lost days-失われた日常- (AZΣ)
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1話-日常

いやはや、ミスりました。間違って消してしまいました(T_T)


 

(一体何があったんだ…何故僕の身体は血に塗れているんだ?ここも血塗れだけど、どうやら家のリビングにいるようだ…)

 

僕は周りを見渡した。すると、信じられない光景が目に飛び込んで来た。僕の周りに死体が転がっていた。それも一つではない。見た所、五~六体程だ。

 

僕は不意に嫌な予感がして、その死体達の顔を覗き込んだ。その瞬間、僕は激しい喪失感から泣き出してしまった。何故なら、その死体達は僕の家族と……彼女だった。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!……はぁっ!はぁ…君まで…どうして…?」

 

僕はショックの余り気を失ってしまった……

 

僕は、枕元で激しく鳴り響く時計の音で目が覚めた。

 

「……ん、涙…?あれは…夢だったのか…?」

 

(もう朝か、そろそろ母さんが呼びに来るはず…)

 

「お兄ちゃん!もうご飯出来てるよ!早く降りてきて!」

 

(ん?この声は(かすみ)か?霞が起こしに来るなんて珍しい事もあるもんだ…おっと、そろそろ下に降りよう)

 

時雨(しぐれ)!ご飯もうとっくに出来てるわよ!学校に遅刻しちゃうじゃない!」

 

「ごめんよ、母さん。何か朝、気になる夢を見た気がして…」

 

「ふざけた事言ってないで、早く食べなさい!朧と霞はもう家を出たわよ!」

 

「えっ!?本当!?ヤバい、急がなくちゃ!パン一枚貰ってくよ!」

 

「気をつけてね!」

 

僕は白波(しらなみ) 時雨。高校2年生だ。今、僕は走っている。理由は弟と妹に追い付くためだ。

 

「はぁっ!はぁっ!はぁ…やっと追い付いたぁ…」

 

「遅せーよ、兄貴。そんなに急ぐ位だったら明日からはもっと早く起きるんだな?」

 

「ううっ…」

 

「本当だよ?お兄ちゃん。お兄ちゃんがそんなんじゃあ、私達兄弟の評判に傷が付いちゃうじゃない。ただでさえ、(おぼろ)が誰彼構わず喧嘩するもんだから評判悪いのに…」

 

「ああ!?何だよ、霞!文句あんのかよ?」

 

「文句しかないでしょ。あんたのせいで私達の評判が落ちてるって自覚はないの?これだから馬鹿は…」

 

「何だとぉ!?」

 

「何よ?」

 

この二人は僕の弟と妹で二人とも高校1年生だ。弟の方は朧。少し喧嘩っ早い所があるが、根はいい奴だ。絶対に弱い者虐めはしない奴だが、どうにも強い奴を見つけると戦いたくなるようだ。まぁ、俗に言うバトルマニアという奴だ。

 

妹の方は霞。霞はとにかく頭が良く、まさに品行方正を体現している。なので良く、朧と霞は衝突しているが、二人とも良い子だと思う。

 

僕は、この二人のどちらとも似ていない。僕は別に喧嘩が好きな訳でも、頭が良い訳でもない。まぁ、この二人の中間と言った所だろうか。

 

外見は三人とも違っているが、髪の色が同じ白だ。この髪色は生まれつきなのだが、このせいで学校の先生に毎日一回は呼び出される。

 

ほとんどの先生は散々事実を言った結果受け入れてくれたが、一人、いくらこっちが言っても理解してくれない先生がいる。本当に困る…

 

そんな事を考えていたら、向こう側から男女が一人ずつ歩いてきた。

 

「おーす、時雨~」

 

「おはよう、時雨!」

 

「おはよう、智哉、美春」

 

この二人は僕の数少ない学校の友達だ。男の方は逢坂(あいさか) 智哉(ともや)。女の子の方は桜庭(さくらば) 美春(みはる)だ。

 

智哉は、僕の様な地毛ではなく、自分の趣味で髪を真っピンクに染めている。そのため、僕達と同じ理由で先生に呼び出されている。

 

しかし、コイツは中身もヤバい。アニメが大好きなのはこの際置いておくとして、妹が好きすぎる。

 

コイツのスマホを見ると、ホームは妹の顔、写真のフォルダもほとんど妹の写真、音楽ボックスには、妹の萌えボイスなる物をネットから取ってきていて、挙げ句の果て、妹に罵倒されて喜んでいる。そしてそれを聞きながら1日中ニヤニヤと笑っている。とんだ変態野郎である。

 

全く、これだけ妹、妹と言って良く嫌われないものだ。ああ、そういえば、妹も隠してはいるが、お兄ちゃん大好きのブラコンだった。確か名前は智乃…だったと思う。

 

智哉は僕に気軽に話しかけてくれたりするいい奴(僕はそう思っている)だが、毎日のこうした同じような自慢が聞くに耐えない。全く恐ろしい奴だ…

 

美春は、どこにでもいそうな普通の生徒だ。とても元気が良い事もあるが、何より他人の目を引くのは顔がアイドル並みに可愛い事なんだろう。学校の裏では彼女のファンクラブなるものまであるそうだ(やっぱり非公式らしいけれど)。

 

そのせいなのか、彼女に告白したり、不用意に話しかけたりした者はその後、誰にも姿を確認されていない…らしい。実に怖い。だけど、美春は僕を見かけると一直線に、そして迷わずに近付いて来る。

 

正直な所、後ろから凄まじい数の殺意を感じる。後で、全力で逃げる事にしよう。

しかし、こんなに濃い僕の周りの人達も他人と良好な関係を(朧はそうでもないが)築けている。

 

(羨ましい限りだ。僕も皆と同じように友達が作れればな…)

 

そんな事を考えている内に学校に着いた。

 

(今日もボーッと過ごしたいなぁ…いつも通り、智哉や美春と話して1日を終える…こんな日々がいつまでも続けばいいなぁ~……)

 

こうして僕のいつもと変わらない学校生活が始まるのだった…



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2話-友達

現在六時間目、理科の授業だ。今回は「人間について」らしい。理科の先生は初老の男性だが、雰囲気が妙に若々しい。

 

「えー、人間は約60兆個の細胞で構成されています。そして、器官によって発現する遺伝子が違うため、その形状が違います」

 

「先生!喰種とは一体どんな生物なんですか?」

 

この先生は聞かれた事には基本、完璧に答えてくれるので、質問が絶えない。

 

「えー、喰種は舌の組成が人間とは異なるので、飲める飲み物は、コーヒーと水、食べられるのは人間のみだと言われています。これはその人間が生きていても死んでいても関係がないそうです」

 

(おいおい、いつの間にか人間から喰種の話になってるよ…まぁ、話が逸れるのはいつもの事だけど…)

 

喰種とは先生も言っていた通り、人間しか食べる事が出来ないという化け物の事だ。

 

(幸い、この12区は平和なようだけど、他の区では喰種が街を占拠して、堂々と歩いている区もあるらしい…怖すぎて寒気がしてくる…)

 

そんな事を考えていると、

 

「コラァ、白波!ちゃんと話を聞け!」

 

と怒鳴られた。僕は人から見たらボーッとしているように見られがちだ。大抵は考え事をしているのだが、何故かそう見られてしまうのだ。

 

(これも僕に友達が出来ない原因の一つじゃないだろうか……?しかし、先生め……おかげでクラスの皆にも笑われてしまったじゃないか……)

 

「キーンコーンカーンコーン」

 

「今日はここまで。号令!」

 

「気をつけ!礼!ありがとうございました!」

(やれやれ、やっと終わったー……)

 

「時雨ー!一緒に帰ろー!」

 

(この声は美春か、相変わらず美春と話していると、後ろから凄まじい殺気を感じる……早く帰ろう……)

 

「うん、分かった。あれ?智哉は?」

 

「いつも通り同じだよー」

 

(ああ、またか……いつもの事だけど……)

 

智哉はいつも先に帰ってしまう。噂によると学校の誰よりも早く帰るらしい…

 

そんな事を考えているとT字路に着いた。美春は右の道で、智哉と僕は左の道だ。

 

「じゃあ、ここで」

 

「うん!また明日ねー!」

 

「うん」

 

(さぁ、智哉の家に行くか……)

 

智哉の家は薄いピンク色をしている。彼の両親の趣味らしい。彼の両親は数年前に事故で他界しており、今は妹と二人暮らしをしている。

 

智哉の家の前に着いた瞬間、家の中から、外にまで響く、大きな怒鳴り声が聞こえた。

「このバカ兄貴ー!!!」

 

「ごめんね、ごめんね、智乃ちゃん!今日は一緒にお風呂に入ってあげるから……」

 

「この大バカー!!!」

 

その声の数秒後、家の中から殴られる音と、悲鳴が聞こえた。

 

(うわぁ……相変わらずヤベェ……)

 

そんな事を考えながらインターホンを鳴らした。インターホンが鳴り止む頃に、智哉は出てきた。

 

「はーい。来たな、時雨。上がってけよ」

 

「だ……大丈夫か……?」

 

智哉の顔は大きく腫れ上がっていた。恐らくさっきの打撃音の正体はコイツが殴られる音だったんだろう。

 

「ん?これか?大丈夫大丈夫!いつもの事だし、それにこれはきっと、愛情の裏返しなんだよ……」

 

息を荒くしながら、そう呟く智哉。これが間違いじゃないから、恐ろしい。

 

(相変わらずコイツは怖い。頑張れば妹の心理も読めるんじゃないか?まぁ、とりあえず……)

 

「お邪魔しまーす」

 

「ああ、時雨さん。こんにちは!」

 

この子は逢坂(あいさか) 智乃(ちの)。智哉の妹で、中学1年生なのだが、身長と性格のせいもあってとても幼く見える。

 

今は学校から帰って間もないのかまだ制服を着ていた。髪は黒のショートで、頭の天辺に一房のアホ毛…?らしきものがある。

 

「こんにちは、智乃ちゃん。ごめんね、いつもお邪魔しちゃって……」

 

「大丈夫ですよ、お兄ちゃんも楽しそうですし」

 

(いや、多分君と一緒に居た方がお兄ちゃんは喜ぶと思うよ……)

 

智乃ちゃんは普段、隠しているが実はお兄ちゃんが大好きなブラコンだ。

 

(兄がシスコン及びロリコンで、妹がブラコンって……この家系は一体どうなってるんだろう?)

 

智哉と智乃ちゃんはお互いに家事を分担している。智乃ちゃんがいる時は、智哉のためにあらゆる準備をこなし、智哉がいる時もまた、全力で妹に尽くしている。

 

(夫婦かよ、この二人は……)

 

そんな事を考えていたら、夕食の時間になってしまっていた。

 

「智哉ー、僕、そろそろ帰るよー」

 

「もうか?夕飯食ってけばいいのに……」

 

「母さんが準備してると思うからさ……」

 

「ああー、怒ったらめっちゃ怖いもんな、お前の母さん……」

 

「まぁね……という訳で今日は帰るよ、お邪魔しましたー」

 

「おう、気を付けて帰れよー!」

 

「ああ、ありがとう」

 

(……あれ?何かさっき出た部屋からイチャイチャオーラが出てるような……気のせい……だよね。うん、きっとそうだ……!)

 

そんな事を思いながら僕は智哉の家を後にした。

 

現在午後19時、智哉と僕の家は方向こそ同じだが、歩いて20分位掛かる程度の距離はある。家の夕食は大体いつも19時30分位からだからかなりキツイ。

 

(ギリギリだな…走って帰っても間に合うかどうか…とりあえず走って帰ろう。それで間に合わなくて怒られるなら仕方ない)

 

 

 

 

 

 

 

(やっと着いた……とりあえず間に合ったかな……?)

 

「ただいまー……」

 

玄関からリビングに入ると、台所から母さんの声が聞こえた。

リビングにはいつも通り、テーブルが一つあり、皆が座る椅子が五脚あった。

 

「お帰りー、また智哉君の家に行ってたの?毎日毎日、全く良く飽きないわねぇ……」

 

「アイツと一緒に居ると楽しいんだ。美春も一緒だったら最高だよ!」

 

そう言うと、母さんの顔が何か面白い事でも見つけたかのように歪んだ。何か、嫌な予感がする……

 

「へぇ~……ねぇあんた、美春ちゃんの事好きなの?」

 

予想外な事を言われたため、僕は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。

 

「そそそ、そんな事ないよ!万が一、本当にそうだとしても、美春には非公式だけど、学校内でファンクラブまであるんだよ?そんな中、僕なんかが美春とつ……付き合える訳が…」

 

「そんな事ないんじゃない?だって男の子だと一番あんたと一緒にいるじゃない」

 

(そんな事は……あれ?そういえばいつも一緒にいるような……)

 

「それってどういう……」

 

「まぁ、詳しくは本人に聞いてみれば?」

 

「そうだぞ時雨、ちゃんと本人に聞いてみるんだな」

 

今度は父さんまで、会話に入ってきた。

 

(何でこんな時に限って来るんだ……)

 

「お兄ちゃん、美春さんの事好きなの、やっぱり?」

 

「マジかよ、兄貴!?予想通りだけどさ、まあ、精々頑張れよー」

 

挙げ句の果て、霞や朧まで話に入ってくる。

 

(何で皆、こんなに僕をからかいたがるんだ…?)

 

「もう皆!止めてくれよ、そうやって僕をからかうの」

 

「はいはい、さぁご飯よー」

 

この母さんの一言をきっかけに皆、それぞれの席に座っていく。

 

(僕がいくら頼んでも戻ってくれないのになぁ……この扱いの差は何だろう?)

 

「全く…」

 

「まぁまぁ、お兄ちゃん。いつもの事なんだから…」

 

「そうだぜ、もう観念したらどうだよ、兄貴?」

 

朧と霞は励ましてくれるが、自分達もからかいに来ているのだから、本気ではないだろう。

 

「はぁぁぁ…」

 

母さんがご飯を運んでくる。漂ってくる匂いからして、今日はシチューなんだろう。

 

「「「「「頂きます」」」」」

 

シチューを口の中に入れた瞬間、優しい味が口一杯に広がった。やっぱり、母さんの作ってくれるご飯は美味しい。

 

(でも……何だか舌に、いつもとは違う、違和感を感じる。気のせいだよな……うん……)

 

幸い、すぐに違和感はなくなり、僕はいつも通り、シチューを食べ終えた。

 

そして、父さんと母さんに寝る事を伝えて、寝間着に着替え、二階にある自分の部屋に向かった。

 

すると、トイレから出てきた朧と鉢合わせた。

 

「じゃあ、朧、お休み」

 

「ああ……」

 

僕が朧に呼び掛けると、彼は返事をしたが、何となく上の空のような気がした。

 

顔を少し見てみると、凄く青い顔をしていた。気分でも悪いのだろうか……?

 

「朧、苦しかったらいつでも言うんだよ?」

 

「ああ、サンキュな、兄貴……」

 

朧にそう告げると、二人はゆっくりと(うなず)いたので、僕は安心して自分の部屋のベッドの中に入った。

 

「ふぅ~……明日はどんな日になるかな……?」

 

こうして僕のいつも通りの1日が終わった。

 

この時僕は、今日のような、自分にとっての(ささ)やかな、幸せに満ち(あふ)れた日が、自分にはもう来る事がないだろうと言う事をまだ知る(よし)もなかった……



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3話-崩壊

今日もいつも通りに学校が終わり、僕はコーヒーを買って飲んでいた。最近、何故か無性(むしょう)にコーヒーが飲みたくなるんだよなぁ……

 

(それと最近、朧と霞がご飯を食べた後、やたらすぐにトイレへ行くようになった。一体どうしたんだろう?)

 

心配だ……体調を崩してなければ良いんだけど……そんな事を考えながら、僕は一人、帰り道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

家に着くと何故か電気が付いていない。今日はこの時間には、家に全員がいるはずなのに……

 

妙な胸騒ぎがする。僕は少し不安を感じながらも家の中に入ってみた。そして、リビングの方へ手探りで向かうと、何かの液体に滑って転んでしまった。

 

「痛っ!うう……何だこのヌルヌルしたの……?」

 

僕は転んだ痛みに耐えながらも、引き続き電気を付けるためにスイッチを探した。

 

「よし、あったあった……っ!うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

明かりを付けて床を見た瞬間、僕は恐怖のあまり悲鳴を上げてしまった。さっき僕が滑って転んだのは、床全体に広がる程の大量の血だったのだ。

 

そして、その血が流れてくる中心に目を向けると、そこには変わり果てた両親の姿があった。

 

「父さん……母さん……っ!朧と霞は!?まさか……」

 

僕は、側に朧と霞がいないか、血のこびりついた床を歩きながら、必死に探した。

 

すると突然、二階で物音がした。この時の僕は恐怖で色々な感覚が麻痺していたのだろう。そして、この後起きた事がこれから先も自分を(さいな)み続ける事になろうとは、僕には想像もつかなかった。

 

僕は二階に物音の原因を調べるために登ってみた。どうやらさっきの物音の原因はどうやら朧の部屋にあるようだ。ドアが少し開いていたのでそこから覗き込んでみると、肩からは羽の様な、腰の辺りから触手の様な何かを生やして高笑いをしている朧の姿があった。

 

扉に寄りかかってみていたため、扉が(きし)みながら開いてしまった。

 

本当に朧かどうかを確認しようとドアに近付いたせいで音を立ててしまい、中にいる朧?に気付かれてしまった。

 

「誰だ!?……何だ兄貴かよ」

 

「朧…?本当にお前なのか…?目が真っ赤じゃないか…それにそれは…?」

 

朧の左目は赤黒く変色しており、腰と肩から生えている何かについて聞いてみた。すると朧は、

 

「ああ、これか?これは『赫子(かぐね)』って言うらしいぜ、最近出せるようになったんだ」

 

朧は嬉々として僕にそう語る。僕は信じたくないが、拭いきれない疑問を朧にぶつけてみた。

 

「お前が父さんと母さんを……?」

 

朧が、自分の弟が、両親を手に掛けたという可能性を否定して欲しかった。

 

「ああ、一体赫子でどこまで出来るのか試したくてな」

 

しかし、彼は自分がやった事だと認めた。それを認めてなお、薄ら笑いを浮かべている弟に対して、僕は自分の中の怒りを抑える事が出来なかった。

 

「ふざけるなよ!そんな理由で家族を……父さんと母さんを……人は殺したら生き返らない!ゲームとは違うのに……っ!まさか霞も!?」

 

僕の発言を聞きながらも、朧は薄ら笑いを崩さない。

 

「怒るなよ、兄貴らしくねぇ。そうしてやろうと思ったんだが、逃げられちまったんだよ」

 

この時、朧は顔に浮かべていた薄ら笑いを崩して、怒りの形相を浮かべた。

 

(良かった、霞だけでも生きていてくれれば……今は、こんな状態の朧を外に出す訳にいかない!)

