バカとテストと幻想獣 (koth3)
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第一問 白玉楼の従者


またまた新しい作品を書いてしまいました。堪え性のない作者が莫迦なんです。
それと、東方を知らない人は少しわかり辛い部分があるかもしれません。その場合、ご質問して下されば、必ずその点を詳しく明記します。一応、後書きにもある程度は書きますが。


 第一問 鍋の材料にマグネシウムを使ったが、火にかけると問題が発生した。その問題点と代わりに使うべき合金の例を一つ上げよ

 

 魂魄(こんぱく)妖灯(ようひ)の答え

 

 合金の例 比緋色金

 

 教師のコメント

 その合金は伝説の中にしか存在しません。

 

 霧雨魔理沙のコメント

 

 火には強いけど、逆に熱を通さなくなっちまうぜ

 

 西村先生のコメント

 

 筆記用具は毛筆禁止。および、楷書で書くように

 

 

 

 

 今の季節だと人里では桜が蕾となって、膨らみ始めている頃だろう。幻想郷にある白玉楼。つまりは冥界でもあるこの場所にも、春のうららかな陽気が流れ始めている。もっとも、いくら温かくなっても、命無き世界であるこの場所に、普通の花は咲かないのだが。

 そんな事を考えながら、今日も今日とて門を守るための準備を終えて出かける寸前に、珍しく幽々子様から話があると告げられた。

 一体何かあったのだろうか? そう思いながらも、言われた通りに、白玉楼の一室に向かう。障子には幽々子様の影が見えて、中に幽々子様がいる事がわかった。

 

「失礼いたします」

「良いわよ~」

 

 間延びした声を聞きながら、静かに障子を開ける。開けた先には、妖怪栗饅頭がいた。栗饅頭が山となって重なりながら、異様な速度で消費されていく。どうやら朝食の後の、おやつの時間のようだ。しかし、あれだけ食べても太らないというのは、男の私ではわからないが、女性には羨ましいのではないだろうか。人里の女性全てに喧嘩を売っているような気がしないでもない。以前も、妖怪の賢者とそれが原因で喧嘩したという事もあったくらいだし。

 

「それで、話とは?」

 

 関係の無い事をつらつらと思っていても、それは時間の無駄だろう。そう判断して、私は妖怪栗饅頭改めて、そこから顔を出された幽々子様に問いかける。

 幽々子様は普段と変わらず、青色の“ふりる”とやらが沢山ついた着物を着ていらっしゃっている。妖怪の賢者より送られた贈り物で、特にお気に入りのようだ。本人曰く、同じ服はいくらでもあるけど、この服が一番お気に入りという事だが、私にはさっぱりその違いが分からない。

 

「少し、貴方に大切な話が合ってね」

「はぁ」

 

 大切な話? 一体何が? ハッ! まさか! 幽々子様の食費で、とうとう白玉楼の貯蓄が無くなった!? だとしたら、確かに大切な話だ!

 

「貴方が考えている様なものとは多分違うわよ」

「え? では、食費で貯蓄がなくなるという事は」

「そんなこと起きる訳ないでしょうに。幾ら私でもそこまで食べないわ」

 

 ……如何しよう。幽々子様のおっしゃった言葉が、到底信じられない。このお方なら、悪い意味でやってしまえそうで非常に怖い。

 

「そろそろ本題に入りましょう」

「はい」

 

 姿勢を正して幽々子様のおっしゃる言葉を待っていると、信じられない言葉を聞いたような気がする。

 

「信じられない、じゃなくて事実よ。今日を持って、しばらく魂魄妖灯の暇を出します」

 

 暇を出された? 暇ってなんだっけ?

 

「口を開いたままでは見っともないわよ。閉じなさない」

「はっ! 失礼いたしました。ですが、お待ちください幽々子様! 何故私が暇を出されなければならないのですか!?」

「わからない?」

「はい」

 

 ため息をつかれた!? 何故だ!? それほど私の勤務態度は悪かったのか? いや、紅魔館の門番と違って、私はきちんと職務を遂行しているはずだ。つい先日も、人間が白玉楼へ入ろうとしたのも阻止したはず。

 

「貴方は変わらなさすぎるからよ」

「変わらなさすぎる?」

「そうよ。冥界とはいえ、この地にも時間は流れている。時間が流れれば変化は起きる。けれど、貴方だけはいつまでも過去に縛られて、未来へ進み、変わるという事をしない。そんな頭の固い従者は、一度暇を出して、修行に出て世界を見てもらう事にしたのよ」

「ちょ、一寸待ってください、幽々子様! お言葉ですが、ここは死者の世界。変わる必要はありません。死した魂魄を集めて、使役し、変わらぬ日々を過ごせばよいのです」

「嫌よ、そんな世界。雅じゃないわ」

 

 み、雅と言われましても。そもそもここ自体、昔はもっと狭く、庭などなかったような状態だったではないですか。

 

「それで貴方には少し世界を見てもらうわ。人間の作り出す世界を」

「いえ、幽々子様? 私の意見は無視ですか!? そうなのですか!? というより、何故そうなるのです!? 普通に、他の勢力を訪れて、見て回れば良い話では!?」

「うふふ、簡単な事よ。貴方の悪癖の一つの、人間嫌い。いえ、人間コンプレックスを治そうと思ったのよ。大体、妖怪は入っても良いけど、人はダメって基準が可笑しいもの」

「全く答えにはなっておりませんよ!?」

「というわけで、貴方には外の世界で高校生をやってもらいます。外で必要な事は紫がしてくれたわぁ」

 

 抗議をしようと口を開いた瞬間、

 

「えっ?」

 

 嫌な浮遊感がして、真下にぽっかりと黒いスキマが開いていた。飛ぼうと思う前に、私は落ちてしまった。何処につながるかわからないスキマの中に。

 

 

 

 

「良かったのでしょうか?」

「あら、良いのよ」

 

 その様子を隣の部屋から確認していた、妖夢が顔を出してきた。あの子と本当にそっくりな顔立ちに、服。唯一の違いはもっている物が二振りの刀と、穿いているのがスカートという違いだけかしら?

 それにしても、あの子は少し過去に囚われ過ぎている。これ位の荒療治は必要。そうでもしないと、巫女も普通の魔法使いも白玉楼に来れなくなっちゃうわ。

 そうなってしまうと、私がつまらないし、暇を持て余してご飯を食べるしかなくなってしまうもの。

 

「それだけはおやめ下さい!!? そんな事が起きたら、白玉楼が財政難で潰れてしまいます!」

「貴方達兄妹は、どれだけ私を大食いと見ているの!?」

 

 後々、魂魄家の二人兄妹、魂魄妖灯と魂魄妖夢が揃ったら、厳しく私をどう思っているか糾弾しましょう。

 

 

 

 

 一人で、召喚獣システムの調整をしている時に、かつて慣れ親しんだ力を感じた。振り返ってみると、やっぱりあの人、いやあの妖怪がいた。

 

「あら、一寸見ない間に、随分と老けたものね」

「もう私から見たら久方ぶりさね。もう、何十年前だい? 私が幻想郷に迷い込み、外へ出るときにあった時以来さね」

「そうだったかしら。御免なさないね。私にとっては、高々数十年程度。人間には長すぎたみたいね」

 

 まったくだよ。私よりはるかに長生きだというのに、未だに若々しい、それこそ十代でも通りそうな目の前にいる少女、八雲紫には、ある種の女特有の怒りが込み上げてくる。私はこんなに皺くちゃになったというのに、何でこいつはあった時から変わらないんだい。

 

「それが人と妖怪の違いだからよ。人間では決してまねできない何か。だからこそ、人は恐怖してそれに妖怪という枠組みを与えた。自分たちが理解できるように。そしてその枠組みの中には、長命というのも含まれていただけ。中には異常なまでに短命な妖怪もいるわ。(くだん)とかね」

 

 ふん。あれはどちらかというと、神の使いだろうに。

 

「それで、幻想郷の賢者、八雲紫が一体こんなババアに何の用だい?」

「あら、話が早いわね。少しだけ貴方に頼みたい事が有ってね。とある理由で人間不信になった幻想を受け入れてもらいたいのよ」

「無理さね」

「あら、何でかしら?」

 

 分かり切っているというのに、一々言わせるつもりなのかね。そもそも、幻想と呼ばれるものは大概妖怪。人間に悪意ある存在が多いし、例え悪意がなくとも力が強すぎる。その妖怪にそんなつもりはなくとも、相手をさせられる人間の体がついていけずに壊される場合もある。それに、そもそも、そんな事はこいつ自身が一番よく知っているはずだ。

 

「そもそも幻想はこの世界に居れなくなったから、幻想郷に行く羽目になったんだろうに。短い時間ならまだしも、如何やって学校生活なんてさせるつもりだい?」

「それなら簡単よ。特殊な結界でね、その人物を人間に一時的にするの。私以外には発動する事すらできない特殊な結界よ」

「有り得ないね。性質ってのはそう簡単に変わるもんじゃない。aという物質をa’にするのに、力を加えなければならないが、それには正しい方法で、且つ正しい手順を持って始めて変化を促す事が出来る。さらに大前提としてその為には因子が必要。元々、人になれるという因子がね。妖怪にはそんな因子を持つ物はいないだろうに」

「ええ。確かにそうね。それが妖怪ならね?」

 

 妙に含むさね。一体何を隠しているんだか。

 

「だけど、元々半分が人間なら話は別。力自体、人間よりはるかに優れるとは言っても、妖怪ほどではない」

「まさか、アンタ!」

「そう。私が生徒にしてほしいという相手は、魂魄妖灯よ」

 

 ……ハァ。こいつは本当に。

 

「断れないのはお見通しって訳かい」

「ええ」

「わかったよ。魂魄妖灯を入学させるさね」

「よろしくね~♪ あ、そうそう。幻想郷に住んでいた影響で、基本的に現代の技術云々は使いこなせないから、余計な機械は持たせないほうが良いわ。壊されたくないならね」

 

 まったく、本当に困ったもんだよ。それにしても、まさかね。今頃縁が合うとはね。……ゃん。

 

 

 

 

 

 




できれば、一言でも良いので、感想を下さい。駄目だしオンリーでも良いです。むしろそちらの方が悪い点が分かるのでうれしいです。
東方知らない人へ
冥界 死んだ人が集まる世界です。
白玉楼 冥界にある建物。
西行寺幽々子 作中で幽々子様と言われた人。亡霊で、すでに死んでいます。のほほんとした呑気な性格に見えて、かなり辛辣な毒を吐く事も。
魂魄妖灯 半人半霊と呼ばれる人間と幽霊のハーフ。オリキャラ。
魂魄妖夢 妖灯の妹(オリ設定。二振りの刀を持っている。
妖怪の賢者 八雲紫と呼ばれる女性の事。幻想郷という村を博麗大結界で遮断して、幻想を守った妖怪。胡散臭い笑みを浮かべ続けている。
比緋色金 日本の神話に出てくる合金。とにかく熱に強い。
霧雨魔理沙 比緋色金を使われて作られた道具を持つ魔法使い。ただし、『普通の』という前書きが付く。


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第二問 組分け

コメディが、コメディしていない! 
作者、ギャグが苦手ですので仕方がないのですが、それでもこれは酷いような。只、しばらくしたら主人公もFクラスに毒されていくので、ギャグが増えるはずです。


 白玉楼で見た桜と言えば、西行妖位なもので、やはりこうして見ると美しい花を咲かせるものなのだなと気が付かされた。普段、花見などにはいかないから、その美しさなどは見たことが無かった。

 通学路の途中にある桜並木を眺めながら、その美しい風景に心を思わず奪われていた。だが、今の私は不本意だが学生なのだ。遅刻するわけにもいかない。幸い、紫様に用意された家を出た時間は、かなり余裕のある時間だった。このままでも十分間に合うだろう。

 坂を上り来たところに、依然転入試験というものを受けた時に、教室を案内してもらい世話になった寺子屋の教師を見つけた。“すーつ”という礼服を着て、その逞しい肉体を窮屈そうに収めている。他には浅黒い肌と渋い声が特徴的だ。性が確か、西村だったはず。

 

 「魂魄妖灯だな?」

 「はい、そうです」

 

 例え、私の方が年上だったとしても、今この場においては私の方が立場は弱い。ならば、それ相応の対処をしなくてはならないだろう。

 

 「お前のクラスがこの中に書いてある。そのクラスが、これから一年間過ごす事になるクラスだ」

 「分かりました」

 

 そう言って手渡された封筒を破き、中を確認すると、そこには『魂魄妖灯……Fクラス』と書かれていた。

 

 「お前はまず、一般常識を学べ」

 

 

 

 第二問 以下の意味を持つことわざを答えなさい

 

 (1)得意な事でも失敗してしまう事

 (2)悪い事が有った上にさらに悪い事が起きる事

 

 魂魄妖灯の答え

 (1)止まる厄神

 

 先生のコメント

 一体厄神って?

 

 鍵山雛

 失礼ね! 例え転んでも止まらないわよ!

 

 

 

 

 ……何と言うのか。余りにも差がありすぎるのではないだろうか?

 Aと書かれていた札が掛かっていた教室の施設は、良く分からないが必要以上にいれたりつくせたりだったと思う。それと比べて、Fと書かれた札が掲げられていた教室は余りにも酷い。畳は痛み、ボロボロ。硝子はひび割れて、中には穴が開いてすらある所も。さらに、卓袱台に至っては、脚が壊れて三脚になっている物すらある。

 しかし、住めば都とも言う。幾らか我慢すれば慣れるだろう。それに、お爺様と妖夢と一緒に修行していた頃には、野外で一か月過ごすという事もあった。しかし、妖夢が段々と嫌がり始めてからはしなかったが。何やら、臭いが酷くなるからやめたいとか。幽々子様まで味方して、結局その修行は行われることはなくなってしまい、いやいや、余計な思い出に浸っているわけにはいかない。さっさと席に着かせてもらおう。

 

「っ!?」

 

 うん? 組の人間が何故、私に注目しているのだ? 少し気にはなるが、態々話す必要はないな。さっさと席に座ろう。

 

「すまないが、私の席を知らないか?」

「あ、ああ。席は自由だ。気に入った場所を選んで、勝手に座ってくれ」

「わかった」

 

 不必要な会話をする必要はない。何せ、私は異物でしかない。何時か消えてしまう泡沫に過ぎないのだ。ならば、話をしたってそこに両者が得るものなどはない。

 そんな益体の無い事を考えていたら、鐘の音が聞こえた。どこかに鐘突き台でもあるのだろうか。見たところ、鐘はないし、そもそもの音が全く違った。ゴォーンと言う、腹に響く音ではなく、軽快な音だった。そこまで考察しながら、鐘の音が気になり、外に鐘がないか、もう一度探すために窓から外を見た。ほんの何気ない行動だったが、そこには二人の影が見える。一つは先ほどの西村教諭だろう。大柄な体は、その影だけでも十分にわかる。では、その隣の影は何だろうか? おそらくは、遅れた、つまりは遅刻した生徒か。噂によると、遅刻した生徒は教師によって頭突きを喰らうという事が文々。新聞にあったのだが、それはどうやら、というより何時ものように違うようだ。

 幻想郷の事を考えたのがいけなかったのだろう。暫くの間、只々白玉楼に居られるはずの、幽々子様の事を思い浮かべてしまう。必要以上にお食事をとられていないか。妖夢は他の幽霊たちと一緒に台所に駆り出されていないか。あいつは包丁を持ったら、何故か振り回す癖があるからな。以前、斬られかけた。というより、切裂かれた。何とか生き残ったが、台所禁止令が出たはずだ。しかし、だが。やはり心配だ。ああ、私が外に居たら、白玉楼が一体如何なるか! やはり無理にでも外の博麗神社を探して、そこから博麗大結界を……!

 そんな事を決めかけていた時、愛嬌のある声が聞こえた。おそらくは先ほどの人影の主だろう。気に留める必要も……。

 

「ちょっと遅れちゃいました♪」

「早く座れ、この蛆虫野郎」

 

 ……。聞き間違いだろう。幾らなんでも、いきなり《蛆虫野郎》はない。それはもはや挨拶とかではなくて、唯の暴言だ。そう思って、落ち着こうとしたら、

 

「聞こえていないのか? あぁ?」

 

 脅す口調で、そんな言葉が吐かれていた。教壇にいる、赤いたてがみを思わす髪型の、少し粗野な感じがする青年は組の仲間に、いくら遅れていたとしてもそんな風に責めたのだ。幾ら、無関心でいようとした私でも驚いて、二人の様子を見てしまったとしてもなにも可笑しくはない。

 

「……雄二、何やってんの?」

 

 しかも、それでいながら知り合いらしい。あんな罵詈雑言を交わしあう知り合いというのは何だ!? 私が知っているのは、妖怪の賢者と幽々子様が喧嘩している時ぐらいしか知らないぞ!? それだって、そこまで酷くはない。何時までもネチネチ文句を言い続けるくらいだ。……いや、それはそれで面倒なんだよなぁ。本当に。仲直りしたくなった幽々子様の使いで、結局私が遣わされるし。そして、何時も九尾の狐と顔を合わせるようになって。この頃、顔を見合わせると、条件反射的にため息を二人して同時についてしまうようになってきた。この二人の関係がせめて、まだ健全であることを願おう。

 しかし、その後の彼らの会話を聞いている限り、健全のけの字も見つからなかった、それどころか、組の人間を兵隊とまで言い切った。

 そこまで言った雄二とやらは、しかしすぐにヨレヨレな、疲れ切った体裁の中年の男性によって、教壇から一旦追い出された。

 

「席に座ってください。HRを始めますから」

 

 担任の先生のようだが、何と言うか幸が薄そうな人だな。そんな感想が思い浮かんだあと、すぐに、“ほーむるーむ”とやらが始まった。

 

「二年 F組の担任、福原慎です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、後ろの板に何かを書こうとしたのだろう。しかし、筆がないためか、諦めたらしい。すぐに口を開いて、備品の確認を始めた。

 

「卓袱台と座布団は支給されてますか? 不備があれば申し出てください」

 

 やはりこれがこの組の備品なのか。あまりに酷すぎるとは思うが、そもそもこの組になったのは私が原因。ならば、文句を言うのは筋違い。それに、今のところ、私が使っている場所は何とか、無事だ。

只、私が無事だという事はほかの人が無事というわけではない。

 

「先生ー! 俺の座布団、ほとんど綿が無いです」

 

 綿が無い座布団とはこれいかに? それは只の布だろう。しかし、幾らなんでもひど――

 

「我慢してください」

 

 えっ?

 

「せんせー、俺の卓袱台に至っては脚が折れています」

「木工ボンドを使って後で直してください」

「窓が割れていて、寒いのですが」

「ビニル袋とセロハンテープの支給を支給を申請します」

 

 いや、いやいやいや! それはもはや備品の確認ではない! というより、いくら何でもひどすぎないか? 壊れている物品を大切に使うのはまだしも、それを無理やり使うのは良くない事だぞ! 付喪神が妖怪化してしまうだろうに。外の世界の人間は、そう言った事を気にしないのか?

 

「必要なものがあれば、自分でできるだけ調達して下さい」

 

 もはや呆れて、何もいう事が出来なくなってしまった。

 

「では、自己紹介でも始めましょう。廊下側からの生徒からお願いします」

 

 そうして自己紹介が始まった。一人、一人と自己紹介を終えていき、私の番になった。静かに立ち上がり、――やはり全員に注目されてしまっている。できるだけ簡潔に終えよう。そう決心して、静かに口に出す。

 

「魂魄妖灯と申します。宜しくお願いします」

 

 それだけ言って、さっさと座らせてもらおう。何せ、見られるのは好きじゃない。誰だってそのはずだ。見世物は嫌だ。私の自己紹介からしばらくして、過激な言葉が出てきた。

 

「趣味は、吉井明久を殴る事です☆」

 

 ……世も末なのか。女子がそんな事を言うようになるとは。というより、幾らなんでもそんな事をこの場で言っても良いものなのか? そんな疑問はあれど、すぐに他の人物たちが挨拶を終えていく。そして、ある生徒の番になった。

 

「――コホン。えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んで下さいね♪」

 

 “だーりん”? どういう意味なのだろうか? 後で辞書で調べてみる――

 

『ダァァーーリィーーン!!』

 

 耳が! 耳が! 余りの莫迦声に耳が壊された!? はっ! これが道売新聞に書かれていた音響兵器と言う奴か!

 それにしても未だに耳が痛い。幾ら結界の所為で本来の身体能力から離れていても、この身は人間よりは強い。それは聴覚などの五感もそう。だから、こんな叫び声を間近で喰らってしまっては、耳が可笑しくなるの当たり前。耳をふさいでおけばよかった。

 目の前がちかちかして、星が見えるがそれを努めて無視して、首を振り意識をはっきりさせる。なかなか治らないが、何とかなった。

 しかし、挨拶を聞いていて、だんだんと暇になってきた。アレ以降は、特に変わった様子がない。だから、私は何をして暇を潰そうか。そう考え始めていた。白玉楼にいたころは、ひがな一日、妖怪が書いた小説を読んで暇をつぶしていたのだが。長命の妖怪が書いただけあって、異常なほど作品が長く、時間を忘れるにはちょうど良かった。しかし、まさかこんな所で読むわけにはいかない。そもそも幻想郷の物品を持って来れなかったのだし。

 する事もなかったので、呆けていたら、漸く最後の生徒の番まで来たようだ。これで終わるか。そう安堵したが、その挨拶は今まで全く違った。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 

 それからは、教壇にいる少年の独壇場だった。この組の生徒が持つ不満を煽り、士気を高め、良いように言葉で翻弄して自分の意志を言い放った。これから先の闘いへ向けて高らかに。

 

「――FクラスはAクラスに、『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」

 

 きっとこの時からだろう。閉じかけていた私の世界がもう一度開き始めたのは。

 

 

 




東方を知らない人向けの簡易紹介
厄神  厄を司る神様。最高位としては、八十禍津日、或いは大禍津日の神と思われる。
鍵山雛 厄神の一人。元々は流れ雛。その為か、厄をその身に貯める。何時も回っている。
文々。新聞 天狗によって発行されている新聞。大概、事実を曲解してねつ造されて面白おかしく書かれている。
射命丸文 文々。新聞を書いている天狗。烏天狗であり、飛行速度は幻想郷一と言われている。


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第三問 使者はししゃでも、死者の間違いじゃ?

