モノ好き!! (川崎りょゆあ)
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山吹涼太の恋愛事情

 

プロローグ

 

 

「お前は何を求めているんだ?」

 

 

 

「あなたは何を求めているの?」

 

 

 大粒の雨が降り注ぎ、木々が悲鳴を上げるほどの風が吹いている中、とある男女は同じ質問を投げかける。

 

 

 

 

 

 

 

 二人は同時に口を開き同じ言葉、同じ気持ちを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 愛が欲しい……と。

 

 

 

 

 

 

「好きです! 付き合って下さい!」

 夕日が差し込む教室での告白。ロマンチックで誰もが憧れていると言っても過言ではないシチュエーション。

 頬を赤らめ、上目使いで見つめてくる女子。

 その一方で冷めた目をして、見下ろしている山吹涼太。

 

 こういう状況になった経緯は今日の朝、下駄箱に入っていた一通の手紙のことを話さなくてはいけない。

 

 

 いつも通り登校した涼太は自分の下駄箱に入っていた手紙に気付く。

 手紙を背中に隠し封を開けると可愛らしい文字が並べられていた。放課後になっても帰らずに教室に残っていて欲しいというものだった。

 (これはあれだな。ラブレターだ)

 涼太は慣れた手つきでその手紙を鞄に入れ、教室に向かった。

 

恐らく美術部が書いたのだろう。綺麗な絵画が廊下に飾られている。その絵画を眺めながら廊下を進む涼太。

 廊下を抜けると階段に出る。涼太の高校は学年ごとに教室の階が違う。一年生は一階で二年生は二階、三年生は三階といったように学年が上がるたびに階が上がっていくシステムだ。

 (来年はこの階段を二階も上がんねーといけないのか……)

 

 教室に着くとすでにほとんどの生徒が登校していて朝のホームルームを待っている状態だった。

 うちの高校は駅から少し離れているので電車組は他の高校と比べて早く登校しなければ間に合わない。

そんな電車組のクラスメイトを不憫に思いながら涼太も同様にホームルームの準備を始めた。

 

 

 

 準備を終えて自分の席に座ると後ろから声を掛けられる。

「出勤お疲れ様です! 本日のご予定は一から四限までは睡眠授業で午後は体育でサッカーをやる予定ですがよろしいですか?」

 クラスメイトの中山悠馬がノートを開きながらおどけてくる。

 悠馬はクラスの人気者。爽やかな感じの短い黒髪で顔も良く性格も明るくて世話好き。少しうるさすぎる気もするが基本的には良い人なのでクラス内ではムードメーカーのような立ち位置を獲得している。

「悠馬こそお疲れ。今日は何時に起きたんだ?」

「五時! 髪の毛のセットが大変でね!」

 そう言いながら髪をかき上げるしぐさをする悠馬。その立ち振る舞いは読者モデルが雑誌の立ち絵を撮っているポーズのようだ。

「そっか。大変だな」

 涼太は悠馬の冗談を受け流し、鞄の中から持ってきた本を取り出し前を向く。後ろから悠馬が「ツッコミしろよー」とごねていたが無視。

 

小説を読み始めること五分。やっと担任がやってきた。

 

 

 ホームルームを終えると退屈な授業が始まる。睡眠薬よりも強力な眠気を誘う教師の声が教室内に響き渡り被害者続出。

外では体育をやっているのだろう。ボールを一生懸命に追う男子生徒の声が微かに聞こえる。

 絵に描いたような穏やかな時間。

 

(こんな日常がいつまで続くのだろう……)

 手紙が入っている鞄に視線を向けながらそう小さく呟いた。

 

 

キーンコーンカーンコーン

「おはよう!」

 午前中の授業が終わると同時に起き上がり、挨拶をしてくる悠馬。

 朝話していた予定は何事もなく進行中のようだ。

「ねーねー! 休み時間になったけど何する?」

「とりあえず俺は学食に行くよ」

 涼太は立ち上がり、ぶら下げてある鞄から財布と携帯を取り出す。

「俺も行く! 今日はラーメンの気分!」

 悠馬も同様に必要な物をポケットに入れ、立ち上がった。

 

