とある世界の重力掌握 (烈火信仁)
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とある少年の消失

「さて、あと10分で実験開始だ。各員気を引きしめろ! 」

 

『はい!!』ここは東京郊外のとある会社の秘密研究所。

 

ここで今まさに試作品のテストが行われようとしていた。

 

この会社が開発していたのは、新型の小型原子力エンジンだ。もしこれが実用化できれば一般車や小型舟艇などにも搭載可能になるということで、おおいに儲けが期待できるのだ。

 

なので、今回のテストではもちろん細心の注意を払い万が一にも事故が起こらないように配慮して事前に何度もシュミレートを繰り返した。

 

だが、この世に100パーセントの安全などあるはずがないのだ。

 

「ん・・・・・なんだ、あの子は?!」

 

「馬鹿なすでに実験は始まっているんだぞ!」

 

「どこから入った!?」

 

「早くあの子を外に出せ!」

 

怒声が研究所内に響く。

 

監視塔にいる男の眼に映るのは、年のころ16歳くらいの少年。

 

「くそ!どうなってるんだよ!?なんだよ!?不良どもから逃げるためにこの廃墟に逃げ込んだのに・・・・なんで今日に限って人がいるんだよ?」

 

少年、古門護は自分の運のなさを呪っていた。

 

「そこの君!はやくそこから離れなさい!危険だ!」

 

そう後ろから言われても、ここで止まったらいかにも重要そうな施設には無断侵入したことをとがめられ、多分退学になる・・・・

 

「そんなの、ご免だ!!」

 

そのままフルダッシュして南門から出ようとする護だったのだが.......

 

「うそ!こっちにも?」

 

すでに門の前には、『捕獲準備完了』とでも言わんばかりに捕まえる気満々でネットを構えたごッつい男たちが待ち受けていた。

 

「くそ!こうなりゃあ、あの手だ!」

 

護は踵を返し、研究所の中央にある小屋を目指す。

 

その小屋が外に通じていることを彼は知っていた。

 

だが彼はあくまで部外者である。

 

その小屋が持つ意味までは分かるはずがなかった。

 

「おい!あの子。例のものが置いてある小屋に入ったぞ!」

 

監視塔にいる研究者の言葉に焦りの色が混じる。

 

「はやく、テストを中止するんだ!」

 

「はい!ただちに!」あわてて助手らしき男が装置をいじる。

 

 

だが・・・・事態はすでに悪化していた。

 

「大変ですチーフ!原子力エンジンが暴走を起こしています!このままでは私たちごと......いや敷地ごと吹っ飛んでしまいます!」

 

研究チーフの顔が真っ青になった。

 

「ただちに施設から避難するよう指示を出せ!すぐにだ!」

 

「あの少年はどうするんです!」

 

助手の言葉に研究チーフは振り向きもせず言った。

 

「放っとけ!」

 

小屋に飛び込んだ護は、ドアの外で急に足音が遠のいていくことを不思議に思った。

 

「いったいなにが?・・・・・にしても、なんか熱すぎないかこの小屋・・・・ん?!」

 

次の瞬間、彼の視界は突如莫大な光に包まれた。

 

「これは・・・・いったい・・・」

 

それが彼の最後の意識だった。

 

彼は忽然とこの世界から存在を『消した』のである。



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とある世界で目覚めれば

う・・・・ん・・・・ここは・・・・?」

 

視界に入ったのは、見覚えのない真っ白な天井。

 

「いったい僕は・・・・たしか小屋に逃げたら、いきなり光が・・・・」

 

そこまでは記憶があるのだが凄まじい閃光が視界いっぱいに広がったのを最後に記憶が無くなっていた。

 

改めて周りを見渡してみて、護は不思議な感覚を憶えた。

 

「なんか、この部屋の雰囲気知ってる気するんだけどな・・・・」

 

「そうかな?君がここに来るのは始めてだと思うよ。」

 

突然聞こえた『聞きなれた』声に、思わず護は思わず叫んでしまった。

 

「ヘ・・・・ヘブンキャンセラー!?」

 

「うん?君は私のあだ名を知ってるのかい?」

 

護の視線の先に立つのは護が良く知る人物。

 

すなわち、『とある魔術の禁書目録』の世界における名医である『カエル顔の医者』またの名を『冥土返し』その人だったのである。

 

「あの・・・・これは何かのどきっりでしょうか?」

 

「ん?なにを言っているんだい?君はここに昨日入院したばかりの患者で、ぼくは君の担当医。それだけだと思うよ?」

 

いかにも当たり前だという風に答えるカエル顔の医者。

 

「あの・・・・ここはどこか教えてくれませんか?」

 

「ん?・・・・・ああ君はこの街の人では無かったんだね。ここは『学園都市』。この国に住んでいるなら聞いたことぐらいあると思うけどね。」

 

「学園都市?!んなバカな!」

 

護はベットから飛び出し、ダッシュで窓にかけよる。

 

その先に広がる風景が、自分が薄々思い始めている幻想を砕いてくれることを信じて。

 

「うそ、だろ・・・・」

 

だが、眼の前に広がった風景は彼が認めたくない幻想を『新たな現実』とするものだった。

 

何度もパソコン画面を通して見た町並み。

 

未来的なビルが立ち並び、掃除ロボがうごめき、なにより、街をあるく人々のほとんどが『学生』。

 

(嘘だろ・・・・)

 

護は茫然とし、この風景を否定しつつも、心のどこかで新たな現実を認識しだしていた。

(僕は、異世界に・・・・と禁の世界に来てしまったんだ!)

 

 

 

「君、落ちついたかい?」

 

「はあ・・・・もう大丈夫です 」

 

つい30分前、とんでもない『新たな現実』を受け止められず錯乱状態になった護は、病院スタッフ5人がかりで抑えられ、鎮静剤を打たれて、ベットに固定された。

 

「もうそろそろ、外していただけませんか?」

 

「いや、まだ確実に暴れない保障はないからね。もうすこしそのままでいてもらうよ。」

 

カエル顔の医者の言葉にうなだれる護。

 

「時に、君を見つけて通報した子を待たせているんだけどね。」

 

「へ?ぼくを見つけた?誰ですか?」

 

「それは、彼女に直接聞いた方が早いと思うよ 」

 

医者が指差す先、護の眼に映ったのは、まさに見なれた顔の少女、そしてここが異世界であることを決定づける人物。

 

(御坂・・・美琴・・・)

 

硬直してしまった護に、美琴は訝るような視線を向けた。

 

「なによ。私の顔になにかついてる?」

 

いや、あなたの存在が信じられないのですと言い出しそうになるのを必死に抑える護。

 

まさか別の世界から来たなどと話せるわけがない。

 

「あの・・・・君が?・・・・」

 

「そうよ、あのバカを追いかけて路地裏に入ったら、あんたがボロボロの姿で倒れていたからあわてて通報したの。おかげであいつは取り逃がしちゃったけどさ 」

 

美琴のいう『あいつ』とはおそらく上条当麻のことだろう。となると今はまだ、作品でいう第1話か2話ころとなるだろうか。

 

「ところでアンタ、いったいどこのだれなの?学生証もないし、ITパスももっていなかったけど、どうしてあんなとこで倒れてたわけ?」

 

そう聞かれてもこっちにもさっぱり分からない。

 

だが、なんらかの理由をつけなければ、怪しまれる。

 

悩んだ末に、護がだした理由は・・・・

 

「あの・・・・憶えてないんだ。気がついたらここにいて 」

 

「でも、ボクのことは知っていたよね?」

 

ギクリとなりながらも護はなんとか話を続けた。

 

「ええ・・・・ところどころ憶えてる部分もあるんです......だけど自分がだれかとかがさっぱり・・」

 

「ふーん・・・・記憶喪失ねえ・・・・んじゃあ、この街の人間かをまず知らなきゃね。」

 

美琴は、今さらのようにカエル顔の医者のほうを見て一瞬硬直し、その後なにか話し合いを始めた。

 

(たぶん、『リアルげこた』に衝撃うけたんだろうな。)

 

などとかんがえているうちに、美琴が戻ってきた。

 

「話がついたわ。アンタの怪我、もうたいしたことないから、退院して良いことになったわよ。」

 

そう言われても行く当てのない護からすれば

 

「はあ・・・・」と言うしかないわけだが次に告げられた言葉は衝撃的だった。

 

「私の後輩のジャッジメントを呼んだからから、そいつのところまで来てもらうわよ。今すぐに 」

 

「え・・・・今すぐにって・・・」

 

あたふたする護を気にもかけず、カエル顔の医者は拘束具を外し、美琴が護をベットから引っ張りあげる。

 

その女の子の手の感触に、改めてこれは現実だと再確認する護だったが・・・・

 

「なにしてるんですの?・・・・・」

 

超悪意がこもった声が病室内に響いた。

 

「あ、黒子。早かったわね。」

 

その声の主は明らかに殺る気マンマンですとばかりに、両手に尖った金属矢を両指で構えている。

 

「な、なにやってんのよ黒子!今のは私がこいつが起き上がるのに手を貸しただけよ?」

 

「へ?そうなんですの?それは失礼いましました。わたくしお姉さまのルームメイトで、ジャッジメント177支部所属の白井黒子ともうします 」

 

さっきまでの殺気はどこへやら、優雅に挨拶をする黒子を見て(原作とかわんないな・・・・)と思う護だった。

 

「んじゃあ、黒子。あとは頼むわよ。」

 

「任せてくださいですのお姉さま。」

 

なんか、良く分からない内に美琴は部屋を出て行ってしまい部屋には護と黒子だけが残された。

 

「それじゃあ、一緒について来てもらいますわよ 」 

 

どこへ?と返す暇も無かった。突然黒子に手を握られ、視界がぶれたと思ったときには・・・・

 

「そ・・・・そらの上!?」

 

「あまり下を見ないほうがいいですわよ。」

 

遅すぎる黒子の警告に答えるヒマもなく、護はつぎつぎと起こる出来事に翻弄されていた

 

 




この作品に目を通してくださった読者の皆様始めまして!
烈火信仁と申します。

かつては別の名で作品を別のサイトに投稿していた身ですが、所詮素人の身で、挫折した人間です。


ここでは、そんなことがないように頑張る所存ですので応援お願いします


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とある支部での事実確認

「あ、お帰りなさい白井さん…..ってだれなんですかその人?」

 

黒子に有無を言わさず連れてこられた風紀委員第177支部に入ったとたん妙に甘ったるい声が護の耳をうった。

 

「それを知るために、ここに連れて来ましたの…初春、この方がバンクのデータに乗っているか確認なさい 」

 

「はあ…わかりました白井さん。ところで、お名前はなんというんですか?」

 

突然、質問されあわてながらも、護は自分のフルネームを答えた。

 

「わかりました。古門護さんですね。すぐに調べます。」

 

そう言って常人ではできないスピードでキーボードを叩く初春を見てだいたいしってるけどここまでとはね……と素直に感心した護だが、同時に不安もいっぱいあった。

 

まず、ここが学園都市ならバンクにすべての学生の情報を保存しているはずである。

 

即ち、気がついたらここにいた自分がデータに残っているはずがなく、一発でよそ者だとかってしまう。

 

次に、もしバレれば不法進入で外に出されここ以上に知識がない外の町を彷徨うことになる。

 

それは絶対にさけたい。

 

なんとか言い訳を考えようと、思考の迷路に入りかけていた護だったのだが……

 

「検索、終わりました。護さんはちゃんとデータが残ってます。一昨日付で学園都市の住民登録がなされていますよ。」

 

思いがけない言葉に、護は自らパソコン画面に映し出されているデータを確認する。

 

そこには、どこで手に入れたのか無表情な護の顔写真と生年月日家族構成等々が書いてあった。因みに護は孤児である。

 

「えっと住所は、第7学区の…このアパートですね。」

 

そう言われても護にはさっぱり分からない。

 

「とりあえず、そこまで私が案内してさしあげます。初春! そのデータをコピーしてくださいな。」

 

印刷機からでたデータをチラッとみただけで、もう憶えたのか黒子はふんふんと頷くと、護に向き直った。

 

「一緒について来てくださいな。ついでにいくすがら学園都市の説明もして差し上げます 」

 

そう言われ、ありがたくそうしてもらうことにした護だったが行くすがら聞かされた話はだいたい知っていることだったので記憶がないふりをするのは大変だった。

 

そんなこんなでやっとアパート前につくと黒子は管理人らしきお姉さんとなにか話したあと、護に部屋の鍵をわたした。

 

「この部屋があなたにあてがわれた部屋ですわ。管理人さんのお話ではすでに業者の人が色々と荷物を運んでいるそうですから、たぶん部屋の内装などは完了していると思いますの。それと、なにやら無印の手紙がきてるそうですわよ。まあ、なにはともあれ、わたくしはお役ごめんということで帰らせていただきますわ。ああ、お姉さま! 」

 

なんか一方的に言われて、いくつか質問したかったのに黒子は、さっさとテレポートしてしまった。

 

「まあ、悩んでても仕方ない。とりあえず、部屋にはいろう 」

 

管理人さんに部屋のある階を聞き、エレベーターで3階にあるその部屋に向かう。

 

「すでに表札かかげてあるし…どうなってんだろ? 」

 

色々と疑問におもう護だったがとりあえず、中に入り……おもわず目を疑った。

 

部屋の中には、(なぜか)大きなタブルベットがドンと置いてありそれを置いても差し支えないくらい広々としている。

 

なんか最新っぽいハイビジョンテレビや、ハイテクすぎでどう扱えばいいか困るようなマッサージ機能つきの椅子など、誰がそろえたのかと気になるぐらい大量の家具がおかれていた。

 

「そういえば、手紙があるとかいってたよな…」

 

部屋のインパクトある内装に、気をとられすぎたがようやく肝心なことを思い出し、郵便口にさしてあった便箋をとり、机に置く。

 

つばを飲みながら便箋を切ると、中には一枚のコピー用紙が入っておりそこには護がこれから通う高校の名と、追伸として次のようなことが書かれていた。

 

『君が異世界からきたことは承知している。だが心配するな、私が君の邪魔にならないていどにサポートする 』

 

「僕が違う世界からきたことを知っている人がいる? 」

 

護にとってこれは結構衝撃的だった。

 

いったい誰が自分を支援してくれてるのか。

 

そして、一体なんの目的で援助するのか。

 

謎だらけである。

 

「ふう……いま、考えても仕方ないか。学校に通うのは2日後と書いてあるし、あしたここの人達に場所をきいたり、街を見て回ろう。とにかく今日はなにもかも急すぎで疲れた……..... 」

 

護は部屋のタブルベットに転がり、天井を見上げた。

 

「ここで寝て、目覚めたら戻れんのかな?…....当たり前の日常がこんなに恋しくなるなんて、元の世界では違う世界にあこがれて、違う世界では元の世界が恋しくなる……僕ってバカだな 」

 

自嘲しながら、護はまぶたを閉じた。

 

護は、まだこの世界を受け止められてはいなかった。

 

だが護が迷い込んだこの世界はすでに彼を取り込み始めていたのである。

 



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とある目覚めと自分だけの現実(パーソナルリアリティ)

「う.......朝か…... 」護はまだだるい体を無理やり起こす。

 

「やっぱり戻れない……か 」

 

ココロのどこかで甘い希望を抱いていた自分がいた。

 

だが、どうやら、これは夢で目醒めれば戻れましたみたいな甘いオチは起きそうにもない。

 

「僕は……この現実を受け入れるしかないんだろうか 」

 

そんな思いに囚われ、なんだか落ち込んでしまった護だったが、落ち込んでばかりもいられない、なにしろ今日はしなければならないことが沢山あるのだ。

 

幸い冷蔵庫の中には、(なぜか)大量の冷凍食品が入っており、護は適当にそれらをレンジで温め、食べた。

 

(学園都市って冷凍食品の分野でも進んでんのかな?かなり旨かったけど )

 

そんな事を考えつつ、護はまずご近所さんへのあいさつから始める事にする。

 

まず1部屋目、左となりの部屋、表札は『土御門』?

 

「ま…まさか… 」ごクリとつばを飲み込み、インターホンを押す護。

 

「はいはい、誰なのだ?」

 

「ん?」

 

予想していたのと違う声に一瞬戸惑った護だったが、すぐに思い出した。

 

(そういや、土御門には義理の妹の舞夏がいるんだっけ )

 

「すいません。僕はとなりに引っ越してきた古門っていうんだけど、挨拶にきたんだ 」

 

「そりゃあ、悪いな?。でもいまは家事で忙しくて手がはなせなくてな?、悪いけどドアの前に置いといてほしい。あとでばか兄貴に取らせるから堪忍な 」

 

「因みに、お兄さんの名前は? 」妙な質問だと思われたのか、しばしインターホンは静かになったが、しばらくして……

 

「元春というんだぞ?これから、よろしくな? 」 

 

となると、どうやらここは土御門兄妹が住むアパートと見て間違いなさそうだ。

 

「うん。有難う。こちらこそよろしく。」

 

とりあえず、左となりへの挨拶を完了したところで護はふと重大な事を思い出した。

 

 

「たしか........土御門兄弟の隣が上条さんの部屋だったよな......なんか、都合が良すぎな気がするぞ 」

 

昨日の手紙の主は、護が別の世界からきた事を知っていた。

 

その誰かさんがなんの理由もなくと禁シリーズの主人公格の人間達が暮らすアパートに護を住まわせるだろうか?

 

「悩んでいても仕方ない.........か。まずは上条さんに挨拶しなきゃな。ついでに高校の場所も聞かなきゃならないし 」

 

いよいよ作品の主人公と会う事になる。護は異様に胸が高鳴る感覚を覚えていた。

 

だが、2度、インターホンを押したのだが、反応がない。おかしいなと思いながら押し続けていると....

..

 

ドンガラガッシャーン!と景気よく何かが崩れる音と、外にまで聞こえる大声で、主人公の定番口癖である「不幸だあぁぁぁ!!」というセリフが。

 

「やっぱり、不幸体質なんだ......」 

 

思わず呟いてしまった護だったが、上条さんと話すには今がチャンスである。

 

もう一度インターホンをおすとようやく上条さんがでた。

 

「はあ..........この上条さんになんの用でございますでそうか?.......」

 

なんか、凄まじく暗?い声に若干下がりながらもなんとかわけをはなす護。

 

「そうか.......んじゃあその高校の名前を教えてくんないなかな?」

 

そういわれ、紙に書いてあった名前を告げると、意外な言葉が返ってきた。

 

「これ、俺と同じ学校だぜ。」 

 

ここもそう、もはや仕組まれているとしか考えられないような、都合のよさ。

 

「なんか、あさいちばんに寝起きの邪魔しちゃって悪かった。ごめん 」

 

「いや、気にすんな。あんな事しょっちゅうだから.......もはや自分で認めてるって.......不幸だ........ 」

 

なんだか、またブルーモードに突入してしまった上条さん。

 

「なんか、悪い事したよな 」

 

と後ろめたさをおぼえながらも護はその後、ご近所さんへの挨拶を一通りすませた。

 

「さ?て。一仕事終わったしこれから街に散策にでも乗り出そうかな?」そんな事を呟きつつ部屋の前まで戻ってきた護だったが…..

 

「うん?手紙?」

 

郵便口にまた無印の手紙がさしてある。それはつまり、手紙の主からの連絡がある事を意味している。

 

「ええっと......学校で身体測定(システムスキャン)を受けろ? 」

 

その手紙には、システムスキャンを受けに学校に行くようにという手紙と、GPS機能付きのハイテク携帯と解説書が入っていた。

 

護はしばし考え込んだ後、ポツリと呟いた。

 

「今日の散策は後回しだな...... 」

 

その1時間後、部屋にあった制服に着替えた護は同じ学区内にある某高校へと着いた。

 

そこでここの名物教師である、小萌先生とあって感動したりしながら、様々なテストを受けることとなった。

 

正直なところ作品の大まかな流れや用語は知っていても、詳しい内容までは知らない護としてはただ、言われたとおりの事をやるしか無かった。

 

そうして、約30分でテストは終了し、廊下で待つ事になった護だったが、内心不安で仕方無かった。

 

普通に考えて、自分に超能力などあるはずがないのだ。

 

「またせたね。結果がでたよ。一緒に着いてきてくれ 」

 

なんだか汗をかきつつ上擦った声で話す教師にもしかして、無能力者とばれたんじゃないかしらとビクビクしながらついて行くと.....

 

「へ?運動場?なにするんです?」

 

護が連れてこられたのは高校のグラウンドの中だった。

 

「ここで、君の能力のレベルチェックを行なう…....あそこが見えるかい?」

 

男性教師に指差され見た先にはなんだが超凶暴そうなゴリラ顔の教師が、なぜかヤリを構えてたっていた。

 

おもわず凍り付いた護などお構いなしに、教師は説明を続ける。

 

「あの先生が投擲用のやりを君に向かって投げるから、君はそのやりに上からの力をかけるようイメージをしてください 」

 

いや、普通に考えて無理でしょうと言う暇もなく問答無用とばかりににヤリが30メートルさきからすっ飛んできた。

 

「死ぬ!!」

 

もうこうなったらやけくそだ!と観念し、ヤリに上からの力をかけるイメージを全力でした瞬間だった。

 

ズズン!!と明らかにヤリが刺さるのとはまったく違う音が響いた。

 

「え?........ 」

 

護は目の前の光景が信じらなかった。

 

先ほどまで真っ直ぐに自分に向かってとんできていたヤリが、1メートルほど先で地面に横向きで埋もれているのだから。

 

「これは…いったい? 」

 

「それが君の力だよ。詳しい事はこの資料に書いてあるけど、かいつまんでいえば君の能力は重力を操る力。いまなら、上からのG.......重力を通常の倍近くかけてヤリを地面に埋めた訳だ 」

 

「重力を.....操る? 」

 

そう言われても、中学で勉強した程度の知識しかない護からすれば、どう答えれば良いか迷ってしまう。

 

そんな護の心情を汲み取ったのか、男性教師は付け加えた。

 

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「そう難しく考えなくていい。要は、重力をかけるイメージをすれば使えるんだ。ただし、使い過ぎは危険だがね。なにしろ扱う力が力だ 」

 

教師は、次にグラウンドの端に置かれた廃車の前に連れてきた。

 

「この廃車に真上からさっきより強い力をかけるイメージをしてみろ 」

 

言われるままにさっきよりも強い力をかけるイメージをする護。

 

次の瞬間、ズグワァァン!という凄まじい音と共に、目の前の廃車は真上からかかった異常な重力によってただのスクラップと化していた。

 

「ふう........ここまでとはね、正直驚いたよ。測定結果レベル5で決定だな。君がこの高校で初のレベル5になる訳だ 」

 

護は教師の話を半分も聞いてなかった、レベル5といえば1人で国の軍隊に対向できる能力者を指すはず、この学園都市にも7人しかいない、最強の称号。

 

それに、自分がなると言われても実感がない。

 

なにより自分は『よそ者』。 

 

いきなりレベル5級のちからがあると言われてもそう簡単には信じられない。

 

「序列とかは、後で統括理事会とかで出されて連絡とか行くと思うからまってるといい。いやあ、しかしウチに超能力者が誕生するとはな。先生は嬉しいぞ。ん?おいおいそんな不安相な顔をすんな 」

 

男性教師は護の不安げな表情を、能力に対する自信のなさだと受け取ったらしい。

 

「君の能力の使い方は、それだけじゃない。その力はまだいくつも応用が聞くだろうし........なにより、それは君の全力じゃないはずだ。気後れしなくても大丈夫だよ 」

 

確かに護は気後れしていた。それはレベル5という称号に対してだけではない。

 

新たな『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』自体に対しても気後れしていたのだ。

 

もし、この力を完全に受け入れてしまえば、この世界を、現実を『自分』の現実としてしまうこととなる。

 

あくまで、外から来たよそ者として、元の世界を『自分だけの現実』とするか、それともこの世界をそれと認めてしまうか。

 

それは、そう簡単に答えが出せる問題では無かった。



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とある出会いと事件発生

「はぁぁぁ.......なんか色々ありすぎて心が追いつけてないかも....... 」

 

護は身体測定を終えた後、第7学区の街中を散策していた。

 

思ったより早く身体測定が終わってしまい暇を持て余すこととなった護はすぐにアパートには戻らずに、当初の予定だった散策をすることにしたのだ。

 

「しかし.......僕たちの世界にあった作品なんだから当たり前といえば当たり前かもしれないけど、なんか、現実と非現実がまじりあってるなこの街は...... 」

 

護はすでに大体の建物や店を見て回ったが、なんだかハイテクすぎてどう扱えばいいかわからない電化製品を扱う店から、そもそもこの作品世界のことを扱っていた雑誌を扱う店まで......元の世界にあるものも、こちらの世界にしかないものも複雑にまじりあっている。

 

「でも、今ではどちらが『現実』になるんだろ.....目に入るこの世界は今の僕にとってはたった一つの確かめられる『現実』だ......でも、この現実を認めたら僕は......戻れないような気がするんだよな.....だって認めることになっちゃうんだ。この世界が僕の生きる世界だって...... 」

 

すでにこちらの世界に来てしまってから、3日目になる。

 

3日もさめない夢はあるのか。

 

いやそれ以前にここまではっきりとした夢などあるのか。

 

試しに頬をつねってみてその痛みが本物だということを認識する。

 

「うう.....ほんとにどうすれば...... 」

 

ずっと考え事をしていると無性に甘いものが食べたくなった。

 

昔何かの番組で、疲れた時は糖分を摂取するとよいと言っていたことを思い出した護は、さっき通りかかった広場にクレープ屋台があったことを思い出しそこに向かった。

 

「さて......クレープも食べ終わっちゃったしこれからどうしようかな.....」

 

護は広場のベンチで1人座り込んでいた。

 

いまがまだ平日の午前ということもあり学生の姿はほとんど見えない。

 

広場には全くと言っていいほど人はいなかった。

 

「これから、家に帰って昼食にしようかな.....せっかく探索して料理屋も見つけたんだからそこで.....ってそうだ財布持ってきてないんだ.....どのみち、一度はアパートに戻らなきゃいけないか・・・・ 」

 

がっくりと肩を落とした護はふと自分の手に目をやった。

 

「重力を操る力か.....あの先生は力の使い方はこれだけじゃないとか言ってたけど.....そもそも重力の仕組み自体よく知らないしな......今のところ分かってるのは縦向きにかかる重量の強さを変えることができるってこと。じゃあ、想像するだけで力を使えるなら......横向きに重力をかけることはできるのかな?」

 

護は周りに目をやり人がいないことを確認してから、ベンチの横に置かれたごみ箱を目の前に置く。

 

「あれに横向きの重力をかけるイメージをする....... 」

 

護がイメージをかけた途端、ごみ箱は右からかかった強力なGにより吹っ飛び......広場の近くの銀行店の窓に直撃した。

 

「あっちゃあ、やっちゃったよ!」

 

頭を抱える護。

 

それと同時に気づいたことも1つあった。

 

(あのごみ箱、僕が一瞬力を使っただけで飛んで行って窓ガラスを割って止まった。もし僕がイメージした瞬間から自分で止める意思を持つまでGがかかり続けるならあのごみ箱はばらばらになるまで横にすすみ続けたはず。つまり力が働くのはイメージしている時だけということになるのか...... )

 

「おい!誰だごみ箱を投げたのは!」

 

店長らしき茶髪男のどなり声が響く。

 

ここで知らぬふりをしてにげだすという手もあったのだが、良くも悪くも正直な性格の護は素直に自首してしまい、その後、午後3時までの4時間、店の片付けと店長の説教、そして店の雑用の三重苦を味あわされることとなった。

 

「つ....つかれた....もう、動けない..... 」

 

なんか色々と雑用を押しつけられそれを全部こなすのに3時までかかったしまった護はさっきの広場の別のベンチに座り込むなり、即、意識が薄れてきた。

 

考えてみれば朝もそんなにご飯を食べていないし、昼も昼飯抜きで作業したせいで、ほとんど腹に食べ物が入っていない.....だが、それ以上に疲労が急激な眠気を引き起こしていた。

 

「ほんとは.....さっさとアパートに戻るのが一番なんだけど....もうげんか...zzzzzz.... 」護の意識は深い闇の中に落ちて行った。

 

 

夢の中で護は逃げていた、たくさんの同年代の子供たちと一緒に。

 

夢の中で護は6、7歳程の姿になっていた。

 

必死に逃げ続ける。

 

周りの風景は見えない。

 

ただ前に向かって走っている。

 

だが周りの子供たちは次々と後ろから迫ってくる強大な化け物の手でつかまれ、消えていく。

 

そしてついに、自分ひとりになった。

 

もう、おしまいだ.....そう思ったときに『あの子』が現れた。

 

緑の服に身を包み、悲しげにほほ笑む少女。彼女は右手を一振りするだけで化け物を倒した。

 

その圧倒的な強さで、護を救ったた少女はそのまま護を守ってくれた。

 

「一緒に逃げよう? 」そういって護の手を引き駈け出した少女。

 

護を守り、励まし、勇気づけ、ともに泣いてくれ、ともに笑ってくれた少女。

 

その少女は、護のために.........

 

「うあぁぁぁ!! 」大声をあげて飛び起きた護に、まわりのベンチに座る学生たちからの痛い視線が飛んできて思わず身が縮む思いをする護。

 

だがそれよりも護の頭を占めていたのはさっき見た夢のことだ。

 

(あの、女の子.....誰なんだ?......)

 

護は夢の中の少女に覚えはない。

 

というより起きてみるとなんだか記憶があいまいでどんな顔をしていたかなどの肝心なところがあやふやなのだ。

 

(でも、なぜか懐かしい感じがする夢だった....どうしてだろ.....? )

 

頭をひねっても、なんら浮かんでこない。護はとりあえずこのことを考えるのはやめることにした。

 

「いま、何時だろ....って3時30分?まだ30分しか寝てなかったのか 」

 

まだ少し体はだるいが寝る前ほどではない。

 

家に帰るくらいの体力は回復したと感じた護はとりあえずベンチから起き上がろうとした......だが、次の瞬間背後から聞こえた爆音が護の行動を停止させた。

 

「んん!?いったい何が.....ってあれは!」

 

先ほど自分が迷惑かけた銀行店のシャッターが無残に爆破され3人組の強盗が外に出てきている。

 

「この場面....レールガンの一話であったやつだよな......たしかこの後、黒子が二人倒して、美琴が一人を車ごと超電磁砲(レールガン)で吹っ飛ばして......じゃあ、ここは大丈夫か 」

 

ほっと安心して立ち去ろうとした護だったが、ふと大事なことを思い出した。

 

「そういや、黒子や美琴のほかに初春と佐天さんもいるんだった!たしか初春はバックアップに努めていて、佐天さんは、男の子を...... そうだった!」

 

そう、佐天は強盗の一人がさらおうとしていた男の子を助けようとして一人で強盗のところに向かいけがを負ってしまうのだ。

 

「いくら、原作介入してしまうとしても....どうしてもそれだけは避けたい..... 」

 

実はというと、と禁、レールガン両シリーズのファンである護が作中、どうしても納得できなかったのがこのシーンだった。

 

そうしなければ美琴が介入するきっかけを作れず面白くなかったのかもしれないが、かといって無能力者である佐天さんがけがを負わなくてもよいはずだと護は思っていた。

 

なにも佐天さんが傷つかなくても黒子が最初から3人いっきに倒せばいいのに.....という理不尽な考えまで浮かんでくるほどだった。

 

 

実際は、警告されていたにも関わらず行動したのは佐天なのだから、怪我した責任は彼女自身にあるのだが......そういった理屈を踏まえていても納得できなかった。

 

なぜなら佐天さんはもっとも読者である自分に近いと感じていたからだ。

 

特殊な力を持たない、なにか特別な技能を持つわけでもない、生まれが特別なわけでもない、『普通』の少女。

 

そんな子が傷つくのを護は納得できなかった。

 

「だけど.....ここで動けば....原作へ介入すれば、もう後戻りはできなくなる......この世界で起こるすべてのことに巻き込まれる立場になってしまう..... 」

 

護の前に用意された選択肢は2つきり。そして時間はそうないし、待ってはくれない。

 

「それでも、構わない。だれが、何の目的で僕をこの世界に送ったかなんてわからない 」

 

護は唇をかむ。

 

「だけど、目の前で起ころうとしていることが分かっている以上....それを見ないふりできるような器用さは僕にはないんだよ!! 」

 

あまりにも幼稚な言い訳、あまりにも無責任な言い草、だがなんであれ護は選んだのだ。この世界を新たな『自分だけの現実』とすることを........

 

 

「離せ!」「だめー!!」

 

佐天は強盗犯から子供を取り返そうと、必死で子供をつかんでいた。

 

もとより体格や力が違う男相手にかなうはずがないことくらい分かっている、それでもこの子がさらわれそうなのを見つけた時、頭で『私にもできることはある』と思うより先に体が動いた。

 

「くそ!」男が前蹴りの構えをとる。「!!」思わず身構える佐天。だが、男の蹴りが放たれることはなかった。

 

「な....なんだこれ.....足が....上がらねえ! 」

 

「女の子相手に何やってるんだ、あんたは 」 

 

「んん!?」

 

強盗犯の男は前から平然と歩いてくる少年にいぶかしげな目を向ける。

 

「なんだ、てめえは 」

 

「古門 護。3日前、この学園都市に編入になった者だ」

 

「ホウ....要するに新参者ってことだ.....なんだこの能力は? 」

 

「さあね....何て呼ばれることになるのかは僕も知らない......まあ、それなりにかっこいい言葉にはなるんじゃない?なにしろレベル5の力だからな! 」

 

「レ....レベル5だと!3日前に入ったばかりの新参者がレベル5だと?なめんじゃねえ! 」

 

「それじゃあ、見せてあげようか?レベル5の力を 」

 

「ん?.....なんだ? 体が重い..... 」。

 

「重力だよ。僕の能力は、重力を自在に操る力。きみがどう動こうと勝ち目はないよ。」

 

「なめんなよ.....クソガキ....! 」

 

男は必至で動こうしているようだが上からかかるGによってその場に縫いとめられているかのように一歩も動けなかった。

 

男が動けない状態なのを確認した上で護は先ほど自分の力を試していたときに考え付いた技を試してみようかと考えた。

 

だが今の自分では一度に重力を使用した技を複数使うのは難しい。

 

ここでこの技を試そうとすれば男の動きを止めている重力の増加を解かねばならない。

 

だがそれでも決着をつけるため護は重力の増加を解いた。

 

ぜいぜいと荒い息を吐いてへたり込む強盗の男を見つめながら、護は自分の掌を前に突き出し、周りに普遍的に存在する重力をその掌に集めるイメージを行う。

 

その途端護の周囲半径1メートルの空間の重力がほぼ一瞬で護の掌の前で無色透明な力の塊となった。

 

一瞬で重力を抜き取られ無重力状態になった護の周囲の空間は圧力が0の真空となる。

 

よって無重力になった空間にあった空気は近くの重力がある空間すなわち護のすぐ周りに流れ込みその空気に運ばれて小石なども護の周辺で渦巻く。

 

その姿に銀行強盗の男は自分では勝てないと悟ったのか慌てて腰を上げバンに向かおうとする。

 

「直接重力の塊をぶつけたら下手したら強盗を殺してしまう......だったら..... 」

 

護は男がバンへとたどり着く前に彼に当たらない角度に掌を構えた。

 

護が狙ったのは強盗たちが乗ってきた車だった。

 

「超重力砲(グラビティブラスト)

! 」

 

護の声とともに護の掌にためられた重力の塊が車に向かって放たれ、その側面に直撃する。

 

刹那、車は轟音とともに車体をゆがませて吹き飛び、はるか先の路上で横転して大破した。

 

その光景に声もあげることもできずに腰を抜かしている強盗たちを黒子が素早く拘束しているのを見て護は安堵のため息をついた。

 

群がって一部始終を見ていた、ギャラリーから歓声がわく中、護は子供を抱いたままぼうぜんとしている佐天のもとに駆け寄る。

 

「佐天さん。大丈夫?」

 

「へ?はい、私は大丈夫ですけど...... 」

 

「自分に能力がないからダメとか思わないでよ? 」

 

思わぬ言葉に佐天は思わず護を見つめた。

 

「佐天さんが子供を助けようとした時のあの行動は、そうそう誰かがマネできるもんじゃないよ。僕があの場所にいて、こんな能力を持っていってもきっと動けなかった.....すごいよ佐天さんは 」

 

「あ.....あの....」 

 

佐天はまだよく状況を理解できていなかった。

 

「どうして、私を助けてくれたんです?」

 

この質問に護はしばし沈黙し、やがて思い切ったようにこう言った。

 

「なにか特別な理由があったわけじゃない。ただ、君が傷つくのを止めたかった 」

 

一瞬、その場のときが止まった....ような気がした。

 

「あの....それって...... 」

 

佐天が何か言おうとした時だった。

 

「佐天さん!」

 

遠くから美琴が走ってきた。

 

「まずい!彼女の性格上、間違いなく勝負を仕掛けてくるにきまってる。ここは逃げるしかない!」

 

猛ダッシュで人ごみの中に突入し、姿を消す護。

 

佐天は、護が消えた人ごみをみながらぽつんとつぶやいた。

 

「古門 護さん.....か.....にしても、なんで私の名前を知ってたのかな?」

 

 

 

 

 



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命名決定と連続虚空爆発(グラビトン)

「ふわぁぁぁぁ......眠い..... 」

 

護はかすむ目をこすりつつ、ベットから体を起こし時計を見る。

 

「まだ、5時か......どうせなら2度寝しちゃおうかな..... 」そう言ってベットに戻ろうとしたが、直前で思いなおして起きることにした。

 

(元の世界でも、そうやって起きる時間を延ばしたあげく遅刻してたからな.......さすがにこっちで同じことをするわけにはいかんよな)

 

「さて、朝飯何にするかなーってうん? 」護は郵便受けに白い封筒があるのに気づいた。

 

「そういえば、昨日帰った時には来てたっけ。異様に頭が重くて、読む気にもなれずに、そのあとベットにバタンキューだったから。さっぱり忘れてたけど。 」

 

封筒をとり、確かめる護。封筒の差し出し人は『学園都市統括理事会』。

 

「あそこから、来たってことは順位付けと名前が決まったってことか 」

 

手で、封筒を破り、なかから小さなコピー用紙を出す。そこには......

 

「本日付で、第7学区在住生、古門護を学園都市レベル5、第4位とする。なお能力名は『重力掌握(グラビティマスター)とする 」と書かれていた。

 

「『重力掌握(グラビティマスター)』か.......なかなかカッコいいじゃん。にしてもレベル5の第4位か.....まあ一方通行(アクセラレータ)や垣根帝督の末元物質(ダークマタ―)にはさすがに及ばないと思っていたけど、美琴より下だったか........ 」しばし落ち込む護だったが、逆に利点もあると思いなおすことにした。

 

「もし第3位とかなってたら、プライドをズッタズタにされた電撃姫(みさかみこと)が雷の槍とかぶつけてきそうだし......そういう点ではラッキーだったと思うべきかな?」

 

だが考えてみれば、そもそも新参者で、記憶喪失としている護が同列に並ぶことは、どの道、彼女のプライドを傷つけることになるかもしれないことに気づき、なんだか暗い気持ちになってしまった護だった。

 

「まあ、気を取り直して。朝食食って準備して散歩でもして学校に行こう。今日が初の登校日だし。」

 

その後、朝食を食い、散歩に出かけ、(なぜか)アパートの近くにいた美琴に追いまわされ、何とかまいて上条といろいろと雑談しながら登校し、教室で紹介され(また偶然に上条たちと同じクラス)、土

御門と青髪ピアスを始め、クラスの生徒に質問攻めにされ、なんだかんだいって学校生活初日を楽しんだ護だった。

 

「ふう.....昨日とは対照的に今日はなかなか有意義な一日が過ごせたな。上条や土御門もいい奴だし....まあ青髪ピアスも悪い奴ではないしな........ 」初日ということで居残りなどもなく護は帰り道を急いでいた。

 

「えっと......話の通りにストーリーが進んでいくとすると、次に起こるのは『連続虚空爆破事件』のはず......あれは最終的に上条さんがその右手の幻想殺し(イマジンブレイカ―)で打ち消して防いだおかげで事なきを得たけど......僕が原作に介入した以上、なにか原作どおりにいかない事情が生まれてもおかしくはないはず.....だったら自分からも何か動くべきだよな 」

 

とはいっても護に、犯人を捕まえるあてがあるわけではない。そもそも『連続虚空爆破事件』の犯人の名を護は知らないのだ。『メガネをかけたウラナリ』とは覚えているものの名前は覚えていなかった。

 

「それでも、分かっていることは幾つかある。まず、やつは風紀委員(ジャッジメント)を標的(ターゲット)にしてるってこと。そして幻想御手(レベルアッパー)を使っているということ...... 」

 

レベルアッパーを使っている彼は、外に出歩いているときは、うつむいて歩きながらヘッドホンを常に耳にかけて歩いていたはず、人相はアニメでしっかり覚えているのでこの特徴をもつもので、風紀委員に敵意をむき出しにするやつを探せばいいのだ。

 

「と盛り上がってみたものの.......そんだけじゃ当てはまる人が多すぎて絞り込めないよな.....」

 

一機にテンションが落ちる護。

 

「となるとやっぱり、作品の流れが正しいことを信じるしかないか.......でも、それまでに大勢の風紀委員が傷つくのを防ぐぐらいなら、完全じゃないけどできるはず......それでいくしかないな。」

 

「あの....... 」突然背後から聞こえた声にびくっとなる護。

 

だが直後に聞き覚えのある声だと思いだす。

 

「第4位の古門 護さんですよね?昨日はありがとうございました 」

 

後ろにいたのは、昨日自分が助けた少女、佐天涙子だった。

 

「びっくりした.....佐天さんだったんだ.....いいよお礼は。僕が自分でやったことだし。」

 

「でも、あの時護さんが助けてくれてなければ私怪我してたかもしれません。それにあの時言ってくれたこと嬉しかったです 」

 

護としては、あんなこ恥ずかしいセリフ早く忘れてほしいところなのだが、それを自分の口から言い出せるわけがない。

 

「ところで、護さん。何をうんうん唸りながら歩いてたんですか?」

 

「え?見てたの? 」

 

「はい、護さんを見つけて話しかけようとしたんですけど、なんかそんな雰囲気じゃなかったんで、すこし距離を離しながら話しかけるころあいを図ってたんですけど...... 」

 

(まさか、連続虚空爆破事件とかの話しも全部聞こえたりしてないだろうな.......)と心配になる護だったが、佐天はそんなこと知る由もない。

 

「ところで、時間あいてますか?護さん 」

 

「うん?まあ、後は家帰るだけだから暇といえば暇だけど...... 」

 

そういった瞬間、護は佐天の眼がきらりと光った....気がした。

 

「だったら一緒についてきてくれませんか、今日『セブンスミスト』って店で初春や御坂さんたちと会う約束してるんですけど、御坂さんたちに護さんのことを紹介したいんですよ 」

 

護としては今朝、美琴に追いまわされたばかりであり、あえて蛇のいる穴な飛び込むような真似は避けたいところなのだが........

 

「そういえば、御坂さん知りたがってましたよ。護さんが去り際に何を言ったか。どうしようかな、思い切って話しちゃおうかな 」

 

ぞざぁぁぁと背中を冷や汗が流れていく感触を覚える護。明らかに佐天は脅迫している。

 

要するに、『ついてきてくれれば、あの話は言いませんけどついてこなければ..... 』という脅迫なのだ。

 

「分かった、行くよ。でそのなんとかっていう店はどっちにあるの? 」

 

ここで断って御坂の耳にあの話が入ったらと思うと寒気がする護。ここは素直に従うしかなさそうだと観念したのだ。

 

「ええと、私が案内しますよ。こっちです 」

 

なんだかにこやかな笑顔の佐天に護は(女の子ってみんなこんな風に黒いところあんのかな?)などと全世界の少女をてきに回すような不埒なことを考えていた。

 

「ここが、セブンスミストですよ 」佐天とあった場所から20分もしないうちにセブンスミストについた。どんな建物かと思っていた護だったが。想像以上にでかい建物に圧倒されていた。

 

「ここって、デパート?」

 

「そうですよ?あれ、護さんは知らないんですか? 」

 

「僕は、まだここにきて4日だしねえ。それに過去にもこの街にいたらしいんだけど記憶がなくてね..... 」

 

後半は嘘であるが、確かに護は散策のときもここには寄らずにきたので、このデパートのことはさっぱり知らなかった。

 

「え?護さん。記憶喪失だったんですか?! 」

驚く佐天。だが次には怪訝そうな表情になった。

 

「でも、そう言えば私の名前は知ってましたよね? 」

 

うっと詰まる護。昨日のあの時、うっかり『佐天さん』と語りかけてしまったのを忘れていた。

 

「じゃあ、護さんと私ってどこかで知り合ったことがあるんでしょうか? 」

 

佐天の問いに即答できない護。知り合いといえば知り合いと呼べるかもしれないが、直接話すタイプの知り合いではなく、雑誌という媒体を通しての一方的な顔見知りというほうがあっている気がする。

 

「ううん.....記憶がないからよく分かんないけどそうかもね.......って向こうからやってくるの君が言ってた人たちじゃないの? 」

 

「あ、本当だ。初春?、御坂さん?こっちです!」

 

なんとか話をそらすことに成功した護だったが、一難去ってまた一難、おそらくこの後待っているであろう、質問タイムと電気姫(みさかみこと)のビリビリショーを予想して一段と冷え込む思いをする護だった。

 

その後、やはり初春と美琴からは質問攻めにされたが、電気ビリビリショーだけは免れた。(佐天が必死に説得してくれたことが大きい)

 

というわけで、護は現在、佐天や美琴たちとは離れて、書店に入っている。佐天たちは向かいの服屋で品定めをしている。

 

「ねえ、初春?なんで、ジャジメントのワッペン付けてるわけ? 」

 

「最近、ちょっと事件があって警戒してるからですよ 」

 

「ふーん....仕事熱心だねえ......でもせめてここに来た時ぐらいゆったりしなさいよ!」「ああ!佐天さん、何するんですか、ワッペン返してください!」

 

ほのぼのとしていていいなと感じる護だったが直前に、ふと違和感を感じた。

 

(まてよ.....このメンツでデパートでってなんか覚えがある場面だぞ......まてよ、たしか初春が狙われた時は『セブンスミスト』にいるとき........)

 

その時だった、プルルルル!と携帯の着信音が前方から聞こえてきた。ここからでは誰の携帯が鳴ったのかは分からない。だが護には確信めいたものがあった。いまこの状況でかかってくるとすれば.......それは黒子からの初春への電話だ。

 

「どうした。だれからの電話だったんだ。」書店から出てきた護の質問に初春は緊張した面持ちを向ける。

 

「落ち付いて聞いてください。実はここ最近、あちらこちらで爆発事件が起きてるんです。そして今、このアパート内に犯人がいる可能性があります。だからお客さんたちを外に避難誘導しなきゃなりません。佐合さんは外に避難を、御坂さん、護さん、誘導を手伝っていただけませんか?」

 

「ちょっとまってよ。せっかくだから佐天さんにも手伝ってもらおう 」

 

護の思わぬ言葉に3人は戸惑った表情を見せる。

 

「ほんとは佐天さんも初春さんの手助けしたいいんじゃないのか?自分には素直が一番だよ? 」

 

嬉しそうにうなずく佐天。だが初春は首を振った。

 

「万が一の時に、民間人である佐天さんが巻き込まれたら大変なんです。あきらめてもらうしか.....

 

「じゃあ、僕が一緒に付いているってのはどう? 僕の能力『重力掌握』ならたぶん爆発が起こっても佐天さんを守れると思うけど? 」

 

この言葉に初春はしばらく悩むそぶりを見せたが、けっきょく了解した。

 

「じゃあ、みんなで手分けしてお客さんを誘導しよう。」そういうわけであちこちで手分けしてお客さんの避難誘導を行うこと15分ほどで、大体の客は外に避難が完了した。

 

(しかし.....まだどこかにいるはずだ.....たしか、あのウラナリは女の子にカエルの人形を渡して、それを爆弾として利用して、初春を爆死させようとしていたはず......なら今は初春のところに向かわなきゃな.......)

 

今、もっとも危険なのは初春だ、なんだか上条さんも見かけなかったし(学校で補習うけていたから当たり前なのだが)やけに連続虚空爆破事件が起きるのも早い。

 

(僕が原作に介入したことで、少しずつ本来の話とのずれが出てきているってことか........)

 

護は後ろで残っているお客がいないかの確認をしている佐天のほうに向きなおった。

 

「佐天さん。ちょっと気になることがあるから初春さんのところに行ってくる。そこを動かないで確認を続けてて!」

 

「わかりました。任せてください!」

 

なんだかやる気満々な佐天に安堵しながら、護は広い通路を初春がいるであろう地点へと急いだ。

 

「おにいちゃんがこれをお姉ちゃんにこれを渡してって。」

 

護が初春を見つけた時、ちょうど女の子が初春にカエル人形を渡そうとしている時だった。

 

「初春さん!それを受け取っちゃいけない!それが爆弾だ!」

 

護の叫びに驚き、人形をあわてて子供から取り上げ、放り投げる初春。その人形がゆがみ、爆発が起きようとする。

 

「くそ!間に合わない! 」いまからイメージしては時間が足りない。このままでは初春は爆死してしまう。

 

「くそお!!」

 

もはや、絶望か、そう思ったその時、ビュン!!という空気を切り裂く音とともにオレンジ色の光線が人形を貫き、粉々にした。

 

「これは.......超電磁砲(レールガン)!? 」

 

「危機一髪だったわね、大丈夫?初春さん 」

 

おかしい.....と護の本能が告げていた。これで終わるはずがない......と、本来美琴に起こるはずだったイレギュラーな事態は起きなかった。本来ならあそこで美琴はコインを落としてレールガンを撃てなかったはずなのだ。

 

(いったい、なにが引っかかってるんだ?)そこが分からない護はとりあえず周りを見渡してみて、そしてはっと気づいた。

 

(あのウラナリは風紀委員をターゲットにしてる。初春は今、風紀委員のワッペンをしていないのに狙われた。ということは奴はそとから初春をつけてたってことだ......そして女の子に人形を渡して行かせたってことは中にもいたはず......その時にもし、佐天さんが避難誘導をしているところを見て、彼女も風紀委員だと認識していたら.......)

 

「御坂さん。初春さんとこの子を連れてはやく外に避難してください。それから外の路地裏でぶつぶつ言いながら歩いているウラナリメガネ男を探してください。ぼくはちょっと用事があるんで失礼します! 」

 

「ちょっとあんた、何言って....... 」美琴が何か言う前に全力でダッシュし佐天さんのもとに向かう護。

 

(僕が馬鹿だった......昨日、この世界を自分の現実にすると決めておきながら、まだ元の世界の知識に頼って、完全にこちらの世界を受け入れていなかったんだ。その結果がこれだ.......絶対に佐天さんは死なせない!)決意を胸に護は通路を走っていく。

 

「ふう......もうさすがに逃げ遅れた人はいないよね。にしても護さん遅いなあ。自分から私を守るっていったくせに....... 」

 

ぶうぶう言いながらも護を待つ佐天。その前方にある非常階段から男の子がてくてくと出てきた。

 

「おねえちゃん。 」

 

前から聞こえた声に顔を上げる佐天は、こちらに大きな猫の人形を持って走り寄ってくる男の子を見つけた。

 

「あれ、まだ逃げ遅れた子がいたんだ......ボク、そうしたの?迷子?」

 

「ううん。あのねメガネのお兄ちゃんがこれをお姉ちゃんに渡してくれって 」

 

男の子が差し出した人形を佐天が取ろうとした瞬間だった。

 

「とっちゃだめだ!佐天さん!」突如響いた護の声に思わず人形から手を話す佐天。その人形はふわりと空中に浮かんだと思ったらすさまじい速度で後ろにすっ飛んで行く、その先に立ち右手で人形をつかんだのは......

 

「護....さん.... 」

 

「ごめんね、守るはずだったのがこんな目に会わせちゃって。でも大丈夫。責任は僕が負う。こいつは僕が何とかしてみる。だから佐天ははやく逃げろ。」

 

「いやですよ!なんですかその死亡フラグみたいな言い方は!やめてください!」

 

佐天は自分が死ぬことになろうともここに残るつもりだった。自分に力がないからこの事態に何も出来なくて人が死ぬなんて、佐天はいやだった。だが.........

 

「え?...... 」気づいた時には佐天は子供を抱いたまま非常階段のところまで流されていた。

 

「ほんとにごめん、佐天さん。でも僕は......君だけには傷ついてほしくなかった。そのために僕が傷ついても君だけは......じゃあ、またあとでね。」護は横に設置されているシャッターの開閉ボタンを押す。

 

護と、佐天を隔てる厚いシャッターは佐天の叫びもむなしく間をふさいだ。

 

その日、セブンスミストは爆破された。だがその効果はひとフロアだけにとどまり全壊だころか半壊にもならなかった。

 

救助隊により佐天は救出された、だが佐天が供述したフロアに残った少年、古門 護は発見されなかった。

 

護は忽然とセブンスミストより姿を消したのだった。

 

 



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とある目覚めと暗部転落

護は、あれはてた廃墟に佇んでいた。ここになぜいるのかを護は知っていた。

 

向こうから、化け物達が迫ってくるのが見える。その後ろには、兵隊達まで。

 

佇む護の横に立つ少女はいう。

 

『自分にはどうしても出来なかった 』

 

護がなにかをいう前に、少女は黒い空をバックに飛び上がる。

 

止めようと必死に伸ばす手を少女は、届くのに握らなかった。

 

そして、敵の群れに正面から突っ込む直前、護の方にゆっくり振り返り言った。

 

いつもと同じ、悲しげな微笑みを浮かべながら、こう言った。

 

「忘れないで、生きていればかならずまた会える。だから、私のこと忘れないで 」

 

止める間も無かった。

 

彼女は、敵の群れに正面から突っ込み、そして.........護の意識はそこで途切れた。

 

 

「う........ここは......? 」護の眼に最初に入ったのは、天井に無数に張り巡らされたパイプ。

 

「いったい........僕は.......... 」

 

セブンスミストで佐天を無理やり逃がし、爆発物である人形を真上からからかけたGで覆うように地面に押さえ込んだ護だったが、いきなり力を使い過ぎた反動か.........

 

頭を激痛が走り、力のイメージを最後まで保てず、結果的に僅かながら爆発エネルギーを逃してしまい、その時のエネルギーをモロにくらった護は吹き飛ばされ意識を失った。

 

そして、気がついたらここにいる。暗くて不気味な部屋。体を起こし見渡してみて、この部屋がなんなのかを理解する護。

 

「ここは.......そうだ。だけどどうして....... 」

 

「興味深いな。ここの事も知っているのか、少年」

 

広い空間全体に均等に広がるような声。その声を放ったのは.......

 

「学園都市、統括理事長.......アレイスター・クロウリー...... 」

 

「ほう、やはり知っているか........さすがは『異世界』の人間だよ護くん 」

 

アレイスターの言葉に護は思わず身を震わせた。

 

「私が君の存在に気づいていないとでも、思っていたのかね。分かっていたさ、君が最初に現れた時から今まで私は君を見ていた」

 

護はすっかり失念していた。この世界に入り込んだ不確定要素を、アレイスターが放っておくはずがなかった。

 

「プランの障害になる可能性がある僕を、消すつもりなんですか」

 

護の言葉に、アレイスターは苦笑したようだった、すこし含み笑いの入った口調で続けた。

 

「それなら、わざわざ君をここには呼ばない。暗部組織に君を殺させてたよ。ましてやレベル5になど任命しない。」

 

「じゃあ、何故!」

 

「魔術、この言葉を君は知っているはずだ」

 

護の中で時が止まった。

 

「いや、悪いけど知らないです」

 

「嘘は良くない」

 

即座に否定された護。だが、そこで折れる護ではない。

 

「なにを、根拠に魔術を知ってるというんですか!」

 

「土御門..........彼の名を見たときの反応は、面白かった。 」

 

「さらに、君は意識していたか知らないが『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。これついても君はなにか知っている素振りを見せている。それが根拠だ」

 

護は自分の能天気さを呪った。あまりにも不用心すぎた、だがアレイスターは何をさせるつもりなのだれう。

 

「納得して、もらえたかな?」

 

護はかなわない事を悟った。

 

「ええ、確かに僕は魔術の事は知っています。そして、この後、起こる事も」

 

「在るていど予言できる.......だね」

 

「はい........」

 

護には、アレイスターの考えが理解出来なかった。いったいなにをさせる気なのか.....

 

「君には、してほしい事がある。まずは私の指揮下で、新たな暗部組織を動かすリーダーになる事。そして、もう1つは........ 」

 

ここで、アレイスターは一度区切り、強調するようにこう言った。

 

「幻想殺しの監視、及び守護をしてもらいたい。未来を知る君なら、彼に起こることもわかるはずだ.......」

 

「それを断ったら........」

 

「あまり、お勧め出来ないね。君のためにも、そして君が守ろうとした少女のためにも」

 

守ろうとした少女。それが誰をさしているかは明白だ。

 

「佐天さんを人質にするのか.......」

 

「君が素直に動けば、なにも起きない。それだけのことだよ」

 

アレイスターは、もう1つ。思い出したように付け加えた。

 

「そうそう、君が率いる暗部組織にやってもらうのは、街の中、外での外部組織の討伐だよ。チーム名は『ウォール』。壁という意味だ」

 

アレイスターは、目の前で唇を噛む護に最後の問いをかける。

 

「さあ、どうする?『重力掌握』」

 

 

 

 

 

佐天は、護のアパートの側を歩いていた。こうしていればそのうちに彼が帰ってくると信じたかったのだ。セブンスミストで護が消えてから1週間。

 

護の行方はまったく分からず、初春が教えてくれた、アパート前にきてみても、護は帰ってこない。

 

こうして、毎日通って、落胆して帰る。それが日課となりつつあった。

 

「なんで、なんで、あの人が残ったんだろう......力がある護さんだけなら逃げられたのに、どうしてあんな終わり方にしちゃうのよ!後で会おうっていったのに、どうして消えてしまったの? お願い、姿を見せてよ........」

 

下を向き、涙を流す佐天。つい先日知り合ったばかりの相手に涙を流す不思議さを思いながらも、佐天は涙を止められなかった。

 

「佐天さん!」ビクッと佐天の肩が上がった。この声は、そして自分を『佐天さん』と呼ぶ男性は1人しかいない。

 

「護さん!」向こうから走ってきた護は、息をぜいぜい切らせつつも、佐天のほうを真っ直ぐ見つめた。

 

「ごめん、心配かけて......2度とあんな思いはさせない」

 

「私のことばかり考えないでください。自分のことも考えてくださいよ。護さんが傷付くのは、私は嫌です.......」

 

佐天の言葉に頷きつつも、心の中で手を合わせる護。

 

(ごめん。佐天さん。僕が傷付くのは避けられないかもしれない。だけど.......)

 

護は心に決める。

 

(たとえ、どんな闇に落ちようと、佐天さんだけは守り通す)

 

護は、学園都市の闇に飲み込まれながら、自分の意思を貫きとおすことを決めたのだった。

 

その結果。たとえ、この世界で死ぬこととなっても.......

 



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とある暗部の掃討作戦

「くそ! 弾が当たらねえ! 」

 

「ンな馬鹿な話があるか! 」

 

「しかし、確かにいたはずの場所に撃ち込んだはずなのに手ごたえがないんですよ!? 」

 

第19学区にある寂れた工場の中で、男たちの怒声が飛び交う。

 

彼らは手に手に銃器を所持している。学園都市では建前上、警備員(アンチスキル)でもない限り銃器の使用は禁止されている。それを完全に無視する形で短機関銃(サブマシンガン)や拳銃(ピストル)を所持する男たちは何者なのか。

 

「そお、遠くには隠れられないはずだ。全員で手分けして探せ! 」

 

リーダー格の男の指示のもと、工場内に広く分散して捜索を始める男たち。その斜め上、天井近くの柱の上で一人の少年が男たちを見据えていた。

 

「ひい、ふう、みい.....二十人前後ってとこか。先に倒した5人も含めて約25人か......いったいどこからこれだけの人数が湧いて出たんだ? 」

 

首をかしげながら、少年、高杉宗兵は外にいる『仲間たち』に頭部に装着したヘッドセットを通じて連絡を取る。

 

「敵の人数は約25人。そのうち先ほど5人を倒したので、残存する敵兵力は20人前後。敵は銃器を所持しているが、学園都市外部では複数の組織で使われる者のためどこの組織かの特定ができない、まあ、事前の報告で正体は確定しつつあるが、用心に越したことはない。もう一度奇襲をかけて外に追い出すから後は頼むよ。『少女軍団』? 」

 

連絡相手の抗議の声をヘッドセットのスイッチを切り強引に無視した宗兵は懐から学園都市製の『機能性炸裂弾(クラスター弾)』発射用の小型射出器を取り出す。

 

「さあて......もうひと暴れさせてもらおうか 」

 

 

工場の外では、金髪碧眼の外国人少女が門の前に立っていた。

 

「まったく宗兵の奴は、デリカシーがないんだから! まあそれはそれとして、護くんも無茶言うわね。敵を殺さぬように各門まで誘導しろなんて 」

 

工場の敷地内には東西南北に一か所ずつ、計4か所に門が設置してある。

 

現在、そのすべての箇所を彼女たち『ウォール』が押さえていた。

 

「でも、みんなで誓ったもんね。学園都市の駒にならないように、闇の中にあっても自らの信念を貫ける組織になるって 」

 

少女、クリス・エバーフレイヤは自らの力を使い、周囲に転がる鉄骨を宙に上げる。

 

工場の中では銃声と男たちの叫びが聞こえる。宗兵が奇襲をかけたのだ。

 

「まあ、あいつの『無限移動』なら大丈夫だろうけどさ......無事でいてよ......」

 

そんなことをクリスがつぶやいた直後、男たちが工場のドアから外に転がり出てきた。

 

「!!」信じられないものを見る目でクリスを見つめる男たち。なにしろ、目の前の少女の周辺には無数の鉄骨が浮き、その先は明らかにこっちに向いている。

 

「外に出られれば、助かるなんてほどこの世は甘くできてませんよ? 」動揺する男たちの前方に次々と鉄骨が撃ち込まれ、彼らの動きをけん制する。

 

「第1班は少女に対して射撃開始! 2班と3班は左右に分散、最寄りの門から脱出しろ! 」

 

兵力の分散になることを承知の上でリーダーは指示を出した。たとえここであの少女に殺されても、最終的に部下たちが1人でも脱出できればいい。そう思っていたリーダーだったが......

 

「ここで....逃がすわけには.....いかない.....」

 

「悪いけど、ここでアンタたちを逃がすわけにはいかないのよね?」左手では男の1人が宙を舞い、右手では稲妻と共に電光が走る。

 

「リーダー! あの少女化けもんです! こちらの弾が一向に当たりません! 」

 

クリスは鉄骨をすべて投げ終わった後、今度は男達から放たれる銃弾をすべて空中で止め、逆に男たちの前方に撃ち返していた。彼女の能力『念動覇王』は念動力系最強のレベル5であり、その力は男達に絶望を与えていた。

 

「くそ! 左右に攻撃が集中しているうちに脱出する。何人か残って射撃を少女に集中させつつ、南門に向かうぞ! 」

 

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幸いなことに、目の前の少女の近くには鉄骨はもう存在しない。したがって進路をふさがれる心配はない。足音も立てず、残った男達が懸命な射撃をクリスに放っているすきを突き、男達は南門前に止めてある緊急避難用のバンに乗り込む。だが......

 

「リーダー! 門の前に学生が.....どうします!  」

 

南門の前には高校の学生服らしきもの着た少年が立っていた。ここで強行突破を図れば、学生を巻き込む可能性が高い。だが、悩んでいる時間などあるはずがない。

 

「かまわん! 必要とあらば学生の命の1つや2つ犠牲にしても脱出することを優先する! 」

 

猛スピードで南門へと疾走していくバン。その車体が容赦なく少年の体を吹き飛ばす.....はずだった。

 

しかしそうはならなかった。

 

なぜなら突入するはずのバンは護にぶつかることもなく、むなしく宙に浮かびタイヤを空回りさせていたからだ。

 

「いったい、なにが......」いまだ状況を理解できてないリーダーたちのは次の瞬間答えを知った。

 

空中に浮いていたバンが突然支えを失ったかのように落下し、その落下の衝撃に内部の人間は上にたたきつけられたり下にたたきつけられたりと散々な目にあった。

 

そんな中かろうじて軽傷ですんでいたリーダーは車体が歪んだバンの前にやってくる少年の姿を見た。

 

状況から考えて今の出来事はこの少年により引き起こされたものだろうとリーダーはようやく理解した。

 

「そろそろ、終わりにしませんか? 」

 

静かな、しかしある思いのこもった声で護は告げる。

 

「あなた方の仲間はすべて拘束しました。1人の死者も出ていません。僕たちはあなたがたを殺すつもりはない。あなた方にも帰るべき場所があるはずです。我々と協力してくだされば、あなた方を何としても国に返すよう努力します 」

 

男達は信じられない目で護たちを見る。

 

「そんな甘い話を俺たちが信じるとでも思っているのか? 」

 

あざ笑うかのように言うリーダーに護は少しため息をつきつつ告げる。

 

「信じる信じないは自由です。しかし後数分もしないうちに警備員(アンチスキル)が到着します。それらに逮捕されれば、待つのは悲劇でしかないと思いますよ。そうでしょう?なにしろあなた達は、外部機関の武装工作員ですからね。それもとびきりの大物組織。たまげたよ、まさかCIA日本支部所属員が潜入してたなんて 」

 

男達の顔に衝撃が走る。自分たちは監視されていたというのだろうか。

 

「この学園都市内にはとある無数の監視網が張り巡らされているんです。ぼくらはその情報を受け取れる一番近い立場に立っています。あなた方の情報は上からの報告でだいたい把握していました。まあ、確実に確証が取れていたわけじゃないんですが、あなた方の表情を見れば一目瞭然ですよね 」

 

愕然とする男達を見ながら護はとどめの降伏勧告を行う。

 

「さあ、どうします。これは学園都市としての意思です。抵抗する気なら我々だけではなくこの街自体を敵に回すことになること重々承知して考えてください」

 

数分後、降伏を承知した男達を工場から出てきた宗兵が自らの『無限移動』を使って男達をアレイスターが指示した建物に移動させる。今後、男達は各国における学園都市からのスパイとして生きることになる。

 

「それにしても、恐ろしいわね?。統括理事長、アイツらが侵入していたことを承知の上で行動を起こすまで潜伏させてたわけよね」

 

東門から戻ってきた黒のショートヘアの少女。その外見は、学園都市レベル5、第3位の『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴と瓜二つである。

 

「美希、お疲れ様 だけど、こうしてみるとホントにそっくりだな、美琴に.....」

 

護の言葉にすこし頬を膨らませる美希。

 

「当り前よ、アンタが知っていたのは意外だったけど私はお姉さま(オリジナル)の遺伝子を利用した『量産能力者計画』における00000号(フルチューニング)。すなわち完全なクローンだもの。天井亜雄の目をごまかすために自我を持たない失敗作に見せかけていたけど、アイツの研究の中で唯一の成功作が私 」

 

すこし、虚ろな瞳を向ける美希。

 

「でもアンタが名前を付けてくれたときは嬉しかった。お姉さまのクローンではなく。一人の美希という女として生きていこうと思えたのは護のおかげ。感謝してる 」

 

「そう....美希だけじゃない....私も.....護に感謝してる」いつの間にか護の近くまで来ていたのは、西門を守っていた竜崎哀歌。

 

「化け物の私を....女の子として.....見てくれたのは....護が初めてだった」

 

彼女の背中を見つめる護。その背中には龍の羽根のようなものが折りたたまれている。

 

「人外の私を.....いつ暴走してもおかしくない私を.....仲間と言ってくれた.....だから私は感謝してる 」

 

「みんな.....」すこし、しんみりとした雰囲気となる資材置き場だったが、その空気は長くは持たなかった。

 

「なにが『少女軍団』よ! どんだけデリカシーがないのよあんたって奴は! 」

 

「こんな困難な作戦、冗談の1つくらい言わないとやってられないよ。文句言いたきゃ護に言えよ! 」

 

「自分のリーダーを侮辱するな! 」

 

ぎゃあぎゃあ騒ぎなら追いかけっこをする2人を見て、護はため息をつきつつ呟いた。

 

「とりあえず、アジトに戻ろう。」護の声と共に『ウォール』のメンバーは(追いかけっこをしているクリスと宗兵を除く)学園都市の闇へと消えていった

 

 

 

 

 

オリキャラ紹介

 

『高杉宗兵』

暗部組織『ウォール』の構成員で護を除けばチーム唯一の男子。父親譲りの銀髪を持ち、イギリス人の父と日本人の母を持つ。

学園都市の学生であり、長点上機学園に書類上は通っていることになっている。

所有する能力は空間移動系のレベル4『無限移動(インフィニティ)』

あらかじめ定めた座標へなら、その距離を無視して移動できる。

 

『クリス・エバーフレイヤ』

イギリス人の両親の間に生まれた金髪碧眼の少女。

暗部組織『ウォール』の構成員の1人で書類上は霧ヶ丘女学院に通っていることになっている。

能力は念動能力系のレベル5『念動妖精(サイコフェアリ)』。

 

念動系最強の能力を持つが、とある事情により書類上はレベル4とされている。

 

『御坂美希』

御坂美琴のクローン体である『妹達(シスターズ)』の1人で、『量産能力者計画(レディオノイズ)』により最初に作られた『00000号(フルチューニング)』。

オリジナルの御坂美琴に瓜二つだが、髪は黒で染めている。

能力は、オリジナルと同じレベル5の『超電磁砲』。なお銃器の扱いにも長ける。

 

『竜崎 哀歌』

なんらかの理由で人の形をしている『竜人』の少女。神話にしかほとんど出てこない存在だが、なぜ学園都市にいるかは不明。

『ウォール』の構成員であり、自らを『少女』『仲間』として見てくれた護を慕っている。

所有する能力は不明だが、学園都市のデータ上では『人外変化(ドラコニア)』という名がつけられている。

 

 

 

 

 

 



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とある高架の決戦場

 

 

 

「くそ....なにが守るだ.....結局僕は傷つけるだけじゃないか.....」病院のベッドに横たわる佐天を前に護は立ち尽くしていた。

 

 未明に行われた『ウォール』によるCIA武装工作員掃討作戦は無事に成功し構成員たちは各々の居場所に戻って行った。

 

「護.....辛いのはわかる......でも.....ここに立ち尽くしても.......その子は......それにこれは避けられなかった.....」

 

護に声を掛けるのは同じ『ウォール』の構成員の1人、竜崎哀歌。

 

 彼女がなぜ護についているのかというと、じつは哀歌は護と現在同居中だからなのだ。

 

 とある事情により学園都市内に住処を持たない哀歌は護の提案により、彼の家に住み込みで家事等を手伝うことを条件に同居しているのだ。

 

「分かってる.....分かってるよ哀歌。だけど、だけどそれでも僕は.....自分が許せない.....」

 

護達が掃討作戦を行っていたとき、佐天は幻想御手(レベルアッパー)を使いその後意識不明となった。

 

 そこまでは原作の通りであり、仕方ない面も少なからずあった。

 

だが1つ違うことがあったのだ。

 

それは佐天が幻想御手に手を出した理由である。

 

 元からあった能力者への劣等感に加えて、役立たずな自分のせいで大事な人に苦しんで欲しくないというのが理由だったと電話越しに対話した初春は言っていた。

 

 つまり、今回の出来事で護は佐天を守ろうと動いて結局彼女を追い詰め、彼女の悲劇への道を後押しすることになってしまったのだ。

 

「結局、僕は佐天さんを守ると決意しておきながら、善意の押し売りで彼女を追い詰めてただけだったんだ.....」

 

その事実に気づくのが遅すぎたことを後悔しても手遅れだ。

 

「それでも.......護は.......その子を助けたいんでしょ?.......その子の前で.....謝って.....自分の過ちを悔いて.....ありのままの気持ちを伝えたいんでしょう?.......」

 

 護が心の底で願っていることを浮き彫りにしていく哀歌。

 

「護が選ぶべき道は.....2つ。一生.......そこで立ち尽くして.....後悔しつづけるか......それとも自分の過ちを踏まえた上でそれを償う為立ち上がるか......護はどちらを選ぶ?」問いかけつつ指を2本立てる哀歌。

 

「僕は......」

 

護の瞳が揺れる、二つの道の狭間で翻弄されるかのように。

 

「僕は....」

 

翻弄されながら護は自らの決断を下す。それは........

 

 

「さてと......来てはみたけど......事件性の欠片もない......と。護が言うからには.......なにか起こるのだろうけど.....」

 

哀歌は護が示した事件が発生する可能性がある場所、つまり学園都市に無数に走る高速道路の1つだった。

 

 護が下した結論は、事件の元凶の排除。即ち真犯人たる木山春生を抑えることだった。だがとある用事の為にすぐには現場に駆けつけられない。

 

 そこで哀歌が、(護の下手くそな絵を頼りに)事件が起こるであろう現場に先回りし、リスクを排除し同時に足止めすることになったのだ。そのリスクとは風紀委員(ジャッジメント)の初春が人質となっていることだ。

 

 可能なら初春を救助し、その上で安全な場所に避難させる。それが叶わない場合、最悪木山の注意をこちらにそらせ、そのすきに初春に自力で逃げるよう促すことになっていた。

 

「にしても.....護の予知......前からおかしいとは......思っていたけど......まさか.....異世界から.....来たなんて.....反則よ.....」

 

 事件発生場所を伝える祭、護は他言無用と念をおした上で自らの秘密を伝えていた。

 

「普通は.....信じられないけど.....今までの実例と......私自身の例もあるし......護の言うとおり事件が起きれば......その事実は確定する.....」

 

 哀歌は空を見上げた、すみ渡る青空はこれから起こるかもしれない事件などまるで感じさせない。

 

「秘密.....か.....私も.....護に話さなきゃ......いけないよね....」

 

悲しげにため息を漏らす哀歌。

 

そこで哀歌の耳は、猛スピードで近づいてくる車のエンジン音を捉えた。

 

「来た!」

 

接近を察知した哀歌は高架道路に付属する階段に身を潜め様子を伺う。護の話によると木山をまず警備員(アンチスキル)の部隊が止めようとするらしい。だが敵わず蹴散らされ、ほぼ壊滅状態となるらしい。

 

 護は、最優先は初春の救助であり警備員の戦いには介入しないよう哀歌に頼んでいた。そして木山の力を確認するよう念をおしていた。

 

「能力者でもない......ただの研究者なのに......なんで護は.....あそこまで......念を押してたんだろ?」

 

その理由を聞く前に護はさっさと用事にでかけてしまった。

 

「まあ.....とりあえず....観戦しますか.....あ....警備員が来た.....」

 

完全武装の警備員一部隊に警備ロボ複数に背後には装甲車両まで控えている。

 

「これだけの部隊相手に......あの研究者が......事件を起こせるはずが.......ん?....」

 

警備員に前方を塞がれ逃げ場を失った研究者が車から降りて来た。事前にデータで確認した通りの顔、木山春生だ。

 

「まさか....本気で....完全武装の警備員相手に.....やり合うつもりなの?.....」

 

困惑する哀歌の目は次の瞬間信じられないものを目にした。

 

 木山の目が真っ赤に染まった。そして包囲している警備員の1人が自らの仲間に向けて銃弾を放ったのだ。

 

「な?!.....このタイミングで....仲間割れ....いや違う....あの表情からして.....操られてる.....」

 

仲間に向けて銃弾を放った隊員は驚愕の表情を浮かべていた。おそらく彼の意思で放ったわけでさないのだろう。

 

「となると......クリスのような.....念動能力系の力?.....警備員に使えるはずがないから......あの木山とかいう研究者が使ったとしか考えられないけど.....」

 

 哀歌が思案を巡らす間にも警備員と木山との戦いは続く。警備員たちは木山に向けて猛烈な射撃を加えるが、なにをどうしているのか木山の前の地面が隆起し盾となる。

 

 お返しとばかりに木山が突き出した右手から凄まじい渦巻きのような水流が放たれ警備員たちを吹き飛ばす。

 

 慌てて、警備ロボを前に出せば手から放たれるレーザーのようなもので円形に切り取られ。残存する警備員が銃を向けようとした途端、木山の手の動きに合わせて、警備員たちがいる場所に向かって一直線上が爆発し彼らを蹴散らす。

 

 そのすさまじい行いが示すのはただ1つ。

 

「多重能力者(デュアルスキル).....」

 

 学園都市内で複数の機関によって研究されながら、『脳への負担が大きすぎる』ため事実上不可能とされている事象。

 

 それを目の前の木山春生は実現していた。

 

「護の言ったとおりになった.....今のままじゃ警備員は撃破される.....本当は助けたいけど......敵の目が警備員に....向いてるうちに初春ちゃんを助けないと.....」

 

 こっそりと階段を登り、木山が警備員と交戦する脇をすり抜ける形で車に近づく哀歌。攻撃の余波でもくらったのか初春は意識を失っていた。

 

「まあ.....意識ないほうが....説明する手間が省けるし....後はさっさと安全地帯へ.....」

 

「おや、どこから現れたのかな?君は 」

 

そう簡単に事は運ばなかった。いつの間に警備員を壊滅させた木山が近づいてきていたのだ。

 

「あの子たちの知り合い....でもなさそうだな....君の顔には憶えがない.....だがその子を助けようとしたということは私が知らぬ仲間というところかな?」

 

 一歩一歩確実に近づいてくる木山を哀歌は睨みつける。

 

「あなたに.....教える必要が.....あるとでも....あると思ってるんてすか....」哀歌の返事にすこしため息をつく木山。

 

「確かにそうだな。ではこれだけ答えてくれないか?君は戦闘系レベル4以上の能力者か?」

 

「ええ.....まあ....」

 

木山は薄く笑う。

 

「そうか、それは良かった」

 

笑いの意味を理解できない哀歌に向けて木山は答えを突きつける。

 

「丸腰のレベル1や3だったら私は傷つけることを躊躇っただろうからな 」

 

 木山の言葉に不穏なものを感じた哀歌が初春を抱えながら上空に飛び上がった瞬間、横の車は凄まじい業火につつまれた。

 

「(手から火炎を放った.....まるで火炎放射器ね....というか、いったい幾つの力をつかうのよ?!)」

 

 飛び上がり、いっきに跳躍して高架の下に着地した哀歌はそこの地面に初春をおき、なにやら唱え、再び跳躍し木山の前に立ち塞がる。

 

「その身体能力....肉体強化系の能力かね?」

 

「そんな.....ところです.....それはともかく....護が来るまで.....あなたを止めます」

 

 木山は首を振る。

 

「君に止められると?」

 

「止めれるかなんて問題じゃありません......私は止めるために足掻く.....護との約束を果たすために」

 

哀歌の答えに木山は軽く息を吐く。

 

「そうか......なら、その決意を実証してみろ!」木山の右手から巨大な火球が放たれる。

 

「なめるな......私の決意は.....こんなものでは砕けない!」

 

哀歌の腕の動きに合わせて突如現れた巨大な炎の渦が火球を吹き飛ばし木山に襲い掛かる。

 

「く!?」

 

慌てて水流をぶつけ、炎を消しさる木山。だがその時には凄まじいスピードで接近してきた哀歌が懐に回り込んでいる。

 

「これで.....お終いです.....」慌てて防御の構えをする木山だったがもう遅い。哀歌の拳が木山の腹に直撃する......はずだった。

 

 だか、次の瞬間哀歌の拳は宙をきった。首をかしげる哀歌は20メートル先にたつ木山を見て原因を知った。

 

「瞬間移動(テレポート)まで......使ってる......まったくなんでもありみたいね 」

 

木山は肩をすくめ、苦笑している。

 

「なんでもありなのは.....そちらもだろう....私のこの力は擬似的に多重能力を再現した多才能力とでもいえる物だが......君の場合は見たところ多重能力者だ。肉体強化に発火能力の同時使用ときた......いったいどんな体の構造をしているか知りたいぐらいだな 」

 

 木山の言葉に哀歌はわずかに唇を歪める。

 

「実際は......少し違うけど.....そんなものかも.....手を引く気になった? 」

 

「まさか.....この程度で私は引かない。いや、引くわけにはいかないのだよ」

 

 再び放たれる火球。それを避け空中に飛び上がった哀歌。それを見計らったかのように回りに異物が出現する。

 

 

「(アルミ缶......空間移動(テレポート)で移したの? でもなぜ....)」

 

 哀歌の疑問に答えるかのように木山は自らの手の内を明かす。

 

「すでに分かっているはずだ。 私は複数の能力を自在に扱うことができる。そして私はまだ手の内を全てさらけ出したわけじゃないぞ? 」

 

「くっ!?」

 

危険を感じ退避しようとする哀歌。だが回りをアルミ缶に囲まれているうえに、空中では自由に身動きがとれない。

 

 歯噛みする哀歌に向けて木山は最後の一言を投げかける。

 

「さらばだ勇敢な少女。君の勇気は立派だったが舞台(ステージ)に立つには早すぎた 」

 

 その言葉を合図に起爆した無数のアルミ缶は凄まじい爆炎となり空中に毒々しい花弁を咲かす。哀歌の姿をかき消し火炎が爆ぜた。

 

 



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とある事件と遅れた英雄(ヒーロー)

 

 

 

 

 

「終わり....か 」木山は自らがおこした爆炎を苦々しげに見つめた。

 

「成さねばならぬことがあるためとはいえ......子供を殺すのは気分の良いものではないな....... 」

 

わずかに後悔の色を滲ませながらも自ら選んだ道を進もうとする木山。

 

(「たとえ極悪人と呼ばれようとかまわない......これが終わったならどんな罪でも償う。どんな罰でも受ける。それでも今は悪の権化となろうとも成さねならぬことがある!」)

 

だがその耳に聞こえるはずのない声が飛び込んできた。

 

「現出せよ!破壊大剣(ディストラクション・ブレード)!」

 

哀歌の叫びとともに先ほどまで彼女をのみこんでいた爆炎が一気に吹きとばされる。

 

「なに!? 」木山の驚きは単に彼女が生きていたからだけが原因ではない。それより信じられないのが目の前の少女が片手に全長が3メートルは越そうかという大剣を構えていることだ。

 

 

「(いったいどうやってあんなものを保持している?......いやそれ以前にあんなものをどこに隠し持っていた?)」

 

あまりにも理解不能な状況に混乱する木山を哀歌は上空から睨みつける。その眼に宿るのは『殺意』。

 

「さすがに......今のは効きました.......でもあれだけじゃ私は倒せない......私の能力は分類上は学園都市の中でもかなり希少な能力とされている『肉体変化(メタモルフォーゼ)』です。そして私の能力に付けられた名は『人外変化』.......その理由(わけ)を見せましょうか?」

 

哀歌は薄く笑うと自らの『翼』を大きく広げる。

 

「馬鹿な.....これはいったい...... 」

 

目の前に広がるありえない事象に木山は困惑していた。最初は肉体強化系の能力者だと思った。

 

そして発火能力(パイロキネシス)を見せたことによって多重能力者(デュアルスキル)の可能性も考えた。

 

だが目の前の少女(バケモノ)には、そんな理屈や理論がまるで通じない。

 

だれが合理的に説明できるだろう。爬虫類じみた『翼』をふるって空中にとどまり、3メートルを超す大剣を片手で構えることが可能な理由を。

 

「驚いてます?.....当然ですよね......こんな姿を見せちゃ......どんな人でも『バケモノ』と思いますよね......」

 

右手に構える大剣を高々と振り上げる哀歌。

 

「ほんとならこの姿で戦いたくはなかった......嫌な過去ばかり思い出すし......この力を振るえば.....護との約束を果たせなくなるから...... 」

 

護との約束とは『足止めすること』それが守れないというのが指すものは明白だ。

 

「それでももう止められない......傷つけられた私の血が.....本能が騒いでる......目の前の敵を『殺せ』と....... 」

 

哀歌の顔に苦悶が浮かぶ、木山を殺すことを後悔しているのではない、護との約束を守れないことを後悔しているのだ。

 

「さっき、舞台(ステージ)に立つには早すぎた.....そう言いましたよね? 」

 

木山をまっすぐ見つめつつ哀歌は告げる。

 

「そうでもないですよ......私も何度か踊ったことがあるんです......血まみれの舞台(ステージ)で 」

 

一機に振り下ろされた大剣は大気を切り裂き、同時にすさまじい衝撃波を放つ。そう、道路にたたずむ木山のもとに。

 

「く! 」慌てて空間移動(テレポート)し後方に下がる木山。先ほどまで自分がいた場所には月面に見られるようなクレ―ターができていた。

 

もし自分の反応が遅れていたらと戦慄する木山。しかもあれはただ剣を振っただけの余波にすぎない。

 

一方の哀歌は舌打ちしていた。

 

「やはり空間移動が厄介ですね......でも何度か見ているうちに対策を思いつきいました......」

 

再び衝撃波を飛ばす哀歌。当然木山は空間移動で避ける。

 

「同じ攻撃を繰り返しても無駄.....なに!?」

 

木山の驚愕も無理はない。いつの間に木山の前に哀歌が廻りこんでいたからだ。

 

「あなたの扱う空間移動(テレポート)は確かに厄介ですが.......『特徴』さえつかんでしまえば、

対処方が見えてきます。あなたはものを飛ばすことは自由自在のようですが........自らの移動に関しては縦か横にしか移動していませんよね?......そして私の一撃を避けたあなたは200メートルほど後方に下がった......表情から見てあれが全力のようなので......予想出現地点を予想して先回りさせてもらいました 」

 

とっさにふたたび空間移動を行おうとする木山の腕を哀歌はがっちりとつかんだ。

 

「逃がしませんよ?.......」

 

そのまま恐ろしい腕力で木山を投げ飛ばす哀歌。猛烈な勢いで宙を舞いながらも木山は再び空間移動を使う。だがそれは哀歌に先読みされている。

 

「同じ手は2度は通じないというのは.....常識ですよ? 」

 

哀歌の右手が大剣を振るい、そのすさまじい斬撃が道路の一部を崩落させる。

 

「くそ! 」

 

なにやら風をまとわせ、直接地面にたたきつけられるのを避けた木山だったが危機はまだ続く。

 

「古来の力よ現出せよ!『破壊炎撃(ファイラズ・デストロイヤー)』!」

 

声ともに振るわれた大剣から巨大な炎の斬撃が放たれる。

 

こんなものをまともに喰らえば木山は一撃で灰塵と化してしまう。

 

だが空間移動を行うには時間が足りない。木山は自らの運命を悟った。

 

「(もはや.....これまで.....か )」

 

覚悟を決め、目を閉じる木山。そこに容赦なく炎の斬撃が遅いかかる。

 

 

 

「?.......」

 

木山は首をかしげた。来るはずの衝撃がいつまでたっても来ない。まるで火炎が消えてしまったかのように先ほどまで感じていた熱波まで消えている。

 

「いったい、なにが....... 」

 

目を開けた木山はそこに信じられないものを見た。

 

炎の斬撃が止まっている。いや正確にはもはや斬撃ではなくただの炎の塊だ。何らかの力が360度すべての角度からかかり炎を押しとどめている。

 

「この力.....たしかデータにあった.....学園都市レベル5の第4位。『あの子たち』の協力者。『重力掌握(グラビティマスター)』! 」

 

驚愕の表情を浮かべ木山は前方、茫然と立ちつくす哀歌の肩に手を置く少年、古門 護に視線を向ける。

 

 

「哀歌。もう十分だ。後は僕に任せて 」

 

「私.....どうしても.....逆らえなくて.....護との約束まもれなくて.....バケモノになって......」

 

「分かってる!分かってるよ。でも哀歌忘れちゃいけない。君は『怪物(モンスター)』じゃない。僕たち『ウォール』の仲間で、僕の友人。そして優しい女の子だ。これ以上君に化け物になんてなってほしくない。」

 

護は一歩前に出る。

 

「だから.....決着は僕がつける。哀歌のためにも、佐天さんのためにも、そして...... 」

 

護は近くにある階段に視線を向ける。そこから上がってくるのは......

 

「美琴のためにも 」

 

「あんたに.....呼び捨てされるのも癪だけど。いまはそれどころじゃないわ。協力してもらうわよ『重力掌握』?」

 

「言われなくてもわかってる。元凶倒してすべてを終わらせよう 」

 

学園都市の頂点にたつレベル5。そのうちの2人による猛攻が始まった。

 

 



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とある終焉 新たなる闇

「ふ、『超電磁砲』と『重力掌握』か.......学園都市が誇るレベル5の2人と闘うことになるとはね。正直、不安になってきたよ 」

 

「だったらサッサと降伏したら? アンタが逃げ切れるわけないわ 」

 

「そうは、いかない。私にはまだやらねばならぬことがある。それが終わりさえすれば幻想御手(レベルアッパー)事件で巻き込んだ人たちは解放する。だれも傷つけるつもりはない 」

 

淡々と語る木山の言い草に美琴の中の怒りが爆発する。

 

「誰も傷つけない? こんだけたくさんの人を......佐天さんまで傷つけておいて傷つけてないとよく言えるわね! こんなひどいことを見逃せるわけないでしょうが! 」

 

「まて美琴! この人....木山にもどうしてもここまでしなきゃいけない理由(わけ)があるんだよ! 」

 

怪訝そうな表情で護を見る美琴。当たり前だ。今目の前にいる元凶をもっとも倒したいはずの護がその元凶を庇う発言をしたのだから。

 

「木山さん。あなたがここまでして......幻想御手事件まで起こして巨大な演算装置を必要としたのは、生徒たちを救うためなんでしょう? 」

 

木山の顔が驚愕に染められる。

 

「知ってます。あなたが所属していた研究機関で行われた実験。『暴走能力の法則解析用誘爆実験』......あなたが一時期担任として関わった『置き去り(チャイルドエラー)』の子供たちは.....その実験の影響で意識不明となり、いまも眠り続けている。あなたはその回復手段を探るために『樹形図の設計者 (ツリーダイアグラム)』を利用しようとしたが......その要求は23回にわたって拒絶され続けた......なんとしても生徒たちを助けるためにあなたが代替の演算装置とするために作ったのが『幻想御手(レベルアッパー)』......確かに無数の人間を利用して作り上げた脳波ネットワークなら、あなたの生徒は助けられるかもしれません。ですが......そのためにどれだけの人をあなたは傷つけてるか分かっています? 」

 

「なぜだ.....なぜ私の過去をそこまで知っている?だいたいあの実験のことを学生である君がなぜ知っている?  」

 

木山の顔に驚愕と困惑の色が浮かぶ。木山が隠している事情。それすべてをさらけ出していく目の前のレベル5に木山は恐怖していた。

 

「そうよ!だいたいアンタがなんでそんなこと知ってるのよ!? 」

 

驚愕している美琴の方にジェスチャーで後で教えるの合図を送る護。

 

「さあ? なぜでしょうね? 今あなたに話す義理はありません。 それより答えてくださいよ。どれだけの人をあなたが傷つけたかわかってるか 」

 

「さっき言っただろう。私は幻想御手にとりこんだ者たちを傷つけはしない。私の為さねばならぬことさえ終われば、全員解放すると..... 」

 

「それじゃあ、周りの人間は? 」

 

護は強引に木山の話に割りこむ。

 

「周りの人間? 」

 

「そうだ、周りの人間だ 」

 

護は木山をまっすぐ睨みつける。

 

「あなたは確かに幻想御手にとりこんだ人間は傷つけないで返せるかもしれない。でも周りにいる人間を傷つけているのを忘れてないか? こうしてる間にもあんたは幻想御手という凶器で倒れた奴らの心をえぐり続けてるんだぜ? 傷つけてないなんて言葉。堂々と言えるわけないだろ! それに今のあんたの姿をみて生徒たちが喜ぶとでも思ってんのかよ? 」

 

「なに?.....」

 

「木山春生(せんせい)が傷つけられた自分たちのために、身も心もボロボロにしてその手を汚して、人を外と内の両面から傷つけているなんて......生徒たちが認められると思うのかよ! 」

 

「く! 」 

 

「こんな方法で助けられたって生徒たちが苦しむだけだ! 生徒たちが望んでいるのはただ一つのはずだろ?木山せんせいと会うことだろ? あんたがこのまま突き進んで、結果として生徒たちを救えたとして、その生徒たちの前にアンタがいなきゃ意味がないんだよ! そして今のまま進んだらあんたは、生徒たちの前に立てない! 」

 

ここで木山を逃してしまえば、木山はみずからの目標を達成させようと動くだろう。だがそれは何としても止めなくてはならない。護は分かる。学園都市暗部に身を置いている今だから予想できる結末。

 

「(ツリーダイアグラムに23回拒否されている時点で、木山は学園都市上層部、統括理事会の一部に確実に目をつけられている。もしここで木山が目標を達成してしまえば間違いなく木山は邪魔者として消される。それを避けるためにもここで何としても止めなきゃならない! )」

 

「もう......おそいんだよ.....第4位。私の手は君の言うとおりすでに汚れきっている、すでに私にはあの子たちの前に立つ資格はない。ずっと昔のあのときですら、本来ならあの子たちの前に胸を張って立てるような人間ではなかった私にいまさらあの子たちの前に立つ資格など...... 」

 

「じゃあ、放棄するのか? あんたの役割を。あんたはすでに教師じゃない。俺と美琴にとっては元凶。警備員(アンチスキル)と風紀委員(ジャッジメント)にとっては犯罪者だ。それでも『あの子』たちにとってはあんたは昔も今も『せんせい』なんだよ! 肩書きとか資格とかそんなの関係ないんだよ! あの子たちにとってのあんたが『せんせい』ならあんたはその子たちの『せんせい』であり続けなきゃいけないんだよ! 自分が罪を犯すかわりに生徒を救う。たしかに理由は立派だ。だけどそれは結局、自分が負うべき責任を入れ替えてるだけだ。『せんせい』でありつづける責任を、犯罪を犯した責任に置き換えてるでけじゃないか! 」

 

 

「もう、いい。君の意見はもういい。いまさら後悔してももう遅い。たとえ私の選んだ方法が間違っていたとしてもいちど動き出した流れは止められない 」

 

木山は護の言葉を意見をすべて切り捨てた。その姿はこう告げていた。(もはや、私は止まらない)

 

「もう、話し合いは終わりだ第4位。ここからは殺しあいといこうか 」

 

瞬間、木山の右手からすさまじい水流が護に襲いかかる。

 

「く! 」とっさにGを横向きに変えて増幅させ護は水流を止める。

 

「第4位を、なめるな! 」

 

一機に重力を増大させ水流をはじき返す護。

 

水流を避けるためにいっきに後ろに空間移動(テレポート)する木山を美琴が追撃する。

 

「あんたに、そんな事情があるなんて知らなかった.....それでも、それが人を傷つける理由になんてならない! 」

 

雷撃の槍を放つ美琴だったが、木山が作った透明なバリアのようなもののせいで防がれてしまう。

 

「それは複数の能力を使用して構成された避雷針みたいなものだ! 木山に電撃は通用しないぞ! 」

 

驚愕する美琴にフォローを送る護。

 

「まったく.....あきれるほど私について知っているんだな? これはきみからつぶした方が早そうかな? 」

 

不穏な言葉に身構える護に向けて木山は巨大な火炎を放射する。

 

「なんど同じ手を使うんだ? 正面からぶつけたってはじき返されることは分かってるのに? 」

 

再び重力をくわえてはじき返そうとする護。

 

 

「ふん.....では、これははじき返せるかね? 」

 

瞬間護の周囲に大量に現れる空き缶、

 

「な?! 」

 

 

「君の能力『重力掌握』は文字通り重力を操る能力、たしかにその力は絶大だ。だがそれゆえに多方面への力の放出が君には難しいはずだ。なにしろ能力が発現したのがついこの間という話だ。そんな状態で多方面への力の放出のコントロールなど出来るのかね? 」

 

 

いま目の前に迫る火炎放射をはじき返すにはそちらに重力を受けるイメージが必要だ。

 

だが、強めの重力をぶつけるイメージを行うためにはそちらに集中する必要がある。

 

そんな状況で別の方向から攻撃が加えられた場合、護には手の施しようがない。

 

やろうと思えばできないことはないかもしれない。

 

要は全方向にGを放つイメージをしてみればいい話なのだ。だが、ここで無差別に全方向に火炎放射をはじき返すだけの力を持つGを放出してしまえば。

 

近くにいる美琴まで巻き込んでしまう。

 

「くそ! 」

 

歯噛みする護。木山はそんな護に向けてほほ笑みかけた。

 

「さらばだ、第4位 」奇しくも竜崎が陥った状況とおなじ状況の中、護は爆炎に飲み込まれた。

 

「古門! 」爆炎に飲み込まれる護を見て絶句する美琴。

 

その爆炎から飛び出るように衝撃で吹き飛んだ護の体が美琴のそばに飛んで、転がった。

 

「おや、体は吹き飛ばなかったのか。五体満足でいられるとはやはり第4位というところか......だが、もはや起き上がることはできないだろう。はやく病院に運ばないと手遅れになるぞ? 」

 

「あんたは......あんたは......いったいどれだけの人を苦しめたら気がすむのよ! 」

 

美琴の叫びに木山は唇をゆがめた。嘲笑(わらった)のだ。

 

 

「私を止めるために立ち塞がったのだ......犠牲は覚悟の上だったんじゃないのか? それとも所詮は世間知らずのお嬢様。『悪は最後には倒される』というヒーローものセオリーでも信じていたのか? 君はまだしらない。この学園都市の闇を。君はまだしらない。自分が『限りなく絶望に近い運命を背負っている』ことを 」

 

なにを?と言い返そうとした美琴だったがその言葉は出なかった。なぜなら、目の前の木山春生の胴体に穴が開いたからだ。

 

「な......に? 」後ろを振り替える木山。その先にあるのは道路沿いに建つ一軒のビル。

 

「まさか.....狙撃手.....警備員(アンチスキル)か.......  」

 

「そこの君! ただちにその場から離れなさい! これより警備員による鎮圧作戦を開始する。一般人ははやく現場から離れなさい! 」

 

突然響くアナウンスが木山の推理が正しいことを証明した。

 

「な! 鎮圧って...... 」

 

戸惑う美琴の口がいきなりふさがれた。

 

「ん!? 」

 

いつの間に近づいたのか覆面姿の警備員が美琴の口を布のようなもので押さえている。とたんに急速に視界が狭まり意識が遠のいていく。

 

「(これ、昏倒効果のあるガスがしみこませてある!)」

 

眠気に逆らおとするが、あえなく美琴の意識は闇へと沈んでいく。

 

闇に沈んでいく美琴の耳に最後に響いたのは無情な声。

 

「これより、容疑者木山春生を射殺します! 」

 

無数の銃声と爆発音が響きわたるのを確認したところで美琴の意識は唐突に途切れた。

 

 

 

 

 

 

「う......ここは....... 」

 

唐突に視界が開き、まぶしいばかりの光に目の前が真っ白になる感覚を覚える美琴。光りが収まり天井が見えるようになって自分が病院にいることを意識する。

 

「あれ? 私、確か...... 」

 

木山との戦闘の最中、突如木山を警備員の弾が貫き、その直後、背後に近寄っていた警備員に口をふさがれ、意識をなくした美琴だったが。それでは病院にいるわけがわからない。

 

「なんで、病院(こんなとこ)に.....とりあえず起きて.....っつ! 」

 

起き上がろうとして全身に走った痛みに思わず倒れ伏す美琴。

 

「おやおや、まだ起きるには早いと思うよ? 」あきれ顔で近づいてきた男を見て美琴の表情が固まる。

 

「リアルげこ.....じゃなかった、古門の担当してた医者よね? 」

 

「古門....ああ、彼か。そうだね、ついでに言うと今回も彼の担当をしているよ。私は複数の患者を担当することも珍しくないんでね 」

 

「古門は無事なんですか?! 」

 

「他人の心配より少しは自分を心配したらどうかね? 全身打撲にいくつかの裂傷による大量出血で一時は危篤状態だったんだよ? 」

 

カエル顔の医者の言葉に驚きを隠せない美琴。

 

「私、そんな重傷だったんですか? 」

 

「まあ、たしかにね。それでもあの現場から生還できただけ君はましかもしれないよ 」

 

へ?と困惑の表情になる美琴。その美琴にカエル顔の医者は一枚の写真を見せた。

 

「これが君がいた現場の今の姿だ 」

 

カエル顔の医者が見せた現場は、まさしく天災級の破壊が引き起こした地獄絵図と化していた。

 

 

美琴と護が戦っていたあの高架道路。

 

それを含む現場一帯が巨大な穴となっていた。

 

さらに遠巻きに離れていた警備員の装甲車や特殊車両がフレームが完全にゆがんだ状態で廃墟となったビルに突っ込んだり、橋の上から落ちて転倒したりしている。

 

「これ、いったい..... 」 

 

「彼の仕業だね 」

 

「彼って..... 」

 

「きまってるじゃないか.....古門 護くんだよ..... 」

 

そんな馬鹿なと美琴はその言葉を否定しようとした、だがあの場にいたのは警備員たちと護と美琴、そして木山春生だけ。自分にはあんな光景は作り出せない。木山にも可能とは思えない。警備員など論外だ。となると.......

