らき☆すた ~幸せのレシピ~ (四時)
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第一話 再会 5年前の幼なじみ達
はじまり


昔書いていた小説のリメイク作品です。
リメイクと言っても、主人公の名前、性格、展開を一新したものなので、面影はないとです…(汗

これからゆるゆると投稿をしていくので、よろしくお願いいたします。


 時刻は夕暮れ。場所は埼玉県某所の駅前。

 

 ベンチに腰掛けた俺は、目の前を行き交う人々をぼんやりとした瞳で眺めていた。

 

 傍らに置いたボストンバッグの中からスマホを取り出し、待ち受けに表示された時計を確認する。

 

「遅い」

 

 現在の時刻は16時。待ち合わせは14時だから、2時間の遅刻だ。

 

 あいつ……、もしかして俺が来ることを忘れているんじゃないのか?

 

 ベンチの後方に植えられた桜の木からひらひらと舞い降りる花びらを眺めながら、俺はそんな事を考えていた。

 

「桜か……」

 

 俺は溜息を吐きながら、視線を上にあげた。

 

 オレンジ色の空をバックに、鮮やかな桜の花が咲き誇っている。

 

「そういえば、はじめてこの町に来た時も、こうしてベンチに座って桜を見上げていたな」

 

 5年ほど前、俺(少年ver)は親の都合で埼玉の親戚、泉家に預けられた。

 

 その時も、迎えにくるはずの従姉が遅刻をして、2時間も待ちぼうけを食ったのだ。

 

「5年、か」

 

 結局この町いたのは1年足らずだったが、あの頃はとても充実した楽しい日々を送っていた。

 

 アニメ好きで変わり者の従姉、性格が対照的だが仲睦まじい双子、物知りだけどちょっと抜けてる眼鏡っ子。

 

 あいつら……元気かな。

 

 ふと、俺の視線を何かが遮った。

 

「……」

 

 小柄な少女が俺をのぞき込んだのだ。

 

 少女と俺の視線がクロスする。少女はゆっくりと口を開くと、

 

「花びら、積もってるよ?」

 

「そりゃ、2時間も待ってるからな」

 

 俺の台詞を聞いた少女は、何故か嬉しそうに頬を緩めた。

 

「おほーっ、さすがたくと! あたしのパロネタに瞬時に合わせるとはやりますなぁ。はいこれあげる」

 

 少女が差し出した缶コーヒーを受け取った俺は、怪訝な表情をする。

 

「何のことだ?」

 

「カノソだよ、カノソ。駅前のベンチで2時間待った主人公にヒロインが『雪、積もってるよ』って言ったあと、主人公が『2時間も待ってるからな』って返すんだよ」

 

「別に狙って言ったわけじゃない。俺は本当にここで2時間待ってたんだ」

 

「え? 約束の時間って、4時じゃないの?」

 

「14時。つまり午後2時だ」

 

「……す」

 

 少女は困ったような表情でポリポリと頬をかいた後。

 

「すぁーっせんしたぁー!」

 

 腰を90度曲げ、勢い良すぎる謝罪をした。

 

 どうせ、14時と午後4時を勘違いしていたのだろう。

 

 まあ、そこまで怒っていないし、この缶コーヒーに免じて許してやるか。

 

 俺は立ち上がり、ボストンバッグを肩にかけて歩き出す。

 

「いいよ、それより、お前の家に案内してくれ」

 

「あ、たくと! ……あたしの名前、まだ覚えてる?」

 

「……」

 

 背後から聞こえる声はこいつにしてはらしくないほどしおらしいもので、『覚えていない』という冗談を言う気にはなれなかった。

 

 俺は軽く振り返り、5年前からさほど成長していない従姉に向かって、

 

「いくぞ、こなた」

 

「うん!」

 

 こなたは嬉しそうに頷き、小走りで俺に駆け寄ってきた。

 

 



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泉家の朝

*5年前

 

「たくと、テレビみよー」

 

「みない」

 

「じゃあ、ゲームしよー」

 

「しない」

 

「ほんじゃ、たくとは何がしたいの?」

 

「なにもしたくない」

 

 この家に来て数時間が経った。

 

 従姉のこなたは苦手だ。うるさいし、やたらと干渉してくる。

 

「せっかく一緒に暮らしてるんだから、仲よくしようよ」

 

「しない」

 

「どして?」

 

「どうせ、すぐ別れることになるから……」

 

 両親の仕事の都合上、俺は1か所に長く留まった事がない。

 

 転校と転居の繰り返しは、俺に一つの答えを教えてくれた。

 

 それは、『執着しないこと』だ。

 

 あまり入れ込み過ぎると、別れが辛くなる。最初から冷めた心で暮らしていれば、いざ別れの時に苦しい想いをしなくて済む。

 

「そうか。たくとは寂しんぼさんなんだね……。よぉーし、あたしが慰めてしんぜよう。よーしよしよし」

 

「や、やめっ……」

 

 こなたが、その小さい手で俺の頭を優しく撫でまわす。

 

 振り払う事は簡単に出来たが……何故か、それが出来なかった。

 

 なんだろう、胸の奥が……すこし暖かい感じがする。

 

「んん~、遠慮はいらないよ。こなたお姉ちゃんに甘えなさい」

 

「俺よりチビの癖に、お姉さんはないだろ」

 

「なんですとー! むぅぇ~~~っ!」

 

 こなたはぷくーっとほっぺを膨らませた。

 

 まるでリスが頬袋にエサをため込んでいるかのような絵面に、俺は思わず吹き出してしまった。

 

「やっと笑ってくれたね」

 

「お前が笑わすからだ」

 

「確かに、たくととはすぐにお別れしちゃうかもしれない。だから、一緒に居られる今を、全力で楽しみたいんだよ」

 

「そんなの、別れるときに辛くなるだけだろ……。なんでそんな考え方ができるんだよ」

 

「だって、楽しかったら、また会いたいって思えるでしょ? 確かにお別れは悲しいけど、生きてさえいればまた会えるじゃん。何年か後に、あの時は楽しかったなー、また会いたいなーって思えるように、今と言う時を、胸に刻み込むのだよ!」

 

 こなたはそう言うと、恥ずかしそうにポリポリと頬をかき、

 

「な、なーんてね、うひゃー! あたし、いまめっちゃカッコいいこと言っちゃったー!」

 

 顔を両手で覆い、ゴロゴロと床を転げまわった。

 

「バカか、お前は」

 

 バカだが、なんていうか、悪いやつではなさそうだ。

 

 俺はポケットの中から携帯ゲーム機を取り出した。

 

「なあ、ホゲモン持ってるか?」

 

「え? うん、持ってるけど」

 

「対戦、するか?」

 

「……うん!」

 

 嬉しそうにほほ笑む従姉を前にして、俺は久しぶりに心が和むのを感じた。

 

 

 

 ジリリリリ

 

 やかましい目覚ましの音で目が覚めた。

 

 見慣れない天井が視界に入ってくる。

 

 ああ、そういや昨日からこなたの家に厄介になっているんだったな。

 

 だから、あんな懐かしい夢をみたのか。

 

 俺はベッドから起き上がり、軽く伸びをする。

 

 

 むにゅ。

 

 

 ん? なんだこれ。

 

 右手に伝わる柔らかい感触に、俺は戸惑いを感じる。

 

 視線を向けると、そこには穏やかな寝顔をしたこなたの姿があった。

 

 どうやら、俺はこなたの胸に手を当ててしまったようだ。わざとじゃない。事故だ。

 

 にしても……ないように見えて、少しはある。

 

 子供の頃一緒に風呂に入った時はぺったんこだったのに。この5年で、こなたも少し大人になったという事か。

 

 

「てか、なんでこいつが一緒に寝てんだよ。おい起きろ」

 

「ふぁあ~……。あ、たくと。おっはー」

 

「ああ、おはよう」

 

 俺は軽く挨拶をかわし、ベッドから降りた。

 

「ちょちょちょ、ちょーっと待ってよたくと!」

 

「なんだ」

 

「寝起きの添い寝イベントを無視するとは、けしからんよ! 何か一言あってもいいんじゃない!?」

 

「ナンデコナタガオレノフトンニー。これで満足か?」

 

「うわーものっそい棒読み。せっかく起こしにきたついでに添い寝もしてあげたのに、たくとは相変わらずドライですなぁ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。普通、女の子が隣に寝てると分かったら、もっとこう、ドキドキするもんだよ」

 

「ドキドキならしたぞ。俺はそういったのを表には出さない性分なんだ」

 

「え?」

 

「なにせ、女の子の胸を触ったのは初めてだからな」

 

「なっ、なぁああああんですとぉおお! あんたって人はぁあああ!」

 

 こなたがベッドから飛び起きると、俺に詰め寄ってきた。怒ってはいない、寧ろ嬉しそうだ。

 

「見直したよ!」

 

「いや、見損なえよ」

 

「あの朴念仁のたくとが、女の子の体に興味を持つようになるなんて……あたしゃ従姉として嬉しいよ」

 

「いや、事故で触っちまっただけだ。謝る、すまん。なんなら2~3発殴ってくれても構わん」

 

「いやいや、嬉しいねぇ、はっはっは!」

 

「話聞けよ」

 

 結局、こなたは最後まで俺の聞いてはくれなかった。

 

****

 

「おー、たくと君、おはよう」

 

「おはようございます、そうじろうさん」

 

 居間に行くと、椅子に腰かけたそうじろうさんが新聞越しに笑顔を向けてきた。

 

 俺はそうじろうさんの向かいの席に腰を下ろす。

 

「いやーごめんね、昨日は帰りが遅かったから挨拶ができなくて」

 