「涼太くんと悠馬っちも学食? 学食行くんだったら一緒に行こう!」

 話しかけてきたのは悠馬の幼馴染の桜井奈緒。

 胸まで伸ばした茶髪で、悠馬同様にテンションの高い女だ。

「学食だよー学食! 奈緒っちとご飯だできるの!?」

(なんだこの二人は……訳分かんねぇ)

 涼太は心の中で毒突きながら奈緒に話しかける。

「一人?」

「違うよー! 遥ちゃんも一緒! いいかな?」

 奈緒はそう言いながら遥に視線を送る。

 川口遥。黒髪で肩まで伸ばしたボブヘアーで大人しく優しい性格の持ち主だ。

 

そして遥は涼太が狙っている女の一人でもある。

 

 見た目は勿論のこと、性格もいい遥に何人もの男が突撃した。しかし結果は言うまでもなく失敗。

戦略も何も考えずに突撃する奴らには幸せは来ないのだ。

(周りのバカどもは変化球を知らないから失敗するんだ。俺ならもっとうまくやる)

「川口さんも? 俺は別にいいけど悠馬は?」

「勿論おっけい! 人数は多い方が楽しいし飯も美味くなる!」

 悠馬はピースを遥に向ける。

 笑顔で手荷物をまとめ、こちらに歩いてくる遥。歩き方も品があり、それだけでいい女ということが分かる。

「それじゃ行こう!」

 悠馬を先頭に涼太達は学食に足を進めた。

 

 

「味噌ラーメン大盛で! あ、コーンは抜いて下さい」

 学食に到着するやいなや席を確保して食事を注文する列に並ぶ涼太御一行。

「私も味噌ラーメン! 悠馬が抜いた分のコーン私のやつに入れて下さい!」

 奈緒と悠馬は学食のおばちゃんに対してワガママをマシンガンのごとく打ち込んでいる。二人のコミュニケーション能力の高さは青天井だ。

「私はサンドウィッチ下さい。イチゴサンドで」

 遥は女の子らしいメニューを選択。これが奈緒だったら体の心配をしていたところだろう。

 

「むっ!? なんか不穏な空気が! 涼太くんがイケナイことを考えている気がする!」

奈緒は涼太の方向に振り向くとジト目を向けてきた。

(なんだ!? こいつエスパーか!?)

「い……いや、変なことなんて考えてないよ? あ、おばさん。生姜焼き定食一つお願いします」

 奈緒の睨みつけるような視線から逃げるようにメニューを注文する。

 

「はいよ! 味噌ラーメン二つにイチゴサンド、生姜焼き定食ね。お待ちどうさま。熱いから気を付けてね」

 四人は料理を受け取り席に戻る。その間も涼太の視線は遥に向けられていた。

「川口さんはサンドウィッチだけで足りる? 足りなかったらデザートあげるよ?」

(まずはジャブ。俺は優しいアピールからはじめよう)

「ありがとう! でもサンドウィッチだけでお腹いっぱいになっちゃうかも」

(まだ遠慮があるな……さて、どうやって距離を近くしていくか)

「そっか。食べたくなったら言ってね?」

 涼太は満面の笑みを遥に向ける。それと同じように遥も笑顔を返し、サンドウィッチに口を付けた。

 

「涼太くん!? デザート要らないなら私にくれてもいいんだよ?」

 手のひらをこちらに向け跳ねるような声で言う奈緒。

 

(このクソガキが。お前なんかに好物のプリンは渡さん)

「桜井さん、ラーメンだけでお腹いっぱいにならない?お腹壊すと大変だよ?」

 涼太はできる限り優しい言葉で奈緒の進撃を止めようとする。

「いや、平気さ! なんたってプリンは別腹だからね! ね? 悠馬っち?」

「もちろんさ! 奈緒っちの胃袋は最強なんだ!」 

 バカ二人はお互いにグーサインをして、涼太のプリンに手を伸ばした。

「っ!」

 すかさず涼太も守りの姿勢に入る。

 しかし涼太のガードがプリンに届く前に悠馬、奈緒ペアーがプリンを獲得した。

「それでは頂きます! あーーん!」

 大口を開け一口でプリンを飲み込む奈緒。その光景を涼太は悲し気な視線で見つめることしかできない。

(お……俺のプリンが)

