カオスチャイルド耳かき短編シリーズ (栗原 学)
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拓留が泉理に耳かきされる話
本編クリアした人間には設定ガン無視の世界観なんでオススメ出来ません。
「なぁ泉理。耳かきどこにあるか知らないか?」
キッチンでうきや結衣と一緒に晩御飯を調理している泉理に声をかける。普段しまってある戸棚の中に耳かきがなかったからだ。
「耳かき?いつもの所にない?」
どうやら泉理も耳かきの位置を把握していないらしい。
「ないから聞いてるんじゃないか。最後に使ったの誰だよ」
「私じゃないよ」
「僕も違うよ」
「えと、あの…わかりません」
結衣、結人、うきがそれぞれ答える。泉理も知らなくて三人でもないとするとこの青葉寮の住人は残り一人しかいない。
「あ、あぁ耳かきな。確か診察室で使ったっきりだったな。まだ置きっぱなしだった気がするな」
「もう、父さん。使ったら戻してっていつも言っているでしょ」
キッチンから泉理がリビングで寛いでいた父さんを睨みつける。さすが女帝、すごい迫力だ。これは説教に巻き込まれる前にさっさと逃げ出した方がいいだろう。さっきから耳が痒くて仕方がないんだ、ここで足止めを食らうわけにはいかない。
「ま、まぁいいじゃねぇか。拓留、耳痒いんだろ?泉理に耳かきしてもらえよ」
「は、はぁ?いいよ、別に。自分でできるよそれくらい」
父さんが話題を逸らそうとしたのかとんでも無いことを言い出した。泉理に耳かきしてもらえだって?そんな恥ずかしいことできるわけないだろ!
「あら、私は別にいいわよ。耳かきしてあげても」
何言ってんだコイツ!泉理が少し照れたような顔でそんなことを言い出す。
「で、でできるわけないだろ、そんな恥ずかしいこと。だいたい、泉理は今、晩御飯作ってる最中じゃないか」
「晩御飯なら別に私とうきだけでも大丈夫だよ」
「はい、後はお鍋の火加減を見ているだけなので」
結衣とうきが逃げ道を塞ぐ。
「い、いやでも―」
「拓留」
「泉理、やっぱり一人で」
「拓留?」
「はひぃ」
唐突に女帝モードになるなよ!というか今怒らせる要素あったか?
「結衣、うき、後はよろしく頼むわね。ほら拓留、行くわよ」
泉理に手を引かれて部屋を出る。どうしても僕の耳かきをするつもりらしい。
仕方がない。みんなの目の前で耳かきされるという恥ずかしい事態は免れたわけだし大人しく耳かきされよう。恐いし。
「あったあった。さ、拓留。ここに頭乗っけて」
耳かきは父さんの言うとおり診察室に有った。机の上のペン立てにボールペンなんかと一緒に刺さっていた。梵天の付いたスタンダードな竹製耳かきだ。
泉理はそれを抜き取ると診察室のベッドに腰掛けて自らの膝をポンポンと叩く。
こ、これは、いわゆる膝枕というものか!?ベッドに横になって膝に頭を乗っけろということか!?
「拓留?どうしたの、早くなさい」
「あ、あぁ。うん」
泉理に急かされ仕方なく頭を泉理の膝に乗せる。なんだこれ!柔らかい!
「じゃあ始めるからあんまり動かないでね。危ないから」
耳かきが僕の左耳にそっとあてがわれる。いきなり耳穴に入ってくることはなく、耳介をそっと掻き始めた。
「ちょっと拓留?あなた最後に耳かきしたのいつ?かなり汚いわよ」
「どうだったかな…。確か三ヶ月はしてないと思う」
「不潔すぎ。一ヶ月に一回はしなさい。」
だいたいあなたはいつも身嗜みを気にしなさ過ぎなのよ、と泉理が完全に説教モードになってしまった。
説教しながらも耳かきはカリカリと耳介を掻き続けている。どうやら僕の耳は本当にかなり汚れているようでさっきから耳かきが僕の耳とベッドの枕の上に広げたティッシュの上を行ったり来たりしている。
「拓留、聞いてるの?」
「あぁ、聞いてるよ。それよりいい加減、中も掻いてくれないか?外側ばっか掻いてるせいで痒いんだ」
「そうして欲しいなら普段から綺麗にしてなさい。外側なんてお風呂の時にでも自分で綺麗にできるでしょう?」
「わかった、今度から気をつけてるよ。だから頼むよ」
「仕方ないわね、まったく」
ようやく耳かきが耳穴の中に侵入してくる。待ちに待った感触に期待を抱かざるをえない。
しかし、僕の期待を裏切り耳かきの先端は穴の入口付近で停止した。
「泉理?痒いのはもっと奥の方なんだけど…」
「我慢なさい。手前から耳垢を取っていかないと奥に押し込んじゃうでしょう?」
耳かきは入口付近をちょこちょこと掻いていく。耳かきが耳垢をこそぎ落としていく度に穴の奥の痒みが増していく。
実際、泉理の言っていることは正しいんだろう。泉理が耳かきを動かす度に耳に伝わる耳かきの感触は確かな物に変わっていく。耳垢が剥がれ直接外耳道に耳かきが触れ始めたせいだろう。
しかし、その確かな感覚がむしろ僕の掻痒感を刺激する。今すぐ泉理から耳かきを引ったくって思う存分ガリガリと掻きたい欲求に駆られる。
「せ、泉理、頼む。もう限界だ」
「はいはい、わかってるわよ。奥の方やるからじっとしててね。本当に危ないから」
手前の耳垢を掻き終えた耳かきが奥へと進んでくる。
遂に待ち望んでいた感触がやってくる。ずっと痒いと感じてた場所を確かな堅さの竹匙が優しくカリカリと掻いていく。
最高だ…。天国にいるみたいだ。
「あら、張り付いちゃってるわね」
ガリッ、という音と共に耳かきがある部分で止まる。
か、痒い!
