堕ちてきた元契約者は何を刻むのか (トントン拍子)
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第一章一節 堕落

 ついカッとなってやった。後悔はしているが悔いはない。
 あらすじにも書いたように独自考察とご都合主義が入ります。
 肩肘張らず気楽に読んで下さい。


 

 

 

━━━いったい、どれほど斬り捨てただろうか

 

 

 

 幾百(いくひゃく)を撃ち落とし、幾千(いくせん)を斬り殺そうとも、一向に数が減らない奴等を見上げて大きく息を吐き思考の片隅に浮かんだそれを忘却する。

 致命傷は負っていないが傷も流れた血もすでに無視できる範囲を越えていた。

 しかし、それすら無視しなければ餌になるのは自分だと己に言い聞かせて剣を握り直す。

 

 

 

 

 

 端からこの光景を見た者がいたのなら絶望するしかないと悟るだろう。

 これが子ども向けの英雄譚ならば次の(ページ)で仲間達が助けに駆けつけ、己が持つ伝説の剣と共に奴等を蹴散らし大団円の内に幕を閉じたかもしれない。

 だが現実にそれは有り得ない。

 特に、この男には。

 仲間と呼ぶには(いささ)か含みを持つ同行者達とは散り散りとなり、今ではその生死すら判らない。

 時に敵から奪い、又はそこらで拾った武器は全て使い潰し、唯一残った形見の愛剣も(わず)かながら刃こぼれが見え始めている。

 そして空には昼夜が無く、かわりに鮮血のような赤がその全てを塗り潰していた。

 極めつけはその空を羽虫のように舞うドラゴンだろう。

 

 

 

【ドラゴン】

 

 

 

 この世界において生物の頂点に君臨するこの絶対種は神の眷属の末裔と伝えられている。

 本来は極々一部の例外を除いて自分達以外の他種族を全て見下し、同族とさえ必要以上に関わろうとはしない。

 そのドラゴンが羽虫の如く集まり、赤き空を舞っているこの状況を絶望以外の何と(たと)えられようか。

 更にタチの悪いことにその羽虫(ドラゴン)共は、その視界に他種族が映るなり蛆蠅(うじばえ)の如く群がり鏖殺(おうさつ)の限りを尽くす。

 尽くし終えたなら次の獲物を、またその次の獲物を、と目に映る他を蹂躙して行く。

 身体能力と機能は言うに及ばず、上位の個体にいたっては人を遥かに凌駕した知性と魔法、そして何より飛び抜けた適応力と順応性を併せ持つ。

 中には姿形をより最適なものへ変化させてその環境に適合してしまう個体などもおり、ドラゴンという種族がどれだけ()(たら)()極まりない生物であるかを認識させられる。

 

 

 

 

 

 剣を構え直し、思うように動かなくなってきた体にやや(いら)()ちを覚えていると羽虫(ドラゴン)の群れから一匹が飛び出してきた。

 口から炎を放ちつつ接近してくるドラゴンに対しこちらも距離を詰め、迫りくる業火の着弾地点を通り過ぎる。

 そのまますれ違い様に喰らおうとしてくる牙を避け、引き裂こうとする爪を逆にその脚ごと斬り飛ばした。

 痛みによって一瞬硬直したドラゴンに追撃とばかりに突き出した(てのひら)から火球を射ち出す。

 長年戦場を共にした愛剣に秘められし魔法【ブレイジングウィング】は主に牽制や周囲を焼き払うために使うのだが、それではドラゴンに傷を負わせることはできない。

 複数の火球をひとつに束ね、魔力を凝縮し、まるで「アイツ」の吐く炎のように射ち出したそれはドラゴンの片翼を焼き、地に(つい)(らく)させた。

 体を大地に叩きつけてもがくドラゴンの首へ大上段で飛び掛かり、魔力を付加した剣を渾身の力で降り下ろす。

 首を斬り落とした感触と返り血に陶酔(とうすい)のような歓喜が沸き起こるのも束の間、それを皮切りに羽虫共が俺に(むら)がってくる。

 こいつ等と戦い始めてから何度同じことを繰り返しているか分からない。

 普段なら内なる衝動に身を任せて酔い痴れて(ワラって)いるのだろうが今はそれすら億劫だ。

 迫り来る奴等を前に一つの想いが(よぎ)る。

 

 

 

━━━「アイツ」がいれば

 

 

 

 直後、そんな己の女々しさに目を背け、振り払おうとも張り付いて取れないその想いに(ふた)をする。

 「アイツ」との契約はすでに解かれているし、何よりアイツの命に手を(くだ)したのは他ならぬ俺自身ではないか。

 その事実に言い様のない焦燥感と、何に向けているのかも分からない怒りが胸の中で混ざり合い(あふ)れ出てくる。

 止めどなく溢れてくるソレを吐き出すかのように剣を振り、魔法を見舞った。

 

 

 

━━━剣を振るう度に傷は増え

 

━━━脚を動かす度に血は流れ

 

━━━魔法を行使する度に精神が()(もう)される

 

 

 

 ドラゴンを殺す度に劣勢へと陥ってゆく

 

 

 

━━━三を殺した辺りから脚が悲鳴を上げ

 

━━━五を数える頃には息があがり

 

━━━九を迎えた時には本能と体の反射のみでがむしゃらに戦った。

 

 

 

 口から獣のような叫びとともに十匹目の頭をかち割った瞬間、意思とは無関係に両膝が折れ地面をつく。

 剣を支えに立ち上がろうとするが、足が言うことをきかず、息も上手く吸うことができない。

 視線だけで上を見上げると、ドラゴン共は警戒と同時にこちらを観察するように空を(せん)(かい)するだけで近づいては来なかった。

 もはや詰みであると悟り、同時にそれを否定する。

 

(まだ生きてる)

 

 

 

━━━()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(まだ戦える)

 

 

 

━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 強迫観念にも似たソレは、もう、自分だけのモノではない。「アイツ」との【繋がり】であり【誓い】でもある。

 

「か…かって……こい、皆殺し…にしてや…る」

 

 (かす)れた言葉を投げつけ奴等を睨み付ける。

 思い出すのは「アイツ」と初めて出会った時。

 お互い死にかけだった所に契約を持ち掛けたのは自分だった。

 

 

 

━━━お前に生きる意志はまだはあるのか?

 

「アイツ」は問い返す。

 

━━━他の道はない、契約だ!

 

「アイツ」は(あざけ)る。

 

━━━資格などない、ただ俺は生きたいだけだ

 

「アイツ」は俺を見る。

 

━━━憎むなら憎め、それでも俺は生きてやる!

 

「アイツ」は呆ける。

 

━━━答えろ!契約か?死か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『契約か…死か………おぬしの生きる意志に誓おう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その誓いと共に自分は「紅きドラゴン」の契約者となり、全てを失った。

 (のこ)されたのは契約時の誓いだけ。

 

 

 

【死ぬまで抗い、生き抜くこと】

 

 

 

 俺にはもう、それ以外に(すが)れるものがない。

 こちらが虫の息であることを確信した数匹のドラゴンが大きく息を吸い、その口に炎を灯す。

 避けようにも体は動かず未だその場に縫いつけられたままである。

 (しか)して遂に、その業火は放たれた。

 抗おうと全身全霊の力を脚に込めようとした時、一瞬の浮遊感とともに落下する。

 

「…!?」

 

 驚きと疑問に言葉は紡がれず、周りの景色が黒に染まり遠退いて行く。

 

 

 

━━━まるで世界から追放されるように

 

 

 

 無意識に伸ばした手から、

 

 

 

━━━まるで世界から解き放たれるように

 

 

 

 俺は(こぼ)()ちた。

 

 

 

 戦乱の果てに混沌と絶望が(うず)()くミッドガルドにおいて、敵味方にその名を(とどろ)かせた元契約者【竜騎士カイム】はその世界から放逐された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の世界から(かく)()されたその深い森に彼女達は息を(ひそ)めるように暮らしている。

 人々が信仰する【唯一神】ではなく、数多の【守護天】を崇める異端者にして人智を超えた異能を行使する者。

 ()()からか人々はソレを恐れ始め、ソレ等を【魔女】と呼び、迫害を始める。

 いくら強力な異能を操る彼女達でも数の暴力には勝てず、元々の絶対数が少ないこともあって敗走し、追い立てられ、更にその数を減らしていった。

 そして大断崖(だいだんがい)(へだ)てたこの深い森まで押し込まれた魔女達は幾つかの氏族に別れ、日々その境界線で人と小競り合いを繰り返している。

 現在その矢面に立っている氏族の長、ハリガン・ハリウェイ・ハインドラは住居である砦の一角に己の一族を集めていた。

 

「ハリ(ねぇ)正気!?」

 

 一人の少女が声をあげる。その言葉はこの場に居る全員の総意でもあった。

 

「あぁ、今日からこの【男】を()()()()()()()

 

 その言葉に集まった魔女達は「なぜ?」「どうして?」と顔を見合わせ、その後は異議と質問の嵐を長であるハリガンにぶつける。

 極少数の賛成側も「長である姉様(あねさま)が言うのなら」という消極的な理由で全面的に賛同しているわけではない。

 結果から言えば、一族の娘達からどれだけ非難否定の言葉を(つの)られようとハリガンは自身の結論を(くつがえ)さなかった。

 通常の魔女の常識から言えばハリガンの(げん)は異常である。

 そもそも、魔女にとって男とは自分達の子孫を残すための【道具】でしかない。

 適当に見繕って(さら)い、子を作らせた後は殺すか森の外へ放り出していた。

 故に魔女の一族には女しかおらず、さらに産まれた者が全てが魔女になるわけでもない。

 更には母体の方も出産後は()()()()()()()()()()()()()()()()()自身の魔力の大半が損なわれる。

 そのため子孫を作るのは自然と魔力が(おとろ)えた者が(あて)がわれ、その後は資質を持たなかった子ども共々、隠れ里で余生を過ごすのだ。

 以上の事情からこのような騒ぎが起こってしまった。

 

(妙な所に来て妙な事になっちまったな)

 

 そのやり玉にあげられている男は、彼女達のやり取りを見て胸の内で嘆息(たんそく)していた。

 黒い()()()()髪に彫りの浅い顔、(ひたい)に通訳の(ふだ)を貼り付け、この辺りでは見ることの無い衣服と()(おり)

 年の頃は十代で、その(かんばせ)は少年の面影が失せ青年のそれへと変わっている。

 ハリガンが突然()殿(どの)に落ちてきたこの記憶喪失の男を殺さなかった理由は二つ。

 一つは、魔女である自分達を()(じん)も恐れず、頭ごなしに拒絶すらもせずに受け入れたから。

 もう一つは、もしかしたら異世界から来たこの男が風を吹かせ、ただ緩やかに滅んで行くだけだった魔女(自分達)の未来を変えられるかも知れないと、己の勘が囁いたからである。

 

(まぁ…悪い事ばかりでもないか………)

 

 そう思い直し、男は強い好奇心と知性を孕んだ瞳で彼女達を眺めている。

 主に、その姿態(からだ)を。

 何故かここにいる女達は肌を多く()(しゅつ)させている。まるで、話に聞いた遠い異国の踊り子のようだ。

 眼福、眼福と視線を()わせていると一人の少女と目が合う。

 金色の髪を二つに束ねたユウキと呼ばれていたこの少女は自分と目を合わせた瞬間、敵意と殺意を宿したモノスゴイ目付きで睨み返してきた。

 そのあまりの(がん)(りき)に慌てて視線を外していると。

 

「これは決定だ。変更は無い」

 

 そう締め括りハリガンは話を終わらせ、次に養うことになるこの男「ナーガ」を紹介した。

 

 

 

【ナーガ】

 

 

 

 この世界の古い言葉で龍王を意味するその名前は、彼の本名の一部らしく記憶の無い彼が唯一覚えていた己の名であった。

 名を聞いた直後、魔女達は一斉に笑い出す。

 どこか嘲笑(ちょうしょう)の入った笑いにナーガは居心地悪そうにハリガンを見るも、彼女も肩を(すく)めて苦笑するだけで止めようとはしない。

 紹介も終わり、この場をお開きにしようとした矢先、晴れていた空が暗雲に(おお)われ、間を置かず豪雨と雷鳴が響き渡る。

 が、次の瞬間まるで煙のように雷雨は消え去ってしまった。

 

「いきなり何だ?」

 

 ナーガが()(げん)そうにこの不可思議な雷雨を見ていた横で、ハリガンは別の事を考える。

 

(これは…まるでこやつが現れた時と同じ………まさか!)

 

 ユウキの方に目をやると、彼女も苦虫を噛み潰したような顔で首を縦に振っていた。

 

「アイス、レラ、一緒について来よ。ついでにナーガ、お主もだ。もしかしたらそなたの同郷の者が現れたかもしれん。他の娘達は各自部屋に戻っておれ」

 

 ハリガンが指示を出し湯殿へ向かおうとすると。

 

「ハリ姉、私も!」

 

「ならん。そなたが居ると騒ぎが大きくなる」

 

「来た奴が全部コイツみたいだとは限らないじゃない!危険な奴だったらどうするの!?」

 

 言っても聞かない娘に苛立ちが(つの)るも今は時間が惜しい。

 

「…ナーガ(こやつ)の時の様に不必要に暴れるでないぞ?」

 

 そう念を押して同行を許可し、五人で湯殿に向かう。

 

 

 

 

 

 本来、(まじ)わるはずもなかった竜騎士との出会い。

 その初の会合は過激の一言に尽きた。

 竜騎士は(きざ)む。魔女に、龍王に、世界に、己を(きざ)みつける。

 まるで「俺は此処にいる」と叫ぶように、()げくように。

 そして彼(彼女)等も竜騎士に(きざ)みつける。まるで「俺(私)達は此処にいるよ」と呼び掛けるように、抱き締めるように。

 これは、全てを失い堕ちてきた元契約者が再び(こぼ)れ落ちたナニかを掴もうとする物語である。

 両者の会合の(とき)はすぐそこまで迫っていた。




 傷心の王子が異世界で周りを振り回し、振り回されて、喧嘩したり、慰められたり、趣味に走ったりする物語です。
 次の投稿までかなり時間がかかると思いますが、書き上げるまで御容赦ください。

 では次回またお会いしましょう。


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第一章二節 迎撃

 何故か思ったより早く書き上げられました。
 既にキャラ崩壊してる感じですが御容赦を。一巻分書き終えたら全体的に追記修正するかもしれません。


 

 

 

 周りが全て黒に塗り潰されたと思ったら、今度はいきなり水面に叩きつけられ鼻と口に水が流し込まれる。

 水面に出ようともがくと、(あさ)()だったのか意外にもすぐに顔を出すことができた。

 数度咳き込んだ後、何が起こったのか確認するため周囲を見回し、数瞬思考が止まる。

 小高い丘。

 木造の簡素な屋根と柱ある素通しの建物。

 緩やかな(けい)(しゃ)地形の開けた空き地。

 その周りを囲む青々と(しげ)った深い森が見えた。

 最初は血が流れすぎていて分からなかったが、水だと思っていたソレは温かく、微かに()(おう)の臭いが香る。

 ここは(とう)()場なのか。

 いや、それよりも、

 

()()()()

 

 それだ、あの血のような赤ではない。

 フリアエ、【封印の女神】であった妹が死ぬ前の色だ。新たに女神を探し出せたのか。否、ドラゴンの襲来でそれどころではなかったはずだ。それにここは()()だ。(てん)()したのだとしても自分にそのような能力は無い。唯一可能性がありそうなのは神官長(ヴェルドレ)くらいだが、あの自己保身の塊が己を置いて他者にその様なことをするはずがない。

 

「…っ」

 

 湯が傷に()み、思考の底へ落ちていた精神が引き戻された。

 体を引き()りながら()うように板張りの床へ上がり、座り込む。

 大きく呼吸を一つ、二つ、三つ。

 現状は分らない事だらけだが危機を脱し命を(つな)いだ。

 ならば傷の応急処置をしようとした時、人の気配を感じてそちらに視線を送る。

 その先には四、五人ほどの若い男女がこちらへ向かって来るのが見えた。

 まず、目に入ったのが女共の格好だ。

 踊り子にしては(せん)(じょう)的過ぎるし、娼婦にしては小綺麗過ぎるそれは民族衣装か何かだろうか。

 次に男。こちらは額に呪符のような物を貼り付け、見たこともない衣装を着ていた。

 おそらくは女共と同じ民族衣装なのだろうが、見比べると何処と無く場違いな印象がある。

 念のため剣を持ち、警戒しながら立ち上がる。

 

「¢£、%#&*?」

 

「………§∃∬∇∋∝∠∑¢¥§◎⊂∧⊥」

 

「∋⇔≡℃@%☆〒∧⊂⊇▲」

 

「☆§@*&#%£¢$¥℃⊇∋∩⊆、∨」

 

「≦¢§∝∵‡Å◆$&¥℃*!∈¬∀∂¢@△§§¢!」

 

 こちらに問いかけたり話し合ったりしているが内容が分からない。

 連合の共通言語ではないし、帝国のダニ共を殺すために各地を転々としていた時に聞いた原住民の言語とも響きが(こと)なる。

 眉を(ひそ)めて相手の出方を見ていると馴れたな気配が一つ、金髪の女から自分の方へ明確に向けられていた。

 

(ああ…そうか………()()()()()()()()

 

 それを認識した瞬間、意識が、思考が、一色(ソレ)に染まってゆく。

 元々ごちゃごちゃ考えるのは好きではない。

 ならば単純な方を選ぶ。

 (わず)か数十秒ではあるが、体を休めることが出来たので気休め程度には手足に力が戻っている。

 全快にはほど遠いものの、ほぼ()()のこいつ等を殺すには充分だ。

 両手で剣を握り、何時ものように構える。

 こいつ等が俺に害を成そうとするのなら、殺し終えてから傷の治療をするとしよう。

 

 

━━━生き残る為に(殺し尽くす為に)

 

 

 

 奴等()に向かって一歩、踏み出した。

 

 

 

 

 

 両者にとってこの時は本当に()()()()()()としか言い様がなかった。

 カイム側は相手との意志疎通が出来ない上、つい先程までドラゴンと己の生存を賭けた【殺し合い】をしていた。

 (ゆえ)に、その時の思考と興奮が()めきってはおらず、傷の手当てが終わった頃か最悪カイムに()()()()()()を向けなければ小娘一人の()(せつ)なソレを(うっ)(とう)しそうに無視していたはずである。

 ハリガン側、もといユウキ側も(つね)(づね)男を見ると「殺す」や「追い出す」と叫び敵意や殺気を隠そうともしないが、こちらも普段ならこれ程()()()()()に向けはしない。

 その脳裏に(よぎ)るのは最初に落ちてきた【男】。

 出会い頭に敬愛しているハリガンの胸を揉みし抱き、自分の触れられたくない部分にズカズカと踏み込んできたナーガという【男】。

 さっさと殺すか森の外へ追い出したかったが、何を思ったのかハリガンはこの男を(やしな)うと言い出した。

 先の集まりでも真っ先に、そして最後まで反対していたのだが結局はハリガンに押しきられてしまい失意の底へと落とされてしまう。

 そして出会った時から胸の内に溜まり続けているナーガ()への(うっ)(ぷん)もそれに比例して大きくなっていった。

 その直後にまた男(コレ)である。

 (いく)ら魔女と言えど、感性豊かな十代の少女が無意識とはいえ明確な敵意と殺気(八つ当たり)をカイムへ向けてしまったのは仕方ないことだった。

 (かさ)ねて述べるが、カイムもユウキもお互いの状況下で当然の反応と態度をしただけで、それらが悪い方向に噛み合ってしまっただけの事である。

 この時は本当に、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

(ふむ………とりあえず、レラに通訳の呪符を作ってもらうか)

 

 そう判断を下し、あらためて男を見る。

 ナーガの同郷の者かと思っていたが、()殿(どの)に現れた異世界の男は顔つきも身に付けている物もこちらの世界の男に近い。

 年の頃は吾と同じか少し上くらいで鎧も衣服もボロボロ、体の至るところに裂傷と火傷を負っていた。

 試しに話しかけてみたが反応が無いところを見るに通じてはおらんのだろう。

 仕方なくレラに指示を出そうと思い視線を男から外そうとした時。

 

(ん?…今、笑った?)

 

 男の口が一瞬、弧を(えが)いたように見え再度注視する。

 すると男は剣を両手に持ち右脇へと構えた。

 

「まて、妙な真似をするな」

 

 警告とともに手で制止をかけるが止まらず、男が一歩を踏み出した瞬間。

 

 

 

━━━身が(すく)んだ

 

 

 

 後ろから娘達のか細い悲鳴があがり、ナーガも「おいおい…」と平静を(よそお)う様に軽口を叩いているが、その声色から()や汗を流しているのが手に取るように分かる。

 

(無理もない)

 

 頭の片隅でまるで他人事のように思考する。

 吾自身も十年近く前線でカサンドラ軍や教会の討伐隊と戦い続けており、奴等から敵意や殺意、(おん)()等は嫌というほど向けられてきた。

 慣れきっているはずの悪意(ソレ)は初陣した時に感じたそれの比ではない。

 ここまで純粋に、ここまで真っ直ぐに、殺意を向けられたのは初めてだった。

 体が竦み、内側から恐怖が全身に(めぐ)るのとは逆に男の目に釘付けにされる。

 前髪の隙間から見える青い瞳は、その色彩とは真逆に泥沼のように(にご)り狂気に()れてはいるが、その奥には確固たる光を(ない)(ほう)していた。

 決してナーガの瞳にあるような(まばゆ)いものではない。むしろ地べたを這うように薄汚れてすらいる。

 だが、確かにその光は、

 

(…しまった!)

 

 意識を()いてしまったせいで男に自分の間合いまで入り込まれ、先制を許してしまった。

 降り下ろしてきた剣に対し、瞬時に髪の一束に魔力を通して【鞭】のように振るい、(はじ)き飛ばそうとしたが。

 

(なに!?)

 

 弾くどころか、当たらない様に()()()事しかできず、髪の束も半分ほど切断された。

 吾の髪は魔力を通せば一本でも鉄並みの強度となり、質の悪い剣ならば今の攻防でへし折ることも容易である。

 余程良い素材を使っているのか、それともこの男の技量か、あるいはその両方か。

 男が舌打ちをしながら流れた剣を斬り返そうとした瞬間、

 

「姉様!」

 

 (こう)(ちょく)が解けたアイスが横から不意打ちに蹴りを見舞う。

 男も斬り返すのを止め剣の腹で蹴りを受け止め、きれず(よこ)(ざま)に吹き飛んだ。

 この娘の魔法は肉体の劇的な【強化】。

 魔力で強化されたアイスの肉体はもはや人外に(ひと)しい怪力を発揮する。

 男は2ヤルド(約5.4メートル)程飛ばされ()()()を踏みながら着地する。

 アイスの怪力を見れば恐怖の内に()(しゅく)して逃げ出すのが普通だが、男は(いま)(いま)しそうに顔を(しか)めるだけで恐怖が()(じん)も浮かんでいない。

 

「…っ!」

 

「やめよアイス!(ふか)()いをするな!」

 

 剣を構え直した男に言い様の無い危機感が()もり制止を掛けるが、アイスはそれを振り切り追撃のために距離を詰める。

 首を断とうと男が剣を薙ぐが、アイスは身を屈めて剣を掻い潜った。

 

「ぁが!?」

 

 だが、避けた先で待っていたのは膝蹴りの強襲だった。

 肉体の()()()()()()()()この娘でなければ顎を砕かれ、そのまま首をへし折られていただろう一切の(ちゅう)(ちょ)の無いそれはアイスの顎を体ごとかち上げる。

 そして、死に体となり無防備になった腹へ先の仕返しとばかりに蹴りが打ち込まれた。

 先程とは逆にアイスが吹き飛ばされる。

 受け身をとり咳き込みながら立ち上がろうとするが、頭を揺らされ酔ってしまったのか蹴られた所を押さえながら膝立ちになった。

 

「アイス!」

 

「アイス!この、死ねぇ!」

 

「加勢しま、す!」

 

 ユウキが【風刃】で、レラが【呪符の炎】で攻撃を加える。

 男は剣を盾に直撃を防ぐも、防ぎきれなかった肩や脚は切り裂かれ焼け焦げた。

 

(…?)

 

 妙だ、直撃ではないにせよ二人の魔法を受けたにしては傷や被害が()()()()

 何故と、それを見極めようとした直後、男の片膝が落ち地面に手をつく。

 殺意に気圧されていて忘れていた。吾等がここに着いた時には男はすでに満身創痍だった。

 元の傷に加え、新しくできた傷からも血が(したた)り落ちて足下には幾つもの血痕ができている。

 荒くなっている呼吸からも男に限界が来ているのが見てとれた。

 

「これで!」

 

 止めとばかりにユウキが風刃を放つ。男の方も最後の悪あがきをするかのように掌を前へ突き出した。

 何を、と訝しむのもつかの間、掌から【魔力】が漏れ出し火が灯る。

 それは瞬く間に歪な【火球】となり射ち出した瞬間、風刃を相殺した。

 

『………』

 

 ここにいる全員が絶句していた。

 なぜ男が。魔力を有するのも魔法を行使出来るのも、血を継ぎ、力に目覚めた吾等(魔女)にしか出来ぬはずだ。

 

(……いや、この男もナーガと同じく異世界から来たのならこちらの常識など(あて)にはならんか)

 

 まだ混乱している頭を無理矢理納得させ男に近寄る。

 至近距離で相殺したせいで剣を離し後ろに倒れてはいるが意識はあるらしく、頭だけを(わず)かに起こしこちらを睨み付けている。

 こんな(ざま)になろうとも瞳に光を宿したまま(諦めも絶望も恐怖も無く)、まだ(あらが)おうとしている。

 

(こやつは…)

 

 そんな男に呆れを通り越して、(かん)(たん)を覚えてしまう。

 

「本来なら殺しているところだが……お主には聞きたいことがある。寝ておれ」

 

 そう呟き、歯を食い縛り体を動かそうとしている男の側頭部を拳程の大きさに束ねた髪で強打する。

 今度こそ意識を失った男を尻目にアイスに問いかけた。

 

「アイス、立てるか?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 無事を確認し、次の言葉を告げるより早くユウキが口を開いた。

 

「ハリ姉!はやくこいつを殺さないと!」

 

「その事なのだがな………このままこやつを捕縛する」

 

 それを告げた瞬間、娘達から()(なん)の視線が殺到した。

 

「なに…言ってるの?わたし達こいつに殺されそうになったんだよ!?」

 

「今回はユウキが正しいで、す!」

 

 感情をせき止められなくなったのかユウキは怒鳴り散らすように反論し、レラもそれに同意する。

 アイスは何も告げはしなかったが眉間に皺を寄せて睨むようにこちらを見つめてきた。

 

「そなた達の気持ちは分かる。しかし吾もこやつに幾つか聞く事ができた」

 

「目を覚ましてまた襲ってきたらどうするのよ!?」

 

「その時は吾が責任を持って殺す」

 

「だからって…」

 

 そう言って(うつむ)くユウキの頬に触れる。

 

「すまない、だが「…らない」ユウキ?」

 

 言葉を遮り、ユウキが顔を上げた。

 目尻に涙を浮かべ、怒りと悲しみが()()ぜになった顔をこちらに向けて言い放ってきた。

 

「もうしらない!ハリ姉のことも!そいつ等のことも!全部どうなってもしらない!」

 

 そう言うと吾の手を払い、砦に向かって走り出す。

 

「わたしも失礼しま、す」

 

 レラも短く拒絶の言葉を残すとユウキの後に続いて去って行った。

 

「追わなくていいのか?」

 

「…今の吾にあの娘等を追う資格は有りはせんよ。それより、そうやって石を持っているのなら加勢くらいしてくれても良かったのではないか?」

 

 そう問いかけると、ナーガは手の中で(もてあそ)んでいる石を地面へ放った。

 

「ヤバくなりそうなら使ってたさ。お前さん等に取り上げられた得物でもあれば話しは別だが、下手に首突っ込んで標的にされたくなかったしな」

 

「なるほど。…アイス、これは吾の(わが)(まま)だ。そなたも異が有るのなら先に戻っていてくれて構わん」

 

 最後に残ったアイスにそう問いかける。

 今回の件は全て吾に非がある。魔女としても、一族の長としても。

 それでも勘が(ささや)きかける。「この二人は必要だ」と。

 一人は吾等の存在をありのまま受け入れ。もう一人は吾等に最後の最後まで諦めず抗い続けた。

 そして、何より両者とも魔女を欠片も恐れてはいない。

 この男等をこちらに引き込めたのなら、ただ緩やかに滅んでゆくだけだった今の現状を打破し、魔女の未来を掴む切っ掛けになるやもしれないと直感したからだ。

 

(それも叶わず、こやつ等が吾等の害となるのなら………)

 

 殺す。どんな手を使ってでも。

 そう覚悟を決め、改めてアイスを見る。

 未だ(けわ)しい表情を崩さず、こちらを見つめていたアイスはやや間を置いてこう切り出した。

 

「姉様、正直に答えてください」

 

 嘘も誤魔化しも許さないと、その声色は伝えてくる。

 

「彼等は【必要】なのですね?」

 

「そうだ、とははっきり言えぬ。強いて言うなら【勘】だ。こやつ等が吾等魔女の何かしらの切っ掛けになるやもしれない。ただ、そう思っただけだ」

 

 こちらも目を()らさず本音を伝える。

 見つめ合い、先程よりも間を置いて、

 

「………分かりました。とりあえず空き部屋に彼を運んで傷の治療をしましょう。姉様は剣をお願いします」

 

 折れたのはアイスだった。

 目を伏せ息を吐き出し、気持ちを切り替えて男を担ぎ運び出した。

 

「すまぬ」

 

 一度だけそう謝り、落ちている男の剣を拾おうとして、手が止まる。

 こうやって近くでまじまじと観察してみるとその(まが)(まが)しい気配がよく分かる。

 

(これは……呪いか?)

 

 もしくはそれに準ずる【ナニか】が憑いているのだろうか。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようで。

 

(まさかな…)

 

 小さく(かぶり)を振り両手で剣を持つ。大きさに比例して重いそれに少し顔が引きつる。

 あちらこちらに血糊がつき(いた)んでいる剣は持ち主にそっくりだった。

 

「ハリガンまだか?アイスが行っちまうぞ」

 

「あぁ、いま行く」

 

 ナーガに()かされ砦へと戻る。

 その後は空き部屋に男を放り込んで治療を施すと目が覚めるのを待った。

 そして、次に男が目を覚ましたのは日が落ちた夜更け前の事だった。




 カイムがあっさり負けた事には話の都合上仕方なしと思って下さい。
 次話は恐らく来月になると思います。

 また次回お会いしましょう。


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第一章三節 対話 (編集中)

 お待たせしました。切る場所が見つからず難儀しました。
 山無し谷無しの会話回です。さらっと読んでください。
 遅くなりましたが
 この小説を閲覧して下さった方、
 お気に入りに登録して下さった方、
 感想を書いて下さった方、
 評価を付けて下さった方
 全てに感謝を。


 

 

 闇の中に落ちていた意識が光へ浮上するような感覚とともに目が覚める。

 

(………)

 

 ぼんやりとした意識のまま、頭の中にひとつだけ疑問が浮かんだ。

 

(何故、()()()()()?)

 

 あの時、俺は妙な格好をした女共と男に斬り掛かって返り討ちにされたはずだ。奴等が自分を生かす意味など何処にもない。

 では何故、と考えていると、

 

「@、¢§%、@#£¢§%&」

 

 横から声がした。

 聞き覚えのある言葉の響きに視線を向けると、金髪の女二人がこちらを観察するように見ている。

 どちらも自分に殺気を向けてきたあの女ではない。

 手前の一人は敵意すらない勝気そうな目で興味深そうに俺を覗いており、奥にいるもう一人は手前のとは逆に気弱そうな表情でこちらを眺めている。

 奥の女の近くに蓋の空いた樽が二本置かれているが酒ではなく水の匂いがした。

 

「▽*¢☆#▲£※」

 

 また、別の方向から声がした。

 そちらに視線を向けると、今度は見覚えのある顔だった。

 先ほど殺りあった(あわ)(べに)髪の怪力女が顔に感情を乗せず俺を見下ろしている。

 起き上がろうとして、手を縛られていることに気付く。

 手を目の前まで持ってくると(そう)(こく)の髪で手首を縛られていて、伝わってくる感触は髪や縄の類いではなく(てっ)()の束のようなものだった。

 そのまま視線を自身の体に向けると鎧や衣服を脱がされ、身に付けているのは下半身の肌着一枚だけになっていた。

 さらには傷の縫合や包帯が見て取れ、丁寧に治療がされている。

 

(…何故だ?)

 

 ますます訳が分からない。奴等からすれば言葉も通じず、殺しに来た相手を何故生かそうとする。

 

(捕虜のつもりか?)

 

 それとも奴隷の方か。少なくとも奴等が俺に何らかの価値を見出だしたのだろう。

 

(………どうでもいいか)

 

 そこまで考えて一度思考を放棄する。

 一々こんな風にごちゃごちゃ考えるのは帝国との戦いの最中に出会った隠者(レオナール)だけで十分だ。

 手を下ろし、天井を見上げた。

 淡紅髪が(いぶか)しむように眉をひそめていたが無視する。こちらが大人しくしているのを(しばら)く見ていたが、やがて近くの椅子に腰を下ろしたようだ。

 少しの間、静寂がこの部屋を包んでいたが徐々に話し声が聞こえ始める。

 主に喋っているのは金髪の二人だけみたいだが、幾つかの燭台に照らされた室内には時折女共の会話が聞こえるだけで、後は静かなものだった。

 

 

 

 

 

 椅子に座り、誰にも気づかれないように息を吐く。

 男の視線が私に向いた瞬間、体が(こわ)()った。

 幸いにもあの時のような()ではなかったので表面上何事もないように振る舞えたが、もし同じ目を向けられていたらと思うと冷や汗が流れそうになる。

 もう一度、男の方を見る。彼はぼんやりと天井を見ているだけで身動き一つしない。

 

(本当に同一人物なのかしら?)

 

 と、思わず疑ってしまう程だ。私達に襲いかかってきた時の彼が全てを燃やし尽くす業火ならば、今の彼は(くすぶ)る火の粉のようにどこか(はかな)げである。

 

「アイス、あたし等本当に必要だったのか?」

 

「そう…ですよね。先程聞いた話とだいぶ様子が違いますし、ああやって大人しくしているんですから、そこまで危険ではないのでは?」

 

「念のためよ。姉様が戻るまでお願い」

 

 ケイとノノエルが私の返答を聞いて、ますます訝しむような顔をした。

 

「念のためって…幾ら魔法が使えるからって、普通あんな死にかけの人間にここまでする必要がある?」

 

「そもそも、魔女ですらない()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「あなた達の疑問も最もだけれど、さっき話したことは全て事実よ。その証拠に、彼から魔力を感じるでしょ?」

 

「それは……そうだけどさー」

 

 まだ納得しきれないのか、ケイは両手を頭の後ろで組み宙を仰ぐ。

 この子の悪い癖だ。どんな事柄であれ自身が納得出来ない事にはとことん首を突っ込む性分なので説明するこちらも骨が折れる。

 

(それも、仕方ないのかもしれない)

 

 二人ともあの時の男の(アレ)を見ていないのだから、姉様や私がここまで警戒する理由に至らないのだろう。

 気弱なノノエルが私の立場だったのなら、これでも少ないと後二、三人は増やしていたかもしれない。

 彼の治療が終わった後、ナーガさんは「今日は色々ありすぎて疲れた」と姉様に許可を取り、あてがわれた部屋に足早に戻ってしまった。

 残った姉様と私は互いにやることを確認し合い、行動に移る。

 この二人を呼んだのは私の提案だった。肉体を硬化して私と同じく肉弾戦ができるケイと、彼を炎使いと仮定して炎を相殺できる水使いのノノエルに事情を説明して共に監視をしてもらう。

 姉様は通訳の呪符だけでも作って貰うためにレラに頼み込んでいるから戻るまで今少し時間が掛かるだろう。

 

(ユウキにも声をかけてくる、と言っていたけれど…)

 

 門前払いされるのが容易に想像できた。

 ユウキとて自身の事だけで(かん)(しゃく)を起こすほど子供ではない。

 根は優しい子だ。多少私怨が入ってはいるが、あの怒りは姉様、()いては一族のみんなを思っての事だと理解できる。

 それだけに、

 

(そう(やす)(やす)と収まるわけがないか………)

 

 そこまで考えて、まるであの子の母親にでもなったかのような気分を味わう。

 

(姉様の苦労性でも移ったのかしら)

 

 ユウキとはあまり年は離れていない筈なのに、と内心で嘆息して時折ケイやノノエルから来る質問に受け答えをしながら姉様が戻って来るまで男の監視を続けた。

 

 

 

 

 

 女共が話始めてから少し時間が経つが、一向に状況が動かない。

 こちらが目を覚ましたのだから更に拘束されるか、牢屋にでもぶち込まれるか、或いは何かしらの手段で意思の疎通をしてくるものだと思っていたが当てが外れた。

 

(………)

 

 こうなると、放棄したはずの思考がまた頭の中を巡り始める。

 やはり剣を振り回し、敵を斬り殺している方が自分の性に合っていると、ロクでもないことを思いながら今一度、思考に埋没し始めた。

 思い返すのはこの状況になった奴等との戦闘である。

 いくら心身共に弱っていたとしても、相手の戦力をここまで大きく見誤ったのは久しぶりだった。

 【魔術師】とは自分がいた連合でも、帝国のダニ共でも、余程の高位でない限り、何らかの(しょく)(ばい)を持っているのが常だ。

 いや、むしろ高位の魔術師ほど手製や複雑な術式を編み込んだ(じゅ)()を多様する者が(ほと)んどだった。

 一部の例外を除いて、無手の奴等は魔術を極めた狂人か一芸に特化した凡人、または己を過信した愚者の(いず)れかだ。

 魔法が秘められている形見の愛剣も父が王に即位した時、とある一族の鍛冶師達に資金と材料を惜しみなく提供して作らせた逸品である。

 その一族の秘伝の技術によって作られた(それ)は武器としてだけでなく呪具(魔法の媒体)としての側面も持ち合わせていた。

 不確定な部分も多いが、先の戦闘と自身の持つ知識に(のっと)ればこいつ等は一芸特化型なのだろうと、一応の当たりをつける。

 あの時それとなく探りを入れていたが、魔力を感じたのは女共だけで男の方は魔力を感じず、かわりに姿勢や重心の置き方から体術と武器術に心得があるようだった。

 唯一、触媒らしき物を持っていたのは腰に呪符のような物を貼り付けていた緑髪の女だけで残りは丸腰。

 故に油断し、更には魔術師は中遠距離での戦闘でなければ己の敵ではないという先入観と過信から慢心した。

 

(その結果がこの様か)

 

 呆れ、自分を罵る。今になって冷静に思い返せば自身の短絡さや()(かつ)さしか出てこない。

 あの時、俺は本当に生き残るために戦っていたのか。

 

(………いや、違う)

 

 もしかしたら心のどこかで自棄や身投げのような感覚があったのかもしれない。

 それは何故だ。浮かんでくるのは「アイツ」だった。

 それと同時に「アイツ」を斬り伏せた時の感触が(よみがえ)り、体の奥にナニカが(よど)み膨れ上がる。

 どうして不用意に奴等へ斬り掛かった。あの金髪の女が自分に殺気を向けてきたからだ。()()()()それだけで。しかしこちらは手負い、先に仕掛けなければ命を落としていたかもしれない。その結果返り討ちにあって拘束されている。いやだが、

 

 

 

━━━なぜシカシだがソモソモいやソレニ

 

 

 

 そして問いと理由(言い訳)の堂々巡りが始まった。

 巡り続けるそれを振り払うため、目を瞑り息を吐き出す。

 馬鹿馬鹿しい。結局の所、その全ては俺自身の所為ではないか。

 

(………)

 

 まだ、少し疲れているのかもしれない。

 そう強引に結論を出して、思考を完全に放棄するため眠ろうとした時、戸の開く音と共に誰かが入ってきた。

 どうでもいいと思いながらも、意思とは逆に視線がそちらへ向く。

 入ってきたのは自分の手を縛っている髪の持ち主だった。淡紅髪共と少し言葉を交えた後、こちらに向かって来る。

 俺のいる寝台まで来ると蒼黒髪は、おもむろに話しかけてきた。

 

「▲§◇*○%、◎£¥▼〒@%¢$#★」

 

 やはり聞いたことのない響だ。何かを問いかけていることぐらいしか分からない。

 蒼黒髪の女は僅にため息を吐くと額に呪符を貼り付ける。あの男が貼っていたやつと同じ物か。何をと思う間もなく蒼黒髪は同じものを差し出してきた。

 それを受け取り確認する。微弱だが魔力を感じた。書かれている文字は神官や魔術師達が使っている神言・呪文文字に似ているがそれだけだ。

 蒼黒髪を見ると己の額を指差している。

 

(…あぁ)

 

 呪符を渡してきた意図を察し札を額に貼り付ける。それを確認した蒼黒髪はもう一度話しかけてきた。

 

「$の¢葉ばが分£%?分かる◎なら#事&しよ」

 

 頭の中で女の声が響く。所々聞き取りづらいが「アイツ」と会話している時の感覚に近いためその様に意識すると、

 

「おい、聞こえておるのか?返事くらいしろと言っている」

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 

「…聞こえている」

 

「よし…さて、このやり取りも二度目になるがこちらから名乗らせてもらう。吾の名はハリガン・ハリウェイ・ハインドラ。この黒の森に住む魔女、ハインドラ一族の長をしている。そなたの名は?」

 

 蒼黒髪の女ハリガンが俺の名を聞いてきた。こちらも名乗ろうと口を開きかけて、止まる。こうやって肉声で【人】に名乗るのは何時ぶりだろうかと、妙な感慨深さを感じた。「アイツ」と契約して声を失っていた期間はそれほど長いわけではなかったはずだが。

 僅かばかり感慨に浸っているとハリガンが訝しそうにこちらを見ていた。気を取り直し名乗る。

 

「…カイム。カイム・カールレオン」

 

「カイムか、そなたは此処に来るまでの事は覚えておるか?」

 

 いきなり変な質問をされ、眉を顰める。

 

「それがどうした?」

 

「そなたよりも先に来た男が記憶を無くしておってな。念のため確認させてくれ」

 

 あの動きにくそうな服を着た男の顔が浮かぶ。奴も自分と同じように転移してきたのか。

 

「カイムよ、改めて問う。そなたはどうやって此処へ来た」

 

「………ドラゴン共と殺りあっている最中に足場が無くなり、いきなりあの湯浴み場に放り出された」

 

「ドラゴン?竜とか?なぜ…いやそれは後でよい。ならば自分のいた国の名や地名は?」

 

「…ミッドガルド。俺のいた地の名だ」

 

 故郷はすでに滅んでいるので地名だけ口にする。

 

「ふむ………聞いたこのない地名だ。やはりそなたも異界より来た彷徨い人か」

 

 【異界】。そんな感じはしていた。俺のいた所とは有様が違いすぎる。あの空が赤くなる前と比べてみてもどことなく【世界の在り方】そのものが違うように思えた。それよりも、

 

「俺からも聞きたいことがある。…何故生かした?」

 

「なに、単純なことだ。そなたの持つ力に興味が湧いたからだ」

 

「ふざけるな、たかがその程度の理由で殺しに来た相手を助けるわけがない。本当の理由を言え」

 

「そう言われてもな。事実、半分はそう思ったから助けたのだ」

 

「………残りは?」

 

「そなたの目だ」

 

 僅に頭が混乱する。理解できない、何を言っているんだこの女は。こちらが顔を顰めているとハリガンは意を酌んだのか口を開いた。

 

「まぁ、それだけでは分からんよな。といっても吾も上手く説明は出来ぬのだが。何と言えば伝わるか……そう、そなたの目に光を見た」

 

「光?」

 

「あぁ、光だ。決意と言ってもいい。まるで【何としてでも生き残る】と叫ぶかのようだったよ。そして己の前に立ちはだかる全てに対し【抗う】気勢を感じた」

 

「………」

 

 言葉が出てこない。この女、ハリガンが口にした言葉は俺達の【誓い】そのものだった。俺と「アイツ」しか知らないそれを何故こいつが。

 

「……訳が分からん」

 

 半ば負け惜しみの様に吐き捨てて、目と顔を背けた。

 

「そうだな、吾自身可笑しな事を言っているとは思う。しかしそなたと相対したあの時、確かにそう見えた」

 

 苦笑するようにハリガンはそう先の言葉に付け足した。お互い僅に沈黙した後、顔を戻し今度はこちらから口を開いた。

 

