ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。 (大塚ガキ男)
しおりを挟む

プロローグ
プロローグ


章管理が良く分からなくて一回削除してしまいました。申し訳ありません。



「なぁ、本当にこの道で合ってるのか?」

「分かんねェ」

 

 隣を歩く織斑 一夏改め一夏ちゃんに、唐澤 光也改めオレはそう返した。

 中学三年生の大事な時期。と言うか受験日当日。

 オレと一夏ちゃんは揃って藍越学園という高校を受験しようと、ネットで予め調べた会場までの地図を頼りに歩いていたのだが・・・・・・迷ってしまった。オレ達は悪くねェ。こんなにも曲がり角が多いのが問題なのだ。

 藍越学園。

 一夏ちゃん曰く、卒業後の就職率が良いとか。オレには良く分からんが、一夏ちゃんは千冬ちゃんに生活費を出してもらう事を申し訳なく思っているので、早く就職して千冬ちゃんに楽させてやりたいらしい。

 就職ねぇ・・・。まだ中三なのに早くも将来について考えているとは、立派なもんだ。

 オレにはとてもじゃねェが、真似出来ない。

 っと、いけねェ。ただでさえ分かり難い道程(みちのり)だってのに、ボーッと考え事してたんじゃ話にならねェよな。

 藍越学園を会場にして受験をする訳ではないらしい。カンニング防止の為にどこか場所を借りて、設備内の一室を受験会場にしたのだとか。

 そのせいでオレ達は迷ってしまっている。

 会場には入れたが、受験会場には未だ辿り着けていない状況。許さねェ藍越学園。

 

「まさか、光也が俺と同じ高校に進学してくれるとはなぁ」

 

 気分転換か、それとも現実逃避か。一夏ちゃんは呟くようにそう言った。

 

「何年幼馴染やってると思ってんだよ。むしろ一緒じゃねェと心細いわ」

 

 ありがとな、一夏ちゃんは鼻の下を指で擦りながら照れ臭そうに言った。

 どうせなら、弾ちゃんも同じ高校が良かったな。

 だが、それは叶わず。高校は違っても、オレ等はズッ友だからな!とクサい誓いを立てたのは記憶に新しい。

 まぁ、一生会えないという訳でもねェだろうし。暇を見付けてまた遊べゃ良いか。

 

「幼馴染と言えば・・・箒と鈴は元気かな」

「元気なんじゃねェ?便りが無いのは良い便りって言うしよ」

「そっかー」

 

 話しながら——今は会えない美少女に思いを馳せながら、歩き続ける。

 曲がったり上ったり下ったり。

 途中に会場案内の役員の人がいれば良いのだが、先程から誰も見かけない。人払いの結界でも使われているんじゃないかと疑うレベルだ。

 

「なぁ、光也」

 

 突然立ち止まった一夏ちゃん。オレも同じように立ち止まり、返した。

 

「んだよ一夏ちゃん」

「アレ・・・・・・なんだと思う?」

 

 一夏ちゃんが指差したのは、とある一室の入り口。そのドアの隙間から光が漏れている。そこが一夏ちゃんの好奇心をくすぐったようだ。

 

「ひょっとして会場じゃねェか?」

 

 歩く事に疲れていたオレは冗談混じりにそう言ってみる。しかしそれを本気にしてしまうのが、中学時代から唐変木の鈍感ラノベ主人公として悪名高い(名高い)織斑 一夏。水を得た魚のように、ドアを勢い良く開けてしまった。付いて行けず、そのまま突っ立ってるオレ。

 

「・・・・・・」

 

 同じく一夏ちゃんも、部屋の中を見てから立ち尽くしてしまった。

 

「おい、どした?」

「・・・・・・見てみろよ、コレ」

「?」

 

 いつもと様子が違う事に気が付き、一夏ちゃんの後ろから部屋の中を確認する。受験時刻はとうに過ぎていて、空席二つ以外は全部埋まっていた。ジロリとオレ等を訝しげに見詰める数十名の生徒。

 そんな展開じゃあなかった。

 

「「・・・IS?」」

 

 二人仲良く、そう呟いた。

 IS。

 正確にはインフィニット・ストラトス。

 意味は、無限大の・・・・・・なんだったっけか。真面目にニュースを見ていないオレには分からなかった。それは多分一夏ちゃんも同じで、オレ等に理解出来ているのは、

 

 

 ・とある天災が作った物で、それを身体に纏えば、何だかの力が働いて宇宙服を着ずとも宇宙空間にまで翔ぶ事が出来るという代物。

 

 ・ISを設計する上で必要不可欠な【コア】の数は限られていて、コアは天災にしか作れないという事。

 

 ・ISは軍事兵器としても十二分に活躍でき、一つの国にISが三機あれば戦争が起こせるらしい。よく分からんけど。

 

 ・誰でも乗りこなせるという訳ではなく、限られた人にしか扱えない。

 

 

 

 と言った所か?恐らく、キチンとニュース等を確認している方々にはもう少し込み入った説明が出来るのだろうが、オレにはこれが精一杯だ。許してにゃん。

 

「生で見るのは初めてだな」

「オレも」

 

 見惚れる。

 ああいう『ロボットです!』みたいなシルエットは、何というか男の浪漫を刺激する。この機体の名前も知らないが、心惹かれるモノがあった。

 どちらから言ったのかは確かではない。だけどオレと一夏ちゃんは、同じ口の動きをしていた。

 

「触ってみないか?」

 

 と。それから、同時に言った。

 

「賛成」

 

 考える事は同じ。ニコニコ——いや、ニタニタと笑いながら入室と決め込んだ。

 部屋の中には誰も居ない。おいおい、大事な大事なIS様に見張りも無しかよ?これじゃあ、触ってくれと言ってるようなモンだぜ!ヒャッハアァァァァァ!!

 

「オレ等は悪くねェ。たまたま受験会場を間違えて、たまたまISのある部屋に辿り着き、ISに埃が付いているのを見つけて、良心からそれを手で払ってやろうとした褒められるべき受験生。分かったか?」

 

 そう言ってやると、一夏ちゃんも

 

「そうだな、俺達は悪くない」

 

 と同調。

 共犯が誕生した瞬間である。

 抜き足差し足忍び足。

 後方をチラチラ確認しながらゆっくりとISに近付く。もうISは目の前。間近で見ると一層カッコエー。

 

「記念撮影・・・と洒落込みたかったけど、バレたら殺されるな」

 

 主に、千冬ちゃんに。バレたら拳骨の一発や二発じゃ済まないだろう。

 

「触った感触だけでも思い出に残しておこうぜ?」

 

 千冬ちゃんの怖さは実体験から一番分かっている一夏ちゃんが、語尾を震わせながら提案してきた。それに関して反論は無い。触る事はおろか、こうして生で見る事さえ一生モノの体験なのだ。僥倖僥倖。

 まぁ・・・・・・触るだけならバレねェよな☆

 

「どっちから行くか?」

「あー、どうする?」

「・・・一夏ちゃん先やれよ」

「良いのか?」

「あァ、安心してくれ。何か警報とか鳴ったら一夏ちゃんに全て罪をなすりつけようだとか、んな事は考えてねェから」

「最低だ!」

 

 兎に角。

 どうにかこうにか一夏ちゃんを説得して(言い包め)、一夏ちゃんから先に触らせる事に成功。

 この現場を第三者が目撃していたとしたら、恐らくオレ等の興奮やら背徳感やらをごちゃ混ぜにしたヤバい顔を見られていた事だろう。

 真顔に戻す。それから二人して顔を見合わせて頷いた。制服に手汗を擦り付けておくのも忘れない。

 一夏ちゃんがISにゆっくり手を伸ばす。

 恐れ半分、ドキドキ半分、と言った感じだ。

 

「さ、触るぞ・・・?」

「大丈夫、後ろは見張っててやる」

 

 どうせ触るだけだし、まじまじと見る必要は無い。それよりも、誰かにこの場を見られないように見張っておく事が重要だ。

 

「あ?」

 

 背後から発光。振り向く。

 

「な、なんだこれ・・・・・・」

 

 そこには、ISを身に纏った一夏ちゃんが居た。

 ISの分一夏ちゃんが大きく見える。何だ意外と似合ってンな——じゃねェ!

 

「何しちゃってんのォォォォォォォォ!?」

「知らねえよ!こっちが聞きたいぐらいだ!何で俺がISを!?」

「と、兎に角落ち着こうぜ。こんな所誰かに見られたら大変だ」

「おい、何だ今の声は!」

 

 ISから一夏ちゃんを引きずり降ろそうとするが、遅かった。オレの叫び声を聞き付けた警備員二人と、それからスーツを着たお姉さん三人。合わせて五人が部屋に入ってきた。

 双方、絶句。

 見詰め合うオレ等と警備員&お姉さん方。

 先に口を開いたのは、向こうだった。

 

「ISを起動させた!?」

 

 信じられないと言った顔で、一夏ちゃんを見ている。

 マズい。こんな騒ぎになってしまっては、受験どころではない。何とかしてこの場を収めなければ。

 

「あー、えっと、違うんすよ。コイツが勝手に部屋に入ってISを触り出して。オレは止めたんすよ?けどコイツ全然聞かなくて」

「おぉぉい!早速なすりつけかよ!?大体、光也だって——」

 

 醜い罪のなすりつけ合い。そんな事に夢中になり過ぎて、警備員が近付いているのに気が付かなかった。

 

「お前達二人共来い。詳しい話は後で聞くから!」

 

 警備員は二人がかりでオレを地面に組み伏せ、お姉さん方は一夏ちゃんのISを解除させて手を後ろで強引に組ませた。パリッとアイロンをかけておいた制服が台無しだ。

 制圧。

 大人の力には(かな)わず、中学三年生二人はいとも簡単に捕らえられてしまった。

 まずは、ISを起動させてしまった一夏ちゃんがお姉さん方に連れて行かれる。その後ろを、むさ苦しい警備員二人にガッチリ腕を掴まれているオレが歩く。

 

「離せよ!どうせならお姉さん方に連れて行かれたい!」

「五月蝿い!黙って歩け!」

「おい一夏ちゃん!毎回お前ばっかり(ずり)ィぞ!変われ!」

「このッ、黙らんか!」

 

 オレを黙らせる為に、更に固く拘束しようと——腕を掴み直そうとしたのだろう。だが、二人のタイミングが合わずにオレは後ろに引っ張られる形となり、警備員二人の間を抜け、汚い後転を披露しながら地面を転がった。

 

「いってェな・・・!」

 

 丁度良い所にISがあったので、起き上がる支え代わりにISの膝の辺りを掴む。ったく。制服が汚れちまったじゃねェかよ。後で絶対クリーニング代請求してやるからな。

 ・・・って。

 アレ?

 冷静になって周りを見渡してみる。

 オレの腕の動きに合わせて動く、大きな金属で出来た腕。

 普段よりも高い視界。

 眼下でオレを見上げる警備員&お姉さんズ。それから一夏ちゃん。

 オレを見る目は、皆同じ。

 驚愕。

 それに尽きる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」

 

 溜め息を一つ。それから、

 

「何でオレも動かしちゃってんのォォォォォォォォ!?」

 

 絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、そうそう。

 ISについての説明をもう一つだけ。

 

 大前提として、ISって女性にしか動かせねェんだよな。

 

 

 




本編の方も、もう少しお待ち下さい!



本編は、一章から始まっています。番外編は全然飛ばしてもらって大丈夫です\\\\٩( 'ω' )و ////


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
UA10000&お気に入り500件突破記念!!【光也と一夏の遊び】


明けましておめでとうございます。2017年ですね。酉年ですね。自分は鳥のササミとか唐揚げとか大好きなので、酉年大好きです。

情報を見てみたら、いつの間にか色んな方々に読んでもらっていたようで、驚きました。ご指摘、ご感想を下さった皆様。そして、この作品を読んで下さっている皆様。本当にありがとうございます!!これからも、この作品が愛されるように精進していくつもりです!!これからも応援よろしくお願いします!!




「【今から、出会った二人の女の子に全力で甘える】って遊びしようぜ。一夏ちゃん」

「高校生にそんな提案されるのは流石に予想外なんだけど。頭大丈夫か光也」

「大丈夫だ」

「問題はあるけどな」

「(´・ω・`)・・・・・・。兎に角、一夏ちゃんは強制参加だから覚悟しとけ」

「俺と光也の二人だけだよな?」

「じゃあ箒ちゃんも誘っとく?ーーお〜い、箒ちy」

「馬鹿、こんな遊びに箒を誘うな!」

 

 口を押さえられた光也は一夏の手のひら越しにモゴモゴ言葉を発し、その犯行は未然に防ぐ事に成功。光也は一夏の手のひらから抜け出してから、何事も無かったかのように話を続けた。

 

「ジャンケンで負けた方が二人の女性に甘える。ただし、甘えるのは今日が終わる迄。これから先ずっと甘える訳にはいかねェしな。・・・んで、ルールとしてはこんな感じか」

「俺思ったんだけど」

「何だい、一夏ちゃん」

「この遊びをするメリットって無いよな?」

「・・・・・・一夏ちゃん、現在の自分の状況を理解出来てるか?」

「オルコットさんとの決闘が決まった翌日で、本来なら打倒オルコットさんと銘打って猛特訓しなくちゃいけないんだけどな。何で俺はこんな遊びをしなくちゃいけないんだろうな」

「おいおい、心外だぜ。一夏ちゃんの言い草だと、まるでコレが遊びみたいじゃないか」

「いや、遊びって光也の口から聞いたんだけど」

「遊びって表現は、一夏ちゃんが取り組み易いようにと言い換えただけの、オレなりの配慮だ」

「え?じゃあ、もしかしてコレは・・・」

「あぁ。れっきとした特訓の一環だぜ」

「・・・流石だぜ!光也!」

「よせやい、照れるだろうが。・・・・・・さて、一夏ちゃんにこの遊びの意味を理解してもらえた所で、ジャンケンタイムだ」

「なぁ、コレが俺の特訓の一環なら、ジャンケンする必要無いだろ。何で光也は自分からリスク背負いに行ってんだ?光也ってド級のMだったのか?」

「オレもジャンケンする必要性?それはだな」

「うわ、ドMの辺りは否定しないのかよ」

「仮に、一夏ちゃんがオレに『女の子に甘えてこい』っていきなり言われて、はい分かりましたと納得出来るか?」

「・・・・・・出来ない」

「だろ?だから、ジャンケンで負けた方ーー即ちバツゲームという形にすれば、ジャンケンに負けて女の子に甘える事になっても『まぁ、バツゲームだから仕方無いか』と一夏ちゃんが納得出来るって訳よ」

「・・・・・・でも、ジャンケンって運だよな?だとしたら万が一にも、光也が負ける可能性はある訳だけど」

「おいおい、オレが何年間一夏ちゃんと親友やってると思ってんだよ。一夏ちゃんがジャンケンで何を出すかなんて分かるに決まってんだろ」

「言ったな?」

「余裕余裕。負けたら女の子に滅茶苦茶甘えてやるぜ。負けたら、の話だけどな!」

「絶対勝ってやるからな・・・!」

「ほら、今のオレの安い挑発に乗っただろ?こういう時の一夏ちゃんは、大抵パーを出すんだ」

「・・・・・・残念、外れだ」

「何だよォ今の間は」

「兎に角、ジャンケンしようぜ。放課後だとは言え、時間は限られているんだし」

「おっけい。負ける準備は出来たか?イケメン不能野郎」

「ちょ、お前!まだそれ引っ張るか!?」

「ジャーンケーン」

「「ポン」」

 

 出されたのは、グーとチョキ。光也がグーで、一夏がチョキーーではなかった。

 

「・・・・・・アレ?勝ったぞ?」

「う、嘘だろ・・・」

 

 勝ったのは、一夏だった。自分で出したグーを見ながら、他人事のように言っている。

 

「よし、今日の訓練終わり!お疲れ一夏ちゃん!」

「させるか!」

 

 椅子から立ち上がり、脱兎の如く教室から走り去ろうとした光也の腰に巻かれたベルトを掴み、強引に座らせる。「ぐぇっ」と光也の口から変な声が漏れた。

 

「ジャンケンで負けた方が、女子二人に甘えるんだよな?」

「そんな話だったっけか?我等が担任織斑千冬ちゃんの胸が何カップか予想する話だったような。やっぱ、スーツだから幾分着痩せしてると思うんだよな。あ、今度オフの日に一夏ちゃんの家に遊びに行くわ。もしかしたら普段着の千冬ちゃんに逢えるかも知れねェし。その時に目視で分からなかったら直接聞こう。世間話の途中で『やっぱり、味噌汁にはネギがベストだと思うんだよね。ーーそうそう、千冬ちゃんの胸って何カップ?』って聞けば話の流れでサラッと答えてもらえる気が痛い痛い痛い痛い!オレの腕は雑巾じゃねェから!絞らないで!」

「『負けたら女の子に滅茶苦茶甘える』って言ったよな?」

「言ってたか?」

「言ったよな?」

「はいはい言いましたよ!バッチリ言いましたァ!」

「やれよ?」

「ふざけんな!オレに甘えん坊将軍になれってか!?」

「いや、自分で言い出したんだからやれよ。おい」

「サー!やらせていただきます!サー!」

「ちゃんと甘えろよ?」

 

 姉譲りの眼光で睨まれては、光也も素直に従う他無い。背筋を伸ばし、教官に対するような態度で返事をした。そして、一夏にバレないように、僅かにニヤけた。

 

(馬鹿だ、やっぱお前は大馬鹿だぜ!一夏ちゃん!確かに、ジャンケンで負けた方は二人の女の子に甘えなきゃいけない!だがそれは、『出会った二人の女の子』だ!オレが何を考えているか一夏ちゃんには分かるか!?そう、出会わなければ良いんだ!バツゲームが始まった瞬間に猛ダッシュで寮に戻り、鍵を締める。そうして日付が変わるのを待っていれば、バツゲームは無効になる!!この作戦に唯一欠点があるとすれば、夕飯が食べられない事くらいだな!ヌゥァーッハッハッハッハ!!)

 

 女の子に甘えるのは、光也のプライドが許さなかった。光也は甘えるよりも、甘えてほしい派なのだ。光也の理想の男性像の一つに『包容力のある男性』というのがある。包容力がある即ち、女性が甘えてくる男性。女性に自分から甘えにいくようでは、男としてはまだまだだーー光也はそう考えている。

 

「じゃあ、今からスタートな」

 

 一夏がそう告げる。幸いにも、先程迄居た箒もいつの間にか居なくなっており、教室内には馬鹿二人以外には誰も居なかった。つまり、安全圏である教室を出た瞬間からスタートという形になる。

  光也はゴクリと喉を鳴らした。作戦を成功させる為のコツは、走り出す瞬間を一夏に悟られない事だ。

  コツ、コツ。一歩ずつ慎重に歩を進める。数歩後ろにはしっかりと一夏が付いてきており、光也の痴態をその目に収めようというオーラをバンバン感じる。ドアが近付く。

 

「ーーオラァァァァァァ!!」「あ、光也!?お前!!」

 

『廊下を走るな』と何度か千冬に叱られた思い出を故意的に忘れ去り、全力疾走でドアを潜る。光也が本気で走れば、一夏は追い付けない。

  ドアを潜り、階段へ向かって方向転換しようとした所で動きを止められた。誰かにぶつかったような感じではなく、受け止められたような感覚。光也が弾き飛ばされる事も無く、相手を弾き飛ばす事も無い。走っている男子高校生をホールドで受け止められるのだから、相手は只者ではないだろう。

  光也が状況を理解した今でも、身体は相手と密着したままだった。はて、自分は誰にぶつかったのかと疑問に思いながら相手を見てみる。見えない。力を入れても、顔が何やら柔らかいモノから離れられず、光也の視界は殆ど真っ暗だ。

 

「さぁ、みっくん!存分に束さんに甘えて良いよ!!」

「「ぇぇぇぇぇぇええええええ!?」」

 

 一人は姿を視認して、もう一人は相手の声でその正体に気付きーー二人して絶叫。無理も無い。光也がぶつかった相手は本来ならここに居る筈が無い、世界中が血眼になって探している超重要人物。ISの生みの親である、篠ノ之束その人なのだから。

 

「何で束さんがここに居るんですか!?」

「みっくんと箒ちゃんとちーちゃんといっくんの動向は常に監視してるから、これくらい造作も無い事なんだよ!」

「説明になってるようでなってないですよ!」

「まぁまぁ、落ち着けよ一夏ちゃん。束姉に常識は通用しないんだぜ」

「いや、束さんの胸に顔を埋めながら言われても・・・・・・」

「後頭部を押さえられてるから抵抗出来ないんだよ!」

「こうされるのは嫌かな?」

「全ッッ然嫌じゃないです!最高ッス!!」

「素直だね〜。みっくんは良い子だね〜」

「ワーイ。タバネオネーサァーンhshs」

 

 顔いっぱいに広がる柔らかい感触とか良い匂いとか耳に入ってくる優しい声色だとか、色んな情報を首から上で集中的に受け取り過ぎた光也は駄目になりそうだった。胸に顔を埋めているため、光也と束の背丈の関係上、束よりも背が高い光也の腰と膝が曲がっている状態だ。本能のままに力を抜けばそのまま地面に崩れ堕ちそうだ。

 

(コレはアカンやつや!肺に入る空気が甘いし身動ぎする度に柔らかいし視界が真っ暗だから余計に神経が敏感になってるし血流が下半身に集まり始めてるしーーアカンやつや!!)

 

 包容力のある男性を目指している人間とは思えないこの状況。しかも、光也の背中には親友からの視線が突き刺さっている。Mではないが、光也は興奮した。Mではないが。

 

「い、一夏ちゃん?コレって何時迄続くんですかね?」

「うーん・・・・・・束さんが決めちゃって下さい」

「分かった。バイバーイ、いっくん」

「え!?何で歩き出してるんですかねェ!?何も見えないから怖い!オレはどこに連れてかれんの!?」

「束さんのお・う・ち♪」

「艶のあるエロボイスいただきましたァァァァァ!」

 

 胸に光也の頭を抱いたまま歩き始める束。引き摺られる光也。一夏は苦笑いながらそれを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は全く・・・・・・どうしてこう、手間を掛けさせる。私が困っているのを見て楽しんでいるのか?」

「い、いや、それはアレですよ。好きな子程意地悪したくなっちゃう的なアレですよ。オレってば千冬ちゃんの事大好きですし」

 

 場所は変わり、寮長ーーつまりは千冬の部屋。危うく人参型ロケットに詰め込まれそうになっていた光也を、『偶然』人参型ロケットを見付けた千冬が助け出し、束にアイアンクローを極めて帰らせて、現在に至る。千冬に叱られて正座を強いられている光也だが。その心中はやはり『喜』一色だった。

 

「大体、何故アイツが学園に這入り込んでいる。どうせお前絡みだろう」

「そ、それは・・・・・・」

「視線を逸らすな」

「私だけを見ろって事ですね。やっぱり千冬ちゃんはツンデーー先程のご無礼、失礼致しました」

「気を付けろよ」

 

 真顔で指を鳴らし始めたのを見た光也はすかさず十点満点の綺麗な土下座を決め込む。下げた頭を、ストッキングに包まれた千冬の足が踏んだ。

 

「もう良い、説教は終わりにしてやる。だから、何故あの状況になったのかを話せ」

「あー、怒りません?」

「怒らない」

「メッチャ良い笑顔じゃないですかァー」

「話せ」

「はい」

 

 土下座から正座に直り、事の顛末を千冬に語る。それはもう、隅々迄。下手にぼかしや嘘を入れると、バレた時に怖いからだ。美人に叱られるのは嬉しいが、命が関わるとなると、答えは変わってくる。

  説明終了。俯きながら話していた光也だが、千冬の顔色を窺う為に顔を上げる。そこには、怒っているのか呆れているのか分からない、どちらとも取れる微妙な顔をした千冬が。

 

「怒ってます?」

「怒ってはないぞ。だが・・・光也、お前は本当に馬鹿だな」

「あ、プライベートだから名前呼びになってる。嬉しいなァ」

「何?ブリュンヒルデと一対一でタイマンを張りたいだと?そうかそうか」

「うあああああごめんなさいいいいいいいいい」

「・・・・・・」

 

 千冬に引かれた気がしたので、咳払いをしつつ光也は話を強引に変える事にした。

 

「まぁ、すみませんでした織斑先生」

「お前が先程言ったように、今はプライベートだ。敬語は使わなくて良い」

「・・・分かった。千冬ちゃん」

「うむ」

「で?結局お前は一人にしか甘えられていない訳か」

「そうなるよなァ。まぁ、こうして千冬ちゃんに怒られちゃった訳だし。これで終わりにしますよ」

 

「いや、それは許さない」

 

「はい?」

「い、いやーー許されないな。曲がりにも、アレは罰なのだろう?それをキチンと受けなくてどうする」

「だ、だけど、千冬ちゃん。アレはイケメンハンサムボーイ一夏ちゃんだから許される罰であって、オレが女の子に甘えたら普通に犯罪なのでは?って千冬ちゃんに叱られている最中に気付いたんだけど」

「確かに、生徒にやるのは犯罪的だ。お前は下心を隠さないからな」

「だから、このバツゲームは終わりにした方が・・・・・・」

「確かに、生徒にやるのは犯罪的だ」

「だから終わりにーー」

「確かに、生徒にやるのは犯罪的だ」

「・・・千冬ちゃん?」

「確かに、生徒にやるのは犯罪的だ」

 

 四回も言われては、光也も流石に千冬の思惑に気付く。光也はポンと手のひらを叩きながら言う。

 

「千冬ちゃんが言うように、生徒じゃなければギリギリ犯罪にはならないんじゃないか!?」

「そ、そうだ。生徒じゃなければ、問題は小さくて済むぞ。合意の上なら誰にも気付かれないし、例え周囲にバレたとしてもホームシックだとか適当に理由を付ければ良いのだからな!」

 

 正しいのか正しく無いのか分からない事を言いながら頬をほんの少しだけ赤く染め、光也に同調する千冬。目が合い、それから数瞬程見つめ合ってから照れ臭そうに微笑みを浮かべる。これから始まる二人の甘いひと時ーー

 

「よし、山田先生に甘えに行こう!」

「死に晒せぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 




大好きな千冬ちゃんをオチに使ってしまった事を少し後悔。酉年なだけにトリを飾らせてしまった訳ですね。初スベりいただきます。

まぁ、でも、下げたら上げないとですね!

ラブアンドパージやってて思った事。
「どうして、束ちゃんと千冬ちゃんが攻略対象じゃないんだあああああああああああ!?!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA20000&お気に入り1000件突破記念! 【中学校時代の思い出】

今回は、とってもゆる〜く書きました。何も考えずに読む事をオススメします。
弾みたいな友達欲しかった。


「IS学園ってさ」

「何だよ一夏ちゃん。藪から棒に」

 

 夕食も食べ終わり、消灯時間迄オレの部屋で一夏ちゃんとダラダラと過ごしていた。テレビを観ながらボーッとしていると、一夏ちゃんが何気無く呟いた。

 

「あまり外に出れないよな」

「出れないってか、出るのが面倒なだけだろ。一々外出届出さなきゃいけないのダリぃし」

「皆、今頃どうしてんのかな」

「甘酸っぱい高校生活を送ってんじゃねェの?知らねェけど」

「・・・怒ってるのか?」

「良いか、一夏ちゃん。オレの前で他校の高校生活の話は禁止だからな。こればっかりは弾ちゃんが羨ましく感じるぜ」

「意外だな。光也なら『IS学園最高!』とか言うと思ってたのに」

「そりゃ、女の子に囲まれてる学園生活も最高だぜ?・・・だが、男数人でワイワイやるってのが恋しくなってくる訳よ」

「中学校の頃の光也ははっちゃけてたもんな。モテないのを逆手に取って暴れまくってたし」

「・・・言うな、恥ずかしくなってくる」

「アレ最高だった。弾と二人でやってた【アンモニアの臭い我慢対決】。二人とも意地張って我慢しちゃうもんだから、時間いっぱい迄嗅ぎ続けてたんだよな」

「今思うと、オレはyoutuberになった方が良かったんじゃないかってレベルの企画力だわ。マジで色んな事やったよな」

「鼻が痛過ぎて何の臭いも感じないから焦って、上履きとか色んな物の臭い嗅いで、どさくさに紛れて鈴の髪の匂い嗅ぎに行ってぶっ飛ばされてた時は、光也がどれだけイカれてるのかを思い知らされたな」

「イケるかな〜って思ったら駄目だったわ。気付いたら頭から地面に沈められてたもん」

 

 思い出話に花を咲かす。一区切り付いた時に、天井を見上げて、二人して呟いた。

 

「「中学校時代かぁ(かァ)・・・」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【授業中、飴玉の代わりに小石を舐めていたら果たして先生は怒るのか】

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・今何て言った?」

 

 授業と授業の間の十分休み。一夏は、つい先程光也の口から出た言葉を一瞬理解出来なかった。

 

「授業中、飴玉の代わりに小石を舐めていたら果たして先生は怒るのかって言ったんだよ。やろうぜ」

「訳が分からない事この上無ぇよ。どうしちゃったんだ光也。悪い物でも食べたか?」

 

 それこそ、小石でも食べたか?と聞いてやりたいくらいには理解不能な言葉だった。光也の頭のネジが緩んでいる事は前から知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 光也は得意気に続ける。

 

「授業中にお菓子を食べるのは御法度・・・そんなの、誰でも分かる事だろ?」

「まぁ、そりゃあな。小学生なら注意とかで済むけど、中学生になったら反省文とか書かされるからな。リスクが大き過ぎる」

「そこで、天才の擬人化こと唐澤光也様は考えた訳よ。『お菓子じゃなければーー食べ物じゃなければ怒られないんじゃねぇか!?』と」

「馬鹿過ぎるわ」

 

 一夏は呆れの目で光也を見た。当の本人はそれに気付かず、遂には弾と鈴を巻き込むまでに発展した。

 光也の説明を聞いた二人は、

 

「いきなり呼び出したかと思えば。光也・・・馬鹿じゃないの?」

「俺は賛成だぜ。面白そうだ」

「じゃあ、この作戦の要は弾ちゃんにやってもらう。異論は無いな?」

「有るわボケ!作戦の要ってアレだろ!?」

「小石を口に含んでおく係だ」

「嫌過ぎるっての!俺が面白そうって言ったのは、見てる分にはって意味だ!やりたいとは一言も言ってねぇ!」

「えぇー。・・・じゃあ鈴ちゃんやる?」

「腕相撲でアタシに勝てるならやってあげても良いわよ」

「愚かな質問、誠に申し訳ありませんでした」

「「勝てないのかよ!!」」

「仕方無ぇ。こうなったら、一夏ちゃんに任せるわ」

「自ら発案しておいて、何故自分が小石を口に含むって発想が出てこないんだ」

「やりたくないからに決まってンだろ!良い加減にしろ!」

「今聞こえたぞ!発案者自身の口から『やりたくない』って確かに聞こえたぞ!」

「あァもう、お前等の言いたい事はよーく分かった!そんなに頼まれちゃあオレも考えを改める事もやぶさかじゃねェな!」

「何でアタシ達がお願いしてるみたいになってんのよ!」

 

 鈴が横目で時計を確認。次の授業が始まる迄、二分を切っていた。

 

「もう時間無いからやめとけば?アタシ達には何の得も無い訳だし」

「おいおい、コイツは損得勘定で決められるような事じゃねェんだぜ?鈴ちゃん」

「内容が、小石を口に含む云々じゃなければもうちょい格好良かったんだけどな」

「言ってやるな、光也の目を見てみろよ。アレはもう止まらないと思うぜ」

 

 光也に聞こえない程度の声量で話し合う弾と一夏。今すぐ言い出しっぺである光也を止めたいのは山々だが、あの楽しみに飢えた瞳を見てからではその気も失せてくる。二人は次に鈴の方を見てみるが、鈴は諦めた表情と共に首を横に振った。

 

「ーーあ、そうだ」

 

 光也が、何かを思い付いたらしい。内容次第では無視する訳にもいかなくなるので、弾が代表して問うてみた。

 

「どうした」

「小石を口に含んで先生の反応を見たいが、誰も小石に口を含みたがらない。どうすれば良いのか考えてたんだよ」

「んで、どうすれば良いんだ?」

「逆転の発想だ」

 

 三人、首を傾げる。光也が何を言いたいのか分からないからだ。

 

「逆転の発想?」

 

 一夏が返す。その言葉を待っていたかのように、光也の口角か怪しげに吊り上がった。

 

「あァ。オレ等じゃなくて、先生に小石を口に含んでもらえば良いんだよ」

「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」

「ンじゃあ頼んでくる!」

「あ、おい!ーー」

 

 止める間も無く、教師が立っている黒板前迄走っていってしまった光也(バカ)。 残された三人はとても心配になってきた。

 流石に先生に怒られはしないか?という、光也の身を案じるモノではない。

 一度頭を検査してもらった方が良いのではないか?という心配だ。

 

「・・・・・・馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、大丈夫かアイツは。逆転の発想の意味知ってんのか」

「勉強はそこそこ出来るんだけどな。遊びの事になると馬鹿ゲージが限界突破してる」

「ちょっと、見て。先生に交渉してるわよ」

「声は聞こえないが、かなり言い合ってんな」

「あ、帰ってきた」

「やっぱ、授業中に巫山戯るのはいけないよな。真面目に勉強するわ。目指せ期末試験順位一桁!!」

「おい光也。何言われたんだ」

 

 明らかに先程との言い分が違う光也を不審に思い、一夏が問い掛けた。

 光也はそれに、肩を落としながら答えた。

 

「・・・・・・あまり巫山戯ていると、織斑のお姉さんに報告するぞって言われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

【学校脱走事件】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。机を四つ合わせて弁当を食べていた、穏やかな時間。それが光也の一言によって、いとも容易く崩れ去った。

 

「学校を抜け出そうと思う」

「乗った」

「ちょっと待ちなさいよ!光也も唐突過ぎるし、弾もロクに考えもしないで光也の提案に乗る癖やめなさい!」

「ちぇ、鈴お母さんに怒られた」

「誰がお母さんですってぇ!?」

「脚の関節増えちゃうよおおおおおお!!」

 

 机の下で繰り広げられる技。鈴の脚が光也の脚を絡め取り、ギチギチと締め上げた。器用にも弾と一夏の脚には当たっていないので、二人はポカンとしながら痛みに悶える光也を見ていた。

 

「・・・・・・で、光也は何でいきなり学校を抜け出そうとか言い出したんだ?事情次第では、俺も手伝うけど。ほら、親戚が事故に遭ったとか。家が燃えてるとか」

 

 光也が落ち着いたのを確認してから、一夏は事情を聞いてみた。何せ、大の親友が突然言い出したのだ。幾らぶっ飛んでいるとは言え、理由も無く学業を疎かにするようないい加減な人ではない事は一夏がよく分かっていた。何だかんだ勉強もしているし、提出物も、期限には間に合わなくても提出はしている。

 何かーーたった今一夏が口にしたような、あまり類を見ない事情があっての事なのだろう。一夏は対面に座る光也の瞳をジッと見詰めた。

 返答。

 

「いや、特に理由は無ェけど」

 

 いい加減な人だった。

 

「無いのか!?」

「ほら、良く考えてみろよ。高校生になったら、オレ等はもしかしなくても離れ離れになる。こうして四人で馬鹿騒ぎ出来るのは、今しか無ェんだよ。一夏ちゃん、お前なら分かるだろ?」

「・・・・・・ごめん、良く考えてみたけど分かんないわ。サボりは良くないと思う。内申に書かれたりしたら、高校すら入れなくなるかも知れないんだぞ?」

「アタシも反対。成績に響いたりしたら堪ったもんじゃないわ」

「お前等は内申とか成績とか、チャチなモン気にしやがって!それでも男か!!」

「チャチじゃねぇだろ」

「アタシは女よ」

「もう駄目だ。後の説得は弾ちゃんに任せた」

「言い返せないのかよ!カッコわりぃ!」

「五月蝿ェ!オレは抜け出すからな!止めても無駄だぜ!」

「何が光也をそこまで突き動かすんだよ・・・・・・。五時間目って光也の好きな体育だろ?寧ろ、サボる理由が無いとおもうんだが」

「確かに、体育を欠席するのは惜しい。バスケでシュート決めまくって女の子の歓声をこの一身に受けたい!だが、欠席をしてでも、オレは抜け出したいんだ」

 

 頑として自分の意思を曲げようとしない光也に、三人はもう止めるのをやめた。諦めて、少しでも光也の行動を良い風に変換出来ないかと考える事にした。

 

「『保健室に行ってきます』とかじゃ駄目な訳?無断で抜け出すよりかはマシだと思うけど」

「おいおい、鈴ちゃん。そんなの男らしくねェだろ。オレみたいなダンデーな男は、わざわざ先生に報告したりせず、ズバッと抜け出すのさ」

「アンタのその価値観なんなのよ・・・」

「てか、抜け出すって事は帰ってくんのか?」

「それ俺も思った」

「当たり前だろ。鞄が無くなってるのがバレたら怒られちゃうからな。一時間居ない程度ならトイレとかで誤魔化せるが、二時間連続はちょっとキツい」

「ビックリする程男らしくねぇじゃん、お前」

「あァもう!さっきから何なんだよお前等は!寄って集って一人を口撃して!」

「目の前に悪がいるんだから当たり前じゃない。そりゃ口撃もするわよ」

「鈴の方がよっぽど男らしいよ」

「やめてくれよ。オレが女々しいみたいじゃねェか」

「暗にそう言ってるんだよ」

「こん畜生!」

 

 三人で妥協案を考えては光也に提案してみるが、光也はその全てを跳ね除ける。

 食事の場は混乱を極めたように思えたが、一夏の何気無い一言によって事態は終息へ向かう。

 

「・・・・・・学校を抜け出したりしたら、千冬姉怒るんだろうなぁ」

「「「あっ」」」

 

 五時間目のバスケの得点王は、何かを吹っ切ったような凄まじいプレーを見せた光也だったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・色々あったなァ」

「あったよなぁ」

 

 今、オレと一夏ちゃんで話していたのはほんの一例。まだまだ思い出そうと思えば思い出せるのだが、消灯時間迄間も無い為ここら辺で終わるとしよう。

 

「中学の頃は、何かと千冬ちゃんに怒られてたもんな」

「それは光也だけだからな。普通だったら、一度怒られたらもう二度と悪事はしまいと改心する程の怖さなんだよ。あの千冬姉の説教は」

「久し振りに怒られてェな〜」

「どういう感情なんだそれは」

「今度二人で怒られに行こうぜ!」

「ファミレスに行くような感覚で誘うんじゃねぇよ!」

「あ。でも、千冬ちゃんも忙しいから迷惑掛ける訳にはいかねェか・・・」

 

 怒られたいというのは流石に冗談だ。

 そもそも、オレは千冬ちゃんには怒っているよりも笑っていてほしいからな。もう中学時代のような失態は犯すまい。

 部屋に戻る一夏ちゃんに別れの挨拶を告げ、ベッドに飛び込む。

 久し振りに中学校に遊びに行きたいが、行ったら行ったで騒ぎになりそうだよなァ。

 そんな事を布団の中で考えてながら、オレは眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 




この前の後書きで、出番もうちょい先だね!みたいな事を言ったのに、さらっと鈴ちゃん出てきちゃった。嬉しい。自分で書いたんだけど。
最近、ファイズが戦ってる時に流れてた『the people with no name』って曲を聴いてます。メッチャ良い感じですね。
クラリッサちゃんの髪を下からぽわぽわし隊。入隊者募集。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA30000&お気に入り1500件突破記念! 【ほんの少し考えを改めた千冬ちゃん】

今週は投稿出来ないかと思っていましたが、何とか合間を見つけて書く事が出来ました。
勢いで書いたので、誤字脱字があるかも知れません。その時はご指摘いただけると有難いです。
千冬ちゃんだけだと少し短い気がしたので、少し書き足しました。
地味に、一話辺りの文字数最高記録です。


「・・・・・・ハァ」

 

 織斑千冬は、寮長室(自室)で一人溜め息を吐いていた。

 千冬に溜め息を吐かせる原因ーー悩みの種は、唐澤光也。

 目の前には、背筋を伸ばし、正座で床に座る光也。心無しかワクワクしているように見えるのは、恐らく千冬の気の所為だ。

 千冬はベッドに腰掛け、光也に問うた。

 

「・・・何故こんな事をした」

 

 千冬は語気を強くしてもう一度問うた。

 

「何故、女子更衣室から光也が出てきたんだ」

「いや、千冬ちゃん。これにはちゃんとした訳がありまして」

 

 恐る恐る弁解を始めた光也。言うべきか言わざるべきか言葉に詰まっているようだったので、千冬は目で『続けろ』と伝えた。

 何故こんな風に育ってしまったのか。千冬は考えた。

 光也との付き合いは長い。一夏と光也が出会った幼稚園の頃、当時学生だった千冬は二人の面倒を見ていたのだ。あの頃から、舌ったらずな声で『ちふゆちゃん、ちふゆちゃん』と呼ばれていたっけな。千冬は昔に思いを馳せた。

 

(思い出してみれば、あの頃から求婚されていたような気がするな。全く、嬉しいと言うか何と言うか)

 

「ーーって訳なんすけど。・・・・・・千冬ちゃん?」

「お、おう。何だ」

「ちゃんと聞いてた?」

「もう少しハキハキと話せ。やり直しだ」

「なんてこった!」

 

 説教をしている手前、昔を思い出していて話を聞いていなかったとは言えないので、光也に責任転嫁。

 頭を切り替え、今度こそ真面目に話を聞く。

 光也の弁解を要約すると。

 放課後、セシリアに部屋に来ないかと誘われた光也。

 しかし、何となく雰囲気が怪しかったのでその誘いを(断腸の思いで)断る。

 何故?と問われる光也。女子に面と向かって怪しいとは言えず、無言。問われる。無言。

 いつの間にか始まる追いかけっこ。流石は代表候補生、女子とは言え、体力は常人よりも遥かに上。中々撒けず、息も絶え絶えに偶々見付けた女子更衣室に飛び込んだ。

 千冬は全てを聞き、それから一言。

 

「馬鹿者」

「いやほら、曲がり角を曲がってすぐだったから、入った所は見られなかった訳ですよ。セシリアちゃんも、まさかオレが女子更衣室に身を潜めてるとは思わなかったんでしょうね。逃げ切りましたよ」

「女子の気持ちを考えろ。お前が逃げ込んだ所為で、女子の心がどれだけ傷付いた事か」

「あ、それに関しては幸か不幸か、女の子は誰もいなかったからセーフ」

「入った時点でアウトだ馬鹿者」

 

 落ちる拳骨。光也の口から「ぐぇ」と声が漏れた。

 それから、千冬は一つだけ疑問に思った事を聞いてみた。

 

「しかし、女好きのお前が女子から逃げるとはな。そんな事もあるのか。普通は逆だろうに」

「部屋に行ったら、間違いが起こるかも知れないじゃないすか」

「お前の理性は、女子の部屋に入った程度で崩れ去る程度のヤワな物だったのか?」

「危ないかも」

「おい」

 

 千冬に世界レベルの眼光で睨まれたので、光也は慌てて言葉を訂正した。

 

「オレは全然大丈夫。だが、向こうから迫られたらその限りじゃねェ。据え膳食わぬは何とやらだ」

「お前の考えについてはこの際何も言わんが、それを周りに知られてみろ。ハニートラップを仕掛けてくる輩が現れる恐れがあるからな。決して口外するんじゃないぞ」

「分かってるって」

「分かっているなら良いが・・・・・・あぁ。最近のオルコットの様子が可笑しいとは思っていたが、そういう事だったのか」

「そういう事。ったく、決闘中のオレは何をしでかしてしまったんだか」

「・・・覚えていないのか?」

 

 言われてみれば、あの戦いでの光也は初心者とは思えない程の動きをしていた。動きの速さもさることながら、注目すべきは動きのトリッキーさ。速さを少しも落とさずに左右への方向転換。上昇や下降も予測出来るソレではなく、セシリアが戸惑っていた事が千冬には印象的だった。

 戦いが終了した直後にISを解除した光也が倒れたので、千冬はその関係でワタワタしていてすっかり忘れていたのだ。

 

「全然。気が付いたら保健室のベッドの上で驚いた」

「原因の見当は付いているのか?」

 

 問われて、光也は思わず固まった。

 

(・・・・・・参ったなァ。アレはーールリちゃんの事は話して良いものか。ルリちゃんから言うなとは言われていないが、言った所で信じてもらえるのかも問題だ。ISと話せるなんて、オレ自身聞いた事が無い。・・・うーん、どうしましょ)

 

 視線を彷徨わせながら考えていると、千冬が気持ち優しめの声でこう言った。

 

「光也。何を悩んでいるのかは知らんが、私と光也の間に隠し事は不要。そうだろう?」

「ち、千冬ちゃん・・・!」

 

 光也はその言葉に感動し、あの日の出来事を話す事にした。

 ラファール・リヴァイブに触れた瞬間、時が止まった事。

 少なくともラファール・リヴァイブは、人間を(かたど)れる事。

 少なくともラファール・リヴァイブには、自由に言葉を発する程度の自我がある事。

 少なくともラファール・リヴァイブは、操縦している光也の頭の中に入って、光也を操れる事。

 光也はラファール・リヴァイブ以外の機体とはまだ会っていないから何とも言えないので、言葉の最初に『少なくとも』と付けた。

 全てを話した後、千冬を見る。

 千冬は目を閉じたままピクリとも動かない。

 

(ラファール・リヴァイブ・・・ルリちゃん同様、打鉄や白式にも自我があるならば、オレとしてはどんな女の子ーーげふんげふん。どんな事を考えているのか気になる所だ。まぁ、もしかしたら自我が男のISとかもあるのか?

 取り敢えず、今度見かけたら話し掛けてみようか。一夏ちゃんの白式の待機状態はガントレットらしいし、話し掛ける事は割りかし簡単。事情を説明すれば分かってもらえるだろ。そもそも、千冬ちゃんにも説明したんだから、一夏ちゃんにもいつか説明しなくちゃいけないしな)

 

「俄かには信じられん話だ」

 

 目を開いた千冬は光也の話に対して、このような感想を述べた。光也はその言葉を予想出来ていたので、すぐさま返す。

 

「そりゃそうだ」

 

 千冬ちゃんの周りの説教オーラが薄まってきたので、光也は口調を敬語からタメ口に戻しつつ言葉を返した。

 ブリュンヒルデという輝かしい称号を貰う程ISに関わりがある千冬としては、光也が今語った話はそう簡単には信じられないのかも知れない。光也はそう思っていたが、次に千冬の口から出てきた台詞は予想外だった。

 

「まぁ、ISを作ったのはあのイカれ兎だ。そういう事もあるのかも知れんな」

「・・・え、信じんの?」

「嘘だったのか?」

「いや、真実だけど。本当なんだって!信じてくれよー!みたいなやりとりがあるもんだと思ってたから」

「ISは、未だに不明確な所がある」

「オレが体験したのは、それって事?」

「あぁ。それに、決闘前の光也のあの状況では不自然だった、『ISとか量産機じゃなくて、ちゃんとラファール・リヴァイブって名前で呼ばないか?』という発言にも説明が付く」

「おー」

 

 思わず拍手。千冬の推測云々についてもそうだが、単純に、光也の台詞を千冬が覚えていてくれていた事が嬉しかった。

 

「・・・まぁ、説教はこれくらいにしておいてやるか」

「ご迷惑をおかけしました」

「気にするな。子供は大人に迷惑をかけるものだ」

「千冬ちゃん!いやーー千冬姐さん!愛してるうううう」

「えぇい、抱き着くな!」

「あ〜良い匂いーーぐぇぇ」

 

 光也は千冬の腰に抱き着いて、どさくさに紛れてくんかくんか。直後に腹を殴られて距離を離された。

 倒れたような姿勢で、うつ伏せでベッドに顔を埋めたまま、光也がくぐもった声で言う。

 

「・・・・・・何だかんだ、千冬ちゃんと二人きりで話すのって凄い久しぶりだよな」

 

 言われて、千冬も記憶を思い起こしてみる。

 

「言われてみればそうだな」

「寂しかったなァ」

「本気か?私と会っても怒られるだけだろうに」

「そんな事ねェって。千冬ちゃんが優しいのはオレ知ってるから。怒ってくれるのも、オレの事をしっかりと考えてくれているからだよな」

「・・・・・・ハァ」

 

 取っていた距離をゆっくり詰めて、光也の隣に腰掛ける。抱き着かれなかった事に安堵し、話を続けた。

 

「お前だけだ。私を普通の女の子としてみてくれるのは」

「普通の女の子だから当たり前だろ」

「ブリュンヒルデという称号の所為で恐れられているのにか?」

 

 千冬は言ってから、心の中で訂正をする。

 

(いや、ブリュンヒルデに限った話ではないのか。学生の頃から私は、女子にあるまじきその膂力で同性からも異性からも怖がられていた。

 怖がらないとは言え、束は私の力を実験に使おうとするし、幼少期の一夏は私をヒーローか何かだと思っていた節があったからな。そんな中で、光也は私に恐れず話し掛け、好きだ好きだと好意を寄せてくれる。

 等身大の私を見てくれる。

 光也には心から感謝している。・・・・・・そして、その感謝が今ではただそれだけの感情ではなくなっている事も、私も薄々分かっているのだ)

 

 だけど、千冬はそれから先の事を敢えて考えないようにしている。千冬と光也は教師と生徒の関係。間違いが起こってはいけないのだ。

 千冬からの問い掛けに、光也は「何言ってんの」と笑いながら返した。

 

「それは、千冬ちゃんが頑張ったが故の称号だろ?恐れる要素なんて何も無いじゃん」

 

(お前にとっては何気無い一言なのかも知れない。だがな、そんな一言で、私は救われているんだ)

 

 決して言葉には出来ない、光也への想い。千冬は、これから先もこの想いを隠し続けるのだろう。言葉にはせず、心の中で語り続けるのだろう。

 だが、それで良いのかも知れない。千冬は笑った。

 

「どした?」

 

 千冬が突然笑ったので、不思議に思った光也が問い掛けた。千冬は「何でもない」と返す。

 誤魔化しついでに時計を見る。そんな千冬を見て、光也も釣られて時計に視線を移した。

 

「あちゃァ・・・・・消灯時間過ぎちゃったな。この空間は名残惜しいけど、もう帰るわ」

 

 光也は立ち上がり、千冬に別れの挨拶を告げた。

 しかし。

 

「いや、消灯後に部屋から出る事は許さん」

「・・・・・・へ?でも、千冬ちゃんは寮長な訳だし。少しくらい融通利かせてくれても良いんじゃねェ?それに、オレがここにいたら千冬ちゃんも困るだろ」

「私は別に構わん」

「えェ!?」

「ほら、もう寝る時間だ。布団に入れ」

「真顔で何言っちゃってるんだ千冬ちゃん!熱でもあるのか!?」

「静かにしろ。こんな時間に寮長室からお前の声が聞こえたら、近くの女生徒が不審に思うだろう」

「うぐ・・・!だ、だが千冬ちゃん。どうしちゃったん?なんか千冬ちゃんらしくないような」

「何を言う。私はいつでも私だ」

「カッケー」

「遠慮するな。私が良いと言っているんだ。・・・それとも何だ?お前は寝ている私に襲い掛かるつもりなのか?」

「そんなまさか!オレはそんな卑怯な事はしねェぜ!やるなら甲斐性を備えたオトナな男になって、相手の同意を得てからって決めてンだ!」

 

 光也は手をブンブンと振って否定。それを見て、千冬がニヤリと笑ったのだが、光也は気が付かなかった。

 

「なら何も問題無いだろう。ほら、入れ」

「え、あれ?」

 

 千冬が布団に入り、一人では十分過ぎる程広いベッドの右半分を開けて、そこをポンポンと叩いた。

 

「早くしろ、寒い」

「わ、・・・・・・わっかりましたァ・・・・・・!」

 

 何に耐えているのか、どんな葛藤と戦っていたのか、下唇を思い切り噛みながら光也は布団に入った。電気はすぐに消えた。

 光也が一人部屋だったのが唯一の救いだろうか。仮に一夏が光也の立場だったなら、箒が黙っていないだろう。

 すぐ隣には弩級の美女。消灯時間は過ぎ、眠らなければいけない筈の時間だが、当然ながら今の光也は睡眠出来る状態ではない。鼓動は早くなるし、嗅覚は正常に働いて、不思議と心が落ち着く千冬の匂いを光也に届ける。

 

 

 

 

 

 想いは言葉にはしない。光也が学生の内は、光也からの熱烈アプローチにも応えるつもりは無い。千冬はそう決めている。

 しかし、千冬は時折見せる男顔負けの男らしさを発揮しーー前言を易々と撤回し、こう結論付けた。

 確かに、想いは言葉にしてはいけないし、光也からのアプローチに応えてもいけない。

 

 だが、誰にもバレなければ何も問題は無いだろう。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【あの時のセシリア】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、光也さん。奇遇ですわね」

「おうセシリアちゃん。オレがトイレから出てきた瞬間に話し掛けてくる事を奇遇と言うなら、確かに奇遇だな」

 

 放課後、トイレから出てきた光也に横からセシリアが笑顔で話し掛ける。待ち伏せていたのかと聞かれれば、セシリアは含みのある笑みを浮かべながら『いいえ』と答えるだろう。

 

「じゃあな、セシリアちゃん。夕飯の時一緒に食べようぜ」

 

 そう言って、立ち去ろうとする光也。しかし、目にも止まらぬ速さでセシリアが立ちはだかった。動作に数瞬遅れて動く金髪を綺麗だなァと思いながらも、一連の流れは偶然だと思い、セシリアを避けて再び歩き出す。また通路を塞がれた。ここまでくれば、偶然ではあるまい。光也は問うた。

 

「・・・セシリアちゃん?」

「部屋の間取りという言葉で思い出したのですけれど、わたくし、少々部屋の間取りを変えてみたんですの」

「オレそんな事言ってねェよな!?」

「はしたない事は承知ですが・・・・・どうでしょうか?わたくしのお部屋でお茶でもしませんこと?」

「オレの話聞いてないし・・・」

 

 いつも通りのやりとりに光也は溜め息を吐きつつ、目の前で提案してきた金髪美少女を見詰めてみた。

 美人は三日で飽きるという言葉は嘘だな、と光也はしみじみと感じた。

 

「うーん・・・・・・」

 

 セシリアからの誘いは飛び上がりたい程嬉しいものだが、少し考えてみる。

 セシリアの話ではお茶をするだけらしい。が、光也は一度思い返してみる。最近のセシリアからのアプローチを。本当にお茶だけなのか?易々と部屋に入って大丈夫なのか?と。ニコニコと笑顔で光也の返事を待っているセシリアだが、その笑顔をどこか怪しく感じてしまった。

 

(・・・・・・危ないな!主にオレの理性が!)

 

 という事で。

 

「本当に悪ィけど、遠慮しとくわ」

「理由を聞かせていただけますか?」

「・・・・・・」

 

 笑顔で問うてくるセシリアに、何となく怪しいから。と、言える筈がなく。光也は黙ってしまった。そこにセシリアからの追撃。

 

「理由を聞かせていただけますか?」

 

 先程と台詞こそ一緒だが、その笑顔には段々とよく分からないモノが追加されていて、光也は後退った。建前の言葉は思い浮かばない。

 

「理由を、聞かせていただけますか?」

「ま」

「ま?」

「また後で!」

「あ、ーーお待ち下さいな!」

 

 身体を反転させて、逃げ出した光也。セシリアもすぐさま追い掛ける。レディにあるまじき?

 恋する乙女は盲目なのだ。

 光也に負けず劣らずの体力で、追い続ける。階段を上ったり下ったり。幸運にも(光也にとっては不運にも)教師には見付からず、追いかけっこは中々終わらなかった。

 そして、曲がり角を曲がった所で。

 

「・・・・・・あら?」

 

 数メートル後ろをぴったりと張り付いて光也を追っていたセシリアだが、光也を見失ってしまったのだ。

 

「・・・流石は光也さん。瞬間移動などお手の物、という事ですわね」

 

 逃げられてしまった事は残念だが、セシリアは自分なりに納得してその場を後にした。

 テクテクと廊下を歩く。光也とのお茶会がなくなってしまったので、暇を持て余してしまったのだ。

 ルームメイトの子に光也とお茶会をする件を伝えていなかった事に今更ながら気付いたが、今となっては関係無かった。

 

(お茶会を断られてしまった事は気になりますけど、光也さんの事です。きっと、わたくしには到底理解出来ないような理由がおありなのですわね)

 

 それを言葉にしなかったという事は、言われても理解が出来ないセシリアに対する光也なりの気遣いなのだろう→嗚呼、光也さん・・・!なんて素晴らしいお方なのでしょう!

 と、頭の中で光也への賛辞をマシンガンの如く放ちまくりながら歩いていると、組み合わせとしては意外な人物に出くわした。

 

「・・・あら」

「おう、オルコットさん。今日は光也とは一緒じゃないのか?」

 

 互いに、光也が間にいなければ話さない者同士。ばったりと廊下で出会った。

 クラスの女子やルームメイトの子は一夏に対して好意的な意見だが、セシリアとしては疑問を浮かべるしかなかった。『光也さんを差し置いて、このような男を?』と。こんな具合に。

 近々、手始めとしてクラス内に光也がいかに偉大な方なのかを布教しよう。そう決意しつつ会話を続けた。

 

「先程までは一緒でしたわ」

「へぇ。てか、オルコットさんが一人でいるのを見るのって久し振りな気がする」

「光也さんの腰巾着が何か言ってますわね」

「悪口にしても酷過ぎる!」

「それで、何の用でしょうか?」

「何の用って・・・。会ったから話し掛けただけだけど。ーー何か知らないけど怒ってる?」

「いいえ、怒ってなどいませんわ」

 

 否定しながら目を逸らしたセシリアを見て、一夏は確信した。

 

「分かった。その理由って、今光也が側にいないのが関係してるんだろ」

 

 いや、光也の側にいれない。か?一夏は頭の中で訂正した。

 

「そ、そんな訳ありませんわ!光也さんは多忙な御方。わたくしのような者と会話していただけるだけでも光栄の極みなのですから!」

「・・・・・・本当、光也と決闘してから、オルコットさん変わったよな」

「前にも言ったでしょう。あの決闘があったからこそ、わたくしは自らの過ちに気付けたのだと。覚えが悪いですわね」

「光也との扱いの差で泣けてくるわ。・・・・・・まぁ、良いけど。何かあったなら、話くらいなら聞くぜ?」

 

 一夏がモテる由縁の一つ、【簡単に女の子の相談に乗る】が発動。

 普段のセシリアならこんな言葉に引っかかったりはしないのだが、暇潰し程度に話してみる事にした。

 

「・・・・・・成る程な。何でか知らないけど、光也が逃げ出したのか」

「と言いましても、わたくしとしては理由はどうでも良いのですけれど。光也さんがわたくしの誘いをお断りになったーーそれだけで十分ですわ」

「不満は?」

「ありませんわ」

 

(・・・・・・光也に対しての理解が良すぎて怖いな)

 

「まだ話があるのですか?」

「え?ーーあ、お茶会だっけ?やろうとしてたの」

「えぇ。わたくしお気に入りの紅茶と茶菓子を用意して、光也さんと優雅なティータイムを・・・と思っていたのですが」

「あのさ、オルコットさんの為に言っておくけど」

「何ですの?」

「光也って、甘い物苦手だぜ」

「な、何ですって!?」

「意外だろ。女子に渡されたら笑顔で何でも食べるけど、実は苦手なんだ」

 

 男子同士だからこそ分かる光也の情報。セシリアが大層驚いたのを見た一夏は、少しだけ優越感に浸った。

 

「光也さんの事は徹底的に情報収集したつもりでしたが・・・・・・わたくしもまだまだですわね」

 

 悔しがるセシリア。光也との付き合いの差があるとは言え、一夏に負けたのが悔しかったようだ。

 

「見た感じ暇っぽいし、こんなので良いならまだまだ話せるけど?」

「・・・・・・ふ、ふふふ。織斑一夏さん。間抜けだ不能だと馬鹿にしていましたが、中々の知識をお持ちのようで」

「光也に関する知識だけだけどな。あと、まだ不能ネタ続いてんのかよ」

 

 一夏のツッコミも、セシリアは特に拾わずにこう言い放った。セシリアにとっては上級の、相手を認める台詞。余程の相手に対してじゃないと言わないような台詞を、腰に手を当てながら言い放った。

 

「織斑さん。貴方の知識に免じて、わたくしを名前で呼ぶ事を許可致しますわ」

 

 勿論、一夏は固まった。確かに、セシリアとはあまり仲が良い気がしていなかったのでファミリーネームで呼んでいたが、改めて名前呼びを許可されると戸惑うのだ。

 

「・・・・・・セシリアさん?」

「『さん』は要りませんわ。わたくしと貴方は同級生。そうでしょう?」

「せ、セシリア」

「はい。上出来ですわ」

 

 名前で呼ぶだけなのに上出来もクソもあるか。と一夏は言い出しそうになったが、グッとその言葉を飲み込む。以前迄は不仲と言われても言い返せないような関係だったが、その仲が良い方向に動こうとしているのだ。一夏は心を躍らせてこう言った。

 

「じゃ、じゃあ、俺の事も一夏って呼んでくれよ」

「お断りですわ」

「は?」

 

 我が耳を疑う。もう一度言ってみた。

 

「俺の事も一夏ってーー」

「断固お断りですわ」

「何でだ!仲良くなったんじゃないのかよ!」

「確かに、光也さんの情報を通じて以前よりかは数ミリレベルでわたくしと貴方の仲は縮まったかも知れません。ですが、だからと言って、わたくしが貴方を名前で呼ぶかどうかはまた別の話ですわ」

「・・・・・・何か、凄いな。セシリアって」

「当然ですわ。わたくし、一人前のレディですから」

 

 おーっほっほっほ!と笑い出しそうな程に機嫌の良い(光也の情報を知れたからか、それとも一夏をからかう事が出来たからなのかは不明)セシリアを、一夏は呆然としながら見る。

 名前で呼んでもらえない事はガッカリしたが、同時にセシリアが眩しく見えた。好きな人の為に真っ直ぐに、好きな人を最優先に考えられる、一夏にはどうしても考えられないその思想を、素直に凄いと思うのだった。

 

「わたくしが男性を名前で呼ぶのは、唐澤光也さんただ一人ですわ。努努(ゆめゆめ)、お忘れになりませんよう」

 

 暇潰しが済んだのか、一夏に背を向けて立ち去るセシリア。それが格好付けているように見えたので、一夏は少し意地悪をして。

 

「じゃあな!セシリアちゃん!」

 

 と光也っぽく言ってみた。こちらに背を向けたまま即座に立てられる中指。

 とんだ一人前のレディだった。

 

 

 

 

 




あと一、二話程書いたら本編に戻るつもりです。
前回、千冬ちゃんには怒っているよりも笑っていてほしいとか格好付けてた光也が次の話で早速怒られててコイツマジかと思いました。書いたの自分なんですけど。
千冬ちゃんと来たら、次は・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA40000記念!! 【超絶天災美女とのデート】

結構な難産でした。
今回に限った話じゃないかも知れませんが、話の展開が少し強引かも。





 四月のとある平日の朝。いつものオレなら、着替えて一夏ちゃんと箒ちゃんと朝食を食べに行くのだが、今日は違った。

 

「・・・・・・メール?」

 

 朝起きてスマホを確認すると、一通のメールが届いていた。

 送り主は、(機能的に)よく出来たうさ耳と(造形的に)よく出来たおっぱいを持つ美女、束姉だった。メールでのやり取りは久し振りなので、喜びつつもメールを開く。

 

『ひどいよ』

 

 たった、

 一言。

 そう書かれていた。

 

「ッーー」

 

 よく分からないが拙い事態になっているらしく、オレはすぐさま束姉に電話を掛けた。

 電話は数コールした後に繋がった。

 

『・・・・・・もしもし』

「もしもし!束姉!どうしたんだ!?」

 

 電話が繋がってくれた事による安堵の溜め息を吐きながら、オレはそう問い掛けた。

 

『みっくん。束さんにまだ言ってない事、あるよね』

 

 疑問符が付かない、断定。加えて、声に怒りも混じっている。束姉をそこまでさせたオレの所業に後悔を感じつつも、オレは束姉にまだ言ってない事を考えてみた。

 ・・・・・・・・・・・・あるか?

 

「えー・・・っと、オレの性癖とか?」

『みっくんが着衣にエロスを感じてるのはもう知ってるから』

「知ってたかァ」

 

 何故知っているのかはこの際どうでも良い。オレが、全裸よりも衣服を着ている状態の女の子に興奮する事などについても、どうでも良いのだ。

 ならば一体。オレは何をしでかして、束姉を怒らせてしまったんだ?

 

「・・・・・・ゴメン、思い当たらないんだが」

『・・・ぷいっ』

 

 明らかに口で言っているが、だからといって怒りが収まっている訳ではないのだろう。

 

「お願いします!オレが束姉を怒らせるに至った理由を教えて下さい!この通り!」

 

 電話では伝わっていないのを承知で、頭を下げた。

 ハァ、と溜め息が聞こえたあと、束姉が一言呟いた。

 

『ルリちゃん』

 

 と。オレはようやく理由に行き着き、訳を知った。

 

『何でちーちゃんには説明して、束さんにはなんの説明もしないのさぁー!!可笑しいでしょー!!』

 

 先程の呟きとは打って変わって、大音量で束姉が叫んだ。

 確かに、この前千冬ちゃんの部屋にお呼ばれしに(説教されに)行った時、千冬ちゃんにはルリちゃんについての説明をした。その後何故か千冬ちゃんと寝る事になって、悶々としたり寝不足になったりで忘れていたのだ。

 当然、束姉には説明が出来ていない。束姉が怒るのも無理は無い。

 女子更衣室侵入事件から結構日にちが経ってしまっているので、束姉の怒りは日に日に増していたのだろう。だから昨晩ーーもしくは今日の早朝に、こうしてメールを寄越したのだ。そしてオレが電話を掛け、直接話した事によって沸々と怒りが湧き上がり、あの怒声。

 文字通り耳が痛い話だ。

 

「ごめんなさい!すっかり忘れてましたぁぁぁ!」

『みっくんは束さんの事嫌いなの!?はぶいてるの!?』

「とんでもない!大好きでございます!」

『ならどうして説明してくれなかったのさぁ!うわぁぁぁん!』

 

 終いには泣かれてしまった。

 謝罪の言葉と共に束姉を慰める。ふと見た時計の短針が八に止まろうとしていたが、そんな事は関係無かった。女の子が泣いていて、しかも原因はオレにある。束姉の目から流れる涙を止めるのがオレの使命なのだ。

 慰めること十分。スンスンと鼻をすすりながらも、束姉は何とかその涙を止めてくれたのだった。

 

「本当に、ごめんなさい」

『もう良いよ。束さんも勝手にちーちゃんとの会話を盗聴しちゃってた訳だし。おあいこだよ』

「いや、オレが百割悪いんです」

『何その頭悪い数字・・・』

 

 束姉が何か言っていたが、オレの心の中は自責の念でいっぱいだった。一人の美女を(ないがし)ろにし、泣かせてしまったーーそれに対する自分への怒りと後悔。様々な感情が暴れ回っていた。

 謝罪だけでは、償い切れないだろう。

 

「何か、オレに出来る事は無いか?束姉の為なら、何でもするぜ!」

 

 電話の向こうから、うーん。と何かを考えているような声が聞こえる。

 

『・・・・・・本当?お願い聞いてからやっぱやめたとか言わない?』

「絶対言わない!」

『じゃあ、今日一日束さんとデートしようよ』

 

 二度目だが、今日は四月のとある平日の朝。普通に授業はある訳で。

 しかし、オレの答えは決まっていた。

 

「喜んで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誘った束さんが言うのもなんだけどさ。良かったの?」

「何言ってんだ。オレも束姉とデートしたかったから、今回のは願ったり叶ったりなんだよ」

 

 束姉とデートするにあたって、まずどこで待ち合わせるかという問題が浮上した。オレはIS学園の敷地内から自力では出れないし(中学の頃のように気軽に抜け出せたりする程甘い警備じゃないからだ)、束姉だって待ち合わせ場所で立っていればその身が危険に晒される。束姉はその頭脳から、全世界に狙われている存在なのだ。

 超絶天災美女、篠ノ之束なのだ。

 待ち合わせるのは双方の理由により困難となったので、束姉がIS学園迄来てくれる事になった。この前も見た事がある、人参型ロケットで。

 かと言って、着陸場所をオレの部屋にしてしまうと色んなモノが壊れて拙い事になるので、着陸場所は屋上。セキュリティ云々については問題無いらしい。侵入した痕跡も残さないんだとか。

 前回も、千冬ちゃんと出くわさなければ束姉がIS学園に侵入した事はバレなかった訳だしな。良く考えれば納得。

 屋上は初めて来たが、中々の眺め。ぶっちゃけここで一日中まったりと束姉と過ごすのも全然OKなのだが、今日一日は束姉が行きたい場所に行って楽しむつもりだ。

 現在、オレと束姉は人参型ロケットの中にいる。まだデートの行き先を告げられていないので、雑談を楽しんでいた。

 そうそう。流石に何も言わずに出て行くのは拙いと思ったので、自室のドアに『探さないで下さい。心配しないで下さい』と書いておいた。アレを見た一夏ちゃんが慌てふためいていると思うと、ニヤケが止まらんなァ!

 ふと会話が止まる。黙ったままの機内というのもアレなので、苦し紛れに話を振った。

 

「束姉、最近どう?」

 

 我ながら酷くやんわりとした質問だが、素直に気になっていたので聞いてみた。世界中を飛び回っているという事は知っているが、裏を返せばそれだけしか知らない。

 天災美女の知られざる日常に迫るーーうん、良いね。

 

「最近?うーん・・・・・・。シロクマとツーショットしたよ」

 

 視線はモニターに注がれたまま、束姉はポケットを弄って一枚の写真を取り出した。それをひらひらと揺らしていたので、手に取ってみた。

 シロクマと並び、笑顔で写真を撮る美女。シロクマも心無しか笑っているように見える。束姉のような女性と写真が撮れたのだから、このシロクマも幸せ者だ。

 ・・・てか、束姉防寒具着てないし。寒くないのか。

 

「・・・・・・カッケェ」

「格好良いかなぁ」

「シロクマもデカくて格好良いけど、シロクマとツーショットに持っていける束姉も中々カッケェよ」

「いやぁ、照れるねぇ」

「シロクマと二人並んで、かァ」

 

 オレだったら、近寄っただけで八つ裂きにされそうだ。シロクマが返り血でアカクマになるぞ。

 写真をまじまじと見詰めていると、束姉が「あっ」と何かを思い出したような声を発した。

 

「どしたん?」

「『二人並んで』と言えばさぁ・・・・・・ちーちゃんに怒られた後、何してたの?」

「ゑっ」

 

 不意打ち気味の、束姉からの問い。オレは一瞬言葉に詰まった。

 

「消灯時間は過ぎてたみたいだけど、ちゃんと自分の部屋に戻れたのかな?」

「・・・戻れてません」

 

 嘘を吐く訳にはいかないので、正直に話す事にした。

 

「へぇ〜。じゃあどうしたんだろうね〜?」

「・・・千冬ちゃんと寝てました」

「素直に話してくれたから今回は許すけど、本当だったらお仕置きものだからね」

「お、お仕置き・・・?オレは一体何をされるんでせうか?」

「そうだね〜。とある用紙に名前を記入をしてもらって、実印または拇印をしてもらうよ」

「何すかそれ!変にぼかしてるから怖ェ!」

 

 書いたら最後、臓器を売り飛ばされたりするのだろうか。若しくは、外国でバンジーを飛ぶ前に書かされる誓約書的なアレか?この先自分の身に何が起きても、責任は自身で負いますーーみたいな?

 兎に角、千冬ちゃんと一夜を共に(こう表現するとワクワクが止まらない)した事は束姉にはバレバレらしい。あまり不誠実な行動は取らない方が良いのかも知れないな。

 ・・・多分無理だろうけど。

 

「今度、みっくんの部屋に寝に行くからね。ちーちゃんだけズルい」

「是非お願いします」

 

 本当に来られたら恐らくまた緊張やらで寝不足になるのだろうが、束姉の事だ。オレをからかっているだけなのだろう。だって、ねぇ?束姉が夜更けから夜明けまで同じ所にいるなんて危な過ぎるし。来れる訳がない。

 寧ろ、オレが束姉の所まで出向こうか。束姉のお家訪問&お泊まりって最高過ぎるし。

 まぁ、オレも身分故に夜中の外出は出来ないんだけど。今のような日中に抜け出すのも駄目なのだが、夜中はもう誤魔化しが利かなくなるレベルでヤバい。自衛隊やらレスキュー隊やらが総出で捜索に出るくらいヤバい。

 いつか束姉と一緒に寝たいなァと、誰かに聞かれたら確実に誤解を招く単語を呟きつつも、束姉の後ろからモニターを覗いてみる。

 分からん。

 モニターは縁と呼ばれる物が無く、空間に浮かんでいる。その数は瞬く間に増えたり減ったりを繰り返していて、凡人のオレには何がどうなっているのか理解出来なかった。大人しく引っ込む。

 

「結局、オレ等はどこに向かってるんだ?ロケットの速度でこれだけの間飛んでるんだから、遠くに行くのは間違い無ェとは思うけど」

「いや?向かってるのは国内だよ」

「?」

「念の為、捕捉されないようにぐにゃぐにゃと蛇行してるの」

「・・・あー」

 

 納得。確かに、バレたら拙い。

 誰に、と聞かれれば。

 色んな人に。

 オレ等がいるのは今、ロケットの中だからな。尾行されても拙いし、万が一攻撃でも受けたら逃げ切れない。

 どこに向かっているんだろうな。これだけ飛んでショッピングモールとかだったら面白いな。あ、でも騒ぎになるかも知れないから無理か。

 

「そろそろ着くよ」

 

 言われて、一つ疑問が浮かんだ。

 

「そう言えばさ」

「どうしたの?」

「ロケットってどうやって着陸すんの?」

「束さんのロケットは高性能だからね。打ち所が悪くても打撲で済むから安心安心♪」

「安心出来ねェ!」

「さながら気分はstar dust(星屑)だね!」

「せめてshooting star(流星)って言ってくれ!あ、ああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた。

 場所は神奈川県某所。国内どころか県内だった。

 海である。まだ海開きには早い季節なのと、この時間帯。更に言えば、ここは海水浴場では無いのだろう。オレと束姉以外は誰も居らず、二人きりだった。

 ドキドキしてきた。多分、今砂を握ったら手汗で凄い事になるな。

 目の前に広がる水平線に目を細めながら、後ろを振り返る。束姉がパソコンから伸びたコードとロケットを繋げてカタカタと何やら設定をしている。砂浜に深々と突き刺さるロケットにゾッとしたりしながら、束姉が作業を終えるのを待つ事に。屋上に着陸した時よりも突き刺さり具合が酷いのは、地面が柔らかいからか?

 ふとスマホを開いてみる。うわ、着信がいっぱいだよヤッベェ。一夏ちゃんとか千冬ちゃんは辛うじて分かるが、どうして番号を教えてないセシリアちゃんからの不在着信が全体の九割を占めているんだ・・・?

 た、多分一夏ちゃんから聞いたんだろう。

 

「皆、心配してくれてんだなァ・・・」

「帰りたくなっちゃった?」

「いや全然。授業をサボっちゃうのも、だんでぃな男への一歩なんだぜ。ほら、どことなくだんでぃだろ?」

 

 海をバックに制服の前を開けて、手で制服をヒラヒラと(なび)かせてみる。うーん、服装と風景がミスマッチ。

 

「わー、ダンディだ〜」

「オレの方を見てすらいないじゃんかよ」

「ダンディな男とかは、せめて束さんに腕相撲で勝ってから自称しなさい」

 

 パソコンを操作している束姉に、そう言われてしまった。

 

「アレマジで苦手なんだよ。千冬ちゃんは当たり前として、鈴ちゃんにも勝てないしなァ・・・・・・」

 

 筋トレが足りないのもあるのだろうけど、オレの場合女の子と手を触れさせた時点で力が抜けちゃうんだよな。

 因みに千冬ちゃんと腕相撲をすると、始まった瞬間にオレの手の甲が付いてしまう。本気で掛かって来いって、いやいや千冬ちゃん。オレが手を抜いているように見えますかね?無理でしょ、千冬ちゃんってば真顔で相手の腕をバーン行くんだぜ?俺と千冬ちゃんの間には越えられない壁が見えるな。

 千冬ちゃんとは対照的に、束姉は笑いながら一応手加減はしてくれるのだが、後少しで勝てそう!って所で難なく大逆転してくるので勝てた試しが無い。

 条件は然程変わらない筈の一夏ちゃんや弾ちゃんにも勝てねェし、どんだけ弱いんだよオレは。

 

「よし、取り敢えず帰る時の準備はか〜んりょうっと」

「帰る時の準備は帰る時にすれば良いんじゃないのか?」

「チッチッチ、甘いよみっくん。いつどのタイミングで刺客が襲ってくるか分からないんだよ?パッと逃げられるように準備しとかないと」

「お〜。だから見晴らしの良い海を選んだと?」

「それもあるけど、男女で人気の無い海って凄いムード出るじゃん。一度でも良いからみっくんと来たかったんだよね〜」

 

 微笑みながら、波が前後する様を眺める束姉。やだ、オレよりも全然格好良く決まってる!

 

「じゃあ、束姉。思う存分楽しもうぜ!何する?」

 

 デートなのだ。束姉と何かしなければ始まらない。歩くと砂が靴の中に入って邪魔なので、オレは裸足になって元気良く束姉に問うた。それを見た束姉も裸足になる。女の子が靴下を脱ぐ時って、なんかドキドキするよな。

 束姉に問うと、何やら難しい顔をしている。

 

「うーん・・・・・・」

「束姉?」

「何したらデートっぽいのか分かんないや」

「・・・・・・あー」

 

 分かる、分かるぞ束姉!男女で海なんか行った事無いよな!オレだって去年も一昨年も、海へ行くメンバーはいつだって野郎だけさ!

 一夏ちゃん(だけ)が逆ナンされて皆で口内に血を滲ませたり、いきなり『チキチキ!男だらけの遠泳大会(ポロリもあるよ)』が始まって止め時を見失って係員に救助されたり。

 オレ等の夏には女の子成分が足んねェんだよ!

 オレも浮かぶのは海に対する憎しみばかりで、海でのデートっぽい事が思い浮かばなかった。取り敢えずの提案をしてみる。

 

「取り敢えず、浜辺を追い掛けっこでもしてみる?」

「そうしよっか」

 

 キョロキョロも周りを見渡して、誰にも見られていない事を確認してから、恐る恐る始めた。

 

「・・・・・・た、束姉〜。待ってくれよ〜」

「ふふふ〜、待ーたなーいよー」

「ははは」

「ふふふ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「止めますか」

「うん・・・・・・」

 

 何故だろうね。やってると無性に虚しくなってくるんだ。

 心に取り返しのつかない傷を負いそうだったので、止める事にした。

 砂浜に、二人して座る。肩が触れそうな距離。足の指先を寄って来た波が濡らした。

 

「・・・ごめんね、みっくん」

「何が?」

「つまんないよね」

「ンなまさか」

 

 オレは鼻で笑った。

 

「ロケットに乗せられて、海に来たかと思えば虚しく追い掛けっこだよ?面白いかなあ?」

「言い方が悪いって。ーー第一、オレは束姉と一緒にいれるだけで楽しいんだから。場所なんか二の次だ」

「言ってて恥ずかしくないの?」

「聞いてて恥ずかしくないの?」

「顔から火が出そうだよ、全く」

「オレも言ってて照れ臭かった」

 

 海は良い。会話に困っても、波の音を聴いてれば気にならなくなるから。

 オレと束姉は顔を真っ赤にしながら、隣には決して首を動かさずに只々(ただただ)海を眺めていた。

 

「立場的にも、束姉は皆と話す機会が少ないよな」

「うん。電話もあまり頻繁に掛けちゃうと、流石に勘付かれちゃうし。ーーと言うか、掛ける相手がそもそも少ないんだよね〜。みっくんと箒ちゃん、それにちーちゃんにいっくん。ちーちゃんはお仕事が忙しいから気軽に掛けられないし、箒ちゃんは時々無視するし、いっくんは誰かしらが側に居るからあんま世間話とか出来ないしね」

「おいおい、束姉。オレがいるぜ?」

「み、みっくん・・・!」

 

 ちょっとしたおふざけも織り交ぜつつ、久し振りに、本当に久し振りに束姉とゆっくり話す事が出来た。

 

「また、デートしようね」

 

 ポツリ。波の音に掻き消されそうな程に小さな声で束姉が呟く。だが、オレの耳にはしっかりと届いた。

 

「オレでよければ、幾らでも。寧ろこっちからお願いしたいくらいだぜ」

「えへへ♪」

 

 束姉がオレの肩に寄りかかってくる。バレないように鼻から息をめいいっぱい吸い込んだ。

 

「ずっとこうしてたいなぁ」

 

 確かに。時間を忘れてのんびり海を眺めていられるのなら、どれだけ幸せな事か。

 だが、それが安心して出来るようになるには一つ大きな課題がある。オレと束姉だけではなく、全世界に対する課題が。

 

「なら、ずっとこうしていられる世の中にしなきゃいけねェな」

 

 男性適合者を国同士で取り合わず、開発者を自国の利益の為に追い掛け回したりしないような、安全な世の中にしなければならないのだ。

 

「束さんも頑張ってるんだけどねぇ。どーにも上手くいかないんだよ」

「束姉だけじゃ全世界の思考を改めさせるには難しいかも知れない。・・・・・・だが、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

「へ?」

 

 オレの言葉が意外だったのか、呆けた声で聞き返す束姉。

 

「今すぐじゃなくても、オレがだんでぃな大人の男になれた時。束姉が作ったISが本当の意味で活躍出来るように、オレ、隣で手伝うから(夫婦という関係性は無理だろうから、せめて友達として)」

「た、束さんの隣で手伝ってくれるの?(夫婦的な意味で)」

「あァ」

「ほ、本当?」

「本当だ」

「本当に本当?」

「だんでぃな男は女の子を泣かせたりはしないんだぜ」

 

 バチコーンとウインクを一つすると、束姉が完全に全身の力を抜いてオレに寄りかかってきた。何か束姉との間で大きな思い違いがあったような気もするが、恐らく気の所為。

 陽の光を反射している眩しい海が、束姉の笑顔を一際美しく輝かせた。

 口元がゆっくりと動く。

 

「みっくん」

「うん?」

 

 天真爛漫。その四文字が良く似合う飛び切りの笑顔で、束姉はオレに向かってこう言った。

 

「大好き♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ったらメチャクチャ怒られた。

 

 

 

 




そう言えばIS学園ってどこにあるんでしょうね?と思って検索してみたら、知恵袋でのとあるお方は考察の結果横浜ではないかと書いていました。成る程と思って自分も横浜にしました。
横浜には、小さい頃に福引きで当てた船内ケーキバイキングでしか行った事がないです。一度、しっかりと観光してみたいなぁ。

次回から本編に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘭ちゃんとの日常。上

大変お待たせ致しました_:(´ཀ`」 ∠):
どうも、大塚ガキ男です。
ひと段落ついたので、今回から数話は光也とヒロインを交えて日常編をやろうかなと思っています。


 

 

 

 

 とある日の休日。

 タッグマッチ大会を終えたオレと一夏ちゃんは、ISの自主練はせず、弾ちゃんの家に遊びに行こうかと話を進めていた。まぁ、オレはいつも自主練してねェけどな!

 そろそろマジで始めねェとな。取り返しが付かなくなりそうで怖い。

 

「遊べるらしいぞ」

 

 弾ちゃんとの通話を終えた一夏ちゃんが、スマホを耳から下ろしながらそう言った。

 

「オッケー。じゃあ外出届、出しに行くか」

 

 スマホと財布をポケットに入れ、部屋を出る。(ちな)みに、オレと一夏ちゃんが今までいたのは一夏ちゃんと箒ちゃんの部屋だ。箒ちゃんが剣道部の朝練で不在だったので、シャルちゃんが居る前で話すより二人だけで話した方が良いという、一夏ちゃんの判断だ。別にオレはシャルちゃんが居ても全然オッケーだったのだが、何故だか一夏ちゃんが視線を震わせながら頑なに嫌がったので、結局一夏ちゃんと箒ちゃんの部屋で——と、こんな感じで。

 自分の部屋を出る際に、シャルちゃんから行ってらっしゃいとだけ言われたのは、何気に初めてだったかも知れない。いつもは、どこに行くのか何しに行くのかやけに聞きたがっていたのだが。

 聞く必要が無くなったのか?やだ、オレ遂に嫌われた・・・?

 そんなこんなで、寮長室(千冬ちゃんの部屋)の前。ドアをノックしながら「ち〜ふゆちゃん、あ〜け〜て〜!」と応答を求める。

 

「・・・誰だ」

 

 それから数秒遅れて、ドアの向こうからダルそうな千冬ちゃんの声が聞こえてきた。もしかしたら、寝ていたのだろうか。時間帯的にはそこまで早いという訳ではなかったのだが、いつも多忙な千冬ちゃんの事だ。久々の休みに身体を休めていたのかも知れない。

 

「唐澤光也と、織斑i」

「待ってろ」

 

 食い気味だった。

 一度ドアを開けてオレと一夏ちゃんの姿を確認してから、ドアを閉じた千冬ちゃん。この間僅か一秒未満。

 どったんばったんと、大騒ぎでもしていそうな程の大きな音が、部屋の中から聞こえてくる。

 それから、

 

「・・・待たせたな。入れ」

 

 疲れた笑みを浮かべた千冬ちゃんが、入室を許可してくれた。

 入る。

 一夏ちゃんが、足幅大きめに、そして足早にズカズカと中へ入っていく。どうしたのかと疑問に思っていると、一夏ちゃんがクローゼットの取っ手に触れた。

 

「あ」

 

 千冬ちゃんの口から、千冬ちゃんらしくない声が出る。その直後、一夏ちゃんが勢い良く開けたクローゼットから大量の衣服と、ビール缶やら酒瓶やらのゴミが崩れてきた。

 

「千冬姉・・・。また散らかしてただろ」

「散らかしていたのではない」

「じゃあ何さ」

「物がここに居たいと懇願してきたのだ」

 

 あらやだ、千冬ちゃんったらメルヘンチック。

 あまりにもあんまりな言い訳に、一夏ちゃんがズッコケた。

 

「・・・もう良いや。それで?ここに居たいって懇願してきた服とかゴミとかを、無慈悲にもクローゼットに押し込んでいたのか?」

「うぅ・・・」

 

 珍しく、一夏ちゃんに弱気な千冬ちゃん。表情がとてもぷりちーだったので、スマホでパシャパシャと写真撮影をしていると、千冬ちゃんがノールックでオレを引っ叩いた。

 

「痛い」

「痛くしたからな——さて、と。そろそろ本題に移るとしよう。何の用だ」

「あ、うん。外出届の紙を貰いに来たんだ」

 

 一夏ちゃんがそう説明すると、千冬ちゃんは苦い顔をした。大方、昨日の内に取りに来てればもうちょっと寝れたのに・・・とか考えているに違いない。オレだったらそう思う。

 しかし、そこは大人のレディ。先程は華麗な軌道でオレの頬を殴打したりはしたが、今回はグッと堪えてくれたようで。小さな舌打ちが聞こえてくるに留まった。

 

「はぁ・・・。書き方は以前に教えた通りに書けば良い。帰りはあまり遅くなるなよ」

「はい」

「りょーかい」

「ではな。書いたら山田先生にでも出しておけ」

 

 そうやって話を終わらせると、オレと一夏ちゃんの背中を押して強制退出を求める千冬ちゃん。一夏ちゃんが掃除云々について何か言いかけていたが、千冬ちゃんの力の前ではそれも叶わず。廊下に押し出され、ドアは閉じられ鍵は締められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 場所は変わり、弾ちゃんの家へ向かう道の途中。ここを通ると思い出す、前回の記憶。オレは勢いそのまま一夏ちゃんに問うてみた。

 

「ンで、アレからどうよ」

「何がだ?」

「アレっつったらアレしかねェだろうがよ。箒ちゃんとの関係、アレから進展あった?」

「えー」

 

 と、露骨に解答を嫌がる一夏ちゃん。「頼むからサ☆」と少々古めのお願いの仕方(片目ウインク+前傾で両手合わせ)でお願いすると、渋々ながらも一夏ちゃんは口を開いた。

 

「・・・えーっと、あのー」

「どしたよ。やけに歯切れが悪い。まさか、別れたとか!?」

「そもそもまだ付き合えてすらいないんだよ!——って、違う違う。箒との関係は、悪くはなってないんだ。むしろ」

「むしろ、好転している?」

「・・・そうだよ」

 

 イケメンの照れ顔程殴りたい顔はない。

 視線を逸らして頬を染める一夏ちゃんに軽く殺意を覚えつつ、続きを促す。

 

「じゃあ、どうなったんだよ」

 

 一夏ちゃんと箒ちゃんの関係は。

 

「それが・・・その・・・今度買い物に行く事になりました——って、おいやめてくれ!道端でクラッカーを鳴らすな!どこから出した!」

「いやぁ、まさかあの女の子に興味ナッシングだった一夏ちゃんが箒ちゃんを買い物に誘うだなんて!こいつはめでてェ!」

 

 一夏ちゃんの肩に腕を回し、一夏ちゃんの髪をグシャグシャと撫でまくる。「おいおいやめろよー!」と一夏ちゃんも返し——はしなかった。

 オレの顔のすぐ横には、間抜け顔で「へ?」と惚ける一夏ちゃん。

 嫌な予感。脂汗がたらりと顳顬(こめかみ)を伝う。

 

「な、何だよ」

「いや、買い物に誘ったのはオレからじゃないんだけど」

「おいおい・・・、嘘だろ・・・!まさか、あの箒ちゃんに『異性を買い物に誘う』なんて無茶をさせたってのか・・・!?」

「あ、あぁ。そうだよ。いつに無く真っ赤な顔で『私と、つ、付き合ってくれ!』だなんて誘われたからな。危うく勘違いして心臓が止まりかけ」

「それ以上喋るなこのクズ野郎!!」

 

 肩に回していた腕に力を入れ、そのままチョークスリーパーへ持っていく。

 

「な、何するんだよ!」

「お?まだ話す余裕があったとはな。自主練で鍛えた身体は伊達じゃないってか!」

「落ち着けって!変なスイッチ入っちゃってるから!」

 

 閑話休題。

 

「何でいきなりキレたんだよ。訳が分からん」

 

 つい先程までシメられていた首元をさすりながら、一夏ちゃんがこちらに抗議の視線を向ける。オレはそれに中指を立てて返した。

 

「この鈍感野郎!お前なんか夏の暑さに気付かず死ねば良いんだよ!」

「そこまで——いや、そもそも鈍感じゃないからな!?そんな事言ったら、光也の方こそ鈍感じゃないか!」

「ハァァァァァァ!?!?寝言は寝て言えってのボケナス!オレのどこが鈍感なんだよ!鋭利だわ!超鋭利だわッ!」

「おーい」

 

 危うく、あと数秒で『ドキッ!真夏の街中ISバトル!(一夏ちゃんの内臓)ポロリもあるよ!』が開催しかけたが、予期せぬ方向から発せられた声に動きを止め、二人して「「何だよ!」」と声の方を向く。

 

「・・・店前で喧嘩しないでくんね?」

 

 そこには、困り顔の弾ちゃんが立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どっちが鈍感か言い争ってたってのか。へぇ、人ん家の目の前でねぇ」

「悪かったよ。あの話は満場一致で一夏ちゃんが鈍感だって事で決着が付いたンだ。もう言い争わない」

「おぉい!言ってるそばから火種投下するなよ!」

 

 現在地。

 弾ちゃんの部屋。

 オレ等の言い争いの原因を鼻で笑いながら聞く弾ちゃんと、鈍感の称号をなすりつけ合うオレと一夏ちゃん。それと、その輪に入ってるのか入ってないのか、当然のように部屋にいる蘭ちゃん。今日も清楚系なあの服を着ていて、とてもぷりてぃ。

 

「ハァ・・・。何て言うか、二人共楽しそうだな」

「そういう弾ちゃんは、最近どうなのよ。彼女の一人や二人出来た?」

「お前と同じ数だよ、光也」

「へぇ、じゃあ七人も居るのk冗談だよ。冗談だからそのカッターを下ろしてくれ弾ちゃん。蘭ちゃんも、右腕を極めようとしないで。関節はそっちには曲がらないように神さまに決められてンだから」

「何だよ嘘かよ。勢いあまって病院送りにする所だったぜ」

「おい」

「まぁ、私は分かってましたけどね。光也さんに彼女が出来る訳ありませんし」

「蘭ちゃん知ってるか?女の子からのコメントって滅茶苦茶胸に刺さるんだぜ」

 

 何事も無かったかのようにカッターをペン立てにしまう弾ちゃんと、オレの右腕から手を離して隣に腰を下ろす蘭ちゃん。とんでもない兄妹だ。

 数秒、室内がエアコンから出る音のみで満たされる。それだけで、話は終わり、変わった。

 

「それにしても、アレだよな。高校生にもなって、こうして夏休みに男三人で集まる事になるとは」

 

 弾ちゃんが、頭の後ろに手をやり、寝転がりながらそう言った。

 

「オレも。高校デビューでお前等二人を置き去りにしてやろうと思ってたのに」

「え、そんなの許しませんよ」

「オレって高校デビュー禁止なの!?」

 

 まさか、高校デビューをするには蘭ちゃんからの許可が必要だったとは。という事は、一夏ちゃんも弾ちゃんもデビュー前に違いない。デビュー前って言うと何だか新人アイドルみたいだ。side(光也)ってか。元IS操縦者、訳あってアイドル!・・・駄目だ。一夏ちゃんとキャラが被るし顔で負けてしまう。そうか、だから蘭ちゃんに止められたのか!