「泉理、そこ。そこが一番痒い」
「大きいのが張り付いてるわよ。自分で耳かきした時に押し込んだんでしょう」
確かに心当たりが無いわけでもない。普段自分で耳かきする時には当然耳の中が見えないから手探りでするわけだけど自分でする時はこんなに耳垢が出たことがない。多分いつも押し込んでしまっていたんだろう。
「自分じゃ耳の中なんて見えないんだから。それこそ丁寧に手前からやらなきゃダメよ。どうせいきなり奥の方まで突っ込んじゃったんでしょう?」
「ぐっ…」
実際その通りだから反論できない。でもしょうがないじゃないか。痒いんだから。
「仕方ない。今度からは耳が痒くなったら私に言いなさい。私が耳かきしてあげるわ」
「はぁ?いいよ別に自分でやるから」
「自分でできていないからやってあげるって言ってるんでしょう?下手に耳垢を押し込んで耳垢栓塞にでもなったらどうするの?」
本当の事を言われてぐぅの音も出ない。
「だからこれから拓留の耳は私が耳かきします。わかったわね?」
「わかったよ、好きにすればいいだろ」
「よろしい。はい、取れた。拓留、反対の耳やるわよ」
ボゴッ、というくぐもった音が僕の左耳にだけ響く。どうやら痒みの原因となっていた耳垢は取り除かれたらしい。本来なら爽快感でも感じるところだが、これから耳かきの度にこんな恥ずかしい思いをするのかと思うととてもそんな気分にはなれなかった。
「拓留?早く反対の耳を向けてくれない?」
そんなことを考えていると頭上から泉理に声を掛けられる。どうやら物思いにふけってしまっていたらしい。
僕はこんなに悩んでいるのになぜコイツはこんなにも平然としているのだろう。なんだかムカついてきたぞ。
「いや、まだだ。まだ梵天をしていない」
なんとかして泉理を困らせたい。そんな衝動に駆られた僕は自然とそんな言葉を口にしていた。
梵天。耳かきの匙の反対側についてる毛玉の塊みたいなアレ。確か水鳥の羽根か何かで作られていたはずだ。
本来は耳かきの仕上げにアレを耳の中に突っ込んで細かい汚れを掃き取るための物だが僕は面倒くさいのもあって普段は使っていない。ただ、泉理の言葉に逆らおうとして出てきたのがそれだった。
「梵天?あなた確か梵天は『衛生面の観点からみて梵天は雑菌だらけだから耳の穴なんて繊細な場所に入れるべきじゃない』とか言ってなかった?」
言った。確かに言った。以前、結人が結衣に耳かきされている時に言った記憶がある。
「い、今は梵天をしたい気分なんだよ」
いくらなんでも適当な言い訳すぎるかと思ったが泉理はたいして気にしていない様子だった。
「そう、まぁいいわ」
とだけ言って梵天を耳穴に差し込んでくる。ガサ、と耳に入ってきたかと思うとすぐに耳の外に出てしまう。そしてすぐにまた耳の中に入ってくる。泉理の梵天の使い方はまるで箒でチリを掃くかのようだ。
ガサ、シュポ、ガサ、シュポ、ガサ、シュポ、と何度も梵天が出たり入ったりする。
そのうち、耳の中を掃き終えたのか最後に耳介を梵天で軽く撫でた。
「はい、今度こそこっちの耳は終わり。ほら拓留、右耳を上に向けて」
「ああ」
言われるがままに僕は右耳を上に向ける。また何か言ってやろうかと思ったが言葉が出てこなかった。ずっと横になっていたせいか眠くなってきたのだ。
「拓留?寝ちゃダメよ危ないから。…もう仕方ないわね」
最初は僕を起こそうとしていた泉理だが、すぐに諦めたらしい。そのまま耳かきを再開したようだ。
その耳かきの感覚と枕にしている泉理の膝の感触がなんだか心地よくて、気が付くと僕はそのまま眠りについてしまった。
書き終えてから思ったけどこれ乃々でいいよね。
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拓留が雛絵に耳かきされる話
今回はタクと有村の話。
「あっ!宮代先輩~!待ってました~!」
僕が新聞部の扉を開くなりそんな声を上げながら有村が飛びついてくる。
「有村、いつも言ってるけどなんで文芸部のお前が新聞部にいるんだ」
「そんなの部長の彼女なんですから当然ですよ。それとも宮代先輩はわざわざ部室にまで会いに来てくれた健気な年下彼女を無碍に追い払うんですか!?」
芝居がかったしぐさで有村が僕を責め立てる。
「先輩…鬼畜、かも…」
香月がとんでもない事を言い出す。
「な、何を人聞きの悪い事を言うんだ!僕はそこまで酷い人間じゃない!」
「だったら宮代先輩、デートしましょう」
何がだったら、なのかわからんが多分最初からデートに誘う為の小芝居だったんだろう。
「わかったよ。いいよ、デート。いつにする?」
