ポケットモンスターSPECIAL 新約 ブラック2ホワイト2編 (ナタタク)
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第1話 流刑の地
イッシュ地方における、ゼクロムとレシラムの戦いから2年の歳月が流れた。
その戦いの敗者であり、プラズマ団の王であるNはゼクロムと共に行方をくらまし、王を失ったプラズマ団は内部分裂を起こした。
そして、勝者である少年、ブラックはゲーチスの罠により、レシラムと共にライトストーンに取り込まれ、いずこかへ姿を消した。
ホワイトら、ブラックを知る者はライトストーンを探し求めたが、今現在も見つかっていない。
そして、これはとある過去、とある地方で起こった出来事…。
「はあ、はあ、はあ…」
「くっそぉ!どこもかしこも敵だらけじゃないか!?」
「しまった!?ウィンディがやられた!!?だれか、カバーを!!」
「こんなに多くて、カバーできるわけが…うわああああ!!!」
落石により、退路をふさがれたトレーナー達が青と白を基調としたフード付きのチェインメイルを身に着けたトレーナーの大軍に3方向から攻撃を受けている。
「先…輩、どうして…?」
そんな中で、傷だらけになった黒いスーツの少年が自分に背を向ける茶色いコートを着た青年に手を伸ばす。
茶色いはねた髪で、とび色の瞳を持つその少年に彼は振り返る。
その手には黒いアタッシュケースが握られていて、その背後には赤い色違いのルカリオがいる。
「悪いな…。お前が先輩と慕う男は存在しないのさ…」
「そ…んな、どうして…僕たちを裏切って…」
「先生によろしくな、ラクツ」
黒いシルクハットをつけた彼はニヤリと笑うと、再び背を向け歩き出す。
そして、青い服の男たちが用意した車に乗って、その場を後にした。
「先輩ーーーー!!」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
飛び起きた、夢の中でラクツと呼ばれた少年は自分の体を濡らす大量の汗をタオルでふき取る。
(また…あの夢を)
最近は見なくなったあの時の夢をまた見始めてしまったことを不快に思う。
「くおーん…」
「大丈夫だ、ルカリオ。もう…大丈夫」
拭き終えたタオルをかけ、自分を心配するルカリオの頭をそっと撫でる。
両腕と両足には腕時計状の拘束具が取り付けられている。
時計を見ながら、締め切ったカーテンを開ける。
ポケモンセンターや学校、住宅が立ち並んだ都会であり、周囲が木々で覆われた、自然で満ちたこの地域では場違いともいえる町、ヒオウギシティ。
あの事件のあと、彼はこの地で生活をしている。
「…。この町は牢獄だ」
ほかの人間から見たら、ただの都会であるものの、ラクツにとってはこの町は苦痛そのものだった。
しかし、それでもこの町を許可なく離れることは許されない。
「お前の拘束具が取れるのも、僕が自由になれるのも…いつになるんだろう。ルカリオ…」
もう、5年近くこの町にいる。
小さくて、何もとりえのない田舎町だったここが開発され、今の形になったのを見ている。
「…。学校へ行かないと」
今の自分にできることは開発された中でできた学校、トレーナーズスクールに通うことだけ。
そんな自分を嘲笑しながら、彼は白いYシャツと青い上下の制服を着る。
制服の左胸には所属しているクラスを示すバッジがある。
トレーナーズスクール中等部3年3組と…。
第1話、いかがでしたでしょうか?
かなり短いですが…。
なお、この小説では登場するキャラの年齢が原作と変更されているキャラが多いです。
その点はどうか、ご理解いただければと思います。
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第2話 仮初の日常
「ミジュマル!水鉄砲!!」
「マジュ!!」
トレーナーズスクール運動場で、ミジュマルの口から放たれた水鉄砲が別の男子生徒が出したガーティに直撃する。
炎タイプは水タイプが苦手であり、ガーティは一撃でダウンする。
「ガーティ戦闘不能!ミジュマルの勝ち!よってクラス内トーナメント優勝者はラクツ!!」
アホ毛のある黒い二等辺三角形のような髪形で、白いYシャツと青いズボン、オレンジのネクタイ姿の少年が倒れたガーティの様子を見て、ラクツの勝利を告げる。
「くっそー、ミジュマル1匹にいいようにやられた…」
悔しがりながら、男子生徒は戦闘不能になったツタージャとガーティ、コダックを連れて、学内に設置されている回復マシンへ向けて走っていく。
「さすがだぜラクツー。ミジュマル1匹でここまでやるかー?」
観戦していた男子生徒が感心しながらラクツのミジュマルを見る。
このミジュマルはトレーナーズスクールに入る際にもらえる3匹のポケモンのうちの1匹だ。
ほかの2匹はポカブとツタージャで、これらのポケモンはカノコタウンに住んでいるアララギ博士が管理するハウスの中で育てられている。
「マグレさ。同じようにやれって言われたら、できないし…」
「謙遜するなって。でも、草結びやら燕返しを覚えてるのにはびっくりしたぜ」
「いろんなタイプの技を覚えさせておいたほうが、いろいろと都合がよくてさ」
「ああー。そろそろ、話してもいいかな?」
「あ…すみません。チェレン先生」
チェレンそっちのけでおしゃべりをしてしまったことを詫びる。
チェレンは今年からトレーナーズスクール中等部で教鞭をとることになった新人教師で、2年前にポケモンリーグに出場するほどの猛者だ。
その実力と面倒見の良さ、そして豊富な知識を買われたことで、史上最年少でトレーナーズスクール講師の資格を得るに至った。
「じゃあ、これから優勝者であるラクツに商品を授与するよ」
そういって、チェレンは安全のために運動場の端に設置されているロッカーから箱を出し、その中身をラクツに手渡す。
画面部分がスライドすることで2つにすることができる、下部にコントローラーを兼ねてついている赤いモンスターボール状の円盤が特徴的な濃い灰色の端末。
「ポケモン図鑑だ。おめでとう、ラクツ君」
「ありがとうございます。チェレン先生」
頭を下げ、大事そうにポケモン図鑑を懐にしまう。
「ああ、くっそーー!!来年は俺が絶対ポケモン図鑑をゲットしてやるーー!!」
「すげーよな、ラクツは。バトルもできて、テストもクラス1位。ザ・優等生じゃないか」
「いつか、ポケモンリーグに出れるんじゃねーか?」
ポケモン図鑑を受け取ったラクツの周りにクラスメートが集まる。
その集まりは再びチェレンが注意をするまで散ることはなかった。
「ポケモン図鑑か…」
昼休み、弁当を食べ終えたラクツは受け取ったポケモン図鑑を運動場で見ていた。
既にクラスメートや自分が所持しているポケモンのデータは入っており、改めて見てみると、ポケモンの様々な特徴が見えてきて、面白い。
「よぉ、相変わらず1人か?」
図鑑を見ているラクツに1人の少年が声をかける。
青いハリーセンのような髪形をしていて、茶色い目と白い肌をした、ラクツと同じ学生服の少年だ。
「ヒュウ…」
「俺も手に入れたぜ、ポケモン図鑑」
ラクツの隣に座ったヒュウはポケモン図鑑を見せる。
ヒュウはラクツとは別のクラスの生徒で、彼もまたポケモンバトルの実力はかなりのものだ。
「ということは、ヒュウもクラス内トーナメントで優勝したんだ。おめでとう」
「ポカブとナックラーが俺に応えてくれたおかげさ」
「そうか…。そういえば、この前手に入れた卵はどうなってる?」
「ああ。もうそろそろ孵るんじゃないか?」
ヒュウが言っている卵はサンギ牧場での学年合同フィールドワークの課題で手に入れたタマゴだ。
牧場にいるポケモン達の中から雄と雌、2匹選び、2人一組になって世話をする、2泊3日で行う学習だ。
こういう校外での活動をする場合に限り、ラクツはヒオウギシティを出ることが許可される。
もちろん、監視している国際警察官に申告し、それを証明するものを提出する必要があるが。
そこでラクツとヒュウが一緒に世話をしたポケモンから卵が産まれた。
現在、その卵をヒュウが世話をしている。
「そろそろか…。早く孵るといいな」
「あいにく、俺らのポケモンの中に炎の体の特性を持ってるポケモンがいないからなー。気長に待つことになるな。近いうちに俺の家に来いよ、お前も手伝ってくれりゃあ、きっと早く孵るさ」
「うん…。時間ができたら、見に行くよ」
そのあと、しばらくヒュウとたわいのない会話を続けていくと、ラクツの胸ポケットにしまってある携帯が鳴る。
「ん?電話か?」
「メールだと思うよ、多分」
2回鳴っただけなため、そう予想したラクツは携帯を開ける。
予想通り、メールを受信していたようで、その内容を少し見た後で、携帯を閉じる。
「ダチからか?」
「うん、放課後勉強を教えてくれないかって」
「相変わらず頼られてるなー。そりゃあ当然か、優等生だし」
「よしてくれ…。じゃあ」
「ああ」
右手を挙げたヒュウにハイタッチをした後で、ラクツは教室へ戻った。
「…来ました」
夜になり、ヒオウギシティ北西部にある、ヒオウギシティの名物である展望台に学生服姿のまま来たラクツが茶色いコートを着た男に声をかける。
彼に対し、背を向けていた男はゆっくりと振り返る。
薄い緑色の髪で、しわのある面長な顔立ちをした男はじっとラクツを見る。
「どうかな?ここでの暮らしは」
「…。窮屈ですよ。いつまでこんなところにいなきゃいけないのか…。そう考えたせいか、またあんな夢を…」
「何度も言うが、これは君のせいじゃない。私が彼という人間を見誤ったせいだ」
「仕方ないですよ。実の教え子が裏切る…なんて誰も予想できませんからね。…先生」
ラクツは男の隣に行き、町の外の景色を見る。
このちょっとだけ足を延ばせば入れるこの森にも、許可を得ない限りは入ることができない。
ラクツは男から差し出された缶コーラを口にする。
「先生…か。彼も私をそう呼んでいたな。…いまだに思う、なぜ彼は私たちを裏切ったのか…」
「…」
「それよりも、どうして君はここまで国際警察にこだわる?確かに…それになるのが夢だということは分かっている。だが、君はまだ15だ。ほかにも生き方はいくらでもある」
「…。何度も言いましたよね。僕は国際警察に復帰することしか考えていないって」
「だが…」
男は口に出していないが、ラクツに命じられたトレーナーズスクールへの長期潜入任務は、だれが見ても分かりやすい、ブラック企業が使う追い出し部屋へ送るような任務だ。
クビにすることを決めた人間を飼い殺しにし、自ら辞めることを待つ。
ラクツはそんな任務に、すでに5年就き続けている。
確かに、国際警察官としての最低限の給料は出るが、やりがいを求める人間にとって、とてもつらい環境であるのは確かだ。
「君はわずか10歳で国際警察官試験に合格し、最前線に出ることが許されたほどの実力のある人間だ。そんな君なら、トレーナーズスクール講師になったり、ジムリーダーや四天王にだってなろうと思えば…」
「…くどいですよ、先生。僕は…確かめたいんです。あのときの真実を…。なんで、先輩が僕たちを裏切ったのかを…。それを知らない限り、僕は前に進めない。明日が見えない…」
「…そうか」
何度も、男はここでタクツと会うたびにこうして彼にやめるよう説得をしている。
だが、ラクツからは断られ、オウム返しのようにこうした理由を告げている。
「それより、この前送った成績通知、ちゃんと届いていますよね?」
「ん…?ああ。今回も学年1位だったな」
「ええ。しっかりオールAで。これで、復帰の許可は…」
「…私が何も言わないということは、わかっているな?」
「でしょうね」
空っぽになったスチール缶を缶専用のごみ箱に投げ捨てる。
国際警察から提示された復帰の条件、それは潜入したトレーナーズスクールで学年1位の成績を取り続けることだ。
入学してから、ラクツはずっと優等生を演じ、学年1位を取り続けている。
それでも、国際警察からの許可が一向に出ていない。
「…。上層部から、復帰の追加条件が提示された」
男はコートのポケットから1枚の写真を出す。
「これは…」
「ヒオウギシティにこれを持っている人物が発見された。それを回収することで、特別に君の復帰を許可する…これが上層部の決定だ」
「たったそれだけ…?このペンダントにはどういう意味が…」
「それは私にも知らされていない。それでも、やってくれるか?」
「…言うまでもないじゃないですか…先生」
針が刺さったような黒い球体とそれの周りを囲む薄緑色の輪が特徴的なペンダントがその写真には映っている。
確認するようにたずねはしたものの、ラクツにとってこのペンダントの正体はどうでもよかった。
それよりも、自分の復帰がこれにかかっていることが重要だった。
「それから…一応、今の私のコードネームを伝えておこう。ハンサムだ」
「ハンサム…。あんまり似合わないコードネームですね、先生」
「そういってくれるな。じゃあ…頼むぞ、ラクツ」
苦笑すると、ハンサムは展望台を後にする。
1人だけになったラクツは近くにある椅子に座り、もう1度例の写真を見た。
(必ず…手に入れてやる。そして、もう1度国際警察に…)
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第3話 少女と会った日
「ペンダント…か」
ハンサムから復帰条件を聞いた翌日、登校したラクツは例のペンダントの写真を自分の席で見ていた。
ただ、このペンダントを持っている人間とピンポイントで接触するのは難しいだろうと思った。
ヒオウギシティだけでも、人口は約3万8000人。
そして、トレーナーズスクールでの小等部、中等部、高等部の全校生徒の教師の人数は合計で1000を超える。
更に、これとよく似た形のペンダントが存在するかもしれないという可能性も考えられる。
(といっても、今ここで考えても無駄か…)
しかし、学校内でペンダントを見つけることは不可能に近いと考えていい。
トレーナーズスクールでは、校則としてペンダントなどの装飾品の持ち込みが禁じられている。
校則違反の常習犯なら、そんなことお構いなしだろうが。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴って、周りでしゃべっているクラスメートは着席し、同時にチェレンが教卓の前に立つ。
「みんな、おはよう。今日は4組と合同で、ザンギ牧場でフィールドワークを行うよ。そこで、みんなには最低でも1匹、ポケモンをゲットしてもらうのが今日の課題。では、レイル君。ポケモンをゲットする際にはどのようなことに注意をすればいいかな?」
「はい。まずはゲットしたいポケモンを倒さない程度に弱らせるとゲットしやすいです」
「正解。さらに状態異常にするとなおいいよ。その中でも凍らせる、もしくは眠らせると一番捕まえやすい。そうした、状態異常を与える技や特性を持っているポケモンを持っている人、今日が成績を上げるチャンスかもしれないよ?」
そういうと、チェレンは持ってきていたダンボール箱を開け、1人1人にモンスターボールを10個ずつ渡していく。
ボールの上半分はヒオウギトレーナーズスクール、フィールドワーク用と刻まれている。
「今回渡すボールはあくまでもフィールドワーク用。終了後、余ったボールについては返却してもらうことになるから、できれば全部使ってもらえると嬉しいかな」
「ああ…チェレン先生」
「ん?何かな、ラクツ君」
「すみません、少しおなかの調子が変なので、お手洗い言ってもいいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
ボールを机の上に置いて、ラクツは急いで教室を出る。
廊下を西へ50メートル程度進んだところにある男子用トイレの様式便所のある個室に入り、1分程度待機する。
すると、外からドアをノックする音が聞こえ、すかさずラクツはドアをノックし返す。
「フィールドワークがあるので、ヒオウギシティを出る許可が取りたいんです」
これは学校内における監視役の警察官との交渉の手段だ。
授業中にトイレの指定された個室に入り、こうしてドア越しで顔が見えないようにして許可を取る。
これはラクツに監視する警察官の顔が知られないようにするための措置だ。
「フィールドワークである証拠は?」
「これです」
ドアをわずかに開き、フィールドワーク用に配られたモンスターボールのうちの1つを見せる。
ボールを見た警察官はすぐにそれをラクツに返す。
「ボールだけでは足りない。盗み出した可能性も否定できないからな」
「では、これは…?」
今度は胸ポケットからボイスレコーダーを取り出し、録音したチェレンの今日のフィールドワークに関する発言を彼に聞かせる。
「…。わかった、許可しよう」
そういうと、男はすぐに去っていった。
その日の昼、給食を食べた後でサンギ牧場へ移動した。
この牧場はイッシュ地方ポケモンリーグ前チャンピオンが住んでいる田舎町であるサンギタウンの北東に位置しており、そこにはメリープをはじめとした多くのポケモンが放牧されており、そのことからフィールドワークに最適な場所となっている。
「くうう、また失敗した!!」
ミジュマルの水鉄砲が命中したマメパトが森へ向けて飛び去ってしまう。
その前にもノコッチやミネズミもダメージを与えすぎたことで逃がしてしまっている。
(ああ…峰内を覚えさせるべきだったー…)
ミジュマルとボールの中にいるルカリオを見ながら、ため息をつく。
峰内があれば、逃げ出さない程度に捕まえたいポケモンを弱らせることができる。
他にも、逃げられないようにプレッシャーを放つ黒いまなざしや強い粘着性のある糸で動けなくする蜘蛛の糸、そして逃げ出そうとする相手の動きを予測して道をふさぐように即座に移動できるようになる通せん坊が逃げ道を奪う点では有効だ。
しかし、今のラクツの手持ちにはそういうことや状態異常を与える技を持つポケモンがいない。
「ああ…どうすればいいか…。うん??」
何か手がないかと考えてながら、池の近くで休んでいると、そこで野生のポケモン同士がバトルを始めていた。
野生のポケモン同士があるときは腕試しに、ある時はなわばりを奪い合うためにバトルをすることはよくある話で、ここではコダックとノコッチがバトルをしている。
数分の間に、コダックがしっぽを振るで注意を引いたうえでのひっかく攻撃をしたことで軍配が上がった。
しかし、ノコッチから受けたダメージが大きいせいか、目を回してふらふらしている。
「ちょっと卑怯な感じが気が引けるけど…!」
軽くモンスターボールを下投げし、コダックの額に命中する。
当たると同時にボールが開き、その中にコダックが赤い光となって入ってしまう。
ボールは3回揺れた後で、カチリという音が鳴り、それと同時にビールの揺れが止まり、池の上にぷかぷかと浮かんだ。
「よし、コダックゲット」
水面が浅いため、そのまま池に入ってボールを手にする。
そして、池から出ると、ボールをタオルでふいた。
「ふうう…まだ集合まで時間があるな…」
ふき終えたボールをしまい、ゆっくりとその場で横になる。
今日の天気は晴れで、青空が広がっている。
そんな空を見ていたら、小さな雲が動き、わずかに太陽を隠しているのが見えた。
(雲か…。自分で自分の行く場所を選べないけれど、僕と違って一つの場所に縛られることはない…)
感傷的になりつつある自分を認識したラクツは空を見るのをやめ、体を起こして視線を真北にある牧場が管理する森林に向ける。
「ん…あれは…」
遠くにあるためよく見えないが、かすかに人影と複数の鳥のようなポケモンの姿が見えた。
それらの動きをみると、人のほうがポケモンの群れに追いかけられていると予測できる。
「やばいだろ、これ…!」
立ち上がったラクツはおいていたリュックサックを背負うと、森へ向けて走っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ…!!」
森の中で1人の少女が1匹のポケモンを抱えて走っている。
抱えられているポケモンはタマゲタケで、傷を負っているだけでなく、体がしびれていて満足に動けない状態だ。
少女は白いセーラー服と紺色のスカートという、ラクツと同じトレーナーズスクールの制服を着ていて、茶色いロングヘアーをしている。
そんな彼女に向かって、ハトーボーの群れはエアカッターを放つ。
(ダメ…!森の中でも逃げれない…!)