「いえ、いいんです。こちらこそ、急な申し出を受け入れてくれて、本当にありがとうございます」

 

「いいんだよ、家族が増えて賑やかになるし。そういえば、ひなたちゃんは元気かい?」

 

 ひなたとは俺のお袋の名前だ。お袋の姉のかなたさんの旦那さんが、このそうじろうさんで、お袋、かなたさん、そうじろうさんは仲良し幼馴染だった……という話を聞いた事がある。

 

「ええ、今頃オーストラリアで恐竜の化石を掘り起こしていますよ」

 

「はっはっは、ひなたちゃんらしいや」

 

 古生物学者として活動している両親は、この度めでたくオーストラリアの化石発掘チームの一員として迎えられる事となった。

 

 そこで、俺には2つの選択肢があった。

 

1、一緒にオーストラリアへ行く

2、一人暮らしをする

 

 俺は2を熱望したのだが、一人では堕落した生活をするのではないかと心配した両親の意向もあって、俺の行先はそうじろう叔父さんの家へと決定した。

 

「それにしても5年ぶりかぁ……たくと君ももうすぐ高校2年生になるんだね」

 

「ええ。この春休みが終わったら、晴れて高2です」

 

「あの小さかったたくと君が、こんなに立派になっているだなんて、感慨深いよ。彼女はできたのかい? ん?」

 

「いえ、そういったのはまだ」

 

「おいおいたくと君、青春は待ってはくれないよ? 今しかない、高2の人生をフルスロットルで楽しまなきゃ!」

 

「大丈夫だよ、おとーさん」

 

 トレーを持ったこなたがキッチンから出てくる。

 こなたはトーストとコーヒーを俺たちに配りながら、

 

「たくとはちゃーんと青春してるよ」

 

「ほう、そうなのか?」

 

「だってさっき、あたしおっぱい揉まれたもん」

 

「んぶっほぉっ!」

 

 そうじろうさんがコーヒーを噴出した。新聞紙がみるみる茶色に染まっていく。

 

「こここ、こなた……そそそそ、それは、どどどど、どういったことで」

 

「いやー、寝起きドッキリイベントを仕掛けたら、ラッキースケベで揉まれちったみたい」

 

「うぉおおおおおおお! ストロンガァアアアア!」

 

 そうじろうさんはビリビリと新聞を破り捨てると、肩で息をしながら鋭い眼差しを俺に向けてきた。

 

「あの、一応弁解しますが事故なんです。わざと揉んだわけじゃないんです」

 

「た、たくと君……君は良い子だ……君にならこなたを任せられるとも思っている」

 

「話聞いてください」

 

「だがら! おでは! ふだりをおうえんずる!!」

 

 そうじろうさんは泣いていた。……なぜ泣く?

 

「うわぁあああああ! 青春、ばんざぁあああい!」

 

 そして、そのままどこかへと走り去ってしまった。

 

「ごめんねー。お父さん、まだ娘離れできてないんだよ」

 

「そうなのか。しかし、なぜ泣く?」 

 

「きっと、お前に娘はやらん! って気持ちと、君になら娘を任せられる! って気持ちがぶつかり合って暴走したんだよ」

 

 だからって、泣きながら走り去る事はないだろう……。

 

 泉家の人間は変わっている。そう思った居候初日の朝だった。

 

 



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神社の双子

 朝食を食べ終え、軽いリフレッシュタイムを済ませた俺は、玄関で出かける支度をしていた。

 

「およ? たくと、出かけるの?」

 

 玄関で靴を履いていると、背後からこなたに声をかけられた。

 

「ああ。夕方までには帰る」

 

「散歩?」

 

「それもあるが。五年前、急にこの町から離れる事になったから友人らに挨拶をし損なったんだ。その詫びをしにいく」

 

「それって、女の子?」

 

「まあ、女の子も含まれるな」

 

「どぅふふ、こりゃフラグがビンビンですなぁ、どぅっふ」

 

「その気持ち悪い笑い方止めろ」

 

 あくまで友人だ。

 

 俺は男と女の友情はあると信じている。本当の友情は、性別に関係なく芽生えるものだ。

 

「たくと少尉、健闘を祈る!」

 

「……どうも。自転車借りてくぞ」

 

 敬礼で俺を見送るこなたを背に、俺は玄関の扉を押し開いた。

 

 

******

 

 五年も経つと街並みも随分と変わるものだ。

 

 しかし、変わらない場所もある。

 

 例えばあの公園は、こなたとエンドレス鬼ごっこをした思い出の場所だし、あの駄菓子屋で当たりクジを引くまで帰れませんゲームをして、お小遣いをスってしまったのは、良い思い出だ。

 

 今、こうして過去の思い出に浸れているのも、全てこなたのおかげかもしれない。

 

 あいつが俺の背中を押してくれなければ、別れからくる寂しさを恐れ、何も楽しもうとしない人間になっていたのかもしれないし、

 

 

 この場所で、あいつらと出会う事もなかったかもしれない。

 

 

『鷹宮神社』

 

 その神社の前で、俺は自転車から降りた。鳥居のわきに自転車を止め、境内へと足を踏み入れる。

 

 五年前、こなたは格闘技の習い事をしていた。

 

 その間、暇を持て余していた俺は、周辺を自転車で探索するという遊びに興じていた。

 

 この神社も、その時に見つけたのだ。

 

「変わってないな、ここは」

 

 ぐるりと辺りを見渡す。

 

 ひときわ大きな大木を見つけると、俺はその根元に歩み寄った。

 

 大木に背中を預けて腰を下ろし、一息つく。

 

 初めてこの場所に来た時も、こうしていたっけな。

 

 俺はゆっくりと目を閉じ、過去を思い出す。

 

 

****五年前

 

 

『だいぶ遠くに来たな。それにしても……腹減った』

 

 俺は目を閉じ、木々のざわめきに耳を傾けていた。

 

 すると、誰かが俺の目の前に立つ気配を感じた。

 

『あ、あのぅ』

 

『ん?』

 

 目を開けると、一人の少女が心配そうな眼差しを俺に向けていた。

 

『具合、悪いの?』

 

『いや、空腹なだけだ』

 

『そ、そう……よかったら、これあげる』

 

 少女はポシェットから小さな包みを取り出すと、それを俺に差し出してきた。

 

『クッキー。お母さんと一緒に作ったの。あげる』

 

『いいのか?』

 

『うん、たべて』

 

『……ありがとう。いただきます』

 

 俺は包みを受け取り、中身のクッキーを頬張った。

 

『うまいな』

 

『ほんと?』

 

『ああ』

 

『たんとめしあがれ』

 

 もくもくとクッキーを頬張る俺。にこにこと俺を見つめる少女。

 

『ねぇ、お名前は? どこからきたの?』

 

『水瀬たくと。幸手市から来た』

 

『たくと……じゃあ、たっくんだ!』

 

 どうやら、俺のあだ名はたっくんになってしまったらしい

 

『そっちは?』

 

『私は柊つかさ。この神社、あたしのお父さんが神主さんなんだ』

 

『そっか。クッキーありがとな、美味かった』

 

 立ち上がり、つかさに礼を述べた瞬間、境内に少女の怒声が響き渡った。

 

『こらっー!』

 

 つかさの後方数メートルで、髪の長い少女が俺の事を睨んでいた。

 

『お姉ちゃん!?』

 

『姉か?』

 

『う、うん、かがみお姉ちゃんだよ』

 

 かがみはズカズカと俺達に歩み寄ると、俺とつかさの間に割って入ってきた。

 

 そして、まるでつかさを守るかのようにして、両手を広げる。

 

『あんた、それはつかさがお母さんと一緒に作った、大切なクッキーなのよ!』

 

『ああ、美味かった』

 

『美味かったじゃないわよ! つかさはねぇ、後で食べようと大事にとっておいたの!』

 

『そうなのか?』

 

 俺はつかさに尋ねると、つかさはオロオロと戸惑いながらも、こくりと小さく頷いてみせた。

 

『それを横取りするなんて……ゆるさ』

 

『ち、ちがうのお姉ちゃん、これはあたしが自分からあげたの!』

 

『え?』

 

 かがみはキョトンとした顔で俺とつかさを交互に見渡したあと、茹蛸のように顔を赤くさせた。

 

『ご、ごめ……ん。あたし、てっきり、またつかさがいじめられてるんじゃないかとばかり……』

 

『妹想いなんだな。それに、素直に謝るなんて偉いと思うぞ』

 

『うぅ……べ、別に……そんなのあたりまえっていうか……褒められる事でもないっていうか……』

 

『いや、褒められてしかるべきだ。つかさは良いお姉さんを持ったな』

 

『うん、自慢のお姉ちゃんだよ!』

 

『うぅぅ~~……もぉおおう! そんなんじゃないんだってばぁあ!』

 

 かがみは地団太を踏んで叫ぶが、俺には何となくわかる。こいつは……良い奴だ。

 俺はかがみへと手を差し出し、

 

『俺、水瀬たくと。お前、おっちょこちょいだけど、良い奴だな』

 

 自己紹介をした。

 かがみは『うぅ~』と唸りながら恨めしそうな視線を俺に向けていたが、大きなため息を吐いた後、真っすぐな瞳で俺の手を握り返してきた。

 

『柊かがみよ。おっちょこちょいは余計だ!』

 

 

*****

 

 あの出来事があってから、柊姉妹とはちょくちょく一緒に遊んでいた。

 

 五年前、急な転居の所為で別れの挨拶が出来なかったのが、唯一の心残りだ。

 

 俺は今でも、彼女達の事は友達だと思っているが……、果たして向こうはどう思っているだろうか。

 

「たっくん?」

 

