世界_version_艦これ (神納 一哉)
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設定
軍・鎮守府・艦娘・妖精などについて


提督、提督代理、秘書艦、旗艦は任務中や作戦指揮中は艦娘を呼び捨てにします。

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関係者は自分のことを名称で表しますが、実際は名乗っていると思ってください。(例:「私は元帥だ」→「私は東郷だ」または「私は元帥の東郷だ」)その場面毎に補完してください。※名前は参考です)

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艦娘・妖精・自立型砲門は超常的な存在(神秘生物)、深海棲艦は負の思念体、ドロップ艦は稀に起こる負の思念体の反転現象(超常現象)の副産物

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妖精さんの喋り方は末尾に「~のです?」が付きます。

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自立型砲門たちの喋りは片言で、ひらがな・カタカナのみです。

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上条さんが飛ばされる前から慢性的に戦力が足りないので、解体や近代化改修は行われていません。

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この世界での解体は言葉通りの作業になります。艦娘の肉体は消滅し、艤装分の資材しか残りません。

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船渠(ドック)はカプセル式。艤装や服を着けたまま中に入り、酸素マスクを着けて扉を閉めるとカプセル内が修復材で満たされます。高速修復材は扉の横の投入口から投入します。

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鎮守府には船渠(ドック)とは別に艦娘用の大浴場があります。

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鎮守府は、艦これのサーバーと同じ20箇所(基地・泊地も鎮守府にしています)+小田原市に「とある鎮守府」+大井埠頭に「海軍省直轄鎮守府(海軍省軍令部)通称:大井(大井埠頭)鎮守府」で22鎮守府あります。

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大本営(陸軍省参謀部+海軍省参謀部)は市ヶ谷にあります。その隣に陸軍省軍令部があります。憲兵本部や陸軍の開発部はここにあります。



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世界 version 艦これ
1 書き換えられた世界


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漆黒の世界

 

 

「オティヌスゥゥゥゥ!!」

 

漆黒の世界で咆哮を上げる上条を上空から見下ろし、オティヌスは小さく溜息をつく。

 

(まだ折れぬか。存外しぶといな)

 

幾度となく上条の存在を否定する世界を繰り返し、戦い、殺してきた。―――上条の精神をへし折るために。

 

(…さて。次はまったく毛色の違う世界にしてみるか。誰もが上条当麻を知らない世界で、上条当麻が誰も、何も知らない、悲惨な世界にな)

 

薄い笑みを浮かべると、右手を挙げ、親指と人差し指を打ち鳴らす。

 

その瞬間、上条当麻を中心にして世界が書き換えられていった。

 

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世界_version_艦これ

 

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一日目 一四:〇〇 鎮守府正面海域

 

 

「もしかして、もしかしなくても、いやこれ絶対に落下していますよねえええええええっっ!?」

 

眼下に広がるのが青い海原であることが唯一の救いかもしれない――。

 

そんなことを考えながらかなりの速度で落下していく。

 

「…あれ、なんだ?」

 

海面に小さな黒い点がいくつか見える。それらからは煙が上がっていたり、赤い炎とともに轟音が上がったりしていた。

 

「砲撃音、ってことは船同士の戦闘か?それにしては船が小さい気がするけど…。って、船に当たらないように落ちないと…」

 

自分が落下していく地点を見て、撃ち合いをしている白っぽい色をした船の手前に落ちそうだなと判断する。それから大きく息を吸い込んで目を閉じた。

 

ドッパアアアアアアアアアンッッ!!

 

ど派手な水柱を上げて海に落ち、海中5mくらいまで一気に沈むのに任せ、それから目を開けて上を見上げると、何かが浮かんでいるのが目に入る。

 

(思ったより痛くなかった、なんか落下慣れしちまったな。…とりあえず掴まらせてもらおう)

 

そう決めると、上条は大きく水を搔いて浮上をはじめ、ほどなくして浮かんでいたものの真下にたどり着いた。そのまま手を伸ばして掴み海上に出る。

 

「ぶはぁっ!!死ぬかと思った。…ん?なんだこれ柔らかい…」ムニュ パリーン

 

右手が何か柔らかいものを掴んだかと思うと、幻想殺しが発動して掴んでいたものが霧散する。

 

「魔術関係かよおおおおおっ!!」ドボーン

 

海中に沈む前上条の目に映ったのは、白髪、蒼眼の女性のような姿の何かが海面に浮いている姿だった。

 

すぐにその近くまで泳いでいき、海上に顔を出して眺める。

 

そこには、金属質なブーツのようなものを履き、身体も部分的に金属質な物質で覆っている白髪、蒼眼で青白い肌の女性が海面に立っていた。

 

「ハ、ハロー?ハウアーユー?」

 

一目見て日本人だと思えない容姿の相手に、とりあえず英語でコミュニケーションを図る。

 

だが、青白い肌の女性は無表情のまま、身体中に着いている砲を一斉に上条に向ける。

 

「それって、銃とかそういうものですよね?いやいやいや、上条さん死んでしまいます!!やめてくださいお願いします!!」パリーン

 

慌てて縋り付いた上条の右手が触れた瞬間、青白い肌の女性は先ほど掴んだものと同じように霧散した。

 

「あ、もしかしてさっきのもお仲間…ですか?」

 

ひきつった笑みを浮かべながら斜め前に立っている黒髪、蒼眼の青白い肌の女性に尋ねるが、彼女も無表情のまま砲を向けてくるので、慌てて海中に潜り、彼女の真下へと進んでその足元に右手を伸ばすと、他に漏れず霧散した。

 

それから海面に顔を出し、ため息をつく。

 

「いったいなんだったんだ?あれは…」

 

「あの…」

 

「ホムンクルス…みたいなもんか?感情も無い様子だったし…」ウーム

 

「もし?」

 

「人間ではないことは確かだよな。跡形もなく消えちまったし…」

 

「そこの御方?聞こえていますか?」

 

「誰だ!?」

 

振り返りながら上条は声をかけてきた相手を見上げる。

 

そこには破れた巫女服っぽい上着に赤いミニスカート姿の、金属製の大きな砲門なんかを背負った黒髪の女性が立っていた。

 

上条の位置からは必然的にミニスカートの奥が見えてしまっている。

 

(白…じゃなくて!!)

 

慌てて視線を上に向け、声をかけてきた女性の顔を見る。

 

「さ、さっきの奴らの仲間か?」

 

「いえ、貴方が倒したのは深海棲艦で、私は扶桑型戦艦二番艦、山城。艦娘です」

 

「………は?」

 

(深海棲艦?戦艦?艦娘?一体何なんだ?)

 

「ともかくここは危険です。早急にここを離脱します。話は安全な場所へ着いてからということでよろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ」

 

「では、失礼します」

 

そう言うと山城は上条の学ランの詰襟を掴んで軽々と引き上げ、そのままお姫様抱っこの状態で上条を抱き上げる。

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

「山城、蒼龍を中央に輪形陣。川内は殿(しんがり)、電は右舷、雷は左舷、先頭は榛名。第二戦速で鎮守府に帰還します」

 

「殿了解」

 

「了解なのです」

 

「了解です」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

いつの間にか山城の周りに5人の女性が集まり、山城の指示に答える。みんなどこかしら破れた服を着て、金属製の何かを背負っていたり装着している。表情も一様に暗い。

 

(みんな疲れてるな…。あんな小さい子たちまで戦っているのか?)

 

「こちら第一艦隊。任務完了。敵部隊殲滅、山城、蒼龍大破、川内、電が中破、榛名、雷が小破。なれど航行に支障なし。救助者一名あり。これより帰還します」

 

「了解。こちらは本日ヒトサンフタマルをもって私、大淀が提督代理となりました。帰還後、山城、蒼龍、川内、電は直ちに入渠、高速修復材を使用してください。そのあと榛名も高速修復材を使って入渠、雷は通常入渠。山城は入渠後、救助者を伴い司令室へ報告に来てください」

 

「了解しました。みんな、帰還後は破損状態の酷い順から入渠が許可されたわ。電以外は高速修復材の使用も認められたわ」

 

「へえ。ってことは大淀提督、かな」

 

「きっとそうなのです!」

 

「榛名、感激です」

 

「とりあえず一息つけそうね」

 

「金剛さんも赤城さんも入渠できたかな?ひとまず安心だね」

 

「さあ、帰りましょう」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

先ほどまでと違い、明るい表情で6人は海上を航行し始める。そんな中、山城の身体に右手を触れさせないように注意しながら、上条は周りを見る。幸い左側が山城の身体に向いていたので、よほどのことがない限りは大丈夫そうだ。

 

(さっきの奴らとは違うけど、似たようなものか?海の上に立ってるし…。ってか、なんだこの速度!?)

 

徐々に強くなっていく風に、上条は目を細める。ぐんぐんと上がっていく速度に比例して強くなっていく風に、右手は自身の太ももを掴んで離さなかったため大丈夫だったが、顔は必死に抗ったものの、確実に山城の方へと押されていった。

 

ぽふん。

 

そして柔らかい感触が上条の顔を包み込む。いわゆる胸枕である。

 

「わあああああああっっ、風に押されてしまって、すみませんすみません」///

 

「…20ノットほど出ているから仕方ありません。でも…不幸だわ」

 

なるべく動かないようにしながら、上条は一刻も早くこの状況から抜け出せることを祈るのであった。



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2 邂逅前

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一日目 一三:一五 とある鎮守府 司令室  

 

 

「索敵機より入電。鎮守府正面海域に深海棲艦艦隊出現。構成は戦艦タ級2、重巡ル級2、軽巡ホ級2」

 

「第一艦隊は直ちにこれを迎撃」

 

「提督、第一艦隊はまだ金剛と赤城が大破したままです」

 

「ちっ、使えねえな。旗艦を山城、空母を蒼龍に変えて出撃させろ」

 

「了解」

 

無表情のまま、大淀は電話の横にある館内放送のマイクの側にあるスイッチを押し、口を開く。

 

「鎮守府正面海域に深海棲艦艦隊が確認されました。これより第一艦隊として山城、榛名、蒼龍、川内、電、雷の6名は直ちに出撃してください。旗艦、山城。敵の構成は戦艦タ級2、重巡ル級2、軽巡ホ級2」

 

「…艦隊指揮は大淀に任せる」

 

「了解。これより大淀が艦隊指揮を引き継ぎます」

 

「俺は大本営へ行く。…やってられっかこんなの」

 

吐き捨てるように言うと椅子を蹴倒し、扉を開けて司令室を飛び出した。そこに残された眼鏡をかけた女性は小さくため息をつくと、机の上にあった電話の受話器を取る。

 

「大淀です。提督が敵前逃亡を図りました。速やかに対処願いします」

 

「了解。対象を捕捉」ガシャ

 

パンパンパン ドサッ

 

乾いた複数の銃声と何かが倒れるような音が受話器から聞こえてくるのを無表情のまま聞き、大淀は相手の言葉を待つ。

 

「処置完了」

 

「了解。処理班を向かわせますので場所を教えてください」

 

「鎮守府正門詰所前です」

 

「あら、堂々と正門から出ようとしていたのですか」

 

「敵前逃亡になると思っていなかったようですね。まあ我々としては楽でしたが」

 

「お勤めご苦労様です」

 

「では、通常業務に移行します」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

受話器を一度置き、別のところに電話をかける。

 

「大淀です。敵前逃亡を図った提督の処置完了。鎮守府正門詰所前に処理班をお願いします」

 

「了解。直ちに派遣します」

 

「よろしくお願いします」

 

再び受話器を置き、さらに別のところに電話をかける。

 

「とある鎮守府の大淀です。先ほど提督が敵前逃亡を図ったため処置致しました。軍令に基づき、ただいまヒトサンフタマルを持ちましてこの大淀が提督代理を務めさせていただきます」

 

「了解。ヒトサンフタマルよりとある鎮守府の提督代理として大淀を任命する」

 

「拝命いたします」

 

「大淀提督代理に命ずる。全修理ドック解放し、大破・中破艦を速やかに入渠させよ。高速修復材の使用を認める」

 

「ありがとうございます」

 

「修復にかかった資材・高速修復材はリスト化して海軍省軍令部に送りなさい。補填させてもらう」

 

「ありがとう、ございます」グスッ

 

「さしあたっての急務としては懲罰房の確認じゃ。あそこはそれぞれの鎮守府の提督しか開けられないようになっておるからな」

 

「…はい」

 

「よし、とある鎮守府の提督の登録は完了したぞ。辛いかもしれぬが、頼むぞ。大淀」

 

「了解しました。では、失礼いたします」

 

大淀は受話器を置き、目を閉じる。それから館内放送のマイクに近づき、スイッチを押した。

 

「本日ヒトサンフタマルをもって私、大淀が提督代理となりました。大破・中破の艦娘は直ちに入渠。高速修復材の使用を許可します。その後、小破・軽傷の艦娘も順次入渠してください。入渠時間が5時間を超える場合は高速修復材を使用してください。第一艦隊も帰還次第入渠してもらいます。それから間宮、夕張は直ちに司令室に来てください。間宮は担架と毛布、夕張は工具箱を持参してください」

 

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一日目 一三:三五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

受話器を置き小さなため息をつくと、初老の男―海軍省軍令部作戦本部長―は呟いた。

 

「…しかし提督資格者というのはなぜ、あんな奴らばかりなのか」

 

深海棲艦との戦闘を行える唯一の存在として艦娘がいる。そしてそれらを指揮することができるのが提督である。

 

提督には普通の人間は就くことができない。妖精を見ることができるものだけが提督の資格者であり提督となれるのだ。

 

元帥もぼんやりと人型の小さな灯りのようなものを見ることができるため、一応は提督の資格者たりうるのだが、あくまでぼんやりとしか見えないため、最前線での提督職に就くのは無理と判断した。

 

革張りの椅子に腰を下ろし、背もたれに寄りかかって目を閉じる。

 

「見目麗しい艦娘たちが従順に自分の命令だけを聞くわけだから、若い奴らが勘違いするのも無理はないとは思うが…」

 

眉間を抑え、軽く首を振りながら元帥は続ける。

 

「艦娘への虐待や強制、入渠させずに放置や、果ては大破進軍、結果、轟沈。そんなことをやっていては、いつまでたっても制海権を取り戻すことはできぬというのに」

 

艦娘が提督を妄信するのは何故なのか、元帥には理解できなかった。そして彼は何度目になるかわからない質問を自分の秘書艦に聞く。

 

「…なあ、大淀」

 

「はい」

 

「艦娘は何故、理不尽な命令でも提督に従うのだ?」

 

「武器、艦としては提督の命令は絶対ですので」

 

「では女として弄ばれることも命令であれば受け入れると?」

 

「はい。提督の命令は絶対ですので。…提督、大淀をお望みですか?」

 

「いや、私はもう枯れているよ。ではなくて、お前たちにも感情はあるだろうに…」

 

「個の感情より命令が優先される。それが軍属というものですが?」

 

幾度となく繰り返した問答に辟易しながら、それでも元帥は同じ答えを返す。

 

「確かにそうではあるが、それではあまりにも寂しいではないか」

 

「寂しい、ですか?」

 

「ああ。艦娘たちにはもっと自分を大切にして欲しい。私はそう思っているよ」

 

秘書艦の大淀を真っすぐに見つめながら、元帥は小さく寂しそうに微笑んだ。

 

「少しはまともな提督資格者がいればよいのだが…」

 

そんな願いを口にして、元帥は視線を窓の外へと向けた。

 

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一日目 一三:四〇 とある鎮守府 司令室

 

「間宮、参りました」

 

「夕張、参りました」

 

「ご苦労様。二人には悪いけどこれから懲罰房を開けるのに付き合ってもらいます」

 

「了解しました」

 

「急ぎましょう」

 

司令室を出て廊下を進み、廊下の突き当りにある扉のタッチパネルを大淀が操作する。しばらくしてからロックが解除されて扉が開くと、そこには地下に続く階段が現れた。

 

地下から小さな呻き声が漏れてくるのを聞いて、3人は陰鬱な表情で顔を見合わせ、頷いた。大淀を先頭に階段を下りていく。鼻をつく異臭と大きくなっていく呻き声。

 

「んんぅ………んんあああああぁぁああ………んぁあぁあああ……」

 

階段のすぐ下の鉄格子の部屋には、両手を拘束され、目隠しをされて玉口枷を嚙まされた少女が、一糸纏わぬ姿で三角木馬に跨らされていた。両足首には鉄の枷が留められ、枷から伸びた鎖にその少女の艤装が縛り付けられている。

 

全身は至る所に蚯蚓腫れができ、乾いた血がこびりついている。

 

「雁字搦めになってるわね。夕張、鎖を切って」

 

「了解」

 

ガシャン、ガシャンと重たいものが床に落ちると、少女の身体が小さく揺れ、呻き声が止まる。

 

部屋の隅にあった鍵で手枷を外すと、間宮は少女を抱き上げ、担架に敷いた毛布の上に少女を横たえて毛布で包み、玉口枷と目隠しを外す。

 

「……あぁぅ?……うぁ…、ま、みや…さん?」

 

「もう大丈夫よ。暁ちゃん。すぐに入渠しましょう」グス

 

「……う、うわあああああああああああああん!!」

 

堰を切ったように嗚咽する暁の頭を、間宮は優しく撫でる。

 

「とりあえず、とっととこんなところからは出ましょう。夕張、そっちを持ってくれる」

 

「了解、カウント、3、2、1」

 

カウントとともに大淀と夕張が担架を持ち上げると、そのまま鉄格子の扉へと向かう。

 

「あ、間宮さん、工具箱お願いしてもいいですか?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

「ぐすっ、……響は?無事?」

 

暁の問いに大淀は間宮と視線を交わすと、小さく頷き、担架の担ぎ手を変わる。

 

「大丈夫よ。先に入渠してますからね」

 

「よか…った」

 

「では急ぎましょう、夕張さん」

 

「了解」

 

階段を上がっていく二人を見送り、足元にあった夕張の工具箱を手に持つと、大淀は向かいの鉄格子部屋に視線を送り、そこに人がいないことを確認すると廊下を奥へと進む。

 

右側の鉄格子部屋は先ほどの部屋のように誰もいない。そして左側の部屋へと視線を移し、大淀は我が目を疑った。

 

天井に取り付けられた大きなフック。そこに銀髪の少女の左手首と右足首、右手首と左足首を縛り付けたロープが十字状になるよう引っかけられている。

 

身体の前面を下にして吊り下げられている全裸の少女は、項垂れて身じろぎ一つせず、ただ吊るされていた。

 

「……響、ちゃん」

 

掠れた声が大淀の口から洩れる。すると、吊るされている少女の目が静かに開いた。

 

「…大淀さん。ってことは、提督は処置されたのかな?」

 

「はい、そうです。今、ロープを切りますね」

 

「それは、助かるよ」

 

ワイヤーカッターで右手首のロープを切ると、反動で左足が下に下がる。

 

「反対側を切る前に肩を貸してくれると助かる」

 

「どうぞ」

 

響の右手が左肩に置かれるのを確認して、大淀は左手首のロープを切った。

 

「っと、ありがとう。大淀さん」

 

「すぐ入渠しましょう。高速修復材を使用してください」

 

「ハラショー」

 

「入渠すれば、服も新しく作ってもらえるからね」

 

「…助かるよ。一つ、お願いがあるのだけれど」

 

「何?」

 

「ドックまで、運んでもらってもいいだろうか?歩けそうにない」

 

「いいわ。ちょっと待ってね」

 

そう言うと大淀は自分のセーラー服を脱いで響に渡し、それから響を両腕で抱き上げた。

 

「セーラー服はお腹の上に敷いて、そこに工具箱を置いてもらってもいい?」

 

「了解だ。よっと、結構重いな」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「お願いする」



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3 S級提督資格者

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一日目 一四:三〇 とある鎮守府 埠頭

 

――艦隊が鎮守府に帰還しました。

 

「では、貴方は先に上がってください」

 

「あ、ああ。ではお先に」グラリ

 

埠頭の階段に足を下ろされ、そのまま立ち上がろうとした上条はバランスが保てずに倒れそうになる。

 

「危ない。私の肩に手を置いていいですから」

 

「悪い。じゃあちょっと肩、借りるな?」パキーン

 

上条の右手が山城の右肩に触れた瞬間、幻想殺しが発動し、山城の身体は水の中に沈んでいった。

 

「山城さん!?」

 

「沈んだのです!?」

 

「うわあああああああっっ、悪い!!」

 

電が山城の右腕、雷が山城の左腕を引っ張り、引き上げる。上条も右手を離していたので大事には至らなかったが、それでも全身がずぶ濡れの状態で階段に辿り着いた山城は呟いた。

 

「不幸だわ」

 

「ほんと、ゴメン」

 

「びっくりしたのです」

 

「どうして沈んだのよ?」

 

「いきなり浮力が無くなってそのままドボン。不幸だわ」

 