 

「さぁーて、じゃあ霞を追い掛けるとするかなぁ~」

 

朧は、必死で怒りの形相を抑え、表情を薄ら笑いへと戻した。

 

「待てよ!行かせないぞ!」

 

僕が朧に掴み掛かると、次の瞬間、僕は朧の腰から生えている触手のような赫子に吹き飛ばされた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!うう…」

 

その触手のような赫子の表面は、(やすり)のような形状をしていて、触れただけでも、皮膚を(えぐ)り取っていく。

 

「自分が喰種になっちまった事にも気付かずに、この3ヶ月の間、生活してきた兄貴に、一体何が出来るってんだよ!?

 

いいかぁ、俺達三人はもう人間じゃねぇんだよ!そして、喰種の強さってもんは赫子に依存する!やっとの事で今日、自分が喰種だって知った様な兄貴が、俺を止められる訳がねぇんだよ!!」

 

「……っ!それでも……それでも僕はお前を止めなくちゃいけない……!これ以上、お前に罪を犯させる訳にはいかないんだから……!」

 

僕は、朧の身体にしがみついて、動きを止めようとした。しかしこの時、僕はまたもや、朧には赫子がある事を忘れていた。

 

僕は、朧に生えている羽の赫子に全身を貫かれた。身体から、大量の血が流れているが、少しずつ止まりつつある。

 

「くっ……おおおおお!!!」

 

朧の表情が、少しだけだが、怯えが含まれた時、

 

「っ!俺の、邪魔をするなぁー!!!!!」

 

彼は叫びを上げ、僕は朧から生えている触手のような赫子に腹を貫かれる。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

朧が僕の腹部から赫子を抜くと、臓物の一部が体外へ露出した。しかし、僕は執念だけで、朧の身体にしがみついていた。

 

「くそっ!何で離さねぇ!?腹に穴開いてんだぞ!?」

 

「お前に…霞を追わせる訳にはいかない…」

 

「ああああああ!!!」

 

次の瞬間、僕は朧の触手のような赫子にメッタ刺しにされて、意識が途絶えた。最後に見たのは、

 

「弱けりゃ何も守れないんだよ……」

 

と言って、夜の闇に消えていく朧の姿だった……

 

 

 

 

 

 

 

僕が目を覚ますと外は明るく、もう朝になっていた。昨日、朧に開けられた腹部の穴は少しだけだが小さくなっていた。

 

(お腹減ったなぁ……何か食べないと……ん?リビングの方から美味しそうな匂いが……)

 

僕は、その匂いに釣られる様に、リビングへと向かった。しかしリビングには、父さんと母さんの遺体しかないはず……そう思いながらも、空腹には逆らう事は出来なかった。

 

その通りだった。リビングには父さんと母さんの遺体しかない。という事は……

 

(僕は、死体の匂いに釣られたって言うのか……?気持ち悪い……嘘だ嘘だ嘘だ!)

 

とりあえず、父さんと母さんの遺体が腐らないよう、冷凍庫にあったドライアイスで埋めておいた。

 

(きっと何か食べられる物があるはずだ……)

 

そう思って僕は、冷蔵庫に入っていた卵を使って、自分の好物のオムライスを作った。そして、食べようと口に入れた瞬間、激しい吐き気に襲われた。

 

「うぇぇぇぇぇぇ!!!どうして……っ!」

 

 

僕は朧に言われた事と学校の授業の事を思い出していた。

 

「喰種が食べられるのは人間だけ……」

 

「俺達三人はもう人間じゃねぇんだよ!」

 

「そ、そんな……馬鹿な事って……人間から突然だなんて……」

 

人間から突然、喰種に変わる訳がない。僕は、その(わず)かな希望に賭けて、もう一度、オムライスを口に入れてみた。

 

「ぐぇぇぇぇぇぇ!!!うっ……畜生……!」

 

僕は無理にでも何かを食べようと思い、冷蔵庫の中にある物を片っ端から食べていった。しかし、口に入れる度に激しい吐き気に襲われるため、飲み込む事が出来ずに、そのまま吐き出してしまった。

 

僕は急に怖くなった。自分が人間ではなくなってしまった事への、恐怖。昨日負ったはずの傷の回復の早さ、それが、僕がもう人間とは違うという事を思い知らされてしまった。

 

(本当に僕は人間じゃなくなってしまったのか……?)

 

コーヒーや水は変わらず飲めたけれど、それだけでは腹は膨れない。僕は自分が人間ではなくなってしまったという、覆しようのない事実が恐ろしくて泣き出してしまった。

 

いつの間にか泣き疲れて寝てしまっていた。そうして僕は、眠りから覚める度に増幅されていく恐怖を感じながら何日も過ごした。何故こんな事になったのかと考えもしたが、恐怖と朧を止める事が出来なかった自己嫌悪に邪魔をされ、思考は少しもまとまらずに只々時間だけが過ぎていった……



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4話-人格

「ブブー」

…スマートフォンが鳴っている。

(多分美春か智哉だろう…だけどこんな身体になってしまった今、出ていって空腹に耐えられなくなったら…)

何も食べられないせいか突然、我を忘れてしまう事がある。

(一応業者さんに頼んで、両親の埋葬は済ませたけど、手続きとかで疲れた…)

こんな状況で両親の埋葬をした理由は、僕が空腹に負けて両親の遺体を、名誉をこれ以上汚す訳にはいかないと思ったからだ。

しかし、一番辛く、悲しいのは、人間が美味しそうに見えてしまう事だ。

(目の前にご馳走があるのに、それを食べてはいけない…まさに生き地獄だ……一応、最低限コーヒーや水を飲んで少しはマシにはなってるけど、やっぱりお腹は一杯にはならない…一体どうすれば良いんだ…)

「うう……」

僕は只々(ただただ)空腹に耐えるしかなかった。そんな時、

「コンッコンッコンッ」

と、規則正しいノックの音が聞こえた。

(一体誰だろう…?)

そう思いながらドアを開けると、そこには一人の男性が立っていた。年は大体二十代前半位で、服装は全体的に緑が基調の服を着ていた。

「あの…貴方は…?」

「僕は折木 森羅(おれき しんら)。君と同じ者だよ。」

(まさかこの人…喰種!?)

すると折木さんは、

「気付いたみたいだね。そう、僕は君と同じ喰種だ。

「何の事ですか…?僕は普通の人間ですよ…?」

すると折木さんは笑って、

「頭も中々切れるみたいだね白波時雨君。でも隠しても無駄だよ?僕達は君達兄弟をずっと見ていたんだから」

僕は何が何だか分からなかった。

「ど…どうして…?」

「君達兄弟はある喰種から目を付けられていたんだ。奴はかなりイカれている奴でね、実験が好きなんだ。君達は奴の実験…というか遊び半分で君達をこんな身体にしたんだ」

と、折木さんは申し訳なさそうに言った。僕は突然の事で彼が言った言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「どうして…どうして僕らが…?」

「それは全くの偶然だよ、君達を守ろうとはしたんだが、奴に先を越されてしまった…」

僕は段々と湧き上がる怒りの感情を抑える事が出来なかった。

「返せよ!僕の家族を!朧を!霞を!父さんを!母さんを!僕の日常を…幸せだったあの日々を…返せよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

折木さんは黙って聞いていてくれたが、やがて口を開いた。

「それについては幾ら詫びても許される事じゃないだろう…けれど、すまないと謝らせて欲しい…」

散々怒鳴って、少しは気持ちが落ち着いた所で、僕は

「……はい……それで朧と霞はどこに?」

と、聞いてみた。

「僕の友達が情報屋の様な事をやっているから、二人の居場所の大体の見当は付いている。

まず、朧君は霞ちゃんを探し回った挙げ句、見つからなかったからか、他の区へ行ったよ、確か9区だ。彼はそこで、鳩も喰種も殺し回っている…

ああ、(鳩)というのは、喰種専門の捜査官の事だ。君がもし会ってしまったなら、どんな事があっても逃げるべきだ。

そして、霞ちゃんだが、彼女は僕らが保護している。彼女も君とは違って割り切れているね、人を食べている。主に、僕らが貯めておいた食料をね」

「そんな…朧…。でも、霞は生きているんですね!良かった………ううっ!」

 

(身体が動かない…ここはどこだ?)

気が付いたら知らない場所にいた。そしてそこには先客も…

「始めまして、白波時雨君」

その人は男性で、黒いシャツに白い上着を着ていた。

「誰なんですか、貴方!?それにここはどこなんですか!?」

「そんなに一度に色々と聞かれるとは思わなかったな。君は意外と知りたがり屋な様だ。

ここは君の心のなかさ。そして私は君に移植された臓器の持ち主だった者、名を輝影(てるかげ)という」

「どうしてそんな人が!?とにかく、今すぐ僕の心の中から出ていって下さい!」

すると、輝影は少し困った様な表情を浮かべて、

「それは無理だな。何故なら私は今、君の中に存在するもう一つの人格なのだからな…。さぁ、久しぶりの生身だ。思う存分、暴れさせてもらうよ!」

(いけない、この人を止めなければ!)

そう思った僕はこの人にしがみつこう…とした。

「はぁ…大人しくしていてくれないか?せっかく楽しくなりそうな所なのに」

この人は普通に喋りながら、僕の身体を朧にも生えていたあの触手の様な赫子で貫いていた。そのせいで、僕は彼に触る事も出来なかったのだ。

「うぐわぁぁぁ!……うっ……止めて…くれ…。もう…これ以上…僕のせいで…傷付く人を…もう…見たくないんだ…!」

すると輝影は、

「所詮は餓鬼か…」

と言って去っていった…

 

「時雨君!どうしたんだ!?」

折木さんの声が聞こえる…

(そいつは僕じゃない…!逃げて…)

輝影は僕の身体を使って、折木さんにこう言った。

「さぁ、殺り合おうか……」

折木さんも違和感に気付いたらしく、

「お前は誰だ!時雨君じゃないな!」

と言った。

すると輝影は、

「答える必要はない…な!」

と言って赫子を出した。朧から生えていた触手の様な赫子が二本、そして、肩甲骨辺りから、硬い刃の様な赫子が生えて来た。

すると折木さんも、

「仕方ないな…一時的に拘束させてもらう!」

と言って、朧にも生えていた羽の様な赫子を出した。しかし、その赫子の色は朧とは違い、青みがかった色をしていた。

「(行くぞ!」

折木さんは赫子を使って遥か上空へと飛び上がった。

(流石にあの高さまでは跳べないだろう…)

僕が心の中でそう思っていると、輝影は余裕の表情で、

「それはどうかな?」

と答えた。次の瞬間、輝影は若干の助走を付けつつ、側に立っていた電信柱を足場にして、一気に折木さんのいる高さまで、飛び上がった。

(嘘だろ!?)

と僕は思った。折木さんもそれは一緒だった様で戸惑っていた。

「何!?甲赫は重いはずなのに!?」

輝影はそんな状態の折木さんを嘲笑いながら、

「遅い!」

と言って、刃の様な赫子で彼を切りつけた。

「ぐぅぅぅぅ!!」

折木さんはどうにか致命傷は避けたけれど、とても深い傷を負ってしまった。

「どうした?もう終わりなのか?」

(折木さん!くっそぉぉぉ!!僕の身体を返せ!)

「煩(うるさ)い奴だな…こっちはまだまだ遊び足りないんだ!邪魔をするな…ううっ!?」

輝影、つまり僕の背中には折木さんの羽の様な赫子が大量に刺さっていた。

「油断したな…」

折木さんは息も絶え絶えながら、そう言った。

「おのれ…必ずその身体を奪ってやるからな…」

次の瞬間、僕の意識が戻った。

(輝影の支配から逃れる事が出来たみたいだ…はっ!)

「折木さん!」

声を掛けると、折木さんは辛そうにしながらも、笑顔で、

「時雨君…元に戻ったんだね…良かった…」

折木さんの身体が心配なので僕は、

「早く病院に行きましょう!」

と言った。しかし折木さんは、

「いや、病院はマズイ…喰種だと言う事がバレてしまうだろう…。とりあえず、僕の友達の所へ行こう…」

確かにそうだ。喰種と言う事がバレてしまうと色々とマズイ事になる。僕は、

「確か、情報屋だって言ってた人ですか?」

と聞いてみる。すると折木さんは、

「ああ…彼は食料を大量に持っているから分けてもらおう…僕と君の傷と空腹を癒すためにね…」

と辛そうにしながらだが、言った。

(情報屋か…一体どんな人なんだろう…?怖い人じゃなければ良いけど…)

そんな事を考えながら、僕は折木さんに肩を貸して、

「分かりました。苦しいでしょうけど、案内をお願い出来ますか?」

すると折木さんは元気を絞り出す様に笑って、

「ああ…それは任せてくれ…彼のアジトはそんなに遠くない…それと、彼に会った時は何が何でも怒らせない様に気を付けて。彼、普段がかなりマイペースだから、怒らせると尋常じゃない程に危ないんだ…まぁ、余程の事が無ければ怒らないから安心して」

(ひえ~…凄く怖い…でも、行かなくちゃな!)

僕は折木さんとゆっくりとだが、歩き始めた。

朧と霞の事、そして、僕の中にいる輝影の事を考えながら…



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5話-情報屋

…僕は今、折木さんと共にそのアジトに向かっている。

「時雨君…ここだよ…」

「えっ!?ここ…ですか!?」

僕が驚いた理由は自分も良く知っている場所にアジトがあったからだ。

「ここは学校ですよ!?」

そう、ここは学校なのだ。幸いにも最近、休みが続いているため生徒はいないが、先生がいるはずだ。

「まずいですよ!勝手に入る訳には…」

すると折木さんは力ない笑顔を浮かべて、

「大丈夫…気付かれないから…こっちだ…」

「えっ!?そこって…」

折木さん指が示す方向を見ると用具室があった。ここは確かに校舎からは見えない位置にある。僕はこれ以上折木さんに無理をさせる訳にはいかないと半信半疑ながらも、用具室へ向かった。

「ガチャッ」

中に入ってみると普通の用具室だ。僕は念のために、「本当にここですか?」

と確認を取った。すると折木さんは床を指差し、

「ここの床を外して…」

と言った。僕は折木さんが指差している辺りの床を外した。すると下から階段が現れた。

「ここを降りてくれ…」

「は、はい…」

僕は折木さんに肩を貸しながら、階段を降りていった。すると一つのドアがあった。一般的なドアよりも少し大きめの黒いドアだった。ドアを開けると突然、広い部屋に出た。何か酒場みたいな感じで、冷蔵庫が何故か三つもあった。他にもドアが幾つかある事から他にも部屋があるのだろう。

「うわぁ……凄い……」

僕が周りを見渡していると突然後ろから、

「こんにちは」

と声を掛けられた。

「うわぁ!」

僕に声を掛けてきた男の人は笑って、

「はははははは!あ、ごめんごめん。俺は黒坂 翔伍(くろさか しょうご)。君が時雨君だね?霞ちゃんから話は聞いてるよ」

黒坂さんは黒いローブの様な物を着ていた。背は一般的な男性位で、顔は何だか感情を掴みにくい。

「霞から!?霞は一体どこに……」

すると黒坂さんは少し驚いた様な顔をして、

「慌てないで、ほら、このドアの向こうにいるよ」

「本当ですか!?」

「うん」

僕は黒坂さんが指差したドアを開けた。すると中には霞がいた。

「霞!」

「お、お兄ちゃん!」

僕達は泣きながら抱き合った。

「無事で良かった…本当に…」

「お兄ちゃん…苦しいよ…」

「あ、ごめん!」

僕は慌てて霞を離した。どうやら力を入れ過ぎていたらしい。

「大丈夫だよ。……お兄ちゃん、聞いた?私達の身体の事…」

「…ああ、朧から聞いたよ…」

「…そっか」

お互いに黙り込んでいると突然、黒坂さんが現れた。

「時雨君、おいで、話があるんだ」

(何だろう?とりあえず行かなくちゃ)

「霞、ちょっと行って来るよ」

「うん」

そう言って僕は霞の部屋を後にした。

「それで黒坂さん、何ですか?」

「君、何も食べてないでしょ?何か食べないと…ほら」

黒坂さんは袋に包まれた物を僕に差し出して来る。僕は思い切って、

「(それ)は何ですか…」と聞いてみた。すると黒坂さんは、

「聞くまでもないと思うけど?」

と言った。

(これを食べれば…この空腹から解放される…でもこれを食べたら僕は自分がもう本当に人間じゃない事を認める事になる…そんなのは…)

「すいません、いらないです…」

と言って断った。すると黒坂さんは少しイラだった様子で、

「空腹になり過ぎて我を忘れてもらっても困るんだけど?」

僕は黒坂さんから放たれるプレッシャーにたじろぎながらも、

「そうならない様に頑張ります」

と答えた。すると黒坂さんは、

「何を、どう努力するって言うのさ?」

「……………」

僕が何も答えられないでいると彼は溜息をついて、

「仕方ないなぁ……」

と言って、僕の口に袋の中身を押し込んだ。一瞬の事だったので彼の手の動きは見えなかったが、口の中に異物感を感じた。

「ごっ!?うぐぅっ!?……ごくん……はぁっ!はぁ…何て事をしてくれたんですか!?」

すると黒坂さんは申し訳なさそうに、

「すまなかった。こうでもしないと危険が増すだけなんだよ、分かって欲しい」

と言った。確かに空腹は綺麗さっぱりと消えたが、やっぱり自分から進んで食べたいとは思わなかった。

「もう二度としないで下さい…」

すると彼は素直に了承してくれた。そして、どうしても空腹になってしまった時のためにさっきの袋と似た様な物をくれた。

「これをコーヒーにでも混ぜて飲めば、かなり空腹を抑えられるはずだよ」

僕は本当はいらなかったが、皆に迷惑を掛ける訳にはいかないので、素直にもらっておいた。

「ありがとうございます…」

すると黒坂さんはさっきの調子に戻って、

「これからは毎日、訓練を受けてもらうよ。君が赫子はおろか、体術もまともに使えないんじゃあ、いざというときに自分も誰も守れないからね」

と表情を和らげて言った。僕は長く気を張り詰めていたせいか、身体に力が入らなかった。けれど、

「はい!お願いします!」

と、声だけはしっかりと出して言った。

 

 

「ほう、面白い事になっているじゃないか?」

「ここは…僕の心の中か」

「そうだ。あいつは元気か?」

多分、折木さんの事を聞いているんだろう。僕は正直に、

「ああ、命に別状はなかったよ」

すると輝影は、

「ちっ、つまらんなぁ」

と言った。しかし続けて、

「まぁ、お前を通して外を見ていたから、知ってはいるのだが。それにしても、随分と私を嫌うなぁ」

(白々しい事を言うな、こいつ…本当にそういう気持ちが分からないのか?)

