。今日はおにぎりとお浸しと、卵焼きとお味噌汁、沢庵です」

「しなびた野菜」

「沢庵ですっ」

 ペリーヌの言葉を勢いで訂正。エーリカが首をかしげて「今日は宮藤が作ったんだ」

「はいっ」

「芳佳君は早起きだったね。驚いたよ」

「昨日の夜から今日は早起きするって言ってたもんね。

 芳佳ちゃん、……そんなに豊浦さんに手料理食べて欲しかったの?」

 おっとりと首をかしげるリーネ。対し、

「そ、そういう事じゃないよっ!

 え、ええと、ほらっ、最近豊浦さんにご飯作ってもらってばっかりだから、たまには私が作ろうって思っただけなのっ」

「気にしなくてもいいのに、……けど、ありがと芳佳君」

 わたわたと手を振る芳佳を撫でる豊浦。芳佳は小さくなって、小さく頷く。

「それより朝ごはーんっ、お腹すいたーっ」

「っと、そうね。それじゃあ、いただきます」

 いただきます、と声が重なる。

「ん、美味いな」

「塩加減もばっちりじゃん。

 宮藤、気合入ってるねー」

「そう、……えへへ」

 エーリカに褒められて嬉しそうな芳佳。

「何かあったの?」

「うん、…………何があったっていうわけじゃない、けど。」

 心境の変化。……たぶん。

「ありがとう、かな? こうやってみんなで朝ご飯を食べられて、嬉しいから」

 笑顔で言われて、エーリカは口を噤み、……不意に視線を逸らす。

「ま、……えーと、ありがと。

 朝ご飯、美味しい」

「芳佳ありがとーっ」

 ぽつぽつと呟くエーリカの側、笑顔でルッキーニ。芳佳は「どういたしまして」と笑顔で応じた。

 

 場所は縁側。ウィッチたちは座布団に並んで座る。

「なんで、廊下ですの?」

 てっきり居間かと思っていたペリーヌは首をかしげる。対して豊浦は何か準備をしながら、

「ペリーヌ君。扶桑皇国では廊下で勉強をするんだよ」

「…………え?」

 扶桑皇国の奇習に目を見張るペリーヌ。そして、その視線は側へ。

「み、宮藤さん。……勉学に必要なものがありましたら、い、言ってくださいね。

 その、子供たちが使っていた机とかでしたら、お譲りしますわ」

「普通にやってますっ」

「ああ、うん、昔の話だよ。

 右大臣っていう役職についていた人の私塾なんだけど。受講生があまりにも多すぎてね、仕切りとか全部取っ払って、廊下にまで人を座らせて授業をしていたんだ。

 僕も行ってみたけど、楽しかったよ。狭かったけど席順とか全部無視して思い思いの場所で勉強するのはね」

「そうですわね。それも、いいかもしれませんわね」

 孤児たちに勉強を教えるペリーヌは頷く、それも楽しそう、と。…………ふと、空を見上げた。

 蒼天に温かい日差し。……例えば、

 例えば、芝生の上で思い思い座って、本だけを手にもって勉強というのもいいかもしれない。歴史や文学をいつもと違う場所で勉強したら、いつもとは違う印象を持つかもしれない。

 そうやって感性を育てていく。それはきっと子供たちの糧になるから。

「いい先生だったよ。道真君っていうんだけど、頭もよくてね。それに、話も上手だった。授業の合間に業平君、っていう、友達と遊んだ話とかいろんな話をしていてね。

 その業平君も旅行好きでね。たまに彼も遊びに来てした旅行の話とか面白かったよ。失敗談とか、馬鹿話とか」

 懐かしそうに語る豊浦。…………ふと、芳佳はこんなことを思った。

 彼の表情を見て、きっと、その人たちは、……………………首を横に振る。

「そ、そうだよねっ、授業だけだと疲れるし、息抜きは大切だよねっ」

「それをさぼる理由にしてはいけないわよ?」

「…………はい」

 横目でミーナに睨まれて芳佳は小さくなる。

「……馬鹿話とか、そういうお話はあんまりありませんわね」

 難しそうに呟くペリーヌに、シャーリーは重々しく頷く。

「大丈夫だ。馬鹿話のネタには事欠かないぞ。私たちはなっ」

「…………わ、わたくしは関係ありませんわよ、ね?」

 恐る恐る問いかけるペリーヌ。シャーリーは重々しく彼女の肩を叩く。頷く。

「わたくし、何かやりましてっ?」

「よし、それじゃあ豊浦、始めてくれ」

「ちょっ、話をそらさないでくださいませんかっ!」

「おいツンツン眼鏡。明日はまた鉄蛇と戦うんだ。

 お前の馬鹿話を追及している暇はないぞ」

「ぐぬぬ」

 にやー、とエイラに横目で笑われてペリーヌは座りなおす。

 ともかく、豊浦の準備はできたらしい。最後に袋から。

「はい、お菓子だよー」

「なぜ?」

 

 かりこりと金平糖を齧りながら芳佳はそれを見る。

「紙芝居」

「え?」

 そんな形で一枚目。そこには表題が書かれている。まずは、

「蛇と雷についてだね。扶桑皇国の古代史だからあまりなじみのない事かもしれないけど」

「この国に資料があるのね? 雷撃を操る蛇について」

 ミーナが身を乗り出して問う。もし、あったとすれば。

 それは、自分たちが戦っている鉄蛇の特徴と一致する。古代史に記されたネウロイ。それは一級の資料になる。何より古代からネウロイが存在しているという証明になるのなら、ネウロイの調査方法を抜本的に見直す契機になるかもしれない。

「あるよ。その本は手元にないけどね。書紀、っていう本を探してみるといいね。

 雄略帝紀、つまり、第二十一代の帝の時代。ここになると正確に何年、かは分からなくなるくらい昔だね。参考にだけど、千三百年前から、ざっと十代くらい昔かな」

「なるほど、……古代史ね」

 正確な年代さえ分からないほど古い時代。古代。

「その時代にね。帝が三諸岳の神を見たいって言ったんだ。それで、部下が神を捕まえてきた」

「え? 捕まえられるのか?」

 意外そうなエイラの言葉に豊浦は微笑。「そう伝えられている、ね。それに扶桑皇国の神は異国とは違うからそういう事もあるんだよ」

「ふーん?」

 思い出すのは竈神の仮面。つくづく変な国だな、と思う。

「で、その神なんだけど」

 豊浦は紙をめくる。その神の特徴。

「雷のような音を響かせ、瞳を輝かせる、蛇、と記されているんだ。

 恐ろしくなって帝は家臣に神を放すように命じて、命を果たして戻ってきた家臣に、雷、の名を与えたそうだよ。前に、木気の見立てって言ったけど、その大元はここにあるかもしれないね」

「雷光、と雷鳴、ですわね」

 ペリーヌの言葉に頷く。

「それでね。その神を見つけた場所は三諸岳。今は、三輪山っていう山なんだ。扶桑皇国の山だけど、芳佳君は知っているかな?」

「え、ええと、すごく古い神社がある、っていう事だけなら」

 自信なさそうに芳佳。「神社?」と、ミーナは首をかしげる。

「神域、神様を祀っている場所だよ。……さて、どうしてそんなところにいたか、だけど」

 紙をめくる。それは奇麗な円錐形の「山?」

 かりかりと金平糖を齧りながらエーリカ。

「そう、三輪山だよ。円錐形の山。これがとぐろを巻いている蛇、とされたんだ」

「山自体が蛇という事か。……この国の見立ては面白いな」

 ふむ、とトゥルーデは頷き、…………山、と鉄蛇の特徴。「火山弾か」

「へえ」「トゥルーデ?」

「いや、あの鉄蛇は通常のネウロイとは違い炎の砲弾を吐いていた。

 鉄蛇が山の特徴を持っているとしたら、あれは火山弾の事ではないかと思ったんだ」

「なるほど、雷撃も古代史に記されたとおりだし、その可能性はあるわね」

「そう、その通りなんだ。

 それで、僕は、……ええと、ネウロイ、だっけ? その硬さは知らないけど、みんなは鉄蛇の事を随分と硬いって言ってたよね?」

 問いに、頷く。

「山からは鉱物資源が取れるし、当然。岩も多く転がってる。堅牢、あるいは不動、……も、山の特徴だね」

「そうね」

 火炎の砲撃と、雷撃。そして、ネウロイとしては異常ともいえる硬度。……確かに、豊浦の語る蛇の見立て、その特徴と一致する。

 なら、

「他にもあるのね?」

 ここまでは今まで見てきたとおりだ。なら、……豊浦は紙をめくる。

「河川」

「そ、川の流れそのものだね。あるいは、川。

 君たちが警戒するのは、この特性かな?」

「ええ、そうね」

「水上移動が可能なネウロイ。ですわね」

 ペリーヌの言葉に頷く。鉄蛇が扶桑皇国の見立て通りの能力を持つとすれば、水上を進める可能性は十分にある。

「やっぱり、海に近寄らせるのは危ないか。

 あそこまで硬いと艦砲じゃあダメージ与えられないだろ」

「どうだろうな。いや、近寄らせるのは危険だが。……ただ、艦砲でも衝撃は伝わる。小口径の銃撃を行う私たち以上にな。

 本体やコアの破壊は出来なくても吹き飛ばせるだろうな」

「ん、……そうだな。それじゃあ、方針を変える必要はないか。

 となると、やっぱりまた変な攻撃するかもしれない、だなー」

「今度は水を吐き出すかもな」

 トゥルーデの言葉にシャーリーは溜息。「もう、なんでもありだな」

「水圧次第じゃあ十分に危険な能力よ。

 油断は禁物ね」

「それより、雷撃みたいに周りに展開するのが怖いです。

 ただでさえ硬いのに、その上水の防壁なんてやられたら、対装甲ライフルでも、傷つけるのは難しいです」

 現状、銃撃の主力はリーネの対装甲ライフルだが、それでも突破は難しくなる。ましてや、

「私の攻撃は、当たらなくなります」

 ロケット弾を使うサーニャなら、なおさら。

 むう、と押し黙るウィッチたち。そんな中、おずおずと芳佳が挙手。

「あの、それなら艦砲で、穴をあけてもらえば、いけないでしょうか?

 水なら、ネウロイの装甲とも違いますし」

「そうね。向こうも防御を固めたら艦砲による砲撃を依頼しましょう。

 その時は合図を送るわ」

 ミーナの言葉に皆が頷く。豊浦は紙をめくる。そこには蛇と、死んだらしい蛇、それが円で繋がれている。

「あとは、再生、無限の象徴だね。脱皮による生命の更新」

「脱皮かあ、……あんなのがまた蘇るとか回復するとか、勘弁してよー」

 エーリカがうんざりと溜息。ただでさえ硬いのに、さらに回復までしたら非常に困る。

「脱皮は蛇としてもとてもエネルギーを使うらしいよ。簡単には出来ないんじゃないかな?」

「んー、コア壊してもそれが出来るかは分からないけど、やっぱり倒した後も警戒した方がよかったか?」

 前回の交戦ではコアを破壊し、本体が砕けたらすぐに《大和》に帰投した。

 通常のネウロイが相手なら問題はないが、それで終わったと思ったら再生して武装解除したところを襲撃された、となっては目も当てられない。

 といっても、

「えー、撃破したら休みたいー」

 ルッキーニが肩を落とす。我侭とはわかっていても、鉄蛇との戦闘はかなり激しくなる。休めるのなら早めに休みたい。

「艦船からでもその兆候は見えるだろうし、一旦は《大和》に帰投。

 しばらくはそこで休んで、一時間くらい復活が確認できなかったら交戦終了、でいいんじゃないかな?」

「そうね。……ただ、撃破後も扶桑海軍に、ストライカーユニットを積んだまま監視は続けてもらいましょう」

 それで有事の際はすぐに飛び出せる。

「それと、たぶんみんなも気にしている、毒、だね」

「言っておくけど、あんなバカでかいのに噛みつかれたら毒以前に死ぬぞ。絶対」

 エイラの言葉に皆が頷く。何せスケールが違う。通常の蛇なら腕を噛まれても牙の痕がのこるくらいだろうが、鉄蛇に腕を噛まれたら間違いなくそこから先は残らない。

 腕を食いちぎられるところを想像し、エイラは眉根を寄せる。

「うん、そうだね。

 それに、銃撃を加えて傷つけても、そこから毒が噴出した。なんてことはなかったみたいだね?」

「ええ、それに、毒を吐いた様子もなかったわ。

 今のところ、鉄蛇は毒を持っている感じはしないわね」

「うん、そうみたいだね。扶桑皇国の話にも、蛇の毒についての記載は見当たらないんだ。

 だから、今のところあんまり気にしなくていいと思うんだ。それに、扶桑皇国で毒蛇といえばマムシが有名だけど、これは毒を吐いたなんて話もないからね。

 あと、前に話したと思うけど、陰陽の領分では蛇は、木気、なんだ。木の形をとる蛇もいるかもしれないね。…………ええと、その、ネウロイって単一素材なのかな? 僕、そっちは全然知らないけど」

 単一素材、という言葉の選択にミーナは苦笑。トゥルーデは頷く。

「そうだ。今までの鉄蛇は、……まあ、実際に鉄かは分からないが、金属質の外観は私たちの知るネウロイと一致している。

 他の素材のネウロイは見たことがないな。……もっとも、それを言えば火を吐くネウロイも前代未聞だ。ミーナ、火炎放射器も用意してもらおう」

「そうね」

「もー、ネウロイと戦ってる気がしなくなってきたよー」

 エーリカがぐったりと肩を落とす。ペリーヌは苦笑。「何をいまさら」

「さて、こちらからいえることはこのくらいかな。

 何か質問はあるかい?」

 豊浦の問いには否定。ミーナとトゥルーデは立ち上がる。

「とりあえず、火炎放射器と、周囲に水を展開する可能性を考慮して徹甲弾の準備ね。

 それと、榴弾。炸裂弾も持ってきてもらいましょう。あと、焼夷弾ね」

「お、また迫撃砲の準備かっ?」

「楽しそうだな、リベリアン」

 妙にわくわくと応じるシャーリーにトゥルーデは胡散臭そうな視線。

「やっぱり何も考えず撃ちまくるって楽しいよなー」

「それか」

 らしいな、と溜息。

 で、

「ルッキーニ君?」

「うう、…………むつかしいよー」

 ルッキーニはふらふらしている。豊浦は困ったように微笑み。

「そうだね。ルッキーニ君。

 ウィッチとしての戦い方、シャーリー君たちと話し合ってみるといいよ」

 概要より、具体的な戦い方を話した方がわかりやすいだろう。そして、ここから先は豊浦ではない、ウィッチたちの領分だ。

「そうだな。……えーと、扶桑皇国海軍との連携は誰がやる?」

「私と、……そうね。ペリーヌさん。お願い。他は交戦プランの叩き台を作っておいてね。

 必要なものがあったら都度でいいから教えて、向こうの準備もあるのだし、早めがいいわ」

 ミーナの言葉に、「「「はいっ」」」と、声が重なった。

 

「…………それで、焼夷弾か。……なあ、ミーナ。お前は何と戦っているんだ?」

「こっちが聞きたいわ。美緒。私たち、ネウロイと戦っているの?」

「……………………知らん」

 



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二十三話

 

「おーい、何やってんだーっ」

 シャーリーは草履を足に引っ掛けて外へ。何か作っていた豊浦に声をかける。豊浦は顔を上げる。その手には縄。足元には鋸と金槌。

「いや、僕の寝床をね。

 ここに居座ることにしたけど、……まあ、どうも、…………それに、ハルトマン君の部屋を占領し続けるのもね」

 トゥルーデの反応が面白くて彼女の部屋に押しかけたようだが、やはり気まずさがあったらしい。

 律儀なやつだなー、とシャーリーは内心で苦笑。

「別に気にしないし、ハルトマンの部屋使うのが気になるなら私の部屋使っていいよ」

 それならそれ、ルッキーニの部屋に転がり込めばいい。もともと作業場で寝ることもよくあるし、寝床にこだわることはない。

 シャーリーの返事に豊浦は眉根を寄せる。

「…………ペリーヌ君とか、ミーナ君は気にすると思ったのだけど。

 というか、君たちはもう少し気にした方がいいと思うよ?」

「そんなものか。……で、小屋作ってるのか?」

「そ、まあ、簡単なものだけどね」

 簡単。と、言葉通り細めの丸太を四本、円錐形に組んで縄で縛り、その下には茣蓙の敷かれた簀子。傍らには、

「干し草?」

「藁だよ」

 豊浦はせっせと藁を縄で編んでいたらしい。「これで周りを覆って完成」

「へーっ、ほんと器用なやつだなー」

 豊浦の講義のあと、扶桑皇国の海軍と話をしに行くミーナとペリーヌの事もあり、早めに昼食をとった。

 その後にウィッチたちで作戦会議をしてからすぐだから、ずいぶんと手早く作っているらしい。それに、

「いいなっ、こういうの、秘密基地みたいでっ」

「そうだね。山でよく作って簡単な拠点にもしてたし、それは間違いないね」

「なんか手伝おうか?」

 善意というよりは好奇心からの言葉。豊浦は縄でぶら下げた藁を手に取って、

「んー、あと藁をのせるだけだからね。……あ、じゃあ乗せてってくれる?

 周りぐるっと囲う形で」

「はいよー」

 脚立に乗り、上からぐるりと藁をかける。……どうも、木組みに使われる丸太も調達してきたらしい、ところどころ枝があったと思われるでっぱりがある。

「これに縄をかけてけばいいか?」

「うん」

 でっぱりに藁を結んだ縄をかけて、最後に藁の周りをもう一度縄で巻いて固定。

「シャーリー君は器用なんだね」

「ん、まーな」

 大工仕事なんて初めてだが、機械いじりはよくやっている。器用だとは思うし、慣れればそれなりにスムーズに作業をこなし「よし、完成っ」

「お疲れ様、ありがとう」

 ぽん、と。頭を撫でられる。案外悪くないかもな、とシャーリーは笑ってそれを受け入れる。

「で、さっそく入ってみていいかっ?」

「…………何もないのはわかってるよね? なんでそんな楽しそうなの?」

 

 炬燵に潜り込み難しい表情で戦闘プランの推敲をするトゥルーデ。エーリカはあくびをしながら気分転換のために外へ。

 と、

「…………何あれ?」

 ちらりと見えた庭先で、干し草の集合体がもごもごと動いていた。そして、干し草で出来た謎の小屋とぽかんと突っ立っている豊浦。

 なーんか面白いことがよく起きるなー、と。ともかく行ってみようと草履を足に引っ掛けて外へ。

「豊浦ー」

「ん? ……ああ、ハルトマン君」

「がおーっ、お化けだぞーっ」

「ルッキーニか」

 干し草の集合体がのそのそとエーリカに近寄ってくる。その顔には「確か、能面、だっけ?」

 豊浦の作った奇妙な仮面。大きな口と、牙、角を持つ怪物の面。

「うん、鬼の面。なかなかよくできてると思うよ」

 胸を張る豊浦。だが、相変わらずエーリカにその価値はよくわからない。作り手の腕はいいと思うけど。

「いろいろあるんだねー」

 のそのそと干し草の集合体が家に向かうのを見送って呟く。

「欲しいかい? 翁面以外なら作ってあげるよ」

「おきなめん?」

「そ、」豊浦は難しい表情を浮かべ「翁、お爺さんの事だね。お年寄りを模したお面だけど、これだけは気軽に作ったり譲渡したりしてはいけないんだ」

「なにそれ?」

 縁側で踊る干し草の集合体を見ながら曖昧に応じる。伝統芸能がどうのこうの言っていたからそういうものなのかもしれない。

「それで、これは?」

 干し草で出来た小屋に視線を向ける。今朝はなかったはずだが。

「ああ、僕の寝床だよ。…………まあ、なんていうか、やっぱり女の子たちが寝ているところで男一人っていうのは、……まあ、…………ちょっと、ね」

「そんなもん?」

 よくわからなさそうに応じるエーリカ。対して豊浦は不満そうな表情。

「君たちも女の子なんだから、少しはそのあたり気を遣った方がいいよ。

 あれかな、女の子ばかりで暮らしているとそのあたりが鈍くなるのかな?」

「……………………」

「なに?」

「いや、……まあ、そうかもね」

 頷く、とはいえエーリカは別の事を考えていた。

 まるで、久しぶりに再会し、風紀の乱れを心配する親戚のようだ、と。

「ハルトマン君?」

「はーい、気を付けまーす」

 気のない言葉にむっとしたらしい、咎めるような豊浦の声にエーリカはひらひらと軽く手を振って応じ、小屋を見て回る。

 窓からちらちら見える干し草の集合体が少し気になるが、「…………これ、扉はないの?」

 ぐるり、小屋を見て回ったが特に扉らしいものはない。

「単なる寝床だからね。そんなに凝ったものは必要ないよ」

 そういって軽く下の方にある干し草を持ち上げる。どこからでも入れるらしい。

「手作り? なんというか、器用だねー」

「山で暮らしているとね。狩りで拠点確保する必要が出来るから。それでね」

 妹、ウルスラが彼に劣るとは思えないが、ウルスラにはこうしたものを即興で作る事は出来ないだろう。二人、会わせたら面白そうだなー、と。なんとなく思う。

「で、中だけど」

「ん、…………」

 中、干し草に遮られて薄暗い小屋は大人一人が余裕で寝転がれる程度のスペースがある。……が、逆に言えばその程度の広さしかない。

 それで問題はないのだろう。寝床といっていたし、が。

「……なに、やっているのこいつら?」

 胡散臭そうなエーリカの呟き、大人一人が余裕で寝転がれる程度のスペースに、少女が三人詰め込まれていた。

 具体的には右にリーネ、左にシャーリー、そして、中央に芳佳が寝ていた。

「あの仮装をルッキーニ君に作ってあげている途中で、寝心地確認とか三人で言いだしてね」

「あ、そ」

 あの仮装、と示した先。窓の向こうで踊る干し草の集合体。

 家の中にはトゥルーデとサーニャ、エイラがいたが、……まあいいかと、エーリカは視線を戻す。

「それにしても、芳佳君。幸せそうな寝顔だね」

「……幸せ、そうだね」

 その割には妙に緩んだ幸せそうな寝顔だが。……リーネとシャーリーの胸に挟まれる位置に顔があるのは偶然か故意か、エーリカは考えないことにした。

 友人の性癖は考えないようにして、…………ふと、

「そーいえば、豊浦」

「ん?」

「前に戦った男の事について、聞いていい?」

 以前、鉄蛇と戦った夜に聞いたこと。強くて、正しい、彼の敵の話。

「ああ、…………まあ、面白くない話だと思うけどね」

 豊浦は困ったように応じた。

 

 縁側に並んで座る。後ろを干し草の集合体が通過した。どうも家の中をあてどなく徘徊しているらしい。

「えーと、ごめんね。嫌なことを思い出させるようで。……けど、」

 強い、と。彼はそう語った。彼の語る強さ、というのには興味がある。

 軍人として、ウィッチとして、ネウロイを撃破する強さ、か。

「ううん、いいよ。

 ハルトマン君は軍人のようだし、そういう事に興味を持つのは間違えていないよ」

 そういって撫でられる。

「そうだね。…………ハルトマン君。この国の神様について、知っているかな?」

「えーと、サーニャから少し聞いた。

 恩恵と、災厄の両方をもたらす、だっけ?」

 火の神。と。

「うん、そうだよ。……ああ、そうだ。言い忘れてたけど、その時はまだ祭政一致の時代だったんだ」

「祭政一致?」

「そうだね。宗教が政治がとても近い時代だね」

「昔はそんな感じだったんだね」

 ずっと、ずっと昔。……古代、と言われる時代。

 欧州にもそんな時代があったと聞いている。もっとも、分裂や侵略による消滅、併合などが繰り返され、当時の国はどこにも残っていないが。

「そ、……もう、ずっと昔だよ。……人は神様の恩恵に支えられて生きてきた。そうやって、人は生きて、国を作ってきた。

 災厄もあったけど、それでも必死に人は神様の恩恵を糧に生きてきた。……そんなある日、別の宗教が入ってきたんだ。

 そうだね、こっちは神じゃなくて仏、と言おうか」

「ええと、…………ん、聞いたことがある気がする。

 宮藤が言っていた。……ああ、えーと、あのお地蔵様、だっけ?」

「うん、こっちは災厄なんてない、ただ、ただ人を受け入れてくれる仏様。

 だからね。僕はこうしたんだ」

 豊浦は、寂しそうに微笑んだ。

「神様じゃなくて、仏様を祀ろう、ってね」

「それ、……は?」

「そう、神様から仏様に切り替える。宗教改革、っていうのかな、今風に言えば。

 もちろん、政治目的だよ。その時は特に天災とかがひどくてね。民も随分疲弊していた。けど、災厄はもとを辿れば神様に行きつく。最初から神様は縋る対象じゃないんだ。

 けど、疲弊した民には縋る対象が必要だった。そうでないと募った不満がどこに爆発するかわからないからね。僕たちに暴動という形で来るなら、……まあ、いい。けど、民同士で奪い合い、殺し合いなんて始めたら目も当てられないよ」

「そうだね」

 確かに、それは政治目的だろう。……けど、

「それは、民の事を考えて、でしょ?」

「…………そう、かもね。

 あるいは、不満を治められなかった僕たちの政治力の欠如かもしれない。まあ、今となってはどっちか、僕にもわからないよ。落ち度を認めたくないから、民のため、なんて言ったのかもしれないしね。

 苦い言い訳だよ」

 困ったように告げる豊浦。エーリカは、不意に後悔する。

 彼の古傷を抉るような問いをしたこと。謝ろうとして、彼の言葉を止めようとして口を開き、

「けどね。それを僕の敵、守屋は認めなかった」

 ぽん、と。撫でられる。開きかけた口が反射的に閉ざす。

「守屋は強いから、疲弊してもやり直せると思ってた。災厄を、乗り越えられるって解かってた。……彼は、そう信じてた。

 そして、正しいから、今まで、ずっと人を育み、国を支えていた神様を蔑ろにする選択はできなかった。仏様を受け入れられなかったんだ。

 だから、僕たちは守屋を殺した。彼の仲間、勝海を先に殺して、孤立無援にして、先帝の后を抱え込んで、彼女に傀儡を押し付けて、守屋を逆賊扱いして、他の、同じ地位にいた者たちに号令を出してもらって、数倍の軍を用意してね。

 それでも守屋は最後まで僕たちのやり方を否定して戦い続けたよ。それで三回くらい攻め込んで、全部敗走。結局予め守屋の軍勢に潜り込ませておいた部下に暗殺してもらった。……っていう、情けない終わり方だったな。

 だからね、ハルトマン君」

 呼びかけられて、エーリカは見上げる。豊浦の、少し困ったような微笑。

「守屋の、……僕の敵の強さは自分の大切だと思ったことを貫き通した信念なんだろうね。

 たとえ、仲間を殺されても、逆賊として扱われても、…………そして、周り中敵だらけになっても、ね。たった独りになっても、誰からも違うと否定されても、それでも、彼は自分の正義を信じて戦い続けた。事かな」

「そうだね。……ああ、それは、」

 強いね、と。……思う。けど、

「けど、豊浦には豊浦の考えがあったんでしょ? 民を思うってのは、間違ってない」

 彼の困ったような微笑。それがなぜか面白くなくて、エーリカは口を尖らせて強い口調で告げる。と、

 撫でられる。視界には困ったような表情の豊浦。

「ありがとう、ハルトマン君。そういってくれると嬉しいよ。そうだね、僕は選択を誤ったとは思っていないよ。

 もし何度同じ選択肢を突き付けられても、僕は同じ選択をしただろうね。…………いろいろ、あったけど、それでもその最先端、この国の今に芳佳君のようないい娘がいるのは嬉しい。ハルトマン君のようないい娘が芳佳君の友達でいてくれて嬉しいよ」

「そ、…………まあ、宮藤はいいやつ、だからね」

 微笑み頭を撫でる豊浦から視線を逸らし、ぽつり、呟く。

 一通り撫でられ、豊浦は手を放した。一瞬、物足りなさを感じたのは気のせいだと思う事にする。

「ま、といっても守屋は僕を許さないだろうね。怨まれている、とは今でも思ってるよ」

「ずっと昔の話でしょ?」

 寂しそうに呟く豊浦にエーリカは応じる。怨まれているとしても、それは過去の事。

 そんな事、彼に引きずってほしくない。

「そ、ずーっと昔の話だよ。

 けど、守屋には彼の正義が、……ああ、違うな。譲れない思いがあった。だから、彼は僕を怨む。僕は怨霊として、彼の怨みを忘れることはできないし、絶対にしない」

 今まで、見たこともないほど強く言い切る豊浦にエーリカは言葉を挟めなかった。

 それは辛くないか、とも、彼が怨霊を自称している事も、「……………………って。なに?」

 不思議そうにエーリカを見る豊浦。エーリカは眉根を寄せる。

「僕が千三百年前からあるっていったの懐疑的だったのに、信じてくれたんだねえ」

「う、…………ぐ」

 祭政一致の時代。扶桑皇国にもそんな時代があったのだろうが、それは間違いなくずっと昔だろう。扶桑皇国の歴史にそこまで詳しくないエーリカもそれはわかる。

 そして、それは、目の前の青年が本当にそれだけ昔から存在していたという前提に基づいた話であり、

「うそ、なの?」

 結構真面目に話を聞いて、真面目に語った。だから、不機嫌と照れくささから睨みつけるエーリカ。対して豊浦は両手を上げる。

「そんなわけないよ。誓って本当。

 っていうか、僕は最初から嘘なんてついてないよ。ただ、みんなが信じていないだけじゃないか」

「あ、……そ、それはそうだけど。ううん?」

 彼の言葉に嘘があるとは思えない、けど、彼の自称する年齢は信用できない。

 思わず考え込むエーリカ。そして、

「ハルトマン君は真面目だね。…………ほんと、いい娘だ」

「撫でるなーっ!」

 今度はからかわれている気がして、けらけら笑って頭を撫でる豊浦の手を払いのける。「まったく、」と不満そうな声。

「ま、話に付き合ってくれてありがと」

「どういたしまして、ま、話ならいくらでも付き合うよ。

 山で暮らしていると会話に飢えるからね。…………そうそう、老人は幼子と話をするのが楽しくてね」

「なんだよ幼子ってー」

 確かに、ウィッチたちの中では年少だけど、彼に幼子呼ばわりされるのは面白くない。

 膨れるエーリカに豊浦は楽しそうに笑う。また何か言ってやろうか、と思ったけど、

「きゃっぁぁああああああああああああああああああああああっ!」

 トゥルーデの悲鳴が響く。二人は顔を見合わせる。そして程なく、

「きゃははっははっ!」

「まてーっ!」

 干し草の集合体と涙目のトゥルーデがどたばたと追いかけっこをしているのを見て、溜息。

「なにやってんだあいつ?」

「おそらく、居眠りしていたところであのルッキーニ君に起こされたんだろうね」

「なるほど」

 確かに、目が覚めてみればあの不気味な仮面をかぶった干し草の集合体があれば驚くだろう。それに、トゥルーデの悲鳴という非常に珍しいものを聞いた。

 ふと、豊浦と顔を見合わせる。どたばたと賑やかな音。それを背景に、ふと、二人で笑みを交わした。

 



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二十四話

 

 鉄蛇との第三戦。豊浦は鉄剣を手に取る。

 傍らにはシャーリー。鉄剣を抜き、鉄蛇を開放したら速やかに彼を《大和》へ送り届けるために待機。

「それじゃあ、行くよー」

 気楽に彼は告げ、鉄剣を手に取る。そして、抜いた。

「んっ、」

 飛翔、同時に豊浦をかっさらう。そこから鉄蛇が構築される、が。

「シャーリー君っ、上に飛んでっ!」

 がくん、と。一瞬、魔法力が途絶えた。否。

「え?」

「大丈夫か?」

 気が付けば、シャーリーはバルクホルンに抱えられ、豊浦はミーナと芳佳が両手を掴んで空へ。

 そして、

「なんだ、あれ?」

「あれが、今回の鉄蛇みたいね。……素材が違う、可能性は指摘されていたけど」

 ミーナが冷や汗を流して呟く。眼下、霧が蟠っている。

「シャーリー君、意識はあるかい?」

「あ、……ああ、まさか、私、意識飛んだか?」

「そうみたいだね。……あれが、毒か。な。

 ともかく、シャーリー君、高空を飛んで、僕を《大和》へ」

「ん、了解」

 

 シャーリーと豊浦を見送り、ミーナは視線を移す。

 横須賀海軍基地を覆う黒い雲。そこから立ち上るように霧が追加。

 そして、すっ、と霧の中、視界の隅に赤い輝きが見えた。一瞬だが、見逃すことはしない。

「……いた、わね」

「ミーナさん?」

「コアがあの霧の中を動き回っているわ。けど、霧への接触は禁止。

 おそらく、あれは毒ね」

「毒蛇ってのはいるのだが、……蛇が毒そのものになったのか。わけがわからん」

 トゥルーデが頭を抱える。あれが蛇かは不明だが。

「どっちにせよ、コアを壊して終わりですわ。

 あの霧に防御能力があるとは思えませんわ。早急に叩きましょう」

「そうね。…………ん、…………んん?」

 固有魔法を使いコアの位置を探ろうとしたミーナは眉根を寄せる。

「ミーナさん?」

「コアの位置が、正確に把握できない? サーニャさん」

「はい」

 サーニャは魔導針を発現。コアの位置を探る、が。

「…………すいません。曖昧、です。霧、かかってるみたい」

「曖昧でもないよりはましだ。サーニャ。位置の指示を「トゥルーデっ!」」

 声を飛ばしていたトゥルーデの前にエーリカが飛び出す。シールドを展開。

 そこに突き刺さる、霧で出来た蛇。シールドに激突して動きを止める、が。

「もーやだーっ」

 ぼろぼろと、シールドが削られる。

「退避っ!」

 ミーナの言葉にウィッチたちは急上昇。エーリカもトゥルーデが抱えて空へ。その足元を蛇が通過。

「ハルトマンさんっ、今のは?」

「シールドが、毒蛇に触れたところから壊れてった。

 あいつの体を構成する毒、魔法力そのものまで有効かもしれない」

「探索があいまいになるのも、それでしょうか?

 あ、それと、さっきの毒蛇が飛び出した場所、その起点あたりにコアがあります」

「来るぞっ」

 サーニャの言葉に全員がそちらに視線を向け、エイラが叫ぶ。その方向から牙をむく毒蛇が「四っ?」

「コアの場所は、変わっていません」

「つっ」

 毒蛇そのものはあまり大きくない。一メートル程度か。けど、

「牽制にもならないか」

 バルクホルンは退避しながら銃撃した。けど、銃弾が通過した場所の霧が吹き飛んだだけで毒蛇そのものに影響なし。

「なんか、今回も随分と、…………私たち、なにと戦ってるんだっけ?」

 合流したシャーリーが頭痛をこらえるような表情で呟く。ミーナは頷く。

「千年以上独自進化を続けたネウロイよ」

「研究者が見たら発狂するなこれ」

「ともかく追撃追撃ーっ、コアが行っちゃうってーっ」

 ルッキーニが手を振りながら告げる。コアが移動している。それはわかる。

 靄から飛び出す毒蛇、その起点は離れるように移動している。まずいわね、と。

「あの毒蛇の直撃を海軍の軍船が浴びたらどうなるか分からないわ。

 シャーリーさん、毒の影響は?」

「今はない。けど、一時的に意識が吹っ飛んだ。

 あの、蛇の形の、直撃したら間違いなく、…………まあ、死ぬな」

 毒蛇に物理的な攻撃能力がなく、毒そのものに生命活動への支障がなかったとしても、この高度は墜落死に十分だ。

「そっちは何かあったか?」

「コアの居場所を起点にあの毒蛇が飛んでくるわ。それと、シールドが毒で壊れたみたいね」

「…………うえ。宮藤、シールドは控えろよ。

 気合で何とかなる物じゃないかもしれないし」

「はいっ」

 前を飛ぶ芳佳の声。毒蛇を回避しながら基点めがけて飛翔しコアを追撃。

「あそこ」

 サーニャがロケット弾を放つ。地面に突き刺さり爆発。そして、「晴れましたわね」

 ペリーヌが呟く。爆発、爆風に押されて霧の一部に穴が空いた。なら、

「一発、吹き飛ばして「エーリカは待機っ!」あうっ?」

 固有魔法の疾風を解き放とうとしたエーリカはミーナの制止に急停止。つんのめる彼女を横目に、

「扶桑皇国海軍、砲撃要請。

 弾頭は爆発力重視、炸裂弾。位置は蛇の飛び出す起点。私たちは高空で回避するから気にしなくていいわ。

 目的、あの霧を蹴散らすわっ!」

『了解した。ウィッチたちは距離に気を付けてくれ、念のためシールドを、爆撃の爆風で霧が上まで届くかもしれない』

「了解。お願い」

『撃ちよーい、……………………はじめっ』

 淳三郎の声がインカムに響く。その声はウィッチたちも聞いていた。軍船が展開する方を一瞥し、射線を確認。

 そして、雨あられと叩き込まれる砲弾。ウィッチたちは距離を取り、芳佳はシールドを展開。

 爆発。芳佳は眉根を寄せる。

「芳佳ちゃん?」

「杉田大佐の警告、正しかったみたい」

 シールドが微かに綻ぶ。大した影響はないが、それでも、確実に毒はここまで届いたらしい。

 けど、意味はあった。

「コア、確認しましたっ!」

 サーニャが声を上げ、同時に砲撃。つまり、霧は確かに晴れたという事。

 ミーナもそれを確認する。彼女の固有魔法は確かにコアの存在を確認、艦砲で傷つかないのは想定通り。けど、

「霧を出しているわね。総員、追撃っ!

 リーネさん、今回の鉄蛇の特性を杉田大佐に報告をして、サーニャさん、私たちでコアの位置を追跡するわ」

「「はいっ」」

 リーネとサーニャの声が重なり、ミーナはサーニャと前へ。そしてその最前線は、

「毒蛇、……来るな。

 数は五。下集中、上に逃げろっ」

 エイラの言葉にウィッチたちは上へ。その下を五匹、毒蛇が通過。

「わおっ、さっすがエイラっ」

「このくらい簡単だ」

 ルッキーニの言葉にエイラは素っ気なく応じる。集中はそらさず、緊張は解けない。

 毒蛇はシールドさえ破壊する。防御が出来ないなら回避しかない。それに特化したエイラに回避行動を任せる。

 …………失敗すれば、あるいは全滅さえあり得る。エイラは緊張に拳を握る。と。

「エイラさん」

「なんだよ。お前は引っ込んでろよ」

 握った拳に重なる手。芳佳はエイラの横で微笑。

「シールドでも時間は稼げるから、一緒に頑張ろう」

 わずかでも、毒蛇の突撃は遅らせられる。だから芳佳は前線を買って出る。……エイラは視線を逸らして、

「…………遅れるなよ。のろのろしてたらおいてくかんな」

「うんっ」

「なに笑って、……右っ!」

 エイラが握る芳佳の手を引っ張り右へ。それに続いてウィッチたちは右に回避。毒蛇が通過する。

 霧の集合体。くらり、と。

「つっ、……すぐ横を通過するだけでも毒は届くか」

「毒が届く範囲何て知るかーっ!」

 毒蛇が飛んでくる場所はわかる。が、それを構成する毒素がどこまで届くか、そこまでは知らない。

「仕方ないなー、じゃあ、かるーく風出すから、早めに仕留めてよ」

「そうね。お願い」

 サーニャと前を見据えながらミーナ、と。

「ミーナさんっ、杉田大佐から、艦載機で上空からコア周辺に爆撃の提案がありますっ! 高空から、艦上爆撃機三機。偵察機二機の編成ですっ」

「そう、……ええ、お願い」

「上っ!」

 エイラの指示を聞いて上へ。足元を毒蛇が通過。エーリカの疾風が霧を吹き散らす。

「これなら、とりあえずはいけるか」

「射程範囲に到着。……サーニャさん、位置は大丈夫ね?

 リーネさん、構えて、リーネさんの銃撃後。そこに向かって射線を集中させるわ。エイラさんと宮藤さんは攻撃に参加しなくていいわ。回避に集中」

「リーネちゃん」「はいっ」

 ロケット弾が放たれる。リーネは対装甲ライフルを構える。爆発、霧が晴れる。

 そこに、かすかに見える紅の煌めき。ネウロイの、コアの色。「そこっ」

 銃撃の音。銃弾がコアに突き刺さる。そして、

「撃て撃てっ!」

 ウィッチたちの銃撃が集中。銃弾がコアに突き刺さる。けど、外殻はなくともコアの硬さは鉄蛇相応。銃撃の集中にも耐え、「右っ!」

 エイラの声にウィッチたちは右に飛翔。そこに毒蛇が突撃する。「追撃、左っ!」

 毒蛇は上昇し、ウィッチたちを追撃する。

「下からも来たっ!」

 エイラは芳佳の手を引っ張って振り回す。毒蛇は空を舞い、旋回し、ウィッチたちを追撃。

「ちょ、これやばいっ?」

 シャーリーは高速で飛び回りながら舌打ち。何せ毒蛇は霧。いくら銃撃しても意味はなく、発生数は無尽蔵。シールドを張ってもシールドそのものが浸食崩壊する。つまり、防御不可。

 なら、

「ハルトマンっ、無茶頼む」「了解っ」

 数が多すぎる。回避不可と判断したエイラはエーリカに声を飛ばし、エーリカは頷き両手を広げる。

 ウィッチたちはエーリカのところに集まり、毒蛇が追撃。その瞬間に、

「シュトゥルムっ!」

 周囲に展開した疾風が毒蛇を吹き散らす。と、同時に、

『コア確認、直上より爆撃開始します』

 艦載機からの通信。そして、空から爆弾が落ちてきた。

「このくらいなら」

 爆発、コアが霧より露出し、芳佳のシールドが毒に浸食されて綻びる。けど、

「撃ちますっ!」

 リーネがコアに銃撃、ウィッチたちも銃弾を撃ち込む。

『コアの移動を確認、追跡し、爆撃を継続します』

「ええ、お願い」

 爆撃が続く。偵察機はうまくコアの位置を把握しているらしい。だから、

「追撃するわ」

 

「速度を上げたわね」

 毒蛇をばらまきながらコアはさらに速度を上げる。ミーナは眉根を寄せる。

「消耗戦、といったところですわね」

 ペリーヌは軽機関銃を握って眉根を寄せる。毒蛇はそこを通過するだけで毒をまき散らす。エーリカが疾風で吹き散らしているが、

「あーうー」

「大丈夫かハルトマン?」

「はーやーくー、しとめてー」

 すでに飛行も面倒になったらしい。トゥルーデに背負われたエーリカが情けない声。

 けど、鉄蛇は時間稼ぎを選択したらしい。高速で逃げ回り毒蛇で消耗させる。…………腹立たしいが、悪くない選択だ。

 ぱり、と音。

「霧も、貫けるかしら?」

「上、って、ペリーヌ、なにやる気だ?」

「穿ちますわっ!」

 毒蛇の上へ。そして、「トネールっ!」

 雷撃が霧を貫き吹き飛ばす。

「おお、やるなツンツン眼鏡」

「ふっ、このくらい楽勝ですわ」

 出来るかは分からなかったが、けど、その不安を表に出さず、ふっ、と笑うペリーヌ。エイラは笑って「なら、次は五匹、右二、左三」

「逃げますわよっ!」

 楽勝、だが。毒蛇の発生は無尽蔵。対してこちらは魔法力を消費する。最小限で仕留めていきたい。

「シャーリーさん、ルッキーニさん、バルクホルンさん、リーネさん。コアへの攻撃はお願いね。

 ペリーヌさん、毒蛇の撃破をお願い」

 了解、と声が重なり、

「手は緩めないわよっ! どちらにせよ、長期戦は不利のようだしね」

 ぴりぴりと、微かな、本当に微かな痺れ。どれだけ吹き散らしても、どれだけ貫いても、それでも、微かな毒は大気に残る。それは、少しずつウィッチたちを蝕む。

 それが重なれば、……いずれ、体が動かなくなり墜落。

 爆撃は止まらない。コアの位置は明白で、ウィッチたちは追撃しながら銃弾を叩き込む。

「これは、速度の勝負だな」

 二丁の機関銃で銃撃を重ねながらトゥルーデは呟く。いかに早く撃破するか。それが勝敗に直結する。

 と、

「霧が?」

 すぅ、と。足元の霧が晴れていく。けど、ミーナの固有魔法は、だいぶ損耗しているようだが、それでもコアの存在を伝える。

 つまり、

「決戦、ってことかしら?」

 霧が集まる。構築されるのは霧で出来た巨大な蛇。

「毒蛇」

 高密度の毒で出来た蛇。頭部に輝く赤い光。

 

 咆哮を上げた。

 

「来たっ」

 エイラの言葉にウィッチたちは急上昇。その足元を毒蛇が通過。

 今まで飛んできた毒蛇とはサイズが違う。最高速で上昇してかろうじて回避。けど、それだけでは終わらない。

「追撃っ! 宮藤っ!」

「少し、もってっ!」

 ぎりぎりで回避し、追撃の尾が跳ね上がる。急上昇を続けながら芳佳はシールドを展開。シールドに尾が触れる。

 重さはない。もとよりそれは霧。シールドに伝わる衝撃は皆無。

 けど、シールドが綻びる。毒蛇に触れたことでその毒がシールドを破綻させる。一秒、尾の一撃を防ぎ「よくやりましたわねっ!」

 声。そして、

「トネールっ!」

 雷撃が霧を吹き散らす。

「艦砲頼むか?」

「霧相手に砲撃してどうするのよ?」

 トゥルーデの提言にミーナは溜息。一応、蛇の形はしているがその体は霧。いくら砲撃しても通過するだけだろう。それは炸裂弾でも変わりない。

 毒蛇の足元なら爆風で霧を吹き飛ばせるかもしれないが。どうせすぐまた固まるだろうから意味があるとは思えない。

 つまり、

「やるしかないわね。幸いにも第一段階である程度削ってあるから、そこまでの耐久性はないだろうけど」

「あれで削られたから固まったのかな」

「でしょうね。運がよかったわ。エイラさんたちの固有魔法がなければ持たなかっただろうし」

 そして、この状況はさらにウィッチたちに有利になる。ここぞとばかりに重なる銃撃。霧の中という広大な範囲ではなく、目の前の蛇の形、限られた範囲を移動するなら、ウィッチたちも追撃は容易で、

「行くよっ!」

 毒蛇の直上。エーリカは下に掌を突き出す。

「吹き飛べ、シュトゥルムっ!」

 眼下、毒蛇めがけて放たれる竜巻が、それを構成する毒霧を吹き飛ばす。ウィッチたちはシールドを展開して飛散する毒を防御。

 シールドは綻びる、が。

「終わらせるわよっ!」

 ミーナの号令、エーリカの固有魔法で剥き出しになったコアに銃撃が叩き込まれる。毒霧を吹き散らされた鉄蛇は攻撃を出来ず体を再構築するが。…………遅い。

 対装甲ライフルの銃弾が、コアを貫いた。

 

「お疲れ様」

 毒蛇撃破の報を受け用意されていた茣蓙。ウィッチたちはストライカーユニットを脱いで転がり込む。

「ああ、……疲れたー」

「くたくたですわ」

「糖分、…………甘いものー」

 毒蛇を散らすために飛び回っていたエーリカとペリーヌは寝転がって、予知した未来の位置から毒蛇の回避方法を考え続けたエイラは糖分を求めて手を伸ばす。

 サーニャもぺたんと座りながら「甘いもの、私も欲しいです」と、小さく呟く。

「家に戻ったら僕がこっそり作っておいたお菓子があるよ」

「はい」「えー、すぐ食べさせろー」

 扶桑皇国の可愛いお菓子、それを思って微笑むサーニャと、ごろごろと駄々をこねるエイラ。

「砂糖ならあるが? 食べるか」

「うぇー」

 意地悪く笑う美緒にエイラは変な声を上げて否定する。甘いものは食べたいが、砂糖を丸齧りしたくない。

「豊浦さん。私の分もある?」

 同じく、固有魔法を使ってコアを追い続けたミーナ。豊浦は「もちろん、みんなの分あるよ」と笑って応じる。

「そう、…………けど、みんな。もう少し《大和》で待機するわ。

 豊浦さんの言っていた蛇の特性、再生を再現しているかもしれないし、一時間は観察を続けましょう」

「監視は我々が請け負おう。皆はここで休んでいてくれ」

 淳三郎の言葉にウィッチたちは頷く。

「皆は毒蛇の監視を継続。コアが発見されたら急報の用意っ!

 手の空いているものは今のうちに砲弾の再装填を済ませておけっ! それと、ウィッチたちは残りなさい。彼女たちから要望があったら出来るだけ応えるように、奇襲を受け可能性は十分にある。警戒を怠るな」

 淳三郎の指示で扶桑海軍の軍人たちは慌ただしく駆け回り始める。静夏をはじめウィッチたちは待機。

「で、今回のネウロイは、…………ネウロイでいいのか?」

 ウィッチたちの指揮のため同じく残る美緒はぐったりするミーナに問い、ミーナは苦笑。

「いい、と思うわ。

 千年の時を経て独自進化を遂げたネウロイ。と報告するつもりだし」

「まあ、それがいいだろうな。それで、どんなものだった?」

「形があるのはコアだけね。あとは霧、おそらく毒霧ね。

 もともと、豊浦さんから指摘があったわ。今回の、鉄蛇は蛇に見立てられた能力を持つ、って」

「ああ、火山弾と、雷か、…………なあ、ミーナ」

「ん?」

「欧州にも、いると思うか?

 鉄蛇のような、古くから存在するネウロイは?」

 美緒の問いに、ミーナは溜息。

「可能性は十分にあるわ。調査も、今回の報告は随時送っているし、本格化するでしょうね。

 けど、大丈夫よ。鉄蛇も何とか対応できているしね」

「…………ああ、そうかもな」

 いくら最前線、欧州とはいえ、あのネウロイとまともに戦えるウィッチがどの程度いるか。

 ミーナは苦笑。いつも、並んで戦っていた相棒の不安は手に取るようにわかる。

 だから、ミーナは拳を掲げ、美緒の額を軽く叩く。

「だから、期待しているわよ。

 この戦いを最前線で見ているのだからいい教訓になったでしょう。貴女も、指導内容を考え直してみることね」

「……ああ、そうだな」

 これから先、どのようなネウロイが現れるか分からない。当たり前だが欧州は扶桑皇国より遥かに広い。なら、遥か古代から眠り続けているネウロイがいてもおかしくない。し、発見されていないだけで想像を絶する進化を遂げたネウロイがいるかもしれない。

 けど、なにがあろうとも、どんな敵と戦おうとも、喪う事がないように、……それをかなえるために指導内容は徹底的に考え直す必要がある。

 その決意を固め、美緒はミーナに頷いた。

 



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二十五話

 

 甘いものを我慢させられたエイラは寝室で一人ごろごろと転がる。と、

 襖が叩かれる。「あい?」と、のっそりと体を起こす。

「エイラ君、お夕飯だよー」

「うー、……豊浦か。

 美味いものじゃなかったら承知しないからなー」

 何せ、期待していた甘いものを我慢させられての夕食だ。作ってもらっておいて文句を言うのも筋違いだとわかっていても、文句は出てくる。

「そうだね。……いろいろあるから美味しいのもあると思うよ」

「おうー」

 のっそりと立ち上がる。意気揚々と他のウィッチたちに声をかけに行く豊浦を横目に囲炉裏のある部屋へ。

「あ、大丈夫ですか? エイラさん」

「大丈夫じゃないよー、お腹すいたー

 魔法力ってカロリーに直結すんのかな?」

「さあ」

 芳佳は曖昧に首をかしげる。そんな事、聞いたことない。

「っていうか、それなんだ?」

「お餅です」

「もち?」

「お餅、です」

「ふーん?」

 よくわからん、と。エイラは囲炉裏を覗き込む。

 囲炉裏には熱された木炭。足の低い五徳の上には金網が敷かれ、その上に白い何か。「これがもち、か」

「はいっ」

「ゆうごはんっ、ゆうごはんっ、…………なにこれ?」

 足取り軽く顔を出したルッキーニはお餅を見て首を傾げた。他、顔を出したウィッチたちも五徳の上に並べられた餅を見て首をかしげる。

「これ、食べられるのか?」

「あ、まだだめですよー」

 手を伸ばすシャーリーを止める。エイラは頬を膨らませて「なんだよ。まだ出来てないのかよ」

「まあまあ、とりあえずお団子でも食べてようか。

 はい、エイラ君。餡子のお団子だよ」

「お、あんこか、甘いものはいいなっ」

 串に刺さった団子。たっぷりと餡子が乗っている。

「緑色のお団子?」

 サーニャが串に三つ刺さった緑の団子を手に取り呟く。豊浦は頷いて、

「うん、草団子だよ。蓬っていう、そこら辺の雑草を混ぜたお団子なんだ」

「雑草」

「…………ねえ、宮藤さん。

 扶桑皇国は草に思い入れがあるのはわかりましたけど、食べ物にまで雑草を混ぜるんですの?」

 かわいそうな目で見るペリーヌ。芳佳は適当な事を言う豊浦を叩く。

「薬草っ! ええと、……ペリーヌさん。扶桑皇国でよく使われるハーブみたいなものです。

 確かに、育ちやすいからいろいろなところで取れるけど、…………サーニャちゃん。食べても大丈夫だからね。豊浦さんのいう事を真に受けないでいいからねっ」

「う、うん」

 恐る恐る草団子を食べるサーニャ。「あ、美味しい」

 一つ食べる。口の中でふわりと広がる爽やかな香り。思わず頬が緩む。

「はむ、……サーニャ、美味いか?」

 餡子の団子を食べて頬を緩ませていたエイラの問い、サーニャは頷いて、

「ふふ、エイラも一つ食べてみる?」

「え?」

 つい、と突き出される団子。サーニャの食べた。……「い、いただき、ます」

 口を開く。サーニャは微笑んで口の中へ。一つ、食べる。

「ん、……美味しい」

「うん、……あ、あんこのお団子も、美味しそう。エイラ、一つ分けてくれる?」

「あ、ああ、……え、えーと、あ、あーん」

 サーニャにお団子を食べさせる。「美味しい」と、微笑。

「気に入ってくれたかい? エイラ君が甘いものを食べたいって言ったから、作ってみたんだけど」

「うむ、いい選択だな」

 味三割、サーニャと分け合えて食べた事七割で嬉しそうなエイラ。

「わっ、わっ、芳佳っ、芳佳っ、なんか膨らんだーっ!

 きゃははっ、面白ーいっ、なにこれーっ?」

 楽しそうに笑うルッキーニ。エイラは囲炉裏に視線を戻し「…………何が起きた?」

 膨らむ餅。

「は、破裂しないよな? 爆発しないよな」

「どんな食べ物だよ」

 一応、シャーリーは言ってみる。

「あ、もう大丈夫だよ。食べてごらん。手で取って大丈夫だからね」

「おっし、……って、あつっ? あちっ!」

「さっきまで焼いてたんだから当然でしょ」

 お手玉を始めたシャーリーの横。ひょい、とエーリカは餅を取る。

「これ、そのまま食べるの?」

「お醤油につけてですよー…………ルッキーニちゃん、そのまま食べるんだね」

「へー」

 取り皿に醤油を垂らすエーリカ。そして、餅を食べて引っ張り伸ばすルッキーニ。

「ふみょー」

「ルッキーニ君、よく噛んで食べてね。

 じゃないと、……………………死ぬよ」

「ぷあっ?」

 不吉なことを言われたルッキーニは慌てて餅から口を離した。

「え? 死ぬのか?」

 シャーリーは皿の上の餅をまじまじと見つめ、豊浦は重々しく頷く。

「お餅は伸びるから、喉に詰まらせて呼吸困難に陥る。そのまま、息が出来なくなって窒息死するんだ」

「こわっ? 何だこの怖い食べ物っ? 扶桑皇国は食事も命がけだなっ」

「さ、さすが魔境ですわ」

「扶桑皇国は魔境じゃないですっ!

 それに、よく噛んで食べれば大丈夫です」

「むにー」「うにー」

 ルッキーニとエーリカは餅を加えて引っ張る。どちらが長く伸ばせられるか張り合っているらしい。……となれば当然。

「エーリカ、ルッキーニさん、食べ物で遊んではいけません」

「「はい」」

「ふむう」

「トゥルーデ?」

 焼けた餅と焼く前の餅を見比べて真面目な表情のトゥルーデ。

「いや、携帯性も高いし、軍の携行食に出来ないか?

 焼くだけでいいなら調理も簡単だし」

「む、……それもそうね」

「飯時まで仕事のこと考えんなよー」

 むにー、と餅を伸ばして食べているエイラが呆れたように呟く。二人は無視。

「そうだよ。お餅は陣中食としても食べられたからね」

「陣中食? ……レーションの事? ……ええと、行軍中の食糧?」

 ミーナの問いに豊浦は「そうだよ」と応じる。

「そうね。考えてみるわ。

 ええと、宮藤さんは作れる?」

「お餅ですね。はい、大丈夫です。

 ええと、もち米と、杵と臼があれば」

「…………まずは道具が必要なのね」

 残念ながら杵と臼が何なのか分からない。

「それ、機械かっ?」

 扶桑皇国の機械。それには興味がある。……けど、芳佳は非常に曖昧な笑み。

「全然違います」

「台所用品?」

「……ちょ、ちょっと違うかな」

 リーネの問いにも曖昧な笑み。リーネは首をかしげる。何なのか分からない。

「まあ、あとで実物を見せてあげるよ。倉庫にあったはずだしね」

「サンプルあるなら持って帰ろうよ。

 改良とか量産とかは、……ほら、ウルスラがいればどうにでもしてくれるしさー」

 気楽に笑うエーリカ。「大丈夫かな?」と、芳佳。

「大丈夫?」

「結構、大きくて重たいんです。特に臼は」

「ふーん?」

「さて、それじゃあお餅も出来たことだし、お汁粉とお雑煮を持ってこようか」

 

「はい、お汁粉とお雑煮だよー」

 トゥルーデに手伝ってもらい、持って来たのは鍋二つ。鍋敷きに乗せる。

「どういう料理なんだ?」

「雑煮は雑な煮物って書いて、お汁粉は汁の粉って書くんだ」

「…………なんだそれ?」

 あいにくと、シャーリーはその料理が美味しそうとは思わない。というか、汁の粉の意味が分からない。

「つま、あたっ?」

「お雑煮は、ええと、お吸い物にお餅を入れて食べることです。で、お汁粉は薄くした餡子にお餅をつけて食べるの」

 相も変わらず変なことを言い出す豊浦を一発叩いて芳佳。

「よ、芳佳君は最近容赦ないね」

「変な事ばっかり言うからだよっ、もうっ」

「たはは、まあ、好きな方をどうぞ。お汁粉の方が甘いけど、お雑煮はいろいろ具があるから食べごたえはあると思うよ」

「あたし、両方食べるーっ」

「扶桑皇国の甘味は上品ですわね。……ん、美味しい」

 お汁粉を食べて感嘆の吐息を漏らすペリーヌ。

「これ、雑な煮物じゃなくて雑多な煮物?」

「何でもいいから食え」

 お雑煮をつつきながらシャーリー、その傍らでトゥルーデは餅を食べる。

「あ、お汁粉はお餅じゃなくてお団子を入れても美味しいよ」

「あうう、……お腹いっぱい」

 リーネは残念そうにお腹を撫でる。サーニャも残念そうにお汁粉を見ている。

「お腹いっぱい?」

「はい。……ううん、最初にお団子食べ過ぎちゃいました」

「今度また作ってあげるね」

 お汁粉もお雑煮も作れる。芳佳は請け負うとサーニャは微笑。「うん、ありがとう。芳佳ちゃん」

「扶桑皇国の甘味、私も作ってみたいな」

 ぽつり、リーネが呟く。けど、自信がない。

 繊細で上品な甘さ。どうすれば再現できるか、食べてみてもわからない。

「甘味かあ。……お汁粉は私も作れるけど、練り切りとかは自信ないなあ」

 芳佳の調理技術は家事の中で培ってきた。当然、そこにお菓子はない。

 なら、

「あの、豊浦さん。……時間があったら、お菓子作り、教えてくれますか?」

 リーネの期待するような視線を受け、豊浦は困ったように首を傾げる。

「それは構わないけど、忙しいんじゃないの? 軍務とか」

「あう」

 確かに、調理技術は体調管理をするうえで役に立つ。軍務としても必要な技術かもしれない。

 けど、さすがにお菓子作りと軍務を結びつけることはできない。言葉に詰まるリーネ。対してエイラは重々しく頷く。

「リーネ、大丈夫だ。それは戦意高揚に必要な技術だ」

「そうね。甘いものを食べれば集中力が増して疲れも和らぐわ。

 リーネさん、お菓子作りは、軍事活動に必要な技術よ」

「いや、それはさ、むぐっ」

「そうそう、炬燵もお菓子も戦意高揚に必要なものだよ。ねっ」

 胡散臭そうな表情で口を開いたトゥルーデの口を塞ぎエーリカ。風吹けば桶屋が儲かる、ということわざをなんとなく芳佳は思い出した。

 

「木のお風呂も、素敵ね」

「うんっ、いい香りがするんだよねー」

「うん、落ち着く香り。……あ、けど、もうちょっと広い方がいいよね」

「あはは、ここのお風呂は二人しか入れないよね。三人だと狭くなっちゃう」

「ぎゅうぎゅう」

 夕食を食べて、サーニャと芳佳は入浴を終えて自室へ向かう。今回はあまり魔法力を消耗しているウィッチはいなかった。だから、おそらくは明日も鉄蛇との交戦になる。

 だから、早めに休もうと真っ直ぐに自室へ、すぐに寝ちゃおうと…………途中。

「ん、…………あっ、ふ、ん」

 聞きなれた声の、聞いたこともない声音。

「あ、……ん、い、…………いい、気持ち、い」

「は、ハルトマン、さん」「だ、よね」

 仲間の声を聞き間違えるわけがない。間違いなく、エーリカの声。

 けど、その声は、…………その先の事を想像し、芳佳はじわじわと顔を赤くして、

「ん、……豊浦、上手」

 駆け出した。襖を開く。うつぶせに寝転がるエーリカと、その上に覆いかぶさるようにいる青年。彼のことを認識し、

「豊浦さんのばかーっ!」

 蹴飛ばした。

 

 一撃受けて転がる豊浦。そのまま悶絶。

「ハルトマンさんに何やってるのっ! 豊浦さんのばかっ! えっちっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る芳佳。サーニャも頬を膨らませている。

「あのー、な、芳佳」

「はっ」「エイラ?」

 声のした方を見ると、慄くミーナとエイラ。

「なに勘違いしたのか知らないが、別に変な事じゃないぞ。

 えーと、…………あ、ま? ……まあ、マッサージだ」

「まっさーじ?」

 少しずつ呼吸を落ち着けながら芳佳。「マッサージ?」と、サーニャも豊浦に疑問を投げかけるが、悶絶している彼に答える余裕はない。

「あー、うえー? おわりー? ……って、あれ? なんで豊浦が悶絶してんの? ……ま、いっかー」

 半身を上げたエーリカはそのまま倒れた。ミーナはそんな彼女を見て、

「エーリカが疲れた疲れた駄々をこねるから、豊浦さんが、…………ええと、あ、ま? ……まあ、マッサージをしてくれたのよ」

「あ、そうだったんですか。……なんだあ」

 安心した表情の芳佳。彼女の傍らで豊浦は悶絶している。

「あ、……うう、痛い。寝違えたみたいに痛い。

 エイラ君、ミーナ君、按摩だよ。あ、ん、ま。今はマッサージみたいに扱われているけど、昔は立派な医療行為だったんだ。僕が学んでいた典薬寮では医師や薬園の管理と並んで按摩の部門があるほどね。

 芳佳君は聞いたことないかな?」

「え、……えーと、ある、ような」

「少し前は盲人がやっててね。生きるために必死に学んでいたからすごく教え甲斐があったな」

「そうなんですか?」

 盲人、……目の見えない人。

 なんでそんな人がやっていたのか、サーニャは不思議そうに首をかしげる。

「ほら、目が見えないとその分触覚とかが鋭敏になるからね。

 手で触れた感触から、ほぐさないといけない場所の発見とか、力加減の調整とか、普通に目が見えている人よりも細かく出来たんだよ。

 けど、逆にそういう事しかできないからね。他に生きる術を持たない人たちばかりだったから、本当に命がけで技術を習得していたんだよ。その熱意は凄くてね。彼らにいったら怒られるかもしれないけど、教えていてすごく楽しかったよ」

「そうなんですか、……凄いなあ」

 目が見えない。サーニャはそんな世界、想像もできない。

 けど、それでも出来ることを必死に習得する。……それは、とても凄いことだと思う。

「うー、……け、けど、豊浦さんは男の人で、ハルトマンさんは女の子で、……そ、そうやって女の子の体に触っちゃだめっ!」

「いや、按摩は医療「なんでもだめっ!」はい」

 なぜか必死な芳佳に豊浦は両手を上げる。

「そういうえっちなことをしちゃだめなんですっ! ですよねっ! ミーナさんっ」

「ふぇっ? え、ええ、と、……そ、そうね?」

 エーリカが終わったら次は私、と思っていたミーナは芳佳の迫力に押されるように応じる。芳佳は頷く。

「はあ? ……まあ、だめならだめでしかたない、ごめんね。エイラ君」

「あー、うん、まあ、なんかよくわからんがしょーがないな」

 なぜ芳佳があそこまで怒るのかは分からないが、ともかく今の彼女に説得は無理、そう判断してエイラは溜息。

「そういえば、エイラは何をしていたの?」

「んー、あー、いや、えーと、だな」

 首をかしげるサーニャにやや挙動不審なエイラ。豊浦は微笑。サーニャを撫でて「エイラ君はサーニャ君のために勉強をしたいって言ってね」

「私のため?」「こらっ、豊浦っ、余計なこと言うなっ」

 エイラが慌てて声を上げる。豊浦は不思議そうに「隠す事でもないと思うけど、」と、応じ、

「サーニャ君は、……ええと、ナイトウィッチ、だっけ?

 あまりよく眠れなくて、疲れがたまっているんじゃないかって、それで、少しでも疲れを取ってあげられる方法を勉強するために見学してたんだ」

「そう、……なの」

 サーニャは嬉しくてエイラの手を取る。

 嬉しい。……確かにサーニャの睡眠時間は不規則だ。けど、

 けど、大変なのはエイラも同じ。それなのに自分の事を気遣ってくれる。

「ありがとう、エイラ。嬉しいわ」

「う。……うん、まあ、な」

 きらきらとした眼差しを受け、ほんの一割だけあった下心が良心に突き刺さる。

「ま、といってもだめっぽいからね」

「うーっ」

 威嚇する芳佳を見て豊浦は困ったように告げ。サーニャもこくこくと応じる。

 なんとなく、面白くないから。

「まあ、仕方ないな」

 ちぇー、とエイラ。豊浦はそんな彼女を撫でて「あとで要点を書いた本をあげるよ」

「ん、ありがとな」

「ただ、最初は力加減が難しいから、誰かに協力をしてもらって頑張って練習するんだよ」

「それなら大丈夫だ。ツンツン眼鏡とか宮藤とか実験台はいくらでもいるからな」

「エイラ、ペリーヌさんとか巻き込んではだめよ。私でよければいくらでも付き合ってあげるから、ね」

「へっ? い、いい、いいのかっ?」

「うんっ、私のためにお勉強してくれるのなら、いくらでも協力するわ」

 ぎゅっと拳を握っていつになく積極的に協力を申し出るサーニャ。下心が突き刺さり痛む良心。

「最初のうちはあんまりやりすぎると痛くなることもあるから、ほどほどにね」

 そんな二人を微笑ましそうに見ていた豊浦は応じ、さて、と。

「それじゃあ、そろそろ眠ろうか。……ハルトマン君は、もう寝ちゃったみたいだけどね」

 すやすやと幸せそうに眠るエーリカ。もとよりここは彼女の部屋。掛け布団をかけて皆で部屋を出る。…………つい、と。手を引かれた。

「ミーナ君?」

「え、……えーと、」芳佳が部屋に入ったのを確認し、小声で「その、レポートの作成で肩とか凝ってるし、マッサージ、お願いしていい?」

「……………………芳佳君には秘密にしてね。また蹴飛ばされるから」

 

 日課の演奏を終え、豊浦は笛を口から離す。くるくる、と手の中でもてあそぶのは長野県にいる鬼からもらった笛。青葉の笛。

「なかなか、……難しいよね」

 思い出すのはこの笛の本来の持ち主。業平の所からかっぱらって返した時。それはいいから酒を飲もうと、一緒に酒を飲み、笛を教えてくれた鬼。

 優しくて、どこか抜けていた鬼。鬼、……里で暮らすことが出来ず、追われた者たち。

 豊浦は彼らの事を覚えている。忘れるつもりは、ない。……それこそが、自分の在り方なのだから。

 けど、

「難しい、な」

 在り方。と、それを意識して怨霊は困ったように微笑み、寝床へ。…………「なに、しているのかな? シャーリー君、ルッキーニ君」

 そこには眠るルッキーニと彼女にしがみ付かれて横になるシャーリー。

「ここで寝る」

 何をしているのか? 問われて頑として言い張るシャーリー。豊浦は額に指をあてて頭痛をこらえるような表情。

「なぜ?」

 もともと山の中で寝ている豊浦にとって寝床の寝心地はあまり気にしない。だからこの小屋も簀子と茣蓙だけの最低限のもの。広さは言うまでもなく、当然家の中の部屋の方が寝心地はいい。

 けど、

「私は、ここで、寝る。なぜなら、面白いからだっ」

「…………君は寝床に何を求めているのかな?」

 謎の主張を繰り広げるシャーリー。とはいえ説得は無理と判断し、豊浦は肩を落として彼女の部屋に向かった。

 



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二十六話

 

「ん、…………あ、う、え?」

 リーネは目を覚ます。けど、感じたのはだるさ。起きないと、と思うけどなかなか体が起き上がらない。

「う、…………んんん、お、起きない、と」

「ううん、起きなくていいよ。リーネ君」

 跳ね起きた。がつんっ、と音。

「たっ?」「いたっ?」

 頭をぶつけた。「と、豊浦さんっ?」

「あ、いたた。……ええと、大丈夫かな?」

「う、…………頭は、大丈夫、です」

 問われて改めて感じるのは体の不調。

「ちょっと、だるい。…………どうしたの、かなあ?」

 リーネも軍人だ。体調管理の重要性は理解している。

 何より、今は作戦行動中だ。体調不良など万が一でもあってはならない。……それなのに、

「おそらくは、昨日交戦した毒蛇の影響だろうね。

 ミーナ君たちもだるいようなことを言っていたよ。睡眠中に免疫力が低下して、その時に毒蛇の毒に当てられたんじゃないかな?」

 不安そうに瞳を伏せるリーネを豊浦は安心させるように撫でる。「ミーナさん、たちは?」

「宮藤診療所。清佳君たちが来て面倒を見てる。

 けど、そんなに多く預かれないみたいだし、比較的毒蛇からは離れていたリーネ君はこっちに残ることになったんだ」

「あ、……そう、なんだ」

 対装甲ライフルでの狙撃を行うリーネは積極的に近づく必要はない。必然的に後ろにいることが多くなる。大した違いはなかったとしても、比較的軽症ならここに残るのは自分が適当だろう。

「あと、芳佳君とペリーヌ君が家に残ってるよ。美緒君と静夏君が看病を買って出てね。

 まあ、そういうわけだから、僕がリーネ君の担当になったんだ」

「そう、…………え?」

「静夏君とペリーヌ君の強い希望でね。……まあ、そういうわけ。……ええと、それとも、美緒君に代わってもらった方がいいかな?」

「あ、こ、このままでいい、ですっ」

 立ち上がる豊浦の手を掴み引き留める。

「あの、ペリーヌさんも、芳佳ちゃんも辛いだろうし、坂本さんたちも大変と思うし、……………………わ、私も、いやじゃない、です」

「そっか、じゃあ、よろしくね。リーネ君」

 丁寧になでられて、起こした体を抑えられるように寝かしつけられる。布団をかぶる。……独り占め、そんなことを考えてしまい、リーネは反射的に布団を引き上げ、顔を隠した

「はい、よろしく、……お願いします」

 

「清佳君が診た感じだけど、軽度の衰弱みたいだね。

 毒蛇は魔法力で編んだシールドを綻びさせたらしいし、君たちの魔法力が体力に直結する要素なら戦闘中に吸い込んだ毒が睡眠中、免疫力の低下をきっかけに魔法力を侵食して、体力を食らった。……ようなことを言ってたよ。

 僕は魔法力に関しては知らないけどね。それで、リーネ君。特に痛いところとかはないよね? 寒気とか、手足のしびれとか、何か変なところがあったらちゃんと言うんだよ?」

「ううん、今のところは何も、大丈夫です」

「そっか、……それじゃあ、朝ご飯にしようね」

「朝、ご飯」

 その言葉を意識したら、不意に、くぅ、と音。

「あ、……あ、」

 お腹の音。リーネの顔が真っ赤になる。

「食欲はあるみたいだね。よかったよ」

「…………は、い」

 豊浦は微笑んで立ち上がる。「あ、あの、私もお手伝いを」

「リーネ君」

 咎めるような強い口調。そして、自分の状態を思い出す。

「はい」

「それに、もう出来てるからね」

「え?」

 豊浦が立ち上がって向かう先。陶製の「壺?」

 壺の上に小さな鍋が乗っている。

「……まあ、それで間違えていないかな。一応。

 火鉢だよ。この中で火を焚いているんだ。暖房器具と、簡単な調理器具ってところかな。囲炉裏みたいなものだよ」

「あ、……そういえば、暖かい」

 言われて意識すれば、微かな暖かさを感じる。寒いと感じない程度の柔らかな温もり。

「うどんにしたけど、だるくないなら出来るだけ食べようね」

「はい」

 だるくないし、豊浦のいう通り食欲はある。豊浦は鍋からお椀にうどんをよそって持ってくる。

「豊浦さんは?」

 うどんを受け取り問い。豊浦は「もう食べたよ」と応じる。

「あ、……そう、ですか」

「ん?」

「あ、いえ、なんでもないです。

 それじゃあ、いただきます」

「召し上がれ」

 じっくりと煮込まれ、出汁が全体にしみこんでる。白菜や鶏肉など雑多な具材を一つ一つゆっくり、味わって食べていく。

「熱くないかい?」

「熱いです」

 正直に応じる。何せさっきまで火にかけられていたのだから、熱くないはずがない。

 けど、

「……美味しい」

「そう、それならよかった」

 ゆっくり少しずつ食べていく。ほどなく、はふ、と一息。

「ごちそうさまでした」

「ん、お粗末様。それじゃあ片付けてくるね」

「あ、」

 ひょい、と茶碗を受け取り豊浦は立ち上がる。リーネは反射的に手を伸ばす。けど、

「お願い、します」

 無理に手伝おうとすれば心配をかける。だからリーネは小さく呟いて布団の中へ。ぽん、と。撫でられる。

「リーネ君は真面目な娘だね。

 けど、今はゆっくり休みなさい。たまには甘えることも大切だよ?」

「……はい、お願いします」

 大人しく返事をする。豊浦は鍋を手に立ち上がって部屋を「あ、あのっ」

「ん?」

 不意に、リーネは呼びかけた豊浦は振り返る。

 呼びかけた理由。お願いしようとしたこと、それを思ってリーネは布団を持ち上げて顔を隠して、……けど、

 甘えていい、って言われたから。

「と、豊浦さん。今日は、私のお世話、してくれるんですよ、ね?」

「そうだよ。ああ、気になるなら僕は隣の部屋にいるよ。

 その方がゆっくり眠れるなら、それに越したことはないからね」

「だ、だめですっ」

「ん?」

「あ、…………あうう、あの、……そのぉ」

「リーネ君?」

「い、……一緒に、いて、ください。……お話したい、です」

「そう、わかったよ。

 じゃあ、洗い物を済ませたら戻ってくるからね」

「…………は、い」

 

 襖が開く。

「リーネ君。水を持って来たよ。喉は乾いてないかい?」

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

 とん、と。枕元に茶碗と「やかん?」

 黒い、鉄製のやかん。

「そうだよ。あ、白湯がよければ沸かすよ?」

「さゆ?」

「……ああ、お湯だね。うん、お湯のこと」

「白湯、っていうんだ。……あ、お願いします」

 冷水より少し温めた水の方が飲みやすい。リーネのお願いに豊浦は鉄瓶を火鉢に乗せる。

「それで、リーネ君。どんなお話がしたいかな? ……あまり、女の子が好きそうなお話は詳しくないけど」

 どんなお話、と。改めて聞かれると困る。けど、

「あの、豊浦さんの事、もっと聞きたい、です」

「僕の? ……そう、まあいいか」

「あ、だめ、ですか?」

「そんな事はないよ。ただ、前に扶桑皇国の神話について聞きたいって言ってたからそっちかなって思ってね。

 まあ、僕の昔話でもいいけど。どうする?」

 言われて思い出す。確かに、そんな話をした。……けど、

「豊浦さんの、お話、をお願いします」

 彼の事をもっと知りたい。そんなことを思ってリーネはおねだり。

「そ、……そうだね。……………………ちょっと前の事だけどね。昔話の収集と編纂をしていたことがあったんだ。

 喜善君のお手伝いだね」

「昔話の収集と編纂?」

 山で暮らしていた、という彼が語るには意外な内容。不思議そうな表情のリーネに豊浦は頷いて、

「うん。扶桑皇国の昔話とか御伽噺、伝承、口承だよ。

 そういうお話を聞いて回ったりして書き残したりしていたんだ。いや、お年寄りの話を聞くのはほんと難儀したよ。訛りがひどくてね。……喜善君も大概だけど」

「そんな事もしてたんだあ」

 なんとなく、縁側でお年寄りと並んでお話を聞いている豊浦の姿を想像して微笑ましくなる。

「喜善君は作家になりたかったらしいんだけどね。……僕は会ったことないけど、柳田って人に影響されたのかな?