「………俺の力に興味があると言ったな。あれはどういう意味だ?」

 

「そちらは言葉通りだ。特に、そなたが使った魔法は吾等からすればあり得ぬ事だからな」

 

「……魔法など素質と最低限の技術さえあれば誰でも使えるだろ。それの何があり得ない?」

 

 条件さえ満たせば年端もいかない幼子や知能の低い亜人種でさえ魔法を行使できる。何故そこまで特別視する必要がある。

 俺の言葉聞いてハリガンは数瞬呆けた後、徐々に顔を引き攣らせ始めた。奥にいる女共も目を見開いたり胡散臭げにこちらを見ている。

 

「す、すまないカイム。…度々になるが今一度確認させてくれ。そなたの居た世界では素質と技術さえあれば誰でも魔法が使えると言ったな?それは…女だけでなく……男も使えるのか?」

 

 ハリガンは絞り出すように俺に問いかけてきた。

 

「だからそう言っている」

 

「その素質とは親から子へ血で受け継がれていれば確実に目覚めるのか?」

 

「…詳しくは知らない。大体はその筈だ。」

 

「あの時そなたは炎を使っていたな。今開示できるだけで良い、他に何ができる?」

 

「……魔力の密度を上げて敵の魔法や呪いに対抗したりはする」

 

「では技術体系は?男女の区別がないのならある程度普及しているのだろう。どの様に確立されている?」

 

「………いい加減にしろ。下らないことを一々聞くな」

 

 矢継ぎ早に問いただされて苛立ちが募る。傷の治療の恩と体が弱っていなければこの場で蹴り飛ばしていた。

 

「下らなくなどない!………いや、すまぬ。そなたの事だけ聞いて吾等の話をしていなかったな。少々長くなるが良いか?」

 

「……あぁ、話せ」

 

これ以上問い質されるのはごめん蒙る。

 

「わかった。と、その前にアイス」

 

 ハリガンが淡紅髪の女アイスに声をかける。するとアイスは厚手の布を持ち、こちらまで来るとそれを俺に掛けた。

 

「会話に集中していて忘れていた許せ。衣服や防具は血だらけだったのでな、水で洗い流して乾かしているから明日まで待っておれ」

 

「そうか」

 

「…礼ぐらい言ったらどうだ?まぁ良い、………吾等魔女はな━━━」

 

 ハリガンは静かに語り始めた。魔女の事、人と国の事、教会の事、この世界の事を。




 読んで頂いた方の中にはカイムのイメージが違うと感じる方もいらっしゃると思いますがご容赦ください。
 ゲーム中のセリフを聞き直してこんな感じかなと四苦八苦しながら書いています。もっと言うなら落ち龍側もそうなんですが………。
 明日、一節二節をほんの少し修正します。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章四節 思惑 (編集中)

 お待たせしました。
 前回にも増してぐっだぐだな会話回です。本来ならカサンドラ戦の冒頭まで行く予定でしたが書いている内にこんなことになってしまいました。
 また、今話には落ち龍側への自己解釈とご都合主義という名の捏造が多分に含まれています。ご注意ください。
 後々、未読の巻に今回の話に矛盾が生じるような事が書かれていた場合出来るだけそちらに寄せるように書き直そうかと思っています。


 

 

 ハリガンの話を聞きながら頭の中で情報を整理する。

 この世界で魔法が使えるのは魔女であるこいつ等だけであり遥か昔は人と手を取り合って生きてきた。

 しかしそれも文明が進み、人の社会が大きく複雑になるにつれ人は異能を操る魔女に恐れを抱き始める。そして唯一絶対神を信仰する教会の台頭によってその溝は決定的なものとなった。

 以来数百年に続く人との争いによって魔女は大陸の端にあるこの黒の森まで追いやられ緩やかにその数を減らしているのだという。

 次に魔法だが、これは俺が知るそれとは在り方がかなり異なる。一番の違いは鉄などの金属及び衣服が魔力を遮断し、魔法の行使を著しく損なわせることだ。

 特に金属類は魔力の循環を完全に遮断してしまい、仮に鉄の鎧で体を覆った場合完全に魔法が使えなくなるらしく逆に裸ならば最大限に行使できるらしい。

 それなら何故小物程度とはいえ金属の装飾や宝石を身につけているのだと疑問を口にしたがハリガンによる答えは、

 

「そなたには理解できまいよ」

 

 と、冷やかな目で呆れられた。奥の女共も似たような目つきでこちらを睨んでくる。確かに理解出来ない。

 女が自身を着飾ることに執着を持っているのは知っているが、自分の命と装飾や金銭にしかならない色のついた石ころが対当の価値であるはずがない。

 話が逸れたがこの世界において異能である魔法を行使するこいつ等が何故人に負け、俺に驚いたのか理解した。

 人に負けたのは数の違いもあるのだろうがそれは要因の一つでしかなく決定打となったのは魔法そのものにある。

 推測でしかないがこいつ等の魔法は本来、他を害するものでは無い。数百年の争いの中でその様に改良してきたのだろうがそれだけの時間があったのならもっと汎用的かつ多様性に富んでいるはずだ。

 それが出来なかった為に己と相性の良い魔法を重点的に伸ばす方法しか取れなかった。

 更に都合の悪いことにこいつ等の魔法は【他を害する】事はできても【自分の身を守れない】。ハリガンが俺の剣を払ったのを見るに最低限の事は出来るだろうがそれだけだ。おそらく障壁すら張れまい。

 魔力や魔法の特性上、防具すら纏えず肌を多く露出させなければならない為百の矢、千の矢を降らされればそれで終わり、毒矢ならば腕利きが十射れば事が済む。

 こいつ等の魔法を見たのは先の戦闘とこの呪符くらいだが話を聞く限り戦争という集団での殺し合いでは使い勝手の悪い印象しか受けない。

 追い打ちを掛けるように魔女は殖えにくい。男と交われば女だけという前提はあるが普通に子は出来る。が、全てが魔女になるわけではない。

 流石に五分と言うほどの賭けではなく、稀に祖母から孫への隔世での魔力の発現もあるとの事だがそれでも十人産まれて二、三人は魔力を有しない子が現れるとハリガンは言う。

 

(今までよく滅びなかったものだ)

 

 本当に戦争向きではない種族だ。連れてきた男共をこちらで使わないのかと問うが人と争い始めた時からの習わしで事を終えれば殺すか森から放逐するのだという。

 

「殺す、と言っても何も恨み辛みや見せしめで殺すのではない。今はそれ【相応の理由】がなければ記憶を消し去る秘薬を飲ませた後、僅な水と食料を持たせて森の外へ解放しておる」

 

 思わず言葉が出そうになったが言ってやる義理も無いため口を噤んだ。

 魔女の話を聞き終えると何故こいつ等が俺や俺のいた世界の魔法に驚いたのか理解できる。

 これで俺が剣に魔力を通して瞬間的に切れ味を増したり、周囲を薙ぎ払う事が出来ると知ったら卒倒するかもしれない。

 一呼吸おいて話はハリガン達が争っている人と国へと移る。

 現在ハリガンが率いるハインドラ一族は黒の森と領土が隣接しているカサンドラ王国と戦をしている。戦と言っても小競り合い程度で時折くる百人程の部隊を相手取っているだけのようだが。

 

「カサンドラの連中は弱いとは思わぬが精強と言えるほどでもない。防衛に専念すれば吾等だけでも追い払える。本当に厄介なのは」

 

 教会の奴等だとハリガンは苦い顔をした。

 唯一絶対神を信仰し魔女の撲滅を謳う教会はあらゆる手を使いこちらを攻め立ててくるらしく、そいつ等が組織している討伐隊もカサンドラ軍とは練度も士気も桁が違うと言う。

 昔と違い黒の森まで進軍してくることは稀であるが今よりも大きな勢力だったハインドラ一族をここまで削りきったのは教会の奸計や討伐隊の力が大きいらしい。

 

(【教会】か………どうも俺はそれに縁があるようだ)

 

 両親の仇であり滅ぼすべき敵であった帝国もその実態は天使の教会を中核とする宗教国家だった。

 だがそんな些末な感慨など最早どうでもいい。戦いがある。戦争がある。敵を、殺せる。幸いにもこいつ等に手を貸す理由がある。ならば手を貸そう。それで戦えるなら。それで敵を殺せるなら。例えこいつ等の駒となろうとも。

 空虚だった心の中が満たされてゆく。「アイツ」を手に掛け、こんな目に遭おうともソレを求めてしまう自分自身にとうとう骨の髄まで狂ったかと嘲笑する。

 

(だが、それでいい)

 

 戦い、殺せるのなら。この胸の内に巣くう【ナニカ】を忘れられるのなら。

 その後もハリガンの説明は続いたが俺には聞き流す程度の余裕しかなかった。

 

 

 

「ふぅ」

 

 カイムにこの世界の事を説明し終え、共闘の約定を交わした後アイス達と共に部屋を出た。ケイが話したがっていたが明日の顔見せの機会にしてもらう。

 昼間の事もあり念のため部屋に感知用の血界を張り、手の拘束も明日までしていてもらう旨を伝えた。

 共闘すると約定した手前、流石に気分を害したかと思ったがカイムは話が終わると好きにしろと言わんばかりに呪符を外し寝入ってしまった。

 

(ふてぶてしいというか考えなしというか)

 

 おそらくは吾等を警戒するに値しないとでも思っておるのだろう。

 普通に考えれば武具を剥ぎ取られ、拘束された状態で己を殺しうる力を持った者達に囲まれていれば隠そうとも恐怖や不安が言動のどこかに表れるものだがあやつには終始それが無かった。

 昼間の時もそうだがあのカイムという男は死を恐れていない。恐怖も感じてはいない。まるで心のタガが壊れ、狂っているかのように。

 

(事実、そうなのだろうな……)

 

 でなければあの態度を説明できない。

 

「アイス、この後少し飲むが付き合うか?」

 

 ケイとノノエルを先に部屋へ返し晩酌にアイスを誘う。

 

「はい、喜んで」

 

 アイスもこちらの意図を察し頷く。

 そのまま吾の部屋に着くとアイスを先に座らせ棚の中から秘蔵の一つを取り出した。

 酒と小振りの杯を手に持ちアイスの対面に座る。封を開け二つの杯に酒を注ぎ一つをアイスの前に差し出した。

 

「遠慮はいらん。飲め」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 そう言ってアイスは酒を一口つけると目を丸くする。

 

「…これ、姉様の秘蔵のものではありませんか?」

 

 よろしいので、と言外に言ってきたので、

 

「気にすることはない。それに今日はそなたに随分迷惑をかけた。罪滅ぼしには足らぬが受け取ってくれ」

 

 そう返してやる。

 

「なら遠慮なく」

 

 言うなりアイスは酒を一息に煽った。性格や外見に似合わず酒好きでハメを外したのなら一人で酒樽一本を空にする。他にも少々酒癖が悪いのだがこの量なら大丈夫だろう。

 酒瓶が空になるまで他愛もない雑談に花を咲かせ酒を味っていたがそれも終わり、お互いしばし無言になる。

 

「アイス、そなたはあの男を……カイムをどう見る?」

 

 こちらから切り出した問いにアイスは反芻するかのように僅かに俯き言葉を紡ぐ。

 

「そう、ですね。率直に言うなら怖い人、でしょうか。ですがよく分かりません」

 

 そこで一度言葉を切ると少し言い難そうにこちらを見てきた。続けるよう目線で促す。

 

「…対峙した時の彼は寝物語で聞いた悪魔のようでした。しかし先ほどの彼は何もかもに疲れきっているような……まるで御婆様達のように見えたのです。あまりに落差がありすぎて、最初は同じ人とは思えませんでした」

 

「なるほど」

 

 アイスの言う御婆様、魔女だった先達者たちを思い浮かべ納得する。

 今でこそカサンドラ王国との小競り合いですんでいるが彼女達の代は教会との争いが激化していた時である。戦って、戦って、戦い抜いて、この森を死守したのだ。当然、人間に対する嫌悪も吾等とは比べ物にならぬほど深い。

 戦いで死んだ者達は幸福だ。捕まった者は魔女どころか【女】としての尊厳すら嬲り尽くされ、殺されて逝ったと憎悪に塗れた顔で幼い吾に言い聞かせていた。そしてそれ以外の時はまるで脱け殻のように、今現在も残りの生を空虚に過ごしている。

 確かに先のカイムの顔とその顔が重なる部分がある。が、思い比べてみるとやはりと言うか、だからこそあやつもナーガも吾等には必要だという想いが強くなる。

 

(このように想えるのも「彼の御人」がいたからなのだろうな)

 

 名も知らぬケイの【父親】を思い出す。彼に出会わなければ吾がカイムやナーガを保護する事もなく、ここまで穏やかにもなれなかっただろう。

 その様に思考を巡らせていると今度はアイスから問いを投げ掛けられた。

 

「姉様は彼に光を見たとおっしゃっていましたよね?確か…"生き残り"、"抗う"と」

 

「あぁ、ナーガもそうだったがカイムも吾等には無い、いや無くしてしまったモノを持っておる」

 

「私達が無くしてしまったもの?」

 

「そうだ。………なぁアイス、吾等魔女がこの黒の森に追い立てられてどのくらい立つか知っておるか?」

 

 唐突な話題の変わりようにアイスが訝しむがそれでも律儀に返してきた。

 

「百年と少し程、でしたでしょうか」

 

「そうだ。ならば御婆様方がどんな生き方をしてきたのかも知っておるな?今でこそああだが彼女達もその前の先人達も恐らくはカイムと同じだったかもしれん」

 

「カイムさんと同じ、ですか?」

 

 アイスの言葉に頷き言葉を紡ぐ。

 

「魔女を存続させ、今一度大手を振って生きられる未来を掴みとる、とな。だからこそこんな大陸の端まで追いやられても、諦めず息を潜めるような暮らしを選んだのだ」

 

「………」

 

「だがそれも最早不可能だ。百年前と比べて魔女の数もその時の半数以下になってしまった。今、他の氏族を全て集め攻勢に出ても人間共に一泡吹かせてやることしか出来ぬ。それで終る」

 

 そもそも吾の召集であやつ等が集まることなど無い。特にヴィータなど「何を今更。自棄でも起こしたのか?」と一笑するだけであろう。

 

「もう吾等には此処を守る事しか出来ず、もうそれでよいという風潮が蔓延している。誰も彼も諦めてしまっておるのだ」

 

 "今さえ生きられればいい"と先を、未来を見ることを止めてしまっている。その行き着く所は滅びだというのに。

 だからこそ吾は知恵を絞った。ケイの父親の事もある。また人と手を取り合い和解できないかと、しかし考えれば考えるほど自分達は手詰まりであることしか分からず、明確な打開策など浮かんでは来なかった。

 丁度その折だった。ナーガとカイムが此処に来たのは。

 

「吾がナーガとカイムに光を見たのは願望から来る都合の良い幻だったのかもしれん。あやつ等もいきなり言葉も通じぬ見知らぬ土地へ放り出され、家族や仲間の元へ戻る手段すら無い状況だ。なのに両者とも"それがどうした"と言わんばかりではないか」

 

 ナーガにいたっては記憶すら失っておるというのにそれすらも笑って受け入れてみせた。

 

「あやつ等が此処にいることで全てが好転するとは思わぬ。だが、あやつ等が此処にいることで何かが変わる切っ掛けにはなるはずだ。吾等魔女の間に停滞し淀んでいる風を僅でも吹き払ってくれるのなら」

 

 一人は悲観せず前を見続ける強さで。

 一人は諦めず抗い続ける強さで。

 

「吾はその【幻】に賭けてみたい」

 

 あぁ、今日は本当に"魔女"らしくない。まるでお伽噺に夢を見る"少女"の様ではないか。

 アイスは珍しいものでも見たかの様に目を丸くさせた後、いつもの様に微笑んだ。

 

「そうですか。それなら私も微力ながらお手伝いさせていただきます。それにしても……ふふ」

 

「なんじゃ?いきなり笑い出して」

 

 口元に手をあてくすくすと笑うアイスに僅かに眉を寄せて問う。

 

「すみません。こんなに楽しそうに話す姉様は久し振りでしたので」

 

「そ、そうか?」

 

 そんなに熱が入っていたか。頬が僅に熱くなり、目を反らす。それを見たアイスがまたくすりと笑った。

 ひとしきり笑った後アイスは真面目な顔に戻る。

 

「ならば、今彼等のことを御婆様達に知られるのは不味いですね」

 

「あぁ。しかし隠し通すにも限度がある。……十日持てば上々か」

 

 隠居した身であるゆえ今の長である吾程の発言力は無ないが御意見番としてあれこれ言ってくるだろう。

 それはいい、その程度なら吾だけで対処できる。問題はあの時のような【凶行】に走る者がいた場合だ。その瞬間全てが終わる。

 

「どうにかして御婆様方を納得されられるだけの理由が欲しいな」

 

「そこなんですよね。………戦場にでも連れていって功績を獲らせてみますか?」

 

「悪くはないが一人は実力が未知数、もう一人は実力はあれど死にかけだ。それにそう都合よくカサンドラの連中が来るとは思えん」

 

「でしたら━━━」

 

 その後もあれこれ意見を出し合ったが結局は実を結ばず憂いだけが残る形となる。

 しかしその憂いも次の日には吹き飛ばされてしまった。

 それだけではない魔女も、淀んでいた風潮も、カサンドラ王国を初めとした国々も、大陸の隅々まで根を生やした教会も、その全ての歴史すらも。

 異世界から迷い込んだたった二人の男が【天災】としか言えぬ大嵐を大陸中に吹かせるなど、この時は誰も予測も予知も出来なかった。

 その起点が起こるまであと一日足らず。




 カイムとハリガン各々のパートで話が噛み合わない部分がありますが、各自の主観によるものだと解釈して御容赦下さい。
 一息ついたら全話のハリガンの口調を修正しようと思います。
 次話は来月の中頃を予定しています。

 また、次回お会いしましょう。


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第一章五節 接敵 (編集中)

 おかしい………書けば書くほどカサンドラ戦から離れて行く………。
 と言うとこで準備回です。いや、本当に申し訳ありません。自分で書いておいて何ですがDODのクロスなのに驚くほど戦闘シーンが無い。
 次こそは、次こそはは必ず。


 

 

「…何?」

 

 前置きの無い俺の言葉にハリガンは訝るように眉を寄せた。

 

「お前等に手を貸してやる。カサンドラとか言う奴等が来たら俺をそこへ連れて行け」

 

 もう一度口にするとハリガンの目に疑心と警戒が僅に宿る。

 

「いきなりだな、どういう心算だ?」

 

「今の話を聞くと俺を生かしたのはその為だろ。もしくは種馬として、だ。ならば戦わせろ」

 

「種馬はともかく確かにそういう意図も無いわけではなかったが、まさかそなたから話を切り出されるとは思わなかったぞ」

 

 ハリガンはそこで一度言葉を句切るとからかうような目付きで、

 

「しかし種馬か……案外良い案かもしれん。魔法が使える男の血を吾等に入れてみるのも一興だ。何なら吾等から見繕ってみるか?」

 

 などとほざいたので、

 

「お前等などそそらん。それに娼婦でもない生娘など面倒なだけだ」

 

 そう切り返してやる。

 言い終わると同時に魔女達の顔が怒りで朱に染まる。約一名意味が分からなかったのか隣に「なぁ、ショウフってなんだ?」と聞いて困らせていた。

 

「ふ…ふふふ………そうかそうか、そなたの考えはよぉーく分かった。水車の如くこき使ってやるから覚悟しろ」

 

 青筋を立てながらハリガンがそう宣言してきた。からかってきたのはお前だろうに。

 

「それと戦うからには吾の指示には従ってもらう。そなたに好き勝手に暴れられては吾等にも被害が出かねんからな」

 

「…あぁ、分かった」

 

 正直あれこれ指図されるのは気に食わないが手を貸すと言った手前ここは形だけでも従うことにする。

 

「ただし緊急時や必要性があった場合は独断で動かせてもらう。一々お前に掛け合ってなどいられないからな」

 

 それとは別にこちらからも釘を刺す。

 

「………よかろう。余り無茶はしてくれるなよ」

 

 僅に思案してハリガンはそれを肯定した。

 

「ではカイム、そなたの力を貸してもらうぞ」

 

「あぁ、上手く使ってみせろ」

 

 思いのほか話が早く纏まり内心ほくそ笑む。

 これで戦える。これで殺せる。これで

 

━━━__できる、か?

 

 突然、嘲笑を含んだ声が響き渡りその言葉に心臓が直に握られたかのように萎縮する。同時に周りの全てが霧のように霞んでゆく。

 

━━━戦いたい。殺したい。忘れたい。良い言い訳だな。本当は__したいだけだというのに。

 

 違う。俺は本当に、

 

━━━それだけじゃない。「アイツ」の事も妹の事も親友の事もあいつ等の事も全て__したいだけの方便だ。

 

 黙れ。そんなこと、

 

━━━新たな___であるあいつ等に____には絶好の文句だ。これで言い訳ができる。

 

 煩い。思っていない。

 

━━━結局【俺】は__したいだけなんだ。「アイツ」を斬った時も_______が無くなって__しただけだ。

 

 チガウ。

 

━━━だがもうこれで__だ。「アイツ」の代わりに奴等がいる。

 

 ダマレ。

 

━━━だからもう__ない。だからもう___しまおう。

 

 ウルサイ。

 

━━━代わりに奴等のために戦おう。【俺】に__があると思わせるために、___られないために。

 

「その耳障りな口を閉じろ!喋るな!俺はそんなこと思っていない!」

 

━━━嘘を言うな。現にあの女から了承を聞いたとき【俺】は__

 

「違う!黙れ!煩い!俺は……俺は━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。見覚えの無い部屋に一瞬戸惑うがすぐに思い出した。自分は訳も分からず異世界に転移してきたのだと。

 窓際へ視線を送ると日の強さから昼近い事が分かった。俺にしては随分深く寝ていたようだ。

 

「………」

 

 視線を天井に戻す。寝起きの気だるさとは別に苛立ちが胸の内に巣くっている。何か夢を見ていたような気がするが思い出そうとするとそれを拒絶するかのように苛立ちが強くなっていく。

 

「…」

 

 忘れよう。ロクでもない夢に違いない。内に溜まっているモノを吐き出すかのように一つ息を吐くとそのまま起き上がった。

 傷の治療したといっても昨日の今日でしかないため体の至る所から鈍痛が襲ってくるがそれを無視して寝台の側面へ座る。部屋の中央にあるテーブルには自分の衣服と防具が積まれていた。

 それのそばに歩み寄り各々の状態を確認する。胴鎧や肘当ては何時砕けてもおかしくない程損傷しており使い物にならない。籠手も所々損傷しているが鎧程ではなく一応使用は可能、衣服や細々した備品も同様だ。

 剣だけが見当たらないがおそらく魔女共が保管しているのだろう。

 

「¥*¢§%★」

 

 一通り確認が終ると同時に扉が開き声を掛けられる。視線を向けるとハリガンが食事を持ちながら入ってきた。

 

「&$▲£☆#∋□※∴∨⊆∩∠∝Å∬▼∞%」

 

 食事の乗ったトレイをテーブルの端に置きながら何かを喋っている。例の札は寝台か。取りに戻ろうとするとハリガンが新しい札を渡してきた。額に貼り付けるとあらためてハリガンは口を開いた。

 

「動けば傷が痛むだろうに」

 

 半ば呆れながらそんな言葉を吐き、次いで手を前に出せと言ってきた。言われた通りにすると手首を縛っている己の髪に触れ、その一部を摘まんだ。それをそのまま引くとするりと髪が手首からほどける。

 

「食事を持ってきたが…その前に服を着てくれ」

 

 少し固まった手首をほぐしていると何が恥ずかしいのか僅に頬を染めながらハリガンが促してきた。“そういう“経験が無いとはいえ初な小娘という年ではないだろうに。

 とは言えこちらもこのままで良いという訳ではなく衣服を掴み身に付けていく。

 

「一応鎧も持ってきたがどうだ?」

 

「確認したが使い物にならない。…此処に鍛冶屋はいるか?」

 

 駄目元で聞いてみたがハリガンは苦い顔をして首を左右へ振った。

 

「すまぬ。吾等もナイフや装飾品くらいなら自分達で拵えられるのだか鎧となるとな……。隠れ里へ行けば炉もあるし作り直せる者にも心当たりがある。だが今は訳あって行く事ができないし、よしんば持って行けても普段作っている物と勝手が違うから時間も掛かるだろうな」

 

「そうか」

 

 期待していなかった為落胆もなく、作り直せるのなら幾らか待つとハリガンに伝えた。籠手と備品以外を身に付け終わり椅子に座りながらトレイを自分前へ持くる。

 中身はパンが一本に木の実のスープ、果汁の飲料が一杯置いてある。量としては少なめだが失った血や体力を取り戻すために口に入れてゆく。

 俺が食べ始めたのを見てハリガンは対面の椅子へ腰を下ろした。

 

「食べながらでよいからそのまま聞いてくれ。もう少ししたら砦にいる娘達に顔見せをしてもらう」

 

「……そんな面倒な事をしなくてもお前から言っておけばいいだろう」

 

「そうは行かぬ。これから此所で生活するのだ、最低限の礼儀は通してもらう。第一そなたの衣食住の面倒を見るのは誰だと思っている?」

 

 小煩い奴だ。果汁独特の酸味に顔を顰めながら出そうになる溜め息もろともそれを飲み干した。

 

「姉様!」

 

 そんなことを話し合っていると慌てた様子で淡紅髪の女が入ってきた。確かアイスと言ったか。

 

「どうした?」

 

「これを」

 

 そう言ってアイスは小さく細長い紙、恐らく伝書鶏用の紙をハリガンに渡した。

 受け取ったハリガンがそれに目を通し、

 

「………っ!…都合が良いのか悪いのか」

 

 そんな悪態をついた。

 

「……カサンドラが来たのか?」

 

 残りのパンとスープを流し込みハリガンに問う。

 

「あぁ…二百人程の部隊だ。あやつ等も本格的に吾等を潰しに掛かってきたか」

 

 たったそれだけかと思うも普段が百前後と言っていたからほぼ二倍か。まぁ肩慣らしには丁度良い。

 椅子から立ち上がり籠手と剣のホルダー、備品を装備してゆく。

 

「待てカイム。そなたもついて来る気か?」

 

「そういう約定だろ」

 

「死にかけていた上にまだ病み上がりだぞ。今回は大人しくしておれ」

 

「治療してあるし半日丸々休めたから問題ない。それに“何時ものことだ“」

 

「………どうなっても知らんぞ。ならばついてまいれ」

 

 額を押さえてハリガンが折れる。昨夜の話からしてダニ共程の手応えは無いだろうが期待してしまう。

 

(失望させてくれるなよカサンドラ軍)

 

 そんなことを思いながらハリガン、アイスに続いて部屋を出た。

 

 

 

 レラと森の散策から戻るとハリガンが数人の魔女と集まって狼煙を上げていた。

 

「姉様何かあり、っ!」

 

 レラの言葉と足が途中で止まる。視線の先には昨日の男がいた。向こうもこちらに気付いて一度視線を寄越すが興味が無いのかすぐにそっぽを向く。

 

「ハリガン、何かあったのか?」

 

 警戒してその場から動かないレラの代わりにハリガン達に近付きながら問う。

 

「レラにナーガか。遅かったな、どこまで行っておったのだ?」

 

 僅に咎めるようにハリガンが問い返してきた。

 

「悪い悪い。俺があちこちに引っ張り回しちまったからな」

 

 ユウキの水浴びを盗み見ていて遅れたなど口が裂けても言えない。言ったら確実に殺される。

 

「それで、何かあったので、すか?」

 

 半ば俺に隠れるようにしてレラも近付いてきた。

 

「カサンドラ軍が二百人の部隊を率いて来たらしい。今までは百人程で偵察やら小競り合い程度だったが、今回は向こうも本腰のようだ」

 

 真剣な顔でハリガンが簡潔に説明した。レラを始めとして他の魔女も苦い顔をしている。

 

「皆、戦支度をして広場に集合せよ。集まりしだい一の砦へ向かう」

 

 ハリガンの号令に従い魔女達は一時解散する。

 

「今いたのはセレナとディーとケイにノーザです、か。他は?」

 

 レラだけは残り今いた魔女以外のことも尋ねた。

 

「アイスとノノエルは既に戻って準備しているし先ほどまでユウキもいたのだが…な」

 

「……そうで、すか」

 

 頭痛でも抑えるように目を瞑りハリガンは答えた。俺もレラもその表情で察する。こいつらとは昨日今日の付き合いだが何があったのか容易に想像できてしまった。それを聞き終えてレラも自分の部屋へ戻って行く。

 それを見送った後、今度は俺がハリガンに疑問を問う。

 

「戦は質より量だぞ。たった十人足らずで二百と戦うのは無謀じゃないか?」

 

 一の強者より十の凡兵、十の精鋭より百の雑兵。時と運、例外はあれど古来よりの常識だ。

 

「それはそなたが吾等の魔法を知らないからだ。伊達に人から異能者と恐れられておらん」

 

 そう言ってハリガンは不敵に笑った。

 

「なら見せてもらおうか。俺も連れていってくれ」

 

「駄目だ…と言いたい所だがそのつもりだ。そなたやカイムにも戦場に出てもらう」

 

 含みのある言い方に眉を顰める。何故だと問おうとして、

 

「吾も準備をせねばならん。ついて来よ」

 

 間が悪く聞きそびれてしまった。カイムと呼ばれた男と一緒にハリガンについて行く。

 居宅の前まで来るとここで少し待っていろと言い残しハリガンは部屋へ入っていった。

 待っている間手持ち無沙汰だったので男に声を掛ける。

 

「昨日はお互い災難だったな。俺はナーガ。あんたの名は?」

 

「…カイム・カールレオン」

 

「皆無?随分妙な名前だな」

 

「?」

 

 皆無…いや発音が違うか、カイムが訝しそうにこちらを見る。

 

「いやすまん。気を悪くしちまうかもれないが、あんたの名は俺のいた所の言葉では余り良い意味では使われないからな」

 

 【何もない】という意味を説明できるはずもなく言葉を濁す。

 

「…そうか」

 

 カイムもそれ以上追究しようとはせず視線を外した。

 あらためてカイムを観察する。六尺一寸程の長身に俺よりも二回り近く体の厚みがある。顔は南蛮人のように鼻が高く彫りも………待て、南蛮人とは誰だ。どこで出会った。思い出そうとしても記憶に靄が掛かり思い出せない。魚の小骨が喉に刺さったかの様な気分になる。

 

(あと一歩で思い出せそうなんだが)

 

 その一歩が出てくれない。何とかしようと記憶を掻き回していると、

 

「どうした?」

 

 隣でうんうんと唸っている俺を見かねたのかカイムが声を掛けてきた。

 

「…ん?いやすまん。少し考え事していた」

 

 思い出せないものはしょうがない。こちらも考えるのを止め二人してしばし無言になる。

 

「待たせたな」

 

 その言葉と共にハリガンが戻ってきた。

 

「遅かったな………って」

 

 ちょっと待て、おかしい、ハリガンは戦仕度の為に戻ったはずだ。

 

「何だ?何か変か?」

 

 不思議そうに自身の姿を見回しているが変以上の問題だ。

 

「時間かけた割に何も変わってねぇじゃねぇか!」

 

「よく見ろ布が薄地になっておるし衣装も細部が違うであろう」

 

「ん?んん?」

 

 確かによく見ると着けている長裳は薄くなっているし肌を隠す布の面積も狭まっている。もはや服をと言うより紐に近い。惜し気もなく晒されるハリガンの豊満すぎる肢体が実にすばら、いや違う。

 

「鎧は?槍や剣や弓は?」

 

「そんな物は吾等には必要……と、そなたにはまだ話してなかったか。時間が惜しい。歩きながら説明する」

 

 そう言ってハリガンは広場へ歩き出した。俺とカイムもその後に続く。

 

「それと戦場に行くなら獲物を返してくれ。あれがないとこっちも戦働きができん」

 

「そなた等の剣は広場の倉庫にある。着いたら返すから安心しろ」

 

 そう言い終るとハリガンは魔法の事について話始めた。

 

(武器も鎧も必要ないらしいが大丈夫なのか?)

 

 百聞は一見に如かずと言うがやはり不安は拭いきれなかった。




 この小説でのカイム像は序盤は戦闘とそれに類似する事柄以外は割りと面倒くさくて駄目な大人として書いています。そこから彼がどう変わって行くかも丁寧に書いて行きたいですね。
 次回は頑張って今月中に執筆出来ればと思っていますがどうなるか分かりません。

では、次回またお会いしましょう。


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第一章六節 開戦 (編集中)

 お待たせして申し訳ありません。
 先月中に書き上げようとしたのですがプチスランプにでもなったのか書いては消し書いては消しを繰り返していました。
 前話の前書きで書いた通り今回なんとしても序盤の戦闘シーンまで入れようとした結果、こんな有り様になりました。
 また、今話の冒頭にカイムの魔法に関する作者の自己解釈と捏造がありますのでお気をつけ下さい。


 

 

 広場に着くまでの間ハリガンとナーガは魔法講義に花を咲かせていた。

 

「へぇ、だがカイムは服や鎧を着たまま火の玉を出したよな?今のあんたの話とは食い違ってないか?」

 

「確かにそうだな。だがあやつもそなたと同じく異世界から来たのだ。昨夜に少しその話をしたのだがどうやら吾等の魔法とは根本から異なる様でな。もしかしたら名称や使い方が似ているだけでまったくの別物の可能性もある。吾としてもその辺を詳しく聞きたいのだが…」

 

 二人してこちらへ視線を寄越してくるが無視する。正直「知るか」と言ってやりたいが知識欲を刺激されているこいつ等にそんなことを言っても無駄だろう。さらにしつこく追究してくるに違いない。

 

「なぁカイム、これから一緒に戦うんだ少しくらい手の内を教えてくれてもいいだろ?」

 

 などと思っていると痺れを切らしたナーガがこちらへ踏み込んできた。もう何か答えなければ広場に着くまで延々と問われ続けるかもしれない。

 

(適度にはぐらかすか)

 

 そう方針を決め頭の中で開示する情報の取捨選択をする。何故戦う前にこんな気疲れをしなくてはならないのか。この鬱憤はカサンドラの奴等に晴らすとしよう。

 

「…先に言っておくが魔法に関して俺は半人前に毛が生えた程度だ。知識にしても基礎と簡単な応用しか知らない」

 

「半人前?ユウキとレラの魔法を防いでおいてか?その言い草はあやつ等だけでなくそなた自身をも貶めることになるぞ」

 

 俺を責めると言うよりは卑下するなと嗜める口調でハリガンが口を挟む。

 

「事実だ。魔法を【使える】事と魔法を【使いこなせる】事は違う。俺は前者、お前等は後者だ」

 

「………」

 

「あいつ等の炎や風を防いだ時も魔力を鎧の様に纏って被害を軽減しただけだ。俺がいた世界では魔法防御の基礎であり身を守るための最終手段でしかない。…使った火球とて射ち出すことしか出来ない」

 

 更に厳密に言うならブレイジングウィングは俺の魔法ではない。あれは“この剣の魔法“だ。

 俺の使える魔法は大まかに二つ。対象に魔力を付加させる【エンチャント】。そして付加させた魔力を放出する【バースト】。どちらも魔法と言うよりは魔力操作の意味合いが強い。

 

「魔力とやらを鎧にか……。それって弓矢にも効果があるのか?」

 

 ナーガが疑問を口にする。

 

「込める魔力の密度にもよるが気休め程度だ。精々刺さる矢尻が浅くなるぐらいか」

 

 答えを聞いたナーガは何か考える様に黙りこむ。

 一方ハリガンは、

 

「やはり魔法の……その発想が…ならば………」

 

 既に顎に手を当て完全に己の思考に埋没していた。昨夜も思ったがこの女はどこか学者気質な所がある。

 

「…お喋りはここまでだ。広場に着くぞ」

 

 広場が見えたので話を切る。俺の言葉に二人は思考を切り替え広場へと足を進めた。

 

 

 

 ハリガン、カイムとの会話を終え広場に着くと昨日顔合わせした魔女達の殆どが集まっていた。

 

「………数人顔が見えぬが集まっておるな。まだ戻っていない娘達にはこの砦に詰めていてもらう。今回はここにいる吾等と一の砦に詰めている娘等でカサンドラ軍を迎え撃つ。アイス、ケイ、すまぬがこやつ等の剣を倉庫から取ってきてくれ」

 

 ハリガンの指示に魔女達が頷き、頼まれたアイスとケイと呼ばれた魔女は倉庫へ向かう。

 

「あ、あの、姉様……今回のカサンドラ軍は二百人の部隊なんですよね?私達だけで大丈夫でしょうか?他の砦に詰めているイクシーヌ達も呼び戻した方が良いのではないですか?」

 

 まるで栗鼠のようにおどおどした魔女がおずおずと意見を出してた。

 

「いや、坂や砦を突破された場合を考えると被害を抑えるために後詰は必要だ。少々厳しいが吾等だけで向かう」

 

 ハリガン達がそんな話をしている間、何と無しに辺りを見回すと端の方に十にも満たない幼子が三人。やはりと言うか幼くとも魔女だからか際どい衣装を身に付けており年齢も相俟って危険な感じがする。

 

「なぁ、あの子等も戦場に出すのか?」

 

 まさかとは思うが念のため確認をとる。

 

「流石にあやつ等は留守番だ」

 

 ハリガンはそう答えると幼子達に近づき、

 

「数日で戻る。ランジュ達が戻って来たら言うことを聞いて大人しく留守番しておれ。それとあやつ等に言伝てを━━━」

 

 留守番を言い聞かせ始めた。年齢差もあって姉妹と言うより母娘にしか見えない。幼子達も馴れているのか素直に頷いている。

 

(………?)

 

 その内の一人がこちらにチラチラと視線を寄越してくる。正確にはカイムにか。視線を向けられている当人は気付いていないのかぼんやりと景色を眺めている。俺達が森に行っている間にでも顔合わせをしたのかと思っていると。

 

「リュリューシュ!ちゃんと話を聞いておるのか!」

 

 流石に気付かれハリガンの雷が落ちた。

 そんなやり取りを見ているとアイスとケイが戻って来た。

 

「お待たせしました。はい、ナーガさん」

 

 アイスから剣を渡され軽く状態を確認した後、腰の帯に差す。その瞬間安心感と安定感が胸の内に湧く。

 

「やっぱりこの剣が無いと落ち着かないな。……剣?…いや違う、剣は剣でもこれは確か…」

 

 頭の中の靄がほんの僅に晴れて行くような感覚と共にこの武器の名が浮かび上がってきた。

 

「…刀。そう刀だ!」

 

「その剣はカタナという名前なんですか?」

 

 目の前で聞いていたアイスが疑問を口にする。

 

「名前と言うか剣の分類と言うか……まぁこんな形をした剣を刀と言うんだ」

 

「そうなんですか?……もしかして記憶が戻りましたか?」

 

「ん?………駄目だなこの刀の事しか思い出せない」

 

 刀の事を機に記憶が戻るかと思ったが相変わらず記憶の中は靄に包まれていた。その事実に少し落胆してしまう。

 

「そんなに気を落とさないで下さい。そのカタナの事も思い出せたのですから時間ときっかけさえあれば全て思い出せますよ」

 

 そう言ってこちらを気遣うようにアイスが微笑む。

 

「あぁ、ありがとなアイス」

 

 礼を言い気持ちを切り替える。うじうじしていたら勝てる戦も勝てない。まして今回はこちらが劣勢だ。アイスの言う通り思い出すまで気長に待とう。

 

「よし準備は出来たな。一の砦に向かうぞ!」

 

 ハリガンの方も幼子との話が済んだらしく全員に号令を発し、魔女達もハリガンに返事を返して広場から一斉に走り出した。

 

「走って行くのかよ!馬に乗らねぇのか!?」

 

 俺とカイムもハリガン達に続いて走り出す。てっきり馬か馬車で向かうものだと思っていたのだが。

 

「昔は砦にもいたのだが飼育に手間が掛かるし、野性は飼い慣らすのにも時間がいる。今の吾等にそんな余裕はない」

 

 ハリガンがそう返してきた。確かに一理あるがこれじゃ戦う前に疲ちまう。

 先程まで森の中を散策していたがこの森はかなり深い。走り続けても目的の砦まで一刻二刻は掛かるんじゃないだろうか。

 

「一の砦とやらに着くのにどれだけ時間が掛かるか知らねぇがカサンドラってのはもう来てるんだろ?到着したはいいが陥とされてたじゃ笑い話にもならねぇぞ」

 

「そこは安心しろ。奴等も吾等相手に何度も痛い目に遭っているから砦を攻めるときはことさら慎重になるのだ。それに自分達から仕掛けなければこちらも手を出してこない事も知っておるしな」

 

 例え倍の数で来ようと今日は砦と周辺の偵察程度で本格的に攻勢に出るのは明日だとハリガンは説明する。それならばこちらも色々と準備が出来るか。

 

「今回はそなたや病み上がりのカイムに会わせて走る。しっかりついてまいれ」

 

 気遣いと試すような言い種に対抗心が湧く。いくら魔女達が健脚だろうと女に負けるつもりはない。

 だがハリガンの次の言葉に、

 

「まぁ、この速度なら砦に着くのは……半日後か」

 

 俺は耳を疑った。

 

 

 

 予想通り吾等が砦に着いたのは半日後の深夜過ぎだった。

 初夏の為夜の気温もそれほど低くなく夜風が火照った体には心地良い。

 森を抜けると大断崖と森の間に僅に開けた土地があり、一の砦はその場所に造られている。その砦の門前で吾等は門が開くのを待っていた。

 

「ぜぃ…はぁ……カサン、ドラ…の……奴等、に…はぁ、勝ったら……絶対に、馬を…ぜぃ…奪ってやる……」

 

 額にうっすらと浮いた汗を拭っていると後の方でナーガが手を膝に突き息も絶え絶えに大粒の汗を地面に落としていた。

 

「これしきで音をあげるとは。ユウキではないが惰弱ではないか?カイムを見よ、まだ余力があるぞ」

 

 途中何度か小休止しながら砦までやって来たが休む度に息を切らしているナーガをユウキはここぞとばかりに罵っていた。

 

「俺が…惰弱なのは…はぁ…百歩譲って、そうだとしよう。だが、カイムは…おかしいだろ!ぜぃ……あいつ、は死にかけだった…はずだぞ!?」

 

 そういえばと、ナーガと違い何も言わず淡々黙々と走っていたためあやつが怪我人であることを忘れていた。

 あらためてカイムを見る。疲労具合は吾等とナーガの間くらいといったところか。流れる汗や僅に乱れた息遣い以外特に変わった所は見当たらない。傷の痛みを感じていないのか、それすら無視しているのか判断がつかないが何も言ってこない辺り大丈夫なのだろう。

 

「ならば尚の事、己を鍛えるのだな。次は置いて行くぞ?」

 

 そう言い終わると同時に砦に詰めていた双子の魔女リンネとリンナが門の閂を外して門を開けた。吾を先頭に中へ入って行く。

 

「ふぅ……最前線の砦という割には簡素だな」

 

 入って来たナーガが中を見回しぽつりと感想を口にした。それはそうだろう。吾等がいた三の砦よりも二回りも小さく、最低限の物しかないのだから。

 人間達の砦のように石造りの城壁ではなく背が高めの木柵で回りを囲み、内側には木造の居館が一つと倉庫が幾つか、後は崖を見下ろす為の望楼があるだけだ。木偶人形を出し入れするために前後の門だけは不釣り合いに大きいが。

 

「カサンドラ軍はどうしている?」

 

 現状をリンネ、リンナに聞く。

 

「斜面の下で夜営しています。登ってくるのは夜明けだと思います」

 

「いまクゥが望楼で見張っています」

 

 それぞれ報告をするがいつも通りか。

 

「あの、姉様」

 

「男の人は一人じゃなかったんですか?」

 

 二人の視線がナーガとカイムに向く。そういえば伝書鳩で知らせたのはナーガだけだったと思い出す。

 

「あの後もう一人増えたのだ。色々あって連絡を寄越す時間が無くてな。こやつがナーガ、後にいるのはカイム・カールレオンと言う」

 

「初めましてリンネです」

 

「リンナです」

 

「俺はナーガ、よろしくな」

 

「…カイムだ」

 

 挨拶を交えた後、二人は物珍しそうにナーガとカイムを見ている。そもそも男をこんな近くで見ること事態稀有であり、それが異世界から来たとなれば二人の好奇心をくすぐるには十分だろう。

 

「なぁハリガン。あれに登ってもいいか?」

 

 そうこうしている内にナーガが望楼に指を指し聞いてくる。先程まで息を切らして疲れていたのが嘘のようだ。

 

「かまわんよ、後からついてまいれ。…アイス達は“あれ“を出して置いてくれ。終わったら各々日の出まで体を休めておれ」

 

 アイス達に指示を出して望楼へ向かう。

 向かう途中でユウキの姿が見えないことに気づいたがおそらく着いたと同時に居館か倉庫にでも隠れたのだろう。

 困った娘だと思いつつもそうなったのも半ば自分のせいでもあり強く言えない。

 レラとリンネ、リンナ、ナーガとカイムを連れて備え付けの梯子を登る。途中で「おぉ!」とナーガの声が聞こえたが何か見えたのだろうか。

 上部の見張り台に着くとクゥがいる最前の手摺まで移動した。

 

「姉様」

 

「遅くなった。どうだ?」

 

「あそこに」

 

 クゥが指し示した先にはカサンドラ軍の夜営の明かりが見えた。

 

(やはり多い。あれだけの数となると…木偶人形を一体使い潰さねばならんか?)