「ごちそうさまでした!」

 小学校の給食を彷彿とさせるようなお行儀がよく元気なごちそうさま。

「おおー! 一口!」

「奈緒ちゃん凄いね! あ、ほっぺにプリンついてるからとってあげる」

 悠馬は手を上げ拍手し、遥は奈緒の頬に付いているプリンをハンカチで取ってあげている。

 奈緒は腰に手を置き、涼太を見下ろす。

 その姿はまるで出来損ないの王様のようだ。

「はっははー!プリンも涼太くんも甘い甘い! 甘すぎるぜよ!」

 

(うっぜー! うざいよ! このクソチビ!)

「山吹くん。良ければイチゴサンド食べる?」

 首を軽く傾げながら聞いてくる遥。その姿は理想の女性と表現してもいいほど美しい。

「いや……大丈夫だよ。川口さんが食べな」

(危うく遥の笑顔に持っていかれるところだった)

「遥ちゃん! イチゴサンド要らないの?……フギャ!」

 これまた食料を確保しようと動いた奈緒に涼太のチョップが決まる。

「桜井さん……? いい加減にしようか?」

「は……い。ごめんなさい! 自分調子こいてました」

 素直に頭を下げる奈緒を冷たい視線を送る涼太。優しくて温厚というイメージが定着している人が起こると必要以上にビビッてしまうことがある。そして今はまさにそういう状況だ。

「奈緒っち。一旦落ち着こう」

「お……おう友よ!」

 バカ二人が黙るほどのプレッシャーを放つ涼太。そしてそんな光景を見守るように見つめる遥。そんな四人の食事は楽しく過ぎていった。

 

 

「それじゃ俺は帰るわ。涼太はどうするんだ? 一緒に帰るか?」

 授業が全て終わり、帰りの準備を始めると悠馬が話しかけてきた。

「ああ、俺は少し用事あるから先に帰っていいよ」

 

「分かった! そんじゃまた明日な」

 そう言いながら教室を出ていく悠馬とそのあとをさも当然のようについて行く奈緒。

(あいかわずの二人だな)

 涼太は少し笑みをこぼしながら二人の後ろ姿を見送る。

(さてと……戦闘開始か)

 自然と口角が上がり、武者震いのように体が震える。

(これから女を見下せる……最高の気分だ!)

 

 

 クラスの人が全員帰ってから約十分後、廊下に人の気配を感じた涼太は持参していた本を鞄にしまい、表情を作る。

 扉が開き、後輩と思われる女子生徒が顔を赤らめ入ってきた。

「あ……あの!」

「ん? 君が俺に用があるって子かな?」

 優しい笑みを浮かべ、後輩の女子生徒を見つめた。

「は……はい! えーと」

 緊張しているのか、上手く口を開けられないようだ。涼太はそんな女の子を暖かい目で見つめ言葉を待つ。

 

少しの間をおいて、意を決したのか、小さな声で言葉を紡いだ。

「好きです! 付き合って下さい!」

 

(あー……終了だ)

 先ほどの暖かい視線から打って変わって冷酷な視線に変わる。

 涼太は聞こえないくらい小さなため息をついて返事をした。

「ごめんね? 俺、好きな人いるから」 

 女の子は一瞬目を見開き、そして涼太を見つめる。

「っ! ……そうですか。分かりました。話しを聞いてくれてありがとうございます」

 そう言うと涼太に一礼して教室から飛び出して行った。

 

(ふぅー。やっと終わったか。張り合いねーな)

 涼太は一息つくと鞄を持ち、家路についた。

 

 

 

ピローン♪

駅前を歩いていると携帯が鳴った。その相手は……。

「あーもしもし? 加奈子?」

「……」

「んーそうだね。一時間後に集合でいいかな?」

「……」

「はーい。それじゃまた後でね……好きだよ」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

今回の作品は単行本一冊程度のものを予定しております。

投稿は不定期ですが、できるだけ早く投稿いたしますのでよろしくお願いします!