 彼、喜善君に故郷の昔話を聞いて本にまとめていたからね」

 昔話の作家。童話作家とそんなことを思い、そういうのもいいなあ、と。

「彼はとても努力家だったからね。たくさんの物語を集めていたよ。昔話を改めて聞くのは面白いし、いろいろな勉強にもなるね。

 リーネ君は、……まあ、それどころじゃないかもしれないけど、もし時間があったら故郷のお話を聞いてみなさい」

「はい」

 故郷、ブルタニア。欧州本土から離れているからか、そこには本土にはないいろいろな昔話がある。

 それを聞いていくのも、改めて国を知るのにいいのかもしれない。……大切な故郷だから、なおさら。

 戦争が終わったら、……そんな遠い未来への希望を一つ。胸に抱えて、その先輩に聞いてみた。

「豊浦さんは、どうしてお手伝いを?」

「んー、……作家云々はどうでもよかったんだけど。

 ほら、口承とかだし、誰かが集めないと、喪われてしまうからね。……ただ、」

 豊浦は手を伸ばす。リーネを撫でて、

「喪うのは、寂しいよね。……だから喜善君の手伝いをしたくなったんだ」

「そう、……うん、そうだよね」

 失われるのは、寂しい。……………………だから、自分も、

 いつか、ネウロイの危機がなくなったら。

「えへへ、……豊浦さんは、優しいんですね。昔話まで、失ったら寂しいって」

 す、と。額に手が乗せられる。瞼が覆われ、視界が閉ざされる。

 ぽつり、声。

 

「違うよ。優しいからじゃない。……それは、僕が怨霊だからだよ」

 

 声が、聞こえた。賑やかな声を聞いてリーネは目を開ける。

「服部っ! 米が真っ赤だぞっ、これはどういうことだっ!」

「はいっ、風邪は発汗を促すのがよいと聞いています。

 なので、唐辛子を使ってご飯を炊きましたっ」

「はっはっはっ、なるほど、それは妙案だ」

「それで、坂本少佐。そのお薬は?」

「ん、……ああ、我が家伝来の薬だ。

 良薬は口に苦しというから、これほどの良薬はないだろうっ」

「なるほど、論理的ですっ」

「はっはっはっ」

 リーネは目を閉じた。

「「ひひゃっぁぁああああああああああああああああああああああああああっ?」」

 リーネは布団に潜り込んだ。

 

「リーネ君。お昼御飯が出来たよ」

「あ、はい」

 もぞもぞと布団から顔を出す。豊浦が持っているのは土鍋。

「……えーと、芳佳ちゃんとペリーヌさんは?」

「……………………今日のお昼は雑穀粥だよー」

「……………………はい」

 雑穀粥? と、首をかしげて土鍋を開ける。

「わ、……あ、」

 蓋を開ける。湯気があふれる。どんなのかな、と思って覗き込む。

「……え?」

「なにかな、その疑問符は?」

「……えーと、黒?」

「黒米って言ってね。お米の品種の一つだよ。あと、白米、稗とか粟、小豆、胡麻、あと、栗も入れてみたよ。卵もね。

 朝のうどんのお出汁で味付けしたけど、少し薄味かな」

「へー、いろいろ入ってるんですね。……あの、それで、…………あの、豊浦さん、も、」

「……そうだね。じゃあ、一緒に食べようか」

「はいっ」

 土鍋から茶碗に雑穀粥をよそる。土鍋は火鉢に乗せて、

「「いただきます」」

 声が重なった。なんとなく嬉しくなってリーネは微笑む。

 蓮華で掬う。掬ったところから湯気が立ち上る。「わっ」と、小さく声を上げてしまう。

「熱いから気を付けて食べてね。……冷まして、食べさせてあげようか?」

「い、いいですっ」

 その光景を思い浮かべ、顔を赤くして否定。けらけらと豊浦は笑う。

「…………豊浦さんの、意地悪」

 笑われて、小さく呟いて、一口。いろいろな食感の入り混じった不思議な味。

「美味しい?」

「はいっ、……あ、でも、それより不思議な感じです。こんな味もあるんですね。凄いなあ」

「気に入ってくれたみたいだね。よかった」

 安心したように微笑む豊浦にリーネも微笑を返し、一口。

 味は薄い、けど、お米だけとは違ういろいろな触感と、栗や卵など雑多な素材の味。それが美味しくてリーネは一口一口と食べていく。……「豊浦さん?」

 にこにことそんなリーネを見ている豊浦。

「あ、ごめんね。……ただ、リーネ君が美味しそうに食べててね。

 やっぱり、うん、作った料理をおいしそうに食べてもらえるのは嬉しいね」

「…………う、……た、食べてるところをじーっと見るの、だめです」

 嬉しそうに語る豊浦から視線を逸らして、リーネは小さな声で文句を言った。

 

「はふ、……ごちそうさまでした」

「うん、お粗末様でした。

 ちゃんと残さず食べて偉いね」

「え、偉いってことは、ない、です」

 頭を撫でられてリーネは小さくなる。

「それじゃあ、片付けてくるね。

 終わったら、またお話をしようか。……そうだね。今度はもう少し昔、傀儡士をやっていた時のお話をしようかな」

「うんっ」

 頷く、と。豊浦は笑みを返して片付けに立ち上がった。……その姿を見送って、ふと、

「……怨霊」

 彼の自称。…………ふと、思う。

 怨霊、怨みを抱えた霊。それが事実とは思えない。怨霊の実在は信じられないし、何より、彼がそうだとは思えない。思いたくない。……けど、なら、それを自称する彼の抱えているものは?

 …………彼の、昔話は? 彼の物語は? ……首を横に振る。

 それは、決して聞いてはいいことではないのだから。彼の傷を抉るようなことなんて、出来ない。

 だって、豊浦さんは、…………それ以上の事を考えないように布団を被った。

 

 す、と襖が開く音。

「リーネ君。タオルおいておくよ」

「え?」

「温かいものを食べていたら汗をかくからね。寝る前に軽く体を拭いておきなさい。

 僕は隣の部屋で待ってるから」

 そういって豊浦は立ち上がる。…………ふと、その後姿を見て、

「あ、あの、豊浦さんっ」

「ん?」

「…………あの、あのっ」

「リーネ君?」

 なぜか唐突にいっぱいいっぱいになるリーネ。豊浦は首を傾げ、

「あのっ、…………せ、背中、拭いてくれます、か?」

「…………………………………………」

 顔を真っ赤にしておねだりするリーネ。そして、あまりにも想像を斜め上に行くおねだりに言葉に詰まる豊浦。

「あ、う、……あ、あの、とよう、あたっ」

 沈黙が辛くなって口を開きかけたところで、ぽんっ、と頭を叩かれる。

「甘えていいとは言ったけど、女の子が男性にそういう風に甘えるのは感心しないよ。

 ちゃんと、相手と内容を考えて甘えなさい」

「…………ごめんなさい」

 しゅんと俯く。頭を撫でられる。豊浦は安心させるように微笑んで部屋を出た。今度こそ、その後姿を見送って、彼の言ったことを思い、

「豊浦さんの、……ばか」

 そんなことを小さく呟いた。

 

「全快ーっ、やっほーっ!」

「んー、……久しぶりだったな。ベッドに縛り付けられるの。もうヤダ」

 夕食時、宮藤診療所に行っていたウィッチたちも戻ってきた。リーネも回復し囲炉裏を囲む。

 囲炉裏の自在鉤には鍋。シャーリー達も囲炉裏を囲むように座って豊浦は鍋の蓋を外す。

「「「おおっ」」」

 鍋の中にはごろんとした食べごたえありそうな鶏肉や彩り豊かな野菜。ふんわりと広がる卵。

「今日のお夕飯は炊いたお米に雑にいろいろ入れて煮込んだ飯だよー」

「「…………」」

「宮藤?」

 相変わらず適当な事をいう豊浦。けど、芳佳は黙って鍋を注視。芳佳と、ペリーヌが。

「そ、それじゃあ、いただきます」

 そんな二人に軽く慄きながらミーナ。そして、芳佳とペリーヌはおじやを食べて、…………泣いた。

「ど、どうしたっ? 宮藤っ、ペリーヌっ」

 ぎょっとするトゥルーデ。エーリカは二人からじわじわと距離を取る。

「ご飯、……美味しい」

「ええ、…………ええ、素晴らしい素材と、適切な調理。素朴な味付け。

 感謝します、わ」

 奇跡を目の当たりにした信徒のように敬虔な表情を浮かべるペリーヌと芳佳。何があったのかわからない宮藤診療所から戻ってきたウィッチたちはただ慄き。

「よ、芳佳ちゃん、ペリーヌさん。

 あの、鶏肉、あげるね」

 なんとなく察しのついたリーネは、自分の茶碗に乗った鶏肉を二人の茶碗にそっと乗せた。

 



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二十七話

 

 毒蛇との相対を教訓に、鉄剣を抜く豊浦の傍らにはシャーリーと芳佳が待機する。

 豊浦を抱えてシャーリーが離脱し、芳佳は二人の護衛を担当。

 他、ウィッチたちも上空でそれぞれ武器の引き金に指をかけ、いつでも銃撃できるように警戒する。

「それじゃあ、始めようか」

 そして、豊浦は鉄剣を抜いた。

 

「なんだこりゃーっ!」

 エーリカは悲鳴を上げて銃撃。シャーリーは高速で離脱し、彼女の後ろに芳佳はシールドを展開。

 鉄蛇、……けど、「今度は木かっ! 木蛇かっ」

 銃撃は確実に木蛇の体を抉り削る。けど、削った傍から再生して効果はない。

 鉄剣を抜いた場所から噴き出すように伸びる木。巨大な幹は蛇をかたどり、そこから無数に生えた枝が振るわれる。

「宮藤っ!」

「はいっ」

 叩き付けられる木の枝を防御。けど、「え?」

 防御して、そのままシールドごと弾き飛ばされた。

「きゃぁああっ?」

「宮藤っ?」

 さらに追撃。殺到する木の枝。シャーリーは戻ろうか逡巡。けど、

「トネールっ!」

 殺到する木の枝をまとめて焼き払う雷撃。ペリーヌは芳佳の手を掴んで「シャーリーさんは、早く豊浦さんを安全な場所にっ」

「了解っ!」

 そして、ウィッチたちは銃撃を続ける。けど、

「くっ、今度は再生速度が洒落にならないなっ」

 銃撃すれば確かに削れる。いつも戦っているネウロイより脆いくらいだ。けど、その再生能力が桁外れに高い。

 削っても削っても再生する。だから、

「狙い、ます」

 リーネは頭部に位置する場所に対装甲ライフルで銃撃。けど、

「うそ」

 リーネは目を見張る。対装甲ライフル。その銃弾は止められた。銃弾が突き刺さる位置に集まる木の枝。それが、銃弾を受け止めた。

「対応速度も洒落にならないわね」

 固有魔法、三次元空間把握能力でミーナはその動きを知覚していた。

 銃弾、それに対して木の枝が巻き付き、弾力のある網のように枝が絡まり、それを受け止めた。百メートル近い木蛇の巨体から考えれば凄まじい精密さだ。

 けど、

「なら、吹き飛ばしますっ」

 サーニャはフリーガーハマーでロケット弾を叩き込む。爆発。

 爆風で木蛇の本体が抉れる。けど、

「コアは、……いえ、」

 コアがない。けど、それはコアの位置が違うのではなく、

「木を一転に集中させたようね」

 先に比べれば不自然に大きな頭部。頭部にあたる木を重ねて分厚くし、コアにまで爆発が届かないようにしたのか。

 けど、

「焼夷弾、準備っ!」

「戻ってきたぞーっ!」

 ミーナの声。そして、シャーリーは合流。それを確認し、

「撃てっ!」

 ミーナは通信を飛ばす。応じるように、軍船から砲撃。

 ウィッチたちは空に逃げる。そして、砲弾が木蛇に着弾。炎上。

「うわー」

 眼下が文字通り火の海になる。木の体が炭化して黒く焦げて砕ける。

 けど、

「来るぞっ」

 エイラは警告とともに銃撃。炎上する枝が振るわれ、叩き付けられる。が、直前に銃弾が枝の半ばを撃ち抜き枝は落下。けど、それだけでは終わらない。さらに枝が振るわれる。止まらない。

 炎上しながら、それでも木蛇の行動に支障はない。

 ない、けど、

「徹甲弾っ! 撃てっ!」

 叩き付けられる枝を銃撃で砕きながらミーナは指示を飛ばす。そして、砲撃。

 炎上した木蛇は徹甲弾に抉られて砕かれる。炭化して脆くなった体はその大半を砕かれる。

「や、った?」

「まだ、コアが残ってる。追撃するぞっ」

 ウィッチの攻撃でなければコアは砕けない。体の大半は砕かれてもコアは健在。その輝きが見える。

 なら、

「撃ちますっ」

 リーネは対装甲ライフルで狙撃。サーニャも援護をするようにロケット弾を撃ち込み、ウィッチたちは飛翔、接近し銃撃を集中。

 けど、対装甲ライフルの銃弾が届く。それより早くコアが木に埋没。銃弾は枝に阻まれて届かない。

「うそ」

 ロケット弾は横から生えた枝に阻まれて誤爆。ウィッチたちも、振り回される枝の牽制、あるいはシールドごと弾き飛ばされて接近を断念。

 その間十秒にも満たない。それで、木蛇は二割の炭化と六割の崩壊から完全に回復した。

 自分たちを睨みつける木蛇を見て、ミーナは苦笑。

「今度は、……どう戦おうかしら」

 

「撃てっ!」

 軍艦から焼夷弾が撃ち込まれる。それが木蛇に突き刺さり爆発、炎上。

 炎は眼下のすべてを飲み込む。そう、すべてだ。

「ぬわーっ!」

 エイラは銃撃して迫りくる枝を破砕。旋回、銃撃。銃弾をばら撒く。

 回避、は出来ない。未来予知の固有魔法を持っていても不可能。迫る枝はすでに数百を超えている。どこから来るか分かっていても、その物量を前に回避という選択肢はない。

「サーニャっ、大丈夫かっ?」

「う、うん、……ごめん、ありがとうエイラ」

「気にすんな」

 サーニャはエイラの後ろでフリーガーハマーを構える。けど、撃てない。

 何せ眼前には大量の枝。ここで引き金を引いても枝に阻まれて爆発して終わりだ。眼前に迫る枝は一気に砕けるだろう。……けど、それだけだ。

 砕いてもまだ枝は迫る。装弾数の少ないフリーガーハマーではすぐに弾切れになってしまう。

 だから、サーニャはエイラを信じて構えて待機。狙うなら、……………………「サーニャっ!」

「うんっ!」

 エイラの声。眼前に枝がある。それでもサーニャは引き金を引く。

 ロケット弾が放たれる。眼前の枝をエイラが銃撃して吹き飛ばす。一瞬、の、間。

 

 爆砕。

 

 艦砲から放たれた徹甲弾が炭化した枝を吹き飛ばす。爆発の音が響き木蛇の体が消し飛ぶ。

 そこには露出したコア。体の再生が始まる。けど、それより一瞬早く、ロケット弾が着弾。爆発。

「やった」「よくやったな、サーニャっ」

 機関銃で迫る枝を銃撃して砕きながらエイラ。サーニャは頷いて「エイラの、おかげだよ」

「ん、……それにしても、今回はまたど派手だな」

 無制限かつ高速に再生する木蛇を相手に艦砲が絶え間なく叩きこまれる。爆発と炎上、破壊と再生、耳には爆音と風切り音と銃声。皮膚には振動と熱。眼下には炎とそれを食らうように生える木々。エイラもウィッチとして多くの戦闘を経験してきたが、ここまで派手なのは珍しい。異常さで言えば一番かもしれない。

「エイラさんっ、銃弾は足りてますのっ?」

 銃撃をしながらペリーヌが飛んでくる。まだ、一応はあるが。

「ちょっと持ってくるっ」

「急いでくださいませっ! サーニャさんも」

「うん」

 サーニャはフリーガーハマーのロケット弾を全弾叩き込みながら軍船へ。軍船からも盛大な砲撃が続いているが、エイラがいるのなら大丈夫でしょう、と。

「それにしても、……もーっ、ネウロイってなんなんですのーっ?」

 木製のネウロイなど想像さえしなかった。それも、無尽蔵ともいえる再生を繰り返している。本体の八割が喪失しても数秒で再生するなんて冗談としか思えない。

「根本的な疑問ね。今度、進化の過程とか追いかけられないかしら?」

「ミーナさん?」

「道をつけるわ。ペリーヌさん。雷撃の集中は可能?」

「あ、はい。ある程度なら」

 固有魔法の雷撃。雷の性質上真っ直ぐに標的を撃ち抜く事は出来ないが、ある程度の集約なら出来る。

「焼夷弾で攻撃後、五秒で徹甲弾の広範囲砲撃。それと同時に私が銃撃で近くの枝を薙ぎ払うわ。

 おそらく、コアが露出しているはずだから、そこに攻撃をお願い」

「了解しましたわ」

 ペリーヌの言葉にミーナは頷く。「焼夷弾。撃て」

 爆発の音。眼下、軍船から放たれた焼夷弾が木蛇に叩き込まれて爆発、炎上。炎が木蛇の体を焼き、炭化していく。

 そして、第二波。ばら撒かれる徹甲弾が炭化した木蛇を粉砕。

「ペリーヌさんっ!」

 ミーナは機銃の掃射で周囲の枝を砕く。その向こう。「トネールっ!」

 必殺の雷撃。それは対装甲ライフルの速度をさらに超え。再生しコアが埋没するより早く、コアに突き刺さる。再生しかけた木々を雷撃が焼き、再生を遅らせる。

 そこに撃ち込まれる対装甲ライフルの銃弾。そして、戻ってきたサーニャによるロケット弾の砲撃。

 それがすべてコアに正確に撃ち込まれ、破損。

「やりましてっ?」「まだっ」

 破損し、けど、それを木々が覆い隠す。木蛇は再生。そして、

 

 咆哮。

 

「つっ?」

 ミーナは木蛇から視線を逸らす。眼下に銃を向ける。

 どうして、と、一拍遅れてペリーヌは視線を下へ。そして、そこから高速で伸びあがる木々。

「下からっ」

「もう、地面は根っこだらけね」

 ミーナの固有魔法はそれを伝える。地面は膨れ上がるか陥没しているか。大地に張った木の根はすでに眼下を覆い「来たわよっ」

 その根から幹が伸びる。鋭い先端は幹というよりは槍に見える。

「植物って、凶器ですわ」

「扶桑皇国には竹槍という槍があるそうよ。戦争の最終兵器ね」

「団子に雑草を入れたり家は木と紙と草だったり、靴は草だったり、挙句武器まで竹って、この国はどうなってるんですのーっ?」

 伸びる木を回避しながら悲鳴じみた声を上げるペリーヌ。

「そして、ネウロイまで木製よっ! 扶桑皇国は凄いわねっ! さすが宮藤さんの故郷よっ!」

「ですわねっ!」

 どうもミーナにも余裕がないらしい。よくわからないことを怒鳴りながら飛翔。「みんなっ、木蛇直上に集合っ!」

 通信機にミーナが声を上げ、ペリーヌは頷き上を目指す。

「…………もー、疲れたーっ!

 宮藤ーっ! なんで扶桑皇国はネウロイまで木製なんだよーっ! どんだけ木が好きなんだこの国はーっ!」

「知らないですーっ!」

「芳佳ちゃん。扶桑皇国は、魔境だったんだね」

「リーネちゃんっ?」

 遠く、木蛇を見下ろしながら告げるリーネ。

「それより、あの木蛇をどうするか、ね。

 幸い。移動はしていないみたいだけど」

 木蛇の本体が移動している様子はない。ただ、木のように直立してそこにいる。

 最も、際限なく振り回される枝と、さらに伸び始めた幹のせいでだんだんとその大きさを広げているように見えるが。

「このまま押し切る。……そのためには、周りの木々が不安ね。

 あの真ん中に飛び込んだら周囲の木から袋叩きにされるわ」

「…………木から袋叩き」

「他にどういえばいいのよっ!」

 妙な言葉だ、と繰り返したシャーリーに怒鳴るミーナ。

「ま、まあ確かにそうだな。木蛇本体だけでもさばくのにやっとなのに、周り中から枝を叩き付けられたら。さすがに対応しきれない」

 トゥルーデがなだめるように言い、皆が頷く。

「となると、艦砲で大規模に削って、私たちは隙をついてコアを攻撃ね。

 エイラさん、タイミングを伝えて、サーニャさんのフリーガーハマーと、リーネさんの対装甲ライフルが要よ。

 それと、コアが確認できたらペリーヌさん、エーリカ、二人はコアの周りに固有魔法で、コアが覆われるのを妨害しなさい。他のみんなは護衛と牽制、狙えるならコアへの銃撃よ」

「「「了解っ」」」

 ミーナの言葉にそれぞれ武装を構える。それを確認し、

「焼夷弾、砲撃っ!」

 声。そして、艦砲の轟音が響く。焼夷弾は途中にあった木々に着弾、それを焼き払う。「第二射っ!」

 追加の砲撃指示。ミーナの言葉に再度焼夷弾が放たれる。それがさらに木々に突き刺さり、爆発炎上。そして、

『横からの砲撃では幹が邪魔だな。

 ミーナ中佐、迫撃砲により上からの迫撃砲弾による爆撃を行う』

「お願い」

 許可。と同時に音が連続して響き、ウィッチたちは上に飛翔。無数に迫る迫撃砲弾の隙間を抜ける。

 直後、大爆発。爆発と衝撃。火炎の高熱により木々の大半が消し飛び、木蛇はその体を炭化させる。

 そして、撃ち込まれる徹甲弾。横殴りの雨のような莫大量の砲弾が木蛇の巨体を粉砕。「行くわよっ!」

 コアが見えた。なら、ここからはウィッチの番だ。ミーナの号令にウィッチたちは動き始める。

「サーニャっ! 撃てっ! リーネはまだだかんなっ!」

「うんっ」

 サーニャは引き金を引く。ロケット弾が放たれる。それと、ほぼ同時。

「トネールっ!」「シュトゥルムっ!」

 コアに雷撃が突き刺さり、疾風が穿ち軋ませる。その余波は周囲の木々を弾き飛ばす。再生を止められ、直後にロケット弾が直撃、爆発。

「リーネっ!」

 エイラの声にリーネは引き金を引く。対装甲ライフルの銃弾がコアに突き刺さる。けど、

「まだですっ!」

「させるかぁあっ!」

 トゥルーデと芳佳が銃撃。再生しようとする木蛇を止め、さらに対装甲ライフルの銃撃が突き刺さる。

「サーニャっ!」

 エイラはフリーガーハマーの引き金に指をかけたサーニャを突き飛ばし、下に銃撃。

 真下から、彼女を貫こうと迫る幹を粉砕。けど、それだけでは終わらない。

「下、来たわっ!」

 芳佳とトゥルーデがコアの周囲を銃撃し再生を遅らせているが。代わりに下から無数の幹が伸びてウィッチたちを狙う。

「つっ、……また、削りなおしですのっ?」

 さらに周囲から叩き付けられる枝を銃撃して砕きながらペリーヌが怒鳴る。……けど、

「もう一手、あるっ!」

 シャーリーはルッキーニを抱えて高速で飛翔。もう一手、つまり、ルッキーニの固有魔法。それを直撃させれば、コアを砕けるかもしれない。

「全ウィッチっ、シャーリーさんとルッキーニさんを援護っ!

 トゥルーデっ! 宮藤さんっ! 時間を稼いでっ!」

 

 急げ、と。シャーリーはルッキーニを抱えて全力で飛翔。

 眼前にはコア。そして、その周囲は少しずつ木肌に埋められている。

 ウィッチたちが機銃での銃撃を繰り返し、わずかに再生速度を遅らせているが。それでも閉ざされるのは時間の問題だ。

 だから、急げ、と。シャーリーはルッキーニを抱えてさらに速度を上げる。眼前に迫る枝。それを見据えて、

「行くぞっ! ルッキーニっ」「了解っ! 行っちゃえシャーリーっ!」

 無視して突撃。その枝をミーナとエイラの機銃掃射が砕き、追加。迫る枝をロケット弾が吹き飛ばす。

 けど、その向こう。枝が絡まる。二人を捕える網のように展開。

「させるかぁあっ!」

 その網を切り裂く竜巻。枝がばらばらになり、さらに奥へ。幹が連なる。巨大な、木。

「お、おおおっ!」「んーっ!」

 ルッキーニの手に魔法力が集中する。固有魔法を展開。そして、幹が撃ち抜かれた。

 枝よりも頑強な幹を砕く対装甲ライフルの銃撃。一、二、三、と銃弾が精密に幹を削り、四。五。圧し折り砕く。

「トネールっ!」

 そして、雷撃がコアの周囲を焼く。見えなくなりかけていたコアが辛うじて露出。

「シャーリーさんっ! ルッキーニちゃんっ!」「撃ち砕けっ!」

 コア付近に銃撃をしていた二人の声を聞いて、

「頼んだぞっ!」「頼まれたっ!」

 高速の飛翔。その勢いのままルッキーニを離す。ルッキーニはコアめがけて手を突き出す。

「くだけぇぇえええええええええええええっ!」

 彼女の固有魔法がコアに突き刺さり、粉砕した。

 

 どすっ、と、鈍い音を聞いた。

 



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二十八話

 

 木蛇が砕ける。あの尋常ではない再生能力は発揮されず、コアがぼろぼろと砕ける。

 やった、と。シャーリーは思い。ルッキーニに駆け寄ろうとして、

「え?」

 飛ぶことなく、落ちるルッキーニ。……そして、

 

 見えたのは、赤色。

 

「ルッキーニっ!」

 

「すぐに清佳さんたちに連絡をしてっ!」

 《STRIKE WITCHES》の生還。新たな鉄蛇の撃破。

 それに沸き立つ甲板はミーナの鋭い一言により一瞬で鎮静。そして、その意味を悟る。

 シャーリーとトゥルーデに支えられ、芳佳が必死に治癒の魔法を施すルッキーニ。

 意識はないように見える。目立つのは服を赤く染める腹部からの出血。

「通信、確立しましたっ。そのまま行けますっ」

 軍人の一人が大型の通信機を台車に乗せてやってきた。そして、そこから声。

『状況は?』

 清佳の声。芳佳は治癒魔法を施しながら、

「ルッキーニちゃん、腹部に、刺傷。意識、は、なし。

 今、私の治癒魔法で、止血中っ」

『応急処置はわかるわね、すぐにそっちに向かうわっ』

「お願いっ」

「病院だろっ、私が運んで行ってやるっ」

 急いで、最速で自分が送り届ける、と。シャーリー。対して、

『止めなさいっ!』

 傍らにいたミーナが竦むほどの、怒声。

『ウィッチの飛行なんて振動の多い方法で搬送して、傷口が広がったら大変なことになるわ。

 すぐに行くからっ、貴女たちはそこで応急処置だけしていなさいっ』

 

 担架に乗せ、清潔な布で止血し、芳佳は必死で治癒を続ける。

「もう少し、だから、頑張ってね。ルッキーニちゃん」

 励ますようにかける声にも、返事はない。……ただ、荒かった呼吸が少し、落ち着いたか。

 と、

「救急車、来ましたっ」

 甲板から双眼鏡で下を見ていた軍人が声を上げる。救急車はそのまま軍船に乗り入れる。

 ドアが開く。そこから清佳が飛び出してきた。

「お母さんっ」

「彼女ね? 止血はしてある。……いいわ、このまま搬送しますっ!

 衛生兵を借りていくわっ」

「ああ、任せよう」

 淳三郎は頷き、あらかじめ待機させていた衛生兵は敬礼。そして、

 芳佳は運ばれる担架とともに駆け出して「お母さんっ、私も行くっ」

 必死についていく。けど、清佳は娘を一瞥して淡々と告げる。

「貴女は休んでなさい」

「どうしてっ! 私だって治療魔法使えるよっ!

 ルッキーニちゃんを助けられるよっ! 私、だ」

 

 ぱぁんっ、と。甲高い音が響いた。

 

「え?」

 そこにいる誰もが目を丸くする。芳佳は目を見開いて、叩かれた頬に触れる。

 呆然とする芳佳に突き刺さる、清佳の鋭い視線。

「貴女はっ、戦って守るためにそっちに行ったのでしょうっ!

 それなのにそんなに疲れ果ててまた治療して疲弊してっ! その間にネウロイが動き出したら誰が戦うのっ! 誰がこの国を守るというのっ!」

 いつも穏やかな母の見せた烈火のような怒声。ミーナやトゥルーデさえも身をすくませる。

「貴女まで動けなくなって、それで戦う事になっても、誰も傷つかずに勝利が出来るのなら、来なさい」

「そ、……れ、は、」

 無理だ。交戦している芳佳にはわかる。

 ルッキーニが欠け、さらに自分もいない状態で鉄蛇に勝利できるか。……間違いなく、不可能だ。

 芳佳は言葉に詰まり、清佳はそれだけで十分らしい。ミーナに一度視線を投げ、背を向ける。

「友を助けるためについて来るのなら、ここで軍は辞めなさい。皆を守るために戦いたいのなら、彼女は任せなさい」

 芳佳は答えられず動けず、……そして、担架を収容した救急車は発車した。

 

「宮藤さん」

「あ、…………ミーナさん」

 声には、微かに泣いているような音が混じる。

 芳佳の部屋。布団の上で膝を抱え、芳佳は俯く。

 

 泣いている。

 

 こういう時にどうすればいいか。…………ミーナは、以前豊浦の言ったことを思い出した。

 だから、そっと、彼女を抱きしめる。

 何も言わず、胸に抱きよせて、優しく、彼女を撫でる。

「ず、…………るい、よ」

 ぎゅっと、抱きしめられる。強く、痛いくらいに、強く。

「ずるい、……よ、あんなの、選べない、よお」

 清佳は問うた。友を助けるなら軍を辞めろ、と。……その決断は、辛いだろう。

「私、……私っ、はっ!」

 ミーナに抱きしめられて撫でられて、ぼろぼろと、芳佳は涙を流す。大きな声で、泣いた。

 

「ねえ、宮藤さん」

 しばらく泣いて、少しずつ、泣き止んで、その時を見計らってミーナは優しく呼びかける。

「貴女のお母さんは、素敵な人ね?」

 かけられた言葉に芳佳はミーナの胸に抱かれながら、小さく、頷く。

 例え怒鳴られても、拒絶されても、それでも、芳佳にとって清佳は自慢の母なのだから。

 …………だから、

「なら、ルッキーニさんの事は任せても、大丈夫ではないかしら?」

「…………はい。……けど、わた「宮藤さんも、いい娘ね」」

 遮るように伝え、頭を優しく撫でる。こんな事初めてだけど、思いが伝わればいいな、と。出来るだけ丁寧に、優しく。

「優しくて、責任感もあって、私の自慢の部下よ。

 けど、何でも自分で背負いすぎよ。ここにいるのは貴女だけではないわ。皆、いるの。

 私たちも、貴女のお母さんも、豊浦さんも、扶桑皇国のみんなもね。……だから、全部一人で背負う事はないのよ。宮藤さん」

 呼びかけられ、芳佳は涙にぬれた顔を上げる。ミーナは微笑み。

「みんなで、戦いましょう。

 絶対に、大丈夫よ。……だから、今は、貴女の戦いのために、休みなさい」

 

「ミーナ、宮藤はっ?」

「大丈夫よ」

 よほど気を張り詰めていたのだろう。あれから、芳佳は崩れ落ちるように眠ってしまった。

 それでいい、と。ミーナは芳佳に掛布団をかけ居間へ。そこにいるウィッチたちを見て眉根を寄せる。

 足りないウィッチは三人、入院しているルッキーニと、部屋で眠りについた芳佳、それと、…………「豊浦さんは?」

「知らなーい。あいつふらふらどっか行っちゃった」

 エーリカは投げ遣りに応じる。ミーナは溜息。まあいいか、と。

「それで今後の事だけど、ルッキーニさんの回復待ちね。こちらの状況は欧州に送っておくわ。

 ウィッチの追加派遣はあまり期待できないけど、期間に関しては問題ないでしょうね」

 欧州の軍上層部も馬鹿ではない。無理に交戦を要求し《STRIKE WITCHES》全滅。という選択はしないだろう。……仮にしたとしたら追放を覚悟で反逆するが。

 そしてウィッチたちにも否定はない。ルッキーニ抜きで勝利できるほど鉄蛇はたやすい相手ではない。高い確率で全滅する。それは扶桑皇国の壊滅的な被害に直結する。扶桑皇国もそれはわかっているだろう。

 つまり、ルッキーニの回復待ちになる。……それを受け入れ、不意の沈黙。その中で、

「芳佳ちゃんのお母さん、……凄かった、ね」

 サーニャはぽつり、と呟く。

 穏やかで優しい女性という印象があった。一緒に夕食を取ったときは楽しかったし、面倒も見てくれた。

 たぶん、普段はそうなのだと思う。母と一緒にいる芳佳はとても楽しそうだったから。……けど、

 けど、……サーニャはあの時の事を思い出し、…………やっぱり、怖い、とは思わなかった。

「そうね」

 ミーナは頷く。……そして、改めて思う。敵わないわね、と。

 ウィッチとして高い戦闘能力を持っていても、隊長として《STRIKE WITCHES》をまとめ上げ、必要なら軍上層部とも真っ向から対峙できるとしても、

 それでも、彼女には敵わない、と思ってる。

「あれが宮藤のお母さんなのか。……なんていうか、…………うん、やっぱり凄いよなー」

 エイラもサーニャの言葉に頷く。やっぱり、怖い、という言葉は出てこない。

「お母さん、だからなのかな」

 リーネの言葉に「そうだな」と、トゥルーデ。

「清佳さんのいう事も一理ある。もし鉄蛇が動き出したら、宮藤とルッキーニを欠いた状態では万が一にも勝ち目はない。…………とは、わかっているのだが、」

「あの場で宮藤引っ叩いて諫められる自信はないよねー」

 エーリカの言葉にトゥルーデも頷く。もし、自分が清佳の立場なら芳佳を同行させただろうから。

 友のため、と。泣いて縋る少女を諫め止められる自信はない。ましてやそれが可愛い娘なら、なおさら。

「ああ、……それを冷静に状況を把握し、最善の判断をした。

 おそらく、医師とはそういう人なのだろうな」

「そうですわね。一分一秒を争って、命を預かる人ですもの。

 どんな状況でも冷静に判断が出来ないといけませんわ。…………それが、たとえ娘に手を上げる事だとしても、」

 ペリーヌは溜息。清佳も芳佳の事を大切に思っているのだろう。二人の会話を聞いていればそれはすぐにわかる。

 それでも、ああいう行動が出来たこと。

「ええ、凄い、……強い人、ですわ。憧れてしまうほどに」

 ペリーヌの言葉に皆が頷く。

「芳佳ちゃん、大丈夫かな」

 リーネは心配そうに寝室の方に視線を向ける。……溜息。

「まあ、宮藤さんにもいい薬になったわ。

 あの娘、何でもかんでも一人で背負って突っ走ろうとするからね。たまには誰かに頼ることも覚えた方がいいのよ」

「あの、清佳さんの厳しい態度は、芳佳ちゃんの性格を解かってたから、でしょうか?」

「おそらくね。……でなければあんな意地悪な事を言ったりしないと思うわ」

「凄いよなー。友を助けるなら軍を辞めろ、皆を守るなら友は任せろ、って。

 こんなの、宮藤が選べるわけないのに」

「うん、……けど、大切な事だと思う。

 芳佳ちゃん、医学校に行かないで、こっちに来たのだから、…………芳佳ちゃん、戦って守ることを選んだのだから。それなら、戦えるようにしておかないと。

 助けてくれる人がいるなら、なおさら」

「そして、それは我々も覚えておかなければならないな」

 トゥルーデの言葉に、ミーナは頷く。

「ええ、そうよ。……私たちはチーム。それに、今回の扶桑海軍のように多くの人に助けられているわ。

 その事を忘れないようにして、自分たちだけで戦い続けているという慢心は捨てましょう」

 そして、思うのはこの場にいない、もう一人のウィッチ。

「シャーリーさんは、大丈夫かしらね?」

 

「そこ、一応僕の寝床として作ったんだけどね。……何ならもう一つ作ろうか? シャーリー君用」

 呆れたような声に、シャーリーは目を開ける。

「豊浦?」

「そんなところで寝てていいの?」

 問いに「放っておいてくれ」と、手を振って応じる。……頭にあるのは、もちろん、

「ルッキーニ君が気になるかい?」

「当たり前だろ。……だって、ルッキーニは」

 あの時、彼女の固有魔法での攻撃を提案したのはシャーリーだ。……つまり、

「私のせいで、ルッキーニは」

 ぎり、と。拳を握る。豊浦は、意地悪く笑った。

「それじゃあ、彼女の回復を早くする術があるけど? も「やる」」

 シャーリーは即答。豊浦は苦笑。シャーリーを撫でて、

「僕は怨霊、悪い存在だ。

 そんな《もの》の提案を軽はずみに受ける、意味わかってるの?」

「知るか。私はルッキーニを助けるんだ。…………何もできないのは、いや、なんだ」

 わかってる。自分が病院に行っても意味がない事は、わかってる。ここで休み、次の交戦、あるいは、不測の事態に備えて休むのが正しいのは、

 わかってる。…………わかってる。けど、

 それでも、

「休むのが、正しいのはわかってる。…………けど、辛いんだよ」

 撫でられて、涙がこぼれた。

 

「ほんと、木が好きだな。扶桑皇国って」

 一通り撫でられ、顔を赤くして手を払いのけた後、シャーリーは豊浦の運転する軽トラックへ。

 その荷台に乗っているのは根が付いた苗木が四本、ロープで固定されている。何の木かは、わからない。

「あ、シャーリー君は荷台の方に乗って。

 それが落ちないように見てて、ロープがほどけそうになったら呼んでね」

「ああ、わかった」

 何に使うんだ? とは思うが。それはいい。これでルッキーニが助けられるならなんだって協力してやる、と。意気込んでシャーリーは荷台に乗り、

「君、誰?」

「え?」

 荷台には、一人の少年がいた。年齢は、おそらくルッキーニより年下。

 車が発車し、彼が面倒くさそうに目を開ける。

「誰、だと聞いてるんだよ。答えてよ」

「あ、ああ、シャーリー、だ」

「舎利? 遺骨? ……変な名前だね」

「シャーリーっ!」

 なぜ名前が遺骨になるのか、ともかく訂正するシャーリーに彼は興味なさそうに「ふぅん」と、応じる。

「で、お前はなんてんだよ?」

「お前っていうか、不敬な小娘だね。……まあいいや。

 僕は言仁。そこの性悪な朱砂の裔に呼び出されてきたんだ。なんとか、っていう小娘を助けるためだってさ。あの性悪、年取りすぎて頭がおかしくなったのかな」

「そ、……うなのか? 朱砂の裔って豊浦の事だよな? ……その、ありがと」

 助けてくれる、と。だから告げた感謝に「別に感謝する必要はないよ。朱砂の裔に頼まれたんだ。シャーリーは関係ない」と、彼は素っ気なく応じ、

「いや、少し興味あるな。

 ねえ、シャーリー、いい機会だから話をしてよ。聞きたいことがあるんだ」

 興味ある、と言いながら、いまいち興味のなさそうな視線で言仁はシャーリーを見る。

「なんだ?」

「友達が重傷を負ったらしいね。君のせいで」

「ぐっ、…………あ、ああ、」

「辛い?」

「当たり前だろっ!」

 辛い現実を抉られ、怒鳴る。怒鳴ってから八つ当たりみたいになってしまい、溜息。

「悪い」

「なにが? ……まあいいよ。それで、それなら逃げる?

 戦わない、っていう選択肢を取れば辛い思いをせずにすむとは思うけど?」

 逃げるか、問われシャーリーは鼻で笑う。

「そんな卑怯な事、出来るわけがないだろ」

 告げて、……感じたのは、寒気。

 

「死んで楽になることを拒絶して、死ぬより辛い逃亡を選んでまで生きようとした《もの》を卑怯と嗤うか。

 ――――殺すよ」

 

「あ、……あ、」

 幾多のネウロイと戦ってきた。鉄蛇、という規格外れのネウロイとも戦った。

 けど、そのどれよりも、……今まで、感じたことのないほどの、悪寒。目の前にいる少年が、ネウロイなどよりよほど凶悪な存在である、そんな、意味不明な事を感じ、

「まあいいや、とはいえ山はすべてを受け入れる。君のいう卑怯な逃亡者もね。……ああ、と。そうじゃないな。

 別に、故郷に逃げ帰ったっていいんじゃないの? それで、後進の育成にあたるっていうのも意義がある。リベリオンの事情は知ってるよ。

 君みたいな経験豊富なウィッチが教官になって後進の育成に専念すれば、それは十分にネウロイとの戦闘に貢献したことになるんじゃないかな?」

 問われて、シャーリーは頷く。リベリオンは扶桑皇国同様、ネウロイとの戦闘は比較的少ない。ゆえに、ウィッチたちの練度、特に実戦経験は欧州のウィッチ達に劣る。

 もちろん、ウィッチの育成には力を入れているが。そこにシャーリーのような実戦経験豊富なウィッチが教官として入れば、……あるいは、長期的に見れば彼女自身が最前線で戦うよりも多くの成果をあげられるかもしれない。

 リベリオンは大国だ。実戦に耐えられるウィッチが少ないというだけで、ウィッチの候補生は欧州諸国より多くいるくらいだ。訓練方法の見直しと実戦経験を積む機会が増えればリベリオンは最前線で主力を担えるかもしれない。

 それに、

「そもそも、なんで君は命を懸けて戦っているの?」

「…………それ、は、」

 なぜ、か?

 ペリーヌのように故郷を奪われたから、……ではない。

 サーニャのように両親と離れ離れになってしまい、再会のためには戦うしかないから、……でもない。

 ミーナ、トゥルーデやルッキーニ、エイラのように激戦地である故郷の平穏を取り戻すため、……でもない。

 リーネのように故郷の平穏を守り抜くため、……でもない。

 ……………………芳佳のように、命を懸けてでも誰かを守りたいから、…………でも、ない。

「戦う理由はない。けど、帰る場所も意義もある。それを卑怯なんて言うけど、僕はそう思わないし、あそこの朱砂の裔もそうは思わないだろうね。

 それとも、君の仲間たちは卑怯だって嘲るの?」

「そんなことはない」

 わかる。仮に自分がそれを選択したら、みんな、笑顔で見送ってくれるだろう。励まし、その後もやり取りを続けてくれるだろう。

「それはとても幸せな事だよ?

 仲間が殺されていく中、自分たちだけが生き延びた罪悪感を抱えて、逃げ伸びて生き恥をさらしたなんて嘲られて、追撃の恐怖に怯えながらぼろぼろに疲弊して、それでもなお生き延びなければいけなかった《もの》に比べればね」

「そう、だな」

 淡々とした彼の言葉を聞いて、不意に、さっきの、彼の言葉を思い出した。

 戦って死ぬよりも辛い、逃亡しての生存。……きっと、彼はその辛さを乗り越えて必死になって生き延びた誰かを知っているのだろう。死ねば楽になる。けど、誰かに託された生きる意味を抱えて、辛い生を選択した誰か。

 そんな生き方を選択した人たちに尊さを感じたから。卑怯といったシャーリーを許せなかった。

 頷くシャーリーに言仁は首をかしげる。

「ふうん。……それでも戦うんだ。

 命を懸けて、仲間が傷ついたらそんなに失意を抱えて、…………なんで?」

 なぜ、戦うの? と。彼は問う。

 帰る場所はある。歓迎してくれる人もいる。優しく見送ってくれる人もいる。戦えば命を懸けることになり、自分が傷つけば辛い、仲間が傷つけば失意を抱え、…………それでも、……それでも?

「あー、そうだよなー」

 シャーリーは問う言仁から視線を逸らし、空を見上げる。

 まだ日は高い。

「そうだよな。……実際、私がウィッチになったのだってスピード極めるためで、ネウロイとの戦いは、……二の次、だったのかもな」

 もしかしたらトゥルーデが自分に突っかかってくるのはそんな理由だから、かもしれない。

 けど、

「戦う」

 告げる。「なぜ?」と。促す言仁に、溜息。仕方ないよなー、と。頭を掻いて、

「だって、あそこにいるのが楽しんだからさ。

 みんなと、一緒にいたいんだよ。私は、さ」

 だから、戦う。……だから、いま、ここにいる。

 ただ、…………それだけ。

 たった、それだけ。……けど、決して譲れない、大切な理由。

「……………………ふぅん、あの朱砂の裔がこんなところにいる理由がわかったよ」

 納得したのか、興味を失ったのか、言仁は曖昧に呟く。それはいい、けど。

 シャーリーは首を傾げた。

「あいつだって扶桑皇国を守りたいから私たちに協力してるんじゃないのか?」

 彼は鉄蛇の封印をはじめいろいろなところでサポートしてくれた。自分たちに好意もあるかもしれないが、根本はそれだと思ってる。

 けど、シャーリーの言葉に言仁はきょとんとして、

「あ、……あははははっ、ははははっははっ」

 文字通り、腹を抱えて笑い出した。

「なんだよ?」

「はは、……あははははははっ、……ちょ、お腹いたっ、ほんと、面白い事いうねーっ、あははっはっ! これはまたっ、面白い冗談だっ! あははははははははっ!」

 ひとしきり笑って、シャーリーが眉根を寄せ始めたあたりで言仁は笑いの発作から復帰。くつくつと笑いながら、

 

「なに言ってるの? 彼は扶桑皇国の滅びを望む《もの》だよ」

 

 当たり前のように、そう、告げた。

 



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二十九話

 

 夕刻、日暮れの時間。少しずつ、暗くなる時間。

 エーリカは心配と不安、そして、苛立ちの表情で外に立つ。視線は強く門を睨む。

 その理由、…………ふと、人影二つ。それを認めてエーリカは息を吸い、

「帰って、来たーっ!」

 叫び駆け出す。ばたばたと家の中から声が聞こえたが、無視。

「やあ、ハルトマ「せりゃぁぁあっ!」ぐえっ?」

 のんきに手を上げた阿呆を全力で蹴飛ばす。倒れた阿呆を踏みつけ、

「何時までほっつき歩いてるのっ! 馬鹿シャーリーっ!」

「あ、……ああ、ごめん」

 見たこともない剣幕で怒鳴るエーリカに、シャーリーは困ったように謝る。視線の先にはエーリカに踏まれたままの豊浦。

 ともかく、家にいたウィッチたちが顔を出す。芳佳はいないが、寝込んでいるのか、と。判断。

「シャーリーさんっ、と。…………まあ、こっちはいいわ。

 ともかく、こんな時間まで何やってたのよっ!」

 エーリカに踏まれたままの豊浦は一瞥だけで済ませ、ミーナはシャーリーに詰め寄る。

 他のみんなも、安堵と、それを押し隠す不満。「ええと、」と、シャーリーは手を上げて、

「その、…………「まあ、僕が話すよ」おお、た、…………立てないか?」

 助かる、と言おうと思ったがその先にいるのはエーリカに踏まれたままの豊浦。

「いや、ハルトマン君が足をどけてくれないと」

「心配させた罰は受けるだろうね?」

 じと、と豊浦に視線を向けるハルトマン。と。

「あのー、それより、家に戻りませんか」

 おずおずと、リーネが手を上げる。エーリカはしぶしぶ足を退ける。豊浦は立ち上がる。

 彼はとてもいい笑顔。

「ありがとうっ、リーネ君っ」

 豊浦に笑顔を向けられ、ふと、無事に戻ってきてくれた安堵で緩みそうになる頬を意識して膨らませる。むす、とした表情を浮かべて、

「けど、追及しますからね。逃がしませんからね。

 豊浦さんがちゃんと答えるまで、ご飯なしですからね」

「ちょっと待てリーネっ、私たちまで巻き添えかっ」

「私だって追及しますっ。ねっ、サーニャさんっ」

「うん、ちゃんと話してくれるまで、ご飯だめ」

 サーニャもこくん、と頷く。

「えーっ? 豊浦ーっ!」

 じと、とエイラにまで睨まれて豊浦は両手を上げた。

 

「そうだね。……じゃあ、事の顛末を話そう」

 居間の隅で並んで正座をするシャーリーと豊浦。詰め寄る少女たち。

 そんな状況に溜息をつきながら豊浦は口を開く。

「あの後、僕は自分の小屋でごろごろしてたんだ。

 そしたらシャーリー君が両手に機関銃を持って、ルッキーニ君が怪我をした、どうにかしろ、と脅してきたんだ。それで、とりあえずどうにかしたらこんな時間になった。

 というわけで、全部シャーリー君が悪いんだ。僕は悪くない」

「おいこら」

 少女に罪を擦り付ける大人の男がそこにいた。当然シャーリーは隣の大人を睨むが大人はそっぽを向く。

「それで、何とか出来たのか?」

 トゥルーデは眉根を寄せる。豊浦の魔法は謎が多い。それに、ルッキーニは今、治療中だ。

 何とか出来た。何をやったのか興味がある。シャーリーを連れて行った手前清佳たちと治療を行ったとは思えない。それを容認するなら清佳は芳佳を突き放したりはしないだろう。

 つまり、ルッキーニと接触はしていないはずだ。そんな状況で何をやったのか? 興味がある。

 問いに豊浦は頷いて、

「うん、あの病院内で生命力を活性化するようにしたんだ。

 傷そのものは治せないけど治癒力は高くなるし、体力も増進しているはずだよ。清佳君たちがちゃんと傷を塞いでくれればすぐよくなると思うよ」

「そうか」

 とりあえず、ルッキーニの傷は快方に向かうらしい。明日、改めて清佳から術後経過の連絡が来るだろうが。トゥルーデは一先ずの安堵。

「生命力の活性化、……ね」

 そんなこともできるのね、と。内心で呟く。治癒の魔法とは違うようだが。

 まあ、つまり、

「要するに、シャーリーさんが豊浦さんを連れ出した、という事ね?」

「そうだよ。僕は悪くない」

 ミーナに問い詰められ豊浦にそっぽを向かれる。シャーリーは横目で隣にいる大人を睨む。……が、覚悟を決める。

「ああ、そうだよ。私が豊浦を脅して連れ出しましたーっ!」

 やけっぱち気味に怒鳴った。

「私が全部悪いんだ畜生っ!」

 なぜかどや顔の豊浦を睨む。「そう、」とミーナは頷く。

「シャーリーさん」

「はい」

 ミーナの鋭い視線に睨まれ、シャーリーは慄き、

「罰として夕食後、入浴と必要時以外は部屋を出ることを禁じます。

 今日はすぐに寝て、明日に備えなさい」

「あ、……ああ、了解」

 罰、とは思えないような言葉。これでいいのか? と、ミーナに視線を向けるがミーナは苦笑。頷く。

「さて、それじゃあここに沙汰は下ったね。僕は山にかえ、ぐえっ?」

 立ち上がった豊浦はエーリカに首根っこを掴まれて座らせられる。

「えーと、…………な、なにかな?」

「無罪放免とでも思ったの? 豊浦ー?」

「ハルトマン君? ち、違うのかい?」

「当たり前でしょうっ! どれだけ心配したと思っているか、わかっていますのっ?」

 怒鳴るペリーヌに豊浦は沈黙。…………頷く。

「わかったよ。僕も男だ。潔く覚悟を決めよう」

「おい、お前さっきかなり男らしくないこと言わなかったか?」

 じと、と、シャーリーは少女に罪を擦り付けた男を睨むが豊浦はそっぽを向いた。

「お、言ったねー?」

「僕に出来る我がままなら何でも聞くよ。

 リーネ君が背中を拭いてほしいと言ったのだって、やってあげよう」

「ふあっ? と、っと、とと、豊浦さんっ、い、いい、いきなりな、何を言いだすんですかーっ!」

 熱に浮かされてしたおねだり。みんなの前で蒸し返されてリーネは顔を真っ赤にする。

「リーネさん。…………あの、……ええと、…………ええ?」

「…………」

 言葉を失いとりあえず距離を取るペリーヌに少し傷つき、無言で睨むサーニャに慄く。

「リーネっ、そういう事は、ひ、一言相談をしてから、だなっ」

 顔を赤くして怒鳴るトゥルーデ。なぜ彼女に相談をしなければいけないのか、シャーリーにはわからない。

「ま、……まあ、それは後でいいでしょう。

 それじゃあ、あとで我侭を聞いてもらうから、覚悟してね」

 意地悪く笑うミーナ。豊浦は頷く。

「わかったよ。今度は肩だけじゃなくてちゃんと全身マッサ「黙りなさい?」はい」

 笑顔で告げるミーナに豊浦は黙る。

「まあ、お手柔らかに頼むよ?」

 豊浦の言葉にミーナは満足そうに頷く。

「さて、それじゃあお夕飯ね。

 何をしたのかわからないけど、ともかく豊浦さんとシャーリーさんは休みなさい。リーネさん、お願いしていいかしら?」

「あ、はいっ。……ええと、じゃあ、サーニャさんもお手伝い、お願い」

「うん、任せて」

「あ、わたくしも手伝いますわ」「私も行くぞ」

 ペリーヌとエイラも立ち上がる。リーネは微笑んで「よろしくお願いします」と。

「それにしても、生命力の活性化か。そんな事も出来るんだな」

「ああ、……まあ、ちょっと準備が面倒な感じだけどな」

 シャーリーの言葉に、不意にトゥルーデは興味を引かれる。風水、だったか陰陽だったか。ともかく自分たちの知る魔法とはまったく別物の魔法。

「どんな準備だ?」

「植樹」

「は?」

「いや、木を植えたんだ。……ええと、榊の木、だったかな。

 それを病院を囲うように植えて、……まあ、そんな感じ」

「それで何の意味があるんだ?」

 胡散臭そうなトゥルーデにシャーリーは口を尖らせ「知らないよ」

「まあ、風水の分野だからね。バルクホルン君。シャーリー君にも理解はできないと思うよ。

 木は春、生命が芽吹く象徴なんだ。だから病院の範囲を木を触媒に風水で生命力を活性化させるようにした、といったところかな」

「生命力か。……ん?」

 トゥルーデはふと、視界の中に面白くなさそうな表情のエーリカを見る。何がそこまで不機嫌にさせたのか、ともかく、

「それで、効果はあったんだな?」

「ああ、……いや、ルッキーニには会ってないけど、確かに病院の近くは、……なんていうか、…………元気になった?」

 うまい表現が出てこなかったらしい。首をかしげるシャーリーにトゥルーデは何らかの効果があった、と判断。

「まあ、それならそれでいいか」

 

「あいつも適当なこと言うよなー」

 入浴、のんびりと浴槽につかまり脱力するエーリカが、ふと呟く。

「適当?」

 一緒に並んで入浴しているサーニャの問いに「ああ、」と応じ、

「シャーリーが機関銃二丁持って豊浦の所に押しかけられるわけないじゃん。トゥルーデじゃないんだから」

「あ」

 その事に思い至り、小さな声。第一、

「それに、こんなところに機関銃なんて、ないよね」

 ウィッチたちの武装はストライカーユニットも含めて扶桑海軍の軍船に預けてある。当然、それは機関銃も含まれる。

 つまり豊浦のいう事は無理があり、

「なんで、そんな嘘をついたのかな」

 安堵で頭がいっぱいだった時ならともかく、少し考えればすぐにわかる、わかりやすい嘘。

 おそらくミーナはすぐにその事に気づいたのだろう。だからこの非常時に無断で席を外した事にほとんど罰とは言えない罰を科した。

 …………もっとも、首謀者に科した罰も曖昧なものだが。

「さあ、ま、シャーリーをからかっただけじゃない? 実際、ルッキーニの事は巧くやったみたいだし。

 罪くらい引っ被ってやる、ってシャーリーなら思うだろうからそれに便乗したんだと思うよ。もっとも、それも本気じゃなさそうだし、…………ま、ただからかっただけだろうね」

 まあ、結果としてミーナに詰め寄られて慌てふためき自棄になって怒鳴るという、割とシャーリーには珍しい姿を見れたが。

 あとは、…………たぶん。…………けど、

「それなら、相談してほしかった」

 面白くなさそうに小さく呟くサーニャ。エーリカも頷く。

 仲間だ。ルッキーニも、シャーリーも、そして、豊浦に対してもそう思ってる。

 だから、仲間の危難には力を合わせて助けたい。ルッキーニが怪我をしたこと、それは皆の責任でもあるのだから。

 だから、…………

「ま、ルッキーニが回復して少しは落ち着いたら我侭聞いてくれるみたいだし、どーんと言っちゃえー」

 サーニャが豊浦を慕っているのはなんとなく感づいてる。だからのんびりと煽ってみた。どうせ苦労するのは豊浦で、やきもきするのはエイラだ。…………友達として、行き過ぎたら豊浦を殴ってでも止めるが。

 で、

「わ、……が、まま、…………が、がんばり、ますっ」

 何を想像したのか、あるいは、リーネに対抗心でも燃やしたのか。顔を赤くして拳を握るサーニャ。こりゃあヤバいかな、と。エイラに対しての地雷を踏んでしまった気がしたが。

「まあ、ほどほどにね」

 とりあえずそれだけ言ってみた。

 

「というわけでー、なーんで何も言わずいったのさー?」

 居間で白湯を呑んでいた豊浦に、エーリカは詰め寄る。

「まあ、…………いいかな。

 なんていうか、僕一人じゃ出来ない事だったんだ。……あ、と。誤解しないでほしいんだけど、だからシャーリー君にしかできないってわけじゃなくてね。僕の知り合いに力を借りたんだ。

 彼もね、随分と性根が捻じ曲がった《もの》でね。出来れば僕一人で行きたかったんだけど、」

 豊浦は困ったような微笑。

「シャーリー君、辛そうだったから。……自責を抱えて沈むのは、苦しいからね。

 だから、何かさせてあげた方がいいなって、思って」

 彼の言葉に、エーリカは口ごもる。以前に聞いた、彼と彼の敵の話。

 それを思い出したから。……確かに、ルッキーニと一番仲が良かったのはシャーリーだ。そして、負傷の原因。最後の攻撃はシャーリーが提案したと聞いている。

 親友が怪我をした原因。自分がそれだと思うのは、苦しいから。

「ま、そういうわけ。ごめんね。エーリカ君。……ただ、君たちに彼を会わせたくなかったんだ」

「……ま、まあ、シャーリーの事気遣ったってんなら、まあ、いいよ」

 困ったように微笑む豊浦に、視線を逸らしてエーリカは応じる。……一息。意識して豊浦をきつめに睨む。

「けど、ルッキーニが怪我したのは私たちみんなの責任だっ! 豊浦の魔法で治せるなら、そりゃあ、頼みたいけど、けど、手伝うならみんなでっ! …………私たちだって、友達が怪我するのは、辛いんだよ」

 確かに、一番仲が良かったのはシャーリーだ。……けど、

 けど、自分だってつらいし、友達が怪我をするのは、いやだ。それはほかのみんなも同じ。

 だって、皆、大切な家族なのだから。

 ぽん、と撫でられた。

「そうだね。……ごめんね。ハルトマン君」

「…………ん」

 不満をぶつけて、エーリカは一つ息をつく。撫でられて、不意に、力が抜ける。力が抜ければ、溢れるのは、

「いや、……なんだよ。仲間が、傷つくのは、…………や、なんだ」

 涙を流す事はなく、声を上げる事もなく、

 ただ、……静かにエーリカは泣いていた。

 

「落ち着いたかい?」

「…………ふんっ」

 問いに、エーリカはそっぽを向く。けど、そのまま小さく頷く。

「悪いね。ちょっと取り乱した」

「いや、いいよ。……それに、ハルトマン君の優しいところが見れて嬉しいよ」

「う、…………ぐ」

 優しいところ、……改めて、面と向かってそういわれてエーリカはじわじわと顔を赤くする。

「それに、友達が傷つくのは辛い、当たり前のことだからね。

 そうだね。彼に会わせたくないのは僕の都合だ。それで君たちの思いを無碍にしたことは確かに悪いことをしたと思うよ。あとで謝らないとね」

「……別に、謝ることはないよ。我侭がどうこう言ってたし。……っていうかさ」

「ん?」

「我侭云々だって、別に気にしなくていいと思うよ。

 どっちかっていえば、たくさん借り作ってるのはこっちなんだし、ミーナも本気にはしてないと思うし」

「ああ、まあ僕も遊び半分で付き合う事にするよ。

 そんな無茶を言う娘たちじゃないからね。…………いや、まあ、」

 不意に、豊浦は視線を逸らして、

「あの場ではああいったけど、またリーネ君の我侭を繰り返されたら、たぶん拒否すると思う」

「…………サーニャにも気を付けなよ」

「サーニャ君? え? 大人しい娘だし、変な事は言わないと思うけど?」

 首をかしげる豊浦。エーリカは溜息。だめだこいつ、と。

「豊浦は真面目だなー」

「君たちが男性に対して不真面目すぎるんだよ。

 さて、ハルトマン君、もう夜だし、寝なさい。明日もあるんだから」

「ん、…………っと、そうだ。

 豊浦っ」

 言おうと思って、忘れそうになっていたこと。……大切な事。

「ん?」

 エーリカは部屋を出る前、振り返る。彼に笑みを見せ、

「私の仲間、助けてくれて、気遣ってくれてありがとねっ」

 ありがとう、そんな言葉を口にする。豊浦はきょとんとし、すぐに笑みを返した。

「どういたしまして、ハルトマン君。また、明日もよろしくね」

「う、……ん」

 向けられた微笑に、エーリカは口ごもり、……背を向けて扉を閉めた。

「…………なんだよ。あいつ」

 小さく、小さく呟く、そして決意。

 気にするな、なんて言ったけど。

「いーや、私も思いっきり我侭言ってやろーっ」

 意識してそんな事を口にして、自室に向かって歩き始めた。

 



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三十話

 

「みんな、病院から連絡があったわ。

 ルッキーニさんは回復したみたいね」

 早朝、朝食前。ミーナの言葉に今に集まっていたウィッチたちは安堵の表情を浮かべる。

「ほんとかっ! 豊浦っ、私、朝飯いらないからっ」

 さっそく飛び出そうとするシャーリー。けど、襟首をつかまれて「ぐえっ?」と、崩れ落ちる。

「一人で突っ走るな馬鹿」

 彼女の襟首をつかんだのはトゥルーデ。微笑して立ち上がる。

「それじゃあ、行くぞ」

 一刻も早く会いたいのは、自分たちも同じなのだから。……そして、

「宮藤」

「うん」

 一人、少しだけ複雑な表情を浮かべる芳佳。……けど、顔を上げる。

「私も、行くね」

「ああ、そうだな。……母との話も必要だな」

「清佳さんが言っていたわ。ルッキーニさんは、不自然なほど、体力や魔法力の回復も早くて、清佳さん自身も、不自然なほど、治癒の魔法による疲弊はなくて、不自然なほど、治療はスムーズに終わったみたいね。

 その後の経過も、不自然なほど、良好みたいよ」

 やたらと、不自然、と繰り返すミーナ。事情を知らない芳佳は首をかしげる。

 で、

「…………全部シャーリー君が悪い」

「お前は往生際が悪いなっ! ああもうっ、私が悪いでいいからさっさと行くぞっ!」

 

「ええと、なにがあったんですか?」

 豊浦の運転する軽トラックの荷台に揺られながら芳佳は首を傾げた。

「そ、……えーと、豊浦が魔法で回復の後押ししたみたいなんだ」

 エイラがなぜか面白くなさそうに応じる。その口調に芳佳は首を傾げた。けど、

「あ、そうなんだ。……豊浦さんが」

 仲間を助けてくれた。その事が嬉しそうに呟き、

「けどさ、あいつ、シャーリーだけ連れて誰にも何も言わずにやったんだってさ。……まったく、ルッキーニが怪我したのは私たちの責任なんだから、せめて協力させろっての。

 おまけにいつまでたっても帰ってこないし、……まったく」

 面白くなさそうな理由。大切な家族のことなのに蚊帳の外に置かれた。それに心配かけた事、八つ当たりとはわかっていても不満が再燃。

 だから、

「そ、シャーリーだけ、連れてな」

「ほあっ?」

 八つ当たり方針決定。意地悪く笑うエイラと、唐突に水を向けられ変な声を上げるシャーリー。

「え、シャーリーさん、……だ、け?」

 芳佳の表情が無へと変わっていく。シャーリーは「ええと、」と、軽く手を振って、昨日、豊浦が言ったこと。

「そ、そうだっ! 私が機関銃を持って豊浦を脅したんだっ! ほらっ、あいつなんかいろいろできそうだったから、なっ」

「なんで、こんなところに機関銃があるんですか?」

「…………あれ?」

「なんで豊浦が掘った墓穴にシャーリーが飛び込むんだ?」

 首を傾げたシャーリーにエイラが笑いをかみ殺して呟く。

「と、ともかくっ! ルッキーニが怪我をしたのは私のせいなんだっ! だったら、私が何とかするのが筋だ、あだっ?」

「ふざけた事を言うなリベリアン。ルッキーニ負傷の原因はあの場にいた私たち全員だ。

 たとえ直接の原因がお前であったとしても、だ。だから、ルッキーニの負傷は私たち全員の責任だ。貴様一人が背負うなんて許さん」

「あ、……ああ、すまん」

 強く睨みつけ、静かに告げるトゥルーデにシャーリーは応じる。

「まあ、終わったことは仕方ないがな。だが、いいか? 金輪際自分だけの責任だ。というな」

 きっぱりと告げるトゥルーデに「なに笑ってる?」

 笑みをこぼしたら睨まれた。「べっつにー」とそっぽを向く。トゥルーデはまだ睨んでいるがシャーリーは視線を背けて追及回避。

 笑みを浮かべた理由は一つ。嬉しかったから。……自分一人で背負う必要はない、と。その力強く告げてくれたことが、すごく、嬉しかった。

「あー、あれさー」

 不意にエーリカが手を上げる。昨日の夜に聞いたこと。

「なんか、もう一人協力してくれた人がいたみたいなんだよね。シャーリーとは別に。豊浦の知り合いらしいんだけど。

 で、出来るだけその知り合いに私たちを会わせたくなかったんだって、豊浦が言ってた」

「会わせたくなかった? ……まあ、それで最低限、で、シャーリーさんに白羽の矢が立った、という事ですわね?」

 皆、仲間だと思ってる。家族だと思ってる。

 けど、ルッキーニが一番なついているのはシャーリーなのだから。……確かに、一人しか連れて行かないとしたら彼女が選ばれるだろう。

 となると、

「知り合い、……豊浦さんの?」

「あ、……ああ、」

 向けられるのは好奇心。山家という得体のしれない職業に就き、陰陽や風水など見たこともない魔法を使う豊浦の知り合い。興味がある。

 けど、

 

 滅びを望む《もの》だよ。

 

 その言葉が、不意に突き刺さる。シャーリーには信じられない言葉だが。

「まあ、……えーと、子供だよ。子供。ルッキーニより、年下、くらい、だったかな」

「そいつも、……ええと、風水だかなんだか使えるの?」

「いや、……悪い。見てなかった。

 私さ、豊浦に頼まれて病院の周りに木を植えてたんだ。……植えたっていうか、穴掘ってそこに根っこが付いたままの木を置いていっただけなんだけど。

 で、それだけ。四つ全部置いたらそのまま豊浦に運転してもらって戻ったから、そいつが何やったかは全然見てない。興味はあったんだけどな、あんまり関わらせたくなかったのか豊浦に急かされてそっちは見れなかった」

「そうか」

 ふと、シャーリーは運転席に視線を向ける。ガラス越しに豊浦が運転しているのを確認し、

「な、……なあ、ちょっと、」

 ちょいちょい、と手を振る。皆が集まってくる。

「なんですの?」

「ああ、…………ええとさ、ちょっと信じられない話、なんだけど」

「なにをいまさら?」

 ミーナの言葉にシャーリーは頷く。信じられない展開などあの謎のネウロイのような何かだけで十分だ。

「いや、そうじゃなくて、豊浦の事なんだけど。……その、豊浦の知り合いが言ってたんだ」

 声を潜める。シャーリーが意識していなくても、その表情が真剣なものになる。

 その様子を察し、皆も息を詰める。

「その、……子供が言ってたんだ。

 豊浦は、扶桑皇国の、滅びを望む者、とか」

「え?」

「そ、そんなこと、ない、ですっ」

 きょとんとする芳佳。そしてリーネが声を上げる。

「わ、私だってそんなこと思ってないよっ! けど、その子供がそんなこと言ってたんだっ」

 皆に黙って外に出たこと、その時以上に非難の視線を向けられ、シャーリーは慌てて手を振る。ミーナは溜息。

「なにを吹き込まれたのかは知らないけど、ばかげているわね。

 第一、それを望んでいるのなら私たちに協力する理由はないし、鉄蛇を封印する必要もないわ。あれを解放すれば扶桑皇国は壊滅的なダメージを受けるもの」

 淡々と、強い口調でミーナは告げる。それを聞いてシャーリーは溜息。「ああ、そうだよな」

 よかった、と。…………だって、もし、彼がそれを望んでいるのなら。

「望んでいるもの。……あの、ミーナさん。

 豊浦さんに、お礼した方がいいと、思ひっ?」

 がくんっ、と軽トラックが跳ねてサーニャが舌を噛む。

「さ、サーニャっ? 大丈夫かっ?」

「ひ、……ひはひ、へふ」

 涙目で訴えるサーニャ。エイラがおろおろする。

「まあ、確かにそうですわね。

 お世話になっているのですし、何かお礼をした方がいいですわね」

「…………我侭言うとか何とか言ってなかったっけ?」

 真面目な顔で告げるペリーヌにシャーリーが問いかける。「あ」と、ペリーヌ。

「って、えっ? それどういう事っ?」

「んー、昨日心配かけた罰で豊浦が私たちの我侭を聞いてくれるんだってさ」

「そうそう、すっごーい我侭どーんっ、って言っちゃうんだよねー。ねーっ、サーニャ」

「は、はいっ、……が、頑張りますっ」

「サーニャちゃんっ、頑張るって何をっ?」

「わ、私も、リーネちゃんみたいな、……が、頑張りますっ」

「サーニャっ? だ、だめだっ、早まるなーっ」

 決意に拳を握るサーニャをエイラが半狂乱で諫め、

「だめだっ、サーニャっ、そ、そういう事はまず相談してだなっ」

「おーい、落ち着けトゥルーデー。……っていうか、なんでトゥルーデに相談が必要なの?」

「リーネちゃん? なに、を、しようとした、の?」

「み、宮藤さん、怖い、怖いですわ。ほんと、怖いですわ」

 感情の欠落した表情を浮かべる芳佳に慄くペリーヌ。リーネは軽トラック荷台の隅で震える。

「ま、まあ、落ち着きなさい皆。……ええと、正直、我侭云々は冗談なのだけど」

「いや、豊浦結構乗り気だったよ」

「…………ああ、ええ、孫と遊ぶ約束をしたお爺さんみたいものじゃない?」

 確か、そんな事を言っていた気がする。と。ミーナはあたりの景色を一瞥。

「この話はあと。……まあ、確かに豊浦さんに報酬は必要ね。

 みんなも、何か考えてみて」

 つまり、病院に到着した。

 

 病院に詰めていた衛生兵に案内された病室。そこで、

「あっ、みんなっ!」

「ルッキーニっ!」

 ベッドに寝ていたルッキーニが笑顔を見せ、シャーリーが駆け寄る。

 ルッキーニも抱きしめてもらおうと手を広げて「あだっ?」

 べしっ、と音。ファイルで駆け寄るシャーリーの顔面を打撃して止めた清佳は苦笑。

「気持ちはわかるけど、もうしばらく安静にしてもらいます。

 今日一日、急な運動は厳禁ね」

「はい」「ぶーっ」

 傷が開く可能性は十分にある。医者にそう言われれば従わないわけにはいかない。

 けど、

「急な、でなければ大丈夫よ」

 清佳は微笑。だから、

 そっと、優しく、丁寧に、シャーリーはルッキーニを抱きしめる。

 ごめんなさい、そんな言葉が思い浮かんだ。……けど、

「えへへ」

 甘えるように身を寄せるルッキーニの笑顔。そして、トゥルーデに言われた事を思い出し、……丁寧に、ルッキーニを撫でて、シャーリーは静かに抱きしめた。

 大好きな、温かくて柔らかい感触に包まれ、ルッキーニは心地よさそうに目を細める。そして、

「ありがと、シャーリー」

「ん?」

「あたしを助けてくれたの、シャーリーでしょ?」

「あ、……いや、それは、」

 そんな事は、ない。……そう、違う。

 豊浦は自分を脅して回復させた、なんて意味不明な事を言ったが、実際は、

「そんな事、ない」

 自責にとらわれてうじうじしていた。……手段はともかく、回復のための行動を起こしたという豊浦の嘘の方が、ましかもしれない。

 だから、シャーリーはルッキーニの言葉を否定する。結局、自分は何もやっていない、と。

 けど、

「えー、あの、……何とかっていう子供が言ってたよ。

 シャーリーが助けようとしたから、助けたって」

 子供、……おそらく、豊浦が呼んだ協力者の、彼。

「そう、か。……けど、わた「そうじゃなくちゃ、あたしのこと助けなかったって、言ってた」」

 何もしてない。その言葉をルッキーニは否定する。彼女にとって大切なのは、

「助けたい、そういってくれた。……あたしはそれが嬉しいっ」

 嬉しい、と。ルッキーニはシャーリーに抱きしめられて、心地よさそうに伝えた。

 

 ルッキーニの回復を喜ぶウィッチたち。そちらに加わりたいのをこらえて、ミーナは清佳と病室内の机を挟んで腰を下ろす。ミーナと、あと、二人。

 清佳はいくつかのカルテを広げ、

「ルッキーニさんは回復、意識を取り戻しました。

 経過は、不自然なほど、順調、魔法力、体力、ともに充実しているみたいです。不自然な事に」

「…………はい、僕がやりました」

 じと、とした清佳の視線を受け、豊浦は潔く両手を上げた。…………溜息。

「まあ、治療は私たちの専売特許、というつもりはないし、最優先は患者の健康よ。

 だから、感謝はします。けど、豊浦さんも作戦の要と聞いているし、無理をしてはだめですよ」

「……………………気を付けます」

 項垂れる豊浦に清佳は微笑。

「そうしてください。……といっても、今日は安静で検査をしますけど、このままなら問題はないでしょう。

 明日には《STRIKE WITCHES》への活動を許可できます」

「はい、わかりました」

 それはつまり、交戦許可が下りたことになる。……ミーナは清佳に視線を送り、清佳は頷く。

「私もできるだけ近くにいるようにします。

 また、何かあったらすぐに呼んでください」

「ありがとうございます」

 そうしてくれるととても心強い。それに、ミーナにとって、いつかはこうなりたいと思えた女性。個人的にももっと話をしたい。

 そして、医者としての話は終わり。……清佳は娘に視線を向ける。

「お母さん、……あの、」

 何か言わないと、そう思い芳佳は口を開き、……口を噤む。清佳はまっすぐに娘を見つめて、口を開く。

「芳佳、貴女はこれからどうしたい?

