ありったけの愛を君に (みずい)
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前編 1/2


前編。といってもプロローグに近いレベルです。もはや一次創作じゃねえか!帰れ!レベルなので別に読まなくても死にはしません。



 

閉じた瞼の向こうから、薄ぼんやりとした白が差し込んでくるのを感じる。真っ暗な世界が真っ白に変わったところで、ぱちり、と目を開ける。

「………ん…」

まだ半分夢の中にいるような心地で、頭を持ち上げる。目に入ってきた時計の短針は8を指していた。外の白とその針が、既に朝を迎えたことを知らせていた。

まだ足取りが覚束無いが、目を擦りながら立ち上がる。ただ体を横たえる事だけを目的とされた簡素なベッドが、ぎし、と音を立てた。

 

ドアを開けると、そこには今いた部屋より広い空間が広がっている。大きめの事務机が2つ、真ん中にぽつりと置かれており、壁には所狭しと本棚が並べられている。本棚の中には大小様々な本やファイルがぎっしりと詰め込まれていた。

 

「…もう少し早く目が覚めるはずだったんだが…」

誰に言うでもなく、口から言葉を零したのは、白髪の青年だった。名は伊織。白髪に灰青の目、そして白い肌は、雪を思わせる。

伊織は少しはねた髪を抑えながら、机上の書類を手に取った。今日は予定が詰まっているため、前日から泊りがけで仕事をしており、仮眠を取ってまた取り掛かろうとしていたのだが、本人の予定以上に眠り込んでいたらしい。

 

かちゃり、と音がして、扉が開く。

小柄な少女が立っていた。白藍のボブヘアが、僅かに揺れる。ぱっちりとした蜂蜜色の瞳が、朝日を受けてきらきらと輝いていた。

「おはよう。もう起きてたんだ。昨日も遅くまで作業してたんでしょ?」

「…おはよう。寝たのは4時くらいだった気がする…寝すぎたかな」

「4時まで仕事してたんなら4時間しか寝てないじゃない。寝てなさすぎよ、むしろ」

少女がむっとした顔で答えた。

「だが、もともと昨日今日と2日出勤だったのを、1日半に縮めてもらった以上、呑気に休んでもいられまい」

くあ、と欠伸をしながら伊織が言う。

 

伊織は現在兼業をしている状態で、週に数回この職場に来て仕事をしている。その出勤日が今週は昨日今日の2日間となっていたが、所用で今日は半日で退勤することになっていた。そのため、2日分の仕事を1日半で片付けようと、こうして泊まりで働いていたわけである。

 

「そうかもしれないどさ…。でも、もう大分終わってるみたいね」

「ああ。なんとかな。昼過ぎには出られそうだ」

「良かったわね。でも、早く帰りすぎても駄目だし、いつも通り帰っても駄目だなんて、随分注文が多いのね、みんな」

「…全くだな」

 

この日、伊織が半日で仕事を切り上げるのは、"もう一つの職場"が原因だった。そこに居る仲間達が、今日はどうしてもいつもより早く帰ってきてほしいと頼んできたのである。それなら出勤日を振替にすると提案したのだが、それはそれで不都合らしく、伊織もよく分からないまま今のスケジュールにすることで落ち着いていた。

 

「まあ、気にしていても仕方が無いしな。とりあえず、残った分を片付けるとするよ」

「それがいいわ。じゃあ、今片付いてる分はもらっておくね」

「ああ、頼む」

伊織は書類の束を少女に手渡し、机につくと、まだ寝起きだというのに早々に仕事に取り掛かった。



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前編 2/2


まだ現世サイド。
軽く読み飛ばすくらいでいいかもしれないし、
暇な人は読んでもいいかもしれない。

翡翠からのプレゼント、私も欲しいです。誰か買ってください。




 

書類にペンを走らせる音だけが部屋に響いている。

 

12月ももう半ばだが、今日は随分と暖かい。

窓から差し込んでくる陽射しが背にあたり、ほどよく身体を温めてくれる。

 

「……よし」

ペンを置き、ぐっと伸びをする。机上には、丁寧に重ねられた書類の束があった。

「お疲れ様」

朝、部屋に来ていた少女―名を翡翠という―が、書類を受け取り、伊織の隣の机につく。手早く捲りながら目を通していく。伊織が処理した仕事は、上に通す前に必ず彼女がチェックしているのだ。

 

沈黙が流れた。

普段冷静沈着な伊織でも、この時間は少しだけ緊張するようで、翡翠の方をじっと見ている。

「一応私の方でも見直しはしたが、もし間違いがあれば――」

「…ううん、大丈夫!いつも通り、完璧です!」

びしっと親指を立て、にっと歯を見せる翡翠に、伊織もほっと胸を撫で下ろした。

「良かったね。今日会議とかあったし、もう少し押すかと思ったけど」

「流石にのんびりしてられんさ。5時頃には帰ってきてくれと言われてるしな…」

 

「じゃあ、ちょうどいい頃合かな?」

2人が壁に掛けている時計に目をやる。3時と半刻を少し回った頃だった。

「ああ。4時頃に出れば間に合うだろう」

「それならもう準備しなきゃ!」

ちょっと待ってて、とだけ言い、慌てたように椅子から立ち上がると、翡翠はぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。

何をそんなに急ぐのかと疑問に思いつつも、伊織は支度を始める。と言っても、帰るだけなのでそんなに沢山やることがあるわけでもなく、出勤時に羽織ってきたトレンチコートの袖に腕を通し、忘れ物がないように鞄の中身をチェックしたところで手持ち無沙汰になってしまった。

 

"もう一つの職場"―「本丸」の仲間達を思い出す。

伊織は、こうして現世で働く傍ら、歴史を守るために顕現された付喪神、刀剣男士を従える者である審神者としての役割も担っていた。

今日、彼に早く帰ってきてくれと頼んだのは、他でもないその刀剣男士達なのだが、伊織はその理由を考えていた。彼らが早く帰ってこいなどと頼んでくることはこれまでなかった気がする。あったところで、夕食に間に合わないからだとか、短刀達が主人である自分と一緒に食べると言って聞かないだとか、そんな理由しか伊織の頭には浮かばなかった。全休ではなく、半休にしてくれというのも引っかかる。どうしても早く帰れというなら、休みを取って朝から本丸に居れば何の問題も――

 

「お待たせ!」

あれこれ考えを巡らせていると、翡翠が戻ってきた。手には何やら紙袋を下げている。

「どうし―――」

「はいっ」

翡翠は、その紙袋を伊織の方にずい、と突き出した。ぽかんとして固まる伊織を見て、あ、また忘れてた?と笑う。

「今日、誕生日でしょ。ほんとに伊織は、毎年忘れちゃうんだから。仕事ばっかしてないで、たまには自分のこと、労わってあげてよね」

数秒、言葉が出なかった。が、はっとして伊織はその紙袋を受け取る。

「…そうか、今日、16日……」

「うん。そうだよ」

「…開けても、いいか?」

「どうぞ」

がさり。紙袋の中には綺麗にラッピングのされた可愛らしいストライプの袋があった。ああ、翡翠が好んで行く店か、と思いながらラッピングのリボンを解くと、中から出てきたのは、卵に近い形をした小さな何かと、ラベンダーとローズのアロマオイル。

「バスライトっていうの。お風呂の中で綺麗に光るの!で、そっちのアロマオイル入れたら、お風呂で香りが楽しめるのよ。1つで2つ楽しめちゃうんだよ。……伊織、仕事ばっかりだから、これで少しはゆっくりお風呂に浸かる習慣つけてね?」

「…分かったよ」

働きすぎだからと心配する相棒を前に苦笑しながら、ありがとう、とつぶやく。どういたしまして、と翡翠が笑った。

 

「じゃ、もう行かなきゃだよね」

「ああ、そうだな…」

と、2人が出口に向かおうとしたところで、電話が鳴った。

2人で顔を見合わせ、翡翠が電話を取ろうと机に向かった。

「…もしもし………え?」

何度か相槌を打った後、分かった、通して、と伝え、電話は切られた。

「…誰だったんだ?来客か?」

「うん。とりあえずこっちに通すことにしたわ」

「とりあえずって……私はもう出るのにか?今対応しなきゃいけないような相手なのか?」

「うん。だって、伊織への来客だよ?」

「私への?」

今日は昼過ぎには出るからと、来客関係は基本日を改めてもらうよう手配していたはずなのに、と不思議に思っていたところで、ドアをノックする音が聞こえた。

「わ、早い」

 

翡翠がドアの方へ向かう。がちゃり。扉を開けると、そこにはグレーのトレンチコートを着た男性が立っていた。煤色の髪に藤色の瞳。整った顔立ちをしたこの男性が、どうやら伊織の来客のようだった。

彼は伊織を目にすると、ぱっと顔を輝かせたかと思うと、目を細めて

「お迎えに参りました!」

と言った。

 

「……お前、なんでここに…」

伊織の目が見開かれる。

来客としてそこにいた男性は、伊織の本丸で彼の近侍を務める、へし切長谷部であった。



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中編 1/4


伊織がお仕事をしている間、本丸では……。
千種ちゃん、かすみさん、しーかちゃん宅のお子様をお借りしました。




 

「はいはい退いて退いてーーーーっ!」

ばたばたと廊下を走る音が聞こえる。通路にいる者はその声でさっと廊下の端に寄り、道を開けた。その間を通り過ぎていく影。

 

影の主は、加州清光。そして走っているのは、とある本丸の廊下だった。

加州はここに初めて来た刀剣男士、所謂「初期刀」である。彼は今、本丸中の刀剣男士の先頭に立ち、今宵行われる一大イベントの主催の役を担っていた。彼は細い体躯に似合わない大きな段ボール箱を抱え、せわしなく動き回っていた。