彼女は森の中で彼らをまこうと考えていたが、結局こうして追いかけられ続けている。
マメパトから進化したことにより、視力だけでなく知力も高くなったハトーボーはそれらを駆使することで、どんなに遠くへ離れていてもトレーナーのもとへ帰ることができる。
ということは、それを応用することで、獲物をどこまでも追いかけることができるという意味でもある。
「(ダケちゃんを回復させないと…!どこかに、クラボの実かラムの実があれば…)キャア!!」
何かに躓いた少女は転んでしまい、抱いていた『ダケちゃん』と呼ばれたタマゲタケを落としてしまう。
「これって…!!」
「そう、草結びだ。便利なもんだなぁー」
ワルビルを連れた、黒を基調とした制服姿でベレー帽をかぶった男がダケちゃんを踏む。
「ダメぇ!!」
「ダメ…だって??」
ニヤリと笑いながら、男は少女に目を向ける。
その間にハトーボーも追いつき、さらに彼と同じ制服を着たトレーナー数人もハトーボーの後ろで待機している。
「そんなに踏んでほしくないんならよぉ、出すもん出してくれねーかなー?あんたしか持ってない、だーいじな物をさぁー」
「そ、それは…」
「それがあれば、プラズマ団は復活する…いや、2年前以上の強大な力を手に入れることができる!!ぐぅ…!ブアックション!!」
紫色の胞子を吸ってしまったワルビルが咳き込み、男が大きくくしゃみをする。
胞子を出しているのは先ほど彼が踏んだダケちゃんだ。
「くそ…このザコポケモンめ!!はあはあ…!」
タマゲタケやパラスといった、草タイプのポケモンの一部は天敵となるポケモンに対する自衛として、草タイプ以外のポケモンにとって有害となる胞子を体内に宿しているポケモンがいる。
その胞子を吸ったポケモンは毒や睡眠、麻痺といった状態異常を与える。
なお、人間に関しては、花粉症と同じ症状を引き起こすことが多い。
男は毒消しでワルビルの解毒を済ませる。
「こうなったらただじゃあ置かねえ…。炎の牙だ、ワルビル!!」
おやの命令に従い、ワルビルが自分の牙に炎を宿す。
胞子を放ったことで最期の力を出し切ってしまったのか、ダケちゃんはその場を動かない。
「くたばれぇぇぇ!!」
炎の牙がダケちゃんを襲おうとしたその時、水鉄砲がワルビルの横っ腹に直撃し、それで吹き飛ばされたワルビルは木に激突して気絶する。
「ワルビル!?誰だ、邪魔しやがったのは!!」
水鉄砲が放たれた方向にトレーナー達は目を向ける。
そこにはミジュマルとラクツの姿があった。
「よくも邪魔しやがってぇ!!」
「容赦しないよ!ハトーボー、エアカッター!!」
トレーナー達の中にいる女性がハトーボーに命令すると同時に、エアカッターがラクツとミジュマルを襲う。
ミジュマルと共に走ってエアカッターをかわしながら、ラクツはダケちゃんを抱え、少女のもとへ向かう。
そんな彼をアシストするかのように、ミジュマルは上空のハトーボーに向けて冷凍ビームを放ち、そのうちの1匹に両翼を凍らせて動きを封じ込める。
「大丈夫!?走れるかい…?」
「え、あ、はい…!」
ハサミで少女の足を縛る草を切り、彼女を立たせると、ダケちゃんを彼女に渡す。
「早く逃げよう!こっちだ!」
少女の手を握り、ミジュマルを一度ボールへ戻したラクツは走って逃げ始める。
「くそ!!使えないやつめ…!!」
八つ当たりするかのように、戦闘不能になったハトーボー数匹とワルビルがボールに戻される。
そして、まだ戦闘継続可能なハトーボーたちがラクツを追いかける。
(何としても、あいつから奪還しなければ…。プラズマ団復活のカギを…!!)
「くそ…!このまま走ってもらちが明かない…!!」
一方、ハトーボーに追いかけられているラクツ達は逃走ルートを予測されたこともあり、時には待ち伏せされたためにで森の中を不規則に走り回っていた。
既に森の中に作られた道から離れており、足場の悪いところを走らざるを得なくなっていた。
(ハトーボーを倒さない限り、逃げきれない…!考えろ…考えろ!!この場を脱する方法を…!!)
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 14匹
入手したポケモン 3匹
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル12
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
・コダック レベル5
技 水遊び 引っ掻く しっぽを振る
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第4話 狙われる少女
「ふう、ふう、ふう…」
森の中の小さな洞穴に入ったラクツはダケちゃんにオレンの実を食べさせる。
傷薬のような人工的な薬品よりも、オレンの実などのポケモン達にとって慣れ親しんだものを使用したほうが、おや以外のトレーナーがポケモンの治療をするときにはやりやすい。
ゆっくりと、ダケちゃんは差し出されたオレンの実を食べ、体力回復に努めていく。
「ありがとう、ええっと…」
「…ダケちゃん」
「そうそう、ダケちゃん。君のおかげで、どうにか逃げ切ることができたよ」
そう褒めながら、ラクツはダケちゃんの頭を撫でた。
これは、この洞窟に入る十数分前のこと。
「…ねえ、君のタマゲタケ、もう少し動ける…?」
「動けるって…どういうこと?」
「一つだけ、あいつらを倒す手段を思いついたんだ。けど、それにはタマゲタケの力が必要だ」
「でも…」
腕の中のダケちゃんを少女は見つめる。
ラクツに助けられる前まで、何度もダケちゃんはプラズマ団からの攻撃を受けており、PPも残りわずかになっている。
すっかりボロボロな自分のポケモンをなおも戦わせるのは酷に思える。
ポケモン図鑑を起動し、ダケちゃんの様子を確認する。
(よし…粉はまだ使える…!)
図鑑を閉じ、自分の人差し指に唾をつけて風向きを調べる。
(風向きはよし、登れる木もある…)
「ダ、ダケちゃん!?」
フラフラと腕の中でダケちゃんが動きはじめ、じっと少女を見つめる。
真剣なまなざしで、彼女に自分は大丈夫だといいたいのだろうか。
プラズマ団が放ったハトーボー達が2人を見つける。
2人は疲れ果てたのか、その場で座り込み、荒い息をしている。
そばにはポケモンがおらず、安心したハトーボー達が一斉にラクツ達に襲い掛かる。
それと同時に、ハトーボーに正面からぶつかるように強い風が吹くが、彼らにとっては飛行及び攻撃には問題ない強さだった。
「…いまだ!!」
ラクツが上を見上げ、大声を出す。
それと同時に真上にある木の枝の上に待機していたダケちゃんがしびれ粉を放ち、その隣のコダックが水遊びを始める。
コダックのような、水タイプや氷タイプのポケモンは技をいつでも出せるように、ほかの生物よりも多めに体内に水分をため込んでいる。
そのため、木の上でもコダックは自分の体から出した水で遊ぶことができる。
しびれ粉が水遊びで発生した水に付着し、その状態で風に乗ってハトーボー達にぶつかっていく。
しびれ粉がついた水を浴びたハトーボーはしびれで羽が動かなくなり、地面に墜落する。
「これでとどめだ…ミジュマル!冷凍ビーム!!」
最後の真打としてミジュマルを出す、同時に冷凍ビームが動けなくなったハトーボー達を襲う。
ビームを受け、ハトーボー達は仲良く氷の彫刻となって戦闘不能になった。
「ふうう…」
すべてのハトーボーを倒したのを確認したラクツは木に登り、ダケちゃんとコダックを回収した。
その結果、こうして安心して洞穴の中で休むことができるようになった。
治療を終えたダケちゃんは少女のそばへいき、そこで眠りにつく。
(あ…これ、よーく考えたら…)
ポケモンがいることを除くと、現在は狭い空間で男女が2人っきり。
しかも、戦闘の間は気にする暇もなかったものの、そばにいる少女は今まであった同年代の少女の中でも1,2を争うくらい可憐で、ラクツの心臓の動きを速めていく。
いくら曲がりなりにも国際警察官とはいえ、ラクツも男である以上、この感情には逆らえないものがある。
「あの…」
「え、ああ…!その、ダケちゃん…大丈夫かなーって…」
作り笑いしながら頬をかき、視線を少女からダケちゃんに向ける。
スースーと安心して眠っており、その様子を見て、もう大丈夫だと思えた。
「…ありがとう、その…」
「ああ。名前を言ってなかったね。僕はラクツ。3年3組の…」
「ラクツ君ね。私はファイツ、3年4組で、今年転校してきたばかりなの。その…助けてくれて、ありがとう」
ダケちゃんの頭を撫でながら、ファイツは頭を下げる。
「そんな…ダケちゃんがいなかったら、ハトーボーから逃げられなかったんだ。だから、僕よりもダケちゃんにお礼を言って」
「ん…。ありがとう、ダケちゃん…」
ラクツにうなずくと、お礼を言いつつ、優しくダケちゃんを撫でた。
(…?なんだろう…ファイツちゃんの目…少し悲しそうだ…)
ダケちゃんを撫でる彼女を見て、ラクツは何か違和感を感じた。
一見すると、子供をいつくしむ母親のように見えるが、悲しげで、どこかこのポケモンに対して罪を犯してしまったことを悔いているかのようにも感じられた。
「その…ボールには、戻さないの…?」
「どうして?」
「どうしてっていっても…みんな、ボールに入れているから…」
「それはそうだけど…私、ポケモンをボールに入れるのが嫌で…」
「そうか…嫌なら、仕方ないよね」
外の景色を見ながら、急にラクツは『彼』のことを思い出した。
『彼』も相棒であるポケモンをボールに入れることはせず、常に外に出して一緒に行動していた。
「(はあ、またあの人を思い出してしまった…)(バサバサ…!!)うわあ!」
「キャア!!」
急に羽をばたつかせる音が聞こえたと同時に、横から柔らかい衝撃が襲い、そのまま倒れてしまう。
「痛たた…!?!?」
目を開くと、洞穴の中からズバットが2匹程度外へ飛んでいくのが見えた。
あの羽音の正体が彼らだったことで安心したが、それで問題がすべて解決できたわけじゃない。
びっくりしたのはファイツも同様で、目の前に彼女の顔がある。
しかも、ほんのわずか数センチ離れているだけ。
また、同年代の少女と比べると発育がよく、胸が押し付けられるように当たっている。
(まずい、これは…非常にまっずい!!)
「うわあ…探してみたら、とんでもないものを…」
追い打ちをかけるように、クラスメートの男子が洞穴を見つけ、そしてラクツとファイツの姿をばっちり見ている。
もう集合時刻から20分以上過ぎていて、おそらく総出で探してくれていたのだろう。
「あああーーーー!!なんてことだ!!」
学校が終わり、帰宅したラクツが着替えないまま頭を抱えて椅子に座っている。
顔を真っ赤にさせ、水筒に残っている水をがぶ飲みした。
それで頭の中をすっきりさせたかったが、目を閉じるとまたラクツに押し倒されている時の光景が頭に浮かんでしまう。
そのせいで、学校に戻ってからの授業には集中できなかった。
これでは、なぜ彼女がプラズマ団に狙われたのかを聞くというのを失念してしまうのも仕方ないだろう。
(はああ…明日はちゃんと学校へ行けるだろうか…)
一方、ファイツの家でも…。
「ふあうう…どうしてこんなことにー…」
うつぶせで自室のベッドに倒れ、真っ赤になった顔を枕に押し付けている。
彼女もまた、ラクツと同じように、その時に事を思い出しているのだろう。
ゆっくりと顔をあげ、ベッドのそばにある小物入れを開く。
しかし、中をじっと見るだけでその中の物を出そうとしない。
「うわー!どうすればいいか教えてくださいーーー!!夢の中でもいいですからーー!」
小物入れを閉めると、また同じ状態に戻り、目を閉じて自分が自然に眠るのを待ち続けた。
幸いなことに、今日のことでいつも以上につかれていたこともあり、数分で眠ることができた。
「…ああ、どうしたんだい?ゼクロム」
真夜中に、とある山の中の洞窟で目を覚ました緑色の髪の男がそこから出て、満月を見つめるゼクロムを見る。
男の言葉に対し、ゼクロムは何も反応を見せることはないが、男は優しくうなずいた。
「ああ…もうすぐだ。僕にとって、決着をつけなければならない時が来るのが…」
男はゼクロムの背に乗ると、ゼクロムは咆哮しながら夜空を飛ぶ。
「さあ、ゼクロム。僕を連れて行ってくれ…あの場所へ。僕に人とポケモンの本当の意味を教えてくれた、人間のトモダチのもとへ」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 14匹
入手したポケモン 3匹
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル12
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
・コダック レベル5
技 水遊び 引っ掻く しっぽを振る
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)8匹
入手したポケモン 1匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
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第5話 終わる日常
「ううう…」
フィールドワークから3日が過ぎた。
フラフラとトレーナーズスクールに登校したラクツは席に着くと同時に体を前に傾け、顔面を机にくっつける。
ファイツとの一件があり、あれからなかなか眠れなくなってしまった。
眠るとまた森の中でのハプニングの光景が目に浮かび、最近ではそのまま彼女にキスされる夢を見てしまうほど、エスカレートしている。
そのため、フィールドワーク後の課題レポートを書くのを忘れてしまい、居残りで書くことになった。
ちなみに、プラズマ団が彼女を襲撃したという報告はハンサムにしている。
報告後に彼から言われたことを思い出す。
「今回、奴らはポケモンを奪ってすぐに逃げることができたはずだ。だが、それをせずに、執拗にポケモンを痛めつけたということは、彼女に何かがある可能性がある。例の物に関するものかもしれん。彼女から目を離すな」
「目を離すな…って言われても…はぁ…」
「おーい、ラクツ大丈夫かー?今日、日直だろ。代わりに課題プリント取りに行ってやろーかー?」
「ああ…頼むよ…」
「おう。ま…3日前のことは気にすんなって。男と女なら、こういうこともあるし!」
話しかけてきた友人が背中をバンとたたいてから教室を出ていく。
まったく誤解が解消されていないのだということがこの言動からわかり、もう何度目かわからないため息をつく。
フィールドワークを終えた後から、生徒だけでなく、教師にまでラクツとファイツが実は恋人関係で、2人っきりになってこそこそしているという噂が流れた。
おそらく、恋愛に関して敏感な女子が流した噂だろうが、噂は性質が悪い。
フィクションか現実かの区別がつかないまま、あっという間に伝播してしまう。
SNSや携帯といったソフトなツールがある現在ならなおさらだ。
何度釈明しようとしても、噂が消えるのには時間がかかり、SNSであるとすべてを消去するのは事実上不可能だ。
(こうなったら、噂がなくなるまでファイツと接触するのはやめておいたほうがいいか…はぁぁ…)
入手し、渡すまでの期限はハンサムから伝えられていないものの、できる限り急がなければ、また何かしらの言いがかりをつけてこの牢獄にとらわれたままになる。
接触には細心の注意を払わなければならない上に、このような噂が流されては必ずどこかで見られて、また変な噂を流されかねないし、その信ぴょう性を確立させてしまうことにもつながる。
「とにかく…これからはいつも通りにふるまって…」
「ああ、ラクツ君。彼なら今はここよ…」
「ありがとう、教えてくれて」
「ふるま…」
聞き覚えがありすぎる少女の声を耳にし、まさかと思いながらポンコツロボットのようにカクカクと顔をその方向に向ける。
扉のそばにいる、タマゲタケを抱いた少女。
彼女もいろいろとからかわれたせいか、顔を真っ赤にしている。
「ラ、ラクツ君…その、話が…」
そして、数時間が立って昼休み。
ラクツは屋上で弁当を食べながら待機していた。
(ファイツちゃん…一体何の話を…)
念のため、屋上に出る扉付近に光学迷彩が施されたカメラを設置しており、ミジュマルを待機させている。
仮に野次馬が近づいて来たら、建物が壊れない程度で威嚇攻撃を行うという算段だ。
弁当を食べ終え、ファイツがなぜ自分を呼び出したのかを考えていると、ハンサムの言葉を思い出す。
(例の物に関するものかもしれん。彼女から目を離すな)
「例の物…持っている可能性はあるけれど…)
考えていると、ガチャリと扉が開き、ファイツが出てくる。
扉を閉め、あたりを確認してからラクツのそばまで行く。
「ありがとう、来てくれて」
「ううん、僕は何も…。それより、ダケちゃんは元気かい?」
「うん。すっかり元気になったわ」
そういいながら、足元にいるダケちゃんを抱えてラクツに見せる。
傷1つなく、元気な笑顔を見せるダケちゃんの頭をラクツはそっと撫でた。
「それで、話というのは…」
「ん…。誰にも話していないの。本当なら、ずっと誰にも言わないつもりだった。けど、私1人じゃどうにもできなかったから…」
悔しそうに唇をかみしめ、フィールドワークの時のことを思い出す。
複数のプラズマ団を相手にしていたからとはいえ、ボロボロにされた挙句、ダケちゃんを奪われる寸前にまで追い詰められていた。
仮に、ラクツが助けに来なかったら、最悪のシナリオが待っていた。
「どうにもできないって…何を」
「それは…」
戸惑いを見せながらも、制服のポケットから小さな紙包みを出す。
「全部は言えないけれど…これをプラズマ団が狙ってる」
「プラズマ団が…執拗に襲ってたってことは、かなり重要なんだろうね?でも、どうしてそれを君が…」
紙に包まれたままで、それがどのようなものなのかは確信できない。
だが、ラクツの脳裏にはあのペンダントが浮かんだ。
「それは…ああ!?!?」
急にファイツがおびえながら両手で口をふさぐ。
「ファイツちゃん!?まさか…!!」
最悪なパターンが頭に浮かんだラクツはすぐに後ろを向く。
そこにはゴルバットがいて、視線は完全に2人に向けられていた。
(ゴルバット!?まずい…!!)
ゴルバットは超音波の膜を口に張ることで違う場所の様子を映像で映し出すことができる。
画質についてはよくなく、ゴルバット自身が目視できる距離まで接近しなければ細かいものについては映すことができないケースが多いものの、複数のゴルバットを経由することで解決することができる。
ゴルバットが下がると同時に、トレーナーズスクールの周囲で爆発が起こる。
「なんだなんだぁ!?」
「キャアアア!!」
「生徒たちを校舎へ!急げー!!」
爆発によって、特に校庭で遊んでいる生徒たちを中心に動揺が広がり、教師が彼らを校舎へ誘導する。
爆発で砕けた塀からフィールドワークの時に姿を見せたあのプラズマ団員達が入ってきて、それぞれウィンディやメグロコ、レパルダスなどのポケモンを出して侵入する。
「く…きっと狙いは…」
狙いを察したラクツは屋上から周囲を見渡す。
大雑把に見て、集まっているプラズマ団は20人。
1人3匹ポケモンを持っているとして、相手をすることになるポケモンの数は60匹。
現在のラクツの手持ちはミジュマルと拘束されたルカリオで、ファイツはダケちゃんのみ。
なお、フィールドワーク中に捕獲したコダックは預けているため、手持ちにない。
「くそ…ファイツちゃん!!」
「え、キャア!?!?」
やむなくファイツを抱きかかえたラクツは北側から飛び降りる。
国際警察での訓練で、高い場所から無傷で飛び降りる技術も得ており、トレーナーズスクールが2階建てであったこともあり、そのまま安全に着地することができた。
(確か、北東の端に非常用の出入り口があった。そこから出れば…!)
「ラクツ君!!」
ファイツの声と同時に、頭の上にダケちゃんが乗る。
そして、ラクツの背後の上空に向けてしびれ粉を放つ。
風に乗ったオレンジ色の粉がエアカッターを放とうとしたゴルバットに命中、マヒ状態になって地面に落下する。
「助かったよ、ダケちゃん。ミジュマル!!」
続けて屋上から飛び降りたミジュマルが足元のゴルバットに向けて冷凍ビームを放つ。
氷漬けになったゴルバットを足場に着地し、ラクツの前に立つ。
(…こんなにあっさり見つかって、それに…私のせいで…)
プラズマ団のポケモンによる攻撃をしのぎつつ、ファイツの手を握ったまま前へ進んでいくラクツを見る。
そして、トレーナーズスクールがプラズマ団によって壊される光景を頭に浮かべる。
(私のせいだ…私のせいで、みんな!!)