もし宜しければ感想を残していただけると嬉しいです!


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川口遥の恋愛事情

 

 

 

(今日はなんか疲れたな。昼に変な連中と絡んだせいかなー)

 そう言いながら、廊下を歩くのは川口遥。海崎高校二年三組の生徒だ。首をゴリゴと

を回し、気怠そうに歩く姿は三十路を迎えた主婦そのもの。

(つか、奈緒の友達って変なのしかいないの? あーダルイよ。何より昼はイチゴサンドしか食べてないからお腹空いた)

 夕日が差し込む廊下を猫背で歩く。

(忘れ物とか最悪。携帯を机の中に置きっぱなしとかただのドジっ子ですかって感じ)

 

 そんなことを考えてながら歩いていると前から体育の教師が歩いてきた。

(ヤバ!)

 遥は背筋を伸ばし、笑顔を張り付ける。三十路オーラを消し優等生モードにチェンジ。

「あれ、川口、どうした? 忘れ物か?」

「はい。ちょっと予習用のノートを忘れてしまって」

 微笑みを浮かべる。

(予習なんてする訳ねーだろバーカ! 高校レベルの勉強なんて寝ててもできるよ)

「そうか! 相変わらず真面目だな。同じクラスのバカ二人も川口みたいな生徒になってほしいものだ。それじゃ気を付けて帰れよ!」

体育教師は予習という言葉を聞いて機嫌がよくなったのか、高笑いしながら歩いて行く。

(本当に単純。つーかバカ二人って絶対奈緒と山中だよね)

 

 教師が見えなくなるのを確認すると遥は再度全身の力を抜いた。

 川口遥という人物は校内で優等生の部類に入っている。真面目で優しく、勉強ではトップレベル。運動は少し苦手だが、一生懸命に頑張る女の子。

 しかし実際の遥は周りが思っている女ではない。勉強はできるが立ち振る舞いや態度は偽りの姿。運動に関しても手を抜いているだけ。全力でやるのはダルいし、運動ができない女の子って可愛らしく見えるというのが遥の持論。

 

 やっとの思いで教室の前まできた遥は扉を開けようとしたが何かの異変に気付き、開けるのを止めた。

 

「好きです! 付き合って下さい!」

 

(わお。告白現場に遭遇だ)

 遥は背伸びをして扉のドアから覗き込む。

 

 そこにいたのは、可愛い感じの女の子とクラスで優しいと評判の山吹涼太だった。

(へぇー。山吹ってモテるんだ。)

 遥はじっと涼太を見る。茶髪で前髪を下ろし、清潔感もある。身長もそれなりに高くて顔も整っている。

(まぁ、普通にカッコいいしモテるよ……ね)

 遥の思考は涼太のとある部分を見た瞬間にストップした。

 

(な、何……? あの目……)

 涼太の冷酷な目を見た遥の体は震え、恐怖した。

 まるで空腹の猛獣と対面しているような……

(昼休みの時と全然違うじゃん……)

 遥は昼間の涼太のことを思い出し始めた。

 

 

 

 午前中の授業を終え休み時間になった。授業に束縛されていたクラスメイト達が一斉に動き出し教室内が騒がしくなる。

(やっと授業終わったよ)

 遥は財布と携帯を持ち、学食へ向かおうとする。基本的に一人での行動を好む遥は人気者にも関わらず一人で食事することが多かった。

 進級したての頃は良く食事に誘われていたが、優しくふんわり断り続けた結果、彼女を食事に誘う人はいなくなった。一人を除いて。

 

「遥ちゃんは今日も学食?」

 桜井奈緒が話しかけてきた。奈緒は常に元気な女の子。誰にでもフレンドリークラスのムードメーカーだ。

「そうだよ。この前食べたイチゴサンドが美味しくてハマっちゃった!」

(イチゴサンドって言っとけば女の子っぽいよね)

「そうなんだ! 私も学食予定なんだけど一緒に行かない?」

 笑顔輝く奈緒とは対照的に遥の心情は暗くなっていく。

(この女、マジ面倒くさい!)