 第三問 以下の英文を訳しなさない。

 「this is the bookushelf that my grandmother had used regularly」

 

 魂魄妖灯の答え

「ら、蘭学は知りません!!」

 

 先生のコメント

「英語です」

 

 八雲紫

「懐かしいわね。少し前は英語も洋学と言ったのよね」

(少なくとも百年以上前の話)

「何か言ったかしら?」

 

 

 

 余りにもそれは現実的じゃない発言。しかし、それは周りの生徒もそう思ったのだろう。あちらこちらから弱気な声が挙がっている。中には、『姫路さんさえいれば!』という趣旨の発言も飛び交っている。いや、途中可笑しな発言はあったが。

 確かに彼らの言うとおり、如何やっても戦力差はつき過ぎている。そもそも、F組にいるという事は、学業成績が悪いという事だ。転校する際、学業が不得意な人間が集まるのだと説明された。それに反して、A組は学業成績が優秀な生徒が集められる。一種の身分制のようなものらしい。

 その事から考えると、やはり試験召喚戦争、通称試召戦争は行っても勝ち目は少ないだろう。幾ら試召戦争が、学力以外にも影響を受けるからと言ってもだ。学力が戦闘能力となる召喚獣という種類の式を呼び出して、組同士が戦いあう。それが試召戦争だ。しかし、私と私意外の学力は基本的に低い。それに私に限っては、召喚獣の操作が不慣れな事から考えるに、戦力にはなれないだろうし。

 だが、目の前の男は吠えた。負ける可能性が高い事を知っていて、それでも勝てると力強く。

 

「そんな事はない。必ず勝てるさ。いや、俺が勝たせて見せる!」

 

 雄々しい発言だ。しかしそれでも、周りの生徒は不安なのだろう。しきりに怯み腰で、弱弱しい反論を口から出すばかりだ。

 しかし、その反論は絶対的な自信を持った坂本によって否定される。その程度の事で心配しているのかと。

 

「根拠がない? いや、あるさ! このクラスだからこそ、試召戦争に勝てるんだ!」

 

 その言葉を受けて、多くの生徒はどよめきを表に出す。戦力差を覆すというのは簡単にできるものではない。だからこそ、出来ると断言した目の前の男に、少しだけ興味が出た。

 そんな坂本は、明久を一瞬見てニヤリと笑った。

 

「今から説明してやる。おい、康太。畳に顔を突けて姫路のスカートを覗いていないで、前に来い」

「…………!!(ぶんぶん)」

 

 いや、それは余りに苦しいだろう。頬に畳の痕が残っている。というより、何故あれで隠せると思ったのだろうか。

 

「土屋康太。此奴が有名な寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だ」

 

 “むっつりーに”? 一体、どういう意味なのか? 不思議に思ったが、すぐ聞こえてきた言葉に納得すると同時にこけてしまった。

 

『ムッツリの名に恥じない姿だ……』

 

 そこか!! そこなのか!? というより、どれだけ周りに性欲があると思われているのだ。あの少年は。だが、すぐに少年は流されて次の要因の説明が行われていく。

 

「姫路の事は説明する必要はないだろう。皆だってその力はよく知っているはずだ」

「えっ? 私ですかっ?」

「ああ。ウチの主戦力になる。期待しているぞ」

 

 ふむ。如何やら彼女は勉強が得意なようだ。……あの妖怪の賢者は何も言わずにここに入れさせたから、学業についていけない。……勉強しなければ駄目だな。自分よりも若い人間に負けるのは何となく嫌だ。

 

『そうだ、俺たちには姫路さんがいるんだった』

『彼女ならAクラスにも引けを取らない』

『ああ。彼女さえいれば何もいらないな』

 

 窓から二列目、四番目の奴はさっきからどれだけ姫路アピールしているんだ? 暇さえあればアピールし続けているじゃないか。

 

「木下秀吉だっている」

 

 秀吉というのは、先ほどの女形になれそうな少年か。

 

『おお……!』

『ああ、そう言えば彼奴、確か木下優子の……」

「当然俺も全力を尽くす」

 

 ざわざわと、今までと違った意思がこの組を覆い始めた。諦めかけていた組に闘志の火をつけるには十分だったのだろう。今にも戦おうとする血気盛んな空気が出来上がった。

 しかしこれは拙い。確かに士気というものは何をおいても重要だ。孫子ですら、士気の高い軍隊に手を出すなと警告しているくらいなのだから。だが、高ければすべてが良いというわけではない。士気が高く勢いがあるという事は、反対に考えれば歯止めが効かないという事だ。止まらなくなり、引き際を間違えて、後戻りできない損失を受ける可能性も高い。さて、この士気を保ちながら、如何やってこの組にいる全員に冷静さを戻す?

 

「それに、吉井明久だっている」

 

……シーーーン――

 

 な、何だ? 痛いほどの沈黙が訪れたぞ? 

 

「一寸雄二! 何で僕の名前を底で呼ぶのかな!? 僕の名前を挙げる必要性はないよね?」

『誰だ、吉井明久って?』

『知らねぇ。お前は知っているか?」

「ほら見た事か! せっかくの盛り上がりがかげって来たし! って、何で僕の事を睨むの!? 士気が下がったのは僕の所為じゃないよね?」

 

 場が冷静になったのは良いが、何と言うか、居た堪れない空気が。

 

「そうか。知らないやつがいるようだから教えてやる。こいつの肩書は《観察処分者》だ」

 

 観察処分者? 確か、この学校に入学した時に、私もその肩書にさせられたな。

 

『それって、莫迦の代名詞じゃなかったか?』

「ち、違うよ! 一寸茶目っ気のあ――」

「莫迦の代名詞で合っている」

 

 ちょ、一寸待て! それじゃあ私はたった一回試験を受けただけで、莫迦と言われたのか!? 納得いかん!

 

「あの、それってどういうものなんですか?」

 

 姫路という女子生徒の質問に、坂本が詳しい返答した。

 その言葉を聞きながらも、私は何故観察処分者にさせられたのか考え続けていた。

 

『おおーーっ!!』

 

 っ!!? 少し考えこんでいたせいで、周りの事を忘れていた。

 

「俺たちに必要なのは卓袱台ではない! Aクラスのシステムデスクだ!」

『うおおーーっ!!』

 

 鬨の声を上げながら、組のほとんどすべては盛り上がっている。そんな中、坂本と吉井が言い争っている。いや、その争いは終わったようだが、宣戦布告の使者とは。……帰ってこれるのだろうか?

 

 

 

「騙された!」

 

 帰ってきて第一声がそれとは。吉井が必死な表情で叫んでいるが、逆に坂本は平然とした顔で、

 

「やはりそうなったか」

 

 言い切った。いや、ほかにいう事が有るだろうに。その後も二人は言い争いを続けて、数名の生徒が集まっていった。如何やら、吉井を心配した生徒たちのようだが、姫路は吉井を心配して、島田も心配(?)して話しかけていた。まあ、すぐに坂本が“みーてぃんぐ”と評して、廊下に出て行ってしまったが。

 あ、待てよ。確か試召戦争ってあの二つ以外の科目も出るという事だよな。……拙いかも。

 

 

 

 

 




次回、何故妖灯が拙いといったのかその理由が明かされます。というより、すでに分かっておられるでしょうが。
今回の東方説明会はなしです。八雲紫については以前説明しているので、説明はなしです。


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第四問 莫迦な!? この味は!!

Dクラス戦はカットします。というのも、本文中に理由が出ます。


 【問題4】

 以下の文章の( )に正しい言葉を入れなさい。

『光は波であって、( )である』

 

 魂魄妖忌の答え

『直線』

 

 教師のコメント

『確かにそうですが、残念ながら違います』

 

 霧雨魔理沙のコメント

『まあ、最終的にはどんな加速度でも直線となるからな』

 

 

 

 

 D組との戦いで、私は一切の活躍をしなかった。いや、活躍できなかったのならまだ良い。闘う事すらできなかったのはきっと私だけだろう。

 

「だから、何で貴様は鉛筆を持っていない!? 硯で墨をするな! 和紙じゃないんだ。墨で書かれたら裏までうつる! そして、草書体で書くな! 読める先生が極端に減るんだ!」

 

 ただいま、補習室で西村教諭につきっきりで指導されている。試召戦争の戦場に出たは良いが、召喚した際に、所持点数が零点だったために自動的に戦死扱いになってしまったからだ。

 そのあまりの酷い結果にだろう。戦争が終わって、他の組の人たちは帰ったのだが、私だけはさらに補習をすることになってしまった。窓硝子に映る自分の顔を見て、思わずため息をついてしまう。何が悲しくてこんなことをしているのだろうか。

 それにしても、数学とは何ぞや? 英語とは? 元素? 陰陽五行説は何処に? 現代文? なぜに文語体ではないのだ?

 

「ほら、俺の鉛筆と消しゴムを貸してやる。それに、付きっきりで教えてやるから、せめて中学生の問題くらいは解けるようになれ」

「……はい」

 

 結局帰れたのは、酉の刻が終わり、戌の刻になるころにようやく解放された。

 ……勉学に少し励もう。自分よりも若い者たちに負けるのは悔しい。そう決心して、すっかり夜が更けた道をとぼとぼ気落ちしながら家路についた。

 

 

 

 翌日、学校に登校して少しだけほっとした。今日はテストの点数を補充するために、戦争を仕掛けないらしい。正直助かった。昨日は数学で召喚した瞬間戦死したからな。少しでも点数が有れば、戦時はしたとしても戦えないという事はあるまい。

 あの後、西村教諭に手渡された復習用“ぷりんと”を徹夜で仕上げた。おかげで、多少は数学や、英語なども知る事が出来た。……お爺様に言われて読み書き算盤を習っておいて良かった。今そう真に思う。でなければ、徹夜での勉強でも間に合わなかったような気がする。

 一夜漬けであっても、あれだけ勉強をしたのだ。1点くらいは取れる筈。これで召喚して戦死になる事はなくなり、面目丸つぶれという事はなくなった。

 さあ、後は実践で成果を試すだけ。試験を頑張ろう。

 

 

 

 何とか午前中の試験を終えた。結果はどうなるかわからないが、それでも依然受けた時よりかは問題が解けた。それだけで、胸のつっかえが少し無くなった。

 軽くなった気持ちのまま、私は家から持ってきた昼飯を食べるために屋上へ上がっていく。癖なのか、昼は空が見えている状態でないと、食べた気がしない。何時も白玉楼へ通じる坂道の門の上で食べていたからな。だからか空の下で食べるのが一番落ち着く。午後の試験の為にも英気を養わなければ。そう思っていたが、扉を開けてすぐに後悔した。

 

「あれ? 魂魄君。君も屋上でご飯を食べに来たの?」

 

 私は一人で食べたかった。そう言いたいが、それを言ってしまえば、不和を招く。そしたら余計私に注目が集まるだろう。何故だかわからないが、私は他の人間からかなり注目されているから、これ以上の注目は避けたい。……仕方がないか。

 

「ああ、そうだ」

「だったら一緒に食べようよ。今からみんなで食べるから」

 

 うん? 何か様子が可笑しい? それに後ろで倒れているのは土屋か? 熱病にうなされているかのように体全体が震えているが。何が起きた、いったい?

 怪しさはあるが、ここでいきなり違う場所へ移るのは不審すぎる。そう思い、渋々彼らの集まりの方へ近づいていく。断るべきか考えたが、会話をしなければ別に良い。そう考えて、結論を彼らに告げる。

 

「別にかまわないが、特に話すことはないぞ」

「別に良いよ。それより一緒に食べよう」

 

 ……怪しい。怪しすぎる。あの笑みは何かの策が成功した時の妖怪の賢者が浮かべる笑みだ。ああいった顔をしている時は、大概何かしかけている。とはいえ、このまま弁当を食べるしかない。警戒しておこう。そう心に書き留め、彼らの輪から少し外れた所に座り、竹の皮で出来た弁当を外していく。中身は握り飯二つにたくあん三つ。

 

「珍しいのう。古き良き知恵という奴じゃな」

「別にそう珍しいものではないだろうに」

 

 今でも幻想郷ではこれが普通だ。幸い、迷いの竹林から採れる竹はものすごい速度で成長する。幾らとってもなくなることはないから、竹林の一番外側の竹を切って、それを利用して幻想郷では様々なものが作られている、正直言って、外の世界ですぐに捨てられるものと違い、いつまでも使えるので重宝する。まあ、この皮は何処にでも捨てられるというのが重宝される理由だが。

 実際今の私でも、竹はいくらでも用意できる。少々疲れるが。自分で用意したため、私の手持ちはほとんど竹でできたものである。

 

「あん? 何だ、魂魄か」

「坂本か」

 

 考え事をしていたら、坂本が手にたくさんの円柱状の何かを手に抱えてこちらにやってきた。この世界に来てそこらで見た無人販売所の商品のようだ。販売所は使った事がないが、少しだけ名あみの商品には興味がある。

 そんな事を考えていたが、気が付いた。今私の座っている場所だと、坂本の通行の邪魔になる事に。少し場所を変えて移動できるようにしてやろう。

 

「すまんな」

「別にかまわない」

 

 手を顔の前に置きながら、そう言う坂本に対してどうでも良いと感じながらも、一応儀礼的にそう返す。坂本は私のわきを通り、そのまま流れるように、

 

「へぇー、なかなかうまそうだな。どれ一つ貰うぜ」

 

 姫路が持っていた弁当箱から卵焼きを一つだけつまみ、口に運ぶ。中々綺麗な見た目のそれはしかし、見た目とは裏腹の何かがあったらしい。

 坂本が行き成り地面に倒れ、体中を痙攣させている。それは私に一つの結論を導かせるには十分すぎた。何よりも、私は見た。坂本が倒れた瞬間、こちらをちらりと見て仕損じたという顔をした吉井の顔を。

 それからすぐに視線で会話をしながら、彼奴らは次なる犠牲者を決めようとしている。早く逃げなければ……! 下手をすれば私も――

 

「よろしかったら、おひとついかがですか」

 

 しまった! 逃げ遅れた!

 拙い。此処で断るのはできる。だが、姫時の後ろにいる吉井達がそうはさせない。その顔は黒い笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

(もちろん、断らないよね?)

(ック! 罠だったか!)

 

 後悔した時にはもう遅かった。逃げ道はふさがれた。……ならば覚悟を決めるしかないか。

 

「一つ、……頂こう」

「ハイ! 自信作なんですよ」

 

 つまんだのは鳥の揚げ物。油で揚げるそれは、他の料理より複雑な味付けを必要としない。精々下味をつける程度。ならば、味はほかの料理と比べても大丈夫なはずだ。

 一体何があるというのだ。見た目は普通だ。そう、普通なのだ。だがそれは先ほどの卵焼きにも言える事。卵焼きを食べた坂本は倒れた。ならば私もそうなるのか? いや、私は大丈夫なはずだ。

 つまんだものを口に恐る恐る放り込む。口に入れた瞬間、グサグサと衣が口内を傷つけ、噛み切った鶏肉の中からどろりとした液状の、しびれる痛みが舌に感じられる。しかも、先ほどの傷に染みる。

 まさか彼奴以外にこれほどまずい料理を作るものがいるとは! だが、だがこの程度で()が倒れるとでも? ()を倒したかったらこれの三倍は持ってこい!!

 

(どう見る、秀吉?)

(見る限り、雄二達ほどの状態ではないの。あの顔は先ほどと殆ど変っておらん。もしかしたら、二人の反応が大げさすぎたのかもしれんぞ?)

(ば、莫迦な!? アレを食って倒れないだと!!?)

 

 ハッ! しまった! 驚きの余り、我を失っていた! 吉井達を止めようと顔をそちらに向けたが、既に二人とも料理をそれぞれつまんでおり、口に入れかけていた。

 

「ま――」

「「いただきます(じゃ)」」

「て……」

 

 遅かった。

 食べた二人は冷たい石床に倒れて白目を剥き、がくがくと体を痙攣させている。

 

「お二人ともどうしたんです?」

 

 いや、お前がやったんだ。そう言いたくなってしまったが、伝えるのは酷というものだろう。口角が引くつくのを自覚しながら、私は笑い続けるしかできなかった。




妖灯既にポイズンクッキングには耐性持ちです。昔、何度も似たような味を食べ続けた経験があるのです。
また、今作での妖灯の学力は、得意科目以外は明久以下です。
今回の幻想郷見聞録
迷いの竹林 竹林。しかし、その実態は竹林で片付けて良いものではない。常に異常な速度で成長する竹の所為で、方向感覚と現在地が分からなくなり、迷ってしまうという恐ろしい竹林。 


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第五問 初めての試召戦争

 第五問 

 問 以下の問いに答えなさい。

 『ベンゼンの化学式を書きなさない』

 

 魂魄妖灯の回答

 『弁財天の間違いでは?』

 教師の回答

 『吉井君と土屋君と一緒に、職員室に来るように』

 虎丸星の回答

 『そこは毘沙門天でしょう。やはり』 

 

 

 あの惨劇の弁当事件の翌日、何とか吉井と木下は学校に来れるまで回復していた。それでも顔色は青ざめており、体もふらふらと危なっかしげで、見ているこちらの心臓に悪い。経験からわかるが、今日の朝食まで何も口に出来なかったはずだ。かなり辛いだろう。

 心配になったのは私だけではなかったようで、あの弁当を食べた全員が集まり、深刻な顔をして何かを話していた。私は参加していないから分からないが、恐らくはあの弁当に対する対策を練っているのではないだろうか。気持ちは分かるが、あの弁当に対策などは意味が無い。慣れるしかないんだ。何時かきっと、彼らにも分かる日が来るだろう。あれ? 何でしょっぱい水が目から出てきた。

 内心で過去の様々な料理を思い出し、こみ上げてきた吐き気と悲しみを抑えながら、沈んだ心を無理やり立て直す。

 

「午後からはB組との試召戦争だからな」

 

 午前中の試験が低かったら、もはや目に当てられないだろう。それに、これ以上周りから莫迦扱いされるのは嫌だ。握り拳を胸の前に置き、ぐっと力を入れる。目指せ、五十点越え!!

 

 

 

 

 B組戦が始まる前、私は前線の“さぽーと”をして、出来るだけ多くの敵と戦うように坂本に言われた。話を聞く限り、今の私は召喚獣の操作に全く触れていない。だから今のうちに慣れるようにという事だ。その為には経験を積むしかない。出来るだけたくさん召喚して、操縦に慣れるしかない。

 実際、B組線が始まり、すぐに坂本の予想通り前線は激戦地になった。あちらこちらから聞こえる救援を要請する声。その声が聞こえたらすぐにそちらへ赴き、召喚獣を出して戦う。それの繰り返し。急転する戦地に、だんだんとF組の人員が押され始めてきている。どうにか姫路がいる事で、戦意はいまだ高いままだが、このままではB組に押しつぶされてしまうだろう。如何にかして抑えないと。

 

「F組、魂魄妖灯参る」

 

 他の戦線より押されている場所に、私は駆けて行き召喚をする。先ほどまで戦前に居た人は、急いで離れ、試験を受けに帰っていく。後は私がそれの支援をするだけだ。

 

召喚(サモン)

 

 召喚されたのは、私を小さく、そして可愛らしくした状態に獣耳を付けた姿で現れた。手には一振りの槍を持っており、服装は緑色の肩衣袴を着ている。

 召喚獣は、私の意志を反映して動き始める。先ほどまで何回か召喚して、だいぶ慣れてきた。それでもわずかな違和感があり、動きが遅いがそれでもこれだけ動けるのなら十分だ。

 私の点数と相手の点数が表示される。

 

『Bクラス 里井真由子 数学 142点 VS Fクラス 魂魄妖灯 数学 45点』

 

 召喚された相手の召喚獣は、小刀を逆手に構えている。鎧は軽装で、見るからに素早い動きで相手を封殺する接近戦主体の相手のようだ。逆を言えば、接近させなければ良い。それにあの軽装を見る限り、相手の防御力は低いはず。

 私はすぐに間合いを詰める。どうせ、細かい動作が出来ないんだ。ならば速攻を仕掛け相手を慌てさせ、武器の差を利用するしかない。剣道三倍段、兵器の王様。そう呼ばれる槍の恐ろしさを味わえ。

 相手もこちらの動きに合わせて、少し遅れたが召喚獣を接近させてきた。しかし私はすぐに召喚獣の足を止めさせ、槍を正面に構える。腰を深く落とし、反動に耐えられるようにどっしりと。逆に、相手は小刀の間合いまで近づこうという焦りがあり、私の動きにとっさに反応できなかった。 

 

「嘘!」

 

 少女の叫び声とともに、相手の召喚獣は槍に突き刺さり、大きく点数を減らす。しかし、こちらも相手の突進の威力で手首に衝撃が来たのか、こちらも点数が下がってしまった。捻ったように鈍い痛みがわずかに手首に来たが、それを無視する。如何やら槍の角度が良くなく、衝撃を逃がしきれなかったらしい。

 

『Bクラス 里井真由子 数学 87点 VS Fクラス 魂魄妖灯 数学 38点』

 

 だが、未だ相手の召喚獣は槍に突き刺さっており、ぬけ出せてはいない。これほどの機会はそうそう来ない。焦りはない。確実に屠る。

 突き刺さっている槍を、捻りながら押す。柔らかいものを貫く感触が手に奔り、確実に貫いたことを伝える。

 

『Bクラス 里井真由子 数学 0点 VS Fクラス 魂魄妖灯 数学 38点』

 

 向こうの召喚獣は腹に風穴があき、後ろにぐらりと傾いていく。しかし倒れる前に光の粒子となり、消えていった。

 

「戦死者は補習だ!!」

 

 それと同時に西村教諭がどこからか出てきて、いや、本当にどこから出てきた!? 先ほどまで姿を見かけていなかったぞ!