 医者として、誰かを助けたい? 軍人として、誰かを守りたい? ……大義なんて掲げなくていいわ。世界の情勢も、未来の事も、なにも気にしなくていい。

 今の、貴女の思いを聞かせて」

 清佳の声が聞こえたのか、ルッキーニの所に集まっていた仲間たちも口を閉ざして芳佳の言葉を待つ。…………仮に、

 彼女の仲間たちは確信している。もし、医者として、《STRIKE WITCHES》から離れる選択をしたとしても、それでも、そんな、大切な仲間の選択を心から歓迎できる。離れてしまう寂しさはあっても、その選択はとても尊いものだと、解っている。

「私、……は、」

 守りたい。……その、根底にある思い。それと、もう一つ。芳佳は真っ直ぐに母を見て、

 

「みんなと、一緒にいたい」

 

 そんな、言葉を伝えた。

 娘から真っ直ぐに向けられる視線に清佳は微笑み。

「ええ、なら、そうしなさい。……けど、」

 苦笑。

「芳佳、ウィッチはほかの人にはできない魔法が使えるわ。だから、他の人より優れている、何でも出来る、なんて思ってしまう事もあるの。

 けどね、ウィッチにも出来ない事はたくさんあるわ。……それは、私も同じ。魔法でも治せない病気はあるし、死者は蘇らない、怪我は癒せても、その理由となる事象までは消せない。だから、怪我を根絶することはできない。

 ウィッチにだって不可能な事は、たくさんあるの」

 ウィッチに不可能はない。芳佳にとって尊敬する女性。美緒の言葉を母は否定する。

 けど、ミーナも、他のウィッチたちも、誰も否定しない。女性として、医者として、母として、自分たちよりも多くの経験を積んだ清佳の言葉に耳を傾ける。

 清佳は微笑。芳佳を撫でて、

「けどね、他のお医者様と助け合えば一人でやるより多くの病気だって治せる、死者は蘇らないけど、その縁者と思いを分かち合い、その人を忘れないようにすることはできるわ。

 怪我を根絶することは出来なくても、怪我をした周りの人たちと言葉を交わして、注意を促して、原因を取り除くことはできる。……ウィッチに出来ない事はたくさんある。……けど、人は人と繋がって、協力していけば多くのことが出来るようになるわ」

 ウィッチだから、ではなくて、

 誰かと繋がる人としてなら、より多くのことが出来る。清佳はそういって芳佳を撫でる。

「……芳佳、貴女は私にとって大好きな、大切な、自慢の娘よ。だから、娘が助けを求めれば、全力を尽くすわ。

 私のこの言葉、信じてくれる?」

 問われて、撫でられて、ぽろぽろと涙がこぼれる。

「う、……うん、うんっ、わ、私も、私もお母さんのこと、大好きだよ。……ごめん、ごめんなさい、我侭言って、ごめんなさいっ」

 清佳は立ち上がり、涙をこぼす娘を抱きしめる。背中を撫でて、

「それに、貴女には素敵な仲間もたくさんいるでしょう。

 だから、一人で背負わないで、迷ってもいい、苦しむこともあるでしょう。膝をついてもいいわ。……けど、貴女はたくさんの人に支えてもらっている事を忘れないで、膝をついたら、一人で立ち上がろうとしないで、それより手を伸ばしなさい。貴女の大切な人は貴女が膝をついたら手を伸ばして欲しいと思っているわ。

 芳佳、貴女も、友達が伸ばした手を取りたいと思っているでしょう?」

 問われて、清佳に抱きしめられたまま、頷く。清佳は微笑。背を撫でるのをやめ、軽く叩く。

 もう大丈夫、と。それを契機に芳佳は名残惜しさを感じながら清佳から離れた。

「行ってらっしゃい」「うん、行ってくるね」

 清佳から離れて仲間の所へ。さっそく、リーネに抱きしめられて、仲間たちに押し倒される。ルッキーニがそこに加われなかった事を嘆いて、皆で楽しそうに笑って、…………そんな姿に微笑。

「ミーナさん。娘をよろしくお願いします」

「…………はい、……はい、頑張ります」

 頷き、清佳は微笑。

「けど、芳佳は私の自慢の娘ですから、ミーナさんも頼ってあげてね?」

「ええ、もちろんです」

 …………そう、ウィッチにだって出来ない事はたくさんある。

 けど、仲間と一緒なら、……一人のウィッチではなく、《STRIKE WITCHES》なら、自分とつながる、大切な人たちとなら。

 

 出来ない事はない。

 

「あの、……清佳さん。

 もしよければ、連絡先を教えてもらえないかしら? ……今後もいろいろ、相談したいこともできる、と思うから」

「あら、軍のお偉いさんに頼ってもらえるなんて、光栄ね」

 茶化すように笑う清佳にミーナは口をとがらせて、「お偉いさんなんて言っても、私だって二十歳前の小娘よ」

「なんか、開き直りっぽいね」

 そんなやり取りを微笑ましそうに見ていた豊浦。清佳に「なんか、お年寄り扱いされている気がするわ」と、不機嫌そうに応じられ、ミーナは言葉に詰まり、

「…………意地悪な大人たちね」

 そんな、子供っぽいことを言ってみた。

 



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三十一話

 

「豊浦さん。どこか行くの?」

 ルッキーニの病室から出ようとする豊浦に芳佳が声をかける。豊浦は振り返って頷く。

「うん、ルッキーニ君も回復したことだしね。

 お祝いもかねて、お夕飯を頑張ろうかなって」

「やったーっ、病院のご飯味薄いんだよねー」

 嬉しそうに両手を上げるルッキーニ。清佳は苦笑して「あんまり、味の濃いものは控えてくださいね」

「大丈夫だよ」

「あ、じゃあ、私も手伝おうか」

 シャーリーは立ち上がる、が。「シャーリー君はルッキーニ君のそばにいてあげなさい」

「え、と。」

「……シャーリー」

 きゅっ、と控えめにシャーリーの手を握るルッキーニ。シャーリーは彼女と豊浦と、視線を向けて、

「……うん、ありがと」

「ううん、気にしないでいいよ」

「手伝いなら私が行こう。荷物持ちなら任せてくれ」

 トゥルーデが立ち上がる。芳佳とリーネも立ち上がろうとする、が。

「一人手伝ってくれれば十分だよ。

 それより、ルッキーニ君と一緒にいてあげなさい」

「あう」

 確かにルッキーニと一緒にいた方がいたい。けど、

 …………けど、二人きりでお出かけ、というのは、……なんとなく、いやだ。

 やきもきする二人を見て豊浦は首を傾げる。トゥルーデは胸を張る。

「なに、大丈夫だ。魔法を使わなくても鍛えてあるからなっ」

「…………だめだこいつら」

 エーリカは小さく呟く。「何か言ったか?」

「べっつにー」

 聞き咎めたらしい。トゥルーデから視線を逸らす。むう、と。難しい表情。

「ええと、……ハルトマン君。僕はどうすればいいのかな?」

「じゃあ、私も一緒に行くよ」

「え? ……いや、いいのかい?」

「いいのいいの」エーリカは豊浦の手を引っ張って「それじゃあ、さっさと買い物済ませちゃおうか」

「あ、うん、……って、ちょ、ハルトマン君?」

 ぐいぐい引っ張り出される豊浦。「ハルトマンも自主的に手伝うようになったか」と、感無量な表情で頷くトゥルーデ。三人は病室を出た。

「…………だ、大丈夫、かな」

 ぽつり、こぼれた芳佳の声にミーナは「たぶん」と、曖昧に応じた。

 

 買い物、と気楽に言っても横須賀市に開いている店はない。ネウロイがすぐ近くにいるのだ。住民はとっくに避難している。

 だから、それなりに遠出しなければならない。生活に必要なものは横須賀市から避難している商店の人たちが随時届けてくれるが。今回は少しだけ事情が異なる。

「豊浦は車の運転もできるのだな」

 楽しそうにハンドルを握る豊浦の隣、助手席に座るトゥルーデが呟く。

「ん、ああ、出来るよ。いろいろ便利だからね」

「トゥルーデは不器用だから運転できないんだよねー」

 ひょい、と後ろから顔を出したエーリカ。「むぅ」とトゥルーデは眉根を寄せる。

「悪かったな」

「練習していけば慣れてくるよ。……というか、飛行の方がずっと難しいと思うんだけどね」

「そんなものか」

 トゥルーデにとっては運転の方がずっと難しいが。

「それより豊浦ー、何買うの? わざわざ買いに行くってことは期待していい?」

「そうだね。…………ああ、そうだ。

 みんなは生魚とか大丈夫? お寿司にしようと思うのだけど」

「寿司っ! やったっ!」「ああ、大丈夫だ」

 海産物をのせたちらし寿司なら基地で何度か芳佳が作っていた。だから「あ、けど、シャーリーが蛸だめだったよ」

「蛸ね、……うん、了解。……ふふふ、家船から習った鮮魚の目利きとさばく技術、発揮する時が来たようだね」

「…………た、楽しそうだな」

 やたらと上機嫌な豊浦。トゥルーデは少し反応に困る。……ふと、

「えぶね?」

 ひょい、とエーリカが顔を出して問いかける。豊浦は「ああ」と頷いて、

「海、漁船で暮らしている漁業民だよ。

 生活のほとんどを船の上で過ごして、たまに陸で収穫した魚と生活に必要なものを交換して暮らしていたんだ」

「うえ、……そんな生活も信じられないな」

 生活のほとんどが船の上。……海、というのはエーリカにとっても身近な存在だ。もしもの時のために水泳の訓練もしている。

 故に分かる。海は、一つ間違えれば死と隣り合わせの場所だと。……けど、そんなところで暮らす。想像できない。

「そんな者もいるのか。扶桑皇国にはいろいろな者がいるのだな」

 同じく、海の危険性を知るトゥルーデも驚いたような声。豊浦は苦笑。

「どうだろうね。僕は二人の故郷の事を知らないけど、探してみればいるんじゃないかな? …………ハルトマン君、バルクホルン君」

「ん?」「なんだ?」

 ふと、楽しそうな表情から一変、豊浦は寂しそうに微笑む。

「山や海はとても住みにくいところだよね。……けど、そういうところしか住む場所がなかった《もの》って、どんなのかな。

 僕は君たちの故郷を知らない。だから、その背景は知らない。けど、ね」

「そうだな」

 住みにくい場所に住まざるをえなかった者たち。それがどんな人なのか。

 考え込むトゥルーデとエーリカに豊浦は軽く笑いかけて、

「まあ、いろいろ調べてみるといいよ」

「そうだな。……ああ、そういった者から学ぶのもいいか」

 うむ、と頷くトゥルーデ、豊浦もそれを肯定しようと口を開きかけ、

「豊浦がいるんだから学ぶためにわざわざ探さなくていいじゃん」

 なぜか、面白くなさそうにエーリカが口を挟む。トゥルーデは首を傾げた。その態度、以前、ウルスラがジェットを持って来た時、頑なに装着を拒んだ時と似ている気がする。

 その時と全然状況が違うが。

「いや、まあ、それもそうか。そうだな。豊浦。また山に行こう。いろいろと教えてくれ」

「いいよ。バルクホルン君の都合がつけばいつで、ぐえっ?」

「私も行くっ!」

 エーリカが割って入るように口を挟む。やたらと怠けたがるエーリカが珍しく真面目になり、トゥルーデは「そうか」と、感極まった声。

「ハルトマン、お前もカールスラント軍人としての自覚が出てきたんだな」

「……あ、ああ、そうだよっ!」

 なぜか怒鳴るエーリカ。それと、

「あの、は、ハルトマン、君。

 危ないから、そろそろ、僕の首を放してほしいん、だけど」

 勢いで首を絞められた豊浦が息絶え絶えに、そんな事を言った。

 

「鮪と、鮭と、海老と、烏賊と、いくらと、鰻と、……あと、油揚げと、……あ、ハルトマン君は食べたいものはあるかい?」

「芋」

「わかったよ。じゃあ、ハルトマン君のために薄切りジャガイモのお寿司を作ろうっ」

「やったーっ、…………そんなの存在するの?」

「聞いたことないけどねっ、僕もっ!

 生のジャガイモを米の上に乗せるだけだから美味しいとは思えないけど、ハルトマン君が食べたいなら、それでいいよっ」

「変なの作らなくていいよっ!」

 そんなやり取りをしながら籠に食材を放り込む豊浦。

「楽しそうだな」

「ん、そうかな?」

「ああ、そう見える」

「…………ん、……そうだね。

 いろいろあったけど、ルッキーニ君が無事ではしゃいでいるのかもしれないね」

 手は尽くした。けど、それでもどうなるか分からない。

 だから、ちゃんと回復していてくれてよかった、と。

「ああ、そうだな。豊浦、改めて感謝する。ルッキーニを助けてくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」

「はしゃぐほどなんだ」

 確かに、ルッキーニが助かって嬉しい。けど、そこまで妙なテンションになるか?

「そうだよ。ルッキーニ君みたいないい娘が生きているのはいい事だからね」

「あ、……うん、まあ、そうだよね」

 頷くトゥルーデの横でハルトマンは曖昧に頷いた。……彼が自称した、怨霊、という言葉を思い出してしまったから。

「そうそう、それにバルクホルン君みたいないい娘に手伝ってもらえるのは嬉しいからね。

 いい娘いい娘」

「って、だから、撫でるなっ! なんでお前はそうやって頭を撫でるんだっ!」

 頭を撫で始めた豊浦。感謝はしているがカールスラント軍人としてこのような子供扱いを容認するわけにはいかない。払いのける。

「……いーこいーこ」

「ハルトマンっ、って、いたっ? こらっ、掴むなっ、頭を掴むなーっ」

 頭を鷲掴みされてぐりぐりされてトゥルーデは悲鳴。理不尽な攻撃にエーリカを睨むがエーリカはそっぽを向く。

「こらこら、二人とも、喧嘩をしてはだめだよ。

 ハルトマン君も、ね」

「はーい。ごめんなさい」

 困ったように撫でられながら豊浦に止められ、エーリカは素直に謝る。睨んだトゥルーデは拍子抜けしたような表情で「ああ」と頷き首を傾げた。

 そして三人で買い物を済ませて車に戻る。車に戻り、荷物を置いて、

「はい、ハルトマン君、バルクホルン君。飲み物だよ。

 二人ともお疲れ様。助かったよ」

「なに、このくらいはお安い御用だ」

「もともと私たちの仲間の事だしね。

 豊浦もありがと」

「うん、どういたしまして、……さて、せっかく買ったんだし喜んでくれれば嬉しいね」

「ああ、それなら心配するな。豊浦の好意を解からないほどルッキーニも馬鹿ではない」

「そういう事、っていうか私たちの仲間のためにいろいろ気を遣ってくれて、それだけで嬉しいからね。私はさ」

 運転席に座る豊浦に、後ろから手を回してエーリカが笑う。ちょこん、と後部座席から顔を出す。

「そっか、それならよかった」

 ぽん、とエーリカを撫でる。エーリカは心地よさそうに目を細める。

「さて、……豊浦。これ飲んだら出発しよう。

 疲れているだろう。今のうちに休んでおくといい」

 トゥルーデの言葉に「そうだね」と、豊浦。……ふと、思い付きで缶ジュースを掲げる。

 トゥルーデとエーリカはその意味を察して、軽く笑う。こつん、と重なる。缶を開けて一口。

「ふぅ」

 トゥルーデは、ほう、と一息つく。そしてふと思う。どうも、思ったより疲れていたらしい。

 感じるのは脱力。軽く肩を落とし、

「疲れた?」

「……そう、かもな。…………体力はある方だと思うのだが」

 いかんな、と。弱音を吐くところなど見せたくない。トゥルーデは意識して姿勢を正す、が。

「昨日の夜はまだルッキーニ君は入院中で、彼女の事が心配でよく眠れなかったのかもしれないね。

 バルクホルン君、帰りは長いからその間仮眠していなさい」

「いや、…………いい、大丈夫だ」

「座る場所変わろうか? 後ろの方が寝やすいでしょ?」

 エーリカも心配そうに声をかける。トゥルーデは、「大丈夫だ」と応じた。

 

「…………で、寝ちゃったわけね」

 発車して三十分ほどか。寝顔を見せるトゥルーデ。

「やっぱり疲れてたんだろうね。このまま寝かせておいてあげよう」

「そだね。トゥルーデも大丈夫だって言い張るから、……まったく」

 仕方ないやつだ、と。エーリカは微笑。

「そうだね。ハルトマン君みたいにもっと甘え上手になってもいいかもね」

「……えー? 私がいつ甘えたっての?」

 心外だ、と。豊浦の後ろから手を回して口をとがらせる。豊浦は微笑。

「そう? バルクホルン君によく甘えていたみたいだけど?」

「…………べ、別にそんなんじゃないっ、適当なこと言うな。ばか」

 ぎゅっと、回した手に力を籠める。豊浦は微笑。

「僕はいいことだと思うよ。大切な人がいるのはね」

 その言葉、そして、その笑顔にエーリカは、ふい、とそっぽを向いた。

 

 思ったより時間がかかってしまった。家に到着するころには十六時。

 そして、ルッキーニも含めて他のウィッチたちも戻っている。だから、

「それじゃあ、これからお夕飯を作るよー」

「随分早くから作るんですのね」

「うん、いろいろ作るからね」

 楽しそうに応じる豊浦にペリーヌは小さく笑って「楽しみにしていますわよ」

「腐った豆もたくさん出すからねー」

「いりませんわよっ!」

「それで、なにを作るのですか?」

 リーネが拳を握って問いかける。今度こそお手伝いするんだ、と。奮起。

「うん、お寿司だよ。

 ちらし寿司を中心に、あと、いろいろ握り寿司も作ろうと思うよ」

「あっ、あたしそれ知ってる。なんか、酸っぱいごはんに魚混ぜたやつっ! 芳佳が作ってくれたよねっ」

「うん、ちらし寿司だね」

「知っているかいペリーヌ君。酸味も菌の働きなんだ。

 つまり、酸っぱいものは菌類がいるんだよ」

「もういいですわよっ!」

 重々しく告げる豊浦に怒鳴る。さて、と。

「それじゃあ、作ろうかな」

「お手伝いしますっ」「私もっ」

 リーネと芳佳がさっそく挙手。「よろしくね」と、豊浦。それと、

「あ、あたしも、……いい?」

「ルッキーニ君?」

 珍しい声に豊浦は視線を向ける。

 ちょん、と豊浦の服の裾を掴み、ルッキーニは、

「あたしも、お手伝いしたい。だめ?」

 料理なんてしたことはない。迷惑かけるだけかもしれない。だから少し不安そうに問いかけるルッキーニ。

 豊浦は彼女を撫でて、「いいよ。一緒に頑張ろうね」

「うんっ」

 ぱっ、と笑顔。「そうだね」と、豊浦は彼女の家族たちに視線を向けて、

「せっかくだから、みんなに手伝ってもらおうかな」

 

 いつもよりたくさんお米を炊く。芳佳、シャーリーは包丁を使い具材を切り揃え、豊浦は合わせ酢を作る。ルッキーニはゆでた野菜を鍋からおろして、ふと、視線を向ける。

「炊けたーっ」

 ルッキーニの声に豊浦は「それじゃあ、そこの桶に出すから、芳佳君、シャーリー君。こっちはお願いね」

「はーいっ」「任せろー」

 豊浦は寿司桶をもってルッキーニの所へ。

「それじゃあ、ここにご飯を移して、少しずつでいいからこぼさないようにね」

「はーいっ」

 大きめのしゃもじで寿司桶に炊けた米を移していく。全部移したところで豊浦は合わせ酢を振りまいて、

「ルッキーニ君、うちわでご飯を扇いでくれるかな?」

「うん、……ええと、こう?」

 ぱたぱたとうちわで扇ぐ。豊浦はしゃもじで混ぜ合わせていく。

「そうそう、上手上手。疲れたら休んでいいからね?」

「もーっ、このくらいで疲れないよっ!」

「そう、じゃあ、頑張ってね」

 空いた手でルッキーニを撫でる。「えへへー」とルッキーニは嬉しそうに笑う。

 酢飯も冷めていき、具材も切り揃えられる。

「豊浦、こっち出来たぞ」

「頑張りましたー」

「うん、ありがとう。それじゃあルッキーニ君、ご飯に混ぜて…………ん?」

 じ、と。豊浦を見る芳佳。

「な、……なにかな?」

「……………………別に、何でもないです」

 そっぽを向く芳佳。シャーリーは笑って「宮藤も頑張ったから撫でて欲しんだよなー」

「ふあっ?」

「芳佳あまえんぼーっ」

「ち、違うよっ、違いますっ! シャーリーさんも変なこと言わないでっ」

「ああ、そうだね。ごめんね。芳佳君」

「べ、別に謝らなくてもいいよっ! 次は混ぜるんだよねっ」

 ひょい、と豊浦の横をすり抜けて酢飯に具材を混ぜ込んでいく。苦笑。

「それじゃあ、ルッキーニ君、シャーリー君。お皿を持ってきて、大きいの二つと、あと、小皿を人数分ね」

「「はーいっ」」

 ぱたぱたと二人は皿を取りに行く。そして、ぽん、と。

「甘えていいって思える人がいるのなら、遠慮しないで甘えていいよ。芳佳君。

 君は頑張り屋さんだから、我侭を言って甘えられる人には遠慮をしなくていいんだよ」

「…………じゃあ、」

 芳佳は顔をあげない。けど、耳まで真っ赤にして、小さな声でぽつぽつと、

「が、……頑張ったら、褒めて、撫でて、…………ください。豊浦さんに、撫でて欲しい、です」

「うん、わかったよ」

 



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三十二話

 

「ペリーヌ君は、…………あまり器用じゃない、ね」

「う、うるさいですわねっ」

 ビニル手袋をして手際よく寿司を握っていく豊浦の隣、悪戦苦闘するペリーヌ。

「ツンツン眼鏡は料理なんてしないもんなー」

 そしてけらけら笑うエイラ。ペリーヌは難しい表情。

「うう、なんで、……エイラさんも料理しているイメージがまったくないのに」

「んー、確かにやらないけど。ああ、リーネの教え方がうまいからかな」

「僕は下手かな?」

 豊浦は苦笑。エイラは彼の手元を覗き込んで「口で伝えるのも限界あるだろ、それ」

 エイラの持って来たネタを手に取り器用に握っていく豊浦。ペリーヌも彼の手つきを見よう見まねで再現しようとしているが、なかなか難儀しているらしい。

「はあ、こんなの一体どこで習うんですの? 専門の学校とか?」

「家船っていう漁業民」

「…………さすがお年寄り、広範な交友関係をお持ちで」

 ペリーヌは肩を落とす。……つまり、経験の差だろう。

「ペリーヌも貴族なんだから、そこの胡散臭い怨霊より交友関係広げないとな」

「そーですわねー」

 けらけら笑うエイラに溜息を返す。と。

「エイラさん、固有魔法を使って、これ切ったらどうなるか見てくれないかしら?」

「料理に固有魔法使いたくないんだけどな」

 難しい表情で巻き寿司に具材をのせていたミーナの要望を一蹴。エイラはサーニャとネタを切り始め、リーネがミーナの所へ。

「まあ、ペリーヌ君はいろいろ忙しいのだろうし、仕方ないと思うよ」

「…………むう、けど、殿方に料理で負けるのは、悔しいですわ」

 豊浦のいう事は正しい。今はウィッチとして活躍しているが、そうでない場合は孤児たちの世話や貴族として領地の統治、そして、ガリアを治める他の貴族やガリアの執政者との交流もある。

 特に、ペリーヌはガリア解放の立役者であり、故郷の英雄として会合を望む者は多い。ペリーヌの意思を極力尊重してもらっているが、貴族として他の貴族との付き合いは蔑ろに出来ない。

 ゆえに、豊浦のいう通り非常に多忙だ。料理が出来なくても責める者はいない。……ただ一人を除いて、

「貴族だからできない、なんて立場に甘んじるような考えは許せませんわ。……それに、いつか、子供たちにも作ってあげたいですし」

 ペリーヌが自宅にいたときはリーネも一緒にいた。彼女の料理は好評で子供たちはとても楽しみにしていた。…………正直に言えば、羨ましかった。

「そう、……ペリーヌ君は優しいんだね」

 微笑ましそうにそういわれると照れる。ついでに、……「撫でないんですの?」

 警戒していたが故の意外な声。豊浦はビニル手袋をつけた手を広げて「撫でて欲しい?」

「結構です」

 苦笑してそっぽを向く。子供扱いは不満だが撫でられるのは嫌いではない。が、酢飯を握ったビニル手袋で女性の髪に触れたら間違いなく殴る。

 ともかく、悪戦苦闘の甲斐もあってか少しずつ慣れていく。ゆっくりでも形は整ってきて、

「じゃあ、そっちはお願いね」

「別のでも作るんですの?」

「ん、軍艦巻きをね。あんまり作ったことないけど、ペリーヌ君もいるし挑戦してみようかなって思って。

 巻き寿司は、……ミーナ君が頑張ってるみたいだから」

「…………盛大に首を傾げていますわね」

 どうも、切った後の絵柄が予想と違っているらしい。エイラに再度固有魔法で教えてもらうように頼み一蹴されている。

「ミーナ君は、……凝り性なのかな?」

「けど、美味しそうですわね。……ううん、妥協が許せないのかしら?」

 ペリーヌは肩をすくめて苦笑。ともかく巻き寿司が出来たらしい。満足の表情を浮かべたミーナは次に取り掛かる。

 意気揚々とミーナが作り出したのは、

「って、ちょっ、ミーナさんっ! なんでわさびだけっ?」

「わさび巻き、いいと思わない?」

「わさびは辛いんですっ、涙が出るくらい辛いですっ!」

「一人で食えよ」

「…………あの、ミーナさんは、別のお皿に」

「なん、……ですって? え? ……え、じゃ、じゃあ、…………あの、バナナとか」

「こんなところで創作寿司を作らないでくださいっ!」

「一人で食えーっ!」

「…………梅干しとか美味しいと思うわっ! おにぎりにもよく入ってるしっ」

「酢飯に梅干しってなに期待してるんだっ?」

「あの、ミーナさん。

 酢飯、置いておきますから、あっちでやってくれますか?」

 割と珍しい、サーニャの少し怒ったような声。ミーナは項垂れた。

「…………ごめんなさい」

 そんな様子を遠巻きに見ていた豊浦がぽつりと呟く。

「……ミーナ君は、創作料理が好きなのかな?」

「味覚が独特なんですわ」

 適当に応じてちょいちょいと寿司を作っていく。

「うん、随分慣れてきたね」

「え、……ええ、そうですわね」

 豊浦ほどではないにせよ、少しずつスムーズに作れるようになってきた。……ふと、

「ペリーヌ君のところにお米はあるのかな?」

「米? ええと、輸入した分ならありますわよ」

「それは、君たちの基地に?」

「ええ、そうですわ。それがどうかしまして?」

 不思議そうに首を傾げるペリーヌ。

「いやね。今度孤児とみんなでお寿司を作るのも楽しいかなって思ってね。

 ほら、さっきのミーナ君じゃないけど、意外と美味しい具材を見つけられるかもしれないよ」

「そうですわね。

 それに、ふふ、みんなで楽しめそうですわ。……まあ、そんなにお米はありませんけど」

 引き取っている子供たちやアメリー、屋敷の使用人や復興に力を貸してくれる人たち。そんなみんなを招いて好きな具材を乗せてお寿司を作ってみんなで食べて、……そんな光景を想像してペリーヌの頬が緩む。

「輸入経路を作ってみれば? 執政者としての仕事、扶桑皇国と米販路確立、とかね」

「……気楽に、…………まあ、考えてみますわ」

 気楽に言う豊浦にペリーヌは軽く笑って応じる。ネウロイとの戦争中、そんな余裕はない。

 けど、

「子供たちのために交易樹立。頑張ってね」

 豊浦は無責任に無茶苦茶な事を言う。けど、……それも楽しそうで、子供たちも喜んでくれるだろうな、と。

 そんな事を思ってしまった。だから、

「…………まったく、それ言われたら拒否できないじゃないですの」

 

「というわけで、今日のお夕飯はお寿司だよー」

「やったーっ!」

 居間で、炬燵の中央に散らし寿司。その周りに手巻き寿司や握り寿司。

 色とりどり、彩鮮やかな料理が炬燵に広げられる。少女たちは目を輝かせ、

「……せっかく、作ったのに」

「ミーナ?」

 一人しょげるミーナ。エーリカは首を傾げるがエイラは笑う。

「梅干し寿司なんてひたすら酸っぱいだけのものを食卓に出すか」

「お、美味しいわよっ! きっと美味しいわっ」

「酢飯に梅干し、……あ、あんまり食べたくないですね」

「宮藤さんっ?」

 芳佳にまで否定されて愕然とするミーナ。

「それじゃあ、いただきます」

 ミーナを横に置いて豊浦が手を合わせて、

「「「いただきます」」」

 皆が続いた。ミーナもしゅんとしながら「いただきます」

「はい、ルッキーニ君」

 豊浦はしゃもじで散らし寿司を隣にいるルッキーニの皿によそる。

「ありがとっ、豊浦っ」

「どういたしまして」

 笑顔のルッキーニに豊浦は笑みを返して撫でる。ルッキーニは嬉しそうに目を細めて、

「豊浦みたいなお兄ちゃんがいたらいいなー」

 ぴく、と誰かが反応した。

「そうですわね。豊浦さんいろいろ出来ますし、いてくれると助かりますわ」

 箸で寿司をつまみ食べながらペリーヌ。

「えへへー、お兄ちゃんっ」

「そうだねえ。ルッキーニ君みたいな妹がいると楽しいだろうね」

 嬉しそうに呼びかけるルッキーニを豊浦は笑みを返して撫でて、

「ふむ、…………ルッキーニが妹、か。…………末の妹。……クリスより年下なら」

「…………あのー、バルクホルンさん、何を言っているんですの?」

 難しい表情で何か呟くトゥルーデ。ペリーヌの声は届かない。

 そんな微笑ましい光景を見て、ミーナは本気で魔法とかとは関係なしに彼を基地に呼べないか考え始める。

「でねっ、ミーナがお姉ちゃんっ」

「私? ……ああ、まあ、そうかもしれないわね」

 考え事をしていたミーナはルッキーニの言葉に特に何も考えずに応じる。隊長としてみんなの取りまとめをしていることも多い。皆の事を家族と思えば長姉という立場が一番あっている。

 母親といわれなくてよかった、と秘かに安堵。まだそんな年齢ではない。それはともかく、従兵、という立場を思い出し始め、

「それだと、ルッキーニ君のお姉さんのミーナ君のお婿さんになるのかな。僕は」

「ふはっ?」

 あんまりな言葉に思わず変な声が出た。

「な、なにを言い出すのよっ!」

「いや、……そういう事なのかなって思って」

「ち、違うわよっ! ねえっ、ルッキーニさんっ! …………ええっ?」

 じ、……と。いくつかの怖い視線。ミーナ慄く。

「えー、だってミーナみんな家族って言ったじゃん。

 それに、ミーナがお姉ちゃんだって」

 違う、と否定されてしゅんとするルッキーニ。ミーナは厳しいけど優しい、尊敬するお姉ちゃん。豊浦は面倒を見てくれて遊んでくれるお兄ちゃん。

 そんな幸いな関係を否定されて落ち込む。

「え、ええと、……ま、まあ、確かにそれはそれでいいのだけど。

 と、いうか、お婿さん発言は取り消しなさいっ!」

 ルッキーニのいう事はミーナとしても嬉しい。面倒見のいい兄としてウィッチたちの相手をしてくれると助かる。

 けど、お婿さんは困る。いろいろ困る。……とりあえずいくつか向けられる怖い視線が困る。

「そう? まあいいか。

 それに、ルッキーニ君。お兄さんなんて立場なんてなくても僕でよければ遊んであげるよ。それじゃあ不満かな?」

「不満、……じゃないけどー

 お兄ちゃんがいいっ」

 一緒に遊んでくれるのは嬉しい。不満はない。……けど、

 けど、叶うなら、他人じゃなくて特別な何かが欲しい。……その何か、はわからないけど。

「んん? ……まあ、好きに呼んでいいよ」

「やったっ、お兄ちゃんっ」

 嬉しそうに呼びかけるルッキーニに豊浦は微笑み「それでいいよ」と、応じる。

「お兄さん、……そういうのも、いい、かも」

 で、ぽつりとつぶやく芳佳。「芳佳君も、それでもいいよ」

「う、…………え、ええと、……い、いいですっ。私は豊浦さんのままでいいですっ」

「そう?」

 しばらく悩んで出た結論。豊浦としては大したことでもないので頷く。

 …………芳佳からすれば悩むに値する大したことだが、彼が気づくことはない。なんとなく気づいたウィッチは内心で頭を抱える。

「なーなー、豊浦ー」

 で、にやー、と笑うシャーリー。

「ん?」

「豊浦ってどんな女性が好みなんだ?」

「僕の好みの女性?」

「気になるやつもいると思うよー?」

 ふむ、と。首を傾げる豊浦。

「しゃ、シャーリーさんっ、あ、あんまりそういう事聞くの、迷惑、ですよ」

 リーネがおずおずと声をかける。けど、

「そう? リーネも気になるんじゃないの?」

「そ、……それは、…………その、あの、……あのお」

 もごもごと小さくなるリーネ。気になるけど、…………もし、……

「そうだねえ。好みか。…………うーん? あんまり考えたこともなかったな。僕に奥さんがいればその女性を挙げたんだけど。いないしね。

 うーん」

「あの、無理に答えなくても」

 本気で首を傾げ始めた豊浦にサーニャも声をかける。気になるけど、無理にひねり出した答えは聞いても仕方ないと思う。

「そうだね。……うん、考えた事もなかったからね。シャーリー君。答えられな…………ああ、……そうだ」

 不意に、豊浦は笑う。シャーリーはその笑みに不吉なものを感じて一歩引こうとして、

「シャーリー君の事は好きだよ」

「んなっ?」

「ええっ?」

 正面から言われて、シャーリーから声がこぼれ。豊浦を見て、……じわじわと、

「わー、シャーリー、真っ赤」

「う、……うるさいっ、だ、あ、あ、…………え? あ、あの、その、」

 好き、と。男性に言われたのなんて初めてで、言葉が出なくなって、真正面から見つめる彼の顔を見て、顔が熱くなって、…………撫でられた。

「君の元気で明るいところはね。リーネ君の優しいところも、ルッキーニ君の無邪気なところも好きだよ。

 ああ、そうそう、大人をからかうところは感心しないな」

「ぬ、……ぐっ?」

 言われたこと。……つまり、

「お前、な」

「なにかな? シャーリー君?」

 くつくつと笑う豊浦を睨みつける。けど、そんなところも想定内らしい。…………深く、溜息。

「意地悪なやつ」

 不貞腐れたように呟いてそっぽを向いた。

 

 もやもやします。

 と、そんな事を思ってサーニャは布団から起き上がる。困ったな、とも思う。

 明日は、また鉄蛇との交戦。万全の状態であっても確実に勝利できる相手ではない。だからこそちゃんと眠って、万全の状態で相対しなければいけない。

 ……それは、わかってる。…………けど、

「うー」

 起き上がる。サーニャはふらふらと縁側に向かった。

 

 笛の音。

 

「……豊浦さん」

 小さな呟き。そして、笛の音が止まる。

「こんばんわ、サーニャ君」

「はい、えと、こんばんわ」

 庭で笛を奏でていた豊浦はサーニャの座る縁側へ。彼女の隣に腰を下ろして、

「どうしたのかな?」

「あ、ええと、…………その、眠れなくて」

「そう? 明日もまた鉄蛇と戦うのだし、緊張しているのかな。

 ちょっと待ってて、飲み物を持ってくるから」

「いえ、だい「落ち着くよ」…………はい、お願いします」

 

「ありがとうございます」

「ううん、……まあ、女の子が好きな飲み物じゃないと思うけどね。

 いや、さすがに白湯はどうかと思ったけど」

 湯呑を両手に持って肩を落とすサーニャと、苦笑する豊浦。「いえ」とサーニャは軽く首を横に振って一口。

 温かいお湯を飲んで、ほう、と一息。…………そして、沈黙。

 豊浦は静かに夜景を眺めている。彼の隣でぼんやりとするのもいいかな、と思ったけど。

「それが、楽器ですか?」

「ん、……ああ、そうだよ。欧州だと珍しいかな」

「笛はあります。あの、触っていいですか?」

「いいよ」

 渡されて、サーニャは慎重に触れる。

 サーニャの知る笛は複雑なキーを備えてあってとてもデリケートな金管楽器。金属製ではない笛もあるらしいけど見たことはない。

 けど、「これが、笛?」

 豊浦から渡されたのは、……悪く言えば筒に穴をあけただけのように見える。

「そ、これが笛。青葉の笛、っていうんだ」

「これも、豊浦さんが作ったんですか?」

 いろいろ器用なのは知ってる。故の問いに豊浦は首を横に振る。

「違うよ。これは貰い物。僕じゃあここまでいいものは作れないよ」

「そうですか」

 サーニャには筒に穴をあけただけに見えるが、おそらく想像も出来ないような技術や知識をもとに作られているのだろう。

 あんな奇麗な音が出せたのだからなおさら。

「貰い物、……豊浦さんは音楽家のお知り合いもいるのですか?」

 扶桑皇国の音楽。楽譜は買ったからどんなものか想像は出来る。欧州で聞くものとは違う楽曲。もし、よければもっと聞きたい。

 紹介してもらえないか、その期待に豊浦は困ったように首を横に振る。

「音楽家じゃないんだ。僕と同じ、山に生きていた《もの》でね。笛も、彼に教えてもらったんだよ」

「そんな人も、いるんですか」

 目を丸くするサーニャ。

「意外。……だよね。山にいる人が音楽っていうのも」

「はい。あ、勝手なイメージ、ですけど」

「ううん、それもそうだよね。僕も最初は驚いたよ。

 お人好しで優しくてね。よく騙されたりしてたみたいなんだ。その笛も、一度盗まれてたんだよ」

「え? そう、なのですか?」

「そ、で、僕が盗んだ先からかっぱらって彼に返したんだ。

 そしたら、喜んでくれてよ。笛はあげるから一緒にお酒を飲もうってなってね。その時ついでに笛を教えてもらったんだ」

「お酒。…………あ、じゃあ、豊浦さんはその人にとって恩人ですね」

「はは、そうかもね。

 ただ、盗んだ人、業平君っていうんだけど、彼も命令されて仕方なくやったみたいでね。お咎めなしどころかこっそり感謝されたよ。命令とはいえ悪いことをしたって気にしてたし、……いや、困ったものだね」

「ふふ、そうですね」

 楽しそうに語る豊浦にサーニャも自然と笑みをこぼす。

「落ち着いた?」

 だから、不意に問われた言葉にサーニャは小さく頷く。……落ち着いた。だから、

「それじゃあ、「あの、豊浦さんっ」ん?」

 だから、もやもやの理由。なんとなくわかった。

「豊浦さんは、……シャーリーさんみたいな、明るい女性が好み、ですか?」

「うん?」

「…………さっき、の、お夕食の時の、お話です」

 俯いて、湯呑に視線を落として、けど、ちゃんと問いかける。……だって、自分は、

「ああ、誤解を与える言い方をしたみたいだね。サーニャ君」

 ぽん、と撫でられる。視線を向けると少し困ったような表情。

「確かに明るい女性は魅力的だと思うよ。シャーリー君のそういう面もね。

 けど、それだけじゃないよね。明るいだけじゃない。優しいところもあるし、しっかりしたところもある。そういうところを全部含めて、シャーリー君は一人の女性として魅力的だと思うよ。……ああ、うん、だから、」

 豊浦は微笑み。

「もし、サーニャ君が明るくない、暗い娘だとしてもね。それでも、僕は君の事を魅力的だと思ってるよ。

 明るいとか暗いとか、それだけじゃない、一人の女性として、ね。サーニャ君」

「あ、…………あ、あの、あの、」

 魅力的、……なんて言われたのは初めてで、顔が真っ赤になる。なんて言ったらいいのかわからなくなる。……ただ、

「あ、……ありが、とう。ござい、ます。

 豊浦さんに、そういってくれると、すごく嬉しい、……です」

「そっか、……それじゃあ、そろそろ寝なさい。

 明日、また頑張らないといけないのだからね? ……それとも、子守唄が必要かな?」

「え?」

 子供扱いしないで、……という言葉は飲み込む。彼に見守られて眠るのも、いいかな、と思ってしまったから。

 けど、それはつまり、彼に寝顔を見せる事。無防備なところを見られるのは、恥ずかしい。…………けど、

「お、……お願い、します」

 この人なら、いいかな、……そんな風に思ってしまって、サーニャは小さく応じた。

 



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三十三話

 

「始まりますね」

 静夏は、じ、と。横須賀海軍基地を見て呟く。

 始まる。傍らにいるウィッチ、井上照は頷く。

「イェーガー大尉が離脱しました」

 遠い、が。光を操る固有魔法を持つ照は光量を調整することで遠距離まで視認することが出来る。彼女のいう事に間違いはない。

 そして、それはすぐに静夏も確認した。

 

 鉄蛇が咆哮を上げる。

 

「総員、警戒っ」

 美緒の声にウィッチたちは息を呑む。空に向かって咆哮するのは自分たちよりはるかに格上のウィッチ、《STRIKE WITCHES》であっても難敵といわれるネウロイ。

 ましてや、ここにいるウィッチたちはネウロイとの交戦経験そのものがほとんどない。もし襲撃を受けたら、と。そう思うと自然、身が竦む。

「よ、……と。

 それじゃあ、あとは任せた」

 シャーリーは豊浦を下して戦場に舞い戻る。遠く、横須賀海軍基地の跡地でウィッチたちと鉄蛇は壮絶な戦闘を開始する。……静夏はそちらを見て思う。いつか、

 いつか、自分もああいう風に戦えるようになりたい。と。

 ともかく、豊浦は甲板に着地。彼は鉄剣の切っ先を甲板に向けて目を閉じ、沈黙。……おそらく、残った鉄蛇の封印の維持をしていると静夏は思う。そして、照が固有魔法を展開。

 光を調整して《大和》の甲板にいるウィッチたち、そして豊浦を不可視状態にする。ネウロイは光学的な要素でのみ索敵をしているわけではないが。それでも、ごまかし程度にはなるかもしれない。

 あとは待機。自分たちの役割は戦闘ではない。ここの守護だ。美緒からの合図でシールドを展開し、ここを守る事。……けど、

 けど、静夏は遠く、戦う鉄蛇を見る。空、高速で飛翔するウィッチたちを撃ち落とさんと放たれる炎の砲弾。

 もし、それが自分たちに向けられたら。そう思うと、身が竦みそうになる。

 いつか、……以前、芳佳を欧州に送り届けたとき。ネウロイの破壊力はその目で見ている。そして、百戦錬磨のウィッチたちでさえ鉄蛇の攻撃能力には警戒していた。自分たちに防げるか、守れるか。……その自信は、ない。

 だから、何もなければいい。…………けど、そんな期待は砕かれる。

 それは、ミーナの声。

 

『鉄蛇がそちらに向かっているわっ!

 今回は水を纏ってる、水上を進める可能性もあるわっ!』

 

『徹甲弾装填っ!』

 真っ直ぐに、鉄蛇が突撃してくる。その速度は、早い。

『撃てっ!』

 艦砲が砲撃。放たれた砲弾が鉄蛇を打撃する。

 鉄蛇は動きを止める。……けど、それだけ。

 艦砲ではネウロイを砕くことはできない。鉄蛇もそれは同様。動きを止め、ウィッチたちから銃撃を受ける。……けど、

「効果は、薄いですね」

 照の言葉に静夏は構えながら「薄い?」

「水の膜が張っているようです。それが銃弾をほとんど受け止めています。

 現状、リトヴャク中尉のフリーガーハマーはほぼ効果なし、他のウィッチたちの機関銃も効力は半減、まともに損傷を与えているのはビショップ曹長の対装甲ライフルのみです」

「そんな、クロステルマン中尉の固有魔法はっ?」

 銃撃が効かない。その事に静夏は寒気を感じて、それを振り払うように問いかける。ペリーヌの固有魔法、雷撃は? 対して、照は首を横に振る。

「無駄でしょう。水を「総員。シールド準備っ!」」

 無駄、と告げた照を遮るように美緒の声が響く。シールド、その単語を聞いて静夏は息を呑む。シールドの構成を思い出そうとして、

「展開っ!」

 声に、言われるままにシールドを展開。他、数十人のウィッチたちが一斉にシールドを展開する。

 そして、そこに叩き付けられる炎の砲撃。

「あ、……くっ?」

 巨人に殴られた。そんな感覚。

 数十のシールドがまとめて軋み、一撃で半数が砕ける。

 鉄蛇はさらに砲撃をしようと口を開き『させるなっ! 撃てっ!』 

 徹甲弾が鉄蛇を打撃。そして、《STRIKE WITCHES》は追撃する。鉄蛇はそちらに砲撃。

 自分たちへの追撃は避けられた。安堵と、

「凄い」

 ぽつり、ウィッチの一人が呟く。

 ただの一撃でさえシールドの大半が砕かれた。そんな相手に《STRIKE WITCHES》は真っ向から交戦する。砲撃を防ぎ追撃し、銃弾を撃ち込む。

 なのに、…………「ぼさぼさするなっ! 来るぞっ!」

 美緒の声。反射的に静夏は身構える。鉄蛇が口を開く。

 砲撃。直後に艦砲により打撃される。が、

「こ、のっ!」

 シールドを展開。そこに砲弾が突き刺さる。

「う、…………つっ」

 シールドが軋む。渾身の魔法力を使って紡いだシールドが壊れそうになる。

 何とか、逸らした。砲弾は海に着弾。

「は、……あ、はあ」

 それを確認して静夏はへたりこんだ。一緒にいる周りのウィッチたちもそれは同様。ふらついている。

 改めて、実力の差を感じる。自分たちは皆で流れ弾を数発逸らすだけで精一杯なのに、空を舞うウィッチたちはその数倍の砲弾を防ぎ、受け流し、戦っている。

 鉄蛇は尾を振り上げる。銃撃していたシャーリーは死角からの攻撃も危なげなく回避し、振り回される巨大な尾をウィッチたちは素早く回避。次の攻撃に繋げる。

『頭部に砲撃を集中する』

 それだけ告げ、徹甲弾が頭部に叩き付けられる。そこを守る水が貫かれ飛沫になる。

 水の膜が散らされ鉄蛇の頭部が数秒、露出。『十分だっ!』

 ウィッチたちは滑り込むように頭部へ。コアのある頭部に銃撃を集中。

 そして、鉄蛇がウィッチたちを叩き落そうと尾を振り上げる。が、すでに散会している。直上に逃れた芳佳とリーネ、ミーナの方に鉄蛇は砲撃。

 けど、芳佳はシールドを展開して受け流す。それとほぼ同時、リーネの対装甲ライフルが銃撃。鉄蛇を穿つ。

『やっぱり、攻撃中は水の膜が解除されるらしいわね。

 総員、タイミングを計りなさい。艦砲は引き続きお願い。水を砕いて』

『了解した。ただの水か、…………機銃による掃射を行う。着弾観測を』

『ええ、わかったわ』

 そして、軍船からの機銃一斉射。莫大量の銃弾が水を叩く。

 それが鉄蛇に届くことはなく、届いたとしても傷つけられない。としても、『いけるっ!』

 水の膜が再構築される僅かな間。シャーリーは持ち前の速度で滑り込む。鉄蛇の真正面に陣取り、銃撃。

 鉄蛇が煩わしそうに咆哮を上げる。そして、シャーリーに突撃。『追撃します』

 突撃をシャーリーは銃撃しながら回避。水の膜に穴をあけ、その向こう側。

 サーニャのロケット弾が穿たれた水をすり抜け鉄蛇に突き刺さる。爆発。

「凄い」

 高速の飛翔と正確な銃撃、的確な連携。それで水に守られた鉄蛇に攻撃を届ける。正しく、

「……格が、違うね」

 竦んだような、声。頷く。

 その戦闘を見ればそれはいやでも実感できる。自分があそこに入って戦えるか。どれだけ都合よく考えても、答えは、否。

「来るぞっ!」

 美緒の声が響く。鉄蛇は周囲を飛翔するウィッチたちを相手に全方位に砲弾をばら撒く。

 ウィッチたちはそれぞれ危なげなく回避。回避しながら銃撃を続ける、が。

 それは当然、こちらにも砲弾が飛んでくるという事。

「シールド展開っ!」

 美緒の声。シールドを展開する。そして、叩き付けられる砲撃。

「ぐっ」

 重い。自分たちに回避することはできない。ただ、ひたすら防御を重ねて耐えるしかない。

 それこそが、ここにいる役割なのだから。

「あ、……ああっ」

 けど、それでも、…………重い。

「く、…………うあっ!」

 シールドが砕ける寸前、力を振り絞って砲弾を逸らす。防いだ。

 けど、

「次だっ!」

 鉄蛇は、待ってはくれない。戦うウィッチに守る余裕はない。

 だから、放たれた砲弾を見て、感じたのは死ぬかもという、予感。

 シールドを展開。どこまで耐えられるか。……けど、

「させないっ!」

 砲弾に、横から突撃するウィッチ。

「宮藤、さん」

 シールドを展開した状態での突撃。それで砲撃を押しのける。

 眼前で弾き飛ばされ、代わりにそこには芳佳の背。彼女は機関銃を構えて真っ向から鉄蛇に突撃。

 急上昇と急降下、シールドを展開しての最低限の接触で砲弾を逸らし、鉄蛇に迫る。

 彼女を援護するのは彼女の仲間たち。世界でも最上位のウィッチたち。…………その背を見送って、ぽつり、思った。遠い、と。

 手の届かない、手を伸ばすことさえ考えられなくなるほど遠くを飛ぶ彼女たち。自分たちはその背をただ、見送るしかできない。

 ともに飛ぶことは出来ない。なら、……

 

 逃げてもいいのですよ。

 

 ふと、そんな声が聞こえた。静夏は辺りを見る。……聞いたこともない声。

「照、今、何か言いましたか?」

「…………いえ?」

「逃げても、いい、の?」

 ぽつり、誰かが呟いた。

 逃げてもいい、と。……だって、

「だって、……私たち、」

 何もできない、と。そんな声。

 絶望的な実力不足。ただの数回、攻撃を防いだだけで疲弊する自分たち。

 ここにいても何もできない。ウィッチとして空を飛び、国を守るために敵と戦う。……そんな理想は遥か彼方。ずっと、ずっと遠くにある。

 ただ、出来ることはひたすら耐えるだけ、……だから、…………それしかできないのなら。

 自分は、いなくてもいい。……なら、

 

 砲弾を防ぐのは辛くて、ここで戦うのを見ているだけというのも虚しくて、

 

 …………魔法力を失い、空を飛ぶことさえできない誰か。

 

 自分たちは何もできない。そんな思いを抱えるのは悲しくて、

 

 …………戦う事もできないのに、それでも、必死に守ろうとした誰か。

 

 自分たちの故郷を、守る事も出来ないのが寂しくて、

 

 …………何もできないくせに、それでも、自分の出来ることをしようと足掻いた誰か、傷を負い倒れ、…………あの時、自分はどうしたっけ?

 

「視線を逸らすなっ!」

「つっ!」

 美緒の一喝に前を見る。放たれた砲弾に視線を向ける。その視線に力は、ない。

 ただ、……前を見た。だから、見えた。

 

 真っ直ぐに、刀を甲板に突き刺し、ただの両目で砲弾を睨む美緒。

 その瞳は魔眼ではない、だって彼女に魔法力はないのだから。……だから、彼女に身を守る術は何もない。それでも、一番前に立ち、そこにいる。

 美緒はここにいるウィッチたちの実力は知っている。彼女とともに戦ってきたウィッチに大きく劣る事はわかっているはずだ。

 けど、それでも、逃げるなど考えもせず、彼女はここにいる。

 

「…………だ」

 弱音を噛み締め、硬くなった息を噛み砕くように、叫ぶ。

「まだっ!」

 怒鳴るように吼えてシールドを展開。砲弾が叩き付けられる。巨人に殴られたような一撃。それは変わらず、重く、圧し掛かる。

 けど、

「私は、……私は、逃げませんっ!」

 重い、辛い、……けど、それでも、力なくても決して逃げる事なく立ち向かった彼女がいる。

 その背中に憧れたから。……例え、力不足でも。なにも出来なくても、逃げる事だけは、絶対にしない。

「う、…………ああっ」

 重い。倒れそうになる。……けど、

「服部軍曹っ」

 倒れそうになっていた他のウィッチたちが、それでも手を翳す。シールドを展開。

 ふらつく。……けど。それでも、

「ああ、よく耐えたな」

 美緒の声。必死になって構築したシールドは砲弾を逸らす。

 鉄蛇はウィッチたちの攻撃を受けながら、それでも、さらに《大和》に追撃する。口を開き、火炎の砲弾を放つ。

「つっ」

 立ち上がる。もう一度シールドを展開。疲弊した静夏にとって立ち上がるだけでも辛い。……けど、せめて視線はそらさないで、真っ直ぐに迫りくる暴力を睨んで、

 砲撃の音。

 《大和》から放たれた砲弾が火炎の砲撃を撃ち抜く。砕いた。

「え?」

『運がよかっただけだ。次は期待するな』

 ぽつり、こぼれた声。そして、響く砲撃手の声。鉄蛇は苛立つような咆哮を上げる。

 そして、それに応じるように誰かの声。

『撃て撃て撃てっ! ありったけの砲弾を叩き込んでやれっ!』

『鉄蛇頭部に機銃射線集中っ! ウィッチたちの道をつけるぞっ!』

『無駄弾は全部こっちが引き受けてやるっ! 彼女たちの銃弾を届かせればそれでいいっ!』

 安堵、そこに滑り込むのは男たちの声。…………ああ、そうか、と。

 艦砲に意味はない。ネウロイを傷つけることはできない。

 足止めが精々で、気を引ければ御の字。結局、少女に戦ってもらう事しかできない。……彼らは、そんな無念をいつも抱えて戦っている。

 

 戦っているんだ。そんな事を思った。

 だから、

「そうです」

 歯を食いしばる。まだ、戦いは続いている。…………例え、戦いの空は遥か遠くであっても、……それでも、

「戦って、いるんです」

 この国を守るために、ここにいる。だから、逃げる事なんてできない。

 

『砲門は鉄蛇の頭を睨めっ! 攻撃して来たら撃ち返してやれっ! 銃弾一発無駄だと思うなっ! ウィッチたちの道をつけるのは俺たちだっ!

 いいかっ!』

 

 誰かの、声が聞こえた。

 

『この国を、扶桑皇国を守ってるのは俺たちだっ!

 役立たずだろうと、意地張って戦うぞっ!』

 

 …………誰かが微笑む音を聞いた。

 

「お疲れさまでした。宮藤さん」

「あ、……うん。静夏ちゃんも、お疲れ様」

 鉄蛇との戦闘を終えて戻ってきた《STRIKE WITCHES》。

 芳佳たちは緊張からの解放と疲労で甲板に敷かれた茣蓙にへたりこむ。けど、その視線には心配があって、

「大丈夫だった? 結構攻撃飛んじゃってたけど?」

「はい、何とか防御できましたっ」

「そっか、頑張ってくれたんだね」

 笑顔を向ける芳佳に静夏は「はい」と笑顔で応じる。そして、豊浦と談笑を始める。……ぽつり、呟く。

「いつか、……私も貴女と一緒に、誰かを守るために戦えるでしょうか?」

「ん、静夏ちゃん。何か、って、ああっ? ルッキーニちゃんっ!」

 豊浦に抱き着くルッキーニに慌てて駆け寄る芳佳。当然、静夏の問いに答えはない。……それでいい、と思う。

 いつか、きっと、憧れの彼女と一緒に空を舞い、誰かを守れるようになろうと、そう決めたのだから。

 

「お疲れ様、今回は危なかったわね」

「ん、……ああ」

 へたりこむミーナの声に美緒は軽く頷く。

 危なかった。……のかもしれないけど。

「はっはっはっ、なに、大丈夫だっ」

「ええ、そうだったわね」

 彼女はいつも通りに笑う。ここに集まるのは実力不足のウィッチたち。けど、それでも、大丈夫、美緒はそう解かってた。

 だからいつも通りに笑う。…………強いて言えば、

「やはり、戦えないというのは歯がゆいな」

 寂しそうに、苦笑。

 戦えない、魔法力がないから当然だ。艦載機で空を舞う事は出来るが、それで何が出来るわけもなく、足手まといにしかならない。

 かつての戦闘隊長がこんな様か、……と、寂しそうに笑う美緒にミーナは手を伸ばして、

「…………何の真似だ?」

 じと、とした視線。美緒は頭を撫でられてミーナを睨み、ミーナはくすくすと笑って、

「拗ねないの。貴女がいるから私たちは戦えているのよ」

 これは事実だ。鉄蛇を相手に誰かを守る余力なんてない。豊浦を守るのが未熟なウィッチであるのはわかっている。けど、そこに美緒がいるから任せられる。

 だから、

「……わかった。わかったから撫でるな」

 そっぽを向いて撫でられるに任せる美緒にミーナは微笑み「じゃあ、これからも頼むわよ」

「わかってる。

 お前たちが鉄蛇との交戦に集中できるよう、せいぜい働いてやる。……それぐらいしかともに戦えない私に出来ることはないのだからな」

「それがともに戦っているという事よ。美緒」

 



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三十四話

 

「明日は雨、……ね」

 家に戻り、次の鉄蛇との戦闘準備。……の前にそんな情報がもたらされた。

「さて、どうしましょうか?」

 もちろん、ウィッチたちは雨天での戦闘も問題はない。ネウロイは天気に関わらず襲撃してくる。当然、ウィッチも雨だから休みますというわけにはいかない。どんな天気であっても交戦できるように訓練をしている。

 が、今回は事情が異なる。豊浦の封印によりいつ鉄蛇と戦闘を行うか、その決定はこちらで出来る。あえて雨天で交戦をするか?

「やめた方がいいよ」

 お茶菓子に持って来た金平糖を齧りながら豊浦。

「さんせーっ、あたしも雨の中飛びたくなーい」

「…………好き嫌いはともかく、個人的な理由でわたくしも賛成ですわ。

 固有魔法の制御が難しくなりますもの」

 ルッキーニとペリーヌが反対し、他のウィッチたちもあえて彼女たちの意見に逆らう意見はない。

 雨天でも訓練はしている。が、それでも晴天の時よりは飛ぶのも大変だし可能なら避けたい。

 というウィッチの事情にミーナも頷き「それで豊浦さん、理由は?」

 ウィッチとの事情とは関係のない彼が反対した理由。それを聞いてみる。

「陰陽の話だけどね。

 水生木っていうのがあるんだ。水は木を生かす。っていう意味だよ。これは説明しなくていいかな?」

「水がなければ木が枯れるという事だろう。…………ああ、いたな」

 トゥルーデの言葉、いたな、と。その意味にシャーリーが眉根を寄せる。

「いたな。木、そのものの鉄蛇が」

「そういう事だ。ただでさえ高い再生速度がさらに加速したら手に負えないな。炎の砲弾は減衰するだろうが」

「可能性問題だけど、攻撃力低下のメリットはある。けど、最悪、手に負えないネウロイが現れるわけね。

 じゃあ、雨天中止ね」

 ミーナの決定にルッキーニは両手を上げて喜ぶ。

「さて、それじゃあ僕はお夕飯の準備をしようかな。

 皆、食べたいものはあるかい? なければ僕が適当に作るけど」

「随分と早いんだな。……ああ、と、作るのはそれでいいよ。楽しみにしてる」

 エイラは炬燵に潜り込みながら笑う。豊浦は頷いて、

「生卵をご飯に乗せただけ、卵かけごはんなんてどうかな?」

「却下っ」

「あ、私もお手伝いするねっ」

 芳佳が立ち上がりリーネも続く。けど、

「芳佳君、リーネ君。休んでいなさい。疲れているときに無理をしてはいけないよ」

「…………はあい」「わかりました」

 腰を下ろす。豊浦は微笑。

「明日は皆にも手伝ってもらおうかな」

「うんっ、任せてっ」

 芳佳は嬉しそうに応じる。豊浦は笑顔を返して台所へ。

「ミーナ、雨はどの程度降る予定だ?」

 トゥルーデの問いに溜息。

「今夜から、午前中の予報ね。ただ、どちらにせよ暗い中での交戦は不利だから明日は休憩になるわ」

 午後から交戦を開始して、もし暗くなっても交戦が続くとなれば不利になる。鉄蛇の索敵能力は侮れない。夜間でも昼と遜色なく交戦できるかもしれない。

 故の決定にウィッチたちは頷いた。

 

「今日のお夕飯は天麩羅いろいろだよー」

「「「おおっ」」」

 少女たちは感嘆の声。豊浦が持って来た人数分の大皿には衣の色もきれいな天麩羅が山と乗っている。

「ふふ、いろいろ作ってみたよ。あ、苦手なものがあったら気を付けてね。

 はい、天つゆ。大根おろしはお好みでね」

 深めの小皿に天つゆ、傍らには大根おろし。「…………大根おろし?」

「薬味の一種だよ。大根をすりおろしたものなんだ。

 少し辛味があるかな。ただ、消化を助けてくれるから健康にはいいみたいだね」

「天麩羅は少し油っぽいから大根おろしと一緒に食べるとさっぱりします」

「へー、乗せて食べればいいのか」

 興味深そうに呟くエイラ。では、

「いただきます」

 ミーナの言葉に、いただきます、と声が重なった。

 

「いろいろあるな。どんなのがあるんだ? ……うわ、葉っぱがある」

 大皿に乗せられた天麩羅を一つ一つ見ていたエイラが素っ頓狂な声。箸でつまんだのは「それも雑草だよ。そこらへんに生えてるんだ」

「扶桑皇国は、……なんでも食べるな」

「衣をつけて加熱すれば食べられる。それでいいと思うよ」

「扶桑皇国の料理って、……え? 奥が深いんですの? 浅いんですの?」

「それ、……あ、紫蘇ですっ! 紫蘇は薬味になるの。天麩羅にしてもさくさくで美味しいですよ。

 豊浦さん、扶桑皇国の料理が誤解されるようなことを言わないでよっ」

「はは、ごめんごめん」

「そうだぞ。扶桑皇国は菌類も衣をつけて加熱して食べるからなっ」

 シャーリーがシイタケの天麩羅をつまんで告げる。「シイタケですっ」と芳佳。

「まあ、菌類だな」

「くっ、……シャーリー君に先を越されるなんて」

「なに張り合ってるのよ?」

 どや顔のシャーリーに悔しそうな視線を向ける豊浦。溜息をつくミーナ。

「ミーナさんはどれが好きですか?」

 ふと、リーネが問いかける。ミーナは「どれも美味しいわよ」と、微笑。

「ただ、……そうね。リンゴとか、果実の天麩羅はないのかしら?」

「……ミーナ。味覚が素っ頓狂なのはわかったから、創作料理は一人でやってくれ」

 真面目に変な事を言い出すミーナ、トゥルーデは頭を抱えた。芳佳とともに厨房を預かるリーネは心に決める。ミーナはあまり近寄らせないようにしよう、と。

「トゥルーデは?」

「私か? ……そうだな。この食べ方もいいが、以前にうどんに入っていた天麩羅も、味が染みていて美味しかったな」

「あ、うん、あれも美味しかったね」

「そう、それでねバルクホルン君。

 扶桑皇国には天ぷら蕎麦、蕎麦抜き。っていう注文があるんだよ」

「それは、……不思議な注文だな」

「さっきのバルクホルン君みたいにね。そばつゆが染み込んだ天麩羅を酒のつまみに食べたいんだけど。蕎麦も一緒だとお腹いっぱいになるっていう理由で蕎麦を抜いてほしいってことだね」

「酒か」

 トゥルーデに飲酒の経験はない。欧州ではいつネウロイが襲い来るかわからない。ゆえに、飲酒による出撃不可。判断ミスなどあってはならない。軍人として戦っている以上、自身に飲酒を許すつもりはない。

「いい、お酒を飲んでは、だめよ」

 そして、アルコールにトラウマのあるミーナは重々しく告げる。事情を知るトゥルーデは苦笑い。

「ん、……あっ、これジャガイモだっ、やったー、うまいー」

「おや? ハルトマン君はジャガイモが好きなのかな?」

「うんっ」

「そうかい、それじゃあ、僕のもあげよう」

「やったー」

 エーリカは嬉しそうに頷いて「…………ハルトマン君?」

「あーん」

「……………………はい、あーん」

 口を開けて待機するエーリカに豊浦は食べさせてあげる。エーリカは嬉しそうに咀嚼、味わって食べる。

「んー、美味しー」

「そうかい、それはよかったよ」

「というか、豊浦っ! お前はハルトマンを甘やかしすぎだっ!」

「えー、いいじゃん。ねー、豊浦」

「ま、大したことじゃないしね。それに、ハルトマン君は鉄蛇と頑張って戦っているんだから、こういう時くらいは甘えてもいいと思うよ」

「そーだそーだー」

「というわけで、どうだい? バルクホルン君も」

「そー、だめっ」

「え?」

 いきなりの否定に驚く豊浦。

「……えーと、ほ、ほらっ、トゥルーデ子供扱いするなーって言ってたじゃんっ」

「まあ、確かに私は遠慮するが」

「ほらっ」

「うむむ、そうかい」

「えへへー、じゃあ、お兄ちゃんっ、あたしにも食べさせてっ」

「ん、何か食べたいものはあるかい?」

「んー、と、んーと、…………海老っ」

「それは僕も食べたいからだめ」

「えーっ」

「それじゃあ、代わりに穴子の天麩羅をもらおう」

「あな、ご? どれ?」

「これ」

「うん、じゃあ、お兄ちゃんと交換っ」ルッキーニは穴子の天麩羅を豊浦の皿に放り込んで「あーんっ」

「…………こういうの、好きなのかな?」

「んーっ」

 美味しそうに目を細めるルッキーニ。首を傾げる豊浦。

 で、

「うー」

「よ、芳佳君? ……ええと、美味しくなかった。……かな?」

「そんな事ない、……です」

 もやもやした表情の芳佳。豊浦は「えーと」と、首を傾げる。

「ええと、芳佳君も、……何か食べる、かな?」

「…………ルッキーニちゃんからもらった穴子をください」

「僕、これ好きなんだけど?」

 おずおずと応じる豊浦。ぷいっ、と。芳佳はそっぽを向く。

「う、……むむむ? …………ペリーヌ君?」

 くつくつと笑うペリーヌ。珍しい豊浦の困惑顔が面白いらしい。

「大人しくあげたらいいんじゃないんですの?」

「うーむう?」

「宮藤がこんな風に我侭言うの珍しいな」

 エイラは不思議そうに首を傾げる。同感、……だけど、なんとなく芳佳の気持ちもわかるサーニャは大人しくて見ている。

 ちょっとおろおろした豊浦も新鮮でいいな、とは思っても口に出さない。

「まあ、いいか。……はい、芳佳君」

「…………私は、食べさせてくれない、の?」

「女の子はこういうのが好きなんだね」

 豊浦は困ったように呟き、芳佳の口元に天麩羅を持っていく。芳佳は顔を真っ赤にして口にする。さく、と音。

 美味しい。……と、思う。恥ずかしくてそれどころじゃないけど。

「真っ赤になるくらいなら変な我侭言うなよ」

「…………はい」

 だから、シャーリーの苦笑交じりの言葉に頷くしかない。

「あの、豊浦さん。……ええと、この天麩羅、ですよね。

 私の食べていいですよ」

「ん、……ありがとう。サーニャ君。

 けど、それは自分で食べなさい。いろいろなものを食べてみるのもいい経験になるよ」

「はい」

 サーニャは撫でられて心地よさそうに目を細める。「さて」と、豊浦は立ち上がる。

「豊浦さん?」

「僕はここでごちそう様。みんなはゆっくり食べていなさい」

「随分残したな?」

 トゥルーデは首を傾げる。今まで、彼が食事を残したことはなかった。

 トゥルーデの問いに豊浦は上機嫌に笑う。

「残りはお酒のつまみで食べるからねっ!