 

 数に限りがある木偶人形を使い潰すのは痛いがあの数ではそうも言っていられない。

 

「へぇ、あんな深い森だからてっきり低地か盆地だと思っていたが、こんな高所だったのか」

 

 いつの間にかクゥの隣に立ち驚きを含んだ声でナーガ大断崖を見回していた。更にその隣にはカイムがカサンドラ軍を観察するように眺めている。

 

「驚いたか?吾等魔女が少人数で人間共を押し返せていたのはこの地形のおかげでもある」

 

 ほぼ垂直に約150ヤルド(約400メートル)もの高低差のある断崖絶壁。唯一ここまで登れる場所は砦の正面にある小山を半分崖に押し付けたような樹木すら生えていない斜面だけ。それ以外は左右に数リーガ(数キロメートル)もある岩壁が連なっている正に自然の城壁である。

 

「月明かりしかないから細部は分からんがこの立地は……成る程成る程、確かに【これ】なら軍隊なんぞ半分しか機能しないな。これといった遮蔽物も無いし上を取っているから迎撃面でもこちらに利がある…と」

 

 腕を組みナーガが納得したように見下ろす。その目には何時ものおどけた様な雰囲気はなくどこか冷酷な鋭利さが宿っていた。

 

(こやつ…)

 

 カイムもそうだがこの男も内側に何かしら持っているのかも知れない。それが吾等にとって吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが。

 

「貴方が、ナーガ?」

 

 そんなことを考えているとクゥが隣にいるナーガに声を掛けた。

 

「ん?…あぁ俺がナーガだ。でこっちが━━━」

 

 先程と似たような挨拶が交わされる。クゥに声を掛けられた瞬間ナーガの目は何時ものおどけたものに戻っていた。

 

「ちょっと、待ってて」

 

 そう言ってクゥが手摺から離れ、部屋の中へ入って行く。おそらく体に掛けるための布を取りに行ったのだろう。

 それを見送った後、ナーガとカイムを編成したカサンドラ軍の迎撃計画を練る。

 

(一番安全なのは木偶人形で蹴散らしてからあやつ等に討ち漏らしを狩らせる事だが、それではあまり戦功にはならんな。誇張して御婆様方に報告するか?いや、最初は良いが必ずどこかでボロが出てしまう。木偶人形と一緒に仕掛けさせるか?駄目だ、危険が大き過ぎる。ならば他の娘も同伴させて━━━)

 

 何とかあやつ等に功績を取らせようと頭を捻るが妙案が出てこない。これでは昨夜の二の舞になってしまうとあれこれ考えていると、

 

「そこは、違う、困る」

 

 何時ものクゥとは違う声色に嫌な予感が過り、ゆっくりと声のした方へ視線を向けるとナーガがクゥの胸を揉みし抱いている。ソレを認識した瞬間、頭の中で糸の切れた音を幻聴した。

 

「オ・ノ・レ・はぁ………何をやっとるかー!」

 

 最速で髪の拳を作り容赦なくナーガの脳天へと打ち下ろした。

 

「ー!…!………ー!」

 

 殴られた所を抑えてのたうち回るナーガへ言葉を紡ぐ。

 

「今、吾等は、生き残りの、存・亡を賭けて、此所へ来ているのだ。それなのに、そなたは、何をしている?」

 

 分かりやすいように句切りながら言ってやると、こやつは待ったと手を前に出し弁明してきた。

 

「ま、待て!こいつが体に巻き付けている革帯が温かいから確めてみろと言うから確めていただけだ!」

 

「ほぅ、吾からは乳を揉んでるようにしか見えなかったが?」

 

 それも下から掬い上げるように。

 

「気のせいだ。気のせい」

 

「こやつは……カイム!そなたも何故止めない!」

 

 止めもせず傍観、と言うより無視していたカイムも非難するが当の本人は視線だけをこちらに向けたまま返答を返してきた。

 

「…お前との約定は“お前等の敵と戦う“事だけだ。そいつのお守りまで入っていない」

 

 ええい、使えん奴め。額に手を当て溜め息を一つ吐く。こやつ等の為に悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「姉様どうかしました、か」

 

 騒ぎを聞き付けて望楼にいる娘達が集まって来た。

 

「ナーガよ、あまり悪戯が過ぎるならそこの崖から突き落とすぞ」

 

「あぁ、分かった。もうしないし反省もしている。少し浮かれてたわ」

 

 そう言って両手を上げて謝罪してくる。誠意が全く見えないが。

 

「まったく、娘達もあまりこやつに気を許してはならん。このすけべえは隙あらば人の乳を掴んで揉むような奴だからな」

 

 そう言って集まってきた娘達に注意を促す。

 

「もしかして、姉様も、揉まれ、ましたか?」

 

 クゥが呟くように疑問を口にした。すると他の娘達も吾に視線を送り聞き耳を立ててくる。

 

「………おほん!今の話は忘れろ。各自さっさと持ち場に戻れ」

 

 その居心地の悪さからわざとらしく咳をして娘達を追い払う。出来ることならその察したような顔も止めてくれ。

 

「おい」

 

 そんなやり取りをしているとカイムが声を掛けてきた。

 

「………なんだカイム?」

 

 何故だろう、こやつもこやつで嫌な予感しかしない。

 

「奴等を潰してくる」

 

「………は?」

 

 あまりにも唐突な言い様に思考が僅に停止する。こちらが呆気に取られているのも無視してカイムは言い終わるなり返事も聞かず望楼を降りて行く。

 

「ま、まて!カイム!」

 

 慌てて追いかけ制止を掛けるが止まらず、前門の前まで来てしまった。

 

「待てと言っておろうが!勝手な真似はするなと昨夜取り決めたのを忘れたか!?」

 

「必要ならば独自に動かせてもらうとも言ったがな」

 

「子どもの様な屁理屈を言うな!だいたい相手は二百もいるのだ。そなた一人では死に行く様なものだ!」

 

「“たかが“二百だろ?問題ない。それに今後戦う奴等の実力を計っておきたい」

 

 そう言って鞘から剣を引き抜いた。

 

(たかが、だと?こやつ本物のもの狂いか?)

 

 どうする。力ずくにでも引き留めるか。否、弱りきっているあの時ならまだ出来なくもないが今のカイムにそれが通じるか分からない。それに万が一にもこちらに被害が出たらカサンドラと戦うどころではない。

 では切り捨ててこのまま敵中に放り込むか。これも否、ある程度奴等を削ってくれるかもしれないがおそらく二十、三十が限度だろう。奴等も混乱するだろうが変に調子づかれるのも困るし、こちらの士気にも影響が出る可能性もある。

 結局、どちらを選択しようとも吾等の都合が悪くなるだけだ。

 

(どうすれば良いのだ………)

 

 いったい吾が何をしたというのだ。だが嘆いている暇はない。最早、吾に残されている最善は言葉で引き留めることのみだった。

 

「カイム……たの「ハリガン」っ、…なんだ?」

 

 言葉を遮りカイムがこちらに視線を向けてきた。そういえば、お互い名乗りはしたがこやつが吾の名を呼んだのはこれが初めてかと、どうでもいいことが頭の隅に流れた。

 

「俺を戦わせろ」

 

 命令口調ではあったがその響きにはそれとは真逆の懇願の色が混じっている。

 向けられる瞳にはあの時の狂気の気配は無く、薄汚れた光だけがあるような気がした。

 馬鹿な話だ。生きようと抗おうとしているのに向かう先は死地なのだ。だが、その矛盾を当たり前のようにこの男は己の中で完結させている。そう思えてしまう。またはそれにすがり付いているようにさえも。

 その有り様はまるで、

 

「………………危うくなったら必ず退け。どんなにみっともなくても良い、生きて帰って来よ」

 

 言い終わってから自分が何を言っているのか理解した。

 

「………あぁ」

 

 それだけ言うとカイムは剣を地面に突き立て門の閂を外しに掛かった。

 

「いいのか行かせちまって?」

 

 後から着いてきたナーガが問うてきた。その後ろには娘達の姿もある。

 

「良くはない。だが言っても聞かぬ。ならば最悪に備えるのみだ」

 

 そう言い終わると思わず大きな溜め息が漏れた。

 

「まぁ、そうだわな。だが、ああいう手合いはある程度好きにさせた方が良い結果を生む」

 

 まるでこれこそが最善だとでも言うようにナーガは語る。

 

「知っているかのような口振りだな。また記憶が戻ったか?」

 

 そう返すとナーガは片手で頭を掻きながら、

 

「いや、そうじゃなくて何て言うか、経験?勘?みたいな感じかね。漠然としてるんだが忘れちまってるナニかが俺に訴えてくるみたいな?」

 

 自分で言っておいてなんとも腑に落ちない様な顔で答えた。

 そうこう話しているうちにカイムが閂をはずし終え、人一人通れる分だけ門を開く。

 

「すぐにアイス達を援軍として送る。それまで持ちこたえよ」

 

 地面から剣を引き抜き門を出ようとするカイムの背にそう言葉を掛ける。

 

「必要ない。邪魔なだけだ」

 

「そうは行かぬ。そなたの本当の実力も知らぬし、そなたの全てを信用も信頼もしたわけではない。それに言った筈だぞ、“吾の指示には従え“と。行くことを譲歩しただけでも有難いと思え」

 

 鬱陶しそうに肩越しにこちらを睨んでくるが吾も負けじと睨み返す。

 十秒にも満たない時間が経ち、

 

「……好きにしろ」

 

 折れたのはカイムだった。舌打ちを一つ、そう吐き捨てると暗闇の中へ駆け出した。

 それを見送り数瞬目を瞑る。思考を戦時のものへ切り替え娘達に指示を出す。

 

「リンネとリンナは休んでいる娘達を起こしてまいれ」

 

『はい!』

 

「クゥは望楼にて遠眼鏡でカイムを監視せよ。何かあったら鐘を鳴らせ」

 

「はい、姉様」

 

「レラ、あれの準備をする。ナーガもついて来よ」

 

「分かりま、した」

 

「あいよ」

 

 指示を出し終わりレラ、ナーガを連れて木偶人形が置いてある場所へ足を向けた。

 

「まったく………本来なら夜明けの開戦時にでもカイム共々そなたにも戦働きをして貰いたかったがあやつのせいで御破算だ」

 

 移動中、思わず愚痴がこぼれてしまった。

 

「そう荒れるなよ。さっきも言ったが【ああいう】暴れ馬はこちらに被害が出ない限り自由にやらせるのが吉だ。手綱の加減はこれから覚えていけばいい」

 

「それでは困るのだ」

 

「?、まるで俺が戦働き出来ないと不味いような言い草だな?」

 

 しまった。失言だったか。

 

「…魔女にも【いろいろ】あるのだ」

 

 言外に聞くなと言い含める。

 

「【いろいろ】……ねぇ」

 

 ナーガも僅に訝しむだけでそれ以上は追及してこなかった。

 木偶人形の前に着くとナーガが「何だこりゃ?」と疑問を口にした。確かにこれだけなら革を幾重にも巻き付けた大小の丸太が並べられている様にしか見えぬだろう。

 

「時間が惜しい。レラ。出来るだけ早く仕上げるぞ」

 

「は、い」

 

 レラと最低限の言葉だけ交わし木偶人形の準備へ取り掛かった。

 

 

 

 月明かりしかない暗闇の中、男は斜面を駆け降り敵へと足を走らせていた。暗いその下り坂は大きな遮蔽物が無いとはいえ決して平坦でも舗装されているわけでもない。

 だが男の走りに戸惑いも躊躇も感じられない。むしろ更に加速している。

 

(まだだ、まだ抑えろ)

 

 まるで子どもを前にしたあの女エルフ(アリオーシュ)の様に口端がつり上がりそうになるのを男は必死に抑える。

 戦える。それだけが男の中を全て満たしていた。

 敵を殺せる喜び。胸の内に巣くう苛立ち。それらの捌け口が目の前にある。何もかも忘れて酔い痴れられる。男にとってそれはあまりにも甘美な誘惑であった。

 

「……!」

 

 敵を視認できる距離まで近づく。

 おそらく警備兵であろう四人組が談笑しており、駆け降りてくる男に気付かず油断しきっていた。

 警備の役目を怠っている男達を咎める者はこの部隊にはいない。何故なら今は【安全な休息時間】だからだ。

 こちらから手を出さない限り魔女は襲ってはこないし、そもそも夜襲などこれまで一度も無かった。

 本番は夜明け、それまでは遠征の疲れを癒すための休息でしかない。見方を変えればある意味正々堂々している魔女を信用しているとも取れる。それが仇となった。

 不運にも今、自分達を強襲しようとしている男は元いた世界で敵味方から単騎突撃と殲滅戦の名手として知られ、恐れられていた。

 

「…ん?」

 

 警備兵の一人が男に気付いたがもう遅い。地面が陥没するほどの踏み込みにより男は一気に間合いを詰めると剣を袈裟斬りに降り下ろした。

 

「ぉが!」

 

 まず一人。鎧ごと警備の一人を切り捨て、剣を振り切った“捻り“を使い、右にいた兵士の胴を払う。

 

「…ぇ?」

 

 二人目。体の上下を生き別れにし、今度は左にいる兵士へ刺突を繰り出す。

 

「ぶぇ!」

 

 三人目。胴体を貫かれ痙攣する体を蹴り飛ばし剣を抜く。

 

「っ!このぉ!」

 

 最後に残った兵士が剣を抜き側面から男に斬り掛かる。男は視界の端だけで相手の剣筋を読み、最低限の動きでそれを躱す。剣を躱され死に体なった四人目の頭部を男は下から斬り飛ばした。斜めに斬り飛ばされた頭部から色鮮やかな脳漿が零れ地面にぶちまけられる。

 斬り伏せた四人の警備兵を見て男の口元に笑みが浮かぶ。

 

「うるせぇぞ!何があった?…っ!?なんだてめぇ!?」

 

 近場のテントから兵士たちがのろのろと出て来るが次の瞬間、目の前の味方の惨状を見て狼狽えた。

 男はその兵士達に掌を向けるとそこから火球を射ち出す。

 

「ぎゃぁァァぁぁああアア!」

「アづい!あヅいー!」

「な、なんだ!?火、火がぁぁぁ!」

 

 テントごと兵士達を焼き付くし、ついでとばかりに周囲にあるテントや物資も焼き払う。

 

「敵襲!敵襲ー!」

 

 騒ぎに気付き奥から武装した兵士達が次々と現れる。

 男はそれに対して身構えたり身を隠すわけでもなく、佇んだまま敵が集まるのを眺めていた。いや、酔い痴しれていると表現した方が正しいのかもしれない。

 燃え上がる炎。血と臓腑の異臭。悲鳴と怒号。鎧や武器の擦れる音。あぁ、これだ。慣れ親しんだ戦いの、

 

 

 

━━━殺戮の歌が聞こえる。

 

 

 

(準備はいいかカサンドラ?)

 

 さぁ、

 

「かかってこい」

 

 夜襲を敢行した男。カイムはぽつりと呟くと何時ものように剣を構え、敵へと突撃した。

 

 後に味方から【戦神】と称えられ、敵からは【殺戮者】【魔剣士】【黒い森の死神】など様々な渾名で恐れられる竜騎士カイム・カールレオンのこの世界での初陣の幕が開がった。




 えぇ、戦闘シーンまで書いたらご覧の有り様です。無茶なことを言うものではありませんね。
 前書きにも書いたカイムの魔法の関してはDODオープニング、ゲーム中のフィニッシュブロウ、DOD2のカイムの登場シーン及び戦闘から考察いたしました。
 色々な意見があると思いますが今作のカイムは武器魔法との相性が良く、その他の魔法は不器用で苦手と言った感じです。
 次話は作者の苦手な戦闘シーンがメインです。自身にも読者の方々にも満足出来るよう頑張ります。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章七節 覚悟 (編集中)

 お待たせしました。
 ごめんなさい!ごめんなさい!時間掛けたわりに前回の半分以下の文字数でごめんなさい!許して!許して!怒らないで!怒らないで!わたしちゃんと書くから!いやー!オガーサーン!(マナ感
 とまぁこんな感じで書いていました。戦闘描写を上手く書ける他の作者さん達が本当に羨ましい。
 最後まで書こうと思ったのですが、モチベーションの関係で今回は戦闘中盤までです。後半及び戦後は次回とさせていただきます。ご了承ください。


 

 

 

 振るった剣が鎧を断ち皮と肉に食い込む。

 

━━━その瞬間、肌が粟立つ様に震えた

 

 刃が骨へと達し刹那の拮抗の後、臓腑に沈んでゆく。

 

━━━ぞくり、と背筋をナニかが這い回る

 

 そのまま振り抜くと敵は糸の切れた繰り人形の様に崩れ落ちる。

 

━━━堪らない

 

 崩れ落ちる瞬間に見える顔も十人が十人まったく違う。痛み、恐れ、悲しみ、怒り、絶望、逃避、不可解、気狂い、それらを混ぜ合わせたナニか、何れでもないナニか。

 感情に乏しい帝国のダニ共やドラゴンでは味わえなかったモノだ。

 獣や亜人共でもここまで彩り豊かではなかったモノだ。

 

「…クク」

 

 無意識に漏れた笑いと共に思う。成る程、【普通】の人間を斬るとこうなるのか。

 

(悪くない)

 

 最も、不満が無いわけではない。事前の情報でダニ共程とは思っていなかったが、実際に手を合わせてみるとカサンドラ軍は俺が想定していた強さを下回っていた。

 練度はそこそこ、士気もまずまず、だがそれだけ。たった二十人斬っただけでもう怯んでしまった。

 

「……どうした?どうしたどうした!話に聞くカサンドラ軍とはこの程度か!?」

 

 発破を掛けるつもりで軽く挑発すると兵士達の目に怒りが灯る。まだ折れてはいない様だ。

 

「なめるなぁ!突撃ー!」

『おおおぉぉぉぉぉぉ!』

 

 五人の槍兵がこちらへ突撃し、十数人の弓兵が弦を引き絞る。

 

(それでいい)

 

 そう、ほくそ笑みながら自らも間合いを詰めた。

 

 

 

 兵士が持っている長槍は魔女が操る木の巨人用に誂えた物で通常の槍と比較すると1.5倍程の長さがあり、柄も一回り半太い。

 剣よりも槍、槍よりも弓、戦場にて間合いが長い武器はそれだけで脅威である。斬り捨てられた仲間達を見て剣では勝てないと悟った兵士達が選択したのは剣の間合い外からの攻撃。

 柄の端を脇で固定し前傾姿勢で謎の男に突っ込む。先頭を走る兵士はこれならと勝利を確信した。後退させることが出来れば崩れかけたこちらの態勢を立て直せるし、左右に避けられても味方の弓が男へ飛ぶ。

 だが男は予想と反してこちらへ真っ直ぐ向かって来た。

 一瞬目を見開くが、結果は変わらないとばかりに走る足に力を込める。槍を捌くか避けるかして懐に潜り込もうという魂胆なのだろう。一対一なら可能だろうが今は五対一、自分の槍を捌こうとも後続から更に四本も追撃が来るのだ出来るはずがない。

 圧倒的な“個“を前にして“理“と“数“で対抗する彼等の判断は間違っていない。

 ただ、相手が悪かった。 

 

 

 突撃してくる槍兵との間を計りながら剣を振り上げる。狙うのは槍の柄でも相手の腕でもない、刃のある穂先。

 後、三歩二歩一歩、

 剣の間合いに穂先が入った瞬間、振り上げていた剣を渾身の力で振り下ろす。切り払うのではなく、打ち落とす為に振るわれた剣は穂を砕きながら槍の軌道を地面へと移させた。

 

「ぬぉ!?」

 

 いきなり槍を打ち落とされた兵士は走ってきた勢いを殺せず、つんのめりながら槍を地面に突き刺してしまう。その衝撃で柄が折れ、顔面を土砂へ擦り付けた。

 先頭が転げたのを見て後続の勢いが数瞬鈍る。それを見逃さず、足の肉が悲鳴をあげるのも構わず更に歩を進め、間を縮めた。

 残りは四。左右から来る槍を見て左端が遅れていることに気付く。足を止めずに今度は左前の槍へ剣を横薙ぎに振る。半ば手振りの為、柄をしならせる事しか出来なかったがそれで十分“隙間“ができた。体を半身にしてその隙間へ捩じ込み、槍の内側へと入る。

 すれ違い様に左前の兵士の首を斬り裂き、起き上がろうとしていた兵士の頭を蹴り飛ばす。

 蹴った手応えから首がひしゃげたのを確認することもなく槍兵の突撃を突破、そのまま奥にいる兵士達に狙いを定めた。

 

「ひっ。来るな!来るなぁ!」

 

 正面から突破してくるとは思わなかったのか慌てて弓兵が矢を射ってくる。しかし、動揺の為か隊列を組んでの一斉射ではなく疎らだ。当たらないものは無視し、避けられるものは最小限の動きで済ませ、残りは剣で弾く。

 

「あ、あぁあああぁぁぁ!」

 

 悲鳴をあげる弓兵の一人を斬り捨て敵陣の中へ斬り込んだ。

 

 

 

「ちょこまかと!」

「止めろ!同士討ちになる!」

「囲め囲め!」

「くそ!くそがぁ!」

 

 乱戦になってしまえば長槍や弓の理も機能しなくなる。特に長槍は味方、テント、物資等が邪魔をしてただの障害物の一つと化してしまった。

 逆に理を手にしたのはカイムだった。その地形を、状況を利用して、その圧倒的な“個“が敵陣を斬り裂き、薙ぎ払い、蹂躙して行く。

 

(………)

 

 手足を止めずにカイムは訝しむ。この部隊の編成の歪さに。

 槍兵を含めた歩兵の数が不自然なまでに少なく、その分弓兵が多い。何より対魔術師戦で部隊の壁となる“盾兵“が一人も見当たらない。

 魔法を使う魔女と戦うのだから近距離戦にならない限り剣や槍などは余り必要性が無い、だがそれを差し引いたとしても魔法を防ぐ為の盾兵がいないのはどういう事だと。

 今のカイムには分からない事だが、彼等の装備はハリガンが操る木の巨人用のもので、槍兵で足止めを行い、弓兵達の一斉射によって巨人を仕留めた後、砦へと進攻するのが今の魔女の砦攻略の基本戦術である。

 しかし、巨人を倒して砦に取り付こうとすると、今度は魔女達の魔法が飛んでくるのだ。当然それを防ぐ盾兵も“普段“なら存在する。

 

(…まぁいい)

 

 少し不可解に思いながらもカイムはその思考を切って捨て、戦いに没頭する。盾兵がいたとしても自分のやるべき事に変わりはない。斬り殺し、焼き払うだけだ。

 

 

 

「おらおらおらおらおらおらおらおら!」

 

 高揚し、自らも声を張り上げて、敵の怒号と罵声を聞き流しながら一人、また一人と斬り殺していると、

 

「そこまでだ!魔女に組みする不届き者め!我が名は━━━」

 

 能書きを垂れながらナーガ程の年若い兵が名乗り出てきた。鎧の意匠からするに士官だろうか。

 ちらりと周りを見ると兵士達が俺とそいつを囲んでいる。

 

(一騎討ち?時間稼ぎのつもりか?)

 

 纏めて掛かってくればいいものを、と思ったが僅かに思案してこれも一興と誘いに乗ることにした。何かを仕掛けてきたとしても奴等共々叩き潰せばいいだけの話だ。

 

「……カイム・カールレオン」

 

 こちらも名乗り返すと士官は「ゆくぞ!」と鞘から剣を抜き、斬りかかってきた。

 

「はぁ!」

 

 列帛の気合いとともに振り下ろしてきた剣を受け止め弾き返す。剣筋は悪くないが軽い。

 今度はこちらが剣を見舞う。士官は立て直す間もなく迫り来る剣を受け止めようとするが、そんな崩れた体勢で受け止められるほど俺の剣は軽くはない。

 受けきれず、がら空きになった胴体を断とうと剣を返すと士官は転げる様に剣線の外へ身を翻して、その勢いを殺さず距離を取ると剣を構え直した。

 実戦経験が薄いのか、たったこれだけのやり取りで額に汗を浮かばせ、大きく息を吐き出している。

 

「…威勢が良いのは口だけか?」

 

 警戒して向かって来ない士官にそう投げ掛け、歩きながら距離を縮める。

 

「っ、まだだ!」

 

 そう言って繰り出してきた刺突を払うが士官は歯を食い縛り、続け様に剣を二撃三撃と打ち込んできた。それらを受け流し、弾き返しながら反撃する。士官は受け流す技量も弾き返す力もないが地を踏み締め、顔を歪ませながらも俺の剣を受け止め、食らいついてきた。

 

(惜しいな)

 

 経験の薄い新兵にしては剣筋、目の良さ、判断力、意思の強さ、それぞれに光るモノがある。このまま経験を重ねていけばそれなりに楽しめる相手に成っただろう。

 だからといって見逃す気は更々無いし、そろそろ増援の魔女共も来る頃だ。あまりこいつだけに構ってはいられない。

 

「かは!?」

 

 剣戟の隙を突いて腹を蹴る。加減したため吹き飛ぶ事もなく士官は蹴られた場所を押さえながら数歩後退した。

 その瞬間、全身の力を使い士官の頭上へと跳び上がる。同時に上段に構えた剣へブレイジングウィングの魔法を付加させながら士官に狙いを定めた。

 

(手向けだ。派手に散らせてやる)

 

 使うのはドラゴンの硬い頭蓋をかち割る為に編み出した“付加“と“放出“の魔法を応用したものだ。

 避けられないと悟った士官は剣を盾に防ぐ構えをとっている。無駄だと口に笑みを浮かべ、兜割りの要領で剣を叩きつけると同時に魔法の力を放出した。

 

 

 

 巨石でも降ってきたのかと思う程の炸裂音と共に大量の火花と土煙が舞う。二人を囲んでいた兵士が反射的に目を瞑った瞬間、顔に何かがへばりついた。どろりと湿り気のある生暖かいそれを引き剥がし確認して、

 

「ひっ!?」

 

 ソレを地面に放った。

 兵士の顔に張り付いたソレは肉片のついた人の皮だった。何でコンナモノが、と混乱したまま恐る恐る部隊の副官と謎の男がいる場所へ視線を戻す。

 土煙が晴れたその場所には剣を下へ振り切ったままの男しかおらず、副官のいた所は地面が大きく陥没して所々捲れ上がっており、周囲には剣や鎧の破片と共に“副官だった“モノが散乱している。

 男がゆっくりと姿勢を戻す。口は口角を吊り上げ歯をむき出しにしてエミを作り、僅かに細められた目にはとても正気とは思えない喜悦のイロが浮かんでいた。

 

(ば、化物…)

 

 兵士の体の中でナニかが折れた。目の前にいるソレはもはや人の形をした化物。勝てるわけがない。

 剣を構えるでもなく立ったまま化物は品定めするように軽く周囲を見回すと、

 

「次」

 

 そう、言葉を発した。

 

「ぅ……ぁ…」

「じょ、冗談じゃ……」

「あ…あぁぁ…」

 

 囲んでいる兵士全員が一歩、また一歩と後ずさる。各々の恐怖が伝播し、混ざり合いながら膨れ上がってゆく。それが最高潮に達して破裂する瞬間、

 

「全ての隊員に告げる!━━━」

 

 指揮官である中隊長の叫びが響き渡った。

 

 

 

(悪夢だ)

 

 そうとしか言い様がない、と中隊長は忌々しく男を睨み付け、部下に指示を出している。

 今回の任務は木の巨人を仕留める“だけ“で砦の攻略も魔女と戦う事も想定に入ってはいない。まして、白兵の対人戦など殆ど考慮しておらず、今までの魔女との戦いから夜襲など埓の外であった。

 こちらに襲いかかってきた、恐らく魔女に加担しているであろう謎の男に陣中へ斬り込まれ、乱戦になった瞬間、中隊長の中で勝敗は決した。ならばこれ以上被害が出る前に一人でも多く【本隊】まで撤退させなければならない。

 

(撤退の指揮を任せるつもりだったんだが………あの向こう見ずめ…)

 

 そう、自身の副官を罵りつつも、その顔は自責の念に塗れている。

 才のある将来有望な若者だった。順調に経験を積んで行けば若くして中隊長(自分と同じ地位)に至ることも難しくはなかったろう。だというのに未熟さと責任感から止めようとする周囲を押し退け駆けて行ってしまった。

 

「隊長、準備が整いました」

 

 未熟な副官の為に補佐に入っていたこの部隊の“本来の副官“はそう中隊長に告げた。

 

「わかった。後は手筈通り、お前が撤退の指揮を取れ」

 

「はっ……御武運を」

 

 言い終わると同時に補佐は駆けて行く。その直後副官と男がいる所から轟音が鳴りと土煙が舞った。驚き、目を見開くが直ぐに短く目を瞑り、胸の内で副官への追悼と礼を述べる。

 そして目を開け、目の前にいる二十人の決死隊へ号令を発した。

 

「…始めるぞ」

 

 即座に決死隊を十人一班に編成し隊列を組むと中隊長はあらん限りの声を張り上げる。

 

「全ての隊員に告げる!これよりこの陣を放棄し、各自、本隊へ合流せよ!殿は我々が務める!」

 

 中隊長の言葉に兵士達は我先にと逃げ出し始めた。それを確認すると、次に男へ視線と己の剣を向け言い放つ。

 

「異端に組する外道よ!次は我等が相手だ!この首、刎ねてみよ!」

 

 その言葉に男はこちらを睨み付け、口元を笑みに歪ませながら向かって来た。

 

「構え!」

 

 中隊長の令に決死隊は弓を引き絞る。男との距離は18ヤルド(約50メートル)程。

 

「放てぇ!」

 

 男に矢が殺到した。

 

 殺戮に酔い痴れるカイム(化物)とそれに一矢報いようとする決死隊(勇者)の最後の戦いが始まった。




 今回出てきた名も無きモブ達は原作落ち龍には登場していないオリキャラです。書き終わってから見直すと、カイムがいるからってカサンドラ軍を強化し過ぎた感が否めませんでした。
 このままだと教会の討伐隊戦とか難易度がベリーハードかルナティックになるんじゃなかろうか……。と冷や汗を流しています。
 出てきたモブ達のイメージは

副官:ラノベの主人公にいそうな金髪の爽やかイケメン

中隊長:五十手前の白髪混じりで無理をせず手堅く任務をこなすやや昔気質のベテラン

補佐:眼鏡が似合いそうな中堅

兵士達:キングオブモブ

 という感じです。あくまでイメージですのであしからず。
 まだ後半の戦闘シーンが残っているので次回も今回と同じくらい時間が掛かるかもしれませんがお待ちください。
 後、小説情報の一部変更とオリキャラ(モブ)のタグを追加しました。

 ではまた次回お会いしましょう。


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第一章八節 蹂躙 (編集中)

 お久しぶりです。3ヶ月掛かってようやく書き上げる事ができました。
 今回、感想欄にてアドバイスを頂き、試しにルビを振ってみました。
 丁寧にアドバイスして下さったバウム様、本当にありがとうございました。
 では、拙い文章ですが、よろしければ気楽にお読み下さい。


 

 

 

 逃げて行く兵士達を見ながらほんの僅かに期待していた分、ほんの僅かに落胆する。一騎討ち(時間稼ぎ)まで仕掛けておいてやっていた事は逃げる算段かと。

 

「異端に組する外道よ!次は我等が相手だ!この首、刎ねてみよ!」

 

 しかし、その落胆も次の瞬間には覆った。

 兵士達の逃げて行く“方角”を確認していると、少し離れた場所から指揮官であろう男が小隊を編成してこちらに剣を向けている。

 

(……良い顔だ)

 

 やはりダニ共とは違う。指揮官を含め全員の顔に決死の覚悟と気迫が宿っている。

 俺がいた【場所(連合軍)】で見た顔だ。俺に着いてきた【あいつ等(臣下)】がしていた顔だ。

 奴等はこんな顔を向けられていたのか、こんな想い(殺意)をぶつけられていたのか。

 羨む気持ちなど欠片もないが、

 

(やはり、悪くない)

 

 頬がつり上がるのを感じながら指揮官のいる小隊へ足を向ける。逃げる兵士は後回しだ。方角は確認したし、指揮官が言ったようにその先に本隊がいるのならこいつ等の相手をした後に追撃し、皆殺しにすればいいだけだ。

 歩くような速度だった足が急かされるように速くなる。

 

「構え!」

 

━━━歩きから早足へ

━━━早足から小走りへ

━━━小走りから疾走へ

 

「放てぇ!」

 

 必殺の殺意を乗せた矢が迫り来る。

 逃げ道を塞ぎ、こちらの勢いを殺す為の弾幕。

 

━━━当たるものだけを切り払うがその一瞬、足が止まる。

 

 それを見逃さず膝立ちになっている前列が即座に次の矢を射る。

 

━━━また切り払う

 

 数瞬の間を置いて、後列が追撃の矢を放つ。

 

━━━更に切り払う

 

 前列が射る。切り払う。(繰り返す)

 後列が放つ。切り払う。(繰り返す)

 前列が射る。切り払う。(繰り返す)

 後列が放つ。切り払う。(繰り返す)

 

━━━足がその場に縫い付けられた。

 

 鬱陶しい矢の弾幕に顔が歪む。普段ならこの程度は物の数ではないのだが、病み上がりと疲労の蓄積もあって体に“ズレ”が生じ始めている。

 これでは埒が明かないと刹那視線を左右に走らせ、あるものを見つけた。僅かな隙をついて体を横へ投げ出し、矢の弾幕から逃れると直ぐ様“それ”へと駆け寄る。

 

「逃がすな!」

 

 指揮官の号令に兵士達が即座に狙いを修正して矢を放ってくるが、既に目的の物は手の内にある。瞬時に“それ”へ魔力を付加させ、迫り来る弓矢へ振り抜いた。

 

 

 

 男が横へ体を投げ出し、その勢いを殺さぬまま弾幕の外へと抜け出した。

 

「逃がすな!」

 

 このまま逃走を許し、撤退している者達を追われては我々の意味がない。即座に令を発し、男を逃がさぬよう追撃を加える。

 しかし、此方の予想に反して男は近くの物資に掛けてあった布を剥ぎ取ると、それで迫り来る矢を打ち落とし、こちらへ再度前進を始めた。

 

「怯むな!絶えず矢を射続けよ!」

 

 だが、今度は止まらない。

 

(化物め。しかし…いったい何処の者だ?これ程の武勇ならば名なり顔なりが知れてる筈だが…)

 

━━━?…何だ?

 

 二度、三度と矢を打ち払いながら着実に間を詰めてくる男に違和感を覚える。男が使っている技術は手練れの兵士や傭兵が稀に使う業ではあるが、驚愕する程ではない。

 

(違う)

 

 男ではない、男の持っている“布がおかしい”。

 

(何故刺さらない?破れない?………!?)

 

 打ち落とす度に多少傷が出来ていくが刺さりも破れもせず、それどころか逆に幾つかの矢を“折っている”という異常。

 そこで思い出す。今回の作戦で総司令を担っている同僚(後輩)から聞いた話ではこの技術はあくまで盾を失った時の為の【使い捨ての盾】なのだと。

 

『達者な奴なら一、二矢ぐらいの単発なら幾らでも持たせられますが、隊列組まれての一斉射は無理です。精々一回、すげぇ運が良くて二回が限度ですね。ただの布革が鉄の鏃に敵うわけないでしょう?』

 

 所詮逃げるため、生き延びる為の業だと奴は言う。では“コレ”は何だ。

 

(布が【鉄にでもなった】というのか!?)

 

 「そんな馬鹿な事があるものか!」そう、叫びそうになるのを歯を軋ませながら押し留める。男との距離はもう7ヤルド(約19メートル)もない。

 

「た、隊長!このままでは!」

 

 兵士の一人から焦りの声が上がる。三本ほど持たせていた矢筒も既に二本が空になっていた。

 

「……前列、抜剣!」

 

 ある意味、死刑宣告を言い渡された前列の兵士達から一瞬、息を飲む声がするも彼等は即座に弓と矢筒を手放し、剣を抜く。

 

「吶喊せよ!」

 

 後列の一斉射と共に死兵となった十人が雄叫びを上げ、男に襲いかかる。

 

「…奴の動きが止まったら我等諸共、射殺せ」

 

「!、っは!」

 

 残った兵士達にそう言い残し、一足遅れて自身も剣を抜き吶喊する。あの男を前にして元より生還するつもりなど我々にはない。むしろ逆だ。長年兵士として戦ってきた己の勘が叫ぶ。

 

━━━何としても此処で奴を殺さねばならない。

 

 でなければ我等(カサンドラ王国)は更なる血を流す事になると。

 

 捨て身となった兵士達が押し寄せて来ると、男は持っていた布を正面へと放った。苦し紛れの目隠しかと思ったが、次の瞬間、先程と同じように土煙が巻き上がり、男の正面にいた五人の兵士が“千切れ飛んだ”。

 

「なっ!」

 

 あまりの事に絶句していると、今度は土煙の中から幾つもの炎が飛んでくる。思わず脚が止まり反射的に腕を顔の前に翳すが、炎の群が自分を襲うことはなく僅かな間を置いて、後ろから熱風とともに兵士達の断末魔が聞こえた。

 (化物)が前にいることも忘れ、後ろを振り返る。

 

━━━まさか(ありえない)

 

 炎に焼かれた兵士達を見ながら頭に過った言葉を、否定する。

 

━━━まさか(そんなはずはない)

 

 だが、この戦いを振り返れば“ソレ”は真実味を増してゆく。

 

━━━まさか(何かの間違いだ)

 

 男一人だけだった。魔女など何処にもいなかった。ならばどうやって男は兵士や物資を焼き払った。どうやって剣の外から五人もの兵士を切り飛ばした。

 

「魔…法………だと?」

 

 無意識に洩れた言葉に戦慄する。

 

「馬鹿な…」

 

 馬鹿なバカナばかな。【魔法(あれ)】を使えるのは異端者たる魔女だけだ。奴等の血族か。いや男がいるなど見たことも聞いたこともない。それにあの剣技や体捌きは戦場で培わはければ身に付けられはしない。分からないワカラナイわからない。奴は、あの男は何者なのだ。

 そこで混乱から意識が戻る。慌てて正面を向くと最後の兵士を切り伏せた男の姿が映り、この場に残ったのは自分一人だけだった。

 

 

 

 遠眼鏡で、カイムさんの、戦う姿を見て、恐怖で体が震えた。ユウキも、敵には、苛烈に攻撃をするけど、あの子のは、怒りからだ。

 彼は、違う。あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに、敵を殺す人を、わたしは、見たことがない。

 

(何より)

 

 魔法を使った事が、衝撃だった。本来なら、私達(魔女)にしか使えない、筈なのだけれど。彼は、殆ど肌を晒さず、見間違いじゃなければ、たった今、“(金属)から”魔力を放った。

 

「ありえない」

 

 ぽつりと、言葉が洩れる。

 

(異世界…)

 

 昨日、姉様からの、ナーガさんの手紙を、読んだ時は、姉様なりの、冗談なのだろうと、リンネやリンナと、話し合っていたけど。それが本当で、カイムさんも、そうならば、目の前の、この事態(非常識)も、ぎりぎり、無理やり、納得できる。

 

「クゥ!カイムは無事か!?」

 

 考え込んでいたため、不意に、後ろから、姉様に声を掛けられ、胸がどきりとした。

 

「姉様、遅い」

 

「すまぬ。ユウキが予想以上にゴネてな」

 

 男嫌いの、ユウキらしい。難なく、想像ができた。木偶人形の、準備も終わって、他の子達も連れて、此方に戻ってきたらしく、ユウキの他には、アイスとケイ、リンナの姿が見えない。おそらく、彼女達が増援として、向かったのだろう。

 

「それで、下はどうなっている?」

 

 姉様の言葉に、戦が終わった事を、伝える。

 

「終わりました」

 

「…は?」

 

「だから、終わりました」

 

「いや、何が終わったのだ?………まさか、あやつ(カイム)が討ち取られたのではあるまいな!?」

 

「違う、戦が終わりました。」

 

 何故か、変な勘違いをしている、姉様に、首を振りながら訂正した。

 

『………』

 

 その言葉に、全員が、沈黙している。言い方が、悪かったのだろうか。

 

「カイムさんが、全部、やっつけました」

 

 もっと、分かりやすく、言葉にした直後、

 

『ハァ!?』

 

 今度は、全員が同時に、叫んだ。

 

「いやいやいやいや!待て、ちょっと待て!アイス達は今さっき出たばかりだぞ!?あいつ一人でか!?まだ二半刻(三十分)も経ってねぇんだぞ!?」

 

 興奮しているのか、ナーガさんが、大声で、捲し立てた。他の子達も、あれこれと、騒いでいる。

 

「クゥ、遠眼鏡を!」

 

 姉様は、わたしから、遠眼鏡を受け取り、下を確認すると、

 

「……出鱈目にも程があるぞ」

 

 唸るように、そんなことを言った。

 

「それで下が見えるのか?俺にも見せてくれ」

 

 下を見ている姉様に、ナーガさんが、せがむように言う。

 

「これは、魔力を通して使う吾等専用の【魔具】だ。お主が使ったところで何も見えはせん」

 

 その言葉に、項垂れるが、諦めきれないのか、ナーガさんは、手摺から、身を乗り出して、下を眺めだした。カイムさんは、魔法を使えるけど、ナーガさんは、使えないのだろうか。

 少しして、確認し終わった姉様が、半目で、わたしを睨んできた。

 

「…以前から、言葉や説明を極端に省略する癖を治せと言っておるだろう。焦ったぞ」

 

「ごめんなさい」

 

 治そうとは、思っているのだが、なかなか、治ってはくれない。

 

「ねぇ、姉様」

 

 お叱りの元は、これから頑張って治すとして、わたしも、姉様に、聞きたいことがあった。

 

「なんじゃ?」

 

「あの人は、カイムさんは、竜の化身?」

 

「?………何故、そう思う?」

 

 姉様は、怪訝そうに、問い返してきた。だって、今見ていた、カイムさんの戦い方は、

 

「まるで、【大型の火竜】が、暴れているみたいだった」

 

 カサンドラの兵士達は、カイムさんに、傷を付けることもできずに、切り裂かれ、焼き払われ、薙ぎ倒されていった。本物の竜に、襲われたかのように。

 

「そなたには、カイムがそう見えたのか?」

 

 その言葉に、頷く。

 

「…そうか、だが、吾もこやつ等に出会ってからまだ一日二日しか経っていない。殆ど何も分かっておらぬ」

 

 そんなことを、口にして、「しかし」と、顔だけを、下に向けながら、

 

龍王(ナーガ)竜の化身(カイム)か………とんでもない者共を拾ったものだ」

 

 ぽつりと、独り言の様に、姉様は呟いた。

 

 

 

「何故だ…」

 

 気づけば男に向かって叫んでいた。

 

「何故!異端者たる魔女共に加担する!?神の、人の敵たる、呪われた奴等に何故━━━」

 

 言葉は途切れた。正面から、男のカオを見てしまったから。

 

「………」

 

 男は答えない。「まだいたのか?」とそのメは、あらんかぎりの慈悲(殺意)を滲ませながら優しげに(苛烈に)細められ、弧を描いたクチは迷い子(獲物)を前にした司教()の様に穏やかに(愉悦に)歪んでいた。

 嗚呼、今になって本当に理解する。この男は兵士でも傭兵でも戦士でもない。ただの(化物)だ。

 そこに誇りはない、大義はない、あるのは只々、己を満たすだけの欲望だけ。

 

「……ハハ、ハハハハハハハハ…」

 

 可笑しくて堪らない。散々、ヤツがやったことを見ていただろうが。散々、アレを化物と罵っていただろうが。

 

「ハハハハ!アーッハハハハハハハハ!」

 

 なのに、心の何処かで人間扱いしていた。ヤツなりの大義があるのだろうと、思い込んでいた。

 その実、アイツにとって我々は欲の捌け口でしかなかったというのに。

 殺される。何の誇りも大義もなく、只、欲の捌け口として(凌辱)される。

 

━━━イヤダ、ソンナシニカタハイヤダ!