 弾ちゃんもまあまあイケメンの部類に入るし、一夏ちゃんとコンビ組ませて売り出せばアイドルとして充分やっていける。

 

「一夏ちゃん、それに弾ちゃん。アイドルの夢は、二人に託したからな」

「「何が!?」」

「・・・あー。何となく、何考えてるか分かった気がします。気にしなくて良いですよ」

「そんなに訳分からない事考えてたのか」

 

 弾ちゃんが問い掛けると、蘭ちゃんは目を瞑って首を横に振った。先生、光也はもう助からないんですか?えぇ、状態は依然深刻で、手の施しようがありません——って馬鹿野郎。

 

「光也の訳分からん発言は兎も角として、だ」

「酷い」

「これは由々しき問題だとは思わないか?人間が四人も居て、誰もが異性と付き合っていないってのはよ」

「言われてみれば・・・って、あれ?蘭ちゃんって彼氏いないの?」

「いません!」

 

 怒られた。

 そらそうだよな。

 女の子に易々と異性の話題はタブーだわな。

 

「イケメン一夏ちゃんと、まあまあイケメンな弾ちゃんと、ワイルドだんでぃ光也君と、キューティガール蘭ちゃん。字面だけ見れば、一人くらいリア充がいても良いくらいだけどな」

「そうだな。俺はツッコまないからな」

「そもそもボケてねェよ」

「ボケじゃねぇの!?」

「あー、もう!話が進まないじゃないかよ!」

 

 先程までツッコミ以外にロクに話せていなかった一夏ちゃんが、ようやくツッコむ(怒る)。どうやらふざけ過ぎたらしい。反省反省。

 

「光也さんとお兄は置いておくとして、一夏さんはどうなんですか?中学の頃とかモテモテだったじゃないですか」

「そんな事は無かったと思うけどな」

「無駄だ蘭ちゃん。一夏ちゃんは自分にアピールしてくる女の子を、皆ただの友達だと思ってやがるんだ」

 

 箒ちゃんとの甘酸っぱい関係を二人に言う訳にはいくまい。一夏ちゃんも話さなかったし、多分あまり知られたい事ではない筈。オレは一夏ちゃんの現在を隠し、過去をディスる事にした。

 誰かが口を開けば誰かがボケる。そんな時間はやがて停滞し、皆、天井を見上げたり爪を見たりし始める。仲の良い親友同士でも、たまにあるこの光景。何をしたら良いのでしょうかねぇと心中の台詞を右京さんで再生していた、そんな時。蘭ちゃんが「あっ」と何かを思い出した。

 

「どしたん?」

「・・・ルーズリーフを切らしていたのを思い出しました」

「マジかよ。ヤバイぜ、明日月曜じゃん。早く買いに行かないと」

 

 思い立ったら——というか、思い出したら吉日。後に回してしまうと、忘れて結局月曜日を迎える・・・なんて事になってしまうかも知れない。

 オレがそう提案すると、蘭ちゃんは途端に身体をモジモジと捩らせ始めた。心なしか頬も赤い。

 

「あ、あのですね。・・・お、お願いがあるのですが」

「何でも言って」

「か、かか買い物に、付いてきてくれませんか!」

「良いぜ!」

「予定とか都合があったり、面倒だったりしたらこ、断ってもらっても全然構わないんですけ——良いんですか!?」

「お、おう。良いぜ」

 

 オレの手を取り再確認してくる蘭ちゃんに、オレは何度も頷く。蘭ちゃんみたいな可愛い子とお出掛け出来るなら、オレとしては大歓迎だし。ちゅーか、オレの方からお願いしたいくらいだ。

 

「では行きましょう!今すぐに!」

「よっしゃ、行くか!」

 

 先に立ってオレの手を引く蘭ちゃんにつられ、立ち上がる。

 時刻は午後三時。買い物をするなら充分間に合う時間帯。

 一夏ちゃんと弾ちゃんに「じゃあ、行ってくるわ」と手を振り部屋から退出。蘭ちゃんとの予期せぬ買い物イベントに、オレは心を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




最初のヒロインはなんと蘭ちゃんです。上下構成で、蘭ちゃんとの出会いを書けたらなと思っております。
蘭ちゃんって・・・良いですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘭ちゃんとの日常。下

お久し振りです。大塚ガキ男です。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!今年も『ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。』をよろしくお願いします!



 光也と蘭が買い物に出掛けた直後。残された弾と一夏。メンツとしては珍しい二人きり。

 弾が低い声で呟いた。

 

「俺は光也を一生許さねぇ」

「言ってやるなよ。今は、蘭の成長を喜ぶべきだと思うぜ?」

 

 冗談抜きで妹と親友がくっ付きそうな危うさ。それによって生まれた怒りで拳を強く握り締める弾。

 そして、妹を心配する弾を宥める一夏。ついでに光也の身も案じる。

 

(・・・光也。蘭とくっ付くのも有りだとは思うけど、それはそれで拙い事になるぞ)

 

 親友の妹を応援したい気持ちはあるのだが、それによってもう一人の親友の命が危ぶまれるとなると、一夏は苦笑いを浮かべるしかなかった。光也の周りの女子の顔を思い浮かべては、溜め息。それから訂正。命が危ないのは光也だけではなかった。

 

「クソ、こっそり付いて行って監視するか・・・?」

「やめとけって。ルーズリーフ買いに行くだけなんだろ?何か起きる訳が」

「いーや!(アイツ)の事だ。『まだ時間ありますし、ついでにデパートで色々回りませんか?』とか言い出すに決まってる!いやむしろ、ルーズリーフ買いにそこまで行く可能性も高い!そんな事されてみろ!?あの可愛さに、光也が理性を抑えられる訳がねぇ!」

「・・・何て言うかお前、想像力豊かだな」

 

 赤い髪をガシガシと掻き乱しながら、妹の身を案じるシスコ——弾。光也に義兄呼ばわりされるのをどうしても避けたいのが見て分かる。そんな状態の弾を冷ややかな目で見ながら、一夏は弾の目を盗んで、色々な意味を込めて『頑張れよ』と光也のスマホに連絡を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と家を出たオレと蘭ちゃんは、近くのバス停でバスを待つ事になった。

 何と無しに途切れる会話。見知った仲なので、別に気まずくも何ともなかったオレは、ついでにシャー芯とか消しゴムとか買っておこうかな〜と向こうでの行動を予定してみる。すると、ちょいちょいと服の端を引かれた。

 

「あ、あの」

「どした?」

「ルーズリーフを買った後、デパートの中で光也さんと色々回りたいんですけど・・・駄目ですか?」

「可愛い」

「え?」

「間違えた。——良いぜ。あっちで色々見て回ろう」

「は、はい。ありがとうございます・・・?」

 

 蘭ちゃんが何やら首を傾げているが、丁度良い所でバスが来た。一番後ろの座席が空いていたので、そこに二人並んで座る。オレ等の他の乗客もまばらで、そんな車内の状況に少し嬉しくなる。

 

「光也さんって、普段どんな生活をしてるんですか?」

 

 バスが発進して数分と経たない頃。蘭ちゃんが問うてくる。逆に、オレとしては蘭ちゃんの普段の生活を根掘り葉掘り聞いてみたいものだが、問われたのなら仕方がない。答えよう。

 

「普段の生活?・・・そうだなァ。タッグマッチとかあったぜ。そのちょい前に転入してきた女の子二人がどっちも海外の代表候補生で、しかもその二人がタッグマッチの時に対戦相手として戦う所は胸熱だったな。レベルが高いのなんのって」

「光也さんはどうだったんですか?」

「オレ?出てねェよ」

「出てないんですか!?」

「あぁ。女の子を傷付けるのは嫌だからな」

 

 オレはキメ顔でそう言った。

 しかし、絶妙なタイミングで蘭ちゃんが停車ボタンを押したので、見られていなかった。虚しい。

 バスから降りて、着いたのは駅前。ここらに住んでいる人なら誰でも利用するデパートがすぐ近くに見える。

 今の季節は夏なので当たり前だが、暑い。一刻も早く冷房の効いた店内に入ろうと、二人並んで足を進める。

 

「IS学園の話ですけど」

「おう」

「IS学園って確か、実技とかも成績に入りますよね」

「まぁ、そりゃな」

 

 ドアに近付いたオレと蘭ちゃんにセンサーが感知し、デパートの出入り口の自動ドアが開く。それと同時に、中から心地の良い冷気が通り抜けた。オレこの感覚大好き。

 

「女の子とは戦いたくないとか言ってますけど・・・光也さん、大丈夫なんですか?」

「まぁ言っちまえば、実技以外で良い成績を修めてたらなんとかなるんだけどな」

「なんとかなってますか?」

「なってねェ」

「駄目じゃないですか!」

「もしもオレが留年したら、蘭ちゃんと同級生だな」

「そ、そんな事っ・・・ゆ、許しませんから・・・?」

「何で疑問形?」

「い、一夏さんとかお兄に見下される光也さんを想像したら面白かっただけです。それだけですからっ」

「うおぉ、確かにそりゃァ中々にムカつくな。やっぱちゃんと進級した方が良いわ。サンキュー蘭ちゃん」

 

 礼の言葉と共にバチコーンとウインクを送ると、何故だか蘭ちゃんが複雑な顔をしていた。

 話しながら歩いて、エスカレーターを上って、また歩いて。デパートに着いてから五分と経たずに、目的の文具店に着いた。

 店内は全体的に明るめの配色で、色とりどりの文具とは対照的に、壁に掛けられた文具や棚に置かれた文具が見えやすいようになっている。

 お目当てのルーズリーフは店内の中央のノートや下敷きなどのコーナーに。ここに来たのは始めてじゃないらしく、蘭ちゃんは迷う事無くスイスイと辿り着いて見せた。手に取ったのは、15行タイプのルーズリーフ。

 

「私はもう会計に行きますけど、光也さんはどうしますか?ついでに色々見てみますか?」

 

 自分だけじゃなく相手の事もキチンと考えられるとは。流石は蘭ちゃん。よく出来ている。

 

「いや、オレは特にない。大丈夫だ。んで——これで良いのか?」

 

 と問うと、

 

「はい。いつも使っているやつなので」

 

 と返ってきた。それから、

 

「ちょっと借してみ」

 

 と、蘭ちゃんからルーズリーフを借りる。へー、ほー、と表裏面を眺めてから、隙を突いてそのままレジに持っていく。会計。店を出た。

 

「ほらよ」

 

 ビニール袋に入れられたルーズリーフを手渡すと、蘭ちゃんが頬を膨らませている事に気が付いた。

 

「・・・光也さんはズルいです。不意にそういう事しちゃうんですから」

「ズルかったか?」

「えぇ、とっても。これはもう、光也さんにはもう少し私の都合に付き合ってもらわないとですね」

「わー、ソイツは大変だ。そんな事言われちゃ断れねェー」

 

 わざとらしい演技と、棒読みの台詞読み。言い終えてから、二人して吹き出した。

 

「どれ、次はどこに行こうか?」

「そうですね——」

 

 近くにあったデパート内の案内板の前でそう問いかけると、蘭ちゃんはさり気なくオレの手を取って歩き出した。リードされてばっかじゃ男が廃る。手を引かれるのではなく、オレも隣に並んで歩く。

 直後。

 

「あ、」

 

 プルルル、と着信音。蘭ちゃんが持っているバッグから聴こえてくる。蘭ちゃんの視線がオレとバッグとを往復。

 

「オレの事は良い、出ておいで」

「は、はい。少し外しますね」

 

 繋いでいた手を離し、バッグから取り出したスマホを耳に当てながらオレから遠ざかる蘭ちゃん。

 つい先程まで女の子と握っていた自分の右手を、しげしげと眺める。

 

「・・・柔らかかったな」

 

 IS学園に入学してから、女の子との接触は劇的に増えた。しかし、何というか・・・えーっと、状況が普通じゃないのがほとんどなので、今回のようなThe.青春と言った感じのシチュエーションだと、不思議と初心(うぶ)な気持ちになる。つーか、ラウラちゃんに黙って出てきちゃったけど良かったのか?今朝は大丈夫だろうと高を(くく)ってIS学園の正門を数ヶ月振りに潜った訳だが、今更不安を覚えてしまう。

 ラウラちゃんは、何だかんだ言って良い子だ。タッグマッチトーナメントの次の日こそあんな行動に出てしまったが、それ以降は特に——いや、あったな。朝起きたら全裸で隣で寝ていた時は遂にやらかしたのかと思ったぜ。

 その後シャルちゃんに見付かったラウラちゃんがガチ説教を受けて涙目で反省するというオチがあるのだが、詳細は省く。

 特にする事も無いので辺りに視線を行ったり来たりさせていると、見覚えのある女の子が遠くに見えた。お目にかかった事の無い私服に身を包んでいるからか、ぱっと見では気付かなかったが、今確信した。

 千冬ちゃんだ。

 それからのオレの行動は早かった。確信するや否や、千冬ちゃんに向かって走り出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしてしまって申し訳ありません!」

「おう、全然大丈夫だぜ。こっちも今終わった所」

「何かしてたんですか?」

「さっきまでそこに千冬ちゃんがいてさ。挨拶ついでにイチャつ痛い痛い痛い痛い!」

「すみません。急に指を火傷しそうになったので」

「だとしたら触るのは自分の耳たぶだと思うぜ!?」

 

 突然に(つね)られた左耳。オレと蘭ちゃんじゃそこそこの身長差あるから抓る為にオレ膝曲げてるしそれでも蘭ちゃん背伸びしてるじゃん可愛いなァとか思いながら訳を問うと、蘭ちゃんはそのまま歩き出した。

 知らない人から見たオレは、さぞかし情けない男に見えるのだろう。

 蘭ちゃんとのデート中(主観)に他の女の子の名前を出したから怒っているのか?・・・いやでも、それだと蘭ちゃんは、今の状況をデートだと認識している事になる。——いやでも——待てよ?——やっぱり違うのか?——

 ・・・謎だ。

 理由(わけ)がはっきりした(わけ)ではないのだが、オレが悪いのは確かだ。抵抗するでもなく、膝を曲げたまま蘭ちゃんの隣を歩く。デパート内は斜めに見てみても、特に感情は湧かない。ただひたすらに、ぷりぷり怒る蘭ちゃんが可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「楽しかったか?」」

 

 夏に備えて、蘭ちゃんの水着を選ばせてもらったり、蘭ちゃんと喫茶店に入ったり。青春のワンシーンどころか、もうこれデート確定じゃんとニヤニヤしながら満喫した日曜の午後。蘭ちゃんを家まで送る為、そして一夏ちゃんを迎えに行く為に再び五反田家へ。

 裏口から入り、先導する蘭ちゃんの後ろを歩く。階段を上って弾ちゃんの部屋のドアを開けると、二種類の笑顔を見せる一夏ちゃんと弾ちゃんが居た。

 イケメンスマイルと、アクドイスマイル。

 

「そりゃもう。めっちゃ楽しかったぜ。な〜?」

「はい。とても」

 

 オレが振ると、蘭ちゃんも微笑みながら同調。それを見た弾ちゃんがキレた。

 

「テンメェ!蘭に何しやがったゴルァ!!」

 

 胸倉を掴み上げられる。目の前には漫画みたいに額に青筋を浮かべる弾ちゃんの顔が。キスしそうなくらいに距離が詰められていたので、ビンタでもして距離を取ろうしたのだが、それよりも早く蘭ちゃんが弾ちゃんの背中に正拳突きを打ちかます。胸倉から手を離し、膝から崩れ落ちる弾ちゃん。良かった、手間が省けた。

 

「どうも、お兄がお騒がせしました」

「慣れてるから大丈夫よ」

「いやいや!それよりも今の蘭の正拳突きの鋭さって大丈夫なのかよ。色々と心配だぞ」

「弾ちゃんの容体が?」

「それもそうだけど、蘭はそれをどこで習ったのか、とか」

「それなら心配要りません。私は手加減してますし、正拳突きと言っても、反射的に出してしまっただけの、型も何も覚えが無いマグレですから」

「マグレであの美しいフォームの正拳突きを兄に繰り出せるってヤバいな」

「こら、一夏ちゃん。女の子に向かってそういう言い方は良くない。女の子の身体には不思議がいっぱいなんだぜ?」

「・・・まぁ、確かに不思議だ」

 

 今日はありがとうございました。

 また来いよ!

 五反田兄妹との別れの挨拶を済ませてから、夕焼けに照らされたIS学園への帰路を辿る。

 

「なぁ、光也」

「何だよ一夏ちゃん」

「ぶっちゃけ、蘭との買い物で何かあったのか?」

「一夏ちゃんや弾ちゃんが想像してるような事は無かったと思うぜ?蘭ちゃんの可愛さを堪能しながら買い物したりお茶したり手を繋いだり」

(おおむ)ね想像通りだよ」

「あ、そうそう。珍しいことに、デパートに千冬ちゃんがいたんだ。何の買い物をしてたのかは分からなかったけど、絡みに行ったら大層ウザがられたそうな」

「何で最後昔話風なんだよ。・・・確かに、千冬姉が一人で買い物って珍しいかもな。買い物するなら、山田先生辺りを付き合わせてそうなものだと思ってた」

 

 そもそも、一人で買い物出来たのかあの人。一夏ちゃんが滅茶苦茶失礼な事を呟く。

 

「ちゅーか、オレと蘭ちゃんの事を聞くのは良いけどよ。一夏ちゃんはどうするつもりなんだ?今度のデートで何か考えてたり?」

「デートってちょっと照れるな」

「はいはい、ほっぺた赤くしてねェで早く言えよ」

「うーん、そうだな。臨海学校の期間に、二人きりになれるように話し合う。とか?」

「・・・まぁ、それで良いんじゃねェの」

「何だよその諦めたような表情は。何か駄目だったか?」

「駄目じゃない駄目じゃない。陰から見守っててやるから安心して行動に移せよ」

「・・・付いてきたら、臨海学校の時に光也とシャルを一つの部屋に閉じ込めるからな」

「いつも通りじゃん。ちょっと仲が発展するだけで、何も起こらないと思うぞ」

「・・・・・・」

「何だよその諦めたような表情は。何か駄目だったのかよ」

「・・・・・・」

「フォローしろよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、千冬姉」

「私の事は織斑先生と——いや、今は別に構わないか。何だ、一夏」

「今日、デパートで何してたんだ?光也が千冬姉を駅前のデパートで見たって言ってたんだけど」

「何を馬鹿な事を。私は外出などしていないぞ?今日は午後から職員の方々と打ち合わせがあったんだ。デパートでのんびり買い物している暇は無い」

「・・・え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——あの時の通話——

 

 

 

「・・・もしもし?」

『あ、蘭?私よ私』

「ど、どうしたの?いきなり電話なんて掛けてきて」

『今さ、駅前のデパートにいるでしょ』

「へっ?な、なな、何で」

『見ちゃったんだよねー私。蘭と男の人が一緒に歩いてるところを』

「み、見てたんだ・・・」

『まさか、今まで浮いた話の一つも無かった蘭が、男の人と仲良さげにショッピングとはねぇ。——んで、誰なのよ、あの人。彼氏?』

「・・・」

『蘭?』

「・・・・・・」

『お〜い』

「そ、そうだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大遅刻申し訳ありませんでしたm(_ _)m
次は誰の番外編を書こうか迷っているので、活動報告にてアンケートを取ろうかと考えています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラウラちゃんとの邂逅。もしくは、千冬ちゃんとの旅行。

お久し振りです。大塚ガキ男です。
過去最高に投稿期間が空いてしまったこと、お詫び申し上げます。



「嗚呼、光也殿!好きです大好きです愛してます!愛らしく無防備なその寝顔・・・!だらしなくベッドからはみ出した片足・・・!足元においやられている掛け布団・・・!これぞ光也殿の為せる神技(しんぎ)・・・!全てがPerfektion(完璧)!ああああああああああああああもう我慢出来ませんくんかくんかくんかくんか——」

「・・・・・・」

 

 休日の朝。何者かの可愛らしい声によって目が覚めた。両腕は何故だが動かせなかったので、目を強く瞑ったりモヨモヨと動かしたりして目を起こし、ゆっくりと目を開く。ボヤける視界。対象に少しずつピントを合わせると——

 ラウラちゃんだった。

 ラウラちゃんが、オレの両手の平を両膝で踏んで動きを封じ(両膝で踏んでいるのでラウラちゃんがオレの胴体に跨るような体勢になっている)、オレの胸板に両手を触れさせ、首元の匂いをくんかくんかと嗅いでいた。

 オレの匂いの何がラウラちゃんをここまで突き動かしたのか。鍵はシャルちゃんが昨日の晩にしっかりと締めていたはずなのだが、もしかしたら何かの間違いで締め忘れていたのかもしれない。このぅ、シャルちゃんのうっかりさんめ。

 オレとしてはこのままラウラちゃんの香りや体重や柔らかさを楽しんでも全然OKなのだが、いつの間にか起きていたうっかりシャルちゃんが冷たい瞳でラウラちゃんの背後に立っていたので、そうも言っていられなくなりそうだ。あ、シャルちゃんと目が合った。

 

「ラウラちゃん・・・!」

「光也殿、お早うございます!良い朝ですね!」

「おう、とっても良い朝だ。ところでラウラちゃん。そろそろオレも顔洗ったりしたいなァとか考えているんだけど」

「御心配には及びません。光也殿が眠っている間に、温タオルで顔を拭いておきました」

「歯を磨いたりとかもしたいなって」

「御安心ください。光也殿が眠っている間に、唾液消毒をしておきました」

 

 褒めて褒めてとニコニコ笑顔のラウラちゃん。両膝は依然、オレの両手の平を踏み続けている。

 

「だから、まだ起きなくて大丈夫です」

 

 目がマジだった。

 

「むしろ、寝ていてくださるとこちらとしてはとても捗rげふんげふん、助かるのですが」

「ね、寝てた方が良い?」

「はい」

「——寝るのはラウラの方だよ」

 

 シャルちゃんの今日の第一声が聞こえてきた直後、糸が切れたように(この場合は、マリオネット的なそれだ)、ラウラちゃんが(こうべ)を垂れた。やがて上半身を支えていた力さえ抜けてしまったのか、こちらに倒れてくる。オレの顔にラウラちゃんの慎ましいお胸がのし掛かり、『オレは悪くない。ラウラちゃんが倒れてきたのを身を呈して支えただけだ』と自分に言い訳。先程のラウラちゃんのようにくんかくんかしていると、ラウラちゃんが横に転げてベッドから落ちた。閉じていた目を開ければ、シャルちゃんが笑いながら手についた埃を落とすように(はた)いていた。

 

「お早う、光也。良い朝だね」

 

 床に転がった(仰向けの状態故に直接確認することは出来ない)ラウラちゃんには目もくれず、オレに微笑みかけるシャルちゃん。先程の冷ややかな瞳が嘘のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光也殿!」

 

 校内を散歩していると、前方にオレの名前を呼びながら手をブンブンと振りながらこちらに駆けてくるラウラちゃんの姿が。

 

「よう、ラウラちゃん」

「今朝はお見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありませんでした!」

「いや、気にしてないぜ。そりゃァ少しは驚いたけれども」

「・・・・・・次は誰にもバレないように事を済ませてみせます」

「何だって?」

「いえ、何でもありません。光也殿と二人きりでお話するのは久し振りでしたので、少し興奮しておりました」

「あー・・・、そうだよな。いつもだったら誰かしらは近くにいるモンだけど」

 

 言いながら周囲を見渡してみるが、現在話しているこの場所は寮内の廊下。寮内ならば一人くらいすれ違っても良さそうだが、見渡す限り、歩いている女の子は誰一人としていなかった。ラウラちゃんと二人きりになっているこの現状は、あの『シュヴァルツェア・レーゲン』暴走事件の時の静止した世界の事を思い出してしまう。思い出して、背筋が震えた。

 

「立ち話もなんだし、あそこのベンチに行こう。今日はいい天気だから、きっと気持ち良いぜ」

 

 オレが提案したのは、寮の近くにあるベンチのこと。あそこの周りには花壇あり大樹あり葉のカーテンありの自然に満ち溢れたスポットなので、IS学園に所属する生徒の間ではちょっとした有名になっている。普段はテクノロジーが進化している様をまざまざと見せ付けられているので、あの場所の緑は目に効き、とても癒されるのだ。

 オレの提案にラウラちゃんも「良いですね!どうせでしたら購買で間食を買いましょう!」と同調。

 到着。

 

「良かったです。誰もいません」

 

 どうやらここでもオレとラウラちゃんの二人きりのようだ。この場合、良かったと喜んで良いのかは分からないが、ラウラちゃんが笑顔なら、これは良かったのだろう。

 二人してベンチに座る。ベンチは四人掛けなのだが、ラウラちゃんはオレとの間に距離を空けようとはせず、それが在るべき姿だと言わんばかりに腕を絡めてきた。

 

「・・・幸せです」

「・・・そうだなァ」

 

 花壇の近くには蝶が舞い、大樹の枝に芽生えた葉を初夏の風が優しく揺らす。気温は決して低くはないが、暑過ぎるという訳でもない。過ごし易い日だった。

 買ってきたおやつには手を付けず、ボーっとする時間。ハイスピードで過ぎ去る青春の日々に逆らうかのような、ゆったりとした時間。

 

「・・・あの燦々(さんさん)と輝く太陽が夕焼けでしたら、あの時の思い出と同じだったのですが」

「ドイツでのアレか。確かに、あの時もこんな感じだったな。まぁ、あの時のラウラちゃんはもう少しツンツンしてたけど」

「そ、それはあまり言わないでください。今でもふと思い出して、あの時の自分は何故光也殿に対して、あんなにも冷たい態度をとってしまったのかと、自責の念に駆られてしまっているのですから」

「まぁまぁ、今に比べれば、あの時はお互い幼かったんだし」

 

 頭を抱えるラウラちゃんにフォローを入れていると、

 

「まさか、お前達とこんな所で会うとはな」

「千冬ちゃん!」

「教官!」

 

 仕事の休憩にでもと訪れたのか、左手に書類を挟んだバインダー、右手には缶ビールを持った千冬ちゃんが葉のカーテンの向こうから歩いてきていた。

 どれ、私も失礼するぞ。と千冬ちゃんも座りたいらしく、ベンチの左端に座っていたオレを眼力で制し、右へと移動させる。

 IS学園の教師というのは、時には日曜日を返上して仕事に費やすくらいには忙しいらしく、ベンチに腰を下ろすと、すぐさま缶ビールのプルタブを起こした。プシュッと小気味良い音が聞こえたかと思うと、飲み口に口を付けた千冬ちゃんが一息に飲み干した。その間僅か10数秒。飲み終わった後の「ぷはぁ〜・・・!」というお約束も忘れない。

 

「大丈夫?千冬ちゃん。オレが言っても腹立つだけかもだけどさ、あんまし無理しない方が良いと思うぜ?」

「何、心配には及ばん。お前達ひよっ子が安全にISを学べる場を作ることこそ、私達教師の使命なのだからな。だから、そんな顔をするな」

「でも」

 

 オレ等には想像もできないくらい疲れているはずなのに、微笑んでみせる千冬ちゃん。千冬ちゃんの笑顔という珍しさよりも、千冬ちゃんの身を案じる心配の方が勝ってしまう。

 尚も食い下がるオレをどう思ったのか、千冬ちゃんは「よし、分かった」とオレの言葉を打ち切った。

 

「なら、今度肩でも揉んでもらうとしよう」

「え、揉んで良いの?」

「肩だぞ」

「揉みしだいて良いんだな?」

「肩だぞ」

 

 スーツを着ているにも関わらず、激しい主張を見せる千冬ちゃんの胸部に目を奪われていると、千冬ちゃんがもう中身の無い缶ビールの角でオレの頭をスコーンと叩いた。

 

「地味に痛い!」

 

 あと、ラウラちゃんがオレの袖を引っ張りながら「私じゃ光也殿を満足させられませんか!まだ伸び代はあります!見捨てないでください!」と泣いていた。馬鹿言え、オレはどんな胸でもこよなく愛する男だぜ。ラウラちゃんのお胸だって大好きさ。

 ウィンクをしながらそう伝えると、「光也殿・・・!」とラウラちゃんに笑顔が戻った。

 

「ラウラ、お前はそれで良いのか」

 

 千冬ちゃん(今ここにいるのは3人だけなので、ファーストネームで呼ぶらしい)がラウラちゃんに同情の目を向ける。

 

「私は、光也殿が喜んでくださるのなら良いのです!」

「・・・そうか」

 

 ラウラちゃんの弾けるような笑顔を受けてか、千冬ちゃんは老人が子供を見るような優しい目で話を流した。

 ラウラちゃんとの二人きりの空間に加えられた、千冬ちゃんという存在。ラウラちゃんと話していた内容が内容なので、ドイツでの日々が尚更、そして鮮明にフラッシュバックされる。

 ドイツでの、短い期間。

 そこで過ごした、ラウラちゃん達との日々。

 笑顔で語れる思い出。

 オレはまず、数年前の、ドイツへ出発する前日の夜の事を思い返してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い千冬ちゃん!オレもドイツに連れていって!」

 

 唐澤家。

 居間。

 唐澤光也と織斑千冬の二人きり。

 事の発端は、千冬の元に、以前ドイツで千冬が指導していた部隊から連絡が入った所から始まる。近況報告から始まった手紙は遠回しの来独要求で終わっていた。夏休みという事もあり(そして十日間の休暇を取っていたという事もあり)、千冬は仕方無くそれに了承したのだ。

 要するに、暇だったのだ。十日間の休みに入る直前に、職場から仕事を持ち帰ろうとしたら上司にあたる人物にブチ切れられたので、マジでやる事が無いのだ。千冬が世間の流行や娯楽に疎いのも、暇であることを助長させている。

 金ならある。というか、交通費やドイツでの滞在費はドイツが負担してくれるので金銭面での問題は皆無。

 あとは、行くか行かないかという自身の意思だけ。

 だから、仕方無く了承した。

 キャリーケースに衣服やパスポートなどの必要最低限の物を詰め込み、あとは自分を慕って何かあってもなくても周りをチョロついてくる光也に知られずに空港に到着できれば、千冬の勝ち——

 だったのだが。

 バレた。

 

「お願い千冬ちゃん!オレもドイツに連れていって!」

 

 目の前には、正座の姿勢で両手を合わせて頭を下げる、愛すr親愛なる人物。姓を唐澤、名を光也。

 千冬は溜め息を一つ吐いてから、光也に言った。

 

「拒否する」

「なんでさ!」

 

 ガビーン!と効果音の付きそうなイイリアクションを取る光也。千冬は「頭を上げろ」と言ってから、理由を述べた。

 

「お前が中学生だからだ」

「愛に年の差なんて関係無い!良いじゃないこの時期に新婚旅行をしても!」

「(本当に新婚旅行にしてやろうかコイツ)」

 

 聞こえないのを良いことに、心の中で呟いた。

 不意に見ることができた光也の男らしさによって、千冬の頭に『年の差婚』『逆玉の輿』などの魅惑的なキーワードが過ぎるが、頭を振って煩悩を追い出す。駄目だ。この想いは隠さなければならないのだと自分に言い聞かせる。

 

「良いか?一週間だぞ。一週間もドイツに滞在して、お前は耐えられるのか?見る物全て異国の言葉で書いてあり、周りの人間は皆ドイツ語で笑い合う——そんな環境で、お前は耐えられるのか?」

「大丈夫だって、オレには千冬ちゃんがいるもん」

「フッ。行くからには楽しめよ、男の子」

 

 “光也のあどけなさの残る笑顔にやられた”。

 (のち)に、千冬はこの頃を振り返ってそう言った。

 という訳で、翌日の朝。日本の空の玄関口と呼ばれる、とある空港に到着した千冬と光也。そこで、改めて千冬からの注意が伝えられていた。

 

「いいか、ドイツの空港に到着すると、ドイツの軍のお偉い方が出迎えてくれる。そこでする事としちゃいけない事がある。言ってみろ」

「はい!礼儀正しく、ヘラヘラしない」

「そうだ。お前が同行することは向こうには伝えてある。私に合わせて頭を下げれば問題無い」

「了解!」

「・・・あまりルールで縛り過ぎても逆効果だろう。続きは、ひとまず飛行機の中だ」

 

 以前こそ一夏を引き合いに出されて交換条件として指導を(おこな)ったモノだが、それはもう過ぎた話、過去の関係。今となっては「ブリュンヒルデに一般人と同じ飛行機に乗っていただく訳にはいきません!是非こちらで用意したプライベートジェットで!」と行き過ぎた敬意を向けられている。窓越し、空港の外に見える飛行機に目を輝かせている光也を見ながら、千冬は電話でのそんなやり取りを思い出した。

 

「凄ェ!オレ、飛行機なんて初めて乗るぜ!」

「そうか、修学旅行は来年か」

「しかも、飛行機じゃなくて新幹線だからなァ。高校生になったら、飛行機で沖縄とか行きてェな!そン時は千冬ちゃんも一緒に行こうぜ!」

「私が行ってどうする」

 

(恐らく)本心で言っている光也に呆れる千冬。やがて、自分達が搭乗する番になった。飛行機は土足厳禁だぞ、という千冬の冗談を真に受けて靴下で搭乗して見せた光也に笑ったりしながら、飛行機の中へ。

 

「喉の渇きを覚えたり、空腹になったなら、搭乗員の誰かに言えば持ってきてもらえる。約半日の間、飛行機内で過ごすことになる。暇になったら映画でも観ろ。他に質問はあるか」

「質問というか、ちょっとした自慢なんだけど」

「何だ?」

「オレ、少しだけどドイツ語覚えたんだぜ!」

「・・・ほう。それは良い事だ。向こうの国に合わせて、少しでも学ぼうとする意思は大した物だ。偉いぞ」

 

 へへーん、と誇らしげに胸を張ってみせた光也。

 

「まずは、向こうの人に会った時にする挨拶!『Bonjour』」

「・・・それはフランス語だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




話の都合上、ラウラちゃんと千冬ちゃんを同時にイチャコラ出来たらなと思っています。
流石に全ヒロインを順番にやって行くと時間掛かり過ぎちゃうので、たまに本編の方も投稿すると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラウラちゃんとの邂逅。もしくは、千冬ちゃんとの旅行。下

お久しぶりです。大塚ガキ男です。
今回、なんと一万字超えです。





 ラウラ・ボーデヴィッヒにとって、織斑千冬とは特別な存在だった。底辺にまで堕ちたラウラの手を取り、引き上げてくれたのは、織斑千冬だったからだ。

 尊敬している。

 敬愛している。

 信仰している。

 だからこそ。

 数年振りの再会となった今日、織斑千冬の隣に見知らぬ男が立っていたのは、ドイツ軍と共に空港で出迎えたラウラにとっては並ならぬ衝撃だっただろう。

 ヘラヘラとしただらしのない表情に、ラウラの部隊をジロジロと眺める(いや)らしい瞳。ラウラに嫌悪感を覚えさせるには充分であった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に到着し、日本語ではない案内板に従って空港の入口兼出口を(くぐ)ると、オッサン集団と美少女集団が千冬ちゃんとオレを出迎えた。

 一糸乱れぬ礼。その後に頭を上げるオッサン&美少女集団。ムキムキと髭面に興味は無いので、美少女集団に目を向ける。皆一様に、何故か眼帯を着けているが、片目を隠す事によって、オレが時折街で見かける美少女とは、また違った美少女の雰囲気が出ていた。

 美少女集団の真ん中(というか一歩前に立っている)銀髪の美少女と目が合う。向けられるは明確なる蔑視。解せぬ。

 

「ようこそおいで下さいました、チフユ・オリムラ。我々ドイツ軍は、貴女を心から歓迎致します」

 

 軍帽を被った髭面。軍服には大量の勲章が付けられているその男の横に立った若い男(恐らく髭面の翻訳係)がそう言って、髭面と一緒にもう一度頭を下げた。それから、

 

「——して、その隣の少年は?」

 

 髭面の鋭い瞳がオレを射抜く。やめろ、そんな目でオレを見るな。そんな目をして許されるのは美少女だけだ。

 

「Es ist mein Verständnis.」

 

 千冬ちゃんが日本語ではないどこかの国の言葉で、そう答える。もしかしたらドイツ語なのかも知れない。スッゲー千冬ちゃん。ドイツ語喋れんのかよ。

 勿論、何て言ったのかは分からない。

 兎に角、千冬ちゃんがそう言うと、髭面と翻訳係の男はニッコリとオレに笑いかけたのだった。

 

「ようこそ、少年。勿論君も、私達は歓迎しますよ」

 

 良かった。千冬ちゃんは、オレが千冬ちゃんの味方だと伝えてくれたらしい。

 その後は髭面(+翻訳係)に先導され、軍の施設へと向かうことになった。見慣れない街並みは新鮮で、キョロキョロと辺りを眺めながら歩いていると、千冬ちゃんと肩が軽くぶつかった。

 

「ご、ごめん千冬ちゃん」

「気にするな。ほら、こんな所ではぐれたら二度と再会出来ないかも知れないぞ」

 

 そう言った千冬ちゃんは、オレの手を取って歩き出す。な、なんてイケメンなんだ千冬ちゃん!でもオレの方から見える千冬ちゃんの右耳は真っ赤だぜ!割と初心なんだね!でもそれ言ったら千冬ちゃん手ェ繋いでくれなくなるから黙っておくね!!

 

「・・・なんだその生温かい視線は」

「いや、なんでも」

 

 世間からはブリュンヒルデだの世界最強だの言われている千冬ちゃんだが、今こうして握っている千冬ちゃんの右手はとても温かくて、千冬ちゃんが普通の女の子だということを決定付けている。

 

「可愛いね、千冬ちゃん」

「はぁ!?え、あ、なな、何をいきなり!」

 

 そんなこんなで着いた、ドイツの軍事施設。基本的には、これから一週間はここで過ごすことになる。オレと千冬ちゃんは軍に所属する人間ではないので、一人きりでなければ施設の外に出れるそうだが(あのマッチョ共と街を歩くのは絶対に嫌なので恐らくオレと千冬ちゃんの二人+αという組み合わせになる)、千冬ちゃんは軍の指導を任された身。やたらめったらに外出はしないのだろう。

 翻訳係の若い男が案内してくれた部屋にて、中学のジャージに着替える。どうやら千冬ちゃんと同室ではないらしい。残念。

 部屋から出ると、翻訳係が「では、アリーナにご案内致します」とオレを先導。おい、そういえば、千冬ちゃんは誰が案内しているんだ。あの美少女軍団の内の一人が案内しているのなら良いが、あの髭面マッチョが案内していたらオレは許さないからな。それはもう恐ろしい程にブチ切れてやるからな。翻訳係のいないところで日本語で罵りまくってやるからな。

 軍事施設という所に入ったのは初めてだが、こういう施設はデザイン性よりも機能性を重視するモノらしく、あまり見ていて楽しいものではなかった。ドアがパシュッって開くのは滅茶苦茶格好良いけど。

 

「おう、来たか」

「やっほー千冬ちゃん」

 

 スーツの時よりも、主張が更に激しくなっている胸部と臀部。

 そんな、ジャージ姿。

 ぼんきゅっぼんなそのスタイルに、オレはもう訓練どころではなくなっていた。

 

「お前はISを動かせないので、ISの訓練には参加できない。だが、最初にやる筋トレと走り込みだけでも参加しておけ。身体を鍛えておくに越した事は無いからな」

「あいよ」

 

 オレってば女の子からモテる為に色々やってるから、運動や筋トレも得意なのよね〜!

 だが、何のイベントも無かった(しかし、なにもおこらなかった)

 

「・・・しかし、アレだな。こうしてお前のジャージ姿を見るのは久し振りだな」

「千冬ちゃん、体育祭には毎年来てくれるけど、ちょっとしかいられないもんね」

 

 今年の体育祭は10月の終わりだよ。そう伝えると、日程が合ったら行ってやると言われた。毎年そう言ってるから、多分今年も来てくれるのだろう。やったね。

 

「平日だろうが休日だろうが、日中に出歩ける時間は仕事の合間の昼休みしかなくてな。すまないと思っている」

「大丈夫だって。千冬ちゃんが顔見せるだけで、張り切ったオレと一夏ちゃんの力でクラスが総合優勝するんだぜ?」

 

 弾ちゃんは保護者の席に好みの女の人がいれば張り切るしね。何だかんだオレ等のチームはゲンキンなのだ。

 時間なんて関係無いさ。千冬ちゃんが来てくれるだけで、オレと一夏ちゃんは嬉しいんだよ。

 なんて気障(キザ)な台詞を言うと、千冬ちゃんはまたもや顔を赤くしてみせた。

 

「ゴホン。・・・そろそろ、訓練の方を開始するか。ラウラ」

「はい」

 

 千冬ちゃんがそう呼び、どこからか片目を眼帯で隠した銀髪の美少女が現れた。どうやらこの子がラウラちゃんらしい。キリリと凛々しいクールな美少女が、直立不動の姿勢で千冬ちゃんからの指示を待っている。ちゅーか、返事が日本語だった。え、嘘でしょ?日本語喋れるの?凄くない?

 

 

「部隊の者、全員召集済みであります」

「うむ。——これより一週間、この軍の指導をする事になった、織斑だ。一週間の間は、私の指示に従うように」

 

 千冬ちゃんがそう言うと、眼帯を付けた美少女軍団(どこから現れた)が声を揃えて「はい!」と返事をする。

 その後は、各自ストレッチを行った後、ランニングをする事になった。

 ちなみに、ストレッチは一人でだった。女の子の背中を押したり押されたりのウハウハ展開はどこかへ行ってしまったようだ。

 そして。

 

「光也!お前はもっとやれるはずだ!走れ!」

 

 ラン。

 ラン。

 ラン。

 アリーナのような訓練場内を、何周何十周と走る。

 run(走る)

 最初の一周目こそ、何これ余裕だわと高を括っていたオレだったが、二周目が始まったあたりから段々と疲れを感じ始め、三周目からは絶望を感じ始めていた。

 そして、ランニングの途中、その時既にオレと二周差くらいつけて先を走っていたラウラちゃんがキレた。

 

「教官!こんな男をどうしてこの施設に——ドイツに連れてきたのですか!?」

「まぁ、落ち着け。気持ちはわかる」

「なら!」

「だが、ボーデヴィッヒ。お前は、コイツがどんな奴かと理解しようとしたのか?コイツの実力を、たったこれだけのランニングのみで推し量ろうとしなかったか?」

「そ、それは」

「まぁ良い。さっきも言ったように、気持ちは分かる。だから——光也」

「あい?」

 

 膝に手を置き、ゼーハーゼーハーと呼吸を整えていると、千冬ちゃんからのご指名。何のこっちゃと顔を上げれば、千冬ちゃんはこんなことを言い出した。

 

「今から、ラウラと殴り合いをしろ」

「は、はぁ?何言ってんの千冬ちゃん。女の子相手に手を上げろだなんて」

「・・・お前はそんな奴だったな。よし分かった。なら、ラウラからの攻撃を避けてみろ。30秒、一発も拳を貰わずに避け切れたなら、褒美をやる」

「褒美って?」

「・・・添い寝を許可する」

「千冬ちゃんの為なら、オレははぐ○メタルにだってなってやるさ」

 

 キマった。何やら千冬ちゃんが立っている方向から「格好悪っ」と聞こえたけど、キマったったらキマったのだ。

 

「な、何だ、その構えは。見た事無いぞ。日本に伝わる武術か何かなのか」

 

 オレが適当に構えると、何やら曲解して深読みしたラウラちゃん。ジリリと踵をズラして少し距離を取り、間合いを計り、オレの実力を図り始めた。

 

「いつでもおいで、ラウラちゃん」

「く、この——」

 

 逡巡の末、ラウラちゃんが拳を握って飛び込んで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。その程度の実力で、よくもまぁあんなに自身満々に勝負を挑めたものだな」

 

 と、地面に転がって、殴られた頬を押さえてワンワン泣いているオレに、ラウラちゃんはそう言った。ちなみに、千冬ちゃんは「こういうことだ。よく覚えておけラウラ。コイツは()()()()()だ」とだけ言い残してどこかに行ってしまった。ちょっと待ってどういうことよ。オレってばただ殴られただけじゃん。不思議と嫌じゃなかったけどさ。

 

「お前は教官のお荷物だ」

 

 心からの軽蔑が込められた、そんな視線でオレを見下ろすラウラちゃん。なんか興奮する。

 

「な、なら、ちゃんと持って帰ってもらわねェとな」

 

 荷物なら、離れ離れになる訳にはいくまい。

 気障(キザ)全開でそういうと、ラウラちゃんは顔を(しか)めさせるのだった。

 

「嫌いだ」

「そう?オレは君のこと好きだぜ」

「異性に息を吐くような感覚で愛を囁く者に、まともな奴はいないとクラリッサから聞いた。貴様もその類いだろう」

 

 クラリッサちゃん?

 新たな(恐らく女の子)人物名に、心が躍るぜと某パ◯ド並感を出してみる。それと同時に、反論。

 

「いやいや、人をそんなチャラ男みたいに言わないでくれよ。オレは可愛い子に可愛いって言ってるだけだし」

「チャラ男が何なのかは知らないが・・・断言出来る。お前は人間の屑だ」

「えー、そんなァ」

 

 オレが人間の屑だとゥ?

 そんな筈はないと、側を通りがかった千冬ちゃんに「オレって屑?」って聞いてみる。千冬ちゃんはオレとラウラちゃんを交互に見てから、言った。

 

「・・・屑だな。残念ながら」

 

 屑だった。

 この一件から、オレはラウラちゃんに完全に嫌われてしまったらしく。会うたび会うたび、嫌味を言われるようになっていった。

 

 

「なんだ、まだいたのか」

 

「お前が訓練をやったって何の意味もないだろう。何故やっているんだ」

 

「おっと、すまない。いたのか。全く気が付かなかった」

 

 

 駄目だこりゃ。

 いや、ラウラちゃんがじゃないよ?ラウラちゃんに冷たい目で睨まれ、冷たい言葉で罵られて少しばかり興奮を覚えちゃってる自分がだよ?

 駄目だこりゃ。

 そんな、ラウラちゃんからの扱いにも慣れてしまった5日目の夕方。事件が起きた。

 

「Bodewig Du Was machst du!」

 

 ラウラちゃんの倍くらいある背丈の髭面の男が、ラウラちゃんを怒鳴りつけている。千冬ちゃんの部屋に遊びに行く途中での出会(でくわ)しだった。思わず物陰に隠れてしまったが、オレは気になって顔だけ物陰から出して覗いてしまう。

 

「Es tut mir leid」

「Es wird gesagt, dass respektlos gegenüber Mitsuya Karasawa, der ein Gast aus Japan ist!!」

「Es tut mir leid」

「Herr Chihuyu Orimura mag Mitsuya Karasawa!Wenn du es nicht gut machst, ist das ein internationales Problem!!」

「Es tut mir leid」

 

 いや、分からん分からん。何言ってるのアンタ達は。雰囲気的に、多分ラウラちゃんが怒られてるんだろうけど。何言ってるのか全然分からん。

 ラウラちゃん悔しそうに俯いちゃってるし。

 髭面の男は滅茶苦茶キレてるし。

 ・・・、

 ・・・・・・、

 ・・・・・・・・・。

 よし、やるか。・・・え、何をする気かって?

 そんなの、決まってるじゃん。

 

「Anfangs, du——」

「へい、そこのオッサン!」

「Was?」

「さっきからイライラしてっけどさァ、何かあったの?甘いもの足りてないんじゃない?」

 

 翻訳係の男がいないと、この髭面は日本語が分からないらしく。オレの言葉が理解出来ずにラウラちゃんと何やらごにょごにょと話している。多分、「コイツは何て言っているんだ?」とでも聞いているのだろう。やがて、らちが明かないと思ったのか、髭面はラウラちゃんに翻訳を頼み始めた。

 

「あなたは何を言っているのですか?と、大臣がお聞きになっている」

 

 アンタ大臣だったのかよ。

 いや、髭面の意外な経歴はさておき、今は質問に答えなきゃな。何とかして、ラウラちゃんの怒られイベントをうやむやにしないと。

 

「日本からのお土産の和菓子を持ってきたから、一緒に食べよって伝えて」

「は、はぁ?何をいきなり。今はそんな雰囲気ではなかっただろ——」

「良いから、早く。お願い」

「・・・・・・」

 

 ラウラちゃんは少し黙り込みはしたが、やがて髭面に向かってドイツ語で何かを話し始めた。

 

「今は忙しい、だそうだ」

「日本の和菓子がとても繊細で、美味しく食べるには一分一秒を争うことをご存知無い?」

「・・・、知らなかったそうだ」

「じゃあ、急がないと。この和菓子は、日本の偉い人がこぞって食べるような超美味しいヤツだから、大臣様のお口にもきっと合うよ」

 

 それっぽいことをそれっぽく言ってみる。オレの言葉を髭面大臣に伝え終えたラウラちゃんが、続いて髭面大臣から伝言。言葉を聞き、「え?」と驚いていた。

 

「・・・是非、食べてみたいそうだ」

 

 ラウラちゃんの後ろを見ると、心なしか髭面大臣は嬉しそうにしている気がする。やっぱりお菓子って偉大だね。

 和菓子はここではなく(持ってきているのは本当だぜ?)、オレの部屋にある旨をラウラちゃんに伝えてもらうと、髭面大臣は「Komm und lass uns zusammen essen!」とオレの肩に手を回してガッハッハと笑い出した。どうやら和菓子がどれだけ美味しいのか気になって堪らないらしい。オレよりも背が高い髭面大臣に、頑張って肩を回すと髭面大臣が、オレを連れて歩き出した。ラウラちゃんが、「ちょ、ちょっと待て!」とオレを引き止めた。

 

「どしたん?」

「ど、どういうつもりだ!私は、お前に・・・お前に、ひ、酷いことをしてきたつもりだったのだが。何故、私を助けた!」

「酷いこと?何それ、全く身に覚えがねェんだけど」

 

 むしろ、興奮させてくれてありがとうございます、と礼を言いたいくらいだ。

 だから、ラウラちゃんが気に病んだり、後ろめたく思ったりする必要はないのだ。

 笑顔でそう言う。恩を売るつもりはない。ただ、怒られている姿がなんだか可哀想に見えたので、場をはぐらかして励ましただけだ。

 

「・・・こんな、酷い私を、許してくれるのか?」

「許すも何も、怒ってないし」

「・・・・・・そうか、そういうことか。だから教官は——」

「千冬ちゃんがどうかした?」

「いや、何でもない。今まで・・・その、悪かった」

 

 ぺこりと。下げた頭に誘われて銀髪も垂れる。項垂れる。

 謝罪だった。しかし、女の子にはいつでも元気でいてほしい派のオレとしては、その姿は少し気に入らない。だから、こう言った。

 

「頭を上げてくれよ、ラウラちゃん。オレは何も怒っていないんだし、ラウラちゃんが謝る必要はないんだぜ?」

「お前は、どこまでも・・・いや、何でもない。また会おう!唐澤光也」

「お、おう。じゃあね」

 

 何かを言いかけたラウラちゃん。しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなく、ラウラちゃんはどこか吹っ切れたような笑顔を見せ、走り去ってしまった。

 ・・・取り敢えず、一件落着?

 オレは髭面のオッサンと肩を組み、和菓子を食べに自室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・その、ですね」

 

 翌日。

 夕方。

 廊下にて。

 いつもの通り、付いていけずにバテた訓練の走り込みと筋トレ。しかし、オレをいびるどころかフォローすらしてくれたラウラちゃんの態度の変化に驚きながらも1日を終え、見納めに施設の敷地内を散歩しようかと歩いていた廊下にて、ラウラちゃんと出会った。今までのような刺々しさは感じられず、何やらモジモジとして会話が中々流れるように進まない。

 

「おっす、ラウラちゃん。さっき振り。どしたの、こんな所で」

「え、えぇ。少し用事がありまして」

「用事?だったら急がなきゃ。ラウラちゃんと話したかったけど、オレの所為でラウラちゃんが怒られちゃったら悪いしね」

「い、いえ、問題無いです。用事は済みました。というか、達成されました」

 

 つまり、今は用事の帰り道だったらしい。

 それから、しばらく会話が止まる。オレが夕焼けを浴びて煌めくラウラちゃんに見惚れていたのと、ラウラちゃんが窓の外を見たりオレを見たり下を向いたりで忙しそうだったからだ。

 

「・・・あの」「あのさ」

 

 そんな現状をどうにかしようと発した言葉が被る。それから、お互いに『お先にどうぞ』という視線を送る。送り送られ、やがてオレが折れた。

 

「・・・あのさ、今日の訓練、色々ありがとね。最終日だからどうにかやり切ろうと張り切ってたんだけど、やっぱりバテちまった。ラウラちゃんがサポートしてくれて、スゲー助かったぜ」

 

 明日には帰る身としては、6日目の今日が最後の訓練となる。最後くらい、ビシッと決めたかった。体力と筋力は少しはマシになったが、数日でどうにかなるものではない。むしろ、筋肉痛でいつもより調子が悪い日もあったくらいなのだから、やっぱり『継続は力なり』だ。

 そんな、ありきたりな感謝。もしくは、今までありがとう的なソレ。

 

「そ、そうですか!そう言って下さるなら、私も救われます。・・・ですが、光也殿はドイツの大事な客人でありますが故、あまりご無理をなされない方がよろしかったのではないでしょうか?」

 

 勝手な意見、申し訳ありません。

 ラウラちゃんは、最敬礼の角度まで腰を折り、頭を下げてみせた。

 ・・・・・・ちゅーか、気付いたんだけどさ。

 ラウラちゃん、何か態度違くね。丸くなったどころか、人を駄目にするソファ並みに優しいんだけど。

 確かに、訓練中もタオルくれたりドリンクくれたりお弁当くれたり、そこらの部活動のマネージャーよりもマネージャーしてくれていたけれども。

 それにしたって、そんな変わるもんかね。

 

「どうか致しましたか?」

「いや、なんでも」

「あ、そうです。これより、何か予定などありますか?」

「予定?特にないけど」

 

 散歩は予定じゃないしな。

 

「でしたら!」

「うおっ」

「少し付き合っていただけないでしょうか。見せたいものがあるのです」

 

 見せたいもの?

 それが何なのか。また、ラウラちゃんがどうしてオレに見せたいのかが気になり、オレは了承していた(まぁ、美少女の頼みなら何が何でもOK出しちゃうけどね)。

 移動。

 10分程かけて歩いた先は、施設の最上階、屋上だった。左の方にはヘリが着陸するヘリポートがあり、右側には戦闘機が一台出されていて、兵士らしき人達が何やら忙しそうに動いていた。

 

「ここ?」

「はい。もう少し奥に行きましょう」

 

 とても広い屋上。天井が無いのだから、感じる広さは実際の面積よりも大きいソレだろう。空に広がるオレンジを眺め、オレの前を歩く銀髪の美少女の背中を見詰める。

 

「・・・着きました」

 

 振り返り、ラウラちゃんがベンチの隣に立つ。どうやら、オレが座るまで立っているつもりらしい。ラウラちゃんをいつまでも立たせておく訳にはいかないので、ベンチに座ると、ラウラちゃんも隣に座った。

 肩が触れ合う程の距離だった。

 この距離感に鈴ちゃんを思い出す。元気かなァ鈴ちゃん。『ドイツに行ってくるわ!』ってメールで連絡入れて、ケータイごと家に置いてきちゃったけど大丈夫かな。大丈夫だよな。

 施設の屋上から眺めるドイツの街並みは、今までこの目で見てきたどんな景色よりも綺麗だ。そもそも、オレからしたら煉瓦(レンガ)造りの家が珍しく感じるのだから、異国であるドイツの街並みは、それはもうヤバいのだろう(語彙力)。

 

「・・・光也殿」

「何?」

「私は正直、ドイツにいらっしゃった当初の光也殿が嫌いでした」

「う、うん、薄々勘付いてた」

 

 勘付いてたけど、改めて言われると傷付くよね。トホホ。

 

「ですが、そんな、嫌悪を抱いていた光也殿に拳を叩き込んだ日の夜、教官に言われたのです」

 

 

 

 〝良いかボーデヴィッヒ。お前は今日、光也の態度に心底イライラしただろう。何故あんなにも簡単に殴られたのか、疑問に思っただろう〟

 

 〝だが、もう少しアイツをよく観察してみろ。嫌悪という先入観抜きで、もう一度見てみろ。お前に足りないモノを、アイツは持っているぞ〟

 

 

 

「教官の言葉の意味が、昨日(さくじつ)やっと理解出来ました。光也殿はとても偉大な御仁で、私は今までなんて無礼な態度を取ってしまっていたのだろうと思い知りました。殴られたのではなく、私の怒りを収める為にあえて拳を受けたのだと。そして、そんな私の無礼な態度にも笑顔で受け入れて下さっていた光也殿の寛容さに、私は決意したのです。織斑教官——そして、教官が信頼する光也殿に間違いは無いのだと。この方々の背中を見て、信じて歩いてゆけば必ず救われるのだと」

「ら、ラウラちゃん・・・?」

 

 ラウラちゃんの常ならざる様子に、座っていた位置を右にズラす。ラウラちゃんもその分寄ってきて、ぴとりと寄り添われた。良い匂いだ。

 ラウラちゃんはオレの胸に頭を預け、それから泣き出した。

 

「ど、どうしたのラウラちゃん」

 

 ポケットからハンカチを取り出してラウラちゃんに差し出すと、ラウラちゃんはスンスンと匂いを嗅いで自分の懐にしまった。涙を拭いてくれ。

 

「・・・光也殿ぉ。行かないでくださいぃぃぃ」

 

 抱き着かれた。

 泣き着かれた。

 やがて、泣き疲れた。

 明日の朝には訪れる別れ。ラウラちゃん、そしてドイツ軍の人達と過ごした数日間のことを思い出すと、オレも目頭が熱くなってきた。ここで過ごした時は、これからのオレの人生に大きく影響を与えるはずだ。

 焼ける夕日は段々と街並みの向こうに沈んでいき、やがて辺りが暗くなり始める。ラウラちゃんの涙は街灯の灯りで淡い輝きを見せ、その輝きがオレの服に染み込んで消えてゆく。

 悲しむラウラちゃんを見ていると、オレも悲しくなってくる。

 

「また会えるさ、ラウラちゃん」

「必ず・・・必ず、また再開しましょう。いえ、次は私が日本に行きます。いずれは日本に移住して、光也殿と」

 

 ごにょごにょと。後半にかけて尻すぼみするラウラちゃんの台詞は大体が聞き取れず、オレは取り敢えず「そうだな。その時はオレに日本を案内させてくれ」と格好付けて答えておいた。

 肩が触れ合う程の距離。

 肩を寄せ合う程の距離。

 出会って間もない美少女とこんなに接近するのは初めての経験だったのだが、不思議とオレの心は、安らかな気持ちに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最終日。

 もしくは、お別れの日。

 ドイツ軍の人達は空港まで見送りに来てくれ、その中には勿論ラウラちゃんの姿もあった。ピンと弦のように張られた姿勢こそ軍人のソレだが、頬から流れ落ちる涙とビショビショに濡れた眼帯が軍人としての威厳を台無しにしている。

 ちゅーか、ぶっちゃけオレも泣いていた。目が合う人みんなからドイツ語で何やら励ましの言葉と共に肩をバンバン叩かれたりハグされたり、気分は親の都合で遠くに転校する中学生だ。言語は分からなくても、何となくオレを応援してくれてるというのは分かるので、ジーンとくるのだ。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 ドイツの人達への挨拶を済ませた千冬ちゃんが、オレに声をかける。服の袖で涙を拭い、「分かった」と顔を上げた。

 

「じゃあね!また来るから」

 

 オレが大声でみんなに向かってそう言うと、髭面のオッサン(の言葉を翻訳した翻訳係)が「進路に困ったら面倒見てやるからな!」と返してきた。

 

「光也殿・・・!」

 

 ラウラちゃんが駆け寄り、強い抱擁。オレもラウラちゃんの背中をポンポンと優しく叩いて返す。

 

「寂しいです、耐え切れないです!行かないでくだ、くださっ、ひっく、うええぇぇぇぇぇん!」

 

 体裁もプライドも尊厳も全て取っ払った、ガチ泣きである。ここまでされると、もう少しドイツに居ても良いんじゃないか?と思ってしまう。だが、千冬ちゃんの方を見たら「駄目だ。帰るぞ」と言われてしまった。仕方ない。一度許してしまったら、きっとズルズルと引きずってしまうに違いない。人生とは別れなのだ。

 別れてしまったのなら、また繋がれば良いのだ。

 そんな、中学二年生の夏。

 特別な一週間。

 美少女と出会い、別れた7日間。

 唐澤光也と、ラウラ・ボーデヴィッヒ。互いに別れを悲しみ、心から再開を望んだ二人。

 その望みは、一年半後に叶えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ニュース速報です。日本で、史上初めてとなるISの男性操縦者が——しかも、二人も発見されました!一人目は、織斑一夏さん。二人目は、唐澤光也さんです。同じ場所にて、ほぼ二人同時にISを起動させたのもあり、世界中が大騒ぎです!詳しい状況が分かり次第、またお伝えします!』

 

 

 

 

「・・・光也殿?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、光也とラウラちゃんの出会いのお話でした。そろそろ本編の方も書かなきゃなとか思ってます。
設定とかおかしかったら、やんわり教えてくださると嬉しいです。
ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セシリアちゃんへの感謝。

どうも、大塚ガキ男です。


「ごめんね、光也。明日は大使館の方に行かないといけなくて。・・・本当に、ごめんね』

『光也殿ぉぉぉぉ!』

『ほら、ラウラも行くんでしょ。駄々こねないの』

『光也殿ぉぉぉぉ!!』

『夜には戻るから。何かあったら、この番号に電話してね。デュノア社は光也の味方だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『明日?あー。あたし、明日はメンテ出してた甲龍(シェンロン)を受け取りに行かなきゃいけないから、無理。・・・え、二人きりで遊びに?ぐ、ぐぬぬぬぬぬ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『おう、俺だ。どうした?え、明日?あー、悪ぃな。明日は高校のダチと予定入ってんだわ。蘭も、明日は英検がどうとか言ってて無理そうだ。・・・ってか、蘭と二人きりとか俺が許さねぇからな!?』

 

 

 

 

 

 

 

『悪い。明日は箒と先約があるから。何って・・・で、デートだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具合に、誘う人全員に断られた昨日の夜。千冬ちゃんも期末テストに向けて忙しいらしいし、数時間おきに変わる束姉の電話番号(一番新しい番号が二十分程前にメールで届いた)に電話してみたが、電波の届かないところにいるらしく、断念。メールを送ったが、返信が無いので恐らく見てない。

 そして、迎えた翌日。誰に起こされる訳でもなく迎えた朝。執拗に足に絡み付く布団を蹴飛ばしてベッドから降りる。欠伸(あくび)をしながら、洗顔、歯磨き、着替え。それから外へ。そう言えば今日って食堂やってたっけと割と大事なことを考えながら廊下を歩く。あと数十秒と経たずに食堂へ到着する、というところで食堂からセシリアちゃんが出てきた。どうやら食堂はやっているらしい。

 

「お早うございます。光也さん」

「・・・おはよォ、セシリアちゃん」

 

 挨拶。

 それから欠伸。

 あらあら。セシリアちゃんは口元に手を当てながらクスクスと笑った。

 

「昨晩は何か調べ物でもしていたのですか?」

「調べ物ってか・・・、んー、まぁそんな感じ」

 

 気付かれないように、詳細を濁しながら返答。

 昨晩は、ひたすら女の子の膝裏について検索をかけていたから、調べ物と言えば調べ物だ。嘘は付いてない。真実を全て話してないだけだ。

 

「そういうセシリアちゃんは、もう朝ご飯

 食べちゃった感じ?」

「いえ、まだ食べてませんわ」

 

 なら、何故食堂から出てきたのだろうか。

 食堂でバイトでもしているのだろうか。その姿は是非拝ませてもらいたいものだ。

 セシリアちゃんは調理担当かな。それとも配膳担当かな。セシリアちゃんがどっちの担当かで色々変わると思うんだよね。

 余命の長さとか。

 そんな、オレの失礼極まりない内心にセシリアちゃんは気付くはずもなく、「光也さんはこれからですよね。でしたら、今朝は食堂ではなくお弁当にしませんこと?」と、困ってしまうほどの可愛い笑顔を見せてくれた。

 (バチ)が当たった。

 

「おう。セシリアちゃんの手料理か。ひ、久し振りだなァ・・・」

 

 事前に作っておいた弁当を部屋まで取りに行くというので、同行。・・・事前に作っておいたって、まさか、オレと今日この時間このタイミングに出会うのを予測していたのだろうか。

 ンなまさか、たまたまだ。

 何を考えているんだオレは。

 ふと湧いた疑問を頭を振って切り払う。今はそんなことを考えている場合じゃねェだろ。マジで。

 で、到着。

 

「せ、セシリアちゃん?朝ご飯って、まさかセシリアちゃんの部屋で食べるのか・・・?」

「えぇ、本日の天気はあまりよろしくないようなので」

 

 風も強いようですし。

 セシリアちゃんは窓の外を眺めて(うれ)えんだ。今日は近年稀に見る大快晴&無風で絶好の海水浴日和の天気だとネットニュースで読んだ気がしたのだが、あれは嘘だったらしい。窓の外の青色も、オレの目に異常があるから青空に見えるのだ。まったく、困った両目だ。

 オレに退出の意思がない事を確認したセシリアちゃんは、丸テーブルの上に置いてある弁当箱の蓋を開けた。凄ェ、テーブルめっちゃ洋風なのに弁当箱が重箱なのがなんだか凄ェ。定期的に見たくなるミスマッチ加減だ。

 

「本日のお弁当は、日本らしい和の食風を取り入れてみました」

「あー。確かに、前回はサンドウィッチだったしな。日本料理って大変だったろうに。ありがとうな」

 

 セシリアちゃんの献身さには常々、頭が下がる。その頭はこれから先も決して上がることもないのだろう。

 やっぱし凄ェよセシリアちゃん。

 美味しくいただけるかは別として、この弁当は必ず完食してみせる。

 脳裏に蘇るは、以前のサンドウィッチ事件の時。あの時は一口齧って意識を飛ばされてるからな。

 ・・・マジで大丈夫かな。

 

「どうか致しましたか?(ひたい)に汗が滲んでいますけど」

「い、いや、ちょっと暑くて。ほら、もうそろそろ夏だし」

 

 光也さんが熱中症になってしまったら大変ですわ!とセシリアちゃんは部屋のエアコンの冷房を付けた。ンなことよりも、ねぇ、チューしよう?

 クソつまらん駄洒落が頭上をよぎったが、言葉にすることはなかった。

 やがて、丸テーブルに椅子が二つ。向かい合い、朝食の準備が整った。セシリアちゃんがオレの見つめてくるので、いただきますと手を合わせる。その後にセシリアちゃんも手を合わせた。

 

「はい、光也さん。あ〜ん」

 

 セシリアちゃんが持つ箸に摘ままれた美味しそうな玉子焼き。見た目は完璧なソレを、一思いに、一口で咥える————————

 

 

 ボンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————。————さん。————つやさん。————光也さん」

 

 肩を揺すられて、目を開ける。目に移るのは知らない天井と、柔らかいベッド。そして金髪の女神と暖かい日差し。痛む頭を押さえ、上体を起こした。

 

「・・・ここは」

「光也さん。食事中に意識を失っていらしたのですよ?見た感じ、身体に異常は無いようですが」

「・・・君は、誰だ?」

 

 親しげに話しかけてくるセシリアに光也がそう問うと、セシリアは卒倒してしまうのだった。

 五分後。

 

「・・・つまり、光也さんには記憶が無いと?」

「そうなるのか。ゴメン。知識はあるのに、記憶が無ェみたいだ。君みたいな可愛い子、忘れる訳ねェのに」

 

 他所他所(よそよそ)しいが、どこかいつもの調子を思わせる光也の言動に、セシリアは安心する。そして、光也からの可愛い子発言を脳内に永久保存した。

 

「光也さんのベルトにかかっているソレはお分かりで?」

「おう、ラファール・リヴァイブだろ?」

「・・・お名前は?」

「え、ラファール・リヴァイブだろ」

 

 光也がそう答えると、セシリアは「これは、もしかしたら重症かもですわ・・・」と呟いた。

 何か間違いでもあったのだろうか。光也は考えてみるが、現在の光也は所謂(いわゆる)記憶喪失。どれだけ考えてみても、このキーホルダーは自分が念じればISに変形するラファール・リヴァイブでしかなかった。そんな事を考えていると、ラファール・リヴァイブが何やらブルブルと震えた。

 コホン。

 セシリアは場の空気を切り替えるべく、咳払いを一つ。

 

「改めて自己紹介をさせていただきますと、私、セシリア・オルコットと申します。光也さんとはとても深い仲でしたわ」

「深い仲?それって」

「ふふっ、ご想像にお任せしますわ」

 

 嘘は吐いていない。しかし、セシリア悪い。光也の記憶が無いのを良いことに、色々と擦り込んで吹き込む気満々だった。

 最近は光也と二人きりなんてほとんどなかったものだから、セシリアは張り切っていた。

 

「兎に角、このまま何もしない訳にはいきませんわ。何を行なったら記憶が戻るのかは分かりませんけれど、まずは行動ですわ。光也さんのお部屋に行ってみましょう」

「え、ここはオレの部屋じゃなかったのか?」

 

 光也が問うと、セシリアの身体がぶるりと震えた。確実に、興奮からくるソレだったが、せしりあはしゅくじょ。そんなはしたないことはしないよ。

 

「え、えぇ。ここは私のお部屋です。光也さんのお部屋はもう少し向こうにありますわ」

「そ、そうだったのか。何だかゴメンな。勝手にベッド使わせてもらっちまって」

 

 謝罪の言葉を発しながら布団から出る。光也の心境は申し訳なさでいっぱいだったが、セシリアからすれば少しでも光也の匂いがベッドに残ればそれはもうご褒美以外の何物でもないので、「お気になさらないで下さい。大丈夫ですわ」と笑顔を浮かべるのだった。

 

「・・・で、ここがオレの部屋と」

「はい。ルームメイトは外出中のようですが」

「ルームメイトがいるのか」

「はい」

「・・・あのさ、もしかしてそれって」

「女性ですわ」

 

 頭を抱えている光也の肩に手を添え、「私は気にしてませんわ」と励ます。そうすることにより、特に説明も無い光也とセシリアの関係が、やはり深いモノなのだと光也を誤解させる事が出来る。

 嘘は吐いていない。

 

「セシリアちゃん、こんな(クズ)を許してくれるってのか・・・?」

「自分を卑下なさらないでくださいな。私はそんな光也さんを愛しているのですから」

「せ、セシリアちゃん!」

 

 計画通り。

 セシリアの口角が上がったが、光也は気が付かない。一通り礼を述べてから、部屋に入った。

 

「こちらのベッドが光也さんのベッドです。何か思い出しましたか?」

「・・・うーん。いや、何も。そもそも、ここが自分の部屋だって実感も湧かねェし」

「室内を捜索してみましょうか。光也さんと所縁(ゆかり)のある物がありましたら、何か思い出すかも知れません」

「そうだな、探してみよう」

 

 セシリアの提案に光也は乗り、室内を捜索してみる。まずは、白い引き出し。その最上段を引いて中身を確認。

 ブラジャーだった。

 純白の、女性用下着だった。

 よく見るとブラジャーの上に紙が置かれており、『光也のエッチ』と手書きで書かれてあた。無言で閉じる。その下に『使ったらちゃんと戻しておいてね』と更なる紙切れが出てきたのだが、光也は見て見ぬ振りをした。

 

(まるでオレがここを開けるのを分かっていたかのような手紙。オレは一体どんな奴だったんだ・・・)

 

「何か見付かりましたか?」

 

 ルームメイトの女子のベッド付近の引き出しを探っては「羨ましい・・・」だの「こんな写真、私だって持ってませんのに・・・!」とか呟いていたセシリアちゃんが、オレに問うてくる。

 

「いや、多分この引き出しにはなさそうだ。次はクローゼットを調べてみる」

 

 流石に、女子の前で『引き出し開けたらブラジャーがあったよ』とは言えまい。光也ははぐらかして、次なる捜索場所へ移る。というか、部屋の半分のうちのもう半分に移動する。恐らく、この部屋はプライベートスペースを半々で分けているのだろうと、光也が考えたからだ。光也が今探していたエリアは、ルームメイトのエリア。場所を移れば、今度こそ自分の私物が見付かる。

 

「さて、次はクローゼットか」

 

 セシリアの前を通り、クローゼット前に移動。そして、観音開きの戸を開ける。中には替えの制服と私服、それから更に引き出しがあった。

 開ける。

 引き出しの最上段。教科書などの類。

 引き出しの真ん中。下着や肌着。

 引き出しの一番下。数冊のノート。

 ・・・ノート?

 光也は首を傾げる。ノートなら引き出しの最上段に入れれば良いはずなのに、どうしてノートだけが引き出しの最下段に入っているのだろうか。

 気になったので、ノートを開けてみる。

 

(どうせ自分の持ち物だしな——)

 

 

 

 

 

 

『今日は、IS学園に入学した。一夏ちゃんがいてくれてとても安心した。あと、メチャクチャ美人な女の子と知り合いになった。セシリア・オルコットって名前らしい。話している際に何だかぷりぷり怒っていたが、いつかは友達以上の親密な関係になれたら良いな』

 

 

『セシリアちゃんと結婚——いや、決闘することになった。オレは嫌だったが、押され負けてしまった。オレと一夏ちゃんとセシリアちゃんの三人の中で、一番強い人がクラス代表になれるんだとか。どうでも良いから、何とかしてセシリアちゃんとの決闘を回避したい』

 

 

『セシリアちゃんがデレた。メッチャ可愛いけど、オレがボコボコにした結果だと思うと申し訳なさでいっぱいだ。どうすれば良いのだろう——』

 

 

 

 

 

 

 それは、セシリアとの出会いからこれまでに至る日記だった。よく見れば、ノートの表紙には『セシリアちゃん』と書いてある。他のノートには『鈴ちゃん』や『シャル(ル)ちゃん』など、それぞれ女の子の名前が書かれていた。

 

(女の子との思い出を人物毎にノートに記録するって、実はオレってとんでもない危険人物なんじゃねェか)

 

 それから、今読んでいたページの文末。『ボッコボコ』って何だよ。光也はまた頭を抱えた。読み間違えもしくは書き間違えであってほしいという願望が光也の思考を支配していた。

 確信。

 オレはヤバい奴だ。

 

「セシリアちゃん。オレみたいな奴とは関わらない方が良い」

「そんな悲しいこと仰らないで下さい。・・・何かあったのですか?」

 

 こんなノート見せたらドン引きされるんじゃないか、とか。セシリアからの問いに答える数瞬の間に色々考えた光也だったが、結局ノートを見せる事にした。

 

「これは・・・」

「そんな感じのノートがあと5、6冊ある。笑っちゃうだろ?オレはとんだ変態野郎だったって訳だ」

「私は気にしませんわ」

「は?」

「こんなノート、ただ異性との日常を書いているだけではないですか。それで変態になるのでしたら、私も同類です」

「せ、セシリアちゃん」

「良いですか?光也さん。何度も言わせていただきますが、お気になさらないで下さい。それから、自分を恥じないで下さい。私は、どんな光也さんも愛しているのですから」

 

 なんて・・・なんて良い子・・・!セシリア・・・!良妻・・・!圧倒的良妻・・・!

 某賭博黙示録のように顔を(しか)めて泣く光也。そんな光也を、セシリアは聖母の如く、慈しむような笑みで、光也をハグして安心させるのだった。

 さり気無くハグしている件については、意図は無い。セシリアは何も策を弄してはしていない。本当に。

 

「・・・そろそろ、帰ってきてしまいますわね」

 

 窓の外の日が沈み始める様子がやけにセシリアの目に焼き付く。光也を抱き締める腕の力が、少し強くなる。またいつもの面子が揃ってしまえば、セシリアは今日のように二人きりで何かする事は出来ないだろう。よくも悪くも、セシリアは淑女。光也の布団に忍び込む事は出来ないし、一緒の部屋で暮らせる訳でもなければ、光也と幼馴染な訳でもない。

 ただの、高校で出会った友達以上恋人未満の関係でしかないのだ。友達以上の親密な関係になるには、どうしても一手足りないし、一歩踏み出せない。

 

「・・・光也さん」

「どした?」

「愛してますわ」

 

 ビクン。セシリアの囁きに同調し、光也の身体が震えた。それから、光也は「あァァそうだ!」と一言置き、自身のポケットを探った。

 

「・・・いつもありがとうな、セシリアちゃん。本当は誰かにシチュエーションとか色々相談してから渡そうと思ったんだけど・・・多分今が良い感じだよな」

「・・・へ?」

 

 光也からの突然のプレゼント。手の平に丁度収まるくらいのお洒落な箱を渡されたセシリアは、思わず気の抜けた声を出した。

 

「き、記憶は・・・!いつの間に戻っていらしたのですか!?」

「あ、あァ。ついさっきな。ンで、ポケットの中に入ってたソレを思い出したんだ」

「こ、これって・・・」

「開けて良いよ。ピアスは『ブルー・ティアーズ』の待機状態がそうだし、ネックレスはIS乗る時危ないかな〜とか、店員さんと一緒に色々考えたんだ。気に入ってもらえるか分かんねェけど。心は込めたぜ」

 

 開ける。中には、桃色の口紅。共に、『Cecilia, Thank you always』と書かれたメッセージ。

 

「こ、これは・・・!」

 

 目に涙を浮かべて喜ぶセシリアと、想定以上の反応の良さに笑いながら戸惑う光也。

 ちなみに、口紅をプレゼントすると『あなたともっと親密な仲になりたい』という意味になる。

 光也はそんな意味は特に意図してはいないのだが。

 真意は店員とセシリアだけが知っている。

 

「ここで、付けてみてもよろしいでしょうか」

「おう、是非見せてくれ」

「少し恥ずかしいので、鏡をお借りしますね」

 

 口紅を持ち、洗面所の方に小走りで駆けていくセシリア。数分後、「よ、よろしいですか?」と、多少の緊張を孕んだセシリアの声が聞こえてきたので、光也は「良いよ」と返した。

 

「ッ」

 

 胸の高鳴り。

 姿を現したセシリアを見て、光也の胸は、今確かに跳ねた。

 流石はプロ。メッチャ似合ってる。光也はセシリアに一歩近付いた。

 

「い、いかがでしょう」

「か、可愛いって言って良いのか美しいって言って良いのか分かんねェけど・・・最高だぜセシリアちゃん!君は今IS学園で一番輝いてる!」

 

 セシリアが近付いてくる。両腕を光也の首の後ろに回し、

 

「ありがとうございます。では——」

 

 光也の唇に、セシリアの口紅()が触れ合った。

 お淑やかに、それでいて情熱的に。世界が終わっても良いと思えるような時間。光也はされるがままに、セシリアとのキスを続けた。

 

 

 

 

 口紅をプレゼントすると、『少しずつ取り戻したい』という意味にもなる。唇に付いた口紅を、少しずつ取り戻したいという意味だ。

 

 ようするに、あなたにキスしたい。という意味になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 




今回は、シャルちゃんとラウラちゃんが登場してセシリアちゃんのヤバさ薄れてるけど、実はセシリアちゃんも相当なんだぜってお話でした。そろそろ本編も更新します。
前編後編じゃなくなったけど、その分長めに書けたからOKです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘭ちゃんとのきっかけ。

大変お待たせしました。どうも、大塚ガキ男です。遥か昔に言ったような気がする番外編です。みんな大好き蘭ちゃん回。


 

 

 

 

「あのよぉ……」

「ンだよ」

「何だよ」

「俺の家に集まるは良いけどよ、来てそうそうゲームの電源入れるってどういう事だよ」

「ゲームやりたくね?」

「ゲームやりたいよな」

「お前等、俺の家にゲームやりに来てるだろ……」

 

 溜め息を吐く弾ちゃん。しかし、オレがゲームのコントローラーを渡せばノリノリでゲームに参加するのだから、やはりコイツはなんだかんだオモロい。

 夏真っ只中、8月。中学二年生という思春期の権化みたいなオレ等は、今日も今日とて弾ちゃんの家に集まって一日中遊び呆けていた。

 

「んで、二人揃ってどういう御用事で?」

「特に理由は無ぇよ。起きたら家の電気止められてたから、暑過ぎて一夏ちゃんの家に避難しようとしたんだけど、たまたま一夏ちゃんが居なかったってだけで」

「俺は、光也の家に行ったら誰も居なかったんで、弾の家行くかって感じで」

「ンだよ、オレ等すれ違ってたんだ」

「そうみたいだな」

「そりゃ、仲の良いこって」

「何端から見守ろうとしてんだよ。弾ちゃんもズッ友メンツだろ?」

「……へへっ。嬉しい事言ってくれるじゃねぇか!」

「おう! だから、エアコンの温度、もう2度下げて良い?」

「親父に怒られるから無理」

「トホホ……」

 

 曰く、節約。

 弾ちゃんの部屋に居る以上、五反田家のルールには従わなければならない訳で。微妙に冷め切らない室内温度にモヤモヤしながらも、コントローラーを握り直した直後。開かれたドア。視線を向けると、弾ちゃんの妹君が立っていた。

 

「──お兄」

「うぉっ、蘭! 急に部屋開けるなって……──いや、何でもない」

「見たかよ、一夏ちゃん。弾ちゃんの奴、妹君(いもうとぎみ)に頭が上がらないご様子だぜ」

「あれは情けないな。本当に情けない」

「お前等コソコソ言うな!」

「って、あれ? 一夏さんじゃないですか! お久し振りです!」

「お、おう。久し振り。お邪魔してるよ」

「お邪魔だなんて全然! どうぞ! ごゆっくりしていって下さい!」

 

 弾ちゃんに向ける冷ややかな目付きから一転、キラキラと光り輝く乙女の目付きで一夏ちゃんと話す蘭ちゃん──いや、妹君。その切り替えの速さに感心していると、妹君がこちらに視線を寄越した。

 

「……唐澤さんも来てたんですね」

「久し振り! 蘭ちゃん!」

「慣れ慣れしく私の名前を呼ばないで下さい」

「ご、ごめん。妹君」

「それで良いです」

 

 話し掛けてくれた嬉しさからつい名前で呼んでしまい、怒られる。初対面の際に慣れ慣れしく接してしまったが為に嫌われてしまい、今みたいな関係になってしまっている。弾ちゃん曰くマジで嫌われているらしいので、こちらからはあまりコンタクトを取らないようにしている。女の子を怒らせるのは良くないもんね! 

 

「じゃあ、お兄。あんま騒ぎ過ぎないで。下まで聞こえてるから」

「わ、悪かった」

「ふんっ。──あ、一夏さん。いつでも遊びに来て下さいね」

「お、おう。ははは」

 

 ガチャリ。部屋のドアが閉じられると同時に、三人して溜め息。それぞれ、溜め息の内訳は違うのだろう。

 

「マジで俺、妹に頭上がんねぇな……」

「気にすんなって。妹に優しく出来るって良い事だと思うぜ」

「そうかなぁ……ははは」

「それよりもオレ、どうしてこんなに嫌われちゃったんだろうなァァァァァァァ……」

「大丈夫だって。弾の妹も難しい時期だからさ。もしかしたら、許すタイミングが無いだけで、心の中ではあんまり嫌ってないんじゃないのか?」

「そうかなァ……そうだと良いなァ」

「俺なんてさ、光也があんな冷たい態度取られてるのに、よしなよとか宥める事も出来なくてさ。こんなんじゃ千冬姉に怒られちまうよ……」

「気にすんなよ一夏。俺の妹に立ち向かえる奴なんてそうそう居ないからさ。むしろ、一夏の対応が普通なんだって。何も間違ってねぇさ」

「そうなのかな。俺、胸張って良いのかなぁ」

「一夏は良いんだ。それよりも、俺は妹が客人に対してあんな態度を取っているって言うのに、兄として叱ることも出来なくてよぉ──」

 

 誰かが挫けそうになれば、誰かがフォローする。フォローした奴が挫けそうになれば、また違う誰かがフォローする。そんな、傷の舐め合いトライアングルを4周と少し回した所で、時刻はもう夕方だと言う事に気が付く。気が付いて、誰からともなく解散の準備を始める。

 

「今日もあっという間だったなァ」

「本当に。この調子だと、夏休みもすぐ終わっちゃうな」

「嫌だなァ。宿題、まだたんたんまりまり残ってるッつうのに」

「コツコツやらないと、後が怖いぞ?」

「脅してる場合かよ、弾ちゃんだってまだ1ページも埋めて無いくせに」

「バレたか。まぁ、また去年みたいに31日に追い込み合宿やろうぜ」

「へへっ。あれこそ夏の風物詩ですしなァ」

「おうとも。あれをこなさなきゃ夏休み終われねぇよな」

 

 汚い笑みを浮かべながら、握手を固めて誓い合うオレと弾ちゃん。それを離れて見てる一夏ちゃんが、

 

「二人共、マジで馬鹿なんだな」

 

 と心底見下した所で、本日はお開きになった。散らかした所を三人で仲良く片付けてから弾ちゃんと別れ、一夏ちゃんと二人で帰路を辿る。その途中、前方から見覚えのある人物が夕焼けに照らされながらこちらに向かって歩いていた。向こうはオレ等に気付いていないようなので、声を掛ける。

 

「あれ、蘭ちゃんじゃん」

 

 一言で『ん』を3回も使ってしまうくらいには、嬉しい偶然の再開だった。そして、発言してから失言に気付く。

 

「……唐澤さん。私の事はなんて呼ぶんでしたっけ」

「い、妹君だったよなァ。ごめんなさい」

「……ハァ。次から気を付けて下さいね」

「はい。──んで、妹君は今帰り?」

 

 その慣れ慣れしい話し方を……! と拳を握りながら額に青筋を浮かばせかけた蘭ちゃんだったが、一夏ちゃんもこの場に居る事を思い出して踏みとどまる。それから、深呼吸をしてから返答。

 

「補習です」

「妹君って頭悪いの?」

「そんな訳ないでしょう! ──いや、失礼しました。私、本当は超が付く程頭は良いんですけど、期末テストの時期にインフルエンザに罹ってしまいまして。その代わりに夏休みの期間、一週間の補習を受けているという訳です」

「成る程なァ」

 

 顎をおさえながら、うんうんと頷いてみる。テスト期間中に病気に罹ってしまうだなんて、可哀想だなと内心同情していると、蘭ちゃんが。

 

「そろそろ良いですか? 私、帰りたいんですけど」

 

 ジト目で、心底不快そうな顔で確認を取ってくる蘭ちゃん。引き止める理由も無いので、ごめんねと謝りながら別れの挨拶。一夏ちゃんがいるからか「……さようなら」と控えめながらも返してくれた。

 

「……何て言うか、お前可哀想だな」

「蘭ちゃんからの扱いとかけまして、お寿司からはみ出る程のわさびと解きます」

「その心は?」

「どちらも辛過ぎるでしょう」

「……頑張れよ、光也」

 

 蘭ちゃんのオレに対する扱いを見てか、それともオレの泣きそうな表情を見てか。一夏ちゃんはオレの頭を優しく撫でてくれ、オレはその行動に「あっ、こんな事してりゃモテるの当然だわ」と一夏ちゃんがモテている理由を再認識するのであった。

 

 

 

 ∞

 

 

 

 今日も今日とて、夏。

 うだるような暑さと拭っても拭っても吹き出てくる汗に負けそうになりながらも、熱した鉄板のような熱さのコンクリートの上を歩んでいく。もうそろそろ地球は終わるのではないかという不安を抱きながら(毎年抱いているような気がする)一夏ちゃんの家を目指す。今日は一夏ちゃんの家で三人で遊ぶのだ。

 というのも、毎日毎日俺の家じゃなくてもよくねぇかという弾ちゃんの問いかけに、確かにそうだと二人して納得してしまったからである。で、結果として今日は一夏ちゃんの家で遊ぶ事になったのだ。三人とも持っているゲームや漫画の傾向はほぼ同じなので、どこへ行ってもやる事はあまり変わらないが。変わると言ったら部屋そのものの性質だろうか。

 一夏ちゃんの部屋は三人の中で一番綺麗なので安心してゴロゴロ出来る。

 弾ちゃんの家は、めっちゃ落ち着くけど蘭ちゃんに会ったらお互い気まずい。

 オレの部屋はクーラーガンガンに点けられるしいくらでも騒げるけど滅茶苦茶に散らかっているし、そもそも今は電気代未払いの為電気が止められている。

 って感じの、三者三様のお部屋事情。今回ダーツの矢が刺さったのが一夏ちゃんのお部屋というだけのお話だ。

 そんなこんなで。

 背筋が曲がるほどの馬鹿みたいな外気温の中、一夏ちゃんの家まで歩く。早く冷房の効いた部屋に入りたいが、急ぐと余計に汗をかく。ゆっくり歩いて太陽に焼かれるか、汗を余計にかいて冷房の効いた室内まで急ぐか。夏故の葛藤に苛まれながらも、熱で身体の力が抜けているので走れやしないとの結論に至り、トボトボと歩く。家から10分程歩いた所で(普通に歩いたらもっと早く着くんだぜ)一夏ちゃんの家が見えてくる。ようやく着いたかと一息吐くと、千冬ちゃんが玄関から出てくる所だった。

 

「あ、千冬ちゃんだ」

「……光也か」

 

 声を掛けると、千冬ちゃんにしては珍しく覇気の無い声が返ってきた。よく見れば、表情も恐ろしく元気がなさそうだ。

 

「どうしたの。そんな疲れた顔して」

「実際、疲れているしな。……はぁ」

 

 今の千冬ちゃんは、たまに会う時の千冬ちゃんの格好のほぼ100%を占めるスーツ姿。夏だと言うのに、社会人って大変だなァと思いながらも、いやいや通勤の時くらいワイシャツでも良いでしょと心の中でツッコミを入れる。ワイシャツだったら、汗で色々透けるし。

 

「……いやでも、他の人に千冬ちゃんの下着が見られるのは嫌だなァ」

「何を小声で恥ずかしい台詞を……!」

「ぐぇぇぇぇぇぇ」

 

 意識外で思考が言葉に漏れていたらしく、いつの間にか背後に回っていた千冬ちゃんにチョークスリーパーをかけられる。いつもと変わらず良い匂いがした。それから我に帰り、照れと酸欠で顔が赤くなり始めた。

 

「千冬ちゃん、オレ汗かいてるから離れてよ」

「? 何を今更気にしている」

「いや、ちょっと恥ずかしいじゃん」

「思春期か」

「うん」

「そうか、光也もそんな歳か……」

 

 パッと、技を解除してくれた千冬ちゃんの腕からすり抜けてその顔を見れば、千冬ちゃんはどこか遠くを見ていた。子供の成長を感じる母のようだった。前に赤ちゃんの真似をして甘えた時に真顔で引っ叩かれたのを憶えていたオレは、すんでの所で赤ちゃんプレイを引っ込める。

 

「千冬ちゃんは、これからお仕事?」

「いや、仕事ではないんだがな。……いや、給料は発生するから、どう説明したものか」

「複雑な感じ?」

「そういう訳ではない。説明したら最後、光也を巻き込んでしまいそうでな」

「??????」

 

 どうしたものかと額を押さえる千冬ちゃんの様子に首を傾げていると、ふと背中に柔らかさ。それから何者かに両目を隠されて、耳元で甘い吐息。

 

「束さんのラボに来てもらうって話だったの」

 

 語尾にハートが付きそうな程の柔らかくてエッチな声。その声で誰に目隠しされたのか見当がついて(既にネタバレされてしまっているのだが)オレはその名を叫んだ。

 

「た、束姉!?」

「大正解! 束さんでした!」

 

 よしよし、と。それからわしわし、とオレの頭を撫でながら密着してくる束姉。細胞レベルで天才(本人談)な束姉は自力で体温を下げる事も出来るらしく、この外気温だと言うのにいつもの暑そうな不思議の国のアリスみたいな格好をしている。束姉の頭の動きに合わせて、今日もうさ耳がぴょこぴょこと揺れている。

 

「久し振りだねぇ、みっくん!」

「いやいや、一昨日オレの家来たじゃァん」

「会えない時間が3時間以上あったなら、それは久し振りになるの!」

 

 オレの頭を撫でるのをやめ、今度はその大きな胸に抱き締め始めた束姉。後頭部に感じる天国に意識を傾けながら会話するも、帰ってきたのはヘンテコな回答。まァ、会えるのは嬉しいけれども。

 思春期特有の照れ臭さでハグから逃れたくなる衝動に駆られるが、美人な年上の女の子にハグしてもらえる機会など決して多くはないラッキーイベントなので、恥と性欲を天秤にかけた(のち)に、グッと堪えてグッドな状況に身を任せる。ハグとチョークスリーパーは別物だからね! ハグは苦しくないし! 

