実況パワフルプロ野球〜あの夏を目指して〜 (北条恋)
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1話

野球の名門、あかつき中学校。

 

そのグラウンドに立つ二人の男。その一人、鮮やかな薄茶色の髪に整った顔立ち、三年間名門あかつき中学校のエースを務めた完璧超人、猪狩守。

 

彼と同学年、来季より高校生になる球児達は猪狩を筆頭として優秀な人材が多く、高校に入る前から早くも豊作の年『猪狩世代』などと言われ騒がれている。

 

「やはり、気は変わらないのか?」

 

猪狩がもう一人の男に問う。

 

その男の名前は橘優吾。短く切り揃えられた清潔感のある黒い髪。身長は猪狩よりも拳一つ分高く、その鍛え上げられた肉体には無駄な脂肪など一切見当たらない。

 

三年に上がってからあかつき中学校の正捕手の座を我が物とし、一年間猪狩とバッテリーを組んでいた。

 

「ああ、俺はあかつき大付属には行かない」

 

「なぜだ。キミは僕が認める数少ない選手の一人だ。その才能を腐らせてしまっていいはずがない」

 

「買い被りすぎだよ。だいたい、あかつきには二宮さんがいるし、来期には進だって入学するんだろ? 俺がいなくたって捕手には困らないだろうが」

 

「僕は……キミとバッテリーを組みたいんだ」

 

猪狩はまっすぐな視線で優吾を見つめる。

 

それを受け、少し困ったような表情を見せた後、優吾はゆっくりと胸の内を明かす。

 

「俺はさ、自分に自信がないんだ。一年間正捕手としてやってきたけど、今でも正捕手は一つ下の進の方が良かったんじゃないかと思ってる」

 

「そんなこと……」

 

「まあ最後まで聞けよ。だからさ、俺は自分に自信を持てるようになりたいんだよ。将来、プロの世界でお前とバッテリーを組む為に」

 

「!?」

 

「別の高校に入って、捕手としてチームを引っ張って、今度はライバルとしてお前と正々堂々勝負する。そして自分の力でお前に勝てた時、俺はきっと胸を張ってお前の女房役を務められるようになると思うんだ」

 

「だ、だとしても! それならこの進路希望はいったいどういうことだ!?」

 

そう言って突き出した猪狩の右手には教師に提出したはずの優吾の進路調査表。

 

一番上、第一希望に書かれていたのは『日の坂学園』の文字。

 

「日の坂学園と言えば来年から開校される新設校のことだろう? 何の下地もなく、生徒は新規入学の一年生だけ。こんなところで……」

 

「それがいいんじゃないか」

 

「……なんだって?」

 

「何もないところで一からチームを作って甲子園を目指す。自分の力を試すにはこれ以上ないってシチュエーションだ」

 

「馬鹿を言うな! 野球はそんな簡単なスポーツじゃない! 無名の新設校に野球をやりに行く生徒が多くいるとは思えない。下手をすれば野球部を作ることだって困難だ。それに無名校なんてプロのスカウトは目もくれない。プロ入りだって--」

 

「なんだ、猪狩は名門の後ろ盾がなけりゃプロに行けないのか?」

 

「ば、馬鹿にするな! 僕ならどんな環境でもスカウトの目に止まってみせるさ」

 

「だろうな。だからこそ、お前と肩を並べるには俺もそうならなきゃいけねぇんだよ。……わかってくれ」

 

「……小波といい、お前といい、今年のあかつきは理解できない連中が多すぎる」

 

「ああ、そういや小波はときめき青春に行くんだったっけか」

 

小波晴人。あかつき中学校の四番打者で、猪狩、優吾と同様多くの名門高校が注目する猪狩世代屈指の好打者だ。

 

「まぁ、いい。お前が一度決めたことを絶対に曲げない奴だってことは僕もわかってる」

 

「わりぃな」

 

「それならば、僕はそれなりの対応をするだけだ」

 

「……は?」

 

「全力でかかって来い。この僕、猪狩守がお前を完膚無きまでに叩きのめし、あかつきに来なかったキミの選択を後悔させてあげよう」

 

「おーこわっ。でも、いいねぇ。俺はずっと、お前とこういう熱い勝負がしたかったんだ」

 

「ふん、その減らず口もすぐに叩けなくしてあげるよ」

 

そう言い残して、猪狩は優吾に背を向け去っていく。

グラウンドに一人残された優吾はその場に落ちていた白球を拾い上げ、遥か遠く、約90メートル先にあるバッティングケージを見据える。

 

大きくワンステップして投げられたその白球は、バスッと音を立ててバッティングケージのネットに吸い込まれていった。

 



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2話

--四月--

 

今日は待ちに待った高校生活始まりの日。

 

元あかつき中学校の正捕手、橘優吾は日の坂学園の入学式、クラス分け後のホームルームの後、下見の為にグラウンドに足を運んでいた。

 

今年からの新設校である日の坂学園の教育方針は『生徒の自主性を高める』

 

部活動についても学校側が定めた規定人数である五人を集めて担任教師に申請を出せばすぐに設立が可能だ。

 

体育などでも使う為だろう。見たところ練習器具が十分とは言えないが、幸い野球用のグラウンドは校庭の半分を使って作られている。

 

優吾はグラウンドの端から端までを見て回ったところ、その一角、授業で使うのであろうネットに向かってボールを投げ込む人影に目を止めた。

 

「なんだ、やっぱりいるじゃないか。野球やりに来てるやつ」

 

猪狩に大見得を切ってあかつきを出て来たものの、やはり不安がないわけではなかった優吾は同志の存在を認めて一つ安堵する。

 

しかし、とりあえず声をかけようと人影に近づいていく度に、優吾の表情は曇っていった。

 

その人は明るめの茶髪を背中の辺りで一つに結んでおり、身長は平均に比べてかなり低い。細い腕に細い足。顔はまだ幼さの残る所謂童顔で、スカートが風に靡いてヒラヒラと……

 

(……女の子じゃん)

 

つい最近、女子選手の正式な野球大会への参加、プロ野球への加入が認められてから野球をやる女の子が増えてきていることは優吾も理解している。優吾の身近にも野球をやっている女の子の知り合いは数人存在する為、見たことがないわけでもない。

 

けれど、増えてきているとは言ってもやはり珍しいものは珍しい。

 

目の前の少女に至っては、その体格は女子の平均を下回る。男子と比べればもってのほかだ。

 

野球部に勧誘できそうな生徒が早々に見つかったのはいいが、男子に混ざってちゃんとプレーができるだろうか。

 

そんな優吾の不安は、すぐに解消されることになる。

 

「…………よしっ!」

 

ネットに当たったボールを拾い上げた後、少女は先ほどよりも少し離れて立ち、構える。

 

(約18メートル。この距離はまさか……)

 

そう、それはまさにピッチャー、キャッチャー間の距離そのもの。それが意味するものは一つ。

 

少女はその小柄な身体など感じさせないくらいに、大きく振りかぶる。

 

そして、ステップと共に、今度はその身体を深く沈み込ませた。

 

(あ、アンダースロー!?)

 

身体を深く沈め、地面を抉るかの用な軌道で降り抜かれる腕から放たれるボールは、そのまま地面を滑る用に飛翔し、大きくネットを揺らした。

 

その瞬間、優吾に衝撃が走る。

 

気づいた時には、優吾は更に少女に歩み寄り、パチパチと賞賛の拍手を贈っていた。

 

「!? ひゃうっ!?」

 

優吾に気づいた少女はビックリして可愛らしい声をあげる。その姿はとても先ほど豪快なフォームでボールを投げていた少女のものには見えなかった。

 

「あー、驚かせちまってごめんな。向こうからあんたがボール投げてんのが見えたから、ちょっと気になってさ」

 

「あ、あの、えっと……ごめんなさい」

 

突然深く頭を下げ出した少女に、優吾は困惑する。

 

「いや、なんで謝るのさ」

 

「その、私、女の子なのに野球……してたから」

 

「はぁ? なんでそれで謝るんだよ。別に女が野球やってたっていいじゃねぇか」

 

「でも、中学校の時は、野球は女がやるスポーツなんかじゃないって、みんなに怒られて……」

 

次第に、涙ぐんでいく少女。

 

どうも、優吾と話したことによりあまり思い出したくないことを思い出してしまったらしい。

 

(女子選手が認められたとはいえ、やっぱりまだそういう男女差別はなくなってないんだな)

 

「それに、私、下手くそだから--」

 

「それは違う!!」

 

「ひえぇぇぇっ!?」

 

「あ、ごめん」

 

つい大きな声を出してしまった優吾に完全に怯えてしまった少女。もう泣き出す寸前だ。

 

瞳に涙を溜める少女を見て少し怯むも、優吾は怒鳴らないようにと自分を落ち着かせてから踏み込んだ。

 

「俺は橘優吾。あんたの名前は?」

 

「川奈翠……です」

 

「なあ川奈、俺と一緒に野球部を作らないか?」

 

「え……」

 

翠は絶句する。

 

目の前のこの人は何を言ってるんだろう。

 

川奈翠は小学三年生の時に入ったリトルリーグから中学校を卒業まで、六年間野球をやってきた。

 

しかしその六年間、翠はチームの誰かから必要とされたことがない。理由は単純。翠が女性だからだ。

 

女に野球ができるわけがない。そう決め付けたかつてのチームメイト達は揃って翠を邪魔者扱いしてきた。そんな環境でも野球を続けてこれたのは、単に野球が好きだったからに他ならない。

 

だというのに、目の前のこの男は--

 

「さっきのアンダースローからの投球は見事だった。あそこまで深く沈むアンダースローは同世代じゃあ見たことがない。あの姿勢からストライクになるボールを放ることができるのは、しっかりと走り込んで体幹を鍛えている証拠だ」

 

--この男、橘優吾は翠の投球を見た上で、それを認めてくれている。

 

「俺はキャッチャーやってたんだ。あー、つまり何が言いたいかって言うとだな……」

 

(私は……ずっと……)

 

「……お前の投げる球に惚れたんだ。俺と、バッテリーを組んで欲しい。お前には才能がある。俺が保証する! 約束する。俺が絶対にお前を甲子園優勝投手にしてやる! だから……」

 

(私はずっと……私のことを必要としてくれる人を探していたんだ)

 

大粒の涙を一つグラウンドに落とした後、翠は初めて笑顔を見せて言った。

 

「よろしくお願いしまひゅっ!!」

 

「…………」

 

盛大に噛んだ。



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3話

 

入学式翌日の放課後、ホームルームを終えた優吾はグラウンドの片隅で待ち人を待っていた。

 

硬式ボールを弄びながら待つこと数分、校舎から走ってくる茶色のおさげが視界に入る。

 

「ご、ごめんなさい! 遅れましたっ」

 

「いや、気にするな。俺も今来たところだから」

 

デートのようなやり取りだが、待ち合わせの目的はそんな色っぽいものではない。

 

「えっと、勧誘頑張りましょうねっ」

 

「そうだな。一人じゃちょっと心細かったし、川奈が手伝ってくれるのは助かるよ」

 

「そんな、私も野球部の一員ですから、手伝うのは当然です」

 

「まだ部ではないけどな」

 

「あははっ」

 

昨日のビビり方はどこへやら、二人はあの後すっかり打ち解けた様子だった。

 

「とりあえず、まだ校舎に残ってるやつに声をかけてみるか」

 

「そうですね。野球に興味持ってくれる人がいるといいんですけど」

 

「できれば経験者が欲しいけど、贅沢は言えないな」

 

雑談を交えながら並んで校舎に入っていく二人。

 

何も知らない人が見れば付き合っているように見えなくもないが、重ねて言うがそんな色っぽいものではない。

 

「そういえば、川奈はどこの中学校に通ってたんだ?」

 

「芦田中学校ってところです。特に野球が強いわけじゃなかったから知らないと思いますけど」

 

「あー、うん。知らないや。ごめん」

 

「あ、謝らないでくださいよっ。そういう橘くんは?」

 

「俺はあかつき中学校出身だよ」

 

「………………」

 

瞬間、硬直する翠。そして……

 

「えぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇーーー!?!?」

 

「うわっ、ビックリした」

 

鼓膜を突き破らんかという叫びをあげる翠。

 

優吾に宥められた後、なにがあったのかと周りの視線を集めていることに気づき、翠は恥ずかしさから頬を赤く染める。

 

「あかつき中って、あのあかつき中ですよね?」

 

周りを意識してか、隣にいる優吾にだけ微かに聞こえる程度の声で話す翠。

 

「同じ名前の学校が他にあるのかは知らないが、川奈が想像しているあかつき中であってると思うぞ」

 

「凄い野球の名門校じゃないですか……ま、まさかレギュラーだったり……」

 

「ん、ああ。正捕手だ。打順は三番打ってた」

 

「ひえぇぇぇぇぇっ!! ごめんなさーい!!」

 

「だからなぜ謝る!? それと俺が変な目で見られるからデカイ声を出すんじゃない!!」

 

「だ、だって、そんな凄い人だって知らなくて、私みたいな下手くそがバッテリーだなんて……ひえぇぇぇぇん!!」

 

「だー! 泣くなっ! 昨日も言ったけどお前は下手くそなんかじゃない! まだ発展途上ではあるけど、ちゃんと練習すれば一流のピッチャーになれる! 俺を信じろ!」

 

「ふぇ……ぐすん」

 

優吾の熱弁の甲斐あってか、次第に落ち着きを取り戻していく翠。

 

ただ、その代償として再び周りの生徒たちから注目を集めることになってしまったのだが。

 

「本当に……私でいいんですか?」

 

「何度も言わせんな。俺はお前の球に惚れたんだ。俺が必ずどこ行っても通用するエースピッチャーに育て上げてやる」

 

「……橘くんがそう言ってくれると、なんだか頑張れる気がします。えへへ」

 

「うっ……」

 

泣き顔から一変して笑顔に変わる翠を見て、優吾は赤面する。

 

