FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS (ディニクティス提督(旧紅椿の芽))
しおりを挟む

Chapter.01

『———敵勢力、基地及び第一防衛ラインに接近中! 第四、第五遊撃隊は速やかに排除をお願いします!』

『——くっ! いくら履帯付きのこいつでも間に合うかギリギリだぞ!』

『——文句を言うな! そこを突破されたら、それ以上に歯ぎしりをする羽目になるぞ!』

 

——この世界はどこへ向かおうとしているのだろう?

 

『——畜生! 虫けらみたいに湧いてきやがって…………! さっさとひねり潰れちまえよ!』

『——くそったれ! お前らのような連中に、俺の仲間は…………っ! 纏めてスクラップにしてやる…………!』

 

——今進んでいる道は再生か、それとも破滅か。そんな事は誰にもわからない。わかったとしても道を変えることなんてできるのだろうか?

 

『——ぐうっ…………! ま、だだ…………腕が切れたわけじゃねえんだ…………だから、てめえ如きにやられるかよ!!』

『——…………ねぇ…………か……さん…………お……かあ……んを——』

 

——刻一刻と進むたびに、無念の声が響く。しかし、それを気に留められる人間はいない。誰もが死なないように、今を全力で駆けている。

 

『——司令部よりグランドスラム04。現在接近中の敵部隊への足止めをしてください』

 

——だから私も、今を全力で駆けていくしかない。立ち止まったら、そこで全てが終わってしまう。終わってしまったら、後悔も、嘆きも、怒りも、何もかもができなくなる。けど、それ以上に——

 

「…………グランドスラム04、了解」

 

——もう、誰も失いたくない。守りたい人がそこにいるから。だから戦い続けるしかない、こんな、機械と戦争を続けている世界で…………。

 

◇◇◇

 

全ての始まりは約十年前。とある天才科学者が発明した、画期的なものが原因だった。空中で柔軟に動き回り、なおかつほぼ完全に操縦者を保護する機能を持つ宇宙探査を目指した飛行パワードスーツ。

 

名前を[インフィニット・ストラトス]、通称ISという。

 

発表された当時、その余りにも突飛した性能と開発者の若さから『妄想の産物』と呼ばれ、学会で認められる事はなかった。

しかし、それからしばらくして、日本、ひいては世界を揺るがす事態が発生した。日本を攻撃可能な大陸間弾道弾(ICBM)全てが何者かの手によって発射されてしまったのだ。米、露、中、北朝鮮…………各国から発射された大陸間弾道弾、総勢2341発。米露が保有する核兵器の本数と比べると極めて少ないが、その一発一発が大量破壊兵器である事実に変わりはなかった。着弾予想地点は首都東京。突然の事態に上層部との連絡が錯綜した結果自衛隊及び在日米軍の展開に遅れが生じてしまった。

しかし、その際に現れたのが、空を舞う白き騎士の姿であった。剣で降り注ぐミサイル群を海上で切り捨て、同時にユーラシア大陸側からのミサイル群は当時試作兵器止まりであった大出力荷電粒子砲による砲撃で文字通り消し飛ばされた。だが、その騎士一人だけでは到底捌ける数ではない。撃ち漏らしも当然あった。しかし、それらは展開が完了した海上自衛隊、在日米海軍、ロシア海軍、中国海軍の手によって、確実に破壊されていった。国の防衛、国の失態の払拭、国の力の誇示…………上層部の思惑は幾多もあっただろうが、現場の人間はただ国民を守りたいという意思の元戦った。

五時間という長きにわたる防衛戦の末、軽傷者は出たものの、死者ゼロという類を見ない戦果を出すことができた。だが、同時にすべての国家の上層部はこの異常事態を全て解決したと過言でもない白き騎士の撃墜、もしくは捕獲を命じた。しかし、先ほどの防衛戦で日本の周辺国の殆どは弾薬をほとんど消費し、またその余りにも異常な性能をまざまざと見せつけられ、その命令に従う事はなかった。その中で唯一行動したのは日本防衛戦に参加していない韓国のみ。それを皮切りに各国軍は現地への派遣を命じる。だが、白き騎士は攻めてくる韓国軍に対し攻撃を開始。空の王者でもある戦闘機をいとも簡単に撃墜し、また派遣されてきた駆逐艦、揚陸艦を次々と無力化していく。その姿に自国の戦力を喪失するわけにはいかないと判断した各国上層部は、すぐさま派遣を中止。そして、夕暮れと共に白き騎士もまた姿を消した。これが『白騎士事件』と後に呼ばれる事になる。その後あの白騎士がISであると開発者——篠ノ之束が発表し、学会でISというものが認められる事になった。しかし、それは強力な『軍事兵器』としてであり、本来の宇宙探査とは大きくかけ離れてしまった。また、ISには重大な欠陥があることが後に発覚する事になる。

 

『女性以外には扱えない』

 

ISは女性以外には反応を示さなかった。そして、篠ノ之束もISの中心となる最重要パーツ・コアをたったの467個だけ作って失踪した。数が少ないとはいえ、その性能は現行のありとあらゆる兵器を凌駕し、通常兵器がほとんど通用しないという事実から、『ISを仕留められるのはISだけ』と考えられるようになり、そのISを扱えるのは女性のみという事実を受け止めた各国上層部は、女性優遇政策を打ち立て始め、世界に『男尊女卑』を反転した『女尊男卑』の風潮が蔓延するのだった。その後、ISの軍事利用を禁止するアラスカ条約の締結、スポーツとしてのISと様々な方向へと進んでいった。

それと同時期に国連ではあるプロジェクトが打ち立てられていた。

 

計画名『プロジェクト・リスフィア』

 

陸、海、そして宇宙を開発する事によって増えすぎた人々への生活空間を広げる計画だ。この計画に参加したのは、常任理事国である米露中英仏、技術大国である日独を筆頭とする先進国各国、そしてISの開発者である篠ノ之束だった。計画の進行に伴い、ありとあらゆる環境下における作業重機の開発が急務となった。その際、人型重機の汎用性の高さをISを用いて篠ノ之束自身が証明した結果、その翌年に汎用人型重機『フレームアーキテクト』が開発された。これにはISと同じ量子変換システムが限定的であるが搭載され、動力として月面先行調査で発見された新物質『T結晶』を用いた新エネルギーシステム『ユビキタス・エネルギー・システム』が採用されており、人は新たなフロンティアを目指す事ができるようになった。地底には幾多も都市が建造され、海上にも人工島が作られていくことになる。そして、計画の最終段階として月面の開発を試みた。この時、フレーム遠隔操作型アーキテクト二機と有人機としてISコアNo.467搭載ISを月へと送ったのだが、月の裏側(ダークサイド・ムーン)のT結晶採掘場にて消息を絶った。

 

——それが悪夢の始まりだとは誰も知らずに。

 

消息を絶ってから一週間後、T結晶と同時に送られてきたのは暴走するアーキテクトの軍団だった。着陸地点はアメリカ合衆国ネヴァダ。幸いな事に民間人のいない地域であった為、米軍は機甲部隊及びISの投入によってこれを殲滅する。この時投入されたISの機体数は十数機であり、アメリカの保有する全機体の約半数近くに上った。事態を重く見た各国政府はこの事実を隠蔽、リスフィア計画の面々は事態に対処すべく、作業用重機であるアーキテクトに武装を施していく。後に『フレームアームズ』、通称FAと名付けられる機動兵器が誕生した。そして、その登場を待っていたかのように月から幾多もの大型突入カプセルが落着した。アメリカ・ネヴァダ、ロシア・イルクーツク、中国・カシュガル、韓国・京城、ドイツ・ブレーメンのそれぞれに落着したカプセルからは数多の敵性アーキテクト——差別化の為アント(Architect of Non operate Troopes)と呼称——が出現、その圧倒的物量を武器に展開されたIS部隊は多勢に無勢となり、結果としてアント各地を制圧、拠点となる基地を建造していった。

 

『ISは対アント戦に投入しても戦力にはならない』

 

絶対数の限られるISを最悪失う事など、ISによって旨味を得ている国の上層部と女性権利団体が許す事などなく、情報統制がアントの基地を有する国でなされた。九割以上が制圧されてしまった朝鮮半島の実情を隠蔽するべく、国連軍は『オペレーション・アヴェンジャー』を発令、当時開発された[SA-16 スティレット]及び[三二式一型 轟雷]の四個連隊と二個機甲師団、多数の爆撃機部隊を投入する事により五割近い被害を出しながらも制圧に成功、以降中国軍が統治することとなった。

しかし、この作戦の結果でさえ女尊男卑の世界では、IS至上主義の世界では表舞台に出ることはなく、いつしかその功労者であるFAもISに似た何かとして、『FRAME() ARMS(A)RESEMBLE(R) INFINITE(I) STORATOS(S)』と呼称され、その略称から『far IS(ISとは程遠いもの)』と呼ばれるようになった。

そして、皮肉にも当初の人口問題は戦争が起きたせいで数を減らしていったことで解決してしまった。

最初の地球降下から二年余りが過ぎた今、未だ人類はアントとの戦争を続けている——。

 

◇◇◇

 

(また、仲間が先に逝っちゃった…………)

 

戦闘後、頭部保護バイザーを解除した私はそう思った。同じ部隊にいない人とはいえ、同じ基地で一緒に働いていた仲間だ。なんとも思わないなんて事はない。悔しいし、何より彼の命を、日常を奪っていった奴らを許すことなんてできない。とはいえ、奇跡的に遺体は原型をとどめていた事だけがせめてもの救いかな…………アントとの戦いじゃ遺体が原型を止めることなんてほとんどないからね。遺体袋に入れられた彼の姿と回収されていく彼の轟雷の姿を脇目にして、私はハンガーへと向かった。

 

『グランドスラム04、どうかしたか?』

「…………いえ、私は平気です。少し休憩を取ってしまいました。すぐにハンガーに向かいます」

『そうか…………ああ、帰還するのはゆっくりでも構わないからな』

「…………申し訳ありません、大尉」

『気にするなよ。隊長職なら部下の心配をするのも仕事の一つってな!』

 

そう言って少し落ち込んでいた私を隊長はいつも通りの豪快さで励ましてくれた。その心遣いは嬉しかったけど…………やはり、仲間を失ったっていう事実を受け入れるまでまだ時間がかかりそう。今朝まで一緒に喋っていた人が、夕方には消えているなんてこのご時世よくあることなのに…………悲観的にならなきゃもっと辛い世界だってのに。

 

(でも、こんな風に落ち込んでたら、怒られちゃうか…………)

 

いつまでも死んだ仲間のことで嘆くな、名前だけ覚えておいてくれたらいい…………そんな風にいつも怒られちゃっていた。嘆いていたら、彼らがした事はただの無駄死にになるって隊長に教えられたから、嘆く事はなくなったけどね。ただ、それでも足取りが重かったのは、多分自分の機体(三八式一型 榴雷・改)のせいだと思いたい。

 

 

「グランドスラム04、ただいま帰投しました…………」

「おう、お疲れさん。ほら、さっさと機体を解除して飯食いに行くぞ」

 

ハンガーに戻った私を待っていたのは隊長である葦原浩二大尉だった。他の皆は既に機体を解除して基地内のPXに行っているようだ。それにしても…………やっぱり少なからず部隊のみんなも機体にダメージを受けていた。核となっているフレームアーキテクトがむき出しになってしまっているもの、装甲表面が少し融けているもの、主砲を斬られたもの…………見ているとやはり心が痛くなる。後方支援機である私は自然とあまりダメージが来ない。危険はあることに変わりはないけど、部隊のみんなと比べたら明らかにリスクは低い。なのに部隊の誰もが私の事を責めないのは…………みんなが優しいからなんだと思う。だから、せめてでもみんなの力になるように頑張らないと…………。

 

「ん? どうかしたのか?」

「い、いえ! なんでもありません!」

「お、そうか。それじゃとりあえず飯にするぞ」

「は、はい!」

 

機体を解除した私は大尉の後を追ってPXへと向かった。結局のところ、私は大尉に助けられてばっかりなんだ、と実感するのだった。

 

 

とりあえずPXに来たのはいいけど…………

 

(なんで、大尉はそんなに食べられるんですか!?)

 

正面に座る大尉が持ってきた唐揚げ定食の量に、見ているだけでお腹いっぱいになり始めていた。言っておくが私は別にダイエットとかしているわけじゃない。ここで働いている以上、脂肪より筋肉のほうが付くからその心配はいらない。ただ単に私が小食なだけだ。

 

「…………大尉、いつも思うんですけどそれって小食な私に対する嫌がらせですか?」

「ん? 確かにお前は小食だよな…………むしろ、それだけで足りるのか?」

「私にはこれだけあれば十分ですよ」

 

大尉は私が持ってきたカレーの量を見てそう言ったが、流石にこれ以上は食べられそうにないので、ちゃんと言い切る。というか、大尉の方が何かとおかしいんですよ…………周りが疲れきって殆ど食べられてないのに、そんな大食い選手権向けの量を平らげそうなんですか…………。

 

「けどなぁ…………お前も一応成長期なんだぞ、飯くらいはちゃんと食わねえと背が伸びねえぞ?」

 

そう言って私の頭から自身の顎下あたりまで水平に手を動かしていく。…………完全にバカにしてますよね、大尉? というか、身長が伸びないの、私がコンプレックスにしてるってわかってやってますよね?

 

「まぁ、そっちも成長してないから仕方ねえか」

「大尉、それは流石にセクハラ」

「おっと、あぶね。もう少しで憲兵に捕まるところだったぜ」

 

またもや豪快に笑い飛ばす大尉にジト目で抗議をするが全然相手にされない。というか、大尉、ずっと思ってるんですけど、私の事を子供扱いしてますよね? 確かにまだ未成年ですけど…………さっきのセクハラまがいの事だって、そんなに歳の離れた相手にするものじゃないですよ…………なんだろ、自分で言ってるうちに甘口のカレーが塩っぱく感じてきた。

 

「…………そのまま詰所で反省してきてくださいよ」

「え、やだ。俺にあんなマッチョ共と一夜を共にする趣味はない」

 

いや、あったらあったでそれは大問題じゃないですか…………。しかし、そんな詰所にいる憲兵の人達だけど、何故か私には優しい。まだ何も悪いことはしてないからだと思うけど、たまにお菓子をくれることもあるんだよね。なんでなんだろ?

 

「あ、そういえばお前にこれ渡しとけって言われてるんだった。いやー、うっかり忘れてたわ」

「? なんですか、この書類?」

「明日お前に支給される武器の一覧だとさ。それで、飯食ってからでいいから司令室に来いって言ってたぞ」

「それうっかり忘れていいことじゃないですよね!?」

 

相変わらず大尉に振り回される自分。もうどうしたらいいの、この人…………。とりあえず、書類を見てみよう。えーと、支給される武装はリボルビングバスターキャノンか…………って、これって対拠点攻撃用の武器ですよね!? 海上拠点の制圧でもするんですか!? 全くもってなんでこんなものが私に支給されるのかわからないよ…………。

 

「まーまー、後でプリン奢ってやるから許せよ。って事で頑張れ、紅城中尉」

 

そう言ってさらっと私を子供扱いして大尉は席を立った。…………もしかして、一大反抗作戦でもするのだろうか? というかそれよりもなんで司令室に呼ばれたんだろう? 残りのちょっと冷めたカレーを口に運びながら、その理由を考えていたのだが全然思いつかなかったのだった。

 

 

「失礼します。紅城中尉、ただいま参りました」

「そんな硬くならなくていいぞ、中尉。紅茶か何か出そう。少し肩の力を抜いても構わん」

 

司令室に入ると、ここの基地司令をしている武岡榮治中将がそう言ってきた。いやいや、ただの士官が中将の手を煩わせるわけにはいかないじゃないですか。というか、そんなことをしたら上官不敬罪で即クビでしょ。え? 葦原大尉? ああ、あの人はいつもあんな感じだから大丈夫…………だと思う。

 

「い、いえ。大丈夫です」

「私が構わないと言っているんだ。少しは楽にしろ。ついでだ、何か菓子も用意してやろう。おい、今すぐ調達に行ってこい」

「サーイエッサー!」

 

そう言って司令の横に控えていた秘書(多分階級は特務中尉)が司令室を後にしていった。…………な、なんだかすみません。

 

「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」

「うむ。少し待っていてくれ」

 

私がソファに座っている間、司令は奥の給湯室らしきところへと向かって、お湯を沸かしに行った。…………てか、司令にもてなされる中尉ってなんなの? 毎回毎回呼び出されるたびにこんなことになっているんだけど、なんでなの? この基地で暮らすようになって一年近く経つけど、未だにその理由がわからない。

 

(というか、私が素直に従ったらやけに司令、ご機嫌そうだよね…………昼間あんなことがあったというのに…………)

 

多分司令は割り切っているんじゃないのかな…………でも、一番辛い思いをしているのは司令だと思っている。まぁ、そんな事私にはまだよくわからないけどね。

 

「ほら、紅茶が入った。熱いから気をつけるんだぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

紅茶を淹れ終わった司令はちょうど私の真向かいに座ると、そのまま紅茶を飲み始めた。別にそれは悪くはないと思うんだけど…………こっちが緊張して仕方ない。体が自然と縮こまってしまっていた。

 

「ん? 飲まないのか?」

「い、いえ。いただきます」

 

ちょっと熱めの紅茶をちびちびと飲む。熱いものは少し苦手だ。だから自然とこうなるのも仕方のない事なのだ。

 

「司令! なんとかカステラだけは買う事ができました!」

「よくやった。こちらの案件が済み次第呼び出す。それまでは休息を取るといい」

「感謝の極み! では、失礼致します!」

 

さっきの秘書がどうやらカステラを買ってきたそうだ。その証拠に目の前にはそれが入っていると思われる箱が置いてある。そして、いつの間にか司令が皿とフォークを用意していた。

 

「どうだ、一つ食べていかないか? どうも特務中尉は基地の外から買ってきたようだからな。PXのものより美味いぞ」

「本当にいいのでしょうか…………?」

「私がいいと言っている。別に上官不敬罪などは気にしなくて構わん。ほら」

「…………すみません。ありがとうございます」

 

そう言ってカステラの乗った皿を受け取り、食べる私。た、確かにこれはPXのものよりはるかに美味しい。多分、秘書の人が買いに行ったお店って、この基地から結構離れたところにある洋菓子店じゃないかな…………? 一体どうやってこの短時間に戻ってこれたんだろ?

 

「…………フフッ、君の事を見ているとまるで孫を見ているかのような気分だよ」

「!?」

 

突然のカミングアウトに思わずカステラが喉に詰まりそうになった。急いで紅茶を飲んでなんとか助かったけど、その様子を見ていた司令の顔はどこか穏やかそうなものだった。

 

「い、いきなり何を言い出すのですか!?」

「君はこの基地で最年少だからな。ついつい甘やかしたくなってしまうのだよ…………志願とはいえ君のような子供にまで戦わせるなど、いつも出撃を命じる度に胸が苦しくなるものだ。だからこれは、私からのほんの気持ちだ」

 

司令の言葉に、私も思わず胸が苦しくなるような気分になった。確かに私は志願してここにいる。志願年齢引き下げにより十三歳からでも日本国防衛軍に入隊する事ができるようになったから、お姉ちゃんと弟を助けるためにここにいる。自分から望んできたにもかかわらず、司令はそんな風に思っていたなんて…………知る由がなかったとはいえ、そんな事を聞いたのは初めてだ。

 

「さて、と。一度任務の話をしよう」

 

その言葉とともに司令の纏う雰囲気が変わった。そう、これは戦闘時に全部隊の指揮をとるときの雰囲気に近い。それだけ重要な事なのだろう。私も気を引き締めて、心して聞こうと姿勢を正した。

 

「君には明日の午後、ドイツへと向かってもらう事になった。装備に関しては、貴官の搭乗する三八式一型と今回支給された武装。その他に必要なものがあれば現地の部隊に言えば応じてくれるそうだ。質問はあるか?」

「えっと…………これは中隊としてではないんですか?」

 

気になったのはなぜ一人だけなのかという事だ。普通部隊で移動とかじゃないの? 確かにここ千葉県館山市にある館山基地は日本における対アント戦の最前線基地だから、私の所属している第十一支援砲撃中隊、通称グランドスラム中隊はそう簡単に動かせるとは思ってないけど、かと言って舞台から欠員を出すような事をするのだろうか?

 

「その通りだ。しかもこれは最重要案件のようでな、私も詳細はわからん。国連軍総司令部からの命令だ、おそらく特殊任務だろう…………何やら嫌な予感がしないでもないが、健闘を祈るよ」

 

私はその場に立ち上がり、司令に向かって敬礼をした。

 

「任務承知致しました。必ず任務を遂行し、ここに無事に帰還します」

「ああ、頼んだぞ。紅城一夏中尉」

 

 

(嘘でしょおぉぉぉぉっ!?)

 

司令室を後にし、自分の部屋へと戻る途中、頭の中で司令から言われた事を反芻するように頭の中で再生していた。待って待って、なんで私が指名されたの!? 他にもっと適任者がいるはずでしょ!? …………なんでこうなったのか少しくらい教えてよ、国連軍総司令部…………急にドイツに飛んでなんて言われても心の準備とか全然できてないよ。中隊のみんなにもしばらく抜けるって言わないといけないし…………あと持っていく荷物とかも纏めなきゃいけないし…………。

 

「はぁぁぁ…………」

 

これからしなきゃいけない事が多すぎて、ついため息が漏れてしまった。もう本当にどうしたらいいの?

 

「あれ、一夏じゃん。どうしたの、ため息なんかついて」

「お前らしくない、と言ったら少し変になるか?」

「あ、悠希、それに昭弘も…………」

 

そんなため息をついている私の元に二人がやってきた。私と同じくらいの身長の方が三河悠希、所属は私と同じ第十一支援砲撃中隊で階級は少尉。一方の筋肉の塊みたいな方は古地昭弘、第五遊撃中隊所属で階級は少尉。普通なら二人は私に敬語を使うところだけど、年も近いし別に階級が下とか上とか私には関係ないから、二人にもタメ口で話していいよって言ってある。まぁ、私の方が一歳ほど年下なんだけどね。

 

「二人は今筋トレ帰り?」

「まぁ、ここでできる唯一無二の俺の趣味だからな」

「俺はその趣味に付き合ってきたんだよ。で、一夏は何してたの?」

「ちょっと司令に呼ばれて、その帰り…………」

「そのため息と関係ありそうだな」

 

そう言って昭弘は私の目をその力強い目で見てくる。やっぱり昭弘にはわかっちゃうか…………それに悠希も何考えているかわからない顔してるけど、多分気付いているんだろうね。

 

「うん…………実は明日の午後からちょっと中隊を離れるんだ…………」

「転属?」

「ううん、出張みたいなものかな? でも、ちゃんと帰ってくるからね」

「そうか。身体には気をつけておけよ」

「うん、ありがと…………」

「それじゃ、俺たちはこの辺で」

 

そう言って二人は自分たちの部屋へと向かっていった。二人にはなんともないって言ったけど、実際問題が山積みだよ…………まず大尉にこの事を伝えておかないと。

 

「おお、青春してるね〜、嬢ちゃん」

「…………見てたんですか、大尉」

 

廊下の角の陰からひょっこりと顔を出す大尉の姿が見えた。あの顔のニヤけっぷりからしたら…………絶対最初から最後まで見てたに違いない。上官なんだけど、ものすごく演習でぶっ飛ばしてやりたい気持ちになった。

 

「いーや、偶然だ偶然。それよりほれ、約束の品物だ」

 

そう言って大尉は私にビニール袋を渡してきた。中に入っていたのはコンビニとかで見かけるプリンである。まさか、本当に一方的な約束だったけど買ってきてくれたんだ…………。

 

「まぁ、突然の出撃があったとはいえ、お前に通達するのが遅れたのは変わりないからなぁ。一応、それで許してちょ」

 

私に向かって謝ってくる大尉の姿は、まるで娘に怒られた父親みたいな感じに見えた。まぁ、ドラマとかでしか見たことないから私もなんとも言えないんだけどね。

 

「別に怒ってなかったから構いませんよ。それよりもありがとうございます、大尉」

「ほっ…………それならよかった。それで、司令とどんな話をしてきたんだ?」

「えっと、その…………明日の午後にドイツへと向かうことになりました」

「話の脈絡飛びすぎじゃない、紅城中尉!?」

 

飛びすぎというか、まともに話せるのこのへんくらいなんですよ…………他は最重要案件としてまだ教えてもらってないんですし。

 

「そんなわけで、しばらく中隊からは離れることになります」

「そうか…………そんじゃ、万が一の時に備えて、こっちは再編をしておくから、お前は気にせず仕事をしてこいよ」

「わかってますって。では、失礼します」

「おう。それと、今日は早く寝ておけ。ウキウキ気分で寝てなかったら、明日が辛いぞ〜」

「遠足じゃないし、私はそこまで子供じゃないです!!」

「あと、できれば向こうのパツ金ねーちゃんの写真とか——」

「一回詰所に行ってきてください!!」

 

完全に大尉の変態丸出しじゃん! というかそもそもでこれ出張で、もしかすると現地で戦闘する可能性も否定できないんですよ! むしろ不安すぎて眠れないかもしれない。そう考えたらより一層深いため息が出てしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、このドイツへの出向がまさかあんな事になるとは全く予想だにしていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、大尉。コンビニのプリン、美味しかったです。




感想とか待ってます。

それと活動報告でアンケートを行います。そちらの方もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.02

『——当機はまもなくドイツ、ライプツィヒ・ハレ空港へと到着します——』

(やっと到着だよ〜…………一体何回乗り継ぎしたんだろ?)

 

もうすぐ目的地に到着するという機内アナウンスが流れた。それを聞いた私は少し体を伸ばす。というのもここに至るまで二回ほど乗り換えをしているからね…………日本から一度上海に飛んで、そこからインドを経由してドイツというルートを通ったんだよ。こんな複雑なルートになる理由は一つ、日本からドイツへの直行便が中国に作られたアントのカシュガル降下艇基地によって使えなくなったから。アントは軍や民間無関係に攻撃する。降下艇基地には多数の対空兵装が装備されているため、その上空を通るのは自殺行為にも等しいのだ。それに、北のルートを使うとなると、今度はイルクーツク降下艇基地があるからね…………赤道付近を回るしかなくなったのは辛いよ。なんといっても時間がかかるからね。

 

(でも…………なんでドイツまで来る事になったんだろ…………それに、ほぼフル装備の榴雷まで持ち込んで…………)

 

ただの海外遠征なら、別にフル装備にしなくてもいいはず。そもそもで榴雷を持ち込む理由もない。なのに司令から言われたことは、私が通常運用している榴雷、そのフル装備を持って行けとのことだった。今はおそらく飛行機のカーゴルームにコンテナ詰めされているはずだ。

 

(まぁ、現地でお迎えが来ているってことだし、その人に聞けば何かわかるかな?)

 

これ以上考えても無駄な事だと思い、一度窓の外を眺めた。そこには、到着予定の空港がどんどん近づいているのが見えた。まだ、アントに制圧されてない、そしてアントの存在を知らない人々が住んでいるであろう街の姿が目に映った。

 

(ここはまだ最前線にはなっていないんだね…………)

『——まもなく着陸体勢に入ります。座席に着き、シートベルトを着用してください』

 

そう思ったのと、着陸体勢に入ったことを知らせるアナウンスが流れたのはほぼ同時だった。

 

 

「ふぅ〜〜…………やっと着いたよぉ〜〜…………」

 

空港に着いて開口一番に出たのがそれだった。移動時間にして約三十五時間。向こうを出たのが午後の二時だったから、既にこっちは夜だ。少ないけどまだ人はいる。その中にひときわ目立つ人がいた。長い銀髪を揺らし、人と人との間を縫って私のところに向かってくる。ちょっと場違いかもしれないけど、綺麗な髪だなぁって思った。欧州の人ってみんな綺麗な金髪や銀髪が多いよね…………別にお姉ちゃん譲りの黒髪も悪いと思っているわけじゃないよ? でも、やっぱり金髪とか銀髪は綺麗だなって思っただけ。

 

「す、すまない! 待たせてしまったか?」

「…………えっ?」

 

その私に向かって来た人は開口一番にそう言った。ん? 待たせてしまった? というかその格好ってドイツ軍の制服だよね? というかその襟についている階級章って——

 

(た、大尉ぃぃぃぃぃっ!?)

 

正直信じられなかった。比較的背の小さい方だと思っていた私だけど、それよりも小さい目の前の彼女が大尉という事に内心驚いてしまった。というか、大尉自らお出迎え!? やばいやばい…………ここで変に答えたら、たとえ他国の人であっても上官に変わりないから、不敬罪で速攻解雇だよ!! ここは慎重に言葉を選ばないと…………いや、それよりこんなことになるんだったら持ってきた制服に着替えておくんだった…………。

 

「ん? どうかしたのか? 顔写真を見て貴方が紅城一夏だと思ったのだが…………もしや、人違いだったか?」

 

そんな風に顎に手を当てて首をかしげる目の前のドイツ軍大尉は身長の小ささも相まってかなり可愛らしかった…………って、そんなこと考えている場合じゃない! 大尉! 目の前にいる、話しかけられても全然返事できない情けない人が、その本人です!

 

「え、えっと、その…………」

「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう?」

 

人通りが少ないとはいえ、やはり人の目にさらさられているのはコボルドやシュトラウス、ヴァイスハイトの大群と撃ち合っている私には耐えられなかった。いや、答えられない私が悪いんだけどさ…………それでも、あんな状況でされたら誰だってそうなると思うよ。大尉に詰め寄られていた私が唯一口から出すことができたのは

 

「い、一旦失礼しましゅ! す、すぐに戻りましゅので、そ、その場でお待ちくだしゃい!」

 

恥ずかしさのあまり噛みまくった、逃げの一言、それだけだった。

 

 

(——絶対失敗した!!)

 

とりあえずトイレへと駆け込み、割と大きめの個室を借りた私は、その中で制服に着替えながらそう思った。あの大尉は『お、そうか。それでは、私はここで待たせてもらうぞ』とかと笑って言ってきてくれたけど、内心きっと馬鹿にされているんだろうなぁ…………それどころか相当根性無しとか思われているかも。向こうが私のことを知っていたなら、多分グランドスラム中隊のことだって知ってるはず…………私がこんなのだから、中隊のみんなも私と同類と思われることだけは避けたかったのに…………私のバカ!

 

「はぁぁぁ…………」

 

ついため息が漏れてしまった。このドイツ行きが決まってからため息をかなりついている気がする。自分があまりにも頼りなさすぎで泣けてくる。せめてもの救いは向こうが日本語で話しかけてきてくれたことかな…………ISが登場してからというもの、そのメンテナンスファイルを作った篠ノ之博士は何故か日本語で世界中にばらまいた。それを各国が自国語に直すには時間がかかるということで、公用語として日本語が広まっている。英語すら怪しい私にとってはありがたいことだった。

 

(これなら大丈夫かな…………?)

 

鏡を見て変になってないかを確認する。見たところ特に変にはなってなかったからよかった。最後に胸に盾と砲弾を象った部隊章——第十一支援砲撃中隊の部隊章——と階級章を取り付けて、と。

 

(それじゃ、気を取り直して謝りに行きますか)

 

まず、何よりも先にしなきゃならないのは、あの大尉への謝罪だろう。鏡の中に映った自分にそう言って、私はトイレを後にした。

 

 

「先ほどはすみませんでした!」

 

本当に大尉はさっき私と別れたところで、まさかの仁王立をして待っていた。あの姿を見た私は訓練時代の教官を思い出して、即座に頭を下げて謝った。大抵ああいう風に立っている人は怒っている場合が多い。下手すれば国家間の問題になるかもしれないと思った私は身体が反射的にそうしていたのだった。大尉からは何も言葉が来ない。そのせいもあって今この瞬間が一分一秒と長く感じ、緊張のせいもあって手汗が凄いことになっているのがわかった。

 

「何故、謝っているのだ?」

「…………えっ?」

 

だが、そんな私の緊張を他所に、大尉の口から出たのは抗議の言葉ではなく、単なる疑問系の言葉だった。それを聞いた私もつい顔を上げて、間抜けな声が出てしまった。

 

「確かに貴方は私に待てと言った。しかしそれはその軍服に着替えてくるためだったからだろう?」

「そ、それはそうですが…………」

「ならば別に叱責したりなどせん。まぁ、もとより怒ったりする気などなかったがな!」

 

そう言って豪快に笑う大尉。その特徴的な眼帯のせいでかなりの鬼かと思っていたけど、中身はかなり優しい人だった。そのことに胸をなでおろす私がいる。怒られなくてよかった…………というか、こっちに着替えてきて正解だったよ。

 

「大尉のお心遣い、ありがとうございます」

「別に気にすることではない。それよりも、貴官が紅城一夏で間違いないんだな?」

 

大尉がそう聞いてきたので、私は大尉に向かって敬礼をして答えた。

 

「はい。日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉です」

「そうか。私はドイツ軍特殊作戦群[シュヴァルツェ・ハーゼ]隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼むぞ、紅城中尉」

「い、いえ。こちらこそよろしくお願いします、大尉。あと、私の事は一夏で構いません」

「なら私の事もラウラと呼んで構わん。先ほどの事だ、貴官なら公私をわきまえて行動できそうだからな。お互い仲良くしようじゃないか」

「は、はい!」

 

この大尉——じゃなかった、ラウラはどれだけ心が広い人なんだろう…………というか、ドイツ軍特殊作戦群隊長ぉっ!? なんでこんな一般兵のお迎えにドイツの最高機密を握っていてもおかしくない人が来るの!? そんなことを思いながら、私はラウラに引き連れられて車へと乗せられた。迎えに来ていたのが黒塗りのベンツとかという、明らかにやばそうなものだったからかなりおっかなびっくりだったけど。それでも、なんだか落ち着かない。普段は基地から出るなんてことは滅多になかったし、出る時も一人で歩きで出てたし、一応学校には行っているけど、その時は私と悠希と昭弘とでヘリ(UH-60)に乗せられて東京の学校まで飛ばしてもらってたし。あれ? むしろヘリの方が落ち着かない? あと、国防軍には十三歳から志願できるけど、十八歳以下は週に三回午前中だけ東京にある学校で授業を受けなきゃいけない。ただし、緊急出撃が発令された場合はすぐに基地に戻らなきゃいけないんだけどね。それに、一般人も同じ学校にいるから私達が国防軍所属とは大っぴらには言えない。

 

「うむ? 何やら落ち着かないようだな?」

「え、ええ…………だって、ベンツって高級車じゃないですか…………落ち着いている方がすごいと思いますよ」

「そうか? 本当だったらドイツの凄さを教えたくてレオパルドを借りてこようかと思ったのだがな…………」

「隊長、それは流石にやめたほうがいいっすよ。凄さは伝わりますけど、代わりに舗装がガッタガタになりますって」

「こんな感じに止められてしまったのだ」

 

不本意だ、と言わんばかりにちょっとふてくされているラウラの姿は不謹慎だけど、まるで我儘を言ってお願いを聞いてもらえなかった子供みたいで、まるで妹がいるみたいに感じた。私にいるのは弟だけどね。でも、私の弟は何故か聞き分けがいいし、反抗なんてしなかったから、いつ反抗期が来るのかわからない。そもそもでもう一年近く会ってないからそれすらもわからないけどね。それに、もう前の名字じゃ無くなったから、戸籍上は弟じゃない、か…………それを言ったらお姉ちゃんも、だね…………。

 

「どうかしたか? 移動で疲れたのか?」

「いえ、大丈夫です。少し思い出しただけですから」

「そうなのか? だが、疲れたのであれば遠慮なく言ってくれて構わないぞ。我々は身体が資本みたいなものだからな。しかしだ…………」

 

ラウラはそう言って私のところをジロジロと見てくる。まるで初めて見たものに興味を示している猫みたいだ。多分、本人にそう言ったらものすごく怒られると思う。

 

「国防軍の制服は派手な色をしているんだな。我が国のは特殊作戦群というのもあるのかもしれないが、黒一色だというのに…………」

「ああ、それは私達のは希望があれば色の指定ができるんです。なんでも、灰色だけじゃ女の子には辛いだろうって、基地司令から言われました」

 

派手と言われても、私が選んだのは蒼。今の乗機である榴雷は基本色の白と灰色をベースとしているけど、それでもやっぱり蒼が好きだったから。私以外にも基地でオペレーターをしている人もピンクとか着ているし、その辺は結構融通が効くみたい。まぁ、それでも少佐以上になると基本色の灰色がかった白の制服を着用しなきゃいけなくなるみたいなんだけどね。別にあれはあれで普通だから私は嫌いじゃないよ。ただし、男子はその基本色のみ。まぁ、それが原因で暴動なんて起きてないからいいんだけど。

 

「ほう、流石日本人というべきなのか。今度我が軍の上層部にでも提案してみるとしよう」

「でも、大尉は黒がお似合いだと思いますよ。だって、とても凛々しく見えますから」

「ははっ、私より凛々しい人など数多いるだろう。少なくとも一人は知っているぞ」

「そうなんですか。どんな人なんですか?」

「それは秘密だ」

 

ふふん、と鼻を鳴らして自慢するラウラはやっぱり背伸びしたがりな子供にしか見えなかった。そういう私も十分子供なんだけど。でも、こんな素敵な大尉がそこまで言う人ってどんな人なんだろう? 変に焦らされた始まった分、余計気になって仕方ない。

 

「隊長、楽しいお喋りの時間はそこまでですよ。やっと基地に到着です」

「了解した。お前は私達を降ろしたあと、車を基地のガレージにしまってきてくれ。その後は適宜休憩を取るんだぞ」

「わかってますよ。じゃないと、獰猛な黒兎に吠えられちゃいますからね——っと、それじゃ、お気をつけて」

「ああ、お前もな。では、行くとしようか中尉」

「了解しました」

 

着いたのはドイツ軍の基地だった。ちょうど私達が乗ってきた車が去った後、コンテナを載せたトレーラーがやってきた。コンテナには何も書かれてはいないが、基地に入っていったところを見ると、あれに私の機体が載せられていることに間違いはない。多分、支給されたリボルビングバスターキャノンも。けど、そんな事よりも、さっきから肌で感じるこの感覚…………そう、無機質な連中を相手にしてきたからこそ感じる、熱い魂。それがこの基地には溢れている。私のいる館山基地と同じ感じだ。

 

「さて、挨拶がまだだったな。ようこそ、ベーバーゼー基地へ」

 

ベーバーゼー基地、ドイツが国内に抱えるブレーメン降下艇基地を攻略する為の最重要拠点へと私は足を踏み入れたのだった。

 

 

「これで全員揃ったようだな」

 

私がラウラ案内されたブリーフィングルームに入ると、そこには結構人が集まっていた。ドイツ軍のラウラや、制服からしてイギリス軍の人の他にアメリカ軍の人もいる。でも、みんな歳が若い。もしかすると私と同じ歳?

 

「では、今回集まってもらった目的を話す前に、親睦を深めることを兼ねて自己紹介をしようか」

 

壇上に立っているラウラがそう言ったが、このガチガチに固まった空気がほぐれることはない。というか、さっきみたいにフランクに接していたから私がただ慣れてしまったからなのかもしれない。まぁ、今のラウラはいかにも鬼軍人とかと言われてもおかしくないほど威厳があるように見える。それじゃ、周りが固まってしまっても仕方ないか。

 

「私が今回の指揮を預かるドイツ軍のラウラ・ボーデヴィッヒ大尉だ。以降よろしく頼む」

「「「…………」」」

 

…………誰か反応してあげて!! というか、ラウラが今回出向してきた目的の指揮官!? まずい、いろいろありすぎて頭がこんがらがってきたよ…………。

 

「むう…………仕方ない。誰かが進んで出てきてくれると思ったが、ここは指名してするしかないな。ならば、お前から順にだな」

「私ですか!? えっと、アメリカ陸軍第四十二機動打撃群所属、エイミー・ローチェです。階級は少尉です」

「同じくアメリカ軍第四十二機動打撃群所属、レーア・シグルス少尉です」

「私はイギリス海軍第八艦隊所属、セシリア・オルコット少尉ですわ」

 

うわぁ…………みんな名だたる部隊の隊員だよ。アメリカ軍第四十二機動打撃群って、国内のネヴァダ降下艇基地からの侵攻を阻止したり、二ヶ月くらい前に行われた第二次降下艇基地であるドバイ沖の海上都市ベイルゲイト降下艇基地攻略戦にも参加したというエリート部隊じゃん…………それに、イギリス海軍第八艦隊って、空母二隻と護衛の駆逐艦八隻で構成され、ブレーメン降下艇基地から溢れ出てくるアントを押しとどめて他国への侵攻を阻止している精強な部隊じゃん…………多分ここにいるのはその中でも選りすぐりのパイロットだと思う。…………ああ、周りが強烈すぎて胃が痛くなってきた。それに比べて私は——

 

「おい? 大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 

——こんな風に他国の上官から心配される始末だよ…………。いけない、いけない。ここはちゃんとしないと…………

 

「だ、大丈夫です。ただ、周りの肩書きが凄すぎて驚いていただけです…………」

「そ、そうか。だが、お前も十分凄い肩書きを持っていると思うがな…………」

 

ラウラ——じゃなかった、大尉、それは多分日本国内だけの話だと思いますよ…………。でも、自己紹介をしないと先に進まないし…………頑張るしかないか。

 

「え、えっと…………私は日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊所属の——」

「「「日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊!?」」」

 

所属のところまで言ったら、何故かさっき自己紹介してくれたローチェ少尉やシグルス少尉、オルコット少尉が驚いた声をあげていた。あ、あれ? そんなに変なこと言ったかな? 普通にグランドスラム中隊所属って言っただけなんだけど…………。

 

「第十一支援砲撃中隊って、あのグランドスラム中隊!?」

「現代日本の防人で、任務成功率九十パーセント超えで、民間人死者を未だ出してないあの!?」

「そ、そういえば、グランドスラム中隊には初の実戦で逃げ遅れた民間人を守りながら、二機のヴァイスハイトと多数のアントを撃破した最年少のウェアウルフ・ブルーパー(三八式一型 榴雷・改)のパイロットがいるとか…………た、確かそのパイロットの名前は——」

「——ええっと…………改めて、日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊、通称グランドスラム中隊所属、紅城一夏中尉です。よ、よろしくお願いします」

 

そう言って私は冷静にお辞儀をしたが…………内心、かなりびっくりしていた。確かに私は初めて実戦に出た時、逃げ遅れた親子がいたから、榴雷のシールドで弾を防ぎながら避難させて、その途中で何機かアントを撃破していた。その後で隊長の葦原大尉に命令違反で怒られて、民間人を助けた事で褒められて、その事がきっかけで二ヶ月くらい後に中尉に昇進させられたんだっけ。あの時助けた二人は元気にしてるかな? というか、なんでその事が海外にまで広まっているの? 別に私はただ民間人を助けただけだよ? 本土防衛軍の名前を冠している以上、その役割を果たさないとね。多分、あんな変態の葦原大尉や悠希、それに昭弘をはじめとする館山基地の人はみんなそうすると思う。葦原大尉は私と同じ状況だったらしていたと言っていたし。

 

「以上で正規メンバーの紹介を終わる。次にこちらは国連軍からの人間だ。粗相のないようにすること。では、よろしくお願いします」

『失礼する』

『失礼しちゃうよーん』

 

ラウラがそう言った直後、聞こえてきた声は何故か聞き覚えのある声だった。待って…………今の声の人達は日本かもしくは世界のどこかに隠れているはずなのに…………なんで、ここで聞こえてくるの…………?

 

「今回、この作戦を開始するにあたって参加する事となった国連軍先進技術試験隊民間協力の織斑千冬だ」

「同じく、国連軍先進技術試験隊開発技術主任の篠ノ之束だよーん。よろぴくー!」

 

目の前のことが信じられなかった。国連軍の制服を身に纏ったお姉ちゃん(・・・・・)束お姉ちゃん(・・・・・・)がいるなんて、私には想像できなかったから。どうしてここにいるのかが理解できなくて、さっき以上に頭がこんがらがってきた。

 

「というわけで、本作戦にはかのブリュンヒルデも参加してくださることになった。では、これより作戦内容を説明する」

 

一通り自己紹介が終わったということで、未だこんがらがっている私を他所に、作戦内容の説明が始まった。そう聞いた瞬間、ハッとなったから良かったものの、これ聞いてなかったら大失態を犯していたところだったよ。

 

「今回、我々が攻撃を仕掛けるのは、ブレーメン降下艇基地より南東二十五キロに位置する、現在アントが建設している前線基地だ」

 

ブリーフィングルームのスクリーンにその前線基地の概要が表示された。どうやら無事に生き残っていた衛星での写真みたい。見る分には本隊であるブレーメン降下艇基地よりは遥かに小さい。でも、戦力がどの程度配備されているんだろう?

 

「戦力は建設中とあってか未だ多くはない。しかし、ブレーメン降下艇基地からの拡大となればこいつがいる可能性が高い」

 

今度スクリーンに映し出されたのは、全身を紫に染め、緑色のクリスタルユニットが特徴的な機体と、全身を紅く染め、紫色のクリスタルユニットを搭載し、両手に一丁ずつ背中に二丁の大ぶりの銃を構えた機体映し出された。私はその機体を知っている。というよりも、訓練時代に教え込まれた。

 

「国連軍呼称、NSG-X1 フレズヴェルク及びNSG-X3 フレズヴェルク=ルフス。ブレーメン降下艇基地におけるやつらの最高戦力だ」

 

別名魔鳥。現在存在している第一次降下艇部隊による基地は、ネヴァダ、カシュガル、イルクーツク、そしてここブレーメン。それらの基地は第三ステージと呼ばれ、アントの一大拠点となっている。そこで確認されている機体がこのフレズヴェルクと呼ばれる機体だ。一見装甲重視の榴雷や敵の量産機ヴァイスハイトと比べて脆弱そうに見えるが、実際はどんな攻撃も跳ね返す強力なバリアが張られているとのこと。そして、無人機であるため変形して高速移動形態をとるという特徴がある。このせいで、一撃離脱戦法を取られるとこちらが劣勢になってしまうとのことだ。一応対抗策はあるにはあるというけど…………それでも、今の国連軍の中では最も脅威度が高い相手であることに変わりはない。そんなのと会敵する可能性が高いなんて…………生きて帰れるのかな、私…………。

 

「なお、このルフスの方に関しては、半年前に実行されたバードハント作戦後、新たに確認された機体だ。強化されている可能性もあるため十分注意してくれ」

「その他のアント群に関しては何機いると推測されますか?」

 

ラウラが説明している中、ローチェ少尉が質問した。確かに未だ多くはないと言われても、実際にはどれだけいるのかわからなかったら辛いしね…………途中で増援なんか呼ばれたら弾が持つかどうか…………。

 

「基地規模から判断するとおよそ百五十はいるだろうな。しかし、ここを抑えられれば、これ以上の戦線拡大を防ぐ事ができると上層部は考えているようだ」

 

それでもね…………全部の戦力を合わせて六機。中隊の定員の半分くらいしかない戦力で拠点攻略というのもなかなか難しい問題だと思うんだけどな…………国連軍の上層部は一体どんな考えをしているのだろう?

 

「他に質問はあるか? ないならば作戦概要を説明する」

 

スクリーンには新たにマップが表示された。おそらく攻略目標の座標と地形データが出ているはずだ。

 

「まず手始めに空軍の爆撃と紅城中尉のM38による面制圧を行う。使用する砲弾は紅城中尉に一任しよう」

 

って、はいぃぃぃぃぃっ!? こんな作戦の初期段階から私が参加!? まぁ、確かに榴雷の目的や私のいる部隊からすると支援砲撃は十八番だけどさ…………明らかに火力が足りてないよ!? それでいいの!?

 

「その後は持久戦だ。ローチェ少尉と私で紅城中尉を援護しつつ、敵を蹴散らす。シグルス少尉とオルコット少尉はお得意の空戦で空から敵を潰してくれ。最後にブリュンヒルデ、貴方には遊撃を頼みたい。そして、万が一の時は——」

「——わかっている。奴らを焼き鳥にしてやればいいんだな?」

 

さらっと恐ろしい事を言っているお姉ちゃんに、この場にいる誰もが一瞬凍りついた。そりゃそうでしょ? だって、あのフレズヴェルクを焼き鳥にするって…………一体どんな機体を使ったらそんな芸当ができるの?

 

「では、説明は以上だ。質問があるやつはいるか?」

 

その言葉に反応するものは誰もいなかった。今の説明で大体は理解したし、特別やる事は変わらないからね。ただ、いつも通り支援砲撃をしつつ、こっちは敵を仕留めるだけ。

 

「作戦決行は明日。攻略目標より半径三十キロに住む民間人の避難が終わってからだ。それまで各自休息を取るように。以上、解散!」

 

 

(はぁぁ…………)

 

ラウラに案内されたこの基地のPXで遅めの夜ご飯にしていたんだけど、なんだか食欲が湧かない。別にここのご飯が美味しくないというわけじゃないよ。ただ、明日の事が気がかりで仕方ない。面制圧で徹底的に叩いて、できる限り数を減らしたいと考えるたびに、私にそんな事ができるのか不安になってしまう。

 

「あのー紅城中尉、席一緒になってもいいですか?」

 

そんな不安に陥っていた私に声をかけてくれる人がいた。映ったのはショートカットの淡い金髪。この髪をしていたのは…………

 

「ローチェ少尉? 別に私は構いませんけど…………」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

普通にオッケーを出しただけなのにこんなに喜ばれる始末。そんなに喜ぶことした、私? 私には全くもって心当たりがないんだけど…………。

 

「あれ? シグルス少尉は? てっきり二人はいつも行動を共にしているのかと…………」

「ああ、レーアなら向こうでセシリアさんと明日の打ち合わせをしています。それに、なんだか紅城中尉が一人ぼっちでいるのも寂しく見えてしまったので…………あ、あの、出過ぎた真似をしていたのならすみません!」

 

ははは…………少尉から心配されるほどコミニュケーション能力がないと思われて心配される中尉ってなんなんだろう…………ああ、ローチェ少尉の優しさに涙が出そうだよ。

 

「別にそんなことないよ。ただ悩んでいただけだしね」

「悩んでいたんですか?」

「そう、明日の事でね。上手くやれるか心配になってきたんだ…………」

 

つい弱音が出てしまった。さっきはなんだか大袈裟に色々言われていたけど、実際の私はちょっと弱気で、ただ誰かを失う事が怖い、どこにでもいるような若年兵なんだよ。こんな姿を見せてしまったら、さっき目を輝かせて私の事を話していたローチェ少尉はがっかりするだろうなぁとかと思ってしまった。

 

「そんなことないですよ! 中尉ならきっとできます! 私はそう信じていますから!」

 

けど、そんな弱音に返ってきたのは、目の前の少女からの全力応援だった。突然の事にビックリしてしまったけど、まさかそんな風に返ってくるとは思ってなかった。でも、その応援に私も答えなきゃなって思ったんだ。

 

「ありがとう、少尉。なんだか悩みが吹っ切れたよ。私はやれるだけのことをやってみる。それと、私の事は一夏でいいからね」

「えっ!? 私の方が階級下ですよ!? いいんですか!?」

「うん。プロフィールを確認したら同い年みたいだし、それなら名前で呼んでもらったほうがいいかなって。どうかな?」

「いいと思います! 一夏さん! 私の事もエイミーで構いません!」

 

そう言って私に敬礼を向けてくるローチェ少尉——じゃなくてエイミー。でも、なんだかその敬礼は目の前の少女には合わないような気がしてやまなかった。

 

「明日は私が一夏さんを護ります。ですから安心して攻撃をしてくださいね」

 

安心してと言われたけど…………その言葉に安心できない私がいた。何か嫌な予感がする…………でも、それがなんなのかは私にはわからなかったのだった。

 

 

「紅城中尉、少しいいか?」

 

用意された部屋に戻ろうとした時だった。背後から突然声をかけられてビクッとする私。未だに私はこういうのに慣れていない。昔された怪談話のせいで、余計に怖くなり、夜トイレに行こうとして通りかかった詰所の人に後ろから声をかけられて、あまりの恐怖に漏らしちゃったこともあったっけ…………あの後その人がどうなったのかは知らない。ひとまず、恐る恐る後ろを振り返るとそこには

 

「ブリュンヒルデ? どうかしましたか?」

「いや、君と話がしたいと思ってな…………」

「なら、中でしませんか? 多分聞かれたくない話なんでしょう?」

「…………察してくれて助かる。失礼するぞ」

 

そう言って私とお姉ちゃん(・・・・・)は部屋の中へと入った。まぁ、大体わかっているけどさ、まさかこんなところで巡り会うなんてね。本当、何があったのか聞きたいよ。

 

「さて…………やっと腹から話せるな、一夏(・・)

「そうだね、お姉ちゃん(・・・・・)

 

そう、私の目の前にいるブリュンヒルデこと織斑千冬は私のお姉ちゃんだ。こうして会うのは約一年ぶりだと思う。最後にあったのが訓練過程を終えて、正式入隊する前だったはず。

 

「どうだ、そっちでは元気にしていたか?」

「まぁ、出撃が最近増えてきたけど、でも、元気にしているよ。そっちこそ、部屋を魔境に変えたりしてないよね?」

「…………」

 

なぜか目をそらすお姉ちゃん。…………もしかして、本当にまた部屋を魔境に変えたりしちゃったの? お姉ちゃんは壊滅的なまでに家事全般ができない。掃除などしようものなら何故かゴミが余計に増え、料理しようものならアントですら逃げ出すかもしれない物体を作り出すという、ある意味とんでもない人間なのだ。それでも、IS操縦者としては最高だから『ブリュンヒルデ』の二つ名を持っている、自慢のお姉ちゃんなのだ。

 

「…………次の休暇が来たら一度家に帰るから、その時は覚悟しててね?」

「うぐっ…………善処する」

「そういえば、秋十は? 元気にしてるの?」

「ああ。まぁ、いろいろあったが元気にしてるよ。今回は五反田のところに世話になっている」

「弾君と蘭ちゃんのところか。それなら心配ないね」

 

一応弾君は同じ学校にいる身だし。ただ、秋十とクラスはかなり離れているし、私が午前中で帰るということもあってか全く会わないけどね。きっと他の女子に絡まれているに違いない。私の弟は無自覚に女の子を堕としちゃうからね…………なんとかなってほしいけど。

 

「帰ったら会ってやれ。お前に会えなくて寂しがっていたぞ?」

「そうだね。でも、名字が変わったから会いにくいというのもあるかな…………」

「なぁ、何故お前は織斑を棄てたんだ? 別にそのままでも良かったんじゃ…………」

「…………それだけは無理だよ。私達国防軍——いや、FAパイロットは世間では穀潰しとかと言われているから…………お姉ちゃんの顔に泥を塗りたくなかったの」

 

IS至上主義の昨今の世の中じゃ、私達はいわゆるはみ出し者。実態を知らされていない人からは相当嫌われている。おまけにIS操縦者との折り合いも悪いし、それに女性権利団体からの抗議もかなりくる。どんな英雄じみたことを成し得たとしても闇に葬られ、不都合なことが起こればマスコミに叩かれる。そんな様々な思惑が混在しているところに、輝かしい織斑の名前を持っていくことができなかった。だから、前の名字を棄てて、今の『紅城』を名乗ることにしたのだ。もう、名字が変わっちゃったけど、お姉ちゃんには妹としてみてもらえて良かったと思っている。

 

「別に私はそんなこと気にしないのだがな…………それに、お前が誰かを助けたということを私は誇りたいぞ」

「き、聞いてたの!?」

「扉越しにな」

 

そう言って、してやったり、という顔をしているお姉ちゃんはなんだかムカってしたけど、こんなお姉ちゃんを見るのは初めてだなぁって思った。世間ではお姉ちゃんが完全無欠完璧超人の鬼と思われているけど、ちゃんとした人間で、そして何よりも私の大切なお姉ちゃんだ。そこに変わりはない。

 

「はははっ、そうむくれるな。明日は遊撃を担当することになったが…………いざという時は私が助けてやるからな。フレズヴェルクの事は私に任せておけ」

「うん…………でも、お姉ちゃんも無理だけはしないでね?」

「善処してやる」

 

約束はできないんだ…………でも、お姉ちゃんの事だからちゃんと守ってくれそう。お姉ちゃん、約束を破った事一度もないからね。

 

「そろそろ就寝時間か…………お前の仕事も大変そうだが、お互い頑張るとするか」

「うん! それじゃ、おやすみ」

「ああ、おやすみ一夏」

 

お姉ちゃんはそう言って部屋を後にした。部屋に残った私は直後不安に駆られてしまった。お姉ちゃんはあの魔鳥の事を任せてっては言っていたけど…………それほど簡単に済む話じゃない。勿論、お姉ちゃんが力不足ってわけじゃないよ。ただ…………あの魔鳥はとても危険な存在だ。一機で中隊クラスの部隊を壊滅させたとかという話も聞いた事がある。だから…………世界でたった一人のお姉ちゃんだから、絶対に死んで欲しくはない。もしもの時は——私がお姉ちゃんを守る。これも簡単に済む話じゃないけど…………でも、それくらいの決意はしないとね。そう思いながら、ベッドへと倒れこんだ。私の意識が微睡みの先に消えるまで殆ど時間はかからなかった。

 

 

『——作戦部隊に次ぐ。当該区域の民間人は避難完了。繰り返す、当該区域の民間人は避難完了』

「こちら作戦指揮官。了解した」

 

現在時刻五時五十分。こんな時間に避難活動を終える事ができたって相当すごい事だよね。その事を伝えるアナウンスが、現在待機中の輸送機(C-17G グローブマスターⅢ ドイツ軍仕様)の中で聞こえた。なんで輸送機の中にいるのかって? まぁ、シグルス少尉やオルコット少尉の機体は空戦型だから飛べるんだけど…………燃費が悪いし、長距離移動した後に戦闘機動を行おうものならすぐに推進剤が切れてしまう。基本的に長距離移動の際には輸送機が活躍する。一応ISと同じように待機形態にする事は可能だけど、エネルギーの消費が激しいんだよね。いくら無尽蔵にエネルギーを生み出すUEユニットとはいえ、それにエネルギー流路が耐えられない。多分ISでも無理。それを抑えるために別のエネルギーを使ってしまうから稼働限界がある。待機形態から緊急展開するとそこで抑制エネルギーを膨大に消費してしまう。それに、空戦型よりも陸戦型が多いFAだから、足となる輸送機が必要なのだ。日本でも最初はなんだかんだ言っていたけどこれ(C-17)日本版(C-17J)を使ってるし。

 

「さて、諸君。あの宇宙からやってきた忌々しい機械人形が再び我々に刃向かおうとしている。我々は軍人だ。民間人を守るのが務め。何より、我が祖国の土地を不埒は機械人形共にいいようにされてたまるものか! さぁ、いよいよ作戦開始だ。奴らに絶望の宣告(フェアツヴァイフルング・スマーケン)を下してやれ!!」

 

ラウラの訓示が終わると共に、待機していたタイフーン(EF-2000)十六機が一斉に離陸していく。あれ、大体四分の三が爆装した機体でしょ? というか爆撃もこれで大丈夫なの? アメリカとかは大胆に大型爆撃機(B-52 ストラトフォートレス)とかを投入している…………って、それはあのリアルチートな国だからできる技か。

 

『タイフーン01よりFA各機へ。お嬢さんらは心配するな。俺たちが盛大にアリ(アント)共を巣ごと吹っ飛ばしてやるぜ! タイフーンリーダーより各機、奴らを暴風圏内に案内してやるぞ!』

『『『うぉぉぉぉぉっ!!』』』

 

ちょうど私達の輸送機も離陸した後に、爆撃部隊の隊長からそんな言葉を受けた。きっと彼らも早く自分の国をアントから取り戻したい、その一心なんだと思う。そう考えると自然と気持ちが引き締まった。たとえここが日本じゃなくても、私達は一体でも多くのアントを倒す、それがFAという人類の反攻の刃を託された者たちの使命であると思っている。

 

「全くもって戦闘機乗り(ファイター)というのはどこのやつでも血気盛んだ」

 

少し苦笑交じりでシグルス少尉がそう言う。彼女は対地攻撃用に改造したスーパースティレットⅡ(SA-16s2-E)を装備している。というか、その言ってる本人も十分戦闘機乗りに近いと思うけど?

 

「いやいや、まだ戦車乗り(タンカー)よりはマシだって。あっちは血気盛んを通り越して暑苦しいよ」

 

そう言うのはエイミーだ。こちらは対照的に近・中距離での戦闘を主眼に置いた轟雷(M32)を装備している。一般機と違って背部に二門の滑腔砲を構えているのが特徴的だ。って、こっちも本人がむしろ戦車乗りを彷彿とさせるんだけど? アメリカ軍ってこういうノリの人が多いのかな?

 

「それに比べたら狙撃手(スナイパー)の物静かさは一線を画しますわ。静かなる情熱こそ戦場の美学です」

 

そう言って上品さを出しているのはオルコット少尉。彼女は追加バイザーとスナイパーライフルを装備した狙撃仕様のラピエール(SA-17SP)を装備している。ライフルはどうやらストロングライフル(HWU-01)の改造品のようだ。こっちもこっちで機体にパイロットが反映されているのか、それともパイロットが機体に反映されているのか…………どっちなんだろ。しかも様になっていてなんと言ったらいいかわからない。

 

「いやはや、こいつのせいでまともに動きがとれんな。サブアームがあって良かった」

 

そう言って武装を武器ラックから取り出していたのはボーデヴィッヒ大尉だ。彼女は見た目からは想像がつかないが、掃討戦用に改造した輝鎚(M48)を装備している。特に頭部が変わっていて、輝鎚・甲(M48type1)輝鎚・丙(M48type3)を足してそこにウサ耳のようなモジュールがつけられていた。烏帽子頭でも恐竜じみた頭でもない輝鎚って新鮮だなぁ…………。

 

「この中では私が一番浮きだって見えてしまうな…………」

 

そう言っているのはお姉ちゃん。装備しているのブリーフィングで説明された試作機改造型のゼルフィカール(YSX-24RD)。お姉ちゃん用に改造されているらしいけど、原型機を見たことがないからなんとも言えない。ついでに、この中では一番派手な色合いをしている。ちなみに一番地味なのは私。

 

「…………砲撃手(ガンナー)だってたまには熱くなりたいよ…………」

 

そう言って嘆いていたのは私。装備している榴雷・改(M38GS)はグランドスラム中隊用に改造されたもの。だけど、それ以上に目立つのは、今回支給された拠点攻略武装リボルビングバスターキャノン。かなり大きくて、両手持ちしないと扱えないというとんでもない代物だった。なんでこれを私に支給したのかなぁ…………第一すぐに実戦投入は動作の信頼的な意味もあって不安しかない。

 

「さて、そろそろお喋りは終わりだ。間もなく降下地点に到達する。さぁ、準備はできたか?」

「降下!? この高度から!?」

「流石に低空からのアプローチでしょ」

「こんな高度から落ちたら私の機体が地面に埋まったぞ」

「…………降りたことがあるのか?」

「…………ドイツ軍も時々とんでもないことしてますよね」

 

どうやら降下地点にもうすぐ着くらしい。高度が下がってきたという事は外を見ればよくわかる。さて、その前に一度全部の信管の設定を切っておこう。降下して万が一信管が反応したら、ある意味爆装している私は大爆発に巻き込まれること確定だ。

 

「で、ですが! 空母からの発艦ならまだしも、私は降下作戦など初めてですわ!」

「私に至ってはそれすら未経験だぞ!?」

「心配しなくていい。手本はちゃんと見せる。グランドスラム04、降下体勢に入れ」

 

どうやら大尉は私で見本を示そうというつもりらしい。別に嫌がらせ目的というわけじゃないことはわかっているし、砲撃担当の私が先に降りないといけないのはわかっている。

 

「グランドスラム04、了解」

 

私は降下用パレットの上に乗る。パラシュートはこれについているからこっちは特に装備する必要はない。おかげで背中の主砲を外さなくていいんだけどね。

 

「降下地点到達三秒前」

「グランドスラム04、いつでもいけます」

 

そりゃ、私たちの部隊はなんだかんだで空挺降下したことあるし、館山基地から北部戦線の支援の為稚内基地まで飛んだりしたことあるし。正直なところ、この程度の降下は慣れているのだ。そういえば、もう第二次降下艇基地カムチャッカ降下艇基地の攻略は進んでいるのだろうか。稚内基地があるのって、あそこから流れてくるアントの迎撃目的だし。まあ、今この場では関係ない事だけどね。とりあえず、私は降下用パレットのグリップを掴む。右腕のリボルバーカノンが干渉しかけたが、回転させて事なきを得た。後ろでカーゴハッチが開く音が聞こえる。もう間も無くだね…………さぁ、行こうか、榴雷。

 

「降下ぁっ!」

 

大尉のその声とともにパレットは射出され、大空へと躍り出た。パレットのパラシュートはしっかりと展開されている。さて…………それじゃ私の仕事を始めるとしますか。地上に降りた事を確認すると、すぐに姿勢安定用の前部アウトリガーと後部履帯ユニットを展開する。そして、主砲である六七式長射程電磁誘導型実体弾射出機(M67 LR-PSC)——ロングレンジキャノンを構えた。頭部のバイザーが降り、目標までの情報がダイレクトに脳に伝わる。FCSが目標である前線基地を捉えたと同時に、私は主砲を放った。電磁波特有の音が出たと思った瞬間に、砲弾は奴らの巣窟へと飛んでいった。それと同時に、弾道よりはるかに上から爆撃が開始された。それは本当の意味での作戦開始を意味しているように思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——この時、まさかあんな事になるとは誰も想像できなかったのだった。




学園編前まで来たら機体解説会でも挟もうかな…………。

誤字報告とか感想とか待ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.03

空気を割く音の直後に鳴り響く、晴天の空には似合わない派手な爆音。戦闘開始から早一時間、撃ち放たれる砲弾はひたすら前線基地へと未だ降り注いでいた。既に補給コンテナ一個分の砲弾を撃ち切ってしまった私は残った砲弾を撃ちながら、次の補給コンテナの到着を待っているという状況だった。

 

(残弾三十パーセント…………まだ榴弾は残っている!)

 

支援砲撃用の榴弾は数が少なくなってきた。曲射弾道で狙える砲弾はこれの他にもう一つあるけど、そっちはまだ使えそうにない。これら以外に残っているのは直接射撃用の装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)のみ。でも、補給路が絶たれたわけではないし、まだミサイルもリボルバーカノンも残っているから戦える。

 

『こちらフェンサー15(セシリア)よりグランドスラム04、アント群がそちらへと向かっています! 警戒を厳に!』

「こちらグランドスラム04、了解。どうやら、基地は相当数のアントを隠し持っていたみたいですね」

「全くだ! それと、補給コンテナが百八十秒後に投下される。ブラスト09(エイミー)はコンテナを回収。フェンサー15とオスプレイ26(レーア)は交代で補給に当たれ」

「ブラスト09、了解!」

『フェンサー15、了解しましたわ!』

『オスプレイ26、了解。先にフェンサー15を補給に当たらせます』

 

次第に他の機体も弾切れや推進剤の枯渇が目立つようになってきた。この時ばかりは空戦型じゃなくて良かったと思う。あっちは推進剤の消費も考えて戦闘行動を取らなきゃならないからね。…………というか、さっきさらっと流れたけど、シグルス少尉のコールサインがオスプレイって…………それって、今太平洋上に展開している米海軍第七艦隊所属第八十一航空戦闘団『ブルーオスプレイズ(蒼ミサゴ)』のコールサインでしょ!? 一回日本で合同演習した事あるから知っているけど、そこにいたの!? …………周りの一つ階級下の隊員が物凄い肩書きを持っていすぎて驚きそうになった。でも、今は冷静さを失ってはいけない。目立たない役目かもしれないけど、支援砲撃担当が冷静さを欠いたら戦線の維持ができなくなるって訓練時代も、葦原大尉からも言われ続けてきたからね。

 

「リボルビングバスターキャノン、残弾ゼロ。弾着確認!」

 

基地に直撃したのを確認すると、リボルビングバスターキャノンのシリンダーを展開し、残った薬莢を排出した。発射された大型榴弾の破壊力は凄まじく、基地の外壁を吹き飛ばしたと共に、派手な爆煙を上げ、何体かのアントを巻き込んでいたのが確認できた。しかし、未だにアントの数が減らない。まぁ、あくまで面制圧攻撃だし、それに私の場合は拠点攻撃だから、積極的にアントを叩いているわけじゃないのもあるからそう感じているだけなのかもしれない。

 

「どうだ? 基地の方は何処までダメージを与えている?」

「爆撃部隊からの情報だと、既に格納庫らしき建造物とその他プラントへの爆撃成功、残っているのは地上構造物だそうです」

「やはり一筋縄ではいかないか…………長期戦になるな、これは。ブロッサム01(千冬)、そちらの戦況は?」

『ブロッサム01、現在六機撃破といったところだな』

「ブリュンヒルデは好調みたいですね、大尉」

 

空の方ではお姉ちゃんが無双しているようだ。しかし、一時間経過しているからには相当体力を消費しているはず…………このままでは拠点攻略どころか消耗戦になってしまうんじゃないのかな…………いやいや、そんな事はない。そうならないために私達が頑張らなきゃいけないんだから。

 

「私たちも負けてられんぞ、中尉?」

「もちろんです!」

 

それにまだ士気は下がってない。ボーデヴィッヒ大尉は自機であるシュヴァルツェア・ハーゼ(輝鎚改造機)に装備された二連装リニアガンを放った。口径自体は私の主砲(ロングレンジキャノン)ほどではないが、それでもコボルド程度なら容易く撃破できるだろう。でも、油断はできない。基地から出てきたアント群は既に私達の約一キロ先まで迫ってきている。ミサイルは射程外、主砲の榴弾も残っていない。こうなったら直接射撃をするしか…………!

 

「大尉! 補給コンテナの回収が完了しました!」

「よし! グランドスラム04はすぐさま補給を開始、ブラスト09はその穴をカバーしろ!」

「グランドスラム04、了解。補給に入ります」

「了解しました! これより砲撃を開始します!」

 

私が補給の為に回収してきた補給コンテナまで下がると、入れ替わるようにエイミーが私のポジションに入った。まるで榴雷の主砲のように配置された二門の低反動滑腔砲からはおそらくAPFSDSが放たれている。あの一撃は戦車とも引けを取らないほどの威力を持っているらしい。っと、他人の事を気にしている余裕なんてない。補給コンテナを解放し、中から砲弾が収められているケースを取り出す。そして、そのケースを私は量子変換(・・・・)した。ISのように一応緊急展開ができるように、一応武器や弾薬も量子変換して格納することができる。このおかげで通常兵器よりも多くの武器弾薬も持ち込むことができ、戦線に長くとどまることができるのだ。おまけにその量子変換した弾薬類は直接武器に装填することができるという…………ある意味ISに似た兵器、それがフレームアームズだ。リボルビングバスターキャノン用の砲弾まで回収し終えた私は、展開しているシリンダーを閉じた。さてそれじゃ、戦線に戻るとしますか。

 

「グランドスラム04、戦線に戻ります」

 

そう報告すると同時にリボルビングバスターキャノンを放つ。本体重量と駐退復座機による反動軽減があるからといっても、それでも体を軽く退け反らせるほどの反動がくる。駐退復座機によって砲身が元の位置に戻ると同時にシリンダーが回転し次の砲弾が撃てるようになる。正直、ロングレンジキャノンの交互射撃よりも発射間隔が短い。これなら短時間で大量の砲弾の雨降らせられるけど、すぐに弾切れになりそうだ。しかし、そんな攻撃を受けてもアントの群れは進むことをやめない。無人機だからこその行動だろう。それ故に感じるこの無機質な殺意は何処か気分が悪くなるように感じるのだ。

 

「了解した。フェンサー15とオスプレイ26の補給は完了したのか?」

「私が回収してもってくるまでに二人とも補給済ましちゃいました」

「そうか。ブラスト09はあと二十発撃ったら補給。先に私が補給させて貰うぞ」

「了解です! でも、早くしてくださいよ?」

「もうアリ(アント)の群れが八百メートル先まで迫ってきてます。数およそ三十!」

 

非常にまずい事態になった。基地から約三キロほど離れた地点から砲撃を行ってたわけだが、もう彼我の距離は八百メートルを切ろうとしている。ゆっくりと歩いているもの、走ってくるもの、武器を構えているもの、チェーンソーを振り回しているもの、そしてその先頭をコボルド(NSG-12α)シュトラウス(NSG-25γ)の混成部隊が突き進んでくる。その軍団の中央にはアントが作り出したフレームアームズ、ヴァイスハイト(NSG-04σ)が指揮をとるかのように佇んでいる。よくある編成の集団だが、だからと言って油断はできない。

ここまで来たら曲射弾道の榴弾は使えない。撃ったとしても、集団の後ろを吹っ飛ばすだけで、足止めなどにはならない。それに足の速いシュトラウスがいるから一刻も早く攻撃を仕掛けないといけない。でも、榴雷のロングレンジキャノンを最大限に発揮できる状況になった事は否めない。制式名称、六七式長射程電磁誘導型実体弾射出機とあるように、その本体はレールキャノン。専用のAPFSDS等を用いることでアントに対し絶大な破壊力を生み出す。実際、ヴァイスハイトをこの一撃で撃破することができたしね。

 

「まずは一機!」

 

直接射撃体勢に移行し、装填されたAPFSDSを放った。電磁気が空気中に響き渡る前に砲弾は突き進み、直撃したアントは胴体を貫かれ地に崩れ落ちた。様々な武器が世の中で出回っているらしいけど、私が知る中で実弾兵器最高クラスの火力を持った機体は榴雷くらいしか知らない。輝鎚も搭載量は多いけど、あっちは基本装備だとライフルしかないし、どっちかと言ったら装甲に全振りしてるようなものだしね。それに、榴雷はそこそこの機動性もあるから、陣地転換をしなきゃいけない支援砲撃にはもってこいだ。

 

「本当、ブルーパー(榴雷)のキャノンって馬鹿げた威力ですよね!」

「それに関しては同意だな」

 

補給を終えた二人が再び戦列に加わる。エイミーは滑腔砲だけではなく、両手にライフルを構えて合計四門の砲火を敵に浴びせていた。一方のボーデヴィッヒ大尉はリニアガンとロケットランチャーという重火力をもって次々とスクラップを作り出していた。それなりに重火力での砲撃を行っている二人に馬鹿げた威力と言われても実感がわかない。でも、まだこの榴雷に搭載された火器の半分しか使ってないからね。

 

「それにしても、全然減りませんね…………」

「確かにな…………もう壊滅させても十分な火力を叩き込んだはずだぞ…………」

 

二人の言う通り、もうあの程度の集団なら壊滅してもおかしくない火力を投射したはず…………なのに、減るどころか逆に増えているような気がしてやまない。というか、実際増えてない!?

 

「あの群団、確実に増えてますよ! およそ四十…………いや五十! 内ヴァイスハイト四機、コボルド及びシュトラウスを複数確認!」

「大隊規模じゃないか! 一体どこからそれだけの数が出てきたんだ!?」

 

突然の増援にボーデヴィッヒ大尉も驚きの声を隠せずにいた。私だってそうだ。バイザーから伝わってくる情報に目を通していくたびに絶望感が全身にのしかかってくる。でも一体何故これだけの数をこんな短期間に…………。

 

『こちらオスプレイ26! そっちにこっちから増援が出て行った! なお、担当区域内のアントの殲滅を確認。直ぐ支援に向かいます!』

『フェンサー15より各機へ。こちらからもそちらへと増援が出て行きましたわ! ただし当該区域にアントは残存せず! 直ちにそちらへ向かいます!』

 

そういう事だったの…………! シグルス少尉やオルコット少尉が担当していた区域からこちらへ流れてきたアントが合流し、一気にこっちへと攻め込んできたわけか! 二人はこちらに支援に来るとは言っているけど、多分距離的に間に合わない。

 

『ブロッサム01だ。一度補給のため戦線を離れる、すまない』

 

お姉ちゃんも補給のために下がったし…………こうなったら、私達でなんとか凌ぐしかない。それに、二人の言う通りなら基地の方にはアントが残ってないはず。それなら見せてあげるしかないね…………なんで私の所属する第十一支援砲撃中隊がグランドスラム中隊と呼ばれているのか…………。

 

「くっ…………間が悪すぎる! このままだと三機ではどこまで持つかわからんぞ!」

 

距離は六百メートルにさしかかろうとしている。このままでは向こうの射程内に入られるのも時間の問題だ。でも、こっちの全力砲火を敵に浴びせられる距離にも来てもらえた。

 

「大尉! ローチェ少尉! これより榴雷の総火力投射を行います! 一度後ろに下がってください!」

「しかし中尉! いくら中尉のブルーパーが重火力支援砲撃型でも、単機であれは…………!」

「むしろ近くにいたら私の砲撃に巻き込まれます!」

「…………やれるんだな、中尉?」

「大尉!?」

「ええ…………やってやりますよ。中隊の名にかけて」

 

私の説得に応じてくれたのか、私より後方に二人は展開してくれた。よかった…………これなら全武装を展開できる。榴雷のバイザーを再び下ろし、照準を合わせる。多数の敵でもこのバイザーによって遠距離でも近距離でも補足する事が可能だ。そして、両肩に接続されているシールドを跳ね上げる。そこには地対地ミサイルランチャー(一六式対地誘導弾射出機)が装備されている。誘導性能は低いけど、こういう面制圧を必要とする時に限っては頼りになる、私の切り札だ。同時に両脚のミサイルコンテナを展開する。こちらは破壊力、誘導性能共に標準的だ。装填されているミサイルはコンテナと肩とで合計七十六発。

 

「全安全装置解除! 一斉射、開始!」

 

補足を完了した直後、私は迷いなく全てのミサイル、ロングレンジキャノン、リボルビングバスターキャノンを放った。一斉に放ったという事もあってか、恐ろしい反動が機体と体を襲う。その爆音は私の周囲の空気までもを振動させた。直ぐに機体の反動軽減システム(カウンターリコイル)が起動し通常姿勢に戻るが、それでも体に一気にかかった負荷はなかなか消えない。そして、数秒の時間を置いて再び爆音が鳴る。アント群が爆炎に呑まれ、破壊されていく様が見えたが、油断はできない。

 

「やったのか!?」

「いいえ…………まだです!」

 

視界にはまだ運よく回避できたコボルドやシュトラウス、ヴァイスハイトが損傷しながらだが生き残っている。私はミサイルの再装填が完了した事を示すウィンドウに目をやると、再びミサイルを放った。そして再び鳴り響く轟音。足止めになっている事を確認してから、今度は成形炸薬弾を放った。一気に貫通するAPFSDSとは違い、こっちは炸薬の力で作る徹甲弾。着弾すれば榴弾のようにもAPFSDSのようにもなる。それに、下手するとAPFSDSは爆風で折れちゃうかもしれないからね。装填してある砲弾を飽和攻撃のごとく叩き込む。爆音は私達のいるところの空気だけでなく、地面までも揺らしていく。さながら地震(Grand Slam)のように。ミサイルはさっき放ったのが全てだ。全力砲火をし終えた私はシールドを元の位置に戻し、ミサイルコンテナも閉じた。

 

「…………一斉射、完了」

「流石グランドスラム(一掃)中隊というだけの火力だな…………」

 

先ほどの攻撃に大尉が感嘆の声を漏らす。地震のごとく大地を揺らし、全ての敵を一掃する——それが第十一支援砲撃中隊がグランドスラム中隊と呼ばれる所以だ。だが、この程度(・・・・)の火力投射で殲滅できるのなら簡単な話だよ…………いつもは私の他に同じポジションに当たっているのが五機いて、そしてその火力全てを出し切って今攻めてきた軍勢の四倍を各中隊の協力もあってようやく制圧できるんだから…………いくら素のアントがほとんどを占める構成とはいえ、不安要素は残る。

 

「油断はできません…………ローチェ少尉、敵機は?」

「え!? えっと…………ま、まだ中破状態のヴァイスハイトが二機と半壊しているシュトラウスが一機生き残っています!」

「やっぱりかぁ…………」

 

ヴァイスハイトは轟雷にも引けを取らない重装機。あれだけの火力を投射しても生き残っている事が多々あるんだよ。それに、シュトラウスはかなり高機動だから避ける事ができたんだと思う。まぁ、片足が吹き飛んでいる以上、その場でもがくしかないと思うけど。

ヴァイスハイトは右腕を吹き飛ばされながらもこちらへと突っ込んでくる。またもう一機は装甲のいたるところを破壊されているにもかかわらず、主武装であるビーム・オーヴガンを向け、一機目に続いて向かってきた。あれだけのダメージを受けながらも突き進んでくるのは、中身が人間などではなく、人工知能(月面回路)で動いているからだろう。なおかつ人に近い思考をしているから退く時は退く。でも、殆どがこのように突撃してくるだけだ。この単純な戦法に私達はいつも苦しめられてきたんだ…………!

 

「こうなったら…………全機、格闘戦用意! その前に潰せるだけ潰すぞ!」

 

そう言ってボーデヴィッヒ大尉は武器を展開した。大尉の機体の丈ほどもある大振りの大剣——ユナイトソード(HWU-03)だ。遊撃中隊の人も好んで使っている事が多いから、私にとっては見慣れた武器だ。

 

「まぁ、近接格闘戦もそれなりにこなしてきましたからね!」

 

エイミーは構えていたライフルを投げ捨て、代わりに両手にタクティカルナイフを構えた。榴雷にも緊急用の格闘戦装備として格納されている。エイミーはそのナイフを逆手に構え、いつでも突撃できるような態勢になった。

 

「近接格闘戦は久しぶりになるかなぁ…………まぁ、やれるだけ頑張ってみるよ」

 

通常支援砲撃しかしてない私だけど、万が一接近された場合に対応するべく、近接格闘戦の訓練を何度も経験してきた。元から榴雷・改自体が乱戦下における生存性を高めた機体だからね。私は、格納していた近接武器を取り出す。日本刀型近接戦闘ブレードだ。国防軍では搭載していない機体はないというほど普及している。

 

「いかにも日本人らしいな、中尉!」

「中尉もサムライかなんかだったりするんですか?」

「私はそうじゃないよ。でも、ブリュンヒルデの方がサムライかも」

 

この短時間で相当軽口を叩けるほど仲が良くなっている私たち。だからこそ、生き残りたいという思いは強い。こんなところで死ぬわけにはいかないからね。

 

「さぁ、派手に行くとするぞ!」

 

ボーデヴィッヒ大尉がそう言って、自ら切り込もうかとした直後だった。こちらに向かってきていたヴァイスハイトの一機が突如飛来したミサイルによって地に崩れ落ちた。そして、もう一機の方も構えていたビーム・オーヴガンを破壊され、頭部を吹き飛ばされて物言わぬ骸となった。なお、もがいていたシュトラウスは既に沈黙している。

 

『大尉、出鼻をくじくような真似をしてすまないな』

『ですが、この段階で無理に近接戦で危険を冒す必要性もありませんわ』

「全く…………支援に来るのがギリギリすぎるだろ」

 

そう、支援に向かっていたシグルス少尉とオルコット少尉による攻撃だったのだ。おかげで近接戦で危険を冒す事がなくなって良かったと安心している私がいる。ただ、支援砲撃中隊には積極的に近接戦を仕掛けている人がいるんだけどね。

 

『それと、こちらの推進剤が切れかかってきた。一度後方に撤退させてもらいますよ、大尉』

『同じくですわ。それと、これで稼働中の機体は殲滅完了です』

 

そう報告して二機は私達の頭上を過ぎ去っていった。後に残ったのは燃えている草原と、崩れ落ちている無数のスクラップ、それと漂っている硝煙の匂いだけだ。でも、さっきの報告が間違いなかったのなら、これで全て終わったんだよね…………?

 

「だそうだぞ? ハーゼ01(ラウラ)より各員に伝達。アント群の殲滅及び基地の攻略は完了だ。あとは内部施設を破壊するだけだ」

 

ボーデヴィッヒ大尉からそう伝えられた。その声音は何時ものように冷静そうにしていたけど、少しだけ弾んでいた。多分この作戦が最終段階までうまく進んだからだろう。私達国防軍は未だに日本の抱える第二次降下艇基地、海上都市睦海(むつみ)降下艇基地の攻略どころか押さえ込むので精一杯だしね。葦原大尉曰く、国防軍の責任ではなく政治的なごたごたがあるとの事。まぁ、IS至上主義のこの御時世だから仕方ないけどさ…………なんで、みんなで協力しあうってできないんだろ。少なくとも私達はこうやって国の垣根を越えて戦っているのに…………。

 

「それにしても大尉、やりましたね! これで彼奴らにも一泡ふかせられますよ!」

「そうはしゃぐな…………と言いたいが、何分私も舞い上がってしまいそうだ。なにしろ自分が指揮した作戦が今のところ負傷者無しだからな」

「犠牲が無いって、なんだか嬉しいですよね。誰も死ななくて本当に良かったです」

「とはいえ、まだ基地中枢の破壊は済んでいない。気を引き締めていくぞ」

「「了解」」

 

ボーデヴィッヒ大尉がそうやって締めるけど、当の本人がまだ少し喜びを隠せずにいる。そして、それに続く私達の足取りも重装機を使用しているにもかかわらず軽かった。作戦は最終段階に入っている。基地の制圧で最も重要となるのは、この基地中枢の破壊だ。基地も無人であるため、その管理を行っているのはアントの——月面軍の高度な人工知能、通称月面回路。これを破壊しない以上、例え各施設を空爆によって破壊し、保有するアントを殲滅したとしても四十八時間以内に復旧が完了し、アントの増産を始め、再び蹂躙し始めるのだ。それこそアリと同じだ。それを破壊すれば、基地機能は失われ、ただの鉄屑と化すだけ。それによって攻略完了となる。ただし、破壊と言っても電子的に破壊するのではなく、物理的にだからね。そのために攻略の時には必ず重装機を一機随伴させるのが定番だ。

 

「でも、大尉も中尉も重装機ですから簡単な事——」

 

エイミーが何か言おうとしたけど、私には最初の部分以外聞き取れなかった。私の意識が別の方向へと集中されたからだ。直後に鳴り響くロックオン警報。そして、榴雷の高感度バイザーがこちらに接近してくる機体を見つけた。それと同時にこちらに向かってくる光弾。まずい…………今からじゃ、あれを避けられない…………!

 

「ローチェ少尉!!」

「えっ、なに——きゃあっ!?」

 

私はエイミーを蹴り飛ばした。その直後、榴雷のシールドは下半分が吹き飛ばされた。こんな攻撃…………ヴァイスハイトやコボルドのビーム・オーヴガンの比じゃない!! まともに受けたら榴雷でも耐えられない!!

 

「い、一夏さん!! 一体何が!?」

「せっかく無事に帰れると思ったのに…………最悪の事態になったよ」

「ああ…………まさか本当にいたとはな…………くそっ!!」

 

突然の攻撃に毒付く私たち。視線の先に映ったのは紫色の装甲と緑色のクリスタルユニットが特徴的な機体。識別コード、NSG-X1[フレズヴェルク]。その奥には赤い装甲と紫色のクリスタルユニットが特徴的な機体、NSG-X3[フレズヴェルク=ルフス]。国連軍を何度も絶望の淵に追いやった魔鳥が二羽、私たちの前に現れたのだった。

 

「くっ、ハーゼ01よりブロッサム01! 魔鳥と会敵した! 至急援護を頼む!」

『ブロッサム01、了解した! すぐにそちらへ向かう! 死ぬなよ!』

『オスプレイ26、同じく支援に向かいます!』

『フェンサー15、こちらも支援に向かいます!』

 

ボーデヴィッヒ大尉は後方で待機しているお姉ちゃんやシグルス少尉、オルコット少尉に支援を要請した。でも、あそこからここまでそれなりに距離がある。いくら足の速い空戦型でも、ここに来るまで最低でも私達は三十秒耐えなきゃならない。三十秒——聞く分には短い時間だけど、おそらくあの魔鳥を相手にするにはとても長い時間になると思う。それほどあの二羽の魔鳥は私たちを圧倒していた。でも…………退くこともできない。私たちが逃げたら魔鳥達は絶対民間人に手をあげる事だろう。それだけは絶対に避けなきゃいけない。それに…………こんな気弱な私でも軍人なんだ。軍人なら、おめおめと先に逃げるわけにはいかない!

 

「さて…………生き残るぞ!」

「「了解!!」」

 

私達は一斉に武器を構え直した。ボーデヴィッヒ大尉はリニアガンと専用ライフルを。エイミーは両手にサブマシンガンを。そして私は、砲弾をA(Anti)TC(T Crystal)S(Shield)弾に変更したリボルビングバスターキャノンを。今ある全火力を目の前の魔鳥めがけて放った。

 

「私はルフスを押さえる! お前達はそっちを頼むぞ!」

「了解しました! そう簡単に死なないでくださいよ、大尉!」

「この鉄塊(輝鎚)の装甲は伊達ではない事を見せてやるさ!」

 

ボーデヴィッヒ大尉は単機でルフスを押さえに向かった。ただ、ブリーフィングで見たときに、とんでもない重火力を載せたルフスを押さえるのは多分難しいと思った。でも、今は大尉の事を信じよう。大尉の機体はフレズヴェルクからの防衛戦に対して開発された、歩く鉄塊(輝鎚)だから。

 

「エイミー! 敵にありったけの火力を叩き込むよ!」

「向こうが逃げなきゃいいんですけどね!」

 

私達はこちらに向かってくるフレズヴェルクに向かってありったけの砲弾をぶつける。しかし、向こうは私がATCS弾を放っているという事を知っているのか、リボルビングバスターキャノンの一撃は避けていく。ただしエイミーが連続して銃弾を叩き込んでくれているおかげで向こうも攻撃はできないでいる。フレズヴェルク系統が持っている光学兵装——通称ベリルウェポンは彼らの張っているバリアと干渉する為、攻撃時にはバリアを解除しなきゃいけないらしい。だから、バリアを張っている今はまだ攻撃される心配はない。けど、油断はできない。フレズヴェルクは機動性に特化した機体だ。私はデータでしか知らないけど…………この榴雷には非常に不利な相手だという事だけは分かる。

フレズヴェルクは両手に構えているスナイパーライフルにも似た武器を構えてはいるが、攻撃する素振りは見せない。それどころかその場を動く気配すらない。一体どういう事なの…………ヴァイスハイトでも動き回って回避するというのに…………それとも、そうするまでもないという事なの…………? なら、その判断を後悔させてあげる!!

 

「こいつでもくらえ!!」

 

リボルビングバスターキャノンとロングレンジキャノンの同時砲火。どちらも弾速に関してはこの距離では避けられない——そう思っていた。だが、砲弾が当たる直前、一瞬フレズヴェルクの頭部クリスタルユニットが光ったかと思ったら、一撃必殺の砲弾は空を切っていた。

 

「!? いない!?」

「どこに!? あいつはどこに行ったの!?」

 

視界から突如として消えてしまった事に動揺を隠せない私達。けど、それ以上にさっきから鳴り響くロックオン警報がこれまでにない危機である事を突きつけてくる。そして、そのロックオンレーダー照射を受けている方向が矢印で示された。方向は——上!!

 

「くうっ…………!!」

 

ミサイルコンテナを破棄し、機体を軽くした私はその場から跳躍して退避した。直後着弾する光弾。着地と同時に前面のアウトリガーを展開して機体を安定させる。エイミーは…………うまく退避できているね。でも、このままじゃラチがあかない…………支援の到着はもう直ぐだけど、どこまでやれるのか…………不安になってきた。

 

『遅くなってしまったな!』

 

そう言って一機の機体がフレズヴェルクへと肉薄していった。通信越しに聞こえてきた声。間違いないあのスティレットは、シグルス少尉の機体だ。となると…………支援が間に合ったんだ!!