 

「いくらあいつでも、こんなこと....... 」

 

「彼の能力は重力を自在に操ること.......だったね?かれはあの場でその力を全力で使用したようだね......木山春生が射殺されようとした瞬間だったそうだよ..... 」

 

そうしてカエル顔の医者は当時の状況を語りだした。

 

 

「これより容疑者、木山春生を射殺します! 」

 

無線で報告を終えた警備員の狙撃手はレンズの十字に木山の頭を重ねた。その時だった........

 

『超重力砲(グラビティブラスト)!』無線機から突如少年の叫びが響いてきた。

 

なんだ?と首をかしげた狙撃手は直後に気づいた。この声は、学園都市第4位の声であることを。

次の瞬間、狙撃手が潜んでいた建物は狙撃手もろとも崩壊した。

 

 

「きみ! いったいなにを!? 」驚き、抑えようとする警備員の隊員を『吹きとばして』護は起き上がる。

 

「落ち付け! 何をしてるかわかってるのか! 」慌てて銃を向け威嚇する警備員に護は視線を向ける。

 

瞬間、隊員たちは戦慄した、護の眼が真っ赤に染まっている。

 

「止まれ! 」一人の隊員が上空に威嚇射撃を放つ。

 

だがその放った銃弾はいったん上に上がった後、倍のスピートで『放った本人に命中した』。

 

「な!? くそ、かれも敵対者とみなす!射撃せよ! 」

 

隊長らしき男の隊員の指示のもと、警備員の一斉射撃が護を襲う。だがその銃弾は届かない。護から放たれる強力なGは弾を押し返すと同時に重力の波となって隊員たちを吹きとばす。

 

上空のヘリに乗る隊員は驚愕していた。いままで倒れていた少年が急に妙な攻撃でビルを崩壊させ、さらに銃を向けた警備員たちを文字通り『吹き飛ばした』のだ。

 

「こちらD1、こちらD1、これより上空からの援護射撃を始める! 」

 

そう無線にどなった直後、パイロット席かの機長が悲鳴のような声をあげた。

 

「どうした! 」

 

「あの少年が!あの少年が装甲車を吹き飛ばした直後にこちらに目線を向けました。あきらかに狙ってます! 」

 

「ただちに退避しろ!ビル一戸破壊するレベル5だ。むやみに近づくな! 」

 

慌てて高架道路から遠ざかろうとするヘリ。高架道路の下では遠巻きに警備員の部隊と装甲車。さらにどこから出てきたのか、学園都市製の高性能ヘリ通称『六枚羽』が上空を旋回しつつ少年を狙っている。

 

「あんなものまで、持ち出すか?! 」

 

少年1人に対してオーバーキルすぎないかと思ってしまうのはやはり彼が『能力者』ではないからだといえよう。彼はレベル5のもつ意味をしっかり理解していなかった。

 

 

高架の下で無言で佇む護。その瞳は真っ赤に染まっているが、そこにはなにも映っていないかのようにその包囲の輪を狭めつつある部隊や、上空のを舞うヘリに対して何の反応も示さない。

 

最初に攻撃を仕掛けた警備員部隊を吹きとばしはしたものの、その後は行動をおこさない。

 

 

「なにを考えてる? だが今がチャンスだ。意識を失っているうちに木山を処分しろ! 」

 

先ほどの攻撃の余波を受け気絶している木山に近づこうとする隊員たち。

 

その途端、護が動いた。

 

 「ウウォオオオオオオオオオオアァァァァァ!! 」喉をひきさかんばかりの獣じみた叫びに隊員たちの動きが止まった次の瞬間だった。

 

上空を舞っていた戦闘ヘリ、六枚羽を含む、無数のヘリがすさまじい速度で地面に叩きつけられた。

 

「!! 」驚愕する隊員たちだが状況を冷静に確認している暇などなかった。なにしろ次の瞬間、彼らの体は真上から『押し潰されていた』からだ。

 

装甲車や特殊車両に乗っていたものは車両ごと、生身の者はそのまま全身にかかった異常な圧力によってただの肉塊となった。無数のシミが道路に広がり、包囲しつつあった警備員部隊は壊滅した。

 

 

「地獄だ...... 」

 

後方に控えていた予備部隊を率いる隊長はおのれの不運を呪っていた。

 

 

「後方待機と言われたから、戦闘はないと思ってたのにこれじゃああんまりだろうが! 」

 

嘆く隊長だが、死んでいった隊員たちに対してあまりにも失礼な発言に部下の副隊長がいさめる。

 

「隊長。そんなことでは、死んでいった仲間が浮かばれません! 予備部隊としての務めを果たしましょう! 」

 

「馬鹿野郎! 六枚羽まで潰した化け物相手にどうやって戦うつもりだ! 」

 

「無理を承知で突撃するしかありません! 全部隊前に!特殊音波発射装置搭載車を先頭に進め! 」

 

隊長を無視する形で副隊長は命令を出した。

 

 

特殊音波装置搭載車は、実は先ほどの部隊も装備していた。だが、ろくに使用する前に装甲車とともに飛ばされてしまったのだ。特殊な音波によって能力者の能力の使用を妨害するこの車両は、もはやこの戦いの切り札となっていた。

 

 

「目標(ターゲット)は自分か木山が攻撃されるまでは、行動を起こさない!ゆっくりと距離を詰めろ! 」

 

部隊は特殊音波装置搭載車を先頭に少しずつ、護に近づいていく。

 

 

「いまだ! 音波発射! 」有効距離まで近づいた複数の車両から、強力な音波が護に向けて放たれる。

 

「グ!?ウォオオオオオオ!! 」再び咆哮とともに重力がかかるが、隊員たちを外れて近くの建物を倒壊させる。

 

「効果ありです! 」

 

「よし、今のうちに作戦を達成するぞ! 」

 

一気に士気をあげた隊員たちが木山の確保と、護の処分に動き出そうとした瞬間だった。

 

「ん?」隊員たちが最初に感じたのは妙な浮遊感だった。

 

まるでプールの中で浮かんでいるような。そして足が地面から離れ、体が空中に上がる。

 

特殊車両も装甲車も浮かんでいる。そうこれはまるで『無重力』そう言い終わる前に隊員たちを支えていた地面ごと彼らがいた一画が空高く舞い上がった。

 

地球には引力、つまり重力が働いている。本来かかっているその引力より軽い引力の場所が現れればどうなるか、その場所にすさまじい上昇気流が発生しその場にあるものをすべて根こそぎ上に持ち上げてしまう.......

 

その結果が、写真にあった大穴である。

 

「で....その後、彼は気を失って倒れた。木山も同じだ。そしてここに運ばれてきた。あの破壊の中心にいただけあって重傷だったが何とかしたよ。しばらくリハビリは必要だろうけどね。それより不思議なのが、彼に関することが全くと言っていいほど取り上げられていないことなんだ。警備員のほうでもすさまじい被害を与えた張本人だというのに、なにも罪を問いに来ない。おかしな話だよ 」

 

美琴は黙り込み、思考を巡らしていた。

 

この医者の話が本当なら、護はなんだかとんでもない奴ということになる。第3位である美琴を超えるような実力を持つ怪物。だが、美琴の知っている古門 護に人が殺せるとは思えない。

 

現に憎んで当然の木山に対しても、最後まで話し合いに徹しようとしていた。その護が警備員を惨殺。とても信じられない美琴だった。

 

 

黙り込んだ美琴を見て、ため息をついたカエル顔の医者は、むりはしないようにねと言い残した後、思い出したようにこう言った。

 

「ああ、そうそう、動けるようになっても当分彼の個室にはいっちゃだめだよ? あれから、彼の友人という少女がずっと付いているんだ。入るのは無粋だろ? それとこちらはすこしリアルな話だ 」

 

一呼吸置いて、カエル顔の医者は美琴にとって衝撃的な琴を告げた。

 

「本来は話すべきではないことかもしれないけど......学園都市統括理事会の一人がここ数日見舞いに来てるんだよ 」

 

統括理事会は学園都市の上層部。統括理事長の下にある組織だ。そんなトップの人間がレベル5とは言え、つい数ヶ月前にこの街に入った人間に何の用だというのだろう?

 

困惑する美琴に、カエル顔の医者はやんわりとくぎを刺す。

 

「今は、関わらないほうがいいと思うよ? へたすると君まで飲み込まれるかもしれない 」

 

へ?と向き直る美琴だったがカエル顔の医者はそそくさと部屋を出てしまっていた。

 

「統括理事会...... 」

 

誰もいなくなった個室で美琴を思案を続けた。

 

そんな美琴の部屋の向かい側の病室で、無数のチューブを体につながれ、ボンベを口に装着され、無数の電極コードにつながれた状態でベットに横たわる護のそばに二つの人影があった。

 

1つは少女の影。もう1つは初老の男性の影。

 

「しっかりしろ護君 」

 

初老の男は実に残念そうな声でこういった。

 

「まだまだ、君は私にとって必要だ。わざわざ『来てもらった』意味がなくなる 」

 

意味ありげなセリフに少女、哀歌が訝しげな視線を送る。

 

だが男は気にするそぶりもなく、ドアから出て行こうとする。

 

「目が覚めたら少年に伝えておいてくれ。学園都市統括理事会の剣崎達也が君と会いたがっていたとな」

 

そのまま、どうどうと部屋を出ていく剣崎。だが哀歌の眼にはなぜか剣崎の向かう先が先の見えない漆黒の闇に見えていた。

 

「護を、あんな所にはいかせない.....すでに闇に落ちていても、これ以上深みには堕とさせない。だから起きて?護..... 」

 

もう何度目になるであろう、護の額の汗をぬぐいながら、哀歌は空を彩る星座に祈りをささげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある部屋の魔法少女

「ふわぁぁぁぁ.........よく寝たな...... 」護は伸びをして、ベットのそばに置いてある携帯電話に手を伸ばす。

 

「7月20日.......夏休み初日か......もう『この日』が来たのか.......ていうかついこの間も騒動があったばかりなのに、イベントが立て続けに起こりすぎだと思うんだけどな...... 」

 

そう、ほんの数週間まえ、護は木山春生を止め、幻想御手(レベルアッパー)事件を止めるために彼女と戦い、結果的に木山を止めることに成功した。

 

だが、その代償はあまりにも大きかった。自分ではよくおばえていない『暴走』によって『警備員(アンチスキル)』部隊を壊滅させてしまった護はなんだかんだでいろいろと警備員に敵視されることになった。暴走だったのだから仕方ないのだが仲間を殺された側としては、だまっていられるわけがない。

 

その自分が何事もなくいつも通りの日常を過ごしていられるのは、やはり裏で上層部が根回ししたからだろう。とくに統括理事会の1人、剣崎達也は護に何らかの関係がある人物の可能性がある。おそらく彼が根回しした張本人だろう。

 

「根回しのおかげで、罪に問われてないけど......実際のところ人殺しなんだよな、今の僕は 」

 

ズーンと落ち込む護に優しい声がかけられる。

 

「また、落ち込まないで護........あれは護にどうにかできたわけじゃない........それにたとえ『警備員』に目をつけられても、裏の私たちに表の人間が手を出せるはずがないよ? 」

 

「そのことは分かってるよ......それより僕が心配なのは美琴のことさ 」美琴とはあの時共闘して木山に立ち向かった。そして護の暴走に巻き込まれた美琴も重傷を負ったが一命はとりとめた。

 

だが、その後からどうも美琴が自分に向ける視線に違和感を感じていたのだ。まるで猛獣に怯える小動物のような......怯えと困惑が入り混じった視線。

 

「美琴は、なにか知ったんじゃないかな......僕に関することを 」「そうじゃないと思う。たぶん護が警備員を惨殺したことがショックだったんじゃない? 暴走のせいだと分かっていてもショックは計り知れないと思うよ? 」最近護と話すときはだんだんと、とぎれとぎれの話し方を無くしていけるようになった哀歌。

 

「そんなものなのかな.......あの強気な美琴が....... 」美琴のことは気になるが、それよりも今は気にしなけらばならないことがある。

 

「なぁ......哀歌。『禁書目録(インデックス)』って知ってる? 」

 

「ええ......魔術に関わるものなら誰もが知る名よ? 世界中で封印されている魔道書を一字一句精密に記憶し頭の中に保管している魔道書図書館みたいな少女のことでしょう? 」

 

「今日、7月20日はうちの学校にとっての夏休み初日だ。そして俺のいた世界で書かれていたことがこの世界にも当てはまるなら、その『禁書目録』は本日中に学園都市に現れる 」

 

「は!? いくらなんでもそれは........大体たしか『禁書目録』はイギリス清教が管理してるはず.....それがいきなり学園都市になんて..... 」

 

「それが来るんだ。禁書目録は一年ごとに記憶を消されている。そして今回目覚めたとき彼女は味方の魔術師を魔術結社の人間だと勘違いして、なんらかの手段でこの学園都市まで逃げてきたんだよ。そしてこの街の学生。上条 当麻に出会う 」

 

「前に話は聞いたけど、本当に彼は『右手で触れた異能を打ち消す』なんてばかげた力を持っているの? 」護の語ることが真実だと認め始めている哀歌にしても当麻が持つ力というのはそうそう信じられるものではないらしい。

 

「ああ、それは間違いないよ。少なくとも美琴や美希の電撃程度なら軽く打ち消せられるはずだ 」

 

実際に目の前で見た護としてはそれは分かりきっているが、やはり哀歌は半信半疑のようだ。

 

「まあ、それはともかく.....僕がしなきゃならないことは幾つかある。まずは上条さんの部屋に赴いて禁書目録(インデックス)さんがベランダに干されてないか確認しないと...... 」

 

ベランダ?と首をかしげる哀歌を連れて護は当麻の部屋に向かう。

 

「なんか、まだ寝てるっぽいな...... 」「そうみたいだね....... 」部屋の前まできた哀歌と護だったが。どうやら早く来すぎたらしくインターホンを押しても反応がない。

 

「とりあえず出直す? 」「いや、たぶんしばらく待てば…….」そう護が言った刹那、「うぎゃあああああああ!! 」というすさまじい悲鳴が。

 

「な、言っただろう?」「ええ…… 」相変わらず正確な護の予言に唖然としながら哀歌はドアノブに手をかける。

 

「哀歌? 鍵がかかってるからまだ開かない…….. 」「私には開けられる。だって魔術を使えるんだもん 」哀歌がドアノブに触れながらなにやら呟くと一瞬で鍵が外れる音がした。

 

「すご........どうやったの? 」「企業秘密 」そんなことを言い合いながら2人は部屋に入っていく。だが入る寸前護は急に思い出したかのように後ろを振り返った。

 

「どうしたの? 」「いや、そういや、あの『腹ペコシスター』である『禁書目録(インデックス)』から素直に話を聞くには食べ物が不可欠だなと思いだしたから、いそいで昨日哀歌が作ってくれた残りを持ってくる。ついでに冷凍食品も 」

 

「分かった、じゃあ、先にまって話を聞いておく。急いで 」「分かってる 」

 

護は駆け足で自室に向かう。とにかく時間との勝負だ。『禁書目録』は朝の内に自分から上条の部屋を出てしまう。その前になんとか話しを聞いて引きとめなければならない。それが無理でも最低、護衛の承諾ぐらい取っておかなければならない。そうしないと……神裂が禁書目録を切ってしまう。それは避けられれば避けるべき出来事だと護は考えていた。

 

 

「うん。モグモグ…….私の名前は『禁書目録(インデックス)』で間違いはないんだよ。正式名は『index-librorum-prohibitorum』 だけど、みんなはそう呼んでるんだよ 」

 

数分前、護が持ってきた昨日の晩飯の残り(哀歌作)と大量の冷凍食品を護からみてもどういう胃袋してるんだという疑問を持つ勢いで平らげた禁書目録(インデックス)は腹を満たして満足したのか、ようやく自分のことを語りだした。

 

「それ、本当に名前か? あきらかに偽名じゃねえか 」

 

不審そうに聞く上条に、まあ普通はそうだろーなとしみじみ思う護。

 

護にしても、哀歌に出会うまでは魔術を見ることはなかったので半信半疑であった時期もあった。

 

「インデックスの意味は、禁書目録よね。それでなんで逃げていたの? 」

 

「魔術結社に追われてたからだよ 」

 

「その追っていた魔術結社の人たちは、どんな感じの人たちだったの? 」

インデックスは意外そうに哀歌の顔を見つめた。

 

「魔術結社の所、なんの疑問も感じないの? 」

 

「感じないわ。だって私も魔術師だもの。ただしフリーだけど 」

 

「証拠はあるの?……あなたが魔術結社の仲間じゃないっていう証拠と魔術師の証拠を見せてほしいかも 」一気に警戒レベルマックス状態になったインデックスに哀歌はすこしため息をついた。

 

「やっぱり疑われるか…….じゃあまず魔法名からいうね。私の魔法名は『debita935』 。所属はさっき言った通りなし。仕える術式は世界各地の神話や伝説における竜や龍に関する伝承をモチーフにしたもので、具体的にはこんな感じ 」

 

哀歌が右の掌を広げ、なにやら唱えると、その手に小さな炎が現れる。

 

「ここまでやれば信じてもらえる? それに私が魔術結社の人間ならとっくに捕まえてるよ? 」

 

「うん……言われてみれば確かにそうかも……でも、どこにも所属してないのなら、なんで私に関わるの? 」

 

「それは、俺が哀歌に頼んだからなんですよ『禁書目録』さん 」

 

「あなたは誰なの? そういえば名前も聞いてなかったかも 」

 

「俺の名前は、古門 護。この街の学生さ。と同時にレベル5という肩書も持ってるけどさ 」

 

首をかしげる禁書目録。どうやら部外者の彼女にレベル5がどうだとかは難しかったようだ。

 

「まあ、レベル5についてはあとで話すとしてこっからが本題だ。禁書目録さんは飯食ったあと、ここを出ていくつもりじゃないか? 」

 

「なんで、分かるの!? 確かにそう思ってたんだよ 」

 

「この護は、人の心を読んだりするのが上手いの…….それはそうとして、あなた、自分1人でこの先、慣れない学園都市の中で逃げ続けるつもりなの? 」

 

「仕方ないんだよ、追われてるんだから……. 」

 

「そこで、相談なんだけど……この哀歌をお前の護衛としてつけちゃいけないかな? 」

 

思わず護の顔を見つめるインデックス。

 

「なんで、あなた達がそこまでするの? 」

 

「なんでって言われてもな……話聞いてて女の子がピンチなのを助けない手はないってとこかな。哀歌には哀歌で理由があるらしいけど…… 」

 

「私は自分の魔法名に込めた理由のためにも……いまここであなたを助けなきゃいけないんだ…….わが身の全ては贖うために…….それが私が魔法名にこめた思いなの……だから私はあなたを助ける 」

 

護は、上条の方も向く。「上条はどうする。まだ全ては信じられないだろうから、協力しろとは言わないけどさ 」

 

「確かに俺にはまだ良く分からねえ……正直あまりにも色々ありすぎて頭が追いついていかねえ……でも、護が守ろうとする奴が悪人じゃないことはたしかだろ。だったら俺も協力するよ。なんでもできることがあったら言ってくれ 」

 

「ああ、頼む 」護は心中でだけ呟いた。(やっぱり上条さんは主人公だよ!)

 

「さて、そうは言ったものの、実際今じゃすることが…….そうだ! インデックスだったけ? とりあえずその服、この街じゃ絶対目立つから着替えたらどうだ? 」

 

「え? 別にいいんだよ。これはね、『歩く教会』っていう強力な…….. 」「いいから、いいからとりあえず着換えろって、そう思うだろ護? 」

 

まて!触れるのは…..と声を上げる前に上条の右手がインデックスの修道服にふれ…….『歩く教会』は数秒後、びりびりにちぎれ飛んだ。

 

「ここは……原作通りなのかよ? 」修道服の切れはしが舞う部屋の中で護と哀歌の溜息と少女の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 



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とある組織の迷子捜索

「不幸だ……. 」頭にいたそうな歯型をつけながら、歩いていく上条に護と哀歌はかける言葉を見つけられないでいた。

 

つい先ほど、紆余曲折の末、やっと護衛の話をインデックスに承諾させるところまで漕ぎ着けたのだが上条の原作通りのピンクハプニングにより完全にブチ切れたインデックスさんはすさまじい勢いで部屋を飛び出して行ってしまい結局のところインデックスさん護衛作戦は失敗に終わってしまったのだ。

 

「そう、落ち込むなよ当麻。大丈夫だってあの子は俺と哀歌が探しておくから。上条は学校に急ごうぜ。下手すると遅刻になるぞ? たしか補習があったんだろ? 」

 

「げ…..朝からのパプニングのせいですっかり忘れてた! わるい護、頼むぜ。 ていうかなんで途中から入ってきたお前の方が俺より優秀なんだよ……. 」上条が愚痴るのも当たり前で護はこの街の学生となってからかなりの好成績を維持している。

 

「(うーん……たぶんこの世界での立場がレベル5となった時点で、『何か』によって無理やり体裁を整えられたんだろうな…..元の俺は数学苦手だったのに、なんかこの世界では得意科目に1つになったりしてるし……)」そんな護の内心を知るはずもない上条は、さっさと準備を整えフルダッシュで高校に向かっていてしまった。

 

「さてと……俺らはインデックスを探すことにするか! 」「でも…..どうやって探すつもり? 私にはサーチ能力なんてないよ? それとも護の予知で何とかする気? 」

 

確かに自分はインデックスがどこに現れるかは知っている。なぜならフードをインデックスが部屋に置き忘れているからである。ここもとことん原作通りだが、このまま原作通りに進むならインデックスはおそらく夕方にはもう一度アパートに来るだろう。

 

「確かに予知はできるんだけど…..その場合に待つのがどちらも悲劇なんだよな…… 」「え? どういうこと? 」哀歌の問いかけに護はすこし首を振った。

 

「その話は、後でする。とりあえず今はこの街でインデックスがいける範囲の場所で迷子探ししなきゃならない。そのためには人手が必要だな…… 」

 

「それなら……『ウォール』のみんなに頼んだらいいんじゃない? たぶんみんな暇してるだろうし 」

 

しばし『ウォール』メンバーの予定について思い出してみる護。たしかに本人たちの提出している予定表(ウォールでは組織の構成員はリーダーにその週の予定などを書いたプリントを提出するのが義務となっている)には特に用事はなかった。

 

「じゃあ、それでいこう。哀歌手分けしてみんなに連絡入れよう 」「了解」

 

 

30分後、護の部屋には『ウォール』メンバーが勢ぞろいしていた。

 

「で、そんなことのためにわざわざメンバー全員を呼んだのかよ?まったく人使いの荒いリーダーだぜ….. 」

 

「愚痴言わないの! だいたい別に用事がないなら仲間同士助け合うのが私達『ウォール』の約束でしょう? 」

 

「私としては、まあ暇だったし、協力するのは構わないけど……その子探すのにわざわざ全員を呼ぶ理由ってなんなのよ? 」

 

「それを…..今から…..護が説明するから……」

 

高杉宗平、クリス・エバーフレイヤ、御坂美希ら『ウォール』メンバーがそろったところで護は今回の迷子探しに『ウォール』メンバー全員を集めた理由を話し始めた。

 

「俺達『ウォール』の役目は外部組織の掃討、討伐なのは知ってるよな? でももう1つ、統括理事長のアレイスターから『ウォール』に与えられている役目があるんだ 」

 

護の言葉に顔を見合わせる『ウォール』メンバー達。一番護の身近にいる哀歌さえそんな話は知らなかった。

 

「それはどんな役目なの?護君? 」

 

「学園都市の中に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という能力を持つやつがいるって都市伝説を聞いたことはないか? 」

 

「ああ、聞いたことぐらいはあるぜ。たしか『異能の力を問答無用で打ち消す力』だったけ?」

 

「そう、その『幻想殺し』っていう力を持つ能力者はここだけの話実在するんだ。その名は『上条 当麻』このアパートの住人で、俺の友人だ。そしてアレイスターから依頼されたのは『上条当麻の監視、および守護』なんだ。アレイスターは『幻想殺し』ってのを自分の計画(プラン)に必要なものだと考えてるらしく重要視してるのさ 」

 

「リーダーの言うことをすべて信じるとして……じゃあ、なんで今回動く必要があるんだ? たかが迷子探しがその依頼に関係するとは思えないんだが? 」

 

宗兵のいうことはもっともで、『ウォール』メンバーは魔術というものについて(哀歌を除いて)知らないのだから、そう感じるのも当然だった。

 

 「そこの所を理解してもらうにはまず『魔術』というものについて理解してもらわなきゃいけないんだけどね......」護は哀歌に目で合図を送り、哀歌は頷いて右手を上げる。

 

「これから、私が『魔術』を見せる......みんなよく見ておいて」

 

その後、30分ほどに渡って哀歌の実演と護の説明が続いた。

 

宗兵は最後まで『魔術』について疑問視する立場を崩さなかったが、他のメンバーは協力の意思を表明したため、『ウォール』の総意として『迷子のインデックス捜索大作戦』(クリス命名)はスタートすることになった。

 

 

 

9時間後、護は喫茶店のベンチで突っ伏していた。

 

すでに時計の針は5時をさしている。『ウォール』総出で第7学区を総出で探しているのだか一向にインデックスは見つからない。

 

「インデックスは徒歩なうえに科学に疎いから、せいぜい第7学区内でうろちょろしてるだろうと甘く見たのが不味かったかな....まあ、それ以前にあの仲間(ばか)達にも原因がある気もするけど......」

 

実は護は『ウォール』メンバーに何度か状況把握の為に連絡をとっているのだが、その時のメンバーの返事はこんな感じだったのだ。

 

御坂美希の場合

 

「ええと.....とりあえずデパート関係はみてまわったわ。え?ファンシーグッズを見たかっただけじゃないかって?ははは、そんなわけないじゃ無い......ってあれはトラ次郎ストラップ!そういや今日限定販売があるとか広告にあったけ!これを逃す手は無いわよ! ドドドドド....(足音) 」

 

高杉宗兵の場合

 

「悪い!いまロクに話せる状況じゃねえんだ!は?敵かって?んなわけねえだろ!敵だったら応戦してるよ!クリスの馬鹿が俺の安眠を妨げた挙句に追いかけてきてんだよ!は?それはお前が悪い?うるせえな!眠って脳を休ませることも必要なんだよ。それをあいつは分かってね.....おい、うそだろ、いつからそこに? てやめろ!頼むから鉄骨浮かばせて脅すの止めろよ!普通なら死.....ぎゃああああ!! ブッ!ツー、ツー」

 

クリス・エバーフレイヤの場合

 

「あ!護くん?ごめん、今捜索を一時中止してるの。宗兵の馬鹿が昼間から堂々とサボってたもんで追撃中なのよ。え?そいつはいいから早く捜索に加われ?そうもいかないのよ!あいつここらでがツンとお仕置しないと習いぐせになってこれからも同じ事するに決まってるもん.....ん?あれは....また寝てやがる!逃走中に居眠りとかどんだけ余裕こいてんのよあの馬鹿は!ブッ!、ツー、ツー、ツー」

 

といった具合に護と共に捜索を行っている哀歌を除く3人は3人とも捜索というよりは自由行動状態であてになっていなかった。

 

「は?、仕方ない......こうなったら最終手段だ。できればこれは避けたかったんだけど.......」

 

「どうするつもりなの?」

 

「アパート周辺でインデックスを追っていた2人の内の日本刀の使い手を探す。インデックスを最初に襲うのはそっちのはずだ。そして俺の記憶が正しいなら夕方、インデックスは赤の他人の上条を戦いに巻き込まない為にわざと危険を冒して、フードをとりに戻ってきて、切られる 。それを止める方針に切り替えよう。できれば戦いは避けたかったけど仕方ない。全員に至急連絡を回そう 」

 

 

真っ赤な夕日が沈んで行くのを女は見ていた。昔、自分が友人である少女の記憶を初めて消した日もこんな日だった。自分は彼女を助ける為に最善の方法を実行し続けている。それは正しいはずだ間違っては無いはずだ。

 

それでも、心のどこかが、自分の考えを否定する。まだなにか方法はないのか、自分は可能性を否定していないのか?

 

首を振って、沸き起こる感情を打ち消す元天草式十字凄教女教皇(プリエステス)にしてイギリス清教所属の聖人である神裂火織は前方に建つアパートを眺めていた。魔術的なサーチを使って禁書目録を追っていた神裂だったが、ここまできて、禁書目録が備えている『歩く教会』の反応がこのアパートに出たのだ。

 

「部屋まで特定しましたが、他人がいた場合にどうするかが問題ですね......反応が弱いのが気がかりですが早めに済ますとしましょう 」

 

神裂は、自らが脇に構える日本刀を構え直す。『七天七刀』その巨大な刀を手に禁書目録の確保に向かおうとする神裂。だがその前に思いもしない障害が立ち塞がった。

 

 

「やっと見つけたぜ追跡者の魔術結社さんよ」神裂の前に立つのは高杉宗兵。

 

彼は護の連絡を受けたあと、瞬間移動(テレポーター)の利点を使って真っ先に現場に到着したのだ。

 

「なにが目的かは知らないが、ここで止めさしてもらうぜ日本刀ガール!」

 

宗兵の叫びに神裂は眉をすこし動かした。

 

「下がってください少年。私は余計な人死にを出したくはありません 」

 

「その自信は、行動で見せてみろ!」瞬間、宗兵の体は一瞬で神裂の前まで移動し、その蹴りが神裂に放たれる。

 

「舐めないでほしいものです....... 」放たれる蹴りを人間離れした反応で躱した神裂は鞘に収まったままの七天七刀を宗兵の腹にめり込む。

 

「がはぁ!? 」凄まじい速度でまっすぐ吹き飛び、瞬間移動する暇もなくそのままビルの壁に突っ込み気を失う宗兵。

 

そんな宗兵を見ながら、神裂は今の状態に考えをめぐらしていた。

 

「(能力者が、なぜ妨害をする? 学園都市側には探知されていないはずなのに.....) 」

 

疑問は尽きないが、いまはまだやるべきことがある。

 

確保を急ぐ為に、一気に宙を飛び目標の部屋の前に着地する神裂。その前に禁書目録がいた。

 

 

「!!」慌てて逃げようとする禁書目録に向けて神裂は鞘から抜いた刀を振り下ろそうとする。だが......

 

「止めろ! 」空気を切り裂くような声が一瞬神裂の手を止めた。声の方を向けば2人組の少年と少女。

 

だがその存在は、神裂にとって障害とはならない、いっぺんの迷いもなく振り下ろされた刀はインデックスを切り裂いた。驚愕し硬直する神裂の前で守ろうと誓った少女が血にまみれて倒れて行く。

 

自分が、守ると誓った少女。それを傷つけてしまうというありえない状況に立ち尽くす神裂に声がかけられる。

 

「やっちまったな神裂火織。サーチで探って気がつかなかったのか?今のインデックスの『歩く教会』は破壊されていることに 」

 

「そんな! 」

 

「知らなかったとは言え、傷つけてしまったことは変えられない。事情を洗いざらい聞かせてもおうか」

 

「あなたたちに話すことなど、ありません」

 

「そうかよ、だったら.....俺たち総出で聞きだしてやる! 」

 

瞬間、護と共にいる、哀歌、クリス、御坂の3人が神裂に向かっていく。

 

「さあ、始めようぜ聖人!あんたの実力がどんなもんか見せてみろ! 」

 

科学を象徴する暗部組織と、魔術を象徴する聖人。

 

巨大な力と力が1人の少女を巡って激突した。

 

 

 

 

 



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とある女性と暗部対決

真っ先に飛びかかったのは、哀歌だった。

 

その人間離れした拳が神裂に向けて放たれる。

 

その拳をまともに受けた神裂の体が宙を舞う。「なに? この力は、いったい....... 」

 

 アパートから飛ばされ、アパート前の路地に着地する神裂に向けて再び拳を放つ哀歌。

 

だが、その拳を神裂は躱し、避けざまに、蹴りを放つ

 

「つっ! 」とっさに両手を十時にしてガードの構えをとる哀歌だったが、そのまま衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 

「哀歌!くそ、あんた何者なのよ? 」哀歌が飛ばされたのを見て、クリスと美希は少し後ろに引く。ウォール1の格闘戦のプロの一撃を軽々と交わしている時点で相手の実力が感じられた。

 

護は相手を『魔術師』だと言ったが、目の前の女がそうであるとして、彼女はまだ一度も魔術を使っていない。

 

「私達程度だったら、魔術を使うまでもないと思ってるわけ?! 」

 

「なぜ、あなた達が魔術のことを? 」

 

「あなたに答える義務なんてないわよ! 」

 

叫びと共にクリスは、ポケットから無数のパチンコ玉を取り出す。

 

「鉄球乱舞! 」クリスの手から放たれた無数のパチンコ玉は空中に舞い上がり、一直線に神裂に向かう。

 

「遅すぎです......... 」瞬間的に右に移動し、かわそうとする神裂だったが、直前鉄球が予想していたかのように向きを変えた。

 

「なに? 」

 

「私の能力は念動力。パチンコ玉を直進させるだけのはずがないでしょうが! 」

 

パチンコ玉が勢いをつけて突っ込んでいく。神裂は再びよける構えを見せるが........

 

「拡散! 」クリスの叫びと共に、進んでいた無数のパチンコ玉は、分散し、神裂に向けて全方向から襲い掛かる。

 

「さあ、これを避けられるかしら? 自称魔術師さん? 」得意げに言うクリスだったが、直後首を傾げた、追い詰められているはずの神裂の口元がわずかに笑っていたのだ。

 

「この程度で全力と見られるのは心外です.........七閃!」瞬間、迫っていたパチンコ玉はその全てが切断され地に落ちた。

 

「な?! いったい?! 」驚愕するクリスに向けて鉄球を切り裂いた斬撃が向かってくる。

 

「しまっ! ....」後悔する暇もなく、クリスの体を無数の斬撃.......に見せかけたワイヤーが切り裂く......筈だった。

 

「おい、いくら聖人でも、複数の能力者相手に圧勝できると思わないことだよ? 」

 

神裂の放った7本のワイヤーは、その全てが地に叩きつけられ、押さえつけられ、その切れ味をなくしていた。

 

「これは......... 」

 

「これが僕の能力『重力掌握(グラビティマスター) 。普遍的にこの世界にかかる力を制御する。ここは僕の占有地(フィールド) だ。いくらあなたが強くてもこの星にいるかぎり、僕だってあなたとやり合える! 」

 

護の手が高々と掲げられる。その手が指す真上になにか巨大な力が溜まっていく。

 

『重力鉄槌(グラビティックハンマー)』! 」刹那、一気に振り下ろされた護の手と連動して、真上から集められた巨大な重力の塊が神裂に向けて襲い掛かる。

 

凄まじい轟音が走り、土煙に一帯が包まれる。

 

「グフッ! 」その一撃をまともに受けて、それでも倒れなかったのはさすがといえるだろう。

 

神裂は、地面に出来た巨大なクレーターの中心で刀を支えにして、なんとか立っていた。

 

(うかつでした.......禁書目録(インデックス)の回収を最優先していたとはいえ、ここまでの相手と遭遇することは想定していなかった。不覚でした.....あとはステイルに任せるしかなさそうですね....... )

 

神裂がかけた、人払いの術式が効いているからよいものの、後で間違い無く大騒ぎになるだろう。

 

「終わりだ。禁書目録にこれ以上関わるのは止めてください。イギリス清教のこの街への介入を許すわけにはいかないんです。 それが僕達『ウォール』の役割なんですから 」

 

「なにを言っているか、分かっているんですか? 大体なんで私の所属を? 」

 

「それを語る必要はないですよね? とにかく、禁書目録(インデックス)を助けるには、あなたたちを止めることが必要なんです 」

 

神裂は、なにか言葉を返そうとしたがすでに体は限界だった。

 

神裂の意識は深い闇に沈んでいった。

 

「死んだの? 」完全に意識を失った神裂に向けて拳銃を向けつつ聞く美姫は首を横に振る護に驚いた表情を向けた。

 

「あれだけの技を喰らったのに、まだ生きてるっての? 」

 

「この程度で死ぬような人じゃない。それに、気を失ったのは重力鉄槌の打撃からじゃなくて、彼女の周囲の重力を操作して、重力鉄槌を止められた直後に後頭部に一撃を加えたからだよ 」

 

「なんて、やつ.........護のあれを防ぐなんて、人間離れしすぎじゃない 」

 

「僕らが言えないと思うけどね........ それより今はもう1人を抑えなきゃ 」

 

護が見つめる先、上条当麻の部屋に向けて階段を駆け上る哀歌がいた。

 

「あれ、哀歌もう復活してたんだ! 」

 

「あいつの回復力は人離れしてるのは知ってるだろ? さて、クリスはここで援護を頼む。美姫は一緒について来て。哀歌が先にいって、時間稼ぎしてくれる。いいか、美希、相手は得体の知れない技を使う魔術師だ。油断しないで 」

 

美希は不敵に口元を歪める。

 

「分かってるって、心配しないで? 私は腐っても学園都市レベル5の第3位の御坂美琴(オリジナル)と同じ力を持ってるんだから。オリジナルのことはまだ許せないけど、私は。前みたいな先走りはしない 」

 

「なら良いけどさ........よし、じゃあ行こうか 」

 

護は指し示す。護るべき少女と友がいる場所を。

 

「禁書目録(インデックス)捜索大作戦の終着点(フィナーレ)へ 」

 



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とある神父との戦い

「 しっかりしろ! 禁書目録(インデックス)! 」部屋の前で血まみれで倒れている少女を上条は必死に揺すっていた。

 

「どうしたんだよ!? いったい、どこのどいつにやられたんだ?! 」

 

「ん?? 僕たち、魔術師だけど? 」背後から聞こえてきた声にバッと反射的に後ろをふりかえる上条。その目に映るのは、赤髪の神父。

 

「こりゃまた、ずいぶん派手にやっちゃって 」

 

「なんで...... 」

 

「この子が部屋に戻った理由? さあね、忘れ物でもしたんじゃないかな? 昨日はフードを被ってたんだけど......,あれ、どこに落としたんだろうね? 」

 

上条は気づいた、少女(こいつ)は自分を戦いに巻き込まないためにわざわざフードを取りに戻ってきたことを。

 

「バッカやろうが! 」 「フンフンフンフン.....やだな、そんな顔されても困るんだけどね。それをやったのは僕じゃないし.....神裂だって、なにも血まみれにするつもりはなかったんじゃないかな。その修道服、『歩く教会』は絶対防御なんだけど.....はあ、なんの因果で壊れたのか 」

 

上条の胸の中にどす黒い感情が湧き上がる。

 

「何でだよ......俺には哀歌から聞いたりしても、魔術とか魔術師ってのを言葉としては理解してても、いまだに信じられないよ......でもな、お前達にも正義と悪ってもんぐらいあるだろう?こんな小さな女の子をよってたかって追い回して、血まみれにして、これだけの現実(リアル)を前にまだ自分の正義を語ることができんのかよ! 」

 

始めて、赤髪の魔術師、ステイル=マグヌスの眉がピクリと動く。

 

「まて、君は魔術や魔術師についてその哀歌という子から聞いているのか? 」

 

「ああ、お前らが禁書目録(インデックス)を狙っていることとかも全てな。正直、俺は信じれてなかったけど、これで本当だと分かったよ! 」

 

馬鹿な.....とステイルは歯噛みした。この街に自分たち以外の魔術サイドの人間が入ってくるとは考えにくい。

 

自分たち、それなりの経験をもつ魔術師でも入るのは容易ではないのだ。しかも、禁書目録を回収するための2人の行動を知り得るのは、『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーか『最大主教(アークビショップ)』だけのはずなのだ。

 

「大体、お前は何様だ! 」「君に話す必要など.......」

 

「イギリス清教、第零聖堂区、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師にして、ルーン24文字を完全に解析し、新たに文字を生み出した天才.......ですよね? ステイル=マグヌスさん? 」

 

思わぬところからかけられた言葉にステイルの視線がうごく。

 

その先、階段の側に、哀歌はたっていた。

 

「哀歌? お前、どうして...... 」

 

「伏せて...... 」

 

「え? 」

 

「早く伏せて! 」

 

戸惑いながらも、声に押されるように伏せる上条を確認し、哀歌は両の手を組み、ステイルを睨む。

 

「『火龍の怒りは大地を滅する! 』」哀歌の叫びと共に彼女の前に現れた真紅の魔法陣から猛烈な火炎が放射される。

 

「なに!? 我が手に炎、その形は剣、その役は断罪! 」驚愕しつつ、とっさにステイルは炎剣を放つ。

 

2つの火炎がぶつかり合い、空中で相殺される。

 

その衝撃波と熱風に押され、後ろに吹き飛ばされた上条は、自分の体を誰かが支えていることに気づいた。

 

「? ! ビリビリ? 」「なに? 私のこと知ってんの? 」 「いや、お前、御坂じゃないのか? 」

 

一瞬、首をかしげる美希だったが、すぐに勘違いに気づいた。

 

「私は、従姉妹の御坂美希よ。あいつが世話になってるってね。これからもよろしく。そして始めまして! 」

 

「あいつに従姉妹なんていたのか.....いや、そんなこと考えてる場合じゃない! 早くここから逃げるんだ! このままだとお前まで巻き込まれ...... 」

 

「それを承知でここにきたの。あの子を、禁書目録(インデックス)ちゃんを助けるために 」

 

「なんでお前がそんなこと.....」

 

「僕が頼んだからだよ当麻。美希は僕の仲間なんだ 」

 

上条は思わぬ人物の登場に目を見開いた。

 

「護?! お前、いったい? 」

 

「話は後だ。今は、目の前の事態をどうにかしなきゃならない。そのためには当麻、君の力が必要なんだ 」

 

「は? どういう.... 」「君の右手 」護の言葉にハッとなる上条。そう彼の手には全ての異能を打ち消す力、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が宿っている。

 

「この右手が通じるのか? 」

 

「ああ、君の右手なら魔術でも打ち消せるはずだ。僕らが総出であの魔術師を抑える、その隙にあの子を、禁書目録(インデックス)を救い出してくれないか? 無論、強制はしない。逃げてくれても構わない。それでも、強力してくれるなら、頼む 」

 

「そんなの.....決まってんじゃねえか.....赤の他人を戦いに巻き込まないために戻ってきた禁書目録(インデックス)を見捨てて逃げるなんて.....そんなこと、できるわけがねえ。俺の右手が通用するなら、協力するぜ護! 」

 

「それでこそ、当麻だよ! さあ、行こう、あの子を助けに! 」上条、護、美希の3人は輪のように、ステイルと睨みあう哀歌を囲む。

 

「ステイルさん。今回は引き上げてくれませんか? これ以上、血を流したくはないんですが 」

 

「なにを、言っている? 」

 

「血を流したくはないといってるんです、あなたの仲間の女の人はさっき私達が倒しました。後はあなただけなんです 。とにかく今回は一回手を引いたほうが得策だと思いますよ? 」

 

驚き、明らかに動揺をかくせない様子のステイルだが、すぐざま様子を見ようとはしない。そんなことをすれば、敵に弱点を自ら示すようなものだと知っているからだ。

 

「その言葉を、信じるとでも? 」

 

「さあ? 信じるかはあなたしだいです。ですが、あなた1人で学園都市の能力者である僕達を相手に回収を成功させることができますかね? 」

 

ステイルは、言葉に詰まる。確かにこのままの状況でたたかうのはリスクが高すぎる。

 

「(どうする......だが、ここで引き上げればあの子を戻すのは難しくなる ) 」

 

葛藤するステイルだがそう時間はない。

 

「(僕がすべきことは、いつでも一緒だ。あのとき誓った約束のために、僕は.......戦う! ) 」

 

ステイルの目に力強い意思が宿る。

 

「断るよ。君たちにこの子の回収を邪魔はさせない。それでも立ち塞がるというのなら、いくらでも殺す、いくらでも壊す、生きたままでも燃やし尽くす。自分の誓いを果たすために 」

 

ステイルの右手が高く上げられる。

 

「世界を構築する5大元素の1つ、偉大なる始まりの炎........ 」ステイルがやろうとしとしていることかないち早く哀歌が気付いた。

 

「あの詠唱を止めなきゃ! 」哀歌の言わんとすることを理解できたのは哀歌ぐらいだったろう。だが、彼女の叫びに焦りを感じたのは全員だった。

 

「美姫! 『超電磁砲(レールガン) 』を! 哀歌! 君の魔術であれを止めてくれ! 」

 

「分かってる! 」「任せて..... 」

 

それぞれに動こうとする2人だったがステイルの詠唱の方が若干早かった。

 

「その名は炎、その役は剣、顕現せよ、わが身を喰らいて力と為せ! 」

 

ヴォォォォ!という雄叫びと共に、猛烈な火炎が人の形になって現出した。

 

 

 



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とある戦いの終焉

ヴォォォォ!という雄叫びと共に、猛烈な火炎が人の形になって現出する。

 

その高熱と、熱風に押され、今まさに攻撃を加えようとしていた2人の動きが止まってしまう。

 

「く.....遅かったか..... 」

 

「なによ.....これ..... 」

 

「話には聞いてたけど......本当に法王級の魔術を個人で扱うなんて.... 」

 

ウォールメンバー3人はもちろんのこと、上条も驚愕の表情を浮かべている。

 

護にしても、アニメで見るのと実際に体感するのでは全く違うという当たり前のことを改めて感じていた。

 

「さて.....行け、魔女狩りの王(イノケンティウス)。我が名が最強である理由をここに証明しろ! 」

 

ステイルの声に応え、イノケンティウスはまっすぐ護たちに向かってくる。

 

「くそ、止まれぇぇ! 」美姫の放つ『超電磁砲(レールガン)』がイノケンティウスの胴体に穴を開けるが、すぐにその穴は塞がってしまう。

 

慌てて次の鉄球、クリスのものと同じパチンコ玉を取り出す美姫を護が止める。

 

「あの怪物には、そう簡単にダメージは与えられない! 3人がかりで一気にダメージを与えよう。美姫は『雷撃の槍』を、僕は『超重力砲(グラビティブラスト)』を、哀歌はあれにもっとも効果がある術式を、皆で一気にぶつけよう 」

 

3人は頷き合い、それぞれの力を発動する。

 

「俺はどうすればいい? 」「上条はあの子の確保を頼む! 僕らのことら気にかけず、一直線線にあの子の元へ! 」

 

上条に叫びつつ、護は右手を前に向ける。

 

「いくぞ、みんな! 『超重力砲(グラビティブラスト) 』!」

 

「くらえぇぇ! 」

 

「水竜の慈悲は地を潤す! 」

 

3人の繰り出す力。それが合流し、電撃を纏った水竜となり、それを護の放った重力波が加速させる。

 

突き進む水竜は加速しながら、一気にイノケンティウスを吹き飛ばす。

 

「なあ?! 」一時的とは言え、イノケンティウスが粉々に吹き飛ばされ、驚愕するステイル。そこへ水竜の後ろからかけてきていた上条が右拳を握り締め近づいてくる。

 

「くそ.....君1人であがらえるとでも思ってるのか! 」

 

ステイルが右手に新たな炎剣を生み出し、その剣が上条に向かう.....が、その炎は上条の右手に打ち消される。

 

「バカな.....! 」

 

「ふう......護の言ったとおりだった....そうだよ何びびってたんだ、あの修道服をぶち壊したのだってこの右手だったじゃねえか 」

 

「この! 」ステイルが再び放つ炎剣を上条は右手でつかみ、握り締め、再び打ち消した。まるでガラスがバラバラになるかのように、炎が飛び散る。

 

「終わりだ、その子を助けさせてもらうぞ 」「この程度で勝ったと思うな! 」

 

ステイルの叫びとともに、上条の背後に崩されたはずのイノケンティウスが現れる。

 

「君がどんな力をもってるか知らないが、これで終わりだ 」

 

イノケンティウスの手に光の十字架が握られる。この位置からなら一撃で上条は叩き潰されてしまう。

 

「同時に2方からの攻撃をかわすことはできるかい? 」

 

イノケンティウスの右手が大きく振られ、上条を吹き飛ばそうとするが、その攻撃は上条の右手に防がれる。だが.......

 

「(この十字架......右手が通用しない?.....この炎、消滅した直後に復活してるんだ!) 」

 

打ち消せず光の十字架を必死に防ぐ上条を見て、ステイルは薄く笑い、そのまま真後ろから攻撃をかけようとして、直後違和感に気付いた。

 

「なん....だ、体が....重い.... 」そのまま思わず膝をついてしまうステイル。なにか真上からの強烈な圧力がステイルの体を押さえつける。

 

「そこまでですステイルさん。あの女の人.....神裂さんにも言いましたが、僕の力は重力を操ることです。今はあなたにかかる重力を通常の2倍ほどの強度にしています。もはや立つことも困難だと思いますけど? 」

 

「なめ.....るな....僕にはまだイノケンティウスが...... 」 「ああ、それはそうですね.....でも....高杉! 」

 

次の瞬間、ステイルは背後に人の気配を感じた。

 

「悪いな、一瞬で終わらせてもらうぜ! 」

 

ステイルがなにかを言い返す前に、後頭部とみぞに同時に激痛が走り、ステイルの意識は一瞬にして途絶えた。

 

それと同時にイノケンティウスも苦しげに体を震わせながら消えていく。

 

「ナイスタイミングだ。高杉! 」

 

「お前ってほんと人使い荒いよな......あの日本刀ガールに吹き飛ばされた後だったってのに、意識戻したとたんに能力使えって...... 」

 

「わるいわるい.....『どうやっても良いから高杉を起こせ 』とクリスに言ったことも含めて謝る。だけど今はそれよりすべきことがあるんだ 」

 

んだと! どうりで身体中をまさぐられたような気がしたわけだ、殺すぞこら!

 

とわめく高杉を無視し、護は血まみれの少女を抱きかかえた哀歌に目線を向ける。

 

「哀歌! 君の魔術でインデックスを治療できる? 」

 

「できないことは、ないとは思うけど.....保証は出来ないし自信も微妙。禁書目録なんてVIPは私も治療したことないし..... 」

 

となると原作通り、小萌先生の家で内なるインデックスとも言える『自動書記、ヨハネのペン』に治癒させるしかない。

 

「高杉!御怒りのところ悪いんだけど、お前はな力が必要なんだ。哀歌と上条とこの子をこの座標に飛ばしてくれないか? 」

 

護が渡す、座標位置を示した地図と、2枚の写真を受け取り、しばらくそれを確認した高杉は、哀歌と上条に手を握らせ、その重ねられた手と哀歌が抱くインデックスに手を置いた。

 

「後で、しっかりとお返しをしてもらうからな! 」

 

愚痴りながらも、高杉は目を閉じ、しっかりと力を発動する。

 

「それじゃあお三方、どうぞ楽しい御旅行を! 」

 

次の瞬間、哀歌、上条、インデックスの3人は文字通り消えた。瞬間移動したのだ。

 

「さて、とりあえず任務はこれで終わりということで解散していいか?お返しはまた別の機会にとして、実際問題、疲れてんだが 」

 

「そうだな.... んじゃあ今日の所は解散ってことで.... 」

 

そう言いかけて、直後護は後悔した。なぜなら......

 

「うっしゃあ! 後はクリスの奴に見つからないように、ホテルまで戻ればいい! 」

 

「トラ次郎ストラップ! まだ間に合うはず! 」

 

「待ちなさい高杉! あんたをまず縛って罰を与えるんだから! 」

 

集合する前と同じノリになる3人に思わずため息をつきそうになる護だった。

 

「まあ、とりあえず今回はこれで解決.....か 」

 

そんなことを呟きつつ、部屋に戻ろうとして、護はなにか嫌な雰囲気を感じとった。

 

まるで『誰かが見てる』ような、嫌な感覚。

 

「まさか、まだなんかいるってわけじゃないよな? 」

 

念のために後ろを振り返ってみるが別のおかしなところはない。

 

 

「まあ、気のせいだよな? 」

 

そう自分を納得させ自分の部屋に入っていく護。それを天井裏から覗く2つの目があった。

 

「本部、報告。目標である『禁書目録』は学園都市の対外暗部組織に守られている。至急対策を立てるべし 」

 

屋根裏に潜む者は小さく笑う。

 

「しかし、またとないチャンスだ。だがまず、周りの護衛どもを無くさなければならないがな 」

 

屋根裏に潜む者はもう一度小さく笑い。闇に溶けこむようにその場を去る。すでにその姿は屋根裏から消えていた。

 



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とある山間の突発銃撃

「アイルランド旅行?! 」 「そっ、アイルランド旅行 」護はたったいま聞いた言葉を疑った。

 

例の魔術師騒動は一段落し、小萌先生の家でのインデックスの治療 (というか実質自己回復)と『首輪 』の術式の排除も完了していた。

 

そのさい、原作なら上条さんは記憶を失うのだが、哀歌が徹底的に(護の頼みで)それらの可能性を排除したため。それは起きてない 。

 

その代わり、原作では上条と関わりをもつはずの2人の魔術師 が一切関わってきていない。この結果がどうなるかかは護にとって不安要素の1つになっていた。

 

「そもそも、アイルランドってどこのことだっけ? 」

 

「私の故郷で、イギリス.....『グレートブリテン北アイルランド連合王国』すぐ横に位置する島よ。昔はイギリスの領土だったこともある国なの 」

 

クリスの言葉に、護は首をかしげた。

 

「あのさ...... そこがどんなとこかは分かったけどさ、なんでそこに旅行って話になるんだ? 」

 

「それがね.....お父さまが里帰りしてこいっていってるの。今夏休みでしょ? 」

 

そう彼女はアイルランド人なのだ。能力に憧れて国を離れ、学園都市にやっつきて『念動能力』を手に入れた.......ただ分からないのが、なぜ彼女が『暗部』に入ったかだった。

 

「ふーん。だけどそれに僕達がどう関わってくるのさ? 」

 

「うん....お父さまが『お前の友達もついでに連れてこい』って言ってってね。それで護たちさえよければ『ウォール』の皆とインデックスちゃんも一緒にいけないかなと思ってるの 」

 

それは護にとっては是非行きたい話だが、それには懸念材料が1つある。それは自分たちが『暗部組織』の人間だということだ。

 

『ウォール』の人間の役目は『外部組織の排除、及び殲滅 』であり、護たちは街の中に潜む、あるいは進入してくる外部組織の工作員などと戦う役目をもっている。

 

里帰りという事情でアレイスターが役目を解くだろうか?

 

「それは確かに行きたいけどさ。統括理事長(アレイスター)がそれを許すか? 」

 

「それがさ、もう許可をもらってあるの 」

 

護は思わず口にしていた、コーヒーを吹き出しそうになった。アレイスターが許したって!?

 

「ええと、確かここに......あった! これがアレイスターからの通達よ 」

 

クリスが自分の学生カバンから出したのは一枚のコピー用紙。

 

「なになに.....『アイルランドへの渡航を許可する。準備が済み次第、すぐにでもでても、構わない。ただしせっかくアイルランドに行くのだから、現地組織の調査をしてもらいたい。具体的には学園都市に刃を向ける可能性のある外部組織の調査だ 』......なんか許すどころか、積極的に行くことを進めてるみたいだぞ? 」

 

「そこが私にも不思議だったんだけど.......まあ、とにかく旅行にいけるというのは分かったでしょ? みんなで一緒にアイルランドに行かない? 」

 

しばし悩む護。なんだか嫌な予感がしたりするのだ。あのアレイスターがこんなに普通に渡航を認めるというのはおかしいのだ。だが、逆にこれがアレイスターの想定している『計画(プラン』に関係している場合には.....それを避けることは、自分が守ろうとしている人を危険にさらすことに繋がる可能性がある。それだけは避けたいという思いが最終的には肩を押した。

 

「それじゃあ、行くとするか! 他のみんなにも連絡して......ついでだから当麻の奴も誘おう。いいかクリス? 」

 

「別に構わないわ。人数が多いほうが賑やかで楽しいし 」

 

その後、ウォールメンバー全員が旅行への同行を示し。上条も丁度、夏休みの補習が(上条にしては珍しいことに)終わっていたこともあり、参加することなった。そしてもちろんはらぺこシスターことインデックスもである。

 

という訳で現在、一行は学園都市内部の国際空港に来ている訳なのだが、クリスを除く全員が出発ゲートがあるターミナルからの景色に言葉を無くしていた。

 

「あのさ.......クリス? 本当にあの飛行機にのるの?しかもスイートルームっていくらするわけ? 」

 

ターミナルから見える護たちが乗る予定の旅客機は、『ボーイング957型機 』といい、ボーイング社の最新モデルである豪華旅客機ともいえる機体である。

 

「うーん......お父さまが払ってくれたから、分からないけど、多分、200万から300万ぐらいじゃないかな?と思う 」

 

クリスの言葉に絶句する一同。なにせ1人につき200?300万とすると、護たち7人で最低でも1400万。最高で2100万はする計算になるからだ。

 

「クリス。アンタの家ってそんなに金持ちだったっけ? 」驚きを隠せない様子の美姫と対象的に哀歌はさほど驚いた様子を見せない。

 

「美姫。これを見て 」哀歌が差し出したのはクリスのパスポートだった。先程から全員のパスポートは哀歌が預かっていたのだ。理由は哀歌から物を奪える人間などそういないからだ。

 

「えーと、なになに......これは哀歌の名前よね?何か以外に長いわね......『ザ・ライト・オノラブル・レディ・クリス・エバーフレイヤ・オブ・アーマー 』これがなに? 」

 

「問題なのは、その名前......ザ・ライト・オノラブルというのは伯爵以下の貴族に対する称号なの。しかも爵位の後には必ず、なになにのという地名がつくから、オブ・アーマーってのがそうだと思う........つまりクリスは伯爵だかなに爵だかは分かんないけど、クリスは『貴族』ってことになる... 」

 

瞬間、全員の視線がクリスに注がれる。

 

「....... ごめん、黙ってて.....私、貴族だからって特別扱いされるのがやだったから今まで内緒にしてたの 」

 

なる程と内心納得する護。実家が貴族なら、あれだけの旅客機をチョイスできる訳もわかる。

 

「分かったから、早く行こうぜクリス。お前の故郷なんだろ向こうでは案内頼むぜ? 」

 

高杉に言われ、すこし落ち込んでいたクリスの目に光りが戻る。

 

「うん! ただしそう宗兵、向こういって寝てばっかりだったりしたら、ブチ殺すわよ? 」

 

なんか物騒なことを言い合いながら搭乗ゲートに向かう2人に続いて他のウォールメンバーも向かっていく。

 

その後ろで、インデックスがポツリとつぶやいた。

 

「なんか、まったく話しに入っていけなかったかも 」

 

「ああ、なんか俺たちかやの外って感じだったな.....でも、せっかくの旅行だから楽しもうぜインデックス! 珍しく不幸な事態も起きてないし、俺は今回は恵まれてるみたいだしな! 」

 

と上機嫌の上条だったが搭乗口でインデックスの安全ピンが検査に引っかかり、服を買いに出発ギリギリになるまで走り回り

まいでお馴染みの『不幸だ?!』を叫ぶこととなった。

 

それが、7人が巻きこまれる大事件の始まりだとはこの時だれも気づくはずがなかった。

 

「ふ?......やっと着いたな.....で、ここからどうやってクリスの家に行くんだ? 」

 

日本から約12時間をかけ、ようやくアイルランドの首都ダブリンのダブリン空港に到着した護たちは、空港の東出口に立っていた。

 

機内ではさすがはスイートクラスだけあって豪華な作りになっていたのだが、科学オンチのインデックスがあちこち触るのを止めたり、やたら豪華すぎるため、あちこち壊さないように気を使いつづけていたため、7人はちっとも快適に過ごせなかった。

 

「えっとね.......確か、空港に迎えに行くって......ああ、あそこだ!ベネット! こっちよ! 」

 

空港出口にいくつか寄せているクルマの内の一台がこちらに向かってくる。

 

『お帰りなさいませ。お嬢様。そちらの方々がお友達の方々でございますか? 』

 

『そうよベネット。お父さまは元気にしてる? 』

 

『ええ、皆様が来るのを楽しみに待っておられます 』

 

一連の会話は、アイルランド語でかわされた為に護たちにはサッパリである。

 

「ああ、みんなごめん。紹介するわ。私の家に仕えてくれている執事長のベネット・ライヒンガルドよ 」

 

「始めまして皆様。わたくし、エバーフレイヤ家にて執事長を務めさせていただいています。ベネット・ライヒンガルドと申します。お見知りおきを 」

 

ベネットの流暢な日本語に、しばし唖然とした7人だったが、慌てて自己紹介をした。

 

「僕が古門 護です。こちらが竜崎哀歌。そっちが高杉宗兵で、こちらが上条当麻。そしてこの子が...... 」

 

そこまで言いかけて護はある重大な事実に気づいた。修道服を着込む少女、『禁書目録(インデックス)』には『名前がない』!

 

「(まずい、どうする! 素直にインデックスなんて言えないし! かといってすぐに偽名なんて思いつけないし! どうすれば良いんだあぁぁぁ!! )」

 

「この子は、テレジア・リースって言うんです 」

 

護が混乱してる間に、哀歌が助けに入った。

 

「じゃあ、みんな移動しましょう。私の家はここからすこし距離があるから、すこし車で寝るといいわ 」

 

という訳で、2台に分乗して(ベネットが運転するものとは別にもう1台来ていた )クリスの家に向かうことにした一行はそれぞれに車内での時間を満喫するはずだった。『その時』が来るまでは。

 

空港から出た2台には以下の振り分けで護たちが乗り込んでいた。

 

1台目、クリス、美姫、高杉

 

2台目、護、哀歌、上条、インデックス

 

という感じである。

 

そしてアイルランド到着そうそうに2台目に乗っていたメンバーは事件に巻きこまれることとなる。

 

それは、護たちの乗る2台目が山間にさしかかった時だった。

 

「おっかしいな...... 」2台目の運転手であるジェームズは焦っていた。

 

後ろでは今回のお客さんがたがスヤスヤと眠っているが、こっちはそれを気にしてはいられない。

 

明らかにガソリンの減る量が早いのだ。最初はそれ程でもなかったのだが、山間に入った辺りから急激に減り始めた。こんな山の中で、エンストはいくらなんでも避けたい。この減り方は明らかにガソリンが漏れ出していることを示している。なら確認するしかない。

 

ジェームズは即座に判断し、車両無線を使って1台目に連絡を送る。

 

『こちらジェームズ。車両に異常を感じるため、確認の為に一旦停止し、後で行きます 』

 

無線を送り終わったジェームズは運転席から降り、給油口を調べ....凍り付いた。

 

予想どおりガソリンは漏れ出していた。だがその原因は、彼が予想していた蓋の閉め忘れなどではなかった。

 

「これは.....銃弾の跡.....まさか....!? 」慌てて警戒の目線を周りに向けるジェームズだが、気づくのが遅かった。

 

次の瞬間、ジェームズの脳天を7.62ミリのライフル弾が貫き、彼を絶命させたからだ。

 

「ん.......! 護! 起きて! 」いち早く、ジェームズが倒れたことによる衝撃に気づいた哀歌が警告の声を発したのと同時だった。

 

バラバラと突然、付近の木の上や草の影から覆面の男たちが近づいて来た。その手に握られるのは突撃銃(アサルトライフル)。

 

「いったい......護!早く起きて! 」

 

哀歌に揺さぶられ、ようやく目を覚ました護は、即座には状況を理解できなかった。だが窓に広がる血痕、倒れる運転手、窓に広がる銃痕になんとか事態を認識した。

 

「い....いったいこれは? ていうか、奴らはいったい?! 」

 

「そんなこと言ってる場合じゃない! 早く逃げないと...... 」

 

そう言いかけた哀歌の右肩を銃弾が貫いた。

 

「哀歌! くそぉ! 起きるんだ上条!インデックス! 」

 

そう叫ぶ護の首筋に銃口が突きつけられた。

 

「抵抗するな。動けば、引き金を引く 」

 

静かで感情を感じさせない声だった。わかる事は声が男性のものだということだけ。

 

「なんだよ、お前ら...... 」

 

ようやく目を覚まし、信じられない目でみる上条に向けて、覆面の男は簡潔で同時にこれ以上ないほど実態を指し示す言葉をはいた。

 

「IRA.....本来、わが国の土地たる北アイルランドを手にする為に戦い続ける、正統な共和国軍......君たちからいう『イギリスにおけるテロリスト』だ 」

 

 

 

 

 

 

 




なんで前半最大の見せ場を飛ばした!と激怒の読者の方もいると思います。
すみません!(ーー;)

上条さんの記憶喪失、これをあえて無しにしたのは、もちろんなんの気なしにではありません。

失望された方の気持ちを踏みにじらないためにもしっかりと、描いて行きたいと思います。


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とある女性の協力要請

「(IRA.......アイルランド共和国軍.....『こちら側』にも存在してたのか..... )」

 

実は、護は軍事や歴史に興味があり、元からそれに関する知識は豊富だったりするのだ。

 

護は覆面の武装集団、IRAの構成員たちに銃口を突きつけられつつ考えていた。

 

「(だが、なぜIRAがこちらに関わってくる? 外部組織の掃討の役割をもつウォールでもIRAを相手にしたことはないし、僕達をさらってもなんの意味もない。狙う理由ができるとしたら、むしろ1台目の方だから、クリスを狙ってたのか? ) 」

 

「車から降りてもらおう。早く出るんだ 」

 

男に促され、仕方なく車を降りる護。能力を使ってこの場をしのぐことも不可能ではないがリスクが高すぎる。

 

上条とインデックスに関しては役に立たない。上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は銃弾にはなんの意味も持たない。インデックスにはそもそも戦闘能力はない。

 

哀歌には人間離れした身体能力と魔術という武器があるが、先程の銃撃によって意識を失っている。

 

つまり現状は八方塞がりなのだ。

 

「これからお前たちをボスのところに連れて行く。くれぐれも抵抗するな。できれば無傷で連れてこいと言われてるんだらな 」

 

現状、対抗策はない。ここはおとなしく従うしかない。そう判断し頷く護に男は満足げに首を縦に振った。

 

護、哀歌、上条、インデックスの4人は全員目隠しされ両手を手錠で拘束された上で大型車 (見えないので正確には分からないが、上条、インデックスの声を確認したりしての予想 )に乗せられ運ばれた。

 

「(IRAが.....僕らを狙う理由はなんだ? 僕らを襲うメリットは? 僕らを人質にして学園都市に金を要求するとか? でもそれならわざわざボスの所に連れて行く必要がない........ いったいなんなんなんだ? ) 」

 

ひたすら答えの出ない問いを護は繰り返していた。

 

 

「さあ、着いたぞ 」男たちにどつかれながら降ろされ、目隠しをとられた護たちの前には、古びた砦の門らしきものがそびえ立っていた。

 

「ここが、ボスって奴のいるところなのかよ? あからさまに目立つ場所じゃねえか 」

 

上条が不審に思うのも当然で、城より規模は小さいものの城郭や櫓を備えた立派な砦であり、隠れ潜むテロリストたちの拠点としては明らかに不自然な場所になる。

 

「ここは古い魔術的な城塞なんだよ。でも、今は機能してないみたい 」

 

禁書目録(インデックス)の名をもつ彼女が言うのだから間違いはないだろうが、ではなぜこの場所に武装組織が拠点を構えているのだろうか?

 

「ここに、入れ 」護たちが通されたのは応接間のような場所だった。古びた外観とは裏腹に内部は意外に小綺麗にされており、折りたたみ椅子が5つと簡素な木製の机がおかれている。

 

そして、応接室にある窓の側に1人の女性が佇んでいた。

 

「ボス! 彼らを連れて来ました 」

 

ボス、そう呼ばれた女性はこちらに顔を向ける。

 

金髪でヨーロッパ系の顔立ちをした美女。

 

彼女は静かな口調で、日本語で語りかけた。

 

「始めまして。私がIRA.....アイルランド聖騎士団、団長のラミア・エバーフレイヤ。クリスが、娘が世話になってるそうね 」

 

護はたった今聞いた言葉を疑った。クリスを娘と言ったということは、彼女......ラミアはクリスの母親ということになる。だが、まさかクリスの母親がテロリストだなんて.......

 

「あなたたちをさらったのには、勿論、理由があります。私の娘........クリスを助けたい......その為にあなたたちの力を借りたいのです 」

 

ラミアの思わぬ言葉に護の思考が一瞬停止する。

 

「いったいどういうことだよ! あんたはエバーフレイヤ家の運転者を撃ち殺させてるじゃねえか! なのに力を借りたいってどんなつもりなんだよ! 」

 

「あの運転者は、クリスの父親が雇っている傭兵.......海外の元軍人です。あの子の父親はIRAから離脱した別組織.......通称リアルIRA.......私たちからいうところの『タラニス』という組織のリーダーなんです......あなたたちには理解しにくいかも知れませんが....... 『魔術結社(マジックキャバル) 』という組織の一種なんですよ 」

 

魔術結社という言葉にインデックスがいち早く反応する。

 

「まさか、その人が私たちをここに呼んだのは....... 」

 

哀歌の言葉に、ラミアは頷くことで肯定する。

 

「あの人は、『禁書目録(インデックス) 』。その子の中にある10万3千冊の魔導書のうちの1つ。アイルランド神話における伝説の書物である『侵略の書』を手に入れようとしている。私はそれを止める為に『アイルランド聖教』から依頼を受けて動いてるの。お願い、協力して 」

 

思わぬ流れに、護たちは顔を見合わせる。彼女を信じ、協力するか、それとも........

 

「お願い。あの人がインデックスから原典を取り出すために動き出したら、クリスが.....あの子が死ぬことになる! 」

 

瞬間、全員の目がラミアに注がれる。

 

護には、もうなにがなんだか分からなっていた。

 

クリスが死ぬって!?

 

 

 

 

 



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とある刺客の銀製義手(シルバーハンド)

 

「クリスが死ぬって......どういうことですか?....... 」

 

哀歌の問いかけに対するラミアの答えは簡潔だった。

 

「能力者には魔術は使えない。それは知ってるかしら? 」

 

「それは......知ってます.......けど。それがどうしてクリスが死ぬことにつながるんです? 」

 

「あの子は学園都市の学生として『科学サイド』で暮らしているけども......それは彼女が望み、私が『逃がした』から。本来彼女は『女神の素質』という特性をもつ『魔術サイド』の人間なの 」

 

ラミアの言葉は護にとって衝撃的だった。ラミアの言葉が意味するのは........

 

「そうよ......あの人は、クリスの父親はクリスの3人の妹たちがもつ『運命の3女神』の特性。そしてクリスが生まれながらに持つ『主導神ダヌ』の特性を使って『禁書目録』の中に眠る『侵略の書』を手に入れようとしているの 」

 

その言葉は護を驚愕させたが同時に疑問も与えた。それは『禁書目録』からそう簡単に知識を奪えるだろうか?という疑問である。

 

確かに『禁書目録(インデックス)』の知識を守る『自動書記 ヨハネのペン』は上条の『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』により破壊されている。

 

だが、これはこの世界における『未来』について知っている護だから分かることだが、禁書目録の知識を閲覧できたのは、日本神道系の魔術師である闇咲とインデックスの『遠隔制御霊装』を手にしたフィアンマだけである。

 

闇咲の場合は特殊だとして、インデックスの知識を閲覧するためにはイギリスにおける『清教派』と『王室派』がそれぞれ管理している『遠隔制御霊装』を使う必要があるはず.......そこまで考えて護は、はたと気づいた。

 

「まさか......クリスの父親はクリスの力を使ってイギリスを? 」

 

「ええ、『主導神ダヌ』の素質を持つクリスを『覚醒』させて、その強大な力で一気にイギリスの『王室派』の象徴『バッキンガム宮殿』を襲い、内部にある『禁書目録(インデックス)』の『遠隔制御霊装』を奪い取る。そしてクリスは『能力者』。あの子に『女神の素質』があるといっても、神話級の魔術を行えば、多少回復魔術で生きながらえさせられたとしても、確実に死んでしまう。万が一死の危機を免れても、一生廃人となってしまうの 」

 

「しかし、いきなりせめても、そう簡単に奪えないと思うけどな? 」上条の疑問にラミアは当然のように即答した。

 

「まず、リアルIRAとしての表の戦力がテロ活動を行うと同時にバッキンガム宮殿に攻撃を仕掛け、王室派の人間が避難するように仕向けるのよ。そしてわずかな使用人や魔術師しかいないバッキンガム宮殿に『人払い』をすませたうえで、裏の戦力が一斉攻撃をかけ、一気に『遠隔制御霊装』を奪う......それがあの人の考える計画よ 」

 

ラミアの言葉に護たち4人は沈黙した。

 

護は、選ばなければならなかった。ラミアの言葉を信じ協力するか。それとも彼女の言葉を嘘と決めつけ中立の立場をとるか。

 

少なくともラミアの言葉からラミアが『魔術サイド』の人間であることは間違いない。

 

だが、ラミアの話すことにはまったく確証がない。

 

「(せめて、彼女の言葉を証明する『何か』があれば.......) 」

 

そう思った矢先、思わぬ形でその願いはかなえられた。

 

突如、応接間が真っ二つに切り裂かれた。

 

比喩でもなんでもなく純粋に床がぱっくりと口を開け護たちをのみこもうとする。

 

「ウソだろぉぉぉぉ!! 」まっさかさまに下の階に向けて落ちていく護はパニックになりながらもなんとか重力を制御してゆっくりと着地する。

 

上では、哀歌が上条を、ラミアがインデックスをそれぞれ抱えて着地する。護のように『能力』を使うまでもなく平然と着地できるところはさすが『魔術サイド』の人間だけあると感心するところだが、いまはそれどころではない。

 

たった今、護たちがいた応接間。そこの床の裂け目を通って、護たちの前に一人の男が着地する。

 

肩にかかる程度の銀の長髪で顔には大きな十字の傷跡。なにより特徴的なのがその右手に握られるひと振りの剣。

 

「さあて.......『聖騎士団』に邪魔されちゃ厄介だから早めに潰しにやって来てやった。おとなしく死んでくれ? それとそこのお前たち......『禁書目録(インデックス)』の護衛者だったか? お前たちもついでに潰してやるよ 」

 

男の剣を見たインデックスの顔色が変わる。

 

「どうしたんだ?インデックス 」「当麻。あの剣はアイルランド神話に出てくる神の武器をモデルにした霊装なんだよ! 名は........ 」

 

「『ヌアダの剣 (クラウ・ソラス)』だ。さあ、味わってもらおうか。この力を! 」

 

男の叫びとともに、剣からすさまじい光が放たれ、一瞬にして護達を光の渦が包み込む。

 

「当麻! お前の右手でこの渦に触れるんだ! このままじゃ飲み込まれる! 」護の叫びにわずかに困惑した上条だったが、即座に自分たちを囲む渦に右手でつくった握りこぶしをぶち当てる。

 

はじけるような音とともに光の渦は消し飛ばされる、だが消えると同時に無数の光弾が護達に向かってくる。

 

「下がって!護! 」哀歌が護を横に突き飛ばし、護の前に出る。

 

「現出せよ、『破壊大剣(ディストラクション・ブレード)』! 」哀歌の叫びとともにすさまじい閃光が彼女から発せられ、向かってきた光弾をすべて打ち消す。

 

その光が収まった後、そこに立っていたのは『変化』をとげた哀歌だった。

 

「あれって、哀歌だよな?翼が生えたりしてるけど、あれは哀歌なんだよな? 」

 

上条が戸惑うのも当然で、彼は哀歌の『変化』した姿を見たことがない。

 

「ああ、そうさ。僕の仲間にして親友。そして対魔術戦闘のエキスパートだよ 」

 

哀歌はその両手で構える『破壊大剣』を真上に振り上げながら一瞬で男の前に移動する。

 

その全長3・5メートルの大剣が男に向けて振り下ろされる........が男はその攻撃を『右手』一本で構えた剣で防いだ。

 

「おまえも魔術師のようだが......知ってるか? 『ヌアダの剣』の持ち主である神『ヌアダ』は戦いにより両手を失い.......医学の神が作った特製の『銀の腕』を取り付けることによって力を取り戻した........それが表向きの伝説だ。だがもう一つあまり知られていない伝説がある。医学の神が作った『銀の腕』には『神器を扱えるだけの怪力』をもたらす力がこめられていたという伝説だ.....つまり『銀の腕』と『ヌアダの剣』はセットじゃなきゃ力を発揮できないのさ.......ただ、さすがに両手を切り離してまで力を手に入れようとは思えんのでな.......俺の場合は、『右腕』を『銀の腕』にしてそこに『銀の両腕』の特性を集約しているというわけさ 」

 

驚愕し、男の右腕を見つめる哀歌。確かにその右腕は銀製の義手になっている。

 

「さて、それじゃあ吹き飛んでもらおうか。いくら巨大な武器をぶつけても俺には意味はない。この『右腕』がある限りな! 」

 

哀歌が身構えるのと同時に、男の剣が勢いよく振られ、哀歌の体を大剣ごと吹きとばす。

 

「哀歌!くそ!『重力鉄槌(グラビティック・ハンマー)』! 」護が作り出す重力の鉄槌を、しかし男は『右手』で受け止める。

 

「.....超能力.....科学サイドの象徴......なるほど確かに強力だ。だが、その程度で、このグラン・ストリスを倒せると思うな! 」

 

どういう力を使ってか重力を『弾き飛ばした』グランはその剣に巨大な光の波をまとわせる。

 

「滅びろ超能力者! これで『あの方』の計画は成就する! 」

 

グランがいっきに振りぬいた剣から巨大な光の波が放たれる。護は周辺の重力を操作し、その攻撃を抑えようとするが、多少スピードが遅くはなるものの、まっすぐこちらに向かってくる。

 

「(この攻撃、科学の法則を完全に無視してるせいで、能力が効かない!?) 」

 

自分の無力さを呪いつつ護が観念して目を閉じようとした時、その前に人影が立った。

 

「こんなに早く.....あきらめてんじゃねえぞ! 」

 

次の瞬間、前に立つ人影.......上条当麻の『右腕』がまっすぐ伸ばされ、その手が波を粉々に打ち砕く。

 

「なあ!? 」驚愕するグランに向けて上条の言葉が放たれる。

 

「てめえが、その『右手』を使って、まだ俺の『仲間たち』を傷つけようって言うんなら......まずは、その幻想をぶち殺す! 」

 

 



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とある女傑の戦闘介入

「その『右手』...... お前いったいなにもんだ? 」

 

「なに者でもない。ただの高校生さ。ちょっとばかし変わった右手をもつ、ただの高校生......だよ 」

 

「ただの高校生が、俺の攻撃を打ち消せるはずが無い! いったい...... 」

 

「幻想殺し(イマジンブレイカー)さ。こいつの右手には、あらゆる異能の力を打ち消す力が宿ってるんだ。こいつの前ではお前のどんな攻撃も無駄ですよ?」

 

護の言葉に、グランの口元が歪む。

 

「ふざけるなよ.......そんな戯けた力があってたまるか! 」

 

再び光の波を放とうとするグランだったが.......

 

「私のことを忘れてるわよ? 」

 

いつのまにか、グランのやや後ろに来ていたラミアがその手に槍を構えて立っている。

 

ラミアのもつ槍を見たグランの表情が変わる。

 

「きさま......そうか、お前も『一族』の血を.....『女神の素質』が成せる力か! まさか、『死の女王スカアハ』の特性とはな。となると......その槍は! 」

 

「魔槍『ゲイ・ボルグ』。勇者クー・フリンの武器として有名だけど、本来は死の国の女王である『スカアハ』のもの....... あなたも『これ』の威力は知ってるわよね? 」

 

瞬間、ラミアのもつ槍が凄まじい速度でグランに向けて投げられる。そこは別に普通だ。だが違うところが1つ。彼女は『足で投げた』のだ。

 

「その投擲法.....まさか! 」

 

「そうよ...... 」

 

ラミアはグランにむけて薄く笑う。

 

「こいつは、あんたのもつような『量産型(コピー)』じゃない......『本物(オリジナル)』よ 」

 

グランは慌てたように構えるがすでに遅い。

 

投擲された『ゲイ・ボルグ』は空中で突如30の鏃に分裂し、闇色の鏃に変化しグランに遅いかかる。

 

グランが光の波を放とうとするが間に合わない。突き進む30の鏃はその全てが容赦なくグランの全身に突き刺さった。

 

「ぐわああああ!? 」

 

激痛に全身を蝕まれ絶叫するグランは、自分の体の変化に気づいた。鏃が刺さった部位が徐々に『老化』を始めている。

 

「ラミア! きさま、なにを! 」

 

「あなた、自分で言っといて忘れてるの?私は『死の女神スカアハ』の特性をもっているのよ?『死』を司るスカアハに『老化』が関係ないわけないでしょう? 」

 

唇をかむグランにラミアは静かに告げる。

 

「安心して。手心を加えて置いたから、あくまで『刺さった部位』が老化するだけ。『葬式』で親族が見るあなたの顔は今のままよ? だけど、あなたを『助けはしない』わ。体の30箇所を鏃で貫かれた以上、なにか措置をしないかぎり、あなたは助からないわ 」

 

「く.....そ.....が..! 」体の30箇所から真っ赤な血を流し、口から血の塊を吐き出しながらも、グランはおのれの右手に握られる抵抗の象徴である剣を持ち上げようとする。だが、その手はもう1つの『右手』に押さえられる。

 

「てめえの幻想はここで終わりなんだよ。グラン! 」

 

彼の右手が触れたとたん『グラン』の力を支える『銀の腕』はバラバラに砕け散る。

 

「きさま......これで......勝ったと思うな.......俺は始まりにすぎん....『タラニス』という『組織』を相手に貴様になにができ..... 」

 

「関係ねえよ 」上条は力強くグランの言葉を否定する。

 

「んなこと関係ねえよ。相手がどんなものでも俺は逃げない。自分が『助けたい』と決めた奴の為なら、俺は地獄の底でも突き進む。それが俺の.....『上条当麻』の信念だから! 」

 

上条の言葉に目をみはるグラン。グランは悟る、こいつは予想もしなかった強敵だったと。

 

「あなたの敗因は、武器の力に頼った上に、その武器が完全でなかったことよ。しかも一点の攻防に特化しているあなたは面の攻撃には不利だった。つまり、私相手には相性が悪かったってことね 」

 

「だまれ.....この化物......が.....どこまで行っても......貴様らの『一族』の定めは変わらん.......ぞ 」

 

「それが最後の言葉? 意外に小物だったのね。一族の定め? そんなもの私が知ったことじゃないわ。とっくに『一族』から追放されてる私にとっては 」

 

護は、目の前で繰り広げられるやりとりにただ唖然としていた。

 

分かってはいたことだが、この作品世界のキャラたちは『凄い』。

 

そんなことを改めて自覚させられた護だったが、同時に戸惑いも感じていた。本来なら『ラミア』も『グラン』も.....そしてクリスを始めとする「ウォール』のメンバーも、作品には登場しないはずの人物である。それが出た理由は1つしか考えられない。すなわち護が異世界からこの世界に『介入』したから......である。

 

すなわち、もしも『仲間』や敵が死んでしまうとすれば、それは自分のせい........

 

そんな護の心中などつゆ知らず、ラミアは護に向き直る。

 

「早めに加勢できなくてごめんなさい。この『ゲイ・ボルグ』はいつも手元に置いとくわけじゃないから 」

 

「それは仕方ないです。でも、そいつは『グラン』はどうするんです? 」

 

「うちの部下たちで、こいつの実家に届けるわ。こいつの親はIRAとリアルIRAの区別はつかないだろうし、IRAの一員として国に貢献したと伝えさせる。こいつは『敵』だったが、その親は違うからな 」

 

既にものいわぬ死体となっているグランを聖騎士団のメンバーが運んでいる間に、護たちはラミアからクリスの父親がリーダーを務めているという組織『タラニス』について概要を聞かされた。

 

『タラニス』とは、かつてアイルランドがイギリスと争っていた時代に、アイルランド聖教会直属の魔術勢力である『聖騎士団』とは別に民衆の手で作られた魔術結社のことをさすのだという。

 

「IRAが長きにわたるイギリスとの戦いをえて、最終的に独立を勝ちとれたのも魔術勢力である『聖騎士団』や『タラニス』の暗躍があったからなの 」

 

「じゃあ......なぜ、『タラニス』は今も戦う.......の? 」

 

哀歌の質問は当たり前のことで、戦いが終わった以上『タラニス』の役目も終わるはずである。

 

「アイルランドは確かに独立を果たしたのだけど、そのさい、北アイルランド6州はイギリスのものとなったの。その時にこれ以上の闘争を避けたい『聖騎士団』とアイルランド全土を取り戻すまで戦う意思をもつ『タラニス』が対立したの。結果としてタラニスはわれらとは袂を分かち、表向きはリアル IRAとして、未だイギリスに対して戦いを続けているの 」

 

「なるほどな.....まあ、それはそれとして.....どうやってクリスを助け出すんだ? 」

 

上条は、いますぐにでも動きだしたい表情をしていたがラミアを首を横に振った。

 

「今すぐには、動けないわ。まず『聖騎士団』のメンバーを集めなきゃいけないし......... 」

 

「僕らは先に行きます! 」護はラミアの声に被せるように叫んだ。

 

「早くしないと手遅れになるかもしれない。それはそうですよね? 」

 

「確かにそうだけど......あなたたちだけで行かせるわけには....... 」

 

「心配になる気持ちも分かります!だけど、今はクリスが......僕の『仲間』が危ないんだ! 早く助けたいのは当然です! 」

 

ラミアはしばし考える素振りをしたのち、ポケットから何やら丸めた紙を取り出さし、それを護に向けて投げた。

 

「それは地図よ。アイルランド語で書いてあるから哀歌って子ぐらいしか読めないだろうけど、クリスの家の場所が書いてある。いいかい? 絶対に死なずにまってて。できるだけ早く私達も駆けつけるから」

 

ラミアの誠意に感謝し、護は深く頭をさげた。

 

「じゃあ、いこうかみんな。前回はクリス命名による『迷子のインデックス捜索大作戦』だったけど、今回は『囚われのクリス救出大作戦』だ! 僕らの『仲間』を救い出しにいくぞ!」

 

応!という掛け声が古城に響いた。

 



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とある古城の不安待機

「なあ.....護たち、いくら何でも遅くねえ? 」

 

クリスの実家である、エバーフレイヤ家所有の古城、『フレイヤ城』で高杉、美姫、クリスの3人は護たち一行の到着をまっていた。

 

「ねえ、ベネット。護たちの車に連絡はまだつかないの? 」

 

「はい......只今、幾度か応答するように連絡を送っているのですが、返ってこないため捜索隊を出して確認を急いでおります 」

 

ベネットの言葉にクリスの顔が曇る。クリス以外の『ウォール』メンバー達の表情も陰っている。

 

学園都市の裏側で動く暗部組織の一員である『ウォール』メンバーである3人はどうしても今の状況を悪く考えてしまう。即ちなんらかの『事件』が起きたのではないかと考えてしまうのだ。

 

「みなさま.....そんな暗い顔をなさらないでください。そのうちにきっと連絡が......つっ! 」

 

「どうしたのベネット! 」

 

「ただいま連絡が入りました。捜索隊が山中で放棄された2号車を発見。前部座席に2号車運転手のジェームズの遺体が乗せられていたそうです。また車体にいくつかの銃痕を発見したと...... 」

 

「なんだって!? じゃあ護たちは誰かに狙われたってのか? ていうか護たちはどうなったんだよ! 」

 

高杉の言葉にベネットは首を横に振った。

 

「護さまたちの姿は無かったそうです。その行方については捜索中......ですが、同時に『追跡者』達からこんな情報が..... 」

 

なにやら、クリスに耳打ちするベネット。その行動はすこし表には出せない情報だということを意味していた。

 

「そう.......そっか、『あれ』が関わってるかもしれないんだ..... 」

 

「はい.......私兵部隊を動かしましょうか? 」

 

「今の状況でお父さまが許すはずがないわ......... 」

 

2人の会話にまったくついていけてない高杉とクリスだったが、とにかく今は対策を立てなければならないと話に入ることにした。

 

「なあ、私兵部隊ってクリスの家が独自に保有する兵隊のことだろ? なんでそんなものを出すってんだ? だいたい『あれ』ってなんなんだ? 」

 

「そうよ、護たちになにがあったっていうのよ!? 」

 

「ベネット......2人は『私たち』と同じ『裏側』を知る人間よ。話しても構わないわよね 」

 

「お嬢様が良しとされるなら。私には異論はございません 」

 

ベネットの言葉に頷き、クリスは2人を見つめ直す。

 

「よく聞いて。この国には『IRA』というテロ組織が存在するの。正式には『アイルランド共和国軍』というのだけど、かつてアイルランドがイギリスに支配されていた時代、それを良しとしない人々が作った『抵抗組織(レジスタンス)』が時代を経て変化したものなの。今回、護たちを襲撃したのはそのうちの一派.....『聖騎士団』と名乗るやつらだと分かったのよ 」

 

「アイルランド政府軍から、連絡がありまして『聖騎士団』が我が『エバーフレイヤ家』に対して宣戦を布告してきたというのです。ただいま私兵部隊は城の周辺に展開して防備を固めはじめております 」

 

「じゃは早く私兵部隊の一部を動かして、護たちを....... 」

 

「そうはいかんのだよ、我が娘の友人たち、今は我が城への攻撃に対する備えを急ぐ必要があるのでな。残念だか攫われた友達へ私兵部隊は回せないのだ 」

 

突然の声に慌てて後ろを向くクリスたちの目に入るのは、ブランドもので身を固める40代ほどの紳士。ジェラルド・エバーフレイヤである。

 

「お父さま! でも...... 」「安心するんだ。私から軍と警察へも協力を要請した。じきに見つかるさ。それよりここも危ない、ベネット! 娘たちを連れて『地下壕』へ行ってくれ。私はここで指揮をとらなければならん 」

 

「分かりました。かならず御案内します 」

 

それを聞いて安心したように息を吐き、階段で2階に上がっていくジェラルドを見るクリスの瞳は少し悲しげな色をたたえていた。

 

 

「さあ、ここから『地下壕』に繋がっております 」

 

高杉たちが案内されたのは、城の地下にある地下牢の一室だった。

 

「あの.......繋がってるって.....ここが地下である以上、これより下なんて.... 」

 

「『地下壕』はこれより更に下......地下20階にあるのでございます。ここの壁に掲げてある絵画を押すことで...... 」

 

ベネットが絵画を押した途端、床が急に沈みはじめた。

 

「沈んだ!? いや、降下してるのか? 」

 

「その通りでございます。この部屋じたいがエレベータとなっておりまして、地下20階までの直行となっております 」

 

「なんか忍者のからくり屋敷みたいね......そういえば『地下壕』ってどんなものなの?戦争中に作られてたっていう奴なの? 」

 

「いえいえ......そんなに古いものではございません。ジェラルドさまが作られたものでありまして.....『地下壕』という名はついておりますが........まあ、ジェラルドさまの地下の私室といったところでしょうか 」

 

そんなことを話している間に、エレベータは地下20階にある地下壕の入り口である鉄扉の前まで到着した。

 

「さあ、着きました。この扉の向こうが『地下壕』でございます 」

 

そういって伸ばされようとしたベネットの腕を高杉が掴んだ。

 

「高杉さま?どうなさったので? 」

 

「人の気配がする......ここには俺たち以外にも人がくる予定なのか? 」

 

「いえいえ、そんなはずがありません! ここに立ち入れるのは旦那さまの御家族かその関係者のみです。そして旦那さまから渡されるITパスを持っていないかぎりこのエレベータは動かせません 」

 

となると、中にいる誰かは『よそ者、侵入者』あるいは『家族、関係者』ってことになるが......