コロコロと変わる表情はどれも思春期の男子の欲情を駆り立てるには十分過ぎる威力を誇る。要するに可愛いのだ翠は。

 

小柄で童顔。その笑顔には一片の曇りもなく純粋。かと思えば些細なことで涙ぐんでしまうくらいにか弱い。守ってあげたくなるタイプというのだろうか。

 

(落ち着け……川奈はチームメイトだ。チームメイトに変な気持ちになるなんて……)

 

優吾は深呼吸をしながら自分の中に湧いた邪な気持ちを落ち着かせていく。

 

そんな時--

 

(……ん? あいつは確か……)

 

廊下の先、十字路になっている通路を横切る男子生徒の横顔に優吾は見覚えがあった。

 

「川奈、ちょっと着いてきてくれ」

 

「ふぇ? あ、ちょっと待ってくださいっ。どうしたんですかいきなり」

 

「ちょっと見覚えのある奴を見かけたんだ。俺の見間違いでなければ……」

 

(あいつなら、日の坂学園の掛け替えのない戦力になる)

 

 



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4話

 

見覚えのある男子生徒を追いかけてたどり着いたのは一年B組の教室。

優吾は教室の扉をガラッと勢いよく開けると、そのままの勢いでお目当ての人物に歩み寄った。

 

「よっ! 久しぶり!」

 

机に突っ伏していた男子生徒は優吾の声に反応して顔を上げる。

優吾の顔を確認した男子生徒は一瞬驚いたような表情を見せた後、口を開く。

 

「……橘、だよな?」

 

「なんで疑問形なんだよ。俺の顔忘れちまったのか?」

 

「そういうわけではないが、世代ナンバーワンの化け物捕手がこんなところに居れば例え同じ顔だったとしても疑いたくなるだろう」

 

「猪狩といいお前といい、あんまり俺のことを買い被らないでくれよ。中学の時は猪狩が凄かっただけで本当なら俺より凄い捕手なんていくらでもいたんだから。大体、そんなこと言ったらお前だって無名の新設校にいるような選手じゃないだろ? 元帝王中学の巻風恭治さんよ」

 

巻風恭治(まきかぜきょうじ)。元名門帝王中学校の正三塁手で、中学の地区選抜などで何度か優吾とも顔を合わせていた猪狩世代の名選手の一人だ。

 

「あ、あのぅ……」

 

そんな名選手同士の会話をそばで聞いていていたたまれなくなったのか、優吾の後ろに控えていた翠が申し訳なさそうに声をかける。

 

「おっと、ごめん川奈。紹介するの忘れてた」

 

「あ、いえ。そんなっ!」

 

「なんだ、橘の彼女か?」

 

「か、かの……ふえぇぇぇぇっ!?」

 

「そんなんじゃねーよ。川奈に失礼だからそういう冷やかしはやめてくれ。なぁ川奈?」

 

「あっ……はい……」

 

顔を真っ赤にしたり、落ち込んだりと忙しく表情を変える翠。女心は複雑だ。

 

「遅くなったけど紹介するよ。この子は川奈翠。ウチのエースだ」

 

「……エース?」

 

「おう。この日の坂学園野球部のエースだよ」

 

「…………橘、お前はここで野球をやるつもりなのか?」

 

「ああ。一から野球部を作って甲子園を目指す。そのために巻風、お前を勧誘に来たんだ」

 

「…………俺は、高校では野球を続けるつもりはない。だから新設校であるこの日の坂学園に入学した」

 

巻風の口からハッキリと発せられた拒絶の言葉。

優吾は説得しようと口を開きかけるが、それよりも早く……翠が前に出た。

 

「巻風さん! 」

 

優吾より前に出て声を張る翠に、優吾も巻風も目を見開く。

一瞬止めようか迷った優吾だったが、翠の小さな、けれど不思議な安心感を持った背中を見て、ここは任せようと一歩下がった。

 

「あ、あの……私は……野球がしたくてこの学校に来ました」

 

「新設校で、なんの用意もないこの学校にか?」

 

「はい。私は小学校の時も、中学校の時も、女の子だからって理由だけでほとんど練習に参加させてもらえませんでした。試合に出たことは一度もありません」

 

「……女子選手の大会参加が正式に認められたとはいえ、やはりまだ女子選手に対する風当たりは強いからな。俺が通っていた帝王中学でも女子選手の入部は認めていなかった」

 

「はい。だから私は野球部のないこの学校でなら、グラウンドを使わせてもらえるかなって思って……それで、グラウンドの隅を借りてボールを投げていたら、橘くんが声をかけてくれたんです。一緒に野球部を作ろうって、バッテリーを組もうって言ってくれたんです。……夢みたいでした」

 

「川奈……」

 

後ろで聞いていた優吾は、翠の素直な気持ちを受けて込み上げる気持ちに胸を熱くしていた。

優吾にとってはなんでもない、ただ良い投手に巡り会えたが故の行動であったが、今まで誰からも必要とされてこなかった翠にとっては優吾がかけてくれた言葉はこれ以上ないほどに嬉しいものだったのだ。

 

「私、この学校で野球がしたいです。部員を集めて、みんなで試合がしたいです。だから…………お願いします巻風さん! 野球部に入ってください!」

 

「…………」

 

深く頭を下げる翠をじっと見つめる巻風。

やがて、一つ大きく息を吐いてから、口を開いた。

 

「友達が、肘を壊してしまったんだ」

 

「……え?」

 

「同じ帝王中学に通っていてな、俺達の世代でダントツのエース候補だったんだが、オーバーワークが祟ってな。肘を壊して、投手ができなくなってしまったんだ」

 

「そんな……」

 

「リハビリはしたんだが、どうしても変化球を投げようとして腕を捻ると痛みが走るらしくてな、あいつは投手を諦めた。けれど、野球は諦めなかったんだ。あいつは監督に言った。『野手に転向させてください』ってな。そんなあいつに、監督はなんて言ったと思う?」

 

「……なんて、言ったんですか?」

 

「『簡単に肘を壊すような軟弱者は帝王野球部にはいらん』だとさ」

 

「!? ひどい。そんなのひどすぎます!」

 

「当然、俺も抗議したさ。けれど聞き入れられなかった。帝王の野球部は勝利が全て。俺達部員はみんな監督の駒でしかなかった。俺はそんな野球部が嫌になって、あいつと一緒に野球部を退部したんだ」

 

それを聞いて、後ろにいた優吾が口を開く。

 

「中学最後の夏の大会。帝王のスタメンは大きく変わっていた。確かに巻風は出ていなかったな。不思議には思っていたんだけどまさかそんな事情があったなんて……それにもう一人、まさかその肘を壊した友人ってのは……」

 

「そう、あの猪狩守に勝るとも劣らないと評されていた怪物、友沢亮だよ」



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5話

 

友沢亮……中学レベルを遥かに凌駕した大きく曲がるスライダーを武器とした名投手。

 

中学二年時の大会ではあかつき中学の猪狩守と互角の投手戦を見せた。

その時は内野安打で塁に出た優吾を四番の小波がタイムリーで返して取った一点が決勝点となりあかつきが勝利したが、投手の差は無いに等しいものだった。

 

そんな名投手が肘を壊して投手生命を終わらせていた。

 

「友沢……」

 

「なぁ、橘。お前は友沢が野手に転向するって言い出したら、反対するか?」

 

「いや、確かに友沢は凄い投手だったけど、俺は前から友沢は打者としての方が大成するんじゃないかと思ってたんだ」

 

事実、中学二年時の大会でも猪狩から安打を放ったのはこの巻風と投手である友沢の二人だけだったのだ。

長年投手として鍛え上げてきた友沢の強靭なリストは細身の肉体からは考えられないような驚異のスイングスピードを叩き出す。

 

「猪狩の速球を引きつけて流し打ちする奴を俺は初めて見たよ」

 

「……そうか。お前なら、橘なら……大丈夫かもしれないな」

 

「大丈夫って、なにが?」

 

「友沢も入学してるんだ。この、日の坂学園に」

 

「友沢が!?」

 

「ああ。……なぁ橘、頼みがある」

 

巻風は椅子から立ち上がり、優吾に向かって深く頭を下げる。

 

「友沢に、もう一度野球をやらせてやってくれ」

 

「頭を上げろよ。そんなの、頼まれるまでもない。俺も友沢と一緒に野球がしたいよ」

 

「……ありがとう。……川奈さん」

 

「ひ、ひゃい!?」

 

突然声をかけられた翠はビックリして声を裏返す。

慣れたのか、巻風はそれを気にも止めず続けた。

 

「野球部への誘い、喜んで受けさせてもらうよ。君達となら俺が好きだった楽しい野球ができそうだ」

 

「は、はい! よ、よろしくお願い申し上げます!」

 

「固すぎるよ川奈……巻風、これからよろしくな」

 

「ああ。橘……」

 

「わかってる。早速友沢を迎えに行こうぜ」

 

「ああ! 中学の時、友沢はいつも時間があれば近所のバッティングセンターに行っていたんだ。もしかしたら今日も行ってるかもしれない」

 

「オーケー。なら近場のバッティングセンターを片っ端から回ってみようぜ。あっと、川奈は時間大丈夫か?」

 

「あ、はい。まだ大丈夫ですよ」

 

「よっしゃ。それじゃあ、ウチの四番候補を探しに行くとしますか!」

 

新たな仲間巻風恭治を加えた三人は友沢亮を探す為に街へと繰り出して行った。

 

日の坂学園はその名前の通り大きな坂を登った山の上に存在しており、山を降ればデパートや映画館、ミゾットスポーツなどがある大きな街に出る。

そこならバッティングセンターもいくつかあるはずだと思い、街に出た優吾だったが……

 

「やべぇ、あっちもこっちもデカい建物ばかりでどっち行けばいいのかさっぱりわかんねぇ」

 

「見た目通り考えなしなやつだな」

 

「うるせぇな。お前は見た目通り嫌味なやつだな」

 

「なんだと……」

 

「ひゃう!? 喧嘩はやめてくださーい! 私がバッティングセンターさがしてみますから!」

 

翠がそう言って鞄から取り出したのは可愛らしいピンク色のケースに包まれたスマートフォン。

Googleマップを使って検索をかける翠を横目に、優吾と巻風の二人は自分達が持つ旧式のガラパゴス携帯を見て落胆した。

 

「時代はスマートフォンか……」

 

「興味はあるんだけどどれがいいかとかよくわかんないんだよなー」

 

「えっと、もし私で良かったら多少は教えてあげられるかもですけど……」

 

「マジで? じゃあさ川奈、今度買いに行くの付き合ってよ!」

 

「ふえぇ!? そ、それってもしかして……二人でってことですか?」

 

「ん? 携帯買いに行くのに大人数で行っても仕方ないだろ」

 

「そ、それはそうなんですけど、二人でって、それってまるで……」

 

「仲良くデートの約束をしているところ水を差してしまって申し訳ないんだが、バッティングセンターは見つかったのか?」

 

「ひゃう!? で、でででデートだなんてそんなこと考えてなななないですよ!?」

 

巻風の気を使わないツッコミに翠は動揺を通り越して今にも倒れそうな程に赤面している。

 

とにかく落ち着かなければと三度大きく深呼吸をした後、翠は再び口を開いた。

 

「えっと……すぐ近くに一件ありますね。あのビルの屋上みたいです」

 

そう言って翠が指刺した先のビルの屋上には、大きなネットがかかっている。

 

「おーほんとだ。ビルの屋上にバッティングセンターかー。都会ってすげーなー」

 

見上げながら感心する優吾。

とりあえず行ってみることにした一同は、屋上にネットがかかったビルに向かって歩き出した。

 



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6話

 

エレベーターを使いビルを上り、屋上のバッティングセンターに着いた一同はその施設の充実感に驚愕した。

 

スタンダードなタイプの球小僧はもちろん、多彩な変化球を放る球仙人やはたまた160kmの豪速球を投げてくるボールゴッドまで様々な種類のバッティングマシーンが置いてある上に30球百円という驚きの安さ。

 

「これ経営成り立ってんのか?」

 

「なんでも、このバッティングセンターを経営しているのは橘もよく知る猪狩コンツェルンらしいぞ」

 

「はー、ほんとなんでもやってんだな猪狩の家は」

 

優吾は改めて自分がバッテリーを組んでいた男の凄さに感心しながら、辺りを眺める。

すると、いくつか埋まっているバッティングケージの中でも、一際目立つ身なりをした男を見つけた。

鮮やかな金髪に頭にかけたサングラス。ド派手な格好をしたその男は多彩な変化球を操る球仙人相手に快音を響かせている。

優吾達はそれを認めるとすぐに駆け寄った。

 

「おい! 友沢!」

 

優吾が声をかけると、金髪の男、友沢亮は丁度最後の一球を弾き返したところで、優吾の声に反応してゆっくりと振り向いた。

背後ではバッティングセンター再奥に貼り付けられているホームランボードが点灯し、ファンファーレを鳴らしている。

 

「…………橘優吾か。久しぶりだな。それに巻風まで」

 

「おう、久しぶり。相変わらずいいバッティングしてんな」

 

「フッ、一緒にいるってことは巻風から事情は聞いているんだろう?」

 

「ああ、友沢、俺達と一緒に野球部を作ろう! お前のバッティングはあの猪狩にだって十分通用する」

 

「猪狩守か……」

 

友沢の目つきが鋭くなる。

視線の先には猪狩コンツェルンの看板。

中学時代猪狩に敗れた友沢としてはなにか思うところがあるのだろう。

やがて、友沢は視線を優吾に戻して口を開く。

 

「橘、お前は新設校で野球部を作って何がしたいんだ?」

 

「そんなもん決まってんだろ」

 

優吾は歯を見せながらのまんべんの笑みを見せる。

 

「あかつきも含め、この地区の高校全部倒して甲子園に行く!」

 

「本気で行けると思ってるのか?」

 