「チェレン先生!?」
「入口は俺がどうにかします!皆さんは校内に侵入したプラズマ団の排除をお願いします」
生徒全員の避難を確認したチェレンは後者の入り口に立ち、3つのモンスターボールを同時に投げる。
「頼むぞ…みんな!!」
ボールからはケンホロウ、ギガイアス、そしてジャローダが出てくる。
最終進化を果たした3匹のポケモンを目にしたプラズマ団員へ警戒しながら、レパルダスとゴルバットを出す。
「ったく、メンドーだな。こうしてヤケになって悪さをする悪党っていうのは」
服のポケットから眼鏡を出し、ゆっくりとかける。
元々チェレンの視力は良好で、眼鏡をかけなくても見えている。
トレーナーズスクールの教師となり、生徒や教師から眼鏡をかけていないほうがかっこいいと言われたこと、そして2年前の強さに固執していた自分と決別するために眼鏡を辞めていた。
だが、本気を出すときには眼鏡をかけるため、いわばチェレンの精神スイッチとなっているのだろう。
なお、ジャローダは2年前に育てるのを放棄したツタージャで、ポケモンリーグ後から改めて育て始めたものだ。
(警察が到着するまで遅くて10分以上はかかる。その間、生徒たちは俺が守って見せる!」
「よし、ここから…」
非常口を開き、学校の外に出る。
外ではポケモンを持たない警官たちが周囲の住民を避難させており、応援が到着するのを待っている。
また、ポケモンを持つ警官はプラズマ団を取り押さえるため、学校に突入した。
「とにかく、この町を離れないと。けど…そこからどうすれば…」
とにかく、町を出るために北へ向かおうとすると、2人の元へ一台の車が猛スピードで走ってきて、急ブレーキをかけて止まる。
その車の後部座席のドアが開き、助手席の窓が自動で開く。
「乗って!!」
「乗れ…って、あなたは!?」
車の付いているマーク、そして助手席に座る茶色いポニーテールの少女、
家の中でトレーニングをしているときにつけたテレビで映っていた、若干18でありながら、最近ポケウッドの運営にかかわり、急成長しているBWエージェンシーの社長。
「まさか…ホワイトさん!?」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 17匹
入手したポケモン 3匹
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル13
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)11匹
入手したポケモン 1匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
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第6話 受け継いだ言葉
午後3時になり、トレーナーズスクールから逮捕されたプラズマ団のメンバーたちが拘束され、警官によって護送車まで連行されている。
彼らの指揮を執っているのはハンサムだ。
「それで、結果のほうは?」
「はい。10人逮捕、3人は残念ながら…逃げられました」
「そうか、あのテロリスト達から情報を得なければな…」
ハンサムと話していた警察官は彼に敬礼をした後、すぐに持ち場へ戻っていく。
そして、別の警官が敬礼のあとで報告する。
「警視。ここの教師からの話ですが、ラクツ元刑事とファイツさんがいないと…」
「いない…?まさか…」
「一大事ですよ。急いで取り押さえなければ…。すぐに追わなければ」
「いや、我々はこの現場の対応をしなければならない。それに、既に追手は放っている」
「よし、服装はこれで…」
芸能人が待機しているような楽屋の中で、ラクツは制服から着替えた自分自身の姿を見る。
赤いサンバイザーをつけ、青と灰色が基調のランニングウェアとハーフパンツを着ている。
ヒオウギシティでは制服かジャージぐらいしか着ていなかったラクツにとってはとても新鮮だった。
この服はホワイトが入手したもので、トレーナーズスクールの制服を着ているよりもこれなら追手にばれにくいかもしれないと提案された。
部屋を出て、案内役のチラーミィについていく。
エレベーターに乗って3階へ行き、ホワイトの名前が書かれたドアの前に立つ。
ホワイトに助けられた2人はそのままヒオウギシティを出て、サンギタウン東にあるタチワキシティに連れてこられた。
そこは港町であり、更に北部にポケモンとトレーナーが一緒になって映画を作れる場所、ポケウッドが完成したことで近年話題となっているところだ。
ヒオウギシティの人口増加の原因ともいわれている。
ドアを開けると、そこにはジャローダ、シキジカ、マッギョ、ママンボウ、ユニラン、バルチャイとホワイトの姿があった。
「うーん、中々似合ってるじゃない」
ラクツの姿を見たホワイトは隅々まで見ながら彼を誉める。
あんまりファッションに関心がなかったラクツはどのような反応をすればいいのかわからない。
そうしていると、今度はファイツが入ってきた。
「な…!?」
部屋に入ったファイツを見たラクツの顔が真っ赤になる。
黄色いミニスカート風のショートパンツと青と白のTシャツを着ていて、白いサンバイザーをつけている。
なお、髪形も変わっており、お団子付きのツインテールとなっている。
あまりに似合っていて、かわいらしい姿のファイツが彼にとっては刺激的だったようだ。
「ラ、ラクツ君、大丈夫??」
「…」
「あー、これは…女性に対する免疫がないみたいね」
固まったラクツを見たホワイトは苦笑する。
そして、数十分後にラクツが正気を取り戻した。
「あの、天下のBWエージェンシーのホワイト社長がどうして、見ず知らずの僕たちを助けたんですか?」
「天下のって、ちょっと厭味ったらしく聞こえるけど…。1つは友達からの頼みね。今、トレーナーズスクールで講師をしている友達がファイツちゃんを助けてほしいって」
「友達…?それは…」
「チェレン君よ。彼、おそらくファイツちゃんの素性がわかってたみたいだから。だから、あなたがちゃんと普通に生活できるように、いろいろ便宜を図っていたの」
「チェレン先生が…」
ホワイトの話を聞いたファイツが複雑な表情を浮かべる。
それが知られたくないという理由でイッシュ地方でも辺境ともいえ、プラズマ団の影響も少ないヒオウギシティへ移住したというのに、知られていたうえに見えないところで手を貸してくれていた。
ありがたいという思いと申し訳ないという思いがごちゃ混ぜになる。
「ああ、ホワイトさん。ちょっといいですか?」
「何かな?ラクツ君」
「その…ファイツちゃんの素性なんですが、できれば言わないでいただけないでしょうか?」
「え…?」
普通なら知りたいと思い、素性を教えてくれというのが当然の反応だ。
だが、ラクツは普通とは真逆の反応を見せた。
どういう神経をしているのか、分からなかった。
「彼女が知られたくなさそうだし、それに…そういうことは彼女の口からききたい。言いたくないのであれば、それでもかまわないって、僕は思っています」
「ラクツ君…」
「そう…なら、そのことは言わないことにするわ。それで…もう1つはあなたたちを逃がすため」
「逃がす…?プラズマ団からですか?」
「ええ…。ああなってしまった以上、2人ともどこでもプラズマ団に狙われる。きっと、それは今のプラズマ団のリーダーであるアクロマを倒さない限りは、ずっと…」
「アクロマ…?」
「あなたなら、知っているとは思ったけど…」
「テレビや新聞では、そういう情報は全く入ってこないんです」
ホワイトの言葉を聞き、彼女はファイツだけでなく、自分自身の素性についても知っていることが予測できた。
実際、左遷されてからこういう国際警察が扱う案件についての情報が全くと言っていいほど伝えられていない。
自分の師匠であるハンサムもそれを教えてくれるほどのお人よしではないことを弟子であるラクツ自身がよく知っている。
「そう…。少なくとも、2年前の事件のあと…ゲーチスは表舞台から消えているわ」
ゲーチス、という名前を口にしたホワイトの表情がかたくなる。
それは彼がホワイト、そしてもしかすると彼女の仲間たちにとって不倶戴天の敵だということだろうとラクツは感じられた。
「そんな彼が今何をしているのかわからないのも怖いし、今のプラズマ団の行動の目的も気になる…。少なくとも、今はファイツちゃんが目的だということは分かったわ。だから…」
「僕が彼女を守れ、ですか?」
ラクツの言葉にホワイトは黙ってうなずく。
そして、ラクツのバッジを手渡す。
「これは…」
「チェレンから預かってたもの、ベーシックバッジよ。これで、人からもらったポケモンでも、レベル20までのポケモンならいうことを聞いてもらえる、いわば、トレーナーとしての力量の証ね。今回は緊急事態だし、今後のことを考えると、あなたたちが持っていたほうがいい」
「そういうことなら…」
ジム戦もなしにバッジを手に入れるというのは少し納得がいかないものの、すべてが終わったら返せばいいと自分の中で納得させた後で、バッジケースにそれを入れた。
「そして、今後の旅費については私が可能な限り援助するわ」
「助かります。金も道具のほとんども、ヒオウギシティに置いてきてしまったので…」
学生生活が長くなってしまい、任務からも離れていたことから、すっかりこういう緊急事態を想定した備えを忘れてしまったことを悔やむ。
特に、国際警察から支給されていた技マシンのほとんどが手元にない。
あるのは一部の秘伝マシンとみねうち、冷凍ビームのみだ。
「そのかわりだけど、旅の間に探してきてほしい人がいるの」
「探してほしい人」
「人、というより…石というべきかもしれないけど…」
「それって、ライトストーンのことですか?」
ホワイトが探してほしいもの、で思い浮かぶのはそれしかなかった。
Nの城の出現、そしてプラズマ団の野望を阻止したブラックがライトストーンに取り込まれて行方不明となったことは当時、連日テレビや新聞、SNSで話題となっていた。
ライトストーンを探すため、ブラックの知人が相次いで捜索を続けたが、2年たった現在でも見つかっていない。
見つかったとしても、ライトストーンからどうやって彼を救い出すのかもわからないが。
それに、イッシュ地方以外の地方に飛んでいった可能性も考えられ、すべての地方を探すとなると膨大な時間がかかる。
深海の底、山脈のどこか、火口の中となれば最悪だ。
「…」
ホワイトの話を聞いたファイツは複雑な表情を浮かべる。
ブラックはNをゲーチスから救ってくれた存在だ。
恩人である彼を助けたいとは思うが、今の自分にそれをする資格があるのかと考えると疑問符がついてしまう。
「必ず見つける…っていう保証はできませんが、可能な限りやってみます」
「ありがとう…じゃあ、契約成立ね」
「ごめん…。勝手に話を進めてしまって」
楽屋に戻ったラクツはお茶が入った紙コップを座布団の上に座るファイツに渡す。
ホワイトとの話から、ずっとファイツの表情が暗いままで、ダケちゃんも心配そうに見つめている。
「明日の夜には船の準備ができるから、それまでは…」
「…どうして?」
「え…?」
「どうして、私の正体を聞かないって言ったの?」
「それは…」
ファイツの疑問を聞いたラクツは口ごもる。
しばらく両者が沈黙した後で、ファイツが再び口を開く。
「あなた…おかしい!!フィールドワークの時も、学校でプラズマ団が攻撃してきたときも、私のことを放っておくことだってできたのに…!!」
ファイツにとって、ラクツはあまりにも今までにあったことのない人間で、理解できなかった。
2度も助けられ、おまけに自分の正体を聞こうとしない。
どうしてそんなことができるのかわからない。
感謝をしているのは事実だが、そんな彼が怖くなってしまう。
「…。昔、一緒にポケモンバトルを学んだ仲間がいたんだ。今は全く音沙汰がなくて、どこで何をしているのかわからないけど…」
もう1つの紙コップにペットボトルのお茶を入れ、ゆっくり飲みながら、ラクツは彼のことを思い出す。
「それで、山でバトルの修行をしていたとき、迷子になってしまってね…心細かったよ。けど、その仲間がボロボロになりながら探しに来てくれた。それで…言ったんだ。誰かを助けるのに理由なんていらないってさ」
「誰かを助けるのに…理由はいらない…」
「…まぁ、とどのつまり、かわいい女の子の前でかっこつけたかったんだよ、僕は」
わざと雰囲気を壊すように頭をかきながら笑みを浮かべると、トイレへ行くと言い残し、紙コップをごみ箱に捨てて楽屋を出ていく。
「誰かを助けるのに、理由はいらない…」
ドアを見つめながら、ファイツは静かにラクツの言葉を反復した。
「…失敗、しましたか…」
「はっ、申し訳ありません。イレギュラーがあったために…」
真っ暗な研究所の中で、プラズマ団員の男が白衣の男にひざまずきながら報告する。
男は眼鏡を直し、団員に目を向ける。
「それで、イレギュラーというのは」
「はい。ターゲットと同年代ですが、トレーナーズスクールのガキどもと比較すると、かなり手ごわく…」
「…そうですか。下がってください」
「ハッ!」
団員は急いで部屋を出ていき、白衣の男は左腕につけている白い計算機を操作し始める。
(あの町には国際警察官くずれの少年がいるという情報はつかんでいましたが、まさかこの時のために…となると、彼を呼ぶことになりそうです…)
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 17匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル13
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)11匹
入手したポケモン 1匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
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第7話 過去の影
「じゃあ、2人とも。映画を作ってみよう!」
「な、映画…??」
ポケウッドにかくまわれた翌日、ホワイトからの提案にラクツとファイツは首をかしげる。
確かに、ポケウッドに来た以上は何か映画関連のイベントに参加するのが常識ではあるが、今の2人は逃亡生活中の身。
そんな自分たちが映画に出ていいのかと疑問を抱く。
「大丈夫!ちゃんと仮面があるし、仮面にはボイスチェンジャー機能もついてるから」
「ボイスチェンジャー!?それって、しゃべった声が全部ふもふも、とかもっふるに変わってしまうような…」
「ラクツ君、それ違う漫画のだから…」
「と、とにかく!これが台本!」
なぜか違う漫画のマスコットキャラクターのことを口にしたラクツを無視し、ホワイトは台本を渡す。
「ハチクマン…?」
「ええ。遊園地を侵略しに来た悪役のハチクマンを倒す正義のヒーローの物語よ」
「でも、ホワイトさん!私たち、俳優じゃなくて…」
「心配いらないわ。それこそがBWエージェンシーのポケウッド映画の醍醐味だから!」
「醍醐味…?」
「ええっと、正義のヒーローは2人で、ハチクマンのコマタナとバルチャイにダブルバトルを挑むと…??」
楽屋に戻った2人は渡された台本を読み始める。
ダケちゃんは台本を読んで5分後に眠ってしまい、今はファイツが用意した座布団の上で熟睡している。
上映時間は10分程度で、収録された映画については後日、ポケウッド短編映画集で上映されるとのことらしい。
確かに、短編映画であれば素人でもできないことはない。
「そういえば、ハチクマン役のハチクさんって俳優業を引退したはずじゃあ…」
ハチクが映画撮影中の事故で俳優業を引退したというのは、イッシュ地方では有名な話だ。
医者から俳優としての再起は不可能だと宣告され、酒浸りとなり、地下での賭けバトルに手を染めそうになったところをアデクに救われ、セッカシティジムリーダーに就任したらしく、2年前の事件ではプラズマ団の七賢人と戦い、プラズマ団壊滅の立役者となった。
ジムリーダーになってからは再び俳優になりたいと必死にリハビリを重ね、その結果ポケウッドで俳優業に復帰することができた。
なお、セッカジムは別の人がジムリーダーを務めているとのこと。
ハチクマンはそんな彼の復帰後初作品でもあるとホワイトから聞いている。
「使うポケモンは自由に選んでいいか…。私はダケちゃんで、ラクツ君はミジュマル。それで、セリフは…『待ちなさい!理想の使者、リオルガール!リオルマンとともに登場!!』…という感じかな?うーーーん…」
「ファ、ファイツちゃん…??」
セリフを言うときのファイツはおとなしい普段の彼女から一変し、特撮番組で登場する活発な変身ヒロインそのものとなっていた。
おとなしい彼女しか見たことのないラクツにとっては驚きだ。
「やる気、たっぷりなんだね」
「だってハチクさんの復帰作品なんだから、いい作品にしなくちゃ!だれかを助けるのに理由はいらない、でしょ?」
「…『真実の使者、リオルマン参上!夢と希望あふれる遊園地を破壊せんとするハチクマン!真実と理想の力で、あなたを倒す!』」
先ほどのファイツのように、ラクツも完全になりきってセリフを言う。
そんな彼を見たファイツは思わずクスリと笑ってしまった。
「あ…やっと笑ってくれた」
「え…?」
ラクツの安心したような笑み、そして笑ってくれたという言葉に疑問を抱くも、なぜか笑いが止まらず、おなかの底から笑ってしまった。
「アハハ!アハハハハ!!」
「…ハ、ハハ!アハハハ!!そうだよ、ファイツちゃん!!」
「アハハ!え、何、何??」
「ファイツちゃんは笑顔が一番よく似合う!」
「え、えええ!?」
ラクツの言葉で笑うのをやめたファイツの顔が真っ赤に染まる。
また、いった張本人であるラクツもまた、ファイツほどではないが顔を赤くする。
「あ、私、水もらってくる!!」
恥ずかしくてこれ以上いられないと思ったファイツは楽屋を飛び出す。
といっても、ラクツは顔を赤く染めた上に固まってしまっており、ファイツが出て行ったことには気づいていなかった。
「あああ、どうしよう…。この後、どうラクツ君と顔を合わせば…」
真っ赤になったままの自分の顔を両手で隠しつつ、2人の楽屋のある階の自販機付近のベンチに腰掛ける。
だが、顔を隠しているとどうしてもラクツの笑顔が似合う発言を思い出してしまい、それをいうラクツの顔を思い出してしまう。
まずは赤くなった顔をどうにかしようと思い、自販機でキンキンに冷えたミックスオレを買おうと立ち上がる。
「あれ…??」
立ち上がったファイツの目に灰色のしっぽが映る。
植木鉢の後ろから飛び出すように、それはある。
「ポケモンかしら?」
迷子になったポケモンかと思い、ゆっくりとそれに近づく。
人目に気付いたのか、尻尾は植木鉢の後ろに引っ込んでしまう。
ファイツが到着したとき、植木鉢の後ろには、同じ形の植木鉢が置かれていた。
「さっきのポケモン…もしかして…」
「よーし、それでは撮影を始めたいと思います!」
午後になって、ラクツ達ハチクマンの出演者やカメラマン、監督らがスタジオに集まる。
すでにスタッフによって舞台である遊園地のセットは完了している。
「…君たちが、リオルマンとリオルガール役だな」
「はい、あなたが…」
「ハチクだ。今日はよろしく頼む」
すでにハチクマンの衣装を身に着けたハチクがあいさつを済ませると、すぐに台本の読み返しを始めるためにその場を後にする。
「かなり真面目な人なんですね…」
「うん、それに今日の映画は特別だから、熱心なの。ところ、2人は使うポケモンを決めた?」
「ええ、僕はミジュマルを使います。ルカリオはちょっと調子が悪いみたいで…」
リオルマン役をやるのであれば、リオルかルカリオを使うべきだろうが、ラクツのルカリオは力の大部分がセーブされており、役を演じきれるかわからない。
継続して安定感のあるバトルをするのであれば、現状はミジュマルを使うのが唯一の手だ。
「それで、ファイツちゃんのポケモンは?」
「はい。この子がやってみたいって…」
そういったファイツは後ろにいるポケモンを抱きかかえ、ホワイトに見せる。
「この子は…」
「知ってるんですか?ホワイトさん」
見たことのないポケモンに驚きながら、ラクツは動揺を見せるホワイトに聞く。
(まさか、このポケモンって…)
「あの、ホワイトさん…?」
「ううん、なんでもない!ファイツちゃんがいいなら、それで…」
作り笑いをしながら、判断をファイツにゆだねると、ホワイトは打ち合わせがあるといって、スタジオを後にする。
ホワイトの様子のおかしさを怪しみながらも、ラクツはもう1度ファイツが抱えるポケモンを見て、それに図鑑を向ける。
「へえ、ゾロアって言うんだ。けど、いつの間に手持ちに…?」
「ポケウッドに迷い込んでたみたいで…」
「誰かの手持ちってわけでもなさそうだね」
ゾロアをよく見ると、毛並みは自然体で誰かの手が加わっていないようで、若干痩せている。
自然界では食べる量と時間のコントロールが難しく、野生のポケモンは若干痩せている傾向にある。
逆にトレーナーとともにいるポケモンは標準以上の体重となる傾向があり、現在はトレーナーとともにポケモンにも健康を、とのことでトレーナーとポケモンが合同で行うエクササイズ教室が開かれるほど、ポケモンの肥満が問題となることがある。
といっても、バトルや別に地方で行われているポケモンパフォーマンス、ポケモンコンテスト、ポケスロンをやったことのないポケモンがそうなることがほとんどで、たいていのトレーナーがいずれかをやっていることから、人間よりもポケモンが健康的な生活をしていることが多い。
「それにしても、懐かれてるんだね。ゾロアに」
「え、ええ…まぁ…」
ラクツの言葉に戸惑いながら、ファイツは優しくゾロアの頭を撫で、ゾロアも優しくなで受ける。
(このゾロア…もしかして、N様の…)
「…はぁ、もう何やってるんだろ」
スタジオを出て、廊下のベンチに腰掛けたホワイトはファイツが抱えていたゾロアのことを思い出していた。
「きっと、あのゾロアは…」
彼女の脳裏に浮かんだのはNが解放したゾロアだ。
Nはブラックに敗れた後、彼は敗北と自分の考えの誤りを認め、ゼクロムとともに旅立っていった。
ゾロアは置いていかれ、そのあと行方が分からなくなった。
そのあとで重大な事件が起こってしまったこともあり、探す余裕もなかった。
あの事件のあと、ゾロアについてアヤラギ博士と調べた結果、イッシュ地方でこのポケモンは事実上、N1人しか所持していないということが判明しており、野生のゾロアの目撃情報もゼロだ。
だから、ファイツが見せたゾロアはNのゾロアである可能性が非常に高い。
「ブラック…君…!」
ライトストーンに封印されてしまう時のブラックのことを思い出し、涙を流す。
彼に対して何もできなかった自分の無力さを呪う。
もしもそのとき、必死に手を伸ばし、ぎゅっと握りしめることができたら、何かが変わったのではないかと今となってはどうにもならない家庭を頭に浮かべてしまう。
そんな彼女を心配してか、ホワイトのボールから勝手にウォーグルが出てきて、心配そうに彼女を見る。
「ウォー…。ごめんね、ブラック君が帰ってくるまで、ちゃんとしなくちゃいけないのに…」
涙をふき、無理に笑いながらウォーグルの頭をなでる。
このウォーグルは元々、ブラックが所持していたポケモンで、彼が行方不明となった後はほかのブラックのポケモン共々、BWエージェンシーで面倒を見ている。
ホワイトの言うように、いつかブラックが帰ってくる未来のために。
ブラックのことがあり、ホワイトはプラズマ団、特にゲーチスを今もなかなか許せずにいる。
彼が行方不明となる原因となったNに対しても同様だ。
だからといって、もともと彼のポケモンであったゾロアを恨むのは筋違いだというのはホワイト本人が一番分かっている。
だが、頭ではわかっていても、どうしても心が納得してくれない。
なぜ今頃になって現れて、自分の傷をえぐるようなことをするのかとさえ思ってしまう。
「教えてよ…ブラック君。私、どうしたら…」
2年前の事件は今もホワイトのような傷を残し続けていた。
プラズマ団やNの罪の清算も、何かを失った、奪われた者たちの傷も、何も終わっていない。
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 18匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル13
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)12匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル25(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第8話 撮影開始
撮影用の舞台のそばにある更衣室の中で、ラクツはリオルマンの衣装に着替え始める。
ひと昔にはやったスーパーマンというアメリカンヒーローのスーツを模した設計で、赤いV字型のマスクで目の周りを隠している。
小さな男の子なら一度はあこがれる、特撮ヒーローへの変身。
ラクツの場合、あこがれなかったかと言われるとウソになるのだが、この衣装を着るには精神的にやや成長しすぎていたかもしれない。
鏡で今の自分の姿を見て、すっかり赤面になっている。
「特撮ヒーローものに出演している人って…こんな恥ずかしい思いに耐えているのか…?」
ほぼすべての出演者がそうだというわけではないものの、ラクツは改めてこういう番組や映画に出演する俳優に敬意を表した。
そして、来ていた服や荷物をロッカーに入れ、スタジオに出てくる。
「似合っているな」
外で待っていたハチクがラクツを見て、淡々と述べる。
「あ、ありがとう…ございます」
「お待たせしましたー!」
遅れてファイツもリオルガールの衣装を着て、スタジオに現れる。
衣装の構造はリオルマンとあまり変わりない。
「似合ってるよ、ファイツちゃ…」
「ファイツちゃん、じゃないわよ!リオルマン!私はリオルガール!貴方と一緒に世界の平和を守るヒーローよ!」
「え…あ…」
衣装を着て、何かスイッチが入ってしまったのか、すっかりファイツはリオルガールになりきっている。
そういえば、彼女が更衣室に入るときも、しっかりと台本をもっていっていたことをラクツは思い出す。
「そういえば、ホワイトさんはまだ戻ってきてないんですか?」
ホワイトのことを思い出したラクツは周囲を見渡すが、どこにもホワイトの姿がない。
「ああ…。まだ戻ってきていない。一体どうしたのか…」
考え込むハチクだが、彼もなぜホワイトが戻ってきていないのかわかっていた。
だが、それを口にするわけにはいかなかった。
「探しに行ってくる」
そう言い残し、ハチクはスタジオを出ていった。
「社長…社長!!」
「んん…」
懐かしい、今すぐにでも会いたい少年の声が聞こえ、ホワイトは目を開く。
周囲にはだれもおらず、明かりも消えていて、太陽の光が照らされている。
そして、目の前には…。
「ブラック…君??」
「何やってんだよ、社長。泣き顔は似合わないぜ」
いなくなってしまった2年前と全く同じ姿で、立ったままホワイトを見ている。
彼を見たホワイトはこれが夢だということをすぐに理解した。
日中にこの場所に人やポケモンが全く通らないというのはあり得ない。
それに第一、ライトストーンすらまだ見つかっていない。
そのことは分かっているが、ホワイトはせめて夢の中だけであってもブラックに触れたいと立ち上がろうとする。
しかし、なぜか体が動かず、まるで金縛りにあったかのようだった。
幸い、口は動くし、しゃべることもできる。
「ブラック君!!あなたは今、どこにいるの!?」
「ああ…よくわからない。けどまぁ、イッシュ地方のどこかにいる。でもよ、今俺が話したいのはそれじゃなくて、あのゾロアのことだ」
ブラックの言葉にホワイトは黙り込む。
あのゾロアと言われて、思い浮かぶのは一匹だけだ。
「あいつはただ、大好きなトレーナー…まぁ、Nのために全力で何かをしようとしていただけだ。それは社長自身、分かってるだろ?」
「ブラック君…」
「俺はNのやったこと、ゲーチスのやったことは許せねえ。社長を泣かせたことは特に…。でも、あいつらのポケモンまで恨まないでやってくれ。大丈夫、社長ならできるって信じてる。それに…必ず社長と会えるってことも…」
徐々にブラックの体が透明になっていく。
ホワイトは動けないと知りつつも、必死に体を動かそうとする。
「ブラック君、ブラック君!!」
「BWエージェンシーの宣伝するって言ったろ?大丈夫、あの2人がなんとかしてくれるさ」
「あの2人…」
だんだん見えなくなるブラックが右を指さす。
何かに操られたかのように、ホワイトの顔が指さす方向に向く。
そこにはラクツとファイツの姿があった。
「ラクツ君とファイツちゃんが…?」
「ああ…。2年前に終わらせることのできなかったことも…」
「ホワイト社長…ホワイト社長!」
「んん…」
ハチクの声が聞こえると同時に、空間がいつもの光景へと変わる。
撮影道具を持った人やポケモン、そして俳優と話しながら歩くマネージャー。
「やっぱり…」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
目をこすり、心配してくれたウォーに小さな声でありがとうと言いながら頭を撫でる。
ウォーをボールに戻した後で、ホワイトは立ち上がる。
「撮影ですね。待たせてしまってごめんなさい!すぐに行きます!」
「ん…ああ…」
スタジオへ向けて走っていくホワイトを見たハチクはびっくりしたものの、少しだけ安心した。
(どうやら、いい夢を見ることができたみたいだな…)
ハチクがホワイトを見つけたのは数分前で、ベンチに座って眠っている彼女を見つけた。
眠っている間、彼女は苦しそうだったが、目を覚ますと同時に元気な様子を見せた。
決して空元気ではない、彼女本来の元気を。
ホワイトを追いかけるように、ハチクもスタジオへ戻っていった。
「えー、それでは…『ハチクマン』の撮影を始めたいと思います!みなさん、準備はよろしいですか?」
準備が終わったスタジオで、メガホンを手にしたホワイトが出演者たちに声をかける。
遊園地客役を務める数人のメンバー、そしてセットの外で待機しているハチク、及びラクツとファイツがOKのサインを出す。
「カメラマンさんもOK!では…よーい、アクション!!」
カチンコが鳴り、それと同時にあらかじめ録音されているナレーションが流れ始める。
(笑顔の絶えない遊園地、みんなの理想の遊園地。だが、そんな場所に怪しい影が一つ…。そう、それは事件の幕開け…。だが、しかし!影あるところに、光あり!あのヒーローが現れた!そう…彼らは正義の2人組。リオルマンとリオルガール!!)