そんな事を思いながら僕は、

「当然だろ。お前は折木さんを傷付けたからな」

と言った。すると輝影は驚いた様な表情をして、それからすぐに笑いだした。

「ふははははは!お前は甘い、甘過ぎる。その甘さのせいで何もかも失うかもしれないというのに」

と、輝影は笑いながら、僕に言った。

「そんな事にはさせない。絶対に!」

と僕は言い返した。すると輝影はまた笑って、

「それでこの先どこまで持つだろうな……」

と言って消えていった…



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6話-作曲家

それから僕は毎日、黒坂さんの訓練を受けている。戦い方の訓練が主だけれど、霞と一緒に訓練をすると聞いた時はとても驚いた。

「霞も…戦うの?」

と僕が聞くと霞は少し暗い表情をしたが、頷いた。

訓練の時に初めて霞の赫子を見て、僕は他の赫子とはあまりにも違うため驚いてしまった。

霞の赫子は鎧の様に全身を包んでいる。肩の辺りだけはそこから赫子が二本出ていているため露出していたが、霞の両腕を包んでいるため、恐らくはあの腕で相手を殴るのだろう。見た目からして防御力と攻撃力がひじょうに高そうだが、動きを見ていてその欠点が分かった。遅いのだ、あまりにも。

今、黒坂さんは赫子を出さずに訓練しているが、僕は足を払われて転び、霞の一撃を素手で受け止めた。

「時雨君は基本的な動きを忘れない!霞ちゃんは体勢を崩さない!崩すと折角の一撃が無駄になる!」

(え?いや、衝撃で地面が揺れたのにそれを軽々受け止めるって……)

僕はそう思いながらも霞と、

「はい!」

と返事をして、今日の訓練は終わった。

「ちょっと家の掃除とかをしに一回帰ります、服とかも買うので、遅くなると思います」

と伝えると黒坂さんから、

「知り合いに会わないように気を付けるんだよ?些細な違いにも気付かれてしまうかもしれない」

と注意を受けた。僕は、

「分かってます。じゃあ行ってきます」

と伝えた。

(幸い、赫眼にはならないで済んでいるし…)

そう思いながら、家へ帰った。

 

 

家の掃除を済ませてから服を買いにデパートへ出掛けた。霞の分の服も買おうと思って、予め霞に服の希望を聞いておいた。

「大体こんなもんかな…っと」

服を買い終わり、帰ろうとすると目の前に、智哉と智乃ちゃん、そして美晴を見つけた。

(マズイ!今、会ってしまって、こんな身体になってしまった事がバレたら……)

そう思い、急いで隠れたが、どうやら見つかってしまっていたようだ。三人ともキョロキョロしながらだが、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

「時雨…?」

「時雨さん…?」

智哉と智乃ちゃんが僕の名前を呼ぶ。美晴も、

「時雨なの…?」

と呼びながら近づいてくる。

「う、うん…」

次の瞬間、智哉からはパンチを、美晴からはビンタを喰らった。

「痛っ!」

殴られた所を擦っていると智哉に、

「今までどこにいたんだ!学校には来ないし、家に行っても誰もいないし!心配させてんじゃねぇよ!」

と怒鳴られた。

「僕を心配してくれたの…?」

と聞くと、今度は美晴にも、

「当たり前でしょ!?」

と怒鳴られた。

(僕はこんなにも皆に心配を掛けていたんだ……ごめんよ、智哉…智乃ちゃん…美晴…僕はもう……)

ふと智哉を見ると何故か驚いた顔をしている。智乃ちゃんと美晴も同じように驚いていた。

「皆…どうしたの?」

と僕が聞くと三人は顔を見合わせ、少し経った後に智哉が、

「時雨…お前、何で泣いてるんだ…?」

と言った。

「えっ?」

僕が目を拭ってみると、確かに手が少し濡れていた。

自分で気付かない内に泣いてしまったのは初めての事だったため、驚いた。

「大丈夫だよ…皆、ありがとう…」

そう言って僕は歩き出した。

「お、おい、時雨ぇ!」

(ごめんよ…ごめんよ……!)

後ろ振り向きたくても、振り向く事が出来ない自分の身体を恨みながら、僕はアジトに向かって歩いていた。

 

 

路地を曲がろうとした時、誰かとぶつかってしまった。

「っ!」

「痛っ!あ、す、すみません!考え事してて…」

「大丈夫さ、僕も考え事をしていてね…どこか怪我はなかったかい?」

ぶつかったのは男の人だった。その人は見た目で高価な物だと分かる黒いスーツを着て、靴も高そうな白い靴を履いていた。

「あ、はい、大丈夫です…」

その時、男の人の胸ポケットから箱が落ちた。長方形の箱だ。

「あ、あの…これ…」

僕は落ちた箱を男の人に返した。

「ああ…これはすまないね……僕は皇 旋也(すめらぎ せんや)。君の名前は?」

突然聞かれたので驚いたが、僕は正直に、

「し、白波 時雨です…」

と答えた。

「そうか、時雨君か…ぶつかってしまって悪かったね。では、失礼するよ」

そう言って、皇さんは去っていった。

(何か不思議な人だったな……それにしてもお金持ちって羨ましい……)

「はぁ~…」

僕は溜息をつきながら歩き出した。この時僕は、後ろにそっと立っていた皇さんに気付かなかった。

「ふふふ……時雨君…君なら良い曲が書けそうだよ……あははは……」

そう言って今度こそ彼は消えていった。

 

 

アジトに帰ると、黒坂さんがソファーの上で暇そうにゴロゴロしてた。

「お帰り~」

「折木さんと霞は?」

黒坂さんは起き上がってコーヒーを淹れながら、

「訓練だよ。森羅がリハビリついでに霞ちゃんの相手をしてるよ」

と教えてくれた。僕はこの時、前々から気になっていた質問をした。

「あの…赫子って何ですか?」

と聞くと黒坂さんは、

「そういえば、詳しく話してなかったね」

と言って話してくれた。

黒坂さんによると『赫子』とは、Rc細胞という喰種の体内に存在する細胞によって構成されていて、『液状の筋肉』と表現される事もあるらしい。種類もあるらしく、羽赫(うかく)、甲赫(こうかく)、鱗赫(りんかく)、尾赫(びかく)の五種類だそうだ。

(あれ?じゃあ、朧や輝影は…?)

僕は疑問を持った。黒坂さんの話しぶりからすると、赫子は普通、喰種一人にこの五種類の内、一つだと言う事。

(それならどうして、二人は二種類の赫子を使えたんだろう……?)

「黒坂さん、赫子を二種類以上使える喰種はいるんですか?」

と聞いてみた。すると黒坂さんは、

「いるよ。とは言ってもほとんどいないし、二種類より多くは使えないと思う。君の弟の朧君は羽赫と鱗赫、君の中にいる輝影という奴も、森羅に聞いた話によると、甲赫と鱗赫だろうね。全く恐ろしいよ……。ちなみに霞ちゃんも二つ使えてるよ、甲赫と甲赫」

と言った。

「じゃあ、霞は朧に比べて弱いんですか?」

「どうしてそう思うんだい?」

と質問で返された。

「えっ…だって霞は同じ種類の赫子を使うのに対して、朧は違う種類の赫子を使えるじゃないですか、それは攻撃の手段が少ない事を意味しますよね?」

すると黒坂さんは笑って、

「そんな事はないよ。羽赫は甲赫に弱く、甲赫は鱗赫に弱く、鱗赫は尾赫に弱く、尾赫は羽赫に弱い。霞ちゃんは甲赫でスピードはないけれど、普通の甲赫以上に硬いから、並みの鱗赫では貫けない。でも、その遅さから動きが速い相手には追い付けない。まぁ、五分五分じゃないかと思うよ」

と言った。

「そうなんですか…教えてくれて、ありがとうございました」

すると黒坂さんは、

「いいよ、また何か分からない事があったら、いつでも聞いて」

と言ってくれた。

僕はもう一度、彼にお礼を言ってから訓練場に向かった。強くなって皆を守れるように……そんな望みを持ちながら……



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7話-狂喜

朝、僕が昨日に続き、一応家の様子を見に行くとポストに一通の手紙が入っていた。宛先はどうやら僕のらしい。

(珍しいな、僕に手紙だなんて。一体誰が……?まぁ、読んでみれば分かるか)

「時雨君へ。

突然手紙を出してしまった無礼を許して欲しい。今回、僕が手紙を君に出した理由は、君と話をしてみたいと思ったからなんだ。

もし良ければ、僕の家まで来て欲しい。場所は手紙の裏に書いてある。待っているよ。

皇 旋也」

(皇……?ああ、昨日、アジトに戻る途中でぶつかってしまった人だ。それにしても、僕と話がしたいなんて…昨日、初めて会ったのに……まぁ、悪い人じゃなさそうだったし、行ってみようかな。……でも、一応黒坂さん達に相談してみよう、もしかしたらあの人も喰種かもしれないし……)

こんな事を考えながら僕はアジトへ向かった。

 

 

アジトに着いて、いつも通りに訓練をした。疲れで頭が一杯だったけれど、ふと手紙の事を思い出した。

「黒坂さん、折木さん、ちょっと見て欲しいものが…」

「「ん?」」

僕は黒坂さん達に手紙を見せた。するとさっきまで笑顔だった二人の顔からみるみる内に笑いが消えた。

「時雨君……君、皇に会ったのかい……?」

(どうしてそんな事を聞くんだろう…?まさか!)

僕の頭に嫌な予感がよぎった。それを確認するために僕は、

「は、はい。あのもしかしてあの人は……」

と聞いてみた。すると黒坂さん達の表情が暗くなり、

「ああ…彼は喰種だ。しかもSレートのね」

と答えてくれた。しかし、『レート』という言葉に聞き覚えがなかった。

「あの、レートって何ですか?」

すると黒坂さんは少し驚いた顔をして、

「ああ、これも話し忘れてた。喰種はそれぞれレートによってランク付けされているんだよ。C~SSSレートって順番でね。もっとも、SSSレートやSSレートは非常に少ない。しかし、Sレートの皇もかなり強い。『作曲家』という異名をつけられている。今の君では一度触る事も出来ないだろう。俺は行かない方が良いと思う。いや、行かないでくれ」

そう言って黒坂さんは頭を下げた。なんと折木さんもだ。

「そ、そんな!顔を上げて下さい!そんな事を聞いてたら怖くなって行く気なんか無くなりましたから……」

「そ、そうかい。なら良かった」

「そ、それじゃあ今日は僕が当番なので、食料を調達して来ます」

「あ、ああ、気を付けてね」

黒坂さん達は少しだけ笑って見送ってくれた。僕を気遣ってくれている事に感謝しながら、僕自転車に跨がって崖へと向かった。

 

 

「ううっ……」

崖へ着くと人の死体がいくつかあった。今は夕方なので普通は上の車道を車が沢山走っても不思議はないのだが、ここは自殺スポットとしてこの街では有名なので滅多に人は来ない。

(まだかなり抵抗がある……と言うかほとんど抵抗しかないけど……皆のためだし仕方ない!)

僕は予め持って来ておいたクーラーボックスの中に死体を詰め始めた。

「よし…この位で良いかな……ううっ……気分も悪いし早く帰ろう……」

次の瞬間、僕の意識は途絶えた。

 

 

目を覚ますと、何故か広い場所にいた。

(ここは……ホール?どうしてこんな所に僕はいるんだろう……?)

しかし、ホールと言っても、少なくとも普通より二倍は広い大きさだ。すると後ろからコツッコツッと足音が僕の方へ近付いて来た。

「やぁ、時雨君。ここが僕の家だ。気に入ってくれたかな?」

皇さんは初めて会った時と同じ様に黒いスーツを着ていた。僕は何がなんだが分からなかったが、

「どうして僕をここに?」

と理由を聞いてみた。すると皇さんは笑って、

「手紙に書いた通りさ。君と話がしたくてね……」

と言った。

(皇さんの雰囲気が初めて会った時と何かが違う…逃げた方が良さそうだ……!)

「あの、今日は僕、これから用事があるので帰らせてもらっても……」

すると皇さんはより一層笑って、

「それは困るなぁ……折角良い曲が作れそうなのに……君の悲鳴でね」

「えっ?」

すると皇さんの背中から赫子が生えてきた。どうやら甲赫の様で、彼の左腕に巻き付いている。そして一瞬で彼は僕の目の前に立った。

(嘘でしょ!?普通の人よりも数段早い!)

「ほぉ~らっ!」

皇さんが甲赫で僕を斬ろうとする。それをギリギリで避けて、彼の後ろに回って蹴りを喰らわせた。

(よし、決まった!これで少しはダメージを与えられたはず……)

「ふむ、良い蹴りだねぇ。だけど君には!」

皇さんは振り向いて、

「圧倒的に経験が……足りない!!!」

次の瞬間、僕が甲赫で薙ぎ払われた。

「ぐっ…あああああ!!」

僕は壁に衝突した痛みで悲鳴を上げた。どうやら骨は無事な様だがかなり痛い。

すると皇さんは凶悪な笑みを浮かべて、

「んんん~……良いよ…実に良いぃぃぃぃぃぃ!!!創作意欲が掻き立てられるぅぅぅぅぅ!さぁ…もっとだ…もっと君のその美しい悲鳴を聴かせておくれぇぇぇ!」

(駄目だ……やられる!)

僕が死ぬ事を覚悟した時、

「ガギンッ!」

という音がした。僕が目を開けると、目の前に赫子を纏った霞が立っていた。

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

「う、うん…ありがとう、霞!」

すると次の瞬間、皇さんが怒りの形相で霞に斬りかかっていった。

「邪魔だぁぁぁぁぁ!!!」

皇さんは赫子で霞を吹き飛ばした。

「きゃああああ!」

「霞ぃ!」

霞は僕から少し離れた所の壁に激突した。

「ううう…」

(まだ踏ん張りがきかないとは言え、あの状態の霞を吹き飛ばすなんて……これがSレート……)

「あの娘は君の妹かい…?良いねぇ、彼女も良い悲鳴を僕に聴かせてくれそうだ…さぁぁ……二人ともぉ…もっと僕に悲鳴をぉぉぉぉ!!」

「うわぁぁぁ!!」

「きゃああああ!」

僕等は再び皇さんに吹き飛ばされた。どうやらあばら骨が二~三本折れたみたいだ。

「うう……」

霞も何本かあばら骨が折れた様で、僕と同じく脇を押さえていた。

「お…お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

霞が僕を呼んでいる声を聞いたのを最後に僕は意識を失った。

 

 

「ここは!?」

「お前の心の中だよ」

横を見ると、輝影が笑っていた。

「またお前か……早く僕の身体を返してくれ!」

すると輝影は少し驚いた様な顔をして、

「まだ奪っていないさ。少しお前と話をしようと思ってな。」

「お前までそれなのか……で、話って?」

輝影は僕を見下す様に見て、

「お前は弱い。

赫子を満足に出す事も出来ない上に、まだ自分が人間だったという事に必死にしがみついているとはな。そのせいで未だに人間の肉を満足に食べられない…だから赫子も出せないのだ。

お前はもう人間ではない、喰種だ。喰種は人間を食べなければ力を充分に発揮出来ない。認めろ、そして人を捨てろ。そうすれば力が得られるぞ?」

と言った。そして輝影は笑みを浮かべながら僕に背を向けた。

「良く考える事だな。幸い、ここなら時間はいくらでもある事だしな。少なくとも今のままでいれば、お前は弱いままで、自分が守りたいと思うものを全て失う事になるだろうな。

まぁ、私としてはお前の精神が修復不可能なまでに壊れてくれれば自分が表に出る事が出来る様になるからその方が良いのだかな」

そう言って輝影は去っていった。次の瞬間、僕の意識は完全に輝影に支配された。

 

 

「ハッ…クハハハハハハハ!!!」

「お、お兄ちゃん……?一体どうしたの……?」

すると輝影は霞を見て、

「時雨の妹だな。奴は今眠っている」

と輝影は自分(僕の胸)を叩いた。

「えっ……?」

それだけ言って輝影は皇さんの前に立つ。

「何者だい…君はぁ……?時雨君とは違う……彼を出せぇぇぇ!そして悲鳴を聴かせろぉぉぉぉぉ!!」

そう言って皇さんは輝影に飛び掛かって行く。すると輝影は邪悪な笑みを浮かべて、

「久しぶりに楽しめそうな相手だな。余程悲鳴が聴きたいらしいなぁ…良いだろう。私に悲鳴を上げさせることが出来るかな?