 西村教諭に抱えられ、今まで戦っていた相手は悲鳴を残して補習室へ消えていく。彼の体格などからか、ヤマコを思い出してしまった。一度そう思うと、もうそれ以外に見えないな。しかも抱えていたのは人間の少女だし。

 

「サンキュー、魂魄! 助かったぜ」

「あ、ああ」

 

 何となくもやもやとした納得いかない感情が浮かんできたが、それを何とか殺してまた意識を戦争へと向ける。

 首を振りあたり一帯を見回してみたが、何時の間にか押し始めてはいるが決着はまだ付きそうにはない。やれやれ、今日一杯では終わりそうにないな。

 

 

 

 

 

  




今回は妖灯の召喚獣のお披露目です。次回、妖灯の得意科目の一つが出てきます。
今回の東方百科事典
寅丸星 毘沙門天の代理を務める妖怪虎。ドジ虎。よく宝塔を無くし、怒られる。


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第六問 Bクラス戦終了

第六問

 

 問 以下の問いに答えなさい。

『goodおよびbadの比較級と最上級をそれぞれ書きなさい』

 

 魂魄妖灯の回答

『……』

教師の回答

『間違っても良いのでせめて何か書きましょう。うん、何でしょうか。四隅についているこれは汚れですか?』

妖灯の回答余白

『文字が読めませんでした』(読めるか読めないかの大きさで)

教師の回答

『……』

 

 

 

 

 試召戦争は二日目に突入した。しかし今の現状は些か拙い。

 昨日の努力によって、B組を相手の教室にまで押し込めたのは良い。だが、その後が一考に進まない。B組は防衛線を引き、持久戦に持ち込んできたからだ。元々戦力に圧倒的な差があり、点数で負けている私たちの力ではその防衛戦を突破できる力はない。籠城した相手には三倍で当たる。これは古来から言われてきた事だ。それだけ守りを固めた相手を打ち破るのは難しい。そして、その戦力は私たちにない。

 これを突破できそうなのは姫路だけだ。しかし先ほどから何故だか彼女は動かない。というよりも様子を見る限り動きたいのに動けないように見える。戦いの最中に、一度視界の隅に彼女を掠めた時、悔しそうに唇を震わせ、涙目になっていた。それでも彼女は涙目になるだけで、それ以上何か行動をするわけではなかった。何かをこらえているようにしか見えなかったのだ。

 何故だ? 彼女が戦えないという事はないだろう。彼女は身体は弱いらしいが、昨日も今日も特に調子が悪そうには見えない。じゃあ、何故彼女はああしてただ突っ立ている? 先ほどから彼女の浮かべている表情が頭の隅で引っかかってしまう。 

 胸の奥に出来たしこりが気になり、彼女の様子をうかがっていると、彼女はある地点を見て、いや睨みつけていた。その睨んでいる先が気になり、私もそちらを横目に見た。その先は如何やらあいての生徒だ。だけど、何故彼を睨みつける必要があるのだ? 

 最初は分からなかった。だが、姫路が睨んでいた相手の動きで、詳しくは分からないが大体の事情は分かった。彼が懐から手紙の類いをのぞかせると、彼女は動きを止めてしまったのだから。

 あの手紙はきっと、彼女にとって何か関係のあるものなのだろう。それを利用して、彼女を止めているのだ。

 喉の奥から重い物がこみ上げてくる。何とか我慢して飲み込んだ。だが、ごろりと腑の底にとどまったそれは、私に強烈な不快感を与えた。

 

 

 

 

 姫路一人動かないだけで、かなりこちらにとってきつい状況になっちまった。このままの状態が続くなら、こちらは次第に戦力差に押され始めるだろう。既に、前線の一部は限界が近い。如何にかしなければならない。

 そんな事を考えていた時、明久が俺の元に来て、一つ訪ねてきた。姫路を外させるという話だった。俺はそれを了承する代わりに、明久の奴に一つだけ条件を出した。たった一つ、姫路の分も働けと。

 彼奴の事だ。この場にいる全員の度肝を抜く事を仕出かすはず。それだけで十分だ。あとはその時に、こちらの策が上手くいけば勝利は確定だ。だが、その為にはあと一押し何か欲しい。

 頭の中で何か利用できないかと考えた時、前線で皆のフォローをしていた魂魄が明久と同じように、俺の所へ来た。

 

「坂本、話がある」

「何だ。魂魄?」

 

 何時もよりはるかに硬い声。口から出そうになる何かをこらえたような声だ。吐き出そうとしたそれが何かは分からないが、それでもそれが魂魄にとってかなりの不快なものなのだろう。彼奴の顔は苦虫をかみつぶしたような表情でいた。

 

「私に自由行動を許してくれ」

 

 そして彼奴がいった事は明久と殆ど変らなかった。理由が何かわからない。だけど、二人を動かす理由が何かあるのだろう。しかし、それでも一つだけ分かる。それは、彼奴らは、手を出してはいけないものに手を出したという事だ。彼奴らは二人の怒りを買ってしまうのだ。

 魂魄の鈍く光る冷たい瞳を見て、俺は一瞬喉元に刃物を突き付けられたように感じた。喧嘩で何回か相手がナイフを取り出したことはあるが、それとは全く違う。あんなものがおもちゃに感じるほど、今感じている物は格が違う。 

 

「分かった。お前のしたいように動いてもらっても構わない。ただし、自由とは言っても戦死は許さないが

「十分だ」

 

 背中を流れる汗を極力無視して、俺は普段と変わらない声色になるよう願いながら魂魄の願いを了承した。

 俺の許可を得ると、彼奴は踵を返して戦場へ向かった。彼奴の目的を達成するために。

 

 

 

 やることは一つ。あそこまで啖呵を切ったんだ。もう後ろには下がれない。負けられない。まあ、元々そんな気はないが。邪魔をする奴らは、排除すれば良い。

 教室の方へ向かっていたら、先ほど慌ててどこかへ消えてしまった教師がいつの間にか戻っていた。丁度良い。さっさと片を付けたかったところだ。彼の召喚範囲である前方の扉に足を進め、私は召喚の為に必要な呪文を口にする。

 

「魂魄妖灯、古典で召喚する」

「Bクラス 野長長男応戦します! 召喚」

 

 私が発した呪文に答え召喚されたのは、昨日と殆ど変らない召喚獣。しかし、違う部分もある。それは、

 

『古典 Bクラス 野長長男 243点 VS Fクラス 魂魄妖灯 492点』

「え?」

 

 その腕には赤い腕輪がついており、点数も以前とはけた違いに高いという点だ。

 応戦の為に召喚された相手の召喚獣は、大剣を携えており力強さを感じさせる。とはいえ、今の私の召喚獣と比べたら、力の差は歴然だが。

 召喚獣の点数差に驚いたのだろう。敵は一瞬目を開いて、驚いた。そしてそれは私にとって十分すぎる隙だ。

 一歩足をすり足で前に出す。腰はその動きに合わせて回転する。その回転を殺さず、私は腰を使って、体全体をさらに回す。体中から集められた螺旋を描く回転は、その威力を余さず伝えてくれる。溜まり切った力を解放して、私の召喚獣は槍を突きだした。

 突き出された槍を防ぐため、相手は大剣に身を隠したがそんなものは無駄だ。硬い剣も柔らかい肉も全く同じ感触で貫いた。

 

『古典 Bクラス 野長長男 0点 VS Fクラス 魂魄妖灯 462点』

 

 自身の召喚獣の腹に開いた風穴を呆けた表情で相手が見ている中、召喚獣は消えていった。

 

「嘘だろう! 何でFクラスの奴がそんな高得点を!? Aクラスでも滅多にそんな点数を取れるやつはいないぞ!?」

 

 奥から騒がしい喚き声が聞こえた。その声の主は教室の奥で配下に守られていた。しかし、その安全が脅かされたことを感じたのだろう。まるで巣から引きはがされた雛鳥のように騒いでいる。

 その煩いざわめき声に、私は一つ告げてやる。

 

「ああ、確かに私は貴様が言う“Fクラス”なのは事実だ。初めて見た文字。聞いたこともない数式。頭の痛くなる科学。訳の分からない文体。ありとあらゆるものを私は知らん。そして理解することはいまだできていない。だがな、勉学ができるから頭が良いのではない。誰かの為に動ける者が、真の意味で頭が良いのだ。お前こそが、唯の莫迦だ。大人しくそこで首を洗って待っていろ根本恭二。魂魄妖灯、B組 根本恭二に――」

「B、Bクラス山本が受ける」

「邪魔だぁああああ!!!!」

 

 召喚された相手の召喚獣を、また一刺しで貫く。

 体の内からうねる感情を、声に乗せて吐き出しながら叫んだ。

 

「根本恭二。貴様のくだらない策も、その曲がり切った性根も貫いてやる。我が槍に貫けないものなどない!」

 

 召喚獣が私に呼応して槍を翻し、石突で地面を叩く。辺り一帯に響いたその音に、根本の周りにいた奴らは一歩押されたかのように後ろへ下がった。彼らが下がった分だけ道はできた。その道を私と召喚獣は根本へ向けて走る。

 それに気が付いて、慌てて周りの者たちが抑え込もうと私を取り囲んできた。倒せない敵ではないが、一々相手にしていたら時間が掛かりすぎる。その間に彼奴に体勢を立て直されたら厄介だ。

 

「根本ォ!!」

「なぁ!!?」

 

 だがそれは杞憂に終わった。

 根本のすぐ近くの壁が崩れ落ち、そこから怒りの形相をさらした吉井が飛び出してきたからだ。もはや根本に逃げ場はない。私と吉井。それに穴から一緒に出てきた島田。三人からの同時攻撃に、とうとう彼奴の周りの壁はなくなった。

 B組の人間はそれを知り慌てて引き返そうとするが、こちらの組の人間が許さない。F組の人間が点数を失いながらも下がるのを妨害する。

 周りの親衛隊が打ち取られていく様子を見て、根本は一歩後ろに下がり窓に背をつけた。だが追い詰めはしたが、周りの奴らが邪魔で誰も奴の所にまでたどり着けない!

 

「は、ははは! 残念だったな! 確かに予想外の敵もいたが、結局はFクラスだ。莫迦と女、二人を片付けた後全員でかかればお前たちの切り札も倒せないわけじゃない! 坂本! お前の策は俺に通用しなかったな!」

「ふん。この程度で喜んでいるからお前は二流なんだよ。いや、三流だな」

 

 窓まで後ずさっていた根本に影が覆いかぶさる。床に広がる自分以外の陰に気が付いた根本は後ろを振り向いて、信じたくない現実をかき消そうと金切声を挙げた。

 

「お、お前は」

「……Fクラス土屋康太。Bクラス根本恭二に保健体育勝負を申し込む」

「ムッツリィニィーーッ!」

「召喚」

 

 現れた土屋の召喚獣が小太刀で一閃して、根本の召喚獣は一撃で倒された。

 

 

 

 




他の科目と違い、妖灯は古典はできます。他にあと一つできますが。
幻想郷は明治時代に隔離された世界です。その為に基本的に文章などは漢文を使っていたりしています。その為に、古典などは分かるんです。まあ、西村先生の勉強が無ければここまでの点数は取れませんでしたが。


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第七問 Aクラス戦に向けて

 第七問

 

 問『女性は( )を迎える事で第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める』

 

 魂魄妖灯の答え

 『強かさ』

 

 教師のコメント

 『何故でしょうか。この回答からすごく哀愁が漂っているように感じます』

 

 魂魄妖夢のコメント

 『兄さん……』

 

 

 

 

 B組との戦いを終え二日後、点数補充用の試験を受け、私たちは相変わらず汚くボロボロな教室で坂本からの話しを聞いていた。どうやら坂本は、最後の闘いの前に作戦会議と激励をするらしい。集まった多くの者は興奮しているのか、かなり鼻息が荒い。試験召喚戦争にここまで勝てたという実績が、彼らの気持ちを高ぶらせているのだろう。

 私にだって年甲斐はないかもしれないが、そう言った気持ちはある。こういった戦いは初めての事だから負けたくない。それに、ここまで勝利をもぎ取ってきたんだ。最後に勝って、有終の美を飾る程度に協力するのはやぶさかではない。だからといってここまで鼻息が荒いのはどうかと思うが。

 僅かに膨らんだ胸の内を隠しながら、私は坂本の演説に耳を傾けた。

 

「まずみんなに礼を言わせてくれ。ここまで俺についてきてくれてありがとう。周りの連中には絶対に不可能と言われ続けていた下剋上だったが、ふたを開けてみれば俺たちはここまでのし上がってきた! 違うか?」

 

 教壇で頭を下げた坂本に、多くの生徒が驚いた。私もその行動には驚かずにはいられない。僅かな時間ではあるが私が知っている坂本という人間は、他人を平気な顔をして落としいれることはあっても、感謝することなどないと思っていた。だが、坂本は頭を下げてまで感謝を伝えてきた。それは驚愕するには十分すぎるほど、意外だった。特に坂本と一番親しそうな吉井は、一番驚いているようだ。

 困惑していた周りの生徒たちだが、続く勇ましい坂本の口車に乗せられ、拳を振り上げて熱狂に包まれる。

 

『そうだ! 俺たちだってやればできるんだ!』

『いいぞ、坂本!』

『さすが俺らのリーダーだぜ!』

「いいか、ここまで来たんだ。絶対にAクラスに勝って、生き残るためには勉強だけすればいいってもんじゃないって、教師どもに叩き付けるぞ!」

『『『おおーっ!』』』

 

 最後の闘いへの興奮、そして勝とうという勝利への渇望によって、この場にはある種の一体感が生まれている。それは私も例外ではない。教室の中にいる全員から勝とうという強い気持ちが溢れだしている。

 

「みんなありがとう。そして、残るAクラス戦だが、これは一騎打ちで決着をつけたいと思う」

 

 唐突に坂本から提案された内容に、組の中を当惑がさざ波のように広がった。とはいえ、私はある程度納得できるものがあり、それほど驚きはしなかったが。

 こちらと相手の実力差ははっきりしている。どうあがいても勝ち目はない。それは間違いない。では、どうすれば勝てるか。簡単だ。勝てる人間だけを戦争に出せばいい。しかし、それはふつう不可能だ。これは戦争。組と組との戦い。試合のような個人戦ではない。どうにかして個人戦に持ち込まなければ負ける。

 それでもまさか実際にこんな策を提案するとは思わなかった。この案は決定的な欠点がある。一騎打ちをするとはいっても、向こう側がそれを了承してくれるかは分からない。こちらには有利でも、相手からすれば不利になるのだ。断られるのはおかしくない。しかし、坂本の顔を見る限り勝算はあるようだ。でなければ、あれほど自信を持った面構えはできないだろう。

 ざわめき続けているクラスの疑問を晴らすために、坂本は詳しい説明をし始めた。

 

「一騎打ちだが、当然俺と翔子でやる」

「莫迦の雄二が勝てる訳なぁあああ!!?」

 

 吉井が不用意な発言をして、坂本を怒らせた。いや、怒ったからと言って友人相手に刃物を投げつけるのはどうなのか。親しい人、或いは友人を死に招く人を知っているから否定しづらいが。

 

「次は耳だ」

 

 どうやら、そもそも友人として扱っていないのかもしれない。流石に吉井があわれに思えてきた。

 

「ただ、確かに明久の言うとおり俺と翔子では学力の差は大きい。まともにやりあえば勝ち目はほとんどないだろう。しかし、思い出してくれ。今までの戦いも同じだったはずだ。こんどもそうだ。俺は翔子と戦い、下して見せる。そうすれば、この劣悪な教室からもおさらばだ。俺を信じて待っていてくれ。必ず俺がAクラスを勝ち取る!」

『おおっーーー!』

 

 吉井の事は置いておくとして、やはり坂本には何らかの策があるようだ。それがなんであるかは分からないが、坂本の中には絶対的な根拠としてあるのだろう。となると、私に出来ることはないな。

 坂本の説明は具体的な話へ入っていった。

 

 「さて、具体的なやり方だが……一騎打ちではフィールドを限定するつもりだ」

 

 うん? 翔子という子の苦手分野を知っているのか。しかし、たとえ苦手分野がわかったとしても、点数が他の教科より少し下がる程度ではないか? 坂本の点数自体が上がるわけではないはずだ。どういう意図がそこにある?

 気にはなったが、結局私は坂本ではないのだ。坂本の内心など分からない。最後まで話を聞くしかないだろう。

 

「フィールド? 何の教科をするつもりなのじゃ?」

「日本史だ。ただし、内容は限定するがな。小学生程度の問題だが、方式は百点満点の上限あり、純粋な点数での勝負だ」

 

 小学生というのは分からないが、やはり話を聞く限り坂本の方が不利な気がする。相手は勉強ができるからこそ、最優秀の組に入ったのだ。最底辺の組、このF組に入った坂本では成績が釣り合わないのではないか? 勝率はかなり低いと思うのだが。

 それは他の者も思っていたらしく、吉井と木下は坂本に疑問を投げかけた。それに対し、坂本は自信満々に答えた。

 

「俺をなめすぎだ。幾らなんでもそこまで運に頼ったやり方を作戦なんて言うか」

「それなら、霧島さんの集中を乱す方法を知っているの?」

「いや。アイツなら集中してなくとも小学生レベルの問題を間違えない」

 

 坂本は霧島祥子という子をよく知っているのか? いや、口ぶりからすると間違いなく親しい知人のようだが。

 

「だが、ある問題に関しては違う。その問題さえ出れば、アイツは必ず間違える」

 

 ある問題? それに決まっている? 断定口調なのが少し気になるな。

 

「その問題は『大化の改新』だ。それも年号を問う問題だ。この問題程度なら明久だって間違えないだろう」

 

 ……坂本、どうやらその認識は間違いなようだ。吉井が赤い顔で坂本から目をそむけたのだが。しかし、それに気が付かずに坂本は話を続ける。

 

「だが、翔子は間違えるはずだ。これは絶対と言っていい。そうなれば、この最悪な環境の教室とおさらばっていう訳さ」

「あの坂本君」

「ん? 一体何だ姫路」

「霧島さんと坂本君って仲が良いんですか?」

「ああ、アイツとは幼馴染だ」

 

 幼馴染と坂本が言った瞬間、ガタッと音を立てて組の男子全員が立ち上がり、吉井の号令と共に上履きを構えた。あまりにも急な動きに、私と坂本、木下に女子たちがついていけずにいた。というより何故あそこまで彼らは殺気立っているのだ!?

 

「総員、殺れ!!」

「な、いきなり何をやっている!!?」 

「黙れ、男の敵!」

 

 殆どの男子は吉井の声に大きくうなずきながら、凄まじい剣幕でジワジワと坂本を追い詰めにかかっている。しかも、彼らは異様な雰囲気を醸し出しているだけではなく、言葉を交わさずに連携を取るほど協調性を取って追い詰めている。幾らなんでも動きが良すぎないか。かなり手慣れた動きだぞ。

 

「待て、須川君。それはまだ早い。靴下は押さえつけた後に口の中に入れるべきだ!」

「ハッ! 了解です!」

 

 しかし坂本の話を聞いた吉井の反応が気に入らなかったのか、姫路が吉井に霧島を好きなのかと聞いた後、彼女たちは吉井を攻撃の対象とする事にしたようだ。姫路は殴り掛かりそうになり、島田は教卓を持ち上げて投げようとしている。いや、頭の上まで持ち上げられるものなのか? 女子が持つには重すぎるだろう、それは。

 一体私はこの混沌とした場でどうすれば良いのだろうか?

 頭を抱えたくなったとき、冷静な声で場を鎮めようとした声がかけられた。  

 

「一旦落ち着け皆の衆。少し考えて見れば分かるじゃろう。相手はあの霧島祥子じゃぞ。男に興味があるとは思えん。それよりも……」

 

 何だ? 木下の言葉で殆どのクラス“めいと”が姫路を見ている?