「いきなり艤装が動かなくなったのです?」

 

「あー、それ、俺のせいです。ごめんなさい」

 

「どういうことかしら?」

 

「説明を求めるのです?」

 

「謎なのです?」

 

「えーと、俺のこの右手には『幻想殺し』っていう魔法とか超能力とかの異能の力を消し去る能力があって、さっき貴女様の肩に触れたので…」

 

そこまで説明しながら、上条は目を見開いて山城の肩のあたりを凝視する。

 

「……小人さんデスカ?」

 

「砲兵なのです?」

 

「妖精なのです?」

 

「喋った!」

 

「通じたのです?」

 

「会話できるのです?」

 

「なんか可愛いな?よーしよし」ナデナデ

 

「触れられるのです?」フニャ

 

「これはヤバいのです?」トロン

 

「あれ、右手でも大丈夫なのか?」ナデナデ

 

「艤装は動かせないけど大丈夫っぽいのです?」フニャ

 

「ナデナデ気持ちいいのです?」トロン

 

(艦娘?も妖精さんも、アイツらとは違って生物として存在しているってことか)ナデナデ

 

上条は妖精を撫でながら考える。

 

「…あの、貴方、妖精さんと話して、触れていますか?」

 

「あ、スマン。駄目だったか?」

 

「いえ、構いませんが…。とりあえず私たちは入渠ドックに行きますので、貴方は階段を上がったところで妖精さんたちと一緒に待っていてください」

 

「わかった」

 

山城たちと一緒に階段を上り、建物の前に置かれたベンチに座って待つように指示されたので素直にそれに従った。

 

「もっと撫でるのです?」ホヤー

 

「これはとてもいいものです?」ポー

 

「うーん。不思議な感じだなあ」ナデナデ

 

ベンチの上の妖精を撫でながら、上条は笑みを浮かべる。

 

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一日目 一四:三〇 とある鎮守府 廊下

 

――艦隊が鎮守府に帰還しました。

 

第一艦隊が帰還したアナウンスを聞きながら、大淀は入渠ドックへと続く廊下を足早に歩いていた。

 

(救助者1名――。いったい何者なの?他所の提督とかなら早急にお引き取り頂かないと…)

 

現在この鎮守府の提督は空席で、大淀が提督代理を務めている。だが、提督代理はあくまでも鎮守府の運営にしか関わることはできず、例えば鎮守府同士の交流や演習の指示は出すことができない。何処の鎮守府も艦娘と同等に扱われることを嫌うのだ。

 

海軍省軍令部の作戦本部長のように対等に扱ってくれるものは例外なのである。

 

(みんな入渠させられたし、懲罰房も開けることができた。できればしばらくの間、平穏に過ごしたいのですが…)

 

入口に近い窓の外にあるベンチに誰かが座っているのが見える。黒い学生服を着ているのを見ると学生のようだが、だとしたら学生がなぜ、戦闘海域にいたのだろうか。

 

そんな学生服の少年が自分の脇に向かって何かをしているのを、大淀は目を凝らして見つめる。

 

「…妖精さんを、撫でているの?」

 

学生服の少年はどうやら妖精さんにせがまれて頭を撫でているようだ。ということは、会話もできているということになる。

 

そんな上条と妖精たちの様子を見て、大淀は慌てて携帯電話を取り出し電話をかける。その手は小刻みに震えていた。

 

「とある鎮守府の大淀です。第一艦隊が帰還して、その際にS級提督資格者を保護してきました」

 

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一日目 一四:三五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「S級提督資格者だと!?」

 

「はい。今現在、妖精さんの頭を撫でています」

 

「わかった。これより私もそちらに向かおう。ヒトゴーサンマルには到着できると思う」

 

「了解しました。司令室でお待ちしております」

 

「うむ。では後でな」

 

受話器を置いて立ち上がると、秘書艦の机にあるマイクのスイッチを押して口を開く。

 

「元帥だ。軍令部作戦本部付駆逐艦島風、艤装を着け第一埠頭に待機。整備班は第一埠頭に曳航ボートを用意。ヒトヨンヨンゴーに、とある鎮守府に向けて出発する」

 

「私も同行いたしますか?」

 

「いや、連れ帰る可能性が高いから、大淀はここで待機してくれ」

 

「了解しました。お気をつけて」

 

「うむ。行ってくる」

 

執務室を出て第一埠頭へ向かう道すがら、元帥はポケットに入れていた白手袋を取り出して装着し、何度か手を握ったり開いたりを繰り返した。

 

第一埠頭の一番手前にある階段の上で、整備班の工廠員とアッシュブロンドの髪を靡かせる艤装を装備した少女が控えている。

 

「曳航ボート、第一階段下に係留してあります」

 

「ご苦労。戻ったら連絡するのでその時に回収に来てくれ」

 

「了解いたしました」

 

「ふむ、島風」

 

「はい」

 

「調子はどうだ?」

 

「機関良好です。問題ありません」

 

「とある鎮守府まで、曳航頼むぞ」ナデナデ

 

「りょ、了解です」

 

元帥が頭を撫でると、一瞬だけ無表情だった少女の顔に焦りの色が浮かんだ。だがすぐに無表情に戻る。

 

(本来は明るい子なのだが、作戦本部付にする前の鎮守府で酷い目にあったのか、心を閉ざしてしまった)

 

階段を下りると、島風は係留してあった曳航ボードの舫を解き、腰のあたりにあるホルダーに固定して海へと降り立った。それを見てから元帥も曳航ボートに乗り込んで船室に入る。

 

「では、行こうか」

 

「了解。島風、抜錨します」



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4 招聘

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一日目 一五:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

入渠後に迎えに来た山城と、入口まで迎えに来た大淀に連れられて司令室に通された上条は、促されてソファーに腰を下ろす。その横に上条同様に促されて山城が座り、大淀が二人の対面に座ると、居住まいを正して口を開いた。

 

「とある鎮守府提督の大淀と申します。報告によりますと、山城率いる我が第一艦隊が戦闘海域にて貴方を保護したということですが、貴方はなぜ、そのようなところに居たのですか?」

 

「あー、えっと、何と言いましょうか…」

 

(オティヌスと戦っていたら飛ばされました――って言っても通じねえだろうし)

 

どう説明したらいいか悩みつつも、上条は自分の疑問を口にした。

 

「そもそも、鎮守府って何?第一艦隊とか、まるで軍隊みたいだけど…」

 

「軍隊みたい、ではなく正規の軍隊です。鎮守府とは海軍提督府、海軍の軍事拠点として所轄海域の防備及び所属艦娘の統率、補給、出撃、訓練を統括し、施設の維持、運営を行う場所です。そして提督はそれらすべての責任者、司令官です」

 

「ここは日本?」

 

「はい」

 

「東京の西側に学園都市ってあります?あと、超能力って知ってます?」

 

「東京に西側に学園都市ですか?…いえ、聞いたことありません。それと超能力…ですか?艦娘の能力はある意味で超能力と言えるかもしれませんが、そういったことを指しているわけではないですよね?」

 

「えーっと。艦娘さん達の能力は、超能力よりも魔法や魔術に近いと思う。妖精さんは超常的な存在だと思うし」

 

(学園都市も超能力も知らないとなると、ここは俺の居た世界とは完全に違う世界ってことか。…素直に別世界から来たって言うのが得策か?とりあえず、この世界の情報を集めないといけないことは確かだな)

 

「…ここは日本にある海軍の施設で、艦娘さん達が深海棲艦と戦うための拠点ということでOK?」

 

「はい。大まかにその認識で大丈夫です」

 

「…信じられないかもしれないけど、ここは俺の知ってる世界じゃない」

 

上条がそう言うと、隣に座っていた山城が呟く。

 

「…別の世界の人間ということならば、艦娘も深海棲艦も知らないのも納得です。深海棲艦を消してしまうような不思議な力も持っていますし」

 

「山城、その不思議な力とは?詳しく教えてください」

 

「私と蒼龍が大破、川内と電が中破、榛名と電が小破の段階で、相手は戦艦タ級2隻と重巡ル級1隻がほぼ無傷で残っていたの。撤退しようかと思っていた時にタ級のすぐそばに水柱が上がったかと思うと、しばらくしてタ級が消えて、それからすぐもう1隻のタ級が消えて、ル級も消えたの。正直何が起こっているかわからなかったけど、ル級が消えた場所のすぐ側に彼が顔を出しているのが見えたので、そのまま近づいて回収したわ。そして帰還後、彼の右手が触れたら、浮力がなくなって海にドボン。電と雷に助けてもらったけど確かその時に『幻想殺し』とか言ったかしら?異能の力を消す能力とか」

 

「ああ、俺の右手には『幻想殺し』が宿ってる」

 

「説明の途中で貴方、妖精さんに夢中になっちゃったから話が終わってしまったけど、多分、その幻想殺しで深海棲艦を倒したのでしょう?」

 

「倒すというか、深海棲艦とかいう奴らは、右手で触れたら消えちまったんだけどな。奴らは多分、生物じゃなくて思念体とか霊体みたいなものなんじゃないか?」

 

「確かに、深海棲艦からは強い負の念のようなものを感じるけれど…」

 

「…戦艦タ級2隻と重巡ル級1隻を消し去ったってこと?右手で触れただけで?」

 

「ええ」

 

「それで、山城は触られたら浮力がなくなって海に沈んだ、と」

 

「はぁ。不幸だわ」

 

「すみませんでした」

 

「…ちょっと私たちだけでは判断できる問題ではなさそうです。幸いこの後、作戦本部長がお見えになりますので、その時にまたお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

そこまで言って大淀はあることに気が付いた。それから申し訳なさそうに上条を見る。ちなみに元帥がたまたまこちらに来るというのは嘘である。

 

「貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「あ、上条当麻と申します。しがない普通の高校生です」

 

「そんな右手を持っていて、普通の高校生というのは無理がありすぎだと思うけど…」

 

「ですよねー。わかってますよ畜生」

 

「畜生呼ばわりされるなんて。…不幸だわ」

 

「…やだ、この娘、親近感を感じるわ」

 

なぜかオネエ言葉で上条は山城に共感する。

 

「あら?貴方も不幸なの?」

 

「上条さんの口癖は『不幸だー』だったりしますことよ」

 

「あら。不幸仲間かしら。うふふ」

 

「ふふふ」

 

(山城さんが嬉しそうに笑っているの初めて見たわ…)

 

密かに大淀が驚いていると、司令室内に短いアラーム音が鳴り、続いて女性の声が聞こえてくる。

 

「索敵機より入電。所属不明の駆逐艦島風が曳航ボートとともに鎮守府に接近中」

 

大淀はすぐに立ち上がって秘書艦の机まで歩み寄り、机の上にあるマイクのスイッチを押しながら口を開く。

 

「そちらは作戦本部長ですので失礼のないようにお迎えしてください。私も埠頭までお迎えにあがります」

 

「了解。明石、これより第一階段下で待機、目視後、発火信号による誘導を開始します」

 

「それでは私は作戦本部長をお迎えに行ってきます。上条さんはそのままお待ちください。山城は…」

 

「僭越ながら、作戦本部長が確認をされると思いますので、私もこのままこちらに待機するのが得策かと」

 

「…では山城もこのまま待機で」

 

「ありがとうございます」

 

廊下に出て埠頭へと向かう廊下を進みつつ、大淀は思案を巡らせる。

 

(山城さんが自分から意見を述べるなんて初めてだわ。いつものような『了解』ではなく『ありがとうございます』だったし。…上条さんに心を許しはじめているってことよね)

 

「まあ、上条さんがこの鎮守府の提督になってくれたとしても、問題は山積みですけれどね」

 

そう呟いて、大きなため息を一つ付いた。

 

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一日目 一五:四〇 とある鎮守府 司令室

 

「君が上条君かね。私は海軍省軍令部作戦本部長…と、分かりやすく言えば海軍のトップ3くらいの地位にある者だ。ここに来るまでに大淀から話を聞いたが、なんでも君はこの世界の人間ではないということだが?」

 

「ええ、まあ。艦娘とか深海棲艦とかは山城さんに聞くまで聞いたことなかったし」

 

(ふむ。艦娘を『さん』付けで呼ぶか)

 

「深海棲艦を消し去る力もあるとか?」

 

「俺の右手には『幻想殺し』っていう異能の力を消し去る能力があって、この世界に来て最初に会った奴らが深海棲艦の奴らで、右手で触れたら消えちまった」

 

「その力は艦娘にも効くのかね?」

 

「あ、私、港で上条さんの右手が触れた瞬間に浮力を失って水中に沈みました」

 

「我々も触れられると艤装が動かせなくなるのです?」

 

「でも、ナデナデは気持ちいいのです?」

 

山城の肩の上に妖精さんが現れてそう言うものの、元帥には人型の光にしか見えない。

 

「妖精はなんと?」

 

「…妖精さんも触られると艤装が動かせなくなるそうです」(ナデナデの件は触れないでおきましょう)

 

「…ふむ、島風」

 

「はい」

 

司令室の扉付近に待機していた島風に声をかける。

 

「彼の横に立ちなさい」

 

「了解」

 

上条が座っているソファーの横に島風が近づいていくと、上条は急に落着きがなくなり、近づいてくる島風から視線を逸らす。

 

「…どうしたね?上条君」

 

「どうしたも何も、何なんですかこのウサ耳、白手袋、おへそ丸出し、パンツ丸見え、スーパーハイソックスな女の子!!露出狂?痴女なの!?」

 

「「………ぶふっ」」

 

大淀と山城がほぼ同時に噴き出す。元帥は辛うじて堪えて島風を見ると、島風は掌を握り締め、小刻みに震えていた。

 

「……私、痴女じゃないもん!!」

 

ガシャン ガシャン

 

島風が叫ぶと、島風の背中の艤装に乗っていた連装砲ちゃん、抱いていた連装砲ちゃんが次々と飛び降りて上条に砲を向ける。

 

「ちょっ、なんだそれ、反則じゃね!?」

 

上条が慌てて立ち上がり、島風を後ろから羽交い絞めにしてじりじりと後ずさる。連装砲ちゃんたちは島風の足元でオロオロしていた。

 

「卑怯者ーっ!!」

 

「卑怯で結構!上条さんまだ死にたくありませんことよ!?」

 

「演習弾だからちょっとカラフルになるだけだよー!」

 

「演習弾ってのがペイント弾だったとしても、当たれば痛いんだよこの露出狂!」

 

「露出狂じゃないもん!」

 

「何処から見ても露出狂だ、おバカ」

 

「ぅ…ひっく。おバカじゃないもん!制服だからしょうがないんだもん!うわああああああん!!」

 

「……………制服なの?それ」

 

「ぐすん。島風の制服だもん」

 

「……………ゴメン。制服じゃ仕方ないよな」

 

「………うん」

 

「って、何考えてんだよ日本海軍!!」

 

「おぅっ!?言われてみれば」

 

ハッとして島風が元帥を見る。それから上条と視線を合わせて頷くと、上条は島風の戒めを解き、島風は連装砲ちゃんたちを呼び戻して、ふたりで元帥に詰め寄った。

 

「「なんでこんな制服なんですか(なの?)」」

 

「…島風型駆逐艦は速度重視のためなるべく空気抵抗のない形状の制服になっている。――というのが開発部の言い分じゃが…」

 

「肩と腋を出したり、お腹丸出しにしたり、腹巻にもならないパンツ丸出しのスカートって意味ないと思いますけどねえ」

 

「おにーさん、穿いているのはパンツじゃなくて水着なんだからねっ!」

 

「ブーメランパンツは行き過ぎだと思うわけであります」

 

「それがしまかぜクオリティ」キュイ

 

「ウサミミはいちおうアンテナ」キュイ

 

「砲門が喋った!」

 

「おにーさん、連装砲ちゃんたちの声、聞こえるの?」

 

「…ブーメランパンツは島風クオリティで、ウサ耳は一応アンテナって、ホント?」

 

「おぅっ!」///

 

ギャーギャーと言い合っている上条と島風を見て、元帥は目を細めた。

 

(なんとまあ、島風が元気に話しておるわ。上条君に触られても平気なようだし、良い兆候かの)

 

「…山城さん、連装砲ちゃんの声、聞こえました?」

 

「『キュイ』くらいしか聞こえませんでしたが」

 

「私もです。…上条さん、予想以上に凄い人かもしれませんね」

 

(妖精だけはなく連装砲たちの声も聞こえるとは、いやはや想像以上じゃな)

 

元帥は小さく微笑むと、それから小さく咳払いをして自身に注目を集める。

 

「上条君。海軍省軍令部作戦本部長として君を招聘したい。私と一緒に海軍省軍令部に来てもらえるかな」



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5 海軍省軍令部

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一日目 二三:〇〇 海軍省軍令部 宿舎の一室

 

「…………………どうしてこうなった?」

 

灰色の寝間着姿で、掛け布団を被ってベッドの上に寝転がり天井を見上げている上条は呟いた。

 

彼の左側には大きな膨らみがあり、よく見ると顔の横にアッシュブロンドの頭がのぞいている。

 

「すう、すう…」

 

規則正しい寝息が聞こえてくる。その寝息の主―水色の寝間着姿の島風―は、上条の左腕を抱き枕にして眠っていた。

 

上腕は両腕に絡めとられ、掌は太腿に挟まれている。

 

(これ、完全にいけないところに当たってると思うんだけどおおおおおおお!!)

 

上腕部は何か柔らかいモノが押し付けられているし、太腿に挟まれている左手を少しでも動かそうものならば、

 

「んっ…」ピクン

 

と、小さな身じろぎとともに何とも言えない吐息が聞こえてくる始末である。

 

「はぁ、不幸だ」

 

お決まりの言葉を口にすると、上条は瞼を閉じて現実逃避を試みるのであった。

 

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一日目 一七:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「ただいま」

 

「お帰りなさいませ」

 

「うむ。上条君はそこに座ってくれたまえ」

 

「あ、失礼します…って!?大淀さん!?とある鎮守府の提督さんじゃなかったですっけ!?」

 

「ああ、それは別の大淀じゃ。この大淀は私の秘書艦の大淀だよ」

 

「大淀さん何人もいるの!?」(…御坂妹みたいなもんかな)

 

「大淀に限らず、艦娘は同型がおるものだよ。特に大淀と明石は各鎮守府に配備されるから数は多いかな」

 

「鎮守府の数はどのくらい?」

 

「鎮守府は二十二ある。しかし、維持するのも難しい鎮守府が多い。先ほどのとある鎮守府も危ないところだったが…」

 

そう言うと元帥は執務机に備えられている椅子に腰を下ろし、真っ直ぐに上条を見た。

 

「今日、鎮守府近海に入ってきた深海棲艦を撃退したから、しばらくは大丈夫じゃな。あくまでも、とある鎮守府に関してはだが」

 

「他の鎮守府は?」

 

「この大井ととある、横須賀・佐世保・呉・大湊・舞鶴・鹿屋は問題ない。佐伯湾・幌筵・トラック・ラバウル・ブイン・パラオ・タウイタウイは提督が変わったばかりで不安定、岩川・桂島・宿毛湾・単冠湾・ブルネイ・リンガ・ショートランドの鎮守府は危険じゃな」

 

「それって、結構ヤバい状態だったりしません?」

 

「うむ。結構どころか、かなりヤバい状態じゃな」

 

「そんな状態なのに、海軍の偉い人が俺なんかと話していていいの?」

 

「そんな状態なればこそ、こうして上条君と話しているわけなのだが」

 

「……それって、どういうこと?」

 

上条が首を傾げるのを横目に、元帥は大淀に向かって声をかける。

 

「艤装妖精はいるかな?」

 

「呼んだのです?」ポン

 

「元帥さんはお話しできないのです?」ポン

 

呼びかけに応えて妖精が元帥の机の上に現れた。

 

「上条君、妖精は何と言っている?」

 

「え?一人は貴方の方を向いて『呼んだのです?』と言っていて、もう一人は大淀さんの方を向いて『元帥さんはお話しできないのです?』と言ってます」

 

「…完全にその通りです」

 

「話せる人なのです?」

 

「告げ口したのです?」

 

「人聞きの悪い!俺は質問に答えただけだ!」

 

「怒ったのです?」ポン

 

「逃げるのです?」ポン

 

上条が突っ込みを入れたら、妖精たちは姿をくらませた。

 

「逃げやがった!」

 

「まあまあ、勘弁してやってくれ。で、だ。今、君は、妖精さんの声を聞いて、話をしたわけだが」

 

「ええ、まあ」

 

「提督になるには条件があってね、なかなか資格を持つものを見出せないのだよ」

 

「はあ………」

 

「その条件というのが、最低でも『妖精を見ることができる』なのだよ。私はこの最低条件に当てはまったから、こうして大井の提督をしている」

 

「……………」

 

冷汗が上条の背中を伝い落ちる。

 

「それで、条件だがB級で『妖精の姿をはっきりと見ることができる』、A級で『妖精と話すことができる』、S級で『妖精に触れることができる』となるわけだ」

 

「それ…は…」

 

「上条君、とある鎮守府で妖精さんに触れていたよね?」

 

「まあ、はい」

 

「ということで、上条君はS級資格者ってことになるのだが」

 

「いや、俺、軍隊とか全然わからない、どちらかというと落ちこぼれな高校生ですよ!?」

 

「落ち着きたまえ。S級資格者だからとはいえ、無条件で提督にはしないから」

 

「……あ、そうなの?」

 

「うむ。…大淀、島風と比叡を呼んでくれ」

 

「了解しました。…元帥執務室です。作戦本部付駆逐艦島風並びに作戦本部付戦艦比叡は元帥執務室に来てください」

 

大淀がマイクのスイッチを離したのを確認して、元帥が大淀に声をかける。

 

「二人が来たら試〇一〇二を行う。…良いか?」

 

「…了解です」

 

「なんだったら大淀は席を外しても良いぞ?」

 

「いえ、私は大丈夫です」

 

「…そうか」

 

「はい。二人が来るまでに多少時間がありますから、お茶を淹れますね」

 

「…よろしく頼む」



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6 島風

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参拾弐日前 一一:〇〇 幌筵鎮守府 懲罰房

 

大勢が階段を降りてくる足音と、扉が開かれる音。

 

(……誰か来た。提督?)