 

「……コイツのハグは嫌がらないのだな」

「どしたの?」

「いや、別に。何でもない」

 

 オレと束姉のやり取りを見て、どうしてか頬を膨らます千冬ちゃん。理由を聞いても教えてもらえなかったので、少し考えてみる。

 うーん。

 ……。

 …………。

 ………………。

 成る程。

 

「千冬ちゃんも束姉にハグしてもらう?」

 

 ビンタされた。

 

 

 

 ∞

 

 

 

「馬鹿だなぁ、光也は」

「馬鹿じゃねェよ」

「そうだ。コイツは馬鹿じゃない。コイツはそんな裏山けしからんイベントに遭遇するようなゴミ野郎だ。外に放り出そう」

「何で弾ちゃんはそんなにキレてんだよ」

「キレるだろ! あの千冬さんと篠ノ之博士だぞ!? 美人二人に構ってもらえて何をそんなアホ面でいられんだよ!」

「アホ面はいつもだろ」

「一夏ちゃんも加勢しないで! ──大体、弾ちゃんだって身近にメッチャ可愛い子いるじゃんか」

「誰だよ」

「蘭ちゃん」

「妹じゃねぇか!」

 

 あわや掴み合いの喧嘩の一歩前。オレ対弾ちゃんと一夏ちゃんという2対1の構図で言い合いをしながらも、一夏ちゃんが持ってきたお盆の上に盛られたお菓子をひょいぱくひょいぱくと口に放り込む。エアコンの効いた部屋で食べるお菓子ほど美味しい物は無い。

 甘い物を食べれば、人間少しは余裕を持てる生き物。先程までの言い合いはどこへやら、今日は何のゲームをして遊ぶか仲良く話し合っていた。

 

「何このゲーム」

「それ、面白いけど一人用」

「じゃあコレは?」

「四人まで出来るけどあんま面白くない」

「ソレは?」

「昨日弾の家でやった」

「詰んだ……」

「思考放棄早過ぎだろ」

 

 提案するゲーム全てを否定されて、思わず空を仰ぐ。そんなオレにツッコミを入れながらも、一夏ちゃんは三人でやるゲームを探してくれる。

 

「じゃあ、コレやろう」

「人生ゲームかァ」

「良いな。逆にアリ」

「一周回ってな」

「やろやろ」

 

 何が逆で、何が一周回ったのか。考えるのも億劫になり始めたオレ等はテキパキとゲームを開始する準備を始める。正気に戻る前にゲームを始めてしまおうという魂胆だ。

 

「何色が良い?」

「オレ虹色」

「んな色ねぇだろ」

「じゃあ緑で」

「弾はどうする?」

「赤にしとくか」

「じゃあ俺は青で」

 

 オレが緑。

 弾ちゃんが赤。

 一夏ちゃんが青。

 各々、車をスタート位置に揃えて順番を決める。

 

「ルーレット回して、一番数字がデカい奴からな」

「分かった」

「おけ」

 

 いざ。

 

「回れ!」

 

 回転。

 

「オレ最後かよ!」

 

 決定。

 

「最下位はジュース奢りな!」

 

 開始。

 

「なんか、オレの車だけ女の子入りきらないくらいいるんだけど」

 

 経過。

 

「負けたァ!」

 

 ──終了。

 人生ゲームの描写で時間を取る訳にはいかないので、割愛。最終的にはオレが負けたという事実だけを残し、良い感じに日も暮れたので終わるかという話に。

 一夏ちゃんの家から最寄りの自販機までジュースを買いに行く事になり(最下位のオレの奢りだ)、日中に比べてほんの少しだけ気温の下がった住宅街を三人で歩く。一夏ちゃんにはアクエリ、弾ちゃんにはファンタを奢って、解散。家の方向的に弾ちゃんと先に別れ、一夏ちゃんと共に途中まで一緒に帰る。

 その道中。

 

「光也、今日の夕飯うちで食べるか?」

「どしたのいきなり」

「いや、光也の事だからどうせ適当に済ますんだろうなと思って」

「何ィ? 今日は自炊しようと思ってた所だっつ〜〜〜〜の!」

「ちなみに、何作るつもりなんだ?」

「ハンバーグ」

「ハンバーグってどうやって作るか知ってるか?」

「……」

「家の冷蔵庫に何が入ってる?」

「…………」

「米の炊き方分かるか?」

「………………」

「そもそも光也の家って電気止まってるよな」

「……………………」

 

 無言に次ぐ無言。目も当てられないというか、目も合わせられない状況。そんなオレの無様な姿を見て、一夏ちゃんはハァと溜め息を吐いた。

 

「本当は何食べるつもりだったんだ」

「か、菓子パンです……」

「よし、今晩はうちで食べるぞ。もう決定だ」

「いやいや、悪いって! 今週に入ってからほとんど一夏ちゃんの家でご馳走になってるし」

「別に大した負担じゃないから気にするな。光也だって米とか分けてくれるじゃないか」

「アレは、マイ両親がどう考えても一人分じゃない量を送ってくるからであって云々」

 

 人差し指をツンツンしながらどうにか言い訳を考えるも、結局は一夏ちゃんには敵わず。

 

「今日、千冬姉も早く帰ってくるんだけどな」

 

 その一言でオレは両手を上げて喜びながら、一夏ちゃんに今晩はご馳走になりますと頭を下げるのだった。

 下げた瞬間、着信。どうやら一夏ちゃんのケータイからみたいで、ポケットから出したケータイとオレを見ながら迷っている。気にしないで出なさいなと言うと、一夏ちゃんは悪いと断りを入れてから少しオレから離れつつケータイを耳に当てる。それから一言二言話してから、ケータイをポケットに戻して。

 

「……光也。朗報だ」

「どうした?」

「今日の夕飯、人数が一人増えるぞ」

「え、誰?」

「束さん」

「……あー」

 

 

 

 ∞

 

 

 

 強い風と大きな雨粒が窓を叩く昼下がりの事だった。

 午前中から昼にかけて段々と強くなる雨風。

 台風が接近してるという事で、それが過ぎ去るまでは遊べねェな。そんな話し合いを数日前にしたのを憶えている。

 家から出れないので、自室でゴロゴロと訪れない眠気を待ちながらボーッとしていると、ケータイが振動。

 

「……もしもし」

『光也か!? 大変だ!』

「どうしたんだよ弾ちゃん。そんなに慌てちゃって」

『どうしたもこうしたもねぇよ! こんな台風だってのに、蘭が家に居ねぇんだ! 光也、お前何か知らないか!?」

「──は?」

 

 

 

 

 

 

 




ISってみんな魅力的なキャラだから書いてて動かしやすいのに、展開があまり思い付かないから不思議。案でも募集しようかしら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘭ちゃんとのきっかけ。下

どうも、大塚ガキ男です。お久しぶりですね。


 

 

 

 

ヒュウ、と急に呼吸が苦しくなるのが感じ取れた。呼吸を正す為。それから、精神を落ち着ける為、取り敢えずの深呼吸。数回繰り返してから、電話越しの会話を再開。

 

「……マジ、なのかよ」

『冗談でこんな電話する訳ねぇだろ!家族総出で大慌てだわ!』

 

それもそうだ。弾ちゃんは、悪ノリこそするが、こういった()()()()()()は間違っても口にするような男ではなかった。

 

「そうだな。悪ィ。──ンで、今日、蘭ちゃんは外出の予定とか言ってなかったか?」

『それがよ。蘭の奴、思春期だからか知らねぇけど行く先を家族に教えねぇんだよ。今までは、言わなくても門限は守るから大して気にもしてなかったんだが……。今日はそれは仇になっちまった。電話も出てくれねぇし、どうすりゃ良いんだよ、クソ!』

 

電話の向こうで、ドンッと弾ちゃんが何かに当たる音が聞こえる。荒れる弾ちゃんを宥めながら、話を進める。

 

「蘭ちゃんの友達に聞いてみた?」

『俺が蘭の友達の連絡先を持ってる訳がねぇだろ』

「小学生の時、連絡網ッてあったろ。全員が一緒の中学で友達ッて訳じゃないかも知んねぇけどさ」

 

それでも、やってみる価値はあると思うぜ。

弾ちゃんにそう告げると、電話口から息を呑む声が聞こえてきた。

 

『……光也、お前冴えてるな』

「よせやい」

『まぁ、取り敢えず片っ端から電話掛けてみるわ。ありがとうな』

「おう。また、何か分かったら連絡してちょーだい」

『おう。じゃあな』

「バイバーイ」

 

ブツッ。

通話が終わった事もあり、弾ちゃんと話している時は緊迫感やら焦りやらで耳に入らなかった雨音が、先程よりもより強く窓を叩く。この雨の中、蘭ちゃんが外出してしまっているかと思うと、オレは居ても立ってもいられなかった。

 

 

 

 

 

 

ビニール袋に入れたバスタオル数枚と蘭ちゃんの分の雨合羽(一番手っ取り早い準備がこれしか思い浮かばなかったのだ)を手に、向かい風に抗いながら住宅街を走り抜ける。この強風の中で、傘なんて何の意味も為さないと思っていたオレは、雨合羽を着用していた。それでも向かい風で顔はビショビショになるが、今のオレには大して関係無かった。

弾ちゃんの話では、蘭ちゃんの行き先は分からず、家族内の誰も知らないとの事。蘭ちゃんに電話は繋がらない為、台風による電波障害、蘭ちゃんの携帯の電池切れ、雨による水没から来る故障、何かの拍子で紛失した等、色々な可能性が考えられる。一通り可能性を考えてみたが、どれかが合っていたとしても繋がらない事には変わりないので、頭を振って思考を切り替える。

今は繋がらない原因を考えている場合じゃないだろ。蘭ちゃんが無事かどうか、それだけを考えなければ。

蘭ちゃんの同級生には今、弾ちゃんが電話を掛けていて、オレはその結果が分かるまでジッとしてられなかった。

ただそれだけの話。

弾ちゃんが小学校時代の蘭ちゃんのクラスメイトに片っ端から電話を掛けて、それで蘭ちゃんの居場所が分かれば万々歳。その場合は、ただ台風の中オレが一人ぼっちで散歩していたいう事実が残るだけなので何ら問題は無い。

しかし、小学校時代のクラスメイトに電話を掛けて、万が一居場所が分からなかった場合。これが一番まずい。どこかしらの屋内にいるにしても、この雨の中じゃ帰れないだろうし、もしどこか屋外で動けなくなってしまっているなら、今行動してても遅いくらいなのだ。

頼む。友達の家とか──それでなくても屋内で無事に居てくれ。

そんな、一番ハッピーなオチを願いながら。

弾ちゃんは色んな所に電話を掛け。

オレは蘭ちゃんを探し回るのだった。

 

 

 

 

 

 

住宅街を抜け、ここら辺の学校の小中学生が利用している学区内の通学路に入る。普段は見慣れた風景も、台風の最中となれば印象もガラリと変わる。進行方向の向こうから、側溝から溢れた雨水が土を混じらせて川のように流れている。靴に関しては、家を出る前のオレが長靴よりも走り易さを重視してしまいランニングシューズで来てしまった(長靴を履いてもどうせ濡れると思った)のでくるぶしから下はもう水浸しだ。

先程と走っている方角は変わったので、向かい風ではなく横風に変わったのが少しの幸いか。

雨合羽の内側、スウェットのポケットに入れた携帯が震えている。近にあった公園に入り、公園の真ん中にある大きな木の陰で雨宿りをする。雨を全て凌いでいる訳では無いが、それでも道路脇でそのまま携帯を確認するよりかは格段にマシだった。

携帯を開く。弾ちゃんから電話が掛かってきていた。

 

「もしもし」

『光也、駄目だった。蘭のヤツ、同級生は居場所知らないってよ』

 

簡潔。それでいて、悔しそうな一言。

 

「そっか。じゃあ、また何か手を考えなくちゃならねェな」

『おう。この雨だからよ、外には出れねぇし──っておい!何だよその雨風の音!光也、お前まさか外にいるんじゃねぇだろうな!?』

「いねェよ」

『嘘吐くな!おい、光也!危険過ぎるぞ!焦る気持ちは分か』

 

ブツッ。

今度は自分から通話を切り、携帯をポケットの中へと戻す。すぐさま着信で携帯が震えたが、もう良いだろうと無視して蘭ちゃんの捜索を再開した。

歩く道歩く道、全てが川みたいに雨水が流れている。畑とか公園からも流れているからか、雨水(というより泥水)は道路の凹凸をいとも簡単に隠してみせる。凹凸や段差で足を挫いたりしないように、普段よりも走る速度は幾分遅めだ。

蘭ちゃんは見当たらない。いやまぁ、こんな道端で見つかってもそれはそれで大変危険なのだけれど、見つからないよりかは見つかってほしいというのがオレの本音でして──この雨で思考がまとまらない。

えぇい。

集中しろ、オレ。

 

「蘭ちゃん、頼むから無事でいてくれ……!」

 

体力の続く限り走り続ける。8月の気温は台風の日でも変わらず不快な暑さをオレに寄越す。雨合羽の中は流れ込んだ雨やら汗やらでグチョグチョだ。

雨風は少しも弱まる気配を見せず、ただひたすらにオレの体力を削っていく。

住宅街を抜け、木々が増えてきた。ここから真っ直ぐ歩いていくと、山道に入っていくルートだ。

まさか、山に行ったのか?

すぐに撤回。理由が無い。

ならば、蘭ちゃんは一体何処へ?

もう弾ちゃんの家から徒歩圏内は粗方(あらかた)探し回った。しかも、この台風の中では居られる場所も限られるはず。だというのに、蘭ちゃんは一向に見つからない。

焦る。

最悪の想像というのはどれだけ思考の外に追いやっても決して振り切れず、付き纏う。

 

「蘭ちゃん……」

 

焦る。

いや、焦るな。

考えろ、オレ。

ロクに無かった蘭ちゃんとの交流。しかし、その中に何かヒントがあるんじゃないかと必死に今までの事を思い出す。馴れ馴れしくて嫌われてる事、名前を呼ぶ事を許可されていない事、一夏ちゃんの事を慕ってる事──駄目だ。思い出せば思い出すほど心にダメージが蓄積される。

って、知るか。オレの心なんか。良いから、思い出せ。

記憶の中を探し回る。そうすると人間周囲の事にはあまり気が回らなくなるもので。

ビュウッ!

一際大きく吹いた風がどこからともなく木の枝を運び、オレの顔面へと直撃させた。

 

「べふッ」

 

木の枝に弾かれ、その場で数歩たたらを踏む。頭を振り、意識を外側に戻す。

木の枝に当たった顔面を軽くさすると、指に血が付いた。どうやら鼻血が出たらしい。こういう時は上を向くんだか下を向くんだか──

 

「……あっ」

 

閃く。

 

『私、本当は超が付く程頭は良いんですけど、期末テストの時期にインフルエンザに罹ってしまいまして。その代わりに夏休みの期間、一週間の補習を受けているという訳で

す』

『成る程なア』

 

脳裏に浮かび上がったのは、蘭ちゃんとのいつかの会話。そうじゃん、オレってば何で気付かなかったンだよ。

急いで雨合羽の内側、スウェットのポケットから携帯を取り出す。そして操作。

 

『もしもし、光也テメェ急に連絡断ちやがって!心配するだろうが!』

「それはマジでゴメン!──それより、蘭ちゃんが通ってる学校教えて!」

『は?何だよいきなり』

「蘭ちゃん、テスト期間中にインフルに罹ったから、夏休み中1週間補習受けてるってこの前言ってたンだよ!だから、今日も補習に行ってる可能性がある!」

『蘭のヤツ、そんな重要な事黙ってるかね普通……!まぁ良い、俺等と同じ学校だよ!知らなかったか!?」

 

聞きたい事が聞けたので、携帯を耳から離す。通話を着る途中、『あっ、ちょっと待て!親父が車で向かうから光也は家に戻れ』とかなんとか言っていた気がするが、聞こえなかったふりをしてポケットへGO。

そっか。弾ちゃんの妹だから、オレ等と一緒の学校に通ってるっつうのは当然の話だよな。オレは焦ってそんな事も気付かなかったらしい。

 

「うおおおおおおおおッ!!!!」

 

来た道を引き返し、全力疾走。希望が見えてきたのもあり、元気は100倍だ。物が入ったビニール袋片手に、オレは蘭ちゃんがいるであろう学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「蘭ちゃァァァンッ!」

 

学校へ着いたオレは、すぐさま昇降口へ。そこに居ないのを確認すると、今度は職員玄関に向かう。そこの受付で蘭ちゃんが居ないか聞くと、どうやら台風が強くなる前に家に返したようで、もう学校には居ないらしい。

 

「もしもし!?蘭ちゃん学校から出て帰ってる途中だってさッ!!」

 

返答も聞かず光の速さで弾ちゃんに一報入れてから通話を切り、再び走り出す。

台風が今ぐらい強くなったのは昼前。オレが弾ちゃんから連絡を貰ったのが12時過ぎで、今の時刻が13時だとすると、オイオイ。もう2、3時間くらいは経っちまってるじゃねェか!

蘭ちゃん、この雨の中外に居る+腹ペコじゃねぇか!マジで急がなきゃ!

 

「蘭ちゃァァンッ!居たら返事してくれェッ!蘭ちゃーーんッ!!」

 

学校から帰る途中ということは、ここから弾ちゃんの家に向かえばその途中どこかにいる。蘭ちゃんの正確な帰宅ルートは知らないが、こうやって名前を呼びながら走れば少しは見つかる可能性は上がるはずだ。

 

「蘭ちゃァァンッ!」

 

ドデカい雨粒が顔面に当たる。

 

「蘭ちゃァァァァンッ!」

 

叫ぶと雨粒が口の中に入ってくる。

 

「蘭ちゃァァァァァァンッ!」

 

足元が泥水でよく見えないから何回が足を挫いてる。

でも走るのをやめない。

蘭ちゃんが心配だから。

 

「……唐澤さん?」

「へ?」

 

雨と風の音しか聞こえない外で、小さく、それでいて耳にスッと入ってくるその声を聞き、立ち止まる。声のした方向へゆっくり振り向くと、そこは小さな屋根付きのバス停。その内にあるベンチに、ずぶ濡れの蘭ちゃんが座ってこちらを怪訝な瞳で見ていた。

 

「ら──蘭ちゃんッ!?」

 

近付き、顔をよく確認。びしょ濡れで震えているが間違い無い。蘭ちゃんだ。

 

「唐澤さん、何でここに?」

「何でって──探しに来たんだよ!この雨の中外出してるって言うからさァ!あぁもうびしょ濡れじゃんかよ、ほら、タオル持ってきたから拭いて拭いて!」

「唐澤さんの方がびしょ濡れに見えるんですけど……」

「いいからッ!」

「……はい」

「タオルで拭いた後、雨合羽持ってきたからそれ着て!夏とはいえ雨に濡れっぱなしで寒いだろうから!」

 

持ってたビニール袋の中からタオルと雨合羽を差し出すと、蘭ちゃんは渋々従って顔やら髪やらを拭き始めた。ついでにくしゃみも何度か。あまりジロジロ見るのもよくないと思い外方(そっぽ)を向いていると、しばらく経ってから蘭ちゃんから声が掛かった。終わったようなので、隣に座らせてもらう。

 

「……聞きたいんですけど」

「なあに?」

 

外方を向いたまま答える。

 

「……何で、来てくれたんですか?」

「何でって……そりゃ、こんな雨の中外出してるっていうからさ。居ても立っても居られなかったッちゅーか」

「そうじゃなくてっ……!」

「?」

 

よく分からない。振り向くと、蘭ちゃんは目を逸らした。逸らしながら、呟くように言った。

 

「わ、私、唐澤さんに嫌な態度取ってたのに」

「だからこんな雨の中来るわけがないって?お馬鹿だなぁ蘭ちゃん」

「ば、馬鹿!?」

「いや、補習云々の事を言ってるわけじゃなくてさ。──オレからしたら、親友の妹が雨の中どこに居るかも分からない状況なんだぜ?迷わずタオルと雨合羽持って駆け付けるって」

 

それとも何?オレは親友の妹が雨の中困ってるのに知らんぷりしてるような男だと思ってたってこと?オレって蘭ちゃんの前でそんな素振(そぶ)りしてたかな。

笑いながらそう問うてみると、蘭ちゃんは気まずそうにこう返した。

 

「……初対面でやたら馴れ馴れしいし」

「うっ」

「〝親友の妹〟の事名前+ちゃん付けで呼ぶし」

「ぐっ」

「いっつもヘラヘラしてるし」

「ぐぇっ」

「……ぶっちゃけ、吹けば飛ぶ軽いノリのしょうもないチャラ男だと思ってました」

「ぐはぁッ!」

 

そんな男が豪雨の中ずぶ濡れで現れたらそりゃ意外ですわな。反省反省。

 

「その節は、マジですんませんでした。ほら、オレって仲良くなりたい子の事ちゃん付けで呼ぶようにしてるから、初対面でもついつい距離詰めちゃうっていうか。確かに今までそれで100%仲良くなれてきたわけじゃないし蘭ちゃんみたいに嫌われることもあったから今考えてみればオレってやっぱしょうもないチャラ男だったんだなって割とマジで落ち込んでるし今までの行動がマジで申し訳なくて自分に怒りが湧いてきて──」

「す、すみません!気にしてる事言っちゃったみたいで」

 

わたわたと焦る蘭ちゃん。その様子を見てぷっと噴き出すと、蘭ちゃんはぷりぷりと怒り始め、それから同じように笑った。

 

「兎に角、今までマジでごめん。謝罪するタイミングなんていくらでもあったのに、親友の妹との距離感ってこんなもんだと甘んじちまってた」

「いえ、こちらこそすみませんでした。第一印象で全て決めつけ、以降の交流を全て突っぱねてしまってました」

 

お互い、頭を下げる。それから、和解の握手。

 

「と、兎に角、来てくれてありがとうございました。唐澤さんってお兄よりよっぽど頼りになる人だったんですね」

「いやァ、照れるな。あっでも、弾ちゃんだって弾ちゃんのパパママだって、オレと同じくらい──もしかしたらそれ以上心配して、色々探してたんだからね?帰ったら、ちゃんとごめんなさいとありがとうしなくちゃ駄目だぜ?」

 

言い聞かせるように言うと、蘭ちゃんは帰宅したからの事を想像したのか、少しバツが悪そうにするのだった。

 

「それより蘭ちゃん。身体寒くない?どこか具合悪いところとか無い?」

 

話している感じは普通だが、体調不良というものは実は本人も気づいていなかったりするケースもよくある。蘭ちゃんの顔色をよく確認していると、蘭ちゃんは。

 

「大丈夫です。唐澤さん、大丈夫ですからそんなにあわあわしないでください。私としては、唐澤さんの方こそ心配です。大丈夫なんですか?」

「何が?」

「だって、先ほど握手した時、すごい手が冷たかったので」

「へ?」

 

言われた瞬間、身体が思い出したかのように横へと倒れ始めた。

 

「唐澤さん!?しっかりしてください!」

「──おーいっ!蘭!無事か!?」

「お兄!唐澤さんが」

「おい光也、大丈夫か──」

「唐澤さん!唐澤さんっ!──」

 

倒れ始めた身体を蘭ちゃんに支えられた直後、車のブレーキ音と弾ちゃんの声。それから勢いが少しも衰えない雨の音。色々な情報が段々と頭の中に入らなくなっていて、それからオレは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「おっ、気付いたか」

 

目が覚めると、見知った天井(弾ちゃんの部屋)だった。寝ぼけ眼を擦りながら声の方を向くと、そこには弾ちゃんじゃなく一夏ちゃんがいた。足を組んで椅子に座り、ショリショリと器用にリンゴの皮を剥いていた。ムカつくほどに絵になる野郎だ。そのリンゴ寄越しやがれ。

 

「モグモグ……一夏ちゃん?なんで」

「いやほら、俺ってみんなが大変なことになってるのに知らずに家にいたからさ。光也の看病くらい付きっきりでやらせてくれって弾と弾の両親に頼み込んだんだよ」

「……全然責めてるとかじゃないんだけど、家で何やってたの?」

「千冬姉の部屋の掃除。雨降り始めた日から毎日やってたんだけど、全然終わらなくて。光也達が頑張ってた時も絶賛掃除中だった」

 

それはマジで仕方ない。

 

「てか、時間無くて弾ちゃんにしか連絡してなかった。ごめんね」

「それは言わないお約束だ。外野()外野()なりに責任感じてるってことだよ、察してくれ」

「ごめん」

 

謝ると、マジで謝るなと一夏ちゃんに笑いながら怒られた。

どうやらオレは丸一日眠っていたようで、ベッドの近くには何回か変えられた形跡のある氷嚢と着替えがあった。台風は通り過ぎたようで、窓の外は目が痛いくらいの青空が広がっていた。台風一過ってヤツだな。

何故病院でも自分の部屋でもなく弾ちゃんの部屋で寝ていたのか。

一夏ちゃん曰く、熱自体はそうでもなかったし兎に角台風がヤバかったので、取り敢えず一晩寝かせて大事になりそうだったら病院に連れて行くという判断になったらしい。それからオレの家に行ったらしいのだが親はいないし寝かせようにも電気止まっててエアコンつけられないから危険だしで、弾ちゃんと蘭ちゃん二人の希望でこの部屋で寝かせてもらっていたらしい。

みんなマジでありがとう。

あと電気止まっててゴメン。

 

「蘭ちゃ──妹君はどうしたの?」

「そこにいるよ」

 

一夏ちゃんが指を指した方を見ると、オレの足元には蘭ちゃんがベッドの外からうつ伏せで寄りかかるようにして寝ていた。ほら、病室とかでよくみるアレだよ。説明難しいな。

 

「付きっきりで看病してたのは俺だけじゃないってことだ。詳しいことは本人から聞いてくれ。おーい、光也起きたぞ」

 

一夏ちゃんが蘭ちゃんに声を掛けると、すぐさま飛び起きた蘭ちゃんがオレに詰め寄ってきた。

 

「み、()()()()……!良かった、元気そうで……!」

「い、妹君。その呼び方……」

 

蘭ちゃんとの距離の近さよりも名前で呼ばれた事実に驚き、わなわなと震える指で蘭ちゃんを指差してしまう。

オレの指摘を受けて、蘭ちゃんは照れたように笑った。オレにはその表情は何故か小悪魔チックに感じた。

 

「昨日は、本当にありがとうございました。光也さんの優しさを受けて、今までの自分を反省したんです。──ですのでっ、これからは名前で呼ばせてください。いいですか?」

「も、勿論」

 

すると、弾けるような笑顔。その眩しさに目を細めていると、ふと思いつく。「じゃ、じゃあ」と口を開く。

 

「……オレも、蘭ちゃんって呼んで良いってこと?」

「当たり前じゃないですか。……というか、昨日会った時既に名前で呼んでましたけど」

「え、そうだったっけ!?マジでゴメン!」

「別にいいですって。……光也さんに真剣な顔(マジ顔)で名前呼ばれるの、少し嬉しかったですし」

「でしょ?オレって意外と格好良くて巷じゃ話題で」

「ちょっと!こういうのは普通聞こえてないお約束でしょう!」

「聞こえちゃったンだからしょうがないでしょ──あっ、タンマタンマ!椅子持ち上げないで、蘭ちゃん怪我したらどうすんのさ!」

「病人なんですから自分の心配してください!もうっ」

 

そう言いながらも素直に椅子を下ろし、部屋を出て行く蘭ちゃん。バタンッ!と乱暴にドアを閉めた数秒後、一夏ちゃんが嬉しそうな顔で入ってきた。

 

「随分と仲良くなったみたいじゃないか」

「いや、それよりも聞いた?蘭ちゃんがオレのこと名前で呼んでくれたんだよ!いやァ、台風の中走り回ってみるもンだな!」

「会話をしようぜ」

 

明らかに元気になってるオレの姿を見て呆れる一夏ちゃん。その後ろから、弾ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「よう光也、元気そうだな」

「弾ちゃん!ベッドありがとね」

「気にすんな、妹を助けてくれた御礼だよ」

「弾、床で寝るのキツ過ぎて何回か寝てる光也の事蹴り落とそうとしてたぞ」

「は?」

「一夏、それ言うなって!」

 

一夏ちゃんの言い草から、どうやら昨日は随分楽しかったような感じだ。眠ってた自分が惜しいぜ。お泊まり会なんて滅多に無いからよ。

 

「それにしても、光也が元気になってくれて嬉しいぜ」

「一夏ちゃんと蘭ちゃんの、それからみんなの看病の賜物だね。いやァ、元気最高!スーパーハッピー!何して遊ぶ!?」

 

ズッ友メンズ大集合にテンションが上がったオレは、そう提案。しかし、一夏ちゃんは居心地悪そうに笑い、弾ちゃんは露骨に項垂れるのであった。

 

「?どしたの」

 

問い掛けると、一夏ちゃんが答えてくれた。ちなみに弾ちゃんは項垂れたままだ。

 

「話は変わるんだけど──いや、変わってないのか。兎に角、昨日ぶっ倒れた光也を自宅に運んだ時に、蘭が光也の部屋を見てさ」

「何か問題ある?エッチな本とかはそこら辺に置いてなかったはずだけど」

「いや、確かにエロ本の類いは無くて安心したのを覚えてる。そうじゃなくてな、ほら光也の机にアレが置いてあっただろ」

「アレ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()

「そりゃそうだろ。31日までは等しく変わらず夏休みなんだから。ね?弾ちゃん」

「……」

「あれ、弾ちゃん?」

 

同調を求めると、目を背ける段ちゃん。心無しか汗をかいているように見える。いや、アレは冷や汗だ。

 

「蘭がそれを見て光也のことを大層心配してな」

「そ、それで?──」

 

続きを促した瞬間、ドアが勢い良く開け放たれる。そこには、オレの机の上に置いてあった夏休みの宿題の山を手に持ち、いい笑顔で立っている蘭ちゃんの姿が。あれ、服着替えた?可愛いねそのフリフリの服。

 

「光也さんの成績は私が守ります!さあ光也さん!夏休みの宿題を終わらせましょう!ついでにお兄もッ!」

「な、何イイイィィィィィィッッッッ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2年半振りの更新です。待っていただいた方にはとても申し訳無いです。待っててくれてありがとうございました。途中までは執筆していたのですが、どうしても完成されず、昨日から追い込んでやっと完成させることができました。

本編も、原作読んで続き書きたいくらいにはこの作品に愛着があるのですが、いかんせん社会人になってしまったもので。激気長にお待ちいただけるとありがたいです。本当にありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA50000突破記念!! ロリショタ化する薬。上

どうも、大塚ガキ男です。


 

 

 

 

「浴びたらロリショタ化する薬を作ったよみっくんっ!!」

「よッしゃア早速使おうぜ束姉!!」

「……その前に、束さんがロッカーから出てきた事に驚こうか」

 

 ISを使った実技の授業終わり。つまりは何でもない平日。今日も疲れたなァとか放課後どうするよとか笑いながら一夏ちゃんと着替えている最中。男二人しか使わないのにやたら広い更衣室内で、オレが使っているロッカーのすぐ隣から束姉が薬瓶片手に飛び出してきた。オレも反射的に乗っかってしまったが、よくよく考えたら確かにおかしい──ってなるかい。束姉は凄いんだぞ、IS学園の警備なんて有って無いようなモンなんだからな。

 

「みっくん久し振りぃ〜〜」

「束姉久し振りィ〜〜」

 

 オレは授業終わりで汗をかいているにも関わらず、構わずひしっと抱き着いてきた束姉。束姉が気にしないなら良いかと、頬擦りされた左頬で頬擦りし返す。

 

「はぁ……なんか二人を見てると気が抜けるよ」

 

 先に着替え終わった一夏ちゃんは溜め息を吐いてやれやれと首を振りつつも、オレが着替え終わるまで待っててくれた。

 ちなみに、オレが授業で着てたISスーツは束姉に回収され、新品の同じサイズのISスーツが手渡された。どうやら、色々アプデが入ってるらしい。

 オレの汗を吸ったISスーツを受け取った束姉は「本当にありがとうございます助かります」とやたら真剣な顔で言っていた。何故かは分からんけど助かるならよかった。いや本当に。

 そして、それを見た一夏ちゃんが「光也のISスーツに入ってるうさぎのマークって、そういう事か……!」と何やら驚いていた。

 今気付いたんかい。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「で、と」

「で、だな」

 

 束姉は千冬ちゃんに見つかる前に帰りたいらしく(4徹明けの身体で受ける千冬ちゃんからの折檻は流石にややしんどいとのこと)、薬が入っている小瓶をオレ等に渡してスタコラと退散してしまった。ちなみに使用データは別にいらないらしい。ガチプライベートで大発明かまされてしまった。

 

「これ、どうする?」

 

 一夏ちゃんが小瓶を摘み、中に入ってる液体をゆらゆらと揺らしながら言った。オレはそれにグーサインと共に返す。

 

「決まってンだろ、使おうぜ」

「いや、簡単に言うけどな」

「副作用は無ェんだろ? 大丈夫だって」

「でも一晩中って長過ぎだろ」

 

 そう、一晩中。

 束姉からの説明によると、この薬をかけられた者は明日の朝までロリショタ化──つまり、小学生くらいの年齢まで若返ってしまうらしい。

 その状態で夜眠ると、ノンレム睡眠中に脳から発せられるどうたらがこうたらして効き目が無くなり、元の年齢に戻るらしい。

 えっじゃあ徹夜したらそのまま? と聞くと、そもそもの効果時間(今から薬を浴びた場合)も明日の早朝までらしいので安心だ。さっすがは束姉! 

 朝起きたら元に戻っているか、みるみる身体が成長していくのを体験するかの違い。後者は成長痛が10数秒の内に濃縮されるのでメッチャ痛いからなるべく寝た方が良いらしい。束姉が言ってた。まるで経験者のような口振り──まさか、束姉ったら誰よりも早くロリ化してたッて言うのか!? 

 

「急に立ち上がるなよ。驚くだろ」

「悪ィ。つい」

 

 ちなみに、薬を被った本人は若返っている間の記憶は元に戻る際に消えるらしい。

 恐ろしい薬だ。

 現在時刻は午後4時。この瓶を持っているところを誰かに見られたら何かと面倒事を呼びそうなので、丁度そこら辺にあった空き教室内でオレと一夏ちゃんはこの瓶について話し合っていた。

 女子ズにバレないように、こっそりと、密かに。

 誰に使うかを、話し合っていた。

 

「俺も使ってみたくはあるけどさ。束さんの発明って何かしらヤバい目に遭うから心配なんだよ。特に光也が」

「オレ!?」

「ほら、前にもあったろ。体格が良くなる薬を貰ってその場でグイ飲みしたらたしかに束さんの言う通り身体デカくなったけど、ベルトしてたから危うく胴体千切れそうになったヤツ」

「いっそいで束姉の所行って治してもらったヤツな。束姉の前でベルト外そうとカチャカチャしてたら、丁度その場に出くわした千冬ちゃんにクッソ叱られたりな」

「光也氏災難でワロタwww」

「急に古いオタクになんな」

「でも、思い出として語る分には傑作だったなぁ……」

「本当になァ……」

 

 窓の外の斜陽を見ながら、二人してしみじみと思い出に浸る。数秒。

 

「──ッて、しみじみしてる場合かよ! 早い所薬使わないと、明日の朝にギリギリ間に合わねェかも知んねぇぞ! 朝のHRに小学生が混じってるのは流石にマズい!」

「あぁ〜〜〜〜もう、わかったよ! 使おう! そんで二人で怒られよう!」

「よっしゃ、それでこそ一夏ちゃん! これでオレ等二人は──」

「「共犯だッ!!」」

 

 カチカチに固い握手を交わし、ニヤリと笑う。一夏ちゃんもこういうところは男子脳なので、一緒にいるとマジでオモロい。オレ等ズッ友だかんな! 

 

「そんで、誰にぶっかける?」

「言い方な──確かに、誰にかけたら面白いかな」

「この小瓶の量だと、果たして何人にかけられるのか〜ッと」

 

 出来れば女子ズのみんなにかけてオレの知らないロリのみんなを見てみたいところだが、この小さな瓶でどれだけの人間を幼く出来るのだろうか。ラベルの反対側の成分表(束姉はこんなところまで手作りしてるらしい)を確認すると、二人分! という文字と共にデフォルメ化された束姉がピースサインをしていた。可愛い〜! 

 

「二人分かァ。束姉的には、オレか一夏ちゃんか千冬ちゃんか箒ちゃんの内二人を幼くして、残った二人にどうにかしてもらおう的なアレ(魂胆)か」

「光也以外はしっかり者だから後を任せても大丈夫ってことか。納得」

「おいおいおいおい、オレだって中学生の頃から擬似一人暮らししてるっつ〜〜〜の。3人には負けるけど、オレもそれなりにしっかり者だぜェ?」

 

 意味も無く制服の前を開けて、ガバ開き。パタパタと開閉しながらそう言い放つと、一夏ちゃんは溜め息を吐いた(吐くな)。それから、オレをキッと睨んでからほつほつと語り始めた。

 

「……二ヶ月に一回は止められてる電気」

「え?」

「……夏の間は払わないガス代」

「んん?」

「……洗濯は着れる服が無くなるギリギリまで回さない」

「おや?」

「……洗剤と柔軟剤の量はフィーリングで入れる」

「雲行きが」

「……干したら雨が降るまで取り込まない」

「怪しく」

「干す前に皺伸ばさないから服に皺残ったまま乾くし」

「なってきたぞ」

「取り込むのも畳むのも面倒だからベランダからその日着る服を取ってそれ以外は出しっぱなし」

「もう頭下げるよ?」

「親から送られてくる生活費をほとんど娯楽に費やすし」

「なんなら下げたよ」

「俺がいなかったら定期的に飯抜くし!」

「語気強くなってきてない?」

「だんでぃ目指してるとか言って特に似合ってないサングラスとか革ジャン買うしッ!」

「それは別にオレの勝手だろ!」

「光也……! こんなに駄目駄目な中学生だったお前がどうして高校生になった程度でしっかり者なんて自称出来るんだ……?」

 

 過去のオレを思い出したのか、泣きながら訴えかける一夏ちゃん。なんて情けない姿だ。いや情けないのはオレだったわ。

 一から百まで暴露してくれるな。

 

「悪かったよ、一夏ちゃん。だから泣くのをやめておくれ」

 

 一応言い訳をしておくと、女の子と会う時はバチバチにちゃんと炊事洗濯何でもばっちこいな感じなの。でも野郎と遊ぶ時(つまりは日常生活)では別に良いだろうという楽観的な、ね。

 

「──でもさ、確かに光也、あの頃に比べたら多少なりとも人間味ある生活送ってるなってふと思って」

「そう、そうだろ? オレってしっかり者ルート歩んでんだろ?」

 

 酷い言われようだが、流れが変わってきたので必死に肯定。

 

「なんでかななんでかなって考えたらさ。──光也お前、IS学園入ってから女子陣にお世話されまくってるんだよな」

 

 ズコッ。

 オチをつけるな。オチを。

 閑話休題。

 

「どうすんのさ」

「どうしようか」

 

 しっかり者と駄目人間で薬を誰に使うか考える。

 どうも、同室のシャルちゃんに家事の全てをやってもらっている駄目人間です。最近おパンツを干されることに抵抗が無くなってきました。

 

「じゃあ、こうしようぜ。次会った二人に使おう」

 

 勿論、見知らぬ人にかけるわけがない。オレ等は迷惑系IS操縦者じゃないからだ。オレと一夏ちゃんの脳内には、いつメンの姿が共有されているので、いつメンの中で次会った二人に、ということだ。

 

「……なんか前にもこんなこと無かったか?」

「そうだっけ?」

「ほら、クラス代表決める時あたりの──あっ、そういえばお前女子二人に甘えるってヤツ結局うやむやになってないか?」

「え?」

「あの時は束さんの乱入があったから、あと一人甘えなきゃいけないんじゃないか?」

 

 芋づる式に、するすると思い出していく一夏ちゃん。

 まずいな。

 あの晩、なんやかんやあって結局千冬ちゃんに甘えまくったんだけど、このことって一夏ちゃんに言って良いのか? 姉としての威厳っつうモンが無くなっちまわねェか? 

 うーん、分からん。適当にごまかそう。

 

「喝ッ!!」

「まあいいか」

 

 ふぅ。

 うまく行ったぜ。

 

「気を取り直して──段取りはこうだ。これから二人で空き教室を出て廊下を散策し、いつメンの誰かに会ったら一人が意識を逸らさせて、もう一人が背後から薬を内容量の半分かける」

「そうだな、真正面からかけるよりかは上手くいきそうだ」

「よっしゃ、じゃあ早速出発(でっぱつ)!」

出発(でっぱつ)!」

 

 オレが立ち上がって天に拳を突き上げると、一夏ちゃんも続く。二人でなら、どこへだって行ける気がした。

 空き教室を出て、廊下を歩く。

 

「あ〜あ、セシリアちゃんにお兄様って呼ばれたいし鈴ちゃんに兄貴って呼ばれたいしシャルちゃんに兄さんって呼ばれたいしラウラちゃんに兄上って呼ばれた〜い! 千冬ちゃんにはお兄ちゃんって呼んでもらってその倒錯感を味わいた〜い! あと帰っちゃった束姉にも使いた〜い!」

「ウキウキだな」

 

 取り敢えずオレ等の教室に向かおうという話になり、道中一夏ちゃんと小瓶片手に他愛も無い会話をしながら歩いていると、廊下の向こうに箒ちゃんが見えた。

 

「……光也」

「言いたいことは何となく分かるぜ、一夏ちゃん。薬使う相手はいつメンの内の誰かとか言いつつ、愛しの箒ちゃんだけは巻き込みたくないからノーカンとか言おうとしてンだろ」

「よく分かってるじゃないか。ほら、その瓶を貸せ」

「でもよォ〜〜〜〜〜、それって男として〝おかしく〟ねェか〜〜〜〜?」

 

 舌を出して一夏ちゃんを煽ると、一夏ちゃんが眉をヒクつかせながらも頼むから渡してくれと笑顔で言ってきた。

 

「想い人を護りたいその気持ち、よく分かった。オレと一夏ちゃんは親友だからな。一夏ちゃんの願いは出来るだけ叶えてやりたいよ」

「ありがとう光也、じゃあその瓶を──」

「でも今回ばっかりは駄目だ馬〜〜〜鹿ッ!! オレは遠い昔の記憶のロリ箒ちゃんが、もう一度見て〜の!」

「あ──待て外道!」

 

 走り出す。後ろからはすぐさま一夏ちゃんが、鬼のような表情で追いかけてくる。

 懐かしい。中学時代はこのご自慢の脚力でいくつもの修羅場を切り抜けてきたものだ。女の子に追いかけられたり、他校の不良に追いかけられたり、etc……。

 だから、オレが本気を出せばいくら一夏ちゃんと言えども決して追い付くことが出来ないのだ。

 

「バッハハーイ!」

「クソッ、足速ぇ!」

 

 一夏ちゃんの声が段々後方に下がっていくのと同様、みるみる内に箒ちゃんへと近付く。箒ちゃんもこちらに気付いたらしく、二人してこちらに走ってくる姿を見て首を傾げていた。

 

「おーい箒ちゃん! 一夏ちゃんからのプレゼント!」

「この後に及んで俺に罪をなすりつけようとするな! 逃げろ箒! 光也が持っているのは──」

 

 一夏ちゃんが叫ぶ途中、突如として周囲がスローモーションになったかのように映る。段々と下がっていく視線と、崩れていくバランス。視界から箒ちゃんが見えなくなり、その辺りでようやく理解。

 つまりは……まァ、なんだ。

 すっ転んだ。

 

「へぶッ!!」

「光也!?」

 

 顔から派手に転んだ拍子に、オレは持っていた小瓶を手から離してしまう。小瓶はクルクルと回転しながら宙を舞い、箒ちゃんの方へ。

 

「む?」

 

 しかし、そこは剣道部の箒ちゃん。不意打ちのような小瓶投擲にも一切怯まずに、片手でキャッチ。オレに投げ返してきた。

 しかし、そこは帰宅部の光也くん。転んだ姿勢では上手くキャッチ出来ず、伸ばしたオレの手の上を越えていく。

 

「あ──」

 

 頭上を越えていった瓶の行方を追う為に、腕を立てて膝立ちの状態に。そのままもう一度瓶に向かって手を伸ばすと、キャッチ。瓶は無事手の中に収められた。

 ただし、オレの手ではなく後ろにいた一夏ちゃんの手に。

 

「……」

「……」

 

 見つめ合う二人。片方はダラダラと冷や汗をかいていて、この場合どちらが冷や汗をかいているかは名前を出さずとも明白だった。

 

「な」

「な?」

「無かったことにできたりする?」

「できない」

 

 一夏ちゃんは優し〜く微笑んでから、目をかっ()いた。

 キュポン。

 蓋を開ける音。

 

「天誅ッ!!」

「いやァアアアアアアアア!!」

 

 瓶を逆さまにし、中身を全部オレにぶっかける一夏ちゃん。かけられたオレはというと、身体から段々と煙が上がり始めると共に意識が遠くなっていくのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「煙で見えなくなったと思ったら、その煙の中から出てきた一人の少年。この少年が光也だと?」

「あ、ああ。束さんの発明の通りなら」

 

 突然巻き込まれた形となった箒が、一夏に状況を確認する。一夏からの説明を受けていた箒は、全く姉さんの所為で面倒なことになったなとぼやいた。

 そんな二人の間に、キョトンとした顔をしながら二人の様子を窺っている、ダボダボのIS学園の制服を着た少年が一人。背丈は縮み、表情はあどけなくなり、声は高くなって髪も茶髪から黒髪になった少年──ショタ光也。薬で小さくなった工藤○一みたいだな、と一夏はどこか呑気に考えていた。

 箒がしゃがんで視線を合わせ、光也(と思われる少年)を観察する。

 

「……確かに、小学生の頃はこんな感じの──今みたいに軽薄ではない──ただの元気な男子だったような気もする。おい、光也」

「美人のお姉ちゃん、どうしたの?」

「む、もしや記憶が無いのか」

「多分だけど、見た目と同じで小学生の頃の頭になってるんじゃないか?」

「ここどこ……? 光也って誰……?」

「ま、まさか、全く記憶が無いのか?」

「あるよ」

「そんな! 束さんはそんなこと一言も──あるのかよ!」

 

 一夏がツッコむと、ショタ光也はケラケラと笑った。ああそうだ。コイツは子供の頃から人をからかうのが好きな奴だった。一夏は目の前の光也(ガキ)を殴りたい衝動に駆られるが、想い人の手前なんとか我慢した。

 一応明記しておくが、一夏はなにも子供が嫌いで、少しでもナメられたら立場を分からせるようなみっともない男ではない。幼なくとも目の前の少年は間違いなく光也であり、つい先程まで小競り合いをしていたからこそ殴りたいのだ。

 

「……はぁ」

「どうしたの、イケメンのお兄ちゃん」

「いや、どうしたものかと思ってさ」

 

 光也が転んでいた床には液体が飛び散っている。内容量の全てを光也にかけた筈だが、どうやら適量である半分の量しか肌に吸収されなかったらしい。こういう不測の事態にキッチリ対応してあるのも、篠ノ之束クオリティだ。

 

「一晩か、長いな」

「そうだろ? 俺は止めたんだけど、光也のヤツ聞かなくてさ」

 

 さりげなく光也に全責任をベットする一夏。こういうところは、しっかり光也の悪い影響を受けている。

 

「自業自得とはいえ、放ってはおけないな」

「そうだな。放っておくと……」

 

 二人の頭上に浮かぶは、光也大好きっ子クラブ(仮称)の皆さん。その中で小学生時代の光也の姿を知る者は鈴しかいないが、アイツ等なら直感で光也だと気付きかねないという不安(もしくは光也の過去をサーチ済みでそもそも知ってるんじゃないかという不安)が二人にはあった。そして、気付かれたら最後、光也の身が無事では済まないという予感も、二人にはあった。

 だから、二人でどうにかしなくてはならない。

 光也大好きっ子クラブの会員にバレずに、一晩やり過ごさなければならないのだ。

 二人は不本意ながら決意した。ショタ光也を一晩匿い、元に戻るまで面倒を見るという決意をした。

 不意に訪れた共同作業的な何かに、お互い少し心が躍っているのは内緒だ。

 

「アンタ達何してんの?」

「げっ!」

「〝げっ! 〟って何よ。〝げっ! 〟って」

 

 決意失敗。

 考え事をしていると、いつの間にか鈴が近くにいた。思わず失礼な反応をしてしまう一夏に、鈴はジト目で返した。

 

「暇だから話しかけただけじゃない。そんな反応しなくたって──ちょっと、なんで光也が小さくなってるワケ?」

「分かるのか!?」

「当たり前でしょ。幼馴染なんだから」

 

 一夏に説明してもらっても尚半信半疑だった箒とは違い、ノーヒントで目の前の少年を光也だと断定する鈴。あとあまり驚いてない。流石は光也大好きっ子クラブげふんげふん。光也と幼馴染(セカンド)なだけはある。

 

「それで、なんでこんなことに?」

「実は束さんがさっきまで学園に来てて、対象を小さくする薬を光也に渡して、光也が()()で暴走して、自滅してこうなったんだ」

 

 一夏は説明をしながらも、責任を逃れることは忘れなかった。

 

「ふーん……。嘘ね」

「えっ」

 

 そして、バレた。

 

「アンタ達男子の悪ノリってことくらいなんとなく分かるわよ。どうせ一夏もノリノリで加担してたんでしょ」

「ギクッ」

「……一夏?」

 

 図星を突かれて跳ね上げた肩を、箒に掴まれる。振り返ると、箒は怖い顔をしていた。

 その話はまた後で聞くからな。

 箒の言葉に、一夏はいずれ来たる未来を思い浮かべて胃が痛くなった。あとなんか〝いずれ来たる未来〟って意味が重複してそうで頭も痛くなった。

 頭痛が痛くなった。

 ……。

 

「……話を戻そう。光也が()()()()()から、何とか他の人に見つからないようにしないとって話してたんだ」

「……確かに、セシリア達に見つかったらとんでもないことになりそうね」

 

 光也大好きっ子クラブのメンバーを思い浮かべて

 、先程の二人と同じようにげんなりする鈴。そんな鈴の制服を、光也がちょいちょいと摘んだ。

 

「どうしたのよ」

「鈴ちゃん、この二人と知り合いなの?」

「あたしのことが分かるの!?」

「当たり前じゃん」

「いや〜やっぱり幼馴染ね! 光也からしたら知らない人達だけど、やっぱり心では繋がってるってことね!」

 

 ショタ光也に認知されてるのが嬉しいのか、隣にしゃがんで光也の頭をわしゃわしゃと撫で回す鈴。

 しかし、箒と一夏は何故鈴だと分かったのか不思議で仕方なかった。記憶は小学生の頃のはずなのに、何故当時に出会っていない高校生の鈴を見て鈴だと理解したのだ? と。

 その疑問に答えるように、嬉しそうに撫でられている光也が口を開いた。

 

「すぐ分かったぜ! 服装は違うけど、鈴ちゃんそのままだもん!」

「……」

「……」

「……」

 

 瞬間、冷え切る場の空気。鈴は笑顔で光也を撫でている姿勢のまま固まってしまった。

 箒と一夏が、どうしたものかとお互い目を合わせる。どうやってフォローを入れようかと、脳をフル回転させて考える。

 まぁ確かに、鈴って小学生の頃も髪型ツインテールだったし、IS学園で光也と再開した時も全然変わってないって言われてたしな。

 一夏は心の中でうんうんと頷いた。

 

「一夏、殴るわよ」

 

 ボコっ。

 

「本当に殴る時は言わないセリフだぞ、それ!」

 

 グーで殴られた一夏が頬を押さえながら抗議するも、鈴は素知らぬ顔で光也の両こめかみをグリグリしてお仕置きをしていた。何がなんだか分からない光也は絶叫しながらお仕置きを受けていた。

 閑話休題。

 明日になったら忘れてるでしょうけど。

 鈴はそう前置きしてから、光也に言い聞かせるように人差し指を立てた。

 

「いい? 光也。あたしだって小学生の頃から色々変わってるんだから、あまり失礼なこと言っちゃ駄目なんだからね。そんなことばっか言ってたら、アンタに愛想尽かしてどっか行っちゃうわよ?」

「わかった。ごめんね、鈴ちゃん」

「……そんなこと有り得るのか?」

「……いや、有り得ない。というか、鈴の方から離れるなんて天地がひっくり返っても無理なんじゃないか」

「そこ! ヒソヒソ話さない!」

 

 箒と一夏が小声で話していると、鈴がすかさずツッコミを入れる。

 

「え〜っとつまり、今の鈴ちゃんはいつもの鈴ちゃんと違うってこと?」

「……まぁそういうことで良いわ」

 

 伝えたいことが7割ほどしか伝わっておらず、思わず肩が落ちたが、無邪気なショタ光也に心を洗われている鈴はまあ良いかと流した。

 鈴の言葉を受けて、目を凝らして鈴を観察する光也。どうやら、()()()()()()()()()()()()()()という鈴の発言を受けて、その差違を見つけようとしているらしい。さながら、間違い探し。

 

「うーん、分からん」

「……はぁ。別に無理して探さなくて良いわよ」

「──あ! 鈴ちゃんお化粧してる!?」

「えぇ!?」

「お目目もいつもよりパッチリしてる気がするし、なんか肌も明るい気がするし!」

 

 凄い勢いで回答する光也。一夏は鈴に近付き、光也に分からないように自分の口元を隠しながら問うた。

 

「……で、合ってるのか?」

「……合ってるわよ」

 

 メイクしている箇所をバラされた羞恥か、それとも放課後に光也と会う為におめかしをしたのがバレた羞恥か、顔を赤くしてプルプルと震える鈴。その姿に火山の噴火の予兆を見た一夏は慌てて距離を取った。嗚呼、子供の無邪気さ、恐るべし。

 

「いや〜、メイクしてるなら言ってよ鈴ちゃ〜ん! いつも可愛いけど今も違う雰囲気で超可愛い! これで一夏ちゃんもイチコ──」

「ソイヤッ!」

「ぐえぇ」

 

 小学生の光也は鈴の好きな相手は一夏だと確信している。そして、この場にいるイケメンを一夏だと認識していない。その二つの事象が重なり起きかけた事故。しかし鈴が咄嗟の超反応を見せ、事故を未然に防いだ。別にバレたところで今の鈴には何の傷にもならない勘違いではあるのだが、事情を知っている一夏はともかく箒から憐みの視線を向けられるのが鈴には我慢ならなかった。

 だから、ショタ光也の背後に回って抱き抱え、口を塞いだ。

 何も知らない一夏は首を傾げながら「イチゴ?」と呟いていた。

 

「光也くん。少し私とお(はなし)しましょう?」

「あっ、鈴ちゃんがガチでキレてる時に見せる敬語だ! 助けてお兄ちゃんお姉ちゃん! 裏でボコられる!」

 

 光也を抱え、曲がり角の向こうに消える鈴とショタ光也。そこから「ひぃ〜!」と光也の情けない悲鳴が聞こえ、程なくして二人は帰ってきた。光也の頭には、漫画の世界のようなたんこぶが膨らんでいる。

 

「話が逸れたわね。それで、光也をどうするの?」

「あ、ああ。俺と箒で保護しようって考えてたんだ。光也を自分の部屋に帰したらシャルに見つかるし、自室だと何かあった時に俺達が介入出来ないからな」

「あたしが預かるわよ」

「目が怖いぞ。……えぇとな。鈴にはルームメイトがいるだろ? だから適切じゃないんだ」

「一晩くらいどうにかするわよ──」

「……具体的に、光也をどう隠し通すつもりだ?」

「──ルームメイトを」

「ルームメイトを追い出そうとするな!」

 

 懇切丁寧に説明しても、光也と一緒に居たいのか頑なに納得しようとしない鈴。この場で話していたら、先程の鈴よろしくまた誰かに見つかってしまうかも知れない。そう危うんだ一夏は溜め息を吐いてから、取り敢えず一夏と箒の部屋(自分の部屋)まで同行することを許可した。

 

 

 

 




一つのテーマでお話を書こうとすると、どうしても上下に分けないと収まらないようになってしまいました。そんな大塚も愛してね。
今回テンション高くて書きやすかったです。後半は半分くらいは出来てるから、気長〜に待っててね。
あと、さっき確認したらUAが40何万とか書いてあって、とても嬉しかったです。これからも突破記念書いていきたいですね。


【朗報】大塚ガキ男、銀の福音編の続きであるインフィニットストラトスの原作5巻を、無事購入した模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UA50000突破記念!!ロリショタ化する薬。下

どうも、大塚ガキ男です。


 

 

 

 

 

「それにしても、鈴も難儀な男を好きになったものだな」

 

 一夏がショタ光也の手を引いて廊下を歩く後方で、箒と鈴が並んで歩いていた。箒は前を歩く二人に聞こえないように小さな声で話を始める。

 

「分かる? 全く。あんなスケベでどうしようもないバカ、どうして好きになっちゃったのかしら」

 

 やれやれ。本当に困ったものだわ。そう言いたげなうんざりとした表情で言う鈴に、箒はからかい混じりの言葉を返す。

 

「でも好きなのだろう?」

「当たり前でしょ」

 

 しかし、それに即答してみせる鈴。箒は少し感嘆した。想いを少しも恥じらわず(当人の前ではないものの)に言葉にしてみせる鈴の姿に、少し憧れに似た感情を抱いたのだ。それは、幼い頃から変わらず想い人である一夏に、未だに気持ちを伝えられていない自分と比べてしまったからである。

 いやまぁ、鈴もキチンと気持ちを伝えてはいないのだが。普通の人なら間違いなく気付くレベルの、異性から向けられている好意。それに気付かない方が可笑しい(光也だけじゃ無く一夏も当てはまるよ)のであって。

 

「……どうやら、難儀な男を好きになってしまっているのは私も同様らしいな」

「気付いたようね」

「女子にモテるのはこの際どうでもいい。しかし、こちらのアプローチに眉一つ動かさないのはいかがなものか。同じ部屋で暮らしているのに。同じ部屋で暮らしているのにだぞ」

「もうバシッと言っちゃいなさいよ。あの鈍感、はっきり言わないと絶対に気付かないわよ」

「その言葉は鈴にも言えるのでは?」

「うぐっ、中々言うじゃない……!」

 

 同じ部屋で暮らしていて、それなりにイベントも起きているのに何も変わる気配を見せない馬鹿。

 幼い頃に酢豚を毎日振る舞う約束をしたのにそれを曲解し、しかも手強いライバルを増やしてくれている馬鹿。

 互いに自分の馬鹿を頭に浮かべ、そして考えていることが同じだと分かったのか、目が合って吹き出した。ファースト幼馴染と、セカンド幼馴染が同盟を組んだ瞬間であった。

 そんなイベントが後ろで起こっているとは露知らず、一夏とショタ光也は二人で談笑していた。

 

「……イケメンのお兄ちゃんはさ、あのお姉ちゃんと付き合ってんの?」

 

 答えづらい質問。しかし答えないわけにもいかず、一夏は後方──つまりは箒がこちらを気にしていないことを確認してから、小声で答えた。

 

「……残念ながら、まだなんだ」

「えぇ〜、何やってんの? うかうかしてたら他の人に盗られちゃうよ?」

 

 ここが事実上の女子校であることを知らないので、ショタ光也は一夏を言葉でせっつく。

 一夏は、ここが女子校なのでショタ光也の指摘が的を射ていないことに気付いているが、それと同時にこの学園内だけで全ての色恋が完結しているわけでもないことにも気付いている。箒が学園外で彼氏を作らないとも限らないわけだし、一夏としても焦りの気持ちがあるのも確かである。

 

「告白したいとは思ってるんだけどな。一緒に住んでると中々タイミングが難しいんだ」

「一緒に住んでんの!? じゃあもう勝ち確じゃん!」

「ああいや、光也が想像してる感じじゃないんだけどな」

 

 二人はもう同棲していると思い込んでいるショタ光也と、キチンと説明してやりたいがそうなると色んな枝葉に至るまで説明しなくてはいけなくなるのでメチャクチャ面倒臭いと思ってる一夏。

 まぁ明日には記憶無くなってるしまぁいいかと説明を諦めた一夏は、ういういとショタ光也にお尻で小突かれながらも「ほら行くぞ」と手を引いた。

 歩みを進め、自分達が普段授業を受けている教室の前を通りかかる。

 頼む、誰とも会いませんようにとショタ光也以外の3人が心の中で祈るが、そんな祈りを嘲笑うかのように、教室から見知った顔が3人出てきた。金色と金色と、銀色が出てきた。

 しっかりと目も合った。

 

「あら?」

「あれ?」

「うん?」

 

 終わった。

 ショタ光也以外の3人は、歩みを止めて天を仰いだ。

 対して、教室から出てきた3人はこちらに挨拶を一言置いていき、背を向けて歩き出した。

 ──流れが変わった。

 聞こえてくる会話から察するに、これから自主練で三つ巴で戦うらしい。そのあとに正妻がどうとか今度の休日がどうとか、鈴としては聞き捨てならない単語も聞こえてきたのだが、どうやら3人はショタ光也に気付いていない様子。藪蛇を突かぬよう、鈴は声を殺した。それは一夏と箒も同様で、段々と遠ざかっていく3人を見詰めながら心の中で「行け……! 早く角の向こうに消えろ……!」と必死に祈っていた。

 一度は絶望しかけた状況で、千載一遇のチャンス。逸る心、手に汗握る展開。

 ──不意に、もう一度流れが変わった。

 スンスン。

 ラウラが鼻を動かす。

 その音がこちらまで聞こえてくるのは、一夏達が必要以上に音を殺しているから。

 ラウラが振り向く。

 一夏達は一斉に目を逸らした。

 ラウラがキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「……光也殿?」

 

 ラウラの言葉に、談笑しながら先を進んでいたセシリアとシャルロットも即座に振り返った。

 それぞれが光也を探す為に忙しなく動かしていた六つの瞳が、ショタ光也を捉えた。小学生の光也からすれば、絶世の美少女3人に見つめられて恥ずかしさのあまり身の縮こまる思いである。思わず一夏の後ろに隠れた。

 

「チガイマス」

 

 身体に残っている元の光也のDNAの呼び掛け──あるいは本能──で、咄嗟に嘘を吐く光也。しかし、逃げられるはずがなかった。3人が一瞬で距離を詰めてくる。先程よりも近い距離で見つめられ、身を捩った。

 

「やっぱり光也殿です!」

「……確かに、仕草は光也そのものだね。重心の取り方とか目の動きとか」

「ですが、どうして幼くなっているのでしょうか? ──もしや、これも私への試練!?」

「違うと思うよ」

「騒ぐなお前等。光也殿が怖がっているだろう」

「怖がっているのは貴方が首筋の匂いを嗅いでいるからでは? 絵面だけ見たらOUTですわよ」

「ねぇねぇ、光也。どうして小さくなってるの?」

 

 ギスり始めた3人に、一夏達はどうやって宥めたものだろうかと困り冷や汗をかいたが、シャルロットの質問によって嫌な空気が雲散霧消。一夏達は息を吐いた。

 しかし、ほっとしたのも束の間。もう一つ困ったことになった。

 3人に、幼くなった光也のことをどう説明するか、ということ。

 一夏達の頭の中には、共通して一つの懸念があった。

 それは、真実をそのまま伝えたら、明日の朝まで光也(ショタ時の記憶無し)を好きに出来ると──既成事実だろうが外堀埋めようが何でもして良いフィーバータイムだと曲解されやしないだろうか、と。

 だから、困っていた。どう説明するべきか。どれくらい嘘を混ぜて話すべきか。そもそも、どんな嘘を吐くべきか。

 困った。しかし、黙っているわけにもいかない。

 何か話さねばと場を繋ぐ為の何かを発しようと、鈴が口を開く前にショタ光也が返答した。

 

「わ、分からない……です」

 

 当たり前である。

 

「そうだよねぇ〜! 分からないよねぇ〜!」

 

 可愛い〜! 

 語尾にずっとハートマークが付いてそうなほどの甘ったるい声で、シャルロットが光也の頭を撫でた。どうやら、家庭環境が複雑なシャルロットは弟が欲しかったらしい。ましてや、普段から生活のほぼ全てを握っている(握らせてもらっている)意中の人が血の繋がっていない弟になるなら、一挙両得というもの。

 ショタ光也は、先程から行われている美少女による自分へのボディタッチに目を白黒させていて、抵抗出来るほど正気に戻れていない。普段の光也だと口では喜びつつも、やはりこうして頭を撫でたり抱きしめようとしたりすると距離を離してしまうのも、今の過多な接触に拍車をかけていた。普段面と向かって触らせてもらえない分、こういう時こそ。

 みたいな。

 先程までは誰か一人が抜け駆けすれば残りの二人で引き剥がしていた構図も、ショタ光也が若干引いていると分かれば素直に後ろに並んで順番待ちをできるくらいには、光也至上主義なのであった。しかし、「おい、早く代われ」「欲張り過ぎですわ」と後ろから非難の声をかけるのも忘れない。

 そんな、光也大好きっ子クラブ永世名誉会員の皆さんの様子を見て、少しの間考えるのをやめた一夏達。もういっそ光也を引き渡して帰ろうかと思うくらいには、手を付けられない状況。しかし、諦めている自分に叱咤。ここで光也を奪還せずにどうすると己に発破をかけた。

 

「(このまま朝まで囚われてたら、流石に光也が可哀想だしな。10秒くらいに凝縮される成長痛っていうのも恐ろしいし)」

「(人の恋路を邪魔する気は無いが、鈴との同盟もあるしな。幼馴染の(よしみ)で助けてやるか)」

「(何よあの3人……! あたしが幼馴染として我慢してるってのにあんな堂々とイチャついてくれちゃって……! ずるいずるいずるいずるい!)」

 

 三者三様の心模様。

 しかし、目の前で繰り広げられているエンドレスハグ会に声を掛けようとする様は三者同様に死地に赴く戦士のソレだった。

 女子二人に先陣を切らせるわけにはいかない。女尊男卑の世界でも男らしさバッチリな一夏は、二人よりも前に出て、恐る恐る口を開いた。

 

「な、なぁ……。そろそろ、光也を離してやってくれないか」

「「「は?」」」

「いや、何でもないです……」

 

 ショタ光也を愛でる為に母親のような微笑みで細められていた目が、一斉に一夏に向かって睨みを利かせながら向けられた。これには一夏もたまらず、スゴスゴと3人に背を向けた。

 

「引き下がってどうする……! 光也を取り戻すんじゃないのか……!」

「そうよ……! 諦めるんじゃないわよ……!」

「二人ともごめん……!」

 

 光也を愛でる3人に聞かれぬように、小声で話す3人。バックにざわざわと擬音が付きそうなくらい三点リーダを多用。

 

「ならば私が行こう。女子に弱い一夏よりかは会話になるだろうからな」

 

 次いで前に出るは箒。毅然とした態度で接すれば問題は無い。なんなら場所もムードも選ばず光也とイチャつく3人に説教の一つでも入れてやるくらいの意気込みで、前に足を踏み出した。

 

「セシリア」

「……なんですの?」

「シャルロット」

「……なに?」

「ラウラ」

「……なんだ」

「光也を解放してやってくれ。騒ぎになる前に寝かし付けてやらないと、翌朝苦しみながら元の姿に戻ってしまうぞ。光也が苦しむのはお前達としても本意ではないだろう」

「それって、裏を返せば光也は明日の朝までこのままってこと?」

「うん? うむ、そういうことだ……?」

「じゃあ問題無いね」

「? 問題無いことは無いだろう。いいから、光也をこちらに渡してくれないか」

「私が責任を持って光也さんを()()()致しますので結構ですわ」

「僕がキチンと光也を()()()するから邪魔しないでほしいな」

「私と光也殿はこれから教官と3人で()()()()()を過ごす。邪魔をするな」

「そ、そうか、すまなかった。ごゆっくり……」

 

 3人からほぼ同時に向けられた拒絶にメンタルがやられたのか、トボトボとしょんぼりした表情で引き返してくる箒。

 

「箒さん……!?」

「アイツ等に余計な情報あげてどうすんのよ……! 余計取り返すのが難しくなっちゃったじゃない……!」

「奴等、クラスメイトに向けちゃいけない量の圧力(プレッシャー)を平気で向けてくるんだ……」

 

 光也を愛でる3人に聞かれぬように以下略。そうなると残りは鈴一人。仕方無いわねとツインテールをかき上げながら渋々前に出た。

 

「アンタ達、ちゃんと見てなさい。説得っていうのはこうやるのよ」

 

 昔からの付き合いの一夏からすると、自信満々な鈴は頼もしく見えるもので。今度こそいけるかもしれないと、心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 

「ねぇ、アンタ達」

「先程から一体何なんですの?」

「僕、そろそろ怒るよ」

「大した用が無いなら話しかけるな」

 

 案の定、3人から向けられる冷たい言葉と視線。一夏と箒は今回も駄目かと項垂れたが、気付く。鈴の堂々とした佇まいに。

 鈴は腰に手を当てて、口を開いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「!?」」」

 

 それは、力を持った言葉だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「!?!?」」」

 

 3人の目を驚愕に見開かせ、動きを止めさせるほどの力を持った言葉だった。

 

()()()()()()()()()()

「「「ッ……」」」

 

 虚言。しかし、効果は絶大。

 幼くなった者は、その間の記憶は元に戻った時には消える。なので、光也大好きっ子クラブの面々がショタ光也をどうしようが後の関係に引き摺るようなことは無いのだが、彼女等はその情報を知らない。

 勿論、ショタ光也の記憶が消えるだろうと思いながらショタ光也と過剰なスキンシップを取っていたわけではない。しかし、鈴の言葉によって自分の行いを省みた。

 するとどうだろう。光也と自分との間に溝ができそうなことばかりしているじゃないかと。

 ショタ光也が無抵抗だった為、自分は許されているのだと。何をしても良いと思ってしまったいた。

 しかし、ショタ光也は抵抗しなかったのではない。体格差故にできなかったのだと、そう理解した。普段の光也も、度を越えたスキンシップには苦笑いしていたのを思い出す。

 口ではプレイボーイな言葉を発しつつも、男女のあるべき関係においてはキチンと線を引いている光也に、自分が今何をしていたのかを思い出す。

 この間僅か1秒未満。

 全て理解。

 そして、一斉にショタ光也から離れて土下座した。

 

「光也さん申し訳御座いません私のような分際で光也さんに好き勝手してしまいました光也さんを自室に連れて行きツーショット写真を撮りそれを御守りにしようとしていました申し訳御座いません」

「光也本当にごめんね僕も悪気があったわけじゃなくて光也なら結局僕のことを選んでくれると思ってるからこれは遅いか早いかの違いであって確かに今の光也なら抵抗しなさそうだから自室で二人で寝てその写真を元に既成事実を作って外堀埋めて王手をかけようかなとか思ってたけどそうだよね光也の気持ちを考えてなかったよね本当にごめんね」

「光也殿大変失礼致しました初めて見る光也殿の幼く純真な姿にほんの少し自我を保てませんでした教官と二人で光也殿を甘やかしまくってズブズブに依存してもらって3人でドイツに移住しようとか企んでしまいました大変失礼致しました」

 

 それから同時に始まる、謝罪。息継ぎを忘れるほどの文量を、涙を浮かばせながら、光也に向かって謝罪を始めた。

 何が起こったのか分からず焦るショタ光也と、ショタ光也を囲むような陣形で土下座をする3人。

 それを満足そうな顔で見る鈴と、鈴の後ろでドン引きする一夏と箒。

 

「と、いう訳で。光也は元に戻るまでこちらで預かるわ。アンタ達も早く帰んなさいよ」

 

 ひとしきり続いた謝罪タイム。もうそろそろ良いだろうと場を読んだ鈴が、ショタ光也をひょいと抱えて3人から距離を離す。当然3人は手を伸ばしてショタ光也に縋るが、先程の鈴の言葉を思い出して名残惜しそうに伸ばした手を戻した。

 

「嗚呼、光也さん……」

「光也……」

「光也殿……」

 

 美少女が半泣きで自分の名前を呼んでいる状況に、ショタ光也としては何かできることは無いかという思い。しかし、自分を抱える鈴が何も喋るなと視線で訴えてきたので、黙る。理由は分からないが、そうした方が良さそうだ。

 鈴が光也を脇に抱えて、尚もぶつぶつと言っている3人に背中を向ける。そんな鈴を、一夏と箒が安心したような表情と共に迎えた。

 

「凄いぞ鈴……!」

「うむ。鈴は凄い……!」

 

 語彙力に多少の問題はあるものの、褒められて悪い気はしない。鈴もふふんと満足気にその言葉を受け止め、胸を張って廊下を闊歩。

 ミッションコンプリート。

 あとは、あの3人の邪魔が入らない場所で光也を匿い、なんやかんやあって最終的に自分の側に光也が居てくれるように仕向けよう。上手くいっている現状に気分を良くした鈴はそう考えた。

 

「──……ちょっとお待ちなさいな」

 

 しかし、そんな鈴の背中に突き刺さるセシリアの言葉。セシリアの言葉に従ったわけではなく、ノーガードの背中に刺さった言葉に鈴の身体が硬直した。

 

「……光也さんは()()()()の記憶を、元に戻った際も覚えている。相違ありませんこと?」

「……えぇ、相違無いわ」

 

 大人しく抱えられている光也を一瞥してから、背中を向けたまま答える鈴。その背中は汗をかいていた。

 

「ならば可笑しい話ですわ」

「何がよ」

「鈴さんが、光也さんとそんなに触れ合えているのが……!」

 

 ズビシィッ! 

 流麗な所作で鈴を指差すセシリアと、肩越しに振り返り、目を見開く鈴。

 その二人の間を、ゴゴゴゴゴゴと奇妙な効果音が流れた。

 

いともたやすく行われるえげつない行為(Dirty Deeds Done Dirt Cheap)

 

 ですわね。

 セシリアは背後を揺らめかせながらそう言い放った。

 

「ですわね、じゃないが?」

 

 そんなセシリアに、ラウラの冷たい言葉が投げられた。

 

「鈴さん。貴方、言葉巧みに私達を退かせ、光也さんを独占しようとしましたわね?」

「そ、そんなわけないでしょうが! 私は一夏と箒と一緒に、光也の身の安全の為にやってるだけだっての! 光也のことなんてこれっぽっちも! 何とも思ってないわよっ!」

「……時に、鈴さん。光也さんに対して邪な思いを抱いている人間は、みな同様に鼻の下が伸びているのですよ」

「「「え!」」」

 

 一斉に自分の鼻の下を確認する、セシリア以外の光也大好きっ子クラブの一同。ラウラがたまらず声をあげる。

 

「嘘だろうセシリア!」

「えぇ、嘘ですわ。──ですが、マヌケは見つかったようですわね」

「アッ!」

 

 セシリアの指摘に、鼻の下に触れたまま驚愕の表情に染まる鈴。そう、鈴はまんまと嵌められたのだ。

 急に顔の彫りが深くなった二人と、それを固唾を呑んで見守るラウラとシャル(つられて彫りが深くなっている)。それを遠巻きに見る一夏と箒の心境は「みんな何やってんだ!?」である。

 こほん。

 セシリアの上品な咳払いを機に、皆の顔の彫りが通常に戻った。

 

「シブイわね。まったく、アンタシブイわよ」

 

 一人、彫りの深さが戻っていない者がいるが、指摘はされなかった。

 

「さて。私達を出し抜き、光也さんを独占しようとした大罪。どう償っていただきましょうか」

 

 表情こそ淑女のソレだが、セシリアは間違い無く怒っている。シャルとラウラも左右に展開し、3人の纏う覇気が鈴達をジリリと後退させた。 

 

「ど、どうするのだ鈴! このままでは拙いことになってしまうぞ!」

「最悪、光也を差し出して逃げよう! 光也には悪いけどそれしかない!」

「一夏、お前には男同士の友情とかそういうのは無いのか!」

「この状況に限って言えば、無い! 多分光也が俺の立場でも同じことをする! ──で、どうする鈴! アイツ等マジで()る気だぞ!」

 

 圧倒される一夏と箒が鈴の方をチラチラ確認しながら、衝撃に備える。鈴は「に」と声を発した。

 

「「……に?」」

「逃げるのよォォォ────ーッ」

「あ、まだ顔の彫りが深いままだ!」

「私には何が何だか分からんぞ!」

「あとで説明する! 兎に角鈴に続け!」

 

 セシリア達に背中を向けて突如走り出す鈴と、慌ててその背中を追う一夏と箒。鈴の顔の彫りが深い理由がさっぱり分からない箒だが、セシリアと鈴の顔の彫りが深くなった辺りから少し嬉しそうな一夏を見てまぁ良いかと疑問を投げ出すのだった。

 敵前逃亡。果たしてどこに逃げる場所があるのかという疑問は残るが、あのまま黙って処刑されるよりは幾分マシな選択であることは間違いない。

 このまま逃げるのをセシリア達が黙って見逃すはずも無く、鈴達の数メートル後ろを鬼気迫る表情で追いかけてきていた。

 

「お待ちなさい!」

「光也を返してよ!」

「このまま逃げ切れると思うな!」

 

 碌でもない男に引っかかってはいるものの、彼女達も立派な代表候補生。体力もスピードも、常人を遥かに凌ぐ。差が大きくなるどころか段々と縮めてくるくらいの勢いでこちらに迫る。

 

「ひいいいいいッ!」

「情けない悲鳴をあげるな、一夏!」

「そうよ! こっちだって我慢してるんだからっ!」

 

 こちらを追う3人からの怨嗟の声が耳に入る。ここが廊下ではなくもう少し開けた場所なら迷わずISを展開させていたであろうくらいの怒りが背中を焼く。

 

「ねぇねぇ、鈴ちゃん」

「何よっ!」

 

 必死に走っているので、怒っているかのような声色で返事をする鈴。光也が少し気圧されたのを見て、慌てて「怒ってないから!」と言葉を付け加えた。

 

「あの美人なお姉ちゃん達、なんであんなに怒ってるの? あとなんで俺のこと知ってるの?」

 

 複雑。

 アンタが全員引っ掛けたのよ、と言っても良いが、恐らくショタ光也は酷く混乱するだろう。明日の朝までの記憶だとしても、鈴はショタ光也にそんな気遣いをできるくらいには、光也のことを大切に想っているのだった。

 

「……」

「鈴ちゃん?」

「……色々あるのよ」

「そっかぁ」

「諦めたな」

「ああ、諦めた」

「そこ、五月蝿いわよっ!」

 

 どうにか3人を撒こうと、廊下を右へ左へと曲がったり、階段を昇ったり降りたりするが、3人は誰一人スタミナ切れでリタイアすることなく少し後ろを張り付いている。表情に疲弊の色は少しも見えない。まるで、こちらの体力が無くなって足を止めるのを待っているかのような。言うならば捕食者。確かに、そのくらいえげつない性格だよなと一夏は瞳に涙を浮かべながら考えた。

 

「千冬姉のところに行こう!」

 

 突如、閃いた一夏がそう叫んだ。一緒に走っている隣からではなく、後方から声が返ってくる。

 

「貴様ァ! 教官にチクる気か! 卑怯だぞ!」

「じゃあ追いかけるのをやめたらどうだ!」

「有り得ん! 光也殿を取り返さずにこの足、止めてなるものかッ! うおおおおおおお!」

 

 ドドドドドドドドドドッ。

 力を振り絞り、接近してくるラウラ。慌ててこちらも速度を上げるが差は縮まる一方。

 このままでは捕まる! 

 誰もが諦めかけたその時。

 一夏と箒と鈴、その誰もがこれから訪れる恐怖に両目を閉じたその時──

 

「む?」

 

 ──スルンっと、箒が頭と足の高さが逆になる勢いで転んだ。

 

「箒!」

 

 状況を瞬時に把握して手を伸ばす一夏。想い人のピンチに平常では考えられない反応速度で身体を動かし、箒の手を掴んだ。それだけでは箒が肩を痛めてしまうかもしれないので、もう少しだけ無理をして箒の下を自分の身体を投げ入れる。

 突然の出来事に呆気を取られたのか、セシリアシャルロットラウラの3人もこちらに襲いかかる前に足を止めた。

 段々と下がっていく自分の視界。視線が床へと落ちていき、床に広がる液体が視界に入った。

 瞬間、一夏の脳がフル回転。

 同時に、脂汗。

 廊下を駆け抜けている内に辿り着いたこの場所。

 箒が〝何に〟足を滑らせたのか。

 光也に使った瓶は一体〝どこに〟置いておいたのか。

 これから触れる地面には〝何が〟広がっていたのか。

 床に接地。箒の無事を確認するより先に、後頭部に触れた液体。

 すると数秒と経たずに、自分の身体から煙が出ていることに気が付いた。

 モクモク。

 モクモクモク。

 モクモクモクモク。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは、一体どういうことですの……?」

 

 一部始終を見ていたセシリアが、戸惑いながら問いかける。

 

「さ、流石にこの目で見ると……」

 

 シャルロットが、恐れを孕んだ目でそう言った。

 

「……この目で見ても信じがたいモノだな」

 

 目の前で起こったことを信じられず、自身の頬をつねるラウラ。

 煙の中から、ダボダボのIS学園の制服を着た男の子が出てきた。男の子は状況を理解出来ず、怯えた瞳で周囲をキョロキョロと確認している。

 その中で、ハッとした後に一人に駆け寄った。

 

「み、光也!」

「おお、一夏ちゃん! 煙の中から出てきたってことは、もしかして一夏ちゃんってマジシャン?」

「何をいってるんだよ! 俺は小学生だよ」

「な〜んだ、マジシャンじゃなかったのか」

「当たり前だろ」

 

 そう言って苦笑いするショタ一夏と、鈴に抱えられながら何事も無いかのように会話をするショタ光也。周囲のことはあまり気にしていないようだ。

 呆然とする一同の中でも一際大きく口を開いている女子──箒は二人の会話を聞いてようやく我に帰った。

 

「い、一夏……! 身体は平気なのか?」

「へ!? お、お姉さん誰?」

 

 クラリ。

 一夏に認知されていないのが余程ショックなのか、額を押さえて後ろに倒れかける箒。その背中を鈴が片手で支えて事なきを得た。

 

「す、すまない、鈴。──私はそこらにいる善良な女子高校生だ。一夏の友達の篠ノ之箒の知り合いでな」

「箒の知り合いの方だったんですか! アイツ一年くらい前に転校しちゃったんですけど、箒は元気ですか?」

「う、うむ。元気にやっているぞ」

 

 疑うことなく信じるショタ一夏の純真さに少し気圧されたものの、頑張って嘘を吐く箒。これは優しさからくる嘘なのだ。

 箒がショタ一夏の質問に答えると、ショタ一夏は嬉しそうに「よかったぁ」と笑った。

 その様子を見て頬を染めた箒が、しゃがんでショタ一夏を抱き締めた。

 

「え? お、お姉さん」

「ほ、箒!? アンタいきなりどうしちゃったのよ!」

「あ〜! 一夏ちゃんズッリィ! オレだって美人なお姉さんに抱き締められたい!」

「光也は黙ってなさい!」

 

 ショタ光也の後方で目を煌めかせた3人を牽制するように、自分の身体で光也を隠す鈴。そんな鈴の前に、ショタ一夏を両手で大事そうに抱き抱えた箒が。

 

一夏(この子)は、私が大切に育てる」

「は?」

「愛情深く接し、キチンとした大人に育ててみせる。応援してくれ」

「え? ちょ、お姉さん。俺千冬姉(家族)いるし急に言われても──」

「ほらいくぞ、一夏。お姉さんと購買で買い物をしよう。お菓子は一つだけだぞ? それから、何か苦手な食べ物は──聞くまでもなかったな。一夏の好みは私が一番よく分かっていることだし」

「お姉さん? おーい! 聞こえてる?」

 

 慈愛に満ちた微笑み。

 ショタ一夏と接して母性が刺激されたのか、ショタ一夏を抱き抱えたまま歩いていってしまう箒。もう他の人達のことは見えていないらしい。

 唖然とする鈴とショタ光也。それからセシリアシャルロットラウラの3人。そんな彼女等の視線には一切気付くことなく、箒はショタ一夏を抱き抱えたまま、華麗にこの場から退場してみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 昼休み。

 屋上。

 

「一夏ちゃんテメェ! 箒ちゃんに一晩お世話されたってマジかよ! しかも授業中も大事そうに膝の上で抱き抱えられやがってチクショウ! 羨まし過ぎるぞこの野郎!!」

「何訳分かんないこと言ってんだ光也! こっちこそお前のせいで俺達は大変な目に遭ってたんだからな!」

「訳分かんないのはそっちだろ! 薬かけられたと思ったら朝になってるしよォ! ──あ、でも千冬ちゃんと束姉と一緒に寝てたのは何でだ?」

「反省しろパンチ!」

「痛ってェ! この、さっさと告れキック!」

「デッカい声で言うな馬鹿!」

「馬鹿は一夏ちゃんじゃ馬鹿!」

 

 互いの髪を掴み合い、ゼロ距離で睨み合う二人。時間が許すならいつまででもやり合ってそうなくらいの気迫である。

 

 後日談。というか、今回のオチ。

 あの後部屋に連れて行かれたショタ一夏は箒(母性マシマシバージョン)に大層大切に扱われ、美味しい手料理を振る舞われた。今となってはその時のショタ一夏の心境を知ることは出来なくなってしまったものの、一夏にとってはとても素晴らしい時間を過ごしていたのは間違い無いだろう。

 箒は一夏がショタ化している間に策を弄するような気は無く──というかそんなこと考えてもいなかったので、ただただ母性の赴くままにお世話をしたようだ。ショタ一夏は小学五年生なので一緒にお風呂には入らないし歯も自分で磨かせた。しかし、夜はキチンと隣で寝かしつけたらしい。

 

 それから、ショタ光也。

 箒とショタ一夏がいなくなった辺りで正気(狂気?)に戻った3人から再び襲われそうになったところを、丁度通りかかった千冬に見つかって没収された。鈴は「そりゃないわよ」と悲痛な声を上げたようだが、鼻息荒くした千冬からしたら知ったこっちゃ無かったようだ。

 その後寮監室で猫可愛がりされたショタ光也。途中からどこからともなく束も参戦したのはここだけの秘密。

 朝目が覚めた光也は、両隣に美女がいてひっくり返ったらしい。

 

 幸か不幸かショタ時の記憶が無いので、その直前の記憶を頼りに互いを罵り合う二人。心の中は同様に「コイツが原因に違いない」だ。

 

「ぐぬぬ……!」

「ぐぎぎ……!」

 

()()、恋する女子ならば幻滅しかねない程の表情で取っ組み合う一夏と光也。

 そんな二人を、扉の陰から見つめる()()じゃない、恋する女子ズ。

 そんな、何でもない平日の出来事だった。

 

 

 

 

 




あとがき長々と書いてたんですけど、投稿時にバグでおかしくなってたんであとで書きます!また読んでね!バイバイ!!

2022/12/19 追記。
書けました。







光也……薬の犠牲者その1。野郎二人に薬が使われてしまったことを心底嘆いているらしい。何としてもリベンジをしたいらしいが、束への負担を考え笑顔で諦めた。

一夏……薬の犠牲者その2。ショタ化した時間が光也よりも遅かったので、1限の途中までショタ化していた。戻る直前に千冬の手によって気絶させられたので、10秒くらいに濃縮される成長痛とやらを味わわずに済んだ。ショタ時にクラスの女子にメチャクチャ写真を撮られ、裏で法外な値段で取引されているらしい。

箒……この小説における貴重な常識人枠。しかし、母性には勝てなかったらしい。ショタ一夏を見て、一夏との子はこんな子かなとか想像してにやけが止まらなかったとか。

鈴……光也大好きっ子クラブの会員No.3。このお話における1番の功労者。鈴がいなかったら光也は、身体が元に戻った途端にそれはもう凄惨な修羅場エンドを迎えていたらしい。そろそろ自分と光也がイチャイチャデートする番外編が作られる頃なのではないかと予想しているらしい。

セシリア……光也大好きっ子クラブの会員No.5。No.1じゃないことが不満らしい。ショタコンではないものの、ショタ光也を見て絶対に写真に納めたいと思った。光也の小学生時代のことを知る為、長時間に及ぶショタ光也へのインタビューを予定していたらしい。

シャルロット……光也大好きっ子クラブの会員No.6。自分のNo.に不満は無く、どうせ自分と結ばれるのだから関係無いらしい。ショタコンではないものの、ショタ光也を見てどうにかしたくなったのは事実。そろそろ光也の両親に挨拶したいらしい。

ラウラ……光也大好きっ子クラブの会員No.4。上二人と一緒だと必ず名前の並びが最後なのが不満らしい。しかし、会員No.が二人より若いのをめちゃくちゃ自慢し、二人を一生煽っている。ショタコンではないものの、ショタ光也を見て千冬と一緒に甘やかしまくりたいという感情に襲われた。最近はもっぱら、寝ている光也に自分の匂いを嗅がせ、体内で循環させながら眠ってもらうことにハマってるらしい。

千冬……光也大好きっ子クラブの会員No.2。最後の最後に一番美味しいところを持っていったラッキーウーマン。ショタ光也と接し、昔を思い出して胸の奥が少し痛くなったらしい。今の光也にはないショタ光也の素直さに目を焼かれたものの、どこからか湧いて出た束と共にショタ光也と添い寝を決め込んだ。ショタ光也が思いの外寝相が良かったのが不満らしい。

束……光也大好きっ子クラブの会員No.1。光也のことはガチで誰にも渡す気はないものの、ちーちゃんと一緒ならば話は別らしい。光也のことは四六時中監視しているので、もしも〝大好きな四人〟以外の奴が薬の餌食になるような展開になっていたら、その場に乱入して光也に追加の薬を渡し、〝大好きな四人〟以外の奴に効き目強制解除薬なるものを雑にぶっかけてから帰るつもりだったらしい。
今回の薬以外にも色々発明しているらしい。






↑一度やってみたかったやつ。


ということで、番外編でした。えぇ、読者の皆さんの言いたいことは分かります。分かりますので、どうかその手に握った石を地面に置いていただきたいです。

どうしてロリを出さなかったのかって言いたいんでしょ〜!?!?!?
気持ちすっごい分かる〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

大塚的にも、光也は確定として後編でもう一人誰か女の子ロリ化させてぇな〜とか考えてましたよ。
でもいざ書き進めていくと、
前編でもう一人分の薬が床に溢れてるから、どうせならその液体に足を滑らせて転んでロリ化とかテクニカルなことするか〜!→じゃあすっ転んで姿が一番面白そうな箒ちゃんにロリ化してもらうか〜!→でも箒ちゃんの隣にいて箒ちゃんのピンチを救わない一夏ってあり得る!?→しまった一夏が身を挺してショタ化しちまった!
って感じになってしまったんです。ウケますね。
そんな訳で、光也と一夏には喧嘩両成敗的な感じで仲良くショタ化してもらいました。笑って許してね♡
ではまた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章
1話


どうも、大塚ガキ男です。手探り&執筆時間が基本的に夜なので、おかしな所が多々あると思います。ちなみに、ISで好きなキャラは千冬姉さんと束姉さんです。素敵なおっぱい。


「なぁ、一夏ちゃんよォ」

「何だよ光也」

「なんだってオレ達はこんな場所に居るんだ?」

「俺の方が聞きてぇよ」

 

 この教室に居るのは、織斑一夏と唐澤光也を除いて女子のみ。目の保養という考え方も出来ない事は無いが、ここまで比率に差があると怖気や気不味さの方が先立つ。女の子大好きな光也も思わず苦笑い。見渡せど見渡せど女子ーーしかも全員可愛い。光也は何となく申し訳無い気持ちになった。

  IS学園。光也と一夏が入学した学校の名前。ISを上手い事操縦出来るようにする訓練施設だっけか?と説明を殆ど聞いていなかった光也は適当に考える。

 

(入学が決まった時は、ハーレム出来るぜキャッホウ!って考えてたが案外難しそう・・・・・・とか、弱気になっちゃ駄目だ。オレは可愛い女の子とキャッキャウフフな学園生活を満喫してやるんだ)

 

 一夏から視線を外し、目が合った女子に笑って手を振りながら光也はそう決意した。これから一年間過ごすクラスメイト。光也としては、必要以上に親しくなりたい所だ。

 

(男と女が交わらないと子供は生まれねぇ。オレが女の子大好きなのは、人間として当たり前の事。男はガツンとアピールしてなんぼだろ。まぁ?イケメンな一夏様には?分からないかも知れませんが?)

 

 一夏とは長い付き合いである光也は、隣で見てきたからこそ一夏がモテる事を理解している。顔だけじゃない。中身もイケメンだという事を嫌と言う程理解している。だから、一夏には人知れず対抗心を燃やしていた。

 

「ーーぉぃ」

 

 モテる為に勉強し、モテる為に運動し、モテる為に身体を鍛え、モテる為にトーク力を上げ、更にそれ等を意識せずとも実践出来るよう努力した。

  まぁ、結果は言わずとも分かるだろう。光也が幾ら気張れども、全て隣の一夏に流れていった。黄色い声援は光也から少しズレた場所に注がれ、ラブレターが入っているのは光也の下駄箱ではない。そんな今迄の人生。

 

(しかぁあし!これからは違うんだぜ!?何せ、学園に男子生徒はオレと一夏ちゃんの二人だけ!男女比率は【2:いっぱい】!モテてみせる。モテて魅せるぜ!)

 

「ーーおい」

 

 心の中でガッツポーズを決めた瞬間。頭に衝撃。意識を戻すと、隣に座る一夏が額を押さえながら「あちゃあ・・・」と呟いていた。

 

「?」

「SHR中に何を呆けているのだ。お前の番だ」

「あれ、もしかして千冬ちゃん?久し振りじゃんよ、元気してた?」

「立て」

「顔が怖いんだけど、ご機嫌斜めだったりする?あっ、もしかして今までオレと会えなかったのが寂しかったとかーーぐほぁ!!」

 

 光也がそう呼んだスーツ姿の女性ーー織斑千冬が下から上へと腕を一振りすると、光也が呻き声を上げながら仰け反った。光也が体勢を整えると、千冬の手には出席簿。まだマゾヒストの扉を開け切っていない光也には、顎の痛みは快感と痛みの半々。しかし、痛い痛いと口では言いつつも、美人に睨まれた上にぶん殴られて内心少し興奮しているのは光也だけの秘密だ。・・・扉は観音式ではなく押すだけなので、割と簡単に開く。

 

「私は千冬ちゃんではなく、織斑先生だ」

「またまたぁ、恥ずかしがーー」

 

 再度出席簿と接触する光也。仰け反った際に、一瞬後ろの席の女子と目が合ったので笑い掛けてみる。引かれていた。

 

「オレの美しい顎が割れちゃったらどうしてくれんのよ」

「敬語を使え、敬語を」

「オレ様のお美しいお顎が割れてしまわれたらどうしてくれんのよ」

「自分に敬語を使ってどうする阿呆が」

「・・・そろそろ真面目にやりますかね。あっ、そんなに真っ赤な顔で出席簿を振りかぶらないで下さいよ、織斑先生。可愛いじゃないですか」

「ハァ・・・・・・、自己紹介出来るか?」

「得意分野でございます」

「やれ。簡潔に」

「イェッサー」

 

 丁度、光也の席は真ん中の列。しかも最前列だ。いつの間にかSHRが始まっていた事に驚きつつも、後ろを向いて笑顔で口を開いた。

 

「えー、唐澤光也です。山羊座のAB型で、ご存知世界で二番目の男性のIS操縦者です。一夏ちゃんとは幼馴染で、よく女子の着替えやお風呂を覗く仲でした」

「さらっと嘘言うなよ!みんな、違うからね!俺そんな事してないからね!」

「女の子大好きです。イケメンは大嫌いです」

「俺を見ながら言うなよ!」

「気軽に光也君って呼んでね☆」

 

 途中に一夏からツッコミを入れられつつも、光也はスラスラと自己紹介を終えて着席した。女の子と仲良くなる機会を見逃さない光也は、自己紹介がいつでも出来るように練習しているのだ。

  そんな事より、光也は自分より前の出席番号の女の子の自己紹介を聞き逃した事を死ぬほど後悔していた。仲良くなる上で相手を知るのは大前提なのに。と頭を抱えていると、光也の考えている内容を察した一夏が背中を撫でて慰めてくれた。

  女の子からの反応は悪くなかったようで、カクテルパーティ効果によって所々から光也の名前が微かに聞こえる。これを機にイチャイチャハーレム学園生活を手に入れてやる、と光也は意気込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速始まった座学。山田真耶が教鞭を振るう様は、何故か光也の父性本能を刺激した。それと同時に、目に入るのは大きくて立派な二つの膨らみ(母性の象徴)。成人済みとは思えない可愛らしい声は光也の男の子な部分を少しばかり元気にさせ、早くもIS学園に入学して良かったと光也は笑顔で頷いた。

  その頷きを、自分の授業内容を理解してくれたと勘違いした真耶が、喜びを隠し切れない笑顔で光也にありがとうと感謝。

  授業半ば。気を利かせた真耶が男子二人に問い掛けた。それは、一般入学者と違い、突然IS学園への入学が決まった二人への配慮だった。入学準備ーー事前に蓄えておくべきISへの知識が不足していないかの確認。最初から躓いていると、後から遅れを取り戻すのが難しいからだ。

 

「唐澤君は、どこか分からない所ありますか?」

「あー・・・特にありません」

「よ、良かったです。・・・織斑君は、どこか分からない所ありますか?」

「えーっと、全部です」

「・・・はい?」

「ほとんど分かりません」

「おいおい一夏ちゃんよォ、入学迄の勉強期間が少なかったとは言え、少しくらい予習する時間はあっただろ?」

「教科書も無いのにどうやって予習しろって言うんだよ」

「ハァ?これ、渡されたじゃねぇか」

 

 机の上に出していた教科書を一夏に見せる。よく見ると、一夏の机には教科書が見当たらない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「まさか、お前」

「電話帳かと思ってたわ」

「ブフッwww」

「え、ちょっと待てよ。それ本当に教科書か?」

「んで、一夏ちゃんは電話帳をどうしちゃったんだ?www」

「・・・捨てた」

「馬鹿者が」

 

 一夏の頭に出席簿が落とされる。それを見て、光也が腹を抱えて笑った。クラスメイトもつられてクスクスと。場を包む温かい空気。それを冷たい声が搔き消した。

 

「代わりを用意してやる。一週間以内に頭に叩き込め」

「ちょっと待ってくれよ千冬姉!痛ッ」

「学校では織斑先生と呼べ」

「家ではどうするんすか?」

「千冬姉で構わんーーって、唐澤!お前は話に入ってくるな!」

 

 打楽器のような感覚で光也と一夏の頭を順番に出席簿で叩く千冬。将来禿げたら千冬ちゃんの所為にしよう、と光也はちょっとした動きで揺れる真耶の胸を見ながら堅く決心した。

 勿論、堅くなったのは決心だけだ。他はどこも堅くなっていない。硬くなってなんかない。

 

「兎に角、分かったな?」

「一週間は流石に無茶じゃ・・・」

「黙れ。捨てる方が悪いだろう」

「うぐっ」

「そうだそうだ〜」

「・・・唐澤はコイツの勉強をサポートしろ」

「えぇぇぇええぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇ?」

 

 安心し切っていた光也への、まさかの飛び火。何とかしてその役から逃れようと頭の中で反論の言葉を考えようとするが、隣から「友達、だろ?」と若干涙目の一夏が助けを求めて来た。

 

(おいおい、一夏ちゃん。何か勘違いしてねぇか?オレはお前の友達であっても、勉強を手伝ってやるようなアツい奴じゃねぇんだ。イケメンはいけ好かねぇし、そもそもこれで一夏ちゃんに対する周りからの評価が下がるなら、オレとしては手伝わない方が断然良いんだよ!バーカ!)