 

「クリス、美姫、ベネットさん。ここでまっていて下さい。俺の『無限移動』で扉の外を確認してくる 」

 

「そういえば、あなた様は学園都市の能力者でしたね 」

 

「ちょっと! もし扉の向こうの奴が敵だったら! 」

 

クリスが言い終える前に高杉はさっさと瞬間移動してしまった。

 

「宗兵は大丈夫よクリス。あんたがあいつに惚れてるのは分かってるけど、すこしは仲間を信頼しなさいよ? 」

 

「バ........バカ! 私はあいつのことなんて全然...... 」

 

「お嬢様も、『オトコ』をもつお年頃になられたのでございますね 」

 

そんな会話などつゆしらず、扉の向こう側に移動した高杉だったが、その前に意外な人物がいた。

 

「お久しぶりですね.......あのアパート前の戦い以来でしょうか? 」

 

「お......お前は! 」忘れるはずもないその姿、長髪でポニーテールで巨乳で、おまけに、なんだか露出度の高い服装をし、なにより、とてつもなく長い日本刀を所持する女。

 

「あの日本刀ガールがなぜここに!? 」

 



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とある地下での二人少女

とある古城の地下深くにある『地下壕』。そこで2人の男女があいまみえた。

 

1人は科学の象徴、『学園都市』暗部組織構成員の高杉宗兵。もう1人は魔術勢力の象徴、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師、神裂火織。

 

かつて、たった一度、それも一瞬だけしか戦ったことのない2人をここで巡り合わせるとは、運命の女神は皮肉好きと言えるだろう。

 

「あんたは......確か、護の奴が言っていた『魔術師』って奴の1人だったよな? なんでこんなとこにいるんだよ? 」

 

「仕事.....いや、任務の為ですよ。アイルランド聖教からの依頼を受けて、エバーフレイヤ家当主『ジェラルド・エバーフレイヤ』を拘束して、イギリスに送る為にここで待機していたのですが、予想に反してあなたが現れたという訳です 」

 

「ジェラルド・エバーフレイヤって......つまりクリスの父さんを攫うってことか? なんて事をいいやがる! あいつの母さんは死んでんだぞ!? そんなあいつを更に苦しめるつもりかよ! 」

 

高杉の言葉に神裂の眉がピクリと動く。

 

だが、神裂は当たり前のように右手でそれを防ぎ、左手でカウンターの一撃を放つ。

 

その一撃を再び瞬間移動で避わす高杉。広い地下空間で拳と蹴りの応酬が繰り広げられる。

 

「なるほど、前回を教訓にすこしは改善してるようですね......ですが能力者とはいえただの『人間』が私に勝つことは出来ないですよ? 」

 

正面にたつ高杉の瞳に神裂のもつ刀『七天七刀』の放つ反射光が突き刺さる。

 

「七閃! 」高速の抜刀術に偽装した7本のワイヤーを放つ技。まともに食らえば肉など切断されてしまう。だが高杉は瞬間移動の能力者である。

 

「んな攻撃当たるわけねえだろうが! 」

 

再び能力を使用した高杉が移動したのは、神裂の......両足の間だった。

 

「!! なにを..... 」

 

驚愕し、混乱する神裂に高杉は少し苦笑いする。

 

「こんなところクリスに見られたら絶対鉄骨ぶつけられるだろうな.....だが仕方ない! 」

 

神裂の両足をがっちりとつかみ高杉は告げる。

 

「どうだ? 奇跡は起こせるもんだろ? 」

 

瞬間、神裂はその空間(フィールド)から消え失せた。

 

そのとたん、入り口の扉を蹴破る勢いでクリスが部屋に突入してきた。思わず身構える高杉だったが予想に反してクリスからの拳は無かった。代わりにクリスは高杉に思いっきり抱きついた。

 

「バカバカバカバカ!なんで私達を巻き込まないように1人で飛び込んじゃうのよ! わたしたちはチームなのよ!一緒に戦うのが当たり前でしょ! 」

 

「まったく.....私とベネットさんで抑えていたけど、戦闘音が消えたとたん無理やり振り切って飛び込んじゃったのよ。余程、高杉が心配だったみたい。普段は死ねしねいってるくせにね 」

 

呆れながら言う美姫だったが、その口調にはバカにする響きはない。むしろ羨ましい響きがあった。

 

「悪かったよクリス。だからそのさ.........すこし離れてくれねえか? 」

 

そう指摘されて始めて、自分が高杉に完全に密着していることに気づき思わず真っ赤になるクリス。

 

「仲のよろしいことで、良かったですなお嬢様。ところで高杉さま。先ほど戦ってらした相手はどこに消えたのですか? 」

 

高杉は宙をさす。

 

「飛ばしたのさ。俺らがこの国に降りたった場所。ダブリン空港へ 」

 

「あそこから、ここまではかなり遠いんですが........ 」

 

「それが俺の『無限移動』なんだよ。正確な座標と風景さえ覚えていれば、たとえここから日本へでも飛べる。ただ精神状態や体力に影響されれば海にドボンもありえるけどな 」

 

高杉はやっと離れたクリスや美姫と肩を寄せ集めた。

 

「俺が戦った相手は、前に護の奴が言ってた『魔術師』という奴らの1人だ。あと『アイルランド聖教』の依頼を受けてるとか........これはよく分からんけど、クリスの母さんが死んでいるということを否定するような素振りを見せてた 」

 

「それ、本当なの!? ねえ高杉!母さんが生きてるかもしれないの!? 」

 

「詳しいことは分からない。でも、なんでそんなに驚くのさ? 」

 

「........あのね、私の母さんは元々IRAの1人だったの。でもアイルランドが独立を果たしてからは、IRAの穏健派に所属してたの。過激派だったお父様とはそのころ知り合って、すぐに付き合い始めたみたい。でその後、私が6歳ぐらいまではなにごともなく過ぎて行った。でもある年、IRA過激派が穏健派の要人を片っ端から襲撃する事件があったの。事前に父さんから連絡を受けていた母さんはなんとか家からは逃げたんだけど、通りに車で出たとこらでトラックに追突されて海にドボン。ひき逃げだったから、見つかったのはだいぶ後、おかげで母さんの遺体も見つからなかった。私が母さんの薦めもあって学園都市に通うようになった直前だった 」

 

クリスは少し目を伏せた。

 

「私は母さんの遺体を見ていない。だからもしかしたら生きているかも知れない。そんな希望を抱いていたの。もし高杉と戦った相手が嘘つきじゃなければすこし希望が見えてくるってことなのよ 」

 

思わぬクリスの辛い過去に触れるこになってしまった2人は黙って聞くしか無かった。

 

「確かにな......ここを狙ってる『聖騎士団』だっけ?そいつらを捕まえて喋らせれば真実が分かるかも......... 」

 

「それはいけません........お姉さまは、知ってはならないのです 」

 

突然の声に一斉に振り向く4人の前に立っていたのは、見たところ13?14歳の少女たち2人組。

 

「私は、アン・エバーフレイヤ 」「私は、セレナ・エバーフレイヤ 」

 

2人は声を揃えて言葉を放った。

 

「「お姉さま。お父様の為にお姉さまの保護と同行者の排除を開始

 

 



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とある姉妹の女神特性

高杉たち4人は異常な状況に混乱していた。

 

目の前に現れた2人組の少女、アン・エバーフレイヤとセレナ・エバーフレイヤ。その姓『エバーフレイヤ』が示すのはただ1つ彼女たちがクリスの関係者ということである。

 

「なあ、クリス........お前に妹っていたのか? 」

 

「ええ、確かにいたわ。でももう何年も前にIRAのテロで2人とも亡くなってるのよ! あんたたち妹の真似なんかして、なんのつもりよ! 」

 

「お姉さま......私達は間違いなくお姉さまの妹です。あの事故で確かに私達は1度死にました。でもお父様が生き返らせてくださったのです。力を与えるという方法で........ 」

 

「そんなはずないわ! お父様がスピリチュアルな事柄にすごく詳しいのは知ってるけど、いくらなんでも.......まさか! 」

 

「ふふ......お姉さまはやはり信じられませんか。だけど関係ないです暫く眠っていてください 」

 

アンの目が赤く光る。その光は否応なくクリスの瞳に突き刺さり.......その意識を奪った。

 

「クリス!? くそ! なにをやった! 」

 

「なに.....すこし寝てもらっただけです。だって......これから始まる戦いはお姉さまには刺激が強過ぎますから 」

 

ニヤリと笑うアンとセレナに思わず身を引く高杉。2人の表情は狂気じみていた。

 

「さて、まずはお姉さまの気にかけるあなたから、血祭りにあげて、お姉さまの心を閉ざしましょう 」

 

「なら私はそっちの子を片付けるわ。良いかしら? 」

 

「ええ、構わないわ 」

 

2人の少女はそれぞれ右手を前に突き出す。

 

「バブドよ! 」「マハよ! 」

 

「「わが身を用いてこの地にいでよ! 」」

 

その途端、2人の体を膨大な闇が包み込む。

 

「これはまさか......魔術!? 」

 

「そうね.......これは、少なくとも科学の範囲には入らない。なによりこの圧迫感......少なくともこの姉妹。普通の人間じゃないわ 」

 

「よく分かっているようですね。ですが分かったところで私達に勝てるとは思わないでくださいよ? 」

 

巨大な闇を払い姿を現した2人は異形の者へとなりはてていた。

 

「驚きましたか?この姿が運命女神であるバブドとマハの象徴たる姿なんですよ 」

 

「バブドは大カラス。マハはカラス。それぞれ戦場ではカラスの姿を取るんです。そして人という容器(いれもの)にそそがれた神が人を通して象徴の姿を取れば......この姿になるんですよ 」

 

2人の体を黒き羽毛が包み込み、その背からは漆黒の黒き羽が大きく広げられていた。

 

「さあ、始めましょう 」

アンとセレナは声を揃える。

 

「「血塗れの歓迎会(カーニバル)を!」」

 

アンとセレナはそれぞれの相手に向かっていく。一直線に明確な意思をもって。

 

「くそが! ベネットさん!クリスを連れて上に逃げて! こいつの狙いは俺たちだ! ベネットさんまで巻き込まれる必要はない! 」

 

「他人の心配をしてる場合ですか? 」

 

白銀に光る剣を一気に突き入れてくるアンに対して、高杉には得物はない。だが、高杉には能力という武器がある。

 

突き入れてくる直前に瞬間移動しアンの背後から鋭い一撃を放つ高杉。だが...........

 

ガギン!と、いう甲高い音とともに高杉の足は黒き翼に防がれた。

 

「鉄板入れてるのに、ふせぐのかよ! 」

 

舌打ちするた高杉に向けてアンはニヤリと笑いかける。

 

「ふふふ.......勝てるかしらね? 」

 

瞬間、アンの体を覆う羽毛が一斉に舞い散った。

 

「つっ!? なにを.....ぐわぁ!? 」舞い散った羽毛の1枚1枚が漆黒の短剣となって高杉の体に突き刺さる。瞬間移動のおかげで全ては刺さらずに済んだが、すでに左肩、右足、わき腹に短剣が突き刺さっている。

 

「ふふふ......そんなていどでお姉さまを守れるつもりだったなんて、片腹痛いですわね 」

 

「そうかよ。だが俺もがっかりだぜ? この程度の攻撃とはな。こんなもの気をつければ簡単に避けれるぜ? 」

 

高杉の言葉に口元を歪めるアン。

 

「私の全力はこんなものなはずがないでしょう? 」

 

アンの翼が振るわれた先はクリスを抱えて逃げるベネット。

 

容赦なく振り下ろされた翼は、ベネットの体を吹き飛ばし、同時にクリスの体を包み込む。

 

 

「お姉さまはいただいたわ。じゃあ、ちょっとお姉さまに協力してもらって手品でもやりましょうか 」

 

その翼が離れた時、そこに広がる光景に高杉は目を疑った。

 

「そんな、馬鹿な! 」

 

信じられないのも、当然だ。なにしろそこにはクリスが10人いたのだから。

 

「先にタネ明かししておくと10人中、9人は偽物よ。1人だけが本物。ただし能力は同一。性格は全員があなたへの敵意しかない。もちろん本物(オリジナル)も今は『敵意』しか残らないように調整してある........さあ、守ろうとした人間に攻撃されるなんて......最高のシチュエーションじゃない? 」

 

アンの言葉を合図に、10人のクリスが一斉に高杉に襲い掛かる。

 

 

一方、姉妹のもう一方、セレナと美希との戦いは、ほぼ互角に進んでいた。

 

「しつこいわね! いいかげんに倒れなさいよ! 」

 

「うるさい!この程度の電撃で倒れてたまるか! 」

 

「だったら砂鉄で切り刻んであげようか!? 」

 

「私の翼に通用さないことはさっき実証したんだけど! 」

 

閃光と爆音、土煙と轟音、いつのまにやら2人は高杉たちのいる場所からかなり離れた場所まで移動して戦っていた。

 

「うん? そういえばここは、どこなの? 」

 

「ふふ.....やっと気づいたか。ここまでお前を誘えれば私の勝ちは決まったようなものだ! 」

 

なにをと言いかけて美希はあることに気づいた。この部屋には無数の『棺』が置かれていることに。

 

「この部屋の名は『霊安場』 」

 

セレナは告げる。

 

「そして、私に宿る神、マハは広大な埋葬地を統治していたとされている.......この言葉の意味わかるかしら? 」

 

美希がなにかを言う前に異変はおきた。部屋に無数に置かれている棺のふたが一斉に開いたのだ。

 

「さあ、起きろ!死人(アンデッド)ども!お前たちの倒す相手はすぐそこだ! 」

 

次の瞬間、部屋一面に置かれた棺から、無数の死人(ゾンビ)が襲い掛かった。

 

高杉と美希はまさしく最悪な状況に追い込まれようとしていた。

 



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とある地底の戦闘終盤

 

 

 

「くそが......これで、どう対処しろって言うんだよ?! 」

 

高杉は10人のクリスが放つ無数の鉄球をひたすら避けながら下を噛んでいた。

 

「(どれが本物か分からない以上、迂闊に攻撃はできない.....俺の能力じゃ、相手を飛ばすことはてきても動きを止めることは.......くそ! こういうのは護の奴が1番向いてるんだかな! 」)

 

舌打ちしつつ宙を移動する高杉の視線の先には10人のクリスと1人の少女。魔術師姉妹の姉、アン・エバーフレイヤだ。

 

「ふふふ......お姉さまを傷つけるのをよほど警戒しているようですね.......ならやる気を起こさしてあげましょう 」

 

アンは、羽毛の一枚を剣に変え、近くに立つクリスの腹を突き刺した。

 

「!! クリス! 」口から血を吹き出し、地面に倒れていくクリス。高杉はそちらに向かおうとするが、倒れた瞬間、クリスは羽毛に変わった。

 

「良かったわね?。こいつは偽物よ。でも、次に刺すのも偽物とは限らないわよ? 」

 

悪魔の笑みを浮かべるアンに高杉は苦々しげな視線を向ける。

 

今のままでは完全に手詰まりだ。普段意識しない護や哀歌たち仲間の存在を高杉は嫌というほど思い知らされていた。

 

「はは! やっぱり手も足もでないようですね! そんな甘い気持ちで私達に勝てるわけないんですよ! 」

 

アンの翼から放たれる無数の羽毛が剣となって高杉を狙う。

 

「さあて、どこまでもつか楽しみですね! せいぜい仲間に狙われる苦しみを....... 」

 

アンの言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、地下の扉をぶち破り、少女が入ってきたからだ。高杉が待ち望んだ仲間の1人。

 

『竜崎哀歌』が。

 

「待たせたね.......助けにきたよ.....ここは任せて上にいって高杉.......クリスは上よ 」

 

「な......なにを言って....お姉さまはここにいるのですよ? 」

 

「私にまで小細工が通じると思った?......そこのクリスはあなたが羽毛を変化させて作った偽物........女神バブドの特性の1つである戦場での同士討ちをさそうことを利用してるみたいだけど......同じ魔術師の私には一瞬で分かるほど雑な術式ね 」

 

唇を噛み、睨みつけるアンに対して哀歌は明確に言葉を叩きつける。

 

「debita935.....この魔法名に誓い、私はあなたを逃がさない! 」

 

瞬間、哀歌は自分がぶち破った扉を片手で持ち上げ、ブーメランのように『放り投げた』。

 

「!? こいつ、化物!?」慌てて避けるアンを掠めて巨大ブーメランと化した扉は容赦なく9人のクリスを薙ぎ払う。

 

「まじか.....全部本当に偽物かよ! クリスを、俺の仲間を利用しやがって! 」

 

「高杉! あなたが怒りをぶつけるべき相手はこっちじゃない!今はクリスを助けることに集中して! 上に急いで!クリスは父親と共に隠し部屋にいる! 場所は護が教えてくれる! 早く行って! 」

 

哀歌の叫びに、我に帰り、自らの体を転移させようとする高杉に向けてアンの剣が飛ぶが、その攻撃は哀歌の『火竜の怒りをは大地を焦がす』により燃やしつくされる。

 

「どこを狙ってるの?.......あなたの相手は私だよ...... 」

 

哀歌は、アンを睨みつけ、自らの腕を高く上げる。

 

「この地の底で、私の仲間に手を出したこと、永遠に後悔させるから! 現出せよ『破壊大剣(ディストラクション・ブレード)』! 」

 

瞬間、眩いばかりに溢れる閃光と衝撃波にアンの体は包まれた。

 

一方、『霊安場』でセレナ相手の戦いを続ける美希は孤独な戦いを続けていた。

 

棺から無数に溢れ出てくる『死人(アンデッド)』。

 

どこかのホラー映画のように噛まれたら、仲間になってしまう訳ではないようだが、映画以上の俊敏さを持っており、ここは映画通り、頭部を攻撃しなければ即死とらならない。

 

とは言え、電撃使いの美希にとっては最大出力の電撃を浴びせれば大概頭にもダメージがゆくので倒すこと自体には苦労していない、ただ、余りにも連続して能力を使用する場合、『電気切れ』を起こしてしまう危険があるのだ。そうなってしまえば、美希はただの『女子中学生』となってしまう。

 

「まったく.........どんだけ出てくんのよ、あの死人ども......だいたいあの棺からどんだけ出てくんのよ? あの大きさであの数はなしでしょうが! 」

 

そんな事を愚痴っている間に、隙をついてセレナが羽毛を変化させた無数の短矢を浴びせかける。

 

それを電撃で片っ端から叩き落とす美希だったが、ここで遂に電気切れが起きてしまった。

 

「ぐ!?......しまった....... 」

 

「おやあ? 電池切れかな、ビリビリちゃん? そのままだと死人どもの仲間入りだよ? 」

 

嘲笑するセレナに向けて美希は目線を向ける。

 

「分かった......私の負けよ.....好きにすれば良いわ。その代わり、一つ教えて欲しい事があるの...... 」

 

「なに? 」

 

「あなたを助けたお父さんは、なにを企んでるの? 」

 

セレナは口元を歪める。

 

「話す義理なんてないけど、まあ冥土の土産に教えてあげる。お父さまが為そうとしてるのはイギリスの占領よ。かつてアイルランドを支配したイギリスを今度はこちらが占領するのよ?こんな愉快な話をないじゃない! 」

 

「は....はは.....はははははは! 」

 

突然、笑い出す美希を怪訝な目でみるセレナ。

 

「なにが可笑しい! 」

 

「いや......なんだ、そんなショぼいことのために、こんな力を使ってるなんて知らなかったからさ......なんだ、私はてっきり世界征服とか考えてるのかと思ってたけど.......なんかえらく外れたわね......なんか、アンタを潰すのも馬鹿らしくなってきた......だから......アンタじゃなくて、こっちを潰す! 」

 

美希の目がキラリと光ったのをセレナが確認した次の瞬間、霊安場の4方の壁が突如崩れ、部屋を地下の照明が照らし出す。

 

動いていた死人たちは、一様に身悶えし、次々と倒れていく。

 

「バカな........なぜ、貴様に力が残っている? 」

 

「逆に聞くけど、私が一度でも力を使い切ったと言った? この死人どもが霊安場入り口に近づかないのに気づいて閃いたのよ。この死人どもは『霊安場』という環境の中でしか活動できないんじゃないのかってね.......大当たりだったわ! 」

 

見抜かれて動揺する、セレナの足元が四角に区切られ、彼女の体は穴に落ちていく。美希が砂鉄を操ったのだ。

 

「これで終わりよ、セレナ。しばらく眠りなさい! 」

 

穴に向けて雷撃のヤリが放たれ、戦いに終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

 



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とある執事と風の少女

古城内部の一室、隠し部屋にクリスの父、ジェラルド・エバーフレイヤは立っていた。脇に控えるのはエバーフレイヤ家執事『ベネット』。

 

「まもなくだ......まもなく計画が成就する。時期的には少し早いが『聖騎士団』の手が完全に伸びる前にことは終わらせねばならん 」

 

「まだ、運命の3女神の特性を持つ者は2人しか集まっておりません。4人目の御息女はいまだに見つかってはおられませんのに...... 」

 

「かまわん.....たとえ2人でも、クリスの『主導神ダヌ』の力があれば十分に事はたりる....まあ、長期戦はきついがイギリス清教の持つ『遠隔制御霊装』を奪う程度には十分に役立つはずだ 」

 

この隠し部屋は古くからこの城の内部に作られているもので、数々の戦乱の中、当主を守り抜いた部屋でもある。

 

「それはそうとして......『侵入者』はどういたします?城内部に『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師複数の侵入を確認しておりますが...... 」

 

「消せ 」ジェラルドの冷え切った声が部屋に響く。

 

「アイルランド統一のために戦ってきた我々が『対魔術師戦力』を保持していないはずがないだろうが....『タラニス』戦闘員をすべて出すのだ......やつらを1人残さず始末しろ。指揮はお前が取れ 」

 

「かしこまりました........儀式の準備を整え次第、私も戦列に加わります 」

 

一礼して部屋からベネットが出ていき、部屋に静寂が満ちる。

 

「あいつがクリスを学園都市に送った時はヒヤヒヤしたが、とにかくこれで計画に必要なパーツはすべてそろった。娘たちの体さえあれば計画は実行できる......ふはははは!見ていろイギリス王家よ!我らの絶対的な正義を味あわせてやる! 」

 

「絶対的な正義......良く言えますね、そんな言葉 」

 

予想もしない声にバッと後ろを振りかえるジェラルド。その瞳に映るのは.......

 

「取り返しにこさせてもらいましたよ。さて、僕たちの仲間を返してもらいましょうかね?」

 

古門 護、高杉宗兵、上条当麻の3人の姿が高杉の瞳に突き刺さる。

 

「馬鹿な......きさまら、どこからここへ? この場所は通常の方法ではたどり着けない! 」

 

「あいにくと、こちらにも『魔術の専門家』がいましてね、彼女の力を借りて探り当て、後は高杉の力で瞬間移動すればそれでことは終わるんです 」

 

護は、自らの右手をジェラルドに向ける。

 

「ここで終わりにしませんか? あなたの娘、クリスの妹達はいまごろ哀歌と美希が押さえている。あの2人を含めなきゃあなたの計画は実行できないのですよね?だったらこれ以上の戦いは無意味でしかないと思いますけど? 」

 

「ふん.....知ったような口をきくな小僧。その口ぶりからすると、『聖騎士団』と接触したということか.......なるほど奴ら、かなり正確に俺の計画をつかんでいたようだな。だが、そのすべてが正確なわけじゃない 」

 

ジェラルドは口元に冷笑を浮かべた。

 

「わが娘達から聞かなかったのか? 私はあの2人を『蘇生』させたことを 」

 

一瞬、何を言われたのか理解できない護達だったが、すぐにその言葉の意味を悟る。

 

「まさか......」

 

「そうだ......娘達が死んでいようが『女神の素質を持つ体』さえあれば十分なのさ。よってお前達がいくらわが娘を押さえようが、わが計画には影響しない 」

 

抑え笑いをしながらジェラルドは続ける。

 

「ただし、私の計画を頓挫させることはできるぞ。なにしろ私の計画はあの2人の体がなければ成立しないのだからな…….完全に消滅されれば私としても計画をあきらめなければならない.......だが、貴様らにそれができるか? わが娘、クリスを取り戻すためにきたお前たちにその妹を殺せるか? 」

 

グッと口ごもる護。確かにここでクリスの妹達を消滅させてしまえば、クリスの心にどんなダメージを与えてしまうかわからない。だがここでジェラルドの計画を止めなければ自分たちを信じ送りだしたクリスの母ラミアに申し訳が立たない。

 

「古門。こんな奴に選択肢を限定される必要なんてねえよ。用は俺達がこいつを倒せばそれで解決ってことじゃねえか 」

 

上条の言葉にはっとする護。いつの間にジェラルドに2つの選択肢しか解決策がないように誘導されかかっていた。

 

「その通りだぜ護。こいつさえ倒せばすべてが終わる。クリスのためにもお前に希望を託したラミアさんのためにも絶対にこいつを倒して俺たちの仲間を.......クリスを取り戻そう! 」

 

そう。自分達『ウォール』の仲間。学園都市の闇の中で共に戦ってきた仲間。暗部組織構成員として生きることが良いことだとは言わない。それでもこんな所で『道具』として利用されるよりはずっとましなはずだ。

 

「ああ。取りもどそうクリスを。元凶倒してすべて終わりにするぞ! 」

 

護は差し出した右手に重力を纏わせる。同時に自らにかかる重力を極端に減らし護は面目の前の敵に飛びかかる。

 

「重力拳(グラビティック・アタック)!」重力により極端に重さがプラスされた拳がジェラルドの顔にめり込む。

 

そのまま軽く5メートル吹き飛び壁にめり込むジェラルド。

 

「ぐふ......きさま、その能力......なるほど噂に聞いた『重力掌握(グラビティマスター)』とやらか......重力を操るとは、全くなめた力を持っているものだな 」

 

「なぜ、僕の力を? 」

 

「逆に知らん方が不自然だと思うがな......貴様、自分がイギリス清教に危険視されていることを知らんのか?我々『タラニス』はイギリスと戦い続けている組織だぞ? イギリス内部の情報をある程度つかんでいないはずがない。 禁書目録を守護するためとはいえ、貴様が東洋の聖人や天才と呼ばれた魔術師を倒したことがどういう意味を持っているかぐらい考えれば分かるはずだ 」

 

その言葉は護にとって衝撃的だった。イギリス清教を敵に回した?

 

一瞬思考停止状態に陥った護に向けて、ジェラルドは突如出現させた2振りの剣を向ける。

 

「甘い.......甘すぎるぞ『重力掌握(グラビティマスター)』! 」その剣から猛烈な光の波が放たれる。

 

「この技は.....あの時の! 」聖騎士団の砦での戦闘の時、グランが放った技。

 

「ヌアダの剣......お前たちはどうやら知っているようだが......こいつは量産型(コピー)ではないぞ?本物(オリジナル)だ! 」

 

放たれた光の波は凄まじい勢いで壁を吹き飛ばす。

 

「さあて.....全面戦闘の始まりだ! 」その言葉を合図に、隠れ部屋の外に配置されていた『タラニス』戦闘員が一斉に護達に襲い掛かる。

 

通常なら、ここで護達は終わっていただろう。魔術の専門家である哀歌は『地下壕』で戦闘中で禁書目録(インデックス)は『聖騎士団』に保護されているため魔術に対抗できる人間が上条だけでは勝ち目は薄い。だが、ここで思わぬ助っ人が入った。

 

「わが手には炎、その形は剣、その役は断罪! 」突如、猛烈な火炎が今まさに飛びかかろうとしていた『タラニス』戦闘員達を吹き飛ばす。

 

その炎を放った本人は、護達を見て、面倒そうに舌打ちした。

 

「やれやれ、本来なら君たちを助けるつもりなんかなかったのにねえ。僕と言う奴はよほどのお人よしのようだ 」

 

護は眼を疑った。そこに佇むのはイギリス清教の魔術師、ステイル・マグヌスだったからだ。

 

「なぜだ? なぜイギリス清教の人間がそこの能力者を守る? 敵視していたはずではないのか! 」

 

「僕だってこいつを助けるつもりなんて毛頭ないさ.......だが、あの子の体を苦しめていた魔術を取りのぞいてもらったのは事実だし......なにより禁書目録(インデックス)が彼らを慕っている以上......僕は彼女の笑顔を守る必要があるんでね 」

 

ステイルがかつて記憶を失う前の禁書目録(インデックス)にした誓い。

 

『安心して眠ると良い。たとえ君は全て忘れてしまうとしても、僕は何一つ忘れずに君のために生きて死ぬ 』

 

「本来なら、アイルランド聖教からの依頼で神裂と一緒に『地下壕』で待ち伏せする予定だったんだけど、直前に『隠し部屋』の存在が伝えられたから探していたんだが......まさかここで厄介な顔と会うとはね.....正直想定外だったけど、結果的にはこれで良かったかもしれないな.....ジェラルド・エバーフレイヤ、あなたを倫敦(ロンドン)塔までお送りしましょう。下手な抵抗はよしてください 」

 

ジェラルドは思わぬ展開に呆然とした様子で硬直していたが、すぐにステイルをにらみ返した。

 

「はたして、君達総出で戦って我々『タラニス』をつぶせるかな? アイルランド最大の魔術結社でもある我々をなめてもらっちゃこまる 」

 

「僕が、いままでいったい幾つの魔術結社をつぶしてきたと思う? 今、僕は最高に怒りを覚えてるんだ......あの子を狙う君にね 」

 

ステイルの言葉に押されるように後ずさりするジェラルドに向けてステイルはルーンカードを突きつける。

 

「灰は灰に、塵は塵に、吸血殺しの紅十字! 」ステイルの両手から放たれる2本の炎剣をジェラルドはかろうじて避ける。

 

だが、当然ながら背後に控える『タラニス』戦闘員全員が避けられるわけはなく、多くの戦闘員が業火に焼かれ、炭化した死体となって転がる。

 

「くそが......たかが1人の魔術師如きにわが計画を潰されてたまるものか! おい!ベネット!ここはお前に任せた! 奴らを食い止めるのだ! 」

 

自らも剣をふるい戦っていたベネットはジェラルドの言葉に静かに頷き。ステイル達に向き直った。

 

隠し部屋に複数あるらしい脱出口に向かうジェラルドに向けて放たれるステイルの炎剣をベネットは水流を纏わせた剣で強引に切り裂き消滅させる。

 

「大変申し訳ありませんが……..旦那さまからのお達しでここから先にあなた方をお通しすることができないのですよ 」

 

ベネットは悲しげな視線を護達に向ける。

 

「わたくしとしては本来あなた方と戦いたくはなかった。しかしエバーフレイヤ家に仕える身である以上、主の命令には従わなければないのでございます 」

 

ベネットはおのれの持つ剣に目をやる。

 

「この『報復者(フラガラッハ)』も、もうずいぶん働きました。正直、この戦いを最後にしたいのでございます......お覚悟ください、御一同様。手加減はいたしませぬので! 」

 

アイルランド神話における伝説の武器の一つ『報復者(フラガラッハ)』。その剣が光を発したかと思うと、複数の光の剣が空間から滲みだすように現れる。

 

「この剣は、どんな鎧でもどんな鉄でも打ち砕き、貫通するのでございます。形こそ光でも切れ味は同じ......さて、この全てを受け止められますかな? 」

 

ベネットの言葉を合図に宙に浮かぶ複数の光の剣が一斉に護達に向けて襲い掛かる。

 

ステイルはとっさに炎剣で光の剣の一本を防ぐが、そのすきを突いて別の剣が彼のわき腹をかすめる。

 

「グ......! 」苦痛に顔をしかめるステイルに3本目の剣が襲い掛かるが、「ふん! 」という掛け声と共に護が振るう剣が光の剣を弾き飛ばす。

 

護が持つのは『ヌアダの剣』の量産品(コピー)の1つ。『タラニス』戦闘員がもっていたものだ。

 

護達が戦ったグランは右腕を『銀の腕』とすることで『ヌアダの剣』を自在に扱っていたが、どうやら『銀の腕』とは腕を覆うガンドレットのようなものだったらしい。つまりグランは嘘をついていたわけだが........

 

「何はともあれ......これを使えば科学サイドの僕でもある程度戦えるわけだ 」

 

もちろんプロの魔術師でもない護に『ヌアダの剣』を使った魔術は扱えない。だがただの武器として『ヌアダの剣』を扱うことはできる。さらに『神話級の武具を扱えるだけの筋力を授ける』特性を持つ『銀の腕』を利用すれば今まで実現不可能だった技を実現することができる。

 

「前回もそうだったけど、僕の能力は魔術攻撃に対して効きにくい面がある。でも魔術的武器を能力で強化した攻撃なら、多少は効くはずだ! 」

 

剣を高々と掲げた護を警戒し、剣を構えるベネットだったが次の瞬間、凄まじい衝撃が彼の持つ『報復者(フラガラッハ)』に走る。

 

「!! 」その勢いに押されて剣を構えたまま後ろに飛ばされるベネット。前方に佇む護はすでに剣を水平に構えている。

 

その攻撃を視認させない一撃。護は『ヌアダの剣』の上からの斬撃に強力なGを加えることによって音速を超えるスピードで剣をふるい、凄まじい衝撃波を前方に放ったのだ。

 

通常、音速で腕を振るなどすれば腕の方が耐えきれず吹き飛んでしまう。その上人間の筋力ではそもそも音速を超える速度で剣をふるうなど不可能である。護の能力を使えば可能かもしれないが、腕はあくまでも人並みである。しかし『銀の腕』を使えば、それらのリスクを魔術的な効果によって克服できる。

 

「まさか......量産品(コピー)を利用するとは.......いやはや考えもしませんでした。ですが、所詮量産品は量産品。本物(オリジナル)にはかないませんぞ? 」

 

殆ど一瞬と言っていいほどのスピードで護の前に立つベネット。その剣が護の首を飛ばそうとするが、間一髪で高杉が護に触れて瞬間移動する。

 

「おや......他の方々に倒されてはいませんでしたか 」

 

「生憎とな。おたくの戦闘員は全員潰させてもらった......次はあんたの番だぜ 」

 

「はたして、そううまくいきますかな? 」

 

にやりと笑うベネットに悪寒を感じ、下がろうとする高杉だったが、直後体がベネットの方向に吸い寄せられるのを感じた。いや、正確にはベネットにではない『報復者(フラガラッハ)』に吸い寄せられているのだ。

 

「神話では敵対者が自ら刺さりに来ると記される力ですが.....さすがにそんな力はないのです.....ただ相手を自らの近くに寄せる力として強力な吸引力を発動できるのですよ 」

 

ベネットがつきだす『報復者』に向けて一気に高杉の体が吸い寄せられ......当然の結末として高杉の体を『報復者』が貫いた。

 

高杉の口から血が噴き出し、背まで貫通した剣からは真っ赤な滴が地に落ちる。どこからどう見ても致命傷だ。

 

ベネットがゆっくりと剣を抜くと同時に高杉の体が地面にドウと倒れる。

 

「高杉! 」護が駆け寄ろうとするがその前に『報復者』の刀身を血で真っ赤に染め上げたベネットが立ちふさがる。

 

「まだ戦いは終わっていないですよ? 次はあなたの番でございます 」真っすぐに突き出される『報復者』を『ヌアダの剣』で受け止めようとする護だったが、所詮は量産品(コピー)。本物(オリジナル)の一撃を受け止められるはずがなかった。

 

容赦なく『ヌアダの剣』を砕いた『報復者』が護の胸を刺し貫く。

 

不自然なほど痛みを自覚できなかった、ただ体の力が抜け、呆然と自分の胸に刺さる剣を見つめ、護は一気に地面に倒れ伏せた。

 

まだ、この場にはステイルと上条がいる。彼らだけに戦わせるわけにはいかない。そう思うのだが体が言うことを聞かない。

 

「大丈夫か! しっかりしろ! 」上条が高杉を揺すっているらしい、だが直前に上条の声が、いや気配が消えた。どうやら瀕死の高杉が上条をどこかに瞬間移動させたらしい。

 

とにかくこれで、無駄死にが出るのを避けることはできた。もっとも自分たちも無駄死にしそうな身で偉そうなことは言えないのだが。

 

ステイルはプロの魔術師だ。形勢が悪いことを悟れば逃げ切ることもできるだろう。とにかく自分達の役目は終わりということだ。

 

「(人生の終わりを異世界で迎えるなんてな......ていうか、ここでのことが全部夢で死んだら元の世界に戻れたっていうオチにならないかな......) 」

 

もはや視界はかすんで、ほとんど何も見えない。すでに体の感覚のほとんどは消えうせ、死に向かって進んでいるのが分かる。

 

その時、ふと護の耳元で言葉がささやかれた。

 

「死なないで...... 」

 

聞き覚えがない、だがどこか懐かしい声。

 

「助けに来たよ......約束、忘れてないよね? 」

 

優しい優しい少女の声。この声を確かに護は聞いたことがあった。

 

その耳に響く風の音。

 

再び少女の声がした。

 

「今度はあなたを絶対助けて見せるから! 」

 

その声を聞いた直後、護の意識は暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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死からの目覚めと最終特性

「ねえ、君はだれなの? 」

 

静かな静かな夜の湖畔。焚き火に照らされながら聞く少年に緑の少女は静かに答える。

 

「私にもわからない…….. 」

 

少年は黙って湖畔を見つめた。

 

「じゃあ、なんで僕を助けたの? 」

 

緑の少女は首をかしげてしばし悩む。

 

「私にはできなかったから….. 」

 

その少女の言葉の意味を少年は知らない。それでも隣の少女の憂いは感じた。

 

「私はここにいる理由がない…….なのに、君を助けて………ごめんね、巻き込んじゃって 」

 

「心配しないで? 」

 

少年は笑顔を見せる。

 

「僕が、君がここにいる理由になるから 」

 

少年の言葉に少女はふっと表情を和ませる。

 

「ありがとう 」

 

 

 

少年と少女はいつまでも静かな湖畔を見つめていた。

 

 

 

 

「………..僕………は…….いったい……. 」護はふと意識を取り戻した。

 

「たしか、あの時……. 」

 

フレイヤ城の隠し部屋で、護はエバーフレイヤ家執事のベネットと戦った。そして戦闘のさなか、ベネットのもつ『報復者(フラガラッハ)』に胸を貫かれ、そのまま地に倒れ伏せ意識を失った。意識を失う直前に誰かの言葉を聞いた気もするのだが、ぼんやりしていて思いだせない。

 

「ん?……..護が起きた! みんな来て! 護が起きた! 」聞き覚えのある声に目を向けるとそこには美希がいた。

 

「美……..希…..? 」「良かった…….もしかしたらアンタがこのまま目を覚まさないのじゃないかと思ったわよ 」

 

安堵のため息をつく美希。どうやらよほど心配させてしまったようだ。

 

「護……..良かった……. 」

 

駆けつけてきた哀歌も安堵の声を漏らす。心なしかその瞳がうるんでいる。

 

「しかし良かったぜ。俺の右手もほとんど役に立たないまま、お前達が死んじまったら後味悪すぎるもんな 」上条も安堵のため息を漏らした。

 

「あのさ………ここは、どこ? 」

 

護の問いに答えたのは、いつの間にか護のベットのすぐ横まで来ていたラミアだった。

 

「ここは『聖騎士団』が管轄する修道院付属病院よ。あなたはベネットととの戦いの後、ここに運ばれて治療を受けてたの。正直危ないところだったわ…….結果的には高杉って子も合わせて2人とも一命を取り留めれて良かった…… 」

 

「あの……..僕って…….そんな重傷だったんですか? 」

 

「大変な重傷よ。なにしろ心臓を剣で刺し貫かれたんだから。しかも神話級の『霊装』でよ? これで重症にならないはずないでしょう? 実際、あなたは一度『死んだ』のよ? 」

 

「へ?……….死んだ!? 」

 

「ええ…….確かにあなたは一度死んだ……..でも、おかしなことがおきたのよ…….戦場に乱入してきた少女…….フードかぶっていたから声からの推測だけどあなた達と同じくらいの少女があなたに触れた途端にあなたが息を吹き返したのよ! そのままその子は高杉君にも触れて息を吹き返させた……..そしてそのまま、あなた達を狙っていた『タラニス』戦闘員達を手を振るだけで『斬り捨てていた』わ。まるで見えない斬撃を放つかのように 」

 

ラミアは呆れたように首を振る。

 

「あれは紛れもない『蘇生能力』ね……人間でそれをやるのを私は初めて見たわ………そいえばその子ね、あなたが目を覚ましたらこう伝えって言い残した言葉があるわ…….『この世界は大変ね 』だって。後、名前も教えてくれたわ…….『ミストラル』って名だそうよ 」

 

「ミストラル…….. 」

 

護はミストラルの言葉の意味を考えていた。

 

『この世界は大変ね 』その言葉が示す『この世界』とは護がいる『とある』世界を指示しているのか、それとも単に魔術サイドの世界のことを指しているのか。

 

もし『とある』世界を指しているのだとしたら、ミストラルは自分と同じく『異世界』から来た人物と言うことになる。

 

「その子はどこに行ったんですか? 」

 

「さあ、気が付いたらいなくなっていたという感じね…….煙のように消えてしまったわ 」

 

ミストラルと名乗る少女。彼女がなんとなく護達を助けるとは思えない。なにかしら理由があるはずである。だが現時点では護にそれを確認する手段はない。

 

「(今は、この騒動を終わらせることが先か……..だが、執事である『ベネット』にも敵わない今の状況で…….どうやってクリスを救いだせばよい?)」

 

現状、クリスの身柄はジェラルドのもとにある。哀歌と美希が戦闘の末に抑えたクリスの妹達も戦闘のさなかに現れたベネットが奪ってどこかに消えた。その上、今の状況では次にジェラルド達がどういった行動をするのかが分らない。

 

「今回逃がしてしまったのは残念だけど、実は解決手段がないわけじゃないのよ 」

 

ラミアの思わぬ言葉に全員の視線が集中する。

 

「どういうことですか? 」

 

「あの人の計画は、クリスに宿る『主導神ダヌ』の特性を利用し、『運命の3女神』の力を解放して、イギリス王家の禁書目録用の『遠隔制御霊装』を奪うというものだったけど、実際それは今の時点では不可能だったのよ 」

 

ラミアはため息をつきつつ話を進める。

 

「『運命の3女神』の力を利用するためには、当然その女神の特性を持つ者の体が必要になるわ。そして女神の特性は1人につき1神しか備わらない。この意味が分る? 」

 

『運命の3女神』というのは、当然ながら『運命をつかさどる3人の女神』のことを指す。つまり、女神の特性は1人につき1つしか備わらないとすれば『運命の3女神』の力を利用するためには3人の『女神の特性』を持つ人間が必要となるはずなのである。

 

「あの時、クリスの妹だと名乗ったは2人だけ………じゃあ、まだもう1人、クリスの妹で女神の特性を持った奴がいるってことですか! 」

 

「ええ、その通りよ。クリスにはもう1人の妹セルティがいるわ。そして彼女さえこちら側にあればあの人の計画を阻止することも可能なの 」

 

「じゃあすぐにそのセルティって子を探して保護すれば………. 」

 

「ええ、保護できればね……… 」

 

保護できればといういう言葉に護は少しいやな感じを覚えた。この口ぶりは不確定要素があるということを意味している。

 

「保護できればって………保護できない理由でもあるの? 」

 

美希の問いにラミアはすこしうつむきつつ答える。

 

「あるのよ…….. 」

 

絞り出すようにラミアが出した答えは。

「あの子は、吸血鬼になっているのよ 」

 

その言葉に頭の上に疑問符を浮かべる美希と上条。一方哀歌は事態の深刻さを理解したらしく溜息をついた。

 

「保護できない理由が分かった………アイルランド聖教所属の立場とすれば『悪魔』の一種とされる『吸血鬼』を……..身内から出すわけにはいかない………出してしまったのなら関わってはいけない……….だから確保できない………そういうこと? 」

 

哀歌の言葉に頷くラミア。

 

「本当なら……..そんな建前を気にしている場合じゃない……..そんなこと分かり切ってる……それでも今の私には『立場』があるわ…….大勢の部下を預かる『騎士団長』として軽率な行動はできないの……….たとえそれが私の子に関することであったとしても 」

 

ラミアはこの事件の中心にかかわる『組織』の一員であり、組織にとって益になる範囲であれば自分の娘を助けるために『個人的な』行動を許される。

 

だが教会の定めたタブーを破っての行動は許されない。

 

「だから、セルフィを保護することは私達『十字教』の人間には無理……….本当に迷惑かけるけどあなたたち『科学サイド』の人間にしかあの子を保護することはできないの 」

 

「つまり、僕たちにクリスの最後の妹……..セルティさんを保護してほしいということですね?では、最後に一つだけ聞かせてください………セルティさんを保護することが、どうして『タラニス』の計画を阻止することにつながるんですか? 」

 

「さっき話したようにセルティは『3女神』の最後の一人……女神『モリガン』の特性を持っているわ……『モリガン』は『3女神』の内でもっとも力を持った神とされ……神話によってその姿を変える三相一体の女神でもあったの。豊穣の女神である『乙女アナ』。永遠に生命を生み出す『母神バブド』。幻影の女王、死母神である『老婆マハ』の三相を持っているとされているわ…….このうちの『ハブド』と『マハ』の名はあなたにも覚えがあるんじゃない? 」

バブドとマハ。この2つの女神の名を確かに護達は耳にしていた。なにしろその名は、クリスの2人の妹達が持つ女神の名であるのだから。

 

「つまり、神話によって差はあれど、モリガンは他の2人の女神より上位に立っているの。よってモリガンの特性を使えば他の2人の女神の特性が使われるのを止めることができるのよ 」

 

確かにモリガンが上位の神であるなら、他の2神を止められるだろう。だがここで一つ疑問が残る。クリスはまだ敵のもとにあるのだ。つまり……….

 

「『主導神ダヌ』の特性を持ったクリスの体が敵の手にある以上、たとえモリガンの特性を使って一時的に2人の女神を止めたとしても無意味になるのではないですか? 」

 

いくらモリガンが他の2神より上位の立場に立つとはいえ、さらに上位の女神であるダヌには勝てない。

 

「確かに『主導神ダヌ』の力を使われればモリガンでは抗しきれない……..でもね、モリガンには他と一風変わった……..それでいて決定的に違う『特性』があるの。その『特性』は、『戦いの結果と死を予言する』というものなの…….神話では戦いの前に死んでいく兵士の血に濡れた衣服を川で洗うことで結果を知らせると言われているわ。用は民間伝承における『死神』などの原型なのだけど『予言』するというよりは『宣告』すると言った方が近い………..女神モリガンはその戦場のおける戦いの結果と人の生き死にを自在に操れる……..そう考えてくれれば良いわ 」

 

もし、モリガンにラミアの言う通りの力があったとすれば、それを特性にもつセルフィはまさしく最強と言える。ただし、強大な力には必ず代償がつくものである。

 

「その代わり……..代償として、その特性を発現させた時点でその人間の寿命は止まってしまう……..発現したままの姿でとどまり続ける。それは不老不死ではなく、ただ定められた寿命が来るまで同じ姿なだけ……… そして特性を利用するためには自らの血液を相手に付着させなけらばならない。戦場で『死ぬ前』のはずの人物の衣服がなぜ『血まみれ』なのか………考えれば当たり前でその血とは『モリガン』自身の血なの。すなわちモリガンは自らの血で相手の衣服を濡らすことによってその所有者の生死を操ってるのよ。また、一番強力な特性………『戦いの結果を宣告する』という能力は発動できるのは1回だけ。その能力は、第一に『戦場』でなければ発動できない。第二にその『宣告』は特定の人物に特定されるわけではなく戦場にいる全員に適応されれてしまう。それもその1回のために記憶、性格、力、能力、そう言ったものをことごとく失うことになる………… 利点もある代わりに危険な特性であることは間違いないの 」

 

「その代わり上手くいけば、その特性を使ってジェラルド達『タラニス』の計画を十分に阻止できる。ですよね? 」

 

頷くラミアを見て護はふっと口元を緩ませる。

 

「分かりました。あなたの代わりに僕と哀歌と美希で行ってきます…….本当なら高杉の奴持つも連れて行きたいけど………あいつはまだ寝てるみたいだし…….. 」

 

「「ちょっとまったぁ!!」」ここで2人の声が重なったのを聞いて首をかしげる護。この場に男は上条と自分しかいなかったはずなのだが?

 

「俺だけ置いていくってのは薄情だぜリーダー。俺は『ウォール』のメンバーなんだ。厄介事には最後までついていく 」

 

「俺もついていくよ。俺の『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』がどこまで役に立つかは分からないけど………『禁書目録(インデックス)』を助けるためにも元凶倒さなきゃいけないわけだしな 」

 

高杉と上条の2人の参加によって、セルフィの捜索隊は数を増やすことになった。

 

「それでセルティって子はいったいどこにいるんですか? 」

 

護の言葉にラミアは部屋にかけられている世界地図の一角を指し示す。その指の先あるのはアイルランドの隣の島国。すなわち………

 

「グレートブリテン北アイルランド連合王国、イギリスにセルフィはいる……..正確にいえばイギリス清教、第零聖堂区『必要悪の教会』管轄下の倫敦(ロンドン)塔にね 」

 

その言葉が意味するのは……….

 

「つまり………. 」

 

哀歌がその言葉の意味をストレートに言い表す。

「私達にイギリス清教と……..真正面からガチンコをやれっていうの? 」

 

 

 

 



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とある組織の共闘要請

「なんだかんだでここまで来ちゃったけど、あそこに入るのって本当に可能か? 」

 

イギリス清教における暗部とも言える『必要悪の教会』管轄下の倫敦(ロンドン)塔まで高杉の『無限移動』でやってきた護たちだったが、来たのは良いが中に入ることができずにいた。

 

別に、警備が厳重すぎるとか、魔術師と出くわしたとかいう訳ではない。そうではなく、当たり前すぎることで護たちは足止めを喰らっていた。

 

「考えてみれば......倫敦(ロンドン)塔は表向き、普段は一般に公開されてるんだったっけ 」

 

ロンドン塔は、中世に立てられた城塞であるが、同時に数々の人々の血を吸った処刑場、牢屋でもある。そんな血なまぐさい城ではあるが、その歴史的価値から世界遺産に登録されていてるため、普段は一般公開されており、世界中から観光客が訪れている。

確かにその血なまぐさい歴史はともかく、歴史を感じさせる外観は多くの人を魅了する。

 

ただし、それはあくまで表向きの話であって実際は現在でも、対魔術サイド専用の牢屋、処刑場としてこの城は使われているのだ。

 

「確か『禁書目録(インデックス)』の頭の中の資料によると、この塔の中の『隠し部屋』にセルフィは捕らえられてるんだよな? 隠し部屋って.......フレイヤ城にあったやつみたいなものか? 」

 

上条の言葉に哀歌は首を振る。

 

「あの城の隠し部屋は純粋に『部屋』だったけど.......この城における隠し部屋とは........『隠し牢屋』と言ったほうが正しい.......表に出せない者達を封じておくための部屋になるから 」

 

この城塞は敷地の中にいくつか建物を備えており、城だけで成りたっている訳ではない。

 

血染塔(ブラッティータワー)、黒塔(ブラックタワー)、ミドル塔、ベル塔、塩塔(ソルトタワー)、ビーチャム塔などの塔と、兵舎、礼拝堂などの施設に加えて、本丸の城にあたる『白塔(ホワイトタワー)』を加えた全てが倫敦(ロンドン)塔となるのだ。

 

「それで、その隠し部屋がこの敷地のどの建物の中にあるかなんだが........そればっかりは禁書目録(インデックス)にもわからないらしい。おそらくイギリス清教にとって不利に成りかねない情報は記憶として残してないんだろうな...... 」

 

 となると、当然ながらこの敷地の中を探し回らなければならないわけだが、あいにくと今は昼間。堂々と探っていれば、不審がられてしまうだろう。もっともイギリス清教も一般人が見学している時間帯に堂々とこの施設を利用するのは避けるだろう。

 

「こうなったら、日が沈むまで市街で待機して、倫敦(ロンドン)塔から一般人がいなくなりしだい先入して調べるしかないな 」

 

高杉の言葉に上条は首を振る。

 

「いくら夜に人がいなくなるからってダイヤモンドとかも展示されてるんだから監視カメラとか防犯装置とか付けてあるんだぜ? そういうのどうするつもりだよ? 」

 

「そこは私の出番よ 」

 

美希は自分の前髪に電気を発生させながら言う。

 

「私の能力を使って、そういった電動式防犯設備は全部無効化できると思うわよ 」

 

「そっか、美希はビリビリの従姉妹で同じ力を持ってたんだっけな 」

 

関心する上条。彼は事実を知らないゆえに軽く言っているが当の本人にとっては重い話である。

 

「よし、そうと決まったらさっそく実行に移そう。閉館時間まで市街で自由行動。なにかあったらすぐに携帯で連絡するように! 」

 

てなわけで、護たち5人は定刻まで時間を潰すことになったのだ。

 

護は哀歌と連れ立って、市街を歩いていた。元の世界では一度も海外にでたことの無い護にとってはイギリスの風景は本気で新鮮だった。

 

「この近くだと、大英博物館があるよね。僕はそことか見学したいな 」

 

「いまだに緊張状態は続いているのに......のんき過ぎない? 」

 

「どの道、焦っても事態は好転しないだろ? 時間までは割り切って楽しもうよ 」

 

そう言った護だったが直後、彼の表情が強張った。哀歌の表情も張り詰めている。

 

2人に緊張をもたらす原因がなにかといえば目の前に広がる風景を見れば分かるだろう。

 

「この不自然なほど無人な風景.....まさか、これは! 」

 

「『人払い』の術式....まさか、もう『必要悪の教会』に悟られたの? 」

 

両腕を竜人に変化させ、警戒する哀歌。

 

最高に、警戒する2人の前に現れたのは...........

 

木製の杖(ステッキ)をついて、学生服の上からフード付きのマントを羽織る少女だった。

 

一瞬場を沈黙が包み込み、一呼吸おいて双方から言葉が飛んだ。

 

「きみ.... 」「あの... 」双方喋りだしたところで重なり再び黙ってしまう。

 

「.......君から要件をどうそ 」

 

「あ......はい。私の名はナタリーと申します。魔術結社『救民の杖』に所属しております。あなたがたに話したいことがあってこんな方法を取らせていただいたことお許しください 」

 

しっかりとしたアクセントの日本語を話す外国人少女 (瞳の色が青であることからの判断) にすこし戸惑いながらも護はナターリーに向き直る。

 

「話したいことっていうのは? 」

 

「はい。あなたたちがやろうとしていることに私達を混ぜていただけないかという話しなんですが..... 」

 

「僕達がやろうとしていること? なんのことかな? 」いくら相手が丁寧な態度で接触してきたとしても、それですべて信頼できるはずがない。ましてや護たちは学園都市の暗部構成員である。

 

「警戒されるのも無理ありません。ですが私はイギリス清教に協力はしていません。だいたい協力しているなら、わざわざあなたたちと接触せずに通報したほうが早いです。私は.....いや、私達はあなた達と同一の場所を狙っているのです.......この国唯一の裏側専用の牢屋を 」

 

裏側専用の牢屋。この言葉が指し示す場所は一つだ。すなわち倫敦(ロンドン)塔である。

 

「な? 僕達はともかく、なんで君達が倫敦(ロンドン)塔を狙うんだ? 」

 

「あなた達と同じです 」

 

「同じ?.....まさか、仲間が捕らえられている? 」

 

ええと頷くナタリー。

 

「あの塔には、私達のリーダーが捕らえられています。私達はそれを取り戻したいのです。その為に『吸血鬼セルフィの奪取』を目指すあなた達に協力させてもらいたのです 」

 

なるほどと護は納得した。

 

リーダーを失った彼らは、それを取り戻さなければ組織として機能しなくなりかねない。だから確実にリーダーを助け出す為に護たちの協力を必要としているのだろう。

 

「もう1つ聞かせて欲しい、僕らの目標をどうやって知った? 」

 

「私達は、世界のあちこちに拠点を持ちます。そのうちの1つ、アイルランド支部からの情報からです 」

 

「たまげたな....... そんなにデカい組織なのか君達は 」

 

護は素直に驚愕していた。もし彼女が言っていることが本当であれば、『救民の杖』はかなりの規模を誇る組織ということになる。それだけの組織は1年か2年で作り上げられるものではない。

 

「私達、『救民の杖』のルーツは十字教における『旧約聖書』、私達ユダヤ教における『聖書』の中に出てくるモーゼの跡継ぎ『ヌンの子、ヨシュア』が率いた『杖部隊(ステッキ・コマンド)』にさかのぼります。この部隊はモーゼの弟のアロンが持っていた『救民の杖』と呼ばれる杖を守護する役目を持った精鋭部隊でした。安住の地、エルサレムを持ってからも部隊は存続し続けました 」

 

ナタリーは、一息ついて話を進めた。

 

「ところがバビロニア帝国という国の侵略を受けてユダヤ人国家の『イスラエル王国』は壊滅。多くのユダヤ人が捕虜となってバビロニアに連れていかれた......これを『バビロン捕囚』と言うのですが、この出来事によって『杖部隊(ステッキ・コマンド)も一時消滅しました。しかし、バビロニア帝国が滅ぼされたことによってユダヤの人々はイスラエルの地に戻ることができました。それに伴い『杖部隊(ステッキ・コマンド)』は復活し、その後、とある男が現れるまで存続し続けました 」

 

「ある男? 」

 

「現在、もっとも多くの信者を抱える一大宗教の教祖さまと言えば分かりませんか? 」

 

もっとも多くの信者を抱える宗教........それを指すのはたった一つだ。

 

「十字教........ 」

 

「ええ、その男を『神の子』と崇める一大宗教の誕生によって『杖部隊(ステッキ・コマンド)を含めた『ユダヤ教』自体が『神の子を殺したものたちの集まり』とされるようになってしまったのです。その為に『杖部隊』のようなユダヤ教を象徴するような勢力は時の十字教各派閥のトップに睨まれ、次々と潰されて行きました。そんな中、『杖部隊』は地下に潜伏し、十字教に対向する為、部隊の組織化を進め、やがて名を『救民の杖』と変えました。幾度となく........特に魔女裁判などを行なう『イギリス清教』、最大宗派である『ローマ正教』と戦い、それを経て『世界最大の魔術結社』と呼ばれるようになったのですが、今から10年ほど前、私達の主力はイギリスで、ある男によって一方的に蹴散らされ、リーダーをさらわれたのです! 」

 

護は首を傾げた。ナタリーが話していたことを信じるとして、それほどまでに巨大な組織の主力を個人で蹴散らすことができる人間がいるだろうか?

 

そこまで考えて、ふと護は思い出した。10年前、イギリス、そのキーワードに繋がり、なおかつ個人で組織を相手取れる力を持つ男。

 

「後方のアックア........いや、ウィリアム・オルウェルですね? 」

 

「?.......後方の......かどうかは知りませんが、確かにその男です。イングランド出身の魔術的な傭兵であるその男は我々とイギリス3代派閥の1つ『騎士派』との戦いに介入し、見事に我々を打ち負かしました。 しかし、今、彼はイギリスから姿を消しています。その為、あの男がいない今がチャンスなのです 」

 

かなり、色々と厄介な事になってるな?と内心ため息をついた護だったが良く考えれば、この申し出を断ることもないと思い直した。

 

彼女たちが自分たちを利用したいのは間違いないだろう。

 

だが、彼女たちとの共闘はこちらにとっても有難い話である。

 

ラミアは『自分たち、十字教徒に救う事は出来ない』と言っていた。だがナタリーたちは、ユダヤ教だ。その枠には縛られない。

 

「わかった......その申し出を受けるよ。その変わり、君たちが知っている情報を提供してほしい、後から仲間を集めてまた会いたいから集合場所を決めてくれないか? 」

 

「分かりました......では夕方5時に喫茶店『カバラ』にきてください。場所は×××です 」

 

ナタリーは一礼して最後にこう言った。

 

「本当に噂に聞いたとおり、善人なんですね.....正直、感動を覚えました 」

 

それだけ、言いのこして、ナタリーの姿は暗がりに消え、再び目の前の景色に人が戻ってきた。

 

「ねえ、護。奴らを信頼して良いの? 罠かもしれないよ? 」

 

「大丈夫だよ。たとえ罠だったとしても哀歌がいるから 」

 

護の言葉に赤面し、下を向く哀歌。そんな姿に微笑しながら護は市街に広がっている仲間たちへと連絡を取る為無線機に手を伸ばした。

 

数時間後、護たち『ウォール』メンバーは集合場所に定めた大英博物館の前に来ていた。この非常時で無ければゆっくり見学していきたいところだが、今はそうはいかない。

 

「つまり、その『救民の杖』って組織も俺たちと同じ目的で動いてるっつーことか 」

 

「しかしね?、アンタ、良く申し出を引き受けたわね。これが罠だったらどうするのよ? 」

 

「罠だとしても、自分達『ウォール』なら食い破れると信じてる 」

 

護は、上条に視線を向けた。

 

「上条.......ここから先はきっと厳しい戦いになる。正直、全員が生きて帰る保障なんてない。それでも来てくれるか? 」

 

「そんなの決まってんじゃねえか。友人(ダチ)の頼みをそう簡単に断れるかよ。それに俺の右手が必要なんだろ?だったら行くしかねえよ 」

 

上条の言葉に、やはり主人公は違うな.....と感じさせられた護だった。

 

「護.....嫌な感じがする。ここから離れた方が良い 」哀歌に唐突にそう言われ、周りを見渡す護だったが目の前の光景におかしな所は特にない。

 

「どうしたんだよ哀歌? 」

 

「誰かが魔術を発動しようとしてる、それもかなり大掛かりな術式を......禁書目録(インデックス)がいれば何の術式か解けるのだけど 」

 

「大掛かりな術式? 」そう護が呟いた直後だった。

 

ぱっくりと地面が口を開け、その場の全員を飲み込んだ。

 

「は? 」 「え? 」「なに? 」「うそ? 」「きた! 」

 

それぞれ声を上げながら、5人は地のそこに落ちて行った。

 

 

「ん......つてて.....痛っいな......みんな無事か? 」

 

「私は大丈夫 」

 

「私も大丈夫よ 」

 

「俺とこいつも大丈夫だ 」

 

「高杉のおかげで助かったぜ....... 」

 

どうやら全員、無事だったようである。

 

護は痛む頭を振りつつ、現在の状況を確認する。

 

どうやら自分たちはかなり地下奥深くに落ちてしまったようで上にある穴から見える光はかなり遠い。

 

だが、落ちた場所はえらくスペースがあり、また舗装された道のようになっている。まるで人の手によって作られたかのようだ。

 

なんというか、巨大な地下トンネルにいるような感じを受ける場所である。

 

「とにかく、この道を進んで出口を探そう。息が続く以上、どこかに入り口か出口があるはずだし 」

 

そう言って、歩き出そうとした護だったが直後、周囲の壁に異変が起こった。

 

「!? なによこれ? 」

 

周りの壁のあちらこちらに突然、血で塗りたくったような真っ赤な『???』という文字が現れたのだ。

 

「この文字は! みんな早くこの文字を消して! 」

 

慌てて叫ぶ哀歌だったが少し遅かった。

 

ボコッと壁の一部が、人形になり、壁から独立して動き出す。

 

その手に土塊から形作られた剣が握られている。

 

そんな奴らが周囲の壁から次々と湧き出してきた。

 

「こいつら、まさか......ゴーレムか? 」

 

「多分.......でも、こんなタイプはみたことがない 」

 

前方に迫りゴーレムの一体が、土塊から作られたライフル銃をこちらに向けた。

 

「まずい! 」とっさに右手から『超重力砲(グラビティブラスト)』を放ち、その一体を含めて前方のゴーレムをまとめて吹き飛ばした護だったが、敵は四方八方にいる。

 

周りに展開しているゴーレムからの一斉射撃が始まった。

 

哀歌が拳で頭を砕き、高杉が放つ機能性炸裂弾がゴーレムたちをまとめて吹き飛ばし、美希が放つ鉄球が10体まとめて粉々にし、上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』がゴーレムをただの土塊に戻しても.......敵の数は一向に減らない。

 

「くそ! 真の意味でゴーレムを無に帰せるのは上条だけだ。こいつらを倒すには術者を倒さないと! 」

 

とはいっても周囲を完全に、ゴーレムの群れに囲まれている状態ではどうしようもない。

 

「なら、俺の能力を使って前方限定だが道を開くか? 殺すことはできんが、時間稼ぎにはなるぜ 」

 

高杉が機能性炸裂弾射出機をゴーレムたちへ向けながら言う。

 

「いや、高杉の能力を使うとしてもこいつらを転移させる場所がない! ここは美希に頼もう 」

 

護の言葉に首を傾げる美希。

 

「美希! ここは地中だ、砂鉄を操って360度全方向に展開させてくれ! 前方以外の全ての方向で盾代わりに利用する! 」

 

「なんで前を開けるんだ? 」

 

上条の問いに護は自分の右手を振りながら答えた。

 

「あいつらにこの能力をぶつけてやる為さ。それに、哀歌の攻撃を当てる為でもある 」

 

そんなことを話している間にも、ゴーレムたちは距離を詰めてくる。

 

「行くわよ! 砂鉄展開! 」

 

瞬間、ぞわっと地面が動いた。地中に含まれる無数の砂鉄が美希の意思により、周囲に展開される。

 

「よし、こんどは僕らの番だ! 哀歌! 前方の敵を一掃するよ! 」

 

「分かった! 『竜の息吹(ドラゴン・ブレス)』! 」

 

「『超重力砲(グラビティブラスト)』!」

 

哀歌の前方に現れた魔法陣から放たれる強烈な光線が、護の超重力砲により信じられくらいの速度に加速し、一瞬で前方のゴーレムたちを消滅させる。

 

「今だ! 走れ! 」護の叫びを合図に、5人は一斉に前に向けて走り出す。

 

壁から湧き出してくるゴーレムたちを周囲の砂鉄で防ぎながら全力で走る5人。

 

どれだけ走ったろう。ふと気がつけば5人はおかしな空間にたどり着いていた。気付けばゴーレムたちの姿も見えない。

 

「あいつら.....諦めたの? 」

 

展開していた砂鉄を解除し、周りを黒く染める美希。

 

「いや、こんなところで奴らの攻撃が止むなんて不自然だ。きっと理由がある 」

 

そう言う護に、上条が声をかける。

 

「多分、あれが理由じゃねえか? 」

 

上条が指さす先、そこには1人の老人が座っていた。

 

漆黒のローブに身を包む、黒ヒゲの老人。

 

彼はその皺の刻まれた顔をこちらに向ける。

 

「ようこそ、儂の神殿へ 」

 

「あなたは誰? 」

 

哀歌の問に老人は簡潔に答える。

 

「『律法学者(ラビ)』だよ。アイルランド聖教に雇われた、祖国を裏切った哀れな老人さ 」

 

 

 

 

 

 

 



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とある律法学者(ラビ)と突入開始

「律法学者(ラビ)か..... まったく厄介なのに当たっちゃったな 」

 

護は、ゴーレムを操る老いた男を見つめる。

 

ゴーレムと言えば、イギリス清教のシェリーという魔術師も学園都市への侵入の際に『エリス』という名の個体を使っていた。

 

時間軸的には、まだ先の話ではあるが、そこにヒントはある。ゴーレムは、破壊できないわけではない。すぐ周辺にあるもので復元されるが、一度はバラバラにすることも可能だろう。

 

「(一時的にせよゴーレムを崩して、その間に律法学者(ラビ)を戦闘不能にすれば勝機はある! )」

 

となれば、先制攻撃しかない。グズグズしていれば、再びゴーレム軍団を呼び出されかれない。

 

目で哀歌と美希に合図を送り、護は律法学者の周辺の重力を掌握する。

 

「僕が抑える。哀歌!美希! やれ! 」

 

「! 」危険を察知し、行動を起こそうとする律法学者だが、体に異常な力がかかって手足を動かすことができない。

 

「無駄だよ律法学者。僕の力は『重力掌握』、重力を自在に操る力だ。あなたの周辺にかかる重力は通常の倍になってる。動くことはできないよ 」

 

焦りの表情を浮かべ、逃げようと無駄な抵抗を試みる律法学者に向けて哀歌の放つ火球と美希の放つ超電磁砲(レールガン)が一度に放たれる。

 

形容し難い音が響き、放たれた攻撃は律法学者に直撃した。

 

「1人相手にオーバーキルじゃねえか? 」一部始終をただ眺めるだけしかできなかった上条がなかば呆れたように言う。

 

「仕方ないわよ。魔術師ってのは規格外の怪物なんだから 」

 

そういう美希に、それなら超能力者だって怪物では? と思った護であるがあえて口に出すのは避けた。

 

しかし、こんなにあっけなく終わるものだろうか。

 

そう思った護の予感は見事に当たった。

 

「なるほど、怖いな。これが噂に聞く『ウォール』の実力って奴か 」

 

突然、聞こえて来た声に慌てて後ろを向く護たち。そこにいたのは赤髪、碧眼の青年。

 

「誰だ、君は? 」

 

「律法学者(ラビ)だよ 名はダビデ 」

 

平然という青年に、驚いたのは哀歌だ。

 

「馬鹿な....,.あなたのような若造が......律法学者になれるとは思えない 」

 

哀歌の言葉に、苦笑いしながら青年は答える。

 

「十字教の迫害者にして、後に使徒として布教に勤めたパウロも若くして律法学者になっていた。なら、俺くらいの律法学者がいても不自然じゃないと思うがな? 」

 

「どの道、お前の先輩はやられたぜ? お前も早くにげたらどうだ? 」

 

高杉の言葉に一瞬、ポカんとした青年は次の瞬間、高笑いをあけだ。

 

「はははははははははは!! なに言ってるのさ? あんなのが先輩な訳ないじゃん ! 」

 

青年は一息ついて言う。

 

「あれはダミーのゴーレムだよ。君たちの実力を試すためのね 」

 

なに?と護が首をかしげたとき『地下神殿』の壁をぶち抜いて大勢の人間が入ってきた。

 

「ごめんなさい『ウォール』のみなさん! ダビデがどうしても実力を確かめたいといって独断で飛び出していってしまって 、慌てて追いかけたんですけど間に合わなくて....... 」

 

先頭にいる女性に護は見覚えがあった。というより数時間前に会話した相手である。

 

「救民の杖のナタリーさんだっけ? つまり、ダビデは敵じゃなかったってこと? 」

 

「はい.....彼も組織の構成員です。実力者ではあるんですけど、すこし独断先行気味で.....ダビデ! あんた組織全体の信用を失わせる気? 」

 

ナタリーの叱責に、肩をすくめるダビデ。おそらくいつもこんなやり取りをしているのだろう。

 

「とにかく『ウォール』の皆さんには御迷惑かけました。今からお返しがわりに『カバラ』で安息をとってもらいます。積もる話しもありますし 」

 

それは護たちにとっても願ってもない話である。

 

よって護たち一行は地下通路を通り、喫茶店『カバラ』に辿り付いたのである。

 

 

「さて、どこからお話すれば良いでしょうか? 」

 

「まず最重要犯罪人を収監されている『隠し部屋』についての情報が欲しい。あそこにセルティが収監されてるはず。そしておそらく..... 」

 

「ええ、私たちのリーダーも収監されているでしょう 」

 

『カバラ』で、簡単な食事をとって一息ついた護たちは、さっそく、計画を練る作業に入っていた。正直、時間がないからだ。

 

「その『隠し部屋』については場所の特定はできています。倫敦(ロンドン)塔を構成する塔の1つ『血染塔(ブラッディ・タワー)』内部です 」

 

「問題はそこに行くまでの道のりです。まずは無数の監視カメラを始めとする防犯システム。さらに魔術的なトラップがてんこ盛り。さらに、あたらこちらに仕事中の魔術師や看守がいまし 」

 

「監視カメラなどの電子的な防犯システムは美希の能力で何とかできると思う。魔術師や看守については.....強行突破しかないかな 」

 

「私が派手に暴れて陽動するのは? 本丸の『白き塔(ホワイト・タワー)』を攻撃してそちらを本命と思わせるのはどう? 」

 

哀歌の提案に護は頷いた。対魔術戦闘に関しては哀歌がピカイチの器量を有している。

 

「ああ、頼む哀歌。じゃあ、哀歌が気を引いてる隙に他のみんなで........ 」

 

「念には念を押す必要があるんじゃないか? 俺も陽動をかけよう。『人造軍隊(ゴーレム・ソルジャー)』を使って血染めの塔以外の全ての建物に奇襲をかける 」

 

ダビデの言葉に、それももっともと頷く護。そこで、なんだか置いてきぼりを喰らっている感がある上条がおずおずと手を上げる 。

 

「因みに俺はどうすれば? 」

 

「上条の『幻想殺し』は、魔術師な仕掛けを破壊するのに必要不可欠だけど、上条はあくまでも民間人だ。危険すぎる 」

 

「そこは私たちが全力でカバーします。確かに上条さんの力は必要ですから 」

 

という訳で作戦は決まった。この数時間後、護たちによる倫敦(ロンドン)塔への奇襲攻撃が始まったのだった。

 

 

2時間後、倫敦塔のあちこちで戦闘音が巻き起こっていた。看守たちにゴーレムの大軍が襲い掛かり、哀歌がプロの魔術師たちを直接殴って吹き飛ばす。

2人の戦いぶりは際立っていた。

 

 

 

「哀歌たちへ敵の注意が集まっている! 今のうちに血染めの塔へ! 」

 

護の声を合図に、『救民の杖』戦闘員500人近くと『ウォール』メンバー4人に上条を足した合計505人が血染めの塔に突入する。

 

血染めの塔にも看守はいたが、その数は少ない。大多数が哀歌たちの迎撃に回されているようだ。

 

「護さん。この辺りが『隠し部屋』があると思われる場所なんですけど......ここには触れれば即死するレベルの魔術的なトラップが仕掛けられてます! 」

 

ナタリーの叫びに護は上条を見る。

 

「ここは上条の力が必要だ。このトラップを破壊してくれ! 」

 

頷いた上条がナタリーの指さす壁の一角に触れたとたん、触れた部分が唐突に消え、通路が出現する。

 

「どうやらこの先が『隠し部屋』みたいだな。みんな行くぞ! 」

 

通路に突入する護たち。その通路はすぐに切れ、目の前に広大な地下の監獄が広がる。

 

「あの通路は地下に繋がるワープ装置みたいなものだったのか 」

 

関心する護だったが、今はそれよりやる事がある。

 

「セルティ!セルティ・エバーフレイヤはいるか! 助けにきた! いるなら返事してくれ! 」

 

護の叫びに居並ぶ牢屋の1つで影がピクリと動いた。

 

「本当に!? 本当に私を助けに来たの? 」

 

少女の震える声が護たちに問いかける。

 

「私は吸血鬼なのよ!? そんな私をどうして!? 」

 

「君のお姉さんを、クリスを助けたい 」

 

護の言葉に、牢屋の中の少女が息を飲むのがわかる。

 

「そのために君の力が必要なんだ! 」

 

 



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とある出会いと怪物変化

倫敦(ロンドン)塔でようやくクリスの最後の妹セルティに出会えた護たち。だが、これで解決とはならない。この塔からセルティを連れ出さねば、クリスを助けることはできないからだ。

 

「おい、護! 塔の周りに敵が集まり始めてる。早く逃げないとマズイぞ! 」

 

隠し部屋の入り口で見張りをしていた高杉が叫ぶ。

 

実際、血染め(ブラッティ)の塔(タワー)の周辺には、事情を察知した必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師たちが集まり始めていた。

 

「哀歌たちの陽動も限界か.........高杉! お前の『無限移動』で飛ばせるのは何人だっけ? 」

 

「触れなきゃ飛ばせないから、頑張って2人が限界だぜ? 」

 

とっさに考える護。2人が飛ばす限界なのなら、まず飛ばすべきはセルティである。問題はセルティと共に行くべき2人目を誰にするかだ。

 

「この場合は上条さんに行ってもらうべきかな....... 」

 

上条は『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という強力で摩訶不思議な力を持っている。だが、そんな力を持っていても、あくまでも上条は民間人である。

 

だが、おそらく上条は残ることを決めてしまうだろう。困っている人をほおっておけないのが彼の性格なのだから。

 

「(だが、上条さんを万が一にも死なせるわけにはいかない。それがアレイスターから課せられた任務でもあるからな )」

 

護が無理にでも上条たちを飛ばそうと、高杉に呼びかけようとした瞬間だった。

 

隠し部屋の入り口付近で凄まじい爆発音が響き、同時に護たちのいる牢屋に高杉が瞬間移動してきた。

 

「さすが高杉! 護の考えを読んでベストタイミングでかけつけるとは! 」

 

「馬鹿か美希! んなわけねえだろ。入り口に来やがったんだよ、例の赤髪神父が! 」

 

赤髪神父と言われて、連想されるのはただ1人しかいない。

 

「高杉! 上条とセルティをラミアさんの修道院に飛ばせ! 早く! 」

 

護の声に急かされるように、高杉の両手がセルティと上条に片手づつ触れられる。

 

「おい、護........ 」なにか言いかけた上条に向けて護は頭を下げた。

 

「ごめん、上条 」

 

瞬間、吸血鬼セルティと上条は倫敦(ロンドン)塔から姿を消した。

 

「おやおや、また君たちかい? まったく何度僕の前に敵として現れるつもりなんだ? 」

 

隠し部屋に堂々と入ってきた赤髪神父こと、ステイル=マグヌスは護たちを一目みるなり言葉を吐き捨てた。

 

「インデックスの件で君たちには借りがあるから戦いたくはないんだが........なぜ、こんな大それたことをした? 返答しだいでは......... 」

 

懐に入れてあるルーンのカードを取り出し、真上に掲げるステイル。

 

「君たち相手でも容赦なく燃やし尽くす 」

 

轟という音と共に業火が部屋を赤く染める。 

 

「まってくれステイル! こんな事をしたのはインデックスにも関係しているからなんだ! 」

 

護の言葉ステイルの眉がピクリと動く。

 

「どういうことだ? 」

 

「僕の仲間が巻き込まれた問題が、インデックスにも関係してたんだよ! 」

 

一部始終を話す護。話を聞いたステイルは苦々しい表情を崩さないまま告げる。

 

「あの子の為に動いているというならば、僕は君たちを処断できない。僕が最大主教(アークビショップ)に事情は説明しておく。君たちはこの塔の裏口から脱出しろ。僕が案内する。そこの魔術結社の奴らも一緒にだ。本来なら、灰にするところだが、今回はそうするわけには行かないからな 」

 

ステイルの厚意 (インデックスが絡んでいるからだが)に素直に感謝し護たちは、塔の外に出る為、ステイルの案内で裏口に向かう事となった。

 

そのころ、陽動をかってでた哀歌とダビデはいまだ奮闘していた。

 

「火竜の怒りは大地を焦がす! 」哀歌の叫びと共に彼女の手から業火が火炎放射器のように放たれ、無数の魔術師たちの体を焼く。

 

「行け! 我が兵士たち! 汝らが敵は目の前だ! 」律法学者(ラビ)、ダビデの指示の元、次々と現れる石造りの兵士たち、ゴーレムたちがプロの魔術師たちに次々と襲い掛かる。

 

護たちの突入時から見事な陽動を行っている哀歌とダビデだったがそろそろ、その陽動も限界に近づきつつあった。

 

「おい、怪力女! 敵の戦力が『血染めの塔(ブラッディ・タワー)』に向きつつあるぞ! そろそろ陽動も限界じゃないか? 」

 

ゴーレムの兵士たちに絶え間無く指示を出しながらダビデが叫ぶ。

 

「確かに陽動はもう無意味........本来は護たちの協力に向かうべきだけど.........この状況では向かえない............. 」哀歌がそう言うのも当然で、ダビデと哀歌の周辺を二重三重に魔術師や騎士たちが囲んでいる。

 

どうやら急を聞いた『騎士派』の人間も駆けつけてきたようだ。

 

「ダビデ.......あなたは、ゴーレムを使役できるのだから、地に逃げることはできる? 」

 

突然の哀歌の問いかけに虚をつかれつつもダビデは首を縦に振る。

 

「確かにできるが.......なぜ、そんな事を? 」

 

ダビデの言葉に哀歌は薄く笑う。

 

「あなたを巻き込みたくないから.......これから私の力を全力で行使するわ......でもこの力は制御がききにくい、だから、あなたにこの場にいてもらっては困るの...... 」

 

「しかし、それを言うなら護たちは....... 」

 

「大丈夫..... 」

 

哀歌は血染めの塔を見つめ言う。

 

「護の気配はもう倫敦塔(ロンドン)塔から離れてる、他の仲間の人たちも......だから心配はいらない..... 」

 

そう言われてもまだ納得のいかない表情をを浮かべるダビデに向けて、哀歌は右手の親指を立てグーサインを作る。

 

「大丈夫よ.....私は普通じゃない.....『怪物(モンスター)』はそう簡単には倒れないから。だから早くこの場から離れて 」

 

ダビデは哀歌を見、包囲する魔術師たちを見、もう一度、哀歌を見て、くそ!と吐き捨てた。

 

「いいか! 絶対に死ぬんじゃないぞ! 戻ったらお前に聞きたいことは山ほどあるんだからな! 」

 

それだけを言い、ダビデは地に新たな文字を書く。それと同時に生き残っているゴーレム兵士たちに最後の命令を下す。

 

「せめてもの助力だ! 我が兵士たち、勇敢なる少女の為に、己が全てを持って敵に向かえ! 」

 

その声を合図にダビデの真下に穴が開き彼を飲み込み。無数のゴーレム兵士たちが、魔術師たちに突っ込んで行く。

 

哀歌はダビデの厚意に感謝しながら、これから使う自分の力について心を揺らしていた。

 

「(本能に負けず『竜崎哀歌』として力を制御できるのは、持って10分、それを超えれば私は私でなくなる....... それだけは絶対に嫌だ。私は『人間』でいたいのだから..... ) 」

 

前方を見つめる哀歌。突入したゴーレムたちは次々と魔術師や騎士たちに倒され土塊と化していく。おそらく後数秒としないうちに自分に彼らの矛先が向けられるだろう。

 

「護たちが逃げれて良かった。逃げていなければ、きっと私が力を使うのを止めようとするからね。それに私が『怪物(モンスター)』となって敵を倒すところを護には見られたくない......護には『人』として見てもらいたいから 」

 

哀歌を中心になにか大きな力が広がっていく。その透明な力を感じ、思わず哀歌を見つめる包囲者の耳を哀歌の言葉が打つ。

 

「我が呪われた血よ! 深き深淵より目覚め、忌むべき力で敵を討て! 」

 

次の瞬間、哀歌を中心に莫大な閃光と衝撃波が放たれ、包囲者たちの視界を奪う。

 

霞む視界になんとか哀歌を捉えた包囲者たちは絶句した。もはやそこに少女は存在しなかった。

 

かれらの目に映ったの神話に出てくる存在。勇者たちに打ち倒される存在。規格外の怪物。

 

驚愕に瞳を開く包囲者たちに、怖るべき怪物がその牙を剥いた。



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とある海峡の騎士戦士

 

 

 

 

 

結果だけいえば、護たちの救出作戦は成功した。

 

倫敦(ロンドン)塔に囚われていたクリスの妹、セルティの救出に成功し無事に脱出。

 

共に脱出した『救民の杖』のメンバーを含めて、死者は無し。イギリス清教の要塞施設を攻めた作戦としては驚きの成功を収めた護たちだったが、一つだけ予想外の事が起きた。

 

哀歌の失踪である。

 

「つまり、哀歌はあそこで残って騎士派の兵士たちや、魔術師たち多数を相手に戦ったと? 」

 

「ああ、俺はその場を見なかったが間違いない。なにしろ、あの惨状だ 」

 

ダビデが指差す先にはテレビに映るロンドン塔がある。

 

その有様は悲惨だった、殆どの建物が原形を留めていない。真ん中からへし折られたかのようになっていたり、真っ黒に焦げて瓦礫になったりしている。

 

さすがに本丸である『白き塔(ホワイト・タワー)』は崩れはしなかったものの、壁に無数の穴が空いている。

 

テレビの特番では、女性アナウンサーが、今回の事件に関してIRAが関係している可能性があるという事を喋っている。

 

騎士派の兵士たちや、イギリス清教の魔術師たちが、あんな事をするわけがない。あの場にいて、これだけの破壊を引き起せる人物は1人しかいない。

 

「哀歌は自分の力を解放したんだと思う。彼女ああ見えて、いつも全力で戦ってるわけじゃないそうだし。彼女は僕らの中で唯一、魔術、超能力、そのどちらにも対応できるエキスパートだ。哀歌ならあれだけの破壊を引き起こせてもおかしくない 」

 

「だがよ.......なら、哀歌はどうして戻らねえんだ? 哀歌の奴の実力なら敵を蹴散らして戻ってくることぐらいできるはずたろ? 」

 

高杉の疑問に護はすこし思考を巡らす。まず考えらるのが、なんらかの理由で哀歌が捕らえられたというものだがその可能性は低い。

 

もしイギリス清教側が哀歌を捕らえたのだとすれば、なんらかの動きが見られるはずだが、そのような動きは見られていない。

 

第2に考えられるのは、哀歌が今だ敵と交戦中という可能性だ。というか現時点ではその可能性が1番高いだろう。なにせ哀歌はステイルと遭遇できてないのだから今だ、敵として追われているはずだからだ。

 

思考の袋小路に入りかけた護をナタリーの声が呼び戻す。

 

「護さん! イギリスにいる在留員のメンバーからの連絡がありました。ドーバー海峡付近において大規模な魔術戦闘を確認したとのことです! 片方はイギリス清教の騎士派。もう片方は詳細は不明ですが1人の少女だと!」この報告における1人の少女とは間違いなく哀歌だろう。やはりあの後も戦闘を続けていたようだ。

 

「現場に近づける? 」

 

「海峡付近を演習の名目でイギリス海軍が遠巻きに海上封鎖しています。陸上も同様に陸軍によって封鎖され近づくのは困難とのことです 」

 

「となると哀歌を助け出すには、敵中を強攻突破するしかないわね。魔術師さんたちと合わせてならなんとかできるんじゃない? 」美希の問いにナタリーは首を横に振る。

 

「美希。ナタリーたちは『魔術結社』だ。その立場上、イギリス軍と当たるのはキツイんだよ。『魔術』は表向きには存在しない事になっているんだから 」

 

護は高杉に視線をやる。

 

「正直、キツイけど哀歌を連れ帰るのは僕達『ウォール』だけで行おう。数では圧倒的に不利だけど、高杉の『無限移動』を使えばイギリス軍とぶち当たらずに戦場にたどりつけるはずだ 」

 

護はナタリーに向かって、両手を合わせる。

 

「 君達『救民の杖』の力をもう少し貸してほしい。アイルランド聖教のラミアという人と連絡をとって会って欲しいんだ。『タラニス』に挑むには僕らだけでは力不足なんだ........君達の力を貸してほしい。頼む! 」

 

頭を下げる護に困惑した表情を浮かべるナタリー。そこへ横から別の声が入った。

 

「そうだな。なんだかんだ言って、貴君たちに協力して貰ったのは事実。そのおかげで私はあそこから解放された。なら、貴君たちにその返礼をしなければならない。 我々として全面的に協力することを約束しよう 」

 

「リ、リーダー! そんな簡単に決めちゃうんですか!? 私達が協力しようとしているのは『十字教』の人間ですよ! 」

 

リーダーと呼ばれた外見16歳前後の少女は、ナタリーをキッと睨んだ。

 

「過去のしがらみと、恩人たちの頼み。そのどちらを優先させるかは言うまでもあるまい? それとも、リーダーの決定に逆らう気か? 」

 

慌てて首を振るナタリーにリーダーの少女は満足そうに頷き護に向き直る。

 

「というわけで、我々『救民の杖』は今回全面的に協力することをリーダーである私。サラの名にかけて誓おう。貴君たちは全力で仲間を救いに行くがよい 」

 

サラの言葉に大きく頷き、護は高杉を見る。

 

「じゃあ、頼むぞ高杉。俺と美希を飛ばしてくれ! 」

 

「分かったよ、リーダー。行くぜ! 」

 

高杉の両手が2人に触れ、護と美希はドーバーに飛んだ。

 

 

「報告! 標的(ターゲット)の奇襲により、第1小隊壊滅。追撃中の第2、第3小隊が現在戦闘中です! 」

 

イギリス三大派閥の1つ、騎士派のリーダーである『騎士団長(ナイトリーダー)』はその静かな瞳を部下に向けた。

 

彼の元には、かれこれ数時間前にロンドン塔を襲撃したという犯人についての情報が入ってきている。しかし、自らの部下に絶大な信頼を寄せている騎士団長でさえ、その情報の精度を疑ったものだ。

 

「一個小隊30人を相手に、この暴れっぷりとは只者ではないな。 本来なら私自身が出るべきなのだろうが........ 」

 

騎士団長は、手元に置いてある資料に目をやる。

 

「私にはすべきことがある。まだ為すべきことがな 」

 

騎士団長は、部下に向けて指示を出す。

 

「清教派の『最大主教』に連絡を取れ。 あの女に頼るのは不本意だが、我々独力での対処には時間が掛かってしまう 」

 

「はっ、直ちに! 」命令を伝えに走っていく部下を騎士団長は何処か遠い瞳で見つめていた。

 

 

「しつこい! いいかげん諦めろ! 」

 

哀歌の持つ『破壊大剣(ディストラクション・ブレード)』から放たれる衝撃波が追っ手の騎士たちをまとめて吹き飛ばす。

 

「この異能の怪物が...... そんな姿を取らず本性を表せ! 」

 

若い騎士の1人がロングソードで斬りかかるが哀歌の剣に防がれる。

 

「私は私.....本性などない......今の私が、私なんだ! 」

 

反撃(カウンター)で放たれた哀歌の拳が若い騎士の鎧を砕き、彼の胸を貫く。

 

「!! 」驚愕に目を見開き、次の瞬間絶命する彼を哀歌は軽く振るように手を動かし、周りに展開する騎士たちの方へ投げ飛ばす。

 

「まだ、やるのかしら? 」

 

破壊大剣を軽く降りつつ、告げる哀歌に、長くいくつもの戦場を駆け抜け、修羅場を経験しているはずの騎士たちの心が揺れる。

 

これほどまでに、理不尽な力をもって戦う者を騎士たちは1人しか知らない。かつてイギリスで王女を救ったとある傭兵。そして今は、ローマ正教に仕える男。

 

「く......退くな!イギリス王家に牙を向いた異能の怪物をなんとしても仕留めるのだ! 」

 

隊長らしき騎士の叫びと共に残っている者たちが剣を哀歌に一斉に向ける。

 

「そっか、来るんだ..... 」

 

哀歌は、その口元を少し歪める。

 

「ならば見せて。騎士の真髄 」

 

哀歌の全身から、溢れ出る不可視の力が騎士たちにぶつかる。

 

「かかれ! 」隊長の掛け声と共に騎士たちが一斉に哀歌に剣を上げたその時だった。

 

「あ〜あ、戦場に展開する騎士派の戦士のみなさん?まもなくそこは砲撃に晒されるのにつき、早くそこから離れるのを進めるのよ 」

 

なんだか場違いな少女の声が響いた。

 

「この声は最大主教、ローラ・シュチュアート..... 」

 

「やっぱり、わらわの事を知りたりけるようね。とにかく、竜崎哀歌。そなたには死んでもらうにつき、承知しておいて? 」

 

騎士たちが慌てて、離れていくのを横目に哀歌はどこかから来るであろう攻撃に備える。

 

そして気づいた、ドーバー海峡の向こうから巨大な光の塊が近づいて来ることに。

 

「これは.....海上からの遠距離砲撃術式? 」

 

「そう。ガウン・コンパスからの遠距離砲撃術式につきよ 」

 

もはや、光線は後数秒もしない内に到達する。

 

そう判断した哀歌は破壊大剣を改めて握り締める。

 

その剣にはめ込まれている4つの宝石が哀歌の意思に反応するかのように光を放つ。

 

「世界に宿る竜の意思よ。その力を、その意思を、その意義を、その存在を、我が手の剣に込めたまえ、『万竜の意思』! 」

 

大きく振りかぶった刀を一気に振り下ろす哀歌。その刀から放たれた4つの光が混じりあい一つの巨大な光線となり、迫り来る光とぶつかる。

 

そのまま、空中で大爆発を起こす光線を眺めている哀歌に向けて、退避していた騎士たちが再び襲い掛かる。

 

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サラの言葉に大きく頷き、護は高杉を見る。

 

「じゃあ、頼むぞ高杉。俺と美希を飛ばしてくれ! 」

 

「分かったよ、リーダー。行くぜ! 」

 

高杉の両手が2人に触れ、護と美希はドーバーに飛んだ。

 

 

「報告! 標的(ターゲット)の奇襲により、第1小隊壊滅。追撃中の第2、第3小隊が現在戦闘中です! 」

 

イギリス三大派閥の1つ、騎士派のリーダーである『騎士団長(ナイトリーダー)』はその静かな瞳を部下に向けた。

 

彼の元には、かれこれ数時間前にロンドン塔を襲撃したという犯人についての情報が入ってきている。しかし、自らの部下に絶大な信頼を寄せている騎士団長でさえ、その情報の精度を疑ったものだ。

 

「一個小隊30人を相手に、この暴れっぷりとは只者ではないな。 本来なら私自身が出るべきなのだろうが........ 」

 

騎士団長は、手元に置いてある資料に目をやる。

 

「私にはすべきことがある。まだ為すべきことがな 」

 

騎士団長は、部下に向けて指示を出す。

 

「清教派の『最大主教』に連絡を取れ。 あの女に頼るのは不本意だが、我々独力での対処には時間が掛かってしまう 」

 

「はっ、直ちに! 」命令を伝えに走っていく部下を騎士団長は何処か遠い瞳で見つめていた。

 

 

「しつこい! いいかげん諦めろ! 」

 

哀歌の持つ『破壊大剣(ディストラクション・ブレード)』から放たれる衝撃波が追っ手の騎士たちをまとめて吹き飛ばす。

 

「この異能の怪物が...... そんな姿を取らず本性を表せ! 」

 

若い騎士の1人がロングソードで斬りかかるが哀歌の剣に防がれる。

 

「私は私.....本性などない......今の私が、私なんだ! 」

 

反撃(カウンター)で放たれた哀歌の拳が若い騎士の鎧を砕き、彼の胸を貫く。

 

「!! 」驚愕に目を見開き、次の瞬間絶命する彼を哀歌は軽く振るように手を動かし、周りに展開する騎士たちの方へ投げ飛ばす。

 

「まだ、やるのかしら? 」

 