 

天井のフックに掛けられた鎖。その先にある足枷と、それに戒められた逆さ吊りの全裸の少女。アッシュブロンドの長い髪は筆のように床に向かって垂れ下がり、薄汚れた顔のその瞳は閉ざされている。

 

身体の至る所に青黒い打撲痕や、首や腕、胸や太腿には強く締め付けられたり握られたりしたのであろう、手形状の痣が付いてる。

 

肢体に残る体液の混合液の残滓が、彼女に行われたであろう暴虐行為の酷さを物語っていた。

 

「うわ……。酷い」

 

「明石、ワイヤーカッター!早く!!」

 

「あ、はい!!」

 

「島風!おい、島風!」

 

いきなり上半身を起こされ、身体を揺さぶられる。だが、島風は反応を返さなかった。

 

(また苛められるのなら起きたくない。耐えられなくなるまで目を開けないでおこう)

 

「摩耶さん、鎖を切りますので島風ちゃんを支えてください」

 

明石に言われ、摩耶は島風の首の後ろに右腕を入れて抱き上げ、左腕を膝裏に添える。

 

「OK。いいぞ」

 

ガシャン

 

「…っと。よし、息はあるからこのままドックに連れていくぞ。枷は工廠妖精さんに外してももらう」

 

「高速修復材使っていいからね」

 

「そんなの当たり前だ!」

 

(あれ?抱っこされて、階段を上っている?地下室から出られるの?)

 

薄く目を開けると、太陽の光が眩しくてすぐに目を閉じた。

 

「……ま、ぶ、しい」

 

聞こえてきたのは自分のものとは思えないしゃがれた声。

 

「わた、し、どう、し、ちゃ、たの?」

 

「島風、今は喋るな。すぐ入渠できるからな。そうすれば治るから……」グスッ

 

島風の頬で温かな滴が弾ける。

 

「ま、や、さん」

 

「喋らなくていい…。すまねえ、島風、ホント、すまねえ…」グスッ

 

そんな摩耶の涙声の謝罪を聞いているうちに、島風の意識は薄れていった。

 

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参拾弐日前 一一:三〇 幌筵鎮守府 入渠ドック

 

扉から外に出て、手を握ったり開いたりしてから、屈伸運動をしてみる。

 

「うん。どこも痛くないし、声もおかしくないね。高速修復材って凄い」

 

大きな伸びをひとつしてから工廠へ向かって歩き始めた。潮風が心地よく感じられる。

 

(私、何日ぶりに歩いてるんだろう?お腹も空いているなあ。…とりあえず連装砲ちゃんを迎えに行って、それから食堂に行ってご飯を食べようかな)

 

そんなことを考えながら歩いていると、工廠からこちらに向かって歩いてくる人物と目が合った。

 

「よお、島風。もういいのか?」

 

「摩耶さん。おかげさまでこの通り」

 

「ほら、お前たち、ご主人様だぞ」

 

「しまかぜふっかつ」キュイ

 

「ボクたちごうりゅう」キュイ

 

連装砲ちゃんたちが摩耶さんの両手から飛び降りて島風の頭と腕に飛びつく。

 

「島風なら迎えに行くと思ったからな。ドックまで連れて行ってやろうと思ったんだが、島風の方が早かったな」

 

「うん。ありがとう、摩耶さん」

 

「いいっていいって」

 

「私お腹空いたから食堂に行くけど、摩耶さんも行く?」

 

「ん?じゃあ付き合うか」

 

行き先を食堂へと変更して並んで歩き出す二人。暫くの間は無言だったが、島風が小さく尋ねる。

 

「今、提督は誰?」

 

「大井鎮守府から来た少佐殿が提督代理をしているけど、多分このままここの提督になるんじゃないか?」

 

「代理が来てるってことは、提督は逮捕されたってことだよね」

 

「ああ。憲兵がしょっ引いていった。今度はアイツが軍令部の懲罰房行きだな。…と、すまねえ、変なこと言った」

 

「ううん。大丈夫」

 

島風がそう答えた後、どことなく気まずい雰囲気のまま、二人は食堂へと辿り着いた。

 

「あ…」

 

食堂には、大淀や赤城、叢雲といった幌筵鎮守府の古参艦娘達とともに、海軍の白軍服を着た青年―大井鎮守府から来た少佐―の姿があった。

 

「摩耶さん、島風ちゃん」

 

赤城が二人に声をかけると、赤城の隣にいた大淀、叢雲、少佐が一斉に二人の方へと顔を向ける。

 

「やあ摩耶。…島風はもう大丈夫かな?」

 

「アタシに聞くことじゃないと思うけど…。島風と話すならもう少し時間を空けてからの方がいいと思うぜ」

 

「手厳しいね。じゃあ、とりあえず私の方から挨拶だけ。幌筵鎮守府提督代理の少佐だ。よろしく、島風」

 

そう言って少佐は島風に右手を差し出す。差し出された手を見て、島風の表情が恐怖で歪む。

 

「いや、いやだああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「「「島風(ちゃん)!!」」」

 

摩耶、大淀、赤城が少佐を隠すように駆け寄るが、島風はその場に蹲り、頭を抱えて震えていた。

 

「痛いのイヤ、痛いのイヤ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………」

 

「……悪い、少佐殿は外してくれ」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「島風ちゃん。赤城です。大丈夫だから、ね?」ギュッ

 

「あか、ぎ、さん?」

 

「大丈夫よ。大丈夫」ギュッ

 

「私、私、提督が怖くて、私……」

 

「大丈夫だ、今はアタシ達しかいない。悪い、島風。少佐がいるとは思わなかったんだ」

 

「…私、提督が怖い、怖いよぅ。うわああああああん」

 

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壱拾八日前 一四:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「高雄型重巡洋艦三番艦摩耶。軍令部作戦本部に着任しました」

 

「島風型駆逐艦島風。軍令部作戦本部に着任しました」

 

「ご苦労。作戦本部長の元帥だ。ただいまヒトヨンマルマルをもって摩耶と島風は私の麾下に入る。ここは他の鎮守府と違い、後方支援、査察、連絡、輸送が艦娘の主な業務となることを伝えておく」

 

「「了解」」

 

二人の返答を聞いてから元帥は立ち上がり、ゆっくりと二人の前へと歩み寄る。

 

「幌筵での話は聞いている。気休めかもしれないが約束する。私は麾下の艦娘に対して行為を強制をしたり、暴力は振るわない」

 

「………本当に?」

 

「ああ、本当じゃとも。それ以前に私はもう枯れているからの」

 

「その表現もセクハラになるんじゃないか?提督」

 

「それはすまなんだ。まあ、痛いことはしないから安心したまえ」

 

そう言ってからゆっくりとした動作で右手をポケットに入れて白手袋を取り出し、二人に見えるように装着する。

 

「爺の手だとざらついておるから手袋を嵌めさせてもらうぞ。良いか、この手袋をした手は、絶対に痛いことはしない」

 

「……うん」

 

「それでな、頑張った島風の頭を撫でてやりたいのじゃが、撫でさせてもらえるか?」

 

「………」コクン

 

「よしよし、よく頑張ったな」ナデナデ

 

「っ!!」ビクッ

 

頭を撫でられた瞬間、島風は身体を縮ませたが、恐怖に染まることはなかった。その様子を見て、摩耶はホッとする。

 

「摩耶も、よく頑張ったな」ナデナデ

 

「なっ!?子ども扱いするな!」///

 

「はっはっは。私から見れば艦娘はみな娘や孫みたいなものだ。おとなしく撫でられておけ」ナデナデ

 

「……しょーがねーな」///

 

「…てーとく」

 

「ん?どうした、島風」ナデナデ

 

「ビクッてなっちゃうかもしれないけど、こうやって撫でてくれると、私、怖くなくなるかもしれない」

 

「うむ。わかった」ナデナデ

 

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一日目 一五:四〇 とある鎮守府 司令室

 

「どうしたも何も、何なんですかこのウサ耳、白手袋、おへそ丸出し、パンツ丸見え、スーパーハイソックスな女の子!!露出狂?痴女なの!?」

 

(……………は?)

 

――提督に横に行くように言われた相手からいきなりそんなことを言われて、私は頭が真っ白になった。

 

「「………ぶふっ」」

 

――大淀さんと山城さんがほぼ同時に噴き出すのが聞こえた。二人の制服は普通だからって、それはちょっとひどいんじゃない?

 

「……私、痴女じゃないもん!!」

 

――頭にきた私が叫ぶと、連装砲ちゃんたちが次々と飛び降りてその人に狙いを定めた。だけど次の瞬間、私はその人に羽交い絞めにされていた。

 

「卑怯者ーっ!!」

 

「卑怯で結構!上条さんまだ死にたくありませんことよ!?」

 

「演習弾だからちょっとカラフルになるだけだよー!」

 

「演習弾ってのがペイント弾だったとしても、当たれば痛いんだよこの露出狂!」

 

「露出狂じゃないもん!」

 

「何処から見ても露出狂だ、おバカ」

 

「ぅ…ひっく。おバカじゃないもん!制服だからしょうがないんだもん!うわああああああん!!」

 

――露出狂って言われているうちにだんだんと悲しくなってきて、気が付くと私は大声で泣いていた。

 

「……………制服なの?それ」

 

「ぐすん。島風の制服だもん」

 

「……………ゴメン。制服じゃ仕方ないよな」

 

――制服であることを主張するとその人は素直に謝ってきた。

 

「………うん」

 

「って、何考えてんだよ日本海軍!!」

 

「おぅっ!?言われてみれば」

 

――冷静に考えてみれば確かにそうだ。意見が一致した私たちは、和解して提督に詰め寄った。

 

「「なんでこんな制服なんですか(なの?)」」

 

「…島風型駆逐艦は速度重視のためなるべく空気抵抗のない形状の制服になっている。――というのが開発部の言い分じゃが…」

 

「肩と腋を出したり、お腹丸出しにしたり、腹巻にもならないパンツ丸出しのスカートって意味ないと思いますけどねえ」

 

――改めて言われるとすごい恰好のような気がしてきた。でも、履いてるのは水着なんだから。

 

「おにーさん、穿いているのはパンツじゃなくて水着なんだからねっ!」

 

「ブーメランパンツは行き過ぎだと思うわけであります」

 

「それがしまかぜクオリティ」キュイ

 

「ウサミミはいちおうアンテナ」キュイ

 

「砲門が喋った!」

 

「おにーさん、連装砲ちゃんたちの声、聞こえるの?」

 

「…ブーメランパンツは島風クオリティで、ウサ耳は一応アンテナって、ホント?」

 

「おぅっ!」///

 

――連装砲ちゃんのバカ。島風クオリティってなんなのよ!

 

「ブーメランパンツなのも制服だから!島風の趣味じゃないんだからね!!」

 

「でも、島風クオリティって…」

 

「それは連装砲ちゃんが勝手に言ってるだけ!」

 

「わかった!悪かった!!よしよーし」ナデナデ

 

「っ!!」///

 

――あれ?いきなり撫でられたのに嫌じゃ、ない?



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7 小さな光

鎮守府の洗濯事情

提督・艦娘の部屋には洗濯籠(名札付き)があり、それに洗濯物を入れて部屋の外の棚の下段に入れておくと雑務妖精が回収し、洗濯をして洗濯籠は棚の下段、洗濯物は棚の上段(扉付き)に収めてくれます。

同じように大浴場の脱衣所にも洗濯籠があり、洗濯籠に名札(大浴場の棚の中に複数枚名札が置かれています)を付けておけば雑務妖精が回収し、洗濯をして部屋の外の棚の上段に収めてくれます。

輸送や哨戒任務後に工廠に行き、補給後に艤装を預けた際に、制服類(下着やインナー類は建造時のものと同じ)を渡されます。これは大浴場で汚れを落とせ(整備しろ)ということです。この場合は、名札の付いていない洗濯籠に制服類(ID管理されている)を入れておくと、雑務妖精が回収し、洗濯をして工廠に収められます。

たまに紛れ込む私物・下着・インナー類は、ID管理されている制服類と一緒だった場合は雑務妖精が回収し、洗濯をしてその制服類のIDの艦娘の部屋の前の棚の上段に収められます。制服類が一緒でなかった場合は該当者なしということで廃棄処分されます。

大浴場には共用のタオル類が棚に収められており、タオル類はどこの洗濯籠に入れても洗濯後は大浴場の棚に戻されます。

洗濯室は入渠ドッグの横(大浴場の反対側)にあります。洗濯籠ごと洗濯機に入れて扉を閉めると修復剤で満たされ…。だからいつでも新品同様。折り畳みやアイロンは雑務妖精さんが手がけます。

※ブラック鎮守府は大浴場を閉鎖したり入渠ドックに制限を付けたりと外道なことを行います。


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一日目 一六:三〇 海軍省軍令部 大浴場

 

補給をしてから艤装を工廠に預け、工廠妖精から替えの制服を受け取り、入渠ドックの横にある大浴場の暖簾を潜る。脱衣所で洗濯籠に脱いだ服を入れ、棚からタオル二枚とバスタオルを取って大浴場に入り、壁際のシャワーが並んでいるところに進み、タオル類を仕切りに掛ける。

 

「今は流すだけでいいや。夜にまた入るから、連装砲ちゃんも流すだけでいい?」

 

「しおだけおとせばよい」キュイ

 

「ちゃんとふいてね」キュイ

 

「了解」

 

シャワーヘッドを手に取り蛇口を捻ってお湯を出す。温かくなってきたところでホルダーにシャワーヘッドを留めて頭からお湯を浴びる。手で髪を漉き、全身を軽く撫でるように擦ってからお湯のシャワーの下から身体をずらし、仕切りに掛けておいたバスタオルを取って大まかに髪を拭き、身体を拭いてバスタオルで包む。それからシャワーヘッドを取って連装砲ちゃんたちにお湯をかけて手で軽く擦ってあげる。

 

「しまかぜテクニシャン」キュイ

 

「かゆいところにてがとどく」キュイ

 

「…よし、落とし忘れないかな?」

 

蛇口を締めてシャワーヘッドをホルダーに留め、仕切りに掛けてあったタオルを取って連装砲ちゃんたちを拭いてから、連装砲ちゃんたちの頭の上にそれぞれタオルを置く。それから大浴場を出て脱衣所に入り、棚から新しいバスタオルを取って髪を拭き始める。

 

「ドライヤーは、いいか」フキフキ

 

「ようせいさんテクニシャン」キュイ

 

「とてもきもちいいです」キュイ

 

島風が足元を見ると、雑務妖精たちが連装砲ちゃんたちを念入りに拭いてくれていた。

 

「おぅっ!?ありがとう妖精さん」

 

「連装砲ちゃんたちは自分で拭けないから仕方ないのです?」

 

「錆びることはないのです?」

 

髪を拭いたバスタオルを洗濯籠に入れ、制服を身に着けてから鏡台前の椅子に座り、ヘアバンドを装着する。鏡を見ながら小さく溜息をつくと、入口から誰かが脱衣場に入ってきた。

 

「おう、島風。曳航ボート輸送、おつかれさん」

 

「あ、摩耶さん。今からお風呂?」

 

「いや哨戒が終わったから軽くシャワーだけだ。風呂は寝る前に入る」

 

「私も同じ。じゃあ、寝る前に一緒にお風呂入らない?」

 

「別に構わないけど、珍しいな」(なんか懐っこくなってねえか?)

 

そう言って摩耶は目を細め、微笑みながら島風を見る。

 

「なんか、いい顔してるな。いいことあったか?」

 

「うん。提督と行ったとある鎮守府でね、おにーさんに会ったんだ」ニコ

 

「お兄さん?」(島風が笑ったの久しぶりに見た)

 

「そのおにーさんはなんと、連装砲ちゃんとも話せるんだよ」

 

「それはスゲーな。アタシは連装砲ちゃんの声は聞こえねえ」(連装砲ちゃんと話せるってことは妖精とも話せるってことだから、S級か)

 

「そのおにーさんをここに連れて帰ってきたから、おにーさんが提督になるかもしれないよね?」

 

「んー、そうだな。S級なら最終試験パスすればどこかの提督に収まりそうだ」(表情がコロコロ変わるようになったな。克服したのか?)

 

「そうしたら、私、おにーさんの鎮守府なら行ってもいいかなって」ニコ

 

「…最終試験で裏切られるかもしれねえぞ?この前のB級の奴みたいになるかもしれねえし」

 

「大丈夫だよ。おにーさん、島風の制服のことで文句言ってくれたもん」

 

「は?なんだそりゃ?」(制服のことで文句?)