 

「オスプレイ26! ブロッサム01とフェンサー15は!?」

『二人は向こうに向かった!! ここから反撃といこう、中尉!』

「了解! ブラスト09は大丈夫?」

『若干距離は離れてますけど、大丈夫です!!』

 

…………今気づいたけど、シグルス少尉が上官に思えてきた。でも、こんな事を考えられるほど自分の心が落ち着いてきたんだなと思った。しかし、気が抜けるという状況にはなっていけない。突然きたスティレットに驚いたのか、一度変形して距離をとるフレズヴェルク。そう、フレズヴェルク最大の特徴はこの変形機構だ。私もブリーフィングやデータでしか知らない事だけど、この飛行形態になる事で機動性はさらに高まるとの事だ。厄介とかそういうレベルじゃない。さらに、速度は今追いかけているシグルス少尉のスティレットよりも速い。

 

「オスプレイ26! ATCS弾で減衰させる事できる?」

『無理にでもやってやるさ!』

 

シグルス少尉は新たに細身のガトリングガンを両手に取り出して魔鳥と追いかけっこを始めた。しかし、あれだけ改造を施してある機体を圧倒するってどういう事なの…………私には支援ができそうにない。ただでさえあのスティレットを目で追いかけるのが精一杯だというのに、その前を行くフレズヴェルクを妨害するなど難しすぎる。下手に空中炸裂(エアバースト)弾を使ったら、シグルス少尉にも当たってしまう。私はリボルバーカノンを使い、フレズヴェルクに向かって攻撃する。しかし、相手はあまりにも速すぎる高機動型。そのほとんどが当たらず、当たったとしてもバリアに防がれるだけだった。

 

『こちらブラスト09! ATCS弾残り三十パーセント! このままじゃ本当にジリ貧で ——きゃあっ!?』

「ブラスト09!? どうしたの!?」

『へ、平気、です…………右の滑腔砲を吹き飛ばされただけですから…………』

 

すぐに私のところにエイミーの轟雷の破損状況が表示された。右の滑腔砲は接続アームを残して損失、右肩の装甲と頭部右側面装甲も融解寸前…………幸いなのは生身にダメージがない事かな。でも、これ以上長引かせるわけにはいかない…………そうなったら、誰かが死んでしまうかもしれない。それだけは避けなきゃ…………!

しかし、そんな私の思いを裏切るかのように、フレズヴェルクは私達の元に銃撃をしてきた。私はリボルバーカノン、エイミーはサブマシンガン、シグルス少尉は機関砲による攻撃を続けているけど、あの魔鳥はいともたやすく躱していく。ただ、激しく動き回っているため向こうの射撃精度が低く、まだ直撃はしていない。それだけがせめてもの救いだった。

 

『こなくそぉぉぉぉぉっ!!』

 

機関砲を構えながら攻撃の手をゆるめる事のないシグルス少尉の叫びが聞こえた。その直後、シグルス少尉の攻撃の手は止んでしまった。まさか…………!

 

『くっ…………! こちらオスプレイ26! 残弾ゼロ! 繰り返す、残弾ゼロだ!』

 

機関砲を投棄し、ブレードを構えて突撃するシグルス少尉。でも、もうすでにフレズヴェルクから大きく距離が離れており、接敵するのはもう不可能だろう。そして、攻撃の手が緩んだその一瞬をフレズヴェルクは見逃してくれるわけがなかった。フレズヴェルクは再び変形し、私たちの目の前から消えてしまった。このパターンはさっきと同じ…………! となると狙いは——!

 

「し、しまっ——」

 

フレズヴェルクはエイミーの背後から銃床で斬りかかろうとしていた。でも、あの距離で轟雷の機動性では避ける事なんてできない。でも…………何故か銃床が振るわれる速度が遅く見えた。もしかすると、まだ間に合うかもしれない——そう思った私は考えるよりも前に行動していた。

 

「エイミィィィィィッ!!」

 

リボルビングバスターキャノンの砲身を掴み、エイミーに向かって全力で振りかぶった。壊れちゃうかもしれないけど、そんな事言ってられない。

 

「な、なに——きゃあっ!?」

 

リボルビングバスターキャノンの基部は見事エイミーへと直撃し、そのまま吹き飛んだ。後で何か言われるかもしれないけど、それも覚悟の上だ。あれだけ派手なスイングをしたにもかかわらず、壊れるどころか、砲身すら曲がっていない。リボルビングバスターキャノンを再び振るい、今度はフレズヴェルク目掛けて思いっきりぶつけた。しかし、向こうは銃床で斬りかかろうとしている最中。リボルビングバスターキャノンの基部を斬られてしまった。しかし、それで十分。どのみち、向こうの足は止まったんだから。

 

「これで終わりだよッ!!」

 

私がロングレンジキャノンを構えて撃つのと、フレズヴェルクが銃を構え直して撃つのはほぼ同時だった。撃った対FA用徹甲榴弾はフレズヴェルクの両腕に直撃し、向こうの撃った光弾は両肩のシールドを根元から吹き飛ばした。私は盾を失ってしまったけど、向こうは両腕を失った。そのまま大きく体勢を崩すフレズヴェルク。その隙を逃すわけもなく、対FA用徹甲榴弾の二門同時射撃による攻撃を叩き込んだ。ほぼ至近距離での着弾による爆風が機体を軋ませる。爆風が止んだ後、そこには胴体と下半身が分離した魔鳥の無残な姿が残されていただけだった。ロングレンジキャノンは両方とも砲身がオーバーヒートを引き起こしている。もうこれ以上の戦闘継続は不可能だと思う。でも、確かに目の前には魔鳥の残骸が転がっている。本当に倒したんだ…………。

 

「ち、中尉!! 紅城中尉!!」

 

エイミーが私の事を叫びながら呼びかけてきた。轟雷は派手に転がったせいか土汚れが凄くついている。元からカーキ色をしているからか目立ちはしないけど、溶融しかけている装甲が魔鳥の恐ろしさを未だに感じさせる。

 

「え、エイミー…………? け、怪我はしてない?」

「いいえ! 中尉のおかげで命拾いをしました! まぁ、その時に擦り傷を少ししましたけど」

 

表情は見えないけど、きっと笑っているんだろう。声からわかるよ。でも、擦り傷を負わせてしまったことは覆しようのない事実だ。それでも、誰も死ななくて良かったと思っているよ。

 

『グランドスラム04! 中尉、無事ですか!?』

「シグルス少尉…………私は無事だよ。まぁ、機体が榴雷・改から元の姿に戻っちゃったけどね」

 

シグルス少尉も無事みたいだ。弾切れと聞いて一瞬焦ってしまったけど、今はこうして生きている。さっきの絶望的な状況を乗り越えたという事に未だ実感はわかないけど…………でも、生きている。

 

『ですが、無事でなによりです…………そういえば、ずっとエイミーの事は名前呼びですよね?』

「えっ? まぁ、そうだね。仲良くなっちゃったし、私自身、歳が近い人同士では階級付より名前で呼び合いたいって考えているしね」

『なら、私の事もレーアと呼んでください。同じ第四十二機動打撃群なのに私だけ名前呼びでないのは少々不公平な気がします…………』

 

…………なんか、さっきまで凛々しかったシグルス少尉——じゃなくて、レーアが少し拗ねたような声でそう言ってきた。まぁ、名前で呼びたかったんだけど、米軍第四十二機動打撃群所属な上に元米海軍第七艦隊第八十一航空戦闘団所属という恐ろしいほどまでに輝かしい肩書きを持つ人間をそう易々と名前呼びできるわけがない。どんなことがあったらそこまでの軍歴を持つことができるんだろう? でも、レーアのその発言のおかげで、さっきまでの緊張は良い意味で解けてきた。

 

「わかったよ、レーア。その代わり、私の事も名前呼びでいいし、他の上官の前じゃなきゃタメ口でもいいからね」

『そ、それじゃ、よろしく頼む、一夏』

「なんだかんだで日米は溶け込みますよね」

「それでいいんじゃない? ところで、ボーデヴィッヒ大尉の方はどうなったの?」

『それなんだが…………』

 

レーアは報告しようとして言い淀んでしまった。えっ…………も、もしかして…………最悪の事態になってしまったのだろうか。

 

『ブリュンヒルデがルフスをボッコボコにしたらしいんだ…………ボーデヴィッヒ大尉の機体も目立った損傷もなし。それにルフス自体、武装もライフル二丁とかつての機体よりダウングレードしていたそうだ』

 

…………なにそれ。ボーデヴィッヒ大尉が無事と聞いて安心したけど、本当にボッコボコにしちゃったって…………お姉ちゃんは一体なにをしたんだろう。お姉ちゃんの使っている機体の詳細は聞かされてないし、束お姉ちゃんも今は後方でデータ取りらしいしね。でも、束お姉ちゃん、なにも話してくれなかったなぁ…………昔はしつこいくらい抱きついてきたのに。昨日会った時はなにも反応してくれなかった…………まぁ、思いつめたような顔をしていたから仕方ないとは思うんだけどね。

でも、何故ルフスはダウングレードしていんだろう…………いや、弱くなっているってのは嬉しいよ? でも、元から強い機体なんだし、手加減なんてする気ないから別に性能を下げる必要性はないでしょ。まぁ、今回がフレズヴェルクとの初戦闘だったからなんとも言えないんだけどね。それに、アントの考えていることなんて私達が知る由などない。

 

「なにをどうしたらボッコボコにできるんですか…………私たちはこっちがボッコボコにされていたのに」

「ブリュンヒルデって言うだけはあるよ…………あの人はISでもFAでも乗りこなしそうだもん」

『そういうわけだから、この周辺の高脅威目標は消失したわけだ。この後はどうするんだ、中尉』

「それじゃ、私達は命令通り基地中枢を破壊しに行くよ。そうしないと終わらないしね」

「『了解!』」

 

私達は再び基地中枢の破壊に向けて行動を開始した。やっと本当の目的に移行することができたよ…………ここまで来るのに本当大変だった。突然こっちに増援はくるし、フレズヴェルクには襲われるし…………命がいくつあっても足りなさそうだ。そんなことを思いながら、前線基地へと足を進めていった。

ただし、残っている武装はリボルバーカノンと格納武装のグレネードランチャー付きアサルトライフル、そして日本刀型近接戦闘ブレードくらい…………基地中枢を破壊し尽くせるかと聞かれたらかなり厳しい。残った榴弾を誘爆させるくらいしか方法はないかもしれない。

 

『ところで破壊の際どうします? おそらく中尉のロングレンジキャノンはオーバーヒートしてますし、かといって私の滑腔砲も弾切れですよ?』

「そうだね…………私の機体に榴弾がまだ残っているから、それをセットして誘爆による破壊をするしかないかな…………」

『私も弾切れだしな…………誰かライフルを貸してくれれば起爆を担当できるんだが…………』

『私の機体にロングライフルがあるから、現地に着いたらそれを貸すよ』

『わかった。エイミー、助かる』

 

とはいえ、なんとかこの方法でやるしかないというのが現状。途中で大尉達と合流できたらまた別な方法が出るかもしれない。

私もエイミーも履帯ユニットを展開して走行しているけど、やはり重量の違いが大きい為、私の進行速度が遅く、二人よりも後ろを行くこととなった。これはこれで殿みたいな感じだけど…………なんだか部下に置いていかれる小隊長みたいな気がする。まぁ、別に不服ってわけじゃないけど、置いてけぼりにされているような気がしてやまない。

 

(でも、これで本当に最後…………終わったら帰れるんだ…………)

 

そう思うとどこか安心して気が抜けてしまう。今までずっと国内での防衛戦しかしたことがなかったからね…………初めての海外遠征がうまくいきそうなことが嬉しい。葦原大尉にもちゃんと報告ができそうだ。そんな風に思っていた時だった。突然聞こえてきた風切り音。どこかの航空部隊が支援に来たのかなと思ってしまったけど、なんだか物凄い勢いで私達の元に向かってきている気がする。

 

『!? 中尉!! 後ろ!!』

 

レーアがそう叫んだ直後、私の耳にロックオン警報が鳴り響いた。あの風切り音は小さくなったが、代わりにエンジン音らしきものが聞こえてきた。思わず後ろを振り向く私。そして、私の視界に映ったのは——

 

「えっ——」

 

——今にも大鎌を私に振り下ろさんとしている、白く染まった魔鳥(フレズヴェルク)の姿だった。

 

『『ち、中尉ぃぃぃぃぃっ!!』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——そこから先のことは覚えていない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.04

「…………う…………うぅ…………っ…………」

 

重くなった瞼をゆっくりと開くと、そこには、見たことのない天井が広がっていた。まだ意識もぼんやりとしている。でも、この鼻にくる匂いは…………薬? 周りの状況が未だに読めていない私は取り敢えず体を動かそうとしたけど、腕には何か付いているし、両足は何かで固定されていてうまく動かせない。それでも、上半身だけは起こすことができた。窓から差す光の中、意識が少しずつはっきりとしてくる。窓から見える景色はいつも見ている無残な姿に変わり果てた戦場とは違って、人のいる町と自然が目に映った。ここは一体…………それになんで私はここに寝かされているの…………。左腕に違和感を感じていたので、そっちを見ると点滴が打たれていた。なんでなんだろう…………だめだ、全然覚えていない。

 

「一夏さーん、入りますよー…………って、まだ起きていな——」

 

ドアが開く音ともに、何かが落ちて音を立てた。ふとその方向に目を向けると、固まった状態で持ってきたと思われるバッグを落としてしまっているエイミーの姿が見えた。しかも、アメリカ軍の制服に袖を通している。

 

「エイミー…………? どうかした——」

「い、一夏さぁぁぁぁぁん!!」

 

私が呼びかけたら急にこっちに意識が戻ったのか、ハッとなるエイミーだったけど、その直後一直線に私に向かって抱きついてきた。ちょ、ちょっと待って! 私、何故か点滴してるから! しかもまだベットからも降りられていないよ!

 

「え、エイミー? い、一体どうしたの?」

「よかったぁ…………一夏さんが生きててよかったです…………」

 

"私が生きててよかった"…………!?

 

「ちょ、ちょっとエイミー!? 今なんて言ったの!?」

「え…………? ですから、一夏さんが目を覚ましてよかったって言ったんですよ…………もう三日も目を覚まさなかったんですから…………」

 

三日!? 本当に私に何があったの!? …………だめだ、思い当たる節が出てこない。限界まで記憶を引きずりだそうとするけど、全く出てこないから困った。それに、エイミーはエイミーで泣きじゃくっているし…………私が言えた立場じゃないけど、本当エイミーは年相応の女の子だなって思う。

 

「おい、ローチェ少尉。ここは軍施設とはいえ病院だ。もう少し静かに——」

 

全くもって状況が飲み込めず、一体どうしたらいいのかわからないでいる私の元に別なお客さんがきた。長い銀髪からしたら、ラウラかな?

 

「——ハーゼ01より各員へ。緊急事態だ。至急、第四病棟三階六○二号室まで集合せよ。繰り返す、直ちに集合せよ。以上」

 

…………ラウラもラウラで大事にしてないかな? とはいえ、さらに状況を困惑させられた私は一旦思考することを放棄した。何をどうしたらいいのかわからず、ラウラが招集したみんなが集まるまでこのカオスな空間が続いていた。

 

 

暫くして私のいるところに人が集まってきた。先に来ていたエイミーやラウラは省くとして、レーアにオルコット少尉、そしてお姉ちゃんと束お姉ちゃんの、この間の作戦に参加したみんなが集まっていた。一体これはどういうことなの?

 

「本当に目が覚めたんですね…………」

 

そう言って、あんなにクールだったレーアが目尻に涙を浮かべていた。よく見ればみんな目尻に涙を浮かべている。あの人前では鬼のように厳しいお姉ちゃんも、いつもはおちゃらけているような束お姉ちゃんもだ。

 

「何が…………あったんですか…………?」

 

私はずっと疑問に思っていたことを口にした。本当に私は何もわからないから…………だって、さっき目が覚めたみたいなものだし。それに、あの作戦がどうなったのかすらわからないし。

 

「…………本当に、何も覚えてないのか?」

 

ラウラがそう怪訝そうな顔をして聞いてきた。その表情には、ありえないとか何故とかというものが色々と織り交ぜられているように思えた。

 

「はい…………全然覚えていなくて…………」

「そうか…………話してもいいが、下手をすると辛い事を思い出すことになるぞ。それでも聞くのか?」

 

ラウラの言葉を皮切りに深刻そうな顔をするみんな。そんなに…………でも、私は何が起きたのか知らなきゃいけない。私はみんなに気圧され力無くだが、その言葉に頷いた。

 

「…………わかった。なら話そう」

 

ラウラは一度息を吐くと、そのまま言葉を紡いだ。

 

「お前がフレズヴェルクを撃破した後、私達と合流しようとしていた時だった。お前は奴に襲われたんだ」

 

襲われた…………!? その言葉を聞いた瞬間、急にその直前の記憶が蘇ってきて、記憶が途切れる前の事が思い出されてきた。そうだ…………確か、魔鳥を倒して、ラウラ達と合流して前線基地の中枢を破壊するために移動していた時に——

 

「…………白い…………鎌を構えた、魔鳥…………」

 

蘇ってきた記憶には、振り向いた時に白い魔鳥が私に鎌を振り下ろそうとしているところが鮮明に出ていた。そして、そのことに体が震えた。あの死ぬかもしれない感覚…………拭いきれないような恐怖が不意に私を襲った。

 

「——そうだ。国連軍識別コード、NSG-X2[フレズヴェルク=アーテル]…………あのベイルゲイト攻略戦が終結して以降、世界各地で確認されている最強の魔鳥だ」

 

そう言ってラウラは私にタブレット端末を渡してきた。そこには確かに私が遭遇したのと同じ、あの白い魔鳥の姿が映っていた。パールホワイトに青いクリスタルユニット、そして二振りの大鎌が特徴…………間違いなくあの機体だ。これが私を攻撃してきた機体…………そう考えると、タブレット端末を持っている手が震え始めた。

 

「奴はお前を攻撃した後、撃破されたフレズヴェルクの残骸の一部を回収した後、戦域を離脱…………その後の行方は不明だ。その後、お前をエイミーとレーアに運ばせて、我々で基地中枢の破壊は完了…………経過はこんなところだ」

「…………負傷者は?」

「…………お前一人だけだ」

 

ラウラからの報告が終わってからも、私の腕の震えは止まらない。フレズヴェルクが怖いからじゃない…………この気持ちはいつも感じている…………自分が足手まといになってしまった…………自分が情けなく感じて…………結局私はただのお荷物なんじゃないかって…………私は英雄でも、なんでもない…………ただの若年兵でしかないんだから…………。そう思うと自然と下唇を噛み締めていた。

 

「それで、怪我の度合いなんだがな…………両足に裂傷多数、右の脛に小さいヒビが二つ、全身に打撲と暫くは安静だ。アーテルに襲われたのに、ここまで軽傷なのは奇跡的だぞ」

「そうだよねぇ…………今まで生き残ったのは数えられる程度しかいないし…………君もその奇跡の中に入ったんだよ。不幸中の幸いというしかないね」

 

ラウラと束お姉ちゃんがそう言ってくるけど、私の耳には入ってこない。今の私の思考は、ただ自分が足を引っ張ってしまったという事実だけしか見ていなかった。そんな時だった。

 

(あ、れ…………?)

 

先ほどからアーテルの画像を眺めていて気づいたことがある。私を襲撃した機体の画像と、他の機体を襲撃した時の画像で少しだけ違いがあった。私を襲った機体は右肩に紫色のマーキングが施されているのに対して、他の機体を襲ったのにはそれがない。これは一体…………もしかして——!

 

「それにしても、変ですわね…………アーテルは現在、月面攻略部隊が交戦中ですわよ? それを突破などしていたら、その通りの報告があるはずですわ」

「だとしても、あの魔鳥は一機しか確認されてないはずだ。現に、一夏を襲った奴はその後衛星軌道上に一気に上昇していったぞ」

「まぁ、例え二機いたとしても、その証拠がないからな…………それに、同一機体と言える証拠もない。現時点ではなんとも言えないな…………」

 

オルコット少尉やラウラ、それにお姉ちゃんがそんな話をしている。どうやら話題は私が気になったあの機体についてのようだ。私も気になったことだからその話に混ざろうと思ったけど…………

 

「いずれにせよ、やっと戦うことに変わりはない…………ですよね、博士?」

「そうだね。一応、第三ステージの降下艇基地を抱えている国には対フレズヴェルク用の機体を集中配備しているし、もうそろそろ中国に預けた新型機もロールアウトするし、戦うことには変わりないよ」

 

その本質的なところを言われて、話には混ざれなかった。そうだよね…………一体でも二体でも、戦うという選択肢を選ぶしかないということに変わりはないもんね…………。それに、今ここで話していても何も変わらないし、そのうち正式に発表されるかもしれないからね。

 

「…………博士の言う通り、だな。さて、面会時間もあまり残されていない。我々は撤収するが、ローチェ少尉」

「は、はいっ!」

「貴官には紅城中尉の世話を頼む。この中では一番親密そうだからな」

「了解しました!」

 

どうやらこれでお開きになるみたいだけど…………やっぱり、お荷物になってしまった感が拭えない。ラウラの誰も怪我せずに帰還っていうのも出来なかったし、こうして病院でお世話になっているからね…………こうしている間にも日本にいる中隊のみんなは前線で体を張っているんだろうなぁ…………早く治して復帰しないと。

 

「それでは、また明日来るぞ」

「何か必要なら遠慮なく言ってくれ」

「なんでもすぐに用意するからね!」

「ただし、年齢的にふさわしくないものは容認できんがな」

 

そう言ってラウラやレーア、束お姉ちゃんにお姉ちゃんは病室を出て行った。なんだか最後にお姉ちゃんにからかわれた気がするよ…………べ、別にそんなものに興味ないし!

 

「あれ? オルコット少尉? 何か用があるんですか?」

 

エイミー以外全員出て行ったのかなと思ったけど、何故かオルコット少尉まで残っている。なんで? 私に何か用があるのかな?

 

「あ、そうそう。たしかセシリアさん、一夏さんに言いたいことがあるそうですよ?」

「ちょ、ちょっとエイミーさん!? 何をいきなりバラすんですの!?」

「え?…………言いたいことって何?」

 

本当になんなの? …………もしかして、軍人として情けない、とかかなぁ…………それだったら泣きそうな気がするんだけど。そんな風に思ってしまったから、つい階級は私のほうが上なのに、ビクビクしながら尋ねてしまった。

 

「え、えぇっと、その、ですね…………このメンバーになって、ブリュンヒルデや篠ノ之博士を除く他の人の事を名前呼びにしてらっしゃるのに、私だけそうじゃないというのがどうも腑に落ちなかったので…………わ、私のことも、セシリアと呼んでください!」

 

そう言ってかなり綺麗な礼を決めてきたオルコット少尉——じゃなくて、セシリア。というか、その礼の仕方って上司にものを頼み込む時の——って、一応私のほうが階級上だから上司になるのか。

 

「そ、そこまで頭下げなくてもいいよ! その代わり、私のことも名前で呼んでね、セシリア」

「ち、中尉を名前呼びに!? そ、それでは上官に対する敬意とかが——」

「いやいや、セシリアはちゃんと公私を弁えそうだし、そういうところしっかりしてそうだからね。それに、プロフィール見たけど、私達同い年でしょ? 私、同い年の人とかは階級関係なしに名前呼びしてもらってるんだ」

 

あまり聞いたことのない事を言われたせいか、セシリアはありえないといった顔をしていた。まぁ、普通はこんな事を言う軍人はいないからね…………尤も、こんな風にしていたら中隊の大人や詰所の人を含めた基地内にいるみんなから年下扱いされて、葦原大尉に子供扱いされる始末だけど。あまりにも度がすぎるのはあれだけど、実際ほぼ最年少だからね…………子供扱いされても仕方ないと一部割り切っている。

 

「で、では、い、一夏さん」

「なに、セシリア?」

「こ、これからもよろしくお願いしますね」

「もちろん、こっちこそ」

 

そう言って握手をしたけど、何故かセシリアは顔を赤くしてしまった。どうしてなんだろう…………ただ、新しく友人ができたから少し嬉しくなって顔が緩んでしまっただけだけど。

 

「…………そ、その微笑みは卑怯ですわ…………」

「ん? 何か言った?」

「い、いえ! で、では、失礼します!」

 

そう言ってセシリアは足早に病室を去っていった。一体なにがあったんだろう…………何か気に触ることでもしたのかな? それだったら後でちゃんと謝らなきゃ…………。

 

「…………この人、自覚無しであれですから危険です…………」

「…………エイミー?」

「は、はい! なんでしょうか!?」

 

よくよく見たらエイミーも同じ状態になっていた。なんで? 私には理由がわからないよ…………。

 

「いや、私ってこれからどうしたらいいのかなーって」

「そうですね…………それじゃ、とりあえず背中を拭きましょうか?」

 

確かになんだか背中とかがベタベタする感じがあるし、少しさっぱりしたいね。

 

「それじゃお願いしようかな?」

「はい、お任せください!」

 

そう言うとエイミーは洗面器にお湯を汲んできて、その中にタオルをつけて濡らしていた。そして、そのタオルを絞っていたけど、なんだかその姿がお手伝いしようと頑張っている子供みたいな感じに見えた。前にこんなシーンをドラマでやっていたの、基地のPXにあるテレビで見たっけ。

 

「では、服を脱いでもらっていいですか?」

 

言われるがままに着させられていた病院服の上を脱いだ。まぁ、左腕に点滴を打たれている関係上、そっちの方はどうしようもなかったけどね。

 

「じゃ、拭きますね」

「うん、お願い」

 

背中に程よく温かいタオルが当たる。それだけでも十分気持ちがよかった。さっきまでのへこんでいた自分も何処かへと消えていきそうだ。辛いことがあった時はいつも基地の外にある銭湯で、こうやって気分を変えていたっけ。まぁ、非番の時だけだけど。

 

「一夏さんの肌って綺麗ですよね…………なんだか羨ましいです」

「そんなことないって。エイミーの方が白くて綺麗だよ」

「いえ、一夏さんの方が綺麗です。でも…………」

 

突然エイミーの手が止まった。そして、聞こえてくる声音は何処か弱々しい。

 

「…………一夏さんの両足の裂傷はもう消えないそうです。あまりの衝撃に内部剥離を引き起こしたフレームと装甲が突き刺さったようで…………大腿下部四分の一から足首まではもう傷だらけだそうです」

 

…………むしろそれだけでよく生きていたよね、私。他の襲撃パターンを見たけど、胴体を真っ二つとか、腕が吹き飛ばされたりとか、こんな軽傷ですむレベルじゃない状態だったよ。それこそ命を落としているケースの方が断然多い。そんな状況で生き残ったって…………私ってかなり運がいいのかな?

 

「…………だ、だから…………わ、私…………あ、あの時なにも出来なかった私が悔しくて…………情けなくて…………」

 

次第にすすり泣くような声に変わっていった。どうやら、自分の事を思いつめていたのは私だけじゃないみたいだね。

 

「そんな事ないよ。誰のせいでもないんだし、突然だったから仕方ないって。それに、逃げられなかった私も私だしね」

「そ、そんな…………わ、私は一夏さんの直衛だったのに…………あの時私が一夏さんの代わりに——」

「エイミーッ!」

 

…………エイミーのそこから先の言葉は聞きたくなかった。だって、それはいつも私が絶対口にしないって決めた言葉だったから。私の背中越しに私は話し始めた。

 

「…………ごめんね、急に大きな声出しちゃって。でも、そこから先の言葉は聞きたくなかったの。エイミーは自分がそうなればよかったって言っているけど、それは私のこの状態が無意味な事になっちゃうんだよ。それに、襲われたのが私でよかったって思っているの」

「…………えっ?」

「この程度で済んだのは、榴雷の追加装甲があったおかげ。もしエイミーの轟雷だったら、多分エイミーは今こうして私の背中を拭いてないよ」

「…………一夏さん…………」

 

しばらく無言の空間が続いた。まぁ、でもこれだけは譲れる気がしなかった。例え、誰かが戦死してしまったとしても、それはその人が選んだ結果。それを他人に『私がしっかりしていたら——』とかと言われたら、その人の死は唯の犬死になってしまうし、その人の最期を侮辱する事になってしまうからね。殆ど葦原大尉や他のみんなからの受け売りだけど。

 

「…………その、ごめんなさい。私、一夏さんの気持ちを考えずに物を言いそうになってしまって…………」

「別にいいよ。エイミーは悪気があって言ったわけじゃないんでしょ?」

「そ、それはそうですけど…………」

「それなら仕方ないよ。あくまでこれは私自身の価値観みたいなものだからね。でも、少しでもその人の最期とかを綺麗にしてあげたかったら、私の考えも頭の片隅には置いておいて…………」

 

また沈黙が流れた。私たちの間に音を立てるものはない。ただ時間だけが過ぎていくだけ。でも…………らしくない事しちゃったなぁ…………私ってあまりああやって人に何かを言うのって苦手だし。それに、半分エイミーにお説教染みた事しちゃったからなぁ…………なんだか悪い事しちゃった。エイミーだって、自分を責めちゃっていて弱っているってのに。

 

「そうですよね…………一夏さん、ありがとうございます」

 

なにか非難されるんだろうなー、と勝手に思っていた私だけど、返ってきたのはお礼の言葉。その事に逆に困惑してしまった。どうしてなのか理由を聞こうとしたけど、

 

「一夏さんの考え、私にもわかりましたから…………その考え、私も持っていいですか?」

「うん。受け売りの受け売りになるけどいい?」

「はい! 私はそんな事気にしませんから」

 

別に理由を聞くまでもなかった。背後から聞こえてくる声は、さっきまで聞いていた涙ぐんだ声とは違う。もっとはっきりとした意志の込められた声になっていた。…………こんな風にすぐ立ち直れるっていいな。私は結構時間がかかっちゃうから…………多分、エイミーは強いんだと思う。

 

「それはそうと、背中拭き終わりましたよ? 次はどうしますか?」

「いきなり話をそっちに変えちゃう…………? うーん、そうだなぁ…………」

 

次に何をするのかと聞かれたが、何をしてもらったらいいのかわからなくて考えてしまう私。そんな時、ふと音がなった。それも自分のだ…………かなり恥ずかしいよ、人前でお腹の音が鳴るって…………。

 

「お腹が空いているみたいですね。では、食事の方、持ってきますね」

 

エイミーは少し苦笑いをしながら一旦病室を後にしていった。…………めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。一応私の方が階級上なんだよね…………威厳とかそういうのとは無関係だと思っていたけど、こんな風にされるなんて…………最早上官とかそういうの、本当に垣根がなくなりそう…………まぁ、そういう方が好きなのは認めるけど。

こんな風にエイミーに身の回りの事を世話されながら、一日を過ごしていったのだった。…………ただ、トイレに入る時くらいは一人で行かせてよ…………。

 

 

「では、また明日の朝来ますね」

「うん。それじゃ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 

就寝時間になるとともに、面会の時間も終了となった。エイミーは手荷物だけを持って、病室を後にした。残されたバッグの中には必要な着替えとかそういったものが入っているそうだが、今の所一人で着替えするのは少し難しいからね…………ほら、両足に添え木されちゃってるし。

そうなって病室に一人残された私は特に何もする事がなく、ただ外の景色を眺めていた。柔らかい月明かりだけが窓から差し込んでくると思ったが、その先に街の明かりが見えた。多分、其処では普通に、極普通に平和というものを感じながら人々が生活しているんだよね…………私達はそれを守れたんだよね…………? ふとそんな疑問が思い浮かんだのだった。

 

(こんな風に空を見たのはいつぶりかなぁ…………)

 

ふと空を見上げたら、大きな丸い月が煌々と輝いていた。それに負けないように周りの星たちも輝いている。…………そういえば、訓練時代に、疲れた時はいつもこうやって空を見ていたっけ。そうしたら、今苦しんでる自分がなんだかちっぽけに思えてきたりして…………それに、秋十やお姉ちゃんと同じ空の下で生きてるって思えてたし…………そのおかげであの厳しい訓練乗り切れたんだよね。…………ちなみにその訓練で何人かは性格が百八十度変わった人もいるよ。例えば、虫すら殺せなかった子が今じゃ感情もなくアントを潰してるし…………本当、あの訓練は凄かったなぁ。

 

「——っていうか、そこで覗き見してないで、入ってきたらどうですか? 別に怒りませんよ?」

 

さっきから薄々感じてはいたんだけどね…………ほら、戦場に出ちゃうと、否が応でも周囲に気を配らなきゃいけないし、時々潜伏しているアントとかもいるからね。そうなると、自然と誰かの視線を受けていることとか結構感じやすくなるんだよ。とはいえ、別に殺意とかそういった類のものはないし、別に敵意とかもなさそうだしね。それに、この視線の向け方はあの人(・・・)だってわかるから…………。

 

「あ、あはは…………やっぱりいっちゃんには気付かれちゃったかぁ…………」

「ばればれだよ、束お姉ちゃん(・・・・・・)

 

振り返るとバツの悪そうな顔をした女性が現れた。その顔はまるでいたずらがばれた子供みたい。秋十も今じゃ手がかからないけど、昔はやんちゃだったからね。あまり怒ったことないけど、凄くバツの悪い顔をしていたのは覚えている。そして、その頭についてるメカメカしいウサ耳…………間違えようがない、あれは束お姉ちゃんだ。ISができる前はお姉ちゃんや秋十と一緒に道場に通っていて、束お姉ちゃんとその妹の箒ちゃんと一緒に剣道をしていたんだ。箒ちゃん、元気にしてるかなぁ…………もう何年も会ってないや。

 

「うぬぬ〜〜…………今度こそ気づかないと思ってたのにぃ〜〜」

「昔はいつもかくれんぼとかしていたんだから気づかないわけないよ」

「そういえばいっちゃんがいつも鬼だったもんね。懐かしいなぁ、あの頃…………」

 

そう言って束お姉ちゃんは不意に空を見上げた。雲一つない夜空には満月が見えている。…………そういえば、月のウサギの話はよく聞くけど、もしかして束お姉ちゃんがその正体じゃないかと思っちゃうときがあるんだよね。昔からよく月を見上げていたし。

 

「…………ねぇ、いっちゃん。いっちゃんはこの世界、どう思ってる?」

 

突然投げかけられた質問に私は答えをすぐに出せなかった。というか、何をどうやったらそんな話題に行き着くんだろ…………それに、この質問ってなかなか答えにくいものだよね? そんな急に言われても…………。

 

「別に答えなくてもいいよ。束さんが勝手に聞いただけだし。でも…………私は今の世界があんまり好きじゃないんだ」

「どうして、ですか?」

「そうだねぇ…………やっぱり、ISかな。本当は自由な世界をみんなに見て欲しかっただけなのに、今は権力の象徴として縛り付けるものになっちゃってるし。束さんは縛り付けることが嫌いってのは、いっちゃんも知ってるでしょ?」

「前にもそんなこと言ってたもんね。私は自由が欲しいんだー、とか」

 

てか、束お姉ちゃんを縛り付けることは多分不可能。例え三重の防壁を張った檻であっても、突破してしまうのが束お姉ちゃん。唯一拘束できるのがお姉ちゃんと箒ちゃんだけだ。尤も、お姉ちゃんの一撃を受けてもなんともない顔をしている束お姉ちゃんは十分お化けの類じゃないかと思う。でも、いつもの口調とは裏腹に、顔は何処か沈んでいるように思えた。

 

「そうそう。だからさ、地球再開発計画——リスフィア計画に参加したのに、結果はこうだよ…………月は戦場となり、地球もまた戦禍に飲まれつつある。そして、そこで戦う人の存在は隠蔽され続けていて、女性がその人達を抑圧している…………なんのために私や他のみんながアーキテクトを作ったのかわからななくなっちゃったよ…………」

「で、でも束お姉ちゃん、お姉ちゃん達が作ったフレームアームズがなかったら私達は誰も守れなかったんだよ…………だから、そんなこと言わないで…………」

「でも! 私はただ宇宙を見たかっただけなの! そして、いっちゃんとの約束を果たしたかった…………けど! 月は奴らの本拠地となって…………いっちゃんは、私たちの作った物で怪我をしたんだ! いや、いっちゃんだけじゃない…………これまで力尽きていったみんな、私の夢の犠牲者になるんだ…………」

 

束お姉ちゃんはいつの間にか涙を流し始めていた。いつもの笑っている元気な姿はない。今目の前には弱々しく泣いている束お姉ちゃんの姿しかなかった。でも、束お姉ちゃんの言葉に引っかかった。

 

「束お姉ちゃん…………誰も犠牲にはなってないよ」

「で、でも…………多くの人が死んで…………」

「そうだけどね…………みんな、必死になって大切なものを守ろうとしただけだよ。束お姉ちゃんの夢が悪いわけじゃない。だから…………そんな事言わないで」

 

勿論、私が束お姉ちゃんの今の気持ちを完全に理解できているわけじゃない。寧ろ、その真逆のことを言っている可能性だってある。でも、束お姉ちゃんが自分の夢の所為にしているのだけは見ていられなかった。あんなに目を輝かせて私に話してくれた夢、そしてその時に交わした約束…………それらがなんだか、どこか遠くに行っちゃいそうに思えたんだ。

 

「でも、私は束お姉ちゃんの夢が叶うように頑張るよ。だって、まだ月のウサギを見せてもらってないんだから。絶対、月に連れて行ってよ?」

 

そう、交わした約束というのは、束お姉ちゃんが私に月のウサギを見せてくれるということ。小さい時、何かの絵本で月にウサギがいると思い込んだ私は束お姉ちゃんに月のウサギに会わせてって言ったの。そうしたら、束お姉ちゃんは謎のメカメカしいウサ耳を付けて『私がその月のウサギなのだ〜〜! だから、いつか月の基地にいっちゃんを連れて行ってあげる!』と言って、私と約束したんだ。勿論、月にはウサギなんていないし、束お姉ちゃんがというわけでも…………ないわけじゃない、か。でも、その約束を守らなきゃ…………だって、宇宙に出るという事が束お姉ちゃんの夢だからね。だから、私はその夢を叶えさせてあげるために戦う。奴らに束お姉ちゃんの夢を潰させやしない。

 

「そうだったね…………束さんとした事が、自分の夢を自分でケチつけちゃうところだったよ。でも、いっちゃんも無茶だけはしないでよね?」

「それだけは流石にわかんないかなぁ…………?」

「えぇ〜〜…………」

 

私がそこまで言ったら束お姉ちゃんはいつものテンションに戻った。涙の跡は残っているし、目も赤く腫れちゃっているけど、それでも、やっぱりこっちのテンションの方が束お姉ちゃんらしくていいや。

 

「でも…………必ず一緒に行こうね、月に」

「…………うんっ!」

 

こうして私と束お姉ちゃんは再び約束を交わしたのだった。…………絶対、約束は果たすからね、束お姉ちゃん。




誤字報告とか感想とか待ってまーす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.05

なんか、このシリーズ一万字越えが多いな…………


あれから二週間が過ぎ去っていった。私の怪我が外出できるレベルまで回復したのと同時にあのチームは解散、みんながそれぞれの部隊に帰って行ったのと同時に、私もまた日本へと帰ったのだった。とはいえ未だに負傷者の身。日本の最前線である館山基地には向かわせてもらえるわけがなかった。しかも、さらに弱った事が起きているしね…………。

 

「うわぁ…………まだオーバーホール中かぁ…………」

 

目の前には肩部装甲と脚部装甲、そしてロングレンジキャノンを外された榴雷の姿があった。ここは日本国防軍の主要基地にして中心地でもある横須賀基地。本土防衛軍の他に海軍の中心地もここだ。その証拠にこの基地には日本国防海軍の主力である第一護衛艦群はじめとした水上打撃部隊の艦艇が停泊している。ちなみに本土防衛軍と海軍は割と仲がいい。私も何度か艦にお邪魔させてもらった事がある。確か私が乗ったのは、こんごう型イージス護衛戦艦三番艦[はるな]だった気がする…………よく覚えてないけど。

というか、何故オーバーホール中かというと、前回の戦闘で機体が中破したからね…………しかも後で渡されたレポートによればフレームまでダメージが及んでるらしく、それに伴って各部の点検も行わなくちゃいけなくなったというわけだ。榴雷としての装甲を外された機体は、頭以外を見れば轟雷そのものであり、どこか寂しげな感じが今の榴雷から感じたのだった。

 

「おぉう、今日も来たのかい、一夏ちゃん——いや、紅城中尉」

「あ、楯岡主任。いつも通りに名前呼びでいいですよ。それより榴雷の調子はどうですか? 」

「そうかい。昨日の内に榴雷の装甲パーツを手配したところだ。明日の午前には届くってよ」

 

この無精髭が特徴的な人は、この横須賀基地の整備班長にして国内に配備されているフレームアームズの保守点検とオーバーホールの全てを管理する整備の鬼こと、楯岡淳士技術官。一応階級に関しては中尉クラスらしいんだけど、本人曰くそこら辺にいる近所のおっちゃんみたいに接してって言ってる。そんなわけで私もかなり軽い感じで接している。とはいえ、年上だからそんなフランクには接せないけどね。

 

「それにしても、こんな状態になる状況って一体どういう事だ? まるでフレズヴェルクにやられたみたいな感じじゃねーか」

「あ、あはは…………」

 

ついでに言っておくけど、あの任務、最重要機密案件だったらしく、あの任務に関係する一切を話すことができないんだよね…………だから、本土防衛軍の方にも全く情報がないという状態だ。とはいえ、海外まで行って修理作業に従事していた楯岡主任の目だけは誤魔化せなく、割とばれそうになっている。てか、フレズヴェルクにやられた機体を見たことがあるんですか…………。ただその場は笑って誤魔化すことしかできなかった。

 

「まぁ、深い詮索はしねえよ。知ったら俺の首が飛ぶかもしれねえんだろ?」

「それは…………多分、そうかもしれないです…………」

「なら聞かねえや。俺にできる仕事と言ったら、こうやって機械弄りをする事くらいだからな」

 

そう言って豪快に笑ってみせる楯岡主任。こういう姿を見ていると、本当に近所に住んでそうなおっちゃんみたいだ。

 

「それでだ、上の連中からお前の機体に改造を加えていいことになったらしいぞ」

「え? 本当ですか!?」

「ああ。それについて少し話しておきたいんだが…………とりあえずそこにでも座るか? なんでかは聞かねえが、ずっと松葉杖でいるのは辛いだろ?」

 

そう言って楯岡主任は私にその辺の椅子に座るように促してきた。まぁ、まだヒビが治ってないし、それ以外にも重度の打撲箇所とかがあるせいで足のギプスと包帯とか外せないんだよね。そのため松葉杖を使っているんだけど、この状態で長時間立っているのは中々辛い。動けるようになったとはいえ、まだ完治してないからね。

 

「それじゃあ…………お言葉に甘えて」

「あいよ。そんじゃ、行くぞ」

 

私は楯岡主任の後を追って椅子のある場所へと向かった。松葉杖があるせいでそう早くは動けないから、時折主任がその場で待っていてくれた。その優しさが顔に似合わないなぁといつも思う。主任の顔って、どちらかといえば前線にいそうな人の顔なんだもん。

なんとかしてたどり着いた場所は、整備班の休憩室だった。格納庫の一角に設けられたそこは、急ごしらえなのかあんまり広いとかそういう感じはしなかった。でも、椅子があるだけいいかな。あと、ここからでも私の榴雷の姿が見える。ってか、かなり近いんじゃ…………どれだけ松葉杖に慣れてないの、私…………。とはいえ、そろそろ腕が辛くなってきたので、とりあえず椅子に座らせてもらった。

 

「どうだ、茶でも飲むか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「ん、そうか。それじゃ話を始めようと思ったんだが…………今回はちょっと別件で手が離せなくてな…………代わりをつけることになったんだ」

「代わり、ですか?」

「ああ、そうだ。おーい、雪華ー!」

 

そう呼ばれて私の榴雷を点検していた子がこちらへと向かってきた。身長はここから見てもかなり小さいことがわかる。その上、日本人ではまずあまり見ない雪みたいに真っ白で綺麗な髪と青い瞳。その頭の上にちょこんと乗せられた帽子が少し愛らしく感じる子だ。というか私この子の事知ってる。

 

「というわけで、またお前の機体を担当することになった市野瀬雪華だ。あとのことはこいつに聞いておいてくれ。そんじゃあと任せたぞ」

「はーい。というわけで、またよろしく、一夏」

 

前回、ドイツに行く前に軽く点検した際にも、わざわざ館山基地にまで来てしてくれた整備士であり、同期で入隊した市野瀬雪華が再び私の整備担当となったそうだ。ちなみに雪華と私は同い年、階級は雪華の方が下で軍曹。だけど、別に下士官と士官の違いはあってもほぼ親友みたいなものだから、普通に名前呼びする仲である。私はあまりそういうの気にしない性格だし、雪華もそんな感じだからね。

 

「よろしくね、雪華。それで早速改造の件なんだけど…………」

「わかってるよ。許可されたパーツとその個数がそこにあるから、好きなの選んで」

 

そう言って雪華は私にタブレット端末を渡してきた。そこには許可が出ているパーツのリストが表示されている。アサルトライフルのような一般的な携行武器だけじゃなく、他の機体のパーツまで揃っているという充実ぶりだ。しかし、選択可能数は三種類で、それぞれ二個ずつまで装備できるとのことだ。ただ…………機体の改造は、新たに部隊配属された時やかなりの戦果を上げた時だけなんだよねぇ…………私の場合、最初の改造は中隊に配属された時だけど…………今回特に何もしてないことになるんだよね…………あの任務、機密事項だし。でも、あの戦闘で他に必要なものがわかったから、このタイミングでの改造はかなり嬉しい。

 

「そういえば、この間壊しちゃったリボルビングバスターキャノンはどうなるの?」

「…………あの鈍器としても使える武器を壊したってどういう事?」

「ま、まぁ、色々あったんだよ」

「ふーん。でも、一夏の備品リストに載っていたからその内再支給されるとは思うけどね」

 

あ、一応備品リストには載っているんだ。それならいいかな。あの武器、割とお気に入りだったし。そんな風に思いながらタブレットを操作していると、ある武器が目に止まった。

 

「ねぇ、このセレクターライフルって何?」

「それは、現地で武器を幾つかに換装できる武装だよ。榴弾砲にミサイルランチャー、火炎放射器にイオンレーザーライフルにもなる。メインコンポーネントと換装用ユニット全種で格納スロットの二つを消費するけど、今の榴雷の空きスロット数なら問題ないね」

 

だいぶ曲者感がある武器だけど、多機能っていうのは便利だなぁ。とりあえず候補には入れておこっと。使い方によっては支援砲撃の火力もあげられそうだしね。武器類はひとまず後にするとして、機体側の追加パーツを見る事にした。

 

「グラインドクローラー? これ何? かなり履帯ユニットに似ているんだけど」

「掘削機にトレンチャーってのがあるんだけど、それを履帯ユニットの代わりに取り付ける、一種の推進ユニットだよ。榴雷を履帯ユニットで動かすと、履帯が滑るという事態も起きていたしね。一応ナノメタルコートがしてあるから近接攻撃もできるし、輝鎚ほどの重量がなかったらローラースケート状に展開も可能。これ自体の重量もあるからアウトリガーとしても使えるよ」

 

グラインドクローラーの外観は本当に今まで使っていた履帯ユニットと同じだけど、その履帯に細かい刃が幾つも取り付けられている。確かにあれをがっつり当てられたら削り取られそうだよ。でも、今までは万が一の近接戦の時に武器を展開するラグがあって何度か危ない目にあった事もあるから、これはいいかもしれない。

 

「それじゃ、それを追加で」

「はーい。まぁ、試作装備だから誰かに試験運用して欲しかったというのもあるんだけどね」

「…………つまり、私はちょうどいいモルモット?」

「誰もそこまで言ってないからね!? そ、それよりも他に何かないの?」

「そうだねぇ…………緊急離脱用の推進器とかあればいいんだけど、榴雷にそれは過剰性能になるよね?」

 

と、言いながらも一番はそれが欲しかった。前回フレズヴェルクに急に襲われた際、そんな装備があればもしかすると事態を回避できたかもしれないと後になって考えたんだよね。機体のせいじゃないって事は分かっているんだけど、でもそう思っちゃう事が時々あるんだよ。

 

「ふーん。じゃ、試しにやってみる?」

「はい?」

「砲撃機の空挺降下以外による展開方法の模索の為とか、『グランドスラム中隊の英雄に特別な機体を与えました』って言っちゃえばいいと思うんだけどね。実際、その過剰性能を見てみたいし」

「いやいやいや、その推進器を取り付ける場所なんてもうないよ!? ハードポイントはミサイルコンテナで埋まっているでしょ!?」

「そうでもないんだよね〜〜」

 

そう言って雪華は私からタブレットを取ると、私に新たなページを見せてきた。そのページは他の機体のパーツ。改造される際に取り外されて放置されている、いわば余剰パーツの一覧が載っているページだった。そして、雪華が表示したのは…………何処かで見た事がある、というか館山基地にある、あの機体のパーツだった。

 

「これこれ、輝鎚用のショックブースターと腰アーマー。多少強引な方法になるけど、取り付けはできるよ」

「なんでこんなものが余剰となっているの!?」

 

そう、館山基地での防衛戦でいつも最前線に駆り出される鉄の塊、輝鎚用の装備だった。本来は展開速度を上昇させるための装備なんだけど…………なんでこれが余剰となっているんだろ…………?

 

「いやー、だって殆ど甲型じゃなくて丙型になったからね。ショックブースターどころか、下半身ごと余ってるくらいだよ」

 

確かに輝鎚は進軍速度の問題で、丙型へ移行されているけど、昭弘の輝鎚はどっちになるんだろ…………輝鎚の甲乙丙、その全ての装備を一緒くたにしてしまったような機体だから、よくわからない事になっている。曰く、試験機を預けられたとか言ってたっけ。

 

「うーん、それじゃ取り付けてみようかな? 取り外しはいつでもできるんだっけ?」

「はいはい。一度つけた装備の取り外しや取り付けは、申請が必要だけどいつでもできるよ」

「おっけー。ついでにセレクターライフルもつけてもらっていい?」

「どうせだから二丁手配しておくよ。リボルビングバスターキャノンよりは脆いからね。保険はかけておかないと」

 

いやいや、あれは意図して壊しちゃったわけじゃないんだけどなぁ…………寧ろ物凄く頑丈だったのに、フレズヴェルクがあっさり斬り裂いちゃっただけなんだけどなぁ…………でも、それは口外できないための、適当に笑って過ごすしかなかった。

 

「それじゃ確認。セレクターライフル二丁、グラインドクローラー一セット、ショックブースター…………以上で問題ない?」

「うん、間違いないよ。それでお願いするね、雪華」

「任された」

 

そう言ってタブレット端末をしまった雪華だが、何故かため息を吐いていた。…………もしかして、私が榴雷をあんな姿にしてしまったからかな…………?

 

「どうしたの、ため息なんて吐いて」

「まぁ、ちょっとね…………」

 

そう言ってまたため息を吐く雪華。そして、目線を向けたのは私の榴雷——の隣にある機体。メインカラーは白、所々にアクセントとして蒼が入っている。何よりあちこちに配置された推進器と、鋭角的なフォルムが目を引く。見た感じではまだ非武装のようだ。その機体につきっきりで楯岡主任が作業をしているのが目に入った。というか、なんかお姉ちゃんが乗っていたゼルフィカールに似ている。

 

「あの機体は? 見た感じベースはゼルフィカールみたいだけど」

「その通り。ベースはゼルフィカールだよ。八割完成しているから、あとは主任がシステム周りの調整をするだけ。そうなんだけどねぇ…………どう? 一夏もあの機体見てみる?」

「そうだね…………この後やることもあまりないし、どのみちこれじゃ訓練はできないからね。折角だし見てみたいな」

「おっけー。それじゃ、行ってみようか」

 

というわけで、雪華に連れられてあの機体を見に行く事になった。再び松葉杖での移動だよ。あと、太ももまである多数の傷だけど、やっぱり一生残るみたいで、制服にニーソを追加してもらった。いや、ストッキングでもよかったんだけど、あれだと傷が透けて見えるから、見えないこっちの方を選んだんだよ。まぁ、館山基地の人は誰一人としてこの姿見てないんだけどね。結局帰還報告も回線越しだったし。日本に帰ってきてからはずっと横須賀基地にいる。

 

「これが、私も開発に携わった機体、YSX-24RD/BE[ゼルフィカール・ブルーイーグル]だよ」

 

改めて見るその機体は、物凄くかっこよかった。でも、何処か寂しそうにも見える。どうしてなんだろう…………そんな事を感じるなんてありえないのに。

 

「どう? 一夏、感想は?」

「凄くかっこいいね。それに綺麗な機体だ、って思ったよ」

「なんだお前達、こっちに来てたのか」

 

私達が来た事に気付いた楯岡主任が仕事の手を止めてこっちに来た。というか、今思ったけど、この機体を作るのに雪華も関わってるって…………それってかなりすごいことじゃない?

 

「主任、そっちのシステム周りは?」

「大丈夫だ。今仕方終わったところさ。あとはセグメントライフルを量子変換して終わりだな。で、一夏ちゃんの方はどうなったんだ?」

「こっちも大丈夫。まぁ、そこそこ気の狂った機体になるかもしれないけどね。主任の許可は得ていたから、立川の工廠にデータ送っときましたよ」

「そいつは助かるぜぇ。——それで、一夏ちゃん、この機体をどう思う?」

 

楯岡主任から雪華と同じ質問をされて少し笑ってしまった。やっぱりこういう人たちって、自分の作ったものの感想が気になるんだね。

 

「とてもいい機体だと思いますよ、かっこいいですし。ただ…………」

「ただ?」

「…………なんだか、少し寂しそうにも見えるんですよね。なんでなのかわかんないんですけど」

 

私がそう言うと二人は少し暗い顔をしてしまった。え、えーと…………私、何か悪いことを言っちゃったのかなぁ…………それだったら謝らなきゃ。二人にとって機体の整備と開発は何よりも大事なものだって言ってたから、もしそれを傷つけるようなことを言っていたら尚更だ。そう思って謝ろうと口を開こうしたとき、それを遮るように先に楯岡主任が口を開いた。

 

「…………一夏ちゃんの言ったことはあながち間違っちゃいないよ。だってなぁ…………」

「…………確かに予定操縦者がアレじゃあ、この子もそう思うと思うよ」

 

一体どういうことなんだろう…………? 少なくとも私の言葉が原因じゃないってことはわかったけど、操縦者がアレって…………? そんな風に思ったときだった。

 

「——まだ仕上がんないの?」

 

ふと私たちの背後から声が聞こえた。何やら見下しているような感じの声音だ。振り向くと、一人の女性少尉がこちらをイライラした顔で見ている。

 

「こっちだってやってるが、他の機体も整備しなきゃならん。あんたの機体だけに構っていられるほど暇じゃねえんだ」

「はぁ? 別に他の機体なんてどうだっていいじゃない。どうせ、全部私よりセンスのない男共の機体でしょ」

「そうは言うが、こちとら整備が仕事だ。あんたの我儘に付き合ってられる余裕はねえよ」

「たかが男の分際で…………まあいいわ。とにかくさっさと仕上げなさいよ。それくらいしか価値がないんだから。できなかったらクビにするわよ」

 

…………間違いない。この人、女尊男卑に染まった人間だ。ISが世に出てからというもの、女性にしか動かせないと知った政府が女性優遇制度なんてものを作っちゃって、こんな感じに女性が幅を利かせているのだ。ちなみに私はそんな事はないよ。第一、差別とかそう言うの嫌いだし。だけど私は、こういう人たちの事だけは許せる気がしない。つい眉をひそめてしまった。隣に目をやると雪華も同じように眉をひそめている。

 

「なに、あなた達? その男の肩を持つ気なの? ふん、たかが整備士の分際で…………テストパイロットの私に歯向かったらどうなるかわかってるわよね? 問答無用でクビよ、クビ。そうなりたくなかったら、私の言うことを黙って聞いてればいいのよ。私は選ばれた人間なんだから」

 

そう言ってその人は格納庫を後にしていった。…………多分制服の上に着ているジャケットのせいで階級章が見えなかったからかもしれないけど、私の方が階級上なんだけどなぁ…………それに、楯岡主任だって中尉なんだから階級は上なのに…………。私にはなんであんな物言いができるのかわからなかった。整備班のみんながいなかったら、私達パイロットは力を全力で発揮できないというのに…………。

 

「全く…………なんなの、あいつ。本ッ当にムカつく!! この子のためにどれだけの時間と労力がかかったのかわかっていない!!」

「あぁ、同感だ…………それにバカにするのは俺たちだけならまだ構わないが、英雄でありアイドルである一夏ちゃんまでバカにしやがって…………! 俺があいつの上官なら即行で解雇してやるぞ!」

「主任! 私、あいつに叢雲撃ちたい! というか撃たせて!」

「だったら俺も試製三式破城槌を叩き込みたいわ!」

 

…………あのー、二人とも論点がかなり違うと思うんだけど。私の事で怒ってくれるのは嬉しいけどさ、それよりも自分たちのことの方で怒らないのかと私は思った。

 

「んんっ…………すまねえな、一夏ちゃん。見苦しい所を見せちまった。でもな、お前さんがバカにされるのだけは黙っちゃいられなかったんだ…………」

「私もそうだよ…………親友をバカにされて怒らない人なんていないって」

 

そう言う二人はひどく申し訳なさそうな顔をしていた。なんだかどんよりとした空気になってきたよ…………うぅ〜、私こういう空気苦手なんだよぉ…………。

 

「確かあいつって、正規の手順を踏んで入隊してねえんだよな…………コネかなんかを使って訓練積まずにFA正規パイロットになって、テストパイロットになったとか言ってたな」

「しかも轟雷とかスティレットどころか、素のアーキテクトすら動かしたことがないとか…………そんな奴にこの子を託したくはないね」

 

…………なんか、それを聞いていたらこっちも腹が立ってきた。若年兵である私達だって、それこそ死ぬ気で訓練を受けて、今の榴雷を託されたというのに…………その訓練を受けてないなんてどんな甘えだと思った。もしお姉ちゃんがそのことを聞いたら、絶対本気で怒る。多分逃してはくれない。

ただ、いつまでもこんな空気でいるわけにはいかない。というか、本当にこっちまで辛くなってくる。

 

「そ、そうなんだ…………でも、私もこの機体に乗ってみたいなぁ」

 

思わずそんなことが口から漏れてしまった。まずい、と思った時には既に遅し。二人はその言葉をしっかりと聞いていたようだ。その証拠に鳩がロングレンジキャノンを受けたみたいな顔をしている。多分、怒られるんだろうなぁ…………榴雷に何か文句あるんじゃないのかって。別に榴雷に不満なんてないよ。ただ純粋にそう思ったことが口から出ただけ。ひとまず怒られることを覚悟していた私だけど、全然怒られなかった。

 

「…………やっぱりこういう機体には一夏ちゃんじゃね…………?」

「…………同感です、主任。今から書類改竄しちゃいます…………?」

 

こっちまでは何を言っているか聞こえなかったけど、何やらひそひそと話を始める二人。最初は何か突然のことで立て込んでしまったのかと思ったけど、それがしばらく続くとなんだか仲間外れにされている気がして少しふてくされそうになった。

 

「あのー——」

「よし、一夏ちゃん。君のバイタルデータを取りに行こう。定期検査が先週あったけど、やってないだろ?」

「た、確かにそうですけど…………」

「なら決まった。雪華、検査室へ一夏を連れて行け! すぐに検査開始だ!」

「了解! ということで、一夏」

「え?」

 

私が雪華に呼ばれたと気付いた時、既に私は雪華に背負われていた。って、えぇぇぇぇぇっ!? なんで背負われているの私!? というか、私と雪華は身長差があるのになんでこんないとも簡単に背負われるわけ!? 一体何が起きたのか私にはさっぱりわからなかった。

 

「というわけで、検査室へれっつらごー!」

 

私の意見など聞かれるはずもなく、雪華と楯岡主任に検査室へと拉致られたのだった。…………一応、怪我人なんだから優しくてしよぉ〜。

 

◇◇◇

 

「——で、結果はどうなんだ?」

 

一夏が帰った後、雪華と淳士の二人は一夏のバイタルデータに目をやっていた。暗い部屋で男女二人きり…………彼らの尊厳のためにも言うが、何もいかがわしいことはしていない。淳士は雪華を手際のいい助手としてしか見ておらず、また雪華も淳士を尊敬している上司としか見ていない。そんな二人が見ているのは、先ほど回収した一夏のバイタルデータだった。

 

「これは凄いね…………今まで見たことがないよ」

「本当だな…………あいつとは比べ物にならん」

 

バイタルデータにはフレームアームズの適性も含まれている。この適性が高ければ高いほど、フレームアームズを身体の一部のように滑らかに扱うことができるのだ。それ故に、戦力と生存性を上げるために、日本国防軍を含む各国軍は最低適性値をランク[B]に設定している。これが標準的な適性値となり、満たなかった者は志望に関わらず後方配置となる。そんな一夏のランクは、ディスプレイに表示されていなかった。いや、表示できなかったというしかない。

 

「それにしてもこれは異常だと思う…………幾ら何でも、測定不能(・・・・)って…………」

「搭乗時間に比例して伸びるということはあるが、流石にこれは凄えよ…………まぁ、素が凄かったからな…………」

 

そう言って淳士は比較として表示されている、一夏の初期バイタルデータを見つめてそう言った。その時の彼女のランクはほぼ最高クラスである[A+]。確かに搭乗時間に比例して適性値は伸びることがあるが、前列は少ない。しかも、その全てがランク[B]から[A-]への上昇だ。栄えある第十一支援砲撃中隊指揮官である葦原浩二の適性でさえ[A-]ということから、一夏の凄さというものがうかがえる。

 

「…………でも、もう今更手遅れだよ…………一部の女尊男卑派の強硬手段で決定されたんだから…………」

「どうせ、上の連中にも膿はいるってか…………なんとかしてこっちも時間を稼ぐか。雪華、お前の妹が手がけているアレはいつこっちに納入される?」

「確か二週間後だったと…………」

「それまでに説得するしかねえな、こりゃ…………」

 

二人の顔色はみるみる悪くなっていく。一夏のバイタルデータと同時に表示されていた機体データ——YSX-24RD/BE [ゼルフィカール・ブルーイーグル]の全体像のバイザーだけが二人を見つめていたのだった。

 

◇◇◇

 

「やっとギプス取れたぁぁぁぁぁっ!!」

 

出撃する気配のない、横須賀基地のFA用滑走路の側でそう叫んだ。やっとだよ、一ヶ月近くギプスで固定されていたんだから、解放されたらもう軽くて軽くて。まぁ、傷を隠さなきゃいけないのは仕方ないんだけどね。その為の黒ニーソである。偶に白ニーソを使うときもあるけど、その度に横須賀基地の男性整備員のほとんどから、目に毒だから止めてくれと言われたんだよ。ちなみに反応しなかったのは楯岡主任と、たまたま機体の整備に来ていた悠希だけ。一体どういう事なの…………別にいかがわしい格好をしているわけじゃないんだけどなぁ。とはいえ、やっと自分の両足で立てるという事実に喜びを隠せない。

 

「一夏、お前相当嬉しそうだな」

 

一人滑走路付近で馬鹿騒ぎしている私の元にやってきたのは、かなりスタイルがいい女性中尉。格好は出撃時に着るパイロットスーツ姿だ。

 

「あ、瀬河中尉。そうですね、やっと怪我から回復したんですから! これでまた訓練に戻れます!」

 

瀬河真緒中尉、この基地で過ごしている間なんだかんだで私に絡んでくる人だ。年齢は言えない——というか、言ったら殺される——けど、そのスタイルの良さから男性職員の中ではかなり人気が高い。搭乗機体は日本国防軍じゃかなり少ないスーパースティレットⅡ(SA-16s2)。一度見せてもらった事があるけど、レーアの対地攻撃用とは違って、此方は制空権を確保する為の機体らしい。まぁ、いずれにせよ葦原大尉と比べると常識人だ。あの人は本当にセクハラギリギリの事をしてくるからなぁ。

 

「ははは! お前ってやつは本当に生真面目だよな! 私なんか訓練放っぽって、上官と乱闘した事あるぞ」

「えぇー…………それっていいんですか?」

「さぁな? まぁ、お陰で私はこういう仕事ができてんだけどな。でも、驚いたぞ。あのグランドスラムの奴が負傷したなんてさ。あの中隊はそう簡単に怪我しねえからな」

 

確かに、重装甲の榴雷・改を中心とした部隊だからね。護衛として轟雷や漸雷(三二式伍型丙)も配備されているけど、どの機体にも大概滑腔砲が装備されているし、装備してない機体でもバズーカとかロケットランチャーを装備している。そんな重火力、重装甲の部隊じゃ怪我人が早々でないわけだ。…………うん、ここに一人昨日まで怪我人だった人がいるね。それじゃ驚かれるのも無理ないか。

 

「まぁ、怪我してもそうそう死ぬ玉じゃねえだろ。お前も、中隊の連中もよ」

「そうですね。特に葦原大尉なんかは…………」

「…………お前の上司って、浩二かよ。あの変態じゃ死ぬわけもねえか」

 

そう言って遠い目をする瀬河中尉。あ、大尉と面識あるんだ…………というか、そういう顔をしたという事は同じセクハラ紛いのことを受けた事あるのかな。

 

「で、話変わるんだけどさ——一夏、今日のパンツは何色だ?」

「中尉!? い、いきなり何を!?」

 

何故か私のスカートに手を伸ばしてくる中尉。思わず後ずさりしてスカートを手で押さえた。

 

「いやぁ、浩二ならこのくらいしてそうだなって思ってな。あと、可愛い女の子に手を出さない奴がいないとでも思ったのか?」

「そ、それにしたって、ここでする事じゃないですよ!! 第一、人の目がありますって!!」

「あ、人目につかなきゃいいんだ」

「そういう問題じゃないです!!」

 

さっきから中尉にからかわれすぎて、少しムッとなって、頬を膨らませそうになった。というか、中尉ってこんな事するんですね…………するのは葦原大尉だけくらいと思っていたのに。

そんな風に滑走路上で弄ばれていた時だった。

 

『——緊急事態発生! パイロットは速やかに機体へ搭乗し待機せよ! 繰り返す、パイロットは速やかに機体へ搭乗し待機せよ!——』

 

突如として鳴り響く警報。これが鳴り響くという事は——

 

「ま、まさか、アントの襲撃!?」

「しかねえだろうな…………行くぞ、紅城中尉!」

「りょ、了解!!」

 

聞くのは何度目になったのかわからないサイレンを背にし、私と中尉は格納庫へと走って行ったのだった。また戦闘が始まる…………そう考えるだけで、少し胸が痛くなってしまった。

 

 

(——これでよし)

 

格納庫にあるロッカールームでパイロットスーツへと着替えた私はヘッドギアを片手に、そこをあとにした。私達のパイロットスーツはいろんなものが付いている。頭以外全身を包むスーツは硬質ラバーの内側にケブラー繊維が張り巡らされているし、さらに首や肩、胴体前面、手の甲の他に膝や足首から下には特殊軽量合金製のプロテクトアーマーが取り付けられている。これで内部剥離による裂傷を防ぐらしいけど…………私の場合、あまりの衝撃の強さに剥離の勢いも強く、生身だったら貫通していたレベルとの事。まぁ、膝が無事だったのは幸いかな。ヘッドギアにもかなり機能あるけど、説明している暇はない。着替えている最中に館山基地への支援任務が発令されたのだ。横須賀基地の人も大事だけど…………館山基地の人達は私の家族みたいだし、何より中隊のみんなが心配だから…………。そう考えると走る速さが自然と速くなる。同時に焦燥感にも駆られていた。

 

「楯岡主任! 私の榴雷は——」

 

私の榴雷が駐機してある場所へと向かった。昨日の時点で改造はされてないがもとの姿に戻った榴雷があった。なのに今私の目の前にあるのは、何もないハンガー。どういう事なの…………私の機体はどこなの!?

 

「…………ごめん、一夏」

 

ふと後ろから名前を呼ばれ、反射的に振り向くとそこには雪華がいた。彼女はかなり申し訳なさそうな顔をしている。本当ならどうしてそんな顔をしているのかを聞いていたのかもしれない。

 

「榴雷は…………私の機体はどこなの!? 昨日はあったはずだよ!?」

 

だけど、今は状況が状況の為、私の機体が今どこにあるのかを雪華に問い詰めていた。一刻も早く向こうに行かなきゃいけない…………その思いが、私をさらに焦らせていた。

 

「…………今、あの子は立川の工廠にいるよ。改造の為に搬出したのが昨日の夜。知らないのも無理ないよ。悪気はなかったんだ…………ただ、今回は間が悪かったんだよ」

 

その言葉にさらに顔を俯かせる雪華。だけど…………そんな事はどうでもよかった。ただ、今の私は…………誰の力にもなれないお荷物状態なんじゃないかと思ってしまった。機体のないパイロットほど、使い道のない人はいないと思っているから、その無力感はなおさらだ。

 

「で、でも、一夏はまだ病み上がりだし、無茶はさせられない…………けど、一夏の気持ちもわかるよ…………その、力になれなくてごめん」

 

雪華はそう言って私に謝ってきたけど、それすらも耳に入ってこない。別に私一人の力ですべてが変わるなんて思ってない。でも、それでも、私が戦わない事で生き残る人が一人でも減るとなったら…………そう考えるたびに唇を噛み締めていた。そんな時だった。

 

「——ふざけないでよ!!」

 

突然格納庫のとある場所からそんな怒号が聞こえてきた。その場所というのは——私たちのいる場所の真横。そう、あのゼルフィカールが駐機されている場所だった。

 

「ふざけてんのはどっちだ! お前にも出撃命令が出てんだ! お前はそれを無視する気か!!」

「はぁ? なんでこの私が出なきゃいけないのよ! 第一、そういうのは前線の奴らの仕事でしょう? 私のようなテストパイロットの本分じゃないわ!」

「そんな屁理屈通るわけねえだろ! テストパイロットだろうがなんだろうが、パイロットである以上お前は出撃すんだよ!!」

 

ふと目をやると楯岡主任とあの女性少尉のやり取りが目に入った。内容からして、あの少尉にも出撃命令が出たみたい。なのに、その命令に従わず出ようともしていないようだ。それを証明するかのように、彼女はまだパイロットスーツに着替えていない。ましてや制服の下に着込んでいる感じもない。

 

「まだわからないの? だから、私は出ないわよ。こんな華やかじゃないところに私が行くなんてありえない。こういうのは前線の連中の仕事でしょ。テストパイロットは後方でその様子をのんびり見ているだけでいいのよ」

「てめえ…………自分に力があるのにそれを使わないとはどういう了見だ!! ここにはな…………今その力が無くて悔しい思いをしている奴らだっているんだぞ!!」

 

楯岡主任はいつに無く感情的だった。その言葉、一つ一つがまるで自身のことを言っているように思えてくる。そして、その言葉——力が無くて悔しい思いをしている奴らがいる、という言葉に少し頭を冷やされた。そうだよね…………何も力が無いのは私だけじゃない。きっと、心の中では整備班のみんなだって戦いたい、そして守りたい、失いたく無いはず。その軍人として大切な想いを持ってない女性少尉に、私はいつの間にか腹が立っていた。目の前の少尉はゼルフィカールという力があるのに、それを使おうとしない。多分、単に苛立ちの矛先を変えただけなのかもしれないけど…………その事が私には腹立たしくて、我慢できそうになかった。それでも、なんとか今は堪えようとしていた。

 

「そんな事は私が知ったことじゃないわ。そいつらはそいつらで、私は私。一介の整備員風情が調子に乗らないで。それに——」

 

 

 

 

 

「——どうせ死ぬのは役に立たない男共だから」

 

 

 

 

 

「——ッ!!」

 

我慢なんてできなかった。気がつけば私はあの女性少尉の顔をぶん殴っていた。しかもプロテクトアーマーでだ。その一撃をまともに受けた女性少尉は吹っ飛ばされて、近くの柱に叩きつけられていた。

 

「あ、あなた! いきなり何を——ぐうっ!?」

「…………それは、こっちの台詞ですよ少尉」

 

叩きつけられ、彼女は私に何か文句を言ってこようとしたようだが、その前に胸倉を掴んで無理やり立たせた。いつもだったらこんな事をしないだろう。私だって内心驚いているくらいだ。けど、止めるつもりはない。

 

「…………男だったら死んでもいい、あなたはそう言っているんですか?」

「ぐっ…………そ、そうよ! 男なんて戦って死ぬくらいしか価値がないのよ!」

 

その言葉の後、間髪入れずにもう一発殴った。

 

「男は戦って死ぬくらいしか価値がない、だって…………? ふざけているのはどっちだよ…………あなたの方がよっぽどふざけた事を…………よくそんな事を簡単に言えますね!!」

 

その言葉に私の怒りは一瞬にして沸点を超えた。男の人だって、戦うことが全てじゃない。それに、楯岡主任を始めとする整備班のみんながいるから、私たちは全力で戦えるのに…………その努力を、この女性少尉は一瞬にして無駄にした! そして、中隊のみんなを…………館山基地で今命を張って戦っているみんなを蔑ろにした!! その事が私には許せなかった。

 

「この…………下士官風情が!! いい気にならないでよね! 上官不敬罪であなたを訴え——がはっ!?」

 

もう話すことなんてない。私は躊躇いなく彼女の腹に膝蹴りを叩き込んだ。プロテクトアーマー付きの一撃をもろに受けた彼女はその場で気を失ったようだが、どうだっていい。話しても平行線のままだったし、これ以上口を開かせたままにしていたら、命を張っているみんなを侮辱させてしまうから。口を閉じさせるにはこれが一番だと思ったからそうしたまでだ。

 

「…………上官不敬罪で訴えられんのはお前だよ。お前が下士官呼ばわりしたやつは、日本の英雄である中尉様だぜ——って、聞こえちゃいねえか」

 

そう言ってフンと鼻を鳴らす楯岡主任。それでふと我に返った私。その瞬間、非常にまずい事をしたと思ってしまった。いや、だってあんなのでもこのゼルフィカールのパイロットなわけだし、人手を削ってしまったんだから…………まずい、非常にまずい。

 

「で、時に一夏ちゃんよ」

 

楯岡主任に名前を呼ばれて背筋が伸びきった私。多分、声音的にかなり怒られる…………下手したら査問会物…………そう考えただけで、身体が錆び付いたかのようにぎこちなくなる。ふり返ろうにも動きがぎこちない。普通なら聞こえないはずの錆び付いたパーツ同士が擦れてあげる悲鳴にも似たような音が、私の身体から聞こえてくるようだった。

 

「使える機体が一機増えたわけなんだが…………お前さんはどうしたい?」

 

そう言って楯岡主任が親指で示すのは、あのゼルフィカール。その言葉の意味を理解した私は答えるのにそう時間はかからなかった。

 

「——是非、私に使わせてください!!」

「待って一夏!? あの機体は空戦用…………陸戦用の榴雷とは勝手が違うんだよ!?」

「わかってるよ…………使い慣れてない機体で出るってことは私だって怖い」

「な、なら、なんで——」

「けど! それ以上に仲間が…………中隊の誰かが傷つくのはもっと怖いの!! だったら私はこの機体で戦う!!」

 

いつになく感情的だったのは私の方かもしれない。ここまで感情を爆発させたのはいつぶりだろうか…………もしかすると初めてなのかもしれない。

 

「——お前の負けだ、雪華。お前だって一夏ちゃんなら任せられるって言ってただろうが」

「け、けどそれはあくまで機種転換訓練をしてからの話であって…………」

「それに、誰も一夏ちゃんを止められやしないさ…………さっさと立ち上げるぞ!! さぁ、一夏ちゃんも乗り込んじまいな!!」

「はいっ!!」

「り、了解です…………」

 

近くに置いておいたヘッドギアを被った私は開いている背部ハッチからゼルフィカールの中へと乗り込んだ。それと同時にプロテクトアーマーについているコネクタが機体内部と接続されていく。これにより私たちの動きを皮膚の電位差で機体が読み取ってくれる。このおかげで、私達は自身の身体と同じようにフレームアームズを扱う事ができるのだ。すべてのコネクタが接続された後にハッチは閉まり、視界は暗くなる。フレームアームズの内部にはモニターなんて物は存在していない。万が一、頭部被弾の際にモニターの破片が刺さったら目も当てられない。代わりに炭素繊維とケブラー繊維の複合材が張られている。じゃ、どうやって外を見るのかって?

 

「網膜投影…………開始」

 

その言葉を皮切りに私の視界は急に明るくなり、外の景色が目の入ってきた。そう、コネクタ接続されたヘッドギアによる網膜投影で外を見るのだ。これならモニターの破損もないし、その分のスペースを装甲に割り振れる。それに、ディスプレイを視線操作することもできるしね。

 

「一夏、機体を起動するよ」

「了解」

 

雪華のその言葉を皮切りに幾多の情報が表示されていく。

 

——ALL UE UNIT(全UEユニット)BOOT(起動)]。

——ALL SYSTEM(全システム)CLEAR(異常無)]。

——ALL WEAPONS(全武装)CLEAR(使用可能)

——ALL PHOTON BOOSTER(全フォトンブースター)CLEAR(異常無)]。

——PILOT DATA(搭乗者データ)CERTIFICATION(認証)

——PRESET PROGRAM(初期設定プログラム) FINAL PHASE(最終段階)COMPLETE(完了)

——YSX-24RD/BE(ゼルフィカール・ブルーイーグル)ENGAGED(起動)

 

起動した。これならいける…………そう私は思った。長い間乗ってきた榴雷と同じくらい、この機体が不思議と体に馴染む。動作の遅れもない。

 

「起動完了。どう、一夏? 気分が悪かったりとかある?」

「全然ないよ。榴雷と同じように乗れてる」

 

雪華の質問に答えながら武装のチェックを行う。外付け武装は高出力イオンレーザーソード、格納武装に改良型セグメントライフル二丁と日本刀型近接戦闘ブレード…………正直武装の量が榴雷からしたらかなり心もとない。

 

「一夏ちゃん、その機体の専用武装がまだ届いてないんだ…………セグメントライフルも弾倉は今取り付けられている分だけ。代わりと言っちゃなんだが、この武装どもを使ってやってくれ」

 

そう言って楯岡主任は武装を台車に載せて持ってきた。見たところブルバップ式のアサルトライフルと…………弾倉の付いてないバズーカらしき何か。

 

「主任、この武器は…………」

「ああ、イオンレーザーカノンだ。試験装備らしいが、こいつの機体出力ならなんとか使えるだろ」

 

ひとまず渡された武装を量子変換していく。アサルトライフルの弾倉は予備も含めて五つ。イオンレーザーカノンの発射可能数はわからないけど、大出力みたいだから、あまり多くはないと思う。でも、武装が増えたおかげで、さっきの心もとなさは無くなった。

 

「ありがとうございます、主任、雪華」

「礼なんざいいから早く行ってきな。そいつの足ならまだ間に合うぜ」

「管制室に情報は送ったから、後は滑走路に出てそっちの誘導に従って。じゃ、頑張ってね」

 

二人の声を背に、私は滑走路の方へと向かった。本来この滑走路はスティレットやラピエールなどの空戦機体用なのだが、この機体だって空戦型だ。使ってはいけないということもないだろうし、何より雪華がそう言っているから問題ないだろう。

 

『横須賀コントロールよりグランドスラム04へ。第一滑走路への進入を許可する』

「了解。第一滑走路へ進入します」

 

誘導されるままに第一滑走路へと入る。その方向は館山基地へと一直線に結んでいる。早く行かなければという思いがより一層焦りを生むが、ここで焦ってしまっては大惨事を引き起こす事はわかっている。一度気を落ち着かせるために深呼吸をした。

 

『第一滑走路への進入を確認。グランドスラム04、離陸を許可する!!』

 

背部ユニットを起動し、この子の翼を広げさせる。このユニット——イーグルユニットのお陰で推力はかなり上がっているとのこと。まぁ、これが付いていた姿がまるで鷲の尾羽のように見えたというのがこの機体の名前の由来だって、主任も雪華も言ってたっけ。

私は全てのブースターを最大出力で起動する。それと同時に全身へと襲いかかる圧力に骨が軋みをあげそうになる。でも、今の私にそんなことは関係なかった。頭の中にあった事は、一刻も早く館山基地に辿り着く事、ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

「——了解! 紅城一夏、ゼルフィカール・ブルーイーグル、出ます!!」




誤字報告とか感想とか待ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.06

「ちょいと多すぎじゃねえのか、これ…………」

 

戦闘開始から早二十分。第十一支援砲撃中隊長である葦原浩二はそう言葉を漏らしていた。自機から伝わるアント群の姿。視界のほとんどがそれらに埋め尽くされる事など幾多も経験してきた彼だが、それでもこの状況に慣れるという事はない。

 

『隊長、そうぼやいても仕方ねえものがありまっせ』

「そんな事言われてもなぁ…………こいつがパツ金な美女だったらどれだけ嬉しい事なのやら…………あぁ、機械の連中より、早いとこ美女と熱い夜を過ごしてぇ…………」

『…………いつもの隊長で安心したっすよ』

 

なお、浩二の女癖はどこにいっても平常運転であるようだ。それを聞いた部下は呆れた声で返答したが、それ以上に安心したのかもしれない。上に立つものが事を焦ってしまっては、下の者達は動揺し、下手をすれば部隊が壊滅してしまう事だってある。ゆえに、この平常運転である浩二の女癖は、部下達にとって一種の気休めみたいなものとなっていた。

再び鳴り響く電磁音。浩二の周りに展開された、彼を含めて五機の榴雷による砲撃はアント群中央部に着弾。その圧倒的破壊力を持って撃滅せんとするが、その攻撃も物量に押し返され、未だ戦局に出口が見えない。

 

『で、他の部隊の動向はどうなんです? まさか、もうくたばったなんて話はナシっすよ?』

「んな事あったら、俺らなんざ速攻あの世行きのチケットを手に入れたようなもんじゃねえか。まだどこの部隊も生き残っちゃいるが…………前の連中がどこまで持つか知らねえぞ」

『じゃ、その前に撃破数を美味しくゲット、というわけね?』

「そういうこった。そんじゃ、連中に一掃(Grand Slam)される恐ろしさを教えてやろうじゃないの。——グランドスラム01より各機へ、ありったけの火力を叩き込んでやれ!!」

『『『『了解!!』』』』

 

浩二のその言葉を皮切りに、彼とその周りに展開している榴雷・改五機に加えて、その直衛についている轟雷三機、漸雷三機が武装を構えた。榴雷は自慢のロングレンジキャノンとシールド裏のミサイルランチャーに加えて脚部のミサイルコンテナ、轟雷や漸雷は滑腔砲やバズーカ、中には手持ちのロケットランチャーといった重火器の数々が一同に揃う。戦列を揃えた砲兵の姿は見るものを畏怖させるが、機械であるアント群はそんな事を気にせず突っ込んでくる。

 

「全機、射撃開始!!」

 

浩二の号令とともに轟音が鳴り響いた。射撃時の轟音と着弾時の爆音が奏でるオーケストラは、その演目ごとにステージを激しく揺らす。この演奏を聴いた観衆は皆揃って腰を抜かす事だろう。しかし、この場に観衆などはおらず、ましてや単純なプログラムしかないアントにはその壮大さが伝わらない事が唯一残念な事だ。砲弾が着弾する、腕が空高く舞い上がった。ミサイルのシャワーが降り注ぐ、機体が焰の中に沈む。だが、それでも爆炎の中をアントは突き進む。彼らにはまるで撤退という考えがないかのように。

 

『隊長! 第一陸上攻撃隊から支援要請! どうやら、ゴブリン野郎の群れらしいっす! 座標データを送ります!』

「座標データの受信を確認した。引き続き第二陸上攻撃隊の支援は02が指揮をとれ。03から06は俺と一緒についてこい!」

『『『了解!!』』』

 

部隊を二分した第十一支援砲撃中隊はその集中投射火力を低下させるも、陸上攻撃隊の支援を続行していた。鳴り響く破壊のオーケストラは未だその終幕を見せる事はなかった。

 

『あ、こちらグランドスラム08。隊長、ライドカノンが弾切れなった。前線に突っ込んでくる』

「はいはい。まぁ、陸上攻撃隊と遊撃隊の連中には話し通しておくから、あとはいつも通り任せたぞ〜」

 

グランドスラム08——三河悠希少尉はそう浩二に告げると、自機である漸雷を加速させ、前線へと突っ込んで行ったのだった。浩二はその背中を見送ると、再び榴雷のロングレンジキャノンを展開する。バイザー越しに彼が確認したのは、コボルドに撃破された第一陸上攻撃隊所属の轟雷の姿であった。周囲にはシュトラウスも集まりつつある。その光景に歯ぎしりしながらも、彼は部隊の指揮をとらなければならない。冷静さを欠かないように、彼は再び指示を出した。

 

「お前ら! 前方にいるゴブリン野郎と鳥頭共をぶっ飛ばすぞ!!」

『『『了解!!』』』

 

その声とともに、爆音と爆炎のステージは再び幕を開けたのだった。

 

『にしても、一夏の奴がいない時に来るなんて…………』

「確かに榴雷一機分の火力が足りてねえけどな…………だが、俺たちがやらなきゃどのみち敵は蹴散らせねえぞ」

『くっそー! 一夏ちゃんの声で挨拶されたら俺、まだ力が出せるのに!!』

「そんな事言ってる暇あったら、とにかくトリガー引いてろ。俺だって金髪のねーちゃんの写真を一夏の奴から受け取るのを楽しみにしてんだから」

『…………どういう状況なんすか、それ?』

『とか言ってる間に、ヴァイスハイトのお出ましでっせ!』

 

攻撃はさらに苛烈になっていくが、敵は減る様子がない。そんな先の見えない戦場に誰もが神経をすり減らしていたのだった。

 

◇◇◇

 

(これで四機目か)

 

マシンガンを構えていたアントに対してショットガンを叩き込んだ悠希は心の内でそう思っていた。彼自身、砲撃戦というよりは近接戦がどちらかというと得意な分野である。そのため、彼の駆る漸雷はより近接戦に特化したセッティングになっている。背中と両脚にはエクステンドブースターが装着され、また脚部にはサブブースターまでもが取り付けられているのだ。しかし、それゆえにベースとなった漸雷より遥かに操作性が悪くなっているのも事実だ。そんな機体を操る悠希は特にこれといった苦もなく、淡々とアントに攻撃を加えていた。

 

「おっと、あぶね」

 

背後から急に振り下ろされたバトルアックスをブースターによる操作で強引に回避する悠希。そのまま背後に回り、バトルアックスを振り下ろしたアントに向かって左腕に装着されたダブルバレルガンのバヨネットを突き刺した。その攻撃で機能中枢を破壊されたのか、そのアントは動き出す気配を見せる事はなかった。

 

『ずいぶん派手にやってるじゃねえか』

「榴雷も裸足で逃げ出すような火力を振り回してる昭弘には言われたくないよ」

 

バヨネットを引き抜いた悠希の背後から幾多もの銃弾が飛び交う。しかしそれらは全てアント群へと叩き込まれていく。攻撃の主は第五遊撃中隊所属の輝鎚——操縦者は古地昭弘だった。彼の機体もまた特殊な形状だ。頭部こそ輝鎚・甲のままであるが、胴体や脚部には輝鎚・乙特有の増加装甲、そして背後には輝鎚・丙の大型ブースターユニットが取り付けられていた。これが輝鎚に機動性と強化された防御力を付与し、試作した機体である。昭弘はその機体の両手に大型ガトリングガン、両背部に二連装砲を装備させている。その火力は素の榴雷を軽く凌いでいた。

 

『相変わらず思うんだが、俺らって配置をミスったよな…………? 俺の方が砲撃向きだろ』

「そう言っても仕方ないよ。まぁ、その申請を出すにも、どのみち現状これで生き残るしかないけどね」

 

昭弘の砲撃を背に、悠希は再び敵中へと突貫していった。この辺には未だアーキテクトタイプのアントしか展開してないが、いつコボルドやシュトラウス、そしてヴァイスハイトが出てくるかわからない。故に、早期に殲滅しておきたいというのが二人の本心だった。ガトリングと二連装砲による砲撃で多数のアントが蹴散らされる。生き残ったアントもショットガンを叩き込まれるか、ダブルバレルガンを叩き込まれるかで沈黙していく。

 

「そういや、他のメンバーは?」

『少し厄介な奴を相手にしている…………どうやら、この鉄塊でも相手になるか怪しいところだとよ。現に漸雷二機が沈黙してる』

「ふーん。それじゃ、早く片付けて、応援に行かないとね」

 

そう言うと悠希は弾の切れたショットガンを格納し、代わりに日本刀型近接戦闘ブレードを取り出した。それを見てか昭弘もガトリングガンを格納し、二振りのバトルアックスを構える。前方には素体アントの他、コボルドやシュトラウスが少しずつ混じり始めた。姿勢を低くし、二機は突撃の体勢をとった。

 

『そういや、俺も聞きたいことがある。お前、一夏に会ったんだよな?』

「うん。昭弘以外には言ってないけど」

『…………あいつ、元気そうだったか?』

「うん。ここにいた時と同じくらい元気だった」

 

昭弘の問いにそうなんでもなく答えた悠希であるが、

 

(ま、怪我してたなんて言えないか。一夏に口止めされたし)

 

内心、嘘の答えをしてしまったことに何か思う節があったようだ。とはいえ、ここは戦場。迷いの思考を一瞬で切り捨てた彼は敵陣へと再び突っ込んでいった。

 

「そんじゃ、いつも通り、撃ち漏らしはお願い」

『わかってる。だが、できる限り一箇所に集めてくれよ』

「はいはい」

 

◇◇◇

 

「くっ…………厄介な物量だな!!」

『ぼやいても数は減りませんよ、姐さん』

「ンな事は私にだってわかるわ!」

 

そう叩きつけるように言って、飛んできたコボルドを再び地上へと叩きおとすのは、スティレット制空仕様とその操縦者である瀬河真緒中尉。彼女は自身の部隊である第二三航空戦闘隊を率いて、館山基地防衛の支援に当たっていた。既に対地攻撃用のミサイルは弾切れであり、代わりにロングライフルを構えて攻撃していた。高威力の銃弾が飛翔してくるコボルドを穿っていく。しかし、上空にはコボルドのビーム・オーヴガンによる攻撃で幾多ものビームが交錯しており、少しでも油断すればあの世に逝ってしまう。そんな状況が変わらない事に毒突くのと、先の見えない戦いに男勝りな彼女は苛々を募らせていた。

 

「で、ヴァイパー02! 第一陸上攻撃隊の第二ライン撤退率は!!」

『こちらヴァイパー02! 現在撤退率は八十五パーセント! なお、撤退中の損害は無し!』

「よーし! そのまま連中を下げたら一気に反抗だ! それまで全機勝手にやられるなよ! 勝手に死んだら命令違反であの世に迎えに行ってやるぜ!!」

『『『イエス、マム!!』』』

 

彼女の周りに集まる三機とは別に、現在損害が最も大きい第一陸上攻撃隊の撤退支援を行なっている四機にそう檄を飛ばした真緒は攻撃の手を更に強めた。眼下に群がるコボルドやシュトラウスの非装甲部へと的確に、だが激しく銃弾が叩き込まれていく。攻撃を受け擱座した機体はそれでも動こうともがくが、直後に飛来した第十一支援砲撃中隊の砲弾によって屠られるのだった。

 

『それにしても、これ弾数足りるのか? 俺なんてガトリング撃ち切っちまったぞ』

「03、弾が切れたら気合いで切り込んでくだけだろ。何度も言わせんな」

『へーへー』

『こちらヴァイパー02。第一陸上攻撃隊の撤退は完了です!』

「おっし! お前ら! 聞こえたな? これより私らは反抗に出るぞ! 全機兵器使用自由! 残らずアリ共を食い尽くせ!!」

『『『イエス、マム!!』』』

 

真緒を含めた四機が先行し、後方から新たに四機が加わる。その後、二機一組(エレメント)となり、敵陣へと突撃していく。真緒に着いて行ったスティレット——ヴァイパー05——は両手にサブマシンガンを構えて攻撃していた。軽量武器であるそれは取り回しに優れたものではあるが、装甲に包まれたコボルドやシュトラウスに対しては些か威力不足な代物であった。それでも非装甲部を叩いて撃破数を稼ぐが、飛翔してくるコボルドはなかなか落とせない。

 

「おっと、あぶねえぞ05!」

 

その様子が視界に入った真緒はロングライフルに通常弾ではなく装弾筒翼安定徹甲弾(APFSDS)に変更、僚機に襲いかからんとする小鬼(コボルド)に向かって放った。反動で構えていたライフルの銃口が上空を向いてしまうが、その威力は折り紙付きであり、容易にコボルドの胸部装甲を貫く。

 

『す、すみません、姐さん』

「礼なんざ後回しだ。しっかし、なんでこのAPFSDSを全面配備しねえんだ? 今後も通常弾(APDS)だけじゃ、悲鳴あげんだろ」

 

そんな愚痴を漏らしながら、真緒は自機にビーム・オーヴガンを向けていたコボルドの右肩を吹き飛ばして地面へと送り返す。その間に体勢を立て直した僚機は攻撃を再開した。

 

『ですが、もう少しで新型が配備されるそうですので、そういうことはなくなるんじゃないですか?』

「かもな。まぁ、私はこいつ(スティレット)以外乗る気にはならねえけどさ」

 

軽口を叩いてはいるが、状況は一向に変わる気配を見せない。二機とも残弾はほとんど残っておらず、今構えている武器が最後の銃火器である。残りわずかな弾を確実に当てていく二機。

 

「こいつで最後のプレゼントだ!」

 

最後の弾を撃ち、シュトラウスの頭部を穿った真緒はロングライフルを格納、代わりに野太刀型近接戦闘ブレードを構えた。僚機のスティレットもサブマシンガンの弾が尽きたのか、既に近接戦闘に移行しようとしていた、その時だった。

 

『ぐがぁっ!?』

「どうした、05!?」

 

突如として僚機が撃たれた。ギリギリで回避したものの、左肩のスタビライザーとエンジンに着いてる安定翼を吹き飛ばされ、機体バランスは一気に崩壊しかけている。そのような機体でも体勢をなんとか立て直しているのは、彼が歴戦の兵士であるからだろう。

 

『だ、大丈夫です…………スタビライザーが吹っ飛んだだけっすから…………まだやれます』

 

僚機はそう言っているが、真緒には到底そのようには思えなかった。空戦型の機体バランス制御は一部が自動化されているとはいえ、一般的な戦闘機パイロット並の集中力を要求する。機体損傷時には自動で重量バランスを制御するが、スタビライザーなどのパーツをやられた際はその限りではない。僚機は体勢を立て直したとはいえ、自機に表示された機体損傷度(ダメージデータ)を確認した真緒は戦闘不可能と判断した。

 

「いや、このまま後退する」

『た、隊長!? まだ自分はやれます!! このまま継戦を——』

「ばーか。弾切れでその機体じゃ足手纏いが関の山だろ。言っておくが、自爆特攻なんて考えんなよ? それをしたら最後、お前には懲役百年の私刑を私は科すよ。それにだ——」

 

真緒は一度呼吸を整えてから言葉を紡いだ。

 

「——優秀なパイロットは機体と違って替えが効かねえ。だからよ、勝手に死に急ぐんじゃねえよ」

 

パイロットの養成にも時間がかかる。それはどんな兵器を扱う上でつきまとう問題だ。そして何より、部隊で築き上げた連携や絆というものを再び同じ状態に戻すことはできない。這いつくばってでも生き残れ——真緒にとってそれは誰がなんと言おうと譲れないことだった。

 

『…………了…………解っ』

 

僚機は奥歯を噛み締め、なんとか絞り出した声で返答した。悔しさの滲む声、それは足を引っ張った自分のやるせなさから出たものなのか、それともおめおめと逃げ帰ることの罪悪感からなのか、それは彼自身にしかわからない。

 

『パイソン03よりヴァイパー01へ。どうした、何かあったか?』

「こちらヴァイパー01。ああ、ちょっとトラブっちまってね。できれば後退の援護を頼みたいんだが…………」

『了解した。十秒後にそちらへ向かう』

 

攻撃を躱しながら後退し続ける真緒たちに通信が入る。どうやら自分と同じ横須賀基地所属の部隊——第二一航空戦闘団の機体のようだ。

 

「十秒も援護射撃無しに撤退とか、かなりきついな、こりゃ。やれるか、05」

『生き残れって言ったのは誰でしたっけ…………? 精々、隊長より先に川を渡らないようにはしますよ』

「その意気だ。終わったら、酒でも奢ってやるさ」

 

真緒たちが展開しているのは戦域の最深部。現在支援砲撃は、第一陸上攻撃隊及び第二陸上攻撃隊の撤退支援に用いられており、支援砲撃中隊及び館山基地所属の機甲部隊の砲撃支援は望めない。加えて、敵の攻撃は緩むことなどない。だが、それでも彼女は生き残るという意思を消すことはなかった。

 

『こちらパイソン03、貴官を発見した』

 

その意思を貫いた結果なのか、予定より二秒早く援護に当たってくれる二機が合流しようとしていた。

 

「おお、助かる助かる。援護、感謝するわ」

『へっ、困った時はお互いさ——』

 

しかし、合流は叶うことはなかった。真緒たちに合流する直前、二機は光波に撃ち抜かれ、そのまま推進剤に引火したのか爆発、撃破されてしまった。その事に動揺したのか、僚機は一瞬動きを止めそうになったが、生き残るという意思が強かった為か後退をし続ける。

 

「な、なんだあの攻撃は!? 見たことねーぞ!!」

『隊長! あの攻撃です…………自分を撃った攻撃はあれです!!』

 

厄介なものが出てきたな——真緒は内心そう思った。今まで散々コボルドやシュトラウスを相手にしてきた彼女はその度に放たれるビームというものに慣れていた。眩い輝きを放つ光の矢、それが彼女の認識であり、故に回避する術も知っていた。だが、今の攻撃は違う。まるで、光の弾が飛んでいったように見えたのだ。避けられるかどうかわからない、初めて相対する武器に逃げ切れるか、その事が彼女の頭の中を駆け巡っていた。その思考を中断するかのように鳴り響く照準警報(ロックオンアラート)。照準をかけたのは、見たことのない異形の長銃(ベリルショット・ランチャー)を構えたヴァイスハイト。全身を毒々しい紫に染め上げ、バイザーを翠に光らせこちらを見つめている。

 

(くっ、ここまでなのか…………!!)

