東方空雲華~白狼天狗の頁~ (船長は活動停止)
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第一章
第一話 白狼天狗


はじめまして。またはお久し振りです。犬走夜桜です。
今回から東方空雲華の終の頁の続編である物語を投稿していこうと思います。続編なので前編を読んでからこの物語を読んでくださるとよりお楽しみ頂けます。




 

 

 

 

 

 東雲橙矢は稀有な人間だった。だった、というのは比喩ではなくまんまその意味だ。彼は元々、人間だった。それも自らが望んで妖怪と成った。

 彼が住んでいる幻想郷では人間が妖怪と成るのは最も深い業であったがそれを承知の上でのことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて幻想郷を破壊に陥れた少年は自らが起こした異変で足を失い、そしてその足を直すために椛の協力の元、人間から白狼天狗へと成った。

 

 

 

 

 

 自身に生えた耳と尻尾。さらに黒い髪の毛に替わり白狼天狗の特徴的な白い毛がついに人間をやめたんだと強調していた。

「あー………ついに成れたな。白狼天狗に」

 意識的に動く耳の感覚を確かめながら横に佇む椛に声をかけた。

「えぇ、成れましたね橙矢さん」

 名前を呼ばれた少年、東雲橙矢は息を吐いた。

「色々と助かったよ。……ありがとうな」

「気にしないでください。それよりも立てますか?」

「あぁ、この通りにな」

 座っている状態から跳ね起きて二本の足で立つ。一応リハビリは既に済ませてある。

「東雲橙矢完全復活です、とな。まぁかなり時間が経っちまったが……」

「それでも白狼天狗になると決めてからまだ一ヶ月も経ってませんよ。早い方じゃないですか?」

「そうか?……獣耳と尻尾と白い毛が生えただけだからな」

「それはそうと橙矢さん。白狼天狗に成ったわけですから勿論哨戒の仕事に勤めて頂きますよ」

「分かってるっつーのそんなこと。それで、俺はいつから就けばいいんだ?…………今すぐに、とはさすがに言わねぇよな」

「さすがにそれは言いません。早くて明日から、遅くて三日後からです」

 なるほど、と頷きながら人間の時に着ていた学生服に着替える。

「………まずは軽く運動がてら身体を動かすとするか。……椛、ちょっと付き合ってくれねぇか?」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木刀を手にした二人は妖怪の山の中腹にある椛の家の前に出ていた。

「ほんとに大丈夫なんですか。まだ成り立てですし……無理はしなくても」

「あぁ大丈夫だ。逆に何もしてなかったら訛りそうで仕方ない」

 利き腕である右腕を軽く回しながら手に握る木刀の感触を確かめる。

「別に遠慮なんていらねぇぞ。なんなら能力も使ってもいいぞ?」

「馬鹿言わないでください。橙矢さんこそ能力を使ってもいいですよ」

 椛が『千里を見通すことの出来る程度の能力』を持つように橙矢も能力を持っている。『触れたものを強化させる程度の能力』。文字通り触れたものに対して強化させたり硬化させることが可能。それに加えて自身の身体を強化させることも可能。さらにエネルギーも強化させることも出来る。ただそれは強化させる前のエネルギーと強化させた後のエネルギーの量を把握しておかなければならない。しかし同時に他の箇所を強化させることは不可能。もしそれを行ってしまえば強化させているものが耐えきれなくなり内側から崩壊していまう。使いやすくも使いにくい能力である。

「ハッ、無理だな。俺が能力を使えばここら一帯を最悪焦土化させちまうからな」

「言ってくれるじゃないですか。では……行きますよ!」

 椛が木刀を橙矢に向けて真っ直ぐに構えると間合いを一瞬で消し、懐に潜ると突きを放つ。

「―――――!」

 鈍い音と共に衝撃波が辺りの木々を吹き飛ばす。

 椛の突きを橙矢は何とか木刀を縦に構えて防いでいた。

「………ッMarvelousだ!中々やるじゃねぇか……!」

 鬩ぎ合いながら笑みを溢す。

「私だってこの一ヶ月サボっていたわけじゃありません。いつどのような者が相手でも勝てるよう必死に修行していたんです。貴方の背を追って」

「それは嬉しい限りだ……なッ」

 刀先を蹴り上げて共にカチ上げると回転して横から木刀を叩き付けた。

「嘗めないでください!」

 木刀を返して防ぐと沿わせて木刀を下から振り上げる。それを木刀を回転させて弾いた。

「……奇術ですね」

「おいおい、こんな程度で驚かれちゃ先が思いやられるってもんだ!」

 次々と振り抜かれる木刀を避け、受け止め、あるいは先程同様木刀を回転させて弾いた。

「ここまで上達してるなんてな、余程キツいことをしてきたんだろうな。まぁだからって負ける気はねぇけどな!!」

 握力で柄に皹が入る木刀を振り下ろして叩き付けた。

「ッ!」

 椛が防ぐ、が耐えきれなかったのか橙矢が持つ木刀がへし折れた。

「………あらら、こりゃ駄目だ。こーさん」

 振り抜いた状態から木刀を投げ捨てて降参の意を込めて両の手をあげた。

「……どういうつもりですか」

「得物が折られちゃ戦う術がない。今回は俺の負け」

「………木刀が悪すぎましたね」

 椛も木刀を前に突き出す。すると皹が入り、内側から壊れた。

「ふむ………腕は鈍ってないようですね」

「四ヶ月間ずっと突っ走っていたんだ。一ヶ月のブランクぐらいで柔になる橙矢さんじゃねぇよ」

「そうですね。軽く、しかやってませんが余力があるところを見ると哨戒役の仕事は大丈夫そうですね」

「まぁな。どんな手を使おうとやってやるけどな」

「お気持ちは嬉しいですがやめてください」

「分かってるよんなこと。……それよりもそうだな………椛、お前はいつから俺が哨戒についた方が都合がいい」

「またその話ですか?別にいつでもいいんですよ。けどそうですね……強いて言うなら明日の方がいいです。ちょっとした哨戒役の者達の定期集会がありますから。どうせならそこで橙矢さんの紹介をしておきたいです」

「了解、だったら明日からだな。……あ、ひとついいか椛」

「ん、何ですか?」

「お前が着ているそれ。哨戒役の時は着なきゃいけないのか?」

 椛が着ている白を基準とした上着に赤と黒を基準としたスカートを指差す。

「……いえ、特に指定はありません。ですがほとんどの方はこのようなものですね。個人差は多少ありますが……。それでも大体はこのような服装をしております。ですが白狼天狗の上層部の方の集会などでは天狗装束というものがあります。ですが橙矢さんはまぁ……関係ないでしょう。ですから橙矢さんが良ければ私が今から上層部と掛け合って用意させますよ」

「……良いのか?」

「えぇ、こう見えても私は上層部の中では顔が利くんですよ」

「………じゃあ任せるよ。………それとだな椛。………言いづらいんだが……武器とか……どうすればいい?さすがに何か無いと心もとない。あ、天叢雲剣はいい。それはお前のものだからな」

 橙矢は、彼が人間だった頃、現在椛が腰に提げている天叢雲剣を使っていた。それが彼が死に間際に椛に渡し、一度彼岸へと渡った。結果帰ってきたわけだが。

「ではそれも用意させます。刀がお好みでしたよね」

「………悪い、何から何まで」

「気にしないでください。私が好きでやっていることですから」

「…………そうか。そう言ってくれると助かるよ」

「では早速行ってきますね。橙矢さんは私の家の中で休んでいらしてください」

 鍵渡しておきますね、と言って橙矢の手に鍵を握らせた。

「あぁ、そうさせてもらう。……頼んだ」

「えぇ、任せてください。ではまた後ほど」

 身を屈めると山の奥へと駆けていった。

「……………あいつが……上層部の連中とねぇ………」

 見送った後に椛の家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 




橙矢君いきなり何しやがりますか。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第二話 眼孔

夜桜「小生、洞察力には自信がありもうす」
橙矢「黙ってろ屑」
椛「橙矢さんは何も間違ってないです」

……………………これが反抗期ッ!(恍惚

ではではどうぞ。


 

 

 

 

 

 用意された男用の装束を着込んで用意された刀を腰に提げた橙矢は、というかあまり女性用と男性用の装束には違いはない。とにかく装束を着た橙矢は椛と共に白狼天狗の集会所へと来ていた。

「ほぉ……白狼天狗と言ってもかなりの人数がいるんだな」

 辺りを見渡しながら感嘆の声をあげる。橙矢が見える中でも少なくとも五十人はいる。

「えぇ、けれど他の天狗に比べたら少ない方です。我々白狼天狗は白狼が何百年と生きてこのような形になるのです。それ即ちそれなりの力を有していなければ生き残ることは出来ない。ですからあまりいないのです」

「他の天狗……か。例えば射命ま――――」

 烏天狗である射命丸文の名を言おうとすると椛の指によって口を塞がれる。

「……すみません橙矢さん。いつもなら許されるのですがこの場では。公共の場では自らより位の高い人の名を軽々しく呼んではいけません。仮にもあの人は我々白狼天狗の上司である烏天狗なのですから」

 椛が真剣な表情で言う。普通に考えればそうだ、前までは文のことを射命丸、と呼んでいたが今は白狼天狗である身。郷に入っては郷に従え、と言う。だったらそのしきたりには従わなければいけないのだろう。

「…………なるほどね。悪かった。今度から気を付けるよ」

「………ありがとうございます。さて、では質問に答えますね。天狗は大きく分けて三つです。まず我々哨戒役の白狼天狗。妖怪の山の情報屋である烏天狗様。これは分かっていると思います。さて、これからですね。あとひとつは妖怪の山の内政を主に担っていてこの山を納めている大天狗様こと天魔様率いる鞍馬天狗様です」

「ふーん……三つねぇ……。白狼天狗は位が一番低いのか?」

「そうですね。言っては悪いですが元々は私達は狼ですから」

「……………じゃあ俺は特例って訳だ」

「そういうことになりますね。ですが我々白狼天狗が烏天狗様は兎も角鞍馬天狗様に会うことはそうそうないですから。私も幼い頃に一度会っただけですから」

「なるほど………。そうだなもし会った時には礼儀正しくしないとな、表面だけ」

 それを聞くなり椛は苦笑いをした。

「橙矢さんらしいですね……。ですがそういうことです。………ん?」

 すると椛に一人の白狼天狗が近寄って何かを耳打ちする。

「………分かりました。すぐ行きます。……橙矢さん、そろそろ始まりますので私と共に来てください。貴方のことを紹介しますので」

「………そうか、分かった」

 歩いていく椛の後ろに着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集会が行われている奥で垂れ幕が張ってある箇所があり、そこに椛と橙矢は来ていた。

「……分かっていると思いますが失礼のないようにしてくださいね」

 小声で言う椛にひとつ頷くと身嗜みを整える。

「犬走家が娘、椛です。失礼してもよろしいでしょうか」

 椛が声をかけると中から入れ、と低い声が聞こえてその後に椛がチラッと橙矢の方を見る。

「……失礼します」

 垂れ幕をあげて中へと入る。と同時にキツい視線が橙矢を貫いた。

 中には酒の入っている盃が乗っている簡易なテーブルにその周りに白狼天狗の中でも上層部にあたるであろう四人が腰かけていた。その中の一人が口を開いた。

「………何用かな椛殿」

「……突然の押し掛け申し訳ありません。少々のお時間頂いてもよろしいでしょうか。是非お耳に入れておきたいことがございまして」

「………と言われておりますが?」

 先程の白狼天狗が別の白狼天狗に視線を送る。

「………言ってみろ」

「はい、私と共に来ましたこの者、つい先日白狼天狗へと成りまして。名を東雲橙矢と言います」

 東雲橙矢

 その名を言うと四人の白狼天狗の目が開かれた。

「し、東雲橙矢だと!?」

「あの幻想郷を破壊しかけた無礼者か!」

 好き勝手言ってくれる。だが橙矢はそれほどのことをやらかしたのだ。仕方のないことと言えば仕方のないことなのだが。

「落ち着いてください!この者は確かに叢雲の異変にて幻想郷を破壊しかけました。ですが彼は更正し、この妖怪の山に仕えることを誓いました。ですから……」

「………だがこれといった証拠はあるまい」

「………でしたらこれはどうでしょう。彼がもしまた幻想郷を陥れる真似をしたら……私が彼を殺します。それでいいですよね」

「………しかし…………」

「まぁいいではないですか。犬走殿。娘殿もこう申しておられるが故、ここは自らの御息女を信じてみてはどうでしょうか?」

「……………?」

 一人が発した言葉につい反応してしまった。

「……どうかしたのか東雲橙矢」

「い、いえ。何でも……ないです」

「……それで、どうでしょうか」

「うむ、一応は椛殿を信じてみようと思う。ただし…………」

「分かっています。責任は全て私が持ちます」

「……………そうか。あい分かった。話はそれだけか?」

「はい、以上です」

「して娘殿。最後に、その者はどの小隊へ?」

「落ち着くまでは私の隊に属させようと考えております」

「……それなら安心だな。良かろう。では椛、下がってもよいぞ」

 犬走と呼ばれた白狼天狗が威厳のある声音で言うと椛は頭を垂れる。

「はい、では………行きましょう」

 橙矢の腕を掴んで外へと出ていった。

「…………おい椛。色々と好き勝手やってくれたな」

 感謝の意などなく憤怒の意を込めた瞳に椛を映す。

「……すみません橙矢さん。あの場を凌ぐためにはあぁするしかなかったのです」

「いやまぁ……俺が色々とやったらお前が俺を殺す、それは別にいい。だけどさ、あのおっさん。犬走、だったか。それに対して説明をしろ」

「………犬走………お察しの通り私の父です」

「……それってつまり」

「そうです。私は白狼天狗の上層部の一人である者の一人娘。……ずっと隠していましたけど………」

「…………そうか」

「……幻滅、しましたよね」

「まさか、幻滅なんかしてないさ。上層部に顔が利くって時点で大方分かっていたからな」

「だとしたら……」

「そんなに気にするなよ。……お前があの場にいてくれたから俺はこうやってお咎めなしに溶け込めるんだ。逆に感謝してるよ」

 頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。

「……さて、橙矢さんが私の隊に入ることになった以上皆さんにも紹介する必要もありますね」

「あー……その事なんだが」

 急に橙矢が歯切れ悪く言葉を挟んだ。

「その小隊ってのは必ずしも属さなきゃいけないのか?」

「へ?……そうですよ。一応単独行動は危険ですので我々白狼天狗は集団で行動します」

「マジか………なぁ俺だけ外してくんない?単独行動の方が気楽なんだよ」

「却下です。これだけは譲れません」

 即答されて詰まる。

「……馬鹿なこと言わないでください」

 それだけ言うと他の白狼天狗が集まっているところへと戻ってきた。

「とにかく、貴方は私の隊に属してもらいます」

 すると椛が息を軽く吸って一気に、吐いた。

「お前達!!」

 普段の椛からは想像も出来ない凛々しい声をあげた。その声に反応した白狼天狗の視線が一斉に椛へと移る。

「……急にすまないな。少しだけお前達の耳に入れておきたいことがある。……先日、新しく白狼天狗へと成った者だ。覚えのある者はいるとは思うが名前は東雲橙矢。……おっと騒ぐな。お前達の言い分は分かる、だがそれは上層部の方々が認めた者だ。つまりは我々白狼天狗の仲間だ。……無駄な抗争は控えるように。以後、彼は私の隊に属して―――――」

「―――――おい、勝手に決めてんじゃねぇよ」

 あがるひとつの不満そうな声。それは誰でもない東雲橙矢の声。

「………どうしたんですか橙矢さん」

「……だから俺は隊には入らねぇつってんだろうが」

「……またそれですか」

「あいにくと俺は人の下に就くのは好きじゃなくてな。どうしてもってんなら………」

 椛と距離を取ると刀に手をかける。

「力で屈服させてみな!!」

「…………橙矢さん、貴方はまた………」

 これにはさすがの椛も呆れたようにため息を吐く。周りの白狼天狗も警戒心を高める。

「貴様!犬走さんに仇なす気か!?」

「観客は黙ってな。俺は提案してるだけだぞ。どうして俺より劣る奴の下にならなくちゃいけないんだ?だったらやることはひとつ。自分の力を証明することだ。なぁ椛?」

「………私が拒否した場合は」

「残念だがそれはやめておいた方がいい」

 刀を引き抜くと椛に向ける。

「お前が望んでないからな」

 軽く歩き出して徐々に速度を上げて椛に駆け出す。

「Had no choice!だからお前の限界を見せな!さぁ昨日の続きと行こうぜ犬走椛!」

 眼が一瞬で鋭くなり、その眼に椛を映す。

「…………ッ。どうしても……ですか。仕方無いですね。……貴方と共にいるためです」

 橙矢に対して椛も腰に提げている天叢雲剣を引き抜いた。

「受けて立ちましょう東雲橙矢!お前達、手は出すなよ!!犬走椛、参ります!!」

 椛も駆け出して天叢雲剣を下から振り上げる。橙矢はそれを避けて懐に潜り込んで下から首を掴み上げて地に叩き付ける。叩き付けた勢いで回転し、その勢いを刀に乗せて突きを放つ。

「………ッ!」

 首だけを動かして何とか避けた。

 橙矢は突きの威力を強化させてその威力を跳躍へと変えた。

「まだまだ行くぞ椛!」

 立ち上がる椛目掛けて落下し、刀を構える。

「来てみなさい……橙矢さん!!」

 互いに放たれた突きが激突し、衝撃波が生まれた。

 

 

 

 

 

 




橙矢君。君はじっとしていられないのか。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。



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第三話 模倣


ではではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

「………ッ、なんつー威力だよ」

 二人の戦いを見ている白狼天狗はその威力に戦慄していた。

「犬走さんも凄いがやっぱりあの……東雲橙矢は伊達じゃないな……。さすがに幻想郷を敵に回すだけのことはある……」

 かつて橙矢が異変を起こし、それを椛をはじめとした七人が止めた。しかもそれが妖怪の山で行われたということでその戦記はちょっとした話題となっている。

「………いきなり始まったが……これはこれで面白いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共に突きが激突し、弾くと着地した橙矢に椛が駆け出した。

「いいぞいいぞ!もっとだ!」

 火花を散らしながら閃が閃き、金属音が響き渡る。空いた胴に向けて刀を振り抜く。が防がれる。

「行けると思ったか!甘いんだよ!」

 受け止めた刀を回転させて地に叩き付けさせてそれを踏んで固定すると刀を振り上げる。が、振り下ろす前に踏みつけている刀で打ち上げられる。

「ッ!」

 回転する勢いで腕を強化し、斬撃を放つ。

「そう来ると思ってましたよ!」

 天叢雲剣で斬撃を弾き、地を蹴って宙に浮いている橙矢に迫る。

「墜ちなさい!!」

「断る!」

 再び刀同士が金属音を立てて弾き合う。

 椛は地に着地して橙矢は刀を地に突き刺し、それを中心として回り、遠心力をつけて刀を抜いて椛に迫った。

 刀を力任せに振るい、防ごうとした天叢雲剣を弾いて振り抜いた方へ回り鞘を腰から抜いて叩き付ける。椛は弾かれて気付いていない。

(決まった―――――)

 勝利を確信して口を三日月に吊り上げた。

しかしそれは固いものが衝突する音と共に目が開かれた。

「………甘いのはどちらですか橙矢さん」

 橙矢はよく変則防御として鞘で防ぐ。それを椛も同じことをして鞘を鞘で防いでいた。

「何……!?」

 橙矢がたじろいた隙に天叢雲剣で斬り上げ、そこで手を止めずに鞘と天叢雲剣で斬り裂き、或いは殴り付けた。

「カ……ッァ!」

 何とか刀で防いで弾き飛ばされ、範囲外へと飛び出る。

「ハァ……ッ……ハァ……ッ」

 荒れた息を整えながら刀と鞘を構える椛を睨み付ける。

「まさか……俺の技術が盗まれているとは思わなんだ」

「……貴方のその技術は一級品でしたからね。戦闘術を少々模倣させて頂きました」

「ハッ、誰かの真似なんざお前らしくねぇな椛!この一ヶ月で随分と人が変わっちまったか!?」

「それは言い過ぎです橙矢さん。貴方こそ変わりましたね。唯我独尊、我が道を決めたら意地でも曲げない貴方は何処に行ったのです?」

「言ってくれるじゃねぇか。だがほざきやがれ――――!」

 足を強化させて一瞬で目の前に来ると刀を持つ手に蹴りを入れ、返す流れで鞘を蹴り飛ばした。

「刀が……ッ」

「油断大敵だな椛!」

「―――そっくりそのまま返しますよ」

 追撃を入れようとした橙矢の顔面を殴り付け、地へと沈める。すぐ橙矢は跳ね起きるように椛を蹴り飛ばす。

「痛ぇな……」

 口を切ったのかペッと血を吐き出す。

「しかし椛、お前キツい修行をやってるつってもたった一ヶ月でこんなにも……なれるもんなのか?」

 そこばかりがさっきから気がかりだった。確かに修行やらを普段から続けていればそれなりの力はつく。だが一ヶ月やそこらでつくものではない。

「お前は何をしてそんなに強くなった?」

「愚問ですね橙矢さん。私はずっと考えました。どうしたら貴方みたいに強くなれるか。そしてあるひとつの答えを導き出しました。橙矢さんは異変の度に何度も死にかけていました。そしてその度に強くなっている。それなら同じことをすればいい。さて橙矢さんならここまで言ったのなら分かりますよね?」

「同じこと……何回も死にかけたってか」

「そういうことです。私はこの一ヶ月で三回ほど死にかけました。他でもない自らに殺されかけたのですよ」

「……そこまで自分を虐める必要は」

「あるんですよ。私は貴方からこの刀とこの幻想郷を護るという使命を継ぎました。そのためには少なくとも橙矢さんくらいの力がなくてはならない。そう考えました」

「…………………俺のせいか」

「そこまでは言ってませんよ。私が勝手にやってることです」

「だったら尚更だ」

 刀を鞘に納めて柄の先で椛を指す。

「俺が生きているんだ。お前が苦しむ必要はもうない。だからお前は戦う必要はないんだよ」

「……………」

「……もう二度と見たくないんだよ。血に濡れるお前を。………だから俺は白狼天狗に成ったんだ」

「………それを貴方は私のためだと?」

「当たり前だ。お前が苦しまずに済むのならそれ以上のことはねぇよ」

 すると椛の周りの空気が一気に重くなる。それに気が付いたのか白狼天狗達が一斉に退く。

「………なんだ、俺が間違ったこと言ったか?」

「………橙矢さん。前言撤回します。貴方はやはり何も変わってないですね」

「……急に何だよ」

「いつもいつも自らのことよりも他人のことばかり。自らがどれほど傷付こうが他人が助かるためなら躊躇いなくそちらを取る。何も変わってないです………けれど」

 椛も刀を鞘に収めて構える。

「そんな甘い考えはもうやめにしてください。これからは通じませんよ」

「……甘い?何処が甘ったるいんだよ」

「分からないなら教えてあげますよ。この……馬鹿野郎!」

 叫ぶと同時に椛の姿が消え、後ろから地を蹴る音がし、振り向く前に鞘に収まっている刀を後ろに構えて、途端に衝撃が走る。

「誰が馬鹿野郎だって……!?椛!いくらお前でも言っちゃいけねぇことぐらい弁えろよ!」

「それはこちらの台詞ですよ!少しは自らのことも考えてください!」

「こちとら四六時中自分のことしか考えてねぇつーの!」

「貴方はいつもいつもそうです!自らのことは二の次……いえ、最後に回して他人の、見ず知らずの人を助けて……。そのたびにどれだけ貴方が傷付いているのか分かりませんか!?」

「チッ!諭す気か椛!?」

 押し返すと腕を強化させて地を殴り付け、岩盤を捲り上げて椛を吹き飛ばした。

「俺はなんら変わっちゃいねぇ。変わったのは椛、お前だけなんだよ」

 身体を起こすと刀に妖力を込める。すると刀が黒く染まって形状が変わっていく。

「悪いが少しだけズルをさせてもらう。お前が聖剣、天叢雲剣なら俺は…………」

 一振りすると黒く染まって刀に纏わり付いていたものが消える。

「人が聖ならそれを仇なす妖は魔。……この刀こそ妖怪が使うに相応しい」

「………………」

「かつて徳川に忌み嫌われその銘は跡形もなく消え、そして人々の記憶から消えた……魔剣。その銘は妖刀、村正」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖刀村正、橙矢がそう言う刀を真っ直ぐ椛に向けて構える。

「……妖刀村正?……あり得ませんね。第一にその刀は我々が用意したものです」

「あぁそうだ。ひとつ言っておくとこの刀は村正じゃあない」

「さっきと言ってることが矛盾してますよ」

「だーかーらー、これは本物じゃねぇっての。レプリカだレプリカ」

「何ですかその……れぷりかっていうのは」

「レプリカってのは……その、なんだ。いわゆる模造品だ」

「だったら尚更拍子抜けです。模造品程度で私に勝てるとでも?………嘗めないでください」

「おっと怒っちまったか?」

「貴方のそういうところ、直した方がいいですよッ!」

 椛の姿が消えて気が付いたときには懐に潜り込んでいた。

「………ッ!」

 振り上げられる刀を弾く。しかし弾かれながら椛の手から鞘が投げ付けられる。それも弾くと椛が身体を横に倒しながら回転して鞘を取り、刀を叩き付ける。

「冗談だろ……!」

 刀を横にして防ぐがあまりの重さに身体が沈む。そんな橙矢に一枚のカードが突き付けられた。

「狗符〈レイビーズバイト〉」

「ッ!ざけんな!!」

 足を強化させて全力で椛の脇へ跳んで通り過ぎ、やり過ごすと地を蹴って椛に迫った。

「見えてますよ橙矢さん」

 椛が急に振り向き様に刀を振り抜く。

「嘘ッだろ!」

 慌てて刀で防ぐが大きく後退した。

「…………ッ」

「根本的なことを忘れてますね橙矢さん。ここの世界では勝負事は全て弾幕で決まる。そして幻想郷の実力者はある能力を持っている」

 その言葉を聞いて盛大に舌打ちした。今の今まで忘れていたが椛の能力は『千里を見通せる程度の能力』。つまり千里眼が使えるのだ。だから背後からの奇襲なんぞ効かないだろう。

「……………忘れてたよ。お前に能力があるってことをな」

「今の貴方には勝ち目はないです。諦めてください」

「いいや、対処法ならあるさ」

「……………へぇ、強がりにしては些か過ぎた嘘ですね」

「そう思ってるならそれでいいさ」

 瞬間、椛の眼に刀が突き付けられていた。

「―――――――」

「お前のその自慢の眼を潰せばいいだけのこと」

「………貴方にそんなこと出来る勇気があるとは思えませんね」

「ハッ、俺も随分と信用されたもんだな。………だが間違っちゃいない。……無理だよお前の眼を潰すなんざ」

 刀を引くと後ろへ跳んだ。

「お前の眼を潰されちゃあ俺も困るからな」

「情けですか………だとしたらそんなのいりませんよ」

「別に情けなんてかけた覚えねぇぞ。……ただまぁ」

 そこまで言うと、刀を鞘に納めた。

「もう充分だ。悪かったな椛」

 あっさりと終戦宣言した。

「は?え、ちょっと橙矢さん。……どういうことですか……?」

「………少々大規模になっちまったが……まぁそんなことどうでもいい。ただお前の意志がどんなものか知りたくてな。こんな横暴に走ったわけだ」

「それじゃあ今までのは…………」

「俺お得意の演技だ。……っと言っても多少は本音のところもあったが」

「…………………勝敗は……」

 椛が恐る恐る聞くと橙矢は苦笑いをして先日と同じく手をあげた。

「今回も俺の敗けだ。お前の小隊に入れてもらうよ」

「…………………結局、私は貴方の掌で踊らされてた、ということですか」

「そうでもないさ。はじめは真面目に勝つつもりでいた。けどお前があそこまでして俺を目指してくれてるなんて思わなかった。だからそこからはお前がどれだけの覚悟があるか見させてもらった」

 椛の近くまで寄ると頭に手を置いて撫でた。

「強くなったな、椛」

「橙矢さん………」

「それとだな………色々とすまん」

「へ?」

「………あれだよ。お前を本気にさせるために挑発したことだよ」

 気まずかったのか後頭部をかきながら視線を逸らした。

「………なんだ、そんなことですか」

 怒鳴り散らされるかと思ったが意外にも落ち着いていた。

「………あっさりしているんだな」

「…………………疑う理由が見当たりませんからね。なんせそれが橙矢さんです」

「いやはや参った。よもやそんなに信用されてるとは思わなんだ」

「本心を隠す上に饒舌で知らず知らずの内に敵を増やしていく。私が知ってる橙矢さんと変わりありませんからね」

「……そんな風に思われてたのか」

「前例があります。自重してください」

「…………ふぇ。さて、あとは……」

 と言って辺りを見渡す。唖然としている白狼天狗達を。

「この状況、どう打破しますかね」

 

 

 

 

 

 





はっきり言うと村正の下りいらなかったよな……

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第四話 水蓮花

そろそろ新キャラ出してもいい時期かな。

ではではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

「ヤバいな………寝坊して思いっきり遅れた…………やっぱり新しい家には慣れないもんだな」

 木々の間を跳び回りながら晴れて昨日椛と戦闘して敗北した橙矢は椛が隊長を務める小隊の集会場に向かっていた。

「どうせアイツのことだ。仕事の時はピリピリしてるだろうなぁ」

 昨日の椛みたくこられてはこっちの面子が持たない。その上に橙矢は白狼天狗としては新参者なのだ。昨日のことを含め橙矢をよく思うものはかなり少ないだろう。

「……………うぇ………行きたくねぇ」

 哨戒一日目、早くも堕落しそうです。

 すると前方に知った顔が。それに加え四人がいた。その者が橙矢の方を見るとあからさまに不機嫌そうな顔をした。目の前に来ると軽く頭を下げた。

「…………すまぬ」

「…………一応言い訳は聞いてあげますよ」

「…………すまぬ」

 それだけで全てを察したのか椛の額に青筋が浮かび上がる。一を聞いて十を知る。まさにこのことを言う。

「――――――貴方は……!白狼天狗としての自覚があるのですかッ!」

 さすがの椛もこれには我慢できなかったのかついに怒鳴る。

「…………合わせる顔もございません」

「今までは一人でやっていけたかもしれません!ですが郷に入っては郷に従えという言葉があります!それを理解してください!」

「…………はい」

 いつもなら饒舌で対抗するのだが状況が状況なだけに何も言えない。それに椛の他のメンバーも痛い視線を向けてくる。そんな橙矢を見かねてかため息をついて橙矢から視線を逸らした。

「………以後気を付けてくださいね」

「………あいあいさ」

「では、今日もいつも通りに」

 椛がそう言うと橙矢と椛を除いた四人がバラバラに散っていった。

「………小隊とか関係ないだろこれじゃあ」

「寝坊した人は黙ってください」

「……………」

 返す言葉もございません。

「………もういいですよ。さて橙矢さん。初仕事です」

「ん、基本的には何をすればいい?」

「特にありません。強いて言うならばもし妖怪の山のものが入った場合に警告をしに行くだけです」

「…………ふむ」

「…………………はい」

「……………………え?それだけ」

「それだけですけど」

 他に何か?と逆に不思議そうに首を傾げられる。

「いや、ないならそれに越したことはないけどさ」

「それ以外の時間は自分の好きなことに当ててもらって結構です」

「………緩すぎませんかね」

「仕方ないです。それが仕事ですから。それにこの妖怪の山には滅多に侵入者は来ませんから安心してください」

「それは安心していいのか?」

「安心していいと思いますよ。最悪のケースになれば今日非番の白狼天狗も出ます」

「隊の奴等は……?」

「恐らく自らの趣味の時間に当てたのでしょう」

「…………俺の怒られた意味が」

「それはあります。仮にも仕事とプライベートでは区切りをつけてほしいですから」

「…………はいはい、分かったよ」

 

 

 

 

「―――――話は一段落ついたかい?」

 

 

 

 

 

「―――――ッ!」

 上から声が聞こえ、刀を抜くと真上に突き出す。が何か固いものに弾かれて体勢を崩す。その間に後ろを何者かに取られて首を掴まれて後ろに仰け反らせられる。そのまま流れるように足を払われて地に伏せられた。

「油断大敵だよ東雲橙矢」

 橙矢の伏せさせたのは見た目的に橙矢とそれ相応に歳が変わらない女性の白狼天狗だった。

「やぁ、はじめまして、だね」

「………挨拶にしてはちと痛すぎるだろ」

「ちょっ、貴女何してるんですか!!」

「ごめんね隊長。ちょっとした挨拶だよ」

「………隊長?おい……まさかアンタ」

 椛のことを隊長と呼ぶのは椛が勤めている隊に属している者のみだ。故に彼女は橙矢と同じ隊ということになる。そういえば先程いたような………。

「そうさ、ボクは君と同じ隊の者。おっと失礼、紹介がまだだったね。ボクは蔓 水蓮(かずら すいれん)。しがない白狼天狗の一匹。以後お見知りおきを。東雲橙矢」

「………蔓水蓮?……変わった名だな」

「よく言われるよ。まぁ気にせずに水蓮とでも呼んでくれればいい」

「じゃあ水蓮さんよ。まずはこの状況をどうにかしてくれ」

「ん?あ、忘れてた。ごめんごめん」

 水蓮が苦笑いして橙矢を立ち上がらせた。

「………ったく。いきなり何しやがる。こんな荒々しい挨拶はじめてだ」

「言ったはずだよ。油断大敵だって」

「いや、それは分かるけどよ」

「ボク達はこの山の哨戒をかの天魔様から任されているんだよ?ある程度の緊張感は持ってもらわないとね。昨日の君と隊長との戦いみたいにね」

「…………それは無理だ」

 橙矢が苦い顔をすると呆れるように肩を竦める。

「悪いが俺はいざというときにしか出来ない人間………じゃなくて白狼天狗なもんでな」

「なるほど、つまりは役立たずと」

「……………あ?」

「言っちゃ悪いけど常時やる気のない奴はいざというときも何も出来やしない。正に今の君だ」

「…………………テメェ」

「……なんだい?それとも力ずくで黙らせてみる?」

 橙矢は身構えるがすぐにその構えを解いた。

「…………興が乗らねぇ。パスだ」

「およ、意外。まだ考えれるだけの脳があったんだ」

 水蓮の本気で驚いたような表情に腹が立ってきた。

「…………お前さ。いくらなんでもそれは酷いぞ」

「それは失礼。………そんなことより君、ほんとにあの叢雲の異変を起こした張本人?」

 何に疑問に思ったか水蓮が馬鹿らしいことを聞いてくる。

「………………だとしたらなんだよ」

「あの程の異変を起こした者とは思えないんだよ。気迫がまるで感じない。まぁボクは出てないけど」

「………おかしいな。登る最中にほとんどの白狼天狗は潰したはずだ」

「あれ程度で大半の白狼天狗を潰したつもりかい?だとしたら検討違いも甚だしい。残念だけどあのまま登っていたら間違いなく殺されていたよ」

「………天魔様にか?」

「まさか。恐らくあの時の君はボクと同等。もしくはボクよりも多少上だった、かもね」

「……………過去形ね。じゃあ今の俺は水蓮。お前よりも弱いと」

「隊長に勝てなかった輩に負ける方が難しい」

「………それ、椛は自分より弱いって言ってるようなものたんだが?」

「隊長がボクより弱い?馬鹿言え。君昨日言ったろ?自分より弱い者の下には就かないって。ボクも同じだよ。とは言ってもボクと隊長は同等だけどね」

「ハッ、中々言ってくれるじゃないの」

 挑発的な笑みを浮かべる水蓮に近付くと威圧するように見下す。

「誰も俺が一番だとは思ってねぇよ。……ただ見る世界が狭かった。それだけの話だ」

「へぇ………面白いこと言うね東雲橙矢。見る世界が狭かった、か。アッハハハ!!いやぁ参った参った」

 急に笑い声を上げる水蓮に対して不気味に思ったのか橙矢が後ろに退いた。

「そう言われちゃ返す言葉もない。どうしたものか。いやはや、君は面白いね」

「……………」

「そう邪険そうにしないでよ。ボクは本心しか口にしないタイプでね」

「ハン、それはどうだか」

「ま、信じる信じないは勝手にしてくれていいよ。どうせ他人の言うことだ。信頼には欠けるよね」

 すると水蓮は橙矢の手を取る。

「………は?」

「え?」

 これには橙矢も椛が共に素っ頓狂な声を出す。

「あ、あの水蓮さん……橙矢さんの手を?」

「ごめんね隊長。ちょっとこいつを連れていくよー」

「へ、ちょっ、ちょっと!」

 椛が止めようとするがその前に水蓮が腕を振り上げた。次の瞬間落ち葉が舞い上がって二人を隠す。

「何のつもりですか水蓮さん!」

 手を伸ばして捕まえようとするがすでに橙矢と水蓮は姿を消していた。

「水蓮さん!悪ふざけも大概にしなさい!橙矢さんは私が見ていなきゃならないんです!」

 叫ぶが誰も返事は返さない。

「…………まったく、水蓮さん………」

 多少の心配をしながら水蓮と橙矢が何処へ行ったのか、頭を回転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 




水蓮さんのイメージは次回。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第五話 河にて


水蓮ちゃんどすえ。はじめは椛を描いたつもりでしたが……他のイラストが描けなかったということで。

【挿絵表示】


ではではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 急に下ろされて体勢が崩れるも何とか持ちこたえた。

「……んだここ」

 辺りを見渡すと近くに大きな滝が水を打ち付け、その水が川に流れていた。すぐさま隣にいる水蓮に声をかける。

「………おい、何でここに連れてきた」

 何処か、と聞かれれば一応は答えれる。玄武の沢。主に河童達が棲むところである。

「ん?ちょっとした寄り道だよ。最近顔を合わせてなかったからどうせ君と知り合いだろうからね。君が白狼天狗になったっていう報告も兼ねて」

「………まぁ知り合いっつーか二回くらい顔を合わせた程度だな」

「ふぅん?中々顔が広いね。幻想郷中に知り合いがいるのかな」

「それは言い過ぎだ。……と言いたいところだが、そうだな……ある程度はいる」

「ふむふむ、そして異変の後に中でも仲がよろしかった隊長を選んだと」

 途端に水蓮が意地悪げな笑みを浮かべた。

「………何の話だ」

「知ってるよ。君が君に好意を持っている七人に止められたってことは」

「……………」

「沈黙は是なり。否定をしないところが実に君らしいよ。否定すれば彼女達の気持ちを疎かにしたことになる。けど君は否定しなかった。つまり彼女達のことを未だ大切に思ってるってこと。君は人を思いやれる、というのかな?」

「………何言ってやがる」

「それでも君は隊長を選んで白狼天狗と成った。いやはやロマンチックだねぇ。そんな殿方がいるなんて羨ましいよ」

「……………………」

「おっと、黙りはよしてくれないかな。ボクが一人言を話しているみたいじゃないか」

「お前………何考えてる?」

「何って、さっき言ったじゃんか。河童に会いに来たって」

「………俺は必要なかったはずだが」

「だーかーらー、ちょっとした偶然だよ。君とボクとでは初対面だからさ、少し話したいと思ったんだ。ほらボクは好奇心旺盛だから君のことが気になったんだよ」

「……………気になる、か。分からないな。何でお前みたいな奴が俺如きなんて気にするんだ?」

「いやいや、いきなり仲間に喧嘩を売る奴を気にするなっていう方が無理だよ。それもそこらの下っ端白狼じゃなくて隊長に、なんてさ」

「………ひとつ気になってたんだが、ちょっといいか?椛のことなんだが」

 聞こうとすると手で遮られ、それ以上の発言を阻止された。

「っとその前に私からもひとついいかな。君と隊長の関係性について」

「俺と……椛の?」

「君は隊長のことを呼び捨てで呼んでいたね」

「ん?あぁそうだが」

「君、隊長とはどのような関係なのかな」

「それはあいつに聞いてくれ。俺の口から言うと語弊が生じるからな」

「……怪しいね。ならいっそのこと射命丸様に聞くとか………」

「爆弾を仕掛けるな。ほんとあの人は洒落にならない」

「ハッ、最終手段だよ。あの方は色んな情報を持ってらっしゃるから。きっと君達の関係についても知っているはず」

「……あることないこと。いや、ないほうが多い。出鱈目ばかりだ」

「それが面白いんだよ。隊長を弄って恥ずかしがる顔が見てみたいものだ」

「別に俺と椛の関係なんてそこまで面白いもんじゃねぇぞ」

「じゃあ言えるんじゃないの?」

「……さっきの話聞いてたか?俺が口にすると語弊が生まれるんだよ」

「ただならぬ関係と」

「おいコラ」

 あまりに口達者なので黙らせようと掴みかかろうとした瞬間、川から水柱が立った。

「…………………あ?」

「やっと来たか。遅すぎるよ」

 水柱が消えるとその中央に背中に大きな鞄を背負った一人の少女が立っていた。

「やぁ蔓。久し振りだね」

「こちらこそ、にとり」

 水蓮が河童である河城にとりに歩み寄る。

「それと君は………あぁ、盟友じゃないか」

「今は盟友じゃねぇよ。ただの下っ端白狼天狗だ」

「あり?あらほんと。何でこれまた。……あ、あーなるほどね」

 何か思い当たる節があるのかニヤリと口を歪める。

「椛が要因なんでしょ?いや、それ以外に理由はないね」

「………………まぁ」

「それで、件の椛は何処だい?……蔓と二人きりなんて……まさか浮気?」

「……今なら冗談で済ませてやる」

「そんなの分かってるってー」

 屈託のない笑顔で言われるがその裏に邪な顔がある気がして気が気でなかった。

「まぁいいや、して蔓。一体何のようだい?最近忙しかったことは知ってるけどそれでも椛も蔓も顔を出してくれなかったから退屈だったよ」

「ごめんごめん。やたらと上の連中が急かすもんで休みがなかったんだ」

「まぁ河童の立場からは何も言えないけど……そんなにも急ぐものじゃないんだけどな………」

「上層部は何考えてるか同じ天狗であるボクですら分からないから仕方ないよ」

「けど蚊帳の外にいる奴ほど目利きが利くって言うからねぇ。……うん、わからないや。そ、れ、で。どうして東雲と蔓が一緒にいるんだい?」

「………連れてこられたんだよ俺がな」

「およ、蔓が連れてきたんだ。そういえば珍しいね、君が椛以外の者と歩いているのは」

「まぁね。ちょっとばかし気になったんだよ、この男をね」

「へぇ………蔓もついに男を知ったかァ」

「まさか、ボクより弱い殿方には微塵も魅力を感じないよ」

 水蓮の言葉に橙矢は片眉を上げた。

「……お前より強い奴?……椛とお前が同等だとして………誰がいるんだ?」

「んー、細かく言えば大変だけど一番妥当なのは白狼天狗の総大将じゃあないかな?ねぇ蔓?」

「あー総隊長か……。いやいや、あの方は別格でしょ」

「………おい水蓮。総隊長ってのは?」

「君、総隊長も知らな………ってそうか。君は昨日からだったんだ。……総隊長ってのは白狼天狗の長、といっても過言ではない方のことさ。一応は哨戒役の小隊長を纏めあげる役なんだけど……ただまぁ……強すぎるんだよね。隊長が歯が立たないほどに」

「……………そいつはどの小隊に?」

 しかし水蓮は首を横に振った。

「残念だけどどこにも属してない」

「……は?」

「強すぎるが故に小隊に属させても小隊の者達が足を引っ張るだけ。総隊長からしたらこの上なく邪魔な枷だったんだよ」

「そういえば総大将は一時期だけど蔓の小隊の隊長を勤めていたんだよね」

「駄目駄目。すぐに呆れられちゃったよ。付いていけないよあれには。次元が違うから」

「……………おいおい、かなり頭をお高くしてやがるな。その総隊長ってのは」

「………そう思うのは仕方ない。けど馬鹿な真似は止しといた方が身のためだ。それに総隊長は白狼天狗の身でありながら烏天狗や鞍馬天狗と同等に扱われている。そう簡単に下っ端のボク達の前には現れないよ」

「…………なんだそれ」

「それだけ強いってことさ。総隊長がね」

「どっちにせよお偉い様ってことはよくわかった」

「それだけ覚えておけばいいよ。さて……にとり、ちょっとボク達を匿ってくれないかい?」

「ん、なんでさ」

「実は隊長から盗ってきたんだよねー。東雲橙矢を」

「おやぁ、修羅場かい?中々えぐいことするね」

「だからさぁ、恐らく今頃すごい形相で探し回ってると思うんだよね。しかも隊長は千里眼使ってるし。恐らくすぐにみつか―――」

 

 

 

 

 

「―――――ようやく見付けましたよ水蓮さん!!」

 

 

 

 

 

 

 目の前に件の白狼天狗が砂埃をあげて着地した。

「あれ、おかしいな。見付かるには早すぎるような………」

「あちゃあ………蔓、それは無謀だ」

「水蓮さん!貴女は………。真面目にやる気はあるんですか!?」

「はいはいありますよ隊長」

「………それより橙矢さん。お怪我は?」

「大丈夫だ。何ともない」

「………まぁ今は良しとしましょう。哨戒一日目に怪我なんて洒落にもなりません」

「そりゃあ何もしてないのに怪我なんざ言われてもなぁ……。一気に株が下がる」

「大丈夫だよ東雲橙矢。昨日の騒動で君の株は一気に下がったから」

「……………だな」

 当然だろうな、と苦笑いするとそんな橙矢を慰めるように水蓮が肩に手を置いた。

「大丈夫、ボクだけは幻滅したりしないよ」

「……………は?」

「水蓮さん!?」

「あれぇ、東雲橙矢に惚れ惚れの隊長は幻滅しちゃったんですかぁ?」

 水蓮ニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべて椛に歩み寄る。すると椛の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「へ、は、あの……い、いや私も幻滅はしてないのですが………」

「じゃあどうしたのさ椛?」

「何焦ってるんですか隊長ー」

「焦ってません!」

「…………何の話だ?」

「まだ分からないの―――――」

 か、という水蓮の言葉は続かなかった。

否、止めざるを得なかった。

 三匹の白狼天狗の耳が逆立った。

「……水蓮さん、橙矢さん。……分かってますよね」

 椛が言うと二匹は頷く。

「……嫌でもな」

「方角は………南ですね。ここから一キロほど離れたところです」

「あいよ隊長。じゃ、ボクがひとっ走りしてこようかなぁ!」

 すぐさま水蓮が駆け出していった。

「あ、馬鹿待て!」

「橙矢さん!」

 追いかけようとした橙矢だが椛に腕を掴まれて止まる。

「………どうした椛」

「い、いえ………あの……水蓮さんに連れていかれた後……ほんとに何もされてないですよね?」

「………何の確認だ。するわけねぇだろ。そこの河童に聞けばわかるこった」

「ちょお!?私に振る!?それはないよ東雲!横暴だよ!」

「うるせぇよ。……それよりも今は侵入者だ。……水蓮が行ったはいいが間違えてこの山に迷い込んだ人間だったら……いや、さすがに相手を選ぶだろ」

 椛を放させると一人言を呟きながら再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 






水蓮ちゃんに悪気はないのよ。
ただ活発過ぎるだけ。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第六話 侵入者

今回は少し短めです。
ではではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 近くの木に足をかけた水蓮は辺りを見渡して侵入者と思われるものを探していた。

「さーてと、侵入者は…………」

 ふと視界の端に人影が映った、ような気がしてそちらに顔を向けるが何もいなかった。

「……………?あれ、隊長見間違えたのかな………っと!」

 急に背後から気配を感じて木から降りると水蓮がいた箇所に豪腕が振り抜かれて木の枝ならず木そのものまで折った。

「………不意打ちにしちゃやってくれるじゃないの……!」

 腰に提げている例外を除いた白狼天狗に全員に配給される剣と盾、ではなく背にかけてある弓を構える。白狼天狗の使う武器は大きく分けて二つある。一つは白狼天狗の大半が使っている配給される剣と盾を使うもの。そしてその者達とは違い弓を使うもの。白狼天狗は哨戒の役に勤める前に訓練というものを受ける。その時に必ず剣術と弓術を習う。それらの訓練を受けた後にどちらを使うかが個別に決めることが出来る。ほとんどは剣術の方を選ぶのだが水蓮は違って弓術を選んだ。特にこちらを選んだ理由はない。ただ単に戦況を後ろから観察したいがためなのか。それは彼女しか分からない。

「……なるべく穏便に済ませたいんだけどなボクは………って、お前は…………!」

 侵入者を睨み付けるがすぐに息を飲んだ。彼女の視線の先には頭から角が生えた、地下に逃げた忌み嫌われものであり天狗が治める前、妖怪の山の主。全ての天狗の上司である鬼がいた。

「何故鬼が……」

「……………!」

 何も言わずに水蓮に突っ込んでくる。寸前鬼の背から血飛沫が舞った。

「ッ!」

「なーにやってんだよ。あんだけ啖呵切っておきながらこの様か」

 橙矢が刀を振り抜いた体勢のまま呆れた声をあげた。

「東雲………橙矢………」

「なにボケッとしてたんだよ。……お前を襲ってたってことは大方親睦を深めようって質じゃなさそうだし……。悪いが俺の即決で殺らせてもらったよ」

「水蓮さん!大丈夫で―――――」

 追い付いてきた椛は橙矢が握っている血がついた刀と鬼の死体を見ると言葉を失う。

「と、橙矢……さん………」

「ん、どうしたんだよ。そんな驚いた顔して」

「―――な、なんてことしてくれたんですか!」

 突如、椛が叫んだ。

「……?どうしたんだよ椛」

「鬼は我々白狼天狗のみならず天狗そのものの上司なのですよ!?その鬼を………」

「いやいや、それは地下の鬼だけだろ?途方に暮れてる鬼かもしれねぇじゃんか」

「まぁ…………それはそうですけど………」

「第一地下の鬼だとしてもたかが一匹。減ったって気付きやしねぇよ」

「ですが………」

「…………………何をそんなに怯えている?所詮は鬼。それこそお前が本気を出せば敵わない相手じゃあないだろ?」

「個人での話でしたらですけど。……ですが今は違います。白狼天狗として、天狗として鬼達の下なのです」

「…………あっそ」

「勝手は許しませんよ。………すでに貴方は白狼天狗の一員。決まりに従ってもらいますよ」

「…………へいへい。それで、これはどうすんだよ。上に報告でもするのか?」

 鬼を指差しながら言うと椛が困ったように唸る。

「………困りましたね。上に報告すれば面倒なことになりますし………。仕方ありませんね」

「……跡形もなく消せと」

「………後始末はご自身でお願いしますよ」

「……方法は?」

「お任せしますよ」

「じゃあ遠慮なく」

 腕を振り上げると腕を強化させて鬼の死体目掛けて振り下ろす。

 叩き付けると衝撃波が広がって鬼の身体が粉々に潰れ、血飛沫が飛び散った。その血が橙矢の身体中につく。

「………………うわ、ついちまった」

「………もう少し軽めに出来ないのですか貴方は」

「悪い悪い。やり過ぎたな」

「いや、結構ですけど。……それより橙矢さん。血がついたので軽く流しに行きませんか?」

「血を流しにか?だとしたらノープロブレム。後でまとめて流すからさ」

「そういう意味じゃないんです。仮にもしその格好で上の人に会ってみてください。間違いなくその理由を聞かれます。今日から仕事を始めた貴方なら尚更です」

「…………分かったよ」

「では橙矢さん。さっきのところへ戻りましょう。あそこなら滝がありますからしっかり受けて穢れを祓ってください」

「…………は?おい、滝ってあの……」

「えぇそうですよ。あの大きい滝です。打ち付けられてください。なに、大丈夫ですよ。身体は砕けません」

「……………冗談だろ………」

「冗談でしたら言ったりしませんよ」

「……………わぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬかと……思った………」

 滝から出てきた橙矢は上半身裸のまま近くの岩に登って寝転がる。そんな橙矢をにとりが見下ろした。

「おやおや、これじゃあかつて妖怪に恐れられていた退治屋が型無しだねぇ」

「………今は妖怪だからな」

「そりゃあそうさ。……けど後悔はしてないんだろ?」

「当たり前だ。後悔するわけないだろ」

「だろうね。見ていて楽しそうだからそんな感じはしてたよ」

「……………………そういやあアイツ等は何処行ったんだ?」

「蔓と椛かい?だったらほら、あそこにいるよ」

 にとりの指差す方には正座する水蓮とその水蓮を叱りつける椛が。

「貴女という人はまったく……!他の方の迷惑というものを知らないのですか!」

「けど東雲橙矢は楽しそうにしてたんだけどなー」

「え」

「言ってたよ『椛といるとき楽しかった』なんてね」

「……ッ!う、嘘です!」

「はい嘘です」

「…………水蓮さん!」

「うひぃッ」

 再び怒鳴りつけて水蓮が竦み上がる。

「……………ほら、あんな通り」

「うわぁ……めっさ怖ぇ」

「その怖い子を追いかけて白狼天狗になっている」

「…………」

「君は……けどそうだね、そろそろ助けてあげようか。おーい椛!東雲が終わったよ!」

 にとりが声をかけると椛が振り返る。その表情は不機嫌そうだった。

「………橙矢さん。終わりましたか」

「一応な。血は全部流した」

 黒のインナーを着、その上に白い羽織を着る。

「そうですか。…………水蓮さん、一旦は勘弁してあげますよ。今日の仕事が終わったらまたやりましょう」

「……………………」

「では仕事に戻りますか。橙矢さん、水蓮さん」

「あ、そういえば」

 ふとにとりが何か思い出したように呼び止める。

「時に椛。気になったことがあるんだけど君と東雲はやっぱり付き合ってたりしてるのかい?」

「「―――――」」

「え?そりゃあ付き合ってるんじゃないの?」

「実際どうなんだい椛?」

「…………橙矢さん」

「付き合っちゃいねぇよ」

「およ、意外。君達がまだなんて」

「隊長ぉ、貴女の回答は?」

「わ、私ですか……?」

「おいおい、今俺が言ったじゃねぇか。聞くまでもないだろ」

「東雲橙矢には聞いてないよ。ボクは隊長に聞いているんだ」

「ま、まだです!」

「まだ………?」

「………まだ?」

「ほほぉーう、まだですか椛氏」

 椛の言葉に二人が反応する。

「え、あ、そういうわけではなくて……」

「…………何言ってんだよ」

「とにかく付き合ってません!」

 椛が顔を真っ赤にして否定すると橙矢達に背を向けた。

「……血を払ったなら戻りますよ。今はいいかもしれませんが万が一というときがあります。……気を引き締めてください」

 今まで好き勝手やられたせいか椛の言葉には威圧感があり、狼二匹と河童一匹を黙らせた。

「「…………はい」」

「ご、ごめんよ椛………」

「…………………ならいいです」

 静かに玄武の沢から立ち去る椛の背を怯えながら三匹は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





相変わらず容赦ない橙矢君。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第七話 兄妹関係

一日投稿遅れてすみません。

ではではどうぞ。




 

 

 

 

 翌日、橙矢は再び玄武の沢へと赴いていた。なんてことはない、椛に誘われたのだ。

 玄武の沢に着くなりにとりにある一戸建てに連れていかれた。

「………で、俺を連れてきた意図は?」

 まだ寝癖が直ってない髪を整えながら前に座る二人に不機嫌そうに言う。

「まぁまぁ、東雲だって暇なんだろ今日は。だったらいいじゃないか」

「………朝早くから叩き起こしておいてそれはねぇだろ」

「…………………」

「とりあえずね。ちょいと昔から頼まれていた物が出来たものでね。椛を呼んだんだよ」

「そのついでに俺が呼ばれたと」

「………君にも必要だと思ったから呼んだのさ。いいから黙ってこれでも見てみな」

 にとりがそう言って取り出したのは外の世界でいうパソコンだった。

「ん、これ……パソコンだな。なんでこんなものが?」

「およ、東雲は知ってるのかいこれを」

「知ってるもなにも外の世界にあるんだよ。それがな」

「まぁそりゃあそうだろうね。なんせ幻想郷は外の世界で忘れ去られたものが行き着くところだ。だからこれも………君も、同じなんだよ」

「にとり、それは……………」

 かつて世界に忘れ去られた橙矢を目の前にして言うことではない、そう思ったのだろう。

「あぁ、お前の言う通りだ河童。それよりそれ、ちゃんと動くのか?」

「もちろんさ。河童の技術は幻想郷一だよ。嘗めてもらっちゃ困る」

「……あっそ。じゃあ電源いれるぞ」

 電源を入れると画面に何処かの地図が映し出された。そのなかで無数の赤い点が忙しなく動いていた。いや、何処かというのは些か変か。図形からして………妖怪の山のようだ。

「……これ、妖怪の山だよな」

「あぁそうだよ。所謂熱探知機だ。熱源を感知して地図に映す。椛の能力を機械的にしたものだね」

「いやあのさ、それ必要ないじゃん」

「何言ってんだい。能力は使わないに越したことはない。それに、これを見れば一発で分かる」

「………仮に侵入者が現れたとしよう。そしたら他の奴等と区別が付かないんじゃないのかい?」

「そこのところは大丈夫さ。もしそうだとしたら画面に赤とは別の黒の表示が出る。天狗と河童、妖怪の山に住む者達以外はそう出るんだ」

「……なるほどねぇ。確かにそれは使えるな。それで、これを俺達に?」

「あぁ、なるべく楽にしてあげたいからね。いちいち椛の千里眼を使わずに済む」

「それなら歓迎だが……」

「じゃあ決まりだね。故障とかしたりしたらいつでも私に言ってくれればいいよ。それはタダでやってあげるから」

「それは気前がいいな。…………あれ、おいちょっと待て。……故障はタダで?……じゃあ何かに金をかけなきゃいけないのか?」

「え、これ以外に何があるの?」

 パソコンを持ち上げながら何言ってるのこいつ、みたいな顔で見てくる。

「……………お前のことだから薄々気付いていたけど……」

「橙矢さん。………こういう河童ですにとりは」

「金がかかるくらいならいらねぇよ。だったら椛に頼る。ハッキリ言えばそんなポンコツより椛の方がはるかに確実だからな」

「なっ……」

「だからいらねぇよ。……けどお前の発明はすごいと思うぞ。外の科学力を越えてる」

 じゃあな、と片手を上げて出ていった。

「………椛、なんだいあれ。何か不機嫌そうだったけど」

「さ、さぁ………」

「金欠なのかな。とりあえず……尻拭い頼んでもいい?」

「………仕方ないですね」

 椛が立ち上がり、玄関へと向かう。

「椛、なんやかんやで君達はよくやってるじゃないか」

「…………何の話ですか」

「東雲と君のことだよ。………けどさ、なーんか微妙な距離があるんだよな」

「……………………」

「なにかあったのかい?私で良ければ聞くけど?」

「…………大丈夫ですよ」

「そう?ならいいけど。何かあったらいつでも相談に乗るから」

「…………はい。ありがとうございます。では」

 そう言い残すと外へ出ていった。

「………………やれやれ、君達は……正直に言えばいいものを。どうせ互いに想いあっているんだから出来ちゃえばいいのに」

 呆れたようにため息を吐くとパソコンの電源を落とした。

「まぁこれは私が使うとしようかね。どうせあの二人と蔓以外の白狼天狗とは関わりがないからね」

 にとりは頬をつきながら次の発明のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椛は玄武の沢から本陣へと戻る道を一人で歩いていた。

「……ようやく来たか。遅かったな椛」

 ふいに声がして、そちらに顔を向けると橙矢が木にもたれかかっていた。

「あぁ橙矢さんここにいたんですね。何処にいったのかと思いましたよ」

「悪い悪い。俺も一度本陣に戻ろうと思ってな。けど椛もきっとそうするかと思って待ってたんだよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

「礼なんていらねぇよ。勝手に俺が待ってただけだからな」

「…………それより橙矢さん。先程はどうして……あんな風に?」

「……そんなこと聞いて何になる?答える理由がないな」

「い、いえ……ただ気になったので」

「そうか。……別にお前が気にすることじゃない」

 橙矢が歩き出すと隣に椛が並ぶ。

「それで、今日はこのまま本陣に戻るつもりですか?」

「一応はな。仕事とはいえ何もないから、本陣に何かないか探してみる」

「………何もな――――」

 椛が口を開いた瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

「っとここにいたかお前ら!」

 

 

 

 

 

 

 二人の前に一匹の白狼天狗が落ち葉を舞い散らせながら着地した。

「…………………」

「………………あ?」

「よぉ、久し振りだな椛。それと、はじめてだな、会いたかったぞ東雲橙矢」

 男の白狼天狗は二匹の前まで来ると口の端を吊り上げた。

「………貴方は………」

 椛が目を見開いて言葉を失う。

「………誰だアンタ」

 橙矢は不快感を全身から醸し出しながら目を細めた。

「あれ、俺のこと知らないのか?白狼天狗のくせに。あ、あー、そうか、そういえばお前ついこの間白狼天狗になったばっかだったな」

「…………それより俺の質問に答えてくれるか?」

 するとそこで男の白狼天狗の後ろに水蓮が着地した。

「やっと追い付きましたよ!」

 どうやらこの白狼天狗のことを探していたようだった。

「水蓮さん?どうしてここに……?」

「あ、隊長……。この方が貴女に会いたいって聞かないもんですから………」

「………なぁ、俺だけが話についていけないんだけど………」

「あ、そういえば東雲橙矢もいたんだ。じゃあ紹介しとくね。この方は件の総隊長だよ」

「………ふーん、アンタ……いや、貴方が総隊長でしたか。……先程の無礼をお許しください」

 さっきとは打ってかわって態度を一変させた橙矢は頭を垂れた。その光景に椛は尚更驚いた。

「橙矢さん……!?」

「ん?なんだ、思ったよりも冷静じゃないか。聞いたのとは全然違うな」

「…………………」

「椛、お前が管理者らしいな?」

「………はい」

「まさかその管理者に歯向かう馬鹿をした奴が、こんなに早く頭を垂れるなんて、いやはや、軟弱者だな」

「………………ッ」

「お兄様!そう言うのはやめてください!」

「は?お兄様?」

 椛の一言に素っ頓狂な声をあげてしまう。

「あれ、言ってなかった?総隊長は隊長のお兄さん。つまり血を分けた兄妹なんだよ」

「………………はぁ!?」

「なんだ、話してなかったのか椛」

「え、えぇ……まさかお兄様に会うことはないだろうと………」

「万が一のことも考えとけよな。こんなこともあるんだからよ」

「そうですね………」

「………まぁんなことはいい、今は……」

 と、不意に橙矢の顔面を蹴り飛ばした。

「ッ………!」

「東雲橙矢!」

「橙矢さん!」

 自分の名を呼ぶ声が酷く遠く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今日は大晦日、ということで。
よいお年を。

感想、評価お待ちしております。

ではでは次回までバイバイです。


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第八話 総隊長

橙矢君と総隊長様です。

【挿絵表示】


ではではどうぞ。




 

 

 

 

 

 

「ッ……ァ………」

 急に蹴り飛ばされた橙矢は反応することも出来ず地を転がった。そんな橙矢の男のしては長い髪の毛を総隊長が掴み上げる。

「ッ!総隊長!」

「お兄様!?」

「………叢雲の異変の時のお前は何処に行ったんだ?俺はそんなお前を見たくてわざわざこんなところまで下りてきたんだ」

「……………!」

「お前にはほとほとガッカリさせられるよ。異変の時には俺が出るまでもなくやられやがってよ。久々に暴れられると思ったらあんな奴等にやられやがって……」

「ッ……あんな奴等……?」

「あぁそうだ。よってたかってお前を止めに入ってよ」

「お前………ッ!」

「誰に口を聞いているんだ」

「うるせぇよ!」

 刀を抜くと掴まれている髪の毛を裂いて後ろに転がりながら距離を取る。

「何のつもりだ総隊長!俺はアンタとやりあうために来た訳じゃねぇんだよ!」

「俺はなァずっと待ってたんだよ!この幻想郷を敵に回すような馬鹿が俺の前に来ることをな!」

 白狼天狗が配給される剣を振り下ろした。それを刀を横にして防ぐ。

「橙矢さん!」

「来るんじゃねぇ椛!」

 助太刀しようとする椛を橙矢が睨み付けて止める。

「仕方ねぇな……!だがアンタになら殺す気で行っても良さそうだな……!」

 刀の先を下げて滑らせ、地に叩き付けさせると懐へ入り込む。

「そう来ると思ったぞ馬鹿が!」

 すぐさま総隊長が膝蹴りを顔面に入れる、寸前に橙矢が滑り込んで背後に回ると跳んで回し蹴りを決める。が、脚を総隊長が掴んで投げ飛ばした。すぐに地に足を着けて上手く着地した。

「…………………」

「……ハッ、退屈しなさそうだ!せいぜい不出来な妹くらいは粘れよ!」

「ッ!」

 上段から振り下ろされる剣を強化した腕を振り抜いて柄を殴り付けた。

「弱いんだよ」

「なん……!?」

 総隊長は後退すらしていなかった。強化させた腕で殴ったのなら最悪その威力に負けて後退させることくらいは出来る。しかし彼に対しては退くことすら出来なかった。

「おいおい、まさかこんなんじゃないよな東雲橙矢」

「……!当たり前だ!」

 腕をさらに強化させて空いている腹を殴り付ける。しかし先程同様何事もなかったかのように立っていた。

「…………残念だ。そんな程度なんてな」

 腕を振り上げて橙矢を殴り付けた。これまでに喰らったなかでも五本の指に入るほどの強い衝撃が橙矢に叩き付けられて吹っ飛んだ。

「ガッ!?」

 何度も地を跳ねて木に激突する。すぐに立ち上がろうとしたが膝が崩れ落ちてそれ以降立ち上がれなくなる。

「―――――――」

「立て。まだいけるだろ」

 胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。橙矢はその腕を掴んで不屈の意を込めて睨み付ける。

「……ッ……放……せよ……!」

「なんだ、やっとやる気が出たか?」

「元からやる気なんざなかったんだよ」

「橙矢さん!」

「愚妹は黙ってな!」

「ひっ…………」

 椛を一言で黙らせてから橙矢に掴みかかる。がその手に矢が撃ち込まれた。

「……………」

「そこまでです総隊長」

 意外なことに今まで口を閉ざしていた水蓮が撃ち込んだものだった。

「………意外だな。まさかお前が邪魔するなんてな」

「仲間内での私闘は禁じられているはずですよ」

「…………なぁに、俺がやってないって言えば上の連中もどうせやってないってなるさ」

「………どうしてもやるというならばこれからはボクが相手になります」

 弓に矢をつがえて総隊長に向ける。

「ほぉ……?愚妹が隊長を勤める隊の奴ごときが俺に牙を向けるのか?」

「…………隊長は愚ではありません。訂正してください」

「へぇ……面白いこと言う――――」

「ほざけ――――!」

 橙矢が横から蹴り抜いた。僅かにだが総隊長の身体が揺らぐ。その隙を見逃さずに刀を抜いて突き出す。

「ッ!」

 頭を傾けて避けるが微かに頬を裂いた。

「ハッ、油断大敵だ総隊長!」

「…………」

 茫然とするが垂れる血を見ると口を不気味までに三日月に歪める。

「面白ェ……不意打ちたぁやってくれるじゃねぇか!!」

「………ッ!」

 橙矢の腹を殴りあげて打ち上がると落ちてくるところに一瞬で追い付いて蹴り飛ばした。

「…………ぁ……………」

 今度こそ崩れ落ちて二度と立たなくなる。

「東雲橙矢!」

「橙矢さん!」

 椛と水蓮が橙矢に駆け寄るがすでに橙矢は意識が飛んでいた。

「お兄様……!なんてことしてくれるんですか!私の……私の大切な人なんですよ!」

「……………ハッ、お前に大切な人だぁ?笑えない冗談はやめておけ。お前の手で護れなくてなにが大切な奴なんだ」

 興味が失せたように橙矢に背を向けて歩いていく。

「面白そうな奴だと思ったんだがな………やっぱり期待外れだったな。無駄足になった」

「………貴方は―――――!」

「隊長!今すべきことは東雲橙矢を運ぶことです!」

 総隊長の背を追おうとした椛を止めて橙矢を担いだ。

「……貴女が行ったところでどうにかなるとは思いません。ここは何卒……」

「…………ッ……分かりました……」

 遠くなる兄の背を見ながら橙矢を本陣へ連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ぉあ!?」

 急に落ちる感覚がして意識が覚醒して目を覚ました。

「…………………」

 身体を起こすと本陣の中で寝かされていた。

「やぁ、やっと起きた?」

「水蓮…………か……」

「うん、ボクだよ。身体は……動かせるようだね」

「……………お前が…ここまで運んでくれたのか?」

「ボクと隊長でね。以外と軽かったから楽だったよ」

「…………悪い」

「まさか君からそんな言葉が出るなんてね」

「よく言われるよ」

 苦笑いしながら額に手をあてた。

「……総隊長にこっぴどくやられたね」

「…………あぁ、何も出来なかった。これほどの完敗は久し振りだ」

 そこで椛がいないことに気付く。

「椛はどうした?」

「君をここへ連れてきてからすぐに哨戒に戻ったよ。さすがに隊長が休むことは許されないからね」

「真面目だなアイツ……」

「そんな隊長を追っかけて君は白狼天狗になったんだよね?」

「……………」

「東雲君。あ、これから君のことは東雲君って呼ばせてもらうよ。東雲橙矢、のままじゃ長いからね」

「………どうぞご勝手に」

「じゃあ東雲君。総隊長のことは何も言わないよ。あの人はあぁゆう人だからね」

「もっといい人かと思ったんだがなぁ……」

「…………総隊長の真意なんて誰も理解することなんて出来ないよ。……実妹の隊長ですら分からないんだから」

「…………………」

「……あぁ見えて総隊長は数年前までは戦いでは最前線で戦っていたんだ。だけど強すぎるが故に……四季のフラワーマスターの風見幽香や妖怪の賢者、八雲紫と肩を並べるほどになってしまっていた」

「ッ!幽香や八雲さんと並ぶ……?」

 幻想郷で生きる者なら一度でも聞いたことがある名。その中の風見幽香とは知り合いだが何度も死闘を演じている。

「ん、そういえば君、四季のフラワーマスターとは知り合いだったね」

「まぁ……そうだな」

「寂しいよね?」

「別に。暇があればどうせすぐに会いに行ける」

「……そうかい?非番の時に行ってあげるといいよ」

「分かってるよ」

「………さて、そろそろボクも仕事に戻るとするよ。東雲君、君はどうする?」

「……ある程度は動けるからな。出るよ」

「無理は禁物だからね。君はボク達の大切な隊員なんだから」

 すると橙矢が驚いた顔をする。

「………ん?どうかしたのかい?」

「………いや、まさかそう言われるなんて思わなかったから……」

「ハッ、ボクは隊長が言いそうなことを言ったまでだよ。まぁボクの本心かどうかは分からないけどね」

「なんだそれ」

 苦笑いして立ち上がると本陣から出ていく水蓮に付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





橙矢君ボロ負け。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第九話 三局面

主人公は負けて強くなる。そんなんな訳がない。勝てないものには勝てない。

ではではどうぞ。




 

 

 

 

 仕事を終えた夜、橙矢は目の前に立つ大木に対して霞の構えをしていた。

「………………………」

 目を閉じると瞼の裏に映るは総隊長の姿。

 自らの本気でも殺るどころか一方的にやられた男。

「……ッ!」

 一気に目を開かせて下から振り上げる。すると大木が真っ二つに裂かれた。

 それだけでは苛立ちが収まらずに感情に身を任せて腕を強化させると薙ぐ。直線上にあった木々は横に切れて耳障りな音を立てながら倒れていった。

「………………チッ」

 舌打ちしてから刀を返すと鞘に納めた。

 真っ二つに木に裂かれた間から月が覗かせていた。その月に向けて鞘に納めている刀の柄の先を突き付ける。

「…………俺が卑下されることは……まぁ許してやる」

 脳裏によぎるは総隊長が発した一言。

 

 

『愚妹が隊長を勤める隊の奴ごときが俺に牙を向けるのか?』

 

 

「………ッ!」

 鞘を握り締めて睨み付ける。

「だがな……椛を、俺の大切な人を卑下するのは………絶対に許さねぇ……!それがアイツの肉親なら尚更だッ!」

 その憎しみに囚われた瞳はいつまで経っても緩むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……………」」

 そんな橙矢を遠くから見る二つの影が。

「どう隊長?……荒れてる?」

 水蓮が木の上で寝そべりながら隣で立っている椛に声をかける。

「……えぇ、お兄様のことが効いてるみたいですね」

「やっぱりね。まぁ馬鹿みたいに単身きって総隊長を探しに行かなくて良かったよ。そうなったらそれこそまた東雲君を止めなくちゃいえないからね」

「そうですね。まだ橙矢さんの中にも冷静な心があったのでしょう。それだけで充分です」

「………良かったのかい?総隊長のことは」

「………どうせ山の上の方に戻ったのでしょう。後を追う気にもなりません」

「総隊長も変わったよねぇ。昔は―――」

「やめてください。過去の話なんか聞きたくありません。………お兄様の過去は」

「……ごめんよ」

「大丈夫です。貴女が気にするほどではありませんから」

「…………辛いなら正直に言ってくれても良いんだよ?ボクが出来るのは聞くことくらいだけど」

「……………ありがとうございます」

「いいってそんなこと。それより東雲君のことでしょまずは」

「……はい」

「あれじゃあ怒りに身を任せて辺りの木々を薙ぎ倒しちゃう可能性もあるけど?」

「……大丈夫ですよ。彼なら」

「ふぅん……」

「……………?」

 不意に水蓮が意味ありげな相槌をする。それに疑問を抱いた。

「どうかしたんですか水蓮さん?」

「ん?いや、何でもないよ」

「………そうですか」

「さてさて隊長、そろそろ良いんじゃないかな?ボクもそろそろ眠いし」

「そうですね。明日は私達は非番ですが生活習慣は崩せませんね」

 椛と水蓮は頷くと木から降りる。

「………水蓮さんそろそろあれが来ますね」

「あれ?…………あー」

 何か心当たりが水蓮は嫌な顔をする。

「あれって……あれだよね。今回は誰を行かせるつもりだい?いつもなら新人を行かせるのが道理なんだけど……東雲君にするつもり?」

「他の者はすでに終わりましたから。……よりによって、彼ですか……」

「………………………心配ですか?」

「当たり前です」

「………それはボクも同じですよ。……東雲君は大切なボク達の隊員ですからね」

「………えぇ、そうですね」

 二人は笑みを浮かべながら帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「散策にも飽いたか、総隊長殿よ」

 大天狗、天魔がいる間で総隊長は不機嫌そうに座っていた。

「その言い方はよしてくださいよ大天狗様。今の俺はただの白狼天狗なんですから」

「………あぁそうじゃったな。そのことを忘れていたよ」

 彼の前には見た目は少女くらいの天狗。この場に似合わない背丈の少女がいた。しかしこの少女こそこの妖怪の山の頭であり天狗の頂点に立つ天狗、大天狗だ。

「して、どうだった散策は。お主が出るなんて久々じゃろう?」

「……全然、期待外れでしたよ」

「毎度毎度そればかり……。まぁ、お主に敵うものはいないじゃろうに……。して誰を見に行ったのだ?」

「東雲橙矢ってやつですよ。一ヶ月前に叢雲の異変を起こした輩です」

「お、あの異変をか?中々の御仁だったのだろう?」

「さっきも言いましたが期待外れも良いところでしたよ。ほんとにあれであんな規模の異変を起こしたのかって思うくらいに」

「………お主が出れば何の犠牲も出ずに解決出来ただろうに」

「けど待機の命を出したのは貴女だ」

「そうだ。先程のお主が言ったような御仁、東雲橙矢が死なないように」

「……何故ですか?アイツは生きるに値する価値があると?」

「東雲橙矢にも大切に思う者がいる。反対に東雲橙矢を大切に思う者がおる。そう思ってな」

「……………………」

「他の天狗から聞いたぞ。どの道東雲橙矢は白狼天狗になったらしいな。同士斬りは赦さんぞ」

「………殺しはしませんよ。もうどうだっていいです」

「ふん、お主はすぐに興味を失うからな。その癖は直した方がいいぞ」

「…………俺が飽き性みたいなこと言わないでください」

「実際飽きやすいからな、自重しろ」

「……………飽き性、ですか……」

「話は変わるがお主の妹はよくやっておる。お主が愚妹と言っておる犬走椛がな」

「……アイツは確かにちゃんとやってます。けど奴が………東雲橙矢がいなければあんな情を持つことはなかった……!」

「…………すべては東雲橙矢が悪いと」

「そうです!奴さえいなければ椛は……より強くなれた!」

「………………………………いい加減にしておけ、お主は思い込みが過ぎる」

「し、しかし………」

「なんだ?我に逆らうか?」

「……いえ………」

 身の丈に合わないほど鋭い眼孔に竦み上がってそれ以上の反論をやめさせられる。

「…………それだけの力に恵まれながらも白狼天狗として生まれた。それは辛いだろう。烏天狗や鞍馬天狗として生まれたのなら間違いなくお主が大天狗となっておっただろう」

「……たとえの話はやめてください」

「すまんな。忘れてくれ」

「………いえ」

 ではこれで、と総隊長が手をあげて去ろうとする。

「………おっと、言い忘れてた」

 ふと天魔が声を出して総隊長の足を止めた。

「……生き物はな、初めて敗北を味わって強くなる。それを覚えておくがいい」

「……なんですかそれ」

「……………………」

 先程の言葉を最後に天魔は黙りこむ。そして口を隠すように扇子を口元に持ってきた。

「……………相変わらず素性が分からない方ですね」

 それだけ言うと部屋から総隊長が出ていった。

「………素性が分からないのはお主だろうに………どいつもこいつも世話の焼ける馬鹿共が」

 

 

 

 

 

 

 

 




大天狗様初登場。ババ様口調。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十話 太陽の丘

 

 

 

 

 

 橙矢は太陽の丘へと足を運んでいた。今日は非番ということでとりあえず暇そうな者から久方ぶりの挨拶へ行こうと考えてた。

 橙矢が花畑に踏み入ると同時に橙矢に視線が突き刺さる。

「……………花を操って見てやがるな……」

 苦笑いしながら中へ中へと進んでいく。

 そんな花のアーチを抜けていくと開いたところに出た。そこには知った顔の女性が傘をさしてこちらを見ていた。風見幽香。幻想郷において八雲紫に並ぶ強者である。

「…………白狼天狗?………貴方、妖怪の山の使いかしら?」

「おいおい幽香。忘れちまったのかよ。俺だよ」

「………白狼天狗なんかに知り合いはいないわ。失せなさい」

「………………ほんとに分からないのか?」

「くどいわよ。何度言わせれば気が済むの?」

 どうやら向こうは橙矢ということに気が付いてないらしい。

「………しょうがないな。………じゃあ俺ららしく行こうじゃねぇか」

 鞘に収まっている刀に手を添える。

「…………貴方本気で言ってるの?」

「腑抜けてるからな、どうやら叢雲の異変からだと思うが」

「ッ!貴方まさか……」

「じゃあ、行くぞ」

 地が窪むほどの脚力を持って幽香の懐に潜り込む。

「避けてみせなァ!」

 更にそこから幽香を軸に回転して背後を取ると腕を掴んで地に叩き付けると刀を突き出す。しかしその前に首が掴まれ、絞められる。

「………!」

「随分と馬鹿な格好で来たものね。ねぇ橙矢?」

「分かって……いやがっ………た……か」

「………………」

 手を離すと腹に膝を入れて橙矢を吹き飛ばす。

「なんで白狼天狗になったかは後で聞くとするわ。今は………久し振りの再開を楽しみましょうか!」

 距離を詰めて傘を振り下ろすが予想外の力で弾き返されて大きく後退する。

「………………?」

「どうした、急に静かになってよ」

 ユラリと身体を持ち上げると目を細める。その視線の先には驚愕する幽香の姿が。

「……………そういえばそうだったわね」

 未だに痺れる腕を見てかつて自分と互角に渡り合った彼を思い出す。

「貴方は私の好敵手……!そのことを忘れるところだったわ……!」

 橙矢を映す幽香の瞳に熱が篭る。そして橙矢へと駆け出した。

「……癖になるなよ……幽香ァ!」

 腕を引くとそこから強化して振り抜く。刀と傘が激突して衝撃波が辺りに響いた。

「腕は鈍っちゃいないようだな……!」

「当たり前でしょ、貴方とまた殺り合えるかもしれないから……!」

「それは嬉しいな。幻想郷の中でも上位に座するお前に言われるなんてな!」

 両者共に鍔迫り合いながら楽しげな笑みを浮かべる。

 それも束の間、橙矢が更に腕の筋肉を強化させて幽香を押し切る。しかし幽香が受け流して橙矢が前のめりになり、幽香が腹を蹴り抜いた。

「ッ!」

「気を抜くんじゃないわよ!」

「それはこっちの台詞だ……!」

 吹き飛ばされながら地に刀を突き刺すと無理矢理止めて止まると地を吹き飛ばすように斬撃を放つ。

 それを避けると橙矢へと光の奔流を放った。

「効かねぇよ!」

 強化したままの腕を振り下ろして刀で斬り裂いた。

「これを刀一本でどうにか出来るのは貴方だけよ……!」

「ハッ、この世界には武器自体使う奴はそうそういないだろ!」

「それもそう、ねッ!」

 迫る橙矢を打ち上げて追うように幽香も跳ぶ。

「貴方まだ空中では動けないようね!」

「まさしくその通りだ!」

 金属音が何度も響き渡って弾き合う。

 自由落下をする橙矢に対して橙矢の周りを飛び回って空中にいる時に一撃でも多く入れようとする。状況的には橙矢が圧倒的不利。だが何故か橙矢の顔ではなく幽香の顔に焦燥が浮かんでいた。

(どうして……どうして一撃も入らないの!?)

 普通なら足が着かないところではろくに動けないはず、だが橙矢は全てを刀で受け止め、或いは流した。

「嘘でしょ……!」

 挙げ句の果てには力負けして吹き飛ばされる。

「よっ、と」

 前方に軽く橙矢が着地する。

「橙矢……貴方……」

「あまり俺を幻滅させないでくれよ。お前はそんなものじゃないだろ?」

 挑発的に口の端を吊り上げると幽香へと歩んでくる。

「嘗めた真似を……!」

 一瞬で懐に潜り込むと捻り込むように殴り付ける。橙矢は直撃するところを強化して受け止める。だが完全には受けきれなかったのかよろめく。

「――――!」

 これを好機と見たのか幽香は傘を大きく振りかぶって殴り付ける。寸前に橙矢は狙っていたかのように刀で軌道を逸らした。

「え………」

「おらよッ!」

 空いた腹目掛けて刀を振り抜いた。瞬間幽香に強い衝撃が走り吹き飛んで地を転がった。

「く……は……ッ…ァ」

 立ち上がろうとするが激痛によって阻まれる。どれ程の血が出たものか、手を当ててみるが血のドロリとした感触がなかった。見てみると血は一切出ていなかった。顔を上げると離れたところに橙矢が笑みを作っていた。

「どうやらお前をかっ捌く腕はなかったようだな」

 そう言う橙矢の手には刀身が。そこで幽香は喰らっていないと気が付いた。腹を斬る前に刀身を握ってリーチを短くして腹の目の前を通り、その時の勢いもとい振り抜いた時に起こった運動エネルギーを強化させて幽香にそれを叩き付けたことに。

「手加減……したっていうの……?」

「まさか。手加減出来るほどそんなに強くねぇよ」

「とぼけないでちょうだい!貴方は……」

「悪いな、俺はもう人間なんかじゃない。妖怪なんだ」

「…………………」

「だから本気で来いよ。あの時の異変みたく本気で殺り合おうや」

「………………断るわ」

 興が冷めたように息を吐いて傘を下ろした。

「………ん」

「…………貴方とはまだ楽しみたいもの。こんなところで終わるだなんて勿体無いでしょう?」

「……………………ハッ、分かったよ。ひとまずはお前の言うことを聞いてやるよ」

 刀を鞘に収めるとその場に座り込んだ。

「……ハァ………疲れた」

 緊張感が抜けたのか両手を投げ出して寝転がる。その隣に幽香が座り込む。

「さて……どうしたものかな。確か俺が何で白狼天狗になったか、それを知りたいんだっけか」

「そうね……どうせ貴方のことだから一番大切なワンちゃんを追っかけて白狼天狗になった……そうじゃなくて?」

「それだけならわざわざ白狼天狗になったりしねぇよ」

「なら他に理由が?」

「…………………足を壊したんだよ」

「………足?」

「あぁ、再起不能になってな。人間の自然治癒力じゃあ治らないから妖怪、白狼天狗になって自然治癒力を高めた。そして今に至るわけだ」

「………なるほどね」

 納得しながら橙矢は白狼天狗特有の白い髪の毛を触る。

「ん………中々触り心地良いじゃない」

 触り心地が良かったのか撫で始める。

「ちょっ、幽香!?」

「良いじゃない。気持ちいいでしょ?」

「………………」

「ここも」

 もうどうにでもなれと半ば諦めた時、幽香が耳を摘まんでふぅ、と息を吹き掛けた。

「~~~~~ッ!」

 背筋に寒気が走って慌てて幽香と距離を取った。

「あらあら、何か悪いことしたかしら?」

 楽しそうに笑う幽香を見て不快そうに顔を歪めた。

「お前………わざとだよな」

「―――――まさか」

 ふと後ろから声がかかって固められた。

「つーかまえた」

「…………………ゑ」

「これで貴方は何も抵抗出来ないわよね」

「じょ、冗談だろ………?」

「冗談なら初めからやらないわよ」

 立て続けに息が吹き掛けられて身震いする。

「ひゃい!」

「あら、可愛い声出すじゃない」

「ば、馬鹿!誰だって弱いとこ攻められたら―――――って、あ………」

「ふぅん、貴方耳が弱いの……なるほど」

「た、頼む幽香……許して……」

「貴方は悪いことしてないのに何故謝るの?」

「だったらやめろよ……!」

「ふふ、冗談言わないでちょうだい」

 するとさらに耳を弄りまくる。

「ひぁ!馬鹿野郎!こういうのは場所を選んで……!」

「今ここは私と貴方しかいないのよ?何も遠慮することはないわ」

 

「た、頼む………ちょっ、ほんと駄目だから……!いや……ら、らめェェェェェェェェ!!」

 

 

 

 

 

 

 橙矢にしては高い絶叫が太陽の丘に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たまにはこんなものもありかと。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十一話 へつら笑い

 

 

 幽香に弄られて酷く疲労した橙矢はそのまま妖怪の山へと戻っていた。

「…………酷い目に遭った……」

 足取りは重く、一刻も早くふトゥンに飛び込みたかった。哨戒役に当たってる白狼天狗に軽く挨拶だけして自分の家の前に立つと気怠さがどっと押し寄せてきた。

「これはヤバイな……明日に響く」

 また明日遅刻して怒られると思い、戸を開けて、転がり込むように床に伏した。

「も……限界…………」

 鍵を閉めるのも忘れたまま橙矢は微睡みの中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分と接している床に衝撃が走る。

「…………!?」

 何事かと思い意識を覚醒させて身体を起こした。目の前には水蓮がこちらに弓を構えて立っていた。

「やぁ東雲君、モーニングコールに来たよ」

「………………」

 横を見てみると床に突き刺さった矢が。

「…………モーニングコールにしちゃあ乱暴だな」

「君が中々起きないからだよ。今日も遅刻するかと思ってさ、ボクが直々に起こしに来たんだ」

「………余計な迷惑だよ」

「…………早く行くよ。また隊長に怒鳴られたくないならね」

「それは勘弁被りたい」

 欠伸をしながら立ち上がると支度を済ませると家から出る。

「そういえば昨日は非番だったけど……君何処に行ってたんだい?隊長が君の家に行ったらしいんだけど……いなかったらしいじゃないか」

「ん?あぁ昨日か………まぁちょっとな」

「………ちょっと?まさか浮気とか?」

「何故そうなるんだ。俺は誰とも付き合ってねぇよ」

「まだ、だよね?」

「それは椛が間違えただけだ。真に受けるなよ」

「へぇ………そう」

「な、何だよ……」

「何でもないよ」

「んなわけあるか。何かあんだろ、教えろよ」

「…………じゃあひとつ」

 それまでのへつら笑いを止めて橙矢に向き直る。

「お願いだからこれ以上隊長を傷付けないでくれ」

「………は?」

「………前々から言おうとしてたんだけどね。二人になれる時間がなかったから」

「……………んなことどうだっていい。一体どういう経緯で俺がアイツを傷付けていると言えるんだ?勝手なこと言うと……いくらお前でも許さねぇぞ」

 殺気を込めた視線をぶつけるが水蓮もまた返してきた。

「…………ふざけてはいない。けどね、これだけは言える。明らかに君はボク達のお荷物だ。邪魔なんだよ」

「水蓮……………?」

 一昨日とは人の変わりように絶句する。だが構わず水蓮は続けた。

「いきなり自らの属する隊の長に喧嘩を売り、さらには初仕事で遅刻。いやはや、これほどの失態を晒しながらまだ平然といられるとは、隊長も馬鹿な男に惚れたもんだねぇ」

「……………」

「あれ、もしかして驚いてる?ボクのことをいいやつだと思ってた?だとしたら甚だしい」

「……………ッ」

「ろくに努力もせずに力を得て、そしてろくになにもしてないくせに白狼天狗になって、ボク達が白狼の時にどれだけ修羅場を越えて来たと思ってる……!」

 睨み付けられて思わず竦み上がる。

「…………………」

「東雲、君は何故白狼天狗になったんだ?」

「…………足を治すため」

「それだけかい?」

「………………何が言いたいんだ」

「この前は隊長を追っかけて白狼天狗になった、なんて聞いたんだけどな……」

「それもあるが……まぁそれはもういいんだ。俺がいなくてもよくやってるからな。確かに俺はアンタ等にとってはただのぽっと出の邪魔物でしかない」

「急にどうしたのかな。まさか認めれば何とかなるとでも?」

「なるとも思ってねぇよ。どうせそれだけじゃ何かが覆るわけでもないからな。ただな…………」

 腰に差している刀を少し抜く。

「椛を愚妹呼ばわりした総隊長、奴だけは絶対に……絶対に許せねぇ……!今なら分かるんだよ。俺が白狼天狗になった意味。それは奴に椛を認めさせることだ…!」

「………………ふん、言うようになったね」

 水蓮は踵を返すと歩き出した。

「あまり馬鹿なことは考えないことだね。君が傷付くたびに隊長が苦しそうな表情をするから。ボクはそんな隊長は見たくないからね。だからせいぜい気を付けな」

「……………………はいはい」

 床に刺さっている矢を抜くと家から出てから近くの木に投げ付けて突き刺した。

「今日も仕事、か………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集合場所へと着くとすでに椛達が集まっていた。

「あ、橙矢さん、水蓮さん」

「今日は何とか間に合ったな……」

「ボクが起こしに行ったからね」

「水蓮さんが…………?水蓮さん、次からは私が行きますから」

「隊長、そう言って東雲君の寝顔でも堪能したいとかじゃないんですか?」

「……断じて違います」

「最初の間は何ですか?」

「いいから。今日もいつも通りに頼みますよ」

 椛が言うと皆々は散っていった。

「………さて、橙矢さん。私達はどうしますか?まぁどうせ水蓮さんも――――ってあれ」

 椛の視線の先には橙矢だけが。

「水蓮なら早々にどっか行ったぞ」

「……意外ですね。彼女が橙矢さんを置いて何処へ行くなんて」

「アイツなりに色々と都合があるんだろ。どっちにしろ俺達には関係のない話だ」

「そうですね。では橙矢さん、私達は巡回でもしてきますか」

「あぁそうだな。どうせやることがないから」

 橙矢が歩き出すとその隣に椛が並ぶ。

「こうやって貴方と二人でいるのは久し振りですね。ずっと水蓮さんがいましたから」

「……確かに。あの物好きが邪魔してくれたからな」

「じゃあ……行きますか」

「あぁ、それより…何処へ行くんだ?」

「妖怪の山へ入るための門です」

「あれ、俺何回か来てるけど……そんなのあったか?」

「橙矢さんは違うところから来てますから」

「なんだよ、ひとつしかないのか?」

「東西南北とありますが橙矢さんが来たのはその間から、らしいですね」

「…………」

「まぁそんなの例外中の例外です。普通ならちゃんとした道を通ってきます。その通り道に門はありますから。一応門番は置いてありますが万が一という場合があります」

「それで東西南北全ての門を見張りに行くと、だったら二手に別れていった方が効率的じゃないのか?」

 すると椛が足を止める。

「え……」

「ん、どうかしたか椛?」

「橙矢さんは……私と一緒なのは……嫌、ですか?」

「………椛?」

「その……こんなこと言うの恥ずかしいのですが……貴方と一緒にいられる時間を大切にしたいのです。ですから………」

「…………そうか、悪かったな。……一緒に行くか」

 笑みを浮かべて手を差し伸べると椛がそれに応えて握り返してきた。

「はい、お供しますよ橙矢さん」

「じゃ行くか、鬼退治」

「いや私犬じゃねぇよコラ」

 スタートは橙矢のせいで台無しとなった。

 

 

 

 

 

 




まさかの水蓮ちゃんの変貌。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十二話 門前の来訪者

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢と椛は山の麓にある山へ侵入するための門へと来ていた。

「………意外とでかいんだな」

 見上げると五メートル近くの巨大な門が。

「普通の人はこの門を見ただけで入る気を無くします。ですから山に侵入する人間はほぼこの門ではない何処からか入っている、ということになります」

「………ふぅん、色々と考えてんだな」

「それでも外の世界の科学力には白旗です」

「………そうだな、外の世界にゃあ自動で開く扉が主流だからな」

「確か……せんさぁ、というものを使っているんでしたっけ?」

「センサーな。あながち間違ってはいないな。けど俺はそっち方面は疎いから分からん。河童にでも聞いとけ」

「……橙矢さんにも分からないものがあるんですね」

「おいおい、俺が全知だと思ったか?残念でした、俺はそこまで才はねぇよ」

「全知ほどあるとは思ってませんが……」

「とりあえず俺にも分からないものくらいあるんだ」

「そうですよね。……まぁその話は置いておきましょう。まずは門番にでも軽く挨拶でもしておきましょうか」

 門を軽く開けると門番にらしき白狼天狗が二匹いた。その内の一匹が椛に気が付いて近付いてくる。

「ん………あ、犬走さん。お疲れ様です。如何なさいました?」

「いえ、ちょっとした見回りです。気になさらないでください。それより何か変わったことは?」

「いえ、特にありません。いつも通りですよ」

「そうですか。では引き続きよろしくお願いします」

「はい、犬走さんも見回りお気を付けて」

 椛が手を振るとその白狼天狗も振り返してきた。

「…………さて、もうここはいいですね」

「じゃあ次に行くか。……えぇと次は………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に異常はなく、難なく見回りは終わった。椛が言うには逆に異常がある方がおかしいとのこと。そりゃそうだ。

 見回りが終わる頃にはすでに日が上に来ていた。

「橙矢さん、ちょうどお昼時ですし休憩にしませんか?」

「休憩に?まぁいいが」

「では集会場へ向かいましょうか。隊員の皆さんも集まってくる頃だと思いますし」

「………何かあるのか?」

「特に何かあるわけではないのですが、一応正午の報告を」

「それって俺も参加しなきゃ……いけないよな」

「当然です。貴方は私の隊員なのですから」

「はいはい、分かってますよ隊長」

「分かってるならそれでいいです。とにかく、単独行動は禁止ですからね」

「んなこと重々承知だっての。耳にたこが出来るほど聞き飽きた」

「それほど貴方に言っても聞かないからですよ」

「おいおい、それはねぇぞ。ちゃんと聞いている時だってある。例えば………」

「――――ここにいたのか東雲橙矢」

 二人の前に一匹の白狼天狗が現れた。水蓮とは別の椛の隊に属する者だった。

「お疲れ様です、隊長」

「はい、お疲れ様です。してどうしました?何やら橙矢さんに用事があるようですが……」

「あぁそうでした。東雲橙矢、お前に客が来てるぞ。南の門で待たせてある。すぐに向かえ」

「客?俺なんかに?」

 まず脳内に浮かぶは昨日自身を弄り倒した緑髪のお姉様。

「……幽香じゃねぇよな」

「橙矢さん?幽香さんと何か?」

「え、あ、いや……何でもない。……すぐに行くよ」

 昨日の事がバレたら何かと不味い。なんせ椛に一言も言わずに山の外へ出たのだ。間違いなく何処へ油を売っていたのかを聞かれるに違いない。足を南の門へと向けると歩いていった。

「…………さ、隊長行きましょう」

 橙矢の姿が見えなくなった後、隊員が静かに言うと椛はそれに小さく頷いた。

「そうですね。皆さんを待たせるわけには行きません。……橙矢さんは……まぁ後で来るでしょうし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

 門の上に乗ると先程挨拶を交わした比較的橙矢に友好的な者達の前に青を基調とした服を着た女性が佇んでいた。

「………先生?どうしてこちらに?」

「ん?お前は…………東雲か!」

「えぇまぁ……白狼天狗になってから他の者達とは区別がつきませんよね」

「にしても風見幽香から聞いたぞ。お前が生きていると」

「幽香が先生に?」

「あぁ、今日彼女が里の花屋から出たところでバッタリと会ってな。少し話したらお前の話題が出たから」

「……そうですか。……あれ」

 と、そこで何か違和感を感じる。

「先生。妹紅とは一緒じゃないんですか?」

「妹紅か?あいつなら今日は永遠亭に行っている」

「それで、俺に何か用なんですよね?」

「もちろんだ。じゃなかったらこんなところまで足を運ばない」

「………どんな御用で?」

「あぁ、ちょっと頼み事でな。妖怪目線からの授業をしてほしいんだ」

「まぁいいですけど……椛の許可を取ってからで」

「あの白狼天狗がどうかしたのか?」

「一応俺の上司なんですよ。だから椛に許可を取らないと堂々と外へは出れません」

「意外とそこは気にするんだな」

 お前らしくない、と苦笑いされて橙矢は返す言葉を失う。

「まったくその通りですよ。椛曰く自由奔放で唯我独尊な貴方は何処行ったんだ、と言われましたよ」

「違いないな。それで東雲、さっきのことは?」

「教師の件なら承りますよ。暇をもて余していたところです。それくらいなら椛も承諾してくれるでしょう。尤も、当日にはオプションが付いてくると思いますが」

「そうか。ありがとう、助かるよ」

「礼ならいいですよ別に。たまたま俺が暇だっただけで都合が良かっただけですよ。それで詳細は?」

「そちらが良ければこっちが勝手に決めさせてもらうよ。日程については後にこちらから連絡する。だからってすぐじゃないから安心しろ」

「はいはい」

「にしてもお前が生きているなら烏天狗がすぐに駆け付けて新聞を作って号外として配ってるはずなんだが……」

「ん……射命丸さんとは白狼天狗に成ってから一度も会ってないな」

「………そうか、だったら納得だ。いずれにせよ見付かるのは時間の問題だな」

「えぇそうですね。その時は………プライバシーを守るよう言い聞かせます」

「守ると思うか?あの方が」

「いえ、まったく思いませんが」

 肩を竦めて苦笑いすると慧音が笑む。

「じゃあ私はこれで失礼するよ。お前が生きていると分かっただけでここに来た甲斐があったもんだからな」

「そうですか。では帰り気を付けてくださいね。……先生なら心配無用でしょうが」

「………あぁ、そうだな。気持ちだけ受け取るとするよ」

 橙矢に背を向けると歩き出す。

「………先生」

「ん?」

「妹紅のことを……よろしく頼みますね」

「ふっ、私を誰だと思っている。お前よりも妹紅との付き合いは長いんだ。任せておけ」

「………そうでしたね」

 再び歩き出してその姿が消えると橙矢も踵を返した。すると門番が人懐っこい笑みをする。

「東雲さん挨拶は済みました?」

「あぁ、終わったよ。……俺も戻るとするかね」

「お疲れさまです」

「お疲れさん。午後も頑張れよ」

 手をあげると跳び跳ねて門の上に乗って山の中へ再び入る。

「さて、また戻らなきゃな………」

 なるべく早めに戻った方がいいかと足を強化させると駆け出す。瞬間

「ッ!?」

 地が揺れて足を取られて転んだ。

「なん………?」

 起き上がらせると見渡した。すると目の前に水蓮が降り立った。

「ここにいたのか東雲!たった今北の門が何者かに破られた!急いで向かえ!」

「……………は?破られただぁ?」

「だからそうだと言ってるんだよ!いいから早く!隊長達も向かってるから!」

「あ、あぁ……!」

 水蓮に促されて足を再び強化させると山の反対側へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






慧音先生男前

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十三話 侵入者

 

 

 

 

 

 

 橙矢と水蓮が門の前に着くと愕然とした。強固な門に巨大な穴がぽっかりと空いていたのだ。

「…………なんだよこれ」

「……遅かったようだね。すでに山の中に入られたようだ」

「チッ!とにかく手当たり次第侵入した奴等を殺ればいいんだな!」

「…………門番は確かにいたはずだよ。その門番がやられた、となれば……ある程度は出来るようだね。気を付けなよ」

「はいはい、足は引っ張らねぇから」

「口減らずだね、君は」

 それだけ言うと水蓮は山を駆け登っていった。

「…………いやはや、まさかこの妖怪の山に攻め込む馬鹿がいるとは思わなんだ」

「……し……ぉ……ぇ………」

「………?」

 不意に門の方から声が聞こえてそちらに足を向ける。そこには門前ともおぼしき二匹の白狼天狗が倒れていた。

「……………」

 門が破られていた時点で大方は薄々は気が付いていたため特に驚きはしなかった。

 近くまで歩み寄ると腰を下ろした。

「………まだ息はあるか」

「しの……のめ……と……や………」

「……何があった。誰が門を破った」

「………………ぃ…………」

 掠れた声でそれだけが聞こえた。

「もう一度言ってくれ。よく聞き取れなかった」

「…………――――――――」

 もう一度言わせようとするがすでにその時には白狼天狗は息を引き取っていた。

「………………」

 立ち上がると腰に差してある刀をゆっくりと引き抜いた。

「…………なにもんか知らんが……馬鹿野郎がいたもんだな」

 一歩、二歩歩くとその場から橙矢の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椛に追い付いた水蓮はあり得ないものを見るような目で前に立つ者を見ていた。

「……なんで……なんで貴方達が………」

「水蓮さん、無用な手出しはいけません。それより……この事を上に伝えてくれますか?」

「いや、けどそんなことしたら……」

「責は私が取ります。私が時間を稼いで貴女は伝えてくれれば何とかなるでしょう。いいから早く……!」

「………ッ。分かった……けど無理はしないでよ隊長」

 踵を返すと山の中心へと駆けていった。

 多くの白狼天狗の前には地下にいるはずの天狗の上司である角の生えた十数体の鬼達。

 椛は一人鬼の前に立つと頭を垂れた。

「……………いつもお世話になっております………何か山に御用でしょうか?」

 わざと下に回って相手の出方を窺う。

「………先日、同胞が返ってこなくなった。その者が最後に山に向かったと聞いてな。知らないか?」

「………ッ!」

 表情には出なかったが鼓動が大きく跳ね上がった。

(まさか、この間の橙矢さんが殺った鬼は………地下の……!?)