破壊大剣を軽く降りつつ、告げる哀歌に、長くいくつもの戦場を駆け抜け、修羅場を経験しているはずの騎士たちの心が揺れる。

 

これほどまでに、理不尽な力をもって戦う者を騎士たちは1人しか知らない。かつてイギリスで王女を救ったとある傭兵。そして今は、ローマ正教に仕える男。

 

「く......退くな!イギリス王家に牙を向いた異能の怪物をなんとしても仕留めるのだ! 」

 

隊長らしき騎士の叫びと共に残っている者たちが剣を哀歌に一斉に向ける。

 

「そっか、来るんだ..... 」

 

哀歌は、その口元を少し歪める。

 

「ならば見せて。騎士の真髄 」

 

哀歌の全身から、溢れ出る不可視の力が騎士たちにぶつかる。

 

「かかれ! 」隊長の掛け声と共に騎士たちが一斉に哀歌に剣を上げたその時だった。

 

「あ?あ、戦場に広がる騎士派の戦士のみなさん?。まもなくそこは砲撃に晒されるのにつき、早くそこから離れるのを進めるのよ 」

 

なんだか場違いな少女の声が響いた。

 

「この声は最大主教、ローラ・シュチュアート..... 」

 

「やっぱり、わらわの事を知りたりけるようね。とにかく、竜崎哀歌。そなたには死んでもらうにつき、承知しておいて? 」

 

騎士たちが慌てて、離れていくのを横目に哀歌はどこかから来るであろう攻撃に備える。

 

そして気づいた、ドーバー海峡の向こうから巨大な光の塊が近づいて来ることに。

 

「これは.....海上からの遠距離砲撃術式? 」

 

「そう。ガウン・コンパスからの遠距離砲撃術式につきよ 」

 

もはや、光線は後数秒もしない内に到達する。

 

そう判断した哀歌は破壊大剣を改めて握り締める。

 

その剣にはめ込まれている4つの宝石が哀歌の意思に反応するかのように光を放つ。

 

「世界に宿る竜の意思よ。その力を、その意思を、その意義を、その存在を、我が手の剣に込めたまえ、『万竜の意思』! 」

 

大きく振りかぶった刀を一気に振り下ろす哀歌。その刀から放たれた4つの光が混じりあい一つの巨大な光線となり、迫り来る光とぶつかる。

 

そのまま、空中で大爆発を起こす光線を眺めている哀歌に向けて、退避していた騎士たちが再び襲い掛かる。

 

「く! 」騎士たちの剣を間一髪で避ける哀歌。彼女は確かに人外の怪物と呼べるかもしれないが、哀歌である限り、その力は無限ではない。

 

あれだけの大技を使った後に、ふたたび柔軟な動きを取る事は難しい。

 

「そこだ! 」避けた哀歌ね先にも別の騎士がいる。彼が突き出した剣が哀歌の左腕を貫く。

 

「舐めるな! 」左腕に走る激痛に顔を歪めながらも、全力で繰り出す蹴りで刺した騎士を吹き飛ばす哀歌だが、おそらく今のままでは、致命傷は避けられないだろう。

 

「さすがに、力を使いすぎた.....このままじゃ、持たない.... 」

 

肩を大きく上下させ呼吸を整える哀歌を見て騎士たちの間に安堵の空気が広がる。

 

敵は無敵ではない。その事実が騎士たちに余裕を感じさせていた。

 

「そろそろ終わりにしようじゃないか。怪物少女(モンスターガール)! 」

 

隊長の繰り出した剣が哀歌の体を貫こうとした、その瞬間だった。

 

「哀歌! 助けにきてやったぜ! 」

 

突然聞こえてきた声に騎士たちの動きが止まった隙に高杉が哀歌に触れる。

 

「高杉? 」

 

「先にアイルランドへ行け哀歌! 今のお前をこれ以上戦わせるわけにはいかない。これはリーダーからの命令だ! 」

 

哀歌がなにか返す前に、『無限移動』で彼女を飛ばした高杉は懐にある機能性炸裂弾射出機を取り出し騎士たちに浴びせかける。

 

「ごしゃくなまねを! 」並の人間なら肉片になるであろう炸裂を受けてもどういう術式を使ってか死にはしない騎士たち。これには高杉も首を振ってため息をついた。

 

「新手が1人増えただけのこと。覚悟しろ! 」

 

襲い掛かろうとする隊長だったが直後、彼の体を電流が駆け抜けた。

 

一瞬で意識を失い地に倒れ伏す隊長を見て騎士たちに動揺が走る。

 

「こんな戦場に1人きりで来るわけないでしょ? 」

 

電撃を隊長に直撃させた美希は、ポケットから無数の小さな鉄球を鷲掴みにして取り出し空中に放り投げる。

 

「喰らいなさい、『超電速射(レールバルカン)』!」

 

美希の叫びと共に、空中に放り投げれた鉄球が一気に加速し光と化して騎士たちを吹き飛ばす。

 

「このくらいで良い?護! 」

 

「ああ、最後にもう一撃だけお見舞いして引き上げよう 」

 

護は両手で空気を掴む動作を取る。

 

その手に掌握された重力が護のイメージ通りの形になっていく。

 

「その力......まさかお前たち学園都市の..... 」

 

「そうさ。僕達は学園都市の組織『ウォール』だ。地獄に落ちても忘れるな! 」

 

この言葉はとある無能力者の名セリフだから本人に失礼だな?と思いながら護は掌握した重力を一気に騎士たちにぶつける。

 

「喰らえ!『重力鉄槌(グラビティックハンマー)』!」

 

放たれた重力は騎士たちをまとめてクレーターの底に押し込める。護は、敵にも味方にもこれ以上死者を出したくなかった。戦おうとすれば恐らく相手を殺せてしまう。だが蛮勇はいらないのである。

 

「あの騎士たちは、あれでしばらくは意識は戻らないはずだ。今の内に、高杉の無限移動で戻ろう 」

 

「本当、人使い荒すぎだぜ。俺たちのリーダーは。帰ったら取りあえず寝させてくれよ? 」

 

高杉の手が2人に触れる。

 

「とりあえず作戦は成功ってことで良いんだな? てことはようやく..... 」

 

「ああ、今度こそクリスを取り戻す。クリスをあのふざけた親から取り戻すんだ! 」

 

決意を胸に護たちは飛ぶ、クリスの母ラミアがまつアイルランドの修道院へ。

 

 

 

 

 



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とある結社の軍事要塞

エバーフレイヤ家当主であるジェラルドは、巨大な施設の一室で長椅子に腰掛けていた。

 

彼の居城はすでに『聖騎士団』により押さえられている為、アイルランドには戻れない。

 

そこで、現在彼は世界で唯一、現実的に中立を守ることが可能な国。スイスにいた。

 

どの陣営にも属さない、アルプスの自然の要害に囲まれた、世界でも例を見ない本当の意味での永世中立国。それがスイスに対して人々が持つ一般的なイメージだろう。

 

だが実際の所、そんな綺麗な中立などありはしない。第2次世界大戦の頃から敗北した国の要人の避難場所。犯罪組織のマネーロータリングの中継地として機能することでスイスは中立という立場を維持できたと言える。

 

ジェラルドも『タラニス』の組織力を生かし、スイス政府と裏での繋がりをもつ事で、その国内にタラニスが所轄するちょっとした軍事要塞を築いていた。

 

「それで、ロンドン塔を襲撃したのは『ウォール』の連中で間違いないんだな 」

 

「はい。イギリスにいる構成員からの報告から考えてもほぼ間違いないでしょう 」

 

「しかし、奴らはなぜわざわざイギリスに喧嘩を売るような真似をしたのだ? 」

 

「それについてですが。一つ気になる情報がございます。塔から脱走した囚人の中に、少女の吸血鬼がいるとの報告がありました。またデータによるとこの吸血鬼はアイルランド出身との事です 」

 

執事長ベネットの言葉に、ジェラルドの顔が驚愕に染まる。

 

「まさか、奴らがロンドン塔か

ら連れ出したのは...... 」

 

「ええ、恐らくですがクリス様の最後の妹であらせられますセルティ様かと思われます 」

 

「随分と行方を探しても見つからなかったのはそういう理由か....となるとすこし計画を変更せねばならんな、クリスの覚醒を急がねばならない 」

 

「しかし、ジェラルド様。クリス様の急激な覚醒の促しは下手をすると....... 」

 

「かまわん。今は多少のリスクは冒しても急がねばならん。ベネット、お前は『神話空間』の準備を急げ 」

 

「は、直ちに 」

 

一例して部屋を出ていくベネットに目もやらずジェラルドは虚空を眺めながら呟いた。

 

「奴らをこれ以上放置するわけにはいかんな......さあ飛び込んでこい愚か者ども。特上の罠を用意して待っておるぞ 」

 

冷たく重い空間に、ジェラルドのくぐもった笑い声が響きわたった。

 

 

「お疲れさま。でも遅かったわね。あなた達最下位よ 」

 

イギリスの騎士派との戦いから戻った護たちにラミアがかけた第一声がこれだった。

 

「最下位って競争とかじゃあるまいし......ていうかなんでラミアさんだけしか修道院にいないんです? 」

 

「タラニスの現在地が掴めたのよ。だから先に戻ったメンバーは騎士団の部下たちと共にもうそこに向かってるのよ 」

 

「タラニスの現在地が掴めた? 今まで尻尾を掴むことも出来なかったのに.....で、どこなんです? 」

 

「またイギリスに逆戻りとかは勘弁だぜ? 」

 

疲労困憊を全身で表している高杉にラミアはゆるりと首を振って否定する。

 

「安心してイギリスではないわ 」

 

「あっそう。なら良かっ...... 」

 

「タラニスのメンバーはスイスにいるわ 」

 

「はあ......ってはあ!? ちょっとまてなんでスイス? 奴らの計画はそんなところじゃ出来ないだろう? 」

 

「ええ確かにそうよ。だからこれは私たちへの挑戦と見るべきね。 ロンドン塔をあなた達が奇襲してセルティが私たちの方で確保されてしまったから無理にでも私たちを潰そうと考えた....こんなところじゃないかな? 」

 

「だとしたら、敵が準備満タンで待ち受けている所に罠と知りながら飛び込んでいくことになるわよね.....まあ、それは今までも同じだったけどね。それにしても、ジェラルドって奴はよほど自信があるのかしら。もう住んでたお城はないのに 」

 

首を傾げる美希にラミアは一枚の用紙を差し出す。

 

「そこに書いてあることを読めばジェラルドの自信の理由がわかるわよ 」

 

「え?と何々....ふんふん....は?....ええ!? 軍事要塞!? 」

 

「そう、タラニスはスイス国内に第2次大戦時に築かれていた要塞を改築して拠点の1つにしているようなの。あいつらスイス政府とも裏のコネクションを築いていたようね 」

 

ラミアはため息をつきつつ用紙を美希から受け取る。

 

「仮にも永世中立国が、一陣営と手を組むなんてあってはならないんだけど.....綺麗な中立なんてありはしないってことね。まあ、というわけであなた達には『騎士団』が用意した特別機でスイスまで行ってもらうわ。準備が出来たら伝えて」

 

そう言って修道院の院長室に入っていこうとするラミアを護は慌てて呼び止める。大事な事を忘れていたのだ。

 

「な、なに? 」

 

「実は特別機の機内に眠れるスペースを作っておいて欲しいんです。 仲間の1人が疲労でぶったおれそうなんで 」

 

「無茶いうわね.....でも分かったわ。必ず用意させるから待っていて 」

 

安堵のため息をつく護の背中を高杉がなにかを敬うような目で見ていた。

 

「リーダー。あんたを初めて神だと思ったぜ..... 」

 

 

というわけで一行は特別機でスイスへと飛び、スイス国内にいる『騎士団』の協力者たちが経営する旅館に辿り着いたのである。

 

 

「私、スイスって始めてだけど本当綺麗なもんね。こんな風景某アニメでしか見た事ないわ 」

 

「なにのん気なこと言ってんだよ。 これから俺たちはあのアルプスの山ん中の要塞に突っ込むんだぜ? 少しは緊張感もてよ 」

 

「まあ、確かに景色は綺麗だけどね 」

 

「リーダー! 」

 

てなことを話している護たちは、旅館の3階の窓から外の景色を眺めていた。

 

この旅館。なぜか会員制であり、護たち以外の客がいない。旅館の経営者曰く、『騎士団』の方から資金が送られて来るから大丈夫なそうなのだが、それならわざわざ旅館にしなくても......と思う護だった。

 

「さて、景色も満喫したようだし。突入作戦の計画を立てるわよ! 」

 

旅館のロビーに置かれた長机に地図を広げたラミアが意気ようようと告げる。

 

「私たち聖騎士団は、正面から強行突破をはかり、一気に要塞に突撃すべしと考える。敵の居場所が分かっている躊躇う必要はないわ 」

 

「貴女は、本当に騎士団の長か? そんなリスクを冒さずとも、我々のメンバーのゴーレム使いたちに地下道を作りださせて向かったほうが早いと思うんだが? 」

 

「それには僕も賛成です。ただ魔術の使用をタラニスの奴らに気づかれるのはマズイですよね。だから僕達『ウォール』は少数精鋭のチームによる潜入を提案します。潜入チームを除く全員が要塞に突入をかけ、気を引きつける内に、潜入チームが地下道を使って要塞内部に侵入するというのはどうでしょう? 」

 

護の提案にラミアとサラはすこし考え込む。

 

「確かにそれが確実かも知れんが、陽動側にかなりの被害がでるぞ? 」

 

「ですが、闇雲に突入するよりは少なく済むはずです。それにここで躊躇っても事態は好転はしないと思います。死ぬ気で戦わないとタラニスは倒せない..... 」

 

「確かにそうね。私はあなたの案に賛成するわ 」

 

「私も貴君のアイディアに賛成しよう 」

 

両組織のリーダーが賛成に回ったため、突入計画は決まった。かくして、ついに『タラニス』と護たちの最終決戦の火蓋が切っておとされることになったのだ。

 

 

数時間後、アルプス山中に鎮座するタラニス所有の軍事要塞『ダグサ』では軍服を着た兵士たちが警戒態勢に入っていた。彼らはスイス軍ではなく海外から集められた傭兵、あるいはリアルIRAのメンバーで構成されていた。

 

9時30分。1人の兵士が雲間に光る光点を視認した。それは次の瞬間、いくつも増え確実に近づいて来る。

 

「ミサイルだ! 迎撃しろ! 」

 

兵士に言われるまでもなくミサイル防衛システムにより対空ミサイルが発射させるが、よりにもよって迫る光点はミサイルを避けた。

 

「バカな!? 」驚愕する兵士たちの頭上に容赦なく光が降り注ぐ。

 

 

「敵襲だ! 」そう無線機に怒鳴る兵士の首に短弓の矢が突き刺さる。

 

「!? 」兵士たちが見る先には、鎧騎士の集団とローブを被った異様な集団。

 

先程、自分たちに降りそそいだ光線はなんの被害も与えていない。その事実に彼らが気づくよりも早く魔術で作られた無数の矢が兵士たちに放たれる。

 

絶叫が響き、次々と仲間が倒れている中で、動ける兵士の何人かが要塞各所に設置されている機関銃座にとりつき射撃を浴びせかける。

 

だが、まっすぐ突き進む弾は地面から湧き出すように現れた土づくりの人形に防がれる。そう、巨大な複数のゴーレムに。

 

「律法学者(ラビ)たちは全員ゴーレムを突っこませるのだ! それを合図に一斉攻撃を開始する! 」

 

サラの指示に答える、複数の

ラビたちに操られたゴーレムが一気に要塞に向かっていく。

 

恐慌に陥りながらも兵士たちが放つ機関銃及び機関砲の弾がいくつかのゴーレムを砕くがすべては無理だ。

 

突撃したゴーレムの一体がその巨大な腕で機関銃座の1つを叩き潰すのを合図に『聖騎士団』と『救民の杖』の2台魔術組織が軍事要塞『ダグサ』に襲い掛かる。

 

 

真上で響く破壊音に気をかけながら護たち潜入班はダビデの作る地下道を進んでいた。

 

予定てしては、要塞内の一室に真下から侵入する予定であり、今現在も進みつづけているのだがなぜか部屋の真下に出られないでいた。

 

「おかしい。ここまで来てもまだ部屋の下にこないなんて 」

 

「もしかして、これはダミーだったとか? 」

 

それはないだろと護が首を振った時先頭を進みダビデが急に動きを止めた。

 

「どうしたんだよ? 」ダビデの後ろを進み不審そうに聞く上条にダビデは右手で前方を指すことで答える。

 

「これは、エレベータ!? 」

 

ダビデがいる位置より先は空洞でエレベータが設置されている。どうやらタラニスの拠点は地下らしい。

 

「本当に地下が好きな連中ね..... 」

 

呆れる美希をよそに、護は真上にあるだろう床にかかる重力を極端に軽くし、軽く押すだけで要塞内の通路。エレベータの前に出る。

 

「ここまで警戒がザルだと明らかに僕達を誘ってると思うが......ここは行くしかないな 」

 

「まあ、私たちは今までそうやって来たんだから今回も同じよね 」

 

「リーダーは毎回人使いが荒いが今回は仕方ない。なんとしてもクリスの奴を取り戻さなきゃならないからな 」

 

「俺は、あの哀歌っていうお前達の仲間に借りがあるんだ。早く返さないと気が済まないんだよ 」

 

「ここでタラニスを倒せば、インデックスの危機も終わる。絶対にこの戦いに勝ってやる 」

 

「私たち姉妹を苦しめる元凶を倒して絶対クリス姉さんを助ける! 」

 

6人はそれぞれの決意を胸に秘め、地下の戦場に向かっていく。すべての決着をつけるために。

 

 

エレベータがついた先は小さな小部屋の中だった。殺風景な部屋の中にいくつかの調度品や家具が置かれている。

 

その内の一つ。安楽椅子に1人の執事が腰掛けていた。エバーフレイヤ家執事長のベネットである。

 

「おやおや、皆様。ここまで来ておしまいになられてしまったのですか。正直驚嘆いたしました 」

 

にこりと微笑むてベネットは壁に設置されているボタンを押す。

 

「ですが今は、あなたたちと戦っている暇はございません 」

 

護たちの足元がぽっかり開き、彼らを飲み込む。

 

自動でしまっていく穴の駆動音を聞きながら背を向けるベネットに少年の声がかかった。

 

「毎回、その手は喰わないよ。特に僕はね 」

 

後ろを振り向いたベネットの目に映るのは落ちるずだった護の姿だった。

 

「?......ああ、なるほど『重力掌握』であなたの周辺だけを無重力にしたのですか。いつのまにかそんな力の使い方を覚えたのですね 」

 

関心するように、顎に手をやるベネットに向けて護は腰にさす鞘から剣を抜く。

 

その右手に装着しているのは『銀の腕』。アイルランド神話の神『ヌアダ』がもっていたという『神話級の武具を使いこなせるだけの怪力を与える腕 』。

 

その手に握られるのは『ヌアダの剣』。エバーフレイヤ城で見つかった本物に限りなく近い複製品(コピー)。

 

護の出で立ちを見て、ベネットは目を細める。

 

「あなたは、前回その装備で敗れているのですよ? それでもやるというのですか? 」

 

「確かに僕はあなたに負けた。一度は完敗といってもよい負け方をした。だけど、だからといって戦わないわけにはいかない。仲間を助けた出す為に 」

 

次の瞬間、一気に加速した護がその刀身を振り下ろす。

 

キン! という甲高い音と共に、ベネットの報復者(フラガラッハ)がヌアダの剣の一撃を防ぐ。

 

「仕方がないでございますね 」ベネットは報復者を軽く振り護を少し遠くに飛ばす。

 

着地した護とベネットの視線がぶつかり合う。

 

「今度こそ、死んでもらうといたしましょう 」

 

 

同じ頃、落とし穴に落ちた護以外の5人はさっきとはうってかわって巨大なドームの中にいた。

 

「良くきたな。我が娘。そしていまいましい組織のものたち 」

 

5人の前にたつのは、エバーフレイヤ家当主であるジェラール。

 

「ようこそ儂の『神話世界』へ 」

 

ジェラルドが指を鳴らすと、地面が開き中から十字架に吊るされたクリスが現れる。

 

「クリス! 」慌てて駆け寄ろうとせる高杉だったが直後に思い止まった。これは罠だと悟ったからである。

 

「そうだ。それ以上近づくな。それ以上私に近づけば十字架上のクリスは自動的に処刑される 」

 

動きを止めざるをえない5人を見て、ジェラルドはクククと声を潜めて笑う。

 

「さあ味わえ! この『神話空間』の力を! 」

 

ジェラルドの叫びと共にドームの中に異常な力が溢れていく。

 

突然空中に現れた巨大な棍棒が振り下ろされるが間一髪で避ける5人。だがセルティの叫びが残りの4人を驚愕させる。

 

「なぜ、『ダグサの棍棒』をこんな所で使えるのよ? あんな神話級の武具のオリジナルをスイスで自在に操るなんて不可能なはずよ! 」

 

「それができるのが、この『神話空間』なのだ。さてタップリとこの威力味ってもらおうか! 」

 

地下の巨大な空間で最終決戦が始まった。

 

動きを止めざるをえない5人を見て、ジェラルドはクククと声を潜めて笑う。

 

「さあ味わえ! この『神話空間』の力を! 」

 

ジェラルドの叫びと共にドームの中に異常な力が溢れていく。

 

突然空中に現れた巨大な棍棒が振り下ろされるが間一髪で避ける5人。だがセルティの叫びが残りの4人を驚愕させる。

 

「なぜ、『ダグサの棍棒』をこんな所で使えるのよ? あんな神話級の武具のオリジナルをスイスで自在に操るなんて不可能なはずよ! 」

 

「それができるのが、この『神話空間』なのだ。さてタップリとこの威力味ってもらおうか! 」

 

地下の巨大な空間で最終決戦が始まった。

 



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とある執事の驚愕正体

 

 

 

 

「うおぉぉぉ!! 」

 

叫び声を上げながら護が振り下ろすヌアダの剣とベネットの報復者(フラガラッハ)が正面からぶつかり合う。

 

護の持つヌアダの剣とベネットが持つフラガラッハは共にアイルランド神話に登場する伝説の武具の名である。

 

だが、両者の剣には明確な違いがある。

 

ベネットが持つのは本物(オリジナル)。

 

護の持つのは本物(オリジナル)に近づけたといっても複製品(コピー)。

 

この違いは決定的であり、普通ならこの2人の戦いは勝負にならない茶番劇となるはずである。だが、護とベネットによって繰り広げられている戦いは互角の様相を見せていた。

 

「前よりは成長しているようですね? 」

 

「前回の戦いで殺されかけたんだから備えくらいするのは当然じゃないですか? 」

 

フラガラッハで護のヌアダの剣を押し返そうとするベネットに対し護は重力によって重みを増した肘打ちの一撃を喰らわせることで行動を防ぎ、吹き飛ばす。

 

仰け反り、吹き飛びながらもなんとか体勢を建て直すベネットに護は重力により加速された剣を横薙ぎに振るう。

 

だが、その斬撃は格上の神剣フラガラッハにより防がれる。

 

「なかなかやるではないですか。この短期間で私と互角にやり合えるまでになるとは......これもクリス様を救い出す為ですかな? 」

 

「当たり前だ! クリスは僕達の仲間だ。奪われた仲間を取り戻すのは当たり前だろ? 」

 

「なる程、それだけの決意で臨んでいるのなら私も本気で戦わなければ失礼でごさいますね 」

 

「本気? まさか今まで手を抜いていたっていうの? 」

 

「私が本気を出したといつ言いましたでしょうかな? 」

 

ベネットはフラガラッハの刀身に軽く右手で触れ、次の瞬間、その刃に添えた指を流すように動かして血を刀身に染み込みせていく。

 

「いったい、なにを........ 」

 

「私の力を覚醒させるのです。いや、フラガラッハを目覚めさせる為でもありますな。より正確に言葉で表すとしたら、元の姿に原点回帰するとでも言うのでしょうかな 」

 

流れる血を吸い込んでいるかのようにフラガラッハの刀身が真紅の色に染まっていく。それだけではなく柄の部分までもが赤く染まっていく。

 

「戻るのは久しぶりでございます。 護さん。あなたに今こそ私の真の名を『教えよう』 」

 

急に声が変わったベネットに戸惑いを見せる護を見て、ベネットはすこし目を細める。

 

「済まない少年。一刻も早く君と対話したいばかりに焦って出てきてしまった。私の名は『ルー』。君には馴染みがないだろうが、アイルランド神話に置ける『神』の1人だ 」

 

その執事姿が変わっていく。老年の執事姿から若く光り輝く青年の姿に。

 

「私は太陽を象徴する神であり、そして邪眼のバロルを打ち倒した英雄。だが同時に祖父を殺し一族を討ち滅ぼした罪人でもある。そんな私がようやく平穏を取り戻せたのがエバーフレイヤ家だった。よって私には現当主ジェラルドに仕える義務がある 」

 

彼の持つ赤く染まったフラガラッハをその上からさらに眩い光が包んでいく。

 

その光が消えた時、そこにあるのは一本の真紅の槍。

 

「私は『神』だ。そして君は人だ。それでも戦うというのか? 」

 

「神だろうがなんだろうが、関係ないです。 僕はクリスを.....仲間を取り戻すため戦うんです。だいだいあなたは、なんで神を名乗るくせにあんな悪の権化に味方するんです!? 」

 

「一つ言わせてもらおう少年。この世に絶対的な悪も絶対的な正義も存在しない。 片方が善だと言うことがもう片方にとっては悪などというのは良くあることだ。 君はジェラルドを悪の権化といったが彼が今に至るまでにどういった事があったかを君は知らないはずだ。彼を一方的に悪と決めつけられるのは世界の全てを熟知し、全ての人の抱えれものを知る事ができる人間のみだ。君はそうではあるまい? 」

 

「だから僕に仲間を取り戻すのを諦めろと? 」

 

「そうは言わない。先程も話したように正義など千差万別だ。君も君の信じる正義の為に動けば良い。だが...... 」

 

ルーはその手に握る真紅の槍を護に向ける。

 

「私も、私が信じる正義の為に戦う。そして人間の歴史では勝者の正義が認められる。自分の正義を通したければ勝つしかない。君にそれができるか? 」

 

 

ルーはその手に持つ槍で投擲の構えを取る。

 

「この槍の名は『貫くもの(ブリューナク)』。祖父であり魔神であった邪眼のバロルを倒した槍であり報復者(フラガラッハ)に隠れし名槍。君に使うのは嫌なのだかな。 クリスが慕う人間である君に使うのは 」

 

瞬間、ルーの手から槍が飛んだ。いや実際は投げたのだろうが護にはそう見えた。

 

投げられた槍は真紅の稲妻となって護に向かう。

 

「つっ! 」重力操作によって体を無理やりに横に弾き飛ばし攻撃を避けた護は自分が先程までいた場所を見つけ驚愕した。

 

地面が真っ赤に加熱し、溶解している。にも関わらずそこに突き刺さる槍は溶けていない。いや、槍自信が熱を発しているのだ。地面を溶かす程の灼熱の槍となって。

 

「ibru(イブル) 」

 

そうルーが呟いた途端、突き刺さったままのブリューナクが再び真紅の稲妻となってその手に戻る。あれ程灼熱しているはずの槍を握っているのにルーの顔に苦痛はない。

 

「これでもまだ戦うか? 少年 」

 

「超重力砲(グラビティブラスト)! 」

 

ルーには答えず重力の塊を放つ護だがルーはまったく動じない。

 

一瞬で横に移動して攻撃を避け、続いて信じられない速度で護に近付き、ブリューナクを突き入れる。

 

護がとっさに突き出したヌアダの剣がブリューナクを防ぐがその衝撃で護は一気に部屋の壁に吹き飛ばされ、その勢いのまま壁をぶち抜き、隣の部屋まで飛ばされる。

 

「かはっ!? 」呼吸困難になるうえに咳き込み、血を吐き出す護。

 

今の一撃だけで体にかなりの負担がかかったようだ。

 

手で握っていたヌアダの剣は刀身が砕けたらしく柄から先が無くなっていてもはや使えない。

 

目眩を覚えながら立ち上がる護にルーは再び投擲の構えを取りつつ告げる。

 

「今度は当てるぞ少年。今降伏するなら命は保障する。その若い命をむざむざ散らすな 」

 

「僕......は.....自分の信義に.....従う!.......僕が来たことが.....この世界をこうしてしまったのなら....僕が責任を取らなきゃならない.......たとえ、ここで死のうと.....僕は霊となって.....幾度でもクリスを助ける為に戦う! 」

 

護の言葉にルーは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた。だがそれは一瞬で、その手に構えるブリューナクの狙いを護につける。

 

「そうか、ならば君の信義に私も全力を持って応じよう! 」

 

今度こそ全力で、ルーが放つブリューナクは真紅の稲妻と化した上でさらに5つの稲妻に別れる。満足に動けない護に避ける術はない。

 

非情に迫った稲妻5本が護に突っ込み、部屋全体に轟音が響きわたる。静寂が戻った時、そこに『古門 護 』はいなかった。

 

 

 

 



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とある戦の最終結末

「く! みんな避けて! 」 セルティの叫びに他の4人が反応するより早く宙に浮かぶ棍棒が容赦なく5人の真上に振り下ろされる。

 

振り下ろされた先にいるのは、美希と高杉。

 

「高杉! 」 「分かってる! 」

 

高杉が美希の手を取り、瞬間移動で躱す2人。

 

「面倒な力だな......攻撃が当たらんではないか 」

 

「あいにくとあんたの攻撃を受ける義務なんてないもんでな! 」

 

高杉が放つ拡散弾を不可視の壁で防ぎつつ、ジェラルドは指をパチン!と鳴らす。

 

次の瞬間、突如現れた3つの棍棒が高杉と美希、セルティと上条、ダビデ1人で分散していた5人に振り下ろされる。

 

「起きろ第7柱『伯爵アモン』! 」

 

ダビデの声に応えるように、地中から出た馬鹿でかい手が棍棒を抑える。そのまま地中から這い上がってくるかのように巨大なゴーレムが姿を表す。

 

それと同時に、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって上条とセルティを狙っていた棍棒は打ち消され、高杉と美希を狙った方は虚しく宙を叩いた。

 

「行けアモン! 汝が力を全て用い、我の敵を滅せよ! 」ダビデの言葉に従い、巨大なワタリガラスの顔を持つゴーレム『アモン』がその巨体を揺らしながらジェラルドに向かっていく。

 

「ゴーレム使いだと......そうか貴様が情報にあったユダヤ系魔術結社の構成員か! 」

 

残っている高杉たちを狙っていた棍棒がゴーレムアモンに向かう。

 

「俺オリジナルのゴーレムを舐めるなよ 」

 

その棍棒をアモンは右手に出現させた炎剣で切り裂いた。

 

「あんたのその棍棒。確かにオリジナルのようだが分身させている以上どうしても力は弱くなるらしいな。俺の使役する72体のゴーレムの内の7番めでも切れるほどに 」

 

ゴーレム『アモン』がその口を大きく開く犬歯が煌くその奥から真っ赤な業火が迫ってくる。

 

「そんな単純なことに気づかないのか? それとも気づいてたのに後回ししてたのか? どの道これで1つ分かった。 あんたは倒せるってな! 」

 

イヌとカラスの混じったような叫びと共に『アモン』の口から真っ赤な業火が放射される。

 

凄まじい業火に不可視の壁を作る暇もなく慌てて右に転がるジェラルド。

 

血走った目でダビデを見るが、その使役するゴーレムと共にその場を動かないのを見て、口元を歪める。

 

「仲間を救いにきてその仲間の存在に縛られて思ったように戦えないとは、ちょっとした喜劇じゃないか 」

 

その言葉に怒気を放つ高杉や美希だが、どうしようもできない。ハッタリか本当か解らないが、実際問題クリスは十字架に捕らえられている。もしこの十字架に魔術師であるジェラルドが細工をしていれば近づいた時点でクリスが処刑される可能性も無しとは言えないのだ。

 

「要は近づかなければ良いのよね? だったら! 」

 

美希が上着のポケットから鉄球を出そうとするのをセルティが止める。

 

「まって美希さん。 たとえ父さんがクリス姉さんの十字架になにか細工しているとしても、近づいたら自動的に処刑されるというのはハッタリだと思うわ。だってクリス姉さんを失えば父さんの計画は無意味になってしまうもの。だから父さんも無闇に姉さんは殺せないはず。父さんを倒しさえすれば終わるはずよ 」

 

「ふん、忌々しい娘めもう気づきおったか 」

 

自分からハッタリを認めた上でなおジェラルドは余裕の表情を崩さない。

 

「だが、たとえハッタリだったと分かった所で戦況は変わらない。ここに居る限りな 」

 

「ほざけ! ハッタリと分かった以上貴様を殺して終わりにしてやる! 」

 

ダビデの怒声に同調するかのように雄叫びを上げ、ゴーレム『アモン』が炎剣を持ちながらジェラルドに向かう。

 

「確かにそのゴーレムは強い。それは認めよう。だが、ここではそれが頂点となることはない 」

 

ジェラルドの言葉にダビデが首を傾げたその瞬間、突進していた『アモン』を巨大な拳が一撃で吹き飛ばす。その手は巨大ながらゴーレムのような人工の感じを受けない。まるで生き物のような、それでいて生命を感じさせない。そんな妙な感覚を与える腕。その一撃を喰らわせたのは。

 

「邪眼のバロル。 巨人の一族フォモールの王にして。死を司る巨神だ。今の私とやり合うということは、こいつを始めとする神話そのものと戦うことを意味する 」

 

ジェラルドの言葉も終らない内になにもない空間から次々と異形の者たちが姿を現す。

 

「さすがにダーナ神族を再現させるのは難しかったがフォモール神族なら再現はできた。ここで戦う限りお前たちに勝ち目はない。 神族に勝てる人間など現実には存在しないのだから 」

 

神話上でダーナ神族に破れ滅びた筈の者たちが一斉に5人に狙いをつける。

 

「それでも戦うしかない....行くぞ! 」ダビデの声を合図に5人は目の前の敵を潰すため突撃する。仲間を救うという自らが掲げる目的のために。

 

 

 

同じ頃、地下の別の部屋ではアイルランド神話における神であるルーが目の前の光景に戸惑っていた。自分がその全力を持って投げた名槍ブリューナクは間違いなく護に突き刺ささる筈だった。満身創痍の護に力を使う余裕など無く。また避けることも出来ない。間違い無く死ぬ筈だった少年は未だ目の前に存在する。

 

「少年。君はいったい....... 」

 

ルーの言葉に護は答えない。ただ瞳を向ける。その時ルーは戦慄した。護の向けた瞳は真っ赤に染まっていた。充血している目ではない。目の細胞全てが赤の色素をもったかのような瞳。

 

「ウヴォォォォォォ!! 」異次元獣の雄叫びを思わせるような叫びと共に神であるルーの体が一気に後方に吹き飛ばされる。

 

「く!? 」2、3部屋をぶち抜いて吹き飛んだルーは態勢を立て直そうとするが、それよりも早く護の拳が連続して打ち込まれる。

 

神であるルーでもその拳による攻撃をまともに視認できないという状況にルーは混乱していた。

 

しかも、その一撃一撃はルーに物理的のみならず霊的なダメージまで与えているのだ。そんなことはいくら超能力者でも不可能なはずである。

 

「(この少年は学園都市の超能力者だったはず。だが、そうだとするといったいなぜ? )」

 

そこまで考えた所で護が突然攻撃の手を止めた。

 

これ幸いにと離れるルー。

 

護は己の右手でピストルの形を作る。

 

 その先の空気が揺らぎ、妙な黒き光の玉が作られていく。

 

その姿に訝しげな表情を浮かべるルーは直後護の顔を見て驚愕した。

 

彼は笑っていたのだ。

 

ルーがブリューナクを投げるのと護が右手から黒き光線を放つのはほぼ同時だった。

 

ルーが投げたブリューナクと光線がぶつかり合うと思われた時黒い光線と接触したブリューナクの穂先が消えた。そしてそのまま槍自体を消しさったまま光線は突き進む。

 

ルーが高速移動で宙に飛んだのと同時に光線が今までルーがいた場所を消しさり、そのままの勢いのまま地に綺麗な大穴を開ける。

 

しかしそれ以上は続かないらしくそれで終わる。

 

ルーは今の攻撃の正体をすぐに看破していた。

 

護は重力使いである。そして重力により引き起こされるもっとも強力な事象はブラックホールの発生である。

 

本来ブラックホールとは太陽などの大質量の恒星が超新星爆発をした後、自己重力によって極限まで収縮されできるものとされている。

 

だがそのセオリーを目の前の少年は全く無視して小規模ながら形をとったブラックホールを作り出している。

 

それはもはや人の域を超えている。

 

そこまで考えてふとルーは先程護が叫んだことに思い立った。

 

『僕が来たことが.....この世界をこうしてしまったのなら....僕が責任を取らなきゃならない 』

 

この言葉を文字通り受け取るとしたら目の前の少年は『この世界の住人』ではないということになる。

 

ルーは直感した。この少年は異世界からの来訪者ではないかと。

 

異世界でどんな存在であったかは解らないが、今の少年は明らかに人間の定義から外れている。

 

そして、今の護には、なにかをしようとする意思が感じられない。ただ『目の前の敵に対し力を行使する』という本能のようなものに従い、力を解放させているに過ぎないのだ。

 

このまま放置していれば少年はこの世界の全てにとって害悪となり、世界を牛耳る者たちによって排除されてしまう。

 

それを止める方法はただ1つ。護が備える霊的及び科学的力の核を強力な力で押さえ込みコントロールすることである。

 

それによって今回のような瀕死になったときの暴走を抑えられれば護はまだこの世界で生きられる。

 

だが潜在的ながら強力な護の力の核を抑え、コントロールするのは並み大抵のことではない。

 

それをすることは、人には不可能だ。そう人には。

 

 

「私なら、恐らく少年の核を制御できよう。だがその行為は主人に対する反逆を意味している 」

 

護が連射するいくつものブラックホールをかわしながら、ルーは呟きつづける。

 

「だが、そもそも私は祖父を殺し、一族を滅した反逆者である罪人.....主人への反逆は私の運命(さだめ)なのかもしれん。ここで彼と出会ったこともまた運命なのかもしれんな。彼の中に生き姿なき神となることは私にとって最良の選択なのだろう。私はこの姿を保ちすぎた 」

 

ルーは己の周囲に護により消されたはずのブリューナクを複数出現させる。その数8本。

 

「封じよ! 」

 

ルーの声に応じ8本の槍が稲妻に転じ護を囲むように周囲8箇所に突き刺さる。

 

その途端、8本の槍から8つの真紅の光が伸び護の動きを抑える。

 

ルーは、自らの体を輝かせ、自分の体を目的に最適なように変えていく。

 

「少年。 今のままの君ではこの世界で生き続けるのは不可能だろう。だから私が手を貸す。君が元の世界に戻れるまで私が君を支えよう。だから君は君の信義を貫き通せ。クリスを助けるのだろう? 」

 

聞こえるはずもない問いを呟き、ルーは自らの体を真紅の光玉に変える。

 

そのまま光玉は真っ直ぐ護に突き進み護の体に入り込む。

 

一瞬、顔を歪め雄叫びを上げる護だがそれはほんの一瞬だった。

 

護の目を染めていた赤は消え、『古門 護』が戻ってくる。

 

「いったい......僕は...... 」

 

護は周りを見渡し、自らに止めを刺そうとしていたはずのルーの姿を探すがどこにも姿を確認できず首をかしげる。

 

その護の肩がポンと叩かれた。

 

慌てて後ろにふりかえる護の目に映るのは執事長ベネット。

 

「なぜ、その姿に? まだ僕に止めを刺してもいないのに..... 」

 

「あなた様は、気づていらっしゃらないのかも知れませんが、私とルーとコインの表・裏のような物でございます。私はエバーフレイヤ家によって神であるルーに付属された『作られた人格』なのです。いわば私は本来姿を持たない神の『器(うつわ) 』と言えるでしょう。そしてルーがその器から離れあなたの中に入ったことによりわたしの存在意義はなくなったのでございます 」

 

ベネットはゆっくりと右手を上げる。その途端、彼の右手にフラガラッハが現れた。

 

「ここで私の役目は終わります 」

 

その言葉を合図にベネットはフラガラッハを振りかざし護に斬りかかる。

 

その時、護の右手はとつぜん槍を握った。真紅の槍。その槍の名はブリューナク。

 

驚く間も無く、まるで操られているかのように腕が動きブリューナクを突き出す。

 

突き出されたブリューナクはフラガラッハを貫通しベネットの体に突き刺さる。

 

「なぜ...... 」

 

「これは....私の希望でもあるのです。私がお使えしたエバーフレイヤ家第1継承者であるクリス様の為に動きたい気持ちもありましたが、私は......あくまでも器。ルーがジェラルド様に......忠誠を誓う以上私がクリス様をお救いすることは不可能でした。ですが.........今ならそれが出来ます 」

 

ベネットは、その震える右手で執事の燕尾服のポケットからなにかを取り出す。

 

その小さな箱のような物の名はオルゴール。

 

その蓋がひとりでに開き、メロディが流れ出す。そのメロディはモーツァルトの『鎮魂歌(レクイエム) 』

 

「私があの方にしてあげられる最後の御奉仕がこれです........護さま。約束してください.......クリス様をこれからもずっと『仲間』として守ってくださると.....お願い致します..... 」

 

その言葉がベネットの最後となった。その体が地に倒れ伏せ、その魂を送るレクイエムが悲しき音色を響かせる。

 

「なんで.....こんな,...僕にどうしろって言うんだよ.....自分だけでは仲間の1人も救えない僕に.....そんな約束果たせるわけがない......なんでこんな風に終わらせちゃうんだよ! 」

 

護の叫びに答える声はなく、ただ悲しげなレクイエムの音色だけが流れ続けた。

 

 

時間を遡ること数分ほど前、護以外の5人はジェラルドの使役する神話上の怪物たちと戦闘を続けていた。

 

「消えされ怪物! 」

 

美希が放つ『超電速射(レールバルカン) 』が一度に複数の巨人の頭を貫き絶命させる。

 

だが倒したそばから新たな巨人が空間から滲み出るように現れる。

 

「これじゃあ....きりがないじゃない! 」

 

「まったくだぜ! いったい何体倒せば良いんだよ!? 」

 

「喋っている暇があったら戦え! 」

 

ため息をつく2人をダビデが怒鳴りつける。

 

彼はすでに10体以上のゴーレムを同時に操って戦っている。

 

その操るゴーレムたちは獅子奮迅の戦いぶりを見せ、巨人たちを始めとする怪物たちと互角の戦いを演じているが、ダビデの魔力も無限ではない。

 

現にゴーレムたちの動きは鈍り始めていた。

 

対照的に魔力を気にする様子もなく、怪物たちを倒しているのはセルティ。

吸血鬼であるセルティは不死である為に生命力を変換させてつくられる魔力が涸渇することがない。

 

セルティは魔力を利用することによって元より人離れししている吸血鬼の身体能力をさらに強化しその細い腕から放つ一撃で、自分の数倍もある怪物たちを軽く吹き飛ばし、倒した巨人が持つ巨大な武器を振るい怪物たちをまとめてなぎ倒している。

 

また、上条も自らに襲い掛かる怪物たちの攻撃をぎりぎり避けながらその右拳の一撃でダメージを与え倒していく。

 

だが、5人の奮戦にも関わらず邪眼のバロルを始めとする怪物たちの数はなかなか減らない。むしろ増えている。

 

「ふはは無駄無駄! ここにいる限り儂の倒すことなど不可能! せいぜいあがけばよいわ! 」

 

「抜かせ、この空間に仕掛けがあるのなら壊せば良いだけの事だ! おいイマジンブレイカー! どこでも良いから触れてみろ! 」

 

「お......おう! 」 ダビデに応え、足元の地面を護が触った瞬間だった。

 

なにかがはじける様な音と共に上条が触れた一定の地面にヒビが入り陥没していく。そしてそれと共に怪物をかたどったらしき銅像が飛び出し空中で砕け散る。

 

「そうか.....父さんはこの空間の真下に神話を象徴するものを配置することで、この部屋を小規模な神話世界にしていたんだわ! 」

 

「ということは、上条の右手で破壊して行けばいいんじゃねえか! 」

 

「ふん、この部屋の構造に気がつきおったか。だが気づいたとしてどうすることもできはせん 」

 

ジェラルドが指を鳴らすとクリスの周囲から滲み出すように槍を構えた巨人が左右に現れ十字架につけられたクリスにその槍先を向ける。

 

「次に破壊行為にお前たちが及べば、この娘(こ)は死ぬぞ 」

 

「父さんには、姉さんは殺せない! 計画の実現の為には姉さんが....... 」

 

「そう、主導神ダヌの特製をもつ『体』がな 」

 

ジェラルドの言葉にセルティの表情が強張る。

 

「まさか....... 」

 

「そうだ。前にも話したと思うが儂の計画に必要なのは女神の素質をもつ娘たちの体だ。 生きているにこしたことはないが別段それに拘ることはない 」

 

ジェラルドはその目線をクリスに向ける。

 

「いっそ、ここで貴様らの目標を砕いてやろうか 」

 

左右にたつ巨人が槍を大きく後ろに引いた。勢いをつけ敵を完全に絶命させる為に。

 

「クリス! 」高杉が飛び出そうとするが間に合わない。誰にも止められぬままクリスが殺されようとしたその瞬間だった。

 

とつぜん、部屋のどこからともなくメロディーが流れ出した。悲しくも厳かなそのメロディーの名はレクイエム。

 

ガキン! という鈍い音と共にセルティが投げた巨大な斧が槍を構える巨人の一体の体を両断した。

 

「覚悟! 」巨人が倒れてできた空白を突き、セルティは真っ直ぐジェラルドの元に突き進む。

 

「こしゃくな娘が! 」

 

その人外じみた威力を誇る拳を不可視の壁で防いだジェラルドはその手にもつ本物の神剣であるヌアダの剣をセルティに向ける。

 

「終わったな、我が娘よ 」

 

「そうね.....終わったわ。 父さんの計画がね! 上条さん! 地面を殴って! 」

 

セルティの叫びに、ジェラルドが目を見開くが、構わず上条は地面を叩く。

 

その途端、叩いた箇所に出来たひび割れが瞬く間に部屋全体に広がり、次々と陥没し、象徴物が砕け散る。

 

「バカな.....いったいなぜだ! なぜ象徴が全て崩される! たとえ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の力をもってしてもこの部屋全ての象徴を破壊するなど不可能なはずだ! 」

 

「その理由、教えようか? 」

 

突然響いた声に、体を震わせ上を見上げるジェラルド。その目線の先、天井をぶち破って降りて来たのは『ウォール』リーダの護だった。

 

「バカな.....貴様はベネットと当たったはず。あいつと戦って貴様のような若造が勝てるわけがない! 」

 

「ああ、確かに僕はあの人には勝てなかった。 だがあの人は最後の最後に僕を殺さずクリスを助けることを選んだんだ。あの人はあんたへの義務より美希への忠誠を選んだんだよ! 」

 

「ふざけるな!たとえそうだとしても、いったいなぜ象徴をすべて破壊できた? 」

 

「あんたも聴いたはずだ。 流れ出したレクイエムを 」

 

「それがなんだと....... 」

 

「そのメロディーが、この部屋の地面に存在する象徴をラインで繋いだんだ 」

 

「なに!? 」

 

「執事長であるベネットは、あんたにこの部屋の準備を任された時、密かに細工を行っていたんだ。わずかな可能性を考慮して 」

 

ベネットが行った仕掛けについて護は知ることはできない。だがベネットと表裏の関係だったルーと一体化している事で護にはその全てが理解出来た。

 

「ベネットは直属の執事としてクリスに仕えていた。 そして一連の騒動の中でもクリスだけは救いたいと願っていた。だけど執事長という立場にたちあんたへ仕える義務をもつ以上その気持ちを封じ込めるしかなかった 」

 

だがベネットは護との戦いのはてにルーが護の中に生きることを選択したのを見てその意思を変えた。

 

「事態が、ジェラルドの計画にとって不利に進もうとしている今なら自分が守るべき人を救える。ならばそれを実行しようと ベネットは決意した」

 

そして、僅かな希望をもって用意していた仕掛けを発動させた。自らの死という引き金を引いて。

 

「この部屋の地下の象徴物たちは、一つ一つが独立して構成されていた。だから上条のイマジンブレイカーでもその全てを無効化するのは無理だった。だがそれが魔力的ラインで繋がれてしまえば上条の力で一撃で無効化できるんだ。そうでしょうジェラルドさん? 」

 

「なぜだ?......なぜ貴様がそこまで知ってる。なぜそこまで語られる!? 貴様は部外者。とつぜん介入してきた余所者のはずだ! なぜ? 」

 

「僕の中に教えてくれる存在がいるからだよ。ベネットと共にあったもう1つの存在が僕を救い。僕に事実をすべて教えてくれた 」

 

「まさか、ルーか? そんな筈はない奴は私たちに仕える義務があった。貴様などにつくはずがない! 」

 

『私が仕える義務があるのは、エバーフレイヤ家にだ。 ジェラルド、お前にではない 』

 

突然声が変わった護にジェラルドはもちろん周りで見守る5人も十字架から解放され意識を取り戻したクリスまでもが目を見開いて見つめる。

 

『お前がここまで来るのになにがあったかを私は理解している。お前の行動にある意味では正当性があることも 』

 

「理解しているなら、もう1度私に仕えなおせ! 」

 

『家族の全てを、イギリスと祖国の争いの中で失い。その復讐の為にお前は戦ってきた。そしてその中でエバーフレイヤの血を引くラミアと出会い、お前は彼女と結ばれエバーフレイヤの当主となった 』

 

「そうだ! 私は当主だ! よって貴様は私に仕える義務がある!」

 

『確かにお前が目指した復讐は当然とも言えるしだれにもお前を悪と断じることはできない。ただお前は一つやってはならないことをした 』

 

「なんだと? 」

 

『エバーフレイヤの人間に刃を向けたことだ。エバーフレイヤの血を引く娘たちを計画の為に利用しようとし、感づいた2人の娘を手にかけた。私はエバーフレイヤ家に仕える義務を持つ。お前のした事は私を敵に回すことだった 』

 

「なんだと!? 」

 

『だが私はそれでもお前を止めなかった。お前を止めようとする者たちが止められるかを見極める為に。 だがそれは叶いそうになかった。それで私は姿を現した。 今私が宿るこの少年のまえに。 そしてお前が疑わぬようお前を倒そうとしていた少年を消した上でエバーフレイヤ家への義務を果そうとしていた 』

 

「ならなぜ殺さなかった! 」

 

『少年を止める必要が生じたからだ。殺すのではなく止めて助けることを選択したのだ 』

 

「なぜだ? 」

 

『それを話す義理などない。それに私との会話に集中する余裕などあるのか? 』

 

「なんだと? 」

 

『そろそろお前の部下たちを倒したお前の妻が仲間と共にくる頃ではないか 』

 

その途端、天井に無数の穴が開き、そこから次々と聖騎士団と救民の杖のメンバーが降りてくる。その先頭は聖騎士団団長のラミア。

 

「ジェラルド。あなたの計画はもうお終いよ。神話の加護をなくした今のあなたではもう私達と戦うことも逃げることもできない。 もうここで終わりにしましょう 」

 

「君も私を悪と見なすのか、君は私の事を一番理解してくれていたじゃないか! その君でさえ今の私を悪と見なすのか!? 」

 

「私は確かにあなたを理解してた。だから一緒になって戦ってあなたと結ばれた。でもあなたは変わってしまった! 私が知っているジェラルドは他人を自分の道具のようにはけして扱わない人だった! あなたは復讐の為に変わってしまった。私の愛したジェラルドはもう遠い昔に消え去ってしまった! 」

 

ラミアはその手に持つ槍を握り締める。

 

「私はあなたを愛した。理解したつもりでいた。だけど私ではあなたの復讐の感情をあなたの心の傷を癒せなかった。あなたの気持ちを気づけなかった。だからこの結末を招いた責任は私がとる。 私があなたを殺す 」

 

ラミアは右手に持つ槍。グングニルの槍先をジェラルドに向ける。

 

「さようなら、ジェラルド 」

 

突き出されたグングニルはジェラルドが構えたヌアダの剣を砕き容赦なくジェラルドの体を突き抜け背中まで抜けた。

 

死に纏わる伝承につながるグングニルの特性によって刺さった箇所から強烈な勢いで老化が始まっていく。

 

すでに体の4分の3以上が老化しているジェラルドの口が僅かに動いた。しゃがれて途切れ途切れだかジェラルドはこう言い残したのだ。

 

『ラミア、すまん 』

 

それがエバーフレイヤ家当主であり魔術結社『タラニス』のリーダであったジェラルドの残した最後の言葉となった。

 

ついに全身が老化し、干からびたミイラのようななったジェラルドの体は次の瞬間には砂となり空中を流れていく。

 

それを漠然と眺める護の服の裾をだれかが引いた。

 

引いたのは、クリスだった。

 

十字架から解放された時のままの微妙にあちこちを強調した儀式めいた服装のままクリスは護に飛びついた。

 

「!? ちょ、ちょっと! 」

 

「ありがとう護くん! 私なんかの為に傷つきながら戦い続けてくれたんだよね? 本当にありがとう! 私、どうやってこの恩を返せば良いか迷っちゃうぐらいなのよ? 」

 

年頃の男子にとって異性からのこういったアプローチは強烈なことこのうえない。護ももちろん例外ではなく一瞬完全に硬直状態に陥ってしまったが、いそいで話題を変えることでなんとかそれから脱出した。

 

「でも、僕はクリスの父さんを結果的には殺すきっかけを作った。 いくら悪人だったとしてもあの人はクリスの肉親だった。ごめんクリス 」

 

「いいの......護くん。 私は確かに父さんを尊敬してたし、父親として愛していたわ。父さんも私を愛してくれていたと思う。でも父さんは私を計画の為に利用しようした。 それは悪い事でしかないわ。 だがら父さんがいなくなるのは寂しいけど私は護くんを憎んだりはしない 」

 

「ごめん.......そういえばどうするんだ? 僕たちは学園都市に戻ればおそらく『ウォール』としてまた活動することになるけどクリスはもう暗部組織用員となる必要はないはずだろ? 」

 

護は一体化したルーからクリスが学園都市暗部に入った理由を知らされていた。

 

父親であるジェラルドの影響下からクリスを逃がす為に学園都市と交渉したラミアに学園都市から亡命の条件として暗部の人間になることがあったのだ。

 

「私は、これからも護くんや仲間と一緒に『ウォール』の一員として一緒に戦うつもりよ。 だって仲間だもの 」

 

「本当それで良いの? 」

 

「うん 」

 

「ありがとう........ じゃあ、戻ろう。 僕達『ウォール』のあるべき場所へ! 」

 

護の言葉に、高杉と美希は拳を上げて応えクリスは大きく頷き立ち上がる。

 

その後、旅館で療養していた哀歌とも合流し、再びアイルランドに戻った護たちは残り1日しかない退座期間の中でクリスやラミアの案内でやっと旅行を満喫することができた。

 

そして出発の日、空港で護たちは思わぬ同伴者がいることを知る。

 

「セルティが学園都市に!? 」

 

「ええ、あの子あっての希望なの。後は私としての都合もあるのだけど 」

 

そう申し訳なさそうに言うラミア。

 

「ここアイルランドで母さんと一緒に暮らすのは私が吸血鬼である以上難しいの。 私は迷惑かけたくないからどこか十字教の影響が少ないところに行きたいんだけど、どうせ逃げるなら姉さんと一緒のところが良いの 」

 

「それで学園都市とコンタクトをとって許可されたのよ。特例としてね、その代償は暗部に入ること。その暗部組織の名は『ウォール』。向こうから直々に指定されたわ。あなたたちってあの街のトップから気にいられてるのかしら?

 

「じゃあ、セルティは僕達『ウォール』のメンバーとなって学園都市に来るんだね。 なんか女子の比率の方が大きくなってきているような...... 」

 

そんな護の呟きは誰にも聞こえることなく、ウォールは新しいメンバーを抱えて学園都市に戻ることとなった。

 

この先、自分たちをまつさらなる騒乱をこの時、護たちは知るよしも無かった。

 



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とある三位の意外要請

吸血鬼。 その存在は空想上の存在とされていたが現在魔術サイドでは実在するものとして認識されている。ある特異能力『吸血殺し(ディープブラッド)』の存在が確認された事により。

 

「で、それで......その能力をもつ人がなんでこの街にいるっていうんですか? 」

 

「これは僕の予言として聞いて欲しいだけど、ある男がある少女を救う為に吸血鬼を欲した。だが、吸血鬼などそう簡単に見つかるはずがない。そこで男はその立場を利用して知った『吸血殺し(ディープブラッド)』の少女を確保した。 だけどその男は自分の所属していた組織を裏切って行動していた為に魔術サイドが介入しづらい科学の街である学園都市(ここ)に拠点を持ったんだ。その男の名は、錬金術師アウレオルス・イザート。 」

 

「だとしたら、私もそこに引き寄せられるってことよね? でも今は別段なにもないけど? 」

 

「そこばっかりは僕にもよく分からないんだけどね.......ただこれは推測だけど吸血殺しの効果が及ぶのは一定の範囲だと思うんだ。現に彼女が消してしまったのは吸血鬼化した村の人であって遠くから引き寄せた訳ではないという事だし 」

 

護たちがいるのは、学園都市特有のサービス職の一つである個室サロンの中である。護たちのような暗部組織の人間は仮の拠点をいくつも用意する。護たちのような学園都市全域においての活動が想定されるような組織は必然的に各学区内に最低1つの拠点を持つのは珍しくない。

 

「それで護さんは、その少女を救おうとしているんですか? 」

 

「まあ、それもあるけど......上条さんに万が一がないようにするという目的もあるんだ 」

 

護が警戒しているのは、作品の流れとの違いの発生だ。その例がグラビトン事件の時の一件である。

 

「(いったいなにが原因で流れが変化するのかがいまいち分からないけど......もしかしたら上条さんがアウレオルスに破れるという展開だってありえるんだ)」

 

護からすれば上条が死ぬということは、佐天さんが死ぬことにも繋がるので嫌でも避けなければならない。

 

その為に自分の作品知識を使って最悪の事態を避けるべく、先手を打つことで展開を変えようとしているがはたしてそれが可能かどうかについては護にも分からない。

 

護という異物をかかえたこの世界がどんな変化をするかについて護が知れるわけがない。

 

「それで具体的にはどうする気なの? 」

 

机におかれているポテトフライの山に手を伸ばしながら哀歌が言う。因みに彼女はこれで3皿めである。

 

「とりあえずアウレオルスが潜伏している場所は分かっているから内部に入って調査するしかない。 だだその為には僕らが生徒になるしかない 」

 

 

 

護からすれば上条が死ぬということは、佐天さんが死ぬことにも繋がるので嫌でも避けなければならない。

 

その為に自分の作品知識を使って最悪の事態を避けるべく、先手を打つことで展開を変えようとしているがはたしてそれが可能かどうかについては護にも分からない。

 

護という異物をかかえたこの世界がどんな変化をするかについて護が知れるわけがない。

 

「それで具体的にはどうする気なの? 」

 

机におかれているポテトフライの山に手を伸ばしながら哀歌が言う。因みに彼女はこれで3皿めである。

 

「とりあえずアウレオルスが潜伏している場所は分かっているから内部に入って調査するしかない。 だだその為には僕らが生徒になるしかない 」

 

「生徒って.....とうしてなんですか? 」

 

「アウレオルスが潜伏しているのは三沢塾という進学塾なんだ 」

 

「進学塾? なんでそんな所を拠点にするんですか? あからさまに目立つと思うんですけど 」

 

「人が多くいるあの場所だからこそアウレオルスはあそこを選んだんだ 」

 

アウレオルスが三沢塾に潜伏した訳は実現不可能と呼ばれた錬金術『黄金錬成(アルス・マグナ)』を執り行う為だったのだが護はあえてそこに触れようとは思っていない。

本当の理由は、後で分かることだし今はそれより優先する事があるからである。

 

「民間人が多くいる場所なら、自分を狙う組織から攻撃されにくいからだと僕は思うんだけどね 」

 

とりあえずもっともな理由でごまかし護は本題に入る。

 

「僕の調べでは、あの三沢塾っていう塾は科学崇拝を行うオカルト結社みたいになっているらしいんだ。 それで本来ならアレイスターが処理を命令して終わりの筈なんだけど、そこでアウレオルスが乗っ取ってしまったもんで面倒なことになっているらしいんだ 」

 

「そのアウレオルっていう奴はどんな戦い方をするんですか? 」

 

「戦い方というか.....彼は錬金術師だから当然錬金術を使う訳なんだけど、その中でも実現不可能と呼ばれ、錬金術の到達点である黄金錬成(アルス・マグナ)という錬金術を使うんだ。その効果は『考えたことをそのまま現実にする』というもので事実上無敵かつ反則な力なんだよね 」

 

「それって......反則っていうかチートだね......そんなの相手にして勝てるの? 」

 

哀歌の言葉に護は即答できない。正直な所、護は上条さんがいない限りアウレオルスに勝つのは無理ではないかと思っている。

 

なにしろ作品中ではステイルと上条さんが協力して、重傷を負いながら『黄金錬成(アルス・マグナ)』の欠点を突いてようやく勝てた相手なのだ。

 

自分がどこまで戦えるかと問われると護は正直自信がないのである。

 

「僕もなんとも言えないけど『無敵』な人間なんて存在しないんだからなんとかなると信じたいね 」

 

「時に、先程護は生徒となって潜入すると言ったけどウォール全員で忍び込むわけ? 」

 

「いや、アウレオルスに魔力を探知されるとまずいから今回は潜入組は僕と高杉と美希とクリス。哀歌とセルティは万が一に備えて外で待機していて欲しい。特にセルティは今回は吸血殺しが関わっている以上気を付けなきゃならない 」

 

護の言葉に微妙に頬を膨らませるセルティ。彼女としてはせっかく姉と同じ組織の一員となったのだからもっとチームの一員として働きたかったのだ。

 

 

とはいえ、今回はそう簡単に現場に連れていける訳ではない。

 

「セルティにも哀歌と一緒に万が一の時のバックアップという大事な役目がある。 しっかり頼むよ? 」

 

「分かりました...... 」

 

渋々ながらセルティが了解した時、護の携帯電話からレクイエムの着信音が流れ出した。

 

メールの差出人は『御坂美琴』。

 

護は一瞬、心臓が飛び出るかと思った。

 

美琴とは木山をめぐる一件以来、まったく会っていない。

 

アイルランド旅行などに出かけていたせいもあるが、美琴自身が遭遇するのを避けているようなのだ。

 

その美琴からのメールの内容は至って簡潔だった。

 

『アンタのアパートの前に行くから待っていて 』

 

それがメールの内容だった。

 

 

それから数10分後、護は哀歌たちを個室サロンに残し、1人アパートの前に立っていた。

 

メールには時間が指定されていなかったためになるべく早く着こうと急いで来たのだが、まだまったく姿は見えない。

 

「面と向かって、どう話せば良いんだろう...... 」

 

あの一件の後、偶然顔を合わせてしまったりした時の美琴の表情には怯えが感じられた。

 

正直、前のように話せる自信が護には持てないでいるのだ。

 

「は?......ん? あ、来た 」

 

前方から走ってくる常盤台の制服を着た美琴。外見は別段焦りや恐怖を感じられるわけではないがだから護が安心できるわけがない。

 

走ってきた美琴は、護の前に来るないなや開口一番こう言った。

 

「お願い。 協力して 」

 

「.......はい? 」

 

「だから協力して! 」

 

てっきり、なんか問い詰められるのかと思っていた護は予想外の言葉に拍子抜けした。

 

「あのさ.....一体なにを協力しろっていうの? 」

 

「ここじゃ話せないから、ついて来て 」

 

有無を言わせずにすたすたと歩いていってしまう美琴の後を慌てて護は追った。

 

美琴の後に歩きながら、護は今の状況を訝しんでいた。プライドの高い美琴がわざわざ他人に頼むのは珍しい。

 

だが護には今の時期に美琴が自分に頼みごとをする理由が検討つかないのだ。

 

 護の知識の中では、美琴が関係する一大イベントといえば、姫神をめぐる一件の後に起こる一方通行(アクセラレータ)が関係する一件しか思い当たらない。そして、それはもっと先に起こるはずの出来事のはずなのだ。

 

ポケットに入れた携帯を取り出し日時を確認する護。

 

携帯の示す日時は、8月15日。

 

「(8月15日に、なにかあったっけ?) 」

 

疑問に思いながら護は第1話で上条が美琴と出会う某ファミレスで美琴と向かいあうことになった。

 

 

「それで....... 僕に協力してほしいことって何? 」

 

ファミレスでバニラアイスにコーラを注文した護の質問に美琴はしばし黙った末にポツリと呟いた。

 

「アンタは、学園都市の上との繋がりを持っている.....違う? 」

 

「........ だとして一体なんなのさ? 」

 

「もしアンタが上の事情を知っているなら教えて欲しい事があるのよ 」

 

ひと呼吸おいて美琴は思い切ったように言った。

 

「絶対能力進化計画(レベル6シフト) って知ってる? 」

 

もちろんその言葉を知っている護は思わず表情を強張らせてしまう。

 

「やっぱり知ってるのね 」

 

「ねえ、1つ聞いていいかな? 」

 

ここまで来て護は決断した。遅かれ早かれ美琴が闇を知るのなら今自分がおかれている闇について話そうと。

 

「どうして、僕が上と関係を持っていることに気づいたの? 」

 

「アンタが警備員(アンチスキル)を相手に大暴れした後の出来事からよ。あれだけの被害を与えたアンタがお咎めなしなんて不自然だわ。それにアンタが入院したとき、学園都市統括理事会の1人が会いに来ていた。後で知ったことだけど名は剣崎達也。統括理事としてはもっとも新参で、如何なる理由で理事になったかも不明な人物。そんなのと関わっている以上、アンタが上と繋がってないと思う方が不自然じゃない 」

 

「良く知ってるね......さすがは第3位の『超電磁砲(レールガン)。 クラッキングでも仕掛けたの? 」

 

「うるさい! 今は関係ないでしょ。 それより質問に答えなさいよ 」

 

「ふ?......分かったよ。 確かに僕はその計画を知ってる。 学園都市第1位のレベル5、アクセラレータをレベル6にする計画で、その内容は君のクローンを20000体殺すというもの......だろ? 」

 

「知っているなら話は早いわ。 わたしはその馬鹿げた計画を止めたいの。 だから一緒に手伝ってくれない? 」

 

話の時期が早まったのか、はたまた自分の知識にないようなイベントなのか。 悩む護だったがそこで一つ気づいた。とあるシリーズにはと禁の他にもう1つ外伝がある。その名は『とある科学の超電磁砲(レールガン) 』。

 

「(そうか....そういえば外伝もあったんだっけ。 でもアニメでは今の様な状況は描かれなかったような?......そうか! コミックの方に書かれている出来事なのかもしれない。 だったら僕の知識の中にないのも頷ける) 」

 

「ねえ、アンタ聞いてるの? 」

 

「......ん? あ、ああ! 聞いてるよ! 頼みは分かった。 でもそれをするという事は学園都市第1位と戦う可能性があることを意味するんだよ? 美琴は第3位。 僕は第4位。 2人がかりで戦っても勝てるかどうかは...... 」

 

「ツッ.....!分かってるわよ、そんな......こと! 」

 

予想をしていなかった美琴のリアクションに護は思わず唾を飲んだ。叫んだ瞬間の美琴の顔は悲痛なほど複雑な感情に彩られているようだったからだ。悲しみ、後悔、絶望、嫌悪、そういった感情を一度に彼女に湧き上がらせるような事象。それは作品世界には一つしかない。

 

「(美琴は......もうアクセラレータとぶつかったのか) 」

 

「御坂...... 」

 

「今は言葉はいらない。ただ力を貸して欲しいだけよ 」

 

そう言う御坂の瞳にはすでに先程まで浮かんでいた複雑な感情に揺れる弱さは無く、意思を達成しようとする強い意思が燃えて居た。

 

 

 

 

 

「......なら、一つ聞かせてくれないかな? どうやって計画を潰す気なんだ? 計画には学園都市内部のかなりの研究機関が関わっているはずだよ。 それを片っ端から潰そうとすればアンチスキルに感づかれると思うけど? 」

 

「要は、研究所の建物とかを壊さなければ良いんでしょう? だったら私の能力でハッキングをかけて研究所の機能を再起不能なほど破壊してやれば良いのよ 」

 

「ハッキングって..... やっぱりしてたんだ.....怖るべし第3位.....もはやサイバーテロじゃん..... 」

 

「能力でアンチスキルをほぼ壊滅させた人間に言われたくないわよ! 」

 

「そこを突かれると痛いんだけどな.......時に、その研究機関所属の研究所の場所については把握しているわけ? 」

 

「ええ、ある筋からの情報もあってね。まあ、全てではないけど 」

 

「なら、それをすれば良いじゃないか? 別段僕を必要としなくても...... 」

 

「私がハッキングをかけたとして、いくらなんでも全てを機能不全にできるとは思えない。だから上と通じてるアンタに私が機能不全に出来なかった施設を破壊してほしいのよ 」

 

なんて、身勝手な......と思う護だったが、ここで計画を止めることはゆくゆくは上条さんの危険を少なくする事に繋がるのも事実なので口には出さない事にした。

 

 

「分かった。 だけど僕にも都合があるから、そう長い事それに関わってられないよ? 」

 

「無理を言ってるのはこっちなんだから分かってる。 また連絡するからその時はよろしくね? 」

 

そう言うだけいって美琴は、席を立ってレジで2人分払って出ていってしまった。

 

「(当たり前のように2人分払って出て行くとか意外にブルジュア? いや、考えてみればレベル5といえば金持ちで当然か )」

 

そんな事を考える護に『中』から声がかけられた。

 

『戦うことを決したようだが、話にあったアクセラレータという男に勝てるのか少年? 』

 

「(ルーか......分からない。 僕の能力である『重力掌握』で扱う力も所詮はベクトルの範疇にあるものだからアクセラレータの能力『一方通行(アクセラレータ)』の前には歯が立たないかもしれない。 あいつの能力はベクトル操作......あらゆる物の向きを操れる。それを利用した反射を使われれば僕には勝ち目はないかもしれない) 」

 

『少年。 君の能力でかなわないというなら私が力を貸そう。私の力を扱えば良い 』

 

「(そんな事を言ったって、能力者には魔術は.......) 」

 

『君のその力は『超能力』ではない 』

 

「(は!?) 」

 

『いや、正確には学園都市で開発された超能力ではないというべきだな。 君の力は開発されたものではなく、元から備わっているものだ。 それも、この世界ではなくべつの世界で 』

 

「(なんであなたがそれを!? )」

 

『魂が発する力で大体わかる。 だからこそ私は君がこの世界で生き抜けるよう力を貸すことにしたのだぞ? よって君には私の力を使えるはずだ。まあ、訓練を経ないと制御は難しいだろうが 』

 

「(訓練って? )」

 

『少年の精神世界で君を鍛える。 その為にはここでは不味いのだが 』

 

「(分かった。 アクセラレータに立ち向かう為には確かにあなたの力が必要になる。よろしくお願いします ) 」

 

という訳で護は、ルーの言葉に従い自分のアパートの部屋に (個室サロンに哀歌とセルティを置き去りにしたまま)向かったのだった。

 

 

『さて始めるぞ。少年 』

 

「(分かりました...... ) 」

 

ベットに横たわる護は内心ビクビクしながらその時を待っていた。正直怖い。いや怖いわけがない。なにしろ精神世界で訓練なんていう事態はマンガやアニメではよくある展開だとしても自身で経験することなどまず無いからである。

 

護がなにか考える前に唐突に視界か真っ暗になり護の意識は途絶えた。

 

 

「ここは? 」

 

護が立つのは奇妙な空間だった。 自分が住んでいた元の世界。現実世界が荒れはてた姿。いや風化したと言うべきだろう。

 

「ここは君の精神世界。 そして君を鍛える場所だ 」

 

姿は見えず声だけが空間に響く。

 

「視線の先を見るが良い 」

 

促されて向ける視線の先にあるのは。

 

「ブリューナク? 」

 

「そうだ。私の槍だが、今は君が使うのだ。 早く槍を抜け少年。時間はない 」

 

ルーの言葉が終わるより早く曇り空より、なにかが一気に落ちて来る。

 

慌てて護が槍を引き抜いた直後無数に落ちたなにかがその姿を現す。

 

「な? 哀歌? 」

 

目の前にたつのは自分の仲間。哀歌だったのだ。護の言葉に哀歌はなんの反応も見せず、いきなり破壊大剣を現出させた。

 

「!? 」とっさにブリューナクを構えた護だったが容赦なく振るわれる破壊大剣に吹き飛ばされる。

 

「ここは僕の精神世界.....だから哀歌が......となると、あの時落ちてきたのは 」

 

護が言葉を紡ぎ終わる前に、別の場所に落ちたものたちが次々とその姿を現す。

 

「やっぱりか 」

 

護の前に立ち塞がるのは、自分の仲間である『ウォール』の面々。さらに『タラニス』のベネットやジェラルド。『救民の杖』のメンバーたち。

 

「僕と関係した人たちが勢ぞろいってことか 」

 

「この状況を君のもつブリューナクのみで切り抜けてみよ。この世界では君の力は使えない 」

 

「なる程ね......そういうことならやるしかないか。 仲間と戦うのは嫌だけど、全力でやってやる! 」

 

真紅の槍をその手に握り、護は目の前の強敵たちに向かっていった。

 



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とある成果と強襲作戦

 

護は精神世界でルーの名槍。ブリューナクを持ち戦っていた。

 

本来、護は格闘技術に精通しているわけではない。その護が今までいくつもの戦いで生き残れたのはひとえに自らがもつ能力があったからだ。能力によって身体能力を強化したりする事によって超人的な力を発揮することが出来ていた。だがこの精神世界では自らの能力は使えない。

 

武器になるのは自分の体とその手に持つブリューナクだけである。

 

「ぐわあぁぁぁ!? 」救民の杖のゴーレム使いダビデが操るゴーレムの拳をもろに受けて護の体が宙を舞う。本来ならこの一撃を喰らっただけで護は絶命するはずだが精神世界であるせいか傷を負っても直ぐに再生してしまう。もっとも痛みや潰される感触は伝わってくるが。

 

「(くそ、洒落にならない。 いくら死ぬ事がないといっても毎回こんな痛み味わうなんて嫌だよ....いかに僕が能力頼みだったか思い知らされるな) 」

 

護は右手でつかみ続けていたブリューナクに目をやる。真紅の名槍は傷一つなくそこにある。だが護にはルーが使っているようにこの槍を使えない。

 

「(槍術はおろか、武器術や格闘技もろくに習ったことない僕に槍を使った戦いなんて.....) 」

 

そう思った直後、今度は高杉が能力を利用した瞬間移動で護の後頭部に蹴りを入れる。

 

同じ瞬間移動系の能力者である白井黒子の得意技でもある。

 

「ごばぁぁ!? 」

 

奇妙な声を上げながら吹き飛び廃ビルの壁にめり込む護。

 

「(今まで特に意識もしなかったが、こんなにも高杉の蹴りには威力があったのか?) 」

 

普通なら今ので内臓の1つか2つは潰れたところだ。肋骨も肺に突き刺さるはずだ。だが痛みは感じ、感触もするものの重傷には居たらない。再生してしまうからだ。

 

「(くそ......この際使えないとか言えないか。 やるしかない!) 」

 

護は槍を強く握り締める。

 

「(ルーは僕がブリューナクが『使う』と言った。なら、僕にはこの槍を使って戦う力があるということになる )」

 

正面から迫るセルティを見つめながら護は立ち上がる。

 

「やり方や流派なんて関係ない。 これが僕のやり方だ! 」

 

護は両手で保持する槍を無造作に横に薙ぎ払う。

 

通常、槍に横に薙ぎ払う機能はない。 槍の本質はあくまで突き刺さすことにあるからだ。それはブリューナクとて例外ではなく通常なら刺すことしか出来ない。そう、通常なら。

 

「!? 」

 

ブリューナクがセルティに触れるか触れないかの所で槍の先から光が左右に伸びた。まるで戦国の武士が使った十文字槍のように。

 

「うおぉぉぉ!! 」護が振り抜くブリューナクの刃がセルティを横薙ぎに吹き飛ばす。

 

「おめでとう。 それで正真正銘その槍は君の槍となった 」

 

「槍の側面を見るが良い 」

 

言われるままに槍の柄の側面に目をやる護。そこには無かったはずの槍の銘が刻まれている。

 

『緋炎之護 』それが槍に刻まれた銘。護の物となったこの槍の名だった。

 

「本来、我々が使う武具に特定の名などない。なぜならその武具は自らの体と特性によって形作られるからだ。 私が扱う槍が『ブリューナク』だったのには対して意味を持たない。私が君の体に入ったことで君は潜在的に私たちと同じとなった。よって君がその槍を振るうことを決めた事により、その槍は姿を変える。西洋式の投げ槍から東洋式の十文字槍に 」

 

良く良く見れば槍の色彩自体が微妙に変わっている。真紅の槍は今では緋色(スカーレット)の槍となりその外観も戦国武将が持ちそうな和式へと変わっている。

 

「さて、槍は君のものとなった。 だがそれだけでは足りない。 君が私から受け継いだ特性を君なりに使いこなせなければその槍はただの武具でしかない 」

 

ルーの言葉と共に、今まで護に向かってきていた『仲間』を始めとする敵たちが消える。

 

「最後の訓練だ少年。その槍で、私を倒してみろ 」

 

今まで実体を現さなかったルーがここに来て姿を現した。 その手に握られるのはつい先程まで護が握っていた槍。即ちルーを象徴する武具『ブリューナク』。

 

「さあ、見せてみろ少年。君の槍 『緋炎之護』の力を 」

 

 

言葉と同時にルーのブリューナクが真紅の稲妻となって宙を飛ぶ。

 

「(あんなの受けたら怪我どころじゃないぞ!) 」

 

護はブリューナクを構えたまま全力で横に転がる。

 

「そこか 」

 

ルーの言葉に護が身構えた直後、地面に突き刺さったブリューナクが5つの稲妻を護に向けて放つ。

 

とっさに緋炎之護を前に構える護だがそれだけでは稲妻を防げない。5つの稲妻は防御をすり抜け全てが護の体を駆け抜ける。

 

 

「ぐわあぁぁぁぁ!? 」

 

苦痛と熱さと痺れが一度に襲い掛かる異質の痛みにのたうつ護。

 

「少年。 槍をそのまま使うことは誰にもできる。だがそれでは強敵相手には通じない。 槍の概念に囚われず、自分の思うことを槍を通して現せばよい。槍が姿としてくれるはずだ 」

 

護はのたうちながら、なんとか槍の柄を掴み直す。

 

自分の思うことを槍を通して現せ。いまだ実感は湧かないが、そういうのならばやるしかない。

 

護は己の槍の銘を頭に浮かべる。『緋炎之護』自らの名が入った銘が意味するのは『炎の護り 』。

 

「(なら.......!) 」

 

無言で再びルーがブリューナクを放つ、空中で5つに分かれた真紅の稲妻に向けて護はこんどこそ明確に緋炎之護を向ける。

 

「第壱の技、緋炎剛壁! 」心に浮かぶままに、正確には槍が示すままに護は技の名を叫ぶ。

 

そのとたん、迫り来るブリューナクに対して護の緋炎之護の槍先から放たれる緋炎が炎の壁を作り上げる。その壁が迫る5つの稲妻を5つとも防ぐ。

 

「第弐の技、緋炎斬波! 」護の叫びと共に槍の穂先が緋炎を纏い、その緋炎之護を護が全力で横に振るう。

 

槍から放たれる緋炎が鋭さという本来炎が持ちえない特性を宿しと波となる。

 

新たにブリューナクを構えなおすルーを緋炎の斬撃が切り裂く。それと同時にルーの体も切り裂かれる。

 

「見事だ少年。これで正真正銘、その槍は君のものだ。緋炎之護は君の強い力となるだろう 」

 

ルーの体が透けて行く。

 

「槍は君の中にある。君が呼べば君の力となる。 緋炎之護を君が信じるものの為に使うがよい。 訓練は終わりだ少年。現実世界に戻すぞ 」

 

護がなにか言う前に彼の意識は問答無用で途絶えさせられた。

 

「..........部屋.....か 」

 

護は唐突に意識を取り戻した。とっさに部屋の時計に目をやれば訓練を初めてから30分もたっていない。

 

「あんだけ訓練して現実は、30分もたってなかったのか 」

 

護は自分の両手に目をやる。

 

「(ルーは銘を呼べば、槍が力となると言っていたけど本当にできるのかな? ) 」

 

護は右手で宙を掴みながら、その銘を呼んだ。

 

「緋炎之護 」

 

そう呟くのと同時に護の右手は槍の柄を握っていた。

 

「.....どうやら、本気でこの槍は僕のものになったらしいな 」

 

護が戻れと念じると、緋炎之護は光となって消えて行く。

 

 

「さて、なんだかんだで新たな力を手にいれられた訳だけど......なんか怖いな。僕はいったいなんなんだ? 」

 

超能力と魔術は本来相入れないはずの存在である。

 

超能力者には魔術は使えず、魔術師には超能力は扱えない。それが原則だ。では超能力と魔術を扱えることになった護はなんだというのだろうか。

 

「なんだかおかしいぞ。僕はあくまでも元の世界では一般人だったはずなのに 」

 

考えて見ればおかしな事はいくつもあった。こちらに来た直後に発現したレベル5級の能力。自分をなぜか支援する統括理事の1人。自分が異世界から来た事を知っていたアレイスター。

 

「うう.......考えれば考えるほどますます混乱してきた......まあ、今はそれは後回しにして......そうだ! 哀歌たちの事すっかり忘れてた! 」

 

そうである。護は個室サロンに仲間2人を置き去りにしたままなのをすっかり忘れていたのだ。

 

その後、2人にたっぷりと絞られた護は何度も謝り、なんとか解放されたのは1時間後だった。

 

「うう......疲れた、もう動けない..... 」

 

「私たちを置き去りにしたまま、忘れた護が悪いんだよ?罰なんだから、最後までやってもうからね 」

 

護は2人のお叱りを受けた後、セルティの荷物を学生寮に運ぶ仕事をさせられていた。学園都市に移る事になったセルティは霧ヶ丘女学院に通うことになった。

 

セルティはてっきり姉であるクリスと共に住むと思っていた護だったが彼女的には色々な意味で姉には迷惑をかけたくなかったらしい。

 

だが、それは別に結構なのだが部屋に入れる荷物を入れたダンボールの数がとにかく多い。

 

生活用品や下着などはまあ普通だがその後に続くなにか良く分からない縦に長いダンボールや微妙にオカルト的な物品が飛び出しているダンボールまでかなりの数なのだ。

 

凄く気にはなるのだが触らぬ神に祟りなしのことわざにのっとり護は深く触れず作業を進めた。

 

こうして引越し作業を終えた護は爆睡していた高杉をむりやりたたき起こして自分のアパートに瞬間移動させ、気絶するように眠りについた。

 

その後2日間はいつも通りすぎていった。

 

どこからか侵入してきたロシアの工作員の捕獲やら、なぜ侵入できたと首を傾げたくなるぬいぐるみを抱いた少女の保護などという護たちからすれば比較的平凡な日々が過ぎていった。

 

そんな2日間が過ぎさり3日めとなった時だった。

 

朝からまるで予告のよう一面の曇り空にカミナリが鳴り響くなか護の携帯にメールが来ていた。送り主は美琴。

 

「なになに.......まじか、本気で8割がたの施設を再起不能にしたのかよ。つまり残りの2割の破壊に協力してほしいってことか 」

 

メールには施設の場所も記されていた。

 

「ならさっそく行くとするか 」

 

今回はウォールの仲間たちは連れていかない、これはあくまで個人的な用事だからだ。

 

稲光が走る曇り空の下を護は目的地へと走っていた。

 

 

 

「ふわぁ......超暇ですね 」

 

とある研究施設の内部を1人の少女が歩いていた。

 

外見はへたすると小学校高学年にみえる少女だが彼女も普通の人間ではない。彼女も暗部の人間なのだ。

 

「第3位の襲撃の可能性を考慮して防衛しろっていう命令でしたけど超だれもこないじゃないですか 」

 

彼女の名は絹旗最愛。能力者であり名は『窒素装甲(オフェンスアーマー) 』。

 

「まあ、この脳神経応用分析所に襲撃が来ないのは平和ってことで超ありがたいんですけど 」

 

そう絹旗が呟いた直後、すこし遠くでなにかが吹き飛ぶ音が響き、同時に建物の全域で警報がなり出した。

 

「残念ながら平和は超簡単に崩れましたね......とりあえず空気の読めない超不届き者を成敗しにいきますか 」

 

掌から数cmの窒素を凶器に変え、絹旗は敵の侵入箇所、分析所正門へと歩みを進めた。

 

 

「この単調な動きから見て短期警戒用の無人装甲車か...... 向こうにあるのは駆動鎧(パワードスーツ).......たった一施設になんて過剰な警備態勢だよ?........だが僕の攻撃は防げない! 」

 

護は目標である研究施設に正面から強襲をかけていた。要は正門を重力操作によって盛大に吹き飛ばし堂々と内部に侵入したのだ。

 

迫ってくる無人装甲車及び駆動鎧達に対して護は超重力砲を放ちまとめて吹き飛ばす。

 

「さっさとこいつらを退けて施設の中心を破壊しなきゃならないんだけどな...... 」

 

護がため息をついた時、唐突に周りに展開していた装甲車や駆動鎧達が一斉に動きを止めた。いや、停止したのだ。

 

「? 」

 

「退屈してるなら超相手しますよ侵入者。いや、第4位の重力掌握(グラビティマスター)。いったい何のつもりかは超分かりませんが、ここで止めますからね」

 

「絹旗......最愛? なんで.....そうか.....『アイテム』も計画に関わってたんだ! くそ、迂闊だった! 」

 

「なんでその名を知ってるか超疑問なんですけど。 まあ、それは置いといて.....行きますよ第4位 」

 

護がなにか言う前に絹旗は近くにあった輸送用の大型トラックを軽々と片手で持ち上げ護に向けて投げつけて来た。

 

「避けられない.....! 」重力を操作し、とっさにトラックを真上からかけた重力により地面にめり込まさせる護だったが次の瞬間には距離を詰めた絹旗の右拳が腹にめり込む。

 

「!? 」

 

「これでうちのリーダより上とは超片腹痛いですね 」

 

「いや......まだ全力なんて一言も言っていないよ......」

 

護は右手を重力によって加速させ、弾丸のようなスピードの一撃を絹旗に向けて繰り出す。

 

自動防衛機能により、護の拳は装甲に防がれるが勢いは殺せず、絹旗は一気に後方に5メートルほど飛ばされ施設の壁をぶち抜いて吹き飛んだ。

 

「君の能力は防御に特化しているはず.....この程度じゃ死なないだろうけど、衝撃までは防げないはずだよね? 」

 

大穴が開いた壁の向こう側から出てきた絹旗に目立った外傷はない。

 

「なるほど、伊達にレベル5を名乗ってるわけじゃないのは超理解しました.......ですがこの程度じゃわたしは超倒せないですよ? 」

 

「分かってる.......いや、殺すことはできてしまうかもしれないけど僕はしたくない。特に君のような大切な人を殺すことは 」

 

「な.......! なにを超クサイ台詞言ってるんですか!? 」

 

「そのままで受け取ってもらえば良いよ。言ったとおり、僕は君を殺したくない。だから、すこし大人しくしてもらうよ 」

 

護の言葉になんらかのアクションを予想し身構える絹旗。だか次に護がとった行動は絹旗の予測を大きく裏切った。

 

「緋炎之護 」

 

護が呟くと同時にその右手に緋色の十文字槍をが握られる。

 

「な! そんなの超ありなんですか!? 複数の能力を...... 」

 

「第弐の技、緋炎斬波! 」掛け声と共に振るわれる護の槍から緋色の炎が波になって放たれる。絹旗の足元へ。

 

絹旗のわずか前方の地面を緋炎が地層ごと切り裂き彼女の足場を不安定にさせる。

 

ふらつく絹旗は次の瞬間、眼を見開いた。目の前に護がいたからだ。

 

「第参の技、緋球爆散! 」

 

その言葉と共に、至近距離で突如現出した緋色の球体が炸裂し凄まじい衝撃波に絹旗の体は宙高く舞い上がった。

 

「超どうなって.......! 」

 

なかば混乱ぎみの絹旗は直後に、わき腹に痛みを感じた、首を下げて見てみると槍の下にある石突が衝かれている。

 

「言ったろ、殺したくはないって。だから今は眠ってくれ。僕の大事なレベル4 」

 

窒素装甲の防備でも防ぎきれなかった一撃は容赦なく絹旗の意識を奪った。力を失う絹旗の体を抱え、護は重力操作により地面に降り立つ。

 

「ふ?......我ながらクサイ台詞吐いちゃったな.....どうやらこの槍を使うと言動にも影響がでるっぽいぞ 」

 

ため息をついた護は自分の腕に抱かれる絹旗を見る。こうして見ると絹旗はただのか弱い女の子にしか見えない。

 

だがわき腹に突き刺さった石突がそんな思いを吹き飛ばす。

 

「この傷を治療させるには、とにかく一度アパートにもどって哀歌に見せないと......って結局仲間を巻き込んでるじゃないか.....とっさだったとはいえ、もっと力の制御をするべきだったな..... 」

 

嘆く護だったが後悔してももう遅い。

 

「仕方ない。とにかく一度戻るしかないな。破壊は後回しだ 」

 

絹旗を抱えたまま、護は腰にさしてある携帯で高杉を呼んだ。

 

 

 

そのころ脳神経応用分析所の一室では1人の少女があることを成し遂げようとしていた。

 

「これから、なにをするのですか? とミサカ19090号は問いかけます 」

 

「good question......あなたはこれから真の感情をもつのよ 」

 

少女の指先が目の前の機械に触れられ、巨大な集合体の1つでしたかなかった少女に向けて変革の波が放たれた。

 

 

 

 

 



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とある鉄橋の第一位

「ん.....超ここはどこ..... 」

 

「僕ん家だけど? 」

 

「そう言えば......ていうか超訳わからないんですけど!? 」

 

「君は僕との戦いで重傷を負って意識を失ったんだ。それで僕がここで治療するために運んできたんだけど 」

 

「因みに治療したのは........私.....だよ 」

 

やはり面識のない人間に対しては途切れ途切れになる哀歌である。

 

「外傷を回復させる能力でも超持ってるんですか? 」

 

「まあ......そんなもの.....かな 」

 

「とにかく君を治療したけど、別に恩を着せようとしてるわけじゃない。拷問をかけようとか尋問しようとしてるわけじゃない。ただ1つだけ教えて欲しいことがあるんだ 」

 

「なんだってんですか? 」

 

「君達は.....いや、麦野沈利はいったいどこを守ってるんだ? 」

 

「うちのリーダーの名まで知ってるとか、あなたもしかして超こっち側の人間ですか? 」

 

「さあね......それじゃあ質問を変えようか.......君が施設にいたのは『御坂美琴が襲撃する可能性が高い施設の護衛』のためかい? 」

 

顔色を変える絹旗に護はやはりと心の中で頷いた。

 

「やっぱりそうか.......哀歌、ちょっとこの番号に連絡して 」

 

「これは? 」

 

「美琴の携帯の番号だよ 」

 

「ごめん、私の携帯の充電切らしてて.....ちょっと充電してくる 」

 

護が止める間もなく哀歌は(なぜか)部屋の外に飛び出していった。

 

「なんなんだ一体...... 」

 

困惑する護を見て絹旗はこっそりため息をつき呟いた。

 

「あの反応見て分からないなんて....第4位は超鈍すぎじゃないですか..... 」

 

「ん? なにか言った? 」

 

「別に超何も言ってませんよ? 」

 

「なら良いけどさ.....じゃあ治療も終わったことだし戻れば? 仲間がまってるはずだよね 」

 

「なぜ解放するんですか? あなたたちに利益があるとは超思えないんですけど。 私がまたあなたの前に立ち塞がって戦いを挑むかもしれないんですよ? 」

 

「その時はその時だよ......また同じように戦うだけだよ。ただしそちらがアイテム総出で来るのならこちらも総出で戦うよ......ウォールの全員でね 」

 

「やっぱりあなたも超暗部の人間でしたか 」

 

「そういう事、僕は全力で第3位に協力する。それがこの計画の核である第1位と戦うことに繋がったとしても 」

 

「あなたの決意は超結構ですけど、その前に私たちに潰されるかもしれないですよ? 」

 

「大丈夫 」

 

護は右手でグーサインをした。

 

「僕の仲間たちはそんなヤワじゃないよ 」

 

絹旗は護の眼を見つめた。濁りのない澄んだ眼をしている。 この最下層の闇にいながらどうしてそんな眼をしていられるのだろう。

 

「まあ、その余裕がどこから出て来るのか超理解できませんが、そういうことにしときましょう 」

 

絹旗は部屋の扉に手をかけつつこう呟いた。

 

「なんで、闇の中にいて、そんな眼をしてられるんですか....超不思議でなりません...... 」

 

小声だったので護は気づかず、絹旗はそのまま部屋を出ていった。

「ごめん美琴。今すぐ会えない? 」

 

 「悪いけど、今からちょっと用事なんで無理よ 」

 

「用事って研究施設を襲撃することだろ? ならすぐには攻めないほうが良い。 第5位のレベル5が率いる奴らが守っているはずだ 」

 

「は!? なんでアンタがそんな事知ってるのよ? 」

 

「そのメンバーの1人とお前が指定した研究施設で交戦した。 敵はお前が襲撃する可能性の高い施設を守備している可能性が高い。無闇に突っ込めば怪我するぞ! 」

 

「そんな事.....ごめん。少し遅かったみたい。 アンタの言う通りそれらしき奴が見えてきたから 」

 

護が問い返す前に無数の爆発音が巻き起こり通話が唐突に切られる。

 

「くっそ! 」

 

舌打ちしつつ護は部屋にある金庫から、外部銃器であるFNファイブセブン拳銃を取り出し弾倉を装填する。

 

5.7ミリの特殊弾を使うこの拳銃は護が比較的良く使う銃器であった。ただ大概使用するのは訓練用のプラスチック製衝撃弾だった。

 

「拳銃程度であの第4位......いや、今は5位か.....に敵うとは思えないけど他のメンバーにはある程度効くはずだ 」

 

拳銃を腰のホルスターに差し、ドアを開けた護の眼に映ったのは.......部屋の前で座り込んでいる哀歌だった。

 

「.......... 」

 

「........... 」

 

なんだか妙な空気が2人の間に流れ、一体を沈黙が包んだ。

 

 

「なあ、なんか悪い事したのなら教えてくれよ 」

 

「別になんでもない.....護は気にしなくても良い 」

 

なんだか不機嫌な哀歌を連れて、護は美琴の携帯を逆探知して割り出した研究施設に急いでいた。恐らくすでに美琴は麦野たち『アイテム』と交戦している。作品の流れ上、ここで美琴が死ぬというのは考えられないが万が一に備えて駆けつける必要がある。

 

護はすでにウォールのメンバー全員に連絡をとっており拠点の1つである高級マンションの最上階の一室を集合場所にしていた。

 

目標の高級マンションに行くためにはとある橋を渡る必要がある。

 

「この橋だよな......美琴と上条さんが戦ったりした場所は 」

 

なんだか感慨深い思いを抱きながら橋を渡ろうとした護は直後微妙に違和感を覚えた。

 

周りに人がいない。自分たち以外の人間の姿が。

 

「まさか、人払い.....! 」

 

「違う、護。魔術が使われた感触はない。これは人為的に作られた無人空間..... 」

 

哀歌の言葉に考えを巡らす護は次の瞬間、最悪な風景を見た。

 

美琴が一方通行と戦っていた。

 

「美琴! 」

 

橋の上で叫ぶ護に目線を向ける美琴。 その額には暗視ゴーグルが.......そこまで見て護は気づいた。

 

「お前、妹達(シスターズ)か! 」

 

護の叫びにミサカはなんの反応も示さない。代わりに反応したのは一方通行(アクセラレータ)だった。

 

「なんだァ、こんな場所に用でもあるってかァ? 」

 

護の思考は一瞬停止しそうになった。なぜここにあの第1位がいるのか?