 天麩羅をつまみに酒を飲むの好きなんだっ」

「お酒を飲むというのっ?」

「…………なんで、ミーナ君はそんなに驚くのかな?」

 愕然と応じるミーナに豊浦は首を傾げる。事情をなんとなく知るトゥルーデとシャーリーは苦笑い。

「だ、だめっ、だめよっ! 酔っぱらうと大変なことになるのよっ!」

「……いや、さすがにそこまで飲まないよ。…………あの、ミーナ君。何かあったのかな?」

 立ち上がり豊浦に迫るミーナ。その迫力に豊浦は後退。

「まあ、いろいろあったんだよ。いろいろ、な」

 ペリーヌを横目にシャーリーは苦笑。ペリーヌが美緒を慕っているのは知っている。なので、なにがあったかは言わない。

「ともかく、お酒はだめっ!」

「…………むう、いや、じゃあ、僕が新設したあっちの小屋で一人で飲むから、ね」

「そうね。……それがいいわね」

「お酒? あたしも飲んでみたいっ」

「ルッキーニさんっ!」

「ルッキーニ君は飲んだことないのかい?」

「いや、飲んではだめだろ」

 不思議そうな豊浦にトゥルーデが突っ込む。ちなみに、この中で飲酒をしていい者はいない。

「そう、……そんなものなんだね」

 なぜか不思議そうな豊浦。……けど、ふと、

「酒かー、いいかもなー」

「エイラさんまでお酒を飲むというの?」

 よほどのトラウマでも抱えてるのか怖い声で呟くミーナ。エイラは「違う」と軽く笑って、

「今じゃないけどさ、……私たちさ、ここで、皆で酒飲めるようになったら、酒を持ち寄って集まって宴会とか楽しいんじゃないかって思ったんだ」

 皆で酒を飲めるようになったら、……その言葉の意味。ウィッチたちにとって、それは決して軽くない。

 おそらく、そのころには一部の例外を除き魔法力は消え、ウィッチではなくただの人として生きているだろう。

 《STRIKE WITCHES》は解散し、それぞれの生きる場所で生きているだろう。……だから、

 だから、それぞれの生きる場所で得た物を持ち寄って、それぞれの生き方、思い出を、また集まって語る。それは、とても楽しい事だと思う。

「そうだな。……ああ、カールスラントはビールが美味いらしいな。その時にはいい物を持ってくることを約束しよう」

「何言ってるの? おすすめはイエーガーマイスターっ! ハーブとかフルーツで作られた健康にもいいお酒だってっ」

「ワインでしたらうちに自慢のものがありますわよ?

 そうですわね。その時はぱーっと持ち込みましょうか? ふふん、極東の魔境で作られるお酒とはわけが違いましてよ?」

「オラーシャは、寒さに耐えるために、すごく強いお酒があります。…………ええと、ウォッカ、っていうの」

「あ、それならスオムスにもあるぞ。

 けど、シードルもいいみたいだな。サウナに持ち込んでる人結構いたし」

「ブリタニアはウィスキーが美味しいです。私は飲んだことないけど」

「えーと、ロマーニャにはブランデーがあったけど、……なんてったっけ? グラッパ、だったかなあ。

 お酒の事なんてよくわかんないっ」

「リベリオンって、……どんなんあったっけ? ……なんでもあるような」

「へえ、凄い。いろいろあるんだね」

 国が違えば風土も違う。そして、当然のように文化も変わってくる。その国の風土、文化にあったお酒があるのはわかってる。

 けど、改めて並べられると国ごとにいろいろな種類がある。感心して呟く芳佳。そして、

「けど、扶桑皇国のお酒が一番美味しいよ」

「……こだわるな」

 頑なに豊浦は言い張った。

 

 夜、笛の演奏を聞き終えた芳佳は草履をはいて外へ。

 庭の隅、豊浦が新設した小屋。と、

「…………こんな夜中になにをしているのかな?」

 ぱちぱちと、傍らに焚火。茣蓙を広げて酒を飲む青年。

 少し、困ったような表情。芳佳は俯いて、

「我侭言って、ごめんなさい」

「…………ああ、夕食の事ね」

 反射的な事だった。エーリカやルッキーニに食べさせている豊浦を見ていたら、面白くなくて、我侭を言いたくなった。意地悪な事を、したくなった。

 なんでか、解らないけど。

「……そうだね。…………眠れないのなら座りなさい」

「はい」

 豊浦の隣、茣蓙に座る。ぱちぱちと焚火に視線を向ける。

 空になったお皿と、お猪口。酒を飲んで一息。

「いや、……まあ、ええと、…………僕も悪いことしたかもね。

 その、芳佳君たちくらいの女の子と接することはほとんどなくてね。だから、別にハルトマン君やルッキーニ君を取ったりはしないよ」

「とったり?」

 芳佳は首を傾げる。「あれ?」と豊浦は不思議そうに、

「いや、……芳佳君。二人と仲よさそうだったし。

 それで割り込まれて面白くない。……んじゃないのかな、って思ったんだけど」

「それは、……ええと、そう、なのかな?」

「違うみたいだね。

 まあいいか、芳佳君。明日はお休みだったね。それなら気のすむまでここにいなさい」

「うん、ありがと」

 さっさと眠れ、と拒絶されなかった。その事に安堵の吐息。豊浦は微笑みお猪口から酒を一口。

「美味しい?」

「それはもちろん、松尾大社から持って来たお神酒でね。河勝と大騒ぎしながら作ったお酒の味。美味しいし、何より懐かしいな。

 うん、それに、」

 不意に、豊浦は微笑。

「芳佳君、君がいてくれるからね」

「え? ……あ、え?」

「一人で飲むお酒も僕は嫌いじゃない。けど、大切な人と一緒にいながら飲むお酒も、また美味しいんだ」

「あ、……あ、あ、」

 大切な人。……その言葉を聞いて芳佳はじわじわと顔を赤くする。足を抱え込んで、顔を見られないように膝に額を押し付ける。

 顔は見られないように、……そして、

「た、……大切、な、人?」

「君たちは信じていないみたいだけどね。

 僕は千三百年前に存在していた。僕に子はいないけど、祖を同じとする者はいた。……だから、芳佳君はその子孫かもしれない。遠い、遠い、僕の縁戚かもしれない。ミーナ君はロマンチック、とかなんとか言ってたけどね。

 そんな君がこんなにいい娘で嬉しい。君に会えてよかったよ」

「え、……ええと、」

 ちらりと、見えた豊浦の表情に嘘はない。本当に嬉しそうな、優しい微笑。

 

 もし、彼のいう事が正しいのなら。

 まだ、千三百歳とか、信じられないけど。……けど、本当なら。

 こんな人が祖先としているのは、嬉しいな、と。

 

「わ、……私も、豊浦さんに、会えて、嬉しい、です」

 豊浦みたいに真っ直ぐに、笑顔を見せていうのは、恥ずかしくて出来なくて、……けど、伝えたい言葉はしっかりと伝えた。

「ん、それはよかった」

 豊浦は応じてお酒を一口。ほう、と一息。

 少しずつ、夜風にあたって顔の熱も取れてきた。顔を上げる。豊浦はお猪口とは別、竹筒を手に取って、

「水で申し訳ないんだけど、飲むかい?」

「うん、ありがと」

 受け取り、蓋らしい木の栓を抜く。一口。

 冷たい水。……けど、焚火の熱があって心地いい。ほう、と一息。改めて空を見る。

 空は曇天。星もなくて月もない。残念だな、と。……けど、それでも、彼と一緒に温かい火にあたっているのは、心地いい。

「お酒が飲めればそれはそれで楽しいんだけどね」

「そうだね。……うん、大人になったら、豊浦さんと一緒にお酒、飲んでみたいな」

 いつかきっと、……エイラの語った幸いな未来。それに思いを馳せる芳佳。

「芳佳君が酔っぱらったらどうなるか、……ちょっと想像できないね。…………ああ、うん。気を付けないとね」

「豊浦さん?」

 確かに、自分も想像できないなあ、と。思っていた矢先。急にしんみりとした表情の豊浦。

「いやね、……うん、山家として、……まあ、同じ山家の女性とか、あと、たまに里に下りたときにお酒に誘われることもあったんだ。

 僕はお酒好きだから大抵同伴するんだけど、……うん、酒癖がね。脱いだり、口付けしてきたリ、……ええと、結構困った酒癖の女性もね。うん、……いるんだよ」

「あ、……う」

 脱いだり、口付けしたり、……そんなところを想像し、その時一緒にいる人を考えてしまい、

「と、豊浦さんの、…………えっち」

「いや、ちょっと待って欲しいな。逃げたよ。そういう時は大急ぎで逃げたよ。

 あとで周りからへたれとかいろいろ言われたけど」

 ぷい、とそっぽを向く芳佳に大慌てで声をかける豊浦。けど、そんな仕草が面白くて、

「ぷっ、……ふ、ふふっ」

 小さく噴き出した。溜息、少し乱暴に頭を撫でられる。

「なんか、芳佳君。僕には意地が悪いね」

 大仰に肩を落として豊浦。……そうかも、と芳佳は思ったけど。……けど、ここに来た時みたいな、暗い思いではなくて、

「ふふ、そうだね。

 なんか、豊浦さんには意地悪したくなっちゃう」

 とても楽しそうに、親愛を込めた笑顔の芳佳。豊浦は微笑して、けど、わざとらしく頭を抱えた。

「どーして僕だけなんだか」

 問い、には聞こえなかった。

 だから、芳佳は答えたりはしなかった。……答えるつもりは、なかった。

 



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三十五話

 

 さらさらと、雨が降る。

 

「豊浦さんは?」

 エーリカと向かい合って炬燵に入っていたペリーヌはそんな声を聞いて顔を上げる。

 声の主は芳佳。朝食をとって自室に行っていたと思ったけど、こっちに来たらしい。

 問いにペリーヌは「さあ」と首を傾げる。

「朝食終わったらなんかふらふらどっか行っちゃった。

 雨なのに、あいつなにやってんだか」

 面白くなさそうにぼやくエーリカ。一緒に炬燵に入っていたトゥルーデは頷いて、

「豊浦にも規律というものを教えてやらねばならないな」

 むんっ、と拳を握る。エーリカは「えー」と不満そう。

「不満ですの?」

「あのくらい緩い方がいいってー、ねー、宮藤。

 宮藤も豊浦に1に規律2に規律、3も4も規律だー、……なんて言って欲しくないでしょ?」

「宮藤」

 トゥルーデとエーリカに視線を向けられ、後退する芳佳。

「え、ええと、……豊浦さんは軍人さんじゃないし、少しくらい緩くてもいい、と思うよ」

「だよねー」「宮藤ーっ」

 嬉しそうに応じるエーリカと、なぜか悔しそうに応じるトゥルーデ。ペリーヌはぼんやりと炬燵で温まりながら、確かに彼ががちがちの規律男になったら変ですわね、と思う。

 ともかくお茶を飲み、ほう、と一息。ついでに煎餅に手を伸ばす。「…………何ですの?」

 じ、とペリーヌを見ている芳佳。問いに芳佳は慌てて手を振って「いや、ペリーヌさんも馴染んできたなあ、……なんて」

「…………はっ?」

「ふっふー、お堅いペリーヌも炬燵の魅力には抗えなかったみたいだね。

 さあ。この怠惰空間でだらけ始めなよー」

「断固拒否しますわ」

 きっぱりと応じるペリーヌ。炬燵から出ないのであまり説得力がない。

 ともかく、このままお話ししようと芳佳はペリーヌの隣に腰を下ろして炬燵の中へ。ほうと一息ついたところで、戸を叩く音。

「あれ? お客さん?」

「坂本少佐っ?」

 ペリーヌは立ち上がる。ここに来るとしたら扶桑海軍の誰かか、あるいは芳佳の母か祖母か。……そして、扶桑海軍の誰かが来るとしたら美緒もいる可能性が高い。

 憧れの女性が来た。だからペリーヌは立ち上がり玄関へ。芳佳も彼女に続く。

 玄関を開く。と、「あ、あれ? 坂本少佐?」

「誰それ?」

 見たこともない少年。……おそらく、ルッキーニより年下かもしれない。

 彼はペリーヌを見て首を傾げ、次いで現れた少女に視線を投げる。「宮藤芳佳?」

「あ、うん」

「朱砂の裔から聞いてるよ。

 現代の英雄。ウィッチ、とか言ってたね」

「え、英雄っ?」

「違うの? 君は宮藤芳佳じゃないの?」

「そ、そう、だけど」

「…………まあ、そういう風に言われることもありますわ」

 どうも、芳佳にその経験はないらしい。ペリーヌは苦笑。慣れていないと、その評価はかなり困るだろうから。

「そうなんだあ」

「それで、朱砂の裔は?」

「え? ……すさの、すえ?」

「誰ですの? 名前、には聞こえませんわね」

 二人は首を傾げる。彼は眉根を寄せて、……溜息。

「蘇我豊浦」

「豊浦さんっ?」「豊浦さんの、知り合いですの?」

「残念ながらね。まあ、知り合いなんだし、それはそれで仕方ない。あれに用事があるんだけど、いるかな?」

「ううん、出かけてて、いないみたい」

 芳佳の問いに彼は肩を落とした。

「いきなり頼みごと押し付けて、終わったから連絡に来たら不在か。…………まあいいや。

 ここで待たせてもらうよ。いい機会だ。現代の英雄たちと話もしてみたかったんだ」

「あ、うん。どうぞ」

 微かに、気圧されるように芳佳は応じる。彼は靴を脱いで屋内へ。芳佳は居間に案内するために歩き出して、……ペリーヌは違和感を感じて外を見た。

「傘、は?」

 外はさらさらと雨が降っている。雨具の類はない。……けど、彼が濡れている様子もない。

「…………豊浦さんの知人、……ですわね」

 ペリーヌは雨天に向けて呟いた。

 

「言仁。それが僕の名だよ。君はペリーヌ、でいいね?」

「ええ、はい、それでいいですわ」

 自己紹介は終えているらしい。最後に少年、言仁はペリーヌに名乗り、ペリーヌも応じる。

「宮藤さんは?」

「他のみんなに声をかけてもらいに行った。興味あるんだ。現代の英雄、ウィッチたちにね。

 尊治が騒いでたし、……そうだね。土産話にはいい機会だ。あれの頼みも話しておくよ。君たちにも関わる事だからね」

「豊浦の頼み事ね」

 ペリーヌも興味がある。関わるといわれればなおさら、そしてウィッチたちも集まってきた。

 みんな興味があったらしい。そして、最後にシャーリーとルッキーニが顔を出して、

「あっ、言仁っ」

「言仁だっ、あたしのこと助けてくれてありがとねっ」

「え? この子がルッキーニを助けてくれた人?」

 驚くミーナ。言仁は「そうだよ」と応じ、

「けど、感謝する必要はないよ。助力に大して意味はない。感謝するならシャーリーにするんだね。

 だって、」

 言仁は、笑う。笑って、

「それが、僕たち魔縁、……怨霊の在り方だからね」

 怨霊と、名乗った。

 

「怨霊、……豊浦さんと、同じ?」

「そうだよ。朱砂の裔は僕たちの事について何も話していないの?」

「怨霊であることと、あとは、随分なご長寿であること、くらいですわね。貴方もそうなんですの?」

 ペリーヌの問いに言仁は頷く。

「まだ千年とたっていないけどね。……七百五十年、くらい、だったかな。…………そうだね。

 芳佳、源平合戦って知ってる?」

「あ、はい。扶桑皇国の、……ええと、平安時代? の時の源氏と平氏の戦争ですよね。源義経、とか」

 坂本さん好きそう、と思いながら芳佳。言仁は笑う。

「ああ、うん、いたね。源義経。

 あの田舎侍。まだどこかにいないかな、いそうなものだけど。……ああ、そうだね。見つけたら両足を縛りあげて海中に引きずり込んでやりたいね」

 にたり、陰惨に笑う言仁に思わずルッキーニが震える。「ええと、」と芳佳は、

「お、お知合い、ですか?」

「言仁、後世には安徳帝。なんて呼ばれているよ。その源平合戦で敗北した平氏の、……まあ、代表かな。当時は七歳くらいだったから、代表というよりは象徴だね」

「信じられませんわ。……それじゃあ、扶桑皇国には死者を蘇生させるような魔法が、」

 ぞっ、…………とした。

 目の前の自称怨霊ではなくて、死者を蘇生させる、という事に行きついた自分の考えに、……そして、何より。

 それが出来れば、喪った両親を取り戻せる。……そんな事を考えてしまった自分に、寒気がした。

「ないよ。なんだ、朱砂の裔は僕たちの事を何も話していなかったんだ。

 なんだろうな。話したくない理由でもあるのかな。……まあいいや、お茶をもらえる? 長話になるから」

「あ、はい」

 芳佳は立ち上がりお茶を取りに行く。

「あ、私も手伝うね。みんなの分」

「そうだね。ありがと。リーネちゃん」

「私もお手伝いするね」「人数分か、しょーがねーな」

 人数分の飲み物となると結構重い。サーニャとエイラも手伝うために立ち上がる。彼女たちを見送って、

「扶桑皇国出身は芳佳だけ?」

「ええ、そうよ」

 ここにいるのは芳佳だけだ。ミーナは頷く。ふぅん、と言仁は応じて、

「彼女はいい娘?」

「…………そうね。悪い娘じゃないわ。いい娘よ」

 頷く。規律違反も厭わないところはあるが、それは彼女がやるべきだと決めたから。

 誰かを助けたい、そんな思いにいつも全力な芳佳はとてもいい娘だと思ってる。

 だから、

「そう、彼女の事は好き?」

「ええ」

 その問いに、躊躇なく頷く。

「それはよかった。彼女の事をこれからも大切にしてあげてね」

「随分と気に掛けるのだな」

 トゥルーデが首を傾げる。対して言仁は微笑。

「名目だけ、とはいえ、僕は過去の帝でもあったからね。民の事は気にするよ。

 そうだね。価値観が違ってそうな異国の娘にもそう思ってもらえるなら間違いはないんだろうね。よかったよ」

「帝、……ですのね」

 貴族であるペリーヌにとって、その意味はよくわかる。

 扶桑皇国の長。王、よりさらに上位に位置にいる存在。他国とはいえ貴族であるペリーヌにとってその意味は重い。

 けど、

「ああ、そういえばペリーヌは貴族か。

 いいよ別に気にしなくて、過去はともかく、今は一つの怨霊だ。別に敬意を表せとは言わないよ」

「え、ええ、わかりましたわ」

 

 芳佳たちがお茶を持ってきて、一口。

「さて、……そうだね。

 僕たちだけど、別に死者が蘇生したわけじゃない。……そもそも今は人じゃない。信仰の形。……んん、と。欧州なら、マナ、あるいは、魔力だったかな?

 扶桑皇国で言うなら《ひ》、……大気を満たす霊力。自然霊、精霊の総称。人で言うなら魔法力、といったところかな。それが形作った存在だよ。だから、人であった言仁とは別の存在だね。人であった言仁は僕のオリジナル、といった方がいいかな」

「そんな事が、起こり得るん、ですの?」

 昔々の御伽噺で、ペリーヌもマナや自然霊について聞いたことがある。

「うー」

 ルッキーニにはよくわからないのか頭を抱え、ミーナは頷いて、

「そうね。私たちの魔法力はそのマナを源流としている、という説もあったわ。

 あまり、顧みられないみたいだけど」

「《むすひ》なんて言葉がある通り、扶桑皇国のは産みだすことに特化してるんだよ。それがね。……いや、他国の事は知らないけど。こんな字」

 産霊、と。彼は持参したメモ帳に字を買う。

「それが土壌というわけね。

 といっても、誰もが無差別に生まれるわけではないのでしょう?」

 もしそうなら、扶桑皇国は世界でも最も異質な国となるだろう。耳に入らないはずがない。

「そうだよ。……そう、怨霊しか構築されないんだよ。

 僕とか、あの、朱砂の裔のような、ね」

「強い怨みを抱えている、っていう事?」

 怨霊という字面から、どうしてもそのイメージが強くなる。エーリカが問い、シャーリーは、ふと、思い出す。

「国の滅びを望む者、って、そういう事か?」

 以前、彼が豊浦を表した言葉。

「ああ、そうだよ。……けど、話が一足飛びになるね。シャーリー、その言葉はまだ先の言葉だ。もう少し話を続けさせてよ」

「あ、ああ、…………悪い」

 口を挟んだ事にシャーリーは小さく謝る。

「いいよ。僕みたいな老人は喋るのが好きなんだ。話に割り込まれるのも嫌いじゃない。そこから話を続けていけるからね。

 そうそう、年を取ると話が長くなる。君たちにとっては先の話になるだろうけど、覚えておくといい」

 どう見てもルッキーニより年下に見える少年から言われると不思議な言葉だが、不思議と違和感はない。

「さて、強い怨みを抱えている。……っていうけど、さっき話した通り僕は七歳くらいで没した。怨みを抱えるほどの感情はないよ。

 眼前で家族が皆殺しにされた。それも、怖いという強い印象で刻まれただけだ。そもそも、怨む相手の素性さえろくに理解できていないんだからね」

「眼前で、……家族が、」

「ペリーヌさん」

 知らず、拳を握るペリーヌ。リーネは心配そうに声をかける。

 ペリーヌの事は、彼女も知っているのだから。……だから、リーネはペリーヌの手を握る。

「え、……ええ、ありがとう。リーネさん」

 そのぬくもりに安堵の吐息を漏らし、ペリーヌは一息。

「じゃあ、怨霊というのは?」

「怨んでいる霊。じゃあない。怨んでいるであろう霊、だよ。

 言葉遊びのようにも聞こえるけど真面目な話だ。怨霊を構築するのは、元となった人を殺した人なんだ。

 その人たちが怨まれているであろうという不安。そして、……まあ、災害や死、病。そうした災厄が怨んでいる人が起こした祟りと判断し、強い恐怖、畏れから祀る。……そうやって僕たちは形作られる。

 そう、言仁が死ぬ原因となった者が、言仁に怨まれていると思って鎮魂のために祀った神格。それがここにいる怨霊、言仁、つまり僕だ。扶桑皇国の特性と固有の信仰が構築した存在だね」

「そうなんだ。……じゃあ、言仁さんも、豊浦さんも、誰かを怨んでいるとかって、ないんだね」

 安心した口調で芳佳。彼が誰かを強く怨んでいる。……そうは、思いたくない。

 けど、言仁はあっさりと応じる。

「あるよ。僕は一端だとしてもあの忌々しい源氏の田舎者どもが構築したこの扶桑皇国が嫌いだ。

 僕だけじゃない、尊治も、道真もね。扶桑皇国も、滅びるなら滅びればいいと思ってる。

 けど、僕は滅ぼそうとは思っていない。そこまで積極的には考えていないよ。尊治は滅ぼしたいのか、遊びたいだけなのか、まあ、いろいろやってるみたいだけどね。……ただ、豊浦もこの国は嫌いなはずなんだ。僕とは違って、……いや、僕よりも強くこの国を怨んでいるはずだ」

「そう、…………なの?」

「朱砂の裔が抱える怨みについては後で聞くといい。それは僕が語る事じゃない。

 けど、芳佳」

「あ、……うん」

「君は、この扶桑皇国が好きかな?」

 問われて、芳佳は、小さく、頷く。言仁は微笑む。

「怨霊である僕は君と全力で戦いたい。この存在に刻まれた怨みをもって国を脅かす魔として、その怨みを、この扶桑皇国を守る英雄である君にぶつけたい。

 好きか嫌いかで言われれば君の事は好きな部類に入るけどね。だからこそ、魔として英雄と戦いたい。その結果敗北したなら、この怨みは晴らせなかったでいいし、勝利したなら、…………まあ、英雄を打倒した魔が次は何をするかは、ほら、想像できるよね?」

 想像したくない、と。芳佳は首を横に振る。言仁は微笑。

「といっても、僕は君と戦うつもりはないよ。今のところはね。

 ただ、朱砂の裔がどう思っているかは解らない。……けど、彼は僕以上の、強大で危険な、魔、だ。覚悟はした方がいいよ」

「……つじつまが合わないわ。

 国が嫌いなら、どうして鉄蛇を封じたり、私たちに協力してくれるの?」

 ミーナは、睨むように強く、言仁を見て問う。問いに言仁は楽しそうに笑う。

「簡単じゃないかな。君たちの事が好きだからだよ。

 だから協力したくなるし、一緒にいられる時間を長くしたくなる。その点だけはあいつが羨ましいかな。さて、こ「言仁」」

「あ」

「やあ、朱砂の裔。

 酒呑は歓迎するって言ってたよ。船はあるね? 秦河勝からうつろ舟くらいかっぱらってるでしょ? 移動はそっちでやってよ」

「わかってるよ」

「ああ、そうだ。芳佳、気が向いたら友達と一緒に龍宮においで、壇ノ浦で僕の名を呼んでくれれば返事はするよ。

 そしたら、龍宮に案内してあげる。僕も君たちの事は気に入ったから、いつか遊びに来てね」

「え、あ、う、うん」

 壇ノ浦、……名前は聞いてるけど、どこだっけ? と。そんな事を思っていると言仁はお茶を飲み干し。

「それじゃあ、僕は帰るよ。

 さようなら、話が出来て楽しかったよ。じゃあね。よき時間を、聖徳」

「さっさと帰りなよ。安徳」

 憮然とした表情で追い払うように手を振る豊浦。言仁はそんな仕草も面白いのか、笑いながら部屋を出た。

「…………まったく」

 豊浦は空いた席に座る。

「言仁が何を言ったかは知らないけど、怨霊の怨み言だ。気にしないでいいからね」

「…………は、」

「ん?」

「豊浦さんも、……この国が、嫌い、なの?」

 否定を願っての問い。芳佳の言葉に豊浦は困ったように彼女を撫でる。

「…………僕の姓は、蘇我。なんだ。乙巳の変。……いや、大化の改新の方が有名かな。芳佳君は知ってるかい?」

「あ、……蘇我。って」

 蘇我、そして、大化の改新。

「どういう事だ?」

 トゥルーデの問いに「歴史の話だよ」と、豊浦は微笑む。

「乙巳の変。蘇我臣凋落のきっかけ。僕が後に権力を握る家系に与するの者に首を刎ね飛ばされた政変だよ。

 それにしても、まったく、怨霊は皆余計な事ばかり言う。年寄ばっかりでさ、話好きで困るよ。……いや、年は取りたくないね。ほんと」

 豊浦は苦笑。……けど、

「…………その、そんなに気にしないで、欲しいな」

 しん、とした沈んだ雰囲気に豊浦が困ったように呟く。

「気にしないで、……って、だって、豊浦さん、それで、…………」

 殺された。リーネはその言葉を続けられずに俯く。

「もう終わったことだからね。僕は私闘をしない主義だし、……ああ、ええと、……………………まったく、ほんと、あの蛇は余計な事を言ってくれたなあ」

 かしかしと、豊浦は頭を掻いて、溜息。

「ええと、ミーナ君。

 その、急で悪いんだけど、二日か三日か、時間とれるかな?」

「え、……ええ、大丈夫よ。どうしたの?」

「うん、……まあ、ええと、頑張ってる皆にご褒美。

 驚かせようと思ってたんだけど、あの蛇が余計な事を言ってくれたせいで台無しになったよ」

「ご褒美?」

 エーリカの問いに豊浦は頷いて、

「うん。僕の友達の家にみんなでお泊りに行こうと思ってね。

 ああ、友達って言ってもさっきの性悪な怨霊とは違うから大丈夫だよ。結構いいところだし、期待していいからね。……と、いうわけで、いいかな、ミーナ君。我侭聞くって前言っちゃったし、その時、僕に出来る事ならいろいろ聞いてあげるから、ねっ」

「あ、いえ、……その、冗談だったのだけど」

 妙に乗り気な豊浦。少し申し訳なさを感じながらミーナは呟く。「え?」と、豊浦は目を見開く。

「そ、……うだった、の?」

「え、ええ、…………ええと、その、ごめんなさい」

 なぜか意気消沈する豊浦。ともかく、ミーナは一息ついて、

「ええ、大丈夫よ。一応、時間はあるのだし」

 それに、豊浦には世話になっている。彼からの頼み事なら無碍には出来ない。

「そっか、それならよかった。……ええと、だから、」

 豊浦は、困ったように、けど、柔らかく微笑む。

「君たちには、笑って欲しいな。

 怨みとして語られる過去を持つから、大切な人には笑顔でいて欲しいんだ。僕たちは、ね」

 



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三十六話

 鉄剣が抜かれる。鉄蛇が解放される。

「さて、次はどんな鉄蛇が出るか。……油断は出来ないな」

 その光景を見守り、トゥルーデが呟く。当然、油断をする余裕はない。

 何が出るか分からない。毒蛇のように、ただ存在するだけで害となる鉄蛇が現れるかもしれない。

 ゆえに、ウィッチたちは即座に行動できるように、銃を構え、緊張は緩めない。

 そして、豊浦は鉄剣を抜いた。

 

「シャーリー君、ちょっと待ってっ」

 豊浦を抱えて離脱しようとしたシャーリーは、その言葉を聞いて動きを止める。

「鉄蛇が?」

 出ない、と。……けど、

 ぴりっ、と。いつか味わった。違和感。

「宮藤っ!」「はいっ!」

 いつかの経験があった。だから、シャーリーと芳佳は即座にシールドを展開。二重のシールド。そこに、巨大な雷撃が叩き付けられた。

「ぐっ、つうっ?」「あ、……つっ、重いっ」

 二重のシールドを灼き砕こうと、雷撃が荒れ狂う。その熱量にシャーリーと芳佳がぞっと、呟き。

「ごめんっ、芳佳君っ! シャーリー君っ!」

 豊浦が二人を突き飛ばす。雷撃はわずかに上昇。芳佳とシャーリーの頭上を抜けて、その先、青い光を撃ち抜く。

 投げ出された芳佳は転がりながら、罅割れる地面に突き刺さったままの鉄剣と、そこから放たれる雷撃に身を晒しながらその隣に鉄剣を突き立てる豊浦を見た。

「と、……つ、う」

 鉄剣が突き立てられ、雷撃が収まる。けど。

「豊浦さんっ!」「豊浦っ、大丈夫かっ?」

 ミーナたちは急降下し、助けられた芳佳とシャーリーは駆け寄る。その先、豊浦は力なく腰を落として、

「あー、……うん、まあ、大丈夫」

 気楽そうに笑う。けど、「大丈夫じゃないっ!」

 怒鳴る。大丈夫じゃない。全然、そうは見えない。

 雷撃の高熱で服のいたるところが焦げている。だから芳佳は傷を確認するため、焼かれて脆くなった服を割いて「…………あ、れ?」

「大丈夫。……何度も言ったよね。僕は怨霊、人ではないんだよ」

 傷口が消えていく。元の形が復元していく。

「あの蛇は僕たちの事を信仰の形、とか言っていなかったかな?

 いくらこの体が傷ついても信仰の形は変わらない。僕、……蘇我豊浦という怨霊に対する畏れは変わらない。つまりそういう事だよ。

 まあ、こうなると結構疲弊して、行き過ぎれば消えるけど、この程度なら何とでもなるよ」

 豊浦は、呆然とする芳佳に困ったように笑みを見せる。

「ごめんね。……その、君たちとは人として付き合いたかったから、こういうところは言い出せなかったんだ。

 心配、かけたね」

 ぽん、と撫でられる。その慣れた感触に、安堵と、自責があふれて、

「お、……っと」

 彼に抱き着いた。抱き締めて、…………少しだけ、泣いた。

 

「…………ええと、芳佳君。

 その、落ち着いたかい?」

 落ち着いた。落ち着いたから、今の状況を冷静に見てしまった。

「……………………ひゃぁぁぁああ」

 顔を真っ赤にして変な声を出しながら座る芳佳。豊浦は困ったように視線を落とす。

 もとより、雷撃でぼろぼろになった服。傷を確認するために裂かれ、結果。

「ひゃっ、と、とよ、「見るな。サーニャ見るなーっ!」あうっ?」

 ほぼ上半身裸となってしまった彼を見て、サーニャはエイラに目を塞がれた。

 威嚇するエイラを見て豊浦は困ったように頭を掻いて「寒いね」

「こ、これ着ててくださいっ」

 顔を真っ赤にしたリーネが上着を渡す。「ありがと」と豊浦は受け取る。

 といっても成人男性である豊浦が少女の服をちゃんと着れるはずもなく。少し迷って羽織るに留める。

「えーと、…………その、シャーリー君。

 申し訳ないんだけど、上着、あっちから何かもらってきてもらえないかな? …………まあ、やりにくそうな娘もいるし」

「そうだな」

 いまだに芳佳は復活していない。顔を手で覆って座り込んでいる。

 エーリカとリーネ、ペリーヌ、ミーナも顔を赤くして必死に視線を背けようとしている。目を塞がれているサーニャと塞いで威嚇するエイラは言うに及ばず、

「ほう、結構鍛えてるのだな。それなら軍人として十分やっていけるだろう」

 トゥルーデはなぜか満足そうに頷く。「お兄ちゃんかっこいーっ」とはルッキーニの言葉。

「まあ、ええと、ありがとうルッキーニ君。いろいろ、事情があって生前はそれなりに鍛えてたからね」

 ともかく、シャーリーとしても目のやり場に困っていた。急ぎ上着を取りに飛び出す。

「魔法、いや、陰陽とか風水か? そういうのなしでも戦えるのか?」

「どうかな。弓とかなら使えるよ。知り合いに協力してもらって作った弓もあるし、……あ、関係ないかもしれないけど、馬はよく乗ってたね。

 傀儡士をやって時によく乗り回してた」

「乗馬か。昔は立派な移動手段か」

「そうそう、バルクホルン君。君たちみたいに飛ぶなんてできないからね」

「なんとなく、豊浦なら出来そうな気がするな。今度ストライクユニット履いてみるか?」

「興味はあるけど、遠慮かな」

「そうか」

 と、シャーリーが戻ってきた。

「ほら、これでも着ててくれ」

「うん」豊浦はリーネから借りた服を脱いでシャーリーが持って来た服を着て「あ、リーネ君。ありがとう。…………洗っておくね」

 返そうか、と思ったけど。男性が着た服。だから豊浦は引っ込めて、

「あ、い、大丈夫ですっ。自分で洗いますっ」

 慌ててリーネは受け取った。豊浦は首を傾げるけど、

「そう、面倒をかけるね」

「い、いえ、大丈夫、です」

 リーネは受け取った服を抱きしめるように持つ。

「よ、よし、サーニャ、もう大丈夫、あだっ?」

 サーニャの目を隠していたエイラはなぜかサーニャから肘で打たれた。ぷう、となぜか頬を膨らませるサーニャ。

 理不尽な暴力を受けたエイラはサーニャに視線を向け、サーニャは頬を膨らませたままそっぽを向く。

 それと、

「芳佳君、もう、大丈夫だよ」

 いまだに顔を掌で覆って俯いていた芳佳に声をかけた。

「う、……うん」

 恐る恐る顔を上げる芳佳。

「まあ、僕の事はいいんだ。

 ただ、…………うん、問題はあっちかな」

 あっち、と豊浦が示した先。罅の入った一本の鉄剣と、その傍らに突き刺さるもう一本の鉄剣。

「どういうことだ?」

 エイラの問いに溜息。

「どうも、鉄蛇が共食いして融合したみたいだね。

 鉄剣一本で一体封じてたけど、さっき抜いた鉄剣の先に封じてたのはいなくなってたみたいだし、代わりに隣の一本が封印壊しそうなほどの出力になってたし」

「…………共食い」

 二体の鉄蛇が食らい合うところを想像し、リーネが顔を真っ青にして呟く。豊浦はそんな彼女を撫でて、

「ミーナ君。僕からの意見だけど、次の対鉄蛇は今のがいいと思う。

 鉄剣、一本は罅が入っちゃったし、封印がもたないかもしれない。別の一体を解放して、その最中に封印が壊されたら困るしね」

「そうね。その鉄蛇は早めに撃破しなければいけないわ。……けど、」

「雷撃は、怖いですわね」

 ペリーヌが呟く。今まで戦ってきたネウロイの攻撃、ビームや炎の砲弾とも違う。視認して対応は不可能だ。

 防御も回避も間に合わない。微かな静電気を感じるが、それでもいつまで対応しきれるか分からない。

 ましてや、

「それもそうだが、融合か」

「鉄蛇二体分の性能、……ってこと?」

 鉄蛇の雷撃は見た事がある。けど、先に比べて規模はずっと小さい。直撃しても火傷する程度だった。……けど、今のは違う。見ればわかる。

 はた目にも直撃すれば死亡確定の巨大な雷撃。おそらく、性能が上乗せされたのだろう。

 エーリカの問いに、豊浦は「かもしれないね」と応じる。

 ただの一体でさえ非常に強力なネウロイだ。それが二体分。……想像も出来ない。

「ともかく、雷撃の対策が必要だね。せめて、防御できるように、…………ミーナ君。それでいいかな?」

「ええ、そうね。雷撃の対応を考えないと」

 どうすればいいか、それはわからない。ネウロイはビームのみを攻撃方法としてきた。当然、ウィッチの戦術もそれに準じている。

 炎の砲弾ならその延長で対応できた。けど、雷撃は、……その速度は、ビームとは比較にならない。

 根本的な見直しが必要だ。どうすればいいか想像も出来ない。けど、

「やるしかないわね」

 

 淳三郎に事情を説明し、ウィッチたちはまた家に戻る。

 まだ日は高い。扶桑皇国海軍に鉄剣の監視を任せ、ついでに昼食を済ませて対策会議。

 そして、当然白羽の矢が立つのは。

「実際、不可能ですわ」

 雷撃を固有魔法として操るペリーヌは軽く手を上げて応じる。

 雷撃を見て回避することは不可能。もちろん、防御などもってのほか。

「動き回って当たらないことを祈る。……わたくしたちに出来る対応はこれが精々ですわ。

 避雷針、なんていっても一撃で出力切れなんてあり得ないでしょう? 無尽蔵の攻撃となったら避雷針がいくらあっても足りませんわ。そうなる前に仕留める、といっても鉄蛇本来の耐久性能がそれを許すとは思えませんわよ」

「そうだな。流石にシールドを常時展開するわけにもいないか」

 それで雷撃は防御できるだろうが。今度は魔法力の問題がある。鉄蛇を打倒するまでシールドを展開し続けるというのも現実的ではない。

「軌道の予察と防御ね。……ん」

「ミーナでも無理か?」

 トゥルーデの問いにミーナは頷く。

「引き寄せるものなら作れるよ。鉄剣を抜いたときみたいにね。

 雷撃は同じ木気に引き寄せられるから、……けど、」

「ん?」

 そうすれば軌道が特定できる。……けど、言いよどむ豊浦。トゥルーデは首を傾げ、

「うん、そのためには術者がいないといけない。

 で、陰陽を使えるのは僕だけだ。…………まあ、つまり、雷撃は全部僕に引き寄せられるね」

「ほう、それで、それを使う事を私たちが認めると思うか?」

 気楽に告げる豊浦に、トゥルーデは冷えた声で応じる。

「だよねえ」

「それ、私たちは使えない、ですか?」

 芳佳が手を上げる。対して豊浦は首を傾げて、

「じゃあ、やってみる?」

「え? あ、はいっ」

 豊浦の提案に芳佳は頷く。「ちょっと待ってて」と、豊浦は外へ。そして程なく。

「はい」

 一本の木の枝。

「え? これ」

「これ、…………木の、枝?」

「なんか、変?」

 覗き込む他のウィッチたちも首を傾げる。木の枝。……けど、そこにある葉の色は、青。

「うん、……あ、そうだ。危ないなって思ったらすぐに手を放して、じゃないと死ぬよ」

「え?」

 豊浦の気楽な言葉に芳佳は凍り付く。「やめる?」と、問われ、

「不安なら私がやろう」

 トゥルーデが手を伸ばす。それより早く、反射的に芳佳は木の枝を手に取り、

「あ、…………「っと」」

 ふらり、と。崩れ落ちそうになる芳佳の手を叩き木の枝を払い飛ばす。

「え、……あ?」

「よ、芳佳ちゃんっ!」

 へたりこむ芳佳をリーネが支える。芳佳の体には力が入らず、ゆっくりと座らせる。

「大丈夫?」

「う、…………ん、大丈夫。……大丈夫だよ。

 けど、それ」

「うん、木気の形。

 五行、木気の剋は吸収による枯渇。大地の水や養分を食らいつくす事だからね。芳佳君は魔法力か、体力か、食われたんだね」

 豊浦はそれを気楽に持つ。けど、つまり、

「私たちでは、それに触れる事さえできない、か」

 手に取っただけで疲弊し、倒れた。そんなものをもって戦闘など、出来ない。

 けど、

「それでも、……豊浦さんを、戦場に立たせるなんて、出来ません」

 毅然と告げる芳佳。豊浦は困ったように微笑む。仕方なさそうに、

「……それじゃあ、仕方ないね。他に方法がないか、考えてみようか」

「それを使って鉄蛇を疲弊させるとか出来ないか?」

 シャーリーの問いに「無理だと思うよ」と豊浦。

「鉄蛇も、蛇は木気だからね。同じ属性を持つから効果はないだろうね」

「そうか」

 難しいな、とトゥルーデ。

「逆に弱点とかあるのか?」

「うん。金気。金属だね」

「あのやたら硬い鉄蛇に刀叩き付けても折れるだけだと思うけど?」

 エーリカの言葉にトゥルーデは頷く。烈風斬でもやれば話は別だろうが、刀の使い方に慣れない自分たちが刀で挑んでも武器が砕けて終わりだろう。

「私なら事前察知できるけど、……うー、…………やっぱりムリだな」

 先を予知して雷撃を読み。それを仲間に伝え回避を促す。……おそらく、間に合わない。それが間に合うほど先は読めない。

 一同首をひねる。ミーナは溜息。仕方ない。

「このまま考えても煮詰まるだけね。一度解散しましょう。

 気分転換するか、相談するかして、また夕食後に意見交換をしましょう」

「方法は、……あるんだけどね」

「お前も戦場に立つという事か?」

 トゥルーデが睨みつける。豊浦は困ったように頷く。

「うん、難しい方法だけどね。

 木気に対して時間干渉をするの。そうすれば雷撃の速度も遅くなるよね」

「時間、……干渉? そんなでたらめな事も出来るの?」

「陰陽の領分でね。漏刻管理。

 広義の陰陽はね。天候、予察、時間、五行、の管理と制御なんだ。方法として暦、天文、漏刻、陰陽として学ばれていてね。だから頑張れば時間干渉も出来るよ。もちろん、いろいろ条件があるけどね。

 その条件の一つ、どうしても近くで干渉をしなければいけない。…………ん、だけど?」

「そんなの、だめ。……いや、豊浦さんに危ない事してほしく、ない」

 拒絶、というよりは懇願するように芳佳は言う。けど、

「それと同じくらい。僕は君たちに危ない事をしてほしくいないんだよ?」

「わ、私たちは自分の身は自分で守れるよっ」

「守れない、から、こんなに悩んでいるんじゃないかな?」

「そ、……それは、…………けど、」

「それで、鉄蛇の封印はどうするの? 二つくっついたのが出てきて、その、陰陽? それで豊浦が手一杯になって、もう一体出てきたら手に負えなくなるよ。

 私も、反対」

 エーリカも咎めるような強い口調。絶対に、彼に危ない事をさせない、と。

「…………私は、お願いしたい、です」

 ぽつり、と。声。芳佳は信じられない、という表情で声の主に視線を向ける。

「リーネ、ちゃん?」

 集まるのは咎めるような視線。対してリーネは怯みそうになり、けど、意識して顔を上げる。

「豊浦さん、は、絶対に、……守ります。命を懸けてでも、絶対に、…………だから、」

 一息。軍人としてあるまじき言葉。それはわかってる。

 もし、上官の耳に入ったら追放されかねない言葉。

 けど、それより、

「リーネ、……ちゃん。……どう、して?」

 大切な、友達からの問い。その方が、ずっと、ずっと重く感じる。

「どうして、豊浦さんを危険な目に、遭わせようとするの?」

 拳が握られる。歯が食いしばれれる。信じられない、と。糾弾するような、静かな言葉。

 けど、リーネは真っ向から親友に相対する。

「それが、みんなで生き残れる手段だから、だよ」

「それは、……そう、そうかも、しれないけど」

 拳を、強く握る。そう、それが現実。解ってる。それこそが最適解。

 けど、

「いや、……いやなの、いや。

 大切な人が危ない目に遭うの、怖い、……よお」

 つ、……と。芳佳の瞳から涙が零れ落ちた。……リーネは、それを見て思い出す。

 

 戦争は、嫌いです。

 

 彼女が最初に言った言葉。何を甘えたことを言っているのか、そう思ったことを覚えている。

 けど、その理由。戦う事を嫌がる理由。家族を喪った記憶。 

 芳佳は今、それを重ねて不安。……否、恐怖を零す。

「芳佳ちゃん」

「そうだね。喪うのは怖いよね」

 困ったような言葉。

「そう、戦うのは怖いんだよ。喪うのも、ね。怖いよね。……だから、僕にも守らせてくれないかな?

 芳佳君のいう通り、大切な人が危ない目に遭うのを見てるだけっていうのも、そろそろきつくてね」

「え? ……あ、」

「そうだよ。君たちが戦っているのを見ているだけ、っていうのもね。

 だから、大切な人を守るために、手伝わせてくれないかな?」

「……芳佳ちゃん。大丈夫だよ。

 私たちで頑張って豊浦さんを守ろう。代わりに、助けてもらおう。ねっ?」

 手を取って伝わるリーネの思い。彼女の言葉を聞いて、

「…………うん」

 芳佳は、頷いた。

 

 実際に雷撃への時間干渉を試してみる。それと鉄蛇封印を補強するため、ウィッチたちは豊浦の運転する軽トラックの荷台に乗る。

 発車。そして、膝を抱えて座るリーネがぽつりと呟いた。

「ごめんなさい。こんなことになっちゃって」

 民間人を戦場に引っ張り出すこと。それは軍人として許される行為ではない。

 ましてや、豊浦は恩人でもある。そんな人を危険な戦場に立たせるなんて、リーネだってしたくない。

 けど、

「いいわ」俯くリーネをミーナは優しく撫でて「確かに、軍人としては業腹だけど、ほかに手段がないのも事実だし、それが最適解よ」

「ありがとうございます。けど、」

 撫でられて感謝を口にし、けど、否定の言葉。

「最適解とか、そういうことは考えて、いなかったです。

 ただ、たぶん、怖かっただけだと思います。負けて、もう、みんなや豊浦さんに会えなくなるのが、……だから、助けを求めるというよりは、縋っただけ、です」

 俯く。口の端が寂しそうに歪む。

「情けない、……です」

「いや、そんな事はない」

 真っ先に、きっぱりと否定したのはトゥルーデ。ウィッチとしてはずっと先輩であり、優秀な軍人である彼女に言われ、リーネは意外そうに目を見開き、トゥルーデは微笑。

「ああ、怖い。……戦場で死んで、もう、妹に、大切な人に会えなくなる。そう思うとな。

 だから、怖いという気持ちに負い目に感じることはない。豊浦を巻き込まなければいけないのは私たちの力不足だ。……代わりに、私たちには私たちの出来ることで、全力で豊浦を守ればいい」

「はい」

 力強い言葉に、リーネは安心したように微笑み頷く。

「ま、それも彼のいう事が本当だったら、ですわね。

 嘘をつくようには見えませんけど、時間干渉なんて正直信じられませんわ。魔法が前提からひっくり返るようなことになりかねませんわよ」

「加速、とは違うんだよな」

 シャーリーの言葉に「おそらく」と、ペリーヌ。

「欧州にも錬金術とか、古い魔法体系があったな。

 それも扶桑皇国の陰陽みたいなこと出来るのかな?」

「研究が後手に回り続けているのは改善した方がいいかもしれないわね。

 というか、豊浦さんの事、報告すべきか迷うわ。とても」

 頭を抱えるミーナ。報告をしたら間違いなく豊浦は欧州から招集がかかるだろう。誘拐、という事になっても不思議ではない。

 けど、「嫌がる、と思います。豊浦さん」

「そうね」

 化外に追いやった、その意味はミーナも、嫌がると思ったサーニャにもわからない。

 けど、そういうのは嫌がる。それはわかる。

「無理矢理連れて行っても抑えられるか分からないしな。

 鉄蛇まで両断したんだし、私たちの基地だって両断できるんじゃないか?」

「…………ええ、そうかもしれないわね」

 規模を考えなければ可能だろう。その現実にミーナは溜息をついた。

 

「さて、……と。

 まずはこっちの封印の補強だね」

 豊浦はトラックの荷台に転がっていた木の棒を手に取り、

「ええと、面倒な事で申し訳ないんだけど、ちょっと鉄剣の周り、穴掘って棒を立ててくれるかな。

 鉄剣囲むように四本と、その四本の周りにまた四本。囲うように」

 地面に図を描いて説明。相変わらず、ウィッチにその意味は解らないが。

「注連縄は使わないのか?」

「ん、もちろん使うよ」

「これで封印できるんだ」

 ルッキーニは棒をまじまじと見ながら呟く。豊浦は頷いて、

「そうだよ。これはみしゃぐち様、っていう神様を封じ込めたやり方なんだ」

「ふーん? 神様も封じ込めちゃうんだ。なんで?」

 神様。……ルッキーニはよくわからないけど、なんとなくいいもののような気がするから。

「人を害するからだよ。この地の神様は自然現象そのものだからね。みしゃぐち様はとてもとても恐ろしい神様なんだ。だから、封じた」

「へー? 扶桑皇国の神様って怖いんだねー、怨霊は怖くないのに」

 ルッキーニは首を傾げる。怨霊を名乗る豊浦や言仁は怖いと思わない。……けど、

「そんな事はないよ。神様は自然現象だから人の善悪なんて気にしないんだよ。

 みしゃぐち様が怖いというのも、あくまでも人にとって被害を及ぼす自然現象っていうだけだから、ルッキーニ君も雨に恐怖をしたりしないよね?」

「うんっ、……そっかー、自然現象か。

 扶桑皇国の神様って、…………凄いんだね」

「そうだね」

 怖い、わけでもない。いい、という事もない。

 ただ、凄い存在なんだ、と。ルッキーニは納得。「ルッキーニも手伝えーっ」と言われて棒を抱えてそっちに駆け寄る。

 

 ぽつり、声。

「それにね。ルッキーニ君。

 怨霊は、僕たちは、神より小さな存在だけど、人にとっては神より恐ろしい存在だよ」

 



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三十七話

 

「…………不気味ですわ」

 陰陽という魔法の一つ。漏刻管理による時間干渉。それにより傍目には減速する雷撃。

 雷撃の固有魔法を持つペリーヌだが、減速した雷撃というのは初めて見た。物凄い違和感がある。

「まあ、何とか防御も可能ね。……あとは威力と回避できるか。

 それはまあ、今更ね」

 減速といっても視認して対応できるという程度で、ネウロイのビーム程度には速度がある。なにより雷撃、……放電は大気の状態によって複雑にその軌道を変える。いくら対処が可能になったとはいえ、油断すれば直撃することには変わりない。

 けど、これ以上を望むわけにはいかない。

「これ以上豊浦に負担をかけるわけにもいかないだろう。

 あとは、誰が豊浦を守るか、軽く作戦の詰めだな」

 眼下には、じ、と。豪奢な棒に括りつけられた懐中時計を見つめて動かない豊浦がいる。あれが時間干渉の鍵らしい。

 ぱちんっ、と音。

「おーい、大丈夫そうかーい?」

 空に舞うウィッチたちに声をかける。トゥルーデは頷いて降下。

「ああ、大丈夫だ」

「そ、……じゃあ、僕は動けなくなるから、あとはよろしくね。…………ん、確か、リーネ君が守ってくれるんだったね。

 頼りにしているよ」

「は、はいっ、頑張りますっ」

 ぽん、と。頭を撫でられてリーネが拳を握る。けど、

「私の方がシールド得意だよっ」

 芳佳が、ずい、と割り込む。リーネが、む、と眉根を寄せる。

「と、豊浦さんを危ない目に遭わせるの、提案したのは私ですっ、だから、私が、つ、付きっ切りで守りますっ」

「私の方が防御は得意だもんっ」

「…………えーと、芳佳君、リーネ君?」

 腹を抱えて笑い転げるシャーリーを横目に、なぜか眼前で睨み合う芳佳とリーネ。豊浦は困ったように手を振る。

「豊浦さん。ええと、漏刻発動中は移動できないとか、問題はあるかしら?」

「いや、大丈夫だよ。

 ただ、時計から手を離せないのと他のおん、……まあ、魔法が使えない程度かな」

「そう、……じゃあ、エイラさん、サーニャさん。二人に任せるわ」

「「えっ?」」

「ん、私たちか?」

 エイラの問いにミーナは頷く。

「エイラさんの固有魔法も、サーニャさんの固有魔法も雷撃の感知には有益よ。

 それがあれば二人で豊浦さんを防御できるわ」

 二人がいれば雷撃を察知する精度は上がる。そうなれば防御も確実になる。

 エイラもいつかの一件以来シールドの訓練はしている。もちろん、一人で任務をこなすことが多いサーニャはシールドも問題なく扱える。二人が組めば大体の危難は乗り切れるだろう。

 それに、フリーガーハマーの攻撃力は距離に依存しない。ロケット弾が届けば爆発でダメージを与えられる。多少距離があっても攻撃は出来る。

 ゆえに、

「ん、わかった。

 よし、豊浦。大船に乗ったつもりで任せておけっ」

 胸を張るエイラ。サーニャも拳を握って「頑張りますっ。豊浦さんは絶対に守りますっ」

「うん、二人とも、頼りにしてるよ」

 力強く応じる二人の少女に豊浦は優しく目を細めて、……頷く。

「よし、それじゃあ、ちゃんと守ってくれたらあとで遊びに行くとき我侭を聞いてあげよう。

 僕に出来る事ならやってあげる」

「ほんとか? …………じゃあ、豊浦、扶桑皇国のいい景色のところ案内してくれないか?」

 扶桑皇国の景色をサーニャはとても気に入っていた。長く在る豊浦ならもっといいところを知っているかもしれない。

 そんなところにサーニャと一緒に観光に行く。写真を撮って一緒に感想を語り合って、そして、あわよくば、…………ちゃんとプランを立てないとなっ、と内心で盛り上がっていく。

「それなら大丈夫。遊びに行くところ、僕の友達の所はとてもいい場所だよ。

 エイラ君もきっと満足してくれる」

「よしっ、あっ、もちろん写真はいいよなっ」

「もちろんだよ。……そうだね。サーニャ君と二人の写真も撮ってあげよう」

「任せたっ!」

 素晴らしい景色でサーニャとツーショットの写真。これはお宝確定だな、と。エイラは有頂天。

「実はね、エイラ君。僕は養蚕、……つまり、絹の生産者にも知り合いがいてね。

 シルクのドレスとかどうかな?」

「…………お前と知り合えてよかった」

 ドレス姿のサーニャを想像し、エイラは豊浦の手を取る。二人で固い握手を交わす。

「ドレス、……あの、豊浦さん」

 おずおずとペリーヌが挙手。

「ん? なんだい?」

「ええと、それは、扶桑皇国のドレス、ですの?」

「生産地はね。……ああ、ペリーヌ君。ひょっとして十二単とか扶桑皇国の民族衣装の事かな?」

「ええ、それですわっ!」

 ぱっ、とペリーヌは笑顔。

「坂本少佐から伺って、一度、是非見てみたかったのですわっ」

「扶桑皇国のドレスか、……それもありかもなっ」

 もちろん、西欧のドレスを着たサーニャも素晴らしいだろう。エイラはそれを確信している。

 が、扶桑皇国のドレス。それがどんなものかよく知らないが、サーニャが着るなら大丈夫。いける、と確信。

「それじゃあ、いろいろと用意しようかな。……それで、サーニャ君は何かあるかい?」

「ひゃいっ?」

 なぜか声を跳ね上げるサーニャ。

「サーニャ君?」

「あ、あの、……豊浦さんっ! で、でしたらっ、い、一緒に、お、……お出かけ、したい、です」

「え? あ、うん、それは予定してあるんだけど?」

「えう、……あ、あの、」

 何か言いたそうにし、けど、言いにくそうに口を噤む。そんな事を何度か繰り返し、サーニャは俯いて、小さく口を開く。

「ふ、……二人、だけ、で」

「そう? ……解ったよサーニャ君。

 じゃあ、遊びにいった時に時間を取ろうか。サーニャ君。どんなところがいいかな?」

「あ、……え、……ええと、」

 二人だけの時間が欲しい。そんなお願いをずっと考えていたから、具体的にどこに行くのか考えていなかった。

 だから、言葉に詰まる。豊浦は困ったように視線をさまよわらせるサーニャを撫でて、

「どんなところがあるかなんてよくわからないよね。

 それじゃあ、僕が見繕っておくね。サーニャ君が気に入ってくれそうなところ」

「は、はいっ、お願いしますっ」

 ぱっ、とサーニャは顔を上げて笑顔。対して、

「うー、豊浦ー

 サーニャに変な事したら許さないからな。そんなことしたら撃つからな」

 警戒の視線を向けるエイラ。で、そのエイラの肩をエーリカは叩いて、

「大丈夫だよエイラ。ちゃんと変な事をしないように監視してれば」

「そうだなっ、それがいいなっ。冴えてるなハルトマンっ」

 ぱんっ、と二人で手を叩く。

「そうだな、扶桑皇国の治安はいいと聞くが、二人で出歩くというのなら何かあっては困る。

 ちゃんと見ていないといけないな」

 トゥルーデはハルトマンの的を射た提案を受けて満足そうに頷き、

「……貴女たち、…………ええと、凄いわね」

 大人しく温厚なサーニャの滅多に見せないこわい視線を見て慄くミーナ。リーネと芳佳は仲良く合掌。

「ちょっとは気を遣うっていう事は出来ませんの」

 エイラとエーリカの気持ちをなんとなく察したペリーヌは溜息。トゥルーデがどこまで本気で言っているかは不明だが。

 ともかく、これ以上野放しにしてサーニャの機嫌が悪くなるのはいただけない、ミーナは、ぱんっ、と手を叩き、

「ともかく、二人が豊浦さんの近くに張り付けばさらなる苦戦が予想されるわ。

 といっても、いないわけじゃないし、援護をしてもらう事は可能よ。勝ち目がない戦いではないわ。だから、十分に注意して相対していきましょう」

 

 笛の音を聞き終え、ペリーヌは草履をはいて外へ。

 念のため、辺りをうかがう。誰もいないことを確認し、気持ち忍び足でこっそりと外に出る。

 その先、

「ペリーヌ君?」

 心底意外そうに、きょとんとした豊浦がいる。

「どう「しっ」」

 自分の唇に指をあてて声を上げる豊浦を制止。豊浦は首を傾げるが。

「ちょっと、内密にお話したいことがありますわ。よろしくて?」

「あ、……うん、いいよ」

 気持ち声を潜めるペリーヌに合わせて豊浦も小声で応じる。ペリーヌは満足そうに頷く。

 豊浦は首を傾げながら小屋から茣蓙を持ち出し、広げる。

「内密、って。他のウィッチたちにも?」

 不思議そうに問う豊浦。あまり、隠し事をするような間柄には見えないが。

 ともかく、ペリーヌも少し後ろめたさがあるのか、困ったように頷く。

「それで、なにかな?」

「ええ、…………その、豊浦さん。欧州に来ないかと誘われていましたわよね? わたくしたちの基地だと思いますけど」

「ああ、うん。そうだね。……いや、正直悩んでるんだけど」

「いやですの?」

 ペリーヌは首を傾げる。みんなと仲良くしていたけど。

「ああ、……いや、ほら、そこって女の子しかないわけだよね?

 僕も一応は男だし、…………いろいろと、まあ、うん」

「…………なんていうか、…………え、女性とお付き合いとか、なかったんですの?」

 心底意外そうにペリーヌは問いかける。妻子がいない事は聞いていたが。

「…………ないよ。悪かったね。生前はそんな暇なかったし、怨霊になってからは、…………まあ、なんていうか、死ぬどころか成長することもないからね」

「あ、……え、えと、そう、でしたわね」

 ペリーヌは困ったように瞳を伏せる。死ぬことがない。……なら、

「け、けど、意外ですわ。生前も女性との付き合いがなかったというのは。

 忙しかったんですの?」

「そうだよ」豊浦は胸を張って「僕はとても偉い人だったからね。その分忙しかったんだっ」

「……………………あ、はい」

「なにかな? その、憐れむような視線は?」

「それで、要件ですけど」

「ペリーヌ君?」

 じと、とした視線。なんとなく笑い出しそうになるのをこらえるためそっぽを向いて、

「ま、まあ、悩んでいるのなら都合がいいですわ。

 そちらのお誘い、断っていただけませんの?」

「うん、……理由を聞こうかな?」

 問いに、ペリーヌは一息。

「ガリア、わたくしの故郷の事はご存じでして?」

「いや、知らない。僕はこの国から出た事ないんだ」

「え。……そうだったんですの? ……まあ、では、最初からお話をさせていただきますわ。

 わたくしの故郷。ガリアは数年前までネウロイに占領させて、ぼろぼろになっていましたわ。今も、復興の真っ最中ですのよ」

「ペリーヌ君は、貴族だったね?」

「ええ、御多分に漏れず、わたくしの領地も復興中ですわ。ですから、」

 一息。ペリーヌは真っ直ぐに豊浦を見て、

「豊浦さんに、ガリアの復興を手伝って欲しいですわ」

「…………へ?」

 何を言われたのかわからない、と。きょとんとする豊浦。ペリーヌは溜息。

「だから、豊浦さんの持つ知識や経験を、わたくしの故郷の復興に役立てて欲しい、のですわ」

「……………………えー」

「な、なんですのっ! その嫌そうな表情はっ!」

 ぶんぶんと手を振るペリーヌ。豊浦は溜息。

「ペリーヌ君は僕たち怨霊を何だと思ってるのか。…………いや、まあ、……仕方ないか」

「豊浦さ、ひゃっ?」

 撫でられる。ペリーヌは口を開き、……閉じる。仕方ありませんわ、と。内心で言いつのって撫でられるに任せる。

「まあ、ミーナ君の欧州行きの提案と同じで、やっぱり時間をくれないかな?

 僕にも僕なりに付き合いがあってね」

「え、……ええ、いいですわよ。

 わたくしも、すぐに来て欲しいとは言いませんわ」

「というか、ペリーヌ君。故郷の復興に熱心なんだね」

 意外そうに呟く豊浦。ペリーヌはむっとして、

「当たり前ですわ。故郷ですのよ? 豊浦さんだって故郷の危難は放置できないでしょう?」

「いや、扶桑皇国が滅びるならそれはそれで構わないよ。僕は放置するか、……まあ、気が向いたら滅ぼす側に加担するかな。

 いや、そうじゃなくてペリーヌ君。領主なのにウィッチとして戦ってるからさ、復興は二の次かって思ってたよ」

「そ、……それは、」

 言葉に、詰まる。生粋の軍人である他のウィッチは気付かなかったようだがその道もある。軍人として戦うのではなく、領主として、貴族として故郷の復興に尽力するという道も。……おそらく、ガリアの人はみなそれを望むだろう。

 けど、それを選択しなかった。《STRIKE WITCHES》が再結成されたら参加し、今でも、ずっと戦う事を選んでいる。なぜ、戦う事を選択したのか?

「ネウロイと戦う事は、大切な事?」

「…………え、ええ、そう、…………いえ、」

 ペリーヌは俯く。顔を隠すように、

「言葉で取り繕うなんて、だめですわ。……そうですわね」

 民を守るために戦う。もちろん、それは大切な事だ。戦う力を持つ貴族として、率先して戦い民の安全を確保する。民の、平穏を守る。

 それも貴族の義務だ。…………けど、

 けど、それ以上に、荒廃した領地を復興させることの方が、大切なのではないか?

 それは、当然のこと。住む場所を壊され生活にさえ困っている者はまだたくさんいる。自分の財産は復興に寄付してしまってほとんどないが、それでも、他の貴族と連携して仮の住まいを手配することはできる。逆に、領地の外にいる住む場所に困る子供たちを引き取り暮らす場所を与えることもできる。

 ガリア解放を実現した《STRIKE WITCHES》の一人、ペリーヌ・クロステルマン中尉。その名を出して会合を希望すれば、それを無視するガリアの貴族はいない。

 けど、それをしなかった。……ネウロイと戦う事を選んだ。理由。それは、

「きっと、わたくしは、……ネウロイを怨んでいるのですわ」

 貴族にあるまじき感情。私怨を優先し、領地の復興より戦う事を選んでいる。そんな自分の醜い感情が辛くて、俯く。

「ペリーヌ君?」

「そうですわね。豊浦さんより、わたくしのほうがよほど怨霊っぽいですわね。

 故郷を蹂躙され、家族を殺された。……そんな怨みをもって戦っているの、かも、しれませんわね」

 自嘲。

「なんて、…………浅ましい」

 豊浦はそれだけとは思えない。欧州が混乱している事は聞いているし、他にもウィッチたちの部隊が存在することは見当がついている。本当に戦う事だけを考えているのなら、最初に《STRIKE WITCHES》が解散した直後から故郷の復興には目も向けず戦い続けているはずだ。

 けど、怨みがまったくないわけでもないのだろう。ゆえに、否定の言葉を閉ざして、代わりに、

「ていっ」

「いたっ?」

 額を指で弾いた。抗議の視線を向けるペリーヌ、豊浦は真面目に頷く。

「そうだね。それは貴族にあるまじき感情かもね」

「…………そう、ですわ、……ね」

 否定を希望していたわけではない。何よりも、ペリーヌ自身がそう思っているのだから。

 けど、改めて言葉にされると、辛い。

 けど、…………

「ペリーヌ君。怨みの発端はどんな感情か知ってるかい?」

「え? ……え、ええと、」

 唐突に向けられた問いで返答に詰まるペリーヌ。豊浦は微笑。

「哀しみ、あるいは怒りだね。

 喪った誰かに対する哀しみと、喪わせた誰かに対する怒り、それが怨みの発端だね」

「え、ええ、そうですわね」

 頷く。

「なら、ペリーヌ君。

 故郷を蹂躙され、家族を殺されて、も、哀しむこともなく、怒ることもない。…………君は、そんな人になりたいのかな?」

「あ、……え?」

 怨みを抱かない。……確かに、そう、だ。けど、

 けど、それはとても、…………

「沈まなくていいよペリーヌ君。君は統治のための機械じゃない。人なんだ。

 だから、君のやりたいようにやればいい。……というか、安心した」

「え?」

「ペリーヌ君はまだ子供なんだから、他人に縛られないでやりたいようにやりなさい。

 感情のままに暴走するのもね。本当にだめなら止めてくれる仲間がいるのだから、遠慮せずに生きていいんだよ」

「こ、子供扱いしないでくださいませっ!