 面倒事になったと心の中で舌打ちした。だがその事を知っているのは橙矢と水蓮、そして椛だけ。前者の二人がいない今、知っているのは自分しかいない。逆に好都合だった。それに鬼の死体は橙矢が粉々にした。跡形もなく。

「………知りませんね」

「嘘だな」

「ッ!」

 そういえばそうだった。鬼は嘘に敏感でついた場合すぐにバレる。嘘探知機のようなものだ。

「真実だけを教えろ。それ以外の情報は望まない」

「………ッわ、分かり……ました……」

 何を言っても無駄だと知って承諾した。

「……そうです、あの鬼は私達の同胞がやったことです」

 その言葉に白狼天狗が一斉に息を飲んだ。

「……仕方ありませんでした。自衛のためでしたから。それに……仕掛けてきたのはそちらの方ですよ」

「ほぅ……?嘘はついてないようだな」

「……当たり前です」

「じゃあさっきの嘘はなんだ?」

「…………………」

「犬走さん………さっきのは」

「真実です」

「まぁ………どうやら同胞を殺したのは間違いないらしい」

 鬼達が構えると白狼天狗の顔に緊張感が浮かぶ。

「…………なるべく穏便に済ませたいのですが………」

「無理だな。どんな理由であろうと同胞を、よもや自らの上司を殺すのはないだろう?」

 

 

 

 

 

「――――それは殺される方が悪いんだろ」

 

 

 

 

 

 鬼の上から声がしてそちらに全員の視線が向く。そこには木の枝に東雲橙矢が腰掛けていた。

「橙矢さん!」

「……殺される方が悪い、んなことアンタ等鬼が一番分かってるだろ?」

「…………あ?」

「どうやらアンタ等は張り合うことが好きそうじゃねぇか。星熊さんが言ってたぞ。それより萃香さんと星熊さんは一緒じゃないのか?」

「…………」

「あの二人がいないなら楽だな。鬼さんよ」

 挑発的に口の端を吊り上げると抜き身の刀を鞘に収めた。

「恐らく人数的に……他にいるようだな。椛、ここにいる白狼天狗が全部……ってわけじゃあなさそうだな。散らせてるよな?」

「え、えぇ一応……」

「いっそのことだ。他の奴等を引き付けながらここへ誘導するよう伝えろ。どうせ萃香さんと星熊さんの二人がいないなら穏便に済まねぇよ。……一斉に集めて殺した方が早い。一匹もここから逃がしやしねぇ。俺達の山に入って生きて出られると思うなよ」

 鬼を椛と挟むように着地する。

「椛、ここは俺と残りの奴等で足止めしておく。だから散らばってる奴等をここに集まるよう言ってきてくれ」

「…………分かりました、お気を付けて」

「………誰に言ってんだか」

 椛が駆け出すとそれを追うように一匹の鬼が向かう。前に橙矢が遮る。

「おっと、アンタ等のデート相手は俺だよ」

「………ッ!」

「………こちとら仲間を何匹も失ってんだ。それに比べればアンタ等まだ良い方だろ」

 体勢を低くすると刀に手を添える。

「何でアンタ等鬼が天狗の上司に関わらず地下に行ったのか知らんが、仲間を弔わないほど出来てないんでね。手荒に行くぞ……!」

 鋭い眼孔に竦んだのか鬼の纏う空気が張り詰める。

「……ハッ、良いねぇ。そうだよ、それだよ!勝負事は楽しまないとな!」

 地を蹴って鬼が橙矢に迫る。

「そこまで俺は快楽主義じゃないんでね、楽しむなんざ御免だな!!」

 刀を引き抜いてそのまま振るうと鬼の手首に付いている鎖に激突した。そのまま鍔迫り合う。

「ハッ、鬼なだけにさすがの怪力だな……!」

「お前こそ、中々に楽しませてくれそうだな……!」

 一旦離れると一拍置いて同時に駆け出して、鬼は拳を振り抜いて、対し橙矢はスライディングして避けて後ろに回った。

「んなこと分かってんだよ!」

 腕を振りかぶって拳を放ってくるが橙矢は地に刀を刺して受け止めた。

「ッ!」

「こちとらもっと上の奴と殺り合ってたんでね、お見通しだよ」

 腕を強化させると顔面を思いっきり殴り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





天狗と鬼の関係は後でまとめて書きます。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十四話 激化

 

 

 

 

 

 

 

 

 水蓮は烏天狗の本陣に着くなり声を張り上げた。

「報告します!山に………鬼が襲撃してきました!」

 水蓮の声に驚いたのかはたまたその言葉の内容に驚愕したのか、数秒の間沈黙が続いた。

「……お、鬼だと!?何で鬼が……!?」

「…………分かりません」

 本当は分かっているだがそれを今、烏天狗の前で言うのは更なる混乱を招いてしまう。殺ったのは自身ではないが橙矢と知ってしまったら最後、この混乱が片付いた後に橙矢が最悪殺されてしまうかもしれない。

「とにかくだ、いくら鬼といえどこの山への……烏天狗の本陣までの侵入は阻止しろ!白狼天狗は……」

「はい、すでに犬走隊長をはじめとした者達が相対しております」

「………ならなるべく穏便に済ませるようにしろ。伊吹様や星熊様は」

「おりません。どうやら鬼の中でも下っ端に部類する者達かと」

「………どういうつもりだ……?とりあえず準備が整い次第我々烏天狗も動く。それまでは何とか白狼天狗で抑えてくれ!」

「御意」

 水蓮は短く承諾すると踵を返すと山を下っていった。

「鬼……!何で今更………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼を殴り飛ばした橙矢は追撃とばかりに距離を詰めようとするがもう一匹の鬼が横から橙矢に突撃する。

「来るんだったら死角から来やがれ馬鹿が!」

 急停止すると肩に手を置くと足を宙に浮かせてその後ろにいた鬼を蹴り飛ばした。続いて肩に手を置いている鬼に刀を突き刺す。そして足をかけると蹴って鬼から刀を抜いて着地した。

「…………こんなもんかよ」

 刀に付いた血を払って構える。

「手加減してくれるのは助かるが……本気で来いよ。でなきゃ………あっという間に散るぞ?」

 瞬間橙矢が鬼の脇を通り様に胴を薙いで真っ二つに裂いた。

「………!?」

「だから本気で来いって言ってんだろうが」

「おのれ、よくも我が同胞を……!」

「おいおい、先に吹っ掛けてきたのはそっちじゃねぇか。何勝手に人様のせいにしてくれてんだ。ッざけんじゃねぇぞ」

 齢十八歳とは言えないほどの鋭い口調に思わず鬼達どころか味方の白狼天狗ですら怯んだ。

「お前らの事なんざ知ったことか。俺達天狗からしてみればどうだっていいんだ」

「貴様、同胞をその手にかけておきながらその毅然とした態度はなんだ!」

「……………何を勘違いしているんだ?俺は毅然としていられるほどの余裕は持ち合わせていない」

「ふざけるのもいい加減にしろよ……!」

「それはこっちの台詞だ」

 足を斬って崩れさせると心臓に刀を刺した。

「………生憎と俺は加減が分からないもんでね。死にたくなきゃ全力で来な」

 残っている鬼達に刀の先を向ける。

「………俺一人くらいなんて事ないだろ。いいから掛かってこい。全員蹴散らしてやる」

 言い終えると一匹の鬼が飛び上がり、もう一匹が真っ直ぐ橙矢に駆け出してくる。

「挟撃か、それを悪くねぇ…………が」

 刀の峰で落下してくる鬼の拳を受け止めて、鞘で真っ直ぐ来た鬼を殴り飛ばした。

 そこから鞘を返す流れで鞘の先で残りの鬼の顎を下から突き上げた。

「――――――!」

 鬼は軽く吹っ飛んで地に倒れた。

「………こんなもんかよ」

 倒れている鬼に近付くと頭を掴んで上げた。

「力が無い方が悪いのさ。この世の中ではな。力が無ければ護るもんも護れない。だから俺は無くした。………テメェ等みたく快楽で人を殺すような奴等のせいでな!」

「や、やめ――――」

 地に叩き付けると顔が潰れて血が吹き出てくる。

「………今更やめれたらあんな異変起こしてねぇよ」

 頭が付いてない鬼の死体を投げ捨てると残りの鬼に視線を向けた。

「ひ………!」

「さっきまでの威勢はどうした?所詮は勢いだけの輩か?」

 挑発的に言うと鬼は憤怒の意を込めて橙矢を睨み付けるが恐怖の方が勝っているのか一歩二歩と下がる。

「……………」

 心底呆れたようなため息をついて歩み寄る。

「呆れた。それでも鬼かよお前」

「橙矢さん!」

 刀を振りかぶると聞き覚えのある声がして手を止めた。

「………椛、もう言ってきたのか?」

「はい、何とか伝えておきました。……破られた北以外の門は破られてないようです。どうやら北から入り、そこからバラけたものかと」

「……………なるほどね、分かった。一応ここらの鬼共は片付けておいた。後は―――」

「―――――」

 橙矢が倒れている鬼に背を向けた直後鬼が跳ね起きて橙矢に拳を放った。が、それは空振りに終わり、代わりに鬼の眉間に刀が刺さっていた。

「………お前の処理だけだな」

 刀を抜くと蹴り飛ばして鞘に収めた。

「………さて椛、ここら一帯は終わったぞ。後は他の奴等を待つだけだ」

「そうですね。………ですが両方ともかなり押され気味です。恐らくこのまま行けば全滅………かと」

「………なんだよ、そんなに鬼の奴等は数が多いのか?」

「……いえ、ただ……相性が悪すぎるのです」

「どういう意味だそれ」

「……今は助太刀に行きましょう。ここにいては時間の無駄です。橙矢さんはあちらを、私は反対側へ行きます」

「……分かった。………お前は頼むから死んでくれるなよ。もし危なくなったら俺の方へ逃げてこい。最悪一旦引いて体勢を立て直す」

「それはこちらの台詞ですよ」

「……ハッ、そうだな。頼りにしてるぞ、隊長」

「―――ここに残っている白狼天狗に告ぐ!半々に分かれ東西で苦戦している者達へ助太刀に行く!橙矢さんか私を筆頭に散れ!」

 椛が叫ぶと素早い動きで左右に散っていき、その場に橙矢と椛が残された。

「御武運を」

「………………あぁ」

 橙矢も足を強化するとその場から消えた。

「………そちらは頼みましたよ橙矢さん」

 ひとつ息を吐くと眼孔を鋭くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白狼天狗と鬼の集団を見付けると即座に飛び上がり上空からの奇襲を仕掛ける。

 腕を振り上げて強化すると振り下ろして―――

「ッ!?」

 寸前に横から何者かに吹き飛ばされて地に転がった。

「ゲホッ!ゴホ……!」

 あまりに急な不意打ちだったので頭が混乱していた。

「東雲橙矢!」

「大丈夫だ!それより早く援護してやれ!」

「自分のことは後回しか?随分と余裕だな」

 橙矢の前に大柄の鬼が着地する。すぐに橙矢は奴が先程自身をを吹き飛ばした者だと見当付けた。

「やっぱり情けねぇな天狗はよぉ!」

 拳を振り下ろす、と同時に橙矢は刀を掴んで膝を回転して斬り裂いた。

「ぐ―――!?」

 膝から崩れ落ちた鬼を上段から刀を叩き付けて真っ二つに斬り落とした。

「あんま俺達のことを馬鹿にすんなよ」

 蹴り飛ばして視界から消すと刀をその場で上段から振り下ろした。すると直線上に斬撃が飛んでいき、鬼達を斬り裂いていく。

「お前等が相手にしてんのは御山の天狗だ。………死ぬ覚悟で来いよ」

 刀を地に突き刺すと妖力を解放する。それに伴い橙矢を中心に衝撃波が発生して辺り一帯に広がって白狼天狗、鬼関係無く吹っ飛んでいく。

「まぁどうせ死んで地獄へ行くんだ。覚悟なんざいらねぇか。俺直々に送ってやるよ!」

 橙矢がもう一度刀を振り抜くと暴風と言っては足りないほどの風が鬼に叩き付けられた。

「ガ……!?」

 為す術なく吹き飛ばされた鬼は宙を舞う。その一匹一匹に斬撃を飛ばして直撃させた。

「脆いものよ」

 刀を返して鞘に収めると鬼が次々と墜落した。

「……粗方ここは終わったか。じゃあ椛のところへ………」

 すると橙矢の前に同じ隊の水蓮が現れた。

「…………水蓮?」

「東雲橙矢!今すぐにボクと隊長のところへ来てくれ!」

「は?どうしたんだよ」

「いいから!隊長以外が全滅寸前なんだよ!このままじゃ……隊長一人だけになって孤立無援になる!その前に君とボクとで隊長と合流する!」

「…………分かった。すぐに行く」

「じゃあボクに付いてきて!ここからは少し離れているから」

「あぁ、そのつもりだ」

 頷くと水蓮が駆けてそれを追うように橙矢も駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 






考査週間になったので次回の更新は遅れるかもです。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十五話 天狗と鬼

 

 

 

 

 

 天叢雲剣を振って鬼三匹を吹き飛ばしながら椛は辺りを見渡した。すでにこの場にいる椛除く白狼天狗は全滅しており、孤立無援もいいところだった。

 鬼は多少数は減ったものの未だに残っていた。

「堕ちたものですね………。私を除いて全滅してしまうなんて」

 ひとつの息も取り乱すことなく鬼を睨み付ける。

「……負け犬が何を吼えるか」

「私は犬ではありません。白狼天狗です」

「どっちでもいいだろうがッ!」

 鬼が一匹、飛び上がって椛に迫る。それと同時に正面からも突撃してきた。他の鬼は椛を無視して山を登ろうとした。

「や、やめ………!」

「―――誰が行かせるかよクソ野郎共がッ!」

 奥へ行った鬼が吹っ飛んで押し戻され、椛の足元に新たな影が飛び出してきた。

 その影を追って見上げると橙矢が鬼の顔面に蹴りを入れていた。

「消し飛べ!」

 力任せに押し込んで木に激突させた。

「椛!前だ!」

「ッ!」

 ハッとして視線を戻すと目の前に拳を振り上げた鬼が。

「しま――――」

「私の後輩に手を出さないでください」

 急に風が吹いて鬼を吹き飛ばした。

「え…………」

「………まったく、貴方達は何をしてくれちゃってるんですか」

 呆れたように奥から水蓮と一匹の烏天狗が奥から羽団扇を片手に橙矢達の前に姿を現した。

「あ、文さん………」

 椛が名を呼ぶと烏天狗、射命丸文は笑みを浮かべた。

「えぇ私です。遅れてすみませんね。次回の新聞を書くのにかなりの時間を使ってしまってしまいまして……」

「おいおい、あんな嘘っぱちの塊いつもの貴女の妄想力豊かな頭を柔軟に使えばすぐに済む話じゃないですか射命丸さん。俺の記事にしたようによ」

 橙矢がそう言うと文は怪訝そうな顔を向けてくる。

「……何なんですか貴方。貴方みたいな白狼天狗、取材した覚えがないのですが」

「そりゃあ白狼天狗になってからは一度も受けてないからな」

「………白狼天狗になってからは、ですか。ではなる前に受けたと、そういうことですね?」

「四ヶ月近くも前だけどな」

「四ヶ月………え、四ヶ月前って」

 そこで気が付いたのか化物を見るような目で橙矢を見る。

「……東雲……橙矢……さん?」

「大正解。正真正銘純粋潔白の橙矢さんですよ」

「…………あやややぁ!?ど、どうして橙矢さんが白狼天狗に!?触って良いですか、触っていいですよね!?」

「触るなエセ記者」

 何故か急にハイテンションになって橙矢の毛を触ろうとする文の手を掴んで止めた。

「んなことしてる場合じゃないんですよ」

「つれないですね。………分かってますよ。鬼の侵入を許したってことですよね」

 そこらに転がる白狼天狗と鬼の死体を見渡した。

「何故鬼が攻めてきたかは知りませんが詳しくは後に聞くとしましょう。……けどおかしいですね。今の山は我々天狗のものなのに………」

 何か呟いたような気がしたが橙矢は気にせずに残りの鬼達へ突撃する。

「ッオラァァ!」

 一閃、それだけで鬼を斬り飛ばして上空へと打ち上げる。その鬼を水蓮が狙いを定めて弓に何本もの矢をつがえて引き絞る。

「……………これで終いだよ」

 一言と共に放たれる矢。それは寸も違わず鬼の眉間に突き刺さり、宙に紅い華を咲かせた。

「あばよ、憐れな鬼共」

 心にないものを皮肉げに言うと振り向いて同志達の死体に歩み寄る。

「……………少しでもこれで弔えたなら………良かったんだけどな」

「橙矢さん……」

「……分かってる。すぐに行く」

 再び歩き出して椛に水蓮、文に並ぶ。

「…………今回のこと。俺が鬼を殺したところから始まったんだよな」

「…………ッそ、それは………」

「………今更謝ったって………遅いよな」

 空を見上げると目を細めた。嫌になるほど快晴だった。

 

 

 

 

 

――――また、失っちまったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本陣へと戻った白狼天狗らは皆が意気消沈したように座り込んで俯いていた。

「…………」

 今この場に椛と文はいない。椛は白狼天狗の上へ報告しに、文は烏天狗の本陣へと戻っていった。

 橙矢はと言うと、本陣の外で壁に凭れながら時たまため息を吐いていた。そんな彼に近付く影がひとつ。

「……やぁ、こんなところにいたのか」

 水蓮が橙矢の顔を覗き込んでいた。

「水蓮………」

「随分と落ち込んでいるみたいだね」

 橙矢と同じように背を壁に預けて凭れる。

「そんな俺を笑いにでも来たか?」

「……まさか、ボクはそこまで楽天家じゃないからね。……君と同じさ」

「……………なぁ、ひとついいか水蓮」

「ん、どうかしたのかい?」

「ひとつ気になったことがあるんだが……どうして天狗は鬼の下なんだ?」

「………?」

 ごく疑問に思ったことを言うと水蓮は何言ってるんだみたいな顔をする。

「君……天狗のくせに知らないのかい?」

「まだなって日が浅いからな。分からん」

「……じゃあ一応説明するけど……よく聞いておいてね。かつて山は天狗のものだった」

「は?かつて?今もじゃねぇか」

「黙って聞いてて。だけどね、ある日その難攻不落の妖怪の山を攻め落とした者達がいた。それが鬼」

「………ッ」

「鬼は支配下に天狗を置いて奴隷のように扱った。もちろん反発するものがいたが力任せに押さえられて殺された。……それでも天狗は諦めずに抵抗した。そのなかでも鬼達が尤も警戒していた者。それが今の天魔様と総隊長ともう一匹の白狼天狗だ」

「………総隊長?」

「その時ボクはまだ幼かったからあまり覚えてはないんだけど………まぁ凄かったよ。三人だけで鬼の軍勢の大半は殺ったんじゃないかな」

「そんなに……」

「………さすがのその三人でも鬼の精鋭には歯が立たなかったけど。疲労しているときに狙われたんだ。それ故に何も抵抗できずにやられて命からがら逃げ延びた。だが鬼も鬼で大概の被害を受けてこれ以上山を治め続けるのが無理だと判断した。それに加え人間との交流関係を持っていたんだけど……人間は嘘しか言わないんでね。さらにその人間から忌み嫌われて地上に嫌気が差したんだろう。天狗に山の政権を渡した」

「?それじゃあ今は……」

「いや、まだ鬼の支配下だよボク達は。一応政権の譲渡はされたけど鬼の支配下には変わりない」

「…………なるほどね」

「それが今の今まで続いているってわけさ」

「………」

「直接支配されていた名残があるんだろうね。……天狗は鬼に逆らえない。だから隊長除く白狼天狗は全滅した」

 水蓮が自分の手を見て悲しそうな笑みを浮かべていた。橙矢も手を見ると少し目を見開いた。水蓮の手が震えていた。

「………ボクも怖かったんだ。鬼と戦うことが。……同志の死体を見るたびに昔逃げ落ちてきた時に見た天狗の死体の山と重なるんだよ………」

 次いでポタポタと涙が水蓮の頬を濡らす。

「もう二度とあんな思いしたくなかったのに………」

「……………俺だけじゃないんだな。地獄を見てきたのは」

「………東雲?」

「俺は………いや、俺以上にお前や椛は過酷な人生だったんだな」

 震えている手を掴んだ。

「……こんなこと言える立場じゃないことは承知してる。だけどこれは言わせてくれ。俺は死なない。別に他の奴を卑下するつもりはさらさらないが、先に逝った奴等とは違い、俺はお前にそんな思いはさせない。……同じ椛の隊員だから。地に転がる屍を数えるな。残っているものを数えろ」

「東雲…………………」

「それにそんなしおらしくするんじゃねぇよ。気が狂うだろ?」

「…………うん、そうだね。こんなのボクらしくないよね」

 するとふと橙矢の胸元に顔を埋めてきた。

「す、水蓮!?お前何して……」

「……お願い、ちょっとの間でいいから……これが乾くまで………このままでいさせてくれるかな」

「…………俺で良ければどれだけでも」

 肩を竦めて苦笑いすると後は水蓮のなすがままにされていた。

 

 

 

 

 

 これで、鬼による妖怪の山侵略は失敗に終わった。防衛に成功した白狼天狗はしかし、多大な犠牲を払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




水蓮ちゃんルート開通か?(^q^)オッオッ?
最近、水蓮ちゃんの立ち位置が分からなくなってきた件について。

感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十六話 白狼天狗と風祝

 

 

 

 

 

 

 

 

 うたた寝というものは素晴らしいものだ。

「……橙矢さん」

 寝ているような、起きているような、その間を行き来している感覚が堪らなく気持ちいい。

「橙矢さん、起きてください」

 どうせならずっと寝ていたい。けど仕事が云々、この際だから、

「休む……かぁ………」

「馬鹿なこと言わないでくださいッ!」

 身体を起こされて無理矢理意識が覚醒する。辺りを見渡すとすでに薄暗くなっていた。

「………何なんだよ…………椛ぃ……」

 欠伸をしながら仁王立ちをする白狼天狗に愚痴った。

「橙矢さん!貴方はいつもいつも寝てばかりで……ここ三日間寝てばかりではありませんか!」

 鬼の襲撃から四日、橙矢は何かに取り憑かれたかのようにやる気をなくして日陰で寝ていたのだ。

「………悪いな、考え事してたらいつの間にか寝ててさ」

「まったく………しっかりしてくださいよ」

「その言葉も聞き飽きたな」

「それはこっちの台詞です。直さない貴方が悪いのですよ。いいですか―――」

「はいはい、分かってますよっと!」

 足を強化させると全力でその場から駆け出した。

「あ、橙矢さん!まだ話は終わってませんよ!」

「悪いな椛!そのありがたい説教を聞かせたきゃ俺を捕まえてみな!」

 刀を引き抜くと斬撃を放って椛の周りに着弾させて煙幕を巻き上げる。

「生憎といつまでも捕まえられる橙矢さんじゃねぇよ!」

 木の上に着地すると椛を見下した。

「山のテレグノシスとも呼ばれるお前の千里眼を使えば俺のことなんざすぐに捕まえれると思うが?」

 挑発的に言うとさらに強化させて椛から離れた。

「待ちなさい橙矢さん!」

「じゃあ捕まえてみやがれ!」

 詰めてくる距離の倍近く離れて一気に突き放しにかかる。

「俺はその辺を散策してから戻るからよ!お前は先に帰ってな!」

 一瞬だけ振り向くと椛が呆れたような、しかし諦めたようでその速度を落としていた。

「………今の白狼天狗の奴等には会いたくない。………少しだけ気を紛らすだけだ」

 三日経った今でも戦いの名残は消えず、昨日今日と残った白狼天狗で死体の山を運んでいた。

 不幸中の幸いで烏天狗、鞍馬天狗には少しの被害も出てないらしい。だがただでさえ数の少ない白狼天狗の半数以上がやられたのだ。これからは仕事の量も増えることだろう。

「…………ったく…………ん?」

 山の中腹辺りまで来るとひとつの神社に出る。

(ここは…………あぁ守矢神社か。そういえば山にあったんだったな)

 暇潰しになるだろうと思い階段を登って境内へ足を踏み込む。そこには見覚えのある顔が二つ。

「あら、天狗さん」

「あ?………お前は………」

 風祝、東風谷早苗。そして白狼天狗総隊長が。

「東雲橙矢?何故お前がここにいる」

「橙矢さん?どなたがです?」

「ほら、そこにいるバカ面した白狼天狗がいるだろ?それがあの東雲橙矢だよ」

「………お前、何勝手なこと言ってんだよ」

 もはや敵対心を隠そうとしない橙矢と総隊長に挟まれて風祝は何がなんだか分からない表情で二人を見比べる。

「バカ面はお前の方だろ総隊長さんよ」

「あぁん?お前の目は屑が詰まってるんですかぁ?総隊長である俺がそんなバカ面するわけねぇだろ」

「言ってくれるじゃねぇか……!お前と付き合ってくれてるやつは大変だなぁ、いちいち気を使わねぇといけないからな!」

「テメェみたく付き合いがない奴だけには言われたくねぇなオイ……!」

 超至近距離で睨み合いながらありったけの暴言を吐きまくる。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 このままではここが戦場になると思ったのだろう、早苗が二人の間に割って入って止める。

「……………チッ」

「それより……ほんとに橙矢さん……なんですか?」

 早苗とは数回会っただけの関係で特には関係性はない。それでも覚えていたことに驚く。

「ん、お前俺のこと覚えてたんだな」

「当たり前じゃないですか!そもそも貴方のことを知らない方はいませんよ」

「悪い意味でな」

「………」

 総隊長が後に付け足して即座に橙矢が睨む。そんな空気に耐えられなかったのか早苗は大きなため息をついた。

「……それよりも総隊長。お前なんでこんな時間にこんなところにいるんだよ」

「そっくりそのまま返す。なんでお前がいるんだ」

「俺はただ単に散歩だ。仕事終わりのな」

「……そうか。なら俺も答えるか。俺はこの間の鬼の襲撃の時のことについて風祝と話していただけだ」

「………あぁあれな。……そういえばどうしてあの時アンタは出なかった?」

「ちょっと訳ありだ。ここの神社に手出しはするな、と言うためにな」

「たったそれだけか?」

「大天狗からの命だ。やらないわけないだろ」

「…………そうか」

「にしても情けねぇな。下っ端の鬼ごときにやられるなんてな。確か半数以上がやられたんだっけな」

「…………あぁ、アンタがいればあれほどの被害出なかっただろうよ」

 皮肉を込めて言うが鼻であしらわれた。

「ふん、下っ端の鬼なんざ白狼天狗といい勝負相手にでもなると思ったんだが………どうやら外れたようだな」

「………鬼の恐ろしさならアンタが一番知ってるはずだ」

「………鬼が恐ろしい、か。面白いこと言うじゃないか。だが違うな。鬼なんか所詮雑魚なんだよ」

「アンタからしてみればそうだろうよ。だが誰もがアンタみたく強くねぇんだよ」

「強くなかったから今回の侵入を許した。それだけの話だ。要は白狼天狗が強ければ全て事なく済んだ話だ」

「お前……!」

 怒りが抑えられずに刀に手をかける。

「………なんだ、やるのか?」

 その一言と共に総隊長の目が妖しく光る。

「抜かない内は何も言わねぇよ。けどな、やると言うならその刀身を抜く暇はないと思え」

「知ったこと―――」

 構わず刀を抜こうとするが腹を蹴り上げた。

「ッ―――!」

 吹っ飛んで地を転がる。

「橙矢さん!」

「お、お前……!」

 何とか身体を持ち上げて睨み付けるが総隊長は知ったことではないとその視線を受け止めていた。

「俺は何も間違っちゃいない。弱ければ何も出来ない。何も護れない。当たり前だ。情なんざで護れたらそれこそお前は何もかも護れただろ?」

「…………ッ!」

 言い返そうとするが総隊長が言っていることもあながち間違っていない。

「だからこそ力は無くちゃいけない。何か大切なものを失ったお前なら分かるだろ?無力じゃなにも護れない」

「……………」

「東雲橙矢。………俺からしてみれば……お前含め、天狗の奴等は無力だ」

「…………お前、何様のつもりだ」

「総隊長様だよ。分からないか?」

「そんなこと聞いてるんじゃねぇんだよ。頭沸いてんのか」

「なに、お前ほどじゃねぇよ」

「…………あっそ」

 踵を返すと顔だけ振り向かせる。

「……ひとつだけ言っておくが総隊長。アンタが思ってるほど俺達天狗は脆くない。もしアンタの言う通り脆かったら今頃山は奴等に盗られているはずだ」

「たまたまだろ。悪いがあの程度の鬼の数一匹の犠牲も出さずに勝てる」

「………逝った奴等への冒涜と受け取ってもいいのかそれは」

「そう聞こえるならそうなんだろうよ」

「…………………東風谷、またな」

 もう会話などしてられないとでもいうように話を切り上げて視線を早苗に変えて軽く手を上げる。

「あ、はい。橙矢さん、お気を付けて」

「……………じゃあ俺からもひとつだ東雲橙矢。……いずれお前にも力を欲するようになる、必ずな。せいぜいそうならないように足掻いてろ」

「………………」

 答えずに少し屈むと一気に跳んでいった。

「………良かったのかい?総隊長様よ」

 神社の奥から呆れたような声がして一人の女性が出てくる。それに対して総隊長は嫌な顔をする。

「……神奈子様、何がですか?」

 女性、山の神である八坂神奈子が笑みを浮かべながら総隊長に近寄ってくる。

「………何故嘘をついたんだい?四日前、貴様はこの神社に来てないはずだ」

「………………」

「……なんで早苗を丸くるめてアリバイを作ったか知らないけど……いずれ分かるようになるのかい?」

「……えぇ、分かりますよ。いずれ、ですけどね」

「…………大天狗も大変だねぇ。こんな狂犬飼っているんだから」

「それは貶されているんでしょうか」

「まさか」

 戯けるように肩を竦めて沈みゆく陽を見る。

「ただまぁ……狂犬はもう一匹いるっぽいけどね」

「………そうですね。あいつは狼ではなくただの犬、というところには賛同です」

「そういう意味じゃないんだけど」

「だったら俺と奴を同じに見ないでください。不愉快極まりないですから」

「ハッ、了解した了解した。もう言わないよ」

「……信頼に欠けますね」

「神様がそう言われちゃ形無しだね」

「ともかく、俺が嘘ついたなんて奴に絶対言わないでくださいよ。面倒になる」

「条件付きなら」

「………何ですか」

「総隊長殿。貴様は何を考えている?」

「………さっきも言いましたよ。いずれ分かる、と」

「冷たいな―――」

「それ以上聞こうというなら」

 腰に差してある配給される剣を少し抜いた。

「…………いくらなんでも貴様を相手取るような面倒なことはしないさ。まぁいずれ分かるならそれでいいか」

「では俺もこれで失礼しますよ」

 橙矢とは反対側、山の上の方へ歩いていった。

「…………神奈子様」

「なんだい早苗?」

「………お二人は……橙矢さんと総隊長様は仲良く出来ないのでしょうか」

「……恐らく無理だろうね。あの二人はまるで正反対だ。一人は護るために力をつけようとしている。もう一人は復讐するために力をつけた。護るか壊すか。その力の使いどころがまるで違う。それぞれが正義だと思っているから正義と正義、ぶつかったらそれこそどちらかが砕けるまで殺り続けるだろうさ」

「悲しいですね。同じ白狼天狗なのに」

「………二人がぶつかることは万が一もない。安心していい。同士討ちは禁止されているからな。それこそどちらかが馬鹿な真似をしない限りね」

 足を神社に向けて歩を進める。

「まったく………面倒な奴等だね生物というのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第十七話 久方の蓬莱人

九話の伏線、ようやく明けます。

橙矢君の描いてみました

【挿絵表示】

腕が黒いのは中にインナーを着ているからです。

ではではどうぞ




 

 

 

 

 

 

 

 神社を出た橙矢はそのまま天狗以外の何者かの気配を感じて門へと向かっていた。

 夜には門番は立っていない。ので何処からでも入りたい放題である。もちろんそんなことをするのは死にたがりの妖怪だけだが。

 門の前で侵入者らしき物影を見付けるとその前に降り立つ。

「おい、ここはすでに妖怪の山だ。しかしもこんな夜に立ち歩くなんて無用心だな。妖怪に襲われてもしらねぇぞ」

 物影を見ると少しだけだが目を見開く。だがそれでも続けた。

「……アンタは運が良いな。俺じゃなくて他の白狼天狗に見付かってたら色々と面倒なことになる。最悪殺されるかもしれん」

「……それは私のことを知ってて言ってるのか?」

 もんぺが特徴的な白髪の女性は橙矢に対して友好的な笑みを向ける。

「………さぁ、知らんな。第一に俺とお前は初対面だろ?」

 藤原妹紅。それが彼女の名だった。人間の頃に世話になった一人であり、叢雲の異変を解決に導いた貢献者の一人。

「お前が白狼天狗になってからは初対面だな橙矢。………すっかり天狗の一員だな」

 生えた尻尾や耳を見ながら苦笑いする。

「…………ふん、それよりなんでお前ここに来た。こんな時間に来るのは自殺行為と同じだぞ」

「私は死にやしないよ。お前は分かってるだろ?」

「まぁな。さて………山に何か用か?」

「山にはないさ。私が用があるのはお前だよ橙矢」

「俺に?」

「あぁそうだ。お前がどうやっているか気になってね。それで慧音に聞いて橙矢がこの山で元気にしてるって。だから来たんだ」

「あー、この間のあれか」

「慧音もつれないよな。私も一緒に連れていってくれれば良かったのに」

 拗ねたように口を尖らせる妹紅を呆れてため息をついた。

「お前はあの時医者の姫様と殺り合っていたそうじゃないか。仕方ないと言えば仕方ないだろ」

「まぁ………そうだけどさ………なぁ橙矢、今更だけどさ。……後悔は」

「してねぇよ」

「……そうか」

「まぁ天狗に成ってから苦労の毎日だけど。……そんな新鮮な日も悪くないけどな」

「……………」

「まぁ大分落ち着いてきた頃だしな。近々里に行こうと思ってる」

「ッ!ほんとか!」

「あぁ、先生にもそう言われたしな。妖怪目線からの授業も悪くないだろって」

「それは良いことを聞いたな。それでいつやるんだ?」

「まだ決まったわけじゃないけどな。詳細はまた後日ってやつだ」

「じゃあ里に戻ったら慧音に聞かないとな」

「そうだな。聞いてみるといいさ。さて、用事が済んだならもう帰ってくれるか。ここにいたら白狼天狗に捕まっちまう。今は夜が更けてるから見付かりにくいと思うが……椛に捕まるぞ。お前も、俺も」

「……橙矢も?それってどういう………」

「……ん、バレたみたいだな」

 何かに気が付いたように橙矢が振り返ると一匹の白狼天狗が橙矢の背後に着地した。

「橙矢さん!ようやく見付けましたよ!」

 白狼天狗は橙矢の目の前まで来ると睨み付けた。

「思ったより早かったじゃないか椛。正直もう少しかかるかと思ったぞ」

「橙矢さんは見付けやすいですからね」

「さすが山のテレグノシス」

「……褒められている気がしませんね」

「まさか、俺は正直な感想を言ったまでだぞ。素直に受け取れよ」

「………まぁ橙矢さんがそう言うならそうなんでしょう」

「にしてもお前ここにいてもいいのか?上への報告とかやることはあるはずだぞ」

「あいにくと今日は何もすることはありません。貴方を追うことに集中できました」

「よりによって今日かよ……」

「いいですか。橙矢さんがいないうちに何かあったらどうするおつもりですか」

「俺がいなくたって支障はきたさねぇよ」

「あのですねぇ……橙矢さんと同等の者達なんてそうそういないですよ」

「それは言い過ぎだ。だったらお前と同じレベルの奴等がどれだけいるか。片手くらいのもんだぞ。隊長殿」

「橙矢さんはちゃんとやっていれば私より上の位に就くことは容易なはずですよ」

「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ」

「貴方はそうやっていつも自分を下に見て………」

「それに大層な位なんざいらねぇよ。俺が何処かの隊の長になったとして俺がそいつらをまとめられるかと言ったら頷ける自信はない。……だったらお前の下でやっていた方がよっぽど楽だ」

「橙矢さん………」

「悪いが俺は人の上に立つのは嫌いでね。だからといって下に見られるのも嫌いだ」

「橙矢さん。貴方は一体何が言いたいんですか?」

「さぁどうだろうな。さっきの言葉のままだと俺はどの隊にも属さない、と言っているのと同じだか俺はこうしてお前の隊にいる」

「つまり………?」

「おいおい、まだ分かんねぇかよ、お前なら気付くと思ってたんだが……」

「分かりませんよ」

「ま、分からないならそれでいいさ。その方が面白いしな」

 ニヒルな笑みを作ると妹紅に向き直る。

「悪いな妹紅、これまでだ。これからこいつの説教を聞かなきゃならんからな」

「………あまり苛めてやるなよ橙矢」

「分かってるよ。苛めるのはお嬢様をおぜう化させる時だっての」

 橙矢がまだ幻想入りした時の頃。橙矢は紅魔館の執事として、そして紅魔館の家族の一人として働いていた。その時の主人であるレミリア・スカーレットのことは今でも当時の名残が消えずに未だにお嬢様、と呼んでいる。

「お前は………ほんと性格悪いよな」

「ハッ、よく言われるよ」

「だったら自重しろよ。知らず知らずのうちに敵を作ることになるぞ?」

「あぁ大丈夫大丈夫。そんな時は……」

 ビキビキと口の端が鳴るまでに三日月に歪めた。

「返り討ちに遭わせるまでだ」

「へ、へぇ………そう」

 夜間なのにも関わらず冷や汗を流しながら退き気味の笑みを作った。

「とにかくだ。近いうちに里には行くからよ。慧音先生に聞いておいてくれ」

「………分かった。じゃあ……また今度な」

「あいよ。……行くか椛」

「はい。……では妹紅さん。失礼します」

「はいさ、じゃあね」

 妹紅が片手を上げると橙矢が椛に並んでから応える。

「夜道は暗いから気を付けろよ。……つってもお前にこの言葉は野暮だな」

「私をだれだと思ってる?伊達に自警団をやってるだけあるよ」

 一瞬だけ威嚇するように焔を巻き上げる。

「私は自分よりお前のことが心配だな橙矢」

「俺は大丈夫だよ。天狗がいるからな。って言ったらお前もだな」

「あぁ、私には慧音や里の奴等がいるからな」

「そろそろ切り上げるとするか。このままじゃいつまででも話しちまう」

 踵を返すと山の奥へと足を動き出した。

「…………」

 チラとだけ妹紅に振り向くと何を思ったか橙矢は足を強化して駆け出した。

「ッ!橙矢さん!?」

「ちょっとした用事だ。待ってな」

 速度を上げると一気に跳び上がる。木々から飛び出て橙矢の視界に妹紅が映る。

「………………」

「………………」

 微かに笑みを浮かべるとそのまま落下してすぐに木々に視界が遮られて妹紅の姿が消える。

「…………もう大丈夫だ。時間取らせたな」

 椛の前に着地すると再び歩き出す。

「何してたんですか?」

「アイツがちゃんと帰ったか気になってな。それだけだ」

「それで、どうでした?」

「心配いらなかったな。アイツの言う通りだ。心配が過ぎた」

「もういいですか?」

 椛の問いに頷いて答えると歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………橙矢さん。ちょっといいですか」

 十分くらい歩いた頃だろうか。椛がふと橙矢に言葉をかける。

「ん、どうかしたのか?」

「……………白狼天狗の仕事には地底へ山の現状を報告する、というものがあり、それは代々白狼天狗と成ったばかりの者達がやる、というしきたりがあります。だから橙矢さん」

「……地底へ行けと、そういうことだな」

「……えぇ、そういうことです。……事が事の後なので………」

「ふぅん?それで、俺はいつくらいに行けばいいんだ?」

「少しだけ時間はあります。三日後、それが行われます」

「三日後ねぇ。思ったより時間がねぇな。いやはや、それまでに鬼達が頭冷やしてくれてたらいいんだが」

 やれやれと心底からため息を吐いて肩を落とした。

「……気の毒ですが我慢してください。それもこれも全て貴方が白狼天狗になったのに因がありますから」

「分かってるよんなこと。別に後悔なんざしちゃいない。こうしてお前と歩けるんだからな」

「………それなら良かったです」

 それからの帰路は、二人とも一言も発することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第二章
第十八話 烏二人


 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 自分の他に一匹しかいない白狼天狗の本部で寝そべりながら橙矢は寝返りをうつ。

 他の白狼天狗達は臨時集会で集められている。橙矢と残された一匹、水蓮は居残りとして本陣で待機していた。

「……………」

「……………」

 すでに陽は橙矢達の真上を通り過ぎ、昼の時刻を示していた。すでに午前中から暇だったので本陣にある暇潰し用に設置してあった将棋はやり終えている。

「…………なぁ水蓮さんよ」

 沈黙に堪えきれなかったのか橙矢が口を開く。

「どうしたんだい?」

「………あとどれくらいで集会は終わる?」

「さぁ、どうだろうね。いつもは集会に行く方だから」

「………俺のお守りか?」

「恐らくそうだろうね」

「……なんか悪いな」

「別にいいさ。向こうにいたってボク等は上司の機嫌取りをするだけだから。君は耐えきれないだろうね」

「………きっとな」

「それより東雲君、君は確か近々地下に行くんだよね」

「……まぁな」

「懐かしいねぇ……ボクも昔行ったもんだよ。その時は色んな鬼に絡まれたもんだ」

 水蓮がそう言うと橙矢が苦い顔になる。

「マジかよ………」

「まぁ仕方無いさ。………けど」

 急に水蓮が真剣な顔つきになった。

「……東雲君は気を付けた方がいいよ。これ以上面倒事をしでかすとより混乱を招くことになるから」

「………んなこと分かってらぁ。さすがに気を付けるよ」

「それを聞いて安心したよ」

「ばっかお前。さすがの」

「性根が腐ってて幻想郷を破壊しようとするほどの馬鹿な」

「俺でも…………」

 言いかけたところで橙矢は近くにあった将棋の駒を入口目掛けて投げ付けた。それは丁度本陣に入ってきた人影の額にクリーンヒットした。不意打ちだったのかそれだけでその人影は倒れた。

「いぁッ!?」

「やったな水蓮、今晩は焼き鳥だ」

 腰を持ち上げて人影に歩み寄ると立ち上がらせた。

「あややややぁ!?だ、誰が焼き鳥ですか橙矢さん!勝手に食料にしないでくださいー!」

「仕留め損ねたか?じゃあ早く息の根を止めないと失礼だな」

「いやー!犯されるー!」

「人聞きの悪いこと言わないでください」

 手を離すと即座に烏天狗、射命丸文は水蓮の後ろに隠れた。

「せっかく二人しかいないと思って私達が遊びに来たのにこの処遇!酷いですよ!」

「なーにが処遇ですか。今日は白狼天狗の臨時集会があるんですよ?烏天狗はないんですか?」

「烏天狗ですか?集会なら終わりましたよ、先日に」

「……あぁそう。……って、ん?射命丸さん。さっきアンタ、私達って言いましたよね?」

「はい、言いましたが?」

 何言ってんだみたいな顔で首を傾げてくる。だが橙矢の言葉は的確だった。なんせ、

「じゃあひとつ質問ですけどどうしてアンタは一人しかいないんですか?」

 文一人しかいなかったからだ。一人しかいないのに私「達」という表現はおかしい。

「……あれ、おかしいですね、ついさっきまで一緒にいたのですが……」

「……適当なこと言って逃れようと思ってませんか?」

「まさか、この清く」

「正しくなくてプライバシーもろくに護ってくれない」

「正しく射命丸文………って、おいこら」

 定番のテロップを無理矢理変えると文が普段の口調ではなく低い声を出した。

「………すんません」

「………よろしい。さて、まぁもう一人は直に来ます。それまでは私の独占取材とさせて頂きます!」

「……………………はぁ?」

「……けど射命丸さん、ボク達白狼天狗は昔のまた昔の散々してくれたじゃないですか」

「嫌ですねぇ蔓。まったく情報が入ってない白狼天狗がここにいるじゃあないですか」

「………おいまさか」

 何やら嫌な予感がして苦虫を噛み潰した顔をする。対して文は新しい玩具を見付けた子供のような屈託のない笑顔で

「東雲橙矢さん、貴方しかいないですよ」

 馬鹿げたことを言い放った。

「………馬鹿言わないでください。俺みたいなのを新聞に取り上げたりして何が楽しいんですか」

「それは橙矢さんが決めることじゃありません。私が決めることですヨ」

「………アンタが新聞で俺のことをバラせば確かにアイツ等の耳に入るだろうな。情に厚いアイツ等のことだ。すぐにこの山に来るだろうな」

「別にそれはそれで困りませんから大事ないですよ」

「俺等白狼天狗が困るんですよ。いちいち侵入者への対応とか」

「でしたら全部橙矢さんがやればいいじゃないですか。貴方の言うことならあの人達ちゃんと聞きますって」

 カメラで橙矢を撮りながら御託を並べていく烏天狗。多少はイラついたが特に手を出すことはなかった。

「あややや?珍しいですね、橙矢さんがこれだけやられても四の五の言わないだなんて」

「慣れって言葉を知ってますか鳥頭」

「えぇ知ってますよ。それより橙矢さんも知ってたんですね。犬のくせに」

「狼ですよ。ついに写真の撮りすぎで目ぇやっちゃいましたか?」

「あ?」

「は?」

「ちょっとお二人とも。……落ち着いてください」

「……………あ、あの~」

「仕方ないだろ水蓮。この人が馬鹿らしいことを言うからいけないんだろ」

「心外ですね橙矢さん。どう考えても貴方の方がおかしいと思いますが」

「ちょっ、ちょっといいかしら~」

「あぁ!?射命丸さん、アンタが白狼天狗のことを犬呼ばわりしなければいい話ですよ!」

「それよりかは鳥頭の方が酷いですよね!?」

「ねぇって」

「先に吹っ掛けてきたのはアンタだろうがそれも分からないんですか!?まさに鳥頭ですねッ!」

「また言いましたね犬がッ!」

「……………ちょっと!」

「「うるさい!!」」

 何やらさっきからごちゃごちゃ聞こえていたのが余計に腹が立っていたのか二人同時に怒声を発する。

「ひっ……!」

 先程から声をかけていた人物は、文と同じように背から黒い翼を生やしていた。

「………って……あ?」

「あら、はたてじゃないですか、いつの間に」

「……ようやく気付いてくれたわね……」

 ため息をつきながらはたてと呼ばれた烏天狗は疲れたのか額に手をあてがった。

「………射命丸さん。アンタが言ってたもう一人って」

「えぇそうです。姫海棠はたて。弱小新聞、花果子念報の記者ですよ」

「ふん、何処かの妄想新聞とは違って私のところは真実のみを書いているのよ」

「おっと聞き捨てなりませんね。真実の泉である文々。新聞を陥れるとは。嫉妬ですか?嫉妬ですよね?所詮は二番手新聞ですもんね」

「アンタはいつもそうやって……!」

「おい、落ち着けよ二人とも」

 ヒートアップしてきた言い合いをキャッツファイトに発展する前に何とか割って入って止める。

「…………ふん、興が逸れたわ。白狼天狗、一応感謝するわ」

「はいはい、争わずに済んでなによりですよ」

「…………」

 文も頭を冷やしたのか軽く頭を掻いてから橙矢へと顔を向けた。

「……橙矢さん。気を取り直して取材といきましょうか」

「ノーで」

「取材と」

「ノーで」

「いきましょうか」

「ノーで」

「それではひとつ目の質問ー」

「俺の話聞いてたか、ガチで焼き鳥にすんぞこら。それともあれか、お前の目の前で焼き鳥食ってやろうか」

「ほぅ?上司である烏天狗を罵りますか」

「つーまーりー、アンタじゃ駄目なのよ。替わりなさい文」

 文を押し退けて橙矢の前に出るはたて。それを文がまた押し退ける。

「ちょっと、今は私が取材しているんですよ!邪魔しないでください!」

「アンタこそ邪魔よ!」

「…………なぁ、水蓮」

「……うん、言いたいことは分かってるよ」

 水蓮と橙矢は文とはたてが言い争っているうちに足音を忍ばせながら出口から外へと飛び出た。

 そんな二人に気付かず、烏達は争い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 





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第十九話 臨時集会

 

 

 

 

 

 

 集会は苦手だ。父をはじめとした老人の相手をしなければならないから。

 

 

 

 

 

 

 椛は姿勢を崩すことなく話し合う白狼天狗の上に座する者達を一瞥した。ここにいるのは椛の父がその中の一人、というだけではない。本来椛がいるところには椛の兄である総隊長がいるはずなのだが、来ていなかった。なので急遽椛が呼び出された昔からそうだった。兄は総隊長になってから集会に参加しなくなった。そのせいか上からは総隊長を嫌う者が多い。

「……………」

「―――今回の鬼の件、いかがいたしましょう。隊長殿の言葉が真なら哨戒役の白狼天狗は大半が壊滅だのことですが」

「……そろそろ地下へ白狼天狗が派遣される時期ではなかっただろうか。その際に調べてもらえればよかろう」

「しかしいくら白狼天狗一匹といえどされど一匹です。そこまで深入りさせると生死が問われるかと」

「それで娘殿。誰を行かせるつもりですか?」

 話が椛に振られてふと目を伏せた。

「…………東雲橙矢です」

「……ほぅ?あの小僧まだ生きていたのか」

「一応は我等天狗の一員となったが所詮ただの人間の小童。彼なら深入りしても問題ないでしょう」

「……………ッ!」

「はっは、いくらなんでも人が悪い。仮にも我等の一員ですぞ。仮に、ですが」

「………………お言葉ですが」

 止まらない橙矢への罵倒に我慢できず椛が声をあげる。

「………我等に仮の一員などいません。彼はこの間の鬼の襲撃の際には最前線で鬼と戦っていました。………彼にその言い方はないのではありませんか」

「おっと、すみません隊長殿。彼は貴女の隊でありましたな。だが彼が四ヶ月前この幻想郷を陥れたのもまた事実」

「ですからあれは―――」

 

 

 

 

 

「――――はーいやめやめ、両者そこまでにしておきましょうや」

 

 

 

 

 

 急に場違いな声がしてひとつの影が椛に覆い被さる。顔を上げると兄の顔が。

「お、お兄様!?」

「総隊長……!何故貴方がここに」

「何故って……集会があるって聞いたから来たまでだが?」

「今まで出なかった奴が何を言うか!」

「事が事だからな。……おい椛、お前はどっか行ってろ。元々そこは俺の席だ」

「………はい」

 有無言わずすぐに立ち上がると兄に頭を下げてから立ち去る。

「さて、楽しいお話でもしましょうや」

「…………」

「どうせこの間の鬼のことなんだろ?だったらいなくなった分は烏天狗から要請。無理だったら……そうだな。門番は無理に置かなくてもいい。少し可哀想だが……椛の千里眼を使わざるを得なくなる。両方が難しいなら一旦隊を全て解散させて一班二人体制を作り、哨戒させる。どうだ、文句ないだろ?ダラダラ話しているよりも早く終わったじゃねぇか」

「………」

 次々と案を出す総隊長に何も言い返すことも出来ずに唖然とするがそんなこと気にすることもなく立ち去ろうとする。

「さぁて、じゃあ俺はお後よろしくやるか。アンタ等は早く寝ろよ、ご老体に気を付けてな」

「なに……!?」

「冗談だよ冗談」

 鼻で笑いながら一瞥して集会場から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、集会を終えた椛はその足で本陣へと戻ってきていた。

「………水蓮さん、橙矢さん。留守番ご苦労様でした」

「隊長もお疲れー。おっさん達の相手疲れたでしょ」

「あぁ水蓮さん。………正直言って今までで一番疲れました」

「おぉ?珍しい。隊長がそれほど疲れてるなんて。何かあった?お見合いとか?」

「馬鹿言わないでください。たとえそんな話が来ても答えは決まってます」

「東雲君だけだって?」

「…………ま、まぁ……」

 椛の頬が朱に染まる様を見て水蓮が楽しそうに笑んだ。

「……どうせ東雲君のことをなんか言われたんでしょ?……地下への派遣の話で」

「…………はい」

「言わせたいように言わせとけばいいさ。どうせ東雲君はそんなの気にしないよ」

「………ですね」

 そこであることに気付いた。件の橙矢の姿が見えないのだ。

「………橙矢さんは何処なんですか?」

「ん?あ………あー………東雲君はね……」

 ちょいちょい、と裏口の方を指差す。

「裏口?……何かしてるのですか?」

「まぁ……行けば分かるよ」

 えらく歯切れ悪く言う。何かあったのだろうか。

「………」

 奥へ歩いていって裏口の扉に手をかけて軽く捻って開けた。そこには―――

「橙矢さんは私が先に取材するんです!二番手は下がりなさい!」

「にば……ッ!?また言ったわね捏造新聞!アンタはどうせ捏造がほとんどじゃない!さっき撮った写真だけで十分じゃないの!あとはアンタお得意の捏造でなんとかなるじゃない!」

 呆れたように脱力した橙矢の両腕を左右から引っ張り合う烏天狗が二匹。

「………あの……大方予想はつくんですけど………何があったんですか?」

「いやぁ……昼過ぎ頃に射命丸さんと姫海棠さんが来て東雲君を取材させろだろなんだの言ってさ。一旦は巻き込まれないようにその場から逃げたんだけどついさっき捕まっちゃって……」

「まぁそりゃあお二人にとって橙矢さんはいいネタになるかもしれませんが……」

「あのままじゃ可哀想だから……そろそろ止めさせます?ボクも何回も止めたつもりなんですけど……」

「頑張ってみますか………。あの、お二人」

「何よ!」

「ん……、あぁ椛か。頼む、助けてくれよ。この鳥頭が何も聞いてくれなくて……」

 相当疲弊していたのかもはやなされるがままになりながら椛に助けを求めていた。

「………お二人共」

 椛の眼孔に力が入り、二人を睨み付ける。

「新聞の取材をするのは構いませんがお願いですから人に迷惑をかけるのだけはやめてください」

 でなければ一瞬で焼き鳥にして喰うぞ、などとのいう意味の篭った瞳で睨み付けられて二人は冷や汗を大量にかきながら渋々手を離した。

「……すみません椛、橙矢さん。我ながら熱くなってしまいました」

「………ふん」

 顔を合わせようともしない二人の間で橙矢は萎れた。

「………疲れた」

「橙矢さん、大丈夫ですか?」

「……あぁ…なんとかな……それより椛…ありがとうな」

「………いえ……」

 笑みを浮かべて嬉しそうに尻尾を振るう。その様子を見ていた水蓮が二人の前に歩いてくる。

「いやぁお熱いねお二人さん。そんなことは二人きりの時にやってもらいたいよ」

「お熱い?何言ってんだよ。特にこんなの普通のスキンシップだろ」

「ふーん、じゃあ言ったらボクにも同じことしてくれるのかな?」

「はぁ?なんでお前にやらなくちゃいけないんだよ。理由を教えろ理由を」

「んー、嫉妬しちゃったから、は駄目かな」

「それこそ謎だ。お前が俺のことを好いてるなら話は別だがそれは無いだろうからな。むしろ逆だろ?」

「ちょっ……橙矢さんそこまで言うのは……」

「何でだよ。俺は本当のことを言ったまでだぞ」

「言い方があるでしょう!?それじゃあ橙矢さんが水蓮さんのことを嫌いと言っているようなものです!」

「なァんで俺が水蓮のことを嫌いにならなくちゃいけないんだよ。こいつはお前を、隊員や白狼天狗のことを大事に思ってるんだぞ?そんないい奴をどう嫌えってんだ」

「………それってつまり、さ。東雲君はボクのこと……好きなの?」

「恋愛感情とは程遠いがな。友人としては好きだぞ」

「まぁそうだよねー」

 はじめから分かっていたかのように二人して顔を見合わせて軽く笑んだ。

「けどあれだな。機嫌が良いときはやらなくもないかもな」

「え?それって………」

「さぁてどうだろうなー」

 我知らずのように歩き出して白狼天狗二人に軽く手を背中越しに上げた。

「じゃあな二人とも。俺は先に上がらせてもらうからなー。お疲れ」

「あ、はい。お疲れ様でした」

「……………………」

「ちょっと!上司である私達には」

「返事も無しですか橙矢さん!」

 未だ続くキャットファイツをしながら叫ぶがそれを無視して橙矢は家の方へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第二十話 再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下への派遣を明日に控えた橙矢は天狗の里で花を買ってある場所へと来ていた。

 かつて退治屋だった際に使っていた元我が家、ではなくその傍らにたてられたある一人の少女の墓だった。

「…………よぉ新郷。三ヶ月ちょっとぶりだな」

 新郷神奈。幻想郷を破壊しようとした破壊神シヴァと命を繋いだ、という冤罪を着せられて幻想郷から命を狙われた少女。そして橙矢が護れなかった少女。この少女の死こそが橙矢が叢雲の異変を起こす原因となった。

「………君はシヴァと楽しくやっているか?」

 墓に花を供えるとその前に座り込む。

「………俺は変わっちまったよ。人から白狼天狗へとな。………まぁ後悔はしてない。おかげで護りたいものが見えたからな」

 ふと遠い目をするがそれもすぐにやめた。

「…………一応、幻想郷は無事だ。奴等が止めてくれたからな。それと、君がくれたスペルカードのおかげでもある。……ありがとう」

 かつて叢雲の異変の際に橙矢は一度だけスペルカードを抜いた。

 禁忌「忘却の彼方」

 あるひとつのものを特定してそれを忘れさせる、というスペル。それは神奈から貰ったスペルカードでもある。

「ハッ…………俺らしくない。弱音を吐くなんてさ」

 喉の奥で軽く笑うと立ち上がった。

「俺はそろそろ行くよ。……また来るからな。それまでちょっとお別れだな」

 踵を返すと振り向かずにそのまま歩いていく。まるでその場から逃げるように。

 

 

 

 

「用件は済みましたか東雲さん?」

 

 

 

 

 

 突如聞こえた声に素早く反応して刀を抜き様に振り抜いた。

 しかしそれは空を切った。

「……………俺は暇じゃないんだ。用があるなら単純明快に頼む」

「あら、それなら簡潔に言いましょうか」

 橙矢が振り返ると一人の女性が口元を扇子で隠して笑っていた。

 妖怪の賢者、八雲紫。この幻想郷において知らないものはいない。幻想郷で一番名の知れた妖怪である。

「……………」

「ただ、貴方の顔を見に来たのよ。私の大切な幻想郷を陥れた者がどんな風にしているか、とね」

「楽しくやってるよ。……天狗としてな」

「それはなによりです。まぁ知っていたのだけれど」

「じゃあ聞く必要ないですよね。わざわざそんなくだらない話をしに来たので?」

「いえ、他に二つ、あるわ」

「………なんですか」

「東雲さん。貴方はこれから異変を起こす予定は?」

 唐突に切り出した問はあまりにも馬鹿らしいものだった。

「………八雲さん。アンタは何を言ってる?仮に起こしたところで何の得がある?」

「最近叢雲の異変以来霊夢が緊張感がなくなったかのようにダラダラばかりしているの。だから貴方ほどの者が異変を起こしてもらえれば霊夢の気も引き締まるってことよ」

「まだ三ヶ月しか経ってませんよ。いい息抜きでは?」

「甘いわね。博麗の巫女たるものいついかなる時でも気を抜いてはならない」

「ふぅん?スパルタですね」

「あの子はやるときはちゃんとやるのだけれどやらないときはほんと駄目だから」

「それでやれと?やらねぇよ。それで、もう一つの用件は?」

「つれないわねぇ。まぁいいわ。じゃあもうひとつ、今晩博麗神社で宴会をするわ。貴方も来なさい」

「宴会?なんで急に」

「……貴方見てないの?」

 これ、と二つの新聞を取り出す。それは文々。新聞と花果子念報だった。

「………は?」

 引ったくって見てみると二つの新聞の見出しには橙矢の写真が。

「………なんだこれ」

「号外として烏天狗が配ってたわよ。恐らく幻想郷にばらまかれてるでしょうね」

「ハァ……?」

「妖怪の山に戻ったら気を付けることね。きっと貴方を待ってる子達がいるわ」

「………あの方達は………」

 額に手を当ててため息を吐く。

「謀られたわね」

「あーぁ、アイツ等に迷惑かけちまうな……」

「ふふ、幸せ者ね。彼女が嫉妬してるわよ」

「…………………かもな」

 チラ、と墓の方に目を向けてから紫に戻す。

「一応宴会には行く傾向にしておきますよ。行かないと連日今日のようになりそうですし」

「そう、じゃあ待ってるわね。……尤も待ってるのは私よりもあの子達でしょうけど」

「はいはい。俺はこれで」

 懐かしさもあり、もう少しだけ神奈といたかったが邪魔が入った。

 騒がしくなっているであろう妖怪の山へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから何度言えば分かるんですか。現在橙矢さんはいませんよ。お引き取りください」

 椛は門前にいる者達に説明をしながら脱力した。前には水兵服を着た村紗水蜜。橙矢の元々の主人、レミリア・スカーレット。その時の橙矢の上司、十六夜咲夜。そして博麗の巫女である博麗霊夢。

 この者達は号外の新聞が配られるとすぐさまに来た。そこでいち早く気付いた椛が止めに入った。

「アンタ、私は博麗の巫女よ。故に異変があるならそこへ向かうだけよ」

「……異変は何も起きてないです。貴女の勘違いですよ」

「橙矢は私の大切な執事であり家族でもあるのよ。迎えに行く必要があるわ」

「残念ですが今は我々天狗の一員です。橙矢さんもそれを承知の上です」

「どうでもいいから橙矢に会わせてよ!」

「だからいないと言っているでしょう……」

「うわぁ……東雲君も好かれたもんだね……」

 水蓮が苦笑いしながら呆れたように門にもたれる。

「ちょっと水蓮さん!貴方も手伝ってください!」

「無理だよ。こんな狂気にまみれた女をボク達だけで片を付けるのは。せめて本人がいてくれたらねぇ」

「私だって分かってますよそんなこと!」

「それでどうするのこれ」

「どうするもなにも追い返すだけです」

「まぁ仕事だしやるだけのことはやるけどさ……」

「「「アァ!?」」」

「ごめん隊長無理」

 少女達の睨みにより早速その心が折れた。

「ちょっ、水蓮さん!?」

「男を知った女は怖いもんだよ隊長。まさかそのなかに自分が入ってるとも知らずにね」

「は?」

「いやー怖いなァ。頼むからこっちに被害は出さないでね」

「無茶言わないでくださいよ!」

「……なーんか俺がいないうちに騒いでやがんな」

 ふと、気だるそうな声が門の上から聞こえ、全員が顔を上げた。そこには

「―――橙矢!」

 東雲橙矢がいた。

「久しいな霊夢、村紗。それと……元気で何よりですお嬢様、咲夜さん」

 よっ、と六人の前に降り立つ。

「……どうやら射命丸さんとあの姫海棠って烏の号外新聞が配られたらしな。………にしても、八雲さんの予想が当たったな」

「紫?アンタ紫と会ったの?」

「ついさっきな。まぁすぐに消えていったが―――」

「橙矢ァ!」

 言い終える前に村紗が胸に飛び込んでくる。

『は――――?』

「ッ!?ど、どうしたんだよ村紗……?」

「橙矢!橙矢!!」

 背に回す腕の力が増し、より密着する。

「いや、ほんと今の状態は……」

「橙矢………ほんとに橙矢だ……」

「………俺以外に誰がいる。白狼天狗になろうが俺は変わらねぇさ」

「うん………うん………!」

「………相も変わらずお前は変わってないな」

「まだ三ヶ月しか経ってないんだもん……けど橙矢は変わっちゃったよね」

「馬鹿言え。俺は変わってないって言ってるだろ。種族は変わろうが人格そのものは変わらねぇよ」

 頬に手を当てるとその手を村紗が握る。

「……そうだね。橙矢はいつもそう」

「あー………そうか?」

「うん。私の………好きな橙矢は」

「……………はッ!?」

 唖然とするなか水蓮だけがわぉ、とだけ反応する。

「………橙矢さん、女遊びが過ぎるのでは?」

「あぁっと今異変が起きてるわね。これは解決しなきゃ」

「咲夜。橙矢はどうやら惑わされちゃってるみたい」

「今すぐに直します」

「……………東雲君はえらくめんどくさい荷物を持ってきたようだね」

「…………………」

「東雲くーん。君はどうしたいんだい?この状況」

「……逃げ出したい」

「それはボクだよ。関係のないボクまで巻き込んだんだ。このツケは大きいよ」

「…………冗談よせよ」

「冗談なら言わない。あいにくと冗談は上手くない方でね」

「上手いよ上手いよ。幻想郷チャンプ」

「おっと、東雲君。そんな軽口叩いてる場合じゃないよ」

「んなこと分かってる。……とりあえず村紗。話したいことは互いに色々とあると思うが一旦離れてくれるか?」

「…………離れるの?」

「う………」

 何かを訴えるように上目遣いで見られて思わず訂正しようとしたが状況が状況なだけに無理だ。

「………今は我慢してくれ」

 優しく放させると橙矢の気持ちを察してか抵抗はしなかった。

「………なんつーか、久し振りだから気持ちも舞い上がったんだろうな。一旦それは置いといてだ。まずはお嬢様に咲夜さん。未だに俺のことを家族だと言ってくださり嬉しいです。ですが今の俺は白狼天狗の身。紅魔館には帰れません。……ですがいつか遊びに行ったときに迎えてくださると嬉しいです。それと霊夢、椛の言う通り何も異変なんざ起きてねぇ。………ほら、今日は宴会なんだろ?早く戻れよ」

「………それも紫から聞いたのかしら?」

「まぁな、それで俺も参加しろと」

「……………で?」

「あ?」

「参加するの?」

「仕事が早く終わればな」

「…………じゃあとっとと終わらせなさい」

「無茶言うなよ。紅魔館の頃とは違ってこっちは時間制なんだ」

「ふーん、なら他の者に任せればいいじゃない」

「そんな余裕ないんだよ今の白狼天狗には」

「………橙矢さん」

「東雲君………」

「………?」

「………忘れてくれ。こっちの話だ」

 手をヒラヒラと振って話を終わらせる。

「……俺は仕事に戻る。行けたら行くさ」

 門の上まで跳ぶと見下ろした。

「あんまりここにいると上の烏やら鞍馬やらに見付かるぞ。俺としてはあまり好ましくないからな」

「………今夜、ちゃんと来なさいよ」

「時間が間に合えばな」

 懐から執事の時に貰った懐中時計を取り出す。

「………橙矢、貴方それ」

「………まだ捨てちゃいませんよ。紅魔館の家族ですからね」

 懐中時計の刻まれた時刻を見てから踵を返す。

「じゃあ俺は行くから。宴会に出たらよろしく頼むよ」

 門の反対側へ下りると次は何処の門へ行くか、考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第二十一話 宴会にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、宴会が開かれる博麗神社へと行こうとしていた橙矢は不機嫌そうに腰を下ろしていた。

 仕事が終わるなり上から呼び出しがあったのだ。理由は考えるまでもないが。

「………………愚問を承知で聞きます。何故俺は呼び出されたのです?」

「……………………」

 前に座る老人達に問いかけるが答えは予想通り無言だった。

「…………東雲橙矢」

「はいな」

「貴様は明日、地下へ行くらしいな」

「そうですけど何か?」

「………貴様、何をやるか分かっているのか」

「…………鬼に現状を伝えるだけですよね」

「そうだ。それだけだ。くれぐれも刺激するなよ」

「分かってますよ。さすがに相手の本拠地で暴れるような馬鹿な真似はしませんよ」

「……そうか」

「で、俺はわざわざそんなくだらないことを聞かれるためだけに来たので?」

「まさか、それだけなら言伝てで済ませてある。………これからだ」

「………………」

「一応地下の地図をだな」

「あぁ地図でしたら人間の頃行ったので覚えてますよ。地霊殿までの道のりは」

「……………では星熊様か伊吹様に伝えることは?」

「あー、やっぱあの二人に会わんといけないんか」

「…………面識が?」

「えぇまぁ二度ほど、いや伊吹さんは三度か。あまり話した覚えはないのですが。向こうが俺と認知してくれれば大丈夫でしょう」

「…………貴様の名前は知っているのだろう?だったら名を出せば良い話だ」

「そうですね。最悪そうします」

「………………」

「まぁ本当の最悪の場合は」

 そこまで言うと刀を掴んだ。

「………力ずくでも訊問するまでですよ」

「…………ッ!」

「冗談です」

 刀を手放して肩を竦めた。

「…………まぁ最悪の事態に備えてある程度は覚悟しときますよ」

「………くれぐれも気を付けろよ」

「向こうが刺激しなければいい話です。鬼に言ってください。じゃあ俺はこれで」

 話を強引に止めて立ち上がると戸へと歩き出す。

「…………一応、明日。警備を強化しておいてください。保険をかけておきます」

「……貴様の言う通りにしておいてやる。早く寝て明日に備えろ」

「はいはい」

 戸を開けると失礼します、と一言言ってから戸を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 椛は博麗神社にて不機嫌そうにチビチビと酒を飲んでいた。

「………隊長。そろそろ機嫌直しましょうよ」

 橙矢の代わりに来た水蓮が先程から椛を宥めていた。

「だって……仕事が終わるなり橙矢さんが………」

「うーん、まぁ仕方無いんじゃないの?明日が明日なんだから」

「…………にしても」

 椛が何かに気付いたように辺りを見渡す。

「………鬼が見当たりませんね」

「………確かにね。そのためにボクが来たと言っても過言ではないから」

 盃を片手に椛にもたれる。

「まぁもしもの場合。……隊長だけでも逃がせばいい」

「何も馬鹿なこと言ってるんですか。そんな話しないでください。酔っているんですか?」

「そうかもね………ごめん」

「気にしないでください。普段からストレスが溜まっているんです。少しくらいは羽目を外してもいいでしょう。けど程々に、ですよ」

「―――やぁ白狼天狗」

 二人に近付く人影がひとつ。村紗水蜜だった。

「あぁ船長さん。……橙矢さんならいませんよ」

「え!?橙矢いないの!?」

「いませんよ。……仕事の後に上の方から呼び出されてましてね」

「………なんだ、結局仕事か。仕事熱心だね橙矢は」

「あぁ見えてやるときはちゃんとやりますから彼は」

「………せっかく橙矢と話したかったんだけどなぁ………。これはちゃんと埋め合わせしてもらわないと」

「強情ですね」

「そういうアンタだって橙矢独り占めしてるじゃん。これ以上に強情なことはないよ。どうなの?進んでる?」

「……………ひ、独り占め………」

 村紗の言葉に顔を真っ赤にしながら俯く。

「惚けたって無駄無駄。とっくに分かってるんだよ。……まぁだからって私は納得してないんだけどね」

「………ッ!」

「橙矢が妖怪になろうと私は橙矢のこと好きだよ。これだけは譲れない」

「……おぉう、隊長。好敵手だよ。これからは頑張らないと」

「…………それで、そこの白狼天狗が橙矢の代わりに?」

「え、えぇそうです。一応私の付き添いです」

「ふーん、まぁ橙矢がいないのなら同じだね」

「…………そうですね」

「…………………それで、橙矢に何かあったの?」

「えぇまぁ……仕事のことで」

「………ねぇ、ちょっといいかな」

 ふと、水蓮が声をあげる。

「ん?どうしたのさ白狼天狗」

「いやあのね、ボクには蔓水蓮って名前があるんだけども……まぁいいやこの際」

「それで私になにか?」

「うん、隊長はともかくボクも東雲君とはちょっとした関係でね。同じ隊の者として聞いておきたいんだ」

「……………………なに」

「君、東雲君とはどんな関係で?」

「は?アンタよりかは断然に付き合いが長いよ」

「だろうね。東雲君とはそこまで長くはない。君よりかは付き合いが短い。けど今は同じ隊の者だ。残念だけど今の君よりは近いよ」

「……………」

「今の東雲君が何を思っているかは知らないけど………東雲君はちゃんと君達のことを見ていたよ」

「橙矢が?」

「…………東雲君は優しいんだけどね。ただ不器用なだけなんだよ。それが仇となって知らず知らずのうちに敵を増やしてる」

「……そんなこと知ってるよ。……橙矢の優しさに気付けないやつは馬鹿なんだよ……さてと」

 急に村紗が立ち上がって神社から下りていこうとする。

「あれ、もう帰るのかい?」

「私は暇じゃなくてね。悪いけど今日は橙矢に会いに来ただけなんだ。それにあまりいすぎると寺……よりも聖からなんか言われるかもしれないからね」

 じゃ、これでとだけ言い残すと去っていってしまった。

「……あれはすごいね。東雲君のためだけに来たなんて。まぁ他の人達は酒で忘れているらしいけどな………」

「彼女は橙矢さんのことを本当に大切に思ってましたから………」

「それは隊長も同じでしょ?」

「まぁ……そうですけど」

「けどあの船長。寺とか言ってたけど……命蓮寺ってところ?」

 水蓮の言葉にひとつ頷く。

「あそこねぇ。まぁ別に悪く言うつもりはないんだけどなぁんか好きになれないんだよね」

「………」

「人間と妖怪の共存だよ?冗談は大概にしておけって話なんだけど」

「………私も人間と妖怪が共存出来るなんて思ってはいませんよ」

「やっぱり隊長もそう思いますよね?」

「けどね水蓮さん。人の考えは誰にも汚すことの出来ない唯一の領域です。それを汚すことは許しません」

「真面目だねぇ隊長は」

「真面目………ですか」

「なにか?」

「………………いえ、何でもないです」

「東雲君はどうだか知らないけど真面目過ぎるのも気を付けた方がいいよ?」

「………今の話に橙矢さんは関係ないですよね」

「やだなぁ、ほんとは分かってるくせに。真面目過ぎると東雲君につまらない女だと思われるよ?」

「………………」

 何も言わずに枡を傾けて気を紛らせる。それを横目に水蓮は苦笑いを止めずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





村紗は強い子可愛い子

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第二十二話 暴走少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 本陣を出た橙矢は家に戻ることをせずにぶらぶらと散歩をしていた。

「ったくあんな用で呼び出すんじゃねぇよくそジジイ共がよ。………今さら行ったって遅いよな。………ハァ、言い訳考えとくか」

 愚痴を溢しながらあるところへと向かう。先日鬼によって破られた北の門。夜だからと門番は置いていないため念のために来ていた。応急用に穴は塞がれているが橙矢でも破れそうだった。

「……………明日から始めてほしいもんだな。本格的な工事を」

 門の上に跳び乗ると辺りを見渡す。

「………一応侵入者はいない……か」

 侵入者がいないことを確認すると門の上で胡座をかく。

「もうちょっと上の方から見れば良い景色なんだろうが……まぁ無理だよな」

 上の方には烏天狗や鞍馬天狗がいる。立場が一番下の白狼天狗では行けないところがある。

「所詮狼は狼、てことか」

 苦笑をして目を細める。すると奥で微かに動く影を捉えた。

「…………」

 ゆらりと立ち上がると足を強化させて影の真上まで跳んで目の前に降り立った。

「よぅ、何のようだ。ここは妖怪の………ってお前……」

 呆れたように額に手をあてがってため息を吐いた。彼の前には舟幽霊の少女が。

「お前なぁ……なんでここにいるんだよ」

「………………だって橙矢がいないんだもん」

「俺にも都合ってもんがあんだよ。分かってくれ」

「分かってるよ。分かってるけどさ……」

「あ?」

「………橙矢に会いたかったから」

「………馬鹿。そういうのは軽々しく言うんじゃねぇよ」

「あの白狼天狗はいいよ。……ずっと橙矢の近くにいられるんだから。けど私は……会えるときが限られているだから……だから」

「……………まぁ確かにそうだが………とりあえず今日はもう遅い。朝まで俺の家にいろ。妖怪とはいえ夜中に出歩くのは何かと危険すぎる」

「橙矢の家?里の近くの……」

「いんや、今は山にある家に住んでる」

「へぇ……そういえば私が入ってもいいの?進入禁止じゃ……」

「特例は別だ」

「そっか、ならお邪魔させてもらうね」

「はいはい、じゃあ他の奴等に見つかる前に行くぞ」

 踵を返すと来た道を戻って行く。

「………うん!」

 笑顔を作ると橙矢の背を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に戻るなり夕食をとり、風呂をとっとと済ませる。

 橙矢は壁にもたれながら座り込んで、村紗は寝転がっていた。

「驚いた。橙矢って料理出来たんだね」

「あのな……俺だって家事くらい出来るっての。じゃなきゃ他の奴等にもっと迷惑かけてる」

「そっちの方が予想しやすいよ」

「それは酷いな。人間の時だって一人暮らしは出来てたんだ」

「されど橙矢ってね」

「訳分からねぇよ」

「……………ほんとに」

「ん?」

「ほんとに、白狼天狗になったんだね」

「なんだよいきなり」

「うぅん、何でもないよ。ただ橙矢が遠く感じて」

「…………………」

「ねぇ橙矢……やっぱりあの白狼天狗が一番大切なの?」

「…………何言ってやがる」

「だって橙矢が種族を変えてまで……あの白狼天狗と一緒にいたかったんじゃ……」

「………あのなぁ」

 めんどくさい質問が来たなと後頭部をかく。

「別に………いや、まぁそれもあるが、それと並行に足を治すために、というのもあったんだが」

「治す?」

「何回目になるかなこの説明。まぁいいか。あの異変の後でな俺は足の神経が千切れて使い物にならなくなった。人間の身体では快復する見込みはなし。だが妖怪となれば話は別だ」

「それって……」

「そうだ。それに元々椛との付き合いは長い。その時の妖力が憑いたために俺は白狼天狗になる他なかったんだ。まぁあくまで俺の意思だがな」

「……………」

「別に後悔はしてないさ。さっきも言ったが俺の意思だからな」

「結局あの白狼天狗が関わってるじゃん」

「…………大丈夫かお前。ちょっと酔ってるか?」

「…………私だって……橙矢と付き合いは長いのに………」

「おい?」

 先程から何やら村紗の様子がおかしかった。

「………村紗、何考えてるか知らねぇが深入りはやめておけ」

「だって……だって!」

「……寝ろ。疲れてるんだろ。明日になれば落ち着く」

「橙矢……」

「寝ろ」

「私だって……!」

「落ち着け」

「私だって………!橙矢のこと好きなのに!」

 急に村紗が壁にもたれている橙矢に近付いて壁に手をつく。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………何のつもりだ村紗」

「何で橙矢はいつもいつも………拒絶してくるの?」

「まずは質問に答えてくれるか。もう一度言うぞ、何のつもりだ」

 双眸を細めて村紗を見る。それでも怯むことなく、それどころか村紗は妖艶な笑みを浮かべた。

「…………橙矢。逆に聞いていいかな。なんでこんなことすると思う?」

「おいおい、俺の自由権……」

「私でも分からないんだよ。何でこんなことするのか」

「………………」

「今、この時だけでいいから……私だけ………私だけを見てよ……橙矢」

「………ッ!」

「ねぇ……いいでしょ橙矢…」

「ちょっ、村紗。落ち着けって」

 段々と近付いてくる村紗に対して逃げようとするが逃げ場はすでに防がれていた。

「ほんっと、いい加減にしろよお前!冗談ならまだ済ませておいてやる……!」

「冗談だったらこんなことしないよ。……もう諦めて私に身を委ねてさ。……流されようよ………ね?」

 次いで腕が首に回され、より近付く。

「村紗……!?」

 鼻が触れ合うほど近くなった時――――

橙矢の家の戸が開かれた。

「橙矢さーん。……もう帰ってま―――」

 椛が家の中に入ってきて二人の姿を映す。

「え……あ…………」

「椛………」

「………チッ」

「な、なな………何してるんですか!」

「……うるさいよ。橙矢は今貸し切り中なんだから」

「……いつの間にそんなことになったんだよ」

「そんなこといいじゃん。橙矢が受け入れてくれさえすれば」

「……………」

「何……言ってるんですか!早く離れてください!」

 椛が二人の間に入って引き離す。

「橙矢さんも、ハッキリ断らないといけませんよ!」

「いやあのな………」

「橙矢さん。それよりも部外者は山に入れてはいけません。分かってますよね?」

「……あー、その事なんだが……」

「橙矢が今日は泊まっていけって言ってくれたんだよ。だからアンタがとやかく言える権利はないよ」

「………!」

 助けを求めるように橙矢を見るが気まずそうに視線を剃らした。

「悪い椛。村紗が来たときはもう暗くてな。一人で帰らすのも気が引けたからな」

「……橙矢さん。明日はあれもあることですし……。船長さんは私の方で引き取ります」

「……いいのか?」

「えぇ、構いませんよ。明日は大事な仕事があるんですから」

「そうか……なんか悪いな」

「気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かる」

「………では船長さん。行きましょう。拒否は許しませんよ」

「………………どうしても?」

「どうしてもです」

「…………うー」

 村紗が恨めしそうに椛を向ける。そんな村紗を見てか橙矢が口を開く。

「村紗、どうしてもってんなら別に泊まっていってもいいぞ」

「橙矢?」

「橙矢さん!ですが貴方は……」

「無理してまでのことじゃないさ。寝るまでのことだからな。それに後は寝るだけだ。何も迷惑にはなりやしねぇよ」

「………………そうですか」

「………さて、そろそろ頃合いだし寝るとするか。村紗、布団準備するから待ってろ」

「……手伝おうか?」

「大丈夫だ。やり慣れてるからな」

 チラと椛を見ると立ち上がる。

「椛。来てもらってそうそうに悪いが帰ってもらえるか」

「橙矢さん……ほんとに大丈夫ですか?」

「あ?何がだよ」

「いえ……大丈夫ならいいのですが………」

「大丈夫だよ。思ってるほど俺の身体はヤワじゃない」

「そう、ですか………では………」

 椛が立ち上がって戸へと向かう。

「俺なら心配いらない。さすがにこの生活には慣れたからな」

「……………………」

 しかし戸に手をかけてから椛が止まった。

「…………椛?」

「………あの…………橙矢さん……」

「ん?」

「……万が一もありますし………あの……その……」

 ゆっくりと振り向くと顔を真っ赤にしながら言い放った。

 

 

 

 

「わ、私も泊めてもらってもいいですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





村紗ちゃん暴走気味

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第二十三話 地底への道

夜?カットだァ!

それとですね、なんと雷世さんからイラストを頂きました!戦闘中のシーン。カッコいいですよね!私もこのようなシーン描いてみたいです。

【挿絵表示】


ではではどうぞ


 

 

 

 

 

 

 

 地下への道である穴を前に緊張感も特に感じない表情のまま立ち尽くしていた。

「………変なことには巻き込まれないようにしないとな……」

 トラブルメーカー、とまではいかないが橙矢は中々の確率でトラブルを引き寄せる。この前の鬼の侵略もすべては橙矢が鬼を殺したことから始まった。

「………………」

 ひとつ息を吐くと倒れるようにその穴へ身を投じる。前回入ったところとは違いこちらには階段がついてない。故に自由落下する。何故こっちを選んだのか。ただ橙矢が階段を下りるのが面倒、というだけだった。

「さてと、どこまで落ちるんだっけな」

「あれ、おにーさん観光?」

 ふと、声がして橙矢は鞘に納まっている刀を硬化させると近くの壁に突き刺して無理矢理落下を止めた。

「うわー、力づくで止めたよこの人」

 声の主を確認しようと首を動かすが誰もいなかった。

「もしかして私達のこと探してるのかな」

「そうかもね。じゃあいっくよー!」

 どうやら相手は二人らしい、何処にいるかは分からないが。せめて松明が何本かあれば視界が開ける。一応刀の硬化を止めて視力を強化させる。すると下にぼんやりとだが人影が見えた。その一つの影が何やらモゾモゾ動くと次いで残りの影がものすごい勢いで突っ込んでくる感じがした。

「いやおいちょっと待て……よッ!?」

 声をかけようとしたときには既に遅く、何故か桶に入っている少女が橙矢に激突して打ち上げられた。

「ッ………!随分と物騒な挨拶じゃねぇか!」

 壁に張り付いて怒声をあげる。だが物怖じどころか興味を引かせてしまったようだ。

「いや、これは落ちた方がいいな」

 張り付くことをやめて再び自由落下する。多少のことなら無視するのが一番だ。そう決断して視線を下に向ける。

 下にいた残りの人影を通り過ぎた。瞬間にその人影が嗤った、ように見えた。

「そのままでいいの?」

「ッ!」

(何か仕掛けてくる……!?)

 刀に手をかけるがその前に何か柔らかいものに突っ込んだ。

(もう着いたのか……?だとしたら早すぎ………)

 拍子抜けしたのも束の間、その触れたものに粘着力があると気付く。

「……?なんだこれ」

 すると先程の人影が壁に向けて何かを投げ付けた。それは壁に突き刺さり、灯をともす。松明だった。

 視界が開いて状況を確認する。蜘蛛の巣状に広がった何かに引っ掛かっているらしい。いや、蜘蛛の巣状という生易しいものじゃない。蜘蛛の巣そのもの。

「………おいおい、冗談よせよ」

「冗談もなにも、おにーさんは突っ込んだんじゃないか」

「俺はこの先の地下に行きたいんだけどな………」

「見たところおにーさん御山の天狗さんでしょ?いったい何のようで?」

 と、そこで声の主が蜘蛛の巣に下りてくる。腰から下が妙に膨らんでいる服を着た少女だった。

「……………お前確か……」

 少女には見覚えがある。かつて退治屋の頃、暴走したフランドール・スカーレットが旧都を破壊した時に一度会っていた。ただ向こうはすでにフランドールにやられていたので気絶していた状態だったが。

「……あぁそうだ。今の俺は天狗だ」

「旧都になにか用なのかな?」

「用がないならこんなところまでこねぇよ」

「それもそうだね。……で、何の用で?」

「いやいや、なんでお前に言わなくちゃいけないんだよ」

「興味があるんだよ。普段人も妖も立ち寄らないところに鬼の配下である天狗がなんで来るのかなってね」

「単純に言うと仕事だ」

「そっか、なら仕方ない」

「……分かってくれたか」

「――と言うとでも?」

「は?」

「悪いけど易々と通すわけには行かないんだよ!」

 上から先程の桶に入った少女が橙矢目掛けて落ちてくる。

「マジか……!」

 身体を捻って蜘蛛の巣を掴む。

「ッ!?何して……」

「一かバチかの大勝負だ土蜘蛛ォォ!」

 腕を強化して力任せに壁から蜘蛛の巣を引き千切る。それを自身の前へと持ってくる。

 蜘蛛の糸で桶を受け止め、刀を横から突き刺して押し込んで横に逸らした。桶はそのまま落ちていくが蜘蛛の糸が思った以上に粘着力が強く、橙矢もろとも落下する。

「ッ!キスメ!」

 土蜘蛛がキスメという少女の名を呼んでその少女に向けて蜘蛛の糸を放つ。

「させるかよ馬鹿がッ!」

 蜘蛛の糸を刀で斬り裂いてさらに落ちていく。

「落ちた時に生きているか死んでいるか。試そうか……!」

「嘘……」

 視界に地が見えてくる。それを確認すると橙矢は口を三日月に歪める。

「さぁ勝負だ釣瓶落とし!」

 抜き身の刀を構えて振りかぶる。

「させないよ!」

 土蜘蛛が蜘蛛の糸で橙矢を捕まえる。

「そう来ると思ったよ!」

 腕を強化して引き千切―――――れなかった。

「ッ!?」

「甘いよ天狗!」

 何も抵抗することが出来ずに地に激突して轟音を響かせる。それと同時に煙幕が巻き上がる。

「…………………」

「…………………」

「……………ってぇなくそがッ」

 直撃する寸前、身体を強化させてなんとか衝撃を和らげた。それが何とか間に合った。

「……一瞬でも遅れてたら危なかったな」

 立ち上がってチラと煙幕の向こう側に落ちた二人を見る。

 桶に入っていた少女は目を回して気絶していた。

「まぁ結構高いところから落ちたんだ。いくら妖怪とはいえ起き上がることは無理だろ」

「誰が無理だって?」

「ッ!おいおい、まだ起きていやがったか」

「土蜘蛛を嘗めてかかると痛い目に逢うよ」

「フランにやられたやつが何を言ってやがる」

 肩を竦めて言うと刀を構える。

「通すなら通す。通さないなら通す。どっちかにしな」

「いやそれひとつしかないよねそれ」

「ハッ……だったら通せよ」

「………いいよ、通りな」

 呆気なく土蜘蛛が道を譲る。

「あ?」

「……私にはおにーさんを止める理由がないからね」

「じゃあとっとと通らしてもらおうかね」

 やり合わないに越したことはない。それにこれ以上二人といる必要もない。横を通ると奥に見える旧地獄街道へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度歩いていくとひとつの橋に差し掛かった。

「……確か妬みがすごい奴がいるんだっけな」

 あの橋には橋姫がいる。その橋姫は『嫉妬心を操る程度の能力』を持つ。

「………」

 橋を半分渡ると長椅子があり、そこに耳が尖った女性が一人、腰掛けていた。

「………」

 関わらないのが一番だと自分で言い聞かせて前を通り過ぎる。

「……妬ましいわね」

「………あ?」

「天狗の身でありながら旧都に来るの?」

「……………」

「待ちなさい」

 何も言わずに通り過ぎようとするがその腕を掴まれた。

「放せよ、うざったらしい」

 はけるがすぐ掴んでくる。

「私は貴方のことを心配してるから言ってるのよ?」

「……………これは驚いた。まさか地下の妖怪に心配されるなんてな」

「天狗は鬼の配下と聞くわ。……何かあったの?」

「仕事だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「………わざわざ単体で来るなんてご苦労なこと」

「はいはい」

「まぁそういうことなら止めはしないわ」

「なら始めから止めないで欲しかったな。その方がスピーディーに行けたのによ」

「別に朝から来たのだから帰るときでもまだ昼近くになるはずよ」

「早く終わらせるに越したことはないだろ」

「それもそうね。無事に帰れることを祈ってるわ」

「そりゃどうも。帰り道でまた会いましょうや」

 口だけの恩を言って旧都へと歩いていく。

「あ、そうそう。ひとつ言い忘れてたわ」

 橋姫がふと橙矢を引き止める。

「………?」

「勇儀と萃香なら朝から飲んでるわ。せいぜい気を付けるようにね」

「………やっぱりか……。面倒なことに巻き込まれなきゃいいんだがな」

 一言に軽く答えてから足を再度進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




短くてすみません

感想、評価お待ちしております

では次回までバイバイです


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第二十四話 仙人様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧都に着くなり辺りから厳しい視線が突き刺さる。紛れもない、鬼達の視線だ。だが襲ってくるつもりはないらしい。

「まぁ……一応は安心か」

「そこの白狼天狗。旧都に何のようだ」

 だが着くとすぐに一匹の鬼に呼び止められる。

「………仕事ですよ」

「………嘘はついてないようだな」

「嘘をついて何になるんですかこの状況で」

「……確かにそうだな。一応、仕事の内容を聞いても?」

「星熊さんと萃香さんに妖怪の山の現状を伝える、ただそれだけです」

「ふん、ならとっとと済ませて帰ることだな」

「はいはい」

 適当に受け流すと旧都へ踏み入る。

 だがそこで違和感が生じる。

「……………?」

 それが何かまだ分からないまま歩き出す。

 鬼は通り過ぎると稀に橙矢に方を見るが特に反応することなく素通りする。

「………やめだやめ、仕事に専念しよう」

 気にしても何もならないと自分に言い聞かせて辺りを見渡す。特に地底だからと言って思ってたより変なところはない。

「居酒屋に飯屋に居酒屋に………人里に酒屋が増えたみたいな感じだな。まぁ……酒は飲まないから辛いな」

 酒の強い天狗になろうとも苦手なものは苦手なのだ。仕方無い。仕方無いんだ。

「いやぁ、前回は散々だったからな。なんか新鮮だ」

 前回というが、かれこれ早六ヶ月も前の話。その時は鬼の殆どを相手取り、さらに鬼の筆頭である勇儀や萃香とやり合った。もうそんなこと二度と嫌だが。

「……地霊殿にも顔を出しとこうかな」

 悟り妖怪である古明地姉妹とそのペット達が凄むところ。

「だとしたら紅魔館以来だよな。……懐かしいもんだ」

「……あれ、そこにいるのは東雲じゃないかい?」

 ふと橙矢を呼ぶ声がする。そちらに視線を向けると瓢箪を片手にする一対の角を生やした少女と一本の角を生やした女性が橙矢に歩んできていた。

「星熊さん、それに伊吹さん」

「やぁ、しばらく見ないうちに随分と変わったじゃないか。そのなりは白狼天狗ってところかい?」

「えぇまぁ。最後に会ったのは俺が人間だった頃ですよね」

「そうかもね。してなんだい、お前さんが白狼天狗になるなんて」

「……色々とあったんですよ」

「そうかい。それで、何のようだ?」

「あぁそうでした。今回はお二人に話があって来たんです」

「私達にかい?珍しいね。それは東雲橙矢としての話かい?それとも白狼天狗としての話?」

「一応白狼天狗としての話です」

「ふぅん、それで話っていうのは?」

「妖怪の山の現状を」

「ん?あーそのことね。もうそんな時期になったのか」

「……………先日、鬼に襲撃を受けましたが、何とか立て直しています」

「…………………鬼の襲撃?」

「えぇ、ご存知では?」

「……………東雲ちょっと場所を移そう。ここじゃ他の奴等に聞かれる」

「………えぇ、分かりました」

 橙矢が頷くと鬼の二人はある場所へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人が来たのは比較的鬼が少ない居酒屋だった。

「さて、ここなら聞かれることはない。それでさっきの話の続きなんだが……」

「えぇ、ハッキリ言いますと」

 とそこで刀を少し抜く。

「どうして鬼が山を襲撃したか、というのを聞きたく馳せ参じましてね」

「お?やるのか?」

 宣戦布告と受け取ったのか勇儀が立ち上がる。だがそれを萃香が止めた。

「落ち着きなよ勇儀。今はそんなことどうだっていい。………東雲、その話は本当かい?」

 萃香が勇儀を座らせてその後に視線を橙矢に向ける。

「……えぇまぁ」

「……そうか、ならハッキリ言うが私達は何も知らない。それにその報も受けてない」

「……………」

「鬼は嘘が大嫌いだ。それはお前も知ってるだろ?」

 確かに、鬼は嘘に敏感でさらに嘘が嫌いだ。それが地下に潜った原因のひとつでもある。

「………分かりました、信じましょう。ですがだとしたら余計に不自然ですね。鬼の四天王とも呼ばれる貴女達に許可なしで妖怪の山を襲撃するなんて」

「さてね、私にも分かりかねるさ。東雲、悪いけど私達からは何も言えない」

「そうですか。なら仕方無いですね」

「ん、いいのかい?」

「いいですよ別に。貴女達が知らないと言うのならそうなのでしょう」

「ふぅん、物分かりが随分と良くなったね。話がしやすいよ」

「人は時に進化する生き物です。と言いたいところですが進化し過ぎて白狼天狗になりましたが」

 少し気が抜けたのか苦笑いしてその場の空気を和ごす。だが鬼の二人は険しい表情を浮かべる。

「……………私達に許可なしで外に出る馬鹿がいるなんてね。勇儀、これを信じれるかい?」

「まさか、いくらなんでもそんな馬鹿はいない、と思ってたけど」

「単なる暴動だとまだ納得出来るよ。けどねぇ、それ以外となると………」

「……………」

「………私達以上の干渉力を働かせることの出来る者……かな」

「地底で貴女達より上の方が?」

「考えられるとしたら鬼神長辺りだな。それ以外は考えられない」

「だとしたら萃香。それはマズイんじゃないのか?」

「確かにね。なんで今更だと思うけど……恐らく暇潰しだろう」

「……そんなんで襲われたってのか?」

「東雲、気持ちは分かるが抑えてくれ。いくらお前が怒ったところで何か出来るわけじゃない。殺されるぞ」

「だが一言くらいは言わないと気が済まない」

「殺されるぞ」

「知ったことかよ」

「……………どうしても引けないのか?」

「当たり前だ」

「じゃあ………力づくでも止めさせてもらうよ」

 勇儀が双眸を鋭くし、橙矢もそれに応える。

 

 

 

 

 

「―――――そこまでにしておきなさい」

 

 

 

 

 

 

 急に入ってきた言葉によって止められた。

「「…………」」

 二人が声のした方を向くと左腕を包帯で巻いている女性が佇んでいた。

「………華扇」

 勇儀が構えを解いて女性、茨木華扇の名を呼んだ。

「貴方達、何を騒いでいるのですか。ここは地底であろうと店の中。他の方の迷惑になります」

「珍しいじゃないか華扇。アンタが地底にいるなんて」

「ちょっとある噂を聞きまして。確かめに」

「噂?」

 おうむ返しに聞く橙矢に気付いたのか不審そうに首を傾げた。

「ん……。あら、貴方………御山の天狗よね?なんでこんな地底にいるのかしら?」

「以下省略」

「そう、説明する必要はないってことね。まぁ大体は予測できますが」

「…………鬼の襲撃」

「やっぱりご存知でしたか」

「実際被害に遭ってますから」

「そのことは鬼の一部ではすでに噂になってました。尤も、信じる者は少なかったですが。普通に考えてあり得ませんよね。鬼が天狗に全滅させられる、なんて話は」

「だがそれは事実だ」

「知ってますよ。否が応でも信じなければいけない。それが事実なのですから。………どうやら今回の暴動を起こしたのは全員下っ端の鬼達らしいです」

「………なんだ、鬼にも上下関係があるんですか?」

「そりゃあ私や萃香みたいな鬼の四天王があるんだ。上下くらいはある」

「そういうことです。他の鬼達には適当に説明しておきますので貴方はもう帰ってもいいですよ。さて、私もそろそろ……」

 華扇がそう言って店から出ようとすると勇儀がその腕を掴んだ。

「まぁまぁ待ちなよ華扇。せっかく会ったんだ。付き合ってもらうよ」

「は?」

「……………」

 橙矢は無言で華扇に合掌をして店を後にした。それからすぐ後に華扇の悲鳴が聞こえたが何も聞こえてないように歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の後、橙矢は帰ることはせずにさらに地底の奥へと進んでいた。

 目指すは地霊殿。

 鬼とすれ違う度に避けられている感じがする。まぁ致し方ないことだと思うが。

「地霊殿に行くのは二回目だよな。……あの時はフランが色々とやらかしてくれたから綺麗な地霊殿を見るのははじめてか」

 前回来たときはフランの手によって半壊状態だったのでちゃんとした地霊殿は今回で初となる。

「まぁちゃんと再建したって言うし……」

 何も心配することはない、と言い聞かせて足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第二十五話 無意識には逆らえず

 

 

 

 

 

 

 

 

 地霊殿への門を開けて敷地に入ると少しだけだが気を抜いた。つい先程まで鬼の本拠地にいたようなものの状態だった。

「…………」

 大きく息を吐くと歩みはじめて何かに気付いたのか足を止めた。

「……………何か用かな」

 そう言う橙矢の前には火車猫が。

「おや御山の白狼天狗?何でこんなところに?」

「ん、火車?」

「その声………退治屋かい?あれおかしいね。前見た時は人間だった気がするんだけど」

「……………説明は後でする。それと一応言っておくが俺は退治屋じゃねぇよ。東雲橙矢っていう名前があんだ」

「じゃあ東雲橙矢。地霊殿に用かい?」

「まぁ……地底に来たついででここに来た」

「ふーん、一応さとり様はいるよ。寄っていくかってのは愚問かな」

「あぁ愚問だな。邪魔させてもらうよ」

「うん、分かった分かった。さとり様には話しておくから。そうだね、君は応接室に待っててくれないかい?すぐに呼んでくる」

「ん………あ、おい」

 何か用があるわけでもないが呼ぼうとして、名前が出てこなかった。

「何?……あぁそういうことね。じゃあ自己紹介だ。あたいは火焔猫燐。あの異変以来だよね」

「そうだな。あの時は悪かったな、お前さん含め、大多数の奴等に迷惑かけちまって」

「気にしちゃいないさ。何か大切なものを失った直後なんだろ?気が動転するのも無理ないさ」

「………そう言ってくれると助かるよ」

「そこまで辛い思いをしたんだ。仕方ないと言えば仕方ない」

「………まぁ………」

「じゃあ後ほどね」

 片手を上げて去っていくお燐を横目に地霊殿のロビーで立ち尽くす白狼天狗。

「いやまず、さ。応接室を案内しようぜ」

 橙矢は呆れながら近くの壁にもたれ掛かる。変に動き回って迷うよりかは主人を待って案内してもらう方が確実だ。まぁ必ずしもここに戻ってくるとは限らないが。

「……………………」

 少しだけ待っていると何者かの気配を感じて背を離す。

「……………」

 辺りを見渡すが誰もいない。

「気のせいか………なんて言うとでも?いるんだろ古明地こいし」

「よく分かったね東雲お兄ちゃん!」

 声と共に背中から軽いものがのしかかるくらいの衝撃がはしる。

「………後ろから急に来るのはやめくれるか」

 橙矢が振り向くと閉じた瞳を持つ少女が一人、無邪気に笑みを浮かべていた。この地霊殿の主、古明地さとりが妹、古明地こいし。

「久し振りだねお兄ちゃん!色々と変わっちゃったけどそこは置いといて……珍しいねこんなところに来るなんて」

「そうだなこいし。……特に重くはないんだがとりあえず退いてくれるか」

「どうして?」

「別にこのままでもいいんだがな、なんつーの、お前の姿が見えないとちょっと不思議でたまらんのよ」

「じゃあこれならいいのかな?」

 こいしが頭の上から覗き込むように橙矢の顔の目の前に現れる。

「………そうだな、確認が取れた」

「にゅふふ~。改めて久し振り、お兄ちゃん」

「お前の兄になった覚えはないんだがな」

「お兄ちゃんがお姉ちゃんと結婚すれば私のお兄ちゃんになれるよね」

「万が一もないこと言うなよ。それはさとりに失礼だぞ」

「どうして?」

「どうしてって聞かれてもな……。だって俺とあいつはそういう仲じゃないだろ?」

「そうかな?お兄ちゃんにその気があればいつでもいいと思うんだけどなぁ」

「悪いが俺にはない」

「つれないねぇ」

「なんとでも言えよ。俺は………今はいないが、だからと言って立場が立場だ。それを全てを放り出して行けるほど軽くやってるものでもないからな」

「全て無意識に任せちゃえばいいのに」

「―――そこまでですよこいし。あまり客人を困らせるものではないわ」

 不意に奥から聞き覚えのある声が聞こえ、その声を聞くと安堵したように息を吐いた。

「それと………こんにちは橙矢さん。ようこそ地霊殿へ」

 こいしとは違い、心を読むサードアイが開いていて、それが橙矢に向く。

「よっ、さとり。とりあえず元気そうでよかった」

「それはこちらの台詞です。……よくご無事でした」

 さとりが笑むと橙矢も微かにだが笑みを作る。

「して橙矢さん。お燐は応接室で待っていると聞きましたが」

「いやなに、地霊殿の構造が分からなくてな。そこの火車に聞いとくんだった」

「ほぅ?それはそれはすみませんでした。お燐へは私が直々に言っておきますので。まさか案内が出来ないとは」

「お手柔らかに」

「それで、今日は何か御用があるわけでもないのに来たのでしょう?」

「あぁ、元気にやってるかって思ってな。予想通りだったよ」

「………そうですね。私達以外の人里、命蓮寺、紅魔館、神霊廟、そして妖怪の山。幻想郷は貴方や私が思ってる以上に丈夫です。幾度も危機に陥りましたが退けてきました」

「…………………」

「ですからそんなに心配することはありません」

「…………そうか」

「それはそうと……こいし、そろそろ離れなさい」

 橙矢に乗り掛かるこいしをジト目で見ると引き剥がしにかかる。

「橙矢さんが迷惑してますから」

「やだー!東雲お兄ちゃんとまだいる!」

「貴女のせいで橙矢さんが迷惑そうにしてますよ」

「お兄ちゃんは優しいからそんなこと言わないもん!」

「………すみません橙矢さん」

「なに、気にすることじゃないさ」

「………………」

「………………」

「…………なぁ、ひとつ聞いてもいいか?」

「はい?」

「確か地霊殿の近くに間欠泉センターってのがあっただろ?あれ前にフランが壊したってのはさすがに知ってるよな?直ったのか?」

「えぇ直りましたよ。鬼達に直してもらいました。お陰さまで前より頑丈に作られてます」

「それはなによりだ」

「お空も気に入ったみたいで仕事を以前以上に頑張っています」

「ゑ」

「?どうしました?」

「いや仕事を頑張ってるって………間欠泉センターの役目ってエネルギーの制御の他にこの地底の温度も制御してるって聞いたんだけど……」

「それでしたら大丈夫ですよ。それはお空も分かってます」

「そうか……変な心配しなくてよかったな」

「橙矢さんは口調に反して前から面倒見が良いと言いますか心配性なところがありますよね」

「……………何処がだよ。俺は人並みの優しさしか持ち合わせてないぞ」

「…………」

 橙矢は否定するがそれに対してさとりは微笑むだけだった。

「そういうところですよ。まぁ貴方のことですから自覚してないのでしょうけど」

「訳が分からん………それよりも見に行っていいか?」

「間欠泉センターにですよね?いいですよ。ただし気を付けてくださいね」

「気を付けることなんかあったか?」

「えぇ、あそこは温度がかなり高いですから。と言っても人がいられないほどではありませんが」

「んなこと分かってるさ。前もそうだったしな。………いや、あの時は壊れていたから関係ないか」

「んー?お兄ちゃんお空のところ行くの?」

 頭の上に乗っているこいしが橙矢を覗き込みながら首を傾げる。

「そうだが?」

「ふーん、死なないように私も付いていって良い?」

「別に構わんが………。てか物騒なこと言うなよ……」

「お空は侵入者には容赦ないからね。一人でどうする気なのかな?」

「……………」

「あれでもお空は核融合を操る能力を持ってるからね。お兄ちゃん、油断したらそれこそ一瞬で消し炭になるかもね」

「見た目に反してエグいこと言うじゃないの」

「まぁこいしの言うことも一理あります、橙矢さん。是非にこいしと行ってきてくださいな」

「…………さとりがそう言うならそうするけどさ。まぁ軽く行ってこようかな」

「いってらっしゃいませ」

 こいしを頭に乗せたまま橙矢は地霊殿の奥にある間欠泉センターへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第二十六話 地底に降る桜

 

 

 

 

 

 

 

 間欠泉センターへ入ると同時に橙矢は迫る熱風に思わず目を細めた。

「………………ッ。前回来たときにはこんな熱風なかったはずだぞ」

「あの時は壊れていたからねー。常時吹いてるよ」

 橙矢に対して涼しそうな顔で答えるこいし。

「それが慣れってやつかな?」

「多分ねー。たまにここに来てるから」

「…………なるほどね」

 滲み出る汗を拭いながら進んでいく。すると前方の足下に影が出来る。

「……………お出ましか」

 視線を上げると翼を広げながら八咫烏がこちらへ降下をしていた。

「うにゅ、こいし様?どうしたんですか?」

「東雲お兄ちゃんが見に来たいって言ってたから」

「東雲?………ッ!」

 空は橙矢の名を聞くと腕に右腕に付いている制御棒を橙矢に向ける。

「こいし様離れてください!」

「お空、それを下げて。お兄ちゃんは今は敵じゃない」

「……………ですが」

「……これだけ言っても分からないかな?」

「………ッ」

 こいしの声が低くなり、空の身体がビクッと跳ね上がる。

「………すみません」

 渋々といった様子で腕を下ろした。

「分かってもらえて嬉しいよお空」

「………やることがありますからこれで」

 お空は翼を広げると飛び去っていった。

「…………まったくお空ったらお兄ちゃんに銃口を向けるなんて」

「いや仕方ないと言えば仕方ないと思うんだけどな」

「どうして?」

「普通に考えてみろよ。この間自分と敵対していたやつが急に目の前に現れたんだぞ?警戒しない方がおかしい。だからあの八咫烏は何も間違えちゃいないよ」

「そうかな?」

「あぁ、後で謝っとけよ。俺も一緒に行くから」

「……東雲お兄ちゃんがそう言うなら……」

「俺を基準に決めるな」

「むー」

 口を尖らせるこいしに橙矢は笑いかけながら頭を撫でる。

「まぁ深くは考えなさるな。とにかくあの八咫烏はちゃんと仕事してるってことさ」

「………………」

「けどこれが普通なら安心だな。戻るか」

「うん、そうだね。……それよりお兄ちゃんそろそろお昼時だから食べていく?」

「いいのか?」

「うん、一人分多く作るだけだからね。そんなに苦じゃないよ」

「………じゃあ言葉に甘えようかな」

「うん!それまでまだ時間があるから少し旧都行こうよ!」

「おいおい。………まぁ確かにそうだな…」

「決まりだね!行こっか!」

 しゅっぱーつ、と橙矢の上で旧都の方を指差す。

「………お前。いつになったら降りるんだよ」

「え?ずっとだけど。重いとか言わないよね?」

「重くはないさ。ただ邪魔なんだよ」

「お兄ちゃんの視界に入ってないし重くないのなら邪魔にならないよね?」

「………………」

 自由奔放だな、と呆れ混じりのため息を漏らす。無理矢理降ろしてやろうかと思ったがその手を止めた。

「………勝手にしろ。それより旧都の案内頼むぞ。俺は何回か来てるが詳しくまでは知らないんだ」

「もちろん。オススメの場所を教えてあげるよ」

「なんだそこ」

「んー、ちょっと時間はかかるんだけど」

「………じゃあいい。他のところを見て回るとするか」

「それじゃつまらないー。行こうよー」

「昼までには帰れるんだろうな?」

「それは東雲お兄ちゃんの頑張り次第」

「へぇー、なるほ…………ど?」

「かかると言っても片道二十分くらいだから」

「………俺が頑張れば?」

「普通に歩いていくと四十分くらいかかるんだけどお兄ちゃんなら………ねぇ?」

 意地悪そうな笑みを作って橙矢を覗き込む。

「………走っていけってか」

「そーゆーこと、間に合うかなぁ?」

「そういうのは早めに言えっての」

 だが橙矢は足を早める素振りを見せない。

「お兄ちゃん?急がなくていいの?」

「いいんだよ。途中から急いでいけば。それより案内頼むぞ」

「任せておいてよ!それじゃあ出発だね!」

 頭の上ではしゃぐこいしに苦笑いをしながら言う通りに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山のとある場所、その場所で総隊長は昼から酒に溺れることで暇を潰していた。確かに仕事はあるものの下の者がちゃんとしてくれるため、仕事を放り出していた。

 そんな彼に近付く影が一つ。

「こんなところにいたか総隊長殿」

 皮肉めいた呼び方に反応して振り返る。そこには。

「………天魔様」

「なに、そう堅くなるな。別にお主が仕事をサボっていることに対して別段何か言うつもりはない」

「給料は」

「無論減らす」

「デスヨネー」

「当たり前だ。昼間から酒を飲んでるやつにどうやって他の者以上に高い給料を払わなければならないのだ」

「………だったら烏や鞍馬はどうなるんですか」

「そこはまぁ………仕方ない。種族が種族だ」

「山を納める天魔様でも出来ないことがあるんですね」

「それは皮肉と捉えておく。我だって生き物だ。それはお主も同様。限度というものがある」

「……………限度、ですか。じゃああの時も俺の力に限度があったからあんな結果になったんですか?」

 ふと、総隊長が重い声を出す。途端にその場の空気が重くなる。

「……………今日はやけに鬱になってるな」

「……………」

「何かあったのか?」

「………別に」

「やれやれ、幼い頃からの付き合いだというのにな。随分と冷たいじゃないか」

「………貴女には関係のない話だ」

「いやいや、関係ないわけないだろ。我はお主の傍にいたのだ。関係ないことはないはずだ」

「これは俺自身の問題です。だからアンタは関係ない」

「口調が崩れてきてるぞ総隊長」

「深入りのし過ぎはよろしくないなロリ天魔」

「……………ほぉ?お主が我を挑発するか。随分と偉くなったものだの」

「偉くなったつもりはないんだが」

「…………して総隊長。貴様は何をしている?」

「…………あ?」

「お主先日守矢神社近くの穴へ行っておったろ?あそこはそのまま間欠泉センターへと繋がっていることは知ってるはずだ」

「……………生憎と教える気にはならねぇよ」

「東雲が関係してるのか?あやつは今地底に派遣されておる。………いや、関係しておるな」

 疑問形ではなく確信を持った言い方で責めるように睨み付ける。

「……………」

「東雲には特別な権限が出て地底に入っても何も言われん。だが我やお主、他の天狗が入ろうとすれば必ず許可が必要となる」

「そう、だから俺や貴女は地底へは行けない」

「……………地底に何か起こればあやつは首謀者として立ち上げられるだろうな」

「愉快じゃないですか」

 喉の奥で笑うと天魔から目を離した。

「…………………まぁ、この妖怪の山に支障がきたないならなんとでもするがいい」

「えぇそうさせていただきますよ」

 言葉とは裏腹に総隊長の顔はつまらなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っとここか」

 足の強化を止めて見渡す。比較的地底の中では地上に近い場所。地上で言う山みたいなところに橙矢は腰を下ろした。特に疲れてはいないが何故か額には汗が滲んでいた。

「お疲れさまお兄ちゃん」

「別に疲れちゃいないさ。……それで、ここには何があるんだ?」

「ここには、何もないよ」

「は?」

「あれだよあれ」

 こいしが指差す先には天井から舞い落ちてくる煌めく何か。

「………なんだあれ」

「ん?あれは石桜っていうんだよ。地上には桜が咲くでしょ?そしてその根本には人の死体が埋まっているって聞く。その時に身体は桜に取り込まれる。だったら残った魂は?その答えは簡単。石化してそれが地底に散らされる、それが石桜の正体。この綺麗な景色の裏には人の命が関わっているんだよ」

「……………………」

「今は春が過ぎた頃だからね。少しだけ季節外れの春だよ」

「ふぅん、前来たときには気付かなかったな。…………あぁいや、そんな状況じゃなかったから仕方無いか」

「今はこうしてゆっくり出来るもんね」

「そうだな、事はひとまず済んだし戻ってからもいつまで続くか分からない平穏な日々を堪能しますかね」

「……………東雲お兄ちゃん」

「ん?」

「……もし何かあったら………いつでも地霊殿に来てもいいから。お姉ちゃんも、きっとそう思ってるよ」

「なんでそこでさとりが出てくるんだ?」

「ふふ、何でだろうね。けどさ、私達にとってお兄ちゃんは大切な人だからね」

「やれやれ、兄思いの妹を持ったもんだ」

「嬉しいでしょ?」

「………まぁ疎かにされるよりかはな」

「素直じゃないね」

「……………うるせぇ」

「変わらないね、お兄ちゃんは」

「ふん、どの面下げて言ってんだか。……それよりこいし、なんか暑くなってないか」

 先程から疲弊してないのに汗が滲んでいた。ただ単に運動したときに出た汗かと思ったがそこまで激しい運動はしていない。他に原因を探ったが結局旧都にいたときよりも気温が上がっていたという答えに行き着いた。

「ん………そうだね、言われてみればいつもより暑いかも」

「お前ですらそう感じるならそうなんだろうな」

「そうだね、いつもはこれよりちょっとだけ涼しいのに……まぁお空がちょっと調節を間違えただけかもね」

「よくあるのか?」

「うん、たまにだけどあるよ。ずっと同じ温度で保てって言う方が難しいからね」

「そうだな………。知のない俺が色々考えたところでなにか変わるわけでもないしな」

「お兄ちゃんは無駄に深く考えようとする痛い人だもんねー」

「…………………悪かったな痛い奴で。しっかし地上もそうだが地底はさらに疲れるな。空気は薄いし温度は空が調節にしている。下手したらちょっとしたミスで大事故だ」

「過去なったことないから平気だよ。これからもずっと」

「フラグ建築乙」

「やめてよそういうの」

「ごめんなさい」

「……冗談でもやめてほしいな」

「悪かったって」

「…………お兄ちゃん。もう戻る?」

「……ん、来たばかりだろ?急ぎ用じゃないだろ」

「そうだね、時間はよく分からないけど……けどそろそろお昼時じゃないかなって思って」

「お前が良ければいつでもいいぞ」

「私もいつでもいいけど、やっぱりお姉ちゃんが心配するから………だから早いけど帰ることにするよ」

「そうか。じゃあ行こうか」

「うん」

 するとこいしが頭から下りて橙矢の隣に並んで手を握った。

「こいし?」

「………いいでしょ?」

「…………しょうがないな」

「やったー!」

 はいはい、と適当に流しながら特に拒絶するようなことはせずにこいしに引っ張られるような形で地霊殿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





感想、評価お待ちしております。

では次回までバイバイです。


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第二十七話 核融合を扱う者

こんばんは、船長ブレンディです。
今回ははじめてのデジ絵でむらとじを描いてみました。


【挿絵表示】


ではではどうぞ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を地霊殿で済ませた橙矢は再び間欠泉センターの最新部へと来ていた。

「………うにゅ?東雲橙矢?」

「よっ、お疲れさん霊烏路。さっきの飯ぶりだな」

「……何の用?貴方に構ってられるほど私は暇じゃないの」

「そう邪険にするなよ。一度釜を同じにした仲じゃないか」

「………あそこにさとり様とこいし様がいなければとっくに焼き殺してるよ」

「それは怖いな。今やらないってことは少しは猶予を与えてくれるんだな」

 肩を竦めながら苦笑いする橙矢に空は呆れたように背を向ける。

「死にたくないならここから出ていくこと。命の保証はしない」

「言わずともすぐに出てくさ。悪かったって」

 手を上げて一歩一歩後ろに下がっていく。

「………なんで、ここに来たの?」

「あん?すぐに出てこうと思ったのにそれを止めるのか?」

「いいから」

「……………ただ気になっただけだ。俺は好奇心旺盛でね、この間欠泉センターに興味を持った。それだけだ」

「……ふーん」

「もういいか?どうせお前は忙しそうだし。色々と調べたいことはあるがやめておくよ」

「賢明な判断。さ、話は済んだのだから出てって」

「言われなくても」

 足を強化させると出口まで一気に跳躍する。

「すぐに帰るさ」

「…………………そう」

「じゃあな、頑張れよ」

 いらない言葉を吐き捨てて地霊殿の中へ入っていく。それを横目に空は徐々に上がり始めた熱を冷ませようとした

―――――瞬間、空の力が抜けた。というより能力が強制的に解除された。

「…………ッ!?」

 慌てて能力を使おうとするが、甲高い音を立てながら再び無効化した。

「何が起きてる…ッ!?」

 そうこうしている内に温度は上がっていく。

「………おい、何が起こってやがる。さっきから熱くなってるんだが」

 異常に気温が高くなっていくことに気がついたのか先程別れた橙矢が戻ってくる。

「貴方……」

「何してるよ二本足八咫烏」

「………ッ!貴方には関係ない!」

「だったら温度下げてくれよ。さっきから暑くて仕方ないんだよ」

「分かってる!だから少し待ってて……!」

 感情に任せて能力を――――先程と同様となる。

「………遊んでるのか?」

「馬鹿言わないで!さっきから能力が使えないの!」

「あ?能力が?新手のギャグかよ」

 冗談混じりに呆れながら空の前まで降りてくる。

「しっかりしてくれよ。旧都全体が暑くなってんぞ」

「そんなこと否が応でも分かる!」

「…………で、ほんとに能力が使えないのか?」

「さっきからそう言ってる!」

「………」

 試しに足を強化させる。が、急に強化が止まった。否、無効化させられた。

「ほぅ?どうやら本当らしいな。一体どういう原理でなってるんだ?」

「知らないよ!能力が使えなくなるなんて!」

「うーん、この施設のものじゃないのなら……人工的なものか?」

「誰かがやったってこと……?」

「そんな馬鹿やるやついないとは思うんだけどなぁ……。地底に馬鹿暑いのが好きなやつなんて俺の記憶の中でいないんだが―――」

「……!」

 急に空が制御棒で橙矢を殴り飛ばした。突然のことに受け身を取ることが出来ずに地霊殿と間欠泉センターを繋ぐ通路に叩き付けられた。

「ッ…………!なんだよ霊烏路!」

 すぐさま立ち上がって戻ろうとしたが、制御棒から放たれた熱線に足を止めた。

「来ないで!貴方が来るところじゃない!」

「何言って………」

 間髪いれず間欠泉センターの上部から何か轟音が聞こえてくる。

「……………?」

「な、何………?」

 二人して上を見上げる。

「ッ!まずい!東雲橙矢!いますぐここから離れて!」

「はぁ!?何でだよ急に!」

「土壇場で鈍いな!まだ分からない!?今まで使っていたエネルギーは通常、能力を使って抑えている!それが使えない今、そのエネルギーの行き場は間違いなくここ!空中で四方八方に爆発を起こし、そして落下してくる!」

 制御棒を真上に向けると妖力を込める。

「放射能ごと焼き付くす!爆符〈ギガフレア〉――――!」

 能力が使えない今、頼れるのはスペルカードのみ。灼熱の弾が上部へと放たれる。

「ちょっ、おい!マジか!?」

当たる寸前で通路に逃げ込んで回避する。

「危ねぇな!当たってたら保険は出るんだろうな!」

「何言ってるの!保険はおりないよ!」

「手厳しいな。…………ッ!」

 軽口を叩くのをやめて見上げて、そして目を見開く。

 ギガフレアが押し返されていたからだ。

「おい霊烏路!今のより強いスペルを使え!押し返されてるぞ!」

「嘘……。私の力が負けてる……!だったら……核融合を使って威力を上げれば!」

 妖力を込めると無意味と知りながらも再び能力を発動させる。その時橙矢が何かに気付いたのか叫ぶ。

「馬鹿!やめろ霊烏路!今発動させると……!」

 しかし先程まで無効化させられていた能力は、発動した。そして一度発動させた能力は簡単には止まらない。核融合を発動させたことによって元々高まっていた温度がさらに高くなる。

「そんな………」

「この鳥頭!普通に考えれば分かんだろ!高温、高圧、高密度の時に核融合を行えば熱核融合になることぐらい分かるだろ!ずっとここの調節をやってきたんだろ!?」

「だけど……」

「とりあえず言い訳は後で聞いてやる!まずは避難しろ!巻き込まれ―――――」

 しかしその暇与えず自分が放ったスペルに押し潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊烏路!」

「橙矢さん!今のは……!」

 騒ぎを聞きつけてきたのか地霊殿からさとりと燐が来る。

「さとり、火焔猫……。その……」

 気まずそうに倒れている空を指差す。

「あれは………お空?………お空!橙矢さん一体何が……!」

「…………一言で言うとよく分からない、だな」

「貴方一緒にいたでしょう!?出来る限りで構いませんから!」

「………………能力の無効化」

「え?」

「後は心でも読んでろ。説明するのが手間だ」

 めんどくさそうな仕草を隠そうともせずに言う。それを聞いてからさとりの第三の眼が橙矢へと向けられる。

「………………。そうですか」

 しばらくしてからさとりが小さく息を吐いて眼を引っ込めた。

「……能力の無効化。そしてそのせいで今まで使っていたエネルギー、というより放射能がだだ漏れになった。その放射能を消すために核融合の力を使ったが逆に放射能と融合して熱核融合となり、さらに温度が上がった。そういうことですか。では質問ですが何故お空は倒れているのですか?」

「核融合使う前にスペルを放った。だけどそれが押し返されて潰された。それで今はあそこで気絶してる」

「………すぐ運びましょう。ずっとあそこにいさせるわけにはいきません」

「待てさとり」

 空の元へ降りていこうとするさとりの腕を掴んで止める。

「と、橙矢さん?一体どうしたのです?」

「考えろ。下には放射能が充満してる。いくら妖怪のお前といえど死ぬぞ」

「そ、それは………」

「比べて霊烏路は放射能まみれの中でいつもやってたんだろ?放射能にやられることはないはずだ」

「………………」

「ここにはしばらくは近付くな。それがお前のためになるんだからよ。………死にたいなら話は別だが?」

 責めるようにさとりと燐を睨み付ける。

「それよりもだ。どうして能力が無効化されたのか。それが気になる。間欠泉センターには無効化させる設定とか施されてるのか?」

「いえ、そのような設定はされてないはずなのですが……」

「だとしたら外部からの妨害?………無効化なんて能力聞いたことないぞ」

「……私もありません。お燐は?」

「まさか。そんな能力持ってる奴がいたら否が応でも耳に届きますよ」

「そうですよね………」

「……………とにかく、ここに長居するのは危険だ。地霊殿とここの通路を封鎖した方がいいな。俺は万が一のことがないように一応中を見張っとくからその間に通路を封鎖する準備をしておいてくれ」

「分かりました。念のためつけておいたものがまさかここで役に立つとは思いませんでした」

「いや軽口叩く暇があるなら早くしてくれ」

「分かってます。お燐、手伝ってください」

 お燐を従えてさとりは通路を閉め始める。

「……とりあえずあそこを封鎖すりゃあ一旦は安全だ。……後は霊烏路がいつ目を覚ますか、だな」

「橙矢さん!封鎖の準備、完了しました。今から閉めますので橙矢さんも来てください」

「お、分かった。すぐ行く」

 駆け足で通路を抜けて地霊殿へ入る。そしてそれに合わせて封鎖を始める、寸前に首が掴まれて足を止めた。

「え……」

 そのまま間欠泉センターへ投げ飛ばされて壁に叩き付けられた。

「………ッ!?」

(なんだ今のは……!?)