遊園地の観客がアトラクションを楽しむ中でナレーションが終わり、それと同時に怪人ハチクマンが姿を現す。
すかさず彼はコマタナとバルチャイをボールから出し、2匹のポケモンはそれぞれ瓦割りとエアスラッシュで遊園地に攻撃を仕掛ける。
「ゆけ、我がポケモン達!この遊園地で暴れまわるのだーーー!!」
まさにベタなヒーロー番組で登場するような悪役のテンションでセリフを吐くハチク。
長年感じることのなかった、俳優としての自分の魂がよみがえったかのようで、まさに水を得た魚と言ってもいい。
2匹のポケモンが暴れまわり、悲鳴を上げながら客たちは逃げ出していく。
「そうだ、そうだ!!すべてを破壊しつくせーーー!」
「そこまでよ!」
「ヌ…何者!?」
声が聞こえたのは動きが止まった観覧車の一番上。
そこには2人組のヒーローが立っていて、ハチクマンを見下ろしている。
敵の存在に気付いたバルチャイは悪役ポケモンのお約束の技と言わんばかりにシャドーボールを放つ。
だが、リオルマンはリオルガールを抱っこして観覧車から飛び降りてシャドーボールをかわし、見事に全身すべてを使って衝撃を逃がしたうえで着地に成功した。
そして、リオルガールを下ろして彼と対峙する。
「私は理想の使者、リオルガール!!」
「俺は真実の使者、リオルマン!!悪の波紋を感知し、ただいま参上!ハチクマン!お前の悪行、これ以上許すわけにはいかない!」
「悪行を重ねるなら、私たちが相手よ!」
ハチクマンに指をさし、大声でセリフを言った2人のヒーローはミジュマルとゾロアを出す。
ミジュマルとゾロア、そしてコマタナとバルチャイは互いににらみ合う。
「遊園地…それはひと時の夢。すなわち、人々の理想の形。理想など…破壊してくれる!真実など、この手で消し去ってくれる!!コマタナ!金属音!!」
コマタナの体中についている刃が振動を起こし、激しい金属音が起こる。
ハチクマンとバルチャイなど、リオルマンとリオルガール以外は耳栓をつけているため、影響を受けることはないが、それを直接聞くことになる2人と2匹は両耳をふさぎ、必死に耐える。
「フハハハハハ!!どうだ!?この金属音は!この音の中では満足に動けまい!!シャドーボールを受けるがいい!」
続けて、とどめを刺さんとバルチャイがシャドーボールを数発放つ。
「ぐうう…ゾロア!守る!!」
耳をふさぎながら、必死に出したリオルガールの声が聞こえたゾロアはミジュマルの前に立ち。緑色のバリアを展開する。
バリアはシャドーボールをすべて受け止めた後、消滅した。
「ふん…。ただ守るだけでこの私、ハチクマンを倒せるとでも?」
「いいえ、ハチクマン!これで集中するためのエネルギーのチャージが終わったわ!」
「何?」
「俺たちは波紋を感じ取る力がある。目と耳に頼らず、波紋を感じるという7つ目の感覚がお前を倒す!」
そういって、リオルマンとリオルガールは目を閉じる。
ただし、あくまは波紋を感じるというのは設定に過ぎず、ラクツとファイツ本人にそんな能力があるわけではない。
感じたふりをして、アドリブで動くだけ。
「見えた…リオルマン!」
リオルガールがぎょっと握る手の力を強める。
体を接触させることで、自分が感じた波紋を相手に伝えることができ、力を強めることでよりダイレクトに、正確に伝えることができるというのもリオルマンとリオルガールの設定だ。
リオルガールは身体能力が低い分、抜群の波紋感知能力を持つ。
リオルマンは身体能力が高いものの、波紋感知能力が弱い。
互いの弱点を埋め会い、長所を高めて悪を滅ぼす。
これがリオルマンとリオルガールの魅力だというのがホワイト曰くだ。
「ありがとう、リオルガール!!ミジュマル、草結び!!」
耳は使えないが、目は使えるミジュマルが力を込めて草結びを放つ。
地面から出てきた草がコマタナの手足を縛り付け、その場にうつぶせで転倒させる。
草結びで草が出せるように、遊園地のタイルには隙間が用意されており、その下には土がちゃんと用意されている。
金属音を発動したまま倒れてしまうと、自身の刃にダメージが発生してしまうことから、コマタナはやむなく金属音をとめる。
「ゾロア!追い討ち!」
金属音を止めたコマタナにまさに文字通り、追い討ちをゾロアが仕掛け、動きが封じられているコマタナに皿にダメージを与えていく。
「おのれ…!!バルチャイ、コマタナを助けに…」
「させないぞ!!ミジュマル、冷凍ビームだ!!」
バルチャイに向けて、ミジュマルが冷凍ビームを放つ。
弱点である冷凍ビームを受けたらどうなるかわかっているため、バルチャイは急いでそれを回避する。
「続けてもう1度追い討ち!!」
草結びをどうにか切り取り、脱出に成功したコマタナに再び追い討ちが襲う。
再び襲う一撃が利いたのか、コマタナは目を回しながらその場に倒れる。
「ちぃ…コマタナ、戻れ!!」
ハチクマンはすぐにコマタナをボールへ戻すが、すぐに怪しげな笑みを浮かべ始めた。
「さあ、これで残ったのはバルチャイ1匹よ!」
「ふん…最初からバルチャイ1匹で十分なのだ。貴様らを始末するならば…!!」
そういって、ハチクマンが右手に持つ杖をバルチャイに向ける。
「さあ、バルチャイよ!私の悪のパワーを受け取るがいい!!」
杖から放たれる黒い光がバルチャイを襲い、光を受けたバルチャイが黒いオーラに包まれていく。
それと同時に目の色が赤く染まっていく。
「ハチクマン!お前…一体何をした!?」
「今、教えてやろう…。シャドーボール!!」
バルチャイの口にシャドーボールのエネルギーが集結する。
だが、これまでのそれと比較すると3倍以上の大きさの球体となっていて、発射される前からプレッシャーがビリビリと2人を襲っている。
「この力は…ゾロア、ミジュマル、避けて!!」
「もう遅い!!」
リオルガールが危険な波紋を感じ、叫ぶも時すでに遅く、バルチャイの強化されたシャドーボールが襲い掛かる。
先ほどまでのシャドーボールの倍以上のスピードで飛んできて、2匹のポケモンの前で爆発を引き起こした。
「ハチクマンの悪の力がバルチャイを覚醒させた。圧倒的な力を見せるあのポケモンに、このまま遊園地が破壊されてしまうのか!?どうなる?リオルマン、リオルガール!!」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 18匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル13
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)12匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル25(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第9話 嵐を呼ぶヒーロー
バルチャイのシャドーボールによって引き起こされた爆風が消え、そこにはボロボロになったミジュマルとゾロアの姿があった。
「ゾロア!!」
「くそ…ハチクマンめ、悪のパワーでバルチャイを!」
「そう!我が悪のパワーはポケモンに限界を超えた力を与える!!」
悪のパワーを得たことを強調するため、映像ではバルチャイの体には黒いオーラが宿っている状態になっている。
ちなみに、このバルチャイはホワイトのポケモンであり、彼女自身もポケモンリーグ参加者であるためか、その実力はかなりある。
悪のパワーを得たとは言うものの、実際はバルチャイ自身が手加減をしていただけで、ここからは少しだけ本気になるだけ。
悪のパワーに快感を覚えたのか、バルチャイが上空に向けて激しく咆哮する。
「ミジュマル、ゾロア!立てるか!?」
リオルマンの声を聴き、2匹がフラフラになりながらも立ち上がる。
「悪のパワーは偉大だ!簡単に限界を超えた強化を果たすことができる…!貴様らのポケモンも波紋も、悪のパワーの前ではチリに等しい…。お前らの正義など…無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!!」
どこかの悪のカリスマをほうふつとさせるセリフを吐く中、今度はバルチャイの破壊光線が2匹を襲う。
悪のパワーのせいで、破壊光線を使ってもひるまない。
「ゾロア、守ってぇ!!」
リオルガールの叫びを聞き、ゾロアが必死にバリアを張ろうとするが、疲れ果てて発動できずじまいとなる。
守るはフェイントを除くどんな技にも対処できる優秀な技ではあるが、連続で発動すると失敗しやすいというデメリットがある。
特にダメージを受け、疲れ果てていたり、集中力が弱いとそうなりやすい傾向にある。
「く…ミジュマル、冷凍ビーム!!」
守るが発動できないゾロアを守るべく、ミジュマルが前に出て冷凍ビームを放つ。
だが、悪のパワーによって圧倒的な破壊力を誇る破壊光線に対しては無力で、容易にかき消され、勢いも衰えることなく2匹を襲う。
「貴様らの正義の波紋など、我が悪のパワーの前には無力なのだぁ!チリに帰れぇぇぇ!!!」
「そんな…ここで、終わりなのか…」
バルチャイ、そしてハチクマンの圧倒的な力の前に心が折れそうになったリオルマンが弱音を吐く。
「あきらめないで…リオルマン!!」
「リオルガール!?」
リオルガールが2匹の前に立ち、破壊光線を受け止める。
「バカめ!!道具であるポケモンをかばうとは!!」
「ぐぅ…」
「リオルガール!なんで…」
「あきらめちゃダメ…。私たちは、悪のパワーには絶対に負けない!!あなたの正義の思いを力に変えて、リオルマン!!」
破壊光線が収まり、激痛に耐えながらリオルガールが叫ぶ。
すると、彼女の体を青いオーラが包み始める。
「リオルガール…この力は…」
「な…なんだと!?貴様、その力は…!」
「ハチクマン…あなたにはなくて、私たちが持っている力!正義の波動よ!!」
青いオーラ、いや青い波動がボロボロになっているリオルガールの傷をいやしていく。
「すごいよ、リオルガール…。俺も…俺だって、負けてたまるかぁぁぁ!!」
両拳を握り締め、力いっぱい天に向けて叫ぶリオルマンの体を赤い波動が包み込んでいく。
2人の波動の力が遊園地を包み込んでいき、ミジュマルとゾロアの傷をいやすだけでなく、2匹の力を活性化させていく。
そして、バルチャイに宿った悪のパワーが消滅していった。
「馬鹿な!?悪のパワーが…ただの波紋使いのお前たちが…波動だと!?」
すさまじい波動の力を感じたハチクマンは驚愕する。
リオルマンとリオルガールとは何度も戦ってきたが、彼らが使えるのはそれに劣る波紋だけだった。
そんな彼らが波動を使いこなし、さらにリオルガールよりも波紋の力が劣るリオルマンまでも使いこなしている。
「ハチクマン!お前の悪の力を…」
「私たちの波動で消し飛ばしてあげる!」
「調子に乗るな…小僧どもがぁぁぁ!!」
「ミジュマル、冷凍ビーム!!!」
「ゾロア、だまし討ち!!」
2人の波動の力を受け、赤と青の2つのオーラをまとった2匹が技をさく裂させる。
ゾロアが突っ込んでいき、なんとミジュマルはそのゾロアに向けて冷凍ビームを放っている。
「馬鹿めが!!仲間に攻撃しているぞ!!」
「違うわ!」
「ミジュマルの力を…ゾロアに託しているのさ!」
冷凍ビームが波動によって氷のエネルギーに変換され、ゾロアに吸収される。
エネルギーを得たゾロアの力がさらに強大化し、スピードも上がっていく。
「ば、馬鹿な!?そんな…馬鹿な!?」
「俺たちの…波動の、力をぉぉ!!」
「今、ここにぃぃぃ!!」
ゾロアのだまし討ちが直撃したバルチャイが吹き飛び、ハチクマンと激突する。
そして、その場で大爆発が発生し、1人と1匹は空の彼方へ飛んで行ってしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
ハチクマンを倒したことを確認したリオルガールは疲れでその場に座り込む。
そんな彼女のもとへ、リオルマンが走っていく。
「リオルガール…」
「やったね、リオルマン…」
にっこり笑いながら、リオルガールは彼にVサインを見せる。
「ああ…君の勇気のおかげだ…」
同じように笑顔を見せたリオルマンもVサインをした。
「こうして、2人のヒーローによって、ハチクマンの脅威は去り、遊園地に平和が戻ったのです。しかし、ハチクマンはこの程度ではあきらめません。より強い悪のパワーを得て再び姿を見せるでしょう。負けるな、リオルマン、リオルガール!!正義の波動を得た君たちならきっとできる!!!」
「カットーーー!!お疲れさまでしたーー!」
撮影終了と同時に、リオルマンとリオルガール、いや、ラクツとファイツがフラフラとその場に座り込み、ミジュマルとゾロアがそれぞれの主人のもとへ向かう。
「お疲れさま、ファイツちゃん…」
仮面を取ったラクツが笑いながらファイツを見る。
だが、いつまで待っても彼女から返事が来ない。
不審に思い、彼女の仮面を取ってみる。
「ああ…」
仮面を取ってすぐに彼女が顔を両手で隠したことで、なぜ返事をしなかったのかようやくわかった。
なお、衣装にはリフレクターや光の壁と同じ力を持っている特殊な繊維が使われているため、先ほどのようなポケモンの技を受けてもダメージはないようになっている。
(彼女、やっぱりこういう演技になるとスイッチが入ってしまうんだな…)
「いい演技だった、2人とも。そして、ゾロアとミジュマルも」
ハチクが2人のもとへやってきて、2匹のポケモンの頭を撫でる。
「いえ…ハチクさんも、その…かなりはりきっていたので…」
演技中のハチクを思い出したラクツはどうしても目の前の人間が先ほどの悪役と同一人物なのかと疑ってしまう。
もしかしたら、うり二つの容姿で真逆の性格の双子がやっていたんじゃないのかとさえ思ってしまった。
それほどまでに、彼の演技がリアルに感じられたのだ。
「これからもポケウッドで俳優業を続けていく自信がついた。機会があったら、また一緒に演技をしたいものだ」
そういいつつ、ハチクは懐から技マシンを出し、2人に差し出す。
「これはお礼だ、受け取ってほしい。秘伝マシン『居合切り』だ。君たちが持っていたほうが役に立つだろう」
「ありがとう、ございます」
秘伝マシンが手元にない2人にとって、これはありがたい道具だ。
薪の調達や人間の手では斬ることのできないものを斬るのに役立つためだ。
「2人とも、ありがとう!今日の撮影は最高だったわ!」
「ホワイトさん…」
当初はなぜ撮影に協力する必要があるのかわからなかったラクツだが、予想以上に面白かったため、これ以上は追及しないことにした。
すると、彼女は1枚のビラを見せる。
「これは…」
ビラを見ると、それは『ザ・ドガース』というバンドチームのコンサートの告知で、開かれるのは明日の午後1時だ。
下には開催場所の地図が書かれており、タチカワジムがそれには示されていた。
「彼女はホミカ。タチカワジムのジムリーダーと『ザ・ドガース』のベースとボーカルを兼任しているの。このコンサートの日だけ、彼女とジム戦ができるってこと」
「ジム戦?まさか…僕が??」
「ええ。これからのことを考えたら、力をつけておく必要があるでしょ?ファイツちゃんのナイトさん?」
「ナ、ナイトって…」
周囲には聞こえないように、耳打ちされたラクツの顔が赤く染まる。
警察官と呼ばれるならまだしも、ナイトと呼ばれるとは思いもよらず、そんな自覚など全くないためだ。
(ジム戦か…。最近までは考えられなかったな…)
何とか赤くなった顔をもとに戻したラクツは変化した日常を実感する。
ヒオウギシティでの飼い殺し生活のころは確かに金銭も生活も安定していたが、同時に自分の復帰への思いをわずかながらに衰えさせ、力を得る機会も与えられなかった。
だが、今は追われることを機にしなければならないものの、いろんな場所へ行けるようになった気がして、このようなジム戦の機会が得られるなど、前は考えられないことだった。
「…やってみるかな、ジム戦を」
ミジュマルの頭を撫でつつ、ボールの中のルカリオに言った。
うなずいたかのように、ボールが上下にわずかに揺れた。
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 18匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル15
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)12匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル15
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第10話 サウンドバトル
「わぁーーーー!!」
「ホミカーーー!」
「俺の理性を吹き飛ばしてくれーーー!!」
不良たちが書いたようなカラフルなスプレーアートが数多く描かれた地下ライブハウスの中で、モヒカンやリーゼントの男や髪を染めた女たちがステージに向けて声援を送る。
ステージ上にはギターとドラム担当の男2人がベースを持つ白い髪の少女を挟む形で配置されており、いつでも演奏開始できる体勢を整えている。
「よぉー、こんな真昼間にぞろぞろと集まってきた暇人ども!!」
前に置かれたマイクに向けて、ホミカが思いっきり声を出し、ステージの左右に設置されたボリュームMAX設定の複数のスピーカーに流れる。
「イエエーーーーイ!!」
「ホミカー!!ザ・ドガース!!」
「しびれるーーー!」
ホミカの言葉に興奮した観客たちは立ち上がって声援を送り、ある人は口笛を吹き、ある人は仲間に肩車してもらい、来ているTシャツを破って感情の高ぶりをアピールし始める。
「な、なんだかすごい…」
観客席で彼らの反応を見せいたファイツがダケちゃんを抱いて、その場に縮こまる。
ラクツのジム戦の応援のため、ついてきたのだが、このような今まで見たことない光景と空気に圧倒されてしまった。
「ああ、すごい。こんなところでどうやってジム戦を…?」
ミックスオレを飲んでいるラクツも今まで見たことのない環境とこの激しい音のせいで、入って早10分で疲れてしまっていた。
ホワイトの話が正しければ、ジム戦が行われるのはザ・ドガースのライブでのみ。
ライブそのものは週に2回以上開催されており、たまにイッシュ地方各地へ遠征することもあるが、その遠征先であってもジム戦は可能となっている異例なジムだ。
本来であれば、正式なジム戦はその施設もしくはそれのある町周辺でしか認められていない。
それが可能なのは、彼女がバンドのボーカルを担当していることと、彼女自身がイッシュ地方ポケモン協会にジムリーダーの義務であるトラブル対応に対する指導を拠点であるタチワキシティだけでなく、遠征先の町でも行うことを同意したためだ。
「D・O・G・A・R・S、ドガース!!!」
ホミカのボーカルを合図に、ギターとドラムの激しい音がジムを包み込んでいく。
そして、同時にステージ側以外の壁がゆっくりと後ろへ下がっていき、しばらくすると最初のころと比較すると倍以上の広さに変わっていった。
「いいか、お前らぁ!あたしはあたしのハートを熱くさせてくれるトレーナーとしかバトルをしねえ…。あたしのハートを熱くさせてくれるトレーナーがいるなら、今ここで証明しな!!各トレーナー、ポケモン1匹のみのバトルロワイヤルで!!」
ホミカの言葉と同時に、トレーナーではない観客たちは壁際へ行き、トレーナー達は全員1匹ずつポケモンを出した。
そして、間近にいる相手と相次いでバトルを開始していく。
ザ・ドガースによる爆音コンサートと共に、ジムリーダーへの挑戦権をかけた熾烈なバトルロワイヤルが始まったのだ。
「バトルロワイヤルって…!?」
「予定外だけど、やるしかないってことか…!」
ジムリーダーにはトレーナーからの挑戦を受けるか受けないかを独自で判断する権利が与えられており、その基準に関してはジムリーダーの自治権確保のためとして、教会も規定していない。
そのため、あるジムではトーナメントを行って優勝者とのみバトルをする、ジム内で行われるペーパーテストにて規定以上の点数を出したトレーナーにのみ挑戦権を与えるなど、ジムそれぞれの個性が生まれることになった。
おそらく、ホワイトは最初からタチワキジムがこういう形だということについて最初から知っていて、わざとラクツに教えなかったのだろう。
ミジュマルがボールから出され、冷凍ビームでピジョンを氷漬けにする。
「ファイツちゃんは壁際へ!ここにいたら、挑戦者と間違われるよ!」
「わ、分かった!ラクツ君、頑張って!ファイト、ファイト、ふぁーいつ!!」
(…?なんで、最後だけふぁーいつ??)