 

「ハハハ…━━━━━━!」

 

 絶叫しながら化物に斬り掛かる。全身全霊の力で剣を振り下ろすが、化物には届かない。受けられ、弾かれる。それでも斬りつける。

 

━━━当たるまで、何度でも何度でも。

 

━━━刃が欠けようとも、何度でも何度でも。

 

(殺す!殺す!殺す!コロス!殺す!ころす!コロス!)

 

 兵士(戦士)として死ぬのならいい、獲物()として死ぬのだけはイヤダ。

 

「!」

 

 どれだけ斬りつけただろうか。ガギリと、鍔迫り合いになる。剣から伝わってくる力は人間のソレではない。

 

「━━━!」

 

 奥歯が砕けるのも無視して歯を食い縛り、力を込めた。目の前にあのカオがある。見るな。そのカオでこちらを見るな。

 

(迫り負けたら死ぬ…セリマケタラシヌ!)

 

 そのカオを少しでも離そうと、腕に渾身の力を込めるが、

 

━━━ミキリ

 

 鉄が千切れる様な音と共に、化物の剣が振り抜かれ、右腕の感覚が無くなる。

 そのまま数歩下がった後、全身の力が抜け膝立ちになった。

 

「………」

 

 呼吸をしても風が抜けるような音しかしない。右腕に視線を送ると肩から無くなっており、血が水溜まりを作っている。腕を探すと、目の前の地面に肩と、胸部の一部を付けたまま剣共々切断されていた。

 

「………」

 

 化物が剣を振り上げていた。汗が噴き出して目が霞む。口の中に血が溢れてくる。

 死ぬ。自分は此処で死ぬのだ。

 

「………」

 

 霞む視界の端に人影が映った。まだ、誰かいたのか。頼む。誰でも良い。人影に向かって手を伸ばした。

 

「た、たひゅけ━━━




 とりあえず一回目のカサンドラ戦はこの様に終わりました。作中で行われている突っ込み所満載の戦術等はファンタジー戦術です。あまり気にしないで下さい。
 これで一巻の内の三分の二程度が終わりました。後、五話位で一巻終われたらいいなぁ。
 この後は気分転換もかねて一節から七節までの文章を追記修正しようと思っています。次話までまた時間が掛かるかもしれませんがご容赦下さい。

 ではまた次回お会いしましょう。


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第一章九節 焦燥 (編集中)

 書き上げました。山無し谷無しの会話回です。
 実は七節八節にて初歩的な間違いをしてしまいました。変更点は以下になります。

小隊長→中隊長

 簡単な話、二百人編成でそのトップが小隊長な訳がないんです。やめて!石投げないで!
 そのため、七節八節の小隊長ならぬ中隊長の下りを軽く書き直しました。ご注意下さい。
 あと今回、中隊長、副官、補佐の名前が出てきます。そうしないと文章に違和感が出てしまったため泣く泣くつけることにしました。だから石を投げないで!


 

 

 

 指揮官の頭から胴体半ばまでを断ち斬り、剣を引き抜く。頬に付いた返り血の生温かさ、臓腑の異臭が殺しの余韻を更に引き立たせてくれる。

 最後に何かをするような素振りをしていたが、死んだのならどうでもいい。

 剣に付いた血糊を払いながら逃げていった兵士達の方向へと視線を向けた。

 

(「本隊へ撤退しろ」と言っていたな…)

 

 その言葉通りなら逃げていった兵士共の先には今以上の数がいるのだろう。

 この指揮官と先程の若い士官は“それなりに”楽しめたが、全体的にはやはり物足りない。

 総合的に見てダニ共どころか連合の兵士にすら劣っている。

 

(まぁいい)

 

 この際、質の低さには目を瞑り、数で我慢しよう。もしかしたら、こいつ等よりは楽しむことが出来るかもしれない。

 ほんの僅に頬肉がつり上がる。そうだ、まだ足りない。この程度では酔えない、狂えない、━━━━ない。

 体のズレなど、どうでもいい。開いた傷も、重くなってきた体も、全て、どうでもいい。

 もっと殺さなければ、もっと血を流さなければ、もっと戦わなければ、

 

━━━たとえ、━━ことになろうとも

 

 奴等の本隊がいるであろう場所へ歩き始めた。殺すために、狂うために、━━━ために。

 

「まって!」

 

 後ろから声がした。

 高揚に水を刺され、苛立ちと共に首だけ振り返る。そこには魔女が三人、アイスにケイ、あとは双子の片割れがこちらを警戒しながら見ている。

 

「カイムさん、もう敵はいないよ。何処に行くんだ?」

 

 俺を心配するように、何か焦るようにケイが口を開いた。

 

「近くにこいつ等の本隊がいるらしい。逃げた奴共々、それもまとめて潰してくる」

 

 無視してもよかったのだが、騒がれるのも面倒なので簡潔に事情を話す。

 

「っ!…それは本当ですか?」

 

 アイスが驚愕と困惑を表しながら聞き返してきた。

 

「そこの男が言っていた」

 

 指揮官(死体)に視線を送りながらそう相槌を返す。

 

「危険です。一人で行くのはお待ちください」

 

「この程度が幾らいようと何か問題があるのか?」

 

 そう言葉を吐き捨て、再び歩き始めた。後から魔女共の声がするが今度は無視する。

 が突如、進路前の地面が吹き飛んだ。

 

「あんた、待てって言ってるでしょ!それとも逃げる気!?」

 

 上から怒鳴り声が降ってくる。二度も邪魔をされ、殺意を宿しながら夜空へ振り向くと、会った時からギャアギャアと小喧しい風使いの魔女が木で作られた板に乗っていた。

 

「ぅ……っ何よ?ヤろうっての?」

 

 俺の視線に一瞬怯んだものの、すぐさま両手に風を纏わせて威嚇してきた。

 こちらも剣を握り直そうとして、

 

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着けって!」

 

「そうですよ、こんなことをしても無意味です」

 

 アイスとケイが割って入った。

 

「好き勝手やろうとしてるのはそいつじゃない!」

 

「それでもよ。これ以上は取り返しがつかなくなるわ。⋅⋅⋅カイムさん、姉様から許可されたのは此処にいた者達との戦闘だけです。それ以上は約定に反します」

 

「⋅⋅⋅」

 

 アイスのとりなしに俺と女は矛を納める。女は低く唸りながらも風を解き、俺も興が削がれたので剣を降ろした。

 

「い、今姉様に確認を取るからちょっと待ってて」

 

 見計らっていたのか双子の片割れがそう言うと目を閉じて少し俯いた。おそらく念話でもしているのだろう。

 しばらくして、

 

「やっぱり、一度戻ってこいって」

 

 言い難そうにそれを口にした。

 舌打ちを一つ、剣を鞘に納めて踵を返した。此処にはもう用がないし、ハリガンに確認したい事もある。

 

「待って」

 

 砦に足を進めていると、そんな言葉と共に片腕を引っ張られる。今度は何だと煩わしそうに視線をやると、ケイが両手で腕を掴んでいた。

 

「ナーガさんに残ってる物資を持ってこいって頼まれてるんだ。カイムさんも手伝ってよ」

 

 口調は軽いものの、妙に真剣な目で懇願してくる。 

 

「⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅荷馬車が残っているか探してこい」

 

 その目に拒否する気力も失せ、両手を振りほどきながら言葉を返す。手当たり次第焼き払ったので馬ごと燃えたり、逃げ出したりしているだろうが一つ二つは残っているだろう。

 

「ありがと!すぐに見つけてくる」

 

 そう言って駆け出したケイを見送りつつ気持ちを切り替えるため、溜め息を吐き出しながら手近な物資へと歩み寄った。

 

 

 

『お父さん!お帰りなさい!』

 

『あなた、お怪我はありませんでしたか?』

 

 扉を開けると幼い娘が腕の中に飛び込んできた。最近病を患った妻も椅子に腰掛けながらこちらの安否を聞いてくる。

 無理せず寝ていてくれと苦言を洩らすと妻は謝りながらも『今日は体の調子が良いから』と微笑んだ。

 

『ねぇ、お父さん…』

 

 そんなやり取りをしていると腕の中にいる娘が苦し気な言葉を発した。見ると顔を歪めている。

 どうしたんだと聞くと、

 

『……熱いの』

 

 娘の言葉を聞いて風邪でも引いたのかと額に手をやるが別に熱くはない。

 どこか悪いのかともう一度聞くと、

 

『体が…熱いの……』

 

 そう言い終わると突然娘の体が燃えだした。あまりの事に一瞬、呆然としてしまうが慌てて火を払う。しかし払えど払えど火は消えず、娘はどんどん火に覆われてしまう。

 水を、と妻へ叫びながらも振り向くがそこに妻の姿はなく、椅子が、家具が、家が燃えていた。

 目を離した隙に娘すら居なくなっており燃える家の中に自分だけが取り残された。

 

━━━リィサ!エリナ!

 

 喉が裂けんばかりに妻と娘の名を叫びながら家中を探す。不思議なことに炎は熱くもなく、俺を焼きもしなかった。

 寝室まで駆け寄る頃には炎は無くなり、家は焼け跡となっていた。

 そこでミたのは覆い被さるような姿でカタマっている炭のようなナニかと、その下にウズクマッテいる石のようなナニか。

 

━━━あ、……あぁぁぁ…

 

 覚束無い足取りで、よろめきながらソレの前に座り込む。ソレ等を抱き締めようと触れた瞬間、ソレ等は骨と灰になって崩れ去ってしまった。

 オレのナカでナニかがキれた

 

━━━━━━

 

 叫ぶ、獣のようにハ………長……」

 

━━━━━━

 

 叫ぶ、狂ったようにライ………隊…」

 

━━━━━━

 

 叫ぶ、只々ライバ……隊長!」

 

「ライバッハ隊長!」

 

「っ!」

 

 此処は。あぁ、そうだ。

 額に手をやり汗を拭う。そうだ、久方振りの【夢】だ。ここ暫く見ていなかったからか、不意打ちを喰らったかのような気分を味わう。

 

「おはようございます。ご気分は?」

 

「…見りゃわかるだろ。最悪だ」

 

 簡易の寝床から起き上がり自分の副官であるシリーエスに軽く悪態を返す。

 

「だが助かったよ。お前が叩き起こしてくれたお陰でこれ以上おっかない悪夢を見ずにすんだ」

 

「それは何よりです。随分魘されていましたからね。…どうぞ」

 

 差し出された水を一息に煽る。テントを見回すとまだ薄暗く、外からも日が射していないことからまだ夜明け前のようだ。

 

「で、こんな時間にどうした?」

 

 目に余る違反者か脱走兵でも出たのだろうか。こちらの問いにシリーエスは表情と姿勢を正し、重々しく口を開いた。

 

「報告します。第二中隊が敗走しました」

 

「………何?」

 

 寝起きでまだぼんやりしていた頭が覚めてゆく。

 

「…詳細を」

 

「はっ。先程、第二中隊のミゲル副官補佐を含む68名が本陣に到着。話によると魔女側から奇襲を受け、立て直す間もなく敗れたとの事です」

 

「な……馬鹿を言え、第二中隊に加えてボンボン(副官)の親から押し付けられた傭兵百人がいたんだぞ。半分寄せ集めとはいえ、こんな短時間で潰されたってのか?」

 

 それに加えて第二中隊の隊長は今回の遠征部隊の中では一番経験のある年長者で、手堅い立ち回りに定評がある人物だ。目立った功績は余り無いが手酷い敗走も無い。その為あのボンボンを押し付けられたのだが。

 

「ヴィトール隊長とクリフ副官は?」

 

「…クリフ副官は戦死、ヴィトール中隊長は殿として残ったそうです。おそらくは……」

 

 思わず頭を抱えたくなった。ヴィトールもそうだが、ボンボンが死んだとなれば上から何を言われるか分かったものじゃない。

 だが、今はそうも言っていられない。

 

「今すぐ本陣にいる者全て叩き起こせ。ミゲルと各隊の隊長を会議場に集合させろ。あぁ、それから付けられている可能性もある。お前を含む副官は戦闘準備が出来しだい守りを固めろ。警戒と見回りを密に」

 

「はっ!」

 

 敬礼の後、シリーエスは足早にテントから出ていった。こちらも会議場に向かうため、衣服と鎧を身につけてゆく。

 

(ったく、魔女と関わるとロクなことがない)

 

 そんな愚痴を心の中で溢しつつ準備を終え、会議場に向かうためテントを後にした。

 

 

 

「おー、もー、いー!」

 

 荷馬車を後から一緒に押しているリンナがそんな叫び声を上げる。

 

「っていうか、何で、あいつが、押さないのよ!?」

 

 同じく一緒に押しているユウキから苦情がでる。

 

「…」

 

 此処からは見えないけどカイムさんは何も答えず二頭の馬の手綱を引っ張っている。

 ユウキの風魔法で幾らか重さを軽減しているのだが、この斜面では気休め程度にしかならない。やっぱり欲張って、物資を積めるだけ積んで、縄で無理やり括り付けたのは間違いだったかもしれない。

 

「それに、こういう、力仕事は、アイスの、出番でしょ!」

 

 ユウキの矛先がアイスにも向いたが当の本人は、

 

「なら、こっちを持ってくれるのかしら?」

 

 と両肩で持ち上げてる物資を揺らした。

 

「………遠慮するわ」

 

 流石のユウキも大人しくなり、それからは時折「うぅ」と唸りながら馬車を押していた。

 

「ユウキもリンナも、後ちょっとだから、頑張れ!」

 

 あたしも額から汗を流しながら二人を励ます。

 そんな賑やかな帰り道でも、あたしの胸の内に生まれた不安と心配は消えてくれない。

 原因は分かってる。カイムさんだ。

 

 

 

 

 

 

『………なぁアイス。何で、男がもう一人いるんだ?』

 

 空き部屋の寝台で腕を縛られ、裸のまま体の至る所を包帯で巻かれ、傷口を糸で縫合されている男。それが初めて会ったカイムさんの姿だった。

 アイスから危険な奴だから気をつけてと、部屋に来る前に聞かされていたけど、目が覚めても暴れたりせず、少し根暗っぽくて物静かな印象しかなかった。

 

『おはよ、あたしはケイ。カイムさん、でいいんだよな?』

 

 次の日、砦からの狼煙でハリガン姉の下へ行くとカイムさんは皆から少し離れた所に佇んでいた。身に付けているもの全部がボロボロだったけど、それが、なぜかとても様になっていた。

 

『持ってきたよ。はいこれ』

 

 広場で妙に怖い剣を返したとき、鞘から抜いて状態を確めているそのしかめっ面は、どこか安心しているような柔らかさがあった。

 その顔を見て、この剣は只の武器や道具じゃなくて、カイムさんにとってとても大切なモノなんだろうと漠然と思った。

 

『そういえばカイムさんてさ、━━━』

 

 一の砦に向かう途中、カイムさんやナーガさんの事を聞いた。ナーガさんは記憶を失っていて殆ど何も聞けなかったけど、カイムさんは少し煩そうに一言二言ぽつりぽつりと話してくれた。

 籠手が竜の皮で出来ていると聞いたときは、あたしを含めて皆が驚いた。

 

『これ……全部あの人が殺ったのか?』

 

 カイムさんが一人で敵に向かって行ったと聞いて、援軍としてカサンドラ軍の夜営地に乗り込んだとき、そこで見たのは幾つもの死体と血の水溜まりだった。

 斬られ、焼かれ、折られ、潰され、倒れている男たちは誰一人生きてはおらず、その殆どが一撃で殺されていた。

 

『待って!』

 

 そして、つい先程だ。瀕死の敵を頭から叩き斬ったカイムさんのカオは今まで見た誰よりも怖かった。人はあんな風にワラって人を殺せるのかと思うほど。

 そしてそのまま、あたし達に背を向けて歩きだした。

 

━━━その背中がもっと怖かった

 

 まるで今から死にに(殺されに)行くようで。“殆ど覚えていない”母さんと父親の背中を見ているようで。

 だから、必死に声を上げて引き留めた。

 

『待って』

 

 砦に帰ろうとするカイムさんの腕を掴んで、呼び止めた。さっきの背中を見たくなくて、でも、どうしたらいいか分からなくて、一緒に物資を運ぶのを手伝ってと頼んだ。

 カイムさんを少しでも安心させたくて。大丈夫だよって伝えたくて。

 

「よいしょっ…と」

 

 そして今、皆で物資を運んでいる。あれからカイムさんは何も言わず、ただ体を動かしている。

 あたしにはこれ以上どうすればいいのか分からない。そもそも、会ってからまだ1日しかたっておらず、殆ど何も知らない。

 

(こんな時、ハリガン姉みたいに頭が良ければなぁ)

 

 ハリガン姉ならもっと、ちゃんとカイムさんに伝えられるはずだ。ふと、相談してみようかと思ったけど、カイムさんは嫌がるだろうなと思い留まる。

 じゃあどうしたら、どうすれば。

 ぐるぐると、解けない問いが頭の中を巡る。

 

━━━ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると、

 

(ああああああぁぁぁぁぁぁ!)

 

 首を振り、頭の中でごちゃごちゃしているもの全部吹き飛ばす。

 

(ダメだ、やっぱりちゃんとカイムさんと話そう)

 

 頭の悪いあたしが考えた所で何もでやしない。なら、いつも通り正面から話して聞こう。

 拒絶されたらその時はその時だ。今は、聞き辛いから三の砦に帰ってから。

 

「……あんた、何やってんの?」

 

「ケイが、壊れた」

 

 いつの間にかユウキがジト目で、リンナが引きながらあたしを見ている。

 

「…何でもない!それより、もう砦につくよ」

 

 上からハリガン姉や皆の声が聞こえる。残りの数ヤルドを一気に縮めようと二人に声を掛け、手足の力を振り絞った。




 えー………ご覧になられた方の中で落ち龍原作ケイのファンの方申し訳ございません。
 好きなキャラだからって設定を盛りすぎました。もはや誰だお前レベルです。
 いやね、原作の父親の下りが実に美味しくて。はい、すみません。
 できれば今年中にもう1話上げられるように頑張ります。

 ではまた次回お会いしましょう。


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第一章十節 情報 (編集中)

 お久しぶりです。

 馬鹿じゃねぇの!馬っ鹿じゃねぇの!?五千字以下で今年最後の投稿が戦闘シーン無しのだらだら会話してるだけとか馬鹿じゃねぇの!って言わないで下さい。作者もそう思います。

 この小説を書き始めて一年経ちますがまだ一巻が終わってくれません(泣)。ここまで読んでくださった読者の皆様なら既にお察ししていると思いますが、この作品において戦闘シーンは食後のデザートのような物だと思って下さい。作者はそう割り切りましたOTL。

 では、肩肘張らずにお読みください。


 

 

 

「ご苦労さん。…おぉ、馬が二頭も!」

 

 砦の門を潜ると労いもそこそこにナーガは荷馬車へと駆け寄り、俺も返事を返さずすれ違う。

 そのままハリガンの下へ行くと、

 

「そなたは吾等を驚かせてばかりいるな」

 

 腕を組み、睨み付けながら皮肉を投げ付けてきた。

 

「…答えろ。普段カサンドラ軍が砦を攻めるとき、大盾を持った兵士はいるか?」

 

 それには応じず用件を口にする。

 

「なんじゃ?藪から棒に「さっさと答えろ」っ、お主は………。あぁ、おるぞ」

 

「数は?」

 

「大体二十程だ。何故その様なことを聞く?」

 

 これで確信する。奴等はこの砦を“落とす気がない”。

 狙いはこちらの消耗か。

 

(何故そんな回りくどい事をする?)

 

 あの二百が尖兵隊とするなら、その本隊は倍近くの数がいるはずだ。魔女(こいつ)等の手の内を全て見たわけではないが、それだけの数がいるのなら兵力を分散させずに砦を落とすことも十分視野に入れられる。

 別の狙いがあるのか。

 

「カイム。問いに答えたのだからそなたも答えよ。何故、その様なことを聞いた?」

 

 思案に耽っていると、苛立ちを隠そうともせずにハリガンが問い返してきた。

 

「奴等、此処を落とす気が無いぞ」

 

「…何?」

 

「へぇ、そりゃどういった了見だ?」

 

 ナーガが馬から離れて話に入ってきた。

 

「……盾兵がいなかったからな」

 

「盾兵?」

 

「人間共は吾等と戦う時、大盾を使ってこちらの魔法を防ぐのだ」

 

「あー……あぁ、確かにあんな隠れる場所も無い坂じゃそうするしかないな」

 

 得心がいったようにナーガが相槌を返した。

 

「理解が早くて助かる。…それで、本当にいなかったのか?」

 

 ハリガンが再度聞いてくる。

 

「盾は、幾つか残っていた荷馬車の内の一台に5つほど積まれていただけでした」

 

 答えたのはアイスだった。気付くと他の魔女達も全員こちらに集まっていた。

 

「“とりあえず持ってきた”だけって感じだな…。となると、次はカイムが言ってた本隊が来るか」

 

 ナーガの言葉に魔女達が動揺して騒ぎ始めるが、

 

「静まれ。その事についてもお主から直接聞きたかった。奴等の本隊がいる確証はあるのか?」

 

 ハリガンがそれを制して俺に問い質してきた。

 

「…殺した指揮官がそう言いながら兵士を逃がしていたからな。逃げて行く奴等の方向にも一貫性があった。間違いなくいる」

 

「次から次へと……」

 

 俺の答えに頭を抑え、呻くようにハリガンは声を洩らした。

 

「早く他の皆を集めなきゃ!」

 

「そ、そうですよ!急いで他の砦から応援を呼ばないと!」

 

「大丈夫大丈夫。そんなに焦らなくても良いと思うぞ」

 

 焦る風使いと、怯えて増援を呼ぼうとしているノノエルという名の魔女にひらひらと手を振りながらナーガはそう返した。

 

「何でですか!?本隊ってことはさっき下にいた人数よりも多いって事ですよ!幾らなんでも私達だけでは無理です!」

 

 軽く恐慌状態になっているのか、鬱陶しく喚いているノノエルに、いつものように気楽な顔をしてナーガは言葉を紡ぐ。

 

「今までの話し聞いてただろ?カサンドラは此処を落とす気が無いんだ。本隊で来たって精々こっちを調子付かせない為の威嚇と小競り合い程度さ」

 

 目だけは剣のような鋭さと、氷のような冷やかさを宿しているが。

 

「何で、そう言い切れるのよ?」

 

 今度は風使いが噛み付いた。

 

「落ち着いて考えてみろ。簡単な話だぞ?あいつ等には自分達を守る為の盾が無い。砦を攻め落とす為にも絶対に必用なのに、だ。カイムに殺された奴等だって二百もいたのに持ってきてたのはたった五つ。本隊がまぁ…、仮に倍の四百いるとして普段来るのが百だろ?四つの部隊に同じく五つあったとしてもたった二十だ、全然足らん。もし盾を必用数揃えていたなら、そのまま全兵力で(ここ)に向かって来たはずだ」

 

 と、ナーガは締め括った。

 

「……むぅ」

 

 口を尖らせ睨み付けてはいるが、反論は上がらなかった。

 

「まぁ、盾が無くとも損害を無視して突っ込んでくる可能性は無くはないだろうが、そんなのは戦功()に目が眩んだ無能(阿呆)か考え無しの(馬鹿)だ。楽に仕留められる。あれだけ数を揃えておいて態々こんな回りくどい事をする以上、向こうの頭はそういう奴じゃない」

 

「では、すぐにカサンドラ軍が攻めて来ることはないのだな?」

 

 ナーガの言葉に魔女達が聞き入っている最中、ハリガンが疑問を口にした。

 それに対してナーガは目を瞑り「んー」と短く唸ったあと目と口を開いた。

 

「いきなり二百の部隊を潰されてかなり警戒しているはずだ。その上、逃げ帰ってきた奴等から話を聞いて部隊を再編成、物見も出して情報の正誤と統括もするだろうから………早くて二日後位かね?」

 

「…分かった。それだけ時間があるのなら、こちらも十分準備が整えられる。皆、ご苦労だった。ディー、カイムを水場に案内して返り血を落とさせよ。クゥ、リンネ、リンナは念のため引き続き朝まで監視を。他の娘達はそれぞれ休んでよい」

 

 僅かに思案したあと、ハリガンはそう結論付けて、それぞれに指示を出す。

 

「カイムさん、こっち」

 

 ディーが先頭を行き、近くの水場まで案内を始めようとして、

 

「そうそう、カイム!」

 

 ナーガが俺を呼び止めた。振り返ると先程にはない真面目面をしたナーガが俺を見ている。

 

「どうしても聞きたい事があるんだが…」

 

 そう言って親指で後にいる荷馬車を指して、

 

「馬って、あんなにでかかったか?」

 

 などと言い出した。なんだそれは。

 

「言いたいことは分かる。俺も変なことを言っているとは思っている。だが、何でか自分の中で一致しないんだよ。馬ってのはもっとこう……、小さかった印象があるんだ。なぁカイム、この馬でかいよな?」

 

 顔を顰めていると、どうにも釈然としない様子で聞いてくるので仕方なく二頭の馬へ視線を向ける。

 肉付きを見るに駄馬では無いが、名馬と言える程でも無い。体格もそこそこで、どう贔屓目に見積もっても良馬程度である。

 

「…普通だな」

 

 俺の言葉に「そうか…」と溢しつつも、納得出来ないのかまだ首を捻っている。

 今度こそ視線を切ろうとして、

 

「血を洗い落としたら開いた傷も治療しとけよ?膿んだら辛いぞ」

 

 反射的に睨み返す。余計なことを。

 

「心配して言ってんだからそうカッカするなよ。隠したきゃ歩き方にも気をつけな」

 

 周りで目を見開いて俺に視線を送る魔女達を他所に、ナーガは苦笑しながら肩を竦めている。

 

「……湯と布を用意しておくか。後、針と糸もな。血を落としたらさっさと居館に戻って来よ」

 

 ハリガンは呆れ顔でそう言い捨てると、ナーガと他の魔女達を伴い居館へと踵を返した。

 

「あ、あの、カイムさん?は、早く行こうよ…」

 

 顔を顰めている俺に怯えているのか、軽く引け腰になっているディーが言葉を詰まらせながら促してくる。

 

「…案内しろ」

 

 ディーにそう返し、今度こそ水場へと足を向けた。

 

 

 

 一方、時を同じくしてカサンドラ陣営では怒号が響き渡っていた。

 

 

 

「貴様もう一度申してみよ!そんな妄言が通ると思っているのか!」

 

「アクレイム、少し落ち着け」

 

「しかしライバッハ殿!「いいから、判断は俺がする」……分かりました」

 

 若手である第五中隊長のアクレイムをなだめながら今一度ミゲルへと問い返した。

 

「話を折ってすまなかったなミゲル。もう一度、一字一句誤らずに述べてくれ。夜営地(あそこ)で何を見た?」

 

 そう促すとミゲルは会議場に来た時と同じ、苦渋と困惑を綯い交ぜにした顔のまま重く口を開いた。

 

「では…、あらためて報告致します。我々第二中隊は夜明けの作戦実行の為、何時ものように斜面の麓で夜営地を構築、休息を取っていました。そこへ、魔女の砦から来たと思しき一人の男に奇襲を受け、彼の者の猛攻を前に反撃することも出来ず……撤退を余儀なくされました。その折にクリフ副官は戦死、ヴィトール中隊長は撤退の指揮を私に任せ、殿としてあの場所に留まったままであります」

 

「警備兵は何をしていた?」

 

 確実に自分にも跳ね返ってくる聞きづらい質問を口にする。

 

「それは………」

 

 言い淀むミゲルへ左右に座っている中隊長(部下)達から非難の目が向けられるが、

 

「……この中で過去、砦攻略戦で警備を怠った兵士を“公”に罰した者は名乗り出ろ」

 

 誰からも声は上がらなかった。

 

「…と、言う事だ。仮に俺を含めて此処にいる誰かがヴィトール殿と変わっていても、結果は変わらんだろうさ」

 

 アクレイムが歯を食い縛りながら下を向く。他の面子も気まずそうに顔を歪めて視線を彷徨わせていた。

 

「警備に関しては間違いなくこちらの落ち度だ。殺し合いをしている以上、全てにおいて余程の事でない限り絶対は無い。知らず知らずの内に俺達が間抜けに成り下がっていただけの笑い話だ………。で、一人で奇襲してきたその男については?」

 

 ミゲルは思い出すように僅かに俯いた後、言葉を紡いだ。

 

「年は二十代、焦げ茶色の髪にまるで戦場の最前線から帰ってきたようなボロボロの衣服、身に付けていたのは長剣(ロングソード)と腕全体を覆うような革製の籠手(レザーガントレット)のみという出で立ちでした」

 

「そいつ、名乗り上げなんかはしていたか?」

 

「…私は聞き及んでおりません」

 

「彼と共に逃げ帰ってきた者達の証言では、カイム・カールレオンと名乗っていたそうです」

 

 今晩の当直に当たっていた第六中隊長のエックハルトがそう補足した。

 

「カイム・カールレオン………この名前に聞き覚えのある者は?」

 

 見渡すが全員が首を横に降っていた。カイムという名前自体、探せば見つかるかもしれない程度には珍しい名前である。

 

「偽名でしょうか?」

 

「可能性としては無くはない。だが、腕利きの密偵や暗殺者で無い限り容姿や風貌までは偽れん。二百人を正面から単騎で相手取って退けるような奴が全くの無名であるはずがない」

 

 この手の話は国内外の騎士や兵士、傭兵を問わず風のように速く、渡り鳥のように広く伝播する。例え得たいの知れぬ凄腕の暗殺者であっても、(それ)からは逃れられはしない。

 一人二人思い当たる者もいなくは無いが、それ等がいるのは大陸の中央の方だ。こんな辺境に来る理由がない。

 

「襲撃に魔女はいなかったのか?」

 

 第三中隊長のホラーツがミゲルに問いかけた。

 

「私は終始見かけておりません。ですが襲撃直後、幾つかのテントや物資が燃やされていたのを考慮するに、先制だけ仕掛けて物陰に隠れたか、砦に引き返したのではと愚考致します」

 

「全く見ていないのか?男への援護もなく?」

 

「私が見た限りでは…」

 

 それを機に暫しの間、会議場に議論と仮説が飛び交った。

 

「ところで、そのカイムとやらはお前から見てどれ程の使い手だった?」

 

 その最中、第四中隊長のイグナーツがふと思い出したようにミゲルへと話を振った。

 

「……凄まじいの一言に着きます。まるで単騎で軍勢と戦う事を前提としている様な戦い方でした。剣の腕も私ごときでは数合も持ちはしないでしょう。下手をすれば奴個人の武力はジュエルジェードに届くやもしれません」

 

「ジュエルジェードときたか…」

 

 旧教会が誇る最高戦力【八八旅団】の旅団長。“あの”化物と同格か。いや、逆に納得はゆく。

 

(【本命】が来るまでの間、魔女共を疲弊させるだけの簡単な任務だった筈なんだがなぁ…)

 

 内心でそう愚痴り、気持ちを切り替えるため溜め息を吐き出した。

 

「ミゲル、ご苦労だった。お前も疲れているだろう?もう休んでいい」

 

 粗方意見も出し尽くしたところでミゲルへ退室を促した。「失礼します」と敬礼をして会議場から出ていくミゲルを見送った後、今回部下(同僚)達を見回し口を開いた。

 

「エックハルト、少しでも情報が欲しい。夜が開けたら偵察隊を出せ。細心の注意を払わせろよ。第二中隊の生き残りは使い物にならんから治療が終わり次第エイン砦まで送ってやれ」

 

「はっ」

 

「ホラーツ、イグナーツ、アクレイム、一時的に部隊を再編成する。出来るだけ早く各自所持する兵科と、その人数を記した書類を提出しろ」

 

『はっ』

 

「第二中隊の弔い合戦でありますか?」

 

 戦意高揚にアクレイムが聞いてくる。

 

「馬鹿を言え、盾が足りん。魔女(向こう)を調子付かせん為に威嚇するだけだ。…まぁ、木の巨人が出てきたら仕留める位はするがな」

 

 そう返し全員を退席させる。

 

(決行は二日後、日が出ている間だけ。…問題は例の男や魔女共が出てきた場合だな)

 

 一人会議場に残り今後について思い耽る。

 

 

 

 翌日、偵察隊からの報告で素っ頓狂な声をあげるとも知らずに。




 今回もオリキャラ(モブ)がオンパレードです。
 以下、このような感じです。

第一中隊長 兼 臨時大隊長ライバッハ(原作)
第一中隊副官シリーエス(原作)

第二中隊長ヴィトール(モブ)戦死
第二中隊臨時副官クリフ(モブ)戦死
第二中隊副官 兼 臨時補佐ミゲル(モブ)

第三中隊長ホラーツ(モブ)

第四中隊長イグナーツ(モブ)

第五中隊長アクレイム(原作)

第六中隊長エックハルト(モブ)

 一巻の内容では、もうこれ以上モブキャラは出ないのでご安心下さい。プロットでは二人ほどだったんですが………本当にどうしてこうなった(泣)。

 残りの年内は全て、書いてきた文章の追記修正になると思います。気が向いたら年明けにでも一章一節から読み直して頂ければ幸いです。
 読者の皆様この一年間ありがとうございました。
 来年からもチマチマ書いて行きますので今後とも「堕ちてきた元契約者は何を刻むのか」をよろしくお願いいたします。

 では、また来年お会いしましょう。


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第一章十一節 結論 (編集中)

 今年もよろしくお願いいたします。

 前回、年末中に全話追記修正すると言いましたが、諸事情で大怪我をしてしまい。更には風邪をひくダブルパンチでモチベーションがマリアナ海溝まで落ちていました。
 ですので先に書き上げられるこちらを投稿した次第です。ええ、言い訳ですね。すみません。
 今回、時系列が飛び飛びになっています。簡単に説明すると現在→過去→未来の順です。
 それと、今回序盤でポエマーでセンチメンタルな王子が登場します。お気をつけ下さい。

 では、さらっと読んでください。


 

 

 

「━━━…」

 

 鼻孔をくすぐる香りに目が覚めた。

 衣服だけを身に付けて薄布と雑多な物で無理矢理仕切られた男用の寝床から出る。

 本来なら寝起きの軽い運動も兼ねて素振りでもするのだが、忌々しいことに剣はハリガン(説教魔)に取り上げられてしまった。

 

(…)

 

 とはいえ傷の完治には今少し時間が掛かるし、無理に体を動かそうものなら確実にあの喧しい小言が飛んでくる。

 

(……)

 

 かといって寝直す気にもなれず、この手持ち無沙汰をどうするかと僅ながら悩む。

 

(………)

 

 まぁ、気晴らしに少し外へ出るくらいならいいだろうと早々に結論付けて寝室の出入口へ足を向けた。

 何とはなしに視線を横に向けると、並べられている寝台に魔女が三人ほど寝入っている。昨夜から監視役をしていた奴等か。

 一人は布にくるまる様に寝ており、残りの二人は寸分違わぬ同じ格好で布を軽く蹴飛ばしている。

 いくら双子とはいえ、ここまで寝相が似るものなのかと一瞬疑問が頭を過ったが、それを振り払い扉の取っ手へと手を掛けた。

 そのまま寝室から広間に出ると鼻孔をくすぐっていた香りの正体を知る。飯を作っていたのか。

 

「あ、えと……その…カイムさん、お、おはようございます」

 

「…おはようございま、す」

 

 外への出入口から少し離れた場所に備えられている小さな厨房で飯の支度をしていたノノエルとレラが俺に気づいて挨拶をしてくる。

 こちらもおざなりに返事を返して外へ向う。

 

「あ、ぁの!姉様から、その、ええと、カイムさんを外へ出すなと言われているんです…」

 

 扉を開ける直前、まるで栗鼠の様におどおどしながらノノエルが俺に制止をかけて、

 

「で、ですから寝室に戻るか、そちらの椅子に座っていただけないでしょうか?」

 

 なんとも申し訳なさそうにそう促してきた。

 

「…少し、外の空気を吸うだけだ。すぐに戻る」

 

「ですけど…」

 

「それなら、ついでに食事の支度が出来たと報告してきてくれませ、んか?望楼にいるセレナに言えば姉様達を呼び戻してくれま、す」

 

 俺とノノエルのやり取りを見兼ねたのか、レラがそう提案してきた。

 

「………わかった」

 

「お願いしま、す」

 

 口調こそ丁寧だが、向けてくる視線には警戒心がありありと宿っていた。

 出会い頭が“ああ”だったのだからこの態度も必然といえるし、俺も関係を改善しようとも好かれようとも思っていない。

 俺と魔女共の関係は利害の一致による共闘だ。それ以上でも、それ以下でもない。

 レラに言われた通り望楼の梯子を登り見張り台まで行くと、端の方に設置されている小さな鳥小屋でセレナが数羽の伝書鳩を世話していた。

 

「カイムさん?おはようございます。どうしたんですか?」

 

「言伝てだ。飯の準備が出来たそうだ」

 

 そう言うと、セレナは太陽の位置を確認して頷いた。

 

「そんな時間でしたか。分かりました。今、姉様達に知らせます」

 

「あいつ等は?」

 

「昨日、と言うか寝る前に話していた通り斜面の麓にいますよ」

 

 それを聞いて見張り台の斜面の見える手摺へと向かう。

 そして、

 

━━━そこから見える景色に暫し目を奪われた

 

 何処までも見透せそうな澄み渡った青空。浮かぶ雲は上質な絹のようで、決して空を汚すことなく更にその青を栄えさせている。

 下を見下ろせば茫洋として少し起伏のある荒野。人の手で荒れたのではなく、自然とこうなったのであろうそれは己の雄大さを誇るように見せつけてくる。

 その先に荒野と同じく広がる森林は、此方の森と同じく青々と繁り、合間を流れる大河は日の光を反射して白く輝くことで大地に華を添えている。

 続く大地の最奥には、残雪を残した高峰が外界を遮るように連なっていた。

 

(あぁ…、違う)

 

 昨夜は月明かりしか無かった為、殆ど何も見えず分からなかったが、ここに来て、初めて、俺は異世界に来たのだと実感させられた。

 違う、違いすぎる。此処は、この世界は【生きている】。病魔に冒されるように、徐々に【死に絶えていった】あの世界ではない。

 

(「あいつ等」もこの世界に来ているのだろうか?)

 

 自分がこうやって来ているのだ。その可能性は十分にある。

 それとも、まだあの赤い世界で竜共と戦っているのだろうか。

 力及ばず竜共に━━━━━━、

 

(………)

 

 目を瞑り、頭の中を全て振り払う。もう、俺には関係の無いことだ。

 今更なにを、

 

「どうしました?」

 

 いつの間にかセレナが一羽の伝書鳩を携えて俺の隣に来ていた。

 

「……何でもない」

 

「?。…ほら、行っておいで」

 

 そう言って伝書鳩をハリガンの下へと送り出す。脚には書簡ではなく色の付いた布切れが巻かれていた。

 鳩が飛んでいった先ではハリガン達が死体の処理をしている。数が数なので焼くよりも幾つかの大穴を掘って埋めているようだが。

 そこには一際大きなモノが穴を掘り、埋めていた。

 

「…【木巨人(ゴーレム)】か」

 

「ゴーレム?……あぁ、木偶人形の事ですか。すごいでしょ!姉様が操っているんですよ」

 

 誇らしげに胸を張るセレナを尻目に、俺の脳裏には耳障りの良い建前を口にする子供(セエレ)と、それを守護する土塊の巨人が過った。

 ただ、細かく指示を出している所を見るに、ダニ共が使役していた自我の無い“それ”に近い様だが。

 

「カイムさんがいた場所でも木偶人形(ああいうの)っていたんですか?」

 

 好奇心を目に宿してセレナが聞いてくる。

 この砦にくる途中でもそうだったが、狭く閉じられた魔女達の世界では“この手の話”は誰もが興味を持っているようだ。

 

「いたな。何体か切り伏せもした」

 

 向こうは木ではなく岩だったが。

 

「………え゛?」

 

 顔を引き攣らせて驚いているセレナを無視して下を観察していると、伝書鳩がハリガンの下へたどり着いたようだった。

 遠目なので分かり難いが、こちらに向けたハリガンの顔は歪んでいるように見える。

 

「カ、カイムさん?キリフセタって、もしかして一人で…「先に戻っている」ちょ!?カイムさん━━━!」

 

 喚く声を背に望楼を後にする。これ以上此処にいても良いことはない。

 ハリガン(あれ)の小言は、あの【妖精(フェアリー)】程ではないにせよ煩わしい。

 それに、この後は忙しくなる。ナーガが提案した【策】を実行するのなら俺も力仕事以外で駆り出されるだろう。

 

(手並み拝見だな)

 

 次の戦闘では“直接戦うことのない”俺はそう思いながら居館へと戻っていった。

 

 

 

「まったく、お主は━━━」

 

「あぁ…」

 

 開いた傷の手当てしているカイムとそれを手伝っているハリガンとケイを見ながら、俺は次に来るカサンドラ軍の事を考えていた。

 

「…だいだい、お主は━━━」

 

「そうだな…」

 

 おそらく次は威嚇だけだ。此方も手を出さなければ向こうも仕掛けては来ないだろう。

 

「そ・も・そ・も、お主は━━━」

 

「悪かった…」

 

 そうすればお互いに被害は出ない。だが、それでは此方が不利になるだけだ。

 

「それなのに!お主は━━━!」

 

「重々承知した…」

 

 奴等の狙いは何だ。(ここ)を落とさないのは何故だ。時間稼ぎをして何の利がある。何かを待って、

 

(ん?何かを“待っている”?………あっ、)

 

━━━やべぇな

 

「~~~~━━━!」

 

「………」

 

「なぁ、もうその辺で許してやれよ」

 

 流石に聞き流すのも疲れてきた。というかカイムの奴、自分の棒読み(言葉)がハリガンを焚き付けていると気づかないのだろうか。

 

「何故だ!?この馬鹿者には今、此処で、きちんと灸をすえてやらねばならぬ!」

 

「カイムとて悪気があってやった訳じゃない。結果だけを見ればそいつの傷が開いただけで、二百もの軍勢を退けたんだ。俺達の完勝だよ、か・ん・し・ょ・う」

 

「ぐっ、しかし…」

 

「ほれ、カイムも」

 

 そう言ってカイムに振る。っておい、何でそんなうんざりした顔してんだ。こちとらお前のために言ってやってるんだぞ。

 

「……すまなかった。勝手に先走ったことは謝る。今後はお前の指示に添うように行動する」

 

(だから棒読み(それ)を何とかしろ!)