「橙矢さ―――――」

 さとりの声がしてそちらに目を向けると通路が丁度その時封鎖された。

「おいおい……冗談キツいぞ」

 若干冷や汗を浮かばせながら舌打ちした。彼の前にいたのはつい先程まで倒れていた霊烏路空だった。

「………霊烏路。これは何の真似だ?よもや俺と心中なんて何処かのヤンデレみたいな真似しないよな」

「…………………」

「おだんまりかよ二本足八咫烏。鳥頭だから忘れたのか?三歩歩いたから忘れたのか?」

「…………………」

「…………おい、なんで黙ってるかは知らねぇが少しは口を開け。俺は映画に出てくる放射能を口から放つ怪物じゃあないんだよ。だから放射能なんてまともに浴びたら死ぬ」

「………………」

「あぁそうかい、話さなくてもいいってか。………嘗められたもんだな」

 足を強化させて上部へ跳んで刀を壁に突き刺して落下を止める。

「あいにく俺は空を飛べないんでね。起きたら話は別だ。ちゃちゃっと放射能を―――――」

 呆れ気味にそう言って、目の前に現れた空に驚愕して言葉を失った。

 反射的に刀を壁から引き抜いて前に構えると制御棒が振り抜かれて激突し、火花を散らす。

「ッゥ!」

 空中では踏ん張れずに再び壁に叩き付けられる。

「……ァ………」

 そのまま落下し、通路に身体を打ち付けた。

「……あぁー、いってぇな烏よぉ………!」

 額に青筋を立てて降下してくる八咫烏を睨み付ける。しかし睨み付けたはずの双眸は疑問の視線に変わった。

「お前…………」

 普段温厚そうな瞳は殺気立ち、制御棒が脈を打つように鼓動する。

「――――――――!」

 声にならないほどの絶叫を放つと空の回りに灼熱の空気が纏われる。

「………トランスフォームとか今のご時世流行らねぇよ。……何の影響だ?放射能か?いやそれ以外に考えられんな」

「―――――――!!」

 三度吼えると制御棒を構えて標準を橙矢へと合わせ、力を集束させ始めた。だがいちいち相手に力を溜めさせるのを許す橙矢ではない。

「ここまで来たら冗談じゃ済まねぇからな!」

 足を強化して目の前に迫る。が、すでに制御棒には力が集束し切っていた。

「ふざけんな……!」

「――――――――」

 素早く横に跳んで軌道上から外れる。瞬間閃光が放たれて橙矢が元いた場所が抉り取られた。

「おっかねぇ……!前よりも威力が上がってんじゃねぇか!」

「――――――――!」

「上等だ……好きなだけ暴れな!」

 下から斬り上げて制御棒を打ち上げるとそれに掴まって空に接近すると強化したままの足で蹴り抜いた。

「――――――」

「…………」

(やっぱり熱いな……。あいつの周りに纏わりついてるものをどうにかしないと……。このままじゃこっちが消耗するだけでジリ貧だ)

 だがらといって橙矢には弾幕が撃てない上にスペルも持っていない。

「相性最悪だな。俺達」

 数少ない足場に乗ると斬撃を放つ。空はいとも簡単に腕を振って消し飛ばした。

「――――――!」

「だろうなァ!」

 斬撃を目隠しとして橙矢は一気に空の背後を取る。

「終いだ八咫烏!」

 刀を硬化して振りかぶる。それと同時に空が振り返ってきた。

「な―――――」

「――――――――ッ!」

 刀を弾いてがら空きになった腹に制御棒を当て、能力を発動させる。

「……冗談よせよ………」

 諦めに似た苦笑いでため息を吐くと制御棒から閃光が放たれて橙矢の腹部を貫いた。

「カ…………」

 口と穴から血が吹き出す。

「霊烏路……おま―――――」

 次いで蹴り飛ばされて封鎖された通路をぶち破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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では次回までバイバイです。


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第二十八話 猫と烏と狼と

 

 

 

 

 

 

 

 地霊殿へと突撃した橙矢は顔をしかめながら息を整えた。

「………ッアァ……………いてぇな……あの烏野郎……」

 空いた穴を押さえながらフラフラと立ち上がる。

「橙矢さ………ヒッ」

 とそこで音を聞き付けたのかさとりと燐が駆け寄ってきて、穴を見て小さく悲鳴を上げる。

「悪い……さとり………霊烏路が……トランスフォームしちまった………」

「そんなことより橙矢さん、貴方穴が開いてるじゃないですか!?急いで応急処置を………!」

「んなことどうだっていい。傷なんざほっとけば治る。それよりも霊烏路がなんかトランスフォーム……あぁ、いやいや、放射能に浮かされて暴走しちまったみたいだ」

「放射能?しかし橙矢さん。核融合は空の十八番ですよ?」

「そんなの俺に聞くなよ。霊烏路のことは俺なんかよりお前の方が知ってんだろ」

「確かにそうですが………しかしあの場にいたのは橙矢さんだけです」

「そう言われると言い返せないが……」

「だったら………」

 瞬間、通路に空いた穴から空が制御棒を三人に向けた。

「ッ!さとり様!」

「――――――――!!」

 素早く反応した橙矢が刀を抜いて放たれた閃光を斬り裂いた。

「奇襲たぁ……中々卑怯なことしてくるじゃないの。………ッ」

 穴から血が吹き出て床に血溜まりが出来る。

「………まったく……面倒なことになってきたもんだ」

「と、橙矢さん血が……」

「だから気にすんなっつってんだろ!」

 裂くと空に駆け出す。

「俺が奴を引き付ける!そのうちにまた封鎖しろ!」

「ですが……。お燐、お空に牽制して橙矢さんのサポートに回りなさい」

「分かりました」

 燐は猫に変化すると橙矢の後ろに着いて駆け出す。

「火焔猫…………!?」

「アンタのことは嫌いなんだけどね。さとり様の命には逆らえないよ」

「ハッ、皮肉どーも。頼りにしてるぞ!」

 懐に潜り込むと蹴り飛ばして間欠泉センター内へと押しやる。

「アンタは足引っ張らないでよね!」

「了解した!」

 強化した足で通路から一気に跳んで空に迫り、腰に刀を構える。

「悪く思うなよ霊烏路!」

 刀を引き抜き、振り抜いて制御棒を弾く。続いて振り抜いた状態から振り下ろして空の身体を裂いた。

「―――――――」

 苦し紛れに吼えると空の周りに弾が浮かび上がる。

「まさか………」

「お空やめな!」

 放たれる寸前空と橙矢の間に弾が放たれて妨害した。

「………火焔猫か」

「東雲橙矢!そこから離れて!」

 燐の言う通り空を蹴って離れる。空が逃がすまいと翼を広げるが絶え間なく燐が弾幕を張る。

「今のうちに離れな!」

「悪い……」

「―――――――!」

 空が素早く転回すると燐にギガフレアを撃つ。その威力は遥かに通常の空を凌ぐ。

「嘘………」

「いい加減にしやがれ鳥頭!!」

 腕を限界まで強化させると振り抜いて斬撃を放った。その斬撃は空ではなくギガフレアに向けて翔んでいく。しかし斬撃を放った直後右腕が嫌な音を立てて内側から爆ぜた。

「――――ッゥ!テメェの身内をやってんじゃねぇよ!」

 斬撃とギガフレアは激突すると熱を放出して霧散した。

「――――――?」

 煩わしげに空が橙矢を睨み付けた。それに応えるように橙矢はこれ見よがしに口の端を吊り上げた。

「お前が狙う的は俺だっての!」

 負傷した右腕から刀を手放してすぐさま左手に切り替える。

「一発でこの様か………。俺はあともう一発でろくに刀を振るうことが出来なくなる。それに対し、霊烏路は底がないか………。うん無理」

 呆れながら刀を構えて後退する。振り返るとさとりが心配そうにこちらを見ていた。

「……………火焔猫!もういい!戻るぞ!」

 踵を返しながら燐に叫ぶと猫に変化した燐が橙矢の前を駆ける。

「さとり!もう準備は出来てるな!」

「はい、急いでください!」

「――――――」

 駆けている橙矢の背後から空が制御棒を構えて力を集束させる。

「ッ!やめなさいお空!」

「――――――――!」

 さとりの声に空がピクリ、と反応して集束させていた力が消えた。

「何が………」

「橙矢さん!今のうちです!」

「あ、あぁ……」

 空が動きを止めている間に滑り込むように再び地霊殿に入る。

「………………」

「―――――………」

 壁の向こう側から咆哮が聞こえるがどうやらこちらに来る気配はないようだった。

「ハァ………ハァ……ッ」

 一気に緊張感が抜けたのか足から力が抜けて壁にもたれ掛かる。

「…………ひとまずは安心だな。……おい火焔猫、無事か」

「…………何とかね。………アンタの方が重傷っぽいけど」

「まさか。風通しがよくなっただけだ」

「………さとり様。どうしますかこれから。このままでは地底の温度が上がる一方です」

「マズイですね……気温を下げるためにはお空の力は必須です。まずはお空をどうにかしないと………」

「じゃあ俺からもひとつ、霊烏路をどうにかしたいならまず放射能を消せ」

「でも……放射能なんてどうにか出来るのですか?」

「出来たら苦労しないさ」

 肩を竦めながらため息を吐く。

「ま、何がともあれだ。ここに留まるのは危険に違いはない。離れるぞ………ゥ」

 壁から離れる際に顔をしかめるがすぐに飄々とした表情に戻る。

「………橙矢さん?」

「何だ、さっさと行けよ。……霊烏路を止めれるのはお前しかいないんだよさとり」

 何もなかったかのように歩き出す。

「ですが貴方は……」

「ほっとけば治るって言ったろ。俺は少し休んでから後を追うからさとりと火焔猫はこいしを連れて旧都にでも行け」

「………東雲橙矢。ならあたい達とこればいいじゃないか。何故に一人でいようとするんだい?」

「……猫が狼に意見するのか?……ハッ」

「今は皮肉を言ってる場合じゃないんだよ。また一人で解決するつもりだよね」

「…………おいおい、何を根拠に言ってるんだよ」

「根拠?そんなもの今までのアンタのことを見れば当たり前じゃないのかい?」

「…………………」

「そうじゃなかったらその傷が響いて今の今まで歩くのが手一杯であたい達の足手まといになりたくない。だからそうしているんじゃないのかい?」

「……馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。例えそうだとしてもお前達には関係ないだろ。いいから行けよ」

「そうかい、なら行きましょうかさとり様」

「お燐!?橙矢さんを置いていくつもり!?」

「………さとり様、東雲橙矢はあぁ言ってるんです。……お空を止めるためにここは一度退いた方がいいかと」

「そういうことだ。とっとと行きな」

「橙矢さん……。ではひとつ約束してください」

「無理なものじゃなけりゃいくらでもしてやるさ」

「簡単なことですよ。無茶はしないでください。これだけです」

「………厳しいな」

 苦笑いしてひとつため息を吐いた。

「なるべくは気を付けることにするよ」

「…………さとり様行きましょう。事は一刻を争います」

「そう………ね。では橙矢さん、後ほど」

 さとりの言葉に左手を上げて応えるとゆっくりと意識を落とした。

「あぁ……後でな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やれやれ、ようやく行ったか」

 さとりとお燐が橙矢の前から姿を消して三分経ったか経ってないかくらいの頃、橙矢が目を覚ました。

「……さとりは上手く誤魔化せたみたいだが……あの火焔猫には見透かされてるだろうな」

 使い物にならない右腕を強化させて地に着けて立ち上がると刀を左手で持つと封鎖された通路に向けて真っ直ぐ構えた。

「……まったく、俺ってばお人好しにもほどがあるだろ」

 半分事の真相を知ってしまっている橙矢は本当はここからいち早く逃げ出したかった。自分に何も関係のないことに巻き込まれて。

 どうやらトラブルを引き起こす、というか何処ぞの某探偵みたく事件を引き起こしてしまう傾向があるらしい。今更と言えば今更だが。

「俺があいつらのことを本当に毛嫌いしてたらこんなことにならないだろうな」

 お燐とお空はどうか知らないがさとりとこいしは少なくとも自分に対しては敵意は一切向けていない。それが因であろうか。どうしても見捨てることが出来ずに今に至るなのだが。

「風穴が増えてちょうどいい。通気性がくそみたいな身体だったもんでね」

 悔し紛れに誰かに呟くと視線を鋭くする。

「さぁ、今なら誰もいないから暴れ放題だぞ」

 橙矢がそう言うと封鎖された通路に皹が入る。

「第二ラウンドと行こうじゃねぇか。霊烏路空」

 息を整えると刀を握る左手を強化させた。

「…………来いッ!」

「―――――――!」

 一気に目を見開くと同時に咆哮が轟いて封鎖された通路が吹き飛んで空が突撃してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第二十九話 鬼二匹

 

 

 

 

 

 

 

 

 制御棒と刀が甲高い音を立てて激突すると互いに弾き合う。

「…………ッ!」

 耳障りな音に顔をしかめるがすぐに意識を戻すと刀を構え直して突き出す。

「―――――」

 それを空は避けずにあろうことか刀をその身に受けた。

「………ッ!」

 それが空がわざと刺さりに来たことに気付くには時間はかからなかった。慌てて空に足をかけると蹴り押して刀を抜く。

「吹っ飛べ!」

 距離が開くのを確認すると斬撃を撃ってその勢いでさらに後退する。ただ、利き手じゃないためか威力は劣る、が目眩ましには申し分ない。

「―――――ッ!」

 お空の目の前まで斬撃が行くと刀を振りかぶって投げ付けた。それは斬撃の上辺に直撃すると斬撃が霧散する。

「………目眩ましには十分だろ」

 次いで足を強化させて壁を蹴って上っていく。

「しばらくここで寝ときな」

 空を上から狙うように壁に張り付くと宙に身を投げ出した。そこで下から刀が飛んでくる。それを掴むと突きの構えを作る。

「大人しくしとけばよかったものの……気絶で済んだら儲けものだと思ってなッ!」

 ぼやけて見える空の影を捕らえると全身をひとつのバネとして最速の突きをした。しかしそれは

「な、ん――――!?」

 外れて宙を裂いた。

(外した……!?じゃああの影は………ッ)

 横で熱が高まる気配がしてすぐさま刀をそちらに楯として機能させる。すると刀が折れるくらいの衝撃が走り、勢いを殺せずに吹き飛んだ。通路に転がりながら何とか着くと不服そうに空を睨む。

「………これはマズイな。いやほんとヤバイ」

 利き腕である右腕は先程爆ぜ、風穴も空いた。さらに身体の箇所箇所にも浅くはない傷が広がっている。白い白狼天狗の装束が血で赤に染まりつつある。

「まったく、こんな状態椛に見られたらなんて言われるか」

 やれやれと緊張感なく首を左右に振ると立ち上がった。

「その前にさとりに見つかっても面倒だな。………やっぱり一人ではキツいか……」

 ただでさえ普通の空にも勝てる見込みもないのだ。それに加え放射能を取り込んで空なんか話になるわけがない。

「――――――ッ!」

「じょう、だんッ!」

 目の前に広がる制御棒を身体を捻って避ける。その際に傷口から血が吹き出る。

「ガ……ァ……!」

 一瞬怯んで隙が出来、その刹那に傷口を抉るように蹴り飛ばした。

「…………ッ!?」

 五臓六腑を撒き散らしそうになるがなんとか踏みとどまる。顔面を殴られて地霊殿内を転がる。

「ッ……ハァッ……ハァッ……」

 揺れる視界を確保しながらも次の蹴りを避ける。

「――――――」

 腹を殴り上げられて吐き気が込み上げて、血を大量に吹いた。

「ガァ……!……ゲホッ!?」

 情けなく立ち上がることも出来ずに熱核融合によって熱くなっている通路に倒れていた。

「………中々……辛いな………。だから鳥関係のお守りは嫌いなんだよ………」

 もはや殆ど機能を果たしてない腕を立たせて刀を床に突き刺す。

「…………ッァ!」

 なんとか立ち上がったところで足下に出来ていた血溜まりに足を取られて再び床に伏せた。

「………情け……ないな」

「――――――」

 空が制御棒を橙矢に向け、弾を生成させる。

「………狼の丸焼きなんざ………誰得だっての……」

 挑発的に嗤うがそれは何も意味を成さずにただ弾が生成されるのを見ているだけだった。

「――――――――――ッ!!」

 狂ったように叫ぶと制御棒から弾が放たれて橙矢に迫ってくる。

「……………悪いな……さとり」

 直撃は免れない。それを覚悟して迫りつつある弾を見つめる。

 

 

「あいやちょっと待ちな――――!」

 

 

 が、それは橙矢に直撃する寸前に掻き消えた。

「……………?」

「東雲、まだ生きているようだね」

 虚ろな意識の中で鬼の背中が見えた。

「星熊………さん……………ったく、横槍入れるなら……許可取ってから……にしてくださいよ………」

「……さとりから聞いてね、急いで来てみれば……なんだいあれ」

「………今は……そいつを止めないと………」

「悪いけど今は無理だね。一旦退くよ」

「止めないと……!そいつを旧都に出したら……!」

「やれやれ、人がいいのか悪いのか。どっちかのキャラを決めてほしいものだね。……萃香」

「あいよッと!」

 小柄の鬼が出てくると床を殴り付けて床をめくりあげて空と三人を隔てる壁と成させる。

「伊吹さん…………まで……」

「東雲、ここはアンタの死に場所じゃないんだ」

「ハッ……言ってくれるじゃないですか……ッ!」

 刀を杖代わりにして立つ。だがすぐにふらついて壁に凭れる。

「………萃香、私が八咫烏のことを見張ってるから東雲をいち早く安全な場所に連れていきな」

「おいおい、私より身体のでかい奴を背負っていけと言うのかい?無茶言わないでくれよ」

「おい鬼」

「アンタもね」

「これは弾幕ごっこで片付けれる話じゃないんだ。だったら自分の得異分野で潰すしかないだろ」

「……勇儀、アンタは私よりも優れていると?」

「まさか、それは分からない。どうだい、この一件が済んだら力比べでもするかい?」

「そんな話をしてる暇はない。とりあえず勇儀の言う通り東雲は旧都まで送る」

「美味しいところは取っていかないから安心しな」

「八咫烏が動かなければ、ね」

「その通り。分かってるじゃないか」

「じゃあそっちは頼んだよ勇儀」

「はいはい」

 萃香は橙矢を担ぐと駆けていく。

「東雲、しっかりしな。アンタに死んでもらっちゃ困るんだよ」

「伊吹…さん………星熊さん……は……」

「…………余計な事は考えないことだね」

「………………」

 何がともあれ意識を保つことも困難になり、橙矢の意識は暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山、某所

 

 

 椛はいつも通り哨戒の役について妖怪の山を見張っていた。その傍らには水蓮が。

「………東雲君、遅いね」

 何気なく水蓮が呟くとそれに対して椛は小さく頷いた。

「もう戻ってきてもいい頃合いなのに……まったく東雲君は女の子を待たせるなんてねぇ」

「大方勇儀さんや萃香さんに捕まっているのでしょう。それか地霊殿に遊びに行っているか。橙矢さんは地底から天界まで知り合いがいますからね」

「顔が広いねぇ」

「色んな事に巻き込まれながら知り合いを増やしてますからね、彼は。恐らく彼のことを知らない人はあまりいないかと」

「そうだね。………にしてもなんか奇遇だね」

「は?……何がですか」

「ほらあれだよ。橙矢は天狗でこの幻想郷で知らない者はほとんどいないんでしょ?それとは対になる天狗、いたじゃん。えぇと……なんだっけ?確か〈鬼喰い〉なんて呼ばれていた天狗が。百年近く前に起きた鬼の襲撃。その時に鬼を喰らい尽くしたって噂の。けどあれ以来その天狗を見たものはいないとか云々。まぁその襲撃の際に殺されたっていうのがもっとも信憑性の高い噂だけど」

「〈鬼喰い〉……ですか」

「ん、隊長は知ってるの?」

「………いえ、知りませんね」

「そう………そうなんだ」

「それに関しては大天狗様が知ってそうですけど」

「時間があれば聞いてみればいいじゃない?」

「……勝手にしてください」

「なんか今日はえらく不機嫌だね。……東雲君が心配なのは分かるけどさ、いくら心配しようが彼の助けにはならないんだから」

「……………別に、それより仕事に戻りますよ」

「りょーかいりょーかい。でも仕事と言っても何もすることないんだけどね」

「平和に越したことはありません」

「やれやれ、相変わらずな真面目さだ」

「貴女がやる気を出さなさすぎなだけです。少しは自重してください」

「ずっと気を張るのはいいことだけど疲れるよ?」

 呆れたのかため息をつきながら苦笑いする。心の底からそう思っているようだった。

「疲れるのはいつものことです」

「………はぁ」

「………〈鬼喰い〉のことはもうやめてください」

「何でさ」

「………いいから」

「……はいはい、分かった分かった」

「軽はずみに聞いていいことと悪いことくらい理解してください」

「なぁにが駄目なのかいいのか分かりませんよ。半人前なもんでね」

「蔓水蓮」

「ッ!」

 その一言と共に殺意が水蓮を貫く。

「わか……りました」

「分かればいいのですよ」

 殺意を仕舞って笑顔を浮かべる。

「………………何に怒ってるのやら」

 三度目になるため息は虚空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第三十話 戯け者

 

 

 

 

 橙矢を担いで旧都へと出た萃香はなるべく地霊殿から離れようと街道を駆けていた。

(とりあえず地霊殿から離れれた……さとり達は何処に……?)

 首を左右忙しなく振るが何処にもさとりが見当たらない。

(まさか地霊殿に戻ったのか!?だとしたら最悪だ!さとりが八咫烏を止めるための鍵だってのに!いや、火焔猫がいるんだ、それはないはず……)

「あら、萃香何してるの?」

「……ッ!」

 突然聞こえた声に足を止めて聞こえた方に視線を向けると仙人様が。

「華扇!?」

「貴女どれどけ大きい荷物持ってるのよ。大工だけじゃ飽きたらず運び屋でも始めたの?」

「今はそんなくだらないこと言ってる場合じゃないんだよ!」

「……知ってるわよ。地霊殿のお空さんがどうたらこうたらって」

「それでさとりを探してるんだけどさ。何処にいるか知らないかい?」

「私が?なんで」

「……その様子だとほんとに知らないようだね。もういいよ」

 橙矢を担ぎ直すと去っていこうとする。それを華扇が止めた。

「まぁ待ちなさい。無闇に探し回ってもこの地底の中じゃ見つからない可能性の方が高い」

「……じゃあどうしろってのさ」

「背負っているの、先の白狼天狗なのでしょう?でしたらまずその者を治療する必要があります。……お空さんを戻すためにはその者の力が必要なのでしょう?貴女がわざわざ助けたってことは」

「……あながち間違っちゃいないよ」

「では決まりですね」

「だとしても何処へ行く?この地底にそんな場所なんてないはずだが」

「そんなの何処でも出来ます。ですがこんな公衆の面前で出来ません。はずれに出ましょう」

「分かったよ。じゃあ荷物届けまぁす!」

 萃香は背負っている橙矢を下ろして服を掴むと思いっきり旧都の外までぶん投げた。

「荷物は届けたから回収しに行こうか」

「おい外道丸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう状況だこれ」

 岩に叩き付けられる寸前に目が覚めて直後強化。何とか間に合ったのか無傷で橙矢の身体は岩から落ちた。

「…………虐めにでもあったのかな」

 身体に残る傷から生じる痛みを感じながら崩れ落ちた。

「……旧都の外れ?」

「とーちゃくっと。あれ、東雲が起きてる」

「……伊吹さん。まさか貴女が俺を虐めてたなんて」

「まさか、私はただたんに運んだだけだよ」

「とりあえず貴女が犯人だということが分かったからそこに習いなさい。たたっ斬ってやる……!」

「まぁまぁ悪かったって」

「危うく怪我するところだったんですよ……」

「けど実際はしてない」

「そうですけど……。もういいですよ、どれだけ問い詰めたって貴女に勝てなさそうな気がします」

「その判断は正しいですよ白狼天狗」

 橙矢の声に答えたのは萃香ではなく後から来た仙人だった。

「仙人」

「…………萃香も、あれはやり過ぎよ。加減くらいしなさい」

「いやぁ、東雲だから大丈夫だと思って」

「確かに今までの彼の事を思えばそうとも言えるけど。だけど今は別。大怪我をしているのだから」

「…………伊吹さんと違って貴女は話が出来そうですね」

「そりゃあ仙人ですから」

「ん?」

 華扇の言葉にわざとらしく首を傾げる萃香。

「………何かしら萃香」

「別に」

「…………今はそんなくだらない話をしてる場合じゃありませんよね………」

 全快でないのに身体に鞭を打って立ち上がると地霊殿に向けて歩き出す。

「おいおい東雲、そんな身体で戻るつもりかい?」

「……………………」

「白狼天狗さん、馬鹿な真似はよしなさい」

「止めんな伊吹さん。……まだ星熊さんがいるんだろ」

「………そんな身体じゃすぐにお陀仏だよ。それでも行くのかい?」

「当たり前だ。早く奴を止めないと………」

「…………馬鹿な天狗。アンタに死なれちゃ困るからここで止めさせてもらうよ」

 萃香が構えると殺気が橙矢を貫く。

「………!」

「例え今アンタが行ったところで勇儀の足を引っ張るだけさ」

「………こっちだって退けない理由があるんだ。……俺の邪魔をするんじゃねぇよ!」

 刀を引き抜くと足を強化させて萃香に迫る。

「無謀なことはするんじゃないよ馬鹿天狗!」

 刀と腕に巻かれた鎖が火花を散らして激突する。橙矢が押し負けて吹っ飛んだ。

「………!ハッ……俺が押し負けるなんざ……年なんざ取るもんじゃないな……」

「東雲、退くなら今のうちだ。これ以上やると言うなら……いくらアンタでも容赦はしない」

「答えの決まってる問題は出すもんじゃないぜ外道丸」

 痙攣のする身体を殴り付けて止めると刀を真っ直ぐ萃香に向ける。

「そっか、なら仕方ないね」

 ユラリと萃香の身体が揺れると姿が消えた。

「え………」

 次いで腹に強すぎる衝撃が走って先程よりも強く岩に叩き付けられる。

「ガ……ッ!?」

「殺しはしないさ。安心しな」

 腕を振り上げると殴り付けてさらに深く岩にめり込む。

「――――――」

 血を吹いて倒れそうになるが踏みとどまって刀を下から振り上げて萃香を裂く。

「チッ、いい加減くたばりなよ」

「悪いがそれは無理な相談だな!」

「救いようのないねアンタ」

 拳を避けて横から蹴り飛ばすと距離を離させる。

「………面倒だね。華扇、アンタ少しはこの馬鹿を止めようと思わないのかい?」

「……別に、直接は私と関係ありませんからね」

「ここにも馬鹿がいたか……」

「好きに言いなさい」

「淫乱ピンク、淫仙」

「そこまで私の沸点は高くないわよ」

「それは失礼」

「………それよりもいいの?お空さんを止めるための大事な人材なのでしょ?」

「馬鹿には躾が必要だと思ってね」

「……ッ…………ッ!」

 切れ切れの息を整えながら橙矢は腕を振り抜いて斬撃を放つ。

「おっと馬鹿のひとつ覚えかい?」

 最小限の動きで斬撃を避けると頭突きをかます。それを予想していた橙矢は予め頭を強化させて防いだが勢いは殺せずに仰け反る。

「さっきのお返しさ!」

 地に皹が入るほど踏み込むと脇腹に回し蹴りを入れた。

「――――――ッ!」

 ミシミシと骨が軋む音がしたが大きく後退しただけに留まる。

「……ッァ!」

 だが堪えきれなかったのかその場に膝をついて血を吐き出す。

「……もう立ち上がってこないことだね。これ以上来るようなら……確実に殺さなくちゃいけなくなる」

「おもしれぇ……やってみ―――」

 挑発的に言おうとした瞬間目の前に萃香が現れる。

「じゃ、そうさせてもらうよ」

 顔面に拳がクリーンヒットし、吹っ飛んで地を跳ねた。

「…………!」

「そこで眠ってな東雲」

「……容赦ないわね、萃香」

「これでも加減してるつもりだよ。それと東雲が死に体状態だったからってのもある。万全な状態だったら止めれるかどうか……」

「私は噂程度しか聞いてないのだけど……その白狼天狗、そこまでなの?」

「まぁね、底が知れない天狗さ」

「ふぅん、そう」

「興味でも持ったかい?」

「まさか」

「少しでも近付くのなら面倒ごとに巻き込まれることを覚悟しとくんだね。東雲はかなりの災難に好かれているんだから」

「………さて、トラブルメーカーは沈めたことだし、これからどうするの?さとりさんを探す?」

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。けど何処にいるか分からないんだよな」

「さとりさんなら大丈夫でしょう。まともな判断が出来ない人とは思えませんし」

「それもそうだね。とりあえず東雲を休ませるところを探さないと」

「でしたら外れでいいわ。ちょうどここら辺でも構わないでしょ」

「じゃあこのままでいいか」

「東雲さんは置いて貴女は地霊殿へ向かいなさい。さとりさんが向かってるかもしれないから。私は彼のことを看てるわ。馬鹿しないように」

「どうせまたやるさ。その狼は」

「少し懲りてくれると助かるんだけど」

「あー駄目駄目。淡い期待を悉く打ち砕いてくれるからねぇ」

「……もう行きなさい」

「はいよ。じゃあ東雲のことは頼んだよー」

「分かってるわよ」

 萃香の身体が霧状になってその場から消えるとひとつため息を吐いた。

「やれやれ、困ったものね。お守りなんて私の柄じゃあるまいし。ましてや狼の世話だなんてねぇ」

 うつ伏せになっている橙矢を仰向けにさせると気道を確保させる。

「後は勝手にやってなさい。私に止める権利なんてないのだから」

「じゃあやらせてもらおうじゃねぇか」

「ッ!?」

 振り向くと橙矢が額に青筋を浮かべながら立っていた。

「……狼さん、寝てなくても?」

「寝れるかってんだ。ったく伊吹さんも余計なお世話だっての」

「仕方ないでしょう、貴方が暴れるから無理矢理止まってもらうしかなかったのよ」

「は?……なに言ってるんですか仙人様よ。伊吹さんのせいで俺は寝れなくなってるんじゃないか」

「………?」

「その様子じゃ話をしてないみたいですね。まったく、伊吹さんも人が悪い」

「何のことなのかしら」

「最後の一撃。あれには威力は込められてないですよ。簡単にいうと一種のドーピング……あぁいや、麻酔みたいなもの打ち込まれましてね」

「萃香が麻酔を?」

「……まぁ麻酔ですね。一時的に神経を麻痺させるものです。それより早く地霊殿に行きましょう。どうせ伊吹さんも行ったのでしょう」

「さぁ知らないけど」

「どちらにせよ、俺は動ける内はあの馬鹿烏の相手をする」

「またやられるわよ」

「知ったことか。……俺が死んだとしてもさとり達が態勢を立て直すだけの時間が作れればそれでいい」

「自己犠牲は美しくないわ」

「誰かに見られるわけじゃあるまいし。あ、なんかの動画サイトに載るんですか?」

「載らないし載ってたとしても絶対見たくないわね」

「言え過ぎている」

「………本当に行く気?」

「今更な台詞ですね」

 足を強化させると先を見据える。

「…………別にやり返そうなんて思ってない。俺は自分のために憤る、なんていう馬鹿はしないからな」

「他人のためになら憤りを起こすことが出来ると?」

「まさか、俺は誰のためにも気持ちは左右されないさ」

「そう、身勝手ね」

「今更なこと言わんでくだせぇよ仙人様」

 呆れたように言って地が窪むほどの威力で跳んでいく。

「…………誰のためにも憤りを感じない、ね。それは少し言い過ぎじゃないかしら狼さん」

 脳裏に浮かぶはかつて一人の現人神のために幻想郷を敵に回した少年の姿。

「………貴方は絶対に自分のためには怒れない。……他人のことを考えすぎているが故に自分に対しての心がなくなっている」

 遠ざかる少年の背を遠い目で見送ると旧都に向けて歩き出す。

「悔いがないようにしなさい。それが貴方が幸せになれる選択肢であることを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第三十一話 爆符

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧都の建物の屋根に跳び移りながら橙矢は地霊殿へと向かっていた。

 特に痛みは感じないが血が出る感覚だけはハッキリとしていた。

「これじゃあ地霊殿に着く前に死ぬぞ……」

 傷口を押さえながらも足を止めることなく真っ直ぐに地霊殿を目指す。一切他のことに目もくれずに。

「頼むから俺が行くまで暴れてくれるなよ星熊さん」

 恐らく他の者が聞けば自分のことを棚に上げるな、と言われそうだが今の橙矢にとってどうでもいいことだった。

「伊吹さんの麻酔の効果がいつまで続くか分からんが……そう長くはもたんだろ」

 足をさらに強化させて一気に跳躍する。

(俺がどうなろうと知ったことか。ただ……椛に害が及びそうな火種は全て潰す)

 急に目の前に高い建物が出てくるが刀を抜いて突き刺すと身体を縦に回転して上りきると足をかけて跳ぶ。

 地に滑りながら着地して勢いを殺さずに駆け出すと地霊殿が見えた。

「さとり達がいなければいいんだがな……」

 地霊殿の前で止まる。耳を澄ませるが何も聞こえなかった。

「……まだ星熊さんはいるよう……だ――――」

 と、不意に扉がぶち破られて勇儀が突っ込んできた。

「は――――?」

 反応できずに飛んできた勇儀と激突して後方に吹っ飛ばされた。

「……………痛い」

 勇儀の下敷きになりながら呟くがそれは誰の耳にも届かなかった。

「………?星熊さん?星熊さん、ちょっとどいてください」

 身体を揺らして名前を呼ぶがまったく反応がなかった。

「…………………」

 まさかと思い勇儀をどかしてみると橙矢ほど、ではないが傷だらけで所々に火傷の後がある。

「…………星熊さんでも駄目……なのかよ」

 何処まで暴れれば気が済むんだと半ば呆れながら立ち上がると地霊殿へ一歩、また一歩と歩みを進める。

「……次の獲物は俺か、はたまた烏か。白黒つけようじゃねぇか」

 外開きになっている扉を地霊殿内へと蹴り飛ばす。

「第三ラウンドと行こうぜ馬鹿烏!」

 間欠泉センターの最深部に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いた橙矢の目には破壊し尽くされている最深部の光景が。もはや見る影すらなかった。

「………こりゃあ酷いな」

 ただ何かあるとすれば、ここに空がいないことだろうか。

「……地霊殿内を嗅ぎ回ってるのか?」

(だとしたら面倒だな……もし向こうが俺の存在に気付いているなら尚更のこと。最悪奇襲を受けてそのままお陀仏だぞ……)

 ただでさえ重傷の身体にこれ以上の損傷を与えてしまうとそれこそ死ぬ。

「慎重に行くべきか………」

 ため息をつきながら振り返り――――

 

 

 

 

 探していた者の顔が目の前に迫っていた。

 

 

 

 

「――――――ッ!」

 慌てて刀を盾にするように構えると折れそうになるほどの衝撃が刀を通して伝わり、吹き飛ぶ。

(マズイ、この先は確か……!)

 最深部には放射能が溜まるに溜まっている。橙矢は今まさにそこに突っ込んでいる形になっていた。

「それは冗談でもやめろよ!?」

 床に刀を突き刺して無理矢理止まり、反動で空目掛けて駆け出す。

「中々悪い性格してるじゃねぇか!」

 目の前で空、ではなく横の壁に跳ぶとさらに壁を蹴って通り過ぎるとそのまま空との距離を離しにかかる。

「鬼さんこちら!」

「――――――――」

 恐らく言葉に反応したのだろうか橙矢に向けて滑空してくる。

「いいぞ、そのまま来い……!」

 激突する、寸前に刀を真下に突き刺して身体を浮かした。

「乗車券は持ってないけど特急で頼むぞ!」

 空の背中に乗ると翼を掴んで地に叩き付けた。

「脱線させて悪いな」

 離れた瞬間激昂した空が橙矢の顔を掴んで壁に投げ付けた。抵抗できずに壁に打ち付けられた橙矢は続くように顔面に制御棒を突き付けられる。

「ったくこっちは麻酔打ってまで来てるんだぞ!?少しくらい手を抜けよ……っと!」

 顔を避けさせると制御棒から弾幕が放たれて壁を破壊してその衝撃で橙矢を奥へと吹き飛ばした。

「手厳しいな……」

 地を転がりながら距離を開けて息を整える。

「だからっつって黙ってやられるわけにはいかねぇよな!」

 飛び掛かって制御棒を横へ蹴り飛ばして胸ぐらを掴むと引き寄せる。次いで強化した足をかけると思いっきり押しやった。

「――――――――」

 さすがの空も後退して翼を広げて宙へと舞い上がる。

「宙はてめぇだけの領じゃねぇぞ!」

 追うように壁を蹴って登ると空に向けて跳んで刀を振り抜いた。

 斬ッ、と音がすると空の制御棒が僅かに欠ける。

「チッ、掠っただけ―――――!」

 着地してすぐ廊下の奥へと跳んでひとつの部屋に逃げ込む。

「―――――」

 追うように邪魔になっている壁を壊しながら部屋に突撃する。

 入ってきた空を迎えたのは強化した足を振り抜く光景だった。

「ッラァ!」

 しかしさすがと言うべきか上半身を仰け反らせて避けた。あらかじめ予測していたのか橙矢は向かい側の壁に張り付いて跳ぶと後ろから空を羽交い締めにする。

「ッ、どうだ!放してみろよ……!」

「―――、―――――!」

 橙矢を振り落とさんと激しく暴れるが指先を強化させて掴んでいるため放れることはなかった。

「――――――」

 振り落とせないことが分かったのか背中から壁に飛んで背中ごと橙矢を叩き付けた。

「………!」

 片腕を放して翼を掴んで引っ張る。そこでバランスを崩して平衡感覚を失わせる。

「堕ちやがれ馬鹿烏!」

 だが空もやられっぱなしではなく地に堕ちる寸前に捻って橙矢を地に落とさせた。

「ガ……フッ!?」

 舌打ちして蹴り上げると回転しながら蹴り上げた空を蹴り飛ばした。

「――――!」

 切り返すと銃口を橙矢へと突き付ける。がすぐに壁を蹴って範囲から逃れながらも空に迫る。

「簡単に殺れると思うなよ!」

 制御棒を足で地に押さえると刀を振り抜いて浅くであるが空を初めて裂いた。

「――――!」

 刀を返す勢いで振り上げるが制御棒で弾かれながらも弾かれた方へ回って蹴る。苦悶の声を上げながらも耐えた空は足を掴んで床に組伏せ、銃口を橙矢に突きつけた。

「ッ、さすがにこれは規定範囲外だろ――――――」

 一瞬で弾が凝縮すると橙矢の腹に貫通した。

「―――――――アアアアァァァァァァ!」

 耐えきれずにいつぶりになるだろうか絶叫を上げてもがくが一向に振りほどけない。

「ァ……ア……!」

 腕が折れること覚悟で強化するとほどいた。骨が軋むがなんとか折れはしなかった。

「少しは……加減しろ……っての……!」

 痙攣しながらも立ち上がるが、左腕で殴り跳ばされてから制御棒を構えて妖力を込めた。

爆符〈ペタフレア〉

 壁や床を破壊しながら巨大な核融合を付与した弾を放つ。

「ちょ、それは洒落にならねぇよ馬鹿!」

 床に着くと同時に全力で後ろに身を投げ出す。だがそれだけでは範囲からは出られない。

「くそ!どれだけでかいの撃てば気が済むんだ………って……!」

 そこで巨大な弾の進行方向に旧都があることに気が付く。

(おいおい、こんなものが旧都に着弾してみろ………大惨事なんてレベルじゃ片付かねぇぞ!)

 すぐ逃げという考えを捨てて腕を限界まで強化させる。

(今の俺で止められるか!?少なくともあと俺並、俺以上のやつがいないと無理だぞ……!)

 いや、なりふり構ってる場合ではない。橙矢が止めなければ旧都はまた壊滅状態になるのだ。しかも弾が爆発すれば上にある妖怪の山にも多少の被害が出る。それはなんとしても避けたい。

(霊夢は何してやがる……!間違いなく異変だろ!………いや、他人に頼ることはやめだ)

 大きく息を吸うと

「フッ――――――!」

強化してない腕を強化した腕に添えて弾を受け止めた。

「………!」

 触れた瞬間手の皮が剥けて筋肉が露出する。出てくる血も一気に蒸発して消える。

「グ……!?」

 指先に強化を集中すると後退されるが受け止めることはやめない。

「っだこの……!」

 強化している上から妖力を込めてさらに強化する。

「何処まで続くか分からんが耐えろよポンコツ………!」

 妖力を込めたところでようやく拮抗するぐらいまでは持ち込んだが妖力や能力には限度がある。 

「ッ……!止まりやがれデカブツがッ!」

 強化をしてない方の腕で刀を抜くと突き刺す――――

 

 

 

 

 

 

――――――橙矢の視界が真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十二話 救世主は遅れてくるものとは限らないけど大体そういうシナリオが多い

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を刺したことで爆発した弾の爆風に吹き飛ばされて橙矢は外へ弾き跳ばされて転がり、地霊殿を囲う石壁に叩き付けられた。

「………へ……まい……ったな………」

 すでに立ち上がるだけの気力はなく今にも気が飛びそうだった。

「……だから……って諦めて……たまるかよ………!」

 壁に手をついて身体を持ち上げるがすぐに倒れる。

「くそ……」

「――――――――」

 奥を見やると空が地霊殿から出てこちらへと向かってきていた。

「おい………ペットは早く……ハウスに、戻れよ……」

 躊躇なく銃口を橙矢に向ける。

「………ハッ、俺を殺す……か。……いいぜ………取ってけよ……この命」

「――――――――!」

 再びすぐに弾を集束させた。

「………俺を殺しても………お前の主人だけは………テメェの家族……だけは………殺すなよ……!」

 命乞いでも頼みでもなく、命令。最後の抵抗にと空を睨み付ける。

「――――――!!」

 空が今まで変えなかった表情が一変して目が開かれる。

「さと……り……さま………」

「………………?」

 薄れていく意識の中で疑問を浮かべた。と、空と橙矢の間に大量の弾が撃ち込まれた。

「……ッ」

「―――――――!」

 空が距離を取って橙矢の身体が持ち上げられる。

「……なに……が………」

「東雲!無事かい!?」

「伊吹……さん………」

 萃香が橙矢を担いで空との距離を取り、ある程度離れると地に下ろした。

「お前は馬鹿か!?逃げるためにかけた麻酔だってのに……!手間かけさせるんじゃないよ!」

「すみま……せん……」

「あぁもう!今はそんな事いいから!それより東雲を頼むよ。あいつが来るまで私があの烏を止めておくから!」

 萃香が空に向かっていくと死角の方から駆ける音が聞こえてくる。それを反応できずに聞いているとふと目の前に誰かが立つ。

「橙矢……さん………」

「……ぇ…………」

 聞き覚えのある声に何とか顔を上げるとさとりが顔を覗き込んでいた。

「……どうしてここにいるんですか。あの時私は……無茶はしないでと言ったはずです」

「…………………もうすぐ……なんだ」

「橙矢さん?」

「……!」

 刀を地に突き刺して杖代わりにして立ち上がる。その際に血が吹き出るが筋肉で抑えた。

「橙矢さん!」

「頼む……ほんとにあと少しなんだ……!だからお前は……安全なところに………」

 口の中の肉を噛みちぎって意識を覚醒させると途切れ途切れの息をしながら続けた。

「あいつは………お前の大切な……家族は俺が取り戻す………!お前は……あいつの帰るところを………」

「全く、お人好しもいいところよ。馬鹿橙矢」

 さとりと橙矢とは別の声がするともうひとつの人影が橙矢の前に立つ。

「………霊夢………」

「…………情けない姿ね。見てるこっちが滅入るわ」

「……ハッ………遅い……んだよ……腋巫女……」

「猫がもう少し教えに来てくれるのが速かったらよかったのだけれど」

「相変わらず………どんくさい……奴……」

 皮肉を言うやいなや力が抜けて崩れ落ちる。

「橙矢さん!」

 さとりが受け止めてゆっくりと横にさせる。次いで霊夢が橙矢の頬に手を当てた。

「………橙矢、私が来るまでの時間をよく稼いでくれたわね。………ありがとう。貴方の頑張りは無駄にしないから」

 対魔用の札を構えると萃香と戦っている空に向けて投げ付けた。

「あんたはいい加減大人しくなさい!」

「――――――」

 弾を放つと札と拮抗して相殺する。

「なるほど、前よりかは難易度は上がってるってことね!」

「…………!」

「チッ、弾幕ごっこは臨めないか……!」

「――――――――」

爆符〈ペタフレア〉

 巨大な焔の塊を放ち、それを前に霊夢はため息をつきながら一枚のスペルカードを引き抜いた。

「宝具〈陰陽鬼神玉〉」

 対して霊夢も巨大な陰陽玉を撃ち、ペタフレアを消し飛ばした。

「………ッ!」

「橙矢は一方的にやられたみたいだけど……それはあいつが空を飛べなくてアンタが飛べる、アンタはそのアドバンテージがあるからであって橙矢が飛べてたら目じゃないもの」

「――――!」

 両手をと翼を広げると弾幕がばら蒔く。だがそれは霊夢に届く前に集束すると消える。

「――――!?」

「悪いね馬鹿烏、私も忘れちゃ困るよ!」

 萃香が横から空を殴り飛ばして追撃をかけるために地を蹴る。

「……………!」

 制御棒を萃香に向けて放つが萃香は霧散して避けた。

「私に当たり判定なんてあってないものさ!」

 背後に出てくると鬼自慢の怪力で殴り付けて地に堕とした。

「……それ、弾幕ごっこでやったら反則だから気を付けなさいよ」

「はいはい」

 霊夢の小言を聞き流して空にのし掛かる。

「さて、まずはこいつをどうするか………」

「……とりあえずこの馬鹿からは放射能を抜かせないと……」

「ふん、ぶっ飛ばして霊夢が夢想封印撃って終わりでしょ。あいつが正気に戻れば放射能はどうにかなる」

「まぁ私にはそういうのは全然分からないから……とにかく目の前の妖怪をぶっ倒すまでよ」

「おー怖い怖いッ!」

 起き上がろうとしていた空を踏みつけて地に伏せさせた。

「お前、少し暴れすぎだ。大人しく出来ないのかい?」

「――――――」

「萃香退きなさい、私がケリをつけてやるわ。正々堂々サシでね!」

「はいはい」

 やれやれといった様子で足をどかせると空が一気に宙に舞い、それを霊夢が追う。

「せいぜい頑張んなさい。ただし、遊んでられる時間はないと思いなさい」

「―――――!」

 咆哮を上げて直線的な弾幕を放つが当たり判定が小さい霊夢には当たらない。

 針を取り出して空を向けて投げ付けるが全て制御棒により防がれる。

「ハッ、さすがにこれだけじゃ無理なようねッ!」

 急加速して接近を試みる。それを察した空は辺りに弾幕を張るが無意味だった。

「夢符〈二重結界〉」

「――――!」

 周りに結界が張られて閉じ込められる。すぐさま空が破ろうと制御棒の先端に弾を集束させる。だがそれが霊夢の狙いだった。結界は所詮空の弾幕を止めさせるためだけのダミーであり、本命は別にあった。

「散りなさい」

 滞空三角飛びで空の背後を取る。

 霊力を高めると一気に放った。

「霊符〈夢想封印〉」

 光輝く七色の陰陽玉が飛び回り、全てが空に直撃した。

「…………―――――」

 制御棒を盾にするが皹が入ると音を立てて砕けた。さすがの空も耐えきれずに大きく身体が吹き飛び、地霊殿の屋根に落下した。

「………しばらくは大人しくしてなさい。馬鹿烏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 目を開けるとまず、何故ここにいるのか分からなかった。確か間欠泉センター最深部で仕事をしていて………。

「……あれ、私なにして………」

「やーっと正気に戻ったわね八咫烏。早く放射能を除いてちょうだい」

「放射能………?」

「アンタが馬鹿やってここの温度が馬鹿みたいに高くなってんのよ。今度は私が見てるから安心してやりなさい」

「……?」

「とにかく、最深部に溜まった放射能の駆除と地下の温度調節。これだけはやりなさい、今すぐ」

「え、いや、あの」

「いいから」

「………はい」

 霊夢の気迫に負けて空は何が何だか分からずに首を傾げながらため息をついた。

「それとだけど」

「?」

「アンタ……………後で橙矢に礼でも言っておきなさい」

「東雲橙矢?」

「………あいつがいなかったらアンタは旧都を破壊してたかもしれないんだから。ま、橙矢の行動も褒められたものじゃないのだけれど」

 苦笑いして肩を竦める。

「………東雲橙矢はここにはいないの?」

「何言ってんのよ。アンタが瀕死に追い込ませたんじゃない。……どうせ地霊殿で大人しくさせるんでしょ」

「…………………」

「とにかく、アンタはやることをやりなさい」

「横暴」

「ん?」

「な、なんでもないです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 哨戒をしていた椛は何度目になるかわからないため息を吐いた。それを心配そうに水蓮が見ている。

「……隊長」

「分かってます………分かってますよ」

「……少し休んだらどう?気休め程度にさ」

「いえ、大丈夫ですよ。隊長である私が休むわけにはいきません」

「真面目すぎるのも程々にね」

「…………」

「確かに東雲君が心配なのは分かるよ。けどさ、彼はボク達が思ってる以上にタフだ。それにそんな姿東雲君に見られたら笑われるよ?」

「…………そう、ですね」

 ここは水蓮の言葉に甘えようかな、と思った瞬間、下の方から一匹の白狼天狗が椛と水蓮に向けて駆けてきた。

「い、犬走隊長!」

「……どうしました?侵入者ですか?」

「いえ……あの、地下の使いからこのようなものを預かりまして……。これを犬走隊長にと」

 そういう者の手には一枚の手紙が。

「私に、ですか?……わざわざありがとうございます。しかと受け取りました」

 では、と戻っていく白狼天狗を横目に椛と水蓮は互いに顔を見合わせる。

「………嫌な予感しかしないのですが」

「まぁまぁ……とりあえず見てみれば?」

「……そうですね」

 水蓮の言うままに手紙を広げて見てみる。

「…………………」

「………隊長?なんて書いてあったの?」

「………――――――――」

 何も言わない椛の顔を覗き込むと瞳孔を開いている椛が。

「た、隊長……?」

「……水蓮さんしばらく留守にします後はよろしくお願いします」

 一切言葉を切らさずに言うと水蓮の返答を聞かずに駆け出した。

「え、ちょっ、隊長!」

 止めようとするもののすでに遅く椛の姿が消えた後だった。

「…………何だってんだよ」

 落ちている手紙を拾って見てみると水蓮は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十三話 暴動の後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……!ハァ……!」

 妖怪の山を駆け下りながら椛は先程届いた報を内容を何度も頭の中で繰り返していた。

「橙矢……さん……!」

 転げ落ちるように地下に通じる穴へ身を投じる。

「嘘……橙矢さんが……!」

 手紙に書いてあった内容。それは地下へ派遣された橙矢が暴走した空によって死に体になっており、すぐに帰すのは無理と判断し、一時的に地霊殿にその身を預かる。とのことだった。

 地が足に着く寸前に天叢雲剣を抜いて壁に突き刺すと勢いを止めて着地した。土蜘蛛や釣瓶落としなどがいたような気がしたが今の椛にとっては至極どうでもいいことだった。

「妬ま――――」

「――――――!!」

 妬み妖怪も無視して旧都に突っ込む。焦りを抑え込んで僅かな理性を働かせて鬼に見付かってはまずいと屋根に上って駆け出す。

 切れ切れの息を続かせながら蹴る度に屋根が吹き飛んでいくが後で直せばいい。

 屋根から岩壁へ、砕く勢いで蹴り飛ばして速度を上げていく。

「橙矢さんが………橙矢さんが死ぬなんて………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半壊している地霊殿の中で辛うじて残っている部屋に横たわっている橙矢はいつもみたく早く目を覚ます、などとはいかずに意識を失ったままでいた。

「……………」

「……ねぇ、お姉ちゃん………東雲お兄ちゃん、すぐに起きるよね…?」

「……橙矢…さんは………」

 こいしが橙矢の傍らに座るさとりに声をかけるがさとりは答えることができなかった。同室にいる霊夢も同じことだった。身体の二ヶ所に穴が開き、全身には殴り付けられた後に痣が出来ている。普通なら致命傷どころか死んでいてもおかしくない。

「お姉ちゃん…………」

「……………何も言わないでこいし」

「普通なら死んでるわよこんな………あんな攻撃何発も喰らってれば」

「……ただでさえお空の攻撃、もとい弾は爆発が伴います。………橙矢さんは……それを………」

「それよりさとり。橙矢をどうするの?山に送るの?」

「本当は医者のところに連れていきたいところですが……下手に動かして傷口を開かせたら元も子もないです」

「けど地霊殿にはそれほどの医療機器はないのでしょ?」

「………落ち着くまでそっとしてあげましょう」

「それがいいわ。とりあえず、橙矢は絶対安静にさせること。アンタら、いくら橙矢が心配だからって触れないこと。………火焔猫、アンタが唯一冷静になってるんだから対処しなさいよ。私はやることがあるからこれで失礼するわね」

 霊夢はそう言うと足早に部屋から出る。しばらくすると霊夢のあら、という声が聞こえた。次いで慌ただしい足音が聞こえる。

「………?」

「橙矢さんッ!!」

 扉が開かれて白狼天狗が部屋に入り込んできた。

「……新しいペット?」

「違います!」

「あれ、アンタ東雲橙矢のところの」

「橙矢さんは………!」

「落ち着きな白狼天狗。騒いだって東雲橙矢は起きやしないよ」

「え………」

 そこで橙矢が傷だらけで横にされていることに気付いた。

「………ッ」

 あまりのショックに言葉を失ったのか何も言わずに橙矢のもとへ歩み寄る。

「……………橙矢、さん……」

「………悪いのですが橙矢さんはすぐには山に戻れません」

「…………でしょうね」

「手紙で送った通り治るまで私が看ておきます。ですから貴女は戻ってください」

「………………」

「白狼天狗さん。分からないならハッキリ言います。貴女は邪魔なのです。そこにいたって何も出来ることなんてないのでしょう?」

「………橙矢さんは………!」

「お燐、地下の入り口まで送って差し上げなさい。鬼に見付からずに、ですよ」

「……さとり様、しばらくいさせては?」

「お燐?」

「いやあの、確かにここにいては邪魔でしかないとは思いますが………これからは夜の時間帯。鬼達の動きが活発になる頃でしょう」

「………盲点だったわ。それもそうね、しょうがないわね。……白狼天狗さん、一晩だけ泊めさせてあげるわ。ただし明日になったら山に戻りなさい」

「…………分かり…ました」

「…………………お燐、こいし。私達も休みましょう」

「さとり様……分かりました」

 さとりがこいしと燐を連れて出ていく。

「お姉ちゃん……いいの?」

「今日だけです」

「………そう」

「まったく、前回のフランさんと時といい、地霊殿は崩れやすい設計になってるのですかね」

「一度、鬼に相談してみてはどうでしょうか」

「それもそうね。じゃあ早速明日相談しにいきましょう」

 さとりはチラと椛の方を見てから扉を閉めた。

「…………………」

 残されたのは椛と物言わぬ橙矢だけ。

「………また貴方のこんな姿を見るなんて………」

 元々白い白狼天狗の装束が橙矢の血に塗れて見る影もない。いや、装束だけではない。全身という全身が血塗れになっていた。顔も腕も装束の間から見えるところすべてが傷だらけで正直見たくなかった。

「普通なら死んでいてもおかしくない傷。貴方はいつも無茶ばかりして………」

 橙矢の血に塗れた手を握る。

「どうしてですか?……橙矢さん、一体何が貴方を動かしているのですか……」

「………………………ゥ…………」

 しばらく静寂が続いた後に微かに橙矢の口から声が漏れた。

「橙矢さん………?」

 椛が名を呼ぶと握っている橙矢の手がぴくりと動いた。

「……………橙矢さん…………!」

「……ァ………も………ィ……じ………」

「橙矢さん、分かりますか!私です、椛です!」

「……………何……来て…………んだよ………」

「そんなことより!なんでこんな死に体なんですか!」

「………うる……せぇ………頭にひ……びぅ……」

「あ………す、すみません………」

「……………今は………こんな……情けない……姿、だから………」

「何言ってるんですか……」

「………山に………戻った……ら…………説め……い……してやる……から」

 橙矢は言い終えると再び気を落とした。

「…………橙矢さん……………今は、ゆっくりと休んでください…………」

 手を放すと立ち上がる。

「水蓮さんと……待ってますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が正気に戻ってから一日二日と経ち―――

 

「……まぁ今回の被害の事に関しては何も言えないねぇ、事が事だから。ペットが自分の住処を壊すんだもんね。それよりも、だ。私達はそんなこと心底どうだっていい。気になるのは何故八咫烏が暴走なんてしたか、なんだよ」

 萃香が腰をかけているのは地霊殿のある一室。テーブルを挟んでさとりと燐が呆れたような、表情で見つめる。

「………分かりませんよ。私とお燐もお空を次に見たのは暴れだしたあとなのですから」

「ふむ、本当のようだねぇ。だとしたら何か知ってるのは………東雲だけかい」

「そうですね、橙矢さんはその場に居合わせたようですし………」

「………東雲がこれに関与していないとも言い切れないけどね」

「ッ!それは……どういうことですか」

「東雲がやったってことだよ。……だけどだとしたらあの傷の量はおかしい」

「……あたいはそうは思いませんけどね。東雲橙矢はそんな裏でこそこそやるような奴じゃないでしょう。もし彼がやるとしたらそれこそ大胆にやってますよ」

「それなんだよ。……でもあの二人以外であそこにいた奴はいない。考えるだけ無駄なんだよなぁ。ま、特に旧都に被害がなかったから何も言えないけどさ」

「…………橙矢さんが足止めしてくれたおかげです」

「そうとも言えるけど」

「第一橙矢さんがやったとしても彼に何の得があるのです?」

「………それもそうだね。じゃあ他に誰がやったんだい?」

「それが分からないからこうしているんですよ」

「私も分からないよ。どんなやり口でやったのかすら分からないし」

「あの時地霊殿に近付くものはいませんでした。地底からの犯行は無理かと」

「ならほど………だったら上から?けどここの上って……妖怪の山のはず」

「余計分からなくなってきました」

「……………とりあえず東雲が完治してからだ。それまでは大人しくしておくか」

「……………」

 萃香の言葉に無言で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十四話 帰省

 

 

 

 

 

 

 空の暴走が収まってから約一ヶ月後

 

 今だに痛む身体を押さえながらも起こして立ち上がる。

「………………………」

 身体中包帯を巻かれており、あまり自由に身動きが取れない。

「………………」

「橙矢さん、起きたのですか」

 扉が開いてさとりが入ってくる。

「実際起きてたんだけどな。ただ身体を起こすのに時間がかかっただけだ」

「身体の方は?」

「多少痛むな。まぁけど動けないほどじゃないから」

「けど無理はいけませんからね」

「分かってるよ」

「それでも、貴方は無理をするのでしょう?」

「…………………」

「心配かけないため、と思ってやっているのでしょうけど逆に心配をかけているのですよ」

「お前らが心配し過ぎているだけだろ」

「……………嘘つき」

「…………」

「私達がどれだけ心配しているか本当は知っているくせに………」

「………何度も言うが他人のことなんざ知ったことじゃねぇよ」

「あくまで貴方はそう言うのですね」

「事実を言ってるだけだが。実際お前との約束も自身のためだけに破ったんだからよ」

「………橙矢さん。今はちょうど外では日が頂点にある時です。とりあえず昼食にしましょう」

「…………昼、か。なぁさとり」

「はい?」

「俺ってどれくらい寝てたんだ?」

「三週間とちょっと、つまり約一ヶ月ですね」

「そんなにも寝てたのか………。けど傷口はある程度塞がってきたことだしな。昼飯をいただいてから帰るとするよ」

「動くのが辛いのなら気が済むまでいてもいいのですよ。私もこいしも、大歓迎ですから」

「いや、もう一ヶ月も世話になったんだ。これ以上迷惑かけるわけにはいかないからな」

 歩き始めるも平衡感覚が狂って倒れそうになる。それをさとりが支えた。

「ほら、駄目じゃないですか」

「……………」

 さとりを押し退けるとすぐに二本足で立つ。

「なんともない、今のは久し振りに立ったから立ち眩みしただけだ」

「橙矢さん……」

「…………世話になったな」

 扉を開けて出ていく寸前、何を思ったかふと足を止めた。

「そうだな……この埋め合わせはいつかさせてもらう」

 さとりに振り向いて笑むと部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁を蹴って穴から出ると久々に浴びた陽の光に目を細める。

「…………眩しいな」

 吸血鬼になったら毎日がこういう気分になるのだろうか。まぁもう白狼天狗になった橙矢はよっぽどのことがない限り他の妖怪になることはないだろうが。

「いやぁ、余計なことには首を突っ込まないに限るな。くだらん時間を過ごしたもんだ」

 包帯に巻かれている箇所を鬱陶しげに見ると山に向けて歩き出す。それと同時に起きる前に何があったのか思い返してみる。

(何があったんだっけ……あぁ、空がなんか暴走やらなんやらしたのか。………原因とかそういうのを考えてもどうしようもないんだが………おかしい点がいくつかあったな。ひとつは何故、あいつの能力が発動されなかったか。そしてなんでその能力に負けたのか。普通なら自分と同じ能力なら相殺してもおかしくはない。それが第三者からのものだとすると………おいおい、シヴァの時のような能力じゃないだろうな)

 かつて橙矢は破壊神であるシヴァと戦ったことがある。シヴァの能力は破壊する程度の能力と創造する程度の能力。創造する能力は一度見た力を使うことの出来るというチート能力があり、これに幻想郷の者達は悉く破れていった。

(どういうことだ……。シヴァは確かに俺が殺したはず。まさか復活したとでも言いたいのか?けど神は自身のことが記されてるものがあればどれだけでも生き返ることが出来る………)

 だがシヴァは最終的には橙矢を妖力から解放してくれた。そんなシヴァがこんなことするはずがない。

「誰だ……誰が絡んでやがる」

(あの時俺と烏以外に間欠泉センター最下層にいたのはいないはず。だとしたら外部から?鬼?地霊殿の連中?何の得がある?地下の外は……二ヶ所からしか無理だな。俺が来たところと……昔使っていた螺旋の階段があるところと。とりあえず鬼と地霊殿の連中はない。鬼の方はいくら伊吹さんや星熊さんといえど鬼神長から令無しでそんな馬鹿げたことするか?下手したら鬼が全滅するかもしれなかったんだぞ。地霊殿は……まぁ疑うこと自体が馬鹿らしいな)

 視線をふと下に向けた。と頭の中で何か閃いた。

(いや待てよ。外からの出入りなんてもう一ヶ所あったじゃねぇか!それも間欠泉センターの真上。そこからなら妨害できる!けど………そこの真上って………)

 ここ、妖怪の山。

(天狗の畜生共がやったってのか!?鬼を消すために!?いくら奴等でもそんなことすれば鬼どころか八雲さんが黙ってねぇぞ……!さらに鬼の奴等がそれを知れば最悪また侵攻が始まる……。だが先日の鬼の進攻を考えるとすると……出来すぎている。タイミングも、手段も。ってことはちょっと待て。手引きしたのは俺だと疑われる可能性も零じゃない。もし俺が天狗がそれをするタイミングを計っていてそれを合図するためだけに送られた者だとすれば……。しかも生憎と鬼の中で、というか幻想郷内では俺はかなり悪い意味で有名だ。くそったれ!俺のことはどうだっていい、ただ椛や水蓮に被害が及ぶことがあったら俺は………!だがまだ天狗のせいだとは決まったわけじゃない。天狗がそんなことするはずない)

 激しくなってくる動悸抑え込んで息を整える。

(とりあえず落ち着け。冷静に考えてみろ。天狗にも馬鹿なジジイ共がいるとはいえその数は少ない。さらにそんな突貫する奴等はいない。……………………今は生きてることを喜ぶとするか。椛にもあの夜以来会ってないしな。不機嫌だろうなぁ。どうやって逃れようか)

 物寂しくなった門をくぐるとやっと落ち着いたのかひとつ大きい息を吐いた。

(……一ヶ月近く放置してたが………何もなさそうだな)

 最大三ヶ月意識を失っていたときよりかは幾分かはまだマシだった。あの時は今回受けた傷の何倍も受けていたのだ。普通なら死んでいてもおかしくない。……まぁ結果足を一本失ったが。だが妖怪に成ったことによって自然治癒力が人間の倍にもなり、治ってなんとか今に至るわけである。

「………………あれからまだ……四ヶ月しか経ってないのか」

 今や幻想郷の者の中で知らないものはいない異変のひとつ、『叢雲の異変』。

 今までの異変の中で唯一、直接結界の破壊を試みていた。

「……………」

 首を横に振って思考を霧散させていると目的の場所が見えてくる。白狼天狗の詰所。何も仕事のない白狼天狗が集まるところ。万が一椛が仕事だとしてもそこにいればいつかは帰ってくる。

 別にこのまま妖怪の山を散歩するのも悪くはないが。

「安静にしとけとは釘は打たれたし……戻るか」

 散歩、といっても天狗の里しかないためやめておく。あのエセ記者の餌にならない、という保証もないのに行くのはちょいと勇気がいる。

 見付かったら最後、立場上向こうが気の済むまでの耐久レースになる。それだけは勘弁被りたい。

 どれだけ身体がタフになろうとも精神だけは簡単にブレイクする。

(まぁ戻ってる間に見付かってもアウトなんだが)

 妖怪の山に戻ってもステルスゲームは続くらしい。

「神出鬼没だからなぁ……あの人」

 …………人?

「………あの烏」

 くだらない自問自答してため息をつくと歩く速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一ヶ月寝てても覚えてるもんだな」

 少し先に見えてきはじめた詰所を見ながらそう呟く。まぁたかが一ヶ月くらい寝てただけで人間……じゃなくて天狗様の記憶が消えるほど柔ではないが。これでも記憶力には自信がない。ないんだよ。

 扉の前まで来るとゆっくり扉を開けた。

「よーっす、しばらく留守にしてました東雲橙矢ただいま帰参ですー」

 それまで少しざわめいていてたものが一気に潮が引いたように消えた。次いで橙矢に一斉に視線が集まる。

「…………………どうしたよ」

 東雲橙矢だ、あの東雲だ……、なんていう陰口が聞こえる。

(おーおー、嫌われてやがんの)

 他人事のように思いながら奥へと進んでいく。

「椛は何処だ。……まだ仕事か?」

 すぐ傍にいる白狼天狗に聞くとその天狗は詰所の外を顎で指した。

「なるほど、外ね。ということは仕事か……水蓮も、だよな」

 一旦家に戻って着替えてくるのもいいな、と思い始めた時、扉が開いた。

「ん……?」

 それまで集まっていた視線が橙矢ではなく扉の方へと向いた。

「………あれ、東雲君じゃないか」

「……なんだ、まずはお前か水蓮」

 久方の水蓮は橙矢の前に来る。

「ボクじゃ役不足ってわけか」

「んなこと言ってないだろうが。別に誰が来ようと関係ねぇよ」

「ふぅん、隊長でも?」

「…………………それで、その件の隊長様は何処なんだよ」

「隊長は残念だけど上からお呼びが入ってね」

「上?………ジジイ共か」

「というわけで少しの間は戻ってこないよ」

「……そうか。だったら家に戻っておくか」

「それがいい。君のそんな装束みたら前地底に行ったときみたくなっちゃうから」

「あいつが地底に?どういうことだ」

「あれ、隊長一ヶ月前に行ったんだけど」

「いやいや、俺が気絶してからはじめに目が覚めたのは昨日だぞ」

「うーん…………知らないうちに目を覚ましてたっていうことかな?」

「おい、話についていけないんだが。その言い方だと俺があいつと地底で何か話していたということになるが?」

「だからそうと言ってるじゃないか。確かに隊長は地底で君と話した、と言っていたんだけど」

「あいつの勘違いじゃないのか」

「そうだね、じゃあ本人に聞いてみようかな」

「……そうだな」

「じゃあ東雲君。君はもう行きなよ。隊長の家にさ。待っててあげて」

「いや、俺も上に報告しに行くから」

「馬鹿言うんじゃないよ。もし上で会ったとして周りにはお偉いさん達そんな中で感動的な再会が出来るとでも?君が帰ってきたことはボクが行ってくるから」

「…………悪いな」

「いいって。君と隊長の感動の再会を邪魔するやつなんざボクが相手してやるっての」

 さ、行っておいで。と水蓮が言うともう一度礼を言って詰所を出ていった。

「……蔓、お前……」

 やがて一匹の白狼天狗が口を開く。

「…………まったく、羨ましいねぇ。あんな想い合える人がいるなんて。隊長は」

「東雲橙矢はどんな奴か知ってるのか?あいつは………」

「そんなこと知ってるよ。東雲君は一度この幻想郷を破壊しようとした。けどそれは無惨に死んでいった人のためであってのこと。それほど人のことを想える東雲君をボク達がどうこう言える立場じゃない。それなら君、幻想郷全土を敵に回せるかい?」

「…………ッ!」

「そこだよ。まだはじめて会ってから日が経ってないけどボクが彼を信頼する理由は」

 上に報告しに行くために水蓮も扉に歩いていく。

「ほんと、妬ましいくらいだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天狗の里にある椛の家の前で壁にもたれながら待っていると前方から土を踏む音が聞こえてきた。

「………よぉ、遅かったな椛」

 橙矢が声を上げると暗さで見えない人影が少し跳ね上がった。

「……と、橙矢……さん……?」

 顔がようやく見える距離になってから椛が口を開く。

「あぁ、俺だよ」

 …………あぁ、そうか。

「橙矢……さん…………」

「おいおい、なに亡霊でも見つけたような顔してるんだよ」

 椛が驚愕した目で一歩一歩橙矢に近付いていく。

「だって……橙矢さんが………」

「……遅くなったのは俺だな。悪い椛」

 俺は俺をこんなに思ってくれてる人を。

「本当に……無事で………」

 泣かせるまで心配させたんだな。

「……そうだな。確かに心配させた」

「いつも私の知らないところで傷ついて……」

「………………お前にだけは心配かけたくなくて……けどそれが逆にお前を心配させてたみたいだな」

「う……ぅ………」

「……ったく、いつまで泣いてんだよ。子供じゃあるまいし」

 やれやれ、と呆れた様子だったが何処か嬉しそうだった。

「……何がともあれ。ただいま、椛」

 笑みを浮かべると椛が橙矢の胸に飛び込んできた。次いで背に手を回すと強く抱き締めてくる。そして橙矢につられるように椛も笑みを浮かべた。

「遅い……遅いですよ。……けど、よく戻ってきてくれました………おかえりなさい橙矢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三章
第三十五話 六十六の仮面


 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺はこの時間帯に行けばいいというわけか」

 橙矢は隣に座る蓬莱人に言うと頷く。

「そういうことになるな。不都合になることがあったら随時連絡をいれてくれ」

「いちいち連絡するためだけにここに来るのはちょいと骨が折れるな」

 二人がいるところは人里。そこにある茶屋で引き受けた仕事の事について話し合っていた。

「だったら使いを回せばいいじゃないか」

「無理無理、俺の位は一番下だからな。逆に使いに回される方さ」

「ふぅん……橙矢だったらすぐに上なんかいけそうだけどな」

「生憎俺は上に立つ人柄じゃあないからな。今は椛の隊でなりを潜めてるよ」

「確かにお前の部下だけは嫌だな」

 ニヤニヤとしながら妹紅が嫌味を言ってくるが受け流した。

「確かに性格面もあるがな。一番の理由が俺が一部を除いて天狗の中では間違いなく嫌われてる、からかな」

「そうだな。お前はあれだけの事をしたんだ。真相を知らん奴からしてみればただただはた迷惑だったに違いない」

「けど別に多くの支持なんていらねぇよ」

「およ、強がりかい?」

「馬鹿言え。椛やお前達が俺のこと信頼してくれてるだけで充分だっての」

「……なるほど、多くの薄い信頼より少数の厚みってことね」

「当たり前だろ?」

「橙矢のくせに中々可愛いこと言いやがってこの野郎!」

 急に妹紅が腕を首に回して自らの方へ引き寄せる。

「ッ………別に普通の事だと思うが」

「………けどさ、今でも私達のことそんなに思ってくれてるなんてね」

「は?当然だろ。良くしてくれてるお前らにはどれだけ礼を言っても足りないくらいだ」

「………天狗になってからなんか素直になったな。お前」

「そうか?人間の時よりかは意識してたんだがまさかそこまで言われるほどなってたとわな」

「そっちの方がお前の気持ちが伝わりやすくていいさ」

 腕を放して妹紅が橙矢にもたれた。

「…………妹紅?」

「………こうしてお前と落ち着いて話せるのはいつぶりだろうな。初めて会ったとき以来か?」

「一ヶ月ぶりだろ。妖怪の山で」

「あの時は少ししか話せてなかったろ。今みたくこうして誰にも邪魔されず二人きりでいたときなんか」

「それだったらそうだな。……やけに忙しい四ヶ月だったからな。もう一生分くらいは働いたろ」

「そうは言ったって今も働いているんだろ?」

「まぁ……そうだけどさ。仕方ないだろ、白狼天狗になったら山の哨戒にあたらないといけないんだから」

「覚悟の上でだろ?」

「……………………」

「そういうところだけは変わらないなお前は」

「つまり何も考えず突っ走る暴走野郎だって言いたいのか」

「まぁね。けどそれは一番良い結果に繋がった」

「………それは言い過ぎだ。全部が全部最善の結果に繋がったわけじゃあない」

「だけど最悪の結果にもならなかった」

「んなこと結果だけの話だ。別にどっかの教師みたく言うつもりはないが問題は中身なんだよ」

「やれやれ、ネガティブなところは相変わらずだ」

「いやまぁ……否定する気はないけどよ」

「しないんだな」

「分かりきったことをどう否定しろと」

「なんだよもう少しくらい否定してみろよ、つまらない」

「………どっちなんだよ」

「残念だけどお前が望んでる方じゃあない」

「けっ、性格の悪いことで」

「お前に言われるなんて相当だな」

「幻想郷には性格の悪い奴ばっかりだな」

「そのほとんどがお前に感染させられてるんだけどな」

「おいおいそれじゃあまるで俺のせいで性格が悪くなったとでも言ってるようなもんだぞ」

「間違いがあるなら聞くけど?」

「あのなぁ……」

「ふっ、まぁ深くは考えるな」

「そうは言ってもな……」

「今が楽しいならいいんじゃないか?」

「…………………」

「橙矢、私はこれで良かったと思ってる。何故だか分かるか?」

「里が無事なことか?」

「いや、お前が無事なことだよ」

「………俺が?」

「お前だ橙矢。お前は私にとって慧音に並ぶ大切な人なんだからさ」

「あ、あぁ……そうか」

 気恥ずかしくなって視線を逸らす。

「どうしたんだ?……もしかして恥ずかしくなったとか?」

「…………あぁそうだよ恥ずかしいよ」

「なんだ、お前にもまだ人間らしい感情があったんだな」

「ほぉ?それはつまり俺が人間らしくないと?随分と皮肉が出るようになったもんだ」

「そんな皮肉が出るようになったのはお前のせいさ」

「………馬鹿なことをしたもんだな」

「……………正直なことを言うと」

「ん?」

「ほんとは少し寂しいんだ。ほんとは橙矢が白狼天狗になって、そして生き返って、またこうして話せるのは嬉しい。けど人間だった頃に比べてさ………なんか距離が開いたような気がして………」

「………………」

「なぁ橙矢。これからもたまにでいいからさ……私に会いに来てくれないか?」

「………………」

 橙矢は何も言わずに妹紅の頭に手を置いて撫でた。

「……ったく、可愛いこと言ってるのはどっちだよ」

「橙矢…………」

「俺は約束を裏切ることで有名なんだがな。……まぁけど、当然だろ?俺だってお前に会いたいと思う時があるんだから」

「わ、私に……?」

 予想外の言葉だったのか顔を真っ赤に染めた。

「ば、馬鹿。そういうことは時と場所を選んでから言えよな……」

「なんで場所なんか選ばなきゃいけないんだよ」

「だ、だって……恥ずかしいじゃんか……」

「さっきの仕返しだと思っとけ」

「うぅ………」

「………恥ずかしい、ね。普段そんな表情出さないくせに」

「うるさいな………そんなこと言うのはお前くらいなんだよ………」

「そうか?お前は結構可愛い……いや、美人なんだからさ。近寄りがたいんだと思うぞ。先生よりもな」

「そうなのかな?確かにあまり話しかけられないけど………」

「蓬莱人である上に月のお姫様と殺り合ってるんだからな。そりゃあ近付きたくないわけだ」

「そ、そうなんだ………」

「普通考えれば分かるだろ」

「……………それで」

 妹紅は顔を上げると少し橙矢から身体を離した。

「私はいいんだけどいつまでやってるつもりだ?」

 妹紅が言うのは撫でていること。橙矢はそこで気が付いたのか悪い悪いと謝って手を離した。

「まぁ橙矢がしてたいなら私は構わないんだけど」

「別に、俺がしたくてやってたわけじゃないし」

「……じゃあなんでやってたんだよ」

「理由を聞かれると……そうだな、褒美を与えてあげた、とかか?」

「ものすごい上から目線だな」

「だって他の表現のしようがないんだ。仕方ないだろ。じゃあいい例を見せてくれ」

「唐突な無茶ぶりはやめてくれるか?」

「つまんねぇなぁ、だからお前には知り合いがいないんだ」

「それはお互い様だろ」

「いやぁ、俺はいるぞ。ただし俺のことを恨んでる奴等で溢れかえってるけどな」

「もっと酷いな」

「そんな褒められても」

「言っておくが一ミリも褒めてないからな」

「………え、嘘」

「いやほんと」

「いやん」

「殴られたいか」

「いやん横暴」

 振り上げられる拳に気付きながらも避けるのが面倒という理由で甘んじて鉄拳を喰らい、軽くだが橙矢の身体が宙を舞った。

 空中遊泳を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しは反省したか橙矢」

「まったく、それどころかなんで殴られたのかいまだに分からん」

「お前の頭の中は相当おめでたいようだな」

「人によって捉え方が違うだろ」

「そう言ってるから敵ばかり増えるんだよ」

「何人増えようが関係ないっての」

「もう、少しは気にしろよな」

「はいはい。……さて、じゃあ俺はこの辺でおいとましようかな」

 よいしょ、と腰をあげる。

「帰るのか?」

「そうだな。確かに今日は休みを貰ってるが晩には帰らないと心配かけちまう」

「まるで子供だなお前」

「どちらかというとあいつの方だな」

「………待ってる人がいるなら仕方ないな。………久し振りに飯でも一緒にしようとしたんだけど」

「ん?だったら行くか?」

「え?いやでもお前」

「いいんだよ。そこまで重要なものでもないしさ」

「…………そうか」

「そろそろ日も沈む。早めに行っておくか」

「そうだね。早めに行かないと席が埋まるかもしれないし。ミスティアのところでいいか?」

「あの屋台?構わないが」

「こっからちょっと遠いけど……まぁ我慢できるよな」

「出来るっつーの」

「じゃあ―――――」

「待て、そこの御仁」

 二人して立ち上がり、その場を立ち去ろうとした時、橙矢に声がかかった。

「……………」

 面倒事だと即座に判断して知らない顔で歩いていく。

「そこの白狼天狗」

「はい俺だな」

 だるそうに首を声のした方に向ける。そこにはピンク髪の仮面をつけた少女が佇んでいた。

「ようやく反応したか。いつから白狼天狗の耳は悪くなった?」

 少し不機嫌そうな声がするが少女の表現は少しも変わらずポーカーフェイスで本当に不機嫌なのかどうか分からなかった。

「………なんだガキ」

「ガキではない。私には秦こころという名前がある」

「じゃあこころちゃんよ。俺になんか用でもあるのか」

「いやなに、何故妖怪の山に引きこもりの白狼天狗が人里にいる、と思ってな」

「見れば分かるだろ。こいつに用件があったから来たんだよ」

「それはお前自身の用件か?それとも天狗を通してのことか?」

「どこまで聞けば気が済むんだよ」

「私はこう見えても深入りする方でね。叢雲の異変を起こした本人がそこにいるのなら尚更」

 急にこころが薙刀を取り出して橙矢に向ける。

「お、おい!?何橙矢に得物を向けてるんだよ!ここは人里なんだぞ!」

 妹紅が慌てたように二人の間に入るがこころは薙刀を逸らそうとはしなかった。

「すべてが許そうとも私は東雲橙矢。お前を許しはしない」

 変わらない無表情だが仮面がいつの間にか鬼の仮面になっていた。だが橙矢の興味は他のところにあった。

(なるほど……仮面で表情を表してるのか。……霊面気……?分からん)

「……じゃあ外に出ろ。そこでなら好きなだけ相手をしてやるよ」

「橙矢!お前まで!」

「うるせぇぞ妹紅。どうせこれは俺が撒いた種だ。だったら俺がケリをつけるのが常識ってもんだろ。それとも何か他に案でも?」

「い、いや………」

「こころとやら、ついてこい。拒否は許さない」

「………………」

「………これでも最大限の考慮をしてるつもりなんだけどな」

「…………いや、いい。そこまで気が回るなら私の勘違いだったんだろう」

 意外にもこころが薙刀をしまい、下がる。

「理解が早くて助かるよ」

「…………」

「しっかしなぁ、妖怪であるお前がなんで里を守る?」

「………お前には多分分からないだろう」

「あっそ、ならいい。行こうか妹紅」

「あ、あぁ」

 心底どうでもいいような感じで言うと里の外へと向かっていく。

「……………」

 立ち止まってチラ、とこころの方を見る。だがすでにこころは姿を消していて影も形もなかった。

「まったく……なんだってんだよ」

 あまりにも理不尽な威嚇にさすがの橙矢もため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十六話 酒に溺れたってメリットは多少ある

久し振り


 

 

 

 

 

 

 

 

 妹紅はミスティアの屋台に来るなり酒を頼んだ。

「……おい、飲みすぎるなよ」

「分かってるっての。一人で帰れるくらいの理性は残しておくさ」

「ほんと頼むぞ」

「はいはい。橙矢、お前はいいのか?」

「ん?」

「妖怪になったんだから多少は飲めるようになったんじゃないのか?」

「………俺はまだ二十もいってないんだぞ」

「気にするなよ」

「悪いが俺は飲まないからな。何を言われても」

「つまらないなぁお前は………」

「悪いな。あ、店長、焼きと………いや、なんでもない」

 屋台というだけについ禁句を言いそうになってしまったがなんとか堪えた。まぁ大半は言ってしまったようなものだが。

 妹紅のつまみを口に運びながら苦そうな顔をする。

「おい、それ私のなんだが」

「いいじゃないか。どうせ減るもんじゃないし」

「だとしたらお前の目は腐ってるんだろう。私には減っていってるように見えるんだが」

「それはそっちの目がおかしいに違いないな」

「……………ふん」

 急に拗ねたようにそっぽを向いてチビチビと飲み始める。

「橙矢って私と話すたびいつも弄ってくるよな……」

「そうか?確かに霊夢や幽香だったら口じゃ勝てないからな。その分のものをお前や天子で発散してるのもあるかもしれん」

「隣失礼していいかしら?」

 すると暖簾をくぐって二人の女性が入ってきて、橙矢に声をかける。

「ん、あぁ、どうぞ―――――――――ゑ」

 つい今しがた出した名の者の声が聞こえて身体を震わせた。

「ゆ、幽香お姉様…………?」

 振り返ると夜なのにも関わらず傘をさす幽香とその後ろにボロ雑巾みたいになっている天子が。

「……まずひとつ質問いいか」

「なにかしら?」

「そのボロ雑き……いやいや、天子はなんなんだよ」

「そんなことどうでもいいのよ。難癖つけてきた天人のことなんざ」

「あーはいはい。分かりやすい説明ご苦労」

「それで、隣失礼していいかしら?」

「まぁ………いいけどさ」

「ちょっ、花妖怪!なに勝手に東雲の隣座ろうとしてるのよ!」

「なによ、私は橙矢の許可をもらったのだから座ろうと私の勝手でしょう?」

「で、でも………」

「幽香、あまり虐めてやるなよ」

 橙矢が横槍を入れると幽香は意地悪げな笑みを向ける。

「じゃあ代わりに貴方が相手してくれるのかしら?」

「天子は犠牲になったのだ」

「ちょっ……!」

「さぁ楽しみましょう」

「やめなさい……って!それよりも東雲!なんであんた白狼天狗になってるのよ!」

「………あ?」

「ん?」

「……何言ってるのよマゾが」

「え?……な、何よ。何か変なこと言ったかしら?」

「第一になんで俺が白狼天狗になったこと自体知らないんだ?射命丸さんのせいで幻想郷中に……あっ」

「そうなのよ。天界には来てなくてね」

「なら仕方ないか……」

「理由がどうであれ、もうなってしまったものは仕方無いわね」

「珍しく聞き分けがいいな」

「そんなこと知ってるわよ。今さら変わったことにグダグダ言ったって戻らないし」

「そういうことだ。まさかの奴からまさかの言葉だな」

「東雲、それってどういうことかしら?」

「おっと口が滑った」

「じゃあこれで防ぎましょうか」

 そう言って天子と橙矢の間にいた幽香は酒瓶を取り出す。

「マジでやめろ」

「つれないわねぇ、少しくらいなら大丈夫でしょ?天狗になってるんだから」

「あいにくと酒には弱くてな。帰れるほどの理性は残しておく」

「ふーん、貴方がそういうならそうしましょうか」

「あぁ、だから酔って俺に酒なんか飲ませんなよ」

「それは分からないわよ」

「妹紅、助けてくれ」

「あー?」

 妹紅の方を見ると頬に赤みがかかっていた。

「あぁ任せときなって」

「………なんだろう。すごく嫌な予感しかしないんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、案の定橙矢の予測は当たった。

「橙矢ー、つれないじゃんかー」

「蓬莱人、橙矢が迷惑しているでしょう」

「キャー!イクサーン!!」

 妹紅は橙矢の肩に腕を回して酒を誘い、それに対して幽香が殺気を込めた視線で貫く。そして天子は幽香を誰と間違えているのか一人で盛り上がっていた。

「……………………ッ」

 左右を固められて何も言わずにただ我慢している橙矢は迷惑そうにため息をつく。

「頼むから静かにしてくれ……」

「橙矢ァ、いい加減酒飲もうぜー」

「しつこいぞ妹紅。幽香も落ち着け」

 酒瓶を持つ手を押さえながら幽香を宥める。天子は特に害はないので無視。

「なんだよ、私がうるさいっていうのかよ!」

「実際うるせぇんだよ!」

「二人ともうるさいわよ静かになさい」

「いや俺は静かにしてるんだけど妹紅がな」

「橙矢、貴方も大概よ」

「だったらお前の隣で騒いでる頭が有頂天のやつを止めてくれ」

「無視してるのよ」

「同じく」

「ふふ、気が合うわね」

「………そうかもな」

「私には冷たいくせにそいつとは仲良いな橙矢ァ」

「……………お前がうるさくしなけりゃいい話だ」

「あぁまぁ……それは悪かったよ」

「分かってくれたなら何も言わねぇよ。それともう飲むのは止めておけ。帰れなくなるぞ」

「んー………いや、まだ大丈夫」

「橙矢、その子相当な量飲んでるから連れて帰りなさい」

「………だとよ妹紅。帰るぞ、いくら蓬莱人のお前でもこんなところにいつまででも置いておくわけにはいかないからな」

「………」

「蓬莱人、大人しく聞き分けなさい。私ならまだしも店や橙矢に迷惑かけるつもり?」

「…………………」

 幽香の言葉が効いたのか口を尖らせながら机に突っ伏した。

「おいそんなに拗ねるなよ。幽香はお前のために言ってくれたんだからよ」

「……………………」

「いい加減にしろっての」

「橙矢」

 幽香が橙矢の肩を叩いて宥める。

「あ?」

「よく見なさい」

 妹紅を見ると寝息を立てていた。

「……………ハァ」

「さすがの貴方でも寝ている相手に怒るわけにはいかないでしょう?」

「………ったく。寝るほど飲むなって言ったのに」

「そろそろお開きにする?その子を送ってあげなきゃいけないでしょうし」

「だる」

「諦めなさい」

「まったく……妹紅の分まで俺が払わなきゃいけないのかよ」

「東雲ご馳走になりまーす!」

「黙れ腐れ外道天人」

「ちょっ、酷くない!?」

「今のは貴女が悪いわ腐れ外道天人」

「あんたまで……」

「お前らの分はさすがに払えねぇよっと」

 代金を置くと妹紅を担ぐ。

「御馳走さん。金はここに置いておくからな。じゃあな幽香、天子」

「えぇ、また今度ね」

「たまには天界にも顔出しなさいよ」

 二人の言葉に軽く手をあげて応えると妹紅を担ぎ直して歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢と妹紅が去った後、残った幽香と天子はスッと真顔になる。

「……………どうなのよ。久し振りに橙矢に会った感想は」

「別に、白狼天狗になっただけで中身は変わらないわね。相変わらずな口の悪さよ」

「正直驚いてないわよね?」

「まぁね。あの東雲だから何者になってもおかしくはないでしょ。それに、神になりかけた時に比べれば、でしょ?」

「それもそうね」

「ねぇ、あんたは悔しくないの?」

「ある程度予想はつくけど、何よ」

「白狼天狗になってあの椛ってやつが東雲の隣を独占してること」

「…………………………確かに。あのチワワちゃんは羨ましく思うわ。けどそれは橙矢が選んだものなんだから私達が何か言える立場じゃないことは貴女も分かってるはずよ」

「ふーん、大人ね」

「貴女が幼すぎるだけよ」

「そういうことにしておきましょうか。それでどうするの?このまま飲む?」

「当然、憂さ晴らしに橙矢に飲ませようとしたんだけど飲ませれなくてストレスが貯まってるのよ」

「うわぁ…………」

「天人、貴女には付き合ってもらうわよ」

「は?」

「覚悟なさい」

「マジ勘弁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁー、世界が回る……」

 橙矢がなんとか妹紅の家にたどり着き、安堵のため息を吐いた時に呻き声をあげて妹紅が目を覚ました。

「回ってるのはお前の頭だ馬鹿」

「うーん………酔ってたのか……悪い橙矢。また迷惑かけちゃったな」

「俺がやってたことに比べればこんなもの安いもんさ」

「けど………うん、ありがとう。家まで送ってもらっちゃってさ」

「……まったくだ。結局俺が金払ったしな」

「いやぁ、ほんとすまない。ちゃんと自分で飲んだ分は返すからさ」

「いらねぇよ。その言葉だけで充分だ」

 心底煩わしげに手を振ると妹紅を床に下ろさせる。

「金を取ったって俺の気分が晴れるわけじゃないしな」

「………なんだそれ」

「………………もういいだろ。俺は帰るぞ」

「もう帰るのか?」

「普通帰るだろ」

「今日はもう暗いんだし泊まっていったらどうだ?」

「……女の家にそう易々と泊まれるほど度胸はないんだよ俺は」

「へぇ?つまり橙矢はチキンだと」

「あぁそうだ、なんとでも言えよ」

「なんだ張り合いのない。私の知ってる橙矢はそんなんじゃなかったぞ?」

「だから好きに言えとさっきから言ってんだろ」

「……………」

「帰るからな。じゃあまた今度」

 振り向いて扉に手をかける。すると後ろから服の裾を掴まれた。

「…………………」

「橙矢………」

「………頼むから馬鹿なこと言うなよ」

「も、もう少しだけ……」

「……………あのなぁ」

「だって……橙矢と久し振りに会えたのに………」

「……さっき里でも言ったがお前には会いに来てやるから」

「……………」

 裾が放されて気が緩んだ時に橙矢の胸に妹紅が倒れ込むようにしだおれてくる。

「………眠いならとっとと寝ろ」

「寝るよ。……すぐに寝るさ」

「それならいいんだが」

「けど橙矢。………お願い、今はこのままでいさせて……」

「寝惚けてんのか」

「………そうだね。今はそういうことにしておいて……」

「はいはい、そういうことにしとくよ」

「うん………ありがとう」

「酔ってんだろ。すぐに寝て明日に備えろ」

「明日特に何もないんだけどね」

「俺があんだよ。いいからとっとと寝ろ」

 妹紅の身体を持ち上げると部屋に入ってそのまま横にさせる。

「とりあえずお前が寝るまではいるから。それからは知らん」

「………優しいな、橙矢は」

「はいはい、分かったから」

 軽くポンポンと頭を叩く。

「おやすみ、妹紅」

「…………おやすみ、橙矢」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十七話 鋭い刀より錆びた刀の方が痛い

 

 

 

 

 

「………」

 何かに包まれているような感じがして橙矢は目を覚ました。

「………ん?」

 目が覚めても真っ暗だった。

「おかしいな……もう起きたはずなのに」

 身体を起こそうとしたが何かに拘束されているのか動かない。

「………おい、まさか」

「んー?橙矢………?」

 近くから妹紅の声がする。というより目の前で聞こえた。

「橙矢……起きたのか……?」

「その様子だとお前も目を覚ましたみたいだな。とりあえず何故か俺は視界が塞がれてるみたいだからさ」

「あ、あー……ごめん、私のせいだな」

「うん、大体は分かってたよ」

 どうやら妹紅が寝惚けていつの間にか橙矢を抱き枕にしていたよう。

「一言言わせてくれ」

「一言な」

「………いい加減離れろ!」

 橙矢の怒号と共に身体がようやく自由になった。

 

 

 

 

 

 

 

 逃げるように妹紅の家から出るとすぐさま妖怪の山へと戻った。

 幸いにも起きた時間が早く、集合時刻に間に合った。

「早起きは三文の徳……かしら」

「およ、東雲君今日は早いね」

 橙矢より早く来ていたのか水蓮が気が付いたのか顔を上げる。

「あぁ、絞め殺されるかと思った」

「?」

「いや、なんでもない」

「そう、なら何も聞かないよ」

「助かる」

「いいってそんなこと。それよりもそろそろ隊長が来る頃だから気を引き締めてね」

「お前には言われたくないな」

 丁度その時椛が二人の前に出てくる。

「水蓮さん、おはようございます。…………それと橙矢さんも」

「うん、おはよ隊長」

「おう、今日は間に合わせたぞ」

「元気そうでなによりです」

「…………」

 笑みを浮かべる椛だがなにか橙矢は違和感を感じる。

「………橙矢さん、先日は里へ行ったのですよね?」

「なんだよ急に。……あぁ、行ったよ。それはお前に一言入れたはずだが?」

「そうです、えぇそうですね」

 椛は笑顔のまま装束の袖の中に手を入れる。

「…………女の匂いがするのですが」

「そりゃあ妹紅と話してたからな」

「ふふ、誤魔化しは効きませんよ橙矢さん」

 袖に入れている手を抜くとそこには新聞が。それを橙矢に放る。

「これを見てもまだそう言えますか?」

「あ?」

 新聞を見る。横から水蓮も覗く。

「………おい、これ………」

 載っているのは橙矢が酔って眠っている妹紅を運んでいる途中の写真。こんなの撮るのは一人しかいない。

「射命丸さん………」

 大きくため息をついてから新聞を椛に投げ返す。それを椛ははたき落として踏みつけた。

「ちょっ、それ仮にも上司の作りもん……」

「今はどうでもいいのですよ。それより説明、していただけますよね?せっかくの休みを。本来休暇というものは仕事の疲れを取ることを前提として取っているものであり女性と仲良くするために時間を作っているのではありませんよ」

「いや待て違う。一旦説明させろ」

 何故か浮気のバレた男性が言う台詞になっているが言える言葉がこれしかなかった。

「昨日はな、飯に誘われたんだ。その時に俺は止めたんだが妹紅が呑みすぎて寝ちまってさ……だから妹紅の家まで送ってったんだ」

「ふぅん?それで、その帰りにこの写真を撮られた、ということですか」

「あぁそうだ」

「………………そうですか。ならいいです」

 椛がそっぽを向くと離れていく。追おうとしたが水蓮が腕を掴んで橙矢を止めた。

「待ちな東雲君」

「理由は」

「なんで隊長が怒ってるのかわからないけど今はやめておいた方がいい。下手に刺激したら余計面倒なことになりそうだから」

「……………そうだな」

 追うことを諦めて落ちた新聞を手に取る。

「あの馬鹿烏余計なことしかしないな」

「ボク達の上司だよ。その言い方はやめときな」

「…………」

 肩を竦めてから再び目を通す。

「今回は嘘を書いてないみたいだが………」

「まずそこからなんだね」

「だって射命丸さんだぞ?」

「そうだね。否定はしないよ」

「椛は後々話し合うとして………今日は河童のところでも行くか」

「ん?珍しいね。君が河童のところに行くなんて」

「哨戒中は妖怪の山から原則出るのは禁じられているからな」

「確かにね。なら隊長はボクに任せておいて。どうせちょっとした嫉妬だろうから」

「嫉妬ねぇ………よく分かんねぇや」

「東雲君、君はもう少し人の心を知ろうか」

「…………何のことだ」

「いずれ分かるようになるさ。他の奴等も行ったようだしね」

「それより椛のことは頼む。俺よりかはお前の方が付き合いが長いだろうし」

「うん、任せておいてよ。けどさ、東雲君」

「他になにか?」

 水蓮が近付いてきて橙矢の顔を見上げるように覗き込む。

「このツケは大きいからね。今度ご飯でも奢ってよね」

「はいはい、そのくらいならな」

 水蓮の言葉に苦笑いで応えるとにとりの工房へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで私のところに来たって訳かい。あのねぇ、河城にとりの工房は暇潰しの場所じゃないんだ」

 着くなり不機嫌そうに機械を弄りながら口を開く河童。

「暇潰しなんかじゃねぇよ。どうせ暇してんだろうなって思って来てやったんだよ。礼を言え」

「無遠慮な言葉どうもありがとう。つくづく鼻につく言い方をするね君は」

「すみませんね、白狼天狗になってより悪くなっちゃいました」

「もう末期だね。医者に見てもらうといい」

「俺は一体何回行けばよいのか」

「口を縫い合わせてもらえればすぐに治るよ」

「まず俺よりお前の頭をどうにかしてこい」

「幻想郷随一の頭脳を持つ私を愚弄するのかい?」

「おいおい、科学力と医学力は根本的に違うぞ」

「あっはっは、君は面白いことを言う」

 言葉とは裏腹に目の前ににとりが弄っている機械から鋸が出てきて橙矢に突き付けていた。

「バラすことくらい、わけないさ」

「答えになってない。……何の真似だ」

「粛正さ。馬鹿な君のね」

 瞬間鋸が振り上げられた。

「冗談なら済ませてやる」

「……………椛を、あまり悲しませるものじゃないよ」

「は………?」

 突然の言葉に呆然とし、振り下ろされる鋸の対処に遅れた。

「…………ッ!」

 刀を抜いて体勢を崩しながらも受け止めた。弾くと腕を強化して機械を殴り付けて吹き飛ばす。

「いきなり何しやがる」

「やっぱりガラクタはガラクタだね。まるで使えない」

 壊れた機械に足をかけて蹴り飛ばす。

「お、おい河童?」

「君、椛ともあろう者がいるのに他の女とイチャコラしてるらしいね。新聞で見たよ」

 そう言うにとりの手にはついさっき見たものと同じ新聞があった。

「……………言い訳するつもりはないけどな」

「ひとつ言っておくよ」

 にとりは背から触手型のアームを四本出させた。

「………頼むから死ねとか言うなよ」

「なぁに、簡単なことさ。私は昔からね、いや今日の新聞を見るまではそこまでだったんだ。けどこれでハッキリしたよ。椛を悲しませるやつ。東雲橙矢、君のことが大嫌いだ」

「………………………」

 やっぱりここにもいたか、というようにため息をつくと見下すように睨み付ける。

「好き嫌いは特に何も言わないさ。嫌われてるのは重々承知だからな」

「ほぅ?それは計算外だ。君は嫌われることが嫌いだと踏んでいたんだけど」

「計算外で嬉しいよ。俺はお前なんかに計算されるほど精密に出来てなくてね」

「じゃあその脳味噌を観察させてもらおうかな」

「おい、工房がぶっ壊れるぞ」

「心配要らないさ。……こんな工房、椛を悲しませるやつを葬ることが出来るなら一緒に捨ててやるさ」

「……………………」

 橙矢が刀をに突き付けて構えると殺気がにとりを貫く。

「………ッ!」

「お前が俺をどう思おうが俺にはどうでもいいことだ。それと椛のために憤ることもわかる。………けどな、別に頼んでないことをやろうとするな。処理が面倒なんだよ」

 一瞬でにとりの懐に潜り込む。刀を振り上げるがにとりが履いている靴の爪先から刃物が飛び出て刀を防いだ。

「チッ………!隠し玉か……!」

「こんなの序の口。まだまだ行くさ!」

 跳んで壁にかけてある銃を掴むと橙矢に向ける。

「焼けな!」

 ガスが撃ち出されて次いで焔がガスの通り道を過ぎていく。

「冗談だろ!?」

 身体を捻ってなんとか避ける。着地すると足を強化してにとりに迫る。

「そういやぁここはテメェの領地だったな!フィールドセレクトはするべきだぞ!」

 焔を放射したまま橙矢の方に向けるが橙矢は身体を前方に倒してそのまま駆け出す。

「うぃ!?これを避けるなんてね……」

「伊達に退治屋やってきたわけじゃねぇんだ」

「それもそうだ……ねッ!」

 熱放射器を捨てると先程破壊された機械の鋸を蹴りあげて掴むと橙矢に投げ付ける。

「いくらなんでもそれはないな」

 迫る鋸に合わせて足を振り上げて柄を蹴り飛ばしてにとりに返す。

「残念だけど返品は受け付けてないなぁ」

 触手型のアームではたき落とすとその勢いで橙矢を掴み上げる。それに対し橙矢は能力すら使わず引きちぎった。

「おいおいマジですか……」

「人間の頃とは違って基本的な運動能力が上がってるからな。そんなもの程度に拘束できねぇよ。………さて、こんなもんじゃ終わらないだろ?」

「当たり前。普段から機械を弄っていることだけはあるさッ!」

 アームがひとつの銃に伸びていく。だがそれを易々と許す橙矢ではない。斬撃を放って妨害する。

「チッ………!」

 残った二本の腕の内一本で橙矢に拳を放ち、その間に銃に伸びて掴む。

「上等……!」

 拳を強化させるとアーム目掛けて突き出して激突した。少し拮抗するがすぐににとりごとアームを吹き飛ばす。

「うわ……!?」

「お前はどうやら勘違いしてるらしいからひとつ訂正してやる」

 足を強化させてその場で地に叩き付けるとクレーターが出来る。

「白狼天狗は他の妖怪と比べて物理が強い。だから白狼天狗と俺の能力は相性がいい。そんなガラクタに負けるようなたまものじゃないさ」

「じゃあ、そんな退治屋にはこれで充分だね」

 にとりが銃の引き金を引くと魔理沙のマスタースパークもかくやというほどの威力を持つ閃光が発射された。

「効かねぇっつってんだろうがッ!」

 刀を真っ直ぐ構えて振り下ろすと閃光を真っ二つに裂いた。

「………こんなんでお仕舞いか?」

「いや、前座は上々。こいつが正真正銘最大火力を持つものさ!」

 アームで床を破壊してそこ突っ込ませるとひとつの大砲が顔を見せる。

「そんな大砲ぶっ壊してやるよ!」

「いいや、ぶっ壊れるのは君の方さ!」

 急速に熱が集束してあまりの熱量に辺りが白で塗り潰される。

「頼むから死なないでくれよ。この子は手加減が出来ないから」

「言い訳無用!とっとと塵芥になりな!」

 強化させたままの足で地を蹴り上げて真っ正面から突撃する。防御を捨てた、捨て身の突撃。集束し終えるとにとりが引き金を引いた。

「焼かれてその魂に刻み込みな、河城にとりという名を!」

「断る」

 発射された瞬間橙矢が刀を硬化して大砲の銃口に突き刺す。ふたつの力は激突して爆発を起こす。それは河城にとりの工房を軽々と呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫をどかして何とか立ち上がる。