「中学二年までしか見てないけど、友沢のバッティングはすでに全国レベルに達していると思う。巻風だって十分全国レベルの選手だし、俺はお前らとなら甲子園だって不可能じゃないと思ってるよ。それに、頼りになるエースだっている」

 

そう言って、初めて優吾は翠を友沢の前に出す。

いきなり無茶振りされた翠は軽くパニックに陥っている。

 

「エース? その子がか?」

 

「ああ、まさか野球は女のやるスポーツじゃないとか言わないよな?」

 

「そんな偏見を持っているわけではないが、俺はその子の実力を知らないからな。エースだと言われてそうですかと納得することもできない」

 

「それなら、勝負しようぜ」

 

「勝負だと?」

 

「うちのエース、川奈が投げて友沢が打つ。一打席勝負だ。打ち取ったら俺達の勝ち。ヒットなら友沢の勝ち。俺達が勝ったら友沢には野球部に入ってもらう」

 

「俺が勝ったら?」

 

「俺が友沢の言うことをなんでも一つ聞くってのでどうだ?」

 

「なんでも……か。フッ、面白い」

 

「決まりだな」

 

当の本人にまったく確認を取らずに勝負を決めてしまった優吾。

翠はすでにパニック通り越して失神しそうになっている。

 

「た、橘くん!? わ、私勝負なんて無理だよぉ!」

 

「大丈夫だよ。川奈には十分な実力がある。それに俺もついてる」

 

「で、でもぉ……」

 

「やるなら早くしてくれ。俺は暇じゃないんだ」

 

そう言って先にバッティングセンターを出て行く友沢。

優吾達もそれを追う。

自信を持てない翠。大きな不安を抱えながら、友沢亮との勝負へと向かった。



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7話

友沢に付いて歩いていった先にあったのは日の坂町の大きな公園。

天然芝の広いグラウンドがあり、休日は少年野球チームなどが貸し切って練習しているが、今日は平日のそれも日が落ち始める時間だったので先客はいなかった。

 

友沢はグラウンドに埋め込まれたホームベースの前に立つと、自分のバットを取り出す。

 

「肩を温める時間は必要か?」

 

翠に向かって問うが、緊張しているのか翠は答えることができない。

それを見かねた優吾が代わりに答える。

 

「サインの確認とかもしたいから、そうだな……十分くれ」

 

「……まあ、いいだろう」

 

待たされることに不満を感じたのか、友沢は少し顔を顰めるもそれに了承して素振りを始める。

強靭な手首が生み出すキレのあるスイングはバットが空を切る音だけで翠を震え上がらせた。

 

「む、無理だよ橘くん……私なんかじゃ絶対勝てないよぉ」

 

「そんな弱気になるなよ。大丈夫、友沢とは対戦したことがあるからあいつの弱点はよく知ってる。勝てるさ」

 

実際は中学時代に対戦した時は猪狩の高めのストレートを流し打ちで右中間に弾き返され個人的な勝負には敗北しているのだが、翠の不安を解消する為に弱点を知ってると嘘をついた。

 

「川奈のアンダースローから放たれる浮き上がるようなストレートはいくら友沢でも簡単には打てない。やり方次第では一打席なら十分に通用するはずだ」

 

「でも…………」

 

「頼む川奈。俺達のチームが甲子園に出場する為に友沢の力は絶対に必要なんだ。俺に力を貸してくれ」

 

「…………わかった。私、がんばってみる」

 

「ありがとう! それじゃまずは球種を把握しておきたいんだけど、川奈は何か変化球は投げれるのか?」

 

「一応、カーブとシンカーを……」

 

「へぇ、すごいな。独学で覚えたのか?」

 

「ううん、お父さんに教えてもらったの」

 

「お父さんは野球経験者なのか?」

 

「うん、ピッチャーだったから私もそれに憧れて始めたの」

 

「そうだったのか。ちなみにカーブとシンカー、自信があるのはどっちだ?」

 

「シンカー……です」

 

「それならそのシンカーを決め球に使おう。投球練習ではストレートを七球とカーブを三球の計十球。シンカーは隠しておきたいんだけどぶっつけ本番でも投げれるか?」

 

「投げれる……けど」

 

「じゃあそれで決まりだ」

 

その後、ストレート、カーブ、シンカーのサインを決めてからキャッチボールを始める二人。

十回ほど往復した後、優吾はホームベースの後ろに腰を下ろした。

 

「まずはストレートを七球だ!」

 

マウンドに登る翠に声をかける。

それに頷いた翠はワインドアップからのモーションで体を深く沈ませ、全身のバネを使って一投を放った。

地面スレスレを抉るような軌道から放たれたストレートはど真ん中に構えた優吾のミットに正確に吸い込まれ、バシッといい音を響かせる。

 

「……驚いたな」

 

バッターボックスから2歩外れた位置に立って投球練習を見ていた友沢から声が漏れる。

 

「高校一年でこれ程まで完成されたフォームのアンダースローが見られるとは」

 

「俺も昨日初めて見た時は驚いたよ。今の時代性別によるハンデなんてほとんどないんだってことも改めて実感した」

 

「フッ、これは俺も気を引き締めてかからないといけないな」

 

二球、三球と投げられるストレートにタイミングを合わせて素振りを始める友沢。

やがて予定のストレート七球が終わり、次はカーブ。

 

ストレートとまったく変わらないフォームから放たれた一球は途中で失速し、弧を描きながら優吾のミットに収まる。

 

(縦の変化が大きいカーブだな。裏をかけば十分空振りを取れる球だ。それに……)

 

ここまでの八球で優吾が感じた一番の手応え。それは翠の圧倒的な制球力。

ストレートもカーブも優吾が構えたミットに誤差一センチ程度の制度で収まっている。

 

(コントロールが良い投手ってのは捕手冥利につきるぜ)

 

その後の二球もしっかりと構えたところに投げ込んだ翠を見て、優吾は改めて翠と二人バッテリーとして戦っていこうと誓った。



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8話

 

十球の投球練習が終わり、友沢がバッターボックスに入る。

ゆっくりとバットを構える友沢から放たれる気迫に、マウンドにいる翠は体を震え上がらせた。

 

「川奈っ!」

 

そんな翠の様子を見てすぐに声をかける優吾。

肩の力を抜け。そう、視線で訴えかける。

 

緊張が完全に抜けたわけではないが、優吾のまっすぐ瞳を見て落ち着きを取り戻した翠は一つ息を吐いてからゆっくりをマウンドに足をかける。

そして、ついに日の坂バッテリー初の勝負が始まった。

 

優吾から翠へと一級目のサインが出る。

 

(準備時間を多めに取ってかなり友沢を待たせてやったからな。今の友沢は打ち気満々のはずだ。だからまずは緩いカーブでタイミングずらして空振りを取る。コースは外角低めギリギリに)

 

(外角低めギリギリにカーブ……うん、私は橘くんを信じて全力で投げるだけ)

 

翠は優吾のサインに深く頷いた後、大きく体を沈み込ませ、地面を抉るような軌道から全力で第一球を放った。

 

友沢はスイッチヒッターだ。

翠は右投げなので今は左打席に入っている。

そんな友沢から遠く離れた場所から外角低めギリギリのストライクゾーンへと入ってくる変化の大きなカーブ。それをーー

 

「フンッ!」

 

タイミングを崩されながらも右足で踏ん張り体のタメを残し、体の回転でレフト方向へと弾き返した。

 

「あっ!?」

 

マウンドにいる翠から思わず声が漏れる。

反面、綺麗な放物線を描く友沢の打球を目で追いながらも優吾は冷静だった。

 

(あのコースを初級からジャストミートか。やっぱり凄いやつだぜ友沢は……けど、タイミングは完全に外した。この打球は切れる)

 

優吾の、見たて通り、あわやホームランという友沢の打球は、レフト側ファールグラウンドのフェンスに直撃した。

 

「これで、ワンストライクだな」

 

「ああ……本番で、あのコースに投げ込める制球力。いい投手だな」

 

「当たり前だろ。俺が惚れたピッチャーだぜ?」

 

「……そういうこと、気軽に言わない方がいいぞ。勘違いさせてしまうかもしれないからな」

 

「??」

 

一つため息を吐き出してから、再びバッターボックスに入る友沢。

二球目……

 

(できれば一球目で空振りを取って川奈に自信を持たせてやりたかったけど、流石にそう思い通りにはやらせてもらえないか。なら、川奈の緊張をほぐすためにも二球目は捨て玉で)

 

(外角低め、ボールになるストレート……)

 

大きく振りかぶって、二球目を投じる翠。

ボールは優吾が構えたミットへと正確に吸い込まれていく。

 

「ボール!」

 

主審を務めている巻風が判定を告げる。

ボール一個分外に外れたコース。友沢はそれをしっかりと見極めた。

 

(選球眼もいい。ほんとセンスの塊だなこいつ。さて、本番になってもストレート、カーブ、どちらにも制球の乱れは出ない。制球力だけで言えば猪狩にも劣らないな。なら三球目はこれで)

 

優吾のサインは内角高め、ボールになるストレート。

高さは友沢の顔の高さ。制球を誤ればデッドボールにもなりかねないコースだ。

翠はそんな優吾の指示に一瞬たじろぐ。

 

(強打者に対してインコースでストライクを取りに行くのは危険だ。外角でストライクを取りやすくする為に仰け反らせる目的で放つ内角へのボール球。ここに投げ込めなけりゃ投手は務まらないぜ。川奈)

 

優吾の目は真剣だ。

そんな優吾を見て、翠も意を決してマウンドに立つ。

 

美しいアンダースローから放たれたボールは、先の二球と同じように、優吾のミットへと吸い込まれていく。

 

顔面スレスレを通る直球に対して、友沢も思わず身を仰け反らせた。

 

「…………ああ見えて度胸もある……か。フッ、面白い」

 

一つ笑みをこぼしてから構え直す友沢。

 

それをチラッと見てから、優吾は四球目のサインを出す。

 

(仰け反らせはしたが友沢の立つ位置は変わらない。ってことは友沢は俺がセオリー通り内角で仰け反らせた後の外角でストライクを取りに来ると思ってるはずだ。なら俺はその裏をかく。内角にストレート。それも……)

 

(内角に……遅いストレート?)

 

優吾が翠と決めたサインは四種類。ストレート、カーブ、シンカー、そして遅いストレート。

翠のボールには球威がない。よって必然的に緩急と制球に重点を置いたピッチングが必要になってくる。それ故の遅いストレート。球速差でタイミングをズラす投球術。

 

地面スレスレから放たれたストレートは外角へ踏み込んできた友沢の懐へ。友沢は裏をかかれながらも体を捻って対応するが、球速が遅い分タイミングが合わず打球は一塁側ファールグラウンドへと転がった。

 

これで2ストライク2ボール。



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9話

 

(追い込んだはいいが、まさかコースと急速共にウラを書いた球を当ててくるとはな……)

 

優吾は四球目のストレートで空振りを取り、決め球を投げる前にマウンドの翠に自信を付けさせたいと思っていた。

しかし、バッターボックスに立つこの男、友沢亮のバットコントロールは優吾の計算を遥かに上回っていた。

ファールとはいえ自分の投げたボールを左右に弾き返されたんだ。結果的に追い込んでいるとはいえ、翠はこんなプレッシャーに耐えられるのだろうか。

一言声をかけに行こうと思い、顔を上げた優吾。

視線の先にいた川奈翠は…………笑っていた。

 

(川奈…………そっか、そうだよな)

 

翠は笑っていた。

まるで初めておもちゃを与えられた子供のように無邪気に笑っていたのだ。

何も不思議に思うことはない。

野球が大好きで、性別というハンデを抱えながらもめげずに続けてきたが、翠はこれまで試合でマウンドに立ったことはなかった。

この友沢との勝負は翠が野球を始めてから初めての練習の成果を見せられる場なのだ。

大好きな野球が存分にできるのだ。楽しくないわけがない。

勝負の前に抱いていた恐怖など、とっくに消えてなくなっていた。

 

(やっぱり俺の目に狂いはなかったってこったな。やろうぜ、川奈。友沢に勝とう。そして、みんなで甲子園に行こう!)