 

その銃口から光波がいつ放たれるかわからない。だが、真緒にはその時間がやけに長く、そして自分の周りの時間が非常にゆっくりと進んでいるように感じた。これが死ぬ直前ってやつなんだな——瀬戸際となった今、真緒の思考はいつになくクリアになっていた。

 

(悔いの残る人生だったな…………)

 

銃口の奥に光が溜まっていく光景を見つめながら、これが最後だと腹を括った、その時だった。

 

 

 

 

 

『やらせるもんかぁぁぁぁっ!!』

 

 

 

 

 

突如として聞こえてきた叫び声。と同時に、目の前のヴァイスハイトは強力な蒼色の光を放つ極太のレーザーに貫かれ爆発四散した。それにより正気に戻った真緒は少し遅れて回避行動をとり、撤退速度をさらに上げた。

 

「な、なんだ今の攻撃は!? どこから撃ってきた!?」

 

何事かと思い、ふと視線をレーザーが放たれた方に向ける真緒。その視界には、蒼い翼を広げた荒鷲の姿が映っていたのだった。

 

◇◇◇

 

「ま、間に合った…………!」

 

全速力で飛ばして館山基地に向かっていた私——一夏は、瀬河中尉にベリルショット・ランチャーを向けるヴァイスハイトの姿を確認していた。瀬河中尉の機体もその横の僚機も格闘武器しか構えてない。まずいと判断した私はイオンレーザーカノンを展開、ヴァイスハイトに照準を合わせて放った。初めて使うレーザー兵器は思いの外反動が少なく、またその大口径レーザーは多大な破壊力を持っており、一撃でヴァイスハイトを撃破した。す、すごい…………榴雷のロングレンジキャノンでようやく破壊できる機体をこんないとも簡単に…………と思ったけど、残弾数を確認すると残り五発。そう易々と撃てる代物じゃないと判断し、代わりにアサルトライフルを展開して瀬河中尉の元へと向かった。

 

「中尉!! 無事ですか!?」

『その声…………まさか、一夏か!? ふぅ、助かったぞ。病み上がりにしては上出来じゃねえか!!』

 

突っ込んでくるコボルドに対してアサルトライフルを撃ち、牽制しながら瀬河中尉の状態を確認する。中尉には何も怪我とかないようだけど、僚機の方はダメージがかなり出てる。

 

「それよりも、現在の状況は?」

『全体はわからないが、私達は弾切れで撤退してる最中さ。それよりも、その機体って確か——』

「まぁ、色々事情が…………って、とにかく今は撤退を急いでください。これ貸しておきますんで!」

 

今の機体(ゼルフィカール・ブルーイーグル)に関して突っ込まれそうになったから強引に話題を変える私。まぁ、言えないよね…………テストパイロットを激昂してぶん殴っちゃって、そしたら乗せてもらえることになったなんて言える訳がない。これ、よくよく考えたら査問会物だよね…………? あー、あとでこれクビ決定だ、マジで。

とりあえず、瀬河中尉に今構えていたアサルトライフルとマガジンを渡した。さっき弾切れって言っていたから、これさえあれば撤退時の牽制射撃に使えるかもしれないからね。

 

『すまん、恩にきるぞ!! お前はどうするんだ?』

「私は敵を倒しながら中隊と合流します。それでは!!」

 

そう言って瀬河中尉と別れた私は、第十一支援砲撃中隊が展開しているであろう場所へと目掛けて移動を開始した。アサルトライフルを渡した私は次に改良型セグメントライフルを展開する。どうやらリニアライフルらしい。装填弾数は二十発。大体アサルトライフルくらいとはいえ、予備のライフルがあるがそれ以外の予備マガジンはない。でも、泣き言なんて言ってられない。

 

「せやぁぁぁぁっ!!」

 

正確に照準を定め、セグメントライフルを放つ。聞き慣れた電磁音と共に放たれた弾は真っ直ぐヴァイスハイトの胸部を直撃し、機能中枢を破壊したのかその場に崩れ落ちた。は、破壊力すごい…………。まぁ、そんな感嘆している暇なんてないんだけどね。さっきから物凄い照準警報(ロックオンアラート)が鳴り響いている。その度に実弾やビームが放たれてくる。それらを回避し、お返しとばかりに弾を撃ち込んでいくが、アラートが解除される気配はない。それどころか一丁目のセグメントライフルが弾切れ寸前の警報まで出てきてる。

 

「こいつ…………っ!!」

 

飛びかかってきたシュトラウスに最後の弾丸を叩き込んで沈黙させる。それと同時に次のライフルと交換しようとした時だった。目の前に四脚のアントが現れた。それも、そのど真ん中に構えている砲台の砲身を私に向けて。今ライフルの交換をしても、次の弾が撃てるまで僅かな時間ができる。距離もそれなりに離れているが…………この機体の加速力を信じれば、接近戦に持ち込める。私はさらに機体を加速させた。どうしてここまで自由に扱えるのか、自分でも不思議に思うくらい、動きが滑らかだった。飛んでくる砲弾を躱しつつ、ライフルを格納し終えた私は次のライフルを左手に展開させる準備をして、左腰にある武器を引き抜いた。

 

「こいつでもくらえぇぇぇぇぇっ!!」

 

引き抜かれた柄からは蒼色のレーザーが刀身となって展開された。これがイオンレーザーソード。それを思いっきりふるって四脚のアントを斬りつけた。すると、アントがまるでバターのようにすっと切り裂かれたのだ。最後まで振り切った直後にアントは沈黙した。…………一体楯岡主任達はどんな機体を生み出そうとしていたんだろ…………?

残りの弾は全て合わせて二十五発。心許ないが、やるしかない。どのみち、戦うしか先を得られないんだから…………。今のところ出せる限界まで出して、戦場を駆け抜ける私。その道中で何体かアントを斬り伏せたり、撃ち抜いたりしたけど、数えてないや。

 

『な、なんだあの機体は!? 見たことねえぞ!!』

『化け物かよ…………でも、これなら勝てるぞ!!』

『よっしゃぁっ!! 俺らもあの機体に続けぇぇぇぇぇっ!!』

 

何やら私の知らないところで反撃が始まったみたいだ。すでに戦況はこっちに有利に傾いていたのかもしれないけど、こんな風にして戦線を追い上げていくのを見るのは初めてかもしれない。今までは後方からしかその光景を見る事が出来なかったからね。

そして、大分後ろまで下がった時、セグメントライフルは全弾が尽きていた。かといってイオンレーザーカノンを撃つにも敵も味方も入り乱れている状況じゃ撃てない。ただ、斬り伏せながら突き進んでいる時だった。視界に見覚えのある機体が目に入った。ブースターを取り付けた漸雷と全部盛りの輝鎚…………間違いない、あの機体は——

 

「悠希! 昭弘!」

『その声…………一夏?』

『お前、まだ横須賀にいるんじゃ!?』

 

悠希と昭弘の機体だ。二人とも近接装備で敵を斬ったり、叩き割ったりしている。うん、これどっちもパワー型だよ。というか昭弘…………バトルアックスの振りが間に合わないからって素手で打ち砕くかな普通…………まぁ、輝鎚のパワーならできないこともないと思うけど。

 

「その横須賀から飛ばしてきたんだよ。話はまた後で。で、悠希、中隊の展開場所は?」

『ここから北北西方向。そっちの機体はデータリンク機能してないの?』

「う、うん…………訳ありの機体だから、ね。それじゃ、また!!」

『あ、ああ。気をつけてな』

 

二人を後にした私は悠希に言われた方向に機体を向けた。この先に中隊が展開している。早く合流して戦域データリンクに登録してもらわないと…………どうやらこの機体は未登録だったみたいだから、現在レーダーマップだけを頼りに移動している。ここに味方機体情報を表示する戦域データリンクがなきゃ、誤射だってしてしまう可能性があるし、迅速な支援も行えない。それに、いくら友軍コードを出していようと、未確認機であるなら捕縛、悪くて撃墜されかねない。そして、その登録を許可できるのは自分のデータを預かっている部隊長クラスのみ。残念ながら横須賀基地には私のデータを持っている隊長クラスはいなかった。となると、私の中隊にいる葦原大尉に頼むしかないのだ。

 

「邪魔、だよっ!!」

 

特大チェーンソーで切り掛かってきた猿型のアントを逆にイオンレーザーソードで切り裂いた。チェーンソーを構えていた腕を切り捨て、そのまま幹竹割の要領で頭から斬った。メイン武装の弾が切れた以上、損傷覚悟で近接戦を行うしかない。そんな時、またベリルショット・ランチャーを構えていたヴァイスハイトを見つけた。色もなんか毒々しい紫色をしていて、まるでフレズヴェルクみたいな感じだ。見ているとあの時に撃たれた記憶が蘇ってくる。でも…………躊躇なんてしてられない。すぐさまイオンレーザーカノンを構え、発射した。高密度のレーザーは一直線に突き進み、ヴァイスハイトの胴体を消しとばした。…………なんだろ、嫌な予感がする。ベリルショット・ランチャーは私が前にドイツで戦ったフレズヴェルクの武装。それをヴァイスハイトが装備していて、カラーリングもフレズヴェルクに似ている…………まさかとは思うけど、もうあの中にフレズヴェルクがいるのかもしれない。まぁ、そんな事を考えてもどうしようもないんだけどね。

そう思いながら機体を飛ばし続けると見慣れた機体が見えてきた。白い装甲に両肩のシールド、両脚のミサイルコンテナに突き出た二つの主砲——間違いない、あの機体は榴雷だ。そして、館山基地でその機体を装備している部隊は一つ——第十一支援砲撃中隊、通称グランドスラム中隊だけだ。やっとだ…………やっと合流できた!

 

『グランドスラム01より未確認機(アンノウン)へ告ぐ。友軍コードを発しているようだが、ライブラリにない機体だ。所属と階級を名乗ってくれ』

 

おまけに交信してきた相手は葦原大尉だ。これならすぐにいけるかも!

 

「こちら第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉です! コールサインはグランドスラム04!」

『って、お前かよ紅城。まだ横須賀にいたんじゃねーの?』

「いやぁ、訳あってこの機体で——って、それよりもデータリンクに登録してもらってもいいですか!? じゃないと下手したら撃墜されそうなので…………」

『へいへい。登録はこっちでしておいてやるから、敵を蹴散らしてこいよ。その機体じゃ、接近戦主体だろうからな』

「復帰早々すみません! よろしくお願いします!」

『あ、ところで頼んでたパツ金美女の写真は——』

 

いつものセクハラ話になりそうになったところで交信を終了した。と同時にレーダーマップの光点(ブリップ)の色が変わった。青色と赤色に大別できる。青が友軍機の色で、赤がアントの色だから…………って、赤はほとんど残ってないし、何体かは基地から離れていくように見える。蹴散らしてこいとは言われたけど、出番なんて無いんじゃないかな…………? そんな風に思っていた時だった。

 

『全ユニットに通達! 睦海降下艇基地より二機、IS学園島方面に向かっています。早急に撃破してください!』

 

まさかの増援。それも方向はIS学園島…………つまり、IS学園がある方向だ。そこにいる生徒たちはどうか知らないけど、正直ISはアントに対して有効な手段とは言いにくいという事を私達は教えられてきた。それどころか撃破される可能性だってあるとも…………それに、そこには民間人がいる。このまま見捨てるわけにはいかない。しかし、味方の損耗も激しくて、一番速度が出るのは私だけ…………行くしかないってことはわかっていても、その責任が重くて苦しかった。

 

『だとよ、グランドスラム04。お前の機体の足ならまだ間に合うんじゃねえか? なら行ってこい。ケツは俺が拭いてやるからよ!』

 

そんな風になっている私を葦原大尉が後押ししてくれた。まぁ、いつものセクハラ話混じりだけど。でも、命令された以上はやるしかない。

 

「自分で拭くから結構です!! それじゃ、行ってきます!!」

 

私はフォトンブースターを最大出力で噴かした。彼我の距離はまだ離れているけど…………でも、なんとか間に合わせる。この機体最大の推進器であるイーグルユニットも最大出力で起動させる。これもあれば間に合うはずだ。素早く流れてゆく景色を無視し、撤退し始めているアントも無視して二つの光点を目指した。しかし、海上に出ると、波風の影響を受けてうまく飛ばせない。…………まぁ、初めて空戦型に乗ってここまで飛んでこれたこと自体奇跡なんじゃないのかなって思ってるけどさ。でも、結局間に合わなかったら意味がない。機体高度を高くした私は二機を追いかけるように飛んだ。向こうの速度は何やらゆっくりとしている。それが必死になって追いかける私への当て付けなのか、それとも敵は来ないという慢心からなのかはわからない。けど、IS学園に近づかれる前に撃破しないといけないという事実は変わらない。

 

(後少し…………後少し…………!!)

 

敵影が少し見えてきた。でもまだ火器管制システム(FCS)の範囲外…………照準が合わせられない。私はいつ照準が合わせられるようになってもいいようにイオンレーザーカノンを構えた。残された飛び道具はこれだけ。しかも後四発だけだ。でも、まだやれないって決まったわけじゃない。

依然として二機は増速する気配もなく、私に背を向けたままだ。捕捉可能距離まで残り僅か…………神経が一気に張り詰めるが、こんなところで気張りすぎて失敗したら目も当てられない。深呼吸をして力み過ぎた身体のあちこちを柔らかくする。そして、照準可能となった瞬間、私はイオンレーザーカノンのトリガーを二回引いた。二条の光線はひたすら前に進み続け、二機を同時に破壊するかのように見えた。だが、撃破したのは一機のみ。もう一発は左腕を吹き飛ばしたにすぎなかった。そして、敵であるヴァイスハイトは此方に気づいた。残った右腕にはあの異形の長銃——ベリルショット・ランチャーが装備されていた。いや、なんでこうもあの武器を持った機体が増えてるのかなぁ…………あれ、まともに当たると轟雷ですら大破するって前にドイツで聞いたんだよね。多分、この機体じゃ確実に大破するよ。下手したら撃破されるかもしれない。そんな恐怖がどこからともなく私の全身を駆け巡った。

そんな私の事はいざ知らず、ヴァイスハイトは此方に向けたベリルショット・ランチャーを放ってきた。距離が離れている以上、前聞いた時に光弾は結構減衰してしまうらしいけど、それでも当たるとやばい代物であることに変わりはない。光弾を避けつつ接近し、イオンレーザーカノンを放つも、機能中枢である胴体に当たらない。今度のは右脚を吹き飛ばしただけだった。次に放たれる光弾をギリギリで躱す。確かあれって連射が出来なかったはず…………なら、今しかない!

 

「これで終わりだよっ!!」

 

ガラ空きとなった胴体めがけてイオンレーザーカノンを放った。直撃コース、確実に当たると思った。だが結果は——外れた。どうやら、着弾の直前にベリルショット・ランチャーを持ってきてTCSを張ったようだ。拡散してダメージは与えたみたいだけど、撃破には至ってない…………って、呑気に解説してる場合じゃない! 最後の弾を撃った以上、もう残された手は接近戦しかない。向こうも反撃とばかりにクリスタルユニットの付いている銃床を此方に向けて斬りかかろうと接近してくる。イオンレーザーカノンを格納し、私は腹を括ってイオンレーザーソードに手をかけた。その瞬間

 

『——邪魔ダ』

 

機械音混じりの篭った声が聞こえたかと思ったら、目の前のヴァイスハイトは綺麗に腰から両断されていたのだ。思わず制動をかけて止まる私。そして、その残骸が海面に向かって落ちていき、視界が開けた瞬間、思わず息を飲んでしまった。だ、だって、目の前にいたのは——

 

「う、そ…………そんな…………」

 

——あの白い魔鳥(フレズヴェルク=アーテル)だったんだから。しかも、右肩に紫色の羽根のマーキングが施されている機体…………そう、以前私を襲った機体、そのものだった。また襲われるんじゃないかという恐怖と、ここで雪辱を晴らしたいという怒りがせめぎ合って、イオンレーザーソードを構える手が震え始めた。

 

『——別ニ戦ウツモリハナイ』

「そ、そんな言葉が信じられると——」

『——ナラ、コレデドウダ?』

 

そう言うとアーテルは両手に構えていた大鎌を両方の太ももにそれぞれ懸架した。しかも、両手まで上げてだ。だけど…………やはり信じきることはできそうにない。自分を傷つけた張本人なら尚更だ。

 

『無理ニ信ジロナド言ワナイ。ダガ、コレダケハ憶エテオケ——』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——私ガ倒スマデ、勝手ニ有象無象如キニ殺ラレルナヨ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ッ!! ま、待てっ!!」

 

そういった時には既に遅し。アーテルは変形し、空高く舞い上がっていった。もう追いかけることなどできない。それでも、当初の目的を果たせたからよしとしようかな…………でも、やはりあの言葉が耳に残って仕方ない。アーテルは何を望んでいるのか、そもそもアントは何を考えているのか…………そんな事を考えてばかりで仕方なかった。私はしばらくその場で呆然としていたのだった。

 

 

どれくらいぼうっとしていたのだろうか…………既に戦闘は終了していた。基地から立ち上がる黒煙がその激しさを物語っている。私も早く戻らないと…………そう思って機体を館山基地に向けた時だった。

 

『動くな』

 

突如として鳴り響く照準警報(ロックオンアラート)。だが、レーダーマップを見てもアントの反応はない。代わりにあるのは友軍機を示す青い光点(ブリップ)のみ…………って、まさか!!

 

「そ、そんな…………」

 

周りにはあまり見たことのない機体が幾つも展開していた。頭が髑髏を模したものが二機、何やら武者のような姿の機体が二機、そしてクリアバイザーのような頭をした機体の計五機。それぞれが私に銃口を向けていた。な、なんなの…………これは一体なんなの!? も、もしかして、この機体を使ったから!?

 

「なんなんですか一体!? 私は許可を取って——」

 

乾いた音が鳴り響いた。放たれた弾丸は頭部装甲の一部を掠めていった。放ったのは正面にいるクリアバイザーの機体。その証拠に銃口からは硝煙が立ち昇っている。そ、そんな…………友軍機なのに、どうして…………。

 

『騒ぐな。次に騒いだら命の保証はない』

 

あまりの気迫に気圧されて、思わず言葉が出なくなってしまった。身体も硬直して動かない。かろうじて機体の姿勢制御システムが空中に留まらせてくれていた。

 

『そうだ、そのまま大人しくしているんだ。そうすれば危害を加えるつもりはない』

 

クリアバイザーの機体からそう伝えられるけど、銃口は今度こそ確実に私の頭へ照準を合わせている。おそらく反抗はおろか質問すら許されないと思う…………もう、じっとしているしかないのかな…………。

 

『よし。では、紅城一夏中尉、貴官には任意同行してもらうぞ』

 

尤も拒否権はないのだがな、と付け加えられる。どう見たって拒否なんてさせる気ないでしょ…………これだけ銃を突きつけているんだから。包囲された私はそのまま連行されて基地へと帰還したのだった。




感想とか待ってます。
あー、早くバーゼラルド組みたい…………。

-追記-
大学に合格しました。あと、高校も卒業できそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.07

(あれからどのくらい経ったんだろう…………)

 

前回の防衛戦後、連行された私はこうして今、基地の独房に入れられていた。パイロットスーツから制服には着替えさせてくれたけど、外に出ることは論外、常に見張られているような状態だ。私自身、罰を受ける覚悟であの機体に乗ったというのに…………何故だろうか、床の冷たさが少し心に突き刺さるような気がした。

あと、私を連行した機体達はライブラリに登録されていたよ。髑髏みたいなバイザーをしていた機体が[RF-9 レヴァナント アイ]、武者鎧みたいな感じの機体が[RRF-9 レヴァナント アイ・リベンジャー]らしい。けど、あと一機の頭部の殆どを占めるクリアバイザーが特徴的な機体だけはわからなかった。特徴を見る限りはレヴァナント アイと、それと同系列の[RF-12/B セカンドジャイヴ]を組み合わせたような機体だったけど…………でも、全部所属だけはわからなかった。普通なら必ず機体はどこの所属なのかを登録されているはず…………細かい部隊云々は仕方ないとして、最低でも日本国防軍とは登録されているはずなんだ。一体どういうことなんだろう…………。

 

(うーん…………今回の件といい、前のアーテルといい、わからないことが多くて頭がこんがらがってきちゃったよ…………)

 

なんで以前は私を襲ったはずなのに、今回は私を助けたのか…………アントは破壊の限りを尽くすと教えられてきた私にとって、あのアーテルの行動は全く理解できなかった。幸い、今まであった尋問でも、私がアーテルと出会い、剰え会話したなんて事は全く問われなかった。そんなことがバレたらそれこそスパイ容疑で銃殺刑かもね…………内心、そこのあたりのログが見つからなくてよかったと思っている。…………まぁ、私自身を否定されるような事は何度も言われたんだけどね——。

 

『男に与するなど、叛逆にも等しい行為だ。この裏切り物が!!』

『貴様は我々の権威を失墜させようとしているのだぞ。貴様などいない方が世界の為になる』

『この戦績も、男共に媚び売ってつけてもらったものだろう。我々の栄光に泥を塗るな!! この出来損ないが!!』

 

——まぁ、こんな感じだったかな…………しかも、それを言ってきたのは皆女性ばっかりだったから、きっと女尊男卑主義者なんだろうなあとは思った。でも、私に反論は許されなかった。尋問されるときは決まって椅子に縛り付けられて、向こうが望んだ答えをしなかったときは頬を叩かれたり、蹴り倒されたりもした。時には頭から水をかけられたことだってあったし…………精神的にも肉体的にも参りそうだよ…………。それに…………ここから出たとしても、クビは確定なんだろうなぁ…………お姉ちゃん達になんて言ったらいいんだろ…………。

 

「はぁ…………」

 

いろいろ考えていたら、思わずため息が漏れてしまった。光がほとんど入ってこない部屋にいる自分は、本当に日陰者なんだと実感させられる。世間での評価は本当に低いからね、私達パイロットも前線にいる国防軍人も。みんな、ISがいいとか、IS操縦者の方がいいとか、あまつさえISの方が強いとか言ってるし。そのせいで、前線に立つのは男だけでいいとか、そういう人達と一緒に戦っている女性も裏切り者とかと言われる始末だ。私が多分、その例だと思う。私の犯した過ちは認めるけど…………その思想にだけは負けたくない。だって私は、市民を守る国防軍人なんだから…………差別なんてしたくはない。

 

「おい」

 

ふと独房の外から声をかけられる。声の主は私を尋問した時に頬を叩いた女性だ。

 

「面会だ。五分だけ時間をやる。まぁ、この後は査問会があるからな、精々別れの挨拶でもしておけ」

 

そう言ってその女性はそこから立ち去っていった。そして、入れ替わるように来たのは、

 

「雪華…………?」

 

私を送り出してくれた雪華だった。でも、俯いていてその表情はわからない。もしかして、この間の戦闘で横須賀の方に流れ弾とかが行って、それで怪我でもしたのかな…………?

 

「どうしたの、雪華? どこか痛いの?」

「違うよ…………ただ、こんな時も力になれないなんて…………自分が悔しくて…………ごめん、一夏…………また力になれなかったよ…………」

 

俯きながら言葉を紡ぐ雪華の足元には水滴が溜まっていく。どうやら力になれなかったから、自分の無力さを嘆いているのと、私に何も出来なかった事を悔いているようだ。でも、私にはそう思えない。

 

「そんな事ないよ、雪華。だって、雪華達があの機体を私に使わせてくれなかったら、守れる命も守れなかったかもしれないんだよ? だから、泣かないで、ね?」

 

鉄柵越しに雪華の手を取る。今の私にはこれが限界だ。でも、ゼルフィカールを使わせてくれなかったら、瀬河中尉を失っていたかもしれないし、IS学園の民間人に被害が出ていたかもしれない。そう考えると、雪華は私に十分なくらい力を貸してくれた。

 

「ごめん、一夏…………本当は私が慰めに来たのに、逆に慰めてもらっちゃったね」

「気にしなくていいよ。こうして話に来てもらっただけでも、心が軽くなったから」

 

実際、ずっと一人でいたからね…………寂しくなって何度も泣きたくなったけど、そんな余裕すら与えてくれなかった。でも、雪華が来てくれたから、その寂しさもどこかに消えていった。やっぱり、自分の知っている人に会うと心も落ち着くんだよね。

 

「でも、一夏。これだけは覚えてて。私達は絶対貴方を助けるからね」

「おい、面会は終わりだ。さっさと失せろ」

「は、はい…………じゃ、一夏。その時を待っててね」

 

面会時間はほとんどなかったけど、最後に伝えられた事——助けると言っても、一体どうする気なんだろう。もう私には…………時間がほとんど残されてないというのに。それに、罪人である事に変わりはない。そんな私に手を差し伸べてくれる人たちがいる…………それだけで胸がいっぱいになった。

徐に鋼鉄の柵が開く。でも、両手には手錠をされたままだし、逃げる事は不可能だ。

 

「さぁ、お待ちかねの査問会だ。さっさと立ち上がれよ、クズが」

 

その女性が言うように動くが、せめてもの抵抗として睨みつける。私は…………こんな事には決して屈したりなんてしない…………屈したら、お姉ちゃんにも秋十にも怒られる。それになにより、私自身が負けを認めてしまう事になる…………それだけは絶対に嫌だ。

 

「なんだその目は? まだ私達に逆らうつもりか? まぁいい。今は粋がる事を許そう。尤も、それが原因で反逆罪に問われるかもしれないけどな!」

 

そう言って高笑いする目の前の女は見ていてかなり気分が悪かった。これほどまでに人を不快にする人に会った事はない。これがISが生み出した闇、そして、束お姉ちゃんの夢を潰した根源…………怒りで思わず唇を噛み締めていた。

 

「…………るさな…………」

「…………あぁん? なんだ?」

「許さない! 貴方達のような真似は、私が! 絶対に許さないんだからっ!!」

 

怒りで感情的になってしまった私はそんな事を口走っていた。でも、そのお陰でスッキリした気がする。許す気なんて更々ない。(みんなが言うには)いつもは穏和にしている私だけど、今回の件は攻撃的にならざるを得ない。女尊男卑主義者ってのは勝手が過ぎるよ…………! 命令無視に、人格否定に…………! 私が直属の上司だったら、六七式長射程電磁誘導型実体弾射出器(ロングレンジキャノン)を躊躇いなく撃ってるところだよ!!

 

「このっ…………! この後に及んでまだ言うのか! 貴様のような危険思想がいるから我々の尊厳が失われるんだ!!」

 

突如として襲う左頬の痛み。そして、衝撃に耐えられず、バランスを崩して壁に体をぶつけてしまった。そしてその場に崩れ落ちる私。…………痛っ…………口の中も血の味がする。叩かれた時に切ったのかもしれない。だが、こんな事で負けてなんていられない。私はそのままその女を睨み返してやった。その事に若干狼狽える女。

 

「な、なんだその目は! き、貴様のような危険思想を持った人間は早く始末するべきなんだ!!」

 

そう言って女は腰から拳銃を引き抜いてきた。銃口は真っ直ぐこっちを向いている。しかもこの近距離だから外れるのは宝くじに当たるくらいかな…………短い人生だったよ。結局、何もする事が出来なかったなぁ…………ごめんね、お姉ちゃん、秋十…………先に向こうで待ってるからね。でも、最後まで抗い続けてみせるよ…………それが今の私にできる事だから。そう思った時だった。

 

 

 

 

 

「——そうだな。危険思想を持った者は始末するべきだなぁっ!!」

 

 

 

 

 

「くぼぉあぁっ!?」

 

突然声がしたかと思ったら、目の前にいた女が吹き飛ばされていた。しかも、頭に膝蹴りを食らった状態で。…………あれ、ものすごく痛そう。まぁ、同情する気なんてないんだけどね。

 

「な、なんなんだお前は…………何が目的——」

「——口を開くな、この醜女が。少し眠っていろ」

 

そう聞こえたと思ったら、柵に女が叩きつけられていた。よく見たら白目を剥いて泡を吹いている…………なんだろ、人ってこんな風になるんだと変な納得をしてしまう自分がいる。人って、あまりにも突飛な事に巻き込まれると、思考が変な方向に向くんだね。

女を蹴り飛ばした人は拳銃を拾うと、そのまま懐にしまった。後ろ姿しか見えないけど、国防軍の制服の裾を少し伸ばした赤い服を着ていて、さらにポニーテールも相まって、まるで戦国の乙女のような感じがする。なんだろ…………初めて会った気がしない。前にもどこかで会ったような気がするんだよね…………どうしてなんだろう。

 

「さてと、無事…………ではなさそうだな」

「え、えっと貴方は——」

 

その人が振り向いた時に私は言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

久しぶり(・・・・)だな、一夏」

 

 

 

 

 

「ほう、き…………?」

 

だって、五年も前に別れた幼馴染がそこにいたんだから…………。

 

 

「査問委員長、紅城一夏中尉を連れてきました」

「そうか。なら、君は下がっていてくれたまえ」

「承知致しました」

 

数年ぶりに再会した幼馴染の箒によって会議室へと私は連れてこられた。入ると中には大勢の人が集まっており、その中には葦原大尉や瀬河中尉、さらには楯岡主任、そして基地司令の武岡中将までもが揃っていた。その反対側には横須賀で出撃拒否をした女性少尉と私を尋問した人達が全員揃っていた。その人達の視線はかなりきついものだよ…………睨んでくる人はいるし、中には気味の悪い笑みを浮かべている人もいる。対して葦原大尉達は皆一様に黙って目を閉じ、腕を組んだまま動こうとはしない。…………も、もしかして、本当に私はクビになるの…………?

 

「さて、では査問会を始めるとしよう。査問委員長はこの私、西崎透吾郎大将が務めさせていただく」

 

日本国防軍本土防衛軍の全てを指揮する最高指揮官、西崎透吾郎大将の言葉には圧力が感じられた。正直武岡中将よりも歳はとっていると思うんだけど、それゆえに感じる威厳とか威圧とかが凄くて…………ちょっと漏らしちゃいそうになった。あ、この事はできれば内緒でお願い…………結構恥ずかしい事だから。

 

「で、本日の議題だが、紅城中尉による暴行の件だ。中尉、身に覚えはあるかね?」

「…………はい。あの時の事はよく覚えてます」

 

そりゃ、ついこの間みたいなものだから忘れるはずないよ。それに、あんな事を言われたんじゃ、いやでも頭に残っている。否定する事ができない、間違いない事実に私は首肯してから肯定の返事をした。

 

「内容に関しては此方も報告書を受けている。どうやら、君があの機体——ゼルフィカールを強奪するためにテストパイロットを殴ったと聞いているんだが…………真偽はどうなんだね?」

 

大将は目を細めてそう聞いてきた。まずい…………あの目は嘘をついたらただじゃおかないって目だよ…………お姉ちゃんも同じような目をした事が何度もあるからわかるよ。でもそれより…………私が機体を強奪するために暴行したって…………なんでそんな報告書が出てるの!? 確かに殴り飛ばしたのは事実だけど…………でも、強奪なんてするつもりはなかったよ!! 罪に問われるのは覚悟していたけど…………でっち上げの報告書が出ているなんて…………まるで私だけに非があるように言われているようで…………悔しくて唇を噛み締めていた。

 

「そうよ、その女が悪いのよ!!」

 

そんな私にさらに追い討ちをかけるかのように声を上げる人がいた。よく見るとあの時の女性少尉だった。

 

「おそらく、そこの中尉(・・)さんは私の事を妬んだのよ。自分の方が上なのに新型を支給されないなんてありえない、とでも考えたのでしょ? 見るからに精神も幼そうな中尉(・・)さんですからねぇ」

「ち、違います!!わ、私は、そんな事思ってなんて——」

「だから、この間の出撃の際に機体を強奪したのよ。テストパイロットである以前に一兵士である私が務めを果たそうとしていた時に、その中尉は私情に駆られて私に暴行を加えた! それ以上でも以下でもないわ!!」

 

あの女性少尉がいる周りの人はそれに賛同するかのように色々と言ってくる。尋問の時に言われた人格否定に、今回の件で自分達が何も罪がないように言っている。でも…………あの証言は間違ってるよ。何が務めを果たそうとした、だよ…………自分は戦場に行く気がなかったくせに…………!!

 

「——静まれ」

 

けど、そんなガヤも大将の一言で静まり返った。その声には怒りとかそういうものは全くなかったけど…………やっぱり凄みとかそういうのが感じられた。

 

「それで、紅城中尉。君から言う事はあるかね?」

 

そのまま向けられる私への発言。もう、ここで全てを話すしかない…………自分に必要以上にかけられた嫌疑は今しか振り払えないだろう。だから、自分のした事をありのままに話した。

 

「はい…………確かに殴り飛ばしたのは事実です。私もこの手で殴ったのを覚えてますから」

「でしょ! ならすぐに拘束を——」

「しかし! 私は強奪なんてする気はなかった!! 殴った理由は一つだけ…………あの少尉が前線に立つ仲間の命を軽視したから、それだけです…………」

「あ、あなた何を言って——」

「——少尉、私は君に発言権を与えた覚えはない。中尉、続けてくれ」

 

大将の言葉により再び静まり返った室内で、私は言葉を続けた。

 

「はい。この間の出撃の際、私は諸都合で横須賀基地にいました。すぐにでも応援に向かおうとしたのですが、自機である榴雷は修理中で、とても出撃などできない状態でした」

 

そこで一度区切って深呼吸をし、再び話し始めた。

 

「その状況に落ち込んでいた時、隣の方から口論が聞こえてきたんです。見ると、整備班長である楯岡主任とそこの少尉が何やら言い争っていました。聞けば少尉は『自分はテストパイロットだから関係ない』、『出撃は自分の本分じゃない』、『男は戦って死ぬしか価値がない』などと言っていたので…………まるで前線にいる人達の命を軽視しているようにも、私のいる中隊の仲間が侮辱されてしまったようにも聞こえたので、つい手が出てしまったわけです…………」

 

思い返すと言われた通り私情に駆られていたのかもしれない。でも、これだけは自信を持って言える。私は中隊と戦場に立つ人達の尊厳を守りたかった、それ以上でも以下でもない。

 

「事情は理解した。しかしだ、この査問会に意味はない。すでに君への処遇は決まっている」

 

そう告げられた時、私は絶望の淵に立つってこういう事なんだなって思った。真実を話したというのに、それを受け入れてもらえなかったように聞こえてしまって…………思わず涙が出てきた。悔しくなって、顔を伏せてしまった。その場に崩れ落ちそうになったけど、葦原大尉達がいる手前でそんなみっともない姿は見せたくなかったから、立ち続けてはいたけど…………こんな事って…………!! はぁ…………これで本当にクビになるのかな…………結局、お姉ちゃんや秋十に何もしてあげられなかったよ…………。

 

「今回、紅城中尉は厳重注意処分とする。加えて、一週間の休暇を与える事が昨日決定した」

 

…………え?

 

「って、ちょっと!! 処分が軽すぎるんじゃないの!? こいつは私の機体を——」

「中尉の戦績を考えれば妥当な判決だろう。初陣にもかかわらず逃げ遅れた民間人を救った、我が国防軍の英雄だ。そう易々と手放したくはないというのが総意なのだよ」

 

それにだ、と大将は言葉を続けた。

 

「貴様のように人の命を軽視するような輩よりは遥かにマシだからな」

「な、何故なのよ!? わ、私が嘘の報告をしたとでもいうの!? そ、そんなの、証拠が無きゃ——」

 

女性少尉は何やらうろたえた様子でそう口走るけど、大将は静かに懐からあるものを取り出した。あれは…………ボイスレコーダー?

 

「ここにはゼルフィカールが記録していたログが残されている。言っておくが、フレームアームズに残されたログは改竄することが不可能だ」

 

そう言って大将はレコーダーを再生した。流れてきたのはあの時の口論だ。丁度、楯岡主任とあの女性少尉が言い争っている。すると、突然鈍い音が聞こえてきた。あれ、私が思いっきり殴った音だ。確かプロテクトアーマー付きのところで殴ったからね…………それじゃ鈍い音もするはずだ。その後は私と女性少尉の口論となって、最後に一段と鈍い音がした後、何かに叩きつけられるような音が聞こえてきた。…………いくら頭に血が上っていたとはいえ、あの時の自分は相当とんでもないことをしていたんだなぁって、思い返された。

 

「言い訳は幾らでも聞いてやる。だがな、事実はもう返らん。何よりの証拠が今のログだ」

 

大将の鋭い眼光を受けた女性少尉は一瞬怯んだが、それでも言い足りないのか食い下がってきた。あれだけ西崎大将が言っているのにまだ食い下がってくるって…………そんなに私の事が気に入らないのかな…………?

 

「け、けど! 正規パイロットでもないのに、あの機体を使ったという事は、強奪も同然——」

「ああ、その件についても話しておかなければならなかったな」

 

してやったり、といったような顔をして私の事を見てくる女性少尉の陣営。その爬虫類のようにねっとりとした目が寒気を催す。あまりにも気持ち悪くて、思わず後ずさりしてしまった。というか、そっちの方に気を取られてしまったけど…………大将は新たに私に罰を下すつもりなようだ。も、もしかしてさっきのはブラフで、今度こそクビの宣告!?

 

「紅城中尉、ゼルフィカールについての感想はあるかね?」

「…………はい?」

 

クビの宣告が来ると予想していた私には本当に予想外の質問だった。多分私の顔は、まるで鳩がイオンレーザーカノンを食らったような顔をしているに違いない。てか、鳩がそんなものをまともに食らったら消し飛んじゃうか。で、でも、大将がこんな質問をしてくるからには何か意味があると思うから…………正直に答えた方がいいはずだ。

 

「なに、あの機体で実戦を経験した君に、あの機体の評価を聞きたいのだよ。実際のところどうなんだね?」

「そ、そうですね…………被弾していないので装甲に関しては言えませんが、運動性能、速度、即応性はかなり高度なものだったと思います。それに、外付けされていたイオンレーザーソードの取り付け位置も取り回しの点から見たら抜群の配置でした。でも、一番はテールユニットであるイーグルユニットでしょうか? おそらくあれが加速と安定性を両立している一番の要因だと考えます…………こんな感じでいいのでしょうか?」

「うむ。機体評価をしてくれて助かるよ。以降は君がゼルフィカールを運用してくれたまえ。開発も横須賀から館山へと移行する。これは本部の意向でもある」

 

…………はいぃぃぃぃぃっ!? まさかのこっちはお咎め無しで、寧ろもう一機増えるの!? ふと、葦原大尉達の方を見ると、みんな薄っすらと笑みを浮かべていた。もしかして、雪華が助けるって言っていた事ってこの事なの…………?

 

「ちょ、ちょっと!? あの機体は私のでしょ!? しかも、中尉にはあの榴雷とかという鈍亀が既にいるというのに!?」

 

榴雷の事を鈍亀呼ばわりされてムッとなる私。そりゃそうでしょ。だって、榴雷は私が初めて支給された機体だし、今まで何度も実戦を経験してきた機体で、何より私の命を救ってくれた機体でもあるから…………思い入れは人一倍強いと思ってる。だから、そんな命を預ける相棒をバカにされてなんとも思わないほど私はバカじゃない。

 

「本部としては、実戦経験があり、かつ適性値が[A-]以上、そして市民を守る国防軍人としての意識がしっかりしている者があの機体の操縦者として相応しいと判断。その全てにおいて抜きん出た数値を持っていたのが、紅城中尉という事だ」

 

…………ほぇ? えっと、私ってそんなに凄い適性値とか持ってたっけ? というか、なんだかんだで楯岡主任と雪華に拉致紛いの事をされてデータを採られた時の結果をまだ聞かされてないんだけど…………もしかしたら、今聞けるのかな? すごく場違いな気もするけど…………聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うしね。

 

「あ、あのー、西崎大将、少し質問してもよろしいですか?」

「なんだね、中尉。何か不満でも——」

「そ、そうではなくて、私ってそんなに高い適性値を出したのかなと思って…………宜しければ、今教えてもらってもいいですか?」

 

大将は私の質問に暫く考えた後、口を開いた。

 

「楯岡技術中尉、今ここで公表してもいいかね?」

「問題はないでしょう。いずれ公表される代物ですし」

 

楯岡主任は肩をすくめてそう言っていた。って、そのうち公表とかの前に私に教えてくださいよ…………。

 

「わかった。なら教えよう。紅城中尉、君の適性値は測定不可能…………便宜上、ランク[SSS]と判定する事になった。確か、測定器が故障しかけたそうだな、楯岡技術中尉」

「ええ、全くですよ。測定終了後に機械がオーバーヒートやら回路がショートやらをしてたんですから、復旧に丸二日かかりましたねぇ」

 

…………次々と出てくる驚きの事実に脳みそが追いつかなくなってきている。えーと、私の適性値が測定不能で、最早最高クラスの[A+]を超えての[SSS]となったと…………もう訳わかんないよ。これ、査問会じゃなくてただのドッキリ企画なんじゃないかと思ってきた…………。

 

「それと、君に二機同時保有許可(ライセンス)を与える事になった。これは本部と国連議会の決議の結果だ」

「ら、ライセンス!?」

「その通りだ。君にはゼルフィカールに乗ってもらうが、それ以前に第十一支援砲撃中隊の人間だ。戦闘の要である支援砲撃要員を削る事は出来ない。故にだ、通常は榴雷を、不測の事態にはゼルフィカールを使ってくれたまえ。その辺は君の自由に任せよう」

 

…………なんか話が飛躍しすぎて、色々追いつかなくなってきている。まさかの私にライセンス!? そんな者持っている人なんて噂でしか聞いた事ないんだけど!? 例えば、現在衛星軌道上で月面から飛来するフレズヴェルクを狩るカトラス(SX-25)に乗ってる人はもう一機隠し持ってるとか、欧州方面でジャイヴ系のカスタム機に乗ってる人は変形する機体を切り替えて使ってるとか等…………ほとんど眉唾ものみたいな感じの話なのに、一気に現実味を帯びているんだけど…………。なんだろ…………この先ちゃんとやっていけるのか不安になってきた。って、あれ? いつの間にか私の罰、かなり軽くなったよね? 寧ろ、好待遇に変わってないかな?

 

「さて、これで紅城中尉に関する事項は以上となる。中尉、質問はあるかね?」

「い、いえ! ありません!」

「よろしい。他の事は武岡中将に聞くといい。では、これにて紅城一夏中尉の事項は以上とする。休暇の後からはしっかり頼むぞ、中尉」

「は、はい! 期待に応えられるよう、精一杯努力させていただきます!!」

 

私は大将の言葉にそう答えた。結構色々回り道をしたみたいだけど…………でも、余計な罪を振り払う事が出来て良かった。とはいえ、叩かれたところが少し腫れていて、痛いんだけどね…………。

 

「よろしい。では——貴様らの処遇を言い渡そう」

 

大将は私に向かってそう優しく言葉を投げかけてくれたが、直後また鋭い目つきとドスの効いた声であの女性少尉の陣営に向かってそう言った。

 

「わ、私たちの処遇!?」

「なんで私たちが!?」

「黙れ。貴様達の犯した罪は大きい。立川から運び出された五機のフレームアームズを強奪し、紅城中尉を拘束。その後、暴行を加えたと内偵より聞かされているのだ。その行為、許されるとでも思っているのか? それにだ、そこの少尉は紅城中尉に対し、侮辱とも取れる発言をした上に、命令無視。どれもこれも許されざる行為だ。故に貴様らにはそれ相応の罰が下る」

 

大将は一度息を整えると再び言葉を紡いだ。

 

「貴様ら全員に懲戒免職及び四年の禁固刑を言い渡す。これは決定事項だ、異論は認めん」

 

はい、クビの通告が出されましたー。というか、こんな十数人も一気にクビにしても大丈夫なのかな…………? それだけ戦力が下がっちゃうわけだし。

 

「な、なんでよ!? なんで私たちの方が重罪なわけ!? 全く意味が——」

「——キャンキャン吠えてんじゃねえよ、いい加減諦めろ」

 

食い下がろうとした女性少尉に対して、瀬河中尉がそう言葉を放った。前に横須賀基地でお世話になった時の優しい声じゃない。心の底からの怒りを込めたような言葉だった。

 

「あんたらの方が重罪に決まってんだろ。なんせ、私の命の恩人に手を出してんだからな」

「それは貴方の勝手でしょう!」

「そういうあんたらも随分身勝手な事を言ってたようだけどな…………本当なら今ここでぶん殴ってやりたいところを必死に抑えてんだ。寧ろ感謝しな」

 

そう言って腕を組んで目を閉じる瀬河中尉…………だけど、あんなに怒った姿を見るのは初めてかもしれない。横須賀基地にいたときは数回ほど私のスカートをめくろうとするような、少しセクハラ気味と、色々と世話を焼いてくれる優しい人だったのに…………。

 

「瀬河中尉の言う通りだ。俺だって、自分の部下がこんな目に合わされてんのに、黙っちゃいられねえ。確かに紅城中尉は若年兵だ、色々と幼いところはあるだろ」

 

…………葦原大尉? その、視線が今日は胸とかそういうところに向かないって…………それって、もしかして本気でキレてます? 葦原大尉の顔を見たら幾つもの青筋が立っている。多分、中隊のみんなが見たら驚くだろうね…………普段、セクハラしかしてこない飄々とした性格の人だから尚更だ。

 

「だがな、こいつの精神はお前らなんぞよりよっぽど大人だ。それこそ中隊の連中もこいつには頭が上がんねえよ。そんなこいつに暴行をしたなど…………俺や中隊の連中は黙っちゃいねえぞ」

 

普段全く見せることのない睨み顔をする葦原大尉。…………本当に葦原大尉なんですよね? 全くもって普段からは想像ができないんですけど…………。

 

「しかも、そこの少尉はアーキテクトすら乗った事が無いとか。俺らからすればそんな奴に機体を預けるのはゴメンだ。貴重なFAをそう易々と潰されてはこっちの身ももたねえよ」

 

さらに追い討ちをかけるかのように楯岡主任までもが言ってきた。声こそいつものような感じだけど、ここまで淡々と喋る主任を見るのは初めてだ。

 

「そういえば、内部に女性権利団体の者がいたそうじゃないか。奴らの手引きにより、正規の訓練を受けずに入隊してきたものも多数いたそうだ。若年兵ですら正規の訓練を受け、その努力のもと日々努めを果たしているというのに…………それを行わぬ貴様ら等に国防の任を与えるなど片腹痛いわ!!」

 

中将がガチギレ!? あのいつもは少しのんびりとした感じで、私の事を孫みたいに見てくるあの中将がだよ!? これ本気でやばいでしょ!? …………中将は絶対怒らせないようにしよう、私は心の中でそう誓ったのだった。ただ、中将は、いつものように戦場に駆り出される私たち若年兵の事を考えていたから…………多分、そこから来た言葉なんだと思う。まぁ、私自身、正規の訓練を受けてない人となんて組めそうにはないからね。

 

「まぁ、落ち着け中将。それに君達も少し熱くなりすぎだ。——では、後は任せるぞ」

「御意」

 

大将はそう言うと今までずっと無言を貫いていた箒が立ち上がり、女性少尉の陣営の前までやってきた。

 

「さて、先ほど西崎大将が述べた通り、貴様らには刑罰が待っている。よって、ここで拘束させてもらうぞ」

「くっ…………! この小娘が!! いい気になっ——」

「——狼藉は控えろ。騒げば寿命が縮むだけだ」

 

…………あまりの事に言葉が出なかった。何やら騒ぎ出した女性少尉に向かって箒は腰に構えていた刀を抜き放った。それは寸でのところで止められていたけど…………一歩間違えればここが血の海に変わることを想像するのは容易だ。それをなんのためらいもなく行える箒って…………一体何があったんだろ。尤も、その脅しを受けた女性少尉はおろかその周りの陣営も一瞬にして静まり返った。

 

「それでいい。警邏隊、こいつらを拘束せよ」

 

箒がそう言うと、入り口から館山基地の詰所に勤務しているみんなが入ってきた。手には縄やら手錠やら、様々な拘束具が持たれている。それからというものは早かった。十数人もいる人を手際よく手錠をかけて、さらには猿轡まで嵌めて、そのまま縄で縛り上げてから室外へと引きずり出していった。流石に猿轡を嵌められて言葉を発することは難しくなっていたようだけど、結局最後の一人が連れ出されるまで何かを言い続けていた。…………あんな人間だけにはなりたくないなぁ。

 

「では、これにて査問会を終了とする。各員、各自の命令に従って行動せよ」

 

そう言って西崎大将と箒は会議室を出て行った。最初から最後まで威厳に満ち満ちた人だったなぁ。この広い空間に残されたのは、私と、葦原大尉、瀬河中尉、楯岡主任、そして武岡中将だ。

 

「紅城中尉」

「は、はいっ!」

 

唐突に葦原大尉に呼ばれて硬直する私。そのままこっちに来いと手招きをされたので、その通りに従って葦原大尉のもとに向かった。

 

「あ、あの、一体なんでしょうか?」

「とりあえず、両手を出しな」

 

そう言われて両手を前に出す私。視界には手錠をはめられた私の両手があった。…………そういえばずっとこれをつけられたままだったっけ。

 

「いいか? 絶対に手を動かすなよ」

 

そう言われて、私はそのまま手を前に出したままにしていた。すると、葦原大尉は両腕だけ榴雷を起動させた。一応、フレームアームズも部分展開ができるけど、緊急展開と同じようにエネルギーを消費するから、あまり使用は推奨されない。そして、私の手錠をその強靭なパワーで引きちぎった。ジョイントから破壊された手錠は私の腕から床へと落ちていく。

 

「お前はよく頑張ったよ。本当、中隊の誇りだ。それに…………今までよく耐えていてくれたな。すぐ助けてやれなくて御免な」

 

そう言って、私の頭を撫でてくる葦原大尉の顔は作戦が終了した時に見せるような笑顔だった。それを見て私もなんだか安心した気持ちになって、なんだか目尻が熱くなってきた。

 

「ん? 一夏、お前…………泣いているのか?」

「ふぇ…………?」

 

瀬河中尉に言われて気付く私。そっと拭ってみると確かに涙が流れ落ちていた。あ、あれ…………な、なんで…………なんでだろ…………な、涙が、溢れて止まらないよ…………。

 

「って、あ、あれ? お、俺なんか泣かせるようなことでも言ったか?」

「うぉ? あー、葦原ー、お前一夏ちゃんを泣かせてんじゃん。どうすんだこれ?」

「一層の事、大尉、君も休暇にさせてやろうか?」

「滅相もございません!!」

 

楯岡主任や中将が葦原大尉に何か言ってるけど、わからないよ。というか、涙が本当に止まらない…………なんで…………もう、悲しくもなんともないのに…………。

 

「…………まぁ、今は思いっきり泣いておけ。聞いたぞ、お前が尋問を受けたって。というか、その顔の傷でわかるわ。辛かったんだろ? 痛かったんだろ? …………なら泣いてスッキリしとけよ。ここには俺や中将、瀬河に楯岡しかいねえからさ」

 

そう言われた瞬間、この暫くの間のことが蘇ってきた。尋問されて、叩かれたり、蹴られたり、水を掛けられたり、有る事無い事言われたり…………そんな苦痛の日々が脳裏をよぎった。叩かれるのも蹴られるのも痛かったし…………有る事無い事言われるのは辛かったし…………何よりみんなに会えなくて寂しかったし…………だ、だめ…………それ以上考えたら涙が止まらなくなる——

 

「ぐすっ…………うぅっ…………」

「中隊内で上官としての立場もあるから、お前はなかなか甘えねえけどさ、偶にはいいんだぜ。国防軍人である以前にお前は、まだ一人の女の子なんだからな…………本当、よく耐えたよ。お疲れさん」

 

——その言葉を聞いた瞬間、押さえつけていた私の心は堰を切ったように溢れ出したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.08

査問会が終わった後、大泣きした私は葦原大尉や瀬河中尉にからかわれて笑われていた。でも、あの女性達と違ってそのなかに侮蔑とかそういうのはなくて、いつもの優しい笑みだった。とはいえ、そんな子供っぽい真似をしてしまった私は恥ずかしくなって、現在格納庫の方まで来ていたのだった。というか、適当に走ってきたらこっちに来ちゃってただけなんだけどね…………。

 

(やっぱり、空ハンガー、増えてるね…………)

 

格納庫は基本的に全ての整備ハンガーに機体が駐機状態で固定されているのだが、見た限り幾つかのハンガーは空いている。恐らく、そこの機体は破損して修理に出されたのか、それとも撃破されて二度と帰ってこないのか…………多分後者だと思われる。見たところまだ修理が終わってない機体も見られるしね。そう考えると、やっぱり私一人の力なんてたかが知れている。敵は機体であるアントだから死ぬなんて概念がないだろうけど…………私達は人間、命ある生き物だ。だから、死ぬという概念が存在している。故にこうして未帰還機がいると、どうしても辛い気分になってしまう。

 

(でも、戦争だから、仕方ないんだよね…………)

 

この現状をそうやって割り切るしかないってのも、より一層辛さを感じさせる要因なのかもしれない。どのみち、この悲しみの連鎖を断ち切るには、戦って勝つしかないんだけどね。

ハンガーに掛かっている機体を見ると、どうやら第四遊撃隊所属の機体のようだ。遊撃隊は近接戦闘で数を減らしたり、中距離支援砲撃を手薄なところからカバーしたりなど仕事の多い部隊だ。なんで第五遊撃隊じゃないかというと、あっちは漸雷と輝鎚で構成されるのに対して、こっちは轟雷と漸雷で構成されているから。それに、肩のマーキングが第四遊撃隊所属を示しているからね。この轟雷は通常状態からかなり改造されてる。まず、滑腔砲が外されて、六連ミサイルランチャーと大型リニアガンに換装。あと履帯ユニットが外されてエクステンドブースターが取り付けられてる。腰なんか、丸っと輝鎚のショックブースターがついてる。両肩は榴雷の装甲とシールドを移植、その裏に対地ミサイル(一六式対地誘導弾)を装備。右手にはガトリングガン(M547A5)、左手には…………なんと言ったらいいかわからない武器。見た目はパイルバンカーみたいな感じなんだけど、そのパイル部分が四枚のブレードになってる。おまけに両足にはタクティカルナイフ(ak-14T)が一本づつマウントされてるよ。他にはライフルやらバトルアックスやら、ナックル(一一式電磁手甲)、さらには輝鎚の盾(九五式多連防盾[巌土])

までもが、武器懸架具(ウエポンラック)に掛けられていた。…………これってさ、相当火力高いよね? というか、かなり改造加えすぎでしょ。多分、こういうのを過剰性能っていうのかもしれない。ちなみに私はこの機体が実際に戦闘しているのをこの目で見たことはない。まあ、私の方に来るのは大抵第五遊撃隊だしね。この機体は整備自体は完了しているようだが、隣の漸雷は破損した装甲を剥がされて、新しいものに交換されるのを待っているようだった。ただ、剥がされて剥き出しになったフレームを見ると、以前の私の榴雷を思い出して、相当無茶をしたんだなぁってふと思った。

 

「あれ…………? あんな機体、この基地にあったっけ?」

 

そんな中、一機だけこの無骨な機体達とは違う雰囲気を持った機体があった。しかし、何故か私が使うことになったゼルフィカールとはまた違った機体だ。気になった私は惹かれるようにその機体の方へと向かっていった。近づくにつれてその機体の様子がわかったけど…………この機体、以前に私に銃を向けてきた機体だ。そのクリアバイザーで覆われた頭部を忘れた事はない。でも、なんでこの機体がここに…………?

 

「その機体が気になるのか?」

 

突然後ろから声をかけられて、背筋が伸びきった私。一人でいる時に後ろから声をかけられること、未だに慣れてないんだよね…………なんでなのかはわかんないんだけど、こうなると猫みたいに驚きまくってしまう。うぅ〜…………早くなんとかしたいよ。とりあえず、声の主を確かめようと私は後ろを振り返った。

 

「あ、あれ? 箒? な、なんでここにいるの?」

「それは、さっき不届き者を独房に入れてきてな、それと私の機体がここに搬入されたと聞いたから確かめに来たまでだ」

「え? 箒の機体?」

「ああ。あれだ」

 

そう言って指差したのはあのクリアバイザーの機体。え…………も、もしかしてこの間私に銃を撃ってきたのって——

 

「形式番号RF-13S、機体名[妖雷]。本来なら昨日私に引き渡される予定だったが、移送中に他の機体同様、あの馬鹿共に強奪されてな。回収後はここでセットアップする事になったんだ」

 

それ聞いて安心する私。いや、まさか昔の友人が銃を向けて、剰え撃ってきたなんてなったら…………多分、私は正気じゃなくなると思う。だって、箒が引っ越すまでは結構一緒に遊んだからね。ほら、お姉ちゃんと束お姉ちゃんがよくつるんでいたから、なんか自然と私たちもそうなってた。

 

「まぁ、そのお陰で女尊男卑一派を一網打尽にできたのだがな。私も警邏隊としてしっかり仕事をこなせたと思ってる」

「ふーん——って、箒って国防軍人なの!?」

「…………今さら気付くか、普通。あ、私の階級は少尉だぞ」

 

なんか昔の友人が同じ職場にいた件について。ってか、そりゃ驚くでしょ!? 何年も音信不通だったんだから、尚更だし…………てか、どこの部隊に配属されているんだろう?

 

「マジですかい…………で、どこの配属になったの?」

「第零特務隊だ」

「だ、第零特務隊…………?」

「簡単に言うと、万事屋みたいなものだ。警備から救援まで行う、西崎将軍及び国連直属の部隊らしいぞ」

 

…………それ、むちゃくちゃエリート部隊じゃないかな? どう考えたって国連直属の時点で相当エリート部隊だと思われる。それも、私みたいに特化した部隊じゃなくて、全領域対応(オールラウンダー)の部隊だから…………箒ってやっぱり凄すぎる。昔からそうだったもんね…………剣道でも突然謎の剣技を生み出して私をボコボコにしてたし。

 

「はぁ…………なんでこう、私の周りの人ってすごい人しかいないのかな…………」

「そういうお前もグランドスラム中隊所属という時点ですごいと思うんだが…………具体的にどう凄かったんだ?」

「うーん…………機密事項だからあまり話せないけど、ドイツに遠征した時に会った人たちは、ドイツ軍特殊部隊の隊長に、米陸軍第四十二機動打撃群の所属の二人、うち一人は米海軍第七艦隊のブルーオスプレイズだし、英海軍第八艦隊の狙撃パイロットとかかな?」

「…………スケールが大きすぎて、今一つ伝わってこないな。しかし、ブルーオスプレイズって、あの横須賀にたまに来る、あの?」

「そう。その蒼ミサゴ隊だよ」

 

どうやら、ブルーオスプレイズについては箒も知っているらしい。まぁ、結構な頻度で横須賀に来るからね、あの部隊。私はレーア以外の隊員に会ったことはないけど、レーア曰く殆どはその辺の若者と変わりないし、問題行動は起こさないから心配しなくていいって言われてるんだよね。それと、箒にはお姉ちゃんと束お姉ちゃんの事は話していない。それが一番の機密事項だから。理由はよくわからないけど、外に漏れると大変な事になるってことは間違いない。

 

「なるほど、確かにそれならすごいな」

「でしょ? 最初に会った時は本当に緊張したよ〜」

「私もその面々に囲まれたら緊張するだろうな。特務隊に配属された時は緊張したものだ。…………で、話は変わるんだがいいか?」

「うん? いいけど、どうかしたの?」

 

箒は突然話題を変えてこようとした。なんでこのタイミングなのか謎すぎるけど、向こうは至って真剣な顔をしている。箒の場合、笑うことなんてほとんどなかったから昔は常にこんな真顔だったけど、今私を見据えている目は真剣そのものだった。

 

「いや、その…………今更言うのもなんだが、お前は私の知る一夏、なんだよな?」

「当たり前じゃん。なんなら私と箒しか知らない箒の弱点を話してもいいんだよ?」

「例えば?」

「耳の穴に息を吹きかけると悶え苦しむ、とか」

「あ、確かに一夏だ」

 

どうやら、私が箒の知っている私である事を理解してくれたようだ。そうそう、最初の頃は箒に剣道で負けっぱなしだったから悔しくて、仕返しとばかりに耳に息を吹きかけたら、何故か海老反りになって謎の悲鳴をあげたんだよね。目の前でそんなことが起きたため、まぁ私も泣いたよ。そのあとのことはよく覚えてないけど、箒は耳に息を吹きかけるのが弱点だという事だけは覚えてた。

 

「どうやら私の考えすぎだったみたいだな…………変な疑りを持ってすまなかった」

「いいよ、気にしないで。………それより、そう思ったのって…………やっぱり、名字が変わったから?」

 

私がそういうと、箒は首肯して答えた。まぁ、普通そうだよね。昔の友人の名字が変わっていたら誰だって気になるか。深入りはあまりしたくないけど、気になってしまうものは仕方ない。私は一度呼吸を置いてから、箒の疑問に答える事にした。

 

「じゃあさ、箒は私達FAパイロットがどんな風に見られているか知ってる?」

「? 国を護っているんだから、そこそこいい扱いじゃないのか?」

「ううん、その反対。大概の人は私達がどんな事をしているのか知らない。そのせいで、『お飾り』とか『穀潰し』とかって言われてるんだよ。だから私は『織斑』の名を捨てたの…………お姉ちゃんの顔に泥を塗らないようにね」

 

お姉ちゃんの名前も守りたかったし…………何より、お姉ちゃんと秋十を守りたかったからね。経済的にも私の家はお姉ちゃんに頼りっぱなしだったから、若年兵としてでも雇ってくれる国防軍に入る事にしたんだよ。その時にFAパイロットの世間での実情を聞いたから、戸籍上は名字を変える事にした。今ではもう二人の家族じゃない。けど、それでもよかった。私達が戦う度に、二人が生きる日が一日でも伸びるんだから…………だから、私は戦いに身を投じた。

 

「千冬さんの…………まぁ、お前らしいったらお前らしい、か。昔はいつも千冬さんにべったりだったからな」

「そういう箒だって束お姉ちゃんにべったりだったじゃん。人の事言えないよ?」

「そうだったか?」

「そうだよ。ってか、箒はなんで国防軍に入ったの? 束お姉ちゃんは反対しなかったの?」

 

ここで私はずっと気になっていた事を箒に質問した。箒はどうして国防軍に入ろうと思ったんだろう? そんな事したら束お姉ちゃんが絶対全力で止めると思うんだけどな…………あの人、お姉ちゃんに似て重度のシスコンだから。なお、お姉ちゃんの場合シスコンブラコンのハイブリッドだけど。

 

「私が入った理由か? そうだな…………あえて言うなら、姉さんの夢を守りたかったから、だな」

「束お姉ちゃんの夢? ということは、宇宙に行くっていうやつ?」

「そうだ。ある日、あの人は私にこう言ってきたんだ。『夢が叶えられなさそうだ』ってな。私自身、姉さんの夢が叶うところを見たかったからな。なんとしてでも助けてあげたくなったのだ。丁度私は重要人物保護プログラムで政府関係者と繋がりがあったからな。その時に西崎大将と知り合ってな、実情を知った私は迷いなく入隊を志願したよ」

「…………束お姉ちゃんの反対はなかったの?」

「勿論あったさ。入隊して訓練課程を終えてすぐに『なんで入隊したの!?』ってな。姉さんはこういうところから私を遠ざけたかったみたいだが、生憎私はじっとしていることが苦手だからな、姉さんの夢を叶える手伝いをしたかったと答えてやったら、泣き出していたよ。『ごめん、ありがとう』って言いながらな」

 

…………そうだったんだ。箒は束お姉ちゃんの夢を叶えたくて、戦う道を選んだんだね…………やっぱり、箒は凄いよ。というか、瀬河中尉ほどじゃないけど男前すぎる。どこかの女尊男卑に染まった人たちとは大違いだ。まぁ、アレと比べるのが烏滸がましいと思うけど。

 

「まぁ、それにな、女尊男卑が嫌いだからこっちに来たというのもある。ここなら彼奴らの気味の悪い目も無いし、奴らを私がしばくことだってできるからな」

 

あんな風にな、と言って笑い飛ばす箒はとても輝いて見えた。本当、不器用だけど、曲がった事が嫌いで迷いの無い彼女は一本の剣のように思える。凛とした佇まいはまるで現世に蘇った侍。その言葉が一番彼女に相応しいと思った。…………とはいえ、しばくと言った箒の雰囲気にうすら寒いものを感じたのは気のせいだと思いたい。

 

「私についてはこんなところだ」

「そっか…………やっぱり、箒は凄いよ」

「そんなこと無いさ…………それよりも、傷は大丈夫か?」

 

そう言って箒は私の顔に貼られた湿布を指差してきた。これは査問会の前に叩かれて、腫れ上がってしまったからね。格納庫に来る途中出会った整備班の人に貼ってもらったんだ。湿布の冷たさが今はどこか心地よかった。まぁ、しばらくの間叩かれたり蹴られたりしたから、彼方此方に痣ができているんだけどね。治療なんて全くしてもらえなかったし。もうこれ以上傷跡を増やしたくはないなぁ…………戦場に立っているとはいえ、自分で言うのもなんだけど一応女の子なんだからそうも思うよ。

 

「うん、これくらい平気だよ。まぁ、口の中切っちゃったみたいだから、暫く塩分とかはダメだけどね、沁みるし」

「そうか…………その、すまなかったな。早く助けられなくて」

「箒は悪く無いよ。一応私にも非があるんだし…………それに、ちゃんと助けてくれたじゃん」

「だがそれはあくまで結果論であってだな…………」

「あー、もう! そうやって自分のしたことに納得しないの、箒の悪い癖だよ? この話はやめにしよ?」

「う、うむ。一夏がそう言うなら仕方ない、か…………」

 

それでも箒は納得してない様子だったけど、この少々辛気臭い話から抜け出すことはできた。箒は真面目ゆえに結構責任を感じやすい性格だからね。そういうところは好きなんだけど、かなり引きずるからこうやって話を切らないといけないのが玉に瑕かな?

 

「…………でも、心配してくれてありがと」

 

けど、お礼はちゃんと言わないといけないよね。こうして心配してくれる人がいるって、かなり大切なことだから。だから、そういう人達に感謝する心を忘れちゃいけないんだ。いつ死ぬかわからない身だからね。

 

「フッ…………どういたしまして、だ。私はお前のそういう真面目で自分に正直なところを尊敬するよ」

「え? それってどういう——」

「——篠ノ之少尉!! 機体の搬入時刻になりました!!」

 

私が箒に言った意味を問おうとした時、格納庫の外から箒の事を呼ぶ声が聞こえた。どうやら、あの機体をここから運び出すとのことだ。

 

「了解した! 軍曹はすぐにでも車両に搭載できるようにしておいてくれ!」

「了解しました!!」

 

箒は外に向かってそう答えると、あの機体の方へと向かっていく。その背中はとても同じ年とは思えないほど大人びて見えた。私はその背中を追って、同じ方向へと歩き出していた。

 

「これでまたお別れ、だね…………」

「そうだな。だが、今生の別れじゃないんだ。そんな顔をするな」

「でも、折角会えたのに、なんだか名残惜しいね…………」

「仕方ないだろう。一夏には一夏の、私には私の任務がある。けど、いつかまたきっと会えるさ。その時を待っていればいい」

 

そう言って箒はあの機体に乗り込んでいく。武者鎧のようにも忍者のようにも見える赤い機体に箒が完全に乗り込み、ハッチが閉鎖されると、バイザーの下に隠れていた緑色のデュアルアイが光った。

 

『それじゃ一夏、またな』

「うん…………箒も元気でね。ばいばい」

 

箒は私に向かって軽くサムズアップした後、そのまま格納庫を後にしていく。夕焼けに照らされた彼女の背中は凄く凛々しく見えた。格納庫に一人残された私だけど、明日からの休暇に備えて荷物整理をしなきゃいけないことを思い出して、急いで基地の自室へと向かったのだった。

 

 

(こんなところかな?)

 

荷物をまとめ終わった私は、後基地を出るだけという状態になっていた。と言っても大して荷物は無いんだけどね。私が午前中だけ通っている学校の教材と制服、私的なものでいったら私服とかケータイとかドライヤーとかそのくらい。元々化粧とかもしないし、私服も必要最低限しか持ってきてないしね。だってまず外出する事もそんなに無いし。

 

(あとは明日の朝一で行くだけかぁ…………)

 

明日は土曜日。一般的には休みの日だから、帰るには丁度いいかな? 今まで休暇はあったけど、何故かその度にアントの大群が出てくるから、休暇なんてあったようで無いようなものだ。そのせいでこの一年間、秋十には顔を合わせて無い。最早、顔も忘れられてるかも…………。もしそうだったら、結構へこむかもしれない。

 

「はぁ〜…………」

 

そう思うと何故かため息が出てきてしまった。そのまま備え付けのベッドに倒れ込んだ。うぅ…………割と硬いベッドだからそこそこ痛い。しかも痣とかできてるの忘れてた。それも相まって結構な痛みになって私に襲いかかってくる。はぁ…………何やってんだろ、私。でも、こうやってバカなことやってられるって、いいことだよね…………なんの意味の無い時間をなんの意味もなく過ごすって。これが一般の日常なのかもしれない。最近は戦うことが日常みたいなものだったからね。そう考えると、この無意味に過ごす時間が少し愛しく感じられた。

そんな風に考えていたら、いつの間にか私の意識は暗闇の先に落ちていったのだった。

 

 

翌朝。

日も完全に登りきってない時間だけど、今のうちに出るしか無い。休暇とはいえ、半分懲罰みたいなものだし。後のことは葦原大尉がみんなに説明してくれるそうだから、よかったけど…………誰にも見送られずに出るのって寂しいかな。ちなみに今の私は学校の制服を着用している。私服もあるにはあるんだけど、あれは外に出る用というよりは寝る用に近いからね。ゼルフィカールは昨日ハンガーに掛けられていたのを確認したし、持って帰るものにも忘れ物は無さそうだ。

 

(一週間後、また戻ってくるね)

 

そう部屋に別れを告げて、私は部屋を出た。朝の一番早い時間ということもあって、廊下には誰一人としていない。朝回りの人もいるんだけど、この時間じゃまだ戻ってきてないと思う。ただ私の足音だけが廊下に小さく響いていた。それがより一層寂しさを感じさせていたのは言うまでもない。つい俯いて、下を向きながら歩いていた。

 

「もう行くの?」

 

そんな時ふと声を掛けられ、思わず驚いて顔を上げると、其処には外回りを終えたような格好をしている悠希がいた。比較的小型化されている小銃だが、悠希にとっては少し大きめな感じがする。

 

「うん…………休暇と言っても懲罰みたいなものだし。開始時刻が今日の六時からだから…………早く出て行かないと、拘束されるしね」

「そっか。それじゃ、これ持ってって」

 

そう言って悠希が私に手渡してきたのは、基地の売店で売っている携行糧食(エナジーバー)。私も訓練の後はよく食べるよ。一般的なプレーンの他に、ピーナッツ味とか結構いろんなフレーバーが出てる。ただ、どれもこれも食感が同じだし、水分がなくなるから多くは食べられないけどね。まあ、すぐに栄養を補給したい時とかは便利だけど。

 

「こんな時間なら朝飯まだでしょ。なら、これでも食べていったら?」

「でも…………これって悠希の分じゃ…………」

「俺の分はここにあるから。気にしなくていいよ」

 

そう言って悠希は自分のエナジーバーを見せてから、私の横を通り過ぎる。その淡々とした態度がいつも通りで変わらないなぁと思いながら、さりげなく渡してくるあたり、優しいなぁって思った。

 

「あ、行く前に駐車場に行くといいよ」

「え…………?」

 

駐車場に行くといいって…………それってどういう意味なんだろう? まぁ、ここから一応私の自宅までは電車を乗り継いで行かなきゃいけないし、その最初の駅までも結構距離はあるけど…………まさか送ってくれるなんてわけないし…………。

 

「んじゃ、また」

「あ、ちょ、ちょっと——」

 

行っちゃった…………結局、その意味もわからずに私は駐車場へと向かうことにしたのだった。

 

 

私が駐車場に向かうと、其処には結構車両が停まっていた。一般的な高機動車に軽装甲機動車、装甲トラック…………挙げ句の果てには戦車や多連装ロケットシステム自走発射機(MLRS)やFA移送用車両まで停車しているという、ある意味物騒な駐車場だ。でも、ここに来たからって何があるわけでもないし…………それに、私、運転免許なんて持ってないから運転なんてできないよ? そう思った時だった。

 

「おい、一夏」

 

何処からか聞こえるエンジン音とともに私の耳に入ってきた声。その音がする方に目を向けると、

 

「って、昭弘!? なんでここに…………」

「細かい事は後で話す。とりあえず乗れ」

 

そう言って昭弘は高機動車から顔を出してきた。なんで昭弘が運転しているのかは気になるけど、とりあえずその言葉に従って車に乗ることにした。この高機動車の他に一般的なジープとかそういうのもあるけど、高機動車はそこそこ車高が高くて乗りにくい。それでも、フレームアームズに乗り込む際に使うタラップよりは低いけどね。

 

「荷物は載せ終わったな?」

「う、うん。これで全部だよ」

「それじゃ、行くとするか」

 

そう言うと、昭弘は車を出した。基地を出て一般道に入り、そのまま駅のある方へと向かっていく。結構状況が読み込めてないけど、これって送ってもらってるって認識でいいのかな? けど、それよりも気になる事がある。

 

「てか、なんで高機動車なわけ? 他にもジープとかあったでしょ?」

 

そう、別に少し大型の高機動車をわざわざ使わなくても、結構多数配備されているジープとかそっちの方を使ってもよかったはず。なのになぜこれを選んだのか、私はそっちの方が気になってしまった。

 

「いや、あっちだとな、俺の体が収まりきらねえんだ…………」

「…………大体同じ年なのに、なんでここまで悠希と差が出たんだろうね」

 

返ってきた返答に思わず苦笑いしてしまいそうになった。確かに、昭弘の体はもう一般男性と比較しても大差ないどころか、逆にこっちが追い抜かしているほど大きい。しかもその全部が筋肉という恐ろしい鋼鉄ボディ。そのせいで、轟雷系統のスリムな装甲機には乗る事ができず、最初から輝鎚を預けられるという始末だ。おまけに趣味が筋トレという、脳みそまで筋肉が詰まっているんじゃないかと思わず考えてしまいそうになる。

 

「俺が知るか。だが、彼奴もかなり筋力が付いてきてな、俺と同じく片手でリンゴを潰せるくらいにはなったぞ」

 

昭弘…………人間じゃなくて、それゴリラじゃないのかな…………? 普通の人はリンゴを片手で潰すなんてできないと思うんだけど…………。

 

「なんか言ったか?」

「な、何も言ってないよ!?」

 

何故か考えていることを読まれそうになった。理由はわからない。別に顔に出していたつもりはないんだけどなぁ…………もしかして、気づかないうちに出ていたのかな?

 

「そ、それよりもなんで昭弘が運転してるの? 免許とか取ったの?」

「ああ、お前がこっち(館山基地)にいない間にな。これ以外にも、輸送車両なら一応ほとんど乗れるぞ」

 

知らないところで同僚がかなり大人になっていた件について。というか、装甲トラックまで運転できるんだ…………そう考えたら、昭弘がただの筋トレ馬鹿でなかった事に一安心する私がいた。

 

「へぇ、それは凄いね。でもさ、なんで私の事を送ってくれるの? 休暇とはいえ、これ一応懲罰みたいなものなんだけど…………」

 

私はここで一番の疑問を投げかけてみた。だって、普通懲罰が下された人を乗せて、送ったりなんてする? よっぽど重犯罪を犯して護送とかで運ばれるのならわかるけど…………厳重注意処分の身で、懲罰とはいえ休暇が与えられているから、そこまでされる必要なんてないはずなのに…………。それにどうせ家に帰るまでは特別やりたいことなんてないし、歩いたってそれまでかなぁって思ってたからなおさらだ。

 

「中将と葦原大尉からの命令だ。お前を最寄りの駅まで連れて行けってな。どうやら、お前だけを歩かせて駅まで行かせるという事がダメらしい」

「それ、どういう事…………?」

「俺もその辺は聞かされていないからわからない。だが、お前にこの長い距離を歩かせるのが気に食わなかったからとか理由はあるだろうな。だからこうして駅まで送っているわけだ」

 

昭弘はそう言うけど、頭の中では今ひとつ理解が追いついていない。あ、あれ…………? これって一応懲罰なんだよね? それだったら別に歩かせてもいいと思うのに…………なのに何故歩かせるのが気に食わないという結論に至ったのだろうか。昭弘も、これ以上はわからないといった感じだし、結局のところ、本当の理由なんてものがないのかもしれない。でも葦原大尉ならともかく、武岡中将がそんないい加減な感じで説明をするなんて事はありえないから…………あれ? なんだろう…………いつの間にか真相は藪の中へと消えていた。というか、全くもって答えが見えないって、裏がありそうで怖いよね…………。

その後しばらく無言の空間が続いた。私も何を話したらいいのかわからなかったし、昭弘も昭弘で運転に集中しているようだったからね。それから少し進んだところで、車は信号に引っかかって止まった。

 

「済まなかったな」

 

唐突に昭弘は私に謝罪の言葉を述べてきた。え? 昭弘って、私に何かしたっけ? 別に何もされてないし…………どうしてなんだろう。

 

「俺のいる部隊はいつもお前を始めとする連中に助けてもらっている。お前たちがいなかったら、俺たちはとっくの昔に死んでいるはずだ。だから…………お前が連行されたと聞いた時、何もできない自分が情けなくてな…………助けてやれなくて済まなかった」

 

あ、そう言う事…………でも、それは昭弘が気にする事じゃないと思うんだけどなぁ。連行されたのはあの女性少尉に暴行を私が加えてしまったからだし、仕方のない事だったと思うんだよね。

 

「それは昭弘が謝る必要なんてないよ。仕方ない事だったんだから…………それに、私はちゃんとここに戻ってきたじゃん」

「そう言われてもな…………」

 

信号が青になった事を確認した昭弘は再び車を走らせた。ふと昭弘の顔を見ると、どうにも納得してないような顔だった。うーん、昭弘って結構頑固なところあるんだよね。これ、どうしたらいいんだろ…………?

 

「…………まぁ、お前がそう言うのならいいか」

「うん。だから気にしなくていいからね」

 

意外にもあっさり納得した昭弘。この話結構長引くかなぁっと思っていたが故に、なんだか拍子抜けしたような感じもした。でも、これでいいのかもしれない。あんまりずるずると引きずるのは好きじゃないし、私に関係する事で長々と悩み続けて欲しくないからね。

そのまま車は進み、いつの間にか駅のすぐ近くまで来ていた。日もだいぶ上りきってきたし、始発まであと十分もの時間時間の余裕ができた。

 

「しばらくの間、会えないね」

「そうだな。だが、制服を着ているという事は、学校には行くんだろ?」

「まぁ、行けって言われているし、やれる事と言ったらそれくらいだもん。行くに決まってるよ」

「それならその時に会えるだろ。そう長い別れじゃねえんだ」

「そっか…………それもそうだね」

 

そんなやり取りをしている間に駅の前に到着した。駅のコンクリートに反射して、朝焼けが少し眩しく感じられる。私は荷物を取り出し車を降りた。乗る時はそこそこ段差があった高機動車だけど、降りる時は駅の段差の高さもあってかそんなに高くは感じられなかった。

 

「帰りはこっちに着いたら連絡をくれ。迎えに来る」

「うん、わかった。それじゃ、またね」

「ああ、またな」

 

少しだけ言葉を交わして、昭弘は基地へと戻っていった。朝焼けのせいで眩しかったけど、私はその高機動車の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立っていたのだった。

 

 

何本か電車を乗り継いで、午後には東京のとある郊外に到着していた。私の一応自宅はこの辺にあるんだけど、道中久しぶりに見る街並みは殆ど変わってなくて、どこか安心した気がする。戦場に変わってない事が私にとって一番安心した事項である事に変わりはない。誰だって自分の住んでいたところが焼け野原になっていたら嫌でしょ。まぁ、その分前線の悲惨さとかそういうのを知らないんだろうけどね。ほら、私達が日夜戦っている事なんて近隣住民以外には、情報統制がなされているし、その近隣住民も箝口令かが敷かれているから、どこからも情報は出ないんだよ。

まぁ、今の間は少しくらい忘れててもいいかな? 懲罰とはいえ一応休暇だし、やっとの事で取れた休みみたいなものだからね。とはいえ、ここ最近は負傷で一ヶ月近く休んでたから、リハビリとかもしなきゃいけないんだけど。そう考えると、今後は少し訓練の質を上げて、悠希や昭弘達と一緒に筋トレでもしなきゃいけないかなと思った。

そんな風に考えながら歩く事数分、ようやく見慣れた家が見えてきた。表札には『織斑』の文字。ここも全然変わってないんだね…………なんとなく嬉しいな。しかし、玄関の前にまで来た時に、その考えは一変する。扉の隙間から何やら謎のオーラが玄関から滲み出てきているような気がした。直感でわかる、これは非常にまずい事態だと。本当ならこういうのには手を出したくはないんだけど…………自宅である以上、手を出さないわけにはいかない。意を決して、私は玄関の扉を開いた。

 

「た、ただいま——って、なにこれ!?」

 

扉を開けた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、溢れんばかりのゴミの山。黒いビニール袋に包まれた廃棄物が堆く積み上がっていた。おまけに息をすると物凄く埃っぽい空気が入ってくるし、謎の臭いとかもしてくる。な、なにがあったのこれ…………自宅に帰ってきたのは良かったけど、まさかゴミ屋敷になっているなんて想像ができなかった。というか、なにをどうしたらこうなるわけ!? もしかして、私が家を出てからずっと掃除をしてこなかったとか…………流石に秋十がいる以上、それはないと思うけど…………。

あまりの惨状に私が呆然の立ち尽くしていると、突然ゴミの山の一部が動いた。ま、まさか、台所の黒い彗星!? こんな状態じゃいてもおかしくはないけど…………でも、帰ってきて真っ先に会うのがそれってのは嫌!! でもでも、早く処分しないと大変な事になるし…………一応、確認だけはしてみよう。あまりにも埃っぽいので靴は脱がずにそのまま家に上がった。そして、その蠢いたゴミ袋を取り除くとそこには——

 

「…………うぉ…………い、一夏姉? お、おかえり…………」

「あ、秋十ぉぉぉぉぉっ!?」

 

——ゴミの山に埋もれて瀕死になっている弟、秋十の姿があったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.09

ゴミの山の中で一生を終えかけていた弟を引きずり出した私は、空気がきれいな縁側に連れて行って、呼吸を整えさせていた。幸いにも命に別状はなさそうだが、あれほど劣悪な環境にいたんじゃ身が持たないと思うよ。

 

「ふぃ〜…………あー、死ぬかと思った。ありがと、一夏姉」

「別に大した事はしてないんだけどなぁ…………まぁ、あんなところで死なれなくて良かったよ」

 

現在深呼吸をして外の空気を吸っているのが私の弟である織斑秋十だ。戸籍上は違う事になっているけど、それでも私の事を家族として受け入れてくれている。なお性格はお人好しな上に、無意識の内に女の子を落としているそうだ。少なくとも、小学校の時は完全に落としていたのが両手の指で数えられないくらいいた。おまけに本人は超がつくほど鈍感だからね。その行為に全く気付かないのだ。姉として先が思いやられるよ。

 

「全く…………せっかく一夏姉が帰ってきたのに…………なんかごめん」

「謝らなくていいんだけど…………とりあえず、何があったの?」

 

私が秋十にそう問いかけると、何故か私から目を逸らした。…………何か後ろめたいことでもあるのだろうか? 心なしか汗をかいているようにも思える。てか、めちゃくちゃ冷や汗かいてない?

 

「そ、その、一夏姉」

「なに?」

「これは非常に由々しき問題だ…………なにが起きても、冷静でいてくれるか…………?」

「だから、なにが起きた——」

「——千冬姉が掃除をしようとした」

 

…………あれ? 私の耳が変になったのかな? 本来なら聞こえてはいけないものが聞こえたような気がするんだけど。

 

「…………ごめん、秋十。今なんて?」

「…………千冬姉が掃除をしようと、手をつけたんだ」

「うわぁぁぁぁぁっ!! 現実として受け入れたくないよぉぉぉぉぉっ!!」

 

聞きたくなかったし、信じたくなかった。なんで!? なんで手をつけちゃうのかな!? お姉ちゃん、自分が家事全般をすると大変な事になるって自覚してるのかな!? ただできないならまだ百歩譲って許せるけど、しようとした瞬間に被害が拡大してしまうってどういうこと!? 料理をしようとした暁には、バイオハザードになるか、大量破壊兵器が完成するか、リアルに未知との遭遇を果たすかとか、常識では考えられないことが発生するというのに!! …………まぁ、今回は掃除だから良かったけど…………って、全然良くない!! そのせいで現状ダストハザードと化しているんだから!! やっとの事で帰れて嬉しいはずなのに、帰ってきたらこんな戦場にも引けを取らない感じで惨状になっていて、思わず泣きたくなってしまった。

 

「なんでこうなるの!? なんとかしてこの状況を回避することはできなかったの!?」

 

嘆きとかそういうのが混じって、思わず秋十に八つ当たりしてしまいそうになった。秋十に当たるのはお門違いだってわかってるけど、こんなオチになるのは嫌だよ!