幸い部室には有村と香月だけみたいだしさっさと約束を取り付けてこの話は終わらそう。来栖や伊藤にでも聞かれるとデートの事を根掘り葉掘り聞いてきて面倒なことになる。
「え、いいんですか?本当に?」
「あぁ、いいよ。有村なら嘘かどうか分かるだろ?」
僕と有村は『能力者』だ。有村の能力は人の言葉の真偽を見極めることができる。
「でも先輩、本当にいいんですか?その…迷惑だとか思っていません?」
「思ってないよ。有村と一緒にいるのは僕もその、楽しいし」
有村は過去にその能力のせいで色々あったらしい。そのこともあり僕はできるだけ有村に嘘を付かないようにしている。
「で、では、その今度の日曜日に…」
「お、おう…」
くそっ!なんだこの気恥ずかしさは!付き合いたてのカップルか!いや、実際そうなのだが。
「なんだかタクと雛ちゃん、初々しいカップルみたいだねぇ」
と、ふと香月と談笑している幼馴染の姿が目に移った。しかも話題は僕たちのことだ。
「わ、せり!」
「お、尾上!いつから居たんだ」
う?などと言って世莉架がこちらを見る。まるでずっとそこにいたかのように自然に部室のPCの横に立っていた。
「ついさっきだよぉ、二人とも私が入ってきても気付かないだもん。ねぇ華ちゃん?」
「…ん」
香月がうなづく。いったいいつから見ていたんだ!?いや、どこから見られていたとしても気恥ずかしさは変わらないか。それより今は二次災害を防がなければならない。世莉架が伊藤や来栖にでも言いふらしたら大変なことになる。
「そうだったのか。すまん、尾上。あと、この事は来栖や伊藤には黙っておいてくれないか?」
今のうちに世莉架に口止めをしておけば何とかなるかも。そう思いつい口にしてしまったその言葉を。
「あら?何を黙っていて欲しいのかしら?」
ちょうど部室に入ってきた来栖にバッチリ聞かれてしまった。
「なんだ、ただデートするだけなのね?てっきりまた拓留が何か企んでるのかと思ったわ」
あれから。僕が発した『来栖には黙っていてくれないか?』という言葉を曲解した来栖に女帝モードで迫られたが有村と世莉架のフォローもあり事なきを得た。
「それで?どこに出掛けるの?日時は?」
「ちょっと落ち着けよ来栖。今度の日曜日に出掛けようって事しかまだ決まってないよ」
これがあるから来栖には知られたくなかったんだ。過保護過ぎるんだ、来栖は。このままだと『お姉ちゃんもついて行こうか?』とか言い出しかねない。
「拓留、男の子なんだからあなたがきちんとエスコートしないとダメよ?服もちゃんとした格好で行くのよ?」
「わかった、わかったから。皆見てるだろ恥ずかしい」
そもそも彼女をエスコートしろとか彼女の前で言うことじゃないだろ!
「と、ともかくこれは僕と有村の問題なんだから放っておいてくれ。ほら有村、行こう」
「え、ちょっと先輩!?」
詰め寄ってくる来栖を交わし有村の手を取って部室を飛び出す。どこに行くとかは考えてない。来栖に詰め寄られて息苦しさを感じる部室から逃げ出したかっただけだ。
「先輩!宮代先輩!ちょっと待ってください!」
部室を飛び出して少しして、昇降口に向かっていた僕を有村が引っ張って止めた。
「な、なんだよ有村」
「なんだよじゃありませんよ!このまま帰るつもりですか?私カバン新聞部に置きっぱなしなんですけど」
「あ…」
そういえば僕も部室に置きっぱなしだった。くそっ、これじゃあ結局部室に逆戻りじゃないか。
「今部室に戻るのは嫌だ。どこか別の場所で時間を潰してから戻ろう」
部室を飛び出した手前、すぐに戻るのはなんだか嫌だ。
「じゃあ飲み物でも買って屋上に行きましょう。放課後はあんまり人いないと思いますし。あ、もちろん飲み物代は宮代先輩の奢りですよ?」
「はいはい、いいよ別に」
元々無理やり連れ出したのは僕だ。飲み物代程度で済むなら安いものだ。
「ふー、やっと一息つける」
屋上のベンチに並んで座り、途中の自販機で購入したマウンテンビューを煽る。
よく考えたら部室に着くなりバタバタしていたからようやく腰を落ち着かせる事ができた。
「宮代先輩ほんとそれ好きですよね」
隣に座る有村がお茶を飲みながら笑う。自販機で有村の分もマウンテンビューを買おうとしたら断られた。
「それでこの後どうします?」
飲みかけのお茶のペットボトルの蓋をしめて有村がこちらを向く。このニヤリとした顔は何か企んでいる時の顔だ。
「どうするって…適当に時間潰して部室に戻ろうって」
「だから~その時間の潰し方ですよ~。ただここでぼんやり並んで座っているだけでも別にいいですけどつまんないじゃないですか」
そういいながら含みのある笑みのまま顔を近付けてくる。ちょ、近いって!