 懐かしいほんわかとした声に導かれるように目を開けると、一人の少女が俺の事を見下ろしていた。

 

 幼い頃のつかさと少女の姿が重なる。

 

「つかさか」

 

 俺の声を聞いたつかさは、はっとしたように目を見開いた後、満面の笑みを浮かべた。




そろそろらき☆すたのアニメが十周年を迎えます。
らき☆すたはアニメやラノベをみるようになったきっかけとなる作品なので、十周年を記念して、自分なりに何かをしたくなりました。
それが、連載に至った経緯です。


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やっぱり友達

「やっぱりたっくんだ! ひさしぶりだよ~!」

 

 竹箒を手にしたつかさは、パタパタと俺に駆け寄りながら間延びした声でそう言った。

 

「久しぶり。元気だったか?」

 

「うん、あたしもお姉ちゃんも元気だよ!」

 

「悪かったな。急に引っ越しが決まって、挨拶をし損ねたんだ」

 

「ううん、いいの。たっくん、引越しが多いって聞いてたから。こうして会いに来てくれただけでも嬉しいよ」

 

「そうか」

 

 俺を覚えてくれていた事も嬉しいが、再会を喜んでくれたのはもっと嬉しかった。

 

「ちょっとつかさー、あんた掃除サボってなにやって……」

 

 つかさの背後から聞こえてくる懐かしい声。

 その発信源は手にした箒を床に落とし、パクパクと口を開閉させながら、まるで30年ぶりに戦地から帰還した兵士を見るかのような表情を俺に向けていた。

 

「久しぶりだな、かがみ」

 

「たく!?」

 

 かがみはドタドタと駆け寄ってきて、俺の顔をマジマジと見つめる。

 

「……本当にたくなの?」

 

「ああ」

 

「あんたねぇ! 何の挨拶も無しにいなくなったと思ったら、今度はいきなり登場か!? 何考えてんのよ!」

 

「すまない。急な引っ越しで、挨拶ができなかったんだ」

 

「それなら……手紙とか電話でいってくれれば」

 

 そう言って、かがみは口をつぐんだ。

 

 当時、俺たちは住所と電話番号を教えあっていなかったのだ。

 

「本当に、すまなかった」

 

 俺はかがみにむかって、ふかぶかと頭を下げた。

 

「いいわよもう。こうして会いに来てくれただけで嬉しいんだから」

 

「……ふっ」

 

「な、なによ!」

 

「いや、やっぱり姉妹だなと思ってな。さっき、つかさにも同じことを言われたから」

 

「ふん!」

 

 顔をあげると、かがみは怒ったような表情でそっぽを向いてしまった。

 

「あの頃のお姉ちゃん、たっくんの事をずーっと心配してたんだよ。事故にあったんじゃないかーとか、病気になったんじゃないかーって」

 

「つ、つかさぁ! 余計な事言うなぁ!」

 

「えへへ」

 

 じゃれあう姉妹を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

 どうやら、この二人はまだ俺の事を友達だと思ってくれているみたいだ。

 

 それが、とても嬉しかった。

 

「それでたく。あんた、またこっちの方に引っ越してきたわけ?」

 

「ああ。今は親戚の家で居候をさせてもらっている」

 

「わーい、それじゃあまた一緒に遊べるね!」

 

「おいおい、あたしらもう高校生だぞ? そんな……男子と一緒に気軽に遊べる年齢じゃないだろ」

 

「そうか? 俺は別に気にならないが」

 

「あんたがならなくても、あたしはなるの! まったく、あんたは今もあの頃のままね」

 

 しかし、かがみの言っていることはよく分かる。

 

 この年齢になって男女が親しくしていたら、あらぬ誤解を受けかねないだろう。

 

 かがみと交流できないのは寂しいが、ここは少し距離を置いた方がいいのかもしれないな。

 

「まあ、かがみの言うことももっともだ。昔のようにはいかないが、話ぐらいはしてくれると嬉しい」

 

「ちょ、ちょっと! そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見ないでよ!」

 

 無表情を装っていたつもりなのだが、顔に出てしまったらしい。

 

「別に会わないなんて言ってないでしょ! これからも普通に遊べばいいじゃない!」

 

「いいのか?」

 

「もちろんよ!」

 

「でも、さっきは男子と気軽に遊べる年齢じゃないって言ったろ?」

 

「そ、それは……そう! 幼馴染み! あたし達、幼馴染みでしょ? だからいいの」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものよ」

 

 そうか。確かに、幼馴染みなら男女で一緒に遊んでいても不自然じゃないな。

 

「分かった、近いうちに遊ぼう。じゃあ俺、そろそろ行くな」

 

 俺の言葉に、かがみとつかさは不満そうに眉をひそめた。

 

「えぇ~、もう行っちゃうの?」

 

「そうよ。積もる話もあるんだから、家にあがってゆっくりしていけばいいのに」

 

「そうしたいのは山々なんだが、他にも挨拶をしておきたい人達がいるからな。また後日、ゆっくり話そう」

 

「あ、そうだ! たく、あんた携帯の番号教えなさいよ。またすっぽかされてどっか行かれたらたまったもんじゃないわ」

 

 言われてから気が付いた。

 

 スマホは購入しているが、他人と連絡先を交換する機会が乏しかったので、その発想に至らなかったのだ。

 

 その後、柊姉妹と電話番号の交換した俺は、手をふる二人を背にして、境内の出口へと歩みを進めた。

 

 



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思い出の場所

 鷹宮神社をあとにした俺は、自転車のペダルをひたすらこいでいた。

 

 次の目的地は九喜市。泉家がある幸手のとなりにある市だ。

 

 記憶を頼りに進むと、やがて商店街が見えてきた。

 

 昭和を思わせるシャッター街は、多くの人々で賑わっている。

 

 八百屋の威勢の良い声が飛び、主婦達が立ち止まって談笑をするこの場所は、5年前と何一つ変わっていなかった。

 

 この分だと、俺の目的地も残っていると踏んで良いだろう。

 

 俺が目指す場所は、商店街にある飲食店だ。

 

 そこの店主をしているお婆さんと、二人の孫。

 この3人に詫びと引っ越しの挨拶をすれば、5年前のやり残しは全て消化したことになる。

 

「ばーちゃんの料理、久しぶりに食いたくなってきたな」

 

 自転車を押し進めながら、俺はばーちゃんの料理を思い出していた。

 

 5年前、探索中に空腹のあまり店の前でうずくまっていた所を、ばーちゃんに助けられたのだ。

 

 それから、よくばーちゃんの店に顔をだすようになった俺は、そこに遊びに来ていた孫達とも仲良くなったのだ。

 

「みつけた」

 

 立ち止まった俺の視線の先には、『らっきぃ☆すたぁ』と手書きで書かれた看板を掲げる一件の古びた飲食店が佇んでいた。

 

 木造二階建ての大衆食堂で、一階は店、二階は居住スペースとなっている。

 

 こじんまりとした店だが、これはこれで趣があって俺は好きだ。

 

 懐かしさに胸を高鳴らせながら、俺は店の引き戸に手をかけた。

 

「ん?」

 

 鍵がかかっているのか、引き戸が空くことはなかった。

 

 ほんの少しの嫌な予感を感じた俺は、自転車を入り口に止めると、細い路地を通り抜けて店の裏口へとまわる。

 

 そして木星の扉を拳で三回叩き、

 

「ごめんください」

 

 反応がない。

 

 今度は少し強めに扉を叩くが、

 

「だめか」

 

 やはり反応がない。嫌な予感が頭をよぎる。

 

 俺はすぅーっと行きを吸い込むと、勢いよくドアを叩きながら、

 

「ごめんください!」

 

「あの……、どちら様でしょうか?」

 

 不意に背後から声をかけられた。

 

 そこには眼鏡をかけた髪の長い大人の女性が立っていた。喪服に身を包んだ女性は、俺の事を訝しげに見つめている。

 

「俺は……この店のお婆さんとは知り合いで、挨拶をしようと立ち寄ったんです」

 

「そうでしたか」

 

「今日は定休日なんですか?」

 

「いえ、お店はもうやっていないんです」

 

 女性は悲しそうに口を開いた。

 

「せっかく足を運んでいただいたのに申し訳ないのですが、祖母が1年前に亡くなって以来、このお店はずっと休業状態なんです」

 

 亡くなった。その言葉を聞くと、何とも言えない喪失感に襲われた。

 

 そうか……、ばーちゃん、もう居ないのか。

 

 俺が立ち尽くしていると、女性が歩み寄ってきて薄いピンク色のハンカチを差し出してきた。

 

「あの……、どうぞ使ってください」

 

「え?」

 

「その……涙が」

 

「涙?」

 

 頬に手を当てると、雫が指先に付着するのを感じた。

 

 ああ、俺は泣いているのか。たまにこういう事があるのだ。

 

 心で感じている事をストレートに表情に出せばいいのに、俺にはそれができない。我ながら面倒くさい性分だ。

 

「いえ、いいです」

 

 ハンカチを受け取って拭くのが恥ずかしい。そう思ったおれは、自分の服の袖で涙をぬぐった。

 

「こんなにも祖母を想ってくれている人が居るなんて……嬉しいです。あ、申し遅れました。私、孫の高良みゆきと申します」

 

「みゆき? お前、みゆきなのか?」

 

「え? はい。あの……どこかでお会いしたでしょうか?」

 

 お会いしたも何も、5年前、別れを言いそびれたばーちゃんの孫の一人がみゆきなのだ。

 

 驚いたな。本ばかり読んでいたひ弱なみゆきが、5年でこうも大人っぽくなるなんて思ってもいなかった。

 