 

「………………次は無いぞ?」

 

「………分かっている」

 

 そこは即答しろ馬鹿野郎。っていうか何だ、見せつけやがって。美女と美少女(別嬪達)が甲斐甲斐しくお前の世話をしてんだぞ。少しは鼻の下を伸ばすか嬉しそうにしやがれ。枯れてんのか。女に興味ないのか。まさかおと、

 

(………いや、止そう)

 

 一瞬、頭を過った“最悪の結論”を消すために頭を振ると、気を取り直して口を開いた。

 

「皆、少しいいか?」

 

 俺の一言で全員の視線がこちらに向く。

 

「さっきも言ったように早くて二日後にはカサンドラ軍の本隊がやって来る。奴等の目的は俺達を調子付かせないための威嚇だ。こっちが手を出さなければ、おそらく向こうも出してこない」

 

 まず、再確認も込めて話を切り出す。

 

「そうだったな。吾等も下手に仕掛けて被害を出す必要はない」

 

 ハリガンが頷きながらそう返してくる。

 それに対して俺は、

 

「その上でだ、単刀直入に言う。その本隊を“潰したい”」

 

「………どういうことだ?」

 

 ハリガンの声は低く、目も鋭く細められている。

 

「間違いなく奴等は“何か”を狙っている。その“何か”は時が経てば経つほど俺達にとっては不利になる事柄のはずだ。そうなる前に奴等を撃退して、その企ての芽を摘みたい」

 

「ナーガさんの考えすぎで、は?」

 

 レラがそう口にするが、俺の中ではそれは否だ。

 

「あぁ、これは俺の想像で妄想だ。だが、カサンドラ…っていうか人間は魔女(あんた等)を滅ぼすつもりなんだろ?あれだけ人数を集めてやることが何時もの小競り合いじゃ割に合わん。この戦(これ)はあんた達を滅ぼす為の工程(下準備)だ」

 

「じゃあ、あいつ等の“何か”って何なのよ?」

 

「流石にそこまでは分からん」

 

「…馬っ鹿じゃないの。自信満々に言っといてなによそれ?」

 

「あー…すまん」

 

 こちらを小馬鹿にしてくるユウキに謝るが結論はもう出ている。

 だが口にはしない。今は目の前の事に集中させたいし、二百四百でこの騒ぎなのだ。

 馬鹿正直に話して大騒ぎになったあげく、こっちの話が有耶無耶になるのだけは避けたい。

 

「ハリガン、最後の判断はあんたに任せたい。どうする?」

 

 そう締めくくり、ハリガンを見る。できれば首を縦に振らせたいが向こうがどう出るか。

 暫しの間ハリガンは目を瞑り、開くと厳かに問いかけてきた。

 

「………吾の問いに答えよ。一つ。勝てるか?」

 

「勝てるとも。勝たせてみせる」

 

「ほう、随分な自信だな?」

 

「でなけりゃ言わん。だが、相応の危険は覚悟してくれ」

 

「二つ。どの様に戦う?」

 

「ちょっとした“小細工”と、あんた等の魔法で戦う」

 

「そこは「自分が戦う」と言わんのだな…」

 

「カイムみたいにか?己の分相応は弁えてるつもりだ。俺にはそいつの真似事はできん。…だが」

 

 自分の頭を指で突つき。

 

「そいつが【武】を以て奴等を退けたのなら、俺は【智】を以て奴等を退けてみせよう」

 

「大きく出たな。…三つ。もし失敗して、その上こちらに死者が出たらどうするつもりだ?」

 

「その時は八つ裂きにするなり、谷に落とすなり好きにしてくれ。言い訳も抵抗もしない」

 

「ふむ…。最後だ。何故、そこまでする?」

 

「最初に会った時に言った筈だぞ?右も左も分からんこの世界(場所)であんた達は俺を救ってくれた。ならばその恩に少しでも報いたい」

 

 それを最後に暫く俺とハリガンは見つめ合う。向こうは探るように、俺は嘘偽りないと示すように。

 重苦しい空気の中、カイム以外は不安そうに俺とハリガンを交互に見ている。

 

「……くっ、くくっ」

 

 沈黙を破ったのは向こうだった。

 

「くくくく、あーはっはっはっ!」

 

 突然笑いだしたハリガンにこの場にいた魔女達は目を白黒させる。

 

「あ、姉様?」

 

「ぷっ、くふふふ…。いや、すまぬ。少しでも言葉を濁したり、目を背けるようなら即座に却下していたが、これはこれは。くくく、良いだろう。お主の言う通り、あやつ等と一戦交えようか!」

 

「有り難き幸せ」

 

 頭を下げる。

 

「………ではなかった」

 

「?。何て言ったんだ?」

 

 ぽつりと呟いたその言葉はうまく聞き取れず、聞き返してもハリガンは「何でもない」と濁すばかりだった。

 

「では、お主の策を聞かせよ。吾等は何をすれば良い?」

 

「あーっと、その問いを問い返して悪いんだか」

 

 俺を信じて策を任せてくれたのなら、全身全霊をかけてやってやろう。

 俺は顔に不敵な笑みを浮かべて、

 

「あんた等、何ができる?」

 

 

 

「…はぁ?」

 

 日が傾き、空を赤く染め始めた頃、帰ってきた偵察隊の報告に我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「あー………すまん。年のせいか、耳が少しおかしくなったようだ。もう一度言ってくれ」

 

 そう促すと偵察隊の隊長は何とも形容しがたい顔つきのまま口を開いた。

 

「心中お察しします。…我等が斜面の麓に到着した時には既に死体は埋葬されていました。その上、魔女共は砦へと繋がる斜面に【防護柵】を建築していたのです。一つや二つではありません」

 

 防護柵は一定の間隔で斜面半ばまで作られていたらしい。できれば幻聴であってほしかったが、どうやら現実は非常なようだ。

 そして、魔女共は偵察隊(こちら)を追い払うこともせずに黙々と柵を作っていたと報告を締めくくった。

 

「それと、遠目ではありましたが男の姿も確認しました」

 

「噂のカイムとやらか。どうだった?」

 

「それが……、ミゲル殿から聞いていた情報とは全く一致していませんでした」

 

「何だと?」

 

 またしても予想外の報告に眉を顰める。

 

「どんな奴だった?」

 

「はっ、遠目からだったので細部までは分かりませんでしたが、十代程の若者で髪の色は黒、身に付けている衣服は何と申しましょうか……色鮮やかな、神官が着る衣のような物を纏っていました」

 

「………」

 

 額に手を当て考える。どういう事だ。男がいるのは間違いない。件の防護柵もそいつの入れ知恵だろう。

 あのミゲルがホラを吹く理由もない。

 だとしたら、男は、

 

「二人いるのか………?」

 

 そんな結論が呟きとともに口から漏れた。

 

「ライバッハ殿?」

 

「…何でもない。ご苦労だった。明日は本陣(ここ)の番を任せたぞ」

 

 部隊を割いて第二中隊の生き残りをエイン砦に送っている第六中隊は、その数を半分まで減らしていた。

 故に、明日は後詰めとして本陣に駐留することになっている。

 

「はっ、お任せください。では失礼します」

 

 偵察隊の隊長が天幕を出ていった後、俺は天井を仰ぎ、本日何度目になるか分からない溜め息を吐き出した。

 

(何もかもが非常事態だ。………嫌な予感がする)

 

 昔から、こういった時の“(それ)”は外れたことがない。

 

(だが今更退けん。やはり第一中隊(俺達)が先陣に立つべきか?)

 

 中隊長になって日の浅いアクレイムでは少々不安が残る。だが、あいつの意気込みや面子を潰しては今後に支障が出るかもしれない。

 主に貴族()からのやっかみで。

 

(まったく、こういう時【外様】は辛い)

 

 クリフ(ボンボン)が死んだことで降格は確定だが、これ以上の失態は下手をしたら物理的に首が落ちかねない。

 答えの無い答えを頭の中で解きつつ、胸に湧いた不安を押し殺す。

 

 

 

 そして翌日、魔女とカサンドラ軍の二度目の開戦が静かに幕を開けた。




 次回はいよいよ第二戦です。
 何度か申し上げていますが、この作品に出てくる。戦術、戦略等は作者の浅い知識を元にしたファンタジー○○です。余りハードルを上げずにお待ちください。
 後、ゴーレムの当て字は作者の弱い頭ではこれが限界でした。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章十二節 不退 (編集中)

 な、何とか書き上げました。
 やはり戦闘シーンを入れると執筆時間が通常の倍以上かかってしまいます。
 書いていく内に話が原作からズレ始めたのでタグを追加しました。
 そして、ここからはずっとナーガのター


 

 

 

 朝日の光が世界を照らして空を青く染めきった頃、カサンドラ軍の本隊は姿を現した。

 

「…来たな。ハリガン、向こうの数と兵装は?」

 

 ナーガの問いに遠眼鏡から目を離さずハリガンは口を開いた。

 

「少し待て。………やはり最初の倍程はいるな。四つの部隊が縦に並んで真っ直ぐこちらに向かって来ておる。最前は長槍に大盾。その後ろに弓を持った奴等が編成されていて、残りは……予備の人員と荷物持ちだな」

 

「良し、ここまでは予想通り。リンナ、伝達を頼む。『変更は無し、手筈通りにいく』と伝えてくれ」

 

「はい」

 

 リンナは返事を返すと目を瞑り、己の片割れに今の情報を伝えている。

 この双子の魔法は五感の【強化】と【共有】。今回の様な伝令を始め、斥候や偵察等に置いても重宝できる能力だとナーガは高評していた。

 それはそうだろう。

 「俺達も」そうだったが、双子のみという制限は付くものの、片方が見聞きしたモノ、又は経験した事柄を即座にもう片方へ知らせる事ができるのだ。

 応用すれば今のように“伝令を走らせる”時間をも省略させられる。

 戦場において、その情報伝達の速さは選択肢の数へと繋がり、それが勝敗を決することも少なくはない。

 

「ところで、作った柵は本当に“あれ”で良かったのか?時間が無かったとはいえ、もう少し何とかできたとは思うが…」

 

「“あれ”で良いんだよ。確かに下手をすればあいつ等の命を必要以上に危険にさらす事になるかもしれんが、上手くいけば“一撃でこの戦を終わらせる事が出来る”」

 

 仲間が心配なのか僅に不安を顔と声に出しているハリガンとは真逆に、ナーガは自信に溢れた顔で返答すると下を眺めていた。

 後詰めとして望楼に待機しているのは俺を含めてハリガン、ナーガ、レラ、リンナ、ディー、セレナ、エレオノーザの八人で残りは全て斜面の配置場所で待機している。

 

「さて、っと…じゃあハリガン、【先鋒】は任せたぞ」

 

 こちらがあれこれと話している間にカサンドラ軍は斜面の麓近くまで迫っていた。

 

「あぁ、任された。…『ハリガン・ハリウェイ・ハインドラが命ずる。起てよ、木偶。吾が力を以てその命に替えよ』」

 

 ハリガンの呪文と共に【木偶人形(ゴーレム)】が動き出し、カサンドラ軍へと襲い掛かった。

 

 

 

「……隊長」

 

「おーおー、これはまた…」

 

 シリーエスと共に苦笑とも呆れとも取れない声が口から溢れた。

 偵察隊からの情報で聞いてはいたが、実際に見てみるとその違和感は拭えない。

 これが傭兵崩れの盗賊団退治や隣国との小競り合いならそうでもないのだが、辺境の辺境(田舎の更にド田舎)に棲む魔女ともなると話が違ってくる。

 手を貸している男の指示ではあろうが後にも先にもこんな“戦術的な”行動を取った魔女を俺は知らない。

 こう言っては何だが魔女共の戦い方はある意味“原始的”である。

 即ち、【魔法】による【力押し】だ。

 

 例えば木の巨人の進撃による蹂躙戦。

 例えば風や火による広範囲の遠距離戦。

 例えば常軌を逸した怪力による近距離戦。

 

 戦う距離や状況に応じて奴等も魔法を使い分けてくるが逆に言えばそれだけだ。俺達がやるような戦術(こと)は今まで何一つやってはこなかった。

 それでも今日まで魔女を滅ぼせなかったのは軍隊の動きが制限される斜面(地形)や奴等の魔法が人間(こちら)の力を上回っていたからに他ならない。

 

「それにしても随分急拵えで作ったみたいだな」

 

 砦から斜面中腹まで防護柵を作った事には驚いたが、その出来は遠目から見ても粗末な物であり、柵の他には丸太で作られた大きめの【矢避けの盾】が疎らに配置されているだけだった。

 

「その様ですね。数はありますが柵も盾も形や大きさが安定していません。………ですが」

 

「あぁ、魔女(レディ)殺る(踊る)気満々だ。ここで断っちゃあ男が廃る」

 

 視線の先には砦攻略の最初の障害である木の巨人が鎮座していた。

 普段なら俺達が斜面を登り始めてから出てくるのだが、今回は一番手前の柵の前で待ち構えている。

 そして斜面の麓に着いた時、木の巨人はゆっくりと動き出した。

 それと同時に俺も大きく息を吸い込むと、

 

「…全隊戦闘準備ぃ!調子に乗ってる異端者共に!カサンドラの強さを思い知らせてやれぇ!」

 

『おおおぉぉぉぉぉぉー!』

 

 鬨の声と共に迫り来る巨人へと進撃した。

 

 

 

「陣形を組め!此度の戦力は我々が上だ!恐れず進めぇ!」

 

 ライバッハの号令を受けて先鋒を務める第五中隊長のアクレイムは己の部隊へと令を発した。

 鬨の声を上げていた兵士達は速やかに行動に移る。

 七十名からなる槍兵は密集陣形(ファランクス)を組み、三十名からなる盾兵はその後ろで何時でも動ける様に身構えると前進を始めた。

 

「総員、弓を持て!矢を番えろ!…行くぞ!」

 

 第五中隊が動き出したのを見て、二番手に位置する第三中隊長ホラーツも動き始める。

 百名全てが弓兵で構成されたホラーツ率いる第三中隊は令に従って構えを解いたまま弓矢を番える。

 そして第五中隊との距離を4ヤルド(約10メートル)程空けてると、後ろに控える第一中隊、第四中隊を伴い前進を開始した。

 

 

 

「全隊、止まれ!」

 

 再びライバッハの号令で木の巨人との距離が22ヤルド(約60メートル)までに縮まると、軍隊は進撃の足を止める。

 

 第五中隊の槍兵は踏ん張れる様に重心を下げると長槍を木の巨人へと向け、

 

「構えぇ!」

 

 第三中隊はホラーツの令で弓矢を構えた。

 下からの射撃なので射程距離が幾らか短くなっているが、百名(この数)による一斉射を二・三喰らわせてやれば第五中隊と衝突する前に仕留めることも可能だろう。

 木の巨人が近づき、弓兵は弓を引き絞る。

 

「外すなよ!」

 

━━━有効射程距離まであと6ヤルド(3歩)

 

「まだだ!まだ引き付けろ!」

 

 

━━━あと4ヤルド(2歩)

 

 

「まだだぞ!」

 

 

 

━━━あと2ヤルド(1歩)

 

 

 

「まだ!」

 

 

 

 

━━━射程内(入った)

 

 

 

 

「はな「ぐげ!」「がっ!」「だばぁ!」!?」

 

 ホラーツが一斉射の令を発するのと同時に数人の弓兵が頭や体から血を噴き出して倒れた。

 

(何だ!?何処から!?)

 

 あまりの事にホラーツの声は途切れ、倒れた弓兵を中心に動揺が広がった。

 完全に虚を突かれ、一呼吸程、第三中隊の動きが止まる。

 

「ぶへ!」

「ぎゃ!」

 

 それが致命となった。

 更に二人倒れる。今度こそホラーツの目に原因が写った。

 

「魔女だと!?」

 

 手前の柵の辺りに幾つか設置されている矢避けの盾から数人の魔女がこちらに向かって礫を投げつけていた。

 いくら斜面の上を取っているといっても55ヤルド(約150メートル)近く離れているのである。普通ならそんな距離を投げただけでは当てるどころか届きすらしない。

 だが、魔女共はそんな常識など知らないとばかりに長弓の矢のごとく第三中隊(こちら)を狙って礫を放ってきた。

 その現実に更に一呼吸程、頭が混乱する。

 

━━━そして目の前の巨人へ意識が戻り

 

「(しまった!)怯むな!目標、木の巨人!放てぇ!」

 

 思わぬ奇襲に期を逸してしまい、木の巨人を第五中隊へ近づけすぎてしまった。あの距離では味方を巻き込んでしまう為、二射三射が放てない。

 それでも一矢報いようと矢を放つが、

 

「『息吹け風よ荒べ風よ堅牢なる壁と生りて迫る悪意を阻め』」

 

 突如、木の巨人の前に風が吹くと嵐のごとく荒れ狂い、殆どの矢を反らしてしまった。運良く当たった矢も二割弱にすら届かない。

 ユウキの風魔法である。

 

 

 

「流石ユウキ!ドンピシャだったぜ!」

 

 矢避けの盾から半身を出してケイがはしゃぐ様にユウキに賛辞を送ると、他の魔女達も同じように彼女を褒め称えた。

 それに対してユウキは盾の裏側に背を預け、「ふぅ」と一息つくと、

 

「当たり前よ…って言いたいけど運が良かっただけ。あんな距離で【あれ】使うの初めてだもん」

 

 そんな風に口を開いた。賛辞への照れや成功した安堵により目や口元が僅に緩んでいる。

 

「その運も実力の内よ。リンネ、ナーガさんから新しい指示は来た?」

 

 そう言ってユウキに微笑んだ後、今回前線での指揮を任されているアイスはリンネに確認をとる。

 

「ううん、特にないよ。このままで良いみたい」

 

 リンネの返答にアイスは頷くと仲間達へ声を掛けた。

 

「皆、まだ戦いはこれからだから気を抜かないで。ケイ、クゥ、あまり彼等を“殺し過ぎない様にね”?」

 

「わかっ(てるって!)た」

 

 僅に緩んだ空気を締め直すと、自分と同じく投石を行っている二人に注意を促した。そして、アイスは盾から顔を覗かせる。

 視線の先では木偶人形がカサンドラ軍の兵士に襲い掛かっていた。

 まず、初戦を制したのは魔女だった。

 

 

 

(くそ!やられた!)

 

 アクレイムは内心でそう愚痴りながら顔を歪める。まさか木の巨人の他に魔女まで出張っているとは思わなかった。

 しかし、よくよく考えれば防護柵の他にも矢避けの盾という隠れる為の大きな【遮蔽物】まで作られているのだ。

 後ろの弓兵隊の前に盾兵を配置することも出来たはずなのにと、必要以上に目の前の巨人(怪物)に気を取られ過ぎてしまった事を後悔する。

 

「槍兵突撃!これ以上あのデカブツを前に進ませるな!」

 

『おおぉぉぉー!』

 

 アクレイムの号令に密集陣形(ファランクス)を組んだまま槍兵が走り出す。

 

 木の巨人も迎え撃つ為の両腕を振り上げるが、その巨体のせいか動きは緩慢である。腕を振り下ろすよりも先に三十五もの長槍がその全身を刺し穿った。

 一度に大量の鉄を射し込まれた事により魔力の循環が一瞬途絶え、その間木の巨人の動きが停止する。

 

「押し返せぇ!」

 

 アクレイムの令に兵士達は手足に更に力を込めるが、停止から復帰した木の巨人は腕を振り下ろした。

 己を穿っている槍の柄をへし折りながら手前にいる槍兵を叩き潰す。

 密集していた為、逃げることもできなかった数名の槍兵は柔らかい果実を潰した様な音と共に圧死する。また、その時の衝撃により周りにいた兵士達も土煙と共に吹き飛び、前方の陣形は瓦解した。

 

「ゲホッゲホ、畜生………がっ!?はっ、放かぱぁ!?」

 

 土煙の中、吹き飛ばされて起き上がろうとしていた槍兵の一人を木の巨人は片手で捕らえるとそのまま握り潰した。そして、その死体を後方に残っている兵士達へと投げつける。

 投げつけられた槍兵がまた数名吹き飛んだ。それによって怯んだ兵士達を今度は横から薙ぎ払おうと木の巨人は腕を振りかぶる。

 

「お前等どけぇ!」

 

 腕が振るわれる瞬間、三名の盾兵が木の巨人と槍兵の間に割って入ってきた。

 木の巨人の腕が当たる直前、盾兵達は大楯を重ね合わせ、歯を食い縛り、手足に全身全霊の力を込める。直後、途轍もない衝撃が全身を襲う。

 

「━━━━━━!」

 

 骨が芯から軋み、肉と血管の千切れる音を聞きながら体ごと吹き飛びそうになる意識を彼等は必死に繋ぎ止めた。

 大楯がひしゃげ、地面を1ヤルド(2.7メートル)程抉りながら後退するも、盾兵達は攻撃を受け止めた。

 木の巨人は、ならば槍兵の時の様に上から叩き潰そうともう片方の腕を振り上げようとして、

 

「させるかよ!」

 

 残っていた槍兵達がその腕に長槍を突き立てた。

 全身ではなく腕一本に集中して槍を穿たれた為、魔力の循環が完全に断たれた腕は力無く落ちる。

 

「足を狙うぞ!私に続け!」

 

 追撃とばかりにアクレイムが先陣を切って木の巨人に肉薄すると、己の剣を足に突き入れた。

 

「今だ!隊長に続けぇー!」

 

 好機と捉えた兵士達もアクレイムに続く。

 

 ある者は持っている剣やナイフを、

 ある者は折れた槍の穂先を、

 ある者は地面に刺さっていた矢を、

 

 そして、木の巨人の体が地面へと叩きつけられた。

 

「よくやったアクレイム!…構えぇ!」

 

 ホラーツが号令を掛ける。魔女達が邪魔をしようと礫を放るが、弓兵達の前に展開した盾兵によってそれは阻まれた。

 

「総員退避!」

 

 アクレイムの指示に兵士達は急いで木の巨人から離れる。負傷している仲間に肩を貸し、動けない同志を担ぎながら。

 

「放てぇ!」

 

 放たれた矢の雨は今度こそ木の巨人(怪物)へと命中し、その仮初めの命を断った。

 

 

 

「…やった、やったぞ!」

 

 一人の兵士のその言葉を皮切りにカサンドラ軍に勝鬨の声が上がる。

 

「まだ気を抜くな!あそこにいる魔女共も追い払うぞ!ホラーツ、アクレイム、負傷者を下がらせろ」

 

 ライバッハの声がそれをかき消し指示を出すと、下がってきた兵士達と入れ替わりで補充兵を送る。

 

「後は魔女共だけだ!盾兵、前へ!」

 

「殺られた仲間の仇をとるぞ!矢を番がえ!前進!」

 

 指示を受けたホラーツとアクレイムもまた戦術を対魔女へと変えた。

 

 一方、魔女達も木偶人形の停止を見た後、それぞれ言葉を交じ合わせていた。

 

「姉様の、木偶人形、動かなくなった」

 

「もう少し削れるかと思ったけど、そう上手くは行かないものね」

 

 クゥの言葉にアイスは少し残念そう言葉を返す。

 

「いい感じに調子に乗ってるわね。…上等よ!」

 

「おいユウキ、張り切るのは良いけど程々にな?」

 

 勝鬨を上げているカサンドラ軍を見て闘志を燃やすユウキをケイは呆れながら戒める。

 

「ここからが本番ですね。…だ、だだっ大丈夫でしょうか?」

 

「まぁ、成るように成るんじゃない?………っと、皆、ナーガさんから指示が来たよ!」

 

 消極的なノノエルに対して楽天的な答えを返したリンネは仲間に新たな指示を知らせた。

 魔女とカサンドラ軍の戦いは次の局面へと移ってゆく。

 

 

 

『よし』

 

 

 

 その最中、上と下からこれまでの戦況を観察していたナーガとライバッハ(二人の男)は同じ瞬間、

 

『ここまでは想定通り』

 

異口同音でそう呟いた。




ンだといつから錯覚していた?

ナーガ「!?」

 と言うわけでカサンドラのターンでした。
 俺tueeeもそこそこ好きなんですが、やっぱり敵も魅力的に書きたいよね?ってことでこんな有り様になりました。
 作中で1/10でも表現出来て読者様に伝わっていれば嬉しいのですが…。
 tueeeを期待していた読者の皆様にここでお詫び申しあげます。
 この後は、九節のケイの口調を全面的に直します。明日の夕方迄には直っているは………ず?

 出てきた木偶人形なのですがイメージとしては大きさはDODのゴーレムと同じか一回り小さく、オーガの様な体型をしていると思って下さい。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章十三節 攻防 (編集中)

 遅く…なりました………。申し訳……ありません。
 文才無い上に………苦手な戦闘シーン……、これが…精一杯です。
 どうぞ…、あまり………期待せずに…お読み……下さい。


 

 

 

「…“繋がり”が切れた。ここまでだな」

 

 伏せていた目を開け、ハリガンは小さく息を吐き出した後、ぽつりと呟くように口を開いた。

 斜面へと視線を戻すと、その先では矢の雨を降らされ完全に停止した木偶人形(ゴーレム)が横たわり、カサンドラ軍の兵士達が勝鬨を上げている。

 

「よし」

 

 その様子を尻目にナーガは、

 

「ここまでは想定通り」

 

 ハリガンに労いをかけるでもなく、視線を斜面に固定したままそう言葉を発した。

 

「吾としては中々に不本意な戦果なのだがな?」

 

 言葉通りなのだろう。ハリガンはナーガの言葉に拗ねた様な口調と半目を向ける。

 大雑把な目算で向こうの被害は全体の約一割程だろうか。

 

「いいや、【理想的な負け方】だ。そも、幾ら強大な力を持っていようと個で出来ることなんぞ高が知れてる。大方は今みたいに群に押し潰されるのが常だ」

 

「………」

 

 ただ事実のみを直視したナーガの物言いに言い返そうと口を開きかけたハリガンだが、魔女(自分)達の歴史(今まで)を思い返したのか口惜しそうに顔を歪めるだけだった。

 対してナーガは口元を歪めながら言葉を続ける。

 

「だが、今回はこれでいい。向こうさんの被害も程好いし、それ以上に士気が上がっている。後はどれくらい“勢い”を引っ張れるか、だな………。リンナ、下に伝達。『抗戦しながら【目標地点】までゆっくり逃げてこい』と伝えてくれ」

 

「は、はい」

 

 僅かに険を増したナーガの雰囲気に、少々気圧されながらもリンナは今の伝令を下に送る。

 それと同時にカサンドラ軍も怪我人を下げ、前線部隊の兵の補充を行っていた。

 

「…みんな、大丈夫かな?」

 

 その最中、ディーが不安げに呟くが、

 

「何、こちらの“身”は軽く、向こうは重い。奴等を小突いて逃げて来るだけなら問題な……、いや、ユウキだけは若干不安が残るな。…だがまあアイス達もいるし、引き際が分からん訳でもないだろう。それに、あいつ等の魔法なら万が一でもなければ死にはしないさ」

 

 ナーガはディーの不安に事実を持って否と答えた。

 

「さて、欲を言えば三部隊は仕留めたいが「半分だな」…ん?」

 

 ナーガがこちらに顔を向ける。声に出すつもりは無かったのだが、無意識に漏れてしまった。

 

「…あぁ、そうだな。半分だ」

 

 敵に対する苦渋か、はたまた別の感情か、それら全てか、目元を僅かに歪ませナーガは視線を下に戻すと俺の言葉を肯定した。

 事実、カサンドラ軍は前線の二部隊が一つに重なり合うようにしながら前進を始める。

 

「敵ながら良い大将だ。普通なら多少なりとも勝ちの勢いに乗って出て来るんだが……、しっかりと【今】を視ている。こりゃ下手に欲張ったら更に半分が精々か?」

 

(だろうな)

 

 そう言って頭を掻きながらぼやくナーガに今度は声に出さず胸の内で同意する。

 二日前の奇襲によって二百人の部隊を潰され、苦汁を飲んでいるにも拘わらず、後ろ二部隊に攻めの気が見られない。何時でも“不測の事態に対処できる様に”戦場を静観している。

 

「………カイム、ハリガン」

 

 名を呼ばれ、俺とハリガンはナーガへと視線を向けた。

 

「もしかしたら出てもらう事になるが、頼めるか?」

 

「うむ、吾は構わんぞ」

 

 ハリガンの返答を聞いたナーガは俺に視線を向ける。

 対して俺は鼻を鳴らしながら思っていることを口にした。

 

「…こんなまどろっこしい真似などせずに、今から俺が下に降りて奴等を皆殺しにした方が手っ取り早い」

 

 言い放って剣の柄に手を置くと、

 

「こやつは…」

 

「っはははは、そりゃ楽で良い。だが、今回は“俺達”の戦だ。お前にばかり頼ってたら怠け癖が付いちまう」

 

 ハリガンは呆れ、ナーガは破顔した。

 

「それに、ちょっとした杞憂だったみたいだ。あの二百は【喰える】」

 

 その言葉と共に斜面では魔女とカサンドラ軍の交戦が始まろうとしていた。

 

「あの二部隊の指揮官共は大将ほど慎重じゃ無さそうだ。特に槍や盾を指揮している奴はな…。でなけりゃ軍隊の一番槍を任される訳も無いんだが」

 

「少し見ただけで分かるものなのか?」

 

 ハリガンが疑問を問う。

 

「何でかこういう知識(こと)だけは湯水の如く浮かんで来るんだよ。ったく、記憶を無くす前はどんだけ録でもない生き方してたんだか」

 

 自嘲と皮肉を混ぜ合わせてナーガは愚痴る。

 

「……まぁいいや、えーっと、何で奴等の動きが分かるか、だったか?━━━軍隊ってのはな、」

 

 そして、一つ息を吐き出してナーガは語り始めた。

 

 

 

「よし」

 

 動きを止めた木巨人と自軍の被害をみて、

 

「ここまでは想定通り」

 

 周りの兵達の勝鬨を聞きながら独りでにぽつりと呟いた。

 

「後はあそこにいる魔女(奴等)だけですね」

 

「そうだな、…まだ気を抜くな!あそこにいる魔女共も追い払うぞ!ホラーツ、アクレイム、負傷者を下がらせろ」

 

 シリーエスにそう返しながら、令を下して負傷者を治療の為に最後列にいるイグナーツの第四中隊まで下がらせ、代わりに第一中隊(俺の部隊)から前線へ補充の兵を送る。

 

「…被害は四十ほどでしょか?」

 

「今後を考えれば痛い数だが、まだ破綻するほどじゃあない。あれ等を追い払ったら日没前まで麓で待機だ」

 

「了解です」

 

 部隊の補充が完了してホラーツとアクレイムが対魔女用の陣形を作る。普段の倍の数で作る陣形は大盾の少なさもあって少々歪だが、魔女を追い払う“だけ”ならやや過剰ともいえる戦力だ。

 だが、今回はそれでいい。俺達の“本来の目的”は魔女の戦力を少しでも削り、少しでも疲弊させる事。そして一日でも多くの時間を浪費させる事だ。

 そして、今はこちらに手を出したら過剰戦力で反撃されると思わせる事である。第二中隊を破った勢いを止めなければならない。

 

「余計な色気を出すなよ!追い払ったらさっさと戻ってこい!」

 

『はっ!』

 

 ホラーツとアクレイムに釘を刺して、何時でも動ける様に戦況を静観する。

 それでも不安が無くなったわけではない。

 今回の指令が下った時、アクレイムやクリフなどの若手や上昇志向の強い者からは少なからず不満が出たものだ。

 うちの部隊(連中)からも別の意味で文句が上がったが、唯一シリーエスだけは俺の部隊に来るまでの経緯や仕込んだ流儀によって何も言って来なかったのが救いだった。

 

魔女共(お嬢さん方)が下手に抵抗なんぞせずに砦に逃げ帰ってくれたら御の字なんだが………)

 

 

 

 これが、この戦における俺の最大の失策だった。

 最初の奇襲から続く異常事態(イレギュラー)に対して、臆病なくらいに慎重であるべきだったのだ。

 例えそれが、ただ“魔女を追い払うだけだった”としても。

 例えそれが、ただの“時間稼ぎの為の陳腐な防護柵だった”としても。

 

 

 

━━━軍隊ってのはな、それが一つの群であると同時に一つの個なんだ。逆もまた然り。

 

 

 

 前進を開始した第三第五混成部隊の陣形は、先頭に27名からなる盾兵を配置。彼等の持つ大盾の端を重ね合わせ、一つの壁を作る。

 その壁に添うように槍兵と弓兵が交互に隊列を組む形を作ると、槍兵は背負っていた円形盾(ラウンドシールド)を斜め上へと翳して、弓兵は矢を番えたまま少し姿勢を下げて槍兵の作った盾の傘に隠れる様な配置につくのだ。

 

「っ!」

 

 バキリと、礫が盾にあたり円の端が欠ける。時折、どこかで短い悲鳴が上がる。どれだけ防御を固めても、この人数だと隙間が生まれてしまうのだ。

 兵士はあともう二十程、大盾があればと思う。木の巨人の時とは違う重圧に額には汗が浮かび、何時自分が礫の餌食なるかと恐怖し、餌食なるなと願う。

 

 

 

━━━故に、それが軍隊(人の群れ)という性質上、必ず生じ、絶対に解消できないモノがある。まあ軍隊に限らず村や街、国であっても同じ事が言えるんだが。

 

 

 

 そんな状況下においても彼等が進む足を決して緩めないのは、

 

「怯むな!臆して足を止めた者の末路は自分と仲間の死だ!進め!進めぇ!」

 

 盾を翳しながらアクレイムは兵士達を鼓舞する。

 そうだ、足を止めれば今の恐怖に屈し、陣形はあっさり瓦解してしまう。そうなれば最後、奴等の放つ火や風に蹂躙されるのだ。

 

「くそっ!」

 

 こんな事ならさっさと除隊するんだった。兵士はそんな悪態をすんでのところで飲み込んだ。

 【本命】が来るまで、自分達はまだ“十日以上も戦い続けなければならない”というのに。

 

 

━━━それは【思考】と【欲求】だ。人である以上逃れられず、たとえ組織された軍隊であってもその規模が大きく成れば成る程、必ずズレる。

 

 

 

(あと、少し…)

 

 混成部隊の中程から四列ほど後方、盾の壁と傘によって前方が見え難くなっているホラーツは己の勘と目算で矢を放つ機を伺っていた。

 この陣形の特徴として、弓兵は“斜面を登りながら矢を放つ”という難度の高い技術を要求される。

 切り立った崖の頂上にある砦に辿り着くには正面にある斜面を登る以外に選択肢はなく、その道筋に木々や岩などの遮蔽物は存在しない。

 必然的に魔女共が放ってくる魔法や礫を自分達で防ぎながら登らねばならず、その上、地の理による射程距離の差で先制を取られてしまう。

 

「………放てぇ!」

 

 ホラーツの号令と共に弓兵が盾の傘から飛び出すと一呼吸の内に矢を放ち、すぐさま元の位置へと戻る。

 狙いなど殆ど付けてはおらず、ただ味方へ誤射をせぬよう出来るだけ遠くへ飛ばすだけ。

 

(…っ、まだ浅いか)

 

 盾の隙間から着弾地点を観測してホラーツは舌打ちを溢す。

 幾らかは届いているが集弾密度の高い場所は柵と矢避けの盾の手前で、あと数ヤルドは距離を詰めなくてはならない。

 

「次射準備!何時でも放てるように構えていろ!」

 

 ホラーツの令に弓兵は即座に弓矢を番える。

 

(さっさと退け化物共、でなければここで部下の仇を討たせてもらう)

 

 歩を進めながらホラーツは胸の内でそう罵倒した。

 

 

 

━━━集まった数が十や二十ならまだいい。その中の【頭】が令を発すれば大半は正しく機能する。

 

 

 

 トス、カツっと矢が近くの地面や盾に当たり始めました。耳を澄ませば大勢の人間達の足音が聴こえてきます。

 

(あうぅ…ほ、本当に大丈夫なんでしょうか?)

 

 その足音と共に胸の鼓動もどんどん大きくなって、

 

「…エル、ノノエル!」

 

「ひゃい!」

 

 隣にいるリンネに大声を出されて、思わず変な声で返事してしまいました。

 

「ボーッとしてる暇ないよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 リンネに謝っていると、今度はアイスから声が掛かります。

 

「みんな、下がるわよ!ノノエル、お願い」

 

「はい!」

 

 アイスの指示に返事を返して、私は呪文を唱え始めました。

 

「『水よ起て水を立て水の盾と為し水で絶て』」

 

 呪文を唱え終えると、盾の裏側に置いてある水瓶から水が空中に飛び出して膜を形成して【水盾】を作ります。

 

「走って!」

 

 その声に私達は一斉に走り出しました。

 後ろの柵まで5ヤルド(13.5メートル)。それほど距離はありませんが盾から走り出した私達に追撃の矢が迫ります。

 

 

 

━━━ただ、その数が百、二百、四百ともなると話が変わってくる。発した令を“行き渡らせる”には合間合間で必ず“人を挟まなくては”ならなくなる。

 

 

 

 私の【水盾】が矢を絡め捕りますが、絶え間なく降り注ぐ矢の雨に思っていたよりも早く【水盾】が崩れてしまいました。

 

(このままじゃ、誰かに矢が!)

 

「ケイ!クゥ!」

 

「あぁもう!しょうがないな!」

 

「うん」

 

 その瞬間、ユウキとケイとクゥが立ち止まり前を向きます。

 

「あなた達何をしてるの!」

 

 ナーガさんからの指示とは違う行動をとったユウキ達にアイスが怒鳴りました。

 

「さっさと行って!それに、“引き付けなきゃいけないんでしょ”?」

 

「っ、…気をつけなさい」

 

 ユウキの返答にアイスは一瞬迷う素振りをしましたが一言だけ言葉をかけて私とリンネを連れて再び走り出します。

 

「安心しろって!いざって時はこのバカ引きずって逃げるから!」

 

「誰がバカよ!」

 

 後ろからユウキとケイのいつもの掛け合い(じゃれあい)が聞こえました。

 こんな時でもあの二人は何も変わりません。こんな状況で不謹慎ですが、それが、そのことが、少しだけ羨ましく思えました。

 

 

 

━━━………ありゃあ別だ。緊急時の処置ってやつさ。

 

 

 

「当たるの、だけ、払って」

 

 あたしとユウキがいつものように口喧嘩してると、クゥが体に巻き付けてる幾つもの革帯を魔法で解き、それを操って降ってきた矢を打ち落とし始めた。

 こいつの魔法は体に巻き付けた物体の操作。長い時間肌に触れさせて馴らした物ほど自分の体以上に自在に操れる。

 

「あんまり、持たない」

 

 矢を打ち払う度に革帯の先端が少しずつ千切れていく。

 

「ケイ!」

 

「わかってるよ!」

 

 ユウキが牽制に正面の大盾に風刃を放ち、

 

「『固く成れ、硬く為れ、傷すら付かぬ鋼で有れ』!」

 

 あたしは全身を使って振りかぶりながら呪文を口にする。すると指先から胸にかけて肌が鈍い銀色へと変わっていく。

 これがあたしの魔法。体を金属に変えてあらゆる攻撃を弾き、アイス程ではないけど力も強化される。この魔法が発現した時、周りの大人からは異能の能力(ちから)だなんて言われてたな。

 

「おりゃあ!」

 

 さっきとは違い、手に持った大きめの石を砕いて大盾の向こういる兵士に全力で投げつけた。狙いなど付けずにばらまいて少しでも矢の勢いを止める。

 

「も一つ!」

 

 間髪入れずに逆の手に持った石も同じように投げつけた。

 

 

 

━━━話を戻すが令に人を挟むと、そこには挟んだ奴(そいつ)の【思考】や【欲求】が“混ざる”。徹底的な訓練を受けるか滅私奉公の心で【個】を捨てない限り絶対に、だ。

 

 

 

 クゥが矢を払って、あたしとユウキが反撃する。二度三度それを繰り返すけど、

 

(やっぱりハリガン姉の木偶人形じゃなきゃ止まらないか)

 

 ほんの少し緩むだけで矢も足も止まってはくれない。いや、止まったらダメなんだけど。

 

「そろそろいいんじゃないか?」

 

 ユウキとクゥに声をかける。

 

「十分だと、思う」

 

「…そうね」

 

 クゥはともかく、ユウキはとんでもなく悔しそうな顔をして返してきた。だから倒し過ぎたり、足を止めさせたらダメなんだって。

 その直後、後ろから石や水の槍がカサンドラの奴等に向かって飛んで行き、

 

「早く戻って!」

 

 アイスの声が聞こえた。

 

「わかってる!…『風よ』!」

 

 矢の雨が途切れた瞬間を見逃さず、あたし達は走り出す。それと同時にユウキが後ろから追い風を吹かせて負担を少し減らしてくた。

 

「…あなた達、何を考えているの?」

 

 二番目の柵にある盾の後に隠れた瞬間、あたし達に向かってアイスは笑顔でそう言ってきた。

 

(やばい。本気で怒ってる)

 

 笑いながら、うっすら口を開けて歯を見せながら注意や追及をしてくる時のアイスはハリガン姉並みに怖い。

 

「しょ、しょうがないでしょ!?【水盾】が思ってたよりも早く崩れたし、ああでもしないとわたし達はともかく矢を防御出来ないアイスやリンネ、ドジなノノエルが危ないじゃない」

 

「うぅぅ…すみません。役立たずでドジですみません」

 

 あ、ユウキの弁明にノノエルが涙目になってる。

 

「………あまり心配させないでね?」

 

 その弁明に一理あったのか、アイスもそれ以上追及する事もなく困った顔で釘を刺してきた。

 だけどまだ安心はできない。もしかしたら後でハリガン姉と一緒に説教かもしれない。

 

「ねえ、なんかカサンドラ軍(あの人達)、さっきよりも速く登って来てない?わっ!」

 

 盾から顔だけ出して下を覗いていたリンネが慌てて首を引っ込めると、一呼吸ほど間を置いて、また矢が地面や盾に刺さり始めてた。

 

「ノノエル!」

 

「は、はい!さっきよりも魔力を込めますので少し時間を下さい」

 

 三番目の柵へ撤退する準備の間、あたし達も応戦を開始した。

 

 

 

━━━さぁて、カサンドラの奴等はそれに気付いて追って来てるのかね?それとも気付かずに追って来てるのかね?まぁ、

 

 

 

「ぶっちゃけ余程の事でもない限り、もう結果は変わらんが」

 

 魔女が下がり、カサンドラ軍が追う。

 戦いの終幕はもう目の前であった。




 前書き後書きで何度も書いていますが。この作品に出てくる戦術戦略それに準ずる思想その他エトセトラetcは全て作者の薄い知識と偏見によって書かれております。
 したがってそれ等の頭には

 フ ァ ン タ ジ ー

 という言葉が付くことをご了承下さい。

 本来なら最後まで書く積もりだったのですが、何時もの様にモチベーションの関係の為、中盤までと相成りました。
 それと、王子の活躍を期待している読者様には申し訳ないのですが、次の彼の活躍は二巻の中盤以降になると思われます。
 この章は言うなれば主要キャラクターの紹介の様なものなので………。巻が進むに連れて王子もどんどん大暴れするので気長にお待ち下さい。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章十四節 祝勝 (編集中)

 イヤッフー!書き上げたぞー!イェーイ!