 

「私たちは通りかかっただけ......あなたになにかしようとは.....思っていないわ........ 」

 

哀歌の言葉に対して、アクセラレータは冷笑を浮かべて答えた。

 

「たとえそうだとしてもよォ。 実験を見られた以上そのままにする訳にはいかねえよなァ。 大体それ以前に怪しすぎるンだよ.....お前らァ、どうやって封鎖線を通り抜けてきたンだよ? 」

 

そう言えば.....と護はここにくるまでに見かけた警備員(アンチスキル)らしき集団を思い出した。特殊部隊風の服装をしていたが特に気にしないで通り過ぎた。だが良く考えれば警備員(アンチスキル)の一般部隊は共通の装備をしている。特殊部隊風の装備をしている一般部隊など存在しない。となるとあの特殊部隊風の集団は暗部組織ではなかっただろうか?ではなぜ自分達は当たり前のように通ることができたのだろう?

 

「答えねえつもりかァ? まあ、そういうことならとりあえず.....スクラップ決定だ! クソ野郎! 」

 

いきなり叫びを上げた アクセラレータに対して護は行動を取れなかった。

 

それでも護は死なずに済んだ。間一髪の所で哀歌が護を弾き飛ばしアクセラレータの攻撃から避けたのだ。

 

「現出せよ! 破壊大剣(ディストラクション・ブレード)! 」

 

叫びと共に全方向に光を放ち数刻後には人外の姿になる哀歌。その姿にアクセラレータも興味深げな視線を送る。

 

「そいつは、肉体変化(メタモルフォーゼ)かァ? 見るのは初めてだが、少しは楽しませてくれんだろォな! 」

 

嬉しそうな叫びをあげながらベクトル操作によって空中に飛び上がりつつ拳を放つアクセラレータ。

 

その拳の勢いに押されて地面に激突する哀歌。

 

「アクセラレータ! 」

 

両手から重力波を.....つまりは両手版の『超重力砲(グラビティブラスト)』を放つ護だが即座に反射されてしまいこちらが自分の放った技を止めるハメになる。

 

「なんだァ? この能力......噂の第4位のじゃねえか! はっ、たまんねえなァおい! 」

 

歓喜の声を上げるアクセラレータに護は背筋が凍るような錯覚を覚えた。

 

作品知識をもって分かっていたことではあったがアクセラレータの存在や力は間違いなくチート級だ。

 

「やはり僕の能力では通用しないか 」

 

「そんな分かり切ったこと聞いてんじゃねェよ。分かりきったことだろォが 」

 

嘲笑うアクセラレータに向けて護は明確にその目線を向ける。

 

「確かに第1位と第4位......位でも能力でも僕が不利だ。でも、僕にはあんたにはないものがある! 」

 

その言葉にアクセラレータが首をかしげる前に、護はその名を呟く。自らに宿る超能力以外のその力を護は出す。

 

「緋炎之護 !」護の叫びと共に、その手に槍が握られる。緋色に輝く十文字槍が。

 

「(多重能力者(デュアルスキル)だとォ?) 」

 

心中で首を傾げるアクセラレータに向けて護はその槍先を向けた。

 

「第弌の技、緋炎斬波! 」

 

勢いよく横薙ぎに振るわれる緋炎之護から、緋色の波が勢いよく放たれる。

 

「! 」さすがに驚き、身を固くするアクセラレータだが、一応反射は効いているらしく、アクセラレータの周囲を覆っているだろう能力による保護膜に接触した緋炎は、斜め後方に逸れ、巨大な光球となったかと思うと強烈な光を発っし、刹那に消滅した。

 

「(作品知識通り、アクセラレータの反射は一応、魔術にも効くってことか) 」

 

舌打ちしつつ、攻撃を警戒して後ろに下がる護。

 

一方のアクセラレータは自分の反射が正確に適応しなかったことが腑に落ちないらしく、苛立った様子で護を睨みつける。

 

「お前......なんなンだ、その能力 」

 

「わざわざ言う必要がありますかね? 第1位さん? 」

 

「そりゃあそうだよなァ........ならちょいと変更だ.......言いたくなるまでシメテやる 」

 

その言葉に身構える護。次の瞬間、アクセラレータの周囲がかき乱され、すさまじい台風級の暴風が渦となって護に襲い掛かる。

 

「つっ! 第参の技、緋球爆散! 」

 

言葉と同時に槍の穂先に現出した巨大な光球は瞬時に爆発し、発生した凄まじい衝撃波が迫る暴風とぶつかってその攻撃を相殺する。

 

だが、その隙をついて近づいてきていたアクセラレータの運動力を操作した蹴りを護はもろに受けてしまった。

 

そのまま凄まじい勢いで川に向けて吹き飛ばされる護。そんなち水深が深いわけでもない川に頭から落ちて行ったら護には命はない。

 

だが、そうはならなかった。

 

なぜなら川に落ちる直前に、かけつけてきた高杉が瞬間移動を使って護を抱きかかえて難を逃れたからだ。

 

「ああ? なンなんですか、奇跡の救出劇ってかァ? だが、あいにくそりゃあ無理だな 」

 

嘲笑いながら、なんらかの攻撃を加えようとしたアクセラレータだったが、それは叶わなかった。

 

なぜなら、アクセラレータの周囲、360度全方向を砂鉄の壁が囲んだからである。

 

「別にアンタがお姉さまの無知のせいで生まれた、そこの妹たちを殺すのはかってなんだけどさ。 私を私にしてくれた護に手を出すのは許せないんだよね 」

 

砂鉄を展開させたのは美希。学園都市レベル5第3位と同じ力をもつ少女。

 

「アンタが第4位じゃ満足しないってのなら 」

 

美希はその手にパチンコ球を握りしめる。

 

「第3位と同一の私が相手をしてやるわ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある一位と最強真理

「なんだァ、お前は? 」

 

「私の名は美希。あなたが殺しまくってる妹達(シスターズ)の姉に当たるかしらね 」

 

「姉?.......なるほど、お前もこのクソ気持ち悪いクローンどもの1人か。それにしちゃあ、やたらと感情表現が豊かだな 」

 

「私は彼女たちとは別ラインで生まれたからね。 当然ながら感情表現能力は他の妹達(シスターズ)と比べて豊かよ 」

 

美希は、その右手に握っていた複数のパチンコ球を空中に放り投げる。

 

「無駄話は命取りよ、第1位! 」

 

空中で超電速射によって放たれた複数のパチンコ球は音速を超える速度で砂鉄の壁をぶち抜いてアクセラレータに向けて突き進む.......が、常時全方向にベクトル反射を適応させているアクセラレータに通じるはずもなく、その全てが反射され、美希の後方にある地面に大穴を開ける。

 

「そンな程度じゃ、相手になンねえぞ? 」

 

「まだ私は全ての手を使っちゃいないわよ? 」

 

ニヤリと笑う美希は能力で砂鉄を操作する。そう、アクセラレータを囲む砂鉄の壁を。

 

アクセラレータの目の前で、彼を囲む砂鉄の壁が一斉に崩れ、彼からすこし離れた複数の場所。合計6箇所に纏まって展開する。

 

その動きに訝しげな視線を向けるアクセラレータに向けて、美希は歪んだ笑みを向ける。

 

「喰らいなさい、第1位 」

 

6箇所に展開した砂鉄の球から一斉に高速振動する砂鉄の塊、すなわち砂鉄弾がアクセラレータに向けて撃ち込まれる。

 

当然の如く、アクセラレータのベクトル反射に美希のこの攻撃は通用しない。

 

放たれた砂鉄弾は即座に反射され、渦を巻いて纏まっている6箇所の砂鉄球に直撃し、その中に『戻っていく』。

 

つまり、放たれ反射されても砂鉄球はダメージを受けず連射し続けられるのだ。

 

「てめえ......なにを企んでやがる? 」

 

「アンタに答える義務がある? 」

 

あいかわらず歪んだ笑みを浮かべ続ける美希。だが状況は良くはない。実際美希の攻撃は未だアクセラレータには一発も当たっていない。

 

にも関わらず美希の顔から笑みは消えない。まだ余裕を持っている。

 

「ねえ、第1位。 アンタ、灯台元暗しっていうことわざ知ってる? 」

 

「それがなンだってんだ? 」

 

「つまり、人は意外なほど自分の足元に転がる危険や罠に気づかないってことを言いたいのよ。ちょうど今のあなたがそうだから 」

 

美希の言葉にアクセラレータがなにか言葉を返そうとするが、それはなされなかった。

 

なぜならアクセラレータの立つ位置の周囲が突然切り取られアクセラレータの体はぽっかり開いた穴から地の底に落ちて行ったからだ。

 

美希が狙っていたのはこれだった。第1位のレベル5のアクセラレータに正面から攻撃しても力負けするのは火を見るより明らかである。

 

そこで美希はあえて派手な攻撃を連続して加え、そこにアクセラレータの意識を向けさせつつ密かに砂鉄を操ってアクセラレータの保護膜の恩恵を受けない足元の地面を狙ったのだ。

 

念のためにアクセラレータが落ちていった穴の内部に砂鉄を流し込み蓋をする美希。

 

「早くここを逃げましょう護。あの1位相手じゃ、私がした抑えも時間稼ぎにしかならないわ 」

 

「確かに第1位相手に、今の状態では不利だぜリーダー。 ここは引き上げてウォールの全員で対策を立て直した方が良いと思うぜ? 」

 

「まあ、確かにな。 話してる間にもまた来そうだし.....よし、総員A10に移動し集結だ! 」

 

そう言って、動こうとした護の腕を哀歌が掴んだ。既にその容姿は普通の少女に戻っている。

 

「護、私が時間稼ぎになる。あなたの技での効果を見る限り、多少にせよあの反射に異常を起こさせることができるのは魔術攻撃しかない。完全変化......私の第3変化を使ってアクセラレータを足止めしてみるわ 」

 

「無茶だ! たとえ魔術攻撃を使っても、あの第1位には通じなかったんだぞ! 」

 

「護の攻撃はね。だけど人の魔術と人外の魔術は違うでしょ?私なら効くかもしれない 」

 

「だけど......! 」

 

「あの1位は学園都市という科学サイドのトップを象徴する怪物よ。怪物と当たるのは怪物が良い。 それにリーダーにはウォールの皆と共にいる義務がある 」

 

「それなら、なおさら..... 」

 

「現実を見て!今の状況じゃあどうやっても生贄がいるのよ。 護は優しすぎる.....暗部に生きる組織のリーダーとして、もう少し冷徹に、部下の1人くらい非情に見捨てるような思考を持ちなさいよ! 」

 

哀歌の言葉に、護は唇を噛むが、噛んでなにか状況が変わるわけではない。

 

「.........分かった。逃げることにするよ 」

 

その言葉に安堵の表情を浮かべる哀歌に護は続けて告げる。

 

「ただし逃げるのは哀歌だ 」

 

哀歌が問い返す前に護は手に握りしめている緋炎之護の石突で哀歌のみぞうちをつく。

 

「! 」

 

驚愕に目を見開きながら、意識を失っていく哀歌に護は告げる。

 

「ごめん哀歌。 僕は暗部にいても闇にも悪にもなりきれない半人前だよ.......だから僕には哀歌を生贄にするほど非情にはなりきれない 」

 

護は空気を読んで、行かずにまっていた高杉に手で『連れていけ』というサインを送り、高杉は一瞬迷う素振りを見せたが即座にグーサインを送り護の前に倒れる哀歌を抱えて瞬間移動する。

 

高杉が瞬間移動した直後、まるで図ったかのように砂鉄の蓋を突き破りアクセラレータが地の底から復活する。

 

「おやァ? お仲間には見捨てられたかァ? 」

 

「そういう風にしか考えられないのか。 哀れだな第1位 」

 

護はアクセラレータに本当に哀れみの目線を向ける。

 

「過去にあった何かを恐れて、人を傷つけるのを恐れて、最強になれば周りに利用されて誰かが傷つくのを無くせる。そう思ってるのなら大間違いだ。この都市(まち)は、アレイスターはそんな考えが通用する相手じゃない! ますます人を傷つけることになるだけだ! 」

 

「知ったような口をたたくンじゃねえ! 」

 

激高し、近くに積み上げられていた鉄骨を次々と飛ばすアクセラレータ。

 

「第弐の技、緋炎乱舞! 」

 

護の叫びに答えて、槍の刃が緋炎に包まれ光を放つ。

 

迫る鉄骨をまるで踊るように槍を振るって切り捨てる護。

 

切り捨てられた鉄骨の切断面は真っ赤に加熱している。高熱を発する槍の刃に焼き切られたのだ。

 

アクセラレータの放つ鉄骨を全て切り裂いた護は続いて新たな言葉を紡ぐ。

 

緋炎之護が護の手の中で凄まじい閃光を発しながら緋炎を纏わせ巨大な姿を作り上げる。

 

「なんだと? 」

 

アクセラレータが見上げる先にあるのは、まさしく炎龍。緋色の炎に形作られたこの世のものならざる怪物だった。

 

「第伍の技、緋龍炎撃! 」

 

創造者の言葉に従い、巨大な龍が疾風の如く、凄まじい勢いでアクセラレータに襲い掛かる。

 

辺り一体に響き渡る轟音と龍の咆哮が鳴り響き、土煙と閃光が

広がる。

 

「ぐ.....かはっ! 」さすがにアクセラレータも今回は反射をもってしても防ぎきれなかったらしく口から地の塊を吐き出し、荒い息を繰り返している。

 

だが、それでもまだ立ち続けられていること。それ以前に生きていられることが彼の能力の高さを簡潔に示している。

 

周りの地面が完全に焼き払われている中でアクセラレータは立っている。

 

「まったくまだやる気なのかい。今ので最強にも防げない分野があることは分かったろう 」

 

「うるせえ! 無駄口たたいてんじゃねえよ! 」

 

怒りのこもった叫びを放つアクセラレータだが、その手が微妙に震えているのを護は見逃さなかった。その震えが示すのは怯えかはたまた武者震いか。

 

「強がっても、僕の攻撃を今の君では防げない。なんならもう一度喰らわせようか? 」

 

護の挑発にアクセラレータは地面を踏み鳴らすことで答えた。踏み鳴らした箇所から地面がささくれ立ち、いっきに護の足元まで迫る。

 

「第参の技、緋球爆散! 」

 

真上に跳躍した護が呟くと共に現出した緋球が炸裂し衝撃波で護の体を宙高く舞いあげる。

 

「第弌の技、緋炎.....! 」

 

護の言葉はそれ以上、続かなかった。突然全身にくまなく均等に走るように奇妙な激痛が襲ったからだ。

 

「ぐわぁぁ!? 」

 

痛みに絶叫し、空中でバランスを崩した護の体はそのまま重力に引っ張られ地面に容赦なく叩きつけられる。

 

それでも死なずにすんだのは緋炎之護の加護があったからだと言えよう。とは言っても死なずにすんだというだけで護は重傷だった。

 

「デかい力ほど暴走した時のリスクもデかい.....今のオマエはまさしくその典型例ってわけだ 」

 

地面に倒れ伏す護をみて笑みを浮かべつつアクセラレータは護までの距離を一瞬で詰め、衝突の衝撃でさけた皮膚の傷口に指を差し込んだ。

 

怪訝な目線を向ける護にアクセラレータは愉快そうに告げる。

 

「さあて、問題です。オマエの体の血を全部逆流させたらどうなってしまうでしょォ? 」

 

護は半分赤く染まる視界に捉えているアクセラレータの言葉に全身の毛が逆立つような錯覚を覚えた。この言葉はすこし内容が違うがシスターズの一人を殺すさいにアクセラレータが放った言葉である。つまりアクセラレータは明確に護を殺すつもりなのだ。

 

「(こいつは、本気でマズイ.....だけど、体....が.... ) 」

 

完全に意識朦朧としている護を見て歪んだ笑みを浮かべたアクセラレータはベクトル操作によって目の前の不可思議人間の生命を絶つはずだった。

 

 

その時、アクセラレータは奇妙な風を感じた。自らの足元から風がふいて来ているのだ。だがはたして風が『下から』吹くものだろうか?

 

アクセラレータが疑問に感じた次の瞬間真下から吹いた強烈な風がアクセラレータの体を上空に舞いあげた。

 

いかなるものでも通さないはずのアクセラレータのベクトル反射の膜を素通りして。

 

「(いったい、どうなってやがる?) 」

 

自らの能力は消えていない、なのになぜ風は膜を素通ししたのか。背中からベクトル操作で作り出した小さな竜巻のようなものを使って上空に滞空しながら周りを探すアクセラレータはその視界に奇妙な少女を捉えた。

 

なんというか印象を一言で表すとすれば『緑』と即答されそうな少女だ。上から下まで見事に緑だ着ている服装だけでなく髪の毛も、よく見れば瞳までグリーンだ。

 

「(また、第4位のお仲間か? )」

 

思案を巡らすアクセラレータだったが、それは続かない。なぜならまるで目の前の少女の腕に合わせるかのようにアクセラレータに向けて緑色をした風が竜巻のようになって向かってくるからだ。

 

向かってくる竜巻に対して働くはずの反射はここでもなぜか機能しない。もろに竜巻に巻き込まれたアクセラレータはそのまま、さらに高空に舞いあげられる。

 

もはや呼吸をすることもキツイはずの高度でも少女は平然としている。

 

言葉を発することもできないアクセラレータに対して少女はなにかを告げた。竜巻内部の轟音の中でも不思議なことにはっきり聞こえた。

 

「最強の意味をもっと知りなさい第1位。いまのあなたでは、永久に最強にはなれない 」

 

なにかを問い返す前に竜巻の中に突っ込んで来た少女の拳がアクセラレータの首筋をうち、彼の意識を奪い。

 

2人を包んだままの緑の風はそのまま地面に向かい、静かに着地する。

 

意識を失ったアクセラレータを地面に寝かせ、少女は瀕死で横たわる護の方に向かう。

 

「古門護。学園都市第3位の『重力掌握(グラビティマスター) 』。こちらではそう呼ばれてるみたいね 」

 

聞こえるはずもないのに少女は護の体に右手を触れつつ囁き続ける。

 

「やっとあなたに会えた。やっとあなたを見つけ出せた。だから私はもう迷わない。たとえ貴方が全てを忘れているとしても私はあなたの為に生きて死ぬ。だから、こんな所で死なせはしない 」

 

少女の手が緑色に淡く光り、触れられた箇所の傷が癒されていく。

 

「あなたは私を信じた。私を変えてくれた。だから私は、ミストラルはあなたを救う。それがたとえ、かつてのあなたじゃないとしても 」

 

太陽が沈み暗闇に包まれた橋下に淡い緑の灯火が静かに静かに灯り続けた。

 

 



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リーダー不在の暗部組織

学園都市は世界でも例を見ないほど厳重に警備されている。

 

交通の遮断に加えて周囲が高さ5メートル・厚さ3メートルの壁で囲まれている上に、

街全体を三機の監視衛星が常に監視している。

 

もっとも現時点ではそのうちの一機がインデックスの暴走によって破壊されているために2機しかないわけだが、それでも街の警備は世界一厳しいとされている。

 

だがこの世の中に完全なものなどなかなか存在しない。それを証明するかのように今日も学園都市は正体不明の余所者の侵入を許していた。

 

「まったく! 護が行方不明なこんな時に! 」

 

 愚痴を言いながら走るのはクリス・エバーフレイヤ。学園都市暗部組織『ウォール』の構成員である。

 

「文句言っても始まらないわよクリス姉さん。今は美希さんや哀歌さん達を信じて護さんの無事を祈るしかないわ 」

 

「ああ、リーダーがそんな簡単に死ぬわけねえよ。きっと美希や哀歌が見つけるさ。だから俺たちはその間、自分達の役目を遂行するんだ。リーダーもきっとそう言うと思うぜ 」

 

クリスの言葉にこたえるのはクリスの妹で同じ『ウォール』の構成員、セルティ・エバーフレイヤと、同じく暗部構成員の高杉宗兵である。

 

そんな2人の言葉に不承不承ながら一応頷くクリス。

 

学園都市にいくつか存在する暗部組織の1つである『ウォール』の役目は外部組織要員の掃討、討伐及び学園都市内部への侵入者への対処である。

 

そんな役目を負って活動する『ウォール』は現時点で大きな問題を抱えていた。

 

つい先日、学園都市第1位のレベル5『一方通行(アクセラレータ)』と遭遇しその後戦闘に入った『ウォール』リーダーであり学園都市レベル5の第4位『重力掌握(グラビティマスター)』こと古門 護が忽然と姿を消したのだ。

 

何が起きたのかを知り得ない『ウォール』メンバー達は様々な手を尽くして学園都市内を探し回っているが掴めていない。そんなリーダー不在の状況で『ウォール』は新たな侵入者への対処を求められたのだ。

 

正直な話、リーダー代理を務める高杉はその求めを却下しようとしたほどだった。だがその求めてきた相手が相手だったのだ。

 

「それにしても統括理事長(アレイスター)から直々の求めっていうのはホントなの高杉? 」

 

「おう、ぜひともこの街にいる間に保護してほしいそうだ 」

 

「保護って……掃討や捕獲じゃないの? 」

 

「そこが不思議なんだがな…….おおかた魔術師みたいな一般に知られたくない人間なんじゃねえか? 」

 

会話に当たり前に『魔術師』という単語が混じる高杉だがそれも当然で彼ら『ウォール』はすでに幾人もの魔術サイドの人間と交戦している。

 

よって『ウォール』は現在学園都市内部に存在する暗部組織の中で (高杉の推測ではあるが) 唯一魔術サイドの存在を認知している組織となっている。

 

「魔術師か…….思うんですけど、この街って魔術サイドの人間がけっこうほいほい侵入してないですか? 護さんが言っていたアウレオルスっていう錬金術師にしてもそうですけど…….魔術的な侵入に対しては弱いんですかね? 」

 

セルティの言葉に高杉は首をかしげた。

 

「よくは分かんねえけど、弱いというより見逃してる感じがするんだよな。実際あの銀髪シスター…….インデックスだったか? あの子それ自体は戦闘力がゼロに等しいのに堂々と都市内部に侵入してるわけだしな 」

 

「となると統括理事長が何考えてるのかがすごく気になるけど……..そのあたりを護君ならしってるのかな…….. 」

 

「確かにリーダーなら何か知ってるかもしれないが………行方不明な以上それを考えてもしかたねえ。今は侵入者を早く確保しねえ……. 」

 

そう高杉が言いかけた瞬間、全員が耳にはめている小型の骨伝導式インカムに声が飛び込んできた。

 

「ウォールメンバー応答願います! ウォールメンバー応答を願います! 」

 

どうやら暗部組織の下部構成員からの連絡らしい。

 

「こちらウォールリーダー代理高杉。なにがあった! 」

 

「侵入者と遭遇しました! 場所は第10学区の元吉沢大学付属研究所の廃墟付近。現在内部に入った部隊が侵入者と交戦中です! 早く来てく……ん? な….おい….うそだろ? 来るな、来るなぁ! 」

 

拳銃の発砲音と何かの爆発と思しき音を最後に無線がぷっつりと切れた。

 

「これは本格的にまずいわね……. 」

 

「第10学区となるとここから徒歩じゃ時間がかかりすぎる。2人とも俺の手を握れ。無限移動で瞬間移動するぞ! 」

 

両手をがっちりと少女2人が握ったことを確認し高杉は瞬間移動する。

 

 

吉沢大学、それは第12学区に存在する私立の宗教大学であり世界各国に分校を持つ学園都市外では有名な大学である。

 

そしてそんな有名大学が管轄する唯一の研究所が第10学区にかつて存在した『吉沢大学付属研究所』だった。

 

隣接していないにも関わらず付属なのは不思議であるがそれ以上に不思議がられていたのはこの研究所が行っている研究内容であった。

 

表向きには『世界各国の神話で語られる建造物などを科学的に検証する』ための研究所とされてはいたもののその内部には関係者以外立ち入ることはできず、研究成果も一度も公表されたことがないという異質な存在であった。

 

そんな研究所が廃墟となったのは5年前のことだった。大学上層部からの研究所からの連絡が途絶えたとの通報を得て駆けつけたアンチスキルの隊員たちが見たものは半壊した研究施設と炭化した無数の死体の山だった。

 

一時ニュースなどでも広く取り上がられたこの事件だったが、研究所に何があったのかについては全く解明されず、大学側も特に事件についてのコメントをしないために事件は迷宮入りしてしまった。

 

その後研究所跡の廃墟はなぜか撤去されぬまま今に至るのであるが、ここにきて侵入者が入り込んだのはこの廃墟だったのだ。

 

「ちっ! 遅かったか 」

 

「下部組織構成員たちは残らずやられてるわ……この焦げ方から見て発火系能力者……いや、余所者である以上、未確認の原石かあの魔術師の赤髪神父じゃない? 」

 

「そうかもしれんが……..だとしたら何のためだ? セルティに関する一件ならもうラミアさんが話をつけてるはずだし、インデックスに関しても今は特に問題はないはずだぜ? 」

 

「とすると原石ということになりますか? だとしてこんな廃墟に名の用事なんでしょう? 」

 

首をかしげる3人だがここで立ちつくしていても何も解決しない。

 

「とにかく俺達も中に入るしかない。レベル4が2人に吸血鬼1人なら敵なしだろうが警戒して進もう 」

 

「そうね 」

 

「分かってます 」

 

こうして廃墟に3人は入っていく。これから起きる驚嘆の出来事を3人は知る由もなかった。

 

 

 

 



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廃墟の少女と表裏人格

研究所は外から見るとまさしく廃墟だ。

 

だが内部に入ると意外にいくつかの部屋はその形を残している。

 

焼け焦げた廊下の両側の壁は黒ずんでおり、かつての火災の様子を物語っていた。

 

「この研究所って火事で焼けたんですか? 」

 

「ああ、火元は不明だそうだがここで死んだほとんどの者の死因は火災による焼死なんだとさ 」

 

「なんていうか怨念やら幽霊やらがでてきそうね…… 」

 

なにやら微妙に怯えた顔をしつつ進むクリスを見てセルティはニヤッと笑った。

 

「クリス姉さん、もしかして怖いんですか? 」

 

「べ、別に怖くなんてないわよ! そういうあんたはどうなのよ? 」

 

「私は怖くないわ。だいたい本物をみたことあるから別に怖がることなんてないし 」

 

本物?と目をまるくするクリスにふふんと得意げに鼻を鳴らすセルティ。その時だった。

 

「静かに…….いたぞ侵入者だ。あそこに影が見えるだろ? 」

 

 高杉の声に残りの2人は足音を忍ばせ進みつつ前方の部屋のドアから伸びる影に目を凝らす。

 

「あの影から推測するにハゲで身長160センチぐらいの男みたい 」

 

「もしそうだとしてそんな奴がなんでこの廃墟に…… 」

 

そう高杉が言いかけた時、列の最後尾にいたクリスの肩が唐突に叩かれた。

 

「理由を知りたいですか? 」

 

突如背後から聞こえてきた声に反射的に後ろを振り返る3人の目に映ったのは黒のショート―ヘアーの美少女だった。

 

年齢はおそらく17歳前後。

細めの体を赤色のプロテクターで部分的に装甲している。

 

特長的なのはその両腕だろうか、パッと見ロボットの腕のようでありその掌にはなにかを発射するためなのか丸い穴がある。

 

「だれなの? ていうかあのドアから伸びてる影は?」

 

「あの影は人体模型です。私は火野咲耶と言います。あなた達は学園都市暗部組織『ウォール』の人ですよね? 」

 

「なんでそれを知っている? 」

 

「あなた達の名は裏側に生きる者たちには広く知られています。学園都市に侵入する者、敵対するものをすべて掃討する統括理事長(アレイスター)の犬として 」

 

咲耶の言葉に3人の表情が曇る。確かに外から見ればそうなのかもしれない。だが『ウォール』の、ひいては護の目指すものは決してアレイスターのしもべとなることではない。

 

「私がここに来たのは私の過去にけりをつけるためです…….それを邪魔すると言うのなら例え『ウォール』が相手でも叩きつぶします 」

 

「それは俺達が全員高レベルの能力者だと理解した上の言葉か? 」

 

高杉の言葉に咲耶は小さく頷く。

 

「もちろんです。たとえこの街の能力者全てを相手にしてでも私にはやらなきゃならないことがありますから 」

 

「だったら俺達にはお前を捕縛する義務がある。お前がなにを為したいにしてもこの街に牙をむいた外部の人間を掃討するのが俺達の役目だからな 」

 

「そう…..ですか…..じゃあ仕方がありませんね。あなた達を倒して目的を果たします 」

 

その言葉に高杉が身構えた瞬間、咲耶の全身を円形の炎が包み込んだ。

 

廊下全体を走り抜ける熱波に思わず腕で顔をかばう3人。

 

彼女を包む円形の炎が崩れるように消えた、そこに咲耶は変わらずいた。

 

いや全く変わってないわけではない。むしろその見た目はだいぶ変わっている。

 

髪はロングヘアーとなり深紅の色に染まっている。髪の奥に見える瞳も深紅。

 

「どいてよ『ウォール』メンバー。 」

 

さきほどまでと口調まで変わった咲耶は両の掌を3人に向ける。

 

「じゃなきゃ燃焼させちゃうぞ? 」

 

その言葉に3人が身構えた直後、咲耶の両手の掌に空いた穴から強烈な炎が放射された。

 

「!? 冗談じゃねえぞ! 」

 

焦りがにじむ声で叫ぶ高杉。本来なら無限移動でさっさとこんなところ早くおさらばしたいところなのだが他の2人に即座に触れられない今の状況では2人を置いてきぼりにしてしまうことになる。

 

「伏せて高杉さん!クリス姉さん! 」

 

「マナーン・マクリルの名において、その偉大さをもって我が敵を打ち砕き給わんことを! 」

 

セルティの叫びと共に突如廊下の天井を突き破りながら現れた巨大な水の帆船が、迫ってくる火炎放射を防ぎながら咲耶に向けて突進する。

 

「これで時間は稼げるはず…..早く逃げ….. 」

 

そう言いかけた時、背後からあっけないほどあっさりした咲耶の声が聞こえてきた。

 

「この程度で防げると思ったの? 笑止……やっぱり燃焼させちゃうから! 」

 

馬鹿なと振り返ったセルティの目に入ったのはいつの間に持ったのか両手で全長3メートルはあろうかという大剣を振りかざす咲耶の姿だった。

 

炎を纏った大剣の一撃は迫っていた帆船を一撃で切り裂き、さらにその先にいるセルティに剣の纏う業火が迫る。

「セルティ! 」

 

妹の危機を見て思わず叫びながら、クリスは念動力を使った不可視の壁をセルティの前に展開する。

 

もろに不可視の壁に激突した業火はそこで押しとどめられるように見えた。

 

「笑止……私を超能力で止められると思ってンのかな? 」

 

咲耶の言葉にギョッとするクリスは直後に見た。

 

不可視の壁に防がれる炎の中を通り抜け、巨大な剣がこちらに向かっている光景を。

 

「くそ! 」

 

不可視の壁を遠慮なく剣が貫き、クリスを串刺しにする直前にぎりぎり彼女に触れた高杉がクリスを研究所の外に転移させる。

 

「くそ……クリスは仮にもこの街最強の念動力者だぞ……あの剣は…..いやこいつはいったい何なんだ? 」

 

「あなた達に教える義理なんてないわよ?ただ一つ言わせて貰うとするとぉ……科学によって生み出された人が扱えるレベルの『異能の力』で止められるわけないじゃ?ん 」

 

高杉はセルティに目をやる。

 

セルティは目を出口の方に向ける。逃げた方がよいというサインだ。

 

正直なところ高杉もそんな気持ちだった。こういうイレギュラーな存在を相手にするには『ウォール』総出でかかるのが今までの常識だ。

 

だが現状、リーダーの護は行方不明。もっとも対魔術戦に長けている哀歌は美希と共にリーダーの行方を捜索中。

 

今いるメンバーの中で対魔術戦を行えるのはセルティだけだが、咲耶はセルティの放った魔術をいとも簡単に打ち破って見せた。

 

セルティには先ほど放った魔術以外にもいくつか魔術は扱えるかもしれないが、彼女の表情を見る限り先ほどの水の帆船の魔術攻撃はかなり強力な部類に入る攻撃だったのだろう。それをあっけなく破られてセルティは動揺しているらしい。

 

「(現状じゃ有効な手段はねえ…….正直引くしか手はねえか) 」

 

そう思った高杉が瞬間移動するためにセルティに近づこうとした時だった。

 

終始、にやにやと笑みを浮かべていた咲耶が急に表情を変えた。

 

「わざわざ逃がしてもらったのに戻ってくるとはね……. 」

 

その言葉にあることを高杉が予感した直後、その予感通り鉄骨が一気に数10本天井をぶち抜いて咲耶目がけて落下してきた。

 

「ちい! 」

 

舌打ちをしながら高速で鉄骨を避ける咲耶。

 

「確かにあなたの力は強力なようだけど……アイルランドの時の奴らのように人外ではなく、体は普通の人間のようね。避けたところから考えるに、今の直撃を受けたら死ぬんでしょう? 」

 

鉄骨により開いた天井の穴から高杉が逃がしたはずのクリスが中に着地した。

 

「私をなめてもらったらこまるわ。私はこれでも学園都市最強の念動力者なのよ? 確かに不可視の壁はあなたの剣に貫かれたけど、私の技はあれだけじゃないんだからね 」

 

クリスの言葉に咲耶は苦笑を浮かべた。

 

「笑止…….たとえそうだったとしてぇ……..それはあなたも同じじゃないの?」

 

「確かに私も体はただの人間よ。でもあなたに全くダメージを与えられない無能力者ではないわ 」

 

クリスは長点上機学園の制服の両ポケットから一つずつ拳ほどの大きさのまるい球を取り出す。

 

それの正体は小型の爆弾。

 

「念動力の威力、味あわせてあげる! 」

 

クリスが掛け声と共に空中に放り投げた2つの爆弾は一度はばらばらに重力に従い落下したが、途中で明らかに重力に逆らって落下を止め空中に滞空する。

 

「いっけぇ!! 」

 

クリスの念動力に操られ、爆弾は加速し、複雑な軌跡を描きながら咲耶に向けて突き進む。

 

「笑止! そんな程度で最強を名乗ってるの? 」

 

クリスをあざ笑いながらその右手を迫る爆弾に向ける咲耶。剣を使うまでもなく片がつくと踏んでいるのだ。

 

確かに咲耶の炎の放射で爆弾は空中で撃墜されてしまう可能性は高い。

 

「ここで終わりだ、能力者! 」

 

咲耶がおのれの能力を使おうとしたその時、異変が起きた。

 

空中で迫ってきていた爆弾が『自爆』したのだ。

 

いや、それは意図的な爆発だった。なぜならその爆発はクリスが手に持っている遠隔制御装置により為されたものだからだ。

 

その爆発と同時に、爆弾内部にしこまれていた無数の鉄の矢、通称フレシェット弾が爆発の衝撃に押され飛び出す。

 

その押しだされ勢いに乗り制御できないはずのフレシェット弾は、そのすべてが咲耶の両腕を覆う装甲腕に突き刺さっていた。

 

「なん…..だと? 」

 

「言ったでしょう? 私は念動力系最強の能力者だって。爆弾から飛び出した直後のフレシェット弾を操作することなんて造作もないわよ。その矢は強力な麻酔薬を塗りつけてあるわ。あなたを殺しはしないけど、その両腕の能力制御用の装甲腕(ガラクタ)を破壊したついでに眠ってもらうわよ? 」

 

そう言った直後、クリスは違和感を覚えた、追い詰められたはずの咲耶に焦りの色が感じられない。それどころかまだ薄く笑っているられる余裕がある。

 

「笑止…..一ついいかしら? いつ私が装甲腕を『能力を制御するための腕』と言ったかなぁ? それともう一つ、これを外した私がどうなるかわかる? 」

 

咲耶の言葉に考えをめぐらすクリスはそこで考えたくもない予想が頭をよぎるのを感じた。まさかと瞳を向けるクリスに咲耶は頷いた。

 

「分かったみたいね。あの装甲腕は『能力を制御するため』の物じゃないの。あれは『能力を抑さえておくため』のものなのよ。異形の存在に完全になってしまわないためのね 」

 

そう話す咲耶の周囲を不思議な炎が覆っていく炎の色としては濃すぎる深紅の炎。

 

その炎は彼女の体全体を覆うかのように巨大な火球となっていく。

 



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とある少女の第三人格

「私はまだ万全の状態で100%自分の力を制御できないの。だからあの装甲腕を使って『火野咲耶』として制御できる能力を使っていたんだよねぇ。だけど、それはもう無理。あなた達がこうしたから 」

 

巨大な火球はもはや見上げるほどの大きさになっている。

 

「私が....『火野咲耶』が消えて中に宿りし者が目覚めてしまうの。咲耶姫が 」

 

その言葉が合図になったかのように大きく膨れ上がった火球が猛烈な閃光と共に炸裂する。

 

凄まじい衝撃に高杉もクリスもセルティもそれぞれの力を使う間もなく問答無用で研究所の外まで吹き飛ばされた。

 

「がはっ!?......いったい? 」

 

口から血の塊を吐き出し、せき込んだ高杉が見た先には神々しい光に包まれる少女がいた。

 

外見はそれほど変わっているわけではない。ロングヘアーはそのままだしその髪、および瞳の色も深紅のままだ。

 

だが来ているのは先ほどまで装着していたプロテクターで所々補強されたスーツではなく、高校で習う歴史の授業の教科書の最初の方、飛鳥時代や平安時代の女の人が着ていそうな服装になっている。その服もやはり深紅。

 

「これが私の第三段階.....咲耶姫としての意思が体を操っている状態です。分かりますか? 」

 

先ほどまでとはまた口調が変った咲耶......いや咲耶姫の言葉に高杉はけげんな表情を浮かべる。

 

「第三段階だって? 」

 

「はい、性格には3つめの人格とでもいいましょうか。一つはあなた方が最初に会話した人格、もう一つは先ほどまであなた方が戦っていた人格、そして最後に私、咲耶姫としての人格です 」

 

「そいつは多重人格者ってことか? 」

 

「正確には、あなた方と戦った好戦的な人格はそうです。ただ私はそうではありません 」

 

「じゃあなんだっていうんだ! 」

 

「科学の力で創り出された人工的なオカルトとでも言いましょうか.....吉沢大学付属研究所が生み出した存在ですよ 」

 

「? じゃあ、なんだ。吉沢大学付属研究所はこの科学の街でアレイスターに見とがめられることもなく魔術やら魔術師やらに関係するようなオカルトを研究していたって言うのかよ! 」

 

「アレイスター......この街のトップである人間は気付いていたのだと思います。だからこそ、あれだけの騒動のなか私を宿した『彼女』に追ってが、かからなかったのだと思いますよ。それとあなたは知っておいでか知りませんが、遠い昔、超能力と魔術は明確に区別なされていなかったのを知っていますか? 今や魔術の一種とされる錬金術が元は今の科学者が行う研究学科のようなものだったことと同じで科学とオカルトの境界線はあいまいだったのです。『彼女』をいじりまわした者たちはその原則に従っただけとも言えるでしょう 」

 

「じゃあなぜ、彼女はそのすでに壊滅した吉沢大学付属研究所に来たんだ? 」

 

「彼女が来た理由は本人が言ったと思いますが過去に蹴りをつけるためですよ。付属研究所が壊滅したことでなりを潜めたはずの吉沢大学......いえ、それを内包する巨大な組織が再び動き出したからです。その組織が配下に持つ三沢塾と呼ばれる存在を使って 」

 

咲耶姫の言葉に高杉は思い当たることがあった。

 

アウレオルス=イザ―トと言う名の魔術師 (正確には錬金術師というらしいが)が学園都市内の進学塾である『三沢塾』と呼ばれる進学校に潜伏しているという情報は護からの通達により耳にしていた。

 

だがその『三沢塾』がオカルトじみた存在の配下に入っているなどと言うことは聞いたこともない。

 

「そして現在、その組織の計画は外部から三沢塾を乗っとった第3者の手により一時停止状態にあるという情報を掴んだ『彼女』はもう一人の『彼女』と私の承諾を得たうえでこの街に来ました。この廃墟に来たのは慌てた組織の人間がここに残っている『残骸』や『資料』を回収しに来る前に処分を行う為です 」

 

「それで、あんたはこの街全てを、暗部を相手にしてでもその計画を止めようとしてるのか?だったらなぜその組織とやらをダイレクトに攻撃しない? 」

 

「攻撃したくてもいきなりは無理なのですよ。私もこの街の暗部全てを敵に回して勝てるとは思っていません。潰すべくは『彼女』が敵とする組織だけ。しかしその組織が厄介なのです。その組織を率いているのがこの街の上層部を占める人間の可能性があるのです 」

 

「学園都市の上層部の人間がその『組織』を率いているとでもいうつもりか!」

 

「各種情報から考えるとそのようになってくるのですよ。この街の上層部、統括理事会でしたね? そこを構成する人物の名のすべてを知っているわけではありませんが.....その主義主張は一人ひとり違うはずです。そして上に立つ者の中には意外に『善人』は少ないです 」

 

「だいたい他の国と比較して30年は技術が進んでいると言われる学園都市の上層部の人間がそんなオカルトじみたことに手を出す必要があるか!? 」

 

「他と比較して30年も進んでいるのはあくまで科学技術ですよね? その一方でこの科学の街で魔術や魔導は下手をしたら他の国以上に軽んじられています。それが意味するのはこの街がオカルトに関係した外部勢力の攻撃に対しての備えが薄い、防備がもろいということになりませんか? そしてそれを危惧する者たちが対抗するためにオカルトに手を出す......というのは考えられないことではないとは思いませんか? 」

 

「じゃあ、お前が直接組織を潰しにかからないのは....... 」

 

「はい、もしその組織の行動や計画が学園都市の上層部の意思によるものだとすれば下手をすれば科学サイドそのものである『学園都市』をまるごと相手にしなければならなくなるからですよ 」

 

「だから俺たちとも容赦なく戦ったのか。俺達が上層部の名で動く暗部組織、それも外部勢力の工作員や組織そのものを掃討、討伐する役目を持つ組織『ウォール』だから 」

 

「それもありますけど、あなた方『ウォール』がこの学園都市が抱える暗部組織の中で唯一、『組織』としてのまとまりで『魔術サイド』の一組織との戦闘を繰り広げ『オカルトへの対処』を行う実力を持つ可能性があるからでもあります 」

 

咲耶姫はことばをつづけた。

 

「もしあなた達が奴らを傘下に収めているこの街の上層部の誰か、あるいは上層部全体の指示のもとに動いているのだとしたら非常に厄介ですからね。なにしろイギリス清教の特殊部隊『必要悪教会(ネセサリウス)』、あの国の3大派閥の1つ『騎士派』と互角にやりあい、アイルランドを本拠地として長年イギリスと互角にやりあっていた魔術結社『タラニス』を他の組織の支援があったとはいえ打ち破り、その時に協力した世界最大の魔術結社『救民の杖』とは良好な協力関係を結び、一度は対立したイギリス清教とも比較的穏健な関係を結んでいる。これだけのことをしてしまう組織に警戒しないわけはないですよね? 」

 

「なぜそれを知っている? 」

 

「あなた達の名はもはや『魔術サイド』では有名になっていますよ? 特に十字教の裏側で活動する者たちにとっては 」

 

「同時に科学サイドからも重宝されているのかもしれませんよ?あなた達『ウォール』は 」

 

咲耶姫の言葉を否定しようとする高杉だったが、言葉を口から出すことはできなかった。

 

高杉は元々『ウォール』に属していたわけではない。元はクリス共に別の暗部組織として活動していた。そこを引きぬかれる.....というより自分達の組織にいきなりリーダーとして護が配置され、同時に美希と哀歌が加入し『ウォール』となったのだ。

 

そしてその『ウォール』は確かに例外的な暗部組織ではあった。

 

かつてクリスと共に暗部組織にいたころは上に『司令塔』のような指示役がいてその人物からの指示や命令に基づいて裏側の仕事を行なってきた。

 

だが『ウォール』の場合、その活動の大半が『統括理事長』からの依頼であり、その他はリーダーである護の判断によるものである。それ自体がまずおかしい。

 

それに暗部組織が独自の判断で動くことはご法度のはずなのだが、あまつさえ『外部組織及び工作員の掃討』を役目の一つとしているにも関わらず外部魔術組織と連携したりしている『ウォール』に制裁が下されたことは一度もない。

 

咲耶姫の言うように確かに『ウォール』は学園都市から優遇されているようにも思える。

 

高杉の心の揺れを感じたのか、咲耶姫は薄くほほ笑んだ。

 

「思い当たる節があるのではないですか?そうなればあなた方が十分私たちの目指すものの障害になるとは思いませんか? 」

 

「俺達『ウォール』は統括理事長(アレイスター)の指示に従ってはいるが完全な駒になどなるつもりはない。俺たちはリーダーが言った『闇の中にあっても自らの信念を貫ける組織 』になるために行動しているだけだ 」

 

「だとしてもアレイスターの命令に従っているところは事実ですよね? そうであれば私たちと敵対してもおかしくはない。実際にあなた方がここにきたということはアレイスターからの指示が出たのではないですか? それともこれはあなた方のリーダーの指示ですか? 」

 

咲耶姫の言葉に詰まる高杉。

「その様子を見ると図星のようですね。アレイスターからどんな指示を受けたのかは分かりませんが、ここでアレイスターがトップに立つ学園都市上層部と関わるわけにはいかないのです。ですからここであなた方を倒して、アレイスターとのつながりを絶ちます 」

 

火野咲耶、いや『咲耶姫』がそう言った瞬間だった。

 

「火龍の怒りは大地を焦がす! 」

 

聞き覚えのある声が響いた。『ウォール』の仲間であり、唯一対魔術戦闘に特化している少女の声が。

 

哀歌が声と共に放った龍の姿をとった紅蓮の炎は、咲耶姫を上から飲み込む形で地面に激突した。

 

「のわあ!? 」

 

本日3度目の爆風に吹き飛ばされ空中に舞い上がった高杉を哀歌がキャッチし地上に降りる。

 

「お前、哀歌? なんでここに? リーダーは見つかったのか? 」

 

高杉の言葉に哀歌は首を振る。

 

「まだ見つかってはいない......でも魔術に近いなにかの存在を感知して......その質の異常さを感じて、捜査を美希に任せて私だけきたの..... 」

 

「質の異常だって? 」

 

「高杉が戦っていた敵は......多分魔術師でも超能力者でもない....これは予想ではあるけど力の質から考えてアイルランドの時に戦った......人ならざる者かもしれない 」

 

「なんだって......? あいつが、咲耶姫が人ならざる者?」

 

驚愕する高杉に哀歌はことばをつづける。

 

「この敵相手には高杉達では分が悪い.......私がなんとか戦ってみる.....敵わないまでも足止めくらいにはなるから.....早く逃げて 」

 

「馬鹿野郎! そんなことできるか! 仲間を置いて.....」

 

「じゃあ、高杉に……..あいつと互角にやりあえるの!? 今『魔術サイド』の人ならざる者と戦うすべを知っていて……実際に戦うことができるのは私か護かクリスの妹のセルティしかない......

でも護は行方不明、セルティの力では及ばなかった.....なら私がやるしかないわ 」

 

ぐっと詰まる高杉、確かにいまの自分では『咲耶姫』には敵わない。それは分かっているのだ。だがそれでも納得できないのだ。アイルランドの時でも哀歌は常に強大な敵を相手にしんがりになって戦っていた。

 

そんな哀歌を今回も足止めに使おうと思えるほど高杉は非情になりきれないのだ。

 

 

「リーダーを、護を見つけ出して! あの人なら.....きっとなんとかできる!セルティはもうみんなのもとに向ってる。クリスもなんとか説得した....あとは高杉だけなのよ.....早く行って! 」

 

高杉は哀歌を見、咲耶姫を飲み込み燃える炎を見、再び哀歌を見てから苦々しげに溜息をつき一言いった。

 

「必ず戻ってこいよ 」

 

そう言い残し高杉は、無限移動で仲間の待つ場所に瞬間移動する。



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とある姫と龍人少女

高杉が瞬間移動したのを確認して哀歌は安堵の息をついた。

 

なぜなら哀歌は理解していたからだこの敵との戦闘は下手をすると仲間に危険を及ぼしかねないものになるということを。

 

その証拠に、今さっき火炎に呑みこまれたはずの少女。高杉は『咲耶姫』と言っていたが、平然と火炎の中から出てきたその少女に目立った外傷はない、それどころか着ている時代錯誤な印象を与える服にも一つの焦げ跡すらない。

 

「さっきの攻撃には正直驚きました.....でも科学、魔術問わず私に炎による攻撃は効きませんよ? 」

 

「だいたい予想はついていたけど......高杉からあなたの名を聞いて理解したわ。あなた.....いや、その少女の中にいるあなたの名は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)......人ならざるものね? 」

 

哀歌の言葉に咲耶姫は着物の裾を口にやってほほ笑んだ。

 

「ふふふ....その通りよ。さすがに分かっちゃうみたいね、あなたのような人ならざる者には 」

 

「私が人じゃないと分かるの? 」

 

「当り前じゃない。一目でわかるわ。そもそも私達にとって外面性は何の意味も持たないのはあなたも良く知っているでしょう? 」

 

「そう......私達の本質は内面性にこそある。でもあなたはなぜその少女に宿っている?.....あなたは......木花咲耶姫は富士山の大社に奉られる形であの地に縛られているはず。人の身に宿るのは不可能なはずよ 」

 

「できないことはないわ。要は私の現世での象徴......いわゆる御神体をあそこから持ち出せば私はあの場所から離れることができる。そしてその象徴を人の身に宿せば、私は現世で活動することができる 」

 

「象徴を宿す.....まさかあなたを富士から運び出し人の身に宿した者がいると? 」

 

「ええ、先ほどの男にそれについては詳しく話したから聞くといいと思うわよ? 」

 

咲耶姫は哀歌を真っすぐ見据えた。

 

「ところで、あなたのことは話さないの? そんな風に人らしく偽装しても内面から漂ってくる匂いは隠せないわよ。あなた竜人でしょう? 」

 

「大正解.....でも私は本来の姿が.....好きではないから。この姿を気にいってるのよ....それに一つ訂正するけど私は竜人ではない.....私は龍、あるいは竜そのものよ。この世界に引きずり込まれた時強引にこの姿に封じられただけ  」

 

「それじゃあ、あなたのほうこそ不思議じゃない。 なんでそんな伝説上の存在が現世に現れているわけかしら? 」

 

「私もあなたと似たような者.....むりやり呼び出された......引きずり込まれたのよ.....この世界に....この現世で目覚めたときには自らの生い立ちも思い出せなかった。それにその時に呼び出した者達の手によって人形にされたから、簡単に元の姿は取り戻せなかった.....元の自分の姿に戻れるようになったのはつい最近のこと..... 」

 

「じゃあ聞くけど、あなたはなぜ現世にとどまっているのかしら? 元の姿を取り戻したのなら幻想界に戻れるはずよ? 」

 

「私は.....私に人としての名と居場所を与えてくれ、私に本来の姿を取り戻す助けをしてくれたある人間の為にこの世界に留まっている......彼の願う時がくるその日まで.....私は彼を支えると決めたの..... 」

 

「彼と言うのはあなた達『ウォール』のメンバーのだれか? 」

 

「ウォールリーダーの古門護。あの人のために私は現世にとどまっているのよ 」

 

「ふ?ん.....じゃあ私がその古門という人が率いるあなたたちと戦うと言ったら? 」

 

「全力で止める。私が胸に刻むdebita935の名にかけて 」

 

「同じ人ならざる者ながら、魔術師として......人として私と戦おうというのね?おもしろい、面白いわよあなた! 」

 

「現出せよ、破壊大剣(ディストラクションブレード)! 」

 

咲耶姫の言葉に答えず閃光と共に全長が3メートルを超える大剣を出現させる哀歌。

 

「火照命(ホデリ)、火須勢理命(ホスセリ)、火遠理命(ホオリ)、わが炎を纏いて現世(ウツツヨ)にまいれ! 」

 

哀歌が大剣を出すのと同時に言葉を唱える咲耶姫。その言葉が終わるのとほぼ同時に咲耶姫の周りに突如現れた3つの深紅の炎が人の形をなしていく。

 

目と口と耳もしっかりと備え、不安定に揺れる炎そのものではなく深紅の肌の巨人の姿となっていく。

 

その手に握られるは深紅の剣に、深紅の槍に、深紅の戦斧、3人が一つずつ持つその武器が明確に哀歌に向けられる。

 

それに対して哀歌も『破壊大剣』を横なぎに振るう形で構える。

 

戦いの合図などなかった、どちらから仕掛けたかもわからなかった。

 

だがその日その時、科学を象徴する街、学園都市でオカルトを象徴するような異能と異能、人外と人外が激突した。

 



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とある目覚めと進学校

「で........結局、その咲耶姫って奴との戦いには決着が付かず最終的には痛み分けで終わったと? 」

 

「うん......あの女、予想以上に強くて........ 」

 

「そうか.......対魔術戦のエキスパートのお前が苦戦するとは余程強い奴ってことになるな......取り上えず哀歌は休め。その体で無理はしない方がいい 」

 

両手、両足に包帯を巻きつけ体のあちこちにシップを貼っている哀歌はその言葉に頷くと同時に、弦の糸が切れるように気を失った。

 

咲耶姫こと火野咲耶と哀歌の戦いは彼女が語ったとおり痛み分けに終わった。

 

一応哀歌の攻撃は咲耶に少なからずダメージを与えた。

 

だが哀歌も無傷というわけにはいかず全身打撲に酷い火傷を負った。

 

それで生きていられたことがもう奇跡だが哀歌は現場の状況をきっちり伝えた後でようやく気を失ったわけだから大したものだと言えるだろう。

 

「それにしても、分かっていたつもりだったが魔術ってのは侮れねえな.........あれだけの戦闘が全て知覚されていないなんて 」

 

哀歌の話によると、魔術師は魔術と縁がない大多数の人々が暮らす場所では『人払い』という魔術を使って無意識下に干渉することで興味を逸らし、無関係な人間はその地点へ立ち寄らなくなせるらしい。

 

その辺りの理屈は高杉にはさっぱり分からないが、とりあえずあれだけの騒ぎをよくぞ表沙汰にしなかったものだと感心していた。

 

「その侵入者はどこにいっちゃったんでしょうね? 私のサーチ術式にも反応しないんですけど 」

 

そういって首を傾げるセルティは納得いかない表情をしている。

 

「奴だって始終魔術を使ってるわけじゃねえんだから見つからなくても仕方が無いんじゃねえか? 」

 

「それは確かにそうなんですけど私が行ったサーチ術式はその体内のマナを魔術に変化する人間に反応するはずなんですけどそれにすら引っかからないんです 」

 

「そうか.......くそ、リーダーも見つからない上にこんなやっかいな案件をかかえちまうとはな。セルティ、お前はここでサーチを続けておいてくれ。俺はリーダーの捜索に加わる 」

 

「分かりました。気をつけてください高杉さん 」

 

「ああ、だがお前も気をつけろセルティ。リーダーから聞いているだろうが........今この街にはお前にとっての天敵、『吸血殺し(ディープブラッド) 』を持つ少女がいる。けして三沢塾に近づくな 」

 

「分かってます。私たち吸血鬼にとっては致命的な能力の持ち主。近づいてしまえば、自我があっても吸ってしまうのを止められなくなる。そして一滴でも啜ってしまえばその瞬間消滅してしまう 」

 

「分かってるんなら良い。 頼むぜ? お前を失ったらおれはクリスの奴に顔向け出来ない 」

 

そう言い残して高杉は瞬間移動した。だれもいなくなった部屋の中でセルティはぽつりと呟いた。

 

「高杉さん。やっぱり姉さんのこと気にかけてるじゃないですか....... 」

 

 

 

「起きろ、しっかりしろ護! 」

 

自分を揺さぶりながら叫ぶ声に護の意識は強引に現実に戻された。

 

「......... 上条? 僕は、いったい..... 」

 

「さっきインデックスの噛みつきから逃げようとして部屋から出たらお前が倒れてたんだ。それでお前の手当てをしてたんだよ。いったいどうしてあんなところに倒れてたんだ? 」

 

「簡潔に言うと、学園都市レベル5の第1位と戦って負けた 」

 

「レベル5!? てか今さらっと凄いこと言わなかったか? 」

 

 

「いやだから第1位と戦ったんだって 」

 

「いやじゃねえよ! ただでさえ一人で一国の軍隊を相手に戦えるのが護たちレベル5だろ?その第1位ともなれば最強の能力者ってことじゃねえか! そんな奴とぶち当たるなんて無謀なことしてる時点で信じらんねえけど、その相手と戦って生きのこってられてることの方が一番信じらんねえ....... 本当になにがあったんだよ! 」

 

「僕も良くは覚えていないんだ。第1位のアクセラレータには僕の重力掌握(グラビティマスター)は通じなかった。その後戦いの最中に体に激痛が走って気を失ったからなんで助かったのかは本気で分からないんだよ」

 

実際は自らの体に宿るアイルランドの神、ルーの力を借りて発動させる特殊な槍『緋炎之護 』を使って戦いもしたのだが、そこについては護は意図的に触れなかった。

 

「.......まあ、覚えてないってんなら仕方ないけどよ。護、お前無茶ばかりしすぎだぜ? アイルランドでも俺は遠ざけて自分だけ強敵と戦ってたよな。少しは俺も一緒に戦わせろよ。お前は凄い能力を持ってるけどさ、俺だってこの右手に『幻想殺し(イマジンブレイカー) 』っていう力を持ってんだ。戦うことはできる 」

 

「上条....... 」

 

上条の言葉にほろりとしかけた護だったが直後にその表情が凍りついた。

 

「とぉぉぉぉまぁぁぁ! 」

 

護の治療の為に晩飯を待ちに待たされたインデックスがその犬歯をむき出しにして上条の頭に噛り付いたのだ。

 

「不幸だぁぁぁぁ!! 」

 

絶叫を発し、痛みにインデックスを頭に齧りつかせたまま床を転げ回る上条を見ながらシュールな光景だなこれ......と冷静に考える護であった。

 

 

『....... ところで護、今日インデックスを狙った赤髪神父.....ステイルっていう奴が現れたぜ 』

 

インデックスの噛みつきからなんとか解放され、護が部屋から緊急搬送した冷凍食品の山 (解凍済み)により上機嫌で夕飯にありつくインデックスに若干恨めしげな視線を向けながら上条は小声で話し始めた。

 

『ステイルが? なんの用事だったんだ? 』

 

『本人の話によると、三沢塾っていう進学校に女の子が監禁されていて、その子は『吸血殺し』という能力を持っている。そして現在その三沢塾を掌握しているのが錬金術師であるアウレオルスっていう奴で、監禁されているその子を助け出すのに協力しろってことだった 』

 

成る程と護は思った。この辺りは作品の流れ通りだ、違いといえば上条が記憶を無くしていない為にステイルとの会話が違和感無く行われていることくらいだ。それと........

 

「なあ上条、スフィ........いや、捨猫を今日見たりしなかったか? 」

 

「? いや、見てないけどな? 」

 

「そうか....... 」

 

この世界の時系列では本来この辺りで登場するはずの子猫。スフィンクスが登場していない。それ自体は小さな変化かもしれないが示すものは重大だ。かつてのセブンスミストの時と同じ現象、時系列の改変現象。

 

それが作品の中のキーイベントにまで影響するようになっては護の持つ作品知識など役にたたなくなってしまう。

 

『上条はステイルの要求には応えるつもりなのか? 』

 

問われた上条は頭をかきながら、答えた。

 

『ああ、俺にできることならやりたいし女の子が監禁されてるなんてこと放っておけないしな 』

 

上条は作品知識の通り、三沢塾に向かう。それは流れ通りに行けばアウレオルスとの対決に繋がる。

 

作品知識の通りに物事が進むなら上条は最終的にアウレオルスに打ち勝つ。

 

だがすでにスフィンクスの未登場という小さな改変が確認されている以上、その展開が改変される可能性を否定出来ない。

 

『ところでステイルとは何処かで待ち合わせしてるのか? 』

 

『いや......そういえば一緒に行くとはいったけど何処で待ち合わせとかしなかった......しまった..... 」

 

頭を抱える上条だったがそんな上条の肩を護は優しく叩いた。

 

『安心しろ上条。ステイルの居場所の検討はつく。今すぐ外に出てそこに向かおう。インデックスになんかでごまかして 』

 

『なにで誤魔化すんだよ? 』

 

『それはなゴニョゴニョゴニョ........ 』

 

『! そんな事本当に良いのか? 』

 

『ああ、インデックスを守る為ならこのくらい構わない 』

 

ゴニョゴニョと内緒話を終えた2人はぐるりと首を回してインデックスを見る。

 

「! いったいどうしたのとうま?まもる? 」

 

「なあインデックス。一つ頼みごとがあるんだけど良いか? 」

 

「? 」

 

「夜ご飯、護や護の友達とか招いてパーティーにしようって話になったもんで俺らはその友達呼びに行くんだけどインデックスは部屋で待っててくれないか? 」

 

「なんでわたしだけおいてけぼりなのかな? 」

 

「護の奴がパーティー用のご飯盛り合わせセットを頼んでくれたんだけど誰かが家に残らなきゃそれが来たとき受け取れないからインデックスに頼みたいんだよ 」

 

「ご飯盛り合わせ!? わかった!まつんだよ! 」

 

「念の為に言っとくけど頼みものが来たからといって自分で全部食べちゃうのはなしだからね? 」

 

なんで分かった!? という顔するインデックスだったが、口元からよだれを垂らしているんでは思考などだだ漏れも当然である。

 

「とにかく絶対に部屋から動くんじゃないぞ? 」

 

念を押されてうんうん頷くインデックスを残し上条と護は部屋を出た。

 

「で.......なにやってんだお前 」

 

部屋を出た上条の第一声がこれである。

 

まあ部屋の前に例の赤髪神父、ステイル=マグヌスがいたのだからその反応も当然かもしれないが

 

「なにってルーンの刻印を貼り付けてるだけだが? 」

 

「人ん家の軒先に貼り付けるのはなぜかと聞いたんだが? 」

 

「あの子を守るためさ、まったく世話が焼けるよ 」

 

本当に面倒くさそうにペタペタとルーンの刻印を貼り付けて行くステイルだが作品知識をもつ護からすればその内心はバレバレてある。

 

「ステイルってインデックスが好きなのか? 」

 

護の言葉にそれまで冷静に刻印を貼り付けていたステイルがかカー!と顔を赤らめた。

 

「な、なにを言うんだ君は! 」

 

あれは護衛対象であってけして恋愛対象として見ているわけでは........と言い訳をするステイルを見て、この人はこの人で素直じゃないな?と思う護だった。

 

「君はアウレオルスを知っているのか? 」

 

護がその名を出したとき当然ながらステイルは驚いた。

 

「うん。チューリッヒ学派の錬金術師でローマ正教の隠秘記録官(カンセラリウス)って役職に就いていた人なんだよね? 現在はそのローマ正教を裏切り三沢塾で吸血殺しこと姫神秋沙を確保してそのまま占拠してるとか 」

 

「君は相変わらず地獄耳だな。その通りだよ。まあ、アイルランドや我がイギリスで暴れまわったことを考えれば当たり前か......... ところで今回はお仲間たちとは一緒じゃないのか? 」

 

「そう言えばまだ連絡していない! 上条、携帯貸してくれないか? 」

 

「お、おう 」

 

ちょっと驚きながらも、携帯を差し出す上条。それを受けとった護は自分の無事をリーダー代理をしているであろう高杉に送りセルティを除くメンバー全員の集合を指示した。

 

メールはすぐに返ってきた。内容は要約すると『無事なのは良かったが、メンバー全員の集合は難しい。とにかく俺とクリスと美希が向かう。哀歌は現在動くことは難しい 』というものだった。

 

哀歌の身が心配だったが、今は三沢塾への対処を急がなくてはならない。上条は行動が可能なメンバーだけでも三沢塾にくるよう指示を出した。

 

約30分程後、護たちウォールの行動可能なメンバー4人とステイル、上条を合わせた6人は問題の三沢塾の前まで来ていた。

 

「ここが三沢塾か......... 」

 

当然ながら護は三沢塾を生にみるのはこれが始めてなので、その大きさに圧倒されていたりする。もとの世界でも一般人でしかなかった護にとって進学塾と言われて思い浮かぶのは中ビルの3階に作られたものがせいぜいである。

 

「ねえ、一つ聞いていいかしら? 私たちは護からの情報で三沢塾に少女が捕らえられていることも錬金術師とかいう種類の魔術師が現在そこを掌握していいることも知っていたわ。でもあなたはどうやって知ったの? 」

 

疑わしげにステイルを見る美希にステイルはジロリとした視線を向けながら答えた。

 

「簡単なことだよ。なにせその情報を伝えて来たのはこの街のトップである統括理事長(アレイスター)たからね 」

 

ステイルのその言葉にクリスが驚愕した表情を見せた。

 

「統括理事長は魔術師であるあなたに直接協力を要請したの?それじゃあ統括理事長は....... 」

 

クリスの言葉に高杉は頷いた。

 

「魔術師を、より正解には魔術サイドの存在を知っているってことになるな 」

 

「科学の象徴みたいなこの街のトップが魔術サイドの事を理解しているってのはある意味不気味だわ。まるでなんでも理解しているみたいじゃない 」

 

美希の言葉はそのまま当てはまる。少なくともこの街で起きる出来事に関してならアレイスターは全てを把握しているだろう。

 

魔術サイドの事をアレイスターが知っていることに仲間たちは驚いているが護には動揺はない。なにしろ護は彼の正体を知っているのだから。

 

「(まあ.......だからと言ってそれをここで皆に話すわけにはいかないよな......そんな事をしたらそれこそこの作品世界の流れが予測できなくなってしまう) 」

 

「雑談はそろそろ終わりにしてくれないか。僕としては早く仕事を終わらせたいんだが 」

 

ステイルのやや苛立った声に護は意識を引き戻された。

 

「ああ、ごめんステイル。みんな分かってると思うけど当初の作戦通りには行かなくなってる。つまり学生として進学塾に潜入する策は取れない。だから正面から殴り込みをかけるしかないんだ 」

 

「いきなり戦闘を始める気かよリーダー? 内部には学生もいるだろう。見つかれば面倒になるぞ 」

 

「いや、大丈夫だよ 」

 

護は自分の頭の中にある知識から引っ張り出した映像を再生し1人頷く。少なくとも流れとおりなら、今のままこの世界が進んで行くなら護の知識は活用できる。

 

「今のままなら大丈夫だよ。中の学生に恐らく僕たちは認知されない。侵入者である僕たちはね 」

 

頭に疑問符を浮かべる仲間たちに構わず護はステイルを見る。

 

「そういう魔術がないわけでもないんだろステイル 」

 

「無いわけではないとは思うけど君はなんでそれがこの建物に仕掛けられてると思うんだ? 」

 

「勘ってやつだよ。勘 」

 

適当に答えて護は今度は仲間たちを振り返った。

 

「良いかみんな。今回の敵はこれまで戦った相手と比べても群を抜いた強さを持つ難敵だよ。ウォールリーダーとして指示する。全ての責任は僕が取る。目標(ターゲット)、アウレオルス=イザートを確認したら即座に攻撃してほしい。それによって三沢塾が多少壊れる程度なら僕の権限で許可する 」

 

ウォールメンバーが頷くのを確認し護はステイルの肩をポンと叩いた。

 

「陽動は僕たちウォールがする。ステイルは当初の目的を優先して行動してほしい。それと、アウレオルスに対抗できる可能性を持つのはこの中では上条だけだよ。だから彼を無下に扱わないようにね 」

 

怪訝な表情をしたステイルだったがあえて聞き返そうとはしなかった。

 

「よしみんな行こう。ここに囚われている少女を助けるために! 」

 

護の声と共に学園都市暗部組織ウォールは三沢塾へと潜入を開始した。



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とある塾の錬金術師

三沢塾の内部は護の知識通り普通だった。

 

入口からすこし離れたところにある柱に血まみれで寄りかかる騎士。

 

ローマ正教の13騎士団の騎士の死体があることから考えるに今自分達がいるのはステイルの言葉を借りればコインの裏の世界なのだろう。

 

それが意味するのは自分達がアウレオルスに侵入者と判断されていることである。

 

「護くん。入ったのは良いけどこれからどうする? 」

 

「そうだな……..クリスは僕と一緒に姫神を探そう。高杉と美希は2人して派手に暴れて陽動を頼む。いま僕たちはアウレオルスが侵入者と判断した者達の為を倒す為に作った空間の中にいる。原則として生徒達には僕らが見えないはず…….ひたすら階段を使って上に昇りつつ適当に破壊工作をしてほしい 」

 

「了解リーダー 」

 

「任せといて 」

 

 高杉と美希の2人が階段を上っていくのを見送った護はクリスを連れて一階から姫神の捜索を始めることにした。

 

護の作品知識の中には姫神がいったいどこに軟禁されていたかについては情報がない。

 

アウレオルスのグレゴリオの聖歌隊 (レプリカ)に追い詰められた上条を救ったところで初めて三沢塾に登場するために現時点でどこにいるのかの推測がまったくできないのだ。

 

「どこを探せば……. 」

 

「一階はともかくして二階以上は教室がいっぱいあるだろうしね……..ところで護くん、私さっきから一つ気になっていたことがあったんだ 」

 

「なにさ? 」

 

「さっき護くんは今いるこの空間を『アウレオルが侵入者と判断した者を倒すための空間 』と言ったわよね? でもそれって変じゃないかな? 」

 

「え? 」

 

「だってあの風体の魔術師さんは魔術サイドの人間だとすぐにわかるとして……..私達は普通に学生服を着ている科学サイドの人間よ? なんでアウレオルスは私達がここを狙っていると知ることができたのかしら 」

 

「それは………僕達がステイルと話しているのを見て僕らがステイルと共同で何かしようとしているように見えたからじゃないかな? 」

 

「そうとも考えられるけど……私はもう1つの可能性を危惧してるの 」

 

「もう一つの可能性? 」

 

「哀歌に重傷を負わせた侵入者がアウレオルスと接触している可能性があるってこと 」

 

「哀歌に重傷を負わせた侵入者って…….. 」

 

「護くんは詳しくは聞いていなかったわね……火野咲耶って名前の少女よ。彼女の口ぶりから考えるに咲耶は魔術サイドと通じているかあるいは魔術サイドの人間の可能性が高いわ 」

 

「(まただ、また僕の知らない人物が生まれている。この少女が僕が危惧していた重要イベントへの不確定要素と言うことなのか…..) 」

 

 

「どうしたの? 」

 

「いや何でもない…….クリスの予測通りでも僕の予測通りでもやらなくちゃならないことは同じだよ。姫神を救出しなきゃいけない 」

 

そう護が言った直後2階付近で衝撃と爆発音が走った。どうやら2人が破壊工作を始めたらしい。

 

「2人が始めたな僕らも……. 」

「囚われの少女を助けようというのかな侵入者諸君? 」

 

突然響いた聞き覚えのある声、そしてこの局面で聞いてはいけない声に護の全身の筋肉が硬直する。

 

「悄然、つまらんな少年。こんな所でその短い一生を終えるとは 」

 

護の目の前に立つ男はこの建物(ミサワジュク)の主、錬金術師アウレオルス=イザ―ト。

 

「超重力砲(グラビティブラスト)! 」

 

反射的に護はアウレオルスに向けて重力波を放った。アウレオルスまでの距離は1メートルほど彼に避けることは通常なら無理だ。だがアウレオルスはそれを可能にしてしまう。

 

その服のポケットから取り出した鍼を首筋にさしながらアウレオルスはことばを放つ。

 

「消えよ 」

 

その一言だけ。アウレオルスの口から紡がれたその言葉だけで護の重力波は跡かたもなく消滅した。

 

「うそ……..能力を…....消した? 」

 

クリスが驚愕の声を漏らすが正直護もそんな気持ちだった。

 

アウレオルスは確かに『黄金練成(アルス=マグナ)』を使って心に思い描いたことを現実にできる。

 

だが疑念を抱いてしまえば、その疑念も具現化して本当にできなくなってしまうという弱点を黄金練成は持っている。作品の中では具体的に描写はされていなかったがアウレオルスにとって未知の能力を持っていた上条に対してアウレオルスは「死ね」の一言を持って死を与えることが出来なかった。その理屈から考えれば護の能力もアウレオルスからすれば未知の能力となるはずなのだがアウレオルスはそれを消して見せた。

 

それが意味するのはただ1つ。アウレオルスは護がいかなる能力を持っていたかを把握していたのだ。

 

「あなたは僕の能力を知っていたのか? 」

「当然、黄金練成は錬金術の到達点。その場に立つ私に知れぬことなどない 」

 

「なら私の能力を防げるかしら! 」

 

クリスの能力は念動力系最強の『念動覇王』。その力は本気を出せばビル一棟を真上からたたきつぶせるほど強力である。だがアウレオルスの顔に焦りはない。

 

「反転せよ 」

 

そうアウレオルスが呟いた直後、クリスの体が真後ろに吹き飛んだ。

 

彼女がアウレオルスに放った力がそのまま彼女に反転したのだ。

 

クリスは入口のドアまで吹き飛んだが不自然にもドアには当たらずその直前でぴたりと制止し直後に地面に崩れるように倒れた。

 

「(クリスの能力まで把握してたのか? これはクリスの予想が当たってたかもね) 」

 

心の中で呟く護は目の前の錬金術師を見る。残念だがこの男に護の力は通じない。

 

護の中に眠るもう1つの力。緋炎之護なら多少は通じるかもしれないが魔術の使用傾向と対策を魔道書として書く仕事をしていたアウレオルスに対してはたして通じるかどうか分からない。

 

そうなっては護には打つ手なしである。

 

だが持ち手がそれしかない以上やるしかなかった。

 

「緋炎之護! 」

 

護が持つ最後の切り札、緋色の十文字槍。護の手に握られたその槍を見てアウレオルスの顔に初めて動揺の色が浮かぶ。

 

「(この力のことは把握していなかったみたいだな……これなら!)」

 

護は槍の切っ先をアウレオルスに向ける。

 

「第弐の技、緋炎斬波! 」

 

勢いよく振られた緋炎之護から鋭さを持つ炎が波となってアウレオルスに襲い掛かる。

 

「(よし!これでなんとか……) 」

 

そう護が思った瞬間だった。

 

「ふん……アイルランド系の神話を元にした術式か 」

 

アウレオルスは首元に鍼を突き刺した。

 

「完然、私の黄金練成にできぬことはない………消えよ! 」

 

アウレオルスの言葉と同時に護の最後の切り札。緋炎之護から放たれた火炎が一瞬で消滅した。

 

「な……. 」

 

「確かに私が知らない術式ではあったが類似した術式を知らないわけでもない……..残念だったな能力者 」

 

くっと唇をかむ護に対してアウレオルスは告げた。

 

「私には君達だけに構っている暇はない。まだ侵入者は大勢いるのだからな。そこで君達にはしばらく余興を楽しんでもらうとしよう 」

 

なに?と護が訝しんだ直後、自分の放った力をまともに受けて入口まで吹き飛び気を失ったはずのクリスがふらりと立ち上がった。

 

「クリス、意識が戻ったのか? 」

 

そう問う護の声になぜかクリスは答えない。

 

「クリス?……. 」

怪訝な表情を浮かべた護の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

 

「クリス。古門護を殺せ 」

 

アウレオルスの口から出た言葉。それはかならず現実になる。それが意味することは仲間であるはずのクリスと戦わなくてはならないということ。

 

「アウレオルス、あなたは! 」

 

「ここで倒すのは容易いが、それでは面白みがない。せいぜい殺し合うのだな 」

 

それだけを言い残してアウレオルスの姿は消えた。

 

クリスは無言のまま護に一歩一歩近づいてくる。

 

「クリス…….嘘だろ? 目を覚ますんだ僕たちは同じウォールの仲間だ! 」

 

その言葉が届かないことは護が一番よく知っている。アウレオルスの黄金練成で確定されたことは彼自身にしか取り消せない。

 

だがそれでも護は呼びかけるのを止められなかった。

 

護はこれまでにこの世界で多くの人々と戦ってきた。その中には警備員(アンチスキル)に人々のように殺してしまった人たちもいる。

 

だが、仲間であるクリスを傷付けることを護は選択できない。そこまで護は非情になり切れない。

 

だがここでクリスを倒さなければ、ここで今も破壊工作をしている他のメンバーや今頃内部の捜索を始めている上条やステイルが危険にさらされる。

 

「くそ…..! 」

 

大義のために個人を捨てるか、個人のために大義を捨てるか。護は選択を迫られていた。

 

 

 

 



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とある空間の同士討ち

 

「クリス! 」

 

護の呼びかけにクリスが応えることはない。

 

アウレオルスの黄金練成により確定された『護を殺せ』という命令にクリスは逆らえない。

 

自意識があるのか無いのかは分からないがクリスは護に向かってくる。

 

その目には感情がないわけではない。だがそれは護を仲間として信頼しているいつものクリスなら抱きもしないような感情をたたえている。

 

その目に宿るのは明確な殺意。

 

その殺気に押される護とクリスの周囲を突如暗闇が包み込んだ。

 

「(これは........? ) 」

 

護が疑問に思った直後、急速に闇は消えさり目の前にどこまでも広がる白の空間が広がる。

 

「(まさかこれもアウレオルスが作った空間?) 」

 

戸惑う護だったが、今はそれどころではないとクリスに意識を戻す。

 

「護、覚悟して 」

 

クリスは言葉を紡いだ。

 

「私はあなたを本気で殺す 」

 

その言葉と同時にクリスの両手から無数のパチンコ玉が投げられる。

 

「鉄球乱舞! 」

 

無数のパチンコ玉はクリスの意思に従い護に襲いかかる。

 

「くそ......超重力砲! 」

 

重力波を放とうとした護だったがその手のひらから力は放たれなかった。能力が使えなくなっていた。

 

「やば......! 」

 

慌てて何か盾になりそうなものを探す護だがどこまでも何もない白の空間に防ぐための盾になるものなどどこにもない。

 

当然の結果として防ぐ術を持たない護は全身にパチンコ玉を浴びることとなった。

 

身体中に走る痛みに苦痛の声を漏らしながらも護は自分に宿るもう1つの力の名を叫んだ。

 

「緋炎之護! 」

 

もう1つの力はまだ護と共にあった。

 

空間から滲み出るように護の手に握られる緋炎之護を見てもクリスの表情に変化はない。

 

彼女が手を上げると、その動きに応えるかのように何もない空間から巨大な白い杭が現れる。

 

無言でクリスが手を振り下ろすと杭は一直線に護に向かって迫る。

 

「第壱の技、緋炎.....! 」

 

そう言いかけて護は気づいたいつもなら戸惑うことなく放てる各種技を出せない。

 

「(まさかアウレオルスは......緋炎之護の力すらも無効化したのか?) 」

 

そうだとするとこの戦いは明らかに護不利になる。

 

おまけにクリスが手を上げた途端に杭が現れたことから考えるにこの世界は『クリスが護を殺すのに都合の良い空間』のようだ。

 

「くっそぉ!! 」

 

半ばやけくそに槍を突き入れる護。本気で護は死を覚悟した。

 

だが杭は護を貫かなかった。

 

なぜなら護の緋炎之護がそのあり得ない切れ味でもって杭を縦に切り裂いたからだ。

 

「(技は使えないのに緋炎の力はそのまま? これはどういう?) 」

 

護の心の声に応えたのは護に宿る神、ルーだった。

 

「(どうやらあの錬金術師は、あえて緋炎の力は残したらしい。一方的では面白くないとでも思ったのではないか? ) 」

 

その言葉にアウレオルスに対する激しい憎悪が湧いた護だったがその感情をぶつける相手はあいにくここにはいない。

 

「(私の知識を貸そう。それを使って純粋な槍技で戦うのだ) 」

 

「(そんなこと言ったって僕にはクリスを傷つけれない!) 」

 

「(そうか......なら、私が君の体を使う ) 」

 

その言葉に護がなにか返す前に護は自らの体の制御を失った。

 

視界だけはそのままで体だけが別の誰かに操られているかのように勝手に動いていく。

 

「良く見ておけ。躊躇いがなにを招くのかを 」

 

護の声で話したルーはその手に握る緋炎之護を上に掲げぐるりと一回転させた。

 

その動作に首を傾げたクリスだったが直後思わず目を見張った。

 

護、いや護の体を借りたルーが跳躍し一瞬でクリスの前に立ったからだ。

 

そのまま躊躇いなく槍を横薙ぎに振るルーに対してクリスはギリギリの所でバク転しその攻撃を避ける。

 

そのまま連続でバク転し、ルーと距離をとったクリスが手を上げると今度は空中に無数の巨大な十文字の物体が現れた。

 

それはよくよく見ればその側面に刃をもつ物体。十文字型の手裏剣だった。

 

クリスの念動力に操られ、その巨大な手裏剣はその大きさから考えられないようなスピードでルーに対して四方八方から襲いかかる。

 

だがルーに焦りの色は無かった。

 

自分の正面に来た手裏剣を横薙ぎに振るった十文字槍の両枝の内の右枝の刀の部分を突き刺すことでとらえ人間として出せる最大出力の筋力でもって360度全ての方向から迫って来た手裏剣を弾き飛ばしたのだ。それだけの荒技をやって両枝の刀が折れなかったのは、それが異能の力によって生み出されたものであるからだろう。

 

周りに迫っていた手裏剣を全て弾き飛ばしたルーだがクリスの念動力が働いている限り、手裏剣はまた向かってくる。周りに向かってくる手裏剣がない一瞬を突いてルーは右枝に刺さったままの手裏剣を満身の力を込めて槍を振るいクリスに向けて放った。

 

予想外の行動にクリスは念動力を使って迫る手裏剣を止めにかかるがそのせいでルーへの注意が一瞬薄れてしまった。

 

当然ながらルーはその隙を見逃さなかった。

 

再び跳躍したルーはそのままの勢いで真っ直ぐクリスに向かう。

 

だがクリスまでの距離はそう簡単には縮められない。クリスからすれば迫る手裏剣を止め再びルーに向けて放つくらいの時間の余裕がある距離だ。

 

だがルーはクリスにそれだけの余裕を与えるつもりなど毛頭なかった。

 

ルーは宙を跳びながら緋炎之護を大きく後ろに引いた。そう、投擲の構えをとったのだ。

 

クリスがその構えに気付いた時にはもう遅かった。

 

ルーがその構えから全力で放った緋炎之護はクリスに迫っていた巨大な十文字手裏剣を貫通し、その先に立つクリスの胸を容赦なく貫いた。

 

「か......は....!? 」

 

胸を貫かれたクリスは信じられないような目で自分の胸に突き刺さっている槍を見つめる。

 

槍はクリスの右胸を貫通して背中まで抜けていた。この状態ではクリスはマトモに呼吸はできない。

 

そのまま2、3歩後ろに下がった後グラッと体が揺れ後ろに向けて倒れていった。

 

その倒れかけた体をルーが支え、その胸から槍を一気に引き抜く。その体を走るのは凄まじい激痛のはずだがクリスは声を発することができない。

 

「もう戦いは終わった。この体君に返そう 」

 

ルーが中に戻り護に体の主導権が戻された。その瞬間護の瞳に涙が溢れた。

 

護がこの世界に来て始めて流した涙だった。

 

「こめん.......許してくれクリス.......僕は君を傷つけた..... 」

 

涙の雫がクリスの端正な顔に落ちていく。

 

涙を流す護に対してクリスは震える口を動かした。

 

その口の動きはこう言っていた。

 

『ありがとう』

 

その言葉を口を動かして伝えたクリスはそのままゆっくりと目を閉じた。泣き続ける護の腕の中でクリスの体から力が抜けていく。

 

その首が力を失い、護の胸板に首が倒れかかる。全身から完全に力が抜けて、体が一気に重くなったように感じる。先程までなんとか聞こえて来た心音はもはや聞こえず、抱きかかえるその体は体温が下がっていく。クリスは護の腕の中で死んだ。

 

クリスが死んだのと同時に、2人を閉じ込めていた白の空間は消え去り護は元の三沢塾の一階に戻った。

 

もう護は自分の腕の中で冷たくなっているクリスを見ながら泣いてはいなかった。護はこの状態になったクリスを救う為の方法を考えていた。

 

「クリスを.....助ける。クリスを助ける。クリスをクリスをクリスをクリスをクリスをクリスを...... 」

 

ブツブツと独り言を呟きながらも護はある人物にメールを送っていた。

 

その文面はただの1文、「三沢塾、仲間を助けてくれ 」それだけだった。

 

クリスを床に寝かせ、護は階段を上へ上へと上がっていく。

 

外は既に夜の帳が降りている。

 

時間的には上条とステイルがアウレオルスの前にたちインデックスが既に救われていることを説明しているころだ。

 

クリスを自分の力で救えなかった以上、護にできることは1つしかない。アウレオルスに対抗できる唯一の仲間。上条当麻をなんとしても助け、アウレオルスを倒す手助けすることである。

 

「待っていろよアウレオルス。僕がいる限り上条さんを殺らせはしない。上条さんならクリスの敵をきっと討ってくれる。上条さんはお前よりずっと強い。その強さを思いしれ 」

 

護か目指すは最上階、アウレオルスがインデックスと共に原作ではいた場所だ。おそらく姫神もそこにいるだろう。

 

なかば壊れたような心を抱えながら、護は階段を一歩一歩上がりアウレオルスのいる最上階までの道のりを進んでいった。

 

同時刻、とある大病院で一人の医者が携帯に来ていたメールを一読して微笑んだ。

 

「僕を誰だと思っている? 」

 

 



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とある部屋での真相暴露

 

 

 

 

 

 

「お前....いったいいつの話をしてんだよ 」

 

「なに? 」

 

「そういうことだ。インデックスはとっくに救われてるのさ。君ではなくここにいる上条当麻の手によってね。君にはできなかったことをこいつはもう成し遂げてしまったんだよ。ローマ正教を裏切り3年間も地下に潜っていた君には知る由もなかったろうがね 」

 

「そんな....馬鹿な。ありえん、人の身で....それも魔術師でもなければ錬金術師でもない人間にいったい何ができると言うのだ! 」

 

「必要悪の教会 (ネセサリウス)の、イギリス清教のこけんに関わるので多言は控えるが....そうだねぇ、こいつの右手は幻想殺し(イマジンブレイカ―)と言う。つまり人の身に余る能力の持ち主ってわけだ 」

 

「まて、ならば....」

 

「そう....君の努力は全くの無駄骨だったというわけだ。だが気にするなインデックスは君の望んだとおり今のパートナーと一緒にいてとても幸せそうだよ 」

 

護がようやく最上階にたどり着いた時、アウレオルスと上条・ステイル両名の会話は重要な局面まですでに進んでいた。

 

護は痛む体をさすりながら上条とステイルの様子を見る。

 

護は即座に部屋に入ろうとはしなかった。今部屋に入ってもこの後アウレオルスがやり場のない怒りにより豹変した時『倒れ伏せ侵入者ども!』の言葉通り侵入者として地面に問答無用で倒されてしまう。ならば今はアウレオルスにその気配を悟られない方がよい。

 

そう判断して護は部屋の入口の壁の向こう側に身を潜めつつこっそりと様子をうかがう。

 

本心から言えば今すぐ緋炎之護を振りかざしてアウレオルスに投げつけたい気持ちだったが、さすがに護もそこまで馬鹿ではない。今の自分がここで介入してもアウレオルスには勝てないということは先ほどまでの戦いで嫌と言うほど身にしみた護だった。

 

「! 」

よほどショックが大きかったのだろう。

 

アウレオルスはそのままよろよろと後ろに下がり机に手を置きなんとか体を支えているがそれがなければ倒れそうだ。その瞳は動揺に揺れている。

 

その横には護達が助け出そうとしていた少女。姫神秋沙が佇んでいる。その表情からはなにを思っているのかは読みとれない。

 

その時机の上に寝かされているインデックス (原作の展開通りになっているところから考えるに恐らく上条からの電話イベントの後原作通り訝しんでここまで来てしまったのだろう )の口から声が漏れた。

 

「とうま.... 」

 

その場の全員の視線がインデックスに向けられる。

 

「とう....ま 」

 

かつての少女ははっきりと今代のパートナーの名を呼んだ。その事実にアウレオルスの表情が歪む。

 

「インデックス! 」

 

思わず叫んだ上条の声に重ねるようにインデックスは呟いた。

 

「とうま....」

 

直後、おなかの鳴る愉快な音が部屋中に響き渡った。

 

「おなか減った 」

 

上条は思わずずっこけかけ、ステイルは壁の方を向いて笑いをこらえ、護は原作通りの流れに思わずため息をついた。

 

「りんご....りんごは....青森..... 」そのあまりのほのぼのとした風景にここがシリアスな場面だということを一瞬忘れかけた護だったが直後に聞こえてきた笑い声に表情を引きしめた。

 

「ふ....ふふふふふ....ハハハハハハ....ハハハハハハ! 」

 

突然笑い出したアウレオルスに護はいよいよ来たかと感じた。この流れで行くと、ここからアウレオルスの暴走が始まる。

 

「倒れ伏せ! 侵入者ども! 」

 

その言葉と共に上条とステイルは問答無用で地面へと叩き伏せられる。

 

「く! 」

 

「つ! 」

 

苦痛に顔をゆがめる2人に向けアウレオルスは明確な憎悪のこもった瞳を向ける。

 

「わが思いを踏みにじり....わが殊勲をあざ笑い! よかろう....この屈辱、貴様らの死で贖ってもらう! 」

 

「待って! 」

 

「姫神.....やめろ! 」

 

上条の声は姫神を止めることはできない。

 

「分かる。私、あなたの気持ち 」

 

「そいつは...もう.... 」

 

「でも違う、今のあなたは....」

 

「もう....お前を..... 」

 

「知ってる。私、本当は 」

 

上条は動かぬ体を無理やり動かしその右手を口元に持っていこうとする。

 

「本当のあなたは! 」

 

アウレオルスが首元に鍼をさすその瞬間、上条は右手の指を歯でかんだ。いかなる異能の力でも打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカ―)によって上条を抑えつけていた戒めが消える。

 

「死ね 」

 

その一言が姫神秋沙の運命を強引に決定する。彼女の体がゆっくりと地面に倒れていく。

 

 

「姫神ぃぃぃ!! 」

 

駆け寄った上条が素早く姫神の体を支えるが彼女はぐたりとしたまま動かない。

 

「んふはは…..吸血殺し(ディープブラッド)など最早不要。悠然、約束は守った。これでその女も己が血の因果から解き放たれたであろう! 」

 

高笑いを続けるアウレオルスだったが直後に異変に気付いた。

 

自らの完全なる錬金術『黄金練成(アルス=マグナ)』。何人たりとも逆らうことはできぬ絶対的な決定力。その力を持って明確な死を与えたはずの姫神の体がかすかに動いている。

 

「ん....はあ!はあ.....」

 

姫神が息を取り戻したのだ。

 

「な.....我が黄金練成を打ち消しただと? あり得ん、確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!? 」

 

「ごちゃごちゃうっせえ、んなこたもうどうだっていいんだよ 」

 

上条はアウレオルスの前に立ち上がる。彼と対等にやりあえる敵として。

 

「良いぜ....てめえが何でも思い通りにできるってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」

 

それが戦いのコングとなった。

 

アウレオルスと上条は正面から睨みあう。

 

ここまでは原作の通りだった。だが刹那、明らかに原作では起きない事象が発生した。

 

「降伏しなさい上条当麻。じゃなきゃこの子を燃焼させちゃうぞ? 」

 

一体どこに隠れていたのかステイルと同じ赤髪の少女が姿を現したのだ。

 

その両手は赤い装甲で覆われておりロボットの腕のようだ。

 

髪、瞳共に深紅でありその体の随所を覆うプロテクターも深紅。

 

その少女の姿に護はクリスが言っていたことや高杉が回してきた情報のことを思い出していた。

 

学園都市に許可なく侵入し、哀歌に重傷を負わせ、三沢塾を狙い、哀歌との戦いの後消息不明になった炎を自在に操る侵入者。その名は火野咲耶。

 

「突然.....なんのつもりだ? 」

 

「笑止....あんたが奴を殺しやすいように手助けしてるだけじゃない 」

 

咲耶はその装甲腕の掌に空いた穴をインデックに向けている。

 

上条が少しでも行動を起こせば容赦なくインデックスを焼こうと言うのだろう。

 

「あんたにとってこの子はかつては守りたいと願った存在かもしれないけど………今のこの子はあんたが守りたいと願った3年前の少女じゃないわ。したがってこの子をあなたが見殺しにするのを躊躇う理由はどこにもないのよ 」

 

その言葉にアウレオルスの表情が揺れる。アウレオルスもかつてのインデックスのパートナーの一人。誰よりもインデックスを大切に思い。誰よりも彼女を救うために奔走し。その結果敗れた者だ。今ここにいるのがかつて自分を思ってくれたインデックスではないのは重々アウレオルスも理解していた。それでも目の前に横たわる少女の姿は間違いなく自分が救おうとした少女なのだ。

 

「惑わされてはいけない! アウレオルス=イザ―ト! 」

 

その時部屋一帯に声が響いた。

 

その声の発生源にその場の全員の意識が向く。

 

そこには緋炎之護の柄を右手に握りしめ、入口に佇む護の姿があった。

 

「ここに倒れるかつてのインデックスのパートナーの一人、ステイルも自分がインデックスを救うためにできることだと信じていた役目を上条の右手によって否定されたんだ。それでもステイルはそれを受け止めて、これからもかつて自分が助けようとした少女に誓った約束のために生きていくことを選んだ。それに比べてあなたはどうなんだアウレオルス。今ここにいる少女はかつて助けようとした少女ではないから殺しても良いと一瞬でも思ったのならそれは間違いだよ。あなたは何のために力を持った?その力で何を守りたかった?自分のことをもう少女は覚えていない。だったら殺しても構わない。そんな考えのもとにあなたは力を持ったわけじゃないはずだ! 」

 

護の言葉に耐えきれなかったのか、アウレオルスは顔を横にそむける。

 

「うるさいわね……その口燃焼させてあげようか? 」

 

咲耶はその肩に背負っていた袋から日本刀を取り出した。

 

それを両手で握った途端、その刀身を深紅の炎が包み込む。

 

「私にはここでこの男に降りてもらうわけにはいかないの。べらべらしゃべって勝手にこの男の気持ちを変えてもらっては困るのよ 」

 

咲耶はその炎刀の切先を護に向ける。

 

「紅蓮の炎に沈め、重力掌握! 」

 

咲耶が振り抜いた炎刀のその刀身を包み込む炎が一気に波となって護に襲い掛かる。

だが、護はそこで終わらなかった。

 

護は通常ならあり得ないスピードで跳躍し横に長く迫る波を飛び越えた。

 

体内からルーが助けをしている関係で今の護は人間として出すことのできる最高の身体能力を駆使していた。

 

思わぬ事態に咲耶は第2波を放とうと再び炎刀を振りかざそうとするがそれより早く護の十文字槍が横なぎに振るわれる。

 

間一髪、その一撃を神業的な剣技で防いだ咲耶だが勢いは殺せずそのまま窓ガラスを割って外に吹き飛ばされた。

 