そして頼むから…シツボウサセテクレルナヨ?」

そして輝影も赫子を出した。甲赫が両腕に巻き付いていて、鱗赫が二本、腰の辺りから生えてうねっている。

「二つ持ち…!?ハハハ……こんな所でお目にかかれるとはねぇ……」

輝影は皇さんへ正面から突っ込んでいった。当然、甲赫での殴り合いになるが輝影には鱗赫もある。両腕が塞がっている皇さんは鱗赫をも紙一重で避けているが、身体が少しずつ傷付いている。皇さんは一旦、輝影との距離を取るために跳躍するが、輝影はその差を瞬時に埋めてしまった。

「くっ…なんて身体能力だ…」

「ハーッハハハハハ!!!ドウシタドウシタ!?コンナモノナノカァ?Sレートナノダロウ!?オマエノジツリョクトイウヤツハァ!」

「ぐっ……ハハハァ!良いねぇ…この痛みぃ……久しぶりの感覚だ…創作意欲が湧いて来るよぉ!」

この二人の狂人の戦いに霞は全く付いていけていなかった。

「お兄ちゃん……一体どうしたの…?別人みたい…」

霞が考えている間にも戦いが続いていたが、もうすぐ決着がつく。それも輝影の圧倒的な勝利で。何故なら輝影は僕を支配して出て来てから全くの無傷で、皇さんは全身に傷を負って大量に血を流しているからだ。

そしてとうとう皇さんの甲赫は輝影の甲赫との殴り合いで砕け、自分を守る手段が無くなった彼の身体を輝影は鱗赫で無慈悲に貫いた。

「ぐっぁぁぁぁぁ……!」

皇さんの身体を鱗赫で貫いた瞬間、輝影は狂喜と表現するに相応しい笑みを浮かべ、

「コレデオワリダ……マァ、スコシハタノシメタヨ。デハ、ソロソロオワカレノジカンダ……シネ」

皇さんの身体に突き刺さった鱗赫が彼の身体を真っ二つに引き裂こうとした瞬間、霞が輝影を止めに入っていた。

「……ナンノツモリダ……?」

(お兄ちゃんに人を殺させる訳にはいかない…!たとえ相手が喰種でも…!)

「貴方はお兄ちゃんじゃない!お兄ちゃんを返して!」

「コノォ……ジャマヲスルナァァァァ!!!」

激昂した輝影が霞に斬りかかっていく。

(止めろ輝影!このぉ…)

僕は霞と輝影が話している一瞬の隙を突いて、表に戻ろうとした。

「グッ……アァァァァァァ!!!」

すると突然、輝影が苦しみ出した。霞は恐怖に震えながらもその状況を見ていた。

「ま…またなのか……また私は……おのれ……おのれぇぇぇぇ!!!」

赫子が消えて輝影は床に倒れた。

 

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

「うう……か、霞……」

どうやら輝影の支配から逃れる事が出来た様だ。すると突然、霞が抱き付いて来た。

「霞…!?どうしたの…?」

僕がそう聞くと霞は震えながら、

「良かった……!お兄ちゃんが急に変わっちゃって……どうしたら良いのかって……!」

「大丈夫…大丈夫だよ…」

周りを見渡すと一面血の海だ。

僕は起き上がって後ろを見ると、腹と右胸を貫かれている皇さんが倒れていた。どうやら血を流し過ぎて気絶しているらしい。

「さぁ……帰ろう……ほら、もう泣かないで…ね…?」

「うん……うう……」

僕と霞は互いに抱え合いながらゆっくりと歩いた。ホールを出ると突き当たりに扉が見えたので、そこを開けて外へ出た。

 

 

「……輝影、今回は随分と好き勝手に暴れたみたいだったね」

輝影は狂喜の笑みを浮かべ、

「ああ、実に楽しめたよ。所で答えは決まったのか?」

と聞いて来た。僕は正直に、

「まだ分からない…」

と答えた。

「やはりな、お前はそういう奴だ。所詮お前は何か一つを選べず最終的には自分を滅ぼす……只の役立たずなのだよ……」

と輝影は僕を嘲笑った。

「…だけど」

「何だ?」

「僕は誰も殺したくない。それがたとえ人でも喰種だろうと絶対に。お前でもだよ、輝影」

僕がそう言うと輝影は暫く呆けた顔をして、

「ふっ…ふはははははは!!!私を殺さない?今まで何人もの人や喰種を殺してきた私を殺さずにどうするというのだ?」

と高笑いしながら聞いて来た。僕は自分の今の気持ちを正直に言葉にした。

「僕は……皆で争う必要のない世界にしたいんだ。人も喰種も……だから僕は……お前とも仲良くなりたいと思ってる」

すると輝影は突然怒りの形相を浮かべ赫子を出した。そしてその赫子を全て僕の首に向けた。

「争いのない世界だと?ふざけるな!そんな世界は有り得ない、あるはずがない!あったとしてもそんなものは私が壊す!私から戦いを奪わせはせん!絶対に!」

「…そうか、でも僕は諦めない」

輝影は僕を睨みながら、闇の中に消えていった。

 

 

 

(僕の「争いのない世界」という言葉に異常に強く反応したなぁ……一体どうしてだろう…何かあいつにも複雑な過去があるのかもしれない……)

輝影との話が終わると横で泣き疲れて寝てしまった霞を背負って、僕はアジトへ帰った……



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8話-仮面

皇さんとの戦いから数日。僕と霞はあれからさらに訓練に打ち込んでいた。僕も霞もあの一件で、自分はまだまだ力不足だという事がよく分かったからだ。

霞の動きは甲赫なのにどんどん早くなっていく。とりあえず、普通の人の速さ(人間の事)位には動けるようになっていた。腰も深く入っていて、重い一芸がより重くなったようだ。

僕はと言うと、身体が大分筋肉質になり、多少、動きが早くなった程度だ。霞と違って、僕はまだ姿勢が完璧には出来ない。それでも今では、低級の喰種なら倒せるのだが……やはり赫子が出せないというのはかなりの問題だろう。

(どうして…?輝影が僕の身体で出せるんだから、僕に出せない筈がないのに…)

すると黒坂さんが僕等から距離を取り、

「今日はここまでにしよう。この後にやる事があるんでね」

と言った。

 

 

 

「それで黒坂さん、やる事って何ですか?」

僕が聞いてみると黒坂さんは笑って、

「君達の仮面(マスク)を作るんだよ。皇の一件でそろそろ白鳩(はと)がこの区にも来るだろうからね」

と言った。この時、僕は何故か怯える事はなかった。それよりも、喰種と人間の戦いに対する、深い悲しみの様なものしか湧いてこなかった。そして僕は前々から気になっていた事を彼に聞いてみた。

「黒坂さん、白鳩はどうやって喰種と戦うんですか?赫子でしか喰種はダメージを負わないし、身体能力だって比べ物にならないのに…」

僕がこう言うと、黒坂さんは、

「白鳩には『クインケ』という武器があるんだ。これが彼等のトランクの中身で、このクインケは僕達喰種のRC細胞を特殊な金属で加工して作られる。だから僕等にダメージを与えられるんだ」

と答えてくれた。この後、僕と霞が何も言えなくなった事は言うまでもないだろう。

(そんな…死んだ喰種から赫子を奪って使うなんて……そんなの間違ってる!)

すると黒坂さんが、

「それで、どんな仮面が良いかな?出来る限り、望み通りに作ろうと思うんだけど」

と聞いてきた。すると霞が、

「あの、私の赫子は顔も覆えるのでいらないんじゃ…」

と聞いた。しかし黒坂さんは、

「いや、万が一、赫子を出す前に顔を見られたら終わりだ。絶対に必要だよ」

と言った。すると霞は、

「じゃあ……とにかく丈夫な物をお願いします。デザインは私には分からないので」

と言った。

(当然、僕も分からないからな…どうしようか…)

そんな事を考えている内に黒坂さんが、

「時雨君は?」

と聞いてきた。僕は正直に、

「すみません、思い付かないです…」

と言うと、黒坂さんは笑って、

「難しく考えなくて良い。自分の好きな物で」

と言ってくれた。それじゃあ……

「じゃあ、波をイメージして欲しいです」

と言った。何故なら水が波打っているのを見ると何だか安心するからだ。すると黒坂さんは僕達の頭のサイズを図った後、

「じゃあ、楽しみにしてて」

と言い残して、部屋に籠ってしまった。僕と霞は顔を見合わせ、この時間を訓練に使おうと思った。すると、折木さんが、相手をしてくれる事になった。

 

 

 

折木さんは羽赫で訓練場を飛び回っている。久しぶりに見た彼の赫子だが、やはり動きがとても早い。まだまだ追い付く事は出来ないが、精一杯追い掛ける。

(このままだと、いくら時間があっても足りない…そうだ!)

「霞!その場から動かないで!」

「分かった!」

霞にその場で待機してもらい、僕は全力で折木さんを追い掛けた。当然、彼は逃げるが、僕は彼の進行方向の壁まで行き、そしてその壁を駆け上がり、彼に殴りかかってた。折木さんの速度ではもう、僕を避ける事は出来ない。このままだと、僕は羽赫の格好の的になってしまうが折木さんの後ろには……

「はああああああ!」

霞が走ってきていた。僕は折木さんの速度を考えて、彼をこの状況に追い込んだのだ。そして、霞の拳が折木さんに当たった。

(よし!上手くいった!)

僕が喜んでいると下から、

「お兄ちゃん!」

という霞の声が聞こえた。理由はすぐに分かった。折木さんの飛ばされた方向に僕がいるのだ。僕は空中では動けない。

(……痛くありませんように)

次の瞬間、轟音と共に折木さんと僕は、壁にぶつかった。ヤバい、意識が薄れていくのが分かる。しかも折木さん、完璧に気絶してるし…

「お兄ちゃん!しっかりしてー!?」

(そういえば…どんな仮面が出来るんだろ…楽…しみ…だな…)

そうして僕は、意識を失った……



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番外編-クリスマス

あれは去年のクリスマス、僕がまだ人間だった頃の事だ。

僕はいつも通り、智哉と美晴と一緒にいた。そして二人は僕に、

「三人でクリスマスプレゼントを交換しよう!」

と言ってきた。僕は驚いた。今までそんな事をした事がなかったから。そう思って家に帰ってから霞と朧に聞いてみた。

「霞、朧、お前達はクリスマスでプレゼントの交換とかした事あるの?」

「あるけど……えっ!?」

「もしかして兄貴やった事ないのか!?」

と驚かれた。

「しょうがないだろ、僕はお前達みたいに友達が居なかったんだ。で、どんな物を持って行けば良いと思う?」

二人はう~ん……と考えていたがやがて、

「それはお兄ちゃんが考える事だと思うよ?」

「そうだぜ、何か二人が喜ぶ物を、自分なりに考えて交換すれば良いと思うぜ」

と言われた。

「そうか、ありがとう二人とも」

「うん」

「おう」

(とは言っても二人が喜びそうな物……う~ん……智哉は妹が大好きで……美晴は確か写真を沢山持ってたはずだから……そうだ!)

僕は買う物を決めて町へ出掛けた。外には雪が降っていたので、一応傘を持って。

 

 

 

町のプレゼントを売っているお店に着くと中は大勢の人で埋め尽くされていた。

「うわ~……これ何か買うってレベルじゃない気が……ん?あれは……」

僕から見てかなり前の方にいた人の姿に見覚えがあったので、僕はその人に注目した。するとその人がこちらを向いて顔が見えた。美晴だ。

(美晴もプレゼントを買いに来たのか……会うと気まずいよなぁ……気付かなかったフリをしよう)

僕がそう思って逆方向を向いた時、後ろから、

「時雨~!!!」

と僕を呼ぶ声がした。僕が去ろうとするとまた後ろから、

「何で逃げるの~!?」

とまた声が聞こえた。こっちは気まずいと思ったからなのに……しょうがないか。

「美晴、どうしたの?」

すると美晴は頬を膨らませ、

「どうしたの?じゃなーい!!」

と僕を怒鳴った。僕は驚いて思わずつまづいてしまった。

「うわ!……ててっ……美晴、大丈夫か……っ!」

今の美晴の格好は上はコートを着ているが、下は少し寒そうなスカートだ。ここまで言えば分かるだろう。僕は美晴にボコボコにされた。

「時雨、酷いよ!」

美晴は涙ながらにこう言うが、僕は

(酷いのは美晴だよ……あんなに殴って……凄く痛い)

と思った。その後、どうにかプレゼントにする物を発見し、会計を済ませた。その頃には美晴の機嫌も治り、二人で話しながら歩いていた。すると後ろから、

「お熱いねぇ~、お二人さん♪」

という声が聞こえた。僕と美晴が後ろを振り向くとそこには、ニヤニヤと笑みを浮かべた智哉が立っていた。

「違うからな!これはそういう事じゃなくて……たまたまお店で会ったんだよ!」

「そ、そうだよ!智哉~、勘違いしないでよ!」

と僕達二人は智哉に顔を赤くしながらも言い返した。しかし逆効果だったようで、智哉の顔からは笑いが消えず、

「あはははは!からかっただけだろ、そんなに怒るなよ~、そんなに必死になって怒るとまるで、本当に俺が正しいみたいじゃないか!」

と言った。

(くそ、しまった……否定しすぎたかな……美晴の方はっと……)

僕が隣にいる美晴を見るとまだ赤面していた。そして下を向いて、

「うう~……」

と何だかうなり声を上げていた。すると智哉も、

「ごめんごめん!だってからかいがいがありそうだな~って思って……からかったらこんなに激しくリアクションするとは思わなかったんだって~」

と謝り始めた。こんな事をやっていたら、いつの間にか、歩いている人達にとても温かい目で見られた。

(凄く恥ずかしい……)

と僕が下を向いていると、流石に二人も気付いたようで智哉が、

「う~ん、とりあえず時雨の家に行こうぜ!」

と言って走りだした。美晴もまだ赤面しながら凄いスピードで走っていった。

「お~い、待ってくれよ~」

僕は一人置いていかれたので、一刻も早く二人に追い付こうと走りだした。

(結局、この傘、使わなかったな……)

 

 

 

僕が家に着くと、中から母さんが出て来て、

「美晴ちゃんと智哉君、待ってるわよ~」

と楽しそうに言った。僕の部屋にいると言うので、母さんにお礼を言ってから二階にある自分の部屋に上がった。

「よっ!時雨、遅かったな」

と智哉が言った。美晴も似たような事を言うので僕は若干呆れて、

「お前達が僕を置いてきぼりにしたんじゃないか……」

と言い返した。だが智哉はもう僕の話等聞いていないようで、

「じゃ、交換するか~」

と言った。美晴も、

「イエーイ!」

と騒ぎ始めた。こうして僕達のプレゼント交換が始まった。歌を皆で歌いながら、プレゼントをくるくると回していき、最後まで歌いきった。すると僕の手には美晴が選んだ物、智哉には僕が選んだ物、美晴には智哉が選んだ物を持っていた。

「じゃ、早速!」

と智哉がプレゼントを開け始めたので、僕と美晴も開ける事にした。すると袋の中から小さいが宝石の付いたペンダントが出て来た。

「美晴…これ高かったんじゃない?」

と僕が恐る恐る聞いてみると美晴は、

「まぁ、少し」

と言って、自分の持っている袋を開けた。するとこの袋からはなんとカメラが出て来た。

「わぁ!智哉、ありがとう!」

「いやいや」

(智哉はこう言っているけど、これも絶対高いよなぁ…どうしよう、僕のそんなに高くないし……もし落ち込まれたら……)

僕がそう考えていると、とうとう智哉が僕の選んだ袋を開けた。

「さ~て、中身はなんだろうなぁ~……とっ」

智哉の袋から出て来たのは写真立てだ。僕はこれなら二人の趣味に合うと思って買って来た。すると智哉が僕の方を向いて、

「時雨、サンキュー!やった~、これで妹の写真を傷一つ付ける事なく眺めてられるぅ~……」

と言った。正直かなり引くが、喜んでくれたようで何よりだ。

これが、去年のクリスマス。

(こんな日々はもう来ないだろうなぁ……)

そう思っても、僕はあの時のプレゼントであるペンダントをずっと肌見離さず持っている。お守り代わりとして、大切に。



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9話-追憶

今日は頑張りましょう!という訳で投稿しました。
もう失敗を繰り返さないように努力したいと思います…


数日後、黒坂さんから仮面が出来たという連絡が入った。

(どんな仮面になったんだろう…楽しみだ)

そんな事を考えながら僕は霞と一緒にアジトへと向かった。

 

 

 

アジトに着くと、折木さんがコーヒーを飲んでいた。机の上にはコーヒーの他に丁寧に布に包まれた物が置いてあった。恐らくあれが仮面だろう。すると折木さんがこっちを向いて、

「やあ。そうだよ、これが仮面だ」

と言った。

(でもおかしい。黒坂さんがいない…)

と僕が思っていると彼は僕の顔からその疑問を読み取ったのか、

「翔伍は部屋だよ。仮面作りの専門じゃないから5日位完徹したらしい」

と苦笑いをしながら答えてくれた。そして僕と霞に仮面を投げ、

「着けてみなよ」

と言った。僕は内心、着けてみたくてたまらなかったので、喜んで着けた。そして、霞の方を向くと霞も仮面を着けていた。

霞の仮面は鎧の赫子と合いそうな何だか兜……?のような物だった。僕から見ると何か格好いい。すると霞も僕の方を向いて、

「お兄ちゃんの仮面…凄い…」

と言ったので、僕は期待を込めて鏡に写った自分を見た。僕の仮面は顔全体を隠すような形で目と口の所にだけ穴が空いている。そして、僕の希望した通り、仮面の表面がまるで水の表面に起きる波紋のように波打っていた。

「おお……!」

「どうだい?希望通りかい?」

僕が感動していると折木さんにこう聞かれた。僕が、

「凄く嬉しいです…!」

と答えると、彼は安心したような顔で、

「それは良かった。翔伍も浮かばれる…」

(あれ?何だか黒坂さんが死んだように言われてる…)

僕がそう思っていると彼は続けて、

「今日は時雨君の当番だったよね?もしかして…忘れてた?」

「あ、はい……すぐに行って来ます!」

僕が上のドアを開けて出ようとすると折木さんは、

「おいおい、折角の仮面を忘れちゃ駄目でしょ。万が一という事もあるし」

と念を押された。僕は返事をして、今度こそ仮面と箱を持って上のドアを開け、自転車に乗り、あの崖に向かった。

 

 

 

その崖に向かって自転車を漕いでいると、僕の鼻に人間の匂いと同族、つまり喰種の匂いがした。

(でも、この匂い……普通の人間じゃなそうだ…)

僕は不安に思って崖から少し離れた所に自転車を停めた。

するとこちらに向かって猛スピードで走って来る人影が見えた。匂いからこの人が人間に囲まれていた喰種である事が分かった。しかもその人が来た方向からは血の匂いがする。

そして、近付いて来る程に、その人の大きさがよく分かる。恐らく、190㎝はあるだろう。しかし、白い服に身を包んでいるが、返り血らしきものを一滴足りとも浴びたように見えない。

そして、僕とその人がすれ違った瞬間、僕は激しい頭痛に襲われた。

「うう…!」

あまりの痛みに僕はその場に(うずくま)ってしまった。しばらく蹲っていると頭の中に変な映像が流れて来た。

 

 

 

(何だよこれ……!?輝影(てるかげ)、お前がやってるのか……!?)