「……ッくそったれ………。少しは加減しろっての……」

「まさかあれに対して真っ正面から来る馬鹿がいるなんてね………」

 銃口は破裂し、ズタボロになった大砲を捨てた。

「頑丈さは負けない自信があるもんでね」

 軽々しく言っているが服は焼け焦げ、肉も焼かれており、刀を握っていた腕も皮膚の一部が溶けていた。

「先日やられたい放題に焼かれたもんでね、熱には大分耐性が出来た」

「おいおい、耐性なんてそんな柔なもんじゃないでしょそれ……」

「………さ、続けようか」

「その傷でかい?」

「この程度傷がなんだ、こんなん傷の内に入らないさ」

「自分は大切にするものだ、よッ!」

 背中の機械がガス噴射してにとりが一瞬で接近する。

「そいつぁ駄策だエンジニア!」

 にとりに合わせて瓦礫を蹴り飛ばした。いくらエンジニアとはいえ素手で瓦礫は壊すことは出来ない。とそれまでは思っていた。

「誰がエンジニアは喧嘩に弱いって決めた?」

「――――――!」

 にとりが素手で瓦礫を破壊するその時までは。

「……ッ!」

「残念」

 唖然してる間に胸部に拳が入る。それは想像以上の威力で橙矢を大きく後退させた。

「ゲホ……!?」

「ふぅ……久し振りだね肉弾戦なんか。大分鈍っちゃったけど」

「これで鈍ったとか……化け物かよ」

「スペルカードルールが出来てからだね。それまでは無法地帯に近かったからねぇ。生きる術をどうにかして身に付けなきゃいけないわけだ」

「なーるほど………」

「幻想郷の古株は君が思ってるほど脆くはない」

「あーあ、今聞いちゃいけないこと聞いた気がする」

「君は新参者だから所詮その程度ってことさ」

「手厳しいな……」

 口の中に溜まってる血をペッと吐き出すと刀を構えた。

「まだやるのかい?」

「挑発できるほど余裕があるんだな。いやー河童はすごいな」

 軽く言って撃ち出すように刀を投げ付ける。それを手の甲で弾いた。

「……!弾いた……!」

「別に驚くほどでもないでしょ?」

 にとりはいつの間に装備したのか鉄の籠手を橙矢に見せた。

「私はエンジニアだ。だからこんなものも造れるんさ」

「まるでどっかの鉄人だな」

「おっとそこまでにしておきな」

「悪かったよ。ま、退く気はさらさらないんだけどな」

 駆け出して腕を硬化させると殴り付ける。それは籠手で塞がれる。次いで硬化を止めて腕を強化させると皹が入った。

「ッラアァ!」

 力任せに吹き飛ばした。その隙に先程弾かれた刀を拾い、後退する。

「いつつ……少し侮りすぎたか。まさか鉄が壊されるなんてね……」

「どうやら一点集中の力には弱いらしいな」

「うーん、改良の余地ありか」

「エンジニアとしては腕はまだまだか?」

「いやぁ、少なくとも君よりかはあるさ」

「だろうね、俺は学に関しては皆無だからな」

「そういうのを馬鹿って言うんだよ。知ってる?」

「言葉は知ってるぞ。さすがに中学は出てるからな。嘗めてもらっちゃ困る」

「どっちにしろ馬鹿だね」

 互いの拳が激突して弾き合う。すぐ橙矢は体勢を立て直そうとするがそれよりも早くにとりが体勢を崩しながらも蹴りを放ち、橙矢の脇腹に直撃する。

「…………!?」

 体勢が崩れていた状態で受けたので派手に地を転がる。

「ぅ………」

「終わりだね、東雲橙矢」

 飛び上がって橙矢の傍らに着地する。

「………何か、言い残すことは」

「……きゅうりは嫌いだ」

「あっそ」

 胸ぐらを掴み上げると腕を引いて、瞬間放った。

 

 

 

 



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第三十八話 タブーはそう簡単に口にしてはいけない

 

 

 

 

「隊長、何処にいるのー」

 水蓮は橙矢と別れた後すぐに椛を探しに出ていた。

「拗ねてないで出てきなよ隊長。君が嫉妬してることは知ってるからさ」

「嫉妬なんてしてません」

 すぐ近くの木の上から声がする。どうやら当たりだったみたいだ。

「ビンゴ。なら隊長、どうしてあの時逃げたりなんか?」

「逃げてません」

「別に誰が誰に嫉妬しようと勝手だけどね、痴話喧嘩はやめてほしいよ」

 ため息混じりにそう言うと椛が顔を真っ赤に染め上げた。

「痴話喧嘩でもないです!」

「何を心配してるか知らないけど東雲君は君のことを大切にしてる。それは分かるよ」

「橙矢さんが……?」

「隊長と同じで不器用だからねぇ。素直に伝えることが出来ないんだよ」

「………証拠は」

「あるわけないでしょ、音声記録出来るものがないんだから」

「それはそうですけど……」

「そんなにも東雲君のこと信じられない?」

「い、いえまさか……」

「第一に東雲君が隊長を傷付けるわけないでしょ、まぁ例外もあるけどさ」

「…………」

「まぁそれはともかく、ちゃんと東雲君に謝ることだね」

「………そうですね」

「いやぁ、いい仕事をしたもんだ。隊長達の仲を取り計らうってのは」

「…どういう意味ですか」

「何でもないよ。ただ素直じゃなさすぎるのは面倒だなって思っただけだよ」

「…………だって……橙矢さんが最近よそよそしくて……」

「あー、それで距離が開いているかもってことね。だったら言わせてもらうけどね、東雲君が白狼天狗になった意味。考えてみなよ」

「橙矢さんが………」

「そう。東雲君が人間をやめてまで白狼天狗になった理由」

「足を治すためでは……」

「隊長といるため。東雲君が起きてから初めて来たとき聞いたんじゃなかったの?」

「そ、そういえば……」

「そんなことまで忘れちゃったのかい?ボクも付いていってあげるからほら行くよ」

 水蓮が椛の手を掴む。

「で、ですが橙矢さんはどちらに……」

「河童のところにいるよ」

「にとりさんの?………変ですね。いつもの橙矢さんが行くとは思えません」

「本人から聞けばいいさ。じゃ」

 行こうか、と言おうとした瞬間轟音が響いた。

「………なんだ今の音。また鬼が来たのかな?」

「いや、それはないはずです。……確か音の方は……ッ!にとりさんの工房!」

「は!?なんだよあの狼、ほんと問題に好かれているようだね!」

 二人は同時に駆け出してにとりの工房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工房へと着いた椛と水蓮がはじめに目に映ったのは半壊状態の工房の中央で地に伏せる橙矢だった。そしてその橙矢に追い討ちをしようとにとりが腕を引いていた。

「な……!あの河童何やってるんだ!隊長、ボクはにとりを止めるから東雲君は任せた!」

 振り下ろされた拳を服の裾から取り出した懐刀で受け止める。だが予想以上の力に膝が地に着く。

「………蔓、邪魔してもらっちゃ困るんだよ」

「なんのつもりだ……!」

 その隙に椛が橙矢を抱えて後退した。

「……これ以上の蛮行は許さないよ。にとり」

「……………やめやめ、君達には手を出したくないからね」

「君……なんで東雲君を……!」

「……………嫌いだからだよ。その男のことがね」

「え…………」

「椛を悲しませる奴なんか私が直々に潰してやるさ」

「橙矢さんやめてください!傷は浅くないんですよ!」

「待てよ、まだ終わってねぇだろうが……!」

 椛を押さえながら橙矢が立ち上がり、刀を構える。

「東雲君……」

「水蓮、邪魔するなよ」

「礼のひとつも言えないのかい君は」

「礼は言う。けどそれとこれとは違うだろ。いいからかかってきな河童……!」

「………って言ってるけど?」

「やめてください!」

「黙れよ椛、一方的に言われて黙れって言うのか」

「………いい加減にしろと言っている」

 椛が目の前に迫る。

「――――――――――」

「寝てろ」

 膝が顔面に入り、大きくのけ反る。次いで殴り付けると地に叩き付けた。

「………っぅ………」

「……………………聞こえなかったのか、隊長である私がやめろと言ったんだ」

 人が変わったかのように椛が冷たい目で橙矢を見下ろす。

「も、椛………?」

「……………にとり、お前も大概だ。少し自嘲しろ」

「あ、あぁ……悪かったよ」

「互いに、馬鹿は真似はするな。まだ暴れ足りないと言うなら、私が相手になる」

「「…………」」

 橙矢とにとりは互いに顔を見ると肩を竦めた。

「……………分かった分かった。もうやめるから」

 刀を放って椛に渡す。

「これでいいだろ」

「………にとりさん」

「はいはい」

 椛が呼ぶとにとりは渋々身に付けている機械を全て取っ払った。

「………分かってくれましたか」

 ふと椛の声から重力が抜けて軽くなった。

「……まったく、にとりさん。どうせ仕掛けたのは貴女なんでしょう?それもくだらない理由で」

「…………だって君を悲しませる奴なんか……いなくなればいいと思ったんだよ」

「言い訳無用です。橙矢さんは私達の大切な同士です」

「……………どうだか」

「それに乗る橙矢さんも橙矢さんですよ」

「喧嘩両成敗ってことね。りょーかいりょーかい」

「それで、にとりさん。貴女一体どんなもの使ったらこんなんになるんですか」

「あぁこの工房のこと?いやぁ、最大火力をもつものでやったらこの様さ」

「なるほど、それと東雲君のものが激突してここが吹っ飛んだわけね」

「まぁそういうこと。一応他の河童達はあまりここには近付かないからねー、被害は恐らくない」

「……貴女が損するだけのことで済むならいいです」

「ちゃんと計算してるさ。万が一のことも考えてね」

「で、その万が一のが的中したと」

「アハハー、そういうこと」

「どうやら原因は貴女にあるようですね」

「そーゆーこと。もう隠す気すらしないよ」

「潔いのか馬鹿なのか」

「君には言われたくないな東雲橙矢」

「そう言うと思った。確かに言えてるがな」

「やはり君は馬鹿なのか」

「だーかーら、俺は学についてはほぼないってさっき言ったろうが」

「はいはい、これまでにしとこうか。椛も怖いし」

「……………」

「……………では戻りますよ水蓮さん、橙矢さん」

「あいあいさ隊長」

「……………」

 水蓮と橙矢は頷いてから椛についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮寺

 

 

 ドタドタと縁側を走る音が聞こえて大して汚れてない石畳を箒で掃く手を止める。

「ん………」

 うるさいなぁ、と思い水兵帽を上げて音のする方を見るとぬえがこちらへ向かってきていた。

「ムラサ!今日の新聞見た!?」

 何か慌てた様子で聞いてくるが素っ気なくいや、と言うとぬえが手に持ってる新聞を突き出してきた。

「………何?」

「いいから読めよ!東雲橙矢について書いてあるんだから!」

「どうせ新聞なんてほとんど捏造なんだから……って、え?橙矢の?」

 この間家に泊まった者の名を聞いて目を見開いた。

「ほらこれ」

「う、うん……」

 頷いてから受け取ると新聞を広げる。

「これって……………」

 村紗の目に映るのは蓬莱人を抱えている白狼天狗の写真。そしてその白狼天狗の顔は見覚えがあった。

「橙矢………これって……」

「……何でだろうね。恐らく……というかその新聞に書いてある通り蓬莱人が酔ってそれを運んでいるだけだと思うけど」

「………………そう、だよね」

「まぁあの男がどうしようと私には関係ないんだけどね。………けどムラサ。あんたはどうなんだろうね」

「………別に。どうもしないよ」

「あっそ、あんたがそう言うならいいけどさ」

 何処かつまらなさそうに鼻を鳴らすと足を組む。

「自分の心に嘘をつきすぎるとその嘘が本心になっちゃうよ」

「………いいよ。橙矢が幸せならそれで」

「ふむ、それは本心っぽいね。東雲橙矢が幸せなことは願う。ただその時隣にいるのは……?」

「……………白狼天狗」

「違うだろぅ?あんたは私こそ隣にいるべきだと思っている」

「思ってない」

「いいや思ってるね。いい加減気が付きな」

「やめろ」

「あんたは………!」

 痺れを切らしたのかぬえが村紗の胸ぐらを掴み上げた。

「あんたは幸せになりたくないのか!怨霊になってまでしたかったことはなんだ!」

「私が……したいこと………」

「………やらずに後悔はするなってね。私はあいつのことは嫌いなんだけどね。けどそいつのことがあんたが好きなら話は別だ。出来る限り手伝ってやるさ」

「珍しいね。あんたが手伝うなんざ」

「長い付き合いなのに私はなんて思われていたのやら。とにかく、散々あんたは地獄を見てきたんだ。そろそろ報われてもいい頃だとは思わないかい?」

「もう充分さ」

「いいやまだだ。あんたは無理矢理自分の心に嘘をついている。……もういいんだよ。もう幸せになりなよ」

「ぬえ………」

「東雲橙矢は……まぁあんたは知っているがあぁ見えて意外と人間関係を気にする奴だ。余程酷いことをしない限り奴に嫌われることはないはずだ」

「……何が言いたいの?」

「あんたにその気があるなら力ずくでも奪いなってね」

「けどそんなことしたら……」

「あぁそうだろうね。間違いなくあの白狼天狗が邪魔に入る。運が悪ければ風見幽香や藤原妹紅もだ」

「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!」

「だとしたら逆に利用して互いに潰させればいいじゃない」

「ぬえ!」

「もしの話さ。……あんたにそこまでやる意思はないと思うけどさ。私の賞味期限ももう過ぎたからねぇ、真っ盛りのあんたには後悔してほしくないのさ」

 一見年寄り臭い台詞を吐いているが実際ぬえは普通に、というよりかなり美人の部類に入る。この容姿で賞味期限が切れている、となると世の中の女性はかなり厳しい戦いを強いられる。

「あんたはまだまだだと思うけど」

「誰かさんに比べたらね」

「誰かさん?」

「聖に決まってんじゃん。まぁ特殊な性癖じゃない限り貰い手はないよ」

「けど聖は若さの秘術を使ってるからそのままじゃ」

「そうは言うけどさー、さすがに歳までは誤魔化せないじゃん?だから―――――」

「私が、どうしました?」

「ひゅい!」

 突如背後から声がかけられてぬえが飛び上がった。

「ひ、ひひひ聖!」

「一体どうしたのですかぬえ?」

「い、いや別に………」

「そうですか」

 すると聖の手がぬえの肩口を掴んだ。

「けどいけませんよ。本人の許可なしにタブーを言ってしまうのは」

「ッ!やっぱり聞こえてたんじゃないか!盗み聞きなんて趣味の悪い!」

「それよりかは人がいないところで悪口を言う方がよっぽど趣味が悪いですよ」

「盗み聞きの方が悪いでしょ!」

「貴女とは少し話し合うことが大切なようですね。こっちに来なさい」

「ゑ」

 一片の慈悲なく寺の奥へと引き摺られていくぬえ。村紗はそれを黙ってみていることしか出来なかった。

「む、ムラサ!助けてくれ!」

「え、無理」

「あーこりゃあいっけねぇや。………ちょっ、マジで!?」

「マジで」

「殺生なー!」

 引き摺られながら叫ぶぬえを置いて村紗は空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 



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第三十九話 正直じゃなさすぎるのも面倒

お久し振りです。
最近絵を描いてないなーって思ったそこの貴方。ツイッターでは上げてまふ
それだけの話




 

 

 

 

 にとりの工房から戻った橙矢は詰所で手当てを受けていた。

「っつ………も少し優しく出来ないのかよ」

「橙矢さんが馬鹿な挑発に乗るからです。そうすればこんな目に遭わずに済んだのに」

「うるさいな。好き勝手言われてこっちも黙ってられるかっての」

「なんて言われたんですか?」

「あ?さっき河童が言っただろうが。……俺がお前のことを悲しませてるから……ってさ」

「橙矢さんが?」

「…………だが全部が全部あいつが悪いとは言い切れない。実際に俺はお前に色々と迷惑かけてるからな」

「ですがそれは結果的に…………この間のも地底を救ったりしているじゃないですか!」

「馬鹿言え。地底がどうなろうと一番の気掛かりはお前なんだよ椛」

「わ、私ですか……?」

「あぁ、俺はお前が一番大切だから、お前の手をこれ以上血で染めないように白狼天狗になったんだ。ま、今の状況見たら本末転倒だがな」

「一番……大切な……?」

「あ?そうだが何か?」

「い、いえ何も………」

「ったく、しおらしくすんな」

「落ち込んでなんかないです。……ただ」

「?」

「橙矢さんが……まだそんな想ってくださるなんて………」

「…………………馬鹿かお前は」

 ふと橙矢が椛の頭に手を乗せて撫でる。

「ん………」

「俺はいつだってお前のことを想ってるさ。まぁそれがお前にとって幸か不幸か。どうなってるか知らんがな」

「そんなことないです!わ、私だって橙矢さんのことが気掛かりで……」

「椛……」

「だから……その、私のことを想ってくれてるなんて……思ってもなくて……」

「ほんと、馬鹿真面目なんだからお前は」

「ほんとほんと、熱いねぇお二人さん」

「ッ!」

 突然聞こえた声に即座に反応した椛が橙矢の腰から刀を抜いて投げ付けた。

「ちょっと!?」

 突き刺さる寸前に声の主は身体を倒して刀を避けた。

「………誰ですか」

「たいちょーう、言動逆だよ」

 冷や汗を垂らしながら水蓮が身体を起こしてそれと同時に手をあげた。

「待ってよ。ボクだよボク」

「水蓮、お前だったのか。ところで椛、なんで俺の得物を投げたんだ」

「す、すみません……。つい近くに武器がと思い、目に入ったのが橙矢さんの刀でして……」

「つい、で怪我させかけたなんて笑い話にもならないぞ」

「ま、いいや。ほら東雲君、君の刀」

 水蓮が壁に刺さっている刀を抜いて橙矢に手渡す。

「悪いな。椛が迷惑かけた」

「君が気にすることないよ。それにどうやらお邪魔しちゃったみたいだしさ」

「いや、別に何も邪魔してはないと思うが?」

「まだまだ鈍いねぇ東雲君は」

「………?」

「水蓮さんッ」

 椛が焦ったように呼ぶがそれに対して水蓮は意地の悪い笑みを浮かべた。

「へへ、いいじゃんかさ。皆にはバレてるんだしさ」

「ッ!」

 追い討ちをかけるように口を開くと椛の顔が真っ赤に染まる。

「ほらほらぁ、図星なんでしょー?」

「おい水蓮、そこまでにしておいてやれよ。なんで椛がこんなんになってるか知らないが………まぁやめてくれ」

「よっぽどの罪を作る男だこと」

「お前がさっきから言ってることは全く理解できん」

「これが無意識でやってるだなんてねぇ」

「……………?」

「隊長、こいつぁ重症です」

 椛の方を見て肩を竦める。

「東雲君、君はにとりが言うように馬鹿みたいだね」

「おい水蓮、お前まで言うのかよ。さすがに傷付くぞ」

「…………ここまで行くとねぇ。なんて説明したらいいやら。もうストレートに言った方がいいのかねぇ、隊長」

 水蓮が肩を組んで橙矢から距離を離させる。

「は、はい?」

「今こそ勇気を振り絞る時さー」

「な………!」

「他の白狼はいないことだしさー、いい加減言っちゃいなよ。さもないと誰かに盗られちゃうよ?一番可能性があるのはやっぱ命蓮寺の船長さんかな?」

「……ッ!」

「ま、あくまでifの話をしたんだけどね。隊長が気にすることじゃないさ」

「………橙矢さんが船長さんに盗られる?」

「だからそれはもしの話であって」

「橙矢さん!船長さんと何かあったんですか!?」

 急に椛が橙矢に振り返って訳のわからない質問を投げ付けた。

「は?」

「んん?」

「えっ」

「…………いや、何もないが?」

「す、水蓮さん……」

「いや隊長が自爆しただけだと思うんだけど?」

「そ、そんなことないです!」

「水蓮、何そいつに仕込んだ?」

「さぁ何だろうねぇ」

「おい、正直に吐けや」

「…………ただボクは東雲君が船長さんに盗られるよーって言っただけなんだけど」

「………なーに馬鹿げたこと言ってるんだよ」

「あだっ」

 指で水蓮の額を弾くと椛に向く。

「いいか椛、さっき言った通りだ。今の俺の最優先順位はお前が一なんだ。アホの言うことなんか真に受けるな」

「やっべぇ、馬鹿にアホ言われた」

「お前も俺を馬鹿呼ばわりするか」

「実際は?」

「………否定はしない」

「へへ、ボクの勝ち」

「勝ち負けなんてあるのか」

「そりゃああるさ。何事にもね」

「景品とかは出るのか?」

「いや特には」

「…………」

「あぁじゃあこうしよう。今回勝者には東雲君を一日自由に出来る権利が与えられる」

「それ必然とその権利はお前に与えられるってことになるが?」

「じゃあ東雲君を一日自由に出来るんだね」

「俺の自由権は」

「あるわけないじゃん」

「酷いな。今までので一番質が悪い」

「うーん、そこまで言われるとは思わなかった。けどさ、決めちゃったことは仕方ないよね?」

 そう言いながら水蓮は橙矢の腕を取る。

「な……!」

「…………何してるよ」

「んー?景品を今から貰うだけだけど?」

 何か問題でも?と首を捻る水蓮。

「……お前さ、さっき椛に言ったこととやってることが矛盾してるぞ」

「そうかな?けどどうだい東雲君、鞍替えすのは?」

「頭沸いたか馬鹿。誰からお前に鞍替えするかっての」

「そりゃあ隊長でしょ」

「……………」

 心底呆れたようにため息をついた。

「あのなぁ、その言い方は椛に失礼だぞ。俺とあいつが付き合ってるならまだしも」

「いや付き合ってないことは知ってるけどさ」

「じゃあなんで言ったんだ。俺みたいなクズ野郎と叢雲の異変の解決者がそんな関係にあるわけないだろ」

「………………………」

「………………………」

 水蓮がやっちまった、みたいなにが虫を噛み締めたような顔をしてチラと隊長を見る。その頬には冷や汗が垂れていた。

(今の言葉はさすがに禁句だぞ東雲君……!せっかく仲を戻してやったのに!自爆してるのはどっちだよこの大馬鹿野郎!)

 そんな水蓮に気が付かず橙矢は二人に背を向けた。

「仕事に戻ってもいいか。少し空けすぎた」

「……………と」

「と?」

 椛がふと声を上げた。

「と……橙矢さんの馬鹿ァァァァァァ!」

 常備してる盾を橙矢の顔面に投げ付けた。急のことで反応できずにまともに激突した。

「ぶっ!?」

「ぁ………………………ッ」

 我に戻ったかと思ったがすぐに橙矢と水蓮に背を向けて駆けていった。

「………っつつ………何なんだよあいつ……」

「東雲君、過去最大の自爆してくれたね。これはさすがに庇う気にすらならないよ」

「………あぁそうだな。少し言い過ぎたな」

「ちなみに何処ら辺が?」

「俺はクズ野郎じゃなく世界一の馬鹿野郎だってことだってな」

「一回だけなら訂正を許そう」

「……………分かってるっつーの。……異変のことを出したのは間違いだったな」

「それに君は自分のことを少々過小評価し過ぎている。さらにものは考えて言うものだ」

「…………悪いな。今回はちゃんと俺の方から謝る。いつもお前に頼りっぱなしじゃ人間的に成長しないもんな」

「そういうこと。ボクは少し離れたところにいますかね。……どうしても駄目だったらボクのところに来なよ。少しだけならまた力になるよ」

「あぁ、そういうことにならなけりゃいいが」

「じゃあボクは見付からないように姿を隠そうかな」

 よっと、と軽い声と共にその場でアクロバティックな回転を決めると次いで地に着いた時にはすでに人間の型をしてなく、狼の型をしていた。

「は?………え、白狼?」

『正解だよ。ボク達は昔白狼だったものでね。だからその時の白狼にもなれるんだよ』

「それは驚きだな。……あいつもなれるのか?」

『そうだね。なれるよ』

「けど俺は無理だろうなぁ……」

『人間から白狼天狗になったもんね。無理に近いよ』

 捨て台詞を最後につけ足して吐くと天狗の時よりも速い速度で駆けていった。

「…………さて、どうするか」

 残された橙矢は頭をかきながら重い息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中で二つの思考が渦巻いていた。

 ひとつはこのまま橙矢の幸せを見守るか、もうひとつは………。

 

 

 

 

 

 いつの間にか寝ていたのか村紗は目を開いた。

「………寝ていたのかぁ………」

 身体を起こすと寺の庭が見え、そこでナズーリンがダウンジングロッドを手にしていた。大方主人の宝塔を探しているのだろう。

「珍しいね村紗。貴女が昼寝だなんて」

 奥からゆったりとした口調で村紗に近付いてくる影がひとつ。

「一輪」

「どうしたの。貴女がだらしなくしてるなんて珍しい」

「んー?いや別に」

「悩みごと?だとしたら聞くよ」

「いいよ、一輪には縁もゆかりもないことだから」

「…………あっそ」

「ほんと、何でもないから」

「貴女がそう言うならなにも言わないよ。ところで村紗。今朝の新聞って」

「もう読んだよ」

「………それで?」

「それでって……何が?」

「ぬえが騒いでたよ」

「あの馬鹿…………」

「もう一度聞いても?それで?」

「一輪もくどいな。どうもしないって」

「これでも貴女の心配をしてるつもりなんだけどね」

「…………心配なんかいらないよ」

「……やれやれ、変なところで頑固なんだから」

「ふん、悪いね頑固で。……私にだって一人で考えたいときもあるんだから………」

「なら無理強いして聞くようなことはしないけどさ。あんまり溜め込み過ぎるのもいけないから」

「うん、分かってる」

「じゃあ私は里に行ってくるから。留守番……まぁナズーリンがいるからいいか」

 手を上げてから門の外へと向かう。すると村紗は伸ばしていた膝を曲げて腕に抱えてから顔を隠すようにうずめる。

「………………橙矢」

 ボソリと呟いた言葉は誰の耳にも届かず虚空に消えた。

「……私は………どうしたら…………」

 

 

 

 

 

 

 



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第四十話 人を疑いすぎるのもよろしくない

 

 

 

 

「ったくあいつ……何処行きやがった」

 山をくまなく探してみたが椛の姿は見当たらなかった。

「何もあそこまで怒るこたぁねぇだろ。……なんて言えばいいんだ…………?」

 まず橙矢の疑問点は見つけ出す前にそこだった。よしんば見付けたとしてもかける言葉がなく、さらに気まずくしてしまう可能性がある。

 そうすると椛との距離も自然と開いてしまうことになる。さすがの橙矢もそこまでいくと応える。

「なるようになれ、か………」

 探すことは諦めて適当に山を散策してみる。どうせ真面目な椛のことだ、山からは出ていないだろう。

「………たまには一人で頭冷やすのも悪くないか」

 薄ら笑いを浮かべて歩を進める。しかしその足をすぐに止めた。

「……………………何の用だよ」

 敵対心丸出しにしながら吐き出す橙矢の視線の先には椛の兄である総隊長がいた。

「久し振りだな東雲橙矢。先日の地下への派遣はご苦労だった。噂によれば八咫烏に散々な目に遭わされたそうじゃないか」

「……あぁ確かにボコボコにされたさ。気を失うほどな」

「ふむ、否定しない辺りお前も少しは成長したみたいだな」

「なんだそりゃ」

「んまぁそんなこと今はどうだっていい」

「…………珍しいな。アンタがどうでもいい事で俺の前に来るなんざ」

「それよりも重要な事があるからな」

「……………まさか」

 橙矢の脳裏に浮かぶは今朝の新聞。

「ま、まぁ落ち着けよ総隊長。確かにアンタがそれのことを知っているのかは見当がつく」

「それなら話が早い。………愚妹とのことは今は置いておこう。正直興味はない」

「……………ッ」

 新聞に対しての興味はないと言われた安心感と椛に対しての興味はない、という両方の意味を持つその言葉に反応して橙矢の脳内で二つの感情が葛藤する。

「問題は………まぁさっき言っていた地下のことについてだ」

「………どういうことだ?お前確かどうだっていいって………」

「やっぱりお前は馬鹿だな。お前の身に起こったことなんざどうだっていいって言ったんだ。いいか無能。俺が言いたいのは今の地下の治安についてだ」

「治安?………悪くなったとか言いたいのか?」

「地霊殿のとこの八咫烏が暴走した、これは皆がみな知っていることだ。………それ以前の問題として何故八咫烏が暴走した?何のために?」

「それは…………」

 本当のことを言おうとしてすぐに口を閉ざした。閉ざさるを得なかった。橙矢の首もとに配給用の刀が突き付けられていた。

「…………その日、地下にはある者が来ていた。それまで音沙汰なかった地下が危機に陥ったんだ。さて、これを聞いて勘の良い奴なら分かるだろ」

「………イレギュラー。つまり俺が地下に入ったことによって八咫烏になにかして、そして奴があんな風になったと、そう言いたいんだな」

「簡潔に言うとな…………それで?」

「だったらさとり達に聞け。どうせ俺がどうのこうの言ったところで信じてくれる奴なんざ多いわけでもないし」

「確かに地霊殿の奴等はみなお前のことを無実だと言っていた。………奴等は地底の中の数少ない良心だ。信じるに値する」

「………だったらなんで刀を突き付ける。さとり達は信じるに値するんだろ?」

「それは一般的な見方だ。俺は違う」

「お前……さとりやこいしを信じられねぇって言いたいのか……!」

 総隊長の刀を掴んで押し返した。

「この間の鬼の襲撃の時何も出来なかった奴が何をほざいてやがる……!」

「先日も言ったがあんな程度お前らだけで充分だ」

「ハッ!百年前のあの時もか!?」

「…………ッ!」

 急に総隊長の瞳孔が開き、後ろによろめいた。

「………?」

「………お前、その話を何処で……」

「水蓮から聞いた」

「…………水蓮、蔓か………」

「……………確か百年前は―――!」

「黙れ!」

 総隊長が感情むき出しにして叫び、目の前に迫ってきた。

「その話を……」

「クゥ…………!」

「するなぁ!!」

 拳を振り下ろし、橙矢の顔面を捉えた。寸前に何者かが間に入って拳を受け止めた。

「何が……!」

「アアァァ!」

 受け止めた者ごと橙矢を吹き飛ばした。

「チッ………何だよ一体………!」

「東雲……君、無事かい?」

「す、水蓮!?」

 水蓮が壊れた配給用の盾を片手に橙矢の前で立ち上がろうとしていた。

「間一髪だったね。問題しか起こせないのかい君は」

「いやわりとマジで今回は知らねぇぞ」

「総隊長、貴方も……なんでです?」

「……………」

「え?」

 ボソリと総隊長が何か呟いた気がしたが橙矢には聞こえなかった。しかし水蓮には届いていたらしく、しかしふと動きを止めた。

「………お、おい水蓮?」

「……………ご、ごめ…………」

 すぐさま白狼に成ると橙矢から離れていった。

「水蓮!」

「…チッ」

「お、おい、水蓮に何言ったんだよ!」

「うるさい黙れ。……知らない方が幸せの時だってある」

「カッコつけたがりなくそガキかお前は。いいか、俺だって白狼天狗の一員だ。百年前のことも知る権利がある。違うか?」

「ぽっと出の雑魚が知ったかしてんじゃねぇぞ。お前なんぞには分からないだろうな。すべてを奪われた奴の気持ちなんか」

「別にアンタのことを教えろだなんて一言も言ってない。百年前のことを教えろと言ったんだ。それがさっき水蓮が逃げていっていった理由に関係するなら尚更だ」

「馬鹿が。誰がお前なんかに教えるか」

「だったらもう一度水蓮に聞くだけだ」

「ほぅ?……だったら見当違いだな。あいつは残念だが知らない」

「馬鹿はどっちだ。先日教えてくれたが」

「………………」

 侮蔑を込めた視線で橙矢を見ると呆れたようにため息をついた。

「おい、なんだよそのため息は。あいつのこと馬鹿にしてるのか」

「何故そういうことになる?俺がいつ蔓の名前を出して軽蔑した?批難した?してないだろ」

「そ、それは………」

「ない罪を着させようとするな。お前の悪い癖だ」

「……………とりあえず話はここまでにしろ。俺にもやることがあるからな」

「ならとっとと行ってこい。話は済んだ。……地下にはしばらく近付くな。それがお前の為になる」

「脳の隅には入れておくさ」

「覚えてるならそれでいい」

 総隊長はその言葉を最後に踵を返して去っていった。

「……揃って訳の分からん兄妹だ」

 特大ブーメランを放った気がするが気に留めることなく橙矢も来た道を戻ることにした。

(………………総隊長に水蓮、二人になんか関係でもあるのか?…それに椛の隊に奴がいるのも何か引っ掛かる)

 どっちにしろ椛に見付けなければなにも始まらない。後頭部をかきながら山のなかを歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の麓にある川の近くで椛は刀を傍らに踞りながら考え事していた。

「う~、どうして橙矢さんにあんなこと………」

 別に橙矢は椛のことをとやかく言ったわけではなくただいつも通り言っただけなのに。けど自身のことは誰よりも軽蔑してて、そんな台詞が嫌で嫌で仕方なかった。だからかもしれない。

「絶対怒ってますよね………。さすがにこれ以上は水蓮さんに迷惑をかけるわけにはいきませんし……」

 近い友人、河城にとりが脳裏に浮かんだがすぐに消した。つい先程争っていた者に頼むというのはさすがの椛も気が引ける。

「うーん、やっぱり直接行くしかないですか……」

 覚悟を決めて立ち上がると川に背を向ける。

「よし、橙矢さんなら分かってくれるはず」

「――――分かるわけないよ。アンタの言うことなんざ」

 何者かの声が聞こえると水音がして次いで口と目を塞がれて川の中に引きずり込まれた。

「――――――!?」

 咄嗟に刀に手を伸ばすも間に合わなかった。

(誰が………)

 しかし目が塞がれているためどうすることも出来ない。もがくが水中では意味がない。

 いくら椛が妖怪とはいえ呼吸が出来なければ生きれない。もがきながらも能力を使うと川の中を沈んでいく自身の姿とその自分を引きずり込む影を見た。

 そしてその正体を見たとき、椛の思考が停止した。

 

 

 

 

「な、に……してんだ!」

 

 

 

 

 

 刹那、水中にひとつの人影が飛び込んできて、椛の身体が離された。そして飛び込んできた人影は椛の手を掴むと一気に上昇して椛を水面に上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ!ゴホッ!……ハァ……ハ、ァァ」

 打ち上げられた椛は息を整えてから顔を上げる。

「お、おい椛無事か!?」

 自身を助けてくれた橙矢が両肩を掴んで揺さぶってくる。

「す、すみません橙矢さん。私は大丈夫ですから……」

「……そうか。……けどお前、何してやがった」

 急に橙矢の瞳が鋭くなり、睨み付ける。

「自殺か?馬鹿なこと考えるな」

「…………………ま、まさか……」

「………そうか、ならいい」

 肩を放してから落ち着いたようため息をついた。

「じゃあそうじゃないってならなんで川に」

「何で……そ、そうです!私引きずり込まれて……」

「…………なんだそりゃ、河童にでもやられたのか?それに、俺がお前を引き上げた時には俺とお前以外誰もいなかったが」

「え…………?」

 川の方に目を向けるが影どころか生物の存在すら感じられなかった。

「………椛、お前大丈夫か?頭とか…打ったか?」

「橙矢さん………だ、大丈夫です」

「そうか、だったら俺はもう行くからな。気を付けろよ」

 橙矢はその言葉を切りに足早に去ろうとする。そこで椛はまだ橙矢といざこざがあったことを思い出す。

「あ………橙矢さん!」

「…………?」

「あ、あの………先程のことなのですが……」

「ん、あー…………その、なんだ、悪かったな。あの時は」

「橙矢さん?い、いえ!あれは私が悪く、貴方は何も悪くないです!」

「………何処までお前は馬鹿なんだよ」

 呆れながら手を伸ばして椛の頭に乗せると撫ではじめた。

「ん…………」

 椛も抵抗する気がないのか目を閉じて為すがままにされていた。

「……とりあえず、本陣に戻るとしよう。濡れたままじゃさすがに………な。風邪を引くかもしれん」

 その時椛は寒気を感じて思わずくしゃみをした。

「へくちっ」

 それを聞いて思わず橙矢は苦笑いせざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 



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第四十一話 藤原妹紅の苦労は絶えない

いつもより短いです





 

 

 

 

 翌日、橙矢は先日から妹紅と約束していた教師代理を勤めるべく里へと下りてきていた。

 そこで見覚えのある影を見付けると手を上げた。

「よ、妹紅」

「あぁ橙矢、今日はよろしく頼むよ」

「分かってるっての。それで、先生は?」

「慧音なら寺子屋で待ってるぞ。まぁいらないと思ったけど万が一お前の脳が腐ってると思って私が里の入り口まで迎えにきたんだ」

「それはご苦労なこったな。けど生憎忘れてねぇよ。無駄足だったな」

「あー、無駄足だったとか言うなよ。さすがの私も傷付くぞ」

「はいはい悪かった悪かった」

「じゃあ早速行くか。授業とは言ってもそこまで大層なことはやらなくていいさ」

「やらねぇしやれねぇよ」

「そこは心配してないさ」

「ん?何か心配事でも?」

「いや………実はな、今日は二つ、授業に出てほしいんだ」

「ほぉ?それで?」

「ひとつはこの前お前がしてくれたように人間の、生徒だ」

「つまりもうひとつは妖怪とかの生徒だ、と言いたいのか?」

「妖怪……。確かに妖怪もいるな。けど妖精も混じってるからな」

「どっちにしろ人外ってのは分かった」

「そうだな。けどお前にとっては簡単なことだろ?」

「さぁな、そな妖怪の生徒次第だな。聞き分けが良いならそれはそれで助かるし。うるさいなら大変だ」

「恐らく後者になるだろうなぁ……」

「けど今更妖怪の山側からのことなんざ聞くんだ?」

「それよりも外の世界のことを知りたいんだよ。実際に私や慧音も興味があるからな」

「ふぅん?お前も興味あるのか」

「だって普通そうでしょ。知らない世界のことについては知りたがるものさ」

「じゃあ教えてやろうか?」

「お前が授業でするときに聞くさ」

「いや…………個別でしてやるよ」

 橙矢に先日までのストレスが溜まっていたせいか少しだけだが悪戯心が芽生え、妹紅の耳元でその言葉を呟いた。

「へ…………?」

 すっとんきょうな声を上げるがみるみるうちに顔が真っ赤に染まる。

「ば、何言ってるんだよ………!」

「冗談に決まってるだろそんなの」

「あ、当たり前だ!」

「なんでそんなに焦ってるのか知らんが………」

「う、うるさい!」

「はいはい、分かった分かったから」

 食い下がる妹紅を宥めてから寺子屋への道を歩いていく。さっきは寺子屋への道のりは覚えているとは言ったが本音を言うと少し記憶が消えかかっていた。

「……………なぁ橙矢」

 歩いていると妹紅がふと声をかけてくる。

「どうした。さっきの事なら話はついてるが」

「そういうことじゃなくてだな。ほら、お前のところの烏の新聞」

「あぁあれか。あの馬鹿烏のせいで迷惑かけたな」

「いや別に私はいいんだ。それよりお前の方が大変じゃなかったのか」

「…………確かにな」

「その様子だとかなり疲弊したようだな」

「落ち着いたからなんとかなったがな」

「何だかんだで落ち着いたならいいじゃないか」

「んー、そうだな。……………ん?」

 安堵の笑みを浮かべているとかなり向こうの方に見覚えのある二人組が見えた。一人は船長、そしてもう一人は入道使いだった。

「………なぁ妹紅。あれって………」

「あぁ寺の門下生じゃあないか。どうかしたのか」

「………里に下りてくるものなのか?」

「買い出しとかじゃないのか?一応あそこの近くは畑とかはあるらしいけど全て自給自足ってのは無理らしいからな」

「なるほどねぇ。俺の授業までは少し時間あるよな」

 すぐに妹紅は察したのか苦笑いして承諾した。

「いいよ。どうせ駄目だ、なんて言っても行くんだろ?」

「分かってるじゃないか。おーい、村紗!それに雲居さん!」

 橙矢にしては珍しい大きな声を出した。そしてその声に反応したのか二人はこちらへと顔を向ける。

「橙矢!」

 村紗が橙矢の名前を呼んでから駆け出して、飛び込んできた。

「おっと……危ないだろ」

 受け止めると村紗は嬉しそうに微笑んだ。

「橙矢………久し振りだね!」

 ひとつ頷くと村紗が首を傾げた。

「そういえば………なんで橙矢が里に?」

「ちょいと寺子屋に用事でな」

 後ろにいる妹紅をチラと見ながらそう答える。

「なぁ橙矢、久し振りの挨拶でそういうことするのは構わないが………頼むから時と場所を選んでくれ」

「あぁ悪い妹紅。すぐに終わらせる」

「……………」

 村紗は離れることはせずより強く橙矢を絞める。

「…………村紗、あまりグダグダしてると姐さんに怒られるよ?」

 助け船を出してくれたのは意外にも村紗と共に来ていた雲居一輪。

「東雲橙矢、悪かったね。うちの船長が迷惑かけたみたいで」

「いやいや、こっちから声をかけたんだから」

「そう言ってくれると助かるよ」

「………折角会えたところ悪いが………俺はそろそろ行くから」

「もう…行くの?」

「あぁ、約束したことをふいには出来ないからな。さすがに今まで破ってきた分取り戻さないと」

「まったくだよお前は。そこまで言えるなんざ」

 後ろから妹紅が肩に腕を回す。

「じゃあ橙矢。早く行こうか」

「分かってるっての。………村紗、悪いけど待たせてる人がいるんだ。また今度な」

「う、うん…………」

 見るからに寂しそうな顔をするがそれに対してやれやれと橙矢は頬に手を当てた。

「どうせすぐ会えるさ。幻想郷は思ってるより狭い。………だからそんな悲しい顔するなよ」

「…………そうだね」

「………待たせたな妹紅。行こうか」

「待たせ過ぎだ馬鹿」

「さっきその馬鹿に外のことを教えてくれと言ってた蓬莱人は何処かな」

「ふん…………意地悪」

「自覚してるから安心しろ」

「駄目だこいつ………」

 妹紅と軽い談笑をしながら離れていく橙矢を村紗はずっと見ていた。

「…………船長、行こうか」

 一輪が声をかけて我に戻った。

「あ、うん………」

「………今のが貴女の惚れた男ねぇ………まさかあの東雲橙矢だとは思わなかったよ」

「なんで?橙矢は皆に優しくて……けど不器用なだけでほんとはいい人なのに」

「確かに叢雲の異変の起きた理由なら知ってるよ。けど、それでも彼を好きになる理由が分からない」

「………橙矢のことを本当に理解できている者は少ない。極僅か」

「さて、私には分からないね。それが仮に本当だったとしても。悪いけどタイプじゃないんだあぁいう男は」

「…………………」

「それよりも村紗。貴女このままだとあの蓬莱人ならまだしも白狼天狗に取られるよ」

「取られる?…………ははっ、何言ってるの一輪。橙矢は絶対に渡すものか」

「…………貴女が何を企んでるか想像はつくけどあえて止めないでおくよ」

「分かってるじゃん」

 村紗は遠ざかる橙矢の背を見て帽子を深く被り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様東雲。待っていたぞ」

 寺子屋に着くと前で青と白を基調とした服を着ている女性が立っていた。

「どうも先生。迎えに行かせる人は考えた方がいいですよ」

「何か不満でも?」

「不安も何もありがたい愚痴しか言ってこないぞ」

「ありがたいなら安心だな」

「皮肉も分からないのですか貴女は」

「まぁまぁそんなこと言うな東雲。妹紅が自分から行きたいって言ったんだよ」

「?妹紅が?」

「ちょ、慧音……」

「いいじゃないか。ちゃんと真実は伝えておくものだぞ」

「ふぅん、わざわざ来てくれたのか。弄られに。お前マゾだったんだな」

「…………馬鹿。なぁ慧音、もう行こうか」

「ん?あぁそうだな。じゃあ東雲、このあとすぐに授業だから頼めるか?」

「そのために俺が来たんだろ」

「確かに」

「…………………じゃあはじめるか」

「頼むぞ。期待してるからな、東雲」

「期待なんかされても困りますよ」

 急に慧音の言葉に素っ気なく答え、教室へと案内されていった。

 

 

 

 

 



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第四十二話 思いすぎる気持ちは人を支配する

 

 

 

 

 

「――――つまりだな。妖怪の山っつーのは文字通り天狗とか河童など様々な妖怪が凄んでいるところだ。絶対に近付くなよ」

 手始めに妖怪の山について話しているが子供達にはあまり興味を示さなかったようだ。どうやら慧音からすでに教えられているらしかった。

「………つまらないか。まぁそうだろうな。じゃあ外の世界のことでも話すか」

 そうボソリと呟くと子供達は急に目を輝かせた。

「当たりか。そりゃそうか。誰も彼もが自分の知らない世界については知りたいわな」

 やれやれと苦笑いして椅子に座ると教卓に頬杖をつく。

「さて、何処から話したものか。いかせん話のネタが多いからな」

「東雲せんせーは彼女とかいたのー!?」

 早速定番の質問が来た。

「出来てるわけないだろ、ほら次。いいか、俺が言ってるのは俺のことじゃなくて外の世界のことなんだ」

 質問は一刀両断して次の質問を促す。

「じゃあ私から質問いいか橙矢」

 子供達の後ろから妹紅が声を上げる。

「………生徒だけから質問を受けているので」

「つれないなぁお前は」

「…………で、何だよお前の質問ってのは」

「外の世界の科学力ってのはどのくらいなんだ?河童と比べたらどうなんだ?」

「……………………どっこいどっこいだな。外の世界の科学力が勝ってるところもあるし、河童が勝ってるところもある」

「例えば?」

「そんなの知るかよ。俺が全知だと思ったら大間違いだぞ」

「ふぅん?先生なのに知らないのか?」

「あのなぁ……俺はまだ歳が十八だぞ。まだ勉強中だっての」

「お前の株価ががた落ちだな」

「今更な話だな」

「お前のイメージも一気に変わるな」

「変えたいやつに変えさせとけ」

 いい感じに二人が盛り上がってきたところでひとつ咳払いがして、そちらを見ると慧音がさっさと授業しろという目で橙矢を見ていた。

「………分かってますよ先生」

「ッ!な、なにがだ東雲」

「ほら、さっきの妹紅のようなちゃんとした質問しろ」

「じゃあせんせー!外の世界にも寺子屋っていうのはあるの?」

「簡潔に言うと寺子屋はない。だけど代わりに学校はあるな」

「何が違うの?」

「何もかもだろ。九年間は義務で学びに行かなきゃならんし。まぁここがどうだか知らんが」

「何を学んでるの?」

「ここで習ってることとなんら変わらんよ」

「東雲、では私の授業と外の世界での授業はどちらが良かった?」

「慧音先生に決まってるでしょう」

「ほ、本当か?」

「えぇ、学校の授業は堅苦しくて俺は嫌だ。けどここの授業は子供達が楽しそうにしてる。それって先生の授業が楽しいからですよ」

「そ、そうか………」

「…………………」

「さ、はじめるぞ。他に質問は―――――」

 褒められて嬉しかったのか少し顔を赤らめる慧音を横から妹紅がつまらなさそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 哨戒中やることもないので木の上で胡座をかいていた。

「橙矢さんは里、水蓮さんは今日元気なかったし………私一人ですか………」

 いつも天真爛漫の水蓮が何故元気がなかったのか。それが気になったが深入りはよくない。そっとしておくのが一番。

「それに仕事がありますからねぇ……外にも行けないし………」

「あやややや、椛じゃありませんか」

 風と共に射命丸文が目の前に現れる。

「文さん、ネタ探しですか?」

「いえいえ、ネタには困ってませんからねぇ。今はふらっとしてるだけですよ」

 それでもカメラと手帳を手放さないのは記者であることを強調しているからであろうか。

「………ん、東雲さんと蔓はいないんですか?」

「橙矢さんは里へ。水蓮さんは分からないです」

「東雲さんはあっちこっちで大変ですねぇ」

「それほど彼を必要とされているところがあるということです」

「へぇ?椛はいいんですか?」

「何がですか」

「東雲さんが盗られるかもしれないんですよ?」

「…………橙矢さんが誰を選ぼうと彼の自由です。縛る必要はないです」

「ふーん、心が広いですねぇ。正妻の余裕ですか?」

「せ………ッ」

 一気に顔が真っ赤に染まり、打ち上げられた魚のように口を明け閉めする。

「うぶですねぇ椛は」

「変なこと言わないでください!!」

 刀を引き抜いて振り回す。それを涼しい顔で避けながら続ける。

「変なことは言ってないですよー」

「言ったんです言ったんです言ったんです!」

「おお怖い怖い。これは一旦退散しますかね」

 言うや否やすぐ風を巻き起こして消えた。

「……………橙矢さん………誰を選ぼうと…………誰を………」

 自分で言ったことを何回も繰り返して言い聞かせる。

「………なんでこんなにも…………辛いんですか………」

 最近どうも執着心が強くなっている気がする。と、いうよりも独占欲。他の女性と話していると嫉妬心が出てしまう。

「早く帰ってきてくれないですかね………橙矢さん」

 

 

 

「―――――じゃあ二度と会えないようにしてやるさ」

 

 

 

「ッ!?」

 急に聞こえた声に反応して振り向くがそれよりも速く鈍器で殴り付けられて吹き飛んだ。

「アッ……!ガ………ッ!?」

 地を転がって川の中に飛び込む。

「ぐ…………なに、が………」

 混乱しながらも立ち上がる。すぐに川から出ようと駆け出すが川の中から伸びた手に掴まれて再び川の中に投げ込まれる。

「………ッ!」

 刀を水面に叩き付けてその勢いで外に出る。

「ハァ………ッ!ハァ………ッ!」

 息を整えながら顔を上げてその正体を見て納得がいった。それは先日自身を川の中に引きずり込んだ者。

「何の用ですか…………船長さん」

 村紗水蜜が椛を見下していた。

「………………あんたがいるから橙矢は幸せになれないんだよ」

「急に言う言葉ではないですよね…………ったく」

「橙矢を独り占めするやつは…………許さない」

「貴女もその一人ですよ船長さん」

「犬走椛。どうこう言わずに……… になよ」

 村紗が迫り、錨を振り上げる。

「馬鹿な真似を……!」

 刀を抜いて受け止めた。

「その刀…………元々は橙矢のもの。あんたが使っていいものじゃない!!」

「これは橙矢さんから貰ったものです。貴女がどうこう言う権利はないッ!」

 椛が押し返して腹に蹴りを入れた。

「グ……!?」

 怯みながらも錨を投げ付ける。それを弾くと盾を放して村紗へと蹴り飛ばす。

「ッ!」

 地に叩き付ける勢いを使って宙に舞い、錨を突き出す。

 刀を斜めに構えて滑らせると真横に突き刺さる。その先端を殴り付けてバランスを崩させて柄を脇腹を入れた。

「カ………ッ!?」

「甘いですよ」

 その場に崩れ落ちる村紗の肩を掴んで押し倒した。首筋に刀を突き付けると双眸を鋭くする。

「何故、こんなことをしたのです?」

 半分強迫の勢いで口を開く。それに対して村紗も視線を鋭くする。

「あんたが………あんたがいるから………!」

「さっきからそればっかりですね」

「うるさい!橙矢を妖怪にして……!」

「それは橙矢さんが望んだことです」

「あんたの隣にいるとき橙矢は笑ってない!」

「え…………」

 突然の一言に思考が固まる。その隙に村紗が腕を掴んで地に叩き付ける。そして逆にマウントポジションを取られる。

「カ……ァ……」

「橙矢を奪ったあんたを……私は許さない!」

 放たれた拳を腕を交差させて防ぐ。

「………!」

「橙矢はあんたといても幸せにはなれない………!」

「彼の幸を………貴女が決めるな!」

 頭突いて怯ませると腰を捻り、蹴り飛ばす。吹き飛ぶが体勢を立て直すとひとつのカードを引き抜いた。

「転覆〈撃沈アンカー〉」

「そんなもので………!」

 錨が飛んでくるが身体を地に平行になるほど前に倒し、下から刀を振り上げると上へと弾く。しかしその影に村紗がいた。

「な……!?」

「あぁそう来ると思ったよ。あんた、橙矢のスタイルに酷く似てるから。相手の攻撃を受け止め、さらに弾く。あまり避けることを主としない戦法」

「だったら………なんだって言うんですか!」

 弾いた錨を手で掴み、上段から振り下ろす。さすがの椛もこれを受け止めるようなことはせずに横に跳んで避けた。

「まだ行くよ!」

 錨が地に叩き付けられた瞬間椛の方へ切り返す。

「嘘………!」

 避けれずに腹に錨が入り、打ち上げられた。

「…………ァ!」

「地に堕ちな。白狼天狗」

 飛んで椛に追い付くと装束の襟を掴み、地に向けて投げ飛ばした。

 何とか止まろうとするがすでに勢いは乗っており、止まれない距離にあった。

「安心して逝きな」

 勢いよく地に叩き付けられ、意識が数秒翔ぶ。立ち上がろうとしたがその前に村紗がまたカードを引き抜いた。

「転覆〈沈没アンカー〉」

「………!」

 薄れゆく意識の中で身体を回し、直撃を免れる。だが真横に落下してきた錨の衝撃には耐えられずに吹き飛んだ。

 転がる先に村紗が待ち受けており、首を掴み上げて地に叩き付けて殴り付けた。耐えて押し返すが起き上がる際に蹴り抜かれて血を吐きながら再び転がる。

「ぅ…………」

「……………」

 起き上がることもままにならない状態でも立ち上がろうとする椛を蹴り、仰向けにさせると腹を踏みつけた。

「……………あんたが生きている意味なんて無い」

「好き勝手言わないで―――――」

 刀を握ろうとした腕に杓の柄が突き刺さり、血が吹き出る。

「―――――アアアァァァァァ!!」

 激痛に耐えきれなかったのか叫び声を上げる。だが村紗はさらに刺さっている杓を捻り込む。

「―――――――――――――!」

 ついには声にすらならない悲鳴を上げる。

「どうしたの?いいの?橙矢の為に生きなくて。ここで死んだら…………もう会えないんだよ?」

「ァ……ゥ………」

「喋れないなら声帯は必要ないよね。………口を一生きけなくしてやるよ」

「……………!」

「………………つまらない犬だこと」

 錨を手に振り上げる。

「……………橙矢の為に、死ね」

「――――――隊長から離れろ!!」

 突如怒号と共に放たれた二本の矢。杓を抜くとすぐさま村紗は飛び退くが手を貫通した。

「チ………ッ!」

 そのまま川の中へと入ると姿を消した。

「隊長!!」

 助けに入ったのは偶々通りかかった椛の隊の者だった。

「誰がこんなこと………」

 誰かがいたことは分かっていたが誰かまでかは分からなかった。ただ椛に止めをさそうとしていたことは分かった。

「隊長!隊長!しっかりしてください隊長!」

 ボロボロの椛を背負うと本陣へと急ぐ。

「すぐ運びますから………!」

 白狼に成ると背に乗せて駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第四十三話 嫉妬心と共にランデブーは難しい

 

 

 

 

 

 

 ひとまず授業が終わった後に休憩にと奥の部屋で床に座り込んでいた。

「東雲、隣いいか?」

 そこに慧音が歩み寄り、橙矢の隣に座り込む。

「ええ、構いませんよ」

「あぁ。……………授業の件、受けてくれてありがとう。いい経験になったよ」

「先生の経験に?」

「他人の授業を見てみる、という経験だ。普段は私以外は妹紅しか授業をしないからな。しかもかなり前から。だからどんな授業の仕方か。それが分かっているんだ。けどお前の授業はそこまで見てないからな。新鮮なんだ」

「………授業なんて言えるほど立派なものじゃないですよ俺のしていることは」

「そうでもないさ。お前の授業は聞いていて飽きない。それに面白い。まさに理想としている授業をしてくれている」

「先生に言われるなんて光栄です」

 惜しみない賞賛を送るが橙矢の素っ気なく受け流すだけだった。

「あのな東雲、これでもお前のことをかなり褒めているんだぞ?少しは嬉しそうな顔をしろ」

「嬉しいですよ。それは本当に思ってます………えぇ」

「にしては随分と素っ気なくないか?」

「………気のせいですよ」

「………………東雲」

「ん?」

「お前、今は好きな人とかいるのか?もしくは付き合っている人とか」

「なんですか藪から棒に」

「いやなに。お前を好いている者は少なくない、だからお前はその中の誰かともう付き合っているのか、と思ってな」

「どんな答えを期待してるかは知りませんが………そんな人は誰一人としていませんよ」

 すると慧音は驚いた表情を浮かべた。

「お前………いないのか?」

「いませんよ」

「なんだ、いるかと思ったぞ」

「逆になんでいると思ったのですか」

「……………いや、何でもない」

「…………?変な先生」

「変な先生で悪かったな。少なくともお前よりかは変じゃないと思うんだが」

「それは言えてますね先生」

「認めるのか?」

「えぇ認めますよ。俺ほど変な奴いるかっての」

「………………お前は少々自分を過小に見すぎている」

「………………?」

 すると慧音は両手で橙矢の頬を包んだ。

「いいか東雲。お前はお前が思ってるほど変なんかじゃない。お前はまともな生き物だ。そんじょそこらの下級妖怪とは違う」

「……………………先生」

「お前は私と同じ生き物だ。お前のことを認めている者はちゃんと分かっている」

「そう、ですかね」

「当たり前だ。誰も彼もがお前のことを否定しようともお前を信じてくれてる者はそれ以上にお前のことを肯定してくれる」

 違うか?と聞いてくる慧音に首を横には振れなかった。

「………そうですね。先生の言う通りです。そんじょそこらのことじゃ………中々いい友人を持ったものです」

「ほぉ?お前の口から友人、なんていう言葉が出るなんてな」

「酷い偏見を受けた気がしますね。………まぁ勘違いだとしましょう」

「あぁそうだ勘違いだ」

「…………………先生、頼みがあります」

「何だ?私に出来ることなら」

「妖怪の山の歴史を、教えてください」

「…………………………」

 橙矢が発した途端慧音の目がスッと細くなった。

「………………そういうのは私ではなく山の者に聞けばいいだろう」

「歴史のことなら貴女が一番知ってると思いましてね」

「歴史は、改変される」

「え?」

「私から言えることはそれだけだ」

「それってどういう…………」

「――――慧音、橙矢。授業終わったよ」

 問い詰めようとした時、妹紅が部屋に入ってきて口を閉ざした。

「…………………あれ、なんか邪魔しちゃった?」

「………いや、何でもない」

 次は妖怪や妖精達が生徒の授業。橙矢が立ち上がり、部屋から出た。

「……なぁ慧音。橙矢のやつ………なんか不機嫌じゃなかったか?」

「さぁな。私には分からん」

「何かあった?」

「いや、特に」

 二人して首を捻るが結局何もなかったんだと妹紅は勝手に解釈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸を開けて教室の中に入るとあ、という声がし、そちらへと向く。そして少し目を見開いた。

 そこには先日妹紅と飲みに行った屋台の店主であるミスティア。常闇の妖怪、ルーミア。妖怪の賢者の式の式の橙。それと他三に……三匹、三人………がいた。

「あれ、店主。なんでこんなところに」

「白狼天狗さん?あぁあの時の」

「あー、退治屋さん」

「今は違う」

「東雲さん!」

「橙、久し振りだな。他の奴等ははじめて、だよな。顔を合わせるのは」

「退治屋!あたいの顔を忘れるとはいい度胸ね!」

 妖精とも思える水色の髪をした少女が急に立ち上がる。

「あ?だーれがお前みたいなガキ覚えてるかよ」

「半年近く前の霊夢のところの神社でぶつかった人間!」

「…………そういえばあの時ぶつかってきた奴がいたな。それがお前だと?」

 橙矢がこの幻想郷に迷い込んだ初日。橙矢は前の家。人間だった時に使っていた家に向かっているため、たまたまこの神社の前を通った。その時に確かこの少女が神社の境内から落ちてきて激突した。ような記憶だった気がする。

「お前は…………あの時の」

「ようやく思い出したのか退治屋」

「元、な。しかも人間様もやめてるよ」

「チ、チルノちゃんもうやめておいたら………?」

 チルノ、そう呼ばれた少女の隣に座る少女が宥める。

「むぅ…………大ちゃんがそう言うなら………」

「悪いな、えぇ…っと」

「あ、私大妖精って言います。皆からは大ちゃん、なんて呼ばれてますが」

「じゃあ大ちゃんでいいや。お前だけがこのバカルテットの良心か」

「あたいは馬鹿じゃない!」

 チルノがいち早く反応して声を上げるが橙矢は目を伏せた。

「………チルノ、お前には慧音先生がお前のことで頭を抱えてたぞ」

「ゑ」

「…………そして残りのお前、蛍の妖怪だっけか?」

 触角を生やし、マントのようなものを羽織っている少女に視線を向ける。

「は、はい」

「なに、そこまで気を張る必要はないさ。俺は慧音先生ほど厳しくはやらない。つまらなかったら寝てればいいし遊んでろ。けど授業を受けてる奴の邪魔はするな。それと遊んでて授業が分からないって言ってもそんな戯れ言聞かねぇから注意しとけ」

「えっ、寝ててもいいの!?」

「あぁいいぞ」

「ちょっ、チルノちゃん、寝ちゃ駄目だよ!」

「なんで大ちゃん?退治屋がああ言ってるんだから」

「寝たら寝た分だけ他の人に置いていかれる、そういうことだよね先生?」

「そういうことだルーミア。簡潔に説明ご苦労」

「どういたしまして」

「………まぁこんな風にぐだぐだやっていくからな。じゃあそうだな…………今日の授業は、外の世界のことについてだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川に流されていくと地底へと流れていた。

「…………………」

 手に刺さってる矢を抜くと岸へと上がる。

「殺し損ねた…………」

「川のなかから物騒な言葉が聞こえるわね」

 上がった先にはある人物が待っていた。

「………やぁパルスィ」

 橋姫が地上と地下を結ぶ橋から村紗を見下ろしていた。二人は村紗が地底に封印されていた頃からの仲だ。それなりに付き合いは長い。故に村紗がある一匹の白狼天狗に執着していることも知っていた。

「………貴女がここに来たってことは……何かあったのでしょう?」

「…………嫉妬かな」

「誰に?」

「…………あの白狼天狗に」

「……………なるほど。歪な想いね」

「誰が歪だって?」

「考えてみなさい。あの白狼二匹の間を裂こうなんざ無理な話よ。まさか出来るとでも?妬ましいわね」

「もちろんタダじゃ出来るなんて思ってないよ。だから片方を潰せば終わると思ったんだけど……邪魔が入った」

「………邪魔をしてるのはそっちだと思うのだけれど」

「うるさいッ」

「………………こう言ってはこれまでの貴女を否定することになるけど………無理矢理引き裂いてそして手に入れる幸せなんてない」

「そんなことないッ!」

 橋周辺の水流が強くなる。それをパルスィは冷ややかな目で見る。

「……私は数多くの嫉妬を見てきた。だから分かる。貴女のような事例は飽きるほどある。結局は自滅の他ならない」

「その口を閉ざせ!」

 村紗が錨を振りかぶり叩き付ける。パルスィはある程度予測していたのか一歩後ろに下がるだけで避けた。しかし木造の橋は耐えることが出来ずに崩れた。

「…………馬鹿ね」

「お前がだよ」

 飛んで川に落ちずに済むが崩れる橋の破片の影から村紗が。

「………私を越える嫉妬心ね…………面白いわ」

「この嫉妬心は私だけのもの。貴女のものじゃない」

 意識を刈り取るには充分すぎるほどの衝撃がパルスィを突き抜ける。

「………………!」

「私と、橙矢の邪魔をするやつは誰であろうと許さない」

「おっとそこまでだよ!」

 パルスィを殴り付けた腕が拘束され、引っ張られる。

「チィ……!」

 空中で留まると腕に絡み付いたものを引きちぎった。

「随分と急なことしてくれるじゃないかみなみっちゃん」

 上から声がかかり、次は腕ではなく身体が拘束される。

「………!」

 力任せにちぎろうとするが無駄だった。

「土蜘蛛ごときが……!」

「慢心はしないことだよ」

 弾が放たれて拘束していた村紗に直撃した。

「こんな程度で……!」

 弾幕が当たり、糸が脆くなったときに糸をちぎり、再び自由を得る。

「拘束できると思うなよ!」

「甘いよみなみっちゃん」

 左右にある壁に大量に糸をくくりつける。蜘蛛の巣となった糸は村紗を受け止めた。

「しま……」

「だから盗れるものも盗れないんだよ」

「………………ッ!」

 土蜘蛛、ヤマメの一言で村紗の妖怪の持つ妖力が跳ね上がった。

 蜘蛛の巣が真っ二つに裂かれ、錨が飛んでくる。

「うぇ…!?」

 反応できずに直撃し、吹き飛んで地に堕ちた。

「…………甘いのはどっちだろうね」

 余計な手間を取ったと、かつての友人に向けられた言葉はそれだけで充分だった。

「………パルスィ、あんたの嫉妬心は私ほどじゃあない。ヤマメ、あんたが操る病気も橙矢を失うほどに比べたら………いや、比べるまでもない」

 今日は多くのものを相手取りすぎた。一旦休むのも悪くはないだろう。

「…………嫉妬心は頂いてくよ。散々私から盗っていた分もね」

 封印されていた頃には嫉妬心をパルスィに除いてもらうことによって正常を保っていたがそれも今日まで。

「私の心は私だけの物なのだから」

 

 

 

 

 

 

 



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第四十四話 他人のせいにする前に自分を疑え

場面変換がしたくなりすぎる年頃




 

 授業が終わり、妖怪と妖精の相手をしてると慧音が教室に入ってきた。

「東雲、終わったか?」

「あぁ先生、終わりましたよ」

「あたいはまだ負けてないぞ!」

「うるさいぞチルノ」

 打ち負かしてもなお食い下がるチルノを引き剥がすと立ち上がる。

「チルノは馬鹿なのかー」

「ルーミア。お前も大概だぞ」

「チルノに、比べたらそこまでだよね?」

「まぁそれはそうだけども」

「なら、大丈夫」

 得意気にない胸を張るルーミアに何故か同情してしまう自分がいてそれを紛らわすために頭を撫でた。

「先生?」

「気にするな。何でもない」

「う、うん………」

「ルーミアちゃんだけズルいー!」

 そんな橙矢とルーミアを見かねてかミスティアが声を上げる。

「どうしたんだ店主」

「ミスティアです!」

「じゃあミスティア、どうしたんだ」

「ルーミアちゃんだけそうやってするのはズルいです!」

「あ?」

 撫でている手を止めるとルーミアが頭を手に押し付けてくる。

「まったく……何なんだよ」

「こら、東雲が困ってるだろ。やめないか」

 慧音が助け船をくれてなんとか難を逃れた。

「やれやれ、ようやくか」

「今日はお疲れ様。後は私がやっておくからもう帰っていいぞ。……待ってる者がいるんだろ?」

 面白そうに口の端を吊り上げる。

「えぇまぁ………」

「なら早めに帰ってやれ。いつまでもここにいると色々やらされるぞ」

「じゃあそうさせてもらいます」

「東雲さん、もう帰るんですか?」

 橙が何やら寂しそうな声を出すが顎の下をかいて応えた。するとゴロゴロと鳴きながら目を閉じる。

「東雲さん………」

「今日は、な。また来てやるさ。それにお前の主人に頼めばいくらでも会えるだろ」

「そう、ですよね!」

「じゃあ俺はもう行くから。お前らも気を付けてな」

「東雲、お前もな」

「えぇ」

 慧音に頭を下げると寺子屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山の門前まで戻ってきた橙矢はふと首を傾げた。普段なら門前には一人ないし二人はいたはず。それがいなかった。

「……………?」

 争った痕跡もないしサボりか?と思った時、一匹の白狼天狗が橙矢の前に現れた。

「あ、おい門番はどうし――――」

「東雲橙矢!早く来い!」

 急に白狼天狗は腕を掴むと全力疾走で駆け出す。

「ッ!おいどういうことだ!」

「いいから黙ってついてこい!」

「放せっての!!」

 振りほどくと急停止した。

「いきなり何なんだよ!まず説明しろっての!」

「それどころじゃないんだよ!いいから来い!」

『東雲君!!』

 ついで白狼が二匹の前に着地し、それが水蓮に変わる。

「ん、水蓮。聞いてくれよこいつが―――」

「くだらない話をしてる場合じゃないんだよ!」

 水蓮の顔を見て表情が固まった。水蓮が今にも泣きそうな顔をしていたから。

「……………お、お前……」

「隊長が………隊長が………!」

「…………椛に何か……あったのか?」

「早く来てよ……!」

 すぐ踵を返すと駆け出していく。

「あ、ちょっ、待てよ!」

 橙矢も足を強化して水蓮を追いかける。木々の中を出来るだけ最小限の動きですり抜け、速度を落とさずに頭の中で地図を開き、水蓮が行くところを予測する。

「この方角からするに………本陣か」

 一層強化させて水蓮を追い越した。

「何があったんだってよ………」

 本陣の前まで来ると土煙を上げながらブレーキをかけた。すぐ後に水蓮も追い付く。

「………」

「東雲君ッ」

 水蓮が手を取って中へと入れさせる。

「引っ張んなよ……」

 本陣の中にある大広間に行こうとしたが水蓮がその奥へ連れて行く。その先は医療部屋。

「水蓮?大広間じゃないのか………?」

「………………」

 無言で水蓮が戸を開けると自分でも瞳孔が開くのが分かった。

「な、ん…………」

 椛がボロボロの状態で横になっていた。手は何かが貫通して穴が空いており、口から血の痕が残っていた。こんな弱々しい姿の椛を見たのははじめてだった橙矢の衝撃は大きく、崩れ落ちそうになるが耐えた。

「……………お、おい椛!」

「…………!東雲君!」

 椛に駆け寄ろうとした橙矢を水蓮が押さえた。

「なにすんだ水蓮!放せ!」

「落ち着きなよ東雲君!下手に触って傷口が開いたら!!」

「ッ!……………す、すまん」

 水蓮のいうことをすぐ理解すると動きを止めた。それと同時に怒りが橙矢の心情を支配していく。

「………分かってくれたならよかった……」

「……………誰だ」

「え………?」

 急に水蓮の身体が震え上がり、冷や汗がどっと出てくる。それほど殺気が橙矢から漏れていた。

「し、東雲…………君………?」

「…………椛をやった奴は誰だ…………!」

 握り締めた手から血が垂れる。辛うじて理性を保っていたようだった。

「分からない………」

「ふざけるなよ………!」

 普段水蓮の目から見ても飄々としている橙矢だったがこの時だけは鬼が山を襲撃してきた時よりも恐怖を感じた。

「殺す…………絶対に殺してやる………!」

「あ………ぁ…………」

「水蓮、誰か判明次第俺に知らせろ。椛を傷付けたこと、殺して後悔させてやる………!」

「…………………」

「聞いてんのか……!」

 水蓮の胸ぐらを掴むと壁に叩き付ける。

「………ァ!?し、東雲………く………」

「聞いているか聞いてないか答えろって言っているんだ俺は」

「わ……かった………」

「………………それでいい」

 水蓮を放すと部屋から出ようとする。最後にチラ、とだけ椛に視線を向ける。

「………………………」

「俺は出る。一応永遠亭まで医者を呼んでくる」

「………………………………」

「さっき言ったこと。頼むぞ」

「わ、分かったから…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「医者、いるか」

 永遠亭について一言目がそれだった。

「いきなりな挨拶ね白狼天狗。して、何の用なのかしら?」

 橙矢の前に立つのは青と赤を基調とした服を着た女性が。かつて何度もお世話になったことがある。

「妖怪の山に来てくれ。それだけだ」

「行くだけでいいのかしら」

「椛がやられた」

「……………!………それはご愁傷さまね」

「あんたの力を借りたい。頼む」

「天狗にはいないのそういう子は」

「いる。けど一番信頼できるのはあんたなんだ」

「それは嬉しいわね。ひとつ質問いいかしら。どうしてチワワちゃんを連れてこなかったの?」

「当たり前なこと聞くなよ。連れてくる途中に傷口が開いたら元も子もないだろうが」

「ふむ、言えてるわね」

「だから頼む」

 橙矢が頭を下げると永琳が少し見開いた。

「………………分かったわ。貴方のチワワちゃんを想う気持ちに応えてやろうじゃない」

「…………ありがとう」

「………すぐに向かうわ。貴方は後から来なさい」

「………あぁ」

「それと貴方」

「ん…………」

「随分、素直になったわね」

 軽く笑んでから準備に取り掛かる。

 ふと振り返ってくる医者。

「貴方が来たせいでひとつ仕事が出来なくなったのよ。代わりにしておいてくれない?」

「なんだ、その仕事ってのは」

「届けるための荷物があるのよ。それを私の代わりに届けておいてくれないかしら」

「なるほどな、運ぶだけなら俺でも出来るな」

「そういうことよ。これは謂わば交換条件みたいなものよ。私が妖怪の山へ行く代わりに貴方が届ける。悪い話ではないでしょう?」

「………分かった」

 橙矢の言葉に頷くと簡易な荷物をまとめ終えるとひとつの麻袋を橙矢に渡した。

「んで、これを何処に?」

「命蓮寺」

「は?誰か病気持ってるのか?」

「いいえ、精神安定剤よ」

 ピクリと頭の隅で何かが引っ掛かった気がするが何も言わず次の質問をした。

「…………………何故こんな時間に?」

「向こうにそう頼まれたから」

「誰に?」

「………これ以上はプライバシーに関わるわよ」

「失敬」

「じゃあ頼むわよ」

「そっちもな」

 麻袋を背負うと永遠亭を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢は足を引き摺りながら命蓮寺の前にたどり着く。

「…………久し振りだなここも」

 石畳の上を歩いていくと音を聞き付けたのか僧侶が顔を出す。

「東雲さん。…………どうしたんですかこんな時間に」

「聖さん…………なに、ちょっとした届け物ですよ」

 背負っている麻袋を手に取ると聖の前に出す。

「何ですかこれは?」

「…………?命蓮寺の方にこれを渡してくれと医者から言われたのですが」

「はてはて、私は知らないです」

「あ、東雲さん」

 奥から昼に会った入道使いが通りかかった。

「………雲居さん」

「それって…………」

 一輪が橙矢の持っている麻袋を指差す。

「これ、貴女が頼んだものですか?」

「えぇまぁ…………」

「一輪、貴女風邪でも患っているのですか?」

「え、あ、えぇそんなところです」

 麻袋の中身を知っている橙矢は何も言わず一輪にそれを渡す。

「…………毎度」

「わざわざすみません。東雲さん」

「………お気になさらず。では俺はこれで…………」

「――――橙矢!」

 後ろから軽いものが当たり、橙矢の身体に腕が巻かれた。

「……………村紗……」

「橙矢………?元気ないね…………」

 橙矢を心配するように覗き込んでくる。

「……………………悪い」

「………何かあったの?」

「……………………あぁ」

「私でよかったら………聞くけど………どうかな」

「村紗…………!」

 気が付いた時には村紗を抱き締めていた。ただ、村紗の優しさが嬉しくて。

「え、と、橙矢……!?」

「すまん…………」

「……………いいよ、私も橙矢に何回も助けられてるから………私も橙矢を助けたい」

「村紗……………」

「橙矢は頑張ってるから………。助けを求めてもいいんだよ?」

「ありが………とう………」

「橙矢」

「ん………」

「…………私は橙矢のこと好きだから」

「村紗………」

「ね、ねぇ………橙矢は、私のこと……どう思ってる?」

「………………悪い、今はそんな気分じゃないんだ」

「あ………ご、ごめん………………」

「…………………」

 村紗を放すと踵を返して門の外へと歩いていく。

「…………橙矢!」

 村紗が声をかけ、反応してゆっくりと振り返る。

「辛かったら………いつでも来ていいから」

「………………あぁ、そうしてもらうよ」

 口の端を吊り上げただけの作り笑いを浮かべて来たときと同じように足を引き摺りながら三人の前から去っていった。

「…………橙矢……」

「………村紗、戻りましょう」

「…………うん。………ねぇ一輪」

「ん?どうかした?」

「それ、何?」

 先程橙矢からもらった麻袋を指差す。

「橙矢から何かもらったの?」

「薬ですよ。一輪はちょっとした風邪を患ってましてね」

 一輪の代わりに聖が説明する。

「ふーん、大丈夫なの?」

「まぁ気にするほどじゃないから」

「気にするほどでもないのに薬をもらったの?おかしくない?」

「念のため。それ以下でも以上でもない」

「………そう、そうなんだ」

 さして興味がなさそうに頷くと寺の中に戻っていった。

 

 

 

 

 



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第四十五話 信頼してても裏切られる時は裏切られる

 

 

 

 

 本陣に着き、医療部屋の部屋に飛び込むとそこには永琳がいた。

「……………医者」

「東雲さん安心して。チワワちゃんの命に別状はないわ」

「………そうか」

「………分かってると思うけどこの傷は他人によってつけられたもの。つまりチワワちゃんは誰かにやられたのよ」

「………あぁ」

「誰か分からない今、チワワちゃんを一人にするのはよくない。かといって私がずっとここにいるのも無理な話よ。だから東雲さん、貴方がいてくれないかしら?その方がこの子も喜ぶわ」

「分かってる」

「そう、分かってるならいいわ。…………ひとつ、貴方に教えておくわ」

「?」

「近くにいる者ほど疑え」

「は?お、おい」

「それだけよ」

「どういうことだよ」

「………………………」

「おい!」

 橙矢が痺れを切らして叫ぶと同時に永琳の掌が目の前に迫り、橙矢の顔面を凄まじい力で締め上げる。

「………ッ!?」

「怪我人が寝てるでしょう。静かになさい」

「医者……ッ!」

「やろうってのなら外で相手になるけど?」

 永琳は手に弓を顕現させると片手で額に当てた。

「…………いや、今はやめておく。……あんたの言う通りだ。怪我人の近くで叫ぶなんざ馬鹿げてる。悪かった………」

「それでいいのよ。とりあえずやれることはやったわ。だから後は彼女を待ちなさい。貴方が馬鹿みたいに待たせたように。今度は貴方が待つ番よ」

「…………そうだな」

「…………仇討ちだなんて考えないことね」

「ッ!」

「チワワちゃんは望んでないわそんなこと」

「………それは椛やあんたが決めることじゃない。……俺が決めることだ」

「貴方にそんなこと出来るのかしらね?」

「当たり前だ。椛をこんな目に遭わせた奴だぞ。殺すに値する」

「…………好きなのね、その子のことが」

「………そんな大層なものじゃない。俺はただこいつに依存してるだけだ。…………恐らくな」

「東雲さん、いい?確かに貴方はその子に依存しているだけなのかもしれない。だけどそう言うならその子も貴方に依存している、と言えるのよ」

「………………一緒にするな、椛に失礼だ」

「貴方は…………!」

 急に永琳が胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。次いで額がつくほど引き寄せられる。

「………ッ」

「貴方はこの子の気持ちを卑下する気!?」

「い、医者…………」

「貴方がそうやって言うからチワワちゃんがどう接せればいいのか分からず微妙な距離になってるのよ!」

「な、何言って………」

「いい加減察してあげなさいよ!貴方たちを見るたびに………!」

「………………………」

「…………まだ分からない?」

 手を放して床に落とす。

「………分からない。………俺が椛に対してどんな感情を抱いてるか………」

「若いわね。まぁせいぜい悩みなさい。そして自分に正直になりなさい。それがチワワちゃんの幸せになるわ。……けど、そのためには時には冷酷な判断も必要よ」

「………椛が幸せになるならどれだけでも冷酷なことでもしてやる」

「嘘つき」

「は?」

「そんなつもり、ないんでしょ?貴方は他人第一主義。他人に対しては冷酷な判断は出来ない」

「馬鹿言え……。今までの俺の行動見てたあんたなら分かるはずだ」

「今までの貴方の行動、ね。それこそ私の台詞があってると思うのだけれど?」

「なんだと?」

「貴方は自分の身に起きたことでは貴方は動かない。けど他人の身に何か起きればすぐに動き出す。これを見て悪いけど貴方の言うことは信用ならないわ」

「……………………」

「私は貴方が何を考えているのかまったく分からない」

「俺もあんたの考えてることは分からないよ」

「貴方と私とでは生きている年の桁が違うわ、ひとつも二つもね」

「だから何だって言うんだ」

「まだ分からないの?これほど脳の働きが遅いと致命傷よ」

「うるさいな………」

「本当は分かっているんでしょう?年期が違うのよ。故にある程度ならその人の考えていることは分かる。けど貴方からは何の思想も聞こえない。どういうことなの?」

「俺に言うなよ。俺自身分からないんだから」

「自身を知ること。それは大切なことよ」

「………俺は誰からも浮く存在。人や神はもちろん自身からもだ」

「いつまでそうやって自身を勘違いしてる気なの?」

「………説教なら聞かないぞ」

「する義理はないわ」

「される義理もない」

 呆れたのかため息をついて橙矢の傍らを通って部屋の外へとでる。

「とにかく、貴方に頼まれたことはした。帰らせてもらうわよ」

「あ、あぁ」

「………じゃあね」

 手をひらひら振って出口に向かって歩き出すとそのまま気配が消えた。

「……………………」

 一人残された橙矢は椛が寝かされている布団の隣に腰を下ろす。

「……………俺はお前のことが好き、か。………実際どうなんだろうな」

 いつからだろうか。椛が他の者とは違い特別視するようになったのは。

 どうなんだろうか。椛に対する気持ちは。

「………白狼天狗になる前、お前は俺に愛してる、と言ってくれた。………今はどうなんだ。俺に呆れたか?飽きたか?軽蔑したか?ろくにひとつの約束も守れない俺だ。………護ると決めたものを何一つ護れない俺だ」

 新郷神奈を護れなかったその日から橙矢はずっと自問自答してきた。自身の言う『護る』とはどういう意味か。身体は護れても内側、つまり心を護ることは出来ない。

「あとどれだけ失えば護れたって言うんだよ………」

 大切にする者が増えれば増えるほど失ったときの悲壮感が大きい。

「………………もう俺は護るだなんて無責任な台詞は言わない」

 視線を上げた橙矢の瞳には復讐心が芽生えていた。

「……俺はただ、殺すだけの造物。護るだの壊すだの馬鹿は言わない。善か悪かなんて知ったことか。俺の前ではそんなもの存在させない。…………善は悪に倒され悪はより強大な悪に滅ぼされる。だったら俺がそれになってやる…………!」

 他の者がいれば悲鳴を上げるほど濃密な殺気を放つ。

「ん……」

 もちろんそれは寝ていた椛も例外ではなかった。

「ッ!椛!」

「……………と……うや……さん」

「あぁ俺だ。……良かった……ほんとに」

「何が…………ッ」

 身体を起こそうとして苦悶の表情を浮かべた。

「……無理するな。まだ寝てろ」

「で、ですがここは…………」

「医療部屋だ。安心しろ」

「……………」

 安堵したのかひとつ息をついた。

「……何があった、なんてことは聞かない。誰にやられた?」

「……………………………………」

 単刀直入に聞くがそれに対して椛は気まずそうに視線を逸らすだけだった。

「椛ッ」

「い、言えません………」

「………何か訳でもあるのか?」

「…………はい」

「俺に不都合なことでも?」

「……そうです。……貴方がそれを知ればもう自我を失いかねない」

「そんなの知ったことかッ。お前が傷付くこと以外で俺は………」

「その私がここまで言ってるんです!分かってください!」

「ッ!」

 急に椛が大声をあげて橙矢を遮った。が、傷に響いたのか踞る。

「ぅ……ぅ………」

「椛!」

「お願いします橙矢さん……聞かないでください………」

「…………………」

「これ以上貴方には傷付いてほしくないんです……」

「……………椛、お前………」

「橙矢さん……………」

「…………………ふざけてんのか」

「え?」

 襟首を掴んで引き寄せた。

「………ッ!」

「言え。お前をやったやつは誰だ」

「や、やめて……ください……ッ」

「……俺はもう殺すだけの造物だ。……造物なんぞに心なんて必要ないだろ?……だから言えッ!!」

「いい加減にしろ東雲橙矢!」

 外から飛んできた矢が橙矢の肩を貫いた。

「―――――」

 思わず椛を掴んでいた手を放す。と、同時に腕を掴まれて引っ張られると床に叩き付けられた。

「ぐ………」

 立ち上がろうとするが立ち膝になったとき盾状の物で殴り上げられる。その隙に懐に入られて腹を蹴り飛ばされ、壁を突き破る。

「テ……メェ……!!」

 口の中を切ったのか血を吐き出す。しかしそんな隙を与えずに一瞬目を離すと顔面に膝蹴りを入れられた。

(動きが……読めない……!)

 再び視線が上を向いたところで脇腹に何かが突き刺さった。何か、鋭利な、ものが。

「…………」

 口の端から、貫かれたところから血が流れていくのがわかる。

「橙矢さん!!」

「フーッ……フーッ………」

 目の前には荒い息を吐きながら刃物を握っている白狼天狗。

「………水……れ…ん………」

 蔓水蓮が橙矢を突き刺していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……なに、して……」

「………隊長に……触れるな獣……!」

 突き刺していた懐刀を抜くと盾で殴り付ける。さすがの橙矢も生身では受け切れず吹っ飛んだ。

「………!何のつもりだ…!」

「それはこっちの台詞だ東雲!今、隊長に何してた……!」

「……………」

「答えろ東雲…!返答次第じゃ今ここでお前を始末する!」

「お前が俺を……?ハッ、随分と大きく出たな水れ…………」

 ふと視界がぐらついた。

(さっきからの打撃が今頃響いてきやがった……)

「軽口叩くなクソガキ!!」

 接近してきた水蓮に対応できずに盾、ではなく逆の方の拳が喉元に入る。

「ごふ………」

 そのまま首を掴んで叩き付けるように地に投げ捨てた。

「……………ゴホッ!?……オエァ……」

「休むなよ」

 水蓮が蹴り上げて、身体が上がったとき殴り付けた。

 続く連撃に膝を着く。

「…………テメェ……!」

 身体の至るところに正確過ぎる矢が突き刺さった。

「…………お前はもう逃げられないよ東雲。……ボクの能力は『命中率を操る程度の能力』。残念だけどボクが命中率を百に上げれば百発百中、お前にこの矢が刺さる。……分かってるよね。いつでもお前を殺すことが出来る」

 立ち上がり、刀に手をかける。しかしその刀は抜けなかった。

「……………ッ」

「……抜かないのかい?」

「……俺は………」

 刀から手を離して半歩後ろに下がる。

「俺は……お前らを……傷つけたくない………………」

「……さっきまで隊長を傷付けた奴が何を言ってる」

「………………ッ」

 膝が崩れ落ちるが堪えた。

「おやおや、かつて叢雲の異変を起こした者とは思えない面だね。………ボクごときにやられるのかい?」

「うるせぇ……ッ!何の因果があってこんな……」

「何の、だって?お前の脳味噌は腐ってるのか。隊長に手を出しておいてその言い草は何なんだ!!」

 水蓮の姿が一瞬にして目の前に現れる。

「――――――――」

「お前は、もうこの山には必要ない」

 肩口を噛みつかれ、肉を引きちぎられる。

「――――ッ!?」

 怯んだところに腕を掴んで木に押し付けると矢を木ごと貫いた。

「……………ァ!」

「お前には失望したよ東雲。………その自慢の腕、取ってやる」

 橙矢の脇差しから刀を抜くと振りかぶる。それだけで何をしようか嫌でも理解できた。

「や、やめ………!」

「水蓮さん―――――――――!!」

 根元から橙矢の腕が裂かれ、千切れた。その時夥しいほどの量の血が吹き出る。

「―――――ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!」

 橙矢の絶叫が響いて思わず椛が耳を防いで水蓮は僅かに顔をしかめる。

「腕……が……ァ………」

「橙矢さんッ!!」

「これでも生きてるんだね。ほんと、大した生命力だよ」

 刀を放り捨ててのたうち回る橙矢を蹴り飛ばす。

「土産として受け取っておきなよ。自分の腕を」

 近くに裂いた腕を放り投げ、首を踏みつけた。

「……………………ボクの、蔓水蓮の名の下に命ずる東雲橙矢。…………お前を、この妖怪の山から追放する」

「…………!」

 橙矢の瞳孔が開かれるのが分かった。その瞳を見つめ返しながら続ける。

「お前は二度も自らの隊長に手を出した。……それは信頼を欠ける行動であり、この対処にはもっもともなことである」

 足をどけると椛の方へ歩んでいく。

「ま、待て………」

「とっとと失せろ部外者」

「待ってくれ………」

「消えろ」

「頼む………待ってくれ……………」

「………この妖怪の山にお前の場所はない」

「……………ッ!」

 遂には橙矢は二人に背を向けてふらつきながらも駆け出して妖怪の山から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水蓮さん、どうして…………」

 水蓮に運ばれて椛は他の詰所へ、ではなく木の影に腰を下ろしていた。運んでいる途中に雨が降ってきて雨宿りとしてこの木の影にいる、というわけだが。

「…………………無理だよ。あんなやつ許しちゃいけない」

「……けど橙矢さんの………腕を…………」

「………………………………………過ぎたことは考えたくない」

「水蓮さんだってあんなこと………」

「……お願いだからもう何も言わないで…………」

 踞って顔を隠す。

「…………………ほとんど………ボクが悪いんだ」

「………………」

「隊長……ボクは………どうやって償えば………」

「………橙矢さんなら分かってくれますよ」

 泣いて震える水蓮を後ろから抱き締める。

「……必ず………橙矢さんなら………」

「ぅ………ぅ…………………」

「橙矢さんは必ず戻ってきます。その時………一緒に謝りましょう」

「隊長…………」

「……橙矢さんは私達を捨てたりはしませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅ……ぁぎ……れ…ぁ………」

 意識がまばら、雨が降り頻る中、切れ切れの言葉を発しながら橙矢は足を動かしてあるひとつの場所へと向かっていた。

 右足、左足と引きずりながら歩く様はゾンビ、歩く屍のようなものだった。目には一切の光が見えず、ただ暗闇を映している。

「……うぁ……ぎ……………」

 先までの復讐心もなく、ただ一心に歩き続けた。

「…………………」

 ふと橙矢が足を止めた。

「可哀想な犬が一匹。こんなところでふらふらしてちゃいけないじゃないか」

「…………ッ」

 残っている腕で刀を握る。

「誰……だ………」

 前方の木が音を立てて倒れていく。その先には、妖怪が二匹。

「……………犬たぁ………安い挑発………してくれるな………」

 隻腕をダラリと下げながらも睨み付けた。

「………そっちは二匹。対してこっちは手負いの白狼天狗一匹だ。…………殺すくらい容易いだろ」

「じゃあお望み通り殺してやるよ!最近人妖共々食ってなかったからなぁ、隅々まで喰らってやるよ!」

 口を開けて牙を突き立ててこようとするが刀を縦に構えて顎を突き刺して受け止める。そして柄を握り直し、間近で斬撃を放った。

 一匹は真っ二つで裂かれ、その場で二つに分かれた死体が崩れる。

「………………………」

 力なく残る一匹に視線を向ける。

「ヒッ………!」

 短い悲鳴を上げて橙矢に背を向けて駆け出す。

 もはや追いかける気もせず刀を納める。

「……………………逃げる気なら……はじめから来るな………っての」

 ………………そこからは、よく覚えてない。

 

 

 

 

 

 

 

 東の空から陽が昇りはじめていた頃にハッと気が付いた。そして目的のところに着いた。

「……………………………」

 花々が咲き誇る太陽の丘。そこに着くなり体力が限界になったのか倒れた。

「あ……ぅ…………」

 腕も一本しかない状態で、さらに血も垂れ流しのまま、ろくに動けない。

「ゆう…………か…………」

 身体を引きずりながらも信頼のおける花の妖怪、風見幽香の家へと行こうとする。だが隻腕ではどうすることもできない。

「……………………」

 そんな橙矢に覆う影がひとつ。

「………………橙矢」

「……ぅ………か……………」

「…………貴方、何してるの?」

 傘を刺している幽香が目の前にいた。それは分かったが顔をあげる体力も、精神力も橙矢にはすでになかった。

「………………」

「………ひとまず私の家に来なさい。そこで話をしましょう」

「………ァ…………ァ……」

「…………運ぶわよ」

 橙矢の身体を軽々と持ち上げる。その拍子に橙矢の血が幽香の服に付いた。

「……血が………」

「何言ってるのよ。……愚痴なら後で聞くわ。今は安静にしてなさい」

「………………………」

「………貴方みたいな者がどういう経緯でこうなったのかしらね」

 橙矢の傍らに落ちていた腕も取り、目を細める。

「貴方は決して弱くはない。……寧ろ貴方はこの幻想郷のバランスの一角を背負ってる、こんなに若いのにね」

 両手で橙矢を持っているため傘は持たず、全身を雨にうたれながら自身の家へと歩んでいく。

「………こんな弱々しい貴方を見ることになるなんてね。……正直見てられないわ」

 

 

 

 

 

 

 



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第四十六話 泣いてる人が必ず弱いとは限らない

 

 

 

 

 

 

 目を開けるとまずはじめに見覚えのある天井が見えた。首を傾けると椅子に腰かけてうつらうつらしてる花妖怪がいた。

「………………幽香」

 小さく呟くとその妖怪の名を呼ぶとピクッ、と身動ぎしてから目を覚ました。

「……………ん、あら橙矢……」

 起きたのね、と橙矢の顔を覗き込む。

「ここは…………」

「私の家よ。……貴方がここまで来たこと、覚えてないの?」

「…………あぁ、辛うじて………覚えてる」

「………一応、手当てはしておいたわ。……腕は治らなかったけど」

 幽香が橙矢のない左腕を見る。

「………………いいんだ」

「大丈夫なの貴方?」

「………どちらかと言えば大丈夫ではない」

「………そう。ところでなんで貴方あんなところで倒れてたの?……それにその腕」

「…………急に悪いな。押し掛けて」

「いいのよ別に。暇していたところだから」

 素っ気なく答える幽香だがそれでも橙矢の腕を心配そうに見ていた。

「…………………ねぇ、橙矢本当に何があったの?貴方ほどの者がここまでやられるなんて。……よっぽどのことじゃないわ」

「…………………………」

「黙ってたって分からないわ」

「……………なぁ幽香」

「ん?」

「……………一人だった時の俺を…………覚えてるか」

「一人?貴方はいつもいつも誰かといたじゃない」

「…………それよりも前だ。俺が紅魔館を出た直後のこと」

「あぁあの時ね」

「……俺はあの時孤独が気楽だと思ってた。誰も気にせず生活できるってことがな」

「…………………それで?」

「……………独りって…………辛い、もんだな」

 橙矢の言葉の最後の方が震えていた。

「…………橙矢?」

「………幽香、こんな俺を馬鹿だと笑うか?………独りが好きだった奴が……実は独りになるのが怖いだなんて」

「……一言で言うと歪ね」

「あぁそうだ……………俺は歪。だからこそ独りじゃなきゃいけないんだ。………けど、けど…………俺は独りが怖くなった。なってしまった」

「…………橙矢」

「…………信頼していた奴に追放されてさらに腕までぶった斬られて…………もう………誰を信じればいいんだよ!!」

 橙矢の目から涙が溢れた。

「………………ッ!」

 そんな様子の橙矢を見た幽香は目を見開いた。

 今までどんなことでも飄々と受け流していた橙矢が、どれだけ嫌われても我知らずのような表情をしていた橙矢が、はじめて見せた涙。それは幽香の長い生涯の中でも片手で数えるほどの衝撃を感じた。

「橙矢……………………」

「俺は……俺は……………」

「………ッ貴方は独りじゃないわ」

「……ぇ……ぁ……………」

 気が付いた時には橙矢を胸に抱いていた。

「誰も信頼できないのなら私を信じなさい。……だから私のところまで来たのでしょう?………貴方に何があったかはまだ分からないわ。けど、それでも貴方が立ち直れるまで独りにはさせないから」

「………幽香……………」

「……ありがとう。私のところに来てくれて。私に頼ってくれて。いつも通りやってればいいのよ貴方は。何も気にしなくていい。貴方は貴方のやりたいようにすればいいの。それがすべて皆のためになるんだから」

「うっ………うっ……………」

「………貴方はまだ若いの。悩みたければ悩んでいい。立ち止まりたければ立ち止まればいい。……泣きたいのなら泣けばいいのよ。その弱さは………今は私が受け止めてあげるから」

 抱き締める力をより強くした。

「辛かったわね、痛かったわね。……こんな他人のために傷付いた人は貴方だけよ」

 いくら妖怪に成ろうともその心は変わらない。良く言えば聞こえはいいが逆に言えばまだ妖怪としては幼すぎる。いや、人間の時もだ。他人のために人以上の傷を受けて、それでもまだ戦い続けて。齢十八でよくここまで戦えたものだと感心した。この少年と同い年の者達は少年が送っている日々のことなどとはかけ離れたところにいる。故に自然と妖怪の者達としか知り合えなかった。彼を信頼する者達もそう多くはなかった。彼は人が良すぎる。一度信頼したのならほとんど裏切ることはない。その人の良さが今回仇となった。

「………………貴方はもう傷付かなくていい。十二分過ぎるほど傷付いたのに」

 幽香にとって東雲橙矢は最も身近にいる数少ない自身と渡り合える強者だ。彼が人間の時は何度も衝突した覚えがある。それだからこそ、こんな弱っている橙矢を見たことの衝撃が大きかった。

「………追放された、ね。……だとしたら妖怪の山。なにがあったのかしらね。……けど橙矢をここまで追い詰めて…………あのチワワちゃん、何のつもり………?」

 独りが好きだった者が独りが怖い。こんなの笑い話にもならない。結局不器用なのだ。他人のために自身の心に正直になれずに結果的にこうなった。蓄積されていたものがちょっとしたことで簡単に崩れ落ちる。

 今の橙矢が良い例だ。ほんのした綻びも重なれば大きな綻びへと成り変わる。そこのひとつを崩せばたちまちすべてが崩れ落ちる。今の今まで溜まっていたものが崩れたのだろう。

「…………橙矢」

 自身の腕の中で涙を流す橙矢に悲愴を込めた視線で見ていた。

 

 

 

 

 

 

「……………ねぇ、橙矢」

 どれくらい経ったときであろうか、ふと何かを思い出したかのように名を呼ぶ。

「…………………」

 それに対して橙矢はゆっくりと顔を上げた。

「……その腕、貴方の能力でどうにかならないの?その………叢雲の異変で目を再生させたように」

「………あ、あぁ………」

「………ひとまずは外傷を治さないことには何も始まらないわ」

「…………そうだな………やってみる」

 ひとつ深呼吸をすると意識を集中させていく。

 左腕の付け根に力を込めて目の時と同じように再生能力を強化させて。………させ、て…………。

「…………あれ」

 どれだけ力を込めようとも左腕が再生することがなかった。

「…………左腕が再生出来なくなってる。…………いや、そもそも………強化が………」

 どんな時も橙矢を支えてきた。絶対的な力。

「能力が…………使えない………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲橙矢が追放されたことはすぐさま山全体に伝わった。

「…………………」

「…………………」

「そんな辛気臭い空気作らないでくれるかい椛、蔓」

 玄武の沢へ来ていた椛と水蓮は足だけ川に浸らせながら寝転がっていた。そこににとりが迷惑そうに声をかける。

「今は河城にとりの工房を建設中なんだ。忙しいんだよ」

「自分で吹っ飛ばしたくせに」

「おいおい、よしてくれよ。それじゃあ誤解を招くだろ?もう一人いたじゃないか」

「………………」

「今は追放されたんだろ?………何処で何してるやら」

「………知るわけないよ。ボク達が」

「聞いたよー。上層部は万々歳だってね。そりゃあそうか」

「………えぇ、元々彼を忌んでいる者はかなりいましたから」

「それをまさか君が追放するなんて、ねぇ蔓?」

「………お願いだから、やめて」

「そりゃあ椛が今にも鬼気迫る感じの東雲に掴まれていたら誤解するさ。奴は自業自得だよ」

「違う………」

「何が違うって言うんだい蔓?まさか今更後悔した、なんて馬鹿なこと言わないよね?」

「……………ッ!」

「…………いいかい?奴がいるところ、奴が関わることは必ず面倒ごとになりうる。その前にその芽を摘んだ君は正しいことをしたんだ」

「違う!ボクは………」

「何故そこまで君は奴に気をかける?君だって被害者の一人だ」

「ッ」

 にとりの正確すぎる答えに言葉を詰まらせるがすぐに答える。

「東雲君はボク達の隊の者だ。隊長の許可なく隊を抜けることは許されない」

「………………………悪いけど東雲がすぐ戻ってくるとは言えないよ」

「どういうこと?」

「東雲はここに腰を落ち着けた時から椛、そして蔓、君達を一番信頼していた。その者の一人にもし追放されたら?私はショックでしばらく立ち直れないね。それこそ生まれて二十年も生きてないなら尚更」

「それって………」

「…………………今は東雲に同情するよ。可哀想なことをしたもんだ」

「いい加減にしろッ!!」

 水蓮が急ににとりの胸ぐらを掴み上げる。

「散々嫌っていた君が同情だって!?心にもないことを言うなよ!!」

「…………腕を切り落とした奴が何を言うかと思えば………ハッ、笑い話になりそうだ」

「こ、の……!」

「いけません水蓮さん!」

 拳を振り上げるが後ろから椛が腕を押さえる。

「離してよ隊長!ボクは……!こいつを殴らなきゃ……!」

「今それをしたって何も変わりません!」

「けど………」

「…………分かってますよ。だけど橙矢さんは戻ってきません」

「まったく………自分の隊の者くらいはしっかりと管理してくれよ椛」

 落ちた帽子を拾うと被り直して工房の建設作業へと戻っていく。

「さ、奴が帰ってこないことが分かって腹を括ったなら帰りな」

「………………」

 段々と色々なものが崩れていっている、と何故か他人事のように思いながら椛は水蓮とその場を離れた。

 

 

 

 

 

 そしてにとりの言う通り、東雲橙矢は帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十七話 簡潔に言い過ぎると誤解が生まれる時もある

 

 

 

 

 

 

 数日後、ある程度落ち着いたが、山に戻る素振りすら見せない橙矢は幽香と太陽の丘に咲いている花達の世話をしていた。と言っても橙矢が出来ることは水をまくくらいしかできないのだが。

「橙矢、そこ忘れてるわよ」

「ん、あぁ悪い」

「これで何回目よ。少しぼーっとし過ぎじゃなくて?」

「悪いって。少し考え事してただけだ」

「ふぅん?それはこの子達に失礼じゃなくて?」

 一面に咲き誇る花を背に橙矢に笑みを向ける。

「………あぁそうだな。今は花に水を与えるのが先か」

「そうよ。この子達だって一生懸命生きているのだから」

「ふっ、そうだな。………お前らしいや」

「ねぇ橙矢?あれから何日か経つけど……戻らなくていいの?」

「………追放してきたところへ何で帰らなきゃならん。かといっていつまでもお前の世話になるわけにはいかないからな。いずれは昔使っていた家に戻ろうと思う」

 ふと目を閉じてからゆっくりと開く。そこには一切の感情も感じ取れず、ただただ無情を表していた。

「邪魔虫はとっとと出ていくさ」

「自分のことはあまり過少し過ぎないようにしなさい」

「…………………」

 口の端だけを吊り上げてなんとか笑みを作った、みたいな作り笑顔を幽香に見せた。

「………………ッ」

 それを見て幽香は目を細める。

「…………橙矢、貴方…………」

「あ?どうかしたのか?」

「………いえ、何でもないわ」

 彼は、

「………変な幽香」

「………………貴方に比べたらそうでもないわよ」

 東雲橙矢は、

「そうかもな」

「否定しないのね」

 笑うことすら出来なくなってる。

 外っ面ではもう精神面でも体調的にも治っているような素振りを見せているが幽香はそれに気付いていた。ただ自分を騙しているだけなのだと。妖怪は人間とは違い精神的な生き物だ。精神が弱まればその妖怪の力は愕然と下がる。故に妖怪である以上精神は常に保たなければならない。

「橙矢、少し休憩しましょうか」

 ある程度進んだところでふと幽香が足を止めた。

「………そうだな、結構やったからな」

「いくら貴方でも今のままじゃ辛いでしょ。それを見越してのことよ。普段の貴方だったらもっとコキ使うわよ」

「……それは酷いな。人権の侵害だ」

「あら?貴方は今私の家に居候してるじゃない。つまり貴方は私の所有物というわけ。貴方をどう使おうと私の勝手ではなくて?」

「ハッ、その考え方はなかった」

「じゃあ、そういうことでいいのかしら?」

「一応な。限度は弁えてくれ」

「分かってるわよそんなの。無茶はさせないわ」

「お前は前から話の通じる奴だと信じてたよ」

「幻想郷で恐れられてる私のことをお前呼ばわりする奴のことなんて信じられないわ」

「逆に言えば信用できる、じゃなくて?」

「まぁそうとも言えるわね。貴方とは幾度も馬鹿みたいに殺り合っていたわけだし。信頼はしてるわ」

「俺もだ。幽香、お前は俺を何回も助けてくれた。今回もだ。………感謝してもしきれないな」

「ふふ、貴方がそう言うなんて珍しいわね」

「…………あぁ」

「………………………橙矢、貴方私のこと、信頼してくれてるのよね?」

「そうだと言ったはずだが」

「なら、ここで暮らさない?」

「……………あ?」

 突然な提案に思考がストップした。

「だって行くところ、昔の家しかないのでしょう?だったら私といなさい。それが貴方のためになるわ」

 今の橙矢の精神状態が続けば独りになったとき、より酷くなる。今は辛うじて幽香といるから保てている。

「……………いや、でも」

 予想通り断ろうとする橙矢の身体を抱き締めた。

「貴方は私の所有物なの。拒否は許さないわ」

「…………………幽香」

「私だって一人じゃ寂しいもの。……互いに利益はあると思うのだけれど?」

「………そうかもな」

「それじゃあ決まりね」

「あらあら、花の妖怪ともあろうものが惚けてるわね」

 何処からともなく声が聞こえるがすぐに誰か見当がついた。

「………………」

「……八雲さん」

 幽香が橙矢を放して背後に下がらせる。幽香の視線の先にはスキマが開いていた。

「……何のようかしら紫」

「そう構えないでちょうだい。誰も東雲さんを盗るなんて野蛮なこと言わないわよ。……幽香、貴方に用があるのよ」

「私に?」

「とりあえず東雲さんは別にしたいから東雲さん、橙の相手してくださる?」

「え、あ、あぁ……」

「橙、来なさい」

「はいはーい!」

 紫に続いてスキマから橙、それに九尾の狐、藍が出てくる。

「東雲さん!」

「橙、昨日ぶりだな」

「はい!」

 橙矢が橙の頭を撫でて、それを橙が目を細めて受ける。それを横目に幽香は紫と藍に顎で自身の家を指した。

「………………はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽香の家の前に設置されてる椅子に腰かけて少し離れて見える橙矢と橙を見ながら口を開いた。

「それで、私に話って何のこと?いや大体分かるのだけれど」

「藍」

「はい。………風見幽香、知っての通り東雲は妖怪の山から追放された。天狗の身でありながらも、だ。天狗は必ず妖怪の山に属する」

「えぇそうね」

「…………彼は、東雲はそこにはいない」

「……………………追放」

「妖怪の山に属さない天狗なんて許されないわ」

「……つまり?別に妖怪の山にいるなんて規則ないでしょうに」

 烏天狗の射命丸文が良い例だ。彼女は天狗である身ながら好き勝手に山から出ては幻想郷を飛び回っている。あんなに好き勝手出ていっては規定もくそもない。

「力の強すぎる者が野良だと人里から人が出なくなるでしょう?そんなの許されざることです」

「藍の説明に追加するならばそれは東雲さんはその中に含まれる。貴女なら分かるでしょう?彼の強さは」

「そりゃあまぁ……ねぇ」

「…………けど」

「…………?」

「今の彼は弱すぎる。それこそ野良の妖怪にすら勝てないほどに」

「なっ…………!」

 紫の台詞に幽香の目が開かれる。

「…………彼はもう立ち直れないでしょう」

「よしんば立ち直れたとしても以前みたく貴女と戦えることはない。今の東雲は能力が使えないみたいだしな。尚更」

「確かに、今の彼は弱い。だからこそ力を持つ私が護るのよ。力を持つものは護ることを強いられる。橙矢がそうだったように私も彼を護る」

「……勘違いしてるようなのだけれど。いい?妖怪は恐れられる存在。故にその力は………」

 ふっとその場から紫が消え、すぐ背後の空間が裂けてそこから紫が出てきた。

「――――壊すためにある。かつての貴女、そうだったでしょう?」

「…………!」

「紫様」

「……分かってるわよ藍。まぁ何が言いたいのかというと、

 

 

 

東雲さんを外界へ帰す」

 

 

 

 

「え……………………」

 帰る?誰が?橙矢が?帰る………橙矢は幻想郷が故郷ではないのか。なんで外界に行かなきゃならないのか。

「ま、待ちなさいよ………橙矢は妖怪よ………?」

 自分でも声が掠れているのが分かるほどだった。

「彼の髪や耳や尻尾は私がどうにかするわ」

「そうじゃなくて………橙矢は外の世界から弾かれてこっちに来たのでしょう?」

「それはドラキュラの能力により一時的に東雲さんが外の世界から弾かれていただけ。本当はすぐ帰すつもりだったのだけれど……中々彼がこの世界が気に入っちゃってね。帰すに帰せなかったのよ」

 橙矢はドラキュラの『拒絶させる程度の能力』で外界から弾き出された。存在そのものが世界に忘れ去られ、そして幻想郷に迷い込んだ。そのせいで橙矢は自分自身が元々影が薄いと勘違いしていたようだが。橙矢にとってはとんだとばっちりに過ぎない。

「…………冗談なら聞かないわよ」

「残念だけど彼が妖怪の山に戻らない以上そうするしかないの。彼が嫌だと言ってもね。妖怪になった時点で覚悟は決めてもらわないと」

「………………………ッ」

「弾幕すら撃てない、さらに能力を除いた彼の力ではこの先の幻想郷での生活はより過酷になるわ。貴女だって嫌でしょう?彼が苦しむ様を見るのは」

「だから私が護――――」

「――――――れないのよ」

 幽香の言葉を遮り、紫が強く言う。

「………妖怪でも貴女みたいな者は数は少ないもののいたわ。けど…………それでも護れた者はいない。総じて失うばかりだった」

「ふざけないで!そんじょそこらの妖怪とは訳が違うのよ私は!」

「さっきの中に、私が含まれていても?」

「ッ!」

「…………そういうことよ。私だって護りたい人はいた。けれど強大過ぎる私の能力で殺してしまった。強すぎる盾は時に最悪の矛となる」

「貴女の二の舞になるつもりはさらさらないわ。私はあの人の支えになりたいだけなの」

「それが彼の枷になる、ということを知っててのことなのかしら?」

「枷?」

「東雲さんを縛り付けている枷は誰かからの信頼他ならない。その枷を千切れば彼は元の彼に戻れる」

「何よ……それ………まるで橙矢が人を避けているみたいじゃないの」

「みたい、ではなくそうなのよ。今の東雲さんが本当に、心の底から信頼してるのは貴女か紅魔館の人達だけ。後の人妖すべては信頼してないでしょう。勿論私も信頼されてないでしょうに」

「……………………」

「……彼には気の毒だけれど幻想郷の秩序を守るためよ。………我慢しなさい」

「………そんなの、橙矢が………いくらなんでも可哀想じゃないの………」

「…………もし彼のことが忘れられないと言うならワーハクタクにでも頼んで記憶を消してもらうだけよ」

「――――ッ!」

「紫様!」

 立ち上がって傘の先端を紫に突き付けると藍が構える。そしていつの間に来ていたのか橙の鉤爪が首に突き付けられていた。

「幽香!」

「………気にしないで橙矢。暴れたりしないわ」

 傘を下ろして椅子に腰かける。

「……………橙矢との記憶を消す?ふざけたことよく平気で言えるわね」

「何事も平等に見れば容易いことよ」

「幻想郷のことも、かしら?」

「……………それは例外よ」

「面白いこと言うわね。全てを平等に見るのではなくて?」

「…………近いうちに東雲さんを迎えに行くわ。それまでに覚悟を決めておくことね」

「待ちなさい!そんな勝手なこと――――」

「藍、橙、帰るわよ」

「分かりました」

「はい紫様!」

 紫がスキマを開くと橙、藍の順に入っていく。

 そして紫がスキマを閉じるとき、橙矢に視線を送り、

「ごきげんよう、東雲さん」

 片目を瞑って消えていった。

「…………幽香、八雲さんは何だって?」

 橙矢が幽香に近付くと急に幽香が振り返って橙矢を強く抱き締めた。

「………………幽香?」

「………橙矢、貴方は絶対……私が護るから」

「………………………」

 何か分からなかったが橙矢は残った腕で幽香の後頭部に当て、自身に寄せた。

「……それはこっちの台詞だ。………お前の前から俺はいなくならないよ」

「橙矢………ッ」

 胸に顔をうずめてより強く橙矢を引き寄せる。それに橙矢はただ何も考えず幽香に為されるがままにされていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第四十八話 分かっていても言えないもどかしさがちょうどいい

早く……早く苦いものを摂取するんだ





 

 

 

 

 

「――――と、まぁそういうわけだから東雲さんを外界に帰すことになったわ」

「そう、分かったわ」

 紫の言葉に素っ気なく答えたのは博麗の巫女。

「拒否しないのね。貴女、気にかけていたようだけれど」

「私は博麗の巫女よ。誰にも干渉はしない」

「そう、それならいいわ」

「私は何処かの妖怪みたくある一人に固執しないわ」

 まるで彼の、東雲橙矢のことについてはどうでもいいとでも言うように切り捨てた。

「それに、あいつは人から妖怪になるという最大の過ちを犯した。………何か問題でも起きれば殺すだけよ」

「………………そうなれば彼女達が黙ってないわよ」

「知らないわそんなの。相手が妖怪であれ何者であれ私は負けない」

「…………ッ」

 一瞬溢れ出した濃すぎる霊気に思わず紫は身体を震わせる。霊夢の台詞は尤もなことだった。博麗の巫女は幻想郷のバランスを保つため、すべてを制し、操らなければならない、天秤そのもの。その為にはすべてを凌駕する力が必要となってくる。四ヶ月前の異変以来霊夢はそれを手に入れた。

「それは頼もしいわね」

「心の底から言ってるのかしらそれは」

「当たり前じゃない」

「ふん、ずっとそうだったでしょ。それで、具体的に橙矢はいつ還すの?」

「明日マヨヒガに連れて翌日帰すわ」

「思ったより急ね?」

「今彼は幽香のところにいる。だから彼のそばには邪魔物がいる。間違いなく止めに入るはずよ。貴女だけで充分だと思うのだけれど念のため、一人こっちについてもらうわ」

「そこまで危険視するほどかしらあいつ」

「いい?独占欲が強い者は何がなんでも縛り付けようとする。故にどんな手段も選ばないはずよ」

「…………そうならなければいいのだけれど」

「あら、貴女でも情が湧いたのかしら?」

「馬鹿言いなさい。面倒だからよ」

「………もう今日は遅いわ。悪いわね呼び止めて」

「まったくよ。少しは時間を考えなさい」

「ごめんなさい。今後は気を付けるようにするわ」

「直す気はないくせに」

「分かってるじゃない。それじゃ、アデュー」

 足元にスキマを展開させるとそのままスキマに潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢はずっと幽香の家の中の椅子に腰かけながらこの数日間あったことを思い出していた。

「………………能力が使えなくった、か」

 腕が切られてからなのか山から追放されてからなのか急に能力が使えなくなった。再生能力を強化どころか普通に身体の強化もままならない。

 何か特定の条件を満たしてないから発動しないのか。それとも精神が不安定だから発動しないのか。

「………能力がないと…………俺は………」

「橙矢、どうしたの?」

 そんな橙矢の近くにあるベッドに幽香が腰をかけた。家の構造としてはかなり狭く、リビングと寝室がひとつになっているため、さらに元は幽香が一人で住んでいるため椅子がひとつしかない。故にベッドに座る他なかった。

「あ、あぁ幽香…………。能力がなんで使えないのか考えてたんだ」

「………………深く考える必要はないと思うわよ」

「え?」

「能力が使えなくったって貴方が貴方であることには変わりない」

「…………………」

「橙矢、いつもの貴方みたくしなさい。そうすれば直るわよ」

「幽香…………」

「……………私が好きな人はそんなもので挫けたしないわ」

「………………………」

「…………ねぇ、橙矢」

「なんだ」

「……さっきの紫のことなんだけど……」

「あぁ、八雲さんなんだって?」

「……………」

 ふと、幽香が黙り込んで俯く。

「幽香?どうしたんだ?」

「……………………」

「おい、なんだよ――――」

 痺れを切らして橙矢が立ち上がって肩を掴んだ瞬間その腕を取られてベッドに押し倒された。

「え……ぁ……幽香?」

「…………貴方を………外界に帰すって……………」

「…………は?」

「そう言ってたのよ、紫は」

「ちょっ、なんでそんな話…………」

「幻想郷のバランスが崩れる……って」

「……………何だよ……それ……」

 すると幽香が指を絡ませ、顔を近付けてくる。

「けど橙矢。……貴方を外界へは行かせない。貴方の居場所はここ、幻想郷なのよ。絶対………絶対に行かせないわ」

「…………お前……」

「必ず貴方を護ってみせる。例え紫が相手でもね」

「幽香……何する気だ……」

「………貴方は私を信じてくれればいい。それだけで私は誰にも負けない」

「けどそれでお前が傷付いたら――――」

「橙矢ッ」

「………ッ」

「……………橙矢。侮ってもらっちゃ困るわ。私は風見幽香よ?」

「……………………」

「信じて、私を」

「……………………………あぁ、信じてるよ。幽香」

 微かに笑みを浮かべてそれを見た幽香も笑みを浮かべた。そして残った手で橙矢の頬に手を当てる。

「任せなさい。貴方を縛ろうとする鎖は……私がすべて払い除ける。貴方を拒絶した世界に貴方を任せられないわ」

「…………………」

 握る手が強くなり僅かに顔をしかめるがそれは自身を護ろうとしてのことなので甘んじて受けた。

「……………貴方が矮小な存在に見えてしょうがないわ」

「………能力が使えなくっただけで酷い言われようだな」

「けど橙矢、弱いことは何も悪いことではないわ」

「何が言いたい?」

「好きな人を護れるのだもの。これ以上に誇れることはないわ」

「…………平気で恥ずかしいこと言うなよ」

「ふふ、そんな貴方を見るのも悪くないわね」

「…………………………」

「………………どうしたの?」

「………いや、お前がそんな風に笑うのは珍しいなって思ってさ………」

「私だって妖怪である以前に生き物なのよ?表情くらいあるわ」

「それもそうだな」

 忘れてたよ、なんていい加減な台詞を吐いて目を閉じた。

「………今日はもう寝よう。俺はいつも通り下で寝るからどいてくれるか?」

 しかし幽香は橙矢に体重を預け、動けないようにする。

「あのなぁ、悪ふざけはやめてくれ」

「……………橙矢」

 手を押さえられてるため何も抵抗できず、ついには目を開けた。視界いっぱいに幽香が映っていた。

「ひとつ、いいか」

「?」

「お前は今、何をしようとしてる?」

「橙矢、これは私の中でのケジメなの。……少しじっとしてなさい」

 この上なく、橙矢とかつて死闘を繰り広げていた時と同じくらい真剣な顔で言ってきたので渋々諦めて再び目を閉じた。

「…………………………」

「……………橙矢、貴方を愛してる」

「……………そうか」

「だから………私の前から…………消えないで」

「それは……分からないな。さっきはいなくならない、なんて言ったが所詮俺は流されるだけの存在だ」

「なら私が貴方を流す障害をすべて叩き潰す。貴方は誰にも渡さない」

 橙矢の手を握る力がより強くなる。

「ッ……ゆ、幽香、痛い……」

「謝りはしないわ。それだけ貴方を想ってるということなの。だから橙矢。もういちど言わせて?」

 互いの鼻が触れ合うほど近付くと妖艶な笑みを作り、ゆっくり近付いていく。

「………貴方のこと、愛してる」

 そのまま近付いて―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中、紫はあるところへと来ていた。

「貴方と会うのは久し振りね。元気にしていたかしら?」

「………………」

「……えぇ、分かってるわ。まぁ今日私が来たのは他でもない貴方に頼み事があるからよ」

「………………?」

「貴方なら知ってると思うわ。東雲さんよ」

「………………」

「興味ないって顔ね。それでも手伝ってもらうわよ。それに貴方にも得があるわ。彼が幻想郷からいなくなる」

「………………!」

「あら、ようやくやる気になってくれたみたいね。なら頼むわよ」

「………………」

「決行は明日。いえ、今日と言うべきかしら?とりあえず日が昇ってからよ」

「………………」

「誰も貴方には敵わないのに、どうして貴方があの人のこと気にかけるのかしらね」

「………………!」

「じゃあ頼むわよ。日が昇ってから、迎えに来るわ」

「…………」

「分かってるわよ」

 扇子を広げると歪めた口元に当て、相手に見えないようにする。

 すべては幻想郷の為也―――――

 

 

 

 

 

 



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第四十九話 強者が敗北しないとは限らない

 

 

 

 

 

 橙矢が目を覚ますと身体が自由になっていた。

「……………幽香?」

 近くに風見幽香の姿が見えなかった。

「おい、幽香」

 家の何処にいても聞こえるくらいの声を上げるがやはり無反応だった。

「……何だってんだよあいつ、昨晩あんなこと言ったのによ…………ッ」

 昨晩のことを急に思い出して自分でも顔が熱くなるのが分かる。

「俺がこんな感情持つなんてな………」

 額に手を当ててチラと窓の外を見る。そこに探している者の姿があった。

「こんな朝早くから何してるんだあいつ………」

 花に水をやるには時間が早すぎる。それ以外に幽香が外に出るといえば………。妖精達と遊んでいるのか?