注)深夜のテンションで可笑しくなっています。

 前回、中途半端な所で切ってしまったため、少しテンポが悪いかもしれません。猛省せねば………。

 では肩の力を抜いて気軽にお読みください。


 

 

 

 「結果は変わらない」。笑いながらナーガはそう言いきった。

 下の斜面ではカサンドラ軍が二つ目の柵を壊し始めている。止めを指すには、もう一つ柵を壊してもらわなければならないが、この調子なら問題ない。

 前線に出ている指揮官の傾向は開戦時の木偶人形(捨て駒)で大まかに把握出来ているし、後ろに陣取っている総大将は静観を決め込んでいる。

 もしかしたら両者とも何かしらの違和感を感じているかも知れないが、今の好機を逃してまで軍を下がらせる程ではないのだろう。

 何せ、今まで散々苦渋を舐めさせられてきた怨敵が防戦一方な上、手の届く距離で“背中を見せて逃げている”のだ。「追うな」と言う方が無理である。

 

(………)

 

 ちらりと、横目でナーガを見る。

 形式は違えど今回のような魔法を用いた策は俺のいた世界でも少数ながら使われていた。

 だが異世界(ここ)に来るまで魔法を知らなかった男が魔女から魔法()を聞いただけでコレを思い付き、実行へと踏み切れるだろうか。

 魔法が無い分、工業技術が発達して魔法に変わる【道具】が作られ、戦術として確立していた可能性もあるが、そうなると、この男は本当に記憶喪失なのかという疑念が頭を過る。

 そこでナーガから視線を切り、思考を中断する。これ以上はただの不毛な妄想でしかない。

 

(妙な奴だ)

 

 この一言に尽きる。

 最初は飄々とした腹の読めない若者。今は軍師然とした策略家。

 興味、という程ではないが僅かに警戒せざるを得ない男。それが現時点でのナーガへの評価だった。

 

 

 

「急ぎ過ぎだアクレイム!速度を落とせ!」

 

 混成部隊の進軍速度を上げて魔女を追撃させるアクレイムにホラーツは制止をかける。

 

「ですが、今の様に抵抗されていては満足に後退も出来ません!もっと圧を掛けて奴等を完全に追い払わなくては!」

 

 その返答に面倒なことになったとホラーツは歯を軋ませる。

 柵を二つも潰せば魔女共も多勢に無勢と砦に逃げ帰ると踏んでいたのだが、現実はそう都合良くはいかないらしい。

 加えて魔女に対して攻勢を維持できている今の状況が部隊全体の攻めの気を増長させている。

 

(これ以上勢いが付いたら止められなくなる)

 

 最悪なのはこのまま深追いをしてしまう事だ。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「ライバッハに色気を出すなと言われたのを忘れたか!?」

 

「っ、しかし「いいから聞け!」…」

 

「お前の懸念も分かる。だが、勢いのまま奴等を追い詰めて増援を出されたら、こちらの被害も馬鹿にはならん。…焦るなアクレイム」

 

「……申し訳ありませんホラーツ殿」

 

「何、俺もお前ぐらいの頃は似たようなもんだった。後一つ二つ柵を壊しても逃げない様なら牽制射撃を掛けつつ下がるぞ」

 

「了解!」

 

 手間のかかる同僚(後輩)だとホラーツは内心苦笑する。

 

 

 

 一方、部隊の先頭では兵士達が三つ目の柵へと辿り着いていた。

 

 

 

 僅かに開けた大盾の隙間から兵士達が長槍の石突きで柵を壊し始める。

 

「ったく、面倒臭ぇな」

 

 兵士の一人がそう愚痴る。

 

「まったくだ。組が甘いから壊しやすいが、こう多いと、なっ!」

 

 もう一人の兵士がそう同意する。事実確かに数は多いものの柵の組み立て自体は想像以上に簡素なものだった。

 これなら入り立ての新兵の方がまだ頑丈な物を作る。時間稼ぎ以外の何物でもない。

 

「それに、また【札】が張ってあるぜ。魔女の(まじな)いか何かか?」

 

「知るかよ。害はないんだ、奴等の魔法が飛んで来る前にさっさと壊しちまおうぜ」

 

 兵士達は最初こそ見慣れない札に対して警戒をしていたが何も起こらないと知る今では装飾程度の認知しかしていない。

 彼等は長年の戦いで魔女がどの様な魔法を使ってくるかおおよそ分かってはいたが“どの魔女がどの様な過程を経て魔法を行使するか”までは把握出来ていなかった。

 

 

 

「【全員入ったな】?」

 

「うむ、ギリギリだが入っておる。これなら討ち漏らしもあるまい」

 

「善哉善哉、じゃあ仕上げだ。レラ、派手にやっちまえ。リンナ、巻き込まれない様にユウキとノノエルに全力で防御させろ」

 

 顔をこちらに向けずに声を掛けてきたナーガさんに返事を返、すと、意識を集中させてわたしと繋がっている全ての札へ魔力を満遍なく通、す。

 

「…『炎と覇王の非業の使徒よ、』」

 

 手摺から後ろへ離れた場所、で、わたしは今から放つ魔法のため全裸になって呪文を唱え始、め、る。

 少しでも魔力の無駄をなくすため、に。少しでも多く魔力を札に送るため、に。

 

「『燃えて火となり黙して死となり、』」

 

 急激な魔力の消耗に一瞬意識が遠退きかけ、る。だけ、ど、まだ足り、ない。

 

「『行きて活きて逝きて、念じ燃じ然じ、』」

 

 限界まで絞り出、して、わたしの魔力をありったけ送、る。

 

「『(かぎろい)の炎帝の加護と火后』!」

 

 呪文を唱え終わった瞬、間、耳をつんざく爆発音と共に地面が揺、れた。

 

 

 

(妙だな…)

 

 魔女との交戦を始めた第三中隊(ホラーツ)第五中隊(アクレイム)の混成部隊が早くも三つ目の柵を壊し始めた頃、俺の中に一つの疑問が浮かぶ。

 

「隊長、どうされました?」

 

 顔に出ていたのだろう。シリーエスが問い掛けてきた。

 

「……奴等、何故増援を出してこない?」

 

「?…確かに。何時もなら二体目の巨人を出すなり、砦から魔法で威嚇や牽制をしてくるはずですが」

 

 その言葉通り普段の魔女共なら直ぐにでも次の手を打ってくるのだが、今はその予兆すら無い。

 砦の望楼には数人の人影が見えるが慌てる事なく下を静観をしているように見える。

 

(仲間が劣勢に陥っているのになぜ……)

 

 

 

━━━まさか!

 

 

 

「シリーエス、前線部隊に撤退の伝令を出せ!」

 

 【罠】。それが脳裏に過り、背筋に悪寒が走ると同時に叫んだ。

 

「隊長?どうされまし「いいから早くあいつ等を下がらせるよう伝令を出せ!」っ、りょ、了解!伝令!」

 

 何故、もっと早く気付かなかった。

 何故、もっと慎重にならなかった。

 いや、そもそもこんな(発想)をいったい幾人が考えつくというのだ。

 こちらの進軍を“阻む為の防護柵”ではなく、“引き込む為の防護柵”など。

 

(木の巨人も、今の抵抗も、全て【囮】か!?)

 

 だとしたら、

 

(間に合うか?)

 

 しかし、俺の願いも虚しく伝令が飛び出した直後、前線の混成部隊の地面から爆発音と共に巨大な【火柱】が吹き上がり、全てを飲み込んだ。

 

『………………』

 

 悪い夢でも見ているのだろうか。

 俺も、隣にいる副官(シリーエス)も、誰もが唖然として声を発することが出来なかった。

 罠による被害を少しでも減らせるかと思っていたが、まさか全てを一網打尽にされるとは。

 

『━━━!!!』

 

 即死できなかった兵士達が断末魔を上げながら炎の海から転げ出てきた。

 意識が現実へと戻る。

 

「………………俺達の負けだ。これより我等はエイン砦へと撤退する!イグナーツ、本陣の第六中隊(エックハルト)に帰還の為の物資以外全ての焼き払えと伝令を送れ!合流場所はシュバイツ川の橋の前だ!」

 

「は、はっ!」

 

 早馬に乗った伝令を見送り、残った部隊を返そうとした時、シリーエスが待ったをかけた。

 

「待ってください!生存者の救助は!?」

 

「アレではもう助からん。…それに、ああも律儀に駄目押しされてはな」

 

 煙と陽炎に揺れる砦を忌々しく見やる。そこには正面の門を開く二体目の木の巨人がいた。

 

「………っ」

 

 悔しそうにシリーエスは顔を歪めた。

 

「であれば、今の俺達の使命はこれ以上一人も被害を出さず、今回得た情報をゲオバルク将軍に伝える事だ」

 

 カサンドラ(こちら)の【本命】、黒の森侵攻軍。その総司令官であるゲオバルクに今回の事を全て話さなければならない。

 だが、

 

(どれだけ信じてもらえる?)

 

 自分が将軍殿の立場なら法螺話と鼻で笑い、怒るだろう。それでも伝えるしかない。

 国を挙げて行う侵攻軍の戦力は俺が預かった臨時大隊の比ではない。

 しかし、しかしだ。この一件で“万が一”が俺の中に想定されてしまった。

 ならば伝えるしかない。どれだけ罵詈雑言で罵られ嘲られようとも。

 

(後はこの首が無事に繋がっててくれれば御の字なんだがなぁ…)

 

 首筋を撫でつつ、そんな軽口を内心で叩きながら俺達は撤退を開始した。

 

 

 

「………」

 

 目の前の光景に吾は目を奪われた。

 柵を作る傍ら、肉体強化で一族一の俊足を誇るアイスとそのアイス以上の速さで空を飛び回れるユウキで一、二、三の砦からレラの使う呪符と呪符になりそうな紙を片っ端からかき集め。

 その呪符を地面を(なら)す振りをしながら一番手前の柵から三番目の柵までの地面に“敷き詰めた”のだ。

 ナーガの策でこうなる事は予測できていたが、いざ目の前でカサンドラ軍の二百もの兵士が炎に飲み込まれるのを見ると、呆然としてしまう。

 

「…っ、リンナ!あやつ等は無事か!?」

 

 そこで我に返り、リンナに下にいる娘達の安否を問い質す。

 

「…えっ、あ、はい、ちょっと待ってください。━━━………大丈夫みたいです。ノノエルが気絶して、ユウキとケイが怒ってるみたいですけど、誰も怪我とかはしていないそうです」

 

 リンナの返答に安堵の息を漏らすと、後ろから倒れる様な音が聞こえた。

 

「レラ!」

 

 振り替えるとレラが床に倒れこんでいた。慌てて近寄り抱き起こす。

 

「大、丈夫…で、す。少…し疲れ、ただけ…です、か、ら」

 

 額に幾筋もの汗を流し、肩で息をしながら絶え絶えにレラは言葉を返しながら微笑んだ。

 

「無理を頼んで悪かったなレラ。やっぱ魔女(あんた等)すげーわ」

 

 ナーガが振り返りながら賛辞を送ってきた。顔に驚きと呆れと喜びを綯い交ぜにして、ついでに鼻の下を伸ばしながら。

 

「…後ろを振り返るなと言ったはずだが?」

 

 軽く()め付ける。

 

「っとと、…カサンドラ軍も撤退を始めたな」

 

 顔を正面に戻してナーガは話を逸らした。

 

「こっちの木偶人形(虚仮威し)を見て早々に逃げの一手。出来れば向こうの(かしら)も仕留めたかったな」

 

 軽口ではあるが言葉の中に僅かながら無念さが滲んでいた。

 

「ま、もう仕方ねぇか。……しかし、火計っていうか、火ってのはいいもんだな」

 

「?。どう言う意味だ?」

 

 その言葉の真意が分からず問い返す。

 

「いや深い意味はない、そのまんまだ。なんつーの?派手だし、分かりやすいし、何よりこう…【滅ぼした!】って感じが、さ」

 

 ナーガの近くにいたリンナとセレナが一歩二歩と距離を置く。

 おそらく笑っているのだろう。あの時のカイムと似た様な顔で。

 

「さてと、カサンドラも退いて行ったし、そろそろ下に降りようぜ。レラはここで休んでな」

 

「い、え、もう大丈夫で、す」

 

 レラがそう言いながら立ち上がるが、まだ足がおぼついていない。

 

「まだふらついているではないか。その調子で梯子から落ちては目も当てられぬ。大人しくしておれ」

 

「で、も」

 

「なら、わたしが看てます。何かあったらリンネづてで知らせますから」

 

 そう言ってリンナが手を上げた。

 

「だそうだ」

 

「…わかりま、した。姉様達も気をつけ、て」

 

 レラを備え付けの椅子に座らせ布を掛けた後、世話をリンナに任せて望楼から降り、吾等は斜面へと向かった。

 

 

 

「あたし等殺す気か!?」

 

「そうだ!そうだ!死ぬかと思ったんだからね!」

 

「悪い悪い。まさかあんな威力になるとはこっちも想定外だった」

 

 砦からカイムやハリガン達と共に降りてきた俺を見つけるなり開口一番にケイとリンネが文句をぶつけてきた。

 魔法で作った風と水の盾、更には矢避けの木の盾による三重の守りから大事には至らないと踏んでいたが、あの爆炎じゃさぞかし怖かっただろう。

 

(正直すまんかった)

 

 反省はする。ケイを含む下で頑張ってくれた魔女達の文句も罵倒も嫌味も甘んじて受けよう。

 だが、結果的には誰一人死ぬ事なくカサンドラ軍二百人を一網打尽に出来たのだ。悔いや後悔など欠片もない。

 

「………」

 

 などと思っていると、ケイ達の次に寄ってきたのはユウキだった。顔を俯かせ、全身から怒気を発しながらケイを追い越し俺の前まで近づいて来る。

 あまりの迫力に片足が半歩下がる。一体どんな罵詈雑言が飛び出てくるのか心と体を身構えて、

 

「あんた馬鹿なの!?馬鹿よね!?馬鹿だわ!馬鹿に違いないわ!こんな馬鹿害にしかならないから殺すしかないわ」

 

 顔を上げ、目をクワッと開けると同時に激流が如く馬鹿馬鹿とこちらを罵り、手に風を纏わせ始めた。

 

「ま、待て、悪か「もしくは阿呆ね!阿呆よ!あんた阿呆な事しかしないし馬鹿で阿呆なんだわ!こんな救い様のない馬鹿で阿呆な奴は生かして置く価値なんてないのよ!殺さなくちゃ!」聞けよ!」

 

 どうやら馬鹿で阿呆な俺はここで死ぬらしい。待て待て、風で刃を作るな。

 

「…いいえ、いいえ落ち着くのよわたし、今思えばこいつすけべえな事しかしてないじゃない。ハリ姉の胸揉んだり、気色悪い目でわたしやみんなの胸や臍や股やお尻を舐める様に見たり。そうやって油断させて今みたいに少しずつわたし達を謀殺しようとしたり………そうよ!やっぱりこの馬鹿で阿呆ですけべえな最低男は人間共の間者なのよ!よし殺す!今殺す!」

 

 怒りの余りもはや支離滅裂だ。

 分かった。よく分かった。こいつによる馬鹿で阿呆ですけべえな俺の評価が地の底なのは本当によく分かった。だから光を消した据わった目で俺を見るな。

 

「でも大丈夫よ。わたしにだって慈悲が無い訳じゃないわ。苦しまないように一撃で首を落としてあげる」

 

「そんな優しげに微笑みながら風の刃を振りかぶるんじゃねぇ!?」

 

 カイムは、駄目だ興味無さそうに傍観してやがる。アイスはまだ目を回しているノノエルの介護中だし、ケイとリンネは微妙に距離が離れてて間に合わない。後ろにいる奴等は引け腰になってるだろうし。もはやこれまでか、

 

「これ、もうその辺にしておけ」

 

 そう思った時、ハリガンがユウキの手を押さえる。

 

「離してハリ姉!こいつ殺せない!」

 

「殺すでない。…無事だったとはいえ、確かにこやつの策はお前達を危険な目に遭わせた。しかし策を容認したのは他ならぬ吾だ。ならばお主の恨み辛みは吾に向けるべきだろう?」

 

 諭す様にハリガンはユウキに語りかける。

 

「なんで……ハリ姉はそうやって」 

 

 「こいつ等を庇うのか」。たぶんそんな言葉を飲み込んで悔しそうにユウキは俯く。

 

「………………離して。今回だけは“姉様”の慈悲に免じて赦してあげる」

 

 絞り出す様に、それを口にした。

 

「ありがとうユウキ」

 

「ふん…」

 

 ハリガンの礼に拗ねたようにそっぽを向く。

 

「…本当にすまなかった。付け焼き刃のぶっつけ本番だったとはいえ、必要以上にお前達を危険に晒したのは俺の策の甘さだ」

 

 深々と頭を下げて謝罪する。時間が無かったとはいえ今回の策の甘さも粗さも俺の責任である。

 

「もう、いいわよ」

 

 その言葉を最後にユウキはアイスとノノエルの所に行ってしまった。

 

「すまんな」

 

 少し困ったような顔でハリガンが謝ってくる。

 

「いや、それはこっちの台詞だ。それに、これで終いにしよう。お互い延々と謝っちまいそうだ」

 

「それもそうだな」

 

 互いに苦笑して気持ちを切り替えると、

 

「さてと、じゃあ今日最後の大仕事だな」

 

 眼下に広がる地獄絵図に視線を向けた。

 

 

 

 酷い有り様だった。【悲惨】という言葉が正しくコノ光景そのものだろう。

 酷い悪臭と惨状のためカイム以外は口許と両手に布を巻き付けて作業をしている。

 

「…まだ、息があるな」

 

 死体を荷馬車に乗せて下に運ぶために一箇所に集めていると

 その言葉に吾とその近くにいた娘達がナーガが立っている場所へ集まる。

 そこで見たのは虫の息である、人のようなナニかだった。

 

「━━━」

 

 仰向けに倒れているソレは他の死体同様、髪も肌も服も鎧も全て“焼け焦げ”て“熔けて”おり、もはや元の容姿など判別すら出来ない。

 死体ではなく生きているという事実に娘達は顔を顰めたり、背けたりしている。

 その者は唯一、比較的無事な左目で吾等を見据えて、

 

「━━━!」

 

 声にすらならない声で弱々しく叫び出した。

 

「━!━━━━━━!」

 

 助けてくれと、懇願しているのか、はたまた吾等に怨嗟を撒き散らしているのか、その声では分からない。

 すると不意にナーガが剣を抜いた。

 

「何をする気だ?」

 

「もう助からんから介錯(楽に)してやろうと思ってな。だが、こいつはお前さん等の宿敵だ。死ぬまで苦しめたいなら止めるが?」

 

 どうする、とナーガが目で問い掛けてきた。

 

「…宿敵とはいえ死に行く者を辱しめる気はない。やってくれ」

 

「わかった」

 

 そう答えるとナーガは剣の切っ先を首へと定める。

 

「━━!━………」

 

「もう気は済んだか?」

 

 顔にも声にも感情を乗せず、気遣うようにソレに声を掛けた後、刃を一閃した。

 

「…チクショウ」

 

 首を切り裂く瞬間。幻聴の様にそれは聞こえた。

 

「カイム!生き残りがいるようだから探して介錯する。手伝ってくれ!」

 

 血を払いながらナーガは黙々と死体を荷馬車に放り投げているカイムへ声を掛けた。

 こちらに返事を返さず、手伝っているアイスとケイに視線をやり、了承を得ると剣を抜いて探し始めた。

 

「吾も手を貸そう」

 

「やめとけやめとけ、気分の良いもんじゃない」

 

 その気遣いに首を横へ振る。

 

「いや、これは本来なら全て吾がやるべきなのだ」

 

 吾の言葉にナーガは呆れたようにため息を吐くと、

 

「……真面目で律儀というか、頑固で強情というか。わかった。俺はこっちを探す。向こうはあんたに任せた」

 

 そう返してきた。

 

「賜った」

 

 そして指示された場所を探し始める。

 

(…いた)

 

 しばし探し回っていると一人見つけた。

 うつ伏せになりながらゆっくりと芋虫が這うようにその場から逃げようとしている。

 

「━…、━…、━…」

 

 助けを求めているのだろうか。やはりその声の意味は分からず、両目は溶けた皮膚で覆われていた。

 

「…」

 

 長めに一房髪を切ると魔力で杭の様に形作り、

 

「せめて、お主等が信じる神の下で安らかに眠れるよう、願っている」

 

 心臓を貫いた。

 何故、そんなことを口にしたのかは吾も分からない。

 苦しむこの者への憐憫や罪悪なのか、呵責への言い訳なのか。

 

(それでも)

 

 それでも、この言葉だけは混じり気の無い本心だった。

 

 

 

 死体を全て斜面の麓に運び埋めたその日の夜、砦では兵糧や奪った物資を使い、細やかながら祝勝会が行われた。

 

「………」

 

 宴が行われている広間の隅で、俺は奪ってきた物資の中に入っていた筋張った塩っ辛い干し肉を水のような安酒で流し込んでいる。

 

『━━━━━━♪』

 

 歌い踊り、飲み比べなどをして大騒ぎしている奴等を横目で見る。

 

(何が面白いのか…)

 

 元々騒がしいのはあまり好きではない。

 勝利の喜びと余韻はその時の勝鬨まで、態々夜遅くまで騒ぐ程ではないと思うのだが。その度に「アイツ」からは『無粋で面白味の無い男だ』などと呆れられていた。

 かといって、外で静かに飲もうとするとナーガやケイ、酔ったアイスに捕まり広間へと連れ戻されてしまう。

 前二人はともかく契約者ではなくなった俺の腕力ではアイスの怪力を引き剥がすことは叶わなかった。

 

「………」

 

 だからこうして、広間の隅で時折騒ぎに巻き込もうとする奴等を無視したり、軽く睨み付けて追い払いながら酒を飲み続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイムー!ハリガンが話があるってよ!」

 

 ナーガに呼ばれたのは宴も(たけなわ)になりお開きになる頃だった。

 面倒臭げに視線をやる。

 

「んな顔すんなよ。ほら、そんな安酒より良い酒があるからさ」

 

 そう言って手に持っている酒瓶を小さく左右に揺らした。

 

「………」

 

 静かにため息を吐き出す。まぁ、この酒にも飽き飽きしていたところだ。

 そんな言い訳と共に席を立ち広間の中央へと歩き出す。

 

「…何だ?」

 

 ナーガから酒瓶を受け取り一口流し込んだ後、ハリガンに用件を聞く。

 

「いやなに、お主等に改めて礼をと思ってな」

 

 酒のせいか頬に首筋、肩の辺りまで(うっす)らと染めている。

 するとハリガンは俺達の前で片手を地面に添えながら(ひざまず)いた。

 

「あ、姉様!?」

 

 全ての魔女が目を見開き驚いている。

 魔女(同族)ですらない者に魔女の長が最敬礼をするのがどれ程の事なのかは周りの反応を見れば一目瞭然だった。

 

「ナーガ殿。そしてカイム殿。此度の戦への力添え、ハインドラ一族の長として感謝する。貴殿方の力なくば吾等は大きな被害を(こうむ)っていた。…ありがとう」

 

 そのハリガンの誠意に、

 

「それだけか?」

 

 そう一言だけ返した。

 

『………………』

 

 何故か隣でナーガが顔を仰ぎながら手で覆い「あちゃー……」などと呻き声上げ、周りの魔女共は一人残らず俺を睨み付けている。

 呼びつけてまで何かと思えば下らない。

 元々そういう約定なのだ。改まって感謝される謂れはない。

 

「……お主。「無粋で面白味がない」と言われたことはないか?」

 

 姿勢はそのままに、顔だけ上げたハリガンはジト目で抗議してきた。

 

「…知るか」

 

 周囲からの(ぬる)い殺気を受け流しながら鼻を鳴らし、もう一度酒を煽る。

 

「あー、そのー、まぁなんだ。あんたの気持ちは俺もカイムも(しか)と受け取った!しかし、カイムじゃないがそんな仰々しい礼はしなくていい。俺は恩を返しただけだし、体を張ったのはアイス達なんだ。だからこそ、ここにいる娘達を誉めてやってくれ」

 

 ナーガの言葉に魔女共はまた目を見開く。

 

「まったく、感謝のしがいの無い男共だ」

 

 苦笑しながらハリガンは立ち上がった。

 

「それに、な。………なぁ、カイム」

 

「だろうな」

 

 ナーガに最後まで告げさせず肯定する。あれだけ“露骨”な戦い方をされれば嫌でも気付く。

 

「だよなぁー…」

 

 俺の返事に確信したのかナーガは片手で頭を掻き毟る。

 

「一体何なのだ?」

 

 怪訝そうにハリガンが問う。

 

「………宴の席をぶち壊さない様に黙ってたんだが。多分、そう遠くないうちに、…次が来るぞ」

 

 一瞬の静寂、続いて耳鳴りがするほどの大騒ぎとなった。

 その騒ぎに乗じて静かに元の席に戻ると、瓶に残っていた酒を全て飲み干す。

 

(次は“満足”に戦えればいいが…)

 

 矢継ぎ早に質問攻めされているナーガを尻目に、俺はそれだけが気掛かりだった。




 楽しんで頂けたでしょうか?

 次回で一章は終わりです。…まさか一巻で一年半以上掛かるとは思っていませんでした。自分がこんな遅筆だったとは(泣)。

 あと、報告なのですが幕間で武器物語を書くことは決定しているのですが(というかカイムの剣は既に書いてあります。)人物表を書くか悩んでいます。
 もしかしたら本編ではなく、活動報告の方に書くかも知れませんが、その時は先に報告しますので悪しからず。

 では、また次回お会いしましょう。


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第一章終節 胎動 (編集中)

 お待たせしました。
 今話で一章は終了です。まさか一巻終わらせるのに一年と十ヶ月強かかるとは思いませんでした。なんという遅筆………。
 一章最終話は何時も通り時系列ぐっちゃぐちゃの会話会で、二章へのプロローグにもなっています。

 では、肩の力を抜きつつお読みください。


 

 

 

━━━カイムの奇襲によりカサンドラ軍臨時大隊の第二中隊が敗走した翌日の昼過ぎ

 

 

 

(………何をしているのだ?)

 

 一の砦より少し離れた場所。巨樹の上に作られている一人用の小屋で一人の魔女は首を傾げた。

 長い銀髪に褐色の肌、整った(かんばせ)から察せられる歳の頃は十代後半ほど。

 身に付けているのは肩から羽織っているマンテラのみであり、アイスに負けず劣らずの豊満な肢体を惜し気もなく晒している。

 自身が属する一族の長の命により定期的にやって来てはハインドラ一族を覗き見、もとい監視と報告を行っている(二の砦、三の砦の近くの巨樹にも同じ小屋を作っている)のだが、

 

「何故あんなに柵を作っている?いや、そもそもなんで男が………」

 

 彼女を混乱させている一番の理由がそれだった。

 開けた小屋の窓から遠眼鏡越しに見える砦の中では、黒髪の男がハインドラの魔女達にあれこれ指示を出し、暗い焦げ茶髪の男は魔女に混じって柵を作っている。

 ハインドラの方も男がいる事に対して特に反応がない。全員が一心不乱に各々の作業をしている。

 

(確か、最後に【種】を仕入れたのが六、七年前くらいだったか?…しかし、まだどの一族からも【種】が要る話など挙がってはいない。(かか)様もまだ魔力は衰えていないし)

 

 ハインドラの長が一の砦(ここ)にいる時点で間違いなく人間共は来ている。

 自分が来る前に戦って捕まえたのだろうか。ならばあの男共は、以前人間の本で見た奴隷というやつか。

 

(…いいや、それはない)

 

 基本、【種】の仕入れ以外で魔女が人間、ましてや男に関わるのは厳禁だ。何より長老衆が許しはしない。

 例えそれが人間との戦の矢面に立ち、そのため他の長達よりも発言力があるハインドラ一族であろうともだ。

 だが、己の目に映る現実は違う。

 

(何故だ?うーむ…)

 

 魔女は考える。

 

 

(うーむ……)

 

 

 考える。

 

 

 

(うーむ………)

 

 

 

 考えた末、

 

 

 

 

 

 

(かか)様に報告するか」

 

 面倒になって考えるのを止めた。

 窓を閉めて薄暗くなった小屋の戸棚に遠眼鏡を置くと魔女は羽織っていたマンテラを頭まですっぽりと被る。

 すると、まるで落とし穴にでも落ちたかの様に女の体が床へと沈んでゆく。

 魔女の体が沈みきった後に残ったのは羽織っていたマンテラのみで、もう小屋の中に魔女の気配は無く、静寂だけがその場を支配していた。

 

 

 

━━━ライバッハ率いる臨時大隊がエイン砦から魔女の棲む黒き森へ出陣する当日

 

 

 

「これはこれは、遠路遥々(えんろはるばる)ようこそお()で下さいました。アイユーブ管区長殿」

 

 カサンドラ王国の国都にある王宮。

 その謁見の間で国王であるカサンドラ三世は王座から立ち上がり重臣達と共に旧教会からの来訪者、カサンドラ王国を含むこの辺境地域一帯を管轄としているアイユーブ枢機卿を迎えていた。

 

「お気になさらないで下さい陛下。多忙な御身でありながら我等を迎えて入れて下された事を感謝いたします」

 

 聖職者然とした微笑みを浮かべながらアイユーブは(うやうや)しく礼を返し、彼の護衛たる十名の神聖騎士達も最敬礼をとる。

 

「余よりも(けい)の方こそが多忙であるだろうに、流石は教会の次代を担う傑物であるな」

 

 そう言ってカサンドラ三世はアイユーブを見る。

 この痩身長躯(そうしんちょうく)の男はまだ二十代後半という若さで枢機卿まで(のぼ)り詰めてた麒麟児である。

 そのため“黒い噂”も幾つか聞くが、半ば妬みによるものであり、こうやって言葉を交わす限りでは敬虔な聖職者でしかない。

 

「お褒め頂き恐悦至極に御座います。されど(わたくし)の様な若輩は大いなる()の威光を汚さぬよう日々精進するのみです」

 

 アイユーブの言葉にカサンドラ三世は鷹揚に頷いた。

 

「このまま立ち話もなんだろう。少々早いが晩餐の準備をしてある。どうかな?」

 

「喜んで」

 

 そう返したアイユーブを見た後、彼に付き従う神聖騎士達を一瞥して、

 

「貴殿等にも宮内の礼拝堂にて準備をさせた。旅の疲れを癒すが良い」

 

 最敬礼をしたままの“兜を外さない”神聖騎士にカサンドラ三世はそう言った。

 本来であれば国王との謁見で頭全体を覆う兜(フルフェイス)を外さないのは非礼中の非礼にあたるが、それを咎める者は国王を始めとして誰一人としていない。

 旧教会の【教王】直属の近衛兵団。その下部組織にあたる彼等は教会の枢機卿や大司教を守護する【盾】であり【剣】。つまり彼等の【武具】という認識でしかない。

 故に近衛兵と同じく彼等が人前で素顔を(さら)すのは教王と聖職者の神子(みこ)の前だけである。

 

「陛下の御慈悲に再度感謝致します」

 

 再びカサンドラ三世に礼を返し、アイユーブは控えている神聖騎士に目配せする。

 騎士達は僅かに頷くと旧教会からカサンドラ王国に派遣されている神父に連れられて謁見の場を後にした。

 

「我々も場を移すとしよう。こちらへ」

 

「はい」

 

 カサンドラ三世に促されてアイユーブが横へ並び、両者の後ろに重臣達が続く。

 談笑しながら一同は晩餐の間へと足を進めた。

 

 

 

━━━ナーガ及びハリガン達がライバッハ率いる臨時大隊を策にハメた直後

 

 

 

「………………くふっ」

 

 大断崖の斜面で噴き上げる爆炎と煙りを巨樹の小屋から遠眼鏡で観ながら一人の魔女が(こら)えきれず喜悦の笑いを溢す。

 

「くふっふっ、くははははは!あーっはっはっは!」

 

 全裸のまま小屋の窓辺に腰を掛け、片手でバンバンと窓辺を叩き、足をパタパタ振っている。

 白に近い薄紫の髪に凹凸のない華奢な体、背丈も小さく齢十ほどの少女が愉快愉快と笑い、腹を捩らせている。

 

「なんじゃあれは!?なんじゃなんじゃ!?ふははははは!見たかエリュー?人間共のあの呆けた(つら)!くふふふ!だ、駄目じゃ、腹が痛い!あーっ、………ご隠居方が観たらさぞかし悦んだじゃろうな。ぷっ~~~!」

 

「えぇ、遠眼鏡がないのではっきりとは見えませんが観てますよ【(かか)様】」

 

 エリューと呼ばれたマンテラを羽織った魔女、エリュシオーネは今だ笑いが治まらない少女の様な己が一族の【長】へ相槌を返す。

 

「それとあまり騒がないで下さい。一応(むこう)から見えないように擬装してありますが、下手をするとあの双子に見つかりますよ?」

 

「構うものか。ハインドラには幾らか貸しもある。見つかったところで(シラ)を切ればよい」

 

 エリュシオーネの憂いを切って捨て、長は遠眼鏡を斜面から望楼へと移す。

 

「やったのはレラかの?」

 

「でしょうね。当代のハインドラで炎を扱うのはあの子くらいですから。しかし、これ程大規模な魔法(モノ)は見たことありません」

 

「ふむ……魔女を捨て、森を下りた奴等の【先代】が戻ってきた訳でもあるまいし、やはりお前が見た男共の入れ知恵か」

 

 長の言葉に「おそらくは」とエリュシオーネは返す。

 魔法という異能を操る魔女は基本的にこんな回りくどい小細工はしない。

 特に戦う事に特化している者は自身の持つ魔法への矜持から、敵対者を正面から()()せ、叩き潰す事を良しとしている。

 しかし、

 

「こんな面白い事になるなら吾等も人間を子飼いにしてみるか?」

 

「…(かか)様」

 

 流石にそれは不味いと釘を刺すエリュシオーネに長は手を振って茶化す。

 

「冗談じゃ、そう怖い顔をするな。…おっ?ハリガン共が降りてきたの。………ほう、どちらも“悪くない”」

 

 ハリガン達と共に望楼から降りてきた二人の男(ナーガとカイム)を見て長はそう呟いた。

 一人はエリュシオーネと同じか一つ二つ年若い男。もう一人は自分とハリガンの間くらいの年齢の男。

 好みでいえば後者だが、前者も己が魔女を退き、子を作る時に(あて)がわれても受け入れられる程には容姿が整っている。

 

「さてと、観るものは見たし帰るとするかの。ご隠居方にも報告せねばならんし」

 

 座っている窓辺から“ふわり”と宙返りをして小屋の中へ入った長の言葉にエリュシオーネは(いぶか)し気な視線を送る。

 

「…てっきり奴等への交渉材料(嫌がらせ)のためにおばば様達には黙っているものだと思いましたが」

 

「馬鹿を言え。いくら吾がいい加減だろうと掟は掟じゃ。心苦しいがこんな面白…、掟破りは罰せねばならん。あぁ、困った困った」

 

(今絶対面白いって言った)

 

 また長の悪癖が出たなとエリュシオーネは内心溜め息を吐く。

 興味を持った事柄に対して躊躇無く首を突っ込み、自身も被害を(こうむ)ろうとも場を引っ掻き回して楽しむのが我等が長である。

 こうなると自分はおろか、“一応”同格である他の一族の長や長老衆にも止められない。

 

(せめて、こちらに被害が飛んで来なければ良いのだが…)

 

 そんな淡い希望を抱いていると、

 

「何をモタモタしておるエリュシオーネ!さっさと戻る準備をせい!」

 

 駄々をこねる子供の様にせっつかれた。

 

「……少々お待ちください」

 

 背を向けたまま気付かれないように息を吐き出してエリュシオーネは窓を閉めると、スレイマーヤ一族の長であるヴィータ・スールシャール・スレイマーヤへと向き直った。

 

 

 

━━━カサンドラ王国来賓用の晩餐の間にて

 

 

 

「教会の栄光に━━━」

「カサンドラ王国の繁栄に━━━」

 

 

 

『乾杯』

 

 

 

 カサンドラ三世とアイユーブ枢機卿が酒杯を掲げ唱和し、重臣達もそれに続く。

 その後は宮廷料理人が腕を振るった料理に舌鼓を打ちつつ談笑が始まる。

 話の内容としては今年の何々の作物は出来が良く豊作になるだろうから、自身の身内の自慢話などの当たり障りの無いもの。

 先の大戦から隣国の何処とはやっと和平が成立し徐々に国交が回復している。だが何処とはまだ緊張が続いており、出来るなら管区長であるアイユーブに間を取り持ってほしいなど、少々込み入った政治の話も挙がったが終始穏やかな会話であった。

 

「ところで陛下。魔女の森への侵攻作戦は如何ほど進んでおられますか?」

 

 晩餐のメインを食べ終え、談笑も途切れ始めた頃を見計らいアイユーブは【本題】を口にした。

 

『…』

 

 静寂。場の空気が冷やかに張り詰めてゆく。

 

「…準備は着々と整えられている。あの大戦からまだ数年しか経っていないが、我が国がここまで早く建て直せたのは間違いなく(けい)のお陰だ」

 

 そう言ってカサンドラ三世は謝辞を述べる。

 大戦と言っても何も大陸全てが巻き込まれた訳ではない。中央に近い北西の隣国同士の戦争が飛びに飛び火して北西全土と中央、東北の一部を巻き込んだのだ。

 

━━━戦乱に乗じて領土を増やそうとする国

 

━━━それを迎え撃つ国

 

━━━被害を最小限にするという名目で隣国と同盟を結び国同士の繋がりを強めようとする国

 

━━━同盟を笠に飲み込もうとする国

 

 など様々だったが、その真相は旧教会と新教会の【代理戦争】でしかなかった。

 なお、この事実を知っているのは両教会の上層部だけである。

 

「いえいえ、私共がしたことなどほんの些細なことです。全ては賢君たる陛下の手腕あってこそ」

 

「あれだけの援助を些細と?あまり卑下するものではないぞ管区長殿」

 

 アイユーブの言葉に僅かに呆れを乗せてカサンドラ三世は彼を(たしな)めた。

 

「必要以上の謙遜は必要以上の敵を知らずの内に作ることもある。気を付けられよ」

 

「…陛下の忠言、しかと胸に刻ませて頂きます」

 

 アイユーブは胸に手を置き頭を下げた。

 それを見たカサンドラ三世は話を本題へと戻す。

 

「さて、此度の侵攻作戦の指揮はゲオバルク将軍に一任している。…将軍、詳細を」

 

「はっ」

 

 国王から指示を受けた老将ゲオバルクが椅子から立ち上がる。

 

「今回の作戦の総指揮を任されたゲオバルクと申します。現段階では本日付でエイン砦から魔女の根城である黒の森へ傭兵を含めた総勢七百人の臨時大隊を先遣隊として派遣しました。彼等には本隊である我々が到着するまで魔女のを疲弊させる任を与えております」

 

 語られる作戦の説明にアイユーブは顎に手を置き思案顔になる。

 

「大隊規模の派遣ですか……、となると本隊の数は如何ほどになるのでしょう?」

 

「二千人を動員します」

 

 ゲオバルクの返答に驚いた様に目を見開き、カサンドラ三世へと視線を向けた。

 

「二千とは……随分と思い切りましたね」

 

 今のカサンドラ王国で二千人、いや、先遣隊を含めれば二千七百人。王都の他に抱えている三つの城郭都市に配置された守備兵を除けば、この数は今のカサンドラ王国の“全兵力”である。

 

「戦力を出し渋って失敗するよりも、持てる戦力を全てぶつけた方が最終的には被害が少ないだけの事だ。それに(けい)からの【情報】もある」

 

 そこでカサンドラ三世は一度言葉を区切る。

 

「…提供されたその情報により魔女共の数、魔法、砦の守備力、その他にも多くを知ることが出来た。感謝する」

 

「いえ、それこそ民拾者(みんしゅうしゃ)の力あってこそです」

 

 それを聞きカサンドラ三世は「なるほど」と納得して頷いた。

 民拾者(みんしゅうしゃ)とは旧教会における情報機関の総称であり、近衛兵団と神聖騎士団が旧教会の【武具】であるなら、民拾者(彼等)は旧教会の【目】と【耳】として機能している。

 だが、半分はアイユーブの【嘘】だ。

 いや、彼の言葉に嘘は無い。必要が無いから“語らなかっただけ”のこと。

 いかに民拾者と言えども魔女の血界を完全にくぐり抜けることは不可能である。

 それを(おくび)にも出さず、アイユーブはカサンドラ三世からゲオバルクへと視線を戻して問いかけた。

 

「ゲオバルク殿、侵攻の具体的な日程をお聞きしてもよろしいてしょうか?」

 

「はい、これより十日後、二千の人員をエイン砦へ集め、更に十日かけて武装と兵糧などを準備、作戦の方針を煮詰めた上で万全の状態で出陣いたします」

 

 過剰なまでに慎重だなとアイユーブは思う。

 出来ることなら後十日、いや五日早く出陣してほしいのだが、ある意味カサンドラ王国の未来を左右する一戦である。ともなれば致し方無しと思うことにした。

 アイユーブは立ち上がり賛辞を送る。

 

「素晴らしい。魔女の討滅こそ人の繁栄、そしてカサンドラ王国の繁栄に繋がります。我等が偉大なる父の加護の下、王国の勝利は必然となりましょう」

 

 アイユーブの言葉に張り詰めていた場に【熱】が帯びる。

 

「神の名の下、異端者に破滅の鉄槌を、永劫の苦しみを、そして王国に輝かしき栄光と繁栄を!」

 

 アイユーブが酒杯を掲げる。国王も重臣達も立ち上がり酒杯を掲げた。

 

「我等に栄光と繁栄を!」

『栄光と繁栄を!』

 

 カサンドラ三世に続き重臣達も声を張り上げた。

 

(そう、これで準備は整った)

 

 彼等を見てアイユーブは満足気に笑みを溢す。

 

(あの異端者共を完全に滅する為には“露払い”も大事ですからね………)

 

 そんな己の語った【嘘】と【本音】を笑顔(仮面)の内に隠しながら。

 

 

 

 これを基点に世界は胎動する。

 後に、とある国の立国史、または歴史書に「魔女の反乱」と書かれる一連の戦乱。

 その始まりに(しょ)される第一戦の火蓋が切って落とされようとしていた。




 時系列で混乱されているかもしれませんが簡単に表すと、

王国の晩餐→カイムが来る三日前
覗き見→カイムが来てから二日後
爆笑&チクリ→カイムが来てから四日後

 となります。
 落ち龍原作をお読みになっている読者様的には今回の出てきた登場人物全員が誰だテメェ状態ですがDODクロスの影響だと思ってご容赦下さい。
 それと武器物語のカイムの剣は日曜日の深夜から月曜日の昼頃投稿します。
 人物表もとい人物紹介は活動報告に載せることにしました。早ければ来週の水・木曜日辺りに掲載しようと思います(三人程の予定です)。
 ここまで読んでくださった方
 感想を書いてくださった方
 お気に入りに登録してくださった方
 評価をしてくださった方
 皆様に多大な感謝を
 これからもマイペースではありますが「堕ちてきた元契約者は何を刻むのか」をよろしくお願いいたします。

 では、また二章でお会いしましょう。


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武器物語 カイムの剣

 すみません。予定を大幅に遅れて本当にすみません。
 オリジナル色が強くて好き嫌いが別れると思いますがそこはご容赦下さい。

 ではさらっと読んで下さい。

報告

 活動報告に以下の人物紹介を掲載しました。 

 カイム・カールレオン

 ナーガ

 ハリガン・ハリウェイ・ハインドラ


本作オリジナル要素が多く入ります。

* マークがある場合注釈が入ります。

 

 

 

 

 

 

カイムの剣 

 

 

深化Lv  MAX*1

 

分類   ロングソード

 

攻撃範囲 広い

 

重量   やや重い*1

 

切れ味  すごく良く切れる*1

 

魔法   ブレイジングウィング

 

     掌から1~8発の火球を打ち出す。

     また8発の火球を一つに束ねること

     によって火竜の息吹きに匹敵する

     火力を出すことも出来る。

     主に牽制や面制圧などに使われる。

 

 

 

物語1

 

 小国に新たな王が誕生した。

 厳格でありながら慈悲深く、他国の王の様に絢爛豪華(けんらんごうか)を誇示することもなく剛健質実(ごうけんしつじつ)を旨として妻を愛し、臣を愛し、民を愛する王だった。

 そんな王がある日、とある鍛治師の一族に一振りの剣を依頼する。

 

「最高の一振りを作ってくれ」

 

 王にしては珍しく資金にも材料にも糸目を付けず、それらを鍛治師に提供していた。

 家臣達も最初は首を捻っていたが数日後、王妃が身籠ったのだと報告された。

 国を護るため、何より生まれてくる我が子を護るために守護の象徴として剣が欲しかったと王は語る。

 その剣の名は━━━

 

 

 

物語2

 

 「逃げよ!」

 

 最愛の子等を背に王は叫び、妻を殺害した竜と対峙する。

 その日は長子である王子の誕生日だった。家族だけで祝うために警備の家来達を出払わせていたのが凶となった。

 王は王子に剣の由来を話し、自身の王位を継ぎ、即位した暁には銘と共に(これ)を贈ろうと話していた。

 竜が去り、王の血で汚れたその剣は報復を誓う王子へと渡る。

 かつて守護を願われながらも、今は怨讐(えんしゅう)に振るわれる剣はその鋭さを増してゆく。

 その剣の名は━━━

 

 

 

物語3

 

 振り下ろす。父と母の仇のために

 振り下ろす。妹と友の無念のために

 振り下ろす。散っていった臣民のために

 振り下ろす。己の怒りのために

 振り下ろす。己の宿願のために

 振り下ろす。憎い憎い敵へと

 振り下ろす。返り血を浴びて

 振り下ろす。幾度も返り血を浴びて

 振り下ろす。敵を切リ殺す

 振り下ろす。敵のチを浴びて

 フり下ろす。テキの肉を切りサいて

 振りオろす。敵の臓モツを貫イて

 振り下ろす。振り下ろす。

 振り下ろす。振リ下ろす。

 振り下ろす。振り下ロす。

 フりオろす。フリオロス。

 奪ワれたモノを奪うタめに昨日も今日モ明日も剣ヲ振り下ろス。

 そノ剣のナハ━━━

 

 

 

物語4

 

 男は突き進んだ。そこに救いはないと解りながらも突き進んだ。

 仇を討つまでは死ねぬと契約した。

 利用できると他の契約者を巻き込んだ。

 再開した妹と親友(とも)に目もくれず、己の都合の悪さをひた隠して。

 だから失った。

 仲間を護れず、妹を拒絶し、親友を切り伏せた。

 そして今、己が半身と訣別(けつべつ)する。

 半身は言う。どちらかの命を選べと。

 男は自分を選び半身に剣を振り(かざ)した。

 半身は誇っていた。

 己を切り殺し、悔悟(かいご)に囚われる男に言葉を紡ぐ。

 

『強くなったな』

 

 それは男にとって呪いであった。

 それは男にとって祝福であった。

 そして男は突き進む。最初に交わせた誓いのために半身の言葉を胸に突き進む。

 その先には破滅しかないと解りながらも剣を振るい突き進み続ける。

 その男と剣の名は━━━

 

 

 

 

 

 

*1 カイムの武器の中で最も多くの敵を切り殺した為に【深化】(以降武器の成長をこれで表します)して重量と切れ味が増しています。




 如何だったでしょうか?
 この作品のDODはCルートを基準に他のルートのあれこれをちょいちょい摘まんでいるため、この様な仕上がりになりました。
 読者の皆さんに少しでも楽しめて頂けたのなら幸いです。

 では、また二章でお会いしましょう。


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第二章一節 過去

 お、お久しぶりでございます。

『堕ちてきた元契約者は何を刻むのか』

 第二章開幕です。
 今年も拙作をよろしくお願いいたします。

 第二章からは冒頭の視点がカイムからナーガへと変わります。
 だらだらとした日常回ですが気軽にお読み下さい。

 あと武器物語にも書きましたが活動報告に人物紹介を書きました。
 気が向いて時間があればお読み下さい。


 

 

 

『…聞いたか?また___がまたやらかしたらしいぞ』

 

『___は(なに)(ゆえ)あのような___を………』

 

 声が聞こえる。

 

(…誰だ?)