 それが少し気になったが、とにかく場は収まったようだ。一息をついた。

 男子から逃げ切り、助かったという顔付きで坂本は話をそらしていった。

 

「まあ俺と翔子は幼馴染で、昔俺が間違えたことをアイツに教えちまった事が有るんだ。そして、アイツは一度覚えたことは間違えない」

 

 そう締めくくりながら、坂本は最後に告げた。

 

「それを利用して俺は勝つ。そしたら俺たちの机は――」

『システムディスクだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八問 決着

第八問

 

問 以下の問いに答えなさい

 

『人が生きていくうえで必要な五大栄養素を全て書きなさない』

 

魂魄妖灯の答え

 

『①努力 ②根性 ③勝利 ④好敵手 ⑤友情』

 

教師のコメント

 

『それはスポコンの五大テーマです』

 

蓬莱山輝夜のコメント

 

『巨○の星とかが有名ね』

 

八意永琳

 

『姫、少しお話が』

 

 

 

 Aクラスの机と椅子のある場所から少し離れた、教師が立って授業する場所を中心に、AクラスとFクラスの人間が、輪になって囲っている。大勢の人間が黙っているのは緊張からだろう。喉が渇く独特な熱気が辺りを漂う中、スーツに身を包んだ、知的な眼鏡が特徴的な女教師が中央に出て、お互いの代表をちらりと確認するように一瞥した。

 

「準備はよろしいですか?」

「ああ」

「……問題ない」

 

 血気盛んなFクラスを抑えるかのような代表の声に、こちら側の生徒たちはもどかしそうな視線を坂本へ向けている。向こうのAクラスは、冷静な声の主を信頼しているのだろう。浮足立ったこちらと違い、一種の貫録さえ窺える冷静さを見せている。もしお互いの総力戦になったら、やはりこちらが負けた事だろう。

 

「それでは第一戦を始めます。一人目の方は前へ」

 

 Fクラスからは木下が出たのだが、向こうの群衆から一歩足を出したのは、木下とよく似た顔立ちの人物だった。

 

「双子?」

「……違う。二卵性双生児。彼女は、秀吉の姉」

「土屋康太だったか。そうか、わかった。ありがとう」

「……別に構わない。それと康太でいい」

 

 何時の間にかいた土屋に少し驚いたものの、もたらされた情報は目の前の光景を納得させるには十分だった。瓜二つの顔立ちに、背丈。違う点は、目つきの鋭さと雰囲気か。

 何故かわからないが土屋はしばらくこちらを見た後、ふいと人影にまぎれてどこかへ行った。

 土屋が消えたのを見ていたら、いつの間にか二人がいなくなっていた。そう思ったが、何故だかこの場にいる全員が廊下の方を見ているので、そちらをつられてみたら、聞きたくない絶叫が廊下から響いてきた。

 

「ギィヤアアアアアアアアアア!!?」

 

 ミシミシ……ミギィ。ポキ。

 

 湿った音が少しして、その後軽い音が。あれ、脱臼した時の音だ。そう考えていたら、悲鳴が途絶えて、頬に返り血で化粧を施した木下の姉が扉を開けて教室に入ってきた。いかん。目が殺気立ていて、般若のようだ。そう思った瞬間、ぎろりとこちらをその三白眼で睨みつけてきて、思わず腰が抜けた。女性は怒らせると怖いのはよく知っているが、それでも彼女は怖すぎる。

 周りの人間も、私と同じように腰を抜かして地面にへたり込んでいる。酷いものでは泡を吹いて気絶しているし、何故だか息を荒げて身をくねらせている。……これは違う意味で拙いのでは?

 腰が抜けるほど怖いのは私だけではないようだ。坂本もかなり腰が引けている。というか、この教室内にいる全ての人間が彼女を恐れている。

 

「え、ええっと。坂本君、他のメンバーを出しますか?」

「いや、うちの負けでいい」

 

 何が起きようと、彼女とだけは戦いたくない。故に、私は坂本の勇気ある英断を褒め称えよう。敗北の代わりに尊い犠牲を出さずに済んだのだから。

 教室中青い顔をしたまま、それでも時間は進む。先ほど西村教諭が木下を回収したので、彼は大丈夫だろう。……そう信じたい。

 

「では、次の人たち」

 

 Aクラスからは、また女子が出てきた。それとこの戦いにおいて最も重要なルールである科目の決定権は向こう側に渡った。この戦いでは五回直接対決をするが、そのうち三回はこちらが科目を決定できる権利がある。向こうは二回。おそらく彼女の得意科目は、今彼女が選択した物理なのだろう。

 このクラスで物理の科目を戦えるものはいるのか? 私がまともな点数を取れるのは、国語関連と歴史位だぞ。それも、古代史や中世。ギリギリ明治の初期程度。他のものはそもそもが高得点を望めまい。一部の生徒は違うのだろうが。しかし、あの坂本がこの程度の事を、……さすがに想定はしていないな。まさか血まみれになって負けるとは思っていないだろう。負ける事自体の救済案は用意しているだろうが。

 

「こちらからは、明久を出す」

 

 ああ、なるほど。この戦いは諦めて、次からに賭けるのか。

 

 

 

 案の定、吉井は敗北した。これで二敗してしまった事になる。このままでは拙いかと思ったが、その後の土屋と姫路が勝った事で、大将戦まで持ち込む事が出来た。ここまで来たのだ。今にもきれそうな蜘蛛の糸を、それでも手繰り寄せて手に入れた機会。逃すわけにはいかない。それがわかっているのは、誰よりも坂本だ。背負うものは小さくても、重いはずだ。嵐の前のように静寂が場を支配する。

 

「それでは最終戦を始めます」

「ああ」

「……はい」

 

 当然この二人が最終戦の選手だ。お互いのクラスの代表が舞台の中央に出る。大勢の視線が二人を貫くが、二人ともまるで気にしていない。良い気迫と言っていいだろう。

 さっきの戦いでは向こうが科目を決定した。今回の科目の決定権はこちらにある。当然、

 

「科目はこちらが指定するぞ。教科は日本史。内容は小学生。方式は百点満点式だ!」

 

 坂本の言葉に、向こう側の沈黙が崩れた。多くの生徒たちが隣の生徒同士で、話し合い始めている。

 

「わかりました。しかしそうすると、テストを作らなくてはいけません。少し待っていてください」

 

 そう断りを入れて、女教師は教室を出て行った。

 その間の時間で、坂本はこの戦いで活躍していた生徒たちと話をしていた。勝っても負けても、これで終わり。哀愁くらいはわくものか。そう納得していたら、何故か坂本は私の方にも来た。

 

「魂魄、お前にも随分と助けてもらったな」

「別に助けたつもりはないが」

「いや、Bクラス戦では随分と助けてもらった。人間嫌いのお前に助けてもらえただけで、十分こちらとしては有り難かったよ」

 

 何故人間嫌いという事がわかったのだろうか。疑問は口に出てしまい、坂本はすこし呆けた表情を見せた後に、笑いながら言った。

 

「そりゃ、簡単だ。明久にひかれていないからだよ。彼奴みたいな底抜けの馬鹿は、あれで人をひきつけてやまない。彼奴に引き寄せられないのは、何か理由があるやつだ。お前は別に病気かなんかで卑屈になっている訳じゃない。ぴんぴんしているからな。なら、後は予想がつく。大方、その髪の毛で昔いじめられもしたんだろう」

 

 ……は?

 

「……悪いが、一度もこの髪で馬鹿にされたことはないぞ。それに、いじめられたことも」

「……悪ぃ。聞かなかったことにしてくれ」

 

 頬を赤くした坂本は、そのままそそくさと帰っていった。

 

 

 

 帰ってきた教師に連れられて、坂本たちは視聴覚室へ向かった。不正行為が起きないようにするためだろう。教室から出ていくとき見えた坂本の横顔は、確かに笑っていた。

 入れ違いに来た教師が教室にある何かの機械を操作すると、壁に設置されているガラスに、視聴覚室の様子が映し出された、これはテレビという奴だな。ようやくこういったこの世界にあるものに慣れてきた。

 テレビに映し出されている先で、二人はいっせいに問題用紙を表に返した。Fクラスは手を重ねて、祈っている。あの問題が出ていることを願い。テレビの映像が問題を次々と映していく中、その問題は映し出された。

 

(   )年 大化の改新

 

『これで俺たちの机はシステムデスクだ!』

 

 歓喜の雄たけびを上げたFクラスに、Aクラスの生徒は訝しげな表情で見てくるが、こちらはそんな事を気にしている者はいないようだ。隣の者と肩を組み合ったり、抱き合ったりして飛び跳ねている。

 長い、長い戦いは勝利で終わったのだ。うれしいと思うのは当然だ。

 

「え?」

 

 私もそう思っていた。試験が終わり、二人の表示された点数を見るまでは。

 

《Fクラス 坂本雄二 53点》

 

 この時点で、Fクラスの敗北は決定した。

 Fクラスの沈黙が痛い。誰も一言もしゃべれず、Aクラスの視線も痛い。憐れみすら含んだその視線は、心をえぐり、傷付けるには十分すぎる。故にうなだれながら帰ってきた坂本を待っていたのは、Fクラスの全員からの罵倒だった。特に吉井は一番激しく怒っていて殴り掛からん程に突っかかっている。

 

「まったく。この人間たちは予想外すぎる」

 

 ため息をついたのを自覚し、気分を変えようと教室の窓から外を見ようとした。硬質なガラスには、外の風景と一緒に、私の顔を映していた。苦々しくも、楽しそうに笑っていた顔を(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 




少しだけ主人公の心がほぐれてきました。とはいえ、まだまだ心は開いていません。
東方簡易百科事典(もうネタが切れました)
蓬莱山輝夜 月の姫。かぐや姫その人。不老不死になれる妙薬を飲み、罪人となり地上へ来た。多くの二次創作では、ニート姫にされる。この作品でもそう。
八意永琳 月の頭脳と呼ばれるものすごく頭の良い人。輝夜が飲んだ不老不死の薬、蓬莱の薬は、彼女が作った。本来は薬師であるのだが、何でもできる。何でもできるのだ。主のぐうたらをカバーしてしまえるほどに。


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清涼祭
第九問 清涼祭へ向けて


二巻に突入しました。


第一問 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力下さい。

『あなたが今欲しいものは何ですか?』

 

魂魄妖灯の答え

『幽々子様の食費』

 

教師のコメント

『幽々子様とはいったい誰でしょうか? そしていったいどれだけの量を食べるのでしょうか?』

 

西行寺幽々子のコメント

『あら、失礼ね。そんなに私は食べないわ』

 

魂魄妖夢のコメント

『五十人前をぺろりと平らげておっしゃられる言葉ではありませんよ』

 

 

 

 

 私は学校生活というものは正直あまり分からない。かすかな記憶にあるのは、人の世代が変わるほど昔の、幼いころにお爺様に連れられて行った白沢が教師を務めていた寺子屋だけだ。そこでは読み書き算盤を学んだだけ。皆で何かをするといったことは一度もなかった。何かをするのならば、寺子屋の後に集まれば良かったのだから。

 ゆえに、私には判断が出来ない。清涼祭の準備を放って、遊びほうけている男子たちを引き留めなくても良いのかと。準備は終わっていないと思うのだがあれだけ自信満々に遊んでいるという事は、もしかしたらもうすでに準備を終えているのかもしれない。坂本ならば、それくらいのことはできるだろう。その場合、私は余計なことをしてしまう。呼び戻すかそれともそのままにするべきか。

 

「むっ! 妖灯。あいつらはどこに行った」

 

 そんな事を考えながら教室に残った僅かな人間と教師が来るのを待っていたら、先の試験召喚戦争の際に担任となった西村教諭が扉を開けて教室を一度見まわした後眉をひそめた。どうやら、彼らの行為はいけないことだったようだ。西村教諭の額に青筋が出て、今にも噴火しそうな雰囲気だ。というよりも、返答を聞かずに西村教諭の姿が掻き消えた。……まさか、縮地? 

 内心の驚愕が現れたのか、こめかみを伝って汗が落ちる。私にすらできない事を、人間がしただと!? 信じられないが、現実に西村教諭は私の目ですら捉えられなかった。これでも結界の所為で様々な力が下がっているとはいえ、一般人を軽く凌駕しているのには変わりないというのに。担任の教師が人間でありながら、下手をすると博麗の巫女よりも人間離れしているかもしれないことに恐怖を抱きながらも、恐らく連れられてくるであろうクラスメイト達を待つことにした。

 制圧時間は一分もしなかったらしい。時計の針が一周するよりも前に、校庭から悲鳴が聞こえてくる。耳をふさいで、聞かなかったふりをしよう。

 

 

 

 集まったクラスメイト達は、坂本から丸投げされた清涼祭の準備にあーだこーだと騒いでいるばかりで、実りのある話し合いというものを全くしない。まあ、確かに一年に一回のお祭りだ。自分の好きな事をやりたいと思うのは人情か。だがこのままだと何にも決まらないのではと思ったとき、坂本が島田を学園祭実行委員長に指名した。確かに試召戦争を見る限り、判断力はあるようだ。適性は大丈夫だろう。

 そのあと自分一人だと自信がないという島田の為に、他の人物を補佐としてあてることになった。それは良いのだが、候補者を吉井と明久にするというのはどうなのだろうか。しかも周りの言葉も酷かった。『どちらもクズだし』というのにはさすがに唖然とした。このクラスには協調性というものないのか。いやあるのだろう。しかしそれはある一定の時、つまりは人を貶め至りする時や、窮地の時だけしかない。

 私が呆れ果てている間にも、話はずんずんと進み、クラスで行う出し物を決めることになった。だがしかし幾らなんでもこれは酷い。寺子屋だったのなら今頃全員頭突きを喰らいのびている事だろう。

 クラスメイト達の意見を聞き入れるまでは良い。しかしそれを黒板に板書した吉井の主観が混じったせいか、何故か写真館が『秘密の除き部屋』となっている。ウェディング喫茶というのは良く知らんが、『人生の墓場』とはどういう意味だ? 中華喫茶『ヨーロピアン』に至っては訳が分からん。中華喫茶になぜ西欧が出てくる? ハチャメチャすぎて、逆に清々しさすら感じるぞ。

 頬が引くついているのを感じていると教室の扉が開き、そこから顔をひょっこり覗かせた西村教諭も、一瞬唖然とした顔をして

 

「補習を毎日して、三倍くらいにすれば良かったか?」

 

 と呟いた。その言葉に私自身納得できてしまったのが、何と言うべきか。悲しむこともできない。私も当事者なのだから。

 しかし教室中から言い訳の声が挙がる。まあ、彼らにしてみれば勉強というものは好きじゃないんだろう。そんなのは御免だということだ。しかし西村教諭が

 

「莫迦者! 言い訳などするんじゃない」

 

 と教育者として素晴らしい一括をし、思わず私はうなずいた。確かに言い訳をするというのは、男らしくない。例えどんな理由が有ろうとも、相手を呆れさせてしまった事には変わりがない。ならば、私たちは西村教諭の信頼を取り戻すように――

 

「先生は吉井を委員に選んだことを莫迦と言っているのだ!」

 

 その言葉にダンボールの箱ごとひっくりかえってしまった。

 先ほどの感動を返してもらいたい。ボロボロの畳に仰向けになりながらそう思った。しかしその後の西村教諭の発破で、クラス中が一気に活気づいた事で一気に状況が変わった。。空しく意味のなかったものではなく、現実的な視点から繰り広げられる議論。勉強はできず、基本的に莫迦な彼らだが、なぜこういった余計なところには頭が回るのだろうか。不思議でならない。

 私の出る幕もなく最終的に島田によって多数決で採決され、このクラスは中華喫茶をすることに決まった。中華料理というのはあまり詳しくないが、料理ならある程度できる。須藤とやらが詳しいようだから、彼の下で働けば良いだろう。それに、厨房なら人とあまり触れ合わずに済む。

 ここまでは良かったのだ。私の思惑は知られず、厨房の係りとなったそこまでは。問題は、厨房に彼女が入りたいといった事にある。

 

「あ、じゃあ私は厨房に」

 

 うれしそうな顔で、姫路が死神の言葉を吐いた。その言葉が耳に聞こえた瞬間、クラスの一部が震えだした。その中に私ももちろん含まれている。いけない、止めなければ。そう思い体を動かそうとしたのだが、脚が根を張ったかのように固まり、体が動かせない。辺り一帯に死の気配が漂い、身がすくむ。冷や汗が全身を包み込み、ガタガタと歯の根が鳴る。彼女の後ろにはなぜか大柄な体をしたガキ大将らしい少年が浮かんでいる。そしてその目の前には凄まじい色合いをした数々の料理の幻影

 

「ダメだよ! 姫路さんはうちのかわいさ担当! ホールで活躍してもらわないと!」

 

 吉井が絞り出した意見に、姫路はホールに回ることになった。素晴らしい動きだ、吉井。私はお前を見直した。それにしても助かった。私単体ならば、まだあの料理に耐えられるだろう。しかしそれはこの身に耐性があるからに過ぎない。何故か私の周りの女性は全員食事を作ろうとすると謎の爆発やら、建物が斬り落とされかけたり、異常な食材の量を購入するなど、まともに食事を作れる人がいないのだ。そんな彼女たちが作った食事を味見の名のもとに毒見させられ続けて生き残ってきた私でも辛いと感じるあの食事を、一般人が食べて耐えられるはずがない。食して全員倒れるのが関の山だ。

 学園祭が始まる前に喫茶店経営が破たんせずに済み、胸をなでおろした。




東方簡易百科事典
西行寺幽々子 良く見かけるネタとして、とてもよく食べるということがあげられる。(ピンクの悪魔クラスで)


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第十問 初めての友達?

第二問 

学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。

『喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?』

 

魂魄妖灯の答え

『あまり派手ではない袢纏』

 

教師のコメント

『何時の時代の料理人の服ですか?』

 

西行寺幽々子のコメント

『それを着て、何か作ってほしいわねぇ』

 

 

 

 清涼祭当日、家庭科室の一角で私はもくもくと団子を作り続けていた。あの日、私たちのクラスが何をするかを決めていた時、坂本が乗り気になってからとんとん拍子で話し合いは進み、各々の役割分担もなされた。私は料理人の一人となり、こうして団子を量産することになった。周りを見れば他の料理担当の者たちも飲茶(ヤムチャ)と一緒に食べるための、軽く胃に入る軽食を作っている。上の教室では、今頃給仕役の人間が練習でもしている頃だろう。時計を見れば、しおりに書かれている一般客の入場時間である九時まではまだ少し余裕がある。まあ、態々Fクラスになんか来るんだ。せめて来てよかったと思わせるぐらいのもてなしはしないといけないな。

 そのためにも今は、目の前にあるこの山のような材料をどう調理するかが重要だ。須川曰く、今この場にいる人間で一番上手く団子を作れるのは私だから、基本的に全部を作ってくれとのことだが、正直断れば良かった。あの時はそれくらい簡単だと思ったが、いざ目の前にするとやはりバカみたいな量だ。まあ、幽々子様の朝と昼の食事分くらいだ。何とかなるだろう。いつものより少し急いで作れば、十分時間には間に合うはず。目標としては入場時間までに団子を百個だ。

 一時間近く団子を作って湯に通すことを繰り返し、作業に没頭していたら、周りがにわかにうるさくなり始めた。といっても、誰かが騒いでいるというよりも、幾人もが小声で喋っているせいで結果的にうるさくなるような感じだ。少し気になってしまい、ちょうど最後の団子を後はゆでるだけということもあって、視線を挙げたら、すぐ近くの調理台で姫路が団子を作っていた。そう、姫路が作っていた(・・・・・・・・)

 何故彼女が!? 驚きで一瞬手が止まってしまった。ボトボト団子が鍋に落ちていく。

 姫路は調理担当ではないはずなのに。いや、今はそんな事を考えている場合ではない。彼女によって作られた団子は二個だけ。形は良いが、前回食べた時のことを考えると不安になってしまい、材料の方を恐る恐る覗き見た。

 そこには、茶色のガラスでできた瓶に、何やらアルファベットで名称を書かれたものがいくつも転がっていた。分かる。私はあまり今の料理は知らないが、間違っても科学準備室にあった薬品を使うものではないことくらいは分かる。何せ、団子の材料を混ぜていたボウルが溶解して、台にくっついているのだから。人が食べたら内側から溶け出さないのか、あれ。

 止めようとは思ったのだが、姫路の顔が鬼気迫ったものがあったので、声をかけられなかった。そんな事をしているうちに、団子は湯から出され水で冷やされた。形は良い。しかし食べて大丈夫かと聞かれたら、駄目だろうとしか答えられそうにない。完成した団子を満足げに見ていた彼女だが、すぐに伝達係から上で服装のチェックをお願いされ、その危険物をそのままにしていった。

 今なら、今ならまだ誰も食べずに処分できる。あれだけの気迫で作られたものではあるが、それを食べてしまう哀れな他者(犠牲者)の為だ。今のうちに処分しないと。そう思って手を伸ばして団子を処分しようとしたのだが、

 

「おっと、何やってんだ妖灯! もう団子が煮えくり返っているじゃないか!」

 

 須川が私と団子の間に体を挟んだ。須川が邪魔で団子に手が届かず、その間に土屋が姫路の団子を私が作ったものと混ぜて持って行ってしまった。

 

「あっ!」

「そうだ。団子の煮る時間はもっと短く。これでは固さが出てしまう。もちもちした触感が殺されて……」

 

 咄嗟に追いかけようとしたが、手を須川に掴まれてそれも叶わない。

 

「やり直しだ。あとの団子は十分使えるが、これは失敗だ」

「い、いや少しま「うん? 今は団子を作る方が最重要だ!」」

 

 最後の失敗した団子を作り直した頃にはすでに十分も経ってしまった。幾ら説得しても聞く耳を須川は持たなかった。仕方がなくまた作り直したのだが、やはりかなり時間を食ってしまった。しかし、今ならばまだあの団子を誰かが食べてしまうのを防げるかもしれない。家庭科室を飛び出て、教室へ向かう。

 

「キャ!」

「うわ!」

 

 廊下をすれ違う生徒を吹き飛ばさない程度には気を付けて、走り続ける。ああ! それにしても何でこう、この学校という建物はうねうねと曲がりくねっているんだ! 走りづらい!