最上階から一気に真下へと落ちていく咲耶。もろに地面に激突し凄まじい音が響き渡った。

 

「上条、アウレオルスを君の右手でその混沌から救いあげてくれ! 僕はあの少女を、咲耶を抑える! 」

 

「分かった。任せとけ護 」

 

首を縦に振り頷く上条に拝み手をし護は階段に向かった。

 

護は階段を駆け下りながら思った。

 

上条さんならきっとアウレオルスをその右手で打ち破り、その彼が陥っている混沌と幻想をブチ壊してくれるはず。なら自分がやるべきことはその彼の戦いを邪魔する、自分が来たことで生まれた可能性の高い不確定要素となった人物。火野咲耶を抑えることだ。哀歌と互角にやり合い重傷を負わせたような相手があの程度でやられるとは思えない。

 

「火野咲耶.....彼女が何者かは知らないけど....作品の根本的な流れを変えさせるわけにはいかない.....学園都市第4位、古門護の名にかけて! 」

 

 

 

 



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とある女神の過去履歴

 その少女は、生み出された存在だった。

 

「君の名は火野咲耶だ。分かるかい? 」

 

「ひの....さきや? 」

 

「そうだ、火野咲耶だ。私達の大切な子供だ 」

 

「たいせつな.....こども? 」

 

「そうだ、絶対に絶対にお前を離しはしない。お前はずっと私達と共に有りつづけるんだ 」

 

少女はその言葉を無邪気に信じた。

 

少女が幼い時を過ごしたのは大きな研究所だった。もっとも少女はその建物を研究所と理解していたわけではなく『大きなおうち』と思っていた。

 

無邪気に成長していく少女に対して大人達が掛ける言葉は彼女にとってとても温かで少女は満ち足りた日々を送っていた。

 

そんな少女が一つ不思議に思っていたのが、時折研究所を訪れる大人達が彼女の『お父さん』や『お母さん』たちに怒鳴っていくことだった。

 

成長するにつれ彼女はその大人達の怒声の中に自分の名が混じっていること。そして自分に関することで『お父さん』達や『お母さん』達が怒鳴られていることを理解した。

 

自分が何か悪いことをしたのだろうか、どうしてあんなに怒られなきゃならないのか、それを少女は知りたくて知りたくてたまらなかった。

 

 そんなある日、少女は毎度のようにやってきた『お父さん』や『お母さん』に怒鳴り散らす大人が敷地内の物置に入っていくのを見て後を追った。少女はいままで一度もそこに入ったことはなかった。少女にとってその物置は全く未知の世界だった。

 

物置に大人が入っていたのを確認した少女はずっとまった。出てきたところを捕まえて話を聞くつもりだった。どうして自分のことで『両親』達を怒鳴るのかと。

 

だが中に入っていたその大人はいつまでたっても出てこなかった。

 

しびれを切らした彼女は物置の戸を開けた。次の瞬間彼女は誰かに突き飛ばされた。

 

「!! 」

 

突き飛ばされた衝撃で思いっきり腰を強打して悶絶する少女の耳に今まで聞いたことのない声が聞こえてきた。

 

「ごめん。大丈夫だった?」

 

その声に顔を上げた少女は絶句した。

 

目の前に立っていたのは自分と同じくらいの年齢で、その顔と着ている作業員風の服は血で染まっていて、その右手が剣のようになっていて、その剣のようになった右手に先ほど物置に入っていた大人を串刺しにしている少年だったからだ。

 

絶句する少女の顔を見て少年はにこっと笑った。

 

「君の顔を僕は知ってる。君は僕を知らないだろうけどね。さあ一緒に行こう。『敵』はもう始末した。後はここの『父さん』達や『母さん』達の目を盗んで逃げればいい 」

 

「その.....服についているのは血? なんで....どうして.....その腕は? 」

 

少女の問いに少年は不思議そうに首をかしげた。

 

「どうしてって.....僕らはそんなものだろ?....もしかして君は自分が誰なのかを知らないの? 」

 

「私が誰か? 」

 

「そうか.....ここの『父さん』や『母さん』は君を普通に育ててきたんだね。なら知らないのも無理ないね 」

 

「なによ、何の話! 」

 

「君は人間じゃない 」

 

少年の口から発せられた言葉に少女は全ての時間がとまったように感じた。

 

「僕も君も造られたんだ、ここにいる『父さん』達に『母さん』達に 」

 

少女が何か言う前に少年はことばをつづけた。

 

「僕たちは『人造神計画』によって造られた人造人間の内の1人。そしてその計画の数少ない成功した個体なんだ。成功ってのはこの場合自意識を……つまり心を持っていて自分で考えて行動できて『力』を持っている個体のことだけど僕と君はそれなんだよ 」

 

「訳分からない! 私は家に帰る! 」

 

混乱しながら駈け出そうとする少女の手を少年の左手が掴んだ。

 

「! 離して! 」

 

「今戻れば君はきっと『父さん』達や『母さん』達に殺される。僕は君を死なせたくない 」

 

「そんなはずない!人を殺した人なんかより私は『両親』といる方を選ぶ! 」

 

かたくなに彼を拒む少女に対して少年は静かに告げた。

 

「じゃあ、目の前に立っている大人たちは何をしてるの?」

 

その声に前を見つめた少女は絶対に認めたくない光景を目にした。

 

昨日まで自分にいつものように優しく接してくれていた『お父さん』達や『お母さん』達がこちらに銃口を向けていた。

 

「なんで? なんで?なんで!?」

 

「試作体20001号、その子に『話した』のか 」

 

「真実を知ることがいけないことだと言うの?『父さん』達 」

 

「ここで計画を破綻させるわけにはいかないのよ。もしあなた達をここから逃してしまうような事態になるのならその前にあなたごと咲耶も消す。まだ目覚めていない咲耶なら私達でも何とか殺せるわ 」

 

殺すという言葉が大人達の口から出てきたのが咲耶には信じられなかった。

 

「これで分かったろ? ここの大人たちはみんな僕達を試作体として見てる。人としては見ていないんだ 」

 

「嘘....嘘よ! 」

 

現実を認めなければその苦しみを認めなくて済む。咲耶はその現実から目をそむけることで心を保とうとしていた。

 

だが現実は残酷だった。

 

「撃て! 」

 

どの大人が言ったのかは分からない。だがその号令のもと彼女が慕っていた『お父さん』や『お母さん』達がその手に握る拳銃が一斉に火を噴いた。

 

彼女は目を閉じた。

 

その人生の最後まで彼女は目をそむけようとしていた。

 

「目をそむけても何も変わらないよ 」

 

そんな少女に少年は言った。

 

「残酷な現実なんて 」

 

少年は前を強く見据える。

 

「自分の手で切り裂くんだ! 」

 

刹那、少女の目の前で奇跡が起きた。

 

迫ってきた拳銃弾を目の前の少年はその剣に変化させた両腕ですべて切り落としていたからだ。

 

「馬鹿な.....試作体20001号、貴様は目覚めていなかった失敗作だったはず。なぜ力を使える? 」

 

「いつ僕が力を使えないって言った? アンタたちが勝手に失敗と判断しただけじゃないか 」

 

「それでは.... 」

 

「うん....『父さん』達や『母さん』達程度では僕を殺せないよ 」

 

少年は右手の腕剣の切先を目の前の大人達、研究者達に向ける。

 

「でも『両親』たちの体を切り刻むのはさすがに気が引けるから別の方法で倒させて貰うよ 」

 

少年のその言葉に研究者たちは次に何が来るのかと少年の方に全神経を集中する。

 

だがその警戒していた攻撃は彼らが予想していた正面からではなく。空からやってきた。

 

突然湧き出した雷雲から研究者達の頭上に向けて、落雷が襲ったのだ。

 

その直撃を受けた研究者達がどうなったかは言うまでもない。

 

その落雷の衝撃で気絶した咲耶を背負い少年は堂々と正門から研究所の外に出た。

 

「さてと.....行こうか。外の世界へ 」

 

この時から少女と少年の逃走劇は始まった。

 



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とある女神の最終切札

護は、三沢塾の正面入り口から正面に目を向けていた。

 

護は三沢塾最上階での闘いで侵入者、火野咲耶を緋炎之護により窓の外に吹きとばしたが哀歌に重傷を負わせ、自分も浅からぬ重傷を負いながらも逃げおおせたような相手がそう簡単に死ぬはずがないという予感があった。

 

そしてその予感は間違っていなかった。

 

「つ! 」

 

真上からの気配に素早く前に前転した護は先ほどまで自分のいた位置に日本刀が突き刺さるのを見た。

 

「やっぱり生きてたんだね。火野咲耶さん 」

 

「確かにあの高さから落ちたら。第2形態の私でも重傷は避けられなかったかもしれませんね。ですが最終態の状態になってしまえばあの程度では傷一つ付きません 」

 

その喋り方に違和感を覚えた護だったが。直後に違和感の理由に気付いた。

 

地面に突き刺さった日本刀を引く抜きこちらに体を向けた咲耶は先ほどと姿が変っていたのだ。

 

言うならば、哀歌が竜人に完全変化した時のような感覚が護の肌に突き刺さった。

 

とは言っても外見はそれほど変わっているわけではない。ロングヘアーはそのままだしその髪、および瞳の色も深紅のままだ。

 

だが来ているのは先ほどまで装着していたプロテクターで所々補強されたスーツではなく、高校で習う歴史の授業の教科書の最初の方、飛鳥時代や平安時代の女の人が着ていそうな服装になっている。その服もやはり深紅。

 

それは護は知る由もなかったが、彼女が哀歌と戦った際に見せた第3段階の姿。彼女の中に宿ると言う『咲耶姫』の具現した状態の姿だった。 

 

「なるほどね......あの哀歌に重傷を負わせたんだから絶対に何か力を持っている人だと思ったけどそういうことなんだ......君は哀歌と同じ人ならざる者なんだね? 」

 

「さすがはウォールのリーダーと言うところかしら。正解よ。確かに私は人ならざる者。正確にはこの国を守る神の一人ね 」

 

「神.....か。僕はウォールリーダーになってから一度だけ神って名乗る人と戦ったけどその人よりはあなたの方がまだ互角にやれそうだ 」

 

「第2形態の火野咲耶を吹き飛ばせたくらいで図に乗らない方が良いですよ 」

 

護の言葉に火野咲耶......いや火野咲耶の中に宿る女神は口元にうすら笑いを浮かべた。

 

「今の私はまさしく人ならざる者。能力を封じられ体内の異能の力も半分以上封じられている今のあなたでは私には勝てないですよ? 」

 

「そう断言もできないと思うけどね。上条当麻がアウレオルスを破れば僕に力は戻る 」

 

護の言葉に咲耶は訝しげな顔をした。

 

「なぜ断言できるの? 」

 

「僕は知ってるからだよ。あの人が必ず勝つことを 」

 

「予言者とでも言うつもりかしら? 」

 

「さあ? どうとでも解釈してくれてかまわないですよ。ただ..... 」

 

護は一拍開けて続けた。

 

「あなたが人外の者、本来この世界の住人じゃない存在なように僕もちょっと変わってるんですよ 」

 

「あなたも人ならざる者とでも言うつもりかしら? 」

 

「そこは想像にお任せします。今はそんな話をしている暇なんてないんじゃないですか 」

 

護の言葉にはっとした咲耶が身構えるより早く護は、緋炎之護を構えながら勢いよく跳んだ。

 

距離は1メートルもない。あっという間に咲耶の前に着地した護は緋炎之護を勢いよく突きいれたが咲耶はその突きいれられた槍をその右手に持つ日本刀で横に払いその狙いをそらせる。

 

予想外の力で槍の狙いを外された護は間髪入れずに緋炎之護を今度は横なぎに払うがその攻撃を咲耶は軽そうに跳び上がって躱す。

 

そのまま3メートル近くの高さまで跳び上がった咲耶はその位置からくるくると前回転しながら護目がけて急速に落下してくる。

 

護が槍を掲げて防御の構えを取った直後、緋炎之護の柄を咲耶の日本刀が切り裂きそのまま護の胸を切り裂く。

 

「ぐわああああ! 」

 

回転力まで利用したあり得ない斬撃術で切り裂かれた緋炎之護は現れた時と同じように空間に溶け込むように消えていく。だが護にはそれを確かめるすべなどなく斬撃時の衝撃に2メートルほど後方に飛ばされ地面を転がって一歩も動けない状態になってから初めて気付いた。

 

「くそ.....緋炎之護.....が.... 」

 

「大口をたたいた割には大したことがないのねウォールリーダ。それが本気かしら? 」

 

満足に体を動かすこともできない護を見て咲耶は残念そうな表情を浮かべた。

 

「あなたの部下の竜人少女はなかなか良い相手だったから。その上司のあなたには期待していたんだけど跳んだ期待はずれだったようね。今の攻撃は本気の10分の1もだしていないのだけど 」

 

「あなたは.....だれなんだ? 」

 

「さっきも多少は説明したと思うしあなたに教える必要はないのだけど冥土の土産に教えてあげましょう。あなたが察した通り私は人じゃない。この体は人のものだけど、この力や私と言う意識は人ならざる者のものよ。私の名は木花咲耶姫。この国の神話に出てくる女神の1人よ 」

 

「そんな神なんて知らない.....それにこの国の神話の神なんて多すぎて.....ありがたみとか湧かないし.....」

 

「そうね....確かに今は私達のような小さな神はその存在が薄れていると思うわ。なにしろ今の世の中で信仰されている宗教.....3大宗教と呼ばれる十字教、イスラム教、仏教では神は絶対唯一の存在でそれ以外に神はないことになっているものね。 でもそう言った宗教の中にも私達のような小さな神の影は見え隠れしているわ。あなたでも十字教やイスラム教で語られる天使や悪魔ぐらいは知っているでしょう? 」

 

「羽....が生えた天使と....か角が生えた悪魔とか.....なら 」

 

「同じように仏教では地獄の鬼や魔羅(マーラ)、第六天魔王と呼ばれる存在や仏や菩薩と言った神に準ずる存在が語られているわ。つまりどの宗教でも人間ではまねできない力をもつ『何か』の存在自体は否定していないのよ。だいたい十字教では『天使の力(テレズマ)』なんてものの存在が公認されているくらいなのだしね 」

 

咲耶は愉快そうにその日本刀をくるくると回した。

 

「その人間ならざる何かの存在が認められているか認めらていないかの違いはたった一つなのよ。それは積極的に人と関わり人の前に姿を見せるかそうじゃないのかということだけ。私のような小宗派の神は人にとって重要ながら現代ではほとんど意識されないのが特徴なの 」

 

咲耶の言葉に対してもはや護は返すこともできない。いつの間に人払いを使われたのか周りには人影もなく助けが来るとも思えない。

 

「それだから本来は神秘性が増してありがたみがます気がするのだけど。人間はそうは考えないようね.....正確にはこの国に今住む人間だけど 」

 

咲耶はくるくる回していた日本刀を真上にピンと掲げる。

 

「講義はここまでよ。そろそろ終わりにしましょう? 」

 

掲げられた日本刀に炎の色としては濃すぎる深紅の炎が纏っていく。

 

「火照命(ホデリ)、火須勢理命(ホスセリ)、火遠理命(ホオリ)、わが炎を纏いて現世(ウツツヨ)にまいれ! 」

 

咲耶姫の言葉と同時に彼女の周りに突然現れた3つの深紅の炎が人の形をなしていく。

 

その姿は赤き肌をした巨人。

 

護が知るステイルのイノケンティウスのような『人の形をした炎』ではなく『炎が具現化した人間』のような怪物だ。

 

1人は剣、1人は槍、1人は戦斧を持っている。何かの力を使わなくても今の護なら巨人1体の拳の一撃で死にいたるだろう。

 

「私をたった1度ではあったけど吹き飛ばしたことに免じて神の力で殺してあげる。感謝することね。痛みを感じる間もなく死ねるわよ 」

 

彼女の言葉と共に3体の巨人がそれぞれの武器を振り上げる。

 

「そうか..... 」

 

喉の奥から絞り出すような声で護は咲耶姫に向って告げた。

 

「神様ってのは.....弱者ですら.....いたぶ....り殺す.....悪趣味な奴だったんだね 」

 

その言葉には答えず咲耶は右手を上から下におろす。それを合図に振り下ろされた巨人たちの武器が護の体を問答無用で粉みじんに変える。

 

そうでなければおかしかった。

 

次の瞬間咲耶は疑問を覚えた。護にはいま力はない。アウレオルスにより能力は封じられ理屈は分からないが魔術を使った力も現在はほぼ封じているために使用不可能なはずである。

 

ではなぜ目の前の少年は振り下ろされているはずの巨人たちの武器をその持ち主たちごと宙に浮かばせているのか?

 

「なんで.....あなたの.....第4位の重力掌握(グラビティマスター)の力はアウレオルスが封じてる。今のあなたに力が使えるはずはない! なんであなたは力を持っている? 」

 

「.....そんなの.....簡単だよ..... 」

 

相変わらず倒れたまま、それでも視線は目の前の巨人たちから離さず護は答えた。

 

「アウレオルスが上条当麻に負けたから.....だよ。言ったよね上条はきっと勝つって 」

 

正確には上条の演技力に臆したアウレオルスの自滅であり、そのアルス=マグナのの効力喪失は彼自身が招いたものなのだが護はあえてそれには触れない。触れる必要がないからだ。

 

「そして....上条が勝てば僕には.....必然的に能力が戻る。これからが本当の戦いだよ『咲耶姫』さん! 」

 

3体の巨人は一気に高空へと上げられていき、次の瞬間雲の上から地面へと落下した。

 

そう咲耶姫の頭上へと。

 

「消えよ! 」

 

咲耶姫の言葉により彼女の真上に落ちてくる寸前に3体の巨人の姿は消える。

 

「重力鉄槌(グラビティックハンマー)! 」

 

護が握りこぶしを振ると同時に咲耶姫を真上から異常な重力が叩きつぶしにかかる。

 

「私を.....舐めるな! 」

 

だが咲耶姫はその重力による重圧からなんとか横に逃れ即座に日本刀を構える。

 

「神名解放! その有りし姿を具現せよ! 」

 

彼女の言葉と共にその手に握る日本刀が光に包まれ閃光を走らせる。

 

「く!? 」

 

そのまぶしすぎる光に思わず手で目をかばった護だったが光はすぐに消えた。

 

その先にあった光景に護は目を見張った。

 

彼女が持っていたはずの日本刀は巨大な大剣に姿を変えている。

 

禍々しい深紅の大剣。全長3メートルをこす巨大な凶器の刀身が光を反射し輝く。

 

「この得物の名は天之尾羽張(アメノヲハバリ)。日本神話に登場する最上級の神具。わが父大山積神(オオヤマツミ)の属神である山津見八神を生んだ炎の神、火之迦具土神(ヒノカグツチ)を殺した剣。炎の神の体を切り裂いたことでこの剣は単なる神剣というだけでなく炎をつかさどる特性も手に入れた。あの日本刀はこれを隠すための偽装にすぎないわ。神さえ殺せるこの剣を止めることはできるかしら? 」

 

「なるほど、それが切り札ってわけか 」

 

「それはあなたが判断しなさい。とにかくこの剣による一撃を喰らって.....」

 

咲耶姫は天之尾羽張を護に向けて水平に構える。

 

「ただ済むとは思わないことね! 」

 

刹那、一瞬という言葉では表現できない速度で咲耶姫の体が移動し、瞬時に護の目の前に移動する。

 

これを護は避けることは事実上不可能だった。すでに護の体は限界を超えていた。能力が戻ったとはいえ先ほどの斬撃をもろに受けた護の体に蓄積しているダメージはすでに人間の許容量を超えている。

 

立って能力を使用するだけでやっとな護に攻撃を避けられるはずがない。

 

だが護の顔に絶望はなかった。目の前の敵に間違いなく殺されるであろう状況で護は唇を歪めて笑いを作っていた。

 

そのことに違和感を覚えた咲耶姫だったがそこで攻撃を止める道理はない。

 

炎を纏った大剣が、今度こそ護の体を切り裂くべく横になぎ払われた。

 

だが、振り抜かれたその剣が護を切り裂くことはなかった。

 

その剣が護に届くか届かないかのギリギリのところで突きだされた右手が剣を止めていた。

 

あらゆる異能を問答無用で打ち消す右手。その右手に宿る力は『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』。

 

「悪い、護。アウレオルスの説得に時間がかかっちまった 」

 

その力を持つ者はこの世でただ一人、その名は上条当麻。

 

右手に接触した途端、天之尾羽張は姿を崩し元の日本刀に戻っていく。

 

「馬鹿な..... 天之尾羽張を無効にした? その右手.....その力は.....まさかここまでとは... 」

 

「火野咲耶だったよな.....神様だか何だか知れねえが他人を利用して傷付け、その上俺の親友を傷付けて、必死に姫神を救うおうとした人間を殺そうってんなら......まずは、その幻想をぶち殺す! 」

 

その言葉と共に繰り出された上条の拳は、神である咲耶姫の顔をクリーンヒットした。その拳の勢いに押され咲耶姫の体は地面に倒れる。

 

それと同時に彼女の姿が変わっていった。

 

古風な和服の姿から、細めの体を赤色のプロテクターで部分的に装甲したスーツを着た黒髪のショートヘアーの少女の姿へと変わっていく。

 

そのままどっさと地面に倒れた彼女は身動き一つしない。

 

恐らく意識を失っているのだろう。

 

「上条、お前腕を失わなかったのか..... 」

 

「? 何言ってんだよぴんぴんしてるぜ。お前の言葉がけっこう効いたみたいだ。最終的にアウレオルスが自分から術を解いて.....思い出すのも嫌な姿になっていたステイルとかも元に戻った 」

 

「そうか..... 」

 

護がこの戦いで避けたかったのは、話の大筋の流れが不確定要素の存在により改変されてしまうことだった。

 

だが結果的に護はアウレオルスが上条の切断された右腕から生えた竜の顎に呑みこまれ記憶をなくすという事実を改変してしまったことになる。

 

アウレオルスは記憶を失っておらず、上条も右手を切断されてはいない。

 

それがどう影響してくるかは護にも予想できなかった。

 

そして護の思考はそこまでが限界だった。

 

「おい....しっかりしろ.....? ま....も..... 」

 

だんだんと遠くなっていく上条の声を聞きながら護は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 



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とある目覚めと新班創設

「......さん.......まも.....さん 」

 

ぼんやりとする意識の中で護は懐かしい声、久しく聞かなかった声を聞いた気がした。

 

そしてすぐにその声の正体に気付いた。護が守ろうとした少女、佐天涙子だ。

 

「佐天さん!? 」

 

ガバッとベットから跳び起きてすぐに胸のあたりを中心に激痛が走りまた倒れ込む護の手を佐天は握った。

 

その女の子の感触に思わず赤くなる護だったが直後に彼女の瞳に涙が溢れていることに気付いた。

 

「(また佐天さんに心配かけちゃったみたいだな) 」

 

「護さん私のためにまた無茶をしたんじゃないですか? 」

 

「いやこれはスキルアウトにやられて 」

 

「嘘つかないでください! あのカエル顔のお医者さんから全部事情は聞きました! なんでそんな無茶ばっかりするんですか! 」

 

「事情を聞いた?どこまで? 」

 

「護さんが学園都市の裏側で組織を率いて活動しているっていうところから学園都市の第1位のレベル5と戦っているとこまで全部です! 」

 

あの医者いったいどうやってそこまでの情報を?と非常に疑問を覚えた護だったが今は佐天さんに対応しなければならない。

 

「.......佐天さんはその医者の話を信じるの? 」

 

「護さんがセブンスミスでの事件の後から何度もいなくなったりアパートの部屋が何日も開けっ放しだったりすることを考えればお医者さんの言うこともあながち嘘じゃないかもと思います 」

 

護を見つめる佐天の目は本気そのものだ。ふと、護は誤魔化しきれないなと思った。

 

「ふう........面白いことを言うんだねそのお医者さんは。でもそれは違........」

 

「それで間違ってはいないのではないか少年 」

 

突然割り込んできた声に護は全身の筋肉が急激に萎縮する感覚を覚えた。

 

忘れもしないこの声。今回護が一切刃が立たなかった相手。

 

錬金術師アウレオルス=イザ―トの声だ。

 

「そんなに恐れることはない。もう私に黄金練成(アルス=マグナ)は使えん。今は少年の敵ではない 」

 

「え.......? なんで? 」

 

「私の黄金練成(アルス=マグナ)は、三沢塾の2000人の生徒を操り、 一斉に詠唱させることで作業効率を極端に引き上げ、僅か半日で発動させたものだ。よってそれら全てを放棄した私には使えんのだ。やろうとすれば100年単位の時間が必要になってしまう 」

 

護はこんな展開を予測してはいなかった。もしアウレオルスが敵でなくなるのなら確かにありがたい話ではあるのだが、この事象が作品にどんな影響を与えるかは計り知れない。

 

「あなたはどうして上条の説得に応じたんです?あれだけショックを受け自暴自棄になっていたと言うのに....... 」

 

「思い出されたのだ。私が彼女のパートナーだったときに願ったことを。私は本来なら彼女が救われたことを素直に喜ぶべきだったのだ。だが自分のしてきたことが全て無にされた感覚に呑まれてしまい........君達を攻撃してしまった。君の言葉は胸に突き刺さった。あの言葉で私は正気に戻れたのだ。感謝する少年 」

 

アウレオルスの意外な言葉に護は気恥ずかしそうに手を振った。

 

「そんなに褒めないで下さいよ....... 」

 

「ところで護さん。今の会話聞いてる限りやっぱり私に内緒で戦ってるんですね? 」

 

佐天がいることをうっかり忘れて喋ってしまったことに今更気付いた護の額から嫌な汗が流れる。

 

「仕方ないわね護くんは。でもそんなところも含めてウォールリーダー足り得てると思うけど 」

 

その女声を聞いて護は思わずカーテンで仕切られている向こう側を凝視した。

 

「そこにいるのは、クリス? 」

 

「大正解よ、護くん。いやウォールリーダー 」

 

護の目の前で向こうからカーテンが開いていきその先にウォール構成員にして学園都市最強の念動力者。クリス・エバーフレイヤ。

 

「良かった......無事だったんだねクリス 」

 

「お医者の先生によるとかなり危なかったみたいだけどなんとか大丈夫。でもしばらくは活動は無理みたい 」

 

「そうか......まあ、アイルランドからこのかた無理してばっかりだったからね.........ここは無理せずゆっくり休んだ方が良いかもね 」

 

「心配してくれてありがとう。ところで護くん.........またその子の前で自分の秘密を話しちゃってるけど意識してる? 」

 

ん?と後ろを振り返った護はとても不機嫌になっている佐天さんを視界にとらえた。

 

「佐天さん? 」

 

「ここまで暴露しちゃった以上素直に認めた方が良いよ思うよ? 」

 

無責任に煽るクリスにそれでも暗部の人間か!と怒鳴りつけたくなる護だったが、たしかに事態がここまで来てしまった以上全部ウソだと言う手は使えないだろうと判断するしかなかった。

 

「はあ......佐天さん、黙っていてごめん。お医者さんが君に話したことは全部本当だよ 」

 

「どうして黙ってたんですか 」

 

「それを言ったら佐天さんを危険にさらせてしまうと思ったからだよ。それに裏側の闇で活動することになった僕に佐天さんが関わって同じ闇に呑まれないようにしたかったから     」

 

「事情も分からずただ待っているのも辛いんですよ! 」

 

そう言われて護は、原作の中で美琴が重傷の上条に放った言葉を思い出した。

 

『人がどういう気持ちでアンタを待っているのか、そいつを一度でも味わってみなさい!病院のベッドに寝っ転がって、安全地帯で見ていることしかできない者の気持ちを味わってみなさい! 』

 

その言葉はまさしく今の佐天さんの心境を端的にあらわしているように護は感じた。

 

「そう......だよね。今までごめん佐天さん 」

 

「もうそれは良いですよ護さん。ただ一つお願いしても良いですか? 」

 

「なに? 」

 

「護さんの手助けをさせてもらえないですか? 」

 

その言葉に護とクリスはほぼ同時に聞き返してしまった。

 

「「いま、なんと? 」」

 

「護さんの手助けをさしてもらえないかと聞いたんですけど」

 

「ええと.......それはつまり.......」

 

「護さんが率いている組織の一員となって手助けしたいということなんですけど 」

 

ストレート過ぎる返答に護は思わずクリスと顔を見合わせた。

 

「それについてはすぐに答えられない。仲間とも話合わないといけないから1週間だけ待ってくれる? 検討はするから 」

 

護の言葉に若干不満そうな佐天だったが一応頷いたので護は深く安堵した。

 

その後、今度は初春や美琴と共に見舞いに来るといって佐天は帰っていき、護とクリスはお互いベットの上に横たわりながら今後について語り合うことになった。

 

「護くんとしてはどうしたいのよ彼女のこと 」

 

「僕はできればあの人を危険な目にあわせたくはない。でもここまで知られちゃった以上佐天さんはこの件に関しては一切退かないかもしれない 」

 

「それだけじゃないわ。私達ウォールの敵対組織が佐天さんと私達のつながりに気づけば彼女を狙う可能性がある。これは彼女を強引にでも私達のメンバーにして守るしかないんじゃない? 」

 

「とは言っても暗部に佐天さんを入れるのは........それに佐天さんを枷として利用しているアレイスターが許可するかどうか........ 」

 

「それだったらあえて表向きは暗部ではなくすれば良いんじゃないかな 」

 

「え? 」

 

「それについては私から話そう少年 」

 

いままで黙って2人の会話を聞いていたアウレオルスが口を開いた。

 

「今現時点で私はローマ正教を敵に回しているため迂闊にローマ勢力圏の中を動けない。同じように君達が倒した私の協力者だった少女.........火野咲耶も同じく事情は良く分からないが今はこの街にいる必要があるそうだ。そこで提案なのだが..........その佐天という子と私に火野咲耶を合わせた別動班を作ったらどうだろうか? 」

 

アウレオルスの意外な提案に護は驚いた。

 

「今の私は黄金練成こそ扱えないが私のダミーが使っていた瞬間錬金(リメン=マグナ)などの通常の錬金術は扱える。火野咲耶という少女の実力については君が一番知っているはずだ。我々なら君の言う少女を守りつつ別動班として動くことができると思うのだが 」

 

「なんで僕達と戦ったあなたが協力しようと思ったんです? 」

 

「必然......君達との戦いで気付いたのだ。彼女の過去のパートナーの1人であり今は彼女の記憶の中には残っていないにも関わらずたった一つの誓いの為に今も彼女を守り続けているあの神父のように私も影であの子を守り続けるべきなのだとな。今彼女は学園都市で保護されている。であれば私もこの街で彼女を守る必要がある。そこで街に残る代償として君に協力させて貰いたいのだ 」

 

「アウレオルスが残る理由は分かったけど火野咲耶の方は? 」

 

「それは彼女自身に聞くと良い 」

 

アウレオルスが目くばせする方に護の視線が移るがそこには病室のスライド式のドアがあるだけだ。

 

「いないけど? 」

 

「そのドアの向こう側でさっきから彼女は待っている 」

 

なに?と驚愕した護の前で扉が横にスライドしていき、開ききった扉の前に件の火野咲耶の姿が現れた。

 

その両脇にはウォールメンバーの御坂美希と高杉宗兵が付いている。

 

「美希! 高杉! 無事だったんだ! 」

 

「そこのアウレオルスの偽物と交戦していて連絡できなかったんだ。すまんリーダー 」

 

「結構苦戦したのにまさか偽物(ダミー)だったとはね。あとでアウレオルス本人から聞いて卒倒するかと思ったわよ 」

 

苦笑しつつ語る2人の姿に安堵しながら護は目の前の火野咲耶に意識を向けた。

 

その姿は護と戦ったときとは大きく変わっており、ロングヘアーはショートヘアーになっており、赤髪は黒髪になっており体の各所に取り付けられていた深紅のプロテクターは外され、今は入院服を着ている。

 

その瞳に護と戦った時のような好戦的な光はないように見えるが、哀歌に重傷を負わせたような相手。しかも言うならば今回の事件の苦戦の原因を作った黒幕的な存在相手に警戒しないわけがない。自然と護の体に緊張が走った。

 

「心配しないでウォールリーダー。今の状態の私には能力は一切使えないです 」

 

そんな護の気持ちを察したのか咲耶は遠慮がちに言った。

 

「どういうことなの? 」

 

「私が能力を使うには第2段階に変化しないといけないんです。通常の状態、つまり今の状態の私は民間人となんら変わらないんです。多分街の不良程度にもやられちゃうと思います 」

 

そう咲耶は言うが、仲間を殺しかけた相手にそうやすやすと心を開けるわけがない。

 

「たとえ君の言うことが本当だとしても、僕は君を信用できない。君がしたことによってクリスは『僕』の手で死にかけ哀歌は重傷を負った.......それになんで君が敵だった僕に協力するんだ? 」

 

咲耶は無言でうつむいた。

 

だがしばらくして意を決したように顔を上げて話し始めた。

 

「護さんの仲間を傷付けたことは一方的に私が悪いです.........本当にごめんなさい! 」

 

そういって頭を下げた彼女の両目から涙があふれてきたのを見て護は困惑した。声の調子やしぐさ。そしてその表情は本当に本心から悔み後悔しているように見えたからだ。

 

「私はただこの街で再開されようとしている計画を止めたかっただけなんです........」

 

「計画って.......お前の中にいるっていう別人格みたいな奴が言ってたやつのことか? 確か人造神計画とか.......」

 

「その通りです高杉さん。ウォールリーダーをはじめとした皆さんがみたとおり私は神の力をもつ人間なんです。そしてそんな力を持つ人間を作り出すための計画が『人造神計画』という名なんです 」

 

「その人造神計画とやらを吉沢大学が行ってたってのか? じゃあ研究所が突如廃墟になったのはおまえさんが? 」

 

「ええ、そうです 」

 

「じゃあお前はあそこで生み出されたのか? 」

 

「いいえ、違います。私が生み出されたのはここじゃない。場所は正確に覚えてはいないけどここじゃないどこかだと思います。山の中にある研究所でした 」

 

高杉と咲耶の会話を聞いていた護が口を開いた。

 

「それじゃあ、なんで付属研究所を廃墟にしたの? 」

 

「そこでも研究がおこなわれていたからです。それも言葉では語れないようなむごい研究を行っていたからですよ 」

 

「それを止めるために研究所を襲撃して廃墟にしたと? じゃあ、なんで壊滅させたはずの研究所にまた来たの? 」

 

「それは.......この街でもう一度研究が再開されようとしていたからです。私のかけがえのない相棒(パートナー)を利用して 」

 

「相棒......というと、つまり君以外に存在する人造神の一人ということなのかな? 」

 

「ええ、彼も人造神の1人。そして私を研究所から連れ出してくれた仲間なんです 」

 

「その相棒さんがなんでその計画を再開した奴らに利用されようとしているんだ? 人造神というからには君と同じような力をもつ存在なんだろ? 敵に利用されるなんて     」

 

「彼は自分から彼らに協力してるんです 」

 

「ちょっと待て! 」

 

高杉は思わず声を張り上げた。話が良く理解できなくなっていたのだ。

 

「お前をその研究者達の研究施設から逃したその相棒さんがなんでその敵に協力してるんだ?話がおかしいだろ! 」

 

「私にも分からないんです。ただ様々の所から伝わってくる情報を集めると近々彼を利用して人造神計画に関わるあることを始めるという可能性が浮かび上がってきたんです。だから私はこの街に来たんです。彼らがそのなにかを行おうとしているという情報があった吉沢大学付属研究所跡に........ですがその情報は誤りでした。あそこは本当にただの廃墟だった。そこでもう一つ行われる可能性のある施設として挙げられていた三沢塾に向ったんです。そうしたらそこはすでにアウレオルスさんが制圧していた。私はアウレオルスさんに接触し恐らく来るであろうあなた達の情報を伝えました。私は三沢塾の占拠状態をできるだけ長く続けておきたかったんです 」

 

「だがそれは僕達により阻止されてしまった........」

 

「はい。でもかえって良かったのかもしれません。あの一件で三沢塾は閉鎖に追い込まれたそうなので彼らの計画を一時的にせよ頓挫させることができたわけですから 」

 

咲耶はそこまで話しおえて護の瞳をじっと見つめた。

 

「ですが私の相棒がやつらの手にある限り、彼らはまた計画を再開させようとすると思います。そしていまその組織はおそらく学園都市内部にいると思います。だから私はまだこの街にいなければいけないんです。でもこの街にいるには理由がいる。だから護さんの手伝いということでウォールに協力させて貰えないかと思うんです 」

 

一気に喋った咲耶に対して護はしばし無言だった。

 

数刻後に護が口にしたのは重い言葉だった。

 

「僕は君の策略によって仲間を失いかけた.......そんな僕が君に守りたいと願った人のお守を任せられると思う? 」

 

その言葉に咲耶は下を向いた。護の言葉はその通りだったからだ。

 

「復讐は先見の明をなくさせる 」

 

突然クリスが放った言葉に全員の視線が彼女に向いた。

 

「この言葉はフランスの英雄、ナポレオンの名言よ。それともう一つ。賢者は敵にさえも愛情を注ぐので、敵はその支配下にはいる。これはあるチベットの高僧の言葉よ。護くん、リーダーであるあなたの気持ちは良く分かるわ。だけど現時点ではあの子を守るためには咲耶さんの力が必要よ........彼女は敵だった。そして今ももしかしたら敵かもしれない。だけど今護くんが復讐の気持ちを抑えて彼女の要件を受ければ良い結果が待ってるかもしれない。それにかけてみない? 私はそれにかけたいと思う 」

 

クリスの言葉に咲耶は祈るような眼で護を見つめる。

 

護は咲耶を見、クリスを見、高杉や美希、アウレオルスをぐるりと見て一息溜息をついた。

 

そして咲耶の方を真っすぐに見た。

 

「分かったよ。今は君を信じる。僕が守ろうとしている佐天さんを守ってほしい。ただ君が再び僕らの敵となった時には.......君を僕は絶対に許さないと心に留めておいてほしい」

 

護は右手を咲耶に向けて差し出した。

 

「有難うございます! 」

 

差し出された手に咲耶も顔全体で喜びを表しながらその手を握った。

 

のちに裏側では『ウォールの別働隊』として表では『学園都市最高の万屋(よろずや)』と知られることになるSAS (佐天、アウレオルス、咲耶のイニシャルから取られた)はこの時産声を上げた。

 

 

 

 

そんな風に護を中心と人々の間で話が交されていたころ、学園都市の学区の内の一つ、元々未来的な学園都市内部の学区の中でも特に未来未来な場所と称される地下学区第22学区で1人の男がとある建物の中、壁際で震えていた。

 

男の視線の先には法衣である袈裟(けさ)を纏った少女がいる。

 

黒の長髪に黄色の瞳の少女の手には数珠で鞘が巻かれている一振りの太刀が握られている。

 

強い瞳で見つめる少女に対して男は腰から拳銃を抜き放ち彼女に向けながら叫んだ。

 

「俺を殺せば、この街全てを敵に回すことになるぞ! 」

 

その言葉に少女は薄く笑うと一言返した。

 

「そんなこと......百も承知 」

 

彼女はおのれの持つ刀の鞘に手をかけた。

 

それを見て拳銃の照準を彼女の頭に向ける男の耳に少女の言葉が突き刺さる。

 

「数珠丸よ、邪を.....祓え! 」

 

建物内に男の叫びと銃声がこだまし、その銃声は1発で途切れた。

 

その建物から銃声が響くことは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある学区の都市伝説

「鈴の尼さん? 」

 

「はい。最近噂になってる都市伝説で第22学区のどこかを歩いているとどこからか鈴の音が聞こえることがある。それを聞いてしまった人は刀をもった尼さんに追いかけられ刀で斬り殺されてしまう.......という話なんですけど 」

 

「それって根も葉もない都市伝説ではないの? 」

 

咲耶の言葉に佐天は首を横にふった。

 

「話だけが広がってるならただの都市伝説なんだけど.......実際にあの学区で先週刀による殺傷事件があったのよ。なんか珍しく警察が出て事故処理したみたいだけど 」

 

「少女、その情報はどこから? 」

 

「友達のジャッジメントからです 」

 

「そうか.......ならば正確な情報であろうな 」

 

アウレオルスは優雅に紅茶の入ったコップを口に運びながら目の前のイスに座る今回の依頼者を見た。

 

その依頼者は白衣を着た若い女......いや少女だった。

 

年齢は17歳程で、白衣を着ている。ウェーブがかかった髪をしておりギョロ目が印象的な少女である。

 

「indeed......噂通り情報収集能力は高い......と。ここなら頼めそうね 」

 

「布束砥信(ぬのたばしのぶ)さん......でしたよね。それで依頼というのは..... 」

 

「依頼は単純よ......その噂の切り裂き魔が実在するか調査してほしいということよ 」

 

砥信以外の3人は顔を見合わせた。

 

そんな依頼をされてもまずどうやって噂の人物と接触すれば良いか分からない。

 

3人の表情から心を読みとったのか砥信はふと口元を緩めた。

 

「実在を確認する方法なら私が教える 」

 

思わぬ言葉に3人の視線が砥信に注がれた。

 

「表向きには1人だけがその噂の人物の被害にあったことになってる。しかし、実際には他にも何人もの被害者がいる。表沙汰にならないだけ。そして被害に遭った者たちに共通していることが一つある。それは...... 」

 

砥信は自分が羽織っている白衣をバサッと宙に広げた。

 

「白衣を着ていたのだ 」

 

「つまりその切り裂き魔が狙うのは白衣を着た人物だったってことなをですか? 」

 

「exactly.......正確に言うと白衣を着た研究者だがね 」

 

「君は、研究者なのか? 」

 

アウレオルスの問いを砥信は軽く頷いて肯定する。

 

「その歳で研究者とは.......驚きだな少女 」

 

「そんなことはどうでも良い。それより依頼を受けるか拒否するかどちらか決めてくれ 」

 

「そうだね.....どうする咲耶? 」

 

「どうするって........アウレオルスはどう思う? 」

 

「そうだな......依頼が依頼だけに即答は難しいだろうな。という訳で2日間だけ待ってくれないだろうか少女。必ず結論は出す 」

 

「get it.....ただし2日間だけだ。それ以上は待てない。それまでに頼む。 それでは失礼するよ 」

 

ドアから砥信が出て行ったのを確認して佐天がため息をついた。

 

「歳は対して変わらないはずなのにすごく大人っぽいなあの子 」

 

「それはともかくとして.......この問題は護さんたちウォールの皆さんと決めなきゃいけないわ 」

 

「うむ.....それは確かだな。早急に連絡を取る必要があるな 」

 

そう言ってアウレオルスは受話器をとった。

 

 

30分後、彼らSASの事務所、第7学区の元喫茶店の建物の中にウォールメンバー6人が到着した。

 

「それで......本当にその女の子は布束砥信と名乗ったんだね? 」

 

「はい、そうですけど....... なにか護さんは知ってるんですか? 」

 

「うん...... その少女は僕らが次に介入を予定している計画の参加者の一人なんだ 」

 

「計画? 」

 

首を傾げる佐天に高杉が解説をする。

 

「絶対能力進化計画っていう名の計画なんだが.......これはいわゆる裏側の者による計画であって表の力で止めることは難しんだよ。だから俺たち暗部組織しか計画を止めることができねえんだ 」

 

「その計画とはなんなのですかウォールリーダー? 」

 

咲耶の問いに護は頷き口を開いた。

 

「ずばり学園都市第1位の一方通行を絶対能力者(レベル6)にしようとする計画なんだ 」

 

「え? つまりは能力開発ってことじゃないですか? それなら別に....... 」

 

「それがこの街のカリキュラムに沿ったものならなんの問題もないよ.......ただこの計画は少々そのカリキュラムから外れすぎているんだ 」

 

「外れすぎている? 」

 

「一方通行が女の子20000人を20000人通りの状況で殺戮することで絶対能力者(レベル6)の実現を目指すという計画なのよ 」

 

話を繋いだ美希の言葉に佐天を始めSASの面々の表情が曇る。

 

 「この学園都市で2万人もの犠牲者をどうやって用意したというのか?少年 」

 

「犠牲者を用意することは確かに難しい。民間人から攫うのはリスクが高いし置き去り(チャイルドエラー)を使った計画は御坂により一度潰された為に今や暗部ではご法度になってる。だけど手がないわけじゃないんだ。民間人から用意するのが難しいなら人権が存在しない人間を利用するんだ 」

 

「人権が......存在しない? 」

 

「そういう少女たちがこの街にはいるんだ。その名は...... 」

 

「妹達(シスターズ)。学園都市レベル5第3位の御坂美琴のDNAを利用して作られたクローン達よ 」

 

「なんかさっきから美希さんが話を繋いでばかりいますけどどうしたんですか? 」

 

 

美希が話を継いだのを見て咲耶が言った。

 

「それは........ 」

 

言い淀む美希の代わりにクリスが答えた。

 

「美希はね......妹達(シスターズ)の内の1人なの。正確には20000体の妹達の前に作られた試作体なの 」

 

その言葉に佐天と咲耶は息を呑み、アウレオルスは深いため息をついた。

 

「つまり......美希さんは......御坂さんの従姉妹なんかじゃなくてクローンだったんですか........ 」

 

「ええ.... でも気にしないで。今の私はお姉様(オリジナル)のクローンとして生きてはいないから。一人の女の子美希として生きてるから。だから別に気兼ねしないでほしいな 」

 

「はい..... 」

 

頷きつつもやはり気兼ねしてしまっている佐天だった。

 

「ところで話を戻すけど、その計画に参加している研究者がここを訪ねてきたんだね? それでいて研究者を襲う謎の人物の実在を確認してほしいと言ったんだよね? 」

 

「はい、そうです 」

 

「恐らくその謎の人物のせいで計画に支障が出ているんだろうね。だけどその行方を一向に掴めないからSASに頼んだのだろうな 」

 

「それで具体的にはこれに対してどう対応するんだ?リーダー 」

 

「そうだな高杉.....とにかくその研究者を襲う切り裂き魔が誰か分からなければ方策の立てようがない。ここは万が一を考えて魔術側にたつメンバーに動いてもらうことにしたいと思う 」

 

「つまり.......私とセルティに動けということなの? 」

 

哀歌の問いに護は頷く。

 

「SASのメンバーは総出で情報収集を頼みたいんだ。 少しでも情報は必要だからね 」

 

「分かりました。護さん気をつけてくださいね 」

 

「うむ、できるだけ情報は集めておこう少年 」

 

「できるだけやってみるわウォールリーダー 」

 

3人が了解したのを確認して護はその場の全員を見渡した。

 

「それじゃあ任務(ミッション)スタート! 」

 

護の宣言と共にその場の全員が任務の為に動きだした。

 

 

 

第22学区の第4階層、そこを件の鈴の尼さんこと袈裟を纏った少女が歩いていた。

 

彼女はこれまでにここで合計20人近い研究者を斬っている。

 

ここまでは対して問題なくこれた。

 

警備員は動かないし風紀委員(ジャッジメント)も対応が遅い為目標を簡単に突き止め斬ることができた。

 

だがこれまでがうまくいったからこれからもうまくいくとは限らない。

 

今まで通りの慎重な足取りで裏道を進む少女の耳にとある会話が飛び込んできた。

 

「しかし妹達だったけ? あれ、感情ってものがないのかしら? 」

 

「ないんじゃない?むしろあったら不都合よ。計画が立ち行かなくなるんだから 」

 

その不穏な会話に少女はその声のした方向に目線を向けた。

 

その目に映るのは、白衣を纏ったとし若い研究者。

 

歩いているのは路地裏、周りに人影はない。

 

少女はため息をつくと、腰につけている袋から鈴を取り出した。

 

チリン! という澄んだ鈴の音に研究者たちの動きが止まる。

 

次の瞬間、少女は一気に駆け出し研究者たちに迫った。

 

驚き、動きがとれない様子の2人の研究者を見て少女は心の中で同情しつつそれでも刀の柄を握りしめた。

 

「邪を払え、数珠丸! 」

 

その言葉と共に数珠が弾け飛び刀を封じるものがなくなる。

 

必殺の斬撃が哀れな研究者2人を切り裂く......はずだった。

 

ガギン!という金属と金属がぶつかり合う音が路地裏に響き渡った。少女の日本刀による斬撃は哀歌の腕に止められた。

 

「な!? 」

 

驚き後ろに下がる少女は哀歌の腕を注視する。いつの間にかその腕を爬虫類じみた鱗が覆い異質な姿へと変化している。

 

「引っかかったね......噂の切り裂き魔さん? 」

 

その言葉に周りに警戒の目線を配る少女。

 

いつの間にか少女を囲むように特殊部隊風の装備をした者たちが展開していた。ウォールの下部組織のメンバーたちである。

 

「はやく降伏しなさい。あなたには聞きたいことが山ほどあるの 」

 

セルティの言葉に少女は口元を緩めた。その余裕ともとれる仕草にその場の全員が眉を潜めたが躊躇う道理はない。

 

「一斉射撃! 」

 

哀歌の叫びと共に下部組織構成員たちが構えるサブマシンガンが一斉に火を噴いた。

 

弾種はプラスチック製の衝撃弾。

 

この状況で少女にできることはない。その場の誰もが事件の収束を予想した。

 

だがそうはならなかった。

 

サブマシンガンから弾が飛びたした直後、少女は少し腰を落とした.......ように見えた。

 

その瞬間をその場の誰も捉えられなかった。

 

目の前に広がる事後後の風景から予測される事象は、目の前の少女がその手にもつ日本刀の斬撃で迫る衝撃弾を全ての切り捨てたということだった。

 

「全て.....切り捨てた? 」

 

哀歌の戸惑う声に少女は薄く笑った。

 

刹那、同じく周りに展開していた構成員たちがバタバタと倒れた。

 

慌てて周りを見渡すセルティと哀歌だが先程までいた場所に少女はいない。

 

「早すぎる。こんなに早く構成員を殺るなんて 」

 

動揺するセルティ。その時彼女の耳元で声が囁かれた。

 

「安心して。あの人たちは峰打ちで気を失っただけ。私の敵は彼らじゃないから 」

 

思わず身構えたセルティの体を予想外の衝撃が襲った。

 

少女が振り抜いた数珠丸の鞘で強打されたセルティの体は一気に壁に叩きつけられた。

 

左手に鞘を右手に数珠丸を構える少女は哀歌を見つめる。

 

「あなたは龍人ね? 」

 

「読まれてたのね......となるとあなたも魔術側の人間.......ということ? 」

 

「そうなると思うわ 」

 

「そしてあの人離れした身体能力に、その両手に残る痕........聖人.......ってことね 」

 

聖人とは神の子と身体的特徴が一致する人間を指す。

 

有名なところではイギリス清教の神裂がいる。

 

だが神裂は十字教徒であるが少女は格好から判断して仏教徒である。下手をしたら異端者と見られかねない特徴をもつ少女はなぜ仏教徒でいられるのか?

 

「聖人? すこし違います。間違ってはいないですけど 」

 

「? 」

 

「私は仏教徒......これが意味することが分からない? 」

 

「なに?」

 

「私が仏教徒としていられる訳、それは私が仏教徒の象徴する力を持っているからよ 」

 

その言葉が放たれた直後、地面に弾け飛び散らばっていた数珠が空中に飛び上がった。

 

「!? 」

 

突然の事態に戸惑う哀歌を囲むように数珠が展開する。

 

「人外の邪よ、闇に沈め! 」

 

次の瞬間、展開する数珠から光が放たれ全方向から哀歌の体を貫いた。

 

ごぼっという音と共に哀歌の口から血の塊が吐き出される。

 

「終わりね......私を嵌めようとしたのが運のつきよ龍人娘 」

 

 

 

 

 

 

 



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とある路地の数珠少女

その場を静寂が包んでいた。

 

哀歌を囲んだ数珠から放たれた閃光は間違いなく全方向から彼女の体を貫いた。

 

その攻撃は確かに彼女にダメージを与えたはずだった。

 

それは彼女の口から血の塊が噴き出したことからも明らかなはずだ。

 

だが有効打を与えたはずの数珠の少女は首をかしげた。

 

「(なぜよ.....)」

 

少女が目をやるのは哀歌の体に全方向から突き刺さる閃光。

 

「(なぜよ.....)」

 

その光景が指すのは本来なら、数珠の少女の勝利のはずである。

 

だが少女の表情から困惑は消えない。

 

「(なぜ.....術式が彼女の体に突き刺さったまま止まっているのよ!?) 」

 

困惑する少女に向けて閃光に全身を貫かれたまま哀歌は笑みを浮かべた。

 

「なぜ?.....という顔をしてるね....そんなこと単純よ.....龍に人が勝てると思う? 」

 

彼女が言葉を放った次の瞬間、哀歌の体に突き刺さっていた無数の閃光が弾き飛ばされるように跳ねとばされ空中に浮かんで展開していた全ての数珠を粉々に吹き飛ばした。

 

「え......?」

 

「あなたのその術式......仏僧日蓮の龍口寺の法難の伝承を利用したものでしょ?あまたの説の中の一つ、『龍が起こした落雷によって日蓮は救われた』という説を元に全方向から雷撃の剣を対象に放つ術式.......数珠一つ一つに文字を刻むことでその場を日蓮が窮地を救われた龍口の地と同一にして術式を発動させた手並みはほめるわ.......ただ一つ見落としたことがある 」

 

「なんだというの?」

 

「龍の落雷により日蓮が救われたという伝承を再現した空間内で龍人である私を完全に殺せるとでも思った?確かに人に近い状態にある今ならダメ―ジを与えることはできる。実際少しは効いた....... だけど龍相手に雷とは......笑ってしまうわね.....東洋の龍が司るものの中に雷があることぐらい承知していたはずでしょう? 」

 

その言葉に少女が唇をかんだ直後、哀歌はほぼ一瞬で少女の前に移動した。

 

「! 」

 

「次はこちらの番よ.....現出せよ、『破壊大剣(ディストラクションブレード) 』! 」

 

哀歌の言葉と共に彼女を中心に閃光と爆風が周囲に広がる。

 

「(......なに、この霊力は? 龍もどきの人間のはずじゃなかったの? )」

 

爆風を受けながら少女は吹き飛ばされてはいなかった。それはやはり聖人の力が成せる所業だっただろうか。

 

だが次の瞬間少女の目の前に広がった光景は少女の体から急速に力を抜けさせた。

 

そこに立つのは全長が3メートルはあろうかという西洋風の大剣を片手で構え、背中から神話のドラゴンのような翼を生やし両腕両足がウロコにおおわれつくしている哀歌だった。

 

首の付近までウロコが覆っており人間のままなのはその頭部だけのように少女は思った。

 

哀歌はその手に持つ得物『破壊大剣』を空中で軽く振った。

 

それだけで周囲の空気がかき乱され、渦巻く。

 

その威力に息をのむ少女に向けて哀歌は告げる。

 

「魔術師だろうが、能力者だろうが、聖人だろうが、原石だろうが、どのみち人には変わりはないの......神話の世界ならいざしらず..........現代世界で人が神に勝てると思うな! 」

 

瞬間、哀歌は破壊大剣を無造作に横に振るった。

 

たったそれだけの動作で凄まじい風が数珠の少女に向けて放たれた。

 

とっさに身構える少女だったが突風をそう簡単に避けられない。

 

彼女の体はまっすぐ上に吹き飛ばされた。

 

もっとも突風で飛ばされた程度で、仏教とでありながら聖人の特性をもつ彼女はそんなに大したダメージは受けない。

 

だが.....吹き飛ばされ空中に浮かんだ直前、目の前に現れた少年。高杉宗兵が手にする機能性炸裂弾射出器から放たれた学園都市製の炸裂式麻酔弾を無数に喰らってはさすがの彼女も意識を手放すしかなかった。

 

力を失った少女の体を高杉はうまくキャッチし、空中に着地する。

 

向こうを見ると変化を解除したらしい哀歌がセルティを背負って手を振っている。

 

高杉は手を振り返し、自分が背負う少女を見た。

 

「さてと....お前さんには聞きたいことがたくさんあるんだぜ? ばっちり聞かせてもらうからな?」

 

そう言った直後高杉はすこしため息をついてこう言った。

 

「まさかと思うが......この女.....『ウォール』に入るとかいう展開にはならないよな?これ以上女が増えても嫌なんだよ.....」

 

などとぼやきながら高杉は無限移動でその場より消えた。

 

その誰もいなくなった路地裏を構成する建物の上に一つの影があった。

 

「対象は第3者の手で保護された模様、とミサカ10072号は緊急報告します 」

 

 

 



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とある理事の具体行動

「僕がリーダーの古門 護だ。始めまして三国 希さん 」

 

 

暗部組織ウォールが持つ『拠点』の1つ。第22学区の第2階層に建つVIP専用高級宿泊施設に捕虜となった数珠の少女こと三国 希は捕らえられていた。

 

説得と尋問を高杉と美希が担当し何とか本名を聞き出したがその他の事についてはだんまりを行使して一切喋らない状態が続いていた。

 

そこで、仕方なくリーダーである護自身が説得に当たることになったのだ。

 

「あなたが暗部組織のリーダー? 若いわね 」

 

「あいにくとうちのメンバーは平均年齢が10代でね。でも実力は折り紙つきだよ 」

 

「それにしてもリーダーが直々に尋問に来るなんて、余程切羽詰まってるの? まあそうなら様を見ろってとこね 」

 

「どういう意味? 」

 

「私にかまけてると仲間たちがまた殺しを始めるわ。きっとあなたたちじゃあ対処しきれない 」

 

「なんだって? 」

 

「あんた達の計画は終わりなのよ。苦労してわたしを捕らえたのに残念でした 」

 

ベー!と舌を出す希に護は深いため息をついた。どうやらこの少女は重大な勘違いをしているらしい。

 

「あのさ.......なんかさっきから僕が『絶対能力進化計画』の関係者っていうこと前提で話をしてるみたいだけど.......僕はそれを止めようとしている側なんだけど? 」

 

護の言葉に希はしばし目を点のようにして硬直した。

 

「え......嘘よ嘘! だってじゃあなぜ私を捕まえようとしたのよ! 」

 

「なんでそんなことをするのか知りたかったからだよ。それに君を計画を阻害する者として捕えたのならさっさと計画の研究チームに君の身柄を引き渡すと思うけど? 」

 

「言われてみれば確かにそうかも...... 」

 

「でしょ? だから教えてくれないかな? 」

 

「..........でも....... 」

 

 口ごもる希。それを見た護は試してみようと口を開いた。

 

「君が動いたのは誰かに絶対能力進化計画の妨害をするように依頼されたからじゃない? 」

 

「なんでそれを!? 」

 

護の言葉に希は目を見開き、思わずといった感じで言葉を漏らした。

 

「じつはね、僕たちウォールは表向き学園都市外部の敵対組織の工作員の掃討を担当しているんだけど.........その下部組織のエージェントたちからの報告の中に統括理事のいずれか一人と外部組織が繋がりをもった可能性があるというものがあったんだ 」

 

「............. 」

 

「君が計画の研究者を襲撃していると聞いたとき、君がその依頼された外部組織の人間じゃないか......と僕は考えたのだけど間違ってるかな? 」

 

護の言葉に希は無言だった。だがその額には汗が流れている。それは端的に護の予想が正しいことを意味していた。

 

「まあ、君がどこの組織かについてはその服装や哀歌と戦った時に使った術式から予想できるから良いけど.........僕が知りたいのは君に依頼した統括理事の名前だよ。僕はそいつの行動を止めたい 」

 

「なんで計画を止めようとする立場なのに同じ立場の人の事を止めようと?」

 

「君が知っているか知らないけど学園都市統括理事の中に善人は少ない。僕が知っているだけでせいぜい2人だよ。その他の行動には大なれ少なれ私欲が絡んでいるのが大抵だよ。だからその私欲の為に本来犠牲にならなくて良い君のような外部組織の人間が利用されているなら僕はそれを止めたいんだ 」

 

「あなたって.......善人? それともお人よし? 」

 

「さあ? それは自分で判断すれば良いよ。それで......教えてくれる? 」

 

「..........ん.....分かった、話すわ.......私に依頼してきた学園都市統括理事は貝積継敏だと聞いたわ。もっとも彼自身が来たわけじゃなくてその使者と名乗る男から聞いたことだけど 」

 

貝積継敏という言葉に護は怪訝な表情になった。別にその名を知らぬわけではない。

 

むしろ知っているから困惑しているのだ。彼はこんな風な手を使うことができる人間ではないはずだからである。

 

作品内では貝積は統括理事の中で数少ない善人として描かれていた。だが善人ではあるもののブレインとして雇っている雲川芹亜の存在がある為に有事のさいに人助けなどで協力を依頼するのは難しいとされていた。

 

そんな貝継があまつさえ実名まで出して外部に依頼をするなど普通はあり得ないはずなのだ。なぜ、雲川芹亜がいながらこんな事を?と護の頭は混乱してしまった。

 

「あの......大丈夫? 」

 

心配した希の声に護は思考の迷路から抜け出した。

 

「ああ....ごめん。それで確認させてほしいんだけど本当に依頼して来た人物は貝積継敏と名のったんだよね? 」

 

「ええ 」

 

「その人は統括理事の中では比較的善人のほうだ。だから君に危害を与えるつもりで依頼したのではないと思うけど....念のために君の言っていた仲間たちについては僕たちに抑えさせてもらうよ。殺しはしないから安心して 」

 

「.........仲間たちがどこにいるか分かるの? 」

 

「すでに君が仲間の存在を仄めかした時点でメンバーや下部組織の人間が捜索に乗り出してる。それにセルティと哀歌の2人がかけているサーチ術式には君以外に魔術師の反応はない。だからすぐに抑えられると思うよ。君にはそれまでしばらくここにいてもらわなくちゃならない 」

 

「.........分かったわ。それは仕方ないもんね 」

 

「僕はその間に計画についていくつか調べておく。君の見張りと面倒は高杉がやることになるからよろしくね 」

 

そう言い残して護は部屋を出た。

 

その先に待っている美希とクリス、そして高杉。

 

他のウォールメンバー、即ち哀歌とセルティは下部組織のメンバーを率いて希の言う仲間たちの捜索に向かっている。

 

「高杉は聞いていると思うけど希の監視を頼む。クリスと美希は一緒について来てほしい。第22学区内の計画の痕跡を探しにいく 」

 

メンバーに指示を出し護は動き出す。護をリーダーとする暗部組織ウォール。学園都市暗部の中でもっとも外側から恐れられる組織が中の組織に向けて牙をむく。

 

「さて、じゃあ行こう。暗部の計画を暗部組織の僕らが止めるのも皮肉だけど.....御坂や上条を助ける為にも計画を止めて見せる 」

 

「護くんが決めたんなら私に異存はないよ 」

 

「アンタが決めたのなら、私にも異存はないわ 」

 

護たちウォールの3人は、計画を止める為夜 (とはいっても地下に夜も昼もないのだが)の22学区へと繰り出していった。

 

そんな護たちの様子を隣の建物の影からじっと見つめる少女がいた。

 

年齢は10代だろうか。黒の長髪を髪留めでとめており。前髪の左右の一部も結って前に垂らしている。

 

服装は赤と白の色合いのパーカー。

 

瞳の色は黒でまばらな街灯の光に照らされる顔はまだ少し幼げな面を残している。

 

少女は無言でパーカーのポケットに手を入れると無線機を小さくしたようなものを取り出した。

 

「私だけど。本当にあの人たち........を相手にしなきゃいけないのかな 」

 

「私はそのつもりでいるけど。なにか不満でも? 」

 

「ううん。あなたのボスに保護された私に不満はないわ。だから言われたことはやるから」

 

少女は無線機のスイッチを切りその場から立ち去ろうとした。

 

その時。

 

「貴様、なぜここにいる? どうやって警戒網をくぐり抜けた? 」

 

なにやら特殊部隊風の装備をした男と出くわしてしまった。彼女が知るよしもないが男はウォールの下部組織の人間だった。

 

「とにかく来てもらおう。事情を聞かなグォ!? 」

 

最後の辺りが呻き声になっているのには理由がある。

 

少女の髪の毛の内の2本が宙を飛び、男の両目に突き刺さったからだ。いやもはや突き刺さったものは毛ではなく刃物と化している。

 

鋭い針と形容される髪の毛に両目を潰され苦悶の声をあげてよろめく男を見る少女の髪の毛はいつのまにか髪留めから開放されて足元まで広がっている。

 

その状態で一度ため息をついた少女は男を見つめながら呟いた。

 

「安心して.......痛みも感じる間もなく斬ってあげるから 」

 

その言葉が苦痛に身を震わせる男に届いたかは分からない。

 

だが届いているか届いていないかは今の少女には関係がない。なにしろ目の前の男は今の時点では敵なのだから。

 

少女の髪の毛が纏まりをもち、複数の鋭い刃に変化する。

 

その刃が僅かな星明かりを反射した光景は見方によっては美しいと言えるだろう。それが少女の髪の毛が変質したものでなければだが。

 

斜めから横向きに振るわれた髪刀の斬撃は一撃で男の防刃防弾チョッキを切り裂き......彼の体を真っ二つにした。

 

余りに鋭すぎる斬撃のせいで真っ二つにされた直後の数秒間だけ男には意識が残ったらしい。

 

「化.....け......物 」

 

震える唇で呟く男に少女は静かに返した。

 

「じゃあね 」

 

別の髪刀による斬撃は男の頭を縦に切り裂き今度こそ男の意識は完全に途切れた。

 

風が吹いているわけでもないのに空中に髪を浮かばせている少女だがその髪刀状態を直ぐに解いたらしくやがて普通の髪質に戻る。

 

「ふう......あなたに助けられたことは感謝してるし恩義も感じてる.......でも『人助け』の邪魔をする必要があるかな......あなたは何をしたいの?貝積継敏 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある組織の前哨戦

第22学区は地下に存在する。

 

合計10層の階層で構成される同学区内で希により研究者が襲われていた以上必ず同学区内に計画の痕跡があると踏んで調査を行った護たちウォールの面々だったのだが..........結果は大外れだった。

 

苦労して全階層を行き来したにも関わらず、まったく計画の痕跡を掴めなかったのだ。

 

となると22学区での調査は手詰まりである。

 

「22学区で手がかりなし......となると別の方法を取るしかないね 」

 

「具体的にはどうするの護くん? 」

 

「クリス、今日は何日だっけ? 」

 

「8月21日よ? 」

 

「(ということは、アクセラレータと上条がぶち当たるのは今日ということか.........ならこちらが下手に動かなくても計画は潰れることになるな....... そして恐らく上条さんは妹達(シスターズ)と遭遇している或いは遭遇する......) 」

 

護はズボンのポケットに突っ込んでいる携帯電話を取り出し電話をかけた。

 

もちろんかける先は上条である。

 

時間的には上条が下校するだろう時間帯である。

 

「........ん? ああ、護か? どうしたんだ? てかお前最近登校してないような?」

 

若干疲れた声で上条は電話に出て来た。

 

「それは.......まあ、後で話すよ。それより今はどこにいるんだ? 」

 

「? 学校前の道だけど? 」

 

「じゃあ今からそこに行くから一歩も動かないでくれよ? 」

 

「おい? そりゃどうゆう...... 」

 

上条が何か言う前に一方的に護は通話を切った。

 

今は一分でも時間が惜しい。早く高杉に上条の所まで移動させてもらわなければならないのだ。

 

「美希、クリス。今から高杉の協力で僕は上条の所に向かおうと思ってる。それでなんだけど......高杉が不在の間の『拠点』、魔術師の希を監禁している場所の防衛と彼女の監視を頼みたいんだ 」

 

「高杉の協力が必要だから私達が代わりをしろってのは理解できるけど.......防衛ってなによ? 」

 

「防衛は防衛だよ.......もしかしたら僕たちは統括理事を敵に回してるかもしれないんだ 」

 

「統括理事!? 」

 

「魔術師である希は、自分に計画を妨害するよう依頼をしてきたのは学園都市統括理事である貝積継敏の使者だと言っていたんだ。そして現在僕らは結果的に妨害を行おうとする貝積の行動を妨害している。それを目ざわりに感じれば潰しにくる可能性は否定できない 」

 

作品の中で暗部組織『グループ』は『ドラゴン』の秘密を知られたくない統括理事、潮岸の妨害を受けていた。

 

となると自分たちがそういう状況に陥ることも否定はできないのだ。

 

「そういうことなら承知したわ。アンタが戻るまで拠点はしっかり守っとくわよ 」

 

「任せといて護くん 」

 

「サンキュー美希、クリス 」

 

急いで高杉のいる建物目指して走っていく護。

 

そんな2人の後ろ姿を見送りながら美希はボソッと呟いた。

 

「暗部にその身を置く者は誰も信じてはならない........なのになぜあの人は私を信じられるんだろ?本当に不思議ねリーダーは 」

 

高杉の力で一瞬で移動し目の前に現れた護に上条は当然驚いた。

 

だがそこはやはり科学の街学園都市の生徒、護が高杉の能力で移動してきたことを説明したことで納得した。

 

そうして帰り始めた3人だったのだが、そもそもなんで護が上条と行動を共にしているのかと言えば上条と行動を共にしていれば妹達の一人と会う可能性が高いからだ。

 

「 御坂.....だよな?.....ん?なんだ妹の方かよ。昨日はジュースとノミの件サンキューな 」

 

案の定、上条が通る帰り道の公園?らしき場所で妹達(シスターズ)と遭遇した。

 

そこは原作通りであるのだが、本来ならその前に出会うはずの美琴は姿を見せなかった。

 

そこはやはり改変の影響なのだろうかと不安になる護だったが今はそれどころではない。

 

「感謝の言葉が目的ではありません。とミサカは返答します 」

 

そう返す妹達は恐らくミサカ10032号。後に御坂妹と呼ばれることになる妹達である。

 

もっともアニメで描かれているのと違い、軍用ゴーグルの有無でしか判別できないほど妹達は美琴に似ているため推測でしかない。

 

「始めまして。君が上条が言っていた美琴の妹さんだね? 僕は古門護。よろしく 」

 

「こちらこそ。とミサカは返答します 」

 

「ところでそのネコに餌をやるんじゃないの? 」

 

「ミサカには致命的な欠陥がありますから。とミサカは説明します 」

 

「致命的な欠陥.....? 」

 

首をひねる上条に護が補足説明する。

 

「発電系の能力者は無自覚に微弱な電磁波を放出してしまうために動物に嫌われやすいんだ。人間には感知できない程度の電磁波なんだけど犬や猫は感知するらしいんだよ 」

 

「あなたの言う通りです。とミサカは頷いて肯定します 」

 

と言いながらも頷いていないミサカだがそこについて突っ込んでも不毛なためあえて護は触れなかった。

 

「このままでは、この子猫は保健所に回収される恐れがあるとミサカは指摘します 」

 

「まあ確かにそうかもしれないけど...... 」

 

「保健所に回収された子猫がどんな末路を辿るのか知っていますか? とミサカは問い詰めます 」

 

淡々と無表情でしかし意思がこもった声で選択を迫られ汗ダラダラになっていく上条を見て護は思わず笑いそうになった。

 

その後仕方なく上条がその子猫を抱え帰り道を進むことになりようやく上条とミサカ10032号と共にBook onという本屋の前まで移動した時だった。

 

腰ポケットに入れている携帯が震えてメールの着信を知らせ、護は確認し、瞬時に凍りついた。

 

着信したメールの発信元はクリスの携帯電話。

 

そこにはただ一文だけが記されていた。

 

『拠点が襲撃受けた』

 

 

「こいつは.....! 」

 

驚愕する高杉と護は同じ気持ちだった。

 

もしやと思いクリスと美希を残してはおいたが本当に襲撃してくるとは正直考えていなかったのだ。

 

「高杉、今すぐ戻ろう。ごめんね美琴の妹さん、最後まで一緒には帰れない 」

 

「いえ、こちらこそついて来ていただいて有難うございました。とミサカは返礼します 」

 

「じゃあ急ごうぜ 」

 

「ああ頼むよ高杉 」

 

急いだ様子の高杉が護に手を触れると彼ごと護の姿は消える。

 

 

文字通り一瞬で拠点まで戻った護たちの目の前に広がっていた光景は彼らの予想を裏切るものだった。

 

「襲撃を受けたにしては被害が少ない...... 」

 

「ああ、だが美希の姿もねえぜリーダー 」

 

「確かクリスも拠点に戻っていたはず........なのにいない 」

 

どういうことだ?と首をかしげる護と高杉の2人。

 

 そんな2人の後ろでドアがいきなり開かれた。

 

「!! 」

 

「!? 」

 

慌てて後ろを振り返る護と高杉。その視界に入ったのは........手を膝にやりながら荒い息をつきやっと立っている三国希だった。

 

「まさか......手前の仕業か! 」

 

殺気立つ高杉を護が手で制する。

 

彼女が犯人の可能性もゼロではないが、だとしたらこの場に戻っている理由が分からない。

 

「希さん......いったい何があったんだ? 」

 

「ここが襲撃されて......あなたの仲間2人が応戦して........私にも最低限自分の身を守るようにと数珠丸を渡して........私はクリスというメンバーに携帯電話を渡されてあなたにメールを送るように言われて......あの拠点から離れつつメールを送った.......それで今様子を見るために戻ってきたのよ 」

 

 

「その襲撃した奴は誰なんだ? お前の仲間か? 」

 

高杉の問いに希は首を横に振った。

 

「私の仲間じゃないわ。少なくとも私に見覚えは無かった。パーカーを着た10代の女の子だった 」

 

「女の子? 」

 

「うん......突然ドアが切断されて内側にたおれて.......パーカーを着た女の子が入ってきて......その女の子は長い髪の毛を宙に浮かばせていたんだけど........その内のいくつかの髪の毛の纏まりが急に光を反射して光る刀の刀身みたいに変化して....... とっさにクリスっていうあなたの仲間が部屋にあった机を不可視の力で投げつけたんだけど一刀両断にされて........顔色を変えた2人は私を外に逃がしたの 」

 

「そして戻ったら2人の姿は無く、代わりに俺たちがいたってことか......... くそ、誰なんだその女の子は? うちの美希とクリス2人を相手取るなんて....... 」

 

「とにかく一度メンバーを集めなきゃいけない。高杉、お前はセルティに連絡してくれ。僕は哀歌に電話する 」

 

ウォールの主要メンバー2人が敵と遭遇し消息不明になった。

 

これは2人が攫われた可能性を示している。

 

となるとこれを仕掛けてきた何者かが何らかの形で接触してくるはず。

 

そうなった場合、バラバラに分散しているのは得策ではない.......そう考えての護の判断だったが少々遅かった。

 

「リーダー.......セルティに繋がらねえ 」

 

「もしもし? 哀歌? 」

 

「護.....! 私は敵と交戦中.......! ここは私で何とかするから護は早く上条当麻の所に行って! 敵は彼を知って....... 」

 

哀歌からの電話はそこで切れた。

 

通話が切れた携帯電話を持ったまま立ち尽くす護。

 

「リーダー.......どうする? 」

 

「とにかく......哀歌との最後の通話記録から哀歌の居場所を探ろう。あの哀歌はそう簡単にはやられないはずだ.......だから知人の協力を借りて居場所を割り出す 」

 

「知人? 」

 

「別働班SASの中にはそういった事について天才的な友をもつ人がいるんだよ 」

 

「割り出して......どうするんだリーダー? 」

 

「本当は僕自身が助けに向かいたいけど、哀歌の言っていた事が正しいなら上条が危ない可能性があるから僕は彼の所に戻るよ。高杉また送りを頼む。それが終わったら高杉だけSASに向かって欲しい 」

 

「SASへ? 」

 

「哀歌の方に増援が必要だからね 」

 

 

 

そうして護たちが自分たちを狙う敵を探り出そうとしていたころ....... 狙われた当人である哀歌は襲撃者である少女と戦っていた。

 

奇しくも2人が戦っていたのはアクセラレータと上条がぶつかり合うことになる操車場であった。

 

「ツ!.....せや! 」

 

廃材となって処分待ちの廃車を勢いよく投げつける哀歌だが目の前の少女は自分の髪が変質した刀で自分の手前で迫る廃車を切り捨ててしまう。

 

「大した怪力.....でも私にその攻撃が届くことはないから 」

 

「あなたは......誰? 」

 

「私は刀山鞘(トウセンサヤ) ......この街で保護されている原石の1人だから 」

 

「やけに......素直に話すのね.......」

 

「だって聞かれたってここであなたを倒せば問題ないから 」

 

その言葉に身構える哀歌。

 

現状、敵は良くは分からないが髪の毛を刃物のように変化させて戦っている。

 

哀歌は普段大抵の刃物使い相手なら竜人化した状態の両腕のみで対処しているが目の前の少女の理屈が分からない力で作られている刃物にそれで通じるかは分からない。

 

となるとこちらも得物を使うしかないわけだが........

 

「(正直、毎回、破壊大剣を使うのは........リスクが高いのよね....... ) 」

 

哀歌の得物であり切り札とも言える破壊大剣(ディストラクションブレード)は威力は絶大なのだがそれは出現させるたびに周りに余波を撒き散らすので毎回軽々しく使えるものではないのだ。

 

哀歌は己の右手を宙に掲げる。その動作に鞘 が首を傾げた直後哀歌の口から詠唱が流れた。

 

「聖なる龍は加護を授ける。しかして両の腕は抵抗の証、龍の加護はそこに宿らん! 」

 

次の瞬間一瞬で哀歌の両腕を不思議な武器が覆った。

 

金色に光輝き篭手の部分に龍が彫られているそれは剣身が篭手と一体化した攻防一体の剣。

 

17世紀から19世紀にかけてインドで使用された剣、パタである。

 

「?......いったいどこから? 」

 

目を丸くして驚く鞘はどうやら魔術を知らないらしい。

 

哀歌はその両腕に装着したパタを目の前でクロスさせる。

 

「あなたがいったいどんな力を持ったいるか分からないけど.......簡単に私を倒せるとは思わないことね 」

 

哀歌はその両手の刀をハサミのように構えながら鞘に向けて駆け出した。

 

「(あの髪を変質させた剣......刃物の切れ味はかなり鋭い..........だけど魔術的な武器に対してはどうかしら? ) 」

 

哀歌が突き入れる2本の剣を鞘は前で結んである髪の毛を変質させた刀で止めた。

 

「私の髪刀で......斬れない? 」

 

驚く鞘に向けて哀歌は続けざまに斬撃を浴びせかける。

 

だが鞘の方もそれまでのように何でも切り裂くことこそ出来ないものの哀歌の様々な方向から仕掛けられる高速の斬撃をいくつもの変化させた髪刀で防ぐ。

 

このままでは平行線のまま進むと考えたのか鞘は哀歌が2本同時に振り下ろしたパタを2つの髪刀で受け止め同時に残りの髪の毛を纏めて作り上げた巨大な杭を哀歌に向けて突き入れる。

 

ズゴン!という鈍い音と共に哀歌の体が吹き飛ばされ3メートルほど先の地面を転がる。

 

痛みは想像を絶した。

 

「う.......があぁぁぁぁ!? 」

 

激痛にのたうつ哀歌に向けて一歩一歩進みながら鞘は呟く。

 

「別に私にあなた達を殺す意思はないから。ただあなた達ウォールの主要メンバーを捕らえて善人のあなたのリーダーと交渉したいだけだから。だからいい加減抵抗しないでほしい 」

 

「........... いったい誰の....... 」

 

「既にあなたのリーダーは推測しているかと思うけど、学園都市統括理事の貝積継敏だけど 」

 

その言葉に哀歌はようやく納得がいった。

 

衛から携帯でその可能性があることを伝えられていたからである。

 

「どうするの?私としては早くこの役目を終わらせたいんだけど 」

 

ついに倒れる哀歌の前に立った鞘は変化させた2ふりの髪刀をその喉元に突きつける。

 

「どうするの?チェックメイトだけど 」

 

「ふ......それはどうかしらね? 」

 

「?どういうつもりか分からないんだけど 」

 

「あなたは大事な事を忘れてる......あなたは個人として戦っている。だけど私たちウォールは集団よ? これが意味することが分からない? 」

 

「まさか...... 」

 

その言葉に周囲に警戒の視線を走らせる鞘。

 

その時目の前にいたずの哀歌の姿が消えた。

 

いや、正確には消えたのではなく周囲を突然覆った暗闇に包まれたのだ。

 

「笑止.......散々、弄んでくれたじゃん統括理事の犬 」

 

その暗闇の中から滲むように人影が現れる。

 

真紅の長髪に真紅の瞳、要所にプロテクターを取り付けた防刃防弾スーツを着るその少女の名は..........

 

「私と互角だったあの子を、あんた程度にやられるのは嫌なのよね?とにかく暫くここでつきあってもらうわ。言っとくけど断るのはなしね。もし断ったら........ 」

 

轟!と彼女の右手を覆う装甲腕の周囲を炎が覆う。

 

通常の炎とは違う真紅の炎。

 

その光景に額に汗を流す鞘に向けて咲耶は言葉を投げかける。

 

「この火野咲耶が燃焼させちゃうぞ? 」

 

闇は既になく、2人がたつのは真っ白な空間。

 

その無の空間で少女と少女の短く長い戦いが始まった。



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とある両者の女子寮探索

「本当に良いのか? 」

 

「咲耶が援護に向かったそうだし、何とかなると信じるよ。敵に回せば彼女は恐ろしいけど味方としては哀歌と同等の実力者だからね 」

 

そんな会話をしながら護と高杉は上条が来るだろう場所に向かっていた。

 

その場所とは常盤台中学女子寮。

 

原作で上条が大勢の妹達(シスターズ)と遭遇したあと、事実を確かめようと美琴に会う為に来るのがここだった。

 

正直なところ護としては、どのタイミングで上条と再び合流すべきか迷った。

 

ミサカ10031号が一方通行(アクセラレータ)に殺されるのを本当のことを言えば止めたいと思っていたからだ。

 

だが今までの先例から、作品の根幹の出来事に介入してしまえばその先が本来と違う結末になりかねないことは分かっている。

 

よって考えた末に護がとった決断はあえて10031号と一方通行との戦闘は見過ごし10032号、及び美琴、上条の保護を優先するというものだった。

 

「時にリーダー。上条当麻........あいつが計画を止める鍵になると言っていたが、本当にあの第1位を倒せるのか? あいつにはリーダーでも敵わなかったんだろ? 確かに奴の右腕の特殊性は凄まじいが、それ以上に第1位の能力もヤバイもんだぜ? 」

 

「確かに第1位.......アクセラレータは強い。でも上条ならやってくれる。あいつの力は異能の力に対してはそれがどんな強力な力でも打ち勝てる可能性を秘めてる。僕は上条にかけるよ 」

 

「まあリーダーがそう言うんならこれ以上俺は言わんけどな........お、あれ上条じゃねえか? 」

 

高杉の言葉に付近を見渡す護の目に向こうから女子寮を目指して歩いて来る上条の姿が映った。

 

「上条! 」

 

「お前、護か? そちらは高杉........なんでお前らがここに? 」

 

「ちょっとな.......上条を待ってたんだ。今上条が巻きこまれている出来事に僕達も関わっているから 」

 

「! どういうことだよ! 」

 

「上条は会ったんだろ大勢の美琴の妹達に、そして見たんだろ血塗れになって路上に横たわる妹達の1人の死体を 」

 

「なんでそれを? 」

 

「僕には未来が少しわかる。だから知ってるんだよ。上条、それについては後で話す。今は落ち着いて僕の話を聞いて欲しい 」

 

「話? なんの話だよ? 」

 

「あの大勢の妹達と美琴との関係だよ。そしてその妹達が巻き込まれている悲劇について 」

 

その後の数分間で護は上条に全てを話した。

 

妹達のこと、アクセラレータのこと、美琴がやろうとしていること、それらを聞いた上条は首を捻った。

 

「信じられねえ.......大体クローンの製造なんて法律違反だろ? だったら理事会なんかに報告しちまえば........ 」

 

「馬鹿かお前は。常にこのまちは衛星で監視されてんだぞ? 統括理事会も黙認してんだよ 」

 

高杉の言葉に納得がいかない様子の上条を見て護はここは原作通り行くしかないと判断した。

 

護は拠点から持ってきていた常盤台中学女子寮の地図 (SASからの支給品)を高杉に見せつついった。

 

「高杉、この女子寮の構造は大体分かるよな? この部屋に僕達を瞬間移動させてくれ 」

 

 

 

「正直、護さんがいなかったらその類人猿をぶん殴ってやろうかと思いましたの 」

 

「ごめん。にしても会うのは久しぶりだね白井さん 」

 

「ええ多分、始めてあった時からまったく顔を合わせていなかったと思いますわよ。ところでいったい何の用事でこんなところに瞬間移動してきましたの? 」

 

白井の問いに護は即答した。

 

「ちょっと美琴のベット下のガサ入れにね 」

 

はあ?という顔を白井がした時階段を上がってくる音が聞こえてきた。

 

「マズイですわよ!寮監が上がってまいりましたの! 」

 

「だったら僕と上条はベットの下に隠れてるよ。さあ上条早く! 」

 

「ちょ.....護? 」

 

半ば強引に狭い美琴のベット下に上条を入れ自分も入り込む。

 

こうして野郎2人が乙女のベット下に潜むというシュールな光景が出来上がったがそれを作り出した本人にしてみれば真面目な行為である。

 

『てめえ護......なに考えてんだよ?』

 

『静かにするんだ上条。えっと確かこの辺りに......これだ! 』

 

小声で話しながら護が差し出したのは一枚の紙と地図、そこには護や上条が巻きこまれている計画について記されている。

 

『............これは.......この地図の中に書き込まれている印は何なんだ? 』

 

『それは......美琴が計画の妨害の為に潰そうとした施設の場所だよ 』

 

『じゃあ本当にビリビリは.... 』

 

『ああ、彼女は計画に巻き込まれてる。というか計画の発端となったのが彼女だ。そして事態は美琴1人がどうにかできるレベルをとうに越えてしまってる。だから彼女は最後の手段を取って計画を潰そうとしてる。上条にはそれを止めて欲しい 』

 

『最後の手段........おい、まさかそれって....... 』

 

『ああ、最悪な結末に繋がる方法だよ美琴がやろうとしてることはね 』

 

護の言葉に黙り込む上条。彼に取ってこれはかなり重い問題であるはずである。

 

だが上条は頷いた。

 

『俺の幻想殺しでどうにかできるならいくらでも協力するぜ。だけど護、なんでお前自身はいかないんだ? 』

 

『美琴を今の状態から救うことは僕には出来ないからだよ。僕は計画の要である一方通行(アクセラレータ)に勝てなかった。だから直接計画を止めることは出来ない。だから上条には悪いんだけど援護とサポートに徹することにしてるんだ 』

 

そこまで話した時、ひょこっとベット下に黒子が顔を覗かせた。

 

「寮監はいなくなりましたわよ。行くのなら、今のうちですわよ? 」

 

「ありがとう白井さん。じゃあ上条、今から高杉を呼ぶから上条はお前が夏休み前最後の日に美琴に雷落とされた鉄橋に向かってくれ 」

 

「分かった。護はどうするんつもりなんだ? 」

 

「僕は操車場に向かう。上条が来るまでにサポートの用意が必要だからね 」

 

上条は護がなぜ操車場に行くかを聞かなかった。それは護を信頼しているからこそだろうか。

 

とにかく2人は動き出した、学園都市の闇が生み出した計画という名の虐殺行為を止める為に。

 

 

部屋にいた白井は、護たちの話を聞いていなかったらしく護と上条にとくにつっかかる事もなかっので護は心中ほっとしていた。

 

上条は既に鉄橋に向けて移動しているため後は高杉と護が操車場に行くだけである。

 

「なあリーダー。アクセラレータの能力(ちから)はベクトル操作って言ってたよな? となると俺の得物は通じない.......瞬間移動を利用した格闘も通じない.......正直、敵う気しないぜ 」

 

「それはそうだよ。あの第1位には第4位である僕も第3位である美琴も勝てない。正直、あいつに僕らは打つ手がない 」

 

必ずしもではないけど........と心中で護は呟いた。

 

アクセラレータに対して前回の戦いで護の緋炎之護による魔術的攻撃は多少なりと効果はあった。

 

つまり魔術攻撃ならアクセラレータにダメージを与えられるということなのだが........

 

「(吸血鬼であるセルティは行方不明、哀歌は傷を負って行動不能と来てるからな.......緋炎之護の長時間の使用は体に負荷がかかることが前の戦いで分かっている僕ではアクセラレータに致命的なダメージを負わせられない........SASの魔術使用者である2人も例の襲撃者のために出払ってるし........ こういう時に.....) 」

 

「救民の杖みたいな組織の協力があればな?ですか? 」

 

「そうそう救民の.......ってはあ? 」

 

「お前いつの間にそこに!? 」

 

護と高杉の驚愕も当たり前で、護に言葉をかけてきた女性は全く気配を感じさせないまま護たちの近くまで来ていたのだ。

 

その女性の顔に護は見覚えがあった。

 

「君は........ 」

 

「覚えてましたか。お久しぶりです護さん。救民の杖のナタリーです 」

 

「なぜにナタリーさんが学園都市に.........ていうか前と格好が違いません? 」

 

「さすがにこの街であの姿は目立つので........一応、この街の大人のデザインに合わせてるんですけど...... 」

 

もしかして浮いてます?といった感じに不安げな表情をするナタリーに首を振って否定する護。

 

「そうですか、良かったホッとしました 」

 

安心した表情を見せるナタリーに高杉が疑問を投げかけた。

 

「なんで魔術組織の一員であるアンタがここにいるんだ? 」

 

「ついでに聞きたいんだけど、さっき僕の心を読まなかった? 」

 

2人の質問に少し苦笑しながらナタリーは答えた。

 

「まず私がこの街に居る理由ですが.........それはこの街で計画されている『人造神計画』という計画を止める為です。念の為に言いますけどこれに関しては統括理事長と交渉して許可を貰ってます。次に心を読んだかについてなんですけど.....はい、確かに読みました 」

 

ナタリーの返事に護と高杉は同時に黙り込む。

 

この時高杉は内心で呟いていとある人物への心の声を聞かれたのではないかと思っており護は護でさっき心の中で思っていたことをスバリ読まれていたことに恥ずかしさを覚えていた。

 

「あの......どうやって心を? 」

 

そう言う護に答えて、ナタリーはズボンのポケットから一枚のカードを取り出した。

 

「生命樹(セフィロト)と言うものを知っていますか? 私はそれを利用した術式を扱うセフィロト使いなんです。そして今護さんの心を読んだのは、このカードが示す象徴の為です。詳しい話をすると長く長くなるんですけど........ 」

 

そう言いかけたナタリーを護は手で制した。

 

「その話しは後で.......今は僕達にはやらなきゃいけないことがあるから。心を読んでいたナタリーさんなら分かると思うけど....... 」

 

「ええ、アクセラレータというこの街最強の能力者が妹達(シスターズ)という女の子を殺さないように牽制するんですね? 」

 

「その通りです。協力してもらえますか? 」

 

護の言葉にナタリーは頷いたがその表情にはどこか申し訳なさげな色があった。

 

「本来任務ではないですけどリーダーを救ってもらった恩もありますし協力させてもらいます。ただ...... 」

 

「ただ、どうしたんだ? 」

 

高杉が問う。

 

「今日は日曜日。生命樹(セフィロト)カードを使った術式は曜日に左右されます。なので今日使えるのはこの3枚だけなんです 」

 

そういってナタリーが出したのは、3枚のカード。

 

1枚目は真っ白なカードで数字の1と冠を被った王の姿が描かれており、そのカードのふちを小さなダイヤモンドが覆っている。

 

2枚目は灰色のカードで数字の2と髭をたくわえた尊厳ある顔つきの男が描かれており、そのカードのふちを小さなトルコ石が覆っている。

 

3枚目は、黄色のカードで数字の6と太陽が描かれており、そのカードのふちを小さな金が覆っている。

 

「一枚目と二枚目は曜日に関係無く使えるカードで三枚目は今日しか使えないカードです。その内二枚目の知恵のラツィエルは護さんたちの心を読んだ時に使ったもので攻撃するためのものではないので実質的に扱えるのは2つきりです。だからあまり役立てないかもしれません。 それでも構いませんか?」

 

細やかな説明を制しておいたのに普通に話したナタリーに若干呆れつつ、それでも構わないと頷いた。

 

こうしてナタリーを加えた一行は星が光り始めるころ操車場に到着した。

 

暗いな.......というのが護が抱いた印象だった。

 

まだアクセラレータは実験を始めていないのだろう操車場は静寂に包まれている。

 

「時間的にはそろそろ実験が開始されても良いはずの時間帯なんだけどな....... 」

 

「ああ、リーダーの予言通りならそろそろのはずだが...... 」

 

そういって不安げに周りを見渡す2人。

 

その時だった。

 

「あなたたちは何故ここにいるのですか?とミサカは確認を取ります 」

 

その探していた声に振り向く護。

 

「良かった......10032号だろ? すまだ実験は開始されてなかったんだね? 」

 

そう安堵する護だったが、直後に彼女が放った言葉は護を混乱の渦に叩きこんだ。

 

「あなたが言う10032号はミサカではありません、とミサカは否定します。ミサカのシリアルナンバーは19090号ですと念の為にミサカは付け加えます 」

 

「じゃあ、10032号は? 」

 

「まもなく始まる実験の為に所定の場所に待機しています、とミサカは説明します 」

 

「じゃあどうしてここに? 」

 

「実験を阻止しようとするあなたに会う為です。とミサカは説明します 」

 

「なんでそれを!? 」

 

驚く護の手をミサカ19090号は握った。驚いて彼女を見る護はミサカ19090号の瞳が涙で潤んでいることに気づいた。

 

「(妹達(シスターズ)には感情の起伏がないはずなのに......) 」

 

 

「他のミサカたちが見たあなたの行動や、布束砥信の言葉から判断しました。間違ってはいないですよね?とミサカは確認をとります 」

 

少し感情に揺れる声で話す19090号の表情には悲哀と懇願の色が見てとれた。

 

本来ならなぜ19090号が、こうなっているのか聞くところだか今はそんなことをしている時間ではない。

 

「間違ってはいないよ。確かに僕たちは計画を止めようとしてる。だから案内してくれ、アクセラレータと10032号がいる場所に 」

 

護の言葉に頷き、走り出す19090号の後を護たち3人はついて行く。

 

闇が生み出した計画をめぐる戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 



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とある車場の邂逅事件

護たちが現場に到着した時、すでに実験は開始されていた。

 

アクセラレータに対してミサカ10032号が電撃を浴びせている。

 

その閃光が闇に包まれている操車場に一時的な光をもたらしている。

 

「やばい、もう始まってる! ナタリーさん、アクセラレータの意識を少しでもこちらに引きつけておく必要があります。あなたの魔術でできますか? 」

 

「分かった。やってみます 」

 

ナタリーはポケットからカードを取り出す。その色は白。

 

『民草はエジプトより導き出されん、導くは神の力、実行するは天使の加護、天火の柱を持ってして我らを導かん! 』

 

言葉はヘブライ語の為、護たちはさっぱり分からなかったが次の瞬間護たちは度肝を抜かれた。

 

突然アクセラレータの足元に魔法陣が現れる。

 

そのことにアクセラレータが疑問を持つより早く彼に向かって天より火柱が陣に導かれるように一直線に落下し全身を包み込んだ。

 

凄まじい熱風が周りを包み込む........がアクセラレータには例え魔術であってもベクトルが伴う攻撃は完全には通じない。

 

一瞬火柱に呑まれたように見えたアクセラレータだったがすぐさまその炎を後方に逸らし、周りに警戒した視線を向ける。

 

斜め後方に吹き飛ばされた炎は、砂と風と水と火の粉に変わり空中を漂う。

 

その光景を見てアクセラレータが忌々しそうにつぶやいた。

 

「なんだァ? なんで反射が正しく働かねえんだァ? 」

 

周りに苛ついた目線を向けるアクセラレータ。

 

その視界に護たちは映らない。

 

よって護たちは次になにをするかを考える時間的余裕がある........はずだったのだが.......