 

『__何をなさっているのですか!貴方様は将来この___を背負うのですぞ!恥ずかしくないのですか!?』

 

『__……その様な(げん)をなされては我が___の品位が損なわれます。どうかご自重(じちょう)を』

 

 また聞こえた。これは、

 

(俺に、言っているのか?)

 

『ああ…この子は大きくなるにつれ、何故あの様な奇言(きげん)奇行(きこう)を……_は悲しゅうございます』

 

(なげ)かわしい、本当に(なげ)かわしい』

 

 いくつも声が聞こえてくる。そのどれもが、

 

(俺への悪態…か?)

 

 滝のように様々な声が耳に流れ込んでくる。

 しかもその全てが俺への悪態だ。

 嘆き、侮蔑、不快、困惑、軽視、

 

(………耳障りったらありゃしねぇ)

 

 途中で耳を塞いでみたが、そんなことで声が遮られることもなく頭の中にまで響いてくる始末だ。

 

『あの_つ_では__家は衰退するだけだ!やはり__様こそが…』

 

『しっ、声が大き過ぎるぞ。ああ見えて(みみ)(ざと)い御方だ、何処で聞かれているか分からん』

 

 誰も彼もが似たような事ばかり、次第に頭や体の中が()()()()()

 

(黙れ、_つ_はお前らの方だ。積もった埃を払うことも出来ない物置共め)

 

『_様、__様は_様に期待しておられるのです。どうか、どうかその様な言動は……』

 

『家格とは礼節と品位を持ってこそ(たも)たれるのです。そしてそれは御先祖様方が代々守ってきたからこそ………』

 

 疑問に思って何かを言う度に、

 疑問に思って何かを行う度に、

 

(あーあー五月蝿(うるさ)い、そんなことは百も承知している。代々からの【伝統】を守り、【歴史】という石垣を積んでこそ御家はその格を上げて行くのなんざわかってる。だが、今のやり方では()()()()()()()()()。それを頭ごなしに…、()()誰も理解して(わかって)くれない?)

 

『_つ_』

 

 別に俺は先祖方が積み上げてきた伝統や歴史(それら)全てを否定している訳ではない。

 

『__け』

 

 ただ、時代は変わる。

 それに適応出来ないモノは悪弊()へと変わるだけだというのに。

 

『う__』

 

 埃は払わなくてはならない。

 それなのに、まるでそれを至宝とでも言うように積み上げて行く。

 

『_つけ』

 

 馬鹿らしいバカらしいばからしい。

 だから()()を言ってやってるのに、

 だから()()を見せてやってるのに、

 

『う_け』

 

 奴等の反応は皆同じだ。

 そして陰で俺を馬鹿にする。

 

『うつ_』

 

 お前等が俺を理解出来ない様に、俺にはお前等が理解出来ない。

 何故だ、何故なんだ。

 

()()()

 

 もういい、聞き飽きたし疲れた。

 誰も耳を貸さないのなら、誰も信じてくれないのなら。

 

(もう、それ(うつけ)でいい………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、___よ、その話、もう少し詳しく言ってみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、()()()()()()

 

「…くく、はははは!そうかそうか古臭いか!これは一本取られた。はっはっはっはっはっ!」

 

 __殿だけは聞いて、笑ってくれた。

 

「決めたぞ吉__。お前が継げ、お前がこの_田家を大きくしてみせろ」

 

 あの時の__殿の顔が今でも目に焼き付いている。

 ()で見せる何時もの厳格な澄まし顔ではなく、不敵で、いっそ悪ガキの様な()の笑顔。

 

(ああ、ああ!任せろ()()殿()!必ずこの_張を、この織_家を、今の何倍にも何十倍にもしてみせる。見ていてくれ!)

 

 歪みそうになる視界を同じ様な笑顔(つら)で誤魔化して、震えそうになる声を大声でかき消した。

 認めてくれた親父殿のために、

 信じてくれた親父殿のために、

 

(その為ならば、俺は━━━━)

 

 

 

 

 

「んっ………んん~…朝か」

 

 床から起き上がり伸びをする。

 妙な夢を見た気がした。ずいぶん胸糞悪かったが不思議と不快ではない。

 嫌な夢だったが忘れようとは思えない、そんな夢。

 

「………」

 

 初夏のせいか寝汗で少し気持ち悪い。

 洗い流そうと(ふんどし)姿のまま外にある井戸へと向かう。

 

「………」

 

 数度水を頭からかぶると、程よく()えたそれが体を()まし意識を締め上げる。

 

(たぶんアレは……俺が忘れた【過去】だ)

 

 もう朧気(おぼろげ)(それ)を冷静に分析する。

 あまり良い扱いはされてなかったのだろう。

 うつけうつけと蔑まれて、馬鹿にされて。

 

(だけど___だけは………………()()?)

 

 思い出そうとするが、もはや()()は霧の中だ。

 

(駄目だ……思い出せ。きっと、それだけは忘れちゃ駄目だ)

 

 必死に頭の中の霧をかき分けるが、大切なそれは煙の如く消えてしまった。

 

(陰口だけはしっかりと覚えているくせによ)

 

 ああ、我ながら腹が立つ。一番忘れてはならないものを忘れてしまう己に腹が立つ。

 

「……くそっ」

 

 気付けば唇を噛み切っていた。

 口の中に鉛の味が広がっていく。

 

「………」

 

 落ち着け、思い出せないものは思い出せない。

 そんなものに時を()()()()な、それでは()()()だ。

 そう自分に言い聞かせて大きく息を吐きだし、水気を払うように髪をかきあげで意識を切り替える。

 

風雲(かざぐも)稲妻(いなずま)の所に行くか…」

 

 持ってきた上着と(つつ)(ばかま)を身につけると二頭の馬がいる広場へと足を向けた。

 俺達がカサンドラを追い払い、本拠地である三の砦に戻って2日。

 一の砦にはクゥ、リンネ、リンナと入れ替わりで今はレラ、ケイ、セレナ、ユウキが詰めている。

 本来ならユウキまで残る必要はなかったのだが、とある()()のためにハリガンとアイスに口添えしてもらいながら俺が(おが)み倒したのだ。

 

(そういやケイも(ひど)く残念そうな顔をしてたな)

 

 ケイに関しては又聞きなのだが、どうやらカイムに用向きがあったらしい。

 しかし、こちらはユウキと違って長であるハリガンからの(めい)だ。こればかりは間が悪かったとしか言い様がない。

 

「……ん?」

 

 あれこれ()()()()と考えて広場に着くと先客がいた。

 カイムだ。

 

「朝っぱらから元気だねぇ」

 

 そう呟きながら素振りをしているカイムを少しだけ見学することにした。

 上着を脱ぎ、まだ幾らか包帯が取れていない上半身と(ひたい)に汗を滲ませながら一心不乱に剣を振っている。

 

(しっかしアレだけの大怪我がもう()()()()()()()とか、あいつの体どうなってんだ?)

 

 中段から(から)(たけ)、一文字、受け、払い、胴抜き、

 

 あの傷の深さは治療してから5日6日程度で治るような代物ではなかった。

 

 袈裟(けさ)、左斬り上げ、受け、払い、突き、

 

 しかし、現に深手だった箇所以外の傷は癒え、(あと)も残っていない。

 

 袈裟、逆袈裟、(さか)(かぜ)、受け、逆胴、

 

 もはや俺達とは【別種】の生き物だと言われても納得してしまいそうだ。

 

 右斬り上げ、逆袈裟、払い、払い、唐竹、中段。

 

(これで一通りか。すげぇな、あれだけ速く激しく振り回してるのに剣筋も体の芯もまったくブレてねぇ)

 

 淡々としているが作業になっておらず、一太刀一太刀全てに必殺の意気が込められている。

 やっているのは基礎振りだけだが、これだけでカイムの技量の高さが分かる。

 初めて会った時は実践仕込みの荒っぽい剣術だと思っていたが、真実はその逆。

 今観ている極限まで練られた基礎こそがこの男の剣術の()なのだ。

 

「さてと」

 

 見学を中断して、馬の方へと歩き出す。

 広場の片隅に急造で作られた簡易の厩舎(きゅうしゃ)から既に二頭の馬は顔を覗かせており、俺を見つけた風雲は静かにこちらを見つめ、稲妻は一声鳴いて出迎えてくれた。

 

「おはよう風雲、稲妻。ちょっと待ってな」

 

 挨拶返して広場の近くに流れている小川から水を酌んでくる。

 酌んできた水を布に含ませ絞る。

 

「飯の前に()(だしな)みからな」

 

 そうして風雲の顔を拭こうとすると、

 

 

 

━━━カプリ

 

 

 

「痛ぇ!?いってぇ!?い、稲妻、頭を噛むな!痛い痛い痛い!わかった、わかったから!お前からな!だから噛むな!」

 

 稲妻に頭を噛まれた上、髪を唾液まみれにされた。

 これが()()()()ならまだ可愛い気があるのだが、こいつの場合はただの(わが)(まま)だから(たち)が悪い。

 のんびりした風雲とは反対に稲妻(こいつ)は気が強くて神経質だ。

 互いに仲が悪い訳でもないのに稲妻が一方的に風雲と張り合っている。

 餌はより多く食べ。

 走ればより速く、長く走ろうとする。

 今の手入れにしても自分の方が優れているのだから風雲(やつ)よりも自分が先だと主張しているだけなのである。

 

「ったく、この(へん)(くつ)馬は…」

 

 軽く悪態ついて目ヤニ取りから始める。

 それが終わると顔を拭き、そのまま首、(たてがみ)から(ぜん)()へ、胴に戻り(まん)(べん)なく、そして(こう)()、最後に尻尾。

 次に倉庫で埃を被っていた古びた()()で顔以外を同じ手順で行う。

 仕上げに(ひずめ)の具合を確認して糞を処理すれば手入れは完了である。

 

「ふう…」

 

 およそ半刻(約一時間)かけて二頭の世話が終わる。餌はハリガン達がまだ起きてこないので後回しだ。

 唾液が乾いてとんでもないことになっている髪を小川でせっせと洗い、広場に戻ってくるとカイムはまだ訓練を行っていた。

 

(まだやってんのかよ?あそこまで行くと気狂いだな……)

 

 流れる落ちる汗と共に包帯から血が滲んでいるが、それをまったく意に介していない。

 もはや執念すら生易しい程の気迫だ。

 今は素振りを終え、一人稽古へと移っている。

 

(…さっきと違って()()()()な)

 

 素振りの時は完成した、ある種の美しささえ見せていたカイムの剣術は、見違えるほど荒々しいモノへと変貌している。

 けっして()をしている訳ではない。実戦のために己の体に合わせて()を変えたのだ。

 その証拠に先程と同じく剣筋も体の芯もブレていない。

 

「………」

 

 少し、(いた)(ずら)(ごころ)(かま)(くび)をもたげる。

 

「………」

 

 俺には気づいているだろうが、眼中に入れていないカイムの死角を突くようにゆっくり移動する。

 

「………」

 

 ついでに親指程の小石をさり気無く拾う。

 

「………」

 

 そして、カイムが俺に真後ろを向けた瞬間。

 

(そら!)

 

 小石を(とう)(てき)武器の要領で頭に投げつけた。

 

「…!」

 

 しかし、小石が頭に当たるより先にカイムが振り向き様にそれを両断する。

 

()()(ごと)!」

 

 拍手と共に喝采を送る。

 対して邪魔をするなと言わんばかりにカイムは睨みつけてきた。

 

「おはようさん。精を出すのも良いがそろそろ終いだ。またハリガンの(あり)(がた)ーい説法を聞きたいのなら止めはしないが?」

 

 そう言ってやるとカイムは別の形に顔を歪め、剣を下ろす。

 そのまま近くの木に立て掛けてあった鞘へ剣を戻し、代わりに用意していた布を手に取ると汗を拭き始めた。

 

「もうすぐ朝飯だ。一緒に戻ろうぜ」

 

「……先に行け」

 

 こちらの提案をバッサリ斬り捨てるが、

 

「んなつれないこと言うなよ。どうせ飯食った後も俺やハリガンと()()なんだ。楽しく行こうと思わないか?」

 

 そんな俺の返しに盛大に舌打ちをすると、

 

「厄日だ」

 

 そう呟いた。

 

「馬鹿言え、ユウキが戻ってくるまでは(あん)(そく)だ。あんたは放っておくと一日中剣を振り回してそうだからな」

 

 ユウキに頼んである用事の()()()()ではまた慌ただしくなる。

 この(いくさ)(たっ)(しゃ)な男に限って万が一にも無いだろうが、ここぞという時にへばられては困るのだ。

 

「何をしていようと俺の勝手だ」

 

 汗を拭き終わり、上着を着るとカイムはそう言い捨てて歩き出した。

 

「ったく……あんた絶っ対友達少なかっただろ?顔は悪くないんだからもう少し愛想ってものをだな━━━」

 

 呆れながら後を追うように俺も続く。

 雲一つない晴天の下、次の戦いに向けた安息の日が始まった。




 DODとのクロスなのに全然戦闘シーンがなくて、落ち龍とのクロスなのに女っ気が全然ない………。
 野郎二人がただ駄弁ってるだけ………。

 やめて!石投げないで!

 これから!これから敵も味方も大暴れさせるから!
 ホントダヨ?ホントダカラネ?

 では、また次回お会いしましょう。


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第二章二節 魔法

 前回に引き続き日常回です。

 なお、今話はほぼ完全なオリジナル回となります。
 作者の独自考察、設定改変、ご都合主義、妄想等々が多分に含まれていますので両原作を知る読者の方々は注意して下さい。
 したがって今回、前半は読まなくても問題なし&後ろの部分だけ読んでいただければ十分でございます。

 すまない。何故かは分からないがメチャクチャ筆がノッてしまったんだ。本当にすまない。

 では、気楽にお読み下さい。


 

 

 

 意外、と言えば語弊があるだろうが(いくさ)のない魔女達の生活は結構()(ゆう)()(まま)だ。

 全員揃っての朝食を食べ終わると(おの)(おの)が炊事、洗濯、掃除、伝書鳩の世話などその日の担当の仕事に取りかかる。

 それが終われば後は各自がその時の気分によって行動するのだ。

 ある魔女は読書に(いそ)しみ、

 ある魔女は森を散策し、

 ある魔女は乗馬で遊び、

 ある魔女は己の魔法を研鑽する。

 

「【魔法球(スフィア)】?」

 

 そしてある魔女、いや俺とハリガンを含む数人はカイムの世界の魔法を本人から聞き出していた。

 

「そうだ。…発生した()()溜まりに己の魔力を付加(エンチャント)する事で、そいつだけが使える魔法球を作り出す。俺では傷を癒したり衝撃波を放つくらいしかできないが………使い捨ての(かん)()魔法とでも思っておけ」

 

 専門的な用語があるため()(しゃく)するのに多少四苦八苦している俺を置いてけぼりに、ハリガンは熱心に紙に筆を走らせながら時折その魔法の詳細や捕捉をカイムに(うなが)していた。

 カイムの方もハリガンからの問いに非常に面倒臭げに返している。

 事の始まりは3日前。

 俺達がカサンドラ軍を退けて三の砦に戻ってきた直後、

 

「今回の礼に何か欲しいものはないか?」

 

 というハリガンの言葉に俺とカイムが要望を伝えた時、話の流れでカイムがうっかり自分の世界の魔法に関して(げん)(きゅう)した事が原因だ。

 まあ、その後はお(さっ)しである。

 知識欲を刺激されたハリガンが良い機会だから教えてくれとせがみ出したのだ。

 当然の如く拒否するカイム。

 そこへ興味半分、悪乗り半分の俺が()(くつ)()()(くつ)(くち)(はっ)(ちょう)で今回限りと渋々納得させてハリガン以外からの質疑応答には答えない条件の下、その場にいたアイスにエレオノーザ、話を聞きつけたランジュの計六人で本日の昼飯までの一刻半(約三時間)、講義が開かれる(はこ)びとなった。

 

「ずいぶん便利だな」

 

「そうでもない。高位の魔術師でなければ採取も持ち運びも出来ないし、自然発生するなど(まれ)だ。俺が使っていたのは(ぐう)(はつ)的にできた人工のモノだ」

 

 嫌々ながらも律儀に答えを返しているのは後々聞き返えされるのが嫌で今のうちに(あら)(かた)を話してしまおうという魂胆なのだろう。

 もしくは、

 

「偶発的にできるとは?」

 

「単純だ。()()()()()()()()で発生する」

 

 それが戦に起因しているから、だ。

 空気が、少し張り詰める。

 

「俺のいた世界では戦場で敵味方の魔術師共が魔法を射ち合うなど珍しくなかった。殺すために魔法を射ち、身を守るために魔法を使う。……結果として大地や大気中の()()の濃度が上がり、そこに何らかの要因が混ざる事で魔素溜まりができ上がる」

 

「…例えば?」

 

「詳しくは知らない。だが、俺の場合は敵を殺した時に発生していたな」

 

 これまたずいぶんと物騒な話である。

 

「…………では、自然発生の場合はどうなる?」

 

 部屋に(ただよ)う空気を変えるため、ハリガンは言葉を(つむ)ぐ。

 

「分類上、自然発生と言ったが正しく言えば【妖精(フェアリー)】や【精霊(エレメンタル)】など、()()()()()()共が作ったモノを指す。奴等が(たくわ)えに作ったり、作ったはいいが放置した魔素溜まりがそれだ。人工に比べて純度も質も桁違いでな、治癒として使えば致命傷すら瞬時に癒すことができる」

 

「ほう、それはまた………………カイム、今、何と言った?」

 

「…聞いていなかったのか?妖精や精霊が「お主の世界では妖精や精霊が人前に姿を現すのか!?」………………」

 

 言葉を(さえぎ)りハリガンは身を乗り出してカイムへと詰め寄った。

 

「………話が()れる」

 

「少しくらいよいではないか!吾等の世界では━━━」

 

 カイムが目を瞑り、片手で頭を押さえ始める。指の隙間から見える眉間の皺の深さが内情を物語っていた。

 

(何か話す度に()()だからなぁ)

 

 御愁傷様、と胸の内で労いの言葉をかける。

 

(まあ、こうやって端から見ている分には飽きないが)

 

 二百人の軍隊を正面から相手取って退けた(いくさ)(おに)が一人の女に手を焼いている光景はどこか滑稽な面白さがある。

 閑話休題(それはそれとして)

 

(ハリガン………(あっ)(ぱれ)也)

 

 ちなみに今回カイムに質問できるのがハリガンだけとあって俺もアイス達も二人から少し後ろへ離れている。

 つまりはハリガンが身を乗り出すと必然的にこちらへ凶悪な(それ)を突きだす形となるのだ。

 

(眼福、まさに眼福!)

 

 その大きさは幾人もの丈夫な子を(やす)(やす)と産んでくれることを想像させ、見事な桃の曲線美は思わず頬擦りしてしまいたくなるような(みず)(みず)しい張りと柔らかさを誇っていた。

 指でつついてみたい、両手で撫で回してみたい、思う存分頬擦りしたい、何なら少し歯を立てて、

 

「…ナーガさん?」

 

 アイスが笑顔のまま、少し低い声で(たず)ねてきた。

 いや待て、待ってくれアイス。あんな凶器(もの)を見せられたら男なら誰だってそうなる。

 現にカイムだって目の前で揺らされている(おお)(だま)に、

 

(まったく見てねぇな………)

 

 爆乳(それ)に何の価値も無いかの様に、力説しているハリガンを頬杖しながら鬱陶しそうに睨みつけている。

 見ろよ。男の義務と使命にかけて。

 

「ところで今カイムが言ってた()()()()()()()()()()?ってのは何だ?」

 

 そんな葛藤など(おもて)に出さず、しれっとアイスに話題を振る。

 アイスも「まったく…」とジト目を向けてきたが、すぐに答えを返してくれた。

 

妖精(フェアリー)精霊(エレメンタル)、です。私達の知るそれと彼の知るそれが同じかは分かりませんが……そうですね、まず妖精から話しましょうか」

 

 そう言うとアイスは掌を出してきた。

 

「古い書物や伝聞では背に羽を生やしていて、手に乗れるくらいの小さな小人です。私達の様に魔法を行使する力を持ち、無邪気で善くも悪くも(いた)(ずら)好きな子供の様な性格をしていると言われていますね」

 

「話に聞くだけなら結構可愛らしいな」

 

「それがそうでもないんだよね」

 

 俺の感想に魔女の中でも珍しい(あか)(ぶち)眼鏡と一房に編み込んだ淡い若葉色の髪を前に流しているエレオノーザが合いの手を入れてきた。

 

「何でだ?」

 

「言ったでしょう?()()()()()()()()()()だと。その悪戯が時には人を殺めてしまう事があるのです」

 

 そして疑問にはアイスが答える。

 

「彼等にはその悪戯が面白いかどうかだけで人の生き死には関係がありません。例えば気まぐれに人を森の中で迷わせ、困っているのを楽しんだ後はその人を迷わせたまま放置してしまうのです。結果としてその人が獣に捕食されたり、餓死してしまったとしても、そこに何の興味も示しません。彼等の悪戯は()()()()()()()()のですから」

 

「…なるほど、そりゃあ厄介だ」

 

 興味のなくなった玩具を捨てる。それは正しく子供の様な気まぐれさだ。

 そんな理由で捨てられた(殺された)奴等はたまったものではないだろうが。

 

「だけど()()悪戯があるなら、()()悪戯もあるってことだよな?」

 

 俺の返しにアイスは頷く。

 

「その通りです。何らかの理由で気に入った人物へ妖精は吉凶を報せると言いわれています。その人の欲しているモノを盗んできたり、凶事を最悪の悪夢で見せたり」

 

「……それが善い悪戯か?」

 

「はい、あくまで【悪戯】ですから」

 

 何ともはや。

 

(はた)(めい)(わく)過ぎる………」

 

 自己中心の体現。

 刹那の快楽者。

 それが妖精に対する俺の印象だ。

 

「妖精がとんでもない厄介者だってことはよく分かった。じゃあ精霊ってのは?」

 

「精霊の方は、うーん……詳しく話すと長くなりますし」

 

 人差し指をアゴにおいて悩むアイスに、

 

「何も事細かに教える必要はないだろう?」

 

 今まで黙っていたランジュが助け船を出した。

 灰色に近い銀髪で毛先や両脇の(かん)(づか)が黒に染まっている。

 (なまめ)かしい体には墨の様な薄黒い布を貼りつけており、他の魔女達よりも質素な装飾も相まって体の線が完全に(あらわ)になっている。

 

「じゃあお願いしてもいいかしら?私だと長くなっちゃいそうだし」

 

「わかった」

 

 ランジュは頷くとこちらへ目を向け、淡々としながらも何処かのんびりとした口調で話し始めた。

 

「とりあえず大雑把に要約するので(てき)()質問で返してくれ」

 

「ああ」

 

 そう言って頷き返す。

 

「では、精霊とは火や風や水等が意思を持ち言語を介する存在、と言えば想像しやすいか?加えて我々魔女ともそれなりに関係がある」

 

「…それはちょっと大雑把すぎないかしら?」

 

 苦笑するアイスにランジュは首を振る。

 

「知識の無い者にはこれくらいが丁度良い。半端な知識は半端な勘違いになるだけだ。それならば彼からの質問に丁寧に答えた方が効率がいい」

 

(…なるほど)

 

 面と向かって話すのはこれが初めてだが、俺の中でランジュの評価が上がってゆく。

 

「それじゃあ質問だ。その精霊とやらは妖精と何が違うんだ?って言うかあんた等は見たことあるのか?」

 

 まずは根本的な所から問うことにした。

 

「一つめの問いだが、一番の違いはその在り方だろうな。妖精が【無邪気な子供】なら精霊は【無関心な調停者】と言ったところだ。妖精の違って特定の姿を持たず、余程の事がなければ人に関わろうともしない」

 

 こちらも話しを聞くだけなら無害そうだが、

 

「二つめに、わたし達は見たことがない。この黒い森でも妖精の悪戯とされる事件はここ数年何度かあったが、精霊が最後に姿を現したのは今から五十年ほど前の災害の直前だ」

 

「災害の直前ねぇ……もしかして「危ないから逃げろ」とでも警告しに来たのか?」

 

(おおむ)ね間違ってはいない。正確には()()()ではなく()()、もしくは()()()()()()()()()、だそうだ」

 

 半ば冗談で言ったのだがまさか当たるとは。

 

「警告してやるから何とかしろとはまた………自分達は何もしないのか?」

 

 その疑問にランジュは頷く。

 

「何もしない。彼等の懸念は災害によって住みかであるこの森が荒れ果ててしまう事。とは言っても自分達が死ぬ訳ではないし、最悪荒れ果ててもそれが癒えるまでの月日を待てばいい。極端に言えば災害によってわたし達が死んだり、何処かへ移住しても精霊にはどうでもいい事柄だ。警告しに来るのは()()()()()()()()()場合の時だけ」

 

 利害の一致。互いの住みかが荒れるのは困るから精霊は事前の情報を、魔女達は防ぐための行動を、か。

 

「にしては一方的過ぎ…ああ、だから【無関心】なのか」

 

「そうだ」

 

 妖精と同じく自己中心ではあるが、個人的には利害で行動する精霊(こちら)の方が好感が持てる。あくまで妖精比べたら、だが。

 

「精霊についてはよく分かった。でも、それとは別口であんた等と何か関係があるんだろ?」

 

「その通り。精霊は「それに精霊は吾等が(あが)める守護天の化身とも言われておるのだ!」」

 

 一際大きいハリガンの声に俺達は顔を向ける。

 

「そも、吾等の祖である偉大なる魔女エキドナは(あま)()の精霊達と()()し、(魔法)を授かったと言われておる。ああ、守護天というのは━━━」 

 

「…という訳だ」

 

「なるほどねぇ」

 

 ランジュの締めにそう(あい)(づち)を返す。

 カイムはというと、ハリガンの熱弁に不機嫌ではあるものの若干聞き入っている。

 現金と言えばそれまでだが、何か琴線に触れる内容があったのだろうか。

 閑話休題(それはそれとして)

 

「ハリガン、そろそろ話を元に戻した方がいい」

 

「ええい!よい所で邪魔をするな!」

 

「どこぞの(だい)(かん)かあんたは?いい加減にしないとカイムが本気でヘソを曲げるぞ?」

 

「む………」

 

 やっと大人しくなったハリガンに言葉を畳み掛ける。

 

()()()あくまでカイムの世界の魔法についてだ。もう昼飯まで時間もそんなにある訳じゃない。後々になって「聞きそびれた!」なんて後悔したくないだろ?」

 

 さりげなく今回という言葉を強調する。

 

「………それも、そうだな。…すまなかったなカイム。話を続けてくれ」

 

 俺の意図を察したのかハリガンは一つ咳払いをするとカイムに話の続きを促した。

 同じく意図を察したカイムは余計なことを言うなと言わんばかりにジト目で睨んでくる。

 

(助け船を出してやったんだからそれくらい良いだろ?)

 

 口元を歪めつつ、そんな風に肩を(すく)めて返してやる。

 それに俺は今回みたいにまた講義を()()とは言ってない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と匂わせただけだ。

 

()に言葉とは難解な(都合のいい)ものだ)

 

 そうして昼飯までの間、カイムの難儀は続くのであった。

 

 

 

 

 

━━━時を同じくして、とある森の小川の(ほとり)

 

 

 

 

 

「あー、気持ちいいー」

 

 足の先を水に浸け、むくんだ場所を揉みほぐしていく。

 

(毎度の事だけど朝から【()(くう)(てい)】に立ちっぱなしは疲れるわね)

 

 目的地である()()()()まであと1リーガ(約4.8キロメートル)。

 空も荒れる予兆はないし、この調子なら日暮れまでには一の砦に帰れるだろう。

 

「………」

 

 それにしても、本当にナーガ(あの男)が言った様なことが起こっているのだろうか。

 

 

 

━━━おそらく今頃カサンドラは近くの拠点に兵を集めているはずだ。それを確かめて来てほしい。

 

━━━頼むよ。何もなければ俺の臆病な思い過ごしってことで(わら)ってくれても構わない。

 

━━━それにユウキだって定期的にカサンドラの拠点へ偵察に行ってるんだろ?それが早まったと思ってくれればいい。

 

━━━何も今すぐって訳じゃない。十分に休養をとった三日後にチラッと見てきてくれ。

 

 

 

 ハリ姉やアイスと一緒に拝み倒されて、仕方なくここまで来たわけだが、

 

「………」

 

 いや、言い訳はよそう。

 漠然とだけど、あいつの、あの男共の言っていたことは当たっている予感がする。

 

「…ん?」

 

 ガサリと、草木を分ける音がした。

 視線を向けると薄汚れた野暮な男が三人、こちらに近寄ってきた。

 

「なんだよ、人影が見えたからどんな奴かと思ったらガキじゃねえか」

 

「だがよ結構な上玉だし飾りも立派だぜ?嬢ちゃん、こんな所で何してんだ?」

 

 こっちを気遣う様に声をかけて来るが、(まっと)うな村人には見えない。そもそもこの近くに村などなかったはずだ。

 

(剣が二人、ナイフが一人)

 

 持っている獲物を確認する。ちゃんと手入れもしていない古びたナマクラだ。

 

「…人と待ち合わせしてるの。長旅で疲れてるからほっといてくれない?」

 

 魔女であることを隠すため、今のあたしは旅の行商人のような格好をしている。といっても上部だけで外套の下はいつもの格好なのだが。

 

「こんな人っ気のない所でか?そいつは危ねぇな、ここら辺は最近野盗がでるんだ。俺達と一緒にいたほうがいいぜ?」

 

「くくく、そうそう特別に護衛してやるよ。報酬はその荷物でどうだ?」

 

「何なら退屈しのぎに気持ちい~いコトしてやるよ」

 

 それぞれ思い思いに好き勝手話し始める。

 

「………」

 

 しつこい様なら少し脅して追い払おうと思ったけど、男達が浮かべているその【()()】を見て、気が変わった。

 

「助かったわ。これ重くて大変だったの」

 

 作り笑いをしながら先頭の男へ木箱を差し出す。

 

「へへっ、物分かりがいいじゃねえか。……あ?何も入ってね

 

 

 

ぇ?」

 

 男の首が地面へと落ちる。

 

「……てめ━━━!」

 

 二人目の男の胴体の数ヶ所から血が零れ、沈む。

 

「ひ、ひぃ!な、なんだお前!?」

 

 瞬く間に仲間を殺され、残った一人が叫ぶ。

 

「何って、見て分からない?」

 

 声に感情を乗せず、掌に風刃を作ってみせた。

 

「!?ま、まま、魔女!?」

 

 男の顔がみるみる青ざめていく。

 

「だ、だれ━━━」

 

 こちらに背を向けて逃げ出した男へ風刃を飛ばし、仕留める。

 

「あーあ、ここ気に入ってたんだけどな………」

 

 そう呟いて返り血の付いた外套と木箱を捨て、立て掛けてあった飛空艇に乗り、空へ舞い上がった。

 景観が綺麗だから毎回休憩場所に使っていたのだが、今の騒ぎでしばらく近づけなくなってしまった。

 

「さてと」

 

 十分な高度に達したのを確認して再び人間の砦へと飛空艇を走らせる。

 

「………」

 

 脳裏にさっき殺した男達の笑みとカイム(あの男)の笑みが重なる。

 どうしようもなく下品で憎くて怖い、()()()()()()()奴等の笑みと重なる。

 

(………わかってる)

 

 頭ではわかっているのだ。目的が何であれ、ナーガとカイム(あの二人)は私達を助けてくれた事を、

 

(わかってるけど………)

 

 頭ではわかっているのだ。魔女は与えられた恩には必ず報いらねばならない事も、

 

(けど………だけど!)

 

 それでも心が否定する。信じるなと、騙されるなと、奴等も母さんを殺した奴等と一緒だと、

 

 

 

━━━男を(ゆる)すなと

 

 

 

(だから………これは使命)

 

 ハリ姉と一族のみんなを守るための使命。

 そう自分に言い訳す(言い聞かせ)る。

 

「………」

 

 そして今、目的地である人間の砦の真上から下を見下ろす。

 すでに砦には見えるだけで千人ほどの兵士がおり、周囲には多くの天幕が張られ、さらには奴等の国へと繋がる道からも馬や馬車に乗った兵士達が蟻の様に続々と集まって来ている。

 

「やっぱり、あいつの言う通りになった」

 

 しかも最悪の結果で。思わず歯を食い縛った。

 今、こんな大群に攻められたら勝てない。

 

「早くハリ姉に報せないと!」

 

 飛空艇を返し、全速力で()()()へ向かう。

 ふと、

 

 

 

━━━あの二人ならどう戦うのだろうか

 

 

 

 

 そんな考えが頭を(かす)め、風と一緒に何処かへ流れていった。




 見る人によっては今回のユウキはサイコパスっぽく見えるかもしれませんが、この世界の価値観は古代中世頃の価値観だと思って下さい。
 本人はネズミ退治した感覚なんです。

以下、とあるシーンのカイム視点

ハリガン「━━━━━━!」

アイス「━━━無邪気で善くも悪くも(いた)(ずら)好きな子供の様な性格をしていると言われていますね」

カイム(………………)

妖精『あー臭い、臭い、臭い!人間って何でこんなに臭いんだ?それに野蛮で愚図でどんくさいって良いとこ何もないじゃんかー。あれ?怒った?怒っちゃった?ごめんなさーい!俺ってホントの事しか言えないんでーす!キャハハハハ!あっそうだ、死ねば草木の肥料になるよ?良かったじゃーん!良いとこ見つかってさ!さっさと死ねば?』

カイム(…あながち間違ってはいない、か?)

 以上となります。次回もなるべく早く執筆できれば良いのですが………。

 では、また次回お会いしましょう。


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第二章三節 苦悩

 お久しぶりでございます。

 しばらく振りの投稿なので文脈が雑かもしれません。
 展開も強引な所がありますが何時ものご都合主義と思って下さい。

 それでは気軽にお読み下さい。


 

 

 

「どうだ?」

 

 カイムとの講義が終わり昼食を食べ終えた後、俺とハリガンは広場に移動してとある【試しみ】を行っていた。

 

「……慣れないというのもあるが、思った以上に魔力も集中力も削られるな、これは」

 

 顔に一筋の汗を流しながらハリガンは目の前にある二十体の木偶人形へ視線を向けた。

 元の大きさから比べれば(ずい)(ぶん)小さい、俺の背丈の()()程しかないそれらは手に槍に見立てた(なが)(ぼう)を構え、隊列を組んでいる。

 

「現状でも無理をすれば倍の四十、いや、五十は操れるだろうが、どうしても動きが単調になる上、吾自身も身動きが取れなくなるぞ」

 

 この小さな人形達にやらせた事は槍を構えたまま前進し、突く。隊列を二つに分けて別々の動きを幾つかさせた程度である。

 

「魔法も(ばん)()(ばん)(のう)って訳にはいかないか………じゃあ、これが槍でなく弓なら?」

 

「やってみなければ分からんが、槍でこれなら………………おそらく二十が限界だ。矢も飛ばせるだけで狙いをつけるなぞ論外だろうさ」

 

 何故こんな事をハリガンに試させているかといえば、次に来るカサンドラ軍に備えて一の砦の防衛力を何とか底上げ出来ないかと考えた為だ。

 魔女達(こいつ等)の魔法は確かに強力だが、その一方で戦い方は()(せつ)で単純だ。

 先のカサンドラ戦の折りに俺やカイムが来る前はどんな戦い方をしていたのか聞いてみたが、

 

大断崖(地形)のお陰で奴等は正面突破を余儀なくされてるし、それを()()()()を使って蹴散らすのは、まあ、理には(かな)っている。だが、それはあくまで()()()()()()だから可能な戦法だ)

 

 数が百、二百程度ならそれでも良い。討ち漏らしも他の魔女達に狩らせれば問題ない。

 では、数が五百や千ならどうか?相手も手痛い被害を(こうむ)るだろうが、まず間違いなく此方が負ける。

 先の戦で使った策とて奥の手も奥の手、そう何度も使えはしない。

 

(何より砦の外壁が石造りではなく木造なのが痛い)

 

 もしも弓が届く距離まで接近され火矢を放たれたら、その時点で大勢が決する。

 天候の関係でその手の方法が使えない事もあるだろうし、ノノエルの水魔法で外壁を湿らせるなんて手もあるが、それだけに頼る事などできない。

 そも、毎回毎回都合よく雨が降るなど有り得ず、毎度毎度ノノエルを戦場に連れて来れる確証など何処にもないのだ。

 第一、俺自身そんな都合や運任せなど死んでも()(めん)である。

 ならば戦う魔女の数を増やせばいいのではないかと思うが、その数がまったく当てにならない。

 聞けばハリガンの一族は二十そこそこしかおらず、他の氏族もそこまで協力的ではないそうだ。

 敵を捕らえて使わないのかとの問いには、

 

「古くからの習いで戦に男は使えんのだ。…そもそもお主等が吾等と共に戦っている事すら例外も例外でな」

 

 などと苦虫を噛み潰した顔で申し訳なさそうに返してきた。

 思わず「なんだそりゃ!?」と声を荒げそうになったが、俺もめげずに次案として隠れ里にいる()()()()()()()()()者達はどうだと聞いた。

 女手な上、魔法も使えないがそれでもやれることは幾らでもある。

 だが、それに対するハリガンの答えは、

 

「?。あやつ等は隠れ里で狩りや農業に従事しておって戦なぞ出来はせんぞ?それに吾等だけでは賄いきれない物資の調達で手一杯なので連れてくるなど論外だ」

 

 だった。

 駄目だこいつ等、【魔法を使えない】が【戦えない】と同義になってしまっている。

 説き伏せる自信はあるが長らく根付いた考え方を払拭するためにはそれ相応の時間が必要になる。

 今はユウキの報告待ちだがカサンドラと()り合うのは確定しているので、この数日ではどうしても間に合わない。

 

(あれは出来ないこれも駄目………)

 

 腕を組み顎に手を当てて頭の中で幾つかの策を思案する。

 だが、

 

(頭数だ。とにかく頭数が致命的に足りない)

 

 相手と同数などという贅沢は言わない。せめて、せめて魔女の人数があと百あれば確実に勝てる策を打てるのにと唇を噛む。

 

「ところでナーガよ」

 

 いざとなったらハリガンに骨を折ってもらい他の氏族の魔女をかき集めるか、と考えているとハリガンが話を振ってきた。

 

「ん?なんだ?」

 

 思考を中断してハリガンに返す。

 

「お主はあやつみたいに()()()()()()よいのか?」

 

「学ぶ?…ああ、いや、俺はもうちょいゆっくりできる様になってからかねぇ」

 

 その言葉に先日の報酬の件を思い出した。

 俺は(きゅう)(しゃ)を作ってもらったが、カイムの願いは本当に意外なものだった。

 

「たしか『お前等の文字と言葉を教えてくれ』、だったか?あの(ふう)(てい)からそんな言葉が出るとは予想がつかなかったぜ」

 

 ()()を聞けば本人曰く、元いた世界で各地を転々としていた時、言葉も文字も通じない土地へ行ったことがあるらしく互いに意志疎通が出来なかったせいで()()と面倒事に巻き込まれたらしい。

 

「この()()とて万能ではないのだろう?破れたり()くしたりして一々新しいのを貼り付けるなど面倒だ。ついでに文字を読む(たび)にお前等に頼むのもな」

 

 カイム言う通りである。文字はともかく現時点で俺もカイムもレラの札がなければハリガン達と意志疎通を行うことは困難、というかほぼ不可能だ。

 俺自身カイムと初めて出会った時を思い出す。あの時もお互いに言葉が通じていればあんな切った張ったなどする必要はなかったと。

 

「まったくだ。…まあ、女を寄越せと言われなかっただけ良かったが」

 

 そんな事を思い(ふけ)っていると、ハリガンが僅かな安堵を含ませてそんな軽口を言った。

 

「あいつも自分達の現状が分からんほど(もう)(まい)じゃないだろ」

 

「そうなのか?人が書いた書物にはああいう輩は色も同等に強いと書いてあったが?」

 

 いったい何を読んだのだろうか。

 

「否定はしないさ。大体、男が助平じゃなかったら人の数など今の半分だ」

 

 そう自信満々に返してやるとハリガンは呆れた顔をした。

 

「だからと言って、お主の様に()けっ(ぴろ)げもどうかと思うがな」

 

「正直者と言ってほしいね。それだけあんた達が魅力的なのさ」

 

「むぅ……」

 

 頬を赤らめて少し口を尖らせながら唸るハリガンを見て俺は確信した。こいつ、(おだ)てられ馴れてないな。

 

(実は女でなく男の方が、という可能性もあるが………いや待て洒落にならん)

 

 否定したい、否定したいのだが、あの女への興味の無さがその否定を否定する。

 

(じょ、冗談じゃねぇぞ…)

 

 あの剛力で捩じ伏せられたら俺ではどうしようもない。

 ()すのは大好きだが挿されるのは絶対に御免(こうむ)る。

 

「……さてと、時間を取らせて悪かったな」

 

 小さく(かぶり)を振り、そんな最悪の悪夢を滅多斬りに切り捨ててハリガンに礼を言う。

 

「なに、吾も良い気分転換になった」

 

 そんなやり取りを二言三言()わしてこの場をお開きにしようとした直前、

 

「━━━━!」

 

 遠くから、ユウキの叫び声を聞いた。

 ハリガンと共に広場から一の砦に続く道、の上空を見上げる。

 まだ幾らか距離があるが、ユウキは疲弊しながらも必死の形相でこちらへと向かって来ていた。

 

「…(ただ)(ごと)じゃ無さそうだな」

 

 俺の言葉に返事を返さず、ハリガンは目を僅かに険しくしたままユウキを見据えている。

 そして、悪い知らせとは重なるもので、

 

「姉様」

 

 後ろからアイスの声がした。

 振り返ればユウキに負けず劣らず苦々しい顔をしている。

 

「なんじゃ?」

 

 短い問いにアイスは少し顔を伏せ、数瞬後、腹を括った様に顔を上げて口を開いた。

 

「…長老衆から会合の連絡がありました。大至急姉様も来るようにと」

 

 その言葉に今度こそハリガンは顔を(しか)めたのだった。

 

 

 

 

 

「姉様、考え直しては頂けませんか?」

 

 姉様達が一の砦から帰ってきて次の日の夜、わたしはどうしても()()を認められず、アイスを連れて姉様の部屋に押し掛けていた。

 

「またかランジュよ。カイム(あやつ)の何が気に食わんのだ?」

 

 少々うんざりしている姉様を無視して言葉を続ける。

 

「気に食う食わないの問題ではありません。あの男の危険性は貴女もアイスも身をもって知っているのでしょう?」

 

「………」

 

 わたしの返答に姉様は口元を歪め、アイスはその時の事を思い出したのか顔色が優れない。

 

「今すぐにでも(ここ)から、いえ、この黒い森(土地)から追い出すべきです」

 

 そして、もう何度目かわからない進言を口にする。

 

「……吾の決定に異を唱えると?」

 

 姉様の言葉に僅かだが(けん)が入る

 

「わたしが姉様から任された仕事は一族皆の安全、貴女一人の我儘と皆の命、どちらが重いかと聞かれれば答えは決まっています」

 

「ランジュ!言い過ぎよ!」

 

 隣にいるアイスが声を荒げるが、

 

「ならばアイス、お前は信じられるのか?あの男を」

 

「それは…私は………」

 

 目を見据えてそう返してやればアイスは目を泳がせながら言葉を失った。

 わたしと同じく姉様の片腕で有能ではあるのだが、博愛で(ほだ)されやすいその性格は今この時においては欠点でしかない。逆にわたしはよく合理的で冷淡だと言われるが。

 

「…そういえば、お主の口からちゃんと理由を聞いておらんな。この際だ、全て話してみよ」

 

 わたし達のやり取りを黙って聞いていた姉様がそう口を開いた。暗に、ここでわたしの内にある全てを話せと。

 

「………………」

 

 言っていいものかどうか、らしくもなく少し悩んでしまった。

 