「俺だよ、水瀬たくとだ」

 

「たくと……さん?」

 

 みゆきは体を硬直させ、俺の事をマジマジと見つめた。

 

「ほ、本当にたくとさんなのですか?」

 

「ああ。久しぶりだな」

 

「あ、あの、私突然の事なのでなんと言ったらよいのか……そ、その、おかえりなさい!? いえ、お久しぶりです!? えっと……えっとぉ」

 

「落ち着け、みゆき」

 

 俺はみゆきの頭に手を置き、ポンポンと頭を優しく叩いた。

 

 子供の頃、みゆきが泣いたり戸惑ったりした時、俺はいつもこうして慰めてやっていたのだ。

 

「あ……ぅ」

 

 みゆきは緊張したのか一瞬体を強張らせたが、すぐに5年前と同じような眠りかけのハムスターのような表情になった。

 

「見た目は大人っぽくなったが……相変わらずみゆきはみゆきだな」

 

「はっ!」

 

 みゆきは急に何かを思い出したかのように目を見開くと、俺の手から逃げるように身を逸らせた。

 

 ……悪いことをしたかもしれない。

 

 みゆきももう高校生だ。つい昔のノリで頭を撫でてしまったが、そういったスキンシップを嫌がる年頃だもんな。

 

「あ! 勘違いしないでください! 撫でられるのが嫌だったわけではありません! ただ……情けない顔をたくとさんに見られたくなくて……」

 

「そうか? ハムスターみたいで可愛いと思うぞ」

 

 みゆきはちょっと拗ねたような表情をして、

 

「それは褒めているんですか?」

 

「俺はそのつもりだ」

 

「そうですか……ふふ」

 

 口に手をあてて笑うみゆきは、どこからどう見ても淑女だった。

 

 

 

*****

 

 5年前の急な別れの謝罪と、引っ越しの挨拶を済ませた俺は、鍵を持っていたみゆきに店内へと招き入れられた。

 

 厨房と客席が一体となった店内は、お世辞にも広いとは言えない。

 

 厨房は4人が立つのが限界だし、客席はカウンターが6席、テーブルが16席しかない。子供の頃はもっと広く感じたんだけどな……俺が大きくなったって事か。

 

 俺はカウンターに手を置き、5年前、はじめてばーちゃんにご馳走してもらったおにぎりの事を思い出していた。

 

 ふと手をみると、埃が付着している事に気が付く。

 

 掃除がされていない店内は、5年前と比べて古ぼけて感じられた。それは、この店の時間がずっと止まったままだという証拠だ。

 

「今日はお婆ちゃんのお墓参りでして、その帰りにふとこの場所に寄りたくなったんです。ここは、私の思い出の場所ですから」

 

 厨房で急須を探しながら、みゆきが言った。

 

「それでたくとさんに会えるだなんて……。もしかしたら、お婆ちゃんが私たちをめぐり会わせてくれたのかもしれませんね」

 

「そうだな」

 

 俺とみゆきは軽く笑い合う。

 

 その後、しばらくの沈黙が流れ、お湯を沸かす音だけが店内に流れていた。

 

 俺は、さっきから聞こうと思っていたが聞けずにいた質問を投げかける決意を固め、口を開く。

 

「お店、畳むのか?」

 

 俺の言葉を聞いて、お茶を淹れていたみゆきの手が止まった。

 

「……今日の一周忌の集まりで、私の曽祖父である高良源三郎お爺様がここを取り壊すとおっしゃていました。なので、そう遠くない将来、お店がなくなってしまうのは間違いないと思います」

 

「みゆきは、どうしたいんだ?」

 

「私は……ここがなくなってしまうのは悲しいです。ここはお婆ちゃんや、お兄さん、そして……たくとさんとの思い出が詰まった、大切な場所ですから」

 

「そうか」

 

「……はい」

 

 みゆきは今にも泣きだしそうな顔をして、湯呑を俺に差し出してきた。

 

 俺だってこの場所には沢山の思い出がある。ここを失いたくない。

 

 そう、俺はここが好きなんだ。なら、やる事はもう決まっている。

 

「みゆき。その源三郎って人は、今どこにいる?」

 

「え? 東京のご自宅に帰られたと思いますが……」

 

「東京のどこだ?」

 

「確か……青羽町だったかと……って、たくとさん!?」

 

 俺は急いでお茶を飲み干すと、店の外に飛び出した。そして、自転車にまたがると、店内でおどおどしているみゆきにむかって、

 

「ごちそうさま。電話するから、また昔みたいに遊ぼうぜ」

 

 脚に力を入れ、ペダルを強くこいだ。

 

「た、たくとさーん!?」

 

 後方から聞こえてくるみゆきの声が、段々と遠ざかっていく。

 

 目的地は東京都青羽町の高良邸。

 

 ……東京か。自転車で行ったとして、夜までには帰れるかな?

 

 まあ、何とかなる……よな。

 

 

 



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放蕩曾孫

 東京都青羽市は、埼玉と東京の境目に位置する場所にある。

 

 自転車で来ることができたが、6時間もかかってしまった。既に辺りは夜のとばりに包まれている。

 

 だが幸運なことに、高良氏の自宅は簡単に見つける事ができた。

 

 氏は地元では有名な大地主らしく、道を行く人に尋ねたら簡単に場所を教えて貰えたのだ。

 

「……でかいな」

 

 閑静な住宅街の一角を牛耳る日本家屋を前にして、俺は感嘆のあまり呟いた。

 

 瓦をあしらった塀と冠木門は立派だが、その向こう側に佇むお屋敷はもっと立派だ。

 

 まるで時代劇の中に入り込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。それほどまでに、見事な邸宅だった。

 

 門の前には長髪でサングラスをかけ、黒いスーツに身を包んだ全身黒ずくめの女性が門番をしている。この人に頼んで、源三郎氏に取り次いでもらうとするか。

 

「すみません」

 

「……なんでしょう」

 

 門番の女性がぶっきらぼうな口調で応える。

 

「源三郎氏と面会したいのですが、取り次いでもらえませんか?」

 

「……源三郎様はお休みになられています。また日を改めてお越しください」

 

「そこをなんとか」

 

「……お引き取り下さい」

 

 文字通りの門前払い。しかし、ここまで来てそう簡単に引き返すわけにはいかない。

 

「なら、電話で話をするだけでもいいです」

 

「……お引き取り下さい」

 

「じゃあ、言伝だけでも」

 

「……お引き取り下さい」

 

 何て頑固な人なんだ。まるで機械を相手にしているような感じだ。

 

 しかし、強行突破や忍び込むなど、犯罪まがいの事をするわけにはいかないし、このまま黙って帰るわけにもいかない。

 

 

「おいおい、あのジジイがこんな早くに寝るわけねーだろ」

 

 

 ふと、背後から男の声がするのと同時に、俺の肩に手が置かれた。

 

 振り向くと、ジーパンと長袖Tシャツを身にまとった、ラフな格好の青年が視界に入る。

 

 この軽い口調と顔立ちには覚えがある。この人はもしかしたら、みゆきの従兄で、5年前にばーちゃんの店で仲良くなったもう一人の孫の高良ゆうやその人なのかもしれない。

 

「ゆうや?」

 

「おう。久しぶりだな、たくと。話はみゆきから聞いたぜ……。ったく、思い立ったらすぐに行動に移すその性格は相変わらずだな」

 

 俺の予想は当たっていた。ゆうやはニカっと白い歯を見せて笑うと、門番の前へと歩み寄った。

 

 その瞬間、門番はサングラスをとり、ゆうやに対して深々と頭を下げる。

 

「……1年ぶりですね、ゆうや坊ちゃま。おかえりなさいませ」

 

「おい城戸(きど)、坊ちゃまはやめてくれ。俺、もう20歳だぞ」

 

「……いくつになろうと、あなたは私の大切な坊ちゃまでございます」

 

「……ったく、好きにしろ」

 

 ゆうやは溜息を吐き、ボリボリと頭をかきながら言った。

 

「んなことより、ジジイに会いてぇ。通るぞ」

 

「……どうぞ、お入りください」

 

 門番は扉の横へと移動し、深々と頭を下げる。

 

 ゆうやはポケットに手を突っ込みながらズカズカと門を潜り抜けた。

 

「おいたくと、お前もジジイに話があるんだろ? こいよ」

 

「ああ」

 

 深々と頭を下げたままの門番改め城戸さんの前を通り、俺は門を潜り抜けた。

 

 

****

 

 

 立派な庭と玄関を通った俺は、ゆうやの案内で屋敷内の廊下を歩きながら、5年前の謝罪と現状を説明していた。

 

「と、言うわけで、またこっちに引っ越してきたんだ」

 

「そうかそうか。まっ、こうしてまた会えたんだ。つまんねぇ事は気にしないで、また昔みたいに仲よくやろうぜ」

 

 ケラケラと笑いながら、ゆうやが言った。

 

 ゆうやは俺より5歳年上だが、俺達に上下関係はない。

 

 ある事件がきっかけで互いに信頼関係がうまれ、それ以来、上も下もない五分の付き合いをすると誓い合ったのだ。

 

「さっき城戸さんが1年ぶりって言ってたけど……、今は1人暮らしをしてるのか?」

 

「聞いて驚け。俺な、ばーちゃんが死んでから今日まで家出してたんだ」

 

「そうか」

 

「驚かないのか?」

 

「驚いてるさ」

 

「だったらもっとリアクションとれよ! ……ったく、感情を表に出さないのは相変わらずだな」

 

「すまない」

 

「いいよ、別に。簡単に説明するとだな、ばーちゃんが死んだ日にジジイが店を取り壊すとかぬかしやがったんだ。んで、俺が店を継ぐって言ったら猛反対されてよ。だから、料理の勉強をするために家を飛び出したんだ。」