 まったくっ」

 頭の上の手を払いのけて憤然と応じるペリーヌ。けど、

「ちょっ、豊浦さんっ」

 払いのけてもしつこく撫で始める豊浦。次はもっと強く、と思ったけど。

「哀しかったことも、悔しかったことも、忘れてはいけないよ。そして、それを自分にため込むのもね。

 だから、思うままに、好きなように生きなさい。ペリーヌ君」

「……………………え、ええ、そうさせてもらいますわ。

 まったく、……なんですのそれ、大人の人生経験ですの?」

 払いのけず、撫でられたまま、そっぽを向いて口をとがらせる。

「違うよ。怨霊としての怨み言だよ」

「怨霊、…………それは「豊浦ーっ」え?」

「あ、ツンツン眼鏡だ。何やってんだお前?」

「エイラさん、……と、サーニャさん」

「どうしたんだい? 二人とも」

「明日の事で相談したいことがあってな。

 お前に何かあったら悪い事ばっかり起きるから、ちゃんと作戦会議しておかないとな」

 むんっ、とエイラが胸を張り、サーニャがこくこくと頷く。

「別に、夜にやる必要もないのではないですの?」

「ああ、それな。

 いい作戦を思いついたから忘れないうちにだなっ」

「…………なんか、エイラ君って頼りになるんだかならないんだか、…………まあ、それじゃあ話を聞こうか。

 エイラ君、サーニャ君、終わったらすぐに寝るんだよ?」

「はい」

 二人はペリーヌに視線を向ける。一応、ここに来た要件は伝えた。だからペリーヌは立ち上がる。

「ああ、そうだ。ペリーヌ君。

 一つ、いいかな」

「何ですの?」

 振り返り、問い。豊浦は軽く笑う。

「歴史は勝者が作るんだ。その事を覚えておいて」

「え、ええ、わかりましたわ?」

 どういうことか分からず首を傾げる。サーニャは不思議そうに「豊浦さん?」と問いかけ、

「うん、鉄蛇の打倒が終わったらみんなで遊びに行く話はしたよね。それに関連してね。

 いろいろいいところだけど、扶桑皇国出の芳佳君や、貴族のペリーヌ君は勉強になるかもしれないんだ。だから、楽しみにしていてね」

「ん、何かの資料館か? うぇー、せっかくなんだから観光がいいー」

「エイラ、駄々をこねてはだめよ。せっかくなのだから楽しみましょう」

「はーい」

「十分観光になるよ。エイラ君も楽しみにしていてね。

 それじゃあ、ペリーヌ君はおやすみ、君の道行き、応援しているよ」

 



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三十八話

 

「さて、……それじゃあ始めるよ。

 たぶん、今まで以上に厄介だと思うけど、皆、気を付けてね」

 陰陽に関する道具。豪奢な装飾が付いた棒に下げられた懐中時計を腰に吊るし、豊浦は両手に二本の鉄剣を持つ。二体分の、おそらく、非常に強力な鉄蛇の封印。

 それを、抜いた。

 

 サーニャとエイラは二人で豊浦を運び、出来るだけ離れた場所に着地。それを見送りミーナは眼下、鉄剣の抜かれた場所に視線を落とす。

 初撃は、ない。…………そして、鉄蛇が構築。

「…………あれは、また、」

 そこにあるのはとぐろ巻く大蛇。とぐろの中央に、赤い輝き。

「あれが、コアね」

 剥き出しの巨大なコア。《オペレーション・マルス》の最後、美緒を取り込んだあの巨大なコアを思い出す。

 コアは巨大な蛇の体に隠される。威嚇するように鉄蛇がウィッチたちを睨み。

「交戦開始っ! リーネさん、エーリカ、トゥルーデはコアを狙って、ペリーヌさん、シャーリーさん、ルッキーニさん、宮藤さんは頭部への攻撃を開始っ!」

 了解、と声を重ね。芳佳はペリーヌと、シャーリーはルッキーニと散会。エーリカとトゥルーデは真っ直ぐに鉄蛇に向かって飛翔し、リーネは対装甲ライフルを構える。

 

 咆哮。

 

「ぐ、……あっ」「うるさっ!」

 鉄蛇から放たれた咆哮が二人に叩き付けられる。音圧に弾き飛ばされる。

 けど、

「リーネさんっ」

「ふっ」

 弾き飛ばされた二人の間を縫うように、リーネが狙撃。巨大な体に隠されたコアを銃弾が穿つ。

「直撃っ、けど、まだっ!」

 弾き飛ばされたエーリカは機銃を構えて再度の突撃。蛇の頭はシャーリーたちを睨む。だから、

「トゥルーデっ」「わかってるっ」

 リーネの援護を受け、二人は鉄蛇の中央、とぐろに隠されたコアに銃撃を加えながら突撃。

 けど、

『でかいのくるっ、防御して退避っ!』

 エイラの声が響く。二人は反射的に前方にシールドを展開。同時に後ろに飛翔。

 でかいの、その言葉通り、鉄蛇の口から雷撃が放たれる。

 まるで、槍で穿たれたような衝撃。けど、防御は間に合った。

「うあっ、びりびりする」

「耐えろハルトマン。追撃行くぞっ」

「了解っ」

 雷撃を防ぎ急降下。さらに鉄蛇は雷撃を放つが。

「ふっ」

 呼気一つ。雷撃を回避する。ビームと比較すれば軌道は複雑だが、熟練のウィッチである二人に回避できないほどではない。

 さらに、鉄蛇は食らいつこうと迫る、が。

「逃がすかっ」

 シャーリーとルッキーニが目に銃撃。鉄蛇は煩わしそうに動きを止める。

 だから、

「いっけーっ」

 急降下しながらコアに銃撃。銃弾がコアに突き刺さり、鉄蛇が咆哮を上げる。

「むっ? ハルトマンっ、急上昇っ! 総員、鉄蛇から離れろっ! エイラたちも豊浦を連れて建物の上に退避っ!」

 トゥルーデが声を上げる。エーリカは眉根を寄せる。

 コアから黒い靄が漂う。もともとあった黒雲がさらに分厚く構築される。

「また毒っ?」

「コアが動き出したら、……また、面倒だなあ。サーニャ、無事?」

『私たちに問題はありません。ビルの残骸の上に退避しました』

「そっか」

 あっちの三人は無事らしい。エーリカは機銃を構えて下を睨む。……と。

『豊浦から、あれは毒性はないらしいぞ。

 黒雲、じゃなくて、雷雲だって。気を付けろ。雷雲だからそこからも雷撃飛んでくるぞ』

「自分のテリトリーを拡大するか」

「ミーナ、コアの場所わかる?」

「ええ、というか移動していないわ。総員、散会して攻撃を継続。

 リーネさん」

「はいっ」

 リーネは対装甲ライフルを構える。それを見て、エーリカとトゥルーデはほかの皆と一度視線を交わし、飛翔。

 

 雷光。

 

「うおわっ?」

 エーリカは下にシールドを展開。そこに突き刺さる雷撃。

「エイラの言っていたのはこれか、面倒だな」

 雷雲の範囲は広がっている。それに伴い鉄蛇の攻撃範囲も広がるだろう。

「逃げ場がなくなっていくか。上等」

「強がるのもいいがさっさと片付けるぞ」

「了解っ」

 下から上昇する雷撃を回避し、防御しながらコアに向かう。コアを守るように存在する蛇頭が二人を睨み。

「こっち、無視するなーっ」「行きますわよっ!」

 ルッキーニとペリーヌが銃撃。鉄蛇は咆哮。口を開き雷撃を放つ。

 まるで、槍のように鋭く迫る雷撃に、ルッキーニは回避。ペリーヌは芳佳が前に飛び出してシールドで防御。そのまま頭に銃撃を続ける。

 エーリカは大丈夫と判断して雷雲に隠されたコアを睨む。

「暗いけど、見えない事もない、か」

「あれは、どういう形になんだ? とぐろの中央にコアがあるのか? あるいは、独立したコアを守るためにとぐろを巻いているのか、解らないな」

「そうだねー」

 コアが機体から離れて動くネウロイも存在するらしい。《オペレーション・マルス》で最後に戦ったネウロイがそのたぐいだったか。

 あるいは、例えば尾の先端に巨大なコアが付随していてるのか。……なら、エーリカはインカムに声を飛ばす。

「ミーナ、鉄蛇を吹き飛ばせる? そうすればコアが狙いやすくなるし」

『解ったわ。艦砲の指示を出します。

 エイラさん、サーニャさん、気を付けて、シャーリーさんたちは鉄蛇の牽制をお願い』

『大丈夫です。射線からは離れています』

『『『『了解っ』』』』

 そして、艦砲の大音が響く。シャーリーとペリーヌを追い回していた蛇頭はその音に反応を遅らせ、莫大量の砲弾が直撃。吹き飛ばされる。

 けど、

『コアはその場に残ってるわね。艦砲は継続。

 シャーリーさんたちは鉄蛇への攻撃を続けて、私もそっちに行くわ。トゥルーデはそっちをお願い』

 了解、と声を飛ばし、エーリカはコアを睨む。

「突撃するっ!」

 

 ミーナは艦砲で弾き飛ばされた鉄蛇を睨む。固有魔法の知覚は豊浦達が安全圏にいることを伝える。

 そちらに近寄らせるわけにはいかない。だからミーナは鉄蛇の進路を阻む位置に構える。

「みんな、やる事は時間稼ぎよ。

 トゥルーデたちがコアを破壊するまで、なんとしてでも鉄蛇をここに縫い止めるわ」

「「「「了解」」」」

 もちろん、簡単な事ではない。

 サーニャとエイラは豊浦の所にいる。そこからさらにリーネ、エーリカ、トゥルーデが抜けたメンバーで、あの猛威を振るった鉄蛇と相対しなければならない。

 コアを撃破するトゥルーデたちは論外だし、サーニャたちの助力も期待できない。鉄蛇も、誰がカギを握るのかわかっているのだろう。豊浦のいる場所には凄まじい雷撃が集中している。固有魔法を駆使して何とかしのいでいるようだが、二人はそれで手一杯だ。

 だから、……やるしかない。

 

 咆哮。

 

「行きなさいっ!」

 ミーナの号令。それとともに散会。銃弾をばら撒きながら鉄蛇を睨む。

 銃弾は鉄蛇を穿ち、鉄蛇は煩わしそうに頭を振る。そして、

 

 雷撃。

 

「ふっ」

 己の知覚能力を最大限に駆使して、複雑な軌跡を描く雷撃を前進しながら回避。鉄蛇に肉薄する。

「いけっ」

 引き金に指をかける。銃撃。鉄蛇の頭部に銃弾を叩き込む。

 やる事は撃破ではない。時間稼ぎだ。トゥルーデたちがコアを撃破するまで鉄蛇を足止めする。

 それがどれだけ困難か、解る。けど、

「砲撃」

 振り上げられる鉄蛇の尾。回避軌道を取りながら告げる。直後に大音。爆発。

 莫大量の砲弾が鉄蛇を打撃。鉄蛇は弾き飛ばされ、砲弾の先、《大和》を睨む。口を開く。けど、

「させないっ!」

 口を開く蛇頭を芳佳が銃撃。鉄蛇は射線を逸らされ空に雷撃を放つ。

 やった、と。……けど、不意に感じる。寒気。

「宮藤さんっ!」

 蛇頭が芳佳を睨む。口を開く。吐き気がするほどの寒気を感じ、ミーナは芳佳との間に、二人でシールドを構築。

 

 雷撃。

 

「ぐ、……つっ?」

 鉄蛇は口から巨大な雷撃を続ける。強力な雷撃がシールドを削る。……大音。

「あっ」「ひゃっ?」

 蛇頭は砲撃される。巨大な砲弾に頭部を打撃され、逸らされた巨大な雷撃はミーナと芳佳の横を抜けて空を駆け抜ける。

 外れたことを自覚したらしい。鉄蛇は雷撃を終了。一息。

「え?」

 ばちばちと、辺りに紫電が弾ける。ミーナはそれを感じ取り、声。

「総員っ、後退っ!」

 ウィッチたちはその声に従い後ろに飛ぶ。そして、ミーナの眼前で巨大な球電が弾ける。構築に巻き込まれたらシールドの展開など関係ない。感電死する。

 一筋縄ではいかないわね、と。ミーナは溜息。

「ミーナさん、今のは?」

「任意の場所に巨大な球電を発生させられるようね。放出じゃなくて構築、防御は出来なさそう、けど。前兆は把握しやすいわね」

「はい」

 芳佳と言葉を交わし、ミーナは視線を向ける。あちらも、なかなかてこずっているらしい。コアだけでも雷撃できるのだからつくづく面倒な相手だ。

 

 咆哮。

 

「下っ!」

 叫び、ミーナは飛翔。自己の固有魔法が下、地面を覆う黒雲から上に放たれる雷撃を知覚する。

「は、あっ」

 固有魔法は大気中の電気を感知し、ミーナは飛翔。鉄蛇が口を開く。

 

 雷撃。

 

「舐めないでっ!」

 飛翔速度は緩めない。陰陽により知覚可能な程度には減速しているとはいえ、それでも高速で迫る雷撃をミーナは紙一重で回避し、銃撃。

 銃弾が鉄蛇を穿つ。鉄蛇は咆哮。その横をミーナは銃撃を加えながら通過する。

 そして、その行く手を阻むように巨大な尾が振り上げられる。

「ふっ」

 シールドを展開。尾が叩き付けられる。シールドごと上に弾きあげられる。

 けど、それでいい。

「シャーリーさんっ!」

「あんまり無理をするなよっ」

 振り上げられた尾をくぐるようにシャーリーが突撃して銃撃。それにルッキーニも続く。

 二人の銃撃を受け、鉄蛇は咆哮を叩き付ける。

 音圧の打撃。雷鳴のような轟音と衝撃。けど、

「あっ、まーいっ!」

 ルッキーニはシールドを展開。衝撃を防ぎその向こうからシャーリーは銃撃。鉄蛇の頭部に銃弾を撃ち込む。

「まったくっ、こらバルクホルンっ、さっさとコア潰せっ!」

『解ってるっ! だが、コアの無差別な雷撃でなかなか近寄れないっ』

「んじゃ、もうしばらく頑張るしかないなっ」

 それもそうね、と。聞こえてくる会話にミーナは笑みを浮かべて頷く。

「ええ、頑張って時間を稼げば、潰してくれる。

 信じてるわよ」

 

「これはなかなか、大変だなっ」

 雷雲に沈む瓦礫の上。エイラとサーニャは自分の固有魔法を最大限活用して高速で立ち回る。

 全方位から放たれる雷撃。視界を埋め尽くす雷光。二人はそれをすべてシールドで防御。

 固有魔法を全力起動しながら高速の挙動、そして、莫大量の雷撃をすべて防ぎきるシールド。そのどれもが凄まじい負担となって二人にのしかかる。

 だから、

「エイラ、大丈夫?」「サーニャ、苦しくないか?」

 二人の問いが重なる。二人とも、答えはわかってる。

 大丈夫じゃないし、苦しいに決まってる。集中を切らすことはできない。そんな事をすれば雷撃が豊浦を貫く。

 一瞬先の未来、右から放たれる雷撃を予知してエイラは疾駆。シールドを展開して防御。それと同時、雷撃の初動を固有魔法で感知したサーニャは全力で飛んで防御。

 サーニャがいた場所が空いた。そこに束ねられる雷撃。エイラはそちらに飛んで途中でサーニャの手を握る。サーニャはエイラに手を引かれて雷が束ねられる場所に飛翔。二人でシールドを展開。

 二重のシールドに叩き付けられる一撃。まるで、巨大な槍で穿たれるようで、けど、二人は耐えて散会。一秒、一瞬でも先を予知しようとエイラは固有魔法に集中し、微かな静電気、僅かな空気の振動さえ見逃さないとサーニャは固有魔法の感度を限界に引き上げる。

 じりじりと、脳が締め付けられるような感覚。集中の極を維持して二人は飛翔し防御し、彼を守る。

 守る、……と。サーニャは視界の中、豊浦の存在を意識する。

 彼は周りに視線を向けない。ただ、手の中の懐中時計に視線を落としている。

 時間制御、想像さえしたことのないような魔法。それが彼にとってどれだけ負担になるか、……ただ、

「守り、ます」

 自分たちを彼は信じてここにいる。だから、それには絶対に応える。

 飛翔、右から放たれる雷撃を防御。逆方向から放たれた雷撃をエイラが防いだのを横目で確認し、さらに飛んでシールドを展開、雷撃を防御。防御しながら飛翔を継続。エイラの手を取る。エイラは頷いて二人で飛んでシールドを展開。二重のシールドで巨大な雷撃を防御。

 手を離す。二人、散会して雷撃を防ぐ。視界を埋め尽くす雷光を一つ一つ、確実に防いでいく。

 踊っているみたいだ、エイラはそんな事をふと思った。

 鉄蛇に蹂躙された横須賀海軍基地、広い足場はほとんどなく、ここもどうにか見繕った場所。そこで豊浦を中心にサーニャと飛び回り、時に離れて時に手を取り、雷撃を叩き落す。そんな中、

 守ります、そんな声が聞こえた。……溜息。

「ああもうっ、せめて守るなら女の子がいーんだけどなっ」

 特に、豊浦に不満があるわけではない。彼の存在は戦闘の鍵で、彼がいなければ知覚不能な速度で叩き込まれる雷撃を防御する術はない。

 ゆえに、守る意義は十分。けど、叶うなら。

 ぱんっ、と手が叩かれる。エイラも理由はわかる。すでに雷撃は束ねられている。固有魔法は巨大な雷撃を知覚、サーニャと二人で防御する必要がある。

 だから、サーニャはエイラの手を取って飛翔。……ふと、声。

「私じゃなくて?」

 少し、意地悪な問い。対してエイラは、笑う。

「そーだな。……うん、けど、サーニャと一緒に頑張るの、これはこれでいいものだな」

 大切な彼女を守るのではなく、一緒に戦う。どんなつらい戦いでも、二人で手を取り合って乗り越える。

 それはそれで幸いだとエイラは微笑。サーニャは、…………刹那、その微笑に見惚れそうになり、慌てて意識を集中。

 そして、二人でシールドを展開。巨大な雷撃を凌ぐ。

「防御ばっかりだね」

 一撃を凌いで再度飛翔するサーニャはぽつりと呟く。ただのネウロイなら本体を撃破して、それで終わり。

 けど、今、相対しているのは雷雲。破壊のしようがない。ただ、ひたすら防御して耐えるだけ。いずれ、消耗して無防備に雷撃を受ける。……そんな未来さえあり得る。

 けど、それでも、…………そんな苦境に立ち、なお、サーニャの表情に悲壮はなく、エイラの口元に悲嘆はない。

 戦闘の要を守り、大切な人と戦う、二人は歯を食いしばって己の成すべきことを成す。

 これが、みんなと戦うという事だから。

 だから、悲嘆も悲壮も不要。あるのは、ただ、

「信じてるよ」「ちゃんとやれよ」

 信頼だけ。それだけを胸に、二人は死地を飛び回る。

 

「信じてる、……か」

 トゥルーデは苦笑して眼下を睨む。そこに、雷雲に沈んだ鉄蛇のコアがある。

 巨大な、深紅の宝石。ばちばちと、ほぼ常時帯電している。

「簡単ではないのだがな」

 雷撃は止まらない。特にトゥルーデたちを狙って攻撃している様子はないが、その分読みにくい。

 鉄蛇という、ある程度意志を持つネウロイではなく、自然災害としての雷雲を相手にしているような感覚だ。

「ま、なんだって変わらないさ。さっさと仕留めないと」

 あっちもね、と。エーリカは巨大な尾の薙ぎ払いを回避するミーナたちと、莫大量の雷撃にさらされるサーニャたちを見る。どちらが楽か。……それを論じても仕方ない。

「リーネ、来れるか?」

「はい」

 遠距離からの狙撃を行っていたリーネもトゥルーデとエーリカの側へ。対装甲ライフルを握る。

「あのコアに意思があるかは不明だ。今のところ、ランダムに雷撃をばら撒いているようにしか見えない。

 が、そうでない可能性もある。悪いが、付き合ってもらう」

 もし、まだわかっていないだけで敵を狙うだけの意思があるのなら。……その場合、標的を分散させた方が負担は抑えられる。

「はいっ、頑張りますっ」

 リーネもそれに納得し、トゥルーデは頷く。

「では、突撃するっ」

 目標である鉄蛇のコアは動かない。雷雲の中に鎮座している。

 そして、雷雲の中には無数の雷光。「シュトゥルムっ!」

 突撃しながら固有魔法起動。放たれた竜巻が雷雲を蹴散らす。けど、

「まだですっ!」

 すでに、雷雲は広大な範囲で展開している。直下の雷雲は散らせても周囲の雷雲は容赦なく雷撃。リーネはそれをシールドで受け止める。

 そして、

「一度散らしただけではだめか」

 竜巻で空いた雷雲の穴。その中央にあるコアから雷雲が零れる。それも、

「上がってますっ」

「ちっ、……このまま雷雲に閉ざす気か」

 そうなれば、雷撃の回避はさらに厳しくなる。眼下、雷雲の中には無数の雷光が見えるのだから。

 それに、……エーリカは視線を向ける。その先、鉄蛇も、豊浦の事は認識しているらしく周囲から凄まじい数の雷撃を叩き込まれている。エイラとサーニャ二人で必死にしのいでいるが、これ以上の攻撃頻度になればあちらがもたなくなる。だから、

「トゥルーデ、リーネ。雷雲を払う。……あと、任せた」

「ハルトマンさんっ?」

 ぽつり、呟いた言葉にリーネは反射的に声をかける。対し、「わっ」

「それ、使いなよ。対装甲ライフルよりはこれから、使えるだろうからさ」

 渡されたのはエーリカが使っていた機関銃。これで彼女は武器を持たなくなる。その意味は、……その意味、察しリーネは声をかけようとする、が。

「了解した。死力を尽くせ」

「バルクホルンさんっ?」

 淡々と、トゥルーデは告げて両手の機関銃を構える。振り返る。

「リーネ」

「…………はい、ご武運を」

「そっちもね」

 

 二人を見送り、エーリカは一息。……一度、豊浦を見て、

「さて、……柄じゃないんだけどなあ」

 手を振る。長期戦にならないことを祈り、エーリカは固有魔法を起動した。

 

「つっ」

 後ろから放たれる暴風。それは周囲一帯、……否、見渡す限りの雷雲を吹き飛ばす。

 それも、一度吹き散らしただけではない。風は渦巻き、コアからこぼれる雷雲を片っ端から吹き飛ばす。けど、

「ハルト「振り返るなっ」」

 それだけの固有魔法の行使、エーリカにとって大きな負担になる。心配そうに呟くリーネにトゥルーデは声を上げ、

「振り返る暇などない。一秒でも早く交戦を終了させるっ!」

「はい」

 頷き、リーネは風に乗って真っ直ぐに下へ。そして、機関銃を構える。

「こういうのは、初めて、だけど」

「リーネ?」

「行きますっ」

 引き金に指をかける。固有魔法を起動。

 弾道の安定、威力の強化。普段ならライフルでの一撃必殺で使う固有魔法。それを、機関銃で実行。

「…………頑張れ」

 トゥルーデの言葉にリーネは返す余裕がない。毎分五百発の銃弾すべてに固有魔法を上乗せしての掃射。極度の集中と魔法の行使による疲弊が体を蝕む、が。

「あ、……あ、」

 苦しそうな声が漏れる。トゥルーデはそちらに視線を向け、機関銃を二丁構える。

「出し惜しみはなしだな」

 引き金を引いた。

 

 暴風とともに莫大量の銃弾がコアに突き刺さる。防御を考えない掃射。いくら頑強な鉄蛇のコアとはいえ、確実に削られ、砕かれていく。

 ここが正念場、ミーナはそう判断して艦砲指示、ともに戦うウィッチたちに頭部への集中銃撃を指示して鉄蛇の動きを止める。自らの損傷さえ厭わず突撃する鉄蛇を手数と速度で補い攻撃を逸らし続ける。

 コアが銃撃されて崩壊していく。エーリカとリーネは消し飛びそうな意識を必死につなぎとめて固有魔法を維持。コアを削っていく。

 もう少し、…………そう判断した瞬間。

 

 雷撃。

 

 コアから直接放たれる巨大な雷撃。トゥルーデは前に飛び出してシールドを展開。

「バルクホルン、さ「構うなっ」」

 歯を食いしばってシールドを維持するトゥルーデ。リーネは頷き、銃撃を続ける。

 きっと、大丈夫。……そう信じて、…………「いいけど、あんまり無理すんな」

 声。トゥルーデのシールドにもう一枚、追加。

「エイラっ」

「雷雲吹き飛んだからもう大丈夫だってさ。

 一応、な」

 無理矢理、そんな表情でエイラは笑う。大丈夫か? 否、鉄蛇はまだ動きミーナたちと交戦している。豊浦は、一人立っている。

 爆発の音、フリーガーハマーを構えたサーニャはさらに引き金を引く。コアが銃撃に削られ爆発。そして、

「バルクホルンさんっ、お願いしますっ!」

 後ろから芳佳が飛び込む。シールドを展開してそのまま突撃。巨大な雷撃を真っ向から押し砕く。

「ああ」

 トゥルーデは頷き、シールドを解除。二丁の機関銃を向ける。

 そして、引き金を引く。雷撃を押し砕き、機関銃から放たれる銃弾がコアを貫き、

 

「お疲れ様。みんな、よく頑張ったね」

 

 破砕。

 



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三十九話

 

「お疲れ様、みんな、よく頑張ったね」

 《大和》まで飛ぶ気力さえなくなったウィッチたちに豊浦は微笑。

「おー、……終わったー」

 シャーリーはひらひらと軽く手を振る。終わった、あとは「それじゃあ、明日はゆっくり休んで、明後日に遊びに行こうね」

「は?」

 終わった。……けど、鉄蛇はあと一つ残っている。それを無視したような豊浦の言葉にミーナは口を開こうとし、豊浦は手を振って制する。

「それと、芳佳君。いいものを見せてあげる」

「え?」

 他のウィッチ同様座り込んだ芳佳は豊浦の言葉に声を上げ、豊浦は微笑。最後の鉄剣を抜いた。

「ちょ、豊浦さんっ?」

 慌てて立ち上がる。けど、戦うことが出来るか、それは否。すでに、ここにいる皆は限界まで疲弊しているのだから。

 だから、声を上げる芳佳。そして、顕現する最後の鉄蛇。その威容を背に、豊浦は微笑。

「さあ、見ておきなさい。

 これが、君たち常民の知る世界の裏側にいる化外の力。……芳佳君。君がいずれ相対するかもしれない《もの》だよ」

 懐中時計が括り付けられた棒から、それを抜いた。

「え? 刀?」

 ミーナが呟く。美緒は刀を主武器としていた。ゆえにそれは見慣れている。

 反りのある日本刀ではない。短い直刀。……それが、光に包まれる。

「ポラリス、の、光」

 ぽつり、サーニャが呟く。ナイトウィッチである彼女は星の光をよく見ている。だから、そんな言葉が零れた。

 

 咆哮。

 

「って、ちょ、豊浦っ!」

 鉄蛇の咆哮を聞いて、声。豊浦は微笑み、星の光を纏う直刀を向ける。

「太極に至る船を出そう。顕世より、北辰の光とともに消えよ。」

 直刀。――――銘は、

 

「七星剣、抜錨」

 

 極星の光が濁流となって鉄蛇に突き刺さる。その頭部を消し飛ばし、巨大な体躯のほぼすべてを粉砕、消滅。

「……うそ」

 呆然、と。ミーナが呟く。豊浦は変わらぬ笑みを浮かべて刀、七星剣を鞘にしまう。

「さ、これで終わりだね」

 

 すべての鉄蛇を打倒。これで扶桑皇国の脅威は払った。

 …………けど、

 

 帰り、鉄蛇の討伐を終了したことで《大和》にいたウィッチや扶桑皇国の軍人たちは沸き立つが、戦った《STRIKE WITCHES》のウィッチたちにそんな余力は残っていない。

 早く休んだ方がいい、と。美緒の判断で彼女たちは報告も最低限だけ行い帰路につく事になった。

 扶桑皇国の軍人が運転する自動車に揺られて家に戻る。その間に眠ってしまう事もあるかと思っていたが。誰も眠りに付かず、黙って自動車に揺られる。

 疲労で眠りたい。あるいは、仲間たちの健闘を讃え合いたい。……そんな思いはある。けど、それ以上に、…………ほかの誰かがいるここでは聞けない事がある。

 

「あの、豊浦さん」

 家に戻り、誰も寝室に戻らず、居間で芳佳は口を開く。

 答えが怖くもある。……けど、どうしても気になる。言仁の言葉。

「豊浦さんは、……扶桑皇国の事、好き?」

 国の滅びを望む者。その言葉がどうしても、頭から離れてくれない。

 相対するかもしれない、と彼は語った。その言葉が結びつき、不安が胸をいっぱいにする。

 問いに、豊浦は困ったように微笑み。

「嫌いだよ」

 即答。

「言仁が何を吹き込んだかは知らないけどね。

 けど、そうだね。僕はこの国が嫌いだ。滅びるなら滅びればいいと思ってるし、滅ぼそうと思った事もあるよ」

「なら、どうして鉄蛇を封じて、私たちを助けてくれたの?」

「君たちの事が好きだからだよ。だから協力したんだ。

 あとは、ウィッチ、最新の英雄たちに興味があったからね。鉄蛇、……ああ、ネウロイか。海軍の基地を壊滅させたネウロイを封じたとなればウィッチが出ないわけには行かないからね。

 それで見てみたかったんだ。過去の怨霊として、現代の英雄をね。それと、」

 いつか、彼女に語ったこと。

「ミーナ君。変かな? 扶桑皇国は嫌いだ。けど、そこにいる人、芳佳君みたいな子たちを愛おしく思うのは。そして、彼女に力を貸してくれるミーナ君たちに感謝をしているのは」

 ミーナは息を呑む。千年以上続く系譜。あの時はロマンチックなんてからかい交じりに応じた。……けど、彼は、本当にそう思っている。彼の言葉はそれを確信させるに足りる。

 返事は、ない。けど豊浦にはそれで十分だったらしい。

「明後日、遊びに行くところで僕が扶桑皇国を、この国を嫌う理由を教えてあげるね。怨霊である僕が抱える怨みを」

 怨霊を自称する彼が持つ怨み。ずっと、ずっと聞けなかった事。

「みんな、本当に優しくていい娘だね。……けど、今回に限って言えばそれはちょっと困ったことかな。

 誰も、僕がどうして怨霊を名乗っているのか、何を怨んでいるのか、その事を聞かなかったのは、触れて欲しくないと思っていたからだね?」

 問いに、頷く。それは彼の傷を抉る行為と思えたから。

 けど、

「その意味も、教えてあげる。皆にもね」

「一つだけ、答えてください」

 リーネは真っ直ぐに豊浦を見つめる。彼女には珍しい、強い視線で、

「豊浦さんは、芳佳ちゃんの敵になりますか?」

 豊浦は、扶桑皇国を滅ぼそうと思った事もあるといった。彼の能力を見れば笑いごとで済ませられる言葉ではない。

 対し、芳佳は扶桑皇国の軍人だ。…………なら、

「そのつもりはないよ。ただ、芳佳君の奉じる信念と、僕が抱える怨念が相対するのなら、その時は、そうだね。

 お互い後悔しないように、全力で相対しようか」

 

 夜、ペリーヌは笛の音を聞いて外へ。

「…………寝なさい」

「そういうわけにもいきませんわ」

 以前来た時とは違う。きっぱりとした言葉にペリーヌはそれと同じ口調で応じる。

 その視線は強く、鋭い。

「この扶桑皇国は貴方の故郷でもあるのでしょう?

 それでも、滅びを望むというんですの?」

 故郷を守るため、貴族として、ウィッチとして尽力するペリーヌにとってその感覚は理解できない。

 対し、豊浦はペリーヌに視線を向ける。…………見たこともない、寒気がするような視線。

 ぞく、とする。

「僕の故郷は滅んだよ。あの忌々しい女帝と皇子に滅ぼされ、比べ等しい者はない、とかふざけた名を持つ者たちに消された。

 それに続く扶桑皇国を僕は故郷と思っていない。故郷だから滅ぼさない、そんな楽観は僕に通じないよ」

「そう、……です、の」

 それは、感じたこともないような、怨念。

「貴族として教育を受けたペリーヌ君にとっては理解できないかもしれないね。

 けど、覚えておくといい。歴史は勝者が作る物だ。……だから、敗者という、歴史から消し去られた《もの》が存在するとね。その《もの》たちも、国が好きだとは思わない方がいい」

「……豊浦さん、は?」

「ああ、そうだよ。前に少し話したかな? 昔、僕は執政者だった、と。

 蘇我臣、古代、一つの時代を担った執政者。けど、もう少しで完成というところで首を刎ね飛ばされた。そして、僕の首を刎ねたあの皇子の血統が今の皇統へ繋がっている。…………だから、僕はこの皇国が嫌いなんだ」

 執政者として国を支え、けど、殺され、歴史からも抹殺された。と、彼は語る。

「君には、ショックな事かもしれないね」

「…………が、」

「ん?」

「そ、……れが、貴方の、怨念、ですの?」

 殺されたこと。言葉に詰まりながら問うペリーヌに豊浦は苦笑。

「違うよ。僕の怨念は、殺されたなんてそんな軽い事じゃない。

 そっちは後で教えてあげるよ」

 殺されたことさえ、軽い、と。言い放ち、豊浦はペリーヌを撫でて、

「僕が、芳佳君と戦うかもしれない。……それが不安なのかな?」

 こくん、と頷く。

 芳佳が豊浦に懐いているのは見ていればわかる。そして、その理由も、なんとなくわかる。

 父親を喪い、母と祖母に育てられた。

 清佳の人なりは信頼している。……けど、それでも、

「宮藤さんは、豊浦さんの事、慕っていますわ」

「そっか、それは嬉しいな」

 ぽつり、呟いた言葉に豊浦は応じる。ペリーヌは続ける。

「宮藤さんは、幼いころに、父親を亡くした、んですわ」

「……そう」

 頷き、ペリーヌは自分の体を抱きしめるように、言葉を吐き出す。

「親を喪うのは、寂しい、……のですわ」

 その気持ちは、解る。……自分も、同じなのだから。

 大切な両親を喪った、それは、とても寂しい事。

 だから、ペリーヌはなんとなくわかってる。芳佳が豊浦に向ける感情。

「芳佳君にとって、僕は父親みたいに思われているのかな」

 ぽつり、呟かれた言葉。ペリーヌは「そうだと思いますわ」と、頷く。

 頼りになる年上の男性。知らず知らずのうちに父親と重ねてしまっても、不思議ではない。

 ペリーヌ自身、何度か亡き父親と重ね見た事がある。

「そっか、……それで、僕が、……そうだね。扶桑皇国を滅ぼすために動き出したら、扶桑皇国の軍人である芳佳君は辛い選択を強いられる、それが不安なんだね?」

 問いに、頷く。軍人としての任務と彼を慕う気持ちで板挟みになるところなんて、見たくない。

 それは、とても辛い選択なのだから。

「…………本当に、ペリーヌ君は優しい娘だね」

 豊浦は柔らかく微笑み、けど、

「それでも、僕は僕の在り方を変えられない。まだ、その必要はないから扶桑皇国と敵対するつもりはない。

 けど、必要になったら僕はこの扶桑皇国を滅ぼすために動く。それは決して止めない。

 千年以上積み重ねた怨念にかけて、…………ね」

「それはっ、…………そう、ですの」

 激昂の言葉は沈む。申し訳なさそうに、困ったように告げる豊浦。だから、解ってしまった。

 彼も、芳佳と戦う事を望んでいない、と。芳佳の事を大切に思っている、と。

 ……………………けど、それでも、譲れない思いがある、と。

「……失礼し「ペリーヌ君」」

 肩を落として背を向ける。彼女にかけられる言葉。

「もう少し、時間はあるかな?」

「へ? え、ええ、大丈夫ですわ」

 問いに頷く。

「和を以て貴しとなす。聞いたことがあるかな?」

「いえ、……ええと、扶桑皇国の、言葉ですの?」

「そうだよ。それで、君たちの事だよ」

「え?」

 意味の解らない言葉。それに当てはめられてペリーヌは首を傾げる。

「どういう意味ですの?」

「辞書的に言えば、人々がお互いに仲良く、調和していくことが大事なこと。……ってところ。

 まあ、僕の政治理念の根幹といったところかな。

 僕が執政者だったころ、大王、……今でいう帝だね。帝を長として、その下に豪族がいた。君たち風に言えば、貴族だよ。

 けど、大王には強い権力はなかった。祭祀王、なんて言われていたね。祭祀を司る帝と、合議制の下、執政を担当する豪族たち、彼らの和をもって国を統治していこうとね。そう、各国から集まって一つの部隊として活躍する君たちみたいにね」

「そうですわね。……ええ、素敵な統治だと思いますわ」

 頷く、多くの国から集まり、一つの目的をもって戦う自分たちの部隊、《STRIKE WITCHES》の在り方を好ましいと思っているのだから。

「そう、……扶桑皇国も、今は辛うじてその形になっている。だから、今は傍観している。

 けど、ウィッチの存在で軍の権限が突出して高くなっている。もし、この権限をそのまま、権力へと持っていったら、……帝という祭祀王を後ろ盾として一つの存在が権力を握ったら。僕の首を刎ねたあの連中のように、国を私物化したら?

 かつて、それを許して数多の怨念を産んだ《もの》として、僕は、何度でもこの国を祟る怨霊となろう」

 豊浦は、微笑。

「と、いうわけだよ。ペリーヌ君。

 君は、貴族として僕を悪というかな?」

「…………いえませんわ」

 否定する。今は、ネウロイという共通の敵が猛威を振るっているから、各国、軍部も一致団結して欧州を取り戻そうと戦っている。

 けど、それが終わったら? ウィッチという強大な戦力を持つ軍はその後どこに向かうか? ウィッチという戦力を後ろ盾として権力を欲し、軍事政権が作られるか。……もしそうなれば、それはろくなことにならないだろう。

 それを止める。それは悪いとは思えない。けど、もし、それが実現したら、

「そう、何事もない事を祈るよ。

 僕も、芳佳君と戦いたいとは思っていないからね」

 

 夜、芳佳はリーネに抱きしめられて目を閉じる。

 電灯を消し、

「…………私、豊浦さんと、戦うの?」

 怖い、……豊浦の、見たこともないような実力、……ではなく、

「私、…………私、は、」

 大丈夫だよ。とは言えない。

 怨霊を名乗る彼、豊浦。芳佳が皆を守りたいと、その思いに等しい重さを持つ彼の思い、怨念。

 もし、芳佳の信念と彼の怨念が相容れないものなら、……お互い、

「芳佳ちゃん」

 リーネは腕の中で小さく震える芳佳を丁寧に撫でる。

「お話、ちゃんと聞こう」

「お、話?」

 明後日、遊びに行こうといっていた。そこで彼が抱える怨念の話をすると。

 今のところ、豊浦は扶桑皇国を害しているようには見えない。だから、

「豊浦さんのお話を聞いて、その、怨念、も、ちゃんと聞いて、お話ししよう。

 そうすれば、大丈夫、大丈夫、だよ」

 安心してほしいと、そう思って強く、抱きしめる。お互い譲れない思いなのはわかる。……けど、

 それが、どんなに辛くても、お互いの思いをわかって、尊重して、それでもなお相対するとしても、

 きっと、大丈夫。

「うん」

 少し無理をして、まだ、少し不安そうに、…………けど、それでも、

 芳佳はリーネに視線を向け、微笑。

「あの、リーネちゃん」

「なぁに? 芳佳ちゃん」

「私、豊浦さんにいい娘、って言ってもらえたんだ」

「うん」

 よく、芳佳の頭を撫でてそう言っていた。嬉しそうに、少し、照れくさそうに芳佳はそう語る。

 だから、

「……だから、私は、」

 

 決意。一つ。

 

 翌朝、芳佳は眠るリーネの腕の中から、そっと体を離す。

 よく眠れた。夜に不安な事を聞いた。けど、

「ありがと、リーネちゃん」

 交わした言葉はほんの少しだけ、けど、優しい言葉と頭を撫でてくれる感触、柔らかく抱きしめてもらって十分に眠れた。

 だから、起こさないように小さく呟いて芳佳は歩き出す。朝、この時間なら彼は台所にいる。みんなのために朝食を作ってくれてる。

 その気遣いを嬉しく思い、芳佳はそちらに向かって歩き出した。

 

「おはようっ、豊浦さんっ」

「うん、おはよう。芳佳君」

 いつもと変わらない穏やかな微笑。それを見て芳佳は内心で安堵し、けど、

「豊浦さんっ!」

「あ、うん?」

 強いて、強い口調で呼びかける。包丁を扱う手を止めて芳佳に視線を向ける。

「私は、扶桑皇国が、私の故郷のこの国が大好きですっ!」

「…………そっか」

 たとえ、彼が嫌いだと言おうとも。……それでも、大切な故郷。大好きな家族がいて、たくさんの仲間がいるこの国は好き。

 その思いは、変わらない。

 だから、

「もし、豊浦さんがこの国を滅ぼそうなんて、危ない事を考えるなら、私は絶対に豊浦さんを止めますっ!

 引っ叩いてでも、意地でも止めますから、覚悟してくださいっ!」

 宣戦布告、……というにはあまりにも子供っぽい言葉。けど、気持ちとしては宣戦布告。

 大好きな故郷だから絶対に守る。自分の在り方として、誰かを害するなら絶対に止める。

 例え、彼の胸にどんな怨念があってもそれは変わらない。例え、相手が誰であっても、絶対に変えられない。

 そんな、我侭で子供っぽい自分の事を、いい娘、といって褒めてくれた人がいるのだから。

 

 だから、怨霊は英雄の宣戦布告に応じる。

「わかったよ芳佳君。君は、君の信念に誇れるように、生きていきなさい」

 



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四十話

 

 翌日、ウィッチたちは遅めの朝食を取り《大和》に向かう。

 そこで改めて報告と会食という事になったらしい。

 それはいい、豊浦も彼女たちは頑張ったと思っている。けど、

「どーして僕まで」

 呼ばれる気などさらさらなかった豊浦はため息交じりにぼやく。

「上から直々の指名だ。そう機嫌を損ねるな」

「杉田大佐?」

 美緒の言葉にミーナが首を傾げる。対し、

「違う。もっと上だ」

 美緒は、多少の困惑を交えて応じる。

「上っ? 将校ってこと?」

 それはつまり、軍部でも最上位に位置する人という事になる。……ミーナは意外な階級の出現に驚き、けど、

 傍らの豊浦を見る。過去はともかく現代で彼は山家。非定住民。軍部の将校が面識を持つ相手ではない。

「芳佳は聞いたことがあるか? 門平陸軍大将だ」

「陸軍? 大将っ?」

「うわ、凄いじゃん宮藤っ」

 ぱんっ、とエーリカは宮藤の背を叩く。

「ええと、……偉い人、ですよね?」

 門平陸軍大将という人は知らないが、それでも大将の意味は分かる。……なんとなく。

「陸軍のトップだ」

「へー、そうなんですか」

 とは言われてもあまり実感がわかない。トゥルーデは溜息。大丈夫か? と。

「報告だが、ミーナ、宮藤、豊浦の三人で行ってくれ。門平陸軍大将殿が直接聞きたいそうだ」

「……ええ、わかったわ」

 ミーナは緊張を感じて頷く。面識のある淳三郎はともかく、他国とはいえ一国の大将と会う。どうしても緊張する。

 おっとりと「私もですかー」と呟く芳佳を少し羨ましく思い、ミーナは深く息を吐いた。

 

 他のウィッチたちと別れ、ミーナと芳佳、豊浦は淳三郎に案内されて《大和》の会議室へ。

「今回の鉄蛇撃破、ありがとうございました」

 その途中、淳三郎は三人に丁寧に一礼。

「いえ、誰も犠牲が出ずに終わってよかったです」

 それが何よりも大切な事、芳佳の言葉に淳三郎は「そうですね」と応じる。

「正直、最初に見たときは横須賀市の壊滅も覚悟していましたが。基地の破壊だけにとどまってよかったです」

「ところで、淳三郎さん」

 不意に、豊浦が口を開く。

「何ですか?」

「その、陸軍大将殿の名前は?」

 問いに淳三郎は首を傾げて、

「門平陸軍大将です。門平将」

「その字は、門に、平均の平、将軍の将?」

「そうです」

 それが何か? と、首を傾げる淳三郎。

「豊浦さんの知り合いですか?」

「…………まあ、一応ね」

 豊浦は嫌そうに溜息をついた。そして、会議室に到着、淳三郎は「失礼します」と戸を開ける。

「う、……わ」

 一礼するミーナ、続く芳佳は思わず、そこにいる人物に声を漏らす。

 禿頭の巨漢。体重は芳佳の倍はありそう、けど、贅肉は一切感じられないがっしりとした体格。

 剃刀のような鋭い視線を向けられ、芳佳は身を竦ませ「宮藤さん」と、淳三郎。

「あ、……あ、」

 そして、改めて大将を前にして何も言わずに立っていることを自覚。慌てて「はじめましてっ」と声を上げる。

「それは大将を前にした少尉の態度ではないな」

「申し訳ございません。門平閣下」

 淳三郎は深く頭を下げる。苦笑。

「構わん。民間人の出なら仕方のない事だ。階級だけで敬意を要求するつもりはない。

 だが、気を付けろ宮藤少尉。無礼は直属の上司や関係する上官への不利益として返ってくる。慣れておくことだ」

「はいっ」

 芳佳は返事をし、淳三郎は一礼して退室。それを見送り、溜息。

「で、そんなところで何やってるの? 将門君」

「それはこっちの問いだ。ひょうすべ。

 まだ貴様が動くほどこの国は壊れていない。ましてやウィッチたちの助力だと、なにを考えている?」

 頭を抱える豊浦と、忌々しそうに表情を歪める陸軍大将。「将門?」

「門平将なんてただの偽名だよ。彼の本名は平将門」

「すでに埋没した名だ。知らなくても仕方ない」

 その名を聞いて困ったように首をかしげる芳佳に将門は苦笑。

「ええと、……大将、閣下」

「ああ、先にそっちか。報告を頼む」

「はい。扶桑皇国に現れた蛇型ネウロイ、呼称、鉄蛇は先日、八体すべて撃破しました。

 戦場となった横須賀海軍基地は壊滅、出現後の人的被害はありません。出現時点の被害は」

「ああ、それについては報告を受けている。そうか、すべて撃破したか。

 ご苦労だった。これで扶桑皇国の脅威は取り除かれた。報告書は目を通したが、少し突っ込んだ調査も必要なようだな。……ああ、資料の持ち出しなどに制限をかけるつもりはない。欧州での対ネウロイに役立てて欲しい」

「制限?」

 芳佳は首を傾げる。将門は溜息。

「たまにあるのだ。ネウロイの発生に対し、協力の名目で政治的な干渉まで始めることが。

 それを嫌ってネウロイの発生情報そのものを握りつぶす例もある。いい事とは思えないがな」

「そんな、……事が、」

 信じられない、と芳佳が呟く。今回のように特殊なケースではなおの事、情報の有無が生死にまで直結する。

 政治的な理由で情報が届かず、結果として戦死した。……そんなの、報われない。

 憤る芳佳に、強いて将門は素っ気なく「ネウロイに関してだけではない。情報の隠蔽、握り潰しなど政治ではよくある事だ。歴史など勝利者の日記と大差ない。そうだな? ひょうすべ」

「…………ああ、そうだろうね。新皇陛下」

 心底いやそうな表情の豊浦に将門はくつくつと笑って、

「まあ、それはいい。今回はそんな事をやるつもりはない。叶うならこれを機に欧州のネウロイに対する情報共有を密にしたいが、まあ、それはここでいう事ではないか」

 ミーナは申し訳なさそうに小さく頭を下げる。前線指揮を行うミーナには独断で直接指揮に関わる情報以上の情報交換に関する交渉を行う権限はない。

「ともかく、ご苦労だった。欧州には《STRIKE WITCHES》派遣の報酬と、十分な戦果を挙げたことを私から直接報告をしておこう。

 それと、宮藤少尉。働きは十分に昇進の対象となるが、今回のネウロイは特殊で規定の適用が難しい。

 残念だが大型ネウロイ八体撃破という評価となる。報奨金は出すが、昇進は見送りとなる。こればかりは欧州との評価基準を共有しているのでな。我々だけで、とはいかないのだ」

「あ、……い、いえ、大丈夫ですっ!

 その、扶桑皇国を守れただけで十分ですっ」

 慌てて立ち上がる芳佳に将門は微笑。「そういってもらえれば助かる」

 そして、ミーナは息をつく。いい機会だ、と。傍らに視線を向ける。

「大将閣下。お聞かせいただきたいことがあります」

「何か?」

「はい、豊浦さんの使う魔法。陰陽や風水についてです」

「すでに失われた魔法だ。扶桑皇国のウィッチに使える者はいない。資料も存在しない。

 名前だけなら七十と、数年前まではあったが、そこのひょうすべが使うような陰陽となれば数百年前には消えている。その技術や知識を受け継ぐ者はいないだろう。

 ああ、どうしても知りたいならひょうすべを連れていけばいい。そこの怨霊に戸籍は存在しない。誘拐しても構わんぞ」

「え、……えーと」

 あるいは彼を欧州に呼んでもいいか、それも聞こうと思っていたが。いいらしい。

「…………誘拐したら僕なりに抵抗するよ」

 じと、とした視線を受け、将門は愉快そうに笑う。

「くく、そうだろうな。……ミーナ中佐。陰陽や風水は扶桑皇国固有の魔法体系だろうがことさら機密扱いしているわけではない。そこのひょうすべから好きなだけ情報を引き出せばいい」

「はい。ありがとうございます」

「ああ、誘拐したければ飛行船を用意しよう。縛りあげて放り込んで構わん。返さなくていいぞ?」

「い、……いえ、そういうわけには」

 どこまで本気かわからない彼の言葉にミーナは困惑して応じる。

「あ、あの、将門、さん」

「ん?」

「豊浦さんの事を、ご存じなんですね」

 山家、と彼は名乗った。山に暮らす非定住民、と。

 そんな彼が軍の将校と接点を持つとは思えない。……けど、

「ああ、そうだ。そいつは扶桑皇国でも最悪の魔だ。私から見ればネウロイなどよりよほど危険だな。

 歴史という大河の川底。死骸と泥土と汚濁の堆積物のような《もの》だ。宮藤少尉が個人的な知り合いでなければ、この場で抹殺した方が扶桑皇国のためにだろう」

「酷い言い様だね」

 将門の言葉に、思わず口を開こうとする芳佳を豊浦は手で制する。

「言いたくもなる。歴史の、…………いや、いいか。

 他に何か聞いておきたいことはあるか? ないのなら会食に向かおう」

「あの、将門さんっ」

「ん?」

「将門さんも、……その、豊浦さんとおな「宮藤少尉、不用意な問いを投げかけるな。貴官は民間の出であるがゆえに多少の無礼は許容しよう。だが、軍人であることを忘れてもらっては困る」」

 彼は男性だ。ほぼ間違いなくウィッチではない。普通に考えれば芳佳よりはるかに弱い。けど、

「は、はいっ」

 彼がその気になれば自分は何もできずに殺される。怖気とともにそんな確信を抱き、芳佳は頷いた。

 

「ええと、……豊浦、さん」

「うん? ああ、将門君の事かな? 悪いけど彼について語るつもりはないよ」

「あ、ううん、そうじゃなくて、……その、」

 軍部の大将。そんな人と会って話をして、……だから、こんなことを思った。

 遠い、と。けど、そんな事思いたくなくて、言えなくて、……だから。こんな言葉が口から出た。

「ええ、と。豊浦さんって、凄い人、です、ね」

「うん?」

 おずおずと口を開く芳佳。ミーナは首を傾げる。

 些細な事だけど、芳佳の態度に違和感。豊浦もそれを感じ、ふと、

「あ、……えーと、そ、ひゃっ?」

 不意に、豊浦は芳佳の手を掴み、抱き寄せる。

「と、とと、豊浦さんっ!」

 いきなりな行動にミーナは顔を真っ赤にし、芳佳は、

 

 遠い人。親しくしてくれた人に一時でもそう感じてしまった。だから、触れられて、いつも通り、頭を撫でられて、感じたのは安堵。

 

「凄くないよ。僕は誰が何と言っても僕だ。だから、他の誰がどういおうと、芳佳君。君の持つ僕への印象を変える必要はない。

 遠い、なんて思わないで、それは僕にとっても寂しい事だから、ね?」

「う、……お、お見通し?」

「昔からあったんだ。

 友だちになってもね、僕の事を知るたびに少しずつ離れていく。っていう事がね。特に僕は元々、人とは違う《もの》だから、なおさらね。……だから、そんな寂しい事思って欲しくないんだ」

「そう、なんだ。……豊浦さんは何でもお見通しだね」

「人生経験が長いからね。ま、芳佳君の口調と表情を見ればすぐにわかるけどね。

 だから、」

 見上げる芳佳に、豊浦は意地悪く笑って、

「そういう娘は無理矢理引き寄せるようにしてるんだ。

 意地悪な娘にはそのくらいしないとね」

「……うん、そうだね」

 芳佳はそっと微笑み、豊浦にか「こほんっ」頭突きした。

「あだっ?」

「二人とも、こんなところで何やっているのかしら?」

 頬が引き攣る笑顔を浮かべるミーナ。顔面を頭突きされて通路の隅で動かなくなる豊浦。

 と、

「あ、……え、ええと、あ、あの、あのお」

「宮藤さんっ! 貴女はウィッチであり軍人なのよっ! そ、そういう、い、異性との付き合いは後にしなさいっ!」

「そ、そういうわけじゃあ、…………ごめんなさいっ」

 ミーナの見た事もないような剣幕と怖い視線に芳佳は謝る。

「あ、いたた、……いきなり頭突きはやめて欲しいんだけど」

 のっそりと復活する豊浦。

「豊浦さんも、あまり宮藤さんに変な事をしないでね?」

「ううむ、……ううん、やっぱりだめかあ。

 効果はあるんだけど、大抵怒られるんだよね。前も知り合った女性にやったらその旦那さんに全力で殴られたし」

 何やってるのかこの人は、と。ミーナは頭を抱えて、…………寒気を感じた。

「豊浦さん。……いろんな女性に、やってた、の?」

 寒気の源、とてもとても怖い目で豊浦を見据える芳佳。

「あ、……え、えーと、」

 失言の自覚はあるらしい。豊浦は曖昧な表情で近寄る芳佳を制するように手を挙げて、後退し、

「豊浦さんの、ばかーっ!」

 

「…………で、何がどうしたの?」

 会食の場で、大皿にマッシュポテトを乗せたエーリカが首を傾げる。

 お腹を抑える豊浦と、むすっ、とした表情の芳佳。苦笑するミーナ。

「何でもありません。豊浦さんのばか、えっち」

「いやー、……えーと」

「また何かやったの?」

 呆れたような表情のエーリカ。

「またって」

 と、肩を落とす豊浦。

「あっ、宮藤さんっ」

「芳佳ちゃーんっ」

 一緒に会食の場を回っていた静夏とリーネが来た。それを見て会場のウィッチたちが集まってくる。

 あっという間に少女たちの輪に巻き込まれる芳佳。と、

「さて、僕は席を外すよ」

「豊浦さん?」

 そんな様子に微笑するミーナに、豊浦は小さく声をかける。

「明日の事でね。ちょっと用事があるから」

「そう? まあ、無理にとは言わないわ。

 夜にはいるのね?」

「うん、夕ご飯は皆と一緒いいからね」

「…………そう、それじゃあ、またね」

「またね」

 軽く手を振り返して、豊浦はそっと会食の場を後にした。

 

 ……………………そして、夜。

 エイラは寝室でころん、と布団に寝転がりお腹を撫でる。

 会食ではたくさん食べて、夕食でも結構食べた。お腹いっぱい。それに、

 明日、遊びに行く。豊浦の言っていた素晴らしい景観、それに、可愛らしい服。…………そんなサーニャとのシチュエーションを想像すれば頬が緩む。いい夢見れそうだな、とエイラはさっさと睡眠を選択。目を閉じる。

 と、

「エイラ」

 小さな、声。エイラは跳ね起きた。

「さ、サーニャか、どうした?」

「入っていい?」

「うん」

 頷く、と。サーニャが入ってきた。

「もしかして、起こしちゃった?」

「い、いや、そんな事はないぞ。大丈夫だ」

 申し訳なさそうな表情のサーニャに慌てて否定。

「それで、どうしたんだ?」

「あ、……うん。…………その、ね」

 もじもじと、サーニャは困ったように言いよどむ微かに顔を赤くして言葉を選ぶ。

 そんな顔も可愛いな、と。思うだけで口に出さずゆっくりと堪能。

「あの、エイラ。……わ、私と一緒に寝るの、…………す、好き?」

「うぇっ?」

 予想外の言葉にエイラは素っ頓狂な声。サーニャは顔を赤くして、じ、とエイラの答えを待つ。

「そ、……それは、…………その、あの」

 言うまでもない。大好きな少女がそばにいてくれるだけで嬉しいのだから。

 けど、それを率直に言うのは不安。どう思われるかわからない。変な娘と思われるのは、ちょっと困る。

「ど、どうしたんだよ急に?」

 というわけでサーニャの真意確認。問われてサーニャは枕で顔を隠した。隠したまま。

「あ、あの、……も、もし好きなら、……あ、じゃ、じゃなくてっ、い、いやじゃないなら。一緒がいい、な」

「い、嫌じゃないぞっ、全然大丈夫だっ。サーニャがいてくれるとすっごく嬉しいからなっ」

 一緒がいい、そう言ってくれてエイラは嬉しくて舞い上がりそうになるのを必死に抑えて応じる。サーニャが枕から顔を出す。安心したような笑顔。

「それじゃあ、はいるね」

「う、うん」

 ここに来て二回目。疲れて寝た前回とは違って今回はまだそれなりに目も冴えている。すぐ近くに大好きな少女がいる。そう思うとさらに眼が冴える。

「エイラ、ありがと」

「ん、……ええと、何かしたか?」

 私こそありがとう。と。そんな言葉を飲み込んで問いかける。……ふと、手が柔らかい感触に包まれる。

「嬉しかったの。

 あの、最後の鉄蛇と戦った時」

「ああ、ええと、あの雷ばんばん出してたやつか」

 エイラとしてはあまりいい戦いとは思っていない。固有魔法と技巧を尽くして回避、そして、的確に撃ち砕く。そんな自分の戦い方が何一つ出来ない、思い出したくもないほど防戦一方の戦いだった。

 正直、二度とやりたくない。

 確かに、その時サーニャと組んで豊浦の防衛に勤めていたが。

「あの時、一緒に戦ったよね」

「あ、…………う、うん」

 頷く。あの時、サーニャと手を取り合って一緒に戦った。

 あの時はあれでいいと思ったけど。

「その、サーニャも、たくさん危ない目に遭っちゃったな」

 防御可能、とはいえ、それでも莫大量の雷撃は油断すれば即、死に繋がる危険な戦場だった。もっと自分がしっかりできれば、そう思うと、自然、サーニャから視線を逸らしてしまい。

 

「けど、私は、一緒に頑張るのもいいって、言ってくれて、嬉しかった」

 抱きしめられた。

 

 いつかみたいに、胸に抱え込まれるように、柔らかい鼓動を感じる、優しく頭を撫でられる。

「さ、……サーニャ」

「エイラは、ずっと私を守ろうって頑張ってくれたよね。

 そのために苦手なシールドも克服してくれた。ずっと私を見守ってくれたよね」

「う、……うん」

 大切な少女だから。……けど、

「私を後ろにおいて守るんじゃなくて、隣で、一緒に頑張るのもいいって笑いかけてくれた。

 私ね、凄く嬉しかったの」

「そ、……そうか」

 姫を守る騎士のように守護するのではなく、ともに戦う仲間として並び立ち頑張る。

 エイラにそういわれたことが嬉しい、と。サーニャは微笑む。……そして、そうだな、と改めてあの時の言葉を思う。

 必死で戦い続けた極限状態。だから、自然に漏れた言葉。

 大切な少女と一緒に頑張りたい。そんな風に思っていたんだな、と。改めて自分の思いを受け入れる。

「うん。だから、ありがとうって伝えたくて、…………その、私、こんな事しかできないけど。

 シャーリーさんに比べて、…………その、ちっちゃいけど、いい?」

 包み込むように触れる柔らかい感触。それが何なのか。それを自覚してエイラは頷く。

「その、……あ、ありがと。サーニャ。うん、す、すごく、嬉しい」

「そっか、よかった。

 じゃあ、このまま、」

 抱きかかえられたまま、エイラは視線を上に向ける。

 少しだけ悪戯っぽくて、どこか優しくて、とても可愛らしくて、…………エイラは目を離せなくなる。

 

「今夜は、ずっと一緒にいましょう。エイラ」

 



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四十一話

 では、これより化外の領域にて怨霊の話を始めます。
 登場人物が増えますが、各キャラの背景に深く触れたりはしないのであまり気にせず読み進めて大丈夫だと思います。なお、完全オリジナルの登場人物はいません。興味があったら元ネタを探してみてください。


 

 庭に龍がいた。

 

 遊びに行くという事で、早寝して早起き。前日に作ったお弁当をもって庭に出たウィッチたちはその光景を見て動きを止める。

「さて、それじゃあ行こうかっ」

 庭にいる龍に硬直するウィッチたちを横に、豊浦は上機嫌に告げる。龍と、その後ろにある木船。龍には鞍のようなものが取り付けてありロープで木船とつながっている。

「…………なにこれ?」

 代表してミーナが恐る恐る問う。豊浦は自信に満ちた表情で頷く。

「うつろ舟っていうんだよ。前に河勝からもらったんだ」

 龍はきょろきょろして芳佳を見る。芳佳は息を呑む。龍が頭を下げたように見えたのでなんとなく会釈。

「……いや、いやいや、おかしいだろっ!」

「む、……まあ、うつろ舟の外装は気に入らなかったから作り直したけど、ちゃんと飛ぶよ」

「飛ぶのかっ?」

 もちろん、翼やエンジンらしいものは存在しない。飛ぶとは思えない。

「うん、大江山まで行くから遠いんだ」

「いや、そうじゃなくてっ、ええと、……それ、なんだ?」

 シャーリーは龍を示す。扶桑皇国で語られる龍の存在を知らないシャーリーにとってそれは正に未知の生物。……もっとも、扶桑皇国の伝承を知る芳佳以外は皆そうだが。

「龍だよ。黒駒っていう名前で空を飛ぶんだ。目的地までうつろ舟を引っ張ってもらうんだよ」

 豊浦の言葉に応じるように龍、黒駒は頷く。結構頭いいのかな、と。なんとなく思う。

「いや、龍、って言われても」

 そもそもその単語を知らない。

「それは、扶桑皇国の動物ですの? ……さすがは極東の魔境。生態系さえ突き抜けていますわね」

 恐れ慄くペリーヌ。彼女の知る生態系の中には眼前に存在する龍という動物は存在しない。

「そういえば宮藤は龍、ってなんだか知ってるのか? どんな動物だ?」

 エイラの問いに芳佳は「ええと、」と、欧州出身のウィッチたちにも連想しやすい単語を探す。思いついたのは当然、「ドラゴンです」

「…………流石、極東の魔境だな」

「ドラゴンが実在する国。……芳佳ちゃん。こんな国で育ったんだ」

「確かに、扶桑皇国は優秀なウィッチが多いな。

 豊浦といい、扶桑皇国は、…………なるほど、魔境か」

「ミーナ。扶桑皇国からもっとウィッチ呼んだ方がいいんじゃないの?

 きっと凄いよ。ドラゴンが生息する国のウィッチなんて、カールスラント四強が最強ってのも考え直した方がいいかも」

「山に行ったときに熊が出るとか言っていましたけど、きっと巨人そういうものだったのですわね。

 宮藤さん、そんなところで遊んでいるなんて」

「宮藤、お前、ひょっとして銃火器なくてもネウロイと戦えるんじゃないか?」

「美千子ちゃん、ウィッチじゃないけど山に行っているって言ってたよ」

「扶桑皇国出身者ならウィッチじゃなくてもネウロイと戦えるかもしれないわね。

 そういえば前に美緒が言っていたわ。扶桑皇国には竹槍っていう最終兵器があるって、非常用の装備か何かかと思ったけど、扶桑皇国のウィッ、……人にはそれで十分なのかもしれないわね」

「民間人が竹でネウロイを貫く、だと」

「扶桑皇国こえー」

「なんでですかーっ!」

 いわれのない畏怖を受けて叫ぶ芳佳。

「龍なんていないよっ! 扶桑皇国は普通の国だよっ!」

「芳佳ー」

 このままだと扶桑皇国の評価が大変な事になる。精一杯言葉を募る芳佳の手を引っ張るルッキーニ。示す先には龍。

「あ、あれはっ! ……何ですか?」

「だから、龍だよ」

「芳佳、落ち着こうよ」

 ルッキーニに諭されて芳佳は座って頭を抱えた。

「さ、みんなも乗って乗って」

 気楽に応じて豊浦は軽く跳躍、龍の上へ。その背中に腰を下ろす。

「乗るって、その、木の舟にか?」

「そうだよ。こっちがいいなら後ろに乗る? もう一人くらいなら大丈夫だと思うけど」

 龍が促すように首を振る。

「あたしそっちがいーっ」

 豊浦が乗ったので大丈夫と判断。それなら面白そうな方を選択する。ルッキーニは早速駆け出し「とうっ」

「あだっ?」

 跳躍し、なぜか豊浦に突撃。

「ルッキーニ君?」

 豊浦が怯んだ隙に彼の膝の上によじ登る。

「よしっ、準備完了っ」

「…………まあいいか」

「いいのっ?」

 腕の中に収まったルッキーニを撫でて応じる豊浦に芳佳が声を上げる。「大丈夫だよ」と豊浦は頷き、許可が出てルッキーニは上機嫌に笑う。

 ともかく、木船に乗る。縁に背を預けて座り、豊浦は振り返る。

「それじゃあ、行こうか」

 そして、飛んだ。

「うわ、わっ、すげーっ、ほんとに飛んだっ」

 ぐるり、辺りを見渡してトゥルーデも首を傾げる。

「豊浦、これはどういう原理で飛翔しているんだ?

 その、陰陽とか風水とかの魔法か? それとも、その、龍、とかいうドラゴンが飛んでいるのか?」

 龍には羽はない。飛翔のための器官が存在するようには見えない。

 そして、龍が牽引するこの木船もそれは同様。ストライカーユニットのように飛翔するための機構があるようには見えない。が、上昇の時も揺れることなくスムーズに空に舞った。

 龍も、この木船もともに飛翔しているとしか思えないが、その方法がまったくわからない。

「うつろ舟は僕もよく知らないんだ。友達の河勝からもらったものだし。

 黒駒はそうだよ。空を飛んでるんだ。原理は、……何だろうね? 僕も知らないんだ」

「そうか」

「この、うつろ舟って、扶桑皇国の機械か何かか?」

 シャーリーは船体を撫でながら問いかける。手から伝わる感触は間違いなく、ただの木。

 そして、見たところ飛翔のための機械を組み入れるような隙間もない。木船という言葉通り、木製に見える。動力らしいものさえ見当たらない。

「どうだろうね。それを持ってた河勝は変なやつだったからなあ。

 どこから来たのかもよく知らないし、……何者だったんだろうね。彼は」

「……扶桑皇国って」

「…………魔境じゃないもん」

 強く否定できる自信を失った芳佳は、それでも小さく抵抗。

「でも、なんとなく新鮮ですね。こういう風に飛ぶの」

 リーネは木船の縁から視線を落として微笑む。飛ぶこと自体はウィッチにとっていつもやっている事。

 けど、それは主に戦場に赴くため、こんな遊覧みたいな飛行は初めて、音も振動もない滑るような飛行は新鮮で心地いい。

「うん、それにお日様、温かい」

 サーニャは空を見て呟く。風は感じない、寒さもない。

 ただ、日差しの温もりがある。静かな空の散歩。心地いい。

 飛ぶ先、行く先を見る。……きっと、楽しい事がある。空を見てそんな事を思った。

 

「んーっ、ぬくぬくー」

「楽しそうだね。ルッキーニ君」

 膝に乗せたルッキーニはぱたぱたとはしゃぐ。豊浦は微笑んで彼女を撫でる。

「うんっ、楽しいっ! こんな事も出来るなんて、お兄ちゃん凄いんだねっ」

 ドラゴンとかよくわからないけど、ともかく豊浦がやったことには変わりない。

 こんな飛行は初めてで、戦闘のない、静かな空の旅にルッキーニは笑顔で豊浦に応じる。

「そっか、それはよかった」

 豊浦は笑顔を返す。……だから、

「あの、……お兄ちゃん、あたしたちと、欧州に来てくれる?」

 そんな笑顔を見て、もっと、彼といたくなった。

 一緒に戦って欲しいわけではない。陰陽とか風水とか、凄い魔法を使ってネウロイを退けて欲しいなんて言わない。

 ただ、一緒に遊んで欲しい。それだけでいい。

 すがるような視線に、豊浦は困ったように微笑む。

「それは、まだ出来ないかな。……ごめんね。ルッキーニ君」

「…………うん」

 我侭の自覚はある。豊浦には豊浦の生活がある。人間関係もある。自分の我侭一つで欧州という遠い地に引っ張り出していいとは思えない。

 けど、

「じゃあ、……お別れ?」

 それは、寂しい。

 もう会えなくなる。ウィッチであるルッキーニにとって、それは痛いほど現実味を帯びた仮定。

 今回も、一度重傷を負った。ネウロイという圧倒的な脅威を相手に確実に生存できるとは限らない。

 だから、……豊浦は腕の中にいるルッキーニを撫でて、

「ルッキーニ君は、もう会いに来てくれないのかな?」

「え?」

「聞いているよ。芳佳君みたいな例外を除けば、二十歳くらいになったら魔法力がなくなってウィッチとして戦えなくなる。……って」

「う、……うん」

 頷く。まだ、十五に満たないルッキーニにとっては遠い話。けど、いつか必ず訪れる現実。……そして、

 解ってる。そして、自分の大好きで大切な居場所。連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》はそれよりも早くなくなる、と。

 ミーナやトゥルーデはあと一、二年。シャーリーも、数年もすればウィッチとして戦えなくなる。

 そして、そんな大切な仲間とともに戦えなくなったら、……自分はそれでもウィッチとして戦っているか。想像さえ、出来ない。したくない。

「そしたら、軍務が終わって時間が出来るね。その時にまたここに遊びに来ればいいよ。

 なに、十年なんてあっという間に過ぎるよ。……それとも、会いに来たくない?」

「そんな事ないっ! ……けど、また、怪我しちゃうかもしれない、し」

「そうならないように仲間と戦っているんだよね? ルッキーニ君。

 君が怪我をしたとき、シャーリー君も、芳佳君も、みんな、とても辛そうにしていたよ。もう、そんな目に遭わせたくないって、……そんな彼女たちを、信じてあげられないかな?」

「…………う、……ううん」

 否定。だから豊浦は不安そうに見上げる彼女を撫でて、

「だから大丈夫。君は死なない。君の大切な仲間がそれを許さないよ。だから、仲間を信じて精一杯戦って、胸を張ってまた一緒に遊ぼうね。

 大丈夫、僕は君の事を忘れないよ」

「その時は、……また、甘えていい? あたし、大人になってる、と思う。けど」

 漠然と、大人は甘えないものだと思ってる。けど、

 頼りになるお兄ちゃんにまた甘えたい。そんな少女の我侭をぽつりとこぼして、豊浦は意地悪く笑う。

「二十歳で大人? 僕から見ればまだまだ子供だよ。

 ルッキーニ君、大人扱いしてほしければ五百年は在り続けることだね。だから、大人だからだめだとか言わないで、好きなように甘えていいよ」

 意地悪く笑って、優しく言ってくれて、

「うんっ、ありがとっ、お兄ちゃんっ」

「お、……っと」

 飛びつくように抱き着く。抱き留められてルッキーニは嬉しそうに笑う。

 解ってる。これから、魔法力はなくなって、ウィッチとして戦えなくなって、少しずつ大人になる。……そして、そのころの自分がどうなっているか、それはわからない。

 けど、

「絶対っ、またあたしお兄ちゃんに会いに来るからっ、その時はたくさん一緒に遊んでねっ」

 この願いだけは絶対に変えない。そんな思いを強く感じて、ルッキーニは笑顔で宣言。

 と、

「おーい、豊浦ー、ルッキーニー、朝ごはんどうする?」

 エーリカの声。朝食のため作っておいたお弁当がある。

 もし、豊浦の手が離せないならどこかに降りて朝食にしようか、その判断を任せるためにエーリカは二人に呼びかけ、

「そうだね。僕もそっちで食べようかな」

 振り返り、……ウィッチたちは固まった。

 ぎゅっと、豊浦にしがみ付くルッキーニと、彼女の頭に手を置く豊浦。

 ルッキーニはともかく、豊浦はいつも通り彼女を撫でていただけだが。傍目には、

「なに、……抱き合ってるの?」

「へ?」

 つまり、そう見えたわけで、

「豊浦さんっ!」

 芳佳が怒鳴る。隣に座っていたペリーヌが思わず姿勢を正すような剣幕で、

「正座っ!」

 

「…………あのー」

 というわけで、うつろ舟に正座する豊浦。

「豊浦さん、どうしてルッキーニちゃんを抱きしめてたの?」

「い、いや、そういうつもりじゃなくてね。

 撫でてただけなんだよ。……あの、何か誤解がない、かな?」

「うそです。絶対にぎゅーってしてましたっ」

「えへへー、お兄ちゃんおっきかったー」

 シャーリーの膝に乗り胸に背を預けて上機嫌なルッキーニ。

「い、いやあ、……あ、あの、朝ご飯、は?」

「話をそらさないっ!」

「はい」

「ぽかぽかー」

「まあ、あれだ。よかったな、ルッキーニ」

 シャーリーは苦笑しながら腕の中のルッキーニを撫でる。

 確かに豊浦の言う通り、膝の上に座っていたルッキーニを撫でていただけなのだろう。それにしても長引きそうだな、と。空腹を感じて口を挟むことにする。

 つまり、

「それじゃあさ、ルッキーニ。代わってやれよ」

「えーっ、お兄ちゃんの膝の上がいいーっ」

 むう、と面白くなさそうに頬を膨らませるルッキーニ。けど、

「そ、そうだねっ、うんっ、ルッキーニ君っ、独り占めはよくないよっ」

 追及を逃れるために便乗する豊浦。豊浦にまで言われたのなら仕方ない。ルッキーニは不満そうに口を尖らせながらも「はーい」と応じる。

「か、……代わって、」

 ルッキーニを自分に置き換えたところを想像し、顔を真っ赤にする芳佳。追及がそれたので豊浦はこっそり安堵。

「それで、豊浦さん。誰と代わりますの?」

 にやー、と笑いながら問うペリーヌ。豊浦は、ふむ、と頷く。……………………「ま、任せる、よ」

「へたれるなよ」

 けらけら笑ってエイラ。豊浦はそちらに視線を向け、

「じゃあ、サーニャ君。どうかな?」

「はえっ? え、あ、……あの、わ「サーニャになにやる気だばかーっ!」」

 意地悪く笑う豊浦の言葉に、エイラは隣にいるサーニャを確保して怒鳴る。

「じゃあ、わ、私が」

「リーネは、……ほら、重いから」

 痛ましそうに口を開くエーリカ。「お、重くないですっ」と、体重を指摘されたと思ったリーネは慌てて否定し、けど、

 痛ましそうにリーネのとある一点を示すエーリカ。リーネは口を開こうとして、……俯いた。

 と、いうわけで、

 

「それじゃあ、お邪魔しまーす」

 最後、芳佳とのじゃんけんに勝利したエーリカは上機嫌に豊浦の膝の上に座る。

「女の子ってこういうのが好きなのかな?」

 よくわからないな、と。豊浦は首を傾げた。

「さーてね」

 そして、そんな彼を見てエーリカは上機嫌に、悪戯っぽく応じる。

「ま、いっか。……で、エーリカ君。座り心地は悪くないかい?」

「んー、大丈夫。……あー」

 体重を後ろに預ける。これは楽だ、と。エーリカは嬉しそうに目を細めた。

 ぽん、と頭を撫でられる。

「ま、もうしばらく時間もかかるし、眠くなったらここで寝ちゃっていいよ」

「それもいいかな」

 彼に体重を預け、空の遊覧を感じながら眠る。きっといい夢が見れそうだ。視線を後ろへ、エイラから離れてリーネと不貞寝するサーニャ。エイラはめそめそしているが、まあいいか、と。放り投げる。

 確かに眠るのもいいだろう。けど、

「ま、これでいいや」

 これでいい、……一つ、我侭。頭を撫でる豊浦の手を取って自分のお腹の所にもっていく。

「ハルトマン君?」

「なに? ルッキーニは抱きしめて私は抱きしめてくれないの? けちー」

「いや、そういうつもりはなかったんだけど」

 わざとらしく口をとがらせるエーリカに豊浦は困ったように応じる。

「まあいいか、あんまり暴れないでね」

「そんな子供じゃないよ。子供扱いすると不貞腐れるぞー」

 手を伸ばして豊浦の頭をぺしぺしと叩く。「ごめんごめん」と、豊浦は軽く笑って応じた。

 

「山だな」「山だね」

 空を飛んで山に到着。豊浦曰く、大江山、というらしい。芳佳は知らないと首を傾げる。

 山だ。それは間違いない。空から直接下りたのだから間違えるはずがない。

 けど、

「なんで、山にこんなでかい屋敷があるんだ?」

 エイラは心底不思議そうに首を傾げる。眼前には広大な屋敷。規模だけなら自分たちの基地の方が大きいだろうが、それでも、扶桑皇国で使った家どころか芳佳の故郷の村にあるすべての家を含めたくらいの面積はあるかもしれない。

「さ、ここが観光する場所だよ。それじゃあ行こうか」

 豊浦は歩き出し「豊浦っ」

 男性の、声。門の向こうから一人の男性が小走りで駆け寄ってくる。

「うわ」

 思わず、シャーリーが声を漏らす。駆け寄ってきた男性は驚くほど整った容姿をしているのだから。

 彼は駆け寄り、そのまま豊浦の肩を叩く。笑顔で、

「久しぶりっ、相変わらず君は変わらないなあ」

「それはそうだよ。ああ、そうそう、悪かったね。急な話で」

「なに、どうせ家は広いんだし、僕は構わないよ。……と、彼女たちか」

 ひょい、と彼はウィッチたちに視線を向ける。

「話は聞いてる。ウィッチだね。

 僕の名は酒呑童子。酒呑でいい。ようこそ我が家へ。最新の英雄たち」

 笑顔を見せて、告げる。

 

「化外の魔物として、君たちを歓迎するよ」

 



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四十二話

 

 酒呑童子の案内で、ウィッチたちは門をくぐる。

「わ、……あ」

 門の向こうは草原。冷涼な空気にサーニャは感嘆の声を漏らして、

「と、おおおおおおっ!」

「うわっ」

 ものすごいスピードでどこからか走ってきた少女に豊浦は蹴り飛ばされた。

「あ、……いたた」

「だ、大丈夫? 豊浦さんっ?」

 サーニャは慌てて転がった彼を助け起こす。そして、蹴り飛ばした主。

「このばかものっ! 最新の英雄がいるのならなぜ私を呼ばないっ!」

 びしっ、と指を突き付ける少女。彼女はきょとんとするウィッチたちを見て、

「うむっ、これは噂以上の美女だなっ! 会えて嬉しいぞっ」

 サーニャは目を見張る。自分たちを美女と称したが、艶やかな黒髪と勝気で快闊な瞳を持つ彼女こそ、驚くほどの美女なのだから。

 身長はサーニャと同じ程度、小柄で華奢な少女。けど、羨ましいくらい、見ているだけで笑いかけたくなるくらい、楽しそうな、裏表のない笑顔。

 自分の事をあまり明るい性格ではないと思っているサーニャにとって、彼女の快闊な笑顔は羨ましく思う。

 けど、

「な、……なんで、君までいるの?」

 サーニャに助け起こされて豊浦が問う。珍しく嫌そうに、

「あはははっ、いや、……言仁様が。ねえ」

 で、そんな彼を見て笑っていた酒呑童子は曖昧に言葉を濁した。不意に、豊浦は眉根を寄せて、

「まさか、」

「いや、さすがに顕仁様はいらしていないよ」

「そういうわけだっ、この、おおばかものっ! なぜ私を呼ばないのだっ!