 

「…………その、俺が止めようとした時には既に…………」

「もうやだぁ…………ぐすん」

「一夏姉、泣かないでくれ…………」

 

弟に慰められる姉ってどうなんだろう…………? まぁ、一日ずれで秋十が産まれたからそう呼ばれてるだけで、実際双子の姉弟みたいなものなんだよね。それでも、ここまで姉の威厳がないと…………やっぱり私ってダメだなぁって思ってしまう。しかし、この現実から目そらしたいというのも事実であり、一番上の姉のせいだから尚更嫌になってくる。お姉ちゃん、無駄にやる気だけはあるから困る。あれだけ料理厳禁と掃除厳禁のお触れ書きを出しておいたというのに…………。

 

「と、とりあえず俺たちで掃除するとしようぜ? 千冬姉はその最奥部にいるから引きずり出さないと…………」

「…………うん。でも、さすがにあの量を私達だけで捌き切るとなると日が暮れると思うんだけど…………」

 

一瞬館山基地のみんなか横須賀基地のみんなに応援でも頼もうかと思ったけど、懲罰休暇の身でそれは流石にできないし、身内のことがバレると色々面倒だし…………何より身内の所為で自宅がダストハザード、もしくはゴミ屋敷になっていたなんて恥ずかしくて言えない。

 

「はぁ…………ちょっと弾のところにでも行って応援でも頼んでくるわ。多分彼処にならそれなりに人が集まってるだろうしさ」

「え? ケータイで呼べばいいんじゃないの?」

「…………俺のケータイ、あのゴミの奥」

「…………ごめん」

 

秋十はかなり落ち込んだ様子で弾君達がいる五反田食堂まで走って行った。まぁ、私が電話をしてもそれまでなんだけどさ、色々と説明もしなきゃいけないだろうしね。だって、名字の違う人が堂々とここにいるわけだし。それじゃ、私も片付けを始める準備をしますか。というわけで、裏の物置のところまで行って、その中に入る。幸い荷物の中には整備する時に着る作業用のツナギが入ってたからそれを使うことにしよう。制服が汚れるのだけは避けたいからね。着替え終わったら、今度は防塵マスクとゴーグルを装備して、と。こうでもしないとあの魔境に入る勇気なんてない。前なんてお姉ちゃんと束お姉ちゃんが起こした我が家の大災害(グランド・カタストロフ)で古代生物みたいなものを発見したし、謎の微粒子が漂っていたこともあるから、今回も最低でそれくらいにはなっているはずだ。…………改めて私のお姉ちゃんが世界最強とかと呼ばれる理由がわかった気がする、こんな形で知りたくはなかったけど。

 

「うぉーい、一夏姉! 弾達を連れてきたぞ!」

 

玄関の方から秋十の声が聞こえた。どうやら援軍は到着したみたい。じゃ、私も行かなきゃいけないね。玄関の前に行くと、弾君に蘭ちゃん、それに数馬君まで集まってくれていた。というか、みんなここに私がいる事に驚いているようだ。

 

「うん、ありがと。それじゃよろしくね、みんな」

「お、おう…………しかしな、なんで一夏が秋十といるんだ?」

「も、もしかしてお前らって…………」

「つ、付き合ってるんですか!?」

 

…………なんか論点がすごくずれているような気がする。まぁ、名字が違うわけだし、そうも思っちゃうか。それで、私が説明しようとしたんだけど、

 

「はぁ? 何言ってるんだ? 一夏姉は俺の姉だぞ」

「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」

 

秋十がそんな私の考えなどいざ知らずといった感じで、カミングアウトしやがりました。そのおかげでみんなあんぐりと口を開けて呆然としている。ただでさえ混沌としたこの家を前に、さらに混沌とした状況を生み出さないでくれるかなぁ…………?

 

「ちょ、ちょっと一夏! 秋十の言ってることってマジか!?」

「う、うん。そうだよ、今は紅城って名乗ってるけど、元は織斑だからね。中学に入る前、訳あって変えたんだ。まぁ、その訳は言えないけどね」

「…………なんか俺、凄くとんでもないこと聞いた気がする」

「…………お兄、私もそうなんだけど」

「…………ちなみに秋十、これ知ってるのって何人くらいいんの?」

「俺達と千冬姉くらいだな。あ、口外はするなよ、結構やばい話だから」

「「「りょ、了解…………」」」

 

まぁ、確かに無闇矢鱈に話は広めてほしくないけどさ、そんな脅しみたいなことする必要ある? こう見えて秋十も結構なシスコンだったりするから困る。私の家の一族にまともな人間はいないのかな…………そう本気で思ってしまった。

 

「それじゃ始めよっか」

「それはいいんだけどさ…………こんなに道具いるのか?」

 

そう言って弾君が指差した先には、掃除機にビニール袋にちりとりに竹ぼうきとたくさんの道具が載ったリヤカーがあった。おまけにみんな防塵マスクとゴーグルは装備している。これが最低限の装備だから、本当お姉ちゃんには家事をさせたくない。いちいちこんなことをしていたらこっちの身が持たないし、今回みたいに秋十が瀕死どころか天に召される可能性が高くなるからね。

 

「まぁ…………中を見たら理解すると思うよ」

「ふーん。でも、掃除にこれっているのか? 普通どころか絶対使わねえだろ、これは」

 

そう言って数馬君が取り出したのは氷結式の殺虫剤に木槌、そしてエアガンのショットガンだ。まぁ、普通どころか絶対にお世話にならないと思う道具達だけど、今回はもしかすると必要になる可能性が高いんだよね。

 

「それ、一番重要な装備だぞ…………一応一夏姉に預けておいてくれ」

「お、おう。ほら、一夏」

「うん、ありがと」

 

その道具を受け取った私は殺虫剤と木槌をツナギのホルスターに、ショットガンは肩からかけて背負うことにした。これで少しは安心できるかな? 万が一遭遇してもこれで葬れるし。というか、蘭ちゃん、なんでそんなそれ絶対必要みたいな顔してるの?

 

「じゃ、俺と一夏姉で先に中に入るから、蘭はその後ろを掃除機とかかけてくれ」

「はーい! わかりました、秋十さん!」

「あれ秋十? 俺らは?」

「お前らは交代でゴミ捨て。多分地獄のチキンレースになるぜ?」

「へいへい。そんじゃ、片方は中の手伝いってわけだな」

「そういうことになるね」

 

秋十のお陰で作業分担はかなり早く終わっていた。まぁ、普通に考えて私達が突入要員だよね…………いつもは後方支援なのに違和感があるよ。とはいえそんなことを言っていたら今夜は野営確定なのでさっさと終わらせるべく、再び玄関のドアを開けたのだった。中には相変わらずのゴミの山。埃漂う空気。あと、その辺の隅で何かが蠢いている。…………これを友人達に見せるのってかなり気がひけるなぁ…………。

 

「うわぁ…………前の時より酷くねえか?」

「…………これが人間のなせる業なのか?」

「…………そういえばあの時、お兄も数馬さんも結構あとの方に来たから、あの悲劇は知らないんだっけ」

 

確かにドン引きしているようだけど、前にもとかそんな言葉が聞こえてきた。ちょっと待って、もしかして——

 

「…………秋十?」

「…………実を言うと前にもこれより低いレベルだけど、グランド・カタストロフが…………」

 

はい、あとでお姉ちゃん見つけたらお仕置きすることが確定しました。一回程度ならまだギリギリ禁酒一ヶ月程度で許そうかなとか思ってたけど、二度目となったらもう許さない。禁酒に加えて、持ってるお酒の半分くらい燃料として使ってやる。

 

「フフフ…………じゃ、早く片付けてお姉ちゃんしばかなきゃ」

「い、イエス・マム!!」

 

というわけで掃除開始。まずは順当に手前のゴミ袋から手をつけて行って出していく。その受け取りを弾君がして、積み込みと最初の廃棄は数馬君がする事になった。で、少し開けてきた場所から掃除機と竹ぼうきで蘭ちゃんが綺麗にしてくれる。そういう作戦で行っていたんだけど…………

 

「…………減らないんだけど」

「…………一夏姉、思っても言わないで」

 

減る気配が見えない。既に弾君と数馬君が四往復してゴミ捨て場に持って行ったのに、減らないってどういうことだろう? それでもリビングに通じる道はなんとか確保したけど。どうやらリビングはドアが閉まっていたお陰でこの大災害の被害を受けなかったようだ。それだけがせめてもの救いだよ…………。

 

「これ今日中に終わるんですか…………?」

「終わらないとここで俺ら寝られないんだが…………」

 

終わらせるしかない、そうしないと本当に野営確定なんだから。なお、野営装備はない。愚痴もほどほどに作業を黙々と続けていた時だった。

 

「!? い、一夏さん…………今何かがそこを動いたような…………」

 

蘭ちゃんが何か動くものを見つけてしまったようだ。私と秋十は目線で会話をし、そのままその場所のゴミ袋を一つずつ撤去していく。今回も黒い彗星か古代生物か未知との遭遇になるんだろうなぁ…………前は何やら大型化したダンゴムシ(王蟲)とか、異常な形になったトンボ(大王ヤンマ)とかそういうのが出てきたからね。まぁ、問答無用で叩き潰したけど。

そんな昔のこと考えながら作業をしていたら、とうとうそいつと邂逅してしまった。カサカサと蠢くそれは、小判みたいな形をしていて、節があって、触角がある——間違いない、三葉虫だこれ。本当だったら捕獲して博物館とかに持って行ったらいいと思うけど、おそらく黒い彗星がこの劣悪環境下において突然変異してしまったものだと思われるので、殺処分しなきゃいけない。

 

「秋十、スプレー」

「へーい」

 

秋十がホルスターに取り付けておいた殺虫剤を吹き付け、完全に凍結させたことを確認してからビニール袋に突っ込み、それごと木槌で叩いた。うまく凍ってくれたようで、見事木っ端微塵になった古代生物はゴミ袋と一緒に廃棄処分である。

 

「い、いったい今度は何が出たんですか? ま、また台所の黒い彗星ですか?」

「まぁ、もしかするとそれに近いかも…………この家は地球の歴史を遡るつもりかよ」

「…………前はウミサソリも出たもんね」

 

こんな感じに古代生物と邂逅しまくるせいで、いつの間にか結構な数を私も知るようになってしまった。今のところまだ小さいものがほとんどだけど…………これが本気で突然変異を起こして恐竜なんて出た暁には国防軍を呼ばなきゃいけない気がする。多分、私たちの手には負えない。

その後も

 

「ギャーッ! 奴だ! 黒い彗星が四匹出たぞ! 殺虫剤を貸してくれぇぇぇぇぇっ!!」

 

弾君が黒い彗星と出くわしたり、

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!? エイリアンじゃないのか!? ショットガンをこっちに!!」

 

数馬君が翅の生えたムカデみたいな生命体(ヘビケラ)に出会ったり、

 

「…………なんかキノコが生えてますよ? どうやったら生えるんですか…………」

 

蘭ちゃんがゴミ袋から生える赤い大きなキノコ(超大型ベニテングダケ)を見つけたり、

 

「…………この家は魔境じゃねえのか? なんで異星起源種(BE○A)がいるんだよ…………」

 

秋十が何やら小さい赤くて変な生き物らしき何か(戦車級)を出刃庖丁で叩ききったり、

 

「もうやだ…………なんでこんな暗黒物質ができるの…………」

 

私がその辺に転がっている形容しがたい何かを淡々とゴミ袋に詰め込んでいったりと、中々に混沌とした光景が繰り広げられていた。常識的な人なら三分と経たずに卒倒する環境にかれこれ二時間近くいても平気なあたり、相当私も常識が壊れてきたんだなぁって思えてくる。

 

「ふぅ…………これで最後だね」

 

目の前には今まで以上にうず高く積み上がったゴミ袋の山が出現した。この先はトイレだったはずだから、もうこのゴミ山と出会うことはない。つまり、これがラスボスというわけだ。…………はぁ、ここに来るまで本当にしんどかった。黒い彗星は出るし、古代生物は出るし、未知との遭遇も果たしちゃうし…………本当、お姉ちゃんは掃除をしただけなんだろうか? 実は科学実験でもしてたんじゃないの? まぁ、とにかく今はこの最後の壁を崩すだけだ。

 

「最後だけど、何が出るかわからないから、気を引き締めていくよ」

「「「「い、イエス・マム!」」」」

 

そして何故か軍隊式の返事をする秋十達。なんでこんな事になったのか私の方が知りたい。しかも全員が途中で拾った木刀、殺虫剤、ショットガン、竹ぼうきと重装備化している。まぁ、これなら次に何が出てきてもなんとかなるのかな?

というわけで、作業再開。とにかくゴミ袋を手当たり次第にとっては外に放り出していく。今のところ何も蠢く気配はないから、あとは普通の掃除をするだけだ。

 

「あぁー…………やっと掃除してるって感じがするぜ…………」

「こんなにも掃除が楽って、不思議な感じがしますね…………」

「…………前はこれより酷かったなんて言える…………?」

「…………普通に考えて言えねえだろ…………」

「もうごみ捨て場が満タンになったぞ!! どーすんだ、この残り!?」

 

かなり悲惨な声があちこちから聞こえるけど、私と秋十の間では呆れの声しか出なかった。というか待って、ごみ捨て場が満タンになったの!? あそこって道路の一角を丸ごと使った大きめのごみ捨て場だと思うんだけど!? …………ゴミ処理場の人、物凄い量のゴミが行くので頑張ってください。

そして、ようやく残り十袋くらいかなと思った時、人の手が出てきた。その光景に弾君達三人は軽く悲鳴をあげるが、私と秋十は呆れと嘆きのため息しか出てこない。ここに至るまで約三時間、まだ夕暮れにはなってないけど、午後の半分使ってようやくだ。さて、窒息死される前に回収するとしますか…………。

 

「秋十、そこのバカお姉ちゃんを引きずり出して、どっかにやっておいて。後は私達でやるから」

「へーい…………」

 

少々げんなりした雰囲気で秋十は出ている手を引っ張って本体を取り出した。無論出てきたのは気絶しているお姉ちゃん。ジャージを着て掃除しようとしたらしいけど、この惨状の爆心地に居たため、全身埃まみれで少々汚い。秋十によって引きずられていくお姉ちゃんの姿を見た三人は、『…………あぁ、またかぁ…………』と何か達観したような顔つきになっていた。…………本当、身内が迷惑をかけてごめん。

その後、残ったゴミ達は綺麗に片付き、結局、元の家の状態に戻るまで合計三時間半もかかってしまったのだった。

 

 

「変なお化け屋敷より怖かったです…………」

「それは…………ごめん」

「でも、相変わらず貴重な体験になるわ、これ」

「そんじゃ俺たちは帰るからなー。お疲れさーん」

「おう。気をつけて帰れよ」

 

地獄の掃除を終えた後、三人は疲れ切った表情をして帰って行った。本当に心から申し訳ないと思う。貴重な体験とか弾君は言ってくれるけどさ…………あれ、貴重とか通り越して危険な事だからね? これがもし料理とかだったらバイオハザード確定だよ。というか、掃除をして未知の生命体を生み出す時点で色々とおかしい。そういう人を私達は家事の天災と呼ぶ。

 

「はぁ…………休暇の初日がこれとか先が思いやられるんだけど…………」

「一夏姉の頭から休むという概念が消えそうだな、こりゃ…………」

 

三人を見送った後、私達は揃ってため息をついた。うぅ…………久々にきた休暇だから、自宅で少しはゆっくりとできると思ったのに…………こんなオチってあるのかな…………? そんな事を思いながら、再び玄関をくぐり、リビングの方に向かった。

 

「な、なぁ秋十…………これを解いてくれないか?」

 

そこにはツボ押しマットの上に正座させて、両腕を縛り、額に『懲罰中』の張り紙を貼り付けられているお姉ちゃんの姿があった。なお、これは秋十がやった模様。掃除を終えたら、秋十がいつの間にかこんな事をしていたんだよ。手際いいなぁと思いながら、そういえばお姉ちゃんには前科ありだった事を思い出し、それで妙に納得してしまった。

 

「解けるわけないだろ、千冬姉…………大体なんで掃除をやろうとしたんだ…………おかげでこっちは三途の川を一瞬渡りかけたんだぞ」

 

あ、やっぱり瀕死になってたんだ。というか、よく半日以上あんな環境で生きていられたよね…………私だったらすぐに天に召されそうなんだけど。あ、お姉ちゃんに関しては別に心配はしてない。色々と死にそうにないし。例外はフレズヴェルクくらいかな?

 

「そ、それはだな…………一夏がそのうち帰るって前に言ってたから、少しはできるようになった事を見せようと思ってだな…………」

 

あー、そういえば言ってたっけ。次の休暇になったら顔を出すって…………でも、その休暇って確か予定ではあの後の二ヶ月後になっていたはずだから…………これ、休暇が早まって正解だった? 下手したら第三の被害が出ていたかもしれない。あんな大災害、二度と起こしてはいけない、何度もそう誓ってきたが、事の元凶をなんとかしない限りは無理だ、これ。

 

「それで家の主要通路全部込みで溢れ返させて、おまけにあの黒い彗星を繁殖、突然変異させちゃったら意味ないでしょ…………」

「ぐっ…………確かにそれはそうだが…………私は善意でやろうとしてだな…………」

 

お姉ちゃんに反省する気配が見えない。よし、こうなったらやることは一つだけだね。前科二犯だとしたら、やっぱりこうするのが妥当だ。

 

「はぁ…………秋十、お姉ちゃんが隠し持ってるお酒、その半分持ってきて。没収するから」

「あいよー」

「ちょ、ちょっと待て!? そ、それだけはやめてくれ!!」

「え、やだよ? だってお姉ちゃんこのくらいしないと反省しないでしょ?」

「い、一夏ぁ…………」

 

大好物であるお酒を没収されると知り、その場にうなだれるお姉ちゃん。世間一般で言われている世界最強としての威厳はどこにもなく、残念なお姉ちゃんの姿しかそこになかった。多分、世間の人がこれを見たら多分『誰これ?』って顔をすること間違いない。

 

「まだ加熱してアルコール分飛ばさないだけマシでしょ?」

「鬼か…………お前は鬼なのか…………?」

 

なんと言われようが私はどうだっていい。死因が身内の掃除、もしくは料理とかにならないようにするにはこうしなきゃいけないんだ。あと、帰った家がゴミ屋敷になってないようにするためにも。

 

「おー、一夏姉。とりあえず高そうな酒持ってきたぞー」

「うん、ありがと。それじゃ私の部屋の金庫にでも入れておいて。番号は任せるから」

「おっけー」

「ま、待て秋十! せ、せめて…………せめてその赤霧島だけは——」

「——悪い、俺だってゴミの中で死にたくはねえから」

「秋十ぉぉぉぉぉっ!!」

 

流石の秋十も慈悲なんてなかった。そのまま秋十によって没収されるお酒を前に、お姉ちゃんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。というか、そのお酒ってどのお金で買ったの…………? 少なくとも私の送っているお金で買ってないと思いたい。あれ、一応生活金として送っているから。確かに楽はさせてあげたいけど、そのお金で豪遊されるとなったら…………私、本気で怒るよ?

 

「うおぉぉ…………私の燃料がぁぁぁ…………」

「最低でも私の休暇期間中は没収、ついでに一ヶ月の禁酒だからね。あと、これに懲りたら私か秋十の許可がない限り、料理も掃除もダメだから」

 

台拭きとかカップ麺程度ならなんともないのだが、本格的に掃除を始めると大惨事になるというのだからタチが悪い。はぁ…………これだからお姉ちゃんには男の人がくっついてこない。というか、このまま結婚させて家事を任せたら、その人が確実にあの世送りになる未来しか見えない。できれば家事全般ができる人と結婚してほしいと私と秋十は思っている。

 

「は、はい…………」

 

お姉ちゃんは非常に沈んだ顔をしているけど、そんな顔になりたいのはむしろこっちだ。懲罰とはいえ、やっと出撃のかからない休暇を手に入れることができたというのに、帰ってきてすぐに大掃除とか、年末の大仕事かなとか思ってしまったんだから…………おかげでご近所さんから『あら、大掃除? 気がはやいわねえ』とかと言われたんだから…………おまけに初日からかなり疲れたし、全然休めなかった。泣きたいのはむしろこっちだよ…………。

 

「一夏姉、しまってきたぞー」

「それじゃ、夕ご飯の準備でもしよっか。秋十、何か食べたいものとかある?」

「そうだなぁ…………青椒肉絲とかいける?」

「うーん、材料あればいけるかもしれないね。でも、一応買い物に行ってくるから。ちょっと遅くなってもいい?」

「おう。なら、俺も一緒に行こうか?」

「そうだね、荷物持ちしてもらってもいいかな? それに、秋十なら冷蔵庫中身覚えていそうだしね」

「おーい、私はどうなるんだ…………?」

「あとその場で四時間正座」

「…………悪魔だ…………」

 

そう言って再び崩れるお姉ちゃん。それを背に私と秋十は買い物に行く準備をしていた。なお、今の私達の力関係で言ったら、私が一番強くてお姉ちゃんが最下位である。家事のできる度合いがこの家の力関係を左右するといっても過言ではない。しかし、今から私服に着替えるのもなんだか億劫だから、荷物の中に仕舞った学校の制服に着替えることにした。幸い、埃まみれになっておらず、ちょっとシワがあるかなくらいだから、問題なく着れる。因みに今秋十は冷蔵庫の中身を確認しに行っている。だから別に恥ずかしくなんてない。お姉ちゃんも項垂れて顔を伏せているしね。

 

「秋十、そっちは確認終わった?」

「ああ。ついでに、丁度色々切らしかけていたからそれも買わないといけなくなったわ」

「お財布の中身、足りるかな…………?」

「なんとかなるだろ、きっと。早くしないとセールの時間が終わっちまうぜ?」

「そうだね、それじゃ行こっか」

「おうよ」

「…………完全に蚊帳の外だな、私」

 

お姉ちゃんが何かぶつくさ言ったような気がするけど、気にしない。準備を終えて私達は玄関へと向かった。玄関周りも蘭ちゃんが掃除してくれたおかげで、最初に入った時よりはかなり綺麗になっている。…………あぁ、思いだしただけであのダストハザードは嫌になってくる。でも、それって…………ここが戦場と離れているから、その当たり前の日常が流れているから起こることなんだよね…………? そう考えると、私達が守ってきたものが残っている感じがして、自分たちのしていることが無駄じゃないって思えてくる。

 

「…………そう言えば、まだ言ってなかったな、一夏」

「うん? なに、お姉ちゃん?」

 

ふとお姉ちゃんがリビングの方から声をかけてきた。というか、ツボ押しマットごと玄関まで出てきた。どうやって移動したのか聞きたいけど、お姉ちゃんの事だから強引な手段を使って出てきたに違いない。

 

「その…………よく生きて帰ってきてくれたな。おかえり、一夏。それと、いってらっしゃい」

 

かけられた言葉は、多分ごく当たり前な言葉だと思うんだけど…………でも、その当たり前の言葉が私にとってはとても大事な言葉に聞こえた。思わず、その場に少し立ち止まっていた。こんな挨拶をするのはいつぶりだろう…………少なくとも入隊する前はいつもあったはずだ。

 

「おーい、一夏姉! 俺、先に行ってるぞー!」

 

すでに玄関を出ていた秋十に早く来いと催促される。夕ご飯の材料を買うために弟と一緒に出かける…………そんなどこにでもあるような当たり前の光景が、私の目に映っていた。掃除したり、買い物に行ったり…………私にとっての日常が、ごく普通に流れている…………そう考えただけでどこか嬉しいものがあった。弟に急かされた私は急いで靴を履き、買い物袋を持って外へ出た。そこにいつもの言葉を付け加えて。

 

「うん、ただいま、お姉ちゃん。それと、ちょっと買い物に行ってくるね」




最近思った事

オルタナティブガールズをやっているんだが、その中のシルビアってキャラが、轟雷ちゃんにめっちゃ似てると思った。

至極どうでもいい事でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.10

「ふー、食った食った。やっぱり一夏姉の飯はうまいぜ!」

「そう言ってもらえると作った甲斐があったよ」

「ぐぬぬ…………これを酒の肴にできなかったのが悔やまれるぞ」

 

夕ご飯の後、リビングでくつろいでいる二人を背に、私は洗い物をしていた。久々に料理したんだけど、二人とも喜んで食べてくれて嬉しかった。あ、お姉ちゃんの拘束はもう解除したよ。流石にあのままにしておくのは最初はいいかと思っていたけど、なんだか見ているうちに私が尋問と拘束をされていた時を思い出してしまって…………それで解放したんだよ。まぁ、解除した直後に『愛してるぞ、一夏ぁぁぁぁっ!!』とか叫んで抱きしめられて、背中の骨がなってはいけない音がしかけたから、思わず鳩尾に一発エルボー食らわせたけどね。それはともかく、今こうして家事をしているわけだけど、どこか懐かしい気分になっていた。父さんも母さんもいない私達は、みんなで協力してここまで生きてきた。最初の頃は箒の家の人たちにお世話になっていたけど、箒達が引っ越した後はお姉ちゃんがバイトして稼いでいた。私達もお姉ちゃんを手伝おうかと思ったけど、私はどちらかといえば家事を任されていたからね。バイトはお姉ちゃん、家事は私、両方の手伝いを秋十といった感じでやっていた。だから、こんな風にしていると、昔を思い出して、そんな頃もあったんだと思ってしまうんだ。あの頃は大変だったなぁ…………お姉ちゃんは言うまでもなく、秋十も手伝うと言った瞬間包丁で指を切るし…………家事よりそっちの方が大変だった気がする。

 

(よし、これで終わり、っと)

 

最後の皿を洗い終え、洗い物カゴに突っ込んだ。こうしておくと水滴が下に落ちて、拭くときに凄く楽になるんだよ。あと、お湯でやった方が乾きやすいしね。

 

「ふぅ、こっちはとりあえず終わったよ」

「そうか。すまんな、せっかくの休暇だというのに」

「いいって、いつもの生活の中にいるのも休暇みたいなものだから。それに、バイオハザードを引き起こされても困るしね」

「…………痛いところを突くな、痛いところを」

「まぁ、正論だけどな。死因が身内のバイオハザードだけは勘弁してくれよ、千冬姉?」

 

秋十まで言われて完全に轟沈するお姉ちゃん。そこに世界最強の威厳など一つも残されていない。多分、家と外の差が激しい人ランキング一位になる事間違いなしだ。とはいえ、久しぶりにした家事はなんだか新鮮なものに感じた。いつもは身の回りでする事なんて言ったら洗濯くらいだし、ご飯は基地のPXで食べられるから炊事する必要なんてないしね。

 

「そうだ、先にお風呂はいってきてもいいかな? 向こうだとシャワーしかなくてさ」

「おお、いいぜ。湯加減はどうだかわからないけどな」

「秋十の事だから丁度いいとは思うけどね」

 

轟沈して再浮上する気配のないお姉ちゃんをよそに私はお風呂に入る事にした。基地の方じゃシャワーしかないし、近くの銭湯に行こうにも外出届を出さなきゃいけないから、ゆっくり湯船に浸かるなんて事はある意味贅沢な事だったんだよ。家のお風呂ならそういう事は必要ないしね。というわけで、お風呂に入って入る準備をするべく、一旦部屋に向かい着替えを取りに行く事にしたのだった。…………そういえば足首まで隠せる服って、私持ってたっけ?

 

 

(はふぅ…………気持ちいいなぁ…………)

 

湯船に身体を沈めた私は思わず力の抜けたような声を出しそうになった。程よい温度が今まで戦闘で溜まっていた疲れとかそういうのを一気にほぐしていくような気がする。髪が濡れる事もお構いなく、私の長い髪は湯船に浮いて広がっている。なお、ここ最近まともに手入れをした事はない。せいぜい髪を洗って乾かしてくらいだからね。それでも基地にいる女性達から綺麗な髪だって言ってくれる。きっとそれはお姉ちゃん譲りの髪だからなのかもしれないけどね。お姉ちゃんも手入れが雑だけど、艶とかがある髪だし。

ただ、ふと視界を下に移すとそこには幾多もの裂傷が刻み込まれた私の両足が目に映る。二度と消える事のない傷…………まぁ、仕方のない事だって割り切ってるからいいけどね。それに、細かい傷なら左腕にも少しあるし、まだ痣も少し残っているし、戦場に身を置いているわけだから傷がつくのは仕方ない事なんだ。足が吹っ飛んだり、命を落とす事と比べたら全然マシだよ。でも…………この傷、秋十には知られたくないかな。お姉ちゃんは一緒に出撃したから分かっているし割り切っているけど、秋十はそうじゃない。きっと取り乱すに違いない。せめてこの休暇中だけでも…………私達の日常に戦場の傷を持ち込みたくはない。たとえそれが私達の存在を隠蔽されて作られた歪な平和の中の日常だとしても…………秋十にとってはそれが真の日常だから…………壊すわけにはいかないよ。

 

(そういえば、今日までいろんな事あったなぁ…………)

 

傷が目に入ったついでに今までのいろんな事が思い出されてきた。確か入隊を決意したのが十三歳になった次の日だった気がする。その後は地獄の訓練を習志野や富士演習場でして、一年前に訓練での成績を加味されて若年兵少尉として正式入隊したんだっけ。尤も、正規FAパイロットは最低階級でも少尉とか後で葦原大尉に教えてもらったっけ。同期でいた雪華が整備兵軍曹だからそういうのもあるのかもしれない。それで、その二週間後の初の実戦ではちょっと漏らしてしまったけど、逃げ遅れた民間人を助ける事ができたからよかった。そしてその後に中尉に昇格したんだけど、結局基地内最年少だから子供扱いされたままだっけ。特に中隊の悠希以外のみんなからはよく子供扱いされたよ。まぁ、中学生だからそう言われても仕方ないかなと途中で諦めた。それからは中隊のみんなの足を引っ張らないように戦ってきた。そんな時に来たのがドイツでの任務。結果から言えば成功だけど、その時に私が負傷、今の傷が残っている。帰国してからは横須賀でお世話になって、この間の出撃の時にゼルフィカールに乗って戦場に帰ったんだっけ。そしたら、なんか拘束されて尋問されて、査問会受けて今に至る。本当にいろんな事があったよ。そして、懲罰休暇を与えられて、その先に見たのはかつての日常…………私が守りたかったものがあった。だから…………本当にここまでやってきてよかったって思ってる。

 

(でも…………まだだ、まだ終わったわけじゃない…………)

 

洗い終えた髪をまとめながらそう思った。長い髪である故になかなかまとめるのが大変だ。でも、そのまま張り付くのも少しあれだし、痛みにくいと言われても最低限大切にはしたい。けど、それよりも…………私の戦いはまだ終わったわけじゃない。前回起きたIS学園に向かうアント達…………あれがもし民間地区へと向かっていたと考えると…………ぞっとする。それに睦海降下艇基地が活動を停止したわけじゃない。むしろこれからどんどん激しさを増していくに違いない。被害も大きくなるかもしれない。でも、私のやる事は変わらない…………戦って、戦って、戦って、最後の一体を確実に撃破するまで戦い続ける。それが私の——いや、私達国防軍の使命だから。…………やっぱり、もう身に染み付いてしまった以上、戦場から離れる事なんて出来ないんだね。そうやって休暇にまで仕事の事を考えてしまう自分がバカ真面目すぎるなと思いながら、身体を洗う為にボディーソープに手を伸ばした時だった。

 

(あ、あれ…………? な、なんで出ないの? もしかして、切れてる…………?)

 

持ってみるとやけに軽い。中身はほとんど入ってないに等しいだろう。…………これが最後の一本ってオチはないよね…………? 脱衣所に替えのボディーソープあるかなぁ…………? そう思って一度お風呂場を出る事にしたのだった。

 

◇◇◇

 

「あ、いっけね。忘れてた」

「どうした、急に。買い忘れでもしてきたのか?」

 

遡る事、数分前。リビングで千冬とともに茶を啜っていた秋十は徐に何かを思い出した。記憶力がいい秋十が忘れたと言ったため、千冬も何事かと思ったが、明らかにそこまでマズイ顔をしてなかったから普段通りに彼へ聞いたのだった。

 

「ああ、ボディーソープ切れてた事思い出してさ。確か補充用のやつをまだ脱衣所に持ってってなかったんだ」

 

それを聞いた瞬間、千冬はこれはマズイと思った。一声かけてから入るならまだしも、彼の場合デリカシーのかけらなど一切なく、堂々と入っていくのだ。事実、千冬も何度か脱衣所で彼と遭遇するという事があった。尤も、その度にしばかれるも、治る気配などなく、千冬が頭を悩ませる要因の一つとなっている。自分ならまだしも、今回は一夏が入っている。自分よりまだ女らしさが残っている一夏と、万が一脱衣所でエンカウントしてしまったとなれば…………おそらく一夏が多大なダメージを負うかもしれない。それに、一夏の両足にある傷の事を千冬は秋十に話していない。見られた一夏が傷つくだけでなく、見てしまった秋十も衝撃を受けてしまうだろう。それだけは避けるべく行動を起こそうとした千冬だったが

 

「それじゃちょっと置いてくる——」

「ま、待て!!」

 

既にリビングを出て脱衣所に向かう秋十。しかも大して距離がないから防ぐのはもう手遅れである。こうなった以上、千冬は一夏と秋十がばったり出くわさない事を祈る事しかできなかった。

 

「——ひゃあぁぁぁぁっ!?」

 

…………しかしながら、その願いは無情にも打ち砕かれる。響き渡る悲鳴と何かを叩く音を聞きながら千冬はこう思ったのだった。——私もつくづく運のないものだな、と。

 

◇◇◇

 

「…………それで、弁明する事はあるのか? ええ、秋十?」

「…………全て自分の責任でございます、姉上。申し訳ございません…………」

 

脱衣所で秋十とエンカウントしてしまった私は思わず悲鳴をあげて、思いっきり頬を叩いてしまった。その証拠に秋十の左頬には大きな紅葉が出来ている。いや、誰だって身内に見られとはいえ異性なんだからびっくりするでしょ!? ただでさえ私はこういう類の事が苦手だというのに…………葦原大尉のセクハラはどっちかと言ったら肉体的でなく茶化す感じだから別にそこまで驚いたりしないけど、今回はバッチリ見られたからこうもなってしまう。現在秋十はお姉ちゃんの手によってツボ押しマットの上に正座させられている。今回といい、秋十はデリカシーというものが本当に欠如してると思うよ…………せめてノックくらいしてワンテンポおいてくれたらこんな事にはならなかったのにと思ってしまう。

 

「謝るのは私の方ではないだろう」

「…………本当に申し訳ございません、一夏姉。一夏姉の玉のお肌を無断で見た事を深くお詫び申し上げます…………」

 

綺麗に土下座を決めて謝ってくる秋十。別に私はお姉ちゃんほど怒っているわけではないから、今回だけは許そうかなと思う。まぁ、身内だったからというのもあるけどね。

 

「…………今回だけは許すよ」

「ほ、本当か!?」

「でも、もし今度こんな事があったら…………ロングレンジキャノンを打ち込むからね?」

「い、イエス・マム!!」

 

そう言って何故か軍隊式の挨拶をしてくる秋十は一体どこでそんな事を覚えてきたのだろうか。少なくとも私はありえないから、弾君とかそのあたりかな? それはひとまず後で考えるとして…………正直私の裸を見られた以上に気になって仕方ない事がある。

 

「それよりもさ、秋十…………その、見た?」

「え…………一夏姉の裸体ならこれでもかと——」

「そうじゃなくて…………その、足の傷とか…………」

 

そう、私の両足にある幾多もの裂傷のことだ。これは秋十にだけは知られたくなかったものだから…………できれば私の上半身だけを見ただけで終わってほしいと心の底から祈っていた。

 

「…………あ、ああ…………まだ目に焼き付いてるよ…………」

 

だが、そんな祈りは無情にも打ち砕かれてしまった。知られたくなかった事を知られてしまったから、思わずどうしたらいいかわからなくなってしまった。よく見たらお姉ちゃんも同じように眉間に手を当てて考えている。でも…………ここで伝えなかったらこの後が大変な気もする。それに、秋十が何かを思い悩んでしまうかもしれない。

 

「その…………一夏姉。あまり聞きたくはないんだけど、その傷って一体…………」

 

やはり秋十も傷について気になってしまっているようだ。やっぱり、ここはしっかり話すべきなんだろう。そう思って私が説明しようとした時だった。

 

「一夏の傷についてなんだがな…………訓練中の事故でついたそうだ。後の事は私も知らされていない」

 

お姉ちゃんが私よりも先に説明していた。思わずお姉ちゃんの目を見ると『ここは私に任せろ』と言っていたように感じた。その目を信じて私はお姉ちゃんにこの件を任せる事にしたのだった。

 

「それにだ、その事故に関しても箝口令が敷かれている。秋十、必要以上に事を知ろうとなど思うなよ」

「わ、わかった…………」

 

お姉ちゃんの威圧に気圧された秋十は納得するしかなかったようだ。確かに秋十には言えないような中身だからね…………しかも、国連軍司令部からの箝口令だから、知った者はきっと拘束されるに違いない。そんな事に家族を巻き込みたくないのはお姉ちゃんも同じようだ。嘘をついてしまった事になるけど、これは家族を守るためだと自身を無理やり納得させた。でも、それ以上に秋十はこの傷を見てどう思ってしまったのだろう…………それが気になって仕方ない。

 

「そ、その、秋十…………私の傷を見てどう思った…………? やっぱり、こんな傷だらけの人って気持ち悪いよ、ね…………?」

 

思わずそんな事を秋十に聞いていた。本当は聞きたくなかったけど…………でも、変に黙って距離を置かれるよりは聞いてから距離を置かれる方がマシだから…………。でも、その事を聞いて身近な人が離れるって考えたら…………なんだか寂しくなって…………目尻が少しだけ熱くなってくるのを感じた。秋十は少し考えるような素振りを見せてから、口を開いた。どんな辛い言葉が来てもいいように私も身構えた。

 

「そんなわけないだろ」

 

けど、代わりに来たのは抱きしめられるような感覚。

 

「事故だったなら仕方ないし、避けようがなかったんだろ? それにさ…………一夏姉は綺麗だよ。見た目だけじゃなくて、その優しさとかがさ。だから、そんなこと言うなよ」

 

ほとんどの人は恐らくこの傷を見ただけで私を腫れもの扱いするかもしれない、もしかすると秋十と同じようになるかもしれない…………そう考えていたから、余計に今の言葉が染み入ってくる。秋十は確かにお人好しで女誑しだけど…………でも、それ以上に誰にも優しい、私の自慢の弟だ。その優しさが今の私にはとても心地よく感じられる。気がつけば目尻の熱さもなくなり、私も秋十を抱き返していた。

 

「…………ありがと、秋十。やっぱり秋十は優しいね」

「へへっ…………例えさ、みんなが一夏姉の事を否定したとしても、俺は絶対一夏姉を守るからな。俺たち、家族だろ?」

「…………うん、そうだね。なら私も家族を守れるように頑張るから」

 

しばらくそうやって抱き合っていたが、咳払いを受けて離れる私達。よく見たらお姉ちゃんが呆れた顔をしてこっちを見ている。って、今のお姉ちゃんの前で色々と堂々としていたよ!? …………しかもなんか複雑な表情しているし…………これ絶対お説教ルートだよね?

 

「まぁ、とりあえず事が落ち着いて何よりだ。しかしあれだな、秋十。一夏を守るのはお前だけじゃないだろ。私の事を忘れるな」

 

お説教ルートかと思ったけど、優しい表情を浮かべているお姉ちゃんからはそんな事になる気配を全く感じなかった。多分、この表情は普段絶対見せないものだと思う。その優しい微笑みにつられて、私達も思わず笑顔になってしまうのだった。

 

 

寝る時に着る服に着替えた私は、台所に洗った食器がまだ片付いていなかった事を思い出して、その片付けをしていた。水気はほとんど切れていて、サッと拭くだけで乾いたからかなり楽に終わったけどね。その仕事を終えた私はリビングへと向かった。

 

「あれ、お姉ちゃん、まだ起きていたの?」

「ああ、やはり酒がないとやけに寝付けなくてな」

「そう言っても、禁酒は禁酒だからね?」

「わかってるさ」

 

リビングにはソファに深く座っているお姉ちゃんがいた。秋十は既に寝ている。今頃自分の部屋で夢の世界に行っていることだろう。まぁ、私の場合夜間に出撃とかざらにあったし、緊急展開部隊として夜間警備の任務をすることもあったから、特に眠いとかそういうのは感じない。それに、せっかくの休暇だからできるだけお姉ちゃん達と一緒にいたいしね。

 

「そう言って破るの、お姉ちゃんの得意技だけどね」

「うぐっ…………に、人間は誰しも欲望には勝てんのだよ…………」

 

そう言って苦い顔をするお姉ちゃん。とはいえ、重要な約束は必ず守ってくれるからいいんだけどね。まぁ、この禁酒令がどれだけ持つかわからないんだけど。秋十が酒量制限していたみたいだけど、結局二週間持たなかったとか言ってたし。今回も一ヶ月とは言っているが、三週間も持てばいいほうだと思っている。

 

「でも…………これでやっと聞けるよ」

「なんだ一夏?」

「お姉ちゃん、なんで代表を降りたの?」

 

秋十がいない今、私は気になっていたことを口にした。そう、お姉ちゃんは去年の十二月に国家代表を辞退した。その話は世界中を駆け巡り、私達の基地にまで耳に入ってくるくらいだった。しかも、第二回モンド・グロッソの優勝候補と言われていたが、決勝戦を棄権し、二連覇を果たさなかったという話だ。いつも、どんな事にでも真正面から向かって逃げることはなかったお姉ちゃんだからこそ、私はその話が信じられなかった。本当はドイツで会った時にその事を聞こうと一瞬思ったけど、あの時はそれどころじゃなかったから、今回こそはその理由を聞こうと思ったわけだ。

 

「そ、それは…………」

「もしかして…………秋十も関係している?」

「!?」

 

ふと私が聞いたことにお姉ちゃんは驚きを隠せないでいるようだった。やっぱり、か…………さっき秋十と私が互いに抱きしめ合ってる時に、私が『守るから』って言った瞬間、わずかに秋十の肩が震えたような気がしたからね。もしかすると、私の知らないところで何かあったのかもしれない、そう直感で思ったんだ。まぁ、見事図星みたいな感じだけどね…………お姉ちゃんも予想外の事にはポーカーフェイス出来ないから、モロに顔に出てるんだよ。ただ…………下手したら、二人が抱えてしまった傷口を抉るような真似をするかもしれないから、デリケートに扱わないといけない。

 

「別に言いにくかったら、言わなくてもいいよ…………ただ気になっただけだから」

「いや…………お前に隠し事はできん。いつかは話さなければならなかったもの…………その時が来ただけだ」

 

お姉ちゃんは一度深呼吸をすると、少しずつ話を始めた。

 

「実はだな…………決勝戦当日、秋十が誘拐されたんだ」

 

…………最初っから、すごく話が重いんですけど!? というか、誘拐!?

 

「どこの連中がしたのかは未だに不明だが…………狙いは私の決勝戦を辞退らしい。それが聞かされた時、私は今すぐにでも助けに行こうとしたのだが、政府が寄越した人間が女尊男卑主義者でな…………『そんなのはどうでもいいから、決勝戦に出ろ』と抜かしてきた」

 

お姉ちゃんはお茶を少し啜るとまた淡々と話し出した。でも…………湯呑みを持っていた手が少し震えていたのが私の目に入ってきた。きっとお姉ちゃんにとって、この事を話すのは相当辛いことだ。今その事を指摘してしまったら、お姉ちゃんの覚悟に水を差す事になる。私はそれを見なかったことにしてお姉ちゃんの話を聞くことにした。

 

「話をしても埒があかないと思った私は、そいつの顔面を陥没させて、秋十を助けに行ったわけだ。その時、支援要請を受けたドイツ軍特殊作戦群と合流し、秋十を無事発見することができた。その後、私は代表を降り、二ヶ月ほどドイツで教導にあたった…………これが、お前のいない間に起きた事だ」

 

話してくれたお姉ちゃんの顔はやはり暗くなってしまっていた。ふと溜息を吐いたお姉ちゃんは、誰に向かって話しているわけでもなく、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 

「情けない話だよな…………『家族を守る』と、あの時言ったにも関わらず、家事はお前たちに任せっきり…………お前は私達を命懸けで守っているにも関わらず、私は家族一人すら守りきれなかった…………私は一体何をしてきたんだろうな…………」

 

そう嘆いているお姉ちゃんの顔は、酷く辛そうで、見るに耐えなかった。そして、その原因となってしまったのは、私のあの一言だ。この責任はちゃんと私がとらないと…………それに、お姉ちゃんは私達をいつも守っていてくれたから…………。

 

「そんな事ないよ。確かに今の私は国防軍にいるし、お姉ちゃんは家事がてんでダメだけどさ…………いつも真っ先に私達を助けてくれたじゃん…………お姉ちゃんがいなかったら私や秋十はどうなっていたかわからないよ…………だから、自分が情けないなんて言わないで…………」

 

今の私に出せる精一杯の言葉がこれだけだった。特に着飾る事もない、率直な言葉。少しは優しい言葉が掛けられたらよかったと思うんだけど、考えた結果がこれ。…………自分の国語力の低さをここまで恨んだ時はないよ。

 

「ふふっ…………本当、一夏は優しい子だ。おかげで少しは気が楽になったよ…………まぁ、秋十の負った傷を癒すのはあいつ自身の強さに任せるしかないんだがな」

「それは…………そうだね。でも、誰かが支えてあげなくちゃ。私だって、朝一緒にご飯食べた人が、夜にはいなかったなんて事があった時は、上官の人にお世話になったし」

「そいつも一理あるかもな」

 

お姉ちゃんはやっと暗い雰囲気から抜け出したようだ。でも、きっとこれからもずっとその事を負い目に感じて、そして背負い続けていくんだ…………だから、私や秋十が支えてあげなくちゃいけない。それが今の私達に出来る、お姉ちゃんへの恩返しみたいなものだから。

 

「さて、そろそろ私も寝るとするか。お前も早く寝ろよ?」

「わかってるよ。でも、最後に一つ聞いてもいいかな?」

「なんだ?」

「お姉ちゃんって、今何かの仕事に就いている?」

 

素朴な疑問。代表を降りた以上、お姉ちゃんの事だから別の仕事に就いているかと思ったから聞いてみた。するとお姉ちゃんは顎に手を当てて何か考えるような素振りをしてから答えてくれた。

 

「そうだな…………今は学校の教師をしている。ちょっとした学校のな」

「そっか…………うん、教えてくれてありがと。それじゃ、おやすみ」

「ああ、おやすみ、一夏」

 

 

帰った日の翌日は日曜日という事もあって、私以外起きるのがあまりにも遅かった。私の場合、基本的にどんなに遅くても五時半には目を覚ましているし、それが習慣として身についてしまっているからね。おまけに朝の走り込みだけは絶対しなきゃならないし。結局、休日とはいえいつもの習慣がもろに出ていたわけなのであった。まぁ、そのあとは勉強して、近所にお出かけしたりしたけどね。…………いや、いくら学校に行っているとはいえ週三日、一応基地内で補習をさせてもらっているとしても、追いつくにはもう少し時間が欲しいと思った。

 

「しっかし、休日まで勉強するとは、一夏姉って本当真面目だよなぁ…………」

「そういう秋十は? 宿題とかあったんでしょ?」

「お、俺は学校でやるからいいんだよ!」

 

休日明け、約一年ぶりに秋十と学校に行く事になった。一応、昨日のうちに学校の方には電話をして一週間は普通に通える事の旨と少々制服に改造を加えてもいいかどうかを伝えておいた。改造の件は直ぐに通ったよ。多分、国防軍の方から少し手を加えているに違いない。まぁ、改造と言っても傷を隠す為にニーソ使いますよって事だけなんだけどね。

そんな事はさておき、こうして秋十と学校に行くってのは久しぶりだ。というかそもそもで自宅から登校するってのが久しぶりすぎて逆に新鮮に感じる。いつもはヘリボーンで登校していたからね。うん、全然普通の登校じゃない。だから、こうして歩くってのが新鮮に感じるのだ。

 

「うぃーっす。お、今日は一夏もついてんのか」

「珍しい光景じゃね? いつもは横にガチムチと絶対殺すマンがついてるしな」

「あー、それって昭弘と悠希の事?」

「誰それ?」

 

途中で弾君と数馬君と合流した。その際に聞いた昭弘と悠希の呼び方について、どんな呼ばれ方をしているんだろうと思った。いやいや、その呼び方はさすがにないでしょ? 昭弘は確かに見た目は筋肉ゴリラだし、悠希は無口で何考えているのかわからない時もあるけどさ、二人とも根は優しいんだし…………っても、弾君や数馬君にはわからないか。尤も、教室が離れている秋十は全くもってわからないようだ。まぁ、学年も違うしね。

 

「私の大切な友人(戦友)だよ。まぁ、年上なんだけどね」

「へぇ〜」

 

秋十は若干興味なさげな感じで答えた。まぁ、関わりを持つかどうかは秋十次第だからね。それに、昭弘と悠希はきっと初見で仲良くなんてなれるようなものじゃない。私だって打ち解けるまで少しは時間かかったし。

 

「…………昭弘の方は言葉が通じるからいいけどさ、悠希はやばすぎる」

「…………なんか一夏にナンパしようと画策していた奴が急に早退したって事もあったからなぁ」

 

昭弘と悠希の名前が出た途端、何故か空を見上げて合掌している弾君と数馬君。なんでそんな事をしているんだろう? 新しい宗教か何かかな?

 

「ま、とりあえず、遅刻しねえようにさっさと行こうぜ!」

「なーに、まだ四十分以上余裕があるぜ? 折角一夏がいるんだから、少しくらい美少女とゆっくり登校させろよ? なぁ、お前も同じだろ、同志?」

「そこで俺に振るのかよ…………まぁ、俺や弾みたいに恵まれない男にとっては貴重な体験だってのは言えるわな」

 

弾君が放った言葉に思わずどきっとしてしまった。わ、私がび、美少女!? ぜ、全然そんな事ないって!! 基地のみんなには可愛い可愛いと言われてるけどさ、それはあくまで子供っぽいからだと思う。けど…………同年代の異性から突然こんな事を言われたら…………うぅ〜、こんな経験初めてだからどうしたらいいかわからないよ〜!

 

「って、一夏姉顔真っ赤!? な、なんだ熱でもあるのか!?」

「…………というより、弾君の一言で脳がショート仕掛た…………」

「…………俺、なんかまずい事でも言ったか?」

「逆に、まずくない事が今まであったのか?」

 

や、やばい…………脳の処理が追っつかない…………民間人の不意打ちにより混乱する中尉ってなんなんだろうかと思ってしまう。というか、別にこのタイミングで言わなくてもいい事だよね、それ。てか、当の本人はその一言に気がついてない模様だし…………もしかして、天然でこれなんだろうか? 類は友を呼ぶとはいうけど…………秋十と同じタイプの唐変木だけは集まって欲しくはなかったよ…………。

とまぁ、そんな感じにどこにでもあるような集団で登校するという日常の一部を私は満喫していた。時間ならヘリボーンの方が早いけど、楽しさならこっちに軍配があがるかもしれない。まぁ、この一週間が終わったら、また基地での日常に戻るんだけどね。私、弾君、秋十、数馬君の順に並んで歩いていた。しかし、歩道橋なんていつぶりに歩いただろうか…………少なくとも基地にいる間はお世話にならなかったね。

 

(やっぱり、戦場よりこっちの方が断然いいよ…………だって——)

 

ふと後ろに少しだけ視線を向けるとそこには笑っている男三人組の姿があった。

 

(——こんなにも平和で楽しいんだから)

 

当たり前の事だけど、その当たり前を守っている身としてはその光景が見られるだけで十分救われたような気がした。思わず笑みがこぼれそうになった。こんな日がいつまでも続くように、私達が頑張らないとね。そんな事を思いながら歩道橋を降りようとした時だった。

 

「——やっ、やっべぇっ! ち、遅刻するぅぅぅぅぅっ!!」

「きゃっ!?」

 

後ろからものすごく焦った様子で走ってきた人にぶつかられてしまった。しかも場所が悪すぎる。丁度階段を降りている最中で、次の段に降りようとしていた時だったからバランスが崩れている。そこにさらに衝撃など加わったら、それは回っているコマの横から力を加えるようなもの。つまり、現在進行形で頭から落ちそうです。——って、説明なんてしている余裕なんてない! こ、このまま行ったら、また病院送りになる! とはいえ最早どうにもならない事も事実…………あぁ、短い休暇だったなぁ…………予想外の事が起こると思考が停止する私の脳は何も解決策を見いだせないまま、転落する事を容認していた。

 

「あ、あぶねぇ!!」

 

そんな時、急に腕を引っ張られて現実世界に呼び戻された。ふと後ろを見ると必死な形相で私の腕を掴んでいる弾君とその後ろで弾君を支えている秋十と数馬君の姿があった。

 

「だ、大丈夫か?」

「う、うん…………」

 

突然のことに私の頭は未だに思考を停止したままだ。多分、弾君が心配して声をかけてくれているんだろうけど、あまり言葉となって返せていないような気がする。

 

「あっぶねえだろうが!! 気をつけろ!!」

「一夏姉に傷がついたらどうするつもりだおいコラァ!!」

「す、すみませぇぇぇぇぇん!!」

 

そんな秋十達の怒号で我に帰る私。そのまま私と弾君はお互いに手を離し、思わず目を逸らしてしまった。さっきまで掴まれていたところがどこか変に熱を帯びている気がする。私はその場に一旦座り込んだ。

 

「け、怪我とかねえか?」

「だ、大丈夫だよ。あ、ありがとね、だ、弾君…………」

「お、おう。ど、どういたしましてだな」

 

思わず意識してしまう。まずい…………弾君の方に顔を向ける事ができない。な、なんで…………こんなに意識する事なんてなかったのに…………。

 

「…………なんかすげえラブコメの波動を感じるんだが」

「…………数馬よ、それには俺も同感だな」

 

後ろで二人が何か言ってるようだけど、私の耳には入ってこない。それどころかさっきの変な熱が全然引きそうにない。な、なんでなの…………わけがわからないよ…………。

 

「と、とりあえずだ、ち、遅刻するとやべえから、は、早いとこ行こうぜ?」

「そ、そうだね! は、早く行こっか!」

 

弾君からそう言われたので、私もぎこちなくだけどそう返した。でも…………本当になんなんだろう、これ…………こんなこと初めてだからわからないよ…………そんなモヤモヤした気分になりながら、私達は学校へとまた歩き出したのだった。

 

 

あれから数日が経った。すでに懲罰休暇は終わり、原隊復帰している。休暇の前とは変わらない日々が続いているわけだけど…………まぁ、一箇所だけ変わったところがあるかな。休暇の間、学校に行っていたわけだけど、視界に弾君が入ると変に鼓動が高鳴りそうになったり、前までならお互いに話せていたのに、今じゃ目をお互いに逸らしちゃうようになったし…………どうしたんだろ、本当に。しかも、挨拶までぎこちなかったから、本気でどうしたらいいのか悩んで、つい秋十に相談したよ。そしたら『…………すまん、俺には答えられないわ』とかと言われて逃げられたし…………どうしたらいいのか迷ってしまったよ。

 

「はぁ…………」

 

週一で行われる射撃訓練の後、思わずため息が漏れてしまった。下げたアサルトライフルの銃口からは未だに硝煙が立ち上っている。何発かの弾丸はほぼ中心を捉えてはいたけど、殆どはバラけて着弾、何発かは的の外に着弾しており、手元がぶれていたと後になって実感する。ぶれる原因は多分このモヤモヤした感情。どうしたらいいのかわからないから余計にモヤモヤして仕方ない。結局あの後から弾君とはほとんど会話してないし…………。

 

「おーおー、復帰直後だというのに命中率高いな」

「…………いたんですか、大尉」

 

そんなモヤモヤしている私の後ろにいつの間にか葦原大尉が来ていた。弾倉の抜かれたアサルトライフルと装填済みの弾倉を抱えているところを見るとこれから射撃訓練を始めるようだ。現在私たちが運用しているアサルトライフルは対人用。まぁ、フレームアームズ自体人の動きをトレースして動く代物だから、こういう訓練は一概にバカにはできない。

 

「まーなー。どっかの生真面目中尉がいたから俺もやらなきゃなんねえなと思ってよ。で、どうだった休暇は?」

 

炸薬の弾ける軽い音共に的には穴が開いていく。それは正確に的の中心——ではなく、それより一つ大きい円の中を適当に撃ち抜いている。大尉はこっちに目を向けずに、私にそんな質問を投げかけてきた。

 

「…………まぁ、そこそこ楽しかったですよ」

「その割には思い悩んでんじゃねーの?」

 

立て続けに二発を当てる大尉。今度は一発が円の外ギリギリで、もう一発は中心を正確に撃ち抜いていた。まるでそれは私の今の様子を見抜いたかのようにも思えてきた。

 

「…………大尉には誤魔化せないみたいですね」

「ま、この見抜きスキルおかげでハニトラとか引っかかんねえからな。で、相談にでも乗ってやろーか?」

 

弾倉一つ分を撃ち切った大尉は次の弾倉を装填している時にそんな事を言ってきた。確かに相談に乗ってくれるってのは嬉しいけど…………でも、これはそこまで大きな問題じゃないし…………。

 

「どんなチンケな事でもいいぜ? 中隊の連中もお前の事を心配してたからな。少しくらいは隊長らしくさせてくれよ」

 

装填し終えた大尉はそう言ってくれたけど、本当にこんな事を聞いてもいいんだろうか…………でも、些細な事でもいいって言ってくれたから…………その言葉に甘えさせてもらおうかな…………?

 

「それじゃ、お言葉に甘えて…………相談に乗ってもらってもいいですか?」

「おう、ばっちこい!」

 

私はしゃがんで、射撃訓練場のターゲットゾーンと射撃位置を仕切る台にもたれかかった。銃身が冷え切ったアサルトライフルはその場に立てかけてある。しかし、いざ相談しようと思って口に出そうとすると、顔が熱くなってきて仕方ない。でも、口に出さないと始まらないから…………私は意を決して話す事に決めた。

 

「そ、その…………知り合いの男の子とお互いに目が合わせられなくて…………は、話そうとしても、どっちもぎこちなくなってしまって…………わ、私ってどうかしてしまったんでしょうか…………?」

 

そう言った瞬間、やけに鈍い音が聞こえた。まるで金属にぶつけてしまったような音だ。一体何があったのかと見上げてみると、大尉が台に頭をぶつけていた。

 

「た、大尉? ど、どうか——」

「い、一夏よ…………お前、それ本気で言ってるのか?」

「ほ、本気ですよ!」

 

油の切れた機械のようにぎこちなくこちらへと頭を向けてきた大尉にそう答えると再び首をガクッとさせていた。というか、こんな事本気じゃなかった言えませんから! これを言うのにどれだけ私が勇気を振り絞ったのか…………。

 

「マジでか…………お前、意外に乙女だな」

「それ…………バカにしてます?」

「いやいや、そんなつもりはこれっぽっちもねえよ。ところで、その男子とはどんな関係なんだ?」

「どんなって…………ただの友達ですよ。まぁ、結構学校に行くと絡んでくれて楽しかったですけど。あと…………」

「あと?」

「目線が合うと…………こうなんか、心臓が榴弾みたいに爆発しそうになった事が何度か…………この前の休暇中はそれが顕著で…………」

 

そんな事を思い出しているだけでかなり顔が熱くなってきた。まぁ、この前の休暇中ほどにはないにせよ、時々弾君にはドキッとさせられる時があった。黙っていれば結構かっこいいし。それにこの間は助けてくれたし…………まぁ、あの後で民間人に助けられる中尉ってどうなんだろうとか考えたけど。や、やばい…………オーバーヒートしそう…………。そんな結構暴走気味の私を余所に、葦原大尉大尉はため息をついて、アサルトライフルの銃口を上に向けていた。弾倉が抜き取られているところを見るとすでに全弾撃ち尽くしたようだ。

 

「…………まぁ、後悔しねえうちに解決するしかねえな。俺も答えてやりてえが、それは自分で答えられねえといけねえ問題だ」

「え、ちょ——」

「んじゃ、また後でな。精一杯悩めよ、乙女さん?」

 

そう言って私の使っていたアサルトライフルも纏めて担いでいく大尉の後ろ姿をただ見送るしか私にはできなかった。精一杯悩めって…………今その真っ只中にいるんですけど…………本当にどうしようかな…………。私はしばらくの間、その場から動く事ができなかったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.11

「ねえ、一夏。最近様子が変だと思うんだけど…………」

「あんまりそこのあたりは突っ込まないで貰えるかな…………」

 

第二格納庫にて私は雪華とともに待機していた。昨日は昨日で大尉に悩めと言われた結果、悩み悩んで迷走している。その様子はどうやら雪華にも見られていたようで、どうしようもない事態に陥ってしまっているようだ。私自身どうしたらいいのかわからないからね…………はぁ、誰か教えてくれると嬉しいんだけど。そのままため息をついて、座っている椅子に深くもたれかかった。

 

「そう言われてもね…………そこまで悩んでいるところを見たら誰だって気になると思うんだけど」

「本当に気にしなくていいから。うぅ〜…………やっぱりモヤモヤしてなんだか辛い」

「まぁ、あまり悩むのもどうかと思うよ? 少しは息抜きしないとダメじゃない?」

「そうかも…………ところで、榴雷とゼルフィカールの新パーツっていつ来るの?」

 

私が第二格納庫で待機している理由だけど、どうやら遅れ遅れで今日やっと届くそうだ。それを待っているわけだけど…………かれこれ一時間経ったのに未だに来る気配がない。到着予定時刻はすでに過ぎているんだけどなぁ…………。

 

「予定ならもう来てもいいんだけど…………まぁ、新パーツは呉から運んでくるから仕方ないでしょ。榴雷は立川の工廠からだけど、渋滞とかに捕まったんじゃない?」

「マジですかい…………」

 

焦らされているせいか余計気になって仕方ない。ゼルフィカールの新パーツが届くというのと、やっと愛機である榴雷が強化されて戻ってくるからかなり楽しみにしているだけあって、まるでお預けをくらっているような気分だった。それにしても、新パーツってどんな感じなんだろ? なんか特殊武装とかっては聞かされてはいるけど。

そんなことを思いながら待っていると、こちらに向かってくる二台の特殊大型トラックの姿が私の目に入ってきた。

 

「どうやら、ようやく到着みたいだね」

「そうみたいだね…………ふぅ、待つの長かった」

 

特殊大型トラックは方向転換すると、バックで格納庫の方へと向かってくる。荷台には装甲化された大型のコンテナが搭載されており、一般的なフレームアームズ移送車両と比べると物々しい雰囲気が出ていた。

 

「いよっ! 待たせたな!」

 

そう言ってトラックから降りてきたのは無精髭が特徴的なダンディ整備班長こと楯岡主任だ。さらにその後ろには雪華と似た顔立ちの金髪少女もいる。国防軍の制服を着ているところから軍人というのはわかるけど…………誰だろ?

 

「楯岡主任、呉までの任務お疲れ様です。で、到着予定時刻超過の理由は?」

「いやぁ法定速度ギリギリまで出して輸送していたけどさ、渋滞やら信号に引っかかりまくってね。ハハハ」

「はぁ…………それならいいんですけど」

 

どうやら遅れた理由は本当に渋滞とかに引っかかってしまっていたようだ。さすがに渋滞で遅れてしまったことにとやかく言うことはできないのか、雪華は仕方ないような表情で納得していた。

 

「それじゃ、コンテナの積み下ろしは任せるのです。重装コンテナとはいえ、中身の破損は避けたいので、丁寧にお願いするのです」

「了解しました!」

 

楯岡主任と一緒に出てきた少女は輸送部隊の人達に指示を飛ばしている。となると…………結構指揮権限高いのかな?

 

「さて、積み下ろし完了まで時間があるな。今のうちにあいつの事も紹介しておくか。おーい、雷華!」

 

楯岡主任がそう呼ぶとさっきまで指示を飛ばしていた少女はこちらへと向かってきた。見れば見るほど雪華と瓜二つに見えてくる。まぁ、髪の色はまるで雷みたいに明るい金髪だけどね。

 

「紹介する。こいつが呉の新兵器工廠にいるゼルフィカール専用武装開発担当、市ノ瀬雷華軍曹だ」

「ご紹介にあずかりました、市ノ瀬雷華軍曹です。よろしくお願いするのです」

 

そう言って綺麗なお辞儀をしてきた。ふーん、市ノ瀬雷華っていうんだ…………ん? 市ノ瀬?

 

「えーと、市ノ瀬雷華軍曹? もしかして、雪華とは…………」

「あ、雪華とは双子の姉妹なのです」

 

わーお、双子の姉妹と言われたら、似ている理由も納得したよ。それにしても…………本当によく似ている。違いは髪の色と髪留めくらいかな?

 

「まぁ、雷華は私より頭が良かったからね。そのお陰で整備班を通り越して、開発部に行っちゃったけど」

「開発部もなかなか楽しいのです。まぁ、私は体力がないので基地防衛には出撃できませんが」

「そうなんだ。それじゃよろしくね、えーと…………」

「雷華でいいのです。こちらこそよろしくお願いするのです、紅城中尉」

「それじゃ、私の事も一夏でお願い。階級とか気にしなくていいからね」

 

とまぁ、いつも通りの自己紹介と交流をしていた。てか、私と同い年で開発部とか…………どんなチートなんだろ。絶対頭の中身、束お姉ちゃんとかと同類でしょ? 少なくとも私は中学校の勉強で手がいっぱいである。

 

「さて、自己紹介もそこまでにしておけよ。雷華、コンテナの積み下ろしが完了したぜ」

 

楯岡主任はそう言うと背後にある下ろされた二つのコンテナを指差した。この大型コンテナは私たちの間で重装コンテナと呼ばれている。なにせよフレームアームズが扱うアサルトライフルの直撃程度じゃビクともしない強度を持っているからね。それに、このコンテナはただ強度が高いだけじゃない。

 

「了解なのです。では、まずはこちらのコンテナから。雪華、お願いするのです」

「了解っと」

 

雪華は手元にあるリモコンで操作すると、重装コンテナは物々しい音を立てながら開いていく。重装コンテナは簡易式ハンガーとしても機能する便利なものだ。まぁ、弾除けとして扱われる事の方が多いんだけどね。開いた中には灰色の装甲を纏った機体がジャッキアップされていた。間違いないこの機体は…………

 

「榴雷…………帰ってきたんだね」

「そうだよ。型式番号[三八式一型 榴雷・改]、その一夏専用改造機。武装は…………言わなくてもわかってるか」

 

ジャッキアップされ、その場に立った榴雷は以前よりもかなり物々しくなって帰ってきていた。左右に広がったウエポンラックには両方に一丁ずつ大型の銃——セレクターライフルが、手には重厚長大な砲——リボルビングバスターキャノンが装備されている。腰の裏には大型のアーマーにブースターが見えるよ。脚部裏は見えないけど、グラインドクローラーもしっかりと装備されているはずだ。しかし、一つだけ気になるものがあった。

 

「あれ…………? 雪華、なんか左腕にグレネードランチャーとシールドにリアクティブアーマーが付いているような気がするんだけど…………」

 

そう、注文した覚えのないグレネードランチャーが左腕に、リアクティブアーマーがシールドに取り付けられていた。昭弘も使っているからよく聞くんだけど、あれってかなり重量が増す代物とかって言われてるそうだけど…………これ、積載量超過になってないよね…………? というか、あのグレネードランチャーは一体何?

 

「あれはカウンターウエイトみたいなものだよ」

「カウンターウエイト?」

「そう。今回追加したセレクターライフルを同時に二丁撃っても反動で吹き飛ばないようにするため。どうせいつかは最大火力で撃つんでしょ? その時に安定して使えるようにするためだよ。ついでに、中にはジェルが流し込まれているから、光学兵器にも高い防御力を持っているね」

「なるほど…………で、あのグレネードランチャーは?」

 

そう言うと雪華は『何言ってんだこいつ』みたいな顔をしてきた。むぅ…………何も聞かされてないからこっちだってわからないよ。

 

「言ってなかったっけ? あれ、今度からグランドスラム中隊の正式固定装備になったから、搭載したんだけど」

「ま、まじですかい…………」

 

さらに火力が追加される榴雷。中隊の全機体が火力を増すということは…………それだけやばい戦況にでもなりつつあるということでもあるのだろうか? できればそれが単なる気まぐれで装備されることになったのだと思いたい。

 

「では、榴雷は後ほど稼動テストを行うとして、次はこちらなのです」

 

今度は雷華がリモコンを操作して重装コンテナを展開させる。となると、こっちがゼルフィカールの新パーツとなるのか。一体どんなものなのか楽しみでしかたなかったから、コンテナが展開しつつあるとしても見るのが待ち遠しい。そして、ウエポンラックまで展開されて、私の目に飛び込んできたのは…………剣と盾?

 

「こちらがYSX-24RD/BE用専用武装なのです。向かって左が特殊近接武装[ベリルソード]、その反対側にあるのが特殊攻性防盾システム[ベリルバスターシールド]なのです」

 

よく見ればそれはただの剣と盾じゃなくて、クリスタルユニットが組み込まれており、剣であるベリルソードなら刀身が殆ど蒼色のクリスタルユニットだし、盾のベリルバスターシールドにしたって一部が綺麗な蒼色のクリスタルユニットになっている。そのクリスタルユニットを見ると…………やっぱり、あの魔鳥達を思い出してしまう。特に蒼色だから、近い色である青のクリスタルユニットを搭載していたアーテルの方がよりはっきりと、ね…………。思わず震えそうになる体をなんとか押さえつけた。

 

「これらの武装は対フレズヴェルク戦を強く意識した武装で、それぞれTCSを展開することが可能となっているのです。TCSはベリルウエポンを防ぐ事は出来ないようなので、有効打になり得るのはずです」

「具体的にはどんな機能があるの?」

「ベリルソードは近接戦闘にしか使えませんが、破壊力に関しては保証するのです。ベリルバスターシールドは、クロー、シールド、そしてベリルショット・ランチャーの機能を備えているのです。ただし、ベリルショット・ランチャーの使用にはシールドが展開したTCSを解除する必要があるので、気をつけてください」

 

聞いててなかなか恐ろしい兵器が搭載されることになったんだなぁっと思った。いや、話を聞く分にはフレズヴェルクを葬れるみたいな事を言ってるよね? つまり、もしかすると私の技量次第で、あの魔鳥をあまり大きな損害を出さずに倒せるかもしれない。それに…………あのアーテルが再度戦いにやってくるかもしれない。なら、ちゃんとした姿となったゼルフィカールと一緒に戦わなくちゃ。あ、榴雷もちゃんと乗ってあげるからね!

 

「それと、欧州本面から供与されたデータより、現在のブルーイーグルを改修することになったのです」

「ついでに、出力制限レベルを下げる作業もしなきゃなんねぇ。ベリルウエポンのおかげで制御する分のエネルギーもドカ食いされるらしいしな」

「ついでに、突っ込まれたままの武装はそのままにして貰えるように頼んでみるからね」

「うん、それじゃお願いします」

「「了解しました!」」

 

私がそう言うと雪華と雷華は私に敬礼をしてきたのだった。うーん…………なんだろ、こんな風にされる機会があんまりなかったから逆にこうされるとむず痒い気分になる。けどまぁ、それだけ二人がこの仕事に情熱的になっているってわけだし、私の方が上官だからこうされるのが当たり前だとでも思っておこっか。

 

「改修と調整については基地内で行うから、気になったら何時でも見に来て構わねえからな。よし、お前ら、作業に取り掛かるか!」

 

楯岡主任のその言葉に従うように、整備班は榴雷の武装量子変換に、基地のハンガーへの移行やらを始めた。そして、あのゼルフィカールも少しパーツを外されていく。私はその光景を葦原大尉からの呼び出しがかかるまで眺めていたのだった。

 

 

「…………」

 

本日は登校日ということで現在学校に来ているわけなんだけど…………疲れて机に突っ伏していた。原因は榴雷の稼動テスト。別に機体に問題があったわけじゃないんだよ。ただ、グラインドクローラーの展開走行をした際に、演習場の地面をかなりの抉ってしまったため、自力でそれを均すということになり、それで体力を使い果たしてしまったというわけだ。グラインドクローラー、元のパーツが掘削機ってだけあって恐ろしいパワーだった。まぁ、今までの履帯ユニットよりは動きやすいし、重量があるから射撃時も安定しているしね。

 

「…………お、おーい、一夏。い、生きてるかー?」

「…………世界が暗転しているけど、生きてるはずだよー…………」

 

弾君にそう話しかけられて、とりあえず存命報告する私。どうやら端から見れば生きているかどうかすら怪しいみたい。そんなわけで、弾君は心配そうな声で私に話しかけてきたみたいだ。…………って、弾君!? 思わずその声に反応して目を覚ました私の視界には、心配そうにこちらを見ている弾君の顔が映った。けど、その距離はかなり近くて——

 

「わひゃぁっ!?」

 

変な悲鳴をあげてそのまま飛び上がり、椅子から転げ落ちてしまった。周りのみんなはそれに驚いたようだが、すぐに興味を無くしたようにそれぞれの行動を取り始める。それがせめてもの救いだったのかどうかはわからないけど…………疲れとかそういうのが一瞬のうちに吹き飛んで、代わりに心臓が今にも爆発しそうなくらい強く鼓動を打っているのが感じられた。

 

「お、おい!? だ、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫だけど…………あ、あんな近くで見られたら、だ、誰だって驚くでしょ…………」

 

さすがに目線を合わせると本気でまずいと判断した私は目を逸らしてそう答えた。恥ずかしさを隠すために少しだけ頬を膨らませて、むぅっとした表情になる。

 

「そ、それもそうだな。悪い悪い」

「…………反省してる気配ないよ?」

「…………それを言うかね、一夏さんや」

 

おいおいといった表情でこちらを見てくる弾君。とはいえ、秋十同様、全然反省している気配が見られない。本当に唐変木の類じゃないだろうかと思った瞬間であった。

 

「…………とりあえずだ。一夏、立てるか?」

 

そう言って弾君は私に手を伸ばしてくる。確かに立ち上がるのに手を差し伸べてくれるのは嬉しいけど…………絶対心臓がもたない。その手を掴もうと私は手を伸ばそうとしたが、触れる直前で少し戸惑ってしまった。ここで手を取るのが普通の判断なんだと思うんだけど…………その判断を下した瞬間、私はどうなるかわからない。恥ずかしさからなのか、それとも別な感情からなのか…………それがわからず、躊躇ってしまっていたのだった。

 

「ったく…………ほらよ、っと」

「!?」

 

しかし、私のそんな感情を知ってか知らないでかわからないけど、弾君は私の手をとってそのまま立たせたのだった。や、やばい…………手を取られた瞬間、一気に心臓の拍動が急激に上昇したよ…………。もしかすると弾君にまで聞こえているんじゃないかと思うくらい強い拍動だ。そのせいかは知らないけど、少しだけ頭が色々と追いつかなくなっていた。

 

「それと、スカートに埃ついてるぞ」

 

そう言われて私はスカートについていた埃を払い落とした。なお、目線も合わせられずに、私の視線はさっきから彼方此方を彷徨っている。ついでに、心臓が未だに暴走気味で鼓動を打っているよ…………。

 

「あ、ありがと…………」

「どういたしまして。でもまぁ、俺が原因みたいなものだから、すまねえな」

 

手を合わせて謝ってくる弾君を今の私に責めることなんてできなかった。というか、そっちまで気が回らなかったというのが本当なんだけどね…………。

 

「別に謝らなくてもいいよ…………」

「お、おう…………そ、そうだ!」

 

弾君はふと何かを思い出したように声を上げた。ちなみに次の授業まで残り三分。そして、次の授業を受けた後、私は基地に戻ることになる。多分、今までの事を知っているから、何か伝えたいことがあるのだろう。一度色々と整理した私はその話をしっかり聞くことにした。

 

「あ、明日も一夏は来るよな?」

「うん。明日もちゃんと学校に来るよ」

「そ、それでなんだけどさ…………明日の朝はここに来て欲しいんだ」

 

そう言って弾君は私にメモ紙を渡してきた。そこに書かれていたのは今は使われていない空き教室だった。

 

「うん、わかった。ここに来ればいいんだね?」

「おう! 約束だぜ?」

「そっちこそ、すっぽかしたりしないでよ」

 

弾君は私のそんな言葉に軽く笑って答えてくれた。その笑みを見た瞬間、やはり心臓が爆発しそうになった。おまけに顔も熱いし…………どうしたの、これ。さっきまではなんともなく話せていたっていうのに…………。そんな悶々とした考えが頭の中を巡っている間に、授業は始まっていたのだった。

 

◇◇◇

 

(…………あの二人、なんか甘いんだが…………)

(てか、あれって付き合ってないのよね…………?)

(待て待て!? 初々しすぎねえか!?)

(見てるこっちが焦れったいわよ…………!!)

(((さっさと爆発しろ!!)))

 

なお、一夏と弾のやりとりを見ていたこのクラスの人間は全員そのように思っていたのだった。それ以降、二人を見る視線がどこか温かいものに変わっていくのはまた別の話である。

 

◇◇◇

 

翌日。いつも通りのヘリボーンで学校に来た私は荷物を教室に置いてから、あの空き教室へと向かっていた。ヘリボーンで来るときはかなり早い時間に来ることになっているけど…………弾君は果たしているのだろうか? だって、一緒に登校していた時の二十分も早いんだから。とはいえ、考えていたって状況が何かわかるというわけでもないし、実際に見た方が確実だからというわけで向かっているわけだ。…………まぁ、心臓の鼓動が次第に大きくなってきているんだけど。

 

(ああ、やばい…………心臓がバクバクして、頭がふらふらしてきたよ…………)

 

途中本当に意識が飛びそうになったけど、なんとか持ちこたえさせる。程なくしてその空き教室の前にまで到着した。心臓の高鳴りは治まるところを知らない。扉の取っ手に手を掛けようとしても、やはり伸ばしたり引っ込めたりを繰り返してしまう。…………ああもう! 私の意気地無し!! こうなったら、腹を括って一気に行くしか——

 

「し、失礼しま〜す…………」

 

——なんて、できるわけがなかった。恐る恐る扉を開けて中に入る。そこには、窓から差し込む朝日に照らされている弾君の姿があった。

 

「お、きたきた。ほら、こっちに来いよ」

 

私を見つけた弾君はそう言って私に手招きしてくる。私はそれに従って弾君の元へと歩みを進めた。

 

「えっと、その…………も、もしかして結構待たせちゃったかな?」

「いや、俺もついさっき来たみたいなものだから待ってないぜ」

 

きっと嘘だ。大概こういうセリフを言うときって、先に来てかなり待っている時のパターンが多いはず。情報元は、私がお昼ご飯の時に見てた学園ドラマ。いくら戦場に立っているとはいえ、自分で言うのもどうかと思うけど、一応女の子だから、あんなドラマみたいな事に巡り合ってみたいと思ったことだってある。そんなことを思っていたら実際にその状況になっているんだから驚きだ。そのせいもあってか、余計に心臓がバクバクしてきた。

 

「そ、そうなんだ…………そ、それより私をここに呼んだ理由って…………?」

 

このままだと心臓がもたないと判断、私は一気に斬り込むことにした。以前受けた国連軍総司令部付きの命令書みたいに、詳しい内容を全然聞かされてないからね。普段から任務ではよく詳細内容を聞かされているせいか、そういうのがないと少々不安に思うことがある。それに…………面と向かって話すのが少し恥ずかしくなって、弄んでいる手に目を向けてしまっていたのだった。

 

「いやぁ、まあ、その…………なんだ? き、今日はあの日だしさ…………今年こそはって思ったからというか…………」

「…………?」

 

何故か要領を得ない会話をする弾君。こういうのは結構見る光景だから私からしたら見慣れた光景だ。…………いや、ここまできて、心臓の負担に耐えてきたのに、オチがこれだったら割とガチでへこむよ? まぁ、絡む事が多い男子って、弾君や数馬君、あと秋十を除くと、悠希や昭弘、葦原大尉を含む基地で業務に従事している男性陣くらいだから、そういう人たちから比べると弾君は根性なしに見えるかもしれない。一瞬そんなことを考えたが、すぐに振りはらい、弾君が何をしてくるのかを待っていた。多分実際はそんなに時間がかからなかったと思うんだけど、私には待っている時間がすごく長く感じられた。

 

「ああ、もう! まどろっこしいものは抜きだ! い、一夏!」

「は、はいっ!」

 

突然名前を呼ばれて背筋がピンと伸びきる私。全くもって弾君が何をしたいのかわからない。そう思っていた時だった。

 

「こ、こいつを! こいつを受け取ってくれ!」

 

そう言って弾君は私に一つの小包を渡してきた。突然の事に私の頭は一瞬何が起きたのかを理解できなかったが、少しずつ状況を理解すると心臓の鼓動が一段と強くなった。

 

「こ、これって…………」

「ほ、ほら、お前って明日誕生日じゃん。お前が学校に来るのはなんでかは知らないけど週に三日だしさ…………今日が三日目だから、絶対に渡したかったんだ」

 

弾君顔は私にも負けないくらい赤くなっていたと思う。でも…………私の誕生日を覚えていてくれたという事がとても嬉しかった。そんなに会う日があるわけでもないのに、前に一回だけ教えた時からずっと覚えていてくれた…………そう思ったらどこか不思議な気持ちになった。

 

「覚えててくれたんだ…………」

「その…………迷惑だったか?」

「ううん…………そんなことないよ」

 

私は差し出された小包を弾君の手から受け取った。大きさはちょっと小さい感じだけど、その中には凝縮された弾君の想いが詰まっているんだと思ったら、少し重く感じた。でも、中身はなんなんだろう…………?

 

「ねぇ、開けてもいいかな?」

「おうよ。勿論だ」

 

その言葉通り、私は包装を開けていく。すると中には小さな箱が入っていた。そのフタを開けると、中に入っていたのは、

 

「髪留め?」

「なんかさ、いつも髪を後ろにかきあげるようにしてたからさ。一目見てそれにしよって思ったんだ。…………落胆でもしたか?」

「そんなわけないでしょ。早速つけてもいいかな?」

「当たり前だろ。そのために贈ったんだから」

 

私はその金色に輝く髪留めを左の前髪につけてみた。どうやらこの髪留めは実際につけてみると、二本の髪留めがあるように見えるデザインになっているらしく、つけたところを触ると本当にそんな感じだった。それに…………確かに左の前髪が邪魔になって後ろにかきあげる事があったのは事実だよ。

 

「ど、どう? に、似合ってる…………かな?」

 

私が弾君に尋ねると、彼は

 

「ああ、似合ってるよ」

 

そう微笑みながら返事してくれた。それを聞いたら私も自然と表情が柔らかくなって、

 

「ありがと」

 

思わず笑みが溢れてしまった。さっきまでの心臓の高鳴りは嘘のようになりを潜めている。代わりに…………心のどこかがなんだか温かい気持ちになっているよ。この気持ちは一体なんなんだろうか…………私にはわからなかった。

 

「ど、どういたしましてだな」

「でも、なんでこんな人気のないところに呼んだの? 別に教室でも良かったような…………」

「そ、それはだな…………」

 

弾君は何かぶつくさ言っているようだけど、私の耳には入ってこなかった。一体何? というか私から目を逸らしているし…………というか、いつの間にか目をそらさなくてもよくなった自分がいることに驚きだ。とはいえ、小さいながらも心臓の鼓動はまた強くなっているんだけどね。

 

「そ、その、いち——」

 

弾君が何か言おうとした時、まるでそれを言わせないかのように予鈴が鳴った。思わず時計を見ると始業五分前である。やばい…………遅刻するのだけはやばい! ふと弾君を見ると首をうなだれている彼の姿が目に入った。な、何があったの?

 

「だ、弾君…………?」

「いや…………気にすんな。それよりも、早いとこ教室行こうぜ! 学校にいんのに遅刻は勘弁だ!」

「そ、そうだね! 急ごっ!」

 

流石に遅刻はやばいと判断した私達は空き教室を飛び出ると、そのまま自分達の教室めがけて走り出した。…………できればスカートの下が隣を走っている弾君に見えてない事を祈りたい。

 

「そういえば…………さっきなんて言おうとしたの?」

「予鈴が鳴る前のあれか…………んー、ま、気にすんな!」

「え、えぇ〜…………」

 

◇◇◇

 

「あぁ…………失敗した…………」

「そう嘆くなよ。渡す物は渡せたんだろ?」

 

一夏が学校から基地へと帰った後の昼休み、秋十と数馬は何故か負のオーラを放つ弾を交えて昼食を取っていた。そのオーラがあまりにも強すぎるためなのかはわからないが、三人から半径三メートルには誰も近づけず、遠巻きにその様子を眺めているという状況だ。

 

「そいつはそうなんだけどさぁ…………俺にとっては一世一代の賭けに出ようとしたんだぞ!?」

「で、結果は?」

「負けたよ! 予鈴のバカヤロォォォォォッ!!」

「五月蝿え!」

 

吠える弾に対してそうキレる秋十であるが、最早この世の絶望を味わったかのような顔をしている弾にそんな言葉は届くわけもなく、その嘆きの渦の中へと巻き込まれるだけだった。

 

「でもよ、さっさと切り出せなかったお前もお前じゃね?」

「それを言ったらおしまいだろうが…………」

 

数馬に痛いところを突かれた弾は轟沈、そのまま机に顔を突っ伏した。なお、轟沈させた本人は何くわぬ顔でペットボトルの茶を飲んでいる。その光景を秋十は『相変わらず抉ってるなぁ』と思いながら眺めていた。

 

「まぁ、一年の時から一夏に熱っぽい視線を送っていたお前ならそうなるのも仕方ないか」

「…………なんだ、慰めてくれんの?」

「いや、寧ろしばらくいじるネタに」

「…………お前本当にタチ悪いな」

 

再び崩れ落ちる弾。その落ち込みようは殆どの人が見ていられないのか、露骨に見ないよう避けていた。

 

「けどさ、なんで一夏姉なわけ? まぁ、一夏姉は誰にでも優しいし、千冬姉並みに美人だけどさ」

「いいじゃねえか。気がついたら好きになっていたんだからよ。好きになるのに理由がいるのか?」

「すげえ…………アホの弾がなんか文学的な事言ってる…………アホの弾なのに」

「アホは余計だ、アホは!」

 

言い合ってる弾と数馬をよそに秋十は考え込んでいた。自分の姉が誰かに好かれるのは問題ないし、今まで世話になってきたし、今の世話になっているから、幸せになってほしいと願っているのは事実であり、誰かと付き合ってほしいとも願っている。況してや、それが自分の親友であり、信頼に足るのであれば尚更だ。加えて、姉の相談に乗ってみればただの惚気話だったため、さっさと付き合えとも思っている。だが、現在の一夏は軍人であり、秋十も薄っすらとだが、下手をしたら自分の姉は命を失う事になる可能性もあると考えるようになった。だからこそ、一刻も早く付き合ってほしいと願っているのだ。どちらも奥手だからどうにかしたい——そこまで考えて、一旦思考を中断した。——いや、一夏姉はそう簡単に死なない、そう考えたら自分の考えが少し行き過ぎではないかと彼は思った。

 

「ちくしょー! こうなったら次だ! 次こそは絶対に…………!」

 

そう意気込んだ弾はさっきまでの負のオーラを払拭し、いつも通りの自身へと戻っていた。そんな風に立ち上がる彼にこのクラスにいた人間は内心応援していた。そしてこうも思う。——さっさと爆発しろ、と。

 

「…………その次があればだけどな」

 

弾の蘇りにより騒ぎ立てる二人のおかげなのかどうかはわからないが、無意識のうちに出た秋十の独り言は誰の耳にも入らなかったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.12

季節は過ぎ去り、既に三月になろうとしていた。アント群の大規模襲撃はほとんどなく、大きくても大隊規模の軍団が初期防衛ラインに到達して、それを撃滅するくらいだった。その間にも何度かIS学園方面にいくヴァイスハイトが何体かいたから、その度に横須賀基地の航空戦闘団と共に私も強化されたゼルフィカールで行く事になったんだけどね。それにしても新兵器…………おかしい破壊力の武器だよ。軽く振るっただけで簡単にヴァイスハイトを切り裂くし、撃ったら消し飛んだし…………これが量産されたら余裕でこの戦争に勝てるんじゃないのかと思った。

 

「そういやお前、高校はどうすんだ? 十八歳までは教育課程があんだろ?」

 

基地内のPXにてお昼ご飯を食べている時、同席していた葦原大尉からそう言われた。大尉の言う通り、十八歳までは学校に行かなきゃいけない。時期的には既に受験シーズンだ。義務教育ではないとはいえ、最低でも高校は出なきゃいけないと此処は雇ってくれないみたいだしね。若年兵の場合、取ってもいいがしっかり卒業しろだけど。

 

「そうですね…………一応、藍越学園を受けようとは思ってますよ」

「藍越学園なぁ…………俺もそこ卒業だわ」

 

唐突なカミングアウトに思わず食べていた白ご飯を吹き出しそうになってしまった。まさかの目の前にいたのが私が受けようとしている学校の大先輩。驚かないわけがない。

 

「あそこは一番学費安くて就職サポートも厚い。何より、俺らの時代は美女が多いと有名だったからな」

「…………それ、絶対に後の方が本来の目的ですよね?」

「あ、ばれた?」

「…………普段の行い見てたらそうも思いますって」

 

やっぱり葦原大尉は葦原大尉だと改めて認識した。というかこの人、高校生になる前からこんなに女好きだったとは…………筋金入りのスケベだったりするのかもしれない。そんな事を思いながらお味噌汁を啜った。あ、今日はシジミのなんだ。うちではあまり作らないかな? 砂抜きとか大変だし。

 

「でもまぁ、俺としては就職の方が大事だったりするんだけどな」

「…………どっちなんですか、それ」

「両方だよ。美女もいる、就職だってできるときたらそこ以外どこを選べってんだ。俺は中学の頃から自衛隊——国防軍の前身組織だな。それに憧れててさ、絶対入ってやるって思って勉強してたんだわ。まぁ、運が良かったのかあっさり入隊できたんだけどな」

 

そう言って笑い飛ばす大尉だけど、絶対入隊するのにかなり猛勉強して、その結果今や日本の最強部隊である第十一支援砲撃中隊の中隊長を任されているんだから、凄いと思った。

 

「…………ただな、女運がないのか、今まで一人も彼女もできねえんだよ…………俺もう三十半ばだぞ…………」

「私に言われたってそれだけはどうしようもできませんよ」

 

戦闘以外で真面目な大尉の姿を見られたかと思ったけど、全然そんなことはなかった。いつも通りの女性絡みの話を私にしてくる。とはいえ私はなんとも言えないのでそのまま放置している事にはなるんだけど。だって、私に答えようがないし。

 

「てかさ、そっちはあれからどうなんだ?」

「どうなんだっていうと…………?」

「例の彼だ彼。その髪留めをお前さんにくれた男子の事。あれからなんか進展とかあったのか?」

 

おそらく大尉は弾のことを言っているのだろう。あ、もう呼び捨てにはしているよ。弾の方から呼び捨てにしてって言われたし。もうちょっと親しくなりたいというわけらしいんだけど、私は十分親しくなったとは思うんだけどね。なお、何度か弾から私に伝えたいことがあったみたいだけど、その度に予鈴が鳴ったり、大声にかき消されたりと不運なことが続いていて、結局何でもないと言われている。一体何を伝えたいんだろう? それが気になって仕方ない。

 

「そうですね…………呼び捨てする仲になったりとか?」

「他は? 他には?」

「メールを毎日するような仲になったりとか? 機密とか書いてないんで大丈夫ですよね?」

「中将に許可は取ったんだろ? ならいいんじゃね? それに、真面目なお前だからその辺の心配はねえしな。で、もう少し踏み入ったところでは?」

「あとですか…………この間の休暇、一緒に買い物をしに行ったくらいでしょうか?」

 

私がそう答えると、大尉は何やらため息を吐いて項垂れていた。まるで呆れたような感じの態度だったから、私は思わずむっとなってしまった。

 

「あのなぁ…………そこまでいったら普通付き合うだろうが、普通。何でその先に行こうとしねえんだよ…………」

「付き合う…………ですか」

「おうよ。好きなんだろ、そいつの事。だったらさ——」

「…………多分、好きだから付き合いたくないのかもしれないです」

 

私の口からは思わずそんな言葉が出ていた。というのもだ、弾が私のことが好きって言ってくれるのは嬉しいし、私だって彼の事が好きだ。彼はアホな事をたまにするけど、根は優しいし…………それに、普通の人よりは格好いいしね。その優しさが好きになった理由。でも、だからこそ付き合いたくない理由も同時に存在してしまった。心の内に秘めていたそれが今、ふと漏れ出してしまったのだ。

 

「…………確かに、付き合いたいという思いは私だってありますよ。彼の事は好きだし、それに優しいから。でも…………私は国防軍の人間で、ほぼ最前線にいるようなものです。いつ命を落とすかわからない…………もし私が戦死したら彼を悲しませる事になるから…………だから私は——」

「——いつ死ぬかわかんねえから付き合った方がいいんだろ」

 

私の言葉に反論するように大尉はそう言った。ふと大尉の顔を見ると、本気で呆れたような顔をしていた。けど、その表情は真剣そのもので、いつになく真面目そうだった。

 

「確かに俺たちはいつ死ぬかわからない身だ。これから死ぬのか、それともヨボヨボの御老体になって死ぬのかも知らん。そんな先の見えないところにいるんだ、目先の幸せを掴んだ方が俺はいいと思ってるぜ。それにだ」

 

大尉の一度湯呑みのお茶を啜ってからまた言葉を続けた。

 

「——お前さんは自分の事を先に考えなさすぎる。それがお前の良いところでもあり、悪いところでもある。たまには自分の事を優先してもいいんじゃねえか? 別にお前が幸せになったところで不幸になるやつなんざいねえよ。むしろ、その若さで戦場に立つ決意をしたやつに、幸せを掴み取ってほしいと願わねえ奴が何処にいる? 少なくとも俺はお前に幸せになって欲しいと思ってるぞ」

 

そう言って優しく微笑んでくる大尉の姿は、何だかお父さんみたいな感じに思えた。なんか、ドラマとかで娘の悩みに乗ってくれる世話焼きなお父さんみたいだ。因みに、私は父さんや母さんの顔は知らない。前に言ったかもしれないけど、物心ついた時には既にお姉ちゃんと秋十しかいなかったし。だから、そういうのはドラマとかの中でしか知らない。

それにしても、自分の事を優先、かぁ…………確かに今まで、私自身の事を優先にして考えた事なんて数えるくらいしかなかったね。いつもお姉ちゃんとか秋十とかの事を考えてしていたし、今回の事だって、弾が悲しまないようにって他人優先で考えてる。まぁ、付き合ってから私が死んでしまった時よりは、先に振った方があとで別な人に巡り会ったら彼は悲しまなくて済むかもしれないし、ね…………。

 

「大体よぉ…………付き合わないとか、そんな事言ってる奴がなんで今にも泣きそうな顔になってんだ。どう見たって付き合いたい気がアリアリじゃねえか」

「で、でも…………」

「デモもテロもあるか。あと、死ぬとか不吉な事を考えんな。第一、お前が所属している中隊はなんだ?」

「わ、私の所属は…………第十一支援砲撃中隊…………」

「そうだ、不死身の砲撃中隊だ。死ぬなんて考えは最初からするだけ無駄なんだ。それにな、付き合ったら付き合ったで、こちとら死なねえようにやるしかねえんだよ。そいつはこれまでも、これからも変わらねえ。だから、結局のところ、付き合うデメリットがねえんだよな」

 

なんだかすごい理屈で丸め込まれたような気もしなくはないが…………言われてみればその通りかもしれない。死にそうになることは確かにあるけど、私には守りたいものがあるからそうやすやすと死ぬわけにはいかない。それを考えてしまったら、簡単に死ぬ事なんてそうそうないんじゃないのか、もしかすると生き延び続けられるかもしれないと思えてきた。…………なんか、ずっとそのことで悩み続けてきた自分がアホらしく思えてきたよ。

 

「確かにそうかもしれませんね…………大尉、なんだか申し訳有りません。図らずとも、私の悩みを聞いていただいて…………」

「気にすんなって。隊員の面倒を見るのも中隊長の仕事ってな!」

 

そんな風に豪快に笑う大尉はやっぱり私にとってお父さんみたいな存在なのかもしれない。でも、本当にこんなお父さんがいたら、お姉ちゃんにしばかれてそうで、それを想像したらおかしくて、大尉につられて少し笑いが出てきたのだった。そうだね…………どうな事になるのかはわからないけど、たまには自分の心に素直に従ってもいいのかもしれないね。

 

「おっ、いい笑顔になってんじゃねえか。で、腹は決めたのか?」

「はい。まぁ、いつになるかはわからないですけど…………でも、彼と付き合える時は付き合いたいと思ってます」

「よし、その意気だ。頑張れよ、うら若き乙女さん」

 

結局、最後のセリフは大尉らしく女の子に絡みそうな時に使う言い回しをしてきたけど、やっぱり大尉らしくていいなぁと思いながら、残りのご飯を食べていた。この後はゼルフィカールの運用テストが待ってるし、一応受験勉強もしなきゃいけないし…………やらなきゃいけない事を頭の中でリストアップして纏めながら、半ば作業でご飯を口に入れた時だった。

 

『——番組の内容を変更し、速報をお伝えします。先ほど世界初、男性でISを起動、装着を行える人物が現れました』

 

丁度昼ドラが始まるタイミングで速報が流れた。どうやら男性のIS操縦者が現れてしまったようだ。ていうか、男性で起動とかできるの? もしかして単なる見間違いなんかじゃないのかなと思ったんだけど…………なんだろう、無性に嫌な汗が流れ落ちてくる。

 

「マジかよおい…………一体どんな奴が動かしやがった? まさか…………オカマと男装じゃねえだろうなぁ…………?」

 

葦原大尉はそんな事をお茶をすすりながら言っている。この辺でオカマと男装を少し嫌っているようなので、色々と女性的な要素が揃っていて、整形してがっつりメイクしているよりも、自然のままでいる女性が好きって言ってる事からも、否定はしないけど自分の守備範囲外と言っているようだ。呑気な大尉とは正反対に、私は嫌な汗が滝のように流れてていて、どうしたらいいかわからなくなってきていた。——できれば、その人が私とは関係のない人である事を祈っていた。…………ほら、何かと騒動に巻き込まれる体質の弟がいるからさ。

 

『——起動させてしまったのは、東京在住の中学生、織斑秋十君。あの元日本代表の織斑千冬選手の弟だそうで——』

「ぶふっ!?」

「うおっ!? どうした一体!?」

「い、いえ…………な、なんでもないです…………」

 

…………アホか! あの弟まで問題を引き起こすのか! なんでこうも我が家の人間は何かしら問題を起こす体質なんだろうか…………わけがわからないよ。というか、なんで秋十がISを動かしちゃったわけ!? もしかして…………本当は弟じゃなくて妹だった…………? いやいや! そんなわけはない。だって私の裸を事故とはいえもろに見てしまった時顔を赤くしていたから、確実に男子であることは間違いない。…………あぁ、頭が痛くなってきたよ…………。

 

「…………大尉…………頭痛薬って、ここで買えましたっけ…………?」

「お、おう。確か売ってはずだが…………お前さん、マジで大丈夫か?」

「…………多分、大丈夫だと思います。では、お先に失礼します…………」

 

残っていたご飯をお腹に押し込み、私はそのままPXを後にした。あぁ…………なんだろ、頭だけじゃなくてお腹まで痛くなってきたよ…………この時ばかりは本気で病院送りになるんじゃないかってくらい、一気に調子がガタ落ちした気がするよ。

あのニュースが放送されてから暫くして、私は中将の元へと呼び出されたのだった。

 

 

「紅城一夏中尉、ただいま到着しました」

『うむ。入ってくれ』

 

中将に呼び出され、私は久し振りに司令室へと来ていた。どうやら今回の話はそこまで機密性の高い内容ではないのか、あの特務士官も中将の横に立っている。しかし、今回は一体なんの話なのだろうか…………まぁ、秋十がISを動かしたっていう事は絶対絡んでそうな気がするけど。だって、あの速報が流れてから二時間ほどしか経ってないし。

 

「中将、その、お話というのは…………」

「ああ。君もさっきあのニュースは見たか?」

「は、はい。PXの方で見ました…………」

 

やはり、あのニュースが絡んでいる話みたいだ。多分、戸籍とか変えてるから私が秋十の姉とかっていう事はバレてないと思うけど…………もしかするとと考えてしまったら、手に汗が滲んできた。中将の顔は恐ろしい程までに真剣だ。これ、絶対バレてそうだよね…………?