 

強い思いを込めて、優吾はミットを構える。

その思いが伝わったのかはわからないが、優吾が出した五球目……決め球のサインに翠はしっかりと頷いた。

 

小柄な体を目一杯に使って大きく振りかぶる。

優吾の構えるミットはアウトコース低めギリギリ。

美しいアンダースローから放たれたボールは優吾のミットとは全くの逆玉。インハイのコースに向かっている。

 

(!? コントロールミスか!?…………いや、違う。まさか……)

 

優吾はインハイにミットを出しかけるが、寸前で踏みとどまる。

インハイに突き刺さるかと思われたボールは打者の手元でブレーキをかけ、グイッとその方向を変える。

 

「なっ!?」

 

友沢はその変化に驚きながらもギリギリで反応するも、ボールは友沢のバットをすり抜けてアウトローギリギリ、優吾が構えていたミットへと寸分の狂いもなく吸い込まれていった。

 

数秒の静寂の後、グラウンドに審判役を勤めていた恭二の声が響く。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

その判定を聞いた翠は、その場でペタンと座り込む。

 

「勝った……? 私が、勝った?本当に?」

「本当だよ! やったな川奈!」

 

翠の元に駆け寄る優吾。

子供のようにはしゃぎ出す二人を、勝負に負けた友沢は見つめていた。

 

「まさか、シンカーを隠していたとはな……フッ、やられたよ」

「なぁ、亮……野球やろうぜ」

 

同じようにマウンドの二人を見つめる恭二。

 

「俺、あいつらとなら今度こそ楽しい野球が出来るような気がするんだよ」

「確かに……退屈はしなさそうだな」

「じゃあ……」

「ただし…………俺は楽しい野球で終わるつもりはないぞ」

「……ああ! 行こうぜ甲子園! あいつらと一緒に」

 

中学でのわだかまりを払拭し、友沢と恭二の二人はホームベースの上で固い握手を交わした。



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10話

ーー友沢との勝負から三日が経ち、高校生活が始まってから初めての休日が訪れた。

優吾は日課である早朝ランニングの最中。

 

(友沢が入ってくれたのは良かったけど、なかなか部員って集まらないもんだな……)

 

友沢との一打席勝負、その翌日、翌々日も優吾と翠は勧誘活動を続けていたが、成果が出る気配はない。

 

(とりあえずあと一人集まれば部の申請ができる。そしたらビラとか作って大体的に勧誘ができるようになるから効率はよくなると思うんだけど……あ、部の設立には顧問の先生も必要なんだっけ。そっちもなんとかしないとなぁ……)

 

そんなことを考えながら走っていたせいか、前を見ていなかった優吾は前方から走ってきた人と勢いよくぶつかってしまった。

 

「きゃっ!?」

「うわっ! ……いてて、すみません! 大丈夫ですか!? ………………って川奈じゃないか」

「え? 橘……くん?」

 

優吾とぶつかった相手はいつもの制服……ではなく、ピンクのジャージを着た川奈翠だった。

 

「もしかして川奈も自主トレか?」

「うん、川奈もってことは……橘くんも?」

「ああ、日課なんだ。川奈は家この近くなのか?」

「うん、あっちの方」

 

そう言って翠が指差したのは優吾が走ってきた方向とは逆の方角だが、優吾のランニングコースにも入っている見慣れた街の風景だった。

 

「あっちはいつも走りに行ってる方角だよ。もしかしたら俺たち高校入る前にもどっかですれ違ってたかもしれないな」

「そ、そうだね……」

「……? なんか顔赤くないか?」

「え!? あ、えと、大丈夫だよ!」

「そっか、これから気温上がってくると思うし、ちゃんと水分取れよ?」

「うん、ありがと……あ、あの、橘くんはまだ走るの?」

「おう、あの街のちっちゃい商店街あるだろ? あそこの果物屋の叔母さんが顔なじみでさ、毎朝そこまで走ってりんご買って帰るのが日課なんだ」

「そう……なんだ。あの、私も一緒に走ったら迷惑かな?」

「迷惑なんてあるわけないだろ。一緒に行こうぜ」

「うんっ!」

 

二人並んで馴染みの商店街目指して走り出す。

鍛え上げている優吾はともかく、翠は女の子の中でも小柄な方。とてもスタミナがあるようには見えない。

案の定半分を過ぎた辺りで翠の息が上がってくる。

それを見た優吾は、何も言わずにペースを落とした。

 

(橘くん……気を使ってくれてるのかな。やっぱり優しいな)

 

特に会話をすることもなく、性別も体格も全く違うでこぼこバッテリーはペースを合わせながら一歩一歩確実に進んでいった。

これからもきっと、この二人はそうやって肩を並べて歩いて行くのだろう。

 

(いつか、本当の意味で橘くんと肩を並べて走れるようになりたいな)

 

それから十分ほど走ったところで、ランニングの折り返し地点、目的地である果物屋【星野フルーツ】に到着した。

 

「おばさーん! いるー?」

 

店内に向かって声をかける優吾。

しばらくしてから店の奥の扉が開き、奥から40代前半くらいの女性が出て来た。

 

「優ちゃんおはよう! 今日も朝から元気だねぇ」

「もう子供じゃないんだから優ちゃんはやめてよおばさん……」

「あたしから見りゃまだまだ子供さ! 今日もりんごでいいのかい?」

「おう!」

「ほんと昔っからりんごが好きだよねぇ。うちの雅人とよく取り合いしてたっけね」

「昔の話は恥ずかしいからやめてくれよ」

「あはははっ、ごめんよ。ところで、後ろの子は優ちゃんの彼女かい?」

「かっ、かの!?」

 

後ろで待機していた翠の顔が真っ赤に染まる。

相変わらずこの手の冗談は苦手なようだ。

 

「そんなんじゃないって。川奈にも悪いから変な冗談はやめてくれ」

「そうかい? おばさんにはお互い満更でもないように見えるんだけどねぇ」

「おばさん!」

「あはははっ、ごめんごめん。はいよ、りんご二つ。連れの子の分はサービスしといてあげるよ」

「ありがとうおばさん!」

「あ、ありがとうございます」

 

後ろで控えていた翠も頭を下げる。

 

「いいのよ。優ちゃんのこと、よろしくね」

「あ、はい。こちらこそ」

 

おばさんに手を振ってから、優吾はランニングの続きを開始する。

翠もぺこりと一礼してから慌ててその後を追っていった。



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11話

自宅までの道のりを器用にりんごを食べながら走る優吾。

翠はその後ろを懸命について行く。

 

翠とぶつかった辺りまで戻って来たところで優吾はあることに気づいて足を止めた。

翠はすぐ後ろをピッタリついて来ていたので急に止まった優吾に危うくまたぶつかりそうになるも、寸前で踏みとどまる。

 

「そういえば、このまま一緒に走ると俺の家に向かっちゃうけど、川奈はどうする? この後何か予定があるなら川奈の家まで送っていくけど」

「あ、えと……今日は特に用事はないけど、橘くんは?」

「俺も特に用事ないから日課終わったらいつも通り家に帰るつもりだったよ。汗流したいしな」

「そっか、そうだよね……」

 

せっかく会えたのだからもう少し一緒にいたい。

そんな気持ちがあっても、翠の性格ではとてもじゃないがそれを口に出すことはできない。

そんな気持ちを察したわけではないと思うが、考えなしの優吾から衝撃の一言が飛び出て来た。

 

「良かったら家寄ってくか?」

「ふぇっ!?」

 

驚きすぎて変な声を出してしまう翠。

優吾は反対にキョトンとしているが、この場合の反応としては間違いなく翠のものが正しい。

 

「あ、あの、家族の人にご迷惑なんじゃ……」

「ああ、俺一人暮らしだから大丈夫だよ」

「ふえぇぇぇぇぇっ!?」

 

余計に大丈夫ではない。

もちろん優吾にやましい気持ちなどないのだろうが、それにしたって女の子からすれば警戒はするだろう。

翠も例に漏れず警戒はしたものの、優吾への信用とまだ一緒にいたい気持ちが勝ったようで、優吾の申し出を受けることにした。

 

「じゃあ……お邪魔します」

「おう、そうと決まったら行こうぜ」

 

まだ顔の赤みはひかないものの、走っていく優吾に置いて行かれないように、翠は後を追って走り始めた。

 

(男の子の家かぁ……)

 

生まれてこのかた彼氏など出来たこともなく、仲のいい男の子もおらず野球漬けだった翠にとっては当然同年代の男子の家に行った経験などない。

歩みを進めるにつれ緊張は増していき、優吾の家に着く頃には翠の顔は湯気が出て来そうなほどに赤くなっていた。

 

「着いたー。って、顔真っ赤じゃないか! 大丈夫か?」

「だ、大丈夫……です」

「そう……か? ならいいんだけど。とりあえず上がりなよ」

「あ、はい。お邪魔します」

 

築10年ほどの小さなアパート、【竹の子荘】の一室、102号室に二人で入っていく。

六畳一間のバストイレ別で小さなキッチンがついている。一人暮らしならば十分な間取りの102号室。

部屋の中心には昔の漫画で出てくるようなちゃぶ台が置いてあり、優吾は傍らに置いてあった座布団をひいて翠をそこに案内した。

 

「お茶淹れてくるから、ちょっと待ってて」

「あ、どうぞお構いなく」

「はは、同級生相手にそんなかしこまらなくても」

「あ、そ、そうですよね! すみません」

 

どうにも緊張は解けていないようだ。

優吾がキッチンへと消えた後も、翠はソワソワと落ち着かない様子でいた。

 

「あ……」

 

ふと、部屋の片隅に置いてあった写真が目に止まる。

一つは優吾の昔の仲間、あかつき中学のチームメイトと写っている写真。その傍らにはぶっきらぼうな表情をしている猪狩守の姿もある。

もう一つは、幼い男の子と幸せそうな男女が三人で写っている写真。

その写真を手に取った時、丁度優吾が部屋に戻ってきた。

 

「お待たせ」

「あっ……」

 

写真を持ったまま固まる翠。

それに気づいた優吾は照れ臭そうにポリポリと頭をかいた。

 

「あー、恥ずかしいもん見られちまったな」

「あの、ごめんなさい」

「いや、謝るほどのことじゃないけど」

「真ん中に写ってる男の子は橘くん……ですか?」

「うん、そうだよ。確か五歳くらいの時の写真だったと思う」

「じゃあこの人達は橘くんの……」

「うん、父さんと母さん。まぁ、もう死んじゃってるんだけどね」

 

こんな小さい頃の写真が飾られていることから薄々そうなのではないかと考えていた翠だったが、本人からハッキリと言われてなんとも言えない気持ちになる。

 

「あ、気にしないでくれよな。もう五年も前のことだし、今は橘の家に引き取ってもらって一人暮らしまでさせてもらって不自由なく暮らせてるんだし」

「一人暮らしは高校に入ってから始めたんですか?」

「そうそう、色々とチャレンジしてみたくてさ、俺を引き取ってくれた人は母さんのお兄さんで俺にとってはおじさんに当たる人なんだけど、おじさんに頼んでみたらこのアパートを借りてくれて、オマケに毎月最低限の生活費まで仕送りしてくれてるんだ。流石に申し訳ないから落ち着いたらバイトでも始めて少しづつ返して行こうとは思ってるんだけどね」

「一人暮らし、大変じゃないですか?」

「まぁ大変じゃないって言ったら嘘になるかな。俺不器用で料理とかも出来ないから毎日の食事とかけっこう困るし」

「あ、あの、良かったら……」

「ん?」

 



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12話

------------

 

「お待たせしました」

 

キッチンから出てくる翠。

部屋の中央に置いてあるちゃぶ台にご飯、味噌汁、目玉焼きといったシンプルな朝食メニューが並べられていく。

 

「おー! まともなご飯だ!」

「え、もしかして私バカにされてる?」

「いやいや、川奈じゃなくて俺の話! まともなご飯なんてしばらく食べてなかったからさぁ」

「そういうことですか。冷蔵庫にあったもので作ったから対したものは出来なかったけど」

「俺にとってはご馳走だよ。ほんとありがとな」

「うん……どういたしまして」

 

自炊が出来ないので普段からろくなものを食べていないと言っていた優吾。

それを聞いた翠は今日のお礼に朝ごはんを作ると提案。

優吾としてはお礼をされるようなことをした覚えもなかったが、女の子の手料理がいただけるという魅力的な提案には抗えずお言葉に甘えることにして現在に至る。

 

「それじゃ、冷める前にいただいても?」

「あ、うん。お口に合うかわからないけど……」

「またまたご謙遜を。んじゃ、いただきまーす! ……………………うん、普通に美味いっす!」

「……良かった」

 

ホッと胸を撫で下ろす翠。その表情は嬉しそうに綻んでいた。

同い年の女の子を家にあげて手料理を振舞ってもらう。優吾は翠の笑顔を見てそんなリア充真っ盛りな状況を改めて認識してしまい、急に気恥ずかしくなってきた。

 

「そ、そうだ! 走って汗かいたままじゃ気持ち悪くないか? ご飯食べたらシャワー浴びる?」

「え…………?」

 

瞬間固まる川奈翠。

数秒間固まった翠を眺めた後、優吾は自分が今何を口走ってしまったのかを理解し、赤面した。

 

「ああ!? いや、違うよ!? その、変な意味はまったくなくて、ただ単に汗かいたままいたら風邪引いちゃうかもしれないから、その…………ごめん」

「あ、ううん。大丈夫……いきなりだったからビックリしちゃったけど、ちゃんとわかってるから」

「そ、そっか。それなら良かった」

「えと、そうだね。確かにこのままだと風邪引いちゃいそうだし、お言葉に甘えちゃおうかな。あ、でも着替えが……」

「俺のジャージとかで良かったら貸せるけど、流石に大きすぎるかな?」

「た、橘くんのジャージ!?」

 

ついに沸点を越えたのか、顔を真っ赤に染める翠。

優吾もまたまたやらかしてしまったことを理解し、先ほど食べたりんごのように赤くなった。

 

「じゃあ、ジャージ……お借りしてもいいですか?」

「あ、はい。どうぞどうぞ。ちゃんと洗濯はしてるから臭くはないと思う……多分」

「た、橘くんのこと臭いだなんて思ったことないよ!? じゃ、じゃあ行ってくるね」

 

すでに朝食を食べ終えていた翠は優吾からジャージを受け取ると、シャワールームへと姿を消した。

一人残された優吾は改めて今自分が置かれている状況を考えてみる。

同年代の女の子を家にあげて、手料理を作ってもらって、風呂から上がってくるのを待っている。

 

「俺はなんてことを……」

 

これまでの軽はずみな言動を深く反省した。

 

「やばい、落ち着かない。こういう時はどうすれば……素数を数えればいいんだっけ? よし、2……3……5……7……」

 

そうやって無理やり平静を保とうとしていた優吾。

そんな時、不意にピンポーンとインターホンがなった。

色々テンパっていたのと、普段ほとんど来客などないことが重なって、優吾は何も考えずにドアを開けた。開けてしまった。

 

「はーい、どちらさま…………なんで、お前がここに?」

 

そこに立っていたのは自分のよく知る人物だった。

背丈は自分より頭一つ分くらい低く、鮮やかな水色の髪を片側でチョコンとまとめている女の子。

優吾を引き取ってくれた人物の娘であり、優吾の義理の妹に当たる……

 

「やっほーお兄ちゃん。遊びにきてやったわよ」

 

……橘みずきだ。



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13話

 

「みずき……もう一度聞くけど、なんでお前がここに?」

 

休日だというのに祖父が理事長を務める聖タチバナ学園の制服を身に纏い、玄関先に立っている義理の妹に優吾は再度訪ねた。

 