足音が一つの部屋の前で止まる。そこは、壁をなくして3部屋分のスペースを1部屋にまとめた大広間だった。普段は全員が一堂に会して食事をするスペースなのだが、50強の刀剣男士が入ってもゆとりのある一室なので、何か催し物をする時の会場にもなる。今日の会場もここだった。

 

加州が段ボール箱を持ったまま何とか襖を開けようとしていると、襖がひとりでに開いた。

「それ、こっちに寄越せ。俺がやってやる。飾り付けのやつだろ?」

中からずい、と手を出してきたのは、和泉守兼定。背丈と力がそれなりにあることから、率先して会場設営に取り組んでいた。(正確には、助手である堀川国広の提案でここに配属されているだけなのだが)

「和泉守。ありがと。じゃ、よろしくね」

「任せな。ばっちり飾ってやんよ」

加州は和泉守に箱を渡すと、じゃあ俺は台所手伝ってくるから、とまた走り出した。駆けていく加州の背中に、くにひろぉ、と助手を呼ぶ和泉守の声が聞こえる。

 

 

 

「すいませーん!」

厨に向かおうとしていた加州は、遠くから聞こえる声にはたと足を止めた。どうやら声は玄関からしているようで、加州は踵を返してそちらに向かった。

「はいはーい、今行きまぁーす」

 

「あっ!清光や!久しぶり!」

「よっ。久しぶりだな。今日はとびっきりの驚きを奴にもたらそう」

玄関先に立っていたのは、この本丸の審神者である伊織の友人の秋穂とその近侍兼恋人、鶴丸国永だった。濃い紫の髪をハーフアップにしてリボンで纏めている彼女は、大きな包を持って誇らしげにしている。

彼らは今日のイベントの客人として招かれているのである。

「いおりんは?まだこっちに居らへんの?」

「主は今現世だよ。今はまだ準備中だから、居られちゃ困っちゃう」

秋穂の問いに、加州が肩を竦めて答える。――そう。今日の催しの主役は、他でもない伊織。そしてその催しとは………彼の、誕生会だった。

ひょんなことから今日が誕生日と知った加州は、日頃の感謝も込めて彼のことを祝いたいと、本丸中だけでなく、彼の友人も巻き込んで企画を進めていたのである。

「それもそうやねぇ」

「おいおい、ちょっと待った。ってことは何だ、俺達ははやく来すぎたんじゃあ…」

「…言われてみれば」

鶴丸が困ったように眉根を下げる。秋穂もはっとしていたが、やがて加州の方に向き直り、

「…ほんなら、いおりん来るまでなんか手伝わせて!」

と笑った。

 

「手伝い?」

「せや。だって折角のいおりんの誕生パーティーやもん。私もなんかしたいわ」

いやしかし俺は…とまで言ったところで、鶴丸は口をつぐんだ。諸々の事情(こればかりは秋穂にもよく分からないとか)でそこまで伊織を気に入っていない鶴丸だが、主人であり恋人である彼女がここまで楽しげにしているのに、それを無下にすることは彼にはできなかった。

加州は少し考えて、そうだ、と手を叩いた。

「秋穂さんって、料理上手なんだよね?それなら俺達と一緒にご飯作ってくれない?歌仙が雅を追究する、とかで会場設営班に行っちゃってさ、俺と燭台切しかいないの」

「料理?ええで!」

「おいおい…秋の君は確かに料理が上手だが、俺は何も出来ないぞ……どうしろと」

「鶴丸は材料切るとか、盛り付け手伝うとか。技術いらんことなら、できるやろ?いおりんの為やし、1人で居っても退屈やろ。こっちおいで」

「…………きみがそう言うなら。分かったよ」

かくして料理班員を2人確保した加州は、今度こそ厨に向かおうと――――

 

 

 

「…すみません」

「こんにちは」

またも玄関先から声がして、踏み出した一歩を戻し、戻っていく。

濃い茶色の髪を編み込んでハーフアップにした女性と、白いセミロングの髪をした女性が立っていた。

その後ろに付き従うように、一期一振と山姥切国広が立っている。

「薊といいます。今日、伊織さんの誕生日ということで招待を…」

「私も同じく」

2人はたまたま鉢合わせただけのようだが、示し合わせたように白い封筒を見せる。加州が伊織と親しいであろう審神者たちに送った招待状だ。

「こんにちは。俺はここの初期刀、加州清光。ええと、薊さんに彩さん、だよね。いつも主がお世話になってます」

軽く会釈してから、加州はにっと歯を見せる。

「私の名前、覚えていてくれたの…」

彩が、意外そうに目を見開く。薊は自ら名乗ったからまだしも、自分は名乗り忘れていたから。それを聞くと加州はもちろん、と笑った。

「主の友達だもん。覚えてるよ、当たり前じゃん!俺、主と一番付き合い長いし、そこは他のやつに負けないよ」

「…流石だな」

彩の後ろにいた山姥切が零す。あまり賞賛の言葉を口に出さない彼だが、今回は素直に感心したようだ。

「まあね。…と、こんな所で立ち話もなんだし、上がってよ」

「では失礼して…」

4人は順に履物を脱ぎ、加州の案内でままに奥へと導かれていく。

 

「せっかく来てくれたのに悪いんだけどさ、今、まだ準備中なんだ。だからとりあえず応接間に――――」

「…それなら、何か手伝いましょうか」

薊の近侍の一期が提案する。

「え…いいの?一期は客人で…」

「いえいえ。早く押しかけてしまったのは此方ですからな。素敵な会にできるよう、力添えさせてください」

聖母かと言いたくなるような微笑みに、加州は少し圧倒された。

「……じゃあ、そうだなあ………」

申し出てくれているとはいえ客人だ。あまり重労働はさせたくない(なら秋穂の件はどうなんだと思ったが今は気にしないことにした)。どうするべきか逡巡していると、清光!と声がした。

「安定」

「ここに居た。探してたんだよ」

声をかけてきたのは、この本丸にいる大和守安定。彼もまた、この会の実行委員としてせわしく働いている身だ。

 

「どしたの」

「あのね、まだ買い出し行けてなくて、清光手が空いてるかなって思って…和泉守に聞いたら、会場班は手が離せないらしくてさ」

「買い出し?買い出しなら極短刀5人が…」

「それはあれでしょ?料理の材料とか、ジュースとか。他にクラッカーとか、主への寄せ書き用の色紙とか、まだ買えてなくて……5人いてもみんな短刀だし、無茶させるのもあれかなあって」

安定は困ったようにまくし立てる。加州は一瞬自分が行こうかと考えたが、自分はその短刀達が戻り次第厨で料理をしなくてはならない。あまり長時間ここを空けるわけにも………

「それなら、私達が買ってきますよ」

手を挙げたのは薊だった。隣で一期が「え?」というような顔をしている。

「私も行きますよ。買い出しくらいなら、全然」

彩も立候補した。山姥切が後ろで、それなら俺も…と小さな声で意思表示をしている。

「え、でも……」

「本当?…すごく助かります。ありがとう!」

加州が判断を下すより前に、安定がばっと頭を下げる。勢いよく頭をあげると、これ、お財布です!と、可愛らしいがま口財布を一番手前にいる薊に手渡した。

「必要なものはその中にリストを入れてます。お客さんに頼むのはちょっと気が引けますが…お願いします」

安定はもう一度、ぺこりと頭を下げた。

「お任せ下さい」

一期の言葉を合図に、4人は本丸を出た。

 

 



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中編 2/4


本丸での様子、その2。
千種ちゃん、rikriさん、水野ちゃん宅のお子様をお借りしました。
次まで、本丸の様子が続きます。長くてごめんなさい…




 

「…ふう」

薊たち4人に買い出しを頼んだところで、安定も持ち場に戻った。

1人残った加州は、仕込みをしている光忠達―料理班を手伝おうと、3度目の正直で、今度こそ、厨へと向かった。

 

 

 

「お待たせ」

「ああ、清光くん!今はとりあえず、晩御飯の仕込みをしてるんだ。秋穂ちゃんの所の鶴さんが苦戦してるよ」

ほら、と言われ示された方向を見れば、秋穂の共の鶴丸が、秋穂の指導の下玉ねぎを切っている。そこから既に苦戦するものなのかと、加州も思わず失笑した。

「わ…笑うな」

「ごめんごめん」

「こら鶴丸、余所見したら指切るで」

「あ、ああ、済まない」

これは今日のメニューの1品、サーモンマリネのための玉ねぎのようだ。側には光忠が切ったのであろう、均等に、美しく薄切りされたサーモンが盛られた器がある。

「じゃあ俺も何か手伝うよ」

「そうかい?なら、このマリネの液を……」

腕捲りをして、手を洗ってから、りょーかい、と軽い調子で言い、彼も作業に取り掛かった。

 

 

 

「あ!加州さんが呼んだ、あるじさんのお客さんだよね!いらっしゃいませ〜!」

光忠達が厨でマリネ作りに勤しんでいる中、玄関には新たな客の来訪があった。

「ええ。呼んでくれてありがとう」

黒髪ポニーテールに、青い瞳。凛とした佇まいの女性が会釈する。加州は厨にいるので、たまたま通りかかった乱藤四郎が出迎えた。

「ええっと……紫音さん、だね。うん、おっけー!」

女性―紫音が提示した招待状に目を通し、指でOKサインを出す。

 