 

「なら話は早い。先ほど、国会にて彼を——織斑秋十をIS学園に入れることにしたそうだ。議会は大分紛糾したそうだが、国連での緊急会議にても同様の結果となったからな。いくら女尊男卑が根強い政治屋でも、国連には逆らえんようだ」

 

そっか…………秋十はIS学園に行くことになるのか。確かあそこって、ある意味緩衝地域みたいなものだよね? ISの軍事利用はアント戦で役に立たないという理由からと、中枢となるコアの数が制限されてるし、フレームアームズを除けばある意味核より脅威らしいから禁止されてる。とはいえ、現在競技として使われているが、あれってどう見ても兵器利用だからね。そこって最新技術の演習場みたいだから、スパイとかもあったもんじゃないだろうし、そんな政治とかそういうのが絡んでるところに秋十が行くのはどうかなというものがある。正直、不安だ。

 

「だがしかし、IS学園が中立の立場をとるとはいえ、内部に膿を抱えている可能性も否定はできない。国防軍がそうであったように、あちらも同様と考えていいだろう。下手をすれば生徒を使って彼を拉致する国も出てくるかもしれん」

 

拉致…………それを聞いた瞬間、かつて秋十が誘拐されていた事を思い出してしまった。私は当事者だからなんとも言えないけど…………でも自分の弟がまたそんな目に遭うのだけは絶対に嫌だ。そう思うと、いつの間にか私は手を爪が食い込むくらい強く握り締めていた。

 

「その為、我々国防軍から護衛をつける事にした。その他にもアメリカ、イギリス、中国、ドイツからも順次来る予定だ」

「は、はぁ…………ですが、そのお話と私にどのような関係が——」

 

そこまで言った時に私はようやく気付いた。この話を聞いているのは私と特務士官だけ。しかも特務士官は基本的に戦闘行動は無理。そうすると、自然的に残るのは——

 

「——紅城一夏中尉。君には織斑秋十護衛の任を受けてもらう。これは西崎大将からの指示でもある」

「し、しかし…………お言葉ですが中将…………私のIS適正は最低レベルの[D]ですよ!?」

「知っている。だが、君は学校に通っている間、彼と交流があったのではないか? 同じ学校に在籍していたわけだこらな。それに、IS学園に行ったからといって無理にISに乗る必要もない」

「つまり、フレームアームズを使用しても構わないということですか…………?」

「その通りだ。そして、この護衛任務とは別にまた別の任務がある」

 

中将は一度息を整えると再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「ここ最近、IS学園方面に向かう敵FAが出てきているのは知っているな?」

「は、はい。私も何度か迎撃に向かったことがあるので…………」

「そうだったな。奴らの狙いは未だに不明だが、こう何度もやられていると、明らかに何か狙いがあるようにしか思えない。故に、IS学園に多国籍軍による臨時編成の部隊を展開、その迎撃にあたらせると、国連からの通達だ」

 

確かに、IS学園に展開できたら、迎撃に向かうまでの時間を短縮できそうだし、デメリットなんてものはほとんどないと思う。それに…………向かってくるのが全部ベリルウエポン持ちってのも嫌な予感しかしないからね。多分、フレズヴェルクなんてものに襲撃されたら、ISではひとたまりもないだろう。それに、あそこにいるのは実戦経験をほとんどした事のない民間人が大半だ。そう考えると実戦経験のある私達が行くのは理にかなっているのかもしれない。なら、私がやることはただ一つだ。

 

「了解しました。紅城一夏中尉、謹んでその任務を遂行させていただきます」

「よろしい。ついては中尉、装備は君の保有している二機を両方とも持って行ってくれたまえ。ついでにアーキテクトの換装を行うそうだ」

 

アーキテクトの換装? その言葉に戸惑いを隠せなかった。だって、換装といったら、普通は装甲や武装の交換が大半だし、内部フレームであるアーキテクトを換装するなんて、よっぽど酷い破損をした時くらいだよ? なのになぜ換装をするのだろうか。

 

「こちらが換装予定のアーキテクトになります」

 

明らかに状況が読み込めてない私を見て、特務士官の人がタブレット端末を渡してきた。そこにはそのアーキテクトの詳細が表示されていた。基本的なところは現行のアーキテクトと同じだけど、エネルギー流路の耐久性が上がっていたり、緊急展開などに使うエネルギーも各部のUEユニットから産生されて、各部のコンデンサに蓄積されるみたい。つまり、絶対防御とかシールドバリアとかが無かったりするのを除けば殆どISみたいなものになるみたいだ。…………これって、完全に現行のアーキテクトの完全上位互換だよね?

 

「そのアーキテクトは今後導入予定の初期生産ロットだ。我が国には三体も給与された。護衛と防衛の任務の他に、このアーキテクトの評価もしてくれるとありがたい」

 

…………中将、それってこのアーキテクトの評価試験もついでにやってくれと言ってるようなものじゃないですか。でも、戦闘になれば否が応でもそうなるだろうし、その時に取れればいいのかもしれない。

 

「アーキテクトについての詳しい話は後で説明させる。入学に関しての事も詳細が決定次第話そう。話は以上だ。通常任務に戻りたまえ」

「了解しました。では、失礼します」

 

そう言って私は司令室を後にしようとした。それにしても…………IS学園行きかぁ…………どんなことをしているのか詳しいことは全然知らないから、どうしたらいいんだろうね…………。でも、そこに危険が迫ろうとしている。そして、そこに私の弟が向かうことになっている。そうであるならば…………私は戦う。守りたい家族がそこにいるならば、なおのことだ。とはいえ、この騒動の発端となった秋十に対して、なんでこんな事態になってしまったのかを小一時間問い詰めてみたいところだよ。まぁ、流石に迷子になってってことはないと思うけどさ。

 

◇◇◇

 

「ぶふぇっくしょん!」

「だ、大丈夫ですか? か、風邪でも引いたんですか?」

「いや…………多分誰かが噂してるだけだと思います…………」

 

◇◇◇

 

「そっか…………一夏はIS学園に行くことになったのか」

「うん…………一緒の高校、行けなくなってごめんね」

「気にすんなって。永遠の別れじゃないんだしさ」

 

中学校の卒業式が終わった後、私と弾は校舎の裏に来ていた。というか、私が弾に誘われたんだけどね。今年は気温が高いせいか、既に桜の花が幾つか咲き始めている。基地の周りにも桜の木はあるけど、まだ花は咲かせてないし、こんなに早く咲くここの桜はなんだか気が早すぎたみたいで、ちょっと控えめな感じがした。二人きりという状況なので、私がIS学園に行くことになってしまったことの旨を彼に伝えた。本当は一緒に藍越学園に行きたかったけど…………でも、任務があるから仕方ない。自分の意思でこの世界に足を踏み入れたんだから、今更文句を言えるわけがない。そんな私の心情を知ってかどうかはわからないけど、弾は慰めるような言葉を言ってくれた。ほんのちょっぴりだけど心が軽くなった気がする。

 

「でもさ、IS学園に行くなんてすげーよ。正直、卒業すら怪しい登校日数だったのにさ。大出世の一夏がうらやましーぜ」

「あ、あはは…………」

 

乾いた笑いが出てしまった。念のため言っておくけど、学力試験に関しては中堅クラスをなんとか維持できたレベルであり、実力でIS学園の一万倍なんて倍率を突破できやしない。おまけに、行く目的が秋十の護衛とアントからの防衛なんだから、言えるわけがない。あと、卒業にしたって国防軍からのテコ入れがあったに違いない。そうでもしなければ、私や悠希、明弘は卒業なんてものはできないからね。私に至っては一ヶ月以上、学校に出てなかった時もあったから尚更だ。

 

「ま、これからは別々の道で頑張らねえとな」

「そうだね。でも、弾に負けるつもりはないよ?」

「そいつはこっちの台詞だっつーの」

 

そう言い合ってるうちになんだかおかしくなって、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。こんな時間がいつまでも続いたらいいなと思ってしまう自分がいる。でも…………こんな時間を守れるのは私達国防軍がいるから。それに…………せっかく二人きりになっているから、私から想いを伝えてもいいのに言い出せない自分がいる。こんな時に勇気を出せない自分がなんだかちっぽけに思えてきた。

 

「…………それにしても、三年なんてあっという間だったなぁ」

「私に至っては、ほとんど学校にいなかったから余計短く感じるよ」

「それに比べたら俺は時間があったわけなのに、やり残した事があるから悔しいわぁ…………」

 

そう言って嘆く弾。空の晴れ模様とは対照的になんか負のオーラを出しているような気がする。でも、こんなに残念がる弾の姿を見たことはなかったから、つい後押ししてあげたいなと思った。事によっては、まだ時間は間に合うかもしれないからね。

 

「なら、今からでも遅くないかもしれないよ? やらなかったらそれこそ一生後悔するかもしれないよ?」

「それもそうだよな…………よっし、決めた! 俺、これからやり残したことやるわ!」

 

急に元気になった弾の姿を見て、なんだか嬉しい気分になった。好きな人の後押しができてよかったよ。まぁ、何をするかはわからないけど。でも、しないよりはいいんじゃないかな? しなかった事で後悔はしたくないからね。

 

「一夏、その、なんだ…………俺、お前の事が好きだ。お前を、一人の女の子として。だから、俺と付き合ってくれ!!」

「…………ほぇ?」

 

…………ちょっと待って。状況が全く読み込めない。えっと、弾は私の事が好きと言ってくれた。それは前にも言われたことだよ。多分友達としての意味だと思うけど。で、それでもって、私と付き合ってくれって——えぇぇぇぇぇっ!?

 

「その、恥ずかしいことなんだけどさ…………俺ら一年の頃から同じクラスだったじゃん。俺、その時から一目惚れしちゃったみたいで…………そ、それにさ、お前って優しかったしさ…………心の底から好きって思えたんだ…………だ、だから! お、俺と付き合ってくれ!!」

 

突然のことに言葉が出なかった。ま、まさか弾の方から言ってくるなんて…………自分の方から想いを伝えるよりも、こっちの方のシチュエーションに憧れていたけど、本当にこんなことが起こるなんて…………あまりの嬉しさに涙が出そうだよ。でも…………弾に隠し事はできないから、これだけを伝えてから考えてもらわないと…………。

 

「だ、弾、私も弾のことが好きだから、そう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね…………」

「…………や、やっぱり、ダメなのか…………?」

「そ、そうじゃないよ! そうじゃないんだけど…………でも、これを見てからもう一度言って欲しいの」

 

私は片方のニーソを膝下まで下げた。出てくるのは刻み込まれた幾多の傷痕。多分普通の人なら見るのも辛いものだから…………それに、これで捨てられるようならそれまでだったって事で諦められるし、途中で別れられるよりは全然そっちの方がいいからね。でも…………心の中では、『それでも好きだ、付き合って欲しい』と言ってもらいたい自分がいる。弾はまるで固まってしまったかのように反応を見せない。やっぱり…………ダメだったのかな——

 

「…………知ってるよ、その傷」

「えっ…………?」

「秋十から教えてもらったんだ…………傷だけじゃない、お前が国防軍の人間だって事も…………」

「…………そう、なんだ…………」

「ああ…………だけどさ、俺がその程度で初恋の女の子を諦めると思ってたのか!?」

 

さっきまでの固まっていた彼はどこへ行ったのか、弾はまるで感情を爆発させたかのように、私の肩を掴んでそう言ってきた。今度固まってしまったのは私の方だ。って、ち、近い…………顔が近いよ…………。

 

「だ、弾…………?」

「お前が国防軍人だって構わねえ! お前の誰かに何かをする、その優しさに惹かれたんだよ! だったら、俺はそれ以上の愛で、お前の全てを包み込んでやる! それになぁっ!」

 

弾は一度息を整えてから言葉を紡いだ。

 

「目の前で好きな奴が——告白されて、振ってくださいと言ってる奴が、今にも泣きそうな顔になってたら、余計に付き合いたくなるじゃねえかよ!」

 

弾にそう言われて、自分の目尻が少しだけ熱くなり始めていることに気づいた。…………なんだか、日に日に涙脆くなってきている気がする。弾の顔を見たらその言葉は本当なのかもしれない。だって…………いつになく真面目そうな顔だったんだから。

 

「…………本当に、私でいいの?」

 

無意識のうちに私の口からはそんな言葉が漏れ出ていた。最終確認…………というわけじゃないけど、自分でもわからないどこか不安なところがあるのかもしれない。

 

「ああ、本当だ。お前でいいんじゃない。お前が一番なんだよ。だから——俺と、付き合って欲しいんだ」

 

そう言ってくれる弾の顔は赤かったけど、優しい笑みを浮かべていたと思う。な、なんだろう…………視界がぼやけて…………よく見えないよ…………。でも、ち、ちゃんと答えてあげないと…………。私は今にも決壊しそうな涙腺をなんとかしてもたせながら、しっかりとした答えを出した。

 

「ありがとう…………私も…………弾の事が好き…………だ、だから…………こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

言い切った瞬間、涙腺は決壊し、熱いものが頬を伝うのがわかった。止めようとして目を閉じるけど、とめどなく出てくる涙。そして、それを拭われる感覚も感じた。

 

「お前って…………意外と泣き虫なんだな」

 

目を開けると弾が私の涙を拭っていた。彼はなんだか戸惑ったような顔をして苦笑いを浮かべていた。なんでなの…………嬉しいんだから、止まってよ…………涙を止めてよ…………。

 

「別に…………いいじゃん…………でも、こんな人が軍人って、おかしい、かな…………?」

「俺に聞かれてもなぁ…………でも、少なくとも俺は別にそうは思わないけどな」

「それじゃ…………ちょっとだけ、甘えてもいいかな…………?」

「おうよ。俺にできることならなんでも」

「じゃあ…………少しだけ抱き締めて…………」

「了解しましたよ、心優しい軍人さん」

 

そう言って私を抱き締めてくれる弾。強すぎず、かといって弱すぎない、ちょうど良い力で抱き締めてくれる彼の優しさが直に感じられる。その優しさに触れたからなのかわからないけど、今頬を伝った一滴を最後に、涙は止まったのだった。

 

◇◇◇

 

「やっと弾の野郎は爆発したのかよ…………見てるこっちが焦れったかったぜ」

「それには本当に同感。けど、千冬姉が知ったらどうなるのか…………」

 

こっそりと影からお熱い二人のシーンを見ていた秋十と数馬。ようやく結ばれた事に安堵してなのか、彼らの表情もどこか晴れやかである。とはいえ、直後にこの事を千冬に知らせなければいけない秋十の表情は少し複雑なものに変わってしまったが。

 

「まぁ、お前の姉ちゃん重度のシスコンって言ってたしな。心中、ご察しするわ」

「修羅場になったらお前も止めるのを手伝ってくれよ…………? 一人であのオーガを止めるのは無理」

「すまん。多分俺は戦力にならない」

「使えねぇ…………」

 

秋十の嘆きは段々と切なさを伴ってきている。比較的常識人である数馬は、とりあえず飛び火しないようにこれから起こるであろう鬼の千冬の降臨から逃げようとしているが、巻き込まれるかどうかは神のみぞ知るといったところだ。戦力のあてにならないと判断した秋十は少し深い溜息を吐いたのだった。

 

「…………でもまぁ、今はいいか。一夏姉、誰にも甘えようとしてこなかったし。心から気が許せる相手が出来て良かったと思ってるよ」

「そういうお前は作れそうなのに作れねえんだけどな」

「…………? 何のことだ?」

「…………ダメだこりゃ」

 

秋十は自分の姉に心の底から気が許せる相手が出来て本当に良かったと思っている。軍人である以上、誰かに甘えるなどそう簡単にできる行為ではない。しかし、せめて今だけでも、弱さを見せられる時間としてあげたい、そう彼は思った。一方の数馬は、そうやって一夏の事を見ている秋十に対し、あまりの唐変木っぷりに呆れていたのだった。尤も、それにすら彼は気づいていないようだったが。

 

「…………さて、俺たちもそろそろ撤退するとしようぜ。バレるのは勘弁だ」

「俺も丁度そう思った。なら、さっさとずらかるか」

 

あまり長居しては二人に、自分達がここにいるということがバレてしまう事を警戒した秋十と数馬はその場からそそくさと撤退していく。その際に足音を立てないよう慎重に慎重をきして抜き足差し足になるあたり、後でお熱くなっている二人にとやかく言われたくないのだろう。

 

(一夏姉…………幸せになってくれよ。それと、弾…………一夏姉を絶対幸せにしてくれよ)

 

去り際、桜吹雪の中、抱き締め合っている二人を横目で見た秋十はそう心の中で思いながら、数馬の後を追うようにその場を立ち去ったのだった。

 

◇◇◇

 

「さて…………これで人員は揃ったな」

 

四月に入り、私と雪華は司令室にて最後の確認を受けていた。というのも、これから私達は一度横須賀に向かい、そこからIS学園島に移動する為、必要な装備と人員を把握しておかなければならないからだ。装備に関しては私の榴雷と、正式装備化されたゼルフィカール・ブルーイーグル(長いし、ゼルフィカールだと被るからブルーイーグルと普通は呼ぶけど)だから、既に確認とか手続きは完了している。ついでにアーキテクトの換装も完了。だから、最後の確認は人員だけだ。しかし、任務書類に書いてあった人員より少ない。というか、書類に国防軍からは実働人員二名、整備人員一名と書いてある。私は二名のうちの一人だし、整備人員は雪華だからわかるけど…………残りの実働人員は誰なんだろ?

 

「中将、実働人員が書類よりも一人足りてないような気がするのですが…………」

「気にするな。直に到着するそうだ」

 

その言葉に私と雪華は思わず目を見合わせていた。いやいや、そこで初めてわかるとか本当にまずくないんですか? 前みたいな女尊男卑主義者とかが来たら、多分拒絶反応でますよ? と、そんな風な事を考えていた時だった。

 

「遅くなり申し訳有りません。篠ノ之箒少尉、只今到着致しました」

 

司令室に入ってきたのは、まさかの箒だった。となると…………最後の一人って——

 

「ようやく本当の意味で全員が揃ったようだ。それにしても、篠ノ之少尉、なぜ遅れたのだ? 西崎大将殿からは君が遅れるとしか聞いてないのだが」

「はい。また軍内部に女尊男卑主義者がいたようで、つい先日舞鶴基地にて騒動を引き起こしたらしく、その一斉検挙に回っていた為、遅れてしまった次第になります」

「そうか。私が言うのもどうかだが、任務ご苦労であった」

「恐縮です」

 

この流れからして完全に実働人員って箒だ。その事にほっと胸をなでおろす。人員の全員が私の知人だったからってのも大きい。やはり、気の知れた仲間じゃないと落ち着かないし、背中もなかなか預けられないからね。

 

「では、紅城中尉、篠ノ之少尉、市ノ瀬軍曹の三名が我が国防軍からの護衛人員とする。特に、市ノ瀬軍曹。整備の指揮を君に一任する事になる。しっかりと頼むぞ」

「了解しました。整備班の代表として最善を尽くさせていただく所存です」

 

雪華はそう言って中将に向かって敬礼をした。こうしてみるとやっぱり雪華も国防軍人なんだなぁって改めて感じさせられる。多分、ブルーイーグルとかの整備で相当お世話になるから、頭が上がらないよ。

 

「なお、護衛隊の指揮はドイツ軍から派遣される者が執るそうだが、到着はしばらく後になる。それまでの間、紅城中尉には指揮を担当してもらう。やってくれるな、中尉?」

 

って、はいぃぃぃぃぃっ!? わ、私が指揮を執るの!? い、いや、中隊を二分したりした時は私に指揮権が来る時はあったけどさ…………それ、相当少ない事案だよ!? で、でも…………任された以上はちゃんとやらないと…………けど、私にやれるのかな…………? 不安は一杯あるけど、どのみちやるしかない。

 

「了解しました。第十一支援砲撃中隊の名にかけて、その任、謹んでお受け致します」

「ははっ、そう意気込まんでもいい。いつも通りにやってくれればいいさ」

 

そう言って中将は微笑んできてくれた。なんか余計に緊張していたせいか、その表情を見て少し力が抜けてしまった。とはいえ、臨時とはいっても指揮官になった事に変わりはない。今まで以上にしっかりしなきゃ…………。

 

「それに、皆には学園生活を送ってほしいとも思っている。君達を若年兵として戦場に送り出してしまった私達が言うのもなんだがな」

 

まぁ、中学校はほとんど行ってないからね。それに、今回は週一回に定期報告書、他に何かあった際に緊急の報告書を出しておけばちゃんと給与も出るみたいな話だし。

 

「だが、くれぐれも例の彼と淫らな関係を持ったりしないように。——ああ、紅城中尉にその心配は必要なかったか。君には素敵な彼がいるからね」

「ち、中将!? い、一体どこでそれを!?」

「ふっ…………それは機密事項だ」

 

中将にからかわれる私。突然そんな事を言われたせいであたふたとしてしまった私を見て、雪華も箒も苦笑いを浮かべていた。うぅ…………恥ずかしい。まぁ、でも弾と付き合い始めてからメールの頻度はかなり上がったよ。なかなか会うことができないから尚更だ。でも…………どこからその情報が漏れた——って、この事知ってるの、葦原大尉しか知らないはずだから、絶対大尉の仕業だ。こういうことがなかったらいい人なんだけどなぁ。

 

「——さて、それでは任せたぞ。健闘を祈る」

 

しかし、そんな浮いた気分もつかの間。纏う雰囲気を変えた中将に釣られ、私達も気を引き締めた。なら、私も指揮官らしく振るまわなきゃね。

 

「了解しました。紅城中尉、以下三名。織斑秋十の護衛任務、これより開始します」

 

こうして、任務を受諾した私達はIS学園へと向かう事になったのだった。




次回、学園編に突入です。今後も生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.13

どうもー、紅椿の芽です。
今回より学園編に突入します。
あと、あとがきにてキャラ紹介と機体解説を不定期で行っていきますよ〜。

では、生暖かい目でよろしくお願いします。


四月に入り、私達はIS学園へと向かう事になった。しかしだ…………横須賀基地から移動すると聞いてはいたけど、こんな事になっているとは全く想像ができなかったよ。え? 今、どんな状況にいるかって?

 

現在、こんごう型イージス護衛戦艦三番艦[はるな]の最上甲板にいます。

 

いや、だって普通は戦艦で移動なんかしないでしょ!? おかしいから! どう考えてもおかしいから! 今でこそ落ち着いてはいるけど…………最初にこの艦から案内の人が来た時は正気かと思ってしまったよ。まぁ、どのみちこの艦は呉で定期点検を受けるらしく、その途中にIS学園があるから立ち寄ってくれるそうだ。学園までは三十分くらいと言われているから、その間外に出ている事にしてみた。尚、箒も一緒に出ている。

 

「それにしても、やっぱりこの艦は大きいな。一夏は前に乗ったことがあるんだったか?」

「乗ったというよりは案内してもらったって感じかな? 横須賀基地でドイツに行く前の最終点検をしてもらっている間に、偶然誘われてさ。色々教えてもらったんだよ」

 

ふと視線を向けると、そこには二つの巨大な砲塔がある。確かこれが重レーザー砲だった気がする。他にもミサイル発射管やら色々あるけど、一番の驚きはこの艦にもUEユニットが搭載されている事。だからこその大出力光学兵器である重レーザー砲が搭載できるわけだ。あ、格納庫には水面下から来るアントへの対抗手段としてグライフェン(EXF-10/32)が何機か搭載されていた。ていうか、あの機体関節が逆向きになっているんだけど、どうなって入っているんだろう? というか、今思ったけど、私たちだって身長がみんな違うのに普通に同じサイズのフレームアームズを纏っているよね? あれって一体どういう仕組みなんだろうか? 今更になってそんな事が疑問に思い浮かんだ。

 

「へぇ…………私達が整備をしている間に中尉さんは遊んでいたんですかぁ?」

 

胸にぐっさり突き刺さるようにいつの間にか来ていた雪華にそうジト目で聞かれた。うっ…………そ、そんな目で見ないでよ。そ、そりゃ、整備の時に顔を出さなかったのは悪かったと思ってるけど…………変に断って海軍との仲を悪くしちゃうのもいけないじゃん。と、心のなかで思ってはいるけど、

 

「いや、その、えっと…………」

 

口には全くもって出てこない。おかげで日本語をしゃべっているのかどうかすら怪しい。私は一瞬、箒に救難信号を目線で送ったけど、

 

「これは一夏が悪いな」

 

と、バッサリ切り捨てられてしまった。味方は一切いない。相変わらず送り続けられているジト目には何かの威圧感みたいなものを感じる。

 

「は、はうぅぅぅ…………」

 

つい、その圧力に負けてしまい、縮こまってしまった。軍曹に目線で負かされる中尉って…………うぅ…………完全に上官としての立場が無いよ…………。現在のパワーバランスで言ったら、私が最低ランクである事は間違いないはず。

 

「ぷっ…………冗談だから! そんな小動物みたいに縮こまらないでよ!」

「こんな縮こまっているのが日本の英雄だなんて誰も思わないな、これじゃ」

 

そんな風に縮こまっているの私を見て二人はクスクスと笑っていた。その顔に悪気とかは無いみたいだからいいけど…………なんだかすっごくむかつく。思わず頬を膨らませてしまった。

 

「むぅ…………二人とも、からかうのはいい加減にしてよ!」

「ほう。ならば適度なからかいならいいのだな?」

「そういう問題じゃないからね!」

 

完全に箒に弄ばれている私。昔もよく箒に弄ばれていた事を思い出す。そして、秋十が調子に乗って私をからかおうとすると、決まって箒が天罰を下していたっけ。なお、からかわれるようになったのは、箒の弱点が私にばれた次の日からだった気がする。

 

「ま、でも一夏をいじるネタはたくさんあるからね。ほら、例の彼氏の件とかさ」

「その話広まるの早すぎでしょ!? 葦原大尉ってそんなに私と弾の関係を容赦なくばらしているの!?」

「というか、館山基地の人はみんな知ってるよ? 葦原大尉が『今夜は赤飯だー!!』とか言ってたし」

「あんの、セクハラ大尉ぃぃぃぃぃっ!!」

 

今頃大尉はやけに腹が立つ笑顔をしている事だろう。ならば、今度模擬戦にでも付き合ってもらうしかない。シュミレーターならいくらやっても弾薬費とか掛からないし。掛かったとして電気代くらいだ。だから私達のように大量の弾薬を一度に消費してしまうような機体での訓練にはシュミレーターが向いているんだよ。まぁ、私の場合、そのまま衝撃とかもフィードバックされるから、それを狙って大尉を懲らしめたいだけだけど。

 

「あ、そうだ…………お姉ちゃんに頼んで、大尉の部屋を掃除してもらおうかな? そうすれば、多分大っきなムカデみたいなやつ(アースロプレウラ)の一匹二匹は出てくるはずだし…………」

「そ、それはダメだ! バイオハザードになって館山基地が死の土地に変わるぞ!!」

「冗談だって。さすがにお姉ちゃんにやらせたら、それで済まない事になるもん」

「…………見た事がある分、容易に想像がつくな」

「何の話なの?」

「雪華は知らなくてもいい話だよ」

 

箒は私がふと漏らした、お姉ちゃんの掃除に反応した。まぁ、あの惨状を初めて見たときはお互いに固まって動けなかったよ。部屋を開けたら、なぜか太古の地球みたいな状態になってたし、大っきなトンボ(メガネウラ)は飛んでるし、これまた大きいサソリ(ブロントスコルピオ)がうごめいているし、極め付けはウミサソリ(プテリゴトゥス)がいた事かな。飛んでくる大型昆虫に、這いずり回る黒い彗星、そしてゴミの山に首から突き刺さっているお姉ちゃんと束お姉ちゃんの姿を見たら誰だって言葉を失うよ。まぁ、その後正気に戻ったお姉ちゃん達と帰ってきて同じく唖然としていた秋十と片付けたけどね。多分、雪華が知ったらあまりにも次元を超えた事に開いた口が閉じなくなると思う。

 

「おーい、嬢ちゃん達ー。もう直ぐ学園島に到着するぞー。荷物の準備とかしてきなー」

 

そんな間延びしたような声で、この艦に案内してくれた士官の人がそう言ってきた。ちなみに階級は大尉。砲術科の人みたい。ふと、海を見ると、そこには島があった。正確には日本本土と繋がった人工の島。その中央には白い建物——IS学園がその存在をこれでもかと伝えてくる。

 

「了解しました! それじゃ、私達は降りる準備しないとね」

「そうだな。しかし、これならば礼に菓子折りの一つでも持って来ればよかった」

「グライフェンの整備とかしてみたかったけど…………ま、それは今度でいっか」

 

私達は一度艦内に入り、置いておいた荷物を持って下艦する準備をした。学園島に接岸したのはそれから五分後の事だった。

 

 

入学式が無事に終わり、私達は割り当てられたクラスへと向かい、そこで待機していた。まぁ、私達はあくまで秋十の護衛できたわけだから一箇所にまとめられるわけであり、全員一組に集まっていた。それにしても名簿を見て驚いたよ…………まさかあの三人もここにいるとはね…………もしかするとアメリカとイギリスからの人員なのかもしれない。

それはともかく、巷では大騒ぎの発端となっている私の弟・秋十というと、最前列でガッチガチに固まっていた。まぁ、それも仕方ないよね…………だって、秋十を除いた全員が女の子だから。私や箒のように昔から馴染みのある人だったら別にどうって事はないけど、それ以外の人は興味津々だ。雪華もそれなりに興味があるみたい。…………これで無意識のうちに女の子を堕としかねないから細心の注意を払わなきゃいけないけどね。

 

「皆さん、ご入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です」

 

副担任の山田先生が入ってきて挨拶をしたけど、誰一人として返そうとしない。緊張とかそういうものじゃない。ただ単純に秋十にその視線が集中しまくったせいで、誰も先生が来た事をどうでもいいことくらいにしか捉えてないんだと思う。あ、先生、私はちゃんと見てますから! だから、そんな泣きそうな顔にならないでください! こんなことを言うのもなんですけど、先生は童顔なので凄くイケナイ感じしかしません!

 

「あうぅぅ…………こ、この学園は全寮制となっています。今後、力を合わせて頑張っていきましょうね」

 

…………。本当に秋十にしか興味がいってないよ。誰か本当に返事してあげて! このままだと山田先生が教室の隅っこでうずくまって負のオーラを放ちかねないから! え? 私が返事したらいいんじゃないのかって? …………ごめんなさい、こんなコミュニケーション能力が低い中尉でごめんなさい…………私にはこの状況を打開することができそうにないです。

 

「はうぅぅ…………で、では、自己紹介を…………廊下側の人からお願いします」

 

山田先生は微妙に負のオーラを放ちながら自己紹介をするように促してきた。そこでやっと意識がこっちに戻ってくるみんな。それを見て無視されてなかったことが相当嬉しかったのか、今にも飛び跳ねそうな勢いで顔が明るくなる山田先生。あのー、本当に教師ですか? いや、私みたいに頼りない軍人もいるからなんとなく気持ちはわかるけど…………その、胸を張って胸部の装甲だけ強調するのやめてくれませんか? ただ喜んでいるだけなんだろうけど、その豊満な塊が目に入ってくるんですよ。どうやったらあんなに大きくなるんだろ…………雪華よりは大きいけど、箒には負けるし…………まぁ、あまり大きくなっても邪魔になるだけだし、気にしなくてもいっか。べ、別に大きいのが羨ましいとか、そういうことはないんだからね!

 

「エイミー・ローチェです。アメリカ軍の出身ですが、その辺はあまり気にしないで接してくれると嬉しいです」

「同じくアメリカ軍出身のレーア・シグルスだ。趣味は映画鑑賞、同じ趣味の人がいたら是非話がしたいと思っている」

「セシリア・オルコットですわ。イギリス軍の人間ですが、私としては皆さんと楽しい一年にしたいので、どうかよろしくお願いします」

 

エイミーにレーア、そしてセシリアまでもがここに集まっていた。というと、すでにこの教室にはフレームアームズが六機存在していることになるのかな? 機体だけで言えば三つの分隊(エレメント)ができるけど、運用人数は五人だから一個小隊くらいの戦力だ。…………もしかして、これだけでアントを防げとでも言うのだろうか? せめてあと一人は戦力として欲しいところだよ。

 

「市ノ瀬雪華です。日本国防軍から整備とかについて学びたいと思ってきました。よろしくお願いします」

「篠ノ之箒だ。雪華と同じく国防軍の出身だ。それと、勘の良い者は気づいたようだが、私の姉はあの篠ノ之束だ。だが、これだけは言っておく。私はISのコアを作ることはできないが、姉は料理に洗濯、掃除と家事が一切できないぞ。姉の恥ずかしい過去を聞きたいなら休み時間に来てくれ。では、よろしく頼む」

 

雪華は普通に自己紹介したみたいだけど…………箒、そんなあっさりばらしていいものなの? まぁ、別に姉妹の仲が悪い訳じゃないからよさそうだけどさ。てか、篠ノ之なんて名字はそうそうないから気づく人もいるか。それを見越して先にばらしたみたいだから、先手を打ったってことなのだろう。でも、それを実行に移せる箒の度胸は本当に凄い。やはり、胸が大きいから…………って、それは関係ないか。

 

「次、紅城さん、お願いします」

 

考え事をしていたら、いつの間にか私の順番になっていたみたい。それじゃ、自己紹介をするとしますか。あ、別に気乗りしてない訳じゃないから大丈夫だよ。立ち上がる前に一応確認。ニーソはうまく傷を隠しているね。これなら大丈夫だと思う。

 

「紅城一夏です。雪華や箒と同じく、日本国防軍の出身です。でも、そういうのは関係なく仲良くできたらいいなと思ってます。一年間よろしくお願いします」

 

当たり障りのないごく普通のことを言って乗り切った。まぁ、名字が違うから私と秋十が姉弟だなんて絶対気付かないだろう。でも、絶対なんてないから…………卒業まで気づく人がいない事を祈っておこ。

と、此処まで順調に進んでいた自己紹介みたいだけど、突然その流れが止まってしまった。何か問題でも起きたのかと思って様子を見たら…………秋十が固まっていて反応すら見せていなかった。しかし私は比較的近距離にいるが、状況的に支援不可能である。てか、助け舟を出したら私まであの視線の集中砲火にやられそうだ。

 

「織斑君、織斑君、織斑君! おーりーむーらーくーん!!」

「ひょわっ!? な、なんでせうか!?」

 

秋十も意識がこっちになかったようで、そこそこ大きな声でこっちの世界に戻され、その事に驚いて直立していた。その光景に思わず苦笑いが出そうになった。実際、何人かは苦笑いしている人がいる。

 

「大きな声出してごめんね。今、自己紹介で織斑君の番なんだけど、してくれるかな? だめかな?」

「い、いや、謝らないでください。や、やりますから」

 

秋十は山田先生に言われて、後ろを振り返った。表情を見た感じ、完全になんて言ったらいいのかわかってない顔だ。てか秋十、さっき山田先生に迫られて顔を赤くしてたよね? しかも露骨に視線を逸らしていたから、おそらく胸にでも目がいったのかもしれない。そういう事を考えると、やはり秋十も男の子として最低限のものはあったみたいだ。…………まぁ、自分で言っていて泣けてくる話なんだけど。

 

「えーと…………お、織斑秋十、です」

 

…………終わり!? たったその一言だけなの!? 流石に他の事も言うでしょ? というか、他に何か言ってという視線が秋十に集中し始めている。その視線を一挙に受けたせいか、一瞬身じろぎをしたようだが、その後一度深呼吸をしてから口を開いた。大丈夫、ちゃんとした事を言ってくれる——

 

「——以上です!」

 

——事はなかった。全くもって予想できなかった結果に教室中でこける音が聞こえた。少なくとも雪華は椅子の上でずっこけている。かくいう私は、あまりにも弟のコミュニケーション能力が残念すぎる事に頭を痛くして、眉間の辺りを押さえていた。いや、確かにさ…………女子が溢れる場所に男子一人ってのも苦痛だとは思うよ。それにしたって、挨拶くらいはできるんじゃないかなぁ? そう考えていた時だった。

 

「——お前はまともに自己紹介もできないのか?」

「げえっ!? 家事壊滅残姉さん!?」

「個人情報をバラすな、馬鹿者!!」

 

ハリセンでツッコミを入れられ、挙句の果てに余計な事を言った結果、秋十の頭からはなってはいけない音が鳴り響いている。うわぁ…………拳で挟み込まれてから、グリグリとされるのは本当に痛いと思う。見てるこっちがドン引きだよ…………。なお、それで秋十は力尽きたのか、そのまま机に突っ伏していた。

 

「山田先生、遅れてすまない。予想以上に会議が長引いてしまってな。担任としてクラスに直ぐ顔を出せなくて申し訳ない」

「い、いえ! 私は副担任ですから! この程度は大丈夫です!」

「それでもだ。私達担任が教鞭を振るうことができるのは、君のように支援をしてくれる副担任がいるからに他ない。とにかく、行程を進めておいてくれて助かった」

 

山田先生はそう言われて顔を赤くしていた。ってか、ちょっと待って!? 少し状況を整理するのに時間がかかったけど、もしかして今の声って…………!

 

「諸君、私がこのクラスを担当する織斑千冬だ。私の任務は貴様らの教導だ。まずは半月でISの基礎を叩き込んでやる。そして同じく半月以内にISを手足のように扱ってもらうぞ。——なに、この地獄の倍率をくぐり抜けてきたエリート揃いだ、直ぐにできるさ。そして代表候補生、貴様らもここにいる全員と同じく雛鳥レベルだ。一からやり直す気でやれ。だが、ここは学校だ。少しの間違いならやり直すチャンスを与えてやろう。だが、これだけは言わせてもらおうか——失敗は命に関わる、とな。私からは以上だ。いいな、わかったか?」

 

まさかのお姉ちゃんだったよ…………前に学校で先生をしているって聞いていたけど、まさかのココなの!? 全然言ってなかったよね!? どこがちょっとした学校なの!? ある意味士官学校にも近いものを感じるよ!? しかも有名どころで超エリート校だから、ちょっとどころの話じゃないじゃん!! どうやら、秋十も私と同じく知らなかったみたいで、起き上がり目の前にお姉ちゃんがいると気づいた瞬間、何故か血の気が引いていた。

てか、その発言ってどうなのお姉ちゃん…………確かにここは士官学校みたいな感じだし、ISの防御力が高いとはいえ死亡事故が起きないと限らないから、そうやって意識付けをするのは大切だと思うよ。私達がフレームアームズの訓練を受けている時も、実戦だと思ってやれと言われているしね。けど…………

 

「ほ、本物の千冬様よ!」

「きゃーっ! お姉様! 愛しのお姉様〜!」

「躾けてくださ〜い! 熱い蝋としなやかなムチでお願いしま〜す!」

「でも、たまには甘えさせてください!」

「そして、再調教オナシャス!」

「北九州よりきた甲斐がありました!」

「お姉様の命令とあらば死ねます!」

 

…………この中に何人その意味を理解しているかわからないよ。少なくとも各国軍の出身者達は理解しているはず。というか、お姉ちゃんの人気がおかしい方向に向かっているような気がするんだけど…………あ、言っておくけどお姉ちゃんはあんな事やこんな事をするような人じゃないよ? それだけは確実に言える。

 

「全く…………なんでこうも私のクラスには問題児しか来ないんだ? むしろこれだけ馬鹿者どもがいる事に感心するべきなのか?」

 

お姉ちゃんは流石に呆れたのか、眉間の間を押さえるようにしている。それを見て思わず山田先生が苦笑いしていた。どうやら前もこんな感じのことがあったみたいだ。ってか、みんなキャーキャー騒ぎすぎじゃないかな…………私、耳が痛くなってきたよ。え? いつもはロングレンジキャノンが頭の横に展開されるから、それで慣れてるんじゃないのかって? いや、あれは聴覚保護機能があるからね。そうじゃなかったら今頃鼓膜が破れているよ。

 

「いい加減黙らんか! 全く…………まぁいい。自己紹介が途中までしか進んでないようだが、後は各自でやれ。それと、私の言う事に逆らってもいいが、返事はしろ。これにてSHRを終了する。各自、次の授業の準備に入れ」

 

お姉ちゃんはそう言うとそのまま教室を後にしていった。山田先生はその後ろを子犬のようについていく。…………なんだろ、一瞬尻尾が見えて気がする。

それにしても…………これから大変な事になりそうだなぁ。ま、でも、今は次の授業の準備に取り掛かるとしよう。そう思った私は一時間目の授業である、IS基礎理論の教材を鞄から取り出したのだった。

 

 

一時間目終了後、秋十は完全に轟沈していた。頭を限界まで使っていたのかわからないけど、何故か煙が立ち上って見える。で、そうなっている秋十を一目見ようとあちこちのクラスから人が廊下に詰めかけているといった状況。その視線を受け止めているわけだし、いくら唐変木の秋十でもこれには耐えきれなかったようだ。

 

「秋十の奴、大分参っているな」

「まぁ、こんな状況じゃ仕方ないとは思っちゃうけどね」

「でも不憫すぎでしょ、この環境」

 

箒は秋十に向けてやれやれといった視線を向けている。仕方ないとはいえ、この状況はなかなか堪えると思うよ。雪華の言っている事には同感だ。ちなみに秋十は未だに再起動する気配がない。完全に沈黙を保ったままだ。まぁ、この状況で秋十に接触なんてしてこないだろうし、そこそこ警戒しておくことにしよう。

 

「お久しぶりです、一夏さん」

 

すると、いつの間にかエイミーが私の側に来ていた。いや、エイミーだけじゃなく、レーアとセシリアまで集まっていた。みんな全然変わってなくて、なんだか安心したよ。

 

「久しぶりだね。どう? 元気にしてた?」

「はい! 出撃は何度かありましたけど、全部軽傷ですみましたから」

「私もだ。というか、びっくりしたぞ。お前が二機同時保有者(ライセンサー)になっていたからな」

「あはは…………成り行きでそうなっちゃっただけなんだけどね」

「それでも、ライセンサーなんて凄いですわ。ところで、一夏さん、そちらの御二方は…………?」

 

あー、そう言えば自己紹介とかしたけど、殆ど面識なんてないもんね。それじゃ、改めて自己紹介とかしてもらったほうがいいのかな? そんな風な事を考えていた時だった。

 

「一応、さっき自己紹介したが名乗らせてもらおう。日本国防軍第零特務隊、篠ノ之箒少尉だ」

「えっと、日本国防軍本土防衛軍フレームアームズ整備班、市ノ瀬雪華軍曹です」

 

いつの間にか二人が自己紹介をしていた。まぁ、私が直接指示を出すようなことでなかったし、自分からしてもらった方が良かったからね。

 

「では、私も改めて。イギリス海軍第八艦隊狙撃部隊、セシリア・オルコット少尉ですわ」

「アメリカ陸軍第四十二機動打撃群、エイミー・ローチェ少尉です」

「同じく、レーア・シグルス少尉だ」

 

三人もまた初見の箒達に自己紹介を済ましていた。うーん、やっぱりなんだかんだでアメリカとイギリスと日本って仲良くなるの早いよね。

 

「あぁ、それと一夏。一つ言い忘れてた」

 

そうレーアが言うと、エイミーとセシリアの雰囲気も変わった。この雰囲気は、出撃前とかそう言う時の軍人としての雰囲気だ。その雰囲気を感じ取った私も同じように気を少し引き締めた。

 

「これよりレーア・シグルス以下三名、紅城中尉の指揮下に入ります。何卒、よろしくお願いします」

「うん。こっちこそよろしく。あ、それと、今まで通り私の事は階級付け無しで呼んでいいからね」

「それじゃ、市ノ瀬軍曹にも私たちの事を階級付け無しで呼んでもらうことにしよう。よろしくな、雪華」

「はい。よろしくお願いします!」

 

というわけで、ここの部隊の中では全員がお互いを名前呼びする事になったのだった。というか、こんなところで階級付けして呼んだら色々とまずい気がする。それに、私自身がそうしたいという思いがあるからね。

 

「それにしても、あの織斑秋十という男子にこの状況は辛かったみたいですわね」

「流石にこれでは以前いた部隊(米海軍第七艦隊第八十一航空戦闘団)の男共でも耐えさられそうにないな」

「寧ろ、レーアは彼と真逆の事を経験してますからね。まぁ、そこら辺の男よりも男前ですけど」

「そういう人って結構いるんだな…………実を言うと、私もよく男勝りと言われてしまうことがあったぞ」

「昔からそうだもんね。男子よりも女子の方から人気あったみたいだし。普通なかなかないよ、そういうの」

「箒って雰囲気的にサムライとか武士とかそんな感じがするからだと思うよ。ほら、女武士ってかなり格好いいし」

 

褒められているのかわからないな、という箒の呟きを最後に、休憩時間は終わりを告げたのだった。

 

 

「…………それで、何か弁明はあるの、秋十?」

「全くもってございません!」

 

二時間目終了後、私は秋十に呼ばれて屋上に来たわけだけど、実際のところ話の主導権を握っているのは私で、秋十は現在土下座をしている。秋十が土下座をしている理由だけど…………あまりにもアホすぎて説明するのもなんだか面倒だ。だってさ、普通必読って書いてある参考書を使い古した電話帳として捨てるかな? 確かにあの厚さは電話帳と見間違えるかもしれないけど、確認くらいはするよね? ちなみにあれ一冊だけで、鞄の容量の半分を占めている。用語が多いのはわかるけど、これは少し詰め込みすぎでしょ? タブレット端末が普及しているんだから、それに一括して纏めてもいいんじゃないかと思う。

とはいえ、そうやって全然勉強せずに来たものだから、先ほどの授業は一切ついていけず、散々な目に遭ったのだった。しかも、私を呼び出す前になんか絡まれてたし。なんか、代表候補がどーたらこーたらとか。

 

「はぁ…………で、これからどうするの? 私の参考書は貸さないよ? 私だってまだ覚えきれてないことあるし」

「わかってるって…………千冬姉は昼休みに職員室に来いって言ってたから、その時に再発行してもらえないか頼んでみるよ。てか、一夏姉でも覚えきれないのか…………」

「当たり前でしょ。だって、私ただでさえ一般教科でも手一杯だったんだから」

 

IS関連の事を学ぶのは必要最低限で十分とは言われているけどね。だって、私たちが使うのはフレームアームズ。ISと似て非なるものだから、そこまで慣れなくていい。それに、どうせ勉強してもこのIS適正の低さだけはどうにもならないからね…………ほとんどの人は最低でもCクラスなのに、私はそれ以下のDクラス。まともに扱うどころか起動すら怪しいよ。

 

「でも、一夏姉が来るって聞いた時は安心したよ。それに箒もいたしさ…………知り合いが誰一人としていないところに放り込まれるのが怖くて、知り合いがどんなに大切なのかわかった気がするぜ」

「私としては秋十が不安要素の一つであるけどね。一時間目で自らお姉ちゃんの弟って言ってるようなものだし」

「うぐっ…………」

 

いずれは気づかれることだった事だから、早めにばれても良かったのかもしれない。とはいえそのおかげで視線の集中してくる量が増えたのは言うまでもない。これが射線だったら…………考えただけでもぞっとする。

 

「とりあえず、これから頑張るしかないね。こっちもできる範囲でなら手伝うから」

「おう、ありがとな一夏姉。でも、俺もあまり世話にならないように努力するさ」

 

そう言ってはにかんで見せる秋十の顔には、一度やると決めたら絶対にテコでも動かないといった決意が表れていた。それを見て安心する一方、変に空回りしないかという不安も同時に出てくる。…………これ、また胃が痛くなる事案になったりしないよね? 護衛任務が主目的だから、私としてはできれば何も起きないといいんだけど。護衛そのものが必要なかったという結果で終わるのが一番だ。

そう考えていた時、次の授業五分前を告げる予鈴がなった。距離はそこまで大きく離れているわけじゃないから走らなくてはいいけど、授業に遅刻するのはどうかと思うからね。

 

「それじゃ、教室に戻ろっか、織斑君(・・・)

「了解したぜ、紅城さん(・・・・)

 

私たちは互いに名字で名前を呼び合う事にした。まぁ、一番は私がFAパイロットとしていつかはばれるので、その時に秋十と姉弟関係、すなわちお姉ちゃんと姉妹関係にあるとバレてしまうと、お姉ちゃんの名前を汚す事になるから、それを防ぐため。安直かもしれないけど、他人のふりをしておけば少しはカムフラージュになると思うんだけどね。尚、設定では中学の同級生という事にしてある。

 

「そういえばさ、最近弾とはどうなんだ?」

「…………普通、それをここで聞いてくる? まぁ、メールとか一日に十通とかやりあってるけど」

「あ、そ。でも偶にはテレビ電話とかやったら? あれなら毎日顔を合わせられるぞ?」

「…………検討しておくよ」

「あ、顔すげえ赤くなってんぞ」

「うるさい!」

 

教室に戻る途中、秋十が調子に乗って茶化してきたので頭にチョップを叩き込んでやった。秋十は偶に調子に乗る時があるから、こうしてお仕置きをしてやる事が必要だ。具体的には、チョップ、デコピン、ツボ押しマット正座、ご飯抜き、魔境(お姉ちゃんの部屋)送りなどなど。

 

「い、痛え…………何もチョップしなくても…………」

「あまり茶化していると、魔境に送り込むよ?」

「そ、それは勘弁…………あ、そういえば弾からこんな伝言預かってんだった」

「何?」

「『その髪留め、壊れないように気にしてるみたいだけど、それジュラニウム合金製だからそう簡単には壊れないぞ』ってさ」

 

それを聞かされて驚くしかなかったよ。まずはジュラニウム合金で作られたアクセサリーなんてものがあった事。まぁ、軽量で柔軟性に富んでなおかつとんでもない頑丈さを誇る汎用特殊合金だからね。民間にも一部出回るらしいからありえなくはない。でも…………二つ目に驚いたのが、偶然にも、ジュラニウム合金は私の命を繋いでいる榴雷とゼルフィカールの装甲材でもあるんだから…………。そう考えてしまうと、弾からの一種のお守りみたいなものかなと考えてしまう自分がいたのだった。

 

 

「この時間ではISの各種武装の特性について学んでもらう」

 

三時間目の授業はお姉ちゃんが取り仕切っていた。この授業はどうやら特別重要なものらしく、山田先生までもがノートを広げてメモを取る用意をしていた。うーん、やっぱりああいうのを見てると、いつもタブレット端末とかでそういう作業を済ましているから、合理的じゃないなぁと思ってしまう。とはいえ、私がそんな事を言ったって変わるわけなんてないから授業に集中する事にした。でも、武装の特性なんて言われてもね…………ほら、私たちは常に最前線で愛機と共に命張ってきたから、身体に武器の基本的な特性とか染み付いているんだよね。特に自分の機体の武器なんかはそうだと思う。でも、一応聞いておかないといけないのは変わらない。

 

「だが、その前にクラス代表を選出しなければならない。まぁ、学級委員に似たものだな。クラス対抗戦への参加、クラスの取りまとめ役など仕事はそれなりにある。なお、一度決まれば一年間は特別な事情を除いて変更はない。自薦でも他薦でも構わん。誰かやりたいものはいないか?」

 

重い授業が始まると思いきや、クラスの役員決めという方に落ち着いた。いや、確かにこれも重要な話だと思うけどさ、わざわざ授業の時にやる必要があるんだろうか? 山田先生なんて明らかに忘れていたという表情をしたお姉ちゃんを見て、シャーペンを床に落としていたよ。

それにしてもクラス代表かぁ…………絶対にやりたくない。というか、なったらなったでそっちの仕事もしなきゃいけなくなるし、こっちだって護衛任務と哨戒任務、実稼働データ収集と複数の仕事を請け負っているからね。できれば軍務優先でいきたいよ。

 

「はい! 織斑君を推薦します!」

「私も同じく織斑君に一票!」

「私も私も!」

「って、俺!?」

 

いつの間にか秋十が推薦されてる。突然の事に秋十も驚いているようだ。まぁ、せっかくの男子生徒だから持ち上げておきたいっていうのもあるんだろうね。このクラスが他のクラスと違うのは男子がいるかどうかってところだし。でもね…………どう見ても、物珍しさに心惹かれてやっているようにしか見えないんだよね。まるで弟を見世物小屋の絡繰人形みたいにしか見てない…………本人達には悪気はないのかもしれないけど、少しむっとしてしまう。

 

「なるほど、織斑が推薦されたか」

「あ、あのー、織斑先生? 俺に辞退という道はないんでしょうか…………?」

「確かに特別な事情に限り変更を認めると言った。だが、貴様は余命宣告もされてないだろう。それにだ、社会に出てからこのように周囲に決められて理不尽な目に遭うことは幾度となくあるはずだ。これをその練習だと思ってやればいい。よって、辞退は却下する」

「ま、マジですかい…………わ、わかりました…………」

 

完全にお姉ちゃんに論破されてしまい項垂れる秋十であった。まぁ、確かに理不尽な目に遭うことは幾度となくあるよ。私だってそうだし。でも、その理不尽さは一歩間違えれば全てを失ってしまうようなものしかないよ。だから、学校でそういう目に遭って訓練できるって実はいい事なんじゃないのかなと思ってしまった。あ、言っておくけど私は賛成でも反対でもないからね。ずっと中立の立場にいる事にするよ。

 

「話を戻そう。では、他に立候補者はいないのか? でなければ代表は織斑で決定——」

「——納得がいきませんわ!」

 

お姉ちゃんが代表を秋十で決めようとした時、その声を遮るような声が教室の後ろの方から聞こえてきた。

 

「男が代表になるなど恥晒しもいいところです! そんな屈辱を一年間、この私リーガン・ファルガスに味わえと、そう仰るのですか!?」

 

いかにも貴族とかお嬢様感をバリバリ出している子がなにやら言っている。そしてそのセリフから、がっつり染まった女尊男卑主義者だってわかったよ。男が代表になるから恥晒し、なんて横暴な発言は彼らにしかできないからね。普通の人はそんな事を思ったりしないはず。てか、あの人ってさっきの休憩時間の頭に秋十に絡んでいた人じゃないかな?

 

「いいですか!? 代表になるからには実力はトップでなければありません! つまりこの私、イギリスの代表候補生であるリーガン・ファルガスこそがなるべきなのです! それを剰え、極東の猿にに任せるなど…………私はサーカスを見るつもりなど毛頭もありませんわ!」

 

完全に女尊男卑思考だね、これ。知ってると思うけど、私はそういうのが大嫌いだ。しかも言われているのが私の身内。段々とイライラが募ってきているわけだけど、ここで下手に発言しようものなら大変な事になる。私は国防軍人としてその品位を自分のせいで下げさせてしまうわけにはいかない。だから、今は耐える時だ。ふと秋十の方を見たらなにやら文句が溜まって、いつ爆発するかわからない状況だ。万が一の時は私が止めるしかない。秋十もまたあの代表候補生同様、その発言に強い意味を持つ立場にいるのだから。

 

「大体、私としてはこんな極東の島国で暮らす事自体、耐え難い苦痛で——」

「そっちだってお国自慢——」

「——それ以上はダメだよ、織斑君!!」

 

いや、本気で危なかった…………これ完全に最前線と同じレベルで危険なんだけど。ここで下手に発言させてしまったら最後、最悪人類同士の戦争となってしまうかもしれない。どうしてそうなるかというと、代表候補生は候補生であっても扱いは国家代表と同じで、その発言は国の言葉として捉えられる。あの代表候補生——ファルガスさんの発言は日本への宣戦布告ともとれるもの。それに、日本の男性操縦者が反論したとなれば、それは学生の口喧嘩程度では済まないはず。ちなみにこれは武岡中将から私達に言われた事を今の状況に当てはめてみたものだ。この話、聞いておいて良かったと心の底から思った。

 

「言い返しちゃダメ…………本当にダメだからね」

「な、なんでだよ紅城さん!? あんなに言われたのにムカつかないのか!?」

「それは、日本人だからちょっとはムカつくけど、その反論を織斑君がしちゃうと取り返しのつかない事になるかもしれないんだよ。だから…………ここは抑えて」

「ぐぅ…………わかったよ」

とりあえず秋十を落ち着かせる事には成功した。あの後どんな事を言おうとしたのかわからないけど、どう転んでもその先にあるのは良くない事のような気がするよ。

 

「全くもって品がないですわ、リーガン・ファルガス代表候補生。あなたの発言がイギリスの品位を下げている事にお気付きでして?」

 

さっきまで色々捲し立てていたファルガスさんにセシリアが反論した。彼女の言う事は最もだ。あの発言の中には名誉毀損、人種差別といった公に出すとやばい話しかなかった。代表候補生も代表と同じ扱いを受けているという事は、国の顔という事にもなるわけで、あの発言はイギリスの国家そのものがそういう考えを持っているという事を示してしまう事につながるのだ。

 

「もし気づいていないようであれば、英国七大貴族(セブンス・ブライト)の一席として貴方を始末しますわよ?」

「ふん! ウォルケティア家に援助を受けている没落貴族になにができるんです?」

 

不敵な笑みを浮かべているファルガスさんと真剣な顔で話しているセシリアの間にはなにやら見えない戦場のようなものがあるように感じた。というか、そういう発言をしているのを聞いていると本当に気分が悪くなってくるよ…………。

 

「それに、私の気分を害しているのは男がいるだけじゃないんですの」

 

ファルガスさんはそう言うと私の方に向けて指差してきた。って、わ、私!?

 

「そこに男の肩を持つ女性がいるからですわ! それに、女性で、軍人でもあるにも関わらず堂々としてない! 見ているだけで虫唾が走ります!」

 

え、えぇ…………なんでそうなるの…………? というか、それって完全にやっかみみたいなものだよね? 理不尽すぎる…………。

 

「なっ…………貴方! 一夏さんは関係ないでしょう!? 貴方はそこまでイギリスと日本を戦争に巻き込みたいのですか!?」

「例え戦争になろうと、我がイギリスが勝つに決まっています。だって、方や実戦経験のあるイギリス軍——」

 

 

 

 

 

「——方や実戦経験のない、『戦争ごっこ』しかしてない日本国防軍ですもの」

 

 

 

 

 

「——!!」

 

誰が実戦経験が無いだって…………? ふざけないでよ…………!!そっちこそ、戦場に立った事も無いくせにそんな事をぬけぬけと…………!!

 

「…………貴様ら、そこまでにしておけ」

 

怒りが沸点を超えた直後、お姉ちゃんの底冷えするようなドスの効いた声が教室に再び静寂をもたらした。あの顔は完全に怒っている顔だよ…………。でも、その声すら私の怒りが収まりそうにはなかった。辛うじて理性が無理やり押さえつけているような状態だ。

 

「ファルガス、そこまで貴様が言うとなれば、織斑秋十との一騎打ちを望むということでいいのだな?」

「ええ。ですがそれだけではなく、そこの女にも決闘を申し入れますわ」

「紅城にか…………それに関しては私と紅城とで協議する。では後日、織斑秋十とリーガン・ファルガスの試合を行うとしよう。機体の準備は各自でしておけ」

「感謝しますわ!」

 

だが、と言ってお姉ちゃんは言葉を続けた。

 

「ファルガス、貴様の発言は一介の代表候補生としては看過できないものだ。代表候補生はいわば外交官のようなもの。オルコットの言う通り、貴様の発言一つで自国が滅びることも可能性が無いわけでは無い。よって、今回は貴様を代表候補生更生プログラムに処す」

「な、なぜ私が——」

「反論は認めん。オルコット、録音したデータは更生プログラムの結果を待ってから送ってやれ。私ができるせめてもの慈悲だ」

「了解しましたわ」

 

なんだか話が進んでいるみたいだけど…………もう、あの一言のせいで私の心は折れかけている。もう、ここにいるのが辛いよ…………。

 

「では、授業に戻る。織斑、何か言いたいことがあるようだが今は抑えておけ」

「…………わかりました、織斑先生」

 

秋十も何か言いたいことがあったみたいだけど、今の時だけは抑えつけているようだった。そんな秋十は凄いよ…………私はもう、耐えられそうに無いから…………。

 

「…………織斑先生、気分が悪いので休んできてもいいですか?」

 

私はそう言って、お姉ちゃんの返事を聞かずに教室を出て行った。休むとは言ったけど…………休む気なんて一切無い。行き着いた先は階段の踊り場。だいぶ教室からも距離は離れたし、ここなら大丈夫だよね…………。

怒りを押さえつけるものを失った私は、拳を壁に叩きつけていた。

 

「何も知らないくせに…………目の前で誰かを失ったことも無いくせに…………戦争ごっこなんて、言われる筋合いは無いんだよ!!」

 

壁なんてどんなに殴りつけても壊れることは無い。多分、私の手が先に壊れるかもしれない。でも…………今まで命を張って、それこそ命と引き換えに日本を守ってきた人達を侮辱された気がして…………それが許せなくて…………あの場で言い返す度胸もなかった私が腹立たしくて…………どこにぶつけたらいいのかわからない憤りを、ただ壁に叩きつけていた。

 

「ふざけないで…………!!」

 

わけもわからずに、ただ涙が溢れてきて、床に座り込んだ私の頬を濡らしていくのだった。

 

◇◇◇

 

「…………山田先生、後は任せる」

「え、ちょ、織斑先生!?」

 

千冬は教室を出て行った一夏を追いかけようとしていた。一夏はそう簡単に怒りを爆発させるような性格をしてないが、代わりに溜め込んでしまう癖がある。それに、あれだけの侮辱を言われて正気でいられるわけが無い。一刻も早いケアが必要だと、彼女は判断した。また、この事態を引き起こしたのは自分が早期に話を決められなかったことにも起因している——責任感が強い千冬はそれを負い目に感じていた。自分の失態は自分でカタをつける、それが彼女の信条というものだった。

 

「織斑先生」

「なんだ、篠ノ之——」

「…………一夏の事を、中尉の事をお願いします」

 

箒に呼び止められた千冬の目に映ったのは、自分に向かって敬礼をしている箒の姿だった。いや、箒だけでは無い。雪華、エイミー、レーア、そしてセシリア。一夏と接点のある者が皆、千冬に対して敬礼をしていたのだった。相当慕われているんだな——彼女は内心そう思いながら自分の妹の人望の厚さに感心していた。千冬は箒達の願いを背に、一夏の元へと急いだのだった。

 

(くそっ…………! 俺はまた一夏姉に負担ばっかかけるのかよ! というか、どう考えたって一夏姉はとばっちりじゃねえか! なあ弾…………こんな時、お前ならどうしたんだろうな…………)

 

自分の姉が貶されて、秋十も憤りを隠せないでいた。自分のせいで姉が責められたとなれば誰であっても憤る。しかし、それ以上に、姉の想い人であったならどうしたのだろうかと、今この場にいない人間に訪ねていたのだった。

 

◇◇◇

 

涙が溢れて止まらない。ここまで悔しい思いをしたのは初めてだよ…………。葦原大尉も瀬河中尉も、悠希も昭弘も…………誰もが命を張って、国を守ろうとしているのに、それをあの代表候補生は『戦争ごっこ』の一言で片付けていった。周りに情報が出てないからそう思われるのは仕方ない…………でも、私達はずっと戦い続けてきた! あの言葉はそうやって戦いに身を投じた人達への冒涜だよ!!

 

「ぐうっ…………ひっぐ…………」

 

涙とともに嗚咽も出てくる。やり場の無い怒りが私の中で暴走を続けている。いくら中尉の階級があっても、私は若年兵。やっぱり葦原大尉や瀬河中尉みたいな大人には程遠いのだと実感した。

 

「…………紅城、大丈夫か?」

 

一頻りに泣いていると、私の後ろから声をかけられた。この声は…………

 

「織斑先生…………? どうしてここに…………」

「生徒を気遣うのも教師の役目だ。場所を移動する、ついてこい」

「あ、ちょ——」

 

お姉ちゃんに腕を掴まれ、無理やり立たされる。そのまま腕を引かれ、その場を後にしたのだった。

 

 

「——で、気は済んだか?」

「すみません…………」

 

応接室へと連れてこられた私はお姉ちゃんと向かい合うように座っていた。一頻りに泣いたから、もう涙が出そうには無い。でも、このやり場の無い怒りをどこに向けたらいいのかわからずにいる。前は誰も見てなかったし、まだ一人の兵士としてだったから心の内を簡単にさらけ出せたけど…………今の私は臨時とはいえ指揮官だ。その私が口論に参加したとなれば国防軍がバッシングの嵐にのまれるかもしれない。大尉達はいつもなんでも無いように振舞っているけど、裏ではこんな葛藤と戦っているんだなって思ったよ。それと同時に、感情を制御できない自分の心の幼さも、ね…………。

 

「その、一夏…………済まなかったな。私がもう少し早く話にケリをつけておけば…………」

「気にしなくていいよ…………私達のやっている戦争は公にできないから…………あんなことを言われても仕方ないんだよ…………」

 

言葉ではそう言ってるけど、頭の中では納得いってない。多分、あそこにいる人たちの殆どは私達国防軍の事を良くは思ってないのかもしれない…………世論がそう言ってるからそうなっているだけなんだけど…………命を張っている私たちからしたら、『戦争ごっこ』なんて言われるのは屈辱でしかないよ…………。思わず唇を噛み締めていた。

 

「言うのが遅れたな…………一夏、結果としてこのような形になったが、お前があの時介入してくれたおかげで秋十が今後の火種を大きくせずに済んだ。それに、あの状況で介入できるなど相当肝が座ってなければできん。お前の言いたいことはわかる…………だが、私としてもあの言葉だけは許せん」

 

お姉ちゃんは一息つくと言葉を続けた。

 

「『戦争ごっこ』などと抜かすのは、実戦を生き抜いた私に対しても十分頭にくるもの。ましてや軍人のお前たちからしたら…………侮辱にも等しいはずだ」

「…………うん、今も戦ってる仲間を貶されたしね。もし、できるならあの巨砲(リボルビングバスターキャノン)を叩き込んでるよ」

「なら、やってみるか?」

「え…………?」

 

お姉ちゃんの一言に私は思わず驚いた。ま、待って…………!? そ、それって一体…………!?

 

「IS学園は、最終的に力がすべてを決める。勝者が全てを得、敗者は従うのみ。国防軍を含めた各国軍からは万が一模擬戦になった場合、可能な限り参加させよと言われている。そして、奴もまたお前に決闘試合を申し入れてきた。ならばお前はどうする、第十一支援砲撃中隊の防人。別に拒否しても構わないが…………」

「…………勝てばなんとでもできるんだよね…………?」

 

お姉ちゃんにそう言われた私は既に怒りが一周回って冷静になっていた。力が全てだなんて…………本当、戦場みたいなことを言ってるよ。でも、そう言われてしまっては私は引くわけにいかない。私はこのIS学園派遣部隊の臨時指揮官である以前に、日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊の一員なんだから…………!

 

「それなら私は、その決闘…………受け入れます…………!!」

 

だったら、敵は全て一掃(Grand Slam)するだけだ。人間相手に戦うのは少し気が引けるけど…………あいつは中隊の誇りを貶した馬鹿野郎だ。だったらもう容赦などしない。秋十の護衛もそうだけど…………今の私はあいつを倒す!!

 

「…………全く、軍人のその目はいつ見ても恐いな。わかった、お前とファルガスの決闘も行うことにしよう。こんなところに連れ込んでしまってすまなかったな。——っと、授業終了までほとんど時間が残ってないか…………まぁ、お前にとって武器特性なんてものは、基礎中の基礎だから今更心配しなくてもよかったな。とりあえず、戻るとするか」

 

お姉ちゃんはそう言うと席を立ち上がる。それに連れられて私も立ち上がり応接室を後にした。そんな時、不意にお姉ちゃんが私に向かってこう言ってきた。

 

「それにしても一夏…………また強くなったな」

 

そう言って微笑むお姉ちゃんの顔を見た私は、少しだけ自分に自信が持てたのだった。…………絶対勝つよ。頑張ろうね、榴雷…………今回は君に任せるからね。




キャラ紹介

紅城一夏(cv.東山奈央)


【挿絵表示】


身長:161㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:榛名(艦これ)
所属:日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊
階級:中尉
搭乗機:三八式一型 [榴雷・改]、YSX-24RD/BE [ゼルフィカール・ブルーイーグル]






今回はキャラ紹介のみです。次回も生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.14

あの後、教室に戻った私は雪華や箒、エイミー、レーア、そしてセシリアにめちゃくちゃ心配された。うぅ…………部下に面倒を掛ける上司で面目ない。しかも、なんだか私の周りの席の人達も私の事を心配していたみたいだった。中には、『あんなこと気にする必要ない』とか、『国防軍舐めんなー!』とか言って励ましてくれる人もいたよ…………民間人に励まされる軍人ってどうなんだろう…………本気でそう思った。その後、授業は無事に進み、ようやく昼休みの時間となった。

 

「それにしても、よくこんなに大きな席取れたね」

「まぁ、先にエイミーを潜り込ませて確保しておいたからな」

「これまで大所帯だとすると、ここが適任ですもの」

 

現在、食堂でお昼ご飯としているわけだけど…………まぁ、人が混んでいてすごい事になってるよ。ここまで混んでるのってあんまり見たことないかな…………基地のPXは全員が収容できるから、混んでるってことは滅多になかったし、大体入れ替わりで入ってたから満席になるなんてことはレア中のレアだったよ。てか、制空担当と狙撃担当が組み合わさるととんでもない制圧能力示すんだね…………ま、おかげで全員余裕で座れているんだけど。

 

「そういえば一夏、あの馬鹿天狗はどうするんだ? お前が戻ってくるまで大分何か言ってたぞ」

「何度、予備のセレクターライフルを叩き込んでやろうかと考えたことか…………」

「全く…………人間無知だとあそこまで愚かになれるものなんですね」

 

…………あの後も私、バカにされてたんだ…………でも、もう怒りは天元突破しちゃってるからね。今更沸点になんて達したりしないよ。まぁ、その光景がどれだけアホじみていたのかここにいる全員の表情を見たらなんとなくわかった。

 

「私ってそこまで言われることしたかな…………?」

「いや、してないだろ。で、どうする事にしたんだ?」

「あ、うん。模擬戦をする事にしたよ。フレームアームズがどこまで通用するかはわからないけどね」

「できればボコボコにして差し上げてくださいな。勿論、国には私の方から話をつけておきますわ」

 

さらっとそんなことを言うセシリアだけど…………なんだか顔が黒かった気がするよ。てか、模擬戦すると言った瞬間、みんななんか納得したみたいな顔をしていたよ。なんか、あんまり驚いているような感じはなかった。

 

「それ、同じ国の人としてどうなんだ…………?」

 

レーアはセシリアの事に少々引きながら、エビとアスパラのソテーを食べていた。あ、それ美味しそう。今度見よう見まねで作ってみようかな? 弾、エビ結構好きだからね。

 

「どうなんでしょう? 少なくともまだ政府に録音データを提出してないだけ慈悲はあると思いますが?」

 

ちょっと小首を傾げて聞いてくるセシリアだけど、それを実行に移せるあたり、相当とんでもない権限を持ってたりする? 因みに本人は特に気にするようなこともなく、クリームパスタを優雅に食べてた。…………さっきの口論の時に、貴族って言ってたから、それもあって一人ものすごく輝いて見えるのかもしれない。

 

「それでも十分、えぐいと思いますよ。でも、私の命の恩人を貶したんですから、もっとやってもいいと思います」

 

可愛い顔してさらりとえげつない事を言いながら、チキンの香草焼きを一口頬張るエイミー。いや、確かに蹴飛ばしたり、リボルビングバスターキャノンで吹っ飛ばしたりして、強引に回避させたりしたけどさ…………そこまでのことなの? 友軍の危機なら誰だって助けるでしょ? というか、エイミーの食べてる奴、かなりワイルドなんだけど。見た目からは全く想像がつかないよ。

 

「それには同感だな。私だったら有無を言わせず、斬り伏せていたところだ」

 

この愛刀でな、と付け加える箒も箒で大分物騒な事を口走っていた。いや、武器は私も携行してるよ? 汎用拳銃一丁だけだけど。というか、箒みたいに日本刀を装備している人なんてそうそういない。第零特務隊にのみ帯刀が許可されているんだとか。まぁ、それのせいあってか、鉄火丼をかっこもうとしている箒がより漢っぽく見えてきた。恥じらいがないあたり、本当すごいと思う。

 

「ちょ、二人とも落ち着こ? そういえば一夏、そのカレーって…………もしや甘口?」

 

とんでもない事を口走っている二人を落ち着かせるようにかき揚げうどんを食べていた雪華がそう言っていた。まぁ、このメンバーの中じゃ雪華がストッパー役になりそうだとか思ったけど…………この子も、さっきセレクターライフルを叩き込んでやりたいとか言ってたよ。どっちにせよ過激すぎる…………。

 

「うん、まぁね。(つら)い時があったら、いつもこれだし…………」

 

私は雪華の質問にそう答えた。いや、流石に激辛とかは無理だけど、中辛とかまでなら普通に食べられるよ? でもね…………(つら)いことがあった日はいつも決まってこの甘口のカレーを食べてた。なんでなのか知らないけど、これ食べると落ち着くんだよね。嫌な事を忘れるきっかけにでもしたいのかな。まぁ、これをよく食べるせいでより一層子供扱いされる羽目になったんだけどね…………というか、悠希と昭弘が余裕で激辛カレー完食したから、さらにランクアップして子供扱いされるようになったんだっけ。

 

「お、紅城さん。ちょっと、ここの席に座ってもいいかな?」

 

若干お通夜ムードになりかけた私たちのところに丁度いい意味で空気の読めない秋十がやってきた。手にはトレーを持っていることから、どうやら席探しに来たようで、偶然ここを通ったみたいだ。

 

「あ、織斑君。私は別にいいけど、みんなは?」

「私は構わないぞ。あと、久し振りだな、秋十」

「私も構わないよ」

「一夏さんがいいって言うならそれに従います」

「私もエイミー同様だ」

「私も構いませんわ」

「おおう、サンキュー! では、失礼しまーす」

 

秋十はそう言うと私の横に座ってきた。もしこれが弾、秋十や数馬以外だったらよっぽどのことの場合に限って悲鳴をあげるか、手が先に出るかのどちらかになる。実際休暇の時、電車に乗ってて怪しいおじさんが私の横に座った時は軽く絶望した。まぁ、お触りとかの実害がなかったからよかったけどね。

 

「あれ一夏さんに箒さん、織斑さんとは一体どのような関係ですか?」

 

エイミーがおもむろにそんな事を聞いてきた。まぁ、普通は気になるよね。唯一の男性操縦者と仲がいいなんて思わんだろうし。

 

「私はただ小学校の時からの同級生だったからだよ。近所に住んでるから、入隊してからは休暇で帰った時とかよく会ってたし、その前はたまに遊びに行ってたくらいだよ」

「私も小学校の時からこいつらの幼馴染といったところでな、私の家の道場で共に剣道をしていたのだ。まぁ、その後姉がやらかしてくれたおかげで離れ離れになってしまったんだがな」

「そうなんだよ。特に紅城さんの飯は美味かったし、俺からしたらもう一人の姉みたいな感じだったぜ」

 

箒の言ってることは間違いないよ。だって本当に幼馴染だし。よかったのは秋十がうまく話を合わせてくれたこと。私と秋十の間にあるのはただの同級生という繋がりしかないと、周囲には教えなきゃいけないからね。箒には前にそのことを話してあるから特別突っ込んだりしてくることはなかった。

 

「へぇ〜、一夏って前からお節介だったんだ。基地でも偶に食事担当の手伝いをしてるほどだからね。あ、私は市ノ瀬雪華、よろしくね」

「私はセシリア・オルコットですわ。あのおバカな方とは一緒にされたくないのですが、イギリス出身ですの」

「レーア・シグルスだ。口調が少し男っぽいが気にしないでくれ」

「エイミー・ローチェです。よろしくね、織斑君。私たちのことは名前呼びでいいからね」

「それじゃ、俺も秋十って呼んでもらおうかな。織斑は二人いるしさ、紛らわしくなんないようにしたいんだ」

 

いつの間にかお互いに自己紹介がとんとん拍子に進んでる。でもまぁ、みんなからしたら護衛対象といい関係を築いておくのも大事なことだからね。

 

「そういえば一夏姉」

(何でこのタイミングで叩き込んだ呼び方抜けるかな!?)

 

突然秋十が私の事を普通に、ごく普通に呼んできたから内心焦りまくった。や、やばい…………事情を知っている箒はともかく、その他の四人の私達を見る目がなんだか怪しいものに変わっていってる…………ばれた!? もしかして本当に私と秋十が姉弟だってことがばれた!?

 

「全く…………いくら一夏が姉のように思えていても、この場でそう呼ぶのか? 千冬さんが嘆くぞ? 頼られないとか言ってな」

「し、仕方ねえじゃねえか! つ、ついいつもの癖で出ちまったんだからよ…………」

「…………ま、まぁ、私は別に悪い気はしないからいいんだけどね。そっちの方が織斑君が落ち着くってならいいけど」

「そ、そうだな! 俺としてはそっちの方が落ち着くから、いつものように呼んでいいか?」

「う、うん。私も名前呼びにするから」

 

貸し一つだな、という箒の目線を受けて、この場を切り抜けられたことに安堵した。これで秋十が私の事を一夏姉と呼んでも、弁明してくれる人がいるからあまり問題はないと思う。秋十も大分やばいって顔してたから、こっちとしてもばれずに済んでよかったよ。

 

「なんだ、秋十がそう言ってただけなんだ。私はてっきり、本当は姉弟なんじゃないのかと思っちゃったよ」

「そ、そんな事ないよ。それだったら、織斑先生に悪いもん」

「ああ、そういえば一時間目に千冬姉とかって言ってたからな」

 

せ、雪華? それはやけに鋭いね…………てか、ばれかけてた? …………今回は箒の支援があった助かったけど、私って軍からの任務以外にもこのばれてはいけないという私達だけの極秘任務も同時にこなさなきゃいけないのか…………大変だよ、これ。

 

「ところで、秋十さん。今度試合をする事になったようですが、どうするんですの? 相手は腐っても代表候補生で専用機持ちですのよ」

「…………質問、いいか? 代表候補生はなんとなくわかったけどさ、専用機ってあれか? その人用に特別に作られた機体って認識で間違いないか? あの、赤い彗星とか白い悪魔とかそういう感じの」

 

…………秋十の例えにがっちり固まってしまった私達。いや、その例えわかるの私くらいだよ? 秋十のお陰で私もロボット系のアニメを見ていたし。ちょっとくらいならわかる。見た感じフレームアームズとも結構似てたしね。まぁ、フレームアームズの方が実戦的だけど。しかしだ、箒達は全くもってわかってない。あまりにも男子寄りな思考についていけなかったようだ。

 

「その、赤い彗星というのはよくわからないけど、概ねその通りだよ。あとは試作機をそのまま預けられてテスト運用してるとかもあるね」

 

復帰した雪華が秋十の質問に答えていた。まぁ、最も分かりやすい例が、私の榴雷とブルーイーグルだろう。方や私専用にカスタマイズされた機体、方や試作兵装を載せられた機体。雪華の説明したどちらのカテゴリにも属しているよ。

 

「それに、代表候補生なら稼働時間は軽く三百時間を突破してます。搭乗時間に比例してISも強くなるらしいので、彼女は意外にも強いのかもしれません」

「確か俺はこのあいだの試験も含めて二時間ちょっと…………って、百五十倍も差がある!?」

 

それを聞いた秋十は絶望のどん底に落ちたみたいな顔をしていた。代表候補生だから、それなりには強いだろうしね。それにしても、搭乗時間に比例して強くなるとか…………フレームアームズにはない特性だよ。私達の場合、機体の強化は改装のみ。上がるのは私達の適性だけだからね。私の場合は何やら例外らしいけど、上がる人はそこまで多くないし、私ほど高くはならないそうだ。

 

「それに、訓練機の貸与は一週間先まで満杯だそうだ。実機訓練はできないと思った方がいい」

「それって、がっつり詰みゲーじゃないですかヤダー!」

「でも、まだ何もやれないってわけじゃないけどね。そうでしょ、箒?」

 

さすがにこのまま秋十に何も対策を練る時間がないのはいただけないと判断した私は、箒に目配せした。また貸しを作る事になってしまうけど、この際気にしたら負けだ。後で纏めて返済すればいいんだから。…………と言ってるけど、葦原大尉がお金借りてて返すのに四苦八苦してたのを遠巻きに見てたのは口が裂けても言えない。

 

「一夏の言う通りだ。相手の情報を集めつつ、自身の肉体強化に努めれば良い。何もできないからといって何もしないのは愚の骨頂だ。放課後は私が剣術を教えてやる。情報は自分で集めろ。幸い、今の世の中はスマホやらがあり、インターネット上に情報はいくらでもあるからな」

 

箒の言ってる事は正論だよ。何もしないってのは、一番時間を無駄にしている事。それに、事前に敵の情報を手に入れるのは最も重要な事だと思う。情報があれば、それを元に対抗策が練られるからね。私達は情報を頼りに支援砲撃を行ったりしてるから、その大切は身に染みてわかってるよ。でもさ箒…………今の世の中はスマホがあって便利とか、いつの時代から生きてる人のセリフなの? 私たちと同じ年なんだから、そんなセリフは普通出てこないよ? まぁ、私がタブレット端末のような電子媒体をよく扱っているというのも大きいんだろうけどね。

 

「け、剣術? 剣道じゃなくてか?」

「当たり前だ。型にはまった剣道よりも、実戦向けの剣術をした方がいい。それに、ISはいわば身体の延長…………己ができぬ事はISでもできんのだ」

 

…………箒のセリフが明らかにその道のプロみたいな事を言ってるんだけど。しかし、箒の言ってる事に間違いはない。それがISであってもフレームアームズであっても、どちらにせよ人の体の延長上として使う以上、その性能を大きく左右するのは本人の動きだ。実際、模擬戦では例え同じ轟雷であっても、ベテランが乗った方が強い事なんてよくある事だしね。

 

「なるほど…………わかった。それじゃ箒、ビシバシ頼むよ。どんな結果になろうとも、手も足も出ない状態にはなりたくないしさ」

「任せろ。しっかり扱き抜いて殺るからな」

 

…………ごめん、箒。気のせいか知らないけど、今物凄い字面が危険な気がしたんだけど。大丈夫だよね? 秋十の命が消えたりなんてしないよね?

 

「まぁ、秋十の件は箒に任せるとして…………一夏、お前はどうするんだ?」

「え? 一夏姉もあいつとやるのか…………?」

「うん。言われっ放しでいるのは嫌だからね。少しは抗ってみなきゃ」

 

秋十は何やら心配そうな声で私にそう聞いてきたけど、この心優しい弟をこれ以上心配させたくはないから、少し笑ってそう答えた。すると、秋十は安堵したようなため息をついていた。まぁ、家族に心配はかけたくないからね。軍人として前線に立ってる私が言えた立場じゃないけど。

 

「となると、一夏姉も俺らと一緒にか?」

「いや、私は雪華と打ち合わせしながら対策を練るよ。だから、よろしくね雪華」

「はいはい。サポートなら私にお任せあれ」

 

だって、私と秋十は大分正反対の方向だからね。私は射撃寄りのオールラウンダーだけど、秋十は今まで銃なんかダストハザードでエアガンのショットガンくらいしか使った事ないし、剣道してたから近接寄りだろう。それに、榴雷と一緒に出るならそっちに合わせた調整もしなきいけないから、改造を担当してくれた雪華が必要なんだ。

 

「さて、一旦お喋りはここまでですわ。次の授業もあるので教室に戻りましょう」

「そうですね。そうと決まったら行きますか」

 

セシリアに言われて、次の授業開始まで残り十分という時間になっていた事にようやく気がついた。まぁ、ここからなら教室にはなんとか時間内に着くだろう。でも、遅刻したくないのはみんなも同じようだ。私たちは席を立ち、食器を返却して、食堂を後にしていった。

その道中、私は秋十にある事を教えた。前にお姉ちゃんから教えてもらった事の一つだ。

 

「秋十、これだけは教えておくよ」

「え? 何をだ一夏姉?」

「ISでの試合は大まかなルール以外が無いのがルールだって事だよ」

「? どういう事?」

「まぁ、そのうちわかると思うよ、きっと」

 

 

本日の授業が完了した後、私と雪華は寮の自室へと先に戻っていた。因みに同室の組み合わせは、私と雪華、エイミーとレーア、箒とセシリア。秋十は確か暫定措置として寮長室に放り込まれる事になったみたいだけど。まぁ、それなら護衛としては安心かな。…………一番はあそこが魔境に変わってたりしなければいいんだけど。

 

「なるほどね…………あいつの機体はこういう特性か」

 

さっきから報告書作成用に持ち込んだタブレット端末を使いながら、雪華はそう唸った。今調べているのは私達を馬鹿にした代表候補生、ファルガスさんの情報だ。最初は少しは時間かかるかなと思っていたけど、そんな事は一切なかった。だって、イギリス政府のページに堂々とその機体が載っていたんだから。あ、ファルガスさん本人についての解説はほとんど無し。

 

「イギリス第三世代型IS…………[ブルー・ティアーズ]ねぇ…………」

「主兵装、六十七口径レーザーライフル[スターライトMk.Ⅲ]…………スナイパーライフルの類じゃないかな?」

「副武装は第三世代兵装の一つで、ビットと言うらしいよ。名前は機体と同じ[ブルー・ティアーズ]」

 

そう名付けられたブルーイーグルと同じ蒼い機体は、主武装にも副武装にもレーザー兵器が搭載されている事がわかった。しかもね、そのうちの一つは容易に相手の背後を取る事ができる、イメージインターフェース制御の特殊兵装であるビット兵器。砲台型が四基あるから、下手したら本体含めて同時に五体を相手する可能性が高い。これ、周囲をがっちり固められたらそれこそ終わりじゃない?