 一気に階段を駆け上り、クラスの扉目掛けて走り続ける。途中、Fクラスの生徒を吹き飛ばしてしまったが、あのFクラスの人間だ。気にする必要はないだろう。それよりも今は姫路の劇物をどうにかしないといけない。下手をすれば死者が出てしまう。

 

「こっちに団子は――」

 

 ああ、遅かったか。

 膝が崩れ落ちる。目の前では虚ろな目で倒れて魂が離れかけている坂本の姿があった。気まずそうに土屋は坂本から目をそらしていた。

 

 

 

 犠牲者には黙とうをささげ、私はまた家庭科室に戻ってきた。

 一般客が入場し始めても、しばらくは作り置きしていたかいもあって暇で閑古鳥が鳴いていた家庭科室だったが、一時間もすると慌ただしくなった。意外と団子の味が好評で売れ行きが良く、今から作り出さないと売り切れが起きてしまうかもしれないほど売れているそうだ。

 別に料理人というわけではないが、作った料理がおいしいといわれるのはやはりうれしく、自然と機嫌がよくなる。朝より幾らか少ない数で良いとはいえ、それでも結構な量の団子をこねて作り出す。煮る方は須川が担当しており、団子は完璧な形で作られ続けている。鼻歌を歌いながら、どんどん団子をこねる。このままいけば、初日で団子だけでも三百食行くのではないだろうか。もしそうなったらそれはとても誇らしいことだ。

 

「おい、須川! 大変だ!」

 

 そう思っていた時に、伝達係のクラスメイトが家庭科室に飛び込んできた。かなり慌てているらしく、扉は開けっ放しだ。

 

「ん、どうした?」

「何か教室の方でいちゃもんをつける客が出たらしくて、客足が途絶えかけているんだ!」

 

 いちゃもんをつける客か。まあ、どこにだっているだろう。商売敵を減らしたい人間はたくさんいるだろうし、正直お世辞にも備品とかで文句を言われたら、いちゃもんとすら言えないほどうちのクラスは酷い有様だからな。まあ、それ以外には問題ない。特に料理に関しては、須川がきちんと検査をしており、これ以上の味を求めるなら専門家の所に行くしかないと自信を持って言えるほどだ。私も全力を出した。文句を付けられるはずがない。しかし、問題はいちゃもんをつけられると団子の売れ行きが……。

 

「特に団子の味が最悪だとか」

「「……何だと? おい、それ言った奴誰だ」」

「へっ? 須川はともかく、魂魄はいきなりどうした? 二人ともそんな阿修羅みたいな顔をして?」

「「良いから答えろ、すっとこどっこい」」

「は、はい!!」

 

 伝達係から団子を侮辱したというそいつの容姿を聞き出した。どうやら二人組の男だな。そこまでわかれば十分だ。そいつらには少し早いが三千世界というものを体感させてやろう。泣いて喜べ。こんな慈悲深い裁定を下されたことに。

 開けっ放しの扉から飛び出て、廊下を疾走する。客がいようが生徒がいようが教師がいようが関係ない。すべて吹き飛ばしてでも最短距離を駆け抜ける。さっきの時よりも早くクラスのたどり着いた。

 クラスの扉を勢いよく開けると、どこからか持ってきたのか立派な机を持つクラスメイト数人に、坂本と吉井達がいた。周囲を見回してみたが、お客がいるだけでそれらしき人物はいない。しかたがない。

 

「「ここに死にたい奴らがいると聞いてきたのだが?」」

 

 私と同じように教室に飛び込んだ須川と一緒に、坂本に尋ねた。

 

「いや、お前たち落ち着け。目が血走っていて正直怖い。それに多分そいつらなら俺と明久でぶちのめしたから」

「「分かっていないな。料理を侮辱したやつらを生かす必要があるとでも?」」

「本当にどうしたお前たち!? 須川はともかく魂魄までそんなこと言い出すなんて!」

 

 っち。どうやら無駄足だったか。

 舌打ちをついた私に、須川が話しかけてきた。

 

「魂魄」

「ん、何か用か?」

「いや、少しな。俺はお前の事を誤解していたようだ。俺の事は亮と呼んでくれ」

「……私は妖灯で良い」

「ああ、これからも頼むぜ妖灯」

「……ああ」

 

 握手をする。無駄足ではあったが、良い料理人(ともだち)は出来たようだ。

 

「本当に何があったんだよ、お前たち!?」 




妖灯の友人(料理人)は須川君でした。いや、まだ雄二と明久では接点が少ないですし、共感できることもありませんからね。だんだんと仲が良くなっていきます。


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第十一問 清涼祭一日目

原作よりこの章はかなり短くなりそうです。


 第三問 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください

 『喫茶店を経営する場合、ウェイトレスのリーダーはどのように選ぶべきですか?

【①可愛らしさ ②統率力 ③行動力 ④その他( )】

 また、その時のリーダーの候補も上げてください』

 

 魂魄妖灯の答え

 『【④その他(常識を持った人)】 候補……この学校にいるとでも?」

 

 教師のコメント

 ……。

 

 西行寺幽々子のコメント

 あらあら。楽しそうねぇ。

 

 

 

 

中華喫茶は中々な盛況のようだ。一時は暇で仕方がなかったが、今は家庭科室を白煙が揺蕩(たゆた)っている。さっきから引きりなしに追加注文が舞い込み、団子を始めとした軽食をそれぞれが急いで作り上げては運んでいく。運び終えて帰ってきた者が追加の注文を持ってきて、また作って……。それの繰り返しだ。引っ切り無しに動き続けなければ到底間に合わない。

 私と亮は特に問題ないが、だんだん限界を迎え始めている奴も出てきており、さっきから虚ろな目で食材や料理を眺めている。

 

「なあ、ひとつ聞いてくれ」

「何だよ、俺は今食材を切っているんだよ。お前もこねる作業をだまってしろよ」

「ふっ。そんなものよりはるかに重要なことだ。俺は気づいてしまったんだ。良いか、良く聞けよ。巷では料理ができる男がモテるらしい。そして俺たちこんなに料理を作ったんだぜ。きっとなんかオーラが出てモテるようになっているはずだと思うんだ」

「お前……、天才か」

 

 そうでもないみたいだ。まだあいつ等は大丈夫。酷使しても問題ない。そう判断して、近くの食材を掴みまな板に置く。

 

「お前たち、さらに追加な」

「ちょっと待ってもう無理無理。勘弁してください魂魄さん」

「亮にでも媚びるんだな」

「須川」

「働け、クズ野郎」

 

 増えていく仕事。亮以外の奴も意外とすじが良いのが幸いか。四苦八苦で捌いているうちに、休憩時間を終えた交代要員のクラスメイト達が戻ってきた。

 

「おーい、交代だ」

「おっし、じゃあ今度どこへ行こうか」

「お前はさっき行ったばかりだろう。今度は俺だ」

「黙れ、最初に休んでいた奴が」

 

 少し頭が痛くなってきた。丁度休憩時間だ。有りがたく休ませてもらおう。

 そう思ったが、学校中人・人・人。休める場所がない。追い立てられるように、屋上のドアを開けた。良かった。ここには誰もいない。気を抜くには丁度良い。

 屋上の縁に付けられた転落防止用の柵に体を預ける。ああ、青い空と白い雲が眩しい。冥界にはない、強い輝きだ。ここ数十年、人間とまともに触れ合ってこなかった。冥界に引きこもり続けていたから知らなかった、いや忘れていたのだろう。現世の空はこんなにも高いということを。青さはすべてを飲み込むほど透き通っている事を。白さは何をも抱き留める抱擁がある事を。

 風が吹き、視界ギリギリをまた別の白が埋める。ああ、懐かしい。ここにきてから忘れかけていたものだ。空の白と違う、すべてを許さない冥界の白。こんなにも冷たい白は他にはない。

 

「……そろそろ帰るか」

 

 少しだけ気持ちが切り換えられた。冷たい風を切り裂いて、階下へ降りていく。人気のない踊り場に、人影があった。

 

「魂魄か」

「こんな所で何をしている坂本」

 

 いや、坂本だけじゃない。土屋に吉井がなぜ人気のないこんな場所にいる。

 

「気にしないでくれ。いや、やっぱり話を聞いてくれ」

「別にかまわんが」

「助かる」

 

 話を聞いたが、なるほど確かに困ったことになっているようだ。給仕をしていた島田とその妹、姫路に木下が誘拐され、それを助けに行こうとしているそうだ。この場所にいたのは土屋が仕掛けた盗聴器という奴から話を聞くためで、場所も分かったから今から向かう。そこに私が来たという事らしい。話は理解した。

 それにしても誘拐、か。

 

「それで、お前は私にどうして欲しいんだ坂本」

「決まっているだろう。奴らをボコすの手伝え」

 

 まあ、それも良いかもしれん。ため息をひとつ吐き、体を伸ばす。固まった筋肉が一斉に音を鳴らしほぐれていく。手伝うとしよう。そういった卑怯な手段は好かん。

 

「さて、じゃあカラオケボックスに行くとしよう。なめ腐った奴らに教えてやらんとな。お前たちなど王子の為に倒される雑魚キャラにすぎんとな」

「雑魚には雑魚の力がある。そいつらと一緒にするのは雑魚に失礼だろう」

「それもそうか」

 

 

 

 カラオケボックスについて早々、愚図達の会話に吉井が我慢の限界を迎え飛び出した。虚をついて一人潰した。普段の間抜けな気の抜けた顔と違い、眼が吊り上り顔全体が紅潮している。吉井が坂本と殴り合いをするときの表情とは全く違う。それほどそいつらが許せないということか。

 

「てめえヤオスに何しやがる」

 

 やれやれ。まあ、吉井の気持ちも分からなくはない。だから少しだけ手伝ってやるとしよう。

 

「悪いな」

 

 ヤオスとかいう男の股間を蹴り上げた直後で、動けない吉井を殴ろうとした拳を素手で受け止める。なんて軽い。なんて柔らかい。これならば妖夢が殴り掛かってきた方が重く堅い。

 そのまま握りしめてやる。いくら今半人半霊の力を失っていても、私の握力は人並み外れている。リンゴを握り、果汁を絞りつくすくらい容易いことだ。それだけの力を加えた拳は骨が軋み、冷や汗が出る様な音を鳴らす。慈悲をくれてやる。砕かないでやろう。ただ皹は覚悟しておけ。

 

「いでぇええええええええ」

「お前たち程度に殴られてやる道理もない」

 

 床に落ちていたマイクを蹴り上げ、もう片方の手で掴むと同時に腹を柄で殴る。暗器にも満たないが、それでもこいつらには上等すぎる代物だ。白目をむいて泡を吹いた男を蹴って壁にぶつける。

 

「テメエら!! よくも美波に手を上げたな! 全員ぶち殺してやる!」

 

 大勢相手になかなかの啖呵だ。もちろん相手は数の勢いで強気に出ているが、これ以上私の助けは無粋というものだろう。なにせ、

 

「はいはい。ちょっとストップね。お兄さんたち、うちのクラスメイトに何してくれてんの」

 

 吉井には仲間がいるのだから。そいつらのようにただつるんでいるのではない友人が。

 吉井を殴ろうとした振りかぶった拳を、後ろから坂本が掴んでいる。

 

「雄二!」

「貸しイチだ。今度返せよ」

 

 後頭部をそのまま殴られ吹き飛ぶ男。周りの人間がそれに反応するよりも前に、手近な奴に蹴りを入れて数を着々と減らしている。吉井も負けじと突っ込み、相手の顎に頭突きを喰らわせ倒す。これだけ戦力が有ればもう私は必要ないだろう。

 狭い個室に大勢がいたら邪魔になるだけだ。個室から出て、すべてが終わるのを待つとしようか。いや、最後に一仕事する必要がありそうだ。投げたマイクが幼子を抱え込もうとした男の頭を撃ちぬく。くるくる回ったマイクが倒れた男の頭をもう一度打つ。土屋が親指を上げていた。

 これであとは二人の独壇場だ。帰るとしよう。

 



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第十二話 清涼祭の終わり

 第四問 以下の問いに答えなさい

『冠位十二階が制定されたのは西暦( )年である』

 

 魂魄妖灯の答え

『推古11年』

 

 教師のコメント

 西暦を聞く筆問で、和暦でありません。問題文をよく読みましょう

 

 豊聡耳神子のコメント

 懐かしいですね。あの当時は色々ありましたね。そういえばあのころからでしたっけ、尸解仙になることを決めて……

 

 

 

 昨日の給仕が誘拐されたことで、私は護衛兼給仕を今日しなければならなくなった。本当ならば調理室で団子を作っている予定だったが。今日もまた昨日の誘拐に似たようなことが行われない保証はない。そのために、私は坂本に頼まれ給仕をすることになった。

 昨日の方が気が楽だったというのに。調理室にいれば、最低限の人間しか接触しない。給仕など、不特定多数の人間と会わなければならず、はっきり言って不快だ。朝早く起きて窓から空を見れば、さかさに提げられたテルテル坊主の後ろには、鬱陶しいほどの青空が広がっている。 

 やることもなく、それでいてなんとなく学校へ行く気にはなれなかったせいで普段よりかは遅く登校したが、いつもと同じく教室に一番乗りで来てしまった。暇だ。門が開いて一番乗りに校舎へと入ってしまったが、やはりいささか早すぎるようだ。今度からは登校時間を遅らせようか。いや、それは通学路に人が多くなるからやめよう。

 しかし暇だ。だからと言ってなにをするにしても、そのすることがない。仕方がない。自分の席に座り、眠ることにしよう。十分くらいは眠れるか。

 眠っていたところ、肩をたたかれ目が覚め、そちらを振り向く。そこには髪を後ろでまとめた女子が立っている。

 

「島田か、なにか用か?」

「用って、昨日のお礼よ。あんたさっさといなくなっちゃったから言えなかったの。昨日はありがとうね。妹からも、マイクのお兄ちゃんにありがとうって伝えてくれって言われたの」

「そうか」

 

 そんなことを伝えられても、こちらはなにも思わないが。坂本にでも伝えていれば良いのに。そう思うが、口にはしない。余計なことを言えば、島田の性格から騒ぎそうだし。

 時計を見れば、そろそろ清涼祭開始の時刻だ。客もすぐ来るだろう。ため息をつきながら、私は給仕の準備を進める。

 清涼祭二日目の開始とともに、すぐに人が殺到とはいかないまでも、なかなかの客入りで忙しい。引っ切りなしに注文を取ったり、料理を出したりと忙しない。しかし休憩を含めて数時間も働くと、大分慣れてきた。昨日はどうか分からないが、それでもこの中華喫茶が好評だというのは分かる。目まぐるしく新しい客が入ったり、出たりしていく。閑古鳥とは無縁だ。

 腹立たしいが、私も給仕をしなければならない。早く終わらないか。そう考えていた給仕の最中に、窓の外から騒がしい声が聞こえ気になった。軽く横目で見てみると、そこは召喚獣を使った大会の決勝戦が繰り広げられている。たしかその大会の決勝戦は清涼祭終了間際のはず。そろそろ終わるのか。

 誰が戦っているのかもついでに見たが、あれは吉井に坂本だった。Fクラスなのに、決勝に行くとは。純粋に凄いと思うが、相手の方も気になる。なんなだろう。あの不可思議な頭は。火山のように髪を逆立てている奴と坊主だ。坊主は理解できるが、あの爆発頭はなんなんだ、いったい。

 

「まあ、それよりも給仕をするか」

 

 気にはなるがさっさと仕事を終わらせよう。そう思って窓から離れると、その不可思議な男は見えなくなった。

 

 

 

 放送で清涼祭の終了が合図された。忙しかったがその分、中々の客入りだっただろう。クラスメイトのほとんどは大喜びに騒いでいる。

 彼らについていけず、顔でも洗おうかと思い立ち廊下を出ると、変な髪形をした男の二人組が階段の方から走ってきた。

 

「退け!!」

「おっと」

 

 突き飛ばされそうになったので、半身になって避けたがなにをそう慌てているのか不思議に思う。

 次の角で右に曲がるその後ろ姿に、特に爆発したかのような髪形でさっき吉井たちと戦っていた二人だと気が付いた。だとしても、特になにもないが。

 出だしをくじかれて、教室へ帰るかと思ったら、吉井と坂本が全速力でこちらへ走ってくる。私に気が付いたのか、目の前で止まって尋ねてきた。

 

「魂魄! さっきモヒカンの男と坊主頭の二人組がここに来ただろう! どっちへ行った!?」

「も、猛悲観? なんのことだ?」

 

 坊主頭については分かるが、もう片方についてはさっぱり分からん。

 舌打ちした坂本が訪ね方を変えた。

 

「髪の毛が爆発したかのように逆立っていた奴が、どっちへ行ったか知っているか?」

「ああ、それなら次を右に曲がっていったよ」

 

 私の言葉に坂本はまた走り出す。その後ろを追って走り出そうとした吉井の襟足を掴み、止まらせる。

 

「なにをするんだ!」

「なにが起きているんだ。いったい」

「なにがって、あいつ等がいろいろして! 僕たちの喫茶店を邪魔していた奴らで」

 

 喫茶店を邪魔している?

 

「おい、それはあの団子を侮辱していた奴等か?」

「え、そ、そうだけど」

 

 そうか。なら。

 

「え? 消えた!?」

 

 あいつ等を追いかけるとしよう。途中に運よくあったロッカーからついでに箒を取り出して走る。坂本を追い越し、走り続けたがすぐに見つける事が出来た。

 

「おまえたちか」

「な、なんだ!? この地獄の奥底から聞こえる様な声は!?」

「なんなんだよ、畜生!」

 

 爆発頭の背中目掛けて箒の柄を突き出す。走っている勢いと、刺突の威力で壁に叩きつけてやる。

 

「ぐうぇ!?」

 

 うめき声が漏れたが、そんな事は気にする価値もない。

 確かもうひとりいたはずだが、そちらには逃げられたか。

 

「見つけてこの恨み晴らしてやる」

 

 この後校内中を探し回ったが結局見つからなかった。無念だ。

 

 

 

 清涼祭が終わった後には後夜祭というものがある。今私はそれに無理やり参加させられていた。私は清涼祭が終わったらさっさと帰ろうとしたが、クラスメイトが私の腕をつかんで無理やりここまで連れてきて、馬鹿騒ぎに巻き込んだ。帰ろうにも周りが帰らそうとしないので、結局仕方がなく参加するはめになった。

 ため息を殺すために振る舞われた橙色の飲み物を一口飲む。慣れない味だが、どこか慣れ親しんだ、頻繁とは言わないまでも良く飲んだ気がする。はて、いったいこれはどういうことだろう。まあ、気にしても仕方がない。さっさとこの後夜祭が終わって解散になるまでこうして一人で飲んでいよう。

 十分もすると、周りの奴らが顔を赤くして呂律(ろれつ)が回らなくなっていた。ああ、そうか。飲み慣れた感覚はこれが酒の一種だからか。味自体は良く分からんが。それにしても随分と弱い酒だな。この程度で酔うとは。

 幻想郷ではこれよりも強いが旨い酒を良く飲んだものだ。今はあまり飲んでいないが。なぜだか知らんが、外の世界では酒が買えない。いったいなぜだ? 思い出と疑問にふけていると遠くに姫路と吉井が見えた。なにやら吉井が暴れているように見えたが? 気になっていたら、姫路が吉井の服を奪おうとしていた。

 

「なにをやっているんだ」

 

 呆れてしまう。それと同時に、そういう時のいやよそう。もうすでにそれはすべて終わったことだ。今更思い出しても胸が痛むだけ。なら、忘れてしまう方がマシというもの。

 杯を煽る。わずかに残っていた酒が苦く、胸糞悪かった。

 




東方簡易百科事典
豊聡耳神子 聖徳太子その人。能力を抑えるために、耳あてを常に着けている。能力は住人の声を聞くどころか、欲望までも聞いてしまう。ちなみに、原作ではかなり高位の存在らしく、主人公たちも驚くほどの強さを持っている。現在は肉体を捨てた仙人になっている。


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合宿
第十三問 合宿へ


この章は基本的に妖灯が人間嫌いという点にクローズアップしていこうと思います。


第一問

 強化合宿一日目の日誌を書きなさい

 

 魂魄妖灯の日誌

『故郷に近い静かな空気を久方ぶりに味わった。街の空気は臭いし、人が多すぎて気が休まらない。静かなここらで少し気を落ち着かせたいものだ』

 

 教師のコメント

『Fクラスで騒動に巻き込まれ、大変なのはわかります。しかし人との出会いは素晴らしいものです。あまりそういった書き方は良くありません。しばらくの間休みながら、少し人付き合いに考えてみてはどうでしょうか?』

 

 西行寺幽々子のコメント

『あらあら。これからに期待っていうところかしら?』

 