 

「最初、痴女みたいだって言われたけど、水着だし制服だからしょうがないって言ったら『何考えてんだよ日本海軍』って、提督に文句言ってくれたの。それでその後、撫でてもらったらね、嫌じゃなかったんだ」///

 

「その制服、気に入ってるんじゃなかったっけ?」(島風だけじゃなくて、文句言ってやりたい制服の艦娘多いけどな。あのパンツ水着だったのか)

 

「うん、気に入ってるし可愛いとは思うけど、冷静に考えると結構恥ずかしいよ。これ。水着だから何とかセーフみたいな」

 

「アタシもスカート短い方だけどまだ隠せる。でも島風のはほぼ丸見えだもんな」

 

「おぅっ!?摩耶さんもそう言っちゃう!?」

 

「ははは。悪い。でも、まあ島風が元気になってくれてアタシは嬉しいよ」ナデナデ

 

「えへへ。撫でてくれる摩耶さんの手も優しくて好きだよ」///

 

「嬉しいこと言ってくれるねえ」ナデナデ(怯えなくなったし、素直に甘えられると嬉しいな)

 

「元帥執務室です。作戦本部付駆逐艦島風並びに作戦本部付戦艦比叡は元帥執務室に来てください」

 

全館放送で呼び出された名前を聞いて、摩耶の表情が翳る。

 

「…比叡ってことは試〇一〇二だろうけど、島風、大丈夫か?」

 

「提督は痛いことはしないって言ってくれたし、最終試験はおにーさんなら大丈夫だと思う」ニコ

 

「いや、その…」(なんて言えばいいか…)

 

「…前の鎮守府のことを思い出すかもしれない?」

 

「………うん。比叡のやることは、その、アレだからさ」(確かにここの提督はアタシ達に強制したり暴力をふるったりはしないけど、ここの比叡は悪い方に壊れちまってるからな)

 

口ごもる摩耶を見て、島風は小さく微笑みながらこう言った。

 

「なんとなくだけどね、おにーさんなら比叡さんも救ってくれる。私、そんな気がするんだ」

 



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8 比叡

簡易コンテナ:鎮守府間で少量の資材等をやりとりしたりする際に使用する、手漕ぎボートに小型コンテナを載せた曳航用コンテナボート。

艦娘寮:基本的に一人部屋です。姉妹艦で隣接した部屋を使う場合、申請すれば部屋の間の壁を取り払うことも可能です。(洗濯事情から各部屋の扉はそのままです)

各鎮守府の隣(実際には敷地内の隅の方)には憲兵隊が常駐しています。(憲兵隊内では地名+分隊と呼ばれます。一分隊は三小隊から成り、一小隊は十人編成なので三十人が常駐しています。この世界では女性の憲兵も多いです)鎮守府の門衛や軍紀違反の取り締まりなどをしています。(第一話でとある鎮守府の大淀が電話していたのはとある分隊)慣例として鎮守府の門衛は女性の憲兵が行っています。


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壱百弐拾八日前 一〇:〇〇 パラオ鎮守府 司令室

 

「司令、お呼びですか?」

 

「比叡。かねてよりお前から進言のあった大型艦建造についてだが、場合によってはラバウルから資材を回してもらえそうだ」

 

「本当ですか?」

 

「そのためには、お前の献身が必要になるのだが」

 

小さな笑みを浮かべ、パラオ鎮守府の提督は比叡を見る。

 

「献身、と言いますと?」

 

「文字通りの意味だよ。大型艦建造のために協力してくれるラバウル鎮守府に異動だ」

 

「転属ですか?」

 

「そういうことだ」

 

「私がラバウルに転属するのに大型艦建造はパラオで行うのですか?」

 

「お前にとって悪くない話だと思うぞ。ラバウルには金剛がいるみたいだからな」

 

「ラバウルには金剛お姉さまがいらっしゃるのに、私も呼ばれたのですか?」

 

「ラバウルの提督は大艦巨砲主義者だからな。俺は機動艦隊を持ちたいのだがここには正規空母がいない。あちらが欲しいのは戦艦で、こちらが欲しいのは正規空母。ここまで言えば理解できるか?」

 

「わかりました」(私は厄介払いされたというわけですね)

 

比叡はパラオ鎮守府に着任してから、まだ一度も出撃したことがなかった。今までその理由はわからなかったが、パラオ提督にとって戦艦である比叡は戦力外だったのである。

 

「では比叡、ラバウル鎮守府への異動を命ずる。準備が整い次第、ラバウルへ向いたまえ」

 

「了解しました。簡易コンテナを一ついただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わない」

 

「では、失礼します」

 

敬礼をして司令室を出る。それが比叡とパラオ提督との最後の会話だった。

 

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壱百弐拾七日前 一四:〇〇 ラバウル鎮守府 司令室

 

「金剛型戦艦二番艦比叡、着任しました」

 

「ご苦労。私がラバウル鎮守府の司令官だ。秘書艦に鎮守府を案内させる。じきに来るから比叡はソファーに座って待て」

 

「はい。では失礼します」

 

促されるまま、扉に背を向けてソファーに座る。

 

「私は少し席を外す。秘書艦が来たら鎮守府の案内をしてもらってくれ。新人が来るとは伝えてあるから」

 

「はい。わかりました」

 

ラバウル提督が部屋から出て行くと、比叡は小さく首を傾げた。

 

(なんだか変な感じです。パラオの司令は戦艦が必要とされているようなことを言っていましたが、歓迎されているようではありませんでしたし)

 

コンコン

 

「テイトク。失礼するネー」ガチャ

 

扉がノックされ、間を開けずに誰かが部屋に入ってくる。比叡は立ち上がって振り向くと、相手を見ずに敬礼をしながら自己紹介をした。

 

「本日付でラバウル鎮守府に着任しました、金剛型戦艦二番艦比叡です。よろしくお願いします!」

 

「……嘘」

 

相手の呟きを聞いて視線を向け、それから比叡も同じように呟いた。

 

「……お姉さま?その恰好はいったい?」

 

「比叡。ここに着任したって本当?」

 

「はい。パラオ鎮守府から異動になりました。それよりもお姉さま、その恰好はいったい?寝坊でもしたのですか?」

 

答えながら、比叡は目の前にいる自分の姉の格好について質問した。下着が透けて見える薄紅色のネグリジェ姿というのは、この場所には相応しくないと思ったからだ。

 

「ここでは、海上に出るとき以外はこれが制服デース。だからみんな、普段はなるべく自分の部屋に籠ってるネー」

 

「はい?それが普段の制服?」

 

「比叡も自分の部屋に行けば制服が置いてあるからそれに着替えるのデース。さあ、行きますヨー」

 

「ちょ、ちょっとお姉さま!?」

 

有無を言わさず金剛は比叡の背中を押して司令室を出る。そして寮の方に向かいながらそっと囁いた。

 

「とりあえず部屋で詳しい話をするネ」

 

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壱百弐拾七日前 一四:三〇 ラバウル鎮守府 比叡私室

 

「靴は、サンダルですか…」

 

身に纏っていた艦娘の制服を脱ぎ、金剛と同じ薄紅色のネグリジェを着た比叡は、ベッドサイドに置かれていたサンダルを見て呟いた。

 

「お姉さまと同じ格好とはいえ、恥ずかしいですね」

 

サンダルを履いて小さくため息をつき、それから扉の外に声をかける。

 

「お姉さま。着替えました」

 

「お邪魔するネー。オー、比叡。とっても可愛いネー」ガチャ

 

「あ、ありがとうございます」

 

後ろ手で鍵を閉め、金剛は比叡の側へと真っ直ぐに歩いてくる。そして耳元で囁くように言った。

 

「比叡。アナタ、前の鎮守府で夜伽はしたことある?」

 

「は?何ですって?」

 

「テイトクに抱かれたことがある?」

 

「お姉さま、いったい何を言っているんですか?」

 

「比叡。真面目に答えるネ。抱かれたことはあるの?」

 

「………そういった経験はありませんけど」

 

「オーマイゴッド」

 

頭を押さえて首を振りそう言うと、金剛は比叡を正面から抱きしめた。

 

「比叡。私たち艦娘は基本的にテイトクの命令には従わなくてはイケマセン。そして、このラバウルでは夜伽も基本的な業務デス」

 

「だから普段このような服を着ているのですか」

 

「普段はこっちの制服を着ていないと、食堂も、大浴場も使用できないのデス」

 

「徹底しているんですね」

 

「比叡、アナタやけに落ち着いてるネ」

 

「まあ、司令ってどこも同じみたいですから。ここの司令は全員に手を出すタイプなのですね」(パラオの司令は初期艦の子に夢中でしたし)

 

「比叡、落ち着いて聞いてクダサイ。最初は確かにテイトクに抱かれていたけど、最近はスポンサーに夜伽をするのデス。そして艦娘のバージンはスポンサーの皆さんでオークションにかけられるのデス。これも立派な仕事デス。そう思わないとやってイケマセン」

 

比叡の頭を撫でながら震える声で金剛は囁く。

 

「夜伽は仕事と割り切ってしなければいけないけど、バージンを売るのが嫌なら、ワタシがここでアナタのバージンを奪ってアゲル。ワタシにはそのくらいしかできないから…」

 

「お姉さま…」

 

「時間がアリマセン。どうする?比叡」

 

「…お姉さま、ありがとうございます。でもパラオの司令から私は処女だって連絡が来ているでしょうから、お姉さまのお気持ちだけいただいておきます」ニコ

 

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七拾八日前 二三:〇〇 ラバウル鎮守府 艦娘寮 来賓室

 

ラバウル鎮守府の艦娘寮の一階にある一部屋。その部屋の中央で、素っ裸の中年の男が憲兵に取り囲まれ、その背中に銃口を突き付けられていた。

 

「どういうことだ!?儂は客だぞ!」

 

「客、ですか。そもそも一般人が軍事施設にいること自体おかしいのですが」

 

「儂はここに多額の寄付をしておるのだぞ」

 

「…それでは罪状に贈賄も追加ですね」

 

「なんだと!?」

 

「鎮守府ってのは機密事項の塊でしてね…」

 

パン、パン

 

憲兵の声を遮るように乾いた発砲音が聞こえてくる。

 

「とまあ、お聞きの通りたった今、ラバウル提督は軍規違反・機密漏洩・収賄の罪でグラウンドで処刑されました。貴方も機密漏洩・贈賄の罪で同じことになりますが、目隠ししますか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!冗談だろ!」

 

「目隠しは必要ないですか。では速やかに刑を執行。連れていけ!」

 

「儂だけじゃない、儂だけじゃないのに!!」

 

「貴方のお仲間は既に捕縛済だから、一足先に地獄で待っていますよ」

 

「いやだああああああああああああああああああああああああああ」

 

泣き叫ぶ裸の男を無表情で引きずっていく仲間の憲兵を見送ってから部屋の扉を閉めると、憲兵はベッドに視線を向け、自分のことを相手に知らせるために帽子を取って長い髪を外に晒して声をかけた。

 

「海軍省軍令部からの通報で憲兵本部から派遣された中尉です。貴女はラバウル所属の艦娘で合ってるかしら?」

 

「……お客様。なにか不手際でもございましたか?」

 

一糸纏わぬ姿の艦娘らしき女性は、虚ろな眼差しで男との行為の残滓で汚れたままの身体を隠そうともせず呟いた。

 

「いえ、貴女の名前を聞いているのだけれども」

 

「私?私は金剛型戦艦二番艦、比叡です。気合、入れて、ご奉仕します」

 

「いや私、女だし。っていうかそんなことに気合入れなくていいから。ちょっとやめて、ベルトに手をかけないで!うひゃあああ、これは一時撤退!!」

 

中尉は一目散に扉に向かって逃げ出し、振り返って比叡を見ると彼女は床にへたり込んで嗚咽を漏らしていた。

 

「私、駄目な子です……」

 

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七拾八日前 二三:三五 ラバウル鎮守府 司令室

 

「それでは、本日フタサンサンマルをもってラバウル鎮守府の提督代理に金剛を任命する」

 

「拝命シマシタ」

 

海軍省軍令部との通信を終え受話器を置くと、金剛は机の上にあるマイクのスイッチを押す。

 

「業務連絡ネー。本日フタサンサンマルをもってワタシ金剛がテイトク代理になったネ。ということで最初の命令ネ。今までの制服は廃止。みんなすぐに艦娘の制服に着替えるネー。でも時間が時間だからパジャマでもOKネ」

 

「今までの制服って?」

 

憲兵の中尉が尋ねると、金剛は薄紅色のネグリジェを摘んで片目を閉じた。

 

「コレ。ワタシも着替えてきたいところだけど、それよりも今は大切な話があるネー」

 

「いえ、着替えてきても大丈夫だけど」

 

金剛は小さく首を振って真っ直ぐに中尉を見る。

 

「憲兵本部のアナタに頼みたいことがアリマス。憲兵本部に帰る前に、海軍省軍令部にワタシの妹を連れて行ってクダサイ」

 

「貴女の妹?」

 

「アナタが踏み込んだ部屋にいた比叡デス」

 

「ああ、金剛型戦艦二番艦って言っていたわね。でもどうして?貴女、妹が可愛くないの?」

 

「可愛いに決まってイマス。だからこそあの子を軍令部に連れて行って欲しいのデス」

 

「どういうこと?」

 

怪訝そうな眼差しで金剛を見る中尉に、金剛は静かに口を開く。

 

「比叡はもともとパラオ鎮守府の艦娘デシタ。それを前のテイトクとパラオのテイトクとのトレードでココに配属されマシタ。比叡が配属されたとき、ココは既にコレを制服として、スポンサーに夜伽をするお仕事が一般的になってイマシタ。そして、比叡はバージンだったため、比叡のバージンはスポンサーのオークションにかけられマシタ」

 

「ちょっと待って。そんなこと容認したの?」

 

「ワタシたち艦娘は、基本的にテイトクの命令には絶対服従デス。それはアナタもよく知っているはずデス」

 

「確かにそうなんだけど、なぜそこまで…」

 

艦娘の盲信ともいえる提督への服従は、他の鎮守府でもよく見てきた。中尉が言葉を継げずにいると、それを察してか金剛が続ける。

 

「ワタシたちは兵器デス。アナタの腰にある銃と一緒デス。艦艇として指揮官に従うのは義務であり艦娘の基本行動デス。テイトクが司令官として行動している間は、女扱いされても、鎮守府の維持のための交渉の材料に利用されても文句はイエマセン」

 

「娼婦のようなことをさせられた時点で軍隊からは逸脱していると思わなかった?」

 

「艦娘が女の姿なのは男に抱かれるのも立派な仕事だからだ。そう言われて納得してたネ」

 

「質が悪いわ」

 

「適度に遠征や哨戒任務も行われていたから、近海に敵は来なかったし、司令官としては落ち度がなかったデス。だから制服や夜伽に関しては仕方のないことだとみんなは思っていたネ。比叡にも説明したらどこの鎮守府も同じようなものって言ってマシタ。それでも初めてがオークションなんて嫌だろうから、そうなる前にワタシがバージンを奪ってアゲルって言ったんだけど、比叡はパラオのテイトクからバージンって連絡が来てると思うから気持ちだけ受け取っておきますなんて言って覚悟を決めたようデシタ」

 

まるで告解をするかのように、金剛は続ける。

 

「比叡はワタシが思っていたよりもずっと純粋で真面目デシタ。オークションにかけられてロストバージンした次の日、比叡は屈託のない笑顔で言いマシタ。『お姉さま。私、やっと艦娘のお仕事が出来ました』と。それを聞いたときワタシは後悔したネ。比叡は前の鎮守府でも艦娘として任務をしたことがなく、ラバウルでスポンサー相手に夜伽をすることを、初めて艦娘としての仕事を全うしたと思ってしまったのダカラ」

 

金剛の頬を涙が伝い落ちる。

 

「夜伽も立派な仕事だと、ワタシは比叡に言いマシタ。そう思わなければやっていけないからネ。でも純粋だった比叡はそれを真面目に受け取ってしまいマシタ。ワタシは比叡を、可愛い妹を壊してしまいマシタ」

 

涙を拭おうともせず、金剛は中尉を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。

 

「ワタシやラバウル鎮守府の罪は消えないネ。でも、元々ラバウル所属の艦娘は新しいテイトクの元でやり直すことができるはずデス。比叡は本来ココの所属ではなかった艦娘だから、一度ラバウルから離してあげたいし、軍令部にも環境によっては艦娘がこんな風に壊れてしまうということを知ってもらいたいネ」

 

「わかりました。比叡は海軍省軍令部に連れて行きます。比叡の荷物は憲兵本部の96式に積んでください。準備ができ次第すぐ海軍省軍令部に戻りますので比叡にはC-2に乗ってもらいます」

 

「比叡を、よろしくお願いシマス」

 

金剛は頭を下げると、秘書艦の机へと歩いて行きその上にあるマイクのスイッチを押した。

 

「戦艦比叡は司令室に来てクダサイ」

 

館内放送で比叡を呼び出してからハンカチを取り出し、自分の顔を拭いて目を閉じ、小さく呟いた。

 

「ワタシはラバウルのテイトク代理として、比叡を海軍省軍令部に異動させマス。ダメな姉だけど、比叡に安息が訪れることを心から祈ってイマス」




スポンサーの男は個人所有のクルーザーを埠頭に着岸させて、そこから鎮守府に入っています。基本的に陸側は憲兵隊が見張っているため、正門からは関係者しか訪れません。

96式:96式装輪装甲車(現代の装備の年式は英数字表記します)陸軍や憲兵隊が使用しています。

C-2:C-2輸送機 憲兵本部で使用しているものには96式が一台積まれています。海軍で使用しているものには入渠ドックが積まれているものもあります。


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9 艦娘とは

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一日目 一七:一五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「さて、上条君。君に艦娘について説明をしようと思う」

 

「…その前に一つ聞いても?」

 

「何かな?」

 

「島風が制服というのは知ってますが、その、隣のお姉さんも制服なんでしょうか?目のやり場に困るのですが」

 

島風の隣の艦娘に視線を向けないようにしてそう尋ねる上条に、元帥は目を細めてからその艦娘に顔を向ける。

 

「比叡、説明を」

 

「はい。内勤時はこれが私の制服になります!」

 

「ねえ何考えてるの日本海軍!まともに見れない格好を制服にするなんて!」

 

「上条君、最初に言っておくがこれは軍令部で指定した制服ではない。比叡は前にいた鎮守府で命令され、未だにそれを守っているのだよ」

 

「今はアンタの部下でしょ?それでも着させているってことはアンタが命令してるんじゃないの?」

 

「いや、そんなことはないが…」

 

「えーっと、比叡さん?」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「比叡さんは提督の命令でそういう格好をしているのですよね?」

 

「はい」

 

「ほらやっぱり!」

 

上条はそう言うと、素早く比叡から視線を逸らして提案する。

 

「とりあえず比叡さんに命令してよ。内勤時も艦娘の制服を着用しなさいって。上条さんには綺麗なお姉さんのスケスケネグリジェ姿は刺激的すぎますことよ」

 

「…戦艦比叡、本日ヒトナナイチゴーをもって内勤時も艦娘の制服を着用することを命ず」

 

「はい。比叡、了解しました。…あの、それでは着替えに戻ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ。着替え終わったらまた執務室に戻ってきてくれ」

 

「はい。失礼します」

 

比叡が一礼して執務室を出ていくのを、元帥と大淀は愕然とした様子で見送った。今まで何を言っても内勤時の制服だと言って着替えようとしなかった比叡が、あっさりと着替えることを了解したからである。

 

「大淀、私は一体何をしていたのだろうね」

 

「いえ、私も驚いています」

 

「艦娘さんたちって提督ってやつに従順すぎるんじゃね?なんていうか、狂信者みたいな感じするんだよな」(なんかローマ正教の奴らみたいな)

 

「ふむ。狂信者か。言いえて妙だな」

 

元帥はそう呟いてから上条に向き直る。

 

「上条君。艦娘は過去の軍艦の魂を宿した女性たちであり、艤装を装着し海上を自在に航行して深海棲艦と戦う戦闘兵器でもある。それ故に提督の命令に従順なのだよ。たとえそれが理不尽なことでも、命令ならば大抵のことには従う」

 

「それって、洗脳でもしてるの?」

 

「そういうわけではないのだが。兵器の矜持、とでも言えばいいのか、艦艇として提督の命令には最優先で従うようになってしまっている。中には反抗的な艦娘もいるが、そういった艦娘も根本的には同じだ」

 

「えーっと、艦娘さんは妖精さんたちと同じようなものって考えればいいのか?なんていうか、軍艦の精霊が艦娘さんみたいな?クローンという可能性もありそうだけど」(妹達も個性があったし)

 

「軍艦の精霊…。そういう見方をしたことはなかったが、そう考えれば同型の艦娘がいることも不思議ではない、か?」

 

「そして、艦娘さんたちは基本的に提督の命令に忠実で、比叡さんみたいな格好をさせていたってことは、もしかしてあんなことやこんなことも!?」

 

「まあ、仮にだが、提督として私が命令すれば従う。例えば、大淀、上衣を脱げ」

 

「はい」

 

元帥が言うと、大淀はためらう様子もなく返事をしてセーラー服を脱ぎ、ネクタイを緩めてワイシャツのボタンに手をかける。

 

「大淀、服を着ろ」

 

「はい」

 

元帥が言うと、大淀は何事もなかったかのように返事をしてネクタイを締め、セーラー服を着る。

 

「とまあ、こんな感じだ」

 

「これってただの仕込みじゃないの?やけにスムーズだし。島風も同じなの?」

 

「ふむ、じゃあこうしよう。島風、今日は上条君と一緒に眠りなさい」

 

「了解」

 

「いやいやいや、何言っちゃってんの!?それに島風もなんで了解しちゃってるの!?」

 

「え?命令だし、了解するよ」

 

不思議そうに島風が言うと、上条は元帥を見る。

 

「冗談ですよね?」

 

「比叡か大淀が相手の方がいいかね?」

 

「………島風でいいです」(奇麗なお姉さんに添い寝されるなんて、上条さんまだ死にたくありませんことよ)

 

上条はがっくりと肩を落とすと、ソファーに身体を預けるのであった。

 

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七拾八日前 二三:三〇 ラバウル鎮守府 大浴場

 

身体を洗い終わり、シャワーでしっかりと洗い流してから浴槽に入り身体を沈め、そのまま身体を滑らせて仰向けの状態でお湯に浮かぶ。胸の一部と顔だけが湯面に出ている状態で比叡はぼんやりと天井を眺めていた。

 

(一人目のお客様が部屋にいるときに二人目のお客様が来るなんて予想外だった)

 

しかもご奉仕しようとしたら拒絶され、工廠に追いやられてしまった。そして工廠妖精さんに替えの制服等を渡されたので、大浴場で汚れを落とすことになったのである。

 

(私、駄目な子です)

 

お客様を満足させることができなかったと思い込み、比叡は大きなため息をつく。両耳は湯面下に沈んでいるため、周波数の低い雑音のようなものしか聞こえてこない。

 

(司令も褒めてくれないし、お姉さまも声をかけてくれなくなった。私は役立たずです)

 

実際にはラバウル提督は初めから比叡を商品としてしか見ていないため、褒めるなどするはずもない。金剛は比叡に負い目を感じて話しかけられなくなっているだけなのである。

 

「はぁ…」

 

幾度目かのため息の後、比叡はゆっくりと身体を起こして立ち上がり、浴槽から出てシャワーのしきりにかけておいたバスタオルを取って身体を拭いてから浴室を出て脱衣所に入ったところで、金剛の声を耳にした。

 

「戦艦比叡は司令室に来てクダサイ」




金剛提督代理の最初の命令を比叡は聞いていません。浴槽に浮いていました。


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10 新しい朝

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二日目 〇八:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「おはよう。島風」