 過去何度も奈緒は遥を食事に誘っている。毎回断りを入れているのだが、今日も懲りずに誘ってきた。

「ごめん……今日も一人……で」

 遥の言葉が止まった。

「迷惑だったらいいよ? 今までしつこくてごめんね?」

 半泣きで言う奈緒の表情は主人に見捨てられた犬のような……。

(しょうがないな)

 

「いいよ。今日は一緒にご飯食べようか」

 かわいそうだと思った遥は笑顔でそう答えた。

「……え? いいの!? 本当に!?」

 遥と食事できると決まった瞬間、奈緒のテンションは急上昇。遥に抱き着き頬をこすりつける。

(しつこいけどいい子なんだよね)

「ちょっと待ってて! 一緒にいく事伝えてくる!」

 奈緒はダッシュでクラスの人込みに突っ込んでいく。取り残される遥。

(え?一緒に行く……?)

 

 

 

 遥が放置を食らった数秒後、ご機嫌な顔をした奈緒が顔を出した。そしてなぜか悠馬がピースサインを遥に向けている。

(そういうことか……やっぱ奈緒って面倒くさいわ)

 全てを理解した遥は三人の元へと向かった。

 

 

 学食は生徒で溢れていて、席を探すのも一苦労な状態。

(イチゴサンドだけ買って教室で……なんてできる訳ないよね)

 遥は奈緒の方を見る。楽し気に悠馬とラーメンのことを話している姿はおもちゃを買ってもらえると分かった子供のようだ。

(ここで私がいなくなったら雰囲気悪くなるよね)

 

「席取ったから並ぼうか」

 後ろから涼太が声をかけてくる。どうやら席を確保できたようだ。

「流石涼太! 頼りになる男!」

悠馬はそう言いながら涼太と肩を組む。

「いや、悠馬も席探せよ。イチャイチャしてないでさ」

「はっ! いや、イチャイチャなんてしてねーし!」

思春期真っ最中の中学生がイジられたときのように焦る悠馬と、その姿をバカにするようにニヤける涼太。

(男ってなんでしょうもない会話で楽しそうにしていられるんだろう?)

「まあいいや。とりあえず並ぼうぜ。腹減ったよ」

「おう! 奈緒っちも行こう!」

楽し気に歩いて行く三人を静かに見つめる遥。

「川口さんも行くよ」

遥が付いてきていないことに気付いた涼太は後ろを振り向き笑顔で声をかける。

「うん。今行く!」

 

 

 

騒がしい昼休みを終えた遥は五限の準備をしていた。

(あーダルイよ! なんで学校というのは生徒をイジメるの?)

 五限目は体育。遥が嫌いな授業の一つだ。

 制服から体操着に着替えるクラスメイト女子。

 男がいないときの女というのはゴリラの集まりに見えてくる。

 服の脱ぎ捨てはもちろんのこと、鞄はぶん投げられているし、スカートなのに足は全開。

 

「その下着可愛いじゃん!」

「そー! 最近買ったんだ!」

(なんで女ってそんなに可愛いを連呼するんだろう)

 遥は冷めた目で楽し気に着替える女子を見る。

「遥ちゃん! 早く着替えてグラウンド行こう!」

 真っ先に着替えを終えた奈緒が遥に話しかけてきた。

「うん。着替えるの早いね」

「もちろん! だって体育だよ?」

 当たり前のように言う奈緒に遥は若干飽きれつつ、制服を脱ぎ、体育着に着替えた。

 

 

 