「…って言っても、確認したあとどうしたらいいかボク聞いてないんだよね…パーティ始まった後なら、真っ直ぐ会場でいいと思うんだけど……」

うーん、と唸る乱に、紫音の傍にいる山姥切国広が、彼女に耳打ちをした。

「…そうね。あの、」

「?なーに?」

「もし良ければ、私達、お手伝いを」

「えっ」

「先程彩さんから連絡が来ていて…買い出しを手伝うことになったと。もし他にも何かあるようなら…」

紫音の提案に、乱がばっと身を乗り出す。

「本当!?それ…ものすっごく助かるよ!ボクの所、会場設営班に何人か回っちゃったから人手が足りなくて…」

「会場設営班」

山姥切が復唱する。

「そう。今ね、いくつかのグループに分かれて作業してるんだ。ちなみにボクはテーブルセット班!会場設営班は、会場全体の飾り付けをする係なんだ。身長高い人はみんなそっちだから、今こっち、短刀と脇差何人かしかしなくてさ」

「成程な……」

「それなら、テーブルセットを手伝うわ」

「ありがとう!じゃあ、案内するね!」

乱がぱたぱたと廊下を進んでいく。その後ろを、紫音と山姥切が着いて行った。

 

 

 

「あれ、誰もいない」

「皆忙しいんじゃない?…すいませーーん」

またも玄関先に現れる人影。ボブカットにした黒髪に、どこか吸い込まれそうな青の瞳。不思議な印象を感じさせる少女だった。

傍らにいた加州清光が、流石に無断で上がるわけにもいかないと、中に向かって声をかける。

「…はい」

声の主は、太郎太刀だった。大きな、しかし彼の体躯から見るとやや小さめにも映る段ボール箱を2箱抱え、玄関に顔を出した。

「あ、こんにちは。私は…美咲。伊織さんのお誕生会に招待されて来ました」

「ああ、主の……ええと、文を拝見しても」

箱を足元に置き、太郎太刀が手を差し出す。

「はい」

隣の加州が、手に持っていた封筒を手渡す。中からカードを取り出して、数秒見てから、また戻す。そうしてそれを、加州に返した。

「…はい、大丈夫です。問題ありません」

「ありがとうございます」

 

「そうですね、ここでは寒いでしょう。まだ準備中ですので、暫し奥の部屋で待って頂くか……」

「…あ、それなんだけど、俺達、手伝おうと思って早めに来たんだよ。あと、これ」

加州が美咲の方を見る。それに促されるように美咲が手に持っていた箱を太郎太刀に差し出した。

「…これは?」

「ガトーショコラです。伊織さんがお好きだそうなので…こちらの本丸の加州に了承を得て作ってきました」

「そうですか…ありがとうございます。ではこちらはお預かりしますね」

丁寧な所作で箱を受け取った。

「で、お手伝いなんだけど…俺達、何かやることある?」

加州が首を傾げると、太郎太刀は少しの間黙り込んで、それから口を開いた。

「…でしたら、私達の仕事を手伝って頂けるとありがたいです。此方の段ボールを、この道を行って、手前から3つ目の部屋に運んでいただきたいのです。私はこれを料理組に預け次第戻りますので」

「わかりました。行こう、加州」

「うん」

2つ積まれた段ボールを、美咲と加州で1つずつ抱える。2人は歩調を合わせ、目的地を目指した。

 



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中編 3/4


本丸、準備中の様子、その3。
1、2で借りたお子様全員再登場してます。

ちなみに今回の班は、
・料理班(班長光忠)
・買い出し班(班長薬研)
・会場設営班(班長堀川)
・テーブルセット班(班長乱)
・企画班(班長安定)
・伊織誘導係(長谷部)←班員無

主催:加州清光/へし切長谷部
となっております。





 

「ただいま帰りました」

「意外に疲れましたね」

「そうですね…」

美咲が来てから半刻ほどが経っただろうか。買い出し班と薊、彩たち4人が本丸に帰還した。たまたま帰り道でばったり会ったため、全員仲良くここまで歩いてきたというわけだ。

「んじゃ、俺と平野で食材を旦那たちのとこに持っていく」

「お菓子はどうしますか?」

「あー…じゃあ、菓子類もこっちに置いておくか」

「なら、ぼくが持っていきますよ!」

「頼むわ」

買い出し班の班長に任命された薬研藤四郎は、同じ班員の平野藤四郎と今剣を連れて厨へと歩き出す。

 

「私たちのこれはどうしたら…」

薊が荷物と財布を手に疑問符を浮かべる。

「そちらの荷物は、僕がお預かりします」

「では、お願いするわ」

前田藤四郎が申し出ると、薊と彩が紙袋を彼に渡す。

「すみません、そちらのいち兄と山姥切さんの分の荷物は、僕では持ちきれず……」

「構わない。これくらい持てるさ」

山姥切が平謝りする前田を制する。

「ありがとうございます。では、荷物を持って着いてきてください。小夜くんは、薊様たちを大和守さんの所に案内してください。小広間に居ると思います!」

「…わかった。…着いてきて」

「はい」

「ええ」

6人は3人ずつ二手に分かれ、廊下を進んでいく。

 

 

 

「よし!これで完了!」

サーモンマリネの器と、同時進行で光忠が作っていたローストビーフの皿が並ぶ。

「美味しそうやねえ…」

「すごいな…」

秋穂と鶴丸は感嘆の声を漏らした。

「2人ってなんか似てるね、反応とか。恋人同士なんだっけ」

「んなっ……」

秋穂が耳を赤くする。

「きみの所の審神者はお喋りなんだなあ」

鶴丸が呆れたように言う。

「お喋りなことないよ。仲睦まじくて羨ましいなーって言ってただけだし、俺も何回か2人の話を主から聞いて、そうなんだろうなって思っただけだよ」

「…そ、そうか、悪い悪い…」

加州がむっとした表情で言い返してきたものだから、鶴丸は呆気に取られてしまった。

 

「ま、まあまあ、そないなことどうでもええやん!それより、次のメニューは……」

「…そうだね、サラダや簡単な料理は粗方出来上がったから、煮込み料理に取り掛かろうかな。ロールキャベツを作ろう」

「おっけー。じゃあ、鶴丸はこれね」

冷蔵庫から玉葱をいくつか取り出して、皮をむいて洗い、ボウルに入れ、微塵切りよろしく!と言って鶴丸の前に置いた。

「…また玉葱か…」

「切ったら挽肉と混ぜる仕事もあるよ」

「…怒ってるのか?」

「いや別に、ただ、経験を積ませてあげようと」

「せやせや。鶴丸も料理覚えたらええよ、これを機に」

「…そうかい」

逃げ場はないと悟ったのか、鶴丸は包丁を手に、玉葱に切れ目を入れ始めた。

 

 

 

「えっとねー、じゃあ次はグラス並べよう!」

大広間は騒がしい。今1番人が集まっているのはここだ。会場設営班とテーブルセット班の作業場がここであり、おまけにそこに紫音と美咲、そしてそれぞれが連れてきた山姥切と加州という、思わぬ助っ人まで加わっているのだ。

「わかったわ」

紫音は部屋の隅に置かれたグラスの乗った盆を手に取り、1つ1つ丁寧にテーブルに並べていく。山姥切も同じように、紫音から少し離れた場所から並べ始める。乱はどうやらこのテーブルセット班の班長らしく、あれこれと指示を出しながら、部屋を行ったり来たりしていた。

 

「座布団まだー?」

「はいはい、焦らせて済まないね……準備のことだよ?」

奥からにっかり青江と、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎と、三振が並んで座布団を持ってきた。前日のうちに洗濯しておいたカバーが乾いたため、3人でそれを付け替えていたのである。主人の誕生会のために全員分の座布団カバーを洗濯するあたりに、乱の気合が伺える。

「乱くん、グラス、並べ終わったわ。次はそれを並べたらいい?」

作業の終わった紫音が、積まれた座布団を指さして尋ねる。

「うん!お願いします!これはボクもやるけど…」

「了解」

座布団を手に、部屋の端から端を、行ったり来たり。まだまだ時間はかかりそうだ。

 

 

 

「あれ?美咲ちゃんじゃん!来てたの?」

「貴方は…蓮、さん?」

「蓮でいーよ、さん付けとか慣れなくてさ」

乱達がテーブルのセッティングに勤しむ傍らで、会場設営班も忙しそうにしていた。

美咲は先程、加州とここ大広間に太郎太刀の運んでいた荷物を届けに来たのだが、流れでそのままここを手伝うこととなった(他の班に比べ人手は足りていた方だが、和泉守が「多けりゃ多いほど助かるだろ!」と言い出したため)。左程背丈のある方ではない美咲は、天井付近の飾り付けに回るのは止め、障子の張り替えを手伝うことにした。で、作業をしていたら通りかかった蓮に声をかけられた、という流れである。

ちなみに蓮も会場設営班の助っ人らしく、障子を綺麗に剥がす役割を担っていたらしい。大広間の障子は全て剥がし終えたので、次は張り替えに移ろうと、美咲の隣に座った。

 

「貴方も手伝いに来てたんだ」

「うん。ま、伊織の誕生会だし」

「2人は仲良しなの?偶に伊織さんから話を聞くんだけど」

「ん?ああ。俺達、幼馴染なんだ」

「へえ……」

「美咲ちゃんは伊織の友達なんだよな?」

「…伊織さんがそう思ってくれてるなら」

「じゃあ友達だな。…あいつのこと、頼むね。素直じゃねえし意地っ張りなとこあるけど、すごいいいやつだから」

「うん、なんとなく、蓮さ……蓮、の言うこと、分かる気がする」

「そっか」

並んで障子紙を貼りながら、そんな会話をした。

 