 

 心の中で小悪党のように一夏を罵る光也。光也の制服の端を涙目で摘む一夏を指差して、光也は千冬に向かって言い放った。

 

「織斑先生、オレはコイツと友達なんかじゃありません!」

「え・・・・・・」

「ほう?」

「大親友です!」

「愛してるぜ光也!」

 

 千冬がニヤリと笑い、一夏が光也に抱き付き、クラスの女子がそれを見て喜びの悲鳴を上げる。

 

(見捨てるなんて、出来る訳ねぇんだよなぁ)

 

 心の中でそう呟く光也。ただ『親友だから』という一言では終わらないナニカが、その心中には秘められていた。それが何なのかは光也以外は誰も知らない。しかし一つだけ言えるのは、それは決して恋心ではないという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間。光也と一夏がこれからの事(休日の過ごし方や部屋割り等)について話していると、横から声をかけられた。それが女子から発せられた声なのは当たり前として、光也は声のトーンが気になった。他の女子とは違う、落ち着いた声。そして、どこか聞き覚えがあったようななかったような・・・。二人して声のした方へ向く。

 

「・・・・・・もしかして、箒か?」

「 そ、そうだ。久し振りだな」

「久し振りだな!うわぁ、何年振りだ?もう六年くらいか?」

「そうだな、それくらい経つ」

「あ、覚えてるか?ほら、光也だよ。俺と箒と三人でよく遊んだんだけど・・・」

「うむ、覚えている。話し方が変わっていたのは驚いたがな」

「事情があんだよ、事情が」

「何の事情があったらそんな軟派な口調になるんだ」

「あ、そうそう。この前新聞読んでて驚いーー」

「まだ時間があるし、屋上へ行かないか?」

「屋上?別に良いけど・・・光也はどうする?」

「オレはやめとくわ。まぁ、その・・・アレだ。お前等が戻ってくる間に彼女作っとくから楽しみにしとけ」

 

 一夏が光也を誘う。しかし、光也の一言でこれから光也が何をするのかを悟った二人は、何やら微妙な顔を浮かべながら屋上へ向かった。

 

(行ける訳ねぇだろうが。箒ちゃんの目、見たか?あの目には一夏ちゃんの事しか映してなかったぜ。オレが行ったら邪魔になるっつうの)

 

 教室から出る直前にこちらを振り向いた箒と視線が合った。ウインクをすると、箒は声には出さずに『すまない。感謝する』と口を動かして姿を消した。アレで上手くいけば、美男美女カップルの誕生だ。光也はニヤリとほくそ笑み、それから気付く。

 

(・・・・・・てか、こういう事するからオレはモテねぇんじゃねぇか!?確かに、小中学校とオレは一夏に想いを寄せる女の子達にアドバイスとかしてたが・・・よく考えたら駄目じゃん!そりゃ一夏ちゃんもモテますよ!)

 

 気付いたのが遅過ぎた。また一人、女子と一夏を近付けてしまった。あーあ、と光也は溜め息を吐く。

 

(やさぐれたこの心は山田先生のおっぱいでしか癒されねぇなー。あー、チクショー。もうこんなの絶対やんねぇー)

 

「もしもし?」

「はいはい、そうですよ。この間抜けこそが唐澤光也その人ですよぉ・・・・・・ッ!!」

 

 後ろから声をかけられ、今日はやたら声をかけられる日だなーチクショーとか考えながら振り向いた光也は、相手を見て言葉を失った。目を見開き、緊張からか、じんわりと背中に汗をかいた。乱れる動悸。パクパクとゆっくり開閉する口。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 

 美少女が立っていた。

 

 

 




キャラの口調が難しいですぜ。御指摘、御感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

セシリアさんの口調が難し過ぎる件について。自分は、原作の方はまだMFのISしか手に入れていないので、早急にオーバーラップの方のISも集めたいです。
光也と誰かがふざけている時が一番筆が進みます。


ガチガチ、と歯と歯が触れて音を奏でている。

限界迄開かれた目は、一点を見つめている。

その他諸々、平常時ではあり得ない身体の現象のオンパレード。美少女を前にした際の極度の緊張によるモノだ。

目の前には金髪の美少女。綺麗な目は、光也の状態を見て怪訝そうに細められている。

ーー話し掛けられた。その事実を受け入れた光也が、最初にすべき行動とは?そんなの、決まっている。

 

「お初にお目に掛かります、セシリア・オルコット様」

 

椅子から立ち上がり、その場で床に片膝を付いて恭しく頭を垂れる事だ。セシリアは然程驚かず、「あら」と一言漏らした。

 

「頭を上げて下さいな、唐橋光也さん。わたくし達はクラスメイトなのですから」

「はっ」

 

光也は頭を上げて、改めてセシリアの姿を謁見する。光也は無意識の内に呟いた。美しい・・・と。勿論、膝は未だ付いたままだ。

 

「オルコット様」

「何ですの?」

「貴女のーーいや、この口ではとても語り切れない程の魅力を放つ貴女に一目惚れしました。オレと結婚して下さいお願いします」

「は、・・・はい?」

「I.LOVE.YOU」

「英語で言えば良いと言うものではありませんわ」

「月が綺麗ですね」

「今はお昼ですし、文学的に言えば良いと言うものでもありませんわ!」

「えーっと、えーっと・・・」

「良いですこと?いくらわたくしの家の遺産が目当てだからと言って、もう少し『取り繕う』という事を覚えた方がよろしいのではなくて?」

「遺産なんて知らない。オレは貴女が欲しい。オレから溢れ出る衝動(あい)をこれ以外にどう伝えれば良いんだ?」

 

敬語を取り止め、光也は訳が分からないといった表情でセシリアに問うた。真面目に、疑問をぶつけた。

それに驚くセシリア。今迄様々な男に言い寄られたその経験から、男を見る目はかなりあると自称している。しかし、今迄の経験を蓄えたその目で光也を見ても、光也からは他意は感じられないのだ。金を求める者の目はとても分かり易い。しかし、目の前の男の目にはそれが感じられない。セシリアは困惑する。

 

「正直に答えなさい」

「はい」

「何が目的で?」

「美少女とイチャコラしたいーーその一心で(キリッ)」

「表情だけ見れば、一流の騎士(ナイト)と同然ですのに・・・」

「返事を聞かせてくれねぇですか?」

「そ、そんなの決まってます!ノー、ですわ!」

「な、何だってー!?」

「当たり前でしょう!何故、このわたくしが見ず知らずの男と結婚しなければいけないのですか!?」

「どうすりゃ良い!オレはこの気持ちをどうすりゃ良いんですか!」

「知りませんわ!」

 

項垂れる。光也の絶望を助長するBGMとして、チャイムが鳴った。「ふんっ」とセシリアは自分の席に戻っていく。

余談だが、教室に戻ってきた一夏は真っ白に燃え尽きた親友を目にして大層驚いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレはもう駄目だ・・・」

「何がどうしたんだよ、光也」

「もう、駄目だァ・・・」

「だから、どうしたんだよ!しっかりしろって!らしくないぞ!?」

 

虚ろな瞳でブツブツと呟き続ける光也の肩を、一夏が意識を取り戻させる為に強引に揺さぶる。授業が終わり、放課後になったばかりの出来事だ。

一夏は動揺していた。自分の唯一無二の親友である光也の、普段はあまり見られない今の状態にどうしたら良いのか分からないのだ。

 

(どうしちゃったんだよ・・・。いや、落ち着くんだ、俺。今の光也の状態に前例は?ーーそうだ、アレは去年のクリスマス。街に繰り出してナンパして、こっ酷く断られた時のアレに似ている!)

 

「ーーって、おい!女子にフラれただけだろ!」

「大当たりですよこの野郎・・・」

「よ〜く思い出したら、光也がそこまで落ち込むのって女子関連でしか無いんだよな」

「その他の一切では血も涙も無いーー格好良いだろ?」

「寧ろ、そんな奴が女子関連には滅法弱いっていうのはクソダサいと思う」

「厳しーな」

「思いやりだから」

「もう、一夏きゅんったら///」

「・・・・・・」

「無反応って辛いんだな、って・・・」

「いや、ごめん。想像以上にキたから」

「フォローしてるつもりかよォ」

 

いつの間にか調子を戻した光也に安心した一夏は、思い切って問うてみた。

 

「なぁ、誰にフラれたんだ?」

「あそこの超絶美少女・・・・・・」

 

気不味さ故か、それとも恥ずかしさか。光也は俯いたままセシリアを指差した。『超絶美少女』という単語に反応したセシリアはピクリと肩を揺らす。一夏は「へぇ」と納得したのかしてないのか分からない声を発した。

 

「・・・・・・誰、あの子」

 

ガクリ。一夏を除いたクラスの全員が一昔前ではお馴染みの反応をした。それはセシリアも例外ではなく、唇をワナワナと震わせながら一夏に近付いてきた。

 

「貴方、このセシリア・オルコットをご存知なくって!?」

「え?ま、まぁ。自己紹介も光也で終わっちゃったしな」

「イギリスの代表候補生ですわよ?知ってて同然ですわ!」

「あ、そう言えば何で光也はオルコットさんの事を知ってたんだ?」

「二、三年生のお姉様方はまだだが、一年生の可愛い子ちゃんーー即ち一年生全員の名前は把握済みだぜ☆」

「キモいけど凄いな、それ」

「と、言う訳で。セシリアちゃん。オレと結婚してくれ」

「嫌ですわ!」

 

自らの肩を抱きながら拒絶の意を示すセシリア。光也から滲み出る変人のオーラと、いつの間にか名前呼びされていた事からの行動だ。

 

「てか、代表候補生って何?」

「え、一夏ちゃん知らねぇの?」

「逆に聞くけど、お前は知ってるのかよ」

「当たり前だろ。良いか?代表候補生ってのはーーほら、オレってモテモテだろ?当然、そんなオレと結婚したい子は沢山いる。だけど、この国では一夫多妻制は認められていない。だから、代表を一人に決めてオレと結婚する。その代表の候補の一人って事だ」

「ビックリする程違いますわ!」

「へぇ、そうなんだ」

「貴方も納得しないで下さいな!」

 

ツッコミ疲れたセシリアは、「良いですこと?」と先に話す事によって二人を黙らせた。

 

「代表候補生とは、その名の通りISの国の代表の候補生ーー数多の試練を乗り越えたエリートの事ですわ。しかも、わたくしのIS適正はA+。加えてわたくしは専用機を所持しているーーこの意味をお分かりで?全世界に467機しか無いISの内の一つをこのわたくしが持っていますのよ?貴方達は運が良いですわ。全人類60億超の中のエリート中のエリートであるわたくしと同じクラスになれたのですから」

「やったぁぁぁぁ!」

「貴方は少し黙りなさい!」

「代表候補生、言われて見れば名前通りだな。ラッキーラッキー」

「・・・・・・貴方達、わたくしの事を馬鹿にしてまして?」

「一夏ちゃん!いくらお前でもセシリアちゃんを馬鹿にするのは許さねぇからな!」

「貴方もその片割れである事をお忘れでは!?」

 

光也がボケれば(真面目かもしれない)、セシリアがツッコミを入れる。そんなルーティンを幾度か繰り返していると、真耶が馬鹿コンビ(セシリア命名)に声を掛けた。セシリアは仕方無くその場から去る。去り際に「覚えてなさい!」と言うのも忘れなかった。

 

「早速お友達が出来たようで何よりです」

「山田先生、今のやりとりがそう見えました?」

「え、違いましたか?」

「・・・・・・違いません」

 

真耶の瞳には、放課後に仲良く話す友達に見えたようだ。一夏は訂正しようとしたが、ほんわかしたその空気にやられて諦めた。

 

「それで、真耶ちゃんは放課後に何用で?まさか、オレへの愛の告白!?」

「はぇぇ!?」

「光也、山田先生を困らせるなって。ーーんで、どうしたんですか?」

「あ、ああそうでした。二人には寮生活をしてもらうので、部屋の番号を教えに来たんです」

「え、寮生活?部屋割りの調整の影響とか何とかで、俺と光也は一週間は自宅通学と聞かされてたんですけど」

「事情が変わりまして、今日からお願いします」

「えー、折角この後一夏ちゃんと飯食いに行こうと思ってたのになー。悲しいなー。もうこの悲しみは真耶ちゃんのおっぱいを揉みしだかないと癒えそうにないなー」

「・・・・・・」

「無言で自分のおっぱいをガードするジト目の真耶ちゃんも見れたし、オレの今日のノルマは達成したな」

「どんなノルマだよ」

「ほら、オレって可愛い子成分を補給しないと死に至る病だから」

「千冬姉にお願いして光也を男子校に放り込んでもらおうかな」

「やめてくれェ!」

「え、えーっと、話を戻して良いですか?」

「「どうぞどうぞ」」

 

一通りふざけてスッキリした二人は、真耶に続きを促す。この二人の仲が良い要因の一つに、互いが互いのノリを分かっているという点がある。ボーダーラインを弁えているので、幾らでもふざけられるのだ。

 

「いきなり寮に入ってもらう理由なんですけど、その前に唐澤君と織斑君って、自分の立場って理解していますか?」

「世界的に見ても極めて珍しい男性の操縦者」「この学園でハーレムを築ける選ばれし男」

「織斑君、正解です。唐澤君には今度みっちり補習を用意しますからね」

「やったぁぁぁぁ!」

「ハァ・・・」

「山田先生、光也はこう見えても良い奴なんです。ちょっと助平で頭のネジが緩いけど」

「と、兎に角、二人にはちょっと外を歩くだけでも護衛が必要な程の国家的重要人物なんです。一週間も自宅から通うのは、危険なので・・・」

「だから、一刻も早く寮に入れようって事なんですね。分かりました。でも、荷物も何も準備出来てないんですが・・・」

「その点については安心しろ。ほら」

「千冬姉?ーーよっと」

 

突然現れた実姉に驚きつつも、投げられた荷物を受け取る一夏。

 

「これは?」

「私が手配をしておいてやった。着替えと携帯充電器があれば大丈夫だろう」

「千冬ちゃん。一夏ちゃんにはベッドの下のエロ本も必需ですよ」

「何だと!?一夏、私に隠れてそんな物を所持していたのか!」

「してないって!」

「まぁ、そのエロ本はオレが意図的に一夏ちゃんの部屋に置き忘れた一冊なんですけどね」

「友達の家にエロ本を持って行くなよ!」

「一夏ちゃんがエロ本欲しそうなオーラ出してたからな。気を利かせてこの前こっそり」

「そんなピンポイントなオーラ出してないから!」

「ほら、黙れ。・・・同居人に迷惑かけないようにしろよ」

「同居人ってーー俺の同居人は光也じゃないのか?」

「そうだよ千冬ちゃん。オレもてっきりそのつもりでいたんだけど」

「残念ながら、違うぞ」

 

放課後だからか、一夏と光也が敬語を使わなくても怒らない千冬。発言してから一夏は自分の失態に気付いたが、怒られなくて内心ホッとした。

そんな一夏の耳に入る、千冬からの衝撃的な一言。

 

「お前の同居人は女子だ」

「はい!?」

「ほら、これが部屋の番号だ。さっさと行って挨拶の一つでもしろ」

「え、わ、分かったよ」

 

急かされるままに荷物を持って、部屋の番号を見ながら一夏は歩き出した。

教室に残されたのは、光也と真耶と千冬。

 

「千冬ちゃん。オレは!オレはどんな女の子と同室なんでしょうか!?」

「お前は一人だ」

「ガッデムッ!!」

「自分の行動を思い返してみろ」

「・・・聖者ですね」

「な訳あるか。お前と女子を同室にしたら間違い無く問題が起こるからな。お前は二人部屋を一人で使え」

「そんな!せめて千冬ちゃんと同室が良い!」

「・・・嫌だ」

「おや、無理ではないのかなァ?」

「・・・無理だ」

「あれ?顔赤くない?ねぇねぇ?どうしたの?風邪引いちゃった?ねぇ?教えて?無理なの?ねぇねぇ?おーい?千冬ちゃん?顔赤いよね?ね?」

「ッーー死ね!」

「グボァ!?」

 

千冬の本気の蹴りを食らった光也は、机を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。チカチカと点滅する光也の視界。真耶の悲鳴にも似た光也の名を呼ぶ声。ああ、死ぬのか。自分の意思に関係無く段々降りていく瞼を見て、光也はそう思った。

意識が途切れる直前、光也の顔が柔らかい何かに包まれた。

 

「おっぱい、最高・・・(ガクリ)」

「唐澤君!?」

()




そろそろクラス代表を決めなきゃいけませんね。戦闘シーンは大の苦手ですが、自分の脳内バトルが皆様に伝わるように頑張ります。

御指摘、御感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

大塚ガキ男は千冬ちゃん大好きだけど、束ちゃんも同じくらい好きなんだぜってお話です。


「うへぇ、広い・・・」

 

 寮迄の道を歩きながら、そんな感想を覚える。緑いっぱいの景色。潮の匂いも微かに香る、とても学園の敷地内だとは思えない自然の豊かさ。弁当を作れば、外で食べるのも中々に乙かも知れないなァ。今度一夏ちゃんに作ってもらおうっと。光也は思った。

  千冬に蹴り飛ばされた後、光也は乱れた教室を掃除させられ、それから部屋番号を知らされた。光也の心中としては『何でオレが片付けなきゃいけねぇの』という怒りではなく、『何気に待っててくれてる千冬ちゃん優すぃー!!』という単純な喜びだった。

  放課後の教室に異性と二人きり(真耶は用事があって先に職員室に戻った)。光也としてはとても美味しい思いをしたのだろう。

  一度靴を履いて敷地内を歩き、光也は寮へ向かう。外はもう薄暗かった。

 

「千冬ちゃん、寮はまだ先?」

「・・・チッ」

「おや、投げキッスかな?」

 

 腕を組み、嫌そうな顔をしながら隣を歩く千冬に話し掛ける。何故居るのかと訊かれれば、光也がお願いしたから。

  掃除を終えた光也は寮へ向かおうとしたのだが、寮迄の道のりが分からないので千冬に泣き付いたのだ。ついでに抱き付いた。返事は拳で戴いたが、隣をこうして歩いてくれているという事は、肉体言語で言えばあの拳はOKという意味なのだろう。

 

「寮はもう少しだ。ほら、見えるだろう」

「へー、アレがオレと千冬ちゃんの愛の巣かァー」

「よくもまぁ、お前は懲りもせず恥ずかしい言葉を・・・」

「本心ッスから」

「・・・・・・」

「オレ知ってるよ。千冬ちゃんが時折黙り込む時は、大体恥ずかしがってる時だって」

「ッ、貴様ーー」

「あ、パンツ見えそう」

「ーー!?ッーー!!」

「ウゲェ」

 

 顎を蹴り砕こうと右脚を上げた千冬だが、光也の一言によってすぐさま攻撃パターンを変更。わざと光也に当たらないように脚を縮ませて一回転。そのスピードを維持したまま、更に遠心力も加わった右拳で光也の頬に叩き込んだ。間抜けな声を発しながら光也が宙を舞う。

 

「あまり、教師を、からかうなよ・・・!」

「ず、ずびばぜんでじだ」

「さて、寮はここだ。夕食の時間には遅れないように」

「後で千冬ちゃんの部屋遊びに行くからねー!」

「では、私は防犯としてデストラップを張り巡らせておくとしよう」

「やだなァ千冬ちゃん。オレは千冬ちゃん本人以外からの暴力は嫌なんだぜ?トラップなんて愛の無い攻撃は・・・」

「そもそもお前は暴力を振るわれないように努力をしろ。その腐り切った性格と根性を直せば、女子からもモテるんじゃないか?」

「畏まりました織斑先生。不肖、唐澤光也。微力を尽くして織斑先生の期待に応えたいと思います」

「・・・・・・中々に気味が悪いな」

「どうしろって言うんですかァ!」

「普通の方が幾分かマシだ」

 

 それだけ言い残して、千冬は去って行った。寮の玄関でポカンと立ち尽くす光也。

  取り敢えず、紙に書かれた番号を頼りに自分の部屋へと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで?一夏ちゃんはそんな所で蹲って何してんの?」

 

 光也が部屋を探していると、廊下の隅で蹲っている一夏を見付けた。一夏のすぐ側の部屋のドアには、部屋の内側から何かで突き刺したような穴が幾つも空いている。

 

「わ、訳有りでして・・・」

「へぇ。箒ちゃん関連?」

「何で分かったんだ!?」

「当たり前だろ。この学校に在籍する男子はオレと一夏ちゃんだけ。まだ初日だから女の子から虐められたという線は消されるし、そもそも一夏ちゃんは女子とまともに話せていない。千冬ちゃんはオレと歩いてたし、真耶ちゃんが一夏ちゃんを凹ませられるとは思えない。一夏ちゃんと気軽に話せて、尚且つ一夏ちゃんをそこ迄の状態に出来る人物は限られてくるって訳よ」

「いや、オルコットさんにやられたって可能性もあるだろ」

「一夏ちゃんのその台詞が、オレの仮説を真実に変えてるんだぜ。あと、そのドア。何か棒状の物で内側からドアを貫いた跡。確か千冬ちゃんは、一夏ちゃんと女の子が同室だと言っていたから、同室の女の子は箒ちゃんで確定。セシリアちゃんが銃で撃ち抜いたら、そんな跡にはならないからな。箒ちゃんは確か、剣道の全国大会で優勝する実力の持ち主だったよな?だけど、そんな箒ちゃんはーーっつうか人は理由も無くドアに穴を空けたりしないし、そこで落ち込んでる一夏ちゃんが何かやらかしたとしか考えられない。良からぬ事をやらかしてしまった一夏ちゃんに腹を立てた箒ちゃんが、そうだな・・・竹刀か木刀で一夏ちゃんに攻撃。部屋から逃げてドアを閉めたは良いが、怒りが収まらない箒ちゃんはドア越しにも関わらず一夏ちゃんに突きを放ったーーこんな感じか?」

「・・・・・・光也、お前凄いな!」

「よせやい」

「それで性格と口調直したらモテモテじゃん!」

「おい待て一夏ちゃん。それは逆に言えば『性格と口調を直さない限りオレはモテない』という事か?」

「・・・・・・そ、そんな事ないんじゃないか?」

「否定が弱々しい!ーーまぁ、そんな所で蹲ってるのも邪魔だし、飯食いに行かねぇか?腹減っただろ」

「あー、確かに。いや、でもなぁ」

「箒ちゃんと食堂で居合せるのが気不味いか?」

「・・・うん」

「・・・・・・仕方無ぇなぁー。一夏ちゃん、オレの部屋来い」

「へ?」

「オレが食堂からご飯持ってきてやるから」

「え、いや、悪いって」

「そんな事気にする仲じゃねぇだろ。ほら、これ持って先行っててくれ」

「・・・・・・ありがとうな」

「気にすんな」

 

 一夏に部屋番号と鍵を渡し、ウインクを一つ。感謝の言葉を背中に受けながら食堂へ向かう光也。その姿はどこからどう見てもイケメンであった。

  一つ、光也のイケメン度を下げるような一言を加えるならば。

  光也は、食堂の場所を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「あれあれェ?そこにいらっしゃるのは箒ちゃんじゃありませんか」

「話し掛けるな。今の私は機嫌が悪い」

「そう怒るなって。ほら、一夏ちゃんも悪気があった訳じゃないんだしさ」

「ッ、光也、お前何故それを」

「名探偵光也さんの頭脳にかかれば、このくらい朝飯前ってな。あ、もう夜か」

「・・・ツッコまないからな」

「箒ちゃんも知ってるだろ?一夏ちゃんが昔から『あぁ』なのは」

「まぁ、それは・・・」

「折角意中の人と同室なんだぜ?仲が険悪なままじゃ勿体無いって」

「・・・・・・そうだな、私も少しばかりやり過ぎたかも知れない」

「うん。一夏ちゃんにはオレからも言っとくからさ。箒ちゃんも許してやってくれよ。じゃあね〜」

「お、おい!」

「?」

「そ、そのあ、ありがと・・・う」

「おう、その可愛い顔を一夏ちゃんに見せてやれよ。イチコロだぜ?一夏だけに」

「上手くない」

「はいはい、そりゃすいませんねっと」

 

 トレーを二つ持ちながら、ヘラヘラしてその場から去る光也。散々迷いながらもなんとか食堂に辿り着けたし、ノルマ以上に可愛い女の子と話せたし。光也はとても満ち足りていた。

  箒と光也が話していたのは食堂。偶然今の会話の節々を聞いていた女子生徒数人は、この出来事について、口を揃えてこう語った。『ふざけてない光也君は普通にイケる』と。

 

「ーーあ、」

 

 部屋に戻ろうとトレーを慎重に運んでいると、前方から綺麗な金髪を揺らしながら歩いてくるセシリアと出会った。セシリアとしては『出遭った』かも知れないが。

 

「こんな所で再会するなんて、やっぱりオレとセシリアさんは運命かな?」

「食堂だから会うのは当然ですわ」

「当然は、実は偶然。偶然も、いずれは必然に。必然を繰り返せば、いつかは当然に」

「な、何ですの?」

「適当に言っただけ。じゃあ、また明日!」

「適当でしたか・・・・・・けど、真面目な顔も出来るじゃありませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、オレだ。開けて」

「お帰り、ありがとうな」

「良いって事よ。オレも一夏ちゃんとゆっくり話したかったしな」

 

 一夏にドアを開けてもらい、部屋に入る。夕飯の乗ったトレーをテーブルに置いてから部屋を見渡した。

 

「流石は国立」

「俺も、最初入った時同じ事思った」

「そうか。・・・まぁ、一人で使うにしちゃ、この部屋はちょっと広過ぎるな」

「光也は寂しがり屋だからな。ちょくちょく遊びに来るよ」

「それは構わねぇが、箒ちゃんの事も忘れんなよ?」

「おう、ちゃんと箒にも声掛けとく」

「そういう意味じゃねぇんだけどなァ」

「?」

「何でもない。飯にしようぜ」

 

 暫し、夕飯タイム。適当に選んだセットが一夏の好物で「光也は分かってるな!」と笑顔で言われて罪悪感が芽生えたり、食後には、今度の休日に街に遊びに行こうという話をしたり。その中で、一夏は千冬から言われた重要な命令を思い出した。

 

「そう言えばさ、千冬姉から光也に勉強教えてもらえって言われてたんだよな」

「教えてもらうんじゃなくて、あくまでもサポートだ」

「何が違うんだよ」

「前者は、甲斐甲斐しい世話焼き幼馴染タイプ。後者は、分からなかったら小馬鹿にしつつもヒントはくれるツンデレタイプだ」

「えぇー・・・」

「そう言うな。ぶっちゃけ、オレもISはそこまで詳しくないんだぜ?」

「え、でも授業の時には分からない所は無かったよな?」

「だから、アレは事前に勉強していたかどうかの差だ」

「・・・・・・教えてくれないのか?」

「目をウルウルさせても無理だーーてか、教えるまでも無いっていうのが本音だな」

「?」

「読んで、太字で書いてある場所とその前後を覚えるだけだ。操縦やら射撃やらに使う公式もまだ教わってねぇからな」

「暗記が重要って事か・・・・・・」

「あぁ。でも、覚え方のコツくらいなら教えてやれるか」

「・・・・・・光也!」

 

 下げてから上げる。女子に対して使う筈の恋愛テクを知らぬ間に一夏に使っていた光也。一夏はあっさりとそのテクに嵌り、光也に尊敬の眼差しを向ける。光也は頬を掻きながら腕時計で時間を確認。

 

「勉強はまたの機会だな・・・。そろそろ帰った方が良いんじゃねぇの?箒ちゃんも心配してると思うぜ?」

「あれ、もうこんな時間か。付き合ってくれてサンキュな」

「オレは寂しがり屋だからな。大歓迎だ」

 

 空になった食器を乗せたトレーを持って、一夏が部屋から出て行く。持っているトレーは、さり気なく二人分。

 

「やっぱ、お前イケメンだよ」

 

 一人になった室内で、光也は改めて実感するのだった。

  気持ちを切り替え、風呂に入ろうと荷物が纏められたボストンバッグに手を伸ばした。今日のパンツは何色にしようかな〜と鼻歌混じりに考えているとーー

 

「アレ、何でオレの荷物があるんだ?」

 

 疑問。一夏と同じように光也も、今日の放課後に初めて、今日から寮生活を送るという事を知らされたのだ。一夏は千冬に荷物を手配してもらっていたが、さて、自分はどうして?光也がそれっぽい理由を模索していると、ベストなタイミングでスマホに着信。手に取って画面を見ると、見知った人物からの着信だった。すぐに通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『あ、やっほーみっくん!元気してた?』

「た、束姉さん?どうしたんですか」

『もう!敬語はやめてって前から言ってるじゃん!』

「あ、すみませーーごめん」

 

 掛けてきた相手は篠ノ之束。篠ノ之箒の姉に当たる人間であり、ISを作った張本人でもある。天才を通り越して天災と呼ばれる程の才能の持ち主だが、人を覚える事に関しては凡人よりも遥か下。知り合いと認識出来るのは、自身の妹である箒と、千冬と、千冬の弟の一夏。そして、何故か光也。篠ノ之家の両親は一応認識出来るものの、辛うじてというレベルだ。

  そんな束からの突然の電話。光也が緊張しない筈がなかった。天災云々の話ではない。何せ、美人。千冬と負けず劣らずの、単語の頭に超が付く程の美人。光也が小さい頃から可愛がってもらった(ちなみに、その頃の束も美少女だった)、スーパー美人なのだ。

 

『束さんは、最近みっくんと話せなくて寂しかっただよ?兎は寂しいとーー』

「死んじゃうんだよな。ごめん、こっちも忙しくて・・・」

『分かってるならよろしい!』

「それで、今日はどうした?」

『えっとね、荷物届けたんだけど気付いた?』

「荷物って、これ束姉が持ってきてくれたのか?」

『もっちろん!それにしても、IS学園の警備も薄いよね。ペラッペラだよ』

「そ、それは束姉が特殊なだけじゃないか?普通の人は誰も這入れないって」

『凄い?ねぇ、束さん凄い?』

「えぇ、そりゃ凄いよ。尊敬しちゃう」

『本当!?結婚したくなる?』

「うん、束さんみたいな美人さんと結婚したいなァ」

『へへへー』

 

ちょっとした軽口(勿論本心だが)のつもりの光也の発言に、嬉しそうに笑う束。光也は胸の高鳴りを抑え切れなかった。

 

(何だこの可愛い生き物!オレをどうするつもりなんだ!結婚?冗談だとしても結婚したいに決まってるでしょぉぉぉぉ!)

 

「荷物、ありがとうございました。さっぱり忘れてたので助かります」

『あ、敬語だ』

「おいおい、束姉。聞き間違いだろ?」

『むー、まぁ良いけどさ。時にみっくん』

「はいはい?」

『専用機欲しい?』

「専用機?何それ」

『みっく〜ん・・・・・・やれば出来るんだから頑張りなよ。何なら束さん直々に教えてあげるよ?』

「魅力的な提案だけど、パスで。集中出来ない」

『束さんが可愛いからかな〜?』

「うん、そう」

『ふぇ?』

「それで、専用機って何?」

『今トンデモナイ事を言われた気がしたぞ?あれあれ〜?』

「気の所為だよ。それで、専用機って?」

『あぁ、基本的には自分だけのISって感じかな。欲しい?』

「欲しい?って。オレ今日授業で習いましたよ。ISのコアは限られていて、新しいISは作れないって」

『・・・・・・ねぇ、みっくん。みっくんが束さんの事を普通の女の子として見てくれるのはすっごい嬉しいよ?でも、束さんが誰か忘れてない?』

「・・・・・・あ、そっか」

『と言っても、後はみっくんの答えを聞くだけなんだよね。もう大体出来ちゃってるし』

「出来ちゃってるの!?」

『欲しい?』

「う・・・・・・欲しいです」

『おねだりしてみて?』

「束姉さん。オレ、専用機欲しいな〜?」

『まっかせなさい!!』

 

 それから、声が聞こえなくなる。光也は通話が切れたのだと思い、着替えを準備し始めた。その最中、ぽつりと先程の会話の感想を漏らす。

 

「全く、美人で可愛いって。束姉さんは何回オレのハートを撃ち抜けば気が済むんだよ」

 

 実は繋がっていた電話には気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「・・・・・・後で遊びに来ると言っていたのだがな」

 

 入学祝いと称してささやかながらお菓子を準備していた千冬は、消灯時間になるまで部屋で一人、光也を待ち続けていたのだった。

 

 

 




ぶっちゃると、光也の専用機を普通のにするつもりはありません(良い意味でも悪い意味でも)。

余談ですが、自分へのクリスマスプレゼントとしてラブアンドパージ買いました。でもメモリーカードをまだ買ってないのでプレイ出来ません泣


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

また一つ歳を取りました。

メモリーカードを買ったので、ようやくラブアンドパージが出来ます。ワクワクです。


「・・・・・・で、この状況はどォいう事でせうか?」

 

 朝起きて、束からの『IS出来たよ!』というメールを読んで驚きと共に目が冴えて、箒と一夏がギクシャクしつつも並んで朝ご飯を食べてるのを見て一安心し、穏やかな気持ちで臨んだ朝のHR。教室に入って来た真耶と千冬にプロポーズ紛いの挨拶をしてーー気付いたら首元に出席簿が当てられていた。これから本気で行くぞ、と言わんばかりに光也の首元をトントンと出席簿で軽く叩き、狙いを定めている。

 

「キサマヲコロス」

「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい織斑先生!いつもと様子が違いますぜ!?」

「キサマヲコロス」

「駄目だ話が通じねェ!」

「光也、取り敢えず逃げーー」

 

 姉の只ならぬ気配を察した一夏が、その旨を親友に伝える途中。気付いたら光也が机に伏していた。一夏が驚いて千冬を見るが、当の本人は事も無げに出席簿に何かを書き込んでいた。先程のような素振りは見せていない。動作も見えず、音も聞こえていないのに光也は何故か机に伏したまま起きない。ついに人間辞めたか、と一夏は姉に畏れの念を抱き、光也に黙祷を捧げた。

 

(光也が何をしたのかは知らないけど、御愁傷様)

 

「さて・・・この屑の事は放っておく。HRを始めるぞ」

 

 

 千冬だけが知っている千冬の怒りが、千冬の中で燻ったまま、時間は進みーー

 

 

「ーーハッ!」

「光也、大丈夫か?」

「危ない所だった。所持金無くて助かったぜ」

「渡り賃云々の所まで行ってたのか!?」

「やっと起きたか、馬鹿」

「千冬ちゃんに臨死体験させられてたんですけど・・・・・・で、どうかしたん?千冬ちゃん」

「敬語を使えこの屑」

「罵倒がクセになりそうーー織斑先生、何でしょうか?」

「・・・・・・まぁ良い。今クラス代表を決めている。織斑とお前に推薦があった」

「へぇ、誰がオレを推薦してくれたんですか?嬉しいなァ。是非友達になりたいなァ」

「俺だけど」

「クソ!これを切っ掛けにクラスの女の子とキャッキャウフフ出来ると思ったのに!」

「俺とキャッキャウフフするか?」

「止めろ!一夏ちゃんがソレを言った瞬間に、女の子の目が光ったのをオレは見逃さなかったからな!」

「兎に角。二人もクラス代表は要らんからな。話し合ってどちらがクラス代表になるかをーー」

「納得出来ませんわ!」

 

 光也と一夏。どちらかがクラス代表になるという形で話が進もうとしていた所で、誰かの言葉が割って入る。声の方を向かずとも、光也は瞬時に理解した。

 

「セシリアちゃん?」

「こんな助平と無能にクラス代表を任せるなんて、皆様正気ですか!?」

「待ってくれよセシリアちゃん!確かに一夏ちゃんは助平だし無能だし、ついでに言えば不能だけれども!」

「おい待て!少なくとも助平は光也の事だし、俺は不能じゃない!」

「オレのどこが助平だって言うんだよ!どこからどう見てもイケメン好青年だろうが!」

「授業中、床に落とした消しゴムを拾う振りして山田先生の胸を見上げてたのは知ってるんだからな!」

「バレてた!」

「そんな事してたんですか!?」

 

 今知った衝撃の事実に真耶は驚くが、二人は構わずに口論を続ける。この口論の発端である筈のセシリアをも置き去りにして。

 

「大体、一夏ちゃんだって人の事言えねェだろ!千冬ちゃんと学校で再会したその日の夜、嬉し過ぎてニヤニヤが止まらなくて『うわー。超嬉しい。うわー!』しか言わなくなったのはどこのどなたでしたっけェ!」

「ちょ!それは無しだろ!」

「一夏・・・・・・」

 

 額を押さえ、嘆息する千冬。口論は止まらない。それどころか話は段々と変な方向へ進む。

 

「そもそも光也は人の名前覚えるの苦手クセして一年生全員の顔と名前を一致させた上に、最近寝る間も惜しんで二、三年生に迄手を伸ばしてる頑張り屋さんだって事、俺は知ってるんだぞ!」

「それを言うなら一夏ちゃんだって、同室の箒ちゃんに迷惑掛けまいとメールでオレに何時間もアドバイスを求めてきたイケメンの鑑だろうが!」

「・・・・・・光也!」

「・・・・・・一夏ちゃん!」

「「愛してるぜ!」」

 

 ひしっ、と涙を流しながら抱き合う。

 

「訳が分かりませんわ!」

「・・・アレ、何の話だっけ?」

「おいおい一夏ちゃん。ついさっきの会話をもう忘れちまったのかよ」

「悪い、どんな感じだっけ?」

「勇気を振り絞ったセシリアちゃんが、顔を真っ赤にしながら大衆の面前でオレに告白してきた大事な場面だろ」

「あー、そんな感じだったな」

「嘘をおっしゃらないで下さります!?」

「これから真実に変えてみせるさ。・・・・・・って、ほら皆。ここはキャー!って黄色い悲鳴を上げる所だぜ?」

「キャー!」

「野郎の悲鳴は要らねェんだよ!」

「あぁもう!次から次へと!」

「おい、唐澤。織斑。オルコットが何か話したい事があるみたいだぞ。黙って聞いてやれ」

 

 セシリアがこれから言おうとしている事を知ってか知らずか、千冬が馬鹿コンビを諌めてからセシリアに続きを促した。セシリアが放った言葉の数々を要約すると、

  やれ、男がクラス代表なのは恥晒し。

  やれ、極東の島国。

  やれ、文化的に大きく後退している。

  etc・・・。先程まで光也とふざけまくっていた一夏だが、知らない内に憤慨していた。自分を馬鹿にされるのは許せるが、男性や日本を馬鹿にされるのは我慢ならなかったのだ。ふつふつと怒りは積もり、発する声が低くなっていく。

 

「おい、オルコットさん。今の言葉、撤回しろよ」

「真実を言っただけですわ」

「ふざけんな!」

「まぁまぁ、二人共落ち着けって。ーーそれで?千冬ちゃんはこんな状況を解決する方法を知ってるんですよね?」

「まあな。おい、馬鹿三人衆」

「わたくしは馬鹿ではーー」

「馬鹿同士仲良くやりやしょうぜ」

「いやぁぁぁぁ!」

「・・・・・・続けるぞ。お前等三人には、一週間後に第三アリーナで戦ってもらう。三人の内、一番強い者が晴れてクラス代表だ。分かり易いだろう?」

 

 クラス内が騒つく。

 

「賛成だ。しのごの言うより分かり易い」

「わたくしも構いませんわ。このセシリア・オルコットに巫山戯た態度を取った事を後悔させてあげます」

 

 一夏とセシリアは早くもやる気で、睨み合って火花を散らしている。どこからか、『降参した方が良いんじゃない?』と心配の声が聞こえてきた。勿論、一夏と光也に向かって。

  片や、未だ実践経験の無い素人×2。

  片や、ISへの搭乗時間300時間を越すイギリスの代表候補生。

  戦わずとも、勝負は目に見えているというモノだ。

 

「ハンデを差し上げますわ。貴方はそこの助平と手を組んでーーつまりは二対一で戦いましょう」

「ハンデ?そんなの要らねぇよ。寧ろオルコットさんこそ、ハンデが無くて良いのか?」

 

 言った瞬間、教室のあちこちから失笑。何故笑われたのか分からずに戸惑う一夏に、光也が耳打ちした。

 

「一夏ちゃん、男の方が女より強いーーなんて時代はとっくのとうに終わってるんだぜ?今は女尊男卑。女の子の方が遥かに強い時代だ」

「あー・・・そう言えばそうだっけ」

「てか、何でオレ迄戦いに巻き込まれてるんですかね!?」

「あれだけわたくしを馬鹿にしておいて、戦わないとおっしゃるのですか?」

「当たり前だろ!何でIS学園に入ってまでISで戦わなくちゃいけねェんだ!」

「馬鹿だ・・・」「大馬鹿ですわね・・・」

 

 呆れた目で見つめてくる二人は気にせずに、光也は主張を続ける。

 

「そもそもISは束姉が発明したーー宇宙を夢見た束姉が発明した、最高の機械だろ?それを、たかが高校生如きの口喧嘩の延長線上で使って良い訳がねぇんだ」

「良い事を言うじゃないか、唐澤。建前を抜きにして言ってみろ」

「女の子と戦うなんてヤダ!ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい!」

「素直でよろしい。だが、お前は推薦された身だ。推薦された事に責任を持ち、戦え」

「い、いや、でもーー」

「何を渋っているんですの?まさか、負けるのが怖くなりました?」

「・・・・・・セシリアちゃん。オレは別に、負けるのは怖くなんかねェよ。ただ、女の子に手を上げるのが許せないだけでーー」

「安心なさいな?貴方如きがわたくしに傷を付けるなど、天地がひっくり返ってもありえませんから」

 

 髪をかき上げながらキメるセシリア。自分の主張がいまいち相手に伝わっていない事に、光也は歯噛みする。光也自身、決闘なんて本当にどうでも良いのだ。

 

「光也、諦めろって。ISに関わった以上、女子と戦わないなんて不可能だ」

 

 一夏が光也の肩に手を置き、諭す。

  何せ、光也が手を上げる事の出来る例外は二人しかいないのだ。しかも、その内一人は自分自身。

 

「あぁ、クソ!戦いたくねェよ!」

「そう嘆くなって。オルコットさんをぶっ倒して、皆に謝らせれば万事解決だ」

「謝るのはそちらの方ですわ!」

「・・・オレと一夏ちゃん。それと男性と日本が馬鹿にされた云々は、すっげーどうでも良いんだけどな」

 

 睨み合う一夏とセシリア。話を聞いてもらえない光也は、一人溜め息を吐いた。

  セシリアがニヤリと笑いながら(その仕草も優雅で光也のハートを撃ち抜いた)、二人に向かって言い放つ。

 

「そちら側が負けたら、貴方達は一生わたくしの奴隷としてこき使って差し上げますから」

「ーーよし、やる気出てきた」

「ちょっと待て!光也のソレは『やる気』じゃなくて『負ける気』だろ!」

「馬鹿言え、セシリアちゃんの奴隷だぞ?あわよくば『奴隷』の二文字の前に『性』が付くかも知れないんだぞ!?」

「馬鹿言ってるのそっちだろ!この助平!落ち着けって!」

「・・・いや、待てよ?オレが勝ったらどうなるんだ?」

「好きにして構いませんわ。わたくしは負けませんから」

「マジで!?セシリアちゃん今の言葉覚えといてな!?」

「勿論ですわ」

「よっしゃ!やってやるぜ!!」

 

 戦う理由を見付けた光也は天に拳を突き上げてから、その拳をセシリアに向けて下ろした。それから、人差し指だけ伸ばして指を指す。

 

「セシリアちゃん。もしもオレが勝ったら、結婚を前提に付き合ってくれ」

「はい!?」

 

 セシリアは自身の耳を疑った。コイツは、まだそんな事を言っているのかと。その件は昨日、セシリアが光也を振って終わりになったのではないのかと。

  しかし、目の前に立つ光也の瞳は真剣そのもの。セシリアは、もう一度確かめるように光也に問うた。

 

「・・・本気ですの?」

「あぁ。いきなり求婚するのは流石にやり過ぎだと思ったからな。付き合ってから、互いの事を知って、それから結婚しよう」

「ッ、絶対に負けられませんわ!」

「奇遇だな、オレも同じ事考えてた。やっぱり運命?」

「世の女性の為に死になさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ。〜とある人物との電話〜

 

 

 

 

 ?『近々、日本に行く事が決定しました。光也殿に会えるのを楽しみにしてます』

 

 光也『あ、久し振り。日本に来るのか?そしたら、観光は任せてくれて良いんだぜ☆』

 

 ?『観光は・・・。まぁ、少なくとも三年間はそちらに在住するかと』

 

 光也『へぇー、そうなんだ。細かい日にちとかわかったら連絡して。空港迄オレが迎えに行くから』

 

 ?『いや、光也殿の手を煩わせる訳には・・・』

 

 光也『気にすんなって。オレが行きたいだけだから』

 

 ?『ッ!は、はい!よろしくお願いします!』

 

 光也『おう。・・・・・・それで、要件はそれだけ?』

 

 ?『あ、その、IS学園に入学したと聞きましたが。どうですか?』

 

 光也『どうですか?って、また曖昧な。まぁ、楽しいよ。昨日も今日も美人にプロポーズしたし』

 

 ?『(ミシッ・・・!)』

 

 光也『え、何の音!?大丈夫!?』

 

 ?『相手はダレデショウカ?』

 

 光也『あの、・・・すみません。ちょっとした嘘でした。だからその恐ろしい声と、電話越しに抹殺とかブツブツ呟くのを止めて下さい』

 

 ?『・・・・・・嘘、ですか?』

 

 光也『はい』

 

 ?『・・・そ、そうですよね!光也殿はそんな気軽に女性にプロポーズするような軽薄な人ではありませんよね!』

 

 光也『ア、アタリマエダロー?』

 

 ?『よく考えてみればそうでした。疑ってしまい申し訳ありません。ーーでは、私はこれで』

 

 

 ブツリ。

 




果たして、光也はセシリアとの決闘に勝利する事が出来るのか!?そして、電話の相手は一体誰なのか!?

最近、友達の家でファイズを見始めました。話面白いし、海堂がメッチャ格好良いので好きです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

お気に入り件数が1000を超えたので、近い内にまた記念のお話を書こうと思います。ありがとうございます!

今回のお話は、興が乗って勢いで書いたので、後ほど訂正を入れると思います。


「遂に今日か・・・・・・」

「今日だなァ・・・・・・」

 

 朝の食堂。一夏と、その対面に座る光也が遠い目をして呟いた。窓の外の景色を見ているのか、それとも別の何かを見ているのか。一夏の隣に座る箒は、そんな二人に注意をする。

 

「何だ二人共。食事中にそんな顔をするんじゃない」

「でもさ、箒。この一週間俺はまともな特訓をしてないんだが。不安になるのも仕方無いだろ」

「そう言やそうだな。初日はオレと一緒に居たけど、次の日から何してたんだ?」

「箒に頼んだんだよ。どこかの誰かさんはいつの間にか束さんとイチャ付き始めるし。その後は千冬姉に連れてかれてるしで頼りにならないからな」

「だとしたらアレか。一夏ちゃんと箒ちゃんは今日迄毎日、放課後は二人きりで良い雰囲気になってたっつうのか!?」

「そ、そんな訳無いだろう。真面目に特訓をしていたぞ」

 

 光也の言葉を否定する箒だが、嬉しそうに言われても説得力は皆無というものだ。ジト目で光也が箒を見詰めてみる。

 

「な、何だ」

「いや、別にー?楽しかったんでしょーねー」

「そう言う光也も、あの遊び以降は何してたんだ?」

「聞きたいか?」

「聞かせたいのか?」

「聞かせたいな」

「じゃあ、話してくれよ」

「おう。分かり易く言うとだな・・・・・・生きてる事って素晴らしい」

「バッチリ分かり難いんだが!?」

「よせ、一夏。恐らく光也は怪しい宗教に嵌ったのだろう。そっとしておいてやれ」

「そうだったのか」

「な訳ねェだろ。美人で可愛い千冬お姉様に毎日扱いてもらってたんだ。・・・・・・扱いてもらうってなんかエロくね?」

「分かる」

「一夏!?」

「冗談はさて置き、千冬ちゃんのお陰で身体が重くて重くて。筋肉痛が二日間で終わってラッキーだったぜ」

 

 二人の女性に甘えるという特訓名義のおふざけが千冬にバレた翌日から、光也は放課後毎日千冬に稽古をつけてもらっていた。

  放課後から最初の二時間は、ISについて理解を深める為の座学(覚えが悪いと千冬からのありがたいオシオキ付き)。

  夕飯を食べた後は、消灯時間ギリギリ迄実技。と言っても、ISに乗って行う実践形式の稽古ではなく、光也が千冬に一方的にボコボコにされるだけの時間だったが。

  アレは絶対に私情を含んでいたーー光也はその時の稽古についてこう語る。

  とは言え、光也はその時間が無駄だとは決して思わなかった。戦術理論が役に立ち、千冬からの一方的な暴力が気付かぬ内に光也の反射神経を磨き上げている。

  という話ではなく。

  ただただ単純に、千冬のような美人と二人きりでいられたのが嬉しかっただけ。美人と二人きりならそれは稽古に限った話ではない。例えば罰として、可愛い子と放課後に教室の掃除をしていても嬉しいと感じるしーーぶっちゃけ、光也としては美人や可愛い子と一緒にいられるならどんな状況でもバッチコイなのだ。

 

「見ろ、箒。光也はちゃんと特訓してたらしいぞ」

「う、五月蝿い!こっちだって特訓はしていただろう。何が不満なのだ!」

「なぁ光也。俺と箒は、この一週間何してたと思う?」

「愛を育んでたんじゃねェのか?」

 

 殴られた。

 

「最近、一夏ちゃんが暴力的で泣きそう・・・」

「で、何してたと思う?」

「あー、分からん。訓練機が借りれてない事は確かなんだが。座学オンリーとか?」

「不正解。オレと箒はこの一週間、ひたすら剣道をしていたんだ」

「は?」

「何も不思議ではないだろう。一夏と光也は決闘をするんだからな」

「・・・・・・一夏ちゃん、骨くらいは拾ってやるからな」

「・・・・・・おう、頼んだ」

「何だその顔は!」

「箒ちゃん。決闘がISで行われるのは分かってるよな?」

「当たり前だ」

「箒ちゃんって、ISについて一夏ちゃんに何か教えてあげた?」

「コイツはそれ以前の問題だ。私と離れてから、すっかり腑抜けてしまっている」

「だから、剣道で感を取り戻させようと?」

「う、うむ。お陰で、幾分かはマシになった」

「・・・・・・あれ?そう言われると、箒ちゃんの特訓もあながち間違いではねェのか?」

「み、光也?」

 

 顎に手を当てて考え始めた光也に、不安気に声を掛ける一夏。この場面で、一夏が光也と箒のどちらを信用しているのかが分かってしまう。それはただの付き合いの差なので、そんな一夏を見て箒が光也に嫉妬しているのも可笑しい事なのだが。

  恋する乙女は盲目、という事で。

  長い思考の末、光也は一夏の目を見ながら口を開いた。

 

「一夏ちゃん」

「お、おう」

「そろそろ行かなきゃ間に合わねェぞ」

「は?」

 

 トレーを持ち、立ち上がる光也。慌てて一夏と箒も立ち上がった。

 

「え、ちょ、おい!何を考えてたんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘直前。

 

「織斑と唐澤には、専用機が用意されている」

「専用機って確か・・・・・・オルコットさんも持ってるアレだよな」

「あぁ」

「で、千冬姉。何でーー」

「学校では織斑先生と呼べ」

「お、織斑先生。どうしていきなり専用機が?」

「詳しい事は知らんが、アイツが妙にやる気でな。織斑の機体に関しては、日本が製作を手掛ける予定だったんだが・・・途中で計画が頓挫したんだ。それをアイツが強引に引き継いで完成させたという形になる」

「・・・・・・束さんが」

 

 その名に思い至り、納得する一夏。天災にかかれば、ISの製作など容易いのかも知れないな。と思った。

  光也と束以外は誰も知らない事だが、光也の機体に関しては束が一から作ったモノだ。『みっくんにおねだりされたら』と鼻息荒く、赤い鼻水が出る程に自慢の脳をフル回転させて、目の下に濃い隈を作りながら製作していたのは内緒。

 

「オルコットはもう準備が出来ている。織斑と唐澤、どちらから出るのかは決めているよな?」

「は、はい」

「勿論だぜ、千冬ちゃん」

 

 二人は笑顔で返答し、それから千冬に背中を向けた。顔を近付けて、千冬にバレないように小声で話す。

 

「とは言いつつ、決めてなかったよな。どっちから出る?」

「あー、光也から出たらどうだ?千冬姉に特訓の成果見せたいだろ?」

「いやいや、一夏ちゃんこそ。幼馴染に良い所見せないでどうすんだよ。ここで一発ドカンとぶちかまして、クラスの女の子からの不能疑惑を払拭しとこうぜ」

「俺クラスの女子からそんな疑惑かけられてんの!?」

「不可能って言われるよかマシだろ。・・・・・・良いか?一夏ちゃん。お前は色んな人に期待されてるんだ。千冬ちゃんを始め、箒ちゃんにクラスメイトの女の子。二、三年生のお姉様方もスーパールーキー織斑一夏ちゃんを一目置き始めてる。・・・・・・あ、『スーパールーキー織斑一夏』って横棒いっぱいあるよな」

「折角心に響きそうだったのに何て事言うんだよ」

「まぁ、つまりだ。一夏ちゃんは横棒が五つも使えるくらい凄い奴だって事だ。自信持って先陣切っとけ」

「理由付けが訳分かんないな、それ。・・・だけど、親友にそこまで言われたんだ。俺もやるしかーーって、危ない!危うく乗せられる所だった!」

「チッ」

「俺は最初なんて嫌だからな!二番手として光也とオルコットさんの試合を見ておいた方が有利だし、オルコットさんも体力を消耗してるから俺が勝てる可能性が上がるだろ!」

「本性表しやがったなこの野郎!そもそも、オレはこの決闘自体まだ納得してねェ事を忘れるなよ!誰の所為で巻き込まれたと思ってんだ!!」

「何だと!?」

「おぉう!?」

「止めんか、馬鹿共」

 

 内容を聞かれていたらしく、二人揃って出席簿で叩かれた。その衝撃で気絶して決闘から逃れようと思った光也だが、バレない訳がないので止めておいた。

 

「唐澤、お前から行け」

「えぇ!?」

「よっしゃ!」

「納得出来ませんって!どうしてオレなんすか!?」

 

 抗議の声を上げる光也。その瞳には『徹底抗戦』と書かれていて、容易には納得しない意思が感じ取れた。

  千冬は光也に近付き、光也の肩に手を置いて優しく語り掛けた。

 

「・・・先陣切って戦う男と、その後から戦う男。果たして、女子の目にはどちらが印象的に映るのだろうな?」

「そりゃァ、勿論ーー」

 

 いや、待てよ?と光也は口から出そうになった結論を寸での所で呑み込む。

  確かに二番目の方が、セシリアの動きをよく見ていれば最初に出るよりかは試合になるかも知れない。しかしだ。幾ら不恰好でも、幾ら泥臭くても、最初に出て戦った方が男の子らしいのではないか?

  光也は考える。この学園に入学した理由を。何故自分はIS学園に入学したのかを。

  モテる為だろう?女の子とキャッキャウフフする為だろう?

  光也は知らない内に、心の中で炎をメラメラと燃やしていた。そうだ、二番手よりも、先陣切って戦う方が滅茶苦茶格好良いじゃん。とモテる為の算段を立てていた。

 

(良いぜ、やってやるよ!セシリアちゃんを傷付けずにどうにかしてセシリアちゃんに勝ち、可愛い女の子達から黄色い声援を貰うんだ!これはハイスピード学園ラブコメじゃねェ!イチャイチャハーレム学園ラブコメだ!!)

 

「千冬ちゃん、オレ、やるよ」

「フッ・・・そうか」

 

 光也の決意を聞いた千冬の顔はどこか嬉しそうだった。

 

「オレの機体はどこに?」

「あぁ、それなら」

「ここにあるよ!」

 

 千冬が指差した先には、うさ耳を付けた超絶美人が愛らしい笑顔を振りまきながら光也に手を振っていた。

 

「・・・束姉って、そんなポンポン出てきて良いのか?」

「束さんの行動は、誰にも制限出来ないのだよ!ってそれよりも、これがみっくんの機体ーー名付けて氷魚(こまい)!!」

「こま、い・・・・・・」

 

 束の口から出た、光也の専用機の名前。

  氷魚。

  光也は氷魚に触れながら、その名を呟いていた。

  青と言うには薄過ぎて、水色程濃くもない。かと言って透明な訳ではなく、光也の脳にはしっかりと氷魚の色が認識されている。冬の朝、湖に張った氷のような色に近いかも知れない。

  氷魚の装甲を優しく撫でる。

  氷魚越しに向こうの景色が見えたりはしないが、どこか色が薄く見える。半透明?

 

「気に入ってくれたかな?束さんの自信作なんだけど」

「束さん・・・・・・ありがとうございます!滅茶苦茶格好良いです!」

「う、うん。どう致しまして」

 

 女子に手を上げるのは嫌うが、それは女子に限った話。光也も普通の男の子。やはり、テレビの向こうの『敵をバッタバッタと薙ぎ倒すロボット』というモノに憧れを抱いているのだ。それが現実にやってきた嬉しさのあまり、束の手を取って感謝の言葉を述べる。手を取られた束の顔は、平静を装いながらも赤面していた。

 

「氷魚、か」

 

 改めてその名を言葉にする。

 

(なんと言いますか・・・・・・感慨深い。世界に四百幾つかしかないISの内の一つが、今オレの目の前にーーしかも、オレの専用機として立っている。燃えてきた)

 

「さて、感謝の言葉を述べるのもそこら辺にしておけ。唐澤、準備しろ」

「あれ、ちーちゃん嫉妬?」

 

 光也と束の間に入った千冬は光也に決闘の準備を促し、何か千冬の気に触る事をほざいた束にはアイアンクローを御見舞いしておいた。

 

「まずは起動させてみろ」

「あい」

 

 光也は千冬に言われた通り、自分の心を惹き付けて止まない氷魚に手を触れた。瞬間、氷魚と接触している右手の手のひらから様々な情報が流れ込んでーー

 

「・・・・・・」

「どうした、唐澤。アリーナを使える時間は限られているんだぞ?早くしてくれ」

「・・・・・・」

「唐澤、ふざけているのか」

「・・・・・・・・・・・・」

「光也?」

 

 遂には名前で呼んでしまう程、千冬は戸惑っていた。千冬の言葉に光也が反応しない事など、出会ってから今迄一度も無かったからだ。どんな時でも、千冬の声を聞けば鬱陶しいほどの反応を見せるのが光也なのだ。

  しかし、今の光也は異常だった。千冬の言葉に耳を貸さず、ISに手を触れたまま動かない。業を煮やした千冬は光也に近付き、肩を揺すった。

 

「おい、大丈夫か?」

「・・・・・・、ち、千冬ちゃん」

「どうしーー泣いているのか?な、何があったんだ!」

「ヤバいかも知んねェ・・・・・・」

「あ、ああ。大丈夫だ、落ち着け。ほら、これで涙を拭くと良い」

「あ、あざっす」

 

 スーツのポケットからハンカチを出し、涙目の光也に手渡す。光也は礼を言ってからそれを受け取り、ゴシゴシと目元を擦った。

  落ち着かせる為に、数回深呼吸をさせてから千冬は光也に問うた。

 

「一体どうしたんだ?」

「千冬ちゃん・・・・・・」

 

 嗚咽を抑えるように、一度言葉を切ってから、光也は言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ISが起動出来ねェ」

 




短編として、ベタですけど、ヒロインが全員ヤンデレ化とか面白そうだなぁ。何よりヤンデレ好きだから書きたい気持ちはある。

タグを追加しました。色んな方から光也と一夏のやり取りを褒めていただき、愛されてるなぁ〜と喜びながら追加しました。この作品をよく表したタグなのではないかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

戦闘シーンの描写が難し過ぎます・・・。
あと、ラファール・リヴァイブについては「こんなんだったっけか?」と思いだしながら手探りで書いているので、間違っていたらご指摘お願いします。

銭湯シーンなら大好きなのになぁ。


() 光也のその一言に、誰もが驚いたのは言うまでもない。が、その中でも一番驚いたのは開発者である束だった。半泣きになりながら光也に詰め寄る。

 

「ど、どういう事!?やっぱり束さんのISが気に入らなかったのかな!?」

「そんなんじゃ無いって!本当に起動出来ないんだよ!」

「あぁもう!貸して!」

 

 束が光也の左手を取り、氷魚(こまい)に触らせる。

  結果は変わらず。光也の手のひらに冷たい感触が伝わってくるだけ。

 

「・・・・・・嘘」

 

 そう驚愕する束が、事の重大さを物語っていた。

 

「・・・こ、こういう場合ってどうなるんですか?」

「知らん。何せ、前例が無い事態だからな」

 

 声を震わせながらの一夏の言葉に千冬が返す。それから束の方を見やるが、束は呆然と何かを呟いているだけ。そんな束に千冬が強めの声で問い掛ける。

 

「おい、どうするんだ」

「・・・まだだよ」

「?」

 

 束の返答に、千冬は眉をひそめた。

 

「ちーちゃん。ラファール・リヴァイブを用意して」

「いきなり何を」

「早く!ラファール・リヴァイブーー量産機なら、みっくんも起動出来るかも知れない!」

「・・・山田君、頼んだぞ」

「分かりました」

 

 千冬に指名された真耶は、どこかに電話し始めた。

  ・・・因みに、束が打鉄ではなくラファール・リヴァイブを用意させたのは、光也の実力を鑑みて、汎用性が高い機体の方が良いと考えたからだ。

 

「ラファール・リヴァイブって言えば・・・」

「ISの量産機の一つだ」

 

 そう説明された光也は、深緑色の機体を思い浮かべた。思い出すのは、入学試験の時の事。まぁ、その時乗っていたのがラファール・リヴァイブだったのかは定かではないのだが。光也が覚えているのは機体の事ではなく、

 

(相手の教官の脚、綺麗だったなァ)

 

 だった。

  涙はいつの間にか止んでいた。そうだ、へこたれていても仕方が無い。氷魚に乗れない以上、束が言っていたラファール・リヴァイブで頑張るしかあるまい。

 

「ラファール・リヴァイブが届きました!」

 

 ピットの中に、ラファール・リヴァイブが現れる。

 

「織斑は出撃の準備をしておけよ」

「俺!?」

「当たり前だろう。コイツのセッティングには少しばかり時間が掛かる。オルコットをいつまでも待たせる訳にもいかんからな」

「・・・分かりました。ーー光也」

「どしたん?一夏ちゃん」

「俺は二番手も十分格好良いと思うぜ。じゃあな、行ってくる」

 

 一見、よく分からない一夏の言葉。しかし、光也はその意味をすんなりと理解した。ポツリと、ニヤけながら呟く。

 

「・・・格好良過ぎンだろ、一夏ちゃん」

 

 一夏の専用機、白式。『白』という色が名前に入っていつつも機体の色はどこか暗く、真っ白ではない事に疑問を覚えたが、その疑問は他の出来事に上書きされてすぐに消える。

  一夏が白式に触れてみると、懐かしい感情が込み上げてきた。コイツとは初対面の筈なのに、初めて会った気がしない。その感情は奇しくも光也と出会った幼少期を思い出させ、白式への親近感を湧かせた。

 

(コイツとなら、行ける)

 

 一夏は直感し、笑った。

  千冬の説明を受けながら白式に乗る一夏を見ながら、光也も準備を始めた。無論、ラファール・リヴァイブに乗る為のだ。

  光也が氷魚に乗れなかった理由は、ISの適性が無くなったりしたからではない。

 

(氷魚が、まだオレを認めていないのかもな)

 

 自嘲気味にそう結論付ける。

 

(そうだ。まだ数十分程度しかISを動かしていないオレみてぇなペーペーの素人が、初戦から専用機を扱える事がおかしいンだ。そんな事が出来るのは選ばれた人間(一夏ちゃん)くらいだ。専用機に釣り合うくらいにもっと強く、そして上手くならねェと。氷魚を問題無く起動させられるくらいの人間にならねェとな)

 

 女の子と戦うのは嫌だけど。語末にそう付け加えるのも忘れない。技術向上の訓練の相手は全て一夏に頼むとしよう。そうしよう。

 

「一夏。鍛錬は嘘を吐かん。全力で行け」

「あぁ。一週間、付き合ってくれてありがとうな。箒」

 

 白式に乗った一夏を見上げながら、箒が一夏に激励を送る。それに一夏は、女殺しのイケメンスマイルで応える。そのイケメンスマイルにやられた箒は顔を赤く染め、一夏に悟られまいとそっぽを向いた。

 

「気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬姉。いつでも行ける!」

「だから私は織斑先生と・・・いや、今は良しとしよう。一夏、勝ってこい」

「あぁ、行ってくる!」

 

 ピットから勢い良く飛び出していく、一夏と白式。光也はそれを少し羨ましく思いながら、視線をラファール・リヴァイブの隣の氷魚に戻した。

 

「悪ィな。今回はお前と一緒に戦えないみてぇだ。また今度ーーオレがもっと強くなったら、一緒に戦わせてくれ」

 

 他の人に聞かれると小っ恥ずかしいので、小声で氷魚に語り掛けた。その際にもう一度触ってみるが、やはり反応は無かった。

 

「・・・・・・みっくん、ごめんね。束さんの所為で」

「そんな事無いって。きっとアレだ。この機体は強過ぎるから、セシリアちゃんを可哀想に思った神様がストップを掛けたんだ。最強ハンサムボーイ唐澤光也には、専用機相手にも量産機でも事足りるってな」

「・・・・・・馬鹿」

 

(小声での『馬鹿』は可愛い過ぎますよぉぉぉ!もう、束姉の天使!天使兎!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピット・ゲートから飛び出した一夏を待っていたのは、見るからに不機嫌そうな顔をしたセシリアだった。

 

「レディを待たせるなんて、あなた方はつくづく教養の無い馬鹿ですのね」

「うっせぇUMK」

「ゆ、ゆーえむけー?」

「ユナイテッド・メシマズ・キングダム」

「ムキー!もう許しませんわ!情けをかけようかと思ってましたが、止めです止め!完膚無きまでに叩き潰しますから覚悟なさい!」

「やってみろよ!」

 

 売り言葉に買い言葉でそう返した一夏の目の前に【警告】の文字が浮かび上がる。何だコレはと疑問に思っているとーー

 

「ーーな!?」

 

 被弾。ダメージ46、シールドエネルギー残量521、実体ダメージレベル低。そう白式が教えてくれた。

 

「さあ踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

「決めゼリフのつもりかよ!」

 

  セシリアからの攻撃に焦りながらも、次弾に備えて移動する。

 

「遅いですわ!」

 

 しかし、その移動も遅くてはただの動く的。被弾した。

 

(拙い!このままじゃ一方的にやられる!どうすれば!)

 

 情報だけは次々と視界に浮かび上がるのに、一夏自身がそれを使いこなせないまま試合は進む。

  情けない。

  一夏は悔しげに歯噛みする。

 

(威勢良く喧嘩売っておいて、俺はこの様なのかよ!)

 

 もっと早く。

 

(こんなんじゃ、一週間特訓に付き合ってくれた箒にーー世界最強の千冬姉にーーオレの親友に顔向け出来ないだろ!)

 

 もっと早く。

  早く。

  セシリアが一夏に狙いを定めるよりも早く。高速で移動をしなければ。

  気付けば、被弾の数は見るからに減っていた。一夏がどれだけ高速で移動しようとも、ハイパーセンサーが動体視力を補助してくれて、視界は快適。加えてズーム機能。セシリアの顔も良く見えて、一夏の動きに苛付きながらスターライトmkIIIの引き金を引いているのが分かる。

  剣道の試合に於いて、焦った方が負ける。そんな持論を特訓の最中に箒が語っていたのを不意に思い出す。

 

(落ち着け、俺。オルコットさんは今焦りながら攻撃をしている。それを上手く逆手に取れれば、俺にも勝機がある筈だ!ーー)

 

 自分の武器を確認してみる。相手が銃を使うなら、こっちだって。そんな対抗心を燃やし、移動しながら装備欄に目を移す。

 

「・・・・・・?」

 

  見間違えてしまったようだ。セシリアの隙を見付けて、もう一度装備欄に視線を。

 

(・・・・・・可笑しい、可笑しいぞ!?何で装備欄には刀一本しか表示されないんだ!?)

 

 訳が分からないが、やるしか無い。刀を取り出し、構える。今いる場所が空中なので、剣道のような構えにはどうしてもいかなかった。片手で刀を握りながらセシリアの方へ飛ぶ。

 

「銃に刀で挑むおつもりで?笑わせないで下さいな!」

 

 閃光。一夏は機体を滅茶苦茶に動かしてそれを躱しながら飛び続ける。どうやら、初心者特有の予測出来ない動きが、セシリアには効いているようだ。

 

「喰らえ!」

「くっ・・・!」

 

 刀を横薙ぎに振るう。セシリアはそれをスターライトmkIIIで強引に受け、振り払う。体勢を崩した一夏の腹に、容赦無く引き金を絞った。

 

「ぐあっ!」

 

 飛ばされ、最初の距離感に戻される。攻め切れない事実に歯噛みしていると、一夏の周囲を何かが飛んでいる事に気付いた。

 

「何だ?」

 

 視界にソレの正体が表示された。ブルー・ティアーズのどうたらこうたらと堅苦しい説明が分かり易く(分かり難く)書かれていた。

  要するに、セシリアの装備の一つらしい。

  白式が分かり易く名称を考えてくれたようで、一夏はそれに倣ってビットと呼ぶ事にした。

  ビットの数は合計四つ。一夏の周りをグルグルと回っている。

 

「初心者にしては耐えた方ですが・・・もうお終いですわね」

「まだ分からないだろ」

「いや、分かりますわ。ほらーー」

 

 一夏の死角からビットに攻撃され、被弾。衝撃に合わせて白式のエネルギー残量が減った。

  ビットは立て続けに攻撃する事は無く、セシリアが会話している間はグルグルと一夏の周りを周回するに留めていた。余裕の表れか?と一夏はセシリアを怒りの感情で睨む。

 

「弱者に睨まれても、わたくし全然怖くありませんことよ?」

「ッ・・・・・・!」

「大体、もう一人の馬鹿はどうしたんですの?わたくしに結婚しろと威勢良く言い放っておきながら、まさか最初のお相手はあなただったなんて」

「そう残念がるな。光也は、一度言った事は必ずやり遂げる男だ」

「残念がってなどいません!」

「そうかよ・・・生憎だが光也は、今お前を倒す為のイメージトレーニングで忙しいんだ。だから、俺が先に出た」

 

 光也の事情を明かす訳にはいかなかったので、一夏は即興でそれっぽい言い訳を考えた。しかしセシリアはその言葉を少しも信じていないようで。鼻でフンッと笑いながら否定する。

 

「どうだか。怖気付いただけではなくて?」

「そんな訳ねぇだろ!」

「一人は銃に刀で挑む愚か者。もう一人はわたくしに恐れを為した臆病者。あぁ、恥じる事はありませんよ?男とはそういうモノなのですから」

「ッ!!」

 

 その一言が決定打だった。親友と男を馬鹿にされた怒りが、一夏の背中を押す力となる。その力は偶然にも瞬時加速(イグニッションブースト)という形で、一夏にチャンスをもたらした。

 

「あなた、そんな芸当を!?ーーく、このッ!」

 

 セシリアがビットを操作し、一夏の前に移動させる。四つのビットは瞬間的な盾となり、一夏の行く手を阻む。

 

「邪魔だ!」

 

 しかし、瞬間的は瞬間的。盾は一夏による一閃でいとも容易く爆散し、その爆煙の中から、機体に煙を纏わせている一夏が飛び出す。

  それをハイパーセンサーで見ていたセシリアの目は、白式の色が変わっている事に気付いた。先程迄は、真っ白には届かない名状し難い色をしていたのに、今は真っ白だ。その理由は、機体の速度と、一夏の手に握られている刀が変形していたのですぐに理解する。

 

「まさか、今迄初期段階のまま戦っていたと言いますの!?」

 

  両者間の距離、僅か。

  セシリアは一夏が今迄初期段階で自分と戦っていた事と、ビットを破壊された事による驚きのあまり、次の行動に移せなくなっている。

  一夏は対象との距離感を把握してから、変形した刀ーー零落白夜を振り被る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏対セシリア・オルコットの決着が付く数分前。ピット内にて。

 

「・・・・・・織斑君、凄いですね」

 

 ピット内のモニターで試合を観戦している真耶は、隣で試合を観ている千冬に話し掛けた。その際にチラリと横顔を窺う。

 

「いや、まだまだだ」

「そうですかね?代表候補生相手にこの立ち回りは、中々だと思いますけど」

「アイツは焦っている。落ち着けと自分に言い聞かせているんだろうが、その自己暗示で焦ってしまっている。アイツは一つの事に関する集中力は上だが、それ以外は駄目だ。ほら、観てみろ。手のひらを開閉させているだろう?あれをやる時は、大抵初歩的な事でミスをする」

「あっ、被弾しちゃいましたね・・・」

「ほらな。・・・しかし、アイツの装備も刀一本だけ。攻めあぐねているようだな」

 

 画面の向こう。一夏は飛び回りながら刀を一生懸命振り回しているが、セシリアには当たらず、カウンターで攻撃を喰らっている。

 

「大丈夫でしょうか、織斑君」

「さあな。ーーおい、そっちはどうだ?」

「うん、概ねバッチリ。みっくん、コレを起動させてみてくれるかな?」

「了解っと」

 

 柔軟をしていた光也は、それを切り上げてラファール・リヴァイブに近付く。一夏が頑張っているのだ、オレも負けていられない。そんな思いを持ちながら近付く。

  ラファール・リヴァイブの隣で何やら調整をしていた束の目は少し充血しており、光也は申し訳無い気持ちになった。

 

「束姉、本当にありがとうな」

「い、いきなりどうしたの?嬉しいけど」

「束姉が、オレ達の為にここまでしてくれているのが堪らなく嬉しいんだ。・・・女の子には死んでも危害は加えるつもりは無ぇけど、オレ、頑張るから」

「みっくん・・・・・・」

「おい、何を良い雰囲気を醸し出しているんだ。試合が終わったぞ」

「どっちが勝ったんだ!?千冬ちゃん!!」

「落ち着け。勝ったのはオルコットだ。一夏も惜しかったんだがな・・・エネルギー残量の計算がまだ出来てなかったようだ」

「な、何だと・・・・・・?」

「まぁ、一夏も良くやっていた。戻ってきたら労ってやれ」

 

 そう語る千冬は僅かながら優しい笑みを浮かべていて、それを見た光也は、一夏が代表候補生相手にどれだけ健闘したのかを悟った。

  釈然としない顔で一夏がピットに帰還。千冬に教えてもらっていたISの解除方法で白式を待機状態に戻した一夏の元へ、光也は準備そっちのけで駆け寄った。

 

「一夏ちゃん!」

「光也!」

「凄ぇじゃんかよ、一夏ちゃん!セシリアちゃん相手に引けを取らなかったらしいじゃねェか!」

「あぁ、俺も良い所迄行ったと思ったんだけど・・・何で負けたんだ?」

「エネルギー残量を考えないからだ、馬鹿者」

「千冬姉」

「まぁ、それに関しては後ほどみっちり教えてやるから覚悟しておけ」

「光也ぁ・・・」

「お前は良く頑張ったよ。ゆっくりお休み。心配しなくても大丈夫、誰にも邪魔されないから」

「死ぬ間際の人間に言う台詞だよな、それ!」

「ふざけるのは全てが終わった後にしておけ。・・・オルコット側の機体の整備や補給等の事を考えて、光也の出番は四十分後だ。心の準備を済ませておけよ」

「了解!千冬ちゃんに名前で呼んでもらえたオレは無敵だぜ!」

「唐澤、あまりアイツを待たせてやるな。行け」

「んもう、千冬ちゃんったら照れ屋さぐほぁ!!」

 

 千冬から愛のある腹パンを頂戴して、束の元へ戻る。光也が戻ると同時に箒が一夏に駆け寄り、何やら笑顔で話していた。

 

「ごめん、束姉」

「ううん、平気平気。ーーじゃあ、改めてISを起動させてくれるかな?四十分しか無いけど、簡単な操作ならここでも出来ると思うから」

「了解」

 

 頷き、手を伸ばしてラファール・リヴァイブに、触、れ・・・・・・るーー

 

 

 




次回で、クラス代表決定戦は終わる予定です。

俺、この戦い(クラス代表決定戦)が終わったら、めいいっぱいふざけるんだ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

大変お待たせ致しました。本っ当に申し訳ないです。

今回のお話は凄い難産で、あーでもないこーでもないとボツを繰り返しました。大筋が決まってからは勢いでズバーッと書いたので、会話的に不自然な点があるかも知れません。

勿論、今回の事は申し訳無く思っていますが、もしかしたら今後こういう事があるかも分かりません。そう言った時の為に、もう一つ物語を作りました。
ヤンデレ系です。詳しくは私の名前をクリック!
話が行き詰まった時に息抜きとして試しにヤンデレのお話を書いてみたら、あらやだ筆が進むや進む。
訳分かんないと思いますが、こういう事です。こっちの更新が遅れていたら、もう一つの方を確認してみて下さい。もしかしたらそっちは更新しているという不思議な現象が起きている筈です。
皆様を退屈させないように、これからも頑張るつもりです。応援よろしくお願いします。



 気が付くと、辺りが静かになっていた。

  束の口から流れるISについての説明も。

  真耶の、モニターを観ながら何やらキーボードを叩いて作業をしている音も。

  労う箒と、それに笑顔で応える一夏の声も。

  ピット内にも微かに入ってきていた、観客席からの喧騒も。何も聞こえない。

  先程迄は異常無く聞こえていた音が、聞こえなくなっていた。

  不審に思いながらも、先程のあの目眩のような感覚は何だったのだろうかとラファール・リヴァイブから手を離して振り向くと、そこには衝撃の光景が広がっていた。

 

(オレを驚かす為のフラッシュモブ・・・って訳じゃ、無さそうだよなァ)

 

 誰も彼も、不自然な体勢での停止。腕を組んで目を瞑っている千冬や、キーボードを叩いていた真耶はまだしも、一夏と箒は歩いている途中で止まっている。

  理解不能。光也は混乱していた。

 

(何だコレ何だコレ!どうなっちまってるんです!?十八歳未満御断りな漫画やDVDに有りがちな、時間停止的なアレですか!?この隙に女の子をお触り放題なアレでしょうか!?)

 

 取り敢えず、光也は事態の把握の為に歩き出した。自分の靴音や、衣擦れの音は聞こえない。

 

「・・・・・・」

 

 ピット内に居る人間一人ひとりをじっくり見てみる。皆同様に身体は全く動かず、呼吸をしている様子も感じられない。瞬きもまた然り。

 

「・・・・・・どうしちゃったんですかね」

「教えてほしい?」

 

 光也の独り言に、誰かが返した。声のした方へと振り向いてみる。果たしてそこに居たのは。

 

「・・・美少女」

「せいかーい」

 

 自分がつい先程まで触れていたラファール・リヴァイブを背もたれ代わり使い、IS学園の制服を身に纏い、スカートの中身がギリギリ見えない角度で体育座りをしている美少女が見えた。深緑色の髪を緩くウェーブさせて、その毛先を指でクルクルと弄りながら光也を見ていた。

  補足しておくと、光也がラファール・リヴァイブに触れていた時にはこんな子は居なかった。奇妙な現象に首を傾げつつも光也は、

 

「・・・逢えて嬉しい。唐澤光也だ」

 

 穏やかな笑顔と共に光の速さで美少女との距離を詰め、挨拶。視線を美少女に合わせる為に片膝を付くのも忘れない。

  しかしそんな光也の調子も、美少女の次の一言で狂わされる事になった。

 

「死ね」

「は?」

 

 美少女からの突然の暴言。光也は笑顔のまま硬直した。

 

「あー、マジでダルい。ISとか無くなれば良いのに」

「ど、どうしちゃったんだい?訳があるなら話を聞くぜ?」

「・・・亡くなれば良いのに」

「言葉のニュアンスが違うように感じるンだが!?」

「気のせいよ」

 

 何故、目の前の美少女がこんなにも不機嫌なのかは皆目検討も付かない光也だが、取り敢えずコミュニケーションを取る事から始めようと結論付けた。

  取り敢えずは状況を整理してみる。

 

「何故だか分からんけど、オレと君以外の時間は止まっているらしいし、幾らでも時間はあると思うぜ?この様子だとセシリアちゃんも止まってるだろうしな」

「呑み込み早いじゃん」

「いつまでも否定している方が格好悪いと思ったんだよ」

「あっそう」

 

 特に了承も取らずに美少女の隣で同じように体育座りをする。一瞬嫌な顔をされたが、距離を取られない所を見るに『まだ大丈夫』らしい。光也は話し始める。

 

「オレがラファール・リヴァイブに乗ろうとした所で、今の状況に陥ったんだよな。これって君と何か関係ある?」

「どうだろうね」

「じゃあ、関係無いという事で」

「え?」

「オレの最近の食ブームってエビフライなんだけどーー」

「ちょ、ちょっと待って!」

「小さい頃は知らなかったんだけど、エビフライって尻尾の部分も食べられるんだよなーー」

「待ってって言ってるじゃん!そんなにエビフライの話したいの!?」

「エビフライよりも、君を食べたいな」

「カリッカリに揚げられたいの?」

「冗談でございます」

 

 体育座りの姿勢のまま頭を下げる。それと同時に、美少女と普通に話が出来ている事に手ごたえを感じる。

 

「何で関係無いって思ったワケ?アタシの事まだ何も知らないよね?」

「何も知らないからだよ。君が美少女という事しか知らないから、オレは君の言葉を信じるしか無い。ーーまぁ本音を言えば、美少女が言うんだから間違い無いってだけなんだけどな」

「意味分かんない」

「ミステリアスだろ?」

「アンタの場合はただの変人よ」

「(´・ω・`)」

「・・・アンタさ、この状況で何か思う所とか無いの?」

「君が一夏ちゃんを応援しにピット内に入って来たんだったら、一夏ちゃんをぶっ殺さなきゃいけねェなとか。そんなモンじゃねェか?」

 

 美少女の口から溜め息が洩れた。

 

「あっ、そうそう。君の名前が知りたいなァ」

「何よ突然」

「一年生じゃ見覚えの無い顔だし、気になってたんだ。まぁ、二、三年生のお姉様方はまだ覚え切れていないから自信ねェけど。・・・・・・あっ、もしかして先輩でした?」

「タメで良いわよ。アンタの敬語ムカつくから」

「敬語を使えば気味が悪いとかムカつくとか・・・オレはどうすれば良いんだよォ」

 

 隣の美少女が笑った。俯いていた為に表情を見る事は出来なかったのが、とても残念に思えた。何しろ、この美少女が笑ったのは出会ってから今が初めてだったのだから。

  暫し無言。何となく、柄にも無く、自分から話し掛ける事を躊躇われた光也は美少女が声を発するのを、停止している千冬と束を観ながら待つ事にした。

  待つ事数分。美少女が口を開いた。

 

「アタシ、さ」

「うん?」

「生まれてから今まで、自分の存在がコンプレックスだったんだよね」

「そんなに可愛いのに?」

「・・・アンタが見てるのは外見だけなの?」

 

 光也にとっては賛辞つもりだったのだが、冷たい目で非難された。仕方無く言葉を選び、再び言葉を返す。

 

「そんなに良い性格してるのに?」

「ISを操縦出来る男性は一人で十分よね」

「あああああああ!そんなつもりで言ったんじゃないのに耳が千切れるうううううう!!」

 

 閑話休題。

 

「私と同じ子は沢山いるし、自分のオリジナリティって何だろうなぁとかいつも思ってるワケ」

(こんな美少女が沢山いるだと!?天国とは地上にあったのか!?)

「何考えてるのかは大体分かるけど、声に出さなかったのは褒めてあげる。

  ・・・最近になっては名前で呼ばれる事すらなくなっちゃって」

「わ、悪ィ」

「アンタはちゃんと名前で呼んでたから平気」

「?」

「世界最強もISの生みの親も、アタシの事を『量産機』とか『IS』とか言ってさ・・・。結構傷付いてんの」

 

 指の腹で地面に『の』の字を書きながらそう語る美少女。こういう時は何か慰めの言葉を掛けられれば、格好良い大人の男なのだろうが。光也の頭の中は疑問でいっぱいだった。

 

(世界最強とISの生みの親って、千冬ちゃんと束姉の事だよな。何で二人はこの子をそんな風に呼ぶんだ?可笑しくね?この子人間だぜ?)

 

「だから、いっその事ISなんて無くならないかなぁとか考えてーー何よその顔」

「千冬ちゃんと束姉が本当にそんな事を言ったのか信じられねェ。かと言って、目の前の美少女が嘘を言っているとは思えないーーそんな顔だ」

「説明ありがと。言っておくけど、アンタもその場面に居たからね?」

「はぁ?オレと君はここが初対面じゃないのか?」

「え?」

「え?」

「・・・・・・そう言えば、アタシってまだ名乗ってなかったわ」

「あー・・・、確かに。言われてみれば、敬語云々の方に話が流れてたな」

「何か誤解があるようだから、名乗ってあげる」

「ありがとうございます」

「アタシの名前はラファール・リヴァイブ。アンタが乗ろうとしていた機体よ」

「・・・・・・は?」

 

 閑話ky

 

「はあああああああああああああああああああああ!?!?」

「うっさいわね!大声出さないでよ!」

「いやいや、これが驚かずにいられるかよ!え、何!?どこからどう見ても人間じゃん!どういう原理!?」

「知らないってば!なろうと思えばなれるんだから!」

「うっそだろ!?じゃあオレは美少女の上に乗ろうとしていたって言うのか!?ーー何それ興奮する」

「ッ、死ね!」

 

 美少女改めラファール・リヴァイブの気が済むまでボコボコにされる事数分。お互いに息を整えてから話を仕切り直す。これだけ暴れて時間を浪費しても、二人以外の時は止まったままなのだから不思議だ。

 

「ハァ・・・ハァ・・・。君がラファール・リヴァイブだって事は分かった。何で人間になれるのかも、面倒だからもう聞かない」

「良い心掛けね。あと、時間止めてるのもアタシだから」

「サラッと言わないでくれ!また頭が混乱するだろうが!」

「好きなだけしてなさいよ。事実は変わらないんだから」

 

 冷たい口調でそう言うラファール・リヴァイブをどう思ったのか、光也はぼそりと一言呟いた。

 

「・・・・・・いつか絶対おっぱい揉んでやる」

「身体は人間だけど、力はISのソレだからね。覚えといて」

「とても痛い!癖になっちゃうから!」

 

 ラファール・リヴァイブは体育座りのまま光也の腕を締め上げた。限界迄締め上げるとガコンと何かが外れたような音がしたが、ラファール・リヴァイブは素知らぬ顔で話を続けた。

 

「アンタはアタシの事を名前で呼んでくれたから、ある程度は信頼してるけど・・・・・・まだ、アタシを『使わせてあげる』かは未定だから」

 

 他の人間は普通に憎いしね。そう語るラファール・リヴァイブを見て、光也は外れた肩を自分で戻しながら思う。

 

(ラファール・リヴァイブちゃんにとって、ISとか量産機って呼ばれるのはこれ以上無い程腹立たしい事だったんだなァ。オレだって人間とか男って呼ばれたらイラっとくるし)

 

 光也が今すべき事は同情、ではないのだろう。ラファール・リヴァイブの気持ちは光也とは共有出来ないし、例え光也が慰めの言葉を掛けた所で、ラファール・リヴァイブは受け取れないだろう。

  光也は思い付く。ラファール・リヴァイブが感じているコンプレックスを取り除く方法を。

  光也は思い立つ。隣で悲しんでいる美少女が笑顔になれるように。

 

「ラファール・リヴァイブーーいや、ルリちゃん」

「な、何よ。その『ルリ』って」

「ラファー『ル』・『リ』ヴァイブだからルリちゃんだ。そっちの方が可愛いだろ?」

「・・・・・・まぁ良いケド」

「ンじゃあルリちゃん。

  オレは女の子に手を上げる事が大嫌いだ」

「さっき迄乗り気だったじゃん」

 

 それを聞いた光也は、機体の状態でも意識があるんだなァと思いながら話を続けた。

 

「ISに乗るだけじゃあ、暴力にはならないからなァ。あの時のオレが考えていたのは、『如何にセシリアちゃんに触れずに決闘に勝てるか』。それだけだ」

「アンタ、馬鹿でしょ」

「そりゃあな。入学して一週間ぐらいしか経ってないから勉強も実技もまだまだだ」

「何の為にISが武器を持ってるのか分かってないの?」

「武器なんか後付けじゃないのか?ISって元々は宇宙空間での活動を想定としたマルチ何たらかんたらだろ?」

「マルチフォーム・スーツね。そんぐらい覚えときなさいよ」

「まぁ、それが色々あって兵器に成り下がって、最終的にはスポーツにまでなっちまってるんだから、束姉が本当可哀想ーーって、そうじゃなくてだな。オレが言いたいのはそうじゃなくて、操縦者の技術さえあれば、相手に触れずとも勝てるんじゃないか?って事」

「前提から駄目じゃないのソレ」

「オレの操縦技術云々は頑張れば可能になる」

「どうやって」

「どうやって、だと?こうするのさ!」

 

 ラファール・リヴァイブ改めルリからの問いに、ニヤリと笑って光也は体育座りの姿勢から正座に直り、ルリに向かってーー頭を下げた。

 

「・・・・・・土下座?」

「お願いします!力を貸して下さいませェ!!」

 

 冷たい床に額を擦り付け、懇願。後頭部に刺さる侮蔑の視線が痛いが、土下座は止めない。

 

「アンタ、恥ずかしくないワケ?」

「目的の為なら手段を選ばず、温厚にも冷血にもなれる男、ソレが唐澤光也だ!」

「冷血になるよりも冷静になりなさいよ。・・・第一、アタシがどうやってアンタの手助けするワケ?結局操縦するのはアンタ自身じゃない」

「最初にISに触れた時、頭の中に色んな情報が入って来たんだ」

「それで?」

「そんな具合に、ルリちゃんがオレの頭の中に入ってきてオレを操れないかなァ〜って考えたんだけど」

「頑張れば可能って、アタシが頑張ればの話!?アンタの頭の中に入るなんて嫌よ!アンタの頭の中なんてピンク一色じゃない!」

「失礼な!肌色一色だ!」

「意味的にはあんまり変わんないわよ!」

 

 こうなっては埒が開かない。頑なに嫌がるルリに、光也はとっておきの一言を言い放った。

 

「・・・ルリちゃんの事を馬鹿にする人達を、見返せるのになァ」

「その話kwsk」

 

 面白いくらいにルリが食い付いてくれたので、光也は訳を話す事にした。

  光也の思いを現実に出来て、尚且つルリの目的も果たせるーー正にwin_winとなる夢のような話を。

 

「よく考えてみようぜ?専用機持ちの代表候補生相手に、オレがラファール・リヴァイブで勝っちまえばどうなるかを。場はこれ以上無いくらいに騒然とするぜ。スペックでは専用機に劣っている筈の量産機が、専用機に勝ったってな」

「・・・・・・」

「そうなれば、確実にルリちゃんをーーいや、ルリちゃんだけじゃない。世界中の量産機を見る目が変わるぜ」

「・・・・・・それで?」

「だからお願いします。オレの話に乗って下さい」

 

 二人以外の時が止まった世界で、再度土下座。

 

「顔を上げなさい」

 

 言われて、顔を上げて正座の体勢に。仏頂面で光也を見るルリが何を考えているのかは分からない。光也もルリの瞳を見詰める。数秒。ふぅ、と息を吐いたルリはこう言った。

 

「・・・・・・分かった、乗って上げる」

「マジか!?」

「ただし!」

 

 勢いで立ち上がった所で、ルリの一声。光也は我に返ってもう一度正座をする。

 

「出来るかどうかは分からないし、出来た所でアンタに掛かる負担は並じゃないわよ?アタシが考えた挙動にアンタの身体が合わせるんだから」

「分かってる。それでも、オレが女の子を傷付けるよりは全然良い」

「アンタって・・・・・・」

「格好良いだろ?オレってば目的の為なら手段を選ばない男なんだぜ」

「はいはい、格好良い格好良い」

「投げやり!」

 

 大袈裟におどけてみせると、ルリが笑った。今度こそ自分の目に焼き付けたルリの笑顔は、とても素敵なものだった。

 

「アタシ達量産機の地位向上を忘れるんじゃないで。それだけは約束して」

「あァ、約束する」

 

 ルリが一瞬止まって何かを考えていたようだが、特に言いたい事は無かったのだろう。コクンと頷いた。

 

「・・・・・・うん、分かった。アタシを使わせてあげる」

「ありがたき幸せ!」

「アンタとも話せたし、もう良いや。時間を動かすわよ」

「いつでも良いぜ」

 

 さて、どんな手段を用いて、光也はセシリアを傷を付けずに決闘に勝つのか。

 

(ンなのやってみなくちゃ分かんねェ。でも、取り敢えずはーー)

 

 瞬きを一つし終えた時には、何事も無かったかのように時間が動き始めていた。ラファール・リヴァイブに触れていた手を離す。

  ひょっとして先程の体験は、夢なのではないかと思ったりもしたが、アレだけの美少女を夢の中で想像出来る訳が無いとその考えを一蹴。ルリとの約束を果たすべく身体を反転させ、千冬と束の方を向いた。

  耳に入る真耶の打鍵音や、少し離れた位置から聞こえる一夏と箒の会話を少し懐かしく感じながら、口を開いた。

 

「千冬ちゃん、束姉」

「どうした」「何かな?」

「『IS』とか『量産機』とかじゃなくて、ラファール・リヴァイブってちゃんと呼ばないか?その方が、あの子だって喜ぶと思うんだ」

 

 二人からしたら、セッティングの途中に光也が変な事を言い出したとでも思ったのだろう。キョトンと頭上に疑問符を浮かべた。

 

「専用機とか、量産機とか関係ねェと思うんだ。世界最高の技術の結晶には、世界最高の敬意を以ってーーそうした方が良いって思った、ん・・・ですけど・・・・・・」

 

 二人が何も言わずに見詰めてくるものだから、光也は緊張して自信無さげに語尾を濁した。その様子を見て、二人が笑う。

 

「ふふっ・・・・・・光也。お前は優しい奴だな」

「そうだねぇ。束さんも、この子のお母さんなのに扱いが少し冷たかったかも」

 

 ごめんね、と束がラファール・リヴァイブを撫でる。

 

「私も、教師にあるまじき言動だったな。すまなかった」

 

 続いた千冬も、ラファール・リヴァイブに頭を下げた。

  そんな光景を不思議に思いながらこちらを見てくる一夏と箒には、この決闘の後に伝えるとしよう。あぁ、どうせならセシリアとクラスの皆にも伝えた方が良いな。

 

  二人の謝罪を受けたラファール・リヴァイブは、少し喜んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 




予定では、次でクラス代表戦が終了します。そしたら、原作と関係無い日常パートを何話かぶち込もうと考えています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

今回は、実験的な意味合いも兼ねて光也の一人称でお送りします。
いつもより少しだけ文字数が多いです。



「じゃあ、改めてラファール・リヴァイブを起動させてみてくれるかな?」

 

 あぁ、そう言えばそうだった。ルリちゃんと話していてすっかり忘れていたが、セシリアちゃんとの決闘が始まる迄の僅かな時間で、束姉からISの操作に関する指導を受けようーーそんな展開だった。

  オレは束姉の言葉を受けて、再度ラファール・リヴァイブに触れる。先程(時間が止まっていたあの世界を先程と言って良いのかは疑問だが)まで女の子だったラファール・リヴァイブに触れるのは少し躊躇いを覚えたりもしたが・・・まぁ、しょうがないよな!起動させる為だからしょうがない!グゥッヘェッヘェ触っちゃうぞォ!