変な掛け声になんだか閉まらない感覚を抱くものの、ヘルガーの火炎放射がこちらに襲い掛かったことで一気に気持ちを切り替える。
「ミジュマル、水鉄砲!!」
真上に飛んで火炎放射を回避したミジュマルがヘルガーの頭上に水鉄砲を叩き込む。
だが、相手は進化ポケモンであり、水鉄砲の威力も水タイプの物では低い分類であることから、効果が抜群であるにもかかわらず、それほどダメージを与えることができない。
「へっ…。そんな進化前のポケモンで何ができるんだよ!?」
「勘違いしないでください。これはシングルバトルじゃない。バトルロワイヤルです」
「何?」
「飛べ、ミジュマル!!」
ミジュマルが地面に向けて水鉄砲を発射し、それによって思いっきり上へ飛ぶ。
それと同時に地面が揺れ始め、足元から発生するオレンジ色のエネルギーがヘルガーに直撃する。
「バカな!?これは大地の力!?」
不意打ちに近い形で直撃してしまったヘルガーがそのまま戦闘不能になる。
ここのどこかで、サンドパンかマグカルゴあたりがそれを発動し、その余波が襲ってきたのだろう。
目の前の相手だけでなく、周囲の状況にも気を配らなければ、このバトルロワイヤルでは敗北していく。
ハンサムから教わったことを思い出す。
(いいか、犯罪者は正攻法でこちらと勝負することはない。こちらを囲んだり、もしくは罠を仕掛けることだってある。周囲に気を配り続けろ。それができなければ、逆に犯人に倒されるのがオチだぞ)
それを実戦でたたきこむべく、ハンサムは10人以上のチームを組んでアグレッサーとなり、ラクツら新人の国際警察官に訓練を施した。
最初は目の前の相手しか集中することができず、背後からの闇討ちに敗れてしまうことが多かったが、毎日このような訓練を受けることで、少しずつ気を配ることができるようになっていった。
「床に向けて冷凍ビーム!!」
ミジュマルがラクツの指示に従い、床に冷凍ビームを放つ。
ビームが着弾した個所から中心に床が凍っていき、ニョロゾやワンリキー、ナックラーらの足が凍り付き身動きを封じていく。
「動けなくなった相手に燕返しだ!」
動けないニョロゾの前へ落下しつつ、ミジュマルは燕返しを叩き込む。
威力抜群な飛行タイプの技の直撃を受けたニョロゾは一撃で戦闘不能となる。
一方、ミジュマルは腹で着地し、そのまま凍った床の上を滑走し始める。
「な、なんだこいつは!?」
「腹のホタテ貝でこんな芸当を!?」
驚きのあまり、ポケモンへの指示を失念した隙をラクツは見逃さなかった。
そのトレーナーのポケモンであるピジョンやオニスズメを冷凍ビームで撃ち落としていく。
ミジュマルの腹についているホタテ貝は着脱可能で、武器にも防具にもなる強固なアイテムだ。
なお、そのホタテ貝がなぜそこまで強固なのか、どこで手に入れたのかはいまだに不明。
一説によると、ホタテ貝そのものは普通の物で、ミジュマルの体内のカルシウムを受けることで、強固になっていったといい、現在ではその説が有力となっている。
凍っている場所から脱出したミジュマルは起き上がると同時に、足元に草が生え、それに両足が縛られる。
「草結び…!どこから!?」
ラクツは周囲を見渡し、草結びの犯人を捜す。
この技は技マシンを使うことで覚えさせることのできる技であるがために、草タイプ以外でも数多くのポケモンが覚えることができる技だ。
だが、タイプ一致であるためか草はかなり頑丈で、中々脱出できない、
そんな彼めがけて、今度はヤドリギの種が飛んでくる。
これが体に刺さると、そこを中心に植物が育ち始め、どんどん体力を奪い取っていく。
ミジュマルは飛んでくるヤドリギの種を水鉄砲で撃ち落としていく。
幸い、ヤドリギの種の質量は大きく、弾速も遅いため、容易に撃ち落とすことができた。
「どうしてお前はここにいるんだ…?」
「その声は…!」
ザ・ドガースによる8ビートの激しい音楽の中で聞こえた聞き覚えのある少年の声に反応したラクツはそれが聞こえた方向に目を向ける。
そこには、ヒオウギシティにいるはずの彼の姿があった。
「ヒュウ…」
「行方不明になった割には、元気そうじゃねーか。こっちはめちゃくちゃ心配して、町を飛び出してきたってのによ」
憎まれ口をたたきつつ、ヒュウは笑いながらラクツを見る。
彼はゆっくりとラクツの目の前に迫る。
「このジム戦の後で聞かせてもらうぞ。なんでお前がファイツちゃんと一緒にここにいるのか、そしてあのプラズマ団の攻撃の後、どうして行方不明になったのかを」
「…わかった」
怒っているのは確かだが、それをこのような場所に持ち込まないというヒュウの主義に感謝しつつ、ラクツはこの状況を打開する術を探る。
ヒュウもポケモン図鑑をクラス内対抗戦で優勝して手に入れたこともあり、中々の実力を持っている。
彼が持つポケモンの中で、草タイプと言えば、ラクツの頭の中で思い浮かぶのはテッシードだけだ。
仮にそれが正解だとしたら、ヤドリギの種はテッシードの卵を産んだポケモン2匹のうちのいずれか1匹から遺伝しなければ覚えられない。
手間のかかる方向をあえて選択し、力を高める能力の高さはトレーナーズスクール講師の間でも一目を置かれている。
(まずは足を縛る草結びを…!)
転ばずに済んだためダメージは受けていないが、それでもこのまま足止めをされたらじり貧になってしまう。
「ミジュマル!ホタテ貝で草を斬るんだ!」
「10万ボルト!!」
逃がすまいとヒュウの命令を受けたテッシードが上空に姿を見せ、電気をため始める。
わずかなタイムラグの後、電撃がミジュマルに襲い掛かる。
その前にホタテ貝で足を縛る草を着ることに成功したため、辛くも回避に成功する。
タイプ不一致の大技であったおかげか、そのタイムラグに救われる形となった。
ちなみに、ミジュマルの冷凍ビームについては、彼のタイプである水が氷タイプと関係が深いこともあり、タイムラグは確かに発生するものの、かなり短めになっている。
(テッシード…どうやって攻略するか…)
テッシードの弱点は炎と格闘。
今のミジュマルにはそれらのタイプの技はなく、おまけに覚えている技の1つである草結びと水鉄砲では大したダメージを与えることができない。
また、燕返しで攻撃するとテッシードの全身を包んでいる鉄の棘によってダメージを受け、それでできた隙をついて反撃される可能性がある。
素早さがなく、守り勝ちを地で行く相手だ。
「一応言っておく。俺はいま、プラズマ団じゃなくて、お前に対して怒っているんだぜ」
「ああ…わかってるよ。ヒュウ」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 23匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル18
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)18匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル16
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第11話 サウンドバトル2
「テッシード、ジャイロボール!!」
「くぅ…冷凍ビームで受け止めろ!」
先ほどまでの鈍重さが嘘みたいに、高速回転しながら突っ込んでくるテッシードをミジュマルが冷凍ビームをぶつけることでその勢いを少しでも弱めようとする。
だが、動きの鈍いポケモンであればあるほどスピードと攻撃力が増すジャイロボールの前では焼け石に水で、腹部に強烈な一撃を受ける。
「くそ…!鋼タイプの威力を半減させる水タイプでもこれだけ重い一撃が…!」
「確かにタイプの相性も大事だろうけどよ、技の効果や特性とかでほかにもやりようがあるんだよ!」
強烈な一撃で、動きが鈍くなったミジュマルに向けてさらにダメ押しの10万ボルトが襲う。
効果抜群の電気をたっぷりと浴びてしまい、その影響でミジュマルの体にしびれが発生する。
仮にテッシードが特攻の高い種族であった場合、これで敗北が決まっていたかもしれない。
「どうした?この程度でバテてんじゃあねえだろーな?」
「バテてないよ…。知ってるだろう?ミジュマルの特性を…」
大きなダメージを負ったミジュマルが青いオーラをまとい、じっとテッシードを見ている。
「おっしゃああ!!ここで漁夫の利ってなぁ!!」
対峙する2人に対して、空気の読めないとあるスキンヘッドのトレーナーがジュゴンで割って入り、2体をオーロラビームで倒そうとしている。
「「邪魔(だ)!!」」
ミジュマルの激流によってパワーアップした水鉄砲とテッシードのジャイロボールでジュゴンが挟み込まれ、一撃でKOとなる。
そして、戦闘不能となったジュゴンを無視して、ミジュマルとテッシードが冷凍ビームや10万ボルトなどで技の応酬を演じる。
10数分が経過し、周囲にいるトレーナーの多くが敗北によってその場を後にする中で、ボロボロになったミジュマルとテッシードが対峙する。
「(動きが弱まった今なら…!)ミジュマル、水鉄砲!!」
ラクツの指示を受けたミジュマルがテッシードに水鉄砲を放つ。
ジャイロボールを放つための力が尽きたテッシードは甘んじてそれを受けることになるが、持ち前の防御力で持ちこたえる。
「そんなもので!!テッシード、10万ボルト!!」
「冷凍ビーム!!」
10万ボルトよりも先に、冷凍ビームがはなたれ、水鉄砲で全身が水浸しとなっているテッシードの全身が凍っていく。
「なに!?しま…!!」
ラクツのたくらみに気づいたヒュウだが、もう遅かった。
氷漬けになったテッシードは途端に息苦しくなっていき、そのまま窒息で戦闘不能となった。
ヒュウがボールのビームを氷漬けのテッシードに当てると、氷が砕けてテッシード自身のみがボールに戻っていった。
「くそ…テッシードの呼吸の弱点をつかまれるなんてな」
テッシードは全身を棘と鋼で包まれたポケモンで、口や鼻がない。
そのため、呼吸は棘からの光合成によって補っている。
サボテンの場合は体全体で光合成することができるが、テッシードは鋼で身を覆ったために棘だけでしか光合成ができなくなった。
だから、このように氷漬けとなって光合成ができなくなると、このように自滅してしまう。
最も、ナットレイに進化すると頭部に3本のツタができて、そこでも光合成できるようになり、氷漬けになってもそのツタと進化によるパワーアップで自ら氷を砕くことができるようになるため、先ほどの戦術では時間稼ぎにしかならなくなるが。
「ヒュウ…」
「何も言うなよ、ラクツ。話はあとで聞く、つっただろ」
そういって、せなかを思いっきり手のひらでたたいた後でヒュウは退場する。
勝利はしたものの、まだトレーナーは何人か残っており、ミジュマルも消耗が激しい。
「あとは…短期決戦で…!!」
次に襲い掛かってくるダグトリオを水鉄砲で倒したミジュマルに今度はエレブーが襲い掛かっていた。
「ヒュウ…君?でいいんだっけ?」
「まあな…。まさか、同じく行方不明になってたあんたまで一緒にいるなんてな」
空いている席に座り、ラクツのバトルを観戦する。
「ったく、心配させやがって…」
憎まれ口をたたきつつも、表情は怒っているようには見えず、それを見たファイツは一安心した。
しかし、ヒュウを見たことでファイツはあることを思い出す。
「トレーナーズスクールのみんなは…?」
「みんな無事。国際警察が追い払ってくれた。なんでピンポイントでトレーナーズスクールを襲ったのかはわからねーけどな…。ちっ、あのクズ野郎どもが…」
しゃべっているヒュウの両拳に強く力が入っている。
クズ野郎ども、と形容するほどにプラズマ団を憎んでいるのを見ると、とてもあのトレーナーズスクールのことだけでプラズマ団に怒りを抱いているとは思えなかった。
それ以前に、より大きな出来事が彼のプラズマ団への憎悪を生み出しているようにファイツには見えた。
「よし…これで最後だ!!水鉄砲!!」
草結びで両腕と両足の動きを封じられたエレブーに向けて、ミジュマルが最後の水鉄砲を放つ。
激流でパワーアップした水鉄砲の一撃を受けたエレブーが戦闘不能となり、同時にホミカによる演奏も終了する。
「よぉ、あんたが生き残りか…」
ステージから飛び降り、マイクを手にしたままホミカがラクツの前に立つ。
「ええ…そのようで…」
「面白いバトルを見せてくれたじゃねーか!」
そういって、ホミカは回復の薬とピーピーマックスをラクツに向けて投げる。
それらを受け取ると、それでミジュマルの治療を行う。
「今回はあんたが一番あたしのハートを燃え上がらせた!だから…1VS1のジム戦をしようぜ!!」
指をさして宣戦布告すると同時に、再びバンドメンバーが演奏をはじめ、客席からは歓声が広がる。
ホミカもぶら下げているベースを演奏し、更に会場を盛り上がらせる。
「さあ、バトル開始だぁ!!」
演奏しながら、ボールを蹴り飛ばす。
そのボールからペンドラーが飛び出した。
(ペンドラー…!?厄介な!)
「さあ、最高のステージにしてやろうじゃねーか、ペンドラー!!毒針ぃ!!」
ペンドラーがタイヤのように丸くなり、猛スピードで回転しながら背中から出てくる毒針を次々と発射する。
「まずい…水鉄砲!!」
毒針のスピードを見て、ミジュマルの足では回避できないと判断すると、水鉄砲で毒針を撃ち落としていく。
だが、ペンドラーは水鉄砲をそのまま受け止めながら突撃し、そのまま至近距離から毒針を打ち込みながら体当たりする。
「そんなヘナチョコ攻撃で、ペンドラーの突撃は止められねーぞ!!」
ホミカの戦術は毒とペンドラーのスピードを生かした突撃だ。
ひとたび毒を受けたら、どんどん体力が奪われていき、次第にペンドラーの突撃に対応できなくなっていく。
現に、ミジュマルはこの突撃によるダメージだけでなく、毒針のせいで毒状態にもなってしまっている。
ミジュマルの体力を考えて、10分以上戦闘が続いたら、詰みとなってしまう。
「ミジュマル、冷凍ビーム!!」
せめて氷漬けにして、動きを止めようとたくらむが、ペンドラーは飛び跳ねたり急激な方向転換を繰り返しながら回転を続け、冷凍ビームを回避していく。
「くそ…なんて変態機動を…!」
「賞賛の言葉として受け取っておくぜぇ!ペンドラー、ベノムショック!!」
回転するペンドラーがジャンプをし、体を元に戻して紫色の毒の液体を発射する。
「避けろ、ミジュマル!」
体に刺さった毒針を抜いたミジュマルは水鉄砲を真下に撃ち、自身を打ち上げてベノムショックを回避する。
だが、羽や翼のないミジュマルでは空中で身動きを取ることができない。
「そんなところで!!ペンドラー、ハードローラーだッ!!」
まるで某吸血鬼の質量攻撃と同じイントネーションで命令し、ペンドラーは再び体を丸めて回転する。
フィールドにできているわずかな段差を利用して飛んでいき、上空を舞うミジュマルに激突しようとする。
「ミジュマル!上へ水鉄砲!!」
ラクツの命令を受けたミジュマルが真上に水鉄砲を放ち、天井にそれが当たる。
「何をわからない動きを!!」
地面に向けて発射したときは至近距離であったため、真上へ飛ぶことができたが、今のミジュマルと天井にはある程度高低差がある。
同じような効果を発揮することができず、ハードローラーを受けて床に落下する。
天井に当たった水がそのまま真下に落ちていく。
「このままとどめをさせ、ペンドラー!!」
もはや策は必要ないと、ペンドラーがハードローラーを続行し、正面からミジュマルに迫る。
転倒していたミジュマルはゆっくり起き上がり、じっとペンドラーを見ていた。
「これで終わりだぁ!!」
「いや、終わりなのは…あなただ!」
「何!?あ…!!」
足元を見たホミカはハッとして、ラクツの狙いに気付く。
足元にはこれまでの水タイプの攻撃、そしてミジュマルの水鉄砲によって水が溜まっており、水たまりができている。
そして、ミジュマルの前にも大きな水たまりがある。
「水たまりに向けて冷凍ビームだ!」
冷凍ビームが水たまりに命中し、凍り付いていく。
そして、スキーのジャンプ台のような形の氷が出来上がる。
「く…とまれぇ、ペンドラー!」
「無駄だ!ここまでスピードが上がったペンドラーは急停止するには遅すぎる!」
ペンドラーがそのまま氷のジャンプ台に到達してしまい、そのままミジュマルの上を飛んでいく。
そして、そのまま壁に激突してしまい、元に戻ると同時に目を回して倒れてしまう。
「まさか…ペンドラーのスピードを利用して、テッシードの時のような自滅を…!?」
「相手を利用することも戦術の一つ。僕にバトルを教えてくれた人の教えだ」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 26匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル18
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)21匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル16
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第12話 ラクツとヒュウ
バッジを受け取ったラクツはポケモンセンターでミジュマルを回復させる。
そして、夜になって静まり返った波止場でラクツとファイツはヒュウと向き合っている。
「さあ、話してもらうぞ。なんで町を飛び出したのか…?」
ヒュウの目はじっとラクツを見ている。
鋭い目線から、嘘は通用しないと言っているかのようだ。
「…狙われた」
「ん?」
「ファイツちゃんが狙われたんだ。プラズマ団に…。だから、僕は彼女と一緒に逃げた」
「狙われた?彼女が??」
ラクツの隣に立つファイツを見ながら、ラクツは納得できないように言う。
プラズマ団がポケモンを狙うのはいつものことではあるが、一見すると一般人、しかもトレーナーズスクールの学生である彼女がピンポイントで狙われる理由がわからない。
「理由は僕でもわからない…。けど、放っておけなくて…」
「まぁ、お前がそういうやつだってことは分かるけどな…」
宿題の手伝いやバトルやゲットのアドバイスから落とし物探しまで、ラクツはトレーナーズスクールでも筋金入りのお人よしっということになっている。
ラクツにとっても、ちょっと変わった学生という程度の演技をしておいた方が正体を気づかれにくいと思っていたため、そういうことにしていた。
それに、たいていのことは国際警察官の勉強や訓練をやっていたおかげで比較的容易にできることばかりだ。
「じゃあ、直接聞こうじゃねーか…。なんで狙われているのかを。ファイツ、なんで狙われている?」
ヒュウの矛先がラクツからファイツに向けられる。
ラクツが彼女と一緒に逃げる理由は分かった。
あとはファイツが狙われている理由を知るだけだ。
(ファイツちゃん、分かっているね…?)