 

「うーん、どうしたらいいかな…………当日は榴雷で行こうとは思ってるんだけど」

「ブルーイーグルは基地の方でデモで動かしたからね。としたら、やっぱりあれを使うしかないか」

 

そう言うと雪華はタブレット端末に新たなページを開いた。どうやら、防御系に関する装備品のデータらしい。

 

「対レーザーコーティング。その他にもメタルサンド弾とかがレーザー防御には向いてるよ」

 

対レーザーコーティングはそのままの通り、レーザーによる攻撃を受けた際にその塗膜が蒸発する事で効果を出す一発限りの防御兵装だ。しかも、塗装するだけでその効果を得られるし、重量増加もほとんど無い。しかし、一発限りというのが結構痛い点である。一方、メタルサンド弾というのは、滞空時間の長いちょっと小型の金属片を砂煙りのようにぶちまける事で、それ自身がレーザーを減衰させるという仕組みだ。ただし、弾のある限り何度も使えるが、こちらは減衰が目的であり、弱体化したレーザーは当たる可能性が高い。因みに、さっきから当たる事を恐れている理由は、シールドに当たればいいけど、頭部なんかに当たったら最後、死ぬ可能性だってありえるからね…………。

 

「でも、そんなもの急だから用意してないでしょ?」

「いや、一夏には報告まだだったけど、何があるかわからないから、いろんなものを重装コンテナ二個に突っ込んで先にこっちに持ってきてもらったんだよ。そのリストの中にどっちも入ってるはずだから、両方仕上げてみせるよ」

「また改造まがいのことになるけど…………よろしくね。あと、報告はちゃんと早くしてよ」

「了解。じゃ、作業は明日から開始するよ」

 

一瞬今日からじゃないのと思ったけど、外に目をやればすでに暗くなり始めていて、時計を見たら整備室のあるアリーナはすべて閉鎖されている時間だった。私はまだそんなに時間が経ってないと思ってたのに、すでにこんな時間になっているんなんて…………それだけ、話に集中していたという事なんだろう。でも、これじゃ今日の作業はできそうにないね。

 

「了解だよ。それじゃ、申請とかはそっちでしておいてね」

「まぁ、一夏には報告書の作成があるから、こっちは私の方でしておくよ」

「うん、頼むね。それじゃ報告書を書くとする——その前に夜ご飯食べにいかない?」

「勿論、箒達も誘って、でしょ?」

「正解♪」

 

タブレット端末を報告書作成ページを開いた状態のまま、私達は一旦食堂の方へと向かう事にしたのだった。その途中で、箒達を回収しながらって感じだけどね。

 

◇◇◇

 

その頃、寮長室では

 

「…………なぁ、千冬姉。これはなんだ?」

「い、いや、これはだな…………」

 

秋十がこの部屋のあまりにも酷すぎる惨状に言葉を失っていた。本来部屋というものは常に清潔感を保つものである。だが、目の前に広がるのは散らかったゴミと埃で出来た廃棄物の海。そして、その中央には黒い彗星が集るゴミ袋の島。挙げ句の果てには、部屋の片隅に本来いてはいけないクモらしき何か(ウデムシ)が何体か、黒い彗星を喰らいながらそこに蠢いていた。こんなカオスな状況を見て誰が正気でいられるのだろうか。少なくとも、秋十にとってこれは今までより極めて軽いレベルのものであったが、黙って見逃すわけにはいかなかった。

 

「俺の寝るところ無えじゃんかよ!! というか、なんでここまで魔境と化してんの!? 古代生物がいないのはまだ許せるけどさ…………なんであの三大奇蟲の一匹がいるんだよ!?」

「いや、あいつら黒い彗星を容赦なく襲って喰うぞ? おかげで対して湧かずに済んでいるんだが…………」

「そういう問題じゃねぇだろ!? こんな事知ったら、また一夏姉が壊れるぞ!?」

 

最早、混沌と化したこの部屋を一般公開なぞできるわけがない。ましてや一夏に見せたら、どんな反応をするのか…………もしかすると本気で精神がやられるかもしれない。一刻も早くなんとかしなければならないと判断した。だが、秋十は内心、未知との遭遇やら太古との邂逅を果たさなかっただけマシかと思っていたのであった。

 

「さ、流石にそれはまずい…………これ以上禁酒令を出されては敵わん…………」

「なら、片付けるしかないぜ…………俺が掃除してるから、千冬姉は新しいゴミ袋でも用意しておいて」

 

秋十は千冬にそういうと、自分は淡々と掃除を始めたのだった。埃は掃除機で一気に吸い上げ、黒い彗星達は持ってきておいた氷結殺虫剤で殺処分し、クモらしき何か(ウデムシ)は近くにあった虫籠の中に入れた。黒い彗星を喰らうと千冬が言っていたため、まだ益虫になるんじゃないかと判断した彼は、仕方なくだがその奇蟲を飼うことに決めたのだった。

 

(それにしたって、この形は無いだろ…………いくら三葉虫とかと対峙してきた一夏姉でも、これは気絶ものだな)

 

そんな事を思いながら、ウデムシを虫籠に入れていく秋十。入学早々、姉の魔境に悩まされた事に、皮肉にもここに日常が存在していたと感じ、どこか安心している彼なのであった。

 

◇◇◇

 

「クラス代表決定戦の日時が決定した」

 

翌日。朝のSHRで私達はお姉ちゃんからそう告げられた。結構早く日程が決まったんだね。というか、さっきから何やら嫌な視線を受けているんだけど…………このなんだか攻撃性を持った視線。女尊男卑主義者から受けた時のものと似てるから、ファルガスさんのものだと思う。…………なんで朝からこんな嫌な思いしなきゃいけないの。

 

「一週間後の放課後、第三アリーナにて試合は行う。織斑、ファルガス、それと紅城、それでいいな?」

「は、はい!」

「構いませんわ!」

「了解しました」

 

一週間後か…………雪華が言うに、対レーザーコーティングを施すには三日あれば十分らしいから、大丈夫だと思う。機体を慣らすのはその後になるか…………なんとかやるしか無い。

 

「それと、織斑。お前には政府から専用機が支給される事になった」

 

秋十に専用機が支給される事になったと聞いて、皆が沸き立つ。そりゃそうでしょ、ただでさえ絶対数の少ないISの一機を自分専用機として預けられるんだから。

 

「それって、あの倉持技研からのやつですか?」

「ほう。参考書は捨てても、その話だけは覚えていたようだな。その通り、事前に説明のあった次期量産機のプロトタイプ、その第一プランの方だ」

 

ああ、私も一応話を聞いたあの機体かぁ…………大分ピーキーな性能だよね、あの機体。それを元から量産しようとか考える開発者の気が知れないよ。まぁ、私のブルーイーグルも似通った性能だけど。昨日の夜に寮長室で私とそのことを説明された秋十は今ひとつわかってない顔をしてたから、横から少し解説を交えていって話を進めると、ことの重大さに顔が青くなっていた。まさか、自分も赤い彗星みたいに専用機を渡されるなんて思ってなかっただろうしね。まぁ、懸念していたのは別のこともあったみたいだけど…………。あと、私がその場にいた理由は、護衛だからその機体の詳細を知っておいたほうがいいって事らしい。お姉ちゃんに呼び出されてそう言われただけだから、なんとも言えない。

 

「となると、あの日本の代表候補生の機体は…………」

「開発凍結にならずに済んだぞ。よかったな」

 

それを聞いてほっとしている秋十。日本の代表候補生の専用機が開発凍結って…………それって対外的にどうなの? ならなくて済んだのはよかった話だけど、もしそうなっていたら受け取る予定のその子は悲しむだろうし、秋十もそれを聞いたら罪悪感に苛まれるだろうし、企業としても信頼を失うからデメリットしかないと思うんだけど。ていうか、秋十、その代表候補生の子と面識でもあるのかな? 私は会ったことないから知らないけど。

 

「織斑、その専用機について後ほど話がある。昼休み、私のところまで来るように」

「おう」

「返事は、『はい』だろうが」

 

そう言ってお姉ちゃんは出席簿で秋十の頭を軽く叩いた。手加減はちゃんとしてるんだね。もししてなかったら、昨日の朝みたいに、頭から煙が立ち上っているよ。まぁ、それを余裕で出せるお姉ちゃんはどこにそんな筋肉が付いているのかわからないけどね。むしろあれは鞭みたいな仕組みなのだろうか?

 

「では、重要事項の伝達を終了する。各自授業の準備に入れ」

 

お姉ちゃんはそのまま山田先生を引き連れるように教室を後にしていった。さて、それじゃ今日も一日、頑張るとしますか!

 

 

「専用機が渡されると聞いて安心しました!」

 

…………一日頑張ろうかと思ったけど、一時間目終了後、またあのファルガスさんが秋十に絡んでいるのを見てげんなりとしたよ。しかも、こっちにまで聞こえてくるような声で話しているから、私の気分まで害してくる。たまには静かに本を読もうかなと思っていた時であっただけに、不快感は一段と強い。因みに、箒と雪華は機体のセッティングについて話し合ってるよ。別に私が関わる必要もないしね。

 

「そういやお前も専用機持ってるそうだな」

「当たり前です! 私は代表候補生、つまり選ばれしエリートなのですわ!」

 

ずびしいっ、とでも効果音がつきそうなくらい人差し指で秋十を指すファルガスさん。いや、代表候補生ってあくまで候補生なだけだし、いつかは落とされることもあるんじゃないのかな?

 

「ふーん、エリートなんだ」

「そうですわ! それも、人口七十億の中から選ばれたエリート中のエリートですの!」

「え、人口って七十億超えてたの?」

「問題はそこじゃないでしょう!?」

 

いや、実際人口は結構減ってるんだよね。朝鮮半島に元から住んでた人達のおよそ六十パーセントは亡くなったそうだし、現在進行形で戦場では人が命を落としているから、少なくとも七十億超えはないと思う。その事も知らされてないということは…………やはり、私達の戦争は公にできないみたいだ。

 

「…………まぁ、いいですわ。それよりも、残念でしたわね。貴方だけ専用機が支給されないなんて」

 

そうやって嘲笑うように私に向かって言ってくるファルガスさん。割といいところまで本が進んでいたから、それを邪魔されたのもあって一層むかつく。

 

「別にいーよ、気にしてないし。数が足りないならそういう事もあるでしょ。それに、一応、私も持ってるし」

 

フレームアームズなら二機持ってるからね。だが、主語を欠いたせいで、向こうはISの方の専用機を想像してしまい、身じろぎしていた。別に私にはどうってことはないのでそのまま本の方に目を落とした。折角いいところまで来たのに、また少し前から読み直しだよ。だけど、それもつかの間の事だった。

 

「ですが! 私は代表候補生! 貴方には負けませんわよ!」

 

そう言いながら、机を強く叩いてきた。でも、ここで下手に反応した場合、余計に面倒になると、報告書の提出をかねた現状報告の時、葦原大尉と偶然来てた瀬河中尉から教えて貰った為、とりあえず適当に返事してスルーしておこう。というわけで、「はいはい」と答えた。

 

「話を聞きなさい!!」

 

——けど、今回の場合は逆効果だったみたいだ。私が話を適当に返事してスルーしたせいなのか知らないけど、ファルガスさんは私の読んでいた本を手で払いのけた。一瞬何が起きたのかわからなかったけど、本が床に落ちた音が聞こえて、今起きた事を理解した。流石にこれだけは許せそうにない。

 

「ちょっと! いきなり何するの!」

 

一言文句でも言ってやろうかと、私は椅子から立ち上がった。流石に今のだけは、普段は温厚とかと言われてる私でも怒るよ。

 

「貴方が私の話を聞かないのが悪いのですわ!」

「聞いてたし返事したじゃん! それに、本を飛ばすなんて事しなくてもいいでしょ!」

「私に口答えしないでくださいな!」

「っ——!?」

 

ファルガスさんはそう言うと、私の足を踏みつけてきた。そこそこ勢いをつけてきたのか、結構に痛い。拘束されて尋問という名の拷問を受けた時と比べたら痛くないけど、それでもこれは痛い。いきなり足を踏まれたことで少し怯んでしまった私は、そのまま椅子にまた座り込んでしまった。

 

「いずれにせよ、私が勝つのは自明の理。私に楯突いた事、その時に後悔させてあげますわ」

 

そのままファルガスさんは自分の席へと戻っていった。…………鈍い痛みが足の方からする。でも、とりあえず本を拾わないと。

 

「あ、あの、これ…………」

 

どうやら本は結構飛ばされていたみたいで、私の斜め後ろの人のところまで飛んでたみたいだ。その人がおずおずといった感じで私に本を差し出してきた。見たところカバーをしていたおかげで汚れてないし、ダメージとかもあまりなさそうだ。

 

「拾ってくれてありがとう」

「は、はい。どういたしまして…………」

 

本を受け取ってまた読み始めたわけだけど、さっきの口論があったせいか、教室の空気がかなりピリピリしたものになっている。一応、私のせいでもあるからね…………どうしよ、この空気。自分で自分の苦手な空気にしちゃったよ。でも、さっきの一件で私の堪忍袋の緒が切れる直前だよ。絶対許さないし、絶対勝ってやるんだから!! だから、やるよ、榴雷!!

 

◇◇◇

 

「…………なぁ、織斑。あいつら(ウデムシ)をあのバカの顔に貼り付けてやってもいいか?」

「…………それなら、夜中に仕掛けた方がいいかもしれないですね。節足動物は夜の方が迫力出るそうですよ、織斑先生」

「お、織斑先生!? お、織斑君!? 一体何をやらかすつもりなんですか!?」

 

その日の夜、IS学園の学生寮からは謎の女子生徒の悲鳴が聞こえたそうだ。その後、これは学園の七不思議として語られるのだが、それはまた別の話。




今回、キャラ紹介と機体解説は無しです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.15

祝・UA10000越え!

先日、この小説の支援イラストとして絵師のからすうり様より一夏ちゃんを描いていただきました。


【挿絵表示】


こちらは13のキャラ紹介[紅城一夏]の項に追加しておきます。
からすうり様、この場をかりて厚く御礼申し上げます。

では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。


あれから一週間が経った。ようやく代表決定戦の日が来たのだ。既に、榴雷への対レーザーコーティングは完了しており、メタルサンド弾の装填も完了している。私の方もパイロットスーツを着用しているから、いつでも行けるという状態だ。

 

「それにしても、本当にこの機体で大丈夫なの? ブルーイーグルを使った方がよかったんじゃ…………」

 

第三アリーナのピットで一緒に待機している雪華がふとそんな事を言ってきた。その目はなんだか自信なさげな感じがする。でも、この機体を仕上げてくれたのは誰でもない、雪華なんだ。だから、私がいの一番にこの機体を信頼して使わなきゃいけない。

 

「大丈夫だって。雪華が調整してくれた機体ならなんとかなるよ。それに」

 

私は自分の後ろに駐機状態で佇んでいる愛機へと目を向けた。

 

「榴雷と約束したからね。一緒に勝とうって」

 

たとえその白い装甲を煤だらけにしようと、装甲の一部を破壊されようと、絶対に勝つって約束したし、何より一番最初に支給された機体だから…………だから、一緒に頑張ろって思ったんだ。

 

「全く…………本当、一夏って機体への思い入れが強いよね。ちょっと榴雷が羨ましく思えるよ」

「榴雷だけじゃないよ。ブルーイーグルもだし、それにみんなの事も大事だから…………」

 

だからこそ私は、みんなの事を侮辱したあの代表候補生を許す気などない。なんで私が所属している部隊がグランドスラム中隊って呼ばれているか、身をもって教えてあげなきゃね。

 

「…………一夏、ものすごく黒い笑みを浮かべてるよ?」

「はうっ…………!? か、顔に出てた!?」

「ばっちりとね」

 

…………思わず表情に、私の黒い面が出ていたと言われて恥ずかしい思いをしてしまった。これ、基地に戻ったら絶対に変な噂が立つよ…………。

 

「…………誰にも言わないでよ?」

「わかってるよ。ばらしたりはしないから安心して」

 

それを聞いてほっと一安心する私。まぁ、雪華の事だから誰にも言わないと思うけど、念のため言っておかないとね。

 

「あ、そういえばセシリアからの伝言忘れてた?」

「伝言? セシリアから?」

「『全弾薬を撃ち切っても構いませんわ。弾薬費はあのバカの家に領収書として付けておきます』だってさ」

 

…………もっと黒い人がいたよ。弾薬費、この榴雷じゃとんでもない金額になるはず。だって、ミサイルだけで軽く二百発積載してるし、その他にも誘導榴弾やら遅延信管砲弾とかも積んでるから、金額が恐ろしいことになるよ。多分、下手したらアーキテクトの一体は買えると思う。

 

「あ、うん…………ていうか、多分本当に全弾薬を撃ち切る可能性があるから、補給の手筈を整えておいて」

「了解したよ。それと、予備弾薬も貰っておくね」

 

そうなると、何処かに弾薬庫を用意しなきゃいけないね。流石に榴雷が大きいペイロードを誇る機体だと言っても、輝鎚ほど積めるわけじゃないし、撃ち切ってしまえば、残る攻撃手段は苦手な近接格闘戦だけになってしまう。それだけは避けなきゃいけない。

 

「相変わらず重装備な機体だな、此奴は。前よりも更にゴツくなってないか?」

 

ふとピットの入り口から榴雷を見た感想を率直に述べる声が聞こえた。私は入り口の方へ目を向けた。そこには何故かお姉ちゃんの姿があったんだけど…………あれ? 今、アリーナの管制室の方にいるんじゃないの?

 

「織斑先生、そろそろ秋十の試合ですよ? ここにいてもいいんですか?」

「それについてなんだがな…………どうやら、諸事情につき織斑の機体搬入が完了していない。向こうは後三十分で到着と言ってはいるが、日程を繰り下げる事などできん。そこでだ、紅城とファルガスの試合を先に行いたいのだが…………構わないか?」

 

機体の搬入が遅れているとかって…………まぁ、私も似たようなことがあったわけだし、多分渋滞にでも引っかかったんでしょ。それにしても、模擬戦の順番が早くなるのかぁ…………でも、いずれはやらなきゃいけない事だから、それが早まっただけ。それなら、特に問題はない。

 

「はい、大丈夫です。それじゃ、到着までの時間を稼げばいいんですよね?」

「その心配はいらん。やるからには徹底的に叩いてくれて構わない。しかしな…………」

 

お姉ちゃんはそこまで言って言葉を濁らせた。一体どうしたんだろ…………? 少しもうしわけなさそうな顔をしている。

 

「えっと、どうかしたんですか?」

「いや…………お前たちの機体には、シールドバリアも絶対防御も搭載されていないのだろう? 模擬戦とはいえ実弾が飛び交う。もしお前の身に何かあったとしたら…………」

 

なるほどね。確かに、フレームアームズにはシールドバリアも絶対防御も存在していない。頼れるのはこの装甲一つだけだ。もしかしたら大怪我を負う可能性もあるかもしれない。

 

「心配しないでください。榴雷の装甲はそんなにヤワじゃありませんから。あの程度のレーザー、受け止めて見せますよ」

 

装甲だっていつかは壊れるものだけど、私は榴雷の装甲に絶対的にも近い信頼を置いている。それに…………死ぬ事が怖いから、生きる為に必死になってでも抗い続ける…………それが私達FAパイロットの誰もが思っている事。だからこそ、相手が何十体と襲撃してこようと戦い続ける事ができるんだ。それを聞いたお姉ちゃんは安心したのかわからないけど、軽く溜息を吐いた。

 

「…………そうだな、確かにあの装甲は一筋縄ではいかない代物だ。野暮な話をして悪かった。では、私からは以上だ。それと、教師がどちらかに肩入れするのはアレだが…………紅城、頑張れよ」

 

お姉ちゃんはそう言ってピットを後にしていった。時々私には見せてくる優しさを含んだ微笑みを浮かべているお姉ちゃんの顔を見た雪華は何やら面食らったような顔をしていた。一方の私はその微笑みを見せられて、少し元気が出てきた。本当、お姉ちゃんは凄いよ…………。

 

「さて、と。それじゃ、行ってくるね」

「うん。気を付けてね」

 

その辺に置いておいたヘッドギアを被った私は、榴雷の背部ハッチから体を滑り込ませた。本来ならアーキテクトに装甲を纏っていく関係上、私よりも明らかに大きくなる筈なのに、今私が纏っているアーキテクトは私にぴったりなのだ。うーむ、改めて考えてみると結構凄い事だよね、これ。それでいて、同機種なら身長差がある二人がそれぞれ乗っても同じ大きさにしかならないから不思議だ。まぁ、私はただの一パイロットだから、そんな事は考えなくてもいいか。アーキテクトのプラグがパイロットスーツのコネクタに繋がれていく。

 

「網膜投影…………開始」

 

後頭部のコネクタとも接続し、ハッチの閉鎖を確認した私はそうボイスコマンドを入力した。何もなかった暗い空間から、一瞬にしてピットの景色が私の目に飛び込んできた。同時に、現在装備している武装の残弾数と機体の損傷度が表示される。初めて使用した時は構えて出撃していたリボルビングバスターキャノンも、改装終了後はいつの間にか量子変換されていた。お陰で携行性はかなり高くなっている。あと、メタルサンド弾は左腕のグレネードランチャー(八五式擲弾筒)より撃ち出されるとの事。

機体のコンディションは良好。対レーザーコーティングも全然干渉していない。流石雪華だ。グラインドクローラーはまだ展開しなくていいかな…………下手したら床をズタズタに引きちぎりそうだし。それじゃ、いつものように出撃するとしますか!

 

「グランドスラム04、作戦行動を開始します」

 

榴雷で出撃するときに使っているセリフを言った私は、カタパルトなんて使わずに、そのまま歩いていって、アリーナへとピットから飛び降りたのだった。

 

 

「あら、随分と遅かったようですわね」

 

アリーナに着地した私を待っていたのは、何やら私を見下したかのような声音で話しかけてきたファルガスさんだった。まぁ実際、私は地上にずっと固定されっぱなしでいるから、空を飛んでいるファルガスさんは本当に見下しているようにしか見えない。てか、絶対見下している筈。この一週間も、何かとあれば秋十か私に食ってかかってきたし…………更生プログラムを受けたそうだけど、効果はあったのかな? 見た感じ全くないと思うんだけど。

 

「誰もそっちの都合に合わせて生きてなんていないよ。そっちが早く出すぎていただけでしょ?」

「この、減らず口を…………! ですが、これで私の勝利は確実のものとなりましたわ」

「どういう事…………?」

 

何やら気味の悪い笑みを浮かべているファルガスさん。なんだろ…………前に見た女尊男卑主義者と同じように、嫌な予感しかしない。見ていて物凄く気持ち悪いよ…………欲に染まった人間の末路を見ているようだ。しばらくの間、小さくその笑い声が聞こえていたが、まるで水面に一石を投じるかのように、盛大な高笑いを彼女はした。しかも、蔑みを含んだやつをね。

 

「だって、貴方の纏っているそれ、ISではないんですもの! そんな日本の作った紛い物と呼ぶにも烏滸がましいISからは程遠く離れたもので、このイギリス第三世代機[ブルー・ティアーズ]に勝てるとでも? それを専用機と呼ぶなんて、日本国防軍はジョークのセンスがあるのですね」

 

…………怒りが抑えきれない。この機体を馬鹿にして…………私の命を何度も助けてくれた榴雷を馬鹿にして…………!! 私がアリーナへと出て数瞬経ってから試合開始を告げるアナウンスは流れている。おまけに向こう既に私をロックオンしているためか、こっちの照準警報(ロックオンアラート)が鳴り響きっぱなしだ。でも、私にはそれが榴雷の怒りの声のようにも聞こえてくる。なら、私がやる事はただ一つ。脚部前面のアウトリガーと脚部裏のグラインドクローラーを展開、がっちりと地面に固定した。ロングレンジキャノンを展開するだけの余裕はちゃんとあるね…………。

 

「それで私を倒そうなど、笑止です! では、潔く負けて私の奴隷となり、恥を晒しなさい!!」

 

向こうは銃口を私に向けてくるけど、その動作がやけにゆっくりに見えてくる。人って極限状態になると周りが遅くなって見える事があるって言うけど、まさに今がその状態なんだと思う。それじゃ榴雷——

 

「誰が負けるもんか!!」

 

——一気に行くよ!!

 

私は迷いなくロングレンジキャノンを展開、五式鉢金型光学照準器(S5-オプティカルバイザー)のお陰でコンマ一秒足らずで照準を合わせ、自慢の主砲を二門同時に放った。聞きなれた電磁音を聞いたと思った瞬間、向こうの構えていたスナイパーライフルらしき武装は木っ端微塵に砕かれていた。…………は? どういう事!?

 

「な、な、な…………」

 

だけど私よりも驚いているのは所有者であるファルガスさんだ。構えていたスナイパーライフル——主兵装のスターライトMk.Ⅲ——のグリップから銃床までの部分だけを持って固まっていた。これって一体どういう事なんだろう…………武器にはシールドバリアが張られていなかったという事なのだろうか。まぁ、そういう事を考えるのは私の仕事じゃないし、後で雪華かお姉ちゃんに聞いてみるとしよう。で、今やるのは、目の前にいる敵を倒す事。ならばやる事はただ一つ。私は両手にセレクターライフルをハウザー形態で装備。脇の下を通すような長い形状にしてあるから片手でも普通に撃てる形態だ。左腕のグレネードランチャーには念の為、メタルサンド弾を装填。あとは、両肩のシールドを跳ね上げて、その裏に仕込んであるミサイルランチャーと脚部のミサイルコンテナを展開する。既にロックオンは掛け終わっており、後はボイスコマンド一つで一斉射撃可能だ。

 

「よ、よくも…………よくも私のブルー・ティアーズに傷を!許しません! 行きなさい、ティアー——」

 

向こうは私に向かってあの誘導砲台型兵器のビットを飛ばしてきた。しかも、向こうは怒りに我を忘れているのか、映像で見たときよりも動きが杜撰な気がする。でも、同時にこれは私にとって好機だ。まだ向こうは発砲していない。なら、先手は打たせてもらうよ!!

 

「——全武装一斉射撃!! 掃討(Grand Slam)開始!!」

 

◇◇◇

 

「な、なんなんだ…………あの馬鹿げた火力は…………」

 

アリーナの管制室にて試合の様子を見ていた千冬は思わずそう言葉を漏らしていた。榴雷から放たれた全部で七十六発のミサイルに加え、榴弾、そして超電磁加速された砲弾——それらがリーガンのブルー・ティアーズのシールドを削り、武装を破壊していくのと同時に、千冬の中での概念も壊されていた。いや、千冬だけではない、この試合を見ているすべての人間が自分たちの持っていた常識を破壊されていた。シールドバリアがあるから安全、絶対防御があるから死なない、だからISは最強であり絶対的な力である——そう教えられてきたが故に、今目の前て引き起こされている、絶対的な力の象徴が無残にも屠られる様をどこか非現実的なものとして見ていた。千冬も、何度かフレームアームズに搭乗してきたが、国家代表としてISに搭乗してきた事もあり、絶対的なものではないとは思いながら心のどこかではISをフレームアームズの上位互換と考えていた。しかし、今この光景を見せられては、上位互換などと考えていた自分が浅はかであったと思わされたのだった。

 

「全く、あのイギリスの子もバカだよねー。軍人——それも、世界でも指折りの練度を誇る日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊の中尉様に喧嘩を売るなんてさ」

 

自分の持っていた概念が破壊されつつある千冬の頭を、そのどこかで聞き覚えのある声が現実へと引き戻した。千冬はその声を聞いて後ろを振り返らず、その声の主の名を呼んだ。

 

「…………何故ここに来た、束」

「世界初のIS対FAの実弾演習だからね。それくらい開発主任として観戦させてよ、ちーちゃん」

 

そう無邪気な声で千冬に話しかける束。だがその目はどこか冷え切ったようなもの。そして、それを向けているのは、今もなお過剰な弾幕で蹂躙されているリーガン。束はふとため息を吐くと、千冬に向かって話しかけた。

 

「政府上層部はバカだよね…………私の作ったフレームアームズを、ISと似て非なるものって言ってるけどさ、基本設計からして違うんだし、全くの別物だから違うのも当たり前じゃん」

「しかしだ、束…………どちらも元は作業用だったはずだ。なのに、何故こうも差が出た?」

「だって、ISは武器を持たせただけでほとんど変わってないし。でも、フレームアームズは違う。あれは、外装から何から全てを完全に兵器へと変えたもの。その差は歴然。言葉で言わなくても、映像が全てを語ってくれるよ」

 

映像では一夏からの砲撃を受けたブルー・ティアーズの右非固定浮遊部位(アンロックユニット)が完膚なきまでに破壊されているのが映し出されていた。貫通したと思われる砲弾——装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)はその威力を殺されることなく、そのままアリーナの防護シールドに当たって砕ける。実際には無いのだが、千冬は映像越しにその衝撃が伝わってくるように感じた。そんな彼女を余所に束は言葉を紡いだ。

 

「『FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS』——ISに似たフレームアームズ。略称を使ったもう一つの名前——『far IS』、ISとは程遠い物なんてよく言ったものだよ。フレームアームズの圧倒的な戦力を見たら、ISの武力なんてミジンコがヒノキの棒を振り回しているようなもの。それに、フレームアームズはアントを撃滅するために開発した反撃の刃。そして、それを纏うのは最高適性を持つ国防軍の精鋭。あの代表候補もここに来るまでそれなりにやってきただろうけどさ、地べたを這いつくばって、過酷な訓練を越え、地獄のような戦場でそれこそ命を懸けて戦い続けている彼らと比べたらまだまだ甘い。…………この試合、やる前から結果なんてわかりきっていたものだよ」

 

束はそう言ってから一つため息を吐いた。それがISが本来の目的ではなく各国の思惑によってそうでは無い使い方をされている光景をこの目で見て落胆したからなのか、自分が開発したフレームアームズに自分の夢を応援してくれている人を乗せてしまう結果にしてしまったことへの罪の意識からくるものなのか、それともまた別の感情が湧き出してきたからなのか——その答えは彼女にもわかっていなかった。束はそのまま踵を返し、その場を後にしようとる。

 

「最後まで見ていかなくていいのか?」

「言ったでしょ。結果はわかりきっているって。だって…………いっちゃんは、フレームアームズに関係したらとんでもない天才だからね」

 

それに、と束は言葉を続ける。

 

「いっちゃんは私達の知らないような、素敵な大人達に囲まれて過ごしてきたんだから…………だから、あんなクソみたいな風潮に流された愚者に負けるなんてことはありえないよ。この束さんが全力を持って保証する」

 

そう言いながら、束は千冬に顔を少しだけ向け、その後管制室から出て行った。その時千冬が見た束の顔はどこか羨ましそうで、だけど少し哀しそうで、それでいて嬉しそうな顔であった。それを見た千冬は心の中でこう思った。——ああ、こいつもまだ人間としての感情は残っていたんだな、と。自分の記憶にある束の姿とは重ならなかった事に、千冬は親友の変わりようを心の底で喜んでいたのだった。

だが、そんな感傷的な管制室とは裏腹に、アリーナはさらに激化した戦場へと化していた事に千冬はまだ気づいていない——。

 

◇◇◇

 

ミサイル百五十二発を撃ち切った私は三度目のミサイルの装填を完了させていた。二回分しかまだ撃ってないが、それでもアリーナは揺れたようで、何人かはバランスを崩しかけていたよ。そして今、目の前には物凄く無残な姿になったブルー・ティアーズを纏っているファルガスさんの姿がある。ミサイルの一斉射撃、その一回目の時にビットはその全部が飲み込まれてしまった。最初はミサイルも撃墜されてしまったが、同時に撒いていたメタルサンド弾のメタルサンドを吸ってしまって動きが鈍くなったところを、ミサイル群で全て撃破しちゃったんだよ。ビット兵器——BT兵器と呼ばれるその装備は、どうやら自分の意思でレーザーを曲げるなんて非現実的な事ができるそうだけど、彼女にはそんなことはできなかったようだ。もし出来ていたら戦況は変わっていたかもしれない。

 

「この…………!!」

 

たとえ機体の装甲の四分の一を損失してもなお、私に攻撃をしてきたファルガスさん。腰部アーマーの一部が外れ、ミサイルが一発だけ飛んできた。でもね…………その程度で私を——この榴雷を倒せるなんて思ってないよね? 私は迷いなくリボルバーカノンを起動、空中炸裂(エアバースト)弾を装填し、そのまま連射する。時限信管によって起爆するこの砲弾の群れへと突っ込んだミサイルはそのまま撃墜された。

 

「う、嘘…………こんなのは嘘ですわ!! 私が、私とブルー・ティアーズがこんな紛い物に——」

「——うるさい」

 

未だに減らず口を叩くファルガスさん目掛けてリボルビングバスターキャノンを放った。拠点を叩く事も可能とする重厚長大な巨砲は、残っていた腰部アーマーを容易に破壊する。それと同時にスラスターの一部をも巻き込んだ爆発により、ファルガスさんは地上へと叩きつけられた。

 

「何故…………この私が…………!! 私は代表候補生ですのよ!! 負けるはずなど…………!!」

「でも、既に勝負はついてるようなものだよね?」

「私に…………口答えしないでくださいまし!!」

 

そう言って近接短刀を構えて一直線に私へと突っ込んできた。やはり、表向きにはありとあらゆる現行兵器を凌駕する性能というだけあって、かなりの加速力だ。あの速度で突っ込まれたら、流石に榴雷でもまずい。何時ぞやのフレズヴェルク戦を思い出す。あの時は接近された時、逃げられなかったから両足に傷を負わされたんだっけ。でも…………今回はそれを避けるためにつけられた装備がこっちにはあるんだよ。一度アウトリガーとグラインドクローラーを格納した私は腰部ショックブースターを点火、輝鎚を一時的に空へと飛ばすことのできる莫大な推力によって、私は榴雷で空へと飛び上がった。

 

「なぁっ…………!? あの機体でどうやって飛べますの!? でも、空中戦なら——」

 

直後、私の下をファルガスは通過し、私へと向けられていた短刀は空を切った。しかし、そのままターンをして再び私へと向かってくる。どうしようかな…………滞空なんてブルーイーグルじゃないからできないし。やっぱり、もう一度地上へと戻るしかないね。ショックブースターの向きを調節し、私は地上へと戻るためにブースターを停止した。そのまま重力によって地上へ引き寄せられる。その落下方向には上昇中のファルガスさん。

 

「がはっ…………!?」

 

私は格納した右のアウトリガーを展開、飛んできたファルガスさんに向けて蹴りをかました。轟雷を超える装甲を纏った脚部の運動エネルギーは計り知れないものであり、彼女は地面へととんぼ返りしたのだった。叩きつけられるとともに、激しい土煙が舞い上がる。その土煙の中心へと私は落下していった。

 

「ぐうっ…………!!」

 

落下した先には地面へと叩きつけられたファルガスさんがいた。そのガラ空きとなった背中に向けて、私はグラインドクローラーを足裏に展開、そのまま踏みつけた。踏みつけられた彼女は何やらうめき声にも似た悲鳴を上げている。輝鎚程じゃないけど、重量のある榴雷がのしかかってきたんだ。悲鳴を上げない方がおかしい。

 

「…………なんと野蛮な…………!!」

「そうだね。野蛮かもしれないけど…………結局、戦いに綺麗さも何もないと思うよ」

「野蛮人が…………!! 野蛮人如きに私が負けるなど…………言語道断です!!」

 

そう言って私に目を向けて睨みつけてきたけど、全然怖くもなんともない。むしろ、こんな状況になってまでそんな風に自分の優位さを語れることが凄いと思うよ。まぁ、悪い意味でだけど。一方の私は、この一週間で溜まりに溜まっている怒りを晴らしたいと思っている。理由なんてあげたらキリがない。でも、とりあえずは…………素直に倒すなんてことはしないよ。葦原大尉と瀬河中尉にはこう教えられたんだ——泥臭くとも、卑劣であろうとも、やられたら何倍にしてもやり返せ、って。

 

「そういえば、前に私の足を踏んだ時、全然謝りもしなかったよね?」

「そんな瑣末事、いちいち覚えてなど——」

「いいよ、覚えてなくても。代わりに…………やられっぱなしってのも嫌だから、やり返すけどね」

 

私はグラインドクローラーを起動、そのまま踏みつけ続けた。履帯ユニットに幾多もの細かい刃が取り付けられた凶悪な姿をしたそれは、容赦なく青い装甲を残されているシールドエネルギーとともに抉り、削り取っていく。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!? い、いやぁぁぁぁっ!! 」

 

心から恐怖しているような声が聞こえる。でも、私はその足を退ける気はない。それに…………普通なら、この声を聞いたら助けに行かなきゃいけないと思うはずなのに、それを全く思わなくなってる…………これじゃ、護るための国防軍人としてはいられないね…………。大地を切り裂くように溝を掘る機械であるトレンチャーのように、装甲を完膚なきまでに破壊していく。彼女の目に私は一体どのように見えているんだろう…………少なくとも人間としては映ってないかもね。私の事を野蛮とかそんな風に言ってくる人だから。

 

「や、やめてください!! ゆ、許して…………許して…………!!——」

 

かすかに聞こえたその言葉を最後に私にはファルガスさんの声は聞こえなくなっていた。機体のセンサーが向こうのバイタルを読み取り、それを表示してくれる。どうやら向こうはもう気を失っているみたいだ。流石に死体蹴りするのは気がひけるから、グラインドクローラーを停止し、その足を退かした。周囲には、削られ細かな破片と化したブルー・ティアーズの装甲や武装、私の放った榴弾の破片が散らばっており、着弾によるクレーターも幾つかできている。見たようでは完全に戦場…………そして、これを生み出したのは他でもない私だ。

 

『——試合終了。勝者——紅城一夏』

 

どうやら私が勝ったようだ。そのアナウンスが流れた直後、歓声とかが骨振動通信を介して伝わってくるけど…………今の私にはそんなものも聞こえてこない。いつもの戦いなら護ったとかそういう思いがあるはずなのに、今は何も沸き立つ感情がない。ここまで無意味な戦いをしたのは初めてかもしれない…………ただ、その場で茫然と立ち尽くし、空を見上げていた。

 

『——…………ラム04、応答を。グランドスラム04、応答を! 一夏! 聞こえてる!?』

 

唐突に聞こえてきた雪華の声で私は現実へと引き戻された。び、びっくりしたぁ…………。

 

「ふぇっ!? な、何、雪華!?」

『全く…………急に動かなかくなったからどうかしたのかと思って心配したんだから。でも、返事できるから大丈夫みたいだね』

「うん、私はなんともないよ。それに榴雷も細かい傷を除けばほぼ無傷に近いよ」

『わかった。それじゃ、グランドスラム04、帰投してください』

「了解、これより帰投します」

 

そう雪華に返事した私は再びショックブースターを点火、ピットの入り口に向けて飛び上がったのだった。




機体解説

・三八式一型 榴雷・改 第十一支援砲撃中隊仕様
支援砲撃が主任務である第十一支援砲撃中隊用に改造された榴雷・改。脹脛のアウトリガーは廃され、履帯ユニットに換装。六七式電磁誘導型実体弾射出器の他、一六式対地誘導弾射出器を両肩の六五式防弾重装甲裏面に、大型ミサイルコンテナを両脚に、右腕に連装リボルバーカノン、左腕に八五式擲弾筒を装備している。基本格納兵装はグレネードランチャー付きアサルトライフル、日本刀型近接戦闘ブレード、タクティカルナイフ。


・三八式一型 榴雷・改 紅城一夏仕様
フレズヴェルク及びフレズヴェルク=アーテルと交戦し、中破した機体を改修。改修に伴って腰部リアアーマーを輝鎚の物に変更。履帯ユニットをグラインドクローラーに換装している。また、シールド表面にはリアクティブアーマーを装備。その他にも幾つか格納兵装が追加されている。

[リボルビングバスターキャノン]
FAが携行可能な最大クラスの重砲。重量はあるが、その分頑丈に作られており、鈍器としても使用可能。

[セレクターライフル]
メインコンポーネントを共通化し、換装することで火炎放射器、ミサイルランチャー、イオンレーザーライフルにもなる。ライフルと名を打っているが、基本形態はハウザー(榴弾砲)。





本日はこの二機を紹介しました。
感想や誤字報告待ってます。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.16

祝・お気に入り100件超!

またizu様、信田様、評価をつけてくださりありがとうございます。

これからも生暖かい目でよろしくお願いします。

では、16話目、よろしくお願いします。







「帰投したよ」

『それじゃ、ハンガーに機体を駐機させてね』

 

ピットへと戻った私は雪華の指示に従って、榴雷を元あったハンガーへ戻した。何故だろうか…………機体のパワーアシストがあるにも関わらず足取りが重いような気がする。きっと追加されたグラインドクローラーやリアクティブアーマーの所為だと思いたい。

 

「機体…………解除」

 

ボイスコマンドを入力すると、コネクタからプラグが抜ける音が聞こえてきたと同時に、視界は一気に真っ暗なものへと変わる。ハッチが解放され、ほのかに涼しい空気が内部に流れ込んできて、戦闘で少し熱くなっている体を冷やしていく。そのまま脱ぐように機体から這い出した。機体から降りた私は少し苦しさを感じ、ヘッドギアを脱ぎ、少し深呼吸をする。肺に少し冷たい空気が入ったことで、ちょっとだけ気分は良くなった気がする。

 

「一夏」

 

不意に名前を雪華に呼ばれ、そちらの方を振り向いた。そこには心配そうにこっちを見ている雪華の姿があった。なんでそんな顔をしてるんだろう…………私は無事だよ。

 

「その…………大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。怪我もしてないし——」

「——そうじゃなくて!」

 

突然声を張り上げた雪華に思わず驚いてしまった。

 

「全然大丈夫なんかに見えないよ…………一夏が戦ってるの、なんだかいつもと違うような感じがしたし…………いつもなら戦う時にはいろんな感情を見せているのに、今回は…………何も出さなかったでしょ。まるで機械みたいに淡々とやっていたから…………それを大丈夫だなんて、私には思えないよ!」

 

いつもは冷静な雪華がまるで私に向かって叩きつけるように言葉を放ってきた。よく見れば目尻には涙が浮かんでいる。…………確かに、雪華の言う通り、あの戦いに私は最初に抱いていた怒り以外なにも感じなかったし、終わったは本当に何も感じなくなった。一体私はどうしてしまったんだろう…………わからない。だけど今は…………今は、すごく申し訳ない思いで一杯だ。

 

「…………ごめん、雪華。その…………心配させちゃって」

 

私は今にも泣きそうになってる雪華を抱きしめた。パイロットスーツ越しに雪華の温もりが伝わってくる。雪華には悪いけど…………それが今、私の心を優しく包んでくれていて、なんだか心地よかった。

 

「ばか…………一夏のばか…………心配させちゃって、じゃないよ…………」

「うん…………でも、もう大丈夫だから…………」

 

正直、大丈夫じゃないのかもしれない。だって…………模擬戦とはいえ初めて人に向けて、模擬弾ではなく実弾を放ったんだから…………。本来軍人は力を持たない民間人を守るためにその力を振るうもの。だけどさっきの私は…………ろくな抵抗手段を持っていなかった人間に対してオーバーキルにも等しい行為をしたんだ…………軍人として失格も同然だよ。

 

「いつもそうだよね、一夏…………辛いことがあっても、『大丈夫』って言って気丈に振る舞うの…………私は見てて辛いよ…………」

 

それに、大切な仲間に涙を流させてしまったんだから…………本当、ダメだね私。

 

「だからお願い…………辛かったら、辛いって言って…………見てるこっちも辛いんだから…………」

「ごめん…………」

「ううん…………これは私の勝手な言い分だから…………こっちこそ、勝手なこと言ってごめん…………」

 

私の胸の中で涙を流す雪華に対して、私はただ優しく抱きしめ、『ごめん』と謝り続けることしかできなかったのだった。

 

 

「ごめん…………かなり取り乱しちゃったね」

「ううん、気にしないで。私にも少しは悪かったところもあるだろうしね」

 

補修材が入っている重装コンテナの上に私達は二人並んで座っていた。基地でも二人で座るときはこういう風にコンテナの上に腰を下ろす事が多かったね。脱いだヘッドギアは私の横に置いてある。

 

「でも…………」

「でも?」

「…………ううん、やっぱりなんでもない」

「何それ?」

 

雪華が何か言おうとしたみたいだけど、どうやらど忘れしてしまったようで、思わずずっこけてしまいそうになった。最初はまだ気が動転でもしてるのかなと思ったけど、私に向けてくる笑顔は本物。だからその心配はない。そう考えると、私も思わず顔が綻んでしまった。やっぱり、大切な仲間には笑顔でいて欲しいよね。それがどんなに短い時間であっても、さ…………苦しげな顔をされるよりは何倍もいいよ。

 

「ところで一夏、 榴雷の残弾数はどうなってるの? 流石に全弾は撃ち尽くしてないよね?」

「全弾撃ち尽くす程ではなかったから残ってはいるけど…………結構厳し目かな。ミサイルは残り七十六発…………あと一回撃ったらかなりやばいね。使える誘導弾はこれだけだし…………」

「あれ? セレクターライフルのミサイルモジュールは?」

 

雪華にそう言われて思わず目を逸らした。確かにセレクターライフルにはミサイルモジュールがある。その事は私だってわかっている。けどね…………ちょっと問題があってね…………。

 

「…………ハウザーを片手撃ちするための銃床だと思ってた」

「…………使い方、それ間違ってるからね。でも、それだと弾自体は消費してないんじゃ…………」

「…………積まれてるのがKEM(運動エネルギー誘導弾)だとしても? 多分、あれだと確実に死亡事故が起こると思うんだけど…………」

「…………逆に、誰がそんなもの突っ込んだの?」

 

私の言葉に雪華は頭を抱えていた。運動エネルギー誘導弾——どうやら炸薬じゃなくて、徹甲弾みたいに硬い弾で装甲を貫くミサイルだそうだ。未だに撃ったことはないけど、こんなものをISに向けて放ったら、最悪死亡事故が起こるだろう。それだけは避けたい、というか避けなきゃいけない。装備してるのは装填されている八発だけだからいいけど…………これが表舞台に出るのは本気でまずい時だけにしておこう。こんなものをアントに真似でもされたら、こっちに勝ち目は無くなる。

 

「…………とりあえず、榴雷は誘導弾の補充とロングレンジキャノンの整備で次の模擬戦は無理だね」

 

ため息をついた雪華からそう告げられる。まぁ、そりゃそうだよね。さっきは誘導弾による過飽和攻撃ができたから勝てたもの。もしこれがロングレンジキャノンだけだったとしたら…………多分嬲り殺しにされていたかもしれない。まぁ、ロック時間が短いからすぐに照準合わせて撃てるとは思うけどね。それに、ロングレンジキャノンはプラズマソリッドキャノンとも呼ばれるように、砲身内で砲弾をプラズマで包んだ後に電磁加速する事で、驚異的な初速を出す武装だ。その分、整備をしっかりしないとすぐにオーバーヒートを引き起こすという少々手間のかかる武装でもある。榴雷を榴雷たらしめる武装群が使えないとなった以上、次の模擬戦なんて無理だ。…………って、次…………?

 

「つ、次の模擬戦って何!? 私そんな事聞いてないんだけど!?」

 

今初めて聞いたんだけど!? どこでそんな話が決まったの!? 知らないし、聞いてないし、聞かされてないよ!? それって、どういう事!?

 

「あー、一夏が模擬戦してる時に織斑先生から直接ね。一夏が知らないのも無理ないよ」

「…………なんでこうなっちゃうかな」

 

突然の事に思わず嘆きの声が漏れてしまった。だってそうでしょ!? 最初の話じゃ代表候補生とやり合うだけだったんだから、その気でしかいなかったよ…………。

 

「でも、そうなると今出せるのは——」

「——この子だけ、だね…………」

 

胸から取り出した一つのドッグタグ。普通なら鈍色をしているそれだけど、これはメタリックブルーの輝きを放っている。そして、表面に彫られている文字も私の名前ではなく、『YSX-24RD/BE』の文字——そう、これはブルーイーグルの待機形態。改良化されたアーキテクトのおかげで、最早ISと遜色ない状態にまで進歩した。だから、今までは駐機状態からの乗り込みが普通だったけど、この機体はそんな事をせずに即展開する事が可能だ。展開時にかかる消費エネルギーが少なくなったのが大きいね。

けど、心配なのはそこじゃない。心配なのは——この機体に積まれている武装だ。主兵装であるベリルソードとベリルバスターシールド、格納されているイオンレーザーカノンと改良型セグメントライフルに日本刀型近接戦闘ブレード、そしてイオンレーザーソード…………近接戦闘ブレード以外はどれもこれも過剰な攻撃力の塊みたいなもの。特にベリルソードとベリルバスターシールドなんかを使ったら…………あの攻撃力を考えただけでもぞっとする。多分、ISは真っ二つになるかもしれない。絶対防御なんてものがあっても、本当に絶対なのか…………束お姉ちゃんが作ったものを否定する気はないんだけど、この世界に絶対なんてものは無いから…………。だから、保険はかけておかないと…………。

 

「雪華、その…………」

「——機体か武装、もしくはそのどちらかにリミッターをかけて、でしょ?」

 

雪華は私が言う事を先読みしたかのように答えた。って、まだ何も言ってないんだけど!? 本当に心を読まれたのかな…………?

 

「過剰な攻撃力を抑えるにはそれが手っ取り早いからね。でも、その機体には既に武装へのリミッターがかけてあるから、心配しないで」

「でも、それじゃ機体に過剰なエネルギーが流れるんじゃ…………」

「元からエネルギー消費の激しい機体だから大丈夫。あ、全武装のカット率は平均二十五パーセントだからね」

 

手が早い。それに武装だけにリミッターをかける事で済むこの機体のエネルギー消費量って…………多分、榴雷をはるかに越しているはずだ。榴雷もロングレンジキャノンやミサイルランチャーがある所為でエネルギー消費がベースである轟雷よりも激しくなっているはずなんだけどなぁ…………まぁ、ブルーイーグルの場合、全身に取り付けられた電磁推進ブースターやそれを大型して高い機動性を与えているイーグルユニットの所為でエネルギー消費が激しいんだろうけどね。

 

「という事は…………普通に使っても大丈夫という事?」

「まぁ、そうなるね。少なくとも絶対防御を貫く攻撃はできないはずだよ」

 

それを聞いて安堵の溜息をつく私。本当に良かった…………これなら、模擬戦として、私自身がこの戦いを受け入れる事ができる…………できれば、人に武器を向けるのはこれが最後であると思いたい。

 

『紅城、時間が押している。試合の準備をしてくれ』

 

アナウンスでそうお姉ちゃんから伝えられた。そういえばここを使える時間に限りがある事を忘れてたよ。それなら早く準備しないとね。そう思った私は、その辺に置いておいたヘッドギアを装着した。

 

「それじゃ、行こっか。おいで、ブルーイーグル」

 

私はドッグタグを掴み、そう誰にでも無く呟いた。その言葉を皮切りに、ドッグタグから幾多もの六角形をした非発光体が全身を覆っていく。胴体を中心として全身へと広がった非発光体は、私の全身を包み込んだ直後に、再び胴体を中心として消失していった。その消失が完了すると同時に、私の視界は一気に明るくなる。もう、一々網膜投影を開始する合図を送る必要も無い。視界の隅には機体の現在の状況と武装の一覧が表示されている。見慣れたウィンドウだ。このレイアウトだけは榴雷と殆ど変わってない。それが少しだけ嬉しかった。

 

「それじゃ、また行ってくるね」

「うん。一夏、頑張って」

 

そう言葉を交わした私はブルーイーグルをカタパルトへと向かわせる。とはいえ私自身カタパルトなんて使った事無いから使わないんだけどね。いつもは滑走路からの離陸が殆どだったし。でもまぁ、ここも同じようにいけるよね?

私はブルーイーグルの背面側にあるブースターを起動させる。出力が次第に上がっていくけど、前面のブースターも起動して制動をかける。そして、この子の翼——イーグルユニットの両翼を広げた。出力も順調に上がっていく。もう、離陸できそうだね。それじゃ、行こっ、ブルーイーグル。

 

「紅城一夏、ブルーイーグル、行きます!!」

 

出力が臨界に達した機体を一気に加速させ、今度はアリーナの空へと舞い上がったのだった。…………そういえば、次の相手って…………誰?

 

 

アリーナの上空に躍り出た私を待っていたのは…………純白のISを纏っている——

 

「よっ、待ってたぜ一夏姉」

 

——秋十だった。いや、ちょっと待って!? 秋十が出るのってクラス代表を決める戦いの方じゃ無いの!? てか、私はクラス代表に立候補してないし! 単にあの代表候補生に決闘申し込まれたから受けただけなんだけど! …………これって一体どういう状況なの…………?

 

「いや、意味がわかんないんだけど…………なんで秋十がここにいるの? てか、なんで私と戦う事になっているの?」

「え…………千冬姉から聞いてねえの?」

 

秋十の言葉に私は素直に聞いてないと答えた。すると秋十は眉間に手を当てながら溜息をついていた。いや、むしろ溜息を吐きたいのはこっちの方なんだけど…………まず話を聞いたのだって雪華を介してだし、そもそも秋十と戦うなんて最初から聞いてないよ。

 

「はぁ…………千冬姉の説明抜けは前からよくある事だから仕方ないか」

 

やれやれといった表情でそういう秋十。いや、何一人で完結してんのさ。私は未だに状況が読み込めてないんだけど。

 

「いや、だってさ、あのムカつく代表候補生自体が気絶してるし、何より一夏姉があいつの機体をスクラップも同然に変えちゃったそうじゃんか。対戦相手がいなくなって無効試合になるかと思ったら、今度は一夏姉と試合するように千冬姉から言われたし…………それ以上の事は知らないぜ?」

 

…………お姉ちゃん、説明が抜けるってそれかなりの大惨事を招くからね。これがまだ学園内で、命のやり取りが無いから大事にはならないけどさ…………これが前線で、実際に戦闘状態になっていたら、情報不足で命を落とす事もあるんだから…………前線にいたせいか、そういう事にはどうしても厳しくなってしまう。ただ…………私、そこまで壊してたんだ。怒りに身を任せてやってしまうと加減がわからなくなるから…………自分が少し怖くなってしまった。

 

「そう、なんだ…………ねぇ、秋十。一つ聞いてもいい?」

「別にいいけど、急にどうかしたのか?」

「その…………ううん、やっぱりなんでも無い」

「なんだそりゃ?」

 

秋十に聞きたい事があったけど…………今聞くのはよそうかなって思った。正直、どんな答えが返ってくるかわからない質問だからね…………自分から聞こうとして、自分はその答えに恐れを抱いている。なんとも皮肉な話だよ。自分で聞いておいて、自分が傷つきたく無くて答えから逃げようとしている…………バカだね、私。

 

「一夏姉…………?」

 

でも、今はそんな事は考えなくていい。とりあえず、目の前の模擬戦に集中するとしよう。ブルーイーグルもなんだか好調みたいだしね。

 

「ううん、なんでもない」

 

私はそう秋十に応えた。秋十は他人からの好意には疎いのに、他人の不調には敏感だからね。フレームアームズの特徴である全身を覆う装甲のお陰で、秋十に表情から心情を読み取られずに済んだよ。

視界の隅にカウントダウンが表示された。どうやらまだ模擬戦は始まってなかったみたい。さっきの模擬戦では、何やら言われまくっていたから全然開始のタイミングが掴めていなかったけど、今回ならできるね。それに…………不愉快さは無い。それがこれほどまでに気持ちいいなんて感じたのは初めてだ。

 

「…………秋十」

「今度はなんだよ、一夏姉」

「…………全力でいくからね」

「おう! 俺も全力でいくぜ!」

『——試合開始!!』

 

開始のアナウンスと共に私は一気に機体を加速させた。強烈な力が全身に襲いかかってくるけど、正直これにも慣れちゃったんだよね。その勢いのまま秋十に向かって突っ込んでいく。

 

「——って、速ぇし、ぶつかるぅぅぅぅぅっ!?」

 

一瞬動きが遅れた秋十だけど、その場から離れる事で私との接触事故は避ける事ができたようだ。あの機体…………ブルーイーグルと同じ高機動型みたい。でも、この子だって負けないんだから! 私は秋十を追うべく、その速度のままで秋十に向かってターンをした。普通だったら大きく曲がるような軌道だけど、イーグルユニットの翼の角度を変える事でこの急なターンを可能としている。まぁ、この急激なGに耐える為に訓練で何度も吐いたっけ…………。

 

「ちょ!? その動きってなんなの!? 一夏姉も千冬姉と同じ人外!?」

「私はまだ人間だよ!」

 

あまりにも激しい動きをして追いかけたので、秋十から人外呼ばわりされてしまった。うぅ…………結構そう言われると心が痛くなる。秋十にとっては常識外の事をされてるわけだから、文句とか言えない。でも、まだ人間だからね! 料理と掃除と洗濯ができる、ごく普通の人間だからね!

とりあえず接敵したので、出力を抑えられたイオンレーザーソードを振り抜いた。相変わらずの蒼いレーザーが刀身を形成している。その武器を秋十に向かって振るった。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!? し、死ぬぅぅぅぅぅっ!?」

 

だけど…………秋十が一瞬見せた、恐怖を前にした顔に、私は攻撃の手を止めそうになる。だって…………考えてみたら、私は家族に刃を向けているんだよ…………守ると誓った家族に向かってだよ…………? これが模擬戦だって事は分かっているけど…………どこかに割り切れないでいる自分がいる。それが情けなくて仕方なかった。しかし、勢いがついたその剣先をいきなり止める事は出来ない。秋十の白いIS——白式の左肩装甲を切り裂き、その勢いのまま私は彼の背後へと回りこんだ。

 

(っ…………割り切らなきゃいけないのに…………!! 何をやっているの…………私は!!)

 

そのまま秋十から少し距離をとった私。だけどそれに戦術とかがある訳でもなく、家族に武器を向けた、振るった、剰え切りつけた…………その事実から逃げたくなったからなのかもしれない。自分でもよくわかってなかった。

そんな時、突然接近警報が鳴り響いた。意識を現実に戻すと、目の前には近接戦闘ブレードを構えて突っ込んでくる秋十の姿があった。あの武器は…………間違いない。かつてお姉ちゃんが日本国家代表として駆っていた機体[暮桜]の主兵装にして唯一の武装——雪片(ゆきひら)だ。細部が違うけど、大体はあってる。私の本能があの武器をイオンレーザーソードで受け止めてはいけないと訴えてくる。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

「くうっ…………!」

 

私は咄嗟に日本刀型近接戦闘ブレードを展開、雪片による一撃を受け止めた。細身の刀身ではあるが、それよりも大きい雪片の一撃を受け止めても罅一つ入るどころか、刃こぼれの一つすらしていない。一応、ヴァイスハイトを切り裂く事も可能な武器だからね。ただ、その加速に乗せて振るわれた一撃は私に響いてくる。思わず顔を顰めてしまった。

 

「強くなったね…………秋十」

 

ふとそんな言葉が自然と漏れ出てしまった。それは昔と比べてなのか…………いや、私と比べてなのかもしれない。模擬戦にまで私情を持ち込んで、力を振るう事ができないなんて…………三流以下も同然。その点、秋十はこんな風に振るえている。躊躇いなんてものは感じられない。いつも、愚直だけど、全力で事にあたる事ができる秋十が少しだけ羨ましく思えた。

 

「…………でなんだよ…………」

「え…………?」

 

だけど、秋十の様子が少しだけ変に思える。表情を見ると少しだけ怒りを含めていて、残りは残念がっているようにも見えた。一体、どうして…………?

 

「なんでなんだよ、一夏姉! 全力を見せてくれるって言ったじゃないか! 俺にその全力を見せてくれよ!」

 

…………あぁ、そうか。この模擬戦が始まる前に、全力で行くって言ったんだっけ。だけど、今の私は秋十に武器を振るう事に躊躇いを持ってしまっている。戦場にいる時の全力とは本当に程遠いもの。…………模擬戦の前には割り切れていたのに、始まった途端これなんだから…………弱いね、私…………。でも、そうなる理由が私にだってあるんだから…………。

 

「無理だよ…………」

「なんでだよ! 試合なんだから別に全力を出したって——」

「——無理なんだよッ!!」

 

押し込んだ近接戦闘ブレードで秋十を弾き飛ばし、一度体勢を立て直す。わからない…………でも、秋十を前にして攻撃するのを躊躇っているのだけはわかる。その証拠に近接戦闘ブレードの切っ先が小さく震えているのだ。私は通信回線を開放回線(オープン)から特定回線(プライベート)に切り替え、秋十へと繋いだ。

 

『一夏姉! どうして——』

「——私が全力出したら…………多分秋十が傷つく事になるから…………それだけは避けたいの…………」

『そんなものやってみなきゃわかんねえじゃんかよ!』

「それからじゃ遅いんだよ!! 私がそんな事をするわけにはいかないの!!」

 

私は本来秋十の護衛として、その任務を遂行するために派遣されたわけだから…………だから、私がいの一番に秋十に傷を負わせるわけにはいかない。自分の保身とかそういうのはどうでもいい。でも…………家族に武器を向けるなんて事だけはしたくなかった。これは私自身の勝手な我儘だってことは理解している…………理解しているんだけど、納得はいってないし、割り切れてもいない。それに、もう私の意思で秋十に武器を振るってしまったんだ…………これじゃ、国防軍人失格だね…………。

 

「それに…………身内に武器を振るいたくなんてなかったのに…………!!」

 

心の奥底から引きずり出してきたかのような声でそう言った。だって私は…………秋十やお姉ちゃん、そして弾達を守るために国防軍に入ったんだよ…………なのに、成り行きとはいえこんな事になってしまって…………どうしたらいいのかわからないよ…………! 割り切れないでいる自分がいる事に、自分で叱責したくなりつつも結局はできず、そんな自分がいる事が腹立たしくて、悔しくて、情けなくて仕方なかった。

 

『——らしくねえなぁ、一夏姉』

 

だけど、そんな私とは裏腹に返ってきた答えはとても明るい感じの声だった。目を向けてみれば少しやんちゃそうに笑顔を浮かべている秋十の姿がある。正面に構えた雪片の切っ先は私と違って震えてなんていない。

 

『本当にどうしちまったんだよ。俺が知ってる一夏姉は、いつもやる事すべてに全力でぶつかってきたじゃねえか』

「そ、それは…………」

『それでいいんだよ。別に武器を向けられたからって、俺は傷ついたりなんてしないさ。肉体はどうなるかわからないけど…………心は千冬姉の部屋で鍛えられているから、そう易々と傷つかねえぜ!! それにさ、俺は一夏姉の強さを知りたい!! だから、全力でぶつかってきてくれ!!』

 

その言葉でハッとなる私。そういえば秋十はいつもこんな感じだったっけ…………一度やると決めたら何があってもその信条を曲げる事なんてない。それに…………秋十の言葉で割り切る事ができた気がする。これは模擬戦…………一応、死ぬ事はない…………なら、全力でぶつかって行かなきゃ…………大切な弟にそう言われたんだから、叶えてあげるのが姉の役目なのかもね。

 

『それと、こんなところで尻込みしてたら弾にかっこいいとこ見せてやれねえぞ?』

 

…………そう言ってきた秋十の顔は若干ニヤニヤとしている。なんだろ、すっごい腹が立ってきた。あの時の気持ちの悪い事に対する怒りとは違う。揶揄われてちょっとムカッとした時に来るような、幼稚な怒りだ。私は近接戦闘ブレードを構え直した。もう切っ先は震えていない。なら、行こう…………ブルーイーグル。

 

「…………それ、女の子に向かって言う言葉じゃないでしょ」

『え? マジで? で、でも、いつもの調子の一夏姉に戻ったじゃん!』

「そうだね、ふふっ。それじゃ、全力で行くからね?」

『おう! かかって——』

 

私は一気に機体を加速、秋十の背後へと再び回りこみ、そのまま近接戦闘ブレードを振るった。

 

◇◇◇

 

『——』

 

アリーナで繰り広げられている一夏と秋十の試合を、遥か上空から静観している者がいた。両手には武装を構えておらず、大腿部にあるウエポンラックに主武装の大鎌を携えている。その様子から襲撃を仕掛けるといったものではなさそうであるが、いかんせんその表情を読み取る事などできない。しかし、特に偵察といった雰囲気でもない。尤も、その表情を読み取る事など、表情を見せる顔が存在していない時点で不可能ではあるのだが。

 

(——児戯ニモ等シイナ)

 

振るわれた雪片を紙一重で避け、代わりに背部のウィングスラスターを斬りつける一夏の様子を見て、内心そう思っていた。命のやり取りのない戦いなどに興味はないと言わんばかりの心情だ。だが、そんな感情を持ち合わせながらも、試合を見続けているあたり、興味自体は完全に失せてはいないようである。

 

(——シカシ、奴ハ衰エテイナイ、カ…………)

 

一夏の繰り出す剣戟を見てそう感じる。その一撃一撃は確実にダメージを与え続けている。普通なら能力が衰えていない事に感心するだろうが、この観戦者は違っていた。

 

(——ソウダ、ソウデナケレバナラナイ…………デナケレバ、私ノ相手ハ務マラン)

 

衰えていない事が当たり前の事であり、自身も彼女と武器を交えたいと、少々高揚した気分となっている。もし、観戦者に表情筋のある顔があったとしたら、口角を上げ、ほくそ笑んでいたかもしれない。それほどまでに観戦者は一夏との戦闘を望んでいるようだった。

 

(——此処マデ観レバ、結果ナドワカッタモ同然ダナ)

 

しかし、それも束の間。観戦者はその試合に興味を失ったのか、その場を後にしようとする。考えている事は誰にもわからない。急に興味が冷めた理由は観戦者以外に知り得ない。だが、試合から完全に興味が失せても、まだ興味が残っているものが一つだけあった。

 

『——紅城一夏…………私ハ待ッテイルゾ…………』

 

誰に聞かせるわけでもなく呟いた観戦者は蒼穹へと飛び去り、そのまま消えていったのだった。

 

◇◇◇

 

「そこっ!」

「のわあっ!?」

 

人の死角とでも言える真下から一気に上昇し、切りつけていく。既に秋十は満身創痍もいいところだ。ウィングスラスターは片方が無残な姿になっているし、全身の装甲も傷がないところを探す方が大変なくらいボロボロである。…………まぁ、やったのは私なんだけどね。一応、生身にダメージがいかないように敢えて装甲のあるところだけを狙って攻撃しているからそうなってしまっただけだ。言っておくけど、私は嬲り殺しにするような趣味はないからね?

 

「くっ…………このままやられるかぁぁぁぁっ!!」

 

雪片を振るってくる秋十。あまりにも密接していたため、私はその場で宙返りをするような機動をとった。このような動きもイーグルユニットがあるお陰だ。あれ単体で推力方向を自在に調整できるから、こんな大道芸じみた動きも可能となる。雪片の一撃を躱した私はそのままの勢いで秋十を蹴り飛ばした。

 

『ぐふっ…………!』

 

もろにその蹴りが胸にでも入ったのか、秋十は悶えるような声を上げて吹き飛んだ。…………うん、フォトンブースターとスラストアーマーの加速がついた蹴りを叩き込んだのはいいけど、確実にこれってやりすぎな気がする。悠希はよく漸雷でこうやって蹴り飛ばしたりしているみたいだけど、あの一撃でアントとか頭がぐちゃぐちゃに潰れているし…………蹴りってやっぱ怖い。

 

『痛ぇ…………でも、まだだ! まだやれるぜ!!』

 

ウィングスラスターを片方失ってもなお、私に向かって吶喊してくる秋十。愚直というか単純というか無鉄砲というか…………なんて形容したらいいのかわからない。ここまでしぶとくなっているとは思ってなかったからね。でも、簡単に諦めない性格が変わってないのは嬉しく思う。けど、次の一撃で勝負は決まってしまうだろう。秋十のシールドエネルギーはもう底を尽きかけている。なら、次の一撃で決めてみせる! 吶喊してくる秋十に向けて私も機体を加速させた。

 

『せいやぁぁぁぁっ!!』

 

タイミングを見計らって秋十が雪片を振るってくる。でも、その一撃は大振りで隙だらけだ。

 

「これで、終わりだよッ!!」

 

そのガラ空きとなった胴に横薙ぎで一閃、近接戦闘ブレードによる一撃を加えた。硬いものを切り裂く感触が一瞬伝わってきたかと思ったら、その後は空を切るような軽さがやって来た。

 

『ぐほっ…………!』

 

変な声を出して秋十は吹き飛ぶ。さっきの一撃を確実に与えた証拠として胸部装甲には一筋の大きな傷が刻み込まれていた。ただし、バイタルを確認したら秋十自身にはかすり傷一つないようだ。それを見てホッと一安心する私。よかった…………傷を負わせることなく終わったんだ…………その事実が私の心を軽くしてくれたような気がする。

 

『——試合終了。勝者——紅城一夏』

 

そのアナウンスが流れるとともに歓声が聞こえてきた。今度ははっきりと聞こえるよ…………私が勝ったことを喜ぶ声も聞こえてくるし、秋十に向かって次は勝ってと応援してくる声も…………ちゃんと心の奥にまで響いてくる。その事が少しだけ嬉しかった。

 

『やっぱり一夏姉は強えよ…………俺なんかまだ足元にも及ばねえぜ…………』

 

吹き飛んだ結果地面を派手に転がったにも関わらず、汚れ一つ付いてない白式を纏った秋十が立ち上がってそう言ってきた。その顔は負けたのに凄く晴れやかで満足気な顔をしている。でも…………私は秋十の言うほど強いわけじゃないよ。強いのは機体のお陰が大きいんだから…………もし私がISでこの模擬戦に挑んでいたら秋十にボコ殴りにされてるはず。

 

「そんな事ないよ…………まだ私は弱い。だから、これからも頑張らなきゃね」

『それが一夏姉の強さだろ…………俺も家族を守れるくらい強くならねえとな』

「そっか…………それじゃお互い頑張ろっか」

『おうよ! それじゃまた後で!』

 

そう言い残して秋十はピットへと向かった。一応シールドエネルギーが尽きても空は飛べるんだ…………凄いな、ISって。フレームアームズは推進剤が尽きたりしたら飛べない機体が多いのにね。まぁ、それはどうでもいいか。私も帰還するため、ブルーイーグルをピットへと向かわせたのだった。

 

 

模擬戦が終わった後、私は秋十と一緒に寮へと帰っていた。雪華はアリーナで機体のメンテナンスを引き受けてくれている。流石に任せっきりにするのもどうかなと思ったから私も手伝うと言ったんだけど、『一夏は疲れているだろうから先に帰って休んでいて』と言われたからね。それで、終わるまで待っていようとしたら、今度は『パイロットは休むのも仕事!』と言われて整備室から追い出されちゃったんだよ。そうしたら丁度秋十とすれ違って、こうして一緒に帰っているわけだ。

 

「それにしても、こんな風に一夏姉と並んで帰るなんて久しぶりだなぁ…………」

「まぁ、あの休暇の後に帰ったのがここに来る直前くらいだったからね」

 

むしろこんな事がなさ過ぎて逆に新鮮に感じる。てか、考えてみたら弾と一緒に帰ったのもその時だけかもしれない…………そう考えたら私ってかなり彼女的ポジションとしてはダメじゃん。だって、ここに来たらまずそんな事は出来ないからね…………不謹慎だけど、弾もISを動かせたらなぁと思ってしまった。まぁ、秋十が言うに、弾には適性がなかったみたいだけどね。それを聞いてホッとしたのは言うまでもない。

 

「そうだよなぁ…………あ、そう言えば試合中に何か聞こうとしてきたけど、あれって結局何なんだ?」

 

秋十に言われて私も今になって思い出した。そう言えば、そんな事も言ってたっけね…………あの時は聞く事に躊躇いや恐れとかがあったけど、秋十のおかげで吹っ切れたし、今なら聞けるかもね…………。

 

「ああ、あれね…………ねぇ、秋十は私の戦い方を見てどう思った?」

「それって、両方の試合についてだよな?」

 

私は頷いて答えた。どうしてもこの事が聞きたくて仕方なかった。でも、あそこまで一方的に攻撃したんだから、何を言われてもいい覚悟はできてるよ…………模擬戦の前はそんな覚悟なかったから聞く勇気がなかったんだけどね。秋十は少し考え込んでから口を開いた。

 

「人並みかもしれないけどさ、圧倒的だなって思った」

 

正直なところ、怖いとかそう言った感じの事を言われるのかと思ったけど、来た返事は意外と普通の答えだった。結構バッシングみたいな事をされると思っていただけあって、少し拍子抜けした気分になった。

 

「だって一夏姉の攻撃に隙なんて一つもねえし、あの代表候補を叩きのめした時だって、ほぼ完封だしさ。一夏姉も千冬姉と同じ次元にいるんじゃないかって思ってしまったぜ」

「…………私は人間辞めたつもりはないよ?」

「あれは別次元でやべえからな…………でも、一夏姉が前に教えてくれた事、何となくだけど分かった気がする」

「え? 私何か言ったっけ?」

 

えー、私何言ったんだろう…………? ここ最近の記憶から引っ張り出してこようとした時、秋十がその言葉を口にしていた。

 

「『ISの試合では大まかなルール以外無いのがルール』だって奴。何があっても、結局は最後まで立っていた奴が勝ち。どんな大層な事を言っても、力がある方が勝つ——そういう事なんだろ? 身に染みて分かったぜ…………」

 

そう言えばそんな事を言った記憶がある。とはいえこれはお姉ちゃんからの受け売りだったりするから、受け売りの受け売りみたいな感じになってる。というか、私って受け売りの受け売りをよくしているような気がする。でも、まぁいいかな。結局、最後に決めるのは自分の力でしかないからね…………その中には運も含まれるけど。

 

「…………まぁ、一夏姉はトラウマになるような強さだけどな。箒に扱かれていた時なんて、こいつ同じ人間かと思ったしさ…………もしかして一夏姉の周りにいるセシリアとかもそのくらい強いのか?」

「そうだね。雪華は整備担当だからわかんないけど、みんな強いよ。特にレーアなんてガトリングで狙撃まがいの事もできるらしいし」

「…………何それこわい。軍人に喧嘩売ったら血祭り確定じゃねえか」

「…………発想飛躍しすぎじゃない?」

「…………一夏姉のあれを見せられたら誰だってそう思うわ」

 

…………まぁ、やり過ぎた感はあるね。でもそれは榴雷の怒りを含めた攻撃みたいなものだから…………だからそこまで行ってしまっても仕方ないんじゃないかなって思ってる。それに、やられたらやり返さなきゃ、いつまで経っても相手はつけあがってくると思うしね。…………なんだろ、急に館山基地のみんなに会いたくなってきた。ここと違っていい人しかいないからね。あ、横須賀基地も今はいい人しかいないよ。

 

「ま、とりあえず、一夏姉、全勝おめでとう」

 

そう言って微笑んでくる秋十の顔は夕日も相まってか何だか輝いて見えた。

 

「うん、ありがと、秋十」

 

私もそれにちゃんと返事をする。昔はよくあったかもしれない光景かもしれないけど、今となっては少しだけ大切な一時のように感じるのだった。

 

「そんじゃ、帰りに千冬姉の部屋にでも寄ってくか? 俺、千冬姉の部屋に住んでるし」

「まぁ、秋十が管理しているなら魔境にはなってないだろうし、せっかくだから寄っていこうかな」

 

お姉ちゃん抜きではあるが、かつての私達の日常の一部分が今、少しだけ戻ってきたような気になりながら、寮までの短い道のりを二人並んで歩いて行ったのだった。…………どうか、この何でもない日常が秋十の前から消えませんように…………。




キャラ紹介

市ノ瀬雪華(cv.山村響)

身長:154㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:フレームアーキテクト(フレームアームズ・ガール)
所属:日本国防軍本土防衛軍フレームアームズ整備班
階級:軍曹





機体解説

・YSX-24RD/BE ゼルフィカール・ブルーイーグル
日本国防軍に提供されたYSX-24RD ゼルフィカールを独自改修した機体。様々な経緯があり、現在は紅城一夏の専用機となっている。極めて高い機動性を誇るが、その分全身に多大な負荷がかかる。武装面では対フレズヴェルクを意識してかベリルウエポンが採用されている他、光学兵器であるイオンレーザー兵装も搭載されている。

[ベリルソード]
ブルーイーグルの全高の四分の三もある大型の刀剣武器。試作型光波射出器をベースに開発してあるが、射撃性能をオミットした事で安定した運用を可能としている。なお、かなり刀に近い形をしているのも特徴。

[ベリルバスターシールド]
ベリルクロー、シールド、ベリルショット・ランチャーの機能を備えたマルチアームズ。中央に大型のTCSオシレータを搭載した事で、TCシールドを展開する事も可能。ただし、かなり重い。

[イオンレーザーカノン]
標準的FAが携行可能な大出力イオンレーザー兵装。試作型兵装であるが一応TCシールドごと敵機を押し潰す事が可能とされている。ただし、かなり大きく取り回しは悪い。

[イオンレーザーソード]
標準的FAが装備可能なイオンレーザー式格闘兵装。高密度の蒼いイオンレーザーを発振する。エネルギーは大腿部に搭載されているホルダーより充填可能。

[改良型セグメントライフル]
ATCS弾の採用により外見以外の仕様を変更されたリニアライフル。マガジンが二つあるように見えるが、ライフル後部のマガジンはバッテリーパック。

[日本刀型近接戦闘ブレード]
高純度玉鋼と超硬度メタルを用いた近接戦闘ブレード。取り回しの良さと信頼性は極めて高く、日本国防軍では標準装備となっている。










今回のキャラ紹介は雪華、機体解説はゼルフィカール・ブルーイーグルでした。
感想、誤字報告お待ちしています。では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。

-追記-
バゼの素組は終わったから…………頼むコトブキヤさん、エクステンドアームズ02の再販を早めてくださいお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.17

どうも、紅椿の芽です。

この間発掘したACVDのエンブレムエディットで第十一支援砲撃中隊のエンブレムを作ってみました。


【挿絵表示】


写りが悪いかもしれませんが、だいたいこんな感じのものだってイメージしてください。

では、前書きはこの辺にして。今回も、生暖かい目でよろしくお願いします。







『——それで、この話は本当なのだな?』

「——ええ、私が実際にこの耳とこの目で得た情報です。一応、そちらへは詳細事項をまとめた書類データを送ってあります。どうかお目通しを」

『——わかった。閲覧が完了次第、再度君へ連絡しよう。詳しい事はその時だ』

「——了解しましたわ、ガルヴィード様。では、後ほど」

 

一夏と秋十の試合終了後、共に観戦していたエイミーやレーアと別れ、人目のつかないところで連絡を取り合っていたセシリアは端末を閉じた。報告を終えたセシリアはどこか疲れたような表情をしている。しかし、それは報告が大変だったからではない。それよりももっと大きく、さらに面倒な話がこの後に控えている事が容易に予想できたからである。彼女自身、何か面倒事が起こる事は予想していたが、よりにも入学して一週間も経たないうちにそれは起きてしまった。そして、その内容も下手をしなくても外交問題に匹敵するもの。その事がより一層彼女を疲れさせていたのだった。

 

(——ですが、これももうすぐ終わるもの。塩を塗り込むのは、傷が新鮮なうちでなくては…………貴方の天下は刹那的なものですわ)

 

そう心の中で呟いた彼女は、まるで何事もなかったように寮へと歩みを進めたのであった。

 

 

『——夜分遅くにすまないな、セシリア』

「——いえ。こちらこそ、朝からあのような報告をしなければならなかった事をお詫び致しますわ」

『その必要はない。君は、君のなすべき事をしただけだ』

 

寮へと戻り、夕食を済ませたセシリアの元に来たのは、セシリアがガルヴィードと呼んでいた男からの通信であった。向こうの様子は彼女が知るいつも通りの雰囲気ではあったが、声音にはどこか呆れが含まれていた。それを耳にしたセシリアもまた、彼にそのような思いをさせる書類データを本国にいる彼に朝早くから見せてしまうことになり、申し訳ない気持ちになっている。しかし、それを感じ取った彼は、彼女に対して労いの言葉をかけるあたり、極めて紳士的である事を改めて彼女に感じさせるのだった。

 

「そう言っていただける事、心より感謝致します」

『そうか。しかし、君のその素直な心と礼儀正しさは我々英国七大貴族(セブンスブライト)の中でも特に秀でている。先代のオルコット家当主、シルヴィア・オルコットの遺産の中では君ほど値を付けられないものはない』

「私には勿体無きお言葉にございます。セブンスブライトの一席を預かる者として、これからも精進させていただきます」

『ハハハ、昔、私を少し年の離れた兄のように思っていたセシリア嬢はどちらへ向かわれたのだろうな』

 

少なくとも貴方の記憶の中にはいますわ、と答えたセシリアは少しだけその疲れが取れたかのように気を休める事ができた。彼女が幼い頃から親交のあったガルヴィードの言葉には、先程までの上司と部下という関係性を全く感じさせず、むしろ近所に住む少女と会話をする青年といった雰囲気である。この一週間、頭痛に悩まされていたセシリアにとって、この瞬間はその悩みから解放されるとともに、少し懐かしさを感じていたのだった。

 

『——さて、そろそろ本題に移るとしよう。その前に、他にその場に人はいるのか?』

 

しかし、そんな雰囲気も束の間。咳払いをしたガルヴィードはそうセシリアに告げる。

 

「いいえ。この場には私一人のみです。同居人には席を外してもらっています」

『そうか。ならば、問題なく話せるか』

 

セシリアからそう言われたガルヴィードは少し間を置いてから言葉を発した。

 

『君を除いたセブンスブライトでの協議の結果、一度本国で査問会を開くことになった。そこでファルガス家への処遇等を決める。君もリーガン・ファルガスと共に本国へ帰還してくれたまえ』

 

ガルヴィードはセシリアへ帰還命令を出した。それも、この都度問題を引き起こしてくれたあのイギリス代表候補生、リーガン・ファルガスと共にだ。その命令が意味するのは、護送役か、もしくは監視役か…………いずれにせよ、これ以上の面倒事を引き起こさないためのお目付役であると、彼女は思った。

 

『移動手段として超音速機をオーストラリア経由で成田へと送る。これならば学業と護衛任務への支障は最低限のものになる筈だ』

「では、こちらの方で彼女を拘束しても良いと?」

『抵抗した場合に限ってのみ許可しよう』

 

それを聞いた彼女は、一週間の溜まったストレスを晴らすべく例え抵抗しなくてもスタンガンでも突きつけてやろうと考えたのだった。いくら一夏がボコボコにしてくれたとはいえ、自身の戦友に侮辱と取れる発言を幾度と無く繰り返した代表候補生をそう簡単に許せるほどセシリアは優しくなかった。持ち込んでおいたスタンガン、もしくはテーザーガンのどちらを使うか、頭の片隅でそのようなことを考えていたのだった。

 

「了解しました。その任務、謹んでお受けさせていただきます」

『そちらにいる我が国の人間でまともなのが君しかいないというのが残念でならない。苦労をかけさせるが任せたぞ』

「いえ、ガルヴィード様直々の命を任せられる事、光栄に思います」

 

セシリアのまるで主人に仕えるような態度を見たガルヴィードは思わず笑みをこぼしていた。昔の面影は残っていない。もう一人前の淑女である、そう彼は内心思っていた。

 

『では、本国で待っている。それと、彼女に伝えてくれないか?』

「それは、リーガン・ファルガスへ、でしょうか…………?」

『まさか。グランドスラム中隊の英雄にさ。『君への非礼を詫びよう。ただし、やりすぎるのは程々にしてくれ』と。頼まれてくれるか?』

 

ガルヴィードの言葉にセシリアはくすりと笑みをこぼした。やりすぎるなと言っている割に、当の本人はやけに綺麗な笑みを浮かべているのだから。それに、セブンスブライトを総括する彼からの侘びの言葉、それを贈られる一夏は、説明を受けたらどのような反応をするのだろうか。きっと彼女の事だ、見た目通りの可愛らしい反応を見せてくれるに違いない。それを考えただけでも可笑しくてたまらなかった。

 

「ええ、わかりましたわ。その言葉必ずや紅城中尉へとお届けいたします」

『頼んだ。では、私はこれで失礼する。皮肉のように聞こえるかもしれないが、良い夜を過ごしてくれ』

 

そう言ってガルヴィードは通信を切った。セシリアは通信が完全に切れたことを確認すると椅子にもたれかかった。ここに来て一気に疲れが押し寄せてきたのだろう。その証拠に彼女はため息を一つ吐いた。

 

(——ですが、悪い芽を摘み取るのも人の上に立つ者としての役目。ガーデニングもなかなか大変なものですわ…………)

 

明日は朝早くから気の滅入るような事をしなければならない。それに、まだ自分の隊の指揮官にその旨を伝えていない。せめてそれだけでも済ませておこうと思った彼女は椅子から立ち上がり、部隊指揮官である一夏の部屋へと向かったのだった。正直な事を言えば、彼女と一夏はケータイのメールアドレスも電話番号も交換済みである。しかし、今の彼女にはそのメールを打つ気力も、電話をかける気力も出なかった。むしろ、その気力を持ち直すために、現状部隊の癒しと化している指揮官のもとに向かうというものである。その際に旨を伝えるそうだから、一応合理的であるのかもしれない。

 

「すみません、一夏さん。セシリアです。中に入れてもらってもよろしいでしょうか?」

 

一夏の部屋の前まで来たセシリアは、中へ入れてもらうため扉を軽くノックした。いくら消灯時間前とはいえ、最低限のマナーは守らねばならない。ましてや、相手は同年代でタメ語で話してと言われていても自分の指揮官であることに変わりはない。より一層、無礼な真似はできないと自身に言い聞かせていたのだった。

 

『うん、いーよー。入ってきてー』

 

だが、返ってきた返事は自分の考えている指揮官の返事としては非常に軽い物。かしこまって挨拶したのは間違いではないが、一夏相手なのであればもう少しフランクに話しかけても良かったのではないかと、セシリアは一瞬思った。

 

「では、失礼いたします——」

 

住人から許可が下りたため、セシリアは普通の挨拶をして中へと入ったが…………その中の光景を見て思わず言葉が出なくなってしまった。何故なら——

 

「あ、ごめんね。今丁度、シャワー浴び終わって、髪も乾かし終わったところなんだ。私の事は気にしなくていいから、その辺の椅子に座ってて」

 

——風呂上がりで、なおかつ普段はおろしている髪を纏め上げており、その色っぽいうなじについたわずかな水滴とおそらく湯の温度のせいでほんのりと赤くなっている頬、そしてご満悦そうな微笑み顔…………そのどれもがセシリアの視界を埋め尽くし、占拠していく。おまけに着ているパジャマもクールな淡い蒼が基調となっているが、どこか可愛らしいデザインをしているのも相まって、色気と可愛らしさ、その両方を同時に装備した一夏は、今の疲れが溜まっているセシリアにとって、自分の疲れを吹き飛ばすのに効果抜群であった。

 

(ちょっと待ってくださいまし!? なんなんですのこの可愛らしさは!? 地球にはまだこのような方が…………最早天使、そう天使も同然ですわ!! あぁ…………直々に伺った甲斐がありましたわ〜!! …………あ、意識が…………意識が飛びますわ…………)

 

予想をはるかに上回る破壊力であり、疲れどころか意識まで持っていかれるところであったのだった。しかし、そんな事を知らない一夏は、何故セシリアが入り口止まってしまったのかを理解できず、不思議に思って小首を傾げる。それを見たセシリアが再び脳内で暴走するのは誰にでも予想できた。

 

「? どうしたの?」

「い、いえ! なんでもありませんわ!!」

 

必死になってなんでもない事を証明しようとするが、ここで慌てることは自ら何かあった事を教えるようなものだ。だが、一夏は今髪を乾かす事に集中しており、別段彼女の動きなど気にも留めていなかった。

 

(やべーですわ…………不謹慎ですが、これは愛が噴き出そうになります…………)

 

日本とはつくづく恐るべき兵器を生み出しているのだと、この時セシリアは内心思っていたのだった。

 

「あ、なんかお茶でも飲む? よかったら用意するよ?」

「い、いえ! お気になさらずに。業務連絡をしに来たようなものですから」

 

そうだ、自分は明日からの事について伝えに来たのだ——突然の事に惚けてしまっていたが、これを怠ってしまうわけにはいかない。それに、ここに長居しては彼女の精神がどこまで理性を抑えられるかわからなかった。故に、非常に残念なことではあるが、一夏からの申し出を断ることにした。なお、セシリアに特殊な恋愛感情はない。一先ずは、先ほど一夏に促されたように椅子へと腰を下ろすのだった。

 

「業務連絡? それって…………意外と他人に聞かれたらマズイ代物?」

「…………ええ。ところで雪華さんは?」

「大丈夫。雪華なら、ほら」

 

そう言って一夏が指差す先には布団の中に潜り込んで眠っている雪華の姿があった。しかも、起きる気配は微塵も感じられない。

 

「今日の模擬戦まで、雪華は私の榴雷の調整をずっとしていてくれたから…………その疲れがどっと出たみたくてね」

「そういえば、整備担当は雪華さんだけですものね…………」

「でも、布団の中に潜り込んでまで眠るなんて、なんだか子供っぽいよね」

 

貴方も人の事を言えないと思うんですが——そう言おうかと思ったところで、セシリアは言葉を出すのを止めた。雪華を見る一夏の顔は、まるで頑張った娘を見守る母親のようにも見えたから…………今その事を口にするのは野暮なものであると判断したからである。本当に不思議な人だ、そう一夏に対して思ったのだった。

 

「そうですわね。——では、業務連絡の方に移ってもよろしいでしょうか?」

「そうだね。一体何があったの?」

 

雰囲気を変えたセシリアに釣られ、一夏もまた任務時のような真剣な顔つきになる。セシリアは軽く一息つくと、連絡事項を伝えた。

 

「明日の零時よりしばしの間、本国への一時帰還命令が発令されましたので、しばしの間、この部隊から外れさせていただきます」

「一時帰還命令? となると、あの代表候補生絡みの件?」

「お恥ずかしながら…………内容についてお話しすることはできません。それと、この事は内密に…………」

「わかってるって。みんなに聞かれても、こっちで適当に言っておくから」

「…………感謝いたします」

 

一夏自身は大した事をしたわけではない。ごく当たり前のことをしただけである。だが、あの口煩い女尊男卑主義者をしばらくの間相手しなければならないという億劫になる仕事が控えているセシリアにとっては、少しばかり心労が減りそうな気がしたのであった。

 

「…………なんかお疲れ気味だね、セシリア」

「やはりそう見えますか…………?」

「うん。セシリアが頭痛のタネを抱えているのはクラスの誰もが知っていることだし」

「…………本当、あの無知っぷりには頭が痛くなりましたわ。あのような者が私と同じ貴族だなどと、信じたくありませんわ」

「あはは…………」

「それに一夏さんにあんな真似までして…………本当、申し訳ありません」

「セシリアが謝る必要はないよ。非があるのは向こうなわけだし、それに…………」

「それに?」

「私達は影の住人だからね…………事実は殆ど隠蔽されてるから、知らないのも非難されるのも仕方のない事なんだよ…………」

 

そう言う一夏の目は、とても悲しそうな目をしていた。セシリア自身、自分達がやっていることは隠蔽されてしまっているということは知っている。だが、自分にはセブンスブライトの一席という肩書きがある為、非難を受けることは殆どなかった。受けたとしても同じ貴族間でのものである為、仕方ない事と割り切っていた。しかし、目の前にいる一夏にはそんな大層な肩書きは存在していない。日本の英雄と言われようとも、国がそれを報じない限り、IS至上主義の蔓延したこの世界では腫れもの扱いされる。セシリアはそれをついこの間、目の前で見てしまった。それ故に、今の一夏の言葉はやけに重く感じられたのだった。

 

「ごめんね、なんか余計に疲れそうな話をしちゃって」

「いいえ、一夏さんの心境を聞けて良かったですわ。では、夜も遅いのでそろそろ失礼します」

 

セシリアはそう言うと席を立ち、一夏の部屋を後にする。もしかすると、彼女は逃げたかったのかもしれない。あの悲しげな瞳から…………。セシリア自身、何故命を懸けて守っている者にこのような仕打ちがあるのだろうか、その事が頭の中を駆け巡る。日本とは違い、イギリスの女尊男卑思考は一部にとどまっている。故に多くの国民が、伝統と格式のある軍に敬意を表している。だが日本はどうだ。自国とは全く違う、女尊男卑とIS至上主義の風に当てられた者たちが、自分達の国と命を守っている者達を非難し蔑んでいるのだ。そして、それを目の前の少女に強いるのか…………一夏の悲しげな瞳がセシリアに今の現実を如実に伝えているようだった。