 

「提督。おはよう」

 

「昨夜はどうだった?」

 

「よく眠れたよ」

 

「何かされなかったかね?」

 

「腕を抱き枕代わりにさせてもらったけど、おにーさんは何もしなかったよ」ニコ

 

「…上条君は?」(いい表情をするようになった)

 

「おにーさんは二度寝してる。私が起きたら『おやすみ』って言ってそのまま寝ちゃった」

 

「そうか。報告ご苦労。待機してくれ」(腕にしがみつかれてたから眠れなかったっていうところか)

 

「了解。島風、待機任務に入ります」

 

命令を復唱して、島風は執務室を後にする。元帥は暫くの間扉を見つめてから、静かに口を開いた。

 

「大淀、比叡を呼んでくれ」

 

「了解しました。…元帥執務室です。作戦本部付戦艦比叡は元帥執務室に来てください」

 

「…とある鎮守府には金剛が居たな」

 

「とある鎮守府に居るのは戦艦が金剛、榛名、山城の三名。空母が赤城と蒼龍の二名、重巡が青葉と最上の二名です」

 

「そこに比叡と摩耶を入れると過剰戦力すぎるか?」

 

「どの鎮守府も戦艦や空母は持て余し気味ですから」

 

殆どの鎮守府はその鎮守府の近海を守備することだけで手一杯な状況であり、海軍省軍令部も横須賀鎮守府と共同で日本列島の太平洋側の海域を守備しているのが現状である。

 

「比叡にとっての問題は金剛がいることだが」

 

「それはおそらく問題にならないと思います」

 

「どういうことだ?」

 

「艦娘としての意見を言わせていただきますと、ラバウル鎮守府の金剛ととある鎮守府の金剛は別人として認識しますので、問題が無いと判断します」

 

「ふむ…。比叡もそう考えると?」

 

「私は他の鎮守府の大淀を別人として認識していますし、他の艦娘も鎮守府ごとに別人だと認識していますから。連絡が取れる同型艦同士で情報交換をしている艦娘も多いですよ。大淀は秘書艦が多い関係で他の艦娘の連絡を取り持つこともありますから」

 

「そういえば、ラバウルは金剛が秘書艦をしていたが、大淀はどうしたんだ?」

 

「ラバウルの大淀は、比叡在籍時の提督のときから間宮と一緒に食堂で働いているそうです。それはそれで楽しいようですよ」

 

「現ラバウル提督は秘書艦を金剛にしたままなのか?」

 

「金剛が元提督代理だったからかもしれませんが、そのようですね」

 

「ラバウルもだいぶ落ち着いたように見えるが、それでも比叡を戻すわけにはいかんしな」

 

「そうですね。ラバウルの金剛は比叡に負い目を感じていますし、我々も同様ですし」

 

「うむ。そうなると必然的にとある鎮守府に任せるのが一番ということだな」

 

「…彼は受けてくれるでしょうか?」

 

大淀の問いに、元帥は小さな笑みを浮かべて答える。

 

「受けるしかないと思うがね。S級提督資格者である時点で軍の監視下に入るのは確定している。それに他に行くところもなさそうだしな」

 

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二日目 〇八:一五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「戦艦比叡、参りました」

 

そう言って元帥執務室に入ってきた比叡は、正規の艦娘の制服を身に着けていた。

 

「ご苦労。比叡、昨日はよく眠れたか?」

 

「はい」

 

「それは重畳。戦艦比叡、マルキュウマルマルより演習場にて射撃演習を行え。標的の用意や観測は工廠に任せる」

 

「了解しました。比叡、気合、入れて、行きます!」

 

元気良く言うと、比叡は執務室を出て行った。そんな比叡を見送り、大淀は執務机の上のマイクのスイッチを押す。

 

「元帥執務室です。マルキュウマルマルより演習場にて戦艦比叡の射撃演習を行います。比叡の艤装、標的の用意と観測員の手配をお願いします。…提督、急な演習場の使用は今回限りにしてくださいね」

 

「いやすまんな。比叡を見たらなんとなく砲を撃たせてみたくなってな」

 

「ふふ。気持ちはわかります。見学しますか?」

 

「うむ」

 

「では、作戦室に行きましょうか。私は工廠に寄ってカメラを積んだ水偵を飛ばしてから向かいます」

 

「よろしく頼む」

 

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一日目 二二:三〇 海軍省軍令部 大浴場

 

浴槽に浸かる島風と摩耶。連装砲ちゃん達は二人からやや離れた場所でお湯の中を浮かんだり沈んだりしている。

 

「なあ島風、連装砲ちゃん達って沈んでるときもあるけど大丈夫なのか?」

 

「今は弾が入ってないから大丈夫。連装砲ちゃんたちって泳ぐの得意なんだよ」

 

「へえ、意外と丈夫なんだな」

 

「えへへ。すごいでしょ」ニコ

 

「そうだな」ナデナデ

 

「今日はおにーさんと一緒に寝るんだ。楽しみだな」

 

「一緒に寝るって、試〇一〇二か?大丈夫なのか?」(普通なら比叡が担当だよな?)

 

「てーとくが比叡さんか大淀さんがいいか?って聞いたら、おにーさん、島風がいいって」ニコ

 

「……変なことされたら大声上げろよ。アタシが助けに行くから」(島風を指名したってことか?)

 

「おにーさんは変なことなんてしないよ。比叡さんもおにーさんのおかげで普通の格好に戻ったし」

 

「比叡が普通の格好に戻った!?」(娼婦まがいのことをさせられていた名残だとは聞いているけど、いったいどうやって戻したんだ?)

 

「比叡さんのあの格好は、比叡さんの前のてーとくの命令だったことを見抜いて、てーとくに艦娘の制服でいるようにって新しく命令させたんだよ」

 

「へえ。前の提督の命令だったのか、アレ」(…ただのエロ野郎ってわけでもなさそうだな)

 

楽しそうな島風を見ながら、摩耶はこのまま島風が笑顔のままでいられることを願わずにはいられなかった。

 

「うーん、おにーさんと寝るって、制服で行けばいいのかな」

 

「あのなあ、一緒に寝るだけだろ。普通に寝間着姿で行けばいいに決まってるだろう。変なことされないように布団に入ったら腕に抱きついてさっさと寝ちまえ」

 

「おうっ。それでいいんだ」

 

「ああ。もしそれでも変なことしてくるようだったら、大声上げるんだぞ」

 

「うん。そうするね。ありがとう摩耶さん」ニコ



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11 射撃演習

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二日目 〇九:〇五 海軍省軍令部 宿舎の一室

 

ドン、ドン、ドン

 

遠くから聞こえてくる砲撃音が何かを思い起こさせるのか、上条当麻はベッドの上でうなされていた。

 

―――――

 

「それ、当たったら上条さん死んでるからな!!」

 

「へ?アンタ、打ち消しちゃうでしょ」

 

「普通の雷撃ならなんとかなるけど、超電磁砲はコインがあるからヤバいの!!鉄砲の弾と変わんねえから」

 

「そうなの?ゴメン、じゃあアンタには当てない」

 

「そうしてくれると助かる」

 

「そうするとこういうのもダメかな?」

 

そう言って右手に黒い棒状のものを持った少女が上条に尋ねる。

 

「なんだそれ?」

 

「砂鉄を電磁力でまとめてチェーンソーみたいに使うんだけど」

 

「高速で動かしてるならヤスリに手を突っ込むのと変わらないような気がする」

 

「ふーん、そうなると最終的には肉弾戦になるのね」

 

「いや待て、そもそもなんでお前と戦わなきゃならないんだよ」

 

「アンタがわたしをさんざん弄んでくれたからでしょうが!」

 

「は!?何言ってんのオマエ」(弄んだって、上条さん何しちゃったの!?)

 

「今までアンタと戦って全戦全敗!なのにアンタはあくまでも無能力者って言うし、超能力者の立場ないじゃないの!」

 

「無能力者相手にむきになるなお馬鹿」(よかった!変なことしていなくてよかった!)

 

「ほんとムカつくわねアンタ」

 

「少しは年長者を敬え中学生」

 

「年長者、ねえ?」

 

常盤台の超電磁砲こと御坂美琴はそう呟くと、ニヤリと口元を歪める。

 

「中学生に勉強を教わる高校生を敬えって言われても、ねえ?」

 

「すみませんでした」

 

「いや、そんなきれいに土下座しなくてもいいんだけど」

 

「………短パンか」

 

「なっ!何見てんじゃゴラァ」ビリビリ

 

「不幸だああああ」パキーン

 

―――――

 

「…………はっ!」

 

跳ねるように飛び起きてそれからあたりを見回す。

 

「……あー。家じゃねえんだった。島風のせいで眠れなかったんだよな」

 

ドン、ドン、ドン

 

遠くから聞こえてきた砲撃音に反応して、上条はベッドから飛び降りて素早く制服に着替え、部屋を飛び出していく。

 

(砲撃音、ってことは敵襲か?)

 

廊下を駆け抜け外に出ると、先ほどよりも大きくなる砲撃音のする方へと駆けていき、海の見える開けた場所に出て沖合を見る。

 

「……敵じゃない、のか?」

 

「はい、射撃演習です」

 

「うおっ!?びっくりした。…ええと、どちら様?」

 

「脅かしてしまってすみません。軍令部所属軽巡洋艦、夕張です。貴方は元帥様のゲストですよね?」

 

「あ、はい。上条と申します」

 

「上条様、ですね」

 

「様付けはやめてもらえると嬉しいかも」

 

「ふふ。では上条さんで」

 

「はい、それでお願いします」

 

ドン、ドン、ドン

 

『一番、命中。二番、命中。三番、命中なのです?』

 

「命中率高いなあ。…次、標的、距離二〇〇〇〇」

 

『了解。標的、移動するのです?』

 

「距離二〇〇〇〇って、二十キロ?」

 

「そうですね。金剛型戦艦の主砲の射程距離は二八六〇〇メートルですからまだ当ててきそうですけど」

 

「標的ってどのくらいの大きさなの?」

 

「艦娘くらいですね。ああ、そこにあるのが標的です」

 

そう言って夕張が指さした場所には、ボーリングのピンのような形をした高さが一五〇センチメートルほどのブイが浮かんでいた。

 

「二十キロなんていったら見えねえよな…」

 

「艦娘は基本的に視力いいですよ。電探もありますし、制空権を確保していれば弾着観測射撃も可能です」

 

「凄いな」

 

『標的、距離二〇〇〇〇に展開完了なのです?』

 

「了解。信号弾発射」

 

夕張はそう言うと、右手に持っていた大ぶりな拳銃を前方へ七〇度くらい上に向け、引き金を引いた。

 

ポン、ヒュルルルルルルルル、ポン

 

なんとなく間抜けな音で発射された弾は、物悲しい風切り音を残して上空で青白く弾けた。

 

「合図が出てからすぐ撃つわけじゃないんだな」

 

「距離がありますし、実戦形式なので標的も動いていますからね。それを予測して撃つわけですから」

 

「標的ってどうやって動かしてるんだ?」

 

「ブイの下に潜航艇があって、妖精さんが操作しています」

 

「命中させちゃうとヤバいんじゃないの?」

 

「演習弾ですから命中してもペイントが付くだけですよ。より実践的な対抗演習では艦娘同士で撃ち合いますから」

 

ドン、ドン、ドン

 

『一番、命中。二番、命中。三番、命中なのです?』

 

「次、標的、距離二二〇〇〇」

 

『了解。標的、移動するのです?』

 

目を細めて沖合を見ると、風邪薬のカプセルくらいの大きさの白っぽい服装の艦娘の姿がかろうじて見て取れた。

 

「比叡さんまでここから何キロ?」

 

「大体一キロってところですね」

 

「一キロであれか。二十キロとか想像もつかないな」

 

「艦娘も一五キロ以上離れているときは、目視ではなく情報を優先しますから」

 

「それって一五キロまでは見えてるってこと!?」

 

「そうですね」

 

「艦娘さんって凄い」

 

そんな上条の驚嘆を、夕張は静かに微笑んで聞き流すのであった。

 



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12 摩耶

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二日目 一〇:三〇 海軍省軍令部 演習場沿岸

 

「お前が島風の言っていた、おにーさんかい?」

 

射撃演習を見終わり、そのまま海岸沿いでぼーっとしていると後ろから声をかけられた。

 

「アンタは?」

 

「アタシは島風と同じ作戦本部付の重巡洋艦、摩耶だ」

 

「上条と申します」

 

「堅苦しい喋り方しないで、普通に話してくれればいいぜ」

 

「わかった」

 

上条の返事に、摩耶は満足そうに頷く。

 

「その切り替えの早さ、アタシは嫌いじゃないぜ」

 

「そんなに歳も違わないだろうし、まあ、同級生と話してると思えばいいだけだしな」

 

「艦娘を学校の同級生扱いか。ははっ、面白い奴だな」

 

「いや、同じくらいの歳の奴ってそういうものじゃね?」

 

上条の問いかけに、摩耶は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「アタシって重巡洋艦としてなら一九三〇年生まれだけど」

 

「…………は?」(一九三〇年って八〇年以上前だよな…)

 

「艦娘としてだと三歳かな。島風とアタシは幌筵で艦娘として建造されたから」

 

「どういうこと?誕生日が二つあるの?」

 

「アタシたち艦娘は日本海軍の艦船の記憶を持って生まれた艦娘だから、生年月日は日本海軍の艦船として進水した日ってことになる、って言えばわかる?」

 

「…まあ、なんとなく。それで、艦娘さんって生まれたときはもう今の姿なの?」(摩耶さんって、見た感じは高校生っぽいけどな)

 

「ああ。外見は基本的に変わらないな。まあ、改装されれば見た目が変わるみたいだけど」

 

「改装?」

 

「アタシ達の熟練度がある程度上がると性能向上の改造ができるようになる。それが改装。艦娘によってどう変わるかはまちまちだし、アタシは多分、改装した艦娘を見たことない」

 

「改装のことを知っているのはどうして?」

 

「兵装の話をしてると自然にそういう情報は入ってくるんだよ。アタシたちの命にも関わることだしな。っと、これって一般人に話していいことじゃないな」

 

そこで話を切ると、真面目な表情になって上条を見つめる。

 

「軍事機密ってわかるよな?さっきの改装のことはそれに該当するんだ。アタシも口添えするけど、お前は憲兵の世話になるかもしれない。悪い、軽率だった。謝っとく」

 

「いや、艦娘さんの存在自体が軍事機密だから。俺は元帥さんのおかげで鎮守府内を自由に動けるみたいだから、話しても大丈夫だと思うけど」

 

「うーん、そうなのか?いや、それならそれでアタシも助かるけど」

 

「多分大丈夫。さっきまで比叡さんの射撃演習を見てたけど、夕張さんがいろいろ教えてくれたし」

 

「お前、アタシが考えていたよりもずっと深く関わってるな。…逃げられないぞ」

 

小さく摩耶が呟くと、上条は苦笑いを浮かべる。

 

「わかってるよ。っていうか、S級資格者なんて言われた時点で軍からは逃げられなくなったと上条さんは考えているのですが」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「ですよねー。ところで摩耶さんや、ずぶの素人の高校生でもS級資格者なら提督になれるものなのかね?」

 

「S級資格者って時点でほぼ無条件で提督になれる。一応、試験はあるけれど」

 

「そっか。じゃあ俺、提督になれるんだな。その、試験さえ通れば」

 

お世辞にも成績が良いとは言えない上条は、試験と聞いて落胆していた。

 

「…昨日、島風と一緒に寝たんだろ」

 

「おかげで寝不足ですけどね」(だってあの子、しがみついてくるんだもん)

 

「…同衾した艦娘に手を出さなかった。その時点でお前は合格だよ」

 

「え?あれが試験なの!?」(何考えてるの!?日本海軍!)

 

「まあ、下種野郎を炙り出す試験だ」

 

「ああ、なるほど」

 

「……お前なら、他の提督よりはまし、だろうな」

 

「艦娘さんからそう言ってもらえると、少しは安心できるな」

 

そんな上条の言葉を聞いて、摩耶は小さく微笑んだ。

 

「作戦指揮や鎮守府の運営については、ここの提督が基本を教えてくれるだろう。あとはお前が配属される鎮守府の艦娘が手伝ってくれる」

 

「それなんだけど、戦闘に関しては艦娘さんに教えてもらうことも可能なのか?」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「鎮守府の運営の基本は元帥さんに教えてもらうとして、戦闘に関しては実働部隊の艦娘さんに教えてもらうのが無難だと思うけど」

 

「部下に教えを乞うのか?ははっ。面白い奴だな」

 

「いやいや、実際に戦うのは艦娘さんでしょ?実際に戦う人に聞いた方が効率的だと思うけど」

 

「まあ、そこら辺のこともここの提督と相談すればいいんじゃないか?確かに艦娘は戦闘に詳しいけど、作戦や指揮に関しては提督が決めなくてはいけないこともあるからな」

 

「そうか。わかった。ありがとう摩耶さん」

 

「おう。じゃ、頑張れ。…ってアタシが言うのも変か?」

 

「いや、そんなことないと思うけど」

 

「ははっ、そうか。じゃあ、頑張れ。上条提督」

 

「いや、まだ決まったわけじゃないですからね?」

 

「いや、もう決まってると思うぜ」

 

摩耶はそう言って笑うと、建物の方へ視線を向け、それから上条の肩を軽く叩いた。

 

「お迎えが来たみたいだぜ」

 

「ん?あれは大淀さんか?なんでここに居るのがわかったんだ?」

 

「大淀はここの秘書艦だからな。工廠かどこかで夕張に聞いたんだろう」

 

「上条さん、摩耶さん、元帥がお呼びです。元帥執務室まで同行願います」

 

「大淀、アタシも呼ばれたってことは、島風も元帥執務室に居るのか?」

 

「ええ。島風ちゃんと比叡さんも元帥執務室に居りますよ」

 

それを聞いて、摩耶は小さく微笑んだ。

 

「ちょっとは面白くなりそうだね」



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13 特務少佐

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二日目 一一:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「上条君。昨日はよく眠れたかね?」

 

「…いえ、眠れませんでした」

 

「それは何故?」

 

「島風がしがみ付いてきたから気になって眠れませんでした!」

 

「はっはっは。正直でよろしい」

 

高らかに笑うと、元帥はゆっくりと立ち上がり、上条の前に歩いてくる。

 

「上条君。君はこの先、行くところはあるのかね?」

 

「……いえ。この世界には俺の行けるところはありませんし、かといって元の世界に戻ることも不可能だと思います」

 

「では、その力を、我々に貸してくれるかね?」

 

「ずぶの素人ですよ?」

 

「提督なんてものは誰しも最初は素人じゃよ。それに君の今までの艦娘や妖精達への対応は、我々にとって大変好ましい対応だった」

 

上条が執務室の中に居る艦娘達に視線を向けると、大淀は静かに頷き、島風は小さく微笑み、摩耶は面白そうに口角を上げ、比叡は小さくガッツポーズを作っていた。

 

「色々教えてもらわなければならないと思うけど、それでも良ければ」

 

「ありがとう」

 

元帥は上条の両肩を叩き、自分の席へと戻り、机の引き出しを開けて書類を取り出すと、万年筆で何かを書き込んでから朱印を押した。

 

それから小さな四角い箱とともにその書類を黒塗りの賞状盆にのせ、大淀に持たせて再び上条の前に立つ。

 

「上条当麻。本日ヒトヒトマルマルを持って貴君を海軍省軍令部作戦本部付特務少佐に任命する。これが辞令で、これは階級章だ。階級章はこの後、工廠で制服を作ってもらってから詰襟に着けたまえ」

 

「はい」

 

「同じく本日ヒトヒトマルマルを持って作戦本部付戦艦比叡、重巡洋艦摩耶、駆逐艦島風は上条特務少佐の麾下に入るものとする」

 

「比叡了解しました。司令。よろしくお願いします」

 

「摩耶了解。提督。よろしくな」

 

「島風了解。てーとく、よろしくね」

 

「……司令や提督って、もしかして俺のこと?」

 

「うむ。上条君の麾下の艦娘にとっては、唯一の司令官だからな。とはいえ、いきなり麾下の艦娘ができても何をしていいかはわからないだろう。今のところは待機命令を出しておくのが無難じゃな」

 

「麾下って、部下みたいなものですか?」

 

「うむ。その認識で問題ない」

 

「じゃあとりあえず、三人とも待機で」

 

「比叡了解しました」

 

「摩耶了解」

 

「島風了解」

 

「では、上条君は工廠へ向かいたまえ」

 

「わかりました」

 

三人の艦娘と一緒に元帥執務室を出て、上条が工廠に向かおうとすると、島風が左腕に抱きついてきた。

 

「てーとく、私も一緒に行っていい?」

 

「いきなり抱き着くんじゃありません。一緒に行くのは別に構わないけど」

 