 

「一方通行(アクセラレータ)! 」

 

ミサカ19090号が飛び出していってしまったためそんな暇は無くなってしまった。

 

「くそ、あいつ勝手に飛び出しやがって! 」

 

ミサカを追って飛び出した高杉が腰に差し込んである機能性炸裂弾射出機を構える。

 

狙うのはアクセラレータではない。アクセラレータに向かって走るミサカ19090号である。

 

放たれたのは麻酔弾。

 

その弾は19090号の全身に命中し一瞬で彼女の意識を奪った。

 

意識を失った19090号の体に触れて高杉は彼女を戦場から遠ざける。

 

その一連の行動を眺めていたアクセラレータが始めて動いた。

 

周りの大気のベクトルを制御したアクセラレータは竜巻のように渦巻いた強風を高杉に向けて放つ。

 

もちろん、その攻撃は高杉の瞬間移動に避けられないはずがない。

 

「馬鹿なのか、アクセラレータ! 」

 

軽くアクセラレータの攻撃を瞬間移動により避けて護のそばに着地する。

 

「リーダー、あの女は拠点に送っといた。だがこうなった以上アクセラレータとの対決は避けられないぜ 」

 

「分かっているよ高杉、上条さんがくるまでの辛抱だ。それまで僕らが時間を稼ぐんだ 」

 

コンテナの影から姿を現した護たち3人にアクセラレータの視線が向く。

 

「なンだ、なンだ、なンですかァ? 前回俺に敗れた第4位様が敗者復活戦(リベンジ)に来たってかァ? 」

 

口裂女の如き笑みを浮かべるアクセラレータに護は静かに語りかける。

 

「確かに僕は一度君の能力の前に敗れた。はっきり言って僕では君に勝てるとは思わない.......だけど、そんな僕でも、戦う力がないわけじゃない。だから僕は......... 」

 

護は手のひらをギュッと締める。彼とて17歳の少年である。正直怖くないはずがない。だがそれでも護はアクセラレータを真っ直ぐに見つめた。

 

「再び抗らう。自分の命が尽きるまで君を止めて見せる! 」

 

「イイねえ.......じゃァ見せてもらおうか! 」

 

アクセラレータの力はベクトル操作。即ちこの世界の物質の大半に働く普遍的な力である『向き』を操る能力である。

 

そんな力を持つアクセラレータはベクトルを反射に設定させることで核ミサイルの直撃すら跳ね返す無敵と呼べる防御力を持ちベクトル操作により多彩かつ強力な攻撃を相手を扱う。

 

そんな学園都市最強のレベル5の戦いはまさしく一方的な虐殺。

 

この時点でアクセラレータと戦うものにまつのは虐殺という終幕しかない。

 

だが護はそんな流れをこの先も続けさせる気はなかった。

 

今まさに飛びかかろうとベクトル操作により足元のベクトルを変化させて護に向けて高速で突き進むアクセラレータ。

 

だがアクセラレータは護に辿りつけなかった。

 

ズン!という音と共にアクセラレータの体が地面に押しつけられた。

 

「ゲホ!? 」

 

自分の身になにが起こったのかを理解できていないらしいアクセラレータが目を白黒させる。

 

「アクセラレータ。確かに君のベクトル操作、ベクトル反射は最強と呼べる力だよ。正直、僕の技の殆どは君に通じない。なにしろ僕が君に前回出した技は周りの重力を集めて『向き』を変え相手に放つ技だったからね 」

 

真上からかかる力に地面に縫い止められたかのように動けないアクセラレータに向けて護は目線を向け続ける。

 

「だけど君の能力にも穴がないわけじゃない。君が無意識に常に設定している反射、これがあるかぎり誰も君に攻撃を与えられない........だけど君は反射に2つの例外を設けている。自分が当たり前に生きる上で必要なもの。即ち酸素と重力だ。君はその例外を操る僕の力で今、地面に縫い付けられているというわけだよ 」

 

「.......そうか、確かテメエは重力を操るレベル5だったンだよなァ 」

 

「そうだ、アクセラレータ。今君がその状態から開放されたいなら重力を反射するしかない。だけどそれをしたら君は大変なことになる。そのくらい学園都市最高の頭脳を持つ君なら分かるだろう? 」

 

「あァ、そうだなァ......だがよ、一つ忘れてンじゃねえのかァ?俺の力はベクトル操作、そしてその力はあらゆるベクトルを観測し、触れただけで変換する能力。 確かに俺は今テメエの力で動けねえが......ベクトルに触れてないわけじゃないンだぜ! 」

 

次の瞬間、護の周囲の大気がかき混ぜられ、M7クラスの暴風となって護の体を吹き飛ばした。

 

「な!? 」

 

中空に吹き飛ばされ、そのまま真っ逆さまに落ちて行く護だが重力操作によりなんとか地面に無事に着地する。

 

だがそこにアクセラレータがベクトルを操作し放った列車用のコンテナが突っ込んでくる。

 

「超重力砲(グラビティブラスト)! 」

 

護が放った重力波がコンテナを吹き飛ばす。だがその隙をついたアクセラレータの拳が真っ直ぐに護の顔を捉える。

 

「がは! 」

 

ベクトルを利用した拳の一撃は彼の細身の体から放たれたと思えない重さを持つ。

 

そのまま吹き飛ばされた護は並びたつコンテナの一つにぶち当たりコンテナの側面にめり込みをつくる。

 

そのまま地面に崩れ落ちる護を見てアクセラレータは歪んだ笑みを浮かべる。

 

「まずは1人ってことかァ。さて、次は誰が暇潰しに付き合う気かァ? 」

 

既に護の重力操作から開放され自由になっているアクセラレータが次に目をやったのは救民の杖のナタリーである。

 

「第4位は重力操作、そこの奴は瞬間移動系能力者(テレポーター)

、となるとさっきの火柱を起こしたのはテメエだよなァ?どんな理屈かしンねえが反射を狂わせた不確定要素は早めに潰さしてもらおうか! 」

 

言葉と共にアクセラレータは周囲に積まれている鉄骨に触れる。

 

その途端、ベクトルを操作された鉄骨が凄まじい勢いでナタリーに襲いかかる。

 

「エロハが示すは世界樹(セフィロト)の中、その力が示すは太陽、黄金(アカツキ)の光を持って汝が敵を打ち砕かん! 」

 

彼女が言葉を放った途端、手にもつカードが爆発的な閃光を発する。その光は光線となって直進し、迫る鉄骨を一瞬で消しさった。

 

当然、その先にいるアクセラレータに光線は向かう。

 

「ち! 」

 

舌打ちしつつアクセラレータはその光線を避けるためベクトル操作により背中に竜巻の小型版のようなものを纏わせ宙に舞い上がる。

 

直後、光線がアクセラレータのいた場所の後方にあったコンテナに直撃し、その側面に大穴を開けた。だが光の効力はそこまでのようで、そこで光は消えた。

 

アクセラレータは空中に滞空しつつ光を放ったナタリーを忌々しげに見た。

 

以前のアクセラレータなら敵の攻撃をわざわざ避けようなどと考えもしなかっただろう。

 

だが数週間前の第4位との戦いの際に、突如現れた奇妙な少女にアクセラレータはベクトル反射を素通りする攻撃で一方的に倒された。

 

今も下でカードを構えるナタリーはその時の少女ほどではないがベクトル反射に異常をきたすような攻撃をしてくる。よってアクセラレータはナタリーの攻撃を避けたのだ。

 

上空のアクセラレータと下のナタリーの視線がぶつかり合う。

 

刹那、アクセラレータは自らを覆う保護膜に触れている大気のベクトルを操作する。

 

ナタリー周辺の大気が揺らぎ、その全てのベクトルがアクセラレータの手中に収まる。

 

「ヒャハハ! 吹き飛べ! 」

 

アクセラレータの奇声にナタリーが身構えた直後、彼女の体は一瞬で遥か高空に吹き上げられた。

 

「畜生! 」

 

ナタリーが魔術師とは言え、そんな高さから落ちれば確実に死ぬ。そう高杉が考えたのは当然だった。

 

無限移動により空中にいるナタリーをお姫様だっこする高杉。

 

だがそれで助けられたわけではない。なにしろまだ周辺の大気はアクセラレータに支配されたままなのだから。

 

アクセラレータの力によって巻き起こされた幾つもの巨大な竜巻が四方八方からナタリーを抱いたままの高杉を襲う。

 

瞬間移動で避ける高杉だが移動した先にも直ぐに竜巻が迫る。地面に着地しても逃げられない。このまま逃走しようにもリーダーを置き去りにしたまま逃げるわけにはいかない。

 

しかもアクセラレータは少しでも距離を置こうとする高杉をあざ笑うかのように背中に小規模の竜巻のようなものを作り出し距離を詰めながら竜巻をぶつけてくる。

 

つまり逃げられないのだ。高杉の『無限移動』は正確な位置と座標が分かればその距離を無視して移動できるが、その為には精密な座標計算が必要になる。

 

だがナタリーを抱えた状態で、それもアクセラレータの攻撃を避ける為に常に瞬間移動をしなければならない状態での長距離移動用の座標計算は殆ど無理である。

 

よって高杉はひたすらアクセラレータの攻撃を避けるしかない状況に陥っているのだが......

 

アクセラレータがそんな高杉の隙を見逃すはずがなかった。

 

竜巻の攻撃ばかりを想定していた高杉はアクセラレータが移動しつつ触れていた鉄骨をベクトル操作して高杉に向けて放ったのを見て慌てて瞬間移動する。だが移動した高杉の目に映ったのは視界一杯に入る巨大なコンテナ。

 

アクセラレータは高杉の瞬間移動の行動パターンから移動の未来予測地点を計算し、そこに向けて強風でコンテナを吹き飛ばしたのだ。

 

高杉に避ける術はなかった。

 

刹那、突然高杉達の頭上を何かが舞い、地面で炸裂する。炸裂した何かが消えた後に残ったのは奇妙な文字。

 

その直後、突然声が響いた。

 

「アモン! 」

 

その声が響いた瞬間、地面から壁が湧き出す様に現れた。

 

いや、それは壁ではない。巨大な土人形の体である。

 

「おい、学園都市最強の能力者。うちのメンバーが世話になったな 」

 

高杉達の後方から聞こえて来た声にアクセラレータが訝しげな目線を向ける。

 

「だれだァ、てめえは 」

 

アクセラレータの言葉に少年は口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「律法学者(ラビ)、ダビデだ。そこの奴の同僚さ。悪いが貴重な組織の人材を殺させるわけにはいかねえんだ 」

 

前方でいくども続く異常事態に半ば混乱するアクセラレータ。

 

そんなアクセラレータに後方からも異常事態が襲いかかる。

 

「第壱の技、緋炎斬波!」

 

声とともに放たれた緋色の炎はアクセラレータに届く事は無く保護膜に触れた瞬間、斜め後方にそれて行く。

 

だがその攻撃は間違いなくアクセラレータのベクトル反射に異常をきたしていた。

 

「この声は......第4位......まさか、あの時の? 」

 

いつものふざけた調子の言葉使いが消えているアクセラレータに向けて、ボロボロの体を動かし立ち上がった護は己の武器、アクセラレータに唯一対抗できる自らの力、緋炎之護の切っ先を突きつける。

 

「これ以上、やらせはしないよアクセラレータ。まもなく僕達の切札が来る、それまで付き合ってもらうよ! 」

 

「切札だァ? いったい何を言ってやがる? 」

 

「それについてはすぐ分かるさ。今は........ 」

 

護の十文字槍にダビデのゴーレムアモン、2つの異質な武器がアクセラレータに向けられる。

 

「お前の力で対応しきれない異質な攻撃に注意を向けるべきだぜ! 」

 

護の言葉を継いだダビデの手が振り下ろされアモンの開かれた口から凄まじい業火が迸る。

 

それをベクトル反射で反らすアクセラレータに向けて護が緋炎之護を構えて突っ込む。

 

「第伍の技、緋龍炎撃! 」

 

勢いよく振られた緋炎之護から炎の龍が放たれたる。

 

アクセラレータは前回の戦いでこの攻撃を反射膜を持ってしても受け流せずダメージを負っていた。

 

よってこの攻撃が放たれたとたん顔色を変えた。

 

アクセラレータに制御されたままの大気が渦を巻き巨大な竜巻となって緋龍と衝突する。

 

凄まじい轟音と熱波が周り一帯に広がり、衝撃波が積んである鉄骨を吹き飛ばし、巻きこまれないようアクセラレータの注意から逃れた高杉が遠距離瞬間移動を行った。

 

近距離で同等の熱量を纏った衝撃波を受けた護とアクセラレータだが、アクセラレータが保護膜の加護によりそれらを全て弾いたのに対して護は通常の衝撃波にアクセラレータが反射した衝撃波が加わり凄まじい力に押され勢いよく後方に吹き飛んだ。

 

だがアクセラレータにそれを追撃する余裕はない。背後から業火を浴びせ続けている鳥頭のゴーレムがいるからだ。

 

「なめンじゃねえぞォ! 」

 

返し刀.......いや、この場合は返し拳でベクトル操作により加速した右手をゴーレムにぶち当て全身にヒビを走らせバラバラにするアクセラレータ。

 

だが武器を破壊されたダビデに焦りはない。

 

それに違和感を覚えた直後、アクセラレータは背後で響く音に戦慄した。

 

慌てて後ろを振り返るアクセラレータの前で自分が崩したはずのゴーレムがズズズズ と音を立てて再生していく。

 

「生憎だが、ゴーレムは壊しても壊しても再生する。そう簡単に倒せないぜ。さて、今回は本気を出すぜ? 」

 

刹那、ダビデは巨大な火薬玉のようなものを取り出した。

 

導火線のようなものの付いた古典的なそれに火をつけ放り投げる。

 

なんらかの爆発攻撃かと警戒するアクセラレータだが直後に首を傾げた。

 

確かにダビデは火薬玉を放り投げた。だがその投げた向きはほぼ真上。明らかにアクセラレータに向けて投げてはいない。

 

その上、ダビデ本人は火薬玉から逃れるように後方に走っている。

 

アクセラレータが見上げる前で火薬玉は爆発した。

 

刹那、その火薬玉から飛び出したのは無数の子弾、正確に言えば特殊なペイント弾である。

 

地面で間隔を開けて71箇所に着弾したペイント弾がはじけ地面に文字を現出させる。

 

「あの文字......さっきの!? 」

 

アクセラレータが警戒し身構えた直後71箇所の文字が描かれた場所から71体の巨体が湧き出してきた。

 

「さて、そんじゃ楽しんでもらおうかぁ。この『72柱の巨魔』で 」

 

その昔、エルサレムにソロモンという王がいた。

 

このソロモン王はエルサレム神殿を築く際、神から授かった指輪を使って72体の悪魔を使役し神殿を完成させたという。

 

ダビデの術式はこの伝承をベースにしている。

 

即ち現れた71体のゴーレムと最初に出現したゴーレムアモンはそれぞれソロモンが使役したといわれる悪魔の象徴を刻み込まれた擬似悪魔と言うべき存在なのだ。

 

結社随一のゴーレム使いであるダビデ。その彼が使役する巨大な擬似悪魔達がアクセラレータの前に立ちはだかる。

 

「さあ、饗宴(パーティー)の始まりだ。とくと味わえ! 」

 

ダビデの叫びと共にゴーレムたちが一斉にアクセラレータに襲いかかった。

 

妹達(シスターズ)を巡る一連のながれは既に原作の流れから、少なくともこの時点では外れていた。

 

原作ではこの時点ではあり得なかった魔術(ダビデ)と科学(アクセラレータ)の邂逅。

 

これが何を示すのかを知るのはただ神のみ。

 

 



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とある術師の擬似魔術

アクセラレータとダビデの戦いは激しさを増していた。

 

アクセラレータにとって自分と接戦を演じる相手と戦うのは久しぶりであり、すこし歓喜が混じっている様な表情を浮かべながらベクトル操作による攻撃をかけていく。

 

一方のダビデにしても、科学側にしろ魔術側にしろ72体のゴーレムによる同時攻撃を相手に互角以上の戦いを展開する相手との戦いに高揚感と興奮を感じていた。結社一のゴーレム使いである彼はまた生粋の戦闘狂でもあるのだ。

 

「ゴーレム72体の攻撃でも潰れんか。こいつは大した大物だぜ.......こいつ相手にはむしろ数で押さない方が良いかもな 」

 

ダビデは別に吸血鬼や人造神のような人外の存在ではない。よって体内で精製するマナには限りがある。72体もの擬似悪魔(ゴーレム)を同時に使役する状態をいつまでも維持できる訳ではない。

 

つまり、長期戦はダビデに不利なのだ。ゴーレム72体を同時に操る術式『72柱の巨魔 』はダビデが扱う術式の中でも最強の威力を誇る。擬似体とは言え悪魔をモデルにしたゴーレムの力はは絶大でありそれの集団攻撃は今まで結社の敵としてダビデの前に現れた者をただ1人の例外を除いて叩き潰してきた。

 

だがそんな強大なはずの攻撃が目の前の敵、アクセラレータには通じない。いくらゴーレムがその巨大な拳を振り下ろそうが、それぞれの悪魔を象徴する魔術攻撃を加えようが、その全てが例外なくアクセラレータの斜め後方にそらされてしまう。

 

「(........あいつがなんらかの力を使ってるってのは理解できるんだが........狙いを逸らす力とかか?だがそれなら『全ての攻撃を斜め後方に逸らす』意味が分からねえ.......それにウォールの瞬間移動野郎とナタリーを狙った時の攻撃は『狙いを逸らす力』で出来るものとは思えない............くそ!科学側についての知識なんてそうあるわけないだろうが........分る事は、こいつが能力者の中でもかなりの実力者だろうってことだけか.....) 」

 

アクセラレータに対する考察を行いながらダビデは72体にアクセラレータの意識が向いているのを確認した上で懐から取り出したチョークで地面に紋様を描く。

 

「神(ヤハウェ)を信じぬものは地に飲まれん。かつての反逆者共と同様、永久(とわ)に奈落のそこに封じられんことを! 」

 

ダビデの叫びと共に地面に描かれた文字が光を放つ。

 

刹那、文字が描かれた地面を起点にアクセラレータが立つ場所にまで地面に一直線にヒビが入る。

 

アクセラレータが首を傾げた直後、彼の足元の地面がパックリと大きく口を開いた。

 

そのままアクセラレータの体は奈落の底に向けて自然落下する......訳がなく背中に発生させた小規模の竜巻のようなもので滞空した。だが、直後アクセラレータの表情が曇る。

 

「これは......下から引力が? 」

 

「その通り、悪魔が住まう地獄が地下にあると仮定し、擬似悪魔たちをその象徴として地下に一定の位置に配置することで発動する。ユダヤの神、ヤハウェに逆らった反逆者や異教の者を神が地の底に落としたという逸話を元にした術式さ 」

 

引力という下向きのベクトルを操作して上向きにしようとしているにも関わらず、能力を使った干渉が出来ないという異常事態にアクセラレータの額を汗が流れる。それは端的に彼の焦りを示していた。

 

アクセラレータが焦るということは色々と珍しい。だがもちろんダビデにそんなことが分るはずがない。

 

「くそがァ!? 何をしやがったァ! 」

 

既に体の半分以上を穴の中に吸い込まれている状態で怒りの叫びを上げるアクセラレータだが、いくら声を荒げようが穴からの引力は弱まることも消えることもない。強くもならず弱くもならず一定の強さの吸引力を発生させる穴にアクセラレータの体はゆっくりとしかし確実に吸い込まれていく。

 

「じゃあな、最強の能力者 」

 

彼の言葉と共に、ついにアクセラレータの体は全て、穴に飲み込まれた。

 

それと同時に2つに別れていた地面は引かれあうようにくっついてもとの形を成す。

 

 

静けさが戻った操車場でダビデは周囲に目をやり、コンテナの影からこちらに視線を向けているミサカ10032号に気づいた。

 

「(あれは......この騒動に巻き込まれた一般人か? どこかで見たような顔つきをしているが......) 」

 

彼が妹達(シスターズ)について多少なりと知識を持っていれば、ウォールメンバーである美希に容姿が似ていることに気がついただろう。

 

だがダビデは科学側についての知識に明るくはない。

 

よって当然ながらその事実に彼は気づく事はなかった。

 

「大丈夫か? さっきの戦いに巻き込まれなかったか? 」

 

「ミサカは大丈夫です.....とミサカ10032号は返答します。なにより実験に参加していたのは私なのです。とミサカは事実を宣告します 」

 

思わぬ言葉にダビデの顔に動揺の色が広がった。

 

「お前が実験の参加者? そりゃあどういう....... 」

 

「気を抜くなダビデ! 」

 

ダビデの声は、途中で途切れた。

 

彼の声を遮ったのは、アクセラレータとの戦いで吹き飛ばされていた護だった。

 

「お前、無事だったのか! 安心しろ、あの能力者は擬似地獄に落とした、当分上がってはこられない! 」

 

「あの規格外のレベル5に常識は通用しないんだ!彼が、アクセラレータが本気を出せば、魔術ですら破られる可能性も.....! 」

 

そう護が言いかけた時、唐突に地面が揺れた。

 

あまりの揺れにダビデも護も、そしてミサカ10032号まで思わず地面にへたり込んでしまった。そんな立つ事もできない状態の3人の前で地面が地層ごと爆発するように吹き飛んだ。

 

とっさに重力による壁をつくり、吹き飛んで来た様々な凶器を防いだ護はその爆煙の先に見たくない人物の影を見た。

 

「いやァ、死ぬかと思った。何ですかァ?あの意味不明な能力は? 俺の力による干渉を防ぐなんて、どんな自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を作り上げてんだァ? 」

 

まるっきり巫山戯ているような、口調でアクセラレータは語る。

 

「このアクセラレータを相手にして、ここまで戦ったことは褒めてやるよ。だが、ざンねんながらここまでだ 」

 

「なにを馬鹿な! 俺の『72柱』は健在なんだぞ? 擬似地獄を崩された程度で俺の力は消えはしない! 」

 

ダビデの声に応えるように地下の配置から解かれた72体のゴーレムが次々と地の底から湧き出るように姿を現す。

 

「所詮、振り出しに戻っただけだろうが、能力者! 」

 

ダビデの叫びと共に既に地表に現れているゴーレムたちが一斉にアクセラレータに襲いかかる......はずだった。

 

だがその攻撃がアクセラレータに届くことはなかった。なぜなら攻撃が届くより先に地上に現れていたゴーレム全てを旋風が吹き飛ばしたからだ。

 

「言ったはずだぞ!いくら攻撃しても........」

 

「再生するから大丈夫ってかァ? 」

 

アクセラレータの言葉に訝しげな表情になるダビデだが、その疑問にアクセラレータが答えるわけもない。

 

次の瞬間、足元の運動量のベクトルを操作したアクセラレータが高速で一番近くにいるゴーレムに向けて駆けた。

 

アクセラレータの平屋くらいは軽く吹き飛ばしそうな旋風攻撃を受けてもゴーレムは完全には破壊されておらず再生を始めている。

 

だがアクセラレータがそのゴーレムの表面に触れたとたん変化が起きた。先程まで再生していたはずのゴーレムが逆に凄まじい勢いで崩壊し、やがでバラバラになった。

 

「再生が、働いていない? なにをした! 」

 

「あァ?単純な事だ。お前の操る人形の『再生』は確かに面倒な力だが、よく見りゃァ、一定の向き(ベクトル)によって再生活動を行ってることが分かる。なら話は簡単だ.....『再生』のベクトルを逆にしちまえば、人形は『崩壊』するってことだろォ? 」

 

その言葉にダビデの顔を驚愕の色が染めた。

 

自分のゴーレムが一度に崩壊に追い込まれ、内部の制御装置であるジェムまで一緒に崩壊させらた以上、ゴーレム使いであるダビデは全ての手を縛られたのと同じだ。

 

思考停止に陥るダビデに向けてアクセラレータは矛先を変え突っ込んで来ようとする。

 

「緋炎之護! 」

 

緋炎を纏いし十文字槍を構え、護はアクセラレータに向けて駆けた。

 

自分の技を封じられ呆然としているダビデに向けてアクセラレータの手が伸びようとしていた。その手がダビデに触れてしまえば、一瞬でダビデの全身の血流は逆流し即死にもなりかねない。

 

その悲劇は間一髪の所で護が緋炎之護をアクセラレータに突き入れたことで回避された。

 

だが当然ながら邪魔されたアクセラレータの方は黙ってはいない。刹那、運動量のベクトルを操作したアクセラレータの蹴りの一撃がとっさに槍を横向きに構えて防御の体勢をとった護の体を吹き飛ばした。

 

受け身の体勢をとる暇もなく地面に叩きつけられ呻く護に向けて上空に飛び上がったアクセラレータが飛び蹴りの体勢で突っ込んでくる。

 

「つ!緋球爆散! 」

 

護の叫びと共に突如槍の穂先に出現した緋色の炎球が爆発し、その衝撃波で護はかなり強引にアクセラレータからの攻撃を避けた。

 

だがアクセラレータの攻撃はそれで終わりではない。飛び蹴りによって先程まで護が居た場所にクレーターを作り上げたアクセラレータだが彼はそこで攻撃の手を緩めたりはしない。

 

すぐさま護がいる場所に高速で迫って来た。

 

護は体内に宿る神、ルーの助力によって限界まで高められている筋力を使い一気に真上に飛び上がりアクセラレータの攻撃を避けるが、そこにアクセラレータの追撃が来る。

 

ベクトルを操作された風が暴風と化し、容赦なく護の体を振り回す。強風に翻弄される護に向けてアクセラレータは引き千切られたレールを次々と放つ。

 

一方の護は落下しながら緋炎之護で片っ端から放たれて来るレールを両断していたが、そこでアクセラレータから予想外の大物が放たれた。

 

「馬鹿な!? 」

 

馬鹿なもなにもアクセラレータの力から言って可能なことではあるし、理屈的には理解できないこともないのだが、アクセラレータはコンテナを護に向けて放ってきた。

 

空を重く切り裂きながら、その巨大さからはあり得ないはずのスピードで迫るコンテナ。それに対して護は当然ながら護は回避行動をとったのだが直後、ある事に気づいた。

 

避けられた筈のアクセラレータの顔に笑みが浮かんでいる事に、そして自分が避けるために移動した場所の正面に、正確に2つ目のコンテナが迫っていることに。

 

「しまっ....!緋炎剛壁! 」

 

とっさに護が叫び、炎の壁が彼の前に現れた直後、2つ目のコンテナが容赦なく炎の壁を突き破り彼の体に直撃した。

 

 

 

 



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とある少年の一大決意

苦痛の声を上げる間もなく護の体はコンテナに押され.........と言うか吹き飛ばされて操車場から離れていく。

 

だが、次の瞬間護は操車場のアクセラレータから少し離れた場所にいた。

 

「あれ.......? 」

 

「無茶しすぎだぜリーダー。俺たちがするのは本命が来るまでの時間稼ぎだったんだろ? 」

 

そう言って、腰にさしていた機能性炸裂弾射出機を取り出した人物を見て護は驚きに目を見開いた。

 

「高杉? ナタリーさんと一緒に下がったはずじゃ....... 」

 

「あの外人さんはとっくに後方に下げさせたよ。だがメンバーである俺がリーダーを放って置いて下がったままという訳にはいかないだろ? 」

 

そう言いながら笑う高杉だが、正直彼自身笑っていられるほど余裕があるわけじゃなかった。

 

高杉の能力ではアクセラレータに対して歯が立たないからである。

 

現状、たとえ護の全力、高杉の全力で挑んだとしてもアクセラレータに対して勝ち目はない。

 

それは高杉にも分かっていた。だが、だから戦わないという選択肢は最初から考えていなかった。

 

「だけどまだ上条さんは来ていない......僕らだけでこれ以上時間稼ぎするのは難しいぞ 」

 

そう言う護に高杉は力ない笑みを浮かべながら応えた。

 

「それは俺だって分かっているよリーダー。だけどここでリーダーを連れて逃げたって俺たちと同じ暗部の連中が企てた計画に介入したんだから逃げ場はない。だったら戦うしかないぜ 」

 

高杉の言葉に護は心の中で頷いた。護は知っている。この計画を含めた一連の流れを仕組んだのはアレイスターであることを。

 

そしてアレイスターの計画の中に本来、自分たちウォールのメンバーがアクセラレータと戦うことなど含まれてはいないことを。

 

そしてもちろん、計画の中に護たちがアクセラレータに殺されない予定などないことも。

 

現状もはや護が頼ることのできる存在は一つしかいない。彼の内部に宿りしアイルランドの神ルーである。

 

そのルーに護は心の中で呼びかけた。

 

アクセラレータがこの場所までくるにはまだ時間がある。

 

『ルー、聞こえてる? 』

 

『ああ、聞こえているぞ少年 』

 

『今の状況だと上条さんが到着する前に僕が殺されそうだよ。残念だけど緋炎之護を使ってもアクセラレータに勝つことはできなさそうだよ 』

 

『そのようだな........ 』

 

『ねえ、ルー。なにか、あのアクセラレータと対等以上に戦える方法はないかな? 』

 

『無いわけではないかもしれん.......だが、その方法は...... 』

 

『なにかあるの? 』

 

『リスクがある。それも少年にとっては難しいリスクが 』

 

『それは、どんな? 』

 

『元の世界に戻れなくなる可能性がある 』

 

そのルーの言葉に護の中の全てが一時停止した。

 

もちろん護はこれまでに『それ』を意識していなかったわけではない。むしろ、今までのこの世界に来てからの日々の中で幾度となく考えてきていた。

 

そして今は一応ではあるが『この世界を自分の世界と認める』と結論を出している。

 

だが『神』であるルーの口から現実的なリスクとして『それ』を告げられ、護の心は大きく揺さぶられる。人間はそう1度抱いた想いを消去できない。

 

もしかしたら、まだ元の世界に戻れる可能性もあるかもしれないという希望は今だに護の心の片隅に存在し続けているのだ。

 

そして今までは、戻れる可能性を否定する要因が無かった。だから護の中で『それ』に関することは安定していたのである。

 

『戻れなくなる.....ってどうして? 』

 

『少年、君があの能力者に対抗する為の手は私との魂の一時的な融合を必要とするのだ。そして、その行為は異世界の住人であった君の魂をこの世界の魂に近づけかねない 』

 

『それは.....必ずそうなるの? 』

 

『必ずとは言えん。だがその可能性は高い 』

 

『..........それで、そのリスクを負って使える対抗策ってのは? 』

 

『元々、名などない........だがあえて名をつけるとすれば........そうだな、神化とでも言えばよいだろう 』

 

『しんか? それは生物学的な進化のこと? 』

 

『神に化けると書く方の神化だ。その状態になれば君は一時的に完全ではないが私と同じ存在になりあの能力者と互角以上の戦いを演じられるはずだ 』

 

その言葉に護は迷った。現状取れる選択肢は2つきり。アクセラレータに身動きも出来ないまま殺されるか、禁断の果実に手を伸ばしてでもアクセラレータと戦うかである。

 

護は一度目を閉じ深呼吸をした。直前の防御が多少なりと役にたったのか肺や肋骨には深刻なダメージは無かったようで呼吸で痛みは走らない。

 

そして目を開けたとき、そこに迷いの色はなくなっていた。

 

『分かった、ルー。その神化をやるよ 』

 

『それで本当に良いのか?この世界に魂を縛られてしまうかもしれないのだぞ? 』

 

そう念を押すルーに護は口元に僅かな微笑を浮かべて言った。

 

『ルーは優しいところがあるんだな。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。もう決めたんだ。今まで僕の迷いが何度も仲間を危険に晒して来た。だから僕はもう迷わない 』

 

『そうか........ならば、私ももうこれ以上は何も問わん......良いか、今から私が伝えることを実行するのだ.... 』

 

「おーい.......リーダー? 大丈夫か? 」

 

そう心配そうに言う高杉に護を何かを決めた瞳を向けた。

 

「高杉、今から上条が向かった鉄橋に行ってほしい。そして御坂に伝えてほしいことがある 」

 

護の伝えてほしい内容を聞いて高杉は疑問符を頭に浮かべ、同時に再びリーダーを置き去りにすることに躊躇したが護の強い要求に渋々了解し、瞬間移動した。

 

そうしてルーが話し始めた直後、アクセラレータが上空から護の前に舞い降りて来た。

 

「いやァ、どこにいっちまったンかと思ったらこンな所にいやがったかァ。やっと見つけたぜ糞野郎が......覚悟はできてンだろォなァ? 」

 

そう言って護に嘲笑を向けるアクセラレータだがそれに対して護は何の反応も示さない。

 

その姿にアクセラレータの表情が不快げに歪んだ。

 

「てめェ、聞こえてンのかァ! 」

 

「分かった 」

 

「あァ? 」

 

「君に......対して言った......んじゃないよ......アクセラレータ 」

 

「どういう意味だァ? 」

 

「今君が......知ることじゃ.......ない。それ......について君が.....知るのは.......もっと後だよ 」

 

そう言いながら、護は体をゆっくりとした動作で起こす。全身を凄まじい激痛が走るが、それら全てを歯を食いしばって耐え、何とか立ち上がったままの態勢を維持する。

 

「今は......目の前の敵に......集中した方が.......良いよ 」

 

「はァ?すでに満身創痍のお前がなに言って....... 」

 

「神化、命名『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(システム)』 」

 

その言葉が護の口から出た次の瞬間、彼の体を巨大な火柱が包み込んだ。



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とある一位と最終決戦

「!? 」

 

さすがに驚き、慌てて後方に2メートルほど飛びのいたアクセラレータは目の前で燃え昇る火柱を信じられないといった表情で見つめた。

 

「(液化爆薬でも仕込んでやがったのか?だがそれにしては爆発の規模がデカすぎンぞォ?) 」

 

頭の上に疑問符を浮かべるアクセラレータにお構いなしに火柱の演出は直ぐに終わった。

 

その火柱が消えた場所、そこに立っている人物を見てアクセラレータの表情が驚きに染められた。

 

 

「誰だ、てめェは? 」

 

愚問とも言える質問だったが、それでもアクセラレータは問わずにはいられなかった。

 

なぜなら、どう見ても2メートル先に立つ人物は先程まで満身創痍でなんとか立っていた第4位と同じ人物とは思えなかったからである。

 

「そんな分かり切ったことを聞く必要があるのかねアクセラレータ。君の頭脳ならすでに分かっていると思うがね 」

 

口調がかなり変わっている護だがアクセラレータはそれに気づいている余裕はなかった。

 

護は自分の姿を確認して満足げに頷いた。

 

「成る程、確かにこれなら対抗できるかもしれんな 」

 

彼の手には既に緋炎之護は無かった。その代わりに全身を緋色の炎が包み込み、さながら炎の衣を纏っているかのようになっており、彼自身が神々しい光を発しており、瞳、髪、皮膚さえも緋炎色に染まっている。

 

まさしく神話の光景。ユダヤ教の預言者であるエリヤ、ギリシャ神話の英雄であるヘラクレス、そして十字教の教祖である神の子、これらの人物の共通点、『人の身から神の身に上がった存在』、それを体現する姿へと護は変貌していた。

 

「さて.....それでは始めさせてもらおうかアクセラレータ 」

 

その言葉にアクセラレータは何らかのアクションを予測し、先制攻撃を浴びせかけようとした。だが次の瞬間、衝撃と共にアクセラレータの視界から唐突に護が消えた。

 

「(なぜやつが......いや、奴が消えたンじゃねえ.....俺が吹き飛ばされて.......! ) 」

 

その事実に気付いた時には彼の体は、既に操車場までの数キロを吹き飛ばされていた。

 

彼の無敵を誇るベクトル反射の防御を完全に素通りし正面からの打撃攻撃で容赦なく吹き飛ばされたアクセラレータは無様に地面を転がった。

 

落下直前に運動量のベクトルを操作し、その衝撃によるダメージを最小限に抑えたアクセラレータだったが、それ以前に護からのどういった攻撃かも見えなかった程の高速打撃によるダメージが彼の体を痛めつけ、全身の筋肉と内臓、骨と血管に苦痛を訴えさせている。

 

「(あの攻撃は.....何だ?その瞬間すら見えなかった......しかも膜を....素通りして........) 」

 

アクセラレータが事態を把握するのを待たず、どうやったか数キロを一瞬で移動してきた護の蹴りがアクセラレータに向けて放たれた。

 

むりやり足を蹴り出し、強引に体を起こして回避するアクセラレータだったが背中を押すような衝撃波に吹き飛ばされた。

 

直撃で無くてもそれだけの威力......だがアクセラレータはそれに対してではなく別の事実に驚愕していた。

 

「(さっぱり理屈は分かンねェが、あの正体不明の攻撃が防御を素通りするのは理解してた........だが、地面との高速での接触で発生した衝撃波にまで防御をすり抜ける効果があンのはおかしいだろうがァ!) 」

 

膜をすり抜けてくる直接打撃に関してはまだ『何らかの法則でベクトル反射膜を素通りする能力』を使っているからだとなかば強引ながらも納得させることができる。

 

だが本来、能力(チカラ)と無縁の筈のただの地面がいくら能力攻撃との接触により衝撃波を発したところで、それに能力の効能が添付されることは基本ない。

 

そんな事実を踏まえた上で、それを覆す事象に混乱するアクセラレータにお構いなしに神化した護の追撃が襲いかかる。

 

「逃がさない!御坂の為にも! 」

 

護の速さに避けきれないと判断したアクセラレータはあえて正面から相対することを選んだ。敵の能力(チカラ)が自分の能力に対抗しうることを認めた上で、それを自分の力で打ち破るために。

 

「(ナメてンじゃねえぞォォォォォォ!!) 」

 

急激に運動量のベクトルを操作したアクセラレータの右拳の一撃は正面から突っ込んできた護の顔を捉えた。

 

接触は文字通り一瞬、軽い感触があった次の瞬間には護の姿は今度こそ本当にアクセラレータの前からかき消えた。

 

刹那、遠方に積み上げられていたコンテナの集団がバラバラに崩れていき、派手に地面に激突し中身をぶちまけていく。

 

「(攻撃は.......通じた......となると奴の攻撃は俺の防御を素通りしてダメージを与えるが逆にこちらからの攻撃も一応ダメージを与えられるってわけかァ?.

.......) 」

 

そう考え視線を変えたアクセラレータは思わず全身を硬直させた。

 

なぜなら、先程自分が確かに吹き飛ばしたはずの人物。古門護が目の前にいたからだ。

 

「残念だなアクセラレータ。あの程度では、まだ私は殺せない 」

 

あまりの事実に絶句するアクセラレータに護は瞳を向ける。

 

「神化、レベル1 」

 

そう呟きながら護が繰り出した拳はアクセラレータの胸に直撃した。だが先程までのような威力ではない。

 

その威力はあくまで人に殴られたのと同じ。違う所があるとすれば、その攻撃がアクセラレータの防御を無効にしていることである。

 

だがそれでも、先程の高速打撃によるダメージが蓄積しているアクセラレータの身体は悲鳴を上げた。

 

「(なぜだ?確かに俺の拳は奴を吹き飛ばしたはず......) 」

 

そんなアクセラレータの内心を表情から読んだのか護は彼に答えを提示する。

 

「不思議そうな顔をしているなアクセラレータ。単純なことだよ、君は私を殴ったと錯覚しただけだ。君は実際は私を殴れていない。君が正面から来た私に攻撃を当てようとした時、実際は私は高速で君を飛び越えることで君の攻撃を回避していた。君が攻撃を当てる直前に視界に捉えていたのはいわば私の分身.......残像だったのだよ 」

 

「馬鹿な!? ならあのコンテナはなンで......... 」

 

「私がやったのよアクセラレータ 」

 

思わぬ人物からの言葉にアクセラレータの視線がそちらに向く。

 

そこに立つのは学園都市レベル5の第3位、発電系能力者の頂点に立つ少女、御坂美琴である。そのそばには肩を上下させて呼吸を整えている上条当麻とアクセラレータに油断ない視線を向ける高杉がいる。

 

「私は彼女に向けての言伝を高杉に頼んだ。私がアクセラレータに向けて御坂の名を叫んだ数秒後に遠い位置にあるコンテナを崩してほしいとな 」

 

「アンタは、その自作自演にまんまと引っ掛かったというわけよ 」

 

御坂と護の言葉にアクセラレータの表情が屈辱と憎悪に歪む。

 

「ふざけンじゃねェェぞォォォ! 」

 

足元の運動量のベクトルを操作し、一度圧倒したことのある美琴に攻撃を仕掛けようとしたアクセラレータだったが、彼女の前に移動した直後に美琴の前に立ち塞がったツンツン頭の少年......上条の右拳を顔面にぶち当てられ吹き飛ばされる。

 

再び倒れそうになる身体をなんとか制御しフラつきながらも体勢を立て直すアクセラレータだが、その内心はすでに崩壊寸前だった。

 

「(ぐ......なンだってンだァ!?あのツンツン頭の攻撃まで俺の防御を無効化しやがる.......これは奴の手にもそういった力があンからか、それとも第4位の力のせいか?) 」

 

どれが正確なのか判断できず、混乱の極みにあるアクセラレータに護は静かに言葉を放つ。

 

「アクセラレータ。君が決めた信念の為に、二度と悲劇を繰り返さない為に、この計画に参加したこと自体を私は否定しない。そのような権利を私はもたない。だが、妹達(シスターズ)たちは人形じゃない、彼女たちも人間.........君が幼き日に何らかの形で傷つけてしまった誰かと同じ存在だ 」

 

護はアクセラレータに緋色の瞳を明確に向ける。

 

「彼女たち一人一人にかけがえのない一生があり、それぞれが精一杯人生を生きているのだ。君はかつての悲劇を繰り返さない為に最強を求めたはずだ。だが君が求めた最強とは精一杯生きている罪なき少女たちの命を圧倒的な力で弄び踏みにじるものだったのか? 」

 

護の言葉にアクセラレータの表情が停止する。

 

それまで、ただ最強を求めて来た、最強になれば自らの力から他人を守ることができるから。争いが起きない為の方法として考えたのが、戦おうという意志さえ奪うほどの絶対的な力を手にすること。 

 

だが、幼き日に自分以外の人間を巻きこまないため、守るために目指し、そして既に殆ど手に入れているも当然の最強のタイトル。その最強が人を守れていないとしたら?

 

「違う! 」

 

否定しても、その事実はアクセラレータの心を侵食していく。彼には否定できない、実際に本来罪がないはずの妹達(シスターズ)を、本来守られるべき他人を彼は最強の為に殺してきたのだから。

 

「否定をするな、アクセラレータ 」

 

「そうだ、否定をしても過去は変わらねえ 」

 

護と上条が交互に言葉を放つ。

 

2人の右手は既に硬く握りこまれていた。

 

「お前にどんな過去があったとしても、それを解決するための手段がこれしかなかったとしても、それが罪もない人間を嬲り殺して良い理由にはなりはしない! 」

 

「今の君は物理的な最強でもなければ心理的な最強でもない。今の君では誰一人として守られない! 」

 

2人は言葉と共に同時に駆けた。いままで考えてもこなかった事実に動きを停止させているアクセラレータに向けて特異な力の2つの権化が向かっていく。

 

「お前が『守る手段』がそれしかないという幻想に囚われてるってんなら.......... 」

 

「君が最強という言葉に躍らされ、進むべき道を誤っているというのなら........ 」

 

アクセラレータの防御を無効化する一撃が2人から同時に放たれる。

 

「「まずは、その幻想をぶち殺す! 」」

 

ズゴン!という鈍い音と共に正面から2人の拳による攻撃を喰らったアクセラレータの身体は宙を飛び、意識の制御を解かれた身体は地面に無様に転がった。

 

「神化、解除 」

 

アクセラレータに勝った。その事実を確認し、息を吐いた護は神化を解いた。

 

あっという間に元の姿に戻った護の近くに美琴、上条、高杉、そしてミサカ10032号が集まる。

 

「本当に.......ありがとう。アンタの事を誤解してた。怪物みたいだって...... 」

 

「やっぱりそう思われてたんだ......仕方ないよ、僕が警備員(アンチスキル)を大量殺戮してしまったのは事実なんだから。そんな僕の言伝を実行してくれてありがとう。あれのおかげでアクセラレータに勝つことができた 」

 

護の言葉に美琴は気恥ずかしいそうに目線を泳がせた。

 

「しかし本当に最後しか助けに入られなくて悪いな護。もう少し早くビリビリを説得できていれば........ 」

 

「気にするなよ。やり方はどうであれ最終的に君が右手で倒すことに意味があったんだ。君は十二分にそれを果たしてるんだから 」

 

首を傾げる上条を放って護は考えを巡らしていた。

 

原作において今回の実験が凍結、廃止されるのは『レベル5であるアクセラレータが一般人である上条に負ける』というアクシデントがあったからだ。

 

だが今回は護との戦闘を経たあとでアクセラレータは上条に倒されている。

 

そのことに不安なものを感じつつも護は自分が救った一人分の世界を感じ、安堵のため息をもらしていた。

 

同時刻、学園都市中央部に立つ窓のないビルの内部でアレイスターは彼の居室といえる空間に無数に浮かぶスクリーンに映し出される1つの事案に関する映像を眺めていた。

 

「手綱をつけていないとはいえ少し動きすぎだな重力掌握 」

 

まったく感情を感じさせない声色で呟いたアレイスターはスクリーンの一つに目をやる。

 

「価値がある限り温存するが、その分利用はさせてもらう。今回はペナルティを与えることは避けよう 」

 

スクリーンには、アクセラレータを巡る戦いの一部始終が映し出されているが、その映像には一瞬たりとも護たちイレギュラー的な介入者の姿はなかった。

 

「今回の貸しは、いずれ返してもらうこととしよう 」

 

結論づけたアレイスターは次いで別のスクリーンに目をやる。

 

そこには、2つの文字が記されていた。

 

『オペレーション・トニトゥールス・レーギーナ 』

 

『オペレーション・ハエレティクエ・ゼウス 』

 

2つの文字を眺めつつアレイスターは僅かに口元を吊り上げ笑みを浮かべた。

 

「これからを楽しみにしようか、重力掌握 」

 



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とある新たな不安要素

アクセラレータとの戦いから一夜明けた翌日、護を初めとするウォールの残存員と佐天たちSAS、仏教系の魔術師にして聖人と仏の特性を併せ持つ少女、大山希。そして救民の杖からの派遣員であるダビデとナタリーはSAS事務所に集まっていた。

 

ちなみに結構な重傷を負っていた護だったが、自らが怪我を負っていたにも関わらず治癒魔術を行なった哀歌のおかげで1日でほぼ回復していた。もっとも急を聞いて駆けつけた佐天に潤った目で見つめられ、看病を受けていたせいで若干寝不足気味ではあるのだが。

 

「みんなに集まってもらったのは言うまでもない。ウォールメンバーである美希、クリスの誘拐事案についてなんだ 」

 

アクセラレータをめぐる騒動の渦中、ウォールの所有する拠点の1つの警護に当たっていた美希とクリスは突如消息を絶った。

 

誘拐されたという証拠も確証もないが、護はどこかの第3者が率いる組織の誘拐である可能性を考えていたのだ。 

 

「それについてなんだがよリーダー。下部組織の構成員達も動員して調べてるんが尻尾すらつかめない状況なんだ。SASの2人が共同で捕らえた刀山鞘.....だったか? アイツを尋問しても統括理事の1人、貝積継敏への繋がりしか浮かんでこないし、その肝心の貝積に関しての本人の情報があいまいでね.......もしかすると彼女の雇い主は貝積じゃない可能性も考えられるってとこだ 」

 

SASの2人、アウレオルスと咲耶が連携して捕らえた自称原石の少女、刀山鞘は現在咲耶が見張りについた状態で事務所の2階の一室で監視されている。美希とクリスのいた事務所を襲った張本人であるという希の話から考えるに彼女の背後にいるのがその第3者と考えられるのだが、当の鞘が戦闘中語ったことを総合すると、その第3者とは統括理事の中でも比較的善人として知られている貝積と言うことになるのである。

 

だが高杉が言ったように、鞘が持つ貝積に関する認識などが本来の貝積と重ならない部分がある。その点を考慮するとはたしてどこまでが本当なのか疑わしいのである。

 

「とにかく、今日は登校しなきゃいけない。あまりにも僕自身が登校していないと色々と怪しまれそうだからもう少ししたら僕は同じく補習中で登校しなきゃいけない佐天さんと学校に行くけど、みんなは引き続き捜索を頼む。本当は僕自身が動くべきなのにごめん 」

 

ちなみに護が補習なわけは様々な事情で受けれなかった試験等をするためである。

 

頭を下げる護に一同は首をふった。

「リーダーが謝ることじゃねえよ。リーダは俺らと違って表と裏の双方で生きてるんだから 」

 

「私やダビデは護さんに救われた借りがあります。イギリスでの借りもありますし本来の使命を果たしながら、あなたへの借りも返すつもりです 」

 

「だから気にしないでくれ。俺達『救民の杖』は全力でサポートするからよ 」

 

「私は姉さんを取り戻すためだもの、護さんが気に病むことじゃないですよ 」

 

「私も結果的に命を救われたようなものです……だから協力します 」

 

高杉、ナタリー、ダビデ、セルティ、希、哀歌は体を休めているため不在だがこれだけの仲間達からの温かい言葉を受けて護は不覚にも涙がでそうになった。

 

 

そうして登校の準備を済ました護は佐天と並び立って登校することになった。

 

それは別に良いのだが、佐天がやたらと引っついてくるのが護は気になって仕方なかった。

 

佐天のことを護は守りたいとは思っている。作品の中で護が感情移入したキャラでもある。

 

だが、それだけだ。けして佐天涙子という少女に対して恋愛感情を持っているわけではないと自負している。

 

そのため佐天が引っついてくるのが恋愛感情からくるものだと推測はできるが、それを素直に受け取ることができない。

 

それでこの時も護は佐天を手で制しつつ歩き続けた。

 

「もー、冷たいな護さんは。あれだけ必死に看病したんだから少しくらい甘えたっていいじゃないですか 」

 

そう口を尖らせて言う佐天に治療の大半を行なったのは哀歌だがなと内心突っ込みながら護は口元に苦笑を浮かべた。

 

「佐天さんには感謝してるよ。でも甘えるのはもう少し後にしてよ。もうすぐ佐天さんの学校だしね 」

 

護が言うようにすでに2人は佐天が通う中学校の近くまで来ていた。朝方で人が少ないから良いものを、もし中学生達に見られれば勝手な誤解をされかねない………というわけで護としては早く佐天さんと別行動を取りたかったのだ。

 

「もう学校付近か.....残念! じゃあ、週末、初春連れてSAS事務所に行きますね 」

 

「ああ、彼女にもよろしく 」

 

本来は風紀委員(ジャッジメント)である初春を招くなどあり得ないのだが、今回の件では哀歌の居場所を割り出すのに内密に初春の手を借りた。もちろん事情については、行方不明になった友人の捜索と言う風に偽ったが。

 

よって暗部組織『ウォール』の意思と言うことではなく、万屋(ヨロズヤ)として表側で機能するSASの事務所を借りて護個人からの感謝の意思の表れとして招くことにしたのだ。

 

事務所には監禁中の刀山鞘がいるので安全な環境とは言い難いが、彼女には第2人格以上になると狂戦士(バーサーカー)なみの戦闘力を発揮する人造神、火野咲耶が付いており監視を行っている。彼女からはそう簡単にはのがれることは出来ないだろう。

 

と言うわけで初春を招く用意等も含めてこれからの予定を考えながら歩いているうちに護は高校の前まで到達していたのである。

 

「1年7組、古門護くん。至急生徒会室まで来なさい。繰り返します..... 」

 

そんな放送が鳴ったのは事件に進展がないまま、すでに5日がすきようとしていたころ、護がいわゆるクラスの3馬鹿トリオ(デルタフォース)と共に昼食を始めようとした時のことだった。

 

「生徒会から呼び出しなのかにゃー?なにかしたのか古やん? 」

 

「いや別にこれと言ったことは…….. 」

 

「もしかして古やん、同居している無口吃音系美少女にあんなことやこんなことを…ゲフ!?じょ……冗談やて古やん本気にすんなや…… 」

 

若干の殺意と共に重力を纏わせた拳を青髪に浴びせて黙らせ、護は弁当を放置した状態で生徒会室に向った。

 

ちなみに護は生徒会室に赴くのは初めてである。というか原作で生徒会など出てこないため存在を意識してこなかったが、考えてみればどこの高校にもあって当然なわけで、むしろ今まで気づかなかったのが不自然なのである。

 

そんなわけで生徒会室の前まできた護がドアをノックしようとした時だった。

 

「入ってきていいけど。第4位の重力掌握 」

 

その声に護は思わず全身をびくっとさせてしまった。護にその声の覚えはない。

 

だがその話し方だけでだれだか分かってしまう。

 

「入ります…… 」

 

そういってドアをスライドさせて入った護を待っていたのは、彼の予想通りの人物。

 

学園都市統括理事の一人、貝積継敏のブレインを務めている天才少女にして護や上条の高校の上級生である雲川芹亜だった。

 

「えっと……生徒会の皆さんは? 」

 

「いない。当たり前だけど、あれはアンタを呼ぶために使ったものだけど 」

 

そう言われて本当にこの人何者だよと思いつつ護は雲川の座る椅子と向かい合う位置に置いてあるパイプ椅子に腰を下ろす。

 

「それで.....いったい何の用事で貝積のブレインである先輩が僕を呼びだしたのですか? 」

 

「分かってると思うけどね、あなたの仲間の消息についてだけど 」

 

その言葉に護の表情が鋭いものとなる。

 

「あら、そんな顔しないでよ。私はただ今回の誘拐事案に関して私が無関係と言うことを伝えたいだけなのだけど 」

 

雲川の言葉に護は心中に疑問を抱いた。

 

ウォールが捕らえた2人の人物、大山希と刀山鞘は両名とも貝積の命令で動いていたことを語っている。その当人の頭脳(ブレイン)といえる彼女が無関係と明言すると言うのはどういうことなのか。

 

「あなたが全てを把握していると仮定して話しますけど.....僕達が交戦した2人の人物はいずれも先輩の雇い主の名を明言しています。それでも無関係だと言うんですか? 」

 

「無関係なものは無関係だけど。だいたい統括理事穏健派と認知されているとはいえ私がブレインであるのに暗部に簡単に探知されるようなやり方をするはずないけど 」

 

雲川の言っていることには一理ある。彼女の言葉は護が大山から貝積の名が出た時点で感じた疑問と同じだった。だが、それだけで結論づけることはできない。

 

「それじゃあ、先輩が今回の事件に関与していないと言うなら、誰が僕達に妨害を仕掛けてきたというんですか? 」

 

「それについては情報からの予測として上げるしかないけど。学園都市統括理事の一人、禍島冷持 」

 

彼女の言葉に護の表情に衝撃が走った。

 

「禍島.....冷持? 」

 

「暗部にいながら統括理事の名を全て把握していないというのも笑うしかないのだけど。とにかく私らの、貝積の名をかたっていたのはこの男と言うことで間違いはないのだけど 」

 

「その男が、僕らに妨害を? 」

 

「私達の名を語ってたとは言え、確証はない。彼の部下の一人をまあ、ちょっとした茶番で捕らえた時にそう白状したんだけど 」

 

そこで一呼吸おいて、雲川は机の端に置かれていた一枚のコピー用紙を引き寄せた。

 

「その彼が所持していたのがこのコピー紙。意味は分かる? 」

 

そう言われて用紙を覗きこんだ護はそこに書き記されている文章を見て顔色を変えた。

 

「人造神……計画 」

 

護たちウォールが介入した事件の一つ、『三沢塾事件』。その時に護達と交戦し、現在は別動班SASの一員となっている少女、火野咲耶は人造神計画というプログラムによって生み出された成功体だった。

 

「私にはさっぱり意味が分らないので、外部との繋がりがあるウォールのリーダーである君なら分かると思ったのだけど 」

 

「なるほど、つまりあなたが僕達に介入してきている当人なら、わざわざ手の内をさらけ出すことはしない。それを無関係だと言う主張の根拠とすると? 」

 

「まあ、そのあたりの判断は君に委ねるよ。正直これだけじゃ怪しすぎるだろうしね 」

 

そう言うと、雲川は椅子から立ち上がってドアの方にある方に歩いて行った。

 

「今はとにかく実質的な戦力として強力な君達との戦闘など私は望んでいない。それを知ってほしいのだけど 」

 

そう言って、雲川は生徒会室のドアを開け去っていった。

 

部屋を包む静寂の中、護は手元にあるコピー用紙を見つめた。

 

「禍島冷持、統括理事の一人が絡んでいる可能性のあるオカルト的事案か......またぞろ面倒なことが起きそうだな 」

 

 

そんな風に護が新たな事件の予感に頭を悩ませていたころ、学園都市内のとある学区のとある建物の中で、件の統括理事、禍島冷持は一人の男と対面していた。

 

「お前にはこれからかつての友を敵に回してもらうことになる。覚悟はできているな 」

 

「はい、覚悟はできています禍島様 」

 

そう答えたのは年のころ17歳ほどの少年だった。

 

「私、建雷剣夜初め『神裔隊』全員があなたの指示のもとに動きます。例え敵となるのがかつての友であったとしても 」

 

少年の言葉に頷いた、禍島はその口に笑みを浮かべながら言葉を発した。

 

「さて、同志諸君、始めようか。この学園都市の改造を! 」

 

 

 

 

 

 

 



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とある倉庫の人造少女

 

 

 

 

 

「とりあえずは人造神計画について調べる必要があるな...... 」

 

そんな事を呟きつつ教室に戻ってきた護は机でブルーモードになって突っ伏している上条を見つけた。

 

「どうしたんだよ上条? 」

 

「いや、それがな...... 」

 

上条の話によると、青髪、土御門と弁当の取り合いをしていたところ小萌先生に職員室に呼ばれ、さっさとこの街から出てけ的な事を言われたらしい。

 

「なんか、ほとぼりが冷めるまで外に行っていろって事だったんだけどよ。あれか、この上条さんが第1位を倒してしまったせいなのかこれ? 」

 

「多分......ていうか間違いなくそれだね 」

 

「行き先まで指定されて、海辺の観光地への旅行って風になっているけど、また不幸な結果になりそうで正直行きたくねえんだよな......ていうかなんで護は行かなくて良いんだよ? 」

 

「僕は表向き無介入ということにされてるみたいだからね 」

 

ずるいぞという目で見る上条に護は肩を竦めて言った。

 

「そんな目で見るなって。詫びにこんど美味い飯を奢るからさ 」

 

「本当か? 約束だぞ! 」

 

急に笑顔になった上条を見て、インデックスの食欲はいったいどこまで上条の暮らしを圧迫しているのだろうと真剣に考えたりする護だった。

 

その後、きっちり補習を終えた護は上条とは途中で別れ、ある場所に向かっていた。言うまでもなくSASの事務所である。

 

「ようやく戻ってきたか少年 」

 

優雅に紅茶を飲みながら護を迎えたのはSASの一人であるアウレオルスである。

 

「これでも急いだんだけどね。それよりアウレオルス。咲耶と見張りを交代してくれないかな?彼女に話があるんだ 」

 

「了解、ならばすぐに変わってこよう 」

 

そう言って上がっていったアウレオルスと入れ替わりのような形で2階から降りてきたのは、咲耶ではなく哀歌だった。

 

「哀歌!体は大丈夫なの? 」

 

「もう平気、人外の私の回復力は人とは違うから 」

 

「自分も重傷だったのに無理して僕を治療してくれたって聞いたよ。本当にありがとう 」

 

「別に気にしないでほしいな。護は私たちのリーダー。私はメンバーとして当然の事をしただけなんだから 」

 

護の感謝が照れくさいのか、少し顔を赤らめながら哀歌は言った。

 

「とにかくありがとう。ところで哀歌。人造神という言葉を聞いたことはある? 」

 

「火野咲耶って子がそれだとは知っているけど、それ以外は特には........人の手により作られた異形というのなら心当たりはあるのだけど神となるとさっぱり分からないわ 」

 

魔術関係に造詣が深い哀歌ですらその存在を知らないということは、人造神計画というのは比較的新しい計画、あるいはその存在が絶大な力により隠されている計画、あるいは2つともの特徴を持つ計画ということになるのだろう。

 

「護さん........なんの用事ですか? 」

 

丁度そのタイミングで、咲耶が2階から降りてきた。現在の彼女は秘める3つの人格の内のもっとも普通な第1人格の状態である。

 

その判別は簡単で、黒のショートヘアに黒い瞳の控えめな喋り方の時が第1人格。それ以外の時は第2、第3人格である。

 

「うん。君にちょっと聞きたいことがあったんだ。前に君は僕の仲間との交戦の時に人造神について言及していたよね。その人造神とはなにか、そして人造神計画とはなにかについて教えて欲しいんだ 」

 

「それは多分、2人目が話したことだと思いますけど.......分かりました......私で良ければお話しします 」

 

そう言って護の前の椅子に座った咲耶は唐突に護の方に向かって右手を出した。

 

首を傾げる護に咲耶は言った。

 

「私の手を触ってみてください 」

 

そう言われて、すこし顔を赤くしながら (護とて思春期を生きる少年である) 彼女の手を握った護はある違和感を感じた。

 

「冷たい.....?まるで..... ! 」

 

 「今、護さんが思ったことそのままですよ。私の身体は既に死んだ身体なんです 」

 

少し寂しげな笑みを浮かべながら咲耶は話を続けた。

 

「人造神と言うのは、死した人間の身体のどこかに核となる御神体を埋めこみ、身体の機能を支え向上させる機械で活動能力を確保した蘇生体のことを言うんです。ただし使い物になる成功体が作られる可能性はとても低いです 」

 

「なんで、人造神は作られたの? 」

 

「計画の発案者がなにを考えていたのかは分かりません。ただ考えられるとしたら既存の神への恨みかと思います 」

 

「既存の神への.....恨み? 」

 

「この世界を支配しているであろう神は必ず人間の都合の良いようには動いてくれない。時には人間を傷つけ殺そうとさえする。しかしその姿は見えないから反逆もできない。なら、自分たちの願いを完全に叶えてくれる人間側にたつ神を作れば良い.......そんな考えがあったのではと思います 」

 

咲耶の話を聞いた護は内心で思った。確かにそんな考えが浮かんでもおかしくは無いなと。この世の事象を神がすべて司っているのだとしたら、確かに神を恨みたくなることはある。護は現在、もといた世界から異世界に飛ばされているが、これにしても神の理不尽を感じざるをえない。

 

だが、だから神を作ろうとするかと問われれば護は否と答えるだろう。

 

それは人間本意の考え方であるし、その為にすでに安息を与えられた死者を利用すると言うのは神への冒涜以前に生命への冒涜と言えるだろう。

 

「成る程ね......それならその歪んだ計画を止めなきゃいけないね 」

 

「だけど、その計画の発案者は誰だか分からないのですよね? 」

 

「それなんだけど、ある一筋で計画の発案者である可能性がある人物の名が知らされたんだ 」

 

「それは.....? 」

 

「統括理事の1人、禍島冷持 」

 

その言葉を聞いたとたん咲耶の顔色がさっと変わった。

 

「マズイです護さん! それは午前中にウォールに接触してきた人の名前と同じです 」

 

「え!? 」

 

「護さんが不在だったので高杉さんが代理として対応して、一言二言会話したと思ったらすぐに電話を切って地図を確かめたら瞬間移動してしまったんですが..........」

 

高杉が何を言われたのかは分からないが、それでも彼が電話後直ぐに瞬間移動を行ったことから、かなり彼にとって衝撃的な事を言われたのだろう。

 

「咲耶さん!佐天さんと初春さんに適当に説明しといて!哀歌、いっしょに.......! 」

 

「いや、あんたが動くこともないだろウォールリーダー。ここは俺が動こう。どの道俺たちも人造神計画を追っていたんだからな 」

 

そう言ったのは何時の間にやら現れていた救民の杖のダヒデである。

 

「あのテレポーターが罠にかかっているのだとしたら、地下から向かえる俺の方が良いだろう。大体組織のリーダーが毎回出れば目をつけられるぞ 」

 

「でも! 」

 

それでは、また僕のせいで仲間が傷つく。

 

そう言いかけた護だが、護の肩を抑えながら首を振る哀歌の姿にその言葉を呑み込んだ。

 

「分かった......高杉を頼む 」

 

「任せてくれ。しっかり借りは返させてもらう 」

 

そういって悠々と事務所のドアから出て行くダビデを見送りながら護は切に祈った。どうか、これ以上仲間を傷つけることがありませんようにと。

 

丁度、同時刻、高杉は学園都市外部に許可証を入手した上で出てきていた。

 

彼が向かったのは、その外部にある巨大な倉庫である。恐らく元は食料庫だったのだろう。米袋の残骸があちらこちらに散らばっている。そんな中を歩いていく高杉はやがて倉庫の中間あたりで足を止めた。

 

ぐるりと首をまわして周りを確認した高杉は虚空に呟いた。

 

「隠れてないで出てこいよ。禍島冷持の部下さんよ 」

 

その言葉に応えるように、倉庫の上の梁から人影が舞い降りた。

 

軽やかに高杉の前方に着地したのは顔を奇妙な面で覆い女性用のチャイナ服に身を包んだ人物だった。

 

面は半分がキツネで、半分がオオカミのものだった。

 

髪の毛は後ろで一つに結い上げられている。体つきは少女のようだが面を付けているために判別が出来ない。

 

「良くきたアルね。高杉宗兵 」

 

「ああ、約束とおり来てやったぞ。お前がアレプーリコス.......か? 」

 

「それで、どうするカ? 」

 

「まず聞きたい。クリスはどうしてる? 」

 

「彼女なら現在改造中アルよ 」

 

その言葉に高杉の拳が硬く握りしめられる。

 

「意外に彼女は粘っているアルが........科学には逆らえないデスだよ 」

 

「そうかい.......ならクリスがまだ持ちこたえて頑張ってるんなら........ 」

 

次の瞬間、高杉の手に機能性拡散弾射出機が握られた。

 

「俺も全力で救いださなきゃな! 」

 

声と共に引き金が引かれ轟音と共に放たれた弾は空中で無数の子弾に分裂しアレプーリコスに向かう。

 

だが、その弾が当たることはなかった。弾がアレプーリコスに当たる直前に、彼女の前に現出した炎の壁によって全て溶かされたからだ。

 

「リコスの名は『狐』を表す。そして妖狐が操るのは鬼火アル」

 

炎の壁の向こうから少女の声が朗々と響く。

 

「分かっていたアルよね?私が人造神ということは 」

 

その炎の壁が消えた時、アレプーリコスの姿は変わっていた。頭部にキツネ耳が現れ、お尻の辺りに人間では絶対にあるはずがない尻尾が生えている。面は消えておりその下にあった中華系の目が覚めるような美人顔が露わになる。

 

人造神と、ウォール構成員のセカンドコンタクトはこの時始まった。そして直前に発生する未曾有の大事件も合いまって事態は予想もしない方向に転がっていくことになる。その事を高杉も、敵であるアレプーリコスも知るすべがなかった。

 



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とある倉庫の古参終幕

女声が響いた次の瞬間、ダビデの前方を覆うように水晶のような輝きを放つ巨大な盾が現れた。

 

ヨハンの巨大な拳は盾にぶつかり、凄まじい轟音と衝撃波を周辺に撒き散らすが、本来ならそれほど衝撃に強くないはずの水晶の盾にはヒビ1つ入らない。

 

「まさか...........ナタリーか!?」

 

ダビデは声のした方に首を向け、そこにいくつかの世界樹(セフィロト)カードを持って身構えているナタリーの姿を確認した。

 

「ここは一度引くわよ!私の術式も今はこの1つしか使えないの!いくらなんでも分が悪すぎるわ! 」

 

「しかしそれでは..........! 」

 

「このままじゃ私たちまで捕らえられてしまう!そうなったらウォールへの借りを返すどころじゃなくなってしまうわ! 」

 

舌打ちしながらもダビデはその言葉に理があることを認めた。

 

確かに今の状況はいくらなんでも不利だ。ダビデのゴーレムもナタリーの術式も現時点では相手を倒すことはできない。

 

「くそが!! 」

 

 

吐き捨てるように言葉を放ちながらそれでもダビデは羽織っているローブのポケットからチョークを取り出し地面に凄まじいスピードで文様を描いていく。

 

「俺の人造軍隊(ゴーレム・ソルジャー)とお前の術式で時間を稼いで逃げるぞ!そっちは自分で脱出できるか! 」

 

「馬鹿にしないで!私の方が年上なのよ! 」

 

少し距離が離れた位置にいる2人は互いに頷きあい、同時に言葉を放つ。

 

「「喰らえェェェ!!」」

 

その言葉と同時に空中の盾と地面の文様が同時に光を発し、次の瞬間幾体もの人造兵士(ゴーレム・ソルジャー)と盾が変質した無数の水晶の針がヨハンに向けて襲い掛かった。

 

それらに巨大な腕を振ってヨハネが対応している隙をつき、ダビデは地中を通り、ナタリーは裏口からそれぞれ逃げだすことに成功した。

 

 

数分後、2人を逃がす形となったヨハンは相変わらずの無表情のままその腕を元に戻した。

 

彼の周辺には原型をなくして散らばるゴーレム達の残骸である土くれと、粉々になった水晶の欠片が散らばっている。

 

彼の腕には何かが突き刺さったような傷跡があったが、そこからの出血なかった。

 

「敵を撃退.........後処理実行開始.........初めろ.......」

 

その言葉と同時に、いつの間に外に展開していたのだろうか。

 

黒いタクティカル・スーツに身を包み、ガスマスクをつけた者たちの集団が倉庫内に黒い奔流のようになだれ込んできた。

 

後処理を始める者たちに背を向け倉庫の出口に向いながらヨハンはぽつりとつぶやいた。

 

「トイフェルは........貴様らにほほ笑んだぞ................どうするウォール? 」           



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とある少女の過去回想

「そう...........高杉まで.............」

 

「ええ........ごめんなさい。あなた達ウォールへの借りを返すどころか迷惑をかけてしまって 」

 

「気を落とさないでくださいナタリーさん...........確かに私達にとってはショックな出来事ではあるけど...........それに関してナタリーさんやダビデが気を落とす必要はないです。本来ならナタリーさん達に私たちに協力する義務などないんですから............それにクリスや美希、高杉はそんな簡単に死ぬような仲間じゃないですよ 」

 

哀歌は拠点の1つである第7学区内のとあるホテルの一室で、高杉への応援から戻ってきたダビデとナタリーから事の顛末を聞いた後、落胆し肩を落とす2人にそう言って励ました。

 

「しかしな.........倫敦塔で世話になってからさっぱり俺たちは借りを返せてないじゃねえか..........スイスでの戦闘で少しは返せたのかもしれないが、あの程度じゃ、リーダーを救ってくれたことに対する恩返しとしては全然足りない 」

 

悔しそうにつぶやいたダビデはちらりと横に目をやって呟いた。

 

「それに誰もがあんたのように仲間の悲劇を冷静に聞いてられないしな 」

 

ダビデの視線の先にいたのは、机に突っ伏して嗚咽を漏らすクリスの妹にして吸血鬼のセルティだった。

 

「セルティ、辛い気持ちはわかるけどこういう時こそ頑張って堪えよう?今やウォールの戦力の要は私やあなたのような人外のメンバーなんだから 」

 

哀歌の言葉に伏せたまま僅かに頷くセルティだが、それでも嗚咽を漏らし続けている。

 

励ます哀歌だったが彼女自身も湧きあがってくる悲の感情を抑えきれてはいなかった。

 

何しろウォール結成当初からの古参メンバーである高杉、美希、クリスの三人が短期間に敵に捕らわれたのである。

 

「敵は..........一体何が狙いなんでしょうか?」

 

そう聞いたのは、妹達(シスターズ)を巡る騒乱時に敵として哀歌と戦い、その後間違いに気付きウォールに協力している仏教系の魔術師の大山希だった。

 

ちなみに現在、この拠点にいるウォール関係のメンバーは哀歌、セルティ、希だけである。

 

リーダーである護、及びSASのアウレオルスと咲耶は招待した初春を出迎えるためにSAS事務所にいるためこの場にはいない。

 

「そればかりは推測しかできないけど.............多分奴らが実行しようとしている『人造神計画』とやらの邪魔になる可能性の高いウォールの戦力低下を狙ったのだと思う..........」

 

「でも確かウォールの役割って学園都市と敵対する外部武装組織の掃討じゃなかったですか?あの自称原石の女の子の話だと、計画を計画している勢力は内部の人間達ということじゃなかったですか?だったらそれ専門の暗部組織を狙うのが普通だと思いますけど? 」

 

「確かに普通に考えればそう.........だけどウォールに課せられているとされる役割は表向きでしかないわ...........実際はリーダーである護の判断のもと学園都市内部の者により引き起こされた出来事にいくつもウォールは介入している。敵が目をつけるのもある意味当然よ............それに...........本格的な対魔術戦を経験し、その力を備えた暗部組織はこの街ではウォールしかいない。それさえ潰してしまえば後の組織は恐れる必要がないと判断したのかもしれないわ 」

 

哀歌の言葉になるほどと頷いた希は、ふと思い出したように言った。

 

「この報告を............向こうにいる護さんは........知らないんですよね......... 」

 

彼女の言葉に哀歌は黙って部屋の窓からSAS事務所の方角を見つめるのだった。

 

 

同時刻、護はSAS事務所で佐天と初春を出迎えていた。既に時刻は深夜となっており、窓の外には夜の帳が下りている。彼のもとにはまだ凶報は伝わってきていない。

 

「やあ、久しぶり初春さん! 直接顔を合わすのはグラビトン事件以来だっけ 」

 

「そういうことになりますね...............あの後不思議と会わなくなってしまいましたから 」

 

「確かにそうよね。私とは結構会っていたのに、最近は初春と接点なかったですもんね 」

 

そんな会話をする護は少し緊張していた。その理由は初春の表情である。 彼女の表情にはなにか疑念の色が浮かんでいるように護には思えていた。

 

実際の所、初春は護に対して疑問を抱いていた。当初、彼に対しては『佐天さんと親しい上級生のレベル5』程度の認識しか彼女は持っていなかった。

 

だが、その後に起きたいくつかの事件を経て初春は護の正体がなんなのか気になりだしていた。

 

たとえば、グラビトン事件の後の初春の腕をもってしても探し出すことができなかった謎の失踪。木山が引き起こした幻想御手(レベルアッパー)事件での突然の護の介入と同時に発生した警備員(ジャッジメント)派遣部隊の壊滅。

そしてたびたび護の消息が掴めなくなること。これらの疑念材料から初春は護がなにか秘密を隠していると判断していた。同時にそれが佐天にとって危ないことであれば力づくでもそれから離れさせる心づもりでもあった。

 

「とにかくあんまり大したおもてなしはできないけど。とりあえずお菓子とかは用意しといたから自由に食べて 」

 

そう勧める護だが初春は少しも手をつけず、すっと席をたつと護の方を見た。

 

「すいません。すこし2人だけで話がしたいんですけど良いですか? 」

 

その言葉に、初春が何を言おうとしているのかだいたい予想ができた護は目だけで動こうと席を立ちかけていたアウレオルスと咲耶を制し、初春の言葉に頷いて席を立った。

 

2人で別室に向う護と初春を見て、首をかしげる佐天と対照的にアウレオルスと咲耶はたがいに顔を見合わせて肩をすくめた。

 

 

「突然こんなこと言ってすいません..........でも聞きたいんです、護さんは誰なんですか?」

 

初春のストレートな問いに護は内心苦笑しながら、それでも表には出さず答えた。

 

「誰って.........僕は僕だよ。学園都市レベル5の第4位で高校1年の男だよ? 」

 

「そういう意味で聞いたんじゃありません............私が聞きたいのは護さんの裏側の姿です 」

 

その言葉に、もしや気付いているのか?という疑念を抱いた護はそれでも平静を装い言葉を返した。

 

「.............なんのことかな? 」

 

「誤魔化さないでください。私は護さんが行方不明になっていた時から調べてたんです、その後の幻想御手事件の時もずっと..............そうしたら.........」

 

初春は唐突に制服のポケットから1枚の写真を取り出した。どこかに設置されていた監視カメラからかあるいは学園都市製の衛星からだろうか、幻想御手事件の終幕の地となった高架道路が映されている。

 

別にそれ自体は問題にはならない。だが、問題はそこに背中に羽を生やした状態で剣を振るう少女、哀歌の姿が写りこんでいること、そしてその近くの高架へと昇るための階段の位置に護の姿が写っていたことだっった。

 

「この写真をどう説明するつもりなんですか?これを見ると翼を生やした女の子に護さんが呼びかけているようにも見えるんですけど............すぐにデータが削除されてしまったのでこれしか写真は入手できなかったけど、これについてなにか言い訳があるんですか? 」

 

さすがにこれは誤魔化しきれない。そう護は思った。こういった映像や写真はアレイスターらの情報統制によりそのほとんどが削除されていたはずだが、それらを掻い潜ってこの写真を入手したのはさすが初春と言えるだろう。

 

「.................確かにこの写真に写っている女の子とは知り合いだよ。彼女の名は竜崎哀歌。この街の能力者の1人で能力名は『人外変化』。肉体変化(メタモルフォーゼ)系のレベル4だよ 」

 

「そのあたりは私も調べて知っています。でもなんでその人がこの場にいたんですか? 」

 

「..................もうこうなったら仕方ないか!全部話すよ初春さん。この場に哀歌がいたのは僕が君を助けるよう彼女に依頼したからだ 」

 

「え........? 」

 

虚を突かれた表情になる初春に構わず護が言葉を続けようとしたその時だった。

 

部屋をノックもせず、咲耶が蒼白な表情をして入ってきた。

 

「!どうしたんだ? 」

 

「連絡があった...........『宝珠は砕けた』だって 」

 

その言葉に表情を硬くした護は、いまだ呆然としている初春に手を合わせて言った。

 

「ごめん。また後日しっかり全てを話すから今日は勘弁してほしい。あと............僕について調べていたのなら大体分かっているとは思うけど.............自分が風紀委員(ジャッジメント)であることを認識したうえでもう1度よく考えてほしい 」

 

そう言って部屋を護が去った後も、初春はしばし無言で考え込んでいた。

 

 

「.............ということは古参メンバーが哀歌を除いて壊滅ってことなんだね? 」

 

「そういうことになる..............どうするの? 」

 

「とにかく今から拠点(そちら)に咲耶を連れて向うよ 」

 

哀歌との通話を終え携帯をポケットに入れた護は、後ろについてきている咲耶を振り返った。

 

「人造神計画..............君を生みだし、そして君が止めようとした計画が動き出したみたいだよ 」

 

「はい............ごめんなさい............」

 

「なんで君が謝るんだよ? 」

 

「私が初めての成功体となったからあの人たちはきっと味をしめて計画を続けたんです............私さえいなければ.......」

 

「さすがに自虐すぎるよそれは.........悪いのは計画を発案した禍島っていう統括理事だよ.」

 

護の言葉に咲耶は首を強く振った。

 

「違います!あの時、彼が一緒に私を連れ出して真実を告げられた時に死を選んでいればこんなことには...........」

 

その言葉に護は1つ気づいたことがあった。

 

「今、彼が一緒に連れだしてって言ったよね?その彼って誰? 」

 

「それは.............」

 

言葉に詰まる彼女になにか隠したいことがあるのだろうと察した護は、彼女の中の別の咲耶に問いかけることにした。

 

「言いにくかったら第2人格とかに話してもらえば良いんじゃない? 」

 

「それで良いですか..........? 分かりました 」

 

そう言って咲耶が目をつぶった瞬間、髪の毛がふわっと浮き上がり閃光を発したと思ったら次の瞬間には黒髪から深紅の赤髪に変っていた。

 

そして目を開けた咲耶の瞳は深紅の色に変っていた。彼女の持つ人格の中の1つ、俗に第2人格と呼ばれる攻撃的な2人目の咲耶へと変化したのだ。

 

「笑止................本人格に配慮してぇ...........私を表に出したのは『私達』を研究所から連れ出した男の名前を聞きたいからぁ?一応、私も人並みに心に傷を負ったりするんですけどぉ? 」

 

「だったらもう少し口調を直した方がよいと思うよ?」

 

呆れつつ言った護に口元を尖らせてぶーぶー文句を言った咲耶だが、彼女とて事態の深刻さが理解できぬわけではないらしく口調はそのままであるが『そのこと』について話し始めた。

 

「主人格の言った『彼』っていうのはぁ、同じ研究所で生み出された人造神の成功体のことなんだぁ。その彼はねぇ、たった一人で研究所にいた全職員、及び武装警備員、視察に訪れていた組織幹部を全て殺害し、同じく成功体だった『火野咲耶』、つまり私たちを連れて研究所から逃げ出したのよぉ 」

 

「その彼も人造神の成功体.............しかも1人でそれだけ大勢の人を倒すということは、かなりの実力者ってことだよね? 」

 

「そりゃあ強かったわねぇ。戦闘力は下手したら第3人格すら超すんじゃないかしら..............後頭も切れる奴だったわぁ 」

 

第3人格とは神である咲耶姫のことを指す。竜人である哀歌と互角の戦いを繰り広げ、彼女に傷を負わせた人格でもある。その彼女より強いかもしれないとなると咲耶の言う『彼』は人造神の中でも最強クラスと言えるだろう。

 

「それで..........その彼は、いまはどこに? 」

 

「..............行方知れずになってるのよぉ...............もうかれこれ40年前だったかしらねぇ? 」

 

さりげなく言った咲耶だったが護は当然その言葉を聞き逃さなかった。40年前?

 

「ちょっと待って!今僕の聞き間違いじゃなければ君、40年前がどうとかいわなかった?」

 

「言ったけどそれがなにか? 」

 

「いや、なにか?じゃないよ!君の言うことが正しければ君の現在の年齢と一致しないんだけど!?」

 

信じられないという視線を向けながら息を切らして喋る護に咲耶は冷たい目線を向けつつ言葉を返した。

 

「主人格が話したと思うんだけどぉ...........人造神のベースになるのは死体なのよぉ?死体が年を取ると思う? 」

 

そう言えばそんな話を聞いていたな...............と思いながら護はやっちまったという表情になった。

 

「ごめん。今のは僕が悪かった 」

 

「分かればよいのよぉ 」

 

偉そうに言った咲耶は、話を続けた。

 

「多分、40年ほど前だったと思うけどぉ................一度数万人規模の敵に追い詰められたことがあったのよねぇ。もちろん私たち人造神の成功体の力を持ってすればぁ............切り抜けられないことはなかった。なにしろ人造神の力はその名の通り抽象的な神に等しいのだから................だけどその時は事情が違ったのよねぇ 」

 

「事情? 」

 

「その時、私たちは50人ほどの民間人と行動を共にしていたのよぉ。私たちだけなら切り抜けられないことはなかったけど、なんの力も持たない民間人も一緒では自分たちの力をフルに使うことは不可能だったの......下手したら私たちの戦闘で共にいる民間人を傷付けてしまうかもしれない............その危険から私たちは自分の能力の制限を迫られ..............結果的に追い詰められてしまったのよぉ........ 」

 

「だけど君は生きて今、ここにいる 」

 

「そう...........その時に、私は力の全力を持ってその場を切り抜けることができた。だから今、ここに立っていられるわぁ.................でもその代償は大きかった............」

 

そこでいったん会話を区切った咲耶はしばし空を見上げて沈黙した。

 

その姿に護は、咲耶の言う彼になにかあったのだろうと直感した。

 

やがて、再び顔を護に向けた咲耶の瞳は涙に潤っていた。

 

「敵の眼を引き付けるために『彼』は、わざと敵の真っ只中に突っ込んでいって派手に陽動を行なったのよぉ。わざわざ敵の攻撃に当たって、相手に『こいつなら殺せる』と思わせてまで............. そうやって敵の大半を彼が引きつけてくれたことで民間人のほとんどはその場を逃げ出すことができ............民間人という枷がなくなった私も、その力を持って追手を蹴散らしてその場から逃げだせた....................でも『彼』はそれっきり消息が掴めなくなった...............その時の敵のデータベースに侵入してまで調べて..............今までの40年間調べ続けていたけど行方は分からないままだった..................でも、最近になって1つ可能性が浮上したのよぉ...........彼は私たちを生んだ『人造神計画』..............それに関係するなにかに彼が巻き込まれている可能性が 」

 

「それが君がこの街に来ることに繋がったってわけだね 」

 

護の言葉に咲耶は頷いた。

 

「それで、その彼の名前ってのは? 」

 

「剣夜よ。建雷.........剣夜 」

 

 

 

そんな会話が成されていたころ、学園都市内のとある学区のとある施設の中で高杉は目を覚ました。

 

「ここは.......... 」

 

体を動かそうとするが、なにやら鉄製の拘束具のようなもので全身を拘束されており全く身動きが取れない。

 

ならばと、瞬間移動を行おうとした高杉だが、次の瞬間鼓膜が破れそうな奇妙な音が耳に飛び込んで、能力使用のための演算ができない状況に陥った。彼は知る由もなかったが、その音は能力者の演算を妨害する周波音を発する特殊機器、キャパシティダウンによるものだった。

 

「無駄だよ..........いくら抵抗しても君はもはや籠の中の鳥だ..........」

 

耳を抑えもだえる高杉に向けて、しわがれた老人の声がかけられる。

 

「すでに確保してある2人は『調整済み』だ。君もすぐに終わるだろう 」

 

そう話しかけて、老人はにっと口元を歪めた。

 

「もっとも、今の状態の君にこの声は届かんだろうがね............初めろ 」

 

老人の言葉にこたえて、2人の黒服の男がいまだ悶えている高杉が拘束されたままになっているタイヤ付きの台を奥の部屋に運んでいく。

 

それを見送った老人は、電動車いすのスイッチを操作し、その部屋の別のドアに向いながら腰のポケットから小型の携帯電話を取り出し、口元に寄せた。リダイヤル機能で一瞬で相手を呼び出し、それを告げる。

 

「禍島だ...........神裔隊総員に告ぐ...........これよりオペレーション・ウォール・ブレイカ―を開始する..........各員は速やかに所定の任務を遂行せよ 」 

 

 

 

 

 



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とある週末の一大魔術

慌てて支えようと前に出ようとしたセルティを咲耶が止める。

 

今現在、海神ともっとも距離が近い希に近づき、彼女に気を取られていてはみすみす敵の前に無防備で飛び出すことになりかねない。

 

そんな咲耶の考えを表情から読み取ったのか、海神は苦笑を浮かべながらトライデントを構えなおした。

 

「正しい判断っすけど............急がないと不味いっすよ?このままだとその子、脱水症のまま俺に殺されちまうっすよ?  」

 

「そういうことねぇ.............あなたの人造神の力は水分の操作、そのトライデントから見る限り古代ギリシャのポセイドンが御神体ねぇ?そしてさっき希の左肩にトライデントを突き刺したときにぃ...........そこから水分を抜き取った 」

 

「もう分かったんすか?驚きっすね、やっぱりタダ者じゃないっすねウォールの面々は。その通りっすよ、正確には体内の水分の10パーセントを抜かしてもらったっす 」

 

彼からの言葉を聞き終わるより早く、咲耶はそのロボットのような両の装甲腕を向け、その手のひらの穴から深紅の火炎を噴射した。

 

倒れる希の真上を、彼女にギリギリ触れない高さで通り過ぎた火炎は一直線に海神に向うが、当然ながら海神も周囲の水分を操作して出現させた水流を勢いよく迫る火炎に向けて放つ。

 

ホテルの一等室である、広い部屋の中間で火炎と水流がぶつかり合い、水蒸気が発生する。

 

「いくら火炎の勢いが強くても、火に水は消されることはないんすよ!」

 

「笑止.........だったらさらに強い炎で呑んでしまえばよいだけのことじゃん! 」

 

その言葉と同時に彼女の手から放たれる火炎の勢いがいきなり上がった。

 

勢いと大きさを増した火炎は、迎撃する水流を文字通り一気に飲み込み蒸発させ、そのままその先にいる海神に向う。

 

そこで初めて表情を変えた海神は、勢いよくトライデントを振って水流を放つと同時に前に前転で転がった。

 

次の瞬間、水に包みこまれたままの火炎が壁に激突し、大穴をあけるがあれだけの勢いと大きさを持っていた火炎の激突にしてはあまりにも被害が小さすぎた。

 

「なるほどね、今ので分かったわぁ...............あなたの使う水流は2種類なのねぇ。1つは周囲の水分を操作し水流とするもの。もう1つはトライデントから神の力として放たれる水流................そして2つ目の水流の力は、おおかた『海神の所有する海の中での敵攻撃の弱体化』ってとこかしらねぇ? 」

 

咲耶の言葉にどうやら図星だったらしく目を見開いて硬直する海神。

 

「なぜ、そこまで正確に知ってる............?」

 

「なぜって?笑止............まさか知らないのぉ?あなた達のボスに知らされてないのかなぁ?ウォールに味方する私は人造神の1人なんだけどぉ? 」

 

そう言いながら咲耶はその手を軽く握りこむような動作をした。その瞬間先ほどの海神がそうであったように咲耶の手に一振りの日本刀が握られる。

 

刀身を深紅に染めたその日本刀の切先を海神に向けた咲耶は、

 

「今の私に近づかないことよぉ。近づけばこの朱剣の餌食となってしまうから! 」

 

その言葉に、海神が躊躇している間に咲耶はその刀身に深紅の炎を纏わせる。

 

「これで終いよ! 」

 

言葉を放ち咲耶が刀を振ろうとしたその時だった。

 

「セルティ!術式防護を展開して! 」

 

窓の外から慌てたような哀歌の声が響き、同時に何かを察知したらしいセルティが両手を広げて早口で何かを唱えた瞬間、セルティと希と咲耶の足元に光り輝く魔法陣が現れ、刹那純白の光が彼女たちを包み込んだ。

 

同時に外でも2か所を閃光が包み込む。

 

突然の出来事に理解が追いつかず、ただ閃光をもろに見てしまい、海神は両目を抑えて地面に転がった。

 

無防備になってしまうことは重々承知していたが、かといって目の痛みは耐えられるものではなかった。

 

やがて閃光が収まっても、海神はまだ床に転がっていた。

 

足音が刻々と近付いてくる、自分はいま身動きがとれない。正確には動けないわけではないのだが視界が奪われているために動くことが無謀なのである。その状態ではもはや多数相手に勝ち目はない。彼は本気で死を覚悟した。

 

だが、足音は自分を囲むように周囲で唐突に止まり.............そこからなんの行動もない。

 

なぜだ?と心中でいぶかる海神に、上から遠慮がちに声が掛けられた。

 

「あー............念のために聞くけど、君って『男に偽装していた女』じゃないよね? 」

 

意味不明な質問に海神は混乱して思わず声を張り上げた。

 

「馬鹿な、そんはずがないだろ...........ってえええええええ!!??」

 

途中から悲鳴になっているのは自分の声の変化に気付いたからである。

 

確かに数分前まで正真正銘の男だったはずの海神は、女になっていた。しかもなぜか原形をとどめない金髪ナイスバディの外国人女性の姿に。

 

 

「護.............この現象の理屈分かる? 」

 

半ば呆れ気味、半ばすがるような声で聞く哀歌に、彼女の肩に手を置き護は首を振りつつ言った。

 

「どういう理屈かまでは正確には思い出せてないけど、この現象の名前なら知ってる。この現象の名、それは御使堕し(エンゼルフォール)。とある人物が偶然作り上げてしまった過去に例をみない大魔術だよ 」

 

 

<オリキャラ紹介>

1.禍島冷持

 

学園都市統括理事の1人にして、人造神計画の発案者である車いすの老人。

 

2.建雷剣夜

 

人造神の1人であり、禍島が保有する私兵集団『神裔隊』のリーダーである少年。かつては咲耶の仲間だった。

 

3.アレプーリコス

 

人造神の1人である本名不詳の中華系の美少女。常に奇妙な面をかぶっており力を使うときだけ素顔が明らかになる。高杉との戦闘時は妖狐の力を使用。

 

4.ヨハン

 

本名不詳のドイツ人ベースの人造神。無口で時々ドイツ語が日本語に混ざる。巨人の人造神であり、体の一部、または複数を巨人化させることができる。

 

5.海神湊

 

人造神の1人で、青髪に青瞳の青年。戦闘中は軽薄な口調でしゃべる。海の神の人造神でありギリシャ神話のポセイドンの力をモデルにした力を使う。



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とある事務所の訪問者

御使堕し(エンゼルフォール) の発動から一夜明けた、8月19日。

 

護はSAS事務所の机に突っ伏したまま朝を迎えた。どうやら、うつらうつらしているうちに本当に寝てしまったらしい。

 

隣の椅子では哀歌が同様に静かな寝息を立てて机に手を組んだ状態で乗せて眠っているし、部屋に置かれた長椅子ではセルティが毛布をかけ布団代わりにして寝ている。

 

部屋には咲耶と希の姿はなく、アウレオルスだけがモーニングティーをしている。

 

昨夜の戦闘で攻撃を喰らい気を失った希は別室で寝かせられており、また咲耶の場合は哀歌が術式により拘束した人造神、海神湊への尋問を地下室で行っているため同じくここにはいない。

 

「起きたか、ウォールリーダー 」

 

紅茶の入ったティーカップを机に置いたアウレオルスは椅子を引いて立ち上がると、護の方に目線を向けた。

 

「アウレオルス...............相変わらず早起きだね。希の容体は? 」

 

「当然、彼女の容体は安定している。後数日安静にしておれば問題ないであろう 」

 

それは良かったと安堵のため息をついたところで、地下室から咲耶が上がってきた。

 

「あ............おはようございます護さん 」

 

そう遠慮気に言う彼女はどうやら主人格に戻っているようである。

 

「おはよう...........捕らえた人造神の............えっと海神だっけ?彼からなにか情報は取れた? 」

 

護の言葉に咲耶は少し困ったような表情を浮かべながら応えた。

 

「それなんですけど...............さっぱりなんです。変質的なまでに禍島に忠誠を誓っているようで、第2人格がどれだけ尋問しても口を割らないんです..................それに見た目がああなってるんで記憶として残る私にはちょっと耐えられなくて.............」

 

彼女の話によると、見た目が金髪ナイスバディの外国人女に変っている海神に、仲間を殺そうとした敵と分かっていても主人格の咲耶はその性格のせいで、それ以上我慢して傍観することができず、強引に第2人格を押しのける形で体の主導権を握ったらしい。

 

「まあ確かに................あの外見になっているからね................... 」

 

彼女が躊躇いたくなる理由が護にはよく分かる気がした。エンゼルフォールの影響で現在、この世のわずか一握りの例外を除いたほぼすべての人間の外見が入れ替わっている。

 

昨夜、ほぼ半壊したホテルの一室の後処理に来た工作員たちの姿に護は思わず噴き出しそうになったほどだ。

 

なにしろ来たメンバーの外見が、老人やら幼児やらだったのだ。

 

まあ、訳分からんことにその外見できっちり後片付けを終わらせたので問題はなかったのだが、正直、御使堕し(エンゼルフォール)の理屈が分からない護としては冷や汗ものだった。

 

一夜明けたからと言ってその状況が変わるわけでもなく、正直外に出るにも気が引ける護なのであった。

 

 

護が現在いるのはSAS事務所である。そしてSASは表向きとしては万屋、つまりは何でも屋として存在している。

 

万屋とは、様々な意味合いをもつが、SASは世間一般的な認識からすれば探偵会社、あるいは調査会社的な色合いを持っている。

 

そのため、浮気調査や噂の真偽についての依頼、行方不明者の捜索以来、場合によっては武装無能力者集団(スキルアウト)関係の依頼さえ舞い込んでくる。

 

主に受付と客の相談に乗るのがアウレオルス。尾行や聞き込み、内偵などを行なうのが佐天と咲耶。そして場合によって実力行使を請け負うのが咲耶である。

 

もっとも佐天に関しては学校生活との兼ね合いもあるため、そう頻繁に一員として働けないのであるが、現在は夏休みということもあり積極的にSASの一員して動いている。

 

もともと趣味が都市伝説や噂話を追求することであっただけはあり、依頼された事案に関わる各種情報の収集に佐天は非常に長けており、パソコンや電子機器を使った情報収集のプロである初春とはまた別の天才と言えるかもしれない。

 

また、初春のスカートを挨拶代わりにめくるというセクハラな面はあるものの、気さくで陽気で気遣いがきく佐天はSASを訪れる依頼者に好印象を与えており、店の看板娘となっていた。

 

そんなSASはその創設に関わる重要な関係者である護の仲間たちが囚われるという事態になったとしても、それが理由で臨時休業とすることはできない。それをしてしまえば自分達がウォールと完全な繋がりを持っていることを宣伝しているようなものだからだ。

 

それで、当然ながらSASは8月19日も朝から営業しているわけなのだが、その客がやってきたのは太陽が真上に昇り、そろそろ昼食の準備をするかと人々が動き出す午前11ころだった。

 

 

「ようこそ!私、佐天涙子って言います 」

 

「涙子さんね?初めまして。私は淡雪って言いますの 」

 

SASの玄関で出迎えた佐天ににっこりとした笑顔を向けたのは、純和風の着物を着た20代前半の女性だった。

 

髪は美しい銀髪だが、瞳は黒、顔つきもアジア系............というか日本人に近い。だがその髪は染めているという風にも見えない。 言葉遣いはお淑やかな感じでなんというか上品な感じの、気品といったものが感じられる。

 

同じような言葉遣いでも、とある風紀委員(ジャッジメント)の少女とはえらい違いである。

 

「こちらにどうぞ。すぐに担当が来ますから 」

 

居間の中央付近に置かれているソファーに彼女を案内した佐天は、お茶や簡単な手製ケーキなどを出して、接待する。

 

奥の部屋から護が出てくる。ちなみにアウレオルスは別用で現在は対応ができない状況である。

 

アウレオルスは元々、ローマ正教所属の隠秘記録官(カンセラリウス)という役職についていた。

 

隠秘記録官とは、作品中ではステイルによって魔術の使用傾向と対策を魔道書として書く仕事と語られているが、具体的にどんなものかは判明していなかった。

 

護達の仲間となったアウレオルスは、魔術世界の一員としての歴史が浅く、使える魔術の幅が狭いセルティなどの為に魔道書を書く作業を進めていた。

 

たいがい依頼がない時はアウレオルスはその作業に2階の私室で取りかかっているのである。

 

 

「失礼。代表が急用でこれないので代理として僕が担当します 」

 

「いえ、お気になさらなくてもよろしいですわ。アポもなしにいきなり来たのはこちらなのですから 」

 

そう言って頬笑みを浮かべる彼女に護と佐天も自然に表情が緩む。

   

彼女は自分の名を冬木淡雪と名乗った。本当にその名にふさわしい透き通った白い肌と銀髪を持つ彼女を若干、佐天はうらやましげな目線を向けた。

 

「それで、いったいどんな依頼があってここへ? 」

 

佐天の問いに淡雪は、その持ってきていた手提げ袋から1枚の写真を取り出し机に置いた。

 

「この写真の人を探していただきたいのですわ 」

 

彼女が置いた写真を上から覗き込むように佐天と護が覗き込む。

 

その写真に写っていたのは、パッと見7、8歳くらいの少女だった。はっきりって幼児の年齢である。学園都市七不思議の1つに指定されている小萌先生を(あくまで外見年齢としてだが)超える若さである。

 

その写真を凝視し、向かい合っている淡雪を見つめ、再び写真に目を戻し、もう一度淡雪を見つめた護は恐る恐るといった感じで問いかけた。

 

「あの..........この写真の女の子とどういった関係なんですか.........?」

 

「この子は.............私にとって絶対に会わないといけない存在なんですのよ。でも少し事情があって警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)の手を借りることはできないのですわ 」

 

「事情..................それは、裏側の事情ですか?」

 

「はい...........ここに来たのも、この万屋SASが学園都市の裏側にある組織と繋がりを持っているとお聞きしたからですわ 」

 

その言葉は、目の前の20代の女性、淡雪も何らかの形で裏側に属していることを示す。

 

「..................確認したいんですけど、あなたが探しているこの写真の子も、裏側の人間なんですか?」

 

「はい。そうです 」

 

「その子の名は? 」

 

「グランドマザー 」

 

淡雪の言葉に護と佐天は怪訝な表情になる。彼女の発した英語の意味が分らぬ訳ではなく、意味が分かるからこそそのような表情になった。その言葉は写真の少女にはふさわしくないよう思えたからだ。

 

「それが名前なんですか? 」

 

「いえ..........その小さいのにとても大人びた子だったのでそんなあだ名がついていたのですわ。実は私もその子の名はしりませんの。いつもあだ名で呼んでいたものですから............ 」

 

淡雪の言葉に、それにしてもお婆ちゃん(グランドマザー)はないだろうと内心思った佐天だったが、そんな気持ちは御くびにも出さず淡雪に笑顔を向けた。

 

「裏側ってことは護さんとかみたいに能力者のグループの一員なんですか? 」

 

佐天の質問に淡雪は軽く首を傾けて、クエスチョンマークを頭の上に浮かべる。

 

「ごめんなさい。私、能力者の定義を知りませんの。ただ力を持っているかという質問になら、そうだと応えられますわ 」

 

「それは、どういう意味です? 」

 

若干警戒気味に聞く護に対して淡雪はあっさりと言葉を放った。

 

「人造神........ってご存知でしょうか? 」

 

その言葉に場の空気が凍りつく。護は佐天の前に立ちとっさにその右腕を淡雪に向ける。

 

事情が読み込めない佐天が硬直する中、淡雪は深い溜息をついて言った。

 

「その反応を見る限り、すでに人造神と遭遇済みのようですわね。でも安心して下さいな。私は『計画』には参加していませんから 」

 

「君は人造神なんだろ?なのになんでそんなこと言えるんだ? 」

 

「人造神と遭遇しているなら、すでに知っていらっしゃるかもしれませんが................人造神計画によって生み出された『成功体』の中には自分の意思で計画の発案者である禍島の手から逃れた個体が少数いるのですわ。私もそんな個体の一人ですのよ 」

 

そう言われて護は咲耶の存在を思い出した。彼女の話によると剣夜という仲間に連れられる形で彼女は研究所から逃げ出したということだった。

 

その話は、淡雪の語る内容と一致している。

 

「君は、なんの人造神なの? 」

 

「私は『山神』の人造神ですわ。体内に宿すのは『雪女』の御神体。人造神の成功体の中ではランクが低い方の個体ですわよ 」

 

そこでさっぱり話についていけていない様子の佐天が手を上げた。

 

「あの.............良く話が読めないんですけど..........つまり淡雪さんは神様で、誰かに作られた人造人間の神さまで、悪い奴に造られたけど、そいつから逃げ出して、今は知り合いを探しているって思ってよいんですか........? 」

 

「そう思ってもらって結構ですわ 」

 

淡雪の言葉に安心した表情を浮かべる佐天。

 

「それじゃあ話を進めますけど............この写真に写っている子はあなたの関係者なんですよね?ってことはもしかしてこの子も............... 」

 

「はい。彼女も人造神ですのよ 」

 

当たり前のように頷く淡雪に護は正直驚いたが、よく考えてみれば当然と思い直す。

 

人造神である仲間の一人、咲耶は人造神は死体を元に造られた存在なのでその外見と実年齢は必ずしも一致しないと言っていた。

 

そのことを踏まえて考えれば、写真の少女........いや幼女が人造神だとしてもなんらおかしくはない。

 

「えっと............この写真の子はどんな人造神なんですか? 」

 

「それは私も知りませんの。私もそんなに長い付き合いではなっかたですし彼女が力を使ったところを見たことがありませんのよ 」

 

「そうですか................ここまで話を聞いてしまった以上僕からも話すべきだと思いますから明かしますけど、僕達『ウォール』は一週間ほど前にこの写真の子と非常によく似た女の子を保護したことがあります 」

 

驚く淡雪に護は事情を話した。

 

話は、護が御坂から絶対能力進化計画(レベル6シフト)計画の阻止のための協力を要請されたころまで遡る。

 

初めての要請があった時から、実際に行動の依頼があった日までの数日間、護はウォールの一員として通常業務を行なっていた。

 

そんな時、ウォール下部組織構成員から外部からの侵入者の情報がもたらされた。

 

ただちに護以下ウォール正規構成員は現場に向ったのだが、そこにいたのはクマの人形を胸に抱き、目にいっぱい涙をためてへたり込んでいる幼女だった。

 

報告してきた下部構成員から事情を聞いたところ、どうやら彼の勘違いでたまたま親戚に連れられて学園都市に来ていた少女をデータに登録されていなかったので外部侵入者と誤認したということだった。

 

あまりにも幼稚なミスに高杉などはその構成員を殴りつけそうな勢いで叱責したが、やってしまったものは仕方ないということで、とりあえずその構成員は護の権限で組織から解雇し、幼女は近くの風紀委員(ジャッジメント)支部に迷子として届け事件は一件落着した。

 

だが、その幼女が『人造神』だったとすると話はとんでもないことになる。

 

護達はみすみす脅威になりうる人物がが学園都市内部に入るのを、見逃してしまったというわけだ。

 

現時点ではその幼女、グランドマザーを脅威とは判断できない。だが、否定する材料がないのも事実である。

 

「じゃあ、グランドマザーはこの街にやっぱり............ 」

 

「ええ、居ると思います。後で風紀委員(ジャッジメント)の一人から聞いたところによると保護者と名乗る男が訪れて彼女を連れて行ったそうです。もしこの写真の子、グランドマザーが人造神だとすれば当然親は.............」

 

「最近に死んだ死体から造られていればあり得なくもないですけど..............私の聞いている限り、彼女の親はとうに無くなっているはずですわよ 」

 

となると、その親を名乗った男は何者なのか。

 

「その時の聞いた話だと、グランドマザーは男に連れられるとき別段抵抗もせず嬉しそうに笑顔を浮かべて自分から男に向っていったらしいんだ。となるとその男と何らかの関係があったと思うんだけど..........淡雪さんはなにか知りませんか? 」

 

「グランドマザーは私が研究所から逃げ出した直後に出会った初めての人造神で色々と助けてくれましたけど..............何かの組織に属しているという風でもなかったと思いますし、少なくとも私と共に行動していたころは私以外の誰かと積極的に交流する様子もなかったと思いますわ 」

 

要するに彼女と共にいた時代のグランドマザーに少なくとも彼女からの目線では他者、あるいは組織との交流は無かったということになる。

 

となるとグランドマザーが幼女の演技までして男についていったのは、なぜなのだろうか?