「じゃ、じゃあどうするんだよ。しりとりでもするか?」
「先輩それ本気で言ってます?そうじゃなくて…もっとイイことしましょ?」
ちょ、ちょっと待て!イイことって何だ!?何する気だ!もしかしてわざわざ人のいない屋上に来たのはそういうことか!?屋外でそんな、そんなの変態すぎるだろ!?
「ま、待て有村そういうのはもっと分かり合ってから」
「いいからほら横になってください。宮代先輩」
ぐいと手を引かれ有村の太ももに頭を押し付けられる。いや、まずいでしょ!これは。外だぞ!?まだ日も落ちてないぞ!?
「じゃあ始めますね」
「ひゃ、ひゃい」
本当にするのか!?ここで?しかし一体どんなプレイをするんだ?太ももに頭を押し付けられてこれじゃあまるで膝枕だ。
ん?膝枕?
すっ、と有村の細い指が僕の髪の毛をかき上げる。
「じゃあ、先輩。耳かき入れるんで動かないでくださいね」
ん?耳かき?
「有村、耳かきをするのか?」
「え、はい。何だと思ったんですか?」
耳かきの態勢になっていて有村の顔を見れないが今絶対ニヤニヤしている。間違いない。
「な、なんで耳かきなんだ?僕は別に耳痒くもないんだけど」
「こないだ華に耳かきしてあげたんですよ。痒いって言うから。でも別に綺麗だったんですよね~。だからなんだか掻き心地のある耳かきがしたくて」
香月はいつもヘッドホンしてるから耳の中が蒸れて痒かっただけだろう。それに耳垢は外から入り込んでくる埃やチリが主な汚れだと聞くし、ヘッドホンが汚れを防いでいたのかもしれない。
「その点、宮代先輩の耳は合格ですね。かなり汚いですよ?先輩の耳」
「褒められているのか馬鹿にされているのか…」
少なくとも身体の一部を汚いと言われるのは褒め言葉ではないだろう。
「やだなぁ。褒めてるんですよ。耳かきする側にしたらやっぱりやりがいがある方がいいですからね」
「そんなもんか。まぁ、せっかくだし頼もうかな。いい時間潰しにもなるし」
それに彼女に膝枕してもらうのって何だかリア充っぽいし。
「やった。それじゃあ改めて始めますね。動くと危ないんでじっとしててくださいね」
そういいながら上に向けている右耳にそっと耳かきが入ってくる。
「それにしても耳かきなんてどっから出したんだ?カバンは部室に置きっぱなしだろ?」
そもそも耳かきなんて持ち歩くものだろうか。
「やだなぁ先輩。女の子は常に肌身離さず化粧ポーチを持ち歩いているものですよ。私はそこに耳かきと綿棒も入れてるんです。いつでも身だしなみを整えるのは女の子の常識です」
「へぇ」
そうなのか。あんまり女子の私物というのを見たことがないからよく分からないが確かに教室で化粧品を弄っている女子は見かけたことがある。
「それに綿棒は化粧にも使いますし持ってて損はないです」
その時、耳の中でガッという音が響いた。どうやら耳かきの先端が耳垢か何かに引っかかったようだ。
「おっと先輩、大人しくしててください。獲物がかかりましたぜ」
いつになく真剣な声で有村が囁く。女の子特有の高い声が僕の鼓膜を刺激する。その刺激のせいかそれとも耳の中に耳垢がある事を認識してしまったからか右耳が凄く痒くなってきた。
「有村、なんか耳が痒くなってきた」
「え~?大丈夫ですか?どの辺りです?」
「いや、分からないけど多分今引っ掛けた耳垢辺りだと思う」
「この辺りですか?」
そう言ってカリカリと耳垢辺りを匙で掻く。
「あぁ、多分その辺り」
「では、とりあえず耳垢を取っちゃいましょう」
先程よりも若干強めにカリカリと掻かれる。耳垢は耳壁に張り付いているようで耳かきは何度も同じ箇所を往復している。
ペリ、と耳の中で異音がした。耳垢の一部分が剥がれかけているようだ。快感と掻痒感の入り混じった感覚が僕を襲う。
「お、取れそうですよ先輩」
心なしか興奮気味な声が降ってくる。耳を掻く手にも力が掛かっているように感じる。
ボコッ、と水を溜めた湯船の栓を抜くような音が耳の中に響き渡る。
「取れました~!中々の大物ですよ!」
わざわざ有村が耳の中から取り出した耳かきの先端を僕の目前まで持ってくる。
耳かきの先端には有村の言うとおり中々の大物が付いていた。
化粧ポーチに仕舞ってある物だからなのか普通の耳かきよりもやや小型である耳かきとはいえその耳かきの匙からはみ出る大きさの耳垢は大物と言って差し支えないだろう。
「さぁ、次の獲物に取りかかりますよ~!」
「まだあるのか?」
「こんなもん序の口ですよ。奥にまだ結構ありますね」
指で耳かきを弾く。先端に付いていた耳垢がポロッと地面に落下する。
カサッ、という音と共に再び僕の耳の中に耳かきが挿入される。
「ほら、ここにも」