「にひひ。てーとくの制服姿、楽しみだなー」

 

「あの白いやつを上条さんが着るのか…似合わねーなきっと」

 

「そんなことないって」

 

楽しそうな島風の背中を、摩耶は足を止めて見送った。

 

「島風さんがあんなに楽しそうに…。きっと司令は良い人なのでしょうね」

 

比叡が摩耶と同じように上条と島風を見送りながら呟く。

 

「…そうだといいな」

 

「そうですね。摩耶さん、改めてよろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく。それとアタシのことは呼び捨てで構わないぜ。そのかわり、アタシも呼び捨てにさせてもらう」

 

「わかりました。よろしくお願いします。摩耶」

 

「ああ。よろしくな。比叡」

 

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二日目 一一:一五 海軍省軍令部 工廠

 

上条が工廠を訪れると、射撃演習の時に顔を合わせた夕張が居たので声をかける。

 

「あの~、夕張さん」

 

「あら、上条さん。どうしましたか?」

 

「えーと、先ほど作戦本部付特務少佐に任命されたので、工廠で制服を作ってもらえと言われて来たのですけど」

 

「ああ。新しい提督って上条さん…んんっ、失礼しました。上条提督のことだったのですね。では、採寸をしますのでこちらに来ていただけますか?」

 

「あ、はい。どうも」

 

言われるままに夕張の近くへと移動すると、作業机の上に三体の妖精が現れた。

 

「両手を水平に開くのです?」

 

「背筋を伸ばして立つのです?」

 

「身長を測るのです?」

 

「頭囲を測るのです?」

 

「胸囲を測るのです?」

 

「腰囲を測るのです?」

 

「腕の長さを測るのです?」

 

「股下を測るのです?」

 

「足の大きさを測るのです?」

 

「はい、では一五分ほどお待ちいただけますか?」

 

「速いなおい!」

 

あっという間に採寸が終わり、制服の完成待ち状態になった上条は、工廠の中をぷらぷらと歩いている島風を見て、何かを思い出したかのように口を開く。

 

「夕張さん、島風の制服なんだけど、露出を減らすことできない?」

 

「島風ちゃんが上条提督の麾下であれば、お好みの制服を着させることは可能ですよ」

 

「じゃあ問題ないな。上は普通のセーラー服にして、スカートも夕張さんくらいの長さにして、パンツも普通のやつにしてやってくれないか?」

 

「島風ちゃんをここに呼んでもらっても?」

 

「おい、島風。ちょっと来てくれ」

 

「はーい」

 

駆け寄ってきた島風が抱き着いてきたので、上条は冷静に島風を受け止めるとくるりと一回転してから自分の横に立たせる。

 

「じゃあ島風ちゃん、そのまま立っててね」

 

夕張はそう言うと、タブレット端末のカメラで島風の姿を画面上に取り込み、タッチペンで島風の上に服を描き足していく。

 

「袖有りセーラー…長手袋は袖に留めるようにして、プリーツスカート…と、上条提督、こんな感じでどうでしょうか?」

 

「お、いいと思う。島風、こんな感じの制服はどうだ?」

 

「え?てーとく、私の制服も変えてくれるの?」

 

「島風が良ければだけど。こんな感じならそんなに恥ずかしくないだろ」

 

「うん。嬉しいよ。てーとく!」

 

嬉しそうに笑う島風を見て、上条も笑顔を浮かべる。

 

「じゃあ夕張さん、島風の制服はそんな感じにしてください」

 

「了解しました。上条提督の島風型駆逐艦島風の制服はこのような形にさせていただきます。データベースの更新に一〇分ほどかかりますが、その後に入渠すれば新しい制服に変更されますからね。予備の制服も順次作り直されます」

 

「よし、それじゃあ島風は一五分後に入渠してくること」

 

「島風了解!」

 

笑顔で返事をする島風の頭を撫でると、上条は夕張に視線を向けて呟いた。

 

「うん。俺が夕張さんの提督だったら、セーラー服を普通の長さにする。寒くないのそれ?」

 

「特に寒さとかは感じませんけど。上条提督は優しいですね」

 

「いや、普通だと思うけど」

 

「艦娘の服装まで気にするのは、私が知っている提督では上条提督が初めてですよ」

 

「そんなものですかね」

 

「ええ。…ですから上条提督にはちょっとだけ期待させていただきます」

 

「え?」

 

「上条提督がどこかの鎮守府付になったとき、そこの夕張の服装を直してあげてくださいね」ニコ

 

「ああ、わかった。約束する」

 

「はい。お願いします」





【挿絵表示】

上条提督麾下の島風の制服イメージ


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14 昼食

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二日目 一一:四五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「ふむ。よく似合っている」

 

「そうですかね?まあ島風はいい感じだと思うけど」

 

「上条提督も学生服が白くなったようなものだから、似合わないということはないと思うが」

 

「まあ、そうですね。あ、勝手に島風の制服変えちゃいましたけど、良かったですか?」

 

「君の麾下なのだから問題ない。島風も喜んでおるようだしな」

 

元帥が目を細めて島風を見る。島風は大淀の前で笑顔を浮かべて踊るようにくるくると体を回転させていた。

 

「ああ、こら島風、そんなにくるくる回るとパンツ見えるぞ。今度は水着じゃないんだから気を付けなさい」

 

「てーとくのスケベ」

 

「上条さんは注意しただけだっつーの」

 

「にひひ。注意するよ」

 

笑顔で上条に返事をする島風。そんな島風を見て、元帥は思わず頬を緩ませた。

 

「上条提督の制服姿と島風のお披露目も兼ねて、昼食を麾下の皆で食べるのはどうかな?私と大淀も同席させてもらうが」

 

「構いませんよ。そういえば俺、朝から何も食べてなかった」

 

「大淀、ヒトフタマルマルに食堂集合」

 

「了解。軍令部作戦本部付上条提督麾下の艦娘はヒトフタマルマルに食堂に集合してください」

 

「よし。では食堂へ向かおうか。上条提督は午後、鎮守府運営の基礎を教えるからこのまま私と行動を共にしてくれ」

 

「わかりました」

 

――――――――――

二日目 一二:〇〇 海軍省軍令部 食堂

 

「摩耶さーん」

 

「島風!?その恰好は?」

 

「にひひ。てーとくが新しい制服作ってくれたんだ」

 

「よく似合ってますよ。島風さん」

 

「ありがとう比叡さん」

 

艦娘たちがきゃいきゃいと話しているのを横目に、上条は真剣な表情で入り口に置かれたメニューを見つめていた。A定食が生姜焼き定食でB定食がカツ丼定食、C定食がハンバーグ定食とある。

 

「私はA定食にしよう」

 

「私も提督と同じものにします。注文してきますね」

 

大淀はそう言うとカウンターの方へと歩いて行った。

 

「上条さんはB定食にしよう。大盛りとかあるのかな…」

 

「てーとくはB定食?私はC定食にしようかな」

 

「アタシはA定食の重巡盛にするぜ」

 

「私はB定食の戦艦盛をいただきます」

 

「重巡盛?戦艦盛?」

 

「アタシたち艦娘は艦種によって食べる量が違うんだよ。島風みたいな駆逐艦は提督と同じ量でも大丈夫だけどな。さ、注文しに行こうぜ」

 

摩耶に促されてカウンターへと歩いていく。そうすると左手に普通の生姜焼き定食、右手にその三倍はある生姜焼き定食を持った大淀とすれ違った。

 

「大淀さんが持ってたのって?」

 

「あれは普通盛と軽巡盛だな」

 

「軽巡盛であれ!?重巡盛とか戦艦盛ってどんなのなんだ…」

 

「まあ、じきにわかるさ」

 

摩耶に肩を叩かれ、上条はカウンターへと近づいて中に向かって声をかける。

 

「すみませーん。B定食大盛りで」

 

「間宮さんB大盛りなのです?」

 

「はーい。B大盛り一丁」

 

「妖精さんも手伝ってくれるのかー。ありがとうな」

 

「提督さんに褒められたのです?」

 

「B定食大盛おまちどうなのです?」

 

「早っ!」

 

「うふふ。みんないい子ですから」

 

「じゃあいただいていきます。ありがとう間宮さん。妖精さん」

 

上条の目の前にカツ丼とみそ汁、きゅうりの漬物に緑茶の入った湯呑が乗ったお盆が置かれた。それを持って元帥たちの居るテーブルへと戻っていく。

 

「提督からお礼を貰ったのは初めてです?」

 

「私も提督から声をかけられたのは久しぶりです。なんか嬉しいですね」

 

「C定食くださーい」

 

「A定食の重巡盛」

 

「B定食の戦艦盛をお願いします」

 

「はーい。C一丁、A重巡盛一丁、B戦艦盛一丁入りまーす」

 

―――――

 

「上条提督は元帥の横にどうぞ」

 

「失礼します」

 

「私、てーとくの前」

 

「アタシは島風の横だな」

 

「私は摩耶の横ですね」

 

「………凄いな戦艦盛」

 

カツ丼大盛りがどんぶりなのに対し、カツ丼戦艦盛はお櫃に山盛りのご飯という凡そ五倍はありそうな量だった。みそ汁がどんぶりで、漬物は小さな壺に入っている。湯呑は寿司屋にある魚編の漢字がたくさん書きこまれた大きなものだった。

 

「空母盛の方が大きいですよ」

 

「え、それよりもでかいのがあるんだ。まあいいや。いただきます」

 

朝から何も食べていなかった上条は、比叡の言葉を聞き流すと、両手を合わせてから箸を取った。

 

「うん。旨い。……あれ、食べないの?」

 

「えーっと、てーとくが食べる前にやったのって何なのかなって?」

 

「え、いただきます、だけど…」

 

上条がきょとんとして元帥を見ると、元帥も何と言っていいかわからない表情で上条を見ていた。

 

「よし、じゃあ上条提督心得、食事の時は必ずいただきますをすること。食材、生産者、料理をしてくれた人への感謝を込めて、手を合わせて「いただきます」だ」

 

上条はそう言って、再び胸の前で手を合わせて麾下の艦娘に目で促す。艦娘たちは比叡、島風、摩耶の順で胸の前で手を合わせた。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

「はい、よくできました」

 

上条はそう言うと、艦娘たちに微笑んだ。



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15 新たな決意

――――――――――

二日目 一二:四五 海軍省軍令部 廊下

 

昼食を終えると、それぞれが一旦部屋へと戻ることになり食堂を出たところで、上条は後ろから声をかけられた。

 

「あのさ、提督」

 

「なんでしょう?摩耶さん」

 

「あー、呼び捨てでいいよ。アタシも比叡も。提督の麾下なんだし、島風だけ呼び捨てって言うのも差別されているみたいでさ」

 

「わかった。それで摩耶、上条さんに何か用?」

 

「…その、もしよかったらなんだけど、アタシの制服も改造してくれないか?」

 

上目遣いで上条を見て、若干頬を染めながら摩耶は言った。

 

「袖付きでスカートも少し長めにしてくれると、嬉しいかな」

 

そう言われて上条が改めて摩耶の制服をよく見ると、袖なしのセーラー服から横乳は見えているし、スカートは今にもパンツが見えそうな感じだったので、慌てて視線を逸らした。

 

「あ、ああ。わかった。じゃあ今すぐ工廠に行こう。夕張さん居てくれるといいんだが」

 

「え?いいのか?」

 

「いいに決まってるだろ。それに工廠って凄いんだぜ。島風の制服も一〇分で修正し終わっちまったからな」

 

「…ありがと」

 

「いや、上条さん的にも精神的安定が得られるから一石二鳥ですことよ」

 

「ははっ、なんだよそれ」

 

「美女の露出が高い服装って、男子高校生には刺激が強すぎるんですよ」

 

「美女って、アタシが!?」

 

「もちろん摩耶もそうだけど、艦娘さんってみんな美人じゃん」

 

「そ、そっか」

 

摩耶はぶっきらぼうに言って上条から視線を逸らすと、赤くなった頬に手を当てながらぼそっと呟いた。

 

「美人なんて言われたの初めてだけど、まあ、悪くないぜ」

 

――――――――――

一六日目 一七:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室

 

「これで一通り鎮守府の運営方法についてのカリキュラムは終了じゃ」

 

「頭がパンクしそうです」

 

「だが、大体の流れは理解できたのではないかな。その証拠に筆記試験の方も悪くはない出来だしの」

 

「いや、結構いっぱいいっぱいですよ」

 

「まあ、実際には秘書艦のサポートもあるから、君が思っているよりも幾分楽はできると思うが」

 

「そうであることを願います」

 

「まずは立て直しが急務だからの。暫くは哨戒と近海警備に重点を置いてくれれば良い」

 

元帥の言葉に、上条は手を上げて反論する。

 

「前任者の変な命令が残っていないかを確認するのが先ですよね?」

 

「はっはっは。上条君も言うようになったね。だが確かにそれも大事なことであるな」

 

「夜中に襲われたりするのは嫌ですからね。鎮守府に配属されたら絶対に確認させてもらいますからね!」

 

「うむ。許可しよう」

 

満足そうに頷きながら、元帥は上条に微笑んだ。

 

「約二週間、鎮守府の運営方法について叩き込ませてもらったが、何か質問はあるかね?」

 

「質問というよりもお願いなんですが、麾下の三人と配属される鎮守府の艦娘さんたちをある程度は鍛えたいので、そのための資材を頂けますか?」

 

「ほう。艦娘たちを鍛えるとな?」

 

「工廠の妖精さんに艦娘さんたちは殆どが練度二〇で改造きるし、摩耶は練度一八で改造できると聞きました。でも実情は改造できる練度まで育てていない。これは宝の持ち腐れじゃないかと上条さんは思うのですが」

 

「改造するメリットは何かね?」

 

「装備が強くなったり装備スロットが増えたりするそうです」

 

「ふむ。工廠妖精が言うのだから間違いなさそうじゃな。わかった。軍令部から資材を出そう」

 

「ありがとうございます」

 

(彼ならばもしかしたら現状を打破してくれるかもしれぬな)

 

上条を見つめながら、元帥は期待を抱かずにはいられなかった。

 

「上条君。最初に訪れた鎮守府を覚えているかね?」

 

「はい。大淀さんが提督代理を務めていたとある鎮守府ですよね?」

 

「そうじゃ。君にはその、とある鎮守府の提督を任せたいと思っている」

 

「艦娘さんは全部でどのくらい居るのでしょう?」

 

「大淀、とある鎮守府の戦力を読み上げてくれ」

 

「了解しました。とある鎮守府には正規空母二、戦艦三、軽巡五、駆逐艦七、工作艦一、給糧艦一が在籍しております」

 

「そこに戦艦比叡、重巡摩耶、駆逐艦島風が加わって上条君の艦隊になる」

 

元帥の言葉に上条は少し考え込む。

 

「ちょっとバランスが悪いかな。とある鎮守府にはどのくらいの資源があるのですか?」

 

「とある鎮守府の昨日現在の資源量は燃料四三五一、弾薬三二一四、鋼材三九一一、ボーキサイト二八六〇です」

 

「…あと各五〇〇〇くらい欲しいですね。正規空母と戦艦を鍛えるには、資料を見る限りではかなりの資材を必要とするし、最低限で何回か建造も行いたいですね」

 

「ほう。なかなか良いところをついてくる。よろしい、就任祝いで相応の資材を贈らせてもらおう」

 

「あ、ありがとうございます。頑張ります」

 

「はっはっは。上条君、そんなに固くならなくても良い。新任の提督でそこまで艦隊の運用を考えられるのは賞賛に値するよ」

 

「艦娘さんたちの命がかかってますからね。俺に出来ることはなるべくやっておきたいです」

 

「うむ。艦娘たちのケアも頼むぞ」

 

「努力します」

 

そんな上条の言葉を聞いて元帥は満足げに頷くと、机の上に置いてあった書類を手に取って上条に向き直った。

 

「上条特務少佐。明日ヒトマルマルマルより貴官をとある鎮守府の司令官に任命する。よって麾下の艦娘を伴い、明日マルキュウマルマルにとある鎮守府へ出立したまえ。曳航ボート及び簡易コンテナはマルキュウマルマルまでには第一埠頭に出しておく」

 

「了解しました。麾下に連絡をするため、そちらをお借りしてもよろしいですか?」

 

「ああ」

 

「お借りします。軍令部作戦本部付上条提督麾下の艦娘は、本日ヒトハチマルマルに食堂に集合。…ありがとうございます。艦娘さんたちにはマルキュウマルマルに異動になると言えば、準備とかしてくれますかね?」

 

「うむ。それで問題ない」

 

「俺や島風たちの制服のデータとかは夕張さんに言えば貰えるんですかね?」

 

「それは資材と一緒の簡易コンテナにとある鎮守府の工廠用のデータを入れておくよう指示するから大丈夫じゃ」

 

小さく微笑みながら元帥は言うと、上条に向かって敬礼をする。

 

「明日も見送りはするつもりだが、不測の事態が起こるやもしれんので、今、この場で貴官の武運長久を祈らせてもらう」

 

「ありがとうございます。元帥」

 

上条もぎこちなく敬礼をすると、元帥は先ほどの書類を丸めて筒に入れて上条に差し出した。

 

「とある鎮守府に着いたら、大淀提督代理にこれを渡したまえ」

 

「はい」

 

両手で筒を受け取り、上条が緊張した面持ちで元帥を見る。

 

「あまり気負いすぎぬようにな。上条君」



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16 着任

――――――――――

一七日目 一〇:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

「ではただいまヒトマルマルマルをもって、大淀提督代理から上条特務少佐にとある鎮守府の司令官権限を委譲します」

 

「上条特務少佐、ただいまよりとある鎮守府の司令官に着任します」

 

『了解。上条特務少佐のとある鎮守府司令官への着任を認める』

 

上条が元帥からの認証を受けると、海軍省軍令部からの通信が切れる。上条は小さく息を吐いてから提督の席から離れた大淀に声をかけた。

 

「大淀さん、秘書艦をお願いしてもいいですか?」

 

「了解しました。あと、私たちは提督の麾下ですから呼び捨てでお呼びください。他の鎮守府の艦娘に敬称を付けるのは構いません」

 

「わかった。ではよろしく。大淀」

 

「はい」

 

「今日の哨戒任務の方は?」

 

「神通、長良、皐月、白雪、電、雷の第一艦隊が哨戒任務にあたっています。帰港予定はヒトヨンマルマルです」

 

「その6人には帰港したら改めて挨拶をしよう。とりあえずヒトマルイチゴーにその6人以外の艦娘を食堂に集めてもらえる?」

 

「了解しました。大淀より鎮守府内の全艦娘へ。ヒトマルイチゴーまでに食堂に集合してください」

 

大淀がマイクのスイッチを離すのを確認してから、上条は帽子を取って机の上に置くと口を開いた。

 

「じゃあみんな、食堂に行こうか」

 

――――――――――

一七日目 一〇:一五 とある鎮守府 食堂

 

「本日、ヒトマルマルマルよりとある鎮守府の司令官を拝命した上条特務少佐です。それでこちらが本日付でとある鎮守府に配属になる戦艦比叡、重巡洋艦摩耶、駆逐艦島風です。よろしくお願いします」

 

そう言って上条が頭を下げると、比叡、摩耶、島風もそれに倣う。それを見たとある鎮守府の艦娘たちが驚きの表情を浮かべているのを、上条は見逃さなかった。

 

「本日哨戒に出ている6名には帰港後に改めて挨拶をするし、取り決め事も伝えるから心配しないで欲しい。ということで、まず一つ目。制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものはこちらの摩耶や島風みたいに露出を控えた制服に改造するから、今着ている制服で露出が多いもの、えーっと、夕張はシャツを長くするの決定してるからよろしくな」

 

「え?私ですか?」

 

いきなり指名された夕張は自分を指さして声を上げる。

 

「軍令部の工廠の夕張さんと約束したんだよ。配属された鎮守府に夕張が居たら制服を改造するってな」

 

「はあ、そうですか」

 

「まあ後で工廠行くからその時に詳しい話をしよう。それで、二つ目。鎮守府の施設利用の基準は大井鎮守府に準ずるものとする」

 

その言葉を聞いた艦娘たちがざわつき始める。

 

「大井鎮守府に準ずるってことは、食事のとき、空母盛もいただけるということよね?素晴らしいですね」

 

「戦艦盛が食べられるのデース」

 

「間宮券でデザートが食べられるのね!」

 

「ちゃんとした食事を作ることができるのね。腕が鳴るわ」

 

「大浴場に入り放題で、制服や寝間着の予備も貰えるということかしら?」

 

「軽微な損傷でも船渠(ドック)を利用できるのは嬉しいね」

 

おおむね好意的に受け取られているのを感じて、上条はほっとする。

 

「三つ目。過去の提督からの命令は現時刻をもってすべて破棄する」

 

その言葉を聞いた瞬間、食堂内が静まり返った。

 