 

「・・・・・・みっくん、何でラファール・リヴァイブに触るだけなのにヤラシイ目をしてるのかな?」

「気の所為だよ、束姉」

 

 実は、ラファール・リヴァイブは美少女になれるのだ!とか言っても信じてもらえる訳がないので、オレは笑顔で誤魔化した。

 

「いきなりみっくんが、『ラファール・リヴァイブって名前で呼ぼう』って言ったのと関係あったりする?」

 

 しかし流石は、世界中を飛び回る超絶天災美女篠ノ之束。語尾に疑問符をつけながらも、その目は核心に近付いている事を確信していた。

  むむむ、どうしようか。適当に誤魔化すために『実はオレは、機械に興奮する性癖なんだ』と言うわけにもいくまい。

 

「だから気の所為だって。オレがヤラシイ目で見てるのは束姉だよ」

「本人の前で言っちゃうの!?ま、まぁ別に束さんは構わないけどねっ?」

 

 あれ、オレは今何て言った?ラファール・リヴァイブの事について考えていて、自分が何を言ったのかを覚えていなかったんだが。

  ・・・まぁ良いか。取り敢えず笑っておこう。束姉の後ろに居る千冬ちゃんの身体からトンでもない程のドス黒いオーラが滲み出ているが、笑っておこう。

 

「じゃあ、起動させてみる」

 

 一夏ちゃんと箒ちゃんがジッとオレを見ている。オレが氷魚を起動させられなかった事が心配なんだろう。もしかしたら、今回も駄目なんじゃないかと。

  だが、心配には及ばないぜ?

  時が止まった時点でーーオレがルリちゃんと話した時点で、オレにISが反応した事は確定しているんだからな。・・・まぁ、あそこでの出来事が全て夢だと言われたらどうしようもないのだが。

  夢だったらどうしましょう?

  大丈夫だ、と自分に言い聞かせながらラファール・リヴァイブに触れる。

 

『おひさ』

 

 手のひらに伝わる冷たい感触と共に、脳内でルリちゃんのボイスが再生された。

 

「久しぶり」

『あ、もうちょっと声抑えときなって。周りに不審に思われるから』

 

 それもそうか。今のオレの発言は、ラファール・リヴァイブに話し掛ける不思議系な奴っぽかったかも知れない。

  男で不思議系が許されるのはイケメンだけだ。

  いや、もしかしてこれがミステリアスなのか・・・!?

 

「みっくん、身体の調子はどう?変じゃない?」

 

 随分と下の方から束姉の声が聞こえる。意識を外側に傾けると、いつの間にやら自分がラファール・リヴァイブに乗っていた事に気付く。

 

「大丈夫、いつもと変わらないぜ☆」

「光也、大丈夫なのか?」

「大丈夫だって一夏ちゃん。ほら、見ろよこのウインク。いつもよりも三割増しで弾けてるだろ?」

「みんなで応援してるからな」

「華麗なスルー!」

 

 心配してくれた一夏ちゃんに向かってウインクをするも、スルー。

  腕を動かしてみる。自分の腕の動きに合わせてラファール・リヴァイブの腕も動いた。

 

「ルリちゃんは大丈夫か?」

 

 先程の反省を生かし、小声で問い掛ける。

 

『うん、大丈夫。今のアタシの意識はラファール・リヴァイブの中にあるけど、戦闘直前になったらアンタの頭の中に移動するから。・・・それが失敗したら、アンタだけの力で戦わなきゃいけなくなるんだから気を付けなさいよ?』

「了解。その時は土下座でも何でも決めてやるさ」

『カッコ悪!』

 

 まぁ、ルリちゃんが失敗した場合の時の事(最悪の事態)も考えて、この時間は有効的に使わせていただくとしよう。

  武器の出し方や、飛ぶ際の力の入れ方(流石にピット内を飛び回る訳にはいかないので、これは束姉による説明のみだが)等。

  四十分という時間は、意外と早く流れ。気が付いたらオレの出番がやってきた。

 

「心の準備は出来たか?」

「あァ。万全だぜ」

 

 千冬ちゃんからの問いに応える。それと同時に、ルリちゃんに合図をする。

 

「そろそろ頼む」

『りょーかい。取り敢えずはちょこっとだけやってみるから』

「ーーッ!?」

 

 コレを何と表現したら良いのだろう。何かが入ってくる感覚は何物にも形容し難く、ただ言えるのはドクンと身体が一瞬自分の意思とは関係無く揺れた事。これでまだ『ちょこっと』なのだから恐ろしい。ルリちゃんの全てが入ってきたら、オレはどうなってしまうのだろうか。

  オレの一瞬の異変に気付いたのか、千冬ちゃんが声を掛けてきた。

 

「お、おい。本当に平気なのか?無理してないか?」

「あァ、平気だよ。千冬」

「?・・・お前、今」

「どうかした?千冬ちゃん」

「い、いや、何でも無い。ーー光也、必ず勝てよ。勝利以外の報告は許さんからな」

「一夏ちゃんの時よりも条件キツくねェですか?」

「そんな事は無い」

 

 堂々と嘘を吐かれては、不思議と反論する気も失せる。オレは黙って出撃の位置についた。

 

「唐澤君、準備は良いですか?」

 

 キーボードを叩きながら、真耶が問うてきた。オレはニヤリと笑いながら一度は言ってみたかった台詞で応えた。

 

「唐澤光也、出ます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・あなた方は、どこまでわたくしを馬鹿にすれば気が済むのですか?」

「馬鹿にしちゃあいねェよ。セシリアちゃん」

 

 口元を怒りでヒクつかせながらセシリアちゃんがオレに笑顔で問うてきたので、オレもまた笑顔で応える。美少女はどんな表情も美しいというのは本当だったんだな。怒ってるセシリアちゃんも可愛いな。

  アリーナに飛び出したオレを待っていたのは、怒りを隠し切れない表情のセシリアちゃんと、騒つく観客席の女の子達だった。一夏ちゃんと違って、オレが量産機で出てきたモノだから驚いているのかもな。

 

「愚かな貴方は、専用機と量産機のスペックの差はご存知無くて?」

「最近知った。だけどな、セシリアちゃん。スペックで勝負が決まるとは限らないんだぜ?戦いに於いて一番重要なのは」

「技術、ですか?わたくしに意見するのは結構ですけど、まずは貴方が技術を磨いて来たらいかが?貴方はスペックと技術、どちらもわたくしに負けているんですのよ?」

「まぁそうだな。セシリアちゃんの言う通りこの状況は勝ち目が無ェ。本来なら、戦意を失っても可笑しくない実力差だ」

「・・・・・・本来なら?」

「本来なら、な。ルリちゃん、全部頼む!」

『後はまかせなさい!』

 

 指を天に突き上げながら叫ぶ。ルリちゃんが入ってくるのがよく分かる。だが・・・・・・。

 

「ッ!ぐ、あああ!」

「ちょ、ちょっと!?どうかなさいましたか!?」

 

 頭に流れてくる情報の奔流。ラファール・リヴァイブが今迄見てきた記憶からスペックのデータ、更には開発途中の記憶迄、ラファール・リヴァイブの全てが流れ込んできた。その衝撃が物凄い。気を絶ってしまいそうな程の衝撃だ。

  胸を押さえて衝撃に耐えるオレに、敵ながらも心配してくれるセシリアちゃん。以前からオレ達に喧嘩腰な態度だが、本当は優しい女の子なんだよなァと嬉しく感じる。

 

『・・・・・・ピンク色かと思ったら、意外にもまともじゃない』

「あれ、只今オレのプライバシーがダダ漏れ中?」

 

 身体の痛みも収まってきたので、オレはもう平気だとルリちゃんに伝えた。

  セシリアちゃんを見据える。今気付いたけど、セシリアちゃんの格好スッゲェエロいな。何だアレ。上手く言葉に出来ねェけど、素晴らしいな。実技の授業が今からとても楽しみだ。

 

「体調が優れないのでしたら、無理に決闘をしなくても」

「あー、余裕余裕。心配しないで。今のアタシ、滅茶苦茶調子良いから」

 

 ・・・・・・おや、口が勝手に動くぞ?ねえねえルリちゃん。オレの身体使ってそんな事も出来んの?

 

「当たり前じゃん。後はアタシに任せとけば大丈夫だから。・・・・・・あー、久し振りに暴れられる。おいセシリア・オルコット。ボッコボコにしてやるから覚悟しな」

 

 ちょ、ちょっと!?任せて大丈夫か!?不穏な単語が聞こえるぜ!?

  ルリちゃんってば、やけに血気盛んだな。他人に操られてばかりで鬱憤が溜まっていたんだろうか。まぁ、それなら今回くらいは・・・とはならないからな!?セシリアちゃんをボッコボコにするのは絶対駄目だ!おーい、聞こえてる!?ルリちゃん!?

 

「貴方、変な物でも食べました?口調が可笑しいように感じますが」

「アンタこそ、何食べたらそんなひん曲がった性格になるワケ?」

 

 ルリちゃん!何て事を言うんだ!

 

「・・・・・・蜂の巣がお望みでしたか」

 

 (まず)い!売り言葉に買い言葉で場が大変殺気立っていらっしゃる!ルリちゃんの本気がどんなモノかは知らないけど、オレの身体の関節の可動域を無視して行う挙動がまともな訳が無い!幾らセシリアちゃんが代表候補生とは言え、危険過ぎる!

  何とかして止めなくては。

  あー、あー!

  声が出ない。更に力を入れる。

  あー!!

  惜しい気がする。あと少し!

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 出た!

 

「ちょっ、いきなりどうしたのよ!今はアタシの番で五月蝿い!セシリアちゃんを傷付けちゃ駄目だってさっきも言っただろ良いじゃんこの際!少しくらい痛い目見ないとあの性格は治らあの性格が良いんだろうが!」

 

 発言の主導権(物理)を握ったり離したりを繰り返し、オレの口から出ている言葉はもうてんやわんや。オレが言いたい事とルリちゃんが言いたい事が混ざって何が何だか。

  こうしている間にも、オレにはよく分からない疲れが溜まっている。今のオレの身体を動かしているのはあっちが主体だからか、言葉一つ喋るにも結構力がいるのだ。

  オレが喋れるのはあと少し。それが過ぎれば、後は完全にルリちゃんのターンだ。

 

「セシリアちゃん、一度しか言えないからよく聞いてくれ!」

「な、何ですの?」

 

 

ぶっ飛ばすから避けるんじゃないわよ(早くここから逃げてくれ)!」

 

 

 もう口を開こうとも思わないくらいの倦怠感。柔らかいソファに身を委ねているような感覚。

  オレの意識は一瞬にして奈落の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何だこれ」

 

 オレは開口一番、そう呟いた。

  いや、呟かざるを得なかった。

  呟くしかなかった。

  上体を起こしてから気付いたのだが、どうやらオレはどこかのベッドで寝ていたらしい。微かに薬品の臭いがするので、保健室だろうな。自分の身体を見る限り、目立った外傷は無いから病院に連れていかれたと言う線も無さそうだ。

  そもそも、おいそれとIS学園の敷地から出る事は出来ないしな。

  それはさて置き、オレが何故『何だこれ』と呟いたのか。その理由を説明しよう。

  ベッドの隣の椅子に座り、恐らくは途中で睡魔に襲われたのだろう。ベッドに(更に言うなら、布団を挟んでオレの足に)のし掛かっている。

  セシリアちゃんが。寝息を立てながら。

  自分自身まだ理解が追いついていないので、もう一度言おうと思う。

  セシリアちゃんが。

  寝息を立てながら。

  ちょ、ちょっと待ってよ。どういう事?オレが寝ている間に何があったんだ?布団越しでも確かに伝わるセシリアちゃんのたわわな双丘の感触はベリベリグッドなのだが。何故(なにゆえ)

  うーん、うーん、と足りない頭を捻ろうにも、記憶が戻ったりはしない。いや、元々記憶していないのだから、戻し様が無いのかも知れない。オレが思い出せる一番最近の記憶と言えば・・・・・・セシリアちゃんと戦う直前の会話だ。

 

「って事は」

 

 十中八九ルリちゃんのせいじゃんか!ルリちゃんが完全にオレの頭の中に入って来た辺りから会話も困難になって、それから先が思い出せないけれどもーー総じてルリちゃんのせいじゃんか!

  ルリちゃんにこの状況を問い詰めたい気持ちは山々だが、残念ながらここは保健室。ラファール・リヴァイブを置けるスペースがある筈も無い。

 

「もう少しこの感触を味わいたいィ・・・!」

 

 幸いにも、この部屋の主はここには居ないようなので、このシチュエーションを邪魔される事は無い。

  触覚を全て足に集中させて大いに楽しみたい。

  のだが。

  眠たい。眠た過ぎるのだ。頑張って頭を働かせて眠らない努力をしているものの、そうしている間にも瞼はゆっくりと下がってきてしまっている。

 

(おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいーー駄目だ眠てェ!)

 

 頭の中を幸せで満たす事により眠気を掻き消そうと足掻くが、睡魔には抗えず。

 

「む、無念・・・」

 

 せめて、このおっぱいの感触を楽しみながら眠るとしよう。おやす

 

「ーー光也!大丈夫か!?」

「テメェ!人が折角良い感じに眠りに入ろうとしてんのに何してくれとんじゃボケェ!!」

 

 瞼を閉じ、後十秒も経てば寝息を立てていただろう場面で、いきなり保健室のドアが開かれた。入ってきたのは一人のイケメン(クソ野郎)。言わずとも分かるだろう、一夏ちゃんだ。

 

「み、光也!良かった。心配したんだからな?」

「心配してくれてたのは嬉しいけどよォ。今入って来んなよォ・・・」

「え?・・・・・・あれ、もう来てたのか」

「何だその言い方。まるで、セシリアちゃんがここに来る事を知っていたようじゃねェか」

「知ってたぞ?」

「マジで?」

 

 何気無く時計を確認してみると、時刻は六時を過ぎた頃。決闘から然程時間が経っていないにも関わらず、一夏ちゃんはもうそこまでセシリアちゃんとの仲を深めたと言うのか!?恐ろしい子!

 

「さ、流石は一夏ちゃん。女の子を落とすスペシャリストなだけはあるぜ」

「何言ってるのか分からんけど・・・食堂から夕飯貰って来たぞ」

「おう、ありがとな。それ置いてさっさと帰れ」

「酷い言いようだな!?」

 

 言いながらも、椅子を用意してオレの隣に座る一夏ちゃん。一夏ちゃんの膝の上に置かれている夕飯からは美味しそうに湯気が上っており、(ルリちゃんにまかせっきりの)運動後の為空腹なオレの食欲を大いに刺激した。

 

「一夏ちゃん・・・!頼む・・・!早くそれをくれ・・・!頭がどうにかなりそうだァ!」

「台詞だけ抜き取るとヤバい薬服用してる人みたいだな」

「冗談は兎も角、マジで腹減った。トレーちょうだいな」

「いや、一人じゃ食べれないだろ」

「は?いつの間に食事はダブルス制になったんだよ」

「そういう意味じゃないからな。・・・腕、動かしてみ」

「腕?ほらよーーッ」

「な?」

 

 成る程。目立った外傷が無い事から安心していたが、こういう事だったのか。忘れてたけど、オレは保健室で寝てるんだよな。

  一夏ちゃんに言われた通り腕を動かしてみると、声を出す迄はいかないものの激痛が走った。そして、身体の痛みから導き出された恐ろしい疑問。

  あの決闘は、オレの身体がここまで痛む程の闘いだったのだろうか?

 

「・・・・・・一つ聞きたいんだが」

「どうした?」

「オレって、試合中どんなんだった?」

「滅茶苦茶格好良かったぜ。武器も持たずにオルコットさんに殴りかかって、零距離で撃たれても気にせずに殴って、それから蹴って投げ飛ばしてーー」

「止めろ!止めてくれ!それ以上は聞きたくない!」

「えー?これからなのに」

「それだけやっといて続きがあんのかよ!」

 

 最後迄聞かずとも、オレが超絶怒涛のクソ野郎だっていうのは分かった。

  やっちまった・・・!恐れていた事が現実になっちまった・・・!!

  絶望。頭を押さえて現実逃避したいが、それさえも痛いので上を向いて泣く事にした。

 

「まぁ、晴れて俺達男子の名誉は守られたんだ。喜ぼうぜ。な?」

「オレはボロボロだけどな!」

 

 ルリちゃんを責める気にもならない。戦闘の一切合切をルリちゃんに任せていたとは言え、制御出来なかったオレの責任だ。

 

「・・・一夏ちゃん、連れて行ってほしい所があるんだが」

「歩くの辛いもんな。良いぜ、俺が連れていける所ならどこでも連れて行ってやる」

「富士の樹海」

「何する気だ光也!」

 

 ワーワーギャーギャー。夕飯そっちのけで騒ぐ。まぁ、そんな事を続けていたら誰かが眠りから覚めてしまうのも当然。

  オレの足から(幸せな)重みが消えたのに気付き、視線を一夏ちゃんからそちらに移す。

 

「・・・・・・お早うございます。光也さん」

 

 目を見張る程の天使が居た。

 

「お、お早う。セシリアちゃん。起こしちゃったかな」

「えぇ、光也さんの声で目が覚めました」

「わ、悪ィな。騒ぎ過ぎた」

「いえ、今一度こうして、改めて光也さんと話す事が出来たのですから、寧ろ僥倖というモノですわ」

「・・・・・・うん?」

 

 何だろう、この違和感。セシリアちゃんってこんな感じだったっけか?あれェ?

  首を傾げながらセシリアちゃんを見詰めてみる。セシリアちゃんもオレを見詰めてきた。

  一秒経過。

  二秒経過。

 

「嫌ですわ、光也さん。そんなに見詰められたらお恥ずかしいです」

「やっぱ可笑しい!セシリアちゃん!?君は一体どうしちまったんだ!?」

「どうもしていませんわよ?いつも通りですわ」

 

 一番有り得るのは、ルリちゃんがやり過ぎた後遺症で、セシリアちゃんの人格に異常が来した可能性。寧ろ、そうじゃないとこの状況を説明出来ない。何故にセシリアちゃんはオレを名前呼びなんだ?嬉しいけれども。

 

「なぁ、一夏ちゃん!セシリアちゃんは何とも無いのか!?オレはやっぱり死んだ方が良いんじゃないのかァ!?」

「落ち着けって。光也は悪くない」

「なら、どうして!」

 

 オレの意識が無い間に何があったと言うのか。

  状況を整理出来ずに、混乱していると、セシリアちゃんの白魚のような御手が、オレの手を包み込んだ。

 

「わたくしは、間違っていたのです。光也さんの事を助平と貶し、素人が無謀にもエリートに挑む愚か者だと馬鹿にしました。ーーですが、光也さんは違ったのですね。わたくしの間違った思考を、闘いの中で正して下さいました」

「どうしよう!全く身に覚えが無ェ!」

「無自覚であの行いを!?貴方は一体どこまでわたくしの想像を超えて下さるの!?」

「何か知らねェけど好感度が更に上がってるし!」

 

 セシリアちゃんが瞳をキラキラさせてオレに語ってくるが、オレには全く身に覚えが無い。そりゃそうだ。ルリちゃんが勝手に暴れたのだから、その時の事はオレは知り得ない。

  まぁ、一つだけ言えるのは、ルリちゃんはセシリアちゃんが言うような目的で拳を振るったんじゃないって事。絶対アレは、ただストレスを発散したかっただけだ。

 

「まあまあ、光也。良いじゃないか。オルコットさんが男に対する差別的な考えを改めてくれたんだから」

 

 一夏ちゃんがオレを宥める。別に、オレは男が幾ら貶されようと痛くも痒くもないのだが、一夏ちゃんはそうじゃないらしいし、セシリアちゃんの改心は嬉しいのだろう。

  後の問題は、セシリアちゃんが日本について色々失言をしてしまった件についてだが。それに関しては然程問題では無い。今日の夜にでも、一組の皆に謝りに行けば良い。怖いんだったら、オレも一緒に謝ろう。そもそもの話、オレと一夏ちゃんがふざけ過ぎたのもいけないんだしな。

  そんな感じで、今回の話を締めようとした所で。セシリアちゃんの口からトンでも無い言葉が飛び出た。

 

「いえ、男は相変わらず無能ではないですか」

「「え?」」

 

 その言葉が信じられず、オレと一夏ちゃんの疑問の声がハモった。

 

「男が素晴らしいのではなく、光也さんが素晴らしいのですから、そこを勘違いなさらぬようにお願いしますわ」

「せ、セシリアちゃん。念の為聞いておくけど。・・・・・・一夏ちゃんの事どう思う?」

「威勢良くわたくしに挑んでおきながら、間の抜けた負け方をした低脳ですわね」

「ぐほぁ」

「一夏ちゃーん!」

「男という塵芥にしか満たない存在の中で、唯一その眩い輝きを放つ至高の存在。それが光也さんなのですわ・・・!」

 

 未だ底無しの語彙でオレを褒め続けるセシリアちゃん。

  セシリアちゃんからの暴言でやられ、座ったまま力尽きた一夏ちゃん。

  違う、オレはそんな奴じゃないんだ。とセシリアちゃんが言うオレと現実のオレを重ね合わせては苦しむオレ。

 

 千冬ちゃんがオレの容態を確認しに来るまで、この奇妙な空間は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、クラス代表戦は終了です。少しふざけてから本編に戻るので、鈴ちゃんの出番はまだ先なんだ。ごめんね、鈴ちゃん・・・。

結構書き易かったので、これからは一人称で書いていきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

時系列無視して先にクラス代表祝っちゃう系作者。書き終わってから気付きました。




「というわけでっ!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

 パンパンッと食堂の至る所からクラッカーの音が炸裂した。クラッカーから飛び出た紙テープが宙を舞い、一夏ちゃんの頭に降り注がれる。

 

「・・・・・・へ?」

 

 当の本人は、訳が分からずに首を傾げた。

 

「おめでとう、一夏ちゃん。お前がナンバーワンだ」

「わたくし的には光也さんの方が良いと思っていたのですが、辞退されましたのでわたくしもお譲りしますわ。光也さんが何かを思ったが故に貴方に任せたのですから、光也さんの期待を裏切らぬようお願い致します」

「いや、セシリアちゃん。オレは別に何も考えちゃいないんだが」

 

 クラス代表になったら、ISに乗る機会が増えそう。面倒臭いから一夏ちゃんに任せよォっと。強いて言うならば、理由はコレだ。

 

「まぁ!能ある鷹は爪を隠すとは正にこの事ですわ!」

「うわあああん!どうしてそういう風に捉えちゃうんだよォ!」

 

 決闘前のセシリアちゃんは、何と言うかこう・・・・・・ツンツンしてた筈だ。オレや一夏ちゃんのボケを一つ残らず掬い、ツッコミを入れられる子だった筈だ。なのに、今のセシリアちゃんはどうしちまったんだ!?ボケが二人から三人に増えたんですけど!?()け二人に()けが追加されたんですけど!?

 こんなんじゃ駄目だ・・・!女の子に褒められるのは嬉しいし、何ならこのままゴールインって展開も大いに有りなんだけど!流石に間違ってる!こんなの洗脳と同じだ!

 斯くなる上は、セシリアちゃんに一度嫌われるしか無い。オレの駄目な所を思い出してもらって、元の関係に戻る他無い!

 一夏ちゃんは清香ちゃんとさゆかちゃんと本音ちゃんに囲まれ、何やらハーレムな雰囲気をこちらに見せ付けている為増援は頼めない。

 ならば、オレ一人でもやるしかないな。

 制服のボタンを外し、ベルトを緩める。髪も、指でガシガシと乱れさせる。オレのだらしない姿を見せて幻滅させる作戦だ。

 

「なぁ、セシリアちゃん。オレの今の姿を見てどう思う?」

「すごく・・・・・・セクシーですわ」

「何故だァ!」

 

 効かない事が分かったので、身嗜みを戻す。

 ・・・・・・はて、どうしましょう。

 

「もうお前達付き合っちゃえよ」

 

 いつの間にか、ドリンクを片手に持った一夏ちゃんがそんな事を言いながら近付いてきていた。

 

「お、織斑さん!?ななななななな何を言っていらっしゃるの!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てているセシリアちゃんは大変可愛い。あー、付き合っちゃおうかなーと邪念が脳内で暴れているが、オレは邪念に負けないように、頰の内側の肉を噛みながら一夏ちゃんに返した。

 

「こんなのフェアじゃねェって。今のセシリアちゃんは普通じゃねェんだぞ?」

「そう、わたくしは光也さんという崇高な存在に恋をしているレディ。確かに、わたくしの愚かさは普通ではないかも知れませんわ。何せ、それは畏れながらも神に恋をしているのと同義なのですなら!」

「周りが騒ついてるから!ちょっと落ち着こうぜセシリアちゃん!」

 

 完全に忘れていたが、ここは一夏ちゃんのクラス代表就任を祝うパーティー会場。ルリちゃんが張り切り過ぎちゃったからか全身が痛くて、歩くのも困難だったが、セシリアちゃんの介護もあって何とか会場迄辿り着いた。女の子と仲良くなる機会を、そう易々と逃す訳ないだろ。へへっ。

 パーティーではささやかながら食事も用意してあるので、オレはセシリアちゃんの手を取って「あそこで話そうか」と格好付けつつも歩けないので連れて行ってもらい、料理が置いてあるテーブルの適当な席に座る事にした。セシリアちゃんの手を取った瞬間に「あっ・・・!」と艶やかな声が聞こえたのは恐らく気の所為だ。

 普段なら喜ぶクラスの女の子達からの視線だが、今は兎に角その視線は避けたかった。あっちから見たら、オレがセシリアちゃんに洗脳を施したように見えるかも知れないからな

 ・・・明日、ちゃんと皆に説明しないとなァ。

 今のセシリアちゃんは何をし始めるのか分からないので、オレが通路側に座る事でセシリアちゃんの行動を制限させる。しかし、そうするにはセシリアちゃんの隣に座らなければならない訳で。美少女と肩が触れ合いそうな距離に居る事による緊張と、ゆっくりとオレの肩にしなだれかかってくるセシリアちゃんに対して理性の(たが)を外さないようするのにおっぱいおっぱいだった。いや失敬。いっぱいいっぱいだった。腕にセシリアちゃんのたわわなおっぱいが当たっているモノだから、つい。

 

「・・・・・・セシリアちゃん?」

「何でしょうか?」

「どうして、オレの肩に頭を置いているのでせうか?」

「そこに光也さんがいるからですわ」

「もう怖ェよセシリアちゃん・・・・・・」

 

 左肩に感じるセシリアちゃんの感触。発言する度に上がる、セシリアちゃんのオレに対する好感度。一周回って恐ろしくなってきた。

 

「箒ちゃん、ちょっとお話しようぜ」

 

 一人でこれを対処するのは不可能なので、たまたまここを通った箒ちゃんを呼ぶ。

 入学してすぐに、一組の皆と交流を深める間も無く放課後の一夏ちゃんの特訓に毎日付き合っていたからか、箒ちゃんは友達が少ない。

 この場でも暇を持て余していたようで、オレが名前を呼ぶと、嫌な顔をしながらも来てくれた。

 

「知らぬ間に女を侍らせて、何の用だ。自慢か?」

「いやいや、そんなまさか。箒ちゃんともゆっくり話したいな〜って思ってたんだ。・・・決闘の時の一夏ちゃんの動き、観てただろ?アレは、間違い無く箒ちゃんとの特訓の成果が現れてた。もしも一夏ちゃんが箒ちゃんと特訓していなかったら、あんなに善戦は出来なかった筈だ。オレからも礼を言わせてくれ」

「私が好きでやっただけだ、気にするな。・・・・・・と言うか、急に真面目になるな。ビックリするだろう」

 

 オレだって、真面目になる時はなるんですよ?と言いたい所だが、それよりも。

 箒ちゃん、今何て言いました?

 

「『好きでやっただけ』?」

「あ」

「貴女今、そう言いましたねぇ?」

「う、五月蝿い!だったら何なんだ!」

「そういう事を素直に一夏ちゃんの前でも言ってやれば?そしたら今よりももうちょい関係が進むと思うから」

 

 一夏ちゃんに告白する女の子達はみんな、『付き合って下さい』と言う。その前の言葉に多少の差異はあれど、似たような事を言う。

 いや別に、それ自体は何も問題じゃない。寧ろ、面と向かって告白出来る勇気は褒められるべきモノだろう。

 だがその前に、一つ考えてみてほしい。一夏ちゃんの交流関係の広さを。

 あのイケメンが、どれ程のコミュ力を持っているのかを。

 あのイケメンが、そのコミュ力でどれだけの男女と仲良くなってきたのかを。

 一夏ちゃんにとって、告白してくる女の子に優劣は無い。良い意味でも悪い意味でもだ。女の子に対して悪い感情は持っていないが、告白に良い返事が返せる程の感情を持っている訳でもないのだ。

 

『告白は嬉しいけど、今はそういう事をする気分じゃないから』

 

 イケメンスマイルに憂いを含めて一夏ちゃんがそう言うのは、上記の理由があるからだ。勿論、中学時代の一夏ちゃんがバイトで忙しかったからという理由もあるが。

 早い話、一夏ちゃんには告白してくる女の子を好きになる理由が無いのだ。オレらしくもない最低な言い方をするならば、

 有象無象。

 教室内でたまに話す程度の友達の一人から告白された所で、一夏ちゃんにとってその子はどう頑張っても友達止まり。PleaseにはNoでしか返せない。

 オレが言いたいのは、一夏ちゃんと付き合いたいのならば、あの唐変木が意識するくらいアピールせよ。って事。自分の感情を素直に言えないツンデレ箒ちゃんならば尚更の事。

 みたいなのを要約して箒ちゃんに伝えると、箒ちゃんはポカンとした。

 

「・・・・・・み、光也がまともだ」

「失礼な」

「何故そんなにまともなアドバイスが出来る!」

「誰でも分かる一般論だ。・・・あと、一夏ちゃんに恋する女の子達にアドバイスをしてきた経験の為せる技かな」

 

 前髪を指でサラッと搔き上げると、箒ちゃんに胸倉を掴まれる。今の仕草、そんなにムカつく?とショックを受けたが、どうやら違うらしい。

 

「私が居ない間に、何故敵を増やすような真似をしたんだ・・・!」

 

 ただの己に対する危機感でした。

 

「もし、中学時代に女子の恋が成就していたらどうするつもりだったんだ!」

「安心しろって。オレの主観だけど、箒ちゃん級の美少女は一人くらいしか居なかったから」

「一人は居たのではないか!」

 

 箒ちゃんからの追及を他所(よそ)に、オレは脳裏にあの美少女ーー箒ちゃん級の美少女を思い浮かべる。天真爛漫な笑顔を周りに振り撒く、活発でツインテールの良く似合う美少女を。

 ・・・・・・思い出したら泣きたくなってきた。だって、あの子も一夏ちゃんに恋してたし。

 箒ちゃんにバレたら殺されそうなので、この事は言わないでおこう。

 ぽけ〜っと幼き頃の思い出に浸っていると、腕に感じる柔らかさで気を取り戻した。隣を見ると、少々ふくれっ面のセシリアちゃん。指で輪っかを作って、その頬に当ててみる。

 たこ焼きの完成だ。

 セシリアちゃんはされるがままだ。

 あー、平和だ。数時間前迄ISに乗っていたのが嘘みたいだ。

 周りの喧騒が今更ながら耳に入る。各々楽しそうに話をしていて、その話を聞いているだけでも幸せな気分になってくる。

 穏やかな時間。ふと、箒ちゃんから声を掛けられる。何故かその手には竹刀が握られていた。

 そんな箒ちゃんが問うてくる。

 

「ーー私の話、キチンと聞いていたか?」

 

 オレは笑顔で答えた。

 

「全然」

 

 剣道って、高校から突き技を解禁されるんだってな。初めて知ったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「光也さん、大丈夫ですか?」

 

 おろおろとオレの身体のあちこちを触りながら、そう言うセシリアちゃん。 心配させない為にも、明るい声を努めて返す。

 

「心配しなくても、慣れてるから平気だぜい」

 

 小学生の頃から事ある毎に箒ちゃんから攻撃をされていた身としてーーというよりも、箒ちゃんが転校した後も千冬ちゃんにボコられていたので慣れているからな。これ位は何ともない。

 

「苦行のようなモノなのですね。感嘆致しますわ」

「嗚呼、勘違いがもう取り返しの付かないレベルに・・・!」

 

 今のセシリアちゃんと話していると、オレがツッコミに回らざるを得ないので大変だ。まぁそのツッコミも、セシリアちゃんの都合の良いお耳には届いていないのだが。セシリアちゃんめ。オレのイメージが下がるツッコミだけは受け付けないようにしてやがる。

 もしも、それらのツッコミが本当に聞こえていないのだとしたら、もうオレに為す術は無いだろう。上昇する好感度を黙って見ているしかないだろう。

 箒ちゃんは怒って席を立ってしまったので、この席には仰向けになって喉を冷やしているオレと、何故か未だにペタペタとオレの身体を触っているセシリアちゃんの二人だけ。

 

「・・・セシリアちゃん」

 

 優しく名前を呼ぶと、セシリアちゃんは照れ笑いながら手を引っ込めてくれた。身体を起こす。

 ・・・・・・あー、眠たくなってきたな。保健室の時も、結局一夏ちゃんに邪魔されて眠れなかった訳だし。

 クラスの女の子と話したかったが、仕方が無い。眠気を堪えて会話をして、相手の気分を害してしまったら申し訳無いからな。一夏ちゃんに何回かボケたら御暇させていただくとしよう。

 

「お〜い!一夏ちゃん!さっき一夏ちゃんが提案してきた女子風呂を覗くって話の事なんだけどーー」

「デカい声で何て事言うんだよお前!!」

 

 シュバッ!と効果音が付きそうな程の早さで一夏ちゃんが現れた。

 

「いやぁ。こうしたら早く来てくれるかなと」

「何で俺は光也から呼び出される度に女子から白い目で見られなきゃいけないんだ!普通に呼んでくれたら行くから!」

「善処善処〜っと」

「確実に分かっていないような気がするんだが・・・・・・まあ良いか。それで、どうしたんだ?」

「ほら、皆が折角一夏ちゃんの為にこんなに素敵なパーティーを開いてくれている訳だろ?一夏ちゃんも、お返しとして何かお礼をした方が良いんじゃないかと思ったんだよ」

「おぉ、確かにそうだ。・・・うーん。だったら、俺と光也で何かやるか?中学の頃は文化祭の時にバンドとか組んでたし」

「いや、バンドを組むには人数足りねェしな。・・・それよりも一夏ちゃん。もっと良いのが有るぜ。二人と言わず一夏ちゃん一人で出来て、尚且つ場が盛り上がるヤツ」

「おっ、そんなのがあるのか?是非教えてくれ」

「名付けて、『一夏ちゃんのセルフ人体切断マジック』」

「随分とダイナミックな自殺だなオイ!それで皆盛り上がるとかどんなサイコパス集団だよ!」

 

 あー、これこれ。ボケたらツッコむ。これを待ってたんだよ。箒ちゃんはツッコミと一緒に手が出てきそうだから、本気でボケられないんだよな。残念ながら。

 一夏ちゃんのツッコミに満足したからか、一際大きな眠気がオレを襲う。しかし、ここで寝落ちは拙い。オレの寝顔がクラス中に知れ渡るとか恥ずかし過ぎますって。オレの寝顔が見られるのは、夜を共にする女の子だけだぜ☆

 

「一夏ちゃん、お前のお陰で良い夢が見れそうだ。ありがとな」

「やらないから!俺がセルフ人体切断マジックをやるかどうかで光也の夢見が変わるのか!?」

 

 そういうつもりで言ったんじゃないのに、しっかりとツッコんでくれる一夏ちゃん大好きだぜ。

 

「織斑さん、つべこべ言わずにやりなさい。光也さんの夢見が最優先ですわ」

「オルコットさんが俺に対してやけに冷たい!あ、光也!マジで寝る気なのか!?」

 

 おぉっと、危ない危ない。一夏ちゃんが揺すってくれなきゃ寝ちまう所だったぜ。オレは寝てないとアピールする為に、キチンと返事をした。えーっと、何の話だっけ。あァ、そうだそうだ。

 

「酢豚で頼む」

「いきなりどうした!?」

「はいはーい、新聞部でーす。代表候補生相手に大善戦を果たした織斑一夏君と、ラファール・リヴァイブで大善戦どころか勝利迄収めちゃった唐澤光也君にインタビューしに来ました〜!」

 

 一夏ちゃんのツッコミの意味も理解しないまま、誰かが話に割って入ってきた。眼を擦りながら顔を確認すると、二年生のお姉様だ。この人は覚えているぞ。黛薫子(まゆずみかおるこ)さんだ。

 

「薫子ちゃんって呼んでも良いですか」

「別に構わないけど・・・意外ね。私の名前知ってたの?」

「こんな美人な方、知らない方が罪ですって」

「もう!褒めたって何も出ないからね!」

 

 照れた顔が可愛い。この人と付き合ったら、校内新聞で大々的に公表しちゃったりするのだろうかーーとか、下らない事をふと思った。

 薫子ちゃんとの出逢いにより眠気が覚めるかと思いきや、そんな事は無く。瞼の重みは段々と増していくだけだ。

 えーっと、インタビューって言ったか?取り敢えず、早めに終わらせて帰るとしよう。このままじゃマジで拙い。

 最初のインタビュー相手は、クラス代表に選ばれた一夏ちゃん。クラス代表になった事に対する感想等を聞かれて、次はオレの番。

 

「ではでは、お次は唐澤君。資料では全くの素人って書いてあるんだけど、何でセシリアちゃんに勝てたの?」

 

 ・・・・・・え?ヤバい、眠気を堪えるのに必死で聞き逃した。取り敢えず返さないと。

 

「エリンギ」

「成る程、力の源はエリンギ・・・と」

「いやいや、待って下さい黛先輩!光也の奴絶対寝惚けてますから!」

「いいよ、適当に捏造しておくから」

「エリンギをどう捏造するって言うんですか!」

「うーん、あっ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

「わたくしは光也さんに救われた人間の一人。これからは恩人である光也さんを、側で支えさせていただきたいと思っていますわ」

「・・・これも捏造ですか?」

「いや、面白そうだから採用」

 

 アカン。もう誰が何を言ってるのかも分からない程眠たい。あー。落ちる・・・・・・ーー

 

「最後に三人で写真撮らせてもらえるかなーーって、唐澤君大丈夫?」

「完全に寝てますね。起こしますか?」

「どうしようかなー。起こしちゃうのは可哀想な気もするし」

 

 思案顔の薫子。そんな薫子に、何かを閃いた一夏が助け船を出した。

 

「なら、・・・・・・とか良いんじゃないですか?」

「それ採用!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。昨日のインタビューの結果が早速記事になったと聞いたので、一夏ちゃんとセシリアちゃんと一緒に掲示板迄見に行く事にした。まだ身体の痛みが取れない為、一夏ちゃんに支えられながらだが(セシリアちゃんが支える役を代わりたがっていたが、一夏ちゃんが男の仕事だと言って代わらなかった)。

 掲示板前には、少しだけ人集りが出来ていた。一夏ちゃんだけじゃなく、オレにも注目してくれていると嬉しいな〜とか思いつつ掲示板に近付く。新聞の見出しの一面に大きな写真が見えた。戦っている時のオレの写真かな?楽しみだ。

 

【話題のスーパールーキー、唐澤光也の超貴重な一枚!】

 

 見出しの大きな文字が見えて期待が膨らむ。視線を少しズラし、写真へ。そこに写っていたのは。

 閉じているんじゃないかと思う程に細い目元。

 柔らかな表情。

 口の端からは透明な糸が垂れていて、光を反射して眩い光を放っている。

 

 

 

 

 そんな、オレの寝顔。

 

 

 

 




千冬ちゃんと束ちゃんを出さないと、言葉では言い表せない物足りなさが自分を襲います。

関係無いですけど、『神様のいうとおり』と『アポカリプスの砦』は何回も読み直しちゃいますね。それで毎回同じ所で鳥肌立ててます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章
10話


ようやく本編に戻りました。
何で、ISスーツってあんなにエッチな構造してるんでしょうね。
今回の文字数は八千字程度なので、まあまあ長いかもです。


「・・・何で一夏ちゃんのISスーツは腹が見えてんだよ」

「俺が知る訳ないだろ」

 

 時が経つのは早いもので、もう四月も下旬。今日はISの飛行操縦とかに関する授業をするらしい。

 更衣室でISスーツなる物に着替えて、一夏ちゃんとご対面。俺のは、サーファーが着ているラッシュガードのような形なのだが、一夏ちゃんのは違った。

 上下が分かれていて、薄らと腹筋が浮かんでいる腹が見えてしまうのだ。うーん、これは思春期の女の子には刺激が強いんじゃねェか?

 一夏ちゃんも鏡で自分の姿を確認。恥ずかしいようで、顔をほんのり赤く染めながら自嘲気味に言った。

 

「笑えよ・・・」

「何言ってんだよ。自分では分からないかも知れねぇけど、中々似合ってるぜ?寧ろ羨ましいくらいだ」

「じゃあ、光也のISスーツも俺のと同じ形状に変更してもらうように束さんに頼んでおくから」

「嫌に決まってンだろ馬ァ鹿!」

「本性表したな!?」

 

 しかし、まぁ。わざわざ用意してもらったのだからいつまでも文句を言ってもいられまい。似合ってるのは本当だ、と一夏ちゃんに何度も言い聞かせ、グラウンドに強引に押し出した。

 一夏ちゃんを見付けた瞬間、キャー!と黄色い悲鳴を上げる女の子達。「今迄頑張ってきた努力が報われた!」と聞こえてくる辺り、一夏ちゃんのモテ度が窺えた。

 

「・・・・・見ろよ、一夏ちゃん。IS学園って素晴らしいだろ」

「涎垂れてるから。拭けって、みっともない」

「こりゃ失敬」

 

 目の前には、ISスーツと言う名のエッチな衣装を着た美少女達。恥ずかしくはないらしく、これが当然とでも言っているかのように堂々としている。

 これはヤバい。何とは言わないが、元気になってしまう。

 オレは視線を隣にいる一夏ちゃんに固定し、列に並んだ。

 

「何で俺を見るんだよ」

「お前だけを見ていたいんだ」

「み、光也・・・!」

「一夏ちゃん・・・!嘘だ馬鹿」

「知ってるよ助平」

 

 隣なので、会話をするのは容易い。腕の筋肉を見せ合ったりしながら時間を潰していると、千冬ちゃんが現れた。

 

「はい!千冬ちゃん」

「織斑先生と呼べと・・・まぁ良い。何だ、唐澤」

「どうして織斑先生はISスーツではなくジャージを着ているのでしょうか!?」

「ISを操縦しないからだ。では、これよりISの基本的な飛行操縦をしてもらう」

「ナイスクール!」

 

 モンドグロッソで華麗に戦っていたアレ以来、千冬ちゃんがISスーツを着ている所を見ていない。第二回大会の時のオレは十一歳だったから、おいおいマジかよ!四、五年は見てねェって事か!

 千冬ちゃんのISスーツ姿。束姉の制服姿と同じくらいの見たさだ。

 

 

「おい、唐澤。早くしろ」

「は?」

 

 千冬ちゃんに催促されるも、話を聞いていなかったモノだから何の事だか分からない。何故か一夏ちゃんとセシリアちゃんが、整列している皆よりも一歩前に出ている。取り敢えずオレもそれに(なら)って一歩前に出た。

 女の子達に向かって右側に一夏ちゃん。左側にセシリアちゃんが立っている。

 

「一夏ちゃん。何が始まるんだ」

 

 小声で、右隣の一夏ちゃんに問うた。一夏ちゃんも小声で答える。

 

「聞いてなかったのか?これからラジオ体操をするんだよ」

「あー、成る程。だから三人だけ前に出てる訳か」

「そういう事。ラジオ体操の内容は覚えてるよな?」

「あぁ。中学では体育の度にやらされたからな」

「あれを口で言うんだ」

「言う!?あれって普通ラジカセとかで曲を流すんじゃなかったか?」

「細かい事は気にするな。良いから早く。皆待ってるから!」

「クッ、仕方無ェーー腕を前から上に挙げて、大きく背伸びのうんどぉぉぉぉ!はい!!」

「はい、じゃない馬鹿者」

 

 スパァン!と、後ろから(恐らく出席簿で)思い切りぶん殴られた。

 

「何で!?」

「準備体操は各自でしておけと、朝のHRで伝えただろう」

「? でも確かに、一夏ちゃんはラジオ体操をしろとーーまさか!」

 

 オレはここで気付いた。一夏ちゃんが口元を押さえて必死に笑いを堪えている事を。

 

「騙しやがったな一夏ちゃん!」

「話を聞いてない光也が悪いだろ」

「そ、その通り・・・!」

「予想以上に素直」

 

 はて、ラジオ体操じゃないのなら、オレ等三人が前に立たされた意味は?千冬ちゃんに問うてみる。

 

「お前達三人は、皆の為に飛行操縦の手本を見せろ。オルコットとアレだけの戦闘を繰り広げたのだから、まさか出来ないとは言うまいな?」

 

 いや、あれはオレじゃなくてルリちゃんの実力なんだけどなァ。目で訴えてみるも、効果は無し。

 まぁ、恐らく千冬ちゃんもそれを分かっていての発言なのだろう。・・・・・・どういう事だ。分かっていてやらせるのか。

 

「そもそもオレのISが無い件について」

「案ずるな。ほら、コイツをやる」

 

 さりげなく逃れようかと考えていると、千冬ちゃんがポケットから十センチ程のキーホルダーを出した。そのキーホルダーはラファール・リヴァイブの形をしていてーー

 

「ルリちゃん?」

「あぁ。あの決闘以来、何故か分からんが私達が触れても起動しなくなってしまってな。量産型というハンデを負っているにも関わらずアレだけの機動力を魅せたお前なら、私達とは違った反応を見せるのではないかという、職員全員で行った会議での決定だ。遠慮はするな」

 

 どうやら、暫く会わない間にルリちゃんはご乱心のようだ。

 何故そのような事態になったのかを問うよりも、オレは一つ気になる事があった。

 

「だからって、日本の大事なISの内の一つをオレにあげますかねェ?」

「所持していても、使えなければ意味が無いだろう。コアを抜いて廃棄処分にするとしても、色々と面倒だからな」

「・・・まぁ、そうだけど」

 

 新しくISを作ってみたら?と言おうとしたが、やめておいた。束姉が身近にいる所為で感覚が麻痺しているが、そもそもISというのはそう簡単に作れるものではないのだ。

 コアを抜き取って新たにISを製作するよりも、まだ使える可能性のあるオレに渡した方がそちらとしても楽なのだろう。

 オレも、コアを抜き取られるのは(ルリちゃんとお別れするのは)嫌だし。

 動かせないISは、学園にとって夏炉冬扇ーーもしくは、無用の長物という訳か。それなら仕方無い(とはならないが、取り敢えず話が進まないので納得しておいた)。

 貰えるなら貰っておこう。

 

「てか、待機状態可愛いな」

 

 一夏ちゃんの白式の待機状態はガントレットという男心をくすぐるカッチョいいヤツだし、セシリアちゃんのーーあぁ、分かった。ありがとね。

 セシリアちゃんのブルー・ティアーズの待機状態は、イヤーカフスという美しい装飾品だ。

 一方オレのは、鞄や携帯に付けられるキーホルダーの形。

 どういう事だってばよ。

 ルリちゃんがこの形を希望したのか?そもそも、希望した形になれるのか?

 身体に身に付けられないのでいざという時に困るんじゃないか。とか、疑問は残るが別に良いだろう。いざという事態を起こさせなければ良いだけの話だからな。

 ・・・キマった。

 

「じゃあ、展開してみろ」

「だってさ、セシリアちゃん。取り敢えず離れようか」

「・・・・・・分かりました」

 

 オレの左腕にピッタリとくっついていたセシリアちゃんが、名残惜しそうにしながらも離れる。因みに、オレが皆の前に立ってからずっとこうだったのだが、敢えて描写しなかったーーいや、描写出来なかったと言うべきか。躊躇無くオレの左腕に当てられる柔らかいモノに意識を傾けてしまうと色々と危ないので、オレは無関心を装って今迄我慢していたのだ。

 セシリアちゃんがこうしてオレに触れてくるようになったのは、束姉とデートをした日の翌日から。部屋のドア前で待機されていた時は、女の子大好きなオレでも流石に一歩退いてしまう位には驚いた。

 どうしちゃったんだ?

 その問いに対してセシリアちゃんはこう語った。

 

『光也さんが地上に見切りを付けて天界に帰ってしまったのではないかと心配で心配で、わたくし昨日は(ほとん)ど授業の内容が頭に入りませんでしたわ。・・・・・・いえ、行かないで下さいとは言いませんわ。ですけど、せめてお帰りになるその瞬間迄は御側に居させて下さいな』

 

 と。

 セシリアちゃんの中でのオレは一体どうなっているんだ。何だよ天界って。

 オレなんかに(うつつ)を抜かしていても、セシリアちゃんは代表候補生。オレが一夏ちゃんと話し合っている間に、いつの間にかISを身に纏っていた。

 

「流石は代表候補生だな。では次。織斑、やってみろ」

「は、はい!」

 

 千冬ちゃんに指示された一夏ちゃんが、左手で右腕を掴むという格好良さげな方法でISを展開。

 

「最後、唐澤。やれ」

「変・・・身!」

 

 キーホルダーを握り、天に握り拳を突き上げる。

 二人よりも幾らか時間は掛かったものの、何とかラファール・リヴァイブを起動させる事に成功。

 実際に起動させるまで、プリキュアの変身シーンみたいな感じで起動させるのかと思っていたのだが、違った。視覚的には別に楽しくも何ともない。

 光ったかと思ったら、何かの粒子が身体に付着して、ISになっているのだ。オレ的にはもっとこう・・・ロマンが欲しかったのだが、この感性は男ならではかも知れねェな。

 起動してもルリちゃんが話し掛けてこない事に疑問を覚えたが、千冬ちゃんの「ちゃんと起動出来たようだな」という言葉で現実に戻された。

 確かに、動くという事は壊れている訳ではないらしい。

 

「どうよ、千冬ちゃん。素人にしては中々だろ」

「時間が掛かり過ぎだ。ーーそれと、変身の掛け声は別に要らんだろう」

「えー、これが良いんだけどなァ。なぁ?一夏ちゃん」

「織斑先生、次は何をするんですか?」

「え、無視?」

「次は、飛んでみろ」

 

 一瞬ナチュラルにカツアゲされたのかと思ったが、Flyの方の飛ぶらしい。

 飛ぶって、改めて言われるとやり方が分からないんだが。

 

「では、光也さん。わたくしが先に行って安全を確認して参ります」

「敷地内なんだから危険な訳が無ェと思うんだが・・・まァ良いや。お手本にさせてもらうわ」

「て、手本だなんて・・・!」

 

 両頬に手を当てていやんいやんと恥ずかしがっていたが、千冬ちゃんからの冷たい視線に気付いたのだろう。恭しくオレにお辞儀をしてから飛び立った。

 一夏ちゃんも、「負けるか!」と後に続く。

 オレと違って一夏ちゃんは、放課後に箒ちゃんと甘〜い雰囲気になりながらもしっかりと練習をしている。急上昇と急降下は昨日習ったばかりだと言うのに、速度はセシリアちゃんに劣るものの、キチンと飛行していた。

 セシリアちゃんとの決闘前にピット内で受けた束姉からの指導を思い出してみるが、あの時はピット内だったので飛行の訓練は口頭での説明のみ。

 確か、自分の前方に角錐を展開させるイメージ・・・だったか?

 うーん、分からん。

 しかし、いつまでもこのままだと格好悪いので、頭の中で宙を自由自在に舞う自分の姿を強くイメージしてみる。

 あの時とは違ってルリちゃんの力を借りていないので、飛べるかは不安だったのだが。何とかラファール・リヴァイブは上昇を開始した。

 上を見ると、セシリアちゃんはもう到達したのだろう。動きを見せずにオレの方をキラキラとした目で見ている。

 拡声器で千冬ちゃんからドヤされながら、一夏ちゃんも上昇している。

 一応、自分は空を飛んでいる筈なのだが、安定感が凄過ぎてエレベーターにでも乗っているような気分だった。この高さで三百六十度景色を見渡せるというのは中々無いな。貴重な経験だ。

 ・・・高所恐怖症じゃなくて良かった。

 それにしても、ハイパーセンサーとやらは凄いな。自分の視力では見えない遠くの方も、ハイパーセンサーで補助されてくっきりと見える。セシリアちゃんのあんな所もこんな所も、それはもう、高解像度で丸見えだ。ぐへへへ、エッチな絶対領域してやがるじゃねェかよセシリアちゃん!

 

「お待たせ〜っと」

「おう、来たか」

「なぁ一夏ちゃん、角錐のイメージって分かる?」

「分からないから千冬姉にドヤされてたんだよ」

「だよなァ。ったく、ふざけんなっての。大体何だよ角錐って。平仮名にしたら四文字じゃねェか」

「訳の分からないキレ方するなよ」

「なァ、セシリアちゃん。どうやったらそんなに上手く飛べるんだ?」

 

 イギリスでは、どんな訓練を受けていたのだろうか。代表候補生なら、素人に分かり易く説明をしてくれるかも知れない。オレはそんな思いでセシリアちゃんに問うてみた。

 問われたセシリアちゃんは、強めの眼力で睨んだ。

 一夏ちゃんを。

 

「織斑さん、質問がある時は自分で質問なさいな。そうやって光也さんに頼っているようでは、まだまだと言わざるを得ません」

「俺が悪いのか!?」

 

 セシリアちゃんの脳内補正が働いたのか、一夏ちゃんを咎める。

 オレの質問一つで一夏ちゃんにダメージを与えてしまうとは。

 何これメッチャ面白ェじゃん。

 

「説明してあげてもよろしいですが、長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「・・・・・・分かった、やっぱりやめとく。ありがとうな、セシリア」

 

 一夏ちゃんがげんなりとしていた。オレも同じだ。

 何だその用語は。文字的には格好良さげだけど。

 

『よし、次は急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から十センチだ』

 

 地上から、拡声器を使って千冬ちゃんが次の指示を出してきた。どっちから降りるか一夏ちゃんと醜い譲り合いをしていると、セシリアちゃんがオレ等の前に出た。

 

「では、ここはわたくしが。光也さん、見ていて下さいね」

「お、おう」

 

 セシリアちゃんが振り返り、笑顔で言ってきた。その眩しさにたじろぎながらも、オレも笑顔で返す。

 

『・・・・・・お慕い申しております』

「何だァ今の!?」

 

 セシリアちゃんが下へと降下する直前。頭の中にセシリアちゃんの声が響いた。先程迄との声とはもう少し違う、電話越しのような声質。

 

「いきなりどうしたんだよ」

「今、セシリアちゃんに告白されたんだが」

「セシリアが光也にゾッコンなのは知ってるけど、今そんな事言ってたか?」

「言ってたよ!しっとりとした艶のあるボイスで!」

「・・・・・・そうか。俺は光也を信じるよ」

「信じてる奴は台詞の途中に距離を取ったりしねェんだよ!」

「ほら、光也の番だ。行ってこいって」

「く、クソが・・・!覚えてろよ!」

 

 セシリアちゃんはもう終わったのか、ISを待機状態に戻していた。

 一つだけ心残りなのは、一夏ちゃんと話していてセシリアちゃんの降下の様子を見られなかった事だ。

 うーん、不安だ。

 取り敢えずやるけどよ。

 降下。

 日常生活に於いて頭が下にいく事は殆ど無いので、少し怖い。いくらシールドで身体が守られているとはいえ、それでも顔から地面に落ちるのは怖いのだ。

 地面がグングンと近付く。

 そろそろか?オレは身体の上下を元に戻し、ブレーキ。これも漫画とかでよくある、踵で地面を削りながら停止するイメージを浮かべると止まってくれた。しかし、急停止は叶わずに慣性で数メートルは下がってしまった。

 

「唐澤は上過ぎだな。もう少し地面との間隔を縮められるように努力しろ」

「了解っす」

 

 それでも地面とはまだ遠かったようで、オレの足は地面から二メートル程の高さで浮いていた。

 地面に着地。オレもラファール・リヴァイブをキーホルダーの状態に戻しーー

 

「どいてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ーーズドォォンッ!!

 

「・・・・・・一夏ちゃん、テメェ」

「わ、悪い!大丈夫か?」

 

 安心し切っていたオレ目掛けて落下してきた一夏ちゃん。その速度は、オレを地面との間のクッションにしても地面にクレーターを作ってしまう程のモノだった。待機状態にするのがあと数秒早かったら、オレは死んでいたかもしれない。

 

「何でオレと同じ場所に降りてくンだよ!危ねェだろうが!」

「まだ慣れてないんだって!」

「そんなんで済む話じゃねェよ!」

 

 一夏ちゃんもオレもISを待機状態に戻し、ISスーツに付着した土を払いながら言い合っていると、そこに千冬ちゃんがやって来て、頭に拳を落とした。何故かオレの頭にも。

 

「操作を誤った織斑も悪いが、周囲への気配りを怠っていた唐澤も悪い。次に同じ失敗をしたらこれだけでは済まないからな」

「「・・・・・すみませんでした」」

 

 痛む頭を下げる。その際に、千冬ちゃんにバレない角度で『お前の所為だ』と互いに睨み合うのも忘れない。

 それから、待機状態から武器を即座に出す練習としてまた三人が前に出て実演をさせられた。セシリアちゃんが銃を横に展開して千冬ちゃんに注意されて落ち込んだり、ナイフを展開するのに手間取って悔しがっている顔が可愛かった。一夏ちゃん?特に記憶に無ェな。

 

「む、時間だな。今日の授業はここまで。グラウンドに穴を開けた織斑と唐澤はグラウンドを直しておくように。以上」

 

 解散。千冬ちゃんに抗議をするのも疲れたオレは、一夏ちゃんと一緒にグラウンドの整備をする事にした。

 

「箒のヤツ、確実に目が合ったのに知らん振りして帰ったぞ・・・」

「仕方無ェって。箒ちゃんは何もしてないからな」

「まぁそうだけどさ。そう言えば、セシリアも帰っちゃったけど良いのか?」

「帰ってもらったんだよ。手伝うって言ってくれたんだが、申し訳無ェし」

「へぇ」

「そう言えば、いつの間にセシリアちゃんを名前呼びするようになったんだ?」

 

(・・・・・・光也の情報を通じて話していたとは言いづらいな。よし、誤魔化そう)

 

「・・・・・・この前、偶々(たまたま)仲良くなる機会があったんだよ」

「へぇ、セシリアちゃんも遂に一夏ちゃんへの認識を改めたか?」

「別に。さっきも、『今回は光也さんの寛大な御心に免じて許して差し上げますが、次あのような無礼を働いたら蜂の巣にしますから』って耳元で脅されたし」

「セシリアちゃん・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、転校生の話聞いた?」

 

 朝のHR迄はまだ時間があったのでクラスの女の子達とお話をしていると、そんな事を聞かれた。オレも一夏ちゃんもご存知無いので、首を傾げる。

 

「転校生?」

「今の時期にか?そりゃ珍しい」

「なんでも、中国の代表候補生なんだってさ」

 

 女の子からの更なる情報。中国の代表候補生?まさか、セシリアちゃん級の美少女が転入してくると言うのか!?

 そんな具合に人知れずテンションを上げていると、箒ちゃんが残念なお知らせを口にした。

 

「このクラスに転入してくる訳ではないのだろう?騒ぐ程の事でもあるまい」

「このクラスじゃないのか?」

「らしいぞ」

「良かったな、箒ちゃん。ライバルが増えなくて」

「な!?光也、お前!」

「大丈夫大丈夫、こんぐらいじゃあのイケメンは気付かねェから」

 

 イケメンは、ライバル云々の一言は聞こえておらず、「転校生ねぇ」と考えてるんだか考えていないんだか分からない顔で呟いていた。

 

「中国の代表候補生って事は、強いんだろ?クラス対抗戦は大丈夫かなぁ」

 

 一組のクラス代表である一夏ちゃんは、まだ見ぬ敵に我が身を案じているらしい。

 今の調子で頑張ってりゃ、良い試合に迄持って行けるんじゃねェの?

 と、激励の言葉を掛けてやろうとしたら、女の子とタイミングが被った。

 

「今のちょーー」

「織斑くんっ、クラス対抗戦頑張ってね!」

「織斑くんが勝てば、クラス皆が学食のデザート半年間フリーパスだもんね」

「今の所、専用機を持ってるクラス代表は一組と四組だけだから余裕だよ!」

 

 うげぇ、デザートのフリーパスかよ。と、顔を(しか)める。すると、わざわざ自分の席から椅子を移動させてオレの隣に座っていたセシリアちゃんに、「わたくし達は代わりに違う物を用意してもらいましょう」と提案された。正に、渡りに船。オレは甘い物が苦手なので、セシリアちゃんの提案はとても嬉しかった。

 セシリアちゃんも、甘い物は苦手なのだろうか。だとしたら気が合うなァ。

 セシリアちゃんに礼を言う。そして、照れ臭いが白状する事にした。

 

「実はオレ、甘い物苦手なんだよな」

「えぇ」

 

 セシリアちゃんの既に知っていたかのような返事に違和感を覚えつつも、いや、セシリアちゃんが知る筈が無いと違和感を払拭。

 不意に、どこからか声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ついにあの美少女が登場!!果たして、声の主の正体とはァ!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

鈴ちゃん可愛い。
原作を進めようとすると束ちゃんの出番が臨海学校まで無くなってしまう・・・。恐ろしや。



「その情報、古いよっ」

 

 声を聞き、身体が硬直した。当然それは意識したモノではなく、美しいその声に否応無く身体の機能が一瞬停止させられたのだ。

 聞き覚えのあるその声。脳を回して正解を導き出す。

 答えはーー

 

「その声はーー鈴ちゃん!?」

 

 言いながら振り向く。そこには、教室の入り口のドアに寄りかかって腕を組んでいる美少女が居た。忘れる筈も無い。小学校五年生から中学校二年生まで一緒にいた、鳳 鈴音(ファン リンイン)改め鈴ちゃんだ。

 

「正解。久し振りね、みt」

「久し振りじゃんかよぉぉぉ!鈴ちゃん!」

 

 キメ顔の鈴ちゃんの台詞が途切れる。と言うのも、鈴ちゃんの台詞の途中で椅子から立ち上がり、光の速さで鈴ちゃんの背後に回って脇腹を左右の手で挟んで、たかいたかいをしたからだ。

 

「一年振りの再会だって言うのに、もう少しやる事あるでしょ?もう!」

 

 そう言いながらも、たかいたかいをされている鈴ちゃんはそこはかとなく嬉しそうだ。

 

「二組にやって来た転校生ってのは、鈴ちゃんの事だったのか」

「そう。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「宣戦布告?そんなに制服がエッチなのに?」

「制服は関係無いでしょ!」

 

 鈴ちゃんの制服は一体どんな改造をしたのか、両肩が見えてしまっている。そのせいでオレの心臓はドキドキとワクワクが止まらないのだが。スカートも短いし、もうIS学園最高!

 鈴ちゃんはゴホンと咳払いを一つしてから、

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの」

「その口振りで言うと、鈴がなったのか?」

 

 一夏ちゃんが会話に入る。たかいたかいされたままの鈴ちゃんと自然に会話が出来るとは。やはりこのイケメン、侮れない。

 一夏ちゃんが鈴と名を呼んだ時に、箒ちゃんが不機嫌そうな顔をしていた。

 そうか、箒ちゃんは鈴ちゃんの事を知らないのか。

 えーっと。確か、束姉がISを開発した関係で箒ちゃんが引っ越す事になったのが小学校四年生の終わりの頃で、鈴ちゃんが中国から転入してきたのが小学校五年生の頭の辺り。丁度入れ替わりのようになったから、二人は互いを知らないのだ。

 箒ちゃんがファースト幼馴染で、鈴ちゃんがセカンド幼馴染と言ったところか。

 

「そうよ。あたしがクラス代表になったからには、そう簡単には優勝出来ないから」

 

 そう言い放つ鈴ちゃんの姿は、一年間という空白があったとは思えない程に『そのまま』だった。

 まぁ、オレに持ち上げられているままなのでイマイチ格好が付かないのだが。

 鈴ちゃんの引き締まった脇腹を堪能しつつ、会話を続ける。

 

「しっかし、鈴ちゃんが代表候補生ねェ」

「私も、光也達と会えなかった一年間で成長したんだから」

「それにしては鈴ちゃん軽いよなァ。中学から変わってないんじゃねェの?」

 

 体重とか雰囲気的な意味で。

 

「変わってなくて・・・悪かったわねっ!」

 

 たかいたかいをする事によって、上下に揺れるツインテールとか制服のスカートの裾とかに夢中になっていると、いつの間にか鈴ちゃんの靴裏が目の前に迫っていた。オレの口から「ぐぇ」と声が漏れ、オレの顔を踏み台にした鈴ちゃんは華麗に宙を一回転してから着地。

 褒めたつもりなのに、何故怒っているのだろうと疑問に思いながら鈴ちゃんを見ると、こちらを睨みながら胸を押さえていた。・・・・・・あぁ。目測、確かにそっちは成長してねェわな。

 

「その全てを悟ったような顔をやめなさい!」

「大丈夫だ鈴ちゃん。オレは小さくても気にしないぜ」

 

 大きくても小さくても等しく胸だからな。そう励まそうとしたら、ガツンと脳が揺れた。確かな激痛の中に、ほんのり優しさを感じさせる痛みだった。

 

「いってェ・・・。今日はやたらと首から上に攻撃を受ける日じゃんか」

「HRだ。席に着け女の敵め」

 

 ガタッ、と瞬く間に自分の席へと戻っていくクラスメイト達。流石は千冬ちゃんだ。鈴ちゃんも、オレの後ろにいる千冬ちゃんを見て声を震わせた。

 

「ち、千冬さん」

「織斑先生だ。鳳も早く戻れ。唐澤のようになりたくなかったらな」

「はいぃ!」

 

 頭を押さえて(うずくま)るオレと、背後に立たれているので分からないが恐らく出席簿片手に威圧感をバンバン出している千冬ちゃんの横をすり抜けて鈴ちゃんは二組へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!あの女は誰だ!」

「光也さん、わたくしも少しばかり気になる事があるのですが」

 

 昼休みが終わった途端、美少女二人が一夏ちゃんとオレの机まで来た。箒ちゃんはまだ分かるとして、セシリアちゃんの謎の迫力に気圧されてしまったオレは、自分の身を守る事しか出来なかった。

 

「ち、違う!これは全部織斑一夏ちゃんって奴の仕業なんだ!」

「光也!?」

「あら、わたくしったら。勘違いでしたか。お恥ずかしいです」

「・・・・・・」

 

 オレの言葉を聞き、コロリと態度を変えるセシリアちゃん。

 まぁ、セシリアちゃんから滲み出ていた怖いオーラは消えたので良しとしよう。

 問題はーー

 

「い、一夏!?どういう事だ!」

「うおおおおお!誤解だって!」

 

 竹刀を一夏ちゃんの頭に打ち込もうとしてる箒ちゃんと、それを真剣白刃取りの要領で必死に押さえている一夏ちゃんだ。

 まぁ良いか。

 一夏ちゃんの犠牲でオレの安全が保障されるなら安いものだ。

 

「セシリアちゃん、先に食堂行ってようか」

「はい!」

 

 ここで二人の様子を観戦しているのも楽しそうだが、今は昼休み。出来るならば、空腹を満たしたい。

 てな訳で、食堂へ。

 

「待ってたわよ!光也」

 

 食堂に着くと、お盆を持った鈴ちゃんがオレを待っていた。一夏ちゃんじゃなくて何故オレを待っていたのかは分からないが、楽しそうなので別に良いか。

 

「あれ、鈴ちゃん?どうしたんだよそんな所で」

「あたしもお昼くらい食べるわよ」

「いやいや、券売機の前でって意味だ」

「・・・・・・分かってるわよ!」

 

 随分と間があったような気もするが、気にしないでおこう。可愛いからなんでも良い。

 

「いやー、それにしても久し振りだよなァ。元気にしてたか?」

 

 券売機の前から移動した鈴ちゃんも一緒に食事をする事になった。空いていた席に座り、食堂のお姉さんに大盛りにしてもらったカレーライスを食べながら歓談。

 丸いテーブルと半円形のソファ。座ってる位置としては、オレの左側に鈴ちゃん。右側にセシリアちゃんだ。隙あらばセシリアちゃんがあーんをしてくるので、オレは話しながらも笑顔のセシリアちゃんに餌付けされている状況だ。

 

「元気にしてたわよ。そう言うアンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

「鈴ちゃんが看病してくれるなら幾らでもするぜ?」

「光也さん、そういった役目はわたくしにお任せ下さい。完璧に光也さんを看病してみせますわ!」

「おう、ありがとうな」

 

 胸に手を当てながら自信満々に宣言するセシリアちゃんに、決闘前のセシリアちゃんの姿がフラッシュバック。今のセシリアちゃんも充分可愛らしいけど、ツンツンしていたセシリアちゃんもたまに恋しくなるんだよなァ。と、ぼんやり考えた。

 

「鈴ちゃんとこのおじちゃんも元気?」

 

 話の流れで、聞いてみる。

 

「あ・・・・・・うん。元気、だと思う」

「?」

 

 だと思う?不自然なその言い方に違和感を覚えつつも、セシリアちゃんが差し出してきたスプーンを咥えた。やっぱりカレーライスはさいこうだとおもいました(小並感)。

 

「ーーって!ツッコまないでおこうと思ってたけどやっぱ無理!何でアンタは隣の女子とそんなにイチャついてるわけ!?」

「コレってイチャついてるのか?」

 

 鈴ちゃんからのツッコミ。セシリアちゃんに隣で色々されるのはもうこの数週間で慣れてしまっているので、自分ではあまりイチャついている実感が無い。

 で、隣のセシリアちゃんーーイチャついてくるセシリアちゃんに問うてみる。

 

「いいえ、わたくしと光也さんはただお食事をしているだけですわ。至って平凡、至って平常。何も可笑しい所は御座いません」

 

 成る程、だったら別に問題は無いな。

 

「だってさ」

「中学の頃の光也が見たら嫉妬で血涙を流す程の状況にいる事に違和感を覚えなさいよ!」

 

 閑話休題。

 

「・・・・・・クラス代表を決める為にイギリスの代表候補生と決闘をした?何寝ぼけてんの?」

 

 話は進み、何故一夏ちゃんがクラス代表になったのかという経緯を話す事になった。

 

「いやいや、寝言じゃねェんだよコレが。ほら、オレと一夏ちゃんって中国にいた鈴ちゃんにまで情報が行き渡る程の有名人だろ?」

「まぁ、世界的なニュースだったしね。最初ニュースを観た時は二度見したわよ」

「そんな訳で、クラスの女の子達も『どうせクラス代表になるなら男子の方が良くない?』みたいな感じになっちまったらしくてな。気絶している間に推薦されてたんだよ」

「取り敢えず、一つ聞いても良い?」

「良いぜ」

「何でサラッと気絶してんのよあんたは!教室での話よね!?」

「当たり前だろ」

「・・・・・・はぁ、もう良いわ。それで、あんたを推薦した物好きは誰?もしかして隣の子?」

「いや、一夏ちゃんだ。クラスの女の子に推薦されたのは一夏ちゃんなんだけど、クラス代表になりたくない一夏ちゃんがオレを巻き込みやがった」

「あんた達、変わらないわね・・・・・・」

 

 中学の頃も、何かと面倒な事は互いになすりつけあってたもんなァ。んで、最終的には何も悪くない弾ちゃんに任せちゃったりして。ーーって、今は思い出に浸っている場合じゃねェ。

 

「一夏ちゃんかオレがクラス代表になるって形で落ち着こうとしてたんだけど、思わぬ事態が起きたんだ」

「思わぬ事態?」

「セシリアちゃんーーあ、隣の美少女の名前な?・・・セシリアちゃんが、男なんかがクラス代表になるのは納得出来ないってキレ出してな」

「セシリア・オルコットです。以後お見知り置きを」

「よろしく、あたしは鳳 鈴音。鈴で良いわよーーって、ほら!また出た!サラッと重要な事を流しちゃうヤツ!え、何?そんなにお淑やかな子が女尊男卑思考丸出しにしながらキレたわけ!?」

「今のセシリアちゃんだけを見てたら信じらんねェだろ。本当なんだぜ」

「あの時のわたくしは、大きな間違いを犯しておりました。お恥ずかしい限りです」

 

  頬を赤く染め、過去の自分を思い出して恥じらうセシリアちゃん。それを見た鈴ちゃんが口をあんぐりと開けていた。

 

「んで、一週間後に三人で決闘して、勝った一人がクラス代表って形になった。それから何やかんやあって、めでたく一夏ちゃんがクラス代表に就任ーーこんな感じだな」

「へぇ。何て言うか、濃い生活送ってんのね。あんた達」

 

 入学してから今までの大まかな流れを聞いた鈴ちゃんは、呆れたような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯も食べ終わり、部屋に遊びに来てきたセシリアちゃんと雑談したりテレビを観たりしていると、ドアをノックする音が聞こえた。ドアの前まで行ってみる。

 

「はい、唐澤でェーす」

「あたしよ。開けて」

 

 ドアの向こうから鈴ちゃんの声が聞こえる。

 ドアを開けると、やはり廊下には私服の鈴ちゃんが立っていた。

 

「・・・・・・何でボストンバッグ?」

 

 鈴ちゃんの手にはボストンバッグが提げられている。

 遊びに来たにしては大荷物過ぎる。

 まさか、そのボストンバッグいっぱいに遊びアイテムが入っている訳じゃないよな?

 

「コレ?あぁ、そうそう。今日からあんたの同室になるから。その荷物」

「ハァ!?え、ちょーー」

 

 オレの横をすり抜け、部屋に入っていく鈴ちゃん。いきなりの事態に驚きつつも、ドアを閉めて鈴ちゃんを追い掛ける。

 

「聞くところによると、あんたの同室って誰も居ないらしいじゃない。だったらあたしが同室になっても何も問題は無いわよね?」

「あるわ!箒ちゃんだったら間違い無く『男女七歳にして席を同じうせず』って言うって!」

 

 まぁ、その箒ちゃんは現在絶賛一夏ちゃんと一つ屋根の下状態なんだけれど。

 いや待てよ?広い目で見れば、オレと同じ寮の女の子達全員が一つ屋根の下なんじゃねェか?うわ何それメッチャ興奮する。

 ・・・話を戻すか。

 

「あたしが同室じゃ嫌なわけ?」

「そうじゃねェって。むしろこっちからお願いしたいレベルなんだけれども。ほら、年頃の男女が同室って色々拙いだろ?」

「へぇ?光也はあたしが同室だと拙い事になるんだ」

 

 意地悪く笑う鈴ちゃん。オレはすぐさま答えた。

 衝動に任せて鈴ちゃんに手を出す等、やってはいけない事だ。答えなんか決まってる。

 

「いや、それは絶対に有り得ない!」

「この意気地無し!」

 

 格好良くハッキリ否定したら脛を思い切り蹴られた。トホホ。

 

「兎に角、あたしはこの部屋に住むから!これはもう決定事項よ!」

 

 ビシッと言い切った鈴ちゃん。

 鈴ちゃんと同室になれるのはとても嬉しいのだが、オレとしては疑問だった。

 何故鈴ちゃんは、意中の一夏ちゃんではなくオレの部屋に来たのか。

 一夏ちゃんと同室になっている箒ちゃんを恐れて?

 いや、恐らくそうではない筈だ。鈴ちゃんは、恋のライバルがいた程度で怖じ気付く程ヤワな恋はしていない。オレの見立てだと、ありゃもう五年生の頃には既に惚れてたんじゃねェの?それから今迄ずっと恋してるんだから、その思いはとても強固なモノなのだろう。

 ならば、何故?

 再びその疑問に辿り着く。

 ・・・・・・もしかして、オレからアドバイスを受けようとしているのか?

 確かに、一夏ちゃんを知る為にはオレ以上にうってつけな人物はいるまい。

 大いに有り得る。

 箒ちゃんに対抗して。という線もあるが、それではまだ理由が薄い。恐らくアドバイスを求めに来たという線の方が濃厚だ。

 答えに行き着けた事によりうんうんと一人で頷いていると、いつの間にか話は進んでいた。

 

「それは認められませんわ」

 

 鈴ちゃんの言葉に待ったを掛けたのはセシリアちゃん。その毅然とした態度に、鈴ちゃんがたじろいだ。

 

「な、何よ。セシリアには関係無いでしょ」

「いいえ、関係ありますわ。何せ、光也さんの隣はわたくしと決まっているのですから」

「あんたには同室の子がいるじゃない」

「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ。鈴さんの身勝手な行動で、同室の方は迷惑しているのでは?」

「同室の子にはちゃんと言ってきたわよ」

「同室の子、には。ですが」

「・・・何よ」

「鈴さん、あなたは一つ忘れていますわ。光也さんと同室になる為には、最低でももう一人納得させないといけない人物がいる事を」

「?」

「寮長である織斑先生」

 

 セシリアちゃんの一言に、鈴ちゃんが固まる。

 

「ふ、ふん!そんなの全然問題無いわよ!」

 

 声が若干震えているのは、千冬ちゃんの恐ろしさを思い出しているからに違いない。

 

「てか、偉そうに言ってるセシリアこそどうなのよ!千冬さんを納得させられたの?」

「・・・・・・せんわ」

「え?」

 

 鈴ちゃんが言い放った反論。それに返したセシリアちゃんの声は、とても小さなモノだった。ボーッとしていたら聞き逃してしまう程の小さな声量。

 何を言ったのかは分からないが、何かを言ったのかは分かった鈴ちゃんは聞き返す。

 

「それが出来ていたら・・・苦労しませんわぁぁぁぁ!」

「ビックリしたぁ!」

 

 小さな声かと思えば、お次は耳を塞ぐ程の大声量。驚いた鈴ちゃんのツインテールが揺れた。

 

「光也さんを御慕いしているこのわたくしが、試していない訳が無いでしょう!」

「あ、あんた、光也の事好きなの?」

 

 その問いにセシリアちゃんは「当然ですわ!」と返す。

 そんなにハッキリ言われるとオレも照れるんだけどなァ。

 

「織斑先生に部屋替えを申し出る事二十三回。十回を越えた辺りからは無言で出席簿が来ましたわ」

「申し出過ぎじゃね」

「二十三回目で『次同じ用で来たら唐澤を殺すぞ』と言われ、わたくしは渋々引き下がりました・・・」

「オレの知らない所でそんな事になってたのか?!」

 

 セシリアちゃんがもう一回頑張ってたら、オレは何も知らないまま千冬ちゃんに殺されていたかも分からなかったとは。セシリアちゃんに感謝。まぁ、元はと言えばセシリアちゃんが発端みたいだけど。

 兎に角。と、セシリアちゃんはそこを強調してから、

 

「光也さんとの同室は認められませんわ。しっかりと織斑先生の許可を得てからにして下さいな!」

「・・・・・・セシリアちゃん、本音は?」

「わたくしが駄目だったのに、鈴さんが同室になれるのは(ずる)いですわ!」

「可愛い本音をありがとう。ーーで、どうするよ?」

 

 セシリアちゃんの頭を撫でてから、鈴ちゃんに問う。

 何故か、鈴ちゃんは未だ強気だ。

 

「同室になるのは諦めてあげるわ。最悪、放課後遊びに行けば良いだけだしね・・・でも、セシリア。あんたじゃあたしには勝てないわよ」

「と、言いますと?」

 

 セシリアちゃんが、普段よりも二割くらい低めの声で問う。怒りたいのを我慢しているような声だ。

 それにしても・・・・・・鈴ちゃんとセシリアちゃんは、オレの知らない間に何か勝負をしていたのか?いつの間に視線で火花を散らす関係に?

 内容は分からないが、二人の表情を見る限り並大抵のソレではないようだ。

 

「あたしには、光也と交わしたあの約束があるんだから!」

「約束?」

「そうよ!約束よ約束!数週間前に光也と出会ったぽっと出のあんたとは違って、あたしは四年近くも光也と一緒にいるんだから」

 

 オレって言うか、一夏ちゃんとだけどな。

 鈴ちゃんが何故一夏ちゃんではなくオレの名前で思い出を語っているのかは、恐らくオレの事を慕っているセシリアちゃん(改めて言うと恥ずかしい)を悔しがらせる為だろう。同室云々の時にアレだけ正論を並べられたのだ。一矢報いたくなる気持ちも分からないでもない。

 得意気な顔で約束を連呼する鈴ちゃん。先程の悔し気な表情とは打って変わって上機嫌なその顔で、オレに問うてきた。

 

「ほら、光也も憶えてるでしょ?あたしが中国に帰る前に交わした大事な約束の事!」

 

 思考。それからすぐに思い出す。印象的だったから、思い出すのは簡単だ。

 

「あぁ、アレだろ?『毎日酢豚をーー』みたいな」

「そう、それ!」

「忘れる訳ねェだろ。確か、一夏ちゃんに食べさせる酢豚を作る練習の味見役だったよな。まぁ任せとけって。一夏ちゃんの胃袋と心を掴むその時まで、オレは鈴ちゃんを応援するぜ」

「・・・・・・はい?」

 

 箒ちゃんも一夏ちゃんを狙ってるのだが、それに関しては、どちらも幼馴染。平等に塩を送るしかないだろう。

 ・・・それにしても、鈴ちゃんにあの約束を言われた時は驚いたな。二人きりの時に目を潤ませて、顔を赤くしながら言われたんだもん。告白されたのかと一瞬勘違いしちまったぜ。

 オレも男だ。

 そして、鈴ちゃんの親友だ。親友の恋を邪魔する程腐っちゃいねェ。あの時のオレは「あぁ、喜んで!」と笑顔で言ってーー

 

「ーーあ?」

 

 頬に走る不意打ち気味の激痛。数秒遅れてから、嗚呼、オレはぶん殴られたのかと認識した。

 

「女の子との約束をちゃんと憶えてないなんて男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!!」

 

 そう言った鈴ちゃんは、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 




実は、鈴ちゃんが好きだったのは一夏ではなく光也でした。
一夏の事は鈍感だとか言ってるけど人の事言えませんね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

やっぱり戦闘シーンは苦手。



「ちょ、鈴ちゃん!?」

 

 遠くなり、乱暴に閉められたドアを隔てて見えなくなった背中。部屋に残されたのは、オロオロとドアとオレとを交互に見ているセシリアちゃんと、鈴ちゃんに手を伸ばしたままの姿勢で硬直するオレ。

 部屋に気まずい空気が流れる。

 その空気に耐え兼ねたのか、セシリアちゃんが恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あの。光也さん。わたくしは」

「よしてくれ、セシリアちゃん。何も言わなくて良い」

「・・・・・・はい」

 

 雑談を続けられる空気ではなくなったので、セシリアちゃんにお休みと別れの挨拶をして退室してもらう。

 部屋にはオレ一人。いつもなら暇だなァと退屈に思うのだが、今ばかりは有り難かった。

 

「・・・・・・」

 

 テレビを観ても、窓の外を眺めても、横になって目を瞑っても。

 脳裏に鈴ちゃんの泣き顔がこびり付いて離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーてな事があったんだ」

「・・・・・・」

 

 翌日の朝六時。箒ちゃんに頼んで一夏ちゃんを貸してもらい、食堂の片隅で一夏ちゃんに昨日起こった話をした。

 一夏ちゃんはオレの話を聞いている最中はずっと腕を組んでおり、一言も口を挟まなかった。いつにも無く真剣な表情に、話している間オレの口内は渇きっぱなしだった。

 話終わってから十秒程経って、ようやく一夏ちゃんが一言。

 

「光也・・・お前最低だな」

 

 グサリと胸に刺さった。

 言い訳の仕様が無い程の事実なので、肯定。

 

「あぁ、オレは最低だ。鈴ちゃんを泣かせちまったんだからな」

「それもそうだけど、俺が一番最低だと思っているのはーー光也自身、何故鈴を泣かせてしまったのかを理解していない事だ」

 

 その口振りだと、一夏ちゃんはもう理解しているらしい。

 あの場にいなかったのに?と思うかも知れない。

 だが、一つ覚えていてほしい。

 一夏ちゃんが鈍感なのは、自身への恋愛感情に対してだけなのだ。

 オレは、鈴ちゃんの恋を応援していたつもりだった。鈴ちゃんにさり気なく一夏ちゃんの好物を教えたり、用事を思い出したと言って、二人きりにさせてみたり。

 今回の件も、オレの意志は変わらずに今までのような事を実行しようとした。

 ・・・・・・だが、それはどうやら間違いだったようで。鈴ちゃんを泣かせてしまった。

 

「一夏ちゃんに正解を乞うってのは、多分違ェと思うんだ」

「その通り。それは光也が鈴に直接聞かなきゃいけない事だぞ。・・・まぁ、自分で思い出すのが一番良いんだけどな」

 

 そう締め括ると、一夏ちゃんは立ち上がった。食堂から出て行くその背中に、オレは礼を言う。

 

「ありがとな、一夏ちゃん」

「何言ってるんだよ。困った時は相談に乗ってやるのが親友だろ?」

 

 ニッと笑って、

 

「あとは頑張れ。もう女子を泣かせたら駄目だからな?」

 

 サムズアップ。イケメンは華麗に去っていった。

 恐らく、部屋に戻って箒ちゃんと一緒に改めて朝食を食べに来るんだろう。

 あー、オレも頑張らなきゃなァ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早過ぎる登校。誰一人と居ない教室で、オレは自席にて考えていた。勿論、鈴ちゃんの事である。

 しかし、どうしても途中で鈴ちゃんの泣き顔が浮かび上がり、集中力が切れてしまう。

 何故鈴ちゃんは泣いてしまったのか。昨日の、鈴ちゃんが泣く寸前に言った自分の台詞を思い返してみる。

 

『忘れる訳ねェだろ。確か、一夏ちゃんに食べさせる酢豚を作る練習の味見役だったよな。まぁ任せとけって。一夏ちゃんの胃袋と心を掴むその時まで、オレは鈴ちゃんを応援するぜ』

 

 ・・・・・・うーん。何が間違っていたのか。『一夏ちゃんの胃袋と心を掴むその時まで、オレは鈴ちゃんを応援するぜ』っていうのが拙かったのか?確かにこれだと、言外に一夏ちゃんの胃袋と心を掴んだらその後はもう応援しねェからな。と言っているみたいだ。

 こういう事か?

 しかし、それだと鈴ちゃんの『女の子との約束をちゃんと憶えてないなんて男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!!』という台詞と噛み合わなくなってしまう。

 そもそも、オレが憶えていた約束の内容が鈴ちゃんの記憶の物とは違うので、オレが自分の台詞を幾ら添削した所で正解には辿り着けないのだ。

 

「・・・・・・よし」

 

 鈴ちゃんに会ったら謝ろう。許してもらえるとは限らないが、行動を起こさないよりは幾分マシだ。謝って、オレと鈴ちゃんの記憶の相違点について話し合うとしよう。

 そう決意したものの、今日のお昼には、早くもオレの考えは甘かったのだと自覚させられる事になる。

 

「お、鈴ちゃん!昨日はーー」

 

 食堂にて待っていると(セシリアちゃんの誘いは断った)、鈴ちゃんが現れた。声を掛ける。

 

「っ、・・・・・・」

 

 しかし、無視されてしまった。

 まだ諦めないぞ!

 放課後。二組の教室に入って鈴ちゃんの所まで行ってみる。

 

「やあ鈴ちゃーー」

「っ!・・・・・・」

 

 反応は返してもらえたが、まだ視線も合わせてくれなければ話してもくれない。

 鈴ちゃんは逃げるように教室から出て行き、オレは鈴ちゃんの席の前でポツンと声を掛けた姿勢のまま固まるのだった。

 

 

 

「鈴ちゃん!」

 

「おーい!そこのツインテールが良く似合ってる美少女〜!」

 

「この間はーー」

 

「そろそろクラス対抗戦だなーー」

 

 

 

 

 

 と、こんな感じで。学園内の至る場所で鈴ちゃんを待ち伏せし、会話を試みようとするのだが。上手くはいかない。

 クラス対抗戦が明日に迫っている今日も、結果は同じだった。

 

「・・・ここまでくると、流石に可哀想だな」

 

 無視されまくっているオレを見ての感想。一夏ちゃん。

 

「いや、これはオレに科せられるべき罰なんだ」

 

 可哀想な訳があるかっての。こっちは女の子を泣かせちまったんだぞ。

 

「そうだとしても、こんな関係のまま学園生活を続けるつもりなのか?」

 

 一夏ちゃんがオレに問うてくる。オレは返した。

 

「なァに。まだ策はある」

「へぇ、どんなのだ?」

「一夏ちゃんと鈴ちゃんはクラス対抗戦で戦うよな?そうすると、必ず勝者と敗者に分かれる訳だ。一夏ちゃんが勝った場合は、落ち込んでいる鈴ちゃんを慰めに行って好感度を上げる。鈴ちゃんが勝った場合は、おだてまくってご機嫌を取る」

「ダンディな大人の男はやる事が違うな」

「五月蝿ェ!オレみたいな屑にはもうこんなやり方しか残ってねェんだよ!うわあああああああん!!」

「無視され過ぎて頭がおかしくなったか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴ちゃんに謝れないまま迎えたクラス対抗戦当日。オレは観客席にて双眼鏡片手に二人の試合が始まるのを待っていた。一組の女の子達は大体オレの近辺で纏まっていて、どちらが勝つかと賭けをしたりして試合を待っていた。

 満員御礼。

 アリーナの客席は満席で、二人の登場を今か今かと待ち構えている。

 周りが全員女子だからか、熱気も甘みを帯びていて、呼吸するのが一々楽しい。

 ・・・って、駄目だ。今はふざけてる場合じゃない。

 箒ちゃんは嫌々ながらもオレの左隣に座り、不安そうな顔で一夏ちゃんの登場を待っている。

 セシリアちゃんは当然の如くオレの右隣に座っていた。

 

「そろそろですわね・・・」

「・・・あぁ」

 

 オレもセシリアちゃんも真剣な顔なのだが、肩が触れ合ってるわセシリアちゃんがゆっくりと体重を預けて始めてるわでイマイチ締まらない。

 やがて、一夏ちゃんと鈴ちゃんがアリーナに現れた。

 二人の会話が放送を通じて観客席にも届く。

 

『先に言っておくけど、あたし今すっっっごくイラついてるから、手加減とか出来ないから』

『手加減なんか、したとしても雀の涙くらいだろ?そんなの必要無い。全力で来い』

『言うじゃない』

『皆が応援してくれてるんだ。頑張らないとな』

 

 一夏ちゃんったら、その一言一言で箒ちゃんと鈴ちゃんのライバルを増やしてる事に気付いてんのかね?