 

「そう言えば、一夏さんお伝えする事がもう一つありましたわ」

 

部屋を出る直前、セシリアがある事をふと思い出した。彼女はもう一つ、一夏へと伝えなければならないことがあった。それも、自身の所属する英国七大貴族(セブンスブライト)を総括する者からの伝言を。

 

「えっ? 何?」

「英国七大貴族を総括する者からの伝言です。『君への非礼を詫びよう』との事でした。では、良い夜を。おやすみなさい」

「あ、うん。おやすみなさい」

 

ガルヴィードからの伝言を伝えると、一夏は予想していなかった事に、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。予想した通りの反応を見せてくれた事を確認すると、セシリアはそのまま部屋を後にしていった。伝言の一部を伝えなかったが、セシリアはこれでいいと思っている。やり過ぎ、だなんて言葉を出すのはもう少し事が落ち着いてからでも遅くはない。自室へと戻る彼女の足取りは、来る時とは違って少しだけ軽くなっていたのだった。

 

 

「——さて、これで全員揃ったようだな」

 

イギリス某所にある議事堂にてガルヴィードはそう言葉を漏らした。彼の目の前には向かい合うように座る六名の姿がある。その中にはセシリアの姿もあった。この七名——セブンスブライトの中では最年少である彼女であるが、その周囲にいる大人にも引けを取らない落ち着き払った態度をしており、貴族のあるべき姿を体現しているとセブンスブライト内外問わず評されている。そして、そのセブンスブライトを総括するガルヴィードと向き合うように座らされているのは、件の代表候補生、リーガン・ファルガスだ。リーガンの手には反抗できないようセシリアの手によって手錠がかけられていた。その事に怒りを感じているのかはわからないが、ガルヴィードの言葉があるまで彼女の事を睨み続けていた。尤も、そのような視線を受けてもなおセシリアは毅然とした態度を貫いていたが。

 

「では、これよりガルヴィード・ウォルケティアの名の下に議会を開く。皆、異論はないな?」

 

ガルヴィードの言葉に反論する者などこの場にはいない。いたとして、リーガンではあるが、セシリアを始めとする六名の放つ雰囲気に口を開く事すら阻まれていた。

 

「ここに来た以上、異論など元からありませんな。貴方もそうでしょう、ゲルネーク公」

「全くその通りだ、エルヴァレス公。女尊男卑という悪しき風潮を消し飛ばす彼を信用しなくては、老人として立つ瀬がないわい」

「ゲルネーク公のお元気の良さは相変わらずだ。我々も見習わねばならないな、ザルガルド公」

「よしてください、ディメニン公。これ以上あなたが元気になったら止められる気がしませんよ」

「オルコット女公、すまないな。わざわざ日本から帰国したというのに、相変わらず元気の良すぎる顔ぶれで会議が始まらなくて」

「ヒルツ公、お気になさらずに。最早これは一種の通過儀礼のようなもの。無かったらかえって落ち着きませんわ」

 

この中で唯一の女性当主であるセシリアだが、その毅然とした態度故、周りに集う貴族の中でも引けを取らない。むしろ、その中に溶け込んでいる。そして、その会話も日常的に交わされるような会話であり、ガルヴィードを含めた七名の中に、一般的な貴族がする互いの懐を探り合うような素振りはない。誰もが高貴であるが故に、民を導くことを義務としている為、そのような下賎な真似はしないのである。

一方で、同じ歳なのになぜこうも違うのか、なぜ私がこんな目に遭っているのか——女尊男卑に染まった思考がリーガンを惨めな思いにさせていく。自分を優位に立たせるはずだった女尊男卑という風潮が今の自分の首を絞めているとは気づかずに。

 

「皆の者、本日集まって貰ったのは談笑する為ではない。我が国の代表候補生、リーガン・ファルガスへの処罰についてだ」

 

ガルヴィードのその言葉を聞いた瞬間、リーガンは思わず目を見開いた。ここに来るまでの間、彼女を引き連れてきていたセシリアからはセブンスブライトからの呼び出しとしか聞かされていなかった。勿論、セシリアが嘘をついていたわけではない。ただ、彼女に与えられた情報が少なかっただけだ。処罰など聞いていない、なぜ私が処罰されなければ——自分は選ばれた者、他は自身に付き従う者と認識している彼女にとって、処罰が降ることは理解ができなかった。

 

「オルコット女公からの報告によれば、日本への侮辱ともとれる言動、人種差別に抵触する発言、初の男性操縦者への暴言、そして日本国防軍、及び日本国防軍人に対する明らかな侮辱——これだけでも時と場合によっては日本との戦争状態に入りかねん状況だ。さらに、国防軍人である紅城一夏中尉への暴力、と…………君は一体何がしたいんだ?」

 

ガルヴィードによって淡々と述べられていくリーガンの犯してしまった過ち。それを今この場で初めて耳にしたガルヴィードとセシリア意外は様々な反応を見せる。ため息をつく者、呆れ返る者、怒りを露わにする者、冷ややかな目を向ける者、眉間を押さえる者…………反応こそ違えど、その根底にあるものは、拘束されているリーガンへの失望のようなものであった。

 

「加えて、代表候補生更生プログラムを受けてもなお、紅城中尉への暴言は止まらず。結果的に我が国の第三世代機[ブルー・ティアーズ]を大破させた、と…………本当に君は代表候補生なのかと疑いたくなる内容だ」

 

実際のところ、この中にリーガンへ期待を抱いているものなどいない。代表候補生はどこまで行こうと結局のところ、数ある中の候補にしか過ぎない。替えなどいくらでも存在しているのだ。これからは選考基準に性格の審査を含めるべき、もしくは自らが審査を行うかとガルヴィードは考えていた。

 

「ウォルケティア公、ブルー・ティアーズの件ですが、どうやらもうメインユニットが多大なダメージを受けていて、修復には軽く見積もって一ヶ月を要するとの事です」

「これは派手にやってくれたな…………技術局の奴らが泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶ。コアは無事だったのか?」

「はい。ですが、こちらも辛うじてという状態です。曰く、『あと一ミリ、ブレードが食い込んでいたら怪しかった』、だそうで…………」

 

ザルガルド公からの報告を聞いた面々はさらに頭を抱える。一体何をどう怒らせたらそうなってしまったのか、日本との戦争状態突入がこの程度で済んだからよしとするべきなのか——その問答に答えはないが、しばらくは頭痛の種になる事は確実であった。そして、リーガンはその事実に顔を一気に青くする。自身に与えられた特別な力の象徴である専用機がそこまで無惨に破壊されていた事に絶望感を抱いた。違う、私のせいじゃない、壊したのはあの国防軍人のせいだ——反論しようにも、彼女の言葉を聞き入れる耳など誰も持ち合わせていない。既にこの場において彼女は爪弾きにされているも同然なのであった。

 

「せめてもの救いがあるとしたら、予備のパーツが揃っていた、ということだけか…………」

「それと、日本との戦争にまで発展しなかった事もありますな…………国防軍の練度は世界屈指ですから」

 

もし、戦争状態に突入していたら…………そのことを考えたエルヴァレス公の顔には冷や汗が浮かんでいた。物量で勝る米中露、そして質で勝る日本…………このいずれの国一つでも敵に回したら最後、英国の未来はない。

 

「だが、儂としては国防軍人である紅城一夏中尉を侮辱したことが許せんのぉ」

「ゲルネーク公…………もしや、あの時のことを仰られるのでしょうか?」

 

この中では最高齢となるゲルネーク公がその貫禄に満ちた声で言う。そのことに対して、ほぼ彼の付き人と言っても過言ではないディメニン公が尋ねた。

 

「ディメニン公、その通りだ。かつて儂等が国防軍の演習を視察しに行った時だ。基地の近くで渋滞に巻き込まれてしまってな、そこらから歩いて向かったのだが、慣れない土地故に道に迷ってしまったのだよ。その時に儂等を基地まで連れて行ってくれたのが、紅城中尉だったのだ。国防軍人は誰もが親切だが、彼女ほど心優しい者は初めてだったな、ディメニン公」

「あの時、ゲルネーク公に対して『お爺ちゃん、大丈夫ですか?』と彼女は尋ねてきたものだから、こちらは内心冷や汗ものでしたよ」

 

その後で今回の重役と聞いて慌てふためいていましたがね、とディメニン公は付け加える。そんなエピソードがあったとは知らなかったセシリアは、一夏の優しいところは相変わらずだと思い、他の面々も初めて聞かされ、自ずと感嘆の声を漏らした。そして、そんな心優しい軍人を貶めたリーガンへと冷たい視線が集中する。

 

「な、何故…………」

「何故、か…………それは君自身がよく知っている筈だ。他ならない君が蒔いた種が芽吹いた結果。もし、それに気づいてないのなら——君は愚者に他ならない」

 

リーガンの言葉に反応したヒルツ公。彼なら私の事へ口添えしてくれると、淡い希望を抱いた。しかし、返ってきたのは辛辣な一言。ヒルツ公自身、初めからリーガンに期待など寄せていない。

 

「ヒルツ公、その辺にしておけ。諸君、時間はあまりない。そろそろ彼女への処罰を決めるとしよう」

 

処罰の言葉が聞こえた瞬間、リーガンの背筋に寒いものが走った。自分のこの先が他人の手によって決められる…………今まで自分の思うように進んできた道を変えられる恐怖は計り知れない。思わず彼女は震え上がった。

 

「リーガン・ファルガス。ブルー・ティアーズを国家へ返却、及び君の代表候補生資格を剥奪、そして君をIS学園より退学させる事に決定した」

「なぁっ…………!? そ、そんな…………」

 

ガルヴィードより告げられた自身への罰。自分が今の地位から降ろされる——女性権利団体からの援助により就くことのできた、本人からすればいて当然の場所から弾かれる事は、彼女にとって自分の命を絶たれるも同然のことであった。

 

「加えて、ファルガス家には資産の二割を接収、ブルー・ティアーズの修理費を六割提出、そしてこの度学園での模擬戦で使用した弾薬費の全額支払いをしてもらう事にする」

 

追い打ちをかけるように提示される新たな罰。自身だけではなく、その一族も貴族としてこの先生き残れるかを不安にさせる内容だ。リーガンはこれを横暴だと捉えたのか、ガルヴィードに向かって反論をした。

 

「それは…………いくらウォルケティア公とはいえ、横暴です!! それでは、私の一族は——」

「——忘れたのか。君は代表候補生、即ちは何れ代表への道を歩む可能性を秘めた者だ」

「な、ならば尚更の事——」

「——だが、いくら候補生といえども、他国を貶める発言など許される筈がない。君はその愚行を犯した。責任は君への処罰だけでは済まない。ならば、君の一族へと飛び火するのは明白な事であろう。ヒルツ公の言葉を借りれば、これは君が蒔いた種が芽吹いた結果。自分で蒔いた種は自分で手入れをしなければならない。無論、政府と話し合った結果だ。変える事はできない。最悪の事態にならなかった以上、これでもかなり譲歩した方だ。国外追放にならなかっただけマシだと思うがいい」

「あ、あ、あぁぁ…………」

 

身の振り方を間違えた結果、自身の身を破滅へと追いやってしまった。ガルヴィードは言葉にこそ出していないが、もう道は残っていないと暗に伝えている。今のリーガンの目の前にあるのはセブンスブライトの面々ではなく、ただ暗く先の見えない闇であった。声にならない悲鳴をあげ、現実を否定するかのように彼女は首を振った。

 

「せ、セシリア! あ、貴方からも何か言って!! わ、私は…………私は——」

 

そんな時、リーガンは視界に映ったセシリアへと助けを求める。セブンスブライトの中で唯一の女性であり、自分と同年代…………少しは情けをかけてくれると思っていた。

 

「そうですわね——」

 

何か口添えをしてくれる——セシリアの言動に淡い希望を抱いたリーガンであったが、

 

「——私の現在の指揮官であり、戦友であり、親友である一夏さんを侮辱した人に手を差し伸べられるほど、私は親切ではないんですの」

 

その希望はいとも簡単に打ち砕かれた。尤も、セシリアは彼女を許す気など毛頭無い。セシリアにとって一夏とは、憧れであり目標である。彼女も一夏と同じように国民を守ることに誇りを持っており、例え自分たちが蔑まれていようとも、守る為に戦っている一夏の思いを彼女は知った。そうである以上、その思いを土足で踏みにじるような行為を彼女が許せる筈などなかった。

 

「それと、これだけは言っておきますわ。貴方が一夏さんに向けて放った、『戦争ごっこ』の言葉…………それは貴方にも言える事でしてよ? 命のやり取りが無く、エネルギーが切れたら勝敗がつく——戦争がこんなにも簡単なら、この世に軍隊は存在しませんわ」

 

まさか自分の言った言葉でとどめを刺されるなど思いもしなかっただろう。しかも、この場にいるリーガン以外は皆軍属であり、セシリアは言わずとも、セブンスブライト総括であるガルヴィードも英国海軍第八艦隊の空母を一隻預かる身である。セシリアの言葉は実に的を得たものであり、リーガン以外の誰もが納得する言葉であった。

 

「ぁ、ぁ、ぁぁぁぁっ…………ぁぁぁぁっ…………!!」

「では、この議題は以上とする。衛兵、その者を連れ出せ」

「「御意」」

 

この世の終わりのような表情をしたリーガンはガルヴィードの呼び出した衛兵二名に連れられ、議事堂から姿を消した。彼女が退室すると同時に、ガルヴィードとセシリアを除いた五名は溜息を吐いていた。世の中に存在している女尊男卑という風潮。かつての大英帝国が奴隷を用い、差別的階級を有していた事を省み、現在ではそのような差別社会が拡大しないようにセブンスブライトが設立された。しかし、それでもなお風潮に染められた悪の芽は芽吹いているという事実には、憤りを通り越して呆れしか出ないのである。

 

「皆の者、本日は忙しい中ご苦労であった。後は各自の持ち場に戻ってくれ」

 

忙しいのはお互い様だ、とゲルネーク公が立ち上がって退室したのを皮切りに、それを支えるようにディメニン公といった流れで次々と退室していく。最後にザルガルド公が一礼し、議事堂にはガルヴィードとセシリアだけが残された。

 

「セシリア、まだいるのか? 君も学園に戻らねばならないのだろう」

「ええ、私にも任務がありますから…………ですが、ガルヴィード様に後見人としてなっていただいている手前、このような面倒事を持ち込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 

ガルヴィードへと向き直ったセシリアは彼に頭を下げた。両親が亡くなった時、彼女の後見人として名乗り上げたのは、他でも無い彼である。昔からの付き合いがあるとはいえ、自分のような年端もいかないような小娘にここまで親身になってくれる彼には感謝の念しかない。しかし、今回、自分が原因では無いにせよこの場に問題を持ち込み、彼の手を煩わせてしまった——その事を彼女は負い目に感じていたのだった。

 

「なに、気にすることはない。前にも言ったが、君は、君のなすべき事をしたまでだ。君の報告で厄介ごとの火種をまた一つ消す事ができたのだからな」

 

そう言って口角を吊り上げ笑みを浮かべるガルヴィードの顔を見たセシリアは、相変わらず業務的な方だと内心思うが、そんな彼なりの優しさが大層嬉しく思えた。

 

「しかし、彼女にお詫びの品を差し上げなければならないな…………セシリア、君に何か考えはないか? この手合い、私は少々苦手でな…………」

 

だが、非礼に対する詫びの言葉だけに終わってしまうのは、セブンスブライト総括であるガルヴィードとしてはいただけなかった。かといって、一夏の知らないようなものを渡してしまい、逆に混乱をさせるわけにはいかない。とはいえ、彼が今まで女性に対して贈った物は宝石などの装飾品がほとんどだ。決して身分を低く見ている訳ではないが、そのようなものを贈るわけにはいかなかった。下手をすれば賄賂とも受け取られる可能性が高いからである。故に、同じ女性であり、なおかつ彼女とも付き合いのあるセシリアに頼むのは理に適ったことであった。セシリアもまた、彼からの相談に全力で応えようとする。しかし、一夏のことを思い返してみれば、詫びの言葉だけでも相当驚いているわけであり、これ以上驚かせるのは…………と一瞬考えた。だが、できるのであればさらに驚かせてみたいものだ、とも思っている。セシリアにとって一夏は、自身の指揮官だけでなく、精一杯愛でる対象でもあったのだった。

 

「そうですわね…………」

 

ならば、どのようなものが良いのか、セシリアは脳をフル回転させて選択する。そして、一つの答えにたどり着いた。

 

「では、このようなものはどうでしょうか?」

「なるほどな。ではすぐに手配するとしよう。遅くとも君の出国三時間前までは用意させてもらうよ」

「感謝致します。では、私もこれにて」

 

そう言ってセシリアは議事堂を後にした。さて…………一夏は一体どのような反応を見せてくれるのだろうか、そう考えたら今日の疲れも少しならどこかへ吹き飛びそうな気がしたセシリアなのであった。

 

◇◇◇

 

「あ、あのー、セシリア? これって一体…………」

 

セシリアがイギリスから帰ってきた日、私の部屋にセシリアは二つほど箱を持ち込んできた。一つはまるでお歳暮とかに送るようなものに見える。一体なにが入っているのだろうか? それが気になって仕方なかった。ちなみに今雪華はこの部屋にいない。なんでも、機体の調整の件で箒の部屋にいるとの事。おそらく雪華もこの場にいたら何が入ってるか気になったに違いない。

 

「これは、イギリスからのお詫びの品との事だそうです」

「お詫びの品…………?」

「はい。先日まで起きた、我が国の代表候補生の非礼に対してのお詫びですの」

 

そんな事急に言われてもね…………結局、私がファルガスさんを一方的に攻撃して倒しちゃったわけだし、しかも試作機のISを大破させちゃったから、そっちの方で責任追及があるのかと思ったよ…………。

 

「お詫びって言うけど、この中身ってなにが入っているの?」

「それは、こちらになりますわ」

 

そう言ってセシリアは箱を一つ開けた。中から出てきたのは、カップとソーサー、そしてポットのセットである。しかも、見た感じ相当高級そうな雰囲気を放つ物だよ…………見ただけで超高価だって予想できちゃうくらいなんだもん。雪のように真っ白な陶器に描かれた蒼の紋様がとても美しかった。

 

「こちらは私の家であるオルコット家と後見人となっていただいているウォルケティア家御用達のお店に置いてある茶器です。是非とも使ってください」

 

…………はいぃぃぃぃぃっ!? こ、こここここれ! こ、これ!? これがセシリア御用達のお店で取り扱っているカップなの!? しかも、セシリアって貴族だよね…………? もう完全にこれ超高級品じゃないですか、ヤダー。是非使ってと言われてるけど、絶対に使えない、というか使えそうにない。飾り物になりそうな気がするよ…………。

 

「それと、こちらの方もどうぞ」

 

セシリアはもう一つの箱を開ける。そこには幾つかの缶が入っていた。…………ねぇ、なんだか物凄く嫌な予感がするんだけど…………。

 

「え、えっと、セシリア? これは一体…………」

「こちらはセブンスブライト及びイギリス王室御用達の紅茶専門店より取り寄せたアッサム、ダージリン、ニルギリ、キャンディ、ディンブラですの。ただし、茶葉だけでは一夏さんが自由にお飲みになれないかと思いまして、無理をお願いしてティーバッグをそれぞれに用意させていただいてありますわ」

「ちょっと待って!? 王室御用達って言ったよね!? それって超高級品じゃないの!? お詫びとして受け取れないよ!!」

 

だってそうでしょ!? 確かにファルガスさんは私達を散々バカにしたけど…………でも、ここまでお詫びをされる必要もないと思うんだけど!? むしろ、ここまでしたら贈収賄容疑で捕まったりするんじゃないの!? セシリアの用意したものがあまりにも突飛すぎて、思考回路が焼ききれそうになる。本当にイギリスで何があったのさ…………。

 

「いえ、私達としてはこれだけでもお詫びとしては足りないんですの…………」

「足りないってどういう事!? 私には十分以上なんだけど!? むしろ過剰だよ!?」

「一夏さんにそう思っていただけるのは嬉しいです。ですが、今回の件、もし一夏さんが国防軍司令部へ報告していたとしたら…………日本とイギリスは戦争へと発展する可能性が非常に高かったのです。しかし、一夏さんがこの件を内密にしてくださったお陰で、戦争という最悪の展開にはなりませんでした」

 

まぁ、戦争なんて誰って嫌だよね…………私達は守る為にアントとの戦争を続けているわけだけど、国家間なんて…………人間同士が殺しあうなんてのは私は嫌だ。私がそういうのを経験した事がないから言える事なのかもしれない。軍人としてどうなのかと言われるかもしれないけど…………人間同士で殺しあうなんてのは絶対に嫌だし、したくもない。

 

「また、セブンスブライト内にもゲルネーク公のように一夏さんのお世話になった方もいらっしゃいます。お礼もできず、ましてやこのような非礼をしてしまったわけですから…………複雑ですが、これらにはそのお礼とお詫びの両方の意味がありますの」

 

ゲルネーク公…………? なんだっけ、その名前どっかで聞いた事がある——って、中隊の演習を視察に来たイギリスの少将じゃん! 確かあの時、道に迷っていたから、道案内してあげたんだっけ…………ただ、お忍びのようで階級章とかもなかったから、最初は道に迷った普通のお爺ちゃんかと思ったんだよね…………その後でそばにいた人から少将と聞かされて、速攻で反射的に敬礼しちゃったっけ…………。

 

「しかし、我が国の犯した行いは決して許されざるものではありません…………此度の件、大変申し訳ありませんでした。たとえ一夏さんから報復されようと、私達セブンスブライトは甘んじてそれを受け入れるつもりです」

 

そう言ってセシリアは頭を下げてきた。けどさ…………ここまで真剣に謝られたら、逆にこっちが困るような…………私がらみの事で悩まられるの、私苦手だし…………。自分勝手かもしれないけど、自分のせいで相手が苦しむんだったら、悩まないでサバっとして欲しいんだよね。

 

「別に報復とかなんて考えてないよ。セシリア達は何も悪くないわけだし。それに…………あれは仕方のない事だったわけだからね。おまけに、こんな高級品を贈られたら、こっちが謝っちゃいそうだよ。だから、この件はこれで終わりにしよ? ほら、顔上げて」

「感謝いたしますわ…………!」

 

本当、あのファルガスさんも貴族とか言ってたけど、セシリアの方がよっぽど貴族らしいよ。私もよくわからないんだけど、自分の事だけでなく組織としてのことにも責任を持てるってところがすごいと思う。それに、セシリアは誠実な人だから…………許さないわけにはいかないよ。だって、臨時とはいえ部下であって、私の友達だから…………。

 

「では、この話は終了! もう少し明るい話でもしようよ」

「それは是非——と言いたいところですが、これよりセブンスブライトへ報告をしなければなりませんの。ですから、今夜はこれまでですね」

「そっか。うん、それじゃまた明日ね」

「ええ、また明日お会いしましょう」

 

そう言って貴族とか令嬢とかがするようなお辞儀をし、セシリアは私の部屋を後にしていった。また明日っては言ったけど…………今夜、アントがこっちに向かって来たら会う事になるけどね。でも、そんな会い方なんてのはない方がいいに決まってる。心の中で、今日の夜も平和な時間でありますようにと願った私だった。

 

「ただいま——って、何その高級品!? 一夏、何があったの!?」

「あー、うん。セシリアから貰ったんだよ」

「どういう経緯で!?」

 

◇◇◇

 

一夏の部屋を後にしたセシリアは自室に戻る途中考え事をしていた。

 

(本当、一夏さんの優しさは底がしれませんわ…………)

 

本当ならこちらが罵倒し返されてもおかしくなかったこの件。しかし、一夏はそのような事を全くせず、あっさりと許してくれたのだ。挙句、謝るのは自分たちの側であるのに、彼女の方が申し訳なさそうな顔をしていた。リーガンに対しては淡泊な態度であったが、何故彼女はここまで他人に優しくする事ができるのだろうか。自分は、土足で親友の心を踏みにじった人間と同じ出身であるのに…………どれだけ心が広いのか、セシリアにはまだ計り知れなかった。

 

(しかし…………ここまで優しい彼女を貶す人がいるの事は、この件ではっきりとしましたわ。もし、リーガンと同じ行為をしたものがいるとしたなら——次は私の手で、確実に排除させていただきます)

 

心優しい軍人(一夏)が何故傷付かなければならないのか…………セシリアにはそれが未だに理解できない。もし、彼女に仇なす者が現れたとしたら…………セシリアは黙っていないことだろう。友人に手を出されて黙っていられるほど、彼女は人ができてないわけではない。

 

(任務として与えられた護衛対象は織斑秋十。ですが、私の護衛対象にはもう一人追加ですわね)

 

セシリアは護衛対象の中に一夏を追加した。部下が指揮官を守ると思うことは至って普通のことだ。セシリアも同じように守りたいと思い、そして…………彼女の優しすぎる心をも守りたいと思うようになったのだった。なお、セシリアは、一夏に対して特別な恋愛感情等を抱いていない。

 

 

翌日。朝のSHRにて、千冬によりリーガンが退学となったことが伝えられた。詳細な事について千冬は触れてないが、全員が入学早々のあの一件が原因であることを悟った。だが、クラスの大半が日本人である一組の中でした日本を侮辱するような発言により、このクラスでの彼女の地位など無いも同然であり、退学となった事にも特別興味も関心も何一つ寄せる者はいなかったのだった。




今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。

感想や誤字報告待っています。では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.18

今回、セクハラ描写が含まれています。ご注意ください。



では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「なんだか騒がしいね」

 

代表決定戦からしばらく経った。結局、クラス代表は残った秋十がする事に決定したよ。当のもう一人の候補者は退学って扱いになったみたいだし。その後どうなったかは私にもわからないし、知りたいとも思わない。はっきりとしているのは、クラス代表は秋十に決定し、次の日の夜に秋十の就任パーティが開かれたこと。私達は報告書とかそういうのがあるから早めに抜けたけど、お姉ちゃんが止めに入るまでどんちゃん騒ぎは続いていたそうだ。で、普通なら疲れ果てている筈なのに、何故かみんな盛り上がっている。何の話なんだろ?

 

「どうやら二組に転校生が来るらしいですよ?」

「確か、出身は中国とか言っていたな」

「あ、エイミーにレーア。おはよう」

「一夏さん、おはようございます!」

「ああ、おはよう一夏」

 

既に教室に入っていたエイミーとレーアにそう教えられた。へぇ、こんな時期に転校生が来るんだ。入学式から二週間程度しか経ってないのに…………多分、秋十の情報取りとかのために派遣されてきているに違いない。まだデータ取りならいいけど、強引な手を使ってくるのなら…………私はまた民間人に銃を向けるだろう。ふと秋十の方に目を向けると、そこには他の女子達と談笑している姿があった。そこには箒やセシリアも混じっている。これなら大丈夫かもね…………ちょっとだけ安心していた。

 

「そういえば一夏、前に中国からの応援が来るとか言ってたよね?」

「あ、うん、言ってたね。でも、来るとかの報告は受けてないんだけどなぁ…………一応、合流予定は今週末となっているんだけど…………」

 

眠そうにしている雪華にそう言われて思い出す。確かに増援としてこれから中国とドイツから来ることになっている。ドイツからくるのは本来の指揮官で今月末に着任予定。で、中国からのは今週末と報告されているんだけどね…………そうなるとやはり代表候補生とかになるのかもしれない。

 

「多分、代表候補生とかかもしれないよ? むしろそっちの方が可能性高そうだし」

「確かにな。まぁ、我々はどっちに転んでもいいように対応するしかないのだがな」

 

レーアの言うことは尤もだ。いかなる状況に立たされても、態勢を維持できるようにしておかなきゃいけないからね。とはいえ、気になるのは事実。どんな人が来るんだろう…………ここの転入試験って、かなり難しいって聞くから、相当頭がいい人なのかもね。まあ、既にクラスの話題はその転校生から今月末のクラス対抗戦に移っている。各クラス代表によるリーグ戦で、優勝したクラスには半年のデザートフリーパスが配られるとの事。そのせいで、秋十に勝って欲しいという目がガチになっている。女の子って、甘いものが好きだからね…………かく言う私もそうだし。とはいえ、甘いもの食べるのが贅沢と思ってしまっているから、食べる機会はあまりないけどね。基地にいた時に、葦原大尉が基地内の売店でプリンを買ってきてくれた時くらいだよ。…………まぁ、子供扱いされていたから、そういうのもあるとは思うんだけど。

 

「——でも、俺が勝てんのか…………? やるからには勝つ気で行くけどさ、明らかに経験値的に…………」

 

秋十の会話が耳に入ってきた。確かに秋十はISを起動して、模擬戦を経験しているけど、その実力はあんまりわかんないし…………私とはそもそもで機体自体が全くの別物だから、推し量るには情報として頼りないし…………どうなんだろうね? それに、秋十の言う通り、経験ってかなり大事なことだからね。なお、私の軍歴は二年程度なのであまりそういったことに口出しはできません。どれくらい大事かは、葦原大尉か瀬河中尉に聞いた方がいいと思うよ。

 

「大丈夫だって! 今のところ一年で専用機を持っているのは一組と四組だけだから!」

 

 

 

 

 

「——その情報、古いわよ」

 

 

 

 

 

入り口の方から突然聞こえてきた言葉にクラス中の人が視線を集める。そこに立っていたのは、何やら不敵な笑みを浮かべているツインテール少女の姿だった。って、あ、あれ? あのツインテール少女、めちゃくちゃ見覚えがあるんだけど…………。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝たせてあげないわ」

 

口調は変わっているけど、あのツインテールにちらりと見える八重歯…………間違いない、あの子は——

 

「鈴…………? お前、もしかして鈴なのか!?」

「久しぶりね、秋十。そう、この中国国家代表候補生にして中国軍中央開発局所属の少尉、凰鈴音よ!!」

「肩書き長え!?」

 

まさかまさかの鈴だよ。私の第二の幼馴染である。というか、ここに知り合いが集まりすぎじゃないかな? 世界は広いようで狭いんだね…………。身をもって味わったよ。

 

「てか、鈴。その格好だけはやめとけって…………しかも疲れるだろ?」

「あ、ばれた? やっぱマジモードは三分が限度ね…………」

 

そう言って一息つく鈴。先程までの中ボス感は一気に抜けきり、代わりに普通の女の子に戻ってしまった。たまに鈴はこんな風に背伸びした言動をしていた。そのせいで弾には厨二病じゃないのかとか言われて、その度にアイアンクローをされていたっけ…………なんかそれも懐かしく思えてくる。鈴は私の知らないうちに中国に帰っていたからね。帰った事を知ったのは正式入隊する一週間前に秋十からそう告げられた時だったよ。

 

「まぁ、秋十はひとまず後ででもいいや」

「さらりと後回しにされる俺の扱いよ…………泣けてくるぜ」

 

秋十の扱いが雑すぎるように見えるけど、昔からこんな感じだから私からしたら日常的な光景。だけど、みんなからしたらこんなサバサバとした付き合いができることに驚きを隠せないでいるみたい。まぁ、箒も似たような関係だから、サバサバとしているけど。そういうわけで秋十を後回しにした鈴は一旦教室を見回すと、私の方へと向かってきた。

 

「久しぶり、一夏。元気にしてた?」

「うん。鈴は…………全然元気そうだね」

「あっはっは! 元気の塊鈴ちゃん、再臨よ!」

(この厨二言動は治らないみたいだね…………)

 

相変わらず元気な事で…………鈴は私みたいにおとなしくしている事は少なくて、こんな感じにいつも快活に笑っていた。え? 容赦なく砲弾を降らせる私のどこがおとなしいか、って…………? そ、それは任務の時だけだから! に、任務だから仕方ないでしょ!?

 

「——で、これってどういう事?」

「…………えっ?」

 

そう言って鈴はいきなり死んだ魚のような目をして私を見つめてきた。ちょっと!? 元気の塊鈴ちゃんはどこへ行ったの!? 目の前にあるのはある意味生きてる屍だよ!? 目に光が灯ってないってどういう事!? 急激な状況の変化についていけないでいると——

 

「なんで…………なんで、私がいない間にここまで胸が大きくなっているのよぉぉぉぉっ!!」

「ひゃんっ!?」

 

——突然胸を揉まれた。ちょっと表現できない刺激が全身を駆け巡るような感じがする…………って、

 

「い、いきなり何——ぴゃっ!?」

「中学二年の時までは私と同じくらいだったでしょうが…………この空白の一年の間に何があったのよ!?」

「ちょっ、まっ…………も、もま、揉まないで! しょ、しょこは——ひゅうんっ!?」

 

だ、だめ…………鈴を止められそうにない。誰かに止めてもらおうと支援要請の目線を送るけど…………

 

「…………あの可愛らし悲鳴、素敵ですわ…………」

「おいセシリア! 意識をしっかり持て! 衛生兵、衛生兵!」

「…………わ、私も耐えられないですぅ…………」

「エイミー!? こ、こっちにも衛生兵を!」

「てか、その辺から愛が噴き出すってどういう事!?」

「…………一夏姉は兵器だろ、マジで」

 

…………支援してくれそうな人は一人も残っていなかった。

 

「ただでさえ美少女なのに、これじゃ完全に美女行きじゃないの! だから、もう少し揉ませなさい!」

「り、理由が理不じ——ぴぃっ!?」

 

…………も、もうらめ…………しょ、しょれ以上は、らめぇぇぇぇぇっ…………!

 

「何をしてるか、バカタレ」

「にょわっ!?」

 

完全に精神が色々とおかしくなりそうになる直前、お姉ちゃんの声が聞こえたと思ったら、同時にものすごく鈍い音と鈴の悲鳴が聞こえた。そして、先程までの感覚から解放される私。また揉まれるんじゃないかと危惧して思わず胸を腕で守るようにした。

 

「元気なのはいいが、朝からセクハラ行為はするな。それに、もうじきSHRの時間だ。急いで自分の教室に戻れ、凰」

「げ…………ち、千冬さん…………」

「織斑先生だ、馬鹿者。一分待ってやる。その間に戻るといい」

「さ、サーッ!!」

 

鈴はお姉ちゃんのドスの効いた声で話しかけられた事が原因なのかはわからないけど、ものすごい速さで二組の方へと向かっていった。前から鈴ってお姉ちゃんの事が苦手だったっけ。

だが、一方の私はさっきの事のせいで、恥ずかしいやらなんやらの気持ちが混ざり合って、頭の中がごちゃごちゃしている。心なしか顔も熱を帯びているようだ。うぅ…………せめて揉まれるんだったら、弾が良かったのに…………鈴のバカ。ちなみに葦原大尉に揉まれた事はないからね。あの人はどちらかといえば下着の色を聞いてくるとかそのくらいだから…………ある意味紳士的なのかもしれない。

 

「さて、SHRを始めようと思うのだが…………オルコットにローチェ、その他数名は一体何があった?」

「それ以外になぜかキラキラしてますよ!? 何があったんですか!?」

 

この混沌とした状況の中に入ってきたお姉ちゃんと山田先生は戸惑いを隠せないでいた。まあ、そうだよね…………何も知らされずにお姉ちゃんの部屋に放り込まれるのと似たようなものだし…………カオス的な意味合いでは。

 

「先生、こいつらは…………一夏への愛に殉じました」

「いや、生きてるからね!? さらっとクラスメイトを殺さないでよ、箒!」

「一夏姉の破壊力は計り知れないな…………」

「可愛いは兵器…………日本が強い理由の片鱗を見た気がするぞ」

 

なんでこんな事になってしまったのかと思ってしまう。これは控えめに言っても酷いよ…………多分、今ちょっとでも触れられたら悲鳴あげそう。とまぁ、こんな感じで一週間ど真ん中の日の朝は過ぎて行ったのだった。

 

 

朝の騒動からなんとか立ち直り、現在お昼休み。というわけで食堂に向かっているわけなんだけど…………

 

「——ブラスト09よりフェンサー15、進路クリア。オーバー」

「——フェンサー15、了解。引き続き警戒を厳としなさい」

「…………なにこれ?」

 

私の周りをエイミーとセシリアが警戒している。というかむしろ、私の方が護衛されているという珍事だ。朝の一件が原因だというのはなんとなくわかるけど、それにしたってこの状況はどうなのさ? 本来の護衛対象である秋十の方にこれをするべきなんじゃないの?

 

「…………こいつら、アホか?」

「…………同僚に対してもドライだな」

「…………そのうち一夏姉の親衛隊とかできそう」

「それ、かなり現実味を帯びてるんだけど…………」

 

なお、後ろでこの光景を見ている四人はこの状況をなんとかしてくれる気はないみたいだ。レーアもなにやらエイミーに向かってアホみたいだ、みたいなこと言ってるし。

 

「てか、エイミー、セシリア。物凄く歩きにくいんだけど…………」

「これも一夏さんの貞操を守るためですわ…………」

「朝にあのような事があったので、再び襲撃される可能性を考慮すべきですよ!」

「あのー、歩きにくさに関しては…………」

「「暫しのご辛抱を」」

「えぇー…………」

 

それってどうなのさ…………? とはいえ、一度やると言ったら聞かないこの二人だ。食堂まであと少しだし、それくらいまでなら我慢できると思って、結局そのままにしておくしかなかったのだった。

 

「…………なにやってんの、あんたら」

 

食堂に着くと、何故か大き目の席を一人で占拠している鈴に出会った。もしかするとここにいる全員が普通に座る事ができるくらいの大きさだ。しかも、食堂は混み始めている。

 

「あ、貴女は——朝のセクハラ大明神!!」

「それ私のことか!?」

「一夏さんの貞操を危機に晒した罪…………私は忘れませんよ!!」

「なんか、私相当重罪化してる!?」

 

…………うん、出会ったらこんな事になるのは想像していたよ。というか、セシリア、そのセクハラ大明神ってある意味葦原大尉や瀬河中尉のことをさしているように思えてくるんだよね…………。だが、こんなところで変な交戦状態に陥ってしまっては、お昼ご飯を食べられなくなるかもしれない。食べられるときに食べておかないと大変な事になるから…………それだけは避けなきゃ。

 

「二人とも、そこまでだよ。ところで鈴、私達もここに同席してもいいかな?」

「勿論よ。その為に取っていたようなものだしね。早いところ料理を取ってきなさいな」

「うん、ありがとね」

 

鈴のお陰で席に困る必要は無くなった。さて、それじゃお昼ご飯を選ぶとしようかな? 今日はなに食べよう? たまには煮魚とかもいいかな? よし、今日は煮魚定食にしよう。

 

「おばちゃん、煮魚定食一つお願い」

「私も同じものを」

「私はたぬきそばを」

「俺、とんかつ定食」

「メキシカンタコスセットを一つ」

「七面鳥の赤ワイン煮セットをお願いします」

「チキンキャセロールとハーブダンプリングのセットをお願いしますわ」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

私達が注文を終えると、厨房の奥がなにやら少し騒がしくなってきた。まぁ、一度にこれだけの注文をされたらそうも忙しくなるよね。そんな事を思いながら待つこと二分、

 

「へい、煮魚二つ、たぬき、とんかつ、タコスにターキー、そしてチキン今あがったよ」

 

注文していた料理の全てが一斉に用意された。す、凄い…………相変わらず早い仕出しの速さである。基地にいた時は全員メニューが決まっているから、その分速かったけど、こっちはバラバラなのに基地にいた時と同じ速度で用意されているよ。どういう訓練を積んだらこういう事が可能になるのか気になってしまった。まぁ、今はそのことは置いておくとして、料理を受け取った私達はすぐに鈴のいる席へと向かうことにした。

 

「それじゃ、改めて失礼するね」

「そんなこと言わなくてもいいのに」

「性格上仕方ないからってことで」

 

改まってそういう私に溜息を零した鈴だけど、その溜息は呆れとかより、相変わらずといった意味合いを含んでいたような気がする。

 

「そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね。私は凰鈴音、中国国家代表候補生及び中国軍中央開発局所属の少尉よ。一夏や秋十とは幼馴染みたいなものだわ。私のことは気軽に鈴って呼んでね」

 

改めて聞いて思ったけど、鈴って少尉なんだ。しかも国家代表候補生を兼任するなんて…………一体どんな努力をしてきたんだろうね。私だって、中尉に階級が上がったのはある意味奇跡みたいなものだし、その前に命令違反を犯しているから下手したら降格処分を受けていた可能性も否定できない。

 

「鈴さんは少尉なんですか…………なら、一夏さんに謝らないといけませんねぇ」

「これは上官不敬罪ものですわ…………」

「え、えと、あんたらは…………」

「米陸軍第四十二機動打撃群所属、エイミー・ローチェ少尉です」

「英国海軍第八艦隊狙撃部隊所属、セシリア・オルコット少尉ですわ」

「この自己紹介の流れに乗るか。私はレーア・シグルス、エイミーと同じ部隊所属で階級も同じだ」

「日本国防軍第零特務隊所属、篠ノ之箒少尉だ」

「日本国防軍本土防衛軍フレームアームズ整備班、市ノ瀬雪華軍曹です」

「一応、私もしておこうかな? 改めて、日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉だよ」

 

唐突に始まった自己紹介タイム。けど、エイミーとセシリアは鈴に対して謎の圧力をかけている。別にそんなことしなくても、もう気にしてないのに…………。だが、私の自己紹介を聞いた鈴はなにやら顔を少し青くしている。え? 私何か変なこと言ったかな?

 

「え…………一夏ってち、中尉だったの…………?」

「え? あ、うん、そうだけど…………」

 

そこから先の鈴の行動はとても速かった。

 

「マジですみませんでしたぁっ!」

「へっ?」

 

まさかの椅子の上で土下座である。ちょっと待って!? あまりの展開の変化に私の頭が追いついていないんだけど!?

 

「私の上官と知っておきながら、ド忘れし、剰え破廉恥な行為に及んでしまい申し訳ありません! し、謝罪はいくらでもします! ですから、銃殺刑だけは——」

「ちょっと待った! それは行き過ぎだよ!? 私、そこまで鬼じゃないからね!?」

 

鈴が完全に平謝りの状態である。普通にごめんだけでも許せるんだけど、なんでここまでするかな…………上官不敬罪とはいうけど、私自身特にそういた感じでは受け取らなかったし、不敬とかって前に女尊男卑主義者の連中がしてきたような感じのものだと思っているから尚更そう思ってない。

 

「いやいや、あの蹂躙動画を見せられたら、こうでも謝らないと、あの二の舞に…………」

「「「「「「あぁ、納得…………」」」」」」

「大丈夫だから! 心配しなくていいから!」

 

どうやらこの間の模擬戦の情報が漏れ出しているようだ。で、そのあまりにも過剰すぎる火力が自分にも向かないかと恐れていると…………そんなにやばいことしたかなぁ…………? 私としては普通にやったつもりだったんだけど…………。

 

「それにもう気にしてないし…………」

「ほ、本当!? 許してくれるんですか!?」

「うん。あと、私に敬語は公の場以外ではなしでいいよ」

 

相変わらず上官としてはどうなのかと言われそうな内容だけど、むしろ変に敬語を使われる方がむず痒くて辛い。館山基地じゃ、私の事を普通に名前呼びしてたしね。

 

「ほっ…………でも、こんなあっさり許してもいいの? 一夏の方が階級上なのに」

「いやまぁ…………私があんまり罰するって事が苦手だし。鈴はしっかり教えたら公私を使い分けてくれるだろうしね」

「よかったですわね、鈴さん。一夏さんに許してもらえて」

「でも、次に変な真似をしたら、その時は——」

「わ、わかってるわよ!」

 

許した事にホッと溜息を吐く鈴。だが、そこへセシリアとエイミーのコンビネーションで迫撃される。その威圧に気圧されたのか、鈴は少し身じろぎをしていた。一方のセシリアはいつも通り優雅そうにチキンの煮込みを食べていて、エイミーも普通に七面鳥の赤ワイン煮を頬張っていた。…………毎度思うんだけどさ、エイミーほど肉料理が中心的な女の子ってあんまり見ないよ。瀬河中尉は肉と酒があれば上等って言ってたけど…………あの人も大概だよね。

 

「一夏が許したのならそれでいいか。ああ、鈴。私達のことも名前で呼んでくれて構わないぞ。せめて普通の時くらいはな」

「オッケー。それじゃ、よろしくね、みんな。あ、一夏、忘れてた」

「うん? 何?」

 

そう言うと鈴は私に向き直って敬礼をしてきた。

 

「これより凰鈴音少尉は紅城中尉の指揮下に入ります。よろしくお願いします」

「あ、うん。てか、中国からの増援って鈴の事だったんだ…………報告とかなくてびっくりしたよ」

「一応、報告は送ったはずなんだけど…………」

「えっ?」

「えっ」

 

…………報告より早く来るってどういうことなの? もしかしてこれってかつてあった真珠湾攻撃の時の宣戦布告が1日遅れで届いた的なやつなの?

 

「…………もしかすると、報告の日付、今日になってるかも」

「…………今度からしっかりしてね?」

 

やっぱり、そう言う類のものだったみたいだ。ちなみに、私と鈴がこんな話をしている間、他の面々は別の話題で盛り上がっているようだった。一体何の話題なんだろ?

 

「なぁ、鈴。そういや、お前、あの写真持ってたりする?」

「あの写真って、どの写真よ?」

「中学の時に、大量破壊兵器と呼ばれたあの写真」

「おけ、ちょっと待ってなさい」

 

そう言って鈴は徐ろにケータイを取り出して操作し始めた。というか、秋十のいうあの写真って一体なんなんだろう? それに大量破壊兵器って…………なんだろ、物凄く嫌な予感しかしない。

 

「あった、これこれ」

「おう、確かにこれだ」

「一体どのようなものでして——ぶはっ!」

「どれどれ——ぶはっ!」

「破壊力が…………段違いだ…………」

「…………本当に一夏は兵器じみている」

「私の知らないところでこんな事があったのか…………」

 

鈴が公開した写真。それは——

 

「——どうよ、中学の文化祭での一夏は? 蒼いチャイナドレスを身にまとい、シニョンカチューシャに白ニーソとパンプスを装備したこの姿の破壊力。おかげで何人かはコロッと堕ちたわ」

 

——中学の文化祭で、鈴から応援として呼ばれて着せられたチャイナドレス姿の私だった。写真の中の私は少し恥じらっているようだけど…………現実の私も実際問題恥ずかしい。

 

「って、なんでその写真を今ここで見せるの!?」

「え? 別にいいじゃん。可愛いやつだし」

「それ、着ている時、凄く恥ずかしかったんだからね!」

 

露出はかなり低めのやつなんだけど…………それでも、横のスリットから太ももとか見えてたし…………ちょっと風が吹けば捲れて大変なことになりそうだったし…………恥ずかしかったんだからねッ!!

 

「あの時の一夏姉はすごかったよなぁ…………鈴のクラスのところに長蛇の列ができてたし」

「一夏さんの可愛さ伝説はそこから始まっていたのですか!?」

「この間、お部屋にお邪魔した時に見たパジャマ姿も秀逸でしたよ?」

「私は毎日見てるけどね」

「雪華、そこでドヤ顔するか?」

「中学の体育祭のものもあるわよ?」

 

…………なんだろ、私そっちのけで私の話題で盛上がられた時のこの虚しさって…………しかも鈴はまた別の写真を見せてるし。もうどうしたらいいの…………?

 

「一夏…………大変そうだな。茶でも飲んで気を紛らせ」

「あ、ありがと…………」

 

そう言って私にお茶を差し出してくるレーアが、やはり男前に見えたのは気のせいじゃないと思いたい。持ってきたのは多分玄米茶。基地で出されるお茶もほとんどがこれだったような気がする。今頃、基地のみんなはどうしてるんだろうね…………少し懐かしい気分になりながら、お茶を啜った。

 

「あ、鈴。言い忘れてたけど、一夏姉、弾と付き合ったぞ」

「ダニィッ!?」

「んぐっ…………!?」

 

…………どうやら騒動はもう暫く続くみたい。結局、昼休み終了十分前までこの騒ぎは続いたのだった。…………なんで話のタネを持ち出す時、何かとつけて私のネタにするんだろうね…………他にもネタになりそうなものってあるでしょ。あと、秋十。後で簡単なお説教だよ? 個人情報をバラすっていうことがどういう事と隣り合わせなのか…………しっかり教えてあげないとね。

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さん」

 

お昼ご飯を食べ終わった私は食器を返却口に戻していた。昼休みも残り十分。さすがに遅刻とかはない時間だけど、少し余裕を持って行動したい。そう思った時だった。返却口にいた食堂のおばちゃんが私の事を見つめてきた。な、何か悪い事でもしたのかな、私…………もしかしてお魚の骨にまだ身が残っていた!?

 

「確かお前さん…………国防軍の人だよね?」

 

もしかして、国防軍をよく思ってない人なのかな…………。結構そういう人は多いみたいだし、仕方ないとは思う。でも、ここで否定してもなんだかダメな気がするから、私は頷いて答えた。

 

「そうかい…………なら、伝えてくれないかい? 『娘と孫を助けてくれてありがとう』って」

「え…………?」

 

だが、来た言葉は全くもって予想できなかったものだった。だって、なんか罵倒とかそういうのが来ると思っていたから…………そう思っていただけあって、少し拍子抜けした気がした。

 

「私には娘と孫がいるんだ…………今も元気に暮らしてるよ。でも、一年近く前になんだか戦闘になったみたいで二人も巻き込まれちまったんだ。その時に白い機体を纏った国防軍の人が命懸けで守って避難させてくれたって娘から聞いてね…………いつか会ったらお礼を言いたかったんだ」

 

そういうおばちゃんの顔は心の底からお礼を言ってるような顔だった。こんな風に面と向かってお礼を言われたことは初めてだから…………少しどうしたらいいのか迷ってしまった。…………うん? 親子…………戦闘…………避難誘導…………白い機体…………もしかして…………!

 

「あ、あの…………もしかして娘さんとお孫さんって館山に住んでたりしますか…………?」

「ああ、そうだが…………もしかして、あんた——」

 

やっぱり…………間違いない。私があの時助けた人の家族だ。そっか…………ちゃんと私は守ることができたんだ。結果としては知っていたけど、こうしてご家族から元気に過ごしてる事を聞かされると嬉しい気持ちになってくる。

 

「ご家族が無事で何よりです。国防軍は国民を守ることが第一ですから」

 

私はそうとだけ言ってその場を後にしようとした。あの親子が無事だった事を知れただけでもここに来た価値はあったと思うよ。

 

「今度来た時は私に声をかけな。何か奢ってあげるからさ」

 

おばちゃんはそう笑みを浮かべた顔で言って、食堂の奥へと向かっていった。私はそれを見てから食堂を後にしたのだった。でも…………なんでだろ…………嬉しいのに…………また目尻が熱くなってきたよ…………なんで…………なんでなの…………?

 

「一夏さん、よかったですわね…………貴方が思ってるほど、評価は悪くないみたいですよ?」

「セシリアの言う通りだな…………あの人の笑顔と家族を守れてよかったじゃないか」

「…………セシリア、箒…………うんっ!」

 

私は自分が上官であることも忘れて、嬉し涙を溜めながら、守ることができたことを嬉しく思ったのだった。守れた——その事実だけで、私は国防軍人になってよかったと心の底から思ったのだった。

 

 

『——おっ、一夏。今日は電話かけてくるの早いんだな。まだ飯前だぜ?』

「——もしかして…………邪魔しちゃった?」

『そんなわけあるかよ。せっかく俺たちが話せる唯一の時間なんだから、邪魔とか言わない』

 

その日の夕方。IS学園の海岸付近に来ていた私は、そこから弾に電話をかけていた。付き合う事にはなったけど、私がIS学園に入って秋十の護衛を担当するようになった所為で、全く面と向かって会う機会がない。唯一私達が二人の時間を共有しあえるのはこの電話のひと時だけだ。

 

「そうだね…………なんだか無粋な事言っちゃったね」

『気にすんなって。それよりも何かいい事でもあったのか? 妙に声が弾んでるぞ?』

「あ、やっぱりわかっちゃった?」

『お前とはよく話してたから、声の違いくらいすぐわかるっての』

 

で、どんないい事があったんだ、って弾は聞いてきた。さすがに任務がらみのことは言えないから、別に話しても良さそうな話題を出した。

 

「実はね、今日鈴が転校してきたんだ。相変わらず元気そうだったよ」

『鈴がか!? あいつ、ふらっと帰って行ったと思いきやそんな大物になって帰ってきて…………俺はとんでもねえフレンドを持っちまったぜ』

 

全く…………そういう弾だって声が弾んでるじゃん。人の事を言えないよ。でも、離れていた友達が帰ってくるっていい事だよね。それに、鈴と弾もよくつるんでいたみたいだし…………なんだか、私よりも話とかしてたんじゃないのかと思ってしまって、つい鈴に嫉妬してしまいそうになった。

 

「そんな大袈裟な…………少なくとも私は普通だよ?」

『日本を守る国防軍人がよく言うぜ。まぁ、お前の場合、俺の彼女だから、そういう意味では特別な人だけどな』

「も、もう…………!」

 

弾はいきなりこんな事を言ってくるから私もよく驚かされる。しかも、それがほとんど自覚症状無しだから尚更タチが悪い。とはいえ、悪気があるわけじゃないから責めようにも責められないんだけどね。それに…………そう言ってもらえるってかなり嬉しいし。

 

『お、やべえ…………爺ちゃんに呼ばれちまったわ。すまん、ちょっと行ってくる』

「いいよ、気にしないで。その代わり、後でメールしようね?」

『おうよ! それじゃ、また後でな!』

「うん、またね」

 

そう言って私は電話を切った。本当はもっと長くお話ししていたい…………でも、それで弾の頭にお玉が飛んでくるのだけは忍びない。弾のお爺ちゃんである厳さん、かなり厳しい人だからね…………でも、その実は家族思いな人なんだよ。どうやら、今日も買い出しか何かで呼び出されたみたいだね。そんな日常がケータイ越しに聞こえてくる、それが少し嬉しかった。私は少し離れているけど…………でも、彼の日常も守りたいんだ…………私は第十一支援砲撃中隊所属のFAパイロット、守り切ってみせるよ…………絶対に。

 

(…………願わくは、弾の前から彼の日常が消えたりしませんように…………)

 

沈みゆく夕陽に照らされた海に、私はそう祈ったのだった。




キャラ紹介

エイミー・ローチェ(cv.佳穂成美)

身長:154㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:轟雷(フレームアームズ・ガール)
所属:アメリカ陸軍第四十二機動打撃群
階級:少尉
搭乗機:M32B [ウェアウルフ・ブラスト]





レーア・シグルス(cv.綾瀬有)

身長:156㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:スティレット(フレームアームズ・ガール)
所属:アメリカ陸軍第四十二機動打撃群
階級:少尉
搭乗機:SA-16s2-E [スーパースティレットⅡ 対地攻撃仕様]





今回はこの二人を紹介しました。
感想や誤字報告などを待っています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.19

今回、イジメ・リンチ描写が含まれています。
こちらが苦手な方はブラウザバックを推奨します。



それでも大丈夫という方は、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





鈴が私達の部隊に合流してからしばらく経った。鈴の人の良さもあってか、みんなに馴染んでいる。それと、ちゃんと報告書も届いたからね。鈴には護衛任務の他に、渡された機体——ISとフレームアームズの両方の評価テストもあるそうだ。一応、機体の特性を確認しておかないと、有事の際に連携が取れないということで、現在第三アリーナを貸し切って訓練している。まぁ、フレームアームズの模擬戦なんかに巻き込まれたらISはただじゃすまないだろうし、あまり人目に晒したくないというのもあるから、学園長からの特例で貸切にしてもらってる。

 

「それが鈴の機体?」

「そうよ。型式番号JX-25CX、機体名は[雹刀(バオダオ)]。今、中国主導で量産中のJX-25F ジィダオ、JX-25T レイダオの機能集約型ね」

 

提示された資料の中にはその量産機のデータも含まれていた。その二機の姿と、鈴の装備しているバオダオの姿は、混ぜたらこんな感じになるのかと納得させるものだった。ベースはジィダオのようだけど、頭部はレイダオベースのように思える。レイダオの頭部にある特徴的な四つの単眼カメラのうち上の二つを下に移し、その単眼カメラのあったところに前に突き出た二本のブレードアンテナが備えられている。両腕には元々から専用のシールドであるスラッシュシールドが装備されていて、両肩にはスラストアーマーが増設されている。爪先にはブレードベーンが追加。そして、ひときわ目を引くのが、背中から姿をのぞかせる二門の大型イオンレーザーカノン。これはどうやらレイダオの腕部ユニットそのものらしい。簡単に言えば、異形だ。

 

「機能集約型だけあって随分と盛った性能してるよ…………」

「そうね。でも、コストが高騰化したからジィダオとレイダオの二機に分けて運用することにしたそうよ」

「そっちの方が連携組みやすいだろうからね」

 

下手に機能を集約して扱いにくくするよりは、機能を分割して特化させて連携した方が戦術にも幅ができるだろうし、その方が扱いやすそうだよね。まぁ、見た目は榴雷とかと比べると怖いけど。それで、鈴が扱うのはその機能集約型との事だ。やはり、いくら扱いにくい代物とはいえ使えればそれだけの戦力になるわけだから、ベテラン向けの仕様として作り直されるのかもしれない。

 

「とはいえ、この機体、手持ち武装があまりないのよね」

 

そう言って鈴はライフルと青龍刀を両手にそれぞれ展開した。ライフルはセグメントライフルの発展型だそうで、バレルの延長とかのマイナーチェンジをして、量産仕様にしているそうだ。青龍刀に関しては刃部がチェーンブレード化していて、かなり凶悪な仕様になっている。とはいえシンプルな武器構成だから扱い易さは格段にいいと思う。

 

「あまり武器が多くても使いこなせなきゃ意味ないから、それで丁度いいんじゃないかな?」

「とは言ってもね…………私は実戦をあまり経験してないから、どうしても不安になるのよ」

 

確か報告書によれば、鈴が軍属になったのは約一年前。向こうの訓練期間がどのくらいだかわからないけど、多分正式配属になって一年未満であることは確実だ。私の時は配属から割とすぐに実戦を経験したけどさ、私は前線部隊みたいなものだし、鈴の所属する開発局的なところとは性質が全く違うから、実戦経験回数は極めて少ないと思った方がいいかも。でも、実戦を経験したからって不安にならないことなんてない。現に私なんか、戦況がいつどんな風に変化するのかわからないし、どんなタイプの敵が襲ってくるのかもわからない…………前線特有の不安にいつも駆られているよ。まぁ、武装が多ければそれだけ不安にはならないとは思うけどね。極端な話、近接ブレード一つだけの機体よりは、そこにハンドガンの一つでもつけてもらった方が安心するし。ただ、あれもこれもと詰め込みすぎると、却って扱いにくい代物になっちゃうし、器用貧乏化してしまう恐れだってあるからね。鈴の話を聞く限り、その機体は白兵戦を主眼に置いた機体だそうだから、そのくらいが丁度いいのかもしれない。

 

「それはまぁ、仕方のないことだけどね。でも、鈴は大量に武器を詰め込んで、それを扱いきれる自信とかある?」

「あるわけないじゃん」

「つまりはそういう事。あとは、その機体をどこまで信じられるかどうか、じゃないかな?」

「そういう一夏は機体を信じてるの?」

 

鈴は今私が装備している機体、榴雷を指差してそう聞いてきた。それはもう、簡単な質問だよ。

 

「当たり前じゃん。榴雷には何度も命を助けられたからね。それにブルーイーグルにも…………信じるなっていう方が無理な話だよ」

 

だって、なんだかんだで死は避けられないとかとも言われてるアーテルからの一撃も致命傷は避けられたし、ブルーイーグルのお陰で瀬河中尉を守れたし、初陣で食堂のおばちゃんの娘さんとお孫さんを助けることができたから…………これだけの戦果を上げることができたのは私の実力というよりも、この二機のおかげっていうのが強いからね。それに、実力を出すには誰よりも機体を信頼しなきゃいけない。私の場合、いつの間にか愛着が湧いてたんだけどね。

 

「そっか…………それじゃ、私もこの機体を信じてみようかしら?」

「その方がいいと思うよ。そうすれば、きっと応えてくれると思うから」

 

鈴は突き出たイオンレーザーカノンを撫でながらそう言ってきた。いや、そういうことじゃないとは思うんだけど…………でも、まぁいいか。これで少しは鈴の不安が和らいでくれたらそれでいい。尤も、これって葦原大尉からの受け売りなんだけどね。初陣の時に『そいつはお前を信じていろんな奴が整備した機体だ。だから、お前がいの一番にそいつを信用してやれよ』って言われたんだよ。まぁ、その結果命令違反を犯すという行為をして、『機体を信用するのはいいが、俺の命令はちゃんと聞けよ?』と、半分笑われながら怒られたっけ。

そんな事を思っていた時、アリーナに鐘の音が鳴った。時刻を見るとアリーナの閉館五分前だった。

 

「それじゃ、今日はここまでみたいね。一応、機体の詳細諸元は前に送ったけど、この機体のメンテナンスマニュアルとかどうしたらいい? あの、雪華って子に預けた方がいいかしら?」

「いや、それ機密とかどうなのさ? そんな機密の塊、自分で管理しておいたら?」

「いつかは公開される代物よ。それが今になるだけの話だし、メンテは本職に任せたいのよね」

「まぁ、鈴がいいって言うならいいと思うけど…………でも、雪華に任せっきりはダメだよ?」

「わかってるって。自分の命を預けるんだから、自分でもやるわよ」

 

結局、鈴はバオダオのメンテナンスマニュアルを雪華に預けることにしたようだ。今のところ雪華が受け持っているのは私達の部隊にいる全六機。といっても、自分の機体は自分でやるスタイルだからそこまでの負担にはなってないとは思う。けど、一人にそこまで任せるのはなかなかに厳しい話だと思うよ。なお、雪華曰く、ブルーイーグルほど手のかかる機体じゃないから楽、と言ってた。…………私の所の機体が迷惑かけてごめん。ひとまず、アリーナに取り残されるのは嫌なので、私達は足早にそこを後にするのだった。

 

 

(うわぁ…………なんだか雨降ってきそうな天気…………)

 

アリーナから出た私はふと空を見上げた。夕暮れ時だというのにかなり暗くなってると思ったら、一面の曇り空。それじゃ暗くなるのも当たり前だ。鈍色の空からは今にも雨が降りそうな雰囲気を醸し出している。なお、鈴はどうやら一旦事務棟の方に用事があるとかで先に出て行ったよ。でも、手荷物とか先に寮に置いてきてよかった。手ぶらの方が速く走れるだろうからね。でも、

 

(雨が降ってくる前に寮に入れるかなぁ…………?)

 

第三アリーナは寮から一番離れたところにあるアリーナだ。雨が降ってくる前に寮に戻りたいけど、全力疾走してどうなのやら…………本降りになる前ならまだ許容範囲だけど、本降りに当たったら風邪ひいちゃいそうだ。それだけは避けなきゃ。まぁ、有事の際は風邪だろうがインフルエンザだろうが出撃するけどね。生まれてこのかた、そういうのとは無縁だけど。

 

(とりあえず、今は急がなきゃ…………)

 

けど、傘なんて用意してない以上、濡れたら制服とか乾かすのが大変になるだろう。私は少し早足で寮へと向かっていた。アリーナから寮へと通じる道は、校舎裏を通ると近道になる。だから、今回もその道を使うことにする。ただ、校舎裏とだけあって、学園の敷地内にある防風林がすぐそばにあるんだよね。防風林にしてはかなり木があるよ。よくこれだけの木を植えたね、って素直に思う。館山基地の周りはまだ森が残ってるけど、睦海降下艇基地に面した場所は度重なる戦闘で既に焼け野原と荒地と化しているからね…………。それは、別に今はいいか。なんだか、長い間襲撃とかないみたいだし…………まぁ、休戦中は次の襲撃の準備期間だから、どんな相手が出てくるのかわからないけどね。それでも、まだ降下艇基地レベルは第二ステージだそうだから、フレズヴェルクが生産される恐れはない…………はず。というのも、前にベリルショット・ランチャー持ちのヴァイスハイトが出てきたからね。後で聞いた話だと、一応警戒レベルは一段階引き上げられたそうだ。って、今は別にその話はいいか。とりあえず、先を急ごう。そう思って、少しだけ足を速めた時だった。

 

(うん…………?)

 

なんか、校舎の陰から生徒が出てきた。人数は四人ほど。リボンの色が青い事からして一年生だという事がわかる。でも、なんでこんな時間に? それに雨が降りそうな天気だというのに…………。これから同じく寮へ向かうグループなのかと思ったけど、彼女達は私の進路を塞ぐように立っていた。…………益々訳が分からなくなってきたよ。しかも、見た感じ外国人。国防軍に対する嫌がらせの類なのかな…………それだったら適当に流すしかないか。とりあえず、あまりに気にせず歩いた。

 

「——貴女が紅城一夏さん、かしら?」

 

お互いの距離が大体三メートルくらいになった時に、向こうの方からそう声をかけられた。敵意は…………まだよくわからない。

 

「う、うん…………そう、だけど…………」

 

けど、私の名前を呼んだ彼女以外から放たれる謎のオーラに気圧されてしまった。…………なんだろ、物凄く面倒な事に巻き込まれた気がするんだけど。

 

「そう。なら話は早いわ。貴女に少しお話があるの。ついてきてもらってもいいかしら?」

 

そう言って彼女は寮とは違う方向を親指で指していた。どうして寮じゃないんだろう…………別にただ話すだけならそこでもいいはずだし。てか、雨の方も問題になる。

 

「話…………? それなら、寮のロビーでもいいんじゃないの? それに、なんだか雨も降ってきそうだし…………」

「あまり他人には聞かれたくない話なのよ。それじゃ、こっちへ」

「あ、ちょっ——」

 

いきなり手を取られてそのまま防風林の中へと通じている道へと引っ張られて行ってしまった。油断していたけど…………これって物凄く面倒な事に巻き込まれているよね? 本能的にこの場から逃げようかと思ったけど、後方に残りの三人が配置されており、逃げ出そうとしても捕まえる気でいるように感じる。何より…………感じるオーラが嫌なもの。女尊男卑主義者的なものを感じるよ…………。しばらく歩いて、私の前を歩いていた彼女は徐に立ち止まった。学園からはかなり離れてしまっている。周りにあるのは木ばかりだ。こんなところで一体どんな話をしようというのだろうか?

 

「そういえば貴女、リーガン・ファルガスと模擬戦したのよね?」

「え? あ、そうだけ——」

 

突然だった。乾いた音が鳴り響いたかと思ったら、痛みが私の左頬を中心に広がった。一瞬、何が起きたのかわからなかったけど、彼女の方を見ると、振り抜いた右手と怒っているような顔が目に入ってきた。

 

「い、いきなり何——」

「——貴女のせいよ!」

 

謎の言いがかりをつけられる私。え…………私、この人に何かしたっけ…………? 全然記憶にないんだけど…………。

 

「貴女のせいで…………我が盟友のリーガンは…………リーガンは代表候補生の座を剥奪されたのよ!!」

 

そんなこと言われても…………私にはどうしようもできないし、第一そうなったのってファルガスさん自身が蒔いた種の結果でしょ!? それを私のせいと言われても…………なんだか八つ当たりみたいなものに思えてきた。やっぱり、女尊男卑主義者だったみたいだ。

 

「そ、そんなこと知らないよ! それって、ファルガスさんの蒔いた種の結果なんだから、私に当たるのは御門違いでしょ!?」

「口答えなんて許可してないわよ!!」

 

半ば逆ギレにも近い形で、目の前にいる彼女は私に殴りかかってきた。あまりにも単調な動きだから、簡単に避けられたけど…………でも、この格好じゃ軍服やパイロットスーツの時より動きにくい。このまま逃げたほうが安全と判断した私は、その場から離脱しようとした。

 

「逃がすかッ!!」

「ッ——!!」

 

だけど、逃げようとした瞬間、残りの三人のうち二人が私を両脇から押さえ込んできた。ま、まずい…………! いくら軍で訓練を受けて筋力があるとはいえ、二人分の拘束から抜け出せるほどの力はない。必死にもがくけど、逃げられそうにない。

 

「は、離して!!」

「そんなわけないでしょ。リーガン姉様は貴女のせいで、罪人になった…………その償いをしなさい!!」

「ッ!?」

 

両腕を押さえ込まれている状態で、お腹を殴られる。鈍い痛みがそこから全身に広がっていくようだった。償いって…………自分の責任なんだから、自分で負うのが当たり前じゃないの…………!?

 

「リーガン姉様の苦しみはこの程度じゃないわ!」

「かっ…………はぁっ…………!?」

 

今度はひざ蹴りが叩き込まれた。肺の空気が一気に押し出されるような感覚が襲ってくる。胃の中身が出てきそうになったけど、それだけは無理やり押さえ込んだ。あまりの痛みに思わず顔を顰めてしまった。

 

「リーガン姉様を返しなさいよ!」

「ぐうっ…………!!」

 

次は背中に鈍い痛み…………多分踵落としか、それに近いものだと思う。結構に痛い。とにかくここを早く逃げ出さないと…………これ以上は本当にまずい…………!! なんとか一瞬だけ…………一瞬だけでも隙を作れれば…………。

 

(民間人には手を出したくないけど…………正当防衛だから仕方ないよね…………!!)

「痛っ…………!」

 

私は私の左腕を押さえ込んでいる方の人の脛に踵蹴りを叩き込んだ。弁慶の泣き所に当たったのか、予想以上に痛がっている。そのおかげで私の拘束が弱まった。逃げ出すチャンスは…………今しかない!!

 

「離せっ!!」

「くっ…………!」

 

解放された時の勢いを利用して、右腕を押さえ込んでいる方のお腹に殴打を叩き込んだ。こっちも痛みに慣れてないのか、簡単に怯んで拘束が緩まった。全く…………殴っていいのは、殴られる覚悟のある人だけ、だよ?

 

「こいつッ! 大人しくしてなさい!!」

 

拘束から無理やり抜け出した私を押さえつけようと、私をここまで引っ張ってきた人が向かってくる。できればもう一人くらい怯ませておいたほうがいいと判断した私は…………かわいそうだけど、その人に向けて回し蹴りを叩き込もうとした。けど、手応えはない。むしろ、何かに受け止められているような——

 

「残念だったわね…………こっちにはこれがあるのよ!」

 

向こうはISを使って私の蹴りを受け止めていた。受け止められているというか、足を掴まれている。幸いなのは足首とかじゃなくて、ローファーを掴まれていたことかな…………。でも、このままじゃ逃げようにも逃げられない…………!

 

(IS相手に生身は不利だよ…………!!)

 

このままではまずいと判断した私は掴まれていたローファーを脱ぎ捨て、そのまま林の中をめがけて走り出した。片方裸足みたいなものだから、バランス悪いし、感触も違うから走りにくいけど…………でも、そんな事気にしていられる余裕なんてない。林の中をしばらく走っていれば向こうも諦めてくれるはず…………そう思っていた。

 

「あいつを逃すな!!」

「リーガン姉様の仇!!」

 

…………まだ追いかけてくる。正直、まだ走り続ける事はできるけど…………依然として私が不利な立場にある事に変わりはない。できる事はただ逃げ続ける事だけ。…………軍人としてそれはどうなんだって言われるかもしれないけど、向こうはISを保有、こっちは丸腰…………まともに当たっても勝ち目は無い。フレームアームズはこんな所で使うわけにはいかない…………模擬戦ならまだしも、対アント戦以外に持ち出すのはダメだ。故に、私には逃げの一手しか無いのである。木々の間を縫うように走り続けていた、その時だった。

 

(し、しまっ——)

 

土の上に出ていた木の根っこを踏みつけて、そのまま足を滑らせてしまった。その際に、足首からは嫌な音が鳴り、鈍い痛みが襲ってくる。バランスを崩した私はそのまま前のめりに転んでしまった。

 

「見つけたわよ!」

 

ま、まずい…………追いつかれてしまった。急いでたちあがり、また走り出そうとするけど、足首の痛みがそれを妨げてくる。やばっ…………これ絶対捻ってるよ。でも、早く走り出さないと…………!

 

「無様に転がってろ!!」

「ッ——!?」

 

走りだそうとした瞬間、背中に物凄い痛みが…………しかもかなり勢いがついていたせいか、立ち上がろうとしていた私は再び地面へと伏せられた。多分、今のは跳び蹴り…………下手したら、今ので骨折していたかもしれない。それに…………今の一撃で、意識が少し飛びそうになった。地に伏せられた私は背中を足で踏みつけられており、足をおそらく捻った今の状況では、逃げ出すのは困難だね…………なんで、こんな冷静に考えてるんだろ…………極限状態にでもなったからなのかな…………?

 

「あんたさえ…………あんたさえいなければ!!」

「お前なんか生まれてこなければよかったのに!!」

「この、女性の裏切り者!!」

「リーガン姉様に謝りなさいよ!!」

 

好き勝手言われて、全身を踏みつけられたり、蹴られたり…………側頭部を踏まれてそのままグリグリとされたのはかなり痛かった。背中を踏みつけられたまま髪は引っ張られて痛いし…………横腹に爪先が刺さるのが痛かった。それでも…………弾からもらった髪留めを壊されないように両腕で覆って守っていた。それが、今の私にできた唯一の抵抗だった。

 

「さて…………そろそろ雨が降りそうですから、皆さん戻るとしましょう」

「賛成。で、そこの粗大ゴミどうするのよ?」

「このまま放置でいいでしょう。雨のおかげで明日は綺麗になるでしょうし」

「それもそうか。それじゃ、帰るとしようぜ」

 

不気味にも聞こえる高笑いだけを残して、四人はその場を去っていった。ま、待って…………手を伸ばそうとしたけど、視界がぼやけて、手が震えている感じがする…………。震える手で髪留めのところを触ってみると、ちゃんとまだついていた…………よかった…………。どうしてこんなことになっちゃったんだろ…………私には訳がわからないよ…………。そんな時、頬に冷たいものが落ちてきた。

 

(あ…………雨、降ってきちゃった…………)

 

一粒、また一粒と落ちていた雨粒はどんどん増えてきて、いつの間にか大雨になってきた。…………これが、春雨なのかな…………なんだか、見当違いの考えまでし始める私。降ってきた雨は私の全身を濡らしていく。土に染み込んだ雨だけど、すぐに水たまりみたいなものができて、泥水が顔に跳ねてくる。多分、既に全身泥だらけ…………かな…………? 地面に無様に転がされてずぶ濡れになっている自分が情けなく思えてきたよ。でも、それよりも視界のぼやけていく方が早くて…………意識はギリギリ繋ぎとめられているような状態だった。

 

(…………あ…………なんで…………ここ…………に…………)

 

私の意識が飛ぶ直前、私のぼんやりとしていた視界に白と青の物体が入ってきた。その正体を理解した瞬間、私の意識は闇へと消えていったのだった。

 

◇◇◇

 

「…………遅いですね、一夏さん」

「そう、だね…………」

 

鈴からバオダオのメンテナンスマニュアルを受け取った雪華の元に、今度はエイミーが細かな調整を依頼しに来ていた。二人とも既に夕食は済ませており、タブレット端末でセッティングのシミュレーションをしていたのだが、この部屋のもう一人の住人である一夏が帰ってこないことに、思わずエイミーはそう声を漏らした。時間的に見ても寮の門限は近い。普通なら夕食前には必ず帰ってきている一夏が戻ってこないことに、二人は不安を募らせていた。

 

「流石に夜の散歩——なんて、訳はないですよね…………?」

「それはないよ。一夏は門限以降は基本的に部屋にいるし…………一夏はそういうのをきっちり守る人だから…………絶対にそれだけはないと思う」

 

雪華はそう言って、再び作業に戻るが、タブレット端末に打ち込む数値を少し打ち間違えてしまった。彼女は急いでその項目を修正するが、親友がこんなに遅くまでなっても帰ってこないことが不安で堪らなかった。あの時の記憶が雪華の脳裏に浮かんだ。作戦終了後に拘束され、拷問を受けていた、あの時の痛々しい一夏の姿を…………。考えたくはなかったが、同じような目にあっているのではないか——そう雪華は考えてしまった。そのせいで雪華の指先が僅かにだが震え始めていた。

 

「あ、あの、雪華さん…………」

「大丈夫…………ちょっと、変な事考えちゃっただけだから…………」

 

そう言って、雪華はエイミーに心配をかけさせまいとするが、却って彼女に心配をかけさせてしまうのだった。エイミーも、正直なところ不安に心を押しつぶされそうになっていた。自分の命の恩人が未だに帰ってこない——まだ、自分はその恩返しができてない…………今の自分にできる最善策を考えるが、一秒、また一秒と時間が過ぎてくたびに不安が募っていく。そんな時、不意に部屋のドアがノックされた。二人は一夏が帰ってきたと思い、一瞬安心したような顔になる。

 

「あ、私が出てきますね」

「お願いするよ」

 

ここは作業中の雪華ではなく、エイミーが出ることにした。一夏の帰りに、自然と顔が綻びそうになるエイミー。期待を胸にドアを開けた。

 

「ん? ローチェ、か…………すまない、市ノ瀬はいるか?」

 

だが、ドアを開けた先にいたのは千冬であった。その事に一瞬落胆しそうになるエイミーだが、教師の前でそんな顔になってはいけないと、至って普通であることを装った。

 

「雪華ならいますけど…………」

「そうか…………すまないが、中に入れてもらってもいいだろうか?」

「あ、ちょっと待っててください。雪華、織斑先生が来たんだけど、中に上がってもいいかって…………」

「別に大丈夫だよ。作業は一旦中断するけどね」

「大丈夫みたいです。では、どうぞ」

「…………すまない」

 

千冬を中へと入れたエイミーだが、彼女の顔もまた深刻そうなものになっている事に気付いた。その瞬間、エイミーに嫌な予感が走った。でも、それだけは外れて欲しいと願い、頭をブンブンと振って、何処かへ飛ばそうとした。

 

「お茶とか出しますか?」

「いや、構わなくていい。それよりもだ…………紅城は帰ってきたか?」

 

千冬からの言葉に、雪華とエイミーは思わず息を飲んだ。寮監である千冬が、一夏が帰ってきたかどうかを直々に聞きに来たのだ。つまり、千冬も一夏を確認していない。嫌な汗が二人の背中を伝った。

 

「そうか…………。紅城が未だに帰っていてない。既に篠ノ之、凰、オルコット、シグルス、そして織斑に捜索をさせているが…………一向にいい報告が出ない。二人も捜索に加わってくれ。私もすぐに出る」

 

不安が見事に的中してしまった。だが、こんなところでくよくよしていても何も変わらないことを理解している二人は、千冬に首肯で返答した。

 

「そうか…………すまない。私は先に出ている。なるべく早く頼むぞ」

 

千冬はそう言うと、持ってきていた雨具を着、懐中電灯を持って部屋を後にしていった。その後を追うように、二人も雨具を装備し、懐中電灯を持って千冬の後を追ったのだった。

 

 

寮の外に出て、雪華と二手に分かれて一夏を捜索するエイミーだが、未だに一夏の姿どころか手がかり一つすら見つかってない。インカムを千冬より渡され、リアルタイムで報告が飛び交うが、耳に入ってくるのは同じく未だに見つかってないという空しい結果だけだった。

 

「どこ…………どこにいるんですか、一夏さん!!」

 

呼びかけるも、返事はない。夜手間ある事に加えて、雨が降っているため、視界は最悪である。鈴の証言より、第三アリーナで別れる時までは一緒にいたということから、そこに通じる道を一つ一つしらみ潰しに探しているが、どこからも発見の報告はない。エイミーは学園の校舎裏を通るルートを捜索している。だが、周りに見えるのは防風林の木々だけであり、懐中電灯で照らしても特に成果を得られないでいた。それでも、一夏を必ず見つけるという思いが彼女の歩みを進めさせる。いつの間にか寮からかなり離れており、丁度校舎側から防風林を突き抜けるような道との交差地点にたどり着いた。

 

「一夏さーん!! いたら返事して下さーい!!」

 

エイミーの言葉に返ってくるのは自身に叩きつけてくる雨粒の音だけ。せめて足跡でもいいから何か手がかりになるようなものがないか、彼女は辺りを懐中電灯で照らしてみる。すると、防風林の中へと通じる道に何かが落ちている事に気がついた。おそらく石か何かだろうとは思いつつも、一応確認はしてみようとエイミーはそれに近づいていった。遠くから見た時は小さくてよくわからなかったが、近づくにつれてはっきりとしてくる。

 

(え…………なんでこんなところにローファーが…………? それも、片方だけなんて…………)

 

エイミーは徐にそれを拾ってどこかに名前がないかを探し始めた。名前は程なくして見つかった——靴の中に書かれていた『一夏』の文字。嫌な予感が再びエイミーを襲った。もしかすると一夏は——最悪の事態が予想されてしまった。いや、そんなわけはない、と自分に言い聞かせるも、この状況が否定させてくれない。

 

「一夏さん! 一夏さん!! いたら返事して下さいッ!! 一夏さんッ!!」

 

エイミーは今出せる限界の声で林の中へそう呼びかけた。しかし——やはりと言ってはなんだが——返答はなかった。返事がないということに一瞬絶望を感じたが、彼女は希望を掛けて林の中に向けて懐中電灯を照らした。その時だった。何かが林の中を歩いている音がする。その音は次第に大きくなり、自分の元へ向かってきていると、エイミーは感じた。そして、歩いてきた者の正体が、彼女の持っていた懐中電灯に照らされたことで明らかになった。特徴的な頭部、推進器を内蔵している両肩と大腿、華奢なフォルムに白いカラーリングと青いクリスタルユニット——彼女が見間違えるはずがなかった。

 

「…………フレズヴェルク=アーテル…………!!」

 

かつて一夏に一生消えない傷を残した魔鳥がエイミーの前に姿を現した。突然の事に彼女は一瞬どうすればいいのかわからなくなってしまったが、アーテルの腕の中に抱かれている者の存在に気づく。

 

「一夏さん!? もしや、お前が…………ッ!!」

 

アーテルの腕の中には意識を失っている一夏が抱かれていた。全身泥だらけで、手など肌の出ている所からは痣が見え、そして片方しか履いてない靴。何よりも、泥で汚れてはいたが、一夏の肌がいつもより白くなっていた事にエイミーは気付いた。もしかすると、このアーテルが一夏を襲った——そう考えた彼女は目の前の魔鳥に敵意を剥き出しにする。

 

『落チ着ケ。私ハ彼女ニ手ヲ出シテハイナイ』

 

しかし、目の前の魔鳥はまるで溜息をつくようなそぶりを見せてからエイミーに向けてそう言ってきた。彼女は言葉を話してきた事にも驚いたが、それ以上に一夏に手を出していないという事に驚いていた。だが、前科がある上、敵である以上、その言葉を鵜呑みにはできなかった。

 

「そ、それを信じるとでも思ってるんですか…………!」

『信用サレナイ事ハ承知シテイル。ダガ、私ハ此奴ニ『私ガ倒スマデ、勝手ニ有象無象如キニ殺ラレルナ』ト約束シタ。偶然、此奴ガソノ有象無象ニヤラレカケテイタカラナ…………シカシ、私ガ直接出テハ、此奴ノ立場ガ悪クナル。ソレヲ避ケタ結果ガコレダ。TCSヲ雨除ケニシタガ、低体温症寸前ダ。早ク運ブガイイ』

 

機械のくせによく喋ることだ、エイミーは内心そう思っていた。そして、言葉を聞くうちにそれが魔鳥の真意であるようにも思えてきた。その証拠に、魔鳥はウエポンラックに主兵装の大鎌を携えていない。胸部ガンポッドに弾が装填されているかどうかはわからないが、少なくとも交戦する気は無い——エイミーはそう判断した。アーテルもそれを指し示すかのように、一夏の身柄をエイミーへと受け渡した。それと同時に一つのメモリーチップも。

 

『ソノメモリーチップニハ、此奴ヲヤッタ連中ノデータガ入ッテイル。貴様ノ好キナヨウニ使ウトイイ』

 

そう言うとアーテルはエイミーに背を向けた。両肩の推進器からは小さいながらも噴射炎が見えている。おそらくこの場から発つ気なのだろう。本来であれば攻撃を加えるべき場所なのかもしれないが、一夏を助けてくれた手前、エイミーにはそんな事ができるわけがなかった。

 

「…………教えてください。何故、一夏さんを狙うんですか…………? 確かに一夏さんは優秀ですが…………他にも有能なパイロットはいるはずですよ…………」

 

そんな言葉が自然と口から出ていた。それを聞いたアーテルはエイミーへと振り返る事なく答えを出した。

 

『私ト奴ハ似テイル。故ニ戦イタイダケダ』

 

そう言い残して、アーテルは雨降る夜空へと消えていった。アーテルの言葉が頭から離れないエイミーではあったが、それ以上に一夏の方を優先させなければならない。

 

「…………こちらエイミー、一夏さんを発見、保護しました。先に寮へ帰還しています」

 

エイミーはこの時、インカムが常時音声を送る仕様でなかった事に感謝した。敵とコンタクトを取ったなどと知られた暁には自身の未来など無い。音声送信を終了した彼女の耳には安堵の声が聞こえてきたが、腕の中にいる一夏を見て果たしてそう言えるのかと、思わず唇を噛み締めていた。そして、アーテルのお陰で一夏が命を落とすような最悪の展開にならなかったことに対して複雑な気持ちになっていたのだった。

ひとまずエイミーは自身が着ていた雨合羽を羽織らせ、そのまま背負った。身長差のある二人だが、背負う分には問題無い。片方の手には靴を、もう片方には渡されたメモリーチップを持ち、寮へ向けて歩き始めた。なるべく早く帰って、体を温めてあげたい——アーテルに低体温症寸前と言われた以上、外に長居するのは危険だと考え、エイミーは歩く速さを可能な限り上げたのだった。

 

(…………一夏さん…………私、一夏さんのように我慢できそうにないです…………一夏さんを襲った相手をボコ殴りにしないと気が済みそうにありません…………!!)

 

同時に、自分の恩人へこのような仕打ちをした者への怒りも湧き上がっていた。燃え盛る怒りの炎は誰にも止められない。エイミーは必ず報復してやるという決意を胸に抱き、その時を待つ事にしたのだった。




今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.20


20話も経つと設定が破綻してないかどうか結構不安になってくる…………。
では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





エイミーに回収された一夏は医療施設へと運び込まれる事になった。この時間帯では学園の医務室は使えない上に、使えたとしても簡易的な治療しかできない。低体温症寸前と判断されている一夏を預けるならば、二十四時間体制で運営している学園付属の医療施設に入れるのが適切であると千冬は判断した。エイミーはそれに従って医療施設へと移動、現地で千冬達と合流した。

 

「くっ…………! なんでなんだよ…………なんで一夏姉なんだよ…………! 一夏姉が何か悪いことでもしたのかよ!?」

 

施設へと運び込まれ、治療を受ける一夏の姿を見た秋十は怒りをあらわにしていた。無理もない。事実を知る者はほとんどいないが、自分の姉がこのような仕打ちに遭ったのだ。自分が知る限り、何の罪も犯していない彼女がどうしてこのような目に遭わなければならないのか——その理由が見つからない。理不尽な暴力にさらされたとしか彼には考えられなかった。

 

「落ち着け秋十! ここは病院みたいなものだ…………大声を出すんじゃない」

「なんだよ、箒…………お前は悔しくねえのかよ! 一夏姉が…………一夏姉がこんな目に遭ったのによ!!」

「——悔しくないわけがないだろうッ!! 私だって、あいつを辱めた奴等を斬り伏せたい!! だがな…………お前や私以上に悔しい思いをしている奴等がいるんだ…………」

 

自分を嗜めるように言ってきた箒に当たる秋十であったが、彼女の言葉に、憤りを感じているのは自分だけではないと理解させられる。頭の中ではわかっていたことだが、自分の大切な家族が傷つけられたことに、心が暴走していたのだった。秋十は少しバツの悪そうな顔をした。

 

「…………悪りぃ、箒。ガキみたいに叫んじまって…………」

「…………気にするな。お前の気持ちはわからんでもない…………」

 

箒の言葉で少し落ち着いた秋十は、その周りの面々へと目を向けた。

 

「何故なんですの…………災いの芽はまだ芽吹いていたのでしょうか…………?」

「…………なんで一夏ばっかり…………!! 一夏に何か恨みでもあるの…………!!」

「私のせいよ…………あの時、私が先に出ていなかったら…………! ごめん…………ごめん、一夏ぁ…………!!」

「お前ら、少し落ち着け…………一夏は…………一夏はそんな顔を望んでないぞ…………」

 

嘆き、悲しみ、慟哭す…………秋十は全員が屈強な軍人であるということを一夏より聞かされている。鈴とは小学五年からの付き合いであり、彼女が強い心の持ち主だってことも知っている。だが、そんな彼女達ですらこれほど取り乱しているのだ…………それだけ一夏が慕われていたという証拠であり、愛されているという証だ。それを知ることができたのはいいが、このような形で見る事になるのは、秋十には耐えられなかった。

 

(折角一夏姉が幸せになれると思っていたのに…………神の馬鹿野郎!! 弾になんて言えばいいんだよ…………あいつに合わせる顔なんてないじゃねえか…………!)

 

悔しさや悲しみ、そして怒りが織り混ざった感情が秋十の中を駆け巡る。ぶつけようのない苛々を発散させることなどできず、彼自身気付かないうちに奥歯を噛み締め、掌に爪が食い込むほど握り締めていた。そして、治療室より千冬が出てくる。その表情は安堵したものとも不安に駆られているものとも受け取れる微妙な表情であった。

 

「——お前ら、紅城の容態は安定している。懸案であった低体温症も何とかなったようだ。命に別条はない。今は鎮痛剤の影響で眠っているよ」

 

重々しく開かれた千冬の口より出てきた言葉に、秋十を始めとする面々は胸を撫で下ろした。彼らには一つの大きな山場を越えた事に極度まで張り詰めていた緊張感が僅かだがほぐれたようにも思えたであろう。

 

「——しかしだ、骨に異常はないが、右足首の捻挫、打身が複数ヶ所、擦傷多数…………当面の間は安静だな」

 

だが、予想していたよりも多い傷に皆の顔は下を向く。これだけ痛めつけられていた事に憤りを感じているが、この程度の怪我で済んだ事に安心すればいいのか…………どのような態度をとればいいのか、誰も彼もが分かっていなかった。千冬も、自分の大切な妹がこの仕打ちを受けていた事に憤りを感じている。しかし、自分は教師だ、私がここで道を間違えるような真似はしていけない…………本来なら自ら手を下したいところだが、彼女は今の自分の立場を考え、別の手段で事態を収束させる事を考えていた。

 

「これから紅城は病棟で当面の間入院する事になる。身の回りの世話は…………市ノ瀬、お前に任せてもいいか?」

「…………了解しました。その任、謹んでお受けいたします」

 

普段は明るい雪華もこのように完全に消沈してしまっている。いや、この場にいる誰もが意気消沈といった状態であった。その光景を見た千冬は、自分がそうであるように周りも一夏の影響を大きく受けていたのだと実感するのだった。

 

「さて、ここに長居はできん。お前ら、寮に戻るとするぞ。だが、その前にだ——ローチェはどこに行った?」

 

千冬の言葉に、この場にいる全員がようやく気付いた。——この場に、エイミーの姿が、一夏を誰よりも敬愛している彼女の姿がない事に。

 

 

(これが…………そのデータですか…………)

 

一夏を医療施設へと運び込んだエイミーは、その後すぐに施設を後にし、寮の自室へと戻っていた。そして、自室にある自分の作業用タブレット端末を起動、あのメモリーチップを差し込んだ。そのメモリーチップは一夏を見つけた時、アーテルより渡された代物。最初は何かウィルスでも仕込まれているかと思った彼女だったが、読み込んでもその兆候は無く、いたって普通にデータを閲覧することができた。

 

(これが人のする事ですか…………!!)