先程の耳垢よりも少しだけ奥。そこを耳かきが掻くとポロポロと耳垢が取れた。どうやら今度は張り付いていないようだ。
「もしかして、僕の耳ってかなり汚いのか?」
思った事をつい口にしてしまう。
「そっすね。ここまで汚いのは珍しいんじゃないですかねぇ」
即答かよ。しかし、それだけ汚れているという事か。
「どうせ先輩のことだから『耳かきは本来する必要のない行為なんだ』とか言ってサボってたんでしょう?」
「ぐっ…」
その通りだ。耳垢は耳の中を守る殺菌作用があるため必要以上に取るべきではない。という話を聞いたことがある。
実際のところ、本当か嘘かは分からないがそれを免罪符に耳かきを怠っていたのは事実だ。
「しょうがないですねぇ、宮代先輩は。これは今度から定期的に私が耳かきをしてあげなくちゃいけないみたいですね」
「それ有村が耳かきしたいだけじゃないのか?」
「あっ、バレちゃいましたか」
他愛のない会話をしているうちに気がつけば耳かきはかなり奥の方まで入り込んでいた。
ガサ…ガサ…、耳かきが少し動くだけでも耳の中では大きな音で反響を繰り返す。
自分で耳かきする時はこんなに奥まで入れたことはない。
「ずいぶん奥までやるんだな。耳垢は奥の方にはないって聞いたことがあるけど」
「うーん、自分で耳かきする時に押し込んじゃったんじゃないですかね。結構ありますよ?耳垢」
有村がそう言うのとほぼ同時に耳の中で一際大きな音が響いた。どうやら奥に押し込んでしまった耳垢が剥がれた音のようだ。
慎重に耳かきが耳穴から抜かれる。耳かきの先には先程、張り付いていた耳垢の二倍はあろうかという大きさの耳垢が付着していた。
「それ本当に僕の耳から出てきたのか?」
「事実です。現実を受け入れましょう」
もはやちょっとした塊になっている耳垢はとても人体から出てきた物とは信じがたい物だった。
「今まで押し込んできた耳垢が固まった物ですかね?やっぱり今度からも私が先輩の耳かきをしないとですね。自分でやるとまた押し込んじゃいますよ」
「そうだな…また頼むよ」
はい!任せてください!と元気な声で返事をした有村が耳かきから綿棒に持ち替える。綿棒の先になにやら小瓶に入った液体をまぶしている。
「それは?」
「化粧水ですよ~。さっき張り付いてた所、赤くなってるから」
そういって綿棒が僕の耳の中に入ってくる。先程までの硬質な耳かきの感触と違い、濡れた綿棒の柔らかでヒンヤリとした感触が気持ちいい。
「はい、こっちの耳はおしまいです。次、反対の耳やりますね」
「あぁ」
有村の膝の上で転がるように頭の向きを変える。左耳が上を向くようにする。
「あ」
何も考えずに向きを変えてしまったがコレはまずい!制服ごしの有村のお腹が目の前ある。しかも、女の子特有の甘い匂いが鼻孔を刺激する。
「わ、悪い有村。体勢を変えていいか?」
慌てて身体の位置を変えようとした僕の頭部を有村が両手で押さえ込んだ。
「おやおや~。どうしたんですか宮代先輩?動かれると耳かきできないじゃないですか~」
こいつ絶対今ニヤニヤしてる!わざとか!?わざとやってるのか!?
「さ、先輩。続きやっていきますよ~」
無理やりにでも起き上がろうかと考えていたところに耳かきが挿入される。これでは下手に動くと怪我をするおそれがある。
こうなると詰みだ。羞恥心に耐えながら耳かきをされる以外、道はない。
「ん~こっちは右耳ほど汚れてませんね。奥に押し込んでいる様子もないですし」
「左耳はやりにくいから手前だけ適当に掻いて終わりにする事が多いからかもな」
利き手ではない左手で耳を掻くと力の細かい調整がしにくくガリッと引っ掻いてしまう事がある。かといって右手で左耳を掻こうとすると下手な力が掛かってしまいまたガリッとやってしまう。
どうしても左耳はやりにくいんだ。なら下手に弄らずに放置した方が被害は少ないはずだ。実際、頻繁に耳かきしていた右耳の方が汚れていたみたいだし。
「ま、右耳よりマシってだけで左耳も汚いといえば汚いですけどね」
有村が耳かきを動かす度に耳の中でサリサリという音がする。
「こっちは耳壁に張り付いてるというより耳の中の産毛に付着してるって感じですかねぇ。耳かきだと取りにくいです」
そういうと早々に耳かきを切り上げ綿棒を取り出した。どうやら綿棒で毛に付着した細かい耳垢を取るようだ。
乾いた綿の球が耳壁と擦れる音が耳の中で鳴り続ける。
「おーおー、綺麗に取れましたよ先輩。一応こっちも仕上げに化粧水付き綿棒を使いますか」
先程まで耳に突っ込んでいた綿棒の反対側に化粧水を付ける。
やっぱり濡れた綿棒の方がヒンヤリしてて気持ちいいな…。
「はい、おしまい。宮代先輩?終わりましたよ~」
ついに左耳からも濡れ綿棒が抜かれる。もう終わってしまったのか。何だか物足りなく感じる。