 双眼鏡で見る限り、鈴ちゃんは今の発言にそれ程怒りを感じていないらしい。余裕の笑みを浮かべている。

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

 試合の開始を告げるアナウンス。その直後に、鈴ちゃんが青龍刀よりももう少し異形の刀で一夏ちゃんに斬り掛かった。

 なんだあの展開速度・・・。流石は代表候補生と言うべきか、初めて見る鈴ちゃんの戦闘は、オレにとって衝撃的だった。

 一夏ちゃんも慌てて『雪片弐型(ゆきひらにがた)』を展開させて、それを弾く。鈴ちゃんには劣るが、放課後に真面目に特訓してきた一夏ちゃんはその成果が現れていた。

 

『ふうん、初撃を防ぐなんてやるじゃない。けどーー甘いっ!!』

 

 防がれた鈴ちゃんは少し驚いているようだ。想像以上に一夏ちゃんがISを動かせているからだろう。セシリアちゃん相手に接戦を繰り広げたという情報を聞いていても、やはり百聞は一見に如かず。聞くのと見るのとでは、違うのだ。

 しかし、鈴ちゃんはまだ何かを隠しているようで、何回か一夏ちゃんに自身の攻撃を捌かれたあと(捌かれたというよりは、敢えて捌かせたと言った方が良いかも知れない。余裕の表情が一片も崩れていないからだ)、鈴ちゃんの専用機『甲龍(シェンロン)』の肩アーマーがスライドして、発光。

 それだけで、一夏ちゃんがよろけた。

 

『今のはジャブだからねっ』

 

 牽制(ジャブ)の後にくるのは、本命(ストレート)。よろけた一夏ちゃんに、更に強力な一撃。一夏ちゃんは落とされ、衝撃で地面を滑りながらも体制を立て直す。

 

「何だあれは・・・?」

 

 箒ちゃんが、今の見えざる攻撃を見てそう言った。オレも全く同じ感想だ。何も見えないのに、あそこまでダメージを受けるなんて。パントマイムの類いかと一瞬疑った程だ。

 箒ちゃん(+オレ)の問いに、セシリアちゃんが答える。

 

「衝撃砲ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で衝撃自体を砲弾化して撃ち出すーーブルー・ティアーズと同じ第三世代兵器ですわ」

 

 ・・・つまり、見えない砲身から見えない砲弾を撃ち出しているらしい。

 オレはセシリアちゃんの説明を聞き、鈴ちゃんの強大さにごくりと喉を鳴らした。

 見えない砲弾を避け、鈴ちゃんに近付き、バトンのように振り回される両刃青龍刀に加えて衝撃砲でも攻撃されながら、近接戦で勝つ事などーー出来るのか?

 一夏ちゃんは必死に衝撃砲を避け続けているが、それでも避け切れずに何発かは被弾してしまっている。

 どう見ても劣勢なこの状況。

 しかし一夏ちゃんは、こう言った。

 

『鈴ーー本気で行くからな』

 

 マジカッケェな一夏ちゃん。クラスの皆の方を見ると、試合前の賭けの事など忘れて黄色い悲鳴を上げていた。

 

『そんなの当たり前じゃない!格の違いってのを見せてあげるわよ!』

 

 ほんの二ヶ月前。受験の前日までのオレなら、こんな光景を見るとは夢にも思っていなかっただろう。

 熾烈で苛烈。自由自在に空を翔ける二人に、オレは気付かない内に口を開いていた。

 美しい。

 綺麗だ。

 月並みの感想を浮かべながら、双眼鏡を掴んでいる手に力が入るのが分かった。

 頑張れ、と応援するクラスの女の子達。それに倣って恥ずかしがりながらも小さな声で一夏ちゃんを応援する箒ちゃん。真剣な顔で試合を見守るセシリアちゃん。

 クラス代表決定戦の時には味わえなかった、客席の空気。熱気で肌がピリピリと震える。

 

「が、頑張れーー」

 

 オレも負けじと双方にエールを送ろうと声を上げた瞬間。

 衝撃砲によるものではない、

 外部からの接触を許さない強固なアリーナの遮断シールドを貫通して、

 アリーナ中央に何かが、

 

 堕ちてきた。

 

 

 

 




良い所で切ろうとしたら少し短くなってしまいました。
次回は、今回よりは長くなると思います。

時間別のUAを見てみたら、多い時には一時間に800人近くの方が見て下さっていたようで。
ありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

UAが90000越え、お気に入り件数が2000件突破していました!ありがとうございます!!
これからも投稿していくので、応援してくれると嬉しいです!

今回の文字数は10000と少しです。
前回の
倍です。


 アリーナに堕ちてきた謎の物体。何事かとそちらを見るが、着地した時に何をしたのか地面が燃え上がっている。爆煙で、シルエットしか視認出来ない。

 

『な・・・何だ?』

 

 戸惑う一夏ちゃんの声が放送を通じて流れる。

 オレや観客席の皆の心境も似たようなものだった。騒つき、先程までの熱気はいつの間にか冷め始めている。

 

『一夏!試合は中止よ!すぐにピットに戻って!!』

『お前はどうするんだよ!』

『あたしが時間を稼ぐ』

『あたしがって・・・。女を置いてそんなこと出来るか!』

『アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!』

 

 代表候補生として正体不明の何かを相手取り、初心者である一夏ちゃんを逃がそうとする鈴ちゃん。

 男として、鈴ちゃんを置いてはいけないとアリーナに留まろうとする一夏ちゃん。

 両者の主張がぶつかり合った言い争い。それも、謎の物体の周囲で上がっていた爆煙が晴れた事により中断された。

 否。正確に言うならば、物体が放ったビームが爆煙のカーテンを貫き、それによって爆煙が掻き消され、ビームの向かった先の一夏ちゃんと鈴ちゃんも言い争いを止めて回避したーーだ。

 回避する際に一夏ちゃんが鈴ちゃんをお姫様抱っこしていて、アイツはこんな状況でもやっぱりイケメンなんだなと思った。

 爆煙が晴れ、双眼鏡を覗いて見た物体の正体。

 

「・・・・・・全身装甲(フル・スキン)のIS?」

 

 オレの知っているISとは全く違う形に、思わず声に出してしまった。

 オレが今まで見てきたISといえば、人が乗っているのだと即座に分かる形状をしていたのだが。

 女の子の脚やら腕やらが眩ばゆく主張されている形状していた筈なのだが。

 しかし、アリーナに堕ちてきたアレは違った。肌の色ーー露出している部分は見当たらず、ただただ黒。本当に人が乗っているのかと疑ってしまう程だ。

 正体不明のISからの攻撃は一度に終わらず、続いてもう一回、もう二回と二人にビームを放っている。二人も、空を飛び回って回避。

 真耶ちゃんが放送で二人にアリーナから脱出しろと呼び掛けてはいるが、一夏ちゃんは「俺と鈴でアイツを食い止める」と言って聞かない。

 観客席の女の子達は我先にと観客席入り口のドアから逃げようとするが、何故だかドアは開かず、ドア前は混沌とした状況になっている。

 異常事態に怯え、泣いてしまっている子。

 開けてと叫びながら閉じられたドアを叩く子。

 かく言うオレも、こうして淡々と現在の観客席から見た状況を語ってはいるが、本心はビビりまくっている。しかし、女の子がいる手前、情け無い姿は見せられまいと平常心を装ってるだけ。

 席に座ったまま、動かない。

 席に座ったまま、動けない。

 

「セシリアちゃん、アレ・・・何だか分かる?」

 

 兎にも角にも、今するべきは落ち着く事と現状把握。オレは、視線をアリーナの方に固定しながら隣のセシリアちゃんに問うた。

 

「さあ・・・・・・。IS、なのでしょうけれど」

 

 双眼鏡をセシリアちゃんに渡して全身装甲(フル・スキン)のアイツを見てもらっても、アレが何なのかは分からなかった。

 考えられるのは、アレを誰が操縦しているのかという事。

 操縦している人がいるのなら、何の目的で?

 操縦している人がいないのなら、誰がアレを動かしている?

 そんな疑問。

 

「あんなISがあるのか?」

「見た事がありませんわ、あんなIS」

「そもそも人乗ってる?」

「乗っていなければおかしいのですわ。ISを無人操作出来るなんて聞いた事がございませんし」

「そういうモノなのか」

「はい」

 

 そう言われるが、どうにも釈然としない。

 

「でも、オレにはそうは思えねェんだよな。見れば見る程人が乗っているようには見えねェし。ほら、動きがどことなく機械じみてるっつうか。方向転換とか上昇下降もなんつーか・・・わざわざ一度考えてから行動しているような感じ?」

「言われてみれば、アレの中に人が入っているとしたら不気味ですわね。素人でもISから補正が入ってもう少し融通が利くでしょうし、そもそも素人がこんな事をしでかすとは考えられませんわ。装甲も、あそこまで肌を隠す必要がありませんし」

「だよな。あんなにエッチなISスーツ着てるのに。勿体無ェ」

「・・・・・そ、そうではなく、単純に装甲で隠す必要が無いからです。ISにはシールドも絶対防御もありますし」

「あ、確かにそうか。・・・・・・んで、セシリアちゃん。常識云々の話じゃなくーー先入観を抜きにして考えるなら、アレをどう見る?」

「そうですわね。・・・無人機かも知れませんわ。と言いますか、光也さんがそう言うなら問答無用でわたくしもそう思います。あれは確実に無人機ですわ」

「え、えぇー?・・・・・・ま、まぁ取り敢えず、ありがとうな」

 

 ビックリする程オレを肯定してくれたセシリアちゃんの解答に戸惑いつつも、礼を言った。

 

「いえいえ。それとーーどうでした?」

「何が?」

「わたくしの回答です。わたくしを試したのですよね?」

 

 ・・・・・・はい?。

 何を言われたのか一瞬理解出来ず、アリーナから視線を逸らしてセシリアちゃんの方を見る。

 

「わたくしがISの事をキチンと理解しているか試すーーこんな状況でもわたくしをお試しになられるその御考えは、わたくしなどではとてもとても。理解が及びませんでしたわ」

「いやいや!分からなかった事を質問しただけだからな!?」

「またまた、御冗談を」

「こんな状況でも平常運転かよ!」

「それで、どうでしたか?」

「・・・最高でしたよ!」

 

 答えないと終わらない気がしたのでそう返すと、セシリアちゃんは嬉しそうに笑顔を綻ばせてみせた。それに癒されつつも、二人はどうしているのだろうと視線を前に戻した。

 オレが言えた事ではないが、今はふざけている場合ではない。

 鈴ちゃんが衝撃砲で援護し、隙を見て一夏ちゃんが全身装甲(フル・スキン)のISに突っ込んで雪片弐型(ゆきひらにがた)で倒す。二人はそんな作戦で戦っているようだが、戦況は芳しくない。どれ程鈴ちゃんが衝撃砲で注意を引いても、一夏ちゃんの攻撃には必ず反応して回避されてしまう。攻撃は与えられず、雪片弐型(ゆきひらにがた)を使った代償ーーシールドエネルギーの残量は減っていく一方。

 オレは、それを見てるだけなのか?

 

「光也さんは、お逃げにならないのですか?」

 

 隣のセシリアちゃんが、そんな事を問うてきた。オレは精一杯の強がりを込めてこう返す。

 

「二人が戦ってるんだ。オレだけが逃げる訳にはいかねェだろ。・・・まぁ、そもそもドアが開かねェみたいだし、逃げられないんだけどな」

「では、わたくしもお供致しますわ」

 

 薄々分かってはいたが、セシリアちゃんも席を立ったりはしないらしい。オレの隣で、背筋を伸ばしたまま戦いの行く末を見守っている。

 

『クソ!全然当たらねぇ!』

『しっかり狙いなさいよ!』

『狙ってるって!』

 

 再び始まる口喧嘩。そこを狙って放たれるビーム。二人は何とか避けられたが、ビームはそのまま真っ直ぐ突き進み、オレの前の遮断シールドをいとも容易く破壊した。

 吹き荒れる爆風。散弾のように飛んでくるコンクリートの欠片が、直撃はせずにオレの頬を掠めて綺麗に後方に流れていく。セシリアちゃんも怪我はしていないようで、安心。女の子達も、ドアの前に殺到していたのが幸いし、怪我人はゼロ。

 

 

「か、神の奇跡ですわ・・・!」

 

 身体が硬直して動けなかっただけのオレを見てセシリアちゃんが隣で何か言っていたが、触れないでおく。

 シールドが一枚破られて、どこか遠く感じていたアリーナでの戦いがとても間近に感じる。

 二人は必死に戦っているのに、オレは何も出来ない。

 オレはこのまま観客席で、一夏ちゃんと鈴ちゃんが戦っているのを見ているだけなのか。

 俯き、頭を抱える。視界に映るのは足元に転がるコンクリートの欠片と、オレのベルトに引っ掛けられたキーホルダー型のラファール・リヴァイブ(ルリちゃん)

 視線をもう少し前に移せば、ビームによって円形に抉られた観客席。その部分だけ遮断シールドが破られており、誰でも出入りが出来る状態。

 ・・・、

 ・・・・・・、

 ・・・・・・・・・。

 あるじゃん、オレにも出来る事。

 

「み、光也さん?」

 

 席を立ち上がったオレを見て、セシリアちゃんが声を掛けた。

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

 ルリちゃんを引っ掛けていたベルトから取り、握る。

 席を飛び越え、抉られた観客席からアリーナに飛び降りる。

 

「ルリちゃん、頼む」

 

 地面を踏み締め、言う。身体がISに包まれ、ISに乗った分だけ視線が高くなった。

 久し振りの操縦だなァ。

 何しろ、戦う相手の殆どが女の子なのだ。IS自体は嫌いじゃないが、女の子と戦うとなれば話は別。女の子と戦わないとなると、必然的に授業以外でのISに乗る機会が無くなってくる。

 一夏ちゃんと箒ちゃんの放課後の特訓に入れてもらっても良かったんだが、出来れば二人の邪魔はしたくなかった。

 という訳で、ISの操縦をサボりにサボりまくっていたオレは、入学から一ヶ月くらい経った今でも操縦がおっかなびっくりなのだ。

 操縦のウォーミングアップとしてのそのそと歩きながらルリちゃんに話し掛けた。

 

「おーいルリちゃん。聞こえてる?」

『・・・・・・・・・・・・何よ』

 

 名を呼ぶと、えらく不機嫌そうな声が返ってきた。

 

「もしかして機嫌悪い?」

『クラス代表決定戦で久し振りに暴れられたかと思えば、飛行操縦の実習まで一度も会いにも来ないし。そりゃ機嫌も悪くなるっての』

「だから他の人が乗ろうとしても動かなかったのか」

『そうよ。メチャクチャ腹立ってたから全部無視してやったわ。・・・・・・コッチはアンタの事認めてやったっていうのに』

「ゴメン」

 

 謝る。

 他の子は無視しても、何だかんだオレは乗せてくれたのだから、ルリちゃんも中々に天使だよな。

 ・・・さて、戦況的にあまり長々とお話をしている場合じゃないんだよな。オレは早速本題に移る事にした。

 

「ルリちゃん、また前みたいに暴れてくんね?」

『何?アタシを使って敵をボコボコにしてオレTUEEEEE!ってワケ?あ〜ヤダヤダ。こういう時だけ頼ってくる都合の良い男って嫌いだわー』

「いや本当、ルリちゃんにしか頼めないんだって。ルリちゃんがいなきゃオレってばただの雑魚野郎だし」

『うんうん』

「だから、ルリちゃんの力を借りてェんだ。親友がピンチなんだよ」

『もっと』

「ルリちゃん様!どうかこの私めにその御力を貸していただけないでしょォか!」

『えー、でもぉ、どうしよっかな〜』

 

 脳内で土下座を極め込む勢いでお願いするも、ルリちゃんはまだ答えを勿体ぶっている。

 

『アタシ、最近全然運動してないから暴れ足りないのよね〜。手加減してとか言われてもなぁ〜』

「え?」

 

 その一言に、一筋の光明を見出した。

 

『?』

「・・・ルリちゃん、戦う相手が人間だと思ってた?」

『何、違うの?』

「ふっふっふ、ルリちゃん。相手はあの白っぽいのでもピンクっぽいのでもない。真っ黒の無人機だ!」

『無人機?・・・って事は』

「あぁ、手加減は無用だぜ!百パーセントでボコボコにしちゃえ!」

 

 そう言ってあげると、ルリちゃんの声が聞こえなくなった。

 どうした?声を掛けようかと考えていると、突然ドクンと身体が揺れ、脳に這入り込まれた。この感覚は二回目だが、全然慣れねェなこりゃ。

 

「い、いきなりかよ」

 

 どうやらルリちゃんはこの状況を戦うに値すると判断してくれたらしく、早くもオレの脳に這入り込んで戦闘態勢に移ろうとしている。

 

「ルリちゃん、改めて確認な。相手はあの真っ黒な無人機一体だけ。一夏ちゃんと鈴ちゃんーー白っぽいのとピンクっぽいのには手を出さないでくれ」

『えー』

「えーじゃないよ、えーじゃ。お願いだよォ、な?」

『・・・・・・ったく、しょうがないわね』

 

 ぶつくさ言いながらも了承。

 深呼吸。

 無人機と戦う二人。

 そこに割り込むオレの後ろには、事態の収束を待つ女の子達が居る。

 どういう訳かドア等が動かなくなっており、教師陣の応援は望めず。

 オレ等で何とかしなければならない状況。

 ルリちゃんが何とかしてくれなければならない状況。

 

『じゃあ、全部這入るから』

「了解ーー」

 

 ・・・・・・よし、これでオレの身体の主導権はルリちゃんに移された訳だ。

 あとは意識が手放されるのを待つだけ。

 線のように後ろに流れる景色。ルリちゃんが操るオレの拳が無人機に炸裂した。吹き飛ぶ無人機。どうやらルリちゃんは、まずは二人と無人機の距離を離す事を先決したらしい。距離が離れるとビームが来るのではないか?と思ったのだが、どういう訳か無人機はアリーナの端まで飛ばされたきり、反撃をしてこない。

 突如として乱入してきたオレを、一夏ちゃんと鈴ちゃんの二人が信じられないモノを見るような目でこっちを見ていた。

 

「光也!?何してんのよこんな所で!」

「親友が命懸けで戦ってんのに、黙って見てられるかっての」

 

 そう言い返すも、鈴ちゃんから返ってくるのは叱責の言葉ばかり。まぁ、鈴ちゃんからしたらオレは一夏ちゃんよりも駄目なド素人にしか見えないのかもな。

 だがな、鈴ちゃん。

 クラス代表決定戦でオレが(ルリちゃんが)誰を倒したのか、忘れてねェか?

 

「確かに、光也が代表候補生に勝ったって聞いた時は驚いたし、凄いと思ったわよ!ーーけど、だからと言ってアンタがここに来るのは間違ってるっ!」

「まぁまぁ、正直有り難いだろ?実際、俺達二人だけじゃアイツを倒せていない訳だし」

「そうだけど・・・・・・」

 

 (なお)も渋る鈴ちゃんと、それを宥める一夏ちゃん。オレの身を案じてくれてんのかね。なんと優しき美少女哉。

 ・・・・・・って、あれ。そういえば普通に話せてね?

 以前のクラス代表決定戦の時は確か、ルリちゃんが身体を動かしている時はオレは何も出来ずに自然とオチていた筈なのだが。

 どうして今回はオチない?

 おーい、ルリちゃん?

 心の中でそう呼び掛けてみるが、返答は無い。ただ、ラファール・リヴァイブがウズウズと戦闘を待ちわびているだけだ。

 これはこれで良いのか?と思うが、よく考えるとルリちゃんの挙動に合わせる様をーー自分の身体が悲鳴を上げる様を、意識がハッキリしたまま見ていなければならない訳だから寧ろキツいわ。

 そもそも意識がある状態で全速力とか出した事ねェんだけど、大丈夫か?

 オレがこれから始まる戦闘に対する不安を抱いていると、一夏ちゃんがこんな事を言ってきた。

 

「・・・そう言えばアイツ、攻撃してこないな」

「オレ等の仲間に入れてほしいんじゃね?」

「違うと思う」

「オレ等の会話を聞いてて混ざりたいけど混ざれない恥ずかしがり屋さんなんだよ、きっと」

「絶対違うと思うぞ!」

「冗談はこれくらいにして・・・機械だからじゃねェの?」

「え、アイツって機械なのか?」

「そんなわけ無いでしょ。ISは人が乗っていないと動かないんだから」

 

 絶対にね、鈴ちゃんはそこを強く強調した。

 

「さっき観客席でセシリアちゃんと話してたんだよ。人が乗っているにしては、動きが機械じみてるってな」

「機械じみてる?」

 

 一夏ちゃんの問いに、オレは答える。

 

「あぁ。ーーてか、人間なら、オレ等がベラベラお喋りしてるような絶好の隙を見逃す筈がないだろ」

「あっきれた。『そういう作戦を実行している人間だ』って言われればそれまででしょうに」

「・・・・・・それもそうだ!」

「手のひら返すの早過ぎだろ!あんなにビシッと決まってたんだからもうちょっと自信持てって!」

「いやでも、鈴ちゃんの言ってる事も百理くらいあるしさァ」

 

 あの全身装甲(フル・スキン)にやっぱり人が乗っているのなら、オレはセシリアちゃんの時のようにルリちゃんを止めなければいけなくなる。

 相手と戦う理由を無くしてしまう。

 まぁ、あの時は止められなかった訳だけど。

 いやでも、オレの今の状態って前回と何か違うみてェだし、もしかしたら止められるのかも?

 そんな風に考えていると、一夏ちゃんが名案を出してくれた。

 

「じゃあ、千冬姉に聞いてみれば良いんじゃないのか?」

「それだ!ーーね〜ェ!千冬ちゃ〜ん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ね〜ェ!千冬ちゃ〜ん!!』

 

 一方、千冬と真耶サイド。

 千冬は、一夏と光也の間抜けさに目頭を押さえていた。隣で、遮断シールドのシステムクラックを実行している一部の三年生に対して通信を掛けている真耶も、通信中にも関わらず苦笑いを洩らしているくらいだ。

 光也からの呼び掛けに、戦闘中に相手から意識を外すなど何事かと説教の一つでも入れてやろうかと考えたが、あの正体不明のISがいつ、また攻撃を再開してくるか分からない以上、あまり時間を掛けてもいられなかった。

 

「唐澤、鳳、織斑、聞こえるか」

『聞こえてるぜ!千冬ちゃん!』

「あのISだがな。正直な所、有人か無人かはまだ分からん」

 

 千冬がそう言うと、アリーナの三人は何やらまた議論を交わし始めたので、千冬は「だが」と語気を強めに続ける。

 

「IS学園の遮断シールドを突き破って侵入してきた不届き者なのは確かだ。安否どうこうについてはこちらからは要求しない。ーー潰せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタのお姉さんってあんなにイカれてたっけ?人が乗ってるかも知れないのに潰せとか言ってるわよ。男らし過ぎない?」

「多分その台詞、千冬姉にも聞こえてると思うぞ」

 

 鈴ちゃんがヤバいって顔をしている。可愛い。

 

「んで、どうする?千冬ちゃんはあぁ言ってるけども、オレとしては女の子が乗ってるかも知れないんだったら攻撃出来ねェんだが」

「そんな事言ってる場合?そもそも、光也ってセシリアに勝ったんでしょ?攻撃出来てるじゃない」

「いや、アレはーー」

 

 今は話せないけどちゃんとした事情がありませて。と言おうとしたのだが、突然しゃっくりのような感覚に襲われて中断された。

 気を取り直して、もう一度。

 

「よし、ぶっ殺そう」

「「どんな心境の変化!?」」

「あれ?いや、違うんだ。オレはただアイツを完膚無きまでにグチャグチャにしてやりたいだけなんだ!」

「変わってないし、寧ろ悪化してるからな!?」

 

 身体に覚えのある、発言が思い通りにいかないこの感覚。もしかしなくても、ルリちゃんだな!?クソ、いきなりどうしたって言うんだよ!

 あっという間に発言の自由が(物理的に)奪われる。気付いたら、もうどれだけ頑張ってもオレの意思が声に出る事はなくなっていた。

 

「あーもう。アタシが発言を許可してあげてれば、女の子が乗ってるなら戦えないとかほざいちゃって。甘過ぎじゃない?」

「み、光也?何その口調。いきなりどうしちゃったわけ?」

「貧乳、少し黙ってなさい」

「なあんですってぇ!?!?」

「落ち着けって鈴!今お前達二人で殺り合われたらマジで勝てなくなるから!」

 

 どうやら、今まで話せていたのはルリちゃんによるただの気まぐれだったらしい。嬉しいような嬉しくないような。

 兎にも角にも、オレの発言タイムは終わってしまったようで。鈴ちゃんに対しての貧乳発言に「嗚呼、無事に終わっても後が怖ェな・・・」とか思いながら、もうどうにでもなれと諦めるのだった。こうなったら、オレが介入出来る事は無い。

 あの時のように、どうしようもない倦怠感がじんわりとオレを襲う。

 オチそうになる意識の中、もうオレは三人の会話だけが薄らと聞こえてきた。

 

 

「兎に角、アイツはぶっ殺す。これは確定事項よ」

「倒すのは俺も賛成だけど、何か作戦でもあるのか?誰かがアイツの注意を引き付けないと、倒すのは難しいと思うぞ」

「そんなの要らないって、かったるい」

「え?」

「アタシが正面からぶっ潰すから、アンタ等二人は各自適当な所で援護。以上!じゃあ始め!!」

「ちょっと光也!?アンタ一体どうしちゃったのよーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・気が付いたか」

 

 目を覚ましたのとほぼ同時に、千冬ちゃんの声。なんだこの最高過ぎる寝起きシチュ、と内心うはうはしながら身体を動かすと、やっぱりと言うか何と言うか、身体中を激痛が駆け抜けた。あんまし気軽に激痛激痛言ってると痛くなさそうだけど、オレは変わらず滅茶苦茶痛いので、ベッドに再び全体重を預けた。

 

「また操作をラファール・リヴァイブに任せていたのだろう?」

「そうなんだよ。相手が無人機だって言ったら張り切っちゃって。ーーそれで、どうだった?」

「敵ISは大破。人が乗っていたらまず助からないような有り様だ。半々の確率の賭けだったのが・・・無人機で良かったな」

 

 潰せと言った張本人とは思えない発言だったが、千冬ちゃんの口から出た無人機という単語に、ひとまず胸を撫で下ろす。本当に良かった。もしも女の子が乗っていたら、オレは今頃危なかったかも知れない。立場的にも、オレの精神的にも。

 

「織斑と鳳にも、ラファール・リヴァイブの事はしっかり説明しておけよ」

「絶対しなきゃ。貧乳発言の事を一刻も早く弁解しないとオレの身がただじゃ済まない・・・!」

 

 攻撃力的にも口撃力的にも鈴ちゃんの方が上なので、戦ってもまず勝てない。

 そもそも戦えない。

 どうにかして鈴ちゃんが怒る前に事情を説明しとかないとな。

 そんな事を考えていると、千冬ちゃんがふっと笑った。

 

「どしたん?」

「いや、何でもない。元気そうでなによりだ。・・・私は後片付けがあるから戻る。光也も、部屋に戻りたければ誰かに手伝ってもらえ」

「お、おう。了解」

 

 千冬ちゃんはそう締め括ると、颯爽と退出した。

 ・・・最後に名前で呼んでもらえた。やったぜ。

 

 どれだけの速度での動きなら身体は痛くないのか実験をしていると、ドアが開いた。やってきたのは一夏ちゃん。正確には、箒ちゃんに耳を引っ張られて涙目になりながら歩いている一夏ちゃんと、箒ちゃんだ。

 

「何その面白い入室方法」

「よう光也、元気かって痛い痛い痛い痛い!」

「よう光也、じゃないだろう!」

「それくらい良いじゃないかよ!何が不満なんだ!」

「・・・全部だ!」

「全部かよ!」

 

 一夏ちゃんと箒ちゃんの夫婦漫才を見ていてもしょうがないので、一夏ちゃんに問うた。

 

「何でそんな状態に?」

 

 一夏ちゃんが、耳を引っ張られた(箒ちゃんの身長に合わせて少し膝を屈んだ)ままの姿勢で言う。

 

「先生方の到着を待たずに無茶したのが駄目なんだと」

「当たり前だ!勝てたから良いものの、もしもの事があったらどうするつもりだ?」

「まぁまぁ。あの時の、正体不明のIS相手に一歩も引かなかった一夏ちゃんって、箒ちゃんからみたら格好良かったんじゃねェの?そんなに責めてやるなって」

 

 オレの言葉で、あの時のカッチョ良い一夏ちゃんを思い出したのだろう。箒ちゃんの頬が赤くなってきた。

 

「ん?どうしたんだ、箒。熱でもあるのか?」

「な、何でもない!私はもう行くからな」

 

 一夏ちゃんに顔を覗き込まれて更に顔を赤くした箒ちゃんは、恥ずかしさに耐え兼ねて出て行ってしまった。

 どうしたんだろうな、と後頭部を掻きながら一夏ちゃんがそう言った。

 

「箒ちゃんも帰ったみたいだし、一夏ちゃんも帰れば?てか帰れよ」

「お?ボクシングでもするか?」

 

 身体を動かせない今の状態でボクシング等やろうものなら、一夏ちゃんによる一方的な虐めになる事は必至。頭を下げる。

 

「悪かった。このままずっと居てくれ」

「・・・それはそれで気持ち悪いな」

 

 どうやら、オレが意識をオトしていたあの後の戦いでも一波乱あったらしい。

 箒ちゃんが放送で一夏ちゃんに檄を飛ばし、それに気付いた無人機に攻撃されかけたり(無人機に集中しているオレ(ルリちゃん)の代わりに、一夏ちゃんが箒ちゃんを護ったらしい)。

 セシリアちゃんも途中からスターライトmkIIIで援護射撃をしてくれたり。

 色んな人が援護をしてくれたお陰で、あの無人機を倒せたと言っても過言ではない。

 ルリちゃんはどう思っているかは分からないが、良い風に感じていてくれていると嬉しいなァ。

 

 後でもう一度迎えに行くから。夕飯を食べに行くという一夏ちゃんにそう言われ、また部屋の中は一人。

 

「・・・ふわぁ」

 

 欠伸(あくび)を一つ。

 一夏ちゃんが来るまで暇だし、もう一度眠るとしますか。

 

 

 

 

「光也・・・・・・」

「あ?」

 

 誰かに呼ばれた気がして、目が覚めた。目を開けると、目の前には目を潤ませてこちらにゆっくりと近付いている鈴ちゃんの顔。驚いたのはオレも鈴ちゃんも同じだったようで。

 

「何起きてんのよ!」

 

 ビックリついでに距離を取られた。傷付く。

 

「鈴ちゃんが呼んだんじゃないのかよ」

「ごちゃごちゃ言わないの!」

「えぇ・・・」

 

 鈴ちゃんはベッドに座った。すぐには帰らないらしい。嬉しいなァ。

 部屋を見渡しても鈴ちゃん以外の姿は見えないので、やって来たのは鈴ちゃん一人のようだ。

 窓の外を眺める。

 すると、鈴ちゃんが。

 

「試合、無効だってさ」

「あ、そうなんだ。それはそれは何と言うか」

 

 残念だったなと言うべきか良かったなと言うべきか迷う。迷っている内にタイミングを逃してしまったので、言わない事にした。

 

「あ、そうそう。あの酢豚の話なんだけどさ」

 

 酢豚、という単語に鈴ちゃんの肩がピクリと反応した。

 無人機のせいで忘れていたが、一応オレと鈴ちゃんは気拙い関係だったのだ。

 実はアリーナ内に乱入した時も、まだ無視されてるんじゃないかとか不安だったんだが、普通に反応してくれて嬉しかったりする。

 鈴ちゃんは何を言おうか考えている風だったので、オレが先に質問。

 

「あれって、もしかして告白だった?」

 

 オレがそう思ったのは、決して自意識過剰による判断ではない。

 思い返すと、オレが鈴ちゃんに一夏ちゃんの情報を教えてる時って笑顔じゃなかった気がするんだよな。

 だから、もしかしたら一夏ちゃんの事ってそこまで好きじゃないんじゃないか?とか思った。

 ・・・・・まぁ、ぶっちゃけ言われた時の記憶が曖昧で、毎日と酢豚って単語しか言われた確証を得られていないのだ。

 だからオレは、『毎日酢豚を作ってあげる』というちょっと捻った告白かと思ったのだ。

 ほら、『オレの為に毎朝味噌汁を作ってくれ』って有名な口説き文句もあるじゃん?

 そんな事を意識がオチる直前にふと思ったのだが、どうだろう。

 オレに向けられた告白だったら嬉しいなァとか考えながら、真実の確認。

 不意に来たオレからの質問に鈴ちゃんの顔は「へ!?」と赤くなっている。窓の外の夕焼けとお揃いだ。

 

「そ、」

「そ?」

 

 唇を震わせながら、鈴ちゃんが頭文字を言った。

 鈴ちゃんは立ち上がり、オレの目の前まで来た。これはもしかして、もしかするんじゃねェか!?

 鈴ちゃんENDいっちゃうんじゃねェですか!?

 オレは、いつでもキスOKと言わんばかりに目を閉じる。

 さあ、いつでも来い!

 

「そ、そそそそ、そう、そそ、いや、えっと、そのーーち、違うわよ!!」

「ぐおぉ」

 

 目を閉じていたオレが感じたのはキスの柔らかい感触ではなく、脳天に落とされた鋭いチョップの感触だった。

 

 




何で今回こんなに長く書けたんだろうってくらいの文字数で自分でもビックリ。
多分、次からはこんなに長くはならないと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

まただ・・・また文字数が10000を越えているだと・・・!?

今回は、鈴ちゃん成分一割。セシリアちゃん成分一割。一夏成分一割。五反田成分七割です。



「・・・・・・その、お店は・・・しないんだ」

 

「うちの両親離婚しちゃったから・・・・・・。あたしが国に帰る事になったのもそのせいなんだよね」

 

 

 

 こっちに戻ってきたって事は、またお店やるの?またお店モードの鈴ちゃんが見れるの?という問いに対する答えがこちらである。

 なんてこった。まさかこんな所でシリアスに入ってしまうとは。

 常にふざけているオレには重い。重過ぎる。

 こんな時、オレはなんて言えば良いのかも分からない。

 

「・・・何か考えてるみたいだけど、何も言わなくて良いから。慰めとか同情とか本当やめてね」

 

 考えてる事がバレてしまった。鈴ちゃんに視線で「良いのか?」と問う。

 

「もう終わった事だから」

 

 それもそうか。俺が今更何かを言った所で鈴ちゃんの心には響かないだろう。

 ・・・・・・でも、やっぱり寂しそうだな。

 あんなに楽しそうな家族だったのに。

 よし、とオレは思い付く。

 それは決して、鈴ちゃんへの慰めの言葉ではない。

 

「話は変わるけどさ、今度久し振りにどっか遊びに行かねェ?」

「ソレ、変えたつもりなわけ?」

「・・・・・・オレの中では変わったんだよ」

「まぁ良いけど。——それで?どこに連れてってくれるの?」

「あー、一夏ちゃんと弾ちゃんにも聞いてみないとなァ」

「は?」

「・・・どした?」

「え、一夏と弾もいるの?」

「いない方が良い?」

「い、いや?そういうわけじゃないけど!——あたし、用事を思い出しそうだからやっぱりその日はパスで!」

 

 まだ何日に遊ぶかも決めてないんですけど。

 まあ良いか。用事を思い出しそうならば仕方無い。

 弾ちゃんも、鈴ちゃんが帰ってきたって聞けば喜ぶだろうな。

 IS学園に入学してから——更に言えば、一夏ちゃんと共に試験会場でISを動かしてから、会えなくなっていた親友の顔を思い出しながらぼーっとしていると、パシュー、と電車のドアのような音を立てて入り口のドアが開いた。

 

「——光也さん!」

 

 ドアの前に金色の何かがいたなァと何となく脳が認識した頃には、いつの間にかその人はベッドで上体を起こしているオレの腹部に抱き着いていた。その衝撃でオレの身体のどこかがメキリと嫌な音を立てる。

 

「御身体に異常は御座いませんか!?鬼神の如き活躍をなされたと思えば、いきなり倒れてしまうんですもの!わたくしとの決闘の時もそうでしたが、二回目とは言えやはりヒヤリと致します!本当はすぐさま駆け付けたかったのですが——」

「あ、ありがとう!セシリアちゃん!オレは大丈夫だから!」

 

 呪文のように流れるセシリアちゃんの言葉を礼で中断させる。ついでに痛む身体を必死に動かしてサラサラの髪も撫でれば、セシリアちゃんは「い、いえ・・・!」と頬に手を当てて冷静さを取り戻してくれる。

 ・・・・・・こんな形で女の子の扱い上手くなりたくねェんだけど。

 

「コホン、お見苦しい所を見せてしまいました」

「いや、別にオレは大丈夫だけど。むしろバッチコイって言うか——いってェ!」

 

 ニヤケながらそう言ったら、鈴ちゃんに頭をはたかれる。

 

「この助平!成長したのはISの操縦技術だけね。他は中学の頃から何も変わってないわ」

「それを言ったら鈴ちゃんこそ、その言葉の体現者と言っても過言ではないんじゃ。あ、嘘嘘。ほら、落ち着いて?胸に手を当てて、深呼吸」

「へぇ、あたしの胸が中学の頃から変わってないって?」

 

 駄目だ。迂闊に中学の頃の話をすると鈴ちゃんの地雷に触れてしまう。地雷原を歩いたつまりはなくても、地中に埋まっている地雷がモコモコとオレの足元まで移動してくる!

 

「違う!(見た目が)ちっちゃくて可愛いって意味だ!」

「どこがちっちゃいってのよぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人機が乱入してきた事件も一段落付いた六月の休日。オレと一夏ちゃんは久し振りに、中学からの親友である弾ちゃんの家を訪ねる事にした。

 書くのがかったるい外出届も、千冬ちゃんに書き方を教えてもらいながら何とか書き上げ、無事に受理された。

 そんな訳で堂々とIS学園の敷地外を歩きながら弾ちゃんの家へ向かっている途中。車が走ってんのを見るのとか久し振りだなァとか考えながら歩いていると、一夏ちゃんが

 

「・・・最近、さ」

「んだよ」

「箒が・・・・・・その、可愛く見えるっていうか」

 

 トンデモない事を抜かしやがった。

 

「ハァ?箒ちゃんは元々可愛いだろうが」

「そういうのじゃないんだ。元々可愛いけど、最近は特に可愛く見えるんだよ」

 

 頬をぽりぽりと人差し指で掻きながらそんな事をほざく一夏ちゃん。自分の中での箒ちゃんに対する意識が変化している事に気が付き、戸惑っているらしい。一ヶ月以上同室で暮らしておいて、やっとかよとも思ったが、それはそれ。今は鈍感野郎の心中の変化を喜ぶべきだろう。

 オレはその変化の答えを知っているので、教えてやる事にした。

 

「そりゃアレだよ。恋だ」

「こ、恋!?」

「箒ちゃんの事、可愛いと思うんだろ?」

「あ、あぁ」

「んじゃあ恋だ。それ以外に考えられねェ」

「その理屈でいくと光也はどうなるんだよ。女子を見る(たび)に可愛い可愛い言ってるじゃないか」

「あぁそうだよ。オレは年がら年中恋しっぱなしだな。女の子だーいすき」

「・・・その台詞、間違っても鈴とかの前で言うなよ」

「は?」

「何でもない。それで、仮に恋だとしたら、俺はどうすれば良いんだ?」

 

 どうすれば良いんだって、おいおい。

 オレは一夏ちゃんの台詞を鼻でフゥ〜と笑いながらやれやれと首を横に振る。

 

「そりゃ、やる事って言ったら一つだろ。——告白だ」

「は、はぁ!?本気で言ってるのか!?」

「あぁ。本気の本気、超本気だぜ。だってアレだろ?今までそんな感情出てこなかったんだろ?」

「・・・確かに。今までは可愛いとか美人とかは思っても、それ以降は特に何も思い浮かばなかったけど」

 

 ヤベェなコイツ。女の子見て欲情とかした事ねェのか?一夏ちゃんの不能疑惑が再び急浮上だぞ。

 

「箒は、何か違うんだよな。近くにいるとドキドキするって言うか、緊張するって言うか。話し掛けようと声を出したら箒と被っちゃって照れながらも気まずくなったりとか。すぐ隣で箒が寝てるんだなって考えると不思議と眠気が消えたりとか。

 この前手料理を作ってもらったんだけど、あの時は本当にヤバかった。死ぬんじゃないかってくらい心臓がバクバクしてた」

「甘ったりィー。んだよコイツ惚気(のろけ)やがって」

「の、惚気てねぇよ!」

「はいはい。そォーですねー」

 

 こんなにニヤニヤしながら語る一夏ちゃん初めて見たわ。

 これはガチだな。自分では気付いてないだけで、本気で箒ちゃんの事を好いてやがる。

 兎にも角にも、一夏ちゃんは箒ちゃんにラブドッキュンらしい。

 ぶっちゃけ箒ちゃんも一夏ちゃんに対して同じような想いを抱いているので、告っちまえば即美男美女カップル成立!何だが。

 こちらから告白を急かしても、あまり良くはないだろう。こういうのは、本人が自分の気持ちに納得言ってからじゃねェと。

 

「まぁ、今すぐに告白しろとは言わねェよ。一夏ちゃんが告白したいって思った時に告白すれば良いんじゃねェの?」

「・・・それもそうだな。よし、ありがとう」

「気にすんな。糖分摂取には丁度良かった」

「糖分?」

「何でもねェよ。ほら、着いたぜ」

 

 そうこうしている内に、いつの間にか弾ちゃんの家の前に到着していた。

 五反田食堂。

 弾ちゃんこと五反田 弾(ごたんだ だん)のお家が営んでいるお店の名前だ。

 今日は弾ちゃんの部屋で駄弁ったりゲームしたりする予定なので、弾ちゃんの家の構造上、食堂を突っ切って入るのではなく、裏口から二階の弾ちゃんの部屋へと入らなくてはならない。

 メールで弾ちゃんに『着いたぞバカヤロウコノヤロウ』と送る。すぐに『待ってろ』と返信が来た。

 

「久し振りだな、一夏。それに、たけし師匠」

 

 弾ちゃんが家の前に出てくる。一夏ちゃんが「何でたけし師匠!?」と驚いていたが、気にするまい。

 赤髪のロン毛。加えて、ヘアバンド。アクションゲームだったら物語の終盤までには死んでるか入院してそうな容貌をしているのが弾ちゃんだ。

 

「久し振りじゃんかよ、うーい!」

 

 弾ちゃんに近付き、肩ポン。

 

「その通りだな、おい!」

 

 弾ちゃんも肩ポンで返す。

 

「オレと遊べなくて寂しかったか?おーら!」

 

 ドン。

 

「寂しかったぜ、おい!」

 

 ドス。

 

「そりゃ嬉しい限りで、ふんっ!」

 

 ガス。

 

「今日はめいいっぱい遊ぶぞ、せいッ!」

 

 ズドン。

 言葉を交わす毎に上がっていく肩ポンの威力。切れた息を整える為に一度深呼吸してから、二人同時に相手を睨みながら。

 

「「・・・殺す!」」

 

 あまりの痛さに殺意が芽生えた。

 

「——っておい!なんだそれ!」

 

 途中まで違和感無くぼーっと見てたけど、可笑しい事に気付いた一夏ちゃんに止められる。それを合図に、オレと弾ちゃんも表情を笑顔に戻した。

 

「冗談は兎も角、本当に久し振りだよなァ。受験の後もバタついて遊べてなかったし」

「俺も、何度か誘おうとはしたんだけどな。忙しそうだったからやめといたんだ」

 

 久し振りの再会に思わずテンションが上がる。もう少しふざけたいが、ここは店先。弾ちゃんに導かれ、取り敢えず続きは部屋でする事に。

 弾ちゃんの部屋。各自適当に座り、ゲームでもするかという話になり、あの大人気ゲーム『IS VS(インフィニット・ストラトス ヴァースト・スカイ)』を起動。

 その最中。一夏ちゃんと弾ちゃんがやってるのをベッドでゴロゴロしながら見ていると、弾ちゃんが隣でコントローラーを握って白熱している一夏ちゃんにこう言った。

 

「で?」

 

 一文字でそう言われても、よく分からない。一夏ちゃんは

 

「で?って、何がだよ?」

 

 と返す。

 

「だから、女の園の話だよ。良い思いしてんだろ?」

「してねぇよ」

「嘘を吐くな嘘を。お前のメール見てるだけでも楽園じゃねえか。何そのヘヴン。招待券ねえの?」

「招待券は無いし、ヘヴンな訳でもない。数十人からの視線が常に自分と光也の二人に集中してるんだぞ?経験した事あるか?・・・本当、光也がいてくれて助かったよ」

「でもアレだろ?メールで聞いてる限りだと、鈴も転入してきたらしいじゃねえか。下手すると——」

「あぁ、それに関しては当分先になると思う。まだ気付いてないっぽいから」

「はぁ!?一夏と言い、どんだけ鈍感なんだよアイツ」

「は?何言ってるんだよ。鈍感なのはアイツだけだ。俺はむしろ鋭い方だぞ」

「はいはい。鋭利鋭利」

 

 小声で話している為、何の話をしているのかはよく分からない。てか、何もしてないと眠たくなってくるな。寝ても良いかな?良いよな?

 弾ちゃんのベッドを勝手に使い、布団に潜り込む。中学の頃はしょっちゅう三人でこの部屋に集まっていたからか、落ち着くんだよな。

 

「大体、何であそこまでやられていて、鈴が俺の事好きだっていう発想になるのかが分からない」

「本当それだよな——あ、汚ねえ!最後ハイパーモードで削り殺すのナシだろ〜・・・」

「やっぱイタリアのテンペスタは強いわ。というかエグいわ」

 

 あー暇だ。なんか二人はイタリアのパスタの話してるし、話に入れなくて暇なのも相まってスッゲェ眠たい。

 あー、眠い・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・おい、光也のヤツ寝やがったぞ」

 

 ふと、後ろがやけに静かな事に気付いた弾が、振り返って光也を見てみる。そこには、いびきをかきながら寝ている光也の姿があった。一夏も振り返り、苦笑い。

 

「さっきまで弾と殴り合いしてたとは思えない睡眠ぶりだな」

「じゃれ合いって言えよ。それだとなんか物騒じゃねえか」

「じゃれ合いで済む威力には見えなかったんだが・・・」

「で、話は戻るが」

 

 弾が、もう一度女の園について一夏に問おうとした瞬間。訪問者によってドアが勢い良く開かれた。

 

「お(にい)!さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!さっさと食べに——あ、一夏さん」

 

 ドアを開いた(瞬間の姿勢が片足を腰の位置程度まで前に上げた状態だったので、恐らく蹴り開けた)少女、五反田 蘭(ごたんだ らん)は弾にそう怒鳴ってから、室内にいるのが弾だけではない事に気が付いた。

 

「おう、久し振り。邪魔してる」

 

 蘭に向かって手を上げて挨拶をする一夏。蘭の記憶では、もう一人を入れていつもの三人だったような。一夏に問う。

 

「って事は、光也さんも来てますか!?」

「あぁ、そこで寝てる」

 

 一夏が指差した方を見ると、弾のベッドで寝ている光也を発見。蘭がそれを見てホッとしていると(何故ホッとしたのかは不明)、弾が兄として注意をしてくる。

 

「蘭、お前ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと——」

 

 しかし、その注意も蘭には全く効いていなかった。むしろ、瞬時に立場が逆転。蘭がギロリと弾を睨む。

 

「・・・なんで、言わないのよ・・・・・・」

「言ってなかったっけか?言ってねえか。言ってなかった気もする。言ってないよな。わ、悪かった」

 

 蘭が眼力を強める毎に、反論が弱々しくなる弾。遂には謝罪。

 

「そうだ、光也も起こそうか」

「え!?ちょっと、今の格好は恥ずかしいって言うか・・・」

「多分気にしないから大丈夫だろ」

 

 一夏の提案に蘭が自らのラフな格好を見直して断ろうとするが、一夏は気にせず光也の肩を揺する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、光也。起きろ」

 

 むくり。

 上体を起こして目を擦る。あー寝てたのかと知らぬ間に寝ていた自分に驚き。

 

「おはよう」

「・・・あい」

 

 眠てェー。どうしてこんなに眠いんだよ。アレか?昨日遅くまで熱心にネットサーフィンをしていたのがいけないのか。何を調べてたのかって?よせやい、野暮な事聞くんじゃねェよ。着衣云々の事なんて調べてねェって。

 伸びを一つ。幾分晴れた眠気と共に、入り口に立っている美少女に気付く。

 

「蘭ちゃんじゃん!」

 

 一文に『ん』を三つも使ってしまうくらいには喜んでいる。

 兄である弾ちゃんと同じようにヘアバンドを使い、赤い髪を纏めている。ホットパンツにノースリーブのシャツ。

 とてもラフ(エッチ)な格好だ。

 

「いやー、嬉しいなー。弾ちゃんに加えて蘭ちゃんにも会えるなんて!」

「光也さんも相変わらずですね。どうですか?IS学園に入学したそうですけど」

「あぁ。美少女に囲まれた生活を送ってるぜ」

「あ゛?」

「落ち着け、蘭。虚勢だ」

「な、なーんだ!確かに、光也さんが女の人に囲まれるなんて有り得ないですもんね!」

「おぉい!決め付け良くないよォ!あと蘭ちゃんも納得しないで!」

 

 五反田兄妹の酷い言い様に泣きそうになっていると、一夏ちゃんが助け船を出してくれた。

 

「光也の言ってる事、合ってるぞ」

 

 それに驚くはやはり五反田兄妹。蘭ちゃんは額を押さえてくらりと壁に手を付き、弾ちゃんが凄い勢いで詰め寄ってきた。

 

「嘘だよな!?嘘って言ってくれよ!お前に限ってハーレムは絶対有り得ねえよな!?」

「おいおい、オレを誰だと思ってるんだ?今女子のハートを奪いに奪っているスーパーハンサムボーイ、唐澤光也様だぞ?」

 

 髪を指で搔き上げる。弾ちゃんが、「クソ!お前となんか絶交だ絶交!無様に死ね!!」と本気で意外そうにキレていた。そこまで意外か?オレってそんなにモテそうに見えないのか?

 

「いや俺が言いたかったのは、クラスに男が二人しかいないからどうしても女子に囲まれてる生活になるんだよなって事なんだけど」

 

 一夏ちゃんの一言で、高笑いをしていたオレを含めて固まる三人。おい弾ちゃん。みるみる内に笑顔になるな。

 

「光也、一生親友だ!」

 

 五月蝿ェ馬鹿。ヘアバンド引っ張りまくってゴムビロビロにすんぞ。

 

「あ、そうだ。良かったら、光也さんと一夏さんもお昼どうぞ。お昼、まだですよね?」

「おう、食べる食べる!」

「あー、うん。俺もいただこうかな」

「じゃあ、下の食堂で・・・」

 

 蘭ちゃんがドアを閉めて出て行く。

 あ、そうか。じっちゃんのご飯食べるのも久し振りな訳か。アレ凄い美味いんだよなァ。楽しみだ。

 一夏ちゃんと言い鈴ちゃんと言い、なんだかオレの周りには美味い飯がいっぱいあるなァ。

 

「光也は、よく蘭の事をちゃん付けで呼べるよな。俺なんか絶対無理だ」

「そうか?普通に蘭ちゃんって呼べるけど」

「それに、蘭に限らずだよ。思い返してみれば、クラスの女子も皆、下の名前+ちゃん付けだろ」

「あー、言われてみればそうかもな」

 

 一夏ちゃんの疑問に、弾ちゃんも同調。確かに言われてみれば、鈴ちゃんも箒ちゃんも千冬ちゃんも束姉も、皆ちゃん付けで呼んでる気がする。

 いつからだと問われればそれに明確な答えを返すのは難しい。少なくとも中学生の時には皆ちゃん付けだったような。

 

「何でだろうな。その子と親しくなりたいからフランクに呼んでるんじゃねェの?」

 

 皆可愛いし。オレとしては必要以上に仲良くしておきたいし。

 オレの言葉に、二人も「あー」と納得。

 

「二人もちゃん付けで呼べば良いのに」

「出来るかよ。妹にちゃん付けしだしたら俺はもう終わりだぞ」

 

 言われて、弾ちゃんが『おい、蘭ちゃん』と呼び掛けている状況を思い浮かべてみる。確かにヤバい。

 

「——って、ちょっと待て光也。お前、蘭と親しくなりたいのか?」

「何言ってんだよ弾ちゃん。当たり前だろ」

「・・・・・・お前は今日から五反田家出禁だ」

「何でだよ!」

「同い年の弟はいらねえからだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂。

 入った瞬間に弾ちゃんが「うげ」と嫌そうな声を出す。後ろを付いてきていたオレと一夏ちゃんも、弾ちゃんの左右から店内を覗く。

 オレ達の昼飯が用意しているテーブルには、蘭ちゃんが立っていた。おい、何『うげ』とか言ってんだ弾ちゃん。せめて『うほ』って言えよ。

 ・・・それはそれで気持ち悪ィか。

 

「何か問題でも?あるならお兄一人だけ外で食べれば?」

「何という兄妹愛。弾ちゃん、良い妹ちゃんを持ったな」

「本気で言ってんのかこのタコ」

「まあまあ、四人で食べれば良いだろ。他のお客さんもいるし、早く座ろうぜ」

 

 それもそうだ。席に着く。四人テーブルに座る席順としては

 

 

  一夏 | 弾

  ——————

  光也 | 蘭

 

 

 という感じだ。さり気無く蘭ちゃんの隣に座れたので良し。

 皆はカボチャ煮定食なのだが、オレは甘い物(カボチャが甘いのだ)が食べられないので、

 

「おいガキ。オメェはこれでも食ってろ」

 

 出されたのはここの鉄板メニュー『業火野菜炒め』。

 

「おー、ありがとな!じっちゃん!あとで肩揉むぜ!」

「肩揉まれる程老いてねぇよボケ。・・・・・・はぁ、オメェみたいのが息子だと良かったんだがな。なぁ?弾」

「へいへい・・・俺も頑張りますよ」

 

 モグモグ。お昼を食べる。食べ物を噛みながら話すとじっちゃんがブチ切れるので、食事の合間合間で会話を入れる。

 

「・・・そう言えば、蘭ちゃん着替えた?」

「は、はい!どうですか?」

「超可愛い」

「あ、ありがとうございます・・・!」

 

 礼を言うのはこちらの方だ(キメ顔)。

 真っ白なワンピース。似合ってるし、赤い髪が映えて何だか素晴らしいし、何よりワンピースとニーソックスの間の絶対領域。絶対・・・領域!最高過ぎる!

 

「どこか出掛けんの?」

「い、いえ、そういう訳では・・・」

「イメチェン?」

「違います」

「あ、分かった!さっきのは汗かいたから洗濯してるんだろ!」

「違います!」

 

 違った。

 

「なぁ一夏。俺は妹と親友がイチャついてる姿を正面から見なければいけないという苦行を強いられている訳だが」

「自覚してないからセーフだと思うぞ」

「自覚してないから怖いんだろうが。光也の野郎、無自覚で好感度バンバン上げてやがるぜ?」

「後が怖いパターンだな。無自覚って怖い」

「お前も人の事言えねえだろ」

「何の事だ?」

「・・・ハァ」

「食わねえなら下げるぞガキ共!」

 

 厨房から飛んでくるじっちゃんの叱責。慌てて食事を再開する。あのムキムキアームで拳骨でもされた日には、頭蓋骨が陥没してしまう。

 千冬ちゃんの次に怒らせてはいけない人だ。

 

「IS学園ってどんな感じなんですか?」

 

 蘭ちゃんからの問い。弾ちゃんの時の女の園云々の下世話な疑問ではなく、単純にどんな感じなのか気になっているのだろう。一夏ちゃんに流す。

 

「え、俺?」

「当たり前だろ。オレからまともな答えが出ると思うなよ」

「それもそうだ・・・。——まぁ、入ってすぐは座学の授業だな。同じ時期だとクラス代表とか決めたり。その後にようやくISの基本的な飛行操縦訓練、実技が始まる。五月にクラス対抗戦やって、今に至るって感じかな」

 

 ふむふむ、と蘭ちゃんが一夏ちゃんの話を真面目に聞いている。弾ちゃんは何やらニヤニヤとしながらオレに問うてきた。

 

「実技って事は、クラスメイトのISスーツ姿が見れるのか?」

「そりゃ授業だからなァ。見放題だ」

「クッ、羨ましい」

「弾ちゃん。・・・あまり、良い事ばかりじゃあねェんだぜ?」

「何だよ光也。お前だって嬉しいんだろ?」

 

 オレの一言に弾ちゃんがそう言ってきた。あぁ、嬉しいとも。IS学園に入学して良かったと心から思える程喜んださ。

 だが、弾ちゃん。お前は知らないだろう。

 

「嬉しいのは勿論だが、男子も似たようなピチピチISスーツを着るんだぞ」

「は?それがどうか——まさか!?」

「そう、あんまし女の子をジロジロ見てると・・・危ないんだ!」

 

 元気良く言い放った瞬間、オタマが飛んできた。オタマはオレの頭に勢いよく当たってから、運良くテーブルの器の間に落ちた。

 勿論返しに行かなければならない。

 

「蘭の前で下手な事言うんじゃねぇぞガキ・・・!」

「も、申し訳ございませんでしたァ」

 

 厨房にオタマを返しに行くと、鬼のような形相のじっちゃんが待っていた。ヒュバッとオタマをオレのアタマの寸前で止め、それを何度か繰り返す。次はこれで直接殴るからなというアピールだ。

 その迫力にちびりそうになりながらも、席に戻る。座った瞬間に何故か蘭ちゃんに太ももをつねられた。

 

「女子と同室を許してるとか、学園側は頭可笑しいとしか考えられねえな」

「いや、俺は別に良いんだけどな」

 

 オレが怒られている内に、話は進んでいたらしい。IS学園で妄想を膨らませる弾ちゃんと、現実を見せる一夏ちゃんの図が出来上がっていた。

 

「・・・もしかして、光也さんの同室も女性ですか」

「え、オレ?オレは一人部屋だけど」

「一人部屋だけど、毎日のように女子が遊びにきてるぞ」

 

 一夏ちゃんによる追加情報。次は脇腹をつねられた。どちらも、対面の二人には見えていないんだから凄ェよな。痛がるオレを二人が不思議そうな顔で見てるぜ。

 

「・・・決めました。私、来年はIS学園を受験します」

「え?」「マジ?」「ハアァ!?」

 

 突然の決意。それに、一夏ちゃん、オレ、弾ちゃんの順に三者三様のリアクションで返す。

 

「このままじゃ光也さんが簡単にハニートラップに引っ掛かる駄目人間になりかねませんから。やっぱり私が見てないとっ」

「何だその理由!トチ狂ってんのかお前は!」

 

 弾ちゃんが席を立って怒鳴ると、厨房からまたもやオタマが飛来。

 額をさすりながらオタマを返しにいき、先程の声量を反省してか、小さめの声でオレに囁いてきた。と言っても、オレと弾ちゃんの席は対角線上。その囁きは一夏ちゃんと蘭ちゃんにも聞こえてしまっている。

 

「おい、光也。お前からもどうにか言ってやれよ」

 

 確かに。

 蘭ちゃんがIS学園を受験すると志すのは立派だ。

 だが、素直に応援出来ない理由が大きく分けて二つ。

 志望理由と適性問題。

 

「そんな理由で志望して大丈夫なのか?面接とかあったらどう答えるんだ」

「そこは変えようと思えば幾らでも変えられますから」

 

 ・・・それもそうだ。

 となると、もう一つの適性に関する問題。

 

「あと、そんなに簡単に入れるもんじゃねェからな。幾ら志しても、ISに対する適性が無けりゃ受験もさせてもらえねェらしいし」

「ふっふっふ、これを見て下さい」

 

 蘭ちゃんがポケットから一枚の紙を取り出す。紙面には、『IS簡易適性試験 判定A』の文字。

 いつの間に適性試験なんて受けにいってたのかよ。

 

「問題は既に解決済みです」

 

 しっかりしてるなァと蘭ちゃんに関心しつつ、疑問が浮かぶ。

 

「そういや蘭ちゃんって今メッチャ良い所通ってるんじゃなかったか?わざわざ受験しなくてもそのまま大学までエスカレーター式で・・・・・・みたいな」

「そうだ。何もわざわざIS学園を受験しなくても良いじゃねえか。あそこは推薦も無えんだぞ」

「お兄と違って、私は筆記で余裕なの。——だから、私が入学したらISの指導をお願い出来ませんか?」

「話を聞く限りだと、逆にオレの方が教わりそうなんだが」

「良いから、YESかNOで答えて下さい!」

 

 二年生に上がったオレ。一年生になった蘭ちゃん。放課後の個人練習。

 うーん、胸トキメク。

 そもそも、もう止める理由が無いのだ。

 さすれば、オレの答えは一つ。

 

「YESだ!任せとけ!」

 

 それに「はい、約束ですよ!」と笑顔で元気良く答えてくれる蘭ちゃん。その笑顔を見ていると、今から二年生に上がるのが楽しみになってきた。

 唯一の問題があるとすれば、ルリちゃんの力を借りなきゃオレはただの雑魚野郎だって事だろう。

 あー、そろそろ真面目に練習しないといけねェのかなァー。

 

 

 

 




遂に、UA100000を突破し、戴いた感想も50を越えました!ありがとうございます!
UAがジワジワと増えていくのを日毎にニヤニヤしながら見てます!
感想を下さった皆様!為になる御指摘、心舞い踊る御感想をありがとうございます!とても励みになります!

ここまでテンション上げといてアレなのですが、来週の投稿は遅れると思います・・・。
と言うのも、27日に自身の人生最大のビッグイベントが待っていますので。25日から新幹線で石川県に行きます。
多分その三日間は書く暇が無いくらいの忙しさだと思うので・・・。



遂に次回、転校生!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章
15話


・・・二週間振りですね、お久し振りです。

あ、今回の光也は結構な屑野郎です。


 朝のHR前。教室の一角で女の子達がハヅキだのミューレイだの話し合っている。どうやらISスーツの話らしい。

 その話に一夏ちゃんも加えられる。

 

「そう言えば、織斑君のISスーツってどこのやつなの?見た事無い型だけど」

「あー・・・、特注品だって。男のISスーツって今まで無かったからってどこかのラボが作ったらしい。ベースはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」

「男性操縦者だもんね〜。すごいな〜!あ、唐澤君のは?」

 

 話を振られる。

 えーっと、オレのって確か・・・。

 

「オレのも一夏ちゃんと同じ、特注品。うさぎさんのヤツだな」

 

 オレに問うてきた女の子は、返ってきた答えを聞いて「何それ?」と首を傾げる。そりゃそんな反応するわな。

 知っている訳がない。

 だって、オレのISスーツを作ったのって束姉だし。

 その事実を言って良いのか分からなかったので、適当にボカす。

 

「そんなブランドあったっけ?」

「さぁ。知らない内に立ち上がってたのかも」

「どこの国が作ったスーツなの?」

 

 問われる。どこの国って・・・オレも知らねェよ。

 束姉って今どこにいるんだ?

 

「・・・忘れちった☆」

「何それ〜!」

 

 トボけると、女の子達がケラケラと笑う。

 その眩しい笑顔に見惚れていると、一夏ちゃんが。

 

「でも不思議だよな。こんなアンダーウェア着るだけでISの能力も上がるなんて」

「え、そうなの?」

 

 初耳である。英語で言うとfirst ear。違うか。

 オレが一夏ちゃんに聞き返す。それもその筈、戦っている時のオレは意識が無いので、調子の良し悪し等分からないのだ。

 そんな、オレの疑問。しかし、答えてくれたのは一夏ちゃんではなかった。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知する事によって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達し、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止める事が出来ます。・・・あ、衝撃は消えないのであしからず」

「へぇ、なんやかんや言っても流石は教師。詳しいんですね」

「一応先生ですからっ」

 

 スラスラと説明してみせた真耶ちゃんに、感嘆する一夏ちゃん。真耶ちゃんは教師らしい所を生徒に見せられて嬉しいのか、ドヤッとしている。可愛い。

 だが、女の子達の「山ちゃん詳しいっ!」「山ぴー見直した!」という声で折角見せられた教師としての威厳も消え失せた。

 

「あ、あの、教師を渾名(あだな)で呼ぶのはちょっと・・・」

「えー、良いじゃん」

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

 困惑する、まーやんこと真耶ちゃん。オレより年上とは思えない程に、その顔は子供っぽかった。

 いや、良い意味でだぜ?

 

「兎に角ですねっ、ちゃんと『先生』をつけて下さい!わかりましたか?」

 

 尚も渾名で呼び続けようとする女の子達にそう言った直後、チャイムが鳴る。真耶ちゃんはホッとしながら皆に着席を促した。

 

「諸君、おはよう」

 

 間も無くして、千冬ちゃんが教室に入ってきた。皆で「おはようございます!」と元気に返す。千冬ちゃんも満足気に頷いた。

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので、各人(かくじん)気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それも無い者は・・・まぁ、下着で構わんだろう」

「ッ!」

「唐澤。座れ」

 

 千冬ちゃんの一言に思わず立ち上がってしまった。

 マジか。

 皆、是非ISスーツも水着も忘れてくれ!オレからの一生のお願いだ!

 

「では、山田先生。HRを」

「は、はいっ」

 

 ここで千冬ちゃんが真耶ちゃんにバトンタッチ。

 

「えぇっとですね。今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

「えぇぇぇ!?」

「転校生!?」

「二人!?」

「よしッ!よォしッッ!!美少女カモォォォォン!!」

 

 さて、上の四人の中にオレの台詞が紛れているぞ!どーれだっ?

 騒つく教室内。見かねた千冬ちゃんが手をパンパンッと叩いて静める。

 

「おい、入ってこい」

 

 千冬ちゃんが廊下の方へ声を掛けると、転校生二人が教室の中へ入ってきた。

 息を呑む。

 

「失礼します」

「・・・・・・」

 

 金髪と銀髪。

 両目と片目。

 笑顔と無表情。

 それが二人の相違点。

 

 美少女。

 

 それが二人の共通点。

 オレはこの衝動を抑えられなかった。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来まし——うわっ!?」

「女子供をこの手で守り、イケメンハンサムこの手で潰す。女尊男卑なこの世界。世の為愛する人の為。貴女の為に駆け付けました。

 初めまして。愛と仁義と欲望に生きる男、唐澤光也です。末長くよろしく」

 

 オレと美少女の間にある(障害物)を飛び越え、美少女二人の前で片膝を付く。横に並ぶ美少女二人の右手と左手を取り、順番に手の甲にキスをした。

 キャー!とそこかしこから女の子の声が聞こえる。

 

「えっと・・・・・・。ぼ、僕・・・男なんだけど」

 

 頬を染めて、照れ臭そうにそう言ったシャルルちゃん(♂)。女の子の声量が五割増しに。

 

「この際そんなのどうでも良い!その美しさの前では性別の差など無意味だ!そうだろ!?」

「いや、どうでも良くはないだろ!」

 

 シャルルちゃんを下から見上げ、宝石のように綺麗な瞳を見詰めながら問う。

 後ろから一夏ちゃんのツッコミが聞こえた気がしたが、恐らく空耳だ。

 

「あ、その、えっと・・・。ぼ、僕なんかで良いの?」

「デュノアさん!君も乗り気になっちゃ駄目だ!」

 

 小首を傾けて、戸惑いながらもオレに確認してくるシャルルちゃん。オレも「あぁ。勿論だとも」と笑顔で返す。

 再び、イケメン野郎の空耳。もうオレの耳にもシャルルちゃんの耳にも、そのツッコミは届いていなかった。

 

「じゃ、じゃあ——」

 

 シャルルちゃんの口からトドメの一言が放たれている途中。シャルルちゃんの手を握っていたオレの手が離された。

 ドンッ!とオレの身体が何者かによって突き飛ばされたからだ。

 何だ!?誰だ、良い所で邪魔しやがったのは!と周りを見渡す。仰向けで倒れている姿勢から起き上がろうとすると、その子はツカツカと歩いてきてオレの腹の上に座った。馬乗り、というヤツだ。

 もう一人の転校生、銀髪の美少女。

 銀髪の美少女は、オレの顔を左右の手で挟んで強引に視線を合わさせた。美少女の右目——眼帯で隠されていない方の赤い瞳がギロリとオレを睨む。

 その迫力に、背筋が凍った。

 

「や、やぁラウラちゃん。久し振りだな。数年前から変わらず美少女だ——ぶふっ!」

 

 既知の仲であるラウラ・ボーデヴィッヒ改めラウラちゃんに笑顔で挨拶をすると、思いっ切りぶん殴られた。パーじゃないよ。

 グーだよ。

 

「プロポーズっ、してるではっ、ありませんかぁ!私に嘘を吐いていたのですね!?」

 

 言葉の途中途中で振るわれる、体重の乗った全力のグーパン。それが左右左右、と交互にオレの頬を襲った。馬乗りされている為、避ける事も出来ない。

 

「ご、誤解だ!これがジャパン流の挨拶なんだ!」

 

 頬骨が砕けそうな程打撃を叩き込まれている途中、何とかラウラちゃんの拳を受け止める事に成功したので、宥める。

 ピタリと、ラウラちゃんの攻撃が止まった。

 いけるか?

 

「はーい。光也は嘘を吐いてまーす」

「一夏ちゃんテメェ!」

「・・・・・・また、嘘ではありませんかぁぁぁぁ!」

「ぎゃああああアアアア!!」

 

 約一分後。

 

「・・・ボーデヴィッヒ、その辺にしておけ」

 

 千冬ちゃんがラウラちゃんを止める。

 出来ればもっと早く止めてほしかった。

 

「ですが、教官!光也殿は」

「あぁ。コイツが屑なのは周知の事実だ。煮るなり焼くなり好きにしろ。・・・だがな、周りをよく見ろ。HR中だ。()()その辺にしておけ」

「は、はい!」

 

 オレの上から退き、千冬ちゃんに向かって敬礼。

 それから教室を見渡し、「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」と今更ながら挨拶。

 

「・・・・・・続きはまた今度にします。では」

 

 嬉しくない事にまだ続くらしい。

 ラウラちゃんの気が収まるのが先か、オレがマゾの扉を開いて中に飛び込んでしまうのが先か。見ものだな。

 不穏な言葉をオレの耳元で囁き、ラウラちゃんは空いている席に座りに行ってしまう。シャルルちゃんも席につき、まだ床に転がっているオレをおいてHRは終了した。

 

「織斑。それに屑」

「はい。ほら、屑。大丈夫か?」

「手を貸してくれるのはありがてェが、オレの名前は屑じゃねェからな!」

「お前等二人は、デュノアにアリーナの場所を案内してやれ」

「はい」

 

 呼び名の訂正を試みるも、二人は華麗に無視。まぁ良いか。オレが屑なのは事実だし。

 女の子を泣かせる奴は全員屑だ!

 

「分かりましたァ!」

 

 千冬ちゃんに敬礼してから、シャルルちゃんを呼ぶ。

 

「次の授業はアリーナでやるから、そろそろ行こうぜ」

「う、うん。分かったよ、唐澤君。それに織斑君。よろしくね」

「一夏で良いよ。俺もシャルルって呼ぶから」

「光也で良いぜ。もうシャルルちゃんって呼んじゃってるから」

「うん!」

 

 パァっと笑顔が開花した。

 

「同じ男同士だ、気楽にやろうや」

「そ、そうだね。同じ男の子同士だもんね」

 

 目を逸らされたような気がしたが、まぁ気にするまい。

 シャルルちゃんの手を取って歩き出すと、シャルルちゃんは頬をほんのりと赤く染めた。可愛い。

 歩きながら「もう行くの?」問うてくる。

 

「お話したいのは山々なんだけどなァ。急がねェと授業に間に合わなくなるんだわ」

「ここからアリーナの更衣室まで結構距離あるからな。ほら、走るぞ」

 

 美少女ならぬ美少年、シャルルちゃん。その姿を一目見ようと、廊下を走るオレ達の前に女の子達が立ちはだかる。

 く・・・!女の子に迫られるのは嬉しいんだが、女の子達の狙いって間違い無くシャルルちゃんなんだよなァ。実際、オレと目が合う子は一人もいねぇし。

 悲しい。

 シャルルちゃんを差し出す訳にもいかない。だが、かと言ってこの場をなんの犠牲も無しに切り抜ける手段がある訳でもない。

 誰か、女の子達の気を引けるような犠牲が必要だ。

 シンキングタイム開始——終了。

 

「いけ、一夏ちゃん!君に決めた!!」

 

 一夏ちゃんの背中を蹴飛ばし、女の子の集団の中に放り込む。「正統派イケメン確保!」と「光也ぁぁぁぁぁ!?」という二種類の声が混じり合って聞こえた。

 さらば一夏ちゃん。お前の事は忘れるまで忘れねェ。

 

「んじゃあ、オレ達は行くか」

「え、良いの?」

「大丈夫大丈夫。あれが一夏ちゃんの性癖みたいな所もあるからな」

「あ、そうなんだ。じゃあ大丈夫だね」

 

 な訳ないだろぉぉぉぉ・・・。と女の子達に背を向けて走り出したオレとシャルルちゃんの耳に、そんなツッコミが聞こえたような気もした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子更衣室。

 二人きり。

 ドキドキする。が、時計を見れば、授業開始まで五分程しか無い。この甘酸っぱい空間を楽しむ時間は無いし、一夏ちゃんを待ってる時間も無さそうだ。

 

「時間無ェから、先に着替えちまおうぜ」

「う、うん。そうだね・・・」

 

 脱衣。すると、背中に視線を感じる。

 

「・・・どした?オレの筋肉に見惚れちゃったか?」

「え!?い、いや、何でもないよっ?」

 

 振り向くと、シャルルちゃんが手で目を隠しながらそう言った。

 とても、男とは思えないような反応だ。仕草だけ見たら完全に女の子だなこりゃ。

 視線を感じつつも着替え終わる。

 

「シャルルちゃんは何で着替えてないんだ?」

「見られるのはちょっと恥ずかしいかなぁって。あはは・・・」

 

 恥ずかしい?男同士なのに?

 モジモジと恥じらうシャルルちゃん。理由は定かではないが、オレに見られながらの着替えは恥ずかしいらしい。

 

「んじゃあ、先に出てるわ」

 

 恥ずかしいなら、オレがここに居てはいつまでも着替えられないわな。

 オレは先にアリーナで待っている事にした。

 

「・・・それにしても、本当にシャルルちゃんは男なのかね。あの可愛さはどう考えても女の子のソレだと思うんだが」

 

 独り言を呟きながら歩く。

 

「あら、光也さん」

「おう、セシリアちゃん」

 

 一組の所まで行くと、セシリアちゃんが居た。手を振る。セシリアちゃんはそれに笑顔で返した。

 

「・・・光也さん、わたくしの顔に何か付いていますか?ジッと見詰めておられますが」

「いや、気にしないでくれ」

 

 相手の目を見て会話。うん、スゲェ大事。

 白状すると、セシリアちゃんの顔から下に視線を下ろしたら、オレのISスーツがトンデモない事になっちまうから顔を視線を固定しているだけなんだが。

 一夏ちゃんは犠牲になったから、前回のように頼る事は出来ないしなァ。

 

「・・・・・・時に、光也さん。今朝のHRでの、転校生のお二人になさったプロポーズの意図を教えていただけますか?わたくし、とても気になりますので」

「ちょ、セシリアちゃん?近くない?」

 

 唐突な質問。

 ズイッと一歩分近付いてきて、下からオレの顔を覗き込むセシリアちゃん。思わず仰け反った。

 

「プロポーズをしないでとは言いませんし、そもそもわたくしは光也さんに命令出来るような高尚な存在では御座いません。——ですが、わたくしは気になるのです。光也さんが何故そこまで多数の女性に愛を囁くのか。いえ、怒ってはいませんわ。えぇ。決して」

「うっそだァ」

 

 そう言うと、ニッコリ。万人に安らぎを与えるような柔らかい笑み。

 そんなセシリアちゃんの笑顔が陰を帯びているような気がするのはオレの気の所為か?

 

「いやいや。セシリアちゃん、ちょっと落ち着こうぜ?オレからも訳を話させてくれよ」

「訳、とは?」

 

 深呼吸を一つ。心を落ち着かせてから。

 

「可愛いんだから仕方が無い」

 

 言った瞬間、セシリアちゃんに足の甲を踏まれた。踏んでるよ?と目で確認してみるも、無視。

 

「・・・・・・わたくしは、光也さんの好みには合わなかったのでしょうか?」

 

 上目遣いでそう言ってくるセシリアちゃん(オレの足は踏んだまま)。

 

「んな事無ェよ!超好みだって!童貞(オレ)の妄想を具現化したような——物語の中から出てきたような、そんな存在なんだぜセシリアちゃんは!」

 

 その美しさは、童貞(オレ)の好みに合い過ぎているが故に出会ってから二ヶ月以上経っている今でも、話す時には少しばかり緊張してしまう程だ。

 セシリアちゃんみたいな美少女が、オレの好みから外れている筈がないのだ。

 当たりも当たり、ドストライクなのだ。

 そんな美少女、セシリアちゃんに弁解。果たして、セシリアちゃんはニヤリ(いや、ニコリかも知れない)と笑った。

 

「ふふっ。もう、光也さんったら」

 

 嬉しそうだ。

 とても嬉しそうだ。

 これがカードだったら間違い無く、

 

【恥じらい乙女】セシリア・オルコット

 

 と表示されているだろう。レア度は勿論、最高ランク。

 

「まぁ、わたくしも四月にプロポーズされていますし。今更他の女性に嫉妬するのも間違っているというものですわ。——では、光也さん。そろそろ並んでおきましょう」

「お、おう」

 

 手を引かれる。

 うーん、こういう時は男が率先してエスコートしなければならないのだろうが、そういう方向に思考が至らないオレはやっぱり、だんでぃな大人の男への道程(みちのり)はまだまだ遠いのだろう。

 列に並ぶと、一夏ちゃんがいつの間にか並んでいた。

 

「よう、遅かったじゃねェか」

「誰かさんに囮にされたお陰でな」

「囮とは人聞きの悪ィ。生贄と言えよ」

「悪化してるぞ!」

 

 一夏ちゃん(生贄)も無事だという事が確認されたので、これからもああいう場面に出くわした時は積極的に使っていくとしよう。

 

「なんか今、悪寒がしたような」

「そんな阿呆みたいに涼しげなISスーツ着てるから、風邪でも引いたんだろ」

「謝れ!このスーツ作った方々に直ちに謝るんだ光也!」

「でもアレだよな。同じようなデザインなのに、不思議とシャルルちゃんのISスーツは違う。なんか、こう・・・掻き立てられるっつうか」

 

 後ろを向いて列に並ぶシャルルちゃんを見る。こっちに気付いたシャルルちゃんは小さく手を振ってくれた。

 

「掻き立てられるって・・・何を?」

「性欲」

「シャルルの貞操がピンチ!?」

 

 隣同士巫山戯合っている内に、千冬ちゃんが登場。やっぱり服装はジャージだった。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。鳳、オルコット。前に出ろ」

 

 専用機持ちである鈴ちゃんとセシリアちゃんが前に出る。その際、セシリアちゃんが一瞬こちらを見てウインクをした。

 それにドキッとしていると鈴ちゃんも、こちらに視線を寄越してウインク——ではなく、ギロリと睨んだ。

 ・・・あの様子を見るに、どうやらオレの行動は他クラスにも知れ渡っているらしい。

 

「光也さんの御加護がある今、わたくしは無敵ですわ。どこからでもかかって来なさいな」

「へぇ、言うじゃない。後で後悔するわよ」

 

 バチバチと視線の火花を散らしながら、何やらやる気充分な二人。そんな二人に千冬ちゃんが言った。

 

「慌てるな馬鹿共。対戦相手は——来たな」

 

 

 




更新が遅れてしまい、申し訳無いです。自分でも、「え、もう二週間経つの?」と驚いてました。

どこか切りの良い所で、UA〜突破!!記念で光也とヒロイン達を一対一で絡ませたいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

本当にお久しぶりです。
一ヶ月以上更新出来なくてすみませんでした!


「・・・・・・なァ、アレって——」

 

 空から猛スピードで降下してくる、訓練機ラファール・リヴァイブ(ルリちゃんではない)。

 恐ろしく速い。

 もしかして、乗ってるの真耶ちゃんか?と一夏ちゃんに問いながら隣を向いた瞬間。

 

「——ぁぁぁぁあああああ!退いて下さあああい!!」

 

 一夏ちゃんが消えた。キョロキョロと辺りを見渡すと、数メートル後ろに一夏ちゃんが居た。

 真耶ちゃんを押し倒しているような姿勢で。

 押し倒しているような姿勢で!?

 

「ふぅ・・・。白式の展開がギリギリ間に合ったな」

「間に合ったな(キラーン)。じゃねェよ一夏ちゃん!そこ代われやゴルァッ!!何お前だけ真耶ちゃんのおっぱい揉みしだいてんだよ!!」

「代われって——うおっ」

「あ、あのぉ、織斑君・・・?」

 

 オレ&真耶ちゃんの声で今の自身の体勢に気付いたらしい一夏ちゃん。真耶ちゃんのたわわなパイオツを鷲掴みにしていた両手をバッと離した。クソ、真耶ちゃんも満更でも無さそうなのが更にオレの心を抉るゥ・・・!

 

「クッ、この!離せ光也!」

「箒ちゃん、どうどう」

 

 今にも列から飛び出して一夏ちゃんに斬り掛かりにいきそうな箒ちゃんをさり気無く止める。本当、ISスーツ(スケベスーツ)のどこからそんな刀出したんだよ。

 一夏ちゃんも箒ちゃんからの視線に勘付き、慌てて真耶ちゃんから離れて謝罪。内心「ヤベー!箒の前でなんて事してるんだ俺!嫌われたんじゃないか!?」と焦っているに違いねェ。

 

 ガチーン。

 

「あ?」

 

 背後から聞こえた、何かの連結音。

 

「光也・・・。アンタって奴は本当にどうしようも無いわね!!」

 

 鈴ちゃんの声。振り返ると、そこには怒り心頭といった感じの鈴ちゃんがこちらを睨んでいた。ツインテールがゆらゆらと重力に逆らっているように見えるのは、目の錯覚か何かだと信じたい。

 

「い、一夏ちゃんの間違いじゃなくてか?オレは何もしてないだろ」

「その五月蝿い口を閉じなさい!」

「何故だァ!」

 

 二組の列から《双天牙月》が飛んできた。縦回転で迫るそれは他の女の子には掠りもせず、器用に列の間をすり抜けてオレへと迫る!

 オレが避けると他の女の子が危ない。

 そう思い、回避を諦めて(当たれば大怪我じゃすまないレベルの)痛みを、ルリちゃんを展開してどうにかこうにか受け止めようと——受け止めてもらおうとしたその時。二発の銃声と共に《双天牙月》が何かに弾かれた。

 

「・・・・・・あれ、無事だ」

 

 遅れて、ズドンと重たい音がする。見ると、オレに当たる筈だった《双天牙月》が地面に転がっていた。

 

「鳳さん。幾ら唐澤君でも、流石に《双天牙月》での攻撃はいけませんよっ?」

 

 事も無げに、構えていた銃を下ろしながら鈴ちゃんに注意する真耶ちゃん。

 う、嘘だろ・・・?

 一夏ちゃんに意識を傾けていたあの状態から、高速で飛来する《双天牙月》の軌道を銃弾で変えさせたってのか?

 その技術もとても凄いが、何よりオレが驚いたのが、あの状態からの気持ちの切り替えの速さ。いつもの、周りにマスコット的可愛さを振りまく真耶ちゃんではなく、そこにいるのはIS学園の教師としての真耶ちゃん。表情が『可愛い』から『美しい』に変化していた。

 もっとも。

 もう既に、表情はいつもの真耶ちゃんに戻っているのだが。

 

「うっ・・・。す、すみません」

 

 それでも、あの鮮烈な光景がまだ脳裏に焼き付いているのだろう。真耶ちゃんに注意された鈴ちゃんは、素直に引き下がった。

 

「——と、いう事だ。これからは山田先生にも敬意を持って接するように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・それで、これはどういう事なのだ」

「どういう事・・・って。見ての通りだ」

 

 昼休み。

 一夏ちゃんから「箒が弁当を作ってくれたらしいんだ。一緒に行こうぜ!」という訳の分からん誘いを受けた。聞くからに箒ちゃんの健気なアタックだと分かったのだが、肝心な受け取り手はコイツ。意中の相手からの手作り弁当に心を躍らせてはいるが、二人きりで食べるという展開には至らなかったらしい。

 オレは良いから、一夏ちゃん一人で行ってこいよ。

 最初はそう断ったのだが、何度も「箒が待ってるから」と粘られては断り切れず。箒ちゃんが怒ってるのが分かった瞬間に逃げ出そうという決意と共に向かった屋上。

 案の定、織斑一夏にwith(バカ)がくっ付いてきた事で、箒ちゃんは大変怒っていらっしゃる。

 こちらを睨む瞳の鋭さは、剣士のソレだ。

 ・・・まぁ、一夏ちゃんが誘ったのは(オレ)だけじゃないのだが。むしろ、(オレ)だけじゃないから、怒りがより一層激しくなっているのかも知れない。

 

「私は、一夏『を』誘った筈なのだが?」

「い、いやぁ。どうせなら皆で食べた方が良いんじゃないかって思ったんだが・・・」

 

 を、という部分を強調する箒ちゃんと、箒ちゃんの迫力に若干たじろぐ一夏ちゃん。

 箒ちゃんの台詞は、言外に『他の人は不要』と言っているようだ。

 自分が犯した失態に気付いたからか、それとも訳が分からないまま箒ちゃんに怒られているからか。一夏ちゃんは人差し指で頬を掻きながら苦笑い。

 やがて、箒ちゃんが折れた。

 

「はぁ・・・。まぁ、それが一夏の美点だ。これ以上は何も言うまい」

「おぉ、ありがとう!」

「何、私が下らん理由で怒ってしまっただけだからな——さて、昼にしよう」

 

 箒ちゃんが弁当を一夏ちゃんに手渡す。円テーブルで隣に座っている二人は、早くもイチャイチャムードを醸し出している。

 

「・・・えーっと」

 

 先程まで空気を読んで黙っていた(もしくは、箒ちゃんの迫力に言葉を失っていた)シャルルちゃんが、ようやく口を開いた。

 ちなみに、オレの正面に座っている。

 

「やっぱり僕はお邪魔だったのかな・・・?」

「安心してくれ、シャルルちゃん。オレも全く同じ事を考えてた」

「安心出来ないでしょ」

 

 オレの台詞にツッコミを入れたのは、同じくこの場に居たけど黙っていた鈴ちゃん。

 ちなみに、オレの左隣に座っている。

 

「鈴さん、それは違いますわ。光也さんの御言葉は、一言一句が人々に安らぎを与えるのですから」

 

 いつもの調子で、呼吸をするような感覚でオレへの賛辞を述べるセシリアちゃん。

 ちなみに、オレの右隣に座っている。

 

「・・・イギリス政府が今のセシリアを見たら、卒倒するでしょうね」

「止してくれよ、オレもビクビクしてんだから」

 

 セシリアちゃんのアレは、もう治らないのだろうか。最近はあの調子に慣れてきているが、偶にふと考える。

 どうしよう。

 もうこのまま結婚しちゃって良いのだろうか。

 いや、でも。

 あんな状態でプロポーズしても、なんな狡いっつうか、フェアじゃないっつうか。・・・オレ自身よく分かっていないのだが、プロポーズをするならセシリアちゃんが出会った当初の頃に戻ってからの方が、オレ的には良いと思っている。

 ・・・・・・あれ、どっちにしろセシリアちゃんルート確定じゃね。

 美男美女カップルの隣のテーブルで、四人でワイワイガヤガヤと雑談。

 この場に居ないもう一人の転校生、ラウラちゃんは、朝のHR以降から話せていない。先程も『一緒に屋上で昼飯食べねェか?』と誘ったのだが、効果は無し。ラウラちゃんの行動を一瞬止めるに終わってしまったのだ。

 兎にも角にも、昼だ。隣のお似合いさん方に倣って、オレ等も昼にするとしよう。

 

「じゃあ、オレ等も。いただき——」

 

 手に提げていたビニール袋から購買のパンを取り出した所で、鈴ちゃんに取り上げられる。

 

「どした?鈴ちゃんも食べるか?」

「パンは没取よ。光也のお昼はこっち」

 

 取り上げられたパンの代わりに、差し出されたタッパー。中には、オレの胃袋を掴んで止まない酢豚が入っていた。

 

「じ、実は、わたくしもお昼を作ってきたのですが・・・」

 

 思いも寄らないタイミングでの酢豚の登場に喜んでいると、セシリアちゃんがそう言ってどこからかバスケットを取り出して開いてみせた。中には、とても美味しそうなサンドウィッチがズラリと並んでいる。

『セシリアちゃん』『手料理』という二つの単語には少々嫌な思い出があったりするのだが、まぁ流石に前回よりかは腕は上がっているだろうと高をくくる。

 

「・・・何だか、幸せ過ぎて死にそうだ」

 

 美少女二人からの手料理を前にして、オレは思わずそう呟いていた。

 

 よく晴れた青空。

 白い雲。

 ほんのり潮の香りがする空気。

 最高だ。(建前)。

 

 右にも左にも美少女が居て、正面にも美少年(美少女)

 最高だ(本音)。

 

「ちょっと?何ボーッとしてんのよ。——ったく、しょうがないわね・・・」

 

 今の自分が置かれているハッピーな状況に浸っていると、口の前に箸でつままれた酢豚が差し出された。ぱくり。美味しい。鈴ちゃんが一人でバタバタとしているが、勿論気にしない。

 

「では、わたくしも。お口を開けて下さい」

 

 お次はサンドウィッチ。これも特に意識せずに、ぱくり——

 

「——〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?」

「光也さん!?」

 

 さ、サンドウィッチが・・・甘いだとォ!?

 口の中に広がる、基準値を大幅に上回る甘味。

 脳天に突き刺さるような甘さだ。

 涙が出ちゃうぜ。

 

「こ・・・、個性的な味だな」

 

 ガクリ。

 

「光也さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと目が覚めたね。おはよう」

 

 寝起き直後の、天使からのモーニングコール。

 こうかはばつぐんだ。

 起き上がって横を(声のした方を)見ると、シャルルちゃんが「・・・あれ、でももう夜だし、こんばんはの方が良いのかなぁ」と可愛い自問自答をしていた。

 

「おはよう、マイエンジェル」

「な、何言ってるのさ!もうっ!」

 

 あー、シャルルちゃんがひたすら「もうっ!」とか「だめだよっ!」って可愛く叱ってくれるだけのCDとか購買で売ってねェかなー。欲しィなー。

 そんな事を考えながら軽く寝起きのストレッチをして、備え付けの時計を確認。

 二十時四十分。

 シャルルちゃんの呟き通り、いつの間にやら夜になっていたようだ。

 ・・・そう言えば、何故オレはこんな時間まで眠っていたのだろうか?

 そもそも、いつから眠ってしまっていたのだろうか?

 

「覚えてないの?」

「あぁ。でも、教えてくれなくて良いからな。嫌な予感がする」

 

 眠りたくて眠ったのではなく、気絶とかの類いの、強制的に眠らされていたような——いや、これ以上は止めておこう。何故オレは制服で寝ていたのかとか、口内に残っている甘過ぎる何かの正体とか、そういう疑問は、意識の外に追いやっておこう。

 

「まぁ、無事なら良かったよ。それじゃあ僕、お風呂入ってくるね」

 

 どうやら、風呂に入らずにオレを見てくれていたらしい。なんて良い子なんだ。結婚してくれ。

 ・・・・・・待てよ?風呂前って事は、今のシャルルちゃんってとても良い匂いがするんじゃねェか?

 まぁ、実習後にシャワーは浴びているんだろうが。

 それでも、それでもオレは!シャルルちゃんに抱き付いてくんかくんかしたい衝動に駆られているのだ。

 変態じゃない。一般的な健全男子高校生の正しい思考だ。

 

「・・・なァ、シャルルちゃん。どっかの国では、挨拶代わりにハグをするらしいんだが。オレ等もそれに倣ってやってみねェか?」

「僕の台詞の後のほんの数秒の間に何を考えたのかは分からないけど・・・光也のエッチ」

「グホァ」

 

 恥じらいながらのその破壊力。倒れるようにベッドに倒れ込んでいると、これ幸いとばかりにシャルルちゃんはそそくさと着替えを持って風呂場へ小走りで駆けていった。

 スイッと消えていく金髪。

 すぐにヒョコッと出てきた。

 

「・・・・・・覗かないでよ?」

「任せとけ。三回目のフリで突撃だな?」

「もうっ!本当にやめてよ!?」

 

 そう言って、ドアが閉められた。

 

「・・・なんつーか」

 

 その姿を見れば見る程。

 その声を聞けば聞く程。

 シャルルちゃんってば女の子にしか見えねェんだよなァ。

 何故に、男同士なのにこんなにも恥じらうのか?

 うーん、分からん。

 お嬢さ——お坊っちゃまだから、人前で肌を晒す事とかに慣れてねェのかもな。

 知らんけど。

 適当な理由を付けて納得しつつ、ベッドの上でゴロゴロと転がる。

 風呂場の方から微かに聞こえる、シャワーの音。

 

「落ち着け、シャルルちゃんは美少年。シャルルちゃんは美少年・・・・・・あ」

 

 あの犯罪的なまでの美しさ。

 言動、態度、見た目、性格、全てに於いて女々しい男の娘。

 

「・・・・・・可愛かったら別に、性別とか関係無くね」

 

 そう。

 今朝の自身の発言と同じように。

 男に備わるアレが付いてあろうとなかろうと。

 美しさの前では性別等、二の次三の次なのだ。

 可愛けりゃ何でも良い!

 興奮気味にそう結論付ける。

 しかし。

 

「・・・まぁ、だからと言って風呂場に突撃は流石に不味いよなァ。シャルルちゃんに嫌われちまったら困るし」

 

 束姉に見られてるかも知れないしな。

 そうやって自分を律し、思い留まる。

 ぶっちゃけ、今までの行いも全て束姉に見られているので、手遅れっちゃ手遅れなのだが。

 恥ずかしいなァ。

 スマホを開くと、ロック画面に『今回は光也の番だったな。光也の気絶顔で飯が美味い!』というクソみてェな通知が来ていた。

 お陰で、忘れておきたかった昼休みの出来事を全て思い出してしまった。

 ムカ付いたので、『一夏ちゃんが欲しがっていた約束のブツだ』と返信した後に、取り敢えずエロ画像を数枚送り付けておく。

 一分経つか経たないかの内に、『おい!放棄』と返信が。恐らく、文面を打っている途中にぶん殴られたんだろうな。

 一夏ちゃんに仕返しが出来た事による達成感に浸っていると、風呂場の方から大きな音がした。

 

「シャルルちゃん?大丈夫か?」

『痛たた——こ、来ないで!僕は大丈夫だから!』

「怪我したのか?」

 

 ドア越しに聞こえた、シャルルちゃんの痛がる声。風呂場で滑りでもしたのか。

 向かう。

 あのシャルルちゃんの肌に傷が一つでも付いてしまっていたらと思うと、気が気でないからだ。

 一応、部屋のクローゼットの中から湿布と包帯を取り出して、風呂場の一歩手前である洗面所のドアを開いた。

 

 

「————————は?」

 

 

 開かれている風呂場のドア。

 その付近で尻餅を付いたような姿勢から立ち上がろうとしていた状態で、こちらを見て固まるシャルルちゃん。

 ポタポタと、毛先から水滴を滴らせている。

 熱さ故か、それとも羞恥故か。赤く染まっているその頬。

 風呂場から逃げてくる湯気。

 オレの握力を弱めた手のひらからすり抜けていく湿布と包帯。

 人生初のラッキースケベ。

 男同士でもラッキースケベは成立するのか、だと?