「決まってるでしょ。一人暮らしで寂しい思いをしているであろうお兄ちゃんの為にわざわざ休日返上して遊びに来てあげたのよ」

「大きなお世話だ! だいたいそれならなんで制服なんか着てるんだよ」

「お兄ちゃんその方が萌えるかと思って」

「アホか。そりゃもちろん女の子の制服姿は嫌いじゃないが、妹相手じゃ何も感じねぇよ」

「お兄ちゃん今世の中のシスコン野郎共を敵に回したわよ」

「お前のその物言いも充分敵視の対象だと思うけどな。とにかく、俺は別に寂しくないので帰ってください」

「いやいやいや、せっかく来たのにいくらなんでもそれはないでしょ。あ、もしかしてベッドの下とかに私に見つかったらまずいものでも隠してたり?」

「んなもん隠してねぇよ。あー、なんだ、遊びに来てくれたのは嬉しいんだけど今日はちょっと……」

 

そう、内心優吾はかなり焦っていた。

なぜなら今この家の風呂場では翠がシャワーを浴びているのだ。

優吾本人に決してやましい気持ちがないとはいえ義理の父、つまりみずきの父親が借りてくれている家に女の子を連れ込んでいるなどということがバレれば優吾の一人暮らし生活に支障をきたすことは必至。

そもそもこのおてんばガールにそんなことが知られればしばらく冷やかしのネタになってしまうだろう。

 

「とにかく今日は帰ってください! 遊びに来たいのであればそれ相応のおもてなしの準備をして後日改めてご招待いたしますので!」

「なんで敬語!? お兄ちゃんいくらなんでも怪し過ぎるよ? 一体何を隠してるのよ!?」

 

明らかにおかしい優吾の態度。

それならばとみずきは強引に部屋に押し入ろうとする。

流石はあかつき中学で正捕手を務めていた優吾、部屋に入ろうとするみずきをことごとくブロックする……が、流石の怪物捕手も背後からの資格にはなす術がなかった。

 

「橘くん、シャワーありがとう。空いたから橘くんも……あれ?」

 

優吾の必死の抵抗も叶わず、シャワーを済ませてしまった翠と玄関先でご対面。

 

「……えっと、どちらさま?」

「あ、えっと、川奈翠……です。橘くんと同じ日の坂高校に通ってます」

「あ、これはどうもご丁寧に。私は妹の橘みずきです」

 

咄嗟のことに頭が回らずそんな的外れな会話を交わしてしまう二人。

しかしそんなぎこちない会話もつかの間、状況を整理し一つの仮説を立てたみずきはニッコリ笑顔を作って再度優吾に向き直った。尚、その笑顔は盛大に引きつっている。

 

「どういうことかなお兄ちゃん?」

「誤解なんです……」



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14話

 

「なるほど、その子は野球部のチームメイトで朝ロードワーク中に偶然会って一緒に走って、汗をかいたからシャワーを貸していただけ……と」

「正確には部員がまだ集まってないから部ではないんですが、概ねその通りでございます」

 

ひとまずみずきを部屋の中に招き入れ、終始正座の体制で事情を説明し終えた優吾。その隣で何故か翠もきちんと正座して表情を硬くしている。

 

「はぁ……急に一人暮らしするって言って家を出て行って、学校もあかつきでもなくおじいちゃんの聖タチバナでもなく野球部がない新設校に行って、どうしてるかなぁと思って様子を見に来てみればこれだもの、お父さんとおじいちゃんになんて報告してやろうかしら」

「何でもしますからほんとそれだけは勘弁してください」

 

深々と頭を下げる優吾。最早男としても兄としてもプライドなど微塵も感じられないすがたである。

 

「へぇー、何でもしてくれるの?」

「まぁ、俺に出来ることなら」

「そうねぇ、じゃあお兄ちゃん今すぐ聖タチバナに転校して」

「はぁ!?」

「えぇ!?」

 

これには大人しく縮こまっていた翠も堪らず立ち上がる。

みずきはそんなことは気にも留めず続けた。

 

「うちが最近野球部に力を入れてることはお兄ちゃんも知ってるでしょ? 今年の一年は私を含めかなり良い線いってるのよ。ただ肝心の扇の要が弱くてね、その点お兄ちゃんが入ってくれれば盤石ってわけ」

「いやいやいや、そんな急に言われても! だいたい俺は……」

「そ、そんなのダメですっ!!!!」

「っ!?」

 

お隣さんまで響いたのではないかと思えるほどの大声をあげたのは、いつもは大人しい翠だった。

突然のことにこれまで優先だったみずきが呆気に取られるも、すぐ様持ち直し翠を睨みつける。

 

「川奈さん……だっけ? これは私とお兄ちゃんの問題であってあなたに口出しされる言われはないと思うんだけど」

「た、橘くんは大事なチームメイトなんです! それに、橘くんがいないと私は投げられません。橘くんじゃなきゃ、ダメなんです……」

「川奈……」

 

あの大人しい翠がここまでハッキリと物を言う。そのことに驚いたと同時に、自分を心から必要としてくれている翠に答えたい。優吾は改めてそう思った。

 

「……お兄ちゃんも、同じ気持ちなの?」

「……ああ、出会ってまだ数日しか経ってないけど俺は川奈のことを信頼してる。こいつとなら甲子園だって夢じゃないって本気で思ってるんだ。俺は日の坂高校で甲子園に行きたい。だから、ごめんなみずき」

「ん……まぁそう言うだろうとは思ってたけどね」

「橘さん……」

「みずきでいいわよ。橘だとお兄ちゃんと被っちゃうし」

「あ、じゃあ、みずきさん……ありがとう」

「お礼を言われるようなことはしてないと思うんだけど……変な子ね」

 

くすくすと笑うみずき。

ふぅ、と一つ息を吐いた後、みずきは優吾に向き直って再度訪ねた。

 

「お兄ちゃん俺に出来ることなら何でもするって言ったよね? じゃあ一つお願いしてもいい?」

「ん、さっきの転校みたいなのじゃなければいいぞ」

「転校してくれたらそれが一番楽だったんだけどね。リトルリーグの時にした約束、覚えてる?」

「六年の最後にしたやつか? もちろん覚えてるよ」

「そっか……覚えててくれたんだ。……うん、覚えててくれたならいいのよ。じゃあその約束、これからも忘れないでね」

「ああ、ん? お願いってそれでいいのか?」

「うん、満足したから私はそろそろ帰るわ」

「そっか、送ってこうか?」

「私はいいからちゃんと翠ちゃんを送ってあげなさいよ。まさか家に泊めようとか思ってないわよね?」

「ばっ、ちゃんと家まで送り届けるよ!」

「なら良し、それじゃあまたね。翠ちゃんもばいばい」

「あ、はい。ばいばい……です。みずきさん」

「気をつけて帰れよ」

 

玄関先でみずきを見送る優吾と翠。

時間にすれば一時間もないくらいだったが、優吾にとっては嵐のようなひと時であった。

 

「あの、橘くん、……みずきさんと昔どんな約束したんですか? あ、聞いちゃいけないことだったら答えなくていいんですけどっ!」

「ん、ああいや別にそんな大層な約束じゃないからいいんだけど……俺とみずきは小学生の頃同じリトルリーグのチームで野球やっててさ、中学が別だったからリトルリーグの最後の大会が終わった後みずきにお願いされたんだよ」

「お願い?」

「ああ、『もしまた同じチームで野球ができるようになったら、また私とバッテリーを組んでね』ってさ」

 

ーー優吾の家からの帰り道、みずきは何かを企むような、実に楽しそうな表情を浮かべていた。



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15話

 

翌日、優吾と翠は一日も早く日の坂高校に野球部を立ち上げるべく朝一から校門で部員の勧誘を行っていた。

 

「野球部でーす。よろしくお願いしまーす」

「お願いしまーす」

 

昨日みずきが帰った後、まだ早い時間だったためどうしようかと優吾が悩んでいると翠が部員勧誘の為のビラを作ろうと提案してきた。

よって今日は昨日二人で作って朝一コンビニで大量コピーしてきた部員勧誘の為のビラを片手に部員勧誘に精を出しているというわけだ。

 

「朝から頑張ってるな」

「あ、巻風!」

 

友沢との対決の後、正式に野球部のメンバーとなった巻風、その後ろには友沢もいる。

 

「お前らも手伝ってくれよ。部員集まらないと試合もできないんだしさ」

「それは構わないが、そろそろ切り上げないと遅刻するぞ?」

「え、もうそんな時間なのか? んじゃ続きは放課後だな。川奈、ビラは預かっとくから先行ってていいぞ」

「う、うん。橘くんも遅刻しないようにね」

「おう、またな」

 

翠を遅刻させるわけにはいかないからと先に校舎に向かわせる優吾。

巻風と友沢の二人はそんな二人の様子を暖かい目で見守っている。

 

「入学して間も無いというのにすっかり川奈と打ち解けているようだな。好きなのか?」

「はぁ? バッテリーなんだから当然だろ。友沢は川奈が嫌いなのか?」

「いや、そういう意味ではなかったんだが……まぁいい。放課後の部員勧誘は俺も手伝おう。授業が終わったら連絡してくれ」

「お、おう。なんか友沢が手伝ってくれるのはすげぇ意外だわ」

「友沢はこう見えて単純なやつなんだよ」

 

巻風が二人の会話を聞きながらくすくすと笑う。

確かに部員の勧誘など普段クールな友沢には似つかわしくないように思えるが、理由は単純。友沢も早くチームを作って試合がしたいのだ。

もちろん巻風も同じ、みんな名門でスタメンを貼っていた実力者達も、いや実力者だからこそ、根っこはただの野球バカだってことなんだ。

 

ーーーーーー

 

放課後、優吾からの呼び出しで野球部の四人は優吾の教室に集まっていた。

 

「さて、四月も半ばに差し掛かってるわけだが、困ったことにまだ野球部の部員は俺たち四人だけ。最低9人いないと野球は出来ないし、大会を勝ち抜こうと思ったら投手を川奈一人に任せるわけにもいかないから10人は欲しいところだよな。このままビラ配りしてるだけじゃデカい効果は望めないし、なんかいい方法とかないか?」

「あ、あの、実は先生にお願いして今年入学した生徒の名簿を貰ってきたんだけど……」

「おお! でかした川奈! もしかしたら俺たち以外にも野球経験者が入学してるかもしれないし早速見てみようぜ!」

 

四人それぞれが名簿を手に取り、自分の中学時代の記憶を頼りに経験者を探す。

その結果、五人の野球経験者を探し出すことに成功した。

 

「よし、じゃあ明日はそれぞれ分かれてこの五人に直接交渉してみようぜ。うまくいけば部の正式な設立はもちろん試合ができるようになるかもしれねぇ!」

「上手くいけば……な。俺はこいつのところに行こう。一度試合したことがあるから一応知り合いだ」

「じゃあ俺はこいつだな」

「おっけー。じゃあ川奈はこの子をよろしく頼む。俺は残りの二人のとこ行ってみる。んじゃそういうわけで今日は解散! 明日には野球部設立できるようみんなで頑張ろうぜ!」

「お、おー!」

「…………」

「……ぷっ、くすくす」

「川奈以外ノリ悪いな! 巻風は笑ってんじゃねー!」

 

どうにもまとまらない日の坂野球部の面々。

けれど野球がしたいと思う気持ちは皆同じ。明日の部員ゲット作戦に向けて、本日は和やかなムードで解散となった。



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16話

 

翌日の昼休み、優吾は野球部員獲得の為隣のクラスを訪れていた。

教室に入り、キョロキョロと辺りを見回す優吾。すると窓際の席で本を読んでいる目的の生徒を見つけた。

 

「よう、久しぶり! 俺のこと覚えてるか?」

 

窓際で本を読んでいた瓶底メガネの生徒に声をかける優吾。

瓶底メガネの生徒はその声に反応して顔を上げると、その瞬間驚愕の表情を見せた。

 

「た、橘くんでやんすか!? ななななんでこんなところにいるでやんすー!?」

「なんでって、ここの生徒だからに決まってんだろ。久しぶり、元パワフル中学の矢部くんだよな? 何回か試合したことあんだけど覚えてる?」

「もちろんでやんすよ。あのあかつき中学の正捕手を忘れるわけがないでやんす」

 

矢部明雄。パワフル中学の不動の一番バッターとして活躍した足を武器に戦うリードオフマン。

優吾の記憶では投手があの猪狩だったこともあり打撃が凄かった印象はないものの、センターとして広いグラウンドを走り回る走力と打球に食らいつく根性は印象に残っていた。

 

「覚えててくれたなら話は早い。なぁ矢部くん、この日の坂高校で一緒に野球をやらないか?」

「……野球部を作るんでやんすか?」

「ああ、俺の他に三人メンバーがいる。矢部くんが入ってくれれば五人、後は顧問の先生さえいれば正式に部の申請ができるんだ」

「なんでそこまでして日の坂高校に入ったでやんすか? 橘くんならあかつき大付属はもちろん、帝王や西京にだって行けたはずでやんす」

「みんなそう言うけどさ、それじゃつまんねぇだろ? 強いとこに行って野球やるよりもそいつらと敵として戦える方が絶対楽しいと俺は思う。だからここを選んだんだ」

「自分で作ったチームで強いやつらを倒す……でやんすか。ゲームみたいな話でやんすね」

「おう、楽しいよなゲーム」

「ぷっ、そうでやんすね。確かにゲームは楽しいでやんす」

 

笑いあう二人。

優吾は大抵の人間とすぐに打ち解ける。人柄ももちろんだがコミュニケーション能力が非常に高く、相手を観察し対応する能力もある。

所謂キャプテンシーと呼ばれる、扇の要、チームの軸となる捕手に最も求められるそれを優吾は持っているのだ。

 