 

 

 電車というのは初めて乗ったが、ずいぶんと速いものだ。地上をこれほど早く走るものがあるとは思いもしなかった。ガタゴトという音はうるさくて気がめいるが、なにをせずとも目的の駅まで運んでくれるのは便利だ。電車が来るまでは待つ必要があるというのは少々残念な点だが。

 しかし柔らかい毛布がつけられた椅子といい、風が入らない密閉の部屋に空調が効いていたり、おかげで快適な移動ができる。昔一度乗った旅籠と比べても、かなり乗り心地はいいな。あれは振動で腰をぶつけてしまう。それと比べると、揺さぶられるとはいえ、慣れるとそう気にならない。むしろ揺籃に思えてくる。寝ないように気を付けなければならないかもしれないな。

 眠気に負けないためにも、外をみようと、顔を上げる。正面いっぱいに広がる車窓から見える風景が、コンクリートのビル群からだんだんと樹木へ移り変わっていく。さらには、時折田んぼのうねうねとした畝が見える。久方ぶりに視界いっぱいの緑が広がるのを眺められた。幻想郷から外の世界に来て、初めてではないだろうか。ここまでの緑を見るというのは。

 紫様が用意された借家は、住宅街から離れているが、それでも街の一部。どうしても、緑というものから離れてしまう。文月学園には見事な桜があったが、そこ以外は味気ない光景ばかりだった。アスファルトの焦げ臭い臭いとただ無差別にたてられただけのビル。正直見ているだけで、気がめいる。

 久方ぶりに見る風景に、自然と力が抜けていく。

 それに、ふだんいるうるさい輩が来ないような時間に出発したのも良かっただろう。静かに、たった一人で行動できるというのは良いものだ。

 落ち着いた気分になると、一層見える世界が色鮮やかに見えてくる。うむ。朝日が出れば、もっときれいな風景が拝めることだろうに。少しそれだけは残念かな。

 

 

 

 

 生徒と教師のだれよりも早く、宿舎に到着した私だが、しばらく待っているうちにだんだんと日が昇るさまが見えた。真上を越えていく太陽。そしてさらに太陽が西へ傾き始めるまで待つと文月学園の制服を着た者たちが集まってきた。教師の姿もちらほらと見え始める。どうやら集合時間になったようだ。

 宿舎にずっと寄りかかっていたせいで、体が固く感じられる。きちんと立つかと思うと同時に、意図せず欠伸が漏れた。暇で仕方がなかったせいだろう。ずっと一人で立ち尽くしていたから。まあ、それでもあまり人とかかわらないで済むから始発の電車に乗ってきたのだが。

 そうこうしているうちに教師の指示が出た。部屋に荷物を置くようにとのことだ。人の多い待機場所よりも、部屋の方が静かだろうと思い、さっさと荷物を手に行くことにした。

 だが、私は忘れていた。同室のメンバーが、騒動を犯さないはずがないようなものたちだということを。

 結構広めの部屋にて荷物を整理していていたら、ドアをぶち開け、坂本と土屋に木下に抱えられるようにした吉井が駆け込んできた。というより、吉井は白目で泡を吹いているのだが。しかも、呼吸をしていないように見えるが。いや、見えるじゃなくしていないな。なにせ坂本が心臓を強く押し始めているし。

 

「いったいなにが起きれば、吉井が瀕死で運び込まれるんだ!」

「うるせぇ! 俺だって、まさかこんなことになるとは思っていなかったさ!」

 

 交代しながら心臓を強くたたき続け、無理やり動かせながら私は坂本と叫びあう。いくら考えても理解できない現状に、私は頭を抱えたくなった。

 二人で吉井の蘇生をしている間に、木下がへんてこりんな道具を持ってきて、急いで吉井の胸元へ張っていく。

 

「みな離れるんじゃ!」

 

 よく分からないが、全員離れたのを見て、私も離れる。同時に、木下が機械のボタンを押す。吉井の体が一度大きく跳ね、背中を地面にぶつけると、せき込み始めた。

 

「ゴホッ!」

「な、なんとか蘇生できたか」

「平穏な生活が送れるのではないかと僅かにでも期待した私が馬鹿だった」

 

 部屋に吉井が搬送されて三十分。介抱の結果、なんとか蘇った。というよりも、なぜ高高移動するだけで死にかけるんだ、こいつは。訳が分からん。

 

「あれ、雄二。ここは?」

「合宿所だ」

 

 後ろから聞こえてくる会話を無視して、布団に入る。違う意味で疲れた。もう休みたい。

 

「私は寝る。起こさないでくれ」

「あっ? ああ、分かった。すまんな、馬鹿のせいで」

「ちょっと、なんで起きてすぐ罵倒されるのさ!」

 

 

 

 ガヤガヤとうるさい。坂本に休むと伝えたのだが、なぜここまでうるさい? いくら馬鹿げた行いばかりすると言え、いくらなんでも休んでいる物の近くで騒がしくするほどの馬鹿ではなかったはず。多少の常識は持ち合わせている奴だ、坂本は。

 しばらくは我慢していたがあまりにもうるさく、とうとう私は布団からはい出た。一言でもいいから文句を言いたい。その一心で。

 

「うるさいわ! 寝ている者のそばで騒ぐな!」

 

 なぜか部屋にいる女子たちも、騒いでいたので、その場にいる全員に叫んで伝える。

 すると、女子の一人が前に出てきて喚いた。

 

「いきなりなによ! それに、こっちは怒っているのよ、あんたらに!」

 

 その言葉にカチンときた。怒っているのはこちらだ。

 

「黙れ! 精神的に疲れて眠っていたら、うるさくされて叩き起こされたこっちの身になってみろ!」

「はぁ!? ふざけないで! あんたたちが盗撮したのは分かっているんだから!」

 

 盗撮? 天狗たちがいつもしていることか?

 思わず吉井たちの方を見ると、膝に重石を載せられるなど各々拷問を受けていた。いや、なぜそうなるか本当にわからないが。

 

「そもそもなぜ盗撮をしたのが、私たちだというのだ?」

「そんなの決まっているじゃない! あんたたちFクラス以外にこんなことする奴がいないからよ!」

 

 つまり証拠はないのか。完全に感情で犯人と決め付けているようだ。これだから人間は、

 

「くだらない」

「なんですって!!?」

「事実だろう。証拠もなく、疑わしいからと拷問染みたことまでして。一人で壁に向かってしていろ。他の奴らは知らんが、少なくとも私はお前たちに興味などない。無論、貴様らの肌にもな」

 

 まだ食いかかろうとする女子を押しのけ、私は部屋を出る。背後の扉が勢いよく閉まった。苛つきばかりが募る。本当に人間というのは自分勝手だ。勝手に期待して、勝手に行動して、そして勝手に……。

 だから人間は嫌いだ。



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第十四問 問 騒動を起こすのは? 答 Fクラス

第二問 強化合宿二日目の日誌を書きなさい

 

 魂魄妖灯の日誌

 

 『私はやっていない!』

 

 教師のコメント

 大丈夫です。先生たちも事情を把握しましたから。

 

 魂魄妖夢のコメント

 ……兄さん。

 

 

 昨夜の騒動から一日たったおかげで幾分冷静になれた。

 今から思えば、あの物言いは腹が立つが、確かに肌をみられたと思っていた女子たちが殺気立っていたのも仕方がないだろう。その点は私が悪かった。自分のことながら大人げない。とはいえ、覗きの疑いをかぶせてくるのには辟易したが。

 だがきちんと話し合いをしなかったせいか、今もなお疑いは引き継がれてしまっている。

 昨日あれだけ喧嘩腰になってしまったためか、合同自習中も多くの女子が私を睨んできた。煩わしいが、それくらいなら我慢しよう。別に実害があるわけでもなし。

 それに、どうせFクラスが馬鹿をして、そちらに気を取られるであろうし。

 実際さっそくというべきであろうか。Aクラスの女子が近寄って、吉井たちになにやらしている。吉井たちからひとつ離れた程度のテーブルで勉強しているから、否が応にも話し声が聞こえてくる。

 いのまにやら霧島や、Aクラスの確か工藤が吉井たちの勉強に参加していた。まあ、別に基本的に自由時間だし、彼女たちはAクラスに所属している。すなわち勉学は優秀なはずだ。文句を言う必要はないだろう。

 

「……スリーサイズは上から――」

 

 あれ? 一寸待て。先の言葉を撤回する必要があるか?

 私の机のFクラスのやつらは工藤の言葉に息を荒げ、血走った目で彼女たちの方を見ている。というより、前かがみになっていた。え、まさかとは思うけど、工藤という女生徒は、痴女なのか? 確かに前回の戦いではなにやら保健体育の実践が得意と言っていたが、あれはまさか本気で言っていたのか? おふざけとかいうものでなく。

 急に肌寒くなってきた。私は机に出していた勉強道具を慌てて回収する。だが、慌てすぎたのか。鉛筆に指が引っ掛かってしまい、床を転がってしまう。

 そして、

 

「はい、これ。確か……魂魄君だっけ。そんなに慌ててどうしたの?」

 

 寒気の原因が拾ってしまった。

 

「い、いや少し場所を変えようかな、と」

 

 自分でも分かるほど声が震えている。その声に、目の前の工藤も気が付いたのか、にんまりとした笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、せっかくならこっちに来ない? 場所を変えるんでしょう」

「そ、そこは空調が効きすぎているから」

「そう? あんまり効いていないと思うけどな、僕は。だからほら、こうして服を緩めるしか」

 

 そう言って、工藤は服を引っ張りパタパタと扇ぐ。第一ボタンをはずしているため、どうしてもちらちらと肌が見えてしまう。

 

「妖灯ぃい! 俺と変われ!」

「ふざけんな、俺だ!」

「馬鹿を言え。お前たちには役不足だ!」

「だったらお前は力不足だ。この馬鹿!」

 

 とっさに役不足と言った奴に突っ込んでしまった。完全に役不足の意味をはき違えていたからつい突っ込んでしまったんだ。だが、助かった。ぐいぐいと馬鹿どもに押され続けて、少しは落ち着くことができた。

 冷静になれば、断れる。考えも落ち着いてきたところで、私は冷静に断るための文句を考える。素早くしなければ不審になってしまう。急がなければ。

 一秒にも満たない時間で、それらしい理由をでっち上げた私は、口を開く。

 

「実は「同性愛を馬鹿にしないで下さいっ!」……今度はなんだ!」

 

 また響いてきた不穏な声に教室の扉を見ると、小柄な女子生徒が肩を震わせていた。そして彼女は吉井を睨みつけると、島田へ抱き着こうとしたその女生徒だが、当の島田が悲鳴を上げていた。

 

「こ、魂魄バリア!」

「へ?」

 

 島田に掴まれて、盾にされた。島田へ抱き着こうとして飛び込んできた女生徒の頭が、鳩尾にめり込んだ。

 いくら鍛えているからといっても、急所は鍛えられない。思わずうずくまって腹を抑え込む。

 

「あ、ちょ! 大丈夫? ごめん手頃な盾がなくて……」

 

 本当に盾扱いされている!?

 呼吸ができず、しゃべることができない。

 

「け、汚らわしいです! お、男なんて。男なんて抱いてしまうなんて!」

 

 待て! せめてそこの女生徒は謝れ! わざと出ないといえ、お前の頭突きで苦しんでいるんだぞこちらは。しかし彼女はどんどんと勢い付いてしまい、聞くに堪えない罵詈雑言を叫んでいる。

 

「少し静かにしてくれないか」

 

 そんな折、Aクラスが集まっている方から、眼鏡をかけた男子がやってきた。確か姫路と戦っていた学年次席か。

 

「あ、ごめん」

 

 吉井が謝っている。謝るのは違う人間なのでは、と思わず女生徒を睨んでしまう。

 

「な、なんですかその目は! 美春が悪いというのですか!?」

 

 いや、悪いだろう。残念ながらその言葉は出てこない。それをいいことに、彼女の言葉は続いていく。結局西村教諭が注意しに来るまで彼女は罵倒し続けてきた。

 

 

 

 ようやく一日が終わり、夕食の後まだ痛む腹をさすりながら部屋へ戻ると、人だかりができていた。

 廊下にもあふれているために、部屋へ入れない。

 

『『『乗った!』』』

 

 な、なんだ? また坂本がなにかしでかすのか。

 拙い。勘であるが、このままここにいると巻き込まれる気配がする。

 慌てて逃げようとしたが、時すでに遅かったらしく、近くにいたFクラスの奴らに両腕を掴まれてしまった。

 

「ほら行くぞ、魂魄! 戦力は多い方がいい」

「俺たちに感謝しろよ。楽園(エデン)を見せてやる」

「別に見たくもないから、放せ!」

 

 暴れ回る。本来ならば人間程度に抑えられるほど力は弱くない。だが今は力が弱っている。抵抗むなしく私は引き摺られていく。

 長い廊下をまるで虜囚のように運ばれていくと、そこには女生徒の集団がいた。

 

「そこまでです、この豚ども! この先は男子禁制! さっさと引き返しなさい!」

 

 またもやあの女生徒がいた。なんなんだ、今日は。厄日か? 天を仰いでいると(コンクリート製の灰色がかった天井しか見えない)、女生徒がこちらに気付いたようで騒がしくなった。

 

「むっ! また貴方ですか! はっ! まさか貴方もお姉さまの裸が目当てで……!」

「一寸待て! いったいなんの話だ! というより、お前たちも私を捕まえてどこまで行く気なんだ!」

「そんなもん、決まっているだろう。白煙の先にある美の女神を見に行くだけさ」

 

 迂遠な言い方であるが結局は覗きでないか!

 

「ふざ「汚らわしい! やはりお姉さまを狙っているのね」いや、だからちが「召喚(サモン)!」話を聞けぇ!!」

「黙りなさい! この()()! 少し女に見えるからと言って、男が女湯に近づくなど許されるとでも!」

 

 ……あ?

 

「お、おい魂魄? どうした? というより、なんか怖いぞお前」

「放せ」

 

 氷のように澄んだ声が出る。腕をつかんでいた奴らが青い顔になっていた。

 

「は、はい!」

 

 両腕が解放される。ぐるりと一回回す。違和感はない。

 Fクラスが覗きを企んでいるとかそういうのはどうでもいい。ただ目の前にいるこの女が気に入らない。

 

「別に風呂とかはどうでもいい。ただ私はお前が嫌いだ。叩きのめす」

「やってみなさい!」

 

 召喚獣を召喚(サモン)し、私は目の前の女生徒へ槍を突きつけた。

 召喚獣が出そろったことで、点数が表示される。

 

『現代文 Dクラス 清水 美春 102 VS Fクラス 魂魄妖灯 258』

 

 映し出された点数に、女生徒、清水は目を丸くしている。

 

「そんな! Fクラスの男子がこんな点数だなんて!」

「吹っ飛べぇ!」

 

 驚き止まったままである相手の召喚獣を槍の柄で横なぎにする。点数差が大きかったためか、大振りの一撃であるがその一発だけで終わったようだ。相手の召喚獣が消えていく。

 唖然としている女生徒にむけ叫ぶ。

 

「いいか! 私は男だ! なにが悲しくて女と言われなければならない!」

 

 これだけは伝えなければならない。私は男だと。幽々子様も紫様も時折人をおもちゃにしてくる。そのたびにどれだけ辱められたことか。

 

「そうか。それは分かったが、お前も覗きの共犯と思わなかったぞ、魂魄」

 

 肩に手を置かれた。後ろには西村教諭がいた。

 誤解を解くのに一日を費やした。



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第十五問 早朝の騒動

 第三問

 強化合宿三日目の日誌を書きなさい。

 

 坂本雄二の日誌

『そして翔子が俺の前で浴衣の帯を緩めようとした。俺は慌ててその手を押さえつけ思いとどまるように説得した。とこ後ら、隣では島田が明久に迫っていて……(吉井明久に続く)』

 

 教師のコメント

『君たちに何があったのですか_』

 

 吉井明久の日誌

『後略』

 

 教師のコメント

『ここでその引きはないでしょう。ですが魂魄君の分がまだでしたね』

 

 魂魄妖灯の日誌

『……黙秘する』

 

 教師のコメント

『そこをなんとか』

 

 八雲紫のコメント

『あらあら。顔を赤くして。いつまでたっても初心ね』

 

 

 

 いつものように目が覚める。時計などはないが、それでも時間は分かる。明け六つごろだろう。カーテンの隙間から朝日がこぼれて、ちりちりと埃が舞っているのが見えた。桜が舞うのはあでやかで儚さを感じられるが、埃が舞うのはただ汚いとしか思えない。普段掃除があまりされていないからだ。

 不平不満を覚えながら起きたはよいものの、しばしばわずかなだるさを感じたが、無理やり体を起こす。休んだ気がしない。それもこれも、昨日の騒ぎが原因だ。あの後どれほど誤解を解くのに苦労したことか。なんとか誤解を解いたときは、月が頂点まで達していたぞ。

 内心ぼやいて布団を出ようとしたところ、違和感に気が付いた。妙な暖かさが布団の中にある。というより、抱き着かれたような感触が腰辺りからする。妖夢だろうか?

 自分の考えに違和感がした。そうだ、妖夢が布団にもぐりこむのはとっくの昔に治っている。それに、ここは外の世界。冥界の白玉楼ではない。では誰だ? 私に抱きついているのは。布団をめくると、暗闇に慣れてきた目がその人物を映し出した。木下が穏やかな顔で眠っていた。なぜかは知らんが、私の腰に抱きついている。

 まだ少し眠いせいか、一瞬女子が布団にいるのかと思ってしまったが、よくよく見ると木下だったことに胸をなでおろす。心臓に悪い。

 

「おい、起きろ」

 

 このままでは起きられない。木下を揺すり、起こす。だが意味不明な言葉をもごもごとつぶやいているだけで、目を開こうともしない。これは完全に寝入っているな。

 仕方ない。眠りこけている木下を背負う。

 本来の布団まで運んで、寝かしつける。道中、坂本が土屋の布団に入っていた。土屋が青い顔をしてうめいているが。もしや眠っていても男が抱き着いているのが分かるのか? ため息をついて、坂本を肩に抱えて布団へ放り投げる。

 なぜわざわざ私がこんなことまでしなければならない。そう思うものの、文句を言うことでもなし。このていどで怒るのは大人げないというものだろう。そのまま部屋を出て、合宿所の庭にて槍代わりの棒を振るうことにした。少しはこのいらつきもなくなるだろうか?

 

 

 

「殴る! こいつの耳からどす黒い血が出るまで殴ってやる!」

 

 合宿所の庭にて軽く汗を流し、澱んでいただるさとストレスを吹き飛ばした私が部屋に帰ろうとしたら、扉を挟んでも聞こえる大音量で吉井の怨嗟の声が聞こえてきた。またなにをしたんだ、あいつらは。おそらくは、吉井がまた馬鹿なことをしたのであろうが、たまに坂本が原因のこともあるからな。まあ、結局うるさいことに変わりはないが。

 ため息をこらえつつ扉を開けると、腹を抱えた坂本に吉井が花瓶で殴ろうとしている。それを後ろから羽交い絞めするように、木下が押さえ込んでいた。混沌としている。

 予想を斜め上を越える光景に、固まって思わず言葉を漏らす。

 

「なにが起きたんだ、いったい」

「……雄二が明久の布団にもぐりこんでいた。それだけじゃなく、雄二は秀吉のところにももぐりこんでいた」

「それがどうしたというんだ?」

 

 土屋の回答に納得がいかず疑問を発したが、その声が聞こえたのか、吉井が血涙を流しながらこちらを睨みつけてきた。憤怒というべきか、負の感情に押されて、一歩下がってしまった。

 

「それがどうしただって! 君には分かるまい! 朝一番にむさくるしい顔を見せつけられ、その張本人は秀吉のところにいるなんておいしい思いをしていたんだよ!」

「いや、木下のところにいたのがなぜおいしい思いになるんだ?」

「君は秀吉が一緒にいるというのになにも感じないというのか!!」

「朝、私の布団に木下がいたが、特になにもかんじ――」

 

 とっさに身を伏せる。わたしの頭上を、花瓶が通過して、扉にあたり割れる。あたっても死にはしないが、今の人間程度まで下がった身体能力では怪我をしてしまう。思わず脂汗を流すと、吉井が飛びかかってきた。

 

「君もか!!」

 

 ガチャリ

 

「おいお前ら! 起床時間――だ……ぞ?」

「死ね、死ね二人とも」

「うぉお!? 朝からいきなり決まっているぞ、明久!?」

「なぜ私まで襲われなければならん!」

「その胸に聞いてみろぉ!」

「落ち着くのじゃ、明久! 西村先生、済まぬがこやつを抑えてもらいたい!」

「……!(コクコク)」

 

 迫り来る明久を蹴り飛ばし、僅かな時間が生まれた。この時間であの暴走した吉井を止めなければ。手近にあった枕を蹴り上げて目つぶしにし、吉井の喉仏を貫手で貫き無力化しよう。

 

「ええい! これ以上朝っぱらから暴れるな! バカもんが!」

 

 だが、私が動く前に吉井の頭頂部を、西村教諭の拳が襲った。壁まで吹き飛んだ吉井は、気を失ったまま連れて行かれる。

 

「なぜだろうか。なんか納得いかん」

 

 振り上げようとした足をぶらぶら動かし、私はそうつぶやいた。



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第十六問 緒は切れる

 第四問

 以下の英文を訳しなさい

『Although John tried to take the airplane for Japan with his wife's handmade lunch he noticed that he forgot the passport on the way.』

 

 魂魄妖灯の答え

『鄭は妻が作ってくれた弁当を泣く泣く持ち日本行きの飛行機へ乗ろうとしたが、その途中でご印章を忘れていることに気が付いた』

 

 教師のコメント

『ジョンとパスポートはカタナカナで表記しましょう。 それと、この英文では泣く泣くなどはありません』

 

 八雲藍のコメント

『そういえば、お前はそうだったな。……哀れな(涙でぬれた跡が用紙に残っている)』

 

 

 

 

「ふ、ふふ。ふふふふふ……! いい加減にしろよ、貴様らぁ!」

 

 込み上げてくる怒りにとうとう私は叫んだ。

 合宿での授業も終わった自由時間の最中、もよおしたトイレの帰り、女子生徒の集団にいきなり襲われた。彼女たちは「Fクラスの男は倒せ」と口々にしていた。

 確かに、吉井たちが問題を起こしたりなどしているため、女子生徒も怒っていることだろう。その憤りは分からなくはない。だが、だからといってなんの確認もせず、私をいっしょくたにされては困る。

 それにこれで二回目だ。不名誉な、覗き扱いを一回目ならばまだしも二回もされて怒らないはずがない。

 廊下を歩いていく。曲がり角を曲がるたびに、新たな女子生徒が襲ってくるが、すべてを召喚獣で返り討ちにする。

 比較的温厚な私でも、我慢の限界はある。もはや我慢ならん。なにをしなくとも襲ってくるというのならば、こちらから攻勢に討ってやる。吹っ切れた。

 

「Cクラス――「邪魔だ! 召喚!」って、名乗りもまだなのに!?」

 

 こちらに召喚獣を向けてきたので、召喚獣を呼び出し一撃で倒す。心臓の部分をえぐり取られた、弓道着姿の敵は光の粒になって消えていった。

 召喚獣が槍を振るう。もう一人、鉤爪をつけた召喚獣が突っ込んできたので、遠心力を加えた横なぎで斬りつける。その召喚獣は空っぽの内側を一瞬晒し、虚空へ消えた。

 

「う、うそでしょう! 強すぎ――「戦死者は補修だ!」って、西村先生私まだ言いたいことがいえて――」

 

 最後はドップラー効果で聞こえなかった。相変わらず彼の御仁は人離れをしていないか?