 グラウンドに着くと男子がすでに活動を始めていた。

「オラオラ!」

「ちょ、お前ボール飛ばしすぎ!」

 どうやら男子達はサッカーをやるようでボールを使って準備体操をしている。悠馬と涼太は二人一組でボールを蹴り合っていた。

「悠馬っちと涼太くん楽しそうだね? 私達は何するんだろう? 遥ちゃん知ってる?」

 当然のように隣にいる奈緒は遥に質問する。

「今日はテニスをするみたいだよ」

「そうなんだ! 私テニス得意だから教えてあげる!」

 まるで小学生が自分の特技を自慢するように奈緒は胸を張りながら言ってくる。

「テニス得意なんだ! それじゃー教えてもらおうかな!」

 そして遥は少し中腰で生徒を褒める先生のように声をあげた。

「うん!」

 

 

準備体操を終え、テニスコートに入る。

軽く足元を均すとオムニコート特有のシャっという音が鳴った。

「いくよ!」

 奈緒はボールを高く上げ、サーブの構えに入る。

(フォームは綺麗。そして打球は……)

 奈緒の玉は一直線に遥の顔面に向かっていく。

 

 ガン!

 

「あ! 危ない!」

 必死に声を出し注意を促す奈緒だったが、すでに手遅れ。公式テニスのボールが頬に命中した。

「遥ちゃん! ごめん!」

 必死に遥に駆け寄り頭を下げる奈緒。

(いてーなこのクソチビ……)

「大丈夫だよ。でも少し痛むから、先生に頼んで見学にしてもらおうかな」

 遥はできるだけ笑顔で立ち上がる。

 

 

 周りの女子たちも心配そうに遥に集まる。

 

 バーゲンの時に突撃してくるおばさんのように。

 

(ここぞとばかりに集まって来るなよ。優しいアピールとかいらないから)

「遥ちゃん大丈夫? 先生呼んでこようか?」

「一人で歩ける?」

「私がおんぶしてあげるよ……保健室行こうか……ふふっ……」

 

心配してくる女子達。変な意味合いを含みそうな言葉があったが今は無視。

「平気だよ。先生の所行ってくるね」

 女子の壁を抜けて、先生のいる職員室に向かう遥。

 

 ガン!

 

(さて、今日は何人の被害者がでるかな)

 

 後ろではまたもや奈緒が猛威を振るっているようだった。

 

 

 五月の心地よい風が吹くグラウンドの端で男子のサッカーを眺める遥。

(ったく。クソいてーな)

 頬を撫でながら、空を仰ぐ。雲一つない空で日差しは少し暑い。グランドでは男子の声が響き、騒がしいけど静かな空間だ。

(もうすぐ夏だなー)

 遥は遠くでボールを蹴っている涼太に視線を送ると、サッカーの試合の最中なのだろう、綺麗なドリブルで何人も抜いている。

(山吹って運動神経いいんだ。サッカー部を普通に抜いてるよ)

 軽く関心しながらサッカーを観戦。

「涼太! 涼太! パスパス!」

 悠馬がゴール前で手を振っている。どうやらボールを待っているようだ。

しかしボールは来ない。来るはずもない。

 

「涼太! 俺フリーだよ! フリー!」

悠馬に視線を送ることなく、ドリブルを続ける涼太。サッカー部も必死になって追いかけるが止めることができない。

 

「おらっ!」

 一瞬の刹那。涼太の右足が放ったボールは一直線にゴール枠内に向かっていって……。

 

 ガン!

 

 涼太のボールはゴール前で悠馬の頭に当たり、ゴールネットを揺らした。

「よっしゃ! ゴール! ナイスアシスト涼太!」

 

 ガッツポーズで涼太に駆け寄る悠馬。その反面涼太は飽きれた表情になる。

 

(オフサイドじゃん……)

 

 オフサイドを知らせる笛が鳴り響く。審判をしているサッカー部も飽きれつつ悠馬の方に手を置いた。

「見てた!? ナイスゴールでしょ?」

自身満々に言う悠馬を審判は無言で首を左右に振り。

「オフサイド♡」

 

 