 

謎が謎を呼ぶ形となってしまい頭を抱える護だったが、悩んでいてもこの少ない情報だけで謎が解けるはずがない。

 

「とにかく、依頼は引き受けました。どの道今はウォールも人造神に関わるごたごたに巻き込まれている状況ですから同時進行で調べていきますけど、それでも構いませんか? 」

 

「それで充分ありがたいですわ。よろしきお願いします 」

 

そういって花のような笑顔を見せる淡雪に護と佐天が和んだ表情になったその時だった。

 

突然護のポケットに入れていた携帯電話が振動した。

 

携帯の発信者表示にのっている名は『竜崎哀歌』。

 

「哀歌?どうした? 」

 

「護、襲撃を受けた!現在学園都市外部のどこかのビルの内部で戦闘中!」

 

護は自分の耳を疑った。哀歌は淡雪が来る少し前に屋上へ風に辺りに行っていて今もそこにいるはずである。

 

「なんで学園都市外部に!?屋上にいたはずだろ!」

 

このSASの建物全体は哀歌、セルティ、希の三人が三十重ねに築き上げた魔術的な警戒網で覆われている。もし人造神が侵入していたのならその魔力が警戒網に引っかかっているはずである。

 

だが事実は護の予想の上を行っていた。

 

「屋上にいたところを後ろから誰かに触れられたの!その直後に今いるビルに移動させられたのよ!まるで瞬間移動みたいに! 」

 

哀歌の言葉に護の中で、ある推論がうかんだ。

 

よくよく考えてみれば当然のことなのだ。そもそも相手が学園都市統括理事の1人であるならば考えられない事態ではなかった。

 

「哀歌、瞬間移動みたいなんじゃない。きっと瞬間移動させられたんだ 」

 

「え?どういうこと!? 」

 

「言葉通りの意味だよ............. 」

 

護はその最悪の推論を言葉にして発した。

 

「今哀歌を狙ってきた敵は能力者ってことだよ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある三者の冷酷宣言

通話中の哀歌は携帯を耳に当てながら信じられない思いで護の言葉を聞いていた。

 

哀歌的な認識としては、今回の敵はあくまで人造神であって、それさえ殲滅すれば敵の実質的な戦闘力は失われるというものだった。

 

だがもし、人造神計画側に能力者が与しているとなると、事情は大きく変わってくる。敵の戦力は護達総出でも対処しきれない可能性があるからである。

 

学園都市は少なくとも20年前にはすでに能力者を生み出せる状態にあったことが知られている。

 

ということはその当時、学生として街にいた人物の中にいた能力者が幾人もいたこととなる。

 

その中に、学園都市統括理事の1人である禍島の下についている者がいてもおかしくはない。

 

「これも僕の知識として聞いてほしいんだけど............学園都市暗部組織と上をつなぐ仲介役として何人かの人間が存在するのは哀歌も知ってるよね?そのうち一人の人物は自分自身は学生ではないにも関わらず複数の心理系能力者(テレパス)を従えていたんだ。そこから考えられのは学園都市上層部配下に過去の能力者がいるという可能性........... 」

 

「なら複数の能力者と敵として戦わなきゃいけない可能性もあるってこと.......ね! 」

 

護への返答を行ないながら、こちらに向けて飛んできた椅子をはじき返す哀歌。恐らく前方から来る黒づくめの武装集団の中に念動系能力者がいるのだろう。

 

ビルの内部に置かれていただろうと思われるコピー機やら椅子やらが次から次へと哀歌に向けて飛ばされてくる。

 

それに加えてその念動力者以外の者によるだろう銃撃も加えられている。

 

だろうというあいまいな表現なのは黒づくめの武装集団の全員が銃器を所持した状態で向ってきているからである。

 

「とにかくこのビルを脱出して学園都市に戻るしかないわよね?今の状況を切り抜けたらまた連絡する!セルティと希に私の魔力を探知させておいて! 」

 

そう言って通話を切ると、哀歌はその両腕を竜人のものに変化させる。

 

元来、竜人への変化がなくても怪力を発揮する哀歌だが部分的にせよ竜人化すればその能力は格段に向上する。

 

銃撃を避けビルの一室に逃げ込んだ哀歌は、その部屋の入って左側の壁を問答無用の正拳突きで破壊し、隣の部屋へと移り、直後隣の部屋のドアを思いきり蹴りつけて吹き飛ばす。

 

当然、ドアの向こうにいた武装集団メンバーの何人かがドアと一緒に吹き飛ばされ比較的広い廊下を吹きとんで窓ガラスをぶち破って落下する。

 

ぎょっとして身を固めるメンバーに哀歌は悪魔の笑みを向けて言った。

 

「次に跳びおりたいのは誰? 」

 

なにやら悲鳴を上げながら銃を乱射するメンバー達だったが、それより早く哀歌が彼等の懐に潜り込みそのみぞうちに一発ずつ入れて黙らせる。防刃防弾チョッキに対衝撃用スーツを着ていたメンバー達だったがそれだけでは人外である哀歌の攻撃を防げはしない。

 

あっという間に20人ほどいた武装集団は半分以下の8人ほどに減らされてしまった。

 

「この程度でウォールの一員である私を倒すつもりだったの?...............片腹痛いわ 」

 

哀歌は床に転がり気を失っている武装集団メンバーの一人をスーツを無造作に掴んで掴み上げると勢いよく残りのメンバーに向けて放り投げた。

 

人が投げたとは思えないスピードですっとんだメンバーの1人は、残存8人のうちさらに2人ほどを巻き添えにして廊下の端にある壁に大きくめり込んで意識を失う。

 

明らかに逃げ腰になる武装集団だったが、その中で1人だけ。一歩も引かずこちらに顔を向けるメンバーがいた。

 

黒づくめの武装集団は全員がその顔をガスマスクのようなもので覆っているため性別は分からない。

 

だがその体つきから察して女のように見える。

 

「この状況で.........下がらないなんて........大した度胸ね? 」

 

哀歌の言葉に女だろうと思われるそのメンバーは無反応だった。

 

だが直後、哀歌の全身に不可視の力が襲い掛かった。

 

「!? 」

 

一瞬で哀歌の体は先ほどの男達とは逆側の廊下の壁に吹き飛ばされめり込んだ。

 

全身の痛みに口元を歪めながら、哀歌は体を動かして壁から抜け出、廊下の向こう端にいるメンバーを見つめる。

 

相変わらずじっと佇むそのメンバーに向けて哀歌は叫んだ。

 

「あなたはいったい何者!? 」

 

その言葉にメンバーは初めて反応を見せた。

 

ゆっくりとした動作でガスマスクを外し素顔をさらしたのだ。

 

その素顔を見た哀歌は絶句した。

 

「なに?どうしたのよ哀歌?私の名前忘れちゃった? 」

 

武装集団メンバーの1人であったその人物は哀歌の予想通り女だった。流れるような美しい金髪に青い瞳、ヨーロッパ系の顔立ちをしている美少女。

 

「なんで.............そんな.......... 」

 

「そんなに驚かなくても良いじゃない。知らない仲じゃないでしょう? 」

 

親しげに哀歌に向けて歩いてくる少女の名は。

 

「あなたが私、クリス・エバーフレイヤを知らない訳がないわよね? 」

 

その瞬間、哀歌は驚愕の中、同時に疑問を抱いた。

 

護の説明によると偶然発動した大魔術『御使堕し(エンゼルフォール)』では、魔術的な結界などで身を防いだごく一部の例外を除いてほぼすべての人間の外見が入れ替わるはずである。

 

だが、目の前にいるクリスにはその変化はない。

 

「(クリスの中にあるアイルランド神話の『女神の素質』がそうさせたのか、あるいは他に理由があるのか..................)」

 

考えをめぐらす哀歌だが、そんな考えを中断させるかのようにクリスが言葉を発する。

 

「これ以上犠牲を出したくないのよ哀歌。あなたも早く捕まってくれない? 」

 

「それは無理..............だいたいなんでウォールのメンバーであるクリスが仲間を攻撃しようと...........」

 

「え?なに言ってるの? 」

 

本当に理解できないと言った表情で首を傾げたクリスは直後に哀歌にとって信じられない言葉を放った。

 

「あなたが仲間だからウォールが行っている洗脳から助けようとしてるんじゃない 」

 

哀歌はクリスの言葉を理解するのに数秒必要とした。

 

「何を言ってるの?..........あなたは護をリーダーとする暗部組織ウォールの一員で古参格の1人。護の意思に真っ先に賛同したメンバーじゃない! 」

 

「よほどひどく洗脳されてるようね.............なら実力であなたを取り戻す 」

 

刹那、哀歌は廊下沿いの窓に向ってタックルをかまして外に飛び出した。

 

それと同時に放たれた不可視の衝撃波が哀歌が直前までいた廊下や壁を粉々に吹き飛ばす。

 

落下していく哀歌に向けてどうやら通報によって駆け付けたらしい警官達が拳銃を向ける。

 

機動隊らしきものまで来ているところから見るに、事前に銃器犯罪として通報されていたのだろう。

 

そのまま一台のパトカーの上に着地し、ボンネットを大きくへこませた哀歌は一応頭を下げて近くの警官に謝りながら、全力でビル前広場から離れるため駆けだす。

 

「止まれ! 」

 

「止まらんと撃つぞ! 」

 

制止と警告の言葉を発する警官たちを無視して走る哀歌。

 

正直なところ学園都市外部の装備で身を固めた警官たちは哀歌にとってさほど脅威ではないためだ。

 

だが突如警察官たちのいる方角から明らかに異質な攻撃が放たれた。

 

聞き覚えのある轟音とともに、哀歌のやや右側の地面が大きくえぐれる。

 

嫌な予感を抱きながら後ろを振り返った哀歌はそこに、予感通りの人影を見た。

 

「まったくアンタも世話かかるわね 」

 

その黒髪の前方に火花を散らせながら手の中のパチンコ玉を転がす少女。

 

学園都市レベル5の第3位である『超電磁砲(レールガン)』、御坂美琴と瓜二つの外見を持つ少女。

 

彼女の名は。

 

「この御坂美希がアンタを止めるわ! 」

 

空中に無数のパチンコ玉を放り投げる美希。

 

それを見て慌てて哀歌が体を動かした直後、中に浮かぶ無数のパチンコ玉が凄まじい勢いで次々と連射された。

 

美希が独自に編み出した技、『超電速射(レールバルカン)』。

 

その攻撃を全て紙一重で躱しつつ哀歌は、近くに設置されている自動販売機をその怪力で片手で持ち上げ勢いよく美希に向けて放り投げる。

 

かなりの重量をもつ自販機が垂直に美希に向って飛ぶが彼女に焦りの表情はない。

 

冷静に自販機を見つめながら美希はその手から雷撃の槍を放ち自販機をはじき返す。

 

さすがに哀歌のいる場所までははじき返されなかったが、それでも哀歌の表情に焦りの色が浮かぶ。

 

哀歌の戦闘能力の全てを解放すれば、この場もろとも全てを破壊することができるだろう。

 

『破壊大剣(ディストラクション・ブレード)』を現出させる完全な竜人化させ行なってしまえばそれで済む話でもある。

 

だが他の武装集団メンバーはともかく、なぜか敵となっているクリスと美希相手に『死なせるリスク』がある術式及び技は使えない。

 

かといって今の状況では手詰まりである。

 

すでにビルから出てきたクリスが狙いをつけようとしているし、攻撃を外された美希も電気を周りに走らせながら攻撃の準備を整えている。

 

もはや敵の手から逃れるには上空からしかない。そう判断した哀歌は足に力を込めるが、直後背後から体に重く冷たい感触が伝わった。

 

「降伏しろ哀歌。この距離からじゃいくらお前でもばらばらだぜ?なまじ半竜人の状況のお前じゃな 」

 

その声にも哀歌は聞き覚えがあった。むしろ先の2人の実例があるから予想さえしていた。

 

「高杉..........あなたもなの? 」

 

「そうだよ 」

 

哀歌の背中にその得物、機能性炸裂弾射出器を突きつける銀髪に黒い瞳の少年、高杉宗兵は哀歌の問いに残酷なまでに当たり前のように答えた。

 

「今の俺達は、竜崎哀歌。お前の敵だよ 」

 

 

 



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とある広場の大魔術

「降伏しろ哀歌。これ以上抵抗すれば死によってしかウォールの、護の洗脳から解放できなくなっちまうぜ?」

 

哀歌の背後で彼女の背中に銃口を突き付ける高杉の声には一切の迷いは感じられなかった。

 

哀歌はその声からそれを理解し、内心首を傾げた。

 

現在攫われて行方不明になっていた3人はなぜかウォール、及び護を敵視している。

 

だが哀歌の名を憶えていることから、ある程度の記憶や意識は行方不明前と同一だということが分かる。

 

状況から考えられるのは、何らかの方法で3人は部分的に記憶を変化、あるいは削除、追加されているというものである。

 

もし魔術的な方法でそれが為されているとしたら、哀歌にはその変化が見抜けるはずであり可能性としては薄い。となると残るのは科学的な方法、学園都市の先端科学技術や心理系能力(テレパス)を用いた方法である。

 

哀歌は科学サイドの知識でいえば他のメンバーと比較して疎い面はあるものの、学園都市の科学技術を使えば人の人格や記憶も変化可能な可能性は想定できた。

 

さらに今回の敵は外部組織ではなく内部組織、学園都市統括理事の1人の可能性が高い。統括理事ともなればそれらの技術を保有していても可笑しくはない。

 

「私は、高杉やクリスや美希が何と言おうと護の仲間............殺せるものなら殺してみたら? 」

 

哀歌の言葉に溜息をつき首を振った高杉は冷静に引き金にかけた指に力を込める。

 

「じゃあな、哀歌 」

 

その引き金が容赦なく引き絞られようとした次の瞬間だった。

 

突然、哀歌と高杉の周辺から人の気配が消えた。

 

「? 」

 

その変化に高杉が一瞬気を取られた隙をつき哀歌はそのままの位置から高杉に向けて後ろ回し蹴りを喰らわせ後方に派手に吹きとばす。

 

体勢が戻るのを待たず、クリスが念動力によって操る無数のパチンコ玉や美希の放つ雷撃の槍が哀歌に襲い掛かるが、それらの攻撃は突如ぱっくりと口を開けた地面から現れた巨大な掌によって防がれる。

 

「これは、人払い............来てくれたの........? 」

 

「当たり前だろ!俺達救民の杖はまだロンドン塔での恩を返せてねえんだよ! 」

 

地面から掌の後に上がってきたのは、杖を持ち、学生服のような物の上にローブをはおった少年。魔術結社『救民の杖』のゴーレム使い、ダビデだった。

 

「良くは分からんが。助ける予定だった3人が裏切ったのか!? 」

 

「それについては現時点では良く分からない.......今は引き上げて護に報告しなくちゃいけない....」

 

「了解。そういうことならこの3人の相手は俺がするからお前は穴を通ってナタリーと合流しろ!穴の出口で待機しているはずだ! 」

 

「本当に1人で大丈夫?あの3人はかなりの手だれよ? 」

 

「むしろそれならそれで腕が鳴るってもんだぜ。一度本気でウォールの主力とやってみたかったんだ。夢がかなってもう死んでも悔いはないくらいだ!いいから早く行け! 」

 

ダビデの言葉に、彼を見、穴を見、もう一度彼を見つめた哀歌は意を決したように頷くとダビデのゴーレムが出てきた穴に飛び込むように入っていった。

 

人払いによって警察官たちが全員姿を消し、高杉、クリス、美希しか残っていないビル前広場でダビデは薄く笑いながらそのローブの内部から小型の旧式爆弾を取り出し両手に握る。

 

「さあて能力者2人相手は俺でもさすがにきついからな。早めに終わらせて貰うぞ! 」

 

言葉と共に両手に持っている爆弾を放り投げたダビデは同時に腰のチョーク差しから引き抜いたチョークで地面に陣を描く。

 

高速で描かれた陣が光を発し、次の瞬間には陣の描かれた範囲のコンクリートや土くれが剣やら槍やら弓やら旧式銃やらを装備した人造兵士(ゴーレムソルジャー)へと姿を変える。

 

同時に広場の中央付近上空に投げられた爆弾も空中で爆発を起こす。

 

爆弾からまき散らされたのは色様々な着色料。それらが地面に複雑な文様を描きだし、その文様を下から突き上げるように破り、2体の見上げるような巨体のゴーレムが姿を現す。

 

「第1柱、異端神バアルと第2柱、大公爵アガレスだ。この2体だけで敵を相手にするのは久しぶりだが...............72体を繰り出した時より1人1人の魔力は増大している。ただで帰れると思うんじゃねえぞ! 」

 

異端神バアルは、カエル、猫、王冠をかぶった人間の3つの顔を持つ悪魔であり、古代イスラエル王ソロモンが使役したと言われる『ソロモン72柱』と呼ばれる悪魔たちの中で最上位の第1柱とされている。

 

大公爵アガレスも同じく72柱の1人であり第2柱とされている悪魔である。クロコダイルに乗った青褪めた老人が手にオオタカをとまらせた姿で現れるとされている。

 

ダビデのゴーレムも当然ながらその要素を受け継いでおり、バアルは中央に王冠をかぶった老人の、左に猫の、右にカエルの顔を持った3本首の、巨大な剣を構えた姿となっている。

 

また、アガレスは記述と同様に巨大なワニにまたがってオオタカを左腕に止まらせ右手に杖を持った老人の姿となっている。さすがに青褪めた顔までは表現出来ていないが、それ以外は記述通りの姿であった。

 

2体はそれぞれに狙いを定めて動き出す。

 

バアルが狙ったのは美希、アガレスが狙ったのはクリス、そして無数の人造兵士(ゴーレムソルジャー)達は均等な数に分かれて2人に向けて襲い掛かる。

 

高杉は先ほど回し蹴りを喰らわされてふきとび意識を失っている。ダビデにとっての敵はクリスと美希のみとなっていた。

 

足が速く軽量な人造兵士達が次から次へと美希とクリスに襲い掛かるが、美希に襲いかかろうとする者は近づく前に電撃で吹き飛ばされ、あるいは砂鉄の波に飲み込まればらばらにされ、クリスに襲いかかろうとしたものは、その念動力により近づく間もなく吹き飛ばされたり真上から叩きつぶされたりする。

 

はっきり言って人造兵士たちは2人に到達すらできていなかった。

 

だが時間稼ぎと意識をそちらに逸らすことには成功した。

 

2人の意識が人造兵士達に向いている隙をつき、本命であるバアルとアガレスの両ゴーレムが攻撃を仕掛ける。

 

バアルはその右手に握る剣を勢い良く振り上げる。剣先が丸く刺突攻撃を無視した様式となっている斬撃専用の剣でありその刀身には凝った装飾が施されている。名はエクゼキューショナーズ・ソード。その名『処刑(エクゼキューショナーズ)』が示す通り本来は中世ヨーロッパにおいて高貴な者の処刑の為に使われていた剣である。

 

バアルの行動から攻撃を予測したらしい美希は、いまだ周辺に纏わせている砂鉄を一か所に瞬時に集める。

 

次の瞬間、バアルの剣と美希が瞬間的に作り出した砂鉄の剣が激突した。

 

轟音と火花が散る中、美希は信じられないといった声を上げた。

 

「なんで砂鉄で斬れないのよ!? 」

 

美希の砂鉄の剣は高速振動する砂鉄によって鋼鉄や複合装甲すら切断する切れ味を発揮する。

 

だというのにバアルが振り下ろした、土くれから形作られたはずの剣を砂鉄の剣は切断することができない。

 

空中でエクゼキューショナーズ・ソードと砂鉄の剣は拮抗している。それが美希には信じられなかった。

 

剣が切断できないと見た美希は体を直接攻撃するため砂鉄の剣でバアルの剣を押しのけ正面から刺突を仕掛ける。

 

だが、バアルは予想していたかのようにその巨体から想像できないような軽快な動きで体を横にして躱し、その態勢から横薙ぎの斬撃を放つ。

 

イギリス清教の魔術師、シェリー・クロムウェルが使役していたゴーレム・エリスを知っている護がこの光景を見たら目を疑ったかもしれない。彼女が使役していたゴーレムはこんなにも軽快な動きをすることはできず、またこれほどまでの強度を持たなかった。

 

彼女はゴーレムを使役するにあたりヘブライ圏で神殿の守護者とされていたゴーレムをイギリス清教風の解釈を持って十字教における4大天使とむりやり対応させていた。いわばユダヤ・ゴーレムの変化体とでも言うべき存在だったゴーレム・エリスだったが、変化体であるがゆえにユダヤの魔術師たちが受け継いできたゴーレムの技術を完全に再現できていなかったと言えるだろう。ユダヤの魔術結社救民の杖随一のゴーレム使いであるダビデの作りだしたゴーレム達はゴーレム・エリスをはるかにしのぐ性能を持っていた。

 

慌てて砂鉄を横向きに集める美希だが、その量は圧倒的に足りなかった。

 

互いの剣が切れ味で拮抗している以上、その差を決定するのは2つ。重さと大きさである。

 

横薙ぎの斬撃を急いでかき集めた砂鉄による剣で防ごうとした美希だったが、先ほどまでのような巨大な砂鉄の剣を作ることはできなかった。倍近い大きさを誇る処刑用剣(エクゼキューショナーズ・ソード)の横薙ぎの一撃をかろうじて受け止めることには成功したが、その衝撃と勢いを抑えることはできず、彼女の体は後方に吹き飛ばされ一気に地面に叩きつけられる。

 

「美希! 」

 

美希の状況に気付いて彼女の方に向おうとしたクリスだったが、その彼女に向けて狙いを定めるアガレスのその左腕にとまっていたオオタカが突如そのくちばしを開き、鮮血のごとき色彩の光線を放つ。

 

念動力を使って止める間もない速度で迫る光線をクリスは辛うじて避けるが、オオタカは次から次へと光線を放ってくる。

 

それらをなんとか避けながらクリスは術者であるダビデを探す。

 

しかしそんな暇を与えないようにするかのようにアガレスはその巨大な右手に握る杖をクリスに向けて叩きつけてくる。

 

その攻撃を防ぎ、また押し返し、避けてとしているうちにクリスはアガレスの正面の位置に来ていた。

 

「こうなったら直接........! 」

 

クリスはその念動力の全てを前に立つゴーレムにぶつけるべく精神を集中させる。

 

その時だった。

 

「準備完了ってとこか 」

 

突然アガレスの背後から現れたダビデが、その手に握る光り輝くチョークを真上に向けて放り投げる。

 

空中に放り投げられたチョークは突如爆発し、5つの閃光を放つ。

 

放たれた5つの閃光はそれぞれまるで吸い寄せられるように、クリスを遠巻きに囲むように彼女の周囲5か所に着弾する。

 

次の瞬間、先ほどオオタカが放った光線と同色の光の線が地面に巨大な逆五芒星を描きだした。

 

「これは.........!? 」 クリスが異変を感じて動きだすより早く、アガレスがその右手に持つ杖を勢いよく投擲する。

 

まっすぐ飛んだ杖は五芒星の中心に突き刺さる。その瞬間逆五芒星が凄まじい光を放った。

 

「創作術式、五芒大激震(レイダット・アマダ―)! 」

 

ダビデの叫びにクリスが身構えた直後、五芒星に囲まれた地面が大きく振動した。

 

いや、実際にはそう感じたのはクリスだけだったろう。なにしろ五芒星から1キロも離れていない位置にいるダビデは平然と立てているのだから。

 

「アガレスがもつ伝承の1つにはこういったものがあるんだよ。すなわち地震を起こす能力を持つってことだ。もっとも悪魔そのものではない偽物(ゴーレム)に本物(アガレス)そのままの力を再現させるのには無理がある 」

 

五芒星の中にいるクリスにはダビデの言葉を聞いている余裕はなかった。もはや立っていることもできず地面にへたり込んでいる。

 

「そこで可能な限りオリジナルに近づけるために俺が考え出したのがこの術式だ。その逆五芒星の中にいる者は疑似的に悪魔の支配地域に居る者と同等の存在と認識されるようになっている。当然悪魔の支配地域は地獄だ。そして、その地獄で、認識されない支配地域において、当然ながらそこの住人の存在は現実世界、人が暮らす物質世界からは切り離されることになる.......もっとも純粋かつ大量の魔力が必要なんで地面に立つゴーレムをアガレス1体にしなきゃいけない欠点があるけどな! 」

 

彼の言葉を証明するようにすでに広場にバアルと人造兵士たちの姿はなく、ただ崩れた砂や石、コンクリートなどが散らばっているだけとなっている。

 

クリスの視界を閉ざすように五芒星の輝きはさらに激しさを増し、それと同時に彼女を襲う揺れも激しさを増す。

 

「その結果としてその五芒星の中だけで内部にいる人間だけがアガレスの能力を疑似的に再現した幻覚............人間の五感を誤認識させる術式の効果を受けることになるわけだ...............描け! 」

 

ダビデの言葉に導かれるように鮮血のごとき色彩の逆五芒星がさらに広範囲に広がる。その大きさはすでにビル前広場を覆うほどとなった。

 

その星の中心点で何事もないかのように平然と立つアガレスの背中に立ちダビデは高らかと宣言する。

 

「地獄の東方大公爵!従えし31の軍団の待つ深紅の地獄にいざまいらん! 」

 

ダビデの叫びに応えたアガレスが星の中心に突き刺さる杖を引き抜いた瞬間、ビル前広場は凄まじい深紅の閃光に包まれた。

 

それが消えた後、もはやビル前広場には巨大な五芒星の形をした穴しか残っていなかった。

 

 

その様子を某ビルから眺めていた剣夜はため息をついて、呟いた。

 

「さすがに、ただの能力者で魔術師に抗するには無理がある.......か 」

 

携帯を取り出しリダイヤル機能で相手を呼び出しながら剣夜は、すこし口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「だけど...........すでに調整済みの仲間を助けてどうするつもりなのかな?見物だね古門護 」

 

そう言った後で剣夜は少し表情を曇らせた。

 

ぽつりとまるで後悔を述べるかのように聞こえるか聞こえないかの細い声で彼は続けた。

 

「足掻いてみせろ..........かつての僕がそうしたように 」

 

呟いた直後にリダイヤル機能で呼び出した相手と繋がった剣夜は電話の相手、学園都市にいる仲間に言葉を放つ。

 

「禍島様のご指示が出た。我ら神裔隊は4番隊を除く全隊が本計画のために動く。始まるよ...........学園都市を、ひっくり返そう 」

 

 

 

 

 

 

 



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とある2つの暗部組織

「来たアルね、リーダーからの指令が 」

 

学園都市の一角で、禍島率いる人造神たちの集団『神裔隊』のメンバー、アレプーリコスは携帯に来たメッセージを確認して口元に笑みを浮かべた。

 

アレプーリコスは人造神である。とはいっても彼女自体の戦闘能力は、人造神たちに例外なく備わっている、通常の人間を凌駕する身体能力を除けばそう高いものではない。それは高杉との戦闘においてあれだけの火球を操り攻撃を仕掛けながら、彼の身体に直接的なダメージを与えることができなかったことからも明らかだ。

 

それはアレプーリコス自身重々承知している。そして今回彼女に与えられた役割はウォールの主力とぶつかることではない。

 

ウォールの動きをけん制するための阻害活動である。

 

「さて、じゃあまずはここから行くアルね 」

 

アレプーリコスが立ち止ったのは、とある施設の前。

 

その前に止まっている車両をその筋の人間ならすぐに分かったはずである。それは警備員(アンチスキル)の車両だった。

 

躊躇も躊躇いもなくアレプーリコスはその施設内に正面から足を踏み入れる。

 

「ん?なんだ君は……… 」

 

入り口付近にいた警備員の男、突然の訪問者に対して彼が詰問の言葉を述べるのも待たず、レプーリコスは容赦なく男の身体を殴り飛ばした。

 

大の男が小柄で別段筋肉質でもない少女に一気に3メートルほど吹き飛ばされるという、非日常の光景にあっけにとられる施設内の警備員たちにアレプーリコスは口元に微笑を浮かべながら、予定されたセリフを呟いた。

 

「了解、片づけるアルよ、超重力砲(グラビティマスター) 」

 

その一言に唖然とする警備員たちに向けて狐の面を顔につけた少女は、両手に炎を宿しながら襲い掛かった。

 

同時刻、護たちウォールとは違う闇から産まれたとある組織に属する男は、とある個室の中に置かれた安楽椅子に座りこみ、目の前の液晶画面に映しだされている隠しカメラが映し出した警備員詰所の映像を見つめていた。

 

彼には、常人を超えた身体能力で次々と警備員たちを吹き飛ばす少女についても、彼女が両手から次々と放つ爆発する火の玉のことも、気を向ける対象ではない。

 

かれが気をひかれる事柄はただ1つ。彼女が発した一言だ。

 

「これがわれらに対するお前の最終行動だというなら……感謝するぞ、古門護 」

 

男はそのハイテクじみた義手と義足から機械音を発しながら、椅子から立ち上がり、腰元から、学園都市性の小型通信機を取り出した。

 

「これでわれらが戦う大義名分は与えられた 」

 

学園都市のとある詰所で起きた事件は、それ自体は1つの小さな襲撃事件にすぎなくても、水面の一か所に発生した小さな波紋が徐々に広がっていくように、確実に護たちウォールの周辺に脅威として迫ってくる。

 

その第一陣を向かわせる連絡が詰め所から学園都市全域に展開する警備員(アンチスキル)に通達される。

 

『警備員詰め所に対する能力者による傷害事案が発生。不確定情報ながら襲撃者へ実行の指示を出したのは、超能力者(レベル5)第4位 『超重力砲』との情報があり。各員は最大級の警戒行動を実施せよ』

 

その一報は、それだけで流れを作り出す。護たちを狙う流れに。

 

「さて、そろそろ行くぞ……..神裔隊総員、攻撃開始 」

 

神裔隊リーダー、剣夜の言葉を合図に、護の指示によって、禍島捜索のために各所に展開していた下部工作員たちの前に、それぞれの人造神たちに率いられた部隊が姿を現す。

 

「!?敵を発見、至急応援を…….! 」

 

下部構成員の男が事前に護から下部工作員たちに伝えられていた、敵部隊リーダーの特徴とピタリと一致する少年を前に慌てて、腰のホルスターから拳銃を引き抜くより早く、右手を刃に変えた剣夜の一太刀が彼の頭部を切り飛ばした。

 

仲間が一撃で命を奪われ、顔からみるみる血の気を引かせていく下部構成員たちに目線を向けつつ剣夜は冷酷極まりない一言を吐き掛ける。

 

「レベル5による奇跡でも信じてろ。絶望の中死ぬよりも、希望を信じたまま死んでいったほうがまだ救いがあるだろう 」

 

その言葉に恐怖の許容量の針が振り切り、絶叫と共に下部構成員たちが放つ拳銃弾の射撃をものともせず、かつて一人で一つの研究施設を壊滅させた人造神は一切の容赦なく、男たちに刃を向けた。

 

その異能の刃が容赦なく工作員たちの命を奪う。そうなるかに思われた。

 

だが、剣夜が振るった刃は工作員たちに届く前に、その前に展開された鋭く輝く黒髪によって防がれた。

 

「こんなところで、遭遇するとはね、贖罪のために探し回っていたけど 」

 

「君も、ウォールか? 」

 

「ほんの数日前までは敵として戦っていたけどね 」

 

学園都市でもほんの一握りしか存在しない、自然発生的な能力者、『原石』と呼ばれるものの一人、剣山鞘はその刃と化した長髪を宙に浮かせて展開させながら、目の前の敵、神裔隊総隊長、建雷剣夜をにらみつける。

 

剣夜はその視線を特に気にする素振りも見せず、正面からその視線を受けとめ、見つめ返した。

 

「君が誰であれ、僕たちは目的を果たすだけだ。ウォールを初めとするアレイスターの力を殲滅し、学園都市を引っくり返す 」

 

「そうはさせない……といったら? 」

 

鞘の言葉に剣夜は薄く笑みを浮かべながら応えた。

 

「斬り飛ばす 」

 

その一言が合図となった。

 

両腕を剣へと変化させた剣夜とすでに展開している髪刀を振るう鞘。互いに異能より生み出されし刃が凄まじい勢いで激突した。

 

剣夜は目にもとまらぬ速度で次から次へと斬撃を仕掛けるが、明らかに手数において上の鞘の髪刀にそのことごとくを防がれている。

 

だが一方の鞘も優勢というわけではない。剣夜の斬撃の数と速度が速すぎて複数の髪刀で防ぐのが精一杯で、反撃を行う、つまりこちらから攻撃を仕掛ける余裕がないのである。

 

「(ここで、すこしは反撃できないと埒があかないけど!)」

 

心の中で呟きながら、鞘はその対抗手段を頭の中で構想しようとする。

 

「どうした!手詰まりかな原石! 」

 

「用語で呼ぶとか常識外だけど! 」

 

剣夜の高速の斬撃は多方向から斬りこまれる。それらを片っ端から防ぎ続ける鞘は、刹那一瞬で髪を集約し、1つの巨大な杭となす。

 

「! 」

 

「吹っ飛びなってことなんだけど! 」

 

勢いよく突き入れられられた鋭い髪杭の一撃を剣夜はその両腕の剣で受け止めたが、当然ながらその勢いを止めることはできない。そのまま後方に吹き飛ばされ、建物の壁を2つ3つぶち抜いて吹き飛んだ。

 

「念には念をだから! 」

 

粉じんで視界が定まらない中で、鞘が某妖怪漫画の主人公よろしく放った髪の毛1本1本が変化した鋭い針が機関銃と同等の発射速度で吹き飛んだであろう剣夜のいる方向に向けて連射される。

 

「どう? 」

 

粉じんの向こうを目を細めて注視する鞘。だが、彼女が警戒すべき攻撃は、正面からではなく真上から襲い掛かった。

 

「! 」

 

第6感というか動物的な本能というやつか、直感で危険を感じてその場を鞘が飛びのいた瞬間、先ほどまで彼女がいた場所を落雷が直撃した。

 

「へえ、さすがは原石の一人ってとこか。こちらの攻撃を察知するなんて 」

 

先ほど、鞘の髪杭による痛烈な一撃を受けたはずの剣夜の姿が粉じんの中から現れる。その身体には目立った傷などなく、またその立ち姿には大したダメージも感じられない。

 

「あなた人間?って愚痴りたくなるほどなんだけど 」

 

「僕は人間じゃないさ。聞いているんだろ? 」

 

「まあ、話としては聞いていたけど…….普通は信じられないから。『人造神』なんて 」

 

鞘の言葉に剣夜は口元を緩める。

 

「神の力と、人の力、どちらが上か試してみる?」

 

その言葉に鞘が答えるより早く、2人がいる場所一帯に無数の落雷による閃光と衝撃音が覆い尽くした。

 

 

同時刻、学園都市内第4学区の『ウォール』の隠れ家の一つの前に一人の女性の姿があった。その姿は着込んでいる装備からして明らかに警備員(アンチスキル)

のものである。眼鏡をかけており、染めているのかグリーンの長髪をしている。年齢は20代前半というところだろうか。

 

「ここが、『ウォール』の拠点の一つ…….ねえ 」

 

ふんふんと何やら頷いた女性は、おそらく1人で乗ってきたのであろう警備員の巡察車両からおもむろにハイテク機器、いや対戦車誘導弾発射器、ジャベリンを取り出して『ウォール』の拠点である2階建てビルに向けて構える。

 

「先生、悪い人たちは許しません! 」

 

目の前の建物まで1メートルもないような超至近距離で勢いよく放たれた対戦車弾は、盛大な爆発音と火花を上げて建物の1階部分を破壊しつくす。だが刹那、その壊滅状態の1階の中から勢いよく飛び出してきた人影があった。

 

「警備員がなにすんのよ!」

 

女性の前に現れたのはウォールへの協力者の一人、仏教系魔術結社所属の『聖人』にして『仏』の性質を持つ魔術師、大山希である。

 

「あら?よくあの状況から生還できましたね?先生、感心しちゃうわ 」

 

「あなたみたいのが先生だとしたら、私は日本の公教育というやつに絶望しちゃうわよ 」

 

希はその手に握る数珠丸の柄に手をかけながら女性を睨んだ。

 

「あなたはいったい誰?あなたが護さんが言う『人造神』なの? 」

 

「いいえ。先生はあなたのいうそんなやつじゃないわ。私の名は井坂久美子。さっきから何度も言ってるけど、教師よ。笹川中学の教師。そして警備員(アンチスキル)でもあるのよ 」

 

「警備員……..?なんで警備員がウォールを襲うのよ? 」

 

「あら、理由が分からないの?もしかして護っていう子から聞いてないの?先生困っちゃうな 」

本当にこまったとでも言いたげに、肩をすくめて首を振った井坂は、次の瞬間、その表情を歪めながら叫んだ。

 

「お前ら『ウォール』が私たちの敵だからに決まってンだろォがァ! 」

 

突然の井坂の態度の豹変に戸惑う、希に向けてほぼ一挙動で懐から取り出された、2丁の学園都市製の小型短機関銃(サブマシンガン)の銃口が向けられ、その銃口から凄まじい速度で銃弾が放たれる。

 

発射された無数の弾丸を、その至近距離で人に躱せる道理はない。しかし、希は『聖人』であり『仏』。人ではあるものの人を超える力をもつ存在である。

 

迫る弾丸に対して希は避けるという行動はとらなかった。彼女がとったのは、それとはまったく逆の方法。すなわち迫る弾丸を全て斬るという行動である。

 

「邪を祓え、数珠丸!」

 

「あらあら…..? 」

 

迫る弾丸をその到達前に、全て空中で斬り捨てた希に不思議そうに首を傾げて見せる井坂。その表情に先ほど一瞬現れた狂気に彩られた怒りの感情はまるで幻覚だったかのように感じられない。

 

「それはいったいどういう仕掛けかしら?身体強化系? 」

 

「生憎さま……..あなたなんかに教える道理はないわ! 」

 

希は言葉と共に、その人間離れした『聖人』の脚力でほぼ一瞬で、井坂までの距離を詰める。

 

「邪を祓え、数珠丸! 」

 

叫びと共に彼女の鞘を縛る数珠玉がはじけ飛び、同時に神速と言っても差し支えない速度の斬撃が、井坂に向けて放たれる。

警備員とはいえ、彼女とてあくまで人間。通常ならその斬撃を防ぐことなど絶対に不可能である。そう、通常ならば。

 

「え? 」

 

希は思わずわが目を疑った。

 

「あら、そんなにおかしなことかしらね? 」

 

希が放った斬撃、その刀、数珠丸の刀身を喉元に突きつけられている状態にも関わらず、柔らかな笑みを浮かべている井坂は、希に対して口を開く。

 

「私に対してあなたが振るう攻撃が、その一歩手前で止まったことが 」

 

そうなのである。希が放った数珠丸による斬撃は井坂の一歩手前、喉元付近でぴたりと止まってしまったのである。唐突に、そしてあまりにも突然に斬撃はその威力を損失してしまったのである。

 

「私は警備員、そしてこの街で学び、この街で生徒を教育する中学教師よ。ここまで言えばさすがに分かるわよね? 」

 

「まさか……..! 」

 

それに気づいた希が、慌てて後方に飛びのくのを待たず、井坂は彼女の右腕を掴んだ。

 

「そう……..私ももともとこの街に属する、能力者ってことだよ三下ァ! 」

 

刹那、彼女に掴まれた希の右腕が真っ赤に染まってはじけ飛んだ。

 

 

同時刻、学園都市、第6学区の人気のない裏路地で停止している中型バスの中で一人の少女がその手に持つスマートフォンを眺めながらため息をついていた。

 

「あらあらリーダー。今度はどんな指令が来たんですか?そんなため息なんてついちゃって 」

 

そんな彼女に声をかけたのは、中学生くらいの青のショートヘアーの少女。特徴的なのはその身に纏う軍隊で使われるような防弾ベストと、その側面に無数に付けられている様々な種類のペットボトルである。

 

「碧、今回もいつもと内容は変わらないわ。私たち『ボックス』の果たすべきいつも通りの指令よ 」

 

そう言ってスマートフォンに届いたメールの文面を見せるのは、艶のある黒のロングヘアーの高校生くらいの容姿の少女。特徴的なのはその瞳で両目とも深い緑である。

 

「でも、今回は叩き潰す相手の数がいつもと違うのよ 」

 

「へ?それはどういうことですか愛華リーダー? 」

 

首を傾げる碧に、彼女に愛華と呼ばれた少女は指を一度2本立て、すぐにそのうち1本を折りたたんだ。

 

「今回私たちが潰す相手は、いつもと違って片方だけってことよ 」

 

「ああ……….なるほど……….それは愛華リーダーがため息をつくわけですね。前代未聞ですし 」

 

「ええ、学園都市統括理事長(あのひと)がいったいなにを考えてるのか分からないけど、『暗部組織間の抗争鎮圧』を目的とする私たちにこの命令は異常だわ……..まあ、ともかく、今いない2人に連絡を取って碧。連絡が取れ次第、すぐ動くから私は準備を整える 」

 

「了解! 」

 

小型の無線機らしきもので、連絡を取り始める碧を横目に見ながら愛華はもう一度メールの文面を眺めた。

 

「学園都市の『外』の鎮圧を司る統括理事長直轄機関…………」

 

そのメールに添付されている顔写真付きのデータを開きつつ愛華はポツリと呟いた。

 

「暗部組織『ウォール』の援護を行え………ね 」

 

 

「危なすぎるんだけど! 」

 

建雷剣夜が無造作に叩き落とす落雷による攻撃を、髪の毛が変化した巨大な杭を地面に叩き付けて棒高跳びのように空中高く跳躍することでに危うく躱した鞘は、空中に滞空する状態で再び髪の毛を変化させ、高速連射する。

 

それに対して地面に立つ剣夜はもはや斬り捨てる行動にすら出なかった。

 

剣夜の右手が変化した青銅色の剣、その刀身の先に光が奔り、次の瞬間その切っ先から雷が真っ直ぐに空中の鞘に向けて放たれた。

 

大蛇のようにうねりながら突き進む雷は、一瞬で迫りつつあった髪針を全て消し去り、鞘を仕留めるべく空を駆ける。

 

空中に滞空する状態の鞘に避けるすべはない。空中では先ほどのような能力を使った、つまり髪の毛を変化させての緊急退避技の使用は不可能だ。

 

「くそ……..ふざけるなってとこなんだけど! 」

 

唇を噛みながら、迫りくる雷を睨み付ける鞘だが、もはや事態は避けようがない。

 

真っ直ぐ突き進む雷は的確なほど的確に鞘を捉え、刹那、直撃した。

 

轟音と衝撃が周りに響き渡り、煙に覆われた空中の一角から黒く焦げた物体が地面に向けて落下する。

 

あっけなく地面に転がったそれは、先ほどまで戦っていた少女のなれの果ての姿。遠目でしか見えないがもはや、それは人の形をしていなかった。

 

「これで、一人……..か 」

 

剣夜はその腕を通常に戻しながら、後方で遠巻きに待機している部下たちのほうに振り返った。

 

「一人は片づけた。次に移動する。次は第4学区付近の……….. 」

剣夜の言葉はそれ以上、続かなかった、なぜなら、その続きを述べるために絶対に必要な、というより人間なら必ず必要になるであろう発声器官である声帯、それを後方から伸びてきた漆黒の剣が貫いたからである。

 

「…….が……..は? 」

 

貫かれた状態で眼球のみを動かして後ろを覗った剣夜はそこに、あるはずのないものを見た。

 

「死んだと思った?残念生きてるけど? 」

 

先ほど剣夜の雷の直撃を確かに受けたはずの鞘の姿がそこにはあった。さすがにその着ている服はところどころ焦げたり破れたりしており、部分的に見える肌にも火傷らしき跡があるものの、それでも五体満足なうえに喋るだけの余力もある。雷の直撃を受けたにしては、あまりにも軽微といえる被害でしかない。

 

「なんでだって思ってる?簡単、私がやったのは能力を利用した避雷針のまねごとだから 」

 

つまりはこういうことである。鞘の能力は『髪の毛を鋼鉄のように変化させる』というものである。

 

 

彼女はその能力を応用して、髪の毛を刃物へと変化させて攻撃手段としているわけだが、能力の使い方は、それだけに限定されるわけではない。

 

彼女が行ったのは実に単純なことだった。伸縮自在、変化千万の髪の毛を自らの身体を包む方で周囲に展開させることで、即席の鋼鉄のドームを作りあげたのである。

 

正面から迫ってきた雷は、そのドームの外側を凄まじい速度で流れたものの内部にある鞘体にはほとんどダメージを与えることはできなかったのだ。

 

とはいえ隙間なく全身を覆えたわけではなかったために、完全に防ぎきることはできず、その見た目以上に身体にダメージは来ていたものの、彼女は絶命を免れていたのである。

 

地面に落ちた黒焦げの物体。それは髪の毛に包まれた状態の鞘だったわけである。

 

「これで……一人って言うのは、こっちのセリフだから人造神 」

 

 

 

 

「ぐ………..あァァァァァァァ!! 」

 

対戦車弾の直撃による火災の光に照らし出される裏路地に、少女の絶叫が迸った。

 

警備員を名乗る女性、井坂によって掴まれた希の右腕が鮮血をまき散らしながら吹き飛んだ。

 

その事態に、なぜそれが起きたのかを考える暇もなく、右腕を走る激痛に希は絶叫を上げた。

 

「この程度で、ぎゃあぎゃわめくンじゃねエよ! 」

 

再びあの狂気に満ちた表情を浮かべながら、伊坂はその両手に構えたままの短機関銃を再び希に突きつける。

 

「右手なしじゃあ自慢の斬撃も振るえないよなァ! 」

 

至近距離から躱しようのない銃弾の嵐が希に向けて放たれる。

 

当然ながら、道理として、今の希にそれを躱すすべはなかった。

 

放たれた銃弾はそのすべてが希の身体に向かって進み、直撃した。

 

その衝撃に押され、希の身体が後方に吹き飛び、あおむけに地面に倒れる。

 

その吹き飛んだ右手からは鮮血が噴出している。すぐに止血処理をしなければ手遅れになるのは火を見るより明らかである。

 

もちろん希にその終幕を避ける手段がなわけではない。彼女は魔術師である。当然ながら治癒専門の魔術術式も彼女は扱う、すぐに傷口を塞ぎ、生命力を補充するような大魔術の行使は不可能でも、応急措置程度の魔術なら使用可能だ。だが、そんな余裕を井坂が与えるはずがなかった。

 

倒れた希に無遠慮に近づいた井坂は、その腹に躊躇いなく蹴りを入れる。

 

「がは!?」

 

「がは?じゃないわよ。この程度でくたばるんじゃないわよ 」

 

まあいつの間にか、普通の、穏やかな笑みを浮かべる表情に戻っている井坂は、希の腹をその警備員専用の特殊ブーツでグりグリと蹴り入れながら、言葉を続ける。

 

「私たち『カウンター』の復讐はこんな簡単に終わったら困るのよ 」

 

「カウン…….ター…….? 」

 

激痛と激しい出血で朦朧とする意識の中、なんとか希は声をひねり出した。

 

「そうよ。警備員による警備員のための報復組織、それが『カウンター』。そして私たちの今の敵はあなたたち、暗部組織『ウォール』というわけ 」

 

井坂は 、その右手の短機関銃を希の頭に突きつけた。

 

「さっきから、あなたに当てていたのは左手の短機関銃から放った、対暴徒鎮圧用の特殊衝撃弾だんだったけど、こちらは実弾よ。どうするの?このままじゃあ、失血死を待たずに頭部を失う無残な死体となって終幕よ?頑張って先生に一矢報いてみなさいよ 」

 

「く..........! 」

 

そう言われてもすでに瀕死状態にある希にそんな余裕などあるはずがない。痛みに呻きながら睨むのが精一杯であった。

 

「そう......あなたは終わることを選ぶのね。先生残念だわ。でも選んだならその意思は尊重してあげる 」

 

井坂は、機関銃の引き金に力を込める。

 

「せいぜい、あの世で古門護を恨みながら眺めていなさい。『ウォール』が滅びるさまを 」

 

井坂の右手の今度こそ実弾装填済みの軽機関銃、それが火を噴こうとしたまさにその瞬間だった。

 

「警備員のくせになんてやつ!少しは勤務に励んだら?」

 

幼さを感じさせる女声が響き渡った。

 

突然の声に井坂の指先の動きが止まる。

 

「あらあら?どうやってここには入れたのかしら?周辺道路は部隊によって封鎖されているはずだけど? 」

 

「学生殺そうとしている人間をどう見ればまともな警備員に見えるっていうの? 」

 

吐き捨てるように呟いたのは青髪ショートヘアーの少女。学園都市暗部組織の一つ『ボックス』の構成員の一人、水無月碧である。

 

「バンクで調べたわ。井坂久美子。元学園都市内常盤台中学出身、中学時には風紀委員を務める。中学卒業後霧ヶ丘女学院に進学、事後高山大学に進学して教員免許を取得し、柵川中学に国語教師として就職。その後警備員となることを希望し、試験には一発で合格。中学時代からレベル4の強度の能力持ち、能力名は『滑空停止(スリップストップ)』。その効果は『肌から10〜20cmの範囲の摩擦を操る』というもの 」

 

 

「良く調べているわね? 」

 

「そりゃあ調べるわよ。だってこれから戦わなきゃならない相手だもん 」

 

「私と戦うつもりかしらお嬢ちゃん?先生悲しいわ 」

 

「私はお嬢ちゃんじゃない! 」

 

刹那、碧はその着込んでいる防弾ベストの各所につけられているペットボトルの内の一つ120ml用を取り外し、一挙動で井坂に向けて投げつけた。

 

「あら、ごみを投げつけるとかどこまで........」

 

その井坂の声は最後まで続かなかった、なぜなら碧が放ったペットボトルが突徐空中で爆発したからである。

 

凄まじい破裂音と爆発音、そして水しぶきに井坂の姿がかき消される。

 

「.........今のうちに逃げるぞ..........ウォールメンバー? 」

 

地面に倒れたままの希の耳元で、少女の声が囁いた。

 

すでに息も絶え絶えながらそちらに目をやった希は、一瞬痛みすら忘れ目を見開いた。

 

なぜなら、すぐそばで彼女の耳元に言葉を囁いたのは、地面から顔と右手だけ出してこちらを見つめる高校生くらいの少女だったからである。

 

「理屈は後で説明する.....とにかく今は現場を離れねばならぬ。故にそなたを下から逃がす 」

 

そう言うや否や、少女は希の襟首をつかむと同時に、地中に向けて頭から潜った。そう、文字通り、言葉通り潜ったのである。希を伴った状態で地面の中へとまるで海中に潜水を行うかのような滑らかさで彼女の身体は地中に飲み込まれていった。

 

「こんな程度......効くわけ........!」

 

「効くわけないことは調査済みよ!これは足止め!一発ぶちかますから後は頼むわよ! 」

 

理屈不明のペットボトルの爆発による攻撃を受けても、傷どころか、そもそも爆発の衝撃を受けながら吹き飛んでもいない井坂にそう叫びながら、碧は、後方に向けて声をあげながら、その肩にかけていたなにやら大きな機材を肩に構えた。

 

「RPG7?いや、それは? 」

 

「そのどれとも違うわ! 」

 

その旧ソ連製の傑作対戦車ロケット砲に形を似せたそれは、しかしその先端に火薬を詰めてはいなかった。

 

「ただの水鉄砲よ! 」

 

刹那、内蔵されている強力なバネにより弾かれた水ロケット砲の弾頭が、勢いよく井坂に向けて飛ぶ。

 

「無駄だと.......! 」

 

飛んでくる弾頭に余裕の表情を崩さない井坂だが、そんな彼女に対して碧はその右手を力強く握りしめると同時に叫んだ。

 

「吹っ飛べ! 」

 

次の瞬間、空中で突如分解した弾頭からあふれ出した水が井坂に向けて降りかかり、同時にその降りかかった水が、唐突に爆発した。

 

「っつ! 」

 

その凄まじい衝撃波により巻き起こった噴煙と、爆炎に視界を塞がれ、井坂の眼前から碧の姿がかき消される。

 

「今のうちに!鹿角! 」

 

「はい! 」

 

新たな少女の声に井坂が疑問を覚えるより早く、その視界は新たな純白の閃光に閉ざされた。

 

 

「相変わらず派手になっちゃうわね鹿角の攻撃は...... 」

 

純白のエネルギー波によって完全に消滅した第4学区の一角を、双眼鏡で確認しながら

『ボックス』のリーダーである愛華は、真上から襲い掛かってきた両腕から鎌を生やして、長い尾を備えた男を、空中で形作られた巨大な窒素の杭で串刺しにして地面に縫い付けたうえで、その頭に容赦なく拳銃を突きつけ、引き金を引いた。

 

銃声と共にその命を刈り取られ、正体を無くして痙攣する男にもはや目もくれず、愛華はその着ている服のポケットから取り出したスマートフォンを操作し、次いで耳に当てる。

 

電話のかけ先である相手が声を出すのを待たず愛華は言葉を放った。

 

「始めまして古門護くん。私は、暗部組織『ボックス』のリーダーの立花愛華。今からあなたに会いに行くから待っていて。私たち『ボックス』はこれより『ウォール』と共同して外部勢力と内部勢力の殲滅に当たる。拒否はなしね、だってこれは..... 」

 

そこで一度言葉を切り、愛華は電話の向こうの相手の心情に思いを馳せながらつづけた。

 

「学園都市統括理事長の指令なんだから 」

 

 



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とある銭湯の名物教師

「ボックス......か......  」

 

「私たち以外の暗部組織が、共闘を要請して来るなんてね...... 」

 

突然に、別の暗部組織のリーダーである愛華から接触を受けた護たちは混乱していた。

 

しかも護達は今、それどころではなかったのである。

 

「哀歌、クリスと高杉と美希は? 」

 

「護.....3人はダビデが確保した....でも完全に記憶と意識を改ざんされてる。多分科学的な方法で洗脳されたのよ 」

 

哀歌の言葉に護は唇を噛んだ。ウォール創設時からの古参メンバーの内もはや残っているのは哀歌ただ1人。

 

他の古参メンバーはそのことごとくが学園都市統括理事の一人が率いる人造神達などとの戦いで捕らえられ、なんらかの細工によりウォールに敵対する存在へと変化させられてしまった。

 

現状、ウォールの戦力は、護、哀歌、セルティの3人のみ。協力者として『救民の杖』のダビデとナタリー、仏教系の魔術師の三国希、急を聞いて協力を申し出た人造神の冬木淡雪、SASから火野咲耶、誤解が解け、これも協力を申し出た原石の少女、刀山鞘の5人。合わせて8人である。

 

「現状、禍島冷持が率いる人造神達が何人いるのかや、それ以外の戦力などはさっぱり分からない.....ただはっきりしてるのは、彼らは高度な洗脳技術を持っていること、その戦闘能力は決して侮れるものじゃないってことだ 」

 

「とりあえず人造神達に警戒しなきゃならないけど....そもそも禍島冷持を捕らえることが出来れば一番早いんだけどね 」

 

「それができれば苦労しないんだけどね 」

 

実際、護がウォール下部工作員達を総動員しての禍島冷持の捜索を指示してから既に4時間近くが経過していた。

 

仮にも学園都市統括理事会に席を持つ男である。そう簡単には見つかるとは護も考えてはいない。しかし、仲間達、古参メンバーに関する報告が護を焦らせていた。

 

古強者とでも言うべき古参メンバー達ですら、捕らえられ、洗脳の対象となり、敵と化したのだ。ならば他のウォールメンバーとていつ敵にされてしまうか分からない。早く禍島の動きを抑えなければと護が焦るのも当然といえば当然と言えた。

 

しかし、この時点で護は失念していた。禍島が率いる人造神達からなる集団、『神裔隊』が狙うのはウォール戦闘要員だけなはずがないということを。

 

同時刻、学園都市第7学区、とある銭湯から外に出てきた少女、佐天涙子の前に一人の少女が立ち塞がった。

 

「あなたが佐天涙子ね」

 

「え? 」

 

「ウォールリーダー、古門護が守ろうとする少女。報告は受けていたけど、まさか本当にただの無能力者だったアルか.....だけど、まあ、私らにとっては好都合デスだね 」

 

そういって少女、神裔隊5番隊長アレプーリコスはその顔に狐を模した面を着ける。

 

「しばらく眠ってもらうアルよ 」

 

アレプーリコスはその手に青白く輝く鬼火を出現させる。

 

佐天は身構え、周りに視線を向けるが、あいにく周囲に人影はない。

 

逃げられないことを確認し、佐天は攻撃を受けることを覚悟し、ギュッと目を瞑った。

 

「あれ?佐天ちゃん、なにしてるんですか? て......こりゃあ!そこの発火能力者の子、なにしようとしてるんですかぁ! 」

 

だが、佐天へのアレプーリコスによる攻撃は、浴場から出てきた一人の少女の叫びにより止められた。

 

いや、正確には声の主は少女ではない。なぜなら外見こそ少女であっても彼女は高校の教師を務め、酒もタバコも嗜む、正真正銘大人の女性だからである。

 

そう、その場に居合わせたのは、学園都市7不思議にも認定されている、名物幼女教師、月読小萌その人だったのである。

 

「こ....小萌先生! 」

 

佐天は、幻想御手事件後に使用者を対象に開かれた勉強会に参加した際に、小萌先生と対面し、教育を受けている。その為全く面識がないわけではないのだが、そんなに親しいわけでもなかったので、自分を小萌が覚えていてくれていたことに素直に驚いていた。

 

一方のアレプーリコスは突然の介入者の登場にあからさまに忌々しげに舌打ちをした。

 

「私がなにをしようとあんたには関係ないアルよ。邪魔する気アルか? 」

 

両手に鬼火を出現させ威嚇するアレプーリコスに対して小萌は、その小さな目を丸くして驚き、次の瞬間、佐天の前にアレプーリコスに向かって大きく両手を広げて立ち塞がった。

 

「一度教師として教えたからには、その子は私の生徒なのです!その生徒を傷つけようとする人を前に先生だけが逃げるわけにはいかないのですよ! 」

 

「さっきから教師、教師って.......そのなりをどう見たら大人に見えるアルか!?  」

 

苛立ちの混じる声で叫びながらアレプーリコスはその両手の鬼火を小萌に向けて放った。

 

その鬼火がどのような威力を持つかは、佐天には分からない。だが彼女とて超能力の街、学園都市の学生である。こちらに向けて放たれた鬼火を喰らったら無傷では済まないことは即座に理解した。

 

「ひっ! 」

 

真近に迫る鬼火に佐天は思わず悲鳴と共に目を強く瞑った。

 

「佐天ちゃん......これからの事は、誰にも内緒ですからね....?」

 

そう彼女らしからぬ静かな声で小萌が呟いた次の瞬間だった。

 

まるでビデオ映像の巻き戻しのように放たれたはずの鬼火がアレプーリコスの両手に戻り、消えた。

 

それどころか、何時の間にかアレプーリコスは狐の面を外してしまい、みずから懐にしまってしまっていた。

 

「?......なにが起きたあるか? 」

 

「簡単なことですよ.....あなたが人造神だというのなら、私の名前、月読小萌から、なにが起きたのか察することができるはずなのですよ 」

 

小萌の言葉にアレプーリコスはしばし思考を巡らせ、直ぐにその推測に思い当たり息を呑んだ。

 

「まさか.....あなたが『創生の4神

』......日本神話に登場する月と暦を司る神、月読! 」

 

「その通りですよ。そこまで知っているなら分かっていますよね?あなたじゃ私には勝てないということは 」

 

普段の彼女なら絶対に浮かべないような嗜虐的な笑みを浮かべる小萌に本能的な恐怖を感じたのかアレプーリコスは後方に下がろうとする。

 

だが、その身体が動くことはなかった。なぜなら動こうとしたアレプーリコスの全身に突然、複数の刃物で切り刻まれたような無数の傷が現れたからだ。

 

 

「ぐわあァァァ!!?? 」

 

「自分で言っておいて忘れたんですか?月読は、月と暦を司る神だって。暦とはすなわち時、時間のことです。あなたが人造神なら、『なんらかの原因で命を奪われた』はずですよね?その時まであなたの時間を遡らせてもらいました 」

 

「馬鹿な.....『時神』の.....力アルか?......こんな化け物が野放しにされているなんて.....無茶苦茶アルよ..... 」

 

「その無茶苦茶が起きてしまうのが学園都市なのですよ。さて、仕上げをしますよ 」

 

そう言うと小萌はゆっくりとアレプーリコスに近づき、倒れて身動きできない彼女の身体に手を置いた。

 

「な.....なにする気アルか....? 」

 

「直接触れなくても時神の力は使えるんですけど、触れていた方がより確実に使えるんですよ。今からあなたを人造神になる以前のあなたに戻してあげます 」

 

次の瞬間、アレプーリコスの身体中に刻まれていた無数の切り傷は全て消え去り、ボロボロの布切れを重ね合わせたような服がアレプーリコスの身体を覆った。

 

その身長も縮み、髪も伸び、元のアレプーリコスからはかなり姿が変わる。もう、お面も消えている。

 

「血の気が.....戻ってる.....こんな事って...... 」

 

「先生に出来るのはここまでです。あなたはもう人造神ではありません。これからどう『人間』として生きるかはあなた自身が決めてくださいね? 」

 

某然と座り込むアレプーリコスに背を向け小萌は、佐天に向かって歩いて行く。

 

「小萌先生......先生は、いったい 」

 

「先生は人間ですよ、そしてこの学園都市の教師ですよ佐天ちゃん。今の先生は、自分の教え子たちの生活を守れれば、それで充分です。それ以上は望みません 」

 

「佐天ちゃん。さっき言いましたよね。これからの事は誰にも内緒って....... 」

 

佐天の目の前まで来た小萌は、その小さな手を佐天に向けて差し出す。

 

その行為に自分も先ほどの少女のようになにかをされると思った佐天は思わず目を瞑った。

 

「先生は佐天ちゃんを信じるのです。佐天ちゃんが苦しいと言うなら、佐天ちゃんの時間を遡らせて記憶を消しても良いのですけど、先生としては教え子達に力は使いたくないのですよ 」

 

思いがけない言葉に佐天は目を見開き、小萌を見つめた。

 

小萌に救われた一連の記憶は消す事ができるなら消した方が良い。それは佐天にも理解できていた。つい先日にも護自身の口から、護たちウォールと対立している存在として人造神と呼ばれる存在があることを聞かされていた。

 

詳しい事情は分からないが、小萌自身も自分が、その人造神だと明言している。

 

佐天がその事実を知っているのは、小萌にとっては良い事ではあり得ない。しかも現在佐天は学園都市暗部で活動する組織と関わりを持っているのだ。

 

佐天が万が一にも小萌の秘密を、そちらに漏らしてしまえば、小萌は間違いなく暗部の人間に目を付けられる事になるだろう。

 

だが、と佐天は心の中でその考えを打ち消した。

 

恐らく、それら全てを承知の上で小萌はわずか数日担当しただけの佐天を教え子として守る為に、その力を佐天の前で行使したのだ。

 

そして、佐天を信じると。教え子に力を使いたくないと悲しげに言う小萌に対して記憶を消して欲しいとは、佐天には言えなかった。

 

さらに、それ以上に佐天は、このわずか数分間の間に自分を巡って繰り広げられた一連の出来事を忘れたくなくなっていたのだ。

 

「分かりました。小萌先生の秘密は絶対に守ります。小萌先生の力の事は誰にも喋りません 」

 

佐天の言葉に小萌はニコッと少女らしい笑みを浮かべ、改めて佐天に右手を差し出した。

 

その意図が分からず首を傾げる佐天に笑みを浮かべたまま小萌は銭湯を指差しながら言った。

 

「先生が奢りますから、もう一度お風呂に入りましょう。さっき動いたせいで汗をかいてしまったのです 」

 

「はい、小萌先生! 」

 

普通の日常に戻ったことを認識させる小萌の言葉に佐天も、満面の笑みを浮かべて応えたのだった。

 

もちろん、銭湯に入る前に、2人が風紀委員(ジャッジメント)に路上に倒れている幼女がいるという一報をいれた事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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とある女性の開始号砲

「愛華さん……無事につけた…….かな 」

 

学園都市の一角を一人の少女が歩いていた。

 

しみひとつない白肌が特徴的である、中学生くらいの外見のその少女は、歩きながら何気なく後ろを振りかえり、そしてため息をついた。

 

「やっぱり……来ますよね…… 」

 

立ち止り後ろに明確に向き直った少女は、後ろに迫っていた誰かに告げた。

 

「陰から私を…….鹿角を見張らずに姿を見せてください。『カウンター』の人 」

 

その言葉に応えるように、建物の陰から一人の男が姿を現した。

 

現れたのは、そのあたりのどこにでもいそうな学生服を着こんだ高校生だった。

 

目立つのはその長身である。ゆうに180㎝は超えている。

 

「はずれだよ。俺は『カウンター』じゃない……まあ、賛同者だからあながちはずれちゃいけどよ 」

 

男は鹿角を舐めるけるように上から下まで眺めて微笑を浮かべた。

 

「信じらんねえな。報告には合ったけど井坂先生がこんな華奢な敵にやられたなんて 」

 

「あなたは、井坂久美子の関係者なのですか? 」

 

「まあ、教え子ってやつさ。もっとも俺が『カウンター』の賛同者なのはまったく別の理由からだけどな 」

 

「それは…….. 」

 

「お前に語る義理はねえ…….さっさと死にかけてくれんなら冥途の土産に、教えてやるよ! 」

その言葉に鹿角が身構えた直後、男が片手で無理やり持ち上げた自動販売機が鹿角に向かって放り投げられた。

 

「! 」

 

迫る自販機に向けてとっさに右手を向ける鹿角、その手が突如純白の光に包まれ、次の瞬間、その光が一筋の光線となって自販機を飲み込み消滅させる。

 

「報告に合った通りだな。それがお前の持つ能力ってやつか。本当、ウォールには多種多様な能力者がいるもんだな 」

 

「あなたは思い違いをしています…….この鹿角は、『ウォール』のメンバーではありません 」

 

「なに?」

 

「私は『ボックス』……暗部間抗争の鎮圧を目的とする組織の一員です 」

 

その言葉と同時、再び鹿角の右手より純白の光線が男に向けて放たれる。

 

「チッ! 」

 

舌打ちしながら横に転がるように体を投げ出して光線を回避した男は、避けた先にあった2台のスクーターを両手で持って勢いよく投擲し、ほぼ同時に近くにあった縦長の道路標識を地面から引き抜いて片手に握った。

 

「ボックスだろうが、ウォールだろうが、あの男…….古門 護に協力するやつらはみんな、おれの敵だ! 」

 

迫るスクーターを再び光線で消し去る鹿角だが、その間隙を突いて男は勢いよく横なぎに道路標識を振りぬいた。

 

振るわれた標識は鈍い音と共に見事に鹿角の身体を捉え、勢いよく華奢な彼女の身体を吹き飛ばす。

 

「ぐ…….か…….は! 」

 

勢いよく壁に激突し、そのまま地面に崩れるように倒れこむ鹿角。頭部からの血で顔を朱に染めている様は、誰がどう見ても重傷である。その上決定的なのはその身体的欠損であった。腹部に標識による一撃を食らったのだから当然といえるが、そこにはむごい裂け傷ができていた。その上、おそらくとっさに腕でガードしようとしたのだろう彼女の右手は第一関節から上がちぎれ飛んでいた。

 

「お前の負けだ。ウォールに協力したことを後悔しながらあの世に行け 」

 

そのまま標識を振り下ろそうとしたところで男は一つの違和感に気づいた。

 

「(ちょっと……待て) 」

 

確かに男は鹿角に重傷を与えたはずだった。実際問題鹿角は顔を血で濡らして横たわっている。ダメージは間違いなく受けている。

 

「(なのに…..だ、なのに、なんで!) 」

 

「疑問に……思われている……顔ですね……逢坂慶次……さん? 」

 

「! 」

 

まさか、横たわる鹿角に喋るだけの気力が残っているなど考えもしなかった慶次は思わず身構えた。

 

「なぜ、おれの名を? 」

 

「最初から……知っていました。あなたの名も、そしてあなたの能力『空想質量(ウェイトレス)』についても 」

 

「な? 」

 

「レベル4に分類される能力で…….分類的には念動力に位置する力…… 」

 

明らかに重傷なはずのその身体を動かし、少しふらつきながらも、頭から相変わらず血を流しながらも、鹿角は立ち上がる。

 

「兄が……警備員に属していて…….その兄を古門護による警備員部隊の虐殺……『高架事件』で失ったことで、『カウンター』の賛同者となった…….そうですよね? 」

 

「なぜだ……? 」

 

「私がそれを知っていることがですか? 」

 

「違う…….それ以前にお前は『何』だ!? 」

 

「何……ですか? 」

 

首を傾げる鹿角に、慶次は信じられないものをみる目で見つめながら言葉を紡いだ。

 

「傷口から血の一滴すら流さないものを『人間』に思えるかってんだよ! 」

 

そうなのである。確かに鹿角は頭部から血を流していた。しかし、それだけだったのである。片腕を切断され、腹部を切り裂かれているにも関わらず、彼女はその傷口から一滴の血も流していなかったのである。

 

「ああ……確かにそうですよね……本来ならそっちを異常に思うものですよね……最近は当たり前になりすぎて自分でも忘れてました 」

 

そう言いながら鹿角はそのちぎれた腕をゆらりと上に掲げる。次の瞬間、彼女のちぎれた右腕より上の空気がゆらりと揺れた。そして次の瞬間、ちぎれた筈の彼女の腕が再生した。

 

「なに!? 」

 

「ちなみに、これは私の持つ能力による現象じゃありません。これは私の能力を最大限に活用するために私の身体に加えられた……技術です 」

 

よく見れば腹部の裂傷もすでに消えている。

 

「どういう…….ことだ……貴様の力はいったい!?」

 

「負荷反光(ウンデリヒト)……それが私の力です 」

 

答えが返ってくるとは、考えていなかった慶次は静かな口調で言葉を放った鹿角に疑問を覚えたが次に彼女が放った言葉に戦慄した。

 

「暗部組織に属する私が……敵に能力を名乗ることが……何を意味するかは分かりますよね? 」

 

分かる、分かってしまう。なぜなら、先ほど自分が似たような台詞を彼女に向けて放ったばかりであるから。

 

「感謝します……そしてごめんなさい……私は、あなたに『攻撃されなければ』戦えなかったから 」

 

慶次をまっすぐ見据える鹿角、その身体を先ほど彼女の右手から放たれた純白の光が包み始める。

 

「やらせねえよ!攻撃! 」

 

その叫びと同時に、おそらく事前に周囲に展開していたのだろう、どこからか放たれた弾丸が四方八方から鹿角に襲い掛かる。

 

だがしかし、その攻撃は鹿角にダメージを与えはしなかった。なぜなら放たれた弾丸は彼女に到達する遥か手前で向きを変え、それを放った当人たちを撃ち抜いたからだ。

 

6か所でほぼ同時に響いた誰かが倒れる物音に、慶次の顔から血の気が引いていく。

 

「おい……どういう……ことだよ? 」

 

「簡単な話です…….あなたが仲間を後ろに控えさせていたように……私も、契約を結んだ協力者に念のため行動を共にしてもらっていたのです 」

 

そんなことを語る、鹿角の背後にどこから現れたのか人影が立った。その肩には今時、学園都市(このまち)ではお目にかかることも困難だろう軍用小銃(ボルトアクションライフル)がかけられている。

 

「奴の相手は私がする……鹿角、あなたは水無月と合流するのだ。まだここで、あの程度の能力者相手にその力をつかってはいけない 」

 

「でも…… 」

 

「今優先すべきは……こちらよりも『神裔隊』のほうだ。警備員を主体とするこっちは、まだアレイスターの権限で抑えられるが、『神裔隊』はそうもいかない 」

 

「スオミさん……分かった…….後をお願いします 」

 

身体を包み始めていた光を消した鹿角は、慶次に背を向けスオミと呼ばれたヨーロッパ風の顔だちをした女性に頭を下げながら全力で走りさった。

 

慶次はそれに追撃をかけることができなかった。あるいはすることを失念していた。

 

彼の注意は新たに現れた敵、スオミに向けられていたからである。

 

ヨーロッパ風の顔だちをし、白人特有の白い肌に碧い瞳、そして肩にかかる程度の純白の頭髪をしているスオミ。歳は20代前半ほどに見える。

 

なにより特徴的なのは、その服装である。彼女が着込んでいるは上から下まで白一色の雪原迷彩を施されたギリースーツだったのである。

 

「お前……なんだ、その恰好? 」

 

「私が私であるための……証しだ 」

 

次の瞬間、彼女はその肩に下げていたライフルを一挙動で正確に構え、その引き金を引いた。

 

銃声と共に音速で放たれた弾丸は一瞬でスオミと慶次の距離を詰め、容赦なく、彼の心臓部を撃ち抜いた。

 

「な……」

 

がくっと膝から崩れ落ちた慶次が最後に見た光景は、再びそのライフル銃を正確に構え、こちらに向けているスオミの姿だった。

 

次の瞬間、放たれた銃弾に頭部を貫通され、慶次の意識はその使命と共に完全に刈り取られた。

 

動かぬ骸とかして地面に横たわる慶次に目を向けながら、スオミはそのライフル銃を再び肩にかけてため息をついた。

 

「結局……私は……何も変わってはいないということか…….だが、私にはこれしかない 」

 

慶次の遺体に背を向け、空を見上げるスオミ。その視線の先にはおそらく『カウンター』の差し向けたものであろう。武装を施された輸送ヘリが迫っている。

 

「さてと……『ボックス』があっちに専念できるように、わたしが『カウンター』をひきつければな 」

 

確実にこちらを射程に捉えたであろうヘリの側面の扉があき、内部から電動式の多銃身機銃、いわゆるガトリング銃が姿を現す。

 

「さあ、来い。カウンター! 」

 

銃声は同時に響いた。それは暗部組織『ボックス』と報復組織『カウンター』の戦いの始まりを告げる号砲であった。

 



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とある1人の超能力者

「誰?っていうか、どうやって? 」

「私は立花、立花愛華。ここにはこっちの仲間の能力でこさせてもらったの 」

 

「拙者は真田幸奈と申す 」

 

人造神、建雷剣夜をその能力によって行動不能に追い込んだ、『原石』、剣山鞘は、突然地面から戦場に姿を現した2人の少女に首を傾げた。

 

「味方?それとも敵って聞きたいとこなんだけど 」

 

「今は少なくとも味方ってとこかしらね……あなたがウォールの関係者であるならだけれど 」

 

「それに今は、それを気にしている暇はないと推察いたす 」

 

「え? 」

 

鞘がその言葉に首を傾げた直後、空間を金色の光が奔った。

 

「! 」

 

「舐めるなよ原石! 」

 

閃光にやや遅れてとどろく雷鳴に不思議とかき消されず声を上げたのは、先ほど鞘に喉を刺し貫かれたはずの、剣夜だった。

 

「は!?ありえないんだけど! 」

 

いまだ髪剣で喉を刺し貫かれている状態にも関わらず、剣夜の口からは彼の言葉が飛び出している。

 

声帯を貫かれてしゃべり続けるなど普通はありえない。

 

だが剣夜は人造神。人の手により造られし神。科学と魔術の統合による副産物の象徴ともいうべき存在、その成功体である。

 

その喉を貫く、髪刀をむりやりへし折り、喉に先端がいまだ突き刺さったままの状態で剣夜は、明確に鞘たちを見据えた。

 

「どういう理屈かは知らないけど、とにかく原石であるあなたでも倒すのに手間取る相手ってことね……幸奈、私たちであいつを止めるわよ! 」

 

「承知! 」

 

愛華と幸奈の2人は同時に地面をけって剣夜に向かう。

 

迫ってくる2人たいして警戒し、身構える剣夜だが攻撃は思いもよらぬところからやってきた。

 

どこからともなく銃弾が極めて正確に彼の眉間目指して飛んできたのである。

 

「なに! 」

 

超人的な反射速度で間一髪迫った一撃を躱した剣夜だがそのすきを突き、迫ってきていた幸奈がその腰に凪いでいた日本刀を抜き放った。

 

刹那、幸奈が横なぎに振りぬいた日本刀と剣夜の青銅色に光る腕刀がぶつかり合い火花を散らした。

 

「その刀…….! 」

 

「気づきましたな…….いかにも、この刀は魔術の品、妖刀村正! 」

 

普通の刀なら巨大な剣夜の腕刀と激突した時点で、へし折られ吹き飛んでいるところである。だが、刀身を奇妙な黄金色の光に包まれる、彼女の言うところの妖刀村正には刃こぼれひとつない。

 

「威力が拮抗している以上勝負を決めるのは腕で御座る! 」

 

上段から村正が一気に振り下ろされる、剣夜はそれを防ぐために腕刀を上向きに構えるが、それを明らかに予想していた幸奈は振り下ろす途中でその斬撃の軌道を横なぎに変えた。

 

凄まじい激突音と共に、剣夜の身体が一気に後方に吹き飛び、無人の建物の外壁をぶち抜いて中に突っ込んだ。

 

「すご……言葉も出ないんだけど 」

 

そう言いつつ言葉を放っている自分に気づいていない鞘は、戦闘を見学する状態となっていた。

 

「でも……おかしいんだけど…… 」

 

鞘は先ほどの幸奈の斬撃を思い出していた。

 

刀身が光で包まれていた幸奈の振るう日本刀、村正。幸奈の言葉を信じるなら、あれは『魔術』と呼ばれる力を利用した攻撃を行える武器ということになる。

 

剣夜の防御姿勢を予想して、刀が剣夜に接触するギリギリのところで刀の軌道を変化させ、見事斬撃を命中させたところからは、幸奈の高い技量が覗えた。

 

だが、接触させた後、吹き飛ばしたことが鞘が理解できないところだった。

 

刀が振るわれた速度から考えて、どう考えても成人男性の平均程度の体格をしている剣夜の身体を、ああつさえ、建物の外壁をぶち抜くほどのスピードで吹き飛ばすというのは、物事の理を無視している。

 

彼女の扱う『魔術』がそれを可能にしているのだと強引に納得させることもできるが、だとするとますます理解できない点が一つあるのだ。

 

「あの幸奈って子……さっきの会話が正しいなら能力者のはず…….だとするとウォールリーダーの言っていたことと矛盾するんだけど 」

 

護の言っていたこと。それは『能力者には魔術は扱えない』という原則のことである。

 

鞘の疑問は解けぬままだが、時はそんな疑問が解かれるまで待ってはくれない。

 

壁をぶち抜いて吹き飛び行動不能になったかに見えた剣夜だったが、次の瞬間、いまだ土煙が立ち込める壁の大穴の中から飛び出してきた。

 

「うおおぉぉぉ!! 」

 

その両腕の刀を真上から振り下ろす、剣夜の斬撃を幸奈は再び村正で受け止める。

 

「なぜだ?なぜ、止められる?たとえそれが本当にかの妖刀『村正』だとしても所詮は『神代』以降の霊装のはず、武御雷を受け止められるはずがない! 」

 

「さあ、どうでござろう。知りたければ拙者を倒して求められよ! 」

 

刀を押し払い、剣夜と距離を置いた幸奈は再び斬撃の構えに入る。だが剣夜とて同じ手を二度は喰らわない。

 

「後ろが不注意だぞ! 」

 

幸奈の斬撃を上に飛びのいて躱した剣夜は、後方で先ほどから攻撃もせず、待機している愛華に向けてその腕刀を向ける。

 

刹那、突如暗雲立ち込めた空からまっすぐに複数の金色の雷が愛華に向けて降り注いだ。

 

「愛華殿! 」

 

幸奈が叫んだ時には時すでに遅く、雷は確実に愛華を飲み込む…….かと思われた。

 

だが、そうはならなかった。

 

確かに愛華めがけて降り注いだはずの雷は、愛華に到達する直前、彼女の周囲を覆うように現れた金色の光に触れた瞬間、まるで弾かれるように軌道を変え、攻撃を放った本人である剣夜の身体を飲み込んだのである。

 

「馬鹿……な 」

 

全身黒こげになり、地面に倒れ伏す剣夜を見つめた。

 

「あなたたち人造神も十分人外だけど、私たち超能力者(レベル5)も怪物なのよ。第5位である私、『完全防御(インビシブル)』さえ倒せないんじゃ、学園都市そのものなんて、潰せはしないわよ?」

 



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行間 オリジナル組織概要

とある世界の重力掌握 オリジナル組織

<組織>

『ウォール』

種類 学園都市暗部組織

正規構成員 古門護

      高杉宗兵

      クリス・エバーフレイヤ

      御坂美希

      竜崎哀歌

      セルティ・エバーフレイヤ

概要 

学園都市の暗部組織の一つで、統括理事長の直轄組織。『学園都市外部敵対組織の殲滅』を役目としている。メンバーの大半はもともと別の組織にいたところを引き抜かれる形で、現在に至っている。

統括理事長直轄ながら、かなり独自の行動をとることが許されている節があり、敵から指摘されることもしばしば。

 

『SAS』

種類 学園都市内組織 万事屋

正規構成員 佐天涙子

      火野咲耶

      アウレオルス・イザード

概要

学園都市内に存在する『何でも屋』の一つであり、同時に暗部組織『ウォール』への外からの『窓口』の役目も持つ。

SASとはメンバーの名前のアルファベットから取った組織名。

護の正体を理解してしまった佐天を納得させるためと、佐天を他の暗部組織などから守るためにアウレオルスなどの提案により設立された。

 

 

 

 

 

 

 

『アイルランド聖教』

種類 外部宗教組織

正規構成員 ラミア・エバーフレイヤ

      ジェラルド・エバーフレイヤ

      ベネット・ライヒンガルド

      グラン・ストリス

概要 

十字教の宗派の一つで、長年イギリス清教と対立してきた宗教組織。その名の通りアイルランドに多くの信者を持つ地方宗派。

アイルランドが中世の時代から大英連邦に対して独立を求めて対立していた関係から、強力な対魔術師戦力を持つ。

アイルランド独立後はその戦力が大きく2つに分かれ、対立している。

 

内部魔術組織

1.『アイルランド聖騎士団』

アイルランド聖教直轄の魔術集団であり、はるか昔からイギリス清教に対して抵抗を繰り返してきた。アイルランド独立後は同国の正式な魔術組織となり、イギリスとの戦闘は行っていない。現在の団長はクリスの母であるラミア・エバーフレイヤ。かつては表の名として『IRA(アイルランド共和国軍)』と名乗っていた。

 

2・『タラニス』

アイルランドの民間人の有志たちにより設立された魔術的レジスタンス組織を発祥とするテロ集団。表としては『リアルIRA 』として知られる。アイルランド神話の伝承をモデルとした各種の強力な術式や霊装を多数保有しており、現在でもイギリスお壊滅させるべく暗躍していたが『聖騎士団』などと手を組んだ『ウォール』との戦いにより壊滅。

 

 

『救民の杖』

種類 魔術結社

正規構成員 ダビデ

      ナタリー

      サラ

概要 

ユダヤ教内の巨大魔術結社で、かつては『世界最大の魔術結社』とまで呼ばれた組織。

十字教の旧約聖書にも書かれている人物『モーゼ』の部下の『ヌンの子 ヨシュア』が率いた『司祭アロンの杖』を守護するための『杖部隊(ステッキ・コマンド)』をその発祥としている。

ユダヤの伝承や『聖書』に記されている出来事を基にした各種術式を扱う。

近年になって、異端審問などを行うイギリス清教との戦闘を繰り返していたが、当時傭兵であったウィリアム・オルウェルとの戦いで大打撃を受け、事後はイギリスに囚われたリーダーを救い出すために地下に潜って活動していた。

上記の目的を達するために、ロンドン塔を襲撃しようとしていたウォールに共闘を申し出る。

 

『神裔隊』

種類 学園都市内私兵部隊

正規構成員 建雷剣夜

      ヨハン

      アレプーリコス

      海神 湊

概要 

学園都市統括理の一人である禍島冷持が率いる私兵部隊。彼が推し進める『人造神計画』により生み出された『人造神』の成功体たちを指揮官とする複数の部隊を保持している。それぞれの成功体たちは、その名前のモデルとなった様々な『神』にちなんだ能力を保持している。

 

『ボックス』

種類 学園都市内暗部組織

正規構成員 立花愛華

      真田幸奈

      水無月 碧(あおい)

      山中 鹿角

      スオミ・ハユハ

概要

暗部組織の一つで、『ウォール』と同じく統括理事長直轄機関の一つ。役目は『暗部組織間抗争の鎮圧』であり行動時には大概争っている双方の組織を叩く。

アレイスターの命令によって、神裔隊と戦闘を行っている『ウォール』への増援として加勢する。

 

 

 

 

 

『カウンター』

種類 学園都市内科学結社

正規構成員 管坂 妖魔

      井坂 久美子

      逢坂 慶次

      アヤカ・ウェールズ

概要 

元警備員、及び現警備員らにより構成される秘密報復組織。警備員に関係し殺された者の関係者たちにより私的に作られた組織であり、強力な能力者なども多数所属する。

現在は『高架事件』と称される護による警備員部隊の虐殺を報復対象として『ウォール』の殲滅を狙っている。     

      

      

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