 さて、どうするべきか。歩きながら考える。

 攻撃をするにしても、一人では効率が悪すぎる。あまりとりたくない手段だが、仕方がないか。吉井たちと合流しよう。

 なにをしようとも覗き犯にされてしまう。ならば、もう吉井たちと行動を共にしても構わない。どうせ、向こうの印象に変わりはないらしいから。

 召喚獣が石突きで地面を叩く。どうやら私の心情を察したようだ。

 

「さあ、戦をしよう。女子生徒ども。お前らが望むように」

 

 

 

 

 まずい。まさか一本道の廊下で挟撃されるなんて!

 作戦を決行しようとした僕を含めたFクラス男子は、女子たちによる奇襲を受けてしまい戦力の大部分を失ってしまった。第一撃を受けて生き残ったのは、僕・雄二・秀吉・ムッツリーニにあと数名だけだ。奇襲はあまりにも完璧で、他クラスとの連携は分断されてしまっている。Fクラス数名の戦力しかなくなってしまった。

 なんとか窮地を脱そうと、雄二の指示に従って教室から逃げ出したのはいいのだけれども、それすら霧島さんに完全に読まれてしまい、裏をかかれ万事休すだ。

 

「どうするの雄二!」

「くそっ! 翔子の奴め!」

 

 駄目だ! 頭に血が上って雄二は冷静さを失っている。このままだと……。

 背後を窺う。一本道の通路には、僕らを相手にしようとしなかったため無傷の生徒達。さらに前には霧島さんをはじめとして、高橋先生、美波に姫路さんが塞いでいる。

 前を塞ぐ戦力は圧倒的だ。

 

「雄二、撤退すべきじゃないかな」

 

 前にいる高橋先生たちに聞こえないよう気を付け、雄二へ語りかける。雄二も冷静さを失ってはいるけれども、状況の悪さは分かっているはず。

 

「ごめんね、そうはいかないんだよ」

 

 もう一度後ろを振り返ると、女子たちの中から工藤さんが前へ出てきた。

 まだ後ろへ逃げられるかと思ったけど、工藤さんまでいると逃げられそうにない。ムッツリーニが相手すればどうにかなるだろうけど、そう簡単に得意科目で勝負をさせてくれはしないだろう。そして他の科目でFクラスの生徒がAクラス所属の工藤さんを倒せる通りはない。それこそムッツリーニクラスで得意科目があれば話は別だけど。

 

「前方の狼、後方の虎だ……!」

「明久、正しくは前門の虎後門の狼だ。それに意味も微妙に違う」

 

 畜生。なんで雄二は僕を相手にするときだけは冷静になるんだ……!

 そうこうしている内に、包囲網が縮んでいく。

 

「アキ。いい度胸ね。あれほど痛めつけたのに、まだ女湯を覗こうとするなんて」

「明久君。どうして、どうしてこんなことするんですか」

 

 高橋先生がいるということは召喚フィールドは総合科目だろう。だとすると、美波の数学以外の点数が低いという弱点を突くことが出来ない。この戦い、僕たちの負けだ。もうどうしようもない。

 それになにより、美波と姫路さんを悲しませている。僕の良心が痛む。

 だけど。だけどそれがどうした!! あんな写真(女装した僕の姿が映った)が出回ったら、学園生活、いや人生は灰色になってしまう!

 

「皆! 最後まで戦うんだ! 諦めなければ突破口ができるはず! 召喚!」

 

 木刀を構え、僕は高畑先生へ向かっていく。一番強い相手を下せば、向こうにも動揺は広がるだろう。

 

「先生! アキの召喚獣は――」

「大丈夫ですよ島田さん。心配には及びません」

 

 余裕綽々といった様子で、高橋先生は美波と会話している。

 奥歯を強く噛む。これでも僕は召喚獣の操作には自信がある。それこそ学年主任が相手でも、うまくやれば倒せるだけの操作性はあるはず。点数では勝てなくとも、他の部分で勝てばいいんだから。僕を侮っているならば、その評価覆してみせる。

 僕の召喚獣が弾丸のように駆け出す。木刀のリーチはそれほど長くはない。近づかなければ話にはならない。

 

「吉井君。あなたには失望しました。少しは見所がある子だと思っていたのですがね」

 

 高橋先生は冷たい目で僕を見下ろした後、召喚獣を動かした。

 相手の獲物である鞭の長さはまだ分からない。どれだけの間合いかも。だから、まず一撃目をいなして射程距離を見極める。

 駆け出していた召喚獣を止めさせ、剣道の正眼で構える。なにが起きても、対処できるよう――。

 

「えっ?」

 

 召喚獣がいきなり消えた。

 

「いったぁあああああ!? なにこれ!!? 鉄人の拳レベルで痛いってどういうこと!?」

 

 一泊遅れてきた痛みにもだえ苦しみ、床を転げまわる。

 

「たとえどのような理由があろうとも、覗きは犯罪。反省しなさい」

 

 まずい! 

 痛みに苦しみながらも、高橋先生の召喚獣が、鞭を振るい鋭い音を出した。皆が高橋先生を恐れを含んだ目で見ている。というより、僕の様子を見て慄いているようだ。

 あれだけの実力を見せつけられては、士気なんてないも同然。このままだと一気に潰されてしまう。

 

「ならばどのような理由があろうとも、無実の者に罪をかぶせようとしたんだ。報復されることは覚悟しているということだな?」

 

 この声は、まさか。

 後ろを振り向くと、丁度目の前に足が飛んできた。鼻の先が熱い。上履きに踏まれるところだった。

 

「死ぬっ!?」

「すまん」

 

 倒れている僕の前のタイルを踏み、魂魄君がそこに立っていた。後ろの女子生徒は信じられないものを見る様子で魂魄君を凝視している。包囲網が崩れた様子はない。まさか包囲網の上空を越えてきたなんて馬鹿げたことはしてないだろう。

 

「なぜあなたが!?」

 

 高橋先生も予想外の事態なのか、驚きの声を上げている。

 

「なぜ? 面白いことを尋ねるな。私にもな、限度というものがある。なにもしていないのに、Fクラスの男という理由だけで襲われ、罵られる。怒りを覚えるなというのが理不尽だろう?」

「確かにそうかもしれませんが、だからといって」

「だからといって、覗きなどするな? 結構だ。わたしの目的は覗きではない、単純明快なものだ。女子生徒全員に対する報復だ。その為に、吉井たちと協力することを決めた。いうなればこれは宣戦布告」

 

 言葉を言い切ると同時に魂魄君ごと召喚獣が駈ける。高橋先生が鞭を召喚獣に振るわせるが、槍をくるくると回した魂魄君の召喚獣が迫り来る鞭をすべて打ち落としている。 

 すごい。召喚獣の操作ではなく、戦闘能力が段違いに違う。まるで雄二が喧嘩をしているみたいだ。魂魄君は槍の間合いへ入り込んだ。高畑先生の召喚獣は鞭を戻しきれていない!

 

「くっ!」

「せいっ!」

 

 召喚獣の槍が突きだされた。

 

「……なぜ、とどめを刺さないのですか?」

 

 高橋先生が疑問の声を上げる。槍は高橋先生の喉元で止まっていた。

 

「言ったはず。宣戦布告だと」

 

 そう魂魄君が告げると、召喚獣が槍を下ろす。どうやらもう戦うつもりはないようだ。召喚獣が消えていく。

 

「明日から、私は吉井たちとともに貴方達を倒す。私が欲するのはひとつ。その首級だけだ」

 

 背中を向けて、一本道の廊下を歩いていく。魂魄君が近寄ると、女子生徒の多くは道を開けている。まるでモーゼだ。

 

「困りました。まさか彼が参戦するとは。仕方がありません。少なくとも今日は止められるだけ止めるとしましょうか」

「あっ」

 

 そうだった! いろいろあったけど、状況は変わっていなかった!

 逃げないといけない。でも、

 

「アキ、聞きたいことがあるんだけど?」

「私もです明久君!」

 

 背中から聞こえた声に脂汗が伝った。僕の前では雄二が霧島さんにつかまっていた。 




ちゃっかり一人だけ逃げ切っている妖灯君でした。
東方簡易百科事典
八雲藍 九尾の狐。八雲紫の式神。その頭脳はスパコンを軽く凌駕しており、実力も最強といわれてもおかしくはないほど。油揚げ大好き。


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幕間

 なぜあんな馬鹿げたことを大勢の前で啖呵きってしまったのだろうか。冷静ならばしなかっただろうことを、わざわざ異常な姿をさらしてまでしてしまった。

 廊下を歩きながら、私はさきまでのことを振り返って自己嫌悪に襲われていた。極まりが悪くなり、頭を掻く。

 ああ、愚か者だ。心身が弱いから、あのような馬鹿げたことを怒りに流されしてしまったのだ。

 怒りにかられ、後さき考えないなど愚の骨頂。まるで昔の未熟な頃の私でないか。子供ではないのだ。気に入らぬからと一々手を上げていては、なにもできまい。感情に流されぬ様に心を鍛えたはずだというのに。

 

「これも、すべてはあいつらのせいだ」

 

 拳を握りしめる。ここにきて、私に要らぬ物を植え付け揺さぶろうとする存在。ここが幻想郷ならばとっくのとうに(あや)めているだろう。人など、所詮弱き者。簡単にその命はなくなる。それら些事に煩わされるなどあってはいけない。白玉楼を守るためには、余計なぶれなどあってはならない。

 心に生まれてしまったよけいな感情()を一つずつ丁寧に、重箱の隅をつくように殺していく。感情などは不必要。いるのは、ただ一つ、使命だけ。幽々子様を守る。それだけだ。紫様もしばらくすればこの事態を飽きることだろう。私を回収してくださるまで、この新たに湧き上がってくる心を凍らせなければならない。深く、深く、山中の古井戸のごとく心を静めて。

 そう決心すると、自己嫌悪も多少は和らぐ。深く息を吸って、気分を入れ替え部屋へ戻る。

 

 

 

 

 部屋へ帰ると木下がいた。他は全員説教ということでいないようだ。これは良い。今その顔を見れば、せっかく立ち直りかけた気分が、元の木阿弥になってしまう。

 壁に背中を預けて、座り込む。ただ浸るような静寂が心地よい。あのバカたちと違い、木下は機微が分かる方だ。余計なことはしない。そこだけは私も認めている。今この部屋に木下だけなのはそういう意味でよかった。

 

「のう、魂魄」

「……」

 

 深々とため息をつく。普段ならば話しかけない木下が、わざわざ現状で話しかけてきたんだ。よっぽどの理由があるのだろう。だが、今でなくともいいだろうと思ってしまう。

 

「なんだ」

「お主は、なぜそうも人を毛嫌いする?」

 

 機微が分かるというのは間違いだったな、失望した。

 

「それを聞いて、どうするつもりだ? 無理やりにでも治させるとでも?」

「いいや、そう思いはせんよ。それにお主は頑固そうじゃ。口で言ったところでどうにもならんじゃろう。それこそ明久と同じ程度には。じゃからと言って力づくはそもそも儂ができんし、できるのは鉄人くらいのものじゃ。お主の動き、武道の心を知らぬ儂でもわかる。少なくとも坂本ですら相手にもならんじゃろう」

 

 ならば最初から話さなければいいというのに。よけいなことを口にするなと、睨んでやる。

 

「まあ、そう怒るな。儂はお主を怒らせたいわけじゃない。儂はな、演劇部じゃ。演劇というものは人を演じるもの。いつも注意深くすべてを観察しなければならぬ。これでも洞察力や観察力は人一倍すぐれておると自負しておる。その儂が見る限り、お主はどうも人がいい。なんだかんだと言って、悪態をつくが困っている人を助けておる。姫路たちを助けに行った時もそうじゃ。あのとき、島田の妹が不良に襲われそうなのをマイクを投げ助けておった。散々人を嫌っているそぶりをみせるくせに、それはおかしいものじゃ。本当に嫌いならば、最初から関わらなければいいというのに。なあ、お主――」

 

「本当は人が大好きなんじゃろう」続けられたその言葉に、吐き気を覚え、()は否定の言葉も吐かず部屋を飛び出した。

 

 

 

「うっ……」

 

 宿舎の壁に手を突き、胃の中が空っぽになるまで吐きつづけた。えぐい味が口の中に残り、空っぽの胃にさらに吐き出せと命令を下す。唾も出し切り、本当になにもでなくなるとようやく吐き気もおさまった。

 めまいがひどい。ただ立つだけができやしない。ふらふらと、足を支えきれず倒れてしまった。

 空には、欠けた月が泣きながら(のぼ)っている。手を突きだせば、逃げてしまいそうだ。だというのに、知らず俺の手は伸びていた。

 

「■」

 

 知らない言葉が口を吐く。いや、忘れようとしている言葉だ。大切な、なによりも……。

 心がかき乱され、頭が鈍く痛む。だけど、俺は動かず只月を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 それは偶然だった。吉井と坂本(馬鹿者ども)を説教した帰り、どこからかえづく激しい音が聞こえてきた。

 具合の悪くなった生徒がいるのかと慌てて音がした方へ行くと、宿舎の外、壁に手をついた魂魄がそこにいた。普段の、武術によって鍛えられたであろう大木のような安定感はなく、今にも風が吹けばへし折れそうな苗木のような弱々しさで。顔色は真っ青で、病人ですらもっとましな顔をしている。

 千鳥足で尻餅をつき、後ろに寝転がったときは危ないと駆け出しそうになった。だが、月を見上げているその顔が見えてしまい足が止まった。

 あんな悲しそうな顔を俺は見たことがない。いや、一度だけ学園長が浮かべた顔とそっくりだ。大切な人と別れざるをえなかった、とある時教えてくださった時の顔だ。

 奥歯をかみしめる。生徒が苦しんでいるというのに、俺はなにもできない。救おうにも、なにを語ればいいというのか。言葉を尽くそうが、俺の言葉は軽いだろう。体感したこともないものがなにを語ったところで、そこに思いなど込められやしない。思いのない言葉など、なんの慰めにならん。

 生徒一人救えぬ己のふがいなさ。そして生徒がそんな顔をしてしまう世の儚さ。なにを怒ればよかったのだろうか。

 空に浮かぶ月はなにも教えず、魂魄を慰めるように照らしていた。俺は、ただそれだけが救いになってくれればと思った。




少し妖灯の内面に踏み込んだ木下。ここら辺から段々、妖灯に対して回りからのアプローチが増えていきます。(覗きを協力したとクラスから思われるため)


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第十七問

 第六問 この強化合宿についてのまとめを書きなさい。

 

 魂魄妖灯のまとめ

『初日から周りのごたごたに巻き込まれ疲れた。まともに勉強できなかったような気がする。一体この合宿はなんだったというのだろうか』

 教師のコメント

『ふふふ、それが青春というものですよ。いろいろあるようですが、そういったことが将来大切な宝となるものです』

 射命丸文のコメント

『あややや。なかなか面白そうなネタの匂いがします。今度、詳しく取材させてください』

 

 

 

 

 ほとんど消耗しなかったといえ、それでも昨日の戦いで僅かに点数が減っていた。戦争をするためには補給が重要だ。補給を絶たれた際、残っているのは地獄だ。それは歴史が証明している。というわけで、私たちは補充のために試験を一日かけて受けた。

 これで全員まともな戦力となった。あとは策を練り、女子どもに目に物を見せつけてやるだけだ。あれだけこちらを貶したのだ。少なくともその恥辱分は返さなければ腹の虫がおさまらない。

 

「作戦開始も近いからな。最後の打ち合わせだ」

 

 坂本の声が聞こえた。どうやら、私を除いた部屋の人間で作戦を練っていたらしい。これは幸いだ。坂本の作戦立案能力は、この平和な時代に珍しく高い。基本的にはその策に間違いはない。とはいえ、昨日はその策を幼馴染に読まれてしまったらしいが。ならばその点は傍らで補佐すれば、むしろ相手の意表をつけるだろう。

 

「俺たちがいるのは三階だ。目的地までは、三階・二階・一階・女子風呂前の計四点の防衛線を突破しなければならない」

 

 四人の輪に加わる。坂本は私を一瞥した後、かすかにうなづいて再び言葉を続けていく。

 

「三階の敵はE・Fクラスの仲間が抑えてくれる。二階の敵はDクラスだ。ただ、Dクラス単体は厳しいものがある。出たとこ勝負になるが、まあなんとかなるだろう。その後は」

「その後、一階は私に任せろ」

「魂魄……?」

「大将を潰す。完膚なきまでに。それが私の復讐だ」

 

 しばらく押し黙った坂本であるが、たしかに一度頷いた。そうだ。それでいい。その返答に満足し、輪から離れていった。

 

 

 

 作戦開始からしばらく経った。戦況は苦しいものはあるものの多少有利なところだ。やってくる女子生徒たちを次々と討ち取っていき、前へと突き進む。ときには犠牲を要し、散っていた男子もいる(Bクラスの代表)。そしてなによりAクラスの男子生徒たちが加勢に来たというのも大きいだろう。戦力がまし、勢いを増した私たちは今、流れに乗っている。

 その流れを絶やさぬため、そして目的を達成するために、私は眼前の敵を倒す。

 

「さあ、勝負といこう」

「ええ。分かりました。間違った道を、恨みを持ち突き進むというのならば、教師として止めなければなりません」

 

 召喚獣がお互い召喚される。だが、召喚されると同時に高橋女史の召喚獣が鞭を振るってきた。すぐさま槍で迎撃するが、すぐさまもう一撃放たれる。これも軽く受け流すが、再三すぐさま鞭がやってくる。

 してやられた。どうやら敵の策は、攻撃こそ最大の防御。押して押して押しまくるようだ。なるほど、合理的だ。召喚獣は疲れない。いくら鞭を振り回そうが、疲れから動きの鈍ることはない。点数がなくならない限り。逆を言えば点数がなくなれば、消滅する。そして、攻撃する方も防御する方も微量ながら削られていく。

 

「まずい……!」

 

 点数の差は圧倒的だ。私の試験の点数はそれほど高い方ではない。確かに古典と日本史ならばかなりの点数が取れるが、それ以外はまだあまり勉強できていない。一方、向こう側は教師だ。今まで勉学に励んできた、いうなればこの道の先達者。青は藍より出でて藍より青しと行くには、それ相応の努力が必要。今の私では藍よりも薄い。点数の差は圧倒的だ。このまま防御をし続ければ、そういかないうちに召喚獣が点数を失い消滅するだろう。

 

「私は貴方ほど強くはありません。しかしながら、戦いに勝つのは武力だけではありません。知もまた戦いを決定づける重要な要素です。古今東西の戦において、大勝を決めたのは武将より、智将の存在が大きいのですよ」

 

 再び振るわれる威力のない、しかし確実に点数は削ってくる攻撃を防ぐ。どうするべきだ。このままだと、なぶり殺しにされる。

 いな! それだけはしてはならない。私は決めたのだ。必ず倒すと。女子たちに目に物を見せてくれると。

 奥歯をかみしめる。覚悟はとうの昔に決めている。今必要なのは守りでない。状況を打破する猪武者だ。

 

「なにを? 諦めたという訳ではないようですが……」

 

 疑問の声が挙がる。当たり前だ。突然守ることを止めたのだ。困惑するのは当たり前だ。それでいて、攻撃自体は先ほどと変わらない。これをチャンスと大振りにしてくれれば、楽であったが。それに関しては敵ながら天晴れというべきか。

 槍先を相手の召喚獣に向け、(からだ)を限界まで縮こませる。体をねじっていく。人間の体なぞ、縮むか伸びるかしかできやしない。ならば、伸びる前に限界まで縮こませればその分、体は強い運動を得る。ぎちぎちと召喚獣から音が聞こえそうだ。

 

「侵略するごと火の如し」

 

 その言葉とともに召喚獣が駈ける。いままでの速度と比べようがないほど速い。だが、いくら速いといえ、実体まで失ったわけではない。鞭が当たり、鈍い痛みが私の体にまで奔る。

 とはいえいくら点数に激しい差があろうと、当てるだけのつもりで振るわれた鞭など覚悟を決めさえすればいくらでも防げる。召喚獣も傷つきながら突き進んでいく。

 

「なっ! しまっ」

「貫き通せ、飛燕」

 

 最大まで加速した召喚獣はそのまま鞭の間合いを潜り抜け、槍の間合いまで駆け抜ける。そしてそのまま敵の心の臓を貫いた。

 高橋女史の召喚獣は虚空へと消えていく。勝った。私は勝った。この戦を、報復を!