すると横から輝影が、

「私ではない。恐らく、お前の喰種の内臓が移植された時の記憶だ」

と答えた。

映像は何だか暗い部屋から始まり、気絶している僕と(かすみ)(おぼろ)がさっきの人によって部屋に運ばれて来た。そして部屋にさっきの人より少し背の低い男が入って来た。その男もさっきの人と同じような白衣を着ている。

「輝影、誰か知ってるか?」

そう言って僕が輝影の方を向くと輝影の表情が憎しみで一杯な事に気付いた。再び映像に目を向けると白衣の男は朧にメスを向けていた。

「おい…何する気だ?止めろぉぉぉぉ!」

「無駄だ、これは過去の映像だぞ?」

輝影が横で嘲笑(あざわら)っているが、そんな事はどうでも良い。弟の身体が傷つけられようとしているのだ、放っておけない。しかし、朧の手術は終わったようでもう腹部には縫った跡がある。

そして次は霞だ。これは過去の映像で自分には止められない事だと分かっていても、僕は叫ぶ事を止めなかった。しかし、必死で叫んでいる内に霞の腹部にも縫った跡が出来ていた。

最後は……僕だ。

「ちくしょう……!どうして!どうして、こんな映像を見なくちゃいけないんだ!」

すると輝影が、

「見たくなければ見なければ良いだろう。だが私は見させて貰うがな」

僕が目を覆えずにいると、みるみる内に僕のお腹も切り開かれて輝影の物と思われる内臓を入れられた。そして白衣の男の下卑た笑い声が響き、映像が終わった。

 

 

 

「っはぁ!はぁ……」

僕が再び目を開けると、ここはさっきの人とすれ違った崖の側の景色だった。

(よくも……!よくも僕達の生活を壊したな…!でも、これでさっきの人が僕達を喰種に変えた奴の手掛かりになる……!っとそうだ。目的を忘れてた……)

そう思い崖の下まで来ると、そこには大量の人間の死体があった。それぞれが腕や足を切られていて、酷いものは身体が真っ二つに切り裂かれていた。

その景色はまるで地獄絵図だ。死体は全部で100体程あり、全員がトランクを持っている。中にはトランクから赫子のようなものが出ている事からこれが『クインケ』である事が分かった。

(という事はこの死体は全員が白鳩(はと)…?この人数を全部あの人が……!?)

「く…そぉ……沈黙(サイレント)ぉ……」

「っ!」

まだ生きてる人がいたんだ……気付かなかった自分に嫌気が差した。その人は息絶えたが、僕は素直に喜ぶ事は出来なかった。

確かに喰種だとバレたら非常に困るし、命の危険もある。しかし、僕は人間を捨てていない。

(人間と喰種のどっちが悪なんだろう…分からない、分からないけど、僕は………とりあえず、死体を持ち帰らないと)

まだ結論は出せないと今は割り切って、僕は死者に黙祷(もくとう)を捧げた。そして、入るだけの肉を箱に詰めていった。

 

 

 

「沈黙か……面倒な奴が出て来たな、という事は《あいつ》の指示か…一体何を……」

僕の中の輝影が何かを(しゃべ)っていたが僕には意味が理解出来なかった……




何か自分でも分からなくなってきたような……まぁ、頑張ります。後、最近やっと喰種の漫画を買い始める事が出来ました。もう少し喰種について勉強したいと思います……
では良いお年を~


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10話-針金

はい、かなり遅れましたが、皆様、明けましておめでとうございます。書こうとは思っていたんですが……活動報告の通りでして……
それではどうぞ。


箱の中に死体を詰め終わって歩き出した時、僕はさっきすれ違った、喰種の事を考えていた。

(あの人……絶対に普通の喰種じゃない。レベルが違い過ぎる。あの数の白鳩を一人で殺したんだから……それにさっき僕が見た映像を信じるのなら、恐らく彼は僕や霞、そして朧を喰種に変えた奴と知り合いだろう……)

そんな事を考えていたら、いつの間にか町まで戻って来てしまっていた。

「あっちゃ~、自転車、取りに戻らないと……」

僕は近道をするために、普段は絶対に通らない路地に入った。入らない理由は、昔から狭くて暗い場所が苦手だからだ。

そして、僕が通った路地には一つのマンホールがあった。この時、僕はそれに気付かずに通ったが、足元に注意を払っていたら気付けただろう、そのマンホールがそっと音を立てないように開いた事を。

「えっ!?何でマンホールが突然開いて……うわぁぁぁぁ!?」

僕はマンホールから下水道に真っ逆さまに落ちた。

「ててて……ここは……下水道…だよな。うわ!酷い匂いだ」

喰種の五感は極めて鋭敏だ。黒坂さんによると、鋭敏さは喰種によって違うらしいが、僕には下水道(ここ)はキツい。

「早く出ないと……ん?足が動かない!?」

よく見ると僕の足に、とても細い、糸のようなものが巻き付いているのが見えた。試しに触ってみると、触った僕の指から血が玉のように出て来た。

(喰種の身体を傷つけられるのは赫子か、捜査官の持つクインケだけ……こんなに細いクインケは多分ないだろうから、これは……)

「赫子……?」

こんなに細い赫子は見た事がない。しかし僕が立とうとするのを邪魔する力があるんだから、やっぱり赫子なんだろう。

すると突然、その赫子がプツンッ、と音を立てて切れた。そしてその伸びていた赫子は下水道の奥深くへ戻っていった。

僕は立てるようになったが、どうにもあの赫子が気になった。僕は好奇心に負け、危険も承知であの赫子を追ってみる事にした。しかし赫子は戻るのが早く、追う事はとても大変だった。

そして20~30分は追っただろうか。とうとう赫子を出していた喰種がすぐそこにいる場所までたどり着いた。その喰種は目立たない為か、フードのある服を着て、顔にはやはり仮面を着けていた。

数分の間、そいつは食事をしていたが、それが終わるとすぐに僕の存在に気付いて攻撃してきた。僕はそいつの姿を見たが暗くてよく見えなかった。しかし、体型から見て、恐らくは女性だろう。

彼女はその細い赫子で、僕の身体を瞬く間に縛りあげた。

(こんな所で死ぬ訳にはいかない……僕は……やる!)

彼女が僕を縛りあげて、僕を食べようとした時、僕は逆に彼女の赫子に噛みついた。

「っ!?」

彼女は予想外の事で戸惑っていたが、すぐに平静を取り戻し、僕を叩き潰そうと赫子を集束し始めた。僕の身体を縛っていた赫子も僕から離れ、彼女の頭上に集まっていった。

(ああ……不味い。でも、これで……!)

「あああああ……!!!」

僕が背中に意識を集中させると、背中から赫子が出て来た。肩甲骨辺りから生えた二本の甲赫は、僕の両腕に巻き付き、腰辺りには同じく二本の鱗赫が(うごめ)いていた。

(やっぱり、輝影が僕の身体で出している赫子よりは小さいし、(もろ)いな…でも、少しは太刀打ち出来そうだ…)

そして僕は彼女の赫子に真っ正面から突っ込んでいった。

彼女は集束させた赫子を僕に向かって降り下ろしたが、さっきの針金程は速くない。僕はすぐにその場から離れたが、やはり完全に避けきる事は出来ず、左腕が折れてしまった。

「ぐうぅぅぅぅ!!!」

腕が折れた事にも構わず、僕は彼女の元へ走った。彼女は集束状態の赫子では、僕を捉えきれない事が分かると、すぐに赫子を一本一本の針金にほどき、僕の身体を貫こうとしてきた。僕は避ける事が出来ないのが分かって甲赫で身を守って、ダメージを最小限にしようとした。しかし、彼女の針金は僕の甲赫を易々と貫き、僕の身体まで届く。

(守ってたんじゃ駄目だ!こっちから攻めないと!)

僕は鱗赫で、彼女の針金状態の赫子を弾き、彼女へ向かって再び走り出した。やっとの思いで、彼女の(ふところ)に入り込んで蹴りを繰り出した。しかし、その瞬間、彼女の赫子が編み込まれ、帷子(かたびら)のような盾になって僕の蹴りを防いだ。

(くっそ…なんて早さだ…やっぱり……)

僕はさらに彼女の赫子を引きちぎって食べた。段々と赫子が治っていくのが分かる。そして、身体を少しずつ快楽が巡っていく事も。

(喰種は人の快楽は得られない。でも代わりにこの食事という行為が彼等の快楽なんだ……食べる為だけに人を殺し続ける喰種がいるっていうけど…こういう訳か…)

彼女の赫子も再生しているが、僕が食べ続けるペースに追い付いていない。その為、僕は赫子を食い破り、とうとう彼女の前に立つ事が出来た。彼女の赫子の再生速度が徐々に衰えてきている為、そろそろ限界なのだろう。

彼女もそれが分かっている為、僕に殴り掛かって来たが、本来はこんな肉弾戦なんてせずに、この非常に強力な赫子に頼って戦っているのだろう、立ち回りから、僕にすら素人だという事が分かった。

僕は彼女をすぐに組み伏せ、彼女の顔から仮面を外した。その仮面の奥にあった顔は僕の知り合いのものだった。

「栞!?」

「し、時雨!?」

相手が誰かと分かった僕達はお互いに赫子をしまった。そして彼女の事を改めて見た。

赤咲 栞(あかさき しおり)。外見はまさしく大和撫子(やまとなでしこ)というに相応しい美少女で、実は僕の幼なじみである。彼女の家は資産家で、昔は僕も遊びに行った事がある。しかし、中学一年の時、彼女の一家は突然引っ越して、その後は会ってもいなかった。栞が喰種だと分かった今では、彼女の一家が何故突然、引っ越したのかがよく分かった。

「栞、喰種だったんだね……」

「うん……でも時雨は……人間…だったよね?どうして喰種に…」

僕は今までに起こった事を全て栞に話した。話が終わった時、彼女は泣いていた。

「何で…栞が泣くんだ…?」

「だって……辛かったでしょう……?」

「うん……」

本当に辛かった。今でもまだ人間だと自分では思う。でも、智哉や智乃ちゃん、そして……美晴には受け入れてはもらえないだろう。僕だったら、いつ自分を食べるかもしれない怪物を受け入れる事なんて絶対に出来ない。出来るはずがない。

「くっ…うっ…うっ…うっ……」

僕も栞と一緒に泣いてしまった。不思議と僕はこの時、いつもだったら恥ずかしいと思うのに、思わなかった。僕達二人は自然に涙が止まるまで泣き続けた。

こうして僕は思わぬ場所で、思わぬ友人と再開したのだった。しかしこの時の僕は、この後すぐに起こった事を死ぬまでずっと、永遠に悔やみ続けるの事をまだ知るよしもなかった……




お久しぶりですね、皆様。バトルが難しいですね……臨場感のあるバトルをいつか書いてみたいのですが、まだまだ経験が足りないのでしょう、これからも努力していきたいです。
読んで頂き、ありがとうございました!


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11話-破滅の足音

遅くなってすいませんでしたあああ!どうしてもバトルが書きたいのですが、アイディアが浮かばず……
今回はバトルなしです、書きたいなぁ…では、どうぞ!


栞が泣き止んだ後、僕が帰ると言うと彼女は付いてくると言う。僕は付いて来られても正直困るので、遠回しに拒絶した。彼女は頭は悪くはないはずなので、気付いてはいるはずだが、付いてくると言って聞かなかった。

(はあ……黒坂さんと折木さんに怒られるかな……嫌だなぁ……)

そんな僕の心中も知らず、栞はとても嬉しそうに笑顔を浮かべている。

(そんな顔見たら……しょうがないなぁ……)

 

 

 

アジトに着くと、折木さんと霞はいなかった。恐らく訓練中だろうが、目の前に黒坂さんがいた。

「お帰り~、時雨君~。それでその子は……?」

黒坂さんから若干だが、黒いオーラが見える気がする……少し怒ってるのが態度で分かる。

「あの、この子は僕の幼なじみで……」

すると黒坂さんから黒いオーラが消え、顔にニヤニヤと笑いを浮かべた。

「へぇ~、幼なじみねぇ~……でもここに連れ込むのはどうかと思うなぁ~……」

すると、栞が口を開いた。

「黒坂さん、覚えていらっしゃいませんか?赤咲 栞です」

「ああ、栞ちゃんか!思い出したよ、久しぶり~。でもまさか君が時雨君と幼なじみねぇ……どこまでいっ…」

「あの、そんな事してないので止めて下さい……」

僕が否定すると黒坂さんは軽い冗談なのか笑っていたが、栞は顔を少し赤らめていた。

(おいおい、何で満更でもない顔をしてるんだよ~……はぁ~……)

「でも、栞ちゃんは赫子が使えないかと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいだね。時雨君の身体は再生し始めているけど、傷が見えるからね」

「そこまで目がいくとは……流石に有名なだけありますね。普通の喰種では気付かないはずなのに」

「人をおだてるのが上手いねぇ、そしてとても(したた)かだ。でも、年長者をからかうもんじゃないよ~?ははは!」

二人の話を聞いていて、何だか不思議な程に圧力を感じた。

(この二人の仲は結構悪いんじゃないか……?)