「おいら、足だけしか取り柄がなくて、全然打てなくて、高校じゃ通用しないと思って野球部がないこの高校を選んだでやんす」

「でも取り柄としてあげるってことは自信があるんだろ? その足にさ。自信を持って取り柄だと言える足、俺はその矢部くんの足が欲しくて声かけたんだよ」

「おいらなんかを欲しいと思ってくれるでやんすか?」

「なんかとか言うなよ。中学の試合で見ただけだけど矢部くんは足だけじゃなくて守備も上手い。打撃だって外野に飛ばせるパワーはあるんだからミート力を鍛えれば一級品になると俺は思ってるぜ」

「……おいら、本当は野球を諦めたくないでやんす」

「野球楽しいよな! 一緒に甲子園目指そうぜ!」

「誘ってくれてありがとうでやんす。よろしくお願いするでやんすよ!」

 

こうして日の坂高校に五人目の部員が加わった。

高校生離れしたスイングスピードを持ち、野球センスの塊でもある友沢。

走攻守三拍子揃った巻風。

本格派アンダースローの翠。

俊足のリードオフマン矢部。

そして扇の要でチームの主軸である優吾。

日の坂高校野球は今日、本格的に始動する。



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17話

 

放課後、日の坂高校のグラウンドには九人の男女が集まっていた。

 

「みんな集まってくれてありがとう。とりあえず自己紹介といこうか! 俺は橘優吾。一応野球部のキャプテンってことになってる。よろしくな」

 

野球部四人での話し合いでキャプテンも決めておいた方がいいだろうとの意見が出て、満場一致で優吾がいいとの結論が出た。

翠と巻風はともかく友沢はただ自分がやるのが面倒だっただけかもしれないが……

 

優吾に続いて翠、巻風、友沢と簡単な自己紹介を終えて行く。

続いて対面に立つ五人の番。

それぞれが勧誘して連れてきた新しい野球部員達だ。

 

「矢部明雄でやんす。パワフル中学出身でポジションはセンター。走塁には自信があるでやんす」

 

まずは優吾が勧誘したパワフル中学出身の矢部。

それに隣に並んでいた三人が続いていく。

 

「俺は田辺。ポジションはファースト。バッティングには自信があるぞー」

「俺は横山。ポジションはライト。守備は得意だぞー」

「俺は坂本。ポジションはレフト。ガンダーロボが好きだぞー」

「ガンダーロボの良さがわかるなんて坂本くんはセンスが良いでやんす!!」

 

好きなものの話題で盛り上がり始める坂本と矢部。

 

(この三人雰囲気が似てるな……)

 

顔の作りと雰囲気がなんとなく似ている三人であった。

 

最後の一人、自己紹介の為に一歩前に出たのは肩に届かないくらいのボブカット。可愛らしいピンで前髪を止めている……女の子だった。

 

「速水雪歩(はやみ ゆきほ)です。ポジションはセカンド。一応中学の頃はシニアで野球やってたから硬球には慣れてるよ。男子に負けるつもりはないからそこんとこよろしく」

 

明るく活発な印象。流石に女の子なのでパワーがありそうには見えないが、負けん気はかなり強そうだ。

 

「川奈さん久しぶりっ!」

「うん、久しぶりだね速水さん」

「川奈、知り合いなのか?」

「あ、うん……リトルリーグの時同じチームで」

 

リトルリーグ時代、男女の差別もあり試合に出させてもらえなかった翠にとってはあまり思い出したくない記憶だろう。

同じチームだったという雪歩も状況は同じだったはずだが、彼女からは男女の差に対する劣等感のような物は見えない。むしろ男子に対して対抗心を燃やしているようだ。

 

「んじゃ各自自己紹介も終わったところで、早速だけどポジションと打順を決める為にみんなには簡単な体力テストをやってもらおうと思う。もちろん俺も参加するぞ」

 

キャプテンとして堂々たる態度で指示を飛ばす優吾。

正直言って新設校の日の坂高校でこれ以上の戦力増強は望めない。むしろ九人集まっただけでも奇跡のようなものなのだ。

この九人で大会に臨むには一刻も早く体制を整えなければならない。

 

「待て橘、テストはいいがグラウンドの使用許可は取ってあるのか?」

 

巻風が問う。

人数が揃ったのは今日だ。今日グラウンドを使う予定もなかったので当然の疑問、それに優吾は呆気からんと答える。

 

「もちろんだ。言い忘れてたけどもう顧問の先生も見つかってるし野球部の届けも出して受理されてるよ」

「お前、いつの間に……」

「矢部くんにだけ先に入部届け書いてもらってな、顧問の先生に関しては目星付けてたからそのまま5人分の入部届け持って頼みに行ったんだよ」

「それならそうと言ってくれても良かったろうに」

「急いでたからなぁ。今日中にやれることはやっておきたかったし、それに……みんな早く野球したいだろ?」

「……ふっ、違いない」

 

優吾のそんな一言に笑う巻風と友沢。

大会の為に一刻も早く体制を整える。もちろんそんな目的もあっただろう。

だがもっと単純な理由、優吾はもちろんみんな野球が好きなのだ。早く好きなことをしたい。根本にあるのはそんな単純な気持ち。

 

「まぁそういうわけだから俺たちは今日から正式な日の坂高校野球部だ。みんな、甲子園目指して頑張ろうぜ!」

 

優吾の言葉に答える野球部の面々。

強豪ひしめくこの地区で甲子園を目指すべく、日の坂高校野球部が始動した瞬間だった。



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18話

晴れて正式な野球部が設立された日の坂高校のグラウンドでは、部員総勢九名による体力テストが行われている。

まず初めに行われたのは走力テスト。より実践的な走力を見る為、課題はベースランニングだ。

これは14.7秒のタイムををマークした矢部に軍配が上がった。

次いで友沢の14.9秒。トップスピードだけで見れば友沢の方が早いと思われるが、すぐ様前屈姿勢になりスタートダッシュを決める加速力、スピードを落とさずベースを回るテクニック、こと走塁技術と呼ばれるものに対して矢部のそれは素晴らしいの一言。

 

(この後の打撃テストにもよるけど、友沢にはクリーンナップを打ってもらいたいし一番バッターはやっぱり矢部くんかなぁ。もしくは……)

 

テストの結果を元に打順、ポジションを考察していく優吾。

そんな優吾の成績は15.5秒でチーム内5位。

三位は15秒ジャストの巻風、四位はなんと15.2秒で女性であるはずの雪歩だった。

 

(……速水は意外な掘り出し物だったな。スタミナがないのか後半失速しちまったけど一塁到達までは矢部くんより速かったぞ)

 

二塁を回った辺りから息切れにより失速してしまったが、トップスピードに乗るまでの加速力とトップスピードの速さにおいては矢部のそれを上回る。

一塁バッターに必要な『出塁する為の足』という点では矢部よりも雪歩に軍配が上がるだろう。

 

(ま、この後のテスト次第かな)

 

その後は守備テスト、遠投、投球テストと着々と能力テストは進んで行く。

友沢は流石と言うべきかここまですべてのテストで好成績をキープ。遠投では捕手である優吾を抑えてのトップをキープし、一応控え投手候補を探す為と行われた投球テストではストライクゾーンに138㎞の速球を投げ込んだ。

 

(ほんと才能の塊だな友沢は……肘の故障で変化球投げられないとはいえコントロールはいいしこんだけの直球投げれんなら本人さえ良ければリリーフで使うのもアリだな)

 

優吾も130㎞台の急速をマークしたものの代わりの捕手がいないので投手起用は難しいだろう。

その他は巻風が持ち前の起用さで多種多様な変化球を投げこんでいたものの投手経験はなく身体作りも出来ていない為夏の大会には間に合いそうもない。

 

(あまり友沢に無理はさせたくないんだけど大会を勝ち抜くには最低でももう一人投手が必要だし、どうしたもんかなぁ……)

 

考えても良い答えは浮かばなかったので、切り替えてテストを再開する。

ちなみに守備テストでは友沢、巻風を筆頭にみんな中々の好成績。セカンドを希望していた雪歩も走塁の時に見せたスタートの速さは守備でも健在のようで、守備範囲は中々のもの、フィールディングも悪くない。

外野守備は大きめの当たりを坂本が後逸するなど多少の不安はあるもののセンターを希望している矢部の守備範囲は流石の一言なので問題はなさそうだ。

 

「よし、それじゃあ最後にみんなお待ちかねの打撃テストやるぞー!」

「ふっ、漸くか。待ちくたびれたぞ」

「あ、友沢はもう実力わかってるからテストはなしな」

「なんだと!?」

「もう時間もあまりないし、打ちたそうにしてるとこ悪いんだけどここは我慢してくれ」

「くっ……まぁキャプテンの指示なら仕方ないな」

「理解してくれて助かるよ。代わりにって言ったらあれなんだけど八割くらいの力でいいからバッティングピッチャーやってくれるか?」

「ストレートしか投げられないが、いいのか?」

「とりあえずは単純な打撃能力が見たいだけだからそれで構わないよ。ストレートだけって言っても130㎞の生きた球はそう簡単には打てないだろうしな」

「なるほどな、了解した」

 

そうと決まると友沢にはマウンドに上がってもらい、優吾はキャッチャーの防具を装着してホームベース後ろに腰を下ろした。

まずは肩慣らしからと投球練習を開始する。

友沢の球をこの位置でしっかり見るのは初めてだなぁと優吾は内心少しワクワクしていた。

 



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19話

肩慣らしも終了し、打撃テストがスタートした。

順番は野球部に入った順ということで翠からとなった。

 

「ふえぇぇ、こんな速い球打てないですよぉ」

 

バッターボックスに入ったものの、かなり腰が引けてしまっている翠。

見かねた優吾は少し考えた後一つの提案をした。

 

「んー、まぁ川奈は投手だしバッティングに自信がないなら練習も兼ねてバントしてみるか?」

「ふぇ? バントですか?」

「うん、川奈を九番に置いたと想定して下位打線でランナーが出た場合、自信がないのであればその打撃を磨くよりも確実にランナーを二塁に進められるようにバントを練習した方がいいだろうからね」

「わ、わかりました! バントやってみます」

 

そう言って腰を落としてバットを寝かせる翠。

元々アンダースローで投げる為に足腰に関してはガッツリ鍛えてある翠だ。バントの構えは安定している。

まずは小手調べとど真ん中に構える優吾。

キッチリと真ん中に投げ込まれた友沢のストレートを、翠はコツンとバットに当てた。

転がった先は一塁線ギリギリのフェアゾーン。打球の勢いもしっかりと殺してあり、ファースト、ピッチャー、キャッチャーの誰が取りに行くか迷ってしまうような絶妙の位置にボールが転がった。

 

「おお……完璧だ」

 

素直に感嘆の声を上げる優吾。

その後何球かコーナーをついたストレートを投げさせてみるも、翠はそのすべてをキッチリと一塁線、三塁線に転がした。

 

「川奈、バント上手いんだな」

「……自分でもビックリしてます」

 

隠れた才能というやつらしい。

それは嬉しい誤算であり、それが見れただけで充分と優吾は次の打者を指名した。

 

「友沢の球を打つのは久しぶりだな……よろしく頼むよ」

 

中学二年時の大会では帝王中学で一番を打っていた男、巻風恭二。

当時の対戦で優吾はこの巻風に三遊間を抜けるヒットを打たれている。

 

(広角に打ち分ける技術を持っていて長打も打てる。猪狩のストレートを引っ張って打てるんだからストレートには滅法強いって印象だけど……)

 

ヘルメットを被り右打席に入る巻風。

左足で土を少し慣らしてからバットを高く掲げ構えに入った。

 

(神主打法……中学から変わってないな)

 

バットのヘッドが右肩から離れた位置にある独特のフォーム。

脱力する為にやっているだとか言われてもいるが、一度対戦経験のある優吾はそのメリットは別のところにあると考える。

 

(バットが右肩から離れたところにあるってことはスイング時にその分長い距離を通るってことだ。つまりその分遠心力を利用して強い打球が打てるってことになる)

 

以前戦った時も巻風は打つのが難しいとされる外角低めのストレートを強引に引っ張ってヒットにした。

 

(球威に負けない大きなスイング、それが巻風がストレートに強い理由だ。なら、攻めるべきコースはここだ)

 

内角高めに構える優吾。

強打者にとってはホームランコースとなりえるそのコースに優吾は敢えてミットを構えた。

それに対しマウンドの友沢は少し怪訝そうな表情をするも、特に首を振ることもなく投球動作に入った。

 

(スイングが長い距離を通るってことはつまりその分遅くなるってことだろ? それなら内角の直球は打ち難いはずだ。それに……)

 

優吾は巻風の足元に視線を向ける。

神主打法を使っている選手のほとんどはオープンスタンスを採用している。

理由は単純、内角のストレートに間に合わせる為にアウトステップして身体を開いて打つ為だ。

しかし巻風の左足は三塁方向に開いてはいない。

 

(並の投手ならともかく友沢レベルのストレートはそれじゃあ間に合わねぇだろ)

 

豪快なフォームから放たれた内角高めの直球は優吾のミットに収まる……ことはなくーー

 

カキィィィンッ!!