「なあ有村。もうしばらくこのままでいいかな?」
「え~?まぁいいですけど、結構重いんですよ?先輩の頭」
もう足が痺れちゃいましたよ~、なんておどけてはいるが嫌がってはいないようだ。…多分。
その証拠に今も左手で僕の頭を優しく撫でてくれている。
その左手がとても心地よく、僕の意識は暗転していった。
「おい!宮代ぉ!デートってどういう事だよ!」
心地よい眠りから目覚め、いい加減戻るか、と部室の扉を開くなりこれである。
どうやら有村とデートする事が伊藤にも伝わったらしい。
「許さねぇぞ宮代!この裏切り者!」
だから伊藤にも来栖にも言いたくなかったんだ。言ってる事は正反対な二人だがどちらもやかましいことに変わりはない。ちなみに戻ってきたら来栖はいなかった。多分委員会の仕事だろう。
「あぁもう、わかったわかった。その話はまた今度な」
「わかってねぇ!そもそも今も二人で飛び出して何してたんだよ!」
興奮冷めやらぬ、といった調子で突っかかってくる伊藤を投げやりに対処しつつカバンを手に取る。元々、部室にはカバンを取りに戻ってきただけだ。伊藤は適当にあしらってさっさと帰るに限る。
「そういえばタクと雛ちゃん、屋上で何してたの?」
「は?」
「え、せり見てたの!?」
嫌な予感がする。頼むから余計な事は言わないでくれ、と世莉架に直接言う訳にもいかず心の内で祈っていたがどうも神様というのは存在しないのだろうか。
「うん。タクが雛ちゃんの足に顔を近づけてるの見ちゃった。見ちゃいけないかな~と思ってすぐ引き返したけど」
何故そのタイミングで引き返した!あと少しでただの膝枕だってわかっただろ!それだと僕が有村に変態行為を働いたみたいしゃないか!そもそも有村が僕の頭を掴んで無理やり太ももに押し付けてきたんだろ!
頭の中で言いたいことがぐるぐる巡って結局何も声に出せなかった。
「おい!宮代ォ!どういう事だよ!」
「い、いや誤解だ!話を聞けよ伊藤!」
伊藤が胸ぐらを掴んでくる。目には怒気が含まれていてとても冷静には見えない。
「あら?何が誤解なのかしら?是非、私にも説明して欲しいわね」
前門の虎、後門の竜とは今のような状況を言うのだろうか。気が付けば部室の扉の前に来栖が立っていた…。
その後、怒れる伊藤が縮こまるくらいの迫力の女帝に絞られたのは言うまでもない。
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拓留が世莉架に耳かきする話
ここは僕の家、と言っていいのかは分からないが僕の住処ではある。まぁ要するに今僕達がいるのはトレーラーハウスの中だ。
「ね~タク~。話って何?」
そして目の前にいるのは尾上世莉架。僕の幼馴染だ。話があると電話でわざわざここまで足を運んでもらったのだ。
「あぁ、尾上。とりあえずそこに座ってくれ」
僕は棚を漁りながらベッドの端を指さす。
「う?何か探し物?」
「いや、あんまり使ってないから場所が分からなくなって…とあった」
棚の奥に目当ての品はあった。簡素なプラスチックのケースに仕舞われたそれを取り出す。
「何それ。薬さじ?」
「いや、どうみても耳かきだろ。むしろなんで薬さじなんて言葉が一番に出てくるんだよ」
う?と本人は首を傾げているが本当に世莉架の思考回路は読めない。こいつの将来が本気で不安になってくる。
「それで、それどうするの?掻くの?耳」
「そりゃあ耳かきなんだから耳を掻くのに使うさ。ただし掻くのは尾上、お前の耳だ」
「う?私の耳を掻くの?タクが?」
あぁ、と返事をして世莉架の隣に腰を下ろす。
何故、突然耳かきなんてことをするのかその理由はこれだ。クールキャットプレス。
『モテる男は包容力が違う!彼女に耳かきをして包容力を見せつけよう!』
この記事の話が確かなら耳かきが上手い男はモテる。今はその練習をしようということだ。
「さぁ尾上!僕の膝に頭を載せるんだ」
「ちょ、タク!?やめてよ、恥ずかしいよいきなり」
珍しく世莉架が羞恥心を露わにする。
「いいからほらちょっとだけだから!ちょっとだけ!」
世莉架の頭を掴んで無理やり膝に載せようとする。載せてしまえばこちらのモノだ。耳かき中暴れたら危ないのは世莉架の方だ。
その時だった。
「やめてって言ってんでしょ!」
「んごぅ!」
激しく抵抗した世莉架の頭突きが僕の顎にクリーンヒットした。
痛みにもんどり打つ僕を押しのけて立ち上がる世莉架。
「この変態!クズ!そのグロい舌噛み切って死ねよ!」
そう言い残すとトレーラーハウスのドアを開けっ放しにして出ていってしまった。
「タク?耳かきしないの?」
「えっ?あ…、あぁ始めるか」