 再び試合開始された男子サッカーだが、悠馬の暴走により完全におふざけモードになってしまった。

 しかし涼太は真剣にプレーしていて、サッカー部もプライドがあるのか涼太を本気で止めに入る。サッカー部対涼太の構図が出来上がっている。

(いやーマジで山吹すげー。あれで帰宅部とか勿体無い……って何を関心してるんだ)

 遥は自分が涼太のことを見つめていることに気付き、視線を外した。

 

(あーいい天気だ)

 

 

 

 

体育を終えて教室へ戻る遥。

ちなみに余談だが、奈緒の被害者は総勢八名。そのうち三人は早退という流れになった。

(私ももっと痛がってれば帰れたのかな)

 そんなことを頭で考えながらも、立ち振る舞いは指の先まで優等生を演じている。

「いやー今日は本当にごめんね!」

 隣では奈緒がずっと謝罪している。しつこすぎる謝罪はうざいということを知らないようだ。

「だから、大丈夫だよ! 気にしないで!」

 

「いや、でも……」

(うっざ!)

「本当に大丈夫だよ! それよりも早く教室に戻って帰る準備しよ!」

 遥は笑顔で奈緒に言う。泣き続ける子供に帰宅を促す母のように。

「うん!」

奈緒も奈緒で元気に返事をしてスキップで足を進めた。

 

 教室に着き、鞄に荷物を詰め込む。そのときに携帯を忘れたことはこの時は知らない。

 

 教師が入ってきて、素早くホームルームを終らせた。

 

 

 「終わったー!」

 教師が教室を出た瞬間に奈緒は背伸びをして、叫んだ。水を得た魚って感じの解放感。

 「それじゃ、遥ちゃん!私は先に帰るね!」

 奈緒はいち早く鞄を持つと手を振り悠馬のところに向かう。

(あの二人って付き合ってるのかな?)

 そんな疑問を抱きながら遥も鞄を持ち教室から出る。ふと涼太を見ると帰りの準備を終えておるのにも関わらず、本を開いていた。

(山吹、用事あるのかな? まあいいか)

 遥は教室を出て下駄箱に向かう。その足取りは軽く、家に帰れるという幸福感でいっぱいだった。

 

 

(くっそ! 携帯忘れたわ……)

 学校から出て五分ほど経過したときに遥は携帯を忘れたことに気が付いた。そして早歩きで学校に戻り、教室を目指す。

 

 そして今……。

 教室の中では告白をしている女子生徒と冷たい視線を向けている涼太の姿があった。

 

 足が震え、口の中が乾く。

 熊と対面しているような。そんな感覚が全身を襲い動くことができない。

「ごめんね? 俺、好きな人がいるから」

「っ! ……そうですか。分かりました。話しを聞いてくれてありがとうございます」

 二人の会話が小さく聞こえるが、そんな声も耳に入ってこない。

(とりあえずこの場から逃げないと……)

 

 遥は必死に震えを抑え、トイレに駆け込む。

(あいつの目。なんなの……)

 遥の瞼の裏にははっきりと涼太の表情が張り付いていて離れない。いくら目を瞑って忘れようとしても思い出してしまう。

 

(あいつも何かあったのかな?)

 

全身の震えが収まってきたのを確認して教室に戻る。ドアを開ける瞬間、少しの恐怖を感じたが、意を決して開ける。

 教室内は夕日が差し込んでいて、いつも通りの穏やかな空間になっていた。黒板は雑に拭かれていてチョークが微かに残っている。そしてほのかに香る香水の匂い。きっとお洒落に目覚めた男子が付けていたのだろう。グラウンドでは部活で声を上げる生徒達が。

(なんか元の世界に戻れたって感じだ)

 ふと心を落ち着かせて自分の机の中にある携帯を取り出す遥。その瞼の中には今だ冷酷の目は張り付いているが、先程の震えは止まっている。

 

(あいつがどんな奴なのか気になる……あいつでいいかな?)

 

 

「私の餌……」

 

 そんな声は放課後の校舎にかき消されていった。

 

 

 

 




最後まで読んでいただいありがとうございます!

次回も不定期投稿です。

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