 

 物思いに耽った表情で、ゆうやは続ける。

 

「そっからは知り合いの料理屋で修行しつつ調理師免許をとったりと……目まぐるしい1年だったぜ」

 

「大変だったんだな」

 

「ああ。だが、苦ではなかったぜ。あの店は俺にとって、大切な場所なんだ。それを守るためなら、こんな苦労屁でもねーさ」

 

 カッカッカと笑うゆうやだが、目の下には薄っすらとクマがあり、手や腕には切り傷や火傷の跡が見られる。多分、必死に料理の勉強をしていたんだな。

 

「ゆうやは凄いな」

 

「んだよ……真顔で褒めんな。恥ずいだろが」

 

「俺も手伝うよ。大して力にはなれないかもしれないけど、俺もあのお店が好きなんだ」

 

「へっ、嬉しい事言ってくれるぜ。……さて、着いたぜ。いよいよジジイとご対面だ」

 

 歩みを止めたゆうやは、勢いよく襖を開け放つ。

 

「ようジジイ、今帰ったぞ」

 

 まるで大宴会でもできそうな広大な和室の上座に、和服姿の老人が胡坐をかいていた。

 

 長い髪と髭は全て白くなっており、顔は目を開けているのか分からないほどに皺だらけだ。しかし、老人からは荘厳とした雰囲気がほとばしっている。

 

 老人は目の前の御膳に置かれたおちょこを手にすると、一気にそれをあおり、俺たちの方へと視線を向けた。

 

放蕩曾孫(ほうとうひまご)の帰還か……。貴様、この1年間どこをほっつき歩いておった」

 

「知り合いの料理屋で修行してたんだ」

 

 ゆうやと俺は老人の元へと歩み寄る。

 

「ほぅ……で、その少年は何者じゃ?」

 

「水瀬たくと。ばーちゃんの店の常連で、俺のダチだ」

 

 老人の片方の瞼が持ち上がり、鋭い眼光が俺を射貫いた。

 

 俺は軽く会釈をして老人に挨拶をする。

 

「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言う。ジジイ、俺に店を継がせろ」

 

「……人にものをこう態度ではないのぅ」

 

「俺に店を継がせろくださいませ」

 

「1年経っても口の悪さは健在か」

 

「あたぼーよ! んなことより、店だよ店! 店よこせ! プリーズ! プギーズギブミー店!」

 

「店はやらん」

 

「んだとこら!」

 

「落ち着つけよゆうや」

 

 俺はゆうやの肩に手を置いてなだめる。

 

「源三郎さん。あの店は俺に、いや、俺達にとってとても大切な場所なんです」

 

「ほぅ」

 

「このままなくなってしまうのは嫌なんです。だから、どうかお店を続けさせて欲しいんです。お願いします」

 

 俺は頭を下げてお願いした。

 

「たくと君とやら、顔を上げなされ」

 

 源三郎さんは顎鬚を撫でながら、

 

「わしとて、理由も無しに拒んでいるわけではない。ワシが提示する課題さえクリアすれば、あの店を譲ってやってもよいと考えておる」

 

「おいこらジジイ! 課題ってなんだよ、俺ぁそんな事聞いてねーぞ!」

 

「ワシが言うより先に、お前はこの家を出ていっただろうが。あれ以来音信不通で話もできんかったからのぅ」

 

「……ちっ。それで、その課題ってのは何なんだよ」

 

「うむ、課題は3つあるが、一つ目は味じゃ」

 

 源三郎さんは片方の瞼を持ち上げ、俺達の事を真っすぐと見据えながら口を開く。

 

「ワシを『納得』させる味の料理を作れ。それが出来たら、次の課題を言い渡そう」

 

「へっ、つまり料理の腕をみたいってわけか……なら今すぐにでもみせてやらぁ!」

 

 ゆうやは腕まくりをすると、どこかへと走り去ってしまった。

 

「たくと君」

 

 ゆうやの背中を追いかけようとしたところを源三郎さんに呼び止められた。

 

「見ての通り、あのバカ曾孫はこうと決めたら突っ走る性分で、少々落ち着きがなさすぎる。君が手綱を握って、うまくあ奴を制御してやってはくれぬか?」

 

 なるほど。口ではなんと言おうと、曾孫であるゆうやの事を心配しているんだな。

 

 当たり前か。家族なんだから。

 

「分かりました」

 

 俺がそう言うと、源三郎さんの顔のしわが一層深まった。おそらく、笑っているのだろう。

 

「おーいたくと、お前もこいよ! ジジイをあっと言わせる料理を作んだからよー!」

 

「ああ、今行く」

 

 部屋の出入り口から顔をだしたゆうやに従って、俺は再び廊下へと出た。

 

 

 

 

 

 

 



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味勝負!! ~ゆうや特製ラザニア~

 ゆうやに案内されてたどり着いた場所は台所だった。

 

 いや、これは台所と言うよりは厨房だ。レストランのそれと比較しても遜色のない設備が揃っている。

 

「さぁーて、おっぱじめるとすっか!」

 

 ゆうやは拳と手のひらを叩き合わせながら言った。

 

「で、何を作るの?」

 

「そうだな……」

 

 ゆうやは巨大な業務用冷蔵庫を開け、その中をマジマジと見つめた。

 

 俺も扉の隙間から中を覗き見る。一通りの食材は揃っているし、どれも美味そうだ。

 

「さすがジジイだな。どの食材も一級品だ」

 

「源三郎さん、料理が好きなの?」

 

「ああ。美味(うま)し会の会長をしているだけあって、食うのも作るのも大好きだ」

 

 美味(うま)し会。聞いた事がある。

 

 一流の料理人だけが入会できる団体で、会員になるのは料理人にとって最高の栄誉とされているとか何とか……。

 

「そんな凄い人を満足させる料理をゆうやは作れるのか?」

 

「俺だってこの1年遊んでたわけじゃねーよ。和洋中と、色んな料理を学んだんだ。今こそ、その腕を見せるときだぜ!」

 

 ゆうやは冷蔵庫から野菜や牛肉、チーズ等の食材を取り出し、それを机の上に置いていく。

 

「決めたぜ、俺が作る料理は……ラザニアだ!」

 

「ラザニアか。確かミートソースやホワイトソースなんかの上にチーズを重ねてオーブンで焼く、イタリアの料理だろ? でも、なんでラザニアなんだ?」

 

「んなもん決まってらぁ、俺の好物だからだよ」

 

「いいのか? そんな適当な理由で選んで」

 

「適当じゃねーよ。好物って事は、今までに何回も作って研究を重ねてるって事だ。つまり、ラザニアは俺の得意料理の一つでもあるんだ」

 

 なるほど、そう言われてみると説得力がある。

 

「よし、ゆうや。俺にも何か手伝える事があったら言ってくれ」

 

 両親が留守にしがちだった為、俺はよく自炊をしていたのだ。

 

 我流だから本職の料理人と比べたらお粗末かもしれないが、それでも人並みの料理を作れると自負している。

 

「ありがとよ! じゃあ、この牛肉をひき肉にしといてくれ。俺はソースを作るからよ」

 

「任せてくれ」

 

 俺は腕まくりをして手を洗い、ロース肉をまな板の上に載せた。

 

 包丁を取り出した俺は、まず肉を細切りにしていく。

 

 次は細切りにした肉を端から細かく切っていき、肉を一か所に集めて包丁で叩き続けた。

 

 刻みの良い音が厨房内に響く。

 

 俺の手元で出来上がっていくひき肉を見て、ゆうやはにやりと笑った。

 

「中々手際がいいじゃねーか」

 

「まっ、これくらいはな」

 

「俺も負けてらんねーな! いっくぜー!」

 

 ゆうやは目の前の人参と玉ねぎをひっつかむと、目の色を変えて一心不乱に包丁を動かし始めた。

 

 速い。さすが料理の勉強をしていただけの事はある。野菜があっという間にみじん切りになっていく様を見て、俺は感心していた。

 

 ゆうやはフライパンを火にかけた後、そこにオリーブオイルを注ぎ、続いて先ほどみじん切りにした具材を投入した。

 

「ひき肉!」

 

 ゆうやの一声で、俺はまな板ごとひき肉をゆうやに渡した。

 

 それをフライパンの中に放り込んだゆうやは、ジャカジャカとフライパンやヘラを振って、具材を美味い具合に炒めていく。

 

「よし、お次はこいつだ」

 

 ゆうやは何かのボトルを手に取ると、コルクを歯で噛んで栓を引き抜き、その中身をフライパンの中に注ぎ込んだ。

 

「ゆうや、それは?」

 

「赤ワインだ。ん~~良い香りだぜ」

 

その後、トマトやケッチャプ等の調味料を加えたゆうやは、スプーンでフライパン内のソースをすくって味見をした。

 

「よし、このまましばらく煮込めばトマトソースは完成だ。ところでたくと、お前手先は器用か?」

 

「まあ、それなりに」

 

「よし。俺はこれからホワイトソースを作るから、お前はチーズをこいつで包んでおいてくれ」

 

 ゆうやが渡してきた物を見て、俺は思わず眉をひそめてしまった。

 

「はぁ? でもゆうや……これは」

 

「対ジジイ用の秘密兵器だ。そうそう、包み終わったら先にジジイのとこに行っててくれや、こっから先は俺一人で十分だからよ」

 

 そう言うと、ゆうやは俺に背中を向けてホワイトソース作りを始めてしまった。

 

 それにしても、ラザニアはイタリア料理だろ? なんでこんなものを使うんだ?