 

「ぉ、ぉおおおおおおおおお!!」

 

 腹の底から喜びの声を挙げた。




作中、詳しい行動は省かれています。というのも、視点主である魂魄がぶちぎれ冷静でないため、周りを見る余裕がありません。どうしても気になるかたは、原作を読んでください。面白いですよ。
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射命丸文
烏天狗。自称清く正しい射命丸。ゴシップ好きな天狗は、新聞を自ら作ることを娯楽としている。そのため常にネタを探し、それで騒動を起こすことも。射命丸もご多分に漏れず、新聞を作っている。


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ラブコメディー
第十八問 合宿を終えて


四巻突入です。


第一問 次の言葉を正しい英語に直しなさい

『ハートフル ラブストーリー』

 

 魂魄妖灯の答え

『heartful rough story]

 

教師のコメント

 惜しいですね。これでは愛の荒っぽい物語です。ハリウッド映画になってしますよ。

 

上白沢慧音

 ああ、たしかにそうだな。懐かしい。

 

 

 

 強化合宿を終えいつものように人目がつかない時間に学園へ通学し、暇だったため鍛錬に励んでいた時のことだ。別に他意はなかった。

 広々とした屋上は長物を振るうのにちょうどよく、そこでよく修行に励む。だがその見通しの良さのせいか、信じられないものを見てしまった。おもわず手が緩み、槍を手放してしまったくらいだ。普段ならばそんなことは決してしない。武器を手放すなど愚か者そのものだから。しかしその光景はそれだけの衝撃を私に与えた。

 何度目を疑ったことだろう。何度正気を疑ったことだろう。夢を見ているのではなかろうか。信じられなかったが、それでもあの光景は本当のことなのか。私には分からない。擦り過ぎたせいで目が痛い。鏡を見れば赤々としていることだろう。

 島田が吉井へ接吻をしていた。普段吉井へ関節を極めてばかりの島田がだ。恥ずかしがって誤魔化そうとして暴力に移る島田がだ。異常事態そのもの。合宿の後私を除いた男子は停学処分を受けていたが、その間になにかしたのか?

 接吻された吉井は島田が去った後すぐに亮に思いっきり殴られていたが。それも数メートルは吹き飛ぶ力で。あれだけの勢いで殴るとなると、それこそ全力を出さなければならないだろう。そして続々とわきだしたFクラスの男ども。各々が取り出す武器の数々。そしてかなりの距離はあるはずなのに、ここまで殺気が届いてくる。

 

「吉井は死んだかもしれんな」

 

 思わずつぶやいた言葉だが、本当にそうなりそうな気がする。

 早く西村教諭が来れば命ばかりは助かるかもしれんな。吉井が気を失った後、坂本も同じ目にあっていた。

 

 

 

 教室へ戻ると異界が広がっていた。

 暗幕まで引かれた薄暗い教室。床には生贄らしき吉井が猿轡で転がされ、その周りには黒い外套を被ったFクラスの者たちが並ぶ。それぞれが奇妙な呻きを漏らし、ゆっくりと旋回して吉井の動きを待っているようだ。吉井と同じく坂本も地面を転がされている。こちらに助けを求めてきたが、無視することにしよう。

 席へ着こうとすると吉井が起きたようだ。素っ頓狂な声を上げ、事態を把握しようとあちらこちらを見ている。そしてなぜか吉井が坂本を異端者扱いし、坂本が吉井を売ろうとする。あの二人は友人ではないのだろうか。いや、幻想郷にも殺し合いをする知人がいるという噂だ。そうおかしくないのか? しかしどうやら他の奴らにとっては二人共が異端者であるようで。

 

『両者を異端者として私刑に化す』

『是、是、是!』

 

 ここはどこの本陣だろうか。まるで合戦前だ。というより拳を振り上げている参列者は、その手に武器を持っているのは気が早すぎないか。どれだけ異端者とやらを憎んでいるのか。というよりもなぜそうまでして二人を親の敵にしたがるのか。理解できない。恋愛などに特別なものはないというのに。

 

「待て待て待て! こいつならいくらでもしていいから俺はよせ!」

「いっそ清々しいまでに僕を売るな、雄二! 雄二はあの霧島さんからキスされたんだぞ!」

「あっ、てめえ! 明久!」

「なんだよ、雄二!」

『黙れ! 貴様ら二人とも異端者だ!』

 

 とうとう抑えが利かなくなったらしい黒外套どもは、血走った目で二人へ近づいていく。

 

「やめろっ! まだ死にたくない!」

「クソッ! 縄がほどければ……!」

 

 あと数歩で武器の間合いに黒外套が入ろうとした時、教室の扉があく。そこには島田がおり、頬を赤らめて辺りを窺っている。教室の全員が気を取られ、一切しゃべらない。ただ静けさだけが広がる。そのなかを自身の席まで俯いて行く島田。ちらちらと吉井を窺い見ている。周りも先ほどまでの勢いはない。ガスの充満した部屋とでも言えばいいのか、これは。ちょっとした刺激で爆発しそうだ。

 いったいなんだというのだこの状況は。ため息が出る。どうせ吉井が爆破させるのだからさっさとさせてしまえばいいものを。席に私も座り、そう心の中で呟く。



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第十九問

 第二問

『西暦1492年、アメリカ大陸を発見した人物の名前をフルネームで答えなさい』

 

 魂魄妖灯の答え

『クリストファー・ロビン』

 

 教師のコメント

 クリストファー違いですね。それは黄色いクマのお友達です。

 

 メディスン・メランコリー

 ぷーさんはわたしのお友達よ。

 

 

 

 教室が騒がしい。というよりも怨念で満たされているというべきだろうか。誰もが吉井に対して敵意を隠そうとしていない。それどころか率先して殺意を表明しているしだいだ。正直なところ、鬱陶しいから殺意を発するのはやめてほしいところだ。場合によっては手が滑ってしまうかもしれない。

 この状態の元凶へ目を向ければ、二人して顔を赤くしている。完全に自分たちだけの世界に入り込んでしまっている。

 

「それで、お昼一緒に食べましょう」

 

 うつむき、その身を微かに揺らして言われた言葉に、吉井も頬をかいて肯定している。初々しい恋人のようだ。これが文芸作品ならば、甘酸っぱい青春の話としていいのだろう。しかしここは現実だ。そんなものを見せつけられた馬鹿どもが反応しないはずない。現に周りの殺気は膨れ上がる。場所を考えて言えばいいのに。なぜこの場(教室)で言うのだろうか。恥ずかしくはないのか。ああ、恥ずかしいという感覚よりも幸福感やら緊張で周りに気付けないのか。

 

「駄目です、お姉さま!」

 

 そうして乱入してくる一人の少女。清水とかいったか。合宿の際、かなり煮え湯を飲まされた相手だ。また面倒な奴が現れた。教室の中で一番殺意を発し、吉井を睨んでいる。

 どうやら吉井と島田が一緒にいるのが気に入らないようだ。しかも、昼を一緒にするということにも。個人の自由だとは個人的に思うが、いったいどんな料簡で邪魔をしようというのか。まあ、行き過ぎなければ無視しよう。相手をするのは面倒だ。

 

「――だって、ウチはアキと付き合っているんだから」

 

 島田の言葉に、清水が体を震わす。時間が経てば経つほどその震えは大きくなっていく。呆然とした声で反問している。だが島田が何度も何度も頷いたためか、吉井へその視線を向けた。

――マズイ。

 

「ころ――」

 

 吉井へ襲い掛かった清水を空中でドアへ蹴り飛ばす。勢いよく宙を吹き飛んだ体は、汚れきったドアへ強かに叩きつけられる。轟音が鳴り、全員の視線が集まってくる。

 

「そこまでにしておけ」

「こ、魂魄!? なにやってんの!? 美春、大丈夫っ!?」

 

 ドアへもたれかかった清水に、告げる。

 

()()はさすがに看過できん。それでもまだやるというならば、次は加減せんぞ」

 

 腹部を抑え顔を顰めている清水は、泣きそうになる。だが、そんなものは考慮にもならない。いましようとしたことは、許容するわけにはいかない。それは誰もが不幸になるものだ。

 

「妖灯! いくらなんでも」

「黙っていろ、吉井」

 

 もたれかかっている清水へ近寄りながら、私は言葉を続けていく。いまここで言わなければ、こいつは理解しないだろう。その感情は、気持ちは尊いからこそ、それを自身で否定している清水を許せない。

 

「お前がいくら想おうが、そのような手に出る限り決して報われん。そんな手で得られるものなぞ、虚構でしかない。虚しいぞ、それは。それに、お前が二人を邪魔する権利はない。結局のところ、これは二人の問題だ。部外者が口をはさむな」

「わ、私は、お姉さまを」

「口を開くな。それ以上はただ不快なだけだ。お前がお前の気持ちを裏切るだけだ」

 

 とうとう清水の目から涙が流れる。教室の中はただ静寂に包まれる。

 

「なんだ、なにがあった!? さっきの音は!」

 

 西村教諭が扉を開けて顔を出す。どうやら走ってきたのだろう。ネクタイがずれてスーツから飛び出している。

 

()が――」

 

 なぜ、こんなことをしたのだろうか。自分のことながら分からない。ただ、清水の言動がムカついた。

 

「俺が清水を蹴りました」

 

 それだけだ。それだけでしかない。それ以外ではあってならない。

 だから、紫様。早く俺を幻想郷へ戻してください。でなければ俺は――




シリアスです。


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第二十問 視聴覚室で

第三問

 以下の状況を想像して質問に答えてください。

『あなたは大好きな人と旅行に行くことにしました。しかしいざ出発、というところで忘れ物に気が付きました。あなたはなにを忘れてしまったのでしょう?』

 

 魂魄妖灯の答え

『射影機』

 

 教師のコメント

 この質問はあなたが不足しており、相手に求めているものを図る心理テストです。どうやらあなたは大切な人との思い出を欲しているようですね。まだまだ先は長いですから、そう慌てることはないですよ。

 

 上白沢慧音のコメント

 ……そうだな。時というものは簡単に流れてしまう。過去を振り返るには、それだけの物が必要だ。元教師として、その願いがかなうことを祈ろう。

 

 

 

 昼ごろ、私は生徒指導室を出た。西村教諭が判断したからだ。それまではずっと二人きりで話をしていた。時折見回りに西村教諭が廊下へ行く以外は。ずいぶんと私のことを心配していたようだ。馬鹿馬鹿しい、人間に心配されるほど脆弱ではない。そう言い切れないのは弱くなったからだろうか。

 自分の行動が制御できなかった。なんだかんだいままで直接手を出したことはない。人間のような弱者と半人半霊の自分では力の差がありすぎる。簡単に壊せてしまう。本気で叩けばそれだけで殺すことすら可能だろう。だからそうそう簡単に力を使うわけにはいかない。それは自分でも分かっている。なのに本気でないとしても力を振るってしまった。明らかにいまの精神状態はおかしい。立て直そうと思っても、心がそれを許さない。乱れた水面は静まらず荒れ狂い続ける。揺れ動く精神に腹が立つ。白玉楼ではこのようなことにならなかったというのに。たるんでいるということだろうか。

 つらつら考えながら教室へ戻ろうと階段に足をかけたとき、上から影が差した。見上げれば踊り場に清水がいた。背筋を伸ばし、真剣な顔でいる。

 

「話があります、魂魄妖灯さん。着いて来てくださいますか?」

 

 その眼は、先ほどまでの嫉妬にあふれた目でも、男を毛嫌いするものでもなく、理性的な目だった。もし先ほどのような眼ならば拒否しただろう。しかしそんな腑に満ちたものではなかった。あの眼から逃げてはならない。そう、思った。

 

「……分かった」

 

 頷き、清水の後をついていく。廊下を通る途中で周りが私たちを見ている。どうやら朝の出来事が広まり切っているようだ。後ろでざわめきが広がっている。

 視線にさらされながら歩いていると、清水が止まった。視聴覚室の前だ。昼休みだからだろうか、視聴覚室内に人気はない。

 清水が扉を開け、中へ入る。その後を、私も入る。

 扉を閉めた際、人避けの結界を張る。誰もここに近寄れないように。力を封印されていてもこれくらいはできる。これから行われる話の邪魔をさせるわけにはいかない。

 扉から少し離れたところで清水は振り返った。向かい合い、清水の言葉を待つ。

 

「あなたは言いましたね、美春に。私は私の気持ちを裏切っていると」

「……ああ、確かに言った」

「どうして、ですか。どうしてそう思うのですか」

 

 その疑問に答える必要はないだろう。だが答えなければならない気がした。

 

「想うことは自由かもしれない。だが、想いを押し付けるのは間違いだ。押し付けられた気持ちは誰にも受け入れられず、どこかへ消えてしまうだけだろう」

 

 そうだ、見るに堪えなかった。吉井への殺意もそうだが、なにより清水を見てられなかった。あのままならば、ただ自身を深く傷つけるだけだっただろう。想いをさらけ出すのは必要だが、押し付けてしまえばそれはもはやまったく別の物となり果てる。

 

「想うならば、方法を変えろ。あれではお前の想いは届かない。別に私は島田と吉井が付き合わなければ困るという訳じゃない。ただ、お前が力を持って無理やり捻じ曲げようとしたから、止めただけだ」

「美春は間違えていたと?」

「間違えていただろう。行動を。無理やり縛ったところで、相手は拒絶するだけだ。手と手を伸ばし合うから、一緒にいられる。ひとつしか伸びなければ、距離は離れていくだけだ」

 

 その言葉に清水がどう思ったかは知らない。ただ、清水だけが知っていればいい。

 

「分かりました。あなたの考えを知れてよかったです。でも美春は、まだそれを受け入れられません。あの男を見極めて、決めます」

 

 そう言いのこすと、清水は教室から出ていった。

 

「なぜこんなことをしているのだろう」

 

 一人だけの教室で、ぼそりと呟いた。



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22話

第四問

 以下の文章の( )に入る正しい単語を答えなさい。

『分子で構成された固体や液体の状態にある物質において、分子を結集させている血からのことを(  )力という』

 

 魂魄妖灯の答え

『(萃)力』

 

 教師のコメント

イメージは近いものがありますが、ただ集めるのではなく結集させる力を尋ねています。近い答えが出ていますので、もう少し頑張ってみましょう

 

 伊吹萃香のコメント

おっ、私の力についてかい? まあ、物を萃めて固める程度はできるよ。えっ、なんだい紫。私の力とは違うの?

 

 

 

 生徒指導室に呼び出された次の日私が教室にいても、クラスの雰囲気は少し悪いものがあったがそれだけだった。不必要に彼らは私を責めることなく、遠巻きにであるが私の様子をうかがうだけだ。多少鬱陶しいとは思うが、それだけで済むのは僥倖だろう。あからさまに避けられるよりかはまだましだろうな。文句はない。

 そうして教室にいたところ、DクラスがFクラスに試召戦争を仕掛けてきたと報が入った。普段ならば驚くべきだろうが、坂本の妙に落ち着いた態度から、また何かの策を行っているのだろうと当りがつく。実際話を盗み聞く限りでは、Dクラスとの戦争が行われないとBクラスに襲われ、拙い事態になるようだ。まあ、確かに考えてみれば合宿にて点数を消費しきったこのクラスがBクラスと戦えるとは思えない。まだDクラスと戦う方がましだろう。

 それにしても少し意外だ。虚虚実実を駆使した坂本がDクラスと交戦させたと思っていたが、どうやら吉井が清水と話し合って交戦状態へ持っていったらしい。

 昨日の清水の言っていた見極めというのが行われ、吉井は眼にかなったということか。

 さて、それにしてもいったい現状がどうなっていることやら。戦争のことじゃなく、なぜか島田と吉井との間がまた広まっている。あれほどくっついていたというのに。なにがあったのか。とはいえそうそちらにばかり気を捉われるわけにもいくまい。

 戦争に向けて戦力を補強しなければならないだろう。幸い、私はあまり点数が減っていない。補給に出る必要はないだろう。ならば前線で戦うのだろうが。

 

「ああ、魂魄。お前も少し付き合ってくれ」

 

 坂本が私を呼ぶ。どうやら私にも仕事が割り当てられるようだ。面倒だと思いながらも、坂本に近づく。

 

「すまんな、昨日の件で会いづらいだろうが、Dクラスの条件がお前と吉井をつれて清水と会うことでな」

「別にかまわない」

 

 どうやら、これが清水の出した結論のようだ。それを聞き届ける義務が私にはあるだろう。

 

「よしっ、じゃあ行くぞ」

 

 

 

 

 戦争で騒がしい廊下から一転、坂本が先導した空き教室付近は静かだ。扉を開けると、清水が立って待っていた。

 

「来たぞ、清水。約束は守った」

「ええ。確かに。では、最後ですが」

「ああ」

 

 私と事態が分からず困惑している吉井を残し、坂本は教室を出ていく。気配を捉える限り、声の聞こえない場所へ移ったようだ。

 

「さて、それじゃ、始めましょう」

「えっ?」

「Dクラス清水美春、Fクラス吉井明久へ試召戦争を行います」

 

 教師がいないというのに召喚獣が現れる。

 

「えっ、なんでって雄二の奴、腕輪を起動させて置いていったな!」

 

 どうやら雄二が普段つけている腕輪の力らしい。その腕輪は机の上に置かれている。これで二人が戦えるようになったというわけか。

 

「さあ、早くしなさい」

「うっ、さ、召喚(サモン)

 

 呼び出される吉井の召喚獣。その前にて静かにたたずむ清水の召喚獣。困惑する吉井をよそに、清水は静かに語り始める。

 

「私は貴男が気に入りません。お姉さまにふさわしいと思いません。まあ、昨日の件については腹が立ちましたが、それでもあなたがお姉さまに誠意を持っていることも知れましたから良しとします」

「えっと、清水さん?」

「ですが、それでも私はやっぱり貴男が嫌いです。お姉さまを泣かせたことに変わりありませんもの。ですがそれでもお姉さまが選んだのは貴男です。だから」

「だ、だから?」

「覚悟しなさい。これは私の八つ当たりですもの」

「ちょっ!?」

 

 清水がにっこり笑うと、その召喚獣も動き出す。吉井の召喚獣が木刀を構えるよりも早く、構えた細身の剣で刺突を繰り出した。

 

「痛っ! えっ、待って! 八つ当たりって!」

 

 逃げる間もなく清水の召喚獣が吉井の召喚獣を組み伏せる。

 

「八つ当たりは八つ当たりです。それに痛いのは当然でしょう? お姉さまの痛みと比べれば、精々ちょっとぶつけた程度です」

 

 そこでにこりと清水が笑う。つられて吉井が引き攣った笑みを浮かべる。

 

「ふふふ」

「ははは……」

 

 清水の笑みが消え、ぎろりと三白眼へ変わる。吉井が青白い顔になり、後ずさりし逃げようとした。

 

「天誅!!」

「ぎゃぁあああーーーっ!!?」

 

 だが逃げられなかった。

 

「ふぅ」

 

 綺麗な笑みを浮かべ、清水は額を拭う。その足元では吉井が気を失い転がっている。

 

「満足したのか?」

「ええ、満足しました。貴男のおかげです」

「なにがだ?」

「あのままでしたら、私はただいやな女になるだけでしたから。お姉さまにふさわしくなくなるところでした」

 

 清水は微笑みを絶やさず続ける。

 

「私、諦めるつもりはありませんもの」

「……まったく、人間というのは分からないな」

「あら、なにかおっしゃりまして?」

「いや、なんでもないさ」

 

 気絶した吉井を引き摺り、清水が教室へ出ていく。

 

「そう言えば、貴男」

「ん?」

「そんな風に笑えるのですね」

 

 頬を触ると、笑みの形を作っていた。

 

「まったく、いやじゃないのが困る」

 

 私は変わっているのだろうか。一瞬、どこかにスキマが開いたような気がした。




急な話ですが、いったんここでバカとテストと幻想獣は終了とします。なんだかぐだぐだになってきてしまったので。読んでいただいた方々には申し訳ありません。応援してくださった方々、ありがとうございました。


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