それを見ていた加州が密かに「鶴丸が来てなくてよかった。あいつが嫉妬するタイプなのか知らないけど」と胸を撫で下ろしていたのはまた別の話。

 

 

 

それぞれが、それぞれの仕事をこなし続けること数時間。

日が傾き始め、伊織の帰宅の時間が迫ってきていた。




次回、ようやく主役とその近侍が出ます。前編ぶりですね!←



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中編 4/4


長谷部から伊織へ。
彼なりに精一杯考えた贈り物を。





 

「…で」

「はい」

「何故お前が態々私の執務室まで迎えに来たのか説明してもらおうか」

そこは伊織の職場である建物の1階。出口に向かって廊下を歩きながら、伊織が長谷部の方をじろりと睨む。

 

長谷部が伊織に何も言わず現世まで彼を迎えに来たことは何度かある。が、それは建物前の広場で待っていることが殆どで(よく女性職員に群がられているがそれはまた別の話)、建物内部まで入ってきたのは今日が初めてだ。

心配性すぎていつの間にか「キングオブ過保護」などという(伊織から見れば)不名誉極まりない渾名を付けられた彼は、他所の審神者が不審者に会ったから心配しただの、無事に帰ってこられるか不安になっただのと、何かと理由をつけては彼を迎えに来ていた。甘やかされるのが嫌いな伊織としては、その行為は機嫌を損ねる要因に他ならないのだが、それが多少なりとも分かっていて何故執務室まで来たのかを問いただしたかった。

 

「……気まぐれです、俺の」

「は?」

気まぐれ?と思わず聞き返す。その声音に長谷部は思わずすみません、と謝らずにはいられなかった。

「なんだそれは……まあいい。良いか、もう何十回も言ってきたが、その慎重すぎる性格をいい加減どうにかしたらどうだ。私はそんなに弱くないし、君があれこれ心配することもだな…………」

歩きながらくどくどと説教をする伊織に、長谷部は萎縮してしまっていた。今は何を言っても主人の機嫌を余計に損ねるだけだろう、と思い、何も言い返さずにただただ頷き続けた。時折、聞いているのか長谷部君、と問いかけられ、その度にびくびくしていた。

 

長谷部は「気まぐれ」と言ったが、彼が伊織の機嫌を損ねると分かっていて、それでも迎えに行った理由は他にあった。

その理由とは、単純に『伊織と少しでも長い2人きりの時間を過ごしたいから』である。彼らはこうして誰にも邪魔されることなく2人になれる時でなければ、恋人気分を味わうことさえできない。

この2人は2ヶ月程前に恋人になったばかりだ。数ヶ月間、お互いがお互いに片想いをしている、所謂「両片想い」状態のまま過ごしてきたのだが、遂に長谷部が伊織に告白し、それに伊織が応える形でめでたく恋人関係となった。

審神者と刀剣男士の恋愛。これは別に珍しいケースではないらしく、伊織の周りの審神者を見ても数人、同じく刀剣男士と付き合っている者はいる。ではなぜ、他の者の目があると落ち着かないのか――これは、伊織が()()()()()()()()()()()()()()()ことに起因していた。彼は複雑な事情で生まれた時から男として生きている。とはいえ中身は普通に女性なので、女性と付き合うわけにもいかず、かといって男性と付き合ったところで公にはできない。…となると、他人の目の無いところでないと満足にいちゃつくことも出来ないわけだ。(本丸の者でさえ、長谷部以外は伊織が女だと知らないので、本丸でも油断はできない状況らしい)

 

こんな状況下にある長谷部が、こうして一分一秒でも恋人らしい時間を過ごしたいと感じるのは至極当然のことなのだが、どうも伊織の理解だけは得られないようだった。

 

 

 

敷地を出て、本丸に繋がるゲートを目指して歩く。

現世ではそれなりに高い地位にある伊織は、知名度が高いらしく、街を歩いていても指を指されたり手を振られたりする。伊織もファンサービスの一貫なのか、一々それに応えてにこやかに手を振ってあげている。長谷部はそれを複雑な面持ちで見つめる。自分には滅多に見せないような顔をする主人と、その笑顔を向けられる彼らが少し羨ましかった。

「なんだ、さっきから」

「いえ……」

視線に気づいたのであろう伊織に怪訝そうな顔をされるも、道行く名も知らぬ者達に嫉妬したとは言えず、ただ言葉を濁すしかなかった。

 

郊外に来たところで、人通りは殆どなくなった。今だ、と思った長谷部は、ぴたりと立ち止まって、主!と声をかけた。伊織が吃驚して振り返る。

「……どうした?」

「あの……」

長谷部は後ろ手に、小さな箱を持っていた。

今日誕生日を迎える、愛しい恋人への贈り物。

本当は、本丸に帰ってから行われるパーティの中で渡そうと思っていた。だが、せっかくなら2人の時に渡したいと思った彼は、今ここで渡しておこうと決めた。

意を決して、箱を伊織の前に差し出す。

「……お誕生日、おめでとうございます」

僅かに頬を染めながら、しかしその藤色の双眸は真っ直ぐに伊織を捉えていた。

「…覚えていて、くれたのか」

「当たり前でしょう。…誰より大切な女性(ひと)の生まれた日ですよ。忘れるわけがありません」

驚きと喜びで目を見開く伊織を見て、嬉しそうに目を細め、さ、受け取ってください、と囁く。

「…これは……」

「どうぞ、開けてみてください」

そう促されて蓋を開けると、夕陽を受けて輝く青紫が目に入ってきた。箱の中にあったのは、大きめの宝石があしらわれた指輪だった。角度によって青く見えたり紫に見えたりするその宝石の色がとても綺麗で、思わず手に取ってしげしげと眺めてしまった。

「サムリング、というものだそうです。親指に嵌める指輪だとか。…特に、右手の親指に付けると、指導者としての成功を意味するとか。伊織様にぴったりでしょう?」

「指導者としての……」

「はい」

現世でも人の上に立ち、こちら側に来れば自分達刀剣男士を束ねなくてはならない。そんな彼に―いや、彼女に、彼が精一杯考えて買ったプレゼントだった。伊織がアクセサリーの類を着けているのはほとんど見ないが、指輪ならもしかして、と思ったのだろう。

 

長谷部は伊織の手から指輪をそっと取り上げ、伊織の右手の親指に嵌めた。銀の装飾と青紫の宝石(いし)は、彼の黒い手袋の上でその存在を訴えている。

「…ぴったりだ。私は…お前に指輪のサイズなど教えたか?」

大きすぎず小さすぎず、自身の指に驚くほど適合している指輪を見て、思わずそんな疑問を投げかけた。

「…実を言うと、サイズについては翡翠様にご協力頂きました」

「翡翠に…………?」

そう呟いて、はっとする。確か先月だったか、たまたまアクセサリーショップに立ち寄った時、翡翠にそそのかされて指輪の試着をしたことを思い出した。まさか、あれはこれを見越して………

「…そういうことか」

「はい。……主は剣を振るうことが多いと思いますので、邪魔になるかと心配はしたのですが…」

それでもこれを差し上げたくて、と長谷部は笑った。

「…戦闘時以外は着けるよ。せっかく長谷部がくれたものだから」

「ありがたき幸せ…」

 

満足いくまで指輪を眺めた伊織は、箱を鞄にしまって、長谷部の方を向き直す。

「ありがとう。今までで一番幸せな誕生日だよ」

「…それは良かったです。…では、帰りましょうか」

「ああ」

泣きそうになっている長谷部と、幸せそうな微笑を浮かべる伊織。対照な2人は、また歩き出す。ゲートのある場所はもう、すぐそこまで来ていた。

 





長谷部から伊織への贈り物は指輪にしました。
ちなみに宝石は、12月16日の誕生石であり、見た目的にも私の好みということから、タンザナイトを選出しました。ラピスラズリも誕生石らしく悩みましたが、タンザナイトのほうが長谷部っぽいなって思って。

あと、すごくどうでもいい情報ですが、伊織が長谷部を君付けで呼ぶ時は結構機嫌が悪い証拠です。あとは喧嘩中とか。


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後編 1/4


遅くなりました………
伊織が帰城。いよいよ本番。
たかさとさん、しーかさん、AMEさん、あじゅさん宅のお子様お借りしてます。






 

「ただいま」

 

時刻は5時を少し回った頃。薄暗い本丸の玄関に声がした。

「主!おかえりー!」

その声に反応して、加州清光が奥から走ってきた。

「ああ。…約束通り、5時を目処に帰ってきたが…何かあるのか?」

普段なら現世で仕事のある日に、こんな時間に帰ってくることはない。だが、今日はどうしても少し早く帰ってきて欲しいと嘆願され、こうして帰路についた訳だが、伊織にはその理由が分からずにいた。

「…主、今日誕生日なんでしょ」

「……そうだが、長谷部に聞いたのか」

「違うよー。ずーっと前に、主に聞いたの、俺が。忘れちゃったの?」

意外とうっかりさんだよね、主って。そう言って、加州が呆れたように笑ってみせる。

 

「そうだったか、済まない…それで?」

「だから、今日誕生日じゃん?主は。だから今日は絶対皆でご飯食べたいよね!って話をしてたの」

「成程。…それならやはり最初に言ったように、今日は1日休みにした方が…」

「それはそれで申し訳ないよ。そりゃ確かに1日居てくれたらそれはそれで嬉しいんだけど…結局これって俺達の我儘じゃん。無理のない範囲で振り回したいっていうか……」

申し訳なさそうに目をそらす加州に、伊織が笑いかける。

「我儘も何も、そう思ってもらえるだけで私は嬉しいよ。…まあ、お前達がそうしたいというなら、これ以上あれこれ言うのはよそうか」

「…ありがと」

 