 がっ、まあよいっ、こうして会えたのだからなっ、私は嬉しいぞっ!」

 くるくると回って笑う少女。「ええと、」とミーナは、

「貴女は?」

「私か? 私は尊治だ。尊治と呼べばそれでよい。……ふむ、すまんな。会えたのが嬉しくて自己紹介を忘れてしまった。許すがよい」

「あ、いえ、大丈夫よ。私たちの事は知っているの?」

「うむ、言仁のやつが自慢そうに話していた。あやつは私が会いたがっていたのを知っていて自慢するのだ。性根のねじ曲がった子供だ。

 そなたもそう思うであろう?」

「え、……ええと、」

 言葉に詰まるミーナ。尊治はそれでも機嫌よく笑って、

「そなた、名はミーナだな。話は聞いているぞ。とても優秀と聞いている。

 よいなっ、美人で優秀というのは素晴らしいっ」

「え、ええ、それで、」

 改めて、美人といわれると照れくさい。ミーナは少し困ったように微笑み頷く。

 もっとも、彼女の表情に嘘は感じられない。彼女自身が相当な美女だが言葉に嫌味がまったく感じられない。だから、純粋に嬉しく思う。

「うむっ、そなたはペリーヌ、……だったか?

 むむっ、金色の髪は奇麗だなっ! 私は羨ましいぞっ」

 何者か、聞いてみようと思ったらすでに彼女はペリーヌの所にいた。

「あ、ありがとございます」

 なぜか、微かに頬を染めて応じるペリーヌ。

「けど、貴女のその黒髪も、とても奇麗ですわ」

「ああ、これか? うむっ、…………烏の何とか色だなっ」

「か、……烏、って」

 艶やかな黒髪をほめたら出てきた形容が烏。思わず苦笑するペリーヌに尊治は頷く。

「そうだっ、濡れ場色だっ! えろいなっ!」

「絶対に違いますわよっ! その表現はっ!」

「おっぱ、あれ?」

 尊治は跳躍。とんっ、と軽い跳躍で後ろから迫るルッキーニを飛び越えて、着地。

「私の乳を揉もうなど、百年早いっ! そりゃーっ!」

「ひにゃぁぁぁあっ」

 そのままルッキーニを押し倒してくすぐり始める。

「ふははははっ、そこに男連中がいるからなっ、私の慈悲で乳を揉む、……小さすぎて揉めんなっ! 触るのは勘弁してやろうっ!」

「きゃっははははっ、きゃははっ、やーっ!」

「尊治」

 豊浦の呼びかけに尊治はルッキーニから離れて「うむっ、というわけだルッキーニっ、私の乳を揉みたくば修練を積むがよいっ」

 むんっ、と尊治は胸を張る。彼女は小柄だけど胸は結構大きい。ルッキーニは触れなかったことが残念に思えて唸る。

「ぐぬぬーっ、練習あるのみだねっ」

「いや、積まなくていいわよ」

 どや顔で宣言する尊治と難しい表情のルッキーニ。どう転んでもその練習とやらはろくなものじゃないので釘を刺す。

「れ、練習、あるのみ、だね」

 その傍らで拳を握る芳佳はとりあえず叩いておいて、

「ええと、貴女は?」

「私だっ!」

「あ、ええ、そうね」

「そうだね。彼女は芳佳君にとって一番現実的な敵だよ。

 ネウロイがいなくなったら彼女と戦うだろうね」

「ふぇっ?」

「シャーリーのおっぱいは、……リーネのおっぱいは触りたくなるなっ」

「何でですかっ?」

「私のはだめか?」

「ばかめっ! ちょっと気弱そうな少女を押し倒すのがよいのではないかっ!

 リーネだなっ、男がいるがおっぱい揉まれても気にするなっ!」

「しますっ!」

「ぐぬぬ、大丈夫だっ、リーネは奇麗だからなっ! 堂々と曝すがよいっ! むしろ誇れっ!」

「いやですーっ!」

「あのー「そっちの銀色の髪の娘はサーニャだなっ、うむっ、金色の髪もよいが銀色の髪もよいなっ、とても美しい。月光に映えそうだ」」

「あ、ありがとうございます」

「うー、サーニャを変な目で見んなー」

 サーニャに対し気楽に美しいと言ってのけた尊治にエイラは頬を膨らませる。が、

「ばかものっ、美しいものを美しいと愛でて何が悪い。

 なんだ? それともそなたはそうは思わぬか? それはよくないな。あれほど美しい髪はそうそう見れるものではないぞ? 彼女ほど可愛らしい娘もな」

「う、……そ、それは、サーニャは、奇麗、だけどさ」

「そうであろうっ! うむっ、ではエイラよ。ともにサーニャの美しさを讃えようっ」

「よしきたっ」

「来なくていいですっ!」

 いきなり乗り気になるエイラにサーニャは慌てて声を上げる。讃えられても困る。

「では、まずは、あだっ?」

「いつまで遊んでるの尊治。

 酒呑、さっさと行こうか。いつまでも庭で話し込んでるわけにもいかないでしょ?」

「それもそうだ」

 呆れたように言う豊浦に笑みをこらえながら酒呑は応じる。

「それで、ええと、……戦う、って」

 楽しそうだなー、と思ってみていた芳佳は問いかける。尊治は頷いて笑顔で、

「そうだっ、私は南朝故なっ、現在の皇族、そうだな、北朝から連なる現在の皇族は敵だ。

 豊浦の言う通りネウロイがいなければ扶桑皇国にとって最も明確な敵は私だ。そして、最も不明確で厄介で陰湿で悪辣な敵は豊浦だっ! そなたは困ったやつだなっ」

「君ほど困った子になった覚えはないよ」

 呆れたように応じる豊浦。そして、

「ほく、ちょう?」

 芳佳は首を傾げる。尊治は苦笑。

「知らぬか? よいよい、それならそれでも構わぬ。

 神器をかっぱらって扶桑皇国の皇族が分裂したのが南朝と北朝だ。現在の皇族は北朝から連なる。ゆえに、南朝である私にとっての敵という事だ」

「負けたけどね、南朝」

「うるさいぞばかものっ! 悪党に紛れ込んで一枚噛んだ貴様にも負けた責任はあるっ! ……と、安心せよ。まだ行動を起こしたりはせぬ」

 そういって尊治は、不安そうな表情の芳佳を乱暴に撫でて、

「俯くな顔をあげよ。戦うときは後悔なく盛大に戦えばよい。そうでなければ存分に遊べばよい」

「そういう、ものなの?」

「ものだ。どうしたって後悔はするのだ。だが後悔前提に動くのは止めよ。戦う時も遊ぶ時も全力でな。

 つまらん感情を引きずって戦うなど、興ざめにもほどがある」

 そういって、尊治は心底楽しそうに笑って芳佳の背を叩く。

「盛大にだっ! 全力で己の意思を叩き付け、お互いの意思を否定し合おうっ! 力の限り戦いっ! 存分に殺し合おうぞっ!

 ミーナよっ! さっさとネウロイとやらを殲滅してこの娘を扶桑皇国に戻せっ! 私は芳佳と戦える日が楽しみになってきたぞっ!」

「そ、……そういわれても、」

 それが出来るのなら一刻も早く実現したい。曖昧に応じるミーナに尊治は口をとがらせる。

「むむ、……まあよい。ならば仕方ない。気長に待つとするか。それに、戦うのは楽しみだが遊ぶのも楽しみだからなっ! 今回はそっちだけで我慢しようっ!

 うむっ、他にも可愛らしい娘がいるからな、私は楽しみだっ! 酒呑っ、四季の間はすべて開けてあるなっ」

「もちろん準備を進めています。尊治様。

 言仁様の紹介、豊浦臣の友、そして、なにより最新の英雄を、化外の魔物である我々が歓待しない理由がどこにありましょうか?」

「うむっ、それもそうだなっ」

 尊治は上機嫌に笑う。その傍ら、

「…………はあ」

「豊浦さん」

 溜息をついて肩を落とす豊浦。サーニャは心配そうに問いかけ、豊浦は苦笑。

「ごめんね。もうちょっと静かな道行を考えてたんだけど、まさか、彼女がいるなんて思ってなくて」

 尊治はさっそくルッキーニと芳佳の手を取って歩き出す。サーニャは微笑。

「ううん、賑やかな娘、だね」

 戦う、そういう考えは怖いと思う。……けど、

 後悔なく、全力で相対しよう、強くそう言える彼女は、凄いとも思う。

「厄介な娘なんだよ。……うん、厄介なんだ。とてもね」

「聞こえているぞそこっ! 誰が厄介だっ! そなたは失礼なやつだなっ!

 ミーナっ、そなたもそう思うであろうっ? 豊浦は失礼で嫌なやつだとなっ」

「あ、……えーと、」

 豊浦の意見にちょっと同感なミーナは曖昧な表情。

「むっ、よいかルッキーニ、ああいう肯定も否定も微妙なとき、大人はなんか曖昧な顔をするのだ。

 そなたはそうなってはだめだぞ。言いたいことははっきり言えっ」

「うんっ、尊治は厄介っ」

「なにおーっ」「うひゃはははははっははははっ」

「……た、楽しそうですね」

「あははは、……はあ」

 

「凄いな、これほどの豪邸とは」

 玄関にまで到着すれば見渡せない規模、玄関も、ウィッチたちが一緒に入ってもまだ余裕がある。

 広大な屋敷。トゥルーデの知る限り、カールスラントの貴族でもこの規模はなかなかお目にかかれない。

 ましてや、

「これは、……酒呑さんは、扶桑皇国の貴族ですの?」

 ガリアの貴族であるペリーヌにとっても、無視できない事。

 異国、それも文化が大きく異なる扶桑皇国の貴族。とても興味がある。

「違う違う。そんなんじゃないよ。

 あれ? 豊浦は僕たちの事を何も話してなかったの?」

 酒呑童子は首を傾げる。トゥルーデは頷いて「友達としか聞いていない」

「ま、それだけで十分だって思ったのか。それはそれでいいんだけどね」

「そうだな、正直、素性は気になる」

 振り返る、扶桑皇国の敵と自称した少女。尊治。

「くっ、ここまで大きいとさすがに見事としか言いようがないな」

「シャーリーおっきーっ」

「って、やめろっ、さすがにくすぐったいってっ」

「…………その、酒呑も尊治と同じ、扶桑皇国の敵、なのか?」

 問いに、酒呑は笑って「そのつもりはないな。……いや、そうだな、例えば、南朝と北朝がまた戦争をするとか言い出して、両方から助力を頼まれたら南朝、尊治様の側につくだろうけど」

「貴方も、……ええと、怨霊ですの?」

「まさか、僕は豊浦臣や言仁様のように語られる存在じゃないよ。……なんていうのかな、二人とは存在の規模が違うからね。規模、っていうか、知名度かな。あるいは、業の深さ、か」

「そうか」

 といっても、普通の人か、と言われるとそれも信じられない。なぜなら、

「なら、魔物とは?」

 彼は、自分の事を化外の魔物と称した。魔物も怨霊と同じでいい響きではない。それを自称するとならば、

「んー、……ええと、バルクホルン君、だね? ええと、たぶん異国の人だと思うけど」

「そうだ。カールスラント出身だ」

「かーるすらんと?」

 不思議そうに繰り返す酒呑。知らないらしい。「まあいいか」と応じて、

「扶桑皇国では鬼と呼ばれる存在だよ。かーるすらんと、っていうところだとなんて言われるかわからないけどね。

 んー、……えーと、何だろうな、産鉄民。それか、山師。……いや、鉱山師? 鉄鋼業の従事者。か」

「結構現実的だな」

 鬼、という言葉は知らない。けど、鉄鋼業はさすがにわかる。

 だから、意外だった。魔物という自称とのギャップが激しくて、

「現実だからね。そうだな。

 この辺りの鉱脈を抑えて鉄鋼の産出で財を成した。……っと、みんなもまずは腰を落ち着ける場所か。部屋は確保してあるから行こうか」

 靴を脱いだのを見て酒呑が歩き出す。トゥルーデも後に続きながら「宮藤」

「あ、はい」

 尊治と何か遊んでいた芳佳はトゥルーデに視線を向ける。

「鬼、とはなんだ? 酒呑が鬼を自称していたのだが」

「お、……に?」

 トゥルーデは知らないだろう。それは扶桑皇国で語られる存在なのだから。

 それは、

「英雄に退治される怪物です」

 

「これは、見事だな」

 トゥルーデは感嘆の声を上げた。

 今までいた家の部屋に不満があるわけではない。畳だけの広い部屋というのも落ち着いて過ごせた。

 けど、この部屋はまた別格。

 部屋の中には二つの間。板の間には炬燵が置かれ、障子で仕切られた畳の間には上品な華が活けてある。

 染み一つない。美しささえ感じる純白の障子。窓、と思って障子を開ければ、

「おお」

 思わず、声が漏れる。玉砂利が敷き詰められた庭にはさらさらと緩やかに流れる小川があり、花崗岩で作られた白い石橋。ところどころに木が植えてあり、赤く染まった葉が石の白と素晴らしいコントラストを描いている。

 祖国とは趣の異なる美しい家。……だから、酒呑の言ったことが信じられない。

 怪物、と。芳佳も鬼とはそういうものだといっていた。

「怪物の棲み処、……には到底見えないな」

 貴人の家なら違和感は感じないのだが。……ともかく、特に荷物は持ってきていない。室内を一通り見て回り、部屋を出る。

「あら?」

「お、……え?」

 部屋を出ると見知らぬ女性。深紅の和服を着ているので扶桑皇国の人とは思うが。

 目を見張る。彼女の髪は、炎のように美しい紅。

「あらあら、貴女が最新の英雄ねっ?」

「あ、……ああ」

 扶桑皇国ゆえか、酒呑の所に来てからはウィッチという呼ばれ方はほとんどされていない。英雄、と。よく言われる。

 芳佳やサーニャは慣れてないだろうが、トゥルーデにとってはたまに同じカールスラントの軍人や民からそういわれることもある。

 だから戸惑いながらも頷く、彼女は興味津々とトゥルーデを見て、

「ええ、可愛いわね。噂通りねっ」

「そ、そうか?」

「ええ、ええっ、……それで、他にもいらっしゃるの?」

「ああ、……と、貴女は?」

「あら、失礼。私は紅葉。…………ああ、そういえば、異国の人がほとんどだったわね。

 ううん、鬼って言っても通じないだろうし、…………うーん?」

 なんといったものか、と彼女は首を傾げる。

「いや、……ええと、酒呑と同じか?」

 問いに彼女は笑って頷く。……ただ、

 やはり、怪物とは思えないな、と。

 紅の髪に目が行きがちだが、彼女自身も凛と整った上品な容貌で到底怪物には見えない。

「あら? 解ってるのね」

 と、

「あっ、トゥルーデ。……ん?」

「あら? あら、可愛らしい娘」

 ひょい、と顔を出したエーリカが紅葉を見て首を傾げる。

「ふふ、貴女もここのお客様?」

「あ、うん。……ええと、」

「私は紅葉よ。可愛い英雄さん。貴女のお名前は?」

「エーリカ、エーリカ・ハルトマン」

「遅くなったが、私はゲルトルート・バルクホルンだ」

「げる、……と? ……ううん、異国の名前は難しいわね」

「バルクホルンでいい」

「そ、…………ふぅん。

 ええ、ここに滞在するのなら、また、よろしくね。可愛い英雄さん」

 微笑んでひらりと手を振り歩き出す。

「それで、どうしたんだ? ハルトマン」

 彼女が顔を出したのは用事があるからだろう。紅葉もそれを察してくれたらしい。

「あ、うん、今日と明日、ここに泊まるから中を案内してくれるって、酒呑が」

「ああ、わかった」

 外から見ても驚嘆する広さを持つ屋敷だ。確かに案内がなければ迷子になりかねない。

「どんなところなのかなー、楽しみだなー」

 手を頭の後ろで組んで歩き出すエーリカ。トゥルーデも頷く。

「ああ、そうだな」

 祖国、カールスラントでは決してお目にかかれない家。どちらがいいか、と問われれば答えかねるが。

 ただ、楽しみだなとだけ素直に期待し、エーリカに続いて歩き出した。

 



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四十三話

 

「では、我が家の案内をします。

 わたくしの名は茨木、どうぞよろしくお願いします」

 謹直に応じる生真面目そうな女性。茨木童子。それと、

「へー、へー、なんだ。思ったよりちっこんだな。最新の英雄なんて言うからもっとごっついやつ想像してた。

 ほら、茨木、いただろ、保昌とかさ。あ、けど頼光とかはこんな感じだったっけ」

 興味津々とウィッチたちを見て回る少女が一人。

「鬼童丸」

「へーい」

 茨木の窘めるような口調に少女、鬼童丸は口をとがらせて引き下がる。

 不服そうに、けど、すぐに笑みを見せて、

「俺は鬼童丸、何日かいるんだろ? よろしくなっ」

「ええ、よろしく。……ええと、茨木さん、鬼童丸さん」

 ミーナに茨木は頷いて「鬼童丸でいーって、さん付けとかなんかむず痒い」

「ふふ、それではまいりましょう。……と、そうだ。皆さま。

 本日はお客様も多くいらっしゃっています。いろいろ声をかけられることも思いますが、出来ればお話をしてあげてください」

「お客様?」

「ええ、我々のような化外の魔物として、最新の英雄には、皆、とても興味があるのです」

「その、化外の魔物、とはどういう事だ?」

 トゥルーデは改めて問う。

 化外はともかく、魔物、その意味は分かる。けど、

「んー、……なんてんだろうな。

 英雄に退治される《もの》ってところかな。あー、退治された? いや、退治される、だな、うん」

 鬼童丸はけらけら笑って応じる。だから余計わからない。

「ならば、貴女たちが英雄と呼ぶ我々は警戒されるのではないのか?」

「ん? ああ、そうかもな。

 ま、そんな事はどーでもいいじゃんっ、せっかく来たんだから楽しめ楽しめ。あっ、四季の間はまだ開いてないんだっけ?」

「明日の予定です。……ふふ、あそこはわたくしたちにとっても自慢の場所ですからね。お客様の反応が楽しみです」

 茨木は楽しそうに笑って「俺は百鬼夜行がお勧めだっ、なんか変なのがたくさんいて楽しいぞっ」と、対抗するように威勢よく鬼童丸は声を上げる。

 そんな二人、どう見ても、魔物、なんて言葉は似つかわしくない。それに、

 それに、……ふと、トゥルーデは思い出したことがある。それは以前、豊浦が語ったこと。

 山、という住みにくい場所に暮らす理由。この家は確かに広く居心地はいい。けど、山頂近くにこんな家を作ること自体大変だろうし、居を構えるのならいろいろ不都合も多いだろう。

 なぜ、こんなところにいるのか、トゥルーデはそんな事が気になった。

 

「あ、戻ってきた。どうだった? 僕の家は」

 豊浦と何か話していた酒呑が声をかける。茨木は軽く一礼して鬼童丸と部屋を出る。

 どうだった、問いにはもちろん、

「すごかったっ! 酒呑ってすっごいとこで暮らしてるんだねっ!」

 ルッキーニが興奮気味に応じる。そう、凄かった。

 広大な敷地の、純和風の建物。……ただ、それだけではない。

 ところどころに金や銀などの貴金属による装飾。そのどれもが精巧な細工が施されたもので、一級の工芸品がそこかしこにあった。

 ペリーヌやリーネも、これほど細かい金細工は見た事がないと絶賛していた。具体的な価値はよくわからないが、一つあげますとよ言われた時のリーネの反応からかなり高価なものかもしれない。

「そ、気に入ってくれたならよかったよ。

 さて、茨木は近くの部屋に待機させるから何かあったら彼女を頼るといい。……あー、けど、なんか変なお客さんも来てるから、乗り込んで来たら、……まあ、適当に話をしてやって」

「そうだねっ、尊治とかねっ!」

「…………あの方を変なお客様呼ばわりできないんだけど」

 元気に応じる豊浦に酒呑は苦笑。そして、彼も部屋を出て、豊浦が使う部屋。そこにみんな思い思いに腰を下ろす。

「さて、楽しかった?」

「うん」

 楽しかった? 問いに当然頷く。案内してもらいながらいろいろな人に声をかけられた。

 女性からは可愛いと賞賛され、男性からは歓声をあげられた。驚くことはあったけど、悪意のない人懐こい笑顔で歓待されれば楽しくないわけがない。

 けど、だからこそ、引っかかる。

 彼らの自称が、

「豊浦、教えて欲しい事がある。

 化外の魔物、とはどういう意味だ?」

「私も、……あの、ここにいた皆さん。自分たちの事を鬼とか言ってた。

 それは、どういう意味なの?」

 鬼、もちろん扶桑皇国出身の芳佳はそれがどういう意味か分かる。つまり、凶暴な怪物。

 けど、芳佳の知る鬼の意味と、ここにいた鬼を自称する彼女たちの印象が合わない。

「言葉通りだよ。……そうだね。芳佳君以外には馴染みがない言葉だね。

 英雄譚、扶桑皇国の外にもあるのかな? 英雄が怪物を退治するお話だよ」

 問いにトゥルーデは頷く。そして、それはほかのウィッチも同様。

 ウィッチたちは世界各国から集まっている。そして、英雄譚は世界中に存在する。

「あの、茨木さんとか、自分たちを魔物って言っていました。……けど、それって、退治される、怪物?」

「その通りだよリーネ君」

「そうは見えないよ。私たちと同じに見える」

 エーリカの言葉に、豊浦は寂しそうに微笑。

「そう、もともとは皆と同じなんだ。

 前に、話したことがあったかな? 時の権力者に逆らった者たち。逆らって、魔物と貶められた《もの》。それが彼ら、鬼だよ。

 罪人ならそれを捕まえる事は逮捕になるのかな。けど、魔物と貶められた彼らは、討伐、略奪という名の英雄譚で語られる存在だ」

「略奪?」

「確かに、この家はでっかいけど」

「そうだね。彼らは産鉄民、って言ってたかな。製鉄や産鉄はとても重要で、その技術は今とは比べ物にならないほどの価値があったんだ。

 何せそれに必要な道具もろくにない時代で、鉱脈があるような山奥に行くだけで命の危険がある時代だからね」

 古い時代、道具は未熟で、安全性も確保されていない時代。確かに、高いリスクがあるのだろう。

 けど、それを手に入れれば莫大な富が手に入る。鉄は現代でもなくてはならない資源だ。古い時代ならなおさらだろう。

「土地、ですわね?」

「そういう事だよ」

 ペリーヌの言葉に豊浦は頷く。

「土地?」

「ええ、見つけるのが難しいのなら、すでに見つけられているものを奪い取ってしまった方が楽ですわ。

 土地、だけでなく、必要な道具も全部そろっているのでしょうから」

「それが何で英雄譚になるんだよ。

 ただの強奪じゃないかっ」

 エーリカの言葉に応じるのはペリーヌ。いつか、夜に聞いた話を思い出し、口を開く。

「歴史を作るのは勝者ですわ。

 略奪された弱者は、……そうですわね。魔物として後に記されたのでしょう。だって、勝者である英雄が富を略奪した。なんて、記したら都合が悪いですもの」

「情報の改ざんや隠蔽ね。

 今でもよくある事ね。昔はそんな事はなかった、なんて言えないわね」

 ミーナは暗澹と溜息。ウォーロックの例を挙げるまでもなく、権威者、権力者にとって不都合な情報が隠蔽されるなんてよくある事だ。

「けど、……不思議」

 サーニャがぽつりと呟く。不思議な事がある。

 魔物、その意味は茨木たちも解かっているだろう。貶められた称号なら腹立たしく思っていてしかるべきだ。

 けど、

「どうして、みんな、魔物って誇らしそうに自称したんだろ」

「第一、それじゃあ逆に英雄とかいう私たちを歓迎するのも変だよな」

 エイラも首を傾げる。語られる英雄譚。その、討伐される魔物がどうして英雄を歓迎するのか。

「神は、祟る魔でもある。……けど、いつからか神はただ権力者に恵むだけの存在になった。

 だから彼らは嬉々として魔を語るんだよ。神の捨てられた側面、権力者だけじゃない。古い神の通りにあらゆる《もの》を受け入れ、そして、権力者を祟る存在。神の一面、魔、であるとね。

 権力者に略奪された《もの》たちにとって、略奪した権力者に対する宣戦布告であり、自分たちの在り方をそのまま示す魔の名は誇りでもあるんだよ。……僕が、怨霊を名乗るようにね」

 怨霊、そう語り微笑。豊浦は手を伸ばす。その先、芳佳を丁寧に撫でて、

「いい機会だから話しておくとね、芳佳君。僕は蘇我臣、ずっとずっと昔の執政者なんだ。

 和を以て貴しとなす。豪族たちの合議、そして、豪族だけなんて言わない、万民の意見を聞いて、本当に能力の高い者たちの合議をもって国を治めようといろいろと手を尽くした。宗教で対立した物部連にも協力してもらってね。……けど、もう少しというところで殺された。僕が夢見た国は、天寿国はそこで全部台無しになった。

 そして、一家独裁が始まった。…………だから、ずっと、そのころから、ずっとずっと思ってたんだ」

 変わらない微笑。優しくて、穏やかな表情。……けど、

 けど、芳佳には、彼が泣いているように見えて、

「あの時、僕が殺されなければ、……ちゃんと、夢を実現できたなら。独裁なんて許さないで、その一家に刃向かったから追放されるなんて時代は来なかったんじゃないかって。山みたいに生きる事さえ難しい場所に追いやられることなんて、なかったんじゃないかってね。

 権力者に追放され、略奪され、そして、彼らの抱いた想いごと歴史の裏に抹消された《もの》たちの、その怨念は僕が原因だと、ね。……それが僕の抱える怨念だよ」

 昏い、昏い、扶桑皇国の山に堆積した怨念。彼はそれを背負っているのだと。

 言葉を噤む。重い、重い沈黙。豊浦は困ったように頷いて、

「合議制は国の分裂を招くし、派閥争いになるかもしれない。

 この国がここまで永く存在していたのはその一家独裁のおかげかもしれない。敵対者を徹底的に排除したことで永く平穏が保たれたのかもしれない。……だから、問答無用で滅ぼすなんてことはしないよ。

 けど、……もしまた、僕が殺された時みたいに一つの権力構造が独裁を振るったら、僕はいつかと同じように、帝だろうと呪い殺すし、国さえ祟る怨霊となる。それが、たくさんの怨念を産んだ僕の成すべき事だからね」

 千年を超えて抱く彼の怨念。それは決して揺るがない。豊浦の穏やかな口調は何よりもそれを雄弁に語る。

 怨霊は、自ら抱える怨念を形にするのだ、と。

 だから、芳佳は、彼の抱える怨念の重さを知り、それでも、芳佳は真っ直ぐに、自らの信念を語る。

「なら、私は豊浦さんを止めます。誰かを呪うなら、みんなを祟るなら、私はそれを全部祓います。

 私は、誰も傷ついてほしくない。みんなを、守りたいんです」

 千年を超えて存在する彼に、まだ、二十年にも満たない年月しか過ごしていない少女が相対するのは身の程知らずなのだろう。

 まだ幼い少女は、何も知らないのだから。けど、

「そうだね。……その時は、僕は、君の敵になろう」

 怨霊は、眩しそうに英雄の宣戦布告を受け入れた。

 

「長ったらしい話は終わったかっ!」

 二人の言葉を聞いて、口を開こうとしたウィッチの機先を制するように扉が開く。

「尊治」

 その乱入に豊浦は溜息。尊治は芳佳の手を取って、

「うむっ、よいな芳佳っ! そなたの意志は実によいっ!

 私はそなたと戦える日が楽しみになってきたぞっ!」

「あ、……え、ええと、」

「そなたの敵になりそうなのは扶桑皇国にたくさんいるからなっ! さっさと戻ってきて、……遊ぶか戦うかしようぞっ!

 とりあえず、…………顕仁でもからかいに行くかっ!」

「それは止めた方がいいと思う」

「え? た、たくさんいるんですか?」

 思わず、問い返す芳佳に尊治は頷く。

「うむっ、この国の歴史は永いからな。その分いろいろな怨念が堆積している。

 ならばこそ、そなたはその幼い意志を忘れるなっ、やりたいことをやっていけばよいっ、神がそれを許さずとも魔はそれを許してくれるっ! もとより国から排斥された《もの》たちだからなっ、大抵の事は気にせんっ」

「ふぁー」

 思わず、芳佳から変な声が漏れる。豊浦の魔法、陰陽や風水は見ている。そんな能力者がたくさんいる。凄いなあ、と改めて思う。……魔境、そんな言葉を思い浮かべて内心で必死に否定。

 苦笑。

「これが僕の怨念についての話だよ。

 それじゃあ、みんな、いろいろと見て回るといいし、話を聞くのもいいと思う。本来なら決して会わないような《もの》たちだからね、これから戦うのに、参考になることは多いと思うよ」

「ばかものっ! 私は遊びに来たのだっ! 遊ぶのだっ!」

 ルッキーニと芳佳の手を取って引っ張り出そうとしていた尊治は怒鳴る。豊浦は溜息。

「何で君が駄々をこねるの?」

「うるさいっ! いつもいつも貴様ばかり面白そうな連中と遊びおってっ! いい加減ずるいぞっ!

 今度の遊びは私も全力で首を突っ込むっ! だから、今から遊んでおくのだっ! というわけで、行くぞ芳佳っ!」

「ちょ、ちょ、た、尊治さんっ?」

 笑顔の尊治に引っ張り出されて芳佳は声を上げ、逆の手で引っ張り出したルッキーニは「むー」とうなりながら引っ張り出される。

「…………私、ちょっとあっちついていく。

 また、あとでな」

 シャーリーが軽く手を振って部屋を出る。それを皮切りに、ウィッチたちは、それぞれの思いを抱えて歩き出した。

 



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四十四話

 

「……君は、いいのかな?」

 尊治に連れ出された者、少し、考える時間を欲した者、豊浦の勧めに従い話を聞きに部屋を出た者。

 みんなを見送り、一人残ったペリーヌに問いかける。ペリーヌは頷く。

「ええ、もう少しお話を聞きたいですわ」

 話、……彼は言っていた。自分にとっても勉強になる、と。

 つまり、

「和を以て貴しとなす。でしたわね。執政者としての豊浦さんの政治理念は」

「そうだよ」

「そのやり方について、詳しく教えていただけませんの?」

 貴族であるペリーヌにとって、執政は決して無縁ではない。

「熱心だねえ」

 感心したように呟く豊浦に、ペリーヌは困ったように微笑んで、

「だって、わたくしの故郷までこんな魔境みたくはしたくありませんわ」

 一つの権力機構による独裁と暴走。そして、それにより討伐される者、堆積していく怨念。

 貴族として、そんな事を許すわけにはいかない。故の言葉に豊浦は微笑。手を伸ばして彼女を撫でて、

「失敗者の体験談にしかならないと思うけど。……まあ、いいよ。

 それより、ペリーヌ君は国を害するなんて言う僕を怒らないんだね」

 ペリーヌが故郷を大切にしているのは豊浦も知っている。

 意外そうな彼の言葉にペリーヌは溜息。

「故郷の人を大切に思っているのでしたら、それでよろしいのではなくて?」

 自分が殺されたことより、独裁による暴走と、それにより追放され、討伐された誰かの怨みを抱えて自分のやるべきことを定めた。それなら、誰を大切に思っているかは明白で、その在り方を否定するなんて、出来ない。

「そっか、よかったよ。…………それともう一つ意外な事があるのだけど」

「何ですの?」

 いろいろ教えてもらおうと思ってたし、逆に聞かれたことは何でも答えよう、そう思って問い返すペリーヌ。豊浦は頷いて、

「いや、撫でても怒らなくなったなー、……って」

 言葉に詰まる。そう、ずっと丁寧に撫でられている。…………溜息。撫でられたまま視線を逸らして、

「別に、いやでは、……………………ええ、御年寄には寛大に接しないといけませんわね」

 いやではない。そう答えるのはなんとなく嫌で、だから、そっぽを向いてそんな事を言った。

 

 サーニャは、豊浦の怨み言を聞いて、他の誰かの話を聞きたくなった。

 だから、一緒に歩くエイラと誰かを探す。……途中。

「エイラは、豊浦さんのお話を聞いて、どう思った?」

 傍らにいる少女は何を思ったのか? 問いに、エイラは首を傾げて、

「いや、別に何も」

「エイラ」

 どうでもよさそうな彼女の返事にサーニャは咎めるような視線を向ける。けど、

「んー、……いや、豊浦がなんか重たいの抱え込んでるなー、ってのはわかる。

 千年だっけ? 私じゃ想像も出来ないし、そんなもの背負い続けて律儀っていうか、あほっていうか、」

 放り出せばいい、はっきり言ってエイラはそう思ってる。豊浦はその怨念を抱えるといっても、抱えて欲しいと思っている者がいるとは思えない。辛いものを一人で勝手に背負い込んでいるだけで、エイラにしてみれば誰も望んでいなさそうな贖罪を延々と続けているだけに見える。

 放り出したところで誰も咎めないだろう。……もっとも、彼が怨霊としての在り方を肯定するなら、それでもいいのだろうけど。

 だから、

「ま、もともと世話好きの変なやつだって思ってたし、それは変わんないよ。

 ちょーっと面倒なやつだなー、とか、やっぱり律儀なやつだなー、とは話聞いてて思ったけど」

「…………うん、そうだね」

 たとえ、どれだけ重たいものを背負っているとしても、それでも、変わらない。

 扶桑皇国に来て、一緒にいてくれて、たくさん面倒を見てくれた優しい青年。……サーニャは小さく笑みをこぼす。そう、それでいいかな、と。

 けど、

「私はもうちょっと、知りたいかな」

「そうだな。豊浦もいろいろ話聞いてみろ、みたいなこと言ってたし。

 せっかくだから話聞いてみるか」

 茨木に案内された時、ここにいた《もの》たちは自分たちに好意的に接してくれた。だから、話を聞くこともできるだろう。

「うん、そうだね」

 

「豊浦の事?」

「はい、……あの、お話していただけないですか?」

 さっそく、見かけた酒呑に二人は聞いてみた。

「んー、……そうだな。

 僕にとっては恩人かな、延暦寺を追放された時にいろいろ面倒見てくれたし、産鉄で財を成したけどその知識とかも彼からもらったものだからね」

「豊浦って凄いな」

 いろいろ器用なのは知っていたけど、鉄鉱についての知識もあるらしい。感心するエイラに酒呑は笑って、

「そうだね。僕みたいに山に払われた《もの》達の面倒を見てたみたいだよ。

 なんか、贖罪みたいなことを言ってたな。あほみたいなこと言ってるなー、って思ってたけど、便利だからそれは言わなかったよ」

「だよなー」

 あほみたいなやつ、と。自分と同じ感想を得たエイラは酒呑と握手。

「そういう言い方、ひどいと思います」

 で、不満のあるサーニャは膨れる。酒呑は「ごめんごめん」と笑って、

「といっても別に僕は彼に怨みはないし、背負って欲しい罪なんて何もないからね。それなのに贖罪だー、とか言って面倒見てくれるんだから。……うん、物好きっていうか、なんていうか。

 あ、山は暮らすの大変だから利用できるものは何でも利用することにしてるんだよ。ほら、代わりにこうやって君たちを迎え入れたり、頼まれたことはするようにしてるけどね」

「師弟?」

 ふと、思いついたことをエイラは呟く。世話をしてもらって、独立したら助け合う関係。なんとなくそう思えたから。

 問いに、酒呑は軽く目を見開いて、

「はっ、あはははっ、うんっ、あははっ、そうだね。エイラっ、それはいいっ!

 うん、贖罪なんて正直あほかって思ってるけど世話になりっぱなしってのもなんだし、師弟って関係で借りを返していくのはなかなか、面白いなっ! あははっ、ありがとうエイラっ、今度言ってみるっ」

「おう、言ってやれー」

 やたらと上機嫌に笑う酒呑。そんな面白い事を言ったかな? と、エイラは首を傾げながら煽ってみた。

「…………先生」

「うん?」

 ぽつり、サーニャは呟く。小さな呟きだったので巧く聞き取れなかった酒呑は首を傾げる。

「あ、いえ、ええと、……な、なんでもない、です」

「そう? まあ、僕にとっての豊浦はそんな感じだね。お節介な恩人、あるいは、……物好きな師匠、っていうところかな。

 確かに回り回って僕がこんな山奥で暮らしている責任の一端は豊浦にあるかもしれない。けど、僕はここの生活を不便とは思ってないし、ここはここでいいところだからね」

 酒呑の返事に満足そうな表情のサーニャ。そしてエイラもいい機会だと思いながら挙手。

「あ、私からも質問いいか?」

「もちろんっ」

 望むところ、と。酒呑は嬉しそうに応じる。

「ええとな、私は鬼ってのよく知らないんだ。扶桑皇国の人間じゃないからな」

「そうらしいね。言仁様がそんなこと言ってた。

 ええと、芳佳って娘以外は国外の人らしいね」

「うん、それで、豊浦が鬼の事を英雄に退治される魔物、とか言ってた。

 でさ、酒呑は私たちの事を英雄って言ってたろ? なんでそれなのに歓迎してくれるんだ? 豊浦の客だからか?」

 豊浦の客だから、それが理由、だと思う。

 けど、英雄だから、と歓待していた。彼の口調に嘘があるようには感じなかった。その意味の食い違いが気になる。

 問いに「それもあるけどね」と酒呑は応じて、

「僕にとっての英雄っていうのは、政治的な善悪に対して個人の義をもって相対することを厭わない存在の事だよ。

 言葉では確かに僕たち鬼は英雄に淘汰される存在だ。けど、権力に真っ向から相対する意志を持つ存在は敬意を表し、歓迎するに値するよ。…………それは僕たちも同じで、けど果たせなかった事だからね」

 どこか寂しそうに呟く。言葉を続けられなくなったエイラに酒呑は慌てて手を振って、

「ええと、まあ、そういうわけ。

 まあ、それで頼光に負けたんだからあんまり偉そうなことは言えないんだけど」

「そ、……か。

 ま、それもそうだな。上官から魔物退治を命令されても、お前と戦う事なんてしないからな」

 サーニャもこくこくと頷く。……仮に、そう命じられたとしても、彼が豊浦と同じ魔性の存在だとしても。

 それでも、戦おうとは思わない。彼が悪者とは思えないのだから。

「それは、……よかった。かな?」

「何だよそれ」

 なぜか疑問形の酒呑。エイラは不思議そうに問い。酒呑は困ったように頬を掻いて、

「いやあ、実は最新の英雄がどんな者か、興味はあったんだ。頼光より強いのかなー、とか」

「その、頼光さんが、当時の英雄、ですか?」

 魔物と相対した英雄。それを思いサーニャが問う。酒呑は頷いて、

「あと、お供が四人いたけどね。

 最初は僕たちと同じ、山の民みたいな恰好で来てね。酒飲んで酔わせて酔った隙に倒そうとしたらしいんだけど、僕たち鬼が酒に酔うわけないしね。普通に戦って普通に殺された。

 いやー、強かったなー」

 懐かしそうに酒呑は語る。けど、

「あの、酒呑さん」

「ん?」

 サーニャは、恐る恐る手を上げる。エイラもサーニャの気持ちはわかる。懐かしそうに語る酒呑は、聞き捨てならない事を言ったのだから。

「殺された、って?」

「うん、そうだよ。首を刎ねられてね。そのあと首が封印されてねえ。

 困ったものだよ。ほんと」

「…………生き返るのか?」

「鬼だからねっ。大嶽丸に出来て僕に出来ない事はないよっ」

 頭痛をこらえるような表情で呟くエイラに酒呑はどや顔で応じた。

「宮藤の故郷は凄いな」

「うん、芳佳ちゃん。こんな国で育ったんだ」

 慄く二人に酒呑は首を傾げ、ふと、「封印?」

「うん、平等院。……って言っても異国の人は知らないか。

 まあ、封印されてたんだ。けど封印していた場所が焼亡してね。それで逃げ出した。誰があそこに火を放ってくれたのか。……まあ、見当はつくけどね」

「あいつか」「うん、私もそうだと思う」

 三人の予想は見事に一致。それを察してそろって笑みを交わす。

「僕にとっての、豊浦の話はこんなところかな。

 他にもいろいろ集まっているみたいだし、興味があるなら話を聞いてみるといいよ。君たちはまだ若いんだから、いい経験になると思う」

「……あの、酒呑さん」

 若いんだから、と彼は言う。が、外見年齢はミーナと大差なく見える。自分たちとも二つ三つ年上、という程度か。

 とはいえ、千三百という年月を在り続けた豊浦や、ルッキーニより幼い外見で七百年、という言仁もいる。扶桑皇国では外見年齢と存在年数が一致するとは限らない。

 ゆえに、

「酒呑さんは、おいくつですか?」

「そうだね。……封印された年数も含めると、…………えーと、千と百年、くらい、だったかな」

「……もう、驚けなくなってきたな」

「うん、私も」

 二人は深刻な表情で頷き合い、酒呑は首を傾げた。

 

 ミーナにあてがわれた部屋。そこでトゥルーデ、エーリカは集まる。口を開いたのはトゥルーデで、

「思っていた以上に、深刻な話だったな」

「そうだね。…………そんな事、抱えてたなんて」

 エーリカも重い口調で呟く。けど、

「それは豊浦さんが抱えていく事よ。私たちがとやかくいう事ではないわ」

 強いて、感情を表に出さずミーナは告げる。突き放すような言葉にトゥルーデとエーリカから非難交じりの視線を向けられ、ミーナは二人を見返して、

「肝心な事は、豊浦さんが原因とか言っていた怨念を、また、繰り返さない事よ」

「独裁政権による、略奪か。……いや、それはそうだが、」

「確かに、私たちは軍人で、そっちには疎いわ。……けど、だからって他人事にするわけにはいかないのよ。

 だって、真っ先にその怨念が降りかかるのは、私たち、前線で戦っている軍人たちよ」

「そう、……だね。

 命令されたからやった。だから私たちは悪くありません。…………なんて、言えないよね」

 エーリカの言葉に二人は頷く。思い出すのは、手の中の感触。いつも使っている銃。

 たとえ、それが命令されたことであっても、それでも、引き金を引くのは自分なのだから。

「そういう事よ。だから、これからは自分でもちゃんと考えていかないといけないわ。

 何と、なぜ、相対するのか。……尊治さんも言っていたでしょう? 全力で相対するならそれでいいと思うの。私だって、故郷を、恋人を奪ったネウロイは、許せないもの」

 決して許せない事もある。譲れない思いもある。

 けど、それは自分だけではない。相手にもそれはあるのだと。これからはその事を理解しなけれいけない。

 上層部の操り人形になるつもりは、ない。

「トゥルーデ、エーリカ。

 欧州に戻ったら何とかスケジュールを調整して、早めに休みを入れるようにするわ。その時に、」

 仮にネウロイが存在しないとしても、軍力の中心を担うのはウィッチたちだ。それはどこの国も同じだろう。

 ゆえに、最悪の不安がある。…………………………………………だから、

「この事を他のウィッチたちにも話していきなさい。

 たとえ命令されたとしても、引き金を引くのは私たちよ。だから、怨霊からの怨念を受けるのも私たち、それでもなお戦うのなら、相応の覚悟を持つように、ね」

「ん、了解」「ああ、わかった」

 カールスラントは文字通りの最前線。激戦地だ。当然そこには多くのウィッチが集っている。彼女たちと仲のいいウィッチも多くいる。

 だから早く言葉を交わすべきだろう。ここにきて知ったこと、扶桑皇国に堆積していた怨念の事を、

 何も知らずに戦い、その身に怨念を受けるなどごめんだ。どうせそうなるのならせめて、胸を張って戦い、その報いだと納得して受けなければならない。

「胸張って戦うか、……あんまり考えてなかったなー」

 もともと、エーリカにそんな余裕はなかった。すでに故郷はネウロイに荒らされ、ただ、戦うという選択肢しかなかった。

 そして、ネウロイとの戦いはそれでいいと思っている。どんな事情があったとしても、故郷をぼろぼろにされたことを許すつもりはない。大切な故郷を取り戻すため、徹底的に狩りつくす。

 けど、そのあとは? ……国が、国の事情で戦争を始めたら? ……その時は、

 たとえ、上からなんて言われても自分が納得する理由を得て戦う。三人は軍人としてその事を確認し合い、頷き合った。

 

「あ、リーネ」

「ハルトマンさん」

 部屋を出たらあたりをきょろきょろしているリーネがいた。「どうしたの?」と問いかけ、

「ええと、本があったら読ませてもらおうかなって思ってるんです。

 豊浦さんとか、酒呑さんがどういう風に語り継がれているのか、それを知りたくて」

「……結構、悪く書かれてると思うよ」

 時の権力者に逆らった、と。歴史は権力者が綴るものだとすれば、逆賊をよく書くとは思えない。

 けど、リーネは頷いて、

「ブリタニアも、たぶん、同じだと思うんです。

 豊浦さんとか、酒呑さんみたいに、敗北者は悪く書かれると思います。……だから、扶桑皇国ではどういう風に書かれているか、それを見て、改めてブリタニアのお話を読んでみようって。

 そうすれば、違った事が見えてくると思ったの」

 英雄の活躍に憧れるだけではなく。

 どうして、討伐が行われたのか。そこにどんな背景があったのか。……あるいは、討伐された魔性の存在は、実は、彼らなりに守りたいもの、譲れない正義があるのかもしれない。

 それを知りたい。そのためにも、ここで勉強できればいいな、と。

「そ、……か、うん、そうだね」

 エーリカは頷く。ミーナとトゥルーデと話したこと、ちゃんと、敵を見定めるために、そのための勉強にはいい教材だと思うから。

「よしっ、じゃあリーネ、私も付き合うっ!

 ええと、茨木に聞けばいいかな」

 確か、近くにいたはずだ。エーリカの言葉にリーネは「ありがとうございますっ」

「いいって、それに、これから私たちに必要な事だからね」

「必要?」

「そ、トゥルーデと、ミーナと話したんだ」

 リーネは首を傾げる。エーリカは、にっ、と笑って、

「戦うなら覚悟を決めろ、って事。

 それじゃあ行こうか」

 

「うりゃ、……って、ひゃっ?」

 突貫したルッキーニ。が、ひょい、と尊治は軽く立ち位置をずらし、回避。そして、

「うひゃはははははははっ」

「ふはははははははははっ」

 回避し、ルッキーニの後ろに回り込む。彼女の脇腹をくすぐる。……という事を延々と繰り返していた。

「飽きないなー」

「ルッキーニちゃん、諦めないね」

 で、そんな様子をシャーリーと芳佳はのんびりと見ている。

「いいおっぱいらしいからな」

「……みたいだね」

 ルッキーニ曰く、大きくないがいいおっぱいらしい、シャーリーにはその基準がまったくわからないが。それより、

「なあ、尊治って実は凄いんじゃないか?」

「そうですね」

 ウィッチであることを除いても、ルッキーニの身体能力は高い。シャーリーも眼前で動き回るルッキーニを回避し続ける自信はない、が。

「にゃーっ」「よいさっ」

 突進するルッキーニの頭に手を置いて跳躍。彼女を飛び越えて着地。そして、

「次はここだーっ」

「にゃははっ、……やっ、く、くびしゅじやめりょーっ」

「…………あの、人って垂直飛びで飛び越えられるものなんですか?」

「いや、普通無理だろ」

 ともかく、

「なー、宮藤。お前、豊浦の話聞いててどんなこと思った?」

 傍らの少女に問いかける。たぶん、皆、それぞれの思いがあるだろうから。

「んー、ルッキーニちゃんと、あまり変わらない、と思います」

 それぞれの思いがある。ルッキーニはそれに対して笑って答えた。

 どんなことがあっても、お兄ちゃんはお兄ちゃん、と。

 どんな事情があっても構わないし、彼が何者であるか、それもいい。

 ただ、一緒に遊んでくれた優しいお兄ちゃん。それで十分だ、と。笑顔で応じた。

 だから、

「優しくて責任感がある人。……って思いました」

 彼の事を思い、柔らかく微笑みながら芳佳は告げ、シャーリーは非常に胡散臭い笑顔。

「なんでここでのろけるんだ?」

「ふあっ?」

 意外な反応に芳佳は素っ頓狂な声を上げ、……言葉の意味に思い至り、じわじわと、

「そ、そういうわけじゃあ、ないですっ!

 そういうシャーリーさんはどうなんですかっ?」

「物好きなやつー、ってところだな。

 ま、けど、」

 たとえ、それが世間一般的に悪であったとしても、それでも、

「やるって決めたことを貫き通すなら、それでいいんじゃないか。

 それが例え私たちと敵対することになってもさ、その時は、お互い大切な事を抱えて全力で相対すればいいってだけだろ」

 彼の抱える怨念を乗り越えるだけの信念をもって相対する。それだけでいい。

 自分の夢を追いかけるシャーリーは、だからこそ、彼の怨念もそれで良しと笑って肯定する。成すべきことに向けて歩いていくのなら、そんなあり方を否定する事はしない。

「そうですね」

 芳佳は頷く。やっぱり、彼と敵対はしたくない。……けど、

 けど、自分は大切な故郷を、そして、そこにいる大切な人を守りたい。誰かが害されていいなんて思わない。

 だから、もし豊浦がこの扶桑皇国を祟るというのなら、自分は絶対に、全力で相対する。千年を超える怨念に真っ向から挑む。

 それが、彼に対する「なになにっ? 何の話ーっ?」

 不意に聞こえるルッキーニの声。

「あ、ルッキーニち「ルッキーニっ、お前、豊浦の事好きか?」へっ?」

「うんっ、お兄ちゃんの事大好きっ!」

 にぱっ、と笑顔のルッキーニ。が、

「早まるなーっ!」

 なぜか後ろから突撃した尊治。二人はそのまま一緒に転がっていく。

「だってよ、宮藤」

「だ、……だってって、何ですか?」

「別にー、……まあ、ただ、」

 頬を膨らませて睨む芳佳を、シャーリーは優しく撫でて、

「ま、宮藤は宮藤の好きなように、やりたいことをやればいいさ」

 神がそれを許さずとも魔はそれを許してくれるっ! ……ふと、尊治の語った言葉を思い出した。

 魔、なんて名乗るつもりはないけど。どっちかっていえば自分はそっち寄り。…………ここに集う変な連中の同類。それも悪くないかな、と。そんな事を思ってシャーリーは微笑んだ。

 だから、

「ルッキーニなんて気にせず、告白してしまえっ」

「こ、こ、ここ、こここここっ?」

 満面の笑顔で親指を立てるシャーリー。そして案の定、奇声をあげておろおろし始める芳佳。そんな彼女を見てシャーリーは楽しそうに笑った。

 



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四十五話

 

 二人きりのお散歩。サーニャはそっと、傍らを歩く豊浦に視線を向ける。

 内向的なサーニャは異性との付き合いはほとんどない。男性と一緒に出掛けた事なんて父親くらいかもしれない。

 そう思うと、…………胸に手を当てる。鼓動がいつもより早く感じるのはなんでなのか、それは深く考えず、

「それじゃあ、行こうか。

 サーニャ君、行きたい場所はあるかな?」

「ううん、豊浦さんにお任せします」

 場所は大江山、という山の中。どんなところがあるかわからない。……あるいは、何もないかもしれない。

 けど、それならそれでいい。人込みは苦手だし、二人で静かな山道を散策するだけでもいい。そんな思いを込めての言葉に、豊浦は「了解」と、微笑んで応じた。

 

「サーニャ君は、森の中とか好きかい?」

 大江山の森林を歩きながら豊浦の問い、サーニャは頷いて、

「うん、扶桑皇国の森は、静かで、いいところだと思う。……けど、」

 サーニャは悪戯っぽく微笑。

「私の故郷、オラーシャの森の方が奇麗」

「む」

 豊浦は難しい表情をする。案の定、思わず、くすくすと笑みがこぼれて、

「サーニャ君?」

「ふふ、ごめんなさい」

 そんな反応をすることは予想していた。扶桑皇国が嫌いだ、豊浦はそう言っていた。

 けど、扶桑皇国で生まれた芳佳の事を慈しんでいたし、山を歩く豊浦は楽しそうだった。

 何より、酒呑たち山に生きる者たちを助けていた。だから、扶桑皇国の風土や、そこに暮らす人たちの事は好きなんだとわかっていた。

「豊浦さんは山が好きなんですね」

「好き、っていうか生活の場所だからね。……ああ、いや、うん、好きかな」

「そこに暮らす人も、自然も、ですよね?」

「…………まあ、迷惑「好きなんですよね? そこに暮らす人も」サーニャ君?」

 迷惑をかけたから、その償い。そんな言葉を遮る。だって、

「好きだから、大切に思っているから、ずっと、ずっと受け入れていたんですよね?」

 酒呑は、そんな事を言っていた。……豊浦は困ったように微笑み、

「サーニャ君も、たまに強情なところがあるね。…………そう、だね」

 少し、思い出すように視線をさまよわせて、ぽん、とサーニャを撫でる。

「懸命に生きる誰かが好きなんだと思う。辛い思いをして、それでも、必死に生き足掻こうとする誰かはね」

「ふふ、やっぱり優しいんですね」

「そんなものかな」

 よくわからなさそうに首を傾げる豊浦。そんな彼と一緒に、さく、さく、と山道を歩く。

「それで、どこに向かっているの?」

「んー、……まあ、山だからね。

 小川か草原か、あとは、木、と、石。……くらいしかないからね。……まあ、年頃の女の子には面白くないかな。ひょっとして」

「…………そういうところが楽しみな私は、年頃の女の子じゃないの?」

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ拗ねたように言ってみる。豊浦は「えと、」と、言葉を探して、

「ま、まあ、…………えーと、偏見、だったかもね」

 困ったように応じる豊浦にサーニャはくすくすと微笑。豊浦はからかわれたと察したらしい。渋い表情で「サーニャ君も、たまに意地悪になるね」

「ふふ、そうかもしれませんね。けど、豊浦さんだけですよ」

 楽しそうに笑う。そんなサーニャに、豊浦は溜息。

「芳佳君にも同じことを言われたよ」

「あ、そうですか」

 なんとなく、解っていた。自分の気持ち、それと同じか、あるいは似たような思いを彼女も抱いていると。

 サーニャにとって芳佳は大切な友達だ。けど、

「不思議ですね」

 そんな風に話を逸らしてみた。この想い、芳佳に協力をするつもりは全然ないから。

「そうだねえ。……と、話が逸れたね。

 っていっても、あまり遠出も出来ないし、ちょっとした広場で少しのんびりして、でいいかな?」

「はいっ」

 もともと、人込みは得意ではないし自然に囲まれた静かな場所は好き。そんなところでゆっくりとお話しできるなら、それで十分。

 だから、サーニャは頷いた。

「それじゃあ、少し歩こうね。大変だったら言ってね」

「大変だったら、抱っこしてくれますか?」

「出来るところまで頑張って自分で歩きなさい」

 そう言ってわしゃわしゃと少し乱暴に豊浦はサーニャを撫でる。乱暴、……だけど、こういうのもいいかな、と。サーニャは心地よさそうに目を細めて、

「わかりました。頑張ります」

 

「わ、……ああっ」

「気に入ってくれたかい?」

「はいっ」

 豊浦の問いにサーニャは笑顔で応じる。何か、特別なものがあるわけではない。彼の言った通り、草原と木と草と石しかない。ぽっかりと空いた広場。

 広場の中心には大きな木。木の横をさらさらと小川。水が流れる。

「静かな、……いいところ」

「なーんにもないけどね」

 何もない居心地の良さを感じ、感嘆の吐息を漏らすサーニャと笑って応じる豊浦。二人は笑みを交わす。

「季節がよければ草原じゃなくて花も咲いたりで少しは華やかだったんだろうけど、時期が悪かったかな?」

「そうですね。……うん、ちょっと残念。

 扶桑皇国の花、見てみたかった」

 扶桑皇国について、いくつか話を聞いている。四季ごとに特徴があって、特に、桜をはじめ花がとてもきれいだ、と。

 それが見れないのは少し残念。けど、

「じゃあ、またいつかね」「うん、また、いつか」

 いつかまた遊びに来た時に、それでいい。

 今回のお出かけが終わったら、また、欧州に戻る。お別れは残念だけどサーニャは豊浦を欧州に引っ張っていくつもりはない。

 また、いつか会いに来ればいいから。……遠く、遠く離れたところにいる両親ともいつかは会える。芳佳は力強くそういってくれた。

 だから、また豊浦とも会える。両親と会う事に比べれば、ずっと、ずっと近くにいるのだから。

 だから大丈夫、また、エイラと遊びに来たいな、と。そんな想いを、今はそっと胸にしまって、

「それじゃあ、豊浦さん。

 お話、しよ」

 彼の手を取って歩き出す。豊浦も頷いて歩き始め、

「それじゃあ、あそこでいいかな?」

 示す先は広場の中央にある木。そして、その根元にある地面から突き出した岩。二人はそこに並んで腰を下ろす。

「さて、それじゃあどんな話をしようか? 扶桑皇国の神話かな?」

「……豊浦さん。お友達、たくさんいるんですよね? 酒呑さんとか、尊治ちゃんとか」

「酒呑はね。……けど、尊治はどうかなあ」

 渋い表情の豊浦。賑やかで華やかな少女。サーニャは、少しだけ、憧れてる。

「私、明るくないから、ああいう華やかな人は、羨ましい」

「…………華やか、……かあ。僕にとっては面倒なだけなんだけど、……サーニャ君。僕は、今のままでいいと思う。

 けどまあ、憧れの誰かを思うのはいいことだと思うよ」

 今のままでいい、そういってもらえてサーニャは嬉しそうに微笑む。

「さて、……友達、か。…………そうだな。僕が傀儡士をしていた時の仲良かった友達の話をしよっか」

「傀儡士、……ええと、人形劇をやる人、よね?」

 思い出すのは芳佳の故郷がある家にあった人形。可愛いものではなかった。けど、いろいろなところが動かせた。改めて衣装などを見たけど立派なもので、裕福な商家の出であるリーネや貴族のペリーヌから見てもいいものらしい。

 人形は置いてきてしまったけど、人形劇も見てみたかった。とこっそりとサーニャは思う。

「うん。けど、他にもいろいろとやってたよ。馬で駆けまわったり、山の中をうろうろしたり。

 まあ、今やってることと大差ないかな」

「うん」

「そんなわけで、……僕は当時から住所不定の怪しい《もの》だったんだけど、その友達、雅仁君はそれでもいろいろ仲良くしてくれたんだ。

 今様、っていう、今でいえば詩、かな。それを一緒に詠ったりしてね」

「雅仁、さん。も、豊浦さんと同じ?」

 問いに、豊浦は微笑。

「違うよ。その時代の帝だ」

「え?」

 帝、……と。

 それはつまり、扶桑皇国の最高権威者で、

「そんな人とも、仲が良かったんだ」

 凄い、と思う。けど、豊浦は笑って「それがね、サーニャ君。誤解しているよ」

「え?」

「僕と、仲良かったんじゃない。

 雅仁君はね、僕みたいな、住所不定の怪しい《もの》たちとも、仲良かったんだ」

「帝、なのに?」

「うん、まあ、もともと第四皇子で、継承は絶望的だった。

 親には嫌われていたけど凄く優秀な兄、顕仁君とかいてね。……だからまあ、最初は自棄だったのかもしれない。

 里の、貴族の住まいに比べれば廃墟同然の粗末な家でわいわいやってたら、いきなりお供も連れないで皇子が乗り込んできたから、驚いたなあ」

「うん、そうだね」

 サーニャは頷く。それは驚くだろうな、と。

 皇子、例え継承が絶望的であっても物凄く高い位にいる人。そんな人がいきなり民家に顔を出せば、それは驚くだろう。

「雅仁君は、……まあ、あまり貴人らしいところがなくてね。あとで聞いたけど兄と親がすっごく険悪で、自分も、学も才もないって周りから言われていたみたいで、貴族、っていうのにかなり嫌気がさしてたみたいなんだ。

 それで、危ない目に遭う事も覚悟で乗り込んできたらしい。最初はいろいろすれ違いもあったけど、それでも、疎まれている貴族暮らしよりは気楽だったのかな。

 その時に皆で今様を詠って遊んでたら興味を持って、ちょくちょく遊びに来てくれたよ。……そうだね、ちょうどこんな感じの広場で、僕みたいな山暮らしや里の農家、商人やらなにやら、貴族以外を片っ端から集めてみんなで今様を詠ってたな」

「それは、……楽しそう」

 今様、というのはよくわからない。けど、

 イメージは演奏会。たくさんの人が集まって自分の作品を発表する。あるいは、みんなで一緒に演奏をする。……とても、楽しそう。

「今様って、どういうの?」

 詩、みたいなものと聞いている。

「扶桑皇国の詩だからサーニャ君には難しい、と思うけど。

 そうだね。……えーと、」

 豊浦は、首を傾げて、

「毎日恒沙の定に入り 三途の扉を押し開き 猛火の炎をかき分けて 地蔵のみこそ訪うたまへ。……なんてどうかな?」

「地蔵? お地蔵様?」

 地蔵といえば、豊浦からもらった木彫りのお地蔵様。ふくふくとした笑顔の可愛い姿。けど、

 猛火の炎をかき分けて、……凄く、力強く感じる。

「そうだよ。……そうだね。意味としては、三途、……まあ、あの世だね。この場合は地獄だよ。

 お地蔵さまは自ら地獄に向かい、責めに苦しむ人を救うために炎を押しのけて訪ねてきてくれる。そんな詩だね」

「地獄、……あの、悪い人が墜ちる?」

 欧州で語られる地獄。罪人、悪人の堕ちる場所。それを思い出しての問いに、豊浦は首を横に振る。

「少しだけ、違うんだ。

 人は誰でも生き物を殺して生きているよね。食事のために」

「あ、……うん」

 普段、何気なく食べている肉。それはすべて生き物を殺して得た食べ物。だから、

「人は皆地獄に堕ちるんだ。生き物を殺した罪でね。

 貴人、お金を持っている人はその財を寄付するとか、そういう方法で地獄に堕ちるのを免れることが出来る。

 けど、お金を持っていない人、貧しい民は寄付するお金がない。だから、地獄に堕ちることを免れることが出来ない」

 生きていれば、当然のように地獄に堕ちる。…………サーニャは豊浦の手に触れる。豊浦のいう事、それはとても怖くて、寂しい事のように思えたから。

 豊浦はサーニャの手を握り、

「けど、お地蔵さまは優しいから、地獄に堕ちてもそこに来てくれる。救いに来てくれる。

 お金なんてなくていい、寄付もいらない。ただ、誰も救ってくれない、救いのない貧しい人の所に来てくれる。……そんなお地蔵さまを讃える詩だね」

「すごい」

 思い出すのはもらったお地蔵様。……可愛いから、そんな単純な理由でもらったけど、

 凄く、尊いもののように「ま、といっても子供に放り投げられて、それで一緒に遊んでたー、なんていうのもお地蔵さまだけどね」

 けらけら笑う豊浦に、サーニャは拍子抜けしたような表情。……で、

「ふふ、……そうだね。豊浦さんの詩。凄く「これ、僕の詩じゃないよ」え?」

「雅仁君。扶桑皇国の最高権威者である帝が詠った詩だよ」

「そう、……なんだ」

 少し、意外だった。……けど、

「貧しい人の事も、ちゃんと思ってくれてたのね」

 豊浦は言っていた。民と近かった。みんなと一緒に遊んでいた。

 最高権威者でありながらちゃんと貧しい人の事も考えている。それは、とても素晴らしい事と思うから。

「そんな思いの集大成。蓮華王院本堂。

 雅仁君の信仰の極だね。千手観音菩薩、千の手を使ってどんな人も救う仏様。それを千、……彼はどれだけの人を救いたかったのか。あれは本当に壮観だったね」

「うん、……凄い。ほんと、」

 不意にサーニャは俯く。とても、とても権威ある人なのに、貧しい人、多くの人を救おうとした偉人。……本当に、

「私とは、大違い」

「サーニャ君?」

「私も、そうならないといけないんです。

 ウィッチとして、世界を壊すネウロイと戦って、世界の人を守って、」

 豊浦の語る民と近い帝。雅仁という誰かのように、

 多くの人を救わないといけない。自分はそれを期待されて空を飛んでいるのだから。

 そして、自分はその期待に応えるために、全力で戦う。

 

 …………本当に?