こう思ったのは、二人は顔はお互いに薄く笑っているが目が全く笑っていない。正直怖いので遠くに逃げようとすると、訓練場から折木さんと霞が帰って来た。

「お帰り、時雨君…っと新しいお客がいるようで」

「赤咲 栞です。お久しぶりですね、折木 森羅さん」

「おや、ご丁寧にどうも」

僕が霞の方を見ると何故かこちらの方を恨みがましい目で(にら)んでいた。すると栞も霞に気付いたようで、

「霞ちゃんもいたんだ、久しぶり」

と笑顔を向けた。霞も一応挨拶を返したが、どうにも雰囲気が重たい。そこを黒坂さんが冗談等でカバーして和やかに話していると折木さんが、

「ちょっと皆聞いてくれるか?」

と言った。

「どうしたんですか?」

と僕が聞いてみると折木さんは少し言いにくそうに話始めた。

「少し前、コーヒー豆の買い出しに行ってきたんだが、とうとう()()が来たよ……」

奴等。僕の中で嫌な予感がした。

「白鳩か……思ってたよりも早かったな。まあ沈黙(サイレント)がいるからか……」

嫌な予感が的中してしまった。しかしまだ嫌な予感は収まらず、思い切って聞いてみた。

「あの…沈黙ってもしかしてかなり身長の高い、全身白ずくめの人ですか…」

僕がこう言うと会話の雰囲気がさらに重くなった。

「あいつに会ったのか…よく無事だったね」

「あの…沈黙のレートってどのくらい…「SSSレートだ」っ!そんな…」

僕の質問には折木さんが答えてくれたが、嫌な予感が次々と的中する。

「沈黙ってどんな喰種なんですか?」

「奴を見て生き延びた者は少ない。僕も見た事はあるけど逃げるだけで精一杯だった…」

(あいつが……僕達が喰種になった事の唯一の手掛かりなのに…今の僕じゃあ、あいつから逃げる事も出来ない……それにあの死体の山…)

僕は崖の下に積まれていた人達の事を思い出した。彼等もやっぱり、白鳩の中でもかなり強いのは僕にも分かった。しかし、それを音もなくあの人数を殺した……その事実に僕は戦慄(せんりつ)した。

「で、森羅。白鳩は何人位いた?ほとんどの上等と準特等捜査官は沈黙にやられただろうけど」

「多分数人。僕はお前程白鳩と戦ってないから詳しくは知らないけど、そんな僕にも知ってる顔が一人」

「あんまり聞きたくないけど誰だい?」

折木さんは口を開き一言、

言ノ葉(ことのは)

と言った。黒坂さんの顔が緊張していく。

「彼か…随分と偉くなったもんだな…」

「あの、これからどうするんですか?」

霞が口を開いた。僕も疑問に思っていたけれど、怖くて聞けなかった。

「とりあえずはこの12区を出ないと、ですよね?」

栞がこう言うと黒坂さんは(うなず)いた。さらに栞は続けて、

「一刻も早くこの区を出ないと私達は全滅しますよ?」

と冷たく言い放った。僕は、

「栞、何もそんな言い方はないだろ…」

と言うと彼女は、

「時雨がそう言うならば止めるけど、これが現実よ。生き延びる為にはこの区を出るしかない」

「そんな事、分かってるけど……!」

「はいはい、喧嘩(けんか)は止め。こんな時に仲間割れをしてもしょうがないでしょうが」

と黒坂さんが手を叩きながら言った。そして彼は続けて、

「今日中にここは閉じる。そして、皆が少しでも逃げられる可能性を上げる為に俺が時間を稼ぐ」

と言った。この提案に賛成は出来なかったが、頷くしかなかった。何故ならここ(本来は学校の用具室なのだが)の所有者は黒坂さんで、ここにいる誰よりも力があるのも黒坂さんだ。しかし、僕はどうしても納得出来なくて、

「でもっ……!僕達が全員で挑めば…「駄目だ。君達の命を危険に(さら)す事になる。それは絶対に避けないといけないんだ」……絶対に…死なないで下さい」

この時、黒坂さんはいつもと変わらない笑顔を浮かべたつもりだったのだろう。しかし、その笑顔はどこか寂しげで(はかな)いものだった。

「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。俺は君達の師匠だよ~?」

「はい…」

「ん?聞こえないぞ~?」

「はい!」

僕を元気付けようとしているのが分かる。とても嬉しいけれど、納得は出来ない。しかし彼を止める事は自分にも出来ない事は良く分かっていた。

「よし!ちょっと森羅、来てくれ」

「何だ?」

「察しろよ~、男同士でしか話せない話だよっと!」

「お、おい!ちょっと……」

そうして僕達に話が聞こえないように黒坂さんは、折木さんの腕を引っ張って部屋に入っていった。

 

 

 

「で、どうしたんだ、翔伍。あの三人に言えない事でもあるのか?」

僕がそう聞くとこいつは表情を(くも)らせ、

「多分、俺は白鳩に駆逐(くちく)されるだろう。流石にSSの俺でも()()()()()みたいにスピードはないからな。それを考えてお前に頼む。あの三人を守ってくれ」

(何を言うかと思えば……そういえばこいつはそういう奴だった。態度はいっつも軽い(くせ)して、誰よりも周りの人が安全に過ごせるか考えてる。全く損な性格だよ……)

「お前に言われなくても分かってるよ。任せとけ」

「ありがとう……」

「何もお礼なんか……でも、もし…逃げれるようなら逃げてこい。そんなに死にそうなツラしてんなよ、一番の友達の前で」

「そうだな……さあ、戻ろうか!」

「ああ」

この会話が僕と翔伍の、互いに隠し事を一切しない最初で最後の会話になった。

 

 

 

「いやー、ごめんごめん!ちょっと森羅とエロい話で盛り上がってねぇ~」

「おい!?そんな話はしてないぞ!?」

僕は黒坂さんと折木さんの顔が憑き物が取れたように明るくなっているのが分かった。恐らく二人はそんな話はしてないだろう。霞は二人に軽蔑(けいべつ)の目線を送っていたが……

「時雨、貴方はどんな趣味なの?」

唐突に栞が僕に寄り掛かって聞いてきた。

「僕に変な趣味はないよ……」

「え~?」

これから戦いが始まっていくのかが疑問に思える程に心地よい雰囲気が広がっていた。

(たとえ絶対に叶わないとしても…願う位なら良いだろう。せめてこの瞬間が少しでも長く続いて、いつまでも皆の心に残りますように……)

「さあ、解散解散!」

「「「はい」」」

「分かった分かった」

帰る時に霞と二人で話した。

「お兄ちゃん、美晴さんや智哉さんは良いの?」

良い訳がない。本当はあの二人、それに智乃ちゃんに言わずに、これから先、会えなくなるなんて嫌だ。でも、霞を危険に晒したくない。僕だって朧の目を覚まさせてやらないといけない…死ぬ訳にはいかない。

「何も言わないで去るのは嫌だよ、でも……この身体の事をバレたら拒絶されるかも知れない。それが何よりも怖いんだ……」

霞は何も言わなかったが、僕の気持ちは伝わっただろう。絶対に死ぬ訳にはいかない。これは絶対にだ。しかし、この時僕の嫌な予感はまだ収まってはいなかった。黒坂さんが絶対に自分達の手の届かない所へ行ってしまう気が……




3000文字越えました。お気に入りに登録して下さっている三人の方々ありがとうございます!この作品を書く為の原動力になっています。
アクロバティックな戦闘シーンが書けるように頑張っていきたいです。それでは失礼します~


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12話-デリーター

お久しぶりです。戦闘シーンを多めに入れておいて描写が苦手な私です。

では、どうぞ


次の日の朝、僕と霞は、昨日黒坂さんや栞が言っていた通り、この12区を出る事にした。

僕達にはお互いと、どこへ行ってしまったのか分からない朧しかいないけれど、自分達が生まれ、今まで暮らしてきた場所を去るのは辛い。霞にも僕と同じような思いがあるだろう。

けれど、最早僕達はこの区に居場所がない。今日中にこの区を出なければ、今この区にいるという喰種捜査官に殺されてしまうだろう。それだけは絶対に避けなければいけない……

「時雨君、霞ちゃん、行くよ」

考えている内に折木さんと栞が迎えに来た。

「っはい!霞、行こう」

「……うん」

(ごめんよ霞……僕が……僕が弱くなければこんな事には……)

こうしてそれぞれが、様々な思いを抱えながら、折木さんの指示に従って12区を出た。

「あの…折木さん」

「なんだい?」

折木さんも葛藤はあるだろうが、平静を装って僕の方へ顔を向ける。そして僕は質問をした。

「これからどこへ向かうんですか?」

すると折木さんは表情を少し曇らせながら言った。

「8区。僕としては会いたくないが、頼れる喰種()が他にいない。……僕の叔父の所へ」

この後は、誰も言葉を発する事なく折木さんの車に乗り込み、8区を目指すのだった……

 

 

 

そしてその日の夜……

一人の喰種が堂々と学校の前の道を歩いていた。

(さて…そろそろ来る頃だと思うけど……時雨君達は無事に逃げられたかな……まあ、森羅がいるから、余程の事がない限りは……)

外を歩きながらそんな事を考えていると、三つの人影が見えた。

一人は平均的な身長をしていて、きっちりと揃えられた短い黒髪をした男

もう一人は180cm位の身長をしている、角刈りの男

最後の一人は、その180cmの人よりも大きい身長の、坊主頭の男だった。

俺が三つの人影を眺めていると、その中で一番小さい男が、CDのような物を投げて来た。俺はこのクインケを使っている奴を知っているので、すぐに横へ飛んだ。

「うおっと!危な……」

「遠隔起動」

その声が一帯に響いた瞬間、CDのようなクインケは荊のように形を変え、俺の身体を貫こうとする。

俺はその荊のクインケの包囲網が発動した時、囲まれる前に空中で身体を(ひね)って避けた。

「ったく~、危ないなぁ~……えっ~と、言ノ葉さんと~…」

「おらぁ!!!」

殺気を感じて後ろに飛ぶと、さっきまで俺が立っていた所に、坊主頭の男がかなりの早さで巨大な剣が降り下ろした。そして、俺が飛んだ先には槍を構えた角刈りの男が待ち構えていた。

「そりゃあああ!」

「まだ話してるでしょうが……っと!」

その槍を踏み台に上へ飛び上がって、俺が安心したのも束の間、男の槍が変形してライフルになった。

「げげ!!」

ライフルから、その素材になった喰種の赫子のエネルギー弾が打ち出される。流石に数が多かったので、いくつか当たってしまったが、ほとんどは体さばきで避けていき、着地した。

神谷(かみや)さんと山田(やまだ)さんまでいるとは……俺なんかのために随分と人が多いや……」

この時の俺は一体どんな顔をしていたのだろう。恐らく笑ってたんだろうな。捜査官達の顔が一瞬だが、驚いていた。

(でも……これでやっと……)

「本気が出せる……!!!」

俺の両目は久しぶりに全力が出せる興奮と戦闘態勢になったため、真っ赤な赫眼に変化した。そして、腰の辺りに力を込めると、そこから服を突き破って、脈動する三本の鱗赫が発現した。そして、最後に首を回す。

「ははぁ!」

俺は楽しさのあまりに笑みを浮かべながら、捜査官達に向かっていった。まずは一番厄介な言ノ葉さんを狙っていくと、その思考を読んでいたかのように、俺の行く先を遮るように、神谷さんが大剣を降り下ろした。

俺はその大剣を、二本の鱗赫で止めつつ、踏み台にした。しかし、神谷さんも、俺が大剣を踏み台に飛び上がった瞬間、その剣を振り上げ、俺の赫子を切り裂いた。

(しまった……っ!)

着地した俺は危険を感じて、咄嗟(とっさ)にバク転をして後ろに下がったが、CD型のクインケが飛んで来た。赫子を盾にして防ごうと思ったが、俺の鱗赫は真っ二つに切り裂かれて、さらに、俺の左脇腹を裂いていった。

「ってぇなぁ……もう……」

俺がぼやいているその瞬間にも、CD型のクインケは変形して、俺の全身を今度は貫いた。直ぐ様、再生させた二本の鱗赫でその拘束を解いて、電信柱を伝って走ったが、再び、ライフル型になったクインケのエネルギー弾で、俺の両足を撃ち抜いた。

「うぐっ!」

俺は足を撃ち抜かれたため、地面に落ち、アスファルトに全身が叩きつけられた。衝撃が全身を駆け巡っているが、そんな事よりも傷の再生を優先した。

当然、そんなチャンスを彼等が見逃してくれるはずもなく、俺の身体は、エネルギー弾で撃ち抜かれ続けた。

(再生が追い付かない……せめて一人位は道連れに!)

そう思って羽赫のライフル型のクインケを狙って、鱗赫を突き刺した。しかし、赫子が山田さんの身体を貫く事はなかった。何故なら彼の身体には、鎧型のクインケが装着されていたからだ。衝撃で彼の身体を吹き飛ばして、クインケにひびを入れるのが、今の俺には精一杯だった。

(あのクインケの形状……()()()()()()()()()()……まさか!)

俺の思考が最悪の奴に結びつくと同時に、俺の身体は三度(みたび)、言ノ葉さんのクインケに貫かれていた。

「ちく……しょ…」

俺が悔しさに顔を歪めていると、言ノ葉さんが俺に向かって語り出した。彼の声は、男なのにかなり高めの声だった。

「冥土の土産に教えてやる。お前の仲間達が8区に向かっている事を我々は把握している。民間人からのたれ込みがあってな。

そしてそっちには……更祠貴(さらしき)が向かっている。そういう訳で、心配しなくてもすぐにお前は、仲間達に会える。向こうでな」

話が終わって、言ノ葉さんが顔をそむけると、神谷さんが俺に向かって、大剣を降り下ろした。その後の地面にはいくら掃除をしても取れない、花のような、赤い染みが残った。

 

 

 

「……っ!?」

僕は嫌な予感がして、12区の方を振り返った。横を見ると、折木さんを含んだ、全員の表情が硬くなっている。

「…行こうか」

折木さんが僕に声を掛けても、僕は不安で動けなかった。すると僕の表情から意志を感じ取ったのか、こう言った。

「間違っても戻ろうなんて考えるなよ?……せっかく、翔伍が稼いでくれた時間が無駄になる」

僕はこの言葉を聞いて、彼の気持ちが滲み出ている事が良く分かった。

「……はい」

すると栞が折木さんに質問をした。

「折木さんの叔父さんの所ならば、私達を受け入れてくれるのでしょうか?」

「……分からない。正直にいって五分五分だな」

栞は、はっきりしない答えに納得していないようだったが、その場の雰囲気のためか、それ以上は詮索(せんさく)しなかった。

「折木さん、黒坂さんはきっと生きてますよね…?」

霞がこう言ったのを聞いていて、僕の不安が大きくなった。折木さんも不安そうにしているが、黒坂さんとの付き合いは彼が一番長いため、信頼しているのだろう。

「大丈夫、あいつの事だ、その内ひょっこりと出てくるさ……」

そんな折木さんの言葉を聞いても、皆気休めだと分かっていた。けれど僕は、そんな幻想にすがりつきたかった。しかし、どんなに楽観的に考えようとしてみても、僕の心から不安は消えるどころか、大きくなっていくのだった……




バトルシーン……難しいですね!私なりには前よりも書けた気がします。一ヶ月に一回は二作品とも更新を目指していきたいと思っています!
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
感想お待ちしてます。


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人物紹介

お久しぶりです。今回はキャラ達のプロフィールを書いていこうと思います。


白波(しらなみ) 時雨(しぐれ)

 

年齢 17歳

 

身長 170cm

 

体重 55kg

 

誕生日 3月4日

 

星座 魚座

 

血液型 O型

 

好きなもの 読書(バッドエンド以外)、睡眠

 

嫌いなもの 喰種

 

赫子 鱗赫、甲赫

 

本作の主人公。科学者によって人工的に喰種にされたが、覚醒するのが妹や弟よりも遅かったため、自覚するまでに時間が掛かった。

性格は、極めて温厚。だが、家族に危害が及ぶ場合には、相手に手加減はしない。

他の二人とは違い赫眼は右に発現し、身体の中に元々の臓器の持ち主、輝影(てるかげ)の意志が宿っているため、彼の赫子を使用出来る。しかし、人を喰らう事に抵抗を感じており、共食いをして抑えている。赫子は、両腕に甲赫が巻き付いており、鎌を彷彿とさせる形、鱗赫は二本出現している。

人間に戻る方法を探している。

 

 

 

白波(しらなみ) (かすみ)

年齢 16歳

 

身長 154cm

 

体重 43kg

 

誕生日 6月21日

 

星座 双子座

 

血液型 A型

 

好きなもの 小説(種類問わず)、勉強

 

嫌いなもの 虫、栞

 

赫子 甲赫、甲赫

 

時雨の妹。時雨達家族を心配させまいと、自分が変わってしまった事は黙っていたが、定期的に人を喰らっていた。

性格は冷静で、基本的には温厚。しかし、たまに毒舌な時がある。

赫子は、頭と肩甲骨の真上以外の全身を厚く覆う鎧の形をしており、肩甲骨の真上からは、刃のような甲赫が出現している。硬度が圧倒的に高く、一撃が重い。赫眼は左に発現。

時雨に異常な程、好意を持つ栞を警戒している。

 

 

 

白波(しらなみ) (おぼろ)

 

年齢 16歳

 

身長 168cm

 

体重 60kg

 

誕生日 6月21日

 

星座 双子座

 

血液型 A型

 

好きなもの 喧嘩(自分と同等か、それ以上の相手)

 

嫌いなもの 弱い者達

 

赫子 羽赫、鱗赫

 

時雨の弟。霞とは双子だが、全く正反対の性格をしている。空腹は喧嘩の際に負けた者達を喰べる事で、癒していた。喧嘩は強い者としかせず、弱い者は相手にしない。

赫子は、両肩から羽赫を、腰辺りから、二本の鱗赫を出現させている。赫眼は左に発現。

自分の力を試すために両親を殺した所を、時雨に目撃されたが、怪我を負わせ、姿を消した。

 

 

 

折木 (おれき) 森羅(しんら)

 

年齢 20歳

 

身長 171cm

 

体重 62kg

 

誕生日 4月24日

 

星座 水瓶座

 

血液型 A型

 

好きなもの コーヒーの豆選び、コーヒー

 

嫌いなもの 叔父

 

赫子 羽赫

 

翔伍とともに、時雨達の身体を改造した科学者を追っており、時雨達の事を知り、仲間に引き入れた。

優しい性格ではあるが、戦闘能力はかなり高く、本気を出せば、翔伍に引けを取らない程。

赫子は、両肩から、青みがかった羽赫が出現する。

レートはSレート。

 

 

黒坂(くろさか) 翔伍(しょうご)

 

年齢 21歳

 

身長 174cm

 

体重 58kg

 

誕生日 1月11日

 

星座 山羊座

 

血液型 B型

 

好きなもの 会話、戦闘

 

嫌いなもの 退屈な時間

 

赫子 鱗赫

 

森羅の友達で、人間相手にも情報屋をやっている。その時は、用具室の地下から出てくるが、基本的には出ていかない。ちなみに、学校の教師はそれぞれ彼に弱みを握られてるため、地下の事は黙認している。

性格は社交的で、多くの人間や喰種に一定のコネクトを持っている。

赫子は鱗赫で、三本出現する。その一つ一つが並みの鱗赫よりも丈夫だが、クインケには及ばなかった。

時雨達を逃がすために、捜査官達と戦い、死亡。

レートはSSレート。異名はデリーター。

 

 

赤咲(あかさき) (しおり)

 

年齢 17歳

 

身長 157cm

 

体重 45kg

 

誕生日 3月4日

 

星座 魚座

 

血液型 A型

 

好きなもの 時雨

 

嫌いなもの 時雨と自分を邪魔するもの全て

 

赫子 鱗赫

 