「ところで、食事の用意は出来ているのか?もしまだなら、私もなにか……」

「いいよいいよ!そんな気遣わないでよ!」

「そうですよ………そうだ、せっかくいつもより少し早めに帰ってこられたのですし、ゆっくり湯浴みでもなさっては?…翡翠様から貰った、そのばすあろまとやらの試用も兼ねて」

ね、と微笑む長谷部。2人にそう言われては、断る気にはなれない。

「分かった、そうする」

 

ぱたぱたと廊下の奥に消えていく主人の背を見て、加州と長谷部はほう、と息を吐いた。

「危なかったね……」

「ああ………しかし、晩餐のことを話すとは驚いたな」

「パーティとは言ってないから、ネタバレじゃあないでしょ。かと言って嘘言ったわけでもない。下手な嘘吐いて疑われたら終わりじゃん?何のためにここまでやってきたのか分かんなくなるでしょ」

「それもそうだな…しかし、本当に助かった。さて、では俺も手伝いに回るか」

「誘導係は大人しくしときなよ。いつ主が上がってくるか分かんないでしょ」

むう、と長谷部が唸った。

 

そうしていると、不意にがらがらと音がした。玄関の戸を開ける音である。

「あ…こんばんは……」

遠慮がちに顔を覗かせたのは、小柄な少女だった。髪もその大きな瞳も黒いが、寒いのか鼻と頬だけはほんのり赤くなっていた。巫女服の上に少し生地の厚い桃色の羽織を着ている。

「邪魔するぜ」

その少女にぴったりくっつくようにして入ってきたのは、鶴丸国永だった。こちらも鼻と頬を赤くしている。少女もさることながら、彼は全身真っ白だから余計にその赤が映えている。

「いらっしゃい」

加州がにこやかに出迎えると、少女は何を言われるでもなく白い封筒を出した。―招待状だ。

「高橋桜です。本日はお招きいただき…」

深々とお辞儀をしようとする桜を、加州が止める。

「やめてやめて、俺そんな堅苦しいの苦手なんだよ。もっとゆるく構えてくれて大丈夫だから!」

後ろで鶴丸がくっくっと喉を鳴らしている。

「…いつもこうなの?」

「ああ、いつもこうだぜ。俺達の主は」

「…そう」

加州は突っ込むのを半ば諦めたようだ。

「もう殆ど準備は整っております。さあ、こちらへ」

肩を落としかけた加州をよそに、長谷部が誘導に回った。桜と鶴丸はそれについていく。

「ちょっと、主の誘導はいいの?」

「まだ大丈夫だろう。お前は他の方の誘導を頼む。まだ来られるんだろう」

「おっけー」

 

3人が廊下の奥に消えたところで、加州は玄関に腰を下ろす。そして懐から紙を出して広げた。

「えーと、あとは………」

そこに書かれていたのは、加州が招待状を送った審神者の名前だった。今日来る、と言ってくれた者にマーカーで印がつけられており、その内、今日姿と招待状の持参を確認した審神者の名前の横には赤いペンで印が付けられていた。

「ええと…美玖留さんと、姫川さん、守宮さんに、紅さん…あとは京花さんか。」

桜の名前の横に印をつけながら、足をぱたぱたと前後に振る。

 

「「こんばんは」」

ふと顔を上げると、可愛らしい少女が二人並んで立っている。一人はクリーム色の髪を右に流し、緩めの三つ編みにしている少女。薄桃色の地に控えめにあしらわれた藤桜が髪色に映えている。もう一人は、絵に描いたお姫様のようなロングのブロンドヘアーに、小ぶりのピンクのリボンをちょこんとくっつけた少女。フリルがあしらわれたパーティドレスに身を包んでいる。

「あっ、こんばんは!えーっと、…守宮ちひろさんに、姫川アリスさんだね。今日は来てくれてありがと!」

名簿に目を通しながら、加州が礼を言う。

「いえ、こちらこそ呼んでいただいて…」

ちひろと呼ばれた少女が静かに礼をする。

「もしかして、もう始まっちゃったかしら」

不安そうな声で、アリスが尋ねる。加州はそんなことないよ、と手を振ってみせた。

「まだ主が準備中だし、全然余裕だよ。案内するね」

他に案内役も居ないので、加州自ら2人を誘導する。2人はそれぞれ薬研藤四郎と燭台切光忠を連れてそれに続く。

廊下を進んでいると、、向かい側から急ぎ足でこちらに向かってくる影が見える。―彩だ。準備が完全に終わったため、会場で座って待っていてもらったはずだが……

「彩さん、どうかした?」

加州の問いに、彩が足を止める。

「ああ、紅が来たみたいだから、出迎えにね」

「あ、そうなの?それなら俺が……」

「大丈夫。あの子、私がそばに居た方が良いみたいだし…加州さんにばかり負担はかけられないわ」

「…そっか、わかった」

玄関に向かう彩を見送り、また会場に向かった。

 

 



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後編 2/4


しーかさん、てぃかさん、つっくんさん宅のお子様お借りしました。
瀬羅様と京花ちゃんの服装は私の独断と偏見で選びました。ごめんなさい。




 

会場の空気はすっかり宴会モード一色である。

隙間なく横一列に並べられたローテーブルには、真っ白なテーブルクロスが掛けられている。その上にグラスや飲み物、取り皿が均等に並べられている。和室でありながら、さながらそこは一種の洒落たレストランのような雰囲気を醸し出している。

壁にはカラフルなガーランドや、一つ一つ手作業で作ったのであろう紙花が飾られている。いわゆる「お誕生日席」の後ろの壁には『Happy Birthday Master』と書かれた横長の紙が貼られている。横文字に慣れないのかアルファベットは手書きであることがひと目でわかる形をしている。何故感じにしなかったのか、そして敢えて「Iori」ではなく「Master(主、のつもりで書いたのだろう)」にしたのか。それはおそらく、彼らのみが知るところなのだろう。

 

客人を含め、席はくじ引きで決められた。本来なら主人の客人なのだから、招待客が伊織の近くに座っても何ら不自然ではないのだが、ここにいる刀剣たちも彼の傍に居たいのだろう。それを察した秋穂本丸の鶴丸が「だったら公正にくじで決めればいいだろう」と言い出したことから、誰がどこに座るかは神の手に委ねられる形となってしまった。…とはいえ、今決められた席はせいぜい最初の数分のためだけの席順となるだろうが。

「彩姉と隣になれて良かった〜。やっぱり隣に居てくれると安心するな〜」

「場所、代わってくれた方にちゃんとお礼言うの忘れないでね?」

「大丈夫だよ、ちゃんと言った!」

真ん中より少し伊織から離れた席についたのは、彩と、彼女が先ほど迎えに行った紅。少し癖のある白髪をふわふわと揺らしながら、嬉しそうに微笑んでいる。客人と同行の刀剣男士も出来るだけ離れて座ろう、という流れになったため、紅はせめて信頼のおける彩と隣に居たいと思ったのだろう。彼女の隣の席を当てた薬研(伊織の本丸の)に頼み、場所を代わってもらったらしい。

「あるじさんが入ってきたら、これを鳴らすんですよね」

「そうだよ。清光がせーの、で合図をするから…」

部屋の端の方では、安定が中心となり、数人の刀剣男士がクラッカーを片手に打ち合わせをしている。

 

不意に障子が開く。

「お客様を連れてきたよ」

入ってきたのは石切丸。客の到来を知らせる声に、会場にいる者の多くの視線がそちらに向く。

「こんばんは、遅れてすみません!」

「まだ始まってない…みたいね、安心したわ」

連れられてきたのは、黒髪と茶髪の女性。黒髪の女性は、白いニットのセーターにジーンズ、その上にコートを羽織るいった動きやすさを重視したスタイル。決して幼くはないようだが、前髪の3本のヘアピンがあどけなさを見せている。茶髪の女性は薄紫の矢絣柄の袴を着ており、随分と大人びた顔をしていた。

「京花です。こっちは近侍の光忠!よろしくお願いします!」

「私は美久留瀬羅。こちらは今日の同行人の鯰尾です。今日はよろしくね」

呼ばれて、それぞれの隣に居た燭台切光忠と鯰尾藤四郎がお辞儀をする。

皆がよろしくー!と声を揃えて4人を歓迎したところで、開いたままの障子から長谷部が顔を出した。

「皆、主の準備がもうすぐ終わる。所定の位置で待機を頼む。俺はこれから主を迎えに行ってくる」

 

皆、口を閉じ、互いに顔を見合わせる。

ついに、一大企画が始まろうとしていたのだ。

 

「ではな」

長谷部が障子を静かに閉め、伊織のもとへと向かっていった。

加州が合図を出す。

「みんなクラッカー持って。俺がせーのって言ったら鳴らしてね」

クラッカーが手渡されていく。緊張と期待と興奮と…様々な感情を混ぜた表情を浮かべながら、会場にいる全員がクラッカーを手にした。

 

 

 

数分経って、足音と話し声が聞こえてきた。

クラッカーを握る手に、僅かに力がこもる。

 





ちょっと短いですが今回はここまで。
次回からようやく、パーティが始まります。
お待たせしてすみません。もう少しお付き合いください。



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後編 3/4

大変!お待たせ!いたしました!
今まで出てきたお子様全員出ております。
たくさんのプレゼントありがとうございます。
親としても嬉しい限りです。←




「わざわざ部屋まで来なくても」

「まあまあ…せっかくですし」

「何がせっかくなんだ……どうせお前のことだ、私が珍しく長風呂したから、逆上せたとでも思ったんだろ?」

「…まあ、そんな所ですね…」

「相変わらずだな」

 

風呂上がりの伊織が、長谷部と並んで階段を下りて一階へとやってきた。いつもなら廊下側から大広間に入るはずが、今日は隣の部屋に入ってから大広間の襖の前に立った。立ち止まったところで、伊織が怪訝そうに尋ねる。

「なんで今日はこっちから?」

「…都合上、ですよ」

少し困ったような微笑を浮かべながら、長谷部が滑るように一歩前に出て、襖に手をかける。

 

がらり。

 

 

「せーのっ!」

 

 

ぱぱぱぱんっ!!!