 

 いや、今はゆうやを信じよう。あいつが試行錯誤の末に編み出したレシピなんだ。きっと美味いはずだ。

 

 俺はゆうやに言われた通りの作業を終えた後、

 

「終わったぞ。じゃあ俺、源三郎さんのところに……」

 

 そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 

 ゆうやは真剣なまなざしでフライパンの中を見つめている。

 

 凄いな。おそらく、俺の声が聞こえないくらい集中しているのだろう。

 

「後は頼んだぞ、ゆうや」

 

 俺はゆうやに全てを託し、台所をあとにした。

 

 

***

 

 何度か道に迷いながらも部屋へと戻った俺は襖を開けた。

 すると、そこには私服姿のみゆきと、みゆきによく似た女性が源三郎さんと向き合うようにして正座をしている姿があった。

 

 俺はみゆきへと歩み寄りながら、

 

「みゆき」

 

「たくとさん! あひぇ? ひゃぁー!」

 

 俺に気が付いたみゆきは立ち上がろうとするが、足が痺れたのか、フラフラとバランスを崩して倒れそうになる。

 

 俺はとっさにみゆきの腕と腰に手をまわして引き寄せた。

 

「みゆき、お前どうしてここに?」

 

「た、たくとさん……そ、その……助けていただいたのはうれしいのですが……その」

 

「ん?」

 

「ち……近いです」

 

 まるで社交ダンスをするかのように、俺達の体は密着していた。

 

 俺は気にならないが、みゆきは年頃の娘だ。俺の様な異性と体を密着させるのを快く思わなくて当然だろう。

 

「すまない……とっさの事とはいえ、配慮にかけていた」

 

 俺はゆっくりとみゆきを畳の上におろしてから謝罪した。

 

「い、いえ……嫌だったわけではないです……ただ、びっくりしてしまいまして……その」

 

 カシャ。

 

 アタフタしているみゆきの声に交じって、カメラのシャッター音が聞こえてくる。

 

 ふと横をみると、みゆきによく似た女性が携帯電話のカメラレンズをこちらにむけてニコニコしていた。

 

「うふふー、いいものみーちゃった」

 

「お、お母さんっ、もう! 写真なんて撮らないでください!」

 

 なるほど、この人がみゆきの母親か。確かに似ている。

 

 みゆきの母は俺の方を見ると、ペコリと頭を下げてから、

 

「はじめまして~、みゆきの母の、高良ゆかりです。たくとちゃんの事はみゆきからよ~~っく聞いてるわぁ、うふふ」

 

「こちらこそはじめまして。みゆき……さんの友達の、水瀬たくとです」

 

 こういう時、友人を呼び捨てで呼びにくいのは何故だろう。

 

「あらあらいいのよ~、遠慮しないで『みゆき』って呼んであげてちょうだい。その方が、この子も喜ぶだろうし」

 

「お母さん! もぅ! もぅ!」

 

「それにしてもみゆき、お前どうしてここに居るんだ?」

 

 顔を真っ赤にしたみゆきに問いかける。

 

「それは……たくとさんがこの場所に向かっているだろうと思ったからです」

 

「俺がここに向かっていたとして、なんでみゆきがここに来る必要があったんだ?」

 

「そ……それは……その……」

 

 みゆきは両手を絡み合わせながら、モジモジと体を動かす。

 

「おばあちゃまのお店を残すために、たくとちゃんが無茶をしないか心配だったのよね~?」

 

「もぅ! お母さんは黙っていてください!」

 

 みゆきは怒っているのだろうが、全然迫力がない。

 

「ゆかりさんや、あまりみゆきをいじめるでない」

 

「はぁ~い、源三郎おじいちゃま、うふふ」

 

「して、たくと君。ゆうやの様子はどうじゃ?」

 

「もの凄く真剣に料理をしています。俺の言葉も聞こえないくらい、集中していますよ」

 

「ふむ……そうか」

 

 それっきり、源三郎さんは腕を組んで黙ってしまった。

 

「成り行きは源三郎お爺様から聞きました。それで……お兄さんに勝算はあるのでしょうか?」

 

「分からない。だが、あいつの料理に対する情熱は本物だ。今は信じて待つしかない」

 

「そうですか。……お兄さん、頑張ってください」

 

 みゆきは祈るように胸の前で手を組んで俯く。そんなみゆきの想いに呼応するかのように、部屋の襖が開かれた。

 

「ジジイーーーー~~~~~っ!」

 

 ゆうやは開口一番そう叫ぶと、ズカズカと部屋の中に入ってきた。

 

 両手でしっかりとトレイを持ち、その上に載せられた角形のグラタン皿からは蒸気が立ち昇っている。

 

「みゆきとゆかりさんも来てたのか、丁度いい、ここに居る皆で味わってくれ! これが、ゆうや特製ラザニアだっ!」

 

 源三郎さんの前に置かれたお膳の上に、ゆうやが作ったラザニアが舞い降りた。

 

 その瞬間、チーズとトマトソースの何とも言えない香りが広がり、口の中に涎が溢れてくる。

 

 ゆかりさんはパシャパシャと携帯のカメラで料理を撮影しながら、

 

「すご~~い! これゆうやちゃんが作ったの~!? しんじらんな~い!」

 

「お兄さん、凄いです! とても美味しそうです!」

 

「美味しそうじゃなくて、美味しいんだなこれがっ! はーっはっはっは!」

 

 ゆうやは持っていたナイフでラザニアを切り分け、俺達全員にフォークを配った。

 

「さぁジジイ、冷めないうちに食え!」

 

「うむ……では、いただきます」

 

 源三郎さんは手を合わせて一礼した後、ラザニアにフォークを刺し、それを口へと運ぶ。

 

「んっ! なんとっ!? これは……これはぁあああああ!」

 

 ラザニア一切れを一口で平らげた源三郎さんは、目を見開いてブルブルと体を震わせると、

 

「美味しっ! まっこと、美味しぃいいいいいい!」

 

 急に立ち上がり、袴をたくし上げて自らの右足を露出させた。

 

 なんだ……いったい何がどうなっているんだ?

 

「でました! 源三郎お爺様の十八番、うまし体現術!」

 

「なんだそれ」

 

 興奮気味に叫ぶみゆきに、俺は問いかける。

 

「源三郎おじいちゃまは、美味しい料理を口にした時、料理の美味しさや感動を自らの体を使って体現させる術を身に着けているのよ! それこそが!」

 

 

『うまし体現術!!!』

 

 

 みゆきとゆかりさんの声がハモる。つまり、リアクション芸って事か? そういう事なんだな?

 

「あの突き出した足……あれは……どこかで見た事があります。ラザニアはイタリア料理……そして足……分かりました! あの足はイタリアを表しているんです!」

 

「なるほどねぇ~、確かに地図でみるとイタリアって足みたいな形をしているものね!」

 

 みゆきとゆかりさんは解説を進めるが、この状況に慣れているのだろうか? 俺には、ただの奇行にしか見えない。

 

「このラザニア、ひき肉のうまみが溢れたトマトソースと、クリーミーなホワイトソースがあうあう! そのハーモニーが素晴らしい! だが、この美味さにはまだ秘密がある……その秘密はこれじゃあ!!」

 

 源三郎さんは皿のラザニアにフォークを突き刺し、それを持ち上げて見せた。そこには先ほど俺がチーズを包んでおいた『ある物』が突き刺さっている。

 

「このパリッとした食感の包みの中から、じゅんじゅわぁ~んぬと流れ出してくるチーズが、このラザニアの味を引き立てておる! これは……この包みは……そうか! わかった、わかったぞぉおおおお!」

 

 源三郎さんは両手を頭の上で合わせて叫んだ。

 

「ああ! 見てください、源三郎お爺様の腕の形を! あれはまさしく!」

 

 

『夏の大三角形!!』

 

 

 またもやみゆきとゆかりさんがハモった。

 

 いや……まあ三角形には見えるが、どうしてそこから夏の大三角形になるんだ? 分からん。

 

 みゆきはまるで数学の難問を解くかのような目つきでブツブツと何かを呟いている。

 

「夏の大三角形と言えば星座……せいざ……セイザ……ギイザ……ぎょうざ……餃子!? ま、まさか!」

 

「そのとおおおおおおおり!! これは、チーズを餃子の皮で包み込み、カラっと油で揚げておるのじゃあああああ!」

 

 みゆき。包みの正体を当てたのは凄いが、その変換にはいささか無理があると思うぞ。

 

「源三郎お爺様の右足がイタリアで、あの三角形が餃子だとすると……わかりました! これはイタリアと中華を融合させた料理だということですね!」

 

「その通り! 和洋折中! これぞまさに、異文化こみゅにけぇしょんじゃあああああ!」

 

 いや、和はないだろう。洋と中だけだ。……っと突っ込みたかったがやめておいた。

 

「やったな、ゆうや」

 

 俺は笑顔を浮かべながらゆうやに向かって親指を立てる。そんな俺に対して、ゆうやは白い歯を見せながらニカっと笑って見せた。

 

「みゆき、私たちもいただきましょう」

 

「はい。お兄さん、いただきます」

 

 ゆかりさんとみゆきがラザニアに手をつける。

 

「あらあらまあまあ……美味しいわぁ~」

 

「本当、こんなに美味しいラザニアを食べたのは初めてです!」

 

「たくと、お前も食ってくれよ」

 

「ああ、いただくよ」

 

 俺はゆうやに促され、ラザニアを口に運んだ。

 

 ……確かに美味い。しかし、源三郎さんのリアクションは少々オーバー過ぎないだろうか?