「…………………」

 すると急に幽香が手にしていた傘を真っ直ぐ何かに向けて構えた。

「ッ!」

 ベッドを足場に蹴って窓を突き破って外に出る。強化が使えないため痛みが生じるが今は特に気にすることではない。

 音に気が付いたのか幽香がこちらを見て目を見開いた。

「橙矢!?何してるの!?」

「幽香!お前も何してるんだ!」

 顔を上げると幽香の先には紫と霊夢がいた。

「……あら、獲物が向こうから食い付いてきたわね」

「…………………八雲さん」

「東雲さん、決心してくれたかしら?」

「ッ!……………出来るわけないだろ」

「当たり前よ紫。橙矢は貴女なんかに渡さないわ」

 幽香が橙矢の前に来て肩を抱く。

「とくして退きなさい紫、霊夢。橙矢を外界には行かせない」

「……やれやれ、そうなるとは思ったわ。やるしかないようね」

 霊夢が祓い棒と退魔の札を構える。

「橙矢、下がってなさい。恐らく弾幕ごっこでは済まないわよ」

「幽香、けど相手は霊夢で………………」

「言ったでしょ?貴方が信じてくれれば私は誰にも負けないって」

 頬を愛おしそうに撫でると霊夢と相対した。

「……幽香、そこをどきなさい」

「貴女が相手でも退けないわ」

「そう、愚かな判断ね」

 投げ付けられた札がカーブを描いて幽香に迫る。それを閃光で払う。そのまま密度の高い弾幕を放つ。

 紫はスキマの中へ消え、霊夢は弾幕の中を突っ切ってくる。

「甘いわよ」

「チッ……」

「封魔針」

 札が針状になり、投げ付けられる。弾くと札に戻り、幽香を束縛した。その隙に霊夢は懐に潜り込む。

「こ、の………!」

 札を引きちぎり、霊夢の横から傘で殴り付ける。いち早く気付いた霊夢祓い棒を立てて防ぐが

「…………ッ!」

 威力が段違いだったのか吹っ飛んだ。威力を殺すためか宙で回転すると着地する。

「………らしくないわよ幽香」

「貴女もね。こんなに強行突破する攻め方じゃないでしょ?白黒じゃあるまいし」

「悪いけど遊んでる暇はないの」

「あら奇遇ね、私もよ」

 同時に地を蹴ってそれぞれの得物を叩き付ける。互いの力は拮抗し合い、しかし僅かに幽香が押し飛ばした。

「相変わらず馬鹿力め………」

「好きに言いなさい!」

 飛ばされたことを良いことに起爆する札を放つ。

 傘を地に突き刺して身体を浮かせると札を避け、そのまま霊夢に接近していく。

「…………………式神〈藍〉〈橙〉」

「ッ!」

 突如横の空間が開いてその中から二つ、影が出でる。慌てて急ブレーキをかけて距離を取った。

「風見幽香、少し落ち着いたらどうだ」

「チィ……!只でさえ霊夢で手一杯だってのに……!」

「なら諦めなさい幽香」

「冗談言わないで!!」

 突撃してくる橙を受け止めて地に叩き付けると霊夢に投げ飛ばし、藍を蹴りで迎える。が、霊夢は橙をわざと紙一重で避けて速度を落とさず迫る。藍は蹴りを受け止めて手を翳す。

「お前に私達の相手は務まらん」

 弾幕を放つ。

「そう来ると思ったわよ!」

 力任せに足を振り抜いて弾幕を逸らさせてその勢いのまま傘を霊夢に向けて閃光を発射した。

「嘘でしょ……!」

 陣を張って受け止め、何とか相殺させた。その中を幽香が突っ切って傘を振り抜き、胴に入れる。

「が……ぁ………!」

 吹き飛ぶ寸前幽香の腕に封魔針を突き刺す。

「………ッ!」

 僅かに苦悶の顔をして気が逸れる。と橙が懐に潜り込む。

「この化け猫が………!」

「東雲さんを返してください花妖怪さん」

 爪が突き出され、喉元に迫る。それを掌で突き刺さりにいき、止めた。

 何とも言えない痛みが幽香を襲うが耐えきり、頭突いて怯ませた。

「橙矢は貴女達のものじゃない!」

「お前のものでもないだろう風見幽香」

「彼は私を信じてくれた。私が護ることを!今だけは彼は私のものよ!」

「馬鹿言いなさい。宝具〈陰陽鬼神玉〉」

「式輝〈狐狸妖怪レーザー〉」

「ッ橙矢!」

 大きすぎる陰陽玉を橙矢を掴んで飛んで避けて藍が放つレーザーを傘を広げて防ぐ。

「橙矢……大丈夫?」

「……何とかな」

「そう、貴方が無事ならそれでいいわ。……それよりこれからもっと苛烈になると思うから離れていなさい。貴方が巻き込まれないとも限らないわ」

「……分かった、気を付けてな」

「貴方もね」

 地に降りると密度の濃い弾幕を全体に放って身を眩ませる。

「さぁ行きなさい。……他にも信じられる者がいるのでしょう?」

「あ、あぁ……」

「じゃあ行きなさい」

 身を屈めると一気に接近していく。

 祓い棒と傘が激突して火花を散らす。その間に横から藍が来るが足で受け止めた。しかしそのせいでノーマークにしてしまった者が。

「がら空きですよ。花妖怪さん」

 橙が一瞬で目の前に来ると爪を振るう。何とか身をよじらせて避けようとするが脇腹を深く抉られた。

「………!」

 顔を歪めて橙を注意が向く。そんな隙、博麗の巫女が見逃すわけない。

「隙だらけよ、幽香」

「………ッ!」

 陰陽玉が腹に捻り込まれ、それが強大化していく。

「しばらく寝てなさい」

 あまりに強すぎる衝撃に幽香の身体が浮き、地に落ちた。

「幽香ァァ!」

 思わず橙矢が叫ぶ。

「……まったく、手間かけさせるんじゃないわよ」

「………橙矢……………」

 幽香の目にはこちらを心配そうに見ている橙矢が映った。

「……何心配そうに見てる……のよ………」

 こんなもの、貴方との戦いに比べれば………。

「軽いものよ……!だから安心しなさい橙矢!私は貴方以外に負けるつもりはない!!」

 立ち上がると不敵な笑みを浮かべた。

「貴方が信じてくれれば私は誰にも負けない!さぁ、ケリをつけましょう!」

 傘を構えて霊夢に弾幕を放つ。

「そんなの効かないわ」

 陣を展開させて無効化するが幽香が直接殴り付けて破壊された。

「クッ………!」

 霊夢を飛び越えて肩を掴むと背負い投げして地に叩き付ける。

「弾幕ごっこじゃこの問題は解決しないわ。だったらどんな手を使ってでも橙矢を護る!!」

「式神〈橙〉」

 橙が自身の名を呼ぶと一気に加速した。

「チッ、強化スペルの類……!」

「覚悟しろ花妖怪!」

「調子に乗るんじゃないわよ幽香!」

 背後で霊夢が跳ね起きて祓い棒を振り上げる。

「だったら……!」

 前方から迫る橙を避け、霊夢に突撃させた。

「え……」

「あ―――――」

 橙の勢いが強かったのか霊夢が押されて後ろへ飛んでいく。追い討ちとばかりに閃光を放ち、周囲を見渡した。

「橙矢!終わったわよ!何処にい―――――」

「私のこと、忘れてないか?」

「―――――――――」

 真上から聞こえる声に素早く反応して真上に閃光を撃つが声の主は目の前にいた。

「まだまだ甘いなぁ」

「チッ―――――」

 振り下ろす前に蹴り飛ばされる。

「カァ………!?」

 思った以上に強く、耐えられなくなり、地を滑る。

「……まだ!まだよ……!」

 痛みを妖気で払いのけ、妖力を解放した。

 ――――――が。

「貴女の好きにはさせないわよ」

 四肢がスキマに飲み込まれて動かなくなる。

「ぅ……!」

「終わりよ。藍、橙、霊夢。終わらせなさい」

「はい紫様!」

 四方八方飛び回り、橙が身動きの取れない幽香を裂いていく。

「式輝〈プリンセス天狐‐Illusion‐〉」

 藍の鋭利な爪で裂かれた肉が抉れていく。

「――――――ッ!」

「………霊符〈夢想封印〉」

 七色に光る陰陽玉が霊夢の周りに漂う。

「覚悟なさい。これで………終わりよ!」

「――――――橙矢!逃げなさ――――」

 言い終える前に幽香に直撃し、体力を削っていく。直撃したものは爆発を引き起こし、辺りが煙幕に包まれる。

「………………ァ………」

 四肢が自由になった幽香はそのまま後ろにに倒れ込んだ。

「――――幽香ァァァァァアアアアアアア!!」

 何処で見ていたのか橙矢が駆け出して幽香の傍らに崩れ落ちる。

「幽香!幽香ァ!」

「とう………や………」

 僅かに開かれた目に橙矢が映る。

「なに……してるのよ…………早く……逃げ………」

「ふざけるなよ!こんなお前を置いていけるか!」

「……あな……た…………」

「お前を殺させはしない……!絶対……絶対にだ!」

 肩に腕を回すと幽香を引きずっていく。

「お前は……この幻想郷に必要な存在だ……だからこんなところで……」

「逃げようなんて甘いな東雲」

「ッ!」

 いつの間に来ていたのか藍が橙矢の背後に迫っていた。

「安心しろ、お前を殺す気はない。代わりにその女が死ぬがな」

「大概にしろよテメェ!」

「実際その状況なのよ」

 橙矢を挟むように霊夢が前から歩いてくる。

「橙矢……逃げて………!」

「―――私も交ぜなさい!!」

「「ッ!」」

 藍と橙矢の間に空から何か落ちてきて地が揺らぐ。

 落ちてきた者は藍へと向かい、吹き飛ばす。幽香も幾と踏んだのか一瞬で霊夢に接近すると近距離で閃光を放った。

「風見幽香!あんたのそんな姿を拝めるなんてね!」

「……何しに来たのよ………」

 高らかに笑い、手に持つ得物を地に突き刺すと幽香と橙矢とその者が岩の壁に囲まれた。

「ひとまず落ち着きなさい。……これなら多少の衝撃には耐えられるわ」

 地から緋想の剣を抜いた天子は橙矢を見るなり目を細める。

「それになんで東雲の左腕がないのよ」

「……………」

「まぁ言いたくないなら別にいいわ。過ぎたこと言ったってしょうがないし」

「………………」

「………黙ってたって分からないわよ。それで、今はどんな状況なのよ」

「……橙矢が外の世界に連れてかれようとしてる」

「ハァ?何言ってるのよ」

「そんなの私が言いたいわよ!」

「幽香、落ち着け……」

「……とりあえず、橙矢と会えなくなるのが嫌なら私達に力を貸しなさい」

「へぇ、いいわよ。やってやろうじゃない。……それより東雲」

「…………?」

「ちょっとこっち来なさい」

「何だよ……」

 橙矢が近付くと急に天子が胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「……あんた、私に何も言わずに行くつもりだったの?」

「…………お前には……関係ないだろ」

「…………あんた、私と対等に殺り合える数少ない者なのよ。………私達そんな簡単な関係だったかしら?」

「…………………………」

「私はあんたをこのまま見捨てたりはしない。あんたを必要としてる人妖がどれだけいると思ってるの?」

 橙矢を離して緋想の剣を向けた。

「あんたを殺すのは私なんだから。勝ち逃げしないでよ」

「………隻腕の俺に勝ったところで」

「馬鹿言いなさい。そのくらい能力で治しなさい。………そんなことより来るわよ」

 次の瞬間壁が崩れた。

「ったくこんな薄い壁も破れないかよお前らは」

 橙矢の耳に聞き覚えのある声が届き、どっと冷や汗が流れ出てきた。

「なんで………ここにいるんだよ…………」

 天狗装束を身に纏い、白い毛を生やした橙矢と同じ白狼天狗。

「総隊長………………」

 

 

 

 

 

 

 



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第五十話 去るもの何も言わないこともない

 

 

 

 

 

 冷ややかな目を橙矢に向けて総隊長は配給される剣を橙矢、ではなく幽香に向けた。

「久しいな風見幽香」

「貴方…………!」

「……知り合いか?」

「………顔見知りよ」

「おいおい、そりゃないぞ。一回殺り合った仲じゃないか」

「お前と幽香が………?」

「………………ッ」

「あの時よりかは……強くなってるか?惨敗者さんよォ!!」

 姿が消えた、かと思うと幽香に接近していた。

「しま―――――」

 剣を振り下ろして、しかしそれは弾かれた。

「お………っと」

 幽香の前には緋想の剣を振り抜いた体勢でいる天子が。

「あんた、急になによ」

「邪魔するなよ」

「天人である私をシカトするなんて良い度胸じゃない」

「天人ごときが俺の邪魔をするな」

 拳を振り上げ、それを緋想の剣で受け止めるが予想以上に重かったのか吹っ飛んだ。

「きゃ……!」

「天子!」

「貴女程度じゃ太刀打ち出来ないわ!私もだけど……!」

「幽香!?」

「あの男には絶対に勝てない……!」

「………ッ!」

「どれだけ強くなっても……あの男には敵わない……!」

「どれだけ自分が小さい世界を見ているか分かったようだな風見幽香」

「まさか紫……あいつまで取り込んでいたなんて……!」

「取り込むだなんて言い方やめろよ。まるで俺があいつの下になったみたいじゃないか」

「………」

「互いの利が一致したから俺は奴についてる。それだけだ」

「貴方………!橙矢は貴方と同じ白狼天狗じゃない!」

「違うな。そいつは元人間の白狼天狗だ。根本的に違う」

「今のことを話してるのよ!過去なんて過ぎたこと言わないで!」

「そいつのせいでどれだけこっちが迷惑してると思ってる。……俺はそいつを正直殺したくて堪らない」

「「…………ッ!」」

 幽香と天子が橙矢の前に立ち塞がる。

「貴方に橙矢は殺らせないわ」

「そうね、珍しく花妖怪と同意見よ」

「お前ら………」

「「貴方(あんた)は私が倒す、でしょ?」」

 まったく同じことを言う二人に苦笑いしながらそうだな、と答えた。

「天人、貴女は霊夢と猫を相手取りなさい。妖怪の私はさすがに霊夢の相手は辛い」

「分かったわ。……あんたは大丈夫なの?狐とあの白狼天狗って。……狐をこっちに渡してくれてもいいのよ」

「あら、天人も橙矢の前ではカッコつけたがるのかしら?」

「…………なんでそこで東雲が出るのよ」

「さて、なんでかしらね。とりあえず――――――来るわよ」

 各々の得物を構えて迎え撃つ。

「私は猫と霊夢ね、任せなさい!」

 はじめに突っ込んでくる橙を弾き返して霊夢の祓い棒を手で掴んで受け止める。

「甘いわよ霊夢」

 緋想の剣を振り抜くと橙と同じ方へ吹き飛ばした。

「さて、楽しみましょうか!」

「天人……!邪魔をするなッ!」

「それは無理よ霊夢!こちとらリベンジも兼ねて挑ませてもらうわよ!!」

 祓い棒と緋想の剣が同時に振り抜かれて甲高い音を響かせて弾いた。そのまま回転すると腹を蹴り、その足を軸に身体を捻り、逆足で蹴り抜いた。

 着地すると緋想の剣を後ろに構え、そこに橙の鉤爪が振り抜かれ、受け止める。

「そんな………!」

「通じると思ったかしら!?」

 そこから半弧を描くように地に叩き付けた。

 左腕を振り下ろすとそれに合わせて橙に要石が落ちてくる。

「ニャァァ!?」

 慌てて上空へ飛ぶと要石を避けて回転して上から鉤爪を振り抜く。

「うざったいわよ!!」

 鉤爪、ではなく腕を掴んで止めると頭突きをかまし、怯んだところを蹴り飛ばす。

 気配を感じて緋想の剣に力を込めるとそちらに全人類の緋想天を放つ。

 気配のした方には霊夢がおり、すぐさま防ぐため陣を張り、やり過ごすが吹っ飛ばされた。 

 天人を横目に幽香は藍と総隊長を正面から睨み付けた。

「こっちもはじめましょうか」

「お?お前、俺だけじゃなくて九尾まで相手取る気か?」

「確かに貴方達二人の相手となると辛いわ。けど……だからと言ってはいそうですか、って橙矢を渡すわけにはいかないの」

「………愚かだな」

「好きに言いなさい。………簡単に倒せるとは思わないことね」

「ふん、紫様に逆らう奴は全員、潰すだけだ」

「やってみなさい式神ごときがッ!」

 総隊長と幽香が同時に駆け出してそれぞれの武器が激突して辺りに衝撃波が響く。すぐに傘で刀を地に叩き付けさせるとその勢いで総隊長の上を通過して後ろを取ると蹴り飛ばした。

「おっ、と」

 宙で体勢を整えて着地する。その隙に傘の先端を藍に向けると閃光を放つ。陣を張って防ぐとそれを崩して弾幕とする。

「そんなんじゃ私には届かないわよ」

 傘を広げて防ぐと直線上に弾幕を撃ち、牽制すると総隊長に駆け出す。

「まず貴方を先に潰した方が早いわね!!」

「やってみろ雑魚がッ!」

 総隊長の足元に弾幕を放って煙幕を上げ、その中を突っ込んでいく。

「ここで貴方を殺れば……!」

「面白い冗談だなそれは」

 一瞬にして煙が晴れた。

「な………!」

 総隊長の脚が迫っていた。それはどうしようもない距離にあった。

「残念だったな」

 強烈な衝撃が幽香の腹に直撃して、突き抜ける。吹っ飛んで今まで育ててきた花に突っ込む。

「ぅ…………」

「関係ないんだよ俺には。花妖怪だろうがスキマ妖怪だろうが、結局はお前らの狭い世間の中での話だ。もっと広く見ろ」

「お前!よくも幽香を…………!」

 橙矢が駆け出して片手で刀を抜くと総隊長に斬りかかる。

「何も出来ないやつは黙ってな!!」

 振り向き様に殴り付けた。

「ッ!」

 口から血を吹いて地を転がり、それきり起き上がれなくなる。

「とう………や…ァ……!」

 一撃もらっただけで意識が朦朧としてくるなか、総隊長を捉えて構える。

「貴方だけは………貴方だけは!!」

「身の程を弁えろクソがッ!」

「全人類の緋想天――――!!」

「何……!?」

 緋色の閃光が横から飛んできて総隊長に直撃した。

「天人……」

「何してるのよ!早くケリつけなさい!」

 橙と霊夢の同時攻撃をいなしながら叫ぶ。そこに藍が入っていき、天子を吹き飛ばす。

「チ……!花妖怪、私が抑えておくから決めなさい!」

「言われなくても……!」

 飛ぶと上空から狙いをつけて力を傘の先端に集める。

「覚悟しなさい、これで終いよ!!天人!橙矢を連れて離れなさい!!」

「急ね……!」

 緋想の剣を大きく振りかぶって振るうと三人を吹き飛ばす。そして後退すると橙矢を担いで上空に離れた。

「……私の愛しい花達と共に………散りなさい。最大火力!マスタァ…………」

「なら私もやらせてもらうわよ!全人類の………」

 天子も橙矢を担いだまま総隊長に標準を合わせて緋想の剣を構えた。

「スパアアアァァァァァァァァァァクッ!」

「緋想天ッ!」

 幻想郷の物理スペルの中では最大火力を誇る二つスペルが一匹の白狼天狗目掛けて放たれる。かつて東雲橙矢を止めたこのスペル。

(これで止められなかったら……もう打つ手は……!)

 不安が頭をよぎるがそれはないと首を振った。

「……これで最大火力か?」

 ボソリと呟いた総隊長を言葉は、二人の耳に嫌に酷く聞こえた。と、同時に二つの閃光は、かき消えた。

「―――――――」

「な、ん…………」

「確かにお前らのスペルは強い。けど俺には届かない」

 飛んで二人に追い付くと幽香を掴んで地に投げ飛ばされる。

「次はお前だ天人」

「ふざけないで!」

 緋想の剣を振るうがその前に持つ手を蹴られて思わず放してしまう。それを総隊長は下に蹴り飛ばした。緋想の剣の切っ先は下に向き、そのまま速度を上げて落ちていく。その先には何とか宙で体勢を整えた幽香が。

「マズイ……花妖怪!」

「―――――――――」

 すでに避けられる距離ではなく、胸に突き刺さり、地に倒れ込んだ。

「あんた……!」

「お前も堕ちろ」

 胸ぐらを掴んで刀をまっすぐ構えると投げつけて肩に突き刺した。

「アァ!?」

 痛みに思わず橙矢を放してしまった。すぐ追おうとするがその前にいつの間に来たのか霊夢が割って入った。

「霊夢……!」

「悪いわね天子。あんたはここで退場よ」

 放たれるは弾幕。避ける気力すらない。

「残機……もう零よ」

 直撃すると地に激突して二度と立ち上がれなくなる。

「天人………!」

 胸に刺さってる緋想の剣を抜いて近くの花を掴むと傘と成る。

「後は………任せなさい……」

 息を切らしながらも未だに立ちはだかる。それは風見幽香という強者だからだろうか。否、そんなくだらないことではない。

「橙矢が信じてくれてる限り………私は倒れない………!」

 どれだけ苦しくても、痛みが生じようとも、いくら不利になろうとも。

「橙矢を裏切りはしない………!」

 足が震えるが知ったことか。そんなの戦うことをやめる理由にならない。

「貴方達なんかに……好きにはさせない!」

「……じゃあ死んでもらうか。このままだと邪魔だしな」

「は、はは………面白い………冗談……ね……」

 幽香の前まで来ると頭を掴んで後ろに押して倒す。

「……あばよ、最後の最後に馬鹿な男を庇ったもんだな」

「待て!」

「あ?」

 トドメを刺そうと刀に伸ばしていた手を止め、声のした方に視線を向ける。そこには息を切らした橙矢が跪いていた。

「なんだ東雲橙矢。よもやこいつを殺すな、なんて馬鹿なこと言わないだろうな?」

「………!頼む……こいつを……殺さないでくれ……!」

「…………何を言い出すかと思えば………馬鹿かお前は」

 心底呆れたようにため息をつくと刀を掴んだ。しかしその手を橙矢が掴んで止めた。

「頼む…!やめてくれ!」

「くどいぞ、何回言わせるつもりだ」

「分かった、分かったから、外の世界に帰るから!だからこいつらは……殺さないでくれ!この通りだ……!」

 総隊長から手を離して地に頭をつけた。所謂土下座をした。普段の彼からは想像できないほど深く、頭を下げていた。

「……とぅ……や………やめ……な……」

「…………おい、スキマ妖怪。こいつ外の世界に帰るってよ。…………後は頼んだ」

 刀から手を離すと踵を返して歩いていく。その代わりに橙矢の前の空間が裂かれて紫が出てきた。

「ごきげんよう東雲さん。ようやく帰る決心をしたのね」

「……………………あぁ」

「分かってもらえて嬉しいわ。……けど、遅かったせいで二人、傷ついてしまったようだけれど」

「………………………」

 痛いほど拳を握り、理性を何とか保つ。それを見て紫は愉快そうに口元に扇子を当てた。

「もういいだろ。今すぐにでも、俺を帰せ。………だから幽香と天子は傷つけるな」

「分かってるわよ。さすがに約束は守るわ」

「橙矢………!」

 幽香の手が橙矢の足を掴む。前に紫が傘を手に突き刺した。

「ァ―――――」

「幽香!?八雲さん!やめてくれ!幽香はもう……」

「すべて貴方が悪いのよ。貴方なんかの味方なんてするんだもの」

「と………うや………貴方は……何も…悪く…………なぃ………」

「黙ってなさい」

 傘を捻り、深く突き刺していく。

「―――――!」

「八雲さん!!」

「……分かってるわよ」

 傘を抜くと橙矢の腕を掴んで立ち上がらせた。

「すぐ帰すわ。来なさい」

「………分かった」

 紫の後に続くと紫が前方にスキマが開かれる。

「このスキマを潜れば外の世界に行くわ。それと、通れば髪は黒になり、尻尾や耳は隠されるから安心なさい。………戻る場所は貴方の忌むべき場所。故郷よ」

「………………………そうかい」

「………………貴方は、もう二度とこの世界と交わることはないでしょう」

「そうだな」

「向こうではくれぐれも問題を起こさないように」

「………………………」

 もはや話を聞く義理もない。スキマへと一歩歩くと声がかけられた。

「橙矢………!」

「…………………………………………」

 振り向くことは、許されない。自分のせいで傷ついた者をどう見ろと言うのだ。……ただ単に逃げただけかもしれないが。だから……………。

「……………………」

 何も言わずスキマの中に入っていった。

「橙矢!待ちなさ――ぅ……ゴホッ!?待ちなさい!貴方は――――!」

 スキマが閉じられるまでの間。幽香の声が響いていたが反応せずスキマの奥へ奥へと進んでいく。

「…………ごめん、天子……………幽香」

 けどこれで良かったと思っている自分がいた。自分のせいで傷つく人がいなくなる。そして誰にも気にせず生きていける。昔の東雲橙矢に戻れる。

「これで良かった………良かったんだ………」

 ………瞬間橙矢の頭の中で幻想郷に入ってからのこと。それが一気に脳裏に浮かんでくる。

「…………………………」

 一人だった橙矢を拾ってくれた、はじめて家族と呼べるようになった紅魔館の面々。軽口を叩き合って、もう悲しい思いをさせないと誓った妹紅。時に助けてもらい、自分のことを好きと言ってくれた村紗。最後の最後まで自分の味方だった幽香、天子。暴走した自分を止め、足が再起不能に陥った時、道を示してくれた椛。そして護れなかった自分を許してくれた神奈。

 気が付いたときには涙が溢れていた。

「ぅ…………ぅ……………」

 その場で踞り、顔を手で隠すがそんなの関係なかった。

「ぁ……ぁ……………」

 もう、二度と戻れない。あの楽園に。自分を受け入れてくれたあの楽園に。

「寂しい………寂しい……………」

 ここに来て本心が口から溢れる。だがそれはあまりにも遅すぎた。

「一人は……………………」

 不器用な少年が一人。後悔していた。だがそれは遅すぎて、誰の耳にも届かない。

 

 

 

 さようなら幻想郷。さようなら愛する故郷。

 

 

 

「ぅ……ぁ……ぁ………」

 

 

 

 願わくばもう二度と、

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 もう二度と、俺という歪は受け付けないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十一話 アヴェンジャーといえど身体に爆弾は巻かない

 

 

 

 

 

 東雲橙矢が幻想郷を去って早三日が経った。そのことは紫が烏天狗を伝い、新聞を通じて幻想郷全土に報された。

 天狗の山から彼の名前が消え、完璧に抹消された。

 東雲橙矢が外に帰ったことに疑問をぶつけた者が何名かいたそうだが悉くかわされたらしい。

 

 

 

 

―――――――妖怪の山

 

 

 詰所の中で椛はいつからであろうか。ずっと何も考えず天井を見続けていた。

「橙矢さん…………」

 数日前まで近くにいた者が今、手に届かないところに行ってしまった。もう二度と、帰ってこれないところに。妖怪の一生は人間に比べて長い。その長い生涯、こんな日々を送っていかなければならないのか。

「…………隊長」

 そんな椛に声をかける人物が一人。

「………水蓮…さん……………」

「………………………」

 声をかける方も、かけられる方も共に心身が弱りきったような顔をしていた。

「これ………落ちてたよ」

 水蓮が手にしていたのは天狗が被る赤い頭巾だった。それは土や泥などで汚れていた。

「………それは」

「恐らく……東雲君のだよ」

「……………………そうですか」

「……それだけだよ。あとは彼の家に…………いくつか生活の名残を思わせるものがある」

「……………………」

「…………あ、あの……隊長…………………」

「……………………」

「………ボク………のせいで…………」

「……今さらですね。そんなこと言ったって橙矢さんは帰ってきませんよ」

「けどボクは…………!」

「……今は待つしかないですよ」

「隊長……ごめん………本当にごめん………!」

「水蓮さんのせいではありませんよ。大丈夫、大丈夫です」

 椛が水蓮の手を引き寄せると抱き締める。そして頭をポンポンと叩いた。

「橙矢さんは必ず戻ってきます。いつも彼は常識を覆してきましたから」

「………………………」

「―――――隊長!!」

 突然詰所の戸が開かれて一匹の白狼天狗が飛び込んできた。先日、村紗に襲われたときトドメを刺される寸前で助けてくれた白狼が二匹の前に手をついた。

「な、なんですか?」

「か、風見幽香が………」

「?幽香さんが………?」

「なんでも隊長に会わせろだのなんだのと……」

「…………下手に刺激して暴れられるのも面倒ですね。とりあえず通してください。私が対処します」

「分かりました。ここに案内しても?」

「いや、私が門の前に行きます。どの方角の門で?」

「北です」

「了解。水蓮さん、貴女も来てください。……絶対に橙矢さん関連ですから」

「…………………分かったよ」

「では私はお先に風見幽香の元に来ます。二人は後から来てください」

 白狼の言うことに二匹は頷く。

「………私が着く前に暴れられたら本末転倒ですが」

 

 

 

 

 

 門の前に着くと一人の女性が傘を差して立っていた。その者は椛と水蓮が姿を現すと表だけの笑顔を向けた。

「こんにちは、チワワちゃん。元気だったかしら」

「どうも、幽香さん。………何か用でも?」

「なに、そんな時間を取らせるわけじゃあないわ。それで、その子は?」

 幽香は椛の後ろにいる水蓮を指差す。すると水蓮の身体が跳ね上がった。

「私の隊の者ですよ」

「付き添いってことね」

「まぁそう解釈しておいてください」

「………………別にそんなことどうだっていいわ。それよりも大事なことよ。分かるでしょ?」

「……………」

 幽香はおもむろに傘の先端を椛の目の前まで持ち上げた。

「……………どうして橙矢を追放したのかしら?それなりの理由があってのことなのよね」

「……………………」

「……………答えなさい。どうして橙矢を追放したのかを」

 幽香の言葉には微かな怒りが含まれていた。それは椛はもちろん水蓮でも感じ取ることが出来た。

「………隊長………」

「………私だってしたくありませんでしたよ」

「ふぅん?それについては本心よね。貴女が橙矢に対して好意を抱いていること、そして誰よりも橙矢を大切にしていたことからしてみれば分かるわ」

「………それはどうも」

「……………けどね」

 急に幽香の声が低くなった。

「彼………いえ、あの子は泣いていたわよ」

「―――――!」

「私に泣きついてきたわ。独りは怖い…………って」

「橙矢………さんが…………?」

「えぇ、橙矢が、よ。あの時の橙矢の表情、今でも忘れられないわ」

 椛が橙矢と接してきた中で少なくとも泣いていた時は一度もなかった。それが……………。

「あの子はもう、誰も信用できないわね。肉体的にも、精神的にも追い詰められていたわ」

 すると椛に濃すぎる殺気が伝わる。言うまでもないが幽香がこちらに殺気を向けていた。

「それもこれも貴女のせいよッ。貴女が橙矢を追放したせいでどれだけあの子が悲しんだと思ってるの?」

「……………承知はしてます」

「貴女が!いくら反省して許しを乞おうとも橙矢は戻らないのよ!!」

「分かってますよ」

「分かってるなら尚更よ。………前言撤回するわ。貴女は橙矢をこと、何とも思ってないわね」

「―――――ふざけるなッ!」

 椛が一瞬にして妖気を膨張させると睨み付ける。

「貴女に何が分かる……!好きなのに振り向いてくれない、私を見てくれない!そんな気持ちが!」

「橙矢は!貴女を選んで白狼天狗になったんじゃない!私に比べれば―――――!!」

 近くにある木を殴り付けるとそこから皹が入り、崩れ落ちる。

「………いくら言っても無駄なようね、チワワちゃん」

「………それはこっちの台詞ですよ風見幽香」

 幽香と椛が同時に地を蹴り、それぞれの得物を振り抜いて激突した。

「…………ッ答えなさい……なんで橙矢を追放したの!?」

 鍔迫り合いながら叫んで空いている拳で傘の上から殴り付けて吹き飛ばした。

「貴女に答える義理はありません!橙矢さんと私達の問題です!」

「戯れ言を……!」

「それはこっちの台詞だ風見幽香!」

 刀を地に突き刺して無理矢理止まると弾幕を放つが幽香も弾幕を張って相殺させた。

「チッ……相殺………!」

「犬走椛ィ!!」

 弾幕が晴れると幽香が飛んできて胸ぐらを掴み上げると門に叩き付けた。

「隊長!」

 水蓮が森を抜けて背後を取ると宙で構え、矢をつがえて放った。しかしそれは傘を振るって落とされた。

「水蓮さん、手を出さないでください!」

 腰を捻って蹴り飛ばすと拘束を解き、腰から鞘を抜いて投げつけた。

 幽香がそれを掴んで投げ返す。回転しながら掴むと回転の勢いで刀を叩き付けた。

「これは私と幽香さんの戦いです。貴女には関係ない!」

「貴女程度が私に勝てるとでも?思い上がらないでちょうだい!!」

 傘で弾き、首を掴んで地に叩き付けると傘を突き付けた。

「終わりよ犬走椛!」

 光が集束していくがその途中で椛が両足を振り上げて逆に幽香の首を締めるとそのまま振り下ろした。素早く足の拘束を解くとそのまま足を掴んで地に投げ捨てて足を振り上げた。

「潰れなさい!」

 間髪入れず足を振り下ろしてきた。

「―――――――!」

 腕を交差させて受け止めたが強すぎる衝撃が椛を駆け抜ける。

「グ……ゥ…………ッ!」

 空いてる足が振り抜かれて鈍い音がすると同時に椛の身体が宙に舞う。

 舌打ちしながら刀を地に突き刺し、着地すると弾幕を放つ。

「貴女の弾幕なんか効かないわよ」

 傘を広げて受け止めるとそのまま閃光を撃つ。

「こんな閃光なんざ――――」

 

 

 

 

「――――犬走椛ィィ!!」

 

 

 

 

 幽香とも、水蓮とも違う第四者の声が響いてそれが誰か分かると椛は後ろへ全力で跳んだ。

 目の前に錨が突き刺さり、そこから椛を追うようにひとつの影が飛び出し、椛の腹に蹴りが深く入る。

「――――――ッ!」

「お前だけは……!」

「船長………さん……ッ」

「橙矢に何をしたんだ……!何で橙矢が外に行っちゃったんだよ!」

「貴女もですか………」

「橙矢を………橙矢を…………返せェ!」

 錨と刀が弾き合い、火花が散らされる。

「何で貴女が………」

「答えろ犬走椛!なんで橙矢が外に行っちゃったんだよ!あんたなら分かるはずでしょ!!」

「知りませんよ!」

「嘘を言うなァ!」

「貴女邪魔よ!」

 村紗の後ろから幽香が蹴り飛ばす。しかし少し後退しただけで幽香に錨を投げ付ける。

 幽香は殴り付けて錨をひしゃげさせると裏拳で村紗を殴り飛ばした。

「ッゥ!転覆〈撃沈アンカー〉!!」

「効きませんよ!」

 飛んでくる錨を刀で弾いて村紗に駆け出す。

「くそ………!」

「貴女も黙りなさい!」

「ッ!」

 放たれる閃光を飛んで避けてそのまま村紗に刀を振り下ろす。

 杓を取り出すとそれで防いだ。

「そんなもので……!」

「隙ありよ犬走椛!」

「させるか―――!」

 いつの間に接近していたのか幽香の拳を水蓮が割って入り、懐刀で受け止めた。

「水蓮さん…………」

「東雲君を追放したボクが……黙って見てるなんて出来ないよ」

「貴女が追放……した………ですって!?」

「……あぁそうだよ風見幽香。ボクの一時的な感情のせいで東雲君は外の世界に行ってしまった。すべてボクのせいだ」

「じゃあお前が死ね」

 村紗が椛を押し返すと水蓮に向かっていく。

「行かせません………!」

 後ろから飛び付くと首を絞めて後ろに倒す。

「ッ………!放せェ!」

「放しませんよ……!」

「放せって………言ってるだろ!!」

 肘打ちが鳩尾に入り、痛みに負けて思わず放してしまう。

「もう一度殺られないと分からないようだね……!」

「……ッ同じ者に二度も負けませんよ!」

 再び火花を各々の得物が散らせるが、今回は村紗が押し負けた。

「チッ……!」

 飛ばされながら錨を地に叩き付けるとそこから水が吹き出る。

「何………!?」

「だったら溺死させてやるよ………!」

「―――鬱陶しいわね!消えなさい!」

「まだ死神には嫌われてるみたいなんでね!死ねないよ!」

 横からそんな声が聞こえると閃光が翔んできて迫り来る水を一気にかき消した。

「陽動成功……!カッ……!?」

 水蓮が椛の方に一瞬気を取られた時、幽香の蹴りが入った。

「余所見とはいいご身分ね」

「……ッ……余所見なんかしてないさ」

 懐刀をしまうと弓を構えた。

「ボクの本領はここからだ」

「弓程度で、ね。まぁせいぜい頑張りなさい」

 矢をつがえると上空に向けて射つ。

「君に負ける要素が見当たらないね」

「面白い挑発してくれるじゃない……!」

 森の中に飛び込むと白狼へと変化して木々を飛び回る。

『妖怪の山はボク達の、天狗の本領が発揮される場所。来たことを後悔させてやるさ―――!!』

「ならそれを力で覆してやろうじゃない」

『え―――――』

 傘の先端を地に刺すと揺れ始める。

『地震……!?』

「来なさい。私の可愛い花達」

 幽香が呟くと同時に木々が薙ぎ倒され、花が一気に地から出て咲き始める。それは少し離れたところで対峙していた椛と村紗にも影響していた。

「な、なに……!?」

「水蓮さん!これは一体……!」

「…………ッ!」

 人間体に戻すと懐刀で花を切り裂いていく。

「隊長!足場が壊された……!」

「仕方ないですね……!私が抑えておきますから水蓮さん、貴女は応援を呼んできてください!」

「行かせないわよ」

「いや、行かせてもらう」

 伸ばされた幽香の腕に先程射った矢が上空から落ちてきて突き刺さる。

「こんなもの……ッ!」

 幽香は止まらずに水蓮の頭を掴んだ。

「や、やめ………」

「報いを受けなさい」

 そのまま水蓮を地に叩き付けた。

「………貴女のしでかしたことは死んでも報えないかもしれないけどね」

「報い……なら、十分受けたさ」

 水蓮の手が幽香の腕を掴んで放させる。

「………隊長を悲しませた。……それ以上の報いはないさ」

「馬鹿言わないで」

 傘を振り上げると殴り飛ばして椛にぶつけさせた。

「きゃ……!」

「犬走椛、覚悟しな!!」

 村紗が錨で水蓮ごと椛を殴り飛ばすと肩に担いだ。

「……さぁ、年貢の納め時だ」

「そうね、まずは貴女達から消えなさい」

「ク………!」

 椛と水蓮を挟む形で幽香と村紗が近付いてくる。

「すべて貴女達が悪いのよ?橙矢を追放なんてするから」

「……!」

「橙矢を不幸にしたお前達を私は許さない。……絶対にだ」

 殺気を駄々漏れにする二人に思わず竦み上がった。

「もう終わらせましょう」

 幽香の言葉と共に駆け出す。

「…………………まぁ、当然のことか」

 水蓮がボソリと、呟いた。

 幽香と村紗、それぞれが武器を振り下ろして――――――鈍い音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――なんで」

 その言葉が鈍い音が響いてからどれくらい経った後のことであろうか。村紗の口から発せられたものだった。

 振り下ろした錨は椛には届いておらずその前に立つ尼に止められていた。

「聖………!」

 それは反対側でも同じだった。水蓮の前にメディスン・メランコリーが両手を広げて庇っていた。その者の寸前で傘が止められていた。

「幽香………」

「……スーさん」

「な、なんで………なんで邪魔するんだよ聖!こいつらは橙矢を……!」

「一輪」

「はいよ姐さん」

 いつの間にか背後に迫っていた一輪にすぐに対処できずに羽交い締めされた。

「くそ!放してよ一輪!」

「悪いね村紗。しばらく大人してくれるかな」

 懐から注射器のようなものを取り出すと首もとに突き刺した。

「ギッ!?…………」

 痛みで顔を歪めるがすぐに身体の力が抜けて一輪にもたれかかり、気を失った。

「……何が…………」

「医者に作ってもらって正解だったよ、精神安定剤」

「精神……安定……剤?」

「最近の村紗は少しやり過ぎなところがあったからね。……大人しくしてもらうためだよ」

「スーさん………貴女」

「幽香……落ち着いてよ。彼女達は東雲君の大切な人なんだよ?………それを貴女の手で潰すの?」

「………その橙矢を追放したのは誰よ……」

「それでも!貴女だって東雲君の悲しむ顔は見たくないでしょ!?」

「…………ッ!」

「お願い幽香。よく考えて?一時的な感情で壊そうとしないで?」

「……………………チッ」

 視線を逸らしながら傘を下ろして踵を返した。

「スーさん、貴女の言う通りね。この子は…………」

 そこからは何も言わずに歩いていった。

「………白狼天狗さん、貴女……大丈夫だった?」

 メディスンが水蓮の前まで来ると屈んで心配そうに覗き込む。

「な、何とか…………」

「……………けど、幽香の気持ちも分からなくはない。大切な人と会えなくなるんだもん」

「………………………」

「その場の感情で事を起こしてしまうと後々大きな後悔になる。村紗にも、貴女にも言えることです」

 村紗を抱き上げた白蓮が水蓮をチラとだけ見てから山を降りていく。

「うちの船長が迷惑かけたね。とりあえず私達としては妖怪の山との関係は悪くしたくない。不問にしてくれないかな?」

 白蓮に代わって一輪が二人に頭を下げた。椛としても命蓮寺との関係を悪化させるのはこちらとしても得ではない。

「………分かりました」

「助かるよ。じゃあこれで失礼」

 一輪が雲を呼ぶとそこに白蓮と一輪がそこに乗る。

「…………何だかよく分からないけど……助かった……のかな」

「…………そう、みたいですね」

「……ほんと、死にかけた…………。あんな大物と……殺り合うなんて」

「水蓮さん、本当に助かりました。……私一人だけじゃ……到底相手にすら出来ませんでした」

「……………あんな大物とやる機会そうそうないからね。いい経験になったよ」

「船長さんはともかく幽香さんはあのスキマ妖怪に匹敵するほどの力を持ちますから。よく生き残れたものです」

「……今の今までのことが夢に思えてくるよ」

「………そうですね」

「……けどさ」

「ん?」

「……これでボクのやったことがどれほど重いことなのか分かった気がするよ。あれほど東雲君が思われてるなんて」

「…………………橙矢さんは優しい人です。今も昔も変わらず。私とはじめて会ったときも会って数分の、それも自分の命を狙った私ですら庇ってくれましたから。……橙矢さんを慕う気持ちはわかります」

「……………隊長」

「行きすぎた気持ちは心身を支配する。この言葉が合うかもしれません」

「結局、ボク達もあいつらと一緒だったってことか」

「…………上には誤魔化しておきましょう大事にすると後が面倒になりますから」

「そうだね。とにかく………少し休んでからでもいい?」

「構いませんよ。………私も……さすがに辛いです。この前の傷も癒えたわけではありませんし、ね」

 

 

 

 

 

 



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第五十二話 関係ないものを入れてみるのもひとつの手段

 

 

 

 

 スキマを抜けて外へ出るとあるひとつの部屋だった。

「………ここって」

「はぁい、東雲さん」

 目の前の空間が裂けてそこから紫が上半身だけ出していた。

「…………」

「ここは元々貴方が住んでいたところ。忌まわしき場所よ」

「…………そうか」

「貴方は遠くからここへ引っ越してきた、ということにしておいたわ。そして学校もよ。貴方が元々通っていた学校に行きなさい。手配はしておいたわ。家から服なんかは持ってきておいたから。そして最後にこの部屋、この部屋は貴方のものよ」

「…………配慮に感謝する」

「気にすることないわ。それにお金もある程度はあるからこれを渡しておくわ」

 紫から放られてそれを取る。それは通帳だった。

「それがなくなったのなら私の名前を呼びなさい。それ以外は反応しないわ」

「………十分さ」

「そう、なら私はそろそろ行くわね。………ごきげんよう」

 一言言い終えるとスキマを閉じて消えていった。

 扉に歩み寄ると開けた。すると熱風が橙矢を吹き抜けた。

「そういえばもう夏だったな」

 カレンダーを見ると七月の十日を示していた。

「もうすぐで夏休みだな」

 見る辺りここは昔住んでいた、橙矢が田舎の廃村に住む前に本当の家族と住んでいたところのようだ。今はその近くのマンションの一室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日前に紫と話したことを頬杖をつきながら窓の外を見て思い出していた。

(……金の心配はするな、か。それは一生涯なのか、それとも高校だけのことなのか)

 教科書を一ページ一ページめくりながら同じことを繰り返していた。もう二度とないと思うが幻想郷へと還る手段を片っ端からノートに書き出していたが何のヒントにもならなかった。

(どうせ戻ったところで能力すら使えない俺はすぐ死ぬだろうしな)

 今まで近くにあったものが急に遠くに感じられる。能力も、妖力も抑えられてる今、橙矢はただの高校三年生となんら変わらない。

(……それでも、最後に椛の顔は見たかったな)

 幻想郷で世話になった人妖の中で最も近くにいてくれた白狼天狗を浮かべるとため息を吐いた。

(やめやめ、過ぎたことを思い返すのは俺の悪い癖だ)

 ダルくなって机に頬を着かせると目を閉じる。

(授業も面倒、考えたら考えるだけ嫌な方に考えちまう。だったら……寝るか)

 どうせ授業が終わるのはあと十分後、寝ても咎められはしない。それでも耳は教師の言うことに集中する。

 こうでもしないと試験の時ポカをする可能性も出てくる。これから高校生活を送る中ではさすがに避けては通れない道。あくまで学生の仕事は勉学。これを怠るわけにはいかない。

 三年、ということもあり、大学への進学も考えなければならない。最悪、そのまま就職というのもあるが。

(つっても片腕だけの俺を雇ってくれるところなんか………そうそうないだろうしな)

 何処かの病院行って義腕でも作ってもらうか。なんて本気で思いながらも教師に見つからないよう携帯の電源をつける。

(とりあえず幻想郷への道を見付けるか。確かこっちの世界にも博麗神社があったはず。それと幻想郷に関連するものを………。そういえば妹紅の奴、確か富士の山だの言ってたよな。富士山、のことだよな。日本で一番高い山って言ってたしな)

 だが能力すら使えない、それに加え片腕だけの橙矢が登りきれる可能性はほぼ皆無だ。

(だとしたら無理。後は……同じ神社の守矢じん……いや、諏訪大社だな。幸いここからそう遠くはない。明日の休日にでも行くか)

 ある程度予定が決まると予定表にそれを打ち込んで再び携帯の電源を落とした。

(……………………わけわからん)

 改めて自分の頭の悪さに気付いて苦笑いせずにはいられなかった。

 と、そこで授業終了を報せるチャイムが学校に響いた。今日の授業はこれでもうないので荷物を簡潔にまとめて教師が出ていくと橙矢も席を立つ。どうせこの後学校に用はないのでとっとと家に帰って夕飯の支度をしなければならない。

「あ、東雲君。もう帰るの?」

 後ろの扉から出ていこうとすると教室内から声がかけられる。

 鬱陶しげに振り返ると一人の女子がこちらを向いていた。この女子には見覚えがある。橙矢がまだ学校に通っていた頃、同じクラスだった者、だと思う。

「あぁ、他にすることないからな」

「この学校とか、色々な教室回ったりした?」

「案内人は結構。もう覚えたんでな」

 扉を開けて廊下に出ていく。それを先程の女子が追いかけてきた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!もう覚えたの?」

「そうだが。普通覚えてくるだろ。何を考えてるのか知らんが俺にお守りは結構。むしろ邪魔だ」

「うーん、そうか。じゃあ仕方ないね」

「そういうことだ、じゃあな」

「東雲君、じゃあ鞄私が持っていくよ」

 横から鞄を引ったくるように取り、先に走っていく。

「………………おい、待てよ」

 すぐに追い付くと手を掴んだ。そして鞄を力尽くで取り返す。

「人のものを勝手に取るな。……お前はさっさと帰れ。俺は帰っても暇じゃないんだよ」

 舌打ちして軽く睨むと廊下を歩いていく。気だるげに足を動かし、帰路に着く。もう先程の女子は追いかけてこなかった。

「…………ったく、やっと撒いたか」

 ため息を吐いて鞄の中を一応確認する。盗られたものはなかった。

「向こうでは特に気にしてなかったこともこっちでは気にしなきゃいけないのか」

 幻想郷では特に貴重品というのがなかったため気にせず外出などしていたがこっちでは盗難などの細かな犯罪もあるので面倒だった。幻想郷は殺す殺される、という簡単な構成でなっていたため気に留めることはなかった。だがこちらではそれに加え小さな犯罪にも気を付けなければならなかった。

「…………………」

 複雑になる世の中に面倒だと思い、嫌な顔をするがいくらそんなことしても無駄だと首を振った。

(それよりも先にまず諏訪大社へ行くための交通手段を調べないと……)

 行ったところで何かなるわけでもないが幻想郷に還るための手段が見つかれば良い方だ。最悪何処かの高校や大学の部活やサークルでそういう、何というか、オカルト系のものに頼る必要もある。そこに属する者達は異世界だの妖怪だの好きなが一部いると思う。

(………確か何処だっけな……何処かの大学にはそういうのがあるんだけどな、胡散臭いし興味ないから考えないようにしてたんだがまさか頼ることになるなんてな……)

 秘封倶楽部、それが胡散臭そうなサークルの名前だった。確か女子大生二人だけのサークルだった気がする。

(諏訪大社の前にそっち行っておくか。大社が動くわけでもないし逃げないからな……後でいいか)

 諏訪大社よりも頼りなさそうだが仕方無い。使えるものは全て使わないと辿り着けないものもある。

「とりあえず、帰ってから決めるか………」

 自分一人だけの力が幻想郷へは一生かかっても辿り着けない。だったらどれだけ他人の力を借りて近道をするかが問題。

 この世界には妖怪は存在しない。故に妖気を放てば世界から弾かれて幻想郷に戻れる、という考えに。橙矢が妖気を解放できればそれが一番楽なのだが。

(妖怪に戻るにはそれなりのトリガーがあるんだろ。他の妖気に当てられるだの何だの)

「……………俺って余計なことしか考えないな」

 もうひとつ、悪い癖が見付かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、新幹線に乗り、京都まで来た。

 秘封倶楽部という胡散臭いサークルがあるという大学の前まで来ていた。

 制服だと色々と面倒なことになりそうなので私服を着て来た。と言ってもほんと、洒落乙なんて柄ではないので無難な、特に目立ちはしない格好。

 ただ、ひとつ誤算だったのが今日が休日、ということ。高校とは違い、活発に部活に励む者と励まない者の差が激しすぎる。たまにグラウンドの方からスポーツ系の部活だろうか、掛け声が聞こえる。それ以外は何も聞こえなかった。休日に学校に来る者と言えば先のスポーツ系の部活に来ている者かわざわざ大学まで来て勉学に励んでいる者のどちらかだろう。勿論その気はないが橙矢が大学に進学したらどちらにも属さない。

(馬鹿やっちまったか……。いや、ここまで来たんだからサークルの情報だけは持ち帰るか)

 大学の自動ドアが開かれると中へと入っていく。ひとまず部活棟ないしサークル棟を見付けないことには何も始まらない。

「仕方無い。………あの」

 たった今すれ違った男性に声をかけた。

「……秘封倶楽部ってサークルがある、と聞いたんですけど」

「ん?君……一回生?」

「い、いっか……?ま、まぁそんなところです」

 一回生、恐らく一年、という意味なんだろう。普通の高校生なら知っててまぁ当然……なのか。半年近くこの世界とはかけ離れたところにいた世界にいたのだ。少しその世界の常識が外れてきたかもしれない。

 それはともかく、不自然な返しになったが上手く誤魔化せたみたいで着いてきなさい、と先導してくれた。

「……ありがとうございます」

「どうも、それでも珍しいね。あんなサークルに興味あるなんて」

「………えぇ、まぁ」

「けど今日いたっけな。あそこの部員」

「いないなら帰るだけですよ。どうせ期待もしてませんし」

「皮肉がすごいなぁ、この先の人生苦労するぞ」

「気にしないでください。一生なんてすぐですよ」

「老人みたいなこと言うな君は」

「ワシなってきた」

「………ハハッ、言えてますね」

 今更な作り笑顔を浮かべてそれをすぐにしまった。

 エレベーターのスイッチを押すと扉が開き、その中へ入る。

「それより君、どうしてこんな土日に大学なんかに来たんだい?確かに先のサークルを覗きに来るなら平日でも良かったんじゃ?」

「こっちにも都合というものがありましてね」

「なるほど、それなら納得だ」

「今日しか空いてませんでしたから。中々忙しくて」

「ふーん。あ、そろそろ着くよ」

 チン、と音がすると扉が開いた。

「この階の一番奥の部屋だよ。まぁプレート見ていけば分かるさ」

「……分かりました、ありがとうございました」

 下りると頭を下げた。それに手だけで応えた男は扉を閉めて降下していった。

「さて、ここの一番奥って言ってたよな」

 自然と進む足が早くなり、鼓動も高まる。上手く行けば幻想郷に還れる手がかりが掴める。そう思うと気が気でなくなりそうになる。

(…………慎重にだ。慎重に行かないと変人に思われて最悪追い出される)

 一番奥まで行くと特に何も変虚のない普通の扉の上に秘封倶楽部、という古くさい木で出来たプレートがあった。

「……………」

 逆に不安感がどっと押し寄せてくるが軽くノックした。

『はいはーい』

 女の声が聞こえると扉が開かれる。

「どちら様ー。ん?見ない顔だね」

 茶髪の女性が出てきて首を捻った。

「あぁ突然すみません。秘封倶楽部というのがここにあるって聞きまして」

「知ってて来たんだ。珍しい人。まぁ立ち話もなんだし入って入って」

 手を掴まれて部屋に入っていく。

「もう一人は今昼の買い出しに行っててね。まぁ少ししたら帰ってくるから待ってて」

「は、はぁ………」

 大人しく近くにあった席に座るとその隣に少女が座る。

「ねぇ少年。君はどうしてここに来たんだい?その表情だと冷やかしじゃあないよね」

「当たり前です。何が楽しくて冷やかしなんてしなきゃならない」

「じゃあ入部希望とかかな?」

「あいにくと俺はまだ高校生ですよ」

「あれ、そうなんだ。じゃあ尚更」

「…………相談事がありまして」

「ふーん、ここに相談なんて余程普通の物じゃないんだね」

「え、えぇまぁ……」

「それで、どんなことなの?」

 その時扉が開かれてもう一人、金髪の少女が入ってきた。

「蓮子、買ってきたわよ」

「あぁメリーお疲れ様。それとお客さんよー」

「え?客?こんなところに?」

「うん、相談事があるみたいよー」

「私達みたいなところに来るなんて余程現実離れしてることについてなんでしょ」

「仰る通り」

「じゃあ話を聞きますか」

「それもそうね。蓮子」

「はいはいっと」

 金髪の少女は持っている袋からいくつかのものを取り出すと放る。

「事情聴衆は昼食を取りながらにしましょ」

「それもそうだね。じゃあ少年。話を聞いても?」

「………はい」

 目の前で昼食をとりはじめる二人を横目に橙矢は話し始めた。

 

 

 

 

 

 



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第五十三話 別れは突然にと言うけれどそこまで突然ではない

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が相談したいことはただひとつです。異世界……あぁいや、この際だからハッキリ言わせてもらいます。幻想郷ってご存知で?」

「幻想郷……」

 するとスッと二人の目が細くなったが橙矢は気付かず続けた。

「えぇ、簡潔に言うと異世界みたいなものです」

「………それで、その幻想郷ってところに何の用なの?」

「戻りたいんです」

「へぇ、変わったこと言う人だね」

「元の世界に戻りたいのは当たり前でしょう」

「………ふぅん、戻りたいけど戻れないってところね。見たところ貴方はこっちの人間みたいだけどね?」

「………………あながち間違ってませんよ」

「元々この世界にいながらも向こうを故郷とする。あまり感心できることじゃないわね」

「例えこっちの世界から弾かれてもそう言えますかね」

「えぇ言えるわ。生まれた世界で骨を埋める。それが常識じゃなくて?家族も貴方を探しているでしょうに」

「…………残念ですけど俺の家族は幻想郷にいる」

「本当の家族じゃないんでしょ?」

「……それでも、俺を家族と呼んでくれた」

「そう、貴方がそれでいいなら結構。幻想郷に還るなら手伝ってあげるわ。何の縁か私達も幻想郷に行ったことがあってね」

「えっ」

「わざわざメリーもそこまで持っていかずともすぐに言えばいいのに。勿体ぶるから」

「うるさいわね蓮子。何事も外濠から攻めていくのがいいのよ」

「そういうわけだから、私達からもよろしく頼むよ少年。もう一度、私達を幻想郷へ連れていってくれるかな?」

「……それはこっちが頼んでるんですけどね……」

「互いに利はある。悪くはない話だとは思わないかい?」

「まぁそうですけど」

「幻想郷については私達はある程度知識はあるつもり。少年、君を還してあげようじゃない」

「ただし本当の家族に別れくらいしなさい。貴方にとってはどうでもいいことかもしれないけど残された側としては腑に落ちないわよ」

「………向こうが俺を忘れてたとしてもか」

「えぇそれはもちろん。今貴方がここにいられるのも実の母親が貴方を産んでくれたからであって他に誰でもないのよ」

「………………」

「それが出来ないのなら私達は協力しない。……向こうに骨を埋めるつもりなら尚更ね」

「………分かりました」

「それじゃ早速行ってきなさい。そんな軽装で来たってことは近場なんでしょ?」

「近いと言えば近いですが………」

「それが済んだら早いところ片付けましょ。幻想郷に縁のあるところならある程度絞れてるわ。ここから近いと………あぁいえ、やっぱり変えましょう。博麗神社に行くわよ」

「え………博麗神社?」

「こっちにもあるのよ。古く錆びてるから特に誰の目にも止まらない。何もない神社が。そこには他のところとは違う結界がある。だけどそこから向こうへ行こうとしても行けなかった。それはどうしてか。必ず開くためのトリガーとなるものがあるはず」

「こっちの世界にはなくて幻想郷にはあるもの」

「………………どうやら結界はこっちの世界では歪なもの、つまり妖怪が持つ妖気に反応して結界が開かれると………けど妖怪なんていないわよこの世界には」

「そんなに簡単なシステムですかね。八雲さんがそんな馬鹿なミスするわけ」

「どんな完璧な壁にも綻びはいくつもある。そこにつけこむのよ」

「けどそんなことしたら………」

「もちろん妖怪の賢者は私達に目を付ける。そこで貴方の出番よ」

「あー、なるほど、少年があの賢者といざこざしてる内に消えればいいんだね」

「はいはい俺が囮ってことですね」

「悪いわね。どれもこれも貴方が頑張ればいいことよ。人間である貴方がね」

「………ふっ、いいですよ。やってやりましょう」

 柄にもなく薄笑いを浮かべて立ち上がった。

「じゃあ行きましょうか。さっさと挨拶を済ませましょう」

「あら、急にやる気出したわね」

「俺はいち早く戻りたいだけです。それ以外に理由が見当たらない」

「それもそうね。それじゃ、私達は準備してるから先に行ってなさい」

「了解です」

 席から立つと扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新幹線に再び乗り、元の駅からかなり離れたところに元々橙矢の家があった。

「へー、これが少年の実家ねぇ」

「なんであんたらがついてくるんですか。それに俺は東雲橙矢です。いい加減名前を覚えてください」

 明らかに嫌そうな顔をする橙矢を無視する蓮子とメリー。

「随分とまともな家だね少年」

「………まぁ、一応普通の家庭でしたから。両親と兄弟が二人、兄と妹がいました。…………今となっては四人家族ですけどね」

「望んでない別れとはいえ最終的には貴方がそう決断したのよ。後悔なんてしないように」

「分かってますよ」

「メリーってば厳しいこと言うねぇ」

「なによ。私変なこと言ったかしら?」

「いや言ってないけどさ。もう少し言い方ってのがあるじゃん?」

「甘ちゃんにはこのくらいがちょうどいいのよ」

「俺どうやらマエリベリーさんに嫌われてるようですね」

「少年、君も大概だよ。さっさと行ってきなさい」

「はいはい、行ってきますよーっと」

 片手を上げて扉の方へと向かっていく。メリーと蓮子は少し離れたところから見守る。

「…………………………ハァ」

 ひとつ息を吐くと指でインターホンを押した。昔何回か聞いたことのある音が家の中から聞こえる。

「……………」

『はい、どなたですか』

「ッ!…………近くに引っ越してきた者です」

 何年かぶりに聞こえてきた家族の声に少し驚きながらも言葉を発した。

『分かりました。少し待ってください』

 声が切れると扉が開かれて家の中から一人の女性が出てくる。

「………………………………」

 その顔を見た瞬間今までのことが一気に頭の中から消え去り、一点を凝視する。

「…………………母さん」

 自身の産みの親である母親が橙矢の前にいた。

「…………え?」

 だがその反応は尤もなものだろう。突然知らない人に母親呼ばわりされたって混乱する。

「あ、いや…………何でもないです」

「近くに引っ越された方ですよね?どうも、東雲です」

「……………こちらこそ、私も東雲、といいまして」

「あら、珍しいですね。東雲なんて名字そうそういないのに」

「そうですね。……まったくです。高校生の身ですのでつまらないものどころか何も用意できませんでしたが」

「いやいや、大丈夫ですよ。それにしても高校生で一人暮らしですか。色々と大変ですね」

「………………えぇまぁ、慣れないことだらけです」

 口の端だけを吊り上げた笑みを作る。

「………あの、東雲さん。突然なんですけど……そちらのお宅は何人家族で?」

「……家族、ですか?四人ですけど?」

「…………………………………………そうですか」

 その言葉を聞いて何故か安心してしまった。

「………何か?」

「何でもないです、すみません変なこと聞いて」

「………これからもよろしくお願いしますね」

「……………いえ、今日は別れを言いに来たんです母さん」

「………はぁ?」

「…………俺は、東雲橙矢は………こことは違う異郷に骨を埋めます。……もう会うことはないでしょう。さようなら」

 早口にそう言うと踵を返して歩いていく。

「………橙矢?……東雲……………」

 背後から何か呟いているが気にしたことではない。もう関係はないのだから。

 本当の家族は幻想郷にいる。この世界には居場所はない。

「――――橙矢!」

「ッ!」

 突然聞こえた声に振り向いた。

「………ほんとに……橙矢なの……?」

「…………………………」

 しかし急に冷めて今更気が付いたか、と思いながら視線を戻して歩いていく。

「あんたの知ってる息子じゃあないさ」

 そう、橙矢のことは数年前の橙矢しか知らない。そこから誰も覚えてない。実の母だとしても本当の東雲橙矢を知らない。

 本当は憎くて仕方ない家族。それでも、

「…………最後まで親不孝ですみません、母さん」

 それでも自分を産んでくれた母には一言。言っておきたかった。

「…………俺のことは忘れてください。それと……身体には気を付けてくださいね」

 一切振り返らず駆け出した。

「とう…………」

 これ以上耳にしたら心残りが出来てしまう。それに、母に自分の存在が強くなってしまう。これまで幸せな家庭だったものを壊しかねない。だとしたらまだ母の中で存在が薄いところで消えるのが常套句。

 駆けていく橙矢を遠目から見ていた二人は気まずそうにため息を吐いた。

「…………………辛いもんだね。最後の最後で思い出されるなんて。………これで少年の心が揺るがないといいけど」

「……彼はまだ幼いわ。だから何処かに落ち着ける場所。いえ、居場所が必要になる。……この世界にはそんなもの存在しないわ。それに、彼はそんなこと分かりきってる。揺るぐわけがないわ」

「……………世界から忘れ去られる、ね。………当時の少年からしたらどれだけ辛いことか……」

「だからこそ彼が言う家族の元に戻してあげるのよ。彼がもう悲しまないように」

「それで、今のところどうなの?結界は」

「……正直不安定もいいところよ。これならいつでも向こうに行けるかもしれない。……逆に向こうからこっちに来ることも出来るけど」

「文字通り不安定ね。けどそれって好都合じゃない?」

「よく言えば好都合。悪く言えば何が起こるか分からない」

「何が起こるか分からないって」

「蓮子、幻想郷にいてこっちの世界にはいない生物は何?」

「え?そりゃあ妖怪とかでしょ」

「……その中には人喰いの妖怪もいる。それに不安定の結界」

「………やめてよメリー」

「最悪向こうの妖怪がこっちに飛ばされる可能性もある。あくまで最悪のパターンだけど」

「妖怪なんて出てこられたら街中血の海になるよ」

「貴女が一番怖いイメージしてるんじゃないの」

「まぁそれはともかく。早く少年を追おうか」

「えぇ、けどもう彼、見えないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ………ハァ………ッ」

 橙矢は元の家からかなり離れたところにある公園のベンチに座り込んでいた。 

「…………………」

 そんな橙矢に近付いてくる影が二つ。

「少年、もう良かったのかい?」

「……えぇ、大丈夫です」

「まさか最後に思い出されるなんてね。辛いわね」

「………………もう、いいんです。これで決心がつきました。……縁を切ることが出来たんです」

「そのわりには悲愴な面持ちだけど」

「……えぇ、恐らくそうでしょうね。俺のことを忘れたとはいえ実の母と二度と会うことはないのですから」

「…………東雲君、貴方は親孝行を立派にしたわ。本当にいい息子よ。親御さんも鼻が高いでしょうね」

「……ありがとうございます。今はその言葉が嬉しいです」

「本当のことを言ったまでよ。それよりも行きましょう。帰るんでしょう?家族の元に」

「…………俺は元の世界に戻るだけですよ。家族はいますけどそれよりも、大切な人がいるので」

「それが貴方の帰る理由ね」

「はい。尤も、俺のことをどう思ってるか分かりませんけど」

「………そう」

「……………行きましょう、博麗神社に」

「元からそのつもりよ。もうこの世界に未練はない?」

「来る前からありませんよ」

「じゃあ少年、神社に行こうか。メリーが言うにはなんか結界が不安定らしいし。早めに行っておいて損はない」

「結界が?……そうですか」

「何か心当たりでも?」

「いえ、特にないですけど………。ただ、妖怪共が出てくるんじゃないかって思いまして。まぁけどそこは八雲さんが何とかしてくれるから大丈夫でしょう」

「貴方もそんな不吉なこと言うのね。蓮子と一緒よ」

「宇佐見さんと?」

「だってさー。そう思うじゃん普通」

「分からなくはないけど」

「ほら、メリーだってそうじゃん」

「あーもう、いいから早く行くわよ。そろそろ日が傾いてきた頃だし、早めに片を付けるわよ」

「はいはい」

 あまりにも呆気なさ過ぎる家族との別れだったがすでに橙矢の頭の中からは消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第五十四話 時には逃げるという選択肢があってもいい

 

 

 

 

 

 

 

 長い階段を登りきるとやや広い境内の先に錆びれた神社があった。鳥居の額束には額が掛けられており、そこには博麗神社、と書かれていた。

「意外とマシだな」

「これでまだマシって……。どんなものを想像してたのよ」

「ほぼ壊れていて見る影もないものだとばかり」

「そんなわけないでしょ。………にしても境内がここまで広いとは思わなかったわ。まるで幻想郷の博麗神社みたい」

「………みたい、じゃなくて博麗神社ですね。幻想郷とまったく同じです。大きさも」

「………やっぱりここの結界、かなり危ないわね。さっき見たときはここまで不安定じゃなかったわ。まるで私達に反応して不安定になったみたい」

「なにそれ。つまり私達、もしくはこの中の誰か来たことによって……?」

「まぁそういうこと。………一番可能性がある……って言っても私達全員あるんだけど。やっぱり東雲君かしら?」

「そうでしょうね。俺が恐らく向こうでの滞在期間が長い。それに…………いえ、何でもないです。お二人は下がっていてください。なるべくは階段近くまで下がってくれると助かるんですけど……」

 今はまだ橙矢が妖怪だと隠しているが、とにかく危険がある内は生身の人間を晒すわけにはいかない。人間よりかはまだ頑丈な妖怪である橙矢が調べる方がいい。

「……なるほどねぇ、分かったわ。今は貴方の意見に従うわ」

「もし何かあれば俺のことは構わず真っ先に逃げてください。俺は少なくとも貴女達よりかは丈夫に出来てるんで」

「今更だけど片腕の貴方に言われたくないわ」

「今更ですね」

 薄笑いを浮かべて博麗神社へと近付いていく。それと同時に動悸が激しくなっていく。

「………………」

 この動悸の激しさには身に覚えがあった。それは半年前の退治屋だった頃。嫌に気配に敏感だった頃。その時感じたものと同じだった、嫌な予感が。そして橙矢の悪い予感は当たりやすい。

(結界の一番不安定な場所は何処だ………?)

 首を振って探すが一向に見当たらない。

(くそ!これは思ってたよりもヤバイ……!早いとこ見付けないと……いや、見付けたところで何も出来ない……)

「――――――少年!!」

「え――――?」

 蓮子の声が響いて思わず振り向く。前に横から翔んできた何かに吹き飛ばされた。

「ッ!?」

 勢いを逃がしながら立ち上がり、顔を上げた。

 しかしその前に再び吹き飛ばされて血を吹く。

「東雲君!」

「くそッ!」

 飛びかけた意識をすぐに戻して前に転がると元々顔があった場所に豪腕が振り抜かれた。それだけで何者か、すぐに分かった。

「二人とも!逃げてください!最悪な結果になっ――」

『――――――――――――――――!!』

「ッ!」

 近くで咆哮が轟き、思わず耳を塞ぐ。

「うるっせぇなくそ妖怪!とにかく!ここからいち早く逃げますよ!俺が引き付けますからその内に逃げてください!」

 結界から出てきた歪な生命体、妖怪に飛び付くと殴り付けた。

「こっち向いてろ雑魚!」

 自分の何倍もの丈がある相手にもろともせず足を蹴り上げる。

 だがそれでも人間の身体のせいか。

『――――』

 逆に殴られて地を転がった。

(さすがに……人間の身体じゃ………無理があるか)

 受け身を取って駆け出す。

(殺すだなんて考えるな……。とにかく二人が逃げるだけの時間を稼がないと……!)

「おいお前!幻想郷の妖怪だろ!」

『――――――』

 妖怪の赤い目が橙矢を貫く。それを真っ正面から受け止めると口の端を吊り上げた。

「だったら俺のことは知ってるよな!?半年前、下級妖怪共を狩っていた退治屋の俺を!」

『…………ッ!おいおい、こりゃあ何の因果だ?こんなひよっこが幻想郷の妖怪が恐れた退治屋東雲橙矢だって!?ハハッ!こりゃあ笑い話だ!!』

「そのひよっこに殺られるお前は何っ子だ雑魚妖怪!!」

 拳を握り締めて振り上げる。同時に妖怪も拳を振り下ろして激突する。すぐに橙矢が押し負けて神社に突っ込んだ。

「……ゥ……!」

「少年!大丈夫!?」

「しっかりしなさい!男の子でしょう!」

 傍らに蓮子とメリーが近付いてきて身体を揺する。何とか立ち上がり、二人の前に出る。

「何しに来たんです……!逃げろと言ったはずですよ……!」

「貴方一人を置いて行けるわけないじゃない!」

「貴女達はこの一件に関係ない……!謂わばとばっちりだ……!そんな人を傷付けさせるわけにはいかないだろ!いいから行け!」

 走り出してそれに合わせて妖怪が拳を振り下ろす。橙矢は滑り込んで背後を取ると背に足をかけて首に跳び移り、首を絞める。

「もう少しだけ遊んでもらうぞ!」

『いいぜ……!幻想郷で貶められた分ここで返してやるよ!!』

 橙矢を掴むとそのまま地に叩き付けた。

「ゥ……ッ!」

『どうしたよ東雲橙矢、まったく手応えがないぞ』

「…………へ……お前に使う体力なんざ無駄すぎてねぇよ!」

 口を広げると妖怪の手に思いっきり噛みついた。

『ッ!テメェ……!』

「不味いなお前の肉はよォ!」

 先程突っ込んだところへ行き、いまだに立ち尽くしている二人を階段の方へと突き飛ばし、木材をひとつ拾い上げる。

「何もないよりかはマシだ」

『そんなボロッ臭いやつで何をするって!?アァ!?』

「見てなっての!!」

 木材を振り上げて妖怪の足に叩き付け、砕けた。だがそれが橙矢の狙い。

 砕けた破片を掴んで鋭利になった方を突き刺した。

『―――――!』

「オオオォォォォォ!!」

 怯んだ隙に跳んで妖怪の膝に乗り、そこからまた跳んで腕を掴む。そして腕から走り出して顎に回し蹴りを入れた。

『ゴ……ォ………!?』

 脳が揺れて足元がふらつき、仰向けに倒れそうになる。

「タダで倒れさせっかよ!!」

 顔に飛び乗り、口を掴むと落下の勢いのまま地に叩き付け返した。

「ハァッ……!ハァ………ァ…ッ」

 息を取り乱しながらその場に座り込んで、そのまま倒れる。

「……能力がないと………こんな辛いのかよ……」

「少年!」

「東雲君!」

「…………まだ……いたんですね……」

「それは……ごめんよ少年」

「それより、何よさっきの…………」

「………妖怪ですよ。向こうの下級妖怪です。……ルールも守らない………困った連中です」

「その事じゃなくて!」

「メ、メリー……?どうしたの……?」

「この妖怪もそうだけど……貴方よ!向こうの住人だったとはいえ……どうしてそこまで何て言うか………戦うことに慣れてるの?それにさっきこの妖怪、貴方のこと……退治屋って言ってたけど………」

「………………………さっきも言いましたけど。向こうにはスペルカードという決まり事があります。けど所詮はただの決まり事。下級のくそ妖怪共は守らないやつが多い。向こうがルールを守らないならこちらもそれ相応の処置を取らないといけない。そこで立てられたのがそういう下級妖怪共を殺す退治屋。博麗の巫女が異変を解決する裏で汚れ仕事を承る退治屋。それに何も知らない当時の俺が挙げられたわけです」

「……………何よそれ………」

「………来る日も来る日も妖怪を殺す日々。いつしか人里にも妖怪にも恐れられ、人の知り合いなんか誰もいなかった。俺に残されたのは退治屋であっても俺を一人の生物として接してくれた一部の妖怪達だけ」

 折れた木材を杖代わりにして腰を上げると博麗神社に視線を持っていく。

「俺はそいつらを護るために戻る……!俺があいつらに助けてもらったように!俺もあいつらを!……あいつらが寄り添えれるところであるために戻るんだ!」

「……………退治屋、ね」

「――――――――来る」

「え?」

「早く行きますよ!」

 二人を急かして階段へと駆け出す。瞬間結界から無数の気配が一気に出てくる。

「伏せろ!!」

 叢に身体を伏せさせて隠す。そこから見える光景はまさに地獄だった。

 妖怪が少なくとも五十近く、出てきていた。さらに結界はそれでも開き続けていた。

(このままここにいても見付かるだけだ……だったらせめてこの二人は……!)

「宇佐見さん、マエリベリーさん。逃げますよ。俺が殿を努めます。振り向かずに一気に街に逃げてください」

 二人は頷くと木に身を隠しながら駆け出す。

 橙矢は少し追った後踵を返して神社に足を向けた。

「俺が殺ってやるよ……!!」

 境内に出ると真っ先に目の前にいる妖怪を蹴り飛ばして小柄な妖怪を見付けると腕を掴んで投げ飛ばす。

『た、退治屋!?』

「テメェ等全員まとめてかかってこい雑魚共!」

 腕を振って拳を握り締める。

「テメェ等にそんな気概があればの話だがな!」

 挑発的に笑うとそれに乗ってくる妖怪。

「そうだ……!俺にだけ向かってこい……!」

 いくつもの妖怪を受け流してある一匹の妖怪に突撃して押し倒すと殴り付ける。

「潰れやがれ!」

 顔面に振り下ろすがその前に後ろから掴まれて階段の方に投げ飛ばされた。

「カ……ァ……」

『退治屋が情けねぇ姿してるじゃないか』

「おい……おい……。そんな程度で挑発……してるつもりか…………?」

『それに乗るか乗らないかはお前次第だ』

「乗るしかないだろ!このビックウェーブに!」

 殺気を放って妖怪の群れに突っ込む。

「死んどけ雑魚共!!」

 だがいとも簡単に腕に吹き飛ばされて鳥居に激突した。

「…………!」

『ただの人間に殺られるわけねぇだろ退治屋ァ』

「ハッ………ほざきやが―――――」

 再び駆け出そうとするが、その前に地響きがして足を止めた。

「何……!?」

『結界はまだ不安定。それなら俺達下級妖怪でも開けることは可能。向こうで人間が喰えないなら………こっちでやってやるさ!!』

 スキマが開かれて大量の妖怪が吐き出される。

「……嘘だろ………」

 さすがの橙矢のこれには目を見開いた。

「何なんだよこれ……!」

『オオオォォォォォ!!』

「ッ!」

 橙矢目掛けて突撃してくる妖怪を避けて森林に転がり込む。

「くそッ!能力無しじゃ命がいくつあっても足りない!!」

 この数を相手取れるほど人間としての東雲橙矢のスペックは高くない。だとしたら今は退くしかない。

「…………ッ今は……逃げることしか……!」

 痛いほど拳を握り締めながら博麗神社から街の方へ下りていく妖怪を横目に、橙矢はその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様、不安定な結界の隙間から下級妖怪共が外へ逃げ出しました」

「あらあら…………馬鹿ばかりねぇ」

「あれほど早めに手を打つようにと言ってましたのに」

「仕方無いじゃない。忙しかったのだもの」

「一日中ゴロゴロすることですか?」

「やめなさい。ちゃんとしてたわよ。外に行った東雲さんの身の回りの処理とか」

「それは知ってますよ。けど東雲か結界か、天秤にかければどちらが重いのか。分かりますよね」

「私からしてみれば東雲さんよ」

「あぁそうですか。私は断然結界の方だと思いますけどね」

「………外の世界には東雲さんがいるわ。……もし、いえ、必ず東雲さんはこの異変に関与するわ。必ずね。人間とはいえ能力があれば東雲さんでも充分事足りる。けど今の東雲さんは能力も妖気もないただの一人の人間。絶対に勝てないわ」

「それで、どうするんですか?外へ行って妖怪共を撲滅させます?」

「しばらく様子を見ましょう。さすがに酷くなれば私が出るわ」

「そうなるとは思いますがね」

「なぁに、この一件が終わる頃にはすべて解決してるわ」

「そんな他人事みたいに………」

「別に他人事にする気はないけれど。藍、貴女は今すぐこれ以上結界に下等妖怪共が入らないよう監視してなさい。もし入ろうなんて輩が出たら何者であろうと殺して構わないわ」

「何者、でも?」

「えぇ」

「それが彼の思い人でも?」

「勿論よ。妖怪が外界へ出ることは決して許されることではないわ」

「…………………了解しました」

「幻想郷でのこの件は貴女と橙に任せるわ」

「………………私独断の判断でも?」

「えぇもちろん。けど藍、やり過ぎないようにね?」

「なに、勿論手加減はしますよ。なるべくは、ですけど。限度が過ぎれば分かりませんが」

「やれやれ、穏便に済ませたいのだけれど」

「私は今は貴女の式であるが故にこうしてくだらない争いをせずにいられたのです。それを解き放てば私やもちろん橙もいくら殺すか分かりませんよ」

「今更に自分の力が心強く感じるわ」

 半分呆れながらスキマを開く。その中に藍が入っていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第五十五話 何事も用心過ぎることに越したことはない

 

 

 

 

「死ねッ!」

 先程拾った金属バットで横から妖怪の顔面を殴り付けると吹き飛んだ。

「…………ったく、次々と出てきてやがる。まさかこんなところにも手が回ってるなんてな」

 妖怪の死体を踏み越えて目の前にある建物を見上げる。そこは数日前に来たばかりの大学。

 次に蓮子とメリーが通う大学に着いたのは博麗神社から逃げ出してから二日後だった。

 その理由は新幹線が何故か、街中に現れた歪な生物に襲撃されたためである。それ故に徒歩となんとかまだ動いているバスの乗り継ぎで行かざるを得なかった。

「………あの二人はちゃんと逃げ出したんだろうな」

 壁にもたれながらも息を整えて大学の扉を開く。だが中には誰もいなかった。

(普通考えればそりゃそうか………)

 ここから博麗神社はかなり離れているとはいえ正体不明の化物が出たのだ。休講する他ない。

「………だとしたらなんで開いた?」

「……外から物騒な音が聞こえると思ったら貴方だったのね。東雲君」

 階段の方から声が聞こえて、それと同時に安堵した。

「マエリベリーさん、無事でしたか」

「それはこっちの台詞よ。途中から貴方がいなくなるし。不安だったんだから」

「それはすみません。用事を思い出しまして。にしてもどうしてここに?」

「貴方を待ってたのよ。どうせここに戻ってくるだろうと思って」

「信用されたものですね俺も。……大丈夫でしたか?ここは。鍵が開いてましたけど」

「ここの扉は鍵とかは自動で開かれるシステムになってるのよ。そこを管理してるところで鍵を解除したわけ」

「なるほど」

「今は蓮子がそこにいるから、すぐに閉めてもらうわ」

 廊下についてるカメラに向けて軽く手を上げると扉が閉まって鍵がかけられた。

「これでひとまずは安心よ。……どうせこんな事態になってるのだから私達以外でここに来る馬鹿はいないでしょう」

「食糧とかはどうしてるのですか?」

「大学には食堂にコンビニもある。ある程度は凌げるわ」

「そうなんですか。ところでこれからは?」

「一応前の部屋に戻るわ。そこが落ち着くだろうし」

「分かりました。じゃあ行きましょうか」

「……………ところで、ここまで来るのにどれくらいかかったの?私達はなんとか止まるギリギリで出る電車に乗ったんだけれど……」

「……二日と少しかかりました。交通手段がなかったので徒歩とバスの乗り継ぎです」

「それはご苦労様。それまでに妖怪はどれほど?」

「五、六匹程度です。……その中で殺したのは二匹ですけど」

「殺せたの?」

「何とか、ですけどね」

「けどこの世界に出てきた妖怪は少なくとも百はいる。これにどう対処する気?」

「警察やらが動きますよ。ですから俺は動く気はありません」

「………それまでにどれだけの犠牲が出ると思ってるの?」

「残念ながら俺は人のことは考えないようにしてますから。そんな情すら浮かびませんよ。エゴでもなんとでも言えばどうぞ」

「そ、自己中心的ね。じゃあなんで昨晩は自分よりも私達を真っ先に逃がそうとしたわけ?」

「…………それは」

「別に私達にはどれだけでも嘘はついても構わない。信頼してくれなくても構わない。だけど自分は、自分だけは嘘をつくのはやめなさい。信頼しないのはやめなさい」

「……………うるさい。やめてくださいよ」

「……そ、ならやめるわ。早く行きましょう」

 メリーがそう言うと窓の内側からシャッターが下りてきて校内を封鎖した。

「これでここの場所がバレても少しは時間が稼げそうね」

「少しは、ですね。こんなもの、すぐに破られますけどね」

「ないよりかはマシよ。いいから蓮子と部屋で合流しましょう」

「……………はいはい」

 メリーがある苦手な人と面影が重なり、段々と苦手意識が芽生えてきたことを橙矢は嫌でも確信しなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮子は部屋の前で待っていた。

「やーやー少年、無事だったんだね」

「あんな程度でくたばってたまりますかってんだ」

「言い方からしてかなり疲弊してるね」

「ここまで来るのにかなりの距離を歩きましたから」

「じゃあ真っ先に休みな。こっちに出てきた妖怪を撲滅するのに君の力が必要不可欠なんだから」

「俺がいなくたって解決しますよ」

「……君が思ってるほど幻想郷の妖怪達の力は強い。君しかいないんだよ」

「けど妖怪共は何処まで行ってるか分からない。闇雲に探したってどうにもならないですよ」

「君が戻る以前にこの世界から妖怪を排除しなきゃならない。それがこの世界で君の為すことだと思うよ」

「……………勝手に決めないでください」

「じゃあ家族が残るこの世界にいつまでも妖怪をいさせる気?」

「そ、それは………」

「倒さなきゃいけない義理はなくともせめて家族は危険な目に遭わせたくない。そうじゃなくて?」

「………どっちにしろ博麗神社には妖怪共は少なくともいます。そいつ等を蹴散らせば向こうへ行けますが、もののついでです。街中の妖怪共も蹴散らしてやりますよ」

「それでこそ君だよ」

「………それでこそ、ですか」

「孤軍奮闘の少年。うんうん、良い絵になるよ」

「言ってる意味が分かりませんよ」

「ま、冗談はこれくらいにして。妖怪と戦う以上何かある程度の準備はしておかないと。素手じゃあキツいよね」

 席に着いて設置されてあるテレビをつけながら横目でメリーが橙矢を見る。

「そのことなんだけど東雲君、貴女向こうではどうやってあの妖怪と戦ってたのよ」

「別に、普通に」

「蓮子が言った通り素手じゃあないんでしょ?」

「えぇまぁ、刀を使ってましたが」

「物騒ねぇ」

「仕方無いですよ。昨日も言いましたが、ルールを守らない無法者には退治屋という無法者をぶつける。殺すために手段は選びません。弾幕のような美しさなんてもっての他」

「けど向こうには管理する人達がいるんじゃなくて?霊夢さんとか」

「…………………霊夢、か」

「……東雲君?」

「ん、あぁいえなんでもないです。しかし博麗の巫女とはいえそこらの道端に落ちてる石みたいな妖怪は目もくれません。彼女がするのは異変の解決のみ。ルールを守らない下等妖怪の排除、つまり汚れ仕事は退治屋の仕事です」

「ルールは力を持つ妖怪達も守ってるのよね?だとしたら下等妖怪も守るんじゃなくて?」

「ルールを破る馬鹿は底辺の妖怪程度です。それか幻想郷の新参者」

「じゃあやっぱり妖怪と戦うなら刀の方が?」

「こっちでは入手は難しいでしょう。なら代役です」

「その金属バットとか?」

「もう無理ですね。だいぶ傷んでますから。そろそろ限界ですよ。まぁ処分しますから」

 そう言うと窓目掛けて金属バットを振りかぶる。

「下がっててください」

「少年!?何を!」

「蓮子!」

 メリーが蓮子の手を引いて下がる。それと同時に窓が割れて一匹の生物が侵入してきた。狙ったかのように入ってきた瞬間に顔面に振り抜いた金属バットがめり込み、殴り飛ばし、窓から落とした。

「………ったく、こんなところまで嗅ぎ付けられるとは思わなかった。博麗神社からはかなり離れてるんだが………」

「し、東雲君…………」

「あぁ驚かしてすみません。もう大丈夫です」

 振り返って二人の元へ歩み寄る橙矢の背後に別の妖怪が。

「後ろッ!」

「―――――――」

 振り向き様に回し蹴りを入れる。しかしそれだけでは止まらずに橙矢を組み敷き、床に押し倒す。

 鋭い牙が迫るが金属バットで受け止めた。

「あっぶねぇな!つーかこんなところに何匹いんだよ!」

 頭突きをかまして次いで殴り付ける。そして怯んでいる隙に背中で回り、回転しながら蹴り飛ばした。

「マエリベリーさん!宇佐見さんを連れてこの部屋から出てください!巻き込まれても知りませんよ!」

「………分かったわ」

「早く行ってください!」

 妖怪を押さえ付けながら急かし、足で腕の付け根を踏みつけて引き千切った。

 血が吹き出て壁や床に飛び散った。

「くっそ………!」

 首を掴み、締め付ける。

「お前らがいるのはこっちの世界じゃない……!とっとと幻想郷に帰りやがれ……!」

『お前が言える立場じゃないだろう退治屋』

「元、退治屋だ!!」

 首を掴んだまま足で蹴り上げて割れた窓の縁に叩き付けた。その際に残っているガラスが妖怪に刺さり、真っ二つに身体を裂いた。

『ガ…………ガ………』

「あばよ」

 落ちていく下半身と共に上半身も窓から落とした。

「………ここもバレたか。……一応他の部屋に移した方がいい……かな」

 扉を開いて外にいる二人を迎えた。

「お二方、終わりました。けどもうこの部屋は無理ですね。他の部屋に移りましょう」

「そうね、窓が割れたのだもの」

「まぁそれもありますけど、見ていただければ分かりますよ」

「……なんか大体分かったわ」

「じゃあ早いところ移動しましょう。何処にします?」

「三階の図書館に行きましょ。あそこなら見付かりにくいわ」

「ほうほう、図書館」

「あそこかなり入り乱れてるのよ」

「常連じゃなきゃ目的の本見つけるのにもかなり時間かかるけどねぇ」

「なら最適ですね。そこに行きましょう。着くまでは俺が前線を勤めます。お二人は後ろを警戒していてください」

 砕けた金属バットを放り捨てて歩いていく。その背を二人が追いかける。

「ちょ、ちょっと待ってよ少年!」

 蓮子が橙矢の手を掴んで止めた。

「何ですか宇佐見さん。時は一刻を争います。早めに図書館に行くべきでは?くだらない話をするなら図書館に着いてからですよ」

 力任せに解くと先を急いでいった。

「あ…………」

「……蓮子、残念だけど今は彼の言うことの方が正しいわ。けど貴女が聞こうとしていたことはすぐにでも聞かなくちゃいけないこと?図書館に着いたら聞きましょう」

「………うん」

「お二方、行きますよ」

 足早に歩んでいく橙矢に駆け足で追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書館の扉を開いて入ると感嘆の息を吐いた。

「………広いですね」

「そうでしょ?大きいから隠れるには最適ってこと」

「それで、俺に聞きたかったことがあるのでは?」

「あー、そういえばそうだね。少年、どうしてあんなに妖怪共を簡単……って言ったらあれだけど倒せれるの?」

「退治屋だったから、と言うのは答えになりませんね。……別に、ただ殺さなきゃこっちが殺られるだけだから殺してる。それを何回も体験すれば慣れますよ。殺すことなんざ」

「そういうことじゃなくて」

「………幻想郷に入りたての頃、あるところに身を寄せましてね。そこで鍛えられたというわけです」

「ふーん、相当鍛えられたようね」

「そこまでですよ。基本的な身のこなしかただけです。後は実践でどうにかなるもんです」

「…………嫌じゃなかったの?」

「別に、俺はただ独り身だった俺を拾ってくれた恩として主人を護るため、強くなろうとした。何も嫌なところはありませんよ。俺が望んだことです」

「余程大切だったんだね、その主人様が」

「えぇ、俺の事を家族と言ってくれましたから。どれだけ恩を返しても返しきれません」

「そんな君に思われてるなんて幸せ者だね、主人様は」

「………俺がいなくたって幸せですよ。元々幻想郷は俺がいる場所じゃない。だから部外者の俺が出ていくのは当たり前。けど俺は幻想郷が気に入ってしまった。……イレギュラーは戻すのが道理。昔の家族に戻るだけですよ」

「…………………少年」

「……っと、辛気くさい話をしてしまいましたね。俺は一通り図書館を回ってますので何かあったら……とりあえずメアドだけは教えておきます。連絡ください」

「はいはい、登録しておくわ」

 橙矢がケータイを放ってそれをメリーが受け取る。

「にしても貴方のケータイ生きてたのね」

「幻想郷で捨てたはずなんですけど、こっちに戻されたときに何故か一緒に戻ってました」

「まぁ妖怪の賢者さんが情けをかけたのでしょう」

「変なところで情けをかけてくれやがりますね」

「東雲君、少しは素直になりなさいよ」

「なぁに馬鹿言ってるんですか。俺はいつだって素直ですよ」

「馬鹿言ってるのは貴方よ」

 呆れたような笑みを浮かべたメリーがケータイを橙矢に返した。

「私のと蓮子のも入れておいたわ」

「ありがとうございます」

「あまり遠くに行き過ぎないように」

「分かってますよ」

 素っ気なく答えた橙矢は片手を上げてすぐ本棚の影に消えた。

 

 

 

 

 

 

 メリー達と別れて少し歩いた後、ひとつの書籍を見ていた橙矢はふと顔を上げて本を投げ捨てた。

 それは地に落ちる前に開いたスキマに入り、次に橙矢の真上に同じようなスキマが開いた。そこから本が落ちてくるが頭に当たる前に掴んだ。

「……………貴女の方からは口は出さないって言ってましたが?」

 自信の横方面を睨み付ける。そこには一人の女性が立っていた。

「………なぁ?八雲紫」

 

 

 

 

 



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第五十六話 クリアリングはしっかりしないといけない

今回は少し短いです



 

 

 

 

 

 

 

 紫は微笑みながら橙矢の近くまで歩み寄った。

「ごきげんよう東雲さん、元気そうでなによりです」

「…………………なんのようです、そっちからは何も言ってこないと俺は耳にした気が」

「…………意地悪言うわね。何のことだか分かってるくせに」

「………あんたの御託に付き合ってられる暇はないんですよ」

「―――――妖怪のことでしょう?」

「………えぇまぁ」

「悪いけど私は何も干渉してないわ」

「………なんで早く結界を修復しない。……なんで妖怪を横流しにした」

「………なんで、ね。そんなの私が聞きたいわ。貴方が出ていってから何故か結界が次々と穴が開くという現象が起こってるのよ」

「それで俺に問題があると?」

「それ以外に何か考えられることでも?」

 話にならないとばかりに肩を落とすと持っている本を開いた。

「俺の事を貴女がどれくらい観察してるか知りませんが俺は何もしてませんよ」

「貴女が幻想郷に戻りたさに色々なことをしていることは知ってるのよ。そのためにあの人間に接触したんでしょう?」

「…………偶然だ」

「偶然にしては出来すぎてるわね。幻想郷に行ったもの同士、引かれ合うのかしら」

「知りませんよ。くだらない話をする暇があるならとっとと直してきてください」

「出来たらとっくにしてるわよ」

「あ?」

「いくら直してもすぐに破壊されるのよ。まるで誰かを誘い込むように」

「……………」

「見張りをつけているけど誰も通った軌跡はない。つまり自然に破壊されていると分かる。破壊され始める前とされている今、何が違う?……そう、貴方なのよ東雲さん」

「………そうでしょうね」

「心当たりでも?」

「いや、特にありませんよ。ただ変化があるとしたらそれしかありませんから。………それで、貴女が望むことは?」

「………一度貴方を幻想郷に戻すわ。それで結界が安定すればそれでいい。変わらなければまた貴方をこっちに還すだけよ」

「………残念ですがこっちの世界で俺がすることはすでに決まってます」

「それをしてからにしろと?」

「えぇ、そういうことです。貴女がこっちに来たということは向こうでは藍さんや橙が結界を修復をしているということ。なら時間がある程度生まれる。その間にこっちに出た妖怪共を一匹残らず殺す」

「そこまで読まれてるなんてね」

「俺を誰だと思ってるんですか。……嘗めないでください」

 殺気を放つ橙矢に紫はただ口元を扇子で隠すだけだった。

「貴方一人でどうにかなると?」

「……………誰も当てになんかしてないさ。貴女もですよ、八雲さん」

「あらそれは残念」

「貴女は俺の大切な人を傷付けた。そんな奴を信じられますか?」

「仕方のない状況でも?」

「当たり前です。……俺は貴女を許しはしない」

「別に許してもらうつもりは更々ないわ。互いに衝突しただけのこと。それ以外何もないでしょう?」

「………あぁ」

「けどこれは好都合よ。私と貴方、互いにこっちに出てきた妖怪を消したい。なら手を組みましょう。こっちの世界にいるときだけでいいわ。私もあの困った馬鹿共には呆れていた。互いには利しかないと思うのだけれど?」

「……何が目的だ」

「先程言ったように私の目的は結界の修復と外に出た妖怪共の始末。それだけよ」

「……………妖怪共の駆除は分かった」

「ならとりあえず妖怪の撲滅からはじめましょう。私の能力と貴方の戦闘スキルを兼ねればすぐに滅せることが出来るわ」

「今からか?」

「えぇもちろん。ここもすぐに嗅ぎ付けられる。早いところ彼女達を避難させなさい」

「何処に?てか貴女の能力でやればいいじゃないですか」

「馬鹿ね。能力を使えば少なからず混乱が生まれる。そんなことしたくないわ」

「……なるほど、けど妖怪共と殺り合うなら人目につく。それはどうするんだ?」

「それはさすがに私の能力で見た人の記憶を弄るわ」

「……記憶を消すってことですね」

「そうよ。だから思う存分暴れなさい」

「はっ、おもしれぇこと言ってくれますね。分かりました。やりましょう」

「あの二人を避難させ次第始めるわよ」

「了解です」

「じゃあ頼んだわ、あの二人のこと」

「期待はしないでください」

「そう、じゃあ期待しないわ」

 本をしまうとその場から二人のもとへ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢は二人のもとに着くなり片方の手を引いて大学から出た。

「ちょ、ちょっと少年!?」

「お二人を安全な場所にまで連れていきます。その後は自分の身は自分で守ってください」

「大学は駄目なの!?」

「……あんな街中の大学いつ見付かるか気が気でなりません。……諏訪大社に行きましょう。あそこなら恐らく安全です」

「まぁ確かにあそこは普通じゃない空気だけど……そこまでかな?それにここからは遠すぎる」

「…………とにかく、行きますよ。こんなところでくだらない時間を過ごすわけにはいかない」

「……東雲君、何を急いでいるの?」

「…………別に、ただここだとすぐにバレると思いましてね。ならいち早くここを去るのが妥当という考えに行き着いたわけです」

「らしくないわね」

「じゃあ今すぐ決めてください。直に幻想郷からこっちの世界にいる妖怪共を駆除するためにある方が来ます。その方と妖怪共の戦闘……いや、駆除に巻き込まれたくなかったら俺に着いてきてください。巻き込まれて、死んでもいいという人は残ってても構いません。俺はどっちでもいいんですよ。残るって言うのなら……命の保証はしませんけどね」

「あら、どうして貴方が幻想郷から誰かが来るなんてこと分かるの?」

「推測です」

「決まりきったことのような言い草だったけど?」

「俺の勘は当たりやすいんでね。信じてるんですよ」

 二人の手を掴むと引いて走り出す。

「いいから来てください!今はこれしか貴女達が危険を避ける方法はない!」

 シャッターをこじ開けて蹴りつけて無理矢理開けた。しかし街中には妖怪が徘徊しており、どうにも移動できない状態にあった。

「やっぱり後を付けられていたか……。離れてますが……仕方無いですね。出来れば使いたくなかったのですが……八雲さん!」

「あらあら、早くも私が必要かしら?」

 目の前にスキマが開いて三人を呑み込んだ。

「え、ちょっとまさかこ――――」

「このスキマ―――――」

「……………」

 次に足が地に着いたときは街中ではなく大きな社の前にいた。

「これで、いいんでしょう?東雲さん」

 呆ける二人を置いて紫が橙矢の前に現れる。

「えぇ、何も言わずここまで運んだってことは……安全だってことですよね?」

「そう思ってくれて構わないわ。ここら一帯はあの祟り神と軍神の加護がまだ残っている。……近付いてくるなんてことはないでしょう」

「それなら安心しました。…………八雲さん」

「分かってるわ。とりあえず先程の街から制圧しましょうか。そこからは私のスキマで翔ばしてあげるわ」

「妖怪共は何処まで広がってる?」

「ひとまず博麗神社の近くの街に停滞してるわ。それと貴方をつけてきた妖怪と。大きく分けてふたつ。街の規模は意外と大きいから幻想郷育ちの妖怪にとってはこれほど興味を惹かれるものはないでしょう、半分近くはそこにいる。だからそのうちに叩く」

「雑魚なんざ貴女と俺がいれば充分に対処できます。……一般人がいなければ、の話ですが」

「ふふ、貴女はやっぱり東雲さんね。何も変わってなくて安心したわ」

「行きましょう。さっさと駆除しないと被害者が、最悪死者も出ます。なるべくそれは避けたい」

「分かってるわ。…………私達妖怪は外の世界では存在そのものが認められない者が多い。故に妖怪にとって全てを受け入れる幻想郷は楽園。その楽園を見捨てるなんて………その罪は命を持って償ってもらいましょう」

「んなことどうでもいいですよ、心底。俺はただあの二人を殺させるわけにはいかないんでしてね」

「あらそれは?」

「俺の道を示してくれた人だ。そんな恩人を助けないわけにはいきませんから。だから俺は妖怪を殺す」

「どちらにせよ、理由はどうであれ私達のやるべきことは一致してますわ。………貴方にはこれを」

 橙矢の頭上にスキマが開いて棒状のものが落ちてくる。

「おっと」

 それを掴むと目を細めた。

「八雲さん………これ……」

 橙矢の手の中には刀が収まっていた。

「貴方が幻想郷で使っていた物よ。貴方、こっちの方が慣れているでしょう?」

「そうですけど………」

「それじゃあ東雲さん、行きましょう」

「あぁ、頼みます」

 スキマが開いて紫が先に入っていく。それに続いて入ろうとするがその前にメリーに止められた。

「東雲君、待ちなさい」

「何ですか。用があるならすべて終わった後にしてください」

「さっきの、八雲紫さん……でしょ?」

「それがなんですか」

「………なんで汚れ役、退治屋の貴方があんな妖怪の上位に位置する八雲さんと知り合いなの?」

「……心外ですね。退治屋だって人脈はあります。それに時間が惜しい。これ以上の問答は時間の無駄です」

 振り向いてメリーを睨み付けた。

「…………………ッ!」

「どうでもいい時間を作らないでください。時は一刻を争います」

「……悪かったわ」

「じゃあ、失礼します」

 軽く頭を下げると隙間の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十七話 個人戦が強いものが集団戦に強いとは限らない

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ東雲さん、よろしく頼むわね」

「えぇ、任せてください。……と、言いたいところですが能力はまだ使えません」

 鞘を口に加えて刀を抜くと鞘を紫に放る。

「片腕しかない俺はあまり戦力になるとは思いませんが?」

「貴方の戦闘スキルさえあれば事足りる。さぁ行きましょう」

 

 

 

 

 

 スキマから放り出されると目の前に妖怪がいた。

「いきなり窮地に出す馬鹿がいるかよあの妖怪!」

 刀を下から振り上げて腕を切り落とすと刀を地に突き刺して妖怪の頭をそこに叩き付けた。

 素早く刀を抜く勢いで柄で後ろから迫っていた妖怪の目を潰す。

『アアアアァァァァァ!』

「うるっせぇ!」

 刀を足に突き刺し、固定して跳ぶと顔面に蹴りを入れて着地した。

 次いで左右両方から牙を向いて突撃してきた。

「八雲さん!」

 足元にスキマが開いて落ちると次に出てきたのは離れたところだった。

 すぐさま振り向いて刀を投げ付けた。それが先程の妖怪のうちの一匹の額に刺さり、駆け出して掴むと残る一匹の妖怪目掛けて振り抜く。届かないがその代わりに血が吹き出て妖怪の視界を遮る。その隙に懐に潜ると顎から刀を突き刺して脳天を貫いた。抜いてから蹴って離した。

「俺に歯向かうたぁ……いい度胸だな妖怪共」

『ァ……ガァ………』

「幻想郷に還るってんなら見逃してやってもいいぞ」

『ふざけるな……!あんなところ二度と戻るか!』

「じゃあ今すぐ閻魔様に会う覚悟を決めな。……今すぐだ!!」

 駆け出すと前方にいる垢嘗が舌を伸ばして橙矢を拘束する、寸前に橙矢が跳んで避け、身体を回転させて斬り裂いた。

「下等妖怪共が……」

『俺の舌が……!』

「垢を嘗める舌しか取り柄がないのか垢嘗」

 地を滑りながら通り抜け様に脇腹目掛けて振り抜いた。

「お前ほどメジャーな奴がどうしてこんな馬鹿な真似するかな……」

 意識を戻して刀を軽く放る。

「八雲さん、上にお願いします」

 再びスキマの呑み込まれると次は三階の高さから落とされる。

「いい高さだ!」

 身体を捻るとすぐ横にまで来ていた妖怪を蹴り抜いて近くの建物に激突させた。

「狙いがバレバレなんだよ!」

宙に放られている刀を掴むと逆さのまま、下にいた妖怪を回転して斬り裂く。勢いを殺しながら着地し、走り出した。

「次ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ―――!」

 水蓮が短く息を吐いて矢を放つ。しかしそれは目標に着弾する前に燃え尽きた。

「こんなもので止められるとでも思ったか!!」

 焔を巻き上げながら妹紅が水蓮に突撃してくる。

「横ががら空きだ!」

「鬱陶しい!」

 横から来る椛に対して全方向に向けて焔を放った。それを椛は刀の先で裂き分けて妹紅に迫る。

「チッ………!」

 その隙に水蓮が背後から弓をつがえた。

「それは駄策だ白狼天狗!」

 弾幕を放って妨害すると一匹の鳥を模した焔を上げて水蓮に向かわせた。

「お前はそいつと遊んでな!私はこの犬に用がある…!」

「私にはないが、なッ!」

 地を蹴って顔面に飛び膝蹴りを入れ、そのまま飛び越える。怯んだ妹紅の顔面を掴むと叩き付けた。

「貴女には一度死んでもらおうか。不死、だからね。死ねば落ち着きましょう」

「ふざ、けるなッ!」

「往生際が悪い」

 刀をしまうと手に刀身が太い、支給用の剣を顕現させた。

「これくらいがちょうどいい。貴女程度なら」

「随分と下に見られたもんだな……!」

 妹紅を中心に炎の渦が巻く。

「橙矢を追放した罪は……死で償ってもらう!」

「………………」

 軽く振りかぶり、振り抜く。それだけで暴風が吹き荒れ、妹紅を吹き飛ばした。

「ッ………何なんだよ……今の………」

「………橙矢さん……か。懐かしいな」

 大きな剣を片手に椛が悠然と歩いていく。

「あの人が去ってから少し経ったな。……それからどれだけの人妖と戦ったか」

 東雲橙矢が幻想郷を去ってからというものの、これまで彼と関係があった者が殆ど椛に憎しみを込めて襲ってきた。尤も、それを受けてなお生き残っている椛は異常の一言に尽きる。

「だから私はもう受け入れた」

「………何?」

「そういう宿命だと」

「………馬鹿言え」

「………橙矢さんが幻想郷からいなくなったその瞬間から私は貴女達と殺り合う宿命なんだと。そして私はそれを受け入れた」

「ふぅん?なら相手をしてもらおうかい」

「…………。…………ッ!」

 椛が何かに気が付いたように斜め上空に盾を構えるとそこに緋色の閃光が激突した。

「新手か………」

「………まったく、蓬莱人に先を越されたわ」

 緋想の剣を片手に一人の天人が歩を進める。

「まぁけど探す手間が省けたわ。犬走椛」

「比那名居天子………。よりにもよって今貴女が来るか………」

「山の招待券は貰ってないわ。けどそれなりの用件があるのよ」

「…………………ったく、仕方無い。来るなら来なさい」

「じゃあ遠慮なく」

 一拍置いて天子が迫る。

「貴女には特別サービス。この刀を使ってやるよ……!」

 椛が腰から刀を引き抜いて振り下ろしてそれを天子が受け流す。

「吹き飛べ」

 反対側から椛の蹴りが入り、吹っ飛んだ。

「………ッ」

「案外弱いものだな天人も」

「何を………ッ!」

「時効〈月のいはかさの呪い〉」

「スペルカード……。早速か。けど付き合わないぞ。私にはそれが三枚しかないからな」

 懐から妹紅に見えるよう三枚取り出してから虚空へと消した。

「貴女になら必要ないですね。問題は………」

 反転して刀を振り抜く。甲高い音を立てて緋想の剣と刀が弾かれた。

「その緋想の剣」

 弾幕を避けながら天子に接近して緋想の剣を軽く弾くと首もとを掴んで弾幕を放つ。

「―――――――」

「脆いものだな。たかが一匹の白狼天狗にこの様なんて」

「まさか……あんたに痛手を負わされるなんてね」

「…………痛手で済んだらマシだと思え」

 姿が消えると同時に妹紅の弾幕が途絶えた。

「ちょっと蓬莱人、せめて牽制程度は…………」

 しなさい、という言葉は続かなかった。視線の先には胸から刀身が太い剣が伸びていた。

「…………天叢雲剣だと当たりどころが悪い場合、いくら不死の貴女でも殺してしまうからな」

 背を蹴って剣を抜くと刀を天子に向けた。

「………先に貴女を潰すとしよう。蓬莱人は後で動けなくなるまで、なんならどちらかの精神が崩壊するまで殺り合ってもいい」

「その前に私があんたを倒す!」

「ほう、大きく出たものだな。…………やってみろ」

 妖気を放ち、天子に足を進める。

「それだけ啖呵を切るんだ。策があってのこと……だな。……全人類の緋想天、当てられるものならな」

「使うまでもない!」

 緋想の剣を振り下ろすが一気に椛が懐に潜ると腕を掴んだ。

「な………」

「いつまでも優位に立ててると思ったら大間違いだ」

 捻り上げて骨を折った。ついでに蹴り飛ばし、さらに弾幕を撃った。

「ァ……ッ!」

「………………」

「隊長!こっちは終わったよ」

 火の鳥を片付けた水蓮が椛に駆けてくる。

「ご苦労様、貴女は下がってろ。後は私がこの二人に引導を渡しておく」

「…………隊長」

「……………汚れ役は一人で充分だ」

 倒れている二人に駆け出して剣を振り下ろした。二人は転がりながら避けて立ち上がり、共に弾幕を放つ。それを刀の一振りで掻き消した。

「何よあんな滅茶苦茶な力………」

「…………狗符〈レイビーズバイト〉」

 一枚のスペルカードを突き付けた。しかしそれは昔のものではなかった。数倍も濃い弾幕だった。

「…………ッ!?」

「…………ちゃんと避けられる隙間はあるさ。避けてみろ」

「チッ……!全人類の緋想て――――」

「――――だろうな」

 気が付いた時には椛が横に立っていた。

「この濃い弾幕を一掃するには妥当な判断だ。けど悪く言えば読んでいればこんなにも分かりやすいことはない」

 剣を地に刺すと拳を握り締めて天子を殴り付けた。

「貴女は緋想の剣以外取り柄がない。故に……」

 怯んだ天子の腕を掴むと力を込める。

「ァ……ガ………」

 思わず手から緋想の剣を落としてしまう。椛は落ちてきたそれを蹴り飛ばした。

「緋想の剣さえ貴女から奪えば何も残らない」

「いい加減にしろ駄犬!」

 ゴミを捨てるように投げると殴り付けてきた妹紅を腕を立てて受け止めた。

「………」

 押し返すと腕を振り抜いて弾き飛ばす。

「犬走椛ィ!!」

 また立ち上がり、焔を纏った拳を突き出す。すぐ刀身が太い剣を放ると妹紅目掛けて蹴り、激突させた。

「そろそろ終わらせるか」

 走り出して飛ぶと先程蹴り飛ばした緋想の剣を掴んだ。

「せっかくです。貴女のスペルで消してあげますよ」

「……………!」

「隊長!さすがにやり過ぎだ!」

「………あんたにそれが使いこなせるわけないでしょうが……!来なさい緋想の剣!貴女は私の、私だけの剣よ!」

 笑う膝を押さえて立つ。すると椛の手から緋想の剣が離れた。

「くそ……!」

 緋想の剣は天子の前で漂い、それを天子が掴んだ。

「ハァ……ハァ………!緋想の剣!私の想いに応えなさい!」

 緋想の剣を翳すと脈打つように鼓動し、刀身が膨張する。

「罪人に……天罰を!全人類の緋想天!!」

 更に刀身が膨張し、一気にその力が放たれ、椛に向かってくる。

「……………ッ!」

 天叢雲剣の掴むと下から振り上げて激突すると拮抗する。

(緋想の剣に残る出力を全てこの一撃に込める……!)