 

 

広間中にクラッカーの乾いた破裂音が響き渡る。強くなる火薬の香りと反響する音に、伊織が目を丸くする。

 

 

「「主!」」

「「お誕生日!」」

「「「おめでとうーーーっ!!!」」」

 

わあっと、短刀達が立ち上がる。

「……え?」

伊織は開いた口を塞ぐことが出来ずにいた。日頃はっきりと感情を表に出さない彼だが、これには流石に驚きを隠せないのだろう。

長谷部の手が、伊織の肩に置かれる。

「…本日は、伊織様のお誕生日ですので。勝手ながら我々で、誕生パーティーなるものを企画させて頂きました」

「…誕生パーティー……私のために…?」

「はい」

「…………」

「なんだなんだ、泣きそうか?」

茶化すように笑ったのは、幼馴染の蓮。

「え、泣いてくれるとか…大成功、以上じゃない?」

期待したように加州が伊織を見つめた。

 

伊織はぼんやりと考えていた。

昔から誕生日というのは、さほどめでたい日だと思えなかった。同じ日に良くないことが起きた、というのもあるが、それ以上に、彼には祝ってくれる者が少なかったのだ。親とは不仲で、自分の親代わりになってくれた人物がいつも一人で祝ってくれた。蓮と出会ってからは二人になったけれど。

大人になり、仕事を始めてからは翡翠達が祝ってくれたが、いくら地位のある立場にいるとはいえ、いい年をした彼を盛大に祝うわけもない(伊織が望まなかったのも理由の一つだが)。

そんな彼にとって、こんな大規模な誕生パーティーは初めてのことだった。自分でも喜んでいるのは分かるが、笑えばいいのか泣けばいいのか、どう反応するのが正解なのか分からなくなっていたのだ。結果、ただただぽかんと口を開けることしか出来ないわけだが。

 

「嬉しいんなら素直に笑えよな、オレも準備に参加してやったんだぜ」

「そうですよ主さん。兼さん、壁のお花作ったり、あれこれデコレーションするの、頑張ってたんですよ、サボらずに!」

「おい国広、それじゃまるでオレがいつもはサボってるみたいじゃねえか!」

奥の方―伊織の席の傍―からそう呼びかけるのは、会場設営に積極的に取り組んでいた和泉守と堀川だった。

「そうだな。嬉しいのなら笑うべきだ!主は些か感情表現が乏しいようだが!」

「あるじさま!…うれしいですか?」

岩融と今剣もそれに便乗する。

 

「………うれしい…こんな…生まれて初めてだ……!」

まさに花のような、と言うべきか。長年彼を見てきた蓮さえも数える程しか見たことのない、伊織の満面の笑み。

「すごく嬉しい!……私のために…ありがとう…!」

涙こそ出なかったものの、今にも泣き出してしまうのではないかと思うほどその声は震えていた。余程嬉しかったのだろう。

逆に今度は会場の皆がぽかんとしてしまった。ここまでの笑顔は、本丸の男士達も初めて見たわけであり、ほとんどの者が「こんな風に笑えるのか」と感心したことであろう。

 

「さ、主。貴方のお席はあちらです」

長谷部の誘導で、伊織が自身の席へと向かう。

ふかふかの座布団に腰を下ろすと、さっと傍らに寄ってきたのは三日月宗近と小狐丸。

「…?」

「ぬしさま。本日のこの祭りの中心はぬしさまでございます」

「…ああ」

「祭りの中心人物はこれを装着するそうだ」

「え?」

三日月が有無を言わさず伊織に襷を掛ける。白地に赤のラインが引かれたそれには、太いゴシック体で『本日の主役』と書かれてある。――安定が薊たちに頼んで買ってきてもらった一品だった。

「…なんだこれ」

「主役の証だ。よく似合っているぞ」

「それと、こちらを」

ぽん、と被せられたのは赤のクラウン。

「僕たちが作りました。どうですか?」

平野が手を挙げる。買い出し班の極短刀たち(平野、今剣、小夜、薬研、前田)が、買い物が終わったあとに作ったものらしい。カチューシャに取り付ける形になっており、ずり落ちないように工夫されているようだ。

「…綺麗」

「良かった」と前田が微笑んだ。

 

「じゃ、乾杯しよっか」

加州の合図で、全員がグラスを持つ。隣に居た長谷部に促される形で、伊織も持つ。

「主の……伊織さんの誕生日を祝して!」

「「「乾杯!」」」

わぁ、と声がして、ガラス同士が当たる音がする。

「料理は仲良く分け合って食べてね。あ、主の分は俺が取ってあげるね」

伊織が食卓を見る。色とりどりの料理が並んでいて、どれから取っていいか分からない。ローストビーフにロールキャベツ、サーモンのマリネにパエリア、海老チリに酢豚に肉じゃがに………ここは何処かのバイキングなのかと疑いたくなるほどバリエーションに富んでいる。

「光忠が中心になってね。皆で朝から作ったんだ」

「…だから私に、今日休みを取られては困ったわけか」

「そういうこと。無茶言ってごめんね」

「いいや、気にしてない。こんなに楽しい思いをさせてもらったのだから」

「良かった。…何か食べる?」

「じゃあ……………」

「了解。待っててね」

すっと立ち上がって、加州が目的の料理の皿のある方へと移動する。

 

「…すごいな」

「ですね。俺はあまり準備に参加出来なかったのですが…これ程とは」

「私は幸せ者だな、こんなに祝われて」

「そうですね。それほど、主は皆に慕われているということですよ。自信を持ってくださいね」

「……うん」

長谷部の言葉に、伊織はまたふわりと微笑んだ。視線の先では、皆が幸せそうに料理に舌鼓を打っている。

 

「お待たせーーーーっ」

すぱんっ、と音がしたかと思うと、そこには黒のコートに身を包んだ女性が立っている。サイドだけを伸ばした前下がりのボブヘア。首にはペットなのか何なのか、白蛇をマフラーのように巻いている。

 

「……琴乃さん」

驚いた伊織が呟く。突然の客人の登場に広間は一瞬静まり返る。

「……ごめん、白けさせるつもりじゃなくて。仕事が長引いて遅れただけなのよ。ほんとごめん………あ、私、伊織の担当してます、政府職員の琴乃です」

挨拶を済ませ、琴乃は伊織の席のそばに腰掛けると、テーブルにボトルを置いた。見る限りアルコールの類のようだが、筆記体で書かれたシンプルながらも上品なラベルが、多少なりとも値が張るものであることを示している。

「好きでしょ、これ」

「…覚えてたんですね、流石」

「舐めないでよね」

それは現世で高級品に分類されるシャンパンだった。伊織は酒好き、とまではいかないものの、何か特別なことがあった日にはそのシャンパンを飲んでいた。その情報を入手していた琴乃は、この日のために仕入れておいたらしい。

「私からの誕生日プレゼントよ。おめでと」

弟か妹にするように、頭をぽんぽんと撫でる。甘やかされる事が苦手な伊織は少し照れくさそうに、ありがとうございます、と呟いた。

 

「え?もうプレゼントあげていいん?」

料理を食べつつ琴乃と伊織の会話を聞いていた秋穂が身を乗り出す。その声に他の客人達も反応したようだ。

「え?…さあ。私はまあ飲み物だしってことで先に渡しただけだけど」

「えー、琴乃さん渡したんなら私もあげたい!早よ渡したかったんよ!」

秋穂はそそくさと小広間に向かう。そこに全員が持ち寄ったプレゼントが置いてあるのだ。

「えっ、それなら俺も」

蓮がそれに続くと、僕も私もと、贈り物を用意したメンバーがぞろぞろと出ていってしまった。

 

「……なんかごめん」

「いえ………というか、あの人数が用意してる…ってことですか?全員で一つとかではなくて……」

「さあ。私はそこら辺は全く関与してないし…でも、ここにいる子ってあんたのこと大好きだもんね。もしかしたら人数分とは言わずとも、かなりのプレゼントが……」

「そんな、申し訳な………痛っ」

琴乃が伊織の頬を摘む。ぎぅ、と力を込めれば伊織がそれを払いのけて、何するんですか、と怒った。

「誕生日なんだから大人しく祝われておきなさい。申し訳ないとか考えなくていーの。主役なんだから」

先刻三日月が掛けていった襷を指して、そう言い聞かせる。言い返す言葉がないのか、伊織は口を噤んた。

 

 