「大淀、上条さん変なこと言ったか?」

 

「いえ、そうではありません。その三つ目の命令は上条提督より前の提督が出した命令をすべて破棄するというもので間違いないでしょうか?」

 

「ああ、それで間違いない。ここに居る比叡が鎮守府を移動しても前の提督の命令を頑なに守っていたからさ、もしかしたらここもそういうのがあるんじゃないかと思って……、って、なんで泣いてるの!?」

 

大淀の他にも食堂に居る何人かの艦娘が涙を流していた。上条は一緒に配属になった三人と顔を見合わせ、どうしたものかと頭を掻く。

 

「…秘書艦や艦隊旗艦、食堂の間宮、酒保の明石、工廠の夕張などは提督への奉仕が仕事内容に組み込まれていましたので、それから解放されるという安堵感から涙が…」

 

「元帥からある程度は聞いていたけれども、俺が思っていたよりも酷い状態だったんだな。その、悪かった」

 

そう言って上条が頭を下げると、艦娘たちが驚きの声を上げる。

 

「どうして提督が頭を下げるのですか?」

 

「前の提督とはいえ、提督って奴がしでかしたことだからな。同じ提督としてはけじめとして謝っておきたいとでもいいますか…」

 

「ふふ、変な司令官だね。期待してもいいのかな?」

 

「…まだ気を許すのは早いわよ」

 

二人の少女が何か話しているのを気に留めながら、上条は大きく深呼吸をしてから言葉を続ける。

 

「それで、四つ目。これは三つ目で過去の提督の命令を破棄したのと矛盾するかもしれないけど、最重要事項として覚えておいて欲しい。もしも俺が居なくなって新しい提督の麾下になっても、三つ目のように過去の提督の命令を破棄されない限りは守って欲しい。正直に言えば俺みたいに過去の提督の命令を破棄する奴が出てくるとは思わないから、今後の生き方の基本として欲しい」

 

再び食堂内が静まり返る。上条は全ての艦娘に視線を送り、それからおもむろに口を開いた。

 

「前置きが長くなったが、四つ目。提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること」

 

先ほど話していた二人の少女の片割れが真っ直ぐに上条を見据えて言う。

 

「…司令官、信じていいのね?」

 

「信じてもらえるように頑張るよ」

 

上条が答えると、少女は小さく口元を綻ばせた。

 

「暁型駆逐艦一番艦、暁よ。よろしくね。司令官」

 

「私は暁型駆逐艦二番艦、響だ。よろしく。司令官」

 

二人が言うと、他の艦娘も次々と自己紹介を始める。それを受けながら、上条は自分が好意的に受け入れられたことに安堵するのであった。




ちょっと強引な着任模様でした。

上条さんも結構いろいろ考えてるんです。


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17 妖精さんの本気

――――――――――

一七日目 一一:〇〇 とある鎮守府 工廠

 

「普通の長さのセーラー服で、そうそう、そんな感じ」

 

「はい。では夕張の制服はこれで」

 

「あれ?本人確認無し?」

 

「ああ、夕張。こんな感じでいいかな?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「じゃあデータベース変更に十分ほどかかりますけど」

 

「うん。よろしく」

 

明石に夕張の制服の改造を頼むと、上条は工廠内をきょろきょろと見まわしてから、大きめの声で尋ねる。

 

「妖精さん。この鎮守府の司令室がある建物の見取り図って見れるかな?」

 

「見取り図なのです?」

 

「この机に広げるのです?」

 

「おお、ありがとう」ナデナデ

 

「このナデナデはヤバいのです?」フニョ

 

「神の手なのです?」フニャ

 

両手で妖精さんの頭を撫でながら、上条は作業机に広げられた見取り図に視線を落とす。

 

「提督、見取り図なんて見てどうするのですか?」

 

「んー。ちょっとな。建物に手を加えるときは妖精さんがやってくれるのか?」

 

「既存の建物を弄るのであれば、大がかりな変更でなければすぐやってくれますけれども。とりあえず話すだけ話してみたらどうですか」

 

「そうだな。妖精さん、ここなんだけども、この一階の出てるところと地下、全部取っ払うのにはどれ位かかる?」

 

そう言って上条が示したのは司令室の先に延びている廊下と、地下にある懲罰房であった。後ろから覗き込んでいた明石、夕張、大淀は口元をおさえて感極まったような表情で上条の背中を見つめる。

 

「そういうことなら早急に更地にするのです?」

 

「貴方みたいな人を待っていたのです?」

 

「突き当りは扉にするのです?」

 

「あー、そうだな。扉があると助かるな」

 

「合点承知なのです?」

 

「早速作業に入るのです?」

 

「しばらくお待ちくださいなのです?」

 

「よろしくな。終わったら報告に来てくれると嬉しい」

 

「了解です?」

 

そう言って妖精さんの一人が姿を消したので、上条は後ろを振り返った。

 

「お前らなんで泣きそうな顔してるの?」

 

「提督のせいですよ」

 

「本当に艦娘を大切にしてくれる人が目の前にいるからです」

 

「ただ感無量なだけです」

 

「いやさ、艦娘って俺らの代わりに戦ってくれる存在じゃん?それなのに提督専用区画とか懲罰房とかって、元帥に話を聞いたときに何様だよって思ってさ。俺はそんな専用区画とか懲罰房なんていらないし、絶対使わねえから更地にした方がいいかな、なんて思ったりしただけでだな、そんな大したことじゃない」

 

「取り払ってしまおうなんて考える人は初めてですよ」

 

「わ、私、感動しちゃいました。提督の麾下になれて嬉しいです!」

 

「あそこには嫌な思い出しかないから、無くしてくれて本当に感謝しています」

 

「いや、そんなすぐには無くならないと思うけど」

 

「ふふふ。提督、甘いですね。工廠妖精さんたちが本気だったから、そろそろ終わると思いますよ」

 

明石がそう言って笑うと、まるでタイミングを計ったかのように工廠妖精の一人が作業机の上に姿を現した。

 

「終わったのです?」

 

「早いな!じゃあちょっと見に行くか。妖精さんは俺の肩に乗ってくれ。他の妖精さんは現場に居るの?」

 

「配線とかの微調整してるのです?」

 

「じゃあ現場で会えるかな。…っと、夕張はヒトヒトヒトゴーになったら入渠してきて」

 

「夕張、了解しました」

 

「じゃ、確認する前に司令室に寄って…工廠妖精さんって何人?」

 

「我々は五人なのです?」

 

「了解っと」

 

――――――――――

一七日目 一一:二〇 とある鎮守府 司令室前廊下

 

「司令室入る前にも見たけど、見事なものだなあ」

 

司令室から出てきた上条は、少し前まで薄暗い廊下が続いていた場所を見て感嘆の声を上げた。

 

司令室分の長さまで廊下があり、その先は壁となっていて、その中央に両開きの擦りガラスの扉が設けられていた。その扉を押し開くとスロープが伸びていて、その先には更地が広がっている。スロープを下って建物の方に振り返ると、三階まで真っ直ぐに壁がそびえ立っていた。

 

「違和感ないし、改築時間僅か一〇分ちょっとってデータベース更新と変わらねえじゃん」

 

「みんなのためになる改修だからがんばったのです?」

 

「一刻も早くぶち壊したかったのです?」

 

「まあ、悪意の塊みたいな場所なんて無くしちまった方がいいからな。というわけで妖精さん。任務遂行お疲れ様。これで五人で甘いものを食べてくれ」

 

上条はそう言うと、ポケットから間宮券を五枚取り出して目の前の工廠妖精に手渡した。

 

「間宮券です?」

 

「我々が使ってもいいのです?」

 

「ああ、間宮には連絡しておいたからいつでも行ってもらって構わないよ」

 

「早速行くのです?」

 

「パフェなるものを食べるのです?」

 

きゃいきゃいと話す妖精さんを見送ってから、上条は扉に鍵をかけてから司令室へと戻るのであった。

 

――――――――――

一七日目 一四:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

「第一艦隊が帰港しました」

 

定刻通りに第一艦隊帰港の連絡が司令室にもたらされる。

 

「第一艦隊は艤装を外した後、全員司令室に来るように連絡」

 

「了解。第一艦隊は装備解除後、司令室へ集合してください」

 

「呼びつけちゃったけどよかったかな?」

 

「哨戒任務の報告もありますし、提督が着任するという情報は入っていますから大丈夫だと思いますよ」

 

「それならいいけど。……で、だ。お前たちはいつまでここに居座るつもりだ?」

 

執務机の上で腕を組んで、上条は応接ソファーの方へと視線を向ける。そこには六人の艦娘がソファーに座って寛いでいた。

 

「暁は電と雷のお姉さんだから、あの子たちを安心させるためにここに居るのよ」

 

「私も暁と同じ理由と、司令官への感謝の気持ちだよ」

 

「私も暁が妹を安心させるために居るのと同じように神通の姉だからかな」

 

「あたしたちは第一艦隊のみんなに挨拶するためだよ。なあ比叡、島風」

 

「そ、そうなんだ」

 

響の真っ直ぐな眼差しに動揺しつつも来客の予定もないし、仕事の邪魔をするわけでもないので、上条はこの六人を放置しておくことにした。島風と摩耶は取り決め事の一つ目の説明をするのにも都合がいい。

 

そのうちの鎮守府組の三人は特に話をするでもなく、時折、上条を見つめては視線を逸らすといった不可解な行動を繰り返していた。

 

(上条さん、監視されてるのかね?まあ初日だしなあ)

 

見当違いなことを考えている上条。実際には工廠経由で懲罰房取り壊しの経緯が鎮守府内に流布され、取り決め事の件もあってか艦娘たちの上条への信頼度が鰻登りに上昇していたのである。とある鎮守府の三人は姉妹艦が哨戒任務に出ていることにかこつけて司令室を訪れ、上条麾下の三人はただ単に上条の傍に居たかっただけである。

 

そうこうしているうちに扉がノックされ、声がかけられる。

 

「第一艦隊、参りました」

 

「お入りください」

 

「失礼します」

 

室内に六人の艦娘が入ってきて、それぞれ緊張した面持ちで執務机の前に横一列に並んだ。

 

「哨戒任務お疲れ様。大淀、まずは報告を聞いた方がいいのかな?」

 

「そうですね。神通、まずは報告をお願いします」

 

「了解。第一艦隊は本日マルハチマルマルより鎮守府近海の哨戒任務を遂行。敵影、漂流物無し。近接海域境界にも異常無し。以上」

 

「了解。ご苦労様でした。では提督、どうぞ」

 

大淀が報告を聞いた後で上条に話を振る。

 

「本日ヒトマルマルマルよりとある鎮守府の司令官を務めることになった上条特務少佐です。ここには麾下の戦艦比叡、重巡洋艦摩耶、駆逐艦島風とともに着任しました。併せてよろしくお願いします」

 

そう言って上条が頭を下げると、第一艦隊の六人は他の艦娘たちと同様に驚いたような表情を浮かべた。

 

「それでは上条さんの取り決め事を連絡します。一つ目。制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものはこちらの摩耶や島風みたいに露出を控えた制服に改造することも可能だ。今着ている制服になにか文句があったら言ってくれ。なるべく期待にはこたえるようにするから。次に、二つ目。鎮守府の施設利用の基準は大井鎮守府に準ずるものとする。三つ目。過去の提督からの命令は現時刻をもってすべて破棄する」

 

その言葉を聞いた瞬間、神通が視線を姉である川内へと向け、同じように電・雷が暁・響に視線を向けた。

 

「……姉さん」

 

「神通。大丈夫。この提督は信用できる」

 

「電、雷。川内さんの言う通りだよ」

 

「響ちゃん」

 

「あー、その、悪い」

 

そう言って上条が頭を下げると、神通が驚きの声を上げる。

 

「ど、どうして提督が頭を下げるのですか?」

 

「前の提督とはいえ、提督って奴がしでかしたことだから、同じ提督としてはけじめとして謝っておきたい」

 

「ふふ、この司令官は私たちの時も同じことを言っていたよ」

 

「いや、だってさ、代わりに戦ってくれる相手に変な命令するのって駄目じゃね?」

 

「ははっ。そんな風に考えてくれるからさ、信用してもいいかなって思わせてくれるんだよ」

 

川内が親指を立てて言うと、上条は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「期待に応えられるよう努力するよ。あー、それで、四つ目。これは三つ目で過去の提督の命令を破棄したのと矛盾するんだけど、最重要事項として覚えておいて欲しい。もしも俺が居なくなって新しい提督の麾下になっても、三つ目のように過去の提督の命令を破棄されない限りは守ってくれ。まあ俺みたいに過去の提督の命令を破棄する奴は出てこないと思うから、今後の生き方の基本としてくれると嬉しいかな。と、まあ前置きが長くなったが、四つ目。提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること。以上!」

 

上条がそう締めくくると、第一艦隊の六人は暫くの間無言で仲間や姉妹と視線を交わしていたが、やがて神通が一歩前に出て口を開く。

 

「第一艦隊旗艦、川内型軽巡洋艦二番艦、神通。提督、よろしくお願いします」

 

「私は長良型軽巡洋艦一番艦、長良です。司令官、よろしくね」

 

「ボクは睦月型駆逐艦五番艦、皐月だよ。司令官、よろしく」

 

「吹雪型駆逐艦二番艦、白雪。司令官、よろしくお願いします」

 

「暁型駆逐艦三番艦、雷よ。司令官。よろしくね」

 

「暁型駆逐艦四番艦、電なのです。司令官さん。よろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく。この後、ちょっと遅い時間だけど、間宮には連絡してあるから昼食を取ってくれ。その後は自由行動でいいけど、旗艦経験者は後で集合をかけるからそのつもりで」

 

「了解しました」

 

神通が代表して返事をした後、司令室から退室するのを確認すると、上条は大淀に声をかけた。

 

「簡易コンテナに軍令部からの資材があったと思うけど、どのくらいくれたのかな?」

 

「各一五〇〇〇づつとの報告が上がっております」

 

「結構奮発してもらっちゃったな。じゃあ、ちょっくら建造してみようか」




妖精さんは本気を出すと凄いのです。

上条さんは元帥の授業の中で懲罰房の存在を知り、それをぶち壊したい感情を抱いていました。

妖精さんたちは基本的に艦娘を大切に思っているのでとても協力的でした。


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18 建造

---警告---

この前書きは本編とは一切関係がありません。完全に神納の自己満足コーナーですw


感想欄で見た「川内」「ブレザー」の文字。

「とある」でブレザーと言えば常盤台だよね。

川内と常盤台が交差するとき、物語は始まる(大嘘)


【挿絵表示】




――――――――――

一七日目 一四:二〇 とある鎮守府 工廠

 

「えーっと、建造ドックが四基あるから、とりあえず軽巡狙いで四回お願いします」

 

「了解しました。一号から四号ドック、軽巡狙いで資材投入します」

 

「一号ドック、建造時間一時間です?」

 

「二号ドック、建造時間一時間です?」

 

「三号ドック、建造時間一時間二〇分です?」

 

「四号ドック、建造時間一時間です?」

 

「おや、一時間二〇分ということは、三号ドックは妙高型重巡ですね」

 

「他は一時間だから軽巡か重巡ですね。提督、同型艦が建造された場合はどうなさるんですか?」

 

明石がそう尋ねると、上条は真っ直ぐに明石を見て口を開いた。

 

「もし同型艦が出たとしても、とある鎮守府で経験を積ませようと思っている。そもそも、同型艦といってもお前たちは別人として認識するんだろう?」

 

「ええ、軍令部の大淀さんや夕張さんはここの大淀や夕張とは別人ですもの。でも、同じ鎮守府内で同じ艦娘が居たことはないから、どう区別しましょうか?」

 

「番号付けるのもアレだよなあ…」

 

「いえ、別に構いませんよ。明石二号とか明石三号とか」

 

「そんなんでいいの?」

 

「ええ。とある鎮守府の明石と呼ばれるのと私たちの中では感覚的にそんなに変わりませんから」

 

そういえば妹達も番号で区別していたな。そんなことを考えながら上条は頭を掻いた。

 

「じゃあ、もしそうなったら番号を付けるってことで」

 

「了解です。判別用に番号の襟章を作っておきましょうか?」

 

「そうだな。一応準備だけはしておいてもらおうかな」

 

「えーと、番号を付けるとしたら、私は明石一号って呼ばれるのかな?」

 

「いや、一号は付けないよ。襟章も二号から付けるってことで。っていうか、なるべく同型艦は出ない方がいいな」

 

「ふふ。そうですね」

 

――――――――――

一七日目 一五:五〇 とある鎮守府 工廠

 

「長良型軽巡洋艦二番艦、五十鈴です。提督。よろしくお願いします」

 

「川内型軽巡洋艦三番艦、那珂ちゃんだよ!よろしくね、提督」

 

「妙高型重巡洋艦一番艦、妙高。提督。よろしくお願いします」

 

「青葉型重巡洋艦一番艦、青葉です!司令官。よろしくお願いします」

 

「とある鎮守府へようこそ。司令官の上条特務少佐です。よろしくお願いします。とりあえずこの鎮守府での取り決め事を。一つ目、制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものは露出を控えた制服に改造することも可能です。そんなわけで、五十鈴の制服はお腹が出ているから、この後適切な長さに改造します。なんなら肩口も普通の袖にするけど、どうする?」

 

上条からの質問に、五十鈴は少し考え込んでから口を開く。

 

「お腹が隠せるのは嬉しいわ。肩口はまあ姉さんたちと同じだからこのままでいいわ」

 

「わかった。明石、そんな感じで五十鈴の制服の変更を頼む」

 

「了解しました。データベース更新に一〇分ほどお時間をいただきます」

 

「というわけで、五十鈴は一五分後以降に入渠すること。鎮守府の案内が終わってからでいいから」

 

「五十鈴、了解」

 

「では二つ目、提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること」

 

上条はそう言ってから四人を見る。建造されたばかりだからか、四人とも特に表情の変化は見られなかった。

 

「夕張、四人に鎮守府の案内をしてもらえるかな」

 

「了解しました。それでは鎮守府をご案内します。皆さん、私についてきてください」

 

夕張に続いて四人が工廠を後にするのを見送ってから、上条は明石に視線を向ける。

 

「まず最初に最低値で四回建造してもらって、その後、軽空母狙いで三回と、軽巡狙いで一回お願いします」

 

「了解しました。一号から四号ドック、最低値で資材投入します」

 

「一号ドック、建造時間一八分です?」

 

「二号ドック、建造時間二〇分です?」

 

「三号ドック、建造時間二〇分です?」

 

「四号ドック、建造時間二〇分です?」

 

「一号ドックは睦月型ですね。他は吹雪型、綾波型、暁型、初春型のどれかです」

 

「……暁型が出なければいいけど」

 

「提督、言葉にすると危ないですよ」

 

「聞かなかったことにしてくれ」

 

「ふふ。そうします」

 

司令室と工廠の間を往復すれば建造が終了してしまうような時間だったので、上条は司令室には戻らずに工廠で明石・大淀と雑談をして時間を潰した。

 

やがて、第一ドックの回転灯が点灯したので立ち上がろうとすると、明石がそれを手で制する。

 

「あと二分弱で他も終わるから、それまでは放っておいて大丈夫」

 

「そういうものなのか」

 

「そういうものなの。さっきの四人も三号ドックが終わるまで放置していたからね」

 

「次の四人は、大淀に鎮守府の案内を頼みたいのだけれど、大丈夫かな?」

 

「先ほどの夕張のように命じていただければ大丈夫ですよ」

 

「うん。じゃあそうする」

 

そしてすべてのドックの回転灯が点灯したところで、明石がそれぞれのドックの扉を開け、上条の前に艦娘を連れてきた。

 

「あたし、睦月型駆逐艦七番艦、文月。司令官。よろしくね」

 

「初春型駆逐艦二番艦、子日だよっ。よろしくね。提督」

 

「アタシは、綾波型駆逐艦二番艦、敷波です。司令官。よろしく」

 

「吹雪型駆逐艦一番艦、吹雪。司令官。よろしくお願いします」

 

「とある鎮守府へようこそ。司令官の上条特務少佐です。よろしくお願いします。とりあえずこの鎮守府での取り決め事を。一つ目、制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものは露出を控えた制服に改造することも可能です。二つ目、提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること。以上」

 

先ほどのように四人の様子を見て、やはり特に感情の変化が見られないことを確認すると、上条は大淀に声をかけた。

 

「大淀、四人に鎮守府の案内をしてもらえるかな」

 

「了解しました。それでは皆さん、私についてきてください」

 

大淀を先頭にして工廠を出ていくのを見送っていると、明石がてきぱきと次の建造に取り掛かっていた。

 

「一号から三号ドック、軽空母狙い。四号ドック、軽巡狙いで資材投入します」

 

「一号ドック、建造時間二時間です?」

 

「二号ドック、建造時間二時間ニ〇分です?」

 