「…正直に言えば、わたしは魔女が滅んでも気にはしません。それが運命ならば仕方ないと思っています」

 

 まるで突拍子もないわたしの言葉にアイスは息を呑むが姉様は眉一つ動かさない。

 

「それでも、我々にも【滅び方】というものがあります。人間達に()()()()。数が減り、最後には()()()()()()()()()()。それはいい。現状では遅かれ早かれ()()は必ず起こります」

 

 どうしようもない程の事実だ。

 わたしを含め魔女の誰も彼もが理解し、けれど目を背けている事実。

 ただ一人、目の前の姉様だけはそれを否定して、存続を諦めていない。

 だが、山火事に一杯の水を掛けたところで燃え広がる炎は消えず、濁流に小石を投げ入れても荒れ狂った流れを塞き止めることなど出来ない。

 そういう事なのだ。わたし達の運命(それ)は。

 

「ですが、危険と知りながらもそれを捨て置き、怪物(バケモノ)()()()()()()()()()()滅び方だけは認めることができません」

 

 姉様の表情は動かない、声も発しない。

 ただただ、静かにこちらを見つめている。

 

「姉様はナーガやあの男の目に光を見た、と言ったそうですね?我々が失ってしまった光を」

 

「ああ」

 

「わたしは……闇を見ました。決して人が宿してはならない(それ)を」

 

 そこで、初めて姉様の表情が少し動いた。

 元々それも承知していたのだろう。その上で姉様はその闇よりも己が見た光に希望を賭けたのだ。

 

(それでも限度というものがある)

 

 姉様達がカサンドラを迎撃に向かった日。わたしは所用で二の砦へと向かっており、あの男を、カイムを初めて目にしたのは姉様達が三の砦に帰ってきた時だった。

 目が合ったのは一瞬、だがあの黒く濁りきった青い瞳を見た瞬間、わたしは恐怖した。

 

 

 

━━━コイツをここに置いてはいけない

 

 

 

 あれは一つ扱いを間違えれば我々に害を振り撒く。それも、取り返しのつかない害を。

 

「ご理解ください。あれは(ゆえ)あれば何の(ちゅう)(ちょ)もなく我々に牙を剥き、殺しに来ます」

 

 今ならまだ間に合うのだ。傷が癒えきってない今ならば力尽くでもあの男を追い出せる。

 なのに、

 

()()()()、だろう?そなたの危惧も最もだが、必ずそうなると決まった訳でもあるまい」

 

「……言葉遊びをする気はありません」

 

 冷静に努めているが自身の声に苛立ちが混じってしまう。

 

「吾とて(ほう)けや(すい)(きょう)で言っているのではない。それに、カイムの本心がどうであれ吾はあやつと約定を交わし、十全とは言い難いもののあやつはそれを守っている。ならば吾も魔女である以上、こちらから約定(それ)を反故にはできん」

 

「姉様…」

 

 わたしが何か言う前に少し表情を柔らかくした姉様は、その目に悪戯心を浮かべながら畳み掛けてきた。

 

「だが、そなたの危惧も分からなくはない。そこでだ、ランジュよ。明日よりそなたがカイムを監視せよ」

 

「………は?」

 

 思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 

「そして監視ついでにあやつを見極めよ。カイムが本当に吾等の害と成るか否かを。見極めた上で判断が変わらぬのであれば、そなたの言を聞き入れよう」

 

 あやつを監視するのに丁度良い名目もあるしなと姉様は満足そうに一人頷く。

 

「…わたしの一存で決まるのならば姉様の納得がいかない答えが出るかも知れませんよ?」

 

 あの男を幾らか知ることでわたしが絆されるとでも思っているのだろうか。

 ある種の疑心暗鬼に(おちい)っているわたしが軽く脅しを混ぜながらそう問うと、

 

「その辺りは何も心配しておらん」

 

 即答でそう返されてしまった。

 

「ずいぶんあの男を信頼しているのですね」

 

 そして姉様は、

 

「間違っておるぞランジュ、信頼しているのはそなただ。心と情を優先して動く吾やアイスと違ってそなたは頭と理を優先する。であれば多少私情が入ろうとも吾等ほど大きく見誤ることはあるまい?」

 

「………」

 

 いっそ、愚かと言えるほどの言葉を、愚かと言えるほど真っ直ぐな(気持ち)でぶつけてきた。

 

「流石に余裕が無さすぎだぞ。まったく、普段は(たい)(ぜん)()(じゃく)としているくせに(家族)の事となるとこれだ。アイスもそれでよいか?」

 

「はい。私もランジュの判断ならば信じられます」

 

 そして、アイスもまた、姉様と同じ様に()()をぶつけてくる。

 

(ああ、本当に……)

 

 どうしてわたしの周りには、こんなに手の掛かる人しかいないのだろう。これではわたし一人が駄々を捏ねているようではないか。

 でも、

 

「…二対一、ですか。仕方ありません。その任、承りました。期限は?」

 

 そんな馬鹿正直にわたしを信じてくれるなら。

 そんな馬鹿正直にわたしを頼ってくれるなら。

 

「特にない。そなたの見極めが終わった時だ」

 

 わたしが応えない訳にはいくまい。

 

(アイスのことは言えないな。絆されやすいのはどちらだ)

 

 そんな自嘲とため息を胸の内で吐き出す。

 

「では、明日からあの男の監視につきます。で、先程言っていた名目とは?」

 

 その言葉に姉様は本棚から一冊を取り出した。

 幼子の躾に使う絵本だ。

 

「何、そう難しくはない。あやつに吾等の文字と言葉を教えてやれ」

 

 そう言ってわたしにその絵本を差し出してきた。

 

 

 

 

 

 そして昼食を取り終わった現在、

 

「姉様から貴方に文字と言葉を教えるよう任された。いきなり言葉から教えるのはこちらも骨が折れるので、まずは文字を覚えてもらう。何か質問は?」

 

 目の前に座る無愛想で恐ろしい男、カイムは首を横に振る。

 

「最初は一文字ずつ教える。レラの札を外したらわたしの声を復唱して地面に文字を書いていってくれ………………まずは━━━」

 

 こうして互いに信頼も信用もしていない、わたしとこの男の奇妙な腐れ縁は始まった。




 ええ、最後の辺りは本当に強引でしたね。作者の力不足です。

 今回からこの作品を連載から不定期に変える事にしました。
 まあ、最初から連載の体なんて取れてなかったんで今更なのですが………。

 更新速度は今までと変わりありませんので悪しからず。

 では、また次回お会いしましょう。


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第二章四節 交流 上

 お久しぶりです。書き上げました。

 今回は拙作初の上下編となります。
 一話で纏まるかと思ったら文章量が予想以上に多くなってしまって………。
 それと落ち龍原作よりもかなり早くあのキャラが登場です(そんなことを言ったらランジュもそうなのですが…)。

 お気軽にお読みください。


 

 

 

 ユウキとアイスの報告を受けたハリガンにカイムとランジュを連れて来てくれと頼まれた俺があいつ等のいる場所に下へ足を運ぶ途中、

 

(…何してんだ?)

 

 あいつ等から距離にして三段(約30メートル)ほど離れた木々の合間に隠れて、二人を観察している幼子達を見つけた。

 

「ねぇリュリューシュ、やっぱりやめようよ」

「そうだよ、危ないよ」

 

 二人の幼子が先頭にいる幼子へ舌足らずな声でそう(うなが)している。

 

「何を言う!これしきのことで逃げていては魔女王となる吾のこけんに………」

 

 綺麗な青髪を短く切り(そろ)えられたリュリューシュという名の先頭の幼子が、これまた舌足らずに二人に言い返しながら振り向いて、俺と目が合った。

 

「こんな所に隠れて何してんだ?」

 

『~!』

 

 今度は声に出して幼子達に呼び掛けると、全員が声にならない悲鳴を上げてリュリューシュ以外の二人が逃げ出した。

 近くの木に隠れると頭だけ出して涙目でこちらを警戒している。

 

(恐怖と警戒心…後は好奇心が少々、か。俺はカイムほど強面(しかめっ面)じゃないんだけどなぁ)

 

 内心軽く(へこ)みながら視線を隠れた二人から目の前の幼子へ移す。こちらは二人とは逆に好奇心が(まさ)っているようだ。

 

「そっ、そなた!いったいどこからあらわれた!?」

 

 それでも驚いたのだろう。涙目になりながら俺を指差して問い詰めてきた。

 俺は道すがら歩いて来ただけだし、こいつ等はその道の脇にある大きめの木に隠れてカイム達を観察していただけ。こちらからは丸見えだったのだが、

 

(面倒になるかもしれんし、言わぬが花か)

 

 そうする事にした。

 

「いや悪い悪い、ハリガンに頼まれてカイムとランジュを迎えに来たんだが、(たま)(たま)(ぐう)(ぜん)にお前さん等を見つけてな。こりゃ何事かと声をかけたのさ」

 

 少々おどけながら返すとリュリューシュとやらはごしごしと涙を拭いて腰に手をやり、尊大に胸を張ると、

 

「ふん、吾らを見つけたことはほめてやろう。吾の名はリュリューシュ。いだいなる【魔女王】グラン・デ・ルルゥのたましいを受けつぎ、いずれ全ての魔女をすべるさだめを持つ者だ!うやまえ!」

 

「…おおぅ」

 

 などと言い放った。さて、どう返したものか。

 

「リュ、リュリューシュ!はやく逃げて!」

 

「にんげんの男とはなしをしたらばーば様たちに怒られちゃうよ!」

 

「シェリスもエルリットもそんな弱気でどうする!それでも吾のはいかか!」

 

「わたしたちリュリューシュのはいかじゃないもん!」

 

「拙たちが危なっかしいリュリューシュのめんどうを見てるんだもん!」

 

「なにをー!?」

 

 返しに迷っていると隠れている二人がリュリューシュが言い争いを始めた。

 ばーば様とやらが誰かは知らないが余程厳しく躾られたのだろう。でなければ()に対してこれほど過剰に反応するわけがない。

 子供の仕草や言動を見れば何を重んじ何を嫌悪するのか、ある程度()()()()()()が見えてくる。まして、この子等程の幼子ならその(方針)(けん)(ちょ)に出る。

 

(無論、たったこれだけでそうだと決め付ける訳ではないが)

 

 仮に()()を魔女達の根底と考えるなら、俺やカイムを保護したハリガン達は相当な【変わり者】、ということになる。

 

(他の魔女の一族がハリガン達に協力的でないのもその辺りが原因の一端、か?)

 

 まあ、それ以上は憶測の域だ。後でハリガンに聞いてみるとしよう。

 

「あー、取り込み中の所を悪いが」

 

 (かしま)しく騒いでいる三人にそう言って声をかけると、リュリューシュ以外は黙り込んでしまった。

 

「ええい、じゃまをするな!」

 

 ハリガンみたいな事を言い出した。隠れた二人と違って、この子はハリガンの躾のほうが強く出ているらしい。

 

「そうもいかん、こっちはまだ名乗り返しもしていない。俺の名はナーガだ。よろしくな」

 

 そう名乗ると、

 

「ナーガ?ずいぶんと大げさな名前だな」

 

 尊大な幼子に大袈裟と言われてしまった。

 

「俺も自分の名前がそんな大層なものだとは思わなかったよ。ところで」

 

「なんだ?吾はまだこやつらとはなしが」

 

()()()()()()()?」

 

 そう言って視線をリュリューシュからカイム達の所へ送り、顎でしゃくる。

 

「………」

 

 俺の言葉にリュリューシュは体を硬直させるとゆっくりと後ろを振り向いた。

 その視線の先ではカイムとランジュが(いぶか)し半分呆れ半分の目でこちらを見ている。

 

「わ、吾をたばかったな!」

 

「いや、こんな大騒ぎしてりゃ誰だって気付くだろ。…あいつ等に用向きがあるなら一緒に来るか?」

 

 これ以上この子等に時間をかける訳にもいかないので、そんな提案をしながらリュリューシュの横を通り過ぎる。

 

「むむむ……。いいだろうナーガよ、吾のともをせよ」

 

 少し悩んだ様だが、持ち前の好奇心に背中を押されたのか俺の後ろを着いてきた。残りの二人が何とか制止させようと声を掛けるが「しんぱいするな、そこで待っていろ」と何故か自信満々だ。

 

「賜った、魔女王殿」

 

 あくまで尊大な幼子に苦笑を返し、俺は少し歩く速さを緩めてカイム達の下へと向かった。

 

 

 

 

 

「ヾ∴¥、§&℃£]¢>?」

 

 少し離れた場所で騒いでいるナーガと子供等を見て、俺に文字を教えていたランジュがぼそりと(つぶや)いた。

 札を外しているため何を呟いたかは正確には分からないが、その呆れ顔からおそらくは「何をしてるのか」とか、そう言った意味だろう。

 この砦に帰って来てからというもの、時折あの子供等が隠れて俺を盗み見していたのには気付いていたが、何故ナーガではなく俺なのか。

 決して子供に好かれやすい容姿でも性格でもないし、子供だからといってナーガ(あいつ)のように愛想を振り撒く気も(さら)(さら)無い。

 そんな事を考えていると、ナーガと一緒に子供の一人がゆっくりとした足取りでこちらへと向かって来た。目算でセエレ程の年齢だろうか。

 外していた札を首筋へ着け直す。

 

「よう、勉学中に騒いで悪かったな」

 

 俺達の下まで辿り着いたナーガが一言詫びてきた。

 

「構わない。それで、何があった?」

 

「間の悪さが重なって()()だよ。ハリガンが大広間に来てくれとさ」

 

 ランジュの問いに肩を竦めながらナーガは答えた。顔の歪み具合を見るにそれなりの厄介事だろう。

 

「了解した。……で、そっちは?」

 

 俺とランジュの視線が子供に向く。

 いきなり視線を向けられた子供は一度びくりと肩を跳ね上げたが、()(じょう)にも(おそらく本人はそのつもりなのだろう)睨み返してきた。目の奥にある好奇心が色々と台無しにしてはいるが。

 

「何、こちらの【魔女王】殿がカイムに()(しゅう)(しん)らしてくな。(とも)(まわ)りを頼まれた」

 

 何だそれは。

 

「リュリューシュ、姉様に寝言を言うなと言われなかったか?また叱られるぞ」

 

「ねごとではないぞランジュよ!吾は本当にいだいなる魔女王のたましいをうけついでいるのだ!吾を怒らせるとひたいの第三の目がひらいて世界がほろぶんだぞ?ほんとだぞ?」

 

「…おい、何だ()()は?」

 

 軽く頭痛がしそうな会話にランジュへ話を振る。

 

「吾をコレ呼ばわりとは「気にするな、子供特有の()()だ」わ、吾のはなしを聞けー!」

 

 ああ、なるほど。

 

(やかま)しい。………何の用だ?」

 

 別に強く言ったつもりはないのだが、俺の言葉に今度は全身をびくりと跳ね上げたリュリューシュという名の子供がナーガの後ろへと隠れた。

 

「大人気無さすぎだろ…」

 

 そうナーガが呟くが話が進まなくなるので無視する。

 

「うぅ、なんというはくりょく。やはり【竜殺し】は名前だけのこやつとはちがうな!」

 

 

 その言葉に、一度、心臓が早鐘を打った。

 

「おい、何だその差は」

 

「竜殺し?この男がか?」

 

「うむ!この前ケイがそういってた。こやつはここに来る前、()()()()()()()と」

 

 また、心臓が早鐘を打ち、それ以降のこいつ等の会話は聞こえなくなった。

 

 

 

━━━竜を殺した

 

 

 

━━━竜を殺した

 

 

 

━━━(アイツ)を殺した

 

 

 

 その瞬間、血濡れの「アイツ」が目の奥に映る。

 

 

 

 

 

『お主、強く━━━』

 

 

 

 

 

 軋み上げるほどに奥歯を食い(しば)り、「アイツ」の顔も幻聴も振り払い立ち上がる。

 

「どうした?」

 

 ランジュに返事を返さず背中を向け、

 

「……顔を、洗ってから戻る。お前等は先に戻れ」

 

 努めて冷静に言葉を(つむ)いで、返事を待たずに井戸へと歩き出した。

 何も知らない子供が、何も知らずに好き勝手に言った()れ言だ。

 それだけ。ただ、それだけだ。

 そう、己に言い聞かせる。

 

 

 

━━━感傷など必要ない。【それ】はもう、終わった事だ

 

 

 

 頭の中で思い出しそうになる()()()から目を反らして、

 

 

 

━━━俺が選び、俺の意思で(おこな)った事だ

 

 

 

 胸の内から吹き出しそうになる()()()に蓋をして、 

 

「………」

 

 吐き出すことも出来ない(よど)み、(にご)った、(くすぶ)り続ける()()()を抱えたまま、ただ、ただ、歩き続けた。

 

 

 

 

 

 ギリッ、っと強く歯を食い縛る鈍い音が聞こえた。

 視線をリュリューシュから目の前に座る男へと向けると、顔を伏せて口元を僅かに歪めている。

 前髪のせいで顔の半分が隠れてしまっているため精確な表情は読み取れないが、どうやら今の会話で気分を害した様だ。

 

「どうした?」

 

 わたしの言葉に返事を返さず男は立ち上がる。

 

「顔を、洗ってから戻る。お前等は先に戻れ」

 

 こちらに背を向けると有無を言わさず、それだけ言い捨ててわたし達から()()()()()井戸のある場所へ歩いて行ってしまった。

 

「どうしたんだ?」

 

「…さあ?今の会話の何かが(しゃく)(さわ)ったらしい」

 

 訝しむナーガにそう返して互いに遠ざかって行く男を見送る。

 

「ランジュ、ランジュ」

 

 するとリュリューシュがわたしを呼んだ。視線を向けるとナーガの服の端を掴んで不安そうにしている。

 

「何だリュリューシュ」

 

「そ、その…吾はあやつに悪いことをいったのか?」

 

 ああ、子供等の中でも人一倍感性が鋭く強い子だ。自分のせいだと思ってこの子なりに心配してるのか。

 

「そんなことない。偶々虫の居所が悪かっただけだろう」

 

 気遣うようにリュリューシュに声を掛ける。

 だが、

 

「で、でも、吾が竜を殺したといったときに…」

 

「言った時に?」

 

 次のリュリューシュの意外な言葉にわたしとナーガは目を丸くした。

 

「竜を殺したといったときにな、あやつ、()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、わたし達や見えなくなったカイムを(せわ)しなく見回している。

 

(泣きそう?あの男が?)

 

 あの男と関わってからまだ一日にも満たない関係だが、正直あの男から一番縁遠い印象しかない。というか想像出来ない。

 

(竜を殺した時に何かがあったのか?)

 

 安直なものなら家族や友を失った、などが考えられるが。

 

(……まさか竜に?)

 

 いや、それは流石に飛躍しすぎだ。

 同じ人ですらない、殺し合いをしなければならなかった竜相手に何を想うというのだ。

 何か知っているかとナーガに視線を向けるが、向こうも首を横に振るだけだった。

 

「…や、やっぱり、吾が…、あやつに嫌なことを」

 

 わたし達が黙っているのを勘違いしたのかリュリューシュの表情がどんどん暗くなっていく。

 もう一度声を掛けようとした瞬間、ナーガがあやす様に抱き上げた。

 

「そんな事ないさ、お前さんはカイムに悪口を言ったか?言ってないだろ?カイムだってお前さんに怒ったり叱ったりしなかっただろ?」

 

 気遣うでもなく、なだめるでもなく、(ひょう)(ひょう)と自然体のまま、リュリューシュに語り掛けた。

 

「でも…」

 

「ん~………、じゃあこうするか。ここいる皆でカイムに謝ろう。「悲しい気持ちにさせてごめんなさい」って、どうだ?」

 

 ナーガの言葉にリュリューシュの顔が少しだけ晴れる。

 

「…ほんとにいっしょにあやまってくれるのか?」

 

「本当だとも。なぁ、ランジュ?」

 

 そう言ってこちらに視線を向けてくる。

 

「ああ、そうだな。一緒に謝ろう」

 

 わたしの返しにようやくリュリューシュの顔が明るくなる。

 

「………うむ、わかった。では今すぐに「と、言いたい所なんだが、先にハリガンの用事だ」…むぅ!」

 

 膨れるリュリューシュを地面へと降ろしながらナーガは続ける。

 

「悪い悪い。だが、本当に大事な用事なんだ。カイムも来るし、それが終わってから謝ろう」

 

「……ぜったいだぞ?ほんとにほんとだぞ?」

 

「ああ、本当に本当だ」

 

 その言葉に満足したのか、リュリューシュはナーガが来た道を歩き始めた。

 

「ではすぐに姉様のところへゆくぞ!ついてまいれ!」

 

「賜った。魔女王殿」

 

 ナーガも歩き出す。わたしも本を仕舞い、ナーガの横へと並ぶ。

 

「すまなかったな」

 

「気にしなくていい、俺も少し気になったからな。謝りついでに何か聞ければ御の字だ。まあ、あの感じじゃ言わんだろうが」

 

 だろうな。誰だって話したくない事の一つや二つ持っている。

 あの男にとってそれが竜に関することなのだろう。

 

「あと、あそこに隠れてるチビすけ共を頼む。俺じゃあ恐がって近寄ってくれん」

 

「わかった。集まる場所は大広間だったな?」

 

「そうだ。先に行ってるぞ」

 

 そう言い残すとナーガはリュリューシュと共にシェリスとエルリットが隠れている所を通り過ぎて行く(リュリューシュは完全に二人の事が頭から抜けていた)。

 それを見送ったわたしは木の陰へと声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 一刻(二時間)前

 

 大広間での話し合いの結果、ハリガンは隠れ里の会合に出ることになった。

 最初こそ反対したのだが、どうやら内容が俺達に関するものらしい。

 行ったら行ったで吊し上げを食らい、行かなきゃ行かないで俺やカイムだけでなく自分達の立場も悪くなるとのこと。

 ()(めん)()()にも程がある。

 二日三日で帰ってくると言い残し、手早く身支度を整えると(かざ)(ぐも)を借りて隠れ里へと出発してしまった。

 幸いにもカサンドラ軍との戦い方や策はこちらで粗方決めてくれていいと言っていたので、すでに数人の魔女に指示を出している。

 

 それが半刻(一時間)前

 

 それが終わってからカイムに三人で謝ったのだが、想像通りうんざりした様な、気まずい様な、悪びれている様な、何ともいえない顔をされた。

 先程の態度についてもそれとなく聞いたのだが、「何でもない」「お前等が気にする必要はない」と、こちらも予想通りはぐらかされてしまった。

 戦果としてはリュリューシュが仲直りに一緒に(ゆう)()を食べる約束をさせたくらいだ。当然、俺等も同伴で。

 

 それが二半刻(三十分)前

 

 そして現在、俺はカイムを(ともな)って湯殿で湯に()かっている。

 

「ふぃ~…、毎度許可を貰わにゃならんとはいえ、時間を気にせず温泉に入れるのは贅沢だな。次の戦に勝ったら俺達用の湯殿を作って貰うか?」

 

 そう言って手足を伸ばす。嗚呼、癒される。

 

「…で?(わざ)(わざ)ここまで連れてきて何の話だ?」

 

 声を描けてきたのは俺から少し離れた場所でいつもの(ぶっ)(ちょう)(づら)で浸かっているカイムだ。

 距離が空いているのは偶然で他意は無い。服を脱いだ時に大蛇を見て(おのの)いたとか、それで昼の事を思い出したとか、大蛇に奇襲された時にすぐに動ける様にしているとかでは断じて無い。

 (たま)(たま)、偶々なのだ。

 

「そう()くなよ。あんたはもう少し肩と眉間の力を抜いた方がいい」

 

 言葉を返すと余計な世話だとばかりに鼻を鳴らされた。そのまま互いに無言で湯に浸かる。

 

「…今回の戦、このままで勝てると思うか?」

 

 そう切り出したのは額に浮き出た汗が頬を伝い顎から下へ落ちた時だった。

 

「………()()()しないだろうな」

 

 まあ、そうだわな。

 

「勝っても被害が馬鹿にならん、か。やっぱ兵力差だよなぁ」

 

 ユウキの話ではカサンドラの砦に集まっている兵士達はすでに千人以上、その上まだまだ増えているのだから頭が痛い。

 

「何とかハリガンが他の氏族を引っ張って来てくれると助かるんだが」

 

 今回はいつもの小競り合いとは訳が違う。下手をすれば魔女全体の命運に関わるのだ。

 だが、

 

「無駄だろうな」

 

 カイムはそんな俺の願いをバッサリと斬り捨てた。

 

「…いやいや、流石に自分達の命だぞ?男だ何だとは言ってられんだろ?」

 

「本当にそう思うか?」

 

「………」

 

 思わず言葉が詰まってしまった。

 

ハリガン(あいつ)の話が本当にならここにいる魔女共は四百年以上人と争っている。さらには完全な女社会だ。【理屈】でどうにかなるものじゃない」

 

 そんな事はない、と言い返したいのだが何故か俺の心がそれを理解し、納得してしまった。

 

「……俺とあんたを入れても三十にも満たない人数で千以上を相手しろと?俺等は死兵か?」

 

 腹の底で怒りが煮え滾る。

 たかだか男がいるだけ(そんな事)で魔女は魔女(ハリガン達)を見捨てるのか。

 

「だが、それならそれで開き直れる」

 

「…どういう意味だ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カイムがとんでもない事を言い出した。

 

「………正気か?」

 

「何も馬鹿正直に正面から戦う必要はないだろ。()り様など幾らでもある」

 

 んな阿保な。この兵力差の軍隊相手に何を、

 

(…待て、()()()?………………()()?)

 

 俺の中で一つ【案】が浮かぶ。瞬く間にそれを土台として一つの策を組み上げてゆく。

 

(………駄目だ、骨組み(情報)がたりん)

 

 舌打ちが出そうになるのを押し留め、湯から立ち上がる。

 

「何か思い付いたか?」

 

「まぁな、出来ることなら絶対にやりたくない(おお)(ばく)()も大博打だが何とかする。カイム、(いな)(ずま)を貸すから明日の朝ユウキとセレナを連れてちょっと()()してくれ。ハリガンが戻るまでには下準備を終わらせたい」

 

 この後アイスからも出来るだけ【大きな紙】と【筆】を借りねばならない。

 ああ、その前に、

 

「それと、念の為の確認なんだが」

 

「?」

 

「あんた、()()()()()()()()()?」

 

 俺の問いに非常に嫌そうな渋面でカイムは答えたのだった。




 如何だったでしょうか?

 魔女陣営のマスコット、ちょっとオトシゴロなリュリューシュの登場です。
 作者としては拙作のカイムを書くにあたり絶対に必要なキャラだったので、かなりフライング気味ではありますが登場させていただきました。
 ちなみにシェリスとエルリットは原作作中で存在を確認できるのですが名前を確認できなかったので今作オリジナルの名前です(後に確認出来たらそちらの名前に直します)。
 ちょっとした拙作オリジナル設定を

・リュリューシュ 五歳 一人称 吾

・シェリス 六歳 一人称 わたし

・エルリット 五歳 一人称 拙

 となります。
 これからリュリューシュ筆頭にチビっ子三人娘も本作に関わってきますので何卒よろしくお願いいたします。
 では、また次回お会いしましょう。


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第二章五節 交流 下

 どうもお久しぶりです。
 しばらくエタッていたのですがモチベーションが復活したので約一年越しの投稿となりました。


 

 

 

「その会合どうしても出なきゃ駄目なのか?」

 

「…本音を言えばこの様な急を要する時に出たくはない。むしろ増援の(ふみ)を送りたいくらいだ」

 

 ハリガンは苦虫を噛み潰しながら搾り出す様に答えた。

 

「だが、今回の会合の議題が議題なだけにそうも言っておられん」

 

 面白く無さそうに手に持っていた紙を机へと投げ捨てると、

 

「『ついてはそちらで捕獲した男二人の確認と対処の報告を()(たび)の会合でされたし』、まず間違い無くスレイマーヤのマンテラ使い経由でスレイマーヤの長(あの性悪)が長老衆に告げ口したのだろうさ」

 

 忌々しそうに吐き捨てた。

 

ハインドラ一族(あんた等)以外に属する魔女に見られたってことか。しかし何時だ?俺等を観察してたのなんざここのチビ共くらいだぞ。カイム、他に見たか?」

 

 その問いにカイムは首を横に振る。俺以上に周囲の気配に敏感なこの男が気付かないとなると、その魔女は相当な手練れだ。

 

マンテラ使い(あやつ)の魔法は少々厄介でな、いくつか制約があるらしいが【指定した場所へ瞬時に移動できる】魔法だ。それこそ三の砦(ここ)より奥地にある隠れ里から一の砦までの距離なぞ造作無い。おそらくは砦を見渡せる場所へ移動して(えん)(がん)(きょう)で覗き見でもしたのだろう」

 

 そりゃまた便利な魔法の使い手で。

 

「……なら余程注意深く周りを探らにゃ分からんわな。ちなみに会合はどれくらいで終わる?」

 

「砦から隠れ里への行き帰りもあるから大体二日、会合が(こじ)れれば三日程だな。だがこの時間を無為にする訳にはゆかぬ。すまぬが此度の戦の()り様もお主等に任せたいのだが…」

 

「承知した。あんたが帰って来る前に幾らか準備を終わらせておくよ」

 

 俺の返事にハリガンは申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「助かる。あと、行くついでに向こうでの()()()も済ませたいのだが思いのほか荷物が多くなりそうでな、お主の馬を一頭借りたい」

 

「いいぜ、(かざ)(ぐも)を連れて行きな。稲妻(いなずま)に比べて気性も大人しいから馬に乗り慣れてないあんたでも大丈夫だろ」

 

「重ね重ね礼を言う」

 

「代わりに、と言っちゃあ何だが幾らか魔女を引っ張ってきてくれ。流石に俺達だけで戦ってはただでは済まん」

 

「…全ての氏族は無理だろうが善処する」

 

 そしてその日の内に荷物を纏めるとハリガンは隠れ里へと出発したのだった。

 

 

 

━━━そんなやり取りをしたのが二日前

 

 

 

「なぁ、ハリガン………もう一度言ってくれ」

 

「………………すまぬ」

 

 帰ってきたハリガンを前に俺は笑みを作りながら顔の肉をヒクヒクと(けい)(れん)させていた。

 

「…会合で口論になったのは、別にいい。あんたの事だ、俺達を庇ってくれたんだろ?」

 

「………………」

 

 ハリガンは何も答えない。

 

「でもな、でもなぁ………()()()()()()()()()ってどうゆうことだぁ!」

 

 そう叫んで両拳を机に叩きつけた。

 

「ナ、ナーガさん落ち着いて!」

 

 アイスがそう言って俺を(なだ)めようとしているが、

 

「落ち着け?落ち着けと?ふ、ふはははは!………増援は無し…借りに増援を申し出たならば送るが勝っても負けてもハリガンを含むハインドラ一族の纏め役全員は魔女を退陣、…俺かカイムと(ちぎ)って子を作れと。んで、俺達はその後【追放】か【処刑】の二択。これを聞いて落ち着けと!?ふざけんなぁ!殺し合い舐めとんのかぁ!?」

 

 怒りのままに感情をぶちまけ、近くにあった椅子を全力で蹴り飛ばす。周りの魔女達がドン引きしているが知ったこっちゃない。

 

「はぁ…はぁ…はぁ~………………、すまん」

 

 一言謝る。

 

「いや、お主怒りはもっともだ。それに、お主が怒らなんだら吾が当たり散らしていただろうよ」

 

 その気遣いにもう一度謝り、俺はハリガンの後ろにいる三人の魔女へと視線をやった。

 

「で?そちらの御三方は?まさか義憤(ぎふん)に駆られて助太刀しに来た、って訳じゃないんだろ?」

 

 まだ怒りが燻っているのか言葉に険が入ってしまう。

 

「…監視が二人、物見遊山の阿呆が一人だ」

 

 そうハリガンが皮肉下に言葉を返して向けた視線の先には、

 

「随分な言い草よな?吾がぬしと御隠居方の間に入って調停してやらねば今よりも状況が悪化していたというのに。今代のハインドラは恩知らずの厚顔無恥(こうがんむち)かの?」

 

 独特の意匠の被り物を頭に載せた(よわい)十程の女童(めのわらわ)が性根の悪そうな笑みを浮かべていた。

 正直場違いな印象を受けるがこの女童、いや、この魔女の今の言葉と所作を見れば外見相応の人物ではないのだろう。

 

「それについては感謝している。だが、会合を必要以上に引っ掻き回して増援の件を潰した事は忘れんぞ」

 

(………なるほど、()()()が原因か)

 

 余計な事をしてくれた。という忌々しさよりも警戒心が上回る。今の情報でこの魔女も何処ぞの一族の長で、()()()()()()()()()()

 

「まったく器量の狭い。その立派な胸の大玉は飾りかの?…ん?なんじゃ童、吾の顔に見惚れたか?」

 

 注意深く観察していた俺と目が合い、鼠を見つけた猫の様な笑みで話しかけてきた。

 

「ああ、いや、何でお前さんみたいな子が此処に居るのか不思議に思ってな」

 

 その雰囲気に少々気圧されながら何とかはぐらかそうとしたが、

 

(つくろ)わなくてよい。吾のような美女が何故このような場所に居るのか不思議なんじゃろ?単純に目付(めつけ)目的が半分、ハインドラが見初めた男共を見に来たのが半分じゃ」

 

 鼠は逃げられなかった様だ。

 

「監視はそこの二人だ。それと、こやつはその(なり)で吾よりも年上だぞ」

 

「………うそぉ」

 

 衝撃の事実である。

 

「これハリガン!そう易々と女の歳を言い触らすでないわ!まったく、おまえはそうやって年上を(うやま)わないから損をするのだ」

 

「敬って欲しければ普段の行き当たりばったりの言動を何とかせよ」

 

 そう捲し立てる魔女をハリガンは素っ気無くいなした。

 「可愛い気のない」と軽くハリガンに悪態を付いた魔女は俺の前まで歩み寄り、

 

「…さて、余計な茶々(ちゃちゃ)が入って名乗り遅れたが吾の名はヴィータ・スールシャール・スレイマーヤ。名の通りスレイマーヤ一族の長をしておる。童、ぬしの名は?」

 

 道化な程慇懃(いんぎん)に名を名乗り、

 可憐な程尊大に名を聞いてきた。

 

「なっ!?スレイマーヤ殿!」

 

 名を告げた魔女、ヴィータに監視の一人が慌てた様に声を上げるが、当の本人は意に介さず目線で俺に(命令)してくる。

 

 

 

━━━名乗れ、と

 

 

 

 呑まれかけている気を落ち着け、一呼吸分だけ間を空ける。

 

「…ナーガ。記憶を無くした俺が唯一持っている名だ」

 

 俺の名を聞いたヴィータは反芻するように一度目を閉じた。

 

「ほう……、龍王(ナーガ)ときたか。良き名じゃ」

 

「…以外だな。馬鹿にされるか(わら)われると思ってたんだが」

 

 今までの反応と違い少し面を食らう。

 

「まさか、(あざけ)などせんよ。親が付けたにせよ、自身で付けたにせよ、名とはぬしを(あらわ)す鏡じゃ。名の通りの者になれるかはそやつの奮励努力(ふんれいどりょく)次第じゃがの」

 

「………肝に命じておくよ」

 

 俺の返しに満足したのかヴィータは俺から視線のを外し、

 

ハインドラ(あやつ)もこれくらい素直なら可愛いんじゃが。…で?そちらの奥で恥ずかしがってる色男は?」

 

 次の獲物(カイム)に狙いを定めた。

 

 

 

 

 

「…カイム・カールレオン」

 

 吾等の(うしろ)で壁に背を預けつまらなそうにこちらを眺めていたカイムはそう一言言い捨てるとそっぽを向いてしまった。

 

「カイム?余り馴染みの無い名じゃな」

 

 ヴィータの方も特に気分を害した訳でもなく近付きながらカイムを観察し始める。

 

「……」

 

 鬱陶しそうにヴィータを睨み付けているが、ナーガの時と同様本人は意にも介さない。

 

「やはり近くで見るとナーガよりぬしの方が好みじゃな。その愛想の無い顔を止めれば(なお)………」

 

 先ず言葉が止まり、次いで驚愕に目を見開いた。

 

()()()()()。さて、どう出る?)

 

 アイスに目配せし、何時でもあの二人を止められる様に身構える。

 

「…な、何じゃ?いや、ありえん………ありえん!ぬし、何者じゃ!?」

 

 先程までの余裕が無くなったヴィータはカイムから距離を取ると魔力を循環させ臨戦態勢となった。その目には一切の隙も油断も無い。

 そこには普段の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な道化ではなく、当世(とうせい)【最強】の魔女が姿を現した。

 

「ハインドラ、会合では聞いておらんぞ!どういう事じゃ!?」

 

 カイムから目を離さず、吾に問いかける。

 

「どう、とは?」

 

(とぼ)けるな!吾は何故この男が()()()()()()()()()()聞いている!」

 

 吾の返しに苛立つ様に怒鳴った。

 ヴィータの言葉に監視の二人も驚いてカイムに目を向け、数舜後、ヴィータ同じ様に驚愕と、そして畏怖を顔に貼り付かせた。

 吾等魔女は魔力が宿っている物を感覚的な視覚で見る。普段は相手の力量を(はか)ったり氏族間の縄張りを確認するなど、応用等を含めればその使い方は多種多様だ。

 向けられる視線の数が増えたことでカイムの眉間の皺が少し深くなる。

 

「…()()()()()()()()()()()()。これで満足か?」

 

「貴様………」

 

 横目で睨み付けてくるヴィータを見てやはり会合でカイムの魔力や魔法について言及しなかったのは正解だった。

 魔女とって魔法とは存在意義と同義である。それを魔女ですらない【男】が行使できると知ったならば、思慮の浅い魔女がどんな行動に出るか火を見るよりも明らかだ。

 事実、吾の一族の娘達もカイムを畏怖し、気味悪がって必要以上に近付かない者の方が多い。

 

「魔力を収めよスレイマーヤ。ここでお主に暴れられては大広間を一から造り直さねばならん。それとカイム。分かっていると思うがその阿呆に手を出すなよ?カサンドラの次にスレイマーヤ一族と争うなど御免蒙(ごめんこうむ)る」

 

「………」

 

 面白く無さそうに一度鼻を鳴らたした後、カイムは視線をヴィータから外した。万が一と事前にナーガ共々剣を取り上げておいた事も項をなしたのかもしれない。

 

「随分この男を買っているのハインドラ?今の言い様、まるでこやつが吾を(くだ)せると言っている様にも聞こえるが?」

 

「どうだろうな?だがその男の実力は本物だ。いくらお主と言えどもただでは済まんぞ」

 

「吹くではないか。その法螺(ほら)の根拠は?」

 

「……そやつを拾った時に一悶着あってな。大人しくさせるのに吾を入れて五人の魔女と一戦交えたし、先日の戦ではカサンドラ相手に一方的に大暴れしておったよ。嘘偽りの無い事をハインドラ一族の長ハリガン・ハリウェイ・ハインドラの名に誓おう」

 

 それを聞いたヴィータの目に好奇心の色が灯る。

 

「ほう…、それはそれは………………」

 

 臨戦態勢を解いたヴィータはそう呟いたあと顎に手を当て思案顔になった。

 

「ハインドラよ、会合での()()()()はまだ有効かの?」

 

 時間にして十数秒程だろうか。吾にそう切り出した。

 

「…どんな風の吹き回しだ?会合でいの一番に反対したのはお主だと記憶しているが?」

 

「あの時と今では話が違う。魔力を有する男が居たとなればあそこまで無下にはせん」

 

 好奇心の他にギラギラとした野心も隠そうとしないヴィータを見て何時もの悪癖が出たなと内心ため息を吐く。

 まあ、一番苦労するのはあやつの一族の娘達なのだから吾には関係無いと軽く現実逃避しながら口を開いた。

 

「一応は有効だ。但し、そちらから手の平を返したのだから一切の譲歩はせんぞ」

 

「分かっておる。じゃが会合での決まりで今回は手を出せん。そこは(ゆる)しておくれ」

 

 そこで一度言葉を区切り、ヴィータは真剣な表情で語りだした。

 

「【結果】じゃ。過程もその内容も意味はない、【結果】を出せ。()()()()()()()()()()()()()()()【結果】を此度の戦で証明せよ」

 

「無論だ。吾とて諦めかけていた夢、……理想が叶うかもしれんのだ。こんな所で終わる気は無い」

 

 吾の啖呵に満足そうに頷くとヴィータは監視の二人に視線を向けた。

 

「話は聞いておったな?この事は内密に頼むぞ。特に御隠居方にはの」

 

「な、何を勝手な」

 

 あまりに一方的な物言いに声を荒らげようとした監視達に、

 

「ほう?では事を構えるか?吾等(スレイマーヤ)と」

 

 そう言い放った。

 

「っ………」

 

 その言に監視の二人は言い返せなかった。

 現状あの娘達の一族では戦力的にスレイマーヤ一族には敵わない。

 

「何、別に共犯になれとは言わぬ。ただ此度の戦が終わるまで黙っていて欲しいだけじゃ。戦が終わったのなら長にも御隠居方にも好きに報告するがいい。吾も吾の一族も戦が終わるまでハインドラには絶対に手を貸さん。スレイマーヤ一族の長ヴィータ・スールシャール・スレイマーヤの名に誓おう」

 

 一族の長ではない二人は答えない。答えられない。

 

「ではその段取りで頼むぞ」

 

 沈黙を肯定と(とら)えたヴィータは悪戯が成功したような笑みで止めを言い放った。

 

「…さてと、そっちの話は終わったか?そろそろこっちも始めたいんだが?」

 

 吾等のやり取りを見ていたナーガが声を上げる。

 

「ああ、待たせてすまなかったな。始めてくれ」

 

「よしきた!ユウキ、セレナ、頼んでた物は出来てるか?」

 

「はいはい出来てるわよ」

 

 ナーガの言葉にユウキとセレナが丸めた大きな紙をもってきた。心なしか二人共気怠げで、目の下に(うっす)ら隈を作っている。

 

「流石に丸一日徹夜は疲れたねユウキ。カイムさんもお疲れ様です」

 

「まったくよ。この馬鹿がハリ姉が帰ってくる前に作れとか無茶言うから」

 

 寝不足で少し高揚しているセレナと不機嫌なユウキがそんな事を言いながら中央の大机にその紙を広げた。

 大広間に居る全員が大机に集まりその紙を覗き込んだ。

 

「…これは、地図か?」

 

 それもただの地図ではない。吾等が持っているどの地図よりも格段に精巧な物だ。

 

「そうです。全体を大まかにわたしが書いて細かい修正をユウキが、()からじゃ見つけ(にく)い空地や小道なんかはカイムさんが調べてくれました」

 

「ほう、良く書けてるものだ。場所は………何処じゃ?この様な地形は覚えが無いぞ?」

 

 地図に書かれている土地は森の中の様だが中央に広い道と川、そして橋があり、その左右に小道や小さな空地、獣道等が(まば)らにあるだけだ。

 似たような地形をあれこれ思い浮かべるが(いず)れも一致しない。

 

(………何故だ?何故地図を見ているだけでこんなにも嫌な予感がするのだ?)

 

 この感じはほら、あれだ。カサンドラ撃退の為にナーガとカイムを一の砦に連れて行った時に感じたアレだ。

 思わず周りを見回す。ユウキ、セレナを筆頭に作戦の内容を知っているであろう数人の娘達がジト目でナーガに「ねぇ、ホントにヤるの?」みたいな視線を送っている。

 蛇足だが「どうでもいい」と言わんばかりのカイムの顔に無性に腹が立った。

 

「知らんのも無理はない。此処に書かれているのはあんた等の住む土地じゃなくて大断崖の下にあるカサンドラ軍が進軍してくる道だからな」

 

 そうドヤ顔で言ってのけるナーガ。

 

「……いや待て、何故そんな所の地図がいる?」

 

 その言葉である程度察してしまったが頭が全力で拒否をしたため、惚けた言葉が出てしまった。

 そんな吾の淡い願いをナーガは、

 

「何故って、決まってるだろ。此度のカサンドラとの戦は平地(ここ)で殺るんだよ」

 

 指先で地図を突きながらバッサリと斬り捨てたのだった。




 一年振りの投稿がテンプレ会話回で申し訳ありません。
 落ち龍原作のヴィータの原形が塵になっていることには目を瞑って下さい。と言うかヴィータに限らず拙作に出ている全ての落ち龍キャラに言える事なんですがね………。
 あと、拙作のオリジナル設定として一族の長同士は公私においてお互いを氏族名で呼び合います(親しい間柄ならプライベートでは名前で呼び合うのですが)。

 では、また次回お会いしましょう。


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