「じゃーん!」

一番に広間に戻ってきたのは秋穂だった。来る時に持っていた大きなラッピング袋を手に、伊織のもとへと駆けてくる。

「室内は走るなよ、危ないから」

「こんな時でもお堅いなぁ、いおりんは……はい、私からのプレゼントやよ」

スカイブルーのラッピング袋は、随分と大きい。秋穂の身長は150cm程だが、その胴体はゆうに隠れてしまいそうな大きさである。

「……これは一体…」

「鶴丸と清光と3人で選んだんよ。開けてみて」

期待に胸を膨らませながら、秋穂が目を細める。これではどちらが贈られた側か分からなくなるほどだ。

「じゃあ、遠慮なく…」

白いリボンを解き、長谷部と2人で中を覗き込むと………そこには白いふかふかの物体があった。中から取り出してみると、ふかふかの正体はうさぎのぬいぐるみだった―――それも、1m級の。首元にはアクセントとしてなのか、薄紫のリボンが結ばれている。

 

「……うさぎ」

「せや、うさぎや。いおりんいっつも働いてばっからしいし…癒しがあったらええんやないかなって思ったんよ」

好きじゃなかったかな、と申し訳なさそうに目を伏せる秋穂の肩をぽん、と叩く。

「いや、少しびっくりしたが…私を思って用意してくれたんだ。何でも嬉しいさ」

そう言って爽やかに微笑んでみせる伊織を尻目に、鶴丸はやや気に食わなさそうに眉根を寄せ、蓮は「それだから天然タラシになっちゃうんだよ…」と呆れていたが、それはまた別の話。

 

 

「次は俺な」

蓮がそう言うと、傍らにいた陸奥守吉行がこれまた大きめの紙袋を差し出す。

「おーだーめいどのすーつじゃ。おんしには必要なもんやろう?大事にしとうせ」

紙袋には現世でもそこそこに値が張る仕立て屋のロゴが書かれている。審神者会議やフォーマルな場では決まってスーツを着る蓮が贔屓にしている店だ。

 

「…よく、サイズ分かったな」

「翡翠ちゃんに聞いた。てか、買いに行く時も手伝ってもらった。流石にスリーサイズとか俺が知ったらあれかなって」

「当たり前だろ……でも、丁度新しいのを仕立てようか迷ってたんだ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

「じゃあ、次は私達から」

蓮の後ろで待っていた彩と紅が並んで一歩近づく。

紅の手には色鮮やかな花束が、彩の手には前の2人に比べると随分と小ぶりな箱が握られている。

「今日、ここに来る前に選んできたんです、季節にぴったりで、伊織さんに似合う花を選ぶのはちょっと大変でした」

そう言われて見ると、確かにこの時期に花屋で見かけるものばかりだが、派手すぎず地味すぎず、色彩豊かではあるものの落ち着いた雰囲気をもつブーケである。

喜んでくれると嬉しいです、と、へら、と笑う。

 

「私からは万年筆です。何かと書き物をすることが多いかな、と思いまして」

彩が選んだ万年筆は、ボディが濃紺で、ペン先に模様が掘られているものだった。細身で軽めに作られているのであろうそれは、しっくりと手に馴染む感覚がした。最近はカートリッジ式の万年筆が多いが、彼女は敢えてインク吸入式のものにしたようだ。箱に小さなインクボトルも入っている。

「ありがとう…大事にするよ」

「そちらの花は俺が生けておきます。…執務室に置かれますか?それとも私室に…」

「…思ったより多いから、半分執務室で、もう半分は小広間に置こうかな」

「かしこまりました」

紅から花束を受け取った長谷部が、部屋を出ていく。

 

 

「じゃあ、私からも!」

光忠を連れ、京花が空色の紙袋を手渡す。紙袋といっても、両手の平に軽く載せられる程度の、可愛らしいサイズのものだが。

「皆みたいにすごいセンスとかないから、何買ったらいいか分からなくて…」

実用性のあるものをと思ったの、と言われ、渡された袋の口を開けば、そこには薄紫のハンカチが入っていた。吸水性の高い素材で出来ているようで、とても滑らかな手触りをしている。

「ハンカチか…!ありがたく使わせてもらうよ。ありがとう」

「喜んでくれてよかった…!どういたしまして!」

前のメンバーの贈り物のラインナップに少しばかり気圧されていた京花は、伊織の笑顔にふわりと微笑んだ。

 

 

「次は私ね。光忠!」

「オーケー!」

アリスが金色の瞳を輝かせながら、傍にいる光忠を呼ぶ。光忠がすかさず懐から小さな紙袋を取り出し、伊織に持たせる。

「うちの主から君へのプレゼントだよ。手作りだから、世界でこれ一つだけだよ、大事にしてね」

笑顔の光忠と紙袋とを交互に見て、袋の中身を取り出す。

手のひらに転がり出てきたのは(かんざし)だった。銀色の2本軸の簪で、先には藤の花をあしらった紫の飾りが下がっている。藤色が決して地味ではなく、かといって派手でもなく、落ち着いた主張をしている。

 

「伊織は髪飾りとかしないかもしれないけど…そのくらいなら、男の子でも似合うんじゃないかなって」

「…付けられるものなのか?私でも」

「平気よ。ショートカットでも、横の髪を編み込んで、そこに挿せばいいもの。分からなくなったら加州や次郎辺りに聞いてみたらどうかしら」

絶対似合うからいつか着けてね、と笑顔で言われては、伊織も邪険には出来ないのだろう。わかった、いつかな、とだけ言ってアリスの頭をぽんと撫でる。

「ありがとう」

「どういたしまして。着けたら写真送ってね。待ってるわ」

 

 

「じゃあ次は私たちから」

次に前に出てきたのは、紫音、薊、美咲の3名。

「私はこれを。紅茶が好きだと聞いたので。お口に合えば」

小ぶりの缶に入ったダージリンのティーバッグに、小さなラッピング袋に包まれたクッキーが手渡される。外国の街並みのような絵が描かれた缶は、それだけで安くはない物であることを感じさせる。

「ありがとう…私の好み、知ってたのか…」

「蓮さんたちに少しばかりアドバイスしてもらったのだけど」

「ああ、道理で……ありがとう、頂きます」

 

「私もお菓子を。あと、いま冷蔵庫に入れてもらっていますが、アップルパイを焼きました。それと、アップルパイと一緒に持ってくるのはどうかと思ったんですが……これを」

そう言って一期から袋を受け取った薊は、それをそのまま伊織に渡した。伊織が中を除くと、『激辛注意! ハバネロスナック』と書かれた黒のパッケージが見えた。

「……!」

僅かだが、灰青の目に星が見える。

「辛いもの、お好きだと聞いたので」

「……蓮に?」

「ご名答。ですので、現世で見かけた見た目からして辛そうなスナックを選んでみました。一期が試食したので、味はお墨付きですよ」

「…あれは堪えましたね」

複雑そうな顔で一期が眉間に皺を寄せるのを見て、期待できそうだ、と微笑んだ。

「え、今ので期待に値するのですか…」

…一期の突っ込みは、伊織の耳には届かなかった。

 

「私はこれを。さっきまで冷蔵庫で冷やしてたんですけどね」

美咲の手にあるのは、5号程の大きさのケーキボックス。それをそっとテーブルの上に置き、箱を開くと、ミックスベリーが載った可愛らしいガトーショコラが出てきた。『伊織さん お誕生日おめでとう』と丁寧な字で書かれたチョコレートのプレートが載せられている。

「昨日頑張って練習してたんだよ。美味しそうでしょ」

美咲の横にいた加州が得意げに微笑む。

「わざわざ今日のために……嬉しい…」

大雑把そうに見える美咲だが、伊織の為と頑張ったのであろう。料理を専門的に習ったわけでもない一般女性が作ったわけだが、テーブルのケーキは随分と整った形をしていた。

 

いっぱいのお菓子を前に、ぱぁ、と顔をほころばせる。今日1日で様々な表情を見せる伊織に、周りの者達も安堵していた。それは、計画が成功したことに対してなのか、それとも―――

 

 

「こちら、私達からです」

「体力のないこの小さいのがあちこち回って選んできたんだ。大事にしてくれ」

桜と鶴丸から手渡されたのは、ガラスケースに入れられたプリザーブドフラワーと、手のひらほどの木箱に入ったタイピンだった。

「綺麗なものだな」

「ストレリチア、といいます。『輝かしい未来』という花言葉があると読んだことがありまして。それと、そちらのタイピンについているのはターコイズです。お守りの石として知られてるそうで」

「前線に出ることの多いきみへの、うちの審神者からの精一杯の気遣いさ」

「お守り……」

言われて見ると、タイピンの先端に小さな緑色の石が見える。それなりに長く生きた伊織から見れば、まだ10年そこらしか生きていない桜の方が余程脆く儚く見えてしまうのに、そんな彼女が自分を思って贈り物を選んでくれたのが、嬉しくていじらしくて。

「…今度の会議にはこれを着けていきますね。ありがとうございます」

「そう言っていただけて嬉しいです。きっと似合うと思いますので……」

 

 

「では、私も…」

ふわふわと三つ編みを揺らしながら、伊織の方に向かってきたのは、ちひろ。両手にすっぽり収まってしまいそうな、黒に白のラインが入ったシンプルな包装紙に包まれた箱を手にしている。

「私からは、オードトワレを。伊織くんが着けるタイプか分からないんだけど…着けてみたらどうかなって思って…香りが強くないのを選んだのよ。シトラス系の香りを基調にして、それで………」

香水の類には全く明るくない伊織だが、ちひろの説明で少しだけ分かった気がした。

 

ちひろのくれたオードトワレは、レモンやオレンジの香りを基調とし、後からローズやゼラニウム系の香りを楽しめるものらしい。香りのきついタイプのものが嫌いな人でも気にせず着けられる、初心者向けでありながら割と万人受けのするトワレらしい。ちひろ自身も香水に詳しい訳では無いのだが、付き添いの薬研と話し合いながら試行錯誤した末に選んだらしい。