 違ったんだ。

 違っていたんだ。

 そもそもの話。

 前提から、オレは——オレ等は、シャルル・デュノア本人以外の誰もが間違えてしまっていたんだ。

 だって、硬直したままこちらを見ているシャルルちゃんは。

 どこからどうみても。

 爪先から頭の頂点まで。

 全身隈無くオレの瞳に映るシャルルちゃんは、正真正銘——

 

 女の子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




臨海学校の所はどうしようかとか、これからの展開を色々と考えていたら訳分からなくなってずっと煮詰まってました(о´∀`о)
本当に申し訳無いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

オリ展開タグを追加した方が良いのだろうか・・・。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 互いのベッドに座り。

 だんまり。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 向かい合わせ。

 目配せ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 何か言え、と。

 何か聞け、と。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 常日頃女の子の裸見てェな〜とか考えているオレも、今回ばかりは口を(つぐ)む。

 目の前に座り、こちらと目が合っては逸らし、目が合っては逸らしを繰り返す美少女。隠していた真実——暴かれた真実に、オレは何も言えなかった。何と言って良いのかが分からなかったのだ。

 どうしたモノかと考え、頭を抱えていると、シャルルちゃんがゆっくりと話し始めた。

 

「・・・・・・あの、さ」

「お、おう。どうした」

「騙しててゴメンね」

 

 シャルルちゃんは頭を下げ、謝罪した。

 

「確かに、風呂場でのアレは驚いたが・・・オレは別にシャルルちゃんに怒ったりはしてないからな?むしろ、男だと思ってたら女の子だったという途轍(とてつ)も無いお得感が——法律的に考えるとやったねって展開が」

「そうじゃないの!」

 

 中断。

 どうやら、あまり茶化してはいけないらしい。

 そりゃそうか。ただ単にIS学園に転入するのと、性別を偽って転入するのとは全く違うのだ。

 世間からの注目、そして嘘がバレた場合のリスク。理解していない筈がない。

 シャルルちゃんは、何故こんな事をしたのだろうか。

 問う。

 シャルルちゃんが語った事を大まかに纏めると、

 

 

 

 ・シャルルちゃんは、かの有名なデュノア社の社長の、愛人との間にデキた娘さんらしい。

 ・少し前からデュノア社は他国からの支援が無くなり、経営危機に陥っていた。

 ・それを脱する為には、ラファール・リヴァイブよりも一世代上の第三世代型のISを作らなければならないのだが、必要なデータも時間も無し。このままだと不味いと思ったシャルルちゃんパパがシャルルちゃんに「男装してIS学園入ってくんね?」とお願いしたらしい。

 

 

 

「男性の振りをして二人に近付いてISのデータを盗む為——とか、本当だったらそんな理由での男装だったんだ」

「違うのか」

「うん。光也がこの前の戦いで派手に暴れてくれたからね」

「この前のって言うと、アレか。クラスリーグマッチの時か。・・・で、アレに何の関係が?」

「光也が乗って暴れたラファール・リヴァイブを偉い人達が見てたらしくて、感心したんだって。『デュノア社の第二世代の量産機でもあれだけ動けるのなら、援助してやるから第三世代の制作も頑張りたまえ』って。それで、デュノア社の開発資金を援助してくれるスポンサーが増えたんだよ」

「成る程なァ」

 

 ルリちゃんが暴れたお陰で、図らずもルリちゃんが言っていた『量産機の地位向上』が達成された訳だ。お偉いさんも「ラファール・リヴァイブやるやん。これからも頑張りや」ってなって、開発資金もガッポガッポ。皆ハッピーってなったのか。

 

「早い話、男装する理由が無くなっちゃったんだよね」

「なら普通に転入すりゃ良かったじゃん」

「もう書類も出しちゃったし、僕が男性だという嘘の証拠も色々準備しちゃったから、引っ込みが利かなくなっちゃって・・・。お父さんは『バレたらなんやかんやフォローしてちょっとしたジョーク扱いにするから、取り敢えずバレるまでは男性って(てい)で転入してくれ』って言うからさ」

「シャルルちゃんパパの頭ヤバくね」

「うん。まぁでも、他に方法も無かったし良いかなって」

 

 シャルルちゃんは虚空を見て苦笑いながら、足をプラプラ。男性である事を取り繕わなくなったシャルルちゃんは、マジでオレの心臓に悪かった。さっきから心臓がバックバクしてやがる。

 

「・・・・・・これからどうすんの?」

「お父さんに電話して、バレちゃったって報告するつもり」

「大丈夫か?連れ戻されたりとか・・・」

「大丈夫だよ。多分、明日からは女性として再転入すると思う」

 

 どうやら、祖国に強制送還とかそんな展開にはならずに済むらしい。心のどこかでその展開を危ぶんでいたオレは、ホッと胸を撫で下ろす。

 聞きたかった事が聞き終わったのと、バッドエンドにはならなそうな展開に安心したのとで、オレは少し会話を忘れていた。シャルルちゃんも、オレからの質問を待っているのか、自分からは話し掛けてこない。

 てな訳で、無言の室内。しかし、冒頭のあの気不味さや空気の重さは無い。

 ただ、会話が無いだけの室内。

 

「じゃあ、オレも風呂入ってくるわ」

 

 時刻を見れば、二十一時を回った辺り。そろそろ風呂に入らねば、健康云々の面で一夏ちゃんに色々お小言を言われてしまう。立ち上がり、シャルルちゃんに一声掛けた。

 

「う、うん。浴槽のお湯は飲んじゃ駄目だからね」

「シャルルちゃんはオレを何だと思ってんだ・・・」

「・・・・・・で、でも、どうしても飲みたいんだったら」

「あ?何か言ったか?」

「ううん!ごゆっくり!」

 

 声が小さくなったり大きくなったり、何やら楽しげなシャルルちゃんの行動に首を傾げつつも、着替えやら何やらを用意して洗面所へ。

 

 

 

 

 

 

 ポツンと、一人残されたシャルル・デュノア——本名、シャルロット・デュノア。

 シャルロットは光也が消えていった洗面所の方を見ながら、ニッコリと笑った。

 

「・・・・・・ふふっ。これで僕と結婚出来るね、光也」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒは怒っていた。

 昨日までの自分の中には、そんな感情は無かった。

 むしろ、あったのはプラスな感情。想い人である唐澤光也との再会に心を躍らせていたからだ。

 しかし、今日になって——転入当日となって、ラウラ・ボーデヴィッヒは怒っていた。

 あれだけ自分を愛してくれた光也が、他の女性も愛していたからだ。

 自分にしてくれたように。

 自分以外の女性にも。

 光也に怒りの鉄槌を下しても心は晴れず、しかもそれ以降は光也とまともな会話も出来ていない。会話のネタは転入前から色々用意していたのに、モヤモヤばかりが胸中に積もっていた。

 イライラする。

 ムシャクシャする。

 その感情は日を跨いでも収まらず、日毎に強く大きくなっていた。

 最近、自分と同時期に転入した金髪の女(制服がスカートに変わっていたので驚いた)が光也の隣にいるのをよく見掛ける。仲良さげに談笑する様を見せ付けられているような気がして、その度にギリっと歯に負荷が掛かる。

 何故、そこにいるのが自分ではないのか。

 何故光也は、自分を愛してくれないのか。

 自分はこんなにも光也を愛しているというのに、何故結ばれないのか。

 歩きながら考え、いつの間にか辿り着いたのはアリーナの客席。

 放課後()は、学園の生徒が今度のタッグマッチに向けて、実戦訓練に勤しんでいるらしい。

 特に意味も無く、上からアリーナを見渡す。

 その中に見覚えのある顔を幾つか見付けて、ラウラの口角が(いびつ)に吊り上がった。

 嗚呼、そうだ。

 何故最初からそうしなかったのか。

 光也の隣を陣取る邪魔者がいるのなら、潰してでもその座を奪い取れば良い。

 そうすれば、夢にまで見た光也との学園生活を送る事が出来るのだ。

 決意。

 実行。

 手始めに、青色と桃色の機体に攻撃を仕掛ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————光也ッ!!」

 

 放課後。自室にて寝転がりながらスマホゲームでポチポチと遊んでいると、勢い良くドアが開かれた。入口には、肩で息をしながらドア枠に手を付いているシャルルちゃん。

 尋常ではないその様子に「どした?」と問い掛けながら起き上がって、シャルルちゃんの方へと寄る。

 

「大変なんだ!セシリアと鈴が!」

「セシリアちゃんと鈴ちゃんが?え、どういう事よ」

「良いから早く!」

 

 状況を理解出来ていないオレは、呑気に事情を聞こうとシャルルちゃんの背中をさすろうと手を伸ばす。しかし、シャルルちゃんはそんなオレの手を掴んで走り出した。男顔負けのその速度に、部屋のドアが閉まる音が遥か後方に聞こえた。

 着いたのはアリーナ前。

 ゴクリと息を呑んだ。

 実を言うと、一夏ちゃんに「今日の放課後、一緒に特訓しようぜ」と誘われていたのだが、「今日は良いや」とオレはその誘いを断っていたのだ。

 だから、アリーナに入るのは少し気まずかったりする。

 今からでも前言を撤回して、特訓に合流した方が良いのだろうか。

 と、オレはシャルルちゃんに連れてこられた理由をそう解釈していた。オレが特訓をサボりまくっている事に、一夏ちゃんとセシリアちゃんと鈴ちゃんが腹を立てているのだと——そんな理由だと解釈していた。

 ふぅ、と意識の切り替え代わりに息を吐き出してから、扉を開いてアリーナ内へと足を踏み入れる。

 瞬間、一夏ちゃんの叫び声が聞こえた。

 呑気に歩いていた自分を心の中で叱咤し、声の方へと走りだす。

 視界が開け、太陽光に照らされるアリーナ。

 その中央付近で行われている戦闘。

 一人は、叫び声の主である一夏ちゃん。

 もう一人は、ラウラちゃんだった。

 

「何が・・・起こってンだよ」

「最初は、皆で仲良く訓練してたんだけど」

 

 話を聞いている途中、見付けてしまった。

 苦痛に顔を歪め、箒ちゃんに介抱されている、満身創痍の二人の姿を。

 

「お、おい!大丈夫か!?」

 

 勢いのまま駆け寄ったので途中で転んでしまったが、痛みも制服が汚れるのも気にせずに二人の方へ。

 

「み、光也さん・・・」

「光也・・・」

 

 返事をするのがやっと、といった二人の状態に涙が出そうになる。

 

「酷ェ・・・!誰にやられたんだ!?誰が二人をこんなにしやがったんだ!?」

 

 女の子をこんなにした犯人への怒り。オレはわなわなと震えながら二人に問うた。

 鈴ちゃんがゆっくりと手を地面から浮かせて、指を指す。その方向へと首を曲げて。

 

「・・・・・・え?」

 

 信じられなかった。

 鈴ちゃんの指へ視線を戻し、もう一度。

 

「嘘だろ・・・」

 

 銀色の髪を風に靡かせ、一夏ちゃんにとどめの一撃を叩き込んだラウラちゃん。

 鈴ちゃんの指は——鈴ちゃんは、確かにラウラちゃんを犯人だと告げていた。

 

「ラウラちゃん・・・君が、二人をこんなにしたってのか?」

 

 頭の中で不気味に(うごめ)く何かに吐き気を覚えつつも、問う。震えながらの問いは、とても小さなモノだったのだが、ハイパーセンサーで聞き取れたのだろう。ラウラちゃんは先程まで戦っていた一夏ちゃんには目もくれずオレの元までやってきた。

 

「光也殿!」

 

 展開していた黒いISを解除。笑顔でオレに抱き付くラウラちゃん。良かった、今朝のアレは許してもらえたらしい——なんて呑気な事は言ってられない。

 

「私はやりました!光也殿の周りに(たか)るゴミ虫共を駆除する事に成功したのです!最初は四対一だったのですが、光也殿の事を想えば私は百人力!人数差を物ともせずに潰してやりました!どうですか?褒めて下さい!以前のように、頭を撫でて下さい!なんならkussでも大歓げ」

「ラウラちゃん、一旦離れてくれるか?」

 

 楽しそうに事の成り行きを語ってくれたラウラちゃん。その台詞を途中で中断させ、ついでに離れるように言う。普段のオレからしたら考えられないような言動だった。

 ラウラちゃんも、ショックを受けているらしい。いやァ、男としては嬉しい限り——あれ、なんか様子が可笑しいような。

 

「・・・・・・何故」

 

 数歩分距離を取ると、返ってきたのはそんな言葉。

 

「・・・・・・何故褒めてくれないのですか」

 

 オレが離した距離を、そっくりそのまま詰めてくる。

 

「・・・・・・何故光也殿の視線は私ではなく、私の後ろの二人へと心配そうに注がれているのですか」

 

 両腕を掴まれる。

 

「・・・・・・何故私を見てくれないのですか」

 

 赤い瞳がオレを射抜く。

 

「・・・・・・何故、何故!何故!何故なのですか!」

 

 腕を前後に揺すられ、オレも抵抗できずに揺られていると、ラウラちゃんが突然ISを展開。その直後に、ISの装甲に火花が散った。

 離された両腕。オレはたたらを踏みつつも、後方へと下がった。

 

「Hey, allemand」

「・・・貴様」

 

 ラウラちゃんが忌々しげに睨んだのは、同じようにISを展開していたシャルルちゃん。何やらフランス語を言っているが、意味は分からん。

 

「光也を傷付けるのは許さないよ」

 

 カッチョ良い台詞と共に、銃口をラウラちゃんに向けた。

 一触即発。

 今にも戦闘が始まりそうな空気に、オレは二人の間に割って入った。

 

「止めてくれ!」

「退いて光也!ソイツ危険だよ!」

「退いて下さい光也殿!ソイツ殺せません!」

「止めろ!」

 

 懇願から命令へ。

 

「・・・止めてくれよ」

 

 命令から、哀願。

 泣きながらの、哀願。

 

「み、光也殿・・・・・・泣いていらっしゃるのですか?」

 

 ここに来て、ラウラちゃんは震えていた。先程までの怒りはどこへ行ってしまったのか、オレが涙を流しているのを見ながら震えていた。

 

「も、申し訳ありませんでした!私、光也殿の事を考えずに勝手な真似を・・・!」

「ラウラちゃん・・・ごめん」

「謝らないで下さい!」

()()()()()()()()()()()

「ッ」

「怒ってやらなきゃいけねェのに。間違いは正してやらないといけねェのに。・・・オレはラウラちゃんを怒れないんだ」

 

 何故なのか。

 そんなの決まってる。

 ラウラちゃんが美少女だからだ。

 怒って、美少女に嫌われるのが嫌だから。

 怒って、美少女との関係が崩れるのが嫌だから。

 怒って、美少女が悲しむのが嫌だから。

 どれが本心なのかは分からんが、オレは兎に角ラウラちゃんを怒れなかった。

 そんな自分の失望感。遣る瀬無さに、涙が出る。

 

「そんな、嫌・・・!泣かないで下さい!」

「ごめん・・・!ごめんな・・・!」

「謝らないで下さい!嫌・・・!聞きたくない!嫌です・・・!嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 どこかへ駆けて行くラウラちゃん。

 心配そうにこちらへ駆けてくるシャルルちゃん。

 肩を押さえながら荒い息を吐く一夏ちゃん。

 一夏ちゃんを介抱する箒ちゃん。

 意識が無いのか、倒れたまま動かないセシリアちゃんと鈴ちゃん。

 騒ぎを聞き付けて、話を聞きに来た教員。そして野次馬。

 全方位から入ってくるオレへの情報が何故かとても遠くの出来事のような錯覚を感じながら、オレは涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




kuss。ドイツ語。英語で言うとキスです。
Hey, allemand。フランス語。日本語で言うと「おい、ドイツ人」です。

病み気味なシャルルちゃんと、病んでるラウラちゃん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

お久し振りです。大塚ガキ男です。
遂に学年別トーナメントが始まります。


 ()()()()()が起きても、学園での生活は通常通りに進む。

 傷を負ったセシリアちゃんと鈴ちゃんを置き去りに。

 オレの心を置き去りに。

 進む。

 

「頼む、光也!」

 

 席に座っているオレの隣で、手を合わせて頭を下げる一夏ちゃん。

 次のトーナメント戦はタッグマッチだから、早めにパートナーを決めておけよ。

 千冬ちゃんがそう言って終わった朝のHR。

 その直後の出来事だった。

 

「一体何を頼む気だよ」

「俺とぺアを組んでくれ!」

 

 取り敢えず一発ぶん殴っておいた。

 

「何するんだよ!」

「馬ァ鹿かテメェは!オレより先に頼むべき相手がいるだろォが!」

「そんな事俺が考えていない訳ないだろ!むしろ、千冬姉の話の途中でパッと箒の顔が思い浮かんだよ!あー、箒とペア組めたら良いなーとか考えてたよ!けど駄目なんだ!」

「何でだよ」

「・・・・・・恥ずかしいだろ」

「教室内で堂々と箒ちゃんへの愛を叫んでる一夏ちゃんの方が余程恥ずかしいけどな」

 

 照れ臭そうに視線を斜め下に向ける一夏ちゃん。このイケメンうぜェと心の中で中指を立ていると、一夏ちゃんが兎に角、と気を取り直した。

 

「男子は俺と光也の二人だけなんだ!俺達で組まないと面倒な、こと・・・に」

 

 威勢の良い台詞だったが、語尾に近付くにつれて尻すぼみ。その顔は何かを恐れているようだった。

 何事かと一夏ちゃんの視線の先——俺の背後へと視線を向けると、何て事は無い。そこには笑顔のシャルルちゃんが立っていただけだった。

 

「よう、シャルルちゃん」

「おはよう、光也。それと一夏も。二人してどうしたの?」

「あ、あ、ああ。それは、え、えっと」

 

 突然会話が下手くそになる一夏ちゃん。

 代われ。

 

「一夏ちゃんにタッグマッチのペアになってくれって頼まれてたんだ」

「・・・へぇ?一夏は箒と組むかと思ってた」

「あ、あぁ。ちょっとな」

 

 シャルルちゃん相手にどもりまくる一夏ちゃんに、ふと感じる既視感。あぁ、そうだ。この反応は、クラスのマドンナに話し掛けられた時の童貞に酷似している。

 一夏ちゃんの童貞パワーが大炸裂。

 

「そっか。でも、残念だったね。光也は僕と組むんだ」

「そうだったのか?」

「ゑ?」

「って、何で光也まで驚いてるんだよ!」

「だって初耳だもの!」

 

 タッグマッチ云々の話が出たのは、先程のHR。一夏ちゃんがペアを申し出てきたのがその直後の小休みなので、シャルルちゃんとペアを組む約束をする時間は無かったのだ。

 だと言うのに、何故?

 そんな意味を込めた視線でシャルルちゃんを見上げると、シャルルちゃんは微笑んだ。

 

「大丈夫。必要な要項は僕が記入しておくから」

「オレが問いたかったのはそこじゃねェ!」

 

 ツッコミを入れると、シャルルちゃんは一転哀しそうな表情を見せた。

 

「そっか・・・。光也はもう他に組む人がいるんだね・・・。残念だなぁ」

「ぐ!むぐぐぅ・・・!おぉ・・・!!」

 

 罪悪感で爆散しそうになっている胸を押さえ、唇を噛み締める。

 

「シャルルちゃんも一夏ちゃんも本当にごめん!オレは誰ともペアは組めねェんだ!」

「「・・・・・・え?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光也に断られたシャルロットと一夏。

 教科書の準備を始めた光也の近く。

 光也には聞こえない程度の声量で、シャルロットが一夏に囁いた。

 

「一夏」

 

 光也と話している時とは大違いの雰囲気。一夏は「はいぃ!」と情けない声を出してしまう。その声を聞いた光也が「どしたん?」と問うてきたので、「な、何でもない」と誤魔化す。

 

「な、何だ・・・?」

 

 気を取り直し、応答。シャルロットが一夏の方を向いていないので、一夏もシャルロットの方を向かない。まるで映画のワンシーン——パートナー同士の秘密の遣り取りのようだが、一夏の怯え具合により犯人と人質の遣り取りのようだ。

 

「タッグマッチ、僕と組むよ」

「え、シャルルは光也と組むんじゃないのか?俺だって箒と組みたいし・・・」

「一夏って馬鹿なの?光也が出ないって言ってるんじゃん。僕は光也の意思が最優先だから、残された方法は一夏と組むしか無いの」

「・・・あっ、ラウラとかどうだ?」

 

 提案。

 そして、瞬く間に却下。

 

「言っておくけど、僕がラウラとペアを組んだら誰も勝てないよ?ちなみに、一夏と箒がペアになった場合は、()()()だけどね」

「うっ」

 

 考えてみれば、シャルロットもラウラも専用機持ち。しかも代表候補生。

 相手は一般生徒。一夏だけならどうにかなるかも知れないが、何度も言っているようにタッグマッチなのだ。パートナーとのコンビネーションが大切になってくる。箒を置き去りに一人で戦っていては、タッグマッチの意味が無い。・・・いや、そういった作戦もあるのかも知れないが、少なくとも一夏には一対二で戦うという発想が無かったのだ。

 片や、ISの能力値が尖りまくっている男子生徒。

 片や、ISでの実戦経験は殆ど無しの剣道娘。

 誰の目からも、結果は分かりきっている。

 一夏は迷っていた。

 シャルロットと組んで勝ちを目指すか、箒と組んで関係を深めるかを。

 

(・・・・・・出来れば箒と組みたい。——だけど)

 

 怖い。

 

(誰がって?言っておくが、シャルルじゃないぞ。千冬姉だ)

 

 ふざけた結果を出せば、一組の担任であり一夏の実姉である千冬が黙っていないだろう。

 加えて、一夏はクラス代表。クラスメイトが上に進んでいるのに、クラス代表である一夏が負けてしまっていてはどうしようもない。

 赤っ恥だ。

 勝てた場合もまた然り。タッグマッチなのに一人で戦うというのは、それだけで誰かの反感を買うかも知れない。

 悩み、悩んで、悩み抜いた末に。

 

「・・・シャルル、俺とペアを組んでくれ」

 

 答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 保健室。

 

「よう」

 

 オレは、今もベッド上での生活を強いられているセシリアちゃんと鈴ちゃんの元を訪れていた。

 

「光也さん!」「光也!」

 

 空気が抜けるような音と共に開いたドア。手を振りながらそう言って中に入ると、二人は談笑でもしていたのか、笑い合っていた途中でこちらを向いた。

 うんうん、二人共仲が良いようで感心感心。

 

「怪我の調子はどう?」

「日に日に良くなってるらしいけど、タッグマッチには間に合いそうもないわ」

「そっかァ」

「光也さんは、タッグマッチの御相手はもう決められたのですか?まだ決まっていないのでしたら、不肖このわたくしが立候補しようと思っているのですが」

「セシリアも間に合わないって先生に言われたでしょ。諦めなさい」

「残念ですわ・・・」

 

 肩を落とすセシリアちゃん。

 保健室に運ばれた直後は絶対安静と言われていた二人だが、今こうやって会話をしている限り、上体を動かせるレベルまでには回復しているらしい。

 しかし。

 ラウラちゃんが二人に負わせた傷は身体だけには留まらず、二人が操縦する専用機『ブルー・ティアーズ』と『甲龍(シェンロン)』をも傷付けた。

 ISはダメージレベルがC以上行くとヤバいらしく(理由はよく分からん)、怪我の状態を抜きにしても二人はISの修理がタッグマッチに間に合わない為、出場が出来ないのだ。

 タッグマッチ。

 ラウラちゃんからの奇襲により傷を負った二人は、本来出る予定だったタッグマッチに出られなくなってしまった。

 その責任は、オレにある。

 オレがどうしようもない所為でラウラちゃんが暴走し、二人が危ない目に遭ってしまった。

 猛省。

 

「あ、そうそう。二人共授業とかって大丈夫なのか?もう何日も授業に出れてねェけど」

「先生に相談したら、カメラを設置して保健室から授業に参加して良いって。だから勉強については問題ないわ。・・・まぁ、実技はどうしようもないんだけどね」

「回復したら猛練習、ですわね。光也さんの御側にいる為にも、わたくしは強くなければいけませんもの」

「おう。その時は是非オレも参加させてくれ。オレも流石に、そろそろ鍛えないといけねェしな」

「ラファール・リヴァイブに操られている——だっけ?」

「あァ」

 

 皆に話した、オレの桁外れなまでの戦闘能力のタネ。それはズルと何も変わらないので、正直非難やらをされると覚悟していたのだが、オレが思っていたよりも皆は優しかったようで、「ISと会話出来るって凄い」としか言われなかった。

 いやまァ、そうなんだけれども。

 実力云々について何も言われなかったので、何ともまぁ釈然としない気持ちがオレの中に残っている。

 

「オレ自身の力も付けとかねェと、いざという時(まず)いし」

「いざという時、とは?」

「オレとルリちゃんを繋いでる()()が無くなった時」

「そんな事あるの?」

「無いとは言い切れねェだろ」

「・・・そっか」

 

 無人機事件のような展開がまた訪れた場合。

 そんな時にもしも、ルリちゃんがオレを操れなくなってしまった場合。その可能性も考えておかないといけないのだ。

 女の子を守らなければいけない場面で、オレが馬鹿してたらどうしようもならないのだ。

 ふと時計を見ると、ここに来てから一時間以上経っている事に気が付いた。オレが何を見ているのかを気付いた鈴ちゃんが、

 

「もうそろそろ帰んなさい」

 

 と言ってきた。

 

「もう少し居れねェか?」

「あたし達もそろそろお風呂の時間だし、アンタも夕飯の時間でしょ?」

「・・・・・・そうか。んじゃあな。鈴ちゃん、セシリアちゃん」

 

 手を振り、退出。

 後ろから「毎日は来なくても良いからね」「また会える日を楽しみにしています」と二人の声が聞こえた。

 二人と楽しく会話をしていた事もあり、寂しく感じる静かな廊下。一人で昇降口まで歩いていると、誰かと誰かの会話が聞こえてきた。

 一人は声を荒げている。

 何だ?

 気になったので声のする方へと歩いてみると、そこにはラウラちゃんと千冬ちゃんがいた。

 今の自分の近くに身を隠す物が何も無いので、出来るだけ壁に寄り、存在感を消す事に努める。

 

「何故こんな所で教師など!」

「やれやれ・・・」

 

 千冬ちゃんとの身長差故、千冬ちゃんを見上げながらラウラちゃんが怒鳴る。それに対して千冬ちゃんは額を押さえるのみ。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

「こんな極東の地での役目とは何ですか!?」

 

 ラウラちゃんがここまで声を荒げているのは珍し——くもないな。

 まぁ、それはそれとして。

『千冬ちゃんの言う事は絶対!』という信念を持つ(持ってそうな)ラウラちゃんが、あろう事かその千冬ちゃんに不満をぶつけているのだ。尋常ならざる事態だという事は理解出来た。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再び御指導を」

「無理だ」

「光也殿と一緒に、またドイツへ来ていただけませんか!」

「ッ、・・・」

 

 ピクリ。千冬ちゃんが何やら反応したような気がするが、多分気の所為。この距離感だから、僅かな動作は見え辛いのだ。

 

「ここでは、あなたの能力は半分も生かされません」

「ほう」

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません。——光也殿たった一人を除いて」

「何故だ?」

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。そのような程度の低い者達に教官が時間を割かれるなど」

 

 拙いよラウラちゃん。千冬ちゃんの顔がドンドン怒りを帯びているというのに、ラウラちゃんったら自分の主張に夢中で気付いてない。

 案の定、千冬ちゃんがドスの利いた声で言った。

 

「——そこまでにしておけよ、小娘」

「っ・・・!」

 

 ラウラちゃんの肩が跳ねる。恐らく、ドイツでの鬼のように厳しかった教官としての千冬ちゃんを連想しているのだろう。早くも涙目だ。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「わ、私は・・・」

 

 ラウラちゃんは弁解しようと口を開く。だが、千冬ちゃんはそれを許さない。

 

「そんなつもりでは——か?言っておくが、お前が否定した生徒の中には、光也が信頼している生徒も含まれている。お前はそいつ等を信じる光也をも否定したんだ」

 

 ガクガクと、ラウラちゃんの膝が子鹿のように震えている。

 何だか可哀想に思えてきたので、フォローに入ろうと足を踏み出した所で、千冬ちゃんが言った。

 

「・・・そろそろ夕食の時間だ。お前も戻れ」

 

 普段の声色に戻した千冬ちゃんがそう促すと、ラウラちゃんは泣きそうな顔をしながらこの場を去っていった。オレがいる場所とは反対側へ歩いて行ったのが幸い。バレていたら気不味いなんてモノじゃない。

 

「おい、光也。そこにいるのは分かっている。こっちに来い」

 

 ・・・気不味いなんてモノじゃない。

 

「お前がどんな性癖をしていようが別に構わんが、今回は話が別だ。・・・お前も分かっているだろう?」

「・・・まぁ、うん。確かに、向こうとここじゃあ違うわな。千冬ちゃんも——ラウラちゃんも」

 

 ラウラちゃんが教師である千冬ちゃんに怒鳴ったのも悪くないし、ラウラちゃんを言葉でボコボコにした千冬ちゃんも悪くない。

 勿論、オレも悪くない。

 うーん。

 (オレ)ながら、とても大きな問題に関わっているのだなァと今更ながら再実感。ふとした千冬ちゃんへの我儘(ワガママ)が、まさかこんな所まで糸を引いていたとは。

 何とも言えない顔で過去に想いを馳せていると、千冬ちゃんが溜め息を一つ。それから言った。

 

「ラウラは今度落ち着いたら私からフォローを入れておく。光也は、今度のタッグマッチに向けて練度を高めておけよ」

「・・・・・・あー、その事なんだけどさ」

「何だ」

「オレ、タッグマッチ出ねェから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月の最終週。

 タッグマッチ。

 またの名を、学年別トーナメント。

 その当日。

 三年生は三年生の。

 二年生は二年生の。

 一年生は一年生の。

 各自は各自の目的を持って臨む、学年別トーナメント。お偉いさん方も沢山来ているようで、誰もが緊張し、自らの活躍に期待と不安を同住させていた。

 ——そんな一日とは無関係なオレは、セシリアちゃんと鈴ちゃんと一緒に観客席にて皆の登場を待っていた。

 観客席に座ると、否が応でも無人機事件の事を思い出してしまう。キョロキョロと左右を、そして前回突き破られた天井を見る。

 あれから、何かしらの対策は練られたのだろうか。今回も、もしかしたら無人機が——そう考えてしまい、ベルトに引っ掛けているルリちゃん(ISフィギュアバージョン)を握る。

 

「光也さん。喉は渇いていませんか?お腹は空いていませんか?御気分は大事無いでしょうか?」

 

 右隣に座るセシリアちゃんが、オレに世話を焼いてくる。

 

「セシリアは光也に甘過ぎなのよっ」

 

 左隣は鈴ちゃんだ。久し振りに元気なツインテールが見れて幸せ。

 そんな感じに、今日の空気のピリつき具合など物ともせずに和気藹々(わきあいあい)と話していると、アリーナの中央にホログラムの画面が出現した。そこには——

 

【第一試合。織斑一夏&シャルロット・デュノア対ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒】

 

 と、書かれていた。

 

「・・・一回戦目からこの面子かよ」

「一年生の専用機持ちの約半分が集結って豪華過ぎない?」

 

 この面子だと誰を応援したら良いのか分からないので、取り敢えず『頑張れ!』と言えば全員に伝わるよな。と、考える。

 腰に振動。見ると、ルリちゃんが小さくバイブレーションしていた。どうやら、自分の出番はまだかとアピールしているらしい。

 だが残念。今日はルリちゃんはお休みだ。

 売店で買ったお菓子を食べ、話していたら時間は過ぎ、いつの間にやら試合の時間になっていた。

 アリーナに四人が降りてくる。

 一夏ちゃんは、緊張を滲ませた笑顔で。

 シャルルちゃんは、普段通りの微笑みで。

 箒ちゃんは、目を閉じたままの無表情で。

 ラウラちゃんは、怒りが一周回って獰猛(どうもう)な笑顔で。

 四者四様。

 普段見知った顔が大きな舞台に立っていると、こちらも緊張してくる。鼓動がドクドクと自己主張。

 アナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これより、織斑一夏&シャルロット・デュノア対ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒の試合を始めます』

 

 アナウンスが流れ、アリーナ内が静寂に包まれる。

 ISのハイパーセンサーを使えば、普通では耳に入らないような小声での遣り取りもバッチリ聞こえるのだが、一夏は集中する為にハイパーセンサーは使わなかった。

 対戦相手は、ラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒。

 一夏の想い人である箒が相手なのは大変心苦しい。

 そんな一夏の心情を知ってか知らずか、隣にいるシャルロットがこんな提案をしてきた。

 

「一夏はラウラの相手をして。僕が箒を引き受けるから」

「良いのか?」

「まぁ、僕もラウラには復讐しなきゃいけない(やらなきゃいけない事がある)んだけど・・・・・・あ、別に良いんだよ?一夏が箒と戦えるんなら、僕がラウラと戦っても」

「うぐっ」

 

 無理だ。

 そんな甘チャン思考。シャルロットの提案に「よし、箒は頼んだ」と乗り、自分の相手となったラウラを見詰める。視線に気付いたのか、ラウラが鋭い視線を交わせてきた。

 

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す——』

「ヒィッ!」

 

 プライベートチャンネルで伝わってきた強い呪詛の言葉。思わず小さい悲鳴を洩らす。

 

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

 こんな恐ろしい奴と相手取らなければならなくなってしまった事に少し後悔しつつも、試合開始までの残り時間を確認。

 五。

 四。

 三。

 二。

 一。

 ————零。

 

「ふんっ・・・!」

 

 開始直後。ラウラが右手を前に突き出す。

 ガシリ。

 不可視の大きな手に掴まれたかのように、一夏の動きが止まった。

 AIC。正式名称を『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』。

 ラウラの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器の事だ。

 慣性停止能力。

 細かい説明を抜きにして言うと、()()()()()()()()()()()だ。

 AICの力によって捕らえられた一夏は、身動きが取れなくなる。そんな一夏に容赦無く、ラウラは銃口を向けた。

 

『敵ISの大型レール(カノン)の安全装置解除を確認、初弾装填——警告!ロックオンを確認——警告!』

 

 白式のハイパーセンサーが一夏に警告を出す。

 これが、クラス対抗トーナメントのような一対一の試合だったならば、今の状況に置かれた一夏に勝ち目は無いだろう。

 しかし、これはタッグマッチ。

 二対二なのだ。

 

「させないよ」

 

 シャルロットが一夏の頭上を越えて現れ、同時に六一口径アサルトカノン《ガルム》による爆破(バースト)弾の射撃を浴びせる。

 

「クソが・・・!」

 

 シャルロットの射撃によって照準がズラされ、砲弾は一夏の横を通り過ぎた。

 そのままの勢いでシャルロットは箒への攻撃を始める。

 それを好機と見たのか、ラウラは再び一夏にAICを——

 

「馬鹿だなぁ」

 

 向けた所で、射撃。ラウラが振り返ると、箒からの攻撃を避けながらシャルロットがラウラにアサルトライフルを乱射していた。

 

「『高速切替(ラピッド・スイッチ)』ィ・・・!」

 

 ギリギリと歯を噛み締めながらシャルロットを睨む。

 

「ハアァ!」

 

 シャルロットの援護によりAICを受けなかった一夏が、『零落白夜』を手に後ろからラウラに斬り掛かる。

 

(これだとAICが使えない・・・!)

 

 シュヴァルツェア・レーゲンのAICは、捕らえる相手に意識を集中させなければならない。一夏を捕らえても、シャルロットに邪魔されてはAICの意味を成さないのだ。

 幾らシャルロットの隙を突いて一夏を捕らえても、どこからともなくシャルロットが射撃で邪魔をし、それを未然に防ぐ。

 ラウラはパートナーである箒を援護しないので、箒はシャルロットの攻撃にじわじわとエネルギー残量を減らしている。

 

「ここで私が失態を晒せば、教官に——そして光也殿の顔に泥を塗る事になる。それだけは!そんな展開だけは、決してあってはならない!」

 

 なら、どうすれば良いのか。

 その展開を避ける為には、何をすれば良いのか。

 ラウラは、自分の装備を見直す。

 両手にプラズマ手刀。そして、ワイヤーブレード。

 発案。

 そして、決断。

 

 

 

 

töten(殺す)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マジで戦闘シーンで頭ゴッチャになってて困ります。自分の書きたい事、伝わってますかね?
今回光也は学年別トーナメントに出ないです。
光也曰く、

「だって・・・なァ?女の子が怪我しているってのに、ISなんか乗ってられっかよ。それ抜きにしても、そもそもオレ女の子と戦えねェし」

だそうです。
トーナメントよりも、セシリアちゃんと鈴ちゃんを優先した光也でした。
あ、そうそう。光也がラウラちゃんと親しげな理由は、一段落付いたら番外編か何かで書こうと思っています。
お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

お久し振りです・・・。大塚ガキ男です。
二巻の内容は次回まで続きます。


 先程までの攻撃も中々に強烈だったが、現在のラウラの太刀筋、銃撃は更に苛烈を極めていた。一夏も機体に攻撃が当たらないように『零落白夜』で鍔迫り合いに押さえているが、ラウラは単純な力でも一夏を圧倒していた。

 

「お前の身体のどこからそんな力が出てくるんだよ・・・!」

 

 体格差や体重差の面で言うならば、一夏は圧倒的に有利。

 しかし、ラウラは顔をしかめもせずに、只々(ただただ)怒りに震えた表情で一夏へと剣を押す。

 一夏が押し返して距離を取ろうとも、『零落白夜』は一ミリたりとも前に倒れない。あまりにも微動にしないので、知らない内にAICを使われているのではないかと疑ってしまう程だ。

 一夏とラウラの視線が交じり合う。ほんの一瞬の出来事だったが、交じわったラウラの瞳は確かに濁っていて、正常ではないのはすぐに分かった。

 しかし、強い。

 いや。だからこそ、強いのかも知れない。正気を失っているからこそ、ラウラが今の力を出せているのかも知れない。一夏はそう結論付け、意識を現実に戻した。

 

scheiße(クソが)verdammt(忌まわしい)nicht anerkannt(認めないぞ)Mimikry Affe(物真似猿め)auslöschen(消してやる)Schießen zu Tode(撃ち殺す)Kill the Schwert(斬り殺す)!————töten(殺す)!!」

「何言ってるのかさっぱり分からないけど、多分馬鹿にしてるんだろうな!」

 

 ラウラの口から放たれるドイツ語(一夏にはドイツ語だという確証を得る術は無いので、ラウラの母国であるドイツの言葉だと仮定している)と共に振るわれる、嵐のような連撃。どうにかして防ごうと『零落白夜』を左右前後に構えるが、予想外のタイミングで大型レールカノンの砲口を突き付けられる。

 

「ッ!」

 

 前回こそシャルロットの助けもあって回避出来たが、シャルロットは箒を仕留めようと本気を出しているので、一夏とラウラの攻防にはノータッチ。

 一夏一人で相手取らなければならない。

 よって、不可避。

 白式のシールドエネルギーをごっそりと喰らっていったその一撃。衝撃で仰け反った一夏は、空中での姿勢を制御出来ずにキリキリと宙を舞う。

 それだけでは終わらせない(休む間も与えない)。ラウラはすぐさま一夏に肉薄。体勢を持ち直そうとしている一夏の身体にワイヤーブレードを絡ませた。

 行動の自由が利かなくなり、防御さえも許されなくなった一夏。自分の思うがままに出来る今の状況にラウラは不気味に口角を吊り上げ、そんなラウラに一夏は恐怖した。

 

「織斑一夏を殺せば、私は生き易くなる。シャルロット・デュノアを殺せば、邪魔者が一人減る。この試合に勝てば——教官と光也殿に褒めてもらえるッ!!」

「勝手な事言うな!こっちだって負けられないんだよ!」

「なら、止めてみせろ」

 

 侮蔑の(こも)った一言と共に、ラウラはレールカノンを構えた。射線上には、勿論一夏がいる。

 ワイヤーブレードで捕らわれている一夏には避ける術は無く、ラウラがほんの少し指を動かせば一夏のシールドエネルギーは零となり、シャルルとラウラの一騎打ちとなるだろう。

 

「クソッ!」

 

『零落白夜』で何とか出来ないかと右手を見やるが、それと同じタイミングで、今まで煌々と光り輝いていた『零落白夜』が消えた。連続使用によるエネルギー切れだ。

 最早一夏には勝ち目は無い。数分飛ぶだけの僅かなエネルギーは残っていても、攻めに転じるエネルギーは残っていないからだ。

 

「——死ね」

 

『零落白夜』のエネルギー切れを見届けたラウラが、レールカノンの引き金を

 

「だから、ガラ空きなんだって」

 

 張り詰めた空気の中で一際よく通るシャルロットの声。気付いた時にはもう遅く、ラウラが構えるレールカノンが、シャルロットが撃ち放ったショットガンの弾によって爆散した。

 

「しゃ、シャルル!悪い、助かった」

「本当だよ。僕が箒を倒してる間に、こんな事になっていたなんて・・・」

 

 箒を倒した?

 一夏がシャルロットが飛んできた方(ラウラと向かい合わせになっていた一夏には、ラウラの死角からシャルロットが飛んでくるのが見えていたのだ)に視線を移すと、そこには箒が地面に膝を付いて悔しそうにしていた。

 

「さて、ラウラ。借りを返させてもらうよ」

「貴様・・・!どこまで私の邪魔をすれば・・・!」

 

 怒りに顔を歪めるラウラ。それとは対照的、むしろこの場には相応しくない程に冷静なシャルロットがショットガンを構える。

 

「悪い。援護したいのは山々なんだが、エネルギーの残量が・・・」

「うん。実はあんまり期待してなかったり」

 

 グサリ。シャルロットの言葉が一夏の胸に深く刺さった。

 

「流れ弾とかの危険もあるから、念の為アリーナの端で箒を守っておいてくれる?いくら戦えなくても、女の子の盾くらいにはなれるんでしょ?」

「わ、分かった。任せてくれ」

 

 これ以上会話を続けると心の傷が増えそうだと危ぶんだ一夏は、シャルロットとの会話を途中で切り上げて箒の元へと飛んで行った。それを見送ったシャルロットは、身から溢れ出る殺意を隠す事無くこちらにぶつけてきているラウラに向き直った。

 

「——さて。この前の恨み、果たさせてもらうよ」

「恨み?・・・さて、全く覚えが無いのだが。()()()()()()()?」

 

 実際。

 ラウラには、思い当たる節があった。忘れもしない、青色と桃色の機体を地に堕としたあの日。光也との溝が決定的なモノになってしまったあの日の事を言っているのだろう。セシリア・オルコットと鳳 鈴音はシャルロット・デュノアと友好的だった記憶がある。仲間の敵討ち、と言った所だろうか。

 しかし、口にはしない。忘れた振りをして惚けていれば、相手の怒りを誘う事が出来るからだ。

 仲間想いならば、尚更。

 ラウラが内心ニヤついていると、シャルルが吼えた。

 

「覚えてんだろ!?光也を悲しませたあの日の事だよォ!!」

 

 予想外である。

 シャルロットの怒りの原因も、その怒り具合も。

 予想外だから、ラウラは柄にも無く目の前の同い年の少女を(おそ)れた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍人だ。

 かつて世界を制した織斑千冬から指導を受けた事もある、どこに出ても恥ずかしくない立派な軍人だ。

 そんなラウラが怖れたのだから、今のシャルルがどれだけのプレッシャーを放っているのかは分かるだろう。

 

「・・・一応、私達の会話は放送を通じて客席にも聞こえて——」

「関係無いッ!!」

 

 いつの間にか、先程まで暴れていたラウラがシャルロットを宥めてしまっている今の状況。シャルロットの想い人である光也も見ているのだが、シャルロットは気にせず続けた。

 

「ラウラが何を思ってあの行動に出たのかは知らない。けど、光也がそれで悲しむのなら」

 

 ショットガンと盾。己の手で握る武器を握り直し。

 

「容赦はしない!」

 

 飛び出した。

 それがただの怒り任せの突撃だったのなら、ラウラは対処に困らなかった。避けるなり迎え打つなり方法は幾らでもあったのだ。

 そう、ただの突撃だったのなら。

 

「————瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!?」

 

 シャルロットは疾かった。ラウラにはどうしようも無く、ショットガンによる零距離での連続射撃を一身に受けた。

 射撃。

 被弾。

 射撃。

 被弾。

 やがてショットガンの弾が尽きると、それを捨てて盾を構えた。

 

(防御に転じるつもりか?距離を取るなら今がチャンス!)

 

 距離を取って、AICで動きを封じて・・・・・・あとはどうとでもなる。

 勝つ為の算段を立てた。

 しかし。

 過剰に分泌されたアドレナリンと、排除すべき邪魔者を殺すチャンスが訪れた事で、ラウラは気が付かなかったのだ。

 自分の身体が、いつの間にか動かなくなっている事に。

 

「な、何故だ!?」

 

 身体に巻き付くはワイヤー。それが自分のモノだと認識した時には、シャルロットの準備は終わっていた。

 盾の中に隠していた切り札。

 復讐には最適な必殺の武器。

 盾の装甲が弾け飛び、中からソレは現れた。

 六九口径パイルバンカー、灰色の鱗殻(グレー・スケール)。通称——

 

「『盾殺し(シールド・ピアース)』ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 眼前に迫るソレの名を忌々しげに叫ぶラウラ。それに呼応するように、盾殺し(シールド・ピアース)がラウラの顔面に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歪む視界。

 青い空。

 茶色い地面。

 湧く客席。

 相手との距離感を合わせようと揺れる自分の腕。

 勝ちを確信したシャルル・デュノアの顔。

 アリーナの端でこちらを見る織斑一夏と篠ノ之箒の姿。

 そして、脳裏には愛する人(唐澤光也)の笑顔。

 

(嗚呼)

 

(私は負けるのか・・・?)

 

 落下を始める自身の身体。上へ上へと手を伸ばすも、伸ばした手は空を切り、何も掴めない。

 

(こんな所で・・・負けるのか?)

 

 周囲の景色が線となって前へ進んでいく。

 

(負ける訳にはいかないのに)

 

 落ちる。

 

(勝たなければいけないのに!)

 

 今の自身の心と同じように。

 

(私は負けられない・・・!光也殿の為にも、負ける訳にはいかないのだ・・・!)

 

 下へ。

 下へ。

 堕ちる。

 

(力が欲しい・・・!何者にも負けない力を!光也殿との幸せを掴み取れる力を!)

 

 

 自分の身体と地面との空間が無り、身体が勢い良く地面に叩きつけられた瞬間。

 世界が止まった。

 いつかの光也の時のように。

 誰も彼もが静止した世界で、ラウラに語り掛ける声があった。

 やけにスッキリとしている脳内。

 やけに澄んだ視界。

 しかし、理解が追い付かずに呆然と声を聞いた。

 

『——願うか?・・・・・・汝、自らの変革を望むか・・・・・・?より強い力を欲するか・・・・・・?』

 

 どこからか聞こえる声。それが誰の言葉かなんてラウラにはどうだって良かった。たった一つの勝利に飢えるラウラは、空に向かって叫ぶ。

 

「寄越せッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回の分も、ある程度は書けているので、前回と今回程間は空かないと思います。すみませんでした・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

お久し振りです。大塚ガキ男です。
エグゼイドの最終話を観るのが怖いです。




 場所は変わって、観客席。

 シャルルちゃんが箒ちゃんを倒し、その直後に一夏ちゃんがエネルギー切れ間近になって戦闘続行不可能に。

 シャルルちゃんとラウラちゃんの一騎打ちになったかと思えば、シャルルちゃんがブチ切れてラウラちゃんに怒涛の攻めを見せ、ラウラちゃんが墜ちて、シャルルちゃんの勝利かと思ったら——コレだ。

 墜落したラウラちゃんは黒い何かに『シュヴァルツェア・レーゲン』ごと呑み込まれ、グニャリグニャリと表面を波打たせながら形を変えている。

 

「ISが・・・変形している、ですって!?」

 

 左隣に座る鈴ちゃんが、黒い何かを見てそう言った。

 あまりにも『マジで?』って感じの声色だったので、問うてみる。

 

「え、ISって変形出来ねェのか?合体したり車輌になったり色々出来るモンだとばかし思っていたんだが」

 

 オレがそう言うと、鈴ちゃんから「アンタはISを何だと思っているのよ・・・」といった呆れの言葉と視線をいただいた。それに微笑んで返すと、無言で脇腹をつねられた。痛い。

 そこで、つんつんと右の肩を優しく突かれた。向くと、セシリアちゃんが右の人差し指をピンと立ててから口を開いた。

 

「ISがその形状を変えるのは、『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』の時だけ。ですので、現在のラウラさんのアレは本来ならば有り得ない状況なのです」

「へぇ〜、そうなのか。ありがとな、セシリアちゃん」

「いえいえ。光也さんから与えられたこの試練、見事期待に応えてみせました」

「お、おう・・・」

 

 無人機事件の時のアレはまだ続いていたらしい。丁寧な説明に感謝の言葉を述べつつも、戸惑う。

 視線をセシリアちゃんから、アリーナの黒い何かへ。

 数秒立ってから気付く。

 

「・・・・・・じゃあ、ラウラちゃんのアレってヤバいんじゃねェの?」

 

 鈴ちゃんとセシリアちゃん曰く、前例には無い事態が起きているということだ。しかも、ラウラちゃんを呑み込んだ黒い何かはどう見ても身体に悪そうだし、展開的にも何だかヤバそう。

 箒ちゃんはエネルギー切れ。

 一夏ちゃんもそんな箒ちゃんを流れ弾から身を呈して守る程度の余力しか残っておらず、唯一満足に動けるシャルルちゃんでは、二人を庇いながらの戦闘は難しそうだ。

 黒い何かはシャルルちゃんと一夏ちゃん達の間で蠢いていて、シャルルちゃんは来るべき攻撃に備えて下手に動けないでいる。

 じゃあルリちゃんが(オレが)行くしかないじゃねェか。

 立ち上がる。

 ベルトに引っ掛けられたルリちゃんの待機状態のキーホルダーを掴もうと手を伸ばすと、その手を鈴ちゃんに握られた。

 

「アンタ・・・まさか、行くつもりじゃないでしょうね」

「そのまさかだぜ」

 

 握られてない方の手で鈴ちゃんの指を一本ずつ解き、手を離させた。

 

「駄目に決まってるでしょ!そりゃあたしだって行けるもんなら行きたいけど。・・・・・・もう少しすれば先生達からの指示が放送で入るから、それまで専用機持ち(わたし達)は待機!良い?」

「わたし達って。鈴ちゃんとセシリアちゃんは戦えねェじゃんか」

「うっ・・・。で、でも、取り敢えず今は勝手な行動は駄目!待っていれば——」

「ラウラちゃんはどうなるんだ?」

 

 先生達がこれから何秒後何分後に指示を出すのかは分からない。

 その間にラウラちゃんに何かあったらどうするのか。

 誰が責任を取るのか。

 誰の責任になるのか。

 非常時だからこそ、迅速な対応が求められる。

 ラウラちゃんを呑み込んだ黒い何かを見るに、時間はあまり残されていない。

 オレが問うと、鈴ちゃんはかぶりを振った。

 

「・・・分からないわ。けど、もしかしたら、今までの関係じゃいられないかも知れない。例えこの事態が大事無く終息しても、あの状態になった原因が誰によるモノであれ、一度ドイツに帰って——なんて事になるかも。・・・あっ」

 

 ツインテールを揺らしながらオレにステイさせようとする鈴ちゃん。しかし、オレの問いに答え終わってから失言に気付いたらしい。口を手で隠すが、もう遅い。

 そうだよな。ンな事聞かされたらオレがどんな行動に出るかは分かっちまうよな。

 オレは悪どく、ニヤリと笑った。

 

「だ、駄目よ!一人でなんて無茶だから!集団でのルールを守りなさい!」

「ルールよりも守らなきゃなんねェ子がいるだろうが!オレは行くぜッ!!」

「あ、ちょっと!——」

 

 鈴ちゃんの静止を振り切り、走り出す。無人機の時のように、まだシャッターは降ろされていない。今だったら、ピットからアリーナに降りる事が出来る筈だ。

 急げ。

 女の子が待っているのだ。・・・ついでに一夏ちゃんが。

 廊下を何回も曲がった末に辿り着いたピット内。切れた息を整えながら、そう言えばクラス代表決定戦以来ここには入ってねェなァとどうでも良い事を思い出しつつ、ベルトからルリちゃん(キーホルダー)を手に取る。

 

「ルリちゃん」

『・・・また困ってるから呼び出そうってワケ?毎回毎回都合良過ぎない?』

 

 オレの声に、少し間を置いて応答。

 ルリちゃんは開口一番、ド正論をぶつけてきた。

 

「・・・ごもっともでございます。はい」

『しかも、今回の相手は中に人間が入ってるっぽいじゃない。テンションガン下がりなんですけどー』

「いやいや、頼みますって。何度も言うけど、コレはルリちゃんにしか出来ねェ事なんだよ」

 

 虚空に向かって頭を下げる。社会人が目上の人との電話中によくやるそれを何度も。

 やがて、ルリちゃんが面倒くさそうに溜め息を吐いた。

 

『ハァ・・・。分かったわよ。やってやるっての。どうせこの機会逃したらまた数ヶ月後〜とか言う展開になり兼ねないワケだし』

「マジで!?ありがとう!」

 

 もしも協力を得られなかったら生身で飛び込んでやろうかとか考えてたんだけど、ルリちゃんはなんだかんだ優しいから大丈夫——と心のどこかで高をくくっていたりする。

 兎にも角にも。

 ルリちゃんの協力が得られるという事が決定したので、オレは急がなければならない。

 ここからではアリーナの様子は見えない。

 何が起こっているのかが分からない。

 聞こえるのは、観客席の混乱と不安に満ちた数々の声。

 幸いにも、爆発音やらの物騒な音はまだ聞こえてきていない。

 良かった、間に合ったか。

 そう安心しかけたその時、放送を通じて何倍にも拡大された一夏ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 何がどうして一夏ちゃんがキレているのかは知らんけど、あの一夏ちゃんが人前にも関わらず怒鳴り散らしているのだ。何かがあったのは間違い無いだろう。

 急がねば。

 ピットの端。準備を終えたISが飛び立つ先には、限定的な青い空が見える。ピット内の天井や壁が空を囲っているので、まるで額縁に飾られた絵画のようだ。

 空はこんな状況とは不釣り合いな程に綺麗で、戦いや誰かを助けるなんて理由じゃなければ、ISで自由に飛び回りたい気分だ。

 前進。

 段々とスピードを上げ、額縁に近付いていく。

 そして、

 

「ルリちゃん、頼んだ——」

 

 空の中に飛び込んだ。

 青が視界一面に広がり、それから身体が下に向く。

 落下する自分の身体。

 風が制服をはためかせ、髪を後ろに(なび)かせる。

 近付く地面。

 恐怖は無い。

 だって、ルリちゃんがいるから。

 

『——はいはい、っと』

 

 気の抜けた声。それから、吃逆(しゃっくり)のような感覚と共にルリちゃんが脳内に侵入。ラファール・リヴァイブが展開し、オレの身体を包み込んだ。

 ルリちゃんが操るラファール・リヴァイブは意図も簡単にオレの身体を宙に留め、浮遊する。

 どうやら、今回もある程度まで意識はあるようだ。

 皆との会話をルリちゃんに任せるとロクな事にならないのは前回証明されているので、一安心。

 目を動かす。

 ラウラちゃんとシャルルちゃん。そしてカップルの姿はすぐに見付かった。

 

「クソ!離してくれ、箒!」

「離すものか!落ち着け一夏!」

 

 ハイパーセンサーで確認会話の内容を盗み聞く。

 箒ちゃんに羽交い締めにされている一夏ちゃんが暴れていた。どうやら黒い何かが持っている武器に怒っているらしく、千冬ちゃんがどうとか言っていた。

 取り敢えず、二人よか距離が近いシャルルちゃんの元へ。声を掛けると、シャルルちゃんが肩を浮かせて驚いた。

 

「よう、シャルルちゃん」

「み、光也!どうしてここに!?」

「皆を助ける為、かな☆」

 

 そんなシャルルちゃんの問いに対してウインクをかまし、シャルルちゃんの前に出る。

 

「シャルルちゃんは一夏ちゃん・・・を頑張って押さえている箒ちゃんを助けてやってくれ」

「光也はどうするの?」

「オレはラウラちゃんを助ける」

「・・・・・・分かった」

 

 オレの瞳を数秒見詰めてから、了承。シャルルちゃんはアリーナの壁ギリギリを這うように迂回する形で二人の元へと向かった。

 黒い何かがそれに気付いて刀を構えたので、相手が行動に移す前にルリちゃんが銃をぶっ放す。

 よし、これで黒い何かはオレを狙うだろう。

 黒い何かがこちらを見る。

 しかし、反撃はおろか動きさえ見せない。

 不審に思って首を傾げると、ルリちゃんが話し掛けてきた。

 

『多分だけど、驚いてるっぽいわよ』

「驚いてる?急に攻撃された事にか?」

『いや。多分、アンタが現れた事に対してじゃない?』

「・・・・・・まさか」

 

 ルリちゃんの言葉を聞いて、頭に浮かんだ一つの可能性。

 

「る、ルリちゃん」

『何よ』

「もしかしてさ。あの黒い奴にもまだ、ラウラちゃんの意識があるんじゃないか?」

『あー、かもね。それがどうかした?』

「ど、どうかした?って。どうすりゃ良いんだよ。黒いのを殴ってラウラちゃんが痛みを感じるようだったら——」

『あーはいはい。オレは攻撃出来ない〜とか言うんでしょ?お馴染みのアレね。分かってる分かってる』

 

 ——オレが掲げている信念が発動する訳だ。

 女の子は攻撃出来ない。

 黒い何かをぶっ飛ばす分には、何も問題は無い。むしろ、それでラウラちゃんが救えるなら万々歳だ。

 だが、オレが黒い何かをぶっ飛ばす事によってラウラちゃんが痛みを感じるのなら、オレは黒い何かを攻撃出来ない。

 危害は加えられない。

 逆に、ルリちゃんを止めなければならなくなるのだ。

 いや、でもなァ。ルリちゃんが本気出したらオレが止める事なんて出来ねェしなァ。

 どうしたものかと知恵を絞っていると、ルリちゃんが『ねぇねぇ』と声を掛けてきた。

 

『良い事思い付いたんだけど』

「何だよ、言ってみ?」

『あの黒いのってさ、柔らかそうじゃん』

「んー・・・。まぁ、よく分かんねェけど、そうかもな」

『だったらさ、アンタがあの中に飛び込んでラウラ・ボーデヴィッヒを直接引きずり出せば良いんじゃないの?』

「・・・・・・はぁ!?」

 

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 だから問い直そうとした瞬間、ルリちゃんの意思で勝手に身体が前に動いた。

 

『そうと決まれば善は急げってね。頑張りなさいよ!』

「え、は?ちょっ、タンマタンマ!一旦落ち着いて他の案も——うわああああああああああ!!」

 

 一度動いてしまった身体は説得を受け付けず、みるみるとスピードを上げて黒い何かに迫る。

 つい先程までは「うわぁ、おそらきれい」とか言っていた気がするのに、いつの間にやら目の前は真っ暗だ。

 二重の意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実姉である織斑千冬がかつて使っていた刀。

 それがラウラ・ボーデヴィッヒを呑み込んだ黒い何かの手に握られていた事により、一夏は憤慨していた。

 模倣(コピー)

 では(あら)ず。

 複写(トレース)

 尊敬する姉だけが使用していた刀、だった筈なのに。

 何食わぬ顔で——表情を読み取る為の顔のパーツ等無いけれど——振るおうとしているのだ。

 許せない。

 箒に止められればその怒りも少しは収まるかと思いきや、行く手を阻まれた一夏にはむしろ逆効果だった。

 得体の知れない相手と、攻防の術を持たない二人。

 ラウラを圧倒したシャルロットも、黒い何かの行動が予測出来ないので、視線を外せないでいる。

 援護は望めないだろう。

 圧倒的に不利な状況を認識しても、収まらない怒り。

 無防備のまま飛び出しそうになっていた所で、彼は現れた。

 

「・・・・・・光也?」

 

 一夏の呟きに気付いた箒も、見る。

 現在は試合中(ラウラの暴走によって試合が止められていなければ、の話だが)。何故部外者の光也がこの場にいるのだろうと疑問に思っていると、光也はシャルロットの隣に立った。それから二、三言葉を交わし、シャルロットがアリーナ内を大きく遠回りして一夏と箒の元へやって来た。

 

「一体どうしたのだ?それに、何故光也は——」

「はいはい。細かい説明は省くけど、僕は二人を守る事になったから」

「じゃ、じゃあ光也はどうなるんだ?」

 

 一夏が、少女を形取った黒い何かを指差す。

 シャルロットは、「あぁ」と小さく頷いてからこう言った。

 

「光也が何とかしてくれるって」

 

 シャルロットの、光也を信頼し切ったその表情に、一夏と箒は納得した。二人は光也(ルリ)の強さを知っているからだ。アレがいかに強く、容赦無いと知っているからだ。

 そこで、一夏の中に疑問が生まれた。

 

(そう言えば、シャルルは光也の戦闘を見た事無いよな。何でそこまで安心していられるんだ?)

 

 そんな感じに問う。

 

「だって光也だよ?光也がラウラを助けるって言ったんだから、もう大丈夫だよ。ラウラは助かるし、一夏と箒にも危害は及ばない。光也が来てくれたから、もうこの一件は解決したようなモノなんだよ」

 

 仲間の腕を信頼している、青春的な良い場面。

 しかし、語ったシャルロットの目が酷く濁っていたので、それを見た一夏と箒は背筋を震わせた。

 

『変な宗教に嵌った人みたいだった』

『唐澤教の信者が三人に増えた』

『駄目だ』

『もう手遅れだ』

 

 後に、今の出来事を二人はそう語った。

 

「そ、そうなのか。なら安心だ。はは、ははは」

「お、大船に乗った気持ちで、という訳だな。そうだな。み、光也なら安心だ」

 

 頬を引き攣らせながらの返答だったが、二人と話している今も光也に意識を傾けていたシャルロットはそれに気付かなかった。

 シャルロットが光也に視線を移したので、二人も光也を見る。ラファール・リヴァイブと何やら言い争っていた光也はやがて——勢い良く飛び出した。

 

「あれに攻撃する気か?」

 

 恐るべき速度黒い何かに迫る光也に、箒がそう洩らす。

 しかし、違った。

 機体が触れ合うまで残り十メートル付近。ラファール・リヴァイブが消えた。

 宙に放られる光也。光也自身もこの展開はルリから知らされていなかったのか、手足をバタつかせて慌てている。

 が、空中。暴れても然程効果は無く、ただ真っ直ぐ、黒い何かとの距離だけが縮まる。

 そして——

 

「——あ、」

 

 黒い何かに、光也が呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近空の境界にハマりました。原作を読んだ方が良いんだろうなぁとか思いつつ観ています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

お久し振りです。大塚ガキ男です。
終わる終わると言って全然終わらないラウラちゃんパート。
次回で終わります!


 灰色だった。

 黒色だった。

 その二色でのみ彩られた世界だった。

 気が付けば、そんな世界にオレは立っていた。

 周囲の時が止まっていたので、何となく「あぁ、クラス代表決定戦の時のアレみてェだな」と考える。

 しかし、この場にルリちゃんは居ない。制服のベルトに手をやるが、そこにも居なかった。

 前回はルリちゃんと話していたら元に戻ったものの、今回のコレはどういう事なのだろうか。

 周囲を見渡す。

 そう言えばオレは、ルリちゃんの作略によって生身のまま宙に投げ出されて——黒いのにぶつかったんだっけか。

 じゃあコレは夢の中か?

 いや、まだそう決め付けるには早い。誰かがオレをこの世界に呼んだという可能性もあるのだ。

 ルリちゃんか。

 ルリちゃん以外の誰かか。

 オレ以外の時が止まっている世界。

 客席も、シャルルちゃんも、箒ちゃんも、一夏ちゃんも。

 疑問なのは、ルリちゃんと黒いヤツの姿が見えない事だ。

 ラウラちゃんは黒いヤツに呑み込まれたので、黒いヤツを見付けない事にはラウラちゃんの安否も確認出来ない。

 どうすれば良いのだろうか。

 取り敢えず、歩く。

 砂を踏んでも音はせず、制服の衣擦れの音もしない。

 周りに気を配りながら歩を進めていると。

 

「・・・・・・ラウラ、ちゃん?」

 

 ラウラちゃんが居た。

 体育座りをし、両膝に顔を埋めている美少女を発見した。綺麗な銀髪に、見覚えのあるISスーツ。黒い何かはその背後にいるものの、やはり動きを止めていて、いまはただのオブジェと化していた。

 間違い様が無い。ラウラちゃんだ。

 

「ラウラちゃん!」

 

 駆け寄る。隣にしゃがんで肩を揺らすと、ラウラちゃんはゆっくりと顔を上げた。

 

「光也殿・・・ですか?何故、ここに・・・・・・」

 

 億劫そうに返答してみせたラウラちゃん。取り敢えず、オレも隣に座る事にした。

 

「それはこっちの台詞だって。・・・いつからここに?」

「・・・分かりません。長い間、気付いたらここにいました」

「そっか・・・」

 

 黒いヤツに呑み込まれた事は、覚えていないらしい。

 伝えた方が良いのか迷ったが、混乱させたら困るのでやめておいた。

 切り替え。

 

「兎に角、ラウラちゃんが無事で良かった。早く帰ろう」

「帰る・・・?ふふっ、光也殿は可笑しな事を仰る。どうやって帰ると言うのですか」

「・・・・・・あ」

 

 確かに。

 前回のアレも、ルリちゃんが何とかしてくれたから元の世界に戻れた訳で。

 ルリちゃんがいない今、オレ等にはどうする事も出来ないのだ。

 

「な、何か方法がある筈だ。歩いて探してみよう」

「・・・もう、試しました。歩いてアリーナを出て、学園内全てを回りました。ですが、駄目だったのです。光也殿の姿は見付からず、教官に指示を仰ごうと向かいましたが、教官も静止していて。憎き敵も、客も、教師も、誰も彼もが動かない・・・!何なのですか、ここは・・・!」

 

 怒りか、悔しさか。ラウラちゃんはアリーナの地面を左拳で思い切り殴った。やはり、音はしない。

 ここは時が止まっている世界。現実ではいくら時が進もうとも、ここでは零。秒針は進まないし、デジタル電波時計の文字も増えないし変わらない。

 そんな世界で、ラウラちゃんはどれだけの間、希望を探していたのだろうか。

 自分以外は動かない、居ないに等しいこの世界。

 可笑しくなるのも当然だ。

 オレだって、ラウラちゃんを見付けられなければどうなっていたか分からない。前回だって、ルリちゃんと話していなければ狂っていたかも知れないのだ。

 

「・・・ラウラちゃん」

 

 手を伸ばし、隣で震えているラウラちゃんの頭を撫でる。ラウラちゃんは一瞬硬直してから、ゆっくりとオレの方に身体を預けてきた。

 

「大丈夫、何とかなる」

 

 無責任極まりない言葉だが、今はそうするしかない。

 ラウラちゃんに出来なかった事が、オレに出来る訳がないのだから。

 人事は尽くした。

 後は天命を待つだけ。

 

「そうだ、少しお話をしよう」

「お話・・・ですか?」

「あァ。こっちに来てからまともに会話も出来なかったしな。丁度良い」

 

『まともに会話も出来なかった』の所でラウラちゃんがスッと目を逸らした。まぁ、原因はオレにある訳だし、オレからは何も言うまい。

 

「オレとラウラちゃんが初めて出逢ったのは、二年前のドイツだったよな」

「は、はい。教官と一緒に来たのでしたよね」

「千冬ちゃんったらオレに何も言わずに旅行しようとしてたから、無理言って一緒に連れて行ってもらったんだよ。そしたら、まさか行き先がドイツの軍地だったとはな・・・」

「えぇ、私も光也殿も呆けておりました」

 

 懐かしい。

 飛行機に乗って外国到着!と喜んでいたら、空港に銀髪の美少女が居たんだからな。

 そりゃ呆けるさ。

 ラウラちゃんが徐々に落ち着いていくのを感じながら、続行。

 

「それから、一週間ちょいの間だけだけど一緒に過ごして」

「最初は険悪でしたけど、帰国の日が近付くにつれて仲が深まっていきました」

「最後はお互いワンワン泣いてな」

「空港内だというのに。今思い出すと少し恥ずかしいです」

「懐かしいな」

「そうですね」

「・・・ドイツ、また行きたいな」

「えぇ、いつか必ず。皆も私も、喜びます」

 

 笑い合う。

 もうラウラちゃんから不安の表情は消えていて、オレとラウラちゃんの輪郭だけ切り取れば、今のコレは日常の会話と何ら変わりは無かった。

 しかし、ここは現実ではない。

 それを改めて口にすると変な空気になるから。

 オレは会話に徹した。

 

「光也殿がテレビに出てた時はビックリしましたよ。『二人目の男性操縦者』が云々って」

「あー・・・。あん時かァ」

「何かあったのですか?」

「そりゃあったさ。あの頃は色々大変でな?白衣のオッサンに追い掛け回されたり、白衣の美女に追い掛け回されたり、スーツが似合うクールビューティに泣きながらぶん殴られたり。全国ネットへのデビューを切っ掛けにモテねェかな〜とか思ってたけど、全然だった」

「へぇ・・・?」

本当(冗談)です」

「どっちなのですか・・・」

 

 言った瞬間、周囲の気温が下がったので訂正。

 結果、嘘と真実がごちゃ混ぜになった回答になってしまった。

 ラウラちゃんの小さなツッコミを最後に、会話が途切れる。静寂の間があまりにも長かったので、何とか会話を復活させようと「あー」とか「えー」とか言いながら思考していると、ラウラちゃんがポツリと呟いた。

 

「・・・・・・提案があるのですが」

「提案?何だよラウラちゃん。言ってみ」

「ここで、私と二人で暮らしませんか?」

 

 ・・・、

 ・・・・・・、

 ・・・・・・・・・。

 は?

 

「え、ちょっ、どういう事?もう一回言ってくれるか?」

「私達二人以外の時が止まっているこの世界で、残りの人生を送りませんか?と言ったのです」

「な、何言ってるんだよラウラちゃん。諦めちゃ駄目だ」

「諦めではありません——」

 

 本望です。

 ラウラちゃんはそう言って、オレに抱き付いてきた。突然の行動に対応出来ず、そのまま倒れる。

 

「ら、ラウラちゃん!?」

「大丈夫です。時が止まっているだけで、食糧は無事な筈。むしろ、消費期限が来ない分こっちの世界の方が過ごし易いかも知れませんよ?」

「そういう事じゃねェって!」

 

 ラウラちゃんの肩を押して(本当は抱き付いてもらっていても大いに結構だけど、雰囲気がイチャラブモードに適していないので取り敢えず)離れてもらおうとしたが、ラウラちゃんはオレの背中に両手を回しているのでビクともしない。

 

「動かない生物など死んでいるも同然。生きている光也殿と私で、アダムとイヴになりましょう!」

「こんな場所が楽園な訳あるか!」

「楽園ですとも!現に私は、あちらでは幾ら願っても叶わなかった——夢にまで見た光也殿とこんなに触れ合えています!」

 

 抱擁がホールドに変わりそうな程、オレの背中に回した両手に力を入れるラウラちゃん。

 身体が圧迫されていく。オレは抵抗を諦め、腕の力を抜いた。

 

「嗚呼、光也殿・・・!光也殿・・・!光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿光也殿・・・!」

 

 オレの胸がそんなに良いのか、ラウラちゃんはオレの胸骨付近に鼻先をグリグリと押し付けて、くぐもった声でオレの名前を呟き続けている。

 ふぅ、とオレは息を吐いた。

 

「・・・本気で、言っているのか?」

 

 何とかしてラウラちゃんを説得し、この世界から脱出しなければ。そんな使命感に駆られてはいるが・・・。

 

「えぇ、本気ですとも」

 

 ラウラちゃんは、この世界に居残ろうとしていた。

 オレと一緒に。

 二人で一緒に。

 どうしたものかと空を仰ぐも、青くもない灰色の空を見ても特に何も思えなかった。

 オレとラウラちゃん以外はモノクロテレビに映された画面の中のような、この世界。

 こんな所で生活していたら、気が狂うぞ。

 

「ドイツは、どうするんだ」

 

 もう為す術無しかと思われたが、オレはふと、先程の会話の内容を思い出した。

 今度またドイツへ行こうという、口約束を。

 ラウラちゃんの動きが止まる。

 その隙に上体を起こし、追言。

 

「言っておくけど、飛行機は飛ばないぞ?何せ、操縦士も固まっているんだからな」

「・・・・・・」

「あー、残念だなァ。ラウラちゃんとドイツデートしたかったなァ」

「・・・・・・!」

「まァ良いか〜。ラウラちゃんがこの世界に残りたいって言ってるんだし。ドイツには行けないけど、このまま二人で過ごすのもありっちゃありかな〜」

「ッ・・・!ッ・・・!・・・・・・・・・光也殿は、意地悪です」

「だんでぃな大人の男は、時に意地悪なんだぜ——で、どうするよ」

「私は・・・光也殿と一緒に居たい」

 

 対面座i——げふんげふん。至近距離での向かい合わせ。文字通り目と鼻の先にあるラウラちゃんの顔が曇った。

 

「・・・けど、ドイツにも行きたいのです」

 

 オレと目を合わせないように俯きながらそう言ったラウラちゃん。

 可愛いなァ。

 可愛いなァー!

 

「よし、じゃあ決まりだな」

「へ?」

 

 ラウラちゃんの頭を少し乱暴に撫でてから、ラウラちゃんの脇腹を掴んで立たせる。鈴ちゃんに高い高いをしまくって鍛えられたオレの両腕では、ラウラちゃんの体重なんてあってないようなモノ。ラウラちゃんの呆けた声を聞きながら、オレも立ち上がった。

 

「帰ろう、ラウラちゃん」

「で、でも・・・。向こうに戻ったら、また光也殿と一緒にいられなくなってしまいます」

「お馬鹿だなァ、ラウラちゃん。何で現実に戻ったら一緒にいられないんだよ」

「だ、だって——」

「オレはラウラちゃんに嘘吐いて泣かせて、ラウラちゃんはオレや一夏ちゃん達をボコボコにして何となく気不味くなっている。だったらよ、仲直りすれば良いじゃねェか。それから一緒の時を過ごせば良いじゃねェかよ」

「許して・・・下さるのですか?」

「むしろ、ラウラちゃんはこんなオレを許してくれるのか?」

「当然です!」

「オレも同じだ」

 

 ニヤリと笑うと、一瞬遅れてラウラちゃんも笑った。

 

「長い間お待たせして申し訳ございませんでした。ラウラ・ボーデヴィッヒ、光也殿と共に現実世界へと帰還致します」

「気にすんな。一秒も経過しちゃいねェからさ」

 

 ラウラちゃんの見事な敬礼にそう返す。

 それから、ラウラちゃんは不安気にこう問うてきた。

 

「セシリア・オルコットは、許してくれますか?」

「セシリアちゃんは立派な一人前のレディだ。相手が真摯な態度で謝っているかどうかは分かる。心配すんなって」

「鳳鈴音は、許してくれますか?」

「鈴ちゃんだって、もう気にしちゃいねェさ。負けず嫌いな鈴ちゃんの事だから、もしかしたら『もう一度、一対一で真剣勝負よ!』とか言うかも知れねェけど、そん時は戦って仲良くなっちゃえって」

「篠ノ之箒は、許してくれますか?」

「箒ちゃんだって、心配は要らねェよ。むしろ、ラウラちゃんの強さに惚れ込んで剣道部にスカウトしちゃうかも知ンねェぜ?」

「シャルロット・デュノアは、許してくれますか?」

「シャルルちゃんとのアレだって、勝負の中の出来事だ。悔しいとか憎たらしいとかは思っていたとしても、勝負と日常は違う。きっと許してくれるさ」

「織斑一夏は・・・許してくれますか?」

 

 幾度と掛けられたラウラちゃんの問い。その最後の相手である一夏ちゃんの名前を聞き、オレはニッと笑ってから言ってやった。

 

「一夏ちゃんは何だかんだ言ってお人好しだからな。一番心配要らねェよ」

 

 言い終えた直後、予感。

 原因がよく分からない為に細かくは言えないが、これだけは分かった。

 

「・・・ラウラちゃん。どうやら、お話はお仕舞いみたいだぜ」

 

 現実へ戻れる——。

 瞬きすれば、現実へと——色彩鮮やかなあの世界へ戻れる。

 何の根拠も無いソレだが、不思議とオレは信じていた。

 帰ろう、ラウラちゃん。

 皆が待っている現実へ。

 オレ等が待ちわびている現実へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に、聞きたい事があるのですが」

「どした?何でも来い。オレがラウラちゃんの不安を綺麗さっぱり取り除いてやるからさ」

「教官は、許してくれますかね?」

「ゴメンそればっかりは自信無ェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラウラちゃんのパートが一息付いたら、番外編を幾つか書くかも知れません。
もしくは、ラウラちゃんと光也の出会いの話を書くかも知れません。
乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

遅筆・・・!圧倒的遅筆・・・!
お久し振りです。大塚ガキ男です。



「————ッ」

 

 戻ってきた。

 そう最初に実感したのは、360度全方向から浴びせられる歓声によってだった。

 隣にはラウラちゃんが居る。黒い何かに呑み込まれたあんな姿じゃない。いつもの美少女が、隣に居る。文字に起こせばそれだけの事なのに、オレはどうしようも無く胸がいっぱいになった。

 

「戻って・・・来れたのですね」

「そうみたいだな・・・」

 

 取り戻した色彩。

 あちらでのモノクロに慣れ始めていたこの眼では少しばかり刺激が強く、目を細めてしまう。

 それから、遅れて安堵。ふぅ、と息を吐きながらその場に座り込んだ。

 実を言うと、座り込んだというよりかは疲れのあまり膝が崩れて落ちた、というのが正しいのだが——まぁ、座り込んだのだ。

 べちゃり。

 尻に感じた嫌な感触。下を見ると、そこにはラウラちゃんを呑み込んでいた黒い何かの残骸が散らばっていた。よく見れば、それはオレの下だけではなかった。雨上がりの地面のように、点々と辺りに黒い水溜りが出来ている。

 

「良かった・・・。良かった・・・!」

 

 感極まったのか、ラウラちゃんが抱き着いてきた。断る理由も無いしむしろウェルカム。身動(みじろ)いで正面に向き直り、太陽光を反射して煌めく眩ゆい銀髪を撫でた。

 歓声が一層大きくなる。

 

「ありがとうございました・・・!光也殿が居なかったら、私・・・!」

「オレの力じゃねェさ」

 

 ルリちゃんが戻してくれたから。

 そして何より、あの空間でラウラちゃんが心を折らずにいてくれたから、オレ等は帰ってこれたのかも知れない。

 空を見上げる。

 飛び込みたい程に美しい青空は今の状況にピッタリで。

 オレは思わずそれに見惚れてしまっていて。

 ラウラちゃんもオレの胸に顔を(うず)めてしまっていて。

 だからこそ、オレは反応が一瞬遅れた。

 周囲に散らばる黒い何かが、いつの間にか収束し、再びオレ等を呑みこもうとしていたのを。

 ほんの一瞬、気付かなかったのだ。

 

「なッ!?」

 

 その一瞬が命取り。

 気付いた時には遅過ぎて、ルリちゃんの展開はどうやっても間に合わない。

 駄目だ。

 やられる。

 そんな切迫した状況の最中(さなか)でも、『せめてラウラちゃんだけは助けなければ』と思考が至った自身を褒めてやりたい。

 密着していたラウラちゃんの両肩を精一杯の力で押す。押し飛ばされたラウラちゃんは信じられないモノを見るような目でオレを見ていて、その表情がオレの脳裏に焼き付いて離れない。

 段々と視界の上部から黒が侵食してきて、嗚呼、呑み込まれるのかと半ば悟りの境地に達しようとしていた頃。

 

「光也ァァァァアアッッ!!」

 

 どこからか、聞き馴染みのあるイケメンの声が聞こえた。

 凄まじい速度で近付いてきたソイツは黒を斬り裂き、地を滑りながら少し離れた所に停止した。

 

「な、ナイスだぜ。一夏ちゃん」

 

 震える手で親指を立てると、イケメンボーイ一夏ちゃんもニッと笑って返した。

 そうだ。ラウラちゃんは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が付いたか」

 

 目が覚めた後の第一声。ラウラ・ボーデヴィッヒは寝起きながらもその声の主の正体に気付き、上体を起こした。しかし身体は言う事を聞かず、手の支えもままならずに再びベッドに背を付ける事になってしまった。

 

「無理をするな。・・・あの戦いの後だ。その日に目覚めただけでも上等だろう」

 

 声の主——織斑千冬はラウラが横たわるベッドの近くに置かれた椅子に腰掛けると、そう言った。

 ()()()()

 そう聞いて思い出すのはシャルロット・デュノアとの激闘。

 が、普通である。

 しかし、ラウラが思い出すのは唐澤光也の勇姿。愛する男の姿だった。

 

「光也殿・・・。そ、そうです!光也殿は!?光也殿は御無事なのですか!?」

「心配するな。アイツも筋肉痛で済んでいる」

「筋肉痛・・・」

 

(そう言えば、光也殿について()()()調べている時にそんな事が書いてあったような。確か、戦闘後は全身が筋肉痛のような痛みに襲われて、自力では歩く事も出来ないとか)

 

「・・・ラウラ、鼻から血が流れているが。どうかしたのか?」

「光也殿の身の回りの御世話はお任せ下さい!なんなら今すぐにでm」

 

 頭の中で何を妄想(想像)したのか、鼻血を垂れ流しながらイイ顔になるラウラ。こうしてはいられないとベッドから降りて光也の元へ向かおうとするが、力が入らずにベッドへ逆戻り。

 

「うぐぅ」

「無理をするな。今日はゆっくり休むと良い」

「み、光也殿の御世話はどうなるのですか?このままでは他の雌共に(寝)取られてしまいます!」

「安心しろ」

 

 ラウラが心の底から感じている不安。こうしている間にも、あの金髪二人や中華娘が光也に近付いているのではないかと心中穏やかではいられないラウラに、千冬は優しく諭した。

 

「アイツ等に暴走はさせん。もう充分に釘は刺してある」

「お、織斑教官・・・!」

「・・・・・・まぁ、しかしだ。そうなったらなったでアイツが誰にも頼れずに不便な思いをするのも確かだ。仕方無いが、ここは教師である私が世話をしてやらねばならないな」

「あー!織斑教官が『やれやれ、全く仕方の無い』って感じに子供に付き合わされる大人な女性を演じているけど、その実嬉しそうに口の端を緩めています!ずるいです!」

 

 恋敵、というか泥棒猫に殺意を燃やしていて千冬の光也へ見せる表情や言動には何も不自然さを感じなかったラウラだが、ここに来て千冬も味方ではない事に気が付く。

 千冬を止めようにも、身体は自由に動かない。

 どうすれば・・・!

 ラウラがどうにかして千冬を止めようと考えを巡らせていると、ドアが開いた。

 

「おーい、ラウラちゃん。大丈夫か?」

 

 そんな馬鹿な。今の光也殿が一人で歩ける筈がない。

 驚愕の思いで入口を見ると、そこには一夏に肩を貸されている光也がこちらに手を振っていた。

 

「・・・・・・チッ」

「え、オレ何かした?」

「いえ、光也殿には何も。しかし、光也殿も変わった松葉杖を使用していらっしゃるのですね」

「あれ、俺ってまさか人とすら認識されていないやつ?」

 

 光也には笑顔で。そして自分の役目である筈の立ち位置に、当然のように陣取っている一夏に暴言を吐いてから、『まぁ女じゃなかっただけマシか』と自身の心を落ち着かせる。

 

「喜べ一夏。お前のISの実技の成績は十段階評価で一になる事に決定した」

「何で!?」

 

 千冬が一夏に何やら私怨をぶつけていたが、そこはもうラウラの与り知らぬ所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から男子の大浴場の使用が解禁です!!」

「「な、何だって〜!?」」

 

 疲労に疲労を重ねたオレの身体(といっても、ほとんどルリちゃんが動かしていたのだが)。

 いつもの如く筋肉痛に襲われたオレの身体。

 セシリアちゃんがオレの身体の状態をいち早く察して『私に全てを委ねて下さい』と気遣ってくれたのだが、千冬ちゃんの一言(オレにはよく聞こえなかった)によってあえなく撤退。シャルルちゃんや鈴ちゃんも同様で、残ったのは一応の恩人である一夏ちゃんだけとなった。

 ンだよ野郎かよ〜って具合に、オレは身体でなく心も疲労。

 そんな矢先に、真耶ちゃんのこの一言である。そりゃテンション上がりますよ。ぶち上がりですよ。

 

「今日は元々大浴場のボイラー点検があったので、元々生徒達は使えない日なんです。でも点検自体はもう終わったので、それなら男子の二人に使ってもらおうって計らいなんですよ!」

「流石真耶ちゃん!愛してる!!」

「ありがとうございます、山田先生!」

「いいえ、二人ともいつも頑張ってますもんね!本使用は来月からになっちゃいますけど、今日くらい肩までゆっくり浸かって疲れを取っちゃって下さい!」

「あ、そうだ!どうせなら真耶ちゃんも一緒に」

「じゃあ、ごゆっくりどうぞ〜」

 

 入って裸の付き合いでも・・・と言おうとした所で真耶ちゃんが去って行ってしまった。まぁしょうがねェよな。先生だから色々やる事あるもんな。

 ウザがられているとかそんなんじゃねェよな。

 

「泣くな光也。きっと山田先生も事後処理とかで忙しかったんだと思うぞ」

「一夏ちゃんの優しさが風呂より温かい・・・」

 

 一夏ちゃんに肩を貸してもらい、向かうは大浴場。もうこの男女比だし、どうせなら混浴にした方が良いんじゃないかと思うのだが。駄目だろうか。駄目か。そりゃそうだ。

 筋肉痛の為自力では服を脱げないので、一夏ちゃんに脱がしてもらう。

 (ちな)みに今まで二回ルリちゃんと共に戦ってきたオレだが、その二回とも筋肉痛になっているので、もう既に二回も一夏ちゃんにお世話になっているのだ。三回目ともなると羞恥心も薄れてきて、裸体を見られても「サンキューな」の一言で済ますことが出来てしまう。

 カポーン。

 そんな音がどこからか聴こえてきそうな、いかにもな大浴場。早速湯船に飛び込もうとした所で一夏ちゃんに髪を掴まれた。

 

「いってェ!掴むならせめて肩とかにしてくれよ!」

「こっちの方が掴み易いだろ。全く、湯船に浸かるのは身体を洗ってからだ」

「あいよ・・・」

 

 野郎の身体を洗うシーンを描写しても仕様が無いので、割愛。

 汗を洗い流してスッキリしたオレ等は、泳げる程に広い風呂に入る。最初に入れた右足から伝わる温かさに「ああああああああ」と気の抜けた声が出た。

 入浴。

 タオルを頭に乗せながらリラックス。部屋の風呂とは格段の気持ち良さだった。良いねェ。これで女の子と混浴だったら更に良いねェ。

 そんな事を考えながらボーッと温まる。

 互いに無言というのもアレなので、話を振った。

 

「そういえばさ」

「どうした?」

「あの時、一夏ちゃんが『零落白夜』で黒いのをぶった斬ってくれたじゃんか」

「そうだな」

「確か、あの時の白式のエネルギー残量ってギリギリなんじゃなかったっけか?何であんな大食らいの武器使えたんだよ」

「あー、アレ?シャルルからエネルギー分けてもらったんだよ。『悔しいけど、何かあった時に一撃で決められるのは一夏しかいないから、分けておく』ってな」

「流石シャルルちゃん。天使かよ」

「あぁ。お前は天使の部分だけ知ってれば良いさ」

「え、どゆ事?」

「気にすんな。それよりも——」

 

 はぐらかされたような気がするが、疑問をぶつけるよりも先に話題が移ってしまった。

 風呂に浸かりながらの長い会話。

 それは、どうにかして非日常から日常に戻そうとしているかのようだった。

 そして・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝坊したッ!!」

 

 寝坊した。

 まだ眠りたいと叫ぶ身体に鞭打って壁掛け時計を見れば、時刻は九時の少し手前。まずいと飛び起きるが隣のベッドにシャルルちゃんの姿は無く、枕元に『一度起こしたんだけど、眠りたいって言ってたから寝かしておいたよ。無理せずに今日はゆっくりお休み(=^x^=)』と置き手紙が。

 優しい!優し過ぎるぜシャルルちゃん!でも駄目なんだ!オレってばただでさえ授業についていけ切れずに成績悪いんだから、休むと確実に置いていかれちまうんだよ!

 

「光也!お前も遅刻か!」

 

 急いで着替えて寮から出て、校舎までの道を走っていると、後ろから一夏ちゃんが追い付いてきた。どうやら一夏ちゃんも寝坊したクチらしい。

 

「筋肉痛は大丈夫なのか?」

「昨日よりはマシ!」

 

 このランニングで筋肉がほぐれてくれる事を祈りつつ、走る。

 ラウラちゃんは大丈夫だろうか。まだ保健室で寝ているのだろうか。一度様子を見に行った方が良いのだろうか。

 心配になったので一夏ちゃんに提案すると、「兎に角、先に出席はしておこう!」と言われたので、後回しとなってしまった。心苦しい。

 

「「遅れました!」」

 

 パシュッと自動で開かれたドアをくぐって教室に入る。教科書片手に教鞭を振るっていた千冬ちゃんが笑った。

 

「遅いぞ馬鹿共。・・・まぁ、いつもなら拳の一つや二つ落としている所だが、昨日の今日だ。免除してやる。さっさと席に着け」

「千冬姉!ありがとう!」

「ありがとう千冬ちゃん!愛してる!」

 

 千冬姉発言(失言)によって一夏ちゃんが早くも拳を落とされていた。馬鹿だアイツ。

 頭頂部から煙を出している一夏ちゃんと共に席に着こうと千冬ちゃんの横を通り抜けると、「光也殿!」と名前を呼ばれた。

 

「おぉ、ラウラちゃん!もう動いて大丈夫なのか?」

 

 笑顔で手を振るラウラちゃんに手を振り返す。それだけでは足りなかったのか、ラウラちゃんは席を立ってこちらに近付いてきた。

 

「ら、ラウラちゃん?あんましやると千冬ちゃんが——」

 

 ラウラちゃんの行動をやんわりと窘めようとしたのだが、オレはそれから先の言葉を口にする事が出来なかった。

 何故なら、塞がれたから。

 手で?