「これが正真正銘……!私の全力よ!!」

「……ォォォォオオオオオオオ!!」

 さすかの椛でも簡単には弾くことは出来ずに徐々に押され始める。

(このまま押し切る!)

 さらに出力を増して押し潰そうとする。

「―――――まだまだだな」

 身体を捻ると回転して受け流した。

「――――――――――」

 懐に潜り込んで心窩を打ち上げた。血を吹いて地に転がると起き上がれなくなる。

「……………これで終わりか。しょうもない」

 刀を鞘に仕舞うと天子の胸ぐらを掴み上げる。

「ァ………ゥ………」

「……………」

 放り投げると刀身の太い剣を構えて、打ち出――す前に横から蹴りが入り、吹っ飛ばされた。

「鬱陶しい……!!」

 心底煩わしげに言うと視線を向ける。その先には尸解仙。

「太子に行ってこいと言われ来たのだが……なんだこれは。白狼天狗、お主……正気か?」

「何故邪魔をする……!」

「決まっておる。目の前で殺されそうになってるのに見殺しにする馬鹿がどこにいよう?」

「なら貴女も対象内だ……!」

 刀を構えると地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲さん!刀以外の武器寄越せ!」

 斬りつけながら叫び、慌てて刀を横にして前方からの攻撃を防ぎ、吹っ飛んだ。

「さすがにひとつじゃ限界だ……!何よりややこしいのは……」

 後方にいる弾幕を放てる妖怪。

 刀一本の、しかも能力すら使えない今の橙矢では遠距離の攻撃はほぼ壊滅的だった。

「なるべくは遠距離で狙える武器だ!早くしろ!」

「はいはい」

 刀を口にくわえて開いたスキマに手を突っ込んで例の物を掴むと引っこ抜いて横にしながら撃った。

 それは後方の妖怪の目に着弾し、視界を奪った。

「……初めて使うにしてはいい腕だな」

 手に握られているのは一丁の拳銃。

「お前らにはちょうどいい」

 走り出して撃ち、怯んだところで口にくわえた刀で斬り裂く。後方で弾幕を撃とうと構えた妖怪を横目で確認し、牽制に一発撃って放り投げ、刀を手にすると回転斬りで吹き飛ばした。

「……ハァ……ッ……ハァ……ッ」

 急に膝が崩れ落ちて視界がぼやけてくる。

(まずい………動きすぎたか………)

 意識を集中しすぎて過剰なほどの無酸素運動をし続けた脳に限界が来たのか動くことすらままならない。

「だからって………諦めてたまるかよ……!」

 橙矢の上空にスキマが開いてそこから紫が出てくると橙矢の前に着地した。

「八雲……さん………」

「こっからは私も混ぜてもらうわ。ずっとアシストも面倒だもの」

『よ、妖怪の賢者……!?どうして外界なんかに……』

「貴女達のせいよ。貴方達が馬鹿な真似をしなければよかったものの」

『馬鹿な……真似………?』

「まだ気が付かないなんてね。本当の馬鹿よ」

「………だからこそ、お前らは帰らなきゃならない」

 息を整えた橙矢が膝を立てて銃を構える。

「お前らだって元はと言えば……幻想郷の住人。骨を埋めるのは幻想郷で充分だろ」

「それにさえ気が付かない貴方達は生かす価値なんてないわね」

「同意見だ。 こっちの世界はお前らが思ってるほど生きるのは厳しい。俺は厚意でこんなこと言ってやってるんだぞ」

『ふざけるな……!あんなに妖怪を殺しておいて何が厚意だ!貴様ら……何様のつもりだ!!』

「………何を言っても無駄なようだな。……お前らが相手にしてるのは誰だと思ってる?」

 銃で一発放ち、一匹の眉間に突き刺さる。

「俺は妖怪を殺す者。………退治屋の東雲橙矢だ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十八話 死ぬ死なないでは片付けられないこともある

 

 

 

 

 

 

 

 数回の銃声が鳴ると妖怪の首が吹き飛ぶ。それを確認すると近くに迫っていた妖怪に銃口を押し当てた。

『ヒッ……!や、やめ………』

 躊躇わず引き金を引いた。

「最後のチャンスを与えたのにも関わらずお前らは………。結局相容れぬ仲だったな俺と妖怪は」

「あら、じゃあ私とも………あの子とも相容れないのかしら?」

「……………………」

 一瞬だけ紫に視線を飛ばした。

「冗談よ冗談」

「………………ならいいですけど」

 橙矢は銃を紫に放り、刀を掴んだ。

「もうこれはいりません。もう充分です」

「そう、なら私がこれでサポートしますわ」

「ご自由に」

 走り出してそのままの勢いで飛び蹴りを入れると両足で首を掴んで骨を折る。転がりながら足元を斬りつけて首もとに刀を突き刺した。

「相変わらず無茶苦茶な運動神経ね。もう人間やめてるんじゃないかしら」

「……やめてますけど」

「今の貴方の身体のベースは人間なのよ」

「なら徐々に人間をやめていってるんでしょう。まぁ俺は一向に構いませんがね」

「なに、ちゃんと戻り始めてるわ。妖怪に」

「……そうですか」

 これ以上無駄口叩いてる場合ではない。すぐに刀を中段に構えた。

「……けどいかせん数が多すぎます。貴女ならまだしも……俺は無理だと思いますよ。……殺れるだけ殺りますが」

「別に今日だけで駆除できるなんて考えてないわ。どれだけ時間をかけてもいい。とにかく今は目の前にいる妖怪を殺しなさい」

「あいあいさッ!」

 妖怪を斬りつけながら紫に向けて口を開いた。

「八雲さん!俺をつけてきた、京都にいた奴等はどうなってます!?」

「徐々にこっちに向かってきてるわ。貴方……ほんと好かれてるわね。だったらすべてこっちに寄せて一気に叩き潰すわ」

「いいプランですね。乗った」

 口の端を吊り上げると紫も同様笑みを浮かべて口を扇子で隠す。

「やっぱり貴方って面白いわ東雲さん。手元に置いておきたいくらい」

「ハッ、そんな誘いは願い下げです!」

 蹴り倒して刀を刺し、蹴り飛ばすとその妖怪を盾に刀を振り抜く。

「それは残念。私のところに来れば橙が喜ぶでしょうに」

「馬鹿いってんじゃ――――おわッ!?」

 後ろから急に掴まれて倒される。鋭利な爪が迫るが刀で防いだ。

「東雲さん!?」

『東雲橙矢、死ね!』

「させないわ!」

 横から弾幕が放たれて妖怪を吹き飛ばした。

「東雲さん、大丈夫?」

 手を掴んで立ち上がらせるが橙矢が力なく紫にもたれかかる。

「な、何とか……。ありがとうございます」

「……………一旦退くわ。意見は?」

「いえ…………」

 橙矢が首を横に振るとすぐにスキマが開いた。橙矢の手を引いてその中に入り、閉じられる。

『スキマ………!』

 忌まわしそうに消えていくスキマを睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

「ゲホ!ゲホ!オ……ェ………」

 スキマを抜けるなり橙矢の膝が崩れ、動かなくなる。

「東雲さん………。貴方、無茶しすぎよ」

 幻想郷にいた頃は妖怪。それこそ人間とは比べ物にならないほどの体力を持っていた。だが今の橙矢はベースが人間のため、当時よりも脆い。

「うる……せぇ……………」

 息を乱しながらも仰向けになる。

「ハァッ………ハァッ………」

「貴方の身体は妖怪ではないの。まだ運よく一撃も貰ってないけど………」

「俺は………早く帰って………椛に……会わなくちゃ……いけないんだ………!あんなくそ妖怪共の相手をしてられっかよ………!」

 無理矢理立ち上がり、しかしすぐに倒れ込んだ。

「…………無理はいけないわよ。東雲さん」

 倒れている橙矢を持ち上げると再びスキマを開く。

「落ち着ける場所に行きましょう。………それに東雲さん、貴方は簡単に死ねない立場なのよ。貴方を待っている人がいる。だから私には貴方を守る義務がある。……そのために私はこっちに来たんですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖力の込められた刀が叩き付けられて砂塵が舞う。そのなかから布都が飛び出た。

「あれが東雲が使っていた天叢雲剣……。まったく………面倒な奴に渡したな………!」

「橙矢さんのことを悪く言うを口はそれか」

 椛が一気に飛び出て布都の口元を押さえた。

「なに……………!?」

「尸解仙……貴女なら殺めても良さそうだ……」

「殺らせるかよッ!」

 妹紅が殴り付けて放させる。

「妹紅さん……!どれだけ邪魔すれば気が済むんだ!!」

「いい加減止まれこの馬鹿!」

「貴女達が私を襲うからだろ……!どいつもこいつも………!私の邪魔を、するなァ!」

 殴り返して肩を掴むと引き寄せて腹に膝蹴りをした。

「グ………!」

 身体が浮いたところで剣の刀身で殴り飛ばす。

「少し大人しくしてろッ!」

 剣が撃ち出されて妹紅の胸に突き刺さる。

「――――――――」

 目の前まで来ると妹紅に足をかけて抜いた。視線はすでに次の標的へと向けて。

「ッ!」

 天子が下から斬り上げて椛が振り抜いて火花を散らせる。

「アアアァァァァ!!」

 回転して再び刀を振り下ろし、吹っ飛ばした。

「くっそ………!」

「我を忘れるでないわ!」

「鬱陶しい!」

 天子と入れ替わるように布都が椛に迫る。

「ふっ―――――――!」

 布都の回し蹴りが鳩尾にめり込んだ。

「ご……ふ!?」

「白狼天狗、落ち着け!」

 転がり、すぐに立ち上がると刀を投げ付ける。布都が柄を蹴り、無効化して一気に接近を試みる。反対側からは天子が。

「合わせなさい尸解仙!」

「それはこっちの台詞だ!熱龍〈火焔龍脈〉!」

 焔で生成された龍が椛に向けて突進してきた。椛は盾を構えると身体を捻り、待ち受ける。

「ッオオオォォォォォォ!!」

 龍の核となる部分を盾で殴り付け、霧散させると天子の腕を掴んで回りながらその勢いで地に叩き付ける。

「………来い、天叢雲剣」

 手を伸ばすと弾かれていた天叢雲剣が椛の手にひとりでに戻る。

「何度やられれば分かるんだ……!貴女達が束になったところで敵うわけない!」

「………うるせぇよ……………」

 妹紅が再生を終えたのかゆっくり立ち上がりながら顔を上げる。

「貴女達がッ!嘆いたって!橙矢さんは帰ってこないんだよ!」

「テメェ……!それが一番あいつの近くにいた奴の吐く台詞かァァ!」

 同時に地を蹴って激突する。わずかに椛が押し切られて上体が揺らぐ。それを妹紅は逃がさず足を払い、体勢が低い状態のまま蹴り飛ばした。

「ッ………!」

 体勢が崩されながらの受け身は取れずに椛の背が地に着いた。

 妹紅が飛び上がり、再び拳に焔を纏う。

「これで終いだ犬走椛!!」

 落下の勢いも兼ねて腕を振り下ろす。僅かに椛が身体を捻り、回避を試みるが、拳は左腕を直撃した。

「――――――――――」

 引き千切れてないだけまだマシなのだろう。それでもたった一撃で動かなくなる。

「…………上手く避けたな」

「……ッ!」

 両足を引き寄せて腹を蹴り飛ばす。だが腕の痛みにその場で踞った。

「ゥ……ァァ……!」

 左腕の付け根から指先まで青くなり始めている。なんとかして出来るのは刀を構えるときに添えることくらいだった。

「…………その腕でまだやるかい」

「貴女達がやめない限り……私から退くことはしない……!」

 ありったけの妖力を刀に込める。

「…………。………!蓬莱人、天人!なんとしても奴を止めろ!」

 布都が突然叫んで椛へと駆け出す。

「犬走椛!お主も止めぬか!死にたいのか!!それまでの妖力を込めれば……お主の身体も無事では済まない!!」

「知ったことか……!」

「分らず屋め……!」

 スペルカードを取り出すが椛が素早く弾幕を放って妨害した。

「馬鹿!お主………!東雲橙矢がそんなことして喜ぶと思っておるのか!!」

「…………ッ」

 椛の身体が大きく跳ね上がり、動きを止めた。

「ッ!何が分からんが今しかない!押さえろ!」

 妹紅と天子が両腕を押さえ、布都がスペルカードを再び取り出した。

「行くぞ犬走椛!」

「ア……ア……アァァァァ!」

 天子を蹴り飛ばして妹紅にぶつけると続いて布都に向けて投げ付けた。隙間与えずに妖力を込めて刀を振り下ろした。三人は避けることが出来ず、直撃した。

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ぁ………ッ!」

 力なく身体を起こしてからよろめきながら二本の足で立つ。辺りを見渡すと椛を中心とした半径二十メートル近くが荒野と化していた。

「………………」

 そこで三人を見付け、歩み寄る。三人は倒れていた。

「…………………………」

 橙矢が去ってからこれの繰り返しだった。どれだけ戦って勝とうとも得がない。損しか、失うことしかない戦闘がいつまで続くのか。

「……………ハァ」

 空を見上げて遠い目をした。今や手が届かない人が同じ空を見ているのか。

「………橙矢さん、せめて、せめて……最後は貴方のあんな顔ではなく………いつもの顔を見せてほしかった……」

 だがすでに橙矢はもういない。それは分かりきっていることなのだ。

「……………………もう………耐えられない」

 使えない腕を動かすと拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢が目を覚ますと辺りが暗くなっていた。

「……………」

 何やら頭が柔らかいものに乗っているような、そんな変な感覚に襲われていた。

「東雲さん、起きたのね」

 横になっていた顔を上に向けると紫が覗き込んでいた。

「…………八雲さん」

「少しは落ち着いたかしら」

「……………えぇ、おかげさまで」

「それなら良かったわ」

「…………それよりも八雲さん、さすがにこの格好は………」

 紫が覗き込む、それに何やら柔らかいものに乗っている感覚。これだけで今置かれている状況が嫌でも理解できた。

 まぁいわゆる膝枕、なのだが。

「あら、お嫌い?」

「いや別にそういう訳じゃないですけど………」

「ふふ、東雲さんにも可愛いところあるのね。さっきまでの東雲さんの寝顔。堪能させてもらったわ」

「…………まぁ寝ていたのは俺の方ですし何も責めることは出来ませんが………」

「優しいのね」

「…………貴女にしてもらえて光栄ですよ」

「それで、どうかしら寝心地は」

「………ノーコメントで」

「ふふ、良さそうでなにより」

「……………なぁ八雲さん」

「何かしら?」

「………………どうして……結界よりも俺の方を?」

「さっきも言ったように貴方が幻想郷を去ってから結界が不安定になった。貴方は自分が思ってるほど幻想郷に必要よ。貴方が向こうで死なないためにこっちに一旦戻したの。こっちでは妖怪もいない、幾分かは安全でしょう?」

「…………八雲さん」

「私の愛する幻想郷を救ってくれた東雲さんを何の考えもなしに追い出すと思う?」

「………いえ」

「尤も、結界が不安定になったのは計算外だけど。いち早く貴方を向こうに還す必要がある。けど貴方はこっちの世界に出てきた妖怪を殺すと言う。だから私が来たのよ」

「……………」

「私達………いえ、幻想郷には貴方が必要なのよ。だから東雲さん。今度は貴方を必ず幻想郷に還す」

「……………貴女がそう言うなんて……相当なことなんですね。結界の他に何か問題が?」

「えぇ………かなり深刻な問題よ」

「何が……起きてるんですか?」

「それは貴方の目で確認しなさい。妖怪を殺し尽くした後でね」

「………分かりました」

「…………これからは夜の時間帯。妖怪達の行動が活発になる時間ね。とりあえずあの二人は家に帰しとくわ。いつまでもあそこにいさせる訳にはいかない。いいわね?」

「………はい」

「じゃあ少し行ってくるわ」

 スキマを開くとその中に入っていった。

 頭が急に落ち、地に打ち付けた。

「………………………」

 とにかくここが何処だかは知らないが寝よう。八雲さんが連れてきたところなのだから安全なのだろう。寝ることに決めた。

 だがそれよりも………

「…………痛い」

 

 

 

 

 

 

 



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第五十九話 中身よりもそれを囲むものを壊した方がいい

 

 

 

 

 

 妹紅、天子に布都の襲撃から二日後、椛は腕の治療に専念しながらも哨戒役を続けていた。

 今までずっと誰からかの襲撃があったせいか落ち着けない。一応一番見張りがきくところで座り込んでいた。

「…………今のところ侵入者はなし、ですね」

「隊長、山の下部も異常はなかったよ」

 水蓮が椛の後ろに姿を現した。

「………ご苦労様です。後は好きにしていてください」

「了解了解」

 すると水蓮は椛の横に座り込んだ。

「………………水蓮さん?」

「好きにしていいって言ったじゃん」

「そうですけど…………」

「……………ねぇ、隊長。腕……大丈夫?」

「腕、ですか?今のところは大丈夫ですよ。生活には支障がきたない程度には回復しましたし」

「そっか、よかった………」

 水蓮が安堵の息を漏らし、それを横目に椛は遠くを見通す。

「あれから二日が経ちましたがピタリと止みましたね。襲撃が」

「そうだね。ずっと戦ってばっかだったもんね」

「…………一息つける間があればいいのですがね」

「………隊長、次奴等が来たときは隠れてな。ボクが行く」

「……………彼女達の矛は私に向けられてます。それを真っ向から叩き潰すのは私の役目です」

「叩き潰すって……………」

「……今はそれしか方法がありません。彼女達はすでに耳を貸す余裕すらない。かといって私達が何もしなければやられるだけ。だったらせめて自分の身くらいは護る」

「……東雲君が帰ってきてくれれば――――――」

「―――――水蓮ッ!」

 水蓮の言葉を遮って椛が叫び、睨み付けた。

「それ以上は、言うな」

「……………ご、ごめん隊長………」

「………いえ、こちらこそ急にすみません」

「まーた君達は辛気臭そうな顔してるね」

 気の抜けた第三者の声がしてそちらに視線を向けると目を細めた。

「…………………にとり」

「やぁ椛、それに蔓。先日まで襲撃者の対処ご苦労様」

「…………何のようですか」

「なぁに、暇潰しさ。こっちも工事が一段落着いたからね。休憩だよ」

 負傷している左腕を見ておもむろに椛に近付いて掴んだ。

「………ッ」

「隊長!にとり、何してるんだ!」

「この傷は東雲橙矢のせいでつけられたものだ。奴はこれからも君を傷付けるだろう。………いい加減奴のことは忘れな」

「…………お前………ッ!何処まで東雲君を馬鹿にすれば気が済むんだ!」

 胸ぐらを掴み上げると近くの木に叩き付ける。

「……………本当のことを言ったまでさ。元はと言えば東雲橙矢が悪いんだ。分からないかい?椛にあんな感情を持たせたのは他でもない東雲橙矢だ」

「ふざけるなよクソ河童!」

 拳を握ると殴り付けた。

「お前に東雲君を語る権利なんてない!知ったかで東雲君のことを言うな!!」

「じゃあ私からも言わせてもらう。君にだって奴を庇う権利なんてない」

「何も関係がないお前には言われたくないな……!」

「確かにないさ。………もちろん君よりも奴を知らない。けどそんなの関係あるか?奴のことをどう言おうと私の勝手だ。それに私は奴に対してそこまで関心はない。故に奴がどうなろうと知ったことじゃあない」

「だったら……」

「だったらなんだ。よもや椛や君が奴のことをどう想おうが自分達の勝手だと?救いようのないね。いいかい?私が言いたいのは奴に対してどれだけ関心、または想いがあるかだ。それがなければ奴がいなくなろうが悲しい思いをすることも、こんなことになることもない」

「……………ッ」

「東雲橙矢を想っていた中で唯一正気を保ってるのは水蓮、君と紅魔館の面々じゃあないのかな?地霊殿は………まぁいいか」

「隊長は…………」

「椛ももうすでに正気を失ってるさ。………はじめの方はなんとか立て直していたみたいだけどその最中に命蓮寺の船長はじめ蓬莱人やらが襲撃に来たらそりゃもう正気なんて保てない」

「そんな……………」

「打開出来るのは悔しいけど東雲橙矢だけだ。奴がいれば少なくとも正気に戻るはず」

「……………………」

「今はとにかく休んでな。いつ次誰が襲撃に来るのか分からないんだから」

「………分かってるさ」

「ならよし。………私よりも君の方が椛といる時間が長い。……椛のことは頼むよ」

「あぁ、もちろんだよ。今まで通りずっと、隊長は私が護る」

「それを聞けて安心した」

 じゃあね、と手を上げて去っていくにとり。

「…………隊長が正気じゃない………。そんなの知ってる」

 そこまで戦いに関わってない水蓮ですら気が狂いそうになるほど殺気が濃すぎるのだ。その中で殺り合っている者はそれ以上に狂ってるに違いない。

「…………………ボクがまともなうちは……」

 せめて隊長を護り通そう。そう心の中で決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢と紫は効率よく、とはお世辞でも言えないほどの鈍さで妖怪を確実に殺してきていた。

 その鈍さは橙矢の力の消費量が尋常ではないほどで、やむを得ず所々で休憩を入れていたからである。

「くそ……!死にやがれ!」

 酸素不足で揺らぐ視界の中でなんとかピントを合わせて斬り伏せる。刀を返して倒れた妖怪に刺すとすぐ抜いて突撃してきた妖怪を斬り裂いた。

「ハァ……ハァ……。まったく、いなくなる気配がしないな……!」

「もう一踏ん張り所よ東雲さん。ここ一帯はもう少しで片が付く」

「それはいいことを聞いた……なッ!」

 刀を引き寄せ、一気に全身をバネにして突きを放つ。しかしそれは避けられ、腕を掴まれた。

「おいおい……!マジか……!」

 浮遊感が一瞬した後何かが割れる音がし、近くのビルの中で倒れていた。

「……………ぇ」

 次いで所々に出来た傷の痛みが橙矢を襲い、悶える。

「ァ……ァァ―――――――!!」

「東雲さん!」

 スキマが開いて紫が出てくる。

「東雲さん!大丈夫!?」

「や、八雲……さん………」

『そこかッ!』

 妖怪が一気に迫ってきた。

「ク……!やむを得ないわ、来なさい!」

 紫の隣にスキマが開くとひとつの影が飛び出て妖怪が食い千切られた。

『ガ………!?』

「よくやったわ」

 着地すると橙矢の方に駆け出してきて、橙矢の傍らで止まった。

「東雲さん………」

「ち……橙…………」

「紫様、これは一体………?」

「話は後よ。とりあえずここら辺りを掃除するわよ」

「分かりました。東雲さん、待っててくださいね。私と紫様で始末してきます」

「ま、待て……」

「安心してください。何かあれば戻りますから」

「待てって言ってるだろ……!」

 何とか動いて橙の服の裾を掴んだ。

「し、東雲さん……?」

「頼む………怪我だけはしないでくれ……………」

「………分かってます。東雲さんは安心して待っててください」

「ほんとは藍もいてくれたらより効率がいいんだけど……」

「すみません紫様。藍様は結界から出ようとする妖怪の駆除で……」

「やっぱりそんな輩がいたのね。まぁ藍だけでも事足りるでしょう」

「そうですね。けど手っ取り早く済ませましょう」

「橙、頼りにしてるわよ」

「はい、紫様」

 橙がかがみ込む、と思った時にはすでに橙の姿は消えていた。代わりに外にいる妖怪共の身体の節々が少しずつであるが削れていた。

『こいつ……!化猫か……!?』

「お前らに答える義理はないッ!」

 一瞬だけ見えた橙の姿に妖怪はもちろん橙矢も背筋が凍った。

 僅かながらであるが橙の身体から妖気が漏れているのが見えた。

「あれは………式神〈橙〉」

 一度見たスペルであり、橙矢が持つスペルのような干渉系統ではなく、どちらかというと肉体強化。もしくは妖気の増幅。

 命蓮寺の僧侶、聖白蓮も同じようなスペルを持っている。ただしそちらの場合元々の能力が肉体強化系統の魔法を使う程度の能力なのでいくら橙矢でもその状態の白蓮と互角に渡り合えることはほぼ不可能である。肉体強化の上にスペルで上乗せされたらそれはもう恐ろしいことになる。

 橙の場合スペルだけの肉体強化なので何とか対処は出来るが。

 だがまぁ今は味方ということで心強いことこの上ないが。

『化猫ごときが――――』

「――――あ?」

 橙が爪を鋭くして首を裂いた。

「誰が化猫ごとき……だって?たかが化猫と侮ってもらっちゃ困るなぁ三下共。私は化猫であっても八雲藍の式神なんだ」

 低い体勢を取るとさらに加速した。

「侮る暇があるなら………少しは対処したらどうだい!」

 次々と跳ね上がる首。一拍置いた後に血が噴水のように吹き出る。

「…………紫様に仇なす者はすべて私が殺す」

『くそ……!どうなってやがんだ八雲家は……!こうなったらせめて退治屋だけでも!』

「ッ!させるか!」

 橙が跳ねると橙矢の近くに着地する。

「東雲さん、立てますか!?」

「当たり……前だ……!」

 身体を起こすと刀を杖代わりにして立ち上がる。

「急いでここから離れます!妖怪共の狙いは東雲さんです!」

「橙!私が抑えておくから早く離れなさい」

「お願いします……!」

『逃がすかッ!』

「させるかッ!」

 橙矢に迫る妖怪を横から橙が殴り付けた。

「東雲さん!逃げてください!」

「分かった……!」

 走り出して割れた窓とは反対側の窓を開けて飛び出る。続いて橙も着いてきた。

「この場から離脱します」

 爪をしまって橙矢の手を掴むと再び式神〈橙〉を発動した。

「しっかり掴まっててください……!」

「橙!さすがに回り込んでいくのは止められないわ」

「上等……!」

 左右から妖怪が迫ると橙が再び爪を鋭くする。

「東雲さん!私がやります!」

「頼む」

 手を放すと橙矢が上半身を倒し、そこに橙が背で回りながら爪で切り裂く。

「誰にも東雲さんは傷付けさせません!」

 追撃するために橙矢から降りると駆け出した。

「ッ!馬鹿!戻ってこい!」

 気が付いた時にはもう遅かった。妖怪の狙いは橙矢よりも先に橙矢を守護する橙の存在だった。

 すでに橙の周りに妖怪が囲んでいた。

「チッ!雑魚妖怪共が……!」

「橙!」

 助けに行こうとするが数匹の妖怪が立ち塞がる。

「どきやがれロリコン共――――!」

 一匹に飛び付いて顔面に刀を刺すと横に振り抜きながら近くの妖怪を裂いた。

「橙待ってろ!」

「大丈夫です東雲さん!こんな奴等程度……!」

 縦横無尽に駆け回るがそれでも囲まれていて抜け出せないでいた。

「俺が崩す!その間に抜け出せ!」

 一匹を蹴り飛ばして一角が崩れる。

「橙!今だ!」

 橙に手を伸ばして橙がそれを掴む―――寸前橙矢の身体が吹き飛んだ。

「え………」

 橙矢の身体が地を転がり、動かなくなる。

「東雲さん!」

「橙!駄目よ!逃げなさい!」

 紫の声が響くがそれよりも早く後ろから鋭利な爪で裂かれた。

『隙だらけだぜぇ、化猫』

「……………東雲……さん……」

 這いずりながらも橙矢へと近付く。

『終いだ化け猫。すぐに退治屋も送ってやるさ!』

 一匹の妖怪が橙を軽々と持ち上げると大顎を開けて、首筋に食い付いた。

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、俺何してるんだっけ)

 僅かながらに開いている視界の中で横になりながら呟いた。

 前方には掴まれている橙の姿が。

(……確か橙が囲まれていて……それを助けようとして………)

 そこでようやく何があったかを思い出した。

『終いだ化け猫』

 そう言って橙を掴んでいる妖怪が口を開いた。

「………………東雲…さん…………」

「――――――!」

 橙の声を聞いた瞬間自分の中で今にも爆発しそうな怒りがこみ上げてくる。

(………やめろ……)

 何故今まで気が付かなかったのだろう。

『すぐに退治屋も』

(その手を、放せ)

 自分が戦う理由。

『送ってやるさ!』

 それは―――――

「―――――――その手を、放せッ!」

 瞬間橙矢の右足の筋力が数倍に跳ね上がる。久々に感じるこの感覚。

 触れたものを強化させる程度の能力が。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六十話 多少の無理も目は瞑れない

 

 

 

 

 

 橙を喰い千切るはずの口が橙矢の片腕により防がれていた。

「………ロリコンにしてはキツすぎるな。なぁ?」

「し、東雲さん………」

 押し返すと腕を強化して顔面を殴り飛ばした。

 すぐに橙矢はない左腕を突き出すと苦痛に顔を歪めた。再生能力を強化し、左腕の再生を図る。

「―――――!!」

 グチャッ、などと生々しい音がして左腕がまるで一匹の生物かのように橙矢の腕から生えてくる。

「ヒッ……!」

「………やっぱ久々にやるとキツいもんだな」

「東雲さん……能力が………」

「……………橙」

「は、はい」

「ありがとう。助かった」

 橙の頭に手を乗せると撫でる。

「お前のおかげで俺は能力が使えるようになった」

「……………」

「後は休んでな。お前の頑張りを無駄にはしない。八雲さん」

「………あらあらまぁまぁ、随分と勇ましくなっちゃって。心配した私が馬鹿みたいじゃないの」

「そういうのはここら一帯が片付いてからにしてくれませんかね」

「相変わらず冷たいわねぇ」

「それよりも橙を頼みます。俺はもう大丈夫ですから」

「貴方のそんな姿をまた見れるなんてね。分かったわ、ここは貴方に任せるわ」

 スキマを開けてそこに橙を入れた。

「……ここからはあいつには見せられないからな」

 すると橙矢の身体から蒸気が吹き出てきた。

「東雲さんそれは……」

「………多少の無理は目を瞑っててください」

 一瞬全身の血の循環を常時の数倍に跳ね上げ、その後にすぐ全身をひとつの固形物として強化させることによって血の循環に耐えきった。

「…………………貴方も相当な馬鹿ね」

 さっきとはうって変わって紫がため息をついた。

「尤も、この状態を保てるのは長くて一分です。……お前ら、長い一分間にしようかッ!」

 橙矢の身体が沈み込むと姿を眩ませた。即座に一匹の妖怪の身体が真っ二つに裂かれた。

『な………ぁ…………』

「ほら次はこっちだ!」

 影が通り過ぎてその直線上にいた妖怪が先程と同じように上半身と下半身が分かれ、地に落ちた。

 それを横目で確認した橙矢は上空へ跳ぶと刀を下に構えて落下を始める。

「悪く思うなよ妖怪共。こっちに出てきたお前らが悪いんだからな」

 腕を強化させると限界まで刀を振り上げる。

「―――――散れ」

 勢いのまま刀を振り下ろして一匹の妖怪を叩き付けるとそこから衝撃波が広がり、辺りにいた妖怪を吹き飛ばす。

「ちょっと東雲さん!私もい――――」

 巻き込まれる寸前に紫がスキマへと逃げ込んで難を逃れた。

 粉塵が舞い、橙矢の視界が塞がれる。鬱陶しく思い、刀を振って散らせた。

 

 

 

 

 

 しばらく経ってから粉塵が収まり、視界が良好になってきた。その時に何処からか鞘が飛んできてそれを掴むと刀を納めた。

 妖怪達の屍に近付くと一瞥した。

「………同情はしてやる。……俺からの同情だ。せいぜい冥土の土産にでもしろ」

 刀を下に向けると顔面に突き刺す。

「………儚い夢にすがりついたばかりに命を無駄にして。…昔の俺を見てるようだよ」

「………東雲さん」

「これでここ付近は終わりました。後は各地に散らばった妖怪を潰していけば」

「まだまだ終わらないってことね面倒だこと」

「移動手段として八雲さん。手伝ってもらいますよ」

「私は貴方の足じゃあないだけれど。まあいいわ、もののついでというものもあるからね」

 呆れ半分の笑みを浮かべて扇子を取り出した。

「では早速行きましょう。いつまでもここにいては警察やらに見付かって面倒ごとになるわ。妖怪共の死体は………まぁいいでしょう。東雲さん、スキマに入りなさい」

「……はい」

 紫が開いたスキマに足を踏み入れると何もない空間に出た。

「…………少しここでたまった疲労を取りなさい」

「い、いえ俺なら大丈夫ですから」

「貴方あんな無茶したばかりじゃない。全身の血の循環を促進させるなんていくら能力が解放されたからといったって………」

「………心配してくれてたんですね。ありがとうございます」

「貴方に死なれちゃ困るのよ。それに、私がいた方が心強いでしょう?」

「あー、そうですね」

 苦笑いしてから腰を下ろした。

「橙はどうしました?」

「幻想郷に戻したわ。さすがにこれからの戦いには私達だけで事足りるでしょう」

「それを聞いて安心しました」

「…………そうね、貴方も頑張ったことだし、ひとつご褒美をあげなくちゃね」

「褒美、ですか?」

「えぇ、しばらく声、聞いてなかったでしょう?」

 紫の手から何か放られてそれを受け取る。

「………あの、八雲さん。これは………」

 橙矢の手には旧式の折り畳みが可能な携帯電話が。

「見て分からない?」

「いや、分かりますけど」

 一応開いてみると急に電話帳が勝手に開かれた。

「………………………」

 紫を横目で見ると微笑んでいた。

「じゃあ、私は少しやることがあるからまた後で」

 スキマが開いて紫がその中へと消えていく。

「…………なるようになれ、か」

 連絡先がひとつしかなく、そこに電話をいれることしか今出来ることがなかった。

「……宇佐見さんかマエリベリーさんのどちらかか?」

 通話ボタンを押して耳に押し当てる。数回のコールの後に誰かが電話に出た音がした。

「あのですね宇佐見さんかマエリベリーさん。八雲さんと連絡先交換するのはやめておいた方が―――」

『…………橙矢、さん……?』

 電話越しに聞こえたのは蓮子でもメリーの声でもなく電波が届くはずのない幻想郷にいる椛の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ、そろそろ警戒は解いた方が気張らなくて済むわよ」

「……………無理ですね。つい先日まで襲撃に遭ってましたから」

 刀を傍らに置いた椛と相対するように座っているのは紅魔館のメイドの十六夜咲夜。そして二人から少し離れたところに水蓮が。

 三人がいるのは詰所の奥。それ以外誰もいなかった。

「メイドさん、来た日が悪かったね。帰りな、ボクも隊長も暇じゃないんだ」

「そうはいかないわ。………それに貴女達が襲撃に遭っているのも知っていた」

「……………話は終わりました。帰ってください。結局、橙矢さんが去ってからの話を聞きに来ただけですか」

「……………橙矢は私達の家族よ。その橙矢がその身を妖怪に成ってまでも護りたい人。それは紅魔館にとっても大切な人に変わりはないわ」

「………だから襲撃には加担しなかったんですね」

「えぇ、とりあえず押さえられる人達は私達が押さえておいたわ。これ以上馬鹿をしないためにもね」

「……………ご協力感謝します」

「気にしないで。私達紅魔館は自らの意思で動いているもの。それにそうしろと仰ったのは他でもないレミリアお嬢様と妹様なのだから」

「………あの姉妹が?」

「えぇ。………………それと犬走椛、今更な話だけどお嬢様と妹様含め私達は橙矢を外へ行かせても良かったと思ってるの」

「…………何だと?」

 一瞬で鞘から刀が振り抜かれて、しかしそれを涼しげな顔をしながらナイフで受け止めた。

「話を最後まで聞きなさい。橙矢は聞くところによると能力も使えず自身の存在の維持もままならない状態だった。……妖怪が精神的な生き物だってことは分かるでしょう?それに橙矢は………何より私達家族よりも貴女達のことを信頼していた。………そこからは言わなくても分かるわよね?」

「…………………」

 顔を伏せて力なく刀を落とした。

「だから一旦安全な外の世界へ返した。ある程度橙矢が精神的にも肉体的にも快復するまでね」

「え…………?」

「メ、メイドさん。それって…………」

 椛と水蓮が目を見開いて咲夜を凝視した時、部屋の隅に何かが落ちた音がした。

「…………………何だ?」

 水蓮が歩み寄り、音がしたものを拾い上げる。

「……何だこれ。………機械?隊長」

 ホラ、と椛に放る。

 それを受け取りながら苦い顔をする。

「私に渡されても………」

 椛の手には何か箱形の機械があった。

「これ………何ですか」

「……それ、携帯電話じゃない?」

 咲夜が指を指しながら呟いた。

「携帯電話?……それって」

「――――そう、そこのメイドさんの言う通り携帯電話よ」

 急にスキマが開いて紫が上半身を出した。

「……八雲さん?」

「それは貴女にあげるわ」

「い、いやけど私……この使い方分からないですし…………」

「直にそれが鳴り出すわ。その時にそのボタンを押しなさい」

「これ……ですか?」

「そうそうそれそれ。じゃあ私はこれで、それだけを伝えに来ただけよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。……何処に行くのですか?」

「…………何故今それを聞くのかしら?」

「……橙矢さんについて知ってると思いまして」

「そんなくだらないこと考えるのはよしなさい。ホラ、来るわよ」

 と、携帯電話が軽快な音を立てた。

「さっき言った通りにしなさい」

「……………分かりました」

 諦めがついたのか携帯電話を開くと恐る恐るボタンを押した。

「……」

「次に先端を耳に当てなさい」

「こ、こう……?」

「そうそう。後は待ってなさい」

『あのですね宇佐見さんかマエリベリーさん。八雲さんと連絡先交換するのはやめておいた方が――』

 聞こえてきたのはもうこの世界にいるはずのない人物の声。

「と……橙矢……さん…………?」

『………椛?』

「ッ!隊長!東雲君だって!?」

「橙矢さん!無事ですか!?」

『落ち着けよ。俺は無事だ。さっきまで結界の外に出てきた妖怪の駆除をしてただけで何も問題ない』

「よ、妖怪の!?貴方妖怪の力だけじゃなくて能力すら使えないのでしょう!?」

『なぁに、能力ならついさっき使えるようになったさ』

「だとしても………」

『悪いな。けどこっちの世界に護らなきゃいけない人がいたからな。妖怪を手放しにするわけにはいかないんだ』

「怪我は……怪我はしてないですよね……!」

『………当たり前だろ。八雲さんも橙もいたんだ。怪我するわけない』

「紫さんと橙ちゃんが………?」

『……手伝ってもらったんだよ。互いの利が一致したからな。……それに椛、こっちの妖怪の駆除と条件に幻想郷に帰してもらえることになった』

「ぇ………?それって………ほんと……ですか?」

『あぁ』

「…………………橙矢さん………ほんと…………本当に……よかったです………」

『なんだ、泣いてるのか』

「泣いてるわけないじゃないですか!」

『ふっ、それは悪かったな。…………それと……なんと言うか………今言うタイミングじゃないんだけど。………なんか何処か遠くに行った奴等もいるからそいつらの駆除もしないといけないから少なくとも一ヶ月くらいは帰れない』

「一ヶ月………?ちょ、ちょっと待ってください!」

『あん?何だよ』

「幻想郷は貴方がいなくなってからなんか……その……とにかくおかしくなってるんです!幽香さんや天子さんが襲撃してきて………」

『………そうか、それは大変だったな。けど分かってくれ。そっちにはお前がいるだろ?心配ないさ』

「で、でも………私………橙矢さんがいないと………」

『………………頼む、待っててくれ』

「嫌です!お願いします………今すぐに帰ってきてください………」

「代わりなさい。話が進まないわ」

 横から咲夜が携帯電話を引ったくる。

「橙矢、私よ」

『………咲夜さん?』

「久し振りね橙矢」

『どうも、いつかぶりですね』

「……さっきから貴方達の会話を聞いていたのだけれど。彼女の反応からするに貴方、まだ帰らないのでしょう?」

『よく分かりましたね。そうです』

「ちょっと咲夜さん!橙矢さんは私と話しているんです!」

「貴女は落ち着いてなさい。それで橙矢、どれくらいで帰るの?」

『はい、なるべく早く片付けるので一月くらいですかね』

「そう、ならそれまで犬走椛は私達紅魔館が守るわ」

『………そこまで酷かったのですか?』

「まぁね。……狂ってる、と言えばいいのかしら。とにかく、早く帰ってきなさい。私も、お嬢様も待ってるから」

『…………お嬢様、ですか。分かりました。じゃあ俺が帰るまで椛のことよろしくお願いします』

「任せなさい。その代わり、一日でも早く帰るよう努力はしなさい」

『はいはい。じゃあすみません、椛に代わってもらっても?』

「えぇもちろん。……ほら、犬走椛」

 耳から離して椛に差し出した。

「あ………はい、お電話代わりました……」

『まぁそういうことだ。お前のことは紅魔館がある程度サポートしてくれるらしい。だから俺が帰るまでは………耐えてくれ』

「……………………分かりました」

『……ありがとう。分かってくれて。それと………お前の近くに水蓮はいるか?』

「水蓮さんですか?いますけど」

『………一言言っておいてくれ。お前のおかげで自分を見直すことが出来たってな。……誰も水蓮のせいだなんて思ってない』

「一字一句違わず伝えます」

『頼む。………あいつのことだ。よほど気にしてると思って………』

「橙矢さん………」

『そろそろ時間だ。………じゃあな』

「…………………………はい、待ってますから」

 すると携帯電話からブツッという音がしてから何も聞こえなくなる。

「……………………………」

 携帯電話を持つ手を下ろした。

「…………切れたのね」

「それで隊長………東雲君はなんだって……?」

「…………水蓮さん。貴女にありがとう、と言ってました」

「…………は?」

「自分を見直すことが出来た、と」

「………何言ってるんだよあの……馬鹿………」

 呆れたようにため息を吐いたが何処か嬉しそうにしていた。

「…………結局、橙矢さんは何も変わっていなかった、ということですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椛との通話を切ると携帯電話をポケットにしまう。

「まさか電波を向こうまで飛ばすなんて。なかなか粋なことしてくれますね」

 橙矢の視線の先には紫がいた。

「久し振りの会話にしてはかなり冷めていたけれど?」

「………普通に嬉しいですよ。ただ……」

「何かしら?」

「ただ、向こうが色々と大変なことになってるらしくて」

「まぁ確かに、それは私も思ってたけど」

「……それはいつからですか?」

「貴方が去ってからすぐ」

「………なんで教えてくれなかったんですか」

「貴方が聞いてこなかったから。それ以外何があるって言うの?」

「……………そうですね」

「さ、早く帰りたいのなら今すぐにでも行きましょう」

「はい、じゃあ移動はよろしくお願いしますよ」

 ごく当たり前のように言って紫を促す。それに対して紫は微笑を浮かべただけだった。

「えぇ、任せなさい。……それじゃあ行きましょうか。私達の世界に戻るために」

 紫がスキマを開くと二人を呑み込んで、はじめからそこに誰もいなかったかのように風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四章
第六十一話 良い妖怪も悪い妖怪も端から見れば同じ妖怪


 

 

 

 突如現れた妖怪が日本の各地を襲った日から一ヶ月が経ち、それが徐々に落ち着いていた。

 警察もただ事ではないと判断したのか、調査に出ていたものの見付けたのは歪な生き物がすでに何者かの手によって殺害され、屍と化していた物だった。

 それは人の噂ではもちろん、歪な生き物の生き残りの中でも広まっていた。

 

 

 

 

 

 

 少年が強化した足で振り抜くと蹴られた妖怪の顔が吹き飛ぶ。

「八雲さん!こっちは終わった!」

「こっちも直に終わるわ。待ってなさい」

 少年の声に女性が答えてその後に断末魔が聞こえた。それを聞いて少年、東雲橙矢はため息を吐く。

 この一ヶ月でこの断末魔を何回聞いたことか。夢に出てくるほどだ。

「八雲さん、終わりましたか?」

「ちょうど今ね。まったく、命乞いがすごかったわ。助けてくれ、後生だーって」

「はぁそれは………………」

「けど殺ることには躊躇わないわ。同じ妖怪だったとしてもね」

「俺に関してはそんなくだらないことしないですけどね」

「そりゃそうよ。貴方は向こうで退治屋やってたんだから」

「そう言う割りには貴女も大概ですけど。……それで、そろそろ頃合いだと思うのですが、後はどのくらい残ってますか?奴等」

「貴方、何言ってるの?さっき私言ったじゃない。直に終わるって。そしてさっき終わったでしょう?」

「…………………は?」

「鈍感ねー。喜びなさい。妖怪は無事に全滅できたわ」

「………それって本気で言ってます?」

「あら心外ね。私が冗談を言う女に見えるかしら?」

「見えますよ」

「……………………………………そう」

「というか早く帰りましょう。終わったんでしょう?」

「まぁ待ちなさい。まだ挨拶が済んでないでしょう」

「誰に」

「あの二人組に」

 突如として橙矢の頭上にスキマが開くと例の二人組が落ちてきた。

「……………ぇ」

 反応できずに二人の下敷きになった。

「いったた……何よ急に………」

「ちょっと~、調べ物の途中だったのに…………」

「…………とりあえずどいてください」

 二人をどかすとよろめきながら立ち上がる。

「………八雲さん、スキマの場所を選んでください」

「ちゃーんと選んでるわ」

「あれ、少年?……と八雲さん」

「はろー、久し振りね」

「それより八雲さん。なんでこの二人を呼んだんですか?」

「あらあら東雲さん、このお二人にはかなりお世話になったみたいで。礼のひとつもなく去るおつもりで?」

「………東雲君、貴方戻るの?」

「ん?……えぇ、妖怪の駆除も済んだことですしもう今すぐにでも」

「少年、それはつれないなー。私達に一言入れてくれてもいいのに」

「すみませんね、そういう仲ではないと思いまして」

「数時間とはいえ、一緒にいた仲じゃない」

「…………………はぁ、そうですか。ならさようなら、これでいいですか」

「東雲さん、それはさすがに冷たすぎよ」

「…………分かってますよ。……宇佐見さん、マエリベリーさん。……助けてくれてありがとうございました。貴女達の協力がなければここまでこれませんでした」

「元は貴方が来たところからはじまったんじゃない」

「さて、どうでしたかね。忘れました。……それでも貴女達のおかげであることに変わりません」

「なんか………少年からそんな言葉を聞くとちょっと違和感があるかな……」

「蓮子それは失礼よ、と言いたいところだけど私も同意見よ」

「やれやれ、人がいいのか悪いのか。まぁなんにせよ俺は幻想郷に戻ります。このことには変わりありません。八雲さん、そろそろ行きましょう」

「もういいの?」

「えぇ、充分です」

 おもむろに紫が橙矢に顔を近付けてきて、

「そう、じゃあ最後の最後に種明かしといきましょ」

 二人には聞こえない声量でそう言った。

「種明かし?」

「きっと彼女達驚くわよ」

「………勝手にやっててください」

「じゃあ勝手にやらせてもらうわ」

 紫が手にしている扇子を薙ぐとスキマが開く。

「さて、俺は行きます。短い間でしたけど世話になりました」

 歩みながら別れの言葉の常套句を言う。

 そしてスキマに入る手前、足を止めた。

「………東雲君?」

「そえそう、ひとつ言い忘れてました」

 半身になりながら振り向いていく。その時橙矢の身体から妖気が溢れ出る。

 顔の横からはえている耳が引っ込み、代わりに狼の耳と尻尾がはえる。次に着ている服が白い、白狼天狗の装束を身に纏った。

「し、少年…………それは………」

「実は俺、妖怪なんです」

 瞬間スキマを中心に空間に皹が入った。

「ッ!?」

「それでは宇佐見さん、マエリベリーさん。お元気で」

皹が広がって砕け散った。と思うと同時に橙矢の姿と紫の姿が消えていた。

「あ………あれ?」

「………無事に帰れたみたいね」

 皹が入っていた空間はすでに直っていた。

「………ねぇメリー」

「何かしら」

「あのさ、少年のこと云々の前に聞いていいかな?」

「あー………まぁいいわよ」

「………どうやって帰る?」

「………………………交通費、足りるかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スキマから放り出されて次に視界に映ったのは青が澄んでいる空だった。

「…………」

 身体を起き上がらせると見覚えのある景色が広がっていた。

「………………妖怪の山か。……と、いうことは幻想郷に帰ってこれたんだな」

 よっこらせ、と立ち上がって歩き出す。

「さて、何処に行こうか。さすがに追い出された身で椛や水蓮以外の奴と出くわすのはちょっとな………」

 その上突然放り出されたので今、山のどの辺りにいるかも分からない。

「とりあえず詰所を見付けないと………」

 だがすぐにとある物が目についた。

「あれは………」

 嫌なことにもそこはにとりの工房だったのだ。だが心なしか前来たときよりも補強されている気がする。

「………仕方ない。知らないやつに聞くよりかはマシだ」

 外に取り付けられてる階段を上り、扉の前まで来る。

「………おい河童、いるか」

「つくづく思うが君は失礼極まりないな」

 一歩退くと中から扉が蹴り開けられた。

「チッ、もう少し早かったら」

「つくづく思うがお前は暴力的だな」

「まんま返してやるさ東雲橙矢」

「まぁ俺も大概だと思うが」

「それで、こっちにようやく戻ってきて私を訪ねるなんざ余程暇人なんだねぇ」

「いやいや、暇だったとしてもここにはまず来ない」

「遠回しに言われるのは好きじゃあない。単刀直入に用件をお願いするよ」

「そう急かすな。………が、そうだな。じゃあ言わせてもらう。椛は何処だ」

「…………そう言うと思ったよ。椛は買い出しのために里にいるよ」

「何……?水蓮も一緒か?」

「あぁ一緒だよ。早く行ってきな」

「……礼を言う」

 扉を閉めると駆け出した。

「……あいつが里に行くなんて珍しいな。買い出しなんて」

 天狗にも里があり、そこの規模は人里よりかは小さいものの食や生活用品を揃えれるくらいはある。つまりそれ以外にないものを買いに行ったということ。

「…………寺子屋かなんかか?」

 とりあえず早く行くことには変わりない。

 さらに足を強化させて加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門の前まで来ると足の強化を解いて歩いて入る。

「うーん、外と比べてどれだけここが古いのか、嫌でも分かるな」

 人里とはいえそれなりの大きさがある。その中から椛と水蓮を探し出すのは少し時間がいる。そう考えると何処かしらで待ち伏せておいた方がいいのかもしれない。

「だとしてもなぁ………。俺里から嫌われてるし………」

 橙矢は約五ヶ月前に起こした異変から一部除いた殆どの人妖から嫌われている。それは橙矢も自覚があった。

「あーあー嫌だねぇ嫌われ者ってのは」

 近くの茶屋の前に置かれてある長椅子に座ると店員を呼んで一言二言話して団子を頼んだ。

 その際にその店の店員が幽霊を見るかのような目でこちらを見ていた。けど無理はなかった、一ヶ月前にいなくなった人物が今目の前にいるのだ。橙矢がこの店員の場合も同じような反応をするに違いない。

「………………」

 橙矢の周りには誰も近付こうとしない。まぁそれが当然なのだが。

「……お待たせいたしました」

 店から先程の店員が出てきて橙矢の傍らに置くとそそくさと店に戻ってしまう。

「どうも、金はここに置いておくよ」

 皿から団子をかっさらい、金をその場に置いて腰を浮かせた。

「なぁんか嫌な予感がしてならない。とっとと見付けるか」

 普段通りの里の中でも警戒心を高めながら歩き出した。途端、橙矢が歩いている道のどんつきの家が崩れた。

「おいおい、言ったそばから冗談よせ……あ?」

 崩れたときに舞った粉塵の中から人影が二つ出てくる。その二つには見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 粉塵の中から飛び出てきた椛と妹紅は縺れ合いながら転がる。

「何なんですかいきなり襲ってきて………!」

「紅魔館の連中には止められたが私はお前を許した覚えはない!」

「こんな里中で……いい加減にしろッ!」

 腹を蹴り上げて殴ると組み敷く。

「何度言ったら分かるんだ……!もう少しで橙矢さんは帰ってくるって……!」

「お前の言うことなんざ信じられるか!」

 解くと椛の胸ぐらを掴み上げた。

「妖怪の賢者からの情報なんだぞ……!」

「この馬鹿が……!口で言っても分からないらしいな!」

 胸ぐらを掴んでいる腕を掴み返すと放して投げ飛ばす。

「何度死んでも文句は言うなよ!」

 椛が天叢雲剣を構えて妹紅は焔を右手に集束させる。

「「死ねッ!」」

 互いに同時に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつら……何してんだ」

 団子を口に含ませながらそれを見ていた橙矢は刀に手を置いた。

「…………あれが椛の言っていた………」

 すると椛が天叢雲剣を構えた。

「………おいおい、それはマズイだろ……」

 串を放り捨てると足を強化させて低く構える。

「テメェ等一旦落ち着きやがれ!」

 力強く踏み出すと瞬く間に二人の間に割って入った。

「ぇ―――――――」

 妹紅の腕を取り、背中から投げて地に叩き付けると足で背を押さえて椛の天叢雲剣を刀を抜いて受け止めた。

「………………お前らやり過ぎだ。里の中だぞ」

 妹紅の押さえたまま刀で押し返すと椛を睨み付けた。

「問題を起こすな、とは言わない。ただ場所を考えろ。互いにな」

「ぇ……ぁ………と、と……うや……さん………」

「橙矢……!?お前外の世界に行ったんじゃ……」

「あぁ行ったさ妹紅。けどそれはあくまで俺がこっちの世界で生きていくのが難しいから一時的に避難的なもので行ってたんだ」

「……………そ、それじゃあ………私達は………」

「………椛から聞いた。はっきり言うとただの骨折り損だ」

「ぅ……嘘……だ………そんな……!」

「そう信じたいのは分からなくもないが……事実だ。受け止めろ」

「―――隊長!無事かい!?」

 ちょうどそのタイミングで水蓮が壊れた家の穴から出てくる。

「す、水蓮……さん……」

「よ、水蓮。久し振りだな」

軽く手を上げると水蓮の動きがピタリと止まった。

「………橙矢さ――――」

「東雲君!!」

 椛が橙矢に近付こうとした時水蓮が駆け出して橙矢に飛び込んできた。

 

 

 

 

 



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第六十二話 思い立ったが吉日

 

 

 

 

 

 

 飛び込んできた水蓮の勢いを殺しながら受け止めた。

「………っと水蓮、どうしたんだよ」

「東雲君………!ごめん……ごめんなさい……!」

「……は?何言って………」

「ボクのせいで…………左腕も………妖怪としての力もなくすことになって……!」

「……お前、椛を通して聞いてなかったのか?別にお前のせいなんかじゃないって。少なくともあの時の俺はお前の言う通り椛に二回も手を出そうとした。……当たり前の処罰だ。それに左腕もほら、治ってるしな」

「でも……でも……!」

「でも、じゃない。……結果的に俺が戻ってきただろ?それで充分なんだろ?お前が謝る必要が何処にある」

 自身の胸で泣きじゃくる水蓮の頬に手を当てると涙を拭いた。

「俺はな、あれでよかったと思ってる。自分を見直すことができたからな。それが出来たのもお前のおかげだ」

 次いで頭に手を乗せると撫でた。

「だから言わせてくれ。ありがとう」

 微笑むと水蓮は反対にさらに涙を流し始める。

「う……ぅ…………ふぇぇぇぇ………」

「お、おい……!?」

「本当に……君は馬鹿だよ……東雲君……。君はいつも……ボクの心をかき乱すことばかり………」

「………乱す、か。それが俺だからな」

「…………………馬鹿」

 橙矢を抱き締めて胸に顔を埋めた。

「………なんかお前がそんなんだと調子狂うな」

「東雲君が悪いんだから………」

「そういうことにしといてやるよ」

「………………」

「と う や さん」

 首根っこを掴まれると後ろに倒された。

「も、椛………?」

「いい度胸してますね。ここは公共の面前。恋色沙汰をしてもらっちゃ困るんですよ。水蓮さんも、離れてください!」

 水蓮を掴むと引っ張るが未だに橙矢を放さないでいた。

「…………!」

「………起きてください」

 橙矢を起き上がらせると先程同様水蓮を離そうとするが避けて橙矢の腕に自身の腕を絡ませた。

「……………ごめん隊長、もう少しだけ……許して」

「……………橙矢さん」

 助けを求めるような視線を橙矢に向けるが椛に向けて首を横に振るだけだった。

「水蓮、椛、俺はこの寝てる奴と話がある。里での用は終わったのか?終わったのなら先に帰っててくれ」

 そう言うと水蓮が橙矢の腕を掴む力が強くなる。

「…………水蓮、後でまたな。話があるならそこでな」

「………………東雲君、もう……何処にも行かない……?」

「何馬鹿なこと言ってるんだ」

 水蓮を離すと額を弾いた。

「俺から出ていくことなんざ一生ない。安心しろ」

「東雲君………………」

「椛、水蓮を頼む」

「言われなくても。それより橙矢さん」

「ん?」

 すると急に胸ぐらを掴まれて引っ張られて椛の顔が間近に迫る。

「私も貴方と二人きりでお話があります。お忘れないよう」

「………あぁ分かった。二人で、だな」

「はい」

「実は俺もお前と話しておきたいことがある。もののついでだ」

「…………では、また後で」

 椛が水蓮を引いて去っていくと息をひとつ吐いて傍らに倒れている妹紅に声をかけた。

「おい、起きてるよな。なんで起きてこなかった」

「……………」

「…………とりあえず立て」

 腕を掴むと立ち上がらせて両肩に手を置いた。

「さっきのはなんだ。なんであいつと戦ってたんだ」

 しかし答えは口からではなく妹紅の手が橙矢の手を弾いたものだった。

「……………………橙矢」

「……………………」

「………私、分からないんだよ」

「……何がだ」

「橙矢が帰ってこないからって………………犬走椛に責任を押し付けて……勝手に逆恨みして………そしたらお前が帰ってきて………」

「……………つまり俺が帰ってこなければよかったと?」

「そんなことはない!私だって……大切な人である橙矢と二度と会えない……そんなの嫌だ!」

「………俺を信じていながらの行動だと?感心しないな」

「違う!………いや、違わないけど………」

「椛の聞いたところによると紅魔館の方達以外の俺と関わりがある人妖が椛の襲ってたみたいだな。……ったく、俺がいなくなった途端これかよ」

「橙矢……………」

「けど気にするな。俺のせいで起きたことは俺が鎮める。お前はとにかく落ち着いてろ」

「ふざけるな!私は……お前の…………大切な人を………」

「じゃあその事の件については許さない。だから代償としてお前はもうこの件に関わるな。断ろうったって無駄だからな。………それにしても困ったな。幽香や天子とかが全員が全員血の気の多い奴等ばっかだ。どう収めようかねぇ。話し合いで終わるに越したことはないんだけどな………」

 後半から一人言のように呟くと妹紅を背負った。

「わ……橙矢……!?」

「寺子屋まで運ぶ。まったく………怪我するまでやるなよ。お前も、あいつも。心配するだろうが」

「…………………ごめん」

 観念したのか妹紅が橙矢の背に身体を預けた。

「……………俺に謝ってどうする。相手は違うだろ」

「けど………お前に謝っておきたくて………」

「…………相変わらず律儀な奴だな」

「騒ぎがあったっていうのはここか………ん?」

 歩き出そうとすると呼ばれて来たのか青を基調とした服を着た女性がこちらに向かってきていた。

「慧音先生」

 上白沢慧音は橙矢を見付けると目を見開いた。

「し、東雲!?」

「どうも、いつもお世話になってます」

「お前いつの間に戻ってきたんだ!?」

「つい先程です。それで椛を探しに里まで下りてきた次第です」

「そうかそうか。何がともあれ、お前が帰ってきたことには驚いた。これでまた寺子屋に呼べるな!」

「俺のこと餌としか思ってませんね貴女」

「はは、もちろん冗談さ。けど素直に驚いたぞ。一ヶ月前急にいなくなって今度は急に現れて」

「すみません、ちょっとした旅行です。シャバに行ってきました」

「あぁいやいや、別に悪いとは言ってないんだ。ただお前のことが心配でな。……それで背中の妹紅は?この騒ぎに何か関係があるのか?」

 橙矢に背負われている妹紅を指差した。

「……いえ、ありませんよ。ただ昼間から呑んでいたせいか酔い潰れてるだけです」

「あのなぁ東雲………庇いたい気持ちは分かるが妹紅はついさっきまで私と一緒にいたんだ。そんなすぐ酔うわけないだろ」

「……………すみません」

「なに、気にするな。お前の人の良さは知ってる」

「………それより先生。妹紅はどうして……椛を?」

「ひとまず寺子屋に来い。もとよりそれが目的なんだろ?」

 慧音が橙矢に背を向けて促す。

「………えぇ」

 歩いていく慧音を追うように橙矢も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供はいないのか?」

「今日は寺子屋が休みだからな。私達しかいない」

 妹紅を下ろしてその隣に慧音が座り、橙矢が向かい側に腰を下ろす。

「……大方の奴等は紅魔館が鎮圧させたと聞きました。それまでどんな状況に?」

「…………妹紅のいる前では言いたくないんだが……。まぁ仕方無い、実は……お前が外の世界に行ったのは犬走椛のせいだという噂が流れたんだ」

「何………?」

「そしたら怒りのまま、というわけだ」

「……………結局、俺のせいか」

「そうとは一概には言い切れないがな」

「………だが……それより気になるのがそれを受けてなお椛はあんなピンピンしてるんだ?」

「…………あいつは」

 ふと妹紅が口を開いて続ける。

「あいつは全てを受け入れた。橙矢が外に行ったことも、私達と殺し合うことも」

「あいつが………?」

「………私が行くたび……必ず多対一になる。もちろん、犬走椛が孤軍奮闘でな。それでも…………あいつにはまったく歯が立たなかった。勝負になってたのは風見幽香か命蓮寺の船長くらいさ。後の私達は殆ど一方的にやられただけだ」

「だったら………なんでやめなかった。途中で気付くはずだろ。あいつに敵わないって」

「………そんな理由ではやめれなかったんだよ。あの時は」

「……馬鹿が」

「……………分かってるさ」

「とりあえずお前はもう椛を襲ったりはしない、でいいんだな」

「あぁ、お前が帰ってきたから………理由がない」

「それを聞けて安心した。じゃあ里に被害がでないよう里を頼む」

「………当たり前だ」

「明日から椛を連れて幽香と天子、それと村紗のところに行く」

「正気か東雲。何かあったらどうする」

「気にするな。何かあったら俺が奴等を抑えればいい話。天子はともかく、幽香と村紗は温厚に済むはずだ」

「……………済んだらな」

「東雲、聞いたところ命蓮寺の船長が一番危険だそうだ」

「………村紗が?」

「それは私も思ってた。誰よりも橙矢がいなくなったことを恨んでいた。けど殺り合っている時にいつも命蓮寺の連中に連れていかれていたんだけど………。そのたびにあいつの取り巻く妖気が……なんか、濃くなってるって言うか………」

「………何かの間違いだろ。あいつがそんな化物になるわけない。それを俺が証明する」

「勝手にしろ。………ただ、気を付けてな」

「あぁ、充分に気を付ける」

「………東雲、私からもひとつ報告だ」

「どうしたんです先生」

「一ヶ月半くらい前。地底の妬み妖怪の嫉妬心がなくなったそうだ」

「……ちょっと待ってくれ。その頃って俺まだいましたよね?それとその話と今の話……何か関連でも?」

「関係はあってほしくないんだが………。私の知る限り船幽霊は今の犬走椛とやり合える力はなかったはずだ。そして橋姫は妬めば妬むほど力を増す」

「おい先生、つまりそれって村紗が………」

「あくまで推測だ。どんな方法で彼女がその力を得たのか。………ただそれが事実だとしたら………底が知れないぞ」

「………村紗は後回しにします。先に天子と幽香に話をしてみます。万が一……村紗と対立しても押さえ付けられる力が必要です」

「………もしそうなったらその時点で彼女は崩壊するぞ」

「…………………」

「彼女はお前に誰よりも好意を寄せている。かつてのお前がされたように今度はお前が彼女を裏切るのか?」

「……………俺とは違って村紗は強い、精神的にもな。必ず立ち直る」

「お前は勘違いしている。彼女は船幽霊だ。地縛霊だ。つまり彼女の存在は精神的にものそのものだ。精神が傷付けば彼女の全てが傷付く。分かっているのか?」

「…………そうなれば俺が村紗の傍にいてやります。あいつが立ち直れるまで」

「橙矢。くれぐれも気を付けてくれよ」

「任せろ。狂った世界に現れた救世主になってやるよ」

「お前…………がそれを言うか」

 妹紅が言葉を返すと恨めしそうに橙矢が見るがすぐ頭をかいた。

「………………まぁそうだな。俺らしくないか」

「けど、期待してるよ。橙矢」

 妹紅の言葉に軽く手を上げて応えると立ち上がった。

「まずは身内の問題を解決しないとな。今日のところは帰るよ」

「……………橙矢」

「ん?」

「……………また、私と会ってくれるか?」

「……なぁに言ってんだ馬鹿。当たり前だろ」

 何言ってんだ、と笑んでから寺子屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山に戻り、水蓮と軽く話した後、すでに陽が落ちていた。椛には悪いと思いながらも自身の家に向かう。どうせ明日会うのだから回してもいいと踏んだ。椛もそこまでガキじゃない。分かってくれるだろう。

「……………ぁ?」

 家に近付くたび家の前に誰かがいるのが分かる。

「…………やれやれ」

 何者か分かるとため息をついてその者に声をかけた。

「おい椛」

「橙矢さん………」

「こんなところで何してる」

「貴方こそ。私と会う約束をしておきがら自分の家に帰るなんて」

「…………入れ、外での立ち話もなんだ」

 扉を開けると家の中に入る。椛も入ったことを確認すると扉を閉めた。

「さて、話があるんだろ?」

「………橙矢さん」

 振り返るとふと、椛に抱き締められる。

「………急にどうした」

「…………………貴方を待ってる間……ずっとこうしたくて」

「…………それでこれだと?」

「いいじゃないですか。……寂しかったんですから」

「…………」

 何も言わずに椛を抱き締め返した。

「……俺もだ椛」

「やっぱり……私には貴方が必要です」

「あぁ、俺にもお前が必要だ」

「…………私、ずっと………我慢してきたんですから………」

「分かってるさ」

「分かってるなら……もっと早く帰ってきてくださいよ……」

「これでも最善は尽くした。……けど悪いな、一ヶ月も……辛い思いをさせて」

「ほんと……ですよ」

「………………辛かったよな」

「……はい」

「痛かったか?」

「当たり前です……」

「そうか。………これからは俺が一緒に背負ってやる。だからもうそんな顔するな」

 より強く抱き締めて自身の存在を強調した。

「…………橙矢さん………」

「俺がいる限りお前を一人にはさせない。……ま、嘘ばかり言う俺が言ったってしょうがないがな」

「……そんなことないですよ」

「……お前がそう言うならそういうことにしておくか」

 やれやれと苦笑いしながら椛を離した。

「ぁ…………」

「今日はもう遅い。ここからお前の家までどれくらい離れてるが知らんが………今日は泊まってけ」

「………良いのですか?」

「いいもなにもこんな夜道帰らせる方が気が滅入るっつーの」

「………ありがとうございます」

「いいって。それよりも、まずは遅い夕食とするか。何がいい?」

「え?私の分まで?」

「ついでだついで。何でもいいならそれでいいが?」

「じゃ、じゃあお願いします……」

「あいよ、任しときな。すぐ用意する」

 椛から離れて台所に足を向ける。すると椛の顔が暗くなった。それを見かねた橙矢は途中で足を止めた。

「……椛」

「は、はい」

「一人じゃ寂しい。手伝ってくれ」

 すると椛の顔がパッと明るくなった。

「もちろんです」

 笑顔を見せて橙矢の後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第六十三話 あの日見た花は何処かで見たような、やっぱり見てない

 

 

 

 

 

 翌日、橙矢は椛を連れて太陽の丘へと来ていた。

「あの………橙矢さん、なんでここに」

「決まってるだろ。幽香に馬鹿な真似をさせないためだ。俺だけ行ったって恐らく無駄だからな。あえてお前を連れてきた」

「それはある意味挑発じゃ……」

「俺を見てなおお前を殺ろうとするなら俺が奴を力尽くでも言うことを聞かせる」

「けどそれじゃあ逆効果では……?」

「あいつはなんだかんだいって話が分かる奴だ。そこまではならないはず」

「まぁ………橙矢さんが言うなら信じますけど……」

「さっき言ったみたいなことになったら俺の後ろに隠れてろ。………慧音先生が言ってることが正しかったら村紗と対峙するときにはお前が必要になる。それまでお前を失うわけにはいかないんだ」

「………船長さん……ですか」

「どうかしたのか?」

「いえ……上白沢さんがなんて言ったかは分かりませんが……。本当ですよ。今一番危険なのは船長さんでしょうね。何回か殺されかけましたし」

「……………椛、それは俺がまだ幻想郷にいた頃か?それとも外の世界に行った後か?」

「……………前は貴方のためを思って、話しませんでしたが今回は貴方のためを思って話します。橙矢さんがまだ幻想郷にいるときです」

「……………………そうか」

 今にも爆発しそうな怒りを無理矢理押し止めながらさらに奥へと歩いていく。

「幽香さんは……私のことを一度しか襲ってきませんでした。その時に………メディスン・メランコリーが幽香さんを説得して何とか一難を逃れました」

「メディが?」

「はい、その時一緒にいた船長さんは聖さんと入道使いに止められました」

「止めれたがそのあともお前を襲い続けた、ってか」

「………そうです」

「…………今は幽香に集中しよう」

 そして向日葵畑から抜け出して視界が開いたところに出た、時に椛目掛けて閃光が走った。

「ッ!」

 割って入り、腕を硬化させると下から振り抜いて弾き飛ばした。

「………椛、お前の言ってることは本当らしいがそれ、期限があったみたいだな。………下がってろ」

 椛を自身の後ろまで下げると刀を構えた。

「期限チェックはこまめにやるもんだぞメディ」

 かつての友人に向けて苦い顔をしながら呟く。その間も閃光が飛び続ける。

「まったく………しょうがないな。一気に近付くぞ」

 椛の腕をつかんで駆け出す。

「遠距離じゃさすがにこっちからは手が出せない。ジリ貧だ」

 正確に閃光が橙矢に放たれるが最小限の動きで避ける、ないし刀で弾いた。

「あの野郎……こんな好戦的………だったな」

 最後に会ったときは護ってもらってばかりいたせいか幽香を幻想郷最強とも呼ばれている妖怪だということが頭から抜け落ちていた。

「さて、吉と出るか凶と出るか」

「ッ!橙矢さん!」

 急に椛が警戒するような声を上げる。気だるそうに顔を上げると、殺気が込められた視線で貫かれ、目の前に幽香が迫っていた。

「お……っと」

 回転して受け流すと背中を力強く押した。

「………ッ!」

 幽香が体勢を整えて身体を反転させると傘を地に突き刺して止まった。

「………橙矢」

「幽香、急な挨拶だな。………俺がいるって分かっていただろ?向日葵を使って見てただろ」

「だったら何かしら」

「お前、何で襲ってきた。妹紅と同じ質で俺が戻ってこれば解決、じゃないのか?」

「………ハッ、何を言うかと思えば。……橙矢、貴方が帰ってきたことは素直に嬉しいわ。今すぐにでも抱き締めたいくらいにはね」

「………なら」

「――――けど、いけ好かないわね。何故貴方の隣に貴方を裏切った彼女がいるのかしら?」

 幽香は腕をゆっくり上げると椛を指差した。

「橙矢の隣は犬走椛、貴女じゃないのよ」

「……………おい幽香」

「黙りなさい橙矢。………貴方言ってたじゃない。裏切られたって。……貴方の手を握るのは私よ」

「悪い幽香。今のお前には無理だ」

「……………橙矢」

「俺はこいつや水蓮のおかげで自分を見付けることが出来たんだ。………幽香、もし椛に手を出そうってんなら………分かってるだろうな」

 刀に手をかけて抜きかける。

「私は貴方と今殺り合うつもりはないわ。ただその犬に橙矢をなんで追放したか。それを聞きたいだけ」

「気に入らない答えだったら?」

「愚問」

 一瞬で刀を抜くと幽香目掛けて振り抜き、首の裂く手前で止めた。

「………何の真似かしら?」

「…………………お前には恩がある。けど椛をもう一度殺る気なら…………その前に俺との前哨戦だ」

「……橙矢…………どきなさい」

「断る」

「そう、なら仕方ないわね」

 手を引くと傘を顕現させた。

「力尽くでも、どいてもらうわよ」

 振り抜かれた傘を強化した腕で受け止めた。

「………いい加減にしろ幽香!」

 受け止めている方とは逆の手で傘を掴むとへし折る。

「……!」

「忘れたのか?俺はかつて妖怪を殺すに特化した退治屋だったことを」

「………………」

「来るんだったら容赦はしない。これ以上椛を傷付けさせるわけにはいかないからな」

「…………………………」

 急に幽香が手を下ろした。

「やめるわ。貴方と殺り合う理由にならない」

「………そうか、俺もお前とはこんなことで殺りたくはない」

「結局、貴方に言いくるめられるのね。私は」

「あのなぁ……変な言い方はよしてくれ」

「それにしても橙矢、まさか貴方が帰ってきてるなんてね。少し意外だったわ」

「ん?俺が帰らないとでも?」

「まさか、もう少しだけかかると思ったのよ」

「まぁんなことどうだっていい。ひとつだけ聞かせろ。村紗はどうなっている?」

 橙矢が唐突に切り出すと幽香の顔に影が射した。

「………どうしたんだよ」

「………これを貴方に話してもいいのかしら」

「話せ。それで椛を襲撃した件は不問にしてやる」

「………………分かったわ。話せばいいのでしょう?……信じたくないだろうけど村紗水蜜はすでに正気を喪ってる。橙矢、貴方が止めない限りあの子は助からないわよ」

「…………俺?」

「貴方がいなくなってから誰よりも多く犬走椛を襲撃してたのは彼女よ」

「……………村紗」

「今までは何とか命蓮寺の連中が止めていたのだけれど……さすがにもう歯止めが効かなくなってきている」

「………天子の方はどうなんだ」

「村紗水蜜ほどじゃない。けど椛を襲撃してる回数は多い」

「くそ……馬鹿天子が」

「あいつはとにかく………全人類の緋想天をぶちかます。ほら、来るわよ」

「……あぁ、話が早くて助かる」

 刀を抜くと明後日の方に投げ飛ばした。そこに紅い閃光が直撃した。

 弾かれた刀を掴んで構える。

「どういう了見だ天子。俺はお前と戦う気なんてない」

「東雲………どけ。私はそこの犬に用事があるのよ」

「お前もか……」

「―――貴様!我を放るな!」

 遠くにいる天子の横から尸解仙が蹴り飛ばした。

「チッ、まだくたばってなかったか……!」

「犬走椛は最早無抵抗だ!あの時は仕方なく反撃していたが………その必要はない!」

「負け犬は引っ込んでいろ――――!」

「誰が負け犬だ七光り天人!」

 振り下ろす緋想の剣を掴む腕を止めると地に向けて投げ飛ばす。地に叩き付けられる寸前身を翻してグレイズし、布都に接近していく。

「貴女程度にやられるわけにはいかないのよ!」

「ならば上等!我も貴様なんぞに敗れる気なんてしないがな!」

「…………物部まで?……何やってるんだあいつ」

「あの仙人は……一度私と戦っていたのですが……どうして天子さんと……」

「とにかく止めるぞ。天子を止めればこの場は収まる。お前らはこの場にいろ、俺が止める」

 橙矢が足を強化して地を蹴った。

「仙人だか何だか知らないけど吹っ飛ばしてあげるわ!」

 緋想の剣を下から振り上げて、橙矢が刀を抜いてそれを受け止めた。

「…………天子、やめろ」

「し、東雲……………」

「物部の言う通りだ。もう椛を襲う理由もない」

「な、何よ………貴方を追い出したのはそいつら白狼天狗なのでしょう!?貴方も憎いんじゃないの!?」

「憎い?誰が」

「あんた……記憶までどうかしちゃったみたいね」

「あぁそうかもな。けど椛に害する輩は俺がすべて斬り伏せる。それだけだ」

「…………!」

 天子を押し返すと刀をしまう。

「だがお前は話が分かる奴だ。……言いたいことは分かるよな?これ以上無駄に血を流すな。こんなくだらないこと他にはない」

「東雲ェ……!」

 橙矢を睨み付けて緋想の剣を構える。

「…………そう、それがお前の答えか。なら容赦しない」

 刀に手を添えて握り締めた。

「………こい、一手で終わらせてやる」

「ふざけるなァ!」

 天子が駆け出して緋想の剣を突き出す。

「………それでお前の気が晴れるならな」

 

 

 

 

 

 

 刀から手を離して緋想の剣をその身に受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橙矢さん!」

「橙矢!」

「東雲橙矢!?」

「……ぁ……ぁ………しの……のめ………」

「……天子、気持ちは分かるが落ち着いてくれ」

 緋想の剣を掴んでその手とは逆の方の手を伸ばして天子の頬に当てた。

「分かってるはずだ………お前も妹紅と同じで……混乱してるだけだ」

 緋想の剣を抜くと投げ捨てる。

「ごめんな天子。……俺のせいでこんな手を汚させて………」

「東雲…………」

「……誰も失いたくないんだ。椛も幽香も、勿論お前もだ天子」

「………何よ……それ」

 橙矢の装束を掴むと胸に頭を押し当てた。

「勝手なことばっか言って……馬鹿じゃないの……あんたも私も………」

「馬鹿には馬鹿なりの止め方がある。まぁそういうことだ」

「あんたが謝る必要なんてないのに……いつも自分一人で抱えて……ほんと…………お人好しもいいところよ………」

「はて、俺はそんなお人好しなことをした覚えはないんでね。別人だろ」

「東雲橙矢!お主大事ないか!?」

 駆け寄ってくる布都を手で制すると空いた穴を能力で塞いだ。

「物部……何ともないさ。ちゃんと急所は避けてるからな」

「いやそうだとしてもだな……」

「なんだ、えらく心配してくれるんだな」

「ん?…まぁなんだ………お主がいない間かなり退屈であったからな」

「それはお前自身がか?それともあの太子様様か?」

「どちらでもある。いや、どちらかと言えば我の方であるな」

「だったら尚更だ。俺とお前はそこまで深い仲じゃないだろ」

「あぁそうだ。だが我はお主に一目置いておる」

「それは光栄だな」

「太子が気にするほどだ。悪い意味でな。気にしない方がおかしいであろう?」

「……それもそうだな。何がともあれ一番のわがままっ子を押さえたんだ。このまま命蓮寺に行く」

「けど橙矢。………あの船幽霊はこの子より異常よ」

「何言ってる幽香。なによりの異常である俺に比べたら可愛いもんさ。それにとっとと誤解を解いて元の関係に戻したいしさ。ずっとうやむやなんて嫌だろ?」

 天子を放すと椛を一瞥した。

「椛、行くぞ。俺とお前でな」

「橙矢?私達はいいのかしら?」

「あぁ、幽香は天子のお守り。物部は適当にやっててくれ。すぐに片を付けるさ」

 手をひらひらさせて歩いていく橙矢の背に幽香は声をかけた。

「…………………待ちなさい、橙矢」

「……んだよ幽香」

「私が言うのもあれだけど………チワワちゃんのこと、護り通しなさい」

「なに当たり前なこと言ってんだ。俺の命に代えてでも護る」

「ならいいわ。それと村紗水蜜を救ってあげなさい。出来るのは貴方だけよ」

「俺は救ってやるヒーローキャラじゃないんだがな」

「いいから、分かったわね」

「…………答える必要なんてないだろ」

 一切振り返ることすらせずに太陽の丘から椛を連れて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつかの日

 夜遅く、里のある道で一人の男が歩いていた。

「まったく……ひでぇこと頼みやがる。里の外にゴミ捨てさせに行くなんて……」

 里のなかとはいえ夜に出歩く者はいない。夜は妖怪の時間。用がない限り出歩くことはまずない。

「にしても最近物騒になってきたよなぁ……」

 独り言をぼやきながら足を早めようとするが逆に止めてしまった。

「………ん?」

 微かにだが他の人が見えた気がする。それは別に変なことではないのだが、その人の着ていた服装に見覚えがないものだった。

「……白い………服?それに………麦わら帽子……?」

 しかし焦点を合わせようとすると闇の中へと消えていった。

「………何だったんだあれ。……まぁいいか」

 疲れで変な物が見えたものなんだろうと思って踵を返した。

「――――――――」

 しかし目の前に白い壁が現れていた。いや、壁ではなくもっと柔らかい素材の………。

「な………」

 見上げると―――――そこで男の記憶がぷつり、と切れた。

 そこに残されていたものは、何もなかった。

 

 

 

 



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第六十四話 ゾンビゲームは体術を使うに限る

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ぁ……ぁ………!」

 星輦船の中でゾンビのように地を這いずりながら少女は外へ出ようともがく。

「村紗………!」

 その村紗に立ち塞がるように入道使いが構えていた。

「なん……で………ぃつも………じゃ……ぁ……ばかり…………!」

「落ち着きな村紗!」

「ゎたし……は……………殺す…………橙矢を……追放……した……ぁの白狼天狗を……!」

 手に錨を顕現させると掴んだ。

「ぁ……ぁ………ああぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫を上げると振り上げて投げ飛ばす。それが天井にぶち当たると落ちてくる。

「雲山!」

 一輪の真上に雲が出てきてそれが人の形となす。

「私が村紗を押さえるからアンカーは任せたわ!」

 村紗に駆けるとすぐに組伏せた。

「これで何回目よ……!いい加減あの白狼天狗のことは諦めな!」

「一輪…………貴女……いや、お前まで邪魔をするのかッ!」

 ゴキッと嫌な音がしてから一輪が放された。

「村紗…………貴女まさか………」

「――――――――」

 立ち上がった村紗の姿に一輪が目を見開く。その姿はまだ村紗が地下に封印されていた時の薄汚い姿に戻っていた。

「……………すべて、沈めて……やる………」

「チッ、雲山!押さえなさい!」

 輪を掴んだ手を突き出すとそれに応じるように雲山が村紗に向かっていく。

「―――――消えろ」

 その姿が錨によって撃ち抜かれた。

「………これは本気でいかないと逆にやられそうだね」

「とう……や…………」

「この期に及んでまだ………東雲さんの名を呼ぶのか………」

「橙矢…………橙矢……橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢とうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやァァァァァァァァァアアアアアア!!」

 村紗が頭を抱えて悶えると妖気を放ち出す。

「…………!」

 足に力を入れて後ろに飛ぶと弾幕を放つ。

「あんなの村紗なんかじゃない…!」

「…………一輪?何言ってるの?…………私は私だよ。………そんなことも分からなくなっちゃったの?……………そんなの、一輪なんかじゃない!!」

 村紗の周りの空間から錨が出てくると一気に一輪に向かって発射される。

「やば………!」

 雲山を呼び出して防ぐが勢いは止められなかったのか壁が吹き飛んで星輦船から飛び出た。

「カ……ァ………」

 浮遊する余裕もなく落ちていく身体。迫る地、免れぬ直撃。覚悟して目を強く瞑った。

「雲居さん――――――!」

 しかしその前に誰かに受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比較的落ち着いてるじゃないか。ここは」

 命蓮寺の寺をくぐると山彦がとてとてと駆けてきた。

「こんにちは椛さん!何かご用ですか?」

「えぇまぁ………それより、聖さんはいますか?」

「はい、呼んで来ますのでちょっと待っててください!」

 走り去っていく山彦を見送りながら辺りを見渡す。

「…………」

「橙矢さん?」

「なぁ椛、静かすぎないか?……確かにここは落ち着いているところだ。けど物音ひとつ聞こえないのはおかしい。………村紗や雲居さん、ましてや封獣ぬえが俺がいるのに絡んでこないのが……違和感でな」

「聖さんに聞けばいいでしょう。何も心配することはありません」

「…………だといいんだがな」

 と、そこで先程の山彦が尼を連れて戻ってきた。

「……ん、聖さん」

「東雲さん、それに犬走さんこんにちは。お久し振りですね。お二人とも……この一ヶ月間とてもお辛かったでしょう。特に犬走さん、貴女にはうちの村紗が度々………」

「………聖さん。そんな過ぎたこといくら言ったって無駄です。とりあえず、村紗が何処にいるか、分かりますよね?案内してください」

「…………船の中で安静にさせてます」

「………………させている、だと?じゃあ無理矢理………?」

「……………えぇ」

 橙矢から気まずそうに視線を外すと橙矢が詰め寄った。

「なんでだ。……あいつがそこまで追い詰められていたのか………?」

「異常、という他ない。あんなに人を恨む村紗は地底に封印されていた時以来です」

「………まずは俺から会わせてくれませんか。文字通り、俺だけです」

「あ、あの橙矢さん。私は」

「来るな。俺がいいと言うまではな」

「…………東雲さん。今の村紗は私でも止められない」

「いやけど聖さん、貴女の能力で押さえ付けることは」

「物理的には、押さえ付けることは出来ます。けどその心を救うことは出来ない」

「………………」

「私からお願いします東雲さん、あの子を、村紗を助けてあげてください」

「何言ってんですか。当たり前なこと言わないでください。俺は誰も見捨てたりなんかしません」

「………そうですか。なら村紗は貴方に任せます」

 と、言った時だった。突然寺から轟音と共に何かが宙に舞う。

「……………まさか」

 宙に舞っていたのは一輪だった。

「雲居さん!」

 舌打ちすると足を強化させて一輪目掛けて跳んだ。

「―――――よしッ」

 一輪を受け止めると着地した。

「……………これを村紗が?」

「……しの……のめさん………」

「大丈夫ですか、雲居さん。………とりあえず話は後です。俺が奴を止める」

「橙矢!」

 この空気に合わないほど明るい声が響いてその主が橙矢の前に現れた。

「…………村紗」

「橙矢!やっと帰ってきたんだね!」

「………………」

「橙矢?どうしたの?」

「…………村紗、ひとつ聞かせろ」

「何?橙矢の質問ならなんでも答えるよ!」

「ならちょうどいい。……一ヶ月前、俺がここを去る前のことだ。その時に椛が誰かにやられたみたいでな。………お前なんだろ村紗」

「うん、私だよ」

 躊躇いなく村紗が言うと次の瞬間橙矢が村紗の首を掴んで倒す。

「……答えろ……なんでそんな馬鹿な真似をしたッ!」

「橙矢さん!」

「テメェは黙ってろ椛!今はコイツと話してるんだ!」

 しかし村紗は苦しむどころか恍惚な表情を浮かべて橙矢を撫でる。

「ふふ、橙矢。そこまでして私と二人きりがいいの?」

「ほざけ、いいから答えろ……!」

「せっかちだなぁ橙矢は、いいよ、答えてあげる。橙矢はあの白狼天狗といたって幸せにはなれない。けど橙矢はあの女が枷で自由になれない。……だから私が救ってあげるんだよ!橙矢を!」

「お前……!そんな糞みたいな理由で椛を!」

「橙矢?何言ってるの?………そんな事橙矢は言わないでしょ?」

「ふざ、けるなッ!」

 腕を強化すると身体を捻り、回転するとその勢いで村紗を命蓮寺を囲う壁に投げ付け、叩き付けた。

「………村紗、話は聞いていたがここまで腐ったやつだとは思わなかった。儚い希望を持った俺が馬鹿だった」

 刀の柄を砕けるほど強く握り締めて鞘から抜いた。

「お前は俺が出会ってきた奴の中で一番の屑だ。お前ほど腐りきった奴はいない。………覚悟は出来てんだろうな」

「橙矢さん!」

 椛は橙矢の前に立って腕を掴んで止めた。

「やめてください橙矢さん!相手は村紗さんですよ!?」

「どけ、俺が対峙してるのは村紗なんかじゃねぇ。ただのゴミ以下の存在だ」

「そんな………」

「……………………許せ」

 椛をどかせると一歩一歩村紗に近付いていく。対峙する村紗は両手を広げて待ち構えた。

「いいよ橙矢。橙矢のすべて、受け止めてあげるから」

「ほぉ?それはいいことを聞いた。………なら、今このある怒り、受け止めてもらおうか」

 殺気を放ち、目を凝らしてその中央に村紗を映すと目を見開く。

「―――――――死ね」

 足の筋肉を強化して一気に接近すると刀を突き出した。

「待ちな、退治屋」

 しかしそれは三又の槍によって止められていた。

「蛮行はここまでだ東雲橙矢。村紗を消させはしない」

「テメェ…………!」

 三又の槍を持つ妖怪、ぬえは弾くと柄で腹を突き上げた。

「チッ!」

 それを足の裏で受け止めるとそのまま後ろに跳んで距離を置いた。

「……………鵺、邪魔をするな」

「それは無理な話だ。村紗を失うわけにはいかないんでね」

「なら話が早い。お前もまとめて殺ってやる」

 三又の槍を蹴りあげるとその勢いで腹を蹴り飛ばし、村紗に激突させた。

「ガ……!?」

「何匹来ようが関係ないんだよ妖怪共。そんな不利な状況どれだけくぐってきたと思ってる」

「ク………!」

「甘かったな、鵺」

 刀を振り上げて腕を強化させて振り抜く。すると直線上から斬撃が二人目掛けて飛んでいく。

「冗談ッ!?」

 地を蹴って避けると弾幕を放つ。

「テメェらみたいな妖怪共の遊びなんかに付き合ってられるかよ!!」

 一振りでかき消した。

「……う、嘘…………」

「まだ夢を見てるのか?いい加減覚まさせてやるよ」

 目の前まで迫ると刀を振り抜いて裂く、前に橙矢の横から聖が割り込むと回転しながら橙矢を上空に蹴りあげてぬえを押さえ込んだ。

「ひ、聖………」

「………誰も傷付けさせません。双方、落ち着きなさい」

「聖……!どうして私の邪魔をするの!?せっかく橙矢と私の時間だったのに!」

「…………………村紗」

「聖さん………なんの真似だ……!」

 着地した橙矢が駆け出して聖に迫る。

「東雲さん、落ち着いてください。村紗を救えるのは貴方だけなのですよ!」

 受け流しながら襟元を掴むと回転して壁に叩き付けた。

「……………!」

「………お引き取り願います」

 頭から血を流しながら聖を睨み付ける。だがその前に村紗が立ち塞がった。

「むら―――――」

「橙矢さん!!」

「ッ!」

 椛の声に反応すると横に跳ぶと橙矢がいた場所に弾幕が撃ち込まれた。

「くそ………!村紗!?」

「あーあ、惜しかった。……もう少しで橙矢と一緒になれたのにね」

「村紗ァ………!テメェ中々どうして糞野郎になりやがって!」

「橙矢!そんな天狗捨てて私と一生一緒にいようよ!私はあの女みたいに捨てたりしないから!!」

「何勝手なこと言ってやがる……」

「橙矢さん!逃げてください!」

「村紗、貴女も落ち着きなさい!」

「橙矢!私と一緒に!」

「断るに決まってんだろ!!」

 振り抜かれる錨を避けて滑り込みながら足を蹴り、体勢を崩したところで村紗を振り切り、距離を離した。

「……………橙矢?…橙矢?なんで、なんで逃げるの?私はこんなに橙矢を想ってるのに。どうして私を避けるの?」

「……誰であろうと椛を傷付けた奴は許さない。それだけだ」

「だから!なんで自分を追放した奴の肩なんか持つの!?」

「………お前、まだ分からないのか?たかが一度追放された程度で俺は引き下がらないさ」

「ぅ……ァァァァああああああああああ!!」

 村紗が急に狂ったように吠えて錨を振り回し始めた。

「……!村紗やめろ!」

 迫る錨を刀で受け止めるがあまりの強さに吹っ飛ばされた。

「この野郎……!」

「橙矢さん!もう駄目です!退きましょう!」

 橙矢のそばに椛が駆け寄ってきて手を引く。

「橙矢を、返せェェェェ!!」

「ッ!椛どけッ!」

 椛を突き飛ばした瞬間橙矢の身体に横から強すぎる衝撃が走り、ピンポン球みたく地を跳ねて転がる。

「カ……ァ……!」

「橙矢さん!」

「平気だ………!」

「橙矢、橙矢橙矢橙矢ぁ!」

 追撃とばかりに橙矢に迫り、絡み付いた。

「村紗!?」

「橙矢……ようやく観念してくれた?」

「はな……せよッ!」

 力任せに振りほどくと腕を掴んで組伏せる。

「大概にしろよ村紗……!それ以上やると折るぞ……!」

「…………嬉しいな、橙矢に傷つけられるなんて」

「――――――!?」

 背筋が凍り、思考が停止した。その時を狙ったかのように椛が横から橙矢を村紗から引き剥がした。

「逃げますよ橙矢さん!」

「ッ!逃がすか!」

  ぬえが立ち塞がるがすぐ椛によって吹っ飛ばされた。

「まさかあそこまで狂ってるなんて……!」

「橙矢ァ!!」

「待ちな村紗!」

 どす黒い妖気を放ちながら迫る村紗を後ろから一輪が羽交い締めにし、押さえ込む。

「今のうちに逃げてください!」

「雲居さん……」

「ただひとつ約束しなさい!村紗を必ずすく――――」

 言い終える前に村紗の逆に押さえ込まれて地に転がった。

「行きます……!橙矢さん!」

「おい待て!雲居さんが……!」

「つべこべ言わないでください!今は無理です!船長さんの意識が雲居さんに向いてる今しかないんです!」

 白狼に成ると橙矢を乗せて駆け出す。その速度は聖の目でも追えないほどだった。

「一輪……!」

「村紗!いい加減落ち着きなさい!」

「橙矢が……橙矢が………!」

「この………目を覚ませ!」

 腕を振りかぶると殴りつけた。

「…………」

 一輪を睨み付けて首を掴むと締め付ける。

「村紗………!」

「今の私は一輪じゃ止められないよ。………絶対に」

「ならば、私が止めましょう。東雲さんが戻る前にね」

 聖が腕を振りかぶり、拳を握り締める。それだけで何をしようとするか、想像がついた。

「姐さん!?さすがにそれは………!」

「一輪、村紗の保護を頼みます」

 懐に潜り込むと魔法で肉体を強化させ、殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山に戻ると椛がようやく橙矢を放した。