 

ーー快音を響かせてレフト後方のフェンスに突き刺さった。

優吾は呆然とその打球わ見送った後、何故打たれたのかを考察してすぐ様理解する。

巻風の左足が三塁方向に開いていたのだ。

 

「巻風、お前最初はオープンスタンスじゃなかったよな?」

「ん? ああ、最初から開いていたら外角に投げられた時届かないからな」

「じゃあ俺が内角を攻めるって読んで投げる瞬間にフォームを変えたってことか?」

「いや……なんと言えばいいのか自分でも良くわかってないんだが……『見える』んだよ俺は」

「見える? って何が」

「予測とはちょっと違うんだが、ピッチャーが何処に投げてくるのかわかると言うか……見えるんだ」

「……なんじゃそりゃ」

 

ピッチャーが何処に投げてくるのかがわかり、コースによって足の開きで調節する神主打法。

 

(才能の塊だなこいつ……)

 

巻風の能力に驚愕する一方で、その巻風を1安打に抑えた猪狩の怪物じみた実力を改めて実感する優吾であった。



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20話

詳しく話を聞いてみれば、巻風の能力は別に予知能力などといった超常的な物ではなく、ひとえに彼の目の良さに起因するものだ。

一般的に視力と呼ばれるものについてもそうだが、巻風はことスポーツをする上で必要な視力、スポーツビジョンと呼ばれるものについて圧倒的なまでの才能を持っている。

それは主に動体視力と呼ばれるものだが、スポーツビジョンは細かく分類すればその種類は二桁を越える。

巻風は中でもその内の二つ、『瞬間視』『目と手の協応動作』と呼ばれる能力に秀でている。

瞬間視とは簡単に言えば瞬時に目標を見極め状況を把握する能力。

目と手の協応動作とは目で見た物に素早く反応する能力、一般的に反射神経などと呼ばれているものだ。

つまり巻風は投手が投げたボールを視界に捉えた瞬間に投げ込まれるコースを把握し、反射に限りなく近い速度でそれに反応することができる。

そんな自分の才能を生かす為に彼が身につけたのがあの神主打法で、努力を重ねた結果投手の手からボールが離れた瞬間にコースに応じてほぼ反射的に左足が動くまでになった。

 

(……と、ここまでが今しがた友沢に聞いた話なわけだけど、説明を受けてもちょっと信じ難い話だよなぁ)

 

友沢との会話を終えてホームベースに戻ってきた優吾。

130㎞オーバーのストレートを引っ張って弾丸のようなスピードでフェンスに突き刺したのだ。

巻風の打撃テストはもう充分だと判断して次の打者を呼び、テストを進めていく。

 

続く矢部は最初の打席で友沢のストレートを前に空振りの三振に倒れるものの、与えられた二打席目のチャンスで外角のストレートを綺麗に流打ち、一二塁間を抜けるヒットを放って見せた。

 

(やっぱり矢部くんバッティングも悪くはないんだよなぁ。見た目よりもスイングスピードはあるし、ミート力を鍛えれば充分三割を打てる打者に成長しそうだ。ただ一番を任せるには思ったより選球眼が良くないのが難点だな……)

 

続く田辺は三打席目でセンター前ヒットを放つも、その後の横山と坂本は三打席をすべて三振と凡打で終えてしまった。

 

(まぁ高校上がりたてで130㎞オーバーのストレートはなかなか打てるもんじゃないよなぁ)

 

入部仕立てだということを考えれば全力でないとはいえ友沢のストレートはそうやすやすと打てるものではない。

むしろ一打席目から快音を奏でる巻風の方がおかしい部類なのだ。

 

(横山と坂本の二人にはなんとかストレートだけでも打てるように練習してもらうとして、次は……)

 

捕手を務めている為順番を後に回している優吾を除けば次が最後のバッター。

 

「お手柔らかによろしくね、橘くん」

 

日の坂高校野球分二人目の女子部員である速水雪歩。

 

「自己紹介の時から思ってたんだけどさ、俺たち前に何処かで会ったことないか?」

「なになに? もしかして私今ナンパされちゃってる?」

「ばっ! そんなんじゃねぇよ! ただなんとなく速水に見覚えがあるなぁと……」

「あははっ、冗談だよじょーだん! まぁ見覚えがあるのも当然だと思うよ。私橘くんと同じ中学校に通ってたから」

「え……? マジ?」

「まじまじ、あかつき中学出身でーす。あかつきの野球部は女子禁制だったから野球は地元のシニアリーグでやってたし、私のこと覚えてなくても仕方ないと思うけどね。でもでも私は橘くんのこと知ってるよー。校内じゃあ大スターだったしねー」

 

思わぬところで同じ中学校出身の生徒に出会った優吾。

あかつき中野球部の面々が日の坂高校にいないことは確認済みであったが、部活に所属していない野球経験者までは確認していなかった。

現に部員候補を発掘する際雪歩を見つけたのもたまたまシニアリーグの試合を見たことがあった巻風だったのだ。

無論同じリトルリーグのチームに入っていたという翠も気づいてはいたのだろうが。

 

「まぁまぁ積もる話はまた後でするとしてちゃっちゃと打撃テストやっちゃおーよ。私順番最後だったからずっと早く打ちたくてうずうずしてたんだから!」

「あー、そうだな。とりあえず始めっか」

 

そう言って腰を落とす優吾とバッターボックスに入る雪歩。

雪歩はマウンドに立つ友沢を一瞥してからバットで一度自らのヘルメットをコツンと叩き、構えに入った。



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21話

優吾はマウンドの友沢にサインを出す前に少しでも雪歩の実力を探ろうと一瞥する。

 

(足が速いのは走力テストで確認済み、加えて左打ちか。単純に考えれば足を生かして出塁するタイプのバッターなんだろうけど……)

 

雪歩の身長は部の誰よりも低く、150㎝ちょっとといったところ。腕も細くパワーがあるようには見えない。

 

(シニアでやってたからには実力はあるんだろうし、その自分の実力に自信もあるんだろうけど……)

 

女性であるが故にあかつき中学の野球部に入れなかったとはいえ、硬式野球のシニアリーグに挑戦するのは多少なりとも自分に自信がなければ出来ないことだ。

軟式に比べ危険は増すし、何よりシニアリーグとはいち早く硬球を扱い高校野球への準備ができる場なのだから。

 

(そういう意味じゃあ新設で野球部がない日の坂を選んだのは腑に落ちないけど……何はともあれ、速水の細腕じゃあ友沢のストレートには力負けすんだろ)

 

高さは真ん中ベルトの辺り、やや内角に優吾はミットを構える。

強打者にとってはホームランコースだが、これはあくまでテストであり、友沢のストレートなら多少甘く入っても捉えるのは難しい。

友沢は特に首を振る事もなく、優吾のミット目掛けて腕を振るった。

 

(……マジかよ)

 

瞬間、打者である雪歩を観察していた優吾が驚きの表情を浮かべた。

友沢がボールを放つと同時に雪歩は右足を大きく後方に振るった。

『振り子打法』とあるメジャーリーガーが得意としていた独特の打撃フォームである。

右足の大きな振りによって勢いを付けた雪歩のスイングはコントロールの乱れによって内角ギリギリに厳しく入ってきた友沢のストレートを捉え、快音を残してファーストの頭を越えていった。

 

『ファール!』

 

ライナー性の当たりは惜しくもラインを割ってファール。

しかしこれにはマウンド上の友沢はもちろんマスクを取って打球の行方を目で追った優吾も驚きを隠せない。

 

「すっげぇな……振り子打法なんてどこで覚えたんだ?」

「んー、秘密だよー。ほら、私って見ての通りちっこいからさー、キミら男子と違って色々と工夫が必要なわけよ」

 

振り子打法のメリットといえば何よりも振り子の勢いを乗せての飛距離強化にある。

その分無理な体勢からのスイングになるのでボールを芯で捉えるには相当なレベルのバットコントロールが必要になるはずなのだが、雪歩は130㎞オーバーのストレート、それもスイングが窮屈になりがちな内角に厳しく入ってきたたボールを腰の回転でライトファールゾーンまで弾きかえして見せた。

 

(舐めてたわけじゃねぇけど、正直想像以上の打撃センスだ。よし、そんじゃ次は外角低めで)

 

基本的には最も打ちにくいとされているアウトローに構える優吾。

それに頷いた友沢はワインドアップから2球目を投じる。

再び雪歩はそれに合わせて右足を大きく振るも、その体幹はまったくブレていない。

外角低めに構えたミットに向かっていく2球目、それを雪歩は右足で堪えてタメを作り、振り子の勢いを殺さずにコースに逆らわず流し打った。

 

カキィン!

 

綺麗な打撃音を奏で、ボールは三遊間へと転がっていく。

決して速い打球ではないが飛んだ先はヒットコース。例えショートが俊足で打球に間に合ったとしても雪歩の足なら内野安打になる。文句なしのヒットだった。

 

「オッケーだ! 速水、ナイスバッティング」

「おー、元あかつきのクリーンナップに褒められたー。お世辞でも嬉しいよ」

 

けらけらと笑う雪歩。

優吾のそれはもちろんお世辞でもなんでもない。それは当の雪歩もわかっている。

雪歩は翠と同じくリトルリーグから今日まで野球を続けてきた。

女性選手の公式大会参加が認められたとはいえ、高校野球において男女の体格差は大きい。

現に認められただけで今日まで女性選手の甲子園出場はもちろん、プロ野球入りも果たされてはいない。

そんな中で男子と対等に戦うべく、翠や雪歩は体格差を埋める為の技術を磨いてきたのだ。

その努力が形となった満足のいく結果を受け、雪歩の表情は綻んでいた。



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22話

 

「んじゃ、最後は俺だな」

 

友沢を除く7人のテストが終わり、防具を脱いでバットを手にする優吾。

 

「なんだ、お前も打つのか? 俺には知ってるから必要ないと言ったくせに」

「しばらく打ってないからなー、自分で思ってるより打てないかもしれないし、僻まないで付き合ってくれよ」

「……別に僻んでない」

 

少しふて腐れたように土を蹴ってマウンドを慣らす友沢。

 

「それなら俺が捕手を務めよう」

「巻風、キャッチャーもできるのか?」

「ボールを受けるくらいならな」

 

簡単に言ってのけるが、打球を捌くのと投手の投げる球を捕るのではまた違った技術が必要となってくるものだ。

だが、巻風の『目』ならそれも問題にならないだろう。

 

「二年ぶりだな、友沢の球を打つのは」

 

そうと決まればと右打席に立ち構える優吾。

 

「そういうセリフは……打ってから言うんだなっ!」

 

大きく振りかぶり、オーソドックスなフォームから初球を放つ友沢。

強靱な手首のしなりを持ってして放たれたボールは内角低めに構える巻風のミットに、ズドンという音を立てて収まった。

 

「………えー?」

 

呆然と立ち尽くす優吾。

ベンチでは矢部と坂本がスピードガンを片手に何やら騒いでいた。

 

「す、すごいでやんす! 今のボール140㎞でやんすよ!」

「おー、すごいなー」

 

昨今の高校野球では超高校級と呼ばれるような豪速球を投げる投手が後を絶たない……とはいえ、一年生にして140㎞の豪速球を投げるような投手は名門で野球をしてきた優吾でも片手で数えるほどしか心当たりがなかった。

 

「いやいや、というか俺八割くらいの力で投げろって言ったよね!?」

「……これで八割だ」

「嘘つけぇ! 友沢さーん、もしかして自分だけ打たせてもらえないからって怒ってます?」

「……ふっ、そんはわけないだろう?」

「あ、これ絶対図星なやつだ」

 

もう何も言わないとばかりに2球目の投球動作に入る。

こんなやりとりをしながらも、優吾は内心ワクワクしていた。

140㎞の生きた球を打てる機会など早々ない。

友沢とチームメイトである以上彼に投手を頼めばその限りではないのだろうが、そもそも友沢はケガで投手を引退した身であり、本人は直球を投げている分には問題ないと言っているものの気軽にバッティングピッチャーを頼めるような相手ではない。

そんな友沢が事情はどうあれ全力で勝負してくれるのだ。

橘優吾という人間が、それを喜ばない筈はない。

 

日の坂高校のチームメイト達が見守る中、2球目に放たれたストレートのコースはまたも内角低め。

このレベルの直球ならば内角の膝下は振り遅れて差し込まれる……というのがリードを取る巻風の判断だろう。

しかしーー

 

カキィィィンッ!!

 

「っ!?」

 

一閃。

これまたオーソドックスなフォームから振り抜かれた優吾のバットはほぼ同じコースに滑り込んできた2球目わ完璧に捉えた。

 

『ファール!』

 

打球は痛烈なライナーで飛翔するも、惜しく三塁側ラインを割ってファールとなった。

 

「相変わらず、スイングスピードは友沢に引けを取らないな」

 

優吾を打撃に感嘆を漏らす巻風。

 

「いやいや、流石に友沢には勝てねぇよ。けど俺だって名門あかつきのクリーンナップを打ってたんだ。簡単には打ち取られてやれねぇんだよ」

 

少年のように目を輝かせながら3球目を待つ優吾。

そんな優吾を見ながら巻風は思い出す。

 

(確か、中学時代からストレートには滅法強かったな。事前にその情報を得ていた友沢は橘を相手には変化球主体で組み立てていたはずだ)

 

しかし、今の友沢は変化球を投げれない。

相性の良さという点では優吾に傾いていると言えるだろう。

 

『ボール!』

 

3球目も内角低め。けれど今度はボール一つ分内に外れたボールを優吾はバットを止めて見送る。

矢部が持つスピードガンは138㎞を記録していた。

 

(やはり釣られてはくれないか……仕方ないな)

 

ただ速い球に押し負けない力があるだけでは直球に強いとは言えない。

優吾はそれを見定める選球眼も持ち合わせている。

釣り球を振らせることを早々に諦め、巻風は4球目の勝負球を友沢に要求した。

 

(外角低めのストレート。教科書通りだがこれしかないだろう)

 

教科書通りというのは決して悪いことではない。

外角低めにキッチリと投げられたストレートはプロでも打つのは至難の技だ。

巻風のミット目掛けて寸分の狂いなく投げ込まれたそれを、優吾は教科書通りのレベルスイングではじき返した。

 

『アウトォ!』

 

痛烈なセンター返し。それを投手の友沢が華麗なフィールディングで捌いて見せ、この勝負の決着となった。



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23話

 

「よし、それじゃあこれでテストは終了! みんな集まってくれ!」

 

友沢に打ち取られ悔しがる様子もなく、部員達をバッターボックス付近に集める優吾。

 

「みんなお疲れ様! これでテストは終了だ」

「けっこう疲れたけど楽しかったでやんす!」

「そうねー、久しぶりに生きた球打てて気持ち良かったわ」

 

口々に感想をこぼす部員たち。

優吾はそれを一度収めると改まったように切り出した。

 