 いやいや、唇で。

 軍隊仕込みによるモノなのか、いつの間にか視線はラウラちゃんに合わせられていて、唇は重ねられていた。驚いて目を見開いていると、首の後ろに手を回されて、キスは更に力強くなった。

 

「むぐ、ちゅっ、ちゅるっ、じゅるるるるる・・・!」

 

 キスも初めてなのに、舌も入れられてしまった。洋画などで見たアツいロマンティックな雰囲気はココには無く、むしろラウラちゃんに犯されているような感じだった。唾液を根こそぎ吸われて口内がカラカラである。

 成る程、これが逆レイ——げふんげふん。積極的な女の子ってヤツか。

 

「っ、ぷはぁ!」

 

 数秒だったか、それとも数十秒だったか。兎も角、体感ではとても長く思えたラウラちゃんとのアツいキス。あまりの非現実さに童貞を拗らせたオレの夢ではないかと自分を疑い始めてきたが、目の前で息を荒くしながら頬を染めるラウラちゃんを見ると、とても夢の中の出来事とは思えなかった。

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!み、光也殿。もう離しません。あんな哀しみはもう沢山です!」

 

 唐澤光也。十五歳。彼女無し。

 今日、一生忘れる事のないディープなキスをされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、一件落着です。約一カ月も間を置いての投稿申し訳ありませんでした!
そしてありがたい事に!この作品のUAが200000を突破しました!目出度い!
評価を付けて下さる皆様に、感想を下さる皆様!そして、この作品を読んで下さっている皆様に感謝を!本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四章
23話


どうも、大塚ガキ男です。大変お待たせしました。本編に戻ります。


「——海だ!・・・あ、違った」

「違うのかよ」

 

 長い長いトンネルを抜ければ、青い海が広がる。そんな爽やか夏ティックなシチュエーションかと思っていたので、バス内にも関わらず声を出してしまった。景色は明るくなったが、それは青い海が見えているからではない。視界の4割強を占める、高速道路の両サイドに茂る木々の所為だろう。

 

「——今度こそ海だ!・・・って、違うじゃんかよ!」

「何一人で楽しそうにしてるんだよ。ほら、()()()によれば、到着まであと一時間は掛かるぜ?流石にまだ気が早いだろ」

 

 言外に、興奮して騒がず座れと言っている一夏ちゃん。オレはそんな日和った幼馴染を見下ろし、指をさして見下ろした。

 

「一夏ちゃんには夏力(なつりょく)が足りねェ!」

「そんな訳分からん力、不足してても何ら問題ないよ」

「いいや、大アリだね!問題大アリ!夏力ってのは、夏を大いに楽しむ力!これがなきゃ、箒ちゃんの心は掴めないと言っても過言じゃねェな!」

「・・・な、何だって!冗談だろ!?」

「考えてもみろ。一夏ちゃんは箒ちゃんの水着姿を見てどんな感想を言える?どうせ、『似合ってるよ』とか『可愛いね』とか『綺麗だね』とか無難なことしか言えねェんだろ!そんなんで箒ちゃんを自分のモノに出来ると思ってんのか!?」

「た、確かに・・・!」

「それはひとえに、一夏ちゃんに夏力が足りないからだ!夏を楽しみ切れてないから、箒ちゃんの水着を見てもそんな生温い感想しか返せねェんだよ!なんだお前は!名前に夏という文字が入っておきながら、なんだその体たらくは!」

「俺には、夏力が足らなかったのか・・・」

「それに引き換え、千冬ちゃんは違うぞ!千冬ちゃんにはキチンと名前に負けず、冬力がある!」

「何だって!?千冬姉にもあったのか!ち、ちなみに、冬力っていうのは・・・」

「厚着をすると、室内で上着を脱いだ時にオレが大興奮する」

「そ、それは凄い・・・!冬力っていうのが冬を大いに楽しむ力じゃないところが凄い!」

『おいそこの馬鹿二人。黙れ』

 

 大型バスの最前列に座る一組の教師二人。その内の一人、担任の千冬ちゃんがマイクを通して叱責の言葉を飛ばす。オレと一夏ちゃんも、慌てて行儀良く座った。

 窓の外には、いつの間にか海が見えていた。

 

「怒られちゃったね」

 

 隣に座るシャルちゃんが、そう笑いかけてくれる。その笑顔に癒されながら返す。

 

「いやいや、流石にアレはあの童貞が悪いわ」

「誰が童貞だよ。この拗らせ童貞」

 

 後ろの席から童貞の冷たい声が飛んでくる。窓と座席の間から後ろを覗くと、一夏ちゃんと箒ちゃんが並んで座っているのが見える。一夏ちゃんに向けて舌を出すと、一夏ちゃんは箒ちゃんに気付かれないように、こちらにこっそり中指を立ててきた。

 

「言っておくが、オレは別に童貞じゃねェからな。オレは常に一夏ちゃんの数歩先を行く男だか——痛いよシャルちゃん何でいきなり(つね)るのさ痛い痛い分かった嘘はやめるってオレは童貞です恥ずかしいくらいに童貞ですゥゥ!」

「つまらない嘘はダメだよ?」

 

 シャルちゃんが、先程の笑顔と寸分違わぬ笑みで、そう注意する。

 

「ご、ごめん。もう言いません」

「約束だよ」

 

 目が笑ってなかった。

 

(光也の始めては僕のモノなんだから)

 

 シャルちゃんが何かを呟いていたような気がしたが、多分独り言だろう。あまり突っつかない方が良いとオレの直感がそう告げた。

 

「お前って底無しの馬鹿だよな」

「おう。ところでオレと一夏ちゃんって結構似てると思うんだよな。主に頭のデキとか」

「上等だよ、夏力で圧倒してやるから覚悟しておけよ」

「やってみろおいコラ——な、何ィ!夏力が3万、4万・・・!まだ上がるだと!?くそ、こんなのハイパーセンサーの故障だ!何かの間違いに決まってる!」

「はっはっは、俺を誰だと思っている。夏力の体現者、織斑一夏様だぞ」

「ま、まさかお前、伝説の・・・!」

「ああ、そうさ。俺こそが伝説の——痛いって箒いきなりどうしたんだよああああ痛い分かったごめんなさいごめんなさいもう騒がない!心に誓うから!」

「周りの人に迷惑になるようなことはやめておけ。分かったな」

「は、はい!」

 

 コイツ、将来は絶対箒ちゃんの尻に敷かれるな。今ので力関係がはっきり露呈し、夏の白日(はくじつ)の下に晒された。

 そんな俺の、明らかに見下している視線に気付いたらしい。一夏ちゃんが、一言呟いた。

 

「何だよ。さっきのお前の姿だぞ」

 

 無性に居たたまれなくなった。

 そうこうしている内に、目的地である旅館に到着した。旅館のすぐ近くには、一般人が誰もいないプライベートビーチ的な海があって、少し歩けば山もある。至れり尽くせりの開放的な旅館だ。

 旅館の入り口で待っていた女将のお姉さんに一年生全員で挨拶。今年の一年生は元気がよろしいとの、女将さんからの大変嬉しい評価をいただき、各々自分の部屋に向かう。今日は授業だ訓練だのおカタい行事は無い。全く()って無い。これから水着に着替えて海で遊び、お風呂に入って美味しい夕飯を食べて夜更かしして寝ようという素晴らしい一日となっている(夜更かしは自主予定だが)。その代わり、明日は午前午後とみっちり訓練が入っているので、つまりはそういうことかも知れない。明日は遊べないから、今日の内に楽しんでおけよ的な。

 

「光也、早く着替えて泳ごうぜ!」

「ちょっと待ってくれ。あれ、可笑しいなァ」

「どうした。もしかして、水着忘れたのか?」

「いや、水着はあるんだけどよ」

「じゃあ、今じゃなくても良いだろ。取り敢えず、今は泳ごうぜ!」

「オレにはアレが無きゃ泳げないんだよ!」

「カナヅチ?」

 

 一夏ちゃんが、オレが浮き輪が無きゃ泳げないキャラなのではないかと勘繰ってくる。

 

「違う!チンカップだ!」

「チンカップって・・・あの、格闘技とかで付けるヤツか?」

「・・・恥ずかしながら、オレは女の子のISスーツを見て勃起するような男だからな。水着なんぞ目にしようものなら、それはそれは」

「お前って不思議な奴だな」

 

 ようやく、荷物の中からチンカップを見つけ、海パンに着替える。流石に上裸で旅館内を歩く訳には行かないので、パーカーを羽織って外に出る。

 そこは、楽園だった。

 笑顔で浜辺を駆け回る女の子。

 浅瀬で海水を掛け合う女の子。

 髪先から水を滴らせる女の子。

 ビーチバレーを楽しむ女の子。

 パラソルの下で海を眺める女の子。

 マジで、チンカップがあって良かったと心から思う。

 

「よし、一夏ちゃん!めいいっぱい遊ぶぞ!」

「おう!」

「って、一夏ちゃん。なんか可笑しくね?」

「何が?」

「いや、一夏ちゃんが3人くらいに増えて見えるんだけど。いつの間に影分身の術しゅうと」

「は?え、ちょ、光也!?大丈夫か!?光也!光也——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「軽い熱中症だな」

 

 突然浜辺で倒れた光也を部屋まで運んだ一夏。慌てて千冬を呼んで診てもらうと、千冬は深い溜め息を吐いた後に、そう診断した。

 

「原因は恐らく、寝不足による体調の不安定。それからロクに水分補給もせずに騒いでいた・・・だな」

「そう言えば今朝、臨海学校が楽しみで全然眠れなかったって言ってたような・・・」

「この馬鹿が目覚めたら、もうこんな真似はしないようにキツく言っておけ」

「わ、分かった。千冬姉」

 

 戸を閉め、廊下を歩く足音が段々と遠ざかる。やがて、完全に聞こえなくなってから、一夏はぷはぁ、と息を吐いた。

 

「・・・何やってんだよ光也」

 

 うなされているのか、「寒い、寒い」と苦しそうにしていている光也。一夏はそんな光也の身体に毛布をかけて、立ち上がった。

 

「よし、遊ぼう」

 

 看病なら、あの4人の内の誰かがやってくれるだろう。そう確信していた一夏は、もう一度海へと向かうのだった。

 

「・・・・・・行ったみたいね」

 

 シン。

 静かになった室内。光也の寝息と寝言だけが聞こえる室内で、入り口の戸を開きながらそう呟く人影。

 

「これは抜け駆けじゃないわ。むしろ、あの3人だってあたしの知らないところで色々やってるみたいだし?」

 

 右手にはスポーツドリンク。左手にはタオルや氷嚢(ひょうのう)を携えて、人影——鈴は静かに光也の近くへと歩み寄った。このチャンスを逃す訳にはいかないと。そんな具合に。

 偶然、浜辺にて光也が倒れる瞬間を目撃してしまった時には大層驚いたが、不安を押し殺し、鈴は見事チャンスに変えてみせた。

 

「ったく、こっちの気も知らないで呑気に寝ちゃってさ」

 

 そう悪態をつきながら眠っている光也の頬を指で突くと、「・・・うーん、そっちは水深深めだぞ」と夢の中で臨海学校を楽しんでいる光也が、そんな寝言を洩らした。思わず笑ってしまう。

 

「取り敢えず、タオルで光也の汗を拭いて・・・」

 

 額、頬、首、手足。露出されている部分は徹底的に汗を拭き取った。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、服によって露出されていない部分は。

 

「・・・・・・」

 

 露出されていない部分は?

 

「・・・・・・っ!」

 

 どうするのか!?

 

「・・・し、仕方ないわよね。汗で身体を冷やしちゃったら風邪引いちゃうし」

 

 そんな大義名分を掲げた鈴は無敵だった。光也のパーカーを脱がせ、露わとなった上半身をまじまじと見詰める。ゴクリの喉を鳴らしてから、微かに震える手でお腹に触れた。巧妙に、左手はキチンと汗を拭き取りながら。

 

「・・・っ!」

 

 ぷに。

 ぷにぷに。

 柔らかいが、決して肥満ではないそのお腹(恐らく、ロクに自主訓練をしていない上に、ラファール・リヴァイブのオート戦闘機能があるので、筋肉の付き方がおかしいのだろう)に、何度も指を押し付ける。それが何だか楽しくなって——

 

「・・・何してんの?」

「ひゃあああああ!!」

 

 額にのせられていた氷嚢を(かたわ)らに置きながら、光也が上体を起こそうとする。

 バチコーン。鈴のビンタが炸裂し、再び寝転がることになった。

 

「オレが何したってのよ・・・」

「びょ、病人が起き上がろうとするからよ」

「病人じゃなくて怪我人になっちゃう」

 

 自らの頬をさする光也を尻目に、バレたか?バレてないのか!?と内心おっかなびっくりな鈴。

 海で光也と素敵な時間を過ごそうと思っていただけに、倒れた光也によってその計画がおじゃんとなった事に対して何か思うことがあったのだろう。思うこと(ストレス)があったから、こうして眠っている光也に可愛いイタズラを働いたりしたのだ。しかし、そんな思いを光也は知らないので、もし先程の鈴の行動を見ていたのならば、プラスの方向には考えないだろうという鈴の危惧。

 

「み、見てた・・・?」

「何が?」

 

 寝起き特有の間抜け面を見る限り、どうやら見てなかったらしい。鈴は胸を撫で下ろし、安堵の溜息を吐いた。

 

「・・・そう言えば、オレは何で寝てたんだ?」

「覚えてないの?アンタ、浜辺でぶっ倒れたのよ」

「えェー・・・。じゃあアレは夢か」

「夢よ。楽しそうに寝言言っちゃって」

「あー、鈴ちゃんと遊びたかったなァ」

「本当それ——ゴホンッ、兎に角、今はしっかり休んで明日に備えなさい。良い?間違っても、今から遊びに行こうだなんて考えないこと」

「ギクリ」

 

 分かり易過ぎる反応をしてくれた光也を睨みつつ、鈴は2リットルのスポーツドリンクを差し出した。

 

「はい、喉が渇いてるかは知らないけど、水分はしっかり摂っておきなさい」

「・・・常温か」

「アンタに冷えた飲み物渡すと絶対一気飲みするじゃない。駄目よ、また身体悪くするわ」

「あのキンッキンに冷えた飲み物でくぅ〜!ってやりたかったんだけどな」

「一夏じゃないけど、身体に悪いわよ」

「多少身体に悪くても、オレは気持ち良い人生でありたいンだよ。・・・まぁ、こんなこと一夏ちゃんの前で言ったら即お説教コースだけどな」

 

 光也は、中学生時代にゲームのやり過ぎで二日間断食していたのが一夏にバレた時のことを思い出す。

 あの時は凄かった。光也は一夏にボッコボコにされて、一夏が泣きながら料理を振舞っていたのだから。夏休み期間だったとはいえ、光也も反省している。・・・少し。

 そんな訳で、健康に関しては人一倍厳しい一夏。しかし、ドリンクの温度でそこまで怒るとは思えないが、光也は過去の出来事を思い返して震えているのだ。

 

「その一夏に怒られないためにも、部屋でゆっくりしてなさい」

「そうだな。そもそも、今海行ったら確実に一夏ちゃんと出くわすもんな」

 

 遊びたかったなァと残念そうに呟く光也。それから、思い出したように。

 

「てか、鈴ちゃんは良いのかよ。折角の自由時間だってのに。オレのことは良いから遊んでくれば良いじゃん」

「そんなこと出来る訳ないでしょ」

「何でさ」

「な、何でって・・・それは・・・」

 

 言葉が詰まる。まさか、光也がいないなら海で遊んでも楽しくないからとは口が裂けても言えない。

 

「それは?」

「それは・・・」

 

 言葉が出てこない。

 

「・・・・・・い、色々あるのよ!」

 

 例えば、鈴がそうやって説明される立場だったなら確実に納得しないであろう台詞。しかし光也は「そりゃ女の子だもん。色々あるよな」自分なりに納得していた。鈴は想い人がチョロ過ぎてハニートラップに引っかかりはしないかと心配になるが、今は久々の2人きりの空間を楽しもうと、その懸念を心のどこかに押しやった。

 

「何か食べる?食欲があるなら、ちょっとしたものなら作れるけど」

「うーん・・・。鈴ちゃんの手料理ってのは心躍るけど、残念ながら食欲無ェんだよな」

「そう。じゃあ、夕飯は食べれるようにしっかり治しておきなさいよ?こんな旅館に泊まる機会なんて、これから先あまり無いと思うから」

「それな。IS学園の年間予定表がどんなんかは知らねェけど、あんまし外部に出てたらIS学園の意味無くなっちゃうもんな」

 

 外部からの接触を受けない、治外法権的な何とか。光也は、授業で聞き齧ったことをふと思い出す。安全的にも政治的にも、学園内に留まっていた方が良いのだろう。知らんけど。

 

「学園祭もあるらしいけど、完全チケット制で来る人選ぶしね」

「そうなん?じゃあ知り合いしか誘えないって訳か。じゃあ、弾ちゃんか蘭ちゃんか、それとも・・・」

「弾にしておきなさい」

「?」

「ほ、ほら、弾だって、常日頃IS学園を羨んでる訳だし、年に一回くらいは良い思いさせてあげてもバチは当たらないんじゃない?」

「成る程。確かに、弾ちゃんにはいつも世話になってるしな。蘭ちゃんは来年IS学園に入学するらしいし、校内見学も兼ねて一夏ちゃんに蘭ちゃんを誘ってもらおう。んで、オレは弾ちゃんを誘おう」

「・・・やっぱりどっちでも良いわ」

 

 鈴は、中学生の時には互いに牽制し合っていた五反田蘭(恋敵)の姿を思い出す。プロポーション的に劣——年下ながら侮れない部分がある為、出来るだけリードしておこうと思ったのだが、一夏が誘ってしまうなら、もうどちらでも良いと諦めるのだった。抜け駆けしようとしたバチが当たった。いや、なるべくしてそうなった気もするが。一夏が御手洗(中学時代の友達)を誘うという線もあったが、現在進行形で続いている交友関係的には、やはり五反田兄妹が濃厚な訳だし。

 ふと時計を見ると、鈴がこの部屋に侵入(入室)してから一時間が経とうとしていた。あまり病人に頭を使わせる訳にはいかないし、どうやら2人きりの時間はここまでらしい。

 本当、楽しい時間は早く過ぎる。楽しいが、それに比例して体感時間がドンドン減っていく。

 鈴は複雑な気分になった。

 

「そろそろ帰るわ。夕飯の時間になったら起こしてあげるから、それまではしっかりと寝ること。もしも、スマホを弄ってたりなんかしたら、一夏に光也の諸々を報告するからね」

「ゲッ。マジかよ。お休み鈴ちゃん!」

「はいはい、お休み」

 

 持ってきた荷物は光也に渡したので、鈴は手ぶらで退室する。その直後にゲームアプリの起動音が聴こえてきたので、取り敢えずぶっ飛ばそうともう一度今閉めた戸を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏ちゃんに誘ってもらう→一夏ちゃんの方がISについて詳しいし、色々解説しながら校内を案内してやれるだろう。という誰も得しない迷案です。恐らく一夏に却下されます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

どうも、話中の季節が夏なのに夏休み期間に投稿できなかった大塚ガキ男です。



 

 

 

 朝だ。

 臨海学校、2日目の朝が訪れた。

 昨日の自由時間では、俺は大いに楽しめた。目標としていた箒との海も楽しめたし、一緒にツーショットを撮ることも出来た。夕食の席では隣に座ることが出来たし、消灯時間まで、着物姿の箒と二人きりで談笑することも出来た。寝る前には箒にお休みと挨拶出来たし、布団を被ったら脳裏に箒との1日を思い出してニヤニヤして。もうね、最高。最高だ。臨海学校万歳。それで、気持ち良く目覚めて2日目も頑張ろうとしたんだよ。したんだけど。

 起きたら、隣に女子がいた。

 文面だけみると、光也が喜びそうなモノだが、実際は違った。

 起きたら、隣の布団で眠る光也に女の子がへばりついていた。いや、どちらにしろ光也は喜ぶか。

 目が覚めた時はマジで心臓止まるかと思った。千冬姉があれだけ()()()()()()()()()()()()()()()()()の説明をしていたと言うのに、まさか怖気付かずに侵入してくる女子がいただなんて。

 

「ぐへ、ぐへへへへへ」

 

 しかも、だ。話はこれだけではなかったのだ。何だまたラウラか、とか、一種の毎朝の恒例行事と化している出来事では終わらなかったのだ。ちなみに、ラウラが毎朝布団に潜り込んで、光也の知らないところでシャルに報復されるまでがテンプレだ。あの二人の戦いはアクション映画もかくや、と言った感じの凄さを誇るもので、ただ見ている側としては少し格好良いと思ってしまうこともある。戦う理由が世界平和とかそんな感じだったのなら、もっと格好良かった。

 長々と語ってしまったけれども、そろそろ本音を言いたい。心の中でも良いから、率直な意見を叫ばせてもらいたい。

 深呼吸。

 吸って。

 吐いて。

 言葉も吐いて。

 何で・・・何で、鈴が光也の隣で寝てるんだよ!!

 いや、思ったよ?昨晩寝る前に、何で光也の布団こんなに膨らんでるんだろうって。でも、まさかあの脅しの後に潜り込んでるとは思わないじゃん。セシリアともシャルともラウラとも消灯前に廊下で会ってるし、ヤバい面子も今回は流石に自重するよな、大丈夫だなとか安心して眠ったらこれだよ!よせよ鈴!お前は()()()()じゃないだろ!染まるな!おい!

 ううん、むにゃむにゃ。口元をモニョモニョと波立たせながら眠る鈴(信じられないことにまだ眠っているらしい)。ぐへへへと時折女子にあるまじき笑い声で光也の右腕を抱き締めている。こんな姿を光也に見せる訳にはいかないので、鈴の肩を揺すって起こす。鈴は光也の腕を抱き締めているため、それによって光也も連動して揺すられるが、光也はアホだから起きない。

 アホだから。

 

「・・・うん?」

「起きろ鈴、何してんだよッ」

 

 鈴は上体をのっそりと起こし、寝惚け眼を擦り、頭をブンブンと振った。寝る時には髪を下ろすらしく(いや、当たり前だけども)、普段は束ねられているツインテールが今はサラリとしたロングヘアーになっている。つまりは、髪を下ろして寝る体勢に入れるくらいには確信犯ということだ。

 

「・・・っ!?」

 

 現状に気付いたらしい。光也と俺、それから自分自身を順番に見回す。それを3セットくらい行ったあたりで、飛び掛かってきた。

 

「うおぉ!危ねぇ!」

 

 鈴の足の親指が右目に迫る。俺はそれを反射的に後ろに仰け反って躱し、朝故に身体が固く、そのまま倒れた。

 

「その余分な記憶、置いていきなさい!」

 

 足を上げた体勢からの、鋭い踵落とし。残像さえ見えるソレを右に転がって避ける。

 

「朝から良くそんな機敏に動けるな、クソ!千冬姉呼ぶぞ!」

「呼ぶ前にその喉掻っ切ってやるわよ!うわーん!」

 

 どうやら泣いているらしい。恥ずかしいのか。そりゃそうか。俺だって、箒に添い寝してもらっているところを(いや、そんな展開はあってほしいが無いけれども)光也に見られたら死ねる自信がある。いや、むしろ鈴のように光也を殺すかも知れない。

 そこまで思考を至らせて、気が付いたら「分かった!」と声に出していた。

 

「な、何が分かったって言うのよ!」

「許す!許して、見なかったことにするから力を緩めろ!」

 

 いつの間にやら、手を握り合って押し合っているような体勢に。鈴が押し、俺が負けじと押し返す。体格差というものはこの場合当てにならず、俺の腰が曲がってはいけない方向に曲がりそうになり、ミシミシと異音を上げている。

 しかし、その力が、今までのような段々と万力のレバーを絞るような感覚が、一瞬止まる。それからゆっくりと、俺の発言の意味を噛み締めるように力が緩められていった。90辺りまで上がっていたメーターが段々と下がり、遂にゼロになった。

 何で朝からこんなに嬉しくない運動をしなければならないんだと光也を一度睨んでから、鈴に向き直った。

 

「良い?あたしに関する今朝の情報を一文字でも口にしたら、ただでは済まないと思いなさい!」

 

 何でコイツは内緒にしてもらう立場なのに、こんなにも偉そうなんだろうか。

 

「分かった。分かったから、そろそろ自分の部屋に戻ったらどうだ。同室の子達、心配してるんじゃないか」

「そうね。今どうやってみんなに言い訳しようかで頭がいっぱいよ」

「トイレって言ったらどうだ」

 

 睨まれた。

 

「・・・兎に角、もう帰るわ。また朝食の時に」

 

 手をひらひらと振り、つい先程痴態を晒したばかりだというのに颯爽と立ち去る鈴。その背中に、俺はいつの間にか問い掛けていた。

 

「なぁ」

「何よ」

「今朝の、初犯?」

 

 にっこり。

 笑って、戸の向こうに消えた。

 おい。

 

「——ハッ。何か重要なシーンを無駄にした気がする!」

「気のせいだ」

 

 結局、アレ以降特にすることもなく、窓際の椅子で手首にはめられたガントレット(百式)をハンカチで拭きながらのんびりとした時間を過ごしていると、光也が元気に起きてきた。どうやら熱中症は良くなったようで、久しく思えた親友の元気な姿に内心安堵していると、光也が寝癖のついた頭をかきながらこっちに近寄ってきた。

 

「何だよ一夏ちゃん。こんな日でも早起きか」

「・・・まぁ。早起きは習慣にしないと意味無いしな」

「何だよその顔。何かあったのか?」

 

 ありましたとも。でも、鈴の名誉の為にも、何も無かったと言うしかない。

 

「いや、何も無かった。何も無かったから、予定通り朝食に行こう。ほら、顔洗ってこい」

「はーい」

 

 言ってて、何だか自分が父親にでもなったような感覚を覚える。いや、父親にはなりたいけど、コイツの父親は嫌だわ。

 光也を洗面台に向かわせる。その背中を見ながら今日は箒とどれくらい話せるかな。とか、全体訓練だから難しいかな。とか色々考えていると、洗面台から物音がした。コップでも落としたのかと重い腰を上げて洗面台へ。

 光也が倒れていた。

 

「・・・はぁ」

「ち、千冬姉。光也の症状って、やっぱり」

「いや、熱中症の方はだいぶ良くなっている。と、思うが」

 

 口を噤む千冬姉。どうしたんだ?と続きを促す。千冬姉の言葉を待っているのは俺だけではない。箒にセシリアに鈴にシャルにラウラ。皆、光也のことを心配していた。

 セシリアはハンカチ片手に泣き崩れている。

 シャルは心ここにあらず、と言った感じに呆けている。

 ラウラは何故か俺を睨んでいる。俺が原因じゃねぇよ。

 鈴は視線を下ろし、バツが悪そうにしている。

 箒はそんな鈴に協力を要請し、光也の頭に濡れタオルを乗せたり着替えを布団の隣に用意したりと大忙しだ。

 

「分からん。何故、光也の調子がこんなに悪いのか。嘔吐をする気配も無ければ、脱水している訳でもないし、体温が特別高い訳でも低い訳でもない。半日以上眠れば何かしら変わると思ったのだが、一夏の証言によれば、寝起きは調子が良かったものの、すぐに気絶したと言う。全くもって——」

 

 光也の容体。それから、俺の発言を頭の中で纏めてから、千冬姉は溜め息を吐き、こう結論付けた。

 

「分からん」

「そ、そんな。どうしたら良いんだよ」

「幸いにも、今は身体に異常は見られない。光也の容体は教師陣で交代で様子を見るとしよう。ほら、お前達は早く戻れ。9時には集合を控えているんだぞ」

 

 千冬姉が光也LOVE勢に声を掛けると、各々気を取り戻す。代表候補生としての自覚は失われておらず、この場に留まりたい思いを抑えて退室した。

 

「ラウラ、お前もだ」

「・・・・・・」

「ラウラ」

「は、はい。・・・分かりました」

 

 トボトボ。部屋を出るその足取りは酷く重い。

 

「不味いな。光也一人の不調で、訓練中に影響が出なければ良いのだが・・・」

 

 夢を見ているのか、それとも何も見ていないのか。目を閉じて、息だけをしている状態の光也の髪を、千冬姉は優しく撫でる。その顔は穏やかだ。

 頭を振る。すると、その表情はもういつもの凛々しい顔に戻っていた。

 

「私はもう行く。心配するのは良いが、集合に遅れることは許さんからな」

「はい。・・・分かりました」

 

 これが出来る女かと姉の背中に感銘を受けながら退出を見送り、自分もそろそろ部屋を出ねばと準備を始める。臨海学校は、これから始まると言っても過言ではない。そのくらい。スケジュールは過酷なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——————

 ————

 ——

 

「・・・成る程、ねェ」

 

 布団の上。

 宿泊先にして、もう既に見慣れ始めた室内の景色。

 臨海学校の宿泊先であって、そうではない場所。

 灰色の世界に、オレは居た。

 いつの間に。

 知らぬ間に。

 見渡すも、やはり眼に映る物全てが灰色。海に行ったが、長らくはいられずにぶっ倒れた俺の肌は健康的には焼けておらず、ISの授業で少しスーツの形に焼けたくらいだ。

 またまた来てしまったのかと心の中で溜め息を吐き、名を呼んだ。

 ルリちゃん、と。

 

『・・・はーい、っと』

 

 声がした方へ。身体を捻って振り返ると、そこには緑髪の美少女ルリちゃんが気怠げに、壁に寄りかかって立っていた。

 

「オレがここにいるってことは、また何かあった感じ?」

「別にー。平和よ」

「へ?じゃあ、何でまたこんなことになってんの?」

「周りに無くても、アンタにはあるのよ。アンタ、具合悪いらしいじゃない」

「何でそんなの知ってるの——って、そりゃISだもんな。オレのバイタルくらいお見通しか」

「そう。その不調、アタシが原因だから」

「ハァ!?何でそんなことするのさ!」

「アンタが最近、調子に乗ってるからよ」

 

 呼吸が止まった。

 

「アタシが入れば大丈夫だと思ってるでしょ。だけどこのままじゃ、アンタは絶対に痛い目見る。壁にぶつかる。だから、ちょっと嫌な思いしてもらって、その考えをこの世界で直してもらおうって訳。・・・これでも、心配してるのよ?操縦者に何かあったら困る訳だし」

 

 要するに、心配してくれているらしい。訓練せねばせねばと言ってやらないオレを、叱咤してくれているらしい。なんていい子なんだルリちゃん。オレは気付いたら涙を流しながら、

 

「る、ルリちゃァん!」

「抱き着くな!このッ!」

 

 ルリちゃんの腰に両手を回して抱き着こうとしたところ、すり抜けられて頬を足の裏で蹴り飛ばされた。心配しているとは思えない力加減だった。

 一旦正座。それで良いらしい。ゆらゆらと揺れる頭を押さえていると、ルリちゃんが近くにあったスポドリを手渡してくれた。

 

「ほら、まずは腕立て連続1000回。時間はいくらでもあるから」

「死んじゃう」

「スクワットと腹筋ローラーも、取り敢えず1000回ずつで良いわ」

「死んじゃう」

「それが終わったら、次は食事を取った後に眠りなさい。身体の筋肉痛が完全に取れるまで、眠たくなくなっても眠り続けなさい」

「すっげぇ極端!!」

「兎に角、ここはアンタみたいな馬鹿には打って付けの場所よ。時間は進まないから、何時間でも何日でも、アンタが少しでも操縦者としてマシになるまで続けるわ」

「お、ちょっと凄いバージョンの精神と時の」

「おだまり」

「はい」

 

 取り敢えず、飴と鞭の、飴があまり美味しくないバージョンだということはわかった。

 腕立て地獄に、スクワット地獄。それが終わったら腹筋ローラー地獄。地獄に次ぐ地獄に精神的に参りそうになりながらも、オレの筋トレを飽きもせずに見続けてくれているルリちゃんからの応援の言葉でやる気を再燃気させる。

 ようやくそれが終われば、ルリちゃんがどこからか持ってきた缶詰の山を食べる。タンパク質とかそんなの気にせずに、兎に角食べる。そして、眠る。

 ルリちゃんに肩を押さえつけられて、無理矢理仰向けの体勢に。布団を掛けられている時に思わず「ルリちゃんママ・・・」と呟くと、唇をデコピンされる(何だそりゃ)。

 しょうがないでしょ。バブみを感じちゃったんだから。

 

「・・・アンタとこうして面向かって話すのも、何だか久し振りな気がする」

「そうだねェ。電話では結構話すんだけどな。ルリちゃんとこうして話すには、ルリちゃんが一々時間を止めなくちゃなんないし」

 

 キーホルダー型のルリちゃんを耳に当てて会話することを、オレは『電話』と呼んでいる。その方が、何だかルリちゃんを身近に感じられるからだ。そもそも、時間を止めるのにもシールドエネルギーって消費するのだろうか。オレにしては真面目なISに関する疑問を浮かべてみる。

 

「ISって、筋力測る機能無かったっけ」

「筋力って言うか、バイタルとか諸々のソレだけど。何、わざわざ起動しろっての?」

「いや、熱測るみたいにおでこくっ付けたら測れないのかなァって」

「IS相手に夢見てるんじゃないわよ」

「嫌だなァルリちゃん。オレが生半可な思い付きで提案するとでも?」

「何コイツ目がマジなんだけど。キモっ」

「嗚呼、もっと!もっと罵って下さァい!」

 

 不意に、ルリちゃんが黙った。遂に鬱陶し過ぎて無視されたのかと視線を向ければ、ルリちゃんは溜め息混じりに口を開く。

 

「・・・何でもないわ、こっちの話。——兎に角、アンタに圧倒的に足りないのは筋力よ。アタシがアンタを使うのは全然構わないけど、戦う度にアンタが筋肉痛めてたらどうしようもないわ。ISで戦うのは、1日一度とは限らないのよ?」

「確かに」

「何が言いたいかというと、鍛えて飯食って寝ろ」

「はい」

 

 寝ます。

 言われた通り、目を閉じる瞬間。ルリちゃんが何かを呟いた気がした。

 やがて。

 夢中。

 夢の中。

 時が止まった世界で、夢を見た。

 一夏ちゃんが笑っている夢。

 千冬ちゃんが笑っている夢。

 箒ちゃんが笑っている夢。

 鈴ちゃんが笑っている夢。

 セシリアちゃんが笑っている夢。

 シャルちゃんが笑っている夢。

 ラウラちゃんが笑っている夢。

 真耶ちゃんが、清香ちゃんが、本音ちゃんが、薫子ちゃんが、皆が笑っている夢。

 そして、束姉とルリちゃんが隣で笑っている夢。

 これはオレの願望から出た夢なのか。それとも、ルリちゃんの願望から出た夢なのか。

 幸せな、夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——起きて、みっくん!起きて!!大変なの!」

「・・・あ?」

 

 夢を見ている間に、いつの間にか時を進んでいたようで。

 目が覚めたら、色鮮やかないつもの世界と。

 半泣きでオレの肩を揺する束姉の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話辺りで、戦います。福音戦は戦闘シーンがえげつないので、どうしようかと懊悩しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

どうも、大塚ガキ男です。原作が手元に無いので記憶頼りの更新です。おかしいところがありましたら優しく教えてください。


 

 

 

「一夏ちゃんが、ヤバい……?」

 

 目が覚めて最初に飛び込んで来たのは、そんな、最悪な報せだった。着替えもしゃんとせずに、束姉と共に慌てて大広間に移動すると、そこは思わず尻込みしてしまうほどに空気がピリついていて、口から出た言葉が一々喉に引っかかってしまう。

 

「正確には、一年生の専用機持ち全員だ」

 

 千冬ちゃんが補足してくれるが、その補足は俺の心を不安定に揺さぶるだけ。補足ではなく、追い討ちだ。

 頭を掻く。

 視線を回すも、この場にいるのは束姉と千冬ちゃんと真耶ちゃんの3人だけ。どうやら、一般生に隠すくらいにはヤバい事態らしい。

 

「な、何がどうなッて、そんなことに」

「暴走だ」

 

 曰く、ハワイ沖でテスト飛行をしていた、銀の福音(silverio gospel)という、アメリカとイスラエルが共同開発したISが突如制御不能の事態に陥った。

 操縦者を、乗せたまま。

 暴走した銀の福音は、何故かまっすぐとオレ等の臨海学校の宿泊先へと向かって来ているらしい。日本からISが制止に向かったのだが、敢え無く失敗。銀の福音を止める術は、IS学園の専用機持ち6人に託された。という訳。

 臨海学校を機に、箒ちゃんも束姉から専用機を貰ったらしく、新たに箒ちゃんを加えての6人という訳だ。

 それで、今の、この状況。

 

「……早く行かねェと。つまりは、そういう事なンだろ」

「話が早くて助かる」

 

 腕を組んだまま、千冬ちゃんが苦しげに、苦々しげに言葉を吐き出した。本当は生徒を危険な目に遭わせたくなどないのだろう。

 しかし、立ち向かえるのはオレ等しかいない。

 そんな状況に陥ってしまっているのだ。

 

「みっくん。みっくぅぅぅん!」

 

 束姉が、泣きながらオレに抱き着いてくる。優しく抱き締め返して、頭を撫でた。

 

「大丈夫だって。スーパーハンサムダンディ唐澤光也さんの手にかかれば、すぐさま解決だぜッてな」

「光也。分かっているとは思うが、忘れるなよ。お前が今まで相手取ってきたのは、いずれもキチンとした始まりの合図ありきの状況であったことを」

 

 つまりは、乱入。入り乱れ。不意討ちを狙うのだから、仲間との連携なんて取れる筈が無い。フレンドリーファイアや決め所の見極め、射線を塞がない塞がれない──色々な懸念を考慮しての一言だった。

 オレも入れたら七対一。訓練でもまだ教わっていない、難易度MAXの大混戦。加えて、相棒のルリちゃんは自己チュー。

 果たして大丈夫なのだろうか。

 一抹の不安を拭い切れないまま、急ぎ足で海岸へ移動。馬鹿みたいに晴れた青空は、今では少し憎たらしく感じてしまう。本当は、皆で仲良くこの浜辺で訓練を受けていたのだろうかと割とガチめに銀の福音を恨みながら、焦げる程に熱い砂浜の上でギリリ。靴を一層強く踏み込んだ。

 今すぐにでもルリちゃんを起動させて応援に向かおうと意気込んでいると、束姉が声を掛けてきた。

 

「みっくん。これ、受け取って」

「これは、何……何だ?」

 

 渡されたのは、半透明な傘。束姉作の、超高性能のビニール傘なのだろうか。

 だとすると、何で今このタイミングで?

 頭上に疑問符を放ちまくっていると、「説明がまだだったね」と束姉が切り出した。貰った傘を片手に耳を傾ける。

 

「四月に、みっくんに専用機をあげるって話になってたんだけど……覚えてる?」

「あぁ、クラス代表を決めた時の。確か氷魚(こまい)だったっけ」

「憶えててくれているなら、この子も安心だね!」

「……まさか、この傘って」

「そう!氷魚の待機状態なのだ!」

 

 マジすか。まさかのIS二台持ち?

 携帯感覚でそんなことを考えていると、束姉がオレの背後に回って背中を押した。束姉、そっちは海です。

 

「あれから色々試行錯誤を重ねて、考えてみたの。どうして起動しないのかなって。どうしてみっくんの言葉に応えなかったのかなって。そしたら、ある共通点に辿り着いたんだ」

「共通点?」

 

 束姉はオレの手から氷魚を取ると、海へと向かって歩き始める。膝まで浸かってしまっているのだが、束姉は気にする様子も無く、何を思ったのか、ゴルフの構えを取った。

 振り被る。

 バシャン。

 振り抜いた。

 当然だが、何も起こらない。

 

「はい」

「ありがとう——って、何だよ今の!」

「1度目の確認の為の起動は、束さんの血涙。2度目の改良の時の起動は、束さんが零したコーヒー。3度目のもしやの起動は、水道水。4度目の確信は、海水。みっくん、分かる?」

「ええと、つまり?束姉が零したコーヒーが良い具合に氷魚をぶっ壊して、結果的に正常になった……と?」

「違うよ!束さんそんなにドジっ子じゃないもん!」

 

 ぷんぷん。うさ耳を揺らしながら、とっても可愛く怒ってくださった。どうやら違うらしい。

 

「氷魚の起動条件は、水に濡らすことだったの!」

 

 成る程。四月のアレは、確かに水に濡れてはいなかった。納得という訳ではないが、腑には落ちた。頭上の青空のように視界が広まった錯覚を覚える。

 沈黙。それから、

 

「……え、じゃあ、これで起動出来るってこと?」

「うん!はい、どうぞ」

「あ、どうも」

 

 再度、手に取る。しげしげと傘(の形をした氷魚)を見詰める。

 水を得た魚。

 氷の中を魚が泳いでいるような、超常した美。

 氷魚は、半透明から一転、キラキラと輝いていた。

 

「さあ、後はみっくんの心次第」

「オレの、心」

 

 一度だけ、ルリちゃんに目をやる。無反応。手柄は譲ってやるとでも言いたげに、何故だかキーホルダー状態のルリちゃんが尊大に見えた。

 

「……氷魚。一緒に戦ってくれ」

 

 呟いた瞬間。

 目の前が、青に染まった。

 

「は、え?ちょ、は?え?」

 

 いつの間にか自分は氷魚を身に纏っており。

 いつの間にか自分は大空へと飛び立っていた。

 遥か後方から「頑張って〜!」と声帯レベルでも天才な束姉の声援が聞こえてきた。

 実を言うと、心の準備なんか出来てない。オレを突き動かしているのは、早く向かわなければという焦りだけだ。だというのに、気付いたらこれである。氷魚は見た目に似合わず結構攻撃的だったりするのだろうか。

 まさか、白式のように刀一本とかいう品揃えだったりするのだろうかと内心怯えながら装備欄を確認。太刀にライフルにシールドに。正式名称の分からない、格好良い武器が九つ並んでいて、一安心して胸を撫で下ろす。

 ハイスピードで後方に過ぎ去る景色。学園内のアリーナなんかとは比べものにならないくらい開けた景色に、これは紛れも無い実戦なのだと改めて認識し、唾液を嚥下する。

 ちなみに言っておくが、氷魚になっても操縦は全自動である。氷魚は何も言ってはこないが、もしかしたらストレスが溜まっているのかも知れない。

 

 肉眼では初めて見る、深度故の色が濃い海。その上を高速で駆け抜けながら、視線を左へ右へ、ハイパーセンサーを使ってズームしたりしながら探し回る。真耶ちゃんから銀の福音の位置は教えてもらったが、ヤツは現在進行形で移動している。多少のズレは想定しておくべきだ。

 気を張りながらの飛行。やがて、数個の影が粒となって前方に現れた。動き回るそれは、紛れも無い皆の姿。

 

「——————」

 

 瞬間、世界が止まった。氷魚の解除、落下、転倒を流れで行なってから、辺りを見渡す。濃い色の海は今や灰色になっていて、またこの世界かと辟易しながら海面の上に立ち上がる。

 

「ルリちゃん。いるんだろ」

「atejr *1

「は?」

 

 聞き覚えの無い涼しげな声に、振り返る。波立っている海面は足場が悪いので、それはもう不恰好に振り返る。

 

「fd?jdw *2

 

 聞き慣れない言語。

 そこには、日傘を差した美女が立っていた。波間に佇み、黒いドレスを身に纏う美女。目元には、レーシーアイマスクと呼ばれるヒラヒラとレースの付いたアイマスクをしていた。美女からオレは見えているが、オレは美女の目元は窺い知れない。それは何だか、今の状況を良く表している気がした。

 

「お初にお目に掛かります。貴方の恋人、唐澤光也です」

 

 どうせ合わせても伝わらないと思い、思い切って日本語で挨拶。美女はゆっくりと口を開いた。

 

「bjesm $djr *3

「いや、分からん分からん!もう一度言ってもらってもよろしいでしょォか!?」

「bjesm $djr *4

 

 先程と全く同じ言葉。どうやら、『もう一度言ってくれ』というこちらの言葉は伝わっているらしい。

 悩む。

 どうしたものかと、悩む。

 360度見渡しても、ルリちゃんの姿は見当たらない。海の上なので、身を隠す物も無い。

 

「……あの、もしかして、氷魚?」

 

 見たことも無い美女に、つい先程束姉から貰った氷魚の姿を重ねてみる。しっくりくるような気もするし、来ない気もする。つまりはどちらか分からないということだ。

 

「%%、c $wr *5

 

 美女は、否定のジェスチャーは取らない。だということは、この美女が氷魚なのだろう(確信)。

 

「何で、この世界にオレを呼んだんだ?」

「bkjjwrt、diytwjr) *6

「何が言いたいんだ……。分っかんねェ」

「ejrh、vgt %dwhqxe!*7

 

 強い口調で未存の言語を語りながら、オレに近付いてくる氷魚改め氷魚ちゃん。ハグかと思って両手を広げたら、両手首をがっしりと掴まれた。

 

「ハグじゃないの?」

「〝x*〉f?ywf#ljpy) *8

「分からんなァ。何か、ジェスチャーで伝えられないか?そしたら何とか理解できるかも知んねェし」

 

 オレの言葉が伝わったのか、氷魚ちゃんは数秒ほど顎に指を当てて思案した。思案して、片手を挙げた。どうやら準備が出来たらしい。

 挙げた片手をブンブンと振る氷魚ちゃん。

 片手を振りながら、自分の首元を横に掻っ切る氷魚ちゃん。

 首をコテンと傾けて目を閉じる氷魚ちゃん。

 

「&をlwr *9

 

 どうやら終わりらしい。

 今度はこちらが思案。氷魚ちゃんがオレに何を伝えたいのか、必死に考える。何とか氷魚ちゃんの意思を汲み取ろうとする。

 

「……駄目だ。氷魚ちゃんが可愛いってことしか分からん」

「upをtouekwrt!*10

 

 怒った素振りを見せる氷魚ちゃん。何だか、接すれば接する程見た目のクールビューティとは逆に可愛げな人だった。いや、ISだった。

 

「……どうしよう。時間が止まってるから、焦る必要は無いンだが」

 

 しかし、のんびりしていて良いという訳でもない。視認出来る距離でこのままというのは、見捨てているみたいで精神衛生上よろしくないからだ。

 

「氷魚ちゃん。時間を進めてくれないか。皆が待ってるんだ」

 

 時間が止まっている今なら、銀の福音に近付いてボコボコに出来るのではないかと考えた瞬間も、あるっちゃある。しかし、この世界ではISは何故だか起動出来ない。生身で金属を叩いても、(いたず)らに自身を傷付けるだけだ。

 

「ezwdj $kwr〈*11

「悪い。今度ゆっくりお話して、理解し合って行こうな」

 

 とても悲しそうな顔をする氷魚ちゃんの手を取り、優しく語り掛ける。

 氷魚ちゃんは視線を左右に流してから、消えた。

 (まばた)き。

 瞬時に彩られる視界(世界)

 あの世界に入る前と寸分違わぬ立ち位置。

 決戦はもう、すぐそこに。

 

「我儘言ってごめんな、氷魚ちゃん。この埋め合わせは必ずさせてくれ」

 

 先程のように、異界の言語を発することもなく、氷魚ちゃんは黙って動き出した。

 氷魚ちゃんの操縦ではない、紛れも無いオレの意思で。

 眼前──実際には眼下──には、激闘を繰り広げる専用機持ちの皆。銀の福音でさえも、オレの存在には気付いていない。

 狙うは不意討ち。不意討ちとは不意に討つから不意討ちなのであって、2度目の不意討ちは存在しない。

 狙うなら、一度切り。今この瞬間。失敗は許されない。

 もう一度、唾液を嚥下(えんげ)。いつ行くかと迷っても仕方が無い。見計らうのと思い悩むのは別物だからだ。迷っているなら行け。覚悟を決めて漢を見せろ。

 それだけだ。

 

「────おらァッ!」

 

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)。手に握られた太刀を今一度強く握り締めて、その速度のまま銀の福音の身体に突進。あわよくば関節部分に差し込んで動きを鈍らせてやろうとの魂胆だったが、銀の福音の反応速度はオレの特攻を上回った。避けるまではいかないが、右腕でガード。刀身の長い太刀が深々と銀の福音の右腕に刺さり、向こう側へと刀の頭が飛び出した。

 

「────────!!」

 

 言語化出来ない銀の福音の叫び声が響き渡る。氷魚が聴覚の感度を調整してくれなければ、いくらシールドバリアで守られているとはいえ危なかったかも知れない。

 

「光也!何で来たんだよ!」

「おう一夏ちゃん。オレはここで大活躍して、なんとか内申点を上げてもらわなきゃなんねェからさ」

 

 座学の成績がカスだからな。

 そう付け加えると、一夏ちゃんは「その見覚えの無いISの事とか、色々聞きたい事はあるけど、そんな事より──こんなところに来る方がカスだろ」と辛辣な言葉を投げ掛けてくれた。

 

「まァ、兎に角。コイツ倒さなきゃ楽しい臨海学校は再開出来ねェんだろ?やるっきゃないじゃん」

「……無理はしないでくれよ」

「お互いにな」

 

 氷魚ちゃんと白式で、拳を突き合わせる。ハイパーセンサーで、皆の立ち位置を確認する。セシリアちゃんが一番遠い位置で銃口を銀の福音に向けていて、それよりも少し近い位置にシャルちゃん。次にラウラちゃん。銀の福音を囲むように一夏ちゃん、鈴ちゃん、箒ちゃんが武器を構えている。

 銀の福音は突如として現れたオレの戦闘能力を計りかねてるらしく、先程までの猛攻は一旦だが鳴りを潜めている。

 

『光也殿。いかがなさいますか』

 

 プライベートチャンネルで、ラウラちゃんが話し掛けてくる。オレはそれに「躱して当てる」と、『勝てば負けない』ぐらいの暴論で返した。

 

「──行こう」

 

 それはオレの言葉だったか、それとも一夏ちゃんの言葉だったか。

 兎にも角にも。オレと一夏ちゃんは刀を握り、歯を食い縛り、筋繊維がおかしくなる程前腕に力を入れて、銀の福音に向かって突撃するのだった。

 幾重にも交差して殺到する銀の福音の攻撃。レーザーなのかミサイルなのか、それともオレの知らない名称の何かなのか。あの世界(精神と○の部屋)でのルリちゃんとの付け焼き刃が無ければ、小中学校の時の喧嘩のセンスが衰えていたならば、ハイパーセンサーの感覚補助が無ければ、開始数秒で身体をバラバラにされていたことだろう。

 飛来する2発のミサイルを躱す。オレの後ろに飛んで行ったミサイルを、セシリアちゃんが狙撃で撃ち落とす。ハイパーセンサーでセシリアちゃんの居る場所を確認し、振り返らずに親指を立てて返す。

 銀の福音に近付いては離れる──一太刀浴びせれば戻る。そんなことを幾度と繰り返して、オレ等は消耗し始めていた。体力はある。しかし、弱冠15歳の精神力など高が知れていて。心の準備も出来ていないこの実戦に、オレ等は余分な緊張感で臨み、どうにかなってしまいそうになっていたのだ。

 そんな、精神の未熟さが生んだ一瞬の気の緩み。もしくは、治り切っていない熱中症が生んだ瞬き一つ分の立ち眩み。

 気が付いたらオレの目の前に銀色が迫っていて。

 訳も分からぬ内に横から突き飛ばされ。

 元居た場所に視線を送れば。

 銀の福音の腕が一夏ちゃんの身体を貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
違います

*2
初めまして

*3
氷魚と申します

*4
氷魚と申します

*5
はい、そうです

*6
このままですと、死人が出ます

*7
今すぐ、引き返してください!

*8
ふざける場面ではありませんよ

*9
終わりです

*10
何故分からないのですか!

*11
行ってしまうのですね




先にも後にも無いかもしれない、ガチのシリアス回でした。
光也にも、先も後もありません。後先考えずに突っ込んでしまったのですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話

どうも、大塚ガキ男です。今年もよろしくお願いします。


『良かった。光也も進学先は藍越学園なんだな。光也がいてくれれば安心だ』

 

 

 

 

『こうして、俺達二人がISを動かせるようになったのも、何だか運命みたいだよな』

 

 

 

 

『光也、お前がIS学園にいてくれて本当に良かった……!』

 

 

 

 

『箒が、最近何だか可愛く見えるんだよな』

 

 

 

 

『い、いやいや!……そりゃあ、好き、だけどさ。光也に話すのって何だか気恥ずかしいな』

 

 

 

 

『光也、部屋の戸締まりにはマジで気を付けろよ。あと、腹出して寝るなよ。パジャマはしっかり着ろよ。じゃないと危ないからな』

 

 

 

 

 

『光也、訓練しようぜ!え、またやらないのか?』

 

 

 

 

 

『光也、危ないッ!──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──一夏ちゃんッ!!」

 

 叫んでから、我に帰った。知らぬ間に伸ばしていた右手は何も掴んではおらず、ただの握り拳となっていた。一夏ちゃんとの遣り取りは、どうやら夢だったらしい。

 息が切れている。

 汗もかいている。

 オレは、オレ等は、銀の福音と戦っていた筈なのだが、今居る場所は敷かれた布団の上だ。何故だと周りを見渡せば、暗い表情の皆が居た。

 ()()()()()()()()皆が居た。

 

「……どういう事なんだよ、コレは」

 

 女の子に問い掛けるには荒々し過ぎるようなソレ。だからこそ呟きのつもりだったのだが、セシリアちゃんが応えてくれた。その応えは(にわ)かには信じ難く、思わず聞き返してしまうくらいには衝撃的だった。

 

「一夏ちゃんは、どうして居ないんだよ」

「み、光也。アンタちょっと落ち着いて──」

「どうして、一夏ちゃんのガントレット(白式)だけ箒ちゃんが持ってるんだよ!教えてくれ、箒ちゃん!」

「そ、それは……」

「っ……」

「セシリアちゃん!」

「……」

「鈴ちゃん!」

「うぅ……」

「シャルちゃん!」

「……」

「ラウラちゃん!」

「……申し訳ありません」

「何だよ!何で答えてくれないんだよ!それじゃ、まるで一夏ちゃんが!」

 

 もうどこにもいないみたいじゃないか。

 そう続けようとして、横っ面をぶん殴られた。襖が倒れる程の勢いで吹き飛ぶ。殴られた頬を押さえて顔を上げると、そこには怖い顔をした千冬ちゃんが立っていた。

 

「安心しろ、一夏は死んでない」

「な、ならどうして!」

「死んではいないが、助けられなかったのだ」

 

 吐き捨てるように、忌々しげにそう言った千冬ちゃん。(すが)るような視線を向けると、千冬ちゃんは最後にこう言った。

 

「一夏は、銀の福音に囚われている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光也の目が覚めないなら、俺達でやるしかないだろ」

 

 熱中症で倒れた光也を除いた一年生の専用機持ちが一堂に会するこの場で、俺はそう発言した。そうするしかないのだが、ラウラは認めたくないらしく、ムッとした顔で俺を睨んだ。どうしようもないだろうと目で返して、箒が口を開いた。

 

「し、しかしだな、一夏。光也が言っていた『ルリ』とやらの力は、この戦いに必要ではないのか」

「あぁ、必要だ。光也がいてくれた方が心強いに決まってる」

「なら」

「でも、駄目なんだ。光也に頼り切りじゃ、駄目なんだよ」

「っ……」

 

 光也が目覚めないのなら、俺達で何とかしなくちゃいけないんだ。

 思えば、無人機が乱入してきた時も、ラウラが暴走した時も、皆を救ったのはいつも光也だった。

 だからこそ。

 今回ばかりは。

 熱中症で苦しんでいる光也の為にも、俺達だけで解決しなければならないんだ。

 俺の言いたい事を察したのか、集まったメンバーは重たく頷いた。

 

「意思は定まったようだな。光也にはこちらから伝えておくから、安心して戦ってくれ。無論──」

 

 それからは、千冬姉による現状と作戦についての説明が行われ、光也は終ぞ目覚めないまま、俺達は銀の福音と相見(あいまみ)えることとなった。

 2日目の訓練の時に束さんから専用機を貰った箒を新メンバーに加え、6人での戦闘となる。勿論、授業ではこんな大人数で協力して戦うことなんてなかったものだから、当然緊張はする。もしかしたら、俺と箒がやってないだけで、代表候補生は母国で訓練済みだったりするのだろうかと要らん気を回す。

 

「各人、準備は良いか」

 

 6人の揃った返事。

 

「最悪の場合は撤退しろ。間違っても深追いはするなよ」

 

 銀の福音は、臨海学校の宿泊施設目掛けて真っ直ぐ進んでいる。

 もしも、俺がしくじったら。

 ()()()()()を考えてしまい、喉が鳴る。

 

「こうしている今も、各国にISによる新たな支援を要請している。こちらに到着次第、お前達を助けてくれるだろう。だから……まぁ、無理だとは思うが、必要以上のプレッシャーは背負うんじゃないぞ」

 

 風が吹く。大した風ではない筈なのに、砂埃と共に意識が飛んで行ってしまいそうな気がして、必死に足に力を入れる。

 

「……皆、行こう」

 

 銀の福音(silverio gospel)。ヤツに対しての情報は千冬姉の口からの説明とディスプレイに映された、暴走する前の姿だけ。なので、銀の福音がどんな戦い方をするのか分からないのだ。暴走しているのだから、俺達が習ってきた技術が通用するかさえ分からないのだ。

 怖い。怖くて仕方がない。

 不安になってもネガティブになるな。

 誰かが言っていた言葉が、過ぎる。

 大丈夫なのか。

 勝てるのか。

 負けないのか。

 生きて帰れるのか。

 死なないのか。

 それから。

 それから、銀の福音と対面して。

 

「────おらァッ!」

 

 どこからともなく、光也が現れて。

 また、光也が駆け付けてくれて。

 格好良く、この現状を救ってくれそうな気がして。

 だけど、そんな光也に銀の福音が牙を剥こうとしていて。

 無我夢中で飛び出して、後は憶えてない。身体中が痛い気がするし、痛くない気もする。誰かに呼ばれている気もするし、誰もいない気もする。

 あれ、俺って今、どうなっているんだ?

 現状が掴めない。

 目が開けない。

 身体が動かせない。

 白式が、応えてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捕まってる一夏ちゃん放ったらかして、オレ等は一体何してるんだ!早く助けに行かねェと!」

 

 立ち上がり、同意を求めながら皆の顔を見る。しかし、表情は皆同じ、悲痛の一色。

 

「……なァ。何で皆して、悲しそうな顔するんだよ。笑ってくれよ。皆で一致団結して、一夏ちゃん助けてハッピーエンドで臨海学校終わらそうぜ。何してンだよ」

「まだ、行くのには早いの」

 

 鈴ちゃんが、オレの手を引いて座らせようとする。そんな鈴ちゃんに、オレは突っかかった。

 

「どうしてだよ!」

「お願い、分かって」

 

 悲痛(箒ちゃん)

 悲痛(セシリアちゃん)

 悲痛(鈴ちゃん)

 悲痛(シャルちゃん)

 悲痛(ラウラちゃん)

 悲痛(千冬ちゃん)

 悲痛(真耶ちゃん)

 悲痛(束姉)

 

「……怖気付いてンのか?もしかしたら勝てない戦だって匙投げちゃってんのかよ?」

 

 最悪の可能性。震える声でそれを口から発すると、鈴ちゃんが反論。

 

「違うの。今飛び出せば良いってものじゃなくて、戦闘中に採取したデータを元にもう一度作戦を立て直して、万全の体制で一夏を取り戻さないといけないの。だから──」

「そんな時間は無ェんだって!」

「ッ!……あ、アンタねぇ!さっきから聞いてれば勝手な事ばっかり!アンタのそれは駄々こねてるだけだって気付かないの!?」

「悲しい顔して俯いたままよりはマシだろうが!オレは前を向いてるぞ!」

「向いてないわよ!光也が向いてるのはそっぽ!現実なんか全く見えちゃいないわ!」

 

 今にも掴みかかりそうな雰囲気。四文字で表すならば一触即発。段々とヒートアップしているオレと鈴ちゃんの言い争いに、誰も仲裁出来ないと思ってた。行くところまで行こうとしていた。

 しかし、一人の女の子が止めた。

 おやめなさい、と。

 

「…………」

「…………」

 

 二人して、いや。発言者以外の全員、その子を信じられないような目で見た。ともすれば、険悪な雰囲気が生んだ夢かと疑ってしまうくらいには現実味の無い発言。というか口調。オレ等が何かを言う前に、その子は続けた。

 

「お二人とも、それ以上はいけませんわ。熱くなるのでしたら、どうぞ。あちらに見える綺麗な海でその頭を今一度冷やして来て下さいな」

「せ、セシリアちゃん……!?」

 

 驕りでも昂りでもなく、圧倒的な実力から来る己への自信から生まれるその態度。

 目を合わせた物の背筋を正させるその瞳。

 一文字に結ばれた唇。

 違う。セシリアちゃんがいつもとどこかが違う。

 いや、それさえも違う。

 戻ったのだ。オレ(ルリちゃん)がボコボコにしたことによって施された洗脳が、解けたのだ。

 

「鈴さん」

「は、はい」

 

 セシリアちゃんに名を呼ばれた鈴ちゃん。はい、と教師に接するような態度で返事をし、オレとの言い争いも一時中断。

 

「ISを部分展開させようとしましたわね」

「な、何でそれを」

「いけませんわ。感情のままに行動してしまっては、獣と何ら変わりはありませんわ」

「……はい」

「光也さん」

「は、はい!」

 

 名を呼ばれ、慌てて姿勢を正す。合わせられた視線に、何を言われるのかと言葉を待っている。しかし、次に来たのは叱りの言葉では無く。

 

「この──恥を知りなさい!」

 

 ありったけの力を込めた、張り手だった。

 セシリアちゃんの掌とオレの頬が接して、破裂音の如く甲高い音が出る。あんまりにもあんまりなその音に、鈴ちゃんが思わず目を背けた。引っ叩かれたオレも、たたらを踏んで頬を押さえた。

 

「……痛ってェ」

「一夏さんの身を案じる気持ちも充分理解出来ますわ。しかし、だからと言ってその焦りを他の人に押し付けて良い道理などありませんことよ?鈴さん達だって、一夏さんに対して何も感じていない筈が無いではないですか。悲しんでいるからこそ、心配だからこそ、慎重に策を練って、救出する為に奮闘しているのです」

 

 気付いたら、オレは正座していた。そんなオレにセシリアちゃんは何も言わず、人差し指をピンと立ててお説教を続ける。

 

「光也さんは、信頼する相手が少ない──いや、これは適切ではありませんわね。光也さんは、信頼すべき相手が足りませんわ。織斑先生や山田先生、教師陣の方々や日本政府、私達を信じて下さるのはとても喜ばしいことです」

「な、なら」

 

 何がいけないんだ。オレらしくもなく、セシリアちゃんの言葉を遮っての発言。それぐらいオレは平常ではないようだ。しかし、その発言もセシリアちゃんによって止められる。

 

「ですが。少なくとも、もう一人。信じなければならない人がいるでしょう」

「信じなければならない、人……」

「一夏さんですわ」

「ッ」

「光也さんが一夏さんを信じなくてどうするのです。親友なのではないのですか?一夏さんなら大丈夫、きっと無事。光也さんがそう信じないでどうするのですか?」

「い、一夏ちゃんを……信じる」

 

 そうだ。

 そうだった。

 目の前で一夏ちゃんの身体に穴が空いたのを見てしまったので、どうやら心が参ってしまっていたようだ。ネガティブが過ぎて、大事な事を忘れてしまっていたようだ。

 身体に穴が空いたぐらいでなんだ。あの一夏ちゃんなら、きっと。他ならぬオレがそう信じないでどうするんだって話だ。

 

「セシリアちゃん、ありがとう」

「私は何もしていませんわ。御礼なら、一夏さんが無事に帰ってきた時に言ってあげてくださいな」

「……あぁ、そうだな。セシリアちゃ──」

「光也さん!」

 

 最後に一体オレは何を伝えようとしたのか。突如としてオレに飛び付いてきたセシリアちゃんの所為で忘れてしまった。

 

「セシリアちゃん!?」

「嗚呼、頬がこんなに真っ赤に……!なんて痛々しい!一体、誰がこんな真似を!」

「……セシリアちゃん、憶えてないのか?」

「何がですの?」

 

 決して嘘を吐いているとは思えない、セシリアちゃんの悲しみと困惑が入り混じった顔。オレは頭の中で浮かび上がった仮説に納得してしまい、思わず膝から崩れ落ちてしまった。

 

 

 

 *

 

 

 

「落ち着いたようなので、これより作戦会議に移る」

 

 鈴ちゃんやセシリアちゃん。皆に色々的外れな発言をしてしまった事への謝罪が済んだ所で、千冬ちゃんが空気を再び引き締めさせた。皆、千冬ちゃんの隣に浮かぶ空間ディスプレイに視線を移す。

 

「山田先生が行った計算の結果、他国に要請したISが到着するよりも、銀の福音がこの旅館に到着する方が早いことが分かった。よって、前回と同じように、この場に居る専用機持ちが出来る限り銀の福音の足を鈍らせ、他国のISが到着した所で銀の福音を打倒する──こう言った結論になった」

「はい、千冬ちゃん」

「どうした、唐澤」

「助っ人が来るまで、あと何分?」

「……全速力でこちらに向かっているが、海域や手続き等の関係で早くても10分以上掛かる。銀の福音との本格的な戦闘も視野に入れざるを得ないだろうな」

「そっかァ」

「しかし、銀の福音は織斑を片手にこちらに向かっている」

「?」

「つまり、通常よりも動きが鈍いという事だ。これを幸と取るか不幸と取るかは各人に任せる。他に質問が無いのなら、今すぐ作戦決行に取り掛かるぞ」

 

 はい。

 一同声を揃えて立ち上がる。銀の福音に囚われている操縦者、そして、一夏ちゃんを助ける為に。

 様々な思惑を胸に、海岸へと向かった。

 

「準備は出来てるな」

 

 海岸に、6人が並ぶ。ハイパーセンサーを使っても見えないくらいには遠い海の向こうに、一夏ちゃんはいる。今も苦しんでいるのか。それとも、気絶してしまって銀の福音のされるがままに移動しているのか。

 分からない。分からないが故の不安が心を蝕む。一夏ちゃんの無事をこの目で確認するまでは、この不安は治らないのだろう。

 対、銀の福音戦でいきなり新しい機体を使うのは危なっかしいとの千冬ちゃんの判断。箒ちゃんは剣道やってたから筋が良い云々言っていたが、オレは馬鹿だからやめておけと大変不本意ながらそう言われてしまったので、大人しくルリちゃんを使わせてもらう。ルリちゃんを使う事によってチームワークにどのような影響を及ぼすのかは分からないが、オレからは、悪い方向に進まないように祈るばかりだ。

 ごくり。

 喉が鳴る。

 一夏ちゃんではないが、手をぐっぱぐっぱさせて出撃に備える。

 

「では──健闘を祈る」

 

 その数秒後、二人分の命運。更に言えば、旅館に居る皆の命まで背負った6人が空へと旅立った。

 

 

 

 *

 

 

 

「……行ったな」

「……行ったねぇ」

 

 姿が見えなくなっても、一年生が飛んで行った空を見詰める二人。

 織斑千冬。

 篠ノ之束。

 一人は緊張を孕んだ面持ちで。

 一人は()()()()()()表情で、空を見詰めていた。

 

「……どこまでが想定内なんだ」

「さぁ?でも、少ないようで多いのかも知れないね」

「何の話だ」

「みっくんが被る害の話」

「……束、お前」

「勘違いしないでよね。束さんは、みっくんの事が大好きだから、みっくんが更なる成長を遂げる為には努力を惜しまないのだ〜」

「何を言う。はっきり言わせてもらうが、今回ばかりは、お前は間違ってるぞ。一夏は怪我をし、篠ノ之は傷付き、鳳は胸を痛め、オルコットは戸惑い、デュノアは(こじ)れ、ボーデヴィッヒはブレて、光也は壊れようとしている」

「そうだよね。普通だったら駄目になっちゃうよね。でも、みっくんも箒ちゃんもいっくんも、前に進もう、良い方向に進めるようにって頑張ってる。束さんは、そういう成長が見たかったんだよね」

「アイツ等はまだ高校生だぞ。お前の勝手な思惑に振り回されて良い訳が無いだろう」

()()?ねぇねぇ、ちーちゃん。じゃあ、みっくん達が大人になったら振り回しても良いの?」

「……すまない。失言だった」

「気にしてないよ。ただ揚げ足を取っただけだし」

 

 夏の空気と潮風を一身に受けながら、旅館へ戻る事もなく、ただ、じっと空を見詰め続けていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「&vxd"lwr〈*1

 

 また、灰色の世界へと誘われていた。気が付けば俺は固まった海の上に両足を立たせていて、上を見上げればISに乗った皆が宙で固まっていた。

 

「氷魚ちゃん」

 

 待機状態の傘は、旅館に置いてきた筈なのだが。そう思ったが、口には出さないでおく。目の前には、レーシーアイマスクに瞳を隠した氷魚ちゃんが立っていた。その表情は悲しんでいるようにも見えるし、怒っているようにも見える。

 

「をqdf&bzwejr *2

「相変わらず、意思疎通は出来ねェか。どうしたものかね」

 

 首元をぽりぽりと掻く。灰色の空を見上げてから、どうにかして意思疎通を図り、今すぐにでもこの世界から脱出しなければならないのだ。

 その為に踏み出した一歩目。視界が真っ暗になった。

 

「だーれだ」

「……その声って──」

「正解、ルリちゃんでした」

「言わせてよ」

 

 真っ暗だった視界(背後から両手で塞がれていたらしい)が元通りになってから振り返れば、そこにはルリちゃんが真顔で手をヒラヒラとさせていた。

 

「氷魚と会話が出来なくて困ってるみたいね」

「そうなんだよ。オレに問題があるのか分かンねェんだけど、向こうはオレの言葉が理解出来ててオレは氷魚ちゃんの言葉が理解出来てないんだよな」

 

 一方通行のコミュニケーション。オレは氷魚ちゃんの言葉を理解したいのに、耳に入るのは謎の文字列。読唇しようとも、氷魚ちゃんの口元がポリゴン状に混ざってよく分からなくなる。

 

(ちな)みに、そのバグって仕様だから」

「そうなん?」

「うん。氷魚がわざとやってる」

 

 えええええええ?てっきり、設定が終わってないとかそんな理由だと思っていたものだから、衝撃の事実に口をぽかんと空けてしまう。

 

「何でさ」

「アンタが、氷魚の操縦者に足る人物だと思われていないから」

「……」

 

 確かに。

 そう納得してしまうくらいには、オレの実力が足りていない。誰よりも練習をサボり、誰よりもISに関する知識が足りなければ、ISを操縦する意欲も無い。

 氷魚ちゃんを見る。氷魚ちゃんはレーシーアイマスクによって、オレと視線を交わらせる事は無い。

 オレには何もかもが足りない。言われてみれば、氷魚ちゃんがオレを乗せる理由が無いのだ。先程までは乗れていたが、思い返せばオレは、氷魚ちゃんの特性も何も理解出来ていない。氷魚ちゃんが何に優れていて、何を苦手としているのか分かっちゃいないのだ。

 

「そういう事だったのか」

「このままじゃ、アンタと氷魚は一生このままね」

「それは……悲しいな」

 

 こんな美女と言葉を交わせないなんて、悲し過ぎる。悲し過ぎるから、何とかして氷魚ちゃんに、オレを操縦者として認めてもらわねばならない。

 

「氷魚ちゃん。オレは、何をすれば良い?こんな事、本人に直接聞くのは間違ってるって分かってる。分かってるけど、オレは聞くしかないんだ」

 

 問う。

 それから、氷魚ちゃんは数秒程固まった。その間ルリちゃんは波間を飛んだり跳ねたりして遊んでいる。やがて、氷魚ちゃんがゆっくりと口を開いて。

 

「tkd)qaをqr*w♯*whqxe *3

 

 何を伝えたいのかは、未だに分からない。全くもって分からないのは確かなのだが、何故だか、オレは自信満々に「任せて」と応えていた。

 

「話は終わりみたいね。じゃあ、行きましょうか」

「お、おう。ルリちゃん。……氷魚ちゃんはどうすれば良いんだ?」

「このままで良いわよ。アンタが操縦者に相応しいかどうか、後ろから監視してると思うから」

「お化けみたいに?」

「……まぁ、良いわ。取り敢えず、行くわよ」

 

 一々説明するのが疲れてしまったのか、ルリちゃんはプイッと視線を移して話を切り上げてしまう。

 

「良い?戦うのは基本的に光也、アンタがやるのよ」

「え、でも」

「何の為にこの世界で練習させたと思ってんの。男ならビシッと親友の一人や二人、救ってみせなさいよ」

 

 大事な親友一人助けられないで、何が男よ。

 後に続いたルリちゃんの言葉がオレの心に深々と刺さる、とても鋭利なナイフだ。何せ、オレは親友に助けられて、親友が身代わりになったことで、今こうして行動出来ているのだから。

 

「……そうだよな。尻拭いくらい自分でしなきゃいけねェよな」

 

 元はと言えば、突然あの場に現れてチームワークを乱したオレが悪い。どうせ今回も何とかなる、そんな思いが心の何処かにあったのかも知れない。定かではないが、どこか慢心を持っていたのは確かだ。

 拳を握り締める。

 握り拳を、ルリちゃんの両手が包んだ。

 

「気持ちを上げるのは良いけど、間違っても我を忘れちゃ駄目よ。いざとなったらアタシもサポートしてあげるんだから、落ち着いて、正確に親友を救うこと。分かったわね」

「おう」

「……良い顔するじゃない。じゃあ、準備は良いわね。氷魚も、大丈夫?」

「qed)$"wr *4

 

 ルリちゃんが氷魚ちゃんに話を振ると、氷魚ちゃんは親指を立てて返した。時に氷魚ちゃん、ルリちゃんと話す時は楽しそうに見える。

 

「良し、じゃあ、行くわよ──」

 

 

 

 

 

*1
お久しぶりですね

*2
私は怒っています

*3
彼女達を助けてあげて下さい

*4
大丈夫出す




恐らく、次回で銀の福音編は終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話

どうも、大塚ガキ男です。お待たせした分、良い物が書けたのではないかと思っています。
大遅筆、失礼しました。


 

 

 

 一夏ちゃんは、千冬ちゃんの言葉通り、銀の福音に囚われていた。その片手が一夏ちゃんの身体を鷲掴みにし、ぶらぶらと意識の無い一夏ちゃんの両足が宙に揺られている。貫かれていたと思っていた体は、胴体の真ん中に風穴が開いている──なんて事はなく──ないのだが、ファンタジーの三日月のように、一夏ちゃんの胴体は抉られていた。

 その姿に、オレは酷く憤りを感じた(メッチャムカついた)

 時間は無い。

 遂に、二度目の対面。銀の福音はこちらに視線を向けたまま攻撃には移らず(奴には目が存在しないので、本当にこちらを見ているのかは不明)、ただ一夏ちゃんを握り締めたまま動かないでいる。

 一夏ちゃんは銀の福音の手の中で、一夏ちゃんの白式は箒ちゃんが持っている。オレ等は銀の福音から一夏ちゃんを救い出し、一夏ちゃんに白式を装着させ、尚且つ銀の福音をここで止めなければならない。

 

「……」

 

 動かない敵と、そんな敵を前に迂闊に動けないでいるオレ等。この場合、けしかけるのが正解なのか、敵の動きを待つのが正解なのか。

 分からない。

 互いに目配せ。遠い所から敵に銃口を向けているセシリアちゃんが、『いつでも撃てますわ』と皆に声を掛ける。

 

「……行こう。一夏ちゃんを助けるんだ」

 

 オレの声を受けて皆、動き出した。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 そもそもの話、一夏がこんなになってしまっているのは私の所為なのだ。

 最初の出撃の時、はっきり言って私は舞い上がっていた。

 やっと、私にも専用機が与えられるのだと。

 やっと、一夏と同じ舞台で戦えるのだと内心歓喜し、姉に初めて感謝した。

 その油断がいけなかったのだ。

 与えられたに過ぎない力を、私は100%全て扱い切れると思い切っていたからだ。この力で一夏を助け、銀の福音を退けようと。光也の奴が起きたら胸を張って私が活躍したのだと自慢してやろうと。

 私は、思い上がっていたのだ。

 一夏が密漁船を助けようとした時も、私は人命救助という最優先事項が頭から抜け落ち、銀の福音を倒す事だけを考えてしまっていた。

 そんな、稚拙でどうしようもない私の所為で一夏に負担をかけ、一夏は銀の福音に致命傷を負わされてしまった。

 私の所為なのだ。

 だから、私が。

 私が。

 自分の尻拭いは自分でしなければならないのだ。

 一夏を無事に取り戻す為には。

 一夏の目が覚めた時に、少しでも胸を張って謝れるようにする為には。

 私が、しゃんとしなければならないのだ。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「シャルちゃん、援護頼んだ!」

「任せて!」

 

 援護なんて言葉を使ってはいけないくらいの、不恰好な突撃。シャルちゃんにほぼおんぶに抱っこの、この戦法で銀の福音に近付き、一夏ちゃんを掴んでいる手を離させる為の攻撃をしている。

 しかし、この作戦はあまりにも難しく、銀の福音が負ったダメージはまぐれで当たったオレの攻撃によるかすり傷と、セシリアちゃんや皆の遠距離射撃によるダメージだけだった。HPバーが存在するなら、確かに銀の福音のHPは減っているのだろう。けれどもそれは微々たるもので、銀の福音を戦闘不能にしようと思ったら気が遠くなる程の時間を掛けなければいけないくらい、この戦いはスムーズに事を運べずにいた。

 

「クソッ……! どうすれば」

 

 一夏ちゃんを、一刻も早く助け出さなければ。そんな焦りが、オレから平常心を失わせる。

 ルリちゃんは動かない。

 氷魚ちゃんは認めてくれない。

 頼れるのは自分だけ。正真正銘、自分だけの力でデタラメに強いコイツをどうにかしなければならない。今までサボりにサボっていた分のツケが、ここに来て俺の背中に一気にのしかかって来ていた。

 

「またその攻撃かよ!」

 

 銀の福音の身体から360度全方位に向かって放たれるエネルギー弾。銀の福音との距離間故に完全に避ける事は出来ないそれを、かすり傷に留められるくらいの位置取りで何とかやり過ごす。

 続いて、オレの方向に放たれたミサイル。たった一発だと、易々と避けてみせるが、追尾機能のあるソレは背後を取ろうとオレの後ろでUターンしてくる。予想外の軌道に背筋が凍るが、後方にいるセシリアちゃんが撃ち抜いた。結構な速度が出ているミサイルを正確に撃ち抜くだなんて、やはりセシリアちゃんは凄いなァと思いながらも、気持ちはしっかり切り替えて銀の福音に接近。

 手に持った太刀を振りかぶるが、銀の福音はあろう事か一夏ちゃんを盾にしやがった。振りかぶったまま動きを止めてしまい、銀の福音がその一瞬を見逃す筈もなく、オレの脇腹を蹴り抜いた。吹き飛び、海面を突き抜け、大きな水柱が上がる。これ以上の追撃は、と急いで海から飛び上がった所で。

 

『拙い! 第二形態移行(セカンドシフト)だ!』

 

 チャンネルを通じて、ラウラちゃんの声が聞こえてきた。

 

第二形態移行(セカンドシフト)!?」

『恐らく、たった今、鈴さんが破壊したウィングスラスターがトリガーとなっているのかも知れませんわ』

 

 曰く、オレが蹴り飛ばされた時の一瞬の隙を突いた攻撃。じゃあ、オレの頑張りは無駄ではなかったのかと内心安堵してしまいそうになるが、それによって第二形態移行(セカンドシフト)が引き起こされてしまったのかと思うと、オレの身体は必要以上に強張ってしまう。

 銀の福音は先程とは形状を変え、大きな水色のエネルギー翼が嫌でも目を惹く。依然、一夏ちゃんは銀の福音に捕らわれている。シャルちゃんやラウラちゃんによる射撃──それを避けるならばどうしても生じてしまう同士撃ち(フレンドリーファイア)も一切無く、一夏ちゃんの身体は()()()()()()()()()()()()()。まぁ、お腹は抉られているのだが。

 

「どうするよ」

『私は光也殿がどのように動かれようとも、完璧に援護してみせるつもりではありますが──お気を付け下さい。とても嫌な予感がします』

「分かった。ありがとうラウラちゃん。他の皆は?」

『欲を言わせてもらうと、僕はもう少し射撃で錯乱させてほしいなって。銀の福音は近距離も遠距離をどっちも出来るみたいだけど、やっぱり決め技は遠距離みたいだから。ヘイトを受け持つなら、距離は遠い方が良いんじゃない?』

『善処致しますわ』

『しかし、一夏の事も考えねばなるまい。そんなに銀の福音をあちらこちらへ動かしていたら、一夏への負担も大変な事になる』

「……確かに。じゃあ、まず一夏ちゃんを奪還しよう」

『具体的な作戦は?』

「無いさ」

『アンタねぇ……』

「けど、アイツは、ラファール・リヴァイブ──ISの理論を戦闘に取り入れてないオレの動きは予測出来ない筈だ。スターターパックってヤツ?」

『……ビギナーズラックって言いたい訳?』

「そう、それ」

『ハァ……。本当なら、ちゃんと考える所は考えないと勝てるもんも勝てないわよ。とか、色々言いたいけど。光也は昔っから良くも悪くも馬鹿げてるものね。良いわ、出来る限り合わせるから、好きにやりなさいよ』

「鈴ちゃん、サンキューな」

『はいはい』

「セシリアちゃんも、サンキューな」

『いえ、こちらこそ』

「シャルちゃんも、サンキューな」

『ううん。どうって事ないよ?』

「ラウラちゃんも、サンキューな」

『私には勿体無い御言葉です』

「箒ちゃんも、サンキューな」

『……この戦いが終わったら何度でも言ってもらうからな』

 

 ありがたい事に、オレ等の作戦会議中には大人しくしていた銀の福音を、睨み付ける。

 それから。

 銀の福音に向かって飛び出した。

 エネルギー翼から放たれるエネルギー弾。その弾幕を掻い潜り、肉薄。眠ったように目を閉じている一夏ちゃんへと手を伸ばす。伸ばしたオレの手には何も握られていない。それもその筈、オレが先程まで握っていた太刀は、今この瞬間、銀の福音の頭上から地球の引力に従って真っ直ぐに落ちてきている所なのだから。

 太刀が銀の福音の肩に突き刺さり、オペラ歌手のような超高音の悲鳴が空気を激しく震わせる。ほんの一瞬、一夏ちゃんの身体を掴んでいた力が緩まり──

 

「貰ったッ!」

 

 一夏ちゃんを、取り戻す事に成功する。

 

「箒ちゃん!」

「応、受け取れ!」

 

 箒ちゃんがこちらに向かって白式の待機状態であるガントレットを投げる。オレの手に届くまで突っ立っているのは、銀の福音に対して隙を与え過ぎなので、描く弧の先を予測して飛んでガントレットを迎えに行く。

 

「一夏ちゃん、お前の物だろ!」

 

 片腕で抱き抱えた一夏ちゃんの手首にガントレットを嵌め込む。それと同時にチャンネルを通じて絶叫。

 

『光也、後ろ!!』

 

 飛びながら反転し、背後だった場所へと目を向けると、オレと一夏ちゃん目掛けて一発のミサイルが放たれていた。銀の福音の弾道予測よりも少しオレの立ち位置はズレているらしく、このまま棒立ちをしてもかすり傷程度の傷しか負わない。しかし、シールドエネルギーの残量やら一夏ちゃんの身やら色々な事を考えて──オレはルリちゃんを待機状態に戻した。

 重力に従い、海へと落ちていくオレと、オレの腕の中の一夏ちゃん。

 

『光也さん!?』

「心配しないでくれ。大丈夫だから」

 

 段々と地面が近付く。

 それから、着水。

 瞬間。

 

「──痛ってぇえええええ!!」

 

 傷口に海水が染み込み、絶叫。それから、一夏ちゃんが目を覚ました。

 

「光也! 状況を説明してくれ!」

 

 お腹が抉れているとは思えない程元気いっぱいで、それでいて即座に自分が置かれている状況を確認する一夏ちゃん。お前スゲェな。もうちょい驚けよ。

 一つ一つの問いに答えている暇は無いので、「良いから、取り敢えず白式を起動させてくれェ」とだけ伝える。

 

「……銀の福音。そうか、まだ終わってないのか」

「おうよ。怪我してる所悪いけど、多分一夏ちゃんと箒ちゃんじゃないとトドメ刺せなさそうなのよ」

「それは了解したんだけど、光也は?」

「オレは一夏ちゃんの後に海面から飛び出して、適当な所で援護する」

「……」

「ほら、時間無ェんだって」

「…………分かった。来い、白式」

 

 オレの言葉を聞いて、すぐさま白式を起動させる一夏ちゃん。その後ろ姿は、なんだかいつもと違う感じがして。

 一夏ちゃんを見送ってから、自嘲気味に笑う。

 俺の周囲の海水は、赤く濁っている。

 

「あのミサイル、追尾機能が付いてるんだったわ」

 

 溜息。

 

「怪我人を助けようとして自分が怪我するなんて、笑えねェよな」

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 凄い。

 初めて白式を起動させた時の、俺の最初の感想はそれだった。

 初めて会った筈なのに、どこか懐かしい感じ。そんな第一印象を白式から受けたのは今でもよく憶えている。

 セシリアとの決闘から始まり、鈴とのクラス代表トーナメント。シャルと一緒にラウラと箒に挑んだ時もあった。

 白式と俺は、ほぼ毎日、いつも一緒だった。光也がISと話せると聞いた時には俺にも出来るんじゃないかと、箒の居ない間に自室でガントレットに向かって懸命に話し掛けたりもした。残念ながら返答はなかったが、それでも毎日話しかけたら、白式に乗った時は何となく白式の機嫌が分かるようになった。

 俺は白式に愛着があった。

 白式は、中々癖のある奴だった。

 燃費は悪いし、武器は刀一本しかない。

 けれども、速さはピカイチだった。

 

「箒!」

 

 銀の福音が俺を捕捉する前に、全速力で空を駆ける。ハイパーセンサーなんて使わなくても、箒がどこにいるかなんてすぐに分かった。

 箒が驚いたような顔をして俺を見る。俺は箒の目の前で止まると、箒の手を取った。

 

「箒。聞いてほしい事があるんだ」

「ど、どうした」

 

 箒が何やら顔を赤くしているが、関係無い。

 この場にはそぐわない発言かも知れないが、関係無い。

 銀の福音に攻撃されるかも知れないが、関係無い。

 

「俺、銀の福音にやられちゃったんだよな。さっきまで寝ててさ……それで、夢を見たんだ」

「夢?」

「女の子と、女騎士が出て来たんだ。光也がたまに言う、灰色の世界ってヤツ。俺にもそれが体験出来たんだよ。話した時間こそ少なかったけどさ。俺は何が大事か、何を守るべきかって、あの二人に改めて気付かせてもらったんだ」

「……そうか」

「箒の事を考えると鼓動が速くなって、顔が熱くなって。でも全然嫌じゃなくて、その感情は俺にとって初めてで」

「……一夏」

「この気持ちをどう伝えたら良いのか分からなくて。そもそも伝えて良いのかも分からなくて。いきなりこんな事伝えたら迷惑になるんじゃないかとか、もし断られたら同室なのにこれからどうすれば良いんだとか。今度出掛けた時に伝えよう。臨海学校の自由時間に伝えよう。今度こそ、今度こそって怖気付いて──それで、この思いを伝えるのは、もしかしたら今なんじゃないかって。あぁ、もう。少し長いよな」

 

 緊張で、どうにかなってしまいそうだった。

 顔から火が出る。いや、確実に出てる。

 周囲の事なんて全く目に入らない。俺の目には箒しか映ってないからだ。

 深呼吸。

 少し回り道をしてしまったが。

 今度こそ、意を決する。

 

「箒、好きだ。俺とずっと一緒に居て欲しい」

 

 伝えた。

 目の前が真っ白になる。真っ白になって真っ白になって──俺の視界の中心で箒が笑っていた。

 

「何をそんな思い詰めた顔をしている。男ならしゃんとしろ」

「わ、悪い」

「残念ながら、私は耳が遠くてな」

「え?」

「今夜──そうだな、食後の自由時間にでも、二人きりになれた時にもう一度、一夏の口から聞かせてくれ。二人きりになれたら、私は耳が遠くならない自信がある」

「……おう!」

「ふふっ。そうと決まれば、銀の福音には一刻も早く退場してもらわねばなるまい! 受け取れ、一夏!」

 

 箒が俺の手を握る。何をするのかと一瞬思考が止まったが、箒の掌から不思議な力が伝わってきて、自分のエネルギー残量を確認して。

 

「す、凄ぇ! シールドエネルギーが!」

「姉さんに教えてもらったのだ。私の紅椿は、一夏の白式と対になるIS。一夏の無茶を支える事が出来るISなのだと」

 

 やがて、繋がれていた手が離される。

 

「行くぞ、一夏。二人なら出来る」

「……あぁ、そうだな」

「皆、少しばかり勝手な事を言わせてもらうが、構わないか」

『どうせ、援護してくれとか合わせてくれとか言うんでしょ。全く! 好きにしなさいよ! 今日の主役はアンタ達なんだからね!』

「……ありがとう。では──頼んだ」

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「……おいおい、今日の主役は一夏ちゃんと箒ちゃんじゃねェのかよ」

 

 毎度お馴染みとなりつつある、灰色の世界。

 つい先程、一夏ちゃんによる一世一代の大告白が終えた所で、大人になった親友の姿に涙すら浮かびそうな場面で、唐突のコレ。

 この世界に入る前に海面から顔だけ出して波間に揺られていたオレは、灰色の世界では海中の身体は海水によって固められ、首から下は身動き一つ出来ない状態になっていた。

 負った傷は海水によく()みるのだが、この世界では特に沁みはしなかった。

 傷は痛いけど。

 首を回して、周囲を見渡す。灰色の世界なので、空中にはISを身に纏って戦う仲間達。

 目の前には、ハンカチで涙を拭く氷魚ちゃん。レーシーアイマスク付けてるから、ハンカチで拭っても意味無いんじゃ? という疑問は置いておく。

 

「氷魚ちゃん、何で泣いてるの?」

 

 言ってから、そう言えば氷魚ちゃんの言語はオレには理解出来ないのだと思い出す。今度こそ、その未知の言語を解析出来やしないかと耳を澄ませば、氷魚ちゃんの口からは衝撃の言葉が放たれた。

 

「……ぐすん。嗚呼、やっぱり箒さんと一夏さんの絡みは最高ですね」

「日本語じゃんかよォ」

 

 スラスラと流暢な日本語で頬に流れる涙をハンカチでチョチョチョと拭う氷魚ちゃんに、オレは思わずツッコミを入れてしまった。

 氷魚ちゃんはハンカチを黒いドレスのどこかに仕舞ってから、こちらに向き直った。いや、海面に埋まってるオレを見下ろした。

 

「私の願い、叶えてくれたんですね」

「願いってのが何の事なのかは分からねェけど……叶ったなら良かった」

「はい。お陰様で、推しの笑顔が見れました」

「……推し?」

「はい!」

 

 格好に似合わず、大声で溌剌と返事をしてみせた氷魚ちゃん。オレの中の掘り下げるなセンサーが反応したので、スルーして話を進めさせてもらう。ごめんね。女の子とお話したいのは山々なんだけど、色々時間ねェんだよね。

 この世界だから時間とか関係無いけれども。

 

「……ま、まァ。これで、氷魚ちゃんはオレの事を認めてくれたって事で良いんだよな?」

「はい!」

 

 先程までの苦労は何だったんだってくらいに、トントンと話が進む。もう少し達成感というか、ご褒美的な何かがあってもいいんじゃないかとか、少し邪な感情が湧いてくるが、抑えて問い掛ける。

 

「じゃあ、氷魚ちゃん。早速で悪いけど、力を貸してくれ」

 

 手を合わせる事も出来ないが、首を少し前に傾けてお願いする。1秒程経ってから頭を上げる。

 

「戦うのは全然構いませんが、一つだけ」

 

 ピンっと人差し指を立てた氷魚ちゃん。何? と問えば、こんな言葉が返ってきた。

 

「美味しい所は、箒さんと一夏さんに譲る事」

「お、おう……」

「ルリさん同様、私にも操縦者様を操って戦闘を行う力はあります。私はルリさんのような気分屋でもなければ戦闘狂でもないので、基本的には貴方の指示に従いますが──これだけは憶えておいて下さい。私は、箒さんと一夏さんが輝くような戦い方しかしませんので。私が望むのは自分の勝利でも貴方の勝利でも無ければ、量産型ISの地位の向上でも何でもなく、箒さんと一夏さんが良い感じになる事なので。()()()()()()()()()()()()()

 

 最後にキッチリと念を押した氷魚ちゃん。この子もやっぱりクセ強いなとか色々な事を一瞬のうちに考えてから、「分かった。これからよろしくね」と笑えば、氷魚ちゃんも「はい。よろしくお願いします。と笑ってくれた。

 

「では、私の箒さんと一夏さんを幸せにする会の会員(操縦者様)。今回はどうします?」

「その四文字に凄い意味を孕んでそうな言い方は置いといて……。銀の福音を退けようぜ」

「は?」

「一夏ちゃんと箒ちゃんの幸せを願って裏方に回りつつ、なるべく操縦者に傷は付けないように銀の福音を退けて下さい」

「分かりました。操縦者様のその甘ったれたお願い(女の子を傷付けない云々)を聞き入れつつ、二人で二人の幸せを願いましょう。では──お手をどうぞ」

「取りたい気持ちは山々なんだけど、動けないんだよな」

 

 ニッコリ。

 氷魚ちゃんは、良い顔で笑った。

 

 

 

 ✴︎

 

 

 

 銀の福音に抉られた脇腹の痛みは、気付かない内に何故か治っていた。白式の様子が変わって(皆が言うには、第二形態移行(セカンドシフト)と言うヤツらしい)、出来る事が増えて、いつの間にかこちらが優勢になっていて、箒と一緒に銀の福音を追い詰める一歩手前まできていた。

 しかし、勝負を決するには一手分足らず、攻撃しては攻撃され、守られては守っての均衡状態に陥ってしまっていた。

 刀を握る。力は幾らでも湧き上がってくる感覚なのに、第二形態移行(セカンドシフト)によって更に燃費の悪くなったシールドエネルギーがそれを許さない。冷静になってみれば、先程のように箒からエネルギーをもらう事も出来ないし(何故あの時、銀の福音を気にせずに告白出来たのかは今でも分からない)。

 

「一夏、どうする」

「……どうすれば良いんだ」

 

 刀を投げて、両手で頭を抱えたくなるような状況。指揮を執る事の責任の重さをとくと味わっていると、海面で何かが爆発した。

 

「──箒さん! 一夏さん!」

 

 海面から現れた、水滴でキラキラと輝く半透明の機体は、俺と箒の名前を呼びながら瞬く間に銀の福音の背後を取った。恐るべき速度で銀の福音の動きを封じたソイツはとても見知った顔をしているが、口調が普段とは全く違くて。聞きたい事は山ほどあるが、今は一言。偶然にも箒と言葉を被らせながら、こう言った。

 

「「でかした!」」

 

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 

 

 

「──いッッッてェ!!!!!!!!」

「おいそこの馬鹿二人。黙れ」

「ほら、光也の所為で怒られただろ」

「一夏ちゃんがポーカーで負けたからってオレの脇腹抓るからだろ! 一夏ちゃんと違って、オレの傷はパッと治らねェの! 包帯の下は普通にR18グロテスク警報出てんの!!」

「はぁ!? 元はと言えば、光也がイカサマなんかするからだろ!」

「バレなきゃイカサマじゃねェんだよ!」

「バレてるからイカサマだろ!」

「確かに!!!!」

「おい、降ろすぞ」

「「失礼しました」」

 

 長いようでとっても短かった臨海学校も終わりを告げ、バスの車内。荷物のチェックや点呼、先生方の色々な事情によりまだバスは発車しておらず、暇なオレ達はトランプで仲良く遊んでいたのだが、オレのイカサマ(後ろの席で観戦してるラウラちゃんから良い手札を貰う)がバレてしまい、今の状況となっていた。

 千冬ちゃんに怒られてしまったので、今度は(恐らく)静かに出来るブラックジャックでもやろうかとカードを集めた所で、バス車内の前方から美人な女の人が歩いてきた。

 

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(silverio gospel)の操縦者よ」

 

 突然現れたナターシャさんは、そう言って一夏ちゃんの手を取ると、両手でブンブンと振った。握手。それから、段々と一夏ちゃんに顔を近付けさせていって──

 

「あ、あの。俺、彼女居るので」

 

 キリリ。とても格好良い一夏ちゃんの一言に、隣(窓側)に座っていた箒ちゃんがウットリとしていた。

 

「そう? じゃあ、君にあげる」

 

 チュッ。

 一夏ちゃんに拒まれてしまったナターシャさんは、不意打ち気味に俺の頬にキスをしてきた。いや、して下さった。あまりの出来事に意識を失いかけているオレに気付いていないらしい。

 

「貴方にも感謝してるのよ? 貴方のISが私の銀の福音(silverio gospel)と仲良くしてくれたみたいだし。──あ、そろそろ時間ね。またね、白いナイトさんと優しいボウヤ」

「あ、どうも」

「──え、ボウヤ?」

 

 信じられない一言によって意識を戻すが、ナターシャさんはもうバスから降りてしまっていた。

 

「……光也さん?」

 

 隣(窓側)に座るセシリアちゃんが、涼しげな笑顔でオレと腕を絡めた。

 

「……光也殿?」

 

 後ろ(通路側)に座るラウラちゃんが、オレの右手を掴んでスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。

 

「アンタねェ……」

 

 後ろ(窓側)に座る鈴ちゃんが、溜め息と共にオレの耳を引っ張った。

 

「……光也」

 

 隣(補助席)に座るシャルちゃんが、オレの脇腹を容赦無く抓った。

 この場面に関わりたくないのか、一夏ちゃんと箒ちゃんは前を向いたまま二人で仲良く談笑をし始めている。

 IS学園御一行様を乗せたバス数台が発車しすると同時に、開いているバスの窓から外へと、この地にオレの声が高らかに響いた。

 

「──いッッッてェ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、銀の福音編終了です。いやぁ、遅筆も相まって滅茶苦茶長かったです。
実は自分、これから先本編を進めるか迷っていまして。
番外編はいくつか書くつもりでいるのですが、これから先の本編のお話が自分の中であやふやな物となっているのです。8月中は実家に戻るのでISの原作を読む機会があるのですが、9月以降はどうなるか……というのが正直な所です。
まぁ、小説持って帰ってくれば問題無いので、書かせていただきます。何度も言うように遅筆ではありますが、こんなちゃらんぽらんな作者ではありますが、今まで応援して下さってありがとうございました。これからも、応援よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。