「三号ドック、建造時間二時間五〇分です?」

 

「四号ドック、建造時間一時間です?」

 

「一号ドックが鳳翔、二号ドックが千歳型、三号ドックが龍驤、四号ドックが軽巡か重巡ですね」

 

「なんか運を使い果たしたような気がしてならないんですけど…」

 

「そんなことないですって」

 

「そうであることを祈りたい。じゃ、三時間後にまた来る」

 

「了解です」



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19 艦隊運用計画

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一七日目 一七:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

司令室には艦娘として旗艦を経験したことがある赤城、蒼龍、山城、金剛、榛名、川内、神通、長良、暁、叢雲が招集され、執務机の前に並んでいた。

 

「えーっと、旗艦経験者に集まってもらったわけだけども、これは明日からの艦隊運用についての相談をしたかったからなんだ」

 

「相談ですか?」

 

「うん。上条さんは新米提督なんで、艦隊運用について間違えることがあると思うんだ。だからもし間違えていたら指摘してくれると助かる」

 

「了解しました」

 

「今のところ哨戒任務をしてくれている第一艦隊は旗艦が神通で、長良、皐月、白雪、電、雷と、水雷戦隊になっているよね?これは潜水艦対策も兼ねてるのかな?」

 

「そうですね、水雷戦隊ですと対艦能力も高く、潜水艦対策も出来ます。また燃費もいいので哨戒任務には最適な編成であると思います」

 

第一艦隊旗艦の神通が上条の質問に対して淀みなく回答していく。

 

「じゃあとりあえず第一艦隊はそのまま、哨戒任務を継続して行ってもらいたい。それで、ここからが本題なんだけど、とりあえず俺の考えを聞いてもらって、何か問題があったら指摘してくれると助かる」

 

「了解しました」

 

「とりあえず明日から新しく第二から第七艦隊を編成して、対抗演習を行って練度を上げてもらおうと思っている。第二艦隊は旗艦赤城、現在建造中の鳳翔、那珂、皐月、第三艦隊は旗艦蒼龍、現在建造中の龍驤、同じく建造中の千歳型、吹雪、第四艦隊は旗艦山城、摩耶、現在建造中の軽巡か重巡、響、第五艦隊は旗艦金剛、妙高、五十鈴、敷波、第六艦隊は旗艦榛名、鬼怒、夕張、文月、子日、第七艦隊は旗艦叢雲、比叡、青葉、暁、島風。第二艦隊と第三艦隊、第四艦隊と第五艦隊、第六艦隊と第七艦隊で対抗演習を行う。欠員があるところは明日も建造をして埋めようと思っている」

 

上条が新設艦隊の編成と演習についての説明を終えて艦娘たちを見回す。彼女たちは特に異を唱えることもなく真っ直ぐに上条を見ていた。

 

「………あれ、何かない?」

 

「理にかなっていますので」

 

「そうか。では説明を続けるけど、対抗演習で練度を上げ、改装が可能になった時点でそれぞれ改装を行い、改装が済んだ者を第一艦隊のメンバーと入れ替え、最終的には全員が改装を済ませるところまで持っていきたい。そして全員の改装が終わったら、艦隊を再編して次の段階へ入ろうと思っている」

 

「次の段階とは?」

 

「海域開放だな。まずは鎮守府海域を制圧して、海上護衛艦隊を編成して哨戒任務は海上護衛艦隊に引き継ぐ。そうしたら次は南方連絡海域の制圧を目標にする」

 

上条はそう言うと、少しだけ考えるような仕草をしてから話を続けた。

 

「鎮守府海域を制圧した段階で、鎮守府に艦載機用の航空基地を整備したいと考えている。具体的に言うと工廠のグラウンド側に艦載機用のハンガーを作って、その横に滑走路を新設したい。航空基地を新設することで、艦載機の練度向上に役立つし、鎮守府周辺の警備能力も向上させることが出来る」

 

「艦載機を開発して余剰戦力を基地航空隊にするということでしょうか?」

 

「余剰戦力とまではいかないだろうけど、ある程度のストックが出来るようにしたいと思ってる。そういえば、艦載機の妖精さんってひとりひとり違うの?艦載機ってスロットに装備すると数が増えるじゃん?」

 

「妖精さんはひとりひとり違いますよ。機体を失うと艤装に戻ってきますから、死ぬことはありません」

 

「赤城、妖精さん出せる?」

 

「艦載機の子ですか?はい、呼びますね」

 

「呼ばれて参上です?」ポン

 

「大和魂です?」ポン

 

「妖精さんたちって、撃墜されても死んじゃったりすることはないのかな」

 

「基本的に私たちは死なないのです?」

 

「落とされても紐付けされた艤装に戻るのです?」

 

「艦娘さんが轟沈しても、私たちは妖精界へ還るだけなのです?」

 

「そして妖精界で再び艤装に呼ばれるのを待つのです?」

 

「そ、そうなんだ」

 

「驚きました。妖精さんって不死の存在だったんですね」

 

衝撃の事実に赤城たち艦娘も上条も驚いた。

 

「そういうことなら航空基地もスロットにしておけばいいのかな」

 

「そうですね、スロットにしておけば妖精さんも着任しやすいと思います」

 

「では当面はそんな感じでいきたいのだけれど、何かある?」

 

「テイトクの計画はパーフェクトデース。ただ、妖精さんの話の方がインパクトがあったのデース」

 

「改装を視野に入れた艦隊運営計画。榛名、感激です!」

 

「夜戦訓練も計画してくれると嬉しいかな」

 

「レディーに相応しい扱いをしてよね!」

 

最後の方は計画に関係ないことを言っているような気がしたが、これといった反対意見がないことに上条は胸をなでおろすのであった。




上条さんが意外なほど提督しています。

まあ軍令部(元帥&大淀)の教育が良かったということで…。


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20 初日終了

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一七日目 一八:五〇 とある鎮守府 工廠

 

「鳳翔型軽空母一番艦、鳳翔です。提督。よろしくお願いします」

 

「千歳型水上機母艦一番艦、千歳。提督。よろしくお願いします」

 

「ウチは龍驤型軽空母一番艦、龍驤や。キミ。よろしゅう頼むな」

 

「球磨型軽巡洋艦二番艦、多摩にゃ。提督。よろしくにゃ」

 

―――なんかキャラが濃いのが二人ほどいるなあ。

 

そんなことを考えながら上条はお決まりとなりつつある口上を口にする。

 

「とある鎮守府へようこそ。司令官の上条特務少佐です。よろしくお願いします。えーっと、とりあえずこの鎮守府での取り決め事を。一つ目、制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものは露出を控えた制服に改造することも可能です。というわけで、多摩の制服は露出が高いので改造させてもらいます」

 

「多磨は別にこのままでも構わないにゃ」

 

「お腹冷えちゃうでしょ!却下。提督命令だから」

 

「命令ならしょうがないにゃ」

 

「聞き入れてくれてありがとう。では二つ目、提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること。以上」

 

「制服の改造は理不尽な命令じゃないのかにゃ?」

 

「え、多磨って露出狂なの?」

 

「そんなことないにゃ」

 

「じゃあ改造した方がいいでしょ?」

 

「わかったにゃ」

 

多磨をあっさりと言い負かしてから、上条は龍驤を見て首を傾げる。

 

「空母?」

 

「キミ、小さいとか失礼なこと考えてないか?」

 

「いや、空母っていうのに弓を持っていないから」

 

「ああ、そういうこと。ウチは陰陽師タイプやからなー。巻物式の航空甲板に式神符で艦載機を飛ばすんやで」

 

「陰陽師ってことは、魔術だよな?」

 

「魔術っていうか陰陽術やな。まあ似たようなもんやけど」

 

「上条さんの右手には幻想殺しってやつが宿っていて、魔術や超能力を打ち消しちまうから、巻物や式神には触らないようにしないと」

 

「なんやキミ、面白いことゆうてんなあ。ちと試してみよか」ポワ

 

そう言うと龍驤は右手に式神符を顕現させ、式神符のまま上条の方へとふわふわと移動させる。

 

「その幻想殺しとやらで触れてみい」

 

「これでいいか?」パキーン

 

「うおっ、ホンマに消えた。艦載機も消えるんか?」

 

「弾は防げないから、艦載機も駄目だと思うけど」

 

「モノは試しや。攻撃はしないから触ってみ?」ブーン

 

龍驤は式神符を艦載機に変化させ、上条の方へと飛ばす。

 

「プロペラには触らないようにして…と」パキーン

 

「機関停止です?」プスン

 

「おっと、妖精さんを驚かせちゃったかな」

 

上条は右手で胴体に触れたため機関停止した艦載機を慌てて両手で受け止める。

 

「艦載機は式神符みたいにはならないんやね。妖精さんのおかげかねえ?」

 

「どうなんだろう?触れると艤装も動かなくなるけど、式神符みたいに消えたりしないから妖精さんの能力だけ止めるみたいな感じかな」

 

「艤装も動かなくなるって、キミ、何したん?」

 

「右手で山城の肩に触ったら山城が海の中に沈んだ。電と雷が引き上げてくれたけど山城には悪いことをした」

 

「そりゃ、山城さんも災難やったなあ。わかった。キミの右手に触れないように注意するわ」

 

「そうしてもらえると助かる。みんなもよろしく」

 

「なんか面白い提督だにゃ」

 

「ふふ。でも最初に教えていただけてよかったです」

 

「そうね。好感が持てるわ」

 

「夕張、多摩の制服なんだけど」

 

「はいはい、多摩さん、写真撮りますね~。……と、こんな感じですかね?」

 

夕張は慣れた手つきでタブレットを操作して、それからおもむろにタブレットを上条に向ける。

 

「多摩、こんな感じにするけど大丈夫か?」

 

「大丈夫にゃ」

 

「それではデータベースの更新に十分ほどいただきますね」

 

「了解。じゃあ大淀、彼女たちに鎮守府を案内してもらえるか?案内の後はそのまま解散。多摩は入渠してもらう。その後は各自夕食をとってくれ」

 

「了解しました。ではみなさん、私に着いてきてください」

 

大淀が四人を連れていくのを見送った後、上条は工廠内に声をかける。

 

「明石、夕張、妖精さん達もお疲れ様。今日はこれで解散。明日また建造をするからよろしく」

 

「提督、建造なら今やっておいても大丈夫ですよ。建造ドック内の艦娘は待機状態、つまりは休眠状態になりますから」

 

「それじゃあ軽巡狙いでお願いしようかな」

 

「一号から四号ドック、軽巡狙いで資材投入します」

 

「一号ドック、建造時間一時間です?」

 

「二号ドック、建造時間一時間です?」

 

「三号ドック、建造時間一時間三十分です?」

 

「四号ドック、建造時間一時間ニ十分です?」

 

「一号、二号ドックが軽巡か重巡、三号ドックが重巡の最上型か利根型、四号ドックが重巡の妙高型ですね」

 

明石の説明に小さく頷くと、上条は言った。

 

「じゃあみんな、本当にお疲れさまでした。工廠はこれにて本日店じまいということで以上、解散」

 

――――――――――

一七日目 二〇:三〇 とある鎮守府 司令官私室

 

「……………ええと、ここが上条さんの私室でいいんですよね?」

 

「はい。そうですが」

 

「どう見てもこれ、大淀の私室だよね?」

 

「今朝までは私、大淀が提督でしたのでこちらの部屋を使わせていただいておりましたから、私の私物がまだ置かれている状態ですけれど、提督が使用していただいて構いません。明日には私物を引き上げさせていただきますが」

 

「うん。ということは現在は大淀の私室状態ってことでいいよね?色々と問題があるので、今日のところはゲストルームを使うということで良くないでしょうか?」

 

「問題、と言いますと?」

 

右頬に手を当てて大淀が首を傾げる。それを見て大きなため息を一つ漏らすと、上条はまくし立てた。

 

「まず、大淀の私物がそこかしこにあるということ。クローゼットや箪笥の中にも大淀の着るものが入っているだろうこと。そしてなにより問題なのが、昨日まで大淀が使っていたベッドや布団がそのままということ。そんな状況の部屋で過ごすなんてこと、上条さんにはできません!」

 

「つまり、大淀臭いからこの部屋では過ごせないと?」

 

「いや、そうじゃなくて、女性の生活感が満載の部屋を使うのが無理ってこと」

 

「はあ?女性の生活感、ですか?」

 

「上条さんみたいな男子高校生から見ると大淀は綺麗な女性であってだな、そんな人が使っていた部屋をそのまま使うことなんて無理。てか今日のところはここは大淀が使ってくれ。ゲストルームがないなら俺は司令室で寝るから」

 

「提督は潔癖症でしょうか?」

 

「いやいやいやいや、普通はいきなり異性の部屋に放り込まれて暮らすことなんてできないでしょ」

 

「私は前提督の使用していた部屋をそのまま引き継ぎましたが。艦娘寮の部屋もそのまま残っていますのでそちらに戻ればいいだけですし」

 

「そうなんだ。うん、じゃあまあ、艦娘寮の部屋に戻ってもらってもいいけど、俺がこのままここを使うのは無理だから、ゲストルームある?」

 

「来賓用の部屋はあります。では本日、提督はそちらでお休みになるということでよろしいでしょうか?」

 

「うん、そうしてもらえると助かる」

 

「了解しました。ではご案内させていただきます」

 

(よかった。本当によかった)

 

内心で胸を撫でおろしながら、大淀の後をついていく上条であった。



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21 最終テスト

 

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一七日目 二三:〇〇 とある鎮守府 来賓用寝室

 

「…………………どうしてこうなった?」

 

灰色の寝間着姿で、掛け布団を被ってベッドの上に寝転がり天井を見上げている上条は呟いた。

 

「テイトクの最終テストデース」

 

「いや、だからって添い寝することはないんじゃないかと上条さんは思うのですが」

 

「……テイトク、ちょっとくらいならイイデスヨ?」

 

そう言うと金剛が上条の右腕に抱き付いてくる。慌てて身を引くと、左腕が柔らかい何かにぶつかった。

 

「ひゃんっ!」

 

「わ、わ、わ、悪い!!」

 

「は、榛名は大丈夫です!」

 

上条当麻は来賓用寝室のキングサイズのベッドの上で、金剛型戦艦姉妹にサンドイッチされていた。

 

「俺は大丈夫じゃないんですけど!?」

 

ベッドのど真ん中で直立不動の姿勢をして、上条は金剛型戦艦姉妹の身体に触れないようにしたのだが、右腕が再び金剛に絡め取られ、そのまま抱き付かれる。

 

「こ、金剛?離せ、離そう、離しましょう!!」

 

「ダメデース♪」

 

「は、榛名。こういうのは良くないと上条さんは思うんだけれど、榛名もそう思うよね!?」

 

「は、榛名は…」

 

小さく自分の名前を呟くと、榛名は上条の左腕に抱き付いてから目を閉じた。

 

「榛名は大丈夫です!」

 

「なんで抱き付くの!?」

 

「両手に花デース」

 

「不幸だあああああああっっ!!」

 

上条の叫びが来賓用寝室に空しく響き渡るのであった。

 

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一七日目 二二:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

後はもう就寝時間を待つばかりといった時間に、今朝まで提督代理を務めていた大淀を筆頭に、明石、間宮、夕張、山城、金剛、榛名、蒼龍、神通、長良といったとある鎮守府古参の艦娘たちが顔を突き合わせていた。古参とはいうものの、駆逐艦が集まりから除外されているのは時間等を慮ったからである。

 

「ということで、とりあえず今夜は私が司令官私室を引き続き使用することになりました」

 

「ふふ。上条提督には期待してもよさそうですね。少なくとも私は信頼に値する人だと思っていますけれど」

 

「明石がそこまで信頼する理由を教えてもらえるかな?」

 

「上条提督は懲罰房を撤去してくださいましたし、なにより作業をした妖精さん達にも分け隔てなく間宮券を与えてくださいました。それだけで私にとっては信頼に値する人です」

 

「へえ。妖精さんにも間宮券を渡すか。確かに今までの提督とは違うかもしれないね」

 

「軍令部から一緒に来た摩耶の話では、島風と同衾したとき、指一本触れなかったみたいよ。次の日は寝不足だったらしいけど」

 

「ふむ。ロリコンではないようですね。でも、私たちは大丈夫でしょうか?」

 

「私室の件から、上条提督が私たちに伽を命じられることは無いと考えますが」

 

「甘いデース。それはテイトクのトラップかもしれないネ」

 

軽口のように瞳の奥に暗い何かを灯して金剛が言うと、何人かは体を震わせて足元に視線を落とした。

 

「…あの。上条提督は性的な命令をされたら拒否して、憲兵隊に連絡しろと仰いました。それから考えると、罠ということは無いと思うのですが」

 

「私もそう思うわ。それに先立って以前の提督の命令を破棄してくれたのだから、そういった命令を出すということは考えられないと思うのだけれども」

 

「制服も露出が多いものは露出を抑えるように改造してくれましたから、あちらから手を出してくるようなことは無いかと思います」

 

「もちろんデス。だけど、駆逐艦の子たちのことを考えると、チェックはしておいた方がいいデース。大淀、テイトクは今日、ゲストルームデスカ?」

 

「はい、今日は来賓用の部屋でお休みになっていただきます」

 

「オーケー。それじゃあワタシと榛名でテイトクに最終テストをするネ」

 

「は、榛名もですか?」

 

「二人いれば、テイトクが何かしてきても止められるネ。軍令部からは妹の比叡も一緒に来ているし、その比叡がテイトクのことを信頼しているから、ワタシたちは軽くテストするだけでOKネ」

 

「えーっと、最終テストって何をするつもり?」

 

その問いに、金剛は片目を閉じて答える。

 

「私たち姉妹で、テイトクに添い寝シマス」

 

――――――――――

一七日目 二三:三〇 とある鎮守府 来賓用寝室

 

―――父さん、母さん。艦娘はとても柔らかいです。そしてとてもいい匂いがします。それから、とても力強いです。

 

「………目を離しちゃ、NO、なんだからネ」ムニャムニャ

 

「金剛はずいぶんはっきりと寝言を言いやがるなオイ」

 

「……すみません提督」

 

「なんで謝っているのかわからないけど、榛名も随分とはっきりとした寝言を言いやがるな」

 

「あ、榛名は起きています」

 

「オーケー。とりあえず俺の手を放してくれると嬉しいんだけど」

 

「お姉さまには内密にしてくださいね。その、提督にしがみついて離れないようにと言われていますので…」

 

そう囁くと、榛名は上条を自らの戒めから解き放ち身体を離した。

 

「サンキュ。少しだけそっちにずれてもいい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「だーーーっっ。年上の綺麗なお姉さんにサンドイッチされるのは、精神衛生上とてもよろしくないことですよ。だから、榛名が離れてくれて上条さんはとても感謝していますことよ?」

 

「その、提督は榛名たちの身体を求められないのですね」

 

「…性的な命令は拒絶しろって言ったよね?にもかかわらずこんな状態になっているってことは、俺が信用されていないってことなんだろうけどさ、俺としては信用してもらえるように努力するしかないんだよね。まあだからこそ、金剛と榛名に添い寝をされても手を出さないってことを証明するためにこうしているんだけど」

 

榛名に目線を合わせながら上条は言葉を続ける。

 

「いきなり信じてくれって言ったところで信じてもらえないのは予想していたけれど、まさか金剛と榛名が来るとは思ってなかったから驚いたよ。他の子を守るために二人が身体を張ったってことでいいのかな?」

 

「以前からここに居る軽巡以上の皆で話し合ってですね、提督を信用しているって意見が多かったんですけれども、金剛お姉さまが最終テストをするといって二人で来ました。他の子、特に駆逐艦を守るために今までも身体を張ってきましたので…」

 

「優しいんだな。金剛も、榛名も」

 

「…でも、守り切れませんでした」

 

「………すまない」

 

「どうして提督が謝るのですか?」

 

「まがりなりにも提督という職業に就いたからかな。今の俺ができることは、提督として謝るくらいしかないから」

 

上条がそう言うと榛名は小さく微笑んで、それから離れていた身体を上条の身体に密着させて抱き着いた。

 

「なんで抱き着いてくるの!?」

 

「提督は私たちを傷付けるようなことはしないとわかったからです」

 

「抱き着く必要はないと思いますけど!?」

 

「提督は優しいということを榛名に感じさせてください。その、今までのように乱暴な提督ではないということを確かめさせてください」

 

「………わかった」

 

上条がかろうじて動かせる左手でゆっくりと榛名の頭を撫でると、榛名は一瞬だけ身体を強張らせて、それから安心したように小さく息を吐いた。

 

「ふふ。撫でられちゃいました」

 

「嫌じゃないか?」

 

「はい。榛名は大丈夫です」

 

―――今日は徹夜だな。まあ、仕方ないか。

 

そんなことを考えながら、上条は目を閉じるのであった。



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