「喜んでくれたら嬉しいです。こういうの、買うの初めてだから、好みに合えば良いのだけれど」

「ありがたく使わせてもらいます。…私も香水は初めてだけど、ちひろさんが選んだものならきっと…」

伊織は照れくさそうに笑って、包みを抱き寄せた。

 

 

「では最後は私でしょうか」

「瀬羅様のプレゼントは凄いんですよ!」

瀬羅と鯰尾が伊織の前に出てくる。ずっしりと重みのある箱を渡される。濃紫に金色のリボンが眩しい。

「…また随分と、高そうなものの予感が……」

「ふふ。開けてみてください。伊織さんに似合うと思って選びましたから」

促されて包みを開けると、一目で高級品と分かる黒塗りの箱が出てくる。開けば、銀色が目に飛び込んできた。――蓋の外側に花や鳥が掘られた、純銀の懐中時計である。それを開ければ、白地に黒で規則正しく数字が並べられた文字盤が見える。時計というより、芸術品を見ているようだった。それほど美しく、価値のあるものに見えた。

「…こんな高いものを……」

「お気になさらず。今後何かとお世話になりそうですから……前払いというのも何ですけれど、そういう気持ちで受け取っていただければ」

萎縮する伊織に、瀬羅が笑いかける。年齢だけ見れば伊織の方がずっと年上なのだが、こうして見ると瀬羅の方が姉のようだ。

 

 

「すご……めっちゃ貰ってんじゃん。良かったなあ」

蓮が伊織の頭をくしゃくしゃと撫でる。乱れた髪を整えながら、伊織は嬉しさと照れくささが混ざったぎこちない顔で笑った。

ぎこちないその笑みが、それがいつもの()()()()()()()()()ではなく、心からのものなのだろうと悟った蓮は、先刻よりも強く頭を撫ぜた。

 

 



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後編 4/4


エピローグ的な。
まあちょっとラスト意味深にしてみました。

お子様は全員ちらっと出ております。
秋穂ちゃんについては、伊織と長谷部の事情を知る数少ないメンバーの1人として特別出演してもらっております。




 

「今日はほんとにありがとうございました。また来てね。主も喜ぶからさ」

 

午後9時を回った頃だろうか。明日も仕事のある者も居ることを考慮し、誕生会は終了となった。今は本丸を出ようとする審神者たちを加州が見送っているところだ。

 

「こちらこそ、先日といい今日といい…とても楽しかったです」

「え、桜ちゃんそんな頻繁にこちらに?」

「先日は演練で話が弾んで、その流れでお招きしてもらいまして」

「遠慮しないでまた来てね。次は美久留さんもぜひ」

仲睦まじげな桜と瀬羅に向かって、加州が笑顔で手を振る。次はこちらにも来てください、と桜が深々と頭を下げた。

 

「じゃあ、私達もこれで」

「今日はありがとう!」

彩と紅が2人仲良く並んで帰っていく。またねー!と加州が手を振ると、それに応えるように大きく手を振り返した。

 

「私達も帰りましょう」

「ええ。とても楽しかったわ」

「加州、帰ろっか」

「うん」

薊と紫音の数歩後ろを、美咲がついていくような形になる。美咲本丸の加州もそれに倣った。

「またね、この本丸の俺」

「うん。また、演練か会議の時にでも」

「仕事関係だと多分鶴丸が行っちゃうからなあ。今度うちに来てよ、ね、主、いいでしょ」

「…皆に聞いてみてからね」

二振の加州清光のやり取りを、美咲は微笑ましく思いながら見ていた。

 

「今日はありがとう。プレゼント、気が向いたら使ってちょうだいって伝えておいて」

「私のもね。簪って普段使いする人も多いらしいから」

ちひろとアリスがそう言うと、加州はうん、分かった、と笑う。

「すごく喜んでたし、絶対使ってくれるよ。写真かなにか、送れたら送るね」

「ありがと。じゃあね。…行くわよ光忠」

「うん」

ちひろと、ちひろ本丸の薬研、そしてアリスが並んで歩き、アリスの一歩後ろを光忠がついていく形になって、4人は歩き出した。

 

「私たちも帰ろ!光忠!」

「そうだね」

出遅れたと感じたのか、京花が駆け出す。それに倣って光忠も早歩きでその後をついていった。楽しかったね、と弾んだ声が聞こえる。その声を聞きながら、喜んでもらえてよかったと加州も安堵した。

 

 

「…さて、あとは……あれ?」

「ちょっと待って!」

残りは秋穂と付き添いの鶴丸だけの筈なのだが、先程まで玄関に居た秋穂が、玄関を上がり駆け足で奥へと消えていくのが視界の端に見えた。おい!と声をかけ、鶴丸がそれを追う。

 

「………何事?忘れもの……?」

玄関に1人取り残された加州が、ぽかんと口を開けていた。

 

 

「いおりん、ちょっとええ?」

秋穂が顔を出したのは、先程までどんちゃん騒ぎが行われていた大広間だった。客人も居なくなったところで後片付けに取り掛かろうとしている刀剣男士たちと、伊織がそこに居た。

「…?どうした?忘れ物でもしたか?」

「いや、ちょっと気になることがあってな、こっちこっち」

 

何の用事かもさっぱり分からぬまま部屋を連れ出され、廊下の奥に連れていかれる伊織。

「おい、一体……」

「ええからええから」

「秋の君、何をやって………」

後ろから鶴丸が呼びかけるが、鶴丸は静かにしとって!と制され、なす術なく口を閉ざす。

 

誰もいない、廊下の突き当たり。

秋穂は伊織に顔を近づけ、聞きたいことがあるんよ、と囁いた。

数メートル先でわなわなと震える鶴丸に、疑問符を浮かべる伊織。秋穂は口の端をこれでもかというほど上げて、問いかけた。

 

「……親指のあれ、長谷部にもろたん?」

 

 

「………っ!」

慌てて右手の親指に手をやるも、そこには何も無い。――が、数時間前までは、そこに指輪があった。…正確には、伊織が長谷部と会場に着き、席に座って襷だ冠だと着飾らせられるまでは。

 

秋穂は2人が揃って来た辺りから、持ち前の勘で何かを感じ取っていたらしい。ふと目をやれば彼の手には見慣れない指輪。刀を扱う者として、手指に装飾品の類を着けるのは邪魔になることは分かっている。それは剣を振る伊織とて変わらないだろう。それなのに親指に指輪を着けている。しかも宝石までついて。まさか長谷部が贈ったものなのでは、と(薄々分かっていたものの)気になった秋穂は、今聞かずにはいられなかったのだろう、こうして呼び出してまで尋問しているわけである。

 

「……あー、うん…そうだが」

「やっぱり!良かったなあ!ちらっとしか見てへんけど、めちゃくちゃ綺麗やったし」

「…ありがとう」

伊織が気恥ずかしそうに目をそらす。ふと秋穂の後ろを見ると、鶴丸がなんとも形容しがたい形相でこちらを睨んでいるのが見えた。

「………あの、秋穂。君の恋人が随分と恨みのこもった目で私を見てくるのだが」

「え?……あ!鶴丸!失礼やからやめえって言ったやろ!なんでいっつもいおりんにだけそんな……」

「……五月蝿い、いいから秋の君、そいつから離れるんだ」

「……なんやそれ、訳分からんわあ……」

 

自分の事となると疎い伊織も、他人の事には聡いのだろうか。原因はともかく自分が彼に憎まれていることだけは理解出来た。

「…まあ、なんだ。今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそおおきに、今度はうちにも遊びに来てや!歓迎するで!」

「ありがとう」

「ん!ほな、私らも帰るわ!またなー!」

とたとたと廊下を駆けていく秋穂。行くで鶴丸、という声に、ああ、と答えておきながら、その目はまだ伊織を捉えている。

 

「……どうかしたかい?」

「…………負けないからな、きみにだけは」

 

それだけ言うと、踵を返して去っていく。

 

 

「………何を競っているつもりなんだろうか」

 

 

廊下に1人残った伊織は、小首をかしげた。

 

 

 

 

「改めて、お誕生日おめでとうございました」

長谷部の私室で、2人だけでグラスを傾ける。中に入っているのは、琴乃が持ってきたあのシャンパン。月明かりを受けて、淡い黄色が星のように輝いている。

「ん、ありがとう」

 

「……こうして一緒にお祝いできること、嬉しく思います」

「ああ、私も。まさかこんなに素晴らしい会を催してもらえるとはね」

「喜んで頂けて何よりです」

 

数秒の沈黙が流れた。

 

「…何か」

「はい?」

「何か、礼がしたい。せっかくこんないい思いをさせて貰ったんだし……聞けばお前と加州が言い出した企画なんだろう?なら、全員にも勿論するが、お前にも個別に礼をだな」

「…礼、ですか……………」

 

ふむ、と考え込む長谷部。

長谷部がしたことに対し、何かしたい、と伊織から申し出ることは少なくはない。だが、これまでは全て伊織自ら考え、実行する形だった。今回のように、自分の希望を聞かれるのは初めてで、答えがすぐには出てこなかったのだ。伊織も長谷部も、あまり欲が多くないことも関係しているのだろうが。

 

伊織がグラスのシャンパンを飲み干すのと同時に、長谷部に一つの考えが浮かんだ。

伊織が承諾してくれるかは分からないが、彼が望んだことは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………この後、時間を頂いてもよろしいですか?…下手をすると、明日に響くやも分かりませんが」

「……この後?…明日は非番だし、別に構わんが……」

 

 





※ちょっと意味深なラストにしましたが続きません。
あとは頭の中で適当に補完してください



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