 

 国のために戦う仲間たち、……………………けど、自分は、そこまでのものを持っていない。

 自分はそんな大きなものは抱えられない。……小さな、本当にちっぽけな自分が抱えられるのは、もっと、もっと小さなこと。

「けど、私は、ただ、家族に会いたいから戦うだけで、……その、雅仁、さん、に比べて、本当に、小さな事しか望めない。……もっと、たくさんの人のために、戦わないといけないのに」

 思わずこぼれた弱音に、豊浦は、…………「いたっ?」

 こつん、と。

「ペリーヌ君はね。貴族として民を守るために戦うのではなく、両親を殺された怨みで戦っているのかもしれない、って言ってたよ。まるで、それが悪い事みたいにね。

 サーニャ君も同じだね。自分の大切な望みを、他の人が望んでいることと違うからなんて言って、小さなことって貶めてる」

「…………そ、れは、……………………」

 言葉は、続かない。

 確かにそうだ。自分にとって大切な思い。けど、それは、他の人の思いに比べると、とても小さなことのような気がして、申し訳なくなる。

 けど、

「他者から望まれた大切な事を是とするだけなら、雅仁君は民を顧みないよ。今の君がそれをどれだけ尊いと感じても、かつては倫理観も価値観も異なるからね。

 現人神として、神を讃える人にのみ恩恵をもたらしただろうね。……それさえできない人を捨ておいてね。

 けど、彼はそんな当たり前の倫理、誰かから望まれた価値を、神ではなく、大天狗、魔として踏み砕いた。そうやって自分が大切だと思えることを選んだ。だから、」

 こつん、と。頭を叩いた手を広げ、ぽん、と撫でて、

「小さくて弱いサーニャ君まで、あの大天狗の真似をしろなんて言わないよ。周りの期待に振り回されることもあるだろうし、サーニャ君の小さな夢をちっぽけだって嗤われることもあるだろうね。

 それで落ち込むこともあるだろうし、振り回されすぎて疲れちゃうこともあるだろうけど、……ただ、サーニャ君だけは、自分にとって大切な事を貶める事だけはしてはいけない。絶対にね」

「…………うん」

 頷き、豊浦はわしわしと、また乱暴にサーニャを撫でる。不安そうに、おどおどと見上げるサーニャに豊浦は微笑み。

「ま、サーニャ君の夢を嗤うようなやつはエイラ君がものすごく怒ってくれるよ」

「あ、……ん、ふふ、うん。エイラ、優しいから。

 豊浦さんも、嗤ったりはしないのね」

「しないよ。人の思いを嗤うくらいなら怨霊になんてならない」

 あ、と。サーニャは自分の軽はずみな言葉を後悔した。

 彼の怨念は聞いている。大切な思いを否定されて山に追われた《もの》の事。豊浦はずっとそれを大切に抱えていたのだから。

 だから、

「だから、僕は嗤わない。世界中の人がサーニャ君の事を期待外れだって罵っても、神がちっぽけだって嗤っても、君の仲間は君の夢を支えてくれるし、僕は絶対に君の思いを否定しないよ」

「……うん」

 ささやかな言葉。それが、凄く嬉しい。これから先、何を言われても自分の思いを肯定してくれる人がいてくれる。それだけで、立ち向かえる気がする。

「さて、それじゃあ話を続けようか。……そうだね。

 次は、日吉の猿と土木工事をした事かな。あ、いや、」

 ふと、豊浦は意地悪な視線をサーニャに向ける。思わず身構える彼女に、

「次はサーニャ君の番。さ、君のお話を聞きたいな」

「わ、私のっ?」

 唐突に言葉を向けられ、思わず声を跳ね上げる。豊浦はそんな反応も予想していたらしい、動じることなく「サーニャ君の、あ、お題はウィッチになる前、ね?」

「け、……けど、…………私の話って言われても」

 それに、条件はウィッチになる前。つまり、どこにでもいるありきたりな一人の少女だったころの話。

「お、面白い事なんて、なにも、ないよ」

「それでもいいよ。それに、異国の暮らしはそれだけで十分面白いし、サーニャ君の事なら聞いてみたいな。サーニャ君が、面白くないなんて思ってる何でもない日常の事でも、ね」

「う、……あうう」

 自分の話を聞いてみたい。興味を持ってくれている。そんな風に言われて、…………サーニャは口をとがらせる。

「豊浦さんの、意地悪」

「え?」

 小さな声で言ってみた。豊浦は首を傾げて、サーニャは覚悟を決める。あまり、喋ることはないから、ちゃんとお話しできるかわからないけど、

「私の故郷は、オラーシャ。

 扶桑皇国よりずっと寒い国なの、それで、」

 彼に自分の事を語る。その事に照れくささと嬉しさを感じながら、話し始めた。

 

「…………さて、そろそろ戻ろうかな」

「あ、……え?」

 一段落ついたところで、不意に豊浦が告げた。それを聞いてサーニャは顔を上げる。……「夕暮れ?」

 目を見張る。少しずつ、日が傾き始めている。ぽつり、と。

「私、こんなに長く、…………あっ、ご、ごめんなさいっ」

 ずっと、ずっと一人で話していた。サーニャは慌てて謝り、

「謝ることはないよ。それに、サーニャ君のお話は楽しかったからね。

 面白い事なんてない、って、嘘を言うのはよくないな。サーニャ君も意地悪だね」

「そういうつもりは、……あうう」

 咎めるような言葉にサーニャは小さくなる。ぽん、と頭を撫でられて顔を上げる。

「さ、急いで戻ろうか。暗くなっちゃうからね」

 立ち上がる。サーニャも慌てて立ち上がり頷く。すでに日は傾き始めている。戻らないといけない。

「……はい。けど、」

 すでに、少しずつ暗くなっていく。慣れない山道。……不安を感じ、改めて遅くまで話していたことを謝ろうとして、

「サーニャ君、急ぐから、ごめんね」

「え?」

 ひょい、と。

「あ、わ、わっ?」

 気が付けば、豊浦に抱きかかえられる。

 驚くほど近くにいる彼。その体温を感じ、自分がどんな状況にいるか認識し、お姫様抱っこ、そんな言葉を思い出し、顔が熱くなって、どうしていいかわからなくなったところで、

「走るよ」

「へ? って、ひゃっぁぁあぁっ?」

 



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四十六話

 

「私、お姫様抱っこに憧れていました」

 

 淡い、非常に曖昧な表情でサーニャはそんな事を言った。

「え、ええ、そうなんですのね」

 ペリーヌはそんなサーニャに曖昧に頷く。

 子供っぽい。とは思うが、ペリーヌも故郷、ガリアで伝えられる御伽噺は好きだし、子供のころは素敵な王子様とお姫様に憧れもした。

 だから、サーニャの言葉はわからなくもない。

「だから、豊浦さんにしてもらって、嬉しかったです」

「まあ、そうかもしれませんわね」

 物語に登場するような素敵な王子様。…………には暢気すぎるし素性が怪しすぎるが。

 とはいえ、いろいろ知っていて頼りになるし、リーネやルッキーニたちから慕われているのはわかっている。サーニャがそんな風に思うのは、一応、解る。

「けど、……最初だけでした」

 ペリーヌは視線を横へ。その先、少女たちと盛大な鬼ごっこに興じている大人がいた。

 

 数十分前の事。

 豊浦とサーニャが二人きりで出かけた。というわけで後をつけようとするエイラとエーリカをペリーヌは押し留めていた。

 その横ではよくわからない義務感を発揮して追跡しようとするトゥルーデをミーナが説教している。それはともかく、

「うぬぬー、そこ退けツンツン眼鏡ー」

「そうだー、邪魔をするなツンツン眼鏡ー」

「なんでハルトマンさんにまでツンツン眼鏡なんて言われるんですのっ」

 という遣り取りをしていると、……ふと、エイラとエーリカが動きを止めた。きょとん、と目を見張る。

 ペリーヌは何があったのか、と振り返る。

「…………あー」

 サーニャを抱きかかえ、彼女にしがみ付かれている豊浦がいた。

 

 何が起きたか、ふるふると震えるサーニャの話を少しづつ聞いていてなんとなくわかってきた。

 二人で散歩。ちょっとした広場でお話をしていたらしい。そして、サーニャが話し込んでしまい、気が付けば夕暮れ。

 サーニャはおとなしい性格だが話好きなところがある。以前もエーリカと長時間話し込んでいたと聞いている。

 夜の山道は危険だ。それは少しとはいえ山を歩いたペリーヌもわかる。あんな悪路を視界の悪い夜に歩きたいとは思えない。山道に慣れていないサーニャが一緒では豊浦でも絶対に避けるだろう。

 ゆえに、時間を忘れて話し込んでしまったサーニャを止め、歩きなれていないために時間がかかりそうな彼女を抱えて急ぎここに戻ってきた。

 と、それはいい。問題があるとすれば時間を忘れて話し込んでしまったサーニャだが、咎められる事ではない。

 が。その道行が問題だったらしい。

「まあ、…………豊浦さんが悪いですわね」

 急ぐという理由で山道を疾走。近道という名目で跳躍、落下。憧れのお姫様抱っこに淡い思いを抱いていたサーニャは数分でシャーリーの運転もかくやの絶叫コースに突入したらしい。

 豊浦にお姫様抱っこしてもらった喜びと絶叫コース突入の憤りといろいろな疲れなどで非常に淡く曖昧な表情になるサーニャ。向こうでは豊浦がエイラに八つ当たりを受けているが、とりあえずペリーヌは放置に決定。豊浦が悪いとは思わないが阿呆な大人とサーニャを天秤にかければほぼ無条件でサーニャに傾く。

「あのさ、豊浦。

 女の子抱えて山道爆走って、ばかじゃないの?」

 文字通り腹を抱えて笑っていた酒呑。対してエイラの飛び蹴りを華麗に回避した豊浦は首を傾げて、

「いや、そこまで飛ばしたつもりはないよ。それなりに気遣って走ったつもりなんだけど」

「一体何準拠?」

「っと、修験者。……お、っと」

「逃げんなーっ」

 未来予知の固有魔法を使えるエイラを相手にしても逃げ回れる豊浦は結構凄いのかもしれない。

「修験者?」

「扶桑皇国にいる人たちだよ。落ちたら衝撃で死体も残らないような高さにある崖から逆さ吊りになったり、命綱なしで崖に突き出した岩に張り付いてぐるりと回ってみたり、そんな修行をしていたみたいだね」

「……………………ばかじゃないですの?」

 そんな奇人とサーニャを一緒にしてほしくない。

「はははっ、豊浦はほんとばかだねえ。……さて、それより、そろそろこっち夕ご飯にするから」

「そうだよ。エーリカ君、エイラ君」

「だめだっ、一発殴らせろーっ」「八つ当たりだーっ」

「いやだよ。僕だって痛いのは嫌いなんだっ」

「さて、仕方ないか。待たせるのも申し訳ない、しっ」

 とんっ、と音。そして、

「げっ?」

 ふわり、軽い跳躍で酒呑は豊浦の前に飛び出す。

「よい、しょっ」

「あだっ?」

 跳躍の勢いのまま突き出した掌が豊浦を打撃。そのまま吹き飛ばす。……で、

「いっ?」「うわっ」

「ハルトマンーっ?」

 吹き飛ばされた豊浦はエイラにぶつかりそうになる。「ありゃ」と、酒呑。

「と、おおっ?」

 エイラにぶつかる直前。豊浦は地面を蹴って大跳躍。エイラを飛び越える。が、

「うひゃっ?」

 エイラはそんな唐突な行動に対応できなかったらしい。バランスを崩して、ぽすん、と。

「お、……と、大丈夫?」

「あ、う」

 ちょうど、先に地面に腰を落とした豊浦の上に落ちるようにエイラが倒れる。豊浦は受け止める。

 抱き留める形になった。豊浦は気にせずエイラが地面に倒れなかった事を安心するように微笑み、エイラはじわじわと赤くなりそうな顔を見られないようにするために俯く。

「だ、……大丈夫、だ」

「そっか、よかっ、……………………あー」

 豊浦の困ったような声。それを聞いてエイラは視線を上げる。その視界に映った少女。千載一遇のチャンスを逃さず突撃するエーリカ。

「なんで私までーっ?」

 

「まったく、豊浦のばかっ」

「なんかわからないけど、ごめんよー」

「なんで私まで、……私は被害者だー」

 荒ぶるエーリカと、その後ろを小さくなって歩く豊浦とエイラ。

「は、はは、いや、うん、ごめんごめん。悪気はなかったんだ。豊浦以外には」

「君ね」

 くつくつと笑う酒呑を豊浦は睨む。ともかく、

「さて、それじゃあお詫びに夕ご飯は奮発してあげるから。…………それとも、先にお風呂にする?」

「お風呂?」

 ぴく、とエーリカが反応。お風呂は好きだし、扶桑皇国に来てから入った木のお風呂は気に入ってる。

「そ、そうだっ、先にお風呂入ろうっ」

 エーリカの不機嫌を逸らすため、エイラは急ぎ言葉を続け、

「そうだねっ、ここのお風呂は広くて大きいからエーリカ君も気に入ってくれると思うよっ」

 そして、そんなエイラに続く豊浦。二人は視線を交わして頷き合い、…………エーリカは笑う。

「そっか、広い、……なら、皆で一緒に入れる?」

「んー、と。お客さんは、……十人か。…………まあ、女の子なら大丈夫」

「じゃあ先にそっちかな。皆で一緒にお風呂は久しぶりだなー」

 扶桑皇国に来てからお風呂は二人で入っていた。狭いので仕方ないし、それはそれでいやではないが。

 みんなで一緒に広いお風呂に入って手足をのんびり伸ばしたい。それを想像して上機嫌になるエーリカ。エイラと豊浦は彼女の不機嫌が治ったので握手。

「…………さーて、豊浦にどんな我侭言ってやろうかなー」

 で、そんな二人を横目に悪い声を出すエーリカ。豊浦は固まる。……助けを求めるようにエイラに視線を向け、

「なむー」

 口の端を吊り上げながらエイラは合掌した。

 

 ウィッチたちはそれぞれの部屋で入浴準備を済ませ、

「あ、豊浦もか」

「うん、せっかくだからね」

 同じように入浴準備をした豊浦も顔を出す。案内を買って出た茨木はしっとりと微笑んで、

「豊浦臣、混浴の申し出は断っております」

「するわけないじゃないか」

「こんよく?」

 その言葉に動きを止める芳佳。ミーナは首を傾げ問いかける。

「知らなくていいこ「男女が一緒に入浴する事です」茨木っ」

 いらんことを言い出した茨木を怒鳴る。茨木は「ほほほ」と微笑む。

「な、なな、なんてはしたないっ! 極東の魔境にはそんな文化があるんですのっ?」

「夫婦とか恋人とかやりたい人だけだよ。ちゃんとここは別れてる」

「そうでしたか、豊浦臣が同じ時に入浴を始めるというのは混浴目当てだと思っておりました」

「その方が夕食の時間とか合わせやすいでしょ」

 にたあ、と笑う茨木に豊浦は念押し。

「お兄ちゃんと一緒にお風呂っ」

「入らないよ」

「えーっ」

 口をとがらせるルッキーニの頭を少し乱暴に撫でて「シャーリー君」

「いいんじゃないか?」「いいわけないでしょっ」

 気楽に応じるシャーリーにミーナが怒鳴る。豊浦は当然、と頷いた。

 

「これは凄いな」

 思わず、トゥルーデは感嘆の声を上げる。

 広い木の風呂。遠く、夜景の見える浴場。

 一刻も早く突撃しようとするルッキーニを抑えて、まずは体を洗い、

「ふあー」

 湯船につかる。

「いい湯だねー」

「そうだねー」

 リーネと芳佳は並んでのんびりと言葉を交わして、脱力。思い起こすのはここに来て出会った《もの》たちで、

「みんな、優しい、よね」

「…………うん」

 豊浦の話を聞いた後、芳佳はエーリカと入れ替わりリーネと扶桑皇国の御伽噺や英雄譚に目を通してみた。ここにいた女性。藻女に案内してもらい、いろいろな物語を読んだ。

 目もくらむような大きな書庫。これは大変だな、と思ったけど、藻女は本を持ってきてくれたり表現の難しいところを教えてくれた。途中で顔を出した紅葉はお茶を用意してくれて、高いところにある本は星熊という大男がとってくれた。

 ここにいた《もの》は、……戦い、敗北し、追放された化外の魔は、不思議なほど、優しかった。

「私の故郷にも、こんな人はいるの、かな」

 ちゃぷ、とお湯をかき分けて零れる小さな呟き。

 政変があった、政争があった、……そして、戦争があった。それらすべてを経て、リーネの祖国、ブリタニアはある。

 もちろん、扶桑皇国に息づく怨霊とは違うだろう。けど、あるかもしれない。歴史の裏側、時代の狭間に生じ、国のどこかに堆積した怨念が、……そして、いつか。

 いつか、怨霊という形を持ち、祟りという害をなすかもしれない。それが、反乱や暴動なら戦うのは軍人。その最前線を担うのはウィッチ。つまり、自分たちだ。

 大好きな家族がいる大切な故郷。そこを荒らすなんて許せない。……けど、そこにある怨念を知らないまま戦うなんて、出来ない。

 どうして彼らは戦いを選択したのか。それを知らないまま戦うというのなら、命令をする者の操り人形になっているだけ。そんな風に戦うなんて、許されない。

「そう、かもしれないね。だから、いろいろお勉強しないとね」

 だから、芳佳の言葉にリーネは頷く。

「うん、私も、芳佳ちゃんみたいにちゃんとお勉強をして、自分の信念で、大切なものを守っていくよ」

 湯につかっておっとりと微笑む芳佳。リーネは彼女みたいになりたいな、と。思ってる。

 芳佳が豊浦の事を慕っているのはわかってる。けど、それでも、大切な故郷を守りたいから戦うと、芳佳はきっぱりと告げた。それが、豊浦と戦う事になったとしても。

「だから、私も、芳佳ちゃんみたいに強くならないとね」

「リーネちゃんは強いと思うよ?」

 芳佳は首を傾げる。リーネは苦笑。

「私、芳佳ちゃんみたいに戦うなんて、言える自信、ないよ」

 そんな風に言われて、芳佳は空を見上げる。

 満天の星空。…………それを見て、思い出すのはいつかのやり取り。

「私の言った事って、ほんと、笑っちゃうよね。

 千年とか、全然想像できないくらい永い間思い続けた事なのに、二十年も生きてない私がぶつかっても、何にもならないと思う。けど、」

 そんな事ない、リーネは否定の言葉を言うより早く、芳佳は微笑んで、

「こんな私の言葉でも、豊浦さんはちゃんと受け止めてくれた。

 私の事をいい娘って言って頭を撫でてくれた。だから、私は私の信念を曲げない。認めてくれた人がいるから」

 誇らしそうにそう語る芳佳。「…………ま、負けないもん」

「リーネちゃん?」

 唐突な言葉に芳佳は首を傾げる。リーネは、なぜか芳佳を睨む。

「ええ、と?」

「わ、私も、もっと豊浦さんに褒めてもらったり、頭撫でてもらったりするの。

 芳佳ちゃんには、負けないもん」

「え? え?」

「あたしもーっ、もーっとお兄ちゃんに甘えるーっ」

「えええっ?」

 ざぱーっ、とお湯の中から飛び出すルッキーニ。

「ルッキーニちゃん? ええと、ほら、大人の女性は甘えたりしないよっ、ミーナさんとか、ねっ」

「え? ええ、そ、そうね」

 恋人がいたときは結構甘えたりしていたミーナは視線を逸らしつつ応じる。けど、ルッキーニは胸を張る。

「お兄ちゃん基準なら二十歳になっても子供だもーん」

「あいつ、千歳超えてるからな。何歳から大人なんだ?」

 のんびりと湯につかるシャーリーはぼんやりと口を開き。「五百歳っ」とルッキーニ。

「そうか、大人になるためには人間辞めなくちゃいけないのか」

 シャーリーはあまり詳しくないが、おそらく人間は五百年生きられるような生態をしていないと思う。

 ふと、シャーリーはルッキーニを見る。

「ん?」

「いや、ルッキーニが二十歳くらいになったらどうなるかなーって思ってな」

「んー?」

 ルッキーニはよくわからなさそうに首を傾げる。「きっと美人になりますわよ」とペリーヌ。

「そうかな?」

 シャーリーは改めてルッキーニを見る。いつも隣にいる少女。いつも賑やかで奔放な姿で忘れがちだが、非常に整った可愛らしい姿をしている。ペリーヌの言う通り大人になればかなりの美女になるだろう。

 リーネと芳佳もそう思ったらしい。そして、

「だ、だめーっ」「だめですーっ」

 大人になり、二十歳になり、美しく成長したルッキーニがぺたぺたと豊浦に甘える。そんな姿を想像したリーネと芳佳は仲良く声を上げる。

「えーっ、豊浦はいいって言ったもーんっ、だから芳佳とリーネがだめって言ってもだめっ!」

「うー、豊浦さんのばか」

 間違いなく、何も考えずに甘えていいといったのだろう。彼はそれでいいかもしれない。けど、よくない、リーネにとってそれはなんとなくよくない。

 並んで難しい表情のリーネと芳佳。シャーリーは、そんな二人を見て不意に笑って、

「なんだ。リーネ、も、豊浦の事好きなのか?」

「ひひゃっ?」

 思いもよらない言葉に声を上げるリーネ。そして、

「な、な、なな?」

 なぜか、沈黙。なぜか、注目。

「あうう、はうう」

 顔を真っ赤にして、ぷくぷくと沈む。けど、

 こくん、と。

「あら、リーネさん。それは素敵ですわね」

 友の恋路、それを聞いて嬉しそうにペリーヌが微笑。エイラもからからと笑って「ま、仲間のよしみだ。応援してやるぞ」

「そうだな。何かあったら私に相談するといい」

「いや、一番だめだろ」

 どや顔のトゥルーデにシャーリーは溜息。非常に残念だが、トゥルーデが恋愛相談に向くとは思えない。

「あたしもお兄ちゃんの事大好きーっ、一緒だねっ、リーネっ」

 ぷくぷくと沈んだままリーネは、こくん、と頷いた。

 



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四十七話

 

「さあ夕食だっ、みんなっ、好きなだけ食べて食べてっ」

 広間に案内され、妙に嬉しそうな酒呑。そして、彼女たちは動きを止めた。

「……………………す、……凄い」

 長い、大きなテーブルに乗せられた数々の料理。鍋やお刺身など、扶桑皇国らしい丁寧に作りこまれた料理が並べられている。

 が、それより、何より目を引くのは。

「酒?」

「そうだよっ、現代の英雄たちが遊びに来てくれるんだからねっ」

 料理の間に並ぶ数々の酒瓶。どや顔の酒呑。

「というか、こんなに飲めませんわよ」

 ペリーヌは苦笑。ざっと見ても一人三本は飲むことになりそうだ。

「ペリーヌ君、君は鬼の歓待を甘く見ているね」

 豊浦が重々しく告げる。「どういうことですの?」と、ペリーヌ。

 豊浦は黙って襖を開ける。隣の部屋。

「…………あー」

 酒樽が詰め込まれた部屋。

「何ですの? この、大量の酒は? 池でも作る気ですの?」

「酒池なんて無粋だよ。もちろん、みんなと一緒に飲もうって思ってねっ!

 言仁様から現代の英雄たちが遊びに来るって教えてくれたから、大急ぎで用意したんだっ! あっ、もちろん選定には手を抜いてないよ。どれもいいお酒だから遠慮せず飲んでっ」

 いつになく楽しそうな酒呑。対してペリーヌは頭を抱えた。

「飲めませんわよ」

「は?」

 楽しそうな表情が固まった。

「酒呑、彼女たちはお酒を飲めないよ」

 なんとなくこうなるだろうなと思っていた豊浦は苦笑。

「そうね。というか、法律で禁じられているわよ。ここでは、二十歳になってから、かしら?」

 ミーナの補足に酒呑は愕然とした表情で呟く。

「…………なん、……だって、…………そんな、楽しみにしてたのに」

「どうしてそんなにショックを受けるんですの?」

 ペリーヌは不思議そうな表情。酒呑は肩を落した。

「酒を飲めないなんて人生の半分を損している。

 というか、お客様、それも英雄と呼べる人たちを迎えるのに酒が飲めないなんて、本当に残念だ」

「ぐちぐち言わないでよ。ほら、さっさと出てって」

 ぼやき続ける酒呑を豊浦は追い出す。ミーナは溜息。

「ねえ、豊浦さん。ルッキーニさんとか、どう見ても飲酒してはいけない年齢なんだけど、あの人は気にしないの?」

 呆れたような表情のミーナに豊浦は重々しく頷く。

「ミーナ君。山では里の常識は通じないんだ」

「そういう問題なの?」

「彼らは酒好きだからね。何かにつけて酒を飲もうとするよ。

 お客さんが来た、なんて格好の口実だし、皆と一緒にお酒を飲むのも楽しみだっただろうからね。部屋で自棄酒でもするんじゃないかな?」

「自棄酒って、…………そういえば、豊浦さんも飲めるのよ、ね?」

 確か、数日前に天麩羅を肴にお酒を飲んだとか。

 ミーナの問いに豊浦は胸を張って「もちろん、酒呑にだって僕は負けないっ」

 なぜか胸を張る豊浦にミーナは、……不意に、くすくすと笑う。

「なに?」

 胡散臭そうに彼女を見る豊浦。対し、そんな表情も面白いのか、ミーナは楽しそうに笑って、

「ふふ、ううん。……どっちがお酒を飲めるかで張り合うなんて、なんていうか、子供っぽいっていうか」

「むう」

 笑うミーナに豊浦は眉根を寄せる。彼は頷いて、

「というわけで、お酒飲んでもいい?」

「飲みたいなら部屋で一人で飲みなさい」

 にっこりと、ミーナは鉄壁の微笑。

「むう、……じゃあ仕方ない。あとで一人で飲もうかな」

 仕方なさそうに何本かの酒瓶を確保する豊浦。……ふと、ミーナは視線を滑らせる。

 興味津々、と酒瓶を見据えるシャーリーとルッキーニ。二人が何か言いだす前に「それじゃあ、片付けましょう」

 こっそり飲んだりしかねない。そして、もし酔っぱらったら、…………ミーナはふるふると首を振り急ぎ片付け始める。他のみんなもそれに続く。

「ううん、……けど、ちょっともったいない気もしますわね」

 手の中の酒瓶を見て、ぽつり、ペリーヌが呟いた。

「な、……何を言っているの? ペリーヌさん。

 貴女、お酒を飲むという、の?」

「…………ええと、ミーナさん。

 なにか、トラウマでもあるんですの?」

 結構怖い表情のミーナに半歩引きながらペリーヌ。

「いえ、わたくしが飲むわけではなくて、お土産ですわ」

「あ、うん。そうだね。お酒もすっごく高いのもあるんだよね」

 リーネもペリーヌの言葉に頷く。商家の娘でもあるリーネは驚くほど高いお酒も知っている。

 それに、

「これ、扶桑皇国原産のお酒ですよね。

 すっごく珍しいんです」

「そうなの?」

 地元のお酒。父親を早くに喪った芳佳にはあまり縁はないが。神社のお祭りでたまに見かけていた。縁はなくても珍しいものとは思っていなかった。

「うん、家で取り扱ってる商品の目録見せてもらったことあるけど、ほとんどないんだよ。

 たまにあっても、すっごく高いものばっかりなんだ」

「そうなんだあ」

 豪商の娘であるリーネの言う凄く高い。扶桑皇国の山村出身の芳佳には想像も出来ない。

「じゃあ、お土産に持ち帰ってみる? 間違いなく扶桑皇国でも特級のお酒だよ」

「…………特級」

「それはもちろん、化外の魔が英雄を歓迎するための酒だからね。

 あ、リーネ君なら酒呑は喜んでいくらでも譲ってくれるよ。隣の部屋の樽とか」

「そ、それはいらないです」

 樽の容量は知らなくても、それがものすごい高価な事は見当がつく。思わず引くリーネに豊浦は「そっか」と微笑。

 ともかく、酒瓶を部屋の隅に片付けて、改めてみんな、思い思いの所に座る。

 それぞれの場所に座って、ミーナは一息。

「それじゃあ、いただきます」

 

 にぎやかな食事が終わり、豊浦は部屋の縁側に座り酒瓶を開ける。

 傍らには杯。夜空を見上げて、ほう、と一息。

 まあ、よかったかな、と。

 誰も口に出さなかったとしても、なんとなくわかる。自分の話を聞いて、ちゃんと、彼女たちなりに考えてくれたことは。

 それでいい、と。

 それが、たとえ自分と対決する結果になろうとも、それは、それぞれの意思で選んだ結末だ。それなら、英雄と対峙する怨霊として、真っ向から相対すればいい。

 そんな事にならなければいいな、と。そんな思考に苦笑。と、

「こんばんわー」

「ハルトマン君?」

 戸が開く。浴衣を着たエーリカ。

「どうしたの?」

「ん、お酒飲みに来た」

 彼女の言葉に豊浦は眉根を寄せる。

「飲んではだめだよ?」

「はいはい、豊浦は堅物だなー」

 頷き、けど、エーリカは部屋に入って豊浦の隣へ。

「わざわざ外で酒飲んでるんだ」

「ん、……まあね。月見酒」

「…………わ、あ」

 月見、と言われて何気なく空を見たエーリカは感嘆の声。

 満天に瞬く星と、その中心、天頂に輝く満月。

 言葉を失うエーリカに豊浦は微笑。

「月見て、月を肴に酒を飲む。これもいいんだよね。

 酒呑もこんな感じで酒飲んでるんじゃないのかな」

「肴、……そういえば、何もないね」

 縁側に視線を落とす。以前は、天麩羅を肴にしていたらしいが、今は何もない。ただ、酒瓶と杯があるだけ。

 これでいいのかもしれない。奇麗な夜景を見てなんとなく思う。

「そ、花を見て、月を見て、星を見て、それを肴に酒を飲む。いいものだよ」

「……私も、飲んでみたいな」

 いいものだよ。そう楽しそうに告げる豊浦にエーリカはぽつりと呟く。

「いつかね」

 いつか、大人になったら。

「その時は、豊浦も一緒にお酒飲んでくれる?」

 期待の混じった問い。豊浦はエーリカを撫でて、

「いいよ。…………そうだね、ハルトマン君はどっちの方が好みかな?」

「どっち?」

 問いに首を傾げる。豊浦は笑って、

「静かにゆっくり飲むのと、みんなで騒いで飲むの」

「ああ、そうだね」

 食事は雰囲気で味も随分と変わる。酒もそういうものなのかもしれない。

 どっちか、…………「今は、一人で飲みたい気分、かな」

「ハルトマン君?」

 不意に落ちた声のトーン。エーリカは視線を落として、

「……豊浦、さ。私の事、優しいって言ってくれたよね」

「思った事を言っただけだよ」

「そうじゃ、なかったよ」

 ぽつり、零れる声。

「リーネさ、豊浦の事、好きみたいなんだ」

「…………そっか」

 それは入浴中の会話。あの時、ペリーヌやエイラはそんな彼女を応援していた。

 なのに、

「私、……リーネのそんな思いを素直に喜べなかった。

 リーネは、大切な友達、……なのに」

 大切な友達の淡い思い。応援してあげるべきなのに、

「私、優しいやつじゃなかった」

 彼に褒めてもらえたのに、…………俯き、寂しそうにつぶやいた。

 けど、

「それでいいんじゃないの?」

 軽く、気楽に豊浦は応じた。

「いい、……って」

「リーネ君とハルトマン君は別人だよ。

 だから、リーネ君の思いをなんでも歓迎する必要はない。ハルトマン君はハルトマン君の思いを大切にしなさい」

「……そんなもの、かな」

「そんなものだよ」

 おずおずと問いかけるエーリカに豊浦は気楽に笑って応じる。ぽん、と頭を撫でられて、ふと、力が抜けたように肩を落とす。

「それでも、ハルトマン君にとって、リーネ君は大切な友達であることには変わらないんだよね?

 なら、それでいいと思うよ。歓迎できないなら言葉を交わしていけばいい。認められないならぶつかり合ってもいい。友達なら気にしなくていいと思うよ。拒絶して離れるくらいなら、喧嘩でもした方がいい。……ま、その結果で離れることになったら。それは僕の責任だ。どこにも行き場がなくなったらここに来ればいい。ここは誰でも受け入れてくれるからね」

 撫でられて、……それもいいかな、と。思ってしまったが。

「いらないよー、リーネは私の友達だもんっ」

 つんっ、とそっぽを向く。豊浦は微笑。「それでいいよ」

「ん、……あー、愚痴ったら気が楽になった」ひょい、とエーリカは立ち上がって「そうだ」

「ん?」

「我侭一つ聞いてくれるんだよね?」

「え? 今から? ……これから遊びに行くのは遅いと思うよ」

「…………違うよ。そーじゃなくて」

 それも面白そうだけど、それよりは、

「ねっ、豊浦。

 今から私の事、ハルトマンじゃなくてエーリカって呼んで」

「う、……ん?」

 豊浦にとってはよくわからないおねだり。けど、ミーナもそう呼んでいたしことさら気にすることではないのだろう。だから、

「わかったよ。エーリカ君。……で、いい?」

「う、……うん、あ、あはは、なんか慣れないや」

 我侭に応じたら困ったように笑うエーリカ。

「違和感あるならやめようか?」

「だめっ、これからずーっとそっちっ」

「あ、うん」

 思った以上に強硬に反対され豊浦は首を傾げるが、……まあ、いいか、と。

 ぽん、とエーリカを撫でて、「それじゃあ、旅の疲れもあるだろうし、今夜はもう寝なさい。エーリカ君」

「はーいっ」

 エーリカは上機嫌に手を振って部屋を出た。豊浦はその姿を見送って、ぽつり、と。

「…………女の子って、難しいなあ」

 

 朝食は夕食と同じ広間。並ぶ朝食と、

「酒瓶?」

 朝食の席で懲りずに並ぶ酒瓶。朝から酒、と。ミーナは曖昧な表情になる。豊浦は「ああ」と頷いて、

「彼らは酒が好きなんだ」

「だからって朝っぱらから酒。…………なるほど、これも扶桑皇国の奇習ね」

「扶桑皇国、……凄い」

 一緒にいたリーネが慄く。芳佳は「私も聞いたことないよ」と肩を落とす。

 どうにかして扶桑皇国のイメージを元に戻さないと。と、そんな事を考えながら適当なところに腰を下ろす。みんなもそれに続いたところで、ふと、

「おはよ。エーリカ君」

「あ、……うん、おはよ。豊浦」

 聞きなれない呼び方。エーリカも、少しはにかんだように応じる。

「ん?」

 エーリカと一緒にいたトゥルーデもそんな様子に首を傾げた。

「昨夜にエーリカ君とお話をしてね。

 それで、呼び方を変えてってお願いされたんだ」

「そうか?」

 何かあったか? と思う。ミーナなど親しい相手はエーリカと呼ぶ者もいる。エーリカはあまり気にしていないようだが。

 ともかく、豊浦は悪いやつではない。特に関係が悪化しているようには見えないし、友人が親しくなるのはいいことだ。

「そ、」応じ、エーリカは座る豊浦の後ろから抱き着いて「好きな人にはそう呼んで欲しいんだっ」

 え、……と。誰かが呟いた。

「えーと、はる「エーリカ」エーリカ君?」

「ん」

 エーリカと呼びかけられ、上機嫌に笑う。後ろから抱きしめる。

 唖然、と。そんな沈黙の中、エーリカは視線を向ける。

「ま、そういうわけ、悪いね。

 こればっかりは簡単に譲れないんだよ」

 言葉の先にはリーネ。……だけではなく、

「私も、譲れません」

「え?」

 豊浦の隣に座るサーニャが彼の手を取る。

「わ、……わ、私も、……す、…………あの、……と、とにかく、だめーっ」

 一生懸命声を出して豊浦の腕を確保。そのまま、むー、と。エーリカを睨む。

「え、……えーと、エイラ君」

「エイラは私の味方をしてくれるよねー?」「エイラ?」

「ふはっ?」

 唐突に言葉を投げかけられて変な声を上げるエイラ。

「あ、え? ……あ、あう、あわわわ」

 サーニャには幸せになって欲しい。けど、豊浦にサーニャを取られるのはやだ。豊浦が悪いやつとは思っていないけど、それでもやだ。けど、サーニャから助けを求められたら力になりたい。…………と、そんな事をぐるぐると考え、……エイラは頷く。

「豊浦」

「な、なにかな?」

 エイラは真面目な表情。

「とりあえず、一発殴っていいか?」

「なんでそうなるの?」

「八つ当たりだっ」

 

「悪いね。リーネ」

 とりあえず、混乱を避けるために豊浦は端に追いやられ、隣にミーナが腰を下ろす。彼女に笑顔を向けられて豊浦は隅でちまちま朝食をとる。

 で、そんな端っこの事情はおいておいて、エーリカは隣に座るリーネに軽く笑いかけた。

 悪い事をした、……とは思う。けど、

「こればっかりはねー」

「びっくりしました」

 そんなエーリカにリーネは困ったような微笑。昨日、夜。その場の勢いとはいえ自分の気持ちを話した。

 けど、それでも、

「うん、……けど、簡単には譲れないんだ」

「そうですね」

 静かに微笑むエーリカにリーネも頷く。

 解ってる。譲れない。いくら大切な友達だとしても、簡単には、譲りたくない。

 そんな、思い。

「ま、あの何も考えてなさそうな阿呆がまともに返事するとは思えないけどね」

「うん、びっくりしてると思う。……エイラさんにぶたれたし」

「八つ当たりだよねー」

 そのエイラは不機嫌な仔猫のような表情でサーニャにくっついている。サーニャは困ったような、微笑ましいような、そんな優しい表情でエイラを撫でている。

「ま、気長に待つよ。

 どっちにしても、ウィッチやってる間はそういうのご法度だし、…………けど、」

 不意に、エーリカは笑う。

「待ってる間何もしないつもりはないけどね。ま、お金はあるしー、扶桑皇国まで遠いなー

 ウルスラも引っ張っていかないとなー」

 ちょくちょく遊びに来るつもりらしい。おそらく、扶桑皇国の誰もが歓迎してくれるだろう。

 そして、そうなったら、…………リーネはエーリカに視線を向ける。悪戯っぽい笑顔。整った容貌。改めて、可愛いと思う。

 だから、

「私も、……」

「ん?」

「私も、譲りたくはありません。

 豊浦さんがちゃんとハルトマンさんを選ぶまで、私も、諦めません」

 静かな、きっぱりとした口調の宣戦布告。

 普段おどおどしている事が多いリーネには珍しい。……けど、だからこそ、

「……じゃ、まあ、お互い頑張ろっか」

 あの何も考えてなさそうな阿呆を振り向かせるために、……自分の譲れない思いを貫くために、

 そんな思いを込めて、二人は笑顔を交わした。

 

 一転して賑やかな朝食の席。

 本当に、……本当に、小さな、小さな呟き。小さいけど強くて、誰にも聞こえないほど儚く甘い、ささやかだけど決意の言葉。

「私だって、負けないもん」

 



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四十八話

 

「皆さんおはようございまーす」

 朝食を終えた一同。そこに転がり込んでくる女性。初見のウィッチたちは首を傾げるが、

「あ、藻女さん」

「おはよっす。芳佳さん。リーネさん」

 にこにこと笑顔。そして、ざっと一瞥して、

「初見の皆々様には初めまして、わたくし、藻女、と申します。どうぞ良しなに」

 丁寧に頭を下げる藻女に豊浦は溜息。

「…………なんで君までいるのかな」

「おや、豊浦臣。ちわっすっ」

 そんな彼を見て藻女はくすくすと笑う。

「知り合いなの?」

「んー、平等院に封じ込められているのを助けてくれたのがこの人です」

「ああ、……まあ、ついでに」

「うわ、その言い方はひどいっすっ! それなりに感謝してるのにっ!

 ま、それはともかく、……えーと、えいら、さん?」

「ん、なんだ?」

 呼びかけられてエイラは首を傾げる。

「ああ、いたいた。

 エイラさんですね、扶桑皇国の可愛い服を着てみたいって言ったの? 準備は万端っすっ」

 びしっ、と敬礼する藻女。「へ?」と、エイラ。

「私、そんなこと言ったっけ?」

「ほら、最後の鉄蛇と戦う前。シルクのドレスとか、あ、ペリーヌ君も言ってたね」

「そっちも準備万端っすっ、ノリノリで準備しましたっ」

「ほんとですのっ」

 ぱあっ、と笑顔のペリーヌ。けど、

「あれ?」

「どうしたの、エイラ?」

 なぜか首を傾げるエイラ。他のウィッチたちは不思議そうにそんな彼女を見ている。それを無視してエイラは考える。

 何か、違和感がある。どこか、間違いがある。…………「って、着るの私かっ?」

「なに言ってんだお前?」

 不思議な事を言い出したエイラを胡散臭そうに見るシャーリー。

「え? 違うの?」

「当たり前だろっ、私が着てどうするんだっ! サーニャが着てそれを見るんだっ」

「……お前、面白いよな」

 シャーリーは溜息。可愛い服に憧れる。それはいい。共感できる。

 けど、自分で着ないでサーニャに着せた方がいいのだろうか? それはよくわからない。

「え? 私、…………けど、私が着ても、」

 いきなり水を向けられたサーニャは困ったように呟く。可愛い服、あれば着てみたい。けど、自分に似合うか。……あまり、自信はない。

「大丈夫、サーニャちゃん。きっと似合うよ」

 にっこりと芳佳は笑ってサーニャの肩を叩く。

「……そ、……そうかな」

「うんっ」

「じゃあ、そういう芳佳さんも着ちゃいますか?」

「え? 私のもあるの?」

 意外そうな声。藻女は頷く。

「はい、というか皆さんの分ありますよ。

 そのあたり、豊浦臣から大きさ聞いていますから、ばっちりっすっ」

 びしっ、と親指を上げる藻女。……芳佳は嬉しそうな表情をし、ふと、気になったこと

「豊浦さん、サイズ、知ってるの?」

 そんなもの教えた記憶はない。一応ミーナに視線を向けたが、ミーナも首を傾げる。豊浦は頷く。

「それはもちろん、目測には自信があるよ。

 大工仕事にも、狩猟にも必要だからね」

 得意気に胸を張る。…………が。

「あはは、……豊浦臣は一発殴られてもいいんじゃないっすかね?」

「え?」

 首を傾げる豊浦。芳佳も不思議そうな表情。

 どういう意味だろ? と、隣でリーネも首を傾げる。…………不意に、服のサイズ、と。その意味に思い至り、なんとなく思い出したのは水着を買いに行った時の事。

 服のサイズを合わせるのに必要なのは? ……ふと、視線を落とす。……………………「豊浦さんの、えっち」

「え?」

 いわれのない非難を浴びて首を傾げる。藻女はけらけら笑う。

「まあまあ、とはいえ品質は保証するっすよ。

 何せかの、後醍、……尊治様ががっつり集めてきましたからねっ」

「彼は遊ぶことにかけては全力だなあ。……ま、それじゃあ、楽しんできなさい。

 藻女、頼んだよ」

「はいっすっ。それじゃあお客様、こちらへどうぞーっ」

 

「うー、……私もかー」

 エイラはぶちぶちと呟きながら歩く。隣を歩くのはミーナで、「不満?」

「不満、…………じゃないけど、さー」

 もちろん、エイラも可愛い服や奇麗な服には憧れる。けど、

「そういうの、全然なかったから」

 ぽつり、呟いた。

「そうなの?」

 ミーナは不思議そうに首を傾げる。エイラは優秀なウィッチだ。撃墜数などの評価基準からエイラより優秀なウィッチもいるが、彼女は少し事情が違う。

 優秀なウィッチ。……けど、それ以上に、エイラは国の英雄として人気が高い。

 何せ、スオムスが世界に誇るウルトラエース。そして、欧州各国から受けた借りを最高の形で返すことが出来たスオムス最上位の逸材。

 そんな彼女だ。スオムス国内の人気はカールスラントにおけるミーナよりずっと高いだろう。当然、ドレスの一着や二着持っていると思っていたが。

「そ、スオムスは貧しいからさ。

 国のお偉いさんともそれなりに付き合いあったけど。……それでも、ドレスなんて御伽噺の話だ」

「あ。……そう、よね」

 もともと、スオムスは貧しい寒帯国。国の英雄だろうと、……あるいは、国のお偉いさんですら華美な服を着る余裕はなかったのかもしれない。

「ま、それはそれでいーんだ。貧乏で寒い国だけど、いいとこだし、野暮ったい服着せられるよりは気楽だからな。

 ただまあ、それで、……うん、そういうの慣れてないんだ。…………はあ、サーニャが着たの見れればそれでよかったのにぃ」

「あれは言い方が悪かったわ。というか、普通は誤解するわよ」

 ミーナはぽん、とエイラを撫でて苦笑。ドレスがあるといった豊浦に歓迎の意を表明しただけ、エイラも女の子だし、普通に考えれば可愛い服を着たがっていると思う。

「うぐぐ、舞い上がってたー」

 がっくりと項垂れるエイラ。

「エイラもきっと似合うと思うわ」

 サーニャはくすくすと笑いながら言う。「そうかなあ」と、エイラは自信なさそうに呟く。

「サーニャさんは慣れてるの?」

「はい。音楽を勉強してた時、発表会でドレスを着たことあります。

 ふふ、私もエイラが可愛い服着たところ、見てみたいな」

「ええ、そうね。きっと似合うわよ」

 微笑むサーニャと、少し意地悪く笑うミーナ。二人に挟まれてエイラは項垂れる。

「ほんとかよー

 あとで笑うなよなー」

「失礼ね。そんな事しないわよ」

「エイラ、奇麗だからどんな服でもちゃんと可愛く着れると思うわ」

「うぇ? ……え? …………え」

 奇麗、と。

 楽しそうに微笑みながらサーニャにそういわれて、じわじわと顔が赤くなる。

「わ、……私より、サーニャの方が奇麗だろ」

「そんな事ないわよ。……ふふ、いいじゃない。エイラさん。サーニャさんとおめかしして一緒に記念撮影しましょう?」

「あっ、うんっ、そうねっ!

 エイラ、たくさんおめかしして、一緒に写真を撮りましょうっ」

 いつになく楽しそうに迫るサーニャ。可愛い服着て、サーニャと一緒に並んで写真。

「そ、そうだなっ。よしっ、お宝決定だなっ」

「私も、エイラと一緒の写真、大切にするわね」

「うんっ」

 

「おおっ、来たかっ」

「あ、尊治様、ちわっすっ」

「うむっ、来たなっ! では、好きなものを選ぶがよいっ!

 ん? 欲しいか? よいぞ、欲しければ好きなのをくれてやるっ、私は寛大だからなっ! 一人五着くらいなら許してやろうっ!」

「ほんとっ、ありがと尊治っ」

 ルッキーニは嬉しそうに手を握り、芳佳も絵本でしか見た事がないような服を興味津々と見て回る。

 他の少女たちも思い思い楽しそうに服の物色をはじめ、呆然と残るのは二人。

「……あの、リーネさん。その、わたくしの見立てが正しければ、……ですけど、これ、とんでもない高価なもの、ばかりではないですの?」

「う、……うん」

 五着くらいならくれる、と尊治は言った。…………仮に、今、シャーリーが「動きにくそうだなこれ」と言っている着物。それを欧州に持ち帰り売り先を考えて売ればその一着だけでもかなりの値が付く。

 仮に、ここにある服をすべて持ち帰れば、大商家であるリーネの実家、ビショップ家でも数十年に一度の大商いになるだろう。

「うう、クロステルマン家の家宝。すべて買い戻せる気がして悔しいですわ」

 ペリーヌは故郷復興のため、泣く泣く手放した家宝を思い肩を落した。

「あ、あははは」

 そんなペリーヌにリーネは苦笑するしかない。けど、ペリーヌは顔を上げて、

「まあ、せっかくの好意にお金の話も無粋ですわね。わたくしたちも楽しみましょう」

「はいっ」

 二人は頷き合い、ふと、

「うわーっ、なんだこれーっ」

「頭に乗せるやつだっ、よし、シャーリー、装備だっ」

「無理っ、無理無理絶対に無理っ、こんなの頭に乗せられるかっ」

 にぎやかな声が聞こえた。ペリーヌとリーネは顔を見合わせる。声のした方に行ってみる。

「「うわー」」

 シャーリーがいた。着替えていないいつも通りの服。そして、だらだらと脂汗。その頭には、工芸品。

 純金に精緻な細工が施された冠。鈴が取り付けられ宝石らしきものも嵌め込まれている。人の頭の上にあるよりは、国家管理の美術館の目玉としてあるのがふさわしいような逸品。

「うむっ、似合うなっ」

「さすが元がいいと違うっすねっ」

 満足そうに頷く尊治と、ぱちぱちとのんきに拍手する藻女。

「シャーリー、お姫様みたいっ」

 ルッキーニも無邪気に手を叩く。…………ペリーヌは頷く。

「シャーリーさん。それ、壊したらあなたの給料、数年は消し飛びますわ」

 シャーリーの口が動く。下手に動いて頭の上の工芸品を落とすのが怖いのか、恐る恐る。ゆっくりと、

「と、……って」

「い、……いえ、その、」

「ごめんなさい。シャーリーさん。……せめて、清潔な手袋があれば」

 あまりにも奇麗な工芸品。指紋をつける事さえ憚る二人は丁重に辞退。

「よしっ、ルッキーニっ、次はバルクホルンにちょっかいを出すぞっ! 具体的には、…………いくぞっ!」

「おーっ!」

「じゃあ、私はサーニャさんのお手伝いにいきますっ!

 銀髪に似合う和服、見立てにも気合が入るっすねっ!」

 とととと、と、三人は散会。……で、

「た、……す、け、…………て」

 

「サーニャさん、はっけーんっ、っすっ!」

「え?」「ん?」

 にぎやかな声に振り返る。「ああ、藻女か」

 ここに案内してくれた女性。彼女は上機嫌に「いいの見つかりましたか?」

「その、ちょっと悩んでいます」

 西洋のドレスとは違う扶桑皇国の服。着てみたい、と思うけど、どんなものが似合うか見当もつかない。

 サーニャさえも首を傾げている。当然、

「あうあー」

 エイラは完全に呆然としていた。

「あはっ、なら私が見立ててあげるっすっ」

「ほ、ほんとかっ、頼むっ! サーニャの頼むっ、サーニャが着る可愛いのを頼むっ!」

「…………なんでここまで真剣にご自身を度外視できるんっすか?」

 真剣に頭を下げるエイラに藻女は苦笑。サーニャも困ったように微笑む。

「まあ、……ええと、お願いします」

 サーニャも、エイラに可愛い服を着て欲しいと思う。エイラは大切な友達だから、一緒に楽しみたい。

 けど、それにはまず自分のを決めて、……じゃないとエイラは自分の事ばかり気を遣うから。

「あはは、それもそうっすね。……ふふ」

 華やかな笑顔から一転、優しい微笑。

「本当に、……可愛らしくていい娘。眩しいくらい」

「藻女さん?」

 小さな呟きは届かない。首を傾げるサーニャ。藻女はいつも通り、華やかな笑みを浮かべて、

「では、不肖この藻女が、ちゃーんとサーニャさんを可愛く変身させてあげるっすっ!

 エイラさん、覚悟はいいっすか?」

 重々しい問いに、エイラは頷く。

「大丈夫だ藻女。最初から私に勝ち目はない」

「……なんなんですか、この潔さ」

 

「あ、……あの、エイラ。に、…………似合う、かな」

 豪奢な黒い着物に精緻な金細工の装飾品。銀糸と金糸で作られた帯。

 銀色の髪には月を模した銀細工を中心に、金細工の星と宝石が付いた鈴で飾られた髪飾り。

「……………………」

「あ、……あの、エイラ」

 サーニャは首を傾げる。そのたびに、ちりん、と小さな音が響く。

「……そうか、これは夢か」

「エイラさん、正気に戻るっす」

 いきなり不思議な事を言い出したエイラに藻女は苦笑。ぽん、とサーニャの肩を叩いて「ま、気持ちはわかるっすけどね」

「え?」

 エイラがどうしたのか、見当もつかないサーニャは藻女に視線を向ける。藻女はくすくすと笑って、

「サーニャさんがあまりにも可愛くて、幻想的で、現実感がなくなってしまったんですよ。

 サーニャさんだって天女が目の前にいたら夢じゃないかって思うでしょ?」

「え、……えと、」

 天女、と言われてもよくわからないけど、なんとなく美しい妖精とか、そんなイメージがある。

 確かにそんなものが目の前にいたら現実感はなくなるかもしれないけど、

「私、が?」

 実感がわかない。故の問いにエイラはこくこくと頷く。

「ほ、……ほんと、…………あの、ええと、……その、」

 妖精では足りない、女神では伝わらない。…………だめ、無理。どんな賛辞でもこの想いはちゃんと伝わらない。

「う、……うん、す、すごく、奇麗、だ」

 だから出たのはこんなありきたりな言葉。語彙の少なさがいやになる。けど、

「……ふふ、ありがと。エイラ」

 微かに頬を染め、サーニャははにかみ微笑む。その微笑でさらにエイラは顔を真っ赤にして、ぽんっ、と。

「では、お次はエイラさん、張り切っていってみましょーっ」

「うぇっ? て、わ、私もかっ?」

「当たり前っすっ」

「ふふ、エイラ。可愛いの、見せてね」

 おっとりと微笑むサーニャ。そして、エイラはぐいぐい藻女に引っ張って行かれた。

「さーて、どんな服っすかねーっ! 可愛い女の子に可愛い服を着せるのは、楽しいっすねーっ!」

「私もそっちがいいんだーっ!」

 

 仲良くどこぞに行くエイラと藻女を見送って、サーニャは、とことこと少し歩いてみる。

 豪奢な着物。けど、意外と重くない。着ていて負担は感じない。それに、

「奇麗な服」

 ぽつり、小さく呟く。精緻な金細工がちりばめられた服。凄く上品で繊細な服。

 いいな、と。こっそりと思ってみる、と。

「うわー、サーニャちゃん。……凄い奇麗」

「あ、芳佳ちゃん」

 驚いた表情の芳佳。けど、

「芳佳ちゃんも、可愛いよ」

 襟や帯に深紅をあしらった純白の服。白い花を模した髪飾り。

 清楚で清廉。真面目な印象の芳佳にはとても似合ってる。

「え。……えへへ、そうかな。

 私、こういう服一度着てみたかったんだあ」

 憧れの服。サーニャもそういう服はある。だから「よかったね」と笑顔。

「これぞっ、これぞっ! 大正浪漫っすっ」

「うぇーっ?」

「エイラさん?」

「うん、エイラも藻女さんに服を見繕ってもらってるの」

「そうなんだー」

「って、ええっ? か、髪もかっ?」

「当たり前っすっ」

「これでいいよー」

 非常に珍しい、エイラの弱気な声。けど、

「サーニャさんに可愛いって言って欲しくないんっすかっ?」

「ふぐっ、…………ぐあーっ」

「……なんでエイラ、断末魔の悲鳴を上げてるの?」

「……さあ?」

 で、

「あ、……うー」

 藻女と一緒に現れたエイラ。黒いブーツに深い紫色の袴に淡い桃色の半着。白い、絹のケープ。

 薄い金色の髪は丁寧に櫛を通され、鼈甲の髪留めが飾られている。

 サーニャのような、浮世離れた美しさとは違うが。

「エイラ、可愛い」「うん、似合ってます」

 自然と、視線を集める魅力がある。視線を引き寄せられる華やかさがある。特別な服ではないから、彼女自身の華が際立つ。

「そ、……そうか? それなら、よかった」

 改めて、可愛いと言われたのは初めて、それもサーニャに言ってくれた。自然と頬が緩む。

「それじゃあ、ばっちり記念撮影をしちゃいましょうかっ」

 どこぞから巨大な写真を取り出す藻女。自分はともかく、サーニャのこの服を着たところは写真に残しておきたい。額に入れて飾りたい。

「よしっ、頼むぞっ、……って、私じゃなくてサーニャっ」

 さっそく向けられるカメラ。慌ててサーニャの手を取るけど。逆に手を掴まれる。

 どうした? と、問うた先。サーニャは楽しそうに笑って応じた。

「それもだめ。一緒によ。エイラ」

 



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四十九話

 

 巫女さんの格好やら法被やら、

 十二単を着こんだペリーヌをお姫様みたいとみんなで賞賛し、法被を着たルッキーニとシャーリーはなぜかテンションをあげて辺りを駆け回る。

 巫女の格好をしたリーネは周りからいやらしいといわれてへこみ、袴をはいたミーナは女学生っすね、と言われて嬉しそうにする。

 なぜ嬉しそうなのかわからないと首を傾げるトゥルーデはエーリカに年齢を気にしてるんだよと言われて思わず納得。その後に青筋を浮かべたミーナに慌てて弁明。

 水干を着たトゥルーデは藻女から遊女の格好だと指摘されて顔を真っ赤にしながら慌てて着替え、これならえろくないと、巫女服を着こんだエーリカは胸を張る。

 それぞれ、思い思いの服を着て撮影。感想を言い合って楽しんで、……最後に、色とりどりの浴衣を着て部屋を出る。

 尊治と藻女にお礼を言って豊浦の部屋に戻った。

「やあ、楽しんでたみたいだね」

 部屋に戻ると酒呑と何か言葉を交わしていた豊浦。彼は「へえ」と、少し驚いたような声。

 ふと、芳佳は視線を落とす。白無垢ではなく、今は白を基調とした浴衣。いつもと違う格好。

「うん、みんなよく似合ってる。可愛いよ」

「そう、……ふふ、そういってくれると嬉しいわ」

 ミーナは上機嫌に笑う。トゥルーデも微笑んで「ちょっと、私には可愛らしすぎる気もするがな」

「バルクホルン君も女の子だからいいんじゃないのかな」

「そうか、そう言ってくれると嬉しいものだな」

 慣れていない。困ったように頬を掻くトゥルーデ。けど、悪い気はしない。自然、笑みが浮かぶ。

「ふふん、なんだ。そういうのは疎いと思ってたけど、ちゃんと見る目はあるんだな」

「……それはどうも、可愛いエイラ君」

 どや顔で胸を張るエイラに苦笑して応じる豊浦。

「さて、それじゃあ、四季の間も用意が出来たみたいだし、その格好のままでいいかな? 一緒に見に行こうか」

「四季の間? ……そういえばちょっと聞いた気もするけど、なんだそれ?」

 どこか、特に上等な部屋でも見せてくれるのだろうか? と、そんなシャーリーはそんな予想をしてみる。

 自分たちが借りている部屋もものすごくいい部屋。それ以上ともなれば、確かに一見の価値はある。

「んー、…………なんていうのかな。…………まあ、見てのお楽しみかな」

 酒呑は少し考え込み、そんな結論。シャーリーも「そうだな」と頷く。

「それじゃあ、僕は百鬼夜行の準備をしてるから。

 豊浦、場所はわかるでしょ? 案内してあげなよ」

「ん、了解」

「百鬼夜行?」

 これもまた聞きなれない単語、これも後のお楽しみにすればいいが、つい言葉が零れる。酒呑は笑う。

「異国にはないと思うよ。……そうそう、扶桑皇国特有の、楽しい楽しいお祭りだ。とても賑やかで、…………うん、すごく賑やかなお祭りだよ」

「お祭りか。それはちょうどよかったな」

 賑やかなお祭りはシャーリーも好きだ。それが見れる日程でここに泊まれたこと、幸運だと思う。

 けど、

「そういうわけじゃないよ。君たちが来たからね。……言わなかったっけ?」

 酒呑は、笑う。

「僕たち化外の魔物が、君たち英雄を歓迎しないわけがないじゃないか」

 

「さてと、四季の間はこっちだよ」

 豊浦の案内でウィッチたちは、その、四季の間、というところに向かう。見当もつかないし、あまり見当をつける気もないウィッチたちはそれぞれ勝手な予想を語り合う。

 貴人が使う超高級な部屋。あるいは、ものすごい工芸品が展示してあるのか。

 もしかしたら、襖や天井にいろいろな絵が描いてあるのかもしれない。美術とかよくわからん、と。零すシャーリーをペリーヌが鼻で笑って取っ組み合いになる。

 と、そんな賑やかな後ろは放っておいて、

「あの、豊浦さん」

「ん?」

 芳佳は隣を歩く豊浦に声をかける。けど、視線はそちらに向けず、逸らしたまま、

「私は、似合う?」

 白い浴衣を着た彼女は、そんな事を聞いてみた。

「ふむ、…………そうだね」

 じ、と視線を感じる。じ、と見られて恥ずかしいけど、聞いたのはこっち。期待と不安と少しの恥ずかしさをちょっとだけ我慢。

「そうだね。……うん、可愛いよ。

 芳佳君は生真面目な印象があるけど、今は清楚な感じだね。服装が違うから印象が少し変わったかな。芳佳君は童顔だからとても可愛いよ。もう数年したら可憐な女性になるだろうね」

「ふ、……あああ」

 思っていた以上に真面目に褒めてもらって、芳佳は頬を紅潮させてふるふる震える。微笑。ぽん、と頭を撫でられて、

「僕の評価なんて気にしなくても、芳佳君はとても魅力があるよ。一人の女の子としても、ね」

「…………そ、そういうんじゃ、ない、の」

「え?」

 他の人の評価はあまり気にしていない。自分のやる事、大切な事をやる。

 そのためなら、誰にどんな評価をつけられても構わない。階級なんて気にしない。…………けど、ほんのちょっとした、例外。

「気に、なるの。…………と、豊浦さんに、どう見られているか、……と、か」

「可愛い娘だよ。真面目なところも、一生懸命なところも、全部含めてね。

 だから、君は君のまま、そのまま、君の信念に誇れるように生きていきなさい。そうすればもっと魅力的な女性になるよ」

「そ、……そう、かな?」

「ん? 僕のいう事、信じてくれない?」

 意地悪く笑う豊浦に、芳佳はふるふると否定。

「そっか、よかった」

 彼の笑顔に芳佳は少し紅潮した笑みを返し、そのまま見つめ「あたっ?」

「なーにでれーってしてるの? とーよーうーらー」

 脇腹を打撃したエーリカがじとーとした目で豊浦を睨む。

「え、……えーと?」

「そ、そうですっ、よ、芳佳ちゃんをえっちな目で見たらだめですっ」

「なにっ? 豊浦、貴様っ! 宮藤に何をしたっ?」

「何もしてないよっ?」

 芳佳と豊浦の間に割り込むトゥルーデとリーネ。身に覚えのない嫌疑をかけられて豊浦は慌てて声を上げる。

「あ、あの、見、……見たいなら、……わ、私、を、」

 顔を赤くしてもじもじと提案するリーネ。応じるのはエーリカの冷めた視線。

「えろリーネは危ないからあっち行っててよ」

「なんか語呂いいなえろりーね」

 エイラはけらけら笑って応じ、「えろりーねっ!」とルッキーニが続く。

「それやめてくださーいっ!」

「えろりーねちゃん、危ないです。豊浦さん、離れてないと、だめ」

「サーニャさんっ?」

 すすす、と豊浦の手を取って引っ張り始めるサーニャ。リーネは意外なところからの攻撃におろおろする。

「え、えっちじゃないですっ、私、えっちじゃないですっ! 豊浦さんっ、私、えっちじゃないですからねっ」

「あ、うん」

 必死になって否定するリーネに豊浦はちょっと引きながら応じる。

「そうよっ! 豊浦さんっ! 宮藤さんはまだそういうのは早すぎるわっ!

 ウィッチとか、そういうの以前に、……そ、そういう事はまず清佳さんに相談をしてからよっ! それから、……え、ええ、私も話を聞かなければならないわねっ! ねっ! お姉ちゃんっ!」

「そう、…………お姉ちゃんではないっ! ああいや、話は聞かせてもらうが」

「え? 恋愛相談って、職場の上司にまでするんですの? ……ええ?」

 妙に力の籠ったミーナとトゥルーデにペリーヌは思わず引く。ミーナは重々しく頷く。

「いい、ペリーヌさん。私たちは、家族よ」

「そ、そうですわね? そうです。…………の? え? そういうものなんですの?」

 ミーナの、有無を言わせない力強い言葉にペリーヌは混乱。

 なぜか、いつの間にか大騒ぎになった。唖然とその様子を見ていると、ぽん、と肩を叩かれる。

「あ、シャーリーさん」

「楽な道じゃあないな。

 ま、私は誰の味方をするつもりはないけど、精々がんばれよ」

「あうっ、…………」

 告げられた言葉。その意味。それを察し、反射的に否定しようとして、…………「はい」

 頷いた。シャーリーは笑って「それじゃあ、ほら、あっち、行った方がいいんじゃないか?」

 いつの間にかサーニャとエーリカに両手を引っ張られる豊浦。行った方がいい、と。

「そう、だね」

 ぼんやりしてたら出遅れる。のんびりしてたら置いていかれる。……だから、

「私もっ」

 駆け出す。けど、「させるかーっ」と飛び出したエーリカが芳佳を撃墜。揃って転がりなぜかルッキーニが転がった二人に突撃。一緒に転がる。

「ああもうっ、せっかくの着物でそんなはしゃがないでくださいませっ」

 ペリーヌは慌てて三人を立ち上がらせようとして、「わ、私はこっち、です」と、エーリカが離した手をリーネがとる。

 そんな様子を見て、シャーリーは大笑い。……ほんと、

 それが、たとえ恋敵なんて言われる関係だったとしても、それでも、この仲間たちとならいつだって楽しく笑っていられる。

 それが嬉しくて、シャーリーは笑った。

 

「ええと、……ともかく、四季の間だよ」

 ここに来るまで、多くの事があった。シャーリーは移動だけで疲れていた。笑いすぎて疲れていた。

 他のウィッチたちもそれぞれの理由で軽い疲労。どうしてこうなったのか? 豊浦にはわからない。

 ともかく、四季の間、と書かれた部屋の襖を開ける。

「あれ? なにもないですわね?」

 意外そうにペリーヌが呟く。何の変哲もない、何もない、ただの、畳の部屋。

 強いて言えば、正面の壁に襖が四つ。

「四つ?」

「そうだよ。四季、四つの季節だね。春夏秋冬。この先が本当の四季の間なんだ。ここはまあ、……入口だね」

「ああ、そういう事ですの」

「扶桑皇国って、四季がはっきりしてるんだよね?」

 リーネが首を傾げて問いかける。確か、芳佳との話で聞いた事がある。

「うん、そうだね。……それじゃあ、どこから見てみる?」

「どこ、……って言われてもなあ」

 よくわからない。シャーリーは首を傾げて、

「夏っ! 夏がいいっ!」

 ルッキーニが両手をあげてアピール。みんなも特に異存はない。それでいいと頷く。

「そ、……じゃあ、行こうか」

 そういって、豊浦は襖を開けた。

 

「え?」

 サーニャは、不思議そうにあたりを見る。

 四季の間、そう呼ばれた部屋にいた。……いた、はずだった。

 

 天頂には満月、全天に輝く星。薄が揺れ、水辺には蛍が舞い、白く輝く花が儚く草原を飾る。

 夢のような、真夏の夜。

 

「…………す、……ごい」

 思わず、サーニャが呟く。夜、というのはナイトウィッチであるサーニャにとって慣れた時間。

 けど、……………………夜が美しい、そう感じたのはいつ以来だろう?

 夜景を見慣れているサーニャさえそうなのだ。他のウィッチたちは言葉さえ失ってその景色に見入る。

「気に入ってくれたかい?」

「はい、……え? けど、これは?」

 どういうこと? と、サーニャは首を傾げる。

「異界だよ。……んー、……欧州の人にとっては何て言えばいいのかな。

 ……………………そうだね。……魔物の領域、かな」

「魔物」

 改めてサーニャは辺りを見る。けど、そんなものはない。……ない、けど。

「そう、ですか」

 魔的な美しさ。……確かに、魔物の領域といわれれば納得できる。

「さて、エイラ君。

 どうかな? 写真」

「あ、……うんっ、そうだなっ」

 美しい風景、気に入った。

「じゃあ、サーニャっ、一緒に写真を撮ってもらおうなっ」

「うんっ」

 星空を背景に二人で写真。サーニャも嬉しそうに頷く。

「じゃあ、……そうだね。まずは二人きりの写真にしようか。

 もともとエイラ君のお願いだからね。そのくらいは融通してもいいよね」

 写真と聞いてさっそく突貫したルッキーニを抑えて豊浦。星空をバックに二人きりの写真。エイラは豊浦の手を取る。

「ありがとう、ありがとう豊浦っ」

「ああ、うん、どういたしまして。……はい、じゃあ、並んでー」

 浴衣姿のサーニャとエイラが並ぶ。横に並んで「ね、エイラ」

「え? あ、わっ?」

 サーニャはエイラの手を取る。肘を抱き締めて一歩横へ。ぴったりとエイラにくっつく。

「ふふ、……エイラ、こういうの、いや?」

「い、いい、いや、いやじゃあないぞっ、全然っ、大歓迎だっ」

「ん、よかった」

 腕を抱えて、一歩歩み寄ってくっついて、こてん、と。エイラの肩に頭を乗せる。

「は、はわわ、はわわわわ」

 いつになく積極的にくっついてくるサーニャにエイラはおろおろし始めた。シャーリーはひらひらと笑って、

「おーい、せっかくの記念撮影がかなり変な顔になるぞー」

「い、いえ、こ、これはこれでいいのではなくて? ええ、面白いですし?」

 くつくつと笑うペリーヌ。

「こらー、エイラーっ、せっかくサーニャがくっついてくれたんだ。

 抱きしめるくらいの甲斐性を見せろー」

「ふかっ?」

 エーリカのヤジに変な声を上げるエイラ。味方はいないか? と、視線を向けるとリーネと芳佳が顔を隠しながら中途半端に覗き見ている。こいつらはだめだ。

「エイラ、……いい、よ」

「そ、……そう、か。……じゃ、あ」

 そっと、少しずつエイラはサーニャを抱き寄せる。

「ふふ、……うん、ちょっと恥ずかしい。

 けど、エイラにだけ、……ね?」

「……うん」

 微かに頬を染めたサーニャに同じような表情のエイラ。……けど、

 それでも、大切な人と触れ合えるのは嬉しい。二人、微かな笑みを交わして、

 

 かしゃっ、と音。

 

「それじゃあ、次は冬にしようかな」

「冬? ……えー、寒いのやだー」

 寒いのは苦手、それに、今は浴衣という薄い一枚の服。余計寒そうでルッキーニは難しい表情。

「ん? じゃあ、ルッキーニ君はお留守番?」

 意地悪く問う豊浦、ルッキーニは頬を膨らませて「お兄ちゃんが行くなら行く」

「それじゃあ行こうか。それに大丈夫、寒くはないよ」

「そっかー、よかったー」

「ま、寒かったらくっついてれば問題ないなっ! 頼りにしてるぞ、豊浦っ」

 ぽんっ、と豊浦の肩を叩いてシャーリー。ルッキーニは「うんっ」と楽しそうに同意。

「こらこら、女の子がそういう事を言ってはいけないよ」

「豊浦は堅物だなー」「だなーっ」

 気楽に応じる二人に、豊浦は苦笑して襖を開けた。

 

 さらさらと、雪が降る。

 

「ここは、……広場、か?」

 雪に覆われた広場。先の間とは違い、木々もあり、橋もある。どちらかといえば、

「公園みたいだな」

 シャーリーがあたりを見渡して呟く。一定間隔に木が植えられた歩道がある。橋のかかる小川がある。少し離れたところには建物もある。広い、公園に見える。

「庭園って言った方が正確かな。

 それじゃあ、みんなでお散歩しようか」

 そういって豊浦は歩き出す。他のウィッチたちも興味津々と辺りを見渡しながら続く。

「さくさくーっ」

 で、雪景色を眺めるより足元の感覚が楽しいらしい。ルッキーニは楽しそうに雪を跳ね上げる。

「雪景色もいいね。……んー、空気が冷たくて気持ちいいや」

 エーリカは深呼吸して微笑む。寒さは感じない。けど、呼吸する大気の清涼な感覚は心地いい。

 さらさらと雪が降る。時折それを払いながら道を歩く。小川にかかる朱色の橋を渡り、中央の広場へ。

「散歩にはいいな、こういうところ」

 シャーリーは一つ伸びをして呟く。豊浦は「そうだね」と頷く。

「ただの散歩は好みじゃない?」

 いつも賑やかな彼女。退屈じゃないか? と、豊浦の問いにシャーリーは微笑み否定。

「いや、悪くないなこういうのも」

 雪景色。ほとんどが白に覆われた静かな庭園。

 そんなところを散歩するのも悪くない。気分的には浮き立ち心情的には落ち着く。矛盾した感覚も悪くはない。

「そっか、それならよかったよ」

 沈黙の景色。これも扶桑皇国の一面なのだろう。

 微笑む豊浦。……たとえ、彼がなんて思っていても、

「いいと、わぷっ?」

 言葉は、顔に叩き付けられた雪玉に消えた。「あー」と、苦笑する豊浦。

「にひひひー、シャーリー、お兄ちゃん独り占めしちゃだめだよー」

 咎めるというよりは明らかに楽しそうに笑うルッキーニ。彼女の足元には積み重ねた雪玉。

「ルッキーニー?」

 ずるずると顔面から雪が落ちる。その向こうには怒ったような表情のシャーリー。

 そして、

「…………まあ、こうなるよね」

 豊浦は苦笑。傍らにいるのはシャーリーではなくて、

「まあ、そうなるわよね」

 ミーナはくつくつと笑う。その先、盛大な雪合戦が始まっている。

「あーめが降っても気にしないー、やーりが降っても気にしないー

 のーろのろ雪玉なんてこわくなー、ぶわっ?」

 ひょいひょい回避していたエイラは想定外の高速弾をぶつけられて転ぶ。それを成した人。

「わっ、わっ、当たったっ!」

「リーネちゃん、凄いね。エイラに被弾させたなんて」

「うんっ」

「っていうか、こんなところで魔法を使うなーっ!」

 目を丸くするサーニャに褒められて嬉しそうなリーネ。その頭には猫の耳。

「射撃の魔法は、投擲にも有効でしたっ」

 固有魔法の有用性を確認したリーネは胸を張る。そして、

「シュトゥルムっ!」

 そんな彼女たちをまとめて雪まみれにする疾風の魔法。サーニャとリーネはその場で雪だるま。

「あはははっ、油断大敵だよっ!」

「サーニャっ、サーニャーっ!」

 呵々大笑するエーリカの横。エイラは必死にサーニャの発掘を始める。そして、そっちはそれでいいとして、

「さーて、次は、トゥルーデだっ!」

 再度の疾風、というよりは地吹雪。その向かう先、トゥルーデは不敵に笑う。

「舐めるなっ!」

 それなりに頑張って握り、固有魔法込みの全力投擲。疾風を突き破り雪玉はエーリカに直撃。

「ごふっ? ……そ、それは洒落にならない。……がく」

「ふ、固有魔法に慢心して回避を疎かにしたのは失敗だったな。ハルトマン」

 トゥルーデは格好良く笑い。「甘いな、リベリアンっ」

 回避。けど、「遅い遅いっ!」

 超加速。高速の挙動による連続投擲の雪玉。流石のトゥルーデも徐々にさばききれなくなって、

「あ、だっ? ぶはっ?」

 直撃。倒れた。「…………勝利とは、むなしいものだな」

 ふっ、と格好良く笑う。それから、にやー、と笑い。

「次は、そっちだーっ!」

 木に隠れてせっせと雪玉を作っていたペリーヌを発見。超加速、高速の挙動で投擲。ペリーヌはそっちに視線を向ける。

「トネールっ」

「なんとっ?」

 雷撃が雪玉を撃ち落とした。

「ふふん、甘いですわシャーリーさん。

 いくら雪玉を投げても当たらなければ意味がありませんわ」

「それは、回避していうべきじゃないか?」

 思わず真顔で告げるシャーリー。けど、ペリーヌは無視して「やっておしまいっ」

「ごめんなさいっ、シャーリーさんっ」

「って、宮藤っ?」

「おほほほっ、自分で手を下さずに仲間に任せる、これが頭のい「きゃー」ぎゃーっ?」

 どさっ、と。頭上の枝から落雪。ペリーヌは雪に埋もれた。

 木の枝から雪とともに落ちてきたルッキーニは埋没したペリーヌを見て、空を見上げる。

「シャーリー、……敵は取ったよ。安らかに眠って、ぼふっ?」

 雪の中から出てきた手に足首を取られ、倒れた。…………「賑やか、だね」

「雪合戦でなんであそこまで真剣になれるのよー」

 固有魔法を乱発しながら雪合戦に興じる仲間たち。ミーナは頭を抱えた。

「遊ぶことにも全力を尽くす。僕はそれでいいと思う」

「尽くしすぎよ」

「はは、けどいいんじゃないかな。子供は遊んだほうがいいよ」

 豊浦は優しく微笑む。楽しそうに遊ぶ孫娘を見るように優しく。

「…………そうね」

 あるいは、……ミーナははしゃぐ彼女たちを見て思う。これが、彼女たちのあるべき姿ではないか。

 銃をもって空を舞い戦うのではなく、地面を思い切り走り回り遊ぶ姿こそ、正しいのではないか。

「彼女たちには、戦場じゃなくてこういうところの方がいいのかもしれないわね」

 そんな悔恨が、ぽつり、言葉となって零れ落ちる。豊浦は俯くミーナを撫でて、

「それは彼女たちが決める事だから、僕が見てきたなりの意見だけどね。

 彼女たちの居場所は彼女たちが自分で決めればいいし、ちゃんと、それをしていると思うよ。……そ、ミーナ君と同じだね」

「……私、と?」

 問いに、豊浦は笑う。

「みんなと一緒にいるの、好きでしょ? それでいいんじゃないかな?