僕の膝に右耳を上にして頭を載せた世莉架が僕の顔を見上げながら聞いてくる。どうやらまた妄想に耽ってしまっていたらしい。
というかこいつあっさり頭を載せたけど無防備過ぎないか。将来悪い男に騙されたりしないか心配になる。
「まぁいいか。じゃぁ、やるぞ」
ケースから耳かきを取り出す。耳かきは竹製で
「少し耳たぶ引っ張るぞ」
耳介を軽く引っ張り耳穴の中を覗く。
暗くてよく見えないな。トレーラーハウスの灯りだけでは耳穴を照らすには足りないようだ。
だがこんな事は予測済みだ。僕は予め用意しておいた小さなライトを取り出す。ライトから出るLEDの光は明るく耳穴を照らすのに十分な光量だった。
「どれどれ…あー、結構汚れてるな。耳かきあまりしないのか?」
「うー、最近はあんまりやってないなぁ。お風呂上がりに綿棒で軽く掃除はしてるんだけど…」
「それ、耳の中が荒れるからあんまりやらない方がいいみたいだぞ」
確か風呂上がりは耳の中がふやけてるから綿棒でも傷つきやすいんだったかな。
「えー?アレ気持ちいいのにー」
「気持ちは分からないでもないけど…。まぁ、あんまり強く掻かなきゃ大丈夫じゃないか?」
そんな雑談をしながらライトの角度を変える。どうも耳穴の形が平仮名の『く』の字のようになっているらしく奥の方が見る事ができない。
「とりあえず手前からやっていくか…」
奥の事はひとまず後回しだ。手前の耳垢を除去すれば多少は見やすくなるかもしれないし。
ライトを左手で持ちつつ右手で耳かきをペンのように握る。
力加減も解らないし、いきなり耳の中をやるのは少し怖いのでとりあえず耳介を掻いていく事にするか。
耳介の溝に沿って耳かきを滑らせるように掻く。
「どうだ尾上、痛くないか?」
「う?別に平気だよ~」
どうやら力加減はこれくらいで問題ないようだ。耳介には余り汚れは見られない。どうやら綿棒で掃除する際に耳介も拭っているようだ。
「よし、中に入れるから暴れるなよ。危ないから」
「おっけい」
耳穴をライトで照らしながら耳かきを挿入する。とりあえず一番手前の耳垢から取っていくか。
僕は慎重に耳かきの先端を耳垢に添える。ごく弱い力で耳垢を掻く。
耳かきを引き上げてみると小さなカスが先端に付着していた。見えていた耳垢のほんの一部しか取れなかったようだ。とりあえずティッシュで拭う。
こ、これは中々難しいぞ。自分の耳じゃないからどのくらいまで強くしていいのか分かりづらい。強すぎると痛いだけだろうし弱すぎると今度は耳垢が取れない。
あんまり強く掻きすぎて耳の中を怪我されたらたまったもんじゃないが、とりあえず見えている耳垢だけはちゃんと取っておきたい。
「尾上、少しだけ強くするぞ」
返事はない。かわりに僕のズボンをキュッと握る。やっぱり怖いんだろうか。
僕は本当に少し、気持ち強めに耳かきを動かす。
指先が引っかかりを覚える。耳かきの先端が耳壁を押す力が強くなったことで耳垢が引っかかったようだ。
力加減を維持したままゆっくりと耳垢を引いてみるがビクともしない。慎重に少しずつ剥がしていくしかない。
耳垢の端っこを削るようにゆっくりと小刻みに耳かきを動かす。どうやらこのやり方は間違ってはいないようだ。耳垢が少しずつ削れて粉のようなカスが耳かきの先端に溜まっていく。
「うー、タク~それ痒いよ」
「あぁ、悪い。でも、もう少しだけ我慢してくれ」
これが自分の耳だったら力加減なんか考えずにガリガリ掻いてしまうのだが他人の、それも女の子の耳となると怪我をさせてしまわないかと不安になる。
力加減といえば昔強く掻きすぎて耳かきが折れてしまった事があった。あの時は来栖にこっぴどく叱られて「これから拓留の耳は私が掃除します!」と言われて大変だったな。
「タク?どうかしたの?」
「あっと、悪い。考え事してた」
どうやら手が止まっていたらしい。気を取り直して耳かきを再開する。
さて、再開するのはいいがどうするか。耳垢は端が剥がれかけてはいるが耳かきだと上手いこと取れないみたいだ。いっそのこと直接手で掴めれば楽なのに…。
「あっ…」
「う?ど、どうしたのタク?」
「いや、ちょっとそこで待っててくれ」
世莉架の頭を僕の膝から枕に移して立ち上がる。
確かで耳かきと同じ場所にしまってあったはず。と棚を漁ってみるとお目当ての物はすぐに見つかった。
「ピンセット?」
「あぁ、これなら耳垢を掴んで取れるだろ?」
もう一度世莉架の頭を膝に乗せ耳の中を覗く。さっき苦労して端の方を剥がしていった耳垢がピラピラと揺れている。
耳の中に慎重にピンセットを入れる。竹製の耳かきと違ってピンセットは金属製だ。下手にガリッとやってしまったら耳かきより痛いだろう。さっきよりもさらに慎重にしなくちゃいけない。
耳壁に触れないようにそうっと…よし、掴んだ!