「(ええ…)実は…」
おそらく、ポケウッドでの一件がなければ、ヒュウにこういう理由で説明することができなかっただろう。
ファイツはゾロアをヒュウに見せる。
「こいつは…?」
見たことのないポケモンにヒュウも驚きながらもじっとゾロアを見る。
「ゾロア。この子がとても珍しいポケモンだからって、プラズマ団が狙ってるの」
「珍しいから…なぁ。売り飛ばすつもりかよ…」
ヒュウは先日テレビで見たポケモンの密売業者や顧客への一斉摘発のニュースを思い出す。
別の地方や個体数の少ないポケモン、色違いポケモンといった現地では入手しにくいポケモンを手に入れたいというトレーナーは山ほどいる。
そういうポケモンを持つことはトレーナーにとっては大きなステータスとなっており、それ故にそれを狙った事件まで発生するほどだ。
裏社会でもそういったポケモンの取引はうまみのある市場であり、実際に押収した資料では金色のタマタマは1匹100万以上の値段が付いたようだ。
2年前の事件で分裂したプラズマ団にとっても、こうしたポケモンの入手は組織の運営に必要不可欠かもしれない。
表向きは宗教結社という印象が強かったそのころとは違い、町の人々から寄付金を得ることができなくなったこともあるため、なおさらだ。
「まぁ、そういうことみたいだ。その証拠に、また集まってきてるよ…」
3人がここで話している間に、プラズマ団が3人を包囲するように集まっていて、更に海上にはボートに乗った団員がキャモメを出している。
「ファイツちゃんとヒュウは逃げるんだ。僕が時間を稼ぐ!」
「ふざけるな!!」
ヒュウがテッシードとビブラーバ、そしてガーティを出す。
「ヒュウ!?」
「俺は…逃げない!」
ギリギリと歯ぎしりをするほどの怒りを宿したヒュウがじっとプラズマ団達を見る。
(ヒュウ、君は…)
「あ…ダケちゃん、ゾロア!?」
ファイツのそばにいたダケちゃんとゾロアが彼女を守ろうと前に立つ。
ダケちゃんはともかく、元々はNのポケモンであるゾロアまでも。
「2匹とも…」
ファイツはバトルでポケモンが傷つくことを恐れている。
その点は今でも変わらないが、ラクツに助けられたこととジムでの戦いを見たことで、ポケモンもまた自分の意思で戦うことがあるのだということを知った。
戦う意思を固めたポケモンに対して、自分ができることは1つだけだ。
「お願い…ダケちゃん、ゾロア…ううん、ゾロちゃん、力を貸して!」
ニックネームをつけられたゾロアは一瞬驚きを見せるものの、真剣なまなざしを見せながらコクリとうなずいた。
「2人とも…。ああ、こうなったら仕方ない!!」
2人とも逃げる気配がないのを見ると、もはや勝利条件はプラズマ団の全滅のみ。
ラクツはミジュマルだけでなく、力が封じられてるルカリオも出す。
「こいつは…ルカリオ!?」
「あの野郎、そんなポケモンまで持っていやがったか!?」
充分に懐かせたリオルでなければ進化しない、トレーナーズスクールの学生程度ではもっていないだろうと高をくくっていたプラズマ団は予想外のポケモンの登場に動揺する。
しかし、手に入れることができれば大金になると発想を転換したのか、その同様は比較的短時間で収まった。
「テッシード、10万ボルト!!」
まずは先制攻撃とテッシードが10万ボルトを放つ。
海にいたキャモメにとって電気タイプは致命的で、タイプ不一致であるにもかかわらず、一撃でダウンした。
「よし…!ルカリオ、サイコキネシス!!」
能力が封じられているルカリオが唯一使える技を発動する。
強い念力がドガースやフシデ、ベトベターを襲い、エスパータイプが弱点であるポケモンがバタバタと倒れていく。
「ダケちゃん!キノコの胞子で相手を眠らせて!ゾロちゃんは追い討ち!」
ダケちゃんがまき散らすキノコの胞子によって、コラッタやミネズミなどが睡魔に襲われる。
眠ってしまい、隙だらけになった彼らに追い討ちをかけるように、ゾロア改めゾロちゃんの追い討ちがクリティカルヒットする。
「くそ…何なんだこいつらは!?」
「あの男はともかく、ハリーセン頭まで…」
ザンギ牧場でやられた仲間からの報告を受けたのか、ラクツの危険性については既に知っているようだが、ヒュウがここまで戦えることに彼らは驚きを見せていた。
「当たり前だろうが…お前らに復讐するためだけに、俺は強くなったんだ」
「ヒュウ…」
いつもとは違う、低い声の中に激しい憎悪を忍ばせたヒュウに応えるように、ビブラーバが竜の息吹でゴルバットを攻撃する。
ゴルバットもエアカッターで応戦するが、執念の差が出たのか、押し切られて竜を模した青いブレスの直撃を受ける。
追加効果によって体がしびれたゴルバットは地面に落ち、そのままミジュマルの冷凍ビームでとどめを刺されることとなった。
「そこまでにしておけ、お前たちでは勝てん」
「何…!?」
機械音の混じった声が聞こえ、その声を聞いたプラズマ団員がビクッとして動きを止める。
ゆっくりと波止場へ歩いてくる彼は黒いスーツと黒いシルクハット、そして顔を白一色の仮面で隠していて、ボイスチェンジャーのせいで声から何者かを判別することができない。
「ふっ…そこのハリーセンみたいな頭の男。すっかり鬼になったようだな。もう昔のようには戻れんだろうな…」
「お前…は…!!」
仮面の男を見たヒュウは怒りで体を震わせる。
一方、ファイツもヒュウほどではないものの、体が震えており、彼女自身必死に抑えようとしているが、止められないようだ。
「お前の望みは分かっている。このポケモンだろう?」
仮面の男がボールを手にし、それからレパルダスを出す。
写真などで目にする通常のレパルダスとは異なり、瞳の色が赤く染まっている。
「辻斬りだ…レパルダス」
男の命令に従い、爪に白い光を宿したレパルダスがヒュウに襲い掛かる。
「く…ミジュマル、冷凍ビ…」
「手を出すな!!」
「ヒュウ…!?」
ヒュウが叫ぶと同時に、辻斬りがヒュウの右腕をかすめる。
腕には切り傷ができ、血が流れる。
「ほお…」
「レパルダス…いや、チョロネコ…やっと会えた…」
出血する右腕を左手で抑えながら、ヒュウはじっとレパルダスを見る。
だが、レパルダスはグルルルと警戒していて、ヒュウを敵と認識している。
再びレパルダスが辻斬りで攻撃しようとし、ガーティがかみついてレパルダスを取り押さえようとする。
しかし、急に頭上に現れたフローゼルから熱湯を浴びてしまう。
「ガーティ!?」
「見えなかった…さっきのフローゼル、いつの間に!?」
高い素早さを持っていることは知っているものの、ガーティの頭上に瞬間移動のごとく現れるほどの素早さをそのポケモンが持っているとは思えなかった。
特性である『すいすい』の効果で、雨であれば素早さが2倍になるため、そうであれば可能であるかもしれない。
しかし、雨は降っていない。
「どんなに怒りによって強く見せかけようが…5年前に見せたお前の心の弱さを隠せはしない」
「黙れ…!」
「取り戻すために力をつけたようだが、この程度とはな…。お前は5年前のおびえたガキのままだ」
「黙れぇぇ!!」
ヒュウが激高し、ビブラーバが竜の息吹を放つ。
フローゼルは避けようとも技で相殺しようともせず、あえて受け止めるが、ニヤリと笑うだけでまったく利いていない。
「悲しいな…力不足だ。冷凍ビーム」
フローゼルの口から冷凍ビームが放たれる。
地面・ドラゴンタイプであるビブラーバには致命的な一撃になりかねない。
「…!?ミジュマル!?」
ミジュマルがビブラーバの前に立ち、冷凍ビームを放つ。
冷凍ビームがぶつかり合うが、レベルの違いのせいか、その差は歴然だ。
わずかにぶつかり合った後で、フローゼルの冷凍ビームが押し切り、それを受けたミジュマルとビブラーバが海に吹き飛ばされる。
「ミジュマル!」
「ビブラーバ!!」
「ふっ…他愛もない。このままとどめを…」
「リーフストーム!!!」
大量のとがった葉っぱの竜巻が仮面の男とフローゼルを襲い、男はフローゼルをボールに戻すと高くジャンプして回避する。
そして、リーフストームを放ったジャローダとそのポケモンの親である女性を見る。
「ちっ…裏切り者が」
「ホワイト…さん?」
「あんまり遅いから、探したわよ…って言っても、これだと遅くなって当然かぁ」
「ふっ…少々分が悪いようだな。退くぞ」
シルクハットを直した仮面の男を中心にプラズマ団が集まっていく。
そして、彼らは複数のドガースを出すと、スモークで視界を封じていく。
「くそ…お前ら、逃げるのか!?」
「本当の強者は勝つ戦いしかしないものだ。再び会いまみえようじゃないか、弱い男…そして、ラクツ」
「何…!?」
なぜ自分の名前を知っていると聞こうとしたが、スモークが消えたころにはすでにプラズマ団の姿はなかった。
「チョロネコ…」
膝をついたヒュウは両手を地面につける。
仮面の男に対して何もできなかったこと。
そして、目の前にやっと現れたあのポケモンを鳥のドスことができなかったという事実が彼を苦しめる。
「ちく…しょう…ちくしょーーーーーー!!!!」
静寂に包まれた波止場で、ヒュウの悲しい叫びが響き渡った。
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 31匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
・ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
・ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)25匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第13話 ヒュウ
「…」
ポケウッドの楽屋の中で、打ちのめされたヒュウは何も言わず、うつむいたまま椅子に座っている。
笑ったり怒ったりするところしかヒュウについて、印象が浮かばないラクツは彼がこのような状態になるのを見るのは初めてのことだ。
ホワイトからジュースが渡された時も断っており、話しかけないでほしいと言っていたこともあって、そのショックは深刻だ。
だが、これは彼に限った話ではない。
「ラクツ君…何か飲まないと…」
「ごめん、今は何も…。それ、ファイツちゃんが飲んでいいから…」
ラクツほどの力量であっても、あの仮面の男に対して傷を負わせることすらできなかった。
「けど…プラズマ団にあんなに強いトレーナーがまだいたなんて…」
2年前、ホワイトはプラズマ団と戦ったことがある。
その当時の表向きのリーダーであるNはトレーナーの精神をも追い詰める形で勝利を得るタイプだが、あの男は純粋に力で勝利を得る、スタンダードなタイプだ。
問題はどのようにしてあれほどの実力を得たのかだ。
おそらく、独力でここまでトレーナー自身もレベルアップするのは難しい。
「強く…なりたい?」
ホワイトの言葉にラクツがピクリと反応する。
無言であることには変わりないが、何も反応を見せないヒュウと比較すると、マシかもしれない。
「せっかくバッジを1つ手に入れたんだから、このままイッシュ地方のバッジを全部手に入れるっていうのはどう?それに…このままここにいるわけにはいかないでしょう?」
彼女の言う通り、プラズマ団に自分たちの居場所を知られてしまった以上、もうポケウッドにはいられない。
イッシュ地方本土と比較すると、プラズマ団の勢いは小さいが、あの男の存在のせいでそれでも脅威となることには変わりなくなってしまっている。
2年前と比較すると弱体化しているかもしれないが、今のプラズマ団の勢力は未知数だ。
「…あの、ホワイトさん」
「何?」
「本土への船…今夜からでも出せますか?」
朝の5時20分になれば、タチカワシティと本土のヒウンシティを繋ぐ連絡船の始発がここの港から出る。
しかし、追われている以上は多くの人が乗っているような連絡船で移動するわけにはいかなかった。
「出せるのは出せるけど…もう出発するの?」
「強く、なりたいですから…。そのためには、ここで立ち止まるわけにはいきませんよ」
立ち上がったラクツはじっとホワイトを見て、自分の意思を伝える。
力のなさを立ち止まる理由にしたくなかった。
「ラクツ君…わかったわ。すぐに手配するわ」
ホワイトは船を手配するため、楽屋を出ていった。
「ねえ、ヒュウ君。もし…」
「ヒュウ、もしかしてあのレパルダスって…」
ずっと沈黙を続けるヒュウにファイツを割り込んだラクツは尋ねる。
仮面の男が出したレパルダスを出した時のヒュウの様子が明らかにおかしかったうえ、彼自身も復讐のために強くなったと言っていた。
その復讐とレパルダス、更に仮面の男に関係があるのかもしれない。
フゥ、とため息をついたヒュウはゆっくりと口を開く。
「…話、長くなるぞ」
「かまわない」
5年前、トレーナーになったばかりのヒュウは妹にねだられて彼女のポケモンを探すためにヒオウギシティ周辺のでポケモンを探していた。
その時に見つけたポケモンがチョロネコで、一目で気に入った妹の願いもあり、ゲットしようとバトルをしかけた。
「出ろ、ポカブ!!火の粉で弱らせろ!」
ボールから出たポカブはすぐにチョロネコに向けて火の粉を吹きかける。
火の粉を受け、やけどを負ったチョロネコは目を回し、その場でうずくまる。
あいにく、当時のヒュウの手持ちには眠りや凍結といった状態異常を与える技を持つポケモンがいなかったものの、それでもやけどで弱らせたおかげで捕まえやすくなった。
トレーナーになって初めて購入したモンスターボールで捕獲し、ポケモンセンターで治療をさせた後で妹にプレゼントした。
「わあ…よろしく、チョロネコ!!ありがとう、お兄ちゃん!!」
「あいつ…すごくうれしそうに笑ってくれてた。それだけでも、チョロネコをプレゼントできてよかったって思った…。だけど、トレーナーでないあいつはポケモンを持つことができない。だから、トレーナーの死角をもらうまでは俺が預かるってことになってた…」
「確かに、トレーナーになるには10歳以上になってから受けることのできるトレーナーテストを合格しないといけないからね…」
5年前とすると、ヒュウはちょうど10歳で、彼の妹は当然10歳未満。
安全などを考慮し、資格がない人はポケモンを持つことができず、家族にトレーナーのいる人はこうしてトレーナーになるまで気に入ったポケモンを預けるということはよくある。
「だが…俺はチョロネコを…妹のポケモンを守ることができなかった…」
その時の悔しさを思い出したのか、ヒュウの拳に力が入り、ブルブルと震え始めていた。
「ふっ…この程度の実力とはな…」
5年前、ライモンシティのビッグスタジアムで事件が起こった。
当時はそこでトーナメント形式の大会が行われていて、アマチュアからプロまで幅広いトレーナー20名以上が参加していた。
そして、そこにあの仮面の男が現れて、たった1人で参加者を全滅させた。
参加していたヒュウも例外ではなかった。
「く、うう、う…!」
「これで、俺の意思をボスは認めてくれるな?」
「ええ。N様もお喜びになられる」
傷つき、倒れるヒュウのそばで、仮面の男がプラズマ団の下っ端と話している。
仮面の男のそばには
ポカブやナックラー、テッシードはすでに戦闘不能となっており、ギリギリ動くことができるのはチョロネコのみ。
そのチョロネコがヒュウを守ろうと彼の前に立ち、仮面の男たちを威嚇していた。
「やめ、ろ…チョロネコ…」
「ほぉ、傷つきながらも歯向かうか。見事な根性というべきか」
自分の親を守ろうとするチョロネコを見た仮面の男は素直にその非力なポケモンの心の強さを評価する。
そして、ボールからハッサムを出し、小声で指示を出すと、ハッサムはチョロネコをはさみで殴り、気絶させた。
気絶したチョロネコに向けて、仮面の男はモンスターボールを投げる。
他人のボールに入ることがないはずのチョロネコがボールに入ってしまい、わずかに動いた後でカチリとボールが閉まった。
「チョロネコ…」
「さすがはスナッチ団が開発したポケモン強奪システム。テストに問題はなしだ。行くぞ」
チョロネコが入ったボールを手にした仮面の男は後ろを向き、迎えに来たヘリコプターに乗り込もうとする。
「待て…待てよ!!チョロネコを…返せ…!!」
チョロネコを奪われた怒りが力に変わったのか、ヒュウは起き上がり、力づくでも取り返そうと仮面の男に向けて走っていく。
だが、振り返った仮面の男の拳が深々とヒュウの腹部にめり込んだ。
「が…!?」
「己のポケモン1匹すら守ることのできない、自らの非力を嘆くんだな」
鈍い痛みが全身を駆け巡り、ヒュウはゆっくりとうつぶせに倒れる。
男はほかのプラズマ団員と共にヘリコプターに乗って、スタジアムを去っていった。
「それで、プラズマ団を憎むようになったのね…」
「はい…。とにかく力がほしかった。チョロネコを取り戻し、奴らに復讐するだけの力が。だから、ポケモンリーグに出場経験のあるチェレン先生がいるトレーナーズスクールに入ったんです」
あのスタジアムでの事件までに、ヒュウは3つのバッジを手にしていた。
しかし、スタジアムにはすべてのバッジを手に入れたトレーナーもいて、そんな人物ですらあの仮面の男にかなわなかった。
そのため、ヒュウはバッジの数をトレーナーの実力をイコールにすることができなくなった。
だからこそ、切磋琢磨し、実力を上げることのできるトレーナーズスクールに入る道を選んだ。
ポケモンリーグで準優勝となったチェレンが講師を務めていることも、その道を選ぶきっかけとなった。
「けど、結局何もできなかった…。傷一つ負わせることができず、目の前にいるチョロネコも…まるで俺のことを忘れて、完全にあの男のポケモンになっちまった…」
チョロネコを取り戻すために強くなろうとしていたヒュウにとって、それがあまりにもショックなことだった。
今ではレパンダスに進化したチョロネコにつけられた傷は治療をすれば治すことができるが、これで受けた心の傷は残ったままだ。
立ち上がったヒュウは荷物を手にし、楽屋のドアの前に立つ。
「ヒュウ、どこへ…!?」
「今の俺がいても足手まといになるだけだ。俺は俺のやり方で強くなる。チョロネコを…あいつの笑顔をもう1度取り戻せるなら、俺は何だってやってやる…!」
ドアを開いたヒュウはそのまま走り去っていく。
彼の話の一部始終を聞いたラクツは彼を見送ることしかできなかった。
(ヒュウ…君がそんなんじゃ、たとえ取り戻せたとしても、妹さんは喜ばないと思うよ…)
ラクツはヒュウが座っていた椅子、そして荷物が置かれていた場所を見る。
「あれは…?」
荷物が置かれていた場所にはポケモンの卵が入ったケースが置かれていた。
過去の授業で、ラクツとヒュウが力を合わせて手に入れたポケモンの卵だ。
そんな大切なものを忘れて行ってしまうほど、今のヒュウは追い詰められているのかもしれない。
(結局、私は何を信じていたの…?N様の言う楽園が正しいって信じて…そこでなら、人もポケモンも幸せになれると信じて…)
ファイツはNと初めて会った時のことを思い出す。
イッシュ地方とは別の地方で育ったファイツはトレーナーに散々な虐待を受け、傷ついたポケモンを拾ったことがある。
そのポケモンを救うために、大人たちに助けを求めたが、だれも助けてくれず、自分自身もそのポケモンを救う術を持っていなかった。
そんな絶望に包まれる中でNと出会い、彼がそんなポケモン達を救ってくれた。
その時に彼が言っていた言葉は今でも心に残っている。
「僕たち人間はポケモンを…トモダチを傷つけたり、縛るようなことをしてはいけない。だから、トレーナーに虐げられているポケモンを解放し、自由を与えなきゃいけないんだ」
虐げられているポケモンを救うというのは正しいかもしれない。
しかし、ヒュウの話を聞き、そして2年前のゲーチスの事件で構築されていたファイツの価値観が大きく揺らいだ。
結局、自分たちのやってきたことは他人からポケモンを奪い、ポケモンから親と共に過ごし、成長する時間を奪っただけだった。
眠っているゾロちゃんとダケちゃんを見つめながら、ファイツは消せない自分の過去、自分の罪を悔やむことしかできなかった。
そして、夜更けのタチカワシティ港…。
「これは…?」
「電子マネーのカード。中には3万入ってるわ。足りなくなったら、連絡して」
「確かに、キャッシュカードと比べると足がつきにくいですけど…ありがとうございます」
カードを受け取ったラクツはホワイトにお礼を言い、船に乗り込む。
船にはセーラー服を着た中年の船乗りが乗っていて、彼がヒウンシティまで船を動かしてくれるとのことだ。
何度もホワイト自身も世話になっていることもあり、素性は保証されている。
なお、ヒュウはあの後町中を探したものの、その姿はなく、ホワイトもチェレンに連絡したものの、どこにいるのかわからずじまいだった。
「ラクツ君…その」
「わかってます。ブラックさんは可能な限り、こちらでも探します」
「ホワイトちゃん、そろそろ出していいか?」
「はい!お願いします!!」
ホワイトが離れてしばらくすると、船はゆっくりと動き出し、港から離れていく。
満月が照らす中で、2人を乗せた船は連絡船が使っている航路を通り、ヒウンシティへと向かっていく。
見送ったホワイトはじっとその満月を見た。
(ブラック君…必ず会えるって言葉、信じていいのね…?)