 どんなに楽しい遊び場だって大好きな友達がいないとつまらないし、どんなに過酷な戦場でも大切な仲間となら乗り越えられる。……それでいいんじゃないのかな?」

 それは、自分と同じ、……そして、

 そして、家族、と皆嬉しそうに肯定してくれた。だから、

「…………そうね」

 頷く。解っていたこと、……つい、不安になってしまった思い。

 それを払拭してくれた彼に笑みを向ける。……向けようとして「わぷっ?」

 雪玉を叩き付けられた。下手人を探すと、そこには楽しそうに笑う芳佳。

「ミーナさんも、豊浦さんも一緒に遊ぼうよっ」

「そーだそーだ、なに保護者面してのんびり眺めてるのっ! …………あ、ミーナはもうそんな歳か、なら仕方ない」

 芳佳の言葉は嬉しいが、エーリカの言葉、特に後半は看過できない。ミーナの口元が引き攣る。

「ふ、……ふふ、ええ、そうね。一緒に遊びましょう」

「ミーナさん、なんか怖いですよっ?」

 ゆらり、立ち上がるミーナに芳佳が慄く。ミーナは気にせず固有魔法を展開。一目散に逃げだした不届き者を捕捉。

「宮藤さん、まずは、エーリカよ。ついてらっしゃい」

「了解っ!」

 芳佳は敬礼し、エーリカを追撃するミーナと駆け出した。その後姿を見送って、ぽつり、声。

「…………まあ、ミーナ君も十分に子供だよね」

 



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五十話

 

「さて、次は秋の間だね。……えーと、大丈夫かい?」

 豊浦は苦笑。ミーナを含めて、散々遊び回ったウィッチたちは結構な疲労。ぐったりしている。

「あうう、……疲れたー」

「じゃあ、次はのんびりしようか」豊浦は懐中時計を取り出して「…………いや、お昼ご飯にしようか」

「ああ、そういえば、もうそんな時間なのね」

 時間を意識し、……ふと、ミーナは彼を見る。

 そう、もうそんな時間。……そして、明日には扶桑皇国を離れる。欧州をいつまでも空けておくわけにはいかない。鉄蛇を撃破したなら速やかに帰投しなければならない。

 けど、

「ん?」

 視線を感じて豊浦は首を傾げる。ミーナは彼に笑みを見せ、

「何でもないわ。…………ううん、豊浦さんはお年寄りだって思い出したのよ」

「え?」

 あまりにも唐突な言葉。豊浦もきょとんとする。……けど、それでいい。

 彼なら、また、遠い先でも遊びに来れば受け入れてくれる。また、変わらず一緒に遊んでくれる。

 何せ、永い時間を変わらず、こんな風に在り続けていたのだろうから。

 だから、離れてもまた遊びに来ればいい。…………そう思うとなんとなく力が抜けた。

「まあいいか。……それじゃあ、秋に行こうか」

「すごく不思議な言葉だね。それ」

 力の抜けたような表情の芳佳。ミーナは全面的に同意した。

 

「うわーっ」

 エーリカは辺りを見渡して驚嘆の声。

 場所は林の中。そして、色は、赤と黄。見渡す限りの紅葉。ひらり、はらり、舞い落ちる様々な色の葉。

「ほう、……これは見事だな」

 トゥルーデは木々を見上げて呟く。燃えるような赤、日を浴びて煌めく黄。

 トゥルーデも紅葉の事は知っている。視界を埋め尽くす色彩がただの葉っぱであることも知っている。

 けど、

「奇麗」

 ミーナがうっとりと呟く。ただの葉。とはわかっていても視界を埋め尽くす美しい色彩は驚嘆に値する。

「紅葉ですわね。……ええ、知っていますわ。

 ただ、改めてみると圧巻ですわね」

 ペリーヌも故郷で見た事はある。けど、視界を埋め尽くす紅葉を見ることは少ない。ましてや、最近はそんな余裕をなくしていたのだから。

「あ、そうそう、紅葉って天麩羅にして食べるらしいよ」

「…………あ、ええ、……そうですわね。扶桑皇国の人ならやりかねませんわね」

 なんとなく理解しがたい情報だが、扶桑皇国ならそれもあり得る。ペリーヌは意外に思う事さえなく納得。

「いや、私、聞いた事ないんだけど、……っていうか、なんでペリーヌさん。そんな自然に受け入れてるの? 不思議じゃないの?」

「え? だって、雑草に衣をつけて火を通せば食べれるのが扶桑皇国の人ではありませんの?」

「紫蘇ですーっ!」

 なぜか横でどや顔の豊浦を芳佳は打撃。

「けふっ、……まあ、いいや。

 それじゃあ、お昼ご飯にしようか。……それとも、移動する? ここだと紅葉が落ちてくるけど」

「ここがいいです。……紅葉、奇麗」

 とろん、とした目で紅葉を見上げるサーニャ。豊浦は笑って「それじゃあ、ご飯にしようか」

 ばさっ、と楽しそうに茣蓙を広げる豊浦。「やっぱり茣蓙なんだな」

「ん? いやかい」

「いんや、別に、で、……昼飯は?」

「うん、あるよ?」

 豊浦が広げた茣蓙の上にはなぜか重箱。「いつ、ここにあったんだ?」

「さあ? まあ、それじゃあ皆で食べよっか」

 ぽんぽんぽん、と。茣蓙の上にどこぞから取り出した大量の重箱を広げる。おにぎりやから揚げ、卵焼きなど、色とりどりのおかずが詰め込まれた重箱。

「へー、うまそうだな」

 シャーリーの感想に豊浦は胸を張って「そういってくれると作った甲斐があったよ」

「豊浦が作ったのか、それは楽しみだ」

「いろいろ作ったからねー、さ、どんどこ食べて」

「どんどこ?」

 ともかく、それぞれ手を合わせ「「「いただきます」」」と、声をそろえる。

「ん、ピクニックみたい。こういうのも楽しいね」

 おにぎりを手に取り芳佳は笑う。リーネも笑みを返して「うんっ」と応じる。

「こういうのもいいものだな」

 緑茶を飲んでトゥルーデも一息つく。

「そっか、バルクホルン君は真面目だから、こういう風に遊ぶのはあまり好きじゃないと思ったけど」

「…………別に、私だって仕事をしてばかりではない。そこまで堅物ではない」

「そうだよねー、妹のお見舞いで私用厳禁のストライカーユニットを持ち出すくらいには不真面目だもんねー」

 にやー、と笑うエーリカ。トゥルーデは彼女を睨んで「うるさいな」

「妹さん?」

「ああ、クリス、クリスティアーネ・バルクホルンだ。

 活発で明るい、とても可愛らしい妹だ」

 誇らしそうに胸を張るトゥルーデ。ウィッチたちは集まって、

「始まったよ。トゥルーデの妹自慢」

「謙遜は美徳、とは少なくともバルクホルンさんにはないのですわね」

「っていうか、いきなり身内を可愛いとかいうか?」

 トゥルーデは拳を振り上げる。エーリカとペリーヌ、エイラはミーナの後ろに隠れる。

「確か、芳佳ちゃんに似てるんですよね?」

 リーネがかすかに首を傾げて問う。そんな事、聞いた事がある気がする。

「ああ。だが、クリスの方が美人だぞ。……あ、いや、宮藤が悪いというわけではなくてなっ」

 胸を張り、けど、慌てて言葉を繋げるトゥルーデ。その事は芳佳も聞いているので、気にしてません、と軽く笑って手を振る。

 相変わらずこそこそ話をする三人を拳を振り上げて威嚇し、

「そうだな。豊浦に会ってもらうのもいいかもしれないな」

 いろいろな経験を積んでいる彼だ。入院中でほとんど外に出ることが出来ないクリスにとって、彼と話をするのはいい刺激になるだろう。

「バルクホルン君の妹さんか。きっといい娘なんだろうね。お姉さんと同じで」

「もちろんだっ、私の自慢の妹だっ」

 胸を張るトゥルーデ。……けど、それはつまり、

「豊浦さん、欧州に来てくれるの?」

 微かな期待を込めての問い。一緒に戦って欲しいとは言わない。ただ、遊びに来てくれるだけでいい。

 …………そして、出来れば、

「そうだね。……機会があれば遊びに行くのもいいかな。

 その時は、リーネ君。いろいろ案内してくれる?」

「は、はいっ、もちろんですっ!」

 二人で一緒に街を散歩、買い物をして、お食事をして、…………そんな期待に胸を高鳴らせる。自然、頬が緩む。

「そうだね。基地があるのはブリタニアだし、リーネちゃんの故郷だよね」

 なら、リーネが案内するのが一番いい。そう思って芳佳は応じる。そんな彼女に聞こえないように、そっとペリーヌはリーネの耳元に顔を寄せて、

「リーネさん。デートのお誘いのように聞こえますわよ?」

「はうっ?」

 こっそりと考えていたことを当てられ、リーネは変な声を上げる。振り返る。しっとりと微笑むペリーヌ。

「大丈夫。わたくしは味方ですわよ」

「うー」

 味方。その意味は分かる。エーリカも、サーニャも、それに、……一番の親友も、けど、

「お、……お願い、します」

「ふふっ、ええ、リーネさんには復興を手伝ってもらった恩がありますものね」

 恩を返す、という割にはなぜか楽しそうに笑うペリーヌ。大丈夫かな、とリーネは少し不安になるけど。

 ともかく、

「さて、それじゃあ、そろそろ準備しようかな」

 不意に豊浦が呟く。リーネは首を傾げて「準備?」

「そ、甘いもの。……ええと、…………なんていうんだっけかな。

 あ、そうそう、でざー、と、……だったかな」

「あら、気が利きますわね」

 もちろん、ペリーヌも少女として甘いデザートは大歓迎。豊浦は笑顔で頷いて、

「それじゃあ、焚火の準備をしようかな」

「…………話がまったくつながっていませんわよ」

 豊浦はデザートを用意するために、枯葉を集めて焚火を始めた。

 

 ぱちぱちと焚火の音。

「あのさ、なんでこれでデザートが出来るんだ?」

 豊浦がデザートを用意してくれる。それを聞いて舞い上がっていたエイラは焚火を見て首を傾げた。

「扶桑皇国の菓子は焚火で作るのか?」

 トゥルーデも不思議そうに首を傾げる。けど、

「ふふ、出来てからのお楽しみですっ」

 彼が何を作ろうとしているのか、扶桑皇国出身の芳佳には見当がつく。もちろん、その味も、

 それを思い出して頬が緩む。嬉しそうな芳佳の表情を見てトゥルーデはさらに首を傾げる。

「そろそろできたかなー」

 木の棒でアルミ箔に包まれた物を転がし焚火の外へ。

 煤のついたアルミ箔。それに触れて満足そうに頷く。

「うん、大丈夫そうだね」

「…………何がですの?」

「それがデザートか?」

「そ、あ、エイラ君。ちょっと待っててね」

 豊浦はアルミ箔を剥がして、その奥にある新聞紙を適当に剥がして捨てる。最後に皮を剥く。

「おっ、美味しそうだなっ」

 美味しそうな焼き芋。それを見てエイラは目を輝かせる。

「凄い、ただ焼いただけなのに美味しそう」

 リーネも驚いたように呟く。ただ、焚火の中に入れて加熱しただけ、それだけなのに驚くほど美味しそうだ。

「甘くて美味しいよ。

 あ、豊浦さん、私ももらっていい?」

「いいよー、適当にとってね。みんなの分はあるから。

 はい、エイラ君」

「ありがとっ、豊浦っ!

 サーニャっ、一緒に食べよっ」

「うんっ」

「あ、エイラ君。半分に割るなら、…………えーと、はい、軍手とアルミ箔。熱いから気を付けてね」

「ん、ありがと。はい、サーニャ」

「ありがと、エイラ。ふふ、半分こだね」

「あ、ああ、……えと、熱いから気を付けろ」

「うん」

「はい、リーネ君」

「あ、ありがとうございます」

 豊浦の差し出した焼き芋を手に取る。

「焚火に芋を入れるだけ」

 何かぷつぷつと呟いているペリーヌは焼き芋を一口。ほう、と一息。

「美味しい、……こんな簡単にこんな美味しいものが作れるなんて、…………なんか悔しいですわ」

 リーネも一口。甘くてほくほくしていて、自然に笑みが浮かぶ。

「ペリーヌ君の故郷には、あまりないのかな?

 これ、薩摩芋っていうんだけど」

「聞いた事がありませんわ。

 リーネさんは?」

「私も、聞いた事がないです」

「薩摩芋はね。とても育てやすいし、やせた土地でも育つんだ。

 だから、扶桑皇国だと救荒作物として重宝されていたんだよ」

「きゅうこう?」

 知らない単語にペリーヌが首を傾げる。

「ああ、飢饉の対策だね。エネルギー源として有効で育ちやすいから、気候の変化でお米がとれないときとか。とても役に立ったんだ」

「なるほど、……そうだったんですわね。勉強になりますわ」

「私の実家も、近くの農家さんからもらった薩摩芋を干し芋にしたりしてるよ。

 保存も出来るし、甘くて美味しいんだあ」

「そうですの」

 育ちやすく保存も出来る。調理も簡単。……これは調べる価値がありますわね、と。ペリーヌは薩摩芋、と記憶にとどめておく。

「それにね、ペリーヌ君。

 いいかい、薩摩芋から、酒が出来るんだ」

「え? ……え? そうだったんですの?」

「そうだよ。扶桑皇国では米からも酒を作る。麦からも、蕎麦からも、ジャガイモからも、栗からも酒を作るんだ」

「酒のこだわり強すぎますわねっ」

 

「はあ、……甘くて美味しい。

 薩摩芋、……なんてカールスラントにあったかしら?」

 うっとりと焼き芋を食べるミーナ。二つ目。

「今度リーネに聞いてみれば? 実家商家だし、何かあるんじゃないの」

「そうかもしれないわね」

「さっき聞こえたが、エネルギー源としてもいいらしい。私たちも学んで損はないかもしれないな」

 いずれ、ネウロイ撃滅のために長期の行軍もあるかもしれない。食糧の現地調達が厳しくなる可能性、あるいは、輸送路が寸断される可能性もないわけではない。

 可能性としては低いだろうが、学んでおいて損はないだろう。

 ミーナは頷き、ふとエーリカは「エネルギー源」と、零す。

「どうした? いい事だと思うが何か問題でもあるのか?」

「いや、超距離行軍だと必要だと思うよ。……けど、」

 不意に、エーリカは自分の腹に触れる。

「太らないかな?」

 ぴた、…………と、三人のみならず他のウィッチたちも動きを止める。

「うむむー? はむー?」

 例外は一人、ルッキーニは首を傾げて薩摩芋を飲み込み。

「お兄ちゃんっ、おかわりーっ」

「はい、ルッキーニ君。美味しい?」

「美味しいっ! いっぱい食べたいっ」

「そう、じゃあ遠慮しないでいいからね」

「やったーっ」

 という会話はおいておいて、

「や、やっぱり太るの?」

 恐る恐る芳佳は手の中の焼き芋を見る。リーネはふるふると震える。

「いや、エネルギー源とか、……それに、甘いものを食べると太るっていうし」

「た、確かに腹持ちはいいな」

 少女たちは集まりぽそぽそと相談開始。手の中には美味しそうな焼き芋。

 甘くて美味しい。食べたい。…………けど、太るかもしれない。

 甘味を前に陥る少女たちのジレンマ。特に、

「うー」

 気になる異性がいるならなおの事。リーネは難しい表情で焼き芋と豊浦との間で視線を行き来させる。

「だ、大丈夫だっ、ほら、私たちウィッチだし、いつも空飛んでるしっ」

 シャーリーが手を振りながら応じる、が。

「それは、運動になるのかな」

 芳佳のその一言で動きを止めた。

「エイラ、…………私、太っちゃうのかな?」

「え、……あ、だ、大丈夫っ、大丈夫だっ、サーニャは少しくらいふと、……ふ、…………ふ、ふっくら、……し、してても可愛いからっ」

「ありがとう、エイラは優しいね」

 必死に言葉を選択するエイラにサーニャは淡く微笑む。

「なになにー? 何の話?」

 焼き芋を片手にぱたぱたと駆け寄ってくるルッキーニ。彼女たちはどんよりとした視線を向ける。

「なにっ? どうしたのっ?」「あ、あれ? あまり美味しくなかった?」

「お、美味しいです。……美味しいですけどお」

 リーネは少しおろおろして、俯く。

「私、太っちゃうのでしょうか?」

「リーネ太るのっ?」

 ルッキーニに悪気はなさそうだがそれなりにへこむリーネ。

「え? いや、知らないけど。……どうしたの?」

「焼き芋たくさん食べたら、太らないかな、って」

 芳佳はお腹を撫でながらぽそぽそと呟く。

「気にしな…………あ、はい、ごめんなさい」

 気にしなくてもいい、そんな男の気楽な意見は少女たちの一睨みで沈黙。

「えーと、……ま、まあ、…………その、あとで運動すれば大丈夫だよっ、ねっ」

「食べないならあたし食べるっ、リーネっ、それちょうだいっ」

 手を出すルッキーニ。リーネは手の中の焼き芋を見て、ルッキーニを見て、豊浦を見て、……「た、食べますっ」

「そんな、決心しなくても」

 覚悟を決めた表情で甘味を取り始めた少女たちに、豊浦は苦笑した。

 

 そして、絢爛の色。

 

「す、……ごい」

 扶桑皇国出身の芳佳でさえ、春の絢爛には目を見張る。

 視界を埋め尽くす桜花。ひらり、はらり、舞い落ちる桜の花びら。

「紅葉も奇麗だけど、……桜は、また違うわね」

 圧倒される絢爛の色彩。桜のみ、けど、百花繚乱という言葉がふさわしい色の洪水。

「扶桑皇国の春といえばやっぱり桜だね」

 豊浦は微笑み空を見上げる。

「奇麗、……凄い」

 陶然、と。サーニャも空を見上げる。

「さて、」

 桜に見惚れる少女たち。ばさっ、と豊浦は茣蓙を広げて、

「せっかくだし、お昼寝しようか」

「おっ、いいねっ」

 お昼寝、その言葉にエーリカは嬉しそうに応じる。何せ絢爛の中。春らしい心地よい陽気。昼寝したら心地よく眠れそうだ。けど、

「まあ、たまにはいいか」

「え?」

 トゥルーデは茣蓙に寝転がる。一番難色を示しそうな彼女の行動にエーリカは意外そうな声をあげて、

「意外、……か。

 ただ、まあいいかなと思ってな」

「そうね。この陽気で、こんなに奇麗な桜が見れるならぼんやりしたくなるわね」

 ミーナもトゥルーデと並んで寝転がる。視界は空へ。そして、視界を埋め尽くす桜の花びら。ひらり、はらり、舞い散る桜を見る。

 眠ってしまおうか。……それは少し迷う。春の陽気に身を任せてお昼寝も心地よいが、目を閉ざして桜が見えなくなるのももったいない。

 けど、…………まあ、どちらでもいいわね、と。ミーナはのんびりと空を見上げる。他の仲間たちも同じように寝転がり、舞い散る桜の花を見上げたのを横目で見る。

 普段、戦場をかけているとは思えない、穏やかな表情の友たちを見て、祈るような思いを紡ぐ。

 

 いつか、……故郷でもこんな穏やかな時間を過ごせたらいいな、と。

 



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五十一話

 

「四季の間は楽しかった?」

 四季の間を出る、と。そこで豊浦が声をかける。答えは、

「うん、全部扶桑皇国の景色なんだね。本当に、凄く奇麗だった」

 芳佳が頷く。自分の故郷。その、とても美しいところを見れた。それが嬉しい。

「そうだな。……あまり景色とか見ることはなかったが、確かに見事なものだった」

「扶桑皇国は景観が自慢だって美緒も言ってたけど、嘘じゃないわね」

 トゥルーデとミーナが応じ、他のウィッチたちも頷く。奇麗だった、と。

 それを聞いて芳佳は胸を張る。その横でどや顔の豊浦。並んで誇らしそうにしている扶桑皇国出身者。

 だから、

「まあ、確かに見事でしたわ。

 けど、わたくしの故郷、ガリアにはもっと美しい場所がありましてよ。極東の魔境なんかに負けませんわ」

 ペリーヌが笑って告げる。そして、サーニャはエイラの手を取って、

「私たちの故郷も、奇麗なところたくさんあるよ。

 ね? エイラ」

「ふっ、当たり前だ。

 寒帯国の雪景色舐めるなよ。極東の魔境なんか目じゃないくらい神秘的で奇麗なんだからな」

 エイラの言葉にサーニャもこくこくと頷く。

「ミーナっ、景観が自慢ってんだったらカールスラントだって自慢できるでしょっ!

 シュヴァルツバルトもっ、ラインもっ! 極東の魔境にはないいいところはたくさんあるよっ! こーんなこじんまりとした国には真似できない雄大な自然がねっ」

「あら、それもそうね。……ふふ、忘れてたわ」

「むっ、芳佳君。欧州列強が攻勢に転じたね。ここは負けないようにしないと」

「むー」

 並んで難しそうな表情を浮かべる扶桑皇国出身者。リーネは親友の劣勢に助け船を考えて、……考えて、

「あ、あのっ、芳佳ちゃんっ、豊浦さん、ブリタニアは、景観とか文化はまきょ、……扶桑皇国に負けてないですけど、けどっ、ドラゴンとかいないし、…………ええと、……ふ、普通じゃなさなら扶桑皇国には劣りますっ」

「そーだな。リベリオンも扶桑皇国ほど魔境っぽくないな。

 魔境レベル、だけ、は扶桑皇国に劣るな」

「えー、ロマーニャは魔境レベルでも扶桑皇国に勝ちたいっ!」

「何ですか魔境レベルってっ!」

 それだけはガリアもカールスラントもスオムスもオラーシャも劣るらしい。みんな頷く。

「豊浦さんっ、変なレベル設定されてるよっ」

「ふふ、勝ったね芳佳君」

 どや顔継続の豊浦。

「いいの?」

「まあ、人でなしがたくさんいるってだけだしね」

 思わず納得する芳佳。それじゃない、と。思い直したところで、

「おーいっ」

「鬼童丸?」

 ぱたぱたと鬼童丸が駆け寄ってきた。彼女はぴたっ、と停止し、

「百鬼夜行の準備出来たってっ! ほらっ、早く行こうぜっ」

「百鬼夜行? ……ええと、お祭り、だっけ?」

「お祭りっ!」

「おうっ、いつもは船岡山でやるんだけど、最新の英雄もいるし、それでこっちでやってくれるってさっ」

「そう、悪いわね。いろいろ融通してもらって」

 恐縮するミーナに鬼童丸は笑って「いーんだって、どいつもこいつも好き好んでやってるだけなんだから、気にするなっ」

「そう、……それで、百鬼夜行ってどんなお祭りなの?」

 祭り、自分たちが来たことを歓迎してくれる、というのもあるだろうが、何せ聞いた事もない名前。興味がある。

「そうだね。…………ああ、うん、……扶桑皇国の、ある意味、極みだよ。

 異国にはないと思うから驚くこともあると思うけどね」

 極み、と。怨霊はそういって笑った。

 

「ここで待ってればいいの?」

 屋敷の庭。そこでウィッチたちは待機。夕暮れ、薄闇が迫り夜が近づく時間。暮れゆく陽だけが灯を投げかける闇の中。

「あうう、怖い」

 何かが出そうな、薄い、闇。ルッキーニは豊浦の足につかまり不安そうにしている。

「なにか、……変、です」

 サーニャは眉根を寄せて辺りを見る。ナイトウィッチ、活動のほとんどが夜であるサーニャにとって、この闇には違和感がある。

 暗い、昏い、くらい、闇。…………ぱきん、と。

「え?」

「なに、いま、の?」

 

 何かが、壊れた音。

 

「あ、来たよ」

「え?」

 豊浦の言葉。そして、それがいた。

「え? え?」

「なに、あれ?」

 ぱたぱたと、駆け寄ってくるのは奇妙な動物。あるいは、鳥。

 鳥、人と同じ体格、二足で走り、両手に炎を宿した鳥。それが駆け寄ってくる。そして、それを皮切りに、

「…………うわ」

 続くのは烏帽子をかぶった青い肌の何か、龍のような頭の亀に乗った蛙が続く。

 装飾のある棒には蜻蛉のような羽が生え空を飛び、頭蓋を猫のそれと入れ替えたような骸骨が紙を括り付けられた棒を振り上げ踊っている。それと一緒に踊っているのは石材で出来た人、の形をしたもの。

「な、……なに、これ?」

 鬼、化外の魔物と名乗る酒呑達とは違う。明らかな異形。思わず、硬直するウィッチたち、豊浦は苦笑。当たり前だよね、と。

 そして、鬼童丸は首を傾げて「どうしたんだ?」

「ああいった《もの》が珍しいんだろうね」

「え? そうなのか?」

 ともかく、一番先頭を走っていた鳥が近づいてくる。ぱたぱたと駆け寄り、立ち止まる。

「こんばんわ、豊浦臣。鬼童丸殿。

 本日はお招きいただきありがとうございました」

 異形とは思えない謹直な一礼。ウィッチたちは意外に思い。

「それと、こちらが最新の英雄たちですか。お会いできてとてもとても喜ばしい事です」

 ぺこり、頭を下げる。反射的にウィッチたちも頭を下げる。

「驚いた?」

「そりゃあ、驚くっていうか、……え? ええと、人、じゃないよな?」

「人でなしならここにもいるだろっ?」

 なぜか不満そうに自分を示す鬼童丸。

「そうだよ。人とは違う化生たちだね。

 まあ、大丈夫、君たちを害する事なんてしないから、ほら、怖くないよ」

 豊浦は後ろに隠れているルッキーニに軽く笑みを向ける。鬼童丸は不満そう。

「なんだよそれーっ! 俺は鬼だぞっ! こいつらよりずっと強いのに何でこっちを怖がるんだよっ! 納得いかねーっ!」

「どうどう、落ち着いてくだされ鬼童丸殿」

 けらけら笑ってその異形は応じる。……異形、…………けど、

 怖い、けど、ルッキーニは恐る恐る顔を出す。

「怖く、ない?」

「ネウロイの方がよほど怖いよ。

 彼らは君たちを害する事はしないから、ね?」

「へえへえ、豊浦臣や酒呑殿、尊治様のご友人ならば害するなんてとてもとても」

「ましてや伝え聞く最新の英雄様。我々こそ退治されてしまうのではないかと不安なばかり」

「おお恐ろしや恐ろしや。護法童子のように杖で打つのは勘弁してくださいませ」

「尊勝陀羅尼の火で焼かれるのも嫌ですなあ」

「太陽が照らす昼から追われて、」

「電灯が煌めく夜から逃げ出し、」

「誰も彼も解らぬ逢魔が刻にのみしか居場所がないのなら、」

「どうぞこの短い時間を歓待に使わせてくださいませ」

 重なり重なる言葉。異形の彼らの言葉。

 温かくて、寂しくて、優しい、哀しい重なり合う不思議な響き。

 

 そんな言葉を聞いて、彼女たちは手を伸ばした。

 

「つく、も?」

 リーネは、その聞きなれない単語を繰り返す。彼女の隣を歩くのは猫の頭蓋を持った骸骨。それは紙の括り付けられた棒、幣を振り回して、

「リーネ様は異国のお方のようで、ならばご存じないのも無理はありませぬ」

「私たちは神より形を与えられた《もの》。神の慈悲により歩き語ることを許された《もの》」

「ひゃっ?」

 声、振り返ると大きな蛙がのそのそと二足で歩いている。猫の骸骨は幣で蛙を叩いて、

「これ、お客様を驚かせてはいけないぞ」

「あいや申し訳ない。ついついお話してみたくて割り込んでしまいました。お許しくださいませ」

「こやつめも誠心誠意謝っていますが故、どうぞ許してやってくだせえ」

「あ。ええと、はい」

 誠心誠意謝っているといわれても、見た目は蛙。表情らしきものに変化はない。

 きょときょとした顔。なんとなく笑ってしまいそうになるのを堪えて、

「私は大丈夫、怒ったりはしません。あの、だから、いろいろ教えてください」

「それならよかったよかった」

「では一席、語らせていただきましょうぞ。

 我々はつくも、異形の化生、神に形をいただいた化外の魔物。人ではないがゆえに昼にも夜にも居場所はなく、逢魔の刻のみあることを許される弾かれ《もの》」

「ゆえに我々は集まり皆で騒いてばかりいる享楽《もの》。

 あることが出来るのは短い時間、その境界を踏み越えればたちまち異形として討伐されてしまうでしょう」

「ならばこそ、あることが許されるこの一時を楽しんでばかり、遊んでばかりなのであります」

 猫の骸骨はそういって締めくくる。とりとめのない言葉の連続。……けど、

「それは、寂しくないです、か?」

 逢魔が刻。……聞き覚えのない言葉だけど、おそらく今頃、夕方ごろの事。ただ、その時しか存在できない、と。

 もし、それ以外の時間にどこかにいたら異形ゆえ討伐されてしまう。……それは、寂しくないのか、と。

 リーネの問いに蛙はけろけろ音を上げる。

「たとえあることが出来る時間は限られても、我らが御魂、神より賜ったものならば例え異形であったとしてもその在り方を是として楽しまねば祟られる」

「それに、豊浦臣や酒呑殿、助けてくれる方もいらっしゃる。

 最近は崇徳帝や顕徳帝も御行幸くださいます。幸いかな、幸いかな」

「…………神、様」

 権力者に恵む神、とは違うだろう。

「我らを形作った神。万物の意思を是として形にした神です」

「あいや待たれよ。リーネ様は異国のお方。

 ならば、神というものを知らぬかもしれませぬ。我らが崇敬する神とはいえ、知らねば仕方ありませぬ」

「…………し、か?」

 服を着た鹿のような《もの》がとことこと顔を出した。

 服を着た、……違和感がある。よくよく見れば服を着ているのではない。服の部分はほぼ空洞で、服に鹿の首から頭、そして、四肢と尾がある。

「それは申し訳ない。……だがはて、なんと説明したらよいものか」

 おそらく、難しい表情を浮かべているであろう蛙と鹿と猫の骸骨。なんとなくその様子が面白くてリーネは、思わず小さく笑う。

「あ、ごめんなさい」

 注目を集めて慌てて謝る。鹿は、かくん、と首を傾げて、

「謝ることなんてありませぬ。笑ってもらって大いに結構」

「笑う門には福が来る。ならば存在が許される僅かな時間、笑わねば損をする。笑えば福が来るのなら笑う事は大いに結構」

 けろけろと蛙は声を上げる。リーネは微笑。頷いて、

「えと、神様というのはなんとなく、解ります。

 皆さんは命を与えてくれた神様に感謝をしているんですね」

 例え表情の読めない異形であっても、なんとなく、嬉しそうな雰囲気。それは伝わる。

「それはもちろん、不便はあります。不安はあります。

 けれど、こうしてあることは楽しいが故、それを許した神に感謝をせねば祟られる」

「不便はあります。不安はあります。

 けれどそれさえ楽しむのが我らが化生の心意気。もとより討伐される化外の魔物ならば、あらゆる境遇を楽しんでこそでしょう」

「鬼より脆弱で、怨霊より矮小なれど、ここにあるこの時を楽しむ心意気にかけては決して劣りはしますまい」

 不便でも不安でも、存在を許した神に感謝し、存在する事を楽しんでいる。……リーネは辺りを見渡す。

 いろいろな《もの》がいる。けど、みんな陽気に楽しんでいるように見える。自分の仲間たち、ウィッチたちも少しずつそれに慣れて、受け入れられていく。一緒に遊び始めている。

 扶桑皇国の極み、と。豊浦は言った。

 あるいは、こういうのを目指していたのかもしれない。あらゆる《もの》が、存在を許した神に感謝し、存在する事を楽しむ世界。

 そんな世界を、いいな、と思ったから。

「あ、リーネ君。いろいろとお話聞いてるみたいだね」

「豊浦、……さ、ん?」

 ことことと、木製の玩具のような馬、らしきものに乗った豊浦。

「ええと、それは?」

「…………さあ?」

 玩具のような馬が何なのか、豊浦もよくわかっていないらしい。ことことと、リーネの所へ。

「ではでは、我々が語るべきことは語りました」

「リーネ様、豊浦臣とお話をするがよろしかろう」

「豊浦臣はつくもとは異なる怨霊なれど、多くの事をご存じ故」

 そういってのそのそとつくもたちはどこかへ。えーと、と首を傾げるリーネ。

「じゃあ、少しお話ようか。リーネ君、乗る?」

 

 ちょこん、とリーネは豊浦の膝の上に乗る。結構高い。

「わ、……わっ」

「ん、と。大丈夫かな?」

「あ、はい、大丈夫です。それで、お話は?」

「うん。前にリーネ君が聞きたがってた神話でも話そうか」

「はい、お願いします」

 膝の上に座って、背を豊浦に預けて、…………ちょっと嬉しい。

「昔ね、大国主、という神様がいたんだ。

 その神様が岬に立っているとね。海の向こうから小さな神様がやってきたんだ」

「小さな?」

「うん、蛾、くらいの大きさらしいよ」

「……それは、本当に小さいですね。そんな神様もいるんだ」

 竈神、は、台所にある竈の上に下げられた黒くて大きくてごつくて変なお面。本当に扶桑皇国にはいろいろな神様がいる、と感心する。

「そうだよ。とりあえず大国主神はどちら様か聞いてみたんだけど、その小さな神様は答えないでね、大国主神はほとほと困ってしまったんだ」

「ふふっ」

 不意に、小さな笑みがこぼれる。不思議そうに視線を落とす豊浦にリーネは笑みを見せて、

「ごめんなさい。

 ただ、こんなことを言ったら怒られるかもしれないですけど、……その、神様でも困ることがあるんだな、って」

 全能、神のイメージはそこに集約される。だから、神も困るという事に親しみを感じてしまった。

「ううん、そんな事はないよ。どちらかといえば嬉しいかな」

 頭を撫でられる。ことことと、揺られながら。

「それでね、困り果てた大国主神は周りのみんなに助けを求めたんだ。この小さいのが何なのか知らないか、って。

 そしたら、たにぐぐがくえびこなら教えてくれるって言ったんだ」

「あ、ちゃんと知っている神様もいたんですね」

 どんな神様だろう、と。

 大国主、大いなる国の主、とても立派な名前の神様。そんな神様に助言する神。賢者、と。そんな言葉を思い浮かべて、

「うん、たにぐぐは蟇蛙でくえびこは案山子」

「へ?」

 思わず、そんな意外すぎる回答を聞いてきょとんとする。

「か、……かえる?」

「そうだよ。ほら、谷でぐーぐー鳴いてる」

「ええと、……確かに、谷で、…………え?」

 蟇蛙、一応。知ってる。大きな蛙。……けど、

「意外?」

「うん、大国主神って、凄い偉い神様と思います。

 そんな神様が、蛙さんを頼ったのが、ちょっと驚きました」

「そうだね。意外だよね。けど、僕はこういうのが好きなんだ」

 好き、と優しく語る豊浦。リーネは小首を傾げ、直接答えるつもりはないらしい、ぽん、と。撫でて、

「それでね。その後大国主神はその小さな神様と一緒にお酒造りや温泉を見つけたり、協力して国造りをしたんだよ」

「小さくても活躍したんですね」

 偉大な神様と、その横にいる小さな神様。揃って国造りという大きな仕事をやり遂げる。

 もちろん、蛙や、案山子や、いろいろなものと協力して成し遂げたのだろう。……いいな、と。思う。

 自分たちも同じ、いろいろな国から集まって、一つの事を成し遂げようとする。そして、それだけじゃない。

 自分たちだけじゃない、静夏たち《STRIKE WITCHES》以外のウィッチとも、淳三郎のようなウィッチではない軍人とも、清佳のような民間人とさえ、

 協力して、またこの世界の平穏を取り戻す。そう思うと、とても誇らしくて、嬉しい。

 そして、…………もし、我侭が叶うなら、

「そうだね。もちろん小さいから出来ることも限られた。けど、大国主神にはない知恵があった。

 記されているわけじゃないけど、きっと、そのあともたにぐぐやくえびこも、協力してくれたんだと思うよ」

「ふふっ、はいっ」

 思わず笑みがこぼれる。偉大で格好いい神様。その傍にちょこんとした神様。ちぐはぐな二柱の神様による国造りという名の偉業。

 けど、解らない事も多いからいろいろな《もの》に頼って、そのたびに和が広がっていく。

 和を以て貴しとなす、……豊浦はそう言っていた。きっと、彼が目指しているのはそんなあり方。だから、自分たちもそうなっていければいいな、と。

「そう、こんな世界だよ。リーネ君」

 そういって彼は軽く手を振る。それが示すもの、

「そうですねっ」

 最初の不安はどこへやら、木や石、鳥や兎や蛙、骨や何かの道具。様々なつくも達と遊ぶ仲間たち。

 楽しそう、……だから。

「ねっ、豊浦さん。

 私たちも、一緒に遊ぼう」

 こうして馬に揺られるのもいいけど、下りてみんなと遊ぶのも楽しそうだから。

 リーネの言葉に豊浦は頷いて「それじゃあ、みんなと一緒に遊ぼうか」

「はいっ」

 笑顔を交わし、二人は玩具の馬から飛び降りる。百鬼夜行は、まだ終わらない。

 

 ――――誰かが見た夢のように、まだ、終わらない。

 



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五十二話

 

 誰かが提案した。

 みんなで一緒に寝よう、と。

 

 百鬼夜行を見送り、ミーナたちは広い畳の間に布団を並べて寝転がる。

 零れる感想は当然、

「凄かったな」

「ええ、そうね。最初は何かと思ったけど」

 トゥルーデの言葉にミーナは笑って応じる。最初に見たときの、二足歩行する鳥のインパクトは忘れない。

 けど、

「結局遊んでしまったがな」

「ふふ、力比べとかしてたわね」

 くすくすとミーナは笑う。角の生えた大柄な赤いつくもとトゥルーデは力比べを行い、投げ倒して喝采を浴びていた。そして、どや顔で両手を上げていた。

「倒されたほうも笑って健闘を讃えてくれたな」

 少女だからと侮る事もなく、凄いな、と。笑って肩を叩いた。……今となっては気安いとも思うが、祭りの最中だ。その後に握手を交わしたことを覚えている。

 リーネも笑って頷いて、

「さすがまきょ、……扶桑皇国だねっ!」

「…………リーネちゃんまで魔境っていうようになったんだね」

 言いかけた言葉を察し、芳佳は曖昧な笑みを浮かべる。リーネはそちらに視線を向けないようにする。

 そして、ぽん、と。

「宮藤、…………もう、諦めろ」

 シャーリーは芳佳の肩を叩いて沈鬱な表情を浮かべた。

 と、障子が叩かれる音。

「みんなー、お菓子だよー」

「お、気が利くな」

 豊浦の声。どうせみんなでのんびり語るつもりだった。夜更かし前提ならお菓子があった方がいい。

 歓迎の言葉とともにシャーリーは障子が開く。お盆にたくさんの金平糖とお茶。

「はい、どうぞ」

「ううん、寝転がりながら食べるのも行儀が悪い気がしますわ」

 難しい表情のペリーヌ。「なら食うな」とエイラには「冗談じゃありませんわ」と軽く応じ、

「それじゃあ、明日には戻るから、ゆっくりしていきなさい」

「あれ? 行っちゃうのか?」

 背を向ける豊浦にシャーリー。彼は難しい表情で振り返って「それはもちろん、君たちはここでこのまま寝るんでしょ?」

「せっかくだし豊浦も夜更かししないか?」

「あのね、シャーリー君」

 ごろごろと強請るシャーリー。豊浦は彼女を少し乱暴に撫でて「女の子が寝床に男性を招き入れるものじゃないよ」

「いいじゃん。……なー?」

 振り返り同意を求める。「さんせーっ」とルッキーニは両手を上げる。

 他、見てわかるほど歓迎の意を表明する数人から視線を逸らして「ペリーヌ君」

「その、わたくしを最後の良識みたいに扱うのやめてもらえません?」

 ちょくちょくこういう場面で水を向けられるペリーヌは難しい表情。けど、にやー、と笑って、

「いーんではないですの? 今更そういうことをするようには思えませんし? ここにはトゥルーデさんもいらっしゃいますし?」

「そうだな。何かあったら私が鎮圧しよう」

「それ前提なら普通は「ああもうっ、往生際が悪いっ」わぷっ」

 ぐだぐだと渋る豊浦。その後ろからエーリカが突撃。そのまま押し倒す。

「私たちがいいって言ったらいいのっ! ぐだぐだ言ってないで付き合えーっ」

「ああもう、わかった。わかったよ。

 ほら、エーリカ君、離れて離れて」

「ちぇー」

 離れる、というよりは引き離されるエーリカ。豊浦は溜息。

「まあいいか、いくつかお土産も用意しておいたし。

 はい、リーネ君」

「え?」

 ぽん、と渡されたのは一冊の本。

「本?」

「扶桑皇国のお菓子の作り方だよ。リーネ君、興味あったみたいだから」

「お菓子、……あ、ありがとうございますっ」

「いいなあ、私も勉強したい」

 ぽつり、芳佳が呟く。豊浦は困ったように「ごめんね。それ一冊しかないんだ」

「じゃあ、芳佳ちゃん。一緒にお勉強しよ」

「うんっ、…………え? あ、ちょっと待ってっ、軍務はっ?」

「あ、」と、リーネ。けど、

「大丈夫よ。宮藤さん、リーネさん。

 いい、お菓子は私たちの戦意高揚につながるわ。お菓子作りは軍務に必要な技術よ」

 ミーナは真剣な表情。トゥルーデがその向こう側で遠くを見ている。何か諦めたのかもしれない。

「あ、あはは。……ええと、じゃあ、芳佳ちゃん。

 その、時間の合間に、ね」

「うん、そうだね」

「本当にありがとう。豊浦さん。

 今度、扶桑皇国風のお茶会とかしてみようかな」

「あら、それはいいですわね。

 その時はぜひわたくしも参加をさせていただきますわ。緑茶にお菓子、とても楽しみですわね」

「あとは炬燵だねっ! 大丈夫、どんなものかはばっちり覚えたから、ウルスラに量産してもらうよっ!」

 力強く請け負うエーリカ。

「いいなっ、私の部屋にも炬燵頼む」

「あたしもーっ」

「ちょっと待て貴様ら、炬燵はともかくちゃんと訓練はするのだろうなっ?」

 《STRIKE WITCHES》の半数を無力化した炬燵の猛威を思い出し問い詰めるトゥルーデ。対して、

「視線を逸らすなっ」

 そっとそっぽを向く少女たち。

「そうね。いざというときに炬燵から出られませんでしたなんて問題よ。

 みんなは迅速に動けるようにしなければいけないもの」

 ミーナもトゥルーデに続く。トゥルーデが真面目に頷く。

「だから、エーリカ。ウルスラさんには私の分だけ頼みなさい」

「そうだな、ミーナの、…………ちょっと待て」

「そうだー、なんでミーナの分だけなんだー」

 エーリカの抗議にミーナは大人らしい笑みを返して、

「だって私は隊長よ。書類仕事も多いし、事務仕事を効率よく行うためにも、リラックスした状態で仕事に向かうのは当然ではないかしら?」

「綿入れとか持ち帰るんですね」

 リーネの言葉に「当然よ」とミーナ。そして彼女はリーネを撫でて、

「リーネさん。お茶とお菓子、楽しみにしているわよ」

 綿入れを着こみ炬燵に潜り緑茶と菓子を傍らに指揮をするミーナ。…………あまりにも現実的すぎる光景にトゥルーデは頭を抱えた。

「はい、それとエイラ君」

「ん、私にもか?」

 こちらも一冊の本を渡される。リーネが受け取った本よりも厚い。

「何の本だ?」

「按摩、それと針治療やお灸についてもね。…………そうだね、扶桑皇国の古い医療についてまとめた本、と思ってくれていいよ。

 疲労回復とかに効果があるから、少しずつ勉強するといいよ」

「そうかっ、ありがとな豊浦っ」

 ぱっ、と笑顔。こっそりと下心はあってもサーニャが疲れを引きずっているのは嫌だ。彼女のために出来ることはしてやりたい。

「うん、……けど、ちゃんと勉強をするんだよ。

 針とかお灸はもちろんだけど、按摩も、やりすぎたりするとよくないからね」

「ん、解った。気を付ける」

「エイラ、練習はいくらでも付き合うから、いつでも声をかけて、ね」

「う、……うん。…………ええと、最初は下手かもしれないけど」

 手を取るサーニャに、エイラは少し気まずそうに視線を逸らして、サーニャはふるふると首を横に振る。

「けど、苦手だったシールドもちゃんと出来るようになったでしょ?

 エイラは頑張ればなんだってできるわ。私、ちゃんと知ってるから」

「……うん、頑張る」

 エイラにとってそれはあまりいい思い出ではない。情けないところを見せてしまった。……けど、

 彼女にちゃんと見てもらえている。そう思うと嬉しい。

「エイラさん。それ、私も読んでいい?」

 ひょい、と芳佳が顔を出す。エーリカも興味津々と覗き込む。

「ああ、そういえば宮藤は医者目指してるんだったな。

 いいぞ。……んー、それなら私の部屋じゃなくてどっかみんなが読める場所に置くか」

 その提案を聞いて、ミーナは未来の事を考える。

 綿入れを着こみ炬燵に入ってお茶とお菓子をお供に仕事をして、仕事が終わったらマッサージ。

「…………完璧ね」

「いや、だめな気がする」

 きりっ、とした表情のミーナにトゥルーデは呆れたように応じる。長い付き合いだ。何を考えているかなんとなく予想つく。

「むー、本はいいからお兄ちゃんが一緒がいー」

 ころころとルッキーニは駄々をこねる。我侭はわかっているけど、せっかくの機会だし我侭言ってみる。

「なかなか、そういうわけには行かないと思うんだけどね。ほら、君たちのいるところは軍事施設なんだよね?」

「ああ、それなら大丈夫だ」

 確かに、基本的に軍事施設は民間人立ち入り禁止。ましてやウィッチたちの基地ならなおさら。

 軍人で、特に許可の下りた者のみが入れる。……が、例外もある。

「隊長であるミーナの従兵なら当事者同士の合意があればすぐにでもなれる」

「え? そうなの?」

 豊浦は意外そうに応じる。トゥルーデは頷く。

「我々ウィッチは、基地のウィッチたちが食事の準備などの家事をしている。

 もちろん、軍事活動を最優先にすべきで、家事の類まで軍人がやるのは時間の浪費という意見もあるが、倫理的な問題もあってな。仮に女性ならそのあたり問題ないのだがウィッチではない女性の軍人は少ないし、軍人でない女性を安易に軍事施設に入れるわけにはいかない。だから、生活のサポートをするための従兵に関しては隊長の裁量でどうにでもなる」

「ふふ、よかったわね皆。規則的には問題なさそうよ」

 くすくすとミーナは笑う。もちろんミーナも歓迎。いろいろ賑やかな部下の面倒を見てくれると非常に助かる。

「そっかあ、そうなるとミーナ君の従兵かあ。…………僕はミーナ君の言う事を聞かないといけないんだね」

 ぴたり、と。誰かが動きを止める。

「そうねっ、……ふふ、楽しみだわ」

 仕事中のお供にお茶とお菓子、終わったら凝り固まった肩のマッサージ。……そんな理想に一歩近づけそうでミーナは表情が緩む。

「サーニャ、ミーナがなんか悪い表情してるよ。あれは豊浦にあれこれ我侭押し付けようとしてるね。間違いない」

「……うん、豊浦さん。命令とか何も考えないで言うこと聞きそう」

「み、ミーナさん、どんな命令するの。……あ、あの、あ、あんまりそういう事は、だめ、です」

「まっさーじとか、……むう、そういうえっちなのはだめなのに」

 隅っこでこそこそと話をする少女たち。聞こえた言葉に固まるミーナ。彼女の肩が叩かれる。振り返る。重々しい雰囲気のシャーリーは真面目に口を開く。

「ミーナ、えろい命令しちゃだめだ」

「しないわよっ!」

「……………………ミーナ君?」

「しないったらしないわよっ! やめなさいっ、そんな不審の目で見るのは止めなさいっ!」

 全方位から胡散臭そうな目で見られ、ミーナは突っ伏した。

「別に基地暮らしでなくてもよろしいなら、わたくしの故郷でも歓迎しますわよ。もちろん、復興のお手伝いが条件ですが」

「あー、ずるーいっ! ロマーニャだって復興中だしっ、お兄ちゃんに助けて欲しい事たくさんあるもんっ」

 豊浦の後ろから抱き着いて顔を出すルッキーニ。

「それでね、それでね、お兄ちゃんと一緒に観光したりお買い物したりマリアに紹介したりするのっ!

 だからペリーヌだめっ」

「駄目じゃありませんわよっていうか遊んでばっかりじゃないですの。

 それに、これは、領主、からの要請ですわ」

 ふっ、と格好よく笑うペリーヌと威嚇しながら抱き着くルッキーニ。そして、シャーリーは楽しそうに口を開く。

「ペリーヌがついに男を家に誘い込んだか」

「誤解を招くようなことを言わないでくださいっ! 空き家ですわ、あ、き、やっ! わたくしも離れの一つや二つ用意できますわ」

 ペリーヌ怒鳴る。そして、また格好よく笑う。

「ま、わたくしは行くつもりはありませんけど、リーネさんとかが空き家で一人寂しく暮らしている豊浦さんのお世話をしたいというのなら、ええ、咎めるつもりはありませんわよ」

「は、……はいっ! 頑張りますっ! 私、いっぱいいっぱい頑張りますっ! ちゃんとした、お、お嫁さんになれるように家事もたくさんたくさんお勉強したから、大丈夫ですっ」

 二人きりの生活。そんな事を考えて精一杯応じるリーネ。

 けど、

「その時は私も行きますからね。豊浦さん」

 にっこりと、鉄壁の笑顔で芳佳。二人きりに割り込まれてリーネが頬を膨らませる。

「え、……えーと、リーネ君、芳佳君」

 なぜか目の前で勃発した冷戦。豊浦はおろおろして、

「あの、…………サーニャ君、ええと、これはどうすれば?」

「…………ふふ、簡単ですよ。豊浦さん」

 問いかけられて、サーニャは楽しそうに、少しだけ、意地悪く微笑む。

 微笑んで、彼の手を取って、

「エイラと、私の両親を探すお手伝いをしてください。

 そうすれば大丈夫です」

「「えっ?」」

 唐突な言葉にぎょっと振り返るリーネと芳佳。けど、エイラは頷いて、

「そうだな。豊浦いろいろ出来そうだしな。知らない場所に放り込んでも問題ないだろ。いけるいける」

「大変でも、豊浦さんがいてくれたらきっとやり遂げられるわ。ね、エイラ」

「そうだなー、ん、それはそれで楽しそうだな」

 エイラはその様子を想像して笑みを浮かべる。ここに来て、豊浦を含めてみんなで過ごした時間は楽しかった。

 今度はオラーシャでサーニャの家族を探してうろうろしながらそんな生活を続ける。それはそれで楽しそうだ。

 家族を見つけられず失意を得る時もあるだろう。情報を探し求めて右往左往する事もあるだろう。……けど、それでも、最後には笑って乗り越えられる。そう思ってる。

「君たちは僕を何だと思っているのかな?」

 異国など行こうと思った事さえない豊浦は溜息。

「それで、両親に紹介したいです。……私の、好きな人です、って」

「そうだな。そのためにはちゃんと両親を探さないと、……………………え?」

 したり顔で同意したエイラは言葉の意味を理解して硬直。サーニャはかすかに紅潮したまま、楽しそうに、少しだけ、悪戯っぽく微笑み。

「会ってくれますか?」

「あ、…………いや、えーと」

 豊浦は硬直。もとよりすぐに返事が来るとは思っていないし、なんとなく、この想いがすれ違っていることはわかってる。だから固まる豊浦に笑みを向けて、

「にゃぎゃぁああああああああっ」

 謎の悲鳴を上げるエイラが突撃し、サーニャも巻き込まれて三人転がった。

 そのままサーニャを抱きしめて威嚇するエイラ。……そして、それさえ楽しいのか、サーニャはエイラの腕の中でくすくすと笑う。

 結構笑い上戸なのかもしれない、と。豊浦は転がったままぼんやりとサーニャを見ていると、微笑。

「まあ、見ての通りだ。すぐに来て欲しいとは言わないが、みんな歓迎するし特に問題もない。

 連絡を入れてくれば迎えに行こう」

 トゥルーデの言葉に豊浦は笑って「そうだね。……まあ、考えてみるよ」と、応じた。

「来てもいいけどサーニャに変なことするなよっ! 絶対だかんなっ!」

 

 賑やかな話も一段落。流石に寝顔まで見るわけにはいかない、豊浦は部屋に戻る。

 豊浦、……と。

「入ってきなさい。リーネ君」

「…………ばれて、ましたか」

 困ったような表情でリーネが顔を出す。豊浦は頷く。

「尾行にはなれが必要だよ。

 さて、どうしたんだい?」

「…………その、……豊浦さん」

「ん?」

「豊浦さんは、……サーニャさんやハルトマンさんの事、……その、」

 俯く。豊浦は苦笑。困ったようにリーネを撫でて、

「好き、…………と言いたいところだけどね。

 うん、好意を持っているという意味なら好きだよ。二人の事も、もちろん、リーネ君の事もね。……けど、きっとそうじゃないんだよね?」

「…………はい」

 小さく、小さな声で、ぽつり、頷く。

「サーニャさんも、ハルトマンさんも、…………わ、……私、も、です」

 小さく、けど、必死に思いを形にする。豊浦はそんな少女を撫でて、

「ずれがあったとしてもね。僕は好意を向けてもらえると嬉しい。リーネ君みたいにいい娘なら特にね。

 けどね、リーネ君」

 不意に、言葉のトーンが落ちる。不吉な事を感じ、リーネは顔を上げる。

「異類婚姻譚の結末はたいてい悲劇だよ。

 忘れたかな。僕は、人でなしだ、とね」

 人とは違う存在。怨霊。……それが、たとえ誰かを呪い害する恐ろしい存在ではないとしても、

 それでも、人とは違う存在だ、と。豊浦は困ったように告げる。

 

 だから、リーネは彼を睨みつけた。

 

「リーネ君?」

 見た事もないほど強い視線を向ける彼女に豊浦は首を傾げる。

「けど、……けどっ、それでもっ! 私は、」

 解ってる。豊浦と自分たちは違う。もう数年もすればウィッチとしての力も消える。戦う術も失う。年齢を重ね、いずれは寿命を迎えるだろう。

 けど、彼は変わらない。千年以上をある彼は自分たちが寿命を迎えた後も、変わらずあり続けるだろう。

 解ってる。彼と同じ時間を歩めない事は、……それでも、

「私は、あなたが好き、ですっ! 傍で見守っていて、頑張ったら褒めて頭を撫でて欲しいんですっ! ずっと、ずっと一緒にいて欲しいですっ」

 たとえ、その先にあるのが語られる異類婚姻譚と同じ悲劇であろうとも。それでも、

「私、……ひゃっ」

 手を引き寄せられる。少し、強引に抱きしめられる。

「ありがとう、リーネ君」

 顔を上げる。豊浦は微笑み、リーネの目元に指を当てる。……その指先は、濡れていた。

 涙、と。その意味を察して、

「あ、……れ?」

 抱き締められたまま撫でられる。入っていた力が抜け、代わりに、ぽろぽろと、涙がこぼれる。

「あ、……あの、「いいよ。少し、このままね」」

 抱きしめられて、ぽろぽろと、涙をこぼす。そんなところ見られたくなくて、リーネは豊浦の胸に顔を押し付けた。

 

「落ち着いたかな?」

「…………はい」

 抱きしめられたまま、小さく頷く。

「あの、……ごめんなさい。私」

「いいよ。恋愛感情、……は、違うけど、リーネ君の気持ちは嬉しいからね。

 まあ、少し驚いたかな。リーネ君。大人しい娘と思ってたから」

「見損なっちゃいました、か?」

 激情に駆られて怒鳴り、いきなり泣き出した。……変な娘と思われても仕方ない。

 けど、

「まさか、そういう思いを僕は大切だと思ってる。

 その激情も、恋心も全部ね。……ただ、君たちと同じ気持ちを返せないのは申し訳ないと思うけど」

「…………はい」

 申し訳ない。そういわれて、…………リーネは真っ直ぐに顔を上げる。

「けど、また、……ううん、これからも、遊びに来ていい、です、か?」

「もちろん、僕はいつでも歓迎するよ」

 歓迎してくれる、だからリーネは笑みを見せて一歩離れる。

「私、頑張りますっ!

 また、遊びに来て、いつか、……いつかきっと、先にある悲劇なんて気にしないで、私の思いに応えてくれるように、頑張りますっ」

 拳を握って、可愛らしく気合を入れるリーネ。豊浦は笑みを浮かべて彼女を撫でる。

「そうだね。……未来の事は僕も解らないし。リーネ君と接してるうちに考えも変わるかもしれないね。

 うん、それは楽しみだな」

「はいっ」

 たとえ届かなくても、それでも、この思いを大切にしてくれる。

 その事が嬉しくて、リーネは満面の笑顔で頷いた。

 



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最終話

 

 大江山からの帰り。酒呑が台車を引いて見送りに来た。

「…………それは、何かしら?」

 そこに積まれている、あまりにも眩い物。それを見てミーナは口元を引きつらせて問う。問われた酒呑は、なぜかとても嬉しそうに胸を張る。

「金銀財宝だよっ! 鬼の棲み処から戻ったら持ち帰るものだよっ!

 芳佳は知ってるよねっ! ほら、桃太郎とかっ!」

「知ってますけど、え? あれって自主的に渡していたんですか?」

 豊浦たちの話を聞いて、略奪していったものではないか、と。思っていたけど、

「相手によるよ。君たちにならいいからね。

 ほらほら、お酒もあるよー」

 続く台車には酒樽。それを引いてきた大男、星熊はとてもいい笑顔。

「あ、じゃあ、僕はお酒をもらおうかな」

 乗り気な豊浦に酒呑は手を振って拒絶。

「ううん、……くっ、…………これだけあれば、復興が、……い、いえ、いえいえ、だ、だめですわ。

 わたくしたちの故郷は、わたくしたちが取り戻さないと、……え、ええ、」

 ぷつぷつと何か呟くペリーヌは毅然とした表情で顔を上げた。

「財はわたくしたちの努力で得るものっ! こんな形で得るわけにはいきませんわっ!」

 葛藤を乗り越えて毅然と告げるペリーヌに思わず拍手するウィッチたち。豊浦は感慨深く頷いてペリーヌを撫で、

「酒呑、ペリーヌ君は領主として領地を復興させようと頑張ってるんだ。

 それなのに目の前の財には手を出さず、自力でそれを成し遂げようとしている。凄く偉いと思うよ」

「…………そういう人にこそ贈りたいんだけどね。まあ、それじゃあ仕方ないか。

 いや、残念だ。迷い家に倣って勝手に持っていくわけにもいかないし、…………はあ」

 なぜか酒呑は肩を落とす。軽く手を振って。

「ま、その意志を尊重しないわけにもいかないからね。

 ただ、君たちの事を歓迎したいのは本音。またいつでも遊びに来てよ。…………うん、そうだね」

 酒呑は真面目な表情で丁寧に一礼。

「ご宴会の席にはどうぞ当家をご利用ください。

 幼き英雄である皆さまを、化外の魔物である我々は心より歓迎いたします」

 

「うー、あそこがよかったー」

「……あははは」

 うつろ舟に乗りむくれるエーリカ。同感なリーネは曖昧に笑う。

 ちなみに、サーニャは不機嫌な仔猫のように威嚇するエイラに従ってエーリカの隣に座る。左腕にエイラはしがみ付く。

「ま、諦めなさい」

「さすがに二人も三人も抱える事はできないだろう。

 無理して落ちられても困る」

 トゥルーデの正論に肩を落とす。シャーリーは膝に乗るルッキーニを撫でて「ま、少しは譲ってやれ」

「ちぇー」

「ふふ、ま、前途多難な恋路でしょうけど頑張りなさい。

 私は別に誰も応援しないけどね」

 ミーナは楽しそうに笑う。恋路、改めてその言葉を聞き、リーネは頬を染めて、

「……恋、なのかな」

 ぽつり、サーニャが呟いた。

「む、違うのか? 違うのか?」

 恋路、改めてその言葉を聞きサーニャにしがみ付いたエイラは顔を上げる。その表情には微かな期待。違うならまだチャンスはある。

 そんなエイラを撫でて、

「酒呑さんとお話をして、酒呑さん、豊浦さんの事を師匠みたいなものって言ってました。

 先生としていろいろ教えてくれるような関係もいいなって、……だから、」

 サーニャは胸に手を当てる。ここにある気持ちが恋なのか、あるいは、

「慕っている、……この人に手を引いてほしいと思ってる、のかもしれないです。

 けど、」

 にやー、と笑うエーリカに、サーニャは笑みを返して、

「ふふ、けど、誰よりも一番、私の事を見て欲しいです」

「むー」

 むくれるエーリカと微笑むサーニャ。「それで、エイラはどっちに味方するんだ?」

「私に味方してくれるよね?」「それじゃあサーニャとられちゃうよー?」

 シャーリーの問いかけにサーニャとエーリカが追従。

「…………う、……」

 サーニャの味方をしたい。けど、とられるのはやだ。……だから、

「うう、豊浦のばかーっ」

「え? なんで罵られるの?」

「うるさいばかーっ! 全部お前が悪いんだーっ!」

「僕が何やったのっ?」

 向こうから混乱したような声を上げる豊浦。「ごめんね。エイラ」とめそめそし始めたエイラをサーニャは撫でる。

「わ、私だって負けませんっ! 私も、……私も、頑張りますっ」

 ふんっ、と拳を握るリーネ。ルッキーニは頷いて「えろりーねっ」

「それじゃありませーんっ」

「リーネっ、が、頑張るのは、……いや、だめだっ! そういうのはまだ早いっ! まずは頑張る内容をちゃんと報告してだなっ」

「バルクホルンさんに報告ですかっ?」

「なんだそれ、アプローチを事前報告とか、新しいなっ」

 愕然とするリーネとけらけら笑うシャーリー。……そして、

「ふふ、……ま、けど、それもウィッチとしての義務を果たしてからね」

「ん、もちろん、途中で投げ出すなんてしないよ。それに、」

 一息。

「学ぶこと、考えることも多いしね」

「ええ、そうね」

 頷く。鉄蛇や酒呑達、化外の魔物も他人事とは思えない。

 欧州にも伝説で語られる怪物はいくらでもいる。もしかしたら、今回の鉄蛇のように古くからあり、強大な力を得たネウロイもいるかもしれない。

 鉄蛇の情報は随時送っている。すでに調査について話は進んでいるだろう。そうなれば、さらに激しい戦闘が始まるかもしれない。

「みんな、上とも掛け合って早めに時間をとれるようにするわ。

 欧州、……いいえ、伝手のあるすべてのウィッチに、ここ、扶桑皇国で見聞きしたことを伝えていきましょう。

 規格外のネウロイも存在する。それを知らせて警戒を促すだけでも意味があるわ。……それに、」

 一息、ミーナは視線を前に向ける。

 そこに座る彼を見て、

「戦う意味を、考える事もね。……何も知らないまま戦うのもいいでしょうけど、その場合、怨霊に祟られる覚悟をする事ね」

 それぞれの理想、大切なものがある。それは、敵対する誰かも同じ。

 なら、それを知り、ただ否定するだけではない。せめて、敵対した誰かの謳う正義を、理想を知り、考えていかなければならない。

 否定し、拒絶し、葬るのではどこかに怨念が堆積する。扶桑皇国ではそれが怨霊として形作られたが、それぞれの国ではどうなるか解らない。

 だから、……ミーナは自分の手に視線を落とす。この国で学んだことを忘れないように、自戒するように言葉を紡ぐ。

「引き金を引く、これからはその意味を考えて、戦いましょう」

 

「座りにくくないかい? 芳佳君」

「ううん、大丈夫」

 芳佳は豊浦の膝の上に座り、空を舞う。

 ぽつり、と。

「豊浦さんは、欧州には来ないんだね?」

「そうだね。今のところ、僕はこの国から出るつもりはないよ」

 それが、自分の在り方だから。……と、豊浦は微笑み芳佳を撫でる。

「じゃあ、……戻ったらお別れ、だね」

 いつまでも欧州を空けているわけにはいかない。鉄蛇はすべて討伐した。これから横須賀に戻り、すぐに欧州に飛ぶ。

 清佳たちに挨拶をする程度の時間はあるだろう。……けど、それだけ、

 だから、

「…………そうだ。芳佳君。

 先に話しておこうかな」

「うん」

 彼の話、問いに豊浦は微笑み。

「強くなるんだよ」

「……え?」

 とても、とても端的な言葉。芳佳は戸惑い声を上げ、豊浦はそんな彼女を丁寧に撫でる。

「この国を、僕たちみたいな化外の魔物から守りたいのなら、もっと強くならないとだめだよ。

 鉄蛇との戦いを見てたけどね。あれじゃあ、守れないよ」

「…………うぐ、た、確かに、豊浦さんに比べたら、未熟、だけどお」

 この国を祟り害するなら止める。その意思は変わらない。……けど、豊浦はあれだけ苦戦した鉄蛇を一人で消滅させた。実際に戦って勝てるかは、自信ない。

「僕、だけじゃないよ。

 芳佳君、言仁には会ったね、彼にも、そして、尊治にもね。酒呑とならいい勝負は出来ると思うけど、…………何より、ね。とても強くこの国を怨んでる《もの》がいるんだ。

 尊治みたいに楽しんで戦おうとか、言仁みたいに無関心とも違う。動き出せば本気で滅ぼしにかかる。そして、彼は強いよ。彼なら鉄蛇を全部まとめて一撃で消滅させられるほどにね」

「そん、……な、に、……そんなのが、いるの?」

「顕仁、《天下滅亡》を請願しそれを形にする怨霊。その権能は言葉通り天下、万物の滅亡。

 人だろうがネウロイだろうが、あらゆる存在を滅亡させる。防御しても防御ごとね」

「そんな」

 想像も、出来ない。……そして、そんな存在にどう相対していいか、それも解らない。

 けど、

 ぎゅっと、拳を握る。永い、永い歴史を持つ扶桑皇国。そこに堆積した国さえ滅ぼす怨念。

 それを強く意識し、それでも、ここは大切な故郷、大好きな人のいる場所。……絶対に、守りたい。

 拳を握り、豊浦に視線を向ける。そこに不安あっても、迷いはない。

「それでも、私は守ります。

 その《もの》の声を聞いて、怨念を知って、出来れば、言葉を交わして、それでも、どうしてもこの国を滅ぼすのなら、私は、戦います」

 たとえ、その怨念を背負う事になったとしても、それでも、守りたい。

 きっぱりと告げる芳佳に、豊浦は少し寂しそうに、眩しそうに目を細めて、

「ん、……豊浦さん?」

 膝の上の彼女を抱きしめる。ぽん、と頭を撫でて、

「頑張る娘は僕も好きだよ。けど、無理はしないで、君の友達と一緒にね」

「…………うん」

 一人で抱え込み、一人で頑張ろうとしたこと、それを思い芳佳は神妙に頷く。気を付けないと、と。

 自分一人では手に負えない事なんていくらでもある。おそらく、豊浦の話した《もの》達はその誰もが自分一人では手も足も出ないような存在。……けど、

 けど、あの強力な鉄蛇を打倒したように、みんなで力を合わせれば、きっと出来る。

「大丈夫、私だけじゃない。みんなと、みんなで強くなるよ。

 豊浦さんにだって、負けないんだからっ」

 笑顔で応じる芳佳。豊浦は、大丈夫、そう思って彼女を撫でる。

 大丈夫、後ろで言葉を交わす少女たち、みんないい娘だから。……きっと、彼女を支えてくれる。

 遠い、遠い子である彼女を、……だから、きっと大丈夫。それが嬉しくて豊浦は微笑む。

「いつか、また帰ってきたら会おうね。……いろいろ教えてあげるし、紹介したい《もの》もいるんだ。それに、見てもらいたいところもね」

「ほんとっ!」

 思わず、声が跳ね上がる。豊浦は微妙な表情をしていたけど、尊治とはもっと遊びたいし、酒呑とも話をしたい。

 それに、四季の間は奇麗だったし、言仁の言っていた龍宮にも興味がある。扶桑皇国、この、大好きな故郷の、もっといろいろなところを知りたい。

 故の笑顔に豊浦は頷く。

「もちろん、友達も連れておいで、あの家に来れば、僕もすぐに行くからね」

 友達、後ろで賑やかにはしゃいでいる大切な仲間たち。魔境といわれると微妙な気持ちになるけど、この国の奇麗なところを一緒に見て回りたい。

 そしてまた、みんなで過ごしたあの家に戻って、

 けど、

「……………………出来れば、」

「ん?」

「豊浦さんと、二人きりも、いいな」

 告げて、「え?」と声を上げる豊浦。彼の問いはとりあえず横に置いて飛ぶ先を見る。戦場に向かう時とは違う、穏やかな空。そして、後ろにいる彼の事を感じる。

 男性の、大きな体。体重を預けて「つまりね。豊浦さん」

 疑問の声を出した彼に、わざと、小さな声をかける。ちゃんと聞こえなかったのか彼は覗き込み。

 

 近くにある彼の頬に、ちょんと、口付け。驚いたように目を見開く彼に、

「貴方の事が好きです。っていう事っ」

 華のような笑顔で、少女は思いを告げた。

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 

 井上照、と名乗るウィッチがいる。

 

 光を操る固有魔法を持つ彼女。今回、《STRIKE WITCHES》の欧州帰還に合わせて、欧州でその能力を評価するために同行する。

 飛行、シールドを駆使した防御はぎりぎり欧州前線でも耐えられるレベル。だが、銃撃を含めた攻撃能力は低く、個人戦力としてはあてにならない。彼女の真価はその固有魔法にある。

 視界に届く光量を操作しての遠視。周囲の光を視界内に集中させての全方位視認。そして、他のウィッチの視界に光を集めることで彼女自身と同様の視界を得ることが出来る。もっとも、制御が面倒なためあまりやらないが。

 何より、夜間でも曇天と同程度の光を数時間にわたり確保することが出来る。これにより夜間戦闘が専用の訓練を受けていないウィッチでも可能となり、夜間戦闘に大きな貢献をはたせる。…………可能性がある。

 訓練では連続五時間の使用が可能であり、実戦に耐えうると計測されたがそれはあくまでも訓練の結果。実戦で同様の成果が出せるかは不明。何より、彼女の固有魔法をあてにして交戦し、その途中で固有魔法が解除されたら、夜間戦闘に慣れていないウィッチは唐突に闇夜での戦闘になる。そうなれば、全滅の可能性さえある。

 故の試験運用。扶桑皇国では太鼓判を押していたが、前線である欧州のウィッチからすれば有用そうだが同程度に扱いの難しさも感じている。ゆえに、あまり期待していないがとりあえず物は試し、という形の派遣となった。

 そんな事情で欧州に向かう彼女は、横須賀市近くにある山村の空き家を訪ねる。そこで庭の掃除をしている彼を見て、笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、このたびはご活躍お疲れ様です。豊浦臣」

「……なんで、君がいるの?」

 視線は鋭く冷たい。まるで、

「なんでって、挨拶に来たんですよ。

 私、欧州に行く事になりましたから、ほら、あの、すとらい、く、うぃっちーず? でしたっけ? この国に来た、あの、可愛らしい英雄たちと一緒にね」

 くすくすと笑う。対照的に、豊浦の視線はさらに冷たくなる。……おそらく、芳佳がいたら震えあがるであろう、国を滅ぼす怨霊にふさわしい目で彼女を睨む。

「なにを企んでるの?」

 

 彼の問いはウィッチに向けられるものではない。だって、彼女は、正確にはウィッチではない。

 かつての皇女。伊勢斎王として日の女神に仕え、皇后として生き、けど、讒言により愛する子とともに投獄、そして、殺された。

 殺された。……だから、龍と語られ都を祟り帝を呪い、平安の名を冠した一つの時代の始まりを彩った兇悪な怨霊。

 

「なにって、楽しそうな事ですよ」

 井上廃后は、嗤った。

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 





 以上でこの御噺は終わりとなります。お付き合いいただき誠にありがとうございました。
 タイトルを見てもわかる通り、完全に趣味に走った御噺です。原作に忠実なストライクウィッチーズの二次創作を期待していた人には期待外れだったと思います。

 相変わらずジャンルは不明。日常も戦闘も恋愛も思った事を詰め込んでみたので楽しく書けました。
 ネウロイさえ独自進化のタグのもと好き勝手やりました。やりすぎた感はありますが。この辺りも許容できればストライクウィッチーズの二次創作は話の幅が一気に広がりそうです。ブリタニアの白い竜(ネウロイ)復活。それを機にアヴァロンに籠っていた古代のウィッチ(ウィザード?)のアーサー王がウィッチたちと共に戦うとか。いくらでもネタは出てきそうです。

 何はともかく無事完結。
 ウィッチたちを可愛く書けてればいいなあ。……それと、蘇我豊浦がちゃんと書けている事を願います。
 蘇我豊浦(=聖徳太子 =蘇我入鹿)という設定のために非常に複雑な背景のお方。それに違和感のないキャラクターとして書けていればいいのですが、いかがなものだったでしょう?

 メインテーマは歴史から抹消された《もの》たちの行きつく場所。
 高名なとある民俗学者は山人を縄文人の末裔と定義したそうですが、個人的な解釈は歴史に埋没させられた蘇我、物部、三輪、葛城といった古代豪族の末裔と考えています。
 もちろん、確証はありません。気楽にネタにする古代史と妖怪の話などそんなものでしょう。もとよりフィクションの二次創作、『私の考えた日本史』をねじ込むにはちょうどいい舞台です。
 御噺のいろいろなところにその手のネタをねじ込んでいます。蘇我と陰陽の関係や、登場した将門が豊浦の事をひょうすべと呼んだこと、豊浦が言仁の事を蛇と呼んだこと、がそうですね。好きなんですよ。その手の妄想を膨らませるのが。
 もし、興味があったら追いかけてみてください。もっとも、歴史に関わる事ではあっても、真っ当な歴史(大河ドラマとか)好きに話したところで、何言ってんだこいつとかいわれるのがオチでしょうけどね。
 では、長くなりましたがこれにて閉幕。

 おしまいにこの一説を、

「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」
 ――――『遠野物語』より、


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