「よし、耳垢掴めたから取り出すけど痛かったら言えよ?」
「う、うん」
耳垢はまだ一部が張り付いているみたいでこのまま引き抜いても耳壁を傷つけてしまうだろう。手始めに弱い力で引っ張ってみる。
「どうだ?痛くないか?」
「うん、別に平気だよ?」
「そうか」
じゃあこの強さで引っ張って徐々に剥がしていくか。
それから、ゆっくりと痛みがないように引っ張り続けていたのだがついにその時間が終わりを迎えた。
ベリッと聞こえてきそうなほど勢いよく耳垢が剥がれた。
「尾上、取れたぞ」
「うー、耳の中でベリッて音がしたよ」
どうやら世莉架には本当に聞こえていたようだ。
耳垢を摘まんだピンセットを慎重に引き抜く。
「うげっ…」
取り出した耳垢はとんでもない大きさだった。耳壁に張り付いた物が長い時間を掛けて成長した物らしく軽く弧を描いた平べったい耳垢だ。小指の爪くらいのサイズと形をしている。
「ちょ、ちょっとタク!うげっ、は酷いよー!」
「そうはいっても流石にこれは酷い。血みたいなのがついてるぞ?自分で耳かきした時に引っ掻いたんじゃないか?」
耳垢はよく見ると一部赤黒い色をしておりまるでカサブタのようになっている。おそらく自分で掻いた時に出血した物が固まったのだろう。
もう一度ライトを握り耳垢が張り付いていた箇所を照らす。
「まぁ、傷のような物は見当たらないし大丈夫か。粗方取り終えたし綿棒やって終わるぞ」
ベッドの横に置いてある黒綿棒のケースから一本取り出す。
「う?何でその綿棒黒いの?」
「あぁ、黒い綿棒の方が耳垢が取れてるかわかりやすいんだよ。耳垢が白っぽい色をしてるから」
実はこの日の為にわざわざ黒綿棒を買っておいたんだ。昨日試しに自分で使って見たが普通の綿棒に比べて耳垢が取れてるという実感が得られた。実際に取れてる量は変わらないとは思うが。
「じゃあ入れるぞ」
綿棒を耳穴に入れる。やはりまずは浅い部分からだ。
綿棒で耳壁を拭うように時計回りに回す。そうして少しずつ奥に進めていき穴の半分程度で一度引き抜く。
「ほら、耳垢が分かりやすいだろ?」
綿球には耳かきでは取れないような粉状の耳垢が全体に付着していた。梵天なんかがあるとそれらも楽に取れるのかもしれないが僕の耳かきに梵天は付いていない。
「うー、分かりやすいのは良いけど恥ずかしいから見せないでよ」
「あ、あぁごめん」
世莉架の視界から綿棒を引っ込めると綿棒をひっくり返して反対側の綺麗な綿球を再び耳穴に入れる。奥の方はでかいのを取った後だからかあまり汚れてはいなかった。
「よし、終わったぞ。尾上」
「うん、ありがとうタク」
しかし思っていたより耳垢が溜まっていたな。他の人間の耳の中を見たことがないからなんとも言えないけどこれは普通より多い部類に入るんじゃないだろうか。
などと考えている間も世莉架が膝の上に頭を載せているままだ。
「尾上?終わったんだから起きろよ」
「え~、反対側は?」
そうだった。まだ片耳が終わっただけだった。
「すまん、忘れてた」
そういって寝返りうった世莉架の左耳を覗く。
こちらも右耳と同じくらい、あるいはそれ以上に汚れているみたいだ。
ごくり、と思わず生唾を飲み込む。これはさっきよりも大変そうだ。
左耳の耳かきは思っていた通り右耳より大変だった。奥の方で耳垢が栓のように耳穴を塞いでいたりそれが完全に張り付いていたりと中々どうしてハードな仕事となったが今回は都合により割愛する事にする。
「ふぁ~…」
耳かきが終わったものの相変わらず世莉架は僕の膝から離れようとしない。どうも耳奥の大物を取った後、綿棒で仕上げをしている最中に寝てしまったようだ。今も大きな欠伸をしながらスヤスヤと寝息を立てている。
いい加減膝が痺れてきたが僕の我が儘に付き合って貰ったのだ。少しくらいはこのまま寝かせといてやるか。
それにしても、結局耳かきで包容力が見せつけられたのだろうか。こうして膝の上で世莉架が寝ている状況は僕に包容力があると言えるのでは、と思う反面、まぁ世莉架だし、と思わなくもない。
そうか。幼なじみで昔から一緒にいる世莉架じゃそもそも意味がないのではないか?
じゃあどうするか。来栖も家族だしあまり世莉架と変わらないだろう。有村は何だかんだ人懐っこいから結構簡単に耳かきくらいさせてくれそうだな。よし、有村に連絡してみるか。
prrrrr…
『はい、宮代先輩?何か用ですか?』
「あぁ、有村。ちょっと耳かきさせて欲しいんだけど…」
『はぁ?馬鹿なんですか?』
「え…いや、その」
『デリカシーってものがないんですか?』
ブツッ、ツーツーツー。
おのれ、クールキャットプレス…
普段、耳かきされる側の視点で書いているので凄い難産でした。
特に耳かきしてる側だと耳かきのカリカリ掻く音とか聞こえないだろうな。と考えたせいで擬音が制限されて面倒で面倒で。
もう左耳まで書くのは面倒だったんで勘弁してつかぁさい。
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