大和撫子(やまとなでしこ)という表現が似合う白い肌の美少女。時雨の幼なじみで、彼に異常な程の好意を抱いている。

本来の性格は喰種に相応しく、冷酷。時雨や信頼している人以外に正体を知られた場合、容赦なく殺す。

赫子は、針金のように細く、長く、また硬い鱗赫。大量に出す事が出来、最大量は、約100本。数を5本以内に絞れば、約200mまでは伸ばせる。

また、その赫子を一つに(まと)める事も出来、その威力は、(もろ)い喰種ならば粉々に粉砕出来る程。速度や耐久性に隙のない赫子。

 

 

 

(すめらぎ) 旋也(せんや)

 

年齢 19歳

 

身長 180cm

 

体重 70kg

 

誕生日 9月4日

 

星座 乙女座

 

血液型 AB型

 

好きなもの 美しい人、人の悲鳴、苦悶の表情、作曲

 

嫌いなもの 汚いもの

 

赫子 甲赫

 

時雨の悲鳴や苦悶の表情を材料に作曲をしようとした喰種。端正な顔立ちをしており、程よく筋肉がついている。

性格は、かなりのナルシスト。自分がより輝くためならば、他の者達をあっさりと犠牲にする。

赫子は甲赫で、左腕に巻き付いて、剣のような形を取る。硬度がかなり高いが、その分だけ動きが遅い。

レートはSレート。異名は作曲家。

 

 

沈黙(サイレント)

 

年齢 データなし

 

身長 推定2m以上

 

体重 データなし

 

誕生日 データなし

 

星座 データなし

 

血液型 データなし

 

好きなもの データなし

 

嫌いなもの データなし

 

赫子 データなし

 

多くの喰種、捜査官達を殺してきた喰種。彼を前にして、生き残った者はほとんどいない。異名の所以(ゆえん)は、彼が戦う時に一切の音が立たないからだという。

レートはSSSレート。

 

 

 

逢坂(あいさか) 智哉(ともや)

 

年齢 17歳

 

身長 158cm

 

体重 52kg

 

誕生日 5月13日

 

星座 牡牛座

 

血液型 O型

 

好きなもの 妹

 

嫌いなもの (うるさ)い場所、人

 

時雨の友達。妹しか頭になく、持ち物全てに妹関連の物が入っている。髪をピンク色に染めていて、よく教師達から注意を受ける。突然いなくなった時雨を心配している。

 

 

 

逢坂(あいさか) 智乃(ちの)

 

年齢 13歳

 

身長 148cm

 

体重 40kg

 

誕生日 10月15日

 

星座 天秤座

 

血液型 O型

 

好きなもの 兄

 

嫌いなもの 可愛くないもの

 

智哉の妹で、極度のブラコン。黒髪を首の辺りまで、伸ばしていて、何故か頭の天辺に一房のアホ毛らしきものが生えている。ブラコンは二人きりにならないと発揮しないため、周りにはバレてないと本人達は思っているが、実際はバレバレである。

兄と同じく、時雨を心配している。

 

 

 

桜庭(さくらば) 美晴(みはる)

 

年齢 17歳

 

身長 156cm

 

体重 42kg

 

誕生日 8月8日

 

星座 獅子座

 

血液型 AB型

 

好きなもの 綺麗(きれい)なもの、買い物

 

嫌いなもの 努力を馬鹿にする人

 

時雨の友達。時雨は彼女に思いを寄せているが、彼女がそれに気付いているかどうかは不明。髪は短めで、彼女の明るい性格とよく合っている。

学校に(彼女は知らないが)、ファンクラブが存在している。




こんな感じですかね……後半の方で力尽きました。
新しい登場人物が出る度に更新していこうと思っているので、よろしくお願いします。
もし、更新してなかったら、感想欄等でお知らせ下さい、忘れる可能性もかなりあるので……


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13話-災厄

お久しぶりです、皆さん!UAがここの所異常に増えているので驚いています!そしてお気に入りまで……
これからも増えて欲しいですねぇ、よろしくお願いします。


僕達は胸に嫌な予感を抱えつつ、何とか夕方には、8区に辿り着いた。そして、そこから少し歩いていくと、やがて一つの小屋が見えた。

 

その小屋は、近くで見ると大きめに作られていて、中からは、沢山の喰種達の匂いがした。

 

「ここが……?」

 

「ああ、ここで合ってるよ」

 

僕が聞くと、折木さんは頷いて言った。そして、扉の前に着いて、折木が取っ手に手を伸ばす。

 

しかし、突然彼の手が止まった。そして、隣にいる僕には、彼の手が(かす)かに震えているのが分かった。数秒後、折木さんが意を決して扉を開けた。

 

扉を開けると、中の薄明かりが僕達四人を照らす。中はやはり広く作られており、20~30人程、年齢の様々な喰種達がいた。

 

「何だぁ、てめぇら!」

 

「この区の奴じゃねぇな!」

 

僕達の一番側にいた若い喰種達が、僕達を威嚇(いかく)してくる。その時、中央の椅子に座っていた、一人の喰種が立ち上がり、声を上げた。

 

「止めないか、お前達!」

 

その喰種の声が響くと、その若い喰種達は、一歩下がり、頭を下げた。頭を下げなかった喰種もいたが、彼等は、僕達を椅子へ(いざな)い、座らせた。

 

やがて、そのリーダー格の彼も座り、話し始めた。彼は、全身を目立たない灰色を基調としていて、茶色の上着を身に付けていた。

 

「俺の名は、咎峰(とがみね) 喰狼渡(くろうど)。森羅の叔父だ。

12区の話はこちらまで伝わっている。だが、伝わっているだけに……すまないが、力にはなれん」

 

この言葉を聞いた僕は、思わず言った。

 

「……どうしてですか。折木さんは、貴方の家族でしょう?家族を見捨てるんですか?」

 

「良いんだ、時雨君……分かっていた事なんだ……」

 

折木さんは困ったような顔をしていたが、僕は、迷う事なく、咎峰さんを責めた。

 

「人間でも、喰種でも、愛する家族を守ろうとする気持ちは一緒のはずだ!家族を見捨てるような奴は、理性を持った者のする事じゃねぇ!」

 

咎峰さんは黙って聞いていたが、やがて、口を開き、言った。

 

「……確かにその通りだ。だが、俺にはこの区を、仲間を守る義務がある!例え血の(つな)がった家族が助けを求めて来ようとも、あの()()を呼んだお前達を、助ける事は出来ない……!」

 

「災……厄……?ううっ!?」

 

彼の言葉に疑問を覚え、聞き返そうとすると、僕は再び、激しい痛みに襲われた。

 

まるで、沈黙(サイレント)とすれ違った時と同じような、頭の中をかき混ぜられるような、そんな痛みだった。

 

その痛みのあまり、僕は(うずくま)り、無意識の内に、僕は自分の頭を、血が出る程に()(むし)っていた。

 

(あの(くせ)……まさか!)

 

霞が嫌な予感に震えたと同時に、折木さんが叫んだ。

 

「皆、(しゃが)めぇ―――!!!」

 

すると、次の瞬間には小屋の上半分が、大きく吹き飛んだ。その声に素早く反応し、霞と栞は踞む事が出来たが、他の咎峰さんを含む全員は、腹部から下を残して、消し飛んだ。

 

僕達の周りは、肉片と大量の血が飛び散った、常人が見れば悲鳴を上げるような地獄と化した。

 

「叔父さん……」

 

折木さんは、自分の肉親だが、嫌いな男が突然死んだという事実に、様々な感情が混ざりあった、複雑な表情を浮かべていた。

 

この時には、僕の頭痛も引いてきた。そして、この小屋を斬った奴の姿を見ようと、外を(うかが)った。

 

外を見ると、まだ大量の砂埃(すなぼこり)が舞っていたが、少しずつ収まり、一人の影を映し出した。

 

とても濃い、黒い髪をした男の人だ。

 

180cmはあるだろう身長をしており、右手には、まるで血の塊のような、赤黒い刀を、左手には、大きなトランクケースを持っている。……白鳩だ。

 

(何でこんな所に……黒坂さんが負けた……!?)

 

「はぁ~……だりぃなぁ~……たくっ、(ささやき)の奴、俺ばっかにこんな面倒事任せやがって……暇だけどさ、俺は家で寝ててぇんだよ、くそが!」

 

彼は、今さっき大量の喰種を、一瞬で殺したにも関わらず、自分の都合ばかりを一人、喋っていた。そして、ゆっくりと僕達の方に歩いてきた。

 

「うっわ、残った奴いるとかマジかよ、面倒くせぇ……殺すのも手間だし、『コクリア』行きで良いや」

 

『コクリア』。それは喰種達が、白鳩に捕まった時に収監される牢獄。そこに僕達四人を送ろうと、彼は近づいてきていたのだった。

 

「はーい、てめぇらはコクリアに行く事に決定しました~……車はここから遠くねぇから付いて来~い。

あ、言っとくが逃げたら……その場で殺す」

 

彼は終始面倒くさそうにしていたが、今の殺意は本物だった。

 

(あれは並みの捜査官じゃない……!特等だ!)

 

僕は、助けを求めるように折木さんの方を向いた。しかし、彼にも逃げる手段はないようで、首を横に振っていた。

 

「ほぉら、早く来いよ!俺は寝てぇんだっつーの!」

 

彼は、僕達がいつまでも動かないのを見て、イライラしているようだ。彼を怒らせるのは不味いと思い、僕達は急いで、車に向かった。

 

車は、恐らく喰種をコクリアへ送還するためと思われる荷台があるトラックだった。僕達は急いで、荷台に乗り込み、白鳩の彼が荷台の扉を閉めた。

 

車が動き出すと、僕は不安になった。あの頭の痛みは何なのか。そして、これから自分達が一体どうなるのかが全く想像も出来ない。

 

そんな思考を重ねていたが、いつの間にか、12区から逃げてきた疲れが出て、寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

するとまた、あの空間にいた。そして中心には、いつも通りに輝影も。

 

「あの状況で頭痛とは。随分と都合の良い身体をしているんだなぁ?」

 

輝影はそう言って、僕を嘲笑(あざわら)う。

 

「全くその通りだよね、良かった~……」

 

僕はここにいる事に安心して、気の抜けた声でそう返した。すると、輝影はこちらに歩いてきて、僕の胸ぐらを掴み、こう言った。

 

「お前……いつも何かを抑えてるのではないか?」

 

薄ら笑いを浮かべたまま、輝影は僕に問い掛ける。しかし、突然の質問だったので、僕は戸惑った。

 

「何の事だよ、それ……そんな自覚はないよ」

 

「そうか……(とぼ)けているのか、はたまた本当に自覚がないのか……まぁ、いずれは自分で気付く事になるだろう……」

 

そう言って、輝影は消えていった。そして、僕の意識も少しだけの、深い眠りに落ちていった……




最近、他の連載が終わっていないのにオリ作をもう一つ投稿するという暴挙。正直私の身には重いです……

でも仕方なかったんだ、出したかったんだもの。良ければご覧下さい、私が書いたオリ作達を(二つだけw)

感想、お気に入りお待ちしてまーす!


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14話-コクリア

風邪で意識が朦朧としている中に書いております、私です……皆さんも夏風邪にはお気をつけ下さいね……

久しぶりの更新、どうぞ!


あの捜査官が車を走らせて数時間は経っただろうか、僕は車が止まったのを感じて目を覚ました。

 

「折木さん、ここは……?」

 

僕が彼に質問をすると、彼の口からは予想通りの言葉が出てきた。

 

「恐らく、『コクリア』に着いたんだ。これから何をされるか想像は付くが、出来るだけ、素直に……」

 

「おらぁ、早く出ろよ! ったく、面倒くせぇ……なんで俺がこんな……」

 

折木さんの言葉が終わらない内に、外からの催促があった。いつまでもここにいる訳にはいかないので、僕達は覚悟を決めて、輸送車の扉を開けた。

 

外に出ると、奥に白い巨大な建物が見えた。恐らくあれが『コクリア』なんだろう。

 

そして、次に感じたのはまるで夏に食べ物を腐らせてしまった時のような、()えた臭い。喰種の人間よりも優れた嗅覚が、今日程恨めしいと思った事はない位の酷い臭いだ。

 

 

(うっ……何だ、この臭い……鼻が曲がりそうだ……)

 

吐き気に(もよお)されながら、僕が周りを見ると、霞は僕と同じ状態だったけれど、折木さんと栞はそこまで影響を受けてはいないようだった。

 

(純粋な喰種とここまで差があるのか……初めて喰種が(うらや)ましいと思える……)

 

捜査官の先導に大人しく従って進んでいく内に、段々と臭いが強くなる。それでも、長く生きるためには進むしかない。

 

やがて建物の前に着いた。捜査官の彼からしたら、面倒だが少しの時間だったはず、しかし僕にはその数分が遥かに長く感じられた。

 

足音を響かせながらゲートを通ると、内部が巨大な事が改めて分かる。彼の姿を見ると、あまりここに来る事に慣れていないのか、周りを(うかが)っている。

 

僕達が彼に付いて、ゆっくりと受付に向かって歩いていると、僕達が来る事を事前に知っていたのか、受付の前に一人の男が現れた。

 

その人は僕よりも多少背は低いが、筋肉質な身体をしているのがすぐに分かった。そして、服は局員である事を誇りにしているような制服を着ていた。

 

そして彼は、僕達を連行してきた捜査官に文句を言っていた。

 

「おい、更祠貴(さらしき)ぃ! 何故お前は喰種どもに(かせ)も抑制剤も打ってないんだ!?」

 

何故僕達を自由にさせているのかが、あの人には理解が出来ないようだ。当然だ、力ならば遥かに喰種の方が上なのだから。

 

なのに彼は僕達を縛らない。何故なら、僕達が自分に勝てる訳がないという、絶対の自信を持っているからに他ならない。

 

これはあくまで僕の予想だけれど、大体当たっているのだろう。

 

現に僕達は、逆らう事も出来ずにここにいる。

 

「皆がお前のように、簡単に喰種を倒せると思うなよ! 本来、我々は弱い生物なんだ! この化け物め!」

 

「うっせーなぁ~、黒鉄(くろがね)……そんなに怖えなら捜査官なんて止めちまえよ……」

 

「……この(くず)め、お前が喰種だったらここで殺してやるのに」

 

散々口論をした後、受付にいた黒鉄という男は更祠貴にこう吐き捨てて、注射器を五本、ポケットから取り出した。

 

臭いの原因はこれだ……饐えた臭いが段々近付いてくる。

 

正直逃げたかったが、そんな事をすれば、僕達を連れてきた更祠貴に、この場で全員が皆殺しにされるだろう。なので僕達は抵抗出来ずに、その針を刺された。

 

本来なら、喰種の皮膚は金属など通さないはずだが、これもクインケなのか、すんなりと刃が血管まで届いた。

 

そして、中の液体が僕の身体に入ってきた時、強い脱力感と吐き気に襲われた。

 

必死で立とうと思っても、足が細かく震え出す。何とか壁にすがりついて立っているけれど、今にも倒れそうだ。

 

(これが、ヒトの身体か……もう忘れてたな、ヒトってこんなに弱いのか……)

 

「で、こいつらのレートは?」

 

抑制剤を注射した黒鉄が、更祠貴にそう問い掛ける。

 

「知らねぇよ。とりあえず、俺の一撃を避けたんだからSレート辺りで良いだろ」

 

「安易に決めやがって、全く……」

 

彼の問いに更祠貴は軽く応じる。本当は物凄く怒っている事が、端から見ている僕にもよく分かる程のレベルなのだが、この場は更祠貴に従うようだ。

 

「ほら、用は済んだだろう。もう行け、この屑が」

 

「はっ! その屑に頼るしかねぇCCGはどうなるんだよ? もうそろそろ終わりなんだろうなぁ!」

 

そう言い残し、高笑いをしながら、彼は去っていく。

 

そして黒鉄は、僕達の手足に枷を嵌めて、牢屋(ろうや)に連れていく。抑制剤の効力で、もう誰も赫子が出せない状態では、逃げる事など不可能な事は分かりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

その後僕達は、黒鉄の後に付いていき、エレベーターに乗った。(しばら)く乗っていたが、やがて下まで着いたようだ。

 

エレベーターを降りて僕達が歩き出すと、上の階よりも床を踏む足音が大きく反響して、何とも耳障りな音に聞こえた。

 

そしてさらに下から叫び声のようなものが聴こえてくる。それが、この場所の異質な雰囲気を、より引き立てているように僕には思えた

 

暫く歩いて、僕以外の皆が独房に入れられた。比較的弱い喰種でも、協力すればこの房を破れるかも知れないので、皆独房に入れているようだ。

 

「ここだ」

 

黒鉄が足を止め、僕も止まった瞬間、僕はその扉に押し込められた。

 

「うぐっ……!」

 

急な事ですぐに反応が出来ず、僕は冷たい地面に叩きつけられた。その時には扉はもう閉まり、僕は閉じ込められた。

 

ここに来てしまった時点で分かっていた事だが、完全に隔離(かくり)された事を実感して、恐怖を感じ始めた。

 

(これが、本当の一人……これが、孤独……)

 

今までは、自分の周りには、いつも必ず誰かがいた。家族でも友達でも、とても憎い奴でも。

 

「うううう……()()……悲鳴が欲しい……」

 

僕が考えていると、突然隣の部屋から、聞いた覚えのある声で(うめ)く人がいた。

 

(あの人は死んだはずなのに……でも、この声は……)

 

「もしかして、(すめらぎ)さんですか……?」

 

僕が声を掛けるとその呻き声はピタリと止み、押し殺したと思われる笑いが聞こえてきた。

 

「ああ~、時雨君……君とこんな形で再開出来るなんてぇ……まるで夢のようだよ……」

 