「なんだよ椛!どうして戻ったんだ!」

「橙矢さん貴方!何故船長さんを殺そうとしたんですか!」

 椛が橙矢の胸ぐらを掴み上げて目の前で叫ぶ。その勢いに負けて橙矢にしては珍しくたじろいだ。

「そ、それは………」

「本来の目的を忘れたとは言わせませんよ!私達の目的は村紗さんを正気に戻すこと……!唯一彼女を止められる貴方があんな真似してどうするんですか!」

「………!」

「………もう、貴方一人の問題ではないのですから。………だからその怒りは胸に沈めてください」

「…………………悪い椛」

「お願いですから、この手を血で染めず解決してください」

 椛が橙矢の手を掴むと両手で包み込む。

「……ですが覚えておいてください。貴方が血に濡らす事態になっても……私は貴方の味方ですから」

「………………椛」

「貴方のような人、私くらいしか面倒を見られる者はいませんから」

「皮肉どうも。一気に頭が冷めた」

「遠回しに頭を冷ませ、と言ってるんですよ」

「ハッ……………」

 鼻で笑うと頭を撫でた。

「わふぅ………」

「お前にはいつも助けられてるな。……礼は……今更だな」

「橙矢さん………」

「これからも迷惑をかけると思うが………よろしくな」

「はいッ」

 椛が微笑んで橙矢の胸に顔をうずめた。

「ずっと……ずっと一緒ですから」

 

 

 

 

 

 



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第六十五話 立場が急に変化するのには大概理由がある

今回は少し短いです




 

 

 椛と橙矢が去った後、村紗は聖に拘束され、再び船の一室に閉じ込められていた。

「…………………橙矢」

 膝を抱え込みながら少年の名前を呼ぶ。

「なんで………逃げたの……?私はこんなに橙矢のこと想ってるのに………」

 ギリッ、と歯が擦れて脳裏に憎い白狼天狗の顔が映る。

「あの白狼がいなければ………!」

 立ち上がり、壁を殴り付ける。

「出せ!ここから!私は……こんなところで寝ている暇はないんだ!」

 叫びながら何度も何度も壁を殴り続ける。それでも皹が入るだけで壊れるまではいかない。

「橙矢に会わせろ!橙矢は………私がいないと……!」

 殴り付ける拳から血が吹き出るがそれでもやめずに叩き付ける。

「助けてよ………!助けてよ橙矢!私は橙矢がいないと………もう駄目なのに………」

 可視化するほど妖気を放って錨を虚空から取り出すと振り抜いた。

 さすがの壁も吹き飛んで村紗を外に出した。

「ハ……ハハ……橙矢………今行くから………」

「今の音は!?」

 音を聞き付けて来たのかナズーリンと一輪が来て村紗を発見した。

「村紗!?馬鹿な……あの部屋は聖とご主人が張った結界があるというのに!?」

「一輪、ナズーリン。………橙矢は……何処……?」

「……さぁ、知らないね。ただ、知ってても教えるつもりはないよ。今の君を見てるとね」

「村紗………!」

 ナズーリンがダウンジングロッドを、一輪が構えると雲山が出てくる。それを視界に入れると錨を取り出して投げ付けた。

「ッ!」

 雲山が錨を止めてその影からナズーリンが飛び出して弾幕を放ち、一輪が一気に接近する。

「もう一度眠ってもらうよ!」

 弾幕を避けることに意識を取られていた村紗の腹を殴り上げると村紗の身体が天井にぶち当たり、落ちた。

「カハ………!?」

「悪いね村紗。私にも譲れないものもあるんだよ」

「分かったならさっさと落ちな。これ以上手間をかけさせるわけにはいかないんでね」

「ふざ……けるな………」

 よろめきながら足を立て、顔を上げるとカードを突き付ける。

「転覆……〈撃沈ア――――」

「抵抗もやめな」

 ナズーリンのダウンジングロッドがもろに腹に入り、吹っ飛んだ。

「ガ………ァ………」

「いい加減にしてくれ村紗。別に橙矢を諦めろだなんて一言も言ってない。ただ趣向を変えてみろと言いたいんだ」

「ふざけるな!私と橙矢を離させておいてよくそんなことが言えるな!………もう、誰も信頼しない」

 するとナズーリンが心底呆れたようにため息をついた。

「馬鹿が。なら本気で潰しにかかった方がよさそうだ、一輪」

「……………村紗、貴女を正気に戻すため、ここで止める」

 一輪とナズーリンが駆け出して――――しかしその前に何者かに吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

「…………………」

 唖然としている村紗の目の前にひとつの人影が。

「あ…………貴方は…………」

 その人影は屈むと村紗に向けて手を伸ばした。

 無意識に村紗はその手を掴んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮寺から逃れてから数日後

 

 

『おい、聞いたか……また例の命蓮寺んとこの船長が暴れたらしいぞ……』

「ここでもくだらねぇ噂が流れてるな」

 天狗の里で椛と歩いているとそんな言葉が聞こえて足を止めるがすぐに歩を進める。

「橙矢さん………」

「分かってる。すぐに止めに行くさ。あいつを止められるのは俺だけらしいからな」

「そうですね。貴方だけです」

「……………にしてもどうあいつを説得するか。そこが問題なんだよな」

「彼女は酷く貴方を自身に縛り付けようとしている。最悪一生あのままの彼女のものとなります」

「…………………今のあいつに限っては嫌だな。正直今のあいつは嫌いだ。そんなやつのものになってたまるか」

「……くれぐれもそれは村紗さんの前では言わないでください」

「あぁ、もしそうなったら本当にあいつは自我を失う。……………そういうのは見たくない」

「慎重に行きましょう。……それに彼女のことです。もはや手段を選ぶ余裕などないでしょう。常日頃から警戒しててくだい」

「言われなくても。………奴がお前を襲ったと自白したときから警戒してるさ」

「橙矢さん………」

「心配するな。俺は誰のものにもなる気はない」

 一切椛のことを見ずに歩き続ける。その横顔を椛が覗き込む。

「………ん?どうかしたか椛」

「いえ………橙矢さんがなんか……こう言うのは失礼かもしれないですけど………村紗さんのこと、半分諦めてません?」

「……………………何を証拠に」

「あれから貴方の様子を見てましたが……何も考えてる様子もなくただ途方に暮れる日々。そんな時間があるなら何故早く村紗さんを助けに行かないのです?」

「……………………」

「橙矢さん。どうなんですか」

「…………今のあいつをどうこうできるほど俺は有能じゃなくてな」

「だから放っておくと?」

「そうは言ってない」

「橙矢さん、さすがに彼女を助ける気がないのなら貴方の肩は持てません」

「…………………………」

「橙矢さん」

「……………勝手にしろ」

 橙矢が踵を返して足早に去っていく。

「あ、ちょっ…………」

 椛が掴もうとすると急に強化させて駆け出した。

「………………橙矢さん」

「―――あややや、これはこれは椛。珍しいですね一人でこんなころにいるなんて。いつも彼がいたはずじゃ?」

「…………文さん、橙矢さんなら知りませんよ」

「そうなのですか?……喧嘩とか?」

「貴女には関係のないことです。それでは、私はやることがありますので」

 文から視線を外して橙矢とは反対方向へ歩いていこうとする。が、文に手を取られた。

「まぁ待ってくださいな椛。どうせ行く宛なんかないのでしょう?だったら少し付き合ってください」

「………………あ?」

 急な誘いに椛は不快感を隠すことなく文に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢は妖怪の山を後にし、人里へと下りていた。

「………」

 特に来た意味はないのだが、とりあえず村紗の様子を慧音に報告でもと寺子屋に向かっていた。

「椛の野郎好き勝手言いやがって………」

 先ほどは多少の事実が含まれていたため言い返せなかったがある程度のねつ造もあった。それに対し軽い憤りを感じていた。その熱を冷ますために下りてきた、といっても過言ではない。

「まったく………いや、俺も俺か……」

 頭を押さえながら寺子屋の前まで来ると人だかりが出来ていた。

「…………なんだ」

 少し離れて見ているとその中心にはやはり慧音がいて何やら困惑した様子でなにかを説明していた。

「………何かあったのか」

「失踪したんだよ」

 いつの間にか、隣に妹紅が立っていた。

「妹紅、いつの間に」

「今来たとこさ」

「……それよりなんだ?失踪?」

「あぁ、つい数日前からだ。若い男が一人二人と消えていくんだ。夜のうちにな」

「若い男だけが?」

「そうだ、夜な夜な友人に呼ばれて外に出ていったきり、帰ってこないそうだ。しかもそのその男を呼ぶ声はその前日に消えた者の声なんだと」

「それはまた…………。粗方声真似の上手い妖怪に取って喰われてんだろ」

「神隠し、という噂も出てるがな。天狗の」

「は?天狗が神隠しだと?」

「大抵こういうのは天狗の神隠しってのが定番でね。なんか仲間の天狗から聞いてないか?」

「聞いてるわけないだろ。悪いが力にはなれない。今はこっちもこっちで手がいっぱいなんだ」

「そっか………………」

「まあなんだ、暇だったら手伝ってやるから」

「頼むよ」

「金さえ出してくれればその分ちゃんと仕事するぞ?」

「……………皮肉はやめてくれ」

「悪かったよ。次からは気を付ける」

「それで、何の妖怪か分かったのか?」

「あ?」

「黒幕だよ。この事件についての」

「若い衆の失踪のことか?」

「それ以外に何がある」

「あのなぁ………お前の口から聞いただけで分かったら今頃潰しに行ってるだろうが。まったく見当もつかない」

「うーん、橙矢でも無理か……」

「そういうのは霊夢に頼みな。俺は異変解決のスペシャリストじゃない」

「けどお前はいくつもの異変を解決してきただろ?」

「………解決したのは俺じゃない。俺は偶然その場に居合わせただけだ」

「偶然にしては出来すぎているな」

「あーもういいから、とにかく今回は俺達天狗の仕業じゃない。それだけは覚えておいてくれ」

「はいはい分かった。……にしてもあれだな、なんで若い男ばかり狙うんだろうな。まるでそういうシステムにされてるかのように」

「ハッ、そんなの何処ぞの欲求不満の雌妖怪が取って喰って……………。ん?……女?声真似、失踪、さらには若い男………………………ッ」

 ふと、橙矢の脳裏にひとつの妖怪が浮かび上がる。

「………橙矢?」

「…………………」

 妹紅が橙矢の顔を覗き込むと驚愕した。橙矢の顔から汗が滝のように流れていたのだから。

「橙矢!どうしたんだよ!」

「ッ………あ、あぁ悪い………」

「その様子……何か知っているようだけど……」

「………何でもない」

「お、おい………」

「…………知らない。これ以上聞くな」

 妹紅を視線で黙らせる。

「それと先生にこのことを伝えておいてくれ。村紗は貴女の言う通りだったって」

「………やっぱりか」

「それに奴の力もかなり増していた。けど妹紅含め手を出させるなってな」

「……私も?」

「あぁ、お前もだ。汚れ役は一人だけで充分」

「橙矢、まさかお前あいつを………」

「………そういうことだ。じゃ、先生に伝えてくれよ」

「待てよ橙矢……!」

 去ろうとする橙矢の背後から焔を纏った拳で殴り付けるが掌で受け止められた。

「なんだ妹紅。俺が何か変なこと言ったか?」

「変なこと、だと!?お前頭沸いたのか!何が村紗水蜜を殺すだ……!」

「殺すだなんて俺は言った覚えないんだが」

「ふざけるな!」

 振り上げられる足を避けると残った足を払い、転ばせると顔の真横に刀を突き刺した。

「里中で暴れるな。お前のためにならない」

「橙矢ァ……!」

「ったく、お前の相手をしてる暇なんてないんだよ」

「お前の相手は村紗水蜜だけだと?行かせるか!」

「物分かりが悪い奴め……!」

 胸ぐらを掴むと持ち上げて腹を蹴り上げる。身体が浮いたところで家屋に投げ付けた。

「…………寝てろ」

 崩れ落ちる家屋を一瞥してその場から去った。一拍置いて異変に気付いたのか慧音にたむろっていた人々が駆け寄ってくる。

「…………あいつは俺が止める」

 気配を遮断した橙矢に誰一人気付くことなく、橙矢は里から消えた。

 

 

 

 



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第六十六話 勘違いによる諍いは今さらのこと

 

 

 命蓮寺に続く道、そこを橙矢はひたすらに駆けていた。

「……………」

 木々の間を飛び回りながら自身の出来る最高速で向かう。

 しかし視界の端に導師が着るような白い服が目に入り、足を止めた。

「……やはり来たか東雲。待っておったぞ」

 橙矢の前に現れたのは物部布都だった。意外な人物に橙矢は僅かに目を開いた。

「物部、どうした、命蓮寺になにか用でも?」

「それはお主の方であろうが。…………して、連れはどうした?」

「何を勘違いしてるかしらんが俺とあいつは四六時中一緒にいると思ったら大間違いだ」

「だが村紗水蜜をとめるためにはあやつの力も必要だとは思わんか?」

「何言ってやがる。俺一人でこと足りる。邪魔はさせない」

「東雲、我はお主と一度やりあったことがある。故にお主の強さも知っているはずだ………だが残念なことに今のお主一人ではあの化け物にはどう考えても太刀打ちできない」

「…………なんだと?」

「あれは村紗水蜜でありすでに村紗水蜜ではない」

「つまりなにかがあいつに憑いてる、ということか」

「我の推測が正しければな。それにそうだとすれば村紗水蜜自身の身も危ない」

「……………どういうことだそりゃ」

「村紗水蜜は舟幽霊だ。それに同じ系統のものが憑依したら?…………憑いてるものが強いものほど村紗水蜜の意識は乗っ取られる」

 それを聞くと橙矢に鈍器で殴られたような衝撃が走った。

「村紗が乗っ取られる………?」

「あくまでもしの話だ。脳の片隅にでもおいておけ」

「分かった。……………なぁ物部」

「ん?どうした東雲」

「これじゃさっきお前が言っていたことを裏返すことになるんだが…………まだあいつは憑かれてないと思うんだが」

「ほぅ?それは何故じゃ?」

「だってあいつが憑かれていたのなら普通あいつから感じ取れる妖気から村紗とは別の妖気があるはずだ。まぁ確かにあったはあったんだがそれは妬み妖怪のものだった。つまりもうあいつはすでに取り憑かれてる。……いや、表現が悪かったな。取り込んでいる。あいつの妖怪としてのスペックは高くない。なら一匹はまだしも二匹の妖気で一杯いっぱいなはず。だとしたらこれ以上憑かれるなら他の奴に精神を乗っ取られる以前にあいつの身体がもたない」

「なんと!?あやつめ、すでに橋姫を取り込んでいたのか………」

「橋姫は嫉妬心を糧にする妖怪。その力に加え今の村紗は椛に対して嫉妬混じりの憎しみが凄まじい。これ以上になく能力がいかんなく発揮される」

「だとしたらその力で器を広げることも…………?」

「いや、それはできないはずだ」

 妖怪に限らず神や人間でも持てる器としてこの世に顕現したときから決まっている。それ以上に増えることはないし減ることもない。つまりは限界がすでに定められている。

 容量を超えてしまうと言わずもがなその身体が耐え切れなくなり、崩壊する。

「それにどうやら里でも異変が起きてるらしい。村紗とはまったく縁のないものでな」

「里でだと?どういうものだ」

「若い男が失踪だとよ」

「妖怪の発情期はそんな早かったかのぅ?」

「は?何言ってんだお前」

「お主動物関連の妖怪なのに知らんのか?よく言うじゃろ?動物には発情期があると」

「あ………あー、忘れてたわ。けど今の時期狼は違った気がするが」

「なに、冗談だ。あまり気にするな」

「気にするもなにも興味ないんだが」

 気を取り直すように布都が咳払いした。

「すまぬ、話が逸れたな。確かにその異変と村紗水蜜の件は別そうだの。里のことは我が日を改めて巫女に話しておく」

「そうしてくれ。俺の手間が省ける」

「それで、今から行くのか?あやつの所に」

「何のためにここまで来たと思ってる」

「そうかそうか。なら待っていた甲斐があったというもの」

 布都の表情が緩くなって橙矢のそばに駆け寄る。

「ならば我もお供しよう」

「は?」

「村紗水蜜には我も多少なりとも危機感を感じていた。それに奴の行動はもはや無視できるものではない。無抵抗の犬走椛にさえ手を出し、さらに殺害しかけた。そんな奴をみすみす見過ごしてはおけん」

 物部にしては珍しくまともなことを言ったな、と感心している橙矢に布都が訝しげな視線を送る。

「東雲橙矢、お主なにか失礼なこと考えてないか?」

「まさか、俺に限ってそれはないだろ」

「そうじゃの。悪かったな珍しくまともなことを言って」

「……………………」

 やっぱり分かってるじゃないかとため息をついて急に肩を掴むと近くの木に押し当てた。

「し、東雲!?」

「静かにしてろ。お前に話しておくことがある」

「だ、誰にも言えないこと……なのか?」

「あぁ、お前にしか話せないことだ」

「我にしか言えないこと………」

 すると布都の顔が朱に染まる。

「ま、待て東雲!確かにそれだと我にしか言えないことだが場所を考えろ!」

「は?ここだからだろ。他の奴に聞かれたら混乱を招く」

「だ、だがお主には犬走椛という者がな………」

「………?何言ってんだ。今ここに椛はいないだろ」

「お主……女たらしか!」

「なぁんでそうなるんだよ。いいから耳貸せ」

「もう少し待ってくれ東雲!心の準備が……」

「うるさい、準備なら来る前にしてろ」

「うぅ………太子………」

 何故か観念したように強く目を閉じた。

(何してんだこいつ……)

 気にしてもしょうがないので用件だけをいうことにした。

「――――里の異変についてだ」

「…………………………………は?」

 すっとぼけたような声が出てその後に閉じていた目が開かれる。

「………何を期待してたか知らんが、期待外れでなによりだ」

「~~~~~~!!」

 呆れながらに言う橙矢を見て今さら気が付いたのか羞恥でさらに真っ赤に染まった。

「それで何なのだ!里については!」

「………何怒ってるんだよ。まぁいいや、あくまで現時点での推測だ。本気で聞くなよ。俺が言いたいのは殺人鬼のことだ」

「………うむ」

「まずはひとつ、被害者が若い男であること。次いでその被害者が友人であるはずの声に誘われて夜に外へ出てしまうこと。………以上だ。物部、これから推測される妖怪は?」

「東雲、遊んでいる暇はない。何者なのだそやつは」

「焦るな。じゃあヒントだ。外の世界でとある村に地蔵で封印されている妖怪は?」

「…………お主、まさか………」

「察しの通り。そこに大柄な女、さらに白いワンピース姿と来たら…………。間違いない。それは八尺様だ」

 外の世界の妖怪ではメジャー級のメジャー。未だに解決されない妖怪であり、古代から伝わる神格化した妖怪。

「八尺……様…………?」

「魅入られた男は数日以内に取り込まれて死ぬらしい。伝承では文字通り背丈が八尺ほどあって白いワンピース姿らしい」

「らしいって………姿を見た奴はおらんのか?」

「話聞いてたか?見た奴、つまり魅入られた奴は全員例外なく殺される」

「女は殺されないのではないのか?」

「恐らく見られないようにしてるか、元から見えないのか」

「だとしたらお主、かなり危険ではないのか?」

「だからって家で震えてるわけにはいかんだろ」

「だがもし魅入られたりしたら……………あうっ」

 最後まで言い終える前に橙矢が布都の額を指で弾いた。

「そんときはそんときだ。それにお前は自分の心配してろ。自分の身くらい自分で守る」

「東雲………」

「それにまだ八尺様だと決まったわけじゃあない。八尺様はまだ外の世界にいるはずだからな」

「しかし東雲が様をつけるなんて、余程のおなごなのだな」

「恐れられるあまり神格化した妖怪だぞ?俺なんか抵抗する前に殺される」

「お主でもか…………」

「そんなこと置いておいてだ。今は村紗に集中する」

「分かってお―――――」

 

 

「行かせるか!」

 

 

「………妹紅」

 背後から振り下ろされる拳に気が付いていたが避けることなく直撃した。

「――――ッ!」

「東雲!!」

 橙矢が吹っ飛んで転がる。それに布都が駆け寄って立ち上がらせた。

「東雲!無事か!?……藤原妹紅、何故お主が………」

「ったく、ほんとしつこいな……」

「橙矢ァ……!お前をあいつのところに行かせるわけにはいかないんだよ……!」

「………うざいったらありゃしないな。……もう邪魔されるのはうんざりだ。ここで決めておくか」

「なんで物部布都、お前は橙矢の肩を持つ……!そいつは村紗水蜜を殺そうとしているんだぞ!」

「人聞きの悪いこと言うなお前は。………頭にくる」

 布都から離れて刀を抜くと妹紅に一歩二歩と近付く。しかしそれを布都が手で制した。

「………物部?」

「お主あやつになんて言ったのだ?お主はよく言葉を間違えるからの。どうせあやつの勘違いなのだろうが。………行け、あやつは我が相手をしておく。時間が勿体無いであろう?」

「いや、まぁ確かにそうだが……」

「ならば行け。我も終えたらすぐに向かう」

「……頼んだぞ」

 後味悪そうにしていたが布都に背を向けると命蓮寺に向けて駆け出した。

「待て!」

 妹紅が追いかけようとするがその前に焔で生成された龍が妹紅の前に現れて視界を封じる。

 それを召喚したのは他でもない目の前にいる尸解仙。

【挿絵表示】

 

「チッ!邪魔するのかお前は……!」

「村紗水蜜を救うためだ」

「お前なんかの相手してられるか!」

「ならば我を倒していけばよかろう。勝負は早い方がお主にとっても我にとってもいい」

「尸解仙ごときが………!」

 妹紅の身体から炎が発生して不死鳥を型どる。

 不死鳥が吼えると相対するように龍も吼える。

「上々だ。互いの獣もやる気に満ちておる」

「調子に乗るなよ……!」

「調子に乗る?誰がだ。我はこの状況をありのまま言っただけであろう」

 何の前触れもなく妹紅が弾幕を放つ。

 それをすべて龍が防いだ。

「……………まったく、東雲の奴め。なんと言えばこんなに怒らせることが出来るのだ……?」

「橙矢は確かに村紗水蜜を殺そうとしている!けどあいつはそんなこと言わない!あいつは何かに取り憑かれてんだよ!」

 徐々に龍のアギトが開かれて口内から膨大な熱エネルギーが沸き起こる。

「そう言うお主も何かに取り憑かれておるようだぞ。普段の温厚な性格はどうした?」

「嘗めるな!」

「―――放て」

 次の瞬間集束した熱エネルギーが妹紅目掛けて放たれた。

「ッ!不滅〈フェニックスの尾〉!!」

 対抗しようとスペルを発動するが不死鳥を顕現させて、弾幕を放とうとしたところに先程の熱エネルギーが直撃して無効化された。

「クソ………!」

「どうした藤原の。手加減ならいらぬぞ」

「嘗めやがって……!」

「ならば早めに終わらせようかの」

 飛び上がり、足裏を妹紅へと向ける。そして布都の背後に龍が現れた。

「お前……一体………」

「外の世界の業だ。しかと受け取れい!」

 龍から先程とは違い、核のない炎が吐き出されてそれが布都を後押しする。

「ッ!」

「大人しくしていろ!」

「フェニックス再誕!!」

 妹紅自身が不死鳥を模して布都へと突進していく。

「まだ抗うか……!」

「私は……橙矢を止める!!」

「良かろう!ならば我はあやつを止めようとする貴様を止める!」

 遂に二人の距離がなくなり、轟音を立てて激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 門をくぐって命蓮寺に入るといつも通り辺りを見渡す。

「………………」

 とりあえず何もないと、息を吐いて肩を下ろす。

「…………………………いないのか」

 前は船のなかに閉じ込められていたそうだが、先日の件でより深いところに閉じ込められているかもしれない。

「――――東雲さん!」

 突然声のした方を向くと一輪が何か焦った様子で寺から出ていた。

「雲居さん。………村紗は?」

「東雲さん………!」

 急に一輪が飛び出してきて橙矢の胸元にすがり付いてきた。

「………………雲居さん?」

「東雲さん………………お願いです。あの子を……村紗を受け入れてあげてください………」

「………急にどうしたんですか?つい数日前まではあんなに………」

「あの子は……もう……限界なんです」

「……………」

「村紗には………貴方が必要です……。貴方はあの子がしてた初恋の相手なんです」

「……だからって俺にどうしろと」

「……あの子の想いを受け入れてあげてください」

「無理ですね」

 即答で、一輪の耳に聞こえるようにハッキリと言う。しかしそれでも一輪は橙矢を放さなかった。

「もちろんタダでとは言いません!」

「……やめてください雲居さん」

 引き剥がそうとするが背に手を回して放れないようにされた。

「……私のことを………好きにして構いませんから。だから!……だから村紗を…………」

 そう言う一輪の手は微かに震えていた。それは断られることの恐怖からなのか、それとも村紗のことを受け入れてからの先程言った通り、何をされるか、の恐怖からなのか。どちらにせよ恐怖で震えていることは確かだった。

「………………」

「東雲さん…………あの子は………見た目通り人間の頃幼くして水難事故に巻き込まれて………亡くなった。………だからあの子は恋沙汰も……知らないんです………」

「だ、か、ら、あいつを受け入れろ、ということですか?」

「あの子には幸せになってほしいんです!……お願いします東雲さん………」

「………もっと、自分を大切にしてください」

「けど!」

「言いたいことは分かります。ですがその条件でも俺はあいつを受け入れることはない」

「………そんな………じゃあ村紗を……見捨てる……のですか?」

「……………はぁ」

 鬱陶しげに髪の毛をかきあげると一輪の肩を掴んで放した。

「いいですか雲居さん。俺はそれこそ貴女の提案には断りましたがなにも村紗を助けない、なんて一言も言ってませんよ」

「……………え?」

「……村紗は何処にいますか」

「あ、む、村紗は………………ッ!」

 困惑しながらも答えようとする一輪の表情が一気に固まった。

「…………雲居さん?」

「――――――一輪………何してるの?」

「ヒ………ッ」

 一輪の顔が先程よりも恐怖に染まり、橙矢にしがみつく。それを横目にゆっくりと振り向いた。

 そこには橙矢が知っている村紗の姿はなく、薄汚れた衣服を身に纏い、妖気を放つ一匹の妖怪が映っていた。

「…………誰だお前」

「……………橙矢……」

 名前を呟いてから橙矢に向けて手を伸ばす。しかし距離が開いているため何の意味もない。

「………橙矢、すぐにそいつから………離れて」

「……………………無理だと言ったら?」

「橙矢はそんなこと言わない」

「…………もう一度聞く、お前は誰だ?」

「………橙矢?何言ってるの?分からないの?」

「俺の知る限りでは村紗水蜜というやつはそんなに馬鹿な奴ではなかったはずだ」

「?…………けど橙矢……その女……何なの?」

「ちょっと待て、何の話してるんだよ。話が噛み合わないぞ」

「東雲さん………」

「橙矢を幸せに出来るのは私だけなんだから。ほら、私と一生一緒にいようよ」

「…………あいにくだが俺は誰といても幸せになれる気がしないんでね」

「そんなことないよ、私が幸せにするんだから」

「……………」

「……む、村紗………」

「あぁ、誰かと思ったら一輪。…………なに、一輪も橙矢を狙って?」

「何馬鹿なこと言ってる村紗。こいつはお前を助けようと………」

「………助け?……誰が?」

「お前に決まってるだろ。……お前は橋姫の力を取り込んで頭がおかしくなっているだけだ。今ならまだ間に合う。今すぐその力を捨てろ。………じゃないとお前は戻れなくなる」

「………必要ないよ助けなんか」

「必要なんだよなそれが。お前、今自分の状態分かってるのか?」

 震えている一輪の肩を持つと引き寄せた。

「この人は自分の身を差し出してでもお前を救おうとした。………お前を想っているんだ。そんな奴を裏切るのか」

「…………橙矢から離れろ」

 村紗が俯きながら何か呟いたが橙矢の耳には届かなかった。

「あ、あの……東雲……さん………」

「………雲居さん、俺の側から離れないでください。次は貴女を狙ってきますよ」

「橙矢から、離れろ」

 目の前に錨を振り上げた村紗が出てきた。

「―――――雲居さん!」

 錨から護るように腕の中に一輪を包むと橙矢の脇腹に錨の先端が突き刺さる。

「…………ッ!」

「……し、東雲……さん………?」

「な………なぁに、無事……ですよ………」

 口の端を吊り上げただけの笑みを作ると錨が抜かれた。

「………ァ……!」

「橙矢!どいてよ!!」

「断るに……決まってるだろ……!」

 一輪に攻撃が届かないように抱き締めながら振り下ろされる錨を受け続ける。

「駄目です東雲さん!!このままでは貴方が………」

「大丈夫……ですよ……。貴女は……村紗の帰るところを…………」

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!どいてよ橙矢!!」

「悪い…………あいにくしぶとくてな…………」

 受ける部分をあらかじめ強化させておくがすべての威力は抑えきれなかったのか徐々に意識が遠のいていく。それを口の肉を嚙み千切って覚醒させる。

(なんて威力だよ……!こんなのいくら俺でも……!)

 足を強化させると、同時に背に錨が突き刺さる。が、それでも地を蹴り、距離を取った。

「くっそ、燃費悪いぞこれ………」

 何とか打開案を探ろうと思わず刀に手が伸びていた。しかしすぐにその手を止めた。

(………あいつ相手に……無理だ……)

「橙矢、は私を悲しませたり、しない!」

 村紗が急に橙矢の胸ぐらを掴み上げた。

「消えろ!偽者の橙矢!」

 殴り付けて吹き飛ばす。

「ッ!」

「橙矢は……!橙矢は…ッ!」

「…………現実逃避なんて……らしくないな村紗。顔を上げろ。現実を見ろ」

「黙れ!」

 殴り付けられてさらに転がり、立ち上がるところで蹴り上げられる。

「………!」

「橙矢、今すぐ元に戻してあげるから!」

「やめなさい村紗!!」

 村紗の後ろから一輪が出てくるが即座に反応した村紗が反転して蹴りを入れる。前に間に橙矢が割って入って受け止めた。

「し………東雲さん……」

「何してるんですか……!貴女がやる必要なんてない!」

「橙矢…………どけ!!」

 村紗が首を掴むと締め上げて腹に膝を入れる。えずいた隙に背中から地に叩き付け、命蓮寺に向けて投げ付けた。

「東雲さん!」

「………ほんと、邪魔」

 一枚のカードを取り出すと橙矢目掛けて錨が放たれる。それを転がりながら避けた。

「お前……!今当てる気だっただろ!」

「まだまだ行くよ!」

 続けて錨が撃ち込まれて橙矢に迫る。再び避けようとするがすでに間に合わない距離にあった。

「くそ…………」

「――――――そこまでだ」

 一陣の白い線が橙矢の前を通り、何かに包まれるような感じがして次に甲高い音を立てて錨が弾かれた。

 

 

 

 

 

 

 



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第六十七話 一度は闇落ちしてみるのもひとつの手

 

 橙矢が気が付いた時には白い装束に包まれていた。

「………橙矢さん」

「………椛?」

 椛が橙矢を庇うようにしながら刀を村紗に向けて牽制していた。

「………無事、ですね」

「なんでお前が……」

「私のおかげですね。東雲さん」

 強い風が吹くと上空から一匹の烏が降りてくる。

「………射命丸さん」

「いやぁ、大変でしたよ。東雲さんは椛を自身から遠ざけるためにやっていると。そしてやはり東雲さんは一人でここに来た。つーまーり、椛を危険な目に遭わせたくなかった。………まったく、面倒くさいですね貴方達は」

「…………………!」

「おっと話は終わってませんよ」

 団扇を振り上げると撃ち出されようとしていた錨を風でひしゃげさせた。

「な………!」

「椛、私が引き付けておきます。東雲さん………と雲居さんを安全な場所へ」

「分かってます」

 刀を仕舞うと橙矢と一輪を掴むと命蓮寺の裏へと連れて行った。

「やめろ……椛!」

 振りほどいて下りると椛から距離を置いた。

「……橙矢さん、貴方は怪我をしているのですよ。それに加えあの船長さん………。いくら貴方でも無理です」

「あいつは俺が助ける!だからそれまでは……!」

「許容範囲を越えてます。あれは危険すぎる」

「俺はもうあいつを裏切ったりしない!今度こそ俺があいつを助けるんだ……!!」

「………橙矢さん、貴方は優しすぎます」

 途端、椛が橙矢の腹を殴り上げた。

「カァ……!?も…もみ……じ………」

「寝ててください」

 次いで肘で背を打つと橙矢の意識を刈り取った。

「……貴方は来るべき時まで休んでいてください」

「東雲さん!」

 一輪が橙矢に駆け寄って揺するが起きる気配がなかった。

「貴女!どうして東雲さんを!」

「……分かりませんか?……橙矢さんをこのまま放置していたら間違いなく死にます」

「死――――ッ!」

「相対する者を護るのは………大変ですね橙矢さん」

 振り返ると背にかけてある盾を手に取った。

「文さん!後は私が引き受けます!」

 盾を投げ付けて村紗に直撃させるとその盾を掴んで叩き付ける。

「船長さん……決着をつけましょう」

「犬走………椛ィィィィ!!」

 眼を爛々と光らせて錨を手に迫る。振り抜かれる錨を肘と膝で挟んで受け止めるとそのままへし折る。

「甘いですね。……貴女程度、私に敵うとでも?」

「殺すッ!」

「無理ですよ」

 首を掴んで蹴りを入れ、怯んだところで駆け出して壁に叩き付け、さらに腹を殴り付けた。

 村紗を通して背後の壁に皹が入ると崩れ落ちる。それを粉々に砕いてさらに追撃をしようと村紗に手を伸ばして頭を掴むと地に落として踏みつけた。

「…………少し大人してくれませんか。………止めるのにも一苦労するのです」

「嘗めた口利くなよ……!」

「…………ふむ、話を出来ないほど堕ちてましたか。これは……橙矢さんには悪いですが痛い目を見てもらいましょう」

「誰が痛い目を見るだって!?」

 足を殴り付けて逸らすと足を振り上げて蹴りつけた。

「私は本当の橙矢を取り戻す……!今の橙矢は偽者だ!」

「……急になんですか。………だがまぁ」

 急に椛の纏う雰囲気が変わり、殺気が村紗を貫く。それは橙矢が外の世界に行ったときに椛と対峙したときと同じ雰囲気だった。

「橙矢さんには手出しはさせない。………お前なんぞに彼は任せられないからな。私は彼に認められた。………ずっと一緒にいると約束もした。……ポッと出のお前が邪魔をするな!!」

 刀を振り上げて村紗が錨を構えて止めると拳を握り締める。

「この駄け―――――」

「吹っ飛べ」

 殴り付ける前に椛が頭を横から殴り付けた。

「…………!」

 脳が揺れて一瞬判断が遅れてその時弾幕を捩じ込んだ。

「ァ……………!」

「終わらせるか」

 刀を納めると首を掴み、再び拳を握り締めた。

「お前はもう………堕ちた妖怪だ。助けが来るまでもう一度地下にでも封印されたらどうだ?」

「黙れ……!お前には……言われたくない……!」

「話す価値なしか」

 腕を振りかぶり、そこから拳が振り抜かれる。それを村紗の目には酷くスローモーションに見えた。

 すると村紗の奥底から何かが競り上がってくる感じがする。それが何かすぐに見当がついて、何処か心地よいものに包容された気分になる。

(そっか、貴方も……許せないんだよねあの犬が。……だったら……そんな奴を許容する世界、全部壊れてしまえばいいのに。………世界には、私と、橙矢、そして貴方だけいればいい)

 自身の妖気がとどまるところを知らずに上昇し、異変に気が付いたのか椛が村紗を手放す。

「…………何だ……それ………」

「……さぁ、全部、壊しちゃおうか」

 恍惚の表情を浮かべる村紗の背後に、大柄の女性が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……!ハァ……!大人しくせい……!」

 妹紅の両腕を押さえながら布都が叫ぶ。先程互いが衝突し合い、その時互いに大幅に削られた。飛ぶ気力もなくした二人は地を這いずりながら弾幕を放ち、つい先程布都が接近戦に持ち込んで妹紅を押し倒すことに成功した。

「物部……!」

「いい加減にしろ藤原妹紅!!あやつが、東雲がそう簡単に命を奪ってたまるか!どれだけあやつが優しいか、それはお主らが一番分かっておろう!!」

「橙矢が………。で、でもあいつは……」

「まだ信じられんのか!確かにあやつの口の利き方には目に余るところもある!だがそれはすべて他の者のことを考えてのことだ!あやつが何も考えてないわけなかろう!!」

「お前に…………あいつの何が分かるんだよ!」

「今までの東雲の行動を見てみろ!あやつが今まで自分を大切にしてくれた者を殺したことがあるか!?なんで我が気付けてお主が気付けない!もっと周りを見ろ!!」

「知った口をを……………!」

「この阿呆が……」

 呆れながら龍を顕現させた。

「一度、死んでもらおうかの」

 妹紅を蹴って後退すると龍の口が開かれた。

「先程はお主のことを思って加減したが………今度はそうはいかん。殺す気でいく」

「くそ……!」

 核のある炎球を放つ。寸前に先から感じた妖気に止めざるをえなかった。

「………なんだ、今のは」

「まさか……村紗水蜜……!?」

「東雲……!何をしておるか!」

「まッゥ………!」

 龍を霧散させると妹紅を放って駆け出す。すぐ妹紅も追おうとするが先程の痛手が響いたのかその場に踞った。

「待ちやがれ……!」

 手を伸ばすが当然届きもしない。先程まで近くにいた布都の背中が徐々に遠ざかる。

「く……っそ…………」

 薄れゆく意識の中でもがくが抗うことは出来ずその場に伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然出てきた大柄の女性に椛と文は目を疑っていた。

「…………嘘……な、なんなのよそれ………村紗!!」

 一輪が悲痛の声を上げるが村紗はより恍惚の表情を深くする。

「一輪………紹介するよ、彼女は八尺様。……伝説級の妖怪だ!」

 村紗の背後に立つ八尺様がおもむろに両手をあげて、椛が駆け出した。

「椛!いけません下がりなさい!」

「伝説級だろうが知ったことか……!早いとこ潰す!」

「犬ごときが、調子に乗るなよ!!」

『ポッ………ポッ………ポッ………』

 村紗が叫び、それに呼応するように八尺様が謳うように声を上げた。

 錨と刀が激突して弾き合い、火花を散らす。八尺様が手を伸ばして椛の首を掴んだ。

「………!」

 刀で斬りつけようと試みるが斬ったはずなのに空を切った。

「え………?」

「アハハハハハハ!!甘いってぇの!!」

 唖然とする椛の横から殴りつける。

「八尺様は神格化した妖怪!ただの白狼天狗のお前が敵うはずがない!」

「お前……!そんな奴に乗っ取られてでも橙矢さんを取るつもりか!?」

「当たり前!橙矢を幸せにするなら……この身体、くれてやる………!」

「馬鹿が……!お前は橙矢さんが大切に思っている者の一人なんだ!そんなことしたら……橙矢さんが哀しむだろッ!」

「説教する気か偽善者!……もういい、殺してやる」

 村紗がさらに殴りつけようとし、それを受け止めて拘束を解くと蹴り飛ばした。転がりながら立ち上がって刀を構える。

「頼むからやめろ……!私はお前のためを思って言ってるんだぞ!!」

「誰が私のためを思ってだ……!」

「神格化した妖怪に取り憑かれてなんともないわけないだろ!代償は過大だ!今すぐそいつを手放せ!」

「愚弄する気かお前……!八尺様は私の願いを叶えてくれるため私に憑いた!そして私は受け入れた!」

「何を言っても無駄なようだな。なら、力尽くでもッ!」

 地が砕けるほどの勢いで駆け出して一瞬で懐に潜り込んだ。

「………!」

 拳を胸に打ち付けるとそこから捻り込む。追撃に顔面向けて足を振り抜く、がその前に避けられる。

「鬱陶しい!」

 避けた体勢のまま村紗が錨を顕現させ、大きく振りかぶる。さらにそこに妖気が込められた。

 明らかに殺しにきた一撃、だから敢えて

「真っ正面から、叩くッ!」

 対抗するように天叢雲剣を掴んで振りかぶる。

「椛!やめなさい!それ以上は……!」

 文が叫ぶが今の椛には聞こえるはずない。互いに妖気が双方の得物に集中していく。

「まだ足りない……!八尺様、力を………!」

 村紗が妖気を込めながら言うと背後に立つ八尺様が心配そうに村紗を見下ろす。まるで我が子を見守る母のように。

「私のことは心配ない!!いいから!」

『………………』

 次の瞬間村紗を中心にどす黒い妖気が村紗を包み、それと同時に村紗に激痛が走る。それでも構えを解かずに椛を見据えた。

 その空気に耐えきれなかったのか空間が悲鳴を上げるように揺らぎ始める。それでも止めることはなかった。

 急いで文は一輪の元へと翔ぶ。

「一輪さん!白蓮さんはどちらに!?」

「い、今は里に……」

「チッ!タイミングが悪い……!このままだと……」

「………俺が行けばいい話だろ」

 ふと背後から声がして影が疾走する。

 それと同時に互いの得物が振り抜かれた。

「―――アアアアアアアァァァァァァァァ!!」

 ひとつの影が割り込んで椛を突き飛ばすと村紗の一撃を受け止める。

「……ッ橙矢さん!」

「勝手なことすんじゃねぇよ馬鹿共……!」

 しかし完全には受け止めきることが出来ず膝が崩れ落ちる。

「ッ………!重い……!」

 腕を強化したまま押し返して、そこでようやく拮抗した。

「なにしてんだ椛…………!村紗を傷つけたら本末転倒だろうが!村紗、お前も大概にしろよ!」

「橙矢………。もうやめてよ………私は橙矢を傷つけたくない!」

「なら早々にそいつを除かせるこった!」

「駄目だよ……この力がないと……橙矢に害虫がまとわりつく!」

「テメェ………!」

 片手を放すと錨を掴んだ。

 指を強化させて握ると錨に皹が入りはじめる。

「俺の周りに害虫なんざいない!村紗………本当にどうしたんだよ!お前はそんな奴じゃなかっただろ!それともあれか!?俺を大切なものをぶち壊す気か!?」

「違う……違う違う違う!私は………私はただ橙矢を幸せにしようと……」

「そんな力でか!?これは借り物の力の他ならない!やるならお前自身の力でやりやがれ!」

「―――――うるさいッ!!」

 押し込む力がより増し、橙矢の足元の地がひび割れ始めた。次いで錨を掴んでいた手も限界にきたのか血が吹き出る。

「ッ!」

 思わず手を引いて、当然村紗の一振りは片手で押さえきれるものでない。弾かれて身体が伸びきった。

「しま…………」

 すると村紗の手が伸びて橙矢の装束を掴んで引き寄せた。

「え―――――」

「……橙矢、大好き」

 橙矢が反応するよりも早く唇を重ねた。と同時に膨大な妖気が流れ込んで橙矢の意識を飲み込まんとする。

「―――――橙矢さんッ!」

「………ッ!」

 椛の声に目を開くと村紗を突き飛ばした。

「ッたた……乱暴だね橙矢」

「お前……何しやが………ァ!?」

 急に橙矢が胸元を押さえて膝が崩れる。村紗を睨み付けるが目の前の化物は微笑んだだけだった。

「何って……橙矢が元に戻るための薬だよ」

「ふざけやがって……!」

 眩んでくる視界の中で刀を手にして振り回すがすべて空振りに終わる。

「やめろ……!俺は……ァ……!」

 遂には倒れ込んで悶えはじめた。

 そんな橙矢の前に村紗が腰を下ろす。

「橙矢、苦しいよね。けど大丈夫だよ。私がそばにいるから。苦しいときも、辛いときも、ずっと……」

 言葉を投げ掛けながら橙矢に手を伸ばす。しかしその手は橙矢に届く前に素早く退いて退却した。

 一拍置いて村紗がいたところに龍が突撃し、蜷局を巻くと村紗を追撃に向かった。

「東雲!何をしておる!それに……なんだその妖気は!?」

 村紗を横目に布都が橙矢に駆け寄る。抱き起こすがすぐ布都を突き飛ばす。

「しの……のめ……?」

「俺に近付くな物部!」

「だがお主を放っておいたら……」

「死ねッ!」

 錨を振り抜いて龍が霧散された。そしてそのまま布都に駆け出してくる。

「クッ……やるしかないのか……!」

「橙矢から離れろォォォ!!」

 村紗が振りかぶり、そこに妖気が込められる。それを視界に入れるなり、

「どけ物部ェェェ!!」

 僅かに残る理性を振り絞って布都の腕を掴むと村紗に背を向けるように抱き締めた。

「ゥ!…………」

 直撃する寸前に背を強化させるがそれでも防ぎきれずに橙矢の背に深く突き刺さる。

「………し、東雲………?」

「ものの……べ………無事……だよな………」

 その言葉を言い終えると布都にもたれかかる。

「……お、おい東雲、何を………東雲……?……はよどかんか………」

 錨が抜かれて橙矢の身体がずれて倒れ込んだ。

「…………東雲………。……東雲!?」

 背中から滲み出る血が白狼天狗の装束を真っ赤に染めていく。

 ようやく現状を理解した布都が我に帰ると橙矢を抱き起こした。

「東雲!東雲橙矢!何故……何故我を庇った!」

「…………………」

「しっかりせんか……お主にはやることがあるであろう!」

「そこまでだよ。橙矢をこっちに渡してもらうよ」

 村紗が手を伸ばすと橙矢の身体が液体化して地に消えていく。

「ッ!東雲!待たんか!東雲!」

「橙矢さん!」

 椛も駆け出して橙矢を掴もうとするが椛が触れた先からも液体化が始まる。

「ァ……ァア……………!」

 顔を上げて村紗を睨み付けると刀を手に皹が入るほどの威力で村紗に突撃した。

「村紗ァァァァァァァァアアアアアアアア!!」

 胸ぐらを掴み上げて足を払うと地に叩き付ける。次いで刀を構えると村紗目掛けて振り下ろした。

「暴れないでよ」

 冷静に腹を蹴り飛ばして悠然と立ち上がる。椛は宙で体勢を整えて目眩ましと弾幕を放ち、その中を突っ込んでいく。

「橙矢さんを!返せ!」

 刀と錨が振り抜いて互いに弾き合う。

 椛と村紗の距離が僅かに離れた時に横から龍が尾で村紗を吹き飛ばした。

「ッ!」

「………貴様……東雲を何処へやった……!返答次第ではただではおかん……!」

 布都も椛同様睨み付けて村紗に歩み寄る。

「………どうして怒ってるの?橙矢を幸せにするだけだよ?」

「貴様がしていることはただ東雲を苦しめているだけだ!」

「……尸解仙ごときが知った口で言うな!橙矢はいつだって不幸になってきた!どれもこれもその犬のせいなんだ!」

 錨で椛を指す。

「もうそいつには任せられない……!だから今度は私が橙矢の幸せを築く!」

「お前が橙矢さんの幸せを決めるなッ!」

 妖気を放って刀を捨てると拳を振り上げる。

「個人の幸せは他人が決めていいものじゃない!それをお前は踏みにじった。………その者への冒涜だ」

「……………何だって?……もう一度言ってみろ。…………橙矢を裏切ったくせに何をほざいている!」

 村紗も対抗するように拳を振り上げて同時に放たれた拳は互いの胸部に突き刺さり、吹っ飛んで壁にぶち当たった。

「犬走椛!」

「私は大事ない。………村紗水蜜は」

「分からん………」

 瓦礫をどかしながら村紗を見つめる。向こうも瓦礫を蹴り飛ばして立ち上がる。

「………分が悪い。今回は引かせてもらうよ。……だが犬走椛、次会ったときは………必ず殺す」

 不敵に笑むと自身の姿を八尺様ごと液体化して地に吸い込まれていった。

「待て!………くそ」

 布都が弾幕を放つが着弾する前にその姿は消えていた。

「………橙矢さん………橙矢さん……!」

 怒り任せに地を殴り付けて叫ぶ。それを痛々しく見えて布都は視線を逸らした。

「村紗水蜜!私はお前を……赦さない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると少女の顔があった。

「………村紗」

「橙矢、おはよ」

「あぁおはよう」

 微笑む村紗に手を伸ばして頭を撫でる。

「…………村紗、俺どれくらい寝てたんだ?」

「少しだけだよ。最近何か疲れてるみたいにだったけど?」

「……………何でだろうな。長い夢を見ていた気がする。…………妖怪の山にいたような」

「何言ってるの?昨日もその前も、ずっと私といたじゃん。……覚えてないの?」

「もちろん覚えているよ。俺とお前はこれまでも、これからも一緒なんだから」

「……うん、ずっと、ずっと一緒だよ、橙矢」

 

 

 

 

 

 



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第六十八話 味方の時はそこまでなのに敵に回った時だけ急に強くなる

お久しぶりです。更新が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
リアルで忙しく、これからも更新ペースが遅れるときもありますがどうかお付き合いください。




「ァァァァァァァァアアアアアアアア!!」

 絶叫と共に轟音が響いて妖怪の山が震え上がる。その音を聞きつけて水蓮は音源の元に駆け出していた。

「くっそ……何なんだよ……!」

 回転しながら白狼に成り、地に着くと同時に蹴って木々の間をすり抜けていく。

(昨日東雲君と隊長が命蓮寺に向かってかなり時間が経った。……もう嫌な予感しかしないね)

 音源が近くなると足を止める。

 どうにも先程から聞こえる絶叫が聞いたことある声だったから。

(………頼むから最悪な結果だけはやめてほしい……!)

 突如、目の前から巨大な斬撃が翔んできた。

(─────ッ!)

 紙一重で避けながら人型に戻り、背にかけてある弓矢を取って構える。

「まさか………」

 視界が開けるとそこには一帯が更地になっており、その中心で狂乱した椛が底辺の妖怪を周りに同僚の白狼天狗を殴り続けていた。

「アァ!ゥァアァアア!!」

「隊長!?何しているんだ!!」

 矢を引き絞り、椛の真横を狙って放つ。当てない、牽制程度のそれを椛が一見もせず殴り付けている手で掴んだ。

「………」

 椛の顔が跳ね上がり、視界に水蓮を入れた。

「ッ!」

 身構えるよりも早く椛が目の前に現れて拳を振り上げた。

「冗談……!」

 手の甲で拳に当てると受け流し、通り過ぎる際に背を蹴り飛ばした。

 しかし椛が無理矢理勢いを止めると体勢が不安定なまま水蓮の腹を蹴り上げた。

「………ったいなこの野郎……!」

 寸前に手で押さえて衝撃を最小限に抑えるがそれでも嘔吐感が込み上げてくる。

 転がりながら距離を取ると懐刀を取り出した。

「ァ……ァァアアア!」

「………なんだい隊長。自分の隊の者も分からないほど混乱したのか」

「ゥ………ぅや……さん……」

「…………東雲君がどうかしたのかい?………まさか」

「ッ!」

 地を蹴り、椛が水蓮を殴り飛ばす。

「…………村紗水蜜に盗られてご乱心ってところか。………あの白狼は………まぁけどひとまずは」

「橙矢さんを………返せェェェェェ!」

「君が我に返りな」

 振り下ろされる刀を最小限の動きで避けると腕を殴り付けて刀を落とし、その勢いで回し蹴りを決めた。

「…………!?」

「悪いね。けどこれ以上荒れる隊長を見たくはないから………本気で潰しに行かせてもらうよ」

 水蓮が弓を構えると矢をつがえた。

「………それでも来るかい?」

 挑発混じりの笑みを浮かべると椛が濃い弾幕を放つ。それと同時に水蓮も矢を放った。

「安心しな。殺したりはしない」

 弾幕の中をすり抜けていき、椛の肩に突き刺さる。

「…………ッ!」

 怯んでいる隙に全方向に矢をつがえて放つ。しかしそれは弧を描いて椛に迫る。

「ボクの能力を忘れたとは言わせないよ!ボクと弓の相性は良すぎる。それは隊長が誰よりも知ってるはずだ!」

 迫る矢を刀を一閃して吹き飛ばした。

「………ッ」

「橙矢さん………ッ!橙矢さんを……!」

「くそ………」

 水蓮の能力である命中率を操る程度の能力。確かにそれはパッと見はかなり強力な能力であるが、反対からしてみればこれほど分かりやすい能力はない。命中率を高くすれば高くするほど自らに命中する確率が高くなる。つまり命中させたいとき、必ず自分に向かってくる。さらに命中すると言っても必ずしも痛手を負わせられる、というわけではない。避けられることはなくとも弾かれたりしてもそれも命中した、ということになる。

「手厳しいね……!」

 弾幕を避けながら三つの矢をつがえて同時に放つ。

「これなら……!」

 放ったうちのひとつに必中をかけてあとは適度の命中率を定め、それが曲がって椛に迫り、外れた。

 そこに本命である矢が真っ直ぐ椛に向かっていく。

「ァァァァアアアアア!!」

 素早く反応した椛が刀を振り抜いて斬り裂く。しかしそれだけではとどまらず振り抜いた線上に斬撃が翔んでいく。

(この威力ならボクでも……!)

 再び懐刀を取り出して迫り来る斬撃に踏み出して僅かに身体を横に逸らすと懐刀で斬撃を切り裂いた。

 そのまま椛に駆け出す。

「オオオオォォォォォォォォォ────!!」

 弓を上空に放り、懐刀で斬りつけるが弾かれた。

「想定内………!」

 弾かれながら矢を掴んで投げつける。だがそれも真っ二つに裂かれて無効化された。

「村紗水蜜め……余計なことをしやがって……」

「オアァ!」

 腹を殴り飛ばされて地を転がる。

「いい加減にしろ!」

 振り抜かれる刀を懐刀で受け流し、腹を蹴り、それを受け止められた。

 カウンターにとくり出された蹴りを後ろに飛びながら先程放り投げた弓が落ちてきて掴むと矢をつがえて放つ。

「ッ!」

 不安定な状態で放たれたのにも関わらず真っ直ぐ椛に向かって矢が翔んでいく。

「行け……ッ!」

 椛も蹴り抜いた後で体勢を崩しており、避けられることは不可能だった。

「隊長!君はボクが……止める!」

 叫ぶと椛の顔面に矢が直撃し、何かがへし折れる音が響いた。

「……………」

 椛の足元に折れた矢がこぼれ落ちる。

 避けられないことを察するやいなや矢を歯で噛み砕いたのだ。

「簡単にはいかないか………!」

 懐刀を構えると椛に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「おい、総隊長様々」

 足元で寝転がっている白狼天狗を蹴りつけると気だるそうに起き上がった。

「………なんですか天魔様」

「こんなところで何をしている」

「何って………やることがないから寝てるんですよ」

「それは見れば分かる。……まぁよい。それよりもお主に言っておくことがある」

「大天狗様々が直々に言ってくるなんて余程のことだろうな」

「………東雲橙矢が戻ってきたらしい」

「……………なんだと?」

 総隊長の双眸が鋭くなり、天魔を睨み付けた。

「どうやら賢者が関与しているらしい。……まさか我の知らぬところでやられるなんてな」

「……どんな理由であれあいつの居場所はこの幻想郷にはない」

「それはどうかな。東雲橙矢には多くの知り合いがいる。数々の困難を共に乗り越えてきた、な。戦いの中でしかそれを見付けられなかったお主とは真逆だ」

「…………仕方ないだろ。俺はそうでないと奴等と向き合うことが出来ないんだ」

「それと悲報だ。お主が愚妹という奴が暴走している。山の一帯を更地にしてな」

「椛が?……どうしてだ」

「どうやら東雲橙矢が村紗水蜜に拉致られたようでな。それでご乱心ってわけだ」

「……………馬鹿が。余計な情を持ちやがって」

「………ひとまず犬走椛を止めろ。暴走しているとはいえまず他の白狼ではとめられまい。辛うじて今は蔓が押さえている頃だろう」

「水蓮が?何故それを早く言わない!」

「…………なんだ、お主まだ後ろめたさを感じておるのか?」

「…………いや、別にそんなことは……」

「まぁどちらにしろ早く行くがよい。これ以上ただでさえ少ない白狼を消されては困る」

「はいはい、とっととこの騒動を止めてやるさ」

 総隊長が立ち上がって少し屈んだ。

「そうそう、もし東雲橙矢の見かけたら我の前に来るよう言っておいてくれ」

「…………奴を?」

「あぁそうだ。あやつとは一度も顔を合わせたことがなかったからな。話をしてみたい」

「まだ奴が妖怪の山にいたら、の話だけどな」

「期待はしないでおく」

「分かってるじゃないですか」

 そう捨て台詞を吐くとその場から消えた。

「………………総隊長よ。お主の時はいつまで百年前の時のままなのだ。………そろそろ自分自身を許したらどうなのだ?」

 扇を仕舞うと先程総隊長が寝転がっていたところに重なるように寝転がる。

「…………総隊長、どうして蔓をあやつと重ねる。……見ているものは違うということに気が付かない?」

 今の総隊長は蔓水蓮ではなくその先にいる誰かを見ている。まぁ誰か、というのは分かっているのだが。

「過去を捨てろ、とは言わない。ただ……今のお主は…………」

 

 

 

 

 

 

 刀が地に叩きつけられて煙幕が張られてそのなかから水蓮が飛び出て転がった。

「カハ……ッ。さすがに……隊長の相手は……キツいね」

 血を拭いながらそこらに散らばっている矢の残骸を一瞥した。

「君は白狼天狗の頂点に立つ者…………。普通考えれば分かるよね。………けど今の隊長を放っておくわけにはいかないんだ!」

 振り上げられる刀を防ぐが同時に水蓮の身体も吹き飛ばされる。

「隊長………。ボクは確かに馬鹿だ、君が言うようにろくに信じることも出来ない。……あれだけボクを信じてくれた東雲君ですらね。でもこれだけは言えるよ」

 弓を掴むと矢、ではなく懐刀をつがえた。

「今の君じゃ東雲君は救えない。………ボクが東雲君を連れ戻してくる。だから寝ていろ、犬走椛ッ!」

 限界まで引き絞ると椛に向けて放った。

 矢も尽きた、策なんて元々ない。その上体力もすでに限界に来ている。それでも全力の一撃。

「隊長、君に何もかも背負わせるわけにはいかない!」

 倒れそうになる身体を無理矢理留めて徒手空拳で椛へと走り出す。

「ッ!」

 刀を縦にして懐刀を受け止めた椛だが刀が弾かれて上体が伸びた。

「……少し寝てな」

 振り抜かれた拳が鳩尾に深く入り、椛の意識を刈り取る。

「ボクの勝ちだ………!」

 さらに突き出して吹き飛ばすと何度も地を跳ねた。水蓮も限界に来ていたのかそのまま倒れた。

「ハ………ァ…………なんとか………大人しく……」

「────っと、ここか」

 倒れている水蓮の前に一匹の白狼天狗が現れた。その白狼はよく知った顔だった。

「総……隊長…………?」

「ん?………蔓、無事………じゃないな。椛は何処だ」

「隊長なら……」

 水蓮が椛の方に指差してなぞるように総隊長の視線が向いていく。視線の先にはのびている椛が。

「……とりあえず落ち着いたみたいだな。……蔓、よくやった」

「総隊長……」

「あとは俺に任せろ。……馬鹿にはよく聞かせておく」

「待って……ください…………隊長は………」

「分かってる。天魔様から聞いた。東雲橙矢関連だってことはな」

「…………………ッ」

「……そんな目で見るな。東雲橙矢が帰ってきた以上受け入れるしかない。奴をどうこうする気はない」

 倒れている椛を担ぎ上げると山の上部への方へと歩んでいく。

「あ、あの総隊長………」

「椛がいない間お前が白狼天狗をまとめていろ、お前でも出来るだろ。……それと万が一東雲橙矢が帰ってきたらその役目は奴に押し付けておけ」

「え、けど東雲君は……」

「だから万が一と言ったはずだ」

「隊長は………どうするんですか?」

「相当混乱しているみたいだしな。また暴れたりしたら余計面倒になる。なら近くに止められる俺がいた方がまだマシだろ。しばらく預かるぞ」

「は、はい…………」

 水蓮が了承したことを確認すると総隊長はその場から去っていった。

「……どうして今頃総隊長が………」

「───あっちゃー、これは予想以上にやらかしてくれたね」

「犬走椛が暴れたんだ。許容範囲内のはずだ」

「あんな可愛い娘がこんな………」

「早苗、なにか勘違いしてるようだけど博麗の巫女の方が余程だと思うけどね」

「え……………?」

 突然聞こえてきた三つの声に耳を疑いながら振り返る。

 そこには守矢神社の風祝とそこの二柱の神様がいた。

「ッ!そこの白狼天狗さん!怪我してるじゃないですか!」

「東風谷……早苗…………」

「こりゃあ酷いね。いつかの東雲橙矢ほどじゃないとはいえ妖怪にとってもかなりの重傷だ」

「では守矢神社……で大丈夫ですか諏訪子様?」

「私に聞かないでくれよ。そういうのは専門外なんだ」

「それじゃあ神奈子様」

「じゃあとはなんだ。まるで私がついでみたいじゃないか」

「いやあの、そういうのいいんで」

「………………」

「守矢神社の三神が……何のようですか」

「なに、妖怪の山で何かが暴れていると感じてね。それで来たらこんなザマさ」

「………すみません。お手数をかけたみたいで」

「気にすることじゃないさ。けど、何があったんだい?あの犬走椛があれだけ正気を失ってるところを見ると……相当なショックを受けていたみたいだけど」

「………はい、あれはすでに正気の沙汰じゃない。普段の隊長からは……想像も出来ないほど狂気に満ちていた」

「ふむ、それは東雲橙矢が関係している……な。それ以外理由がない。………私や諏訪子が知る中でこんなこと今までなかったはずなのだがな………。東雲橙矢の存在はそこまで相当なものとなっていたのか」

「………東雲君がいるときの隊長は本当に幸せそうでした。……ですがその分散り散りになったときの見返りは………」

「言わなくても分かるさ。伊達に祟り神やってるわけじゃない。そんなもの嫌というほど見てきた」

「けどどうしたら……」

「理想は東雲橙矢を連れ戻すことだ。犬走椛の様子からして東雲橙矢は恐らく誰かに拉致された、と考えてもいい」

「村紗……水蜜………!」

「だろうね。十中八九彼女で間違いない。だが分かっての通り奴は今の犬走椛以上に狂ってるはずだ」

「だとしても………東雲君はボクが取り戻してみせる……!」

「悪いけど君だけじゃ無理だよ蔓水蓮。君の技量は相当なものだ。けどそんな程度では敵わない。自殺しにいくようなものさ」

「そんな…………」

「………事態は最悪な方へ着々と進んでいる。だが今はまだ焦る時じゃない」

「けど東雲君を助けないと隊長が………」

「なに、そのうち向こうから出てくるさ。……もちろん犬走椛を始末しにね」

 諏訪子の言葉に目を見開いて気力だけで立ち上がる。

「……やめな、五体満足の君が何が出来ると?」

「…………ボクは、ボクが東雲君を追放して隊長の笑顔を奪った。だから……だからせめてその報いを、隊長の元に東雲君を連れ戻すまでは……!」

「………蔓さん…………」

「やれやれ、情というものは面倒なものだね。時には自身の身体なんぞ気にも止めない。いつかの退治屋を見ているようだよ」

「ハッ………隊長が傷ついてきた痛みに比べたらこんなもの……」

「それに君、東雲橙矢が外の世界に行ったとき一番悲しみに暮れたのは犬走椛、と言ったよね。違うね、それは君さ蔓水蓮」

「…………ッ」

「自分に正直になりな。君はいつまでも気張り過ぎだ」

「………………うるさい、どけ」

 弓を拾い上げて妖気を込めてそれを地に撃ち、煙幕をあげた。すぐさま白狼に成ると脇を駆け抜ける。

「チッ、分からず屋が………!」

「蔓さん!諏訪子様、神奈子様!追いますよね!?」

「ほっとけ。あんな様子じゃ村紗水蜜と遭遇する前に勝手に力尽きる」

「けどだからって……」

「心配なら早苗一人で行ってきな。あいにく神様は暇じゃなくてね」

「………では行ってきます。彼女を見捨てることは出来ません」

「そう、何かあったらまた戻ってきな」

「そうならないことを祈ります」

「そんな早苗にいいことを教えておこう。地上をいくら探し回ったところで村紗水蜜は見付からないよ。絶対にね」

「地上に………?それは地下にいる、ということですか?」

「地下へと通じる道は三つ。そのすべてが妖怪の山にある。そのうちのひとつに白狼天狗と村紗水蜜が入ったのが微かに見えた」

「水蜜さんが……何故地下に?天狗を近付けさせないためでしょうか?」

「あそこは奴が封印されていたところだ。ある意味故郷と言うべきところ。………そこから先は知らないよ。それと、もし蔓水蓮を地下に連れていくなら霊廟の物部布都も同行させるように」

「布都さんを?」

「恐らく彼女はすでに東雲橙矢が地下に拉致されたことを知っている。………出来ることならあの聖徳太子もどきにも救援を求めたいところだけど……」

「恐らく無関心だろうね、今回のことでは」

「あの太子様々は興味がないことにはほんと無関心だからねぇ、仕方ないといえば仕方ないが」

「それに比べて物部布都は一言で言えば乗せやすい。良くも悪くも、ね」

「………分かりました。その場合、布都さんを連れていきます」

「蔓水蓮が地下に行く場合、だから行かないときは無理して呼ばなくてもいいから」

「はい、では行ってきます」

 すでに姿が見えなくなっていた水蓮を探しに、早苗は地を蹴って空に舞った。

 

 

 

 



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第六十九話 敵の味方はいつ裏切るか楽しみで仕方ない

 水蓮は妖怪の山を去った後、真っ先に命蓮寺へと駆け込んだ。

「東雲君!東雲君はいるか!?」

「いないよ。東雲橙矢もムラサもね」

 待っていたかのように水蓮の問いに即座に答えたのは寺の縁側に座り込んでいたぬえだった。

「君は………」

「私のことなんざどうでもいいさ。正体不明だしね。そんなことより………犬走椛が来ないところを見るとやっぱり狂ったんだね」

「……………やっぱり?君、何があったか知っているのか?」

「そりゃあもちろん。ムラサが何処にいるのかも知っている」

「ッ!何処だ!」

「あのねぇ………私がはいそうですか、なんて言えるキャラだと思う?」

「なら無理矢理吐かせるまでだ」

 矢がない今、懐刀を抜いて構える。

「ふぅん、ただの木っ端天狗が大妖怪に牙を向くなんてね」

「……そんな余裕ないんでね。大妖怪だろうが退くわけにはいかないんだ、鵺さんよ」

「その意気やよし、かな。ただあいつと比べたらそんなもの、ないと同じさ」

「村紗水蜜のことか」

「あいつは自分の身を削りながらも東雲橙矢を犬走椛から取った。普通じゃ耐えきれない妖気を纏ってね」

「それじゃあ奴は……!」

「おっと、おしゃべりはここまでだ」

 ぬえが手を突き出すと三又の槍が収まる。

「まずは居場所を聞き出すことだ。残念だけど私しかあいつの居城は知らないからね。アンタは私から聞き出さないことには何も始まらないってわけさ!!」

 天に向けて槍を突き出すとそこから水蓮目掛けて弾幕が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 総隊長は自分の家に戻るなり担いでいた椛を無造作に落とした。

「………起きろ、馬鹿」

「ぅ…………」

「お前の不始末のせいで俺の時間が取られたんだ」

「ぉ……にぃさま………?」

「そうだ、不甲斐ない妹の兄だ」

「………どうしてお兄様がここに………ッ」

 起き上がろうとして、痛みですぐに踞る。

「しばらくは寝ていろ。蔓といいお前といい、さすがにやり過ぎだ」

「水蓮さんと私が……?どういうことですか……?」

「……やっぱりお前、覚えてないんだな。山で暴れたこと」

「私のこと……ですか?」

「お前以外に誰がいる。後で蔓に礼を言っておけ。あいつがお前を止めたからな」

「水蓮さんが………私を?」

「………それとお前が殺した白狼天狗。その穴もしないとな」

「殺した………?何言って………」

「お前、ほんと馬鹿だな。お前の心情くらい自分でコントロールしろ。これが何よりの証拠だ」

 急に椛の腕を掴むと掌が見えるように突き出す。その手は血で真っ赤に染まっていた。

「まだ信じられないか?………お前は罪を犯したんだよ。……禁じられている同士討ちを」

「………………」

「しばらくは拘束させてもらうぞ。………始末されなかっただけマシだと思え」

「そん…な…………。橙矢さんには…………」

「他の奴に任せる。最悪は切り捨てるだけだ」

「そんなこと………!」

 身体に鞭を打って立ち上がるが総隊長に肩を押されて倒れた。

「お前は黙って寝てろ。出る幕なんざない」

「だとしても!村紗さんを止められるのは!」

「最悪俺が出る。それで終わりだ」

「…………ッ」

「何を怯えている?村紗水蜜が殺されることか?だとしたら何故だ?お前は何度も殺されかけたんだ。嬉しくなくとも悲壮に浸ることはないはずだ」

「貴方は……!人を想う心がないのですか!」

「んなもんとっくに捨てた。百年前のあの時にな」

「そんなことはさせません……!村紗さんは必ず元に戻す!」

「ハッ、大きく出たものだな。……東雲橙矢を殺したときのようになるぞ?」

「───────」

 椛の目が開かれて身体が硬直した。それを見て総隊長はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「くだらねぇ情を持つ暇があるなら鍛練でもしてろ」

「お兄、様…………!」

「ともかく、お前は怪我を治すことを優先しろ。その頃には精神的にも快復しているはずだろ」

「…………ッ……分かり……ました……………」

「………………馬鹿な真似はするなよ。今、お前を失うわけにはいかないんだから」

「え?」

「分かったら寝てろ。お前がまた暴れたりしたら面倒だからな」

 腰を下ろして近くの壁にもたれかかると目を閉じた。

「………お前なら分かるだろ。…本当の歴史を知ってるお前なら、情を持つことがどれほどの愚の骨頂かなんて」

「…………………驚きです。貴方からその話が出るとは」

「単なる一人言だ。聞き流せ」

「……………………」

「本当の歴史を知ってるのは俺、お前、大天狗。そして白狼天狗の老人共だけだ。蔓やそれ以外の生物はみな創られた歴史を知っている」

「………今さらなんですか」

「そろそろ本当のことを教えてやれ」

「…………………何故今になって」

「あいつにはすでに知る権利がある。一応当事者だしな」

「しかし彼女は………」

「手遅れになる前に話はつけておけ。それ以降蔓がどうなろうと知らん」

「お兄様!それはいくらなんでも邪険です!」

「何故お前に決める権利がある?俺のしていることは無粋だと?」

「……………ッ」

「知ったかで口を利くな。お前はたまたまあの場に居合わせただけの第三者なんだ。関係ない奴は俺に言う通りに動けばいい。それともなんだ?お前は一生奴等の都合の良いように創られた歴史を語っていくのか?」

「……………………彼女は、水蓮さんは本当の歴史を伝えて………………自身を破壊しなければいいですけど」

「だから言ったろ。その先は知らねぇって」

「……………お兄様、いや総隊長。貴方は………何を考えているのですか?」

「俺はこの山を守ることしか考えてない。これまでも、これからもな」

「ですが貴方のしていることは………!」

「別にお前なんざに理解してもらう必要はない。が、いずれ俺の言っていたことが分かるようになる。馬鹿なお前でもな」

「……確かに私は愚かです。血を分かつ貴方の考えていることも理解できない」

「あぁそうだ。だがそれでいい。俺は誰にも期待なんざしてないからな」

 立ち上がり、戸に向かって歩くと外へ出た。

「俺は付近にいる。だが大事以外は話しかけるな。後は勝手にしろ」

「お兄様…………」

 ピシャリと戸が閉められて犬走兄妹を隔てた。

 

 

 

 

 

 

 

 地を滑りながら迫る弾幕を避けて他の者の弾幕に比べると劣る弾を放つ。

「ハッハー!アンタの実力はそんなものか!?」

「手厳しいね………。さすがに矢がないと辛い」

「加減をする気はないよ!アンタの戦意がなくなるまでね!」

「ほざけ………!」

 形なき妖気の矢を生成すると引き絞り、適当な命中率を定めると放つ。それは放たれてからすぐ八つに分かれ、婉曲を描きながらそれぞれがぬえに向かっていく。

「……!」

 三又の槍を回転させると穿たんと迫る矢を弾き飛ばす。

 弾き飛ばされたり命中せず地を抉った矢は爆散し、ぬえの視界を遮る。

「ッ小癪な!」

「それがボクのやり方だからね!付き合ってもらうよ!」

 背後を取ると懐刀を取り出して肩口に突き刺した。

「─────!」

 刺したまま足を振り上げて肩に乗せると跳んで刺さっている懐刀を抜く。

「調子に……乗るなァ!」

「君がねッ!」

 放たれる弾幕を回転しながら弾き飛ばし、回転の勢いと落下の勢いを兼ねて懐刀を振り下ろす。

 慌てて槍の柄で受け止めるが嫌な音と共にへし折れた。

 すぐさま距離を開かせんとぬえが水蓮を蹴り飛ばす。それを腕で防ぐが大きく後退させられた。

「私の槍を折るか。………さっきの言葉は訂正するよ木っ端天狗」

 折れた槍を放り捨てると新たな槍を作り出す。

「………いや、木っ端天狗じゃなくて白狼天狗、か」

 直後、ぬえを中心に妖気が渦を巻く。

「まだ本気を出してなかったのか………!?質の悪い………!」

「アンタ程度に………とは思っていたけどね。予定変更だ。全力でアンタを潰す!」

「ッせいぜい負けた時の言い訳でも考えてな!」

「それはこっちの台詞だ!」

 共に弾幕を放ち、激突する。しかしぬえの弾幕は絶えず水蓮に向かってきた。

「さすがに相殺は無理か………!」

 懐刀を器用に振り回し、弾幕をいなす。

「鬱陶しい!」

「…………………!」

 突撃してくるぬえを待っていたかのように刀を構えた。

「何………!?」

「待っていたよ」

「チィ……!」

「甘い!」

 突き出される槍を掻い潜り、懐にもぐりこむ。

「…………!」

「こっちは普段から接近戦をしいられているんだ。残念だったね!」

 刀を振り抜いてぬえを裂いた。

「くそ………!」

「逃がさないよ」

 後退するぬえに向かって妖気で擬似的な矢を五本生成して放つ。

「アンタは近接戦がお好みかぃ?なら、相手してもらおうか!」

 槍を一薙ぎ。それだけですべての矢が弾き飛ばされて消失する。寸前、

「殺れ!」

 一喝。消失しかけている矢が再び生成されてぬえに迫る。

「再構築………!?」

 慌てて防ぎながら目の前で起こっていることに驚愕した。

 本来、基本的に手放した物、または発射された物は放たれる前までは放つ本人の妖気やら魔力やらが供給されて破壊されても修復が可能だ。だがそれ以降は直接触れていないため、修復が不可能になる。生成されたものとそれを放った者の回路が直接繋がってないためだ。

 それが出来るものは数少ない。ぬえも辛うじて出来るものの膨大な集中力を消費するため、戦時では使い物にならない。

「アンタ………どうして木っ端天狗が……!」

「地獄を見て来たからさ。君とは比べ物にならないほどの規模のね」

「ふざ────けるなッ!」

「例え大妖怪の君が相手だろうと、ボクには勝たなくちゃいけないんだ!東雲君と、隊長を助ける!そのために村紗水蜜の居場所を吐け!」

「うるっさい!!」

 槍を水蓮目掛けて投擲し、残りの矢を避けると駆け出す。

「正体不明の恐ろしさ、その身を持って味わえ………!」

 槍を避けると瞬時にその槍が消失する。そして目の前には右腕を振りかぶったぬえが。

 右手に妖気が集中していき、槍を造り出す。

「消えろッ!」

 振り下ろされる穂先に向けて懐刀を振り抜く。

 刀と穂先が激突して衝撃波が辺りを呑み込んだ。

「ッゼァ!」

 拮抗するなかぬえが腰を捻って蹴り飛ばした。

「中々ッ、やるじゃないかい!」

 地を転がりながら弓を引いて放つ。

「ハッ、そんなもの!」

 打ち落とす、前に爆発してぬえの視界を隠す。

「……!今更こんなありきたりな手に出るなんてね!」

 爆発のなかを突っ切って水蓮が駆け、至近距離で弓を構える。それを予測していたぬえが槍を突き出す。

「まさか!そんな馬鹿な真似はしないさ!」

 弓から片手を放し、懐刀を掴むと槍に叩き付けるとその勢いで回転して跳び上がりぬえの背後を取ると槍を掴んで引いて仰け反らせた。

「これはさすがの君でも予測できないだろ!」

 槍を掴んだまま蹴り飛ばして、槍を振り上げる。

「堕ちな!」

 槍ごとぬえを叩き付けると首もとに懐刀を突き付けた。

「カ………ハ……!?」

「チェックメイトだ封獣ぬえ」

「………………くそ」

「君の油断負けだ。村紗水蜜の居場所を教えてもらおうか」

「………………チッ」

 懐刀を見て観念したのか槍を手放して手を上げた。

「分かったよ。約束通り教えてやるさ……………」

 ひとつ深呼吸を入れると口を開いた。

「昔ムラサが封印されていたところ。即ち地下の血の池」

「地下………?そこに東雲君が……」

「あぁそうさ。地獄街道のはずれにある血が溢れ出る池、そこがムラサに住み処になっているはず」

「………昔封印されていたところに、か。……奴は何をするつもりなんだい?」

「アンタ馬鹿か。ムラサは東雲橙矢を誰の手にも渡さないため、自分の理想としている東雲橙矢にしようとしている。他でもない自分のために。まぁ奴は本気でそれが東雲橙矢の幸福だと思ってるっぽいけど」

「しようとしている………?」

「悪く言えば改造」

「ッ!」

「本当に奴を救いたいなら犬走椛を連れていくことだね」

「………もう………誰も傷つけさせはしない」

「その為にアンタ一人で片を付けようって話かい」

「あぁそうさ。誰にも邪魔はさせない」

「ムラサには八尺様が憑いている。万が一にもアンタに勝機はない。それでも?」

「退く理由にはならないね」

「ならさっさと行きな。そして………自分の無力さを思い知ればいい」

「……立ち止まる気はない。例えどれだけの差が開いていようともね」

 白狼になると一度強くぬえの腹を押さえ付けると駆け出し、命蓮寺から飛び出して行く。

「…………ッ。戦意がない相手にその始末か。……中々酷いんじゃない、白狼天狗」

「そのわりには何処か落ち着いているじゃないか。ぬえ」

 倒れているぬえに近付く影がひとつ。その人物を見るなりぬえは目を細めた。

「なによナズーリン。私を笑いに?」

「いやなに、正体不明の誰かが手を出すな。なんて言うから傍観していただけさ」

「……………」

「解せないな。君はもう少しやれると踏んでいたんだが。私の勘違いなのかな?」

「今のムラサは私から見てもやりすぎよ。……けど止めるのは私達の仕事じゃない」

「じゃあ君の考える抑止方法は?」

「完膚なきまでに椛に倒される。これしかない」

「ならはじめからそう言えばいいのにねぇ」

「何事も、あやふやがいいのよ。大切なことは自分から見付けるものなのだから。他人から答えを聞くなんて野暮なこと、絶対するわけない」

「ハッ、実に君らしいよぬえ」

「数を揃えたところで敵うものじゃない」

「揃うべくして揃う者しか相手にならない、的な感じかい?」

「八尺様は妖怪でもあり神よ。……下手すれば里が壊滅させられる」

「私は外の世界の妖怪については詳しく知らないから何も言えないな」

「そのことについてはスキマ妖怪や東雲橙矢の方が詳しい。けど今は頼れないから……」

「なに、私達はただ信じていればいいのさ。橙矢が村紗を連れて帰ってくると」

「…………………」

 ナズーリンはぬえの傍らまで歩むと手を差し伸べた。

「とりあえず立てるかい?」

「まさかアンタに……こんなことされるなんてね」

 苦笑いしながらナズーリンの手を取り、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「────ッ!」

 地下に着地すると岩盤が砕け散り、水蓮の視界を遮る。それを蹴り飛ばすと旧都へ駆け出す。

「─────!」

 一匹の白狼は咆哮を上げながら猛然と突進していく。意識を集中的させなければ影を追うことすら出来ないほど素早く旧都を駆け、はずれに出るてしばらく走ると人型に戻る。

「…………………」

 懐から刀を取り出すと鞘から抜いた。そして目の前に広がる血の池を睨み付けた。

「出てこい……!村紗水蜜!」

 瞬間、血の池から池の血にまみれた何かが飛び出て水蓮の前に転がり落ちた。

「………………!」

「ゲホッ!………ったく、容赦……ないわね。………………ん?」

 手にしている剣を立てて立ち上がるとそこで水蓮の存在に気が付いたのか振り返る。

「………アンタ、確か東雲のところの」

「天人様。……どうして貴女がこんな地底に?」

「ふん、大方アンタと同じよ。けど───」

 即座に振り返り、剣を振るうと池から飛び出してきた物体を弾き飛ばした。

「そう簡単にはいかないわよ」

「………分かってるよ」

「どうする?このまま私がやられるのを待つか、一時だけとはいえ互いの利のために手を組むか」

「愚問ですね。後者に決まってますよ」

 水蓮の言葉に天子は口の端を吊り上げた。

「決まりね。けど気を付けなさい。池の中は既に奴の領域。いつ何処から来るか。分からない。まぁ外にいても引きずり込まれるケド」

「───あぁ、また増えた」

「やれやれ、ようやくのお出ましね」

 水蓮が懐刀を、天子が緋想の剣を構える。

「一匹、二匹………。あぁ、くどい。ウジ虫共が………!」

 辺りの血を弾き飛ばして虚空にその身体を浮かせたその者は、手に錨を顕現させた。

「白狼天狗………、白狼天狗……!橙矢を不幸にした根元が!よくも堂々と私の前に現れたものだなッ!」

 普段の彼女からはらしからぬ罵詈雑言を吐きながら錨を振り上げた。

「罪人は………死すべし!」

「それはこっちの台詞だ村紗水蜜!」

 水蓮が矢を放ち、天子が閃光を放つ。

「………行くよ!」

 村紗が誰かに言いかけるように叫ぶと矢と閃光が横から乱入した何者かに破壊された。

「─────!?」

「何が…………」

「来てくれたんだね」

「俺はお前を護る盾だ。当然のことをしたまでだ」

 血の池の対岸に着地した人物はゆっくりと水蓮と天子に振り返った。その者の顔を見ると二人は目を見開く。

「ア、アンタ………」

「なんで君が………」

 二人の視界の先には一匹の白狼天狗が。

「東雲……君…………」

 

 

 

 

 



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第七十話 いつ戻った、の答えなんて聞くだけ野暮

 

 呆然とする二人を放って村紗が橙矢に駆け寄る。

「橙矢、待ってたよ」

「なに、お前がいつまで経っても戻ってこないから来てやったんだ」

「相変わらず優しいね、橙矢は」

「当たり前だ。俺にはお前しかいないからな」

「橙矢……」

 村紗が橙矢の胸元にすり寄り、橙矢はそれを甘んじて受け入れる。

「で、そこの水蓮と天子はなんなんだ?」

「ッ!………ボク達のこと、覚えてたんだね」

「忘れるわけないだろ?………んなことどうだっていい。問題はどうしてここには必ずいないはずのお前達がいるかって話だ」

「…………確かにボクは白狼天狗の身でありながら無断でここまで来た。そして天人様も天人という立場でありながら地下に来た。……正気じゃやらないよこんな馬鹿げたこと。けど、原因は君にあるんだな、東雲君」

「へぇ、俺が?」

「君、何処で油を売ってる」

 突如、橙矢が吹っ飛んだ。

「ッ!」

 水蓮はいつの間にか弓を展開して矢を放った体勢になっていた。

「戻ってこい東雲橙矢!」

「待ちなさい白狼天狗!狙うならあの舟幽霊を狙いなさい!」

「チッ!分かってらァ!」

「キャラ変わってる……!?」

「村紗!」

 狙いを村紗に向けて放つと直撃する直前で橙矢が割って入り、弾いた。

「村紗、無事か」

「うん、橙矢が護ってくれたから平気だよ」

「ならいい。お前は下がってろ。俺が片を付ける」

「大丈夫だよ。……一緒に戦お?」

「…………いいのかお前は」

「橙矢と一緒なら、何処でだって」

「そうか、なら行こうか」

 橙矢の隣に村紗が立つとそれぞれの武器を二人に向ける。

「本気……だね、東雲君」

「参ったわね。東雲だけならまだ二人がかりで抑えられると思ったんだけど……」

「ともあれ、ボクじゃ東雲君の相手は荷が重そうだ。さっさと村紗水蜜を倒してそっちに行くよ」

「なるべく早くしなさい。……三分持つか……いや、もっと早くよ」

「厳しい注文してくる、ねッ!」

 屈むとその力を解放して村紗に迫る。

「ッ!」

 勢いに任せた蹴りを錨で受け止められるが後方に吹き飛ばした。

「村紗!」

「余所見とはいい度胸ね!」

「テメェ………!」

 振り下ろされる剣を刀で受け止め、押し返す。

「全人類の緋想天!」

「ッ!」

 後退しながら剣を構えて紅い閃光が走り、橙矢に直撃した。

「しゃらくせぇ!!」

 刀を振り上げて閃光を弾き飛ばすと天子に迫る。

「始めましょうか!私と貴方だけの戦いを!」

 振り下ろした刀を剣で受け止めるが、あまりの重さに天子の足元にある地が耐えきれずひび割れる。

「……………!」

「お前なんざと遊んでる暇ねぇよ!」

 腰を捻り、蹴り飛ばすと追撃をかけるために接近して回転しながら斬りつける。

 剣戟が響き、その衝撃で血の池の血が弾け飛ぶ。

「東雲……!アンタどうしちゃったのよ!あの舟幽霊のせいで……」

「お前こそ何を言ってる。俺と村紗は昔からずっと一緒にいた仲だ。それを今更引き裂こうなんざ!」

「噂には聞いていたけどここまで洗脳されてるなんてね……!つくづく救いようのない馬鹿が!!」

 渾身の力で振り上げると刀を弾きあげ、目の前に剣を構えて再び叫んだ。

「全人類の緋想天────!!」

「小賢しい!」

 手を翳すと紅い閃光を受け止め、握り潰した。

「う、そ………」

「万策尽きたか?天子」

「何してるんだ───!!」

 振り抜こうとした腕に妖気で生成された矢が突き刺さり、止まった。

 その隙に距離を取って構える。

「…………邪魔が入ったか」

 水蓮の方を一瞥した、時に天子が一気に接近して腹を蹴りつけた。

「馬鹿が……!そんなもの!」

 返ってくる血を腕を振り上げて天子に浴びせ、視界を防いでさらに斬撃を放って天子の左腕に直撃させた。

「………!腐っても東雲というだけあるわね!」

「消えろ!村紗に仇なす下郎は、俺が殺してやる……!」

 何度も各々の得物を弾き合いながら、天子が使えない左腕を、橙矢は鞘を突き出した。

「全人類の緋想天!」

「猪口才な………!」

 緋想天と鞘が激突して互いに吹き飛んで橙矢が血の池に落ちた。

「橙矢!」

「君の相手はボクだ!」

 橙矢のもとへ行こうとする村紗を背後から掴むと手前に引き倒し、跳び上がって刀を振り下ろす。

「っとうしぃ!」

 腕で地を押して跳ねるとそのまま水蓮の腹を繰り上げた。しかしあらかじめ予測していたのか掌で受け止められていた。

「掴まえた………!」

「ッ!」

 刀を振り上げて逃げられない村紗の足に突き刺した。

「ッアアアァァァァ!」

 苦痛に村紗が叫び声を上げると同時に水蓮目掛けて血の池から斬撃が飛び出してきた。

「チッ!東雲君か……!」

 悪態をつくと村紗を突き飛ばして斬撃をやり過ごす。

「オオオオオォォォォォォォォ!!」

 血塗れになりながらも咆哮を上げ、橙矢が水蓮を吹き飛ばして村紗の前に立つ。

「村紗!お前は下がってろ!後は俺がやる……!」

「……うん、頼んだよ」

「逃がすかッ!」

「いいや、させてもらうぞ」

 一瞬で水蓮の目の前に行くと腕を掴んで知らず知らずのうちに迫っていた天子に向けて振り抜いた。

「ガッ!?」

「今のうちだ。さっさと行け」

 すると村紗の身体が液状化して地に消えていく。

 それを確認すると橙矢が刀を鞘に収めて構えを解いた。

「…………?」

「……………東雲?」

「お前ら、何しに来た」

「何しにって………」

「まさか俺を助けに?………馬鹿かお前らは」

「………どういうことよ」

「俺は俺の意思でしていることだ。……あいつは全てを敵に回した。周りには敵だらけ。……そんな奴を放ってはおけない」

「けど村紗水蜜は!君を無理矢理……」

「だから何だ、俺があいつを護るのを止める理由にはならないッ」

 急に口調が強くなり、二人を睨み付ける。

「俺はあいつの盾だ。村紗を殺りたいならまずは俺を殺しな」

「………なら、早く貴方をやりましょうか」

 天子が緋想の剣で橙矢を指すと冷ややかな目で見下した。

「どうしてもやる気か」

「アンタが戻る気がないのならね」

「────ほざけ。お前ら程度で俺を殺ると?ずいぶんと大物になったものだな天子」

「それはこっちの台詞よ橙矢。………アンタはそこまで馬鹿じゃなかったはずよ」

「………なら見せてもらおうか。お前らが本当に俺を殺せるのか」

「アンタって奴は………!後悔しても知らないわよ!」

 一気に橙矢の懐に潜ると死角から剣を振り上げる。しかしそれを橙矢は視界にいれるよりも早く刀を立てて受け止めた。

「狙いはいいが、まだ甘いな」

 剣先を掴むと自身の首に突き付けた。

「ここを狙えよ。まっすぐな」

「………!」

「天人様!どいて!」

 水蓮の声に反応すると掌を斬りつけながら橙矢から離れる。合間なく橙矢の顔面に矢が突き刺さる。

「…………妖気は喰えねぇよ」

 噛み砕いていた。

「相変わらず滅茶苦茶な……!」

「いつも通りだろ。…………さて」

 砕けた妖気の破片を掴むとそこから矢の型を取った。

「トレース………!?」

「撃ち破れ」

 橙矢の一言と共に撃ち出された矢は水蓮に向かって飛んでいく。

「そんな紛い物で……!」

 懐刀を逆手に掴んで矢を弾き飛ばすと橙矢へと走り出した。

「そんなもので!ボクを止められるわけないだろ!」

「いい加減大人しくしなさい!」

 左右から振り抜かれる刀と緋想の剣を見ると橙矢が鞘を刀の柄にくっつけ、それぞれを受け止めた。

「…………!?」

「随分と好き勝手言ってくれるな。紛い物?ハッ、上等じゃないか。俺は今までどうやって来たと思ってる?言うなればただのできの悪い鏡だ」

「ふざけるなッ!」

 水蓮が刀を蹴り上げて橙矢の上体を仰け反らせると懐刀を両手で掴み、振り下ろす。

 身体をくの字に折り曲げ、避けると不安定な体勢のまま水蓮を蹴り飛ばした。

「…………ッ」

「力量は歴然だ。諦めろ。村紗は傷つけさせない。そもそも二人で俺に挑もうなんてこと自体が馬鹿なんだよ」

「─────では我等も混ぜてもらおうかの」

 瞬間、橙矢が強風により打ち上げられ、そこから一匹の龍に吹き飛ばされて岩石に激突した。

「………………………………………」

 煩わしげに顔を上げると物部布都と東風谷早苗が上空に漂って橙矢を見下ろしていた。

「………物部、それに……東風谷」

「これは驚いた。お主が反旗を翻すなんてな」

「驚いたのはこっちの台詞だ皿仙。……まさかここを知ってるなんざ」

「我とて単独で来たわけではない。早苗殿に急遽呼び出しがあってだな。…だがまぁ、お主が地底にいること自体は知っていた」

「何があったかは分からないけど……なにがともあれ詰みよ東雲。大人しく投降しなさい」

「………ハッ、おいおい、まさかこれだけで俺を追い詰めたと?甘すぎんだよお前ら」

 一歩踏み出すと妖気を全開にして睨み付ける。

「東雲君…………それはもしかして隊長を連れてこいと、いうことかな」

「…………………………」

「────橙矢!」

「ッ!もう戻ってきたか……!」

 血の池からひとつの影が飛び出ると橙矢の隣に着地した。

「………村紗、もういいのか」

「うん、刺されただけだったからね」

「ならいい」

「それより橙矢、もう帰ろうよ。私疲れちゃった」

「お前がそういうなら俺はそれに従うだけだ。好きにしろ」

「じゃあこんな奴等ほっといて行こう」

「………あぁ」

「ッ待て東雲!お主逃げる気か!」

「あ?…………………お前らとはくだらない時間を過ごした。それだけだ」

「ふざけるな東雲君!なら、犬走椛と過ごした時間も、くだらないと言うのか!!」

「ッ」

「…………橙矢?」

「……………椛………」

「そうだ!君を最も理解している、君を愛している白狼天狗!君もよく知っているはずだ!!」

「……もみ………じ……………」

「橙矢、早く行こう?あんな白狼天狗ほっといて」

「東雲君!よく思い出せ!そこの舟幽霊は君の記憶を変えているだけに過ぎない!いいように使われているだけなんだよ!!」

「橙矢!あんな奴の言うことなんか聞かないで!私とずっと一緒だって……言ったじゃん!」

「いいから離れろ!………無理矢理でもね」

 弓を構えると矢をつがえた。

「消えろ」

 放たれる矢。一直線に村紗に向かって翔んでいく。

「────────村紗!」

 橙矢が村紗を抱き寄せてその矢を身に付けた。

「東雲君…………」

「………言ったはずだ。村紗は傷付けさせないと」

「橙矢……傷が………」

「お前は気にするな村紗。俺はお前の剣だ。お前さえ傷つかなければ俺は折れない」

「くっそ………!」

 水蓮が二人に向けて駆け出すと手に矢を生成して投げ付けた。

 左右から迫る矢を刀一振りで破壊し、水蓮を迎撃する。

「東雲君……!君の隣にいるべきはそいつじゃない!!」

「知ったことか!いい加減ここから消えろ!でないと……本気で殺しにかかるぞ!」

「君が戻るまでボクはここを去る気はない!」

 懐刀と刀が火花を散らして激突し、鍔迫り合う。

「………!」

「馬鹿が………大人しくしていろ!」

 橙矢が力で押し飛ばそうとして、水蓮が受け流すと体勢が崩れた橙矢に下から懐刀を投げ付けて脇腹に突き刺さった。

「テメ…………!」

「オオオオォォォォォォォ!!」

 怯んだ隙に胸ぐらを掴んで引き寄せると橙矢の頬を殴り飛ばす。

「橙矢!貴様白狼天狗!!」

 橙矢に村紗が加勢しようとするがその前に天子と布都が現れる。

「ゥ!」

「アンタはここで仕留める!」

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 転がりながらも橙矢が刀を振り抜いて斬撃を村紗と二人のあいだに飛ばすと姿を眩ませる。

「邪魔してるのはどっちよ……!」

 斬撃が晴れるとそこに村紗の姿は見えなかった。

「逃げられた………」

「─────余所見すんな」

「東雲!?」

 いつの間にか天子の背後に接近していた橙矢が腕を振り上げ、振り抜いたそれを布都が受け止める。

「物部テメェ……!」

「東雲…………お主は誰にも手出しはさせん」

「何勝手なこと……!」

「全人類の──────」

「ッ!?」

 首に突き付けられるは緋想の剣。避けられない直撃。

「────緋想天!!」

 緋色の光線が膨張し、そこから閃光が放たれて橙矢を飲み込んだ。

「喝ッ!」

 一喝。それだけで吹き飛ばすと一気に距離を取った。

「……………東雲、大人しく殺られなさいっての!!」

「私の橙矢がそんな簡単に殺れるとでも?」

 いつの間にか橙矢の背後にいたのか村紗が姿を現した。

「橙矢、後は私に任せて。下がっててもいいよ」

「…………村紗」

「無理をさせたから。………もう橙矢は傷付けさせない」

「…………そうか、なら任せる」

「………………東雲君?」

 橙矢にしては珍しく素直に下がり、刀を鞘に収めた。

「うん、じゃあ始めようか。…………橙矢は誰にも渡さない」

 村紗の妖気が上昇していき、背後に影が現れる。

「こんなところで出すか……!?あの馬鹿は!」

「アンタ等が悪いのさ。橙矢を幸せに出来るのは私だけなのに、私には橙矢しかもういないのに。……その橙矢を盗ろうとするなんて、万死に値するッ!!来い………八尺さ───」

「────ようやくお出ましだな」

 村紗の背後から声がするとその場にいた者全員が目を見開いた。……ただ一人除いて。

「その首、貰い受ける」

 橙矢が刀を振り抜いて村紗と八尺様を斬り裂いた。

 

 

 

 



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第七十一話 親しき仲にも裏切りあり

FGOってアプリおもしろいね

それだけ




 

「とう………や…………?」

 橙矢の急襲により、村紗の華奢な身体はいとも簡単に地を転がり、血の池に落ちる。

「……………ったく、ようやく出しやがったか」

「東雲君…………?どうして……」

「…………まさか俺が本気で村紗の肩を持っていたと?」

「じゃあ東雲君、君は………」

「村紗を元に戻すにはまずその力を削ることだ。だがアイツからどう八尺様の力を抜けばいいか。考えるのも面倒だったからな。アイツが油断して八尺様を出すのを待っていた。それにそれを感付かれたら終わり。だから俺は村紗の側にいた。信頼を得るためにな」

「けどそれじゃあ村紗水蜜は」

「さすが八尺様の力を無くせば幾分かは楽になるだろ」

「そうだけど…………そんなことしたら村紗水蜜は………隊長の言った通り裏切ったことになる」

「………あぁそうだ。俺は村紗を裏切った。アイツの恋心を踏みにじった。………好きに言えよ。俺は最低だ」

「…………………これじゃあ隊長にどう顔向けすればいいか」

「椛にはお前が話をつけておけ。俺は村紗を戻す」

 

 

 

「橙矢ァァァァァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

「さて、まずはあの困った少女を────」

「え、あ………」

「う、嘘…………」

 橙矢が振り返り、絶句した。それは他の者も同様だった。

 斬り裂いたはずの村紗と八尺様が未だに繋がっていたままだったから。

「橙矢………どうして……?どうして私を………?」

「…………………………チッ」

「橙矢……まさか…………橙矢まで私を裏切るの?」

「…………………椛の持つ刀じゃなきゃ断ち切れないか」

「答えてよ………答えてよ橙矢!」

「あぁ裏切った。俺はお前をな」

「なんで………なんでどうして!私には橙矢しかいなくて……橙矢を幸せに出来るのは私だけなのに!そんなにあの白狼天狗のことが大事なの!?」

「当然だ。椛は誰よりも、何よりも優先すべき者だ」

「ァ………ァ……どうして………そんな……」

「狂ってる奴なんかにつられる道理はない。それだけだ」

「────────」

 橙矢の言葉に愕然とし、立ち尽くす村紗に刀を向けた。

「俺が憎いだろうな。………あぁ、分かってる。だから俺だけを狙え。他の連中なんか視界に写すな」

「──────ァ」

「………殺してみせろ……!」

「───────アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア───!!」

 村紗が絶叫を上げ、妖気が集束する。

 今までのどの時の村紗よりも酷く、濃い妖気が纏う。

「………………行くぞ」

 足の筋肉を強化させると村紗の目の前まで跳び、切り裂く。が腕で受け止められた。

「─────」

 すぐさま村紗が腕を振り上げて橙矢を殴り飛ばす。

「ッそが!」

 刀を地に突き刺して止まると斬撃を下に向けて放ち、自身共々村紗を吹き飛ばした。

「無駄なことを………!橙矢、すでに八尺様に魅いられているのに抗うか!?」

「魅いられただけじゃ死にはしないさ。取り込まれるまではな」

「なら………望み通りッ!」

 村紗の腕が伸びて橙矢の胸ぐらを掴み上げる。

「っにはさせるかよ!」

 刀を上段から振り抜くと咄嗟に村紗が片手を放し、腰を捻ると蹴り飛ばした。

 着地すると同時に地を蹴って村紗に迫り、限界まで刀を振り上げて、下から振り抜いた。

「ッ!」

 錨を地に突き刺して刀を受け止めると橙矢の上空から錨を放つ。

 錨に刀を振るいながら回転して蹴り飛ばすと錨に手をかけ、乗り越えると足を振り下ろした。

 錨から手を放すと後ろに跳び、着地するとその足で地を蹴って橙矢に接近し、蹴り飛ばして錨に叩き付けた。

「………!」

「じってしていろ橙矢!」

 さらに殴り付けて倒れそうになったところで首を掴み、錨に押し付ける。

「絶対に……許すもんか……!橙矢の偽物め……!私を乱すか!」

「…………別に、許されるつもりなんざさらさらないさ」

「ほざけ……!」

 首を掴む手に力が入り、橙矢の気道を絞めていく。

「………ッいつまで、妄想を……見るつもりだ村紗……!」

「妄想…………。違う!違う違う!橙矢は、橙矢は私のことを裏切るもんか!そんなこと絶対に認めない!だから、偽物は消えろッ!!」

「………ッ………ァ………」

「私は全てを捨てた!けど橙矢は!そんな私でも受け入れてくれた!そこで気が付いたんだ!私を肯定してくれる人は橙矢だけなんだって!橙矢以外の奴等が私を否定しても橙矢はそれを感じさせないほど肯定してくれるって!……………だから」

 そこで闇に呑まれつつある村紗から一筋の涙が流れた。

 それを見るなり、橙矢の目が見開かれた。

「だから私は…………橙矢を、橙矢だけを信じてきたのに…………。その橙矢にまで裏切られたら、否定されたら…………」

「むら……さ……………」

「だから消えろ偽者……!橙矢は絶対に!私を裏切らない!!」

 地に落とし、錨を掴むと持ち上げて振り回して錨の先に天狗の装束を引っ掛けると再び振り回すと何度も何度も地に叩き付けた。

「………………ッ」

 意識が飛びそうになるが何とか耐えて錨を蹴って装束を破りながら逃れる。

「逃げるな贋作!」

「贋作呼ばわりか………」

「────こっちへ、来い」

 村紗が何かを掴むように手を握ると自身の方に引き寄せた。と同時に橙矢が村紗に向けて引っ張られる。

「……ッ!?」

「甘いよ橙矢。常に自分の状態を把握してないと」

「……………何を」

「見えないなら見せてあげるよ」

 ジャラ、と音がすると錆びた鉄の鎖が可視化してそれが橙矢の首に絡まっていた。

「これは未だに私に繋がっている鎖。罪深き者を縛る鎖。…………橙矢、いや………お前は、勿論罪深いよね。散々妖怪を殺し、殺人もしたんだから」

「ッ村紗………!テメェ……………!」

「斬ろうとしたって無駄だよ。あの白狼天狗が持っている……天叢雲剣だっけ?それに値する聖剣じゃない限りね」

「俺を縛ろうなんざ……馬鹿でも思い付かねぇだろ………!」

「そうだよ。誰もしたことのない。橙矢の独り占め。………だからお前は消えろ」

「ハッ、散々な言われようだ、なッ!」

 踏みとどまると腕を強化して鎖を掴んで逆に引き寄せた。

「…………!」

「村紗お前………!」

 互いに引っ張り合う力は拮抗し、鎖が悲鳴を上げるように軋む。

 それは思わず傍観していた他の者達の耳にも届いていた。

「村紗水蜜………。あやつまさか東雲と同等…………だと?」

「確かに舟幽霊はそこまで強力な妖怪、とは言い切れないけど…………。けどあれクラスになるともう…………あの時の犬走椛と同等よ」

「厄介な……!ともあれ東雲君は正気を取り戻したみたいだし………。一気に片を付ける!」

 懐刀を取り出すと駆け出した。

「ッ!来るんじゃねぇ馬鹿野郎ッ!」

 橙矢が叫んで思わず水蓮の足が止まった。

「東雲……君………?」

「邪魔するな……!今こいつは俺しか見てねぇ。逆に考えればそれはお前らのことなんざ眼中にない!その内にお前らはどっか行ってろ!」

「────逃がすわけないだろ」

 再び背後に八尺様が現れて鎖を掴むと一気に橙矢を引き寄せる。

 その力は凄まじく、橙矢がいとも簡単に引き負けて身体が宙に浮く。

「しま…………」

「させるかッ!放て、全人類の緋想天………!」

 橙矢と村紗のちょうど中央に緋色の閃光が放たれて鎖を引きちぎった。

「鎖が………!?くそ…!」

 鎖を橙矢に向けて放つがそれよりも早く天子は橙矢の腕を掴むと水蓮達の方へ投げ飛ばす。

「天人!貴様ァ!!」

 村紗が怒号を上げると飛翔する鎖が速度を上げ、絡めとるはずの鎖は天子の身体を貫いた。

「ガ…………!?」

 さらに貫いた鎖から四方八方に広がり、天子を拘束する。

「天子!」

「しの、のめ………来るなァ!」

 緋想の剣を鎖に突き刺し、再び全人類の緋想天を発動させると爆散させた。

「東雲を連れて逃げなさい!こいつは私が引き受ける!」

 鎖に繋がれたまま、天子は村紗の前に立ち塞がる。

「何言って………」

「出直してきなさい!今のこの面子じゃ絶対に奴には敵わない!それはアンタが一番分かってるでしょ!それなら………退きなさい!」

「東雲君!行くよ!」

 水蓮が橙矢の手を取り、引っ張る。

「待てよ水蓮!天子を置いて行けるわけ……」

「天人だけでは心許ないか?なら、我も行こう」

 橙矢の脇を通り、布都が天子と村紗の戦闘に割り込んでいく。

「馬鹿野郎………!」

「早く妖怪の山に戻るよ!それが出来ないなら……二人を今すぐ連れ戻して君があの化け物に向かえ!……十中八九死ぬだろうけどね」

「なら………」

「だが、一生隊長を後悔させると思いなよ」

「ッ!」

「それが嫌ならボクと来い!」

「………………あぁ、分かった」

「贋作が!今ここで死ね!」

「させるかっての!」

 天子が繋がれたまま剣を無理矢理振るい、村紗の足を止めるとそこに布都が弾幕を放つ。

「…………!」

「今のうちよ東雲!」

「……………どうか、無事でな」

「ハッ、何を言うかと思えば……!アンタなしでも────」

 瞬間、さらに鎖が天子を貫いた。

 その光景を最後に踵を返して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 総隊長の家の戸が殴り付けられ、吹っ飛んだ。

「…………馬鹿が」

「…………すみませんお兄様。………私は、どんな処罰を受けようとも橙矢さんに…………会いたいんです」

「…………………………椛」

「…………これだけは譲れません。今の私がかつての貴方と同じように一人の背中を追って。貴方はそれが愚行だと言った。だが私はそうとは思いません」

「………二度も間違いは犯させはしない。お前は必ず後悔する。あの時どうしてあんな情を持ったのか」

「えぇ、いつかは後悔しましょう。……ですが橙矢さんはそれが小さく思えるほど、後悔と苦悶にまみれた生涯を送ってきたのです。それを思えば、そんなこと」

「そうか。……あぁそうか。お前はあくまでもそういうんだな」

「……………………………………………えぇ」

「結局俺とお前は相容れぬ仲か」

「決して、私は後悔しません。今橙矢さんを失うより苦痛なことはありません」

「…………何故だ?お前が奴に執着する理由がまるで分からん。なにがお前を引き寄せている?」

「決まっています。あの人が護るもののために戦う。その姿が誰よりも、何よりも私の憧れそのものだったからです」

「なら、そいつが死したときは?」

「……………私は生涯あの人以外と添い遂げる気は毛頭ありません。故に何も変わりません」

「………………」

「あの人の生き方が好きなのです。かつて貴方がそうであったように、橙矢さんも他人を自身よりも優先していた。人を護るためなら自身がどれほど傷付こうが構わない。貴方が諦めた生き方を」

「…………他人を第一に考えることなんざただの妄想だ。実際は自分が一番可愛いに決まってる」

「それでも!橙矢さんは死の淵に立とうとも見ず知らずの赤の他人を救っている!私も初めて会った時、助けられました」

「それとこれとは話は別だ。お前は天狗の掟を破った。……今他の天狗に見付かれば面倒なことになる。……………戻れ」

「お断りします」

「…………馬鹿が。なら力尽くでも────」

「仲いい兄妹の仲を裂くのは些か気が引けますが。そこまでにしなさい、総隊長」

 総隊長が椛に向けて一歩踏み出すと、強烈な風が吹き荒れて二人の間を通り過ぎていった。

「…………厄介な」

「厄介で結構。けど後輩の悲しい顔は見たくなくてね。いい加減にしなさい総隊長。これ以上はこの射命丸文が相手をしてあげる」

「ハッ!鴉天狗ごときが、大口叩くじゃないか!」

「立場はお分かりで?貴方は総隊長といえど白狼天狗。そして私は鴉天狗。立場がまるで違うのよ」

「…………………用件はなんだ。今更新聞のネタがないって訳じゃあるまい」

「当たり前。……今すぐに椛を解放して彼女の罪を消しなさい。貴方なら出来るでしょう?」

「馬鹿言え。こいつだけ特別視する気か?そういうのが一番嫌いなんだ俺は」

「実際貴方だってそうじゃない。それともなに?私と殺りますか?」

 風が吹くとそれが文の手に集束し、団扇を型どる。

「貴方の能力は………理解している。この幻想郷において最も忌み嫌われ、使い道のない能力。しかし貴方はそれを…………誰も敵うことの出来ない能力にねじ曲げてしまった。いわば呪いそのもの」

「あぁそうさ。俺のこの力は忌み嫌われ、使い手によってはクソみたいな能力だ。……だがそれがどうした。俺にそんなものは関係ない。ただ速いだけが取り柄のお前に………まさか後れを取るとでも?」