 

「馳走になった」

 

 いつの間にか座っていた源三郎さんは、両手を胸の前で合わせて一礼した。

 

 こうして見ると威厳のある人にしかみえないんだが……人は見かけによらないもんだな。

 

「さあジジイ、これで文句はねーな! 第1の課題はクリアだ!」

 

「……ふむ」

 

 しばらくの沈黙の後、源三郎さんはゆっくりと口を開くと、

 

 

「不合格っ!」

 

 

 そう言い放った。

 

 まずい。直感的にそう感じ取った俺は、考えるより先にゆうやの体を抑えつけた。

 

「ジジイぃーーー~~~!!」

 

 どうやら俺の判断は正しかったようだ。あと一秒でも抑えるのが遅かったら、ゆうやは間違いなく源三郎さんへと飛びかかっていただろう。

 

 ゆうやは俺の手を振りほどこうともがく。

 

「おいこらジジイ! 不合格とはどういうことだ!!」

 

「なんじゃ、不服か?」

 

「ああ不服だね! てめぇ、俺の料理を美味いとぬかしやがったじゃねーか! えぇ!?」

 

「ああ。確かに美味かった」

 

「なら、なんで不合格なんだ!」

 

「お前の作った料理が課題の合格基準に満たなかった。ただそれだけの話じゃ」

 

「て……めぇ」

 

 やばい。ゆうやの奴、完全に切れてる。

 

 俺はゆうやを抑えながら、

 

「ゆうやダメだ……やめろっ」

 

「そうですお兄さん、暴力はいけません! ここは落ち着いて」

 

「離せ! 落ち着いてられるか! こいつは……このジジイは最初っから俺に店を継がせる気なんかなかったんだ! 課題だ何だと適当な事を言って、俺達が必死こいている姿を見てあざ笑ってんだ! そうに違いねぇ!」

 

 

「たわけがぁああああ!」

 

 

 源三郎さんの一喝。そのあまりにも凄まじい気迫に、ゆうやを含むその場にいる全員が固まった。

 

「この高良源三郎、誓ってそのような浅ましい真似はせぬ。……しかし、このラザニアが美味かったのは事実。それに免じて、もう一度だけチャンスをやろう」

 

 源三郎さんはゆっくりと立ち上がり、ゆうやに鋭い眼差しを向ける。

 

「明日の夕食時まで待ってやる。それまでに、ワシを『納得』させる味の料理を用意せい。場所は……そうじゃな、件の店『らきぃ☆すたぁ』よかろう」

 

 畳に拳を叩きつけたゆうやは、源三郎さんを睨みつけた。

 

「ああそうかい。なら今度こそ用意しといてやろうじゃねーか! あんたを納得させる味の料理をなっ!」

 

「課題の意味を理解しろ。答えはそこにある」

 

「あんだと?」

 

「よーく頭を冷やすことじゃな」

 

 そう言って、源三郎さんは部屋の出口へと歩き出した。

 

 源三郎さんは確かに美味いと言った。しかし、ゆうやは不合格だった。

 

 つまり、課題の合格基準は美味さとは違う他のモノなのか?

 

「……」

 

 ダメだ、分からない。

 

 今の俺にはそれが何なのか、見当もつかなかった。

 

 

 

****

 

 

 

 ゆうやの運転する軽トラで泉家へと送ってもらえることになった俺は、助手席から見えるネオンライトの光をぼんやりと眺めていた。

 

「……わるかったな」

 

 ゆうやは唐突に謝ってきた。

 

「見苦しいところをみせちまってよ。昔っから頭に血が上ると、我を忘れちまうんだ」

 

「そんな事、5年前にとっくに分かっていたさ。それより明日の課題、勝算はあるのか?」

 

「分からねぇ……が、やるだけやってみらぁ。お前を送ったらばーちゃんの店に泊まり込んで、課題用のメニューを考える」

 

 そう言って、ゆうやはハンドルを強く握りしめる。

 

 ほどなくして、車は泉家の前に停車した。

 

 時刻は午後10時。随分と遅くなってしまったな。

 

 荷台から自転車を下ろしていると、泉家の玄関からこなたが出てきた。

 

 こなたはやけにニヤニヤしながら俺へと近づいてくる。

 

「んっふふ、夜遊びとはたくともやるねぇ」

 

「何のことだ」

 

「隠さなくってもいいんだよ。5年前に別れた女の子と再会して、夜のドライブを楽しんでたんでしょ?」

 

「していない」

 

「どれどれ、たくとのガールフレンドを拝ませてもらおうかなー」

 

 軽トラの荷台をのぞき込んだこなたは、

 

「おーいたくと、自転車どこに置けばいいんだ? って、なんだこの子」

 

「男ですとぉぉおおお!?」

 

 ズザザっと後ずさりすると、血の気の引いた顔で俺たちの事を交互に見つめる。

 

「ままま、まさかたくとにそっちの気があったなんて……!」

 

「お前、何か勘違いしているだろう。こいつは5年前に九喜商店街の飲食店で知り合った友人で……」

 

「ウッス! 俺、ゆうや。らっきぃ☆すたぁって店を継ぐ事になるから、今度是非食べに来てくれ。よろしくな!」

 

 まだ店を継げると決まったわけではないのだが……、まあいいか。

 

「あーあのお店かぁ。高校生になってからは一度も顔を出せてないけど、中学生の頃はよく利用してたよ」

 

 意外なことに、こなたはばーちゃんの店を知っていた。

 

「当時通ってた塾が九喜駅にあってね。塾帰りに小腹が空いた時には、よく寄ってたんだよ」

 

「意外だな。店の見た目的に女子が一人で入るような店ではないと思うのだが」

 

「いやぁ……あの頃は『孤独なグルメ』にはまっててね。ふと、ああいった感じのお店に立ち寄ってみたくなったのだよ」

 

 昔から漫画やドラマに影響されやすい奴だったが、その性格は今でも変わっていないらしい。

 

「ん? 中学生の頃って事は……お前高校生なのか!?」

 

「そだよー」

 

「ありえねぇえええーーー~~~~!!」

 

 ゆうやの叫びが夜の町内に木霊する。ご近所の皆さん、ごめんなさい。

 

 その後、ゆうやは軽トラでばーちゃんの店に向かい、俺は納豆ご飯と野菜炒めを食べて寝た。

 

 

 

 

 

 

 






一話2000~3000文字の読みやすい文章を心掛けていますが
話しが区切れない時は5000~7000になってしまう事もあります。

よしなに。


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第二話 挑戦! 3つの課題
幼なじみ集結


 翌朝。トーストをかじりながら、俺は源三郎さんが掲示した課題の意味を考えていた。

 

 納得する味=美味いではないとすると、工夫や料理に対する愛情なのだろうか?

 

 しかし、ゆうやの料理は工夫がされていたし、愛情も少なからず感じていた。

 

 一体、ゆうやの料理にたりないものは何なのだろうか?

 

「おふぁよぉ~……」

 

 Tシャツの裾から手を突っ込みボリボリと腹をかきながらこなたが登場した。

 

「おはよう。どうした、随分と眠そうだな」

 

「う~ん、徹夜でネトゲしてたからねぇ~、1時間くらいしか寝てないんだよ」

 

「もっと寝ればいいだろ」

 

「今日のお昼は友達と遊ぶからね~。この前2度寝して遅刻して怒られたから……気を付けないと。ふぁぁ~~……」

 

 こなたは盛大なあくびをしながらキッチンへと消えていく。おそらく、眠気覚ましのコーヒーでも淹れに行ったのだろう。

 

 やがて、豆の香りが漂ってくると、テーブルに置かれた俺のスマホが振動を始めた。

 

 ディスプレイには『高良みゆき』と表示されている。

 

 俺はスマホを手に取り、通話ボタンを押した。

 

『たくとさん!』

 

 スピーカーから聞こえるみゆきの声は、酷く狼狽している。

 

 みゆきは昨日の別れ際、朝になったらばーちゃんの店に行ってゆうやの手伝いをするとか言っていたが、何かあったのか?

 

「どうした?」

 

『今お婆ちゃんのお店に到着したのですが……、厨房でお兄さんが倒れているんです!』

 

「なんだと」

 

 俺は椅子から立ち上がり呟いた。

 

 耳を澄ませてみると、微かだが受話器の向こうからゆうやの呻き声が聞こえてくる。

 

『うっ……ぐぉぉ……く、くるしぃ』

 

『お兄さん! しっかりしてください! お兄さぁーん!』

 

「……くっ!」

 

 みゆきの悲痛な叫びを聞き、俺は歯ぎしりをした。

 

「俺もすぐにそっちへ行く! みゆきは救急車を呼ぶんだ! いいな!」

 

『は、はい!』

 

 通話を切り、俺は急いでリビングを飛び出した。

 

「ちょちょちょ、たくと! そんなに急いでどこ行くの!?」

 

 開け放たれたリビングの扉の前で、コーヒーカップを手にしたこなたが俺に向かって叫ぶ。

 

「すまん、自転車かりるぞ!」

 

「え? あ、うん……どーぞ」

 

 俺は玄関から駆け出し、自転車にまたがった。

 

 そして、なりふり構わずにペダルを踏んで急加速をする。

 

 なぜだ。なぜこんなにも胸が張り裂けそうなんだ?