やはりこの声は皇だった。彼には散々な目に遭わされたので、よく覚えている。そして、このまとわりつくような気持ちの悪い声も。

 

「僕をここに追いやった君が……いいや、そんな事はどうでもいい! ああ、早く君の悲鳴が聞きたくてたまらないよ……」

 

相変わらず、彼は悲鳴に執着(しゅうちゃく)しているようだ。

 

こんな彼でも、話していれば多少は気が紛れるので、もう少し話していようと僕が思った瞬間、足音が再び響き始めた。

 

すぐに僕達は会話を止め、耳を澄ませる。足音が段々こちらに近付いてくる事と、この音の数からして、恐らくは二人だという事が分かる。

 

姿を見ようと、僕は鉄格子の側に身を寄せる。やがて姿を見せたのは二人の男だったが、前を堂々と歩く男の顔を見た瞬間、僕の身体は強い恐怖に支配され、呼吸を忘れた。

 

 

何故なら、その男の顔は、僕や霞、そして朧の身体を(いじ)って喰種へと変えた、科学者の顔そのものだったからだ。

 

他人の空似かも知れないという期待を持ちながらも、彼の斜め後ろに付き従っている男の方に目をやる。

 

その男は2mを優に越える身長で、真っ白な服に顔まで包んでいた。

 

(まさか沈黙(サイレント)……?でも匂いが……)

 

この建物全体から香る抑制剤の臭いや効果で、鼻が利かなくなっているとしても、明らかに彼等から香るのは普通のヒトの匂いだった。

 

彼等は独房を一つ一つ覗いているようで、やがて僕の房の前で足を止めた。

 

少しの間、周りを見ていたが、視線を僕の方に向けると、科学者らしき男は満足そうに(うなず)いた。

 

そして彼等は、来た道をゆっくりと戻っていった。彼等が戻っていくのを見届けると、肺が今まで忘れていた呼吸を始め、僕は激しく咳き込んだ。

 

「げほっ、げほっ! まさか……他人……? それにしては似すぎてた……一体……」

 

時間はまだある。僕はそう思い、彼等が本当に僕達の人生を壊した奴等なのかを、あの()まわしい記憶を振り返って確かめる事にした……




今回出てきた捜査官の名前だけを書いておきます。

更祠貴(さらしき) 飛鳥(あすか)

黒鉄(くろがね) 龍彦(たつひこ)

時間がある時に、人物紹介に詳しい事を追加していきますので、よろしくお願いします。

感想やお気に入り、評価お待ちしてます。


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15話-コクリア破り1

あの科学者は、皇さんによると定期的に独房を見に訪れるらしい。そして、側にはいつもあの背の高い男がいる。

 

さらに皇さんを問い詰めると、あの二人はなんと特等と、CCGの局長だという。そんな人達が喰種……匂いが違ったが、明らかに僕が探している奴等に似すぎていた。

 

(絶対にあの二人が、僕達を改造した科学者と沈黙(サイレント)のはず……でも証明するにも手段がないし、何よりも早くここから出ないと何も出来ない!)

 

幸い、時間だけはたっぷりとあったので、僕はどうやってこの独房を出て、どこへ逃げるかを考えていた。

 

考えている内に、だんだんRC抑制剤が打ち込まれる時間が近付いてくる。今逃げるにしても、まだ抑制剤の効果が残っていて、この独房を破る事なんて出来やしない。

 

(いっそ神様にでも祈ってみようか……そうすれば少しはこの状況も……)

 

誰か、他の喰種がここを襲撃して、僕達を逃がしてくれるのではないかと。最早、そんな幻想にすらすがらずにはいられない、僕の絶望的な状況を表していた。

 

(他の喰種の情報を喋れば殺される……それに喋ろうにも僕はこの辺りの喰種の情報を持っていない……)

 

他の喰種の居場所は知らないし、知っていても喋る訳にはいかない。まだ僕達が情報を持っているかもという期待を持たせれば、今は生き延びられる。

 

とりあえず、時間稼ぎのために、過去に出会った喰種達を思い出す。けれど、僕の知っている彼等は一緒に捕まっているか、死んでしまったかのどちらかだ。

 

それでも僕は、少しでも喰種の兆候があった人がいなかったかと記憶を探る。

 

その時、僕はある事に気付いた。高校に上がってから前の記憶がないのだ。特に中学の頃の記憶が全くと言って良い程に欠如していた。

 

その頃の僕が、いくら適当に過ごしていたとしても、少しは記憶が残っているはず。そうでなければおかしいのだから。

 

その記憶が僕にはない。まるで見たくないものから、無意識に目をそらしているかのように。

 

まぁ、半喰種になってしまってからの生活が壮絶過ぎて、思い出せないだけと言われてしまえば、それまでなのだけど。

 

そうして必死に自分の過去を思い出そうと、記憶を探る僕の耳に突然、轟音が轟いた。

 

「し、時雨君、何かが起きているようだね……」

 

皇さんの絡みつくような声で、僕は漸く周りを気にし始めた。

 

「一体何が起きたのか、予想はつきますか!?」

 

「恐らくコクリアを破りに来た喰種がいるのだろう。この隙に僕達も逃げようじゃあないか!」

 

皇さんは嬉しそうに答える。そして、彼はさらにこう続けた。

 

「幸い、もう抑制剤の効果は切れたようだしね……!」

 

そう言うと皇さんはすぐさま肩から甲赫を出して、鉄格子を切り裂いた。思ったよりも時間が経っていた事に驚きながらも、僕も鱗赫で鉄格子を壊して独房を出る。

 

「では行こうじゃないか、時雨君……!?」

 

皇さんの言葉の後、自分達のさらに下からも、何かが上がってくるような音がした。それと同時にそいつの叫び声も響く。

 

「毒毒毒毒毒毒ぅぅぅぅ!!! 俺様の毒に漬ける獲物はどこだぁぁ!?」

 

危険を感じて僕達がその場を飛び退くと、その叫びはとともに、そいつは姿を現す。さっきまで僕達がいた場所から、一直線に壁を駆け上がっていく。

 

そいつは男性で肌が黒く、明らかに日本人の喰種ではなかった。短い髪は彼が壁を上がっていく速さに耐えられずに乱れ、背中には、大きな壺を背負っている。

 

そして彼の肩からは、毒々しい紫色の羽赫が出ている。左側だけが異常に発達しており、飛ぶには苦労しそうな形だ。その羽赫で壺を支えて上まで登っていく。

 

「皇さん、あの人を知っているんですか?」

 

僕が皇さんの方を向いて聞くと、彼は嫌悪感を(あらわ)にして呟く。

 

「ヴェノム。品性の欠片もない通称だ、全く。彼はSSレート。てっきり彼を捕まえる事は、人間には出来ないと思っていたけれどね」

 

「それはどういう……?」

 

続きを聞こうとすると、皇さんはそのまま上へ走っていってしまう。置いていかれると困るので、僕も後に続く。

 

すると逆に上から降りてくる二つの人影が見えた。光が反射して暫くは見えなかったが、その姿がはっきりと見えた。

 

一人は金髪を首まで伸ばし、両肩から薄い甲赫を出している少年。もう一人は羽赫と鱗赫の両方を出して降りてくる白髪の青年だった。

 

その青年の顔は忘れもしない。家族を殺して、行方を眩ませた弟……朧だった。僕よりも少し短い白髪をはためかせ、二人は下へと降りていく。

 

僕はあいつともう一度話がしたくて、名前を叫んだ。

 

「朧!!!」

 

しかし朧は、僕の事など気にも留めずに進んでいく。僕はあいつを見過ごす事が出来ず、後を追うために、下へと飛び降りた。

 

皇さんも、そんな僕の様子に気付いたのか、後から降りてくる。あの二人が下に着いた数十秒後、僕達も赫子を使って、地面にクレーターを残しながら着地した。

 

ここはどうやらSSレートの独房のようだ。僕達が降り立った時には、金髪の少年の傍らには、同じく長い金髪の少女が立っていた。恐らく兄弟だろう。

 

この時には朧は側にはおらず、他の喰種の独房を壊していっている最中だった。

 

「ああ、ジルドレ兄様、助けに来てくれたのですね! 私は信じて待っておりました!」

 

「ごめんよ、僕の可愛いエリザベート。ああ、身体にこんな傷が……」

 

僕と皇さんがいる事など気付いてもいないように、二人は笑顔で語り合っている。そして突然少年が少女を抱きしめ、少女の頬にある小さな傷にキスを始めた。

 

少女も少年の小さな傷を見つけてそこにキスをする。そしてまた傷を見つけてはと、お互いにそれをずっと繰り返す。恐ろしい程に静かな空間に淫らな水音が響き渡る。

 

二人はさっきより強く抱き合い、身体を揺らしている。傷が少しずつ治り始めているが、二人はお互いを(むさぼ)るのを止めようとはしない。

 

異様な光景だった。少なくとも僕には全く理解が出来ない。二人は抱き合って、幸せそうな表情を浮かべているが、これはどうみても異常だ。

 

(流石に喰種でも、こんな事をしてはいけないと知っているはずなのに。どういう事なんだ、気持ち悪くないのか……?)

 

「ジルドレ、エリザベート、お楽しみは今は止めろ。あの馬鹿が上に行ったから、戻るぞ」

 

僕が気持ち悪さに負けそうになっていると、朧が二人に声を掛ける。二人は不満そうな顔をしたが、やがて唇を離した。

 

「朧!!!」

 

僕は朧に再び呼び掛ける。すると朧は面倒くさそうにこちらを向いて、言い捨てる。

 

「よう、ちょっとは赫子が使えるようになったかよ、兄貴? 相変わらずくそ甘い考えでも持ってるんじゃねぇよな?」

 

朧のその言葉を聞いただけでも、強いプレッシャーを感じた。やはり実戦経験が足りないのか、僕は立ち竦んでしまった。

 

けれど僕はこう言う。あの時とは違う状況で、あの時と同じ言葉を。

 

「……お前を止める。これ以上、お前に罪は犯させたりしない」

 

僕がこう言って、皇さんに目でサインを送る。彼はすぐあの兄妹の牽制へ、そして朧は僕に向かって飛び掛かってきた。

 

甲赫で飛んでくる羽赫を防ぎながら、鱗赫でお互いを刺そうとする。速さでは敵わないため、こうして引き寄せるしかない。

 

僕も朧も紙一重で避けたが、次の瞬間、朧は僕の顎を蹴りあげた。顎の骨が砕け、身体は吹き飛ぶ。やがて地面に身体をぶつけながら止まったが、口の中で血の味が広がっている。

 

僕はすぐに体勢を立て直して、朧に向かい合う。そして、赫子でお互いの身体を貫こうと狙い合った。しかし、僕よりも朧の方が赫子を使いなれており、暫くお互いに赫子をぶつけあわせる事しか出来ない。

 

そうした時間稼ぎの間に、お互いに相手の隙を突こうと窺う。

 

 

 

 

 

 

 

 

――やれやれ、時雨君にも困ったものだ……僕にこの兄妹の相手をさせるとはね……この二人は面倒なのに。

 

とは言え、彼から託された仕事だ。やらない訳がない。まだ彼の悲鳴を聞いてはいないのだから。

 

そう思い直し、僕は彼等に自らの名を名乗る。

 

「はじめまして、僕は皇 旋也。ジルドレ君に、エリザベートさんだったよね? それともこうお呼びした方がお好みかな? 『吸血鬼兄妹』」

 

僕が自己紹介とともに、二人の正体を看破する。兄妹で愛し合うような喰種は少ない上に、異国の喰種とくれば、もう簡単だ。

 

僕に正体がバレた事に対して驚きもせず、ジルドレは両肩から薄い甲赫を、エリザベートは腰から二本の鱗赫を出して飛び掛かってくる。

 

最初に僕の前まで来たのはジルドレ。彼は僕と同じ甲赫なのだが、彼の甲赫は薄いものでとても軽い。未成熟な甲赫なのか壊れやすい。そんな欠点を、自らの速さで補っている。

 

僕は飛び掛かってくる彼の甲赫を払いのけ、彼の身体を貫こうとする。その時にはエリザベートも到着し、僕を後ろから鋭い鱗赫で狙う。

 

彼女の鱗赫もあまり発達していないためか少々細いが、甲赫を前に回している僕を貫くには充分だ。

 

このように、彼等が来る事が分かってはいても赫子が重すぎて、咄嗟には反応出来ない。ジルドレが僕の前から身を引くのと同時に、僕の全身は、二人の甲赫と鱗赫の餌食となった。

 

そして、礼儀を通した者への慰めか、傷だらけの僕を見下ろし、彼等も名乗っていく。

 

「『吸血貴』、ジルドレ・ブラディス」

 

「『吸血姫』、エリザベート・ブラディス」

 

「僕達は、二人揃って『吸血鬼』なんだ。じゃあね、喰種で珍しく、僕達貴族に礼を尽くした人」

 

二人のこの言葉を最後に聞いて僕は倒れ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらぁ!」

 

「ぐっ……」

 

朧との膠着状態は僕が吹き飛ばされる事で解け、僕はまた地面に伏していた。

 

状況が気になって皇さんの方を見ると、彼の身体が傷だらけになって、倒れる瞬間だった。

 

そして、そのままあの兄妹も、真っ直ぐに僕へと向かってくる。こうなると三対一になってしまう。何とか分散させないといけないと思い、必死で考える。

 

(もう皇さんは戦えない……一体どうすれば良い!?)

 

少年の方が僕の元へ先行してきたので、彼を鱗赫で投げ飛ばして体勢を整えようとする。しかし、甲赫なのに小回りが効いて厄介だ。

 

妹の方の鱗赫は少し大きく、僕の甲赫ごと身体を抉ろうとする。彼女も鱗赫で何とか投げ飛ばして、僕が体勢を整えると、彼等は同じタイミングでこう言った。

 

「お兄様に……」

 

「エリザベートに……」

 

「「触れるな!!!」」

 

すぐさま彼等は戻ってきて、僕の身体に傷を刻む。二人はとても息が合っていて、同時に対応するには無理があった。全身に細かな傷が刻まれ、僕は再び倒れる。

 

僕は立とうとするが、焦りのあまり足を滑らせてしまった。その隙を見逃さずに朧が僕の腹を蹴って、僕の身体は壁を突き破ってから止まった。

 

「こんなもんかよ。こんなもんで俺を止められるなんて思い上がるんじゃねぇ! 未練でヒトも喰えねぇようなお前が、散々ヒトを喰った俺に勝てる訳がねぇだろ!」

 

朧の叫び声が遠くに聞こえる。なんだか目も霞んできたし、僕は死んでしまうのだろうか。

 

(嫌だ! 死にたくない! 死んでたまるか!)

 

そう決意した時、頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。輝影じゃない、けれど凄く聞き覚えのある静かな声が。

 

「やっと表に出られる」

 

その瞬間、僕の意識は途絶えた。恐らく意識がなかったのは数秒位だったはずなのに、その時の僕の手には朧の右腕の、肘から下が握られていた。

 

口に自分とは違う血の味が広がっているので、僕は自分が朧の腕を引きちぎって喰ったのだと分かった。

 

周りを見渡してみると、あの兄妹の身体も赫子も傷だらけになっていた。

 

これを全て僕が……? 不信に思っていると、朧は舌打ちをして僕に言う。

 

「ちぃ……兄貴もやれば出来るんだなぁ……まさかここまでやるなんて、昔みたいじゃねえかよ」

 

「何……?」

 

僕がその言葉の意味を考えていると、朧はそのまま二人の方を向いて、指示をする。

 

「いや、今はそれより早いとこ逃げねぇと……流石にこれだとまずい」

 

朧は失った右腕を指さして、顔をしかめる。そのまま立ち去ろうとする後ろ姿に、僕は止めようと声を掛ける。

 

「あ……待てよ!」

 

しかし、僕が止めるよりも早く、彼等は去っていった。正直追いたいけれど、どんなルートを使ったのか探している時間はない。

 

急いで皇さんの側へ行き、彼が生きているか確認する。

 

……何とか生きてはいるようだ。傷も既に修復が始まっている。

 

僕は霞達を探すために、皇さんを抱えながらも赫子を使って、少しずつ登っていった。こんな人でも、僕が助けられるなら助けた方が良い。

 

すると皇さんが目を覚ました。まだ息は荒いが、多少は回復したようだ。

 

「時雨君……君は一体いつの間に、そこまで強くなったんだい……? 僕と初めて会った時から、二、三ヶ月しか経っていないというのに……」

 

「え? どういう事ですか? 僕はその時、意識がなかったので……」

 

すると皇さんは、途切れ途切れだが話し始めた。僕が壁から出てきた後は、雰囲気がいつもと違って生き生きとしていたそうだ。

 

そして、目にも止まらぬ速さであの兄妹の赫子を破壊し、朧の右腕をもぎ取ったらしい。

 

全て話し終えると、彼はまた意識を失った。体力を回復させるために眠りについたのだと思って寝かせておく事にした。

 

(僕があの三人を圧倒して、あそこまでの怪我を負わせた……?)

 

僕はその瞬間を思い出そうと頭を捻る。しかし、いくら考えても何も覚えておらず、この話を聞いても自覚が持てなかった。しかし、意識を失う前に、頭の中に声が響いたのを思い出した。

 

(あれは輝影じゃなかった。まさか本当に、輝影以外の誰かが、僕の中から出てきた……?)

 

不気味だと思いながらも、その存在のおかげで僕と皇さんはかろうじて生き延びる事が出来た。

 

そう思うと感謝の気持ちが溢れ出した。心の中でお礼を言いつつ、僕は皇さんを抱えたまま、霞達を探してさ迷うのだった……




お久しぶりですね……課題やらなにやらに追われて中々更新出来ませんでした、本当にごめんなさい。

こんな作品でも待ってくれる方々に感謝して、少しずつ書いていきますので、よろしくお願いします!


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