「えー、まだ確定ってわけじゃないけどテストの結果を元にみんなのポジションと打順を決めてみた。発表するから聞いてくれ」

 

いつの間にやら取り出していたメモ帳を片手に部員たちを見回す優吾。

テストの最中細かくメモを取っていたようでこの辺りのマメさは長年捕手をやってきて身についたもののようだ。

 

「そんじゃ行くぞー

1番セカンド速水!」

「え、あたしが一番? いいの?」

「速水は打ってからのスピードが速いし選球眼もある。俺たちの中ではトップバッターに一番適任だと思うんだ。頼めるか?」

「そうまで言われちゃ仕方ないなー。あたしに任せなさーい」

 

飄々とした態度をとってはいるが、少々表示がにやけている雪歩である。

 

「んで、二番はセンター矢部くんな」

「トップバッターじゃないのは残念でやんすが上位打線でやんす! 橘くんは見る目があるでやんす!」

「お、おう、期待してるよ」

 

自身満々な矢部に対しては若干引き気味な優吾。

現状バッティングでは雪歩に劣るものの走塁技術においては天賦の才を持つ矢部。これほど塁に出したくない選手も中々いないだろう。

 

「んじゃ続き一気に行くぞー

三番サード巻風

四番ショート友沢

五番キャッチャー俺

六番ファースト田辺

七番ライト横山

八番レフト坂本

九番ピッチャー川奈

以上! なんか意見あるやついるかー?」

 

揃って首輪横に振る部員一同。

四番に名前を呼ばれた友沢は心なしか笑みが溢れているような気もする。

 

「あとみんなに紹介したい人がいるんだ。先生ー!」

 

優吾の呼びかけに応えグラウンドの隅から現れたのはスーツを着た20代半ばほどの女性。

赤いピアスが印象的なその女性は優吾によって部員たちの前に押しやられた。

 

「むむ、誰かと思えば国語のみゆき先生じゃないでやんすか!?」

「お、矢部くんは知ってたのか?」

「もちろんでやんす! 日の坂高校の美人教師と名高いみゆき先生をこのおいらが知らないわけがないでやんすよ!」

「あ、そういう理由ね」

 

雪歩が矢部に対して冷ややかな視線を向けている。

若干翠も引き気味に見えるのは気のせいではないだろう。

 

「まぁ知ってる人もいるだろうけど矢部くんの言った通り、国語教師の田中深雪先生だ。うちのクラスの担任なんだけど野球部の顧問を引き受けてくれることになった」

 

瞬間、部員一同から歓声が上がる。

 

「野球のことはあまりよく知らないんだけど、甲子園目指して頑張るみんなを応援していきたいと思っています。みんなこれからよろしくね」

「よろしくでやんすー!!」

「矢部うるさい! よろしくお願いしますみゆき先生ー」

「よろしくお願いするぞー」

 

ワイワイと盛り上がる野球部の面々。

日の坂高校野球部は着々と前に進んでいく。高校球児達の夢の舞台、甲子園を目指して。



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24話

 

「練習試合?」

 

実力テストから二週間。間もなく四月が終わろうとしているとある日の放課後に担任のみゆき先生から呼び出しを受けた優吾は開口一番放たれた一言に目を丸くした。

 

「ええ、形だけの顧問だけど私もみんなの為に何かしてあげたくて……勝手だけど他校との練習試合の予定を組んでみたの」

「形だけなんてとんでもない! いつも俺たちの為にスポーツドリンクを用意してくれたり、みんなほんと助かってますよ!」

 

部員が九人ギリギリ、マネージャーのいない日の坂野球部ではその役目を顧問であるみゆき先生と女子部員の翠と雪歩が担っているのが現状である。

 

「練習指示とか監督業は橘くんに任せっぱなしなんだからそれくらいはしないと……それで、どうかしら?」

「ありがとうございます。練習試合、みんなきっと喜びますよ」

「良かった。相手も今年出来たばかりの野球部らしくて、部員はみんな一年生みたいだからみんなならきっといい試合ができると思うわ」

「へぇ、どこの学校ですか?」

「ときめき青春高校ってところよ。うふふ、変わった名前よね」

「ときめき青春……」

 

ーーーーーー

 

「ってわけで、来週末ときめき青春高校との練習試合が決まった」

「試合でやんすー! 待ってましたでやんす!」

「ふっ、漸くか」

 

腕を組みながらクールに決める友沢の肩はプルプルと震えている。

 

「めちゃくちゃ嬉しそうね」

「嬉しそうだな」

 

そんな様子を少し離れたところから見つめる雪歩と巻風。

更にその奥では翠がみんなにとお盆に乗せて持ってきたスポーツドリンクを盛大にブチまけていた。

 

「し、しししし試合!? わわっ飲み物が溢れちゃっーーきゃうんっ!」

 

盛大に転んで尻餅をつく翠。

優吾はそんな翠に駆け寄ると右手をそっと差し伸べた。

 

「おいおい大丈夫か?」

「は、はい。すみませんちょっとビックリしちゃって……飲み物すぐに入れ直してきますね」

「あーそんなのあたしがやるから、翠はそれ、着替えてきた方がいいんじゃない?」

「……ふぇ?」

 

雪歩に指を指されるがままに視線を下に向ける翠。

翠が着用している練習用の真っ白なアンダーシャツは溢れたスポーツドリンクがかかってうっすらと透けてしまっていた。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

「おおー! 眼福でやんすぶげらっ!!」

「見てんじゃないよこのエロメガネ!」

 

食い入る様に見つめていた矢部に雪歩が鉄拳制裁。

翠は両手で胸元を隠しながら部室に向かって物凄い勢いで駆けて行った。

 

「おおー速いな川奈のやつ、タイム計ったら自己ベスト出るんじゃないか?」

「そういうこと、本人の前では言うなよ」

「わかってるよ。俺にだってデリカシーの一つや二つあるんだぜ」

「デリカシーは数えるものではないだろう」

 

やれやれといった様子の友沢。

 

「それより橘、わかっているとは思うが練習試合とはいえ川奈にとってはこのチームで初めての登板になる。女房役としてメンタルケアはきちんとしてやることだ」

「おう、友沢が他人のことそこまで心配するのも珍しいな。……はっ、もしかして川奈のこと好きなのか!?」

「……はぁ、そうだな。同情はしている」

 

ため息を一つ吐いてその場を離れる友沢。

そんな友沢の反応を見て優吾はわけがわからないといった様子で首を傾げた。

 

来週末、日の坂高校野球部が出来てから初めての実戦。

対戦相手はときめき青春高校。

 

(まさか、こんなに早くあいつと戦えるなんてな……)

 

今は甲子園を目指すライバルとなったかつてのチームメイトの姿を思い浮かべながら、優吾は期待に胸を震わせるのだった。



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25話

 

初めての練習試合。

日の坂高校高校野球部一同は試合に向けて優吾の指示の元練習に励んで行った。

 

そして迎える試合当日。

一同は電車に乗って遥々本日の対戦相手であるときめき青春高校を訪れていた。

 

「ここがときめき青春高校かー」

「なんというか……」

「荒れてるわね」

 

ときめき青春高校と言えば巷では爽やかな校名とは裏腹にヤンキーが集まる高校として有名である。

 

「ひえぇぇでやんす。凄い睨まれてるでやんすよー!」

 

校門を通った瞬間より浴びせられるときめき青春の生徒達による視線の嵐。

見た目からしてヤバさMAXなときせー生から睨まれてはビビリな矢部はひとたまりもない。

 

「大丈夫だって。俺たちは喧嘩売りに来たわけじゃなくて野球をやりに来たんだからさ」

「野球……? あっ、もしかして日の坂高校の人達ですかー?」

 

優吾の言葉を聞きつけ、ヤンキーの中から現れたのは明らかに周りの連中とは違うおっとりとした雰囲気の女の子。

 

「そうだけど、君は?」

「ミヨちゃんはときせー野球部のマネージャーですー。日の坂高校の人達が来たら案内するように言われてるのでついてきてくださいー」

「あ、うん。よろしく……えっと、ミヨちゃんさん?」

「ミヨちゃんはミヨちゃんですよー。面白い人ですねー」

 

にこにこと笑顔を浮かべながら変わらずマイペースに歩いて行くミヨちゃんについて行く日の坂高校の面々。

何故か強面のヤンキー連中がミヨちゃんを見ると血相を変えて道を開けているのだが、不思議に思いつつも何故か身の危険を感じるので優吾達はそのことについて深く考えないようにした。

 

「はーい、ここが野球部のグラウンドですよー」

 

案内されてやって来たのは荒れきった校舎とは似ても似つかない綺麗に整備されたグラウンド。

ところどころネットが破れていたりと不備はあるものの、そのどれもに人の手によって修理された跡がある。

そんなグラウンドを見た優吾は先ほどまで抱いていたときめき青春高校のイメージを改める。

少なくとも野球部に関しては真面目に活動しているようだ。

グラウンドではときせー野球部の部員と思われる面々がシートノックを受けている。

 

「小波くーん、日の坂高校の人達が来てくれましたよー」

 

ミヨちゃんの声に反応するのはバッターボックスに立ちノックを打っていた青年。

小波と呼ばれた彼は別の部員にノックを任せ、駆け足でグラウンドの外、優吾達の元へと向かって来た。

いや、駆け足なんてものではない。

 

「優吾ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「ぐべっ!?」

 

全速力で走って来た彼はそのまま勢いを殺す事なく優吾の土手っ腹にタックルを仕掛ける。

それをまともに受けた優吾は変な声をあげながら仰向けに押し倒された。

 

「久しぶりだなぁ優吾ぉ! 元気にしてたかぁ!? お前が新設校に進学するって聞いた時はもう野球諦めちまったのかと思ったけどまたこうして会えて嬉しいぜ! いやー日の坂高校から練習試合の申し込みが来たって聞いた時には驚いたもんだよ! まさかこんなに早く優吾に再開できるとはなぁーそういやこの前猪狩にも会ってよぉ、なぁ優吾聞いてっか? 久しぶりに会ったんだからクール決め込んでないで語り合おうぜ! なぁ優吾、優吾ってばよぉ」

「あ、あのーでやんす」

「ん? おーどうしたメガネくん、なんか用か?」

「オイラはメガネくんじゃなくて矢部でやんす。じゃなくて、橘くん……気絶してるでやんすよ」

「へ?」

 

言われて優吾の顔を覗き込む小波。

小波の全力のタックルを受けた優吾は、仰向けのまま見事に泡を吹いて気絶していた。



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第26話

「ほんっとーーーーーにすまん!!」

 

ときめき青春高校の野球部部室で目を覚ました優吾の眼前に映ったのは中学時代のチームメイトである小波晴人が土下座の体制を取り床に頭を擦り付ける姿だった。

 

「…………とりあえず、久しぶりだな晴人」

 

「おー! 卒業式以来だなー優吾っ!」

 

久しぶりの再会はアクシデントこそあったもののあかつき中を卒業して以来の顔合わせとなる二人にはやはり感慨深いものはあるようだ。

名門あかつき中のレギュラー。それもクリーンナップを任されていた二人の名前は同世代の選手達の中では有名である。

小波がこのときめき青春高校に進学したことを聞かされていた優吾以外の面々はなぜこんな所に? という疑問が頭から離れない。

 

「橘くんといい友沢君たちといい猪狩世代の有名人はよくわからないでやんす……」

 

「友沢? ん? ほんとだ! 友沢いるじゃん!」

 

日の坂高校の面々の中に友沢亮の姿を認めた小波は足早に友沢の元へと駆け寄る。

 

「友沢も久しぶり! 俺の事覚えてっかー?」

 

「…………記憶にないな。誰だ?」

 

「ガーン!」

 

友沢に素っ気ない態度を取られその場に崩れ落ちる小波。

当然元あかつき中の4番バッターを友沢が知らないはずもないのだが、中学時代に敗れたあかつき中の面々には思うところがあるようで落ち込む小波の姿を見て友沢はしたり顔である。

 

「まぁまぁ、友沢もあまりいじめないでやってくれよ。多分晴人のやつ間に受けちゃってるから」

 

「ふっ、いい気味だな」

 

「おいおい……」

 

普段のクールな様相はどこへやら、まるで子供のようなことを言い出す友沢に困惑する日の坂高校の面々。

どうやら友沢は中学時代に小波に打たれたことを少なからず根に持っていたようだった。

 

「なんだよ、中学時代は俺に打たれまくってたくせにー」

 

「…………なんだと?」

 

「ひぃっ!!??」

 

そんな心の内を見事につかれた友沢の表情が強ばる。

強ばるどころか最早鬼の形相。たまらず小波は冷や汗を流しながらその場を離れる。

 

「じゃ、じゃあ優吾の目も冷めたことだし、準備が出来たらグラウンドに来てくれよな! また後でなー!!」

 

逃げ出すように部室を出ていく小波。

そんな小波を眺めながら優吾と友沢の二人は中学2年時の夏の大会を思い出していた。

 

「まさか小波晴人がこの高校にいるとはな……橘、あいつに対する勝算はあるのか?」

 

「さぁな……元から簡単にいくとは思ってねぇよ。晴人は俺なんかとは違う、猪狩と同じ本物の天才だからな」

 

帝王実業高校のエースとして剛腕を奮っていた当時の友沢が唯一個人対戦で負け越している打者、それが元あかつき中の主砲小波晴人である。

 

「小波が高校に進学して更に成長しているのだとすれば、例え肘を怪我してなかったとしても俺には抑えられる自信はないな」

 

「友沢にそこまで言わせるなんてな……まぁでも、俺はバッティングに関してはうちの主砲だって負けてないと思ってるぜ」

 

「……ふっ、そうだな。投手として小波にリベンジすることはもう叶わないが、中学時代の借りはあいつの土俵で返させてもらうとしよう」

 

思わぬ強敵との戦いとなった初めての練習試合。

闘志を滾らせる二人に触発されてか、日の坂高校ナインのモチベーションは最高潮に達しようとしていた。



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