 

 運動をしているからではない。それとはまた違った痛みが俺の胸中を駆け巡っていた。

 

 俺はこの痛みを知っている。だが、それを明確に思い出すことが出来ないし、したいとも思わなかった。

 

 今はただゆうやの事が心配で、1秒でも早く店にたどり着く事だけを考えていた。

 

 

****

 

 

 自己最短記録で九喜商店街へと辿り着いた俺の呼吸は酷く荒れていた。

 

 急激な運動からくる酸素不足のせいで目の前が霞むが、それでもペダルをこぎ続け、ようやく店へと到着する。

 

 店前には救急車が停車していて、それを囲むようにして大勢の人が群がっていた。

 

 俺は自転車を乗り捨てると、

 

「すいません! 通してください!」

 

 人の壁をかき分けて店の入り口へと押し進んだ。

 

 やっとの思いで店の出入り口にたどり着くと、担架に乗せられたゆうやが運ばれている場面に出くわした。そのひどく青ざめた顔を見て、俺は背筋がぞっとするのを感じた。

 

「たくとさん!」

 

 ゆうやの傍に立っていたみゆきが泣きそうな声で俺を呼ぶ。

 

「た……たくと……すまねぇ、ドジっちまったぜ」

 

 息も絶え絶えなゆうや。

 

 友人の苦しむ姿を見ている事しかできなもどかしさを感じていると、救急隊員が俺の肩を叩いてきた。

 

「すみませんが、ご友人の方ですか?」

 

「そうです。それで、容体はどうなんですか?」

 

「……それは」

 

 隊員はしばらく押し黙ったあと、

 

「食べ過ぎです。あと、寝不足による疲労も溜まっているようですね。まあ、意識もハッキリしているようですし、大事には至らないでしょう」

 

「……は?」

 

 俺は愕然とした。

 

 もっと深刻な病名がでるかと思えば、寝不足と暴食だと?

 

 大事に至らなかったのは良かったが、それでも何だか釈然としない。

 

 これでは、ゆうやを心配して駆けつけた俺がバカみたいじゃないか。

 

 気づいたら、俺はゆうやの頭を引っぱたいていた。

 

「うごぁ! このやろっ……なにしやがる!」

 

「それで、このバカは入院するんですか?」

 

「てめっ! 無視すんなコラ!」

 

 喚くゆうやを無視して、隊員に問いかける。

 

「おそらく、その必要はありませんね。念のため病院には搬送しますが、胃薬を貰うだけで済むと思います。では、私たちはこれで」

 

「バカにつける薬はないとは思いますが……よろしくお願いします」

 

 俺は隊員に一礼しながらそう言った。

 

「てめぇー! たくとぉー! 帰ったら覚えてやがれー!」

 

 担架の上でゆうやが叫ぶ。なんだ、元気じゃないか。

 

 

 

*****

 

 

 騒動から2時間後、昼食時にゆうやはタクシーを使って店まで戻ってきた。

 

「いやぁー、わりぃわりぃ。迷惑かけちまったな」

 

 処方された胃薬を飲みながらゆうやが言う。

 

「それにしても、なんで暴食なんかしたんだ。まさか、やけ食いじゃないだろうな?」

 

「ちっげーよ! 対ジジイ用の料理をどうするか試行錯誤してたら作りすぎちまってよ。捨てるわけにもいかねーし、全部食ったら急に気分が悪くなったんだ」

 

 ゆうやは食べ物を粗末にする事を極端に嫌っている。シンクに置いてある未洗浄の皿の枚数からみて、おそらく10人前はたいらげたのだろう。

 

「これだけ食べたら気分が悪くなるのは当然だ。で? 源三郎さんを納得させる料理はできたのか?」

 

「それなんだよなぁ」

 

 ゆうやは丸椅子に胡坐をかくと、

 

「どの料理もなんかしっくりこねぇんだよ。心の奥底で何かがひっかかってるんだが、それが何なのか分からねぇ……あークソっ! モヤモヤする!」

 

 源三郎さんの言う『課題の意味』が分からない内は、何を作っても無駄という事か。

 

 俺達が悩んでいると、おぼんを持ったみゆきが厨房から現れた。

 

「お兄さん、たくとさん。お茶が入りました」

 

 みゆきは柔らかな笑顔を浮かべながら俺達にお茶を配る。

 

「おっ! さんきゅーな、みゆき」

 

「お兄さん、お体の具合はもう大丈夫なんですか?」

 

「おう! このとーり、ピンピンしてらぁ!」

 

「そうですか、それはよかったです」

 

 みゆきはおぼんを抱えながらにっこりと笑う。

 

 同時に、ガラガラと音を立てて店の引き戸が開けられた。

 

「ちわーっす、きたよ~」

 

「なっつかしいわねーこの店、久々に来たけど変わってない……って、たく!? あんた、どうして……」

 

「あ、ほんとだ。たっくんだー」

 

 俺は驚いた。何故なら、こなた、かがみ、つかさの3人が立っていたからだ。

 

 こなたはこの店の事を知っているようだったから分かるが、何故かがみとつかさがこの場所に居るんだ?

 

 こなたは眉をひそめながら俺とみゆきを交互に見つめる。

 

「あれー? みゆきさんとたくとがなんでここにいるの? てゆーか、2人は知り合いだったの?」

 

「みゆきとは5年前にこの店で知り合ったんだ。それより、お前らこそ知り合いだったのか?」

 

「あたし達は同じ高校の友達だよ」

 

「なるほど。もしかして、かがみとつかさも、同じ高校の友達ってやつか?」

 

「そだよー……って、つかさ達の事も知ってるの? そういやかがみ、さっきたくとの事を『たく』って呼んでたような……。まさか、2人の間には既にフラグが立っていると!?」

 

 かがみは顔を真っ赤にしてこなたに詰め寄る。

 

「ちょぉーっと待て! それは誤解だっ! あたし達はただの幼馴染! それ以上でもそれ以下でもない関係なんだからねっ!」

 

「えぇ~~……つまんないの。てっきりかがみフラグが立ってるのかと思ったのに」

 

「うるさいっ!」

 

 かがみとこなたが言い合いというか、じゃれ合いをはじめた。

 

「なあつかさ。かがみがさっき『懐かしい』と言ったが、お前達もこの店を知っているのか?」

 

「うん。お父さんがこの商店街の近くにある教会の神父さんと知り合いで、教会に遊びに行った帰りによく寄ってたんだ」

 

「そうだったのか」

 

 感心していると、ゆうやが頭を抱えながら俺の肩に手を置いてきた。

 

「あー、すまんたくと。登場人物が多すぎて、俺は今、何が何だか分からなくなってきている」

 

「分かった。順を追って説明しよう」

 

 

 俺は5年前、こなた達に出会った経緯を説明していく。

 

 

「そんなわけで、こなたは俺が居候している泉家の娘。かがみとつかさは探索の最中に神社で出会った双子、みゆきは俺の恩人であるこの店のばーちゃんの孫ってわけだ」

 

『おー……』

 

 偶然に偶然が重なって巡り合った奇跡に、一同が口をポカーンと開けて驚きの声を上げた。

 

 それにしても、こなた、かがみ、つかさ、みゆきの4人が同じ高校の同級生だったとは。案外、世の中って狭いものだな。

 

「なるほどなぁ、皆たくとの幼馴染だったのか。へへっ、かく言う俺もこいつの幼馴染で、高良ゆうやってんだ。この店の2代目店長になる予定なんで、今後ともよろしくな!」

 

 ゆうやは親指を立ててこなた達に挨拶をした。

 

 高良のワードを聞き、こなたの眉がピクリと動く。

 

「高良? もしかして、みゆきさんのお兄さんかなにか?」

 

「ああ。俺ぁ、みゆきの従兄なんだ」

 

「へぇー。この店を継ぐって事は、お婆さんは引退しちゃったのかな?」

 

「ばーちゃんなら、1年前にポックリ逝っちまったよ」

 

「ありゃ、ごめん」

 

 こなたはバツが悪そうな顔で頭をかいた。

 

 ゆうやはこなたの肩を叩きながら、

 

「まっ、人は生きてりゃそのうち死ぬ。そう気にすんなよ、こなっち」

 

「こなっち? それってあたしの事?」

 

「おう。俺は堅苦しいのは嫌だからよ、ダチの名前を呼ぶときは名前かあだ名呼びって決めてんだ」

 

「ダチって……あたし達、まだあって間もないじゃん」

 

「ダチのダチなんだから、もうダチみたいなもんだろ。ちなみに、双子の姉がかーさんで、妹はつかっちゃんな。俺の事は気軽に『ゆうや』とか『ゆうくん』って呼んでくれや」

 

 フレンドリーというか、馴れなれしいというか。ゆうやは誰に対してもこうなのだ。

 

 かがみは自分のあだ名が不満なのか、眉を吊り上げながら、

 

「ちょっと! 何であたしのあだ名がかーさんなのよ! これじゃあ、あたしがお母さんって呼ばれてるみたいじゃない!」

 

 不満を口にした。そんなかがみに、こなたも加勢する。

 

「そうだそうだ! かがみには、もうかがみんっていうキュートなあだ名があって、本人も気に入ってるんだぞ!」

 

「そう、あたしにはかがみんっていうキュートな……って、こなたぁ! かがみん呼びは恥ずかしいからやめろってあれほど……」

 

「そうだったのか。じゃあかーさんは無しで、俺もかがみんって呼ぶわ。よろしくな、かがみん」

 

「うわぁー! やめろぉー!」

 

 かがみは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと頭をふる。

 

 俺はそんなかがみの肩に手を置き、

 

「落ち着けよ、かがみん」

 

「かがみん言うな! かがみんはやめろ! かがみんはやめてぇー!」

 

 恥ずかしがり屋なかがみの叫びが店内に響く。

 

 その後、抵抗もむなしく、かがみのあだ名は『かがみん』に決定した。

 

 よかったな、かがみん。

 

 

 

 

 




リメイク前の主人公はゆうやでした。
なので、作中でも無意識のうちに『ゆうや』と呼ばせてしまいます。
気づいたら速攻なおします。すみません。


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