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 31匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
・卵(生まれるまでもう少しかかる)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)25匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第14話 海上の決闘
だんだん日が昇っていき、太陽の光が水上を走るボートを照らしている。
ボートの外でバイザーを手で抑えながらラクツは周囲の警戒を続けている。
ボートがタチワキシティを出てから既に2時間が経過している。
海図が正しければ、あと1時間あればヒウンシティに到着する。
「なぁ、ラクツの兄ちゃん…だっけか?到着まで少し休んだらどうだ?ずっと見張ってるぞ?」
水夫が操縦席から顔を出し、心配そうにラクツに尋ねる。
ラクツはボートに乗ってからずっとこうして見張りをしている。
ファイツは操縦席の後ろにある少し開けた空間で寝袋の中に入り、休んでいる。
「いえ…こういう海でもプラズマ団が襲ってくる可能性がありますから」
「心配するなって。船にはソナーがついていて、操縦中は俺がこうして見てる。それに、海上から来る相手に備えてレーダーも…」
「それに…どこかで、見られてる…。そんな気がしますから…」
双眼鏡を手にし、周囲を見渡す。
ここの海はホウエン地方ほどではないが、海があまり汚染されておらず、そのおかげでにおいの元となるプランクトンの数が抑えられており、あまり海特有のにおいを感じない。
しかし、数分経つと、紙や布が焦げたようなにおいを感じ始めた。
「なんだこの匂い…。!?匂い…??」
不快なにおいに鼻をつまむラクツだが、なぜその匂いを感じるのか疑問を抱き始める。
それと同時にボートの左右に急に合計4艘のボートが出現し、それに乗っているプラズマ団員がペリッパーとサメハダーを出す。
「な、急に出てきやがった!?!?」
「光学迷彩!?ステルスも含めて、ソナーとレーダーから逃れていたのか!?」
すぐにミジュマルを出し、彼に冷凍ビームを放たせる。
しかし、水タイプのポケモンは氷タイプの技では大したダメージを与えることができない。
そのため、ペリッパーの場合は翼を凍結させることで海上へ墜落させるのが精いっぱいだ。
「ボートのスピードを全開にしてください!相手は追いかけてきます!!」
「くぅ…了解だ!俺も死にたくないからな!!」
ホワイトから事情を聴いており、こうして襲ってくることも言われていた水夫は腹をくくり、ボートのスピードを上げていく。
飛行速度そのものは大したことのないペリッパーであれば、それでまくことができるが、問題はサメハダーの方だ。
サメハダーの最高速度は時速120キロで、こちらのボートの最高速度は時速およそ60キロ。
倍以上の最高速度をたたき出すサメハダーが追跡するのは動作もないことで、そのまま突進するなどしてボートを撃沈させられる可能性だってある。
「ラクツ君!!」
ファイツも援護するために外に出て、ダケちゃんを出す。
「ダケちゃん、メガドレイン!!」
ダケちゃんの体が緑色に発光し、同時にサメハダーからも発生する緑色の光を吸収していく。
水・悪タイプであるサメハダーに対して、草タイプのメガドレインは効果抜群であり、一撃でダウンした。
「ファイツちゃん…よし、だったら、サメハダーの牽制をする!!」
ファイツを止めようと一瞬考えたラクツだが、同じ水タイプのミジュマルしか現状手持ちにない彼ではうまく戦えないうえ、草タイプの技である草結びもここでは使えない。
やむなく、ミジュマルに牽制させるように命令し、ミジュマルは冷凍ビームでもう1匹のサメハダーの進路に氷を張って妨害を行う。
その程度では砕かれて突破されるだけなのだが、それでもわずかにスピードを落とすことができた。
そのサメハダーにメガドレインが襲い、またも一撃で撃破された。
「まずい…ボートが前から…うわああ!?!?」
「前から…うわあ!!」
「キャア!!」
突然船体が揺れ、ラクツ達が転倒する。
前方にはこちらに突撃してきたボートがあり、そこから4人のトレーナーがこちらのボートに入ってきた。
「くそ…!!」
4人とも、ゴルダックとブイゼル、モンジャラにヒヤップと水タイプのポケモンを出してくる。
ミジュマルだけでは戦えないと思い、ラクツは立ち上がり、ルカリオも出そうとする。
しかし、急に後ろから誰かによって抑え込まれ、うつ伏せになってしまう。
「何…!?」
「悪いな、ラクツの兄ちゃん。こういうことなのさ」
ラクツを抑え込んだのは水夫で、ボールからヤブクロンを出す。
そして、頭を持ち上げるとヤブクロンに至近距離からラクツに毒ガスを放たせた。
「ラクツ君!!」
「人の心配をしている場合かよ!」
ラクツに目が行ってしまったことで隙ができてしまい、モンジャラのツルで体を縛られてしまう。
同時にダケちゃんがサイコキネシスを受けて、ダウンしてしまった。
「ダケちゃん!!」
「そ、そうか…あんたが、僕たちの居場所を…ガハァっ!!」
なぜ自分たちの居場所が知られ、更に待ち伏せまでされたのかわかったラクツだが、あまりの不快なガスの匂いで嘔吐してしまう。
更に、意識もだんだん薄れつつあった。
「知ってるだろ?ヤブクロンは産業廃棄物の塊だ。そんなコイツの毒ガスを受けたら、よくて1週間は寝込んぢまって、最悪の場合はヒ素中毒と言った公害病で死んじまうって恐ろしい代物だ。本来のこいつの持ち主もこいつを受けて、今では海の底で寝ぼけてることだろうなぁ」
「お…お前…ポケモンを人殺しの道具に…!!」
偽水夫の話を聞いたラクツの中で強い怒りがこみあげてくる。
そのせいか薄れつつあった意識がわずかに回復していく。
「何が悪い?ポケモンはしょせん道具さ。それに、てめえの立場、分かってんのか?」
偽水夫の言う通り、今のラクツには彼らに対抗する手立てがない。
意識だけは失わずに済んでいるものの、やはり毒ガスのせいで身動きが取れず、今動けるのはミジュマル1匹のみ。
おまけにファイツもモンジャラの縛られているせいで動けずにいる、
この状況を打破する術を考えるが、中々いいプランが頭に浮かばない。
(くそ…一体どうしたら…!)
「隊長、こいつらの荷物を調べましたが、ペンダントは出てきません!」
2人のカバンを持って出てきた下っ端がその中身を外にぶちまける。
荷物を守るために残っていたゾロちゃんは既に戦闘不能となっていた。
空っぽのモンスターボールや傷薬などのポケモン用の薬に保存食、そして木の実などが転がるが、彼らが望んでいるペンダントはその中にはない。
「ちっ…おい、どこへ隠した!?」
それのありかを知っているであろうファイツに偽水夫が声を荒げる。
しかし、ファイツは口を閉ざしたままで何も答えを出さない。
「だったらボディチェックだ!着ているものから全部だ!!」
その言葉が何を意味するのか理解したファイツの顔が青くなる。
彼女を守ろうとミジュマルがモンジャラに向けて冷凍ビームを放とうとするが、ブイゼルのアクアジェットを側面から受けてしまう。
更にヒヤップにかみつかれ、追い討ちをかけるようにヤブクロンの毒ガスまで受けてしまう。
毒によって体力が奪われ、徹底的に痛めつけられる形となったミジュマルは力尽き、その場に倒れてしまう。
「ミジュマル!!」
「何やってんだ…てめえのポケモン、しつけがなってねえじゃねえか!!」
抵抗してきたことに腹を立てた偽水夫はラクツの腹部にけりを入れる。
先ほどの王都で胃の中が空っぽになったのもあってか、衝撃によって口から出たのは唾液と胃液だ。
それでも足りないのか、ラクツの顔をファイツが見えるように動かした後で足を踏みつけて固定する。
「こうなりゃあ、やっちまうか。よく見ときな、小僧。お前の無力をなぁ!!」
「や…やめろぉ!!」
下っ端の手にはナイフが握られている。
これからの行動を理解したラクツは必死に叫び、ファイツは恐怖のあまり、目を閉じてしまう。
「おいおい、年頃の女の子をいじめるたぁ、情けないなぁ。おじさん、見てられないよ」
「あぁ!?」
急にどこからか中年男性のけだるさに満ちた声が聞こえ、手を止めた下っ端たちが周囲を見渡す。
声自体はラクツ達が乗っているボートから聞こえているが、どこにも姿が見当たらない。
「…ペルシアン、辻斬り」
どこからか紫色の肌をしていて、丸い顔をしたペルシアンが飛び出してきて、ファイツの服を切ろうとした下っ端の右腕に深い切り傷を入れる。
出血し、あまりの激痛から下っ端は悲鳴を上げてその場を転げまわる。
「安心しな、切断とか麻痺とかにはならないから。さっさと医者に頼んで治療してもらいなぁ」
「こ、こいつ!!やっちまえ、ゴルダック!!」
ゴルダックがペルシアンに向けてサイコキネシスを放つ。
しかし、ペルシアンはサイコキネシスが起こす超能力の波の中を平然と突き進んでおり、ゴルダックを至近距離からの悪の波動で撃破した。
「ば、馬鹿な!?ペルシアンはノーマルタイプ!なんでエスパータイプの技が効かないんだ!?」
「いちいちうるさいなぁ…。おじさんのいる地方で生息してるペルシアンは悪タイプなんだよ。だから、エスパータイプの技が効かないの…と」
いつの間に偽水夫の背後に真っ白な髪と肌をして、赤いシャツに黒いジャケットとズボンをはいた、目にクマのある中年の男性が現れる。
背後を取られたことで動揺した偽水夫の延髄に手刀を叩き込み、彼を気絶させると、ラクツの腕に注射を打つ。
「これ…は…?」
「ワクチン兼治療薬だ。時間はかかるが、よくなるぞ…さて」
注射を終えた男の元へペルシアンが戻ってくる。
「な、な、なんだお前は!?何者なんだ!?」
動揺した下っ端が男に向けて疑問をぶつける。
彼の口ぶりからして、別に地方の出身者だということは確かだ。
「ああ…おじさん?おじさんはただのおじさんさ。いろいろしゃべるのくたびれるから、それでよしてくれよな。それで…後ろ、気にしなくていいのか?」
「何…う、うう、うわあああ!?!?」
振り向く暇もなく、気絶した偽水夫ともども下っ端と彼らのポケモン達が強力な念力を受けて上空へ飛んでいき、ファイツを縛っていたツルもほどけていく。
彼らの背後にはヤミラミがいて、彼がサイコキネシスでこれを引き起こしていた。
「女の子に手を出そうとした罪だ…。しばらく海でおぼれてな」
ボートから離れた場所でサイコキネシスが止まり、彼らは海へ転落する。
その間に男はラクツ達のボートの操縦を始めた。
衝突を受けたとはいえ、目的地に着くまでであれば問題はない程度の損傷で済んでいた。
「さてっと…運転交代だ」
「ハアハア…」
薬が効いてきたのか、ようやく起き上がることができたラクツはミジュマルをボールに入れると、荷物を集めているファイツの元へ歩いていく。
彼女の隣に座り、ラクツも荷物を回収した。
幸い、海に落ちてしまったものはなかった。
「ごめん、ファイツちゃん…。怖い思いをさせてしまって…」
「まったくだ。女の子一人守れないようじゃあまだまだだな…ラクツ」
「…なんで、僕の名前を!?」
教えてもないのに急に名前を呼ばれたことに驚き、ボートを操縦する男に目を向ける。
舵を握ったまま、男はラクツとファイツに目を向けた。
「あの、あなたは…?」
「俺はクチナシ。ただのおじさんさ」
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 35匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
卵(生まれるまでもう少しかかる)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)29匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第15話 助け舟
「さーて、ついたぞー。ここまで来たら安全だ」
高層ビルが立ち並ぶ街の中で、ポツリと残っている古びたホテルの一室に、クチナシら3人が入る。
イッシュ地方では珍しい和風の部屋のあるホテルであり、どこか異質な空気を感じた。
ヒウンシティに到着した彼らはどこにいるかわからないプラズマ団から身を隠すため、このようなマイナーなホテルに隠れている。
「これで少しは落ち着けるな…」
「あの、ありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら…」
「気にすることはないさ。それより、屋上へ行かねえか?おじさん、狭いところの空気が少々苦手でね」
つまらない嘘をつき、クチナシを部屋を出ていく。
疲れてしまったのか、ファイツは眠っており、起きる気配はない。
「ファイツを頼むよ、ゾロちゃん、ダケちゃん」
2匹のポケモンは力強くうなずき、それを見たラクツは部屋を出ていった。
「この街はごちゃごちゃしてうるさいなぁ…。俺が暮らしているところの方が静かで心地いいや」
煙草を吸い、外の景色を見ながらクチナシはぼやく。
通勤時間になっているためか、表通りを中心にサラリーマンが歩き回っており、走っているバスはぎゅうぎゅう詰めになっている。
車の数も多く、排気ガスのせいか空気がよどんでいるように感じた。
「たばこ、ポイ捨てはダメですよ」
屋上へ来たラクツが下に落とそうとしたクチナシに注意する。
そういうところも窮屈だと思いながら、クチナシはしぶしぶ設置されている灰皿で火を消してから捨てた。
そして、2人で並んで景色を見始める。
「こんなところに呼び出して、何のつもりですか?ファイツに聞かれたくないこと…ですか?」
今だ何者かわからないクチナシに警戒心を抱きながら、ラクツは質問する。
若いせいか、気を付けているが感情が隠しきれていないのを見透かすように、クチナシは苦笑する。
「…何か、おかしいんですか?」
「いや、何だ。最年少で国際警察官になった少年がどんな男だろうと思ったが、まさかこんなガキだったとはって思ってなぁ。ククク…」
「悪かったですね、ガキで。幻滅したでしょう?」
こらえるように笑うクチナシを見て、少し不機嫌になりながらも、怒るのだけは我慢する。
ようやく笑いが収まったクチナシはまた煙草を吸い始めた。
「ま…お前がそんな態度じゃ話しにくいから、先に俺の正体を言っておくか。俺は…まぁ、元お前の師匠の先輩ってことになるな」
「師匠…まさか、ハンサム先生の?」
「あーあー、未熟だなぁ。コールド・リーディングを使うやつがいたら、騙されるタイプだ」
クククと笑いながら指摘されたラクツはむっとした表情を見せる。
同時に、本当に彼がハンサムの先輩なのか疑問を抱く。
ラクツはハンサムからクチナシについて何一つ聞いてことがないからだ。
それだけでなく、彼はプライベートや過去について一切口にしたことがない。
「ま…いろいろあったからな。アイツとは…。まぁ、これは大した話題じゃないな。お前のルカリオ、出しな」
「ルカリオを…?」
「そうだ。早く出せ」
急かすように言うクチナシに理由を聞くのは難しいだろうと思い、仕方なくラクツはルカリオを出す。
すると、彼につけられている拘束具に手を加え始めた。
短時間で調整は完了し、ルカリオは驚きながら自分の手を見ている。
グッと力を入れ、集中すると、両手に1つずつ波動弾が生まれた。
「まさか…!」
「ああ。少しだけ拘束を緩めておいた。これで波動弾は解禁だ」
「一体、そういうつもりでそんなことを…!?」
確かに、ルカリオの力の封印が少しでも解けたら、ファイツを守る戦力が大幅にアップする。
しかし、この拘束具の技術は門外不出で、国際警察の一部の人間しかそのようなことができないうえ、上層部からの許可を得ずにそんなことをしたら、ただでは済まない。
やるとしたら、それを上回るように利益がない限りはやらないはずだ。
「ああ…念のために言っておくが、特に俺から要求するものは何もないぞ。おじさん、今の生活に大満足してるからさ」
また、ラクツのいうことが分かっているかのようにクチナシはニヤリと笑う。
もう彼とどう話せばいいのかわからなくなったラクツは沈黙するしかなかった。
「だんまりか。まぁいいさ。俺の今回の仕事はこれまでだからな」
そういうと、クチナシはたばこを灰皿に捨て、屋内へと戻っていく。
すれ違う際、彼は小さな声で気をつけろよ、と言われ、驚くように振り返った時にはもうクチナシの姿はなかった。
「…よかった、まだ寝てる」
部屋へ戻ってきたラクツはスヤスヤと眠ったままのファイツを見て、一安心すると、売店で買ってきたカップ麺を食べ始める。
ボートに乗ってから、緊張感が必要な時間がずっと続いていたため、つい先ほどになって空腹に気づき、買ってきた。
コーンポタージュ味というラーメンに合うのかどうかよくわからないが、残っているカップ麺はそれしかなかった。
部屋にあるポッドのお湯を入れ、机の上に置く。
3分経つのを待つ間、ふとラクツは荷物と一緒に置いてある卵に目を向ける。
「今のうちに温めておこうかな…?」
部屋に置いてある大きめのタオルを手にし、ポッドの中にあるお湯の温度を水を使って調整する。
トレーナーズスクールで学んだ授業によると、冷たいところで生息しているポケモンを除くと、たいていのポケモンは摂氏37度から40度程度で温めるとふ化するスピードが早くなるらしい。
一番いいのはマグマッグやブーバーのような炎の体を持つポケモンに温めさせることだが、当然のことながら、そんなポケモンは持っていない。
温度調整を済ませると、お湯をタオルにかけて、温まったタオルでケースから出した卵を巻いた。
「元気に生まれて来いよ…」
ラクツはタオルごと卵をケースに戻すと、それを抱く。
気のせいかもしれないが、卵がかすかに揺れるのを感じた。
「ふう…うん…」
少しだけ時間がたち、ファイツは目を覚ますと背伸びをし始める。
あくびをして、近くにいるラクツに目を向ける。
そこには卵を抱えたまま眠っているラクツの姿があった。
「寝ちゃってる…」
ホテルの中ということで、安心したかのように眠る彼を見て、その寝顔を不意にかわいいと思ってしまう。
ラクツが童顔なせいか、同年代の子供と比べると少し幼く見えてしまうのが大きいかもしれない。
そのため、知らない人から見ると、彼がトレーナーズスクールでも腕利きの生徒だということを疑ってしまうかもしれない。
彼を見ていたファイツは何かに気付いたのか、急いで自分のカバンの中を調べる。
中にはポケモン用の傷薬や治療のための木の実、それをすりつぶすための道具などが入っていた。
そして、彼女にとって重要なペンダントについては、二重構造になっている内ポケットの中から見つけることができた。
カバンの中身をぶちまけるだけで、ポケットの中身の構造については見落とされていたのが幸いした。
ペンダントを手にしたファイツは安心したかのようにハァーと大きく息をする。
「ん、んん…」
「ラクツ君…?」
「いか…行かないで…」
抱いているケースが落ち、ラクツの体が震えている。
行かないで、という彼の寝言を聞いたファイツはどういう意味か分からず、じっと彼を見る。
「どうして…どうして、僕を…」
「ラクツ君…!」
危ないと思ったファイツは必死にラクツの体を揺らす。
体を揺らされたことで彼はゆっくりと目を開いた。
「ファイツ…ちゃん…?」
「ラクツ君、大丈夫?すごくうなされてた…」
「…なんでも、ないよ」
ファイツの手をどけ、立ち上がったラクツは部屋についている脱衣所へ向かう。
少し時間がたつと、シャワーの音が聞こえた。
「ラクツ君…そういえば私、ラクツ君のことを何も知らない…」
「はあはあ…こんな時にもあんな夢を…」
シャワーを浴びるラクツは鏡に映る自分を見る。
眠っていたにもかかわらず、疲れ切った雰囲気を出しており、それが彼を不快にさせる。
「そういえば…あいつ…」
ラクツは港で戦ったシルクハットの男を思い出す、
なぜか自分の名前を知っていた男で、プラズマ団のメンバー。
だとしたら、その正体として推測できるのは1人だけだが、彼は顔を隠しているうえにボイスチェンジャーで声も変えている。
そして、決定打となるあのポケモンを持っているかわからない。
(彼が…先輩だというのか…?)