「ただ速いだけ、ねぇ。よく言ったものね。私達が感じ取る五感の中で一番情報が早いのは視覚。要はそれに感じ取られなければいい。それだけで僅かだけれど反応が遅れる。その時間さえあれば貴方なんか敵ではありませんよ」

 団扇で口元を隠すと周りに鎌鼬を放った。

「それに私の能力は風を操る程度の能力。それ即ち風の刃を作り出すことも可能。………貴方に避けられますかね」

「…………………………いや、やめておこう。同士討ちなんて馬鹿な真似は俺もしたくないからな」

 軽く両手を上げると降参のポーズを見せる。

「あら呆気ない。ま、それが賢明な判断ですよ」

 鎌鼬と団扇を霧散させると地上に降りた。

「生憎と俺は自分に利がないことはしないタイプでね。何処かの馬鹿とは違う」

「それじゃあ先ほど言ったこと。よろしくお願いしますね総隊長」

「あ?………めんどくせぇな」

「どうせすることないのでしょう?だったらちょうどいい。仕事を与えます」

「嬉しくもねぇ仕事どうも」

「それじゃあ私は椛に用があるので連れていきますね」

「は?あ、おい待て」

「それでは」

 翼を広げるとはためかせ、椛の手を掴むとそのまま彼方へと飛び去って行った。

「………………あの野郎」

 ため息をつきながら壊れた戸まで歩み寄ると直すか、と心中で呟くと修理に勤しんだ。

 

 

 

 



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第七十二話 たまには愉悦に浸りましょう

今回は場面変化が激しいのでどうか覚悟されよ





 地下から抜け出すと三人は守矢神社へと来ていた。

「…………追っては、こないようだね」

「………あぁ、一応はな」

「それよりも、大丈夫かい?君の事だから……辛いとは思うけど」

「…………なに、大丈夫さ。………戻ろう」

「橙矢さん……ここで休んでいかれては?」

 それまでずっと寡黙だった早苗が口を開くと橙矢は小さく首を横に振った。

「いいさ。これ以上迷惑をかけるわけには行かないからな。それに………椛に早く一言謝らないと」

「そうだね。君は隊長に大きな迷惑をかけた。それは紛れもない事実だ。………けどともあれ東雲君」

「あ?」

 水蓮が橙矢の前まで来ると微笑んだ。

「おかえり、東雲君」

「……………………………………」

 ひとつため息をつくと水蓮の視線を真っ直ぐ見据えた。

「あぁ、ただいま。水蓮」

「───っと、タイミングが良いみたいでなによりです」

 風が吹き荒れ、一匹の鴉が二匹の前に降り立つ。

「射命丸さん」

「どうも橙矢さん。それと蔓。貴方達はこの子に用事があるのでしょう?」

 文がその場を退くと椛が、その場にいた。

「……………椛」

「と、橙矢さん………」

「………………………………椛、少し二人で話そう」

「ッ!………はい」

「射命丸さん。水蓮をよろしくお願いします」

 橙矢が椛を連れて歩いていくのを見送ると文は水蓮に視線を向けた。

「……………蔓。行きましょう。………蔓?」

 水蓮は文の言葉に反応せず橙矢と椛の背を恨めしそうに見ていた。

「……あのー蔓?」

「……………あ、はい」

「やれやれ、貴女もですか。今ならあの二人に着いていってもとやかく言われませんよ?」

「………無理ですよ。ボクが入れる余地なんて………もうない。…………隊長があんなにも想われてるんだもん。……それだけでいいさ」

「やれやれ、恋する乙女ですねぇ。確かに橙矢さんは今は椛一筋ですが、男はブレやすいですからね。まだいけますよ?」

「……………………………別に、もういいです」

「おんやぁ?今の間はなんですかねぇ?」

「もう、やめてください。ボクはこれで満足しているんですから」

「ふぅん、そうですか。貴女がそれならいいですよ。そういうことにしておきましょう」

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 歩いていく橙矢の数歩後ろを椛が着いていくこと数十分。一度も口を開くことのなかった橙矢が口を開いた。

「椛」

「……………はい」

「……………なんてお前に詫びればいいんだろうな俺は」

「…………橙矢さん」

「たったひとつのもののためにお前を裏切って。そしてその果てに得たものがより酷い後悔だ。俺一人で村紗を助けようとして………結局天子と物部を……………」

「…………………………………確かに、橙矢さんは一人で村紗さんを助けようとしました。しかしそれがそもそもの間違いなのです。どうして私に助けを求めなかったのですか?」

「…………すぐ地底に引きずり込まれたからだ」

「ですが貴方なら無理矢理でも出られたのでは?」

「………………」

「本当のことを言ってください」

 椛が橙矢の前まで出ると橙矢の服を掴んだ。椛が見つめると橙矢はバツが悪そうに視線を逸らし、目を閉じた。

「……………………村紗が、あまりにも幸せそうで………一瞬でも、このままでもいいと思った自分がいて…………それをぶち壊すようなことはしたくないと思ったんだ。………あれほど幸せそうな村紗は見たことないから余計な」

「……………貴方は、創られた幸福に乗せられただけです。そこに貴方の幸福も、ましてや村紗さんの幸福もありません。それは、わかりますか?」

「今ならな。………あぁ、分かるさ。………それでも」

「橙矢さん」

「…………悪い。少し時間が欲しいんだ。今の状態で村紗の前に立っても………おそらく俺は何も出来ない」

「そのために私がいるんですよ」

「…………………かもな」

「彼女のことなら私に任せておいてください。八尺様と彼女を断ち切ればいいのですよね?」

「簡単に言えばな」

「散々今の今まで貴方に任せっきりだったのです。そろそろ私が出ないと、貴方に悪いですから」

「…………あのな」

「分かってますよ。貴方は優しいですから」

「…………そうか」

「貴方が今望むのは村紗さんからあの呪いを解くこと。なれば私は全力で貴方の援護をするまで」

「…………………………………………椛」

 ふと、橙矢が椛を抱き締めた。

「わ…………橙矢さん………!?」

「……………お前……ほんとに馬鹿だろ。お前を何度も裏切って、なのにお前はこんなに信じてくれて。………俺は、お前がいないと……」

「えぇ、橙矢さんが寂しがりやなのは知っています。……橙矢さんは、私の隣で………いえ、貴方は私のものです。誰にも渡したくない」

「………………困った狼だなお前は。……だけどそうだ。俺も同じ気持ちだ。………いや、この気持ちは………。好きだから、離したくない」

「ぇ…………?橙矢さん……………い、今……」

「…………聞こえなかったのかよ」

 橙矢にしては珍しく恥ずかしそうに顔を隠した。

「も、もう一度……!」

「あ?言えるかよそんなこと」

「お願いします!聞こえませんでした!」

「…………………だから、その………好き、なんだよ。お前が」

「橙矢さん…………!」

 椛が橙矢を抱き締めて胸にすり寄った。

「嬉しい………嬉しいです……。橙矢さんが、ずっと好きだった貴方から、そのような言葉が聞けて」

「……………そうか、お前が喜んでくれるなら……この選択は間違っていなかった、ということか」

「何言ってるんですか。貴方はずっと、ずっと正しいことをしてきたじゃないですか」

「………………………」

「そんな貴方を見て私は………憧れたのですから」

「………馬鹿が」

 抱き寄せてそのまま頭を撫でる。

「………………橙矢さん、貴方にこうしてもらうことが嬉しくて。ここが私の居場所なんだって。………依存しているのは重々承知です。ですが私は、貴方しかいないんです」

「……………俺、しか」

『なんで………なんでどうして!私には橙矢しかいなくて……橙矢を幸せに出来るのは私だけなのに!』

 椛の言葉に村紗が重なり、目を細めた。

「………………………」

「分かってます。私が、村紗さんと私が重なるんですよね?………どうするかは、貴方が決めてください」

「………別に、迷ってなんか」

「橙矢さん。……貴方は、自分のことを知らなさすぎです。自らの心を閉ざすのはもうやめては?」

「……………悪かったよ。……確かにお前と村紗が重なったのは事実だ。けどそれを気にするほど俺は弱くない。………もう大丈夫だ」

「…………貴方がそう言うなら、私はそれを信じるしかないですね」

抱き締める手に力が込められてより密着する。橙矢はそれに少々驚きながらもそのままにしておいた。

「…………っ」

 ふと、今までの疲れがつもり積もって身体が限界に来たのか後ろに体重が傾き、倒れそうになる。

「橙矢さん!?」

 慌てて椛が橙矢を支えて持ちこたえた。

「悪い……椛。一時期とはいえ………村紗の膨大な妖気に当てられて、消耗してるっぽい」

「……………今日はもう休みましょう。ここ数日、私も色々としてましたから………。今日は私の家で過ごしましょう。橙矢さんの家よりかは私のところの方が近いですから」

「あぁ、言葉に甘えるよ」

「はい、それでは行きましょう」

 橙矢は椛に支えられながら、椛の家を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 微かに機能する視界で天子は鎖で繋がれながら隣で同じように鎖で繋がれている尸解仙に目を向けた。

「ちょっと…………ものの……べ………」

「…………………なんだ、天人」

「東雲は…………上手く逃げた……のよね?」

「ハッ………何を言うかと思えば…………。村紗水蜜が……行ってない…………それだけで分かるであろう………」

「あんたら。よくそんな傷で死んでないね」

 二人の前に地から村紗が出てきた。

「………あんたらはよく囮となってくれたよ。橙矢を逃がすためのね。けどさ、自分のことを省みず私に挑もうなんざ」

 とそこで鎖を引っ張り、天子を目の前に来させる。

「ッ…………!」

「自分が死ぬこと。考えてなかったのかな?」

 腕を振り上げて、殴り飛ばした。

「ガ…………!?」

「天人……!」

「お前たちは、犬走椛と同罪だ……!殺しても殺しても………許しはしない」

 続いて布都の前まで歩むと頭を掴んで絞めあげる。

「─────ッ!」

 頭蓋骨が軋み、嫌な音が天子の耳にも届く。

「し、尸解仙………」

 助けに行こうとするがまたも村紗が鎖を操って首を絞める。

「村紗……水蜜………!貴様ァ…………!」

「うるさいな………クソがッ!」

 投げ飛ばして壁に叩き付けると天子を繋いでいた鎖を放した。

「ゲホッ!……カハッ………ァ…………」

「橙矢は確実にあんたらを助けに来る。……ふふふ、その時、私は橙矢を手に入れる」

「そんなの………許容出来るか!」

 右手を翳して魔力を込めて

「全人類のひそ─────」

「くどい」

 手を踏まれて地に叩き付けられ、半端な閃光が爆発し、天子の右腕が吹っ飛ぶ感覚がし、身体が吹き飛ぶ。

「ッ────!!」

 布都に並ぶように倒れ、動かなくなった。

「………私に逆らおうなんざ……馬鹿な真似はしないことだね。………今の私を殺せるのは、博麗の巫女くらいだからね。お前らみたいな雑魚の相手をしてる暇ないんだよ」

 二人には一瞥もくれず、旧都に向けて歩き出す。

「私は必ず橙矢を救う。あの白狼天狗から」

 その目に救いはなく、逆に救いを必要としない。ただそこにいるのは底無し沼に引きずり込もうとする妖怪が一匹。

 唯一の救いだった少年に裏切られ、それでも少年を愛した少女は、自壊した。その前まではまだ、辛うじてその少年との絆が彼女の理性を繋ぎ止めていたがそれが断たれた今、すべてを失った今、その理性が壊れた。

「ぁ……は、ははははは!そうだ、そうだよ!私が救わずして誰が橙矢を助ける!」

 辺りには誰もおらず、もちろん聞こえるはずもない。そのなかで少女はただ一人、愉悦に浸るように謳う。

 橙矢の為なら何を犠牲にしてでもやってみせる。どんな人妖だろうと返り討ちにしてみせる。

「八尺様。…………よろしくね」

 振り向くと村紗の前に八尺様が出てくる。

「…………………」

 八尺様に片膝を着くと村紗を抱き締めた。

「………………うん、ありがとう」

 神に近い妖怪は、元々幻想郷の外にいる妖怪であり、ある村から出られないようにされていた。だがこの前の異変により、到底の条件の上、八尺様のいる村に空間の亀裂が出来、そこを抜けたら案の定幻想郷に行き着いた。ということなのだが。おおよその考察では、八尺様がいた村は八尺様がいたことにより魔力を帯びており、そこに何処かで開かれた空間がそれに呼応して村にも空間が開かれたのではないかと。まぁ経緯がどうであれ、八尺様が幻想郷に現れたという事実は覆らない。

「私には貴女さえいればいい。貴女と一緒なら、橙矢だって………」

「……………………」

 八尺様は何か腑に落ちない顔つきだったが、村紗はそれに気付かずに笑みを浮かべていた。

 すべては橙矢の幸福のため。そのためならばどんな手段も厭わない。何を犠牲にしても。

「お腹、空いたね」

 ふと、村紗が顔を上げて八尺様を見上げた。

「里、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、寺子屋

「慧音」

「どうした妹紅」

「………気付いてるだろ?」

 子供たちが帰った後、妹紅が慧音に声をかけた。

「まぁ、そうだな。なんというか…………」

「おそらく奴だろう。早めに片を付けよう」

「…………」

「慧音?」

「満月が出てない時の私ではもしもの時足を引っ張るだけだ。私は里の中を見ている。お前は………奴を歓迎してやれ」

「分かっている。橙矢から任せられたことだ。必ず………」

 妹紅が立ち上がり、戸に手をかける。

「これ以上奴の好きにさせてたまるか」

「だが無理はするな。無理なら体勢を整えるためにここに戻ってきてもいい」

「私が崩れれば里に甚大な被害が出る。もう正気は保ってないからな。少しでも背を向ければやられる」

「なら里のことは任せておけ。好きに暴れてこい」

「あぁ、任せるよ慧音。奴の目的がなんであれ、里と慧音は傷つけさせない」

 

 

 

 

「やぁ村紗水蜜。里になにか用かい?」

「………………」

 妹紅の前に一人の少女が現れた。

「アンタが捜している人はここにいないよ。帰りな」

「知ってるよ。橙矢がここにいないことなんて」

「なに?」

「蓬莱人。私ね、お腹が空いたんだ」

「あ?何言って…………」

「だからさ、お腹いっぱい…食べたいな。………けど」

 瞬間村紗が地を蹴り、目の前まで来ると殴りつけた。

「お前は邪魔だ」

「ほぉ?それは奇遇だな」

「……………ッ!?」

 村紗の拳を妹紅は受け止めていた。

「この展開を読んでなかったとでも?」

「チ………!」

 妹紅を蹴りつけて後退すると錨を手にした。

「村紗水蜜。大人しく退いてもらおうか」

「ハッ、アンタの言うことなんざ聞けないよ。生き物は生きるために食べなきゃいけない。分かるでしょ?」

「なんだ、飯屋にでも行く気か?」

「そうだよ。だから里に入れてくれないかな?」

「断る。誰がお前なんぞを里に入れなきゃならん」

「そう、なら無理やりでも」

「ッ!」

 目の前にまで迫っていた錨を身体を仰け反らせながら避けると、後退して弾幕を放つ。

「そんなものでッ!」

 村紗も弾幕を張り、相殺させると一気に妹紅に駆け出す。

「私に挑もうなんざ、舟幽霊ごときが図に乗るな!」

 振り下ろされる錨を受け止めると腹を殴り上げた。

「こんなもので止められるなんて思ってないさ。だから…………」

 そのまま首を掴むと地に叩き付け、至近距離から弾幕を撃ち込んだ。

「過剰過ぎるほど、させてもらうよ」

 撃ち終えると蹴り飛ばして距離を取ると炎を巻き上げる。

「小癪な…………」

「小癪?よくお前が言った。これまでお前はどれだけ卑劣なことをしてきたと思ってる?まぁ自覚はないと思うがなぁ!!」

「うるさい!お前たちが………………邪魔ばかりしなければこんな手段取らずに済んだのに……!」

「人に責任転嫁させるのはやめな。確かに受け止めたくないことはあるかもしれない。だがな、甘いんだよガキがッ!」

 妹紅が叫ぶと村紗は深く踏み込んで拳を振り上げる。寸前足裏で拳を押さえつけて逆に殴り飛ばして追撃にとカードを引き抜いた。

「滅罪〈正直者の死〉」

「今更スペルカード?………ふざけるなよ!」

「ったく、常識ですら分からなくなったのか。……………ほんと救いようがないやつだ」

「言ってろ!」

 弾幕を潜り抜けると妹紅の腹を蹴りつけ、さらに回転して二度三度続けて蹴り飛ばした。

「チ………!」

 大きく後退させられるものの耐えて左右に焔を翔ばす。

 それはそれぞれ湾曲を描いて村紗に迫り、真っ正面からは妹紅が駆け抜ける。

「悪くはないけど、駄策だ」

 その場から一歩引くと目の前で焔同士が直撃し、煙を巻き上げる。そして妹紅との距離を計算して煙に近付いたところで、錨を撃ち出した。

「…………!」

「甘いんだよッ!」

 すでに妹紅の姿はなく、慌てて腕を立てると迫っていた妹紅の蹴りを受け止めた。

「罠にかかったのは………私の方ってこと、か」

「だがよく受け止めた村紗水蜜。それだけは褒めてやる!」

 力任せに押して体勢を崩すと焔を纏った拳で腹を殴り上げる。

「────────ッ!」

 村紗の身体が浮いた瞬間逆の方の腕で殴り飛ばした。

「お前なんぞに勝機はない。消えろ亡霊」

 追撃にとばかりに手を翳し、弾幕を漂わせる。

「さぁ、後悔して死ね」

「妹紅!」

「……………慧音?」

 里から駆けてきた友人に訝しげな視線を送る。

「………何しに来た。この通り村紗水蜜は今から片付ける。少し待っててくれ」

「村紗水蜜だと……!?ちょっと待て、どういうことだ………。だとしたら里の有り様は、誰の仕業だ!」

「里で何か………?」

「そういうことだ。里の男が次々に姿を消していってる。前の時みたいにな」

「何……!?くそ、村紗水蜜め……何をした!」

「アンタらのその様子を見るに、やったようだね。だとしたらもう用済みだ。帰ろう!」

 村紗が声を張り上げるとその背後に巨大な女性が現れた。

「な……!?」

「話した通り、ご馳走になったよ。ありがとうね。時間稼ぎ要員さん」

「テメェ!ふざけるなッ!」

「どっちがだ」

 駆け出して殴りかかるが避けられると首を掴まれて村紗とは思えないほどの怪力でへし折られた。

「どうせアンタは殺しても殺しても生き返るんだ。………大人しくしてろ」

「妹紅!」

「にしてもここに橙矢はいなかったのか。………まぁそうだろうね」

 少し離れると慧音に向けて年相応な無垢な笑顔を向けた。

「じゃあね、里の守護者。また、お邪魔するよ」

「………………ッ」

 手を振りながら村紗は液状化し、その場から消えた。

 

 

 

 



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第七十三話 連戦はお好きですか

 翌日、椛の家で一晩世話になった橙矢は椛と共に地下へと向かっていた。

 水蓮は先日、地下に来る前に椛とぬえとで色々あったみたいでその時に負った傷を癒すため今日一日は安静させておく。

「今回は、ちゃんと許可取ったんだよな」

「はい。お兄様が二人分、取ってくださいました」

「あの総隊長様が直々ね。………裏がありそうで怖いな」

「そのために私が来たんですから。安心してください」

「あぁ、頼りにしてるよ椛」

「…………はい」

「最優先は天子と物部の確保。村紗は後に回せ」

「…………分かってますよ」

「奴が俺を狙うかお前を狙うか。……正直分からん。だからどっちか、俺が狙われたら椛が。お前が狙われたら俺が捜し出す。その間狙われた奴は村紗の注意を引き続ける。いいな?」

「えぇ」

「ならいい。………行くぞ」

「あ、あの………」

「どうした。くだらない話なら付き合わないぞ」

「……………絶対に………前回の二の舞にならないでください」

「誰がなるかよ」

 地下への穴に飛び込んで身体が自由落下を始め、それを椛が追う。

「俺としてはお前の方が心配だな」

「私………ですか?」

「お前、俺がいない間暴れたらしいな。他でもない山で」

「……………………」

「そして止めたのが水蓮、か。よく止めたもんだ。正気じゃなかったとはいえお前を止めるなんてな」

「その話はやめてください。……あまり思い出したくないですから」

「悪かった悪かった。………お前を責めてる訳じゃないんだ。ただの確認だ」

 近くなってくる地を見下ろしながら刀を抜くと壁に突き刺して落下速度を落としていく。

「お前、まだあの刀持ってるよな」

「え………?あ、はい」

「今回限りだ。俺に貸せ」

 片手を放して椛に手を出すと腰から鞘に納まったままの刀を投げ渡してきた。

「ではそちらの、貴方が普段使っている刀を貸してください。手持ちぶさたでは困ります」

「あぁ、分かってる」

 刀を抜くと椛同様投げ付けた。

「俺が斬る。………お前に手は出させない」

「私はあくまで貴方のサポート役ですか」

「悪いな。お前の方が因縁あると思うが……こればっかりは譲れない」

「貴方が決めることに異論はありません。好きなようにしてください」

「………ありがとう、椛」

 足を強化すると地を砕きながら着地した。

「…………行こう。天子と物部を助けに」

 

 

 

 

 

 

 地底の湖、そこで普段は見るはずのない影が見えた。

「昨日騒動があったから来たものの。まさか貴女とは。……いつ戻ってきたの」

「……………………」

 気だるそうに村紗が顔を上げると少しだけ見開いた。

「そういやぁアンタら、地底に逃げたんだっけか。忘れてたよ」

 そう言う村紗の視線の先には地霊殿の古明地さとり、霊烏路空、火焔猫燐がいた。

「…………それで、何用だい?」

「貴女、後ろの二人はなによ」

 村紗の後ろで鎖に繋がれている二人を指差すと村紗が口を歪めた。

「あぁコイツら?私から橙矢を奪った罪深い咎人さ。だから鎖に繋いである」

「…………少しでも理性があると望みをかけた私の敗けだったわね」

「なら消えろ。私は早く橙矢を迎える準備をしないといけないんだから」

「そんなことさせないわ。………貴女は私達が止める。橙矢さんばかりに危険なことはさせない。地底の問題は、地底の者で解決してみせる」

「無理なんだなぁそれが」

 立ち上がると徐々に妖気を高めていく。が、

「ッ!ガ………ァ…………グ………!」

 突然村紗が苦しみだし、悶え始める。

「…………村紗、さん?」

「ァ……ァァァァアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!」

「お空、お燐!早く彼女を鎮めなさい!」

「………さとり様?」

「彼女の中の妖気が暴走してるわ。………彼女の身体ではせいぜい一匹二匹分の妖怪の気までしか蓄えられない。けど彼女………すでに五匹以上の妖気をその身に無理矢理入れている。………あの馬鹿!」

「ッ!了解しました!」

 お燐とお空が同時に地を蹴り、一気に接近する。

「お空!スペルで一気に片を付けるよ!」

「分かってる!スペル爆符〈ギガフレア〉!」

「ォォォォォオオオオオオオアアアアアアァァァァァァァァァ!」

 錨を振り抜くとお空のスペルを真っ二つに切り裂いた。

「舟幽霊ごときが………!」

「──────!」

 首が無理矢理持ち上げられると視界に空を映し、錨を投げ付ける。

「ク……!?」

 制御棒で防ぐがあまりの重さに吹き飛ばされた。

「お空!」

「お燐!余所見をしないで!」

「ッうぉ!」

 顔を戻すと目の前まで迫っていた弾幕を、こちらも弾幕を張り、相殺させた。

 その間にさとりが懐に潜り込み、下から村紗を持ち上げるとお燐に向けて巴投げをした。

「さとり様……!?」

「合わせなさいお燐!」

「あーもう無茶しないでください!」

 回転しながら腕を掴み、勢いのまま投げ飛ばす。

 翼を広げながら空が宙で止まり、制御棒を構えた。

「吹っ飛ばしてやる……!」

 制御棒の先に熱が急速に集まり、弾が撃ち出される。

「ッ!」

慌てて錨で防ぐがそれでも衝撃が村紗を突き抜けて壁に強く打ち付けた。

「ガァ………………!?」

「まだやるかこいつ……!」

「お燐、お空。私が押さえるわ」

 さとりが村紗に向けて手を伸ばすと村紗の周りの妖気が上昇し、結界が造られた。

「アァ………ァァァ………!」

 最早すでに正気が飲み込まれているのか低く吼えると結界を殴り付けて砕け散らせる。

「……ッ行きなさい!」

 さとりが叫ぶとお燐が弾幕を放って牽制し、お空が弾を収集させる。

「爆符……………〈ペタフレア〉」

 先程のスペルとは比べ物にならないほどの熱量を持った閃光が放たれた。

「────────!」

 燐に牽制されていた村紗は死角から迫っていたスペルを避けられる事が出来ず、気が付いたときにはすでに避けられない距離にあった。

「……散りなさい」

 着弾すると同時に爆発を引き起こし、辺りを飲み込む。

「……相変わらずの威力だねお空のは」

「…………………」

「さすがの舟幽霊でもこれを喰らってただじゃ済まないでしょ」

「まだ、やってないよお燐」

「は?」

「ほら、あれ」

 空が指差す先には煙幕の中、ぼんやりとそれはあった。

「あれは…………まさか」

 徐々に引いていく煙幕の先に、鎖で出来ているドーム型の物体が。

 鎖が解かれていき、中には村紗が佇んでいる。

「狂化してる割には芸達者な奴。………面倒だ」

「───────」

 村紗が手を握るとその手には鎖が握られており、それが

「ォォォォォオオオオオオオ!!」

 空の首に繋がれており、村紗が振り回すと岩壁に叩き付ける。

「お空!」

「野郎いつの間に………!まさか私達にも!?」

 燐が気が付いた時にはすでに遅く、首に枷が付いていた。

「嘘……だろ…………」

 鎖に向けて弾幕を放つが全て弾かれただけだった。

「さすがにお空のスペルを防ぐだけある……!せめてさとり様だけでも」

「お燐!」

「ッ!」

 さとりの声にハッとして顔を上げると目の前に村紗の脚が迫っていた。

「─────ぇ」

 容赦なく振り抜かれてお燐が身体が宙を舞う。

「お燐!」

 しかしすでに村紗がさとりに接近してその華奢な身体に拳を打ち付けた。

「ガ……ッ!?」

 顔をしかめてバランスを崩すと村紗がそれに合わせて足を振り上げる。

(まずい………私がこれを受けたら……!)

「まだ諦めるには早いよ、お姉ちゃん」

 村紗の横から蹴りが入り、吹き飛ばす。予想外の攻撃にまともに受け身も取れずに血の池を跳ねる。

「こいし!?どうしてここに………」

「私に言わないなんて。いくら私でも傷付くよ」

「アアアアアアァァァァァァ!!」

「その前に黙ってくれないかな!」

 ハート型の弾幕を放ち、牽制するとさとりの傍らに着地した。

「お姉ちゃん。はじめにハッキリ言っておくよ。私達じゃ絶対にあの舟幽霊には勝てない。あんなのとまともに殺り合えるのは東雲お兄ちゃんか犬走椛くらい。逃げるなら今のうちだよ」

「今の今までそうやって殆どを橙矢さんに押し付けてきました。………そろそろ彼は休むべきです。……だから、せめて今回だけは、私達で終わらせる」

「やれやれ、ほんとお姉ちゃんはお兄ちゃんが好きなんだねぇ」

「ッなんでそういうことになるの!?」

「けど、それでも私達の劣勢は変わらない。お燐とお空がやられた今、どうするつもり?」

「………………」

「まさかこのまま無意味に耐え続ける?私は反対だね」

「貴女は何か策でも?」

「あるわけ」

「何しに来たのよ………」

「お姉ちゃん!」

 こいしが急にさとりを蹴り飛ばす。

「何するのよ!こい────」

 しかしその先は続かなかった。村紗がつい先程までさとりがいたところに錨を打ち付けていた。

「いつの間に……」

「──────!」

 村紗の首が跳ね上がるとさとりを映す。

(来る……!)

 途端に村紗が消え、視界が横にスライドする。

「ぇ──────」

 投げ飛ばされると強く岩壁に身体を打ち付ける。

 元々身体の強い部類の妖怪ではないさとりはそれだけで地に伏せてしまう。

「お姉ちゃん!」

「さとり様ァァァァァァ!」

 飛び出てきた空が弾幕を宙にばらまき、一斉掃射。妖気を制御棒に込める。

「消えろッ!さとり様を傷付ける輩は、私が殺してやるッ!」

 迫る弾幕を錨を地に突き刺して防ぐとその影からもうひとつの錨を撃ち出した。

「何………!?」

 制御棒を盾として防ぐが続いて翔んできた錨が直撃して空を墜とした。

「お空!」

「オオオオォォォォォォォォォォ!!」

 地を砕くほど足に力を込めて駆け出すと背後に回る。

「速い……!」

 背に拳を突き立てると一気に妖気を放出し貫いた。

「──────ッハ……」

 血を吹いて村紗の足下に転がった。

「………………………………」

 倒れる空を一瞥して残ったこいしに視線を移した。

(上手く無意識に潜り込めば……)

「ッ!」

 視界から村紗が消え、身体を後ろに倒すと目の前を錨が通り過ぎた。

「ク………!」

 体勢を崩したこいしを蹴り飛ばすと一瞬で追い付き、首を掴んで地に組伏せる。

「放せ………!」

 超至近距離で弾幕を放つがその時こいしを蹴り付けて上空に逃れる。

 錨で弾幕を弾くと落下の勢いのまま錨を振り下ろした。

(まずい………このままじゃ……!)

 

 

 

 

「人の妹に手ェ出してんじゃねぇよ!」

 

 

 

 

 怒号と共に一閃。それで村紗を錨ごと吹き飛ばした。

「ッ!」

「ぇ………あ………?」

「こいし、無事だな」

 何とか顔を上げると見覚えのある白狼天狗の背があった。

「お、お兄ちゃん……………?」

「あぁ俺だ。さとり達は…………そうか」

 辺りを見渡してある程度把握したのか刀を鞘に納めた。

「橙矢さん!」

「遅いぞ椛」

「と………ぅや…………?ぁ……あ……………橙矢!」

 村紗が声を張り上げると橙矢に向けて突貫する。

「そら、来たぞ椛。頼む」

「分かりました。…………御武運を」

 橙矢は迎え撃つように村紗に向かい、椛は布都と天子に向かっていった。

「村紗ァァァァァァ!」

「橙矢ァァァァァァ!」

 村紗が錨を振り下ろし、それに対して橙矢が拳を突き出して殴り飛ばす。それだけで錨が粉々に砕け散り、霧散する。

「こんなものか。所詮は他人の力か」

「この………贋作がアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」

「また贋作呼ばわりかよ………ったく」

 伸ばされる手を弾くと首を掴み、地に叩き付けると勢いをつけて投げ飛ばした。

「東雲お兄ちゃん!」

「何をしているこいし。お前は早くさとり達を安全な場所まで運べ」

「無視するな橙矢ァ!」

 振り回される錨を避け続け、横から振り抜かれた錨を手で受け止めると皹が入るほど圧力をかけた。

「村紗。お前は………俺を縛っていた時、幸せだったか?」

「…………………ッ!…………幸せ………に、決まってる……」

「……………そうか。けど人を縛って、作られた幸せを築いて。………だが俺はそれを潰した」

「あぁそうだよ!橙矢は幸せだったはず!なんで………なんで壊したの!?」

「決まってるだろ。俺はそんな、作られたものなんざいらない。そんなもの、俺から壊してやる」

「私は………私は何も間違ってない!だから自分を信じて!そして橙矢を信じてた!」

「俺を信じるなんざ愚の骨頂だな」

 嘲笑すると村紗を見下した。

「ふざけるなッ!!」

 村紗が叫んで錨を手放すと橙矢の顔面を殴り付けた。

「…………そうやって、すべて力で押さえ付けてきたのか。気に入らない奴がいれば殺しかけて。同じように物部や天子もやったのか」

「───それの何がいけない!橙矢が幸せになるための犠牲だ!」

「幸せになるための犠牲……?本気で言ってるのか」

「当たりま─────」

 瞬間橙矢が錨を砕いて村紗の胸ぐらを掴み上げて睨み付ける。

「お前…………!そこまで堕ちやがったか!なにが俺の幸せのための犠牲だ!そんなものがあるんだったらな、俺は幸せになんてならなくていい!俺がふんぞり返ってる裏で、ましてや知人が苦しんでるなら尚更だ!」

「な、何言って…………」

「今のお前は頭が狂ってるだけだ。まだ間に合う、その力を解放しろ。………処理なら俺も手伝ってやる。だから………」

「嫌だ!今更そんなこと……出来るはずない!もう私はそれ相応のことをしたんだから………もう、橙矢しか、橙矢のことしか………」

「村紗…………」

「だから、私は………!ア、アアアアアア、アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 村紗が妖気を放出すると絶叫する。

「来るか………!」

 手を放すと距離を置いた。

 村紗の身体から巨大な影が出てくると同時に橙矢が刀を抜く。

「今度こそ、楽にしてやる。………と言いたいが俺も八尺様に魅入られてるからな。……五分五分。いや、こっちが二くらいか」

 足を強化させると村紗に迫る。

「終わりだ!」

 八尺様目掛けて刀を振り抜いた。が、切り裂く寸前に避けて橙矢に手を伸ばす。

「ッゥ!」

 顔をしかめながら刀で弾いて地を転がりながら立ち上がる。

(奴に直に触れられた時点で俺の敗北は決定する。……今度こそ村紗に取り込まれて終わりだ)

『私には………橙矢しかいないのに…………』

「………だとしても、俺はお前を斬る」

 刀を構えると口の端を吊り上げた。

「来い村紗!お前を縛る鎖は俺がすべて取っ払ってやる!」

「橙矢ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

「邪魔だ舟幽霊!」

 横から盾で殴り付けられ、派手に村紗の身体が吹き飛んだ。

「椛!?お前……」

「目的は果たしました。どうしますか橙矢さん」

「このまま止める。……これ以上あいつを暴走させると旧都に被害が出る」

「分かりました。……では、私が彼女を牽制しましょう」

「いや、椛。お前がやれ」

 天叢雲剣を椛に押し付けて逆に椛に預けていた刀を取る。

「橙矢……………さん?」

「そういうことだ。よろしく頼む」

「え、橙矢さん!?」

 駆け出して橙矢は村紗、ではなく布都と天子の元に行った。

「二人とも」

「………………しの……のめ」

「何故………戻ってきた…………」

「………放っておけるか。お前達は俺を助けるためにあいつに勝てない勝負を挑んだ。………なら俺のすべきことは一つ。どんな手を使ってでも、勝てなくてもお前達を助ける」

「は…………馬鹿、みたい………」

「だけど二人とも………。ほんとに、無事でよかった」

 二人に近付くと抱き寄せた。

「東雲………!?」

「東雲橙矢………?お主、何して……」

「ありがとう。……後は任せろ。お前達の頑張りは無駄にしない」

「東雲………………あんたって奴は………。けど、あんたなら……………任せ………られる………」

「しの………のめ………お主………」

 橙矢の腕の中で二人は気を失った。

「………」

 近くに二人を寝かせると村紗に向く。

「…………橙矢さん」

「挨拶は終わりだ。さっさと〆るぞ」

「誰ガッ!終ワラセルッテ!?橙矢!」

「お前の夢をだよ、村紗」

 駆け出してくる村紗に合わせて刀を振り抜いた。

 

 



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第七十四話 不意討ちは大抵失敗する

 二つの影が激突すると血の池の血が吹き飛び、全身に浴びせられる。

 それでも瞬きすることを赦されない。互いに弾き合い、腰を捻るとそれぞれが足を振り抜いて再び血を巻き上げる。

「ハ、ハハハ!橙矢!橙矢ァ!」

「…………ッ!」

 足を強化して距離を取ると同時に刀を振り抜いて斬撃を放つ。

 錨を地に突き刺し、自身の身体を浮かせると斬撃が錨に直撃してその勢いで錨が半円を描いて振り下ろされる。

 刀で防ぎ、蹴り上げると追撃する。

「消エロ!」

 橙矢目掛けて弾幕を放ち、撃ち落とそうとする。しかしそれは橙矢の一振りでかき消えた。

「こんなんで落とせるとでも?俺を甘くみすぎじゃねぇのか村紗!」

「贋作ガッ!」

「だから贋作じゃないって…………いや、もう言葉は不要だな」

 再び激突し、今度は宙を飛べる村紗が押し返した。

 押し返される寸前足の筋肉を強化して村紗を蹴り飛ばし、着地すると刀を地に刺す。

「セット!」

 村紗が接近すると橙矢を中心とした周りの地が砕けて衝撃波が発生する。

「────!」

 慌てて後退すると橙矢が刀を握り直して斬り上げた。

 そこから斬撃が翔んで正面の衝撃波を切り裂き、椛が飛び出した。

「行きますッ!」

 深く潜り込むと目一杯振りかぶり、振り抜く。

 まともに腹に直撃し、瞬く間に岩壁に激突した。

「カハ………ッ!?」

「馬鹿野郎椛!村紗自体を斬ってどうする!」

「橙矢さん……ですが」

「お前は下がってろ!引き付けは俺がする!」

 刀を振りかぶると村紗に投げつけ、自身も跳ぶ。

 予想通り錨で弾くとそれを掴んで振り下ろす。それも防がれた。

「ッアァ!」

 腕を強化させ、力任せに振り抜いて押し飛ばすと落下の勢いで足を振り下ろす。

 それを村紗は腕一本で受け止め、逆の手で掴むと地に叩き付けて八尺様が手を伸ばしてきた。

(ッ!まずい………!)

「させ、るかッ!」

 村紗の横から殴り飛ばした椛が橙矢に手を伸ばした。

「無事ですよね橙矢さん」

「……あぁ、悪い椛」

「今更なことです。行きますよ」

「ッ来ルナァ!」

 体勢を整えた村紗が椛に向けて弾幕を放つ。

「俺がやる」

 椛の前に割り込むと刀を一閃。

 それだけで弾幕が真っ二つに斬れるとそこから村紗に向けて突っ込んでいく。

「村紗!いい加減その馬鹿みたいな能力……手放せ!」

 跳び上がると村紗が橙矢を追って顔を上げる。と、そこに椛が懐にもぐりこんで足を掴んで岩壁に叩き付ける。

「…………ッ!」

「少しは大人しく出来ないのか」

 胸ぐらを掴み引き寄せると殴り付けた。

「私は橙矢さんほど優しくはない。覚悟しろ」

「白狼………天狗ッ!」

 追撃をかけようとする椛の拳を避けると顔面に手を置き、突き出した。

「一筋縄じゃいかない……か。橙矢さん!」

「分かってる!」

 跳び上がっていた橙矢が落下してきて八尺様目掛けて刀を振り下ろす。辺りに衝撃波が発生する。

「ッオオオォォォォォ!」

 腕を強化させて無理矢理斬撃を乱発するが八尺様には傷一つつけれはしなかった。

「くそ……なら、椛!」

 刀を捨てるとその手に天叢雲剣が投げつけられて掴む。

「これならどうだ!」

 これにはさすがの八尺様も危機を覚えたのかその身を退かせた。

「………避けたな」

『……………』

「ということは、だ。これなら貴女に痛手くらいは負わせられるってことでいいんだな」

 先ほど捨てた刀を拾い上げて構えた。

「神に等しい貴女を殺せるとは思っていない。ただ、村紗から離れてくれ。それだけだ」

『…………………』

 橙矢には一切興味がないのか無視して村紗の側まで歩み寄る。

「……………そうか、貴女がその気なら仕方ない」

 ふと消えると同時に村紗が異変を感じ取って八尺様の目の前で錨を構えて瞬間橙矢が現れて天叢雲剣を突き出した。

 甲高い音を立てながら防いだ村紗だがわずかに肩口に刺さっていた。

「…………ッ」

「どけ村紗!」

「橙矢さん危ない!」

 椛が橙矢を突き飛ばし、互いに転がり、その時に八尺様が橙矢がいた場所に腕を振り抜いていた。

「椛!?」

「もっと周りを見てください!村紗さんは私が相手をしますから!」

「アアアアアアァァァァァァ!」

「椛!」

 上下を入れ換えて椛の上を取り、足を強化して地を蹴ると錨を振りかぶっていた村紗に体当たりする。

「ガァ……!」

 怯みながらも錨を振り下ろし、橙矢の背に突き立てた。

「ッァ!」

 歯を喰いしばってなんとか耐えると距離を取る。

「まさか………反撃されるとは思わなんだ」

 村紗が妖気を放って突撃し、それに対して刀を構える。しかし橙矢の脇を通り過ぎ、普通の刀を掴むと前に椛が飛び出て村紗と激突した。

「村紗さん、貴女は私が相手をすると言ったはずです!」

「犬風情ガ………!」

「その犬風情に貴女は足止めさせられてるんですよ!」

「邪魔ダッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴等なら仲良くやってるよ」

 突き飛ばされた時に手放した天叢雲剣を拾うと八尺様に向けて構えた。

「俺達は俺達でランデブー………とまではいかないが終わらせるか。村紗をこれ以上苦しめるわけにはいかない」

『………………………』

 八尺様は村紗は見つめ、その後忌まわしげに橙矢を睨み付けた。

「…………俺を殺してくれるのか。………いや、言い方が悪かった。貴女は、俺を殺すことが出来るのか?」

『……………………ポ』

「貴女はただ村紗に取り憑いてるだけじゃない。………何故だ?貴女ほどなら憑依せずともその身は消えないはずだ」

『…………………』

「何か理由があって憑いてる。じゃなきゃあいつの精神なんざとっくの前に、それこそ貴女が憑いた瞬間に壊れているはずだ。だが貴女はそれをしなかった」

『…………………』

「別段に村紗に何かしようとしてるわけじゃない。………貴女は何を考えている?事によっては貴女と対立する必要はなくなる」

『……………………ぁ』

「……………?」

『…………………何故貴方は………あの子を拒絶した?』

「……………ッそれは…………」

『あの子は…………最後の最後まで………貴方を信じていた。………それを貴方は踏みにじった』

 橙矢に一歩一歩近付いていき、目の前にまで迫る。

『貴方はあの子の心を壊した。………貴方があの子をあそこまで追い込んだ。純粋な心を汚し、無垢な笑顔を歪ませ、華奢な四肢を斬りつけた。……………貴方は何がしたい?』

「……ァ…………ァ………」

 八尺様の言葉は重く橙矢にのし掛かり、膝を着いてしまう。

「橙矢さん!?」

『…………今の今まで気が付かない愚か者に、あの子を救うことは出来ない』

「違う……違う違う!俺は……ただ、椛を護りたくて………」

『護る?自分を想ってくれた少女一人救えなかった貴方が?』

 八尺様の言葉に、神奈の姿が写る。

 

 

 

 

 

 

 

『………東雲さん』

『……………なんだ、新郷』

『さっき、私…………殺されそうになったのですか………?』

『………………あぁ、そうだな。理由は分からずとも……君を殺そうとしていた』

『………なんで………なんで………』

『古参の人達の考えることなんざ分かりきったことじゃない。今は助かったんだ。それが事実だ』

『東雲……さん…………』

『理由が何にしろ、君を外へ還す。………安心しろ』

『…………………信じてますから』

『…………あぁ、君を護ってみせるよ』

 

 急にノイズがかかり、場面は変わり、天界のあの時に移る。

 

『…………なん、で…………』

『…………東雲、さん……………』

『新郷………なに、して…………』

『良かった………東雲さんが……無事で……』

『なんでお前が……俺を……』

『…………貴方は、この世界に……必要な人………失っちゃいけない人……………。だったら……私なんか…………ね?』

『やめろ………!君は俺が護るって…………』

『………十分です。………貴方と過ごした………この数日…………。それだけで………もう私は、救われました……………』

『嫌だ………嫌だ!君を失ったら俺は………』

『…………東雲さん………私は、とても嬉しかったです…………。貴方と会えて………だから………泣かないでくださ………………』

『………おい、新郷?……新郷、新郷!あ……あああ………ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 

 

 

「やめろ………!」

『貴方には資格はない。あの子を救う資格も、護る、という重い言葉を使う資格も』

「やめろやめろやめろやめろ!」

 頭を抱えて振り払おうとするがそれが余計に橙矢の脳裏に深くのめり込んでいく。

「俺は…………俺は……………」

『………………最早存在価値もない。………あの子には悪いけど…………仕方ない………』

 腕を振り上げ、橙矢に狙いを定めると振り下ろす。

「……………」

「橙矢さん!逃げてください!橙矢さん!」

「逃ガスカァァ!」

 橙矢のもとに駆け寄ろうとする椛を背後から弾幕を放つ。

「クッ………」

 回避に撤し、足止めされる。

「橙矢さん!」

『死ね』

 

 

 

 

「させないわよッ!!」

 

 

 

 

 突如紅い閃光が翔んできて八尺様を飲み込む。

『…………!』

 飲み込まれながらも橙矢に振り下ろされるが焔で生成された龍が防いだ。その隙にひとつの影が橙矢の腕を引っ張って距離を取らせた。

「しっかりしろ東雲!お主が正気を保たんでどうする!」

「もの………のべ…………俺……俺……………」

 布都が橙矢の肩を掴んで揺らす。

「我を助けた時のお主は何処に行った!」

「けど……俺は…………結局……………」

「失ったものばかり思い返すな!今のお主のすべきことは……言いたくはないが……新郷神奈を想い、嘆くことではない!村紗水蜜を助けることであろう!」

「…………………」

「確かに辛いのは分かる!だがそれをいつまでも引きずっていては新郷神奈も安心して逝けるはずなかろう!」

「……………………………」

「本気であの少女を救う気であるならば……力になれるかどうかは知らぬが我と天人も力を貸そう」

「………物部………」

「一人ですべて抱え込まなくてもよい。お主には家族も、それにお主を想ってくれる者もいるのであろう?……必ずその者はお主を裏切ったりしない。お主は少々一人で突っ走る悪い癖があるからの。たまには人に頼る、ということを知れ」

 肩から手を離すと橙矢を包むように抱き寄せる。

「お主を助けたいと、皆はそう望んでいる」

 片手で橙矢の頭に触れるとそのまま優しく撫ではじめた。

「もちろん我もその中の一人だ。あまり力になれるとは思わないが………まぁ気にするな」

「………………」

「ちょっと………!尸解仙!もうもたな───って何してるのよ!」

 先ほどから牽制を続けていた天子が振り向いた。

「何か変か?……東雲を安心させるためにしていることだ」

「う、うぅ……!じゃなくて!」

「分かっておる。…………東雲」

 ふと、橙矢が立ち上がって顔を上げた。

「………東雲?」

「…………物部、お前の言う通りだ。俺は一人で何でもかんでもやりすぎていた。………ありがとう、お前には迷惑をかけっぱなしだな」

「ふ、気にするでない。我とお主の仲ではないか」

「まったく、敵わないな」

『──────!』

「東雲!来るわよ!」

「あぁ、二人とも下がってろ」

 接近してくる八尺様に合わせて天叢雲剣を振り抜いた。

『────────────』

 先ほどとは比べ物にならないほどの威力を持った斬撃が八尺様の腸を僅かに裂いた。

『…………………』

「…………貴女の言う通り、俺は誰かを護る資格なんざない。こんなか弱い女の子に慰められるなんて、恥ずかしいにも程がある。………けどおかげでようやく分かったんだ。……俺は今まで護っていたんじゃない。ずっと誰かに護られていたんだ。………椛にも、家族にも、村紗にも幽香にも妹紅にも。……ここにいる皆にもな。………俺は一人じゃない」

『…………………………』

「なら俺は俺が持つすべての力を持って貴方を破る」

『…………………………』

「覚悟しろよ八尺様。俺は村紗を取り戻すために今一度退治屋だったあの頃に戻る」

 刀を一気に鞘から抜くと八尺様に突き付ける。

「貴女を殺す。その為に俺はどれだけでも泥を被ってやる」

『……………………口だけの出来損ないが』

「そうだ。俺なんて所詮人間から妖怪に成った謂わば出来損ないだ。だがな、そんな俺でも譲れないものがあるんだよ」

『……………………』

「アンタには分からないでしょうね。東雲がどれだけ強欲か。……悪い意味でも良い意味でもね」

 天子が橙矢の肩に手を置いて立ち上がる。

「天界のお嬢様に言われちゃおしまいだ。だけど概ね合っている。俺は強欲だ。俺の手の届くところ、全て護りたかった。………あぁそれだけだ」

「アンタなんかに東雲は殺せないわよ。こいつは、私が殺すんだから」

「…………今さら無い物ねだりをする気はない。ただ、あるものは、俺を想ってくれている奴等だけは絶対、俺を犠牲にしても助ける」

 足の筋肉を強化させると駆け出して八尺様に迫って刀を振りかぶる。

「だから邪魔すんじゃねぇよ……妖怪ッ!」

 力任せに振り抜くと八尺様を切り裂いた。

 

 

 



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第七十五話 やったか、はやってない時に使う言葉

えぇと、最後に投稿してからかなり時間が経ちました。遅くなりすみません、新しいアプリに熱を注いでいたが故、遅くなりました。かなりの日をまたいで書いていたのでかなりブレがあるかもしれませんが……まぁ、そこはご了承ください




 

 

 

 切り裂いた後に八尺様を通り過ぎ、地を滑りながら振り返る。

「………くそッ、浅かったか」

『─────!!』

 八尺様も振り返って腕を振り抜くが天子が橙矢の前に立つと緋想の剣で防いだ。

「簡単には……やらせないわよッ!」

 防いだまま全人類の緋想天を発動させて再び八尺様を飲み込む。しかし先程のこともあってか防いでいた。

 跳び上がると八尺様目掛けて落下しながら刀を振り下ろす。

 残る腕でそれも防ぐが僅かに血が滲み出る。

「ッアアァァァ!」

 超至近距離から斬撃を放ち、肩口を裂いた。

「東雲!避けなさい!」

 天子の声を聞くや否やすぐさま後退すると同時に緋想天の威力が増して八尺様を押し込む。

「天井も地、これなら……!」

 緋想の剣を地に突き刺すと八尺様の足下が隆起し、急上昇する。

「私の能力は〈大地を操る程度の能力〉このくらいなんて、造作もないわよ。………潰れなさい」

 天子が指を鳴らすと八尺様の真上にある天井が落下してきた。

「避けられるなら避けてみなさい!」

 速度が増していき、避ける間もなく天井と隆起した地が激突した。

「無茶苦茶な………」

「地底ならではよ。………ある程度の奴等ならこれで終わらせれるけど………さすがに軽視しすぎよね。翔びなさい要石」

 何処から現れたのか要石が出現すると八尺様がいる箇所に突撃させた。

「無理矢理押し出すわ。さぁ東雲、構えなさい」

「あぁ、分かってるさ」

 瞬間橙矢が天子を突き飛ばす。

「いっ……ちょっと東雲!何して………」

 視線を橙矢に向けると目を見開いた。

 天子がいたところに八尺様が迫っており、それを橙矢が受け止めていた。

「…………ッ」

「東雲……」

「いつまでも呆けてんじゃねぇよ天子!」

「呆けてないわよ!」

 橙矢の影から天子が出てくると緋想の剣を突き出す。

『…………!』

 橙矢を吹き飛ばすと緋想の剣を避けた。

 

 

 

 

 

 

 一際大きい衝突音が響き、椛と村紗が僅かに離れる。

「ここまでやれるとは思いませんでしたよ村紗さん」

「ァ………ァ………!」

「もはや人の言葉すら話せないほどでしたか。……まぁいい、私は貴様を足止めすればいいだけだからな。元からそんな貴様と和解できるとは思ってない」

 視線を鋭くすると足を力強く踏み出し、一歩で目の前まで迫る。

「……………!」

「だから心配せず寝ていろ」

 拳を握り締めると振り抜いた。しかし勢いがつく前に腕を掴んで止めた。

「………ほう?まだ諦められないのか」

「…………ゎ………たし………ぅや……を………!」

 村紗の口から先程とは違って狂気に染まってない、素の声が聞こえた気がして僅かに目を細める。

「…………その調子を保っていろ、村紗水蜜」

 掴まれている腕を振りほどくと横から回し蹴りを入れ、吹き飛ばした。

「長い、長い間貴様とは争ったな。……橙矢さんが外に行ってから。いや、行く前からか」

 突きの構えをすると再び足に力を集束させる。

「だがそれも今日までだ。………貴様を繋げている鎖、私が断ち斬ってやる!」

 地を蹴ると懐に潜り込む。

「───────」

「行くぞ。───頼むから死ぬなよ」

 最速で首もとに突き出した。しかし首を裂く前に鎖に塞がれた。

「まだやるか………!」

 振り抜くと鎖を断ち斬って拳を腹に突き入れる。

「ッ……ヴ……ァァ……!?」

「寝ていろ村紗水蜜!」

 さらに殴り飛ばして岩壁に叩き付けた。

「あの妖怪が抜けた貴様に勝機なんてない。諦めろ」

「……………………!」

 鎖を飛ばして椛の腕を拘束して足に力を込めて踏ん張る。

「くそ………!」

 逆に鎖を掴むと引っ張って引きちぎった。

「貴様の鎖は紙同然だな」

「…………アァ!!」

 村紗が手を突き出すと背後から大量の鎖がうねり、椛に向かっていく。

 それを刀で裂きないし避けながら接近していくと村紗の顔に焦りの表情が浮かんできた。

「残念だが今の貴様では私は殺せない。……あぁ」

「ぃや…………だ……!う………ぁ………奪わないで……!私から!橙矢を!橙矢だけが……私の全てなのに!!」

「──────謝りはしない。少し間違えれば、私も貴様と同じ道を通っていたかもしれないからな」

 目の前まで迫ると拳を握り締め、振りかぶる。

「ァ────────」

 村紗が何か言おうとしたがそれを振り切って拳を振り抜いて力任せに殴り飛ばした。

「もう、立ち上がらないでくれ」

 宙に舞いながら村紗は我に返ったのか今までの事が一気に流れ込んでくる。

「…………………………」

 そのまま血の池に落ち、沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「東雲!合わせなさい!」

 天子が緋想の剣で斬りつけるが避けられる。その影から橙矢が飛び出ると回転しながら八尺様を斬り裂く。

『…………!』

「どうした八尺様!」

「避けて!」

 天子が慌てて橙矢の腕を引き、同時に橙矢がいたところに腕が振り抜かれた。

「わ、悪い天子………」

「いいから、次来るわよ!」

 橙矢を突き飛ばしながら自身も二波を避ける。

 退がりながら斬撃を放ち、着地と同時に地を蹴る。

「天子!」

 叫ぶと八尺の左右と背後の地が隆起して閉じ込める。

「これなら逃げられないなぁ!」

 真っ正面から見据えると妖気で簡易な刃状の物を生成し、投げ付ける。勿論そんなものが通用しないなんてことは承知の上で。

 それは八尺様に弾かれると爆発を起こして視界を奪う。

「姑息だなんて思うなよ」

 脇を通り過ぎると急ブレーキをかけ、八尺様めがけて跳ぶ。

「これが俺のやり方なんだからな!!」

 回転して勢いをつけると力任せに振り抜いて、防がれるがそれでも押しきった。

『…………!』

「アアアァァァァァ!!」

 そのまま回って立て続けに斬撃を撃つ。

 その時椛が駆け出してきて八尺様の脇を通りすぎる際に脇腹を裂いた。が、普通の刀で裂いたせいか傷はつけられない。

(いや、十分!)

 一瞬、椛と目が合う。それだけで何をしようとするか理解した。

 八尺様に接近すると刀を逆手に持ち直して振り抜く。避けられ、カウンターにとばかりに腕を振り上げる。

「かかったな」

 振り抜いた勢いで刀を手放してそれを椛が掴んだ。

「さすがですね、橙矢さん」

 上段から振り下ろして八尺様の袈裟を斬り裂く。

『──────────!?』

 斬り裂かれた八尺様はよろめいて後退する。

「逃がすか!」

 正面から橙矢、背後から天子が妖気を高めた。

「覚悟しなさい八尺様……!」

 天子が突きの構えを取るとそれに呼応して周りの小石やら塵やらが浮いて漂う。

 素早く橙矢が八尺様目掛けて刀を振り抜く。それはすり抜けられるが構わず振り続ける。

「もう、終わらせよう………やれ!天子!」

「全人類の………緋想天!」

 放たれる直前大きく振りかぶり、斬りつける。痛手は負わせられないが、注意を引き付けるには十分すぎるほど。

「橙矢さん!!」

 緋色の閃光はそのまま橙矢ごと八尺様を飲み込んで岩壁に直撃する。

 だが橙矢にはいくら経っても痛みが来なかった。

(……………?)

 顔を上げると橙矢の前で椛が盾を構えて防いでいた。

「椛……!?」

「貴方はいつも自壊覚悟でいきますからね。このくらいなら想定内です」

 しばらくしてから閃光は引いていき、椛が盾を下ろした。

「……………………」

 視線を倒れている八尺様に向ける。

 立ち上がる気力がないのか大の字になって仰向けのまま動かない。

「…………………………ここまでです、村紗を元に戻してもらいますよ」

『…………………………………』

 何か、八尺様が口を僅かに動かして呟いた。

「…………?」

『…………………………ぇ………』

「………あ?」

『だ……め………………このまま……じゃ……あの子が………!』

 その場から八尺様がふと消えて、それを見ていた椛が橙矢に歩み寄る。

「………お疲れ様です。終わりましたね、橙矢さん」

「椛?………何言ってんだ。まだ村紗が──」

「いけません!そいつは偽物です!!」

 明後日の方から聞こえる同じ声。

「え、もみ……じッ─────!?」

 そちらに視線を向けた瞬間、脇腹に何かが突き刺さる感覚がした。

「………………なに…………が」

 確かに視線の先には目の前にいるはずの椛が。すぐ視線を戻すと椛が。しかし目の前にいる椛は口を歪めていた。

「おま………え…………」

 迂闊だった。八尺様には魅入った男の理想の女性に姿を変えることが出来る能力を持っている、ということが頭から抜け落ちていた。

『………………邪魔を……するな………!私がいないとあの子は………もう………!』

 目の前の椛が姿を変え、八尺様に戻った、途端その姿は横にスライドした。

「え……………?」

 そのまま八尺様は壁に激突して再び地に伏せた。

「………何が…………」

 八尺様を吹き飛ばしたのは錨だった。鎖に繋がれたそれを辿っていくと血の池の水面に村紗が立っていた。

「…………村紗……?」

「────────────ハ」

 村紗が掌を翳すと池から大量の鎖が出てくる。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアッハハハハハ!!」

 狂ったように嗤いながら一斉掃射。

「…………!」

 刀で弾くが思っていた以上に重く、吹き飛んだ。

「グ………、村紗ァ………!!」

「私が行きます橙矢さん」

 椛が刀を下段に構えて村紗に向かっていく。

「よせ!椛!」

 橙矢の制止の手を伸ばすも空を切った。

「くそ……!」

 足を強化して地を蹴ると椛を追い抜いて村紗に激突して椛との距離を開けた。

「橙矢さん……………!?」

 至近距離から斬撃を放って村紗を吹き飛ばして追撃をかける。

「────────」

 しかしそれは村紗の一振りでかき消された。

 振り下ろされた錨は地を砕いてひび割れてさらにすり鉢状に窪む。

「………!村紗………お前……!」

 ユラリと身体を持ち上げる村紗の身体中から可視出来るほどの妖気が、それどころかその妖気が濃すぎて圧が増したように感じる。

「………おい、八尺様とは切り離したはずだ。なんであんな妖気があんだよ。……憑いていた以上じゃねぇか……」

『…………貴方は勘違いをしている』

「ッ!」

 背後から聞こえた声に素早く振り向く。

 そこにはふらついた八尺様が辛うじて立っていた。

「八尺様………」

『………元々はあの子はあの状態だった。それを私は抑えていた。………貴方、彼女の妖怪としてのスペックは高くないと言った。それは事実、あの子は二匹分の妖気だけでその身体に取り込める量はすでに限界に達していた。その時点で軽い暴走状態に陥っていた。だから私は………あの子に憑くことによってあの子をそれ以上狂わないようにしていただけ』

「………………」

『貴方はそれを知らずに私を切り離した。そしてあの子を苦しめた。………あの子は殺さない限り止まらない』

「…………………」

「アアアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 窪んでいる穴の中央で村紗が吼えて橙矢を睨み付け、錨を肩にかけて重心を落とす。

「…………………また、間違ってたのか」

 村紗の姿がブレると目の前に迫っていた。

 そのまま力任せに振り抜いて橙矢に直撃させた。

「………!」

 それを橙矢は手で受け止めていた。

「…………いや、無理矢理でもお前を救ってやる。………だから我慢しろ村紗」

 握力で錨を砕くとその拳を握り締めて腹を殴り飛ばす。

「カ…………?」

「………頼む……もう終わってくれ」

 だがむなしく地から鎖が出ると橙矢の足に絡み付いて村紗に引き寄せられる。その上拘束力が強く、骨が軋む。

「…………ァ!」

「橙矢さん!」

 助太刀に入ろうとする椛の腕を天子と布都が押さえ付けた。

「貴女達!何してるんですか!!」

「貴女こそ何してるのよ!今行ったって……東雲の足を引っ張るだけよ!」

 抑えているうちに重い音がし、村紗の錨が橙矢を殴り付けていた。

「…………!むら……さ………」

「………ゥ………アアァァァ………!」

 さらに鎖が橙矢を縛り上げて身動きが取れなくなる。

「──────!!」

 絶叫を上げながら橙矢の全身を錨で殴り続ける。殴るたび耳障りな音がするがそれでも村紗は手を休めなかった。

「…………あぁ、気が済むまでやれ。……お前にはやる権利があッ─────!」

 錨の先が鳩尾に突き刺さって口から大量に血を吹く。

「ァ………ゴフッ…………………ァァ………」

 痛みのあまり言葉すら出ない。なんとか手を伸ばすが鎖に阻まれる。

「……………!」

(村紗………頼む………!)

「……………ァ……さ……」

「ッ!」

 一瞬、村紗の動きが止まる。その隙を逃さず全身を一気に強化して鎖を引きちぎる。

 身体が耐えきれず全身から血が吹き出るが勢いのまま村紗を押し倒した。

「───ここまでだ村紗!もう離さないぞ」

「………………ァァァァ!」

 村紗を中心として妖気が急増してそれにあてられた橙矢に痛感が伝わってくる。

「…………………分かっている。お前がこれまで尋常じゃないほどの痛みを受けていたことを」

 村紗の手が伸びて橙矢の首を掴むと絞めてきて呼吸が困難になる。

「……………ッ!」

 腹を蹴りつけられて既に死に体の橙矢の身体は情けなく崩れて仰向けに倒れた。そこに馬乗りになって先程よりも強く首を絞める。

 あまりにも強すぎるので少しでも緩めようと村紗の腕を掴んで引き剥がそうとするが逆に刺激してしまったのかさらに締め付けが強くなる。

「ァ………ァ………!」

「シ………ネ………!シネシネシネシネ!シンで………もウ、やメてよ橙矢!死んでよ!」

 妖気を一気に放出したせいか微かに村紗の声が聞こえた気がして目を開く。しかし橙矢の目には変わらず殺気を込めて睨み付けて首を絞めている村紗が映っていた。

「まだ、お前はいるんだろ村紗。……なら、そろそろ起きろ!」

 腕の筋肉を強化させると押し返し、村紗に手を伸ばす。

「───────!」

 急な反撃に驚いたのか大きく仰け反る。

 反撃が来る、と身構えた村紗だが次に来たのは痛みではなく包まれた感覚だった。

 

 

 

 

 



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第七十六話 悪事をするにもそれなりの理由がある

えーと、なんというか、言い訳すると期間が長すぎたためところどころ設定とかよくわからないことになってますが………すみません。
それと例大祭行ってきました。楽しかったです




 

 

 

「ぇ…………ぇ……………?」

「……………俺が出来るのは………せいぜい………このくらいだ………」

 今にも消えそうな声で、それでも村紗にしっかりと抱き締めた橙矢は口を開く。

「ごめん……………ごめんな村紗。お前がそんなに辛かったなんて……」

「ァ…………ァァ…………ァァァァ……!!」

 鎖が再び出てくると後ろから橙矢を拘束して引きずる。だがそれでも村紗を放しはしなかった。

「もう………放さないからな………」

「ぃ………ァ…………!」

 村紗が橙矢の肩口に歯を突き立てる。それは肉を引きちぎって焼けるような痛みが全身を駆け抜ける。

「──────!!」

「ハ……なシて……!やめテ………!ハナれてよ!もウ……………こんな所………ワたしの居場所ナンて………ナイんだから………。だカらせめ……て、一緒二………死んデよ橙矢!!」

(………あぁ、そういうことか)

 今になってようやく気が付いた。

 自分が受け付けなかったためにこの少女は全てを捨てた。

 全ては、東雲橙矢の為に。

「………なら、俺が─────」

 口を開いた瞬間妖気が戻っていたのか村紗の身体から今や妖怪の橙矢ですら毒々しく感じるほど濃密な妖気が放たれる。

「───────」

 意識を保つのも困難になる中で必死に耐えていたがそれでも押し負けて落ちていく。だが村紗だけは決して、放しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 次に橙矢の視界に映ったのは何もない深淵だった。

「………………………」

 一応、辺りを見渡しても何もない。というよりも何も見えない。

「…………ァ………ァ………」

「……?」

 集中しなければ聞こえないほど微かな声が何処からか聞こえてそちらに足を向ける。

「誰……か…………いない……の」

 歩を進めるほどその声は聞こえてくるようになり、そしてその声には聞き覚えがあった。

「村紗か?」

 橙矢が声を上げるも、声の主には聞こえてないみたいだった。

「こんな暗い中じゃ見付けらんねぇよ。ったく」

「…………?だ………誰………?」

 愚痴を溢したのには反応し、その後に引き摺る音がした。

「誰って……それはこっちの台詞なんだがな」

「……………………私、は………むら、さ……。村紗水蜜」

「……やっぱりお前か村紗。俺は……まぁ言わなくても分かるだろ」

「………………橙矢」

「正解。………それより村紗、姿を見せてくれ。こちとらずっと真っ暗闇の中でいい加減疲れたんだ」

「………………そう、橙矢にはそう見えるんだ」

「何言ってる。ここが何処であれ俺はお前の姿が見たいんだ」

「…………私の姿。うん、それもそうだね」

 すると少しだけだが視界が晴れる。先程に比べればマシになった方だがそれでもまだ見えづらい。

 目を細めながら再び辺りを見渡す。すると明後日の方角に一人、膝を抱えて踞っていた。

「…………………」

 歩き出してその者の前に来ると片膝を落とした。

「………………村紗、村紗なんだろ。起きろ」

「………………橙矢」

 村紗が顔を上げて橙矢を視界に入れる。しかしその目は屍同然の元だった。

「…………村紗、大丈夫か?」

「………………なんで、なんで橙矢………殺して……くれない……の………」

「まださっきのこと引き摺っているのか。……忘れろ。俺はただお前と話したいだけだ」

「…………は………………ははは………馬鹿言わないでよ…………私なんか死んでも……………誰も悲しんだりしないから」

 橙矢から視線を外すと背を向けた。

「……………………なんでそんなこと言えるんだよお前」

「…………私、色んな人に迷惑かけて、傷付けて。……その上橙矢の…………あの、白狼天狗を殺しかけた。そんな奴の誰が……。ほら、それがこれだよ」

 村紗の上空にある映像が映る。それは村紗目線の、椛を強襲しているものだった。

「……………ね?見たでしょ?これが私の本性。分かったでしょ?」

「………………………」

「………………あのね、橙矢。見れば分かるように私は幼い頃、というか人間の頃、この身体の時に溺死して舟幽霊になった。そこからは舟をひっくり返しての毎日。…………悪くなかったよ。それが舟幽霊としての私なんだから。けどね、そんな私でも聖は受け入れてくれた。………その聖も人に裏切られて封印されるんだけど」

「……………あぁ、知ってる。雲居さんに聞いてるよ」

「うん…………。聖を助けるまでかなりの時間を有したよ。私は以前のように戻って、だけどそれも一輪やナズーリンに助けられて。そして………幻想郷にたどり着いた。そこからは順風満帆だったよ。………橙矢に会うまでは」

 未だ橙矢に背を向けたまま上空を見上げた。

「……………いつからかな、気が付いたら橙矢のこと、好きになってたんだ。それからは会うたび、顔を見るたび嬉しくて…………。けど、その隣にいるのは私じゃなくあの白狼天狗なんだって気付いた時から、辛くて………辛くて。私が私じゃなくなっていくような感覚がして。………………そして橙矢が外に行っちゃった時。そこからもう私は自分が抑えきれなかった」

「だからってな。あれはやり過ぎだ」

「分かってるよ。………分かってるんだ。それでも………許せなくて」

「……………………お前の気持ちは分かる。俺も似たような理由で異変を起こしたからな」

 脳裏に過るは半年前の叢雲の異変の事。殺されにいった神奈をために幻想郷全土を目の敵にして、各所を潰して回っていた。あの頃を。

「だがそんな馬鹿げた異変は俺で最後でいい」

 村紗のもとまで歩むと後ろから軽く抱き締める。

「……………ッと、橙矢………」

「ごめんな。お前を一人にして。何度もお前を裏切って。…………けど、あのまま操り人形になってても俺達は必ず幸せになんてなれない」

「……とぅ……や…………」

「だから戻ってこい村紗。お前の中にある妖気は俺が引き受ける」

「け、けどそんなことしたら橙矢………」

「お前を助けるためだ。安いもんさ」

あぁ、そうだった。橙矢はこういう人だった。

「………ぅ…………うぅ………」

 村紗が抱き締めている腕を掴むと顔を押し当てて嗚咽の声が漏れる。

「………………村紗」

 つねに自分の護りたいものを優先して、それで自分が傷つくことも厭わない。

 そんな橙矢を独り占めしたくて。

「ごめん………なさい………橙矢………!ごめん………」

「………俺に謝るな。他に謝るべき人妖がいるだろ?」

「うん………うん……………」

「………よく、一人で耐えたな村紗」

 けどその橙矢にはすでに大切な者がいて、もう私に入るところはなくて。それを橙矢が幸せと言うのなら、それを受け入れなければ。本当の意味での彼の幸せを望んでいるならば…………。

「…………だって、これに負けたら、私、村紗として橙矢に二度と会えないような気がして……」

「そうか。よく頑張った。後は俺に任せておけ。お前は休んでいろ」

「…………うん。任せるよ。けど、何でだろうね………橙矢の腕の中はこんなに暖かいのに……………離れてっちゃうんだろう………」

「………離れていったのはお前の方だ」

「………………どうだろう、ね」

「……そろそろ戻ろう村紗」

「…………………橙矢」

 身体を橙矢の預けるようにもたれると眠るように目を閉じた。

「…………おやすみ、村紗。次起きた時には……全て終わってるからな」

 微睡みに落ちていく中で橙矢の声だけははっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 濃密な妖気が放出されて数分。晴れるのを待たずにそこへ突っ込もうとする椛をいまだに布都と天子は押さえ込んでいた。

「死ににいくつもりか犬走椛!」

「けど!橙矢さんがまだあの中に!」

「だからといってお主をあそこに行かせるわけにはいかん!死ぬぞ!」

「そうよ!あんたが東雲を信じないでどうするの!?大人しく……してろ!」

 顔の真横に緋想の剣を突き刺すと椛の動きが止まった。

「…………東雲に何かあれば私と尸解仙がどうにかする!だから………あんたは大人しくしてなさい!」

「ぃ……いや……!橙矢さん!」

 まだ諦めきれないのか制止を振り切って駆け出す。しかしその足に弾幕が撃ち込まれて勢いよく地を転がった。

「お主………いい加減にしろ!」

「アアアァァァァァァ!」

 叫ぶと同時に妖気の勢いが強まる。それは離れていた天子と布都も吐き気が催すほどだった。

「これ………マズいんじゃ………」

「東雲………!」

「橙矢……さ………」

 しかしそれは一気に爆散した。

「ッ!」

「………………何?」

「………東雲!無事か!」

 煙幕で見えない中、布都が声を上げるがそれには誰も応えなかった。

「くそ………東雲!しのの……………」

 声を荒げていた布都が何かを見付けたのか、目が開かれる。

 視線の先には血まみれの橙矢が村紗を抱き締めていた。しかも二人とも意識がないのかそのままピクリとも動かなかった。

「橙矢さん!」

「待て!行くな白狼天狗!」

「いい加減にしろ!もう妖気は消えた!橙矢さんは致命傷を………」

「それでもだ!」

 布都が椛の後頭部を掴むと橙矢へと向けさせた。

「確かにあの舟幽霊から妖気は抜けた!だが………」

 すると橙矢の身体が大きく脈打った。

「……………え?」

「ァ…………ァ………」

「……………橙矢…………さん………?」

「…………やはりそうなったか。奴め、村紗水蜜の妖気を……喰ってる……!」

「ハァ!?尸解仙、あんた何言ってるのよ!そんなことできるわけ……」

「残念だが可能だ。だが奪う、ということとは違う。渡されるものだ。つまり村紗水蜜が自ら手放し、それを東雲橙矢が受け止めた。ということだ。………だが無謀だ。そんなことして正気を保てるはずがない………。村紗水蜜の二の舞になるぞ」

「ァァァ……………ァ………む……ラ……サ……ァ…」

 溢れんばかりの妖気を無理矢理抑えながら村紗を横にさせる。

 だがそこで限界だったのか頭を抱えると暴れ始める。

「ァァァァ!!」

「ッ!村紗水蜜を安全な場所まで連れて行け!その間我が押さえる!」

「私も行くわ。白狼天狗、アンタが運びなさい!」

 二人して橙矢に向かっていくのを横目に村紗へと駆け出して傍らに立つと持ち上げた。

「まったく……最後の最後まで世話の焼ける………!」

 退却する直前目の前に飛んできた緋想の剣が突き刺さった。

「……………え?」

「逃げ……なさい白狼天狗!」

 橙矢の方を向くとすでに布都が壁に叩き付けられ、天子が橙矢の足元に倒れていた。

「橙矢さん………」

「────────!!」

 屈んだかと思うと目の前にまで迫っていた。

 村紗を庇うように退くと刀を抜いて振り抜く。

「橙矢さん………貴方………」

「ォ………ァ…………ァァァ………!」

 悶えながらも椛を睨み付けると橙矢も刀を抜いた。

 それは黒い妖気に包まれると地に突き刺す。そこから振り上げると地から斬擊が飛び出して椛に向けて走る。

「そんなもので……!」

 椛も橙矢同様突き刺すと妖気を放つと周囲から衝撃波が発生して斬擊を防いだ。

「…………………橙矢さん、いくらなんでも人が良すぎます。………あれほどの妖気を自分一人で受けきろうなんて」

「────ならば、私が止めましょう」

 橙矢の背後から声がすると橙矢の胸から手が貫いてきた。

「ッ!」

「ァ………ァ………?」

「馬鹿なことはするものではなくってよ、東雲さん」

 手が抜かれて橙矢が倒れるとそこにはスキマ妖怪が佇んでいた。

「…………八雲……紫……………」

「こんにちは白狼天狗さん。よくここまで八尺様を追いつめてくださいました」

「………そんなことより!橙矢さんに何をした!」

「そんなこと………。かなり重要なことなのだけれど…………まぁいいわ。なに、東雲さんには傷ひとつつけてないわ。ただ彼は無理矢理馬鹿げた妖気を取り込もうとして、逆に飲まれそうになった。だからその妖気を抜いただけです」

 橙矢を貫いた手を開くと可視出来る程の妖気が掌で渦巻いていた。

「直に起きます。安心しなさい。それよりも………すべきことがまだ残っているでしょう?」

 橙矢から視線を外すと村紗に向けた。

「彼女は人間を襲った。そして殺した。それはスペルカードルールに違反します。……然るべき対処が必要です。それが例え」

 傘を持ち上げると村紗に構えた。

「殺すことになろうと」

 スキマが開かれると高速で弾幕が放たれる。突然の急襲に椛は反応出来ず、一拍遅れて村紗に駆け出す。

「やめろッ!」

「もう遅い」

 紫の低い声が聞こえると同時に弾幕が直撃する音が響く。

「……………な、」

 次に出てきたのは紫の驚愕した声だった。

 村紗に直撃するはずの弾幕は、彼女を庇った橙矢の背に撃ち込まれてた。

「………ッ。………やく……も……さん………ッ!どういうことだッ!」

 足も限界に来ているのか震え始め、息も途絶え途絶え、さらに今の紫の弾幕によってすでに死に体だった身体がより壊れ始める。

「今さら………出てきて何が殺す……だ!ふざけるな!誰が……殺させるか………ゴホッ!?」

 膝をついて血を吹き出す。そんな橙矢に椛が駆け寄った。

「橙矢さん!駄目です!動かないでください!」

「どけ椛!村紗が………殺され………かけてんだぞ!!なのに………それを、黙ってみて……ァ……オェェ!」

 先程とは比べ物にならないほどの血を吹くと倒れた。

「橙矢さん!!」

「………貴方の悪い癖よ。東雲さん」

「八雲……紫ィィ!!」

 地を砕くほど力を込めて紫に駆け出す。

「貴女も黙りなさい」

 椛の目の前の空間が裂けるとそこに突っ込ませた。次に椛の視界に映ったのは目一杯に広がる岩壁だった。

「寝てなさい」

 激突して怯んでる隙に弾幕を撃ち込まれて避けきれずに地に倒れた。

「………さて、これで片付いたわね。後は………」

 八尺様に視線を向けるとその背後にスキマが開かれる。

『…………!私が、見え………』

「今の貴女を戻すことくらい。訳ないですよ」

 そのままスキマに吸い込まれるとその姿が最初からいなかったかのように消えた。

「八く、も………さん………!ぁ……なた……は………!」

「………しぶといわね。東雲さん」

 ボタボタと血を垂らしながら橙矢が紫へと歩み寄る。その姿はまるで幽鬼だった。

「………いい加減大人しくしてください東雲さん。………心苦しいですが……仕方ないことです」

「ァ…………ァ…………!俺は………!」

 刀を引きずりながら村紗の前に立つ。

「殺さ、せや………しない………絶対………!」

「…………少し痛いだろうけど、そこは我慢してください」

 瞬間、橙矢の脇腹に弾幕がねじ込まれて吹き飛ぶ。

「──────」

「…………大人しくしておけばいいものを」

「ぅ…………あ……ァァァァ………!」

 吹き飛びながら刀を投げつけて紫の足元に突き刺さる。

「………何、を─────」

 橙矢の方を見るが姿は見えなかった。

「…………!」

 スキマに潜って少し離れたところに立つと先程まで紫がいたところを橙矢が刀を振り抜いていた。

「ハ………ァ………やらせる……かよ………!」

「…………貴方、そういえば追い込まれるたび化け物と化するんだったわね」

 刀を紫に向けながら睨み付ける。それを真っ直ぐ受け止めると橙矢の周りにスキマを開かせた。

「逃がさないわ」

 橙矢が反応するよりも速く鎖を吐き出すと拘束した。

「…………こんなもので……!」

「いいえ、終わりよ」

 背後から弾幕を撃つと後頭部に直撃させる。

「ァ…………」

 橙矢がぐらついてそのまま倒れる。

「少し寝ていなさい東雲さん」

 身動きが取れない橙矢目掛けて弾幕を放った。

 

 

 

 

 



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第七十七話 打ち上げは程々がちょうどいい

お久しぶりです、船長です。
最後に投稿してからかなりの時間が経ちました。ですので所々おかしい箇所がありますがどうかご了承ください。




 

「寝ていなさい東雲さん」

「───させっかよ!!」

 突如橙矢の前にひとつの影が地を砕きながら着地した。

「…………何?」

「おいおい、ひどい有り様だな。もっと気楽に行こうぜ」

「…………!」

 声の主の姿がハッキリ見えてくると紫が、というよりその場にいた全員が目を見開く。

「………どうして、貴方が………」

「なんで………どうして………お兄様!」

 椛の声を煩わしげに受け止めると総隊長は紫の方へ視線を向けた。

「なんで、か。まぁ確かに当然の疑問だな。……簡潔に言えば、義理は果たす」

「総隊長………貴方が東雲さんを庇う理由はないはず。それどころか貴方は………」

「俺にも立場ってものがあってだな。時にはそんなこともあるさ」

「隊長!」

 総隊長の背後から追ってきていたのか水蓮が出てくると椛に駆け寄る。

「……………水蓮……さん……?」

「遅くなってごめんね隊長。……総隊長を呼ぶのに手間がかかったんだ」

「お兄様が………」

「うん、ボクも少し意外だったよ」

「……いえ、お兄様だからこそです」

「ん?」

「………………呼びに行ったのが貴女で良かった。他の方なら来なかったでしょうに」

「……隊長、それって────」

「すみません。無駄話が過ぎましたね」

「………………」

 椛が話を打ち切って相対し合うスキマ妖怪と総隊長に視線を移した。

「………貴方、そこまであの少女を……」

「黙れ。これは俺のケジメだ。お前なんざにとやかく言われる筋合いはない。だからさっさと退け。……ま、やるんだったらそれでもいいが?この使い道のない能力で相手してやるよ」

「………………………貴方とやり合う気はさらさらないわ。……何が望みなの」

「俺の、じゃないんだけどな。そこの舟幽霊の解放、それだけだ」

「……その娘は何人もの人を殺した。報いは受けるべきよ」

「悪いが殺ったのは八尺だ。奴じゃない。故に咎められるは八尺だけだと思うがな」

「………………いや、彼女も共犯よ」

「………じゃあ無罪ということに、しろ」

「無理よ」

「では死ね」

 総隊長が剣を引き抜いて突き付ける。

「俺の能力、忘れたとは言わせないぞ。あんたなんぞ話にならない」

「…………その通り。貴方は実に馬鹿げている。あんな能力でここまでやってきたのだか」

「褒めたって手加減する気はない。覚悟しろよ。あんたには聞きたいことが山ほどあるんだ。洗いざらい吐いてもらうぞ」

「…………大体想像できるけど、答える気はさらさらないわ」

「────吹き飛べ」

 いつの間にか紫の目の前に迫っていた。

 剣を逆手に持って柄を紫に激突させ、そのまま岩壁へ叩き付けた。

「─────カ……!?」

「残念。いくらお前でもこの速度には追い付けないみたいだな」

 刀身を首に突き付けて残りの片手で顎を持ち上げた。

「無様だなァ賢者サマ?あの頃とは立場がまるで逆だ」

「…………!」

「分かったらいい加減俺の言う通りにしろ。お前に構ってる時間が無駄だ。早くしろ」

「………………そんなこと……」

「………あ?」

 剣を押し付けて首が僅かに裂かれる。

「俺は命令してるんだ。理解しろ」

「…………ッ」

 苦悶の表情を見せながら何か呟き、総隊長がそれを聞くと不快そうに顔を歪める。

「答えが違う」

 そのまま剣を振り抜いて首を軽く裂いた。

「ァ……カ……!?」

「いいから、早くしろ。遅かれ早かれお前は俺の言うことを聞くことになるんだ」

「………………!わ………分かった………わ」

「………………そうか、それならいい。おい蔓、これでいいんだろ?」

「え、あ………はい」

「……………………もう戻る。じゃあな。スキマ妖怪、お前は俺と来い」

「………………………分かったわ」

「それと椛、早くその馬鹿共を治療してやれ。特に舟幽霊をな。東雲橙矢はその後でもいい」

「お兄様!?橙矢さんが一番の重症なのですよ!」

「馬鹿した幽霊に事情聴衆するのが先だろうが」

「それは………そうですが…………」

「分かったら早くしろ。天人と尸解仙もついでだ。面倒を見てやれ。俺は地底の奴等を帰してくる」

 そう言って今まで隠れていたこいしを促して地霊殿組を連れていった。

「………………お兄様」

「隊長、総隊長のことは後にしよう。まずはこの惨事を元に戻そう」

「…………そうですね」

 二人が辺りを見渡すとひとまず目についた天人と尸解仙に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………村紗」

 名前を呼ばれた気がして、長い夢から覚める。そこには橙矢の顔が。しかしそれは血で濡れていていつもの見る影もなかった。

「とう………や…………………?」

「………起きたのか…………村紗」

 後ろに倒れそうになる橙矢に気付いたのか慌てて支える。

「橙矢!?ねぇ、ちょっと、橙矢ってば!」

「……………ら……さ………」

「いや!橙矢!」

「………─────」

 橙矢の意識が飛び、その身体を村紗が抱き止めた。

「橙矢………………」

「橙矢さんは気を失っているだけです。安静にさせておきましょう」

 いつの間に傍らにいたのか椛が村紗を見下ろしていた。

「…………他の者はすでに運びました。後は貴女と橙矢さんだけです」

「…………分かった。すぐに行くから………」

 橙矢の腕を肩に回して立ち上がろうとするが村紗も相当疲弊していたのか膝から崩れ落ちる。

 その身体を椛が支えた。

「しっかりしてください。彼を運ぶのなら責任を持って最後まで遂げなさい」

「………!…………ごめ、ん………」

「貴女が謝る相手は私ではありません。橙矢さんです」

 橙矢と村紗の間に割り込み、二人を支えながら地上の道へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、橙矢が目覚めたのは日が真上に来たときだった。

「……………………」

 身体を起こしてふと、何か違和感を感じた。

「……………」

 隣を見てみると橙矢に寄り添うように椛が寝ていた。

「……椛」

「ん……………」

 少し身動ぎしてからゆっくりと瞼が開かれ、橙矢を映した。

「……………………」

「……………………」

「…………………ッ!!と、橙矢さん!?」

「あ、あぁ俺だが…………どうして添い寝?」

「あ、いやこれにはですね……海より高く空より深い理由がありましてててて」

 慌てたように手をわたわたさせながら支離滅裂な言葉を言い出す。

「おい落ち着け椛」

 落ち着かせるために両肩を掴むと椛の顔が真っ赤になる。

「…………椛?」

「…………橙矢さん………」

「ん?」

 ふと、椛が橙矢にもたれ掛かってきた。

「良かった……貴方が無事で………」

「………何を急に」

「あんなにもボロボロになって……見ているこっちの身にもなってください………」

「ごめんな、椛」

 椛を抱き寄せると頭を撫でる。

「…………橙矢さん……………」

「今だけの気の迷いだ。気にするな」

「今だけ……ですか?」

 椛が顔を上げて至近距離で橙矢と見つめ合う。

「…………」

「…………………私はこれからもずっと貴方とこうして……いられたら」

「…………悪かったよ、今だけじゃない。俺もこれからもお前とこうしていたい」

 すると椛の顔が目に見えて分かるように明るくなる。

「はい、私達……ずっと一緒ですから」

「………あぁ」

「…………あの、橙矢さん?」

 ふと、椛が声を上げて橙矢を見る。

「どうした?」

「………急なのですが……数日後、里で行われる祭り……はご存知ですか?」

 夏の末に里では数少ない祭りのような催しが行われるらしい。それはこの幻想郷の新参者である橙矢も知っていること。異変やらが立て続けに起きていたせいでまったく気にしてはなかったが確かにもう数日後のことだった。

「ん?あぁ知ってる。それがどうした?だがあれがあったばかりだからなぁ………やるのか?」

「えぇ、幸いにも被害は大きくないらしく、いつも通り行われるらしいですよ。……あの、それで、ですね………」

 何やら椛がもじもじしながら時たま橙矢から視線を外したりしている。

「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「……………橙矢さんがよろしければご一緒に行きませんか?」

 少し遠慮したように橙矢を見つめながら誘う。

「あー、ん…………」

 バツが悪そうに頬をかくと口を開いた。

「……悪い、先客がいるんだ」

「え?」

「だからごめんな」

「い、いえ気になさらないでください。橙矢さんにも付き合いがありますから」

「あぁ、そういう訳だ。……ほんとに悪いと思ってる」

「あの………ちなみにお相手は?」

「そんなの聞いてどうする」

「あ、いえ………少し気になって………」

「うーん………まぁいずれにせよ俺はお前とは行けない」

「……分かりました」

「そんな残念そうな顔するな」

 手を頭から頬に添えると再び抱き寄せた。

「待っててくれ。穴埋めはいずれする」

「そんな穴埋めだなんてわざわざ………。ですがえぇ、今度してもらいます」

 椛にしては珍しい意地悪げな笑みを浮かべ、それに対して橙矢は軽く笑みを浮かべた。

 

 

 

 



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第七十八話 祭りの雰囲気は好きだけど人混みは苦手

約一ヶ月ですね。もうどんなの書いていたか覚えてないです。単なる言い訳ですけど



 日が傾き、夕暮れに差し掛かった頃、いつもより装飾された里の入り口でいつもの白狼天狗の格好、ではなく彼がまだ人間の頃に来ていた服で立っていた。

 まぁそれには理由があり、いつもの格好ではなんと言うか……少々堅苦しいところがあり、気分的にも休めないため、これを選択した。とは言え髪の色や耳はどうしても隠せないためそのままにしていた。外に出ていた頃は紫の協力もあったのもあり、隠し通せていたが橙矢個人の力はそこまで強力なものではないので干渉力がない。故にどうしようもない。

「まったく………。視線が痛い」

 道行く行く人々に不快な視線を浴びせられるが慣れたもんだとある人物を待っていた。

「ぁ…………と、とう……や」

 ふと、近くからか細い声が聞こえた。そちらに顔を向けると浴衣姿の黒髪の少女がたどたどしく橙矢を見つめていた。

「…………どちら様で?」

 唐突に声をかけられたため、何か考える前に言葉を発していた。そしてその言葉の後にハッと口を紡いだ。

「………橙矢?私だよ」

 かなり落ち込んだ様子で少し涙目になりながら橙矢を見上げる。

「え、あ、ごめん………。えっと………む、村紗だよな。いつも通りの格好じゃなかったから見違えた」

 いつもは水兵服と帽子というトレードマークがあったから分かっていたが、それを抜くとこうも普通の少女と変わりないからすっかり頭から抜け落ちていた。

「………分かってくれた?」

「悪い……いつものお前と違うからつい、な。似合いすぎてて気が付かなかった」

「────!」

 急に村紗の顔が真っ赤に染まり、俯く。

「あ………ありがと………」

 か細く聞こえたそれは、しかしはっきりと聞こえた。

「……あぁ」

「橙矢………」

「………そろそろ行くか」

「うん」

 橙矢が先に行こうとすると橙矢の服の裾を掴まれた。

「…………ん?」

 裾を掴んでいたのは村紗だった。

「どうした村紗?何か忘れものでもしたか」

「あ、あの…………手、手を……」

 恥ずかしそうに橙矢を見つめる。それだけで何が言いたいか理解できた。

「村紗」

「な、なに……?」

「人だかりが多いとはぐれやすいから」

 村紗に手を差しのべると嬉しそうにその手を握った。

「………そういえばこうして普通に触れあうのって案外初めてか?」

「………うん、そうかも。前にあった気がするけど……記憶にない」

「そうか……。俺も多分忘れてんのかな……」

「大丈夫。私も忘れていたんだから」

「一緒だな。さて、時間は有限だし早めに回るとするか」

 橙矢が村紗を先導する形で里へと入っていった。

 

 

 

 

「どうだい隊長?東雲君は」

 妖怪の山で水蓮は寝そべりながら微かに眉間にシワを寄せている椛に声をかけた。

「まぁ、予想通りですよ。村紗さんといます」

「いやぁまさかねぇ、船長さんが先手を打ってたなんて。そんな時間あったっけ?」

「………ですが実際に約束していたのは事実。次の機会でも伺うとしましょう」

「じゃあその時はボクが東雲君を誘おうかな」

「………貴女が?」

「まぁね、東雲君といても退屈しないからね」

 それを聞いてよりシワが寄せられるが構わず続けた。

「彼は何気に優しいからボクはいいと思うけどね?まぁお付き合いしている人はいなさそうだし?」

「……………そういえばそうですね。橙矢さんからはそのような浮いた話は聞きません」

「一番の候補がこれだもんなぁ」

「何か?」

「いいや何も」

 椛の痛い視線を受け流しながらよっ、と立ち上がった。

「まぁ東雲君のこと云々置いといてボク達だけで行くかい?」

「私達が?何故です」

「やだなぁ、ずっと気を張りっぱなしじゃない。そんなんじゃいつか過労で倒れるよ?」

 大袈裟なアクションを起こしながらわざとらしい意地悪げな笑みを浮かばせる。

「確かに…………そうですが」

「何か心配でも?……まぁあの二人に遭遇しないか。だけどまぁ心配いらないでしょ。こっちが知らない顔してれば」

「………………」

「ボクは出来るけどね。隊長は出来る?」

「…………仕方ないですね。付いていきますよ」

「もー、素直じゃないな隊長は。ちゃんと告白するときはそんなんじゃ駄目だよ?」

「告白?何がですか」

「何がってそりゃあ」

 水蓮が椛の耳元に顔を近づけると

「東雲君にだよ」

 ボソッと言うと椛の顔が真っ赤に染まり、打ち上げられた魚のように口を開閉させる。

「な、ななななな何言ってるんですか!」

 もの凄い勢いで下がり、木に激突する。が、木が折れてそれに気が付かずに下がり続ける。

「私と橙矢さんはそんな関係ではないです!何度言えば分かるのですか!!」

「うーん、困ったもんだねぇ。……ねぇ隊長、そこまで言うなら彼が別の誰かと添い遂げてもいいってこと?」

「は?」

「いやだってさ………恋人のようなそんな関係じゃないんでしょ?ならそういうことだよね」

「……………」

「たーいちょ、そんなに難しいことじゃないよ」

 水蓮は前に立つと覗き込む。

「隊長は可愛いんだから。心配ないって」

「むぅ………そう言われるのは初めてです」

「山にいる天狗はみぃんな力が全てだからねぇ。容姿なんて目もくれない。……悪いけどボクはそれが嫌いでね。目の前にこんな可愛い白狼がいるなんて。鞍馬や鴉なんて目じゃない」

「………そう言う貴女もですよ水蓮さん」

「ありがと、隊長。そういう優しいところも含めて好きだよ」

「私もですよ。貴女とはかなり付き合いが長いですからね。その貴女が言うのなら………きっとそうなんでしょう」

「そうだよ隊長。だから自信を持った方がいいよ。君に一番足りないのはとにかく踏み出すための一歩なんだから」

 そう言うと水蓮が急に椛を引っ張り始めた。

「ほら早く行くよ」

「へ?……何処へ?」

「隊長……ボク最初になに言ったか覚えてる?」

「最初ですか?………すみません忘れました」

「はぁ~……あのさぁ、言ったじゃん。祭りに行こうって」

「え、あ、そうでしたっけ」

「は?いやいやいや、えぇ?忘れちゃったの?」

「………………い、いや全然」

「忘れてるじゃん。……まぁいいけどさ。行くの行かないの?」

「せっかくですからね、行きましょう」

「そう言ってくれると思ったよ。じゃあ行こうか」

 水蓮が歩き出すとそれに椛が続く。

「……それより水蓮さん」

「ん?」

「貴女………話をしているなかで橙矢さんが他の人と祭りに行っていること、何か知っているのですか?」

「…………うーん?」

「………………」

「確かに。確かにボクははじめから東雲君があの舟幽霊と一緒に行くことは知ってたよ」

「……はい、それで?」

「事の発端は異変が解決したあの日。そしてあの場所。ボクはたまたま見ちゃったんだ。東雲君と村紗水蜜の二人が話してるのを」

「二人がですか?……そんな時ありましたっけ?」

「あったよ。……話を切り出したのは村紗水蜜から。…………そしてその些細な願いを東雲君は叶えた」

「それが祭りに行くこと?」

「そういうこと。……今までの彼女からしてみればかなり意外なものだけどね」

「どういうことでしょう。………このまま橙矢さんをどうかするとかですかね?」

「ま、そうだと考えるのが妥当だね。けど残念、ボクはまったくの逆意見だ」

「彼女は何もしないと?」

「確信はない。けど彼女からは以前のような悪意は感じられない。今はただのか弱い、恋する少女となんら変わらないよ。………正直言えばかなり強いね」

「強い?何がです」

「女子力って言うの?それともヒロイン力って言うのかな?今まではガツガツの肉食系なのが急に一歩後ろを歩く大和撫子見たいな女の子になったことが」

「ですがそれは今のうちです。すぐ元の彼女に戻りますよ」

「そんなこと言ったってねぇ。分からないものはしょうがない。自分の目で確かめてきなって」

 そこまで言うと水蓮の身体が白狼へと変わった。

「じゃあ急ごうか。早くしないと日がくれて祭りも終わる」

「あの………そこまで急ぐ必要は」

「何言ってるの隊長。屋台が畳んじゃうでしょ!」

 言うや否や脱兎のごとく駆け出した。それにつられるように椛も白狼へと変わり、駆け出した。

 

 

 

 

 

 里を歩き回りながら時たま屋台で何かを買い、そこいらの建物にもたれながら橙矢と村紗はそれらを嗜んでいた。

「どうだ村紗。おいしいか?」

 そう言う橙矢の視線の先には村紗の手にあるリンゴ飴。

「うん、これもだしさっき食べたのもおいしかったよ」

「それなら良かった。お前が楽しんでくれないと俺も楽しくないからさ」

「……………」

 ふと村紗が言葉を止めて橙矢の方をじっと見てくる。それに気付いたのか村紗を一瞥した。

「どうした」

「……いや、あのさ………橙矢って………優しいよね」

「急に何だ。それに俺が優しいわけあるか。そんなこと言ったら全人類仏様だ。お祈りしたい放題だな」

「……そういうことじゃなくて。なんであそこまでした私と……こうまでしてくれるの?………私は散々橙矢に酷いことをして……普通なら嫌われることもした。終いには私自ら橙矢から嫌われるようなことをした。……けど、それでも橙矢は私のことを見捨てようとしなかった。………ねぇ、何でなの?」

「………知るかよ。強いて言うなら俺はお前の味方だからな。お前がどんだけアホなことをしようとも、それがどんなに非情で残酷なことだとしてもお前は見捨てたくなかった。かつてお前が俺を信頼してくれたようにな」

 橙矢が村紗の頭を撫でると村紗がすり寄る。

「…………当たり前だよ。好きな人のことだもん。信じるに決まってる」

「それでもだ。………ありがとう村紗」

「違うよ橙矢、それを言うのは私。……ありがと橙矢。こんな私を助けてくれて」

「…………あぁ、どういたしまして」

 村紗が瞳に涙を浮かべながら微笑むと橙矢も口の端を吊り上げた。

「ずっと気がかりだったんだ。ほんとは橙矢は私のこと、しょうがなく付き合ってくれてるだけなんだって。けど橙矢は心の底から私といることを望んでくれて……本当に嬉しかった」

「…………そうか。……さて、次は何処行く?まだ時間はあるんだ。どうせなら楽しまなきゃな」

「うん!」

 屋台が続く道を、二人は手を繋ぎながら歩いていった。

 



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第七十九話

正直書く気はなかったのですがどうせならこの章は最後までやります。


 そこから橙矢と村紗は里中に広がる屋台をほぼ周り、そこで村紗はひとつ気が付いたことがあった。

 パァンという乾いた音がし、コルクが撃ち出される。しかしそれは何かに当たるわけではなく壁に当たり、落ちていく。

「たまたまだ。いつもだったら当ててる」

 水の中で泳いでいる金魚を目で追いながらポイを入れる。しかしそれはすぐに破れ、使い物にならなくなる。

「なかなかやるなこの金魚」

 玉釣りではかなりの時間かけて取った玉をひとつき目で破裂させてしまったり。

「………脆いな」

(こ、これは………)

 さすがの村紗も察しがついたのか途中までは止めにはいるようなことはしなかったが。

「あぁ次はあれやるか」

「ね、ねぇ橙矢?」

 さすがにこれ以上は金の無駄だと思ったのか声をかけた。

「どうした?」

「もしかして橙矢………こういうの苦手なの?」

「そんな訳あるか。逆に得意だぞ」

「……冗談で言ってるんだよね?」

「は?」

「え?」

「いやいや、なんで?」

「え、いやだってさっきまで散々な結果だったじゃん」

「あれが普通だろ?」

「…………本気でそれ言ってるの?」

「違うのか?」

「………橙矢、私から言うけど……上手くできてないよ?」

「えぇ………マジか」

「鈍感にも程があるよ橙矢」

「だから外の世界の時も何回も誘われたのか……クソッ」

「橙矢、他の場所に行こ?」

「良いのか?にしても何処へ行く」

「何処にしよっか。橙矢は何処か行きたいところある?」

「別に何処でもいいさ。お前と一緒ならな」

「…………うん、私も」

 村紗が照れながら橙矢に寄り添う。

「そうだな。とりあえず一通り回ったから何処かに落ち着くか」

「うん」

「じゃあ……あそこら辺でいいか」

 橙矢が適当なところを指すとそこへと向かう。

「…………あら、珍しい組み合わせですね」

 途中で声をかけられた。そちらへ視線を向けると普通なら人里にはいるはずのない顔が見れた。

「さとり?どうしてこんなところに」

「ふふ、橙矢さんに会いに来たら、と言ったらどうでしょう」

「それはそれは、結構なことだ」

「お兄ちゃん!私もいるよ!」

 さとりの後ろからもう一人の少女が顔を出す。

「あぁお前もいたのかこいし。姉妹で仲良くしてなによりだ」

「えぇ、どうせならとこいしを誘ったのです」

「お前にしては珍しいな。こういう催しは人が集まるから来ないと思っていたんだが」

「ま、まぁそれは………」

「お姉ちゃんはねー、東雲お兄ちゃんに会いたいがために来たんだよ」

「ちょ、ちょっとこいし!」

「そうなのか?それはご苦労なことだ。わざわざこんな性悪男に会いに来てくれるなんて。友人の少ない俺としてはありがたいよ」

 軽く笑いながらそんなことを言うとさとりはひとつため息をついた。

「まだ貴方はそんなこと言うのですね。貴方は性悪なんてものではないと皆がみな分かってるはずですのに」

「……悪いな。こればかりはどうしても癖で」

「橙矢さん、いいですか。いくら私達がどうこう言っても貴方自身が貴方をそう思ってる限りは……貴方はずっとそのままですよ」

「……………ハァ、成長しないな俺は」

「私としては貴方はそのままでも構いませんけどね」

「は?」

「そのままのお兄ちゃんが好きってことだよ!!」

 不意にさとりの背後からこいしが跳びかかり、橙矢の腕を掴む。

「こいし!」

 顔を真っ赤にしながらこいしに掴みかかろうとするがそれを橙矢が制止させた。

「それは嬉しいな。俺としては素直にありがたいよ」

「へ?」

 止められてる状態のままピタリと動きを止めて徐々にさらに頬を赤くしていく。

「にしてもらしくないなさとり。俺の心を読めば心構えくらい出来たはずなんだが……いや待て、そもそも顔を赤くする要素なんてあったのか?」

「…………鈍感」

「何か言ったか」

「いえ、何でもないです。それに、あまりお邪魔するのも無粋ですね」

 チラと橙矢の後ろに控える村紗を見て、再度橙矢に戻した。

「橙矢さん。前にも言いましたが暇がある時で構いませんから地霊殿に来てくださいね。この間の……お空の件でのお礼もまだしてないですし」

「別に礼なんかいらねぇよ。半分俺が悪化させたみたいなもんだし。てか解決させたの俺じゃなくて霊夢だからな。俺に言うのはお門違いだって」

 手をヒラヒラさせて苦笑いすると後ろに控える村紗に行こうか、と声をかけた。

「悪いなさとり。俺達はこれで失礼する。お前達には少し居づらい場所かもしれんが……まぁ楽しんでな」

「ありがとうございます。橙矢さんも村紗さんもまた会う日まで」

「じゃあね!お兄ちゃん!」

 手を振りながら離れていくさとりとこいしを見守りながら何処に行こうかと考えていると村紗が橙矢の服の裾を握る。

「村紗?」

「………橙矢、ごめん少し待っててもらってもいい?」

「なんでだ?何か用でもあるのか」

「う、うん」

「何かあるなら付いていくが?」

「ごめんね、なるべく……というかほんと待ってて?すぐに戻ってくるから……」

「………そうか。分かった」

 裾を放すと駆け出しで角を曲がっていった。

「………なんだ、厠かなんかか?」

 いやいや、プライバシーに関わることだからやめようと首を振ると壁にもたれた。

「……………」

 ひとつ、気がかりなことがあった。それは村紗と会ったときからずっと感じていた違和感。村紗はあんなにも消極的だったか。

「………あいつ」

 別段にあぁなったからといって橙矢自身に何か不利益があるかと言えば特にそうではない。ただ、ここ数日であそこまで変わるとさすがに違和感を感じざるをえない。

「……ん?そこにいるのは……おぉ、東雲ではないか!」

「あ?」

 また知り合いかと気だるげに顔を上げると尸解仙と入道使いが並んでいた。

「ふぇ!?東雲さん!?」

「雲居さん、久し振りです。物部、怪我は大丈夫なのか?」

「なぁに、お主ほどではない」

「あ、あの、東雲さん。どうして里に?」

「別に、ちょっとした用があっただけです」

「東雲さん……今お一人ですか?もし東雲さんがよろしければ……あの……一緒に……」

「橙矢、ごめんね。待たせちゃって」

 何か一輪が言いかけたところで村紗が戻ってきた。

「あれ、一輪?どうしたの」

「村紗。……貴女その格好」

「あぁこれ?ちょっと……ね」

「……………あぁ、東雲さんと。ごめんね邪魔しちゃってたみたいで」

「大丈夫ですよ。それより雲居さん、先程のことなのですが……今日は無理にしても今度何処かにご飯でも食べに行きましょう」

「い、良いのですか?」

「貴女から誘ってきたことでしょうに。えぇ、詳しくはまた後日連絡をください」

「その時は我も一緒でも?」

「知らねぇよ物部。雲居さんに聞いてからだ」

「その時の気分次第かな」

「では気分が良いときに頼むとしよう」

「じゃあ俺はもう行きます。雲居さん、ではまた」

「はい、では私達はこれで」

「…………橙矢」

「あぁ、分かってるよ」

 橙矢が村紗の手を引いてその場を去る。

「…………行ってしまったな」

「村紗が一緒だとは少しばかり驚いたけど。まぁあの子幸せそうだったし」

「無理に誘わなくて正解だったな。やはり我等とあの地縛霊とは比べるまでもなかったか」

「あの子を助けてくれたのは……あの人だから。助けるなりに情が、それなりの理由があったんでしょ」

「……さて、我等はこれからどうする?酒屋でも行くか?」

「あーそれいいかも。姐さんにバレない程度にしちゃいましょ」

 

 

 

 

 

 橙矢と村紗は一度里を離れ、人がいないところに落ち着いた。

「…………橙矢」

 橙矢の手を握る力が強くなる。

「どうしたんだ村紗」

「……………何でもない」

「何か用なら聞くが?」

「………本当に何でもない」

 そう言って橙矢にもたれてきた。

「………どうしたんだ急に」

「…………………橙矢、橙矢にとっては愚問かもしれないけど………なんで私を助けてくれたの?」

「は?」

「ごめんね急に。けど………落ち着いてからもう一度聞きたくて」

「…………あのとき言ったこととなんら変わらない。俺はお前が大切だから助けた。それ以外に理由なんているか。……恥ずかしいが村紗、そういうことだ」

「………橙矢」

 橙矢の背に腕を回し、身を委ねてきた。

「………甘えん坊だなお前は」

「………こんなの橙矢にしかしないんだから」

「そうか、なら仕方ないな」

 頭に手を置いて撫でると回している村紗の腕に力が入る。

「…………ずっと橙矢とこうしたかった」

「今まで何回もしてるだろ」

「………違う。私が、本当に橙矢に甘えるのが」

「……………………」

「橙矢には今までずっと誰にも取られたくない。……そんな馬鹿げた理由でこうしてきた。けど……けど今は心の底から橙矢を求めて……こんなの誰にも見られたくない」

「……そうか」

「橙矢。……私、橙矢のこと……好きだよ」

「………………」

 それには何も答えずになすがままにされていた。

「………見られたくないなら外ではやるな。何処か屋内で誰もいないときにやれ」

「…………誘ってるの?」

「何言ってんだお前は。どうせこんなことするなら、と言ったはずだ。いいか、二度も言わせるな」

「うん、分かった」

「それで、そろそろ里の方もお開きの時間だが。俺達はどうする?」

「……まだ橙矢といたいけど……さすがにやめておくよ」

「そうか、お前がそれでいいならいいんだが」

「これ以上遅くして迷惑かけたくないから」

「………ならお前に従うとするか。まぁどうせ今度会うことになるんだ、大層な別れ方なんていらないだろ」

「……………ねぇ橙矢」

「あ?」

「これからも、私と会ってくれる?」

「聞こえなかったか。またいつか会うって」

「…………うん、そうだったね」

「色々と話したいことはあるだろうが一旦お開きだな」

 村紗に離れるよう促すと素直に橙矢を放した。

「じゃあ俺は行くから。またな村紗、今日は楽しかったよ」

 片手をあげて山の方に歩いていく。

「ぁ………あの………」

 しかしか細く聞こえた声に足を止めた。

 誰か聞くまでもない。村紗だった。

「どうしたんだ村紗」

 振り向くといつの間にいたのか村紗がすぐ目の前に立っていた。

「村紗?」

 急に服の襟を掴まれると引っ張られて体勢が崩される。

「お前、何して────」

 いるんだ、とは続かなかった。というより口が塞がれていた。

 急なことで頭が真っ白になっていた。声をかけられ振り向いたら次の瞬間キスされれば誰であれこうなると……思う。

 それでも接している時間は一秒となくすぐに離れた。

「…………村紗?」

「ごめんね橙矢。本当は今日で橙矢のこと諦めようって決めてたんだけど」

 橙矢から見ても分かるくらいに頬を染めながら橙矢を見つめていた。

「けど……やっぱり橙矢のこと諦められないよ。……こんなに優しい橙矢を………どう諦めろって……」

「………………」

「だから橙矢。私諦めないから」

 再び橙矢から離れると笑顔を向ける。

「……………そうか」

「それじゃあね橙矢!また今度!」

「あぁ、楽しみにしてるよ」

 手を振って去っていく村紗を見送りながら山に身体を向ける。

「……俺も帰るか」

 

 

 

 

 

 



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