しかし、今はそれを考えるよりも、これからどうするかを考える必要がある。
ラクツは頭に浮かんだ疑念を洗い流したいと思い、シャワーの温度を上げた。
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第16話 ファイツの告白
「それで、次はどこへ行く?」
いつでも出ることができるように、荷物を整えながらラクツはファイツに尋ねる。
幽閉生活を送っていて、特にその時まで入ったことのなかったイッシュ地方については、ラクツはヒオウギシティとその近辺しか知らない。
ここにいつまでもいるわけにはいかないが、ここからどこへ行けばいいのかは今のラクツには見当もつかない。
東へ行けば、スカイアローブリッジを経由してシッポウシティに行くことができ、北へ行けば、最近見つかった古代の城を観光スポットとして最大限に生かすために開発されたリゾートデザートを経由し、ライモンシティへ行くことができる。
判断の糧として、頼りになるのは転校生であるファイツだ。
少なくとも、狭い範囲の地域しか知らないラクツよりもこの場合は頼りにすることができる。
「そういわれても、どこへ行けばいいか…?」
急に聞かれても分からないため、どうすべきか考えている中、そばで地図を見ていたゾロアが地図の上に乗り、1つの町に手を置く。
「ホドモエシティ…?」
手をどかし、町の名前を口にする。
イッシュ地方を含めた多くの地方の商品がここの港に集められ、輸出入される。
最近では観光ホテルが軒を連ね、各地の強豪のトレーナーがバトルをすることができる場所であるポケモンワールドトーナメントへの招致にも成功している。
そのため、プラズマ団の事件が起こってからの2年間で最も発展した町として注目を集めている。
人の出入りが激しいこの街であれば、ある程度潜伏することは可能だ。
(だが、なぜあいつがそこを選んだんだろう…?)
たいていのポケモンは人の言葉が理解できるくらい賢く、ゾロアはどうなのかはわからないものの、ポケウッドで映画を撮ることができたため、知能があると判断してもいい。
そんな彼が選ぶのだから、なんとなく選んだという可能性は低い。
また、この街の名前を見たファイツは目を大きく開いており、いつもとは反応が違う。
質問しても、おそらく答えてもらえないかもしれないが、この街に彼女は例のペンダントにかかわる何かがあるかもしれない。
「…ほかに選択肢がないなら、そのホドモエシティへ行こう。ただ…」
いざ、ここから北へ向かおうにも、今のヒウンシティには大きな問題があった。
先日に発生した北門の崩落事故によって、現在は復旧作業が行われている途上だ。
深夜の誰も通っていないときに崩落したため、幸いなことに死傷者が出ることはなかった。
警察による調査の結果、原因が爆発物によるものだということが判明したが、なぜそのタイミングで爆発させたのかという犯人の目的は、その人物が捕まっていないこともあって不明のままで、警察も見解の発表がいまだにできていない。
現在は代替措置として船でホドモエシティへ渡航するという手段があるものの、乗船の際には身分などを確かめられることから、それをするのは難しい。
ここまで来るのに使ったあの船はまだ港にあるものの、ラクツには操縦技術がないため、動かすことは不可能だ。
「復旧工事が終わるまであと3日。その間の宿代はどうにかできるけど、その間に見つからないように、宿は変えたほうがいいかも…」
チェックアウトの準備をするため、ラクツは荷物をまとめようと立ち上がる。
だが、その彼の袖をファイツがつかんだ。
「ファイツちゃん…?」
「ラクツ君。ラクツ君に…言いたいことがあるの」
「言いたい…こと?」
座りなおしたラクツを見たファイツは自分のカバンの中にあるペンダントを出す。
国際警察が求めているものそのものであるが、ラクツは表情に出さないように気を付けながら、そのペンダントを見る。
しかし、ペンダントが開くと、ラクツの目が大きく開き、こぶしに力が入って手がびっしょりと濡れるのを感じた。
その中には行方不明であるプラズマ団の王、国際警察が指名手配しているNのブロマイドがあったからだ。
「N…どうして、彼の写真が…」
「そういう反応になっちゃうよね…。だって、みんなにとって、N様は悪者だから…」
「N様…?もしかして、君は…」
「うん。私は…2年前までプラズマ団にいたの。そして…」
閉じたペンダントをにぎりしめたファイツは苦しげな表情を浮かべ、顔を下に向ける。
今となっては思い出すことさえ苦しい、罪悪感に満ちた過去だ。
喜々として語るのではなく、間違いであり、許されないことだと気付いているうえでそれを話すことはかなり勇気が必要なことだ。
「大丈夫だよ、ファイツちゃん。ゆっくりでいい…。時間はあるんだ」
焦らせることがないように、ゆっくりとファイツに諭す。
彼女の正体はある程度察しているため、彼には余裕があった。
深呼吸をし、時間をかけて自分を落ち着かせたファイツは話を再開する。
「N様とゼクロムがブラックとレシラムに敗れて、旅立った後、プラズマ団はゲーチスの黒派とこれまでの罪の償いのために活動をする白派に分裂したわ。私はそのときは13歳で、まだ将来に可能性があるからって、プラズマ団を離れることになったの」
(黒派と白派…。プラズマ団の中ではそう呼んでいるのか…)
ラクツはザンギ牧場などで戦ったプラズマ団の下っ端の制服を思い出す。
彼らの制服は2年前までの民族衣装をイメージしたフード付コートの面影が全くない、ロケット団の制服に近い、機能性を重視したものへと変わっていた。
やり方もロケット団と同じく、ポケモンの密猟や密売、麻薬や覚せい剤の取引などの犯罪を重ねる手法へと変わっていった。
王であるNとゼクロムが一介のトレーナーであるブラックが従えたレシラムに敗北したこと、そしてN本人が敗北を認め、ゼクロムと共に失踪したことにより、宗教面での求心力が大きく失墜した。
また、この騒動の後でプラズマ団の悪事が当時のチャンピオンであるアデクやプラズマ団幹部である七賢人と戦ったジムリーダーたちの手によって白日の下にさらされたことも大きな影響となった。
黒派の存在は、彼らの行動をよりエスカレートにしてしまったのではないかという意見がある一方で、純粋な犯罪組織ということで、警察が動きやすくなったという意見もある。
実際、宗教は国境や身分に関係がないがために警察にもプラズマ団に入団する人間が現れてしまったという話がある。
既に足を洗ったとはいえ、幼くしてプラズマ団員となったファイツが目の前にいるのだから、なおさらそれが事実である可能性が高いと言える。
「あの事件の後、私は七賢人の1人であるロット様と一緒にいたわ。家族がいない私には、プラズマ団しか居場所がなかったから」
「じゃあ、どうしてトレーナーズスクールへ入ったの?」
「プラズマ団の罪を背負わせたくないって、逃げてしまったゲーチスとヴィオ様、ジャロ様以外の七賢人と一緒に警察へ出頭したの。プラズマ団のこれまでの犯罪の全責任を負うために…」
七賢人のうちの4人が自ら国際警察へ出頭したというニュースは新聞で見たことがある。
プラズマ団の拠点であるNの城には現地警察と国際警察による家宅捜索が行われ、これまでの犯罪の証拠となり資料や物品、ポケモンなどがワラワラ出てきた。
この出頭した4人への裁きはどのようになるのかはイッシュ地方全体で大きな話題となり、判決が出たのは1年前。
罪状は内乱罪未遂で、彼らは禁固15年執行猶予5年という判決が下されることとなった。
彼らが自らの罪を認め、反省しようとしていること、そして生涯をかけて被害者に対して賠償を行い、おやが見つけらないポケモン達の面倒を見続けることを確約したこと、そして4人のうちの誰も控訴しなかったことがこの判決を決めさせた。
「ロット様は判決が決まった後、ホドモエシティで贖罪の日々を送っているわ。ほかの方々の行方は分からないけど…」
「それで、君は…」
「私も…しばらくはロット様の元へいたけど、半年くらい前にお金を出して、トレーナーズスクールで新しい生き方を探せって言われて、あの町を離れたの」
お金や荷物を渡されたときのロットらプラズマ団の大人たちの優しい笑顔を思い出す。
彼らは親がわからなくなってしまったポケモン達を育てるため、被害者やその関係者に賠償をするために、日雇いの労働や出店を開くなどして働き、少しずつ金をためていた。
そんな大切ななけなしの金を渡され、これを使って新しい人生を始めろと言われたときはうれしさと自分だけ解放されることへの罪悪感など、様々な感情がごちゃ混ぜになっていたことを今でも覚えている。
そして、同じく親が誰かわからなくなってしまったポケモンの中で、自分に懐いていたダケちゃんと一緒にホドモエシティを後にした。
受け取ったお金を使ってヒオウギシティへ向かい、そこで部屋を借りてトレーナーズスクールへ入った。
部屋を借りる際、保証人としてロクト(ロットの偽名で、ファイツがプラズマ団の関係者であることを隠すため)の名前を書いた。
ペンダントの存在に気付いたのは3カ月くらい前になる。
荷物の整理をしていたときにそれを見つけた。
ロットと共にいた、愛の女神と平和の女神と呼ばれた2人の少女、ガーベナとヘレナの2人が持っていたペンダントであった。
紛れ込んでしまったのかと思い、すぐに送り返さなければと思ったが、そのことをすると自分の素性がばれてしまう恐れがあった。
ホドモエシティの教会にプラズマ団の残党が贖罪をしているという話はヒオウギシティにも伝わってきていた。
彼らの想いに応えるためにも、ファイツはペンダントを送ることができず、今こうして持っている。
「それで、このペンダントには何が…?」
「N様のブロマイドがある以外、私には…何も…。ただ、2人の女神さまがあの事件の後から持っていたわ」
(事件の後か…)
その話が正しければ、このペンダントができたのは少なくとも2年前。
そして、作ったのは白派のプラズマ団。
だとしたら、ホドモエシティへ行くことでこのペンダントに関する詳しい情報をつかむことができる。
なぜその2人の女神がそれを持っていたのか、何のためにファイツの手に渡ったのか、そしてそれを黒派が狙う理由。
胸ポケットに入れているポケギアが鳴り始める。
出して相手を確認すると、相手はハンサムだった。
「誰から電話?」
不審に思ったファイツが訪ねてくる。
「クラスメイトだよ、きっと僕のことを心配して…。待っていて」
ポケギアを持ったまま、ラクツは部屋を出ていく。
ファイツに聞かれないように、個室トイレに入って電話に出た。
「先生…」
「ラクツか…。厄介なことをしてくれたようだな」
ハンサムの口調からして、今回の行動に対して怒っているようだ。
ペンダントの持ち主である彼女とともにヒオウギシティを逃げ出してしまったため、当然のことだ。
「先生。僕は…」
「言い訳はいい。港まで1人で来い。今後のことを話し合おう。盗聴されている可能性があるからな」
「盗聴…!?先生、あなたは…」
「急げよ。君たちは…とんでもないことに巻き込まれている可能性がある。それから、通話が終わったら、すぐにそのポケギアは破壊しておけ」
答らしい答えを言わぬまま、ハンサムは電話を切る。
(ポケギアを破壊しろ…。どういうことなんだ?)
盗聴という言葉もあるように、国際警察も何かが起こっていることは確かだ。
個室トイレを出て、誰もいないことを確認した後で窓を開き、ミジュマルをそばに出した後で、外に向けてポケギアを投げる。
同時に、ミジュマルは水鉄砲でポケギアを粉々に破壊した。
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 35匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル25相当に低下)
技 波動弾 サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
卵(生まれるまでもう少しかかる)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)29匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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第17話 隠された役目
ヒウンシティ港では、ポケウッド行きの船が止まっており、観光客が続々と乗り込んでいる。
海を見つめながら、ハンサムはタバコを吸う。
その後ろにラクツがおり、彼が到着してから数分が経過する。
その間、ハンサムは彼に目を向けることも、しゃべることもせずに、ずっとタバコを吸っている。
煙草の灰が海にポタリと落ち、ハンサムはようやく煙草を吸うのをやめて、携帯灰皿で火を消した。
「とんでもないことをしてくれたな…。まさか、ペンダントを持つ少女と共に脱走するとは…」
最初にそのことを知ったときは怒りよりも先に驚きがあった。
真面目で、上司や教官の命令に素直に従う彼が、国際警察に復帰するためにずっとトレーナーズスクールで努力し続けていた彼がその努力を一片の紙のごとく捨てる行為に出るとは思いもよらなかった。
しかも、復帰条件であるペンダントを持つ少女のことを報告することもなしに、だ。
「…」
「今、この場でそのことを知っているのは私だけだ。上はまだ、このことは知らない」
「知らないって…報告していないんですか?」
「上は引きこもるのが好きだからな。報告がなければ、現場のことなど何一つわからない」
今はハンサムと自分の部下しかそのことを知らず、今は自分がその情報が漏れないように止めているところだが、それがいつまで持つかわからない。
このことが知られたら、おそらく国際警察はラクツを逮捕するために動くだろう。
教え子である彼がそのようなことになることだけは避けたい。
「ラクツ…悪いことは言わん。彼女の持っているペンダントを私に渡してくれ。そうすれば、君は国際警察に復帰できる」
「ペンダントを…」
「そうだ。プラズマ団から襲撃を受けたことは知っている。それを利用すれば、仮に知られた場合、いくらでも言い訳できる」
今、ハンサムの脳裏に描かれているシナリオはこうだ。
ラクツからペンダントを受け取り、それを上層部に提出して、彼の国際警察復帰を承認させる。
仮に彼がヒオウギシティから出たことへの説明が求められた場合は、プラズマ団からの襲撃を受け、彼らの攻撃を回避し、安全にペンダントを提出するためにやむを得ずそうしたと言えばいい。
ヒオウギシティでのプラズマ団襲撃については既に報道されており、上層部の耳にも入っている。
あとはラクツがこの提案に対して、了解すればいいだけだ。
ラクツにとって、それがベストな判断と言える。
「先生…この提案を受けた場合、彼女はどうなるんです?」
しかし、ラクツにとって心配なのは彼女のことだ。
元プラズマ団員で有ることは分かっているが、今の彼女は狙われており、そして自分の罪と向き合おうとしている。
そんな彼女を放っておくことはできなかった。
「かつての裁判で免責されている。逮捕はしない。彼女はヒオウギシティへ戻し、元の生活を送らせるさ。国際警察の監視はあるが」
「監視…?ペンダントがなければ、彼女は狙われる必要なんて…」
そういうことになると、ペンダントは彼女の手から国際警察の元へ渡ることになる。
そうなると、プラズマ団が彼女を追う必要性がなくなるはずだ。
だが、彼の口ぶりだと、それでも引き続き彼女が追われるということになる。
ハンサムはため息をついた後で、その意味を口にする。
「…彼女には、おとりになってもらう。そういうことだ」
「おとり…!?」
「あのペンダントは重要な存在だ。それが国際警察の手に渡っていることは隠さなければならんからな」
背中を向け、煙草を出したハンサムはつぶやく。
ラクツがそのようなことを納得する男ではないことは分かっている。
不器用な正義感を持った彼だからこそ、ハンサムは彼を国際警察官として鍛えてきた。
だが、今は教官ではなく上司であり、自分が国際警察の方針に反発するような姿を見せるわけにはいかなかった。
「…僕は、彼女と知り合って、そんなに時間が経っていません。きっと、知らないことの方が圧倒的に多い。だけど、彼女は普通に生きたいだけだってことは…わかっているつもりです」
「ラクツ…」
「だから…僕は…」
「ふぅ…それがお前の答えか。ならば、仕方がないな」
ため息をつき、ハンサムは持っているポケギアで誰かと通信をつなげる。
「作戦を実行しろ」
それだけ言って、通信を切ったハンサムは振り返り、ボールからグレッグルを出す。
「これから、お前を捕らえるためにここには国際警察が来る」
「先生…!?」
「お前がそれを選んでしまった以上、もうこうせざるを得ない。せめてもの情けだ…彼らが到着する前に私がお前を逮捕する。シャドーボール!」
グレッグルが両手に力を込めて、シャドーボールをラクツに向けて投げつける。
左へ大きくローリングするように飛んで回避したラクツはルカリオをボールから出す。
「ルカリオ、サイコキネシス!」
毒・格闘タイプであるグレッグルにとって、エスパータイプの技は致命的だ。
それを使ってすぐに仕留めようと考えたラクツだが、グレッグルは自分の背中に拳を押し付ける。
サイコキネシスによって発生する強い念力が周囲に拡散していくが、グレッグルは後ろへ大きく飛ぶことでそれを回避した。
「無駄だ。ツボをついて素早さを上げさせてもらった」
「ツボをつくって…確か、それで上昇する能力はランダムのはずじゃ…!」
「確かにそうだ。だが、どのツボをつけばどの能力が高まるのか、それを分かっていればいいだけのことだ」
近代医療でも効果が認められているツボ治療をハンサムの話を聞いたラクツは思い出す。
テレビなどのメディアでツボについては何度も取り上げられているが、ツボの位置によってある程度効果が決まっていることがそれらを何度も見ているとわかる。
ポケモンのツボはもちろん、人間とは異なるものの、位置などが正確に分かれば、ハンサムの言っていることはあながち嘘ではなくなる。
なお、毒タイプであるグレッグルがそんな技を使うことができる理由はドクロッグに進化したときに中指の骨のあたりに生えてくる毒の爪となる器官があるためらしい。
サイコキネシスは放つにはわずかにタイムラグが発生するため、今の素早さのグレッグルには避けられてしまう。
「波動弾!!」
クチナシによって制限が解除された波動弾をグレッグルに向けて発射する。
サイコキネシスよりもタイムラグが短く、弾速も早いことから素早さの有るポケモンでも回避が難しい技だ。
しかし、グレッグルは毒づきを放ち、波動弾を相殺する。
「やはりな…スピードから見るとその判断は悪くないが、毒タイプのグレッグルに対してはよいものではないな」
その言葉をラクツは素直に受け止めるしかない。
毒タイプのポケモンに対して、格闘タイプの技を放っても威力が半減されてしまう。
半減されるとはわかっているが、進化ポケモンであるルカリオのパワーならどうにかなると考えた。
それが甘い考えだということを思い知らされる。
「左わきにツボをつき、瓦割りだ、グレッグル!!」
ハンサムの指示通りにツボをついたグレッグルが地を蹴り、ルカリオに肉薄する。
「波動弾!!」
「無駄だ!それが命中する前に瓦割りがルカリオに当たる!」
そして、格闘タイプであるグレッグルが放つ瓦割りはルカリオにとっては最悪の相性。
ステータスで見ると、防御と特防が標準的なルカリオがそれを受けた場合、一撃で倒されてしまう可能性が高い。
「下に向けて撃つんだ!」
「下だと!?」
両手を振り下ろす形で波動弾を真下に放ち、ルカリオがいる場所で爆発が起こる。
爆発に驚いたグレッグルが後ろに下がり、爆発した場所からルカリオがいなくなっていた。
「まさか…波動弾を使って空中へ!?」
ハンサムは上へ目を向ける。
そこには両拳に凝縮した念力を宿したルカリオが落下していき、反応が遅れたグレッグルの頭に拳が命中する。
苦手なエスパータイプの技を受けたグレッグルは目を回しながら、その場で倒れた。
「なるほど…。サイコキネシスを両手にだけ宿すことで、タイムラグを減らしたということか」
フーディンやヤドキングのような高度なエスパー能力を持つポケモンはサイコキネシスをルカリオのように周囲に拡散するだけでなく、物や体の一部に集中させることができる。
先ほどの場合、ルカリオが放ったサイコキネシスのパワーはいつもの半分以下で、それを両拳に集中させていた。
そのため、一点の威力だけは高まっている。
だが、勝ったラクツはどこか納得できない感じがした。
(違う…。先生のグレッグルはもっと強い…)
国際警察の訓練の一環として、何度もハンサムとグレッグルとバトルをしたことがある。
しかし、全盛期のルカリオで勝負したとしても、一度も勝つことができなかった。
そんなグレッグルが不意打ちまがいの技を受けるとは思えない。
「先生…まさか…」
ハンサムの真意を問いただそうとした瞬間、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。
彼の言う通り、もうすぐここには警察がやってきて、自分を捕まえようとするだろう。
「く…!」
ラクツは東西から来るパトカーから回避するため、北へ逃げ出した。
パトカーが到着し、乗っていた警察官がハンサムの元へ集まる。
「来たか…。地下水路にゲーチス派のアジトがある。令状も出ている。捜索を開始しろ」
ハンサムはイッシュ地方の裁判所で発行してもらった捜査令状を見せ、集まった警官たちは地下水路へ向かう。
彼らを見送ったハンサムはラクツが逃げた北の方角に目を向けた。
(ラクツ…今の国際警察は信用ならない。お前の元にいれば、彼女も安心だろう。きっと、想像している以上に茨の未知になるかもしれんが…)
ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 36匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1
現在の使用ポケモン
ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し
ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル25相当に低下)
技 波動弾 サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
卵(生まれるまでもう少しかかる)
ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)29匹
入手したポケモン 2匹
タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん
ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち
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