 

そして、そのデータこそ、一夏が集団で暴行を受けている瞬間の映像データだった。無抵抗の一夏に対して殴る蹴るといった一方的な暴力を浴びせ続ける四人組。何故、一夏が抵抗をしなかったのか——おそらく、民間人を傷つけるような真似はしたくなかったのだろう、心優しい彼女の事だから大いにあり得るとエイミーは思った。同時に、それを意図的にではないにせよ利用した四人組の事をさっきまで以上に許せる気がしなくなっていた。勿論、この映像に映っている事しかエイミーには伝わってこない。もしかすると、一夏が先に手を出したのかもしれないという可能性だって存在している。だがエイミーには、それだけはありえないとほぼ確信していた。一夏が自ら敵を作りに行くような事をする性格ではないことを彼女は知っているが故のことだ。

 

(そして、これがそのリスト…………)

 

渡されたデータは映像だけでは無く、その四人組のデータも様々入っていた。それらを映像と組み合わせると、指示を出しているのがイギリスからの入学生、その指示を受けているのがスウェーデン、オランダ、ベルギーからの入学生だった。誰も彼もが代表候補生ではない上に、所属しているクラスも一組ではない。映像から聞こえてくる音声には決まって『リーガン姉様』の言葉…………少なくとも四人組がこの間退学したリーガンと関係を持っていた事は推測できる。さらに音を聞き分けるように聞くと、一夏のせいでリーガンが退学した、という事を口々に言っているのが耳に入ってきた。

 

(こいつらバカなんですか…………!? あれは誰がどう見ても、あのバカが悪いんですけど…………!! それをほぼ被害者の一夏さんに罪としてなすりつけるなんて…………!!)

 

怒りのあまり、エイミーは拳を机に叩きつけていた。こいつらの行動は常軌を逸脱している、バカにも程がある——怒りが一周して呆れとなり、さらに一周して沸点へと達した。四人組への憎悪は増していく。エイミー自身、あまりにも度し難い怒りで気が狂いそうになっていた。それでも、理性を保つ事ができていたのは、軍人として個人的な感情で和を乱す事がないよう訓練されてきたからであろう。軍とは組織であり、組織は個の集まり…………個人的な感情を露わにしては、統率が乱れ、組織としては成り立たない。軍人としては正しいのかもしれない…………だが、今のこの瞬間だけは、その一線を越える事のできない自分の心が情けなく感じられていたのだった。

 

(ですが…………この報いは必ず受けていただきますよ…………!! 誰に手を出したのか、思い知らせてやります…………!!)

 

そう決意したエイミーは一度動画の再生を停止し、通信回線を開いた。こっちに来てからはめったに使う事がないだろうと思っていたのと同時に、こんなに早く使う事になるとは思っていなかったと内心思った。

 

(この時間なら、彼は既に起きて仕事に就いている事でしょう…………なら、すべき事はただ一つ)

 

通信回線のタブが黄色から緑に変わる。接続が完了した事と、向こうが通信に応じてくれたという事を示すものだ。エイミーは一息置いてから口を開いた。

 

「お久しぶりです…………第四十二機動打撃群司令官、ダグラス・ジェファーソン大佐殿」

『——おお、久しぶりだな、ローチェ少尉。そっちは元気にしているか?』

 

通信回線を繋いだ相手——自身の上司である、第四十二機動打撃群司令、ダグラス・ジェファーソン大佐であった。画面に映し出される彼は、未だに就業時間ではないにせよ、既に仕事を始めている。その前に筋トレでもしていたのであろうか、額には汗をかいており、また上半身はタンクトップ一丁という姿である。部隊にいた時と全く変わってない事に、エイミーは心の何処かで安心した。

 

「はい。私もレーアも変わりありません。ジェファーソン大佐こそ、お元気そうで何よりです」

『ハハハ、長く艦にいると体が鈍りそうになるからな。筋力トレーニングは部下よりもやっているぞ。まだまだお前たちには負けていられないからな』

 

どうやら、休暇には入れてもらってないみたいだとエイミーは思った。第四十二機動打撃群はその名の通り、機動性に長けた部隊である。運用にあたっては、内陸部攻撃に向いた大型の陸上戦艦(・・・・)を母艦とし、行動している。長く艦にいるとの事だから、おそらく作戦行動に出るのだろうとエイミーは予想した。

 

「そうですか…………くれぐれも、オーバーワークだけは気をつけてください。ただでさえ大佐は人一倍早く起きて、人一倍遅くまで仕事しているんですから」

『肝に銘じておこう。しかしだ少尉、俺に直接通信をしてきたという事は…………何かあるのだな?』

「…………その通りです」

 

司令官にはばれてしまうか…………エイミーは自分が何かを考えているという事を感づかれてしまった事に、司令官って凄いなぁ、と思ってしまったのだった。しかし、気持ちを切り替えて、真剣な表情でダグラスと向かい合った。

 

「実言うと、大佐にお願いがありまして…………」

『なんだ、その願いってのは? とりあえず言ってみろ。事はその後で判断してやる』

 

エイミーは一度呼吸を整え、一拍開けてから言葉を紡いだ。

 

「——私に、他国の生徒と模擬戦を行う許可をお願いします」

 

その言葉にダグラスは少し訝しげな表情をした。まずい、この顔をした以上、事の真意を問うてくるのは明白だ——一筋縄でいかない事は理解していたが、出だしからダメ出しを食らいそうになる事だけは避けたかった。

 

「い、いや、そのですね…………一応、私も軍人ですので、こういった模擬戦のような事を行う際には上官から許可を得なければと思い至りまして…………」

 

必死になってそれとなく理由付けをするエイミーではあるが、元の理由が一夏の敵討ちのようなものであるため、なかなかいい理由が出てこず、ダグラスの前であたふたとしてしまう。あぁ、これじゃダメだ——瞬間、エイミーはそう悟った。こうなれば自分の解雇と引き換えにでも、と考えた時だった。

 

『そう畏まらんでもいい。こちらを発つ前に言ったが、模擬戦をするのは大歓迎だぞ。第一、そこは法律があるようでないにも等しい場所だ。模擬戦の一つや二つを勝手にやったところで処罰などせんよ』

 

相変わらずの真面目屋だ、と言ってダグラスは豪快に笑う。逐一報告をしてくるのは結構だが、もう少し力を抜いてもらいたいと彼は思っている。彼自身、エイミーの事を自分の娘のようにも見ている節があり、また部隊を一つの家族のようにも捉えているからこそ言えることである。

一方のエイミーは、まさかあっさり許可が得られ、また派遣前に言われていたことを忘れていた事とで、自分は一体何をしていたんだと頭を抱えこんだ。尤も、日本に来る時は一夏と再会できるという事しか彼女の頭の中にはなかったのだが。

 

「で、では、こちらの判断で自由に行っていいと…………?」

『その通りだ。判断はお前に一任する』

「例え、相手が精神的に深いダメージを負う事になってしまったとしても…………?」

『それは向こうの精神が脆いだけだろう。そのような脆弱な者が兵器を扱おうものなら大惨事に繋がるぞ。お前の裁量で構わん。少し鍛えてやれ』

「——了解しました。ご相談にのっていただきありがとうございました。それでは、失礼します」

 

通信回線を切ったエイミーは椅子にもたれかかった。これで許可は下りた、後は自分でその段取りをつけるだけだ…………一先ず大きな作業を終えたエイミーは、一度眠りにつく事にした。だが、一夏の容態が不安になり、ベットに入ってからも寝付ける事などなく、レーアからの報告を受けるまで起きていたのだった。

 

 

翌日。エイミーは千冬の元へと向かっていた。その手にはあのメモリーチップが入ったタブレット端末を持っている。自身の担任にこの証拠を突き出す事で、少し協力を得ようという考えからだった。

 

「それで、話とはなんだ?できれば手短にしてくれ。昨日の件であまり眠れていないのでな…………」

「昨日の件と大きく関係あります。…………できれば人目のつかないところでお話できませんか?」

 

昨日の件、という言葉に千冬は反応した。一夏の第一発見者である彼女が何か情報を得てきたのかもしれない、そう直感で思ったのだ。千冬は寝不足からくる軽度の目眩に耐え、席から立ち上がり、ハンドサインでついてくるように指示を出した。エイミーもその意図を掴んだのか、その後を追い、職員室を後にした。しばらく歩き続けて、千冬はそこで立ち止まった。あたりは人の気配など無く、大勢の生徒で賑わう学園とは思えないほど静かである。

 

「…………この中なら大丈夫だろう。中に入るといい」

「失礼します」

 

エイミーが連れてこられたのは、初日に一夏も世話になった応接室である。千冬としても、まさかこんな短期間に二度も使う羽目になるとは、と内心ぼやいていた。この応接室が使われるのは、進路での相談やカウンセリング等の目的がほとんどだが、それでもこの一年の最初の一ヶ月も経たないうちに、カウンセリング目的で二回も使用される事など、千冬は経験していなかった。

 

「さて…………昨日の件についてと言っていたな。話を始める前に一言言わせてくれ…………紅城の命を助けてくれてありがとう。お前のおかげで私はあいつを喪わずに済んだ。あいつに代わっても礼を言わせてもらう」

「いえ…………私の命は一夏さんに救われたようなものですから、今度は私が一夏さんを救う番ですし…………礼を言われるような事はしてませんよ」

「お前がそういうのならそういう事にしておこう——話を戻すか。それで、何かわかったのか…………?」

 

千冬に問われたエイミーは持ってきたタブレット端末を彼女の前に出した。表示されているのは件の動画ファイル。

 

「一先ず、こちらをどうぞ」

 

エイミーはその動画を再生する。惨状は途中からのものであるが、一夏の苦しむ声と一夏を罵倒するような言動が生々しく、千冬は思わず眉間に皺を寄せ、苛立ちを募らせていく。

 

「…………なんなんだ、これは」

「ある者から匿名で渡されたデータの一部です。決して合成とかそういうものではないことは、専用のシステムを用いて確認しています」

「という事は…………紅城は虐めを受けた、という事になるのか…………?」

 

千冬の問いにエイミーは力無く首肯するで答えた。できれば事実であってほしくなかったが、目の前の彼女が嘘をついているようにも思えず、これが現実である事を受け入れざるを得なかった。何故、あんな心優しい妹が虐められなければならないのだ——人当たりが良く、誰から見ても好感が持てる、そして愛する一夏が虐められたとだけあって、千冬が到達した怒りは計り知れないものとなっていた。しかし、ここで感情を露わにするのは愚の骨頂であると判断した千冬は、無理やり理性でそれを押さえつける。

 

「そうですね…………そして、これが今回一夏さんを襲った連中のリストです」

 

エイミーもまた怒りが湧いてきそうになったが、一度心を落ち着かせて、冷静にリストを公開する。載っている人物は、どれもこれも自分の受け持っているクラスに在籍している人間ではない事に千冬は気がついた。だからこそ、一夏が襲われた理由がより一層わからなくなってくる。唯一繋がりとして考えられそうなのは、映像の中で暴行を加えている生徒たちが言っている『リーガン』の言葉のみ。そこに行き着いた千冬は思わず声に出していた。

 

「もしやこいつら…………ファルガスが退学したのは紅城の所為だとでも言っているのか…………!?」

「恐らくその通りだと思います…………四人とも同じ事を言っている上に、ここに来る前にリーガン・ファルガスとの交流があったことがこの資料に書かれています。…………無理のあるこじつけ、といったところでしょうか? 聞いていて胸糞悪くなりましたよ」

 

エイミーは千冬には見えないよう机の下で拳を強く握りしめていた。自分で証拠を提示しておいて、それを見て再び怒りを覚えた事は仕方のない事である。

 

「…………証拠の提供に感謝する。後は奴らに天罰を下せばいいだけだな」

「それについてなのですが…………私に連中との模擬戦許可をお願いします」

 

ここに来てエイミーは本題を打ち出した。もとよりエイミーは連中がこの先どうなるのかなんて事に興味はない。あるのは、自分で連中を叩きのめしたい、そして一夏の前で謝らせたいという思いだけだった。

 

「何故模擬戦——と思ったが、お前達の事だからな。鉄拳制裁というわけか…………」

「単なる報復みたいなものですけどね…………ですが、今の私が一夏さんにできる事はこのくらいですから…………」

 

エイミーはそう言って千冬から目をそらす。結局、一夏の事を守ると言って何もできなかった…………それを負い目に感じているのか、若干卑屈になっていた。

 

「そう言うな。私は紅城と古くから付き合いがあるが、あいつは自然と人を惹きつける。お前のようにあいつの事を大切に思う奴がいてくれて私は嬉しく思っているぞ」

「…………すみません」

「褒められて謝るバカがどこにいるんだ、全く」

 

そう言われて頭を小突かれるエイミー。そんな彼女の様子に千冬は少しだけ心が救われたような気がする。やり方は間違っているのかもしれないが…………それでも、これほどまでに一夏を慕ってくれる仲間が周りにいる。その事実だけでも、今の荒みかけている彼女の心の支えとなりうるものであったのだった。

 

「模擬戦に関しては双方の合意が無ければできないが、可能な限りできるよう手配しておいてやろう。他に何か要望はあるか?」

 

千冬としては自らの手で報復を行いたいところだが、教師が表立って報復に加担するのは色々と各方面からのバッシングが来ると判断した為、少しでもエイミーの支援を行う事を決めた。

 

「そうですね…………では、模擬戦は私と彼ら四人でお願いします。それだけで構いません」

「おい待て!? お前らの機体には絶対防御がないんだぞ!? 下手をしたらお前は——」

 

千冬はそこまで言って口をつぐむざるを得なかった。思わず視界に入ってしまったエイミーの表情。目は真っ直ぐ自分を見つめ、その口角は少しだけつり上がっている。千冬はその表情に見覚えがあった。しかし、それは人のものとは違う。まるでそれは——

 

「忘れたんですか? 私は、米陸軍第四十二機動打撃群の一員ですよ? 誰を怒らせたのか…………骨の髄まで教えてあげます」

 

——獲物を前に闘争本能を剥き出しにした、猛獣そのものであるかのようだった。

 

 

「——それで、結局こういう状態になったというわけか」

「別にこの状況に不満はありませんしね。そう言うレーアこそ、楽しみにしているんでしょ?」

「そうに違いない」

 

三日後。第二アリーナのピットにて、エイミーとレーアはそう軽口を叩き合っていた。エイミーは既にパイロットスーツに着替え終わっており、ヘッドギアも装備している。エイミーが千冬に提案した模擬戦は、そのあまりにも舐めているような条件に神経を逆撫でされた四人組によって、あっさりと行う事に決まったのだった。向こうの四人組は未だにアリーナへと出てきてないが、いずれ出てくるであろう。

 

「そういえば、一夏の容態なんだがな…………未だに目を覚まさないそうだ。担当医が言うには暴行を受けた際のストレスが原因と言っているが…………」

「大丈夫…………というわけじゃないんですが、一夏さんならきっと目を覚ましてくれますよ。アーテルからも生き残った人なんですから」

 

そうだな、とレーアは少し笑みをこぼした。確かに未だに目を覚まさないという事は不安になる。だが、自分が今不安に思ったからといって、一夏が目を覚ますわけでもない。それが起きるのは漫画の世界だけだ、エイミーはそう思っている。故に、今の自分ができる事をやるしかないのだ。加えて、一夏がアーテルの一撃を受け重傷を負っても生きていたから、きっと目を覚ましてくれると彼女は信じていた。尤も、あの時と状況は大きく異なっているが。

 

「一応、向こうの機体のリストはこんなところだ。目を通しておくといいぞ」

「レーア、ありがとう」

「礼には及ばないさ。私とお前の仲だろう?」

「…………そうですね♪」

 

レーアはエイミーにデータの纏まっているタブレット端末を手渡した。

 

「編成としては打鉄が二機、ラファール・リヴァイヴ一機、そしてメイルシュトロームが一機だ」

「メイルシュトロームなんて、また癖の強い機体を…………」

「打鉄とリヴァイヴは学園の訓練機で、武装も基本装備からほとんど変更はない。だが、問題はメイルシュトロームだな」

 

レーアはエイミーが持つタブレット端末を操作して、メイル・シュトロームの情報を表示する。エイミーが持った第一印象は、一夏に打ちのめされ、一夏が苦しむ原因を作ったあのリーガンが使っていたブルー・ティアーズに酷似していることだった。

 

「メイルシュトロームにはあのアホ代表候補が持っていたビット兵器によく似た有線式浮遊砲台ユニットが二基搭載されている。中身は実弾な上にサイズの関係上、私達が生身で扱う小銃と同じだが…………バイザー部に万が一被弾した場合はわかるよな?」

「まぁ、ウェアウルフの装甲が頑丈ってのはわかってるけど、バイザーに当たったら下手したらザクロになりますからね」

「加えて、向こうはあのアホに影響を受けたのか実弾スナイパーライフルを装備。近接戦用に何か短刀等を装備している可能性もある。充分注意しておけよ」

 

正直、向こうがリーガンと似たような構成の機体を装備したが故に、エイミーの怒りを更に煽るかもしれないとレーアは思った。以前も似たようなことがあり、その前の作戦でエイミーの同僚を殺した機体と同じ構成のアントに対してオーバーキルとも取れる攻撃を加えていた。仲間を大切に思える彼女だからこそ、大切な人を貶められた時、どんな事をしでかすのかわからない。

 

「わかりました。レーアも情報ありがとうございます」

「だから、礼はいらないと言っただろう。向こうもアリーナに出たようだ。早く行くといい」

「はい。では、少しあの四人組を始末してきますね」

 

そう笑顔で答えたエイミーは胸から下げていたドッグタグを握った。

 

(行きますよ、ウェアウルフ)

 

心の中で念じられた言葉に反応して、ドッグタグを中心に正六角形の非発光体がエイミーの全身を包んでいく。中心から非発光体は崩壊していき、そこからは以前のカーキ色ではなく、ダークグレーに塗装し直された装甲が露わになった。また、装備も一部一新されており、腰部アーマーにはエクステンドブースターが無理やり取り付けられ、両腕には榴雷のシールドが接続されていた。この機体が、修復と強化を受けたエイミーの機体、M32B[ウェアウルフ・ブラスト]である。

 

「——網膜投影、スタート」

 

その言葉とともに、エイミーの視界に映るものは暗闇からピット内の景色へと変わった。機体を動かし、そのままピットの出口へと向かっていく。その後ろ姿を見ていたレーアはふとこう思った。人狼(ウェアウルフ)の皮を被った子供の(グリズリー)が歩いていた、と。

一方の当の本人はそんな事を気にせず、轟音と土煙を立ち上げながら、アリーナへと降り立った。すでに四人組は武器を構えており、照準を合わせればすぐにでも攻撃が可能と言った状態だ。その事はウェアウルフが警報を煩く鳴らしていることからも伝わってくる。初期ロックは先にかけられてしまっているが、それはアント戦ならいつものことだとエイミーは別段驚く様子もない。

 

「ようやく来たみたいね。私達に、それも同時に四人も相手にするなど…………少し頭がおかしいのかしら?」

「向こうはアメリカだから、脳筋なのよ。ハンバーガーとコーラで出来ているようだしさ」

「野蛮さでは向こうが上のようだけどな」

「それ、バッドステータスじゃないの?」

 

エイミーに向けて侮辱とも取れる言動を口々にする四人組。しかし、その程度で怯む彼女ではない。

 

「やっぱり、紅茶ばっか飲んでるような欧州の連中は違いますね。頭の中は茶葉みたいにカッサカサでペラッペラ。ああ、だからあのアホ代表候補もクビになったんですか。納得する証拠を見せていただき、ありがとうございます」

 

むしろブチ切れている彼女の方が相手を貶すことに置いて上なのかもしれない。全身装甲というフレームアームズの特徴のおかげで、バイザーの下に眠る獰猛な笑みは相手に全く見えていない。しかし、コケにされた方は全くもって面白くない。ましてや四人は全員無駄にプライドが高く、リーガンを崇拝している節がある。エイミーの挑発は彼らの怒りを買うのに十分だった。

 

「こいつ…………ッ! 言わせておけばッ!!」

「発砲の許可を出してくださいッ!!」

「リーガン姉様を侮辱してぇ…………っ!!」

「皆さん、攻撃開始!! あの無礼者に、あいつと同じ末路を辿らせますよ!!」

 

激昂した四人組は構えていたライフルを一斉にエイミーへと向け直し、トリガーを引いた。軽快な音共に銃弾がエイミーへと降り注ぐ。エイミーは両腕のシールド下部を地面へと突き刺し、鉄の雨を凌ごうとする。

 

(このペースなら、向こうの残弾はあと八秒程度…………余裕です)

 

周囲に着弾する銃弾が土煙を上げてエイミーの姿を消し去っていく。そして、彼女の姿が完全に土煙に覆われた時、四人組の武装は弾切れとなった。

 

「これならもうあいつは終わったでしょ?」

「大口叩いてこの程度とは、拍子抜けだったわね」

 

しかし、勝利を確信していた彼女達は弾倉交換を行う事はなかった。圧倒的な戦力差。それが彼女達の確信をより一層強め、視界を狭めていたのだった。だからこそ、彼女達は気がついていない。試合終了のブザーはまだ鳴っていないことに。同時に、グリズリー(エイミー)も目覚めた事に…………。

 

(敵を前に油断とは…………慢心もいいところです!!)

 

突如として響き渡る重厚な音と共に、土煙を突き破って二発の砲弾が飛来してくる。直撃コースではないにせよ、油断しきっていた彼女達に避ける術はない。

 

「なぁっ!?」

 

エイミーの放った二発の特殊砲弾は四人組の眼前で起爆する。砲弾に詰められていたのは炸薬ではなく、何かゲル状の物体——硬化ベークライトだ。今まで経験したことのないものが飛んできた事に動揺を隠せず、回避もままらなかった彼女らの機体にベークライトが付着していく。攻撃性を持ったものでないが故に、シールドバリアも絶対防御も機能せず、装甲表面や関節部にベークライトは張り付き、固まっていった。

 

「な、なんでよ!? なんでシールドバリアが機能してないのよ!?」

 

シールドバリアが機能しなかった事に打鉄乗ったベルギーの生徒はさらに動揺する。シールドバリア、および絶対防御は機体及び操縦者にダメージを与えるものからの防御にしか機能しない。それには加速による強烈な圧力や毒性物質も含まれる。しかし、エイミーの放ったベークライトは毒性など全くない人体に無害な物質。故にIS側が防御の必要性無しと判断したが故の結果だった。直様体勢を立て直そうとブースターを噴かすが、それは叶わなかった。

 

「え、煙幕!? 小癪な…………ッ!!」

 

突如として張られた煙幕により視界は劣悪なものになる。ハイパーセンサーの恩恵があるとはいえ、最後に頼るのは自前の光学センサー——目だ。何も見えないところで行動する事に人間は恐怖を覚えやすい。体勢を立て直そうとした彼女は最早精神的にも物理的にも動きを止められてしまったのだ。

 

「で、でも、こんな煙幕くらい——ぐうっ…………!?」

 

煙幕を切り払おうとした時、彼女の身体は何かに押さえつけられた。よく見てみると大きな拳によって握られている。次第にその力は上がっていき、本来なら悲鳴をあげることのない打鉄のシールドが圧壊寸前となった。

 

「——そのまま、死んでください」

 

彼女を握り締めていた本人——エイミーは、躊躇いなく彼女を地面へと突き刺したのだった。金属が潰れ、引きちぎれる音が不気味に響き渡る。

エイミーのウェアウルフの拳は普通のフレームアームズとは全く違うシロモノとなっている。一般的なマニピュレーターよりも遥かに大きく、そして禍々しい。実態は一種の武装であり、オーバードマニピュレーターと呼ばれるものだ。一般的な武装を扱う事は不可能となるが、その代わりに凶悪な近接戦闘能力を得られるというもの。それを両手に装備しているエイミーの姿は、凶暴なグリズリーそのものだ。地面へとめり込まされたベルギーの生徒は動きを止めた。一応死んでないことを確認すると、次のターゲットに狙いを定める。

 

「——次は貴方ですね」

 

エイミーは履帯ユニットを展開、一気に加速する。ウェアウルフ(轟雷)の特性は戦車に似ており、その展開速度の速さも一つに挙げられる。その加速した先にいるのは、もう一機の打鉄をまとったオランダの生徒。

 

「エリーザ!? くそっ! この野郎!!」

 

仲間がやられた事に怒りをあらわにした彼女ではあるが、アサルトライフルを向けるも弾は一向に出てこない。無理もない。彼女は弾倉交換をしてないのだから。弾切れとなったライフルから出てくるのは虚しく鳴り響く撃鉄の音のみである。

 

「アホですか? まぁ、あのアホ代表候補の下にいたのですから、アホなのは変わりないでしょうけどね」

 

エイミーはそんな露骨な隙を逃す事などなく、両背部の低反動滑腔砲を放った。吸い込まれるように着弾した成形炸薬弾はオランダの生徒を派手に吹き飛ばす。衝撃の強さに彼女は地面へと叩きつけられた。

 

「やらせないわよ!! カバーに入りなさい!」

「了解しました!!」

 

しかし、それを守るかのようにイギリスの生徒が纏うメイルシュトロームから放たれた有線式浮遊砲台ユニットが邪魔をしてくる。エイミーは軽く舌打ちをすると、浮遊砲台ユニットに向けて滑腔砲からキャニスターを放った。無数の鉄球が放たれ、浮遊砲台の進路を妨害する。二基の内一基が鉄球の波に飲まれ破壊される。それを見て危険と判断したのか、イギリスの生徒は浮遊砲台ユニットを引っ込めた。エイミーはその間に未だ体勢を立て直すのに手間取っている二機のもとへと突っ込むが、向こうが立ち直る方が僅かに早かった。

 

「逃すと思っているんですか?」

「きゃあっ!?」

「ぐっ…………!」

 

エイミーは二門の滑腔砲の照準を二機のブースターにそれぞれ合わせた。正確に照準されたAPFSDSは二機のブースターを貫き、再び体勢を崩させる。

 

「こ、のっ…………ちょこまかと逃げないでください!!」

 

自分の後ろにスナイパーライフルの一撃が通過していくが、エイミー自身に当たる気配はない。

 

(この程度の回避で当てられないとか…………雑魚と呼ぶにも烏滸がましいですね)

 

向こうが一マガジン分撃ち切ったのか、弾は飛んでこなくなった。変わりに来るのはさらに精度が悪すぎる浮遊砲台からの一撃。しかし、そのサイズ故に攻撃力はISのシールドバリアを削るくらい。フレームアームズの装甲に到達したところでどうという事はない。その程度の威力では履帯すら破壊できないと判断したエイミーは体勢を崩した二機に迫る。

 

「こ、来ないで! 来ないでぇっ!!」

 

半狂乱となって叫ぶスウェーデンの生徒はエイミーに向けて弾倉交換したサブマシンガンを放つも、エイミーはシールドを前面に展開し、速度を緩めることなく突っ込む。その姿にスウェーデンの生徒は恐怖した。攻撃を意に介さないその姿は、例え銃を食らっても突っ込んでくる(グリズリー)——彼女にはウェアウルフがそう見えたのだった。

 

「邪魔です」

「きゃあっ!?」

 

気づいた時には既に遅い。エイミーに襟首を掴まれた彼女は投げ飛ばされ、地面を無残に転がされる。エイミーはそんなものはどうでもいいとばかりに、動けずにいる打鉄の方を見据えた。

 

「あ…………あっ…………あ、ああっ…………!!」

 

赤く光るバイザーを見たせいか、声にならない悲鳴をあげるオランダの生徒。異様な両手とも相まって、その恐怖は計り知れないものである。そんな様子を見てもエイミーは別になんとも思わない。

 

「時間もないので、さっさと果ててください」

 

握りしめた拳が情け容赦もなく振り下ろされた。モロに叩き込まれた拳は顔面を地面へと沈みこませる。沈み込んだところを中心として地面に亀裂が入った。打鉄の装甲は見るも無残にひしゃげてしまった。そのまま拳を開き、その凶々しく尖った爪が装甲を引き剥がす。ブースターを潰された機体に飛ぶ翼など無い。尤も、その主が気を失った今、飛ぶ術など失っているのだが。

 

「次」

 

エイミーはエクステンドブースターを点火、その場からおよそ元のウェアウルフとは思えない機動性を発揮し、投げ捨てたリヴァイヴへとその牙を剥いた。あまりのことに動くことができなかった彼女は、辛うじてシールドを構えた。リヴァイヴのシールドは極めて強固であると言われており、単純な強度で言えば打鉄よりも上と言われることもあるものだ。

だが、現実は非情なものである。エイミーは拳を開き、シールドへとその鋭利な爪を突き立てた。不快な金属音が鳴り響き、いとも簡単にシールドは貫かれる。エイミーはそれを握りつぶし、引き剥がすように奪い取り、その辺へと投げ捨てた。もはや声も出ない。目の前にいるのは、今にも自分を襲おうとしている魔獣。羆なんてものじゃ無い。今まで体験したことのない恐怖にさらされながら、奥歯をガタガタと鳴らすしか彼女にはできなかった。

 

「恨むのなら、こうなった自分を恨んでください」

 

だが、そんな彼女をエイミーは無慈悲に爪を突き立て、一気に引き裂いた。打鉄同様、装甲はズタズタに引き裂かれ、原型がわからないほどになる。止めと言わんばかりに、左の拳による殴打が叩き込まれ、そこで彼女の意識は現実から切り離された。

 

「そ、そんな…………戦力差は四倍もあったのよ…………こっちはISなのよ…………なのに、どうして…………!?」

 

あまりにも凄惨な状況に残されたイギリスの生徒は信じられないといった声を出した。自分たちは最強のISを纏っている、しかも四機もいる——火力でなら、あの模擬戦のように一方的な展開になったかもしれない。だが、一夏の榴雷と比べて火力が貧弱そうなエイミーのウェアウルフ相手ならどうということは無い、負ける要素は無い——そう信じていた。だが、現実はどうだ。たった一機に、それも近接格闘戦で潰されている。

 

「模擬戦の中止を申請します! こんなの…………模擬戦なんかではないわ! こんな品のない戦いを続ける意味などない!」

 

彼女は模擬戦の即時中止を申請した。自分の知っている模擬戦などではない。こんな品のない野蛮な戦いなど、崇高なISの試合であってはならないという彼女の思考がそうさせたのだった。

 

『貴様は何を言っている? お前は習わなかったのか? ISの試合には、どちらか一方を戦闘不能にする以外に大まかなルールはないぞ。細かなレギュレーションはあるだろうが、ローチェはそのどれにも違反していない。故にお前のその理由での申請には応じられん。以上だ』

 

しかし、彼女の申請は無情にも棄却される。この模擬戦の監督は彼女がリーガンよりも崇拝している千冬だ。千冬も一人の代表であるため、このような試合に異議を唱えてくれる、彼女はそう思っていた。だが、千冬はそんな生易しい考えを生憎持ち合わせていなかった。千冬の言う通り、ISの試合は公平化を司るルールは基本存在していない。あるのは、どちらかを戦闘不能にするだけ——操縦者への直接攻撃は競技違反であるが、この場合においてはそれは適用されない。聞いていた千冬もまた、そんな甘い考えが世界に通用すると思っていたのかと、頭を抱えた。

一方のイギリスの生徒、自分の崇拝する千冬が自分の言葉を聞き入れてくれなかったことに半ば絶望していた。何故…………自分は間違った事を言っていない——そう思っていた。しかし、その考えはかつて一夏と模擬戦をしたリーガンと同じもの。歪んだ思考を持っていた者に魅せられたが故に、自身も歪んだ思考に染まっていたのだった。

 

「そんな…………!!」

「残念でしたね。残りは貴方だけのようですし、さっさと終わらせます」

「くっ…………! この、減らず口——きゃあっ!?」

 

最早時間をかける必要もない。エイミーは躊躇いなく滑腔砲を交互に二発ずつ放った。通常弾頭であるが、それでもISに対しては十分な火力があり、装甲やスタビライザーを破壊していく。

 

「し、しまっ、ビットが——!!」

 

砲撃でビットの制御ユニットを破壊されたのか、メイルシュトロームのビットは使用不可能となった。残されているのは残弾一発のスナイパーライフルと近接短刀のみ。かろうじて使える近接短刀を装備しようとするも、普段使ったことのない装備であるが故に、展開までかなり時間がかかってしまった。戦闘において大きな隙を晒した彼女は、眼前に迫りつつあるグリズリー(エイミー)の前では格好の獲物であった。

 

「がっ…………はあっ…………!?」

 

エクステンドブースターによる加速を受けた膝蹴りをまともに受けた彼女は、勢いよく肺の空気を吐き出される。それは皮肉なのか、彼女が一夏にしたものと全く同じ攻撃であった。

 

「ふんっ」

「ッ——!?」

 

そのまま仰け反った身体は、頭を蹴り飛ばされることで地面への落下コースをたどった。榴雷ほどではないが、それでも陸戦兵器であり強固な装甲が特徴であるウェアウルフの蹴りだ。頭を大きく揺さぶられ、ブラックアウトしそうになるが、地面に叩きつけられた衝撃で意識はかろうじて繋ぎとめられた。

しかし、それは却ってダメージを大きくする一因になったかもしれない。薄れた意識は彼女の目に入った光景——自分の首を掴み締め上げようとしてくるエイミーの姿が尋常じゃない恐怖を駆り立てる。轟音とともに、凶々しい爪が自身の首筋を掠めて地面へと突き刺さった。彼女はあまりの恐怖に涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてしまった。

 

「そういえば、聞いておきたい事があったんでした」

 

エイミーはふと思い出したかのように、彼女へと問うた。一体何を聞かれるのか、正直に答えたら解放してもらえるのか——今、状況を支配しているのはエイミーである事をようやく理解した彼女は、何を聞かれても答えようと心に誓ったのだった。プライドなどどうだっていい。目の前の魔獣にはそんなものは通用しない事が、身が滅びる寸前で気づいたのであった。

 

「あなた方が一夏さんを襲った、それで間違いないですよね?」

「そ、そうよ! 私たちがやったわよ!」

「では、あの場で一夏さんにした事以外でやった事はありますか?」

「な、ないわ! あとは何もやってないわよ!!」

「そうですか…………」

 

エイミーは彼女達が一夏を襲った事を知ってはいたが、一応確認の為彼女らに聞いたのだった。

 

「貴方…………もしかして、あいつの肩を持つって言うの!? 我が盟友リーガンをこの学園から追いやったあいつを!?」

「何を言っているんですか? あのアホ代表候補は自分で自分の首を絞めていたんですよ? おかげで強制送還になったようですが。それを他人のせいとしてなすりつけるとは…………人としての器が知れますね」

 

彼女は思わず苦虫を潰したような顔をした。誰しも人としての器が知れると言われればそうなるかもしれない。だが、彼女はそう言われても仕方のない事をしてしまったのだから、反論の余地はない。

 

「どうやら、試合は終わりのようですね」

 

エイミーは何を思ったのか、彼女の首筋に当てていた爪を引き抜いた。そのまま彼女に背を向け、ピットへと戻る素振りをする。

 

(この一発で…………この私をコケにした報いを受けさせます…………!!)

 

地面へと伏せさせられた彼女は残弾一発のスナイパーライフルをエイミーの背へと向けた。一矢報いるつもりなのだろうか、このまま無様に負けるわけにはいかないと、わずかに残っていたプライドがそうさせていたのだった。そして、彼女はトリガーを引いた。

 

「——貴方の負けで」

 

だが、スナイパーライフルの弾はエイミーに届きすらしなかった。まるでそうされる事がわかっていたかのように、エイミーは履帯ユニットを展開、ドリフトまがいの事をして、彼女の後ろへと回り込んだ。彼女が気付いた時は既に遅い。エイミーは爪で搔き上げるように、彼女の身体を宙へと舞い上がらせる。重力に従って落下してきたそれを、今度は渾身の力を込めたストレートを叩き込んで吹き飛ばした。壁面近くであった事も関係してか、壁に叩きつけられ、そのまま地に崩れ落ちる。凄惨な光景の広がるアリーナにはエイミー、ただ一人だけが立っていた。破壊を尽くしたグリズリーは漸くその怒りを鎮める事となったのだった。

 

「——戦闘…………終了」





機体紹介

M32B ウェアウルフ・ブラスト

第四十二機動打撃群所属のエイミー・ローチェ少尉専用機として改装されたウェアウルフ(轟雷)である。両肩に射撃用センサーを搭載している他、両背部の低反動滑腔砲、両腕部のシールド等、原型機とは違って左右対称となる機体構成をしている。また、近接戦闘に対応した調整も施されており、跳躍や展開の補助としてエクステンドブースターが二基ほど腰部アーマーに搭載されている。武装も低反動滑腔砲を除けば、近距離から中距離に対応した装備で構成される。

[低反動滑腔砲]
ウェアウルフ(轟雷)の主兵装。両肩に搭載されたセンサーと併用する事で走行中も高い射撃精度を誇る。各種砲弾を運用可能。

[サブマシンガン]
携行性の高い武装。装填弾数は少ないが、高い発射レートを誇る。なお、ウェアウルフ・ブラストには同系統の武器としてアサルトライフルも搭載されている。

[オーバードマニピュレーター]
フレームアームズのマニピュレーターを超大型化し、攻撃用にした武装。通常形態と超硬度メタル製クローを展開した『デストロイ形態』、カノンユニットを展開した『カルテット形態』をとる事が可能。エイミー機に搭載されたものはデストロイ形態で固定されている。これを両手に展開したウェアウルフ・ブラストは、その野性味あふれる獰猛な姿となる為、『グリズリー』と呼称される事もしばしばある。





今回は本編で大暴れ(?)したエイミーのウェアウルフ・ブラストでした。
感想及び誤字報告お待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.21




どうも、紅椿の芽です。
前回、長く書きすぎたせいもあってか、その反動で今回は前回より短めです。
では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「…………まだ目覚めないんですね…………」

「うん…………ずっとこんな状態だよ…………」

 

模擬戦の翌日、エイミーは一夏の眠る病室を訪れていた。襲われた日からだいぶ時間が経ったというのに、未だに目を覚まさない一夏の様子を、エイミーはかつてドイツで行った作戦の時の一夏と重ねてしまった。そう感じるたびに唇を噛み締めてしまう。

 

「それよりも雪華さん、少し休んでください…………ずっとここにいるんですよね」

「いいよ…………私はまだ大丈夫だから…………」

 

そうエイミーに答える雪華であるが、その目の下には隈ができている。雪華は一夏が入院してから学園に顔を出しておらず、ずっと一夏のそばにいた。正直、食事を取っているのかどうかも怪しいと思われているレベルだ。そんな状態の彼女は否が応でも休ませるべきだと判断したが、エイミーにはその言葉が喉につっかえて出す事ができなかった。

 

「そうですか…………」

 

やっとの事で出せた言葉も無理やり納得するような感じの言葉だ。慰めにも何にもならない。いや、慰める事ができなかったと言った方が正しかっただろう。自分ができたのは、ただの報復だけ…………自分は助けになれていない、そうエイミーは考えてしまった。

 

「でもさ…………こう言うのは不謹慎だってのはわかってるんだけど…………一夏、やっと休む事ができたかなって…………」

「それ、どういう意味ですか…………?」

 

雪華の放った意外な一言に、エイミーは驚きを隠せなかった。これほどの事があったというのに、どこか少しほっとしているような表情をしている彼女の心情がエイミーにはわからない。なぜそんな表情ができるのだ、エイミーの疑問を募るばかりだ。

 

「こっちに来る前から一夏には休みなく仕事があったからね…………基地の防衛に、機体や武器の稼働テスト。こっちに来てからは書類作業も増えてきたし…………休みなんてほとんどなかったんだよ。だから…………こんな時くらい休んで欲しいかなって…………」

「そう、だったんですか…………」

 

実際、一夏に休みなどほとんどなかったと言っても過言ではない。報告書の作成に、アント襲撃に備えての周辺警戒、護衛としての警戒…………体は休めたとしても、気が休まる一時はなかった。だからこそなのだろう、このような形になってしまったが、一夏が休みを取る事ができた事を嬉しく思っているのは…………。なお現在、護衛として派遣されている部隊の指揮は箒がとっている。箒としても一夏が目を覚まさないのは心配ではあるが、誰かが仕事を代わりに引き受けなければならないという事で彼女が引き受けてくれたのだ。

 

「…………でも、できれば早く目を覚まして欲しいかな…………?」

 

ふと、そう言葉を漏らした雪華の顔は、その名が示すように雪の華のように儚い笑みを浮かべていた。エイミーは思わず彼女から顔をそらし、俯いてしまう。その表情は彼女にとって見るに堪えないものだった。

 

(…………全く…………こんなに皆さんに心配をかけているんですよ…………早く目を覚まして下さい…………! 一夏さん…………!!)

 

この人は一体どれだけ心配をかけたら気がすむのだろうか——エイミーは内心そう思っていた。今にも自分の心は握りつぶされそうなほどに苦しい思いをしている…………目を覚ましたら何か一言言わなきゃ気が済まない、そう心に誓った。

そんな時だった。

 

「…………ぅ…………うぅ…………っ…………」

 

ベットの方から聞こえてきた細い声。エイミーは思わず顔を上げた。視界にはベットから無理やり体を起こそうとしている一夏の姿が入ってくる。驚いたのはエイミーだけではない。ずっとここで一夏の事を見守り続けていた雪華も驚きを隠せなかった。待ち望んでいた事が目の前で起きているというのに、二人ともあまりの嬉しさに声が出せない。

 

「…………あ、あれ…………? 雪華…………? エイミー…………? どう、したの…………?」

 

——この瞬間、一夏が漸く目を覚ましたのだった。

 

 

「——そうですか! 一夏さんが目を覚ましたのですね!!」

『はい! やっと…………やっと、目を覚ましたんです…………ぐすっ…………よかったです…………!』

「エイミーさん泣かないでくださいまし…………では、また後ほど連絡いたしますわ」

 

エイミーより連絡を受けたセシリアは、英国七大貴族(セブンスブライト)より出された帰還命令に従ってイギリスにいた。ケータイを閉じたセシリアは議事堂にいるガルヴィードの元へと向かう。一夏が目を覚ました事は嬉しいが、今目の前にある案件は心底あきれ返るようなものであったが故に、セシリアは心労が溜まっていた。

 

「ガルヴィード様、ただいま戻りました」

「わざわざすまないな、セシリア。そして、サラ・ウェルキン代表候補生」

「は、はい! が、ガルヴィード様にそのような事を言われるなど、き、恐縮です! 」

 

この場にいるのはセシリアとガルヴィードだけではない。イギリスの代表候補生、サラ・ウェルキン。IS学園二年生である彼女はなぜ自分がこのような場所に呼ばれたのかわからない。自分は一般的な庶民であり、このようなイギリスを代表するような有名な貴族が集うところに来るのは非常に場違いな気がしていたのだ。

 

「Ms.ウェルキンよ、そこまで丁寧な言葉を使わなくても構わない。君の普通で話してもらったほうがこちらとしてもやりやすいのだ」

「は、はい!」

 

ガルヴィードにそう言われるもサラの背筋ば伸びきったままだ。真面目な性格ゆえ、目の前の大物の前で砕けた態度をとる事ができないでいた。無理もない。目の前にいるのはイギリスの全貴族の頂点に立つ英国七大貴族にしてその総括者、ガルヴィード・ウォルケティア。普通の者なら彼の前で砕けた態度などとる事は不可能にも等しい。しかし、ガルヴィードにとっては、この立場にいるが故に硬い言葉遣いで話される事が多く、砕けた口調で話してもらったほうが気が楽なのである。そんな様子を、サラ先輩も難儀ですね、と思いながらセシリアは眺めていたのだった。

 

「それでだ、オルコット女公。貴公からの報告では、また我が国からの生徒——そして欧州からの生徒が問題を起こしたそうだな?」

 

セシリアの心労の原因となっているのは、あの欧州からの生徒達による一夏への暴行の件である。ついこの間、リーガンが一夏への侮辱ともとれる言動をしたことに対して処罰を下したばかりなのだ。心労が溜まっているのはセシリアだけでなく、ガルヴィードも同様だ。セシリアから連絡を受けた時など、我が国の生徒にはまともな者はいないのか、と頭を抱えたほどである。セシリアはため息を吐いてから口を開いた。

 

「先日の報告の通りですわ…………我がイギリスの生徒を含む四人組が紅城中尉へ暴行し、四人とも現在同じ部隊に所属しているアメリカからの派遣軍人、エイミー・ローチェ少尉によってしばかれました。被害としては、学園の訓練機三機が中破、イギリスの生徒へと貸与されていたメイルシュトロームが大破。四人は若干精神が不安定になっている、との事です」

「そうか…………その者たちには後ほど処罰を下すとしよう。IS学園にもこちらから欧州を代表して謝罪を入れる。紅城中尉には…………詫びとしてかける言葉がないな」

 

セシリアの報告にガルヴィードは眉間を押さえてしまった。無理もない。これほどまでの被害を引き起こした原因が自分の国からの者であるのだ。それに、ついこの間も失礼な真似をしてしまった一夏に対して再び申し訳ない事をしてしまったのだ…………ガルヴィードは思わずため息を吐いた。

 

「オルコット女公、紅城中尉への詫びは君の方からしてもらっても構わないか? 私には彼女に謝罪する権利がない。少なくとも、この手で摘み採れなかった悪意の芽があった以上は、な」

「ガルヴィード様が悪いわけではありませんわ! 未然に防ぐことのできなかった私にも責任があります…………このセシリア・オルコット、その命を謹んで受けさせていただきます」

 

セシリアもガルヴィードもこの場にいる者は誰にも罪がないという事は分かっている。しかし、ガルヴィードは人の上に立つ者として、下の者が犯してしまった罪を自分のものと同じように捉えているのだ。彼が誰からも好感が持たれる理由はそこにあるが、それが一番の弱点でもあったのだった。

 

「そうか…………頼んだぞ、オルコット女公。さて、Ms.ウェルキン、すまない。少し暗い話が続いてしまったな」

「い、いえ…………気にしないでください」

 

サラはなんでもなかったかのように答えるしかできなかった。自分の知らないところで起きたていた恥部とも呼べる愚行を初めて知った事が彼女にとって衝撃が大きかった。以前代表候補資格を剥奪されたリーガンも彼女の後輩にあたる。実際彼女に指導をしていたこともあるのだ。専用機としてメイルシュトロームを預けられた者もまた代表候補にはなれなかったが、自身の後輩である。そして両者共に女尊男卑の傾向が強く、サラがいくら言っても治る事はなかった。その事実をこの場とここに至る道中で聞かされた彼女は、自分がしっかり教えていればこんな事態にならなかったのではないかと考えてしまった。今回の件は広義的に見れば自分にも非があるかもしれない、そう彼女は思った。

 

「ここから先は明るい話だ。君にも大きく関係がある。心して聞いておいてくれ」

 

そんな彼女の心情を知る由もないガルヴィードは話を変えた。明るい話と聞いて、自分の曇っていた思考が少し晴れるような感覚がサラには感じられた。ガルヴィードも先ほどとは違う、少し喜ばしそうなことがあったような表情となっている。横で見ているセシリアもガルヴィードと似たような表情だ。一体何を言われるのだろうか、サラは疑問を抱いた。

 

「君に、我が国の第三世代IS、ブルー・ティアーズを託す。どうにも、技術者の(英国面)に火が付いたようでな、修理作業が恐ろしく早く完了したのだ。適性、成績、そして人格を総合的に判断した結果、君が扱うに相応しいと判断した」

 

自身も想像ができなかった答えがガルヴィードより出された。専用機——第三世代機を渡される事は、代表候補生からしたら夢のような事である。代表候補生全てが専用機を持てるわけではない。コアに限りがある以上、殆どの代表候補生は選りすぐりの代表候補生の保険、もしくは代替品のようなものだ。サラも好成績を収めてはいたものの、他人に専用機が託されるという事となり、半ば予備としての扱いだった。専用機などは夢のまた夢、彼女はそれでも訓練機で代表候補生として好成績を収めてきた。そして、新世代機開発により新たな適性——BT適性を検査する事となり、それでも高い数値を出した。だが、貴族ではないという理不尽な理由が出され、その機体はリーガンの元へと送られてしまう。後輩がそれを受け取れるほど技能が高ければ、それを教えた自分の評価も高くなる——そう考えたサラはめげる事などなく、自分を信じて頑張ってきた。結果として、リーガンはお払い箱送りとなり、IS学園にいるイギリスのまともな代表候補生はサラのみとなってしまった。そんな中飛び込んできた専用機の話——しかも、当初は自分の機体となるはずだった機体だ。彼女は喜んだが、同時に疑問も抱いた。

 

「そ、その…………ガルヴィード様、不躾ですが質問よろしいでしょうか?」

「質問する事に対して不躾とは思わないが…………何か不満な事でもあるのか?」

「い、いえ! その…………本当に私でいいのでしょうか? 以前もその話があった時、貴族ではないという理由で話が消えました。私はガルヴィード様やセシリアのように貴族の生まれではありません…………そんな私が専用機持つのに相応しいのか、と…………」

 

代表候補生の多くは貴族や上流階級の生まれが多かった。一方のサラは一般的な家庭に生まれたのだ。彼女はいつの間にか自然と周りにコンプレックスのようなものを抱いていた。それでも慕ってくれる後輩がいた事を嬉しくは思っていたが、あの一件以来、自分は貴族の血がないから専用機を持つのに相応しくない、と思い込むようになってしまったのだった。ガルヴィードはそれを聞いて、少しため息をついてから言葉を出した。

 

「こんな私が言うのもなんだが…………君の生まれが専用機を持つか持たないかに関係する事はない。決めるのは、努力と結果だ。生まれが良かろうとも、結果を出せぬものはそれまでだ。だが君は、結果を出しているではないか。IS学園での学年別トーナメント、訓練機でよく二位へとたどり着いたものだ。私は素直に尊敬するよ」

 

それにだ、とガルヴィードは言葉を続ける。

 

「君は曲がった事が嫌いそうな性格をしているからな。女尊男卑など嫌いだろう?」

「は、はい…………そんな横暴染みた事を平然とする風潮にはいささか抵抗があります…………」

「生憎、私は女尊男卑主義者が此度の件と前回の件で信用できなくなったからな。君のような公平に物事を考えられる人間なら任せられると判断したまでだ」

 

この理由で満足か? とガルヴィードは付け加える。サラとしてもこの上ない理由を言われたため、心から納得する事ができた。何よりも、自分の努力や結果を形あるものとして認められた事に、今度こそ心から喜んだ。あまりの嬉しさに思わず声が出なくなり、首肯で答えるしかできなかった。

 

「では、これより君にはブルー・ティアーズの試験任務を命じる。今後の次世代機開発の礎と、我が国の技術発展の為に尽力してくれたまえ」

「は、はい! 任務をこなせるよう、精一杯努力させていただきます!!」

 

ガルヴィードより向けられた期待の声に、サラはそれに応える意思を表明すべく自然と敬礼の型を取っていた。おそらく緊張しているのだろう、セシリアはサラのガチガチに固まってしまっているその動作を見て思わず頬が緩みそうになってしまった。だが、この場で自分がそのような表情になるのはいかがなものと思い、真剣な表情を保った。

 

「それでは、Ms.ウェルキン、こちらへ」

 

ガルヴィードはサラを手招きした。それに従って彼女はガルヴィードの元へと歩みを進めたが、あまりに緊張しすぎていた為か、右手と右足を同時に出すという状況に陥ってしまう。それを見たガルヴィードは、もう少し気楽にしてもいいのだが、と内心思うが、サラからすれば大物に呼び出されるという事自体慣れるものではないため、自ずとそうなってしまったのだった。

 

「これより、ブルー・ティアーズは君のものだ。期待しているよ」

 

サラの手には蒼いイヤーカフス——ブルー・ティアーズの待機形態——が乗せられた。それはまるで新しい主人を迎える事に喜びを感じているかのように、一瞬その蒼を輝かせた。

 

「は、はいっ!」

「ははっ、よろしい。話は以上だ。オルコット女公、彼女と共にIS学園に出向したまえ」

「了解いたしましたわ。では、私共はこれにて」

 

ガルヴィードからそう指示を受けたセシリアはサラを先導するように、議事堂から退室しようとする。そんな時、ガルヴィードが思い出したかのように声を出した。

 

「ああ、Ms.ウェルキン。一言言い忘れていた。最初から相応しいと見られる人間なんていないさ。誰もが相応しいと思われるように努力する事で、いつしか相応しいと見られるようになる。君もそうであるように研鑽するといい」

 

フッと言って目を閉じるガルヴィード。彼自身この地位につけたのは、自分が残した功績があってのもの。それまではセブンスブライトの中にいるとはしても、ただの一席にしか過ぎなかった。故に、サラはそれをしらないわけだが、彼女は彼の言葉に自然と重みが感じられたのだった。

 

「そう言えば、何故セシリアは専用機の枠に入らなかったの? あなたの実力なら選ばれてもおかしくないはずよ?」

 

議事堂を後にしたサラはセシリアに思わずそう問うた。セシリアが軍に属する前、共にISの訓練をしていたのだ。だからセシリアもサラの後輩ともとれる。サラよりは劣るが、セシリアにはそれでもセンスがあるようにとれる様だった。だからこそ、彼女が選ばれてもおかしくはないという結論に至った。なのに、選ばれなかったのは何故なのか、彼女は疑問に思った。

 

「そう言われましても…………私には他に任務がありますし、試験任務よりも実戦任務の方が得意ですから。コンセプトが違う機体を二機も扱うのは私にはできませんわ。それに、軍属である以上、いつ命を落とすかわかりません。ガルヴィード様は、特化点と全体を総合的に捉えて判断なさりますから、サラ先輩の方が優っていたという事なのでしょう」

 

セシリアからの回答はガルヴィードからの回答と似ていたものだった。唯一違う点は、セシリアが軍人でありいつ死ぬ身かわからないという点だ。また、鈴のようにISとフレームアームズを両用してもいいが、セシリアのフレームアームズ——ラピエールにはブルー・ティアーズに通ずる武装であるビット兵器が搭載されていない。コンセプトも長距離狙撃支援機と中距離広範囲射撃機と異なり、運用も違ったものとなる。鈴の持つバオダオとIS[甲龍]のコンセプトが近いから同時運用ができたのだ。若干一名ほど(一夏)、コンセプトが全く違う機体を二機扱っているが、セシリアにそんな芸当は残念ながらできなかった。また、自身はFAパイロットである事に誇りがあり、ISの専用機に対してもほとんど興味がなかったのだった。

 

「そ、そうだったの…………」

「ええ、そうですわ。ですが、サラ先輩に負けないよう切磋琢磨していきますわよ?」

「それはこっちのセリフよ。後輩にはまだ負けないんだから」

 

そう言いながら二人は、帰りの便へと乗るべく、手配された超音速機が待機している空港へと向かったのだった。

 

◇◇◇

 

私が目を覚ましたら、なんかベッドに寝かされていた。鼻に薬の匂いがつーんとするから多分、病院とかそういうところの場所に寝かされているんだと思う。そして、目を覚ましたら目の下に物凄い隈を作っている雪華と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているエイミーがこっちを見てて…………その直後、私に抱きついてきたんだよね。抱きつかれた時に、腕とか背中とかから少し痛みがしたけど、ちょっと顔をしかめるくらいだったから大丈夫だと思う。

 

「よかった…………目を覚ましてくれてよかった…………」

 

一旦私から離れた雪華とエイミーだが、エイミーは少し部屋を出ている。残った雪華は涙ぐんだ声で心から嬉しそうな声をしている。一体、今度は何日くらい寝ていたんだろうか…………前は確か三日くらいだったはず。

 

「ねぇ、雪華…………私って何日眠っていたの?」

「確か、今日で一週間くらいだったはずだよ…………」

 

一週間も眠ってたの…………私は一度気絶すると長期間眠る体質にでもなってしまったのかな…………? 今回も体のあちこちが痛いし、右足の足首は完全に固定されている。右足首は捻った記憶があるし、全身が痛いのは多分蹴られたりしたからその痣だと思う…………。

 

「そうなんだ…………ところで、今って誰が部隊指揮してるの?」

「箒が代理でやるって言ってたから、任せてる」

「そっか…………多分、当面は前線に出れなさそうだし、しばらくの間は箒に指揮を任せる事にするね」

「私の口からそれを伝えておくよ」

 

まぁ、箒なら大丈夫かな? 第零特務隊という万事屋に所属しているわけだし、部隊指揮くらいは造作もない事かもしれない。そう考えると、今の私って…………臨時とはいえ指揮官としてこれでいいのかなと不安になってくる。結局、こんな感じに仕事不能状態に陥ってみんなの足を引っ張っちゃったわけだしさ…………本当、私ってなんなんだろうね。

 

「その…………一夏?」

「うん? どうかしたの、雪華?」

 

雪華は私にその隈が目立つ目を私に向けてきた。どうしたらそんな隈ができるのさ…………? もしかして、ずっと寝てなかったりするのかな? そんな目で心配そうな目を向けられてもね…………逆にこっちが心配になってくるんだけど。

 

「いや、なんだかさ…………すごく悲しそうな顔してたから…………心配になっちゃって…………」

「そんな顔で言われたらこっちが心配になってくるよ…………ほら、こっちにおいで」

 

私は雪華をベットの方に手招きした。椅子から立ち上がってこっちに向かってくる雪華だけど、どこか足元がおぼつかない様子だ。多分、ほとんど寝てないどころか、ご飯もろくに食べてないんだと思う。そうじゃなかったらここまで衰弱しているような感じはないよ。とはいえ、私も指先とか腕とかに力がうまく入らないんだけどね。

 

「な、なに? いち——」

 

足がもつれてしまったのか、私の方に倒れこんでくる雪華。私は彼女を優しく受け止めてあげた。受け止めた衝撃が全身の痣に響いたけど、このくらいならなんともないよ。

 

「心配してくれてありがとう…………でもね雪華、今の自分の顔を見てみて。逆に心配しちゃうからさ…………だから、今は少し休んだ方がいいよ」

「で、でも…………」

「いいから休んで。私はこうやってちゃんと目を覚ましたんだから…………だから、自分の体を大切にして」

「全く…………一夏には…………言われたくない、よ…………」

 

雪華はそう言って、ベットに寄りかかるように眠ってしまった。すぐに寝息を立ててきたことからかなり疲れていたんだと思う。私はベットの布団の上に乗っていたバスタオルを雪華にかけてあげた。雪華の顔はかなり安らいだような顔をしている。相当心配させちゃったんだなぁと思うとともに、指揮官として部下に心配をさせてしまった事に申し訳ない気持ちになった。私は雪華の頭を撫でながらそんな事を考えていた。それにしても雪華の髪ってさらさらしてるなぁ…………撫でているとなんだか気持ちよくなってくる。ふと視線をサイドテーブルに向けると、その上には私が携行を許可されている拳銃が置かれていた。おそらく持ってきたのは雪華だろう。それを手に取った私は弾倉の中身をチェックする。…………全弾装填済み、かぁ…………一度も使ってないから弾が減ってるなんてことはないしね。

 

「すみません…………各方面に連絡をしていました」

「いいよ、気にしないで。どこに連絡していたの?」

「箒さんにセシリアさんや鈴さん、レーアに秋十君と織斑先生ですよ。皆さん大喜びしてました!」

 

病室に戻ってきたエイミーは物凄く喜んでいる表情をしていた。うーん…………もしかしなくてもエイミーにもかなり心配をかけてしまったかもしれない。エイミーは私がこうやって意識を失うのを見るの二度目だし…………本当に申し訳ない。

 

「そうなんだ…………でも、当面安静なんでしょ?」

「まぁ、そうですね…………全身に打撲が複数箇所、右足首を捻挫ですからね。正直前よりも長く眠っていたので、心配で心配で…………」

「その…………ごめんね」

 

思わず謝ってしまった。指揮官ってのは部下の不安を取り除くのも仕事だっていうのに…………却って不安を与えて心配させてしまったからね。本当、指揮官として失格だよ…………。

 

「あ、謝らないでください! これは仕方なかった事なんですから…………」

「そうかもしれないけどさ…………」

「それに、今回一夏さんは被害者なんですし…………指揮官を守るのが私達の役目ですから…………それができなかった私達こそ申し訳ありません…………」

 

逆に謝られてしまった。確かにこれは仕方のない事なのかもしれないけど…………あそこで私が無理にでも突破して寮に帰っていたらこんな事にはならなかったような気がするよ。だから、決してエイミー達が悪いなんてわけがない。

 

「気にしないでよ…………この話は終わりにしよ? 私絡みのことで悩まられるのはあんまり好きじゃないからね。それに、私はちゃんと生きているんだから…………」

「そ、それはそうですけど…………まぁ、一夏さんがそういうのなら…………」

 

エイミーは渋々といったような感じで納得してくれたようだ。なんかこんなやりとりを前にもしたような気がする。渋々といった表情がなんだかおかしくなって、思わずエイミーの頭を撫でてしまった。

 

「わ、わっ!? な、撫でないでください! 私そこまで子供じゃないですよ!?」

「ついエイミーが私の妹みたいな感じに見えちゃったからね。気に障ったかな?」

「い、いえ別に! …………む、むしろ良かったですぅ…………」

「うん? 何か言った?」

「な、なんでもないです!!」

 

なんだか、こうやってあたふたとしているエイミーが可愛く見えてきた。普段から言われている私が言うのもなんだけどさ、エイミーには少し幼い感じが残っている感じがするからね。もし、私に妹がいたらこんな感じなのかな、とつい思ってしまった。

 

「そ、それよりも、一夏さん。何か欲しいものとかありますか? すぐにでも用意しますよ?」

 

急に話題を変えてきたエイミー。まぁ、このまま暗い話を続けられるよりはマシだからね。それにしても欲しいもの、かぁ…………前は正直する事がほとんどなかったし、派遣だったから娯楽用品とか持って行けなかったから時間つぶしなんて外の景色を眺めるくらいしかなかったっけ。エイミーは私のお世話係になってたけど、他にも仕事あったようだしね。でも、今回は学園生活という事で少しばかりの娯楽用品を持ってきている。折角持ってきたんだから使わなきゃ。

 

「それじゃ、私の部屋にある本を持ってきてもらってもいいかな? あとはケータイとか」

「わかりました! それじゃすぐに持ってきますね!」

「あ、それと、返事は少し小さい声でね?」

 

私はそう言って今も眠り続けている雪華を指差した。その意図を理解したエイミーは小声で『す、すみません…………』と謝ってから部屋を出て行った。部屋には静寂が訪れた。聞こえてくるのは雪華の寝息と外で鳴いている鳥の声だけ。本当なら心が安らぐひと時なのかもしれない。でも今の私は——

 

(あ、れ…………なんなんだろう…………この、手の震え…………)

 

——心のどこかが震えていたような気がする。この時点で、今自分に何が起きているのか、理解できていなかったのだった。







今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。


余談だけど、一夏ちゃんが読んでる本って、原作ArkPerformance大先生の海洋冒険SFの小説とかだと思うんだ、きっと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.22



NFS様、ナケダマ様、評価をつけて下さりありがとうございます。



今回、トラウマを抉るような表現が一部含まれています。
それが苦手だという方はブラウザバックを推奨します。



それでも大丈夫という方は、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「一夏はまだ病み上がりなんだから、早く寝るんだよ?」

「ずっと寝てなかった雪華には言われなくないかな?」

「そうですよ、雪華さん。では、また明日来ますね」

「うん、じゃあまた明日ね」

 

雪華とエイミーはそう言って病室を後にしていった。エイミーが連絡を入れた後、箒や鈴、レーア、秋十、そしてお姉ちゃんまでもが集まったよ。セシリアは諸用でまたイギリスに帰っているとの事だ。それにしても大変だったよ…………鈴はものすごい勢いで泣きついてきたし、箒は私の事を守れなかったとかって言って謝ってくるし…………レーアや秋十、お姉ちゃんみたいに落ち着いていて欲しかったけど、それだけ心配をかけてしまった訳だから、気がすむまでそうさせていたよ。おかげで雪華が起きちゃったけどね。

病室は本当の意味で静かになった。この部屋にいるのは私一人。箒達は先に帰ったし、エイミーと雪華もさっき帰ったしね。聞こえてくるのは波の音と近くを通って行った海鳥の声だけ。夕暮れ時というのものも相まってか、どこか侘しくて、切ないものがあった。けど、私はなぜかどこかそわそわとした気分になっていた。

 

(さて…………早速暇になっちゃったし、本でも読んでいようかな?)

 

どうにも今の私は何かしないと落ち着きそうにない。とりあえず本を取ろうと手を伸ばした。でも…………その手先はなんだか少しだけ震えているように思える。自分で意識してやっている訳じゃないし、やっても何も意味がないことはわかっているからね。

 

(なんだか変な感じがする…………)

 

嫌な予感がした私は本を太ももの上に置き、一旦拳銃を手に取った。ごく平凡な性能を持つ拳銃だけど、殺傷能力だってちゃんとある。もし、こんな変な状態で手に取ってしまったら…………何をするかわからない。そこに不安を感じた私は、拳銃から弾倉を引き抜いた。抜き終えたフル装填済みの弾倉はサイドテーブルの引き出しにしまわせてもらうことにする。これで、万が一手にかけても発砲する危険性はない。引いてもただ撃鉄が落ちるだけだから大丈夫だ。まぁ、もし私に危害を加えてくるような人がいたらとは思ったけど…………多分、そういう人も学園の人がほとんどだろうから傷つける訳にいかない。使うとしても、それは威嚇行為だけに留めておかなければならないからね…………。

一先ず弾を抜いた拳銃はサイドテーブルの上に置いておくことにした。これなら別に使われても問題ないし、こんな状態の私が使っても弾が出ることはない。その事に安心した私は再び本へと目を落とした。結構、この本面白いんだよ。といっても、前に秋十に薦められた本だから普通の女の子が読むのとは違うと思うけどね。だって近未来海戦モノだし。でも、この主人公とヒロインの距離が凄く焦れったくて、ヒロインを応援したくなるんだよ。前に読んでいた時は、ここより数ページ前で誰かに飛ばされちゃったけどね。

 

(あ、あれ…………震えが…………止まらない…………)

 

少し本のページめくりが悪いな、と思ったら、自分の指が小刻みに小さく震えていた。やっぱり変な感じがする…………だって、一番盛り上がるところを読んでいるはずなのに、全然そうならないし…………何より心がなんだか苦しい感じがするよ。なんでなんだろ…………目を覚ましてからずっとこんな感じだ。訳がわからない。一体、私はどうしちゃったの…………?

 

(とりあえず…………もう一回寝てみよ…………もしかすると良くなるかもしれないし)

 

そう考えた私は栞を挟んで本を閉じ、もう一度軽く寝ることにしたのだった。

 

 

気がつくと、私は見覚えのあるところにいた。周りには鉄柵、暗くて湿っていて少し肌寒い空間——独房だ。前にもここにきたことはあるけど…………どうして今ここに私がいるのかがわからない。とにかく、ここにいたらロクな目に合わないことは既に経験済み。私はここから逃げ出そうとしたけど…………

 

(う、うそ…………!? か、体が…………動かせない…………!?)

 

両手と両足には枷が嵌められていて、しかもそれは壁に鎖で繋がっているようだ。そのせいで手も足も動かすことができなかった。動かしても、ただ鎖の音が虚しく鳴るだけ。声を出そうにも猿轡をつけられていて出せない。

 

(な、なんでこんな事に…………!?)

 

状況は理解したけど、ここからどうしたらいいのかわからない。逃げる事は…………まず無理だ。…………まるであの時の尋問と同じパターンだよ。あの時は手錠をつけられたり、椅子に縛り付けられたりしたけど…………今回はそれ以上だ。動きを封じられ、逃げの一手も打てない。口を塞がれている以上、助けを呼ぶことなんてできない。なにもできないことが怖くて…………思わず足が震えてしまった。

そんな時だった。突然目の前の鉄柵が砂のように崩れ去っていく。崩れ去った後に残ったのは何処までも広がる黒い空間。先が見えないのがより一層恐怖を駆り立てる。こ、こんな事…………は、初めてだから…………怖いよぉ…………。正直、アントよりも怖いと思ってしまった。頭の中は逃げたい一心で一杯になっていた。

 

(あ、れ…………?)

 

そんな中、私の視界にあるものが入ってくる。人影が一つ、私の方に向かってくるのがわかった。服装からして、IS学園の生徒だと思う…………こんな黒ばっかりのところで唯一白い制服を着ているわけだから目立たない訳がない。次第に人影は近づいてくる。ここからの距離じゃまだ相手の表情はうかがえない。全くわかんなくなってきたよ…………。ようやく、自分の目で相手の表情が見える距離になった時、私は心が何かで突き刺されるような感覚を感じた。だ、だって…………目の部分は暗くなっていて読み取れないのに、不気味に口角を釣り上げた口元だけがはっきりと見えてるんだから…………。まるでその口は私のことを嘲笑っているような感じだった。

 

(ど、どういう事なの…………!?)

 

彼女から目を逸らして右を向くと、同じように不気味に口角を釣り上げた口元だけがはっきりと見える女子生徒の姿があった。その気味の悪い笑い声が少しずつ、音量を上げて聞こえてくるようだった。再び目を逸らして左を向くと、こっちも同じ…………気がつけば、私の前方は似たような表情を浮かべている女子生徒で埋め尽くされていた。視界に入るものは全て、気味の悪い笑みだけ…………こっちの気分が悪くなってくるのと、同じような表情が幾つも有るのが怖くて涙が出てくる。

 

(こ、怖い…………! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃぃぃぃぃっ!! なんなの、この人達!? だ、誰か…………助けて…………!!)

 

心の中で助けを呼ぼうとしても、それが届くわけなんてない。じりじりと彼我の距離は詰められていく。なんとか必死にもがいて逃げ出そうとしたけど、ただ鎖がぶつかり合って音がなるだけで、手錠から解放されるなんて事はない。逃げ出せない事に、私は心の底から恐怖を感じていた。

 

『——裏切り者』

(え…………?)

『——邪魔なのよ』

『——品位が下がるわ』

『——私たちに泥を塗ったゴミ』

 

そんな時、私にはそんな心無い言葉が浴びせられていた。口元は相変わらず嘲笑っている。それがあまりにも不気味で…………私の心はまるで何か大きな針で至る所から突き刺され続けているような感覚に襲われた。しかも…………近づいてきた事でやっとわかった事なんだけど…………みんなその手にナイフのようなものを持っている。

 

(ま、まずい…………!! い、嫌…………嫌だ…………嫌だよぉ…………っ!! お、お願い…………! 外れて…………外れてよッ…………!!)

 

間違いなく私の事を刺しにかかってくるはずだ。すぐにでも逃げたい…………必死になってもがくけど、鎖の音がなるだけで、枷が外れる気配なんて全くない。代わりに腰につけているであろう拳銃のホルスターがもがいて揺れるたびに当たってくる。そんな風に私が必死になってもがいているのを見てなのか、向こうの嘲笑っているのが少し強くなったような気がした。

 

『——無様よね』

『——裏切り者にはちょうどいいわよ』

『——穀潰しらしいし、いいんじゃない?』

『——目障りなのよ』

『——どうせ居場所なんてないんでしょ』

『——ISを使わない奴に価値なんてないわ』

『——ランクも最下位だし』

『——生きてる意味ないんじゃない?』

 

私の事を否定してくるような言動のせいで、気分が恐ろしく悪い。ケタケタという気味の悪い笑みがより一層強くなったような気がする。そして、手に持っているナイフをみんな正面に構えている…………距離なんてほとんどない。い、嫌だ…………嫌だよ…………!! こ、こんなところで死にたくなんてない!! だけど、声にして出せないわけだから、そんな事が彼女たちに伝わる事なんてなく、どんどんにじり寄ってくる。私の恐怖はピークに達していた。

 

(こ、来ないで…………来ないで…………!!)

 

首を振って涙を撒き散らしながら、来ないでという意思を表示するが、私の思いが通じる事なんてない。嘲笑っている声に加えて、迫ってくる足音が聞こえてくる。恐怖がピークすら超えて、さらに襲ってくる。

 

(来ないで…………来るな…………来るな…………来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁ——ッ!!)

 

 

「——来るなぁぁぁぁ——ッ!!」

 

来るな…………私に近づくな…………それ以上近づいたら、私は——

 

「——あ、あの、紅城さん!? わ、私です!! ふ、副担任の山田ですよ!!」

 

どこかほんわかとしたような声を聞いて、周りが少し良く見えるようになってきた。部屋は明るい…………目の前には病室の壁…………枷や猿轡なんて嵌められてない…………手には拳銃を構えている…………その先にいるのは、

 

「——やま、だ、せんせい…………?」

「そ、そうですよ!! わ、私です!! や、山田です!! だ、だから、そのハンドガンを下ろして下さ〜い!!」

 

山田先生だった…………それ以外に人影はない。どこか安心した私は銃を下ろした。そ、そういえば銃弾って…………よかった…………弾倉は入っていない。でも、ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。弾が入っていないとはいえ、拳銃を——それも何の罪もない人に向けてしまったんだ。しかも——こんな事を言うのは何だけど——それを向けた相手は気の弱そうな山田先生…………私は今この場から逃げ出したい気持ちになっていた。

 

「はふぅ…………びっくりしましたぁ…………で、でも、紅城さん、大丈夫ですか? だいぶ魘されていたようですけど…………」

「…………はい…………その、すみませんでした…………いきなり銃を向けて…………」

 

私は山田先生から顔を逸らして謝った。謝るときは相手の顔を見てやれってお姉ちゃんからは言われているけど…………今、この時だけはそれができなかった。他人と目が合わせられそうにない…………さっきの夢なのかどうかすら怪しいあれのせいで…………見えなかった目のせいで、相手が何を思っているのかを知りたくなかった。こんなことを思いたくはないけど…………山田先生の優しい声の裏にも何かあるんじゃないかと思ってしまった。

 

「い、いえ…………気にしないでください! 紅城さんも何かあったみたいですから、仕方ないですよ!」

「…………そう言ってもらえるだけ嬉しいです」

 

やっぱり目を合わせるのは無理だ…………目を合わせるのが怖い。すごく失礼かもしれないけど、今の私を守るにはこれしかない。

 

「だって私は先生ですから! ところで、食欲とかありますか?」

「…………少し、なら」

「では、紅城さんに食事を持ってきますね。少し待っていてください」

 

そう言って山田先生は病室を後にしていった。病室にいるのは私一人。外は暗い事からすでに夜担っているようだ。それよりも…………ダメだ、思い出したくないのに、頭の中にあの夢の言葉が流れ込んでくる。ち、違う…………嫌だ…………私は…………私は…………ッ!!

 

「…………うぷっ…………ぉぅぇっ…………」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになって、吐き気が襲ってくる。胃の中が空になっているおかげで、中身が出てくる事はなかったけど…………気分の悪さは最高潮。嫌だ…………気持ち悪い…………吐きたい…………。いろんなものがこみ上げてきて、それを全て体の外に出したいのに、出せないというジレンマを感じていた。

 

「はあっ…………はあっ…………」

 

吐き気が治っても、動悸と息切れが待ち構えていた。原因はあの夢だと思うけど…………それの原因がわからない。落ち着いてきても、涙が溢れ出てきて辛い…………何なの、これ…………。感情がかなり不安定になっている事が否応でもわかってしまった。そんな時、不意にドアがノックされる。思わず私は身を縮めて、身構えてしまった。

 

『紅城さーん、起きてますかー? 食事持ってきましたよー?』

 

ドア越しに山田先生の声が聞こえてきた。その事に少しだけ安心するけど…………でもやっぱり、目だけは合わせられそうにない。

その後、私はぶっきらぼうに返事をして、山田先生を中に入れたけど…………正直言って、今は一人でいたいのか、それとも他人と一緒にいたいのか…………それすらもわからなくなっていたのだった。

 

◇◇◇

 

俺——秋十——はここ最近、心配事になっている事がある。言うまでもない、一夏姉の事だ。正直千冬姉から一夏姉がいなくなったって聞いて、その後一夏姉とかなり仲が良いエイミーから、一夏姉が虐められていたって事を知った。主犯はエイミーが潰したとかって言ってたけど…………問題はその後だった。一夏姉は一週間近い間眠っていたわけなんだけど、目が覚めた翌日から態度が少しおかしかった。俺が病室に入っても目をそらされるし、俺だけじゃなくて箒や鈴を始めとした一夏姉にお付きの人達にもどこかよそよそしい態度を取っていた。さらにある時は、

 

『く、来るなぁぁぁぁ——ッ!』

 

見舞いに来たクラスのメンバーに拳銃を向けてしまうという世にも恐ろしい事態になってしまう事もあった。その後で一夏姉は平謝りをして、みんなも一夏姉が疲れて気が動転しているから仕方ないって納得してくれて、一夏姉がクラスから除け者扱いされる事はなかった。それがせめてもの救いだと思ったぜ。クラスでは一夏姉、なんだかんだで好かれているし、いろんな相談にのっているらしいから、好感度はかなり高い。一夏姉の優しさが、結果として一夏姉の場所を守ってくれたというわけだ。

しかし、いかんせんこんな状態が続くのは非常によろしくないと俺は思っている。精神的に異常をきたしていると判断されて、一週間は経過観察と言われているが、このままにしていても何も変わることなんてないだろう。下手したら悪化するかもしれない。でも、俺、箒、鈴、雪華、エイミー、レーア、セシリア、そして千冬姉と山田先生がケアをしたけど、効果はあまりなかった。ここまでやってダメなら…………俺には最後の手段が思いついていたが、それはある事のせいで使う事が出来ない。だから…………その下準備をする事にした。

 

「それで…………その、姉貴分の人、大丈夫?」

「いや…………全然大丈夫じゃねえわ。何とかしないと本気でやばい」

 

俺は昼休み、いつも昼飯を食っているメンバーから抜け出して、四組の方へと向かった。飯に関しては購買でいろいろ買っておいた。そんなわけで、四組にいたとある少女を連れ出して、屋上へと来ていた。俺が連れてきた少女——水色の内跳ね気味の髪にルビー色の瞳、そして眼鏡型ディスプレイが特徴的な女子、更識簪だ。知り合った理由は俺に白式が渡された時に、彼女も専用機である打鉄弐式を渡されていた。その時に同じ企業の機体を使っているという理由でなんだかんだで仲良くなった。彼女がいろんな意味で俺の作戦の成立条件を満たす鍵を持っているのだ。

 

「具体的にどうやばいの?」

「できれば他言無用で頼めるか?」

 

俺がそう言うと簪は首を縦に振って肯定の意を示してくれた。一応話しておけば何とかなりそうだし、状況が変わる可能性だってあるからな。

 

「そうだな…………飯は一日一食しか手をつけない、それもほとんど食べられないからオートミールだけ。寝ると悪夢を見るらしくてここ最近はほとんど寝てない。精神も不安定な状態が続いていて、悪夢を見た直後は拳銃を向けてしまうんだとよ…………」

 

正直、俺がこんな風に昼飯を食っている間も一夏姉は悪夢にうなされているのかもしれない。やっとの事で一夏姉が幸せになれると思っていたのに…………そう思った矢先がこれだ。俺がこうして何事もなく時間を過ごしているのが非常に申し訳なく思ってきた。それを聞いた簪もどこか重い表情をしていた。

 

「そう、なんだ…………それで、私にどうしろって? 多分、私は力になれないよ?」

「いや、十分力になるんだ。頼む! 俺に力を貸してくれ…………!」

 

この際男のプライドなんてどぶに捨ててやる。それで一夏姉を助ける一手に繋がるなら…………俺は両手を合わせて簪に頼み込んだ。ここで断られたら、この先の話にすら持っていけない。

 

「まぁ、同じ企業で専用機貰った好だし…………どうなるかわからないけど、私でよかったら手を貸すよ」

 

返ってきた答えは、俺の期待を裏切らないでくれた…………よかった、なんとか希望は繋がった…………! だが、本題はここからだ。内容次第ではこの手を振りほどかれる可能性だってある。そうなったら全て終わりだ。

 

「ありがとな!」

「うん…………それで、私は何をしたらいいの?」

「それなんだがな…………更識楯無って生徒会長だよな?」

「うん」

「生徒会長って結構権限あるんだよな?」

「うん」

「で、お前の名字って会長のと一緒だよな?」

「…………無駄に勘がいい。そうだよ、生徒会長は私のお姉ちゃんだよ」

 

ビンゴだ。別に俺は簪をそのネタで揺するつもりなんてない。一夏姉にも前に言われたからな…………人はそれぞれ、その人はその人、自分は自分だから、誰かと誰かを比較するのはしないほうがいい、ってな。無論、俺はその約束を破るつもりはない。

 

「で、私とお姉ちゃんの関係を知ったところで、どうするつもり?」

「まぁここからが本題だ。お前にしか頼めない事だ」

 

俺は簪の方に向き直る。これを棄却されたら最後、俺は全ての手を失う事になる…………本当、酷い賭けだ。俺は意を決したように口を開いた。

 

「——お前に、俺と会長の繋がりを作るきっかけになって欲しい」

 

 

「——任された仕事が余りにも軽すぎて拍子抜けしたんだけど」

「う…………そ、それを言わないでくれ」

 

放課後、俺たちは生徒会室へと向かっていた。だが、まぁ…………うん、簪に頼み込んだ事が、彼女にとってはかなりお安い御用らしく、拍子抜けされた。どうやら、あの生徒会長、アホらしいくらい簪の事を溺愛しているそうだ。故に、相当ちょろいらしい…………それでいいのか生徒会長。

 

「生徒会室はここ」

 

たどり着いた先にあったのは、教室であるが、ここだけ扉が木製になっている。謎の高級感が少し漂っているぞ…………だが、ここにあの生徒会長がいる…………そう考えただけで手に汗が滲んできた。よし…………行くぞ。

 

「し、失礼しま——」

 

重々しい音を立てて扉は開いた。そして、真っ先に目に入ってきたのが、書類の山に飲まれて死にかけている水色の髪の人がいた。…………一体どういう状況に放り込まれたのか、俺の頭は理解を放棄したような気がした。そんな彼女の横では、黙々と仕事を続けている真面目そうな生徒と、のほほんとした雰囲気を放つクラスメイトののほほんさん(本名、布仏本音)がいる。

 

「…………これ、なんていう状況なんだ…………?」

「…………私の家系の残念な面が先に出てきた」

 

簪はこの光景をみて若干頭を抱えているようだった。千冬姉の部屋にも負けないカオスっぷりだと、俺はこの瞬間思った。そう考えていると、死にかけていた水色の髪の生徒が起き上がる。簪とは内跳ねと外跳ねの違いはあるものの、かなり似た顔立ちをしている。やはり、簪の言う通り姉妹なんだな…………。

 

「あら、いらっしゃい、簪ちゃん。そして——ようこそ生徒会へ、噂の男子君」

 

そう言って人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。彼女こそ、俺が話を持ち掛けようとしていた生徒会長の更識楯無だ。間違いない、入学式で壇上スピーチした人と同じだからな。

 

「ええ、どうやら俺は名乗らなくても良さそうな感じですね、生徒会長」

「そんな固くなくていいわよ。楯無、とか、たっちゃん、とかって呼んでね」

 

し、初対面から馴れ馴れしい感じがするぜ。しかし、これがこの人の持つ力なのだろう。一方の俺、こんな事を言われても呼び捨てなんてできそうにない。だが、そうしない限りこんな事を言われ続けるだろう。…………腹をくくるか。

 

「あ、おりむ〜だ〜。どうしたの〜? かんちゃんもいっしょだし〜?」

「本音、もう少し仕事をしっかり処理できないかしら? 何故か増えている気がするのよ…………」

 

のほほんさんが俺らに気づくと、その真向かいで作業をしている真面目系の委員長タイプの人が、のほほんさんにちゃんと仕事をするよう忠告している。この真面目感…………一夏姉にも劣らねえぞ。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は生徒会書記担当、布仏虚といいます。それで織斑君、本日はどのような用で生徒会室に?」

「ちょ、虚ちゃん!? そのセリフ私のなんだけど!?」

 

へぇ、あの真面目な人は虚さんと言うのか。…………ん? 名字が布仏…………リボンの色は赤…………もしや!

 

「のほほんさんのお姉さん!?」

「はい。あなたの事は本音からいつも聞いてますよ。姉思いの弟、だと」

 

衝撃的だった。あののほほんとした感じののほほんさんからは想像ができない程、真面目で事務系な人が姉だなんて…………。

 

「…………すごいびっくりしたでしょ?」

「…………あ、ああ」

 

簪からそう言われて、俺は衝撃から戻ってきた。って、本題忘れかけてんじゃねえか!? なんのためにここに来たのか…………しっかりしろ、俺!

 

「虚ちゃんにセリフ取られちゃったけど…………一体どんな御用なのかしら?」

 

更識会長からそう言われる。よし、ここまできたらやるしかない。俺は一度息を整えてから、言葉を発した。

 

「会長、俺に外部からの人間を学園内に連れ込む許可を出してください」

 

俺はそう言って会長に頭を下げた。勝手に外部からの人間を学園内に連れ込む事はできない。それは生徒手帳にも書いてある事項だ。基本的に招き入れることができるのは学園祭ぐらいしかないと書いてあったけど…………今はそんな事を言ってる場合じゃない。一夏姉を助ける術は、もう学園内に残っていない。だから、こうして生徒会長という、そんじょそこらの教員よりも権限が強い人間に頼み込んだのだ。

 

「あのねぇ…………学園内に外部からの人間を勝手に連れ込むってどういう事か分かって言ってるの?」

 

会長の目はさっきまでの飄々としたものから厳しいものに変わった。虚さんはメガネの位置を直して同じく厳しい目を向けてきた。思わず背中を汗が伝った。正直言って、千冬姉程じゃねえけど怖え…………下手な事を言ったら殺されそうな感じだ。でも…………俺だって、ここで引くわけにはいかない。俺は会長に目を合わせて話した。

 

「重々承知です…………学園の規則もちゃんと読みましたから、俺が頼み込んだ事にどんな責任がつきまとうか、理解しているつもりです」

「なら、どうしてしようとするのかしら? 下手をすれば、IS委員会に拘束される可能性があるのよ?」

「わかってます…………でも、それでもしなければならないんです!!」

 

少し熱くなっているのかもしれない。自分が肩で息をしているような気がしてきた。会長は少し間を置いてから、ため息をついた。きっと、目の前に意味を理解した上で突っ込んでくるアホがいるからだろう。

 

「わかったわ…………でも、なんで呼ぶのか、その理由を聞いてから判断ね。正直、明日になれば外出届を出して会いに行くくらいできるのに」

 

俺は会長に理由を話した。一夏姉が虐められたこと、そのせいで何日も眠り続けていたこと、起きたけど様子が変なこと、身近な人でもケアができそうにないこと、外出しようにも絶対安静を言われてること、起きてからろくに寝れてないこと、そして…………今も苦しんでいること。俺が覚えている限りの全てを話した。話していくうちに、俺の手が少し震えていた。多分、一夏姉を助けてあげられる力が俺になかったことを悔しがっているからなのかもしれないし、そうでないからなのかもしれない。自分でもこの理由はわからない。俺はその震えを押さえつけるかのように、拳を握りしめていた。

 

「なるほどねぇ、あの件かぁ」

 

そんな俺に会長は何処か理解したみたいな顔をして言ってきた。あの件…………?

 

「あの件って…………一夏姉の事について何か知っているんですか!?」

「まぁね。私達、学園の内偵みたいな事をたまにしてるから、ちょっとは情報が入って来るのよ。——とりあえず事情は理解したわ。つまり、あなたは今も苦しんでる紅城さんを助けるために、外からカウンセラーみたいな人を呼ぶって事、でいいかしら?」

 

会長の言ってることは概ね間違ってない。呼ぶのはカウンセラーではないが…………一夏姉にとっては似たようなものか。

 

「そういうことになりますね…………」

「で、その呼ぶ人はISについてどのくらい詳しいの?」

「いや、素でバカなので、ISを知っていてもゲームに出てるやつの名前くらいしか知らないと思います」

「了解よ。一先ず、先生や学園長に私から話をしてみるわ。それまでここで待っていて」

 

会長はやれやれといった感じで一旦部屋の奥に向かおうとした。とりあえず話をしてみるって言っていたから…………上手くすれば本当に希望が見えてきたぞ!

 

「ありがとうございます!」

「それはまだ早いわよ。でも、あまり結果は期待しないでおいてね」

 

期待するなと言われると、逆に期待してしまうじゃないですか…………。会長はそう言ってから電話みたいなやつを手にとって、何処かへ話し始めた。多分先生や学園長にって言ってたから、そこの方面だと思う。俺は事がなんとか上手く運んでくれたおかげで、少し力が抜けてしまった。

 

「ね? お姉ちゃん、ちょろいでしょ?」

「簪の力を借りずにここまで話が進むなんて思いもしなかったぜ…………」

「かいちょ〜は、人の頼みを断りきれないからね〜」

「それがいい点であり、欠点でもあるのですが…………」

 

実際、ここまでのところ簪の力を借りてはいない。会長、ちょろいんじゃなくて単にお人好しなんじゃないのかと俺は思った。

 

「——はい。では、そのように伝えておきます」

 

暫くして話は終わったようだ。奥の方から会長が戻ってくる。表情はさっきまで通りの真面目なもの。彼女はそのまま自分の席へと座った。や、やべえ…………なんか緊張してきた。

 

「さて、結果を話すわ」

 

謎の圧迫感が俺を襲う。どんな答えが出てくるのか、それがわからないが故に、計り知れない恐怖がそこにあった。結果はどうだったのか…………承認されたのか、あるいは…………。思わず息を飲んだ。そして、会長は一息ついてから口を開いた。

 

「特例として、一人だけなら構わないそうよ。ただし、制限時間は今から夜十二時まで。まぁ、織斑先生が意外にもあっさり許可を出してね、『あいつの周りにいる連中はアホしかいないから、ISなんぞを見てもスパイ行為ができるほど頭がいいと思えん』だってさ。それに学園長も、『生徒の学園生活を脅かすような人間でなければ構わない』って言うのよ。それに…………私も、あなたの必死な顔を見ていたら手助けしたくなっちゃってね」

 

そう言って『全力支援』と書かれた扇子を広げる会長。よかった…………これで一夏姉を助ける事ができる! 俺の力じゃないのは悔しいけど…………でも、一夏姉の為になるならそれだって構わない!

 

「ありがとうございます!」

「ふふっ。それと、言い忘れていたわ。あなたのおかげで簪ちゃんの機体開発が凍結されずに済んだの。だから、お礼を言うのはこっちなのよ」

 

会長は『感謝』と書かれた扇子を広げる。一体、いつ交換したんだ…………無駄に達筆なんだが。しかし、俺はそんな事をしたのだろうか? 記憶に思い当たる節がないんだが…………。

 

「『ぽっと出の俺に用意して、努力してきた人に渡さないというのはおかしい。それなら俺はそんなもの、いらない。それは、今まで努力してきた人に渡すべきだ』——あなたがこう言わなかったら、現実は変わっていたかもしれないわ。そうよね、簪ちゃん?」

「うん…………前にも言ったけど、秋十のおかげで私は前に踏み出せたみたいなものだから…………だから、ありがとう」

 

予想外の展開に俺は頭が追いついていなかった。そんなことを言ったのを思い出したけどさ、そこまで礼を言われることなのか…………? 俺は至極当たり前のことを言っただけなんだけどな…………。まぁ、いいか。とりあえず最後の段階を仕上げるだけだ。

 

「そ、それじゃ、俺はそいつに電話してくるんで」

「はい。では、またの日を。——お嬢様、お仕事を再開しますよ」

「え、ちょ!? ちょっとくらい、簪ちゃんを愛でさせてよ!!」

「…………仕事しようよ、お姉ちゃん」

「私は邪魔になるから、休むね〜」

 

俺はそんな不思議な空間を後にし、一旦中庭の方へと向かった。時間は既に夕暮れ時だが…………まだ間に合う。なんとしてでも間に合わせてみせる。周りに誰もいないことを確認した俺はケータイを取り出し、ある番号にかけた。この番号にかけるのも久しぶりだな…………。コールの音が鳴り響く。何度目かのコールの後、電話は通じた。

 

「ああ、俺だ、秋十だ。悪いけど、今からIS学園に来てくれ。色々大変な事があってな…………詳しいことは後で話す。とにかくすぐにだぞ、すぐ! 駅の方で待ってるからな!」

 

◇◇◇

 

(もう…………何日寝てないんだろう…………頭がくらくらするよ…………)

 

ここ最近、寝るのが怖くて眠れない。眠るといつも決まってあの夢を見てしまう…………眠りに落ちるたびにそれを見てしまうものだから、ゆっくり休めたものじゃない。寝てないじゃなくて、寝れないが一番近いかもしれないね…………正直、今は本当に眠りたくない。目を閉じると、また私は…………もう、あんな目に遭うのは嫌…………。

 

「…………っ…………ぅぇっ…………」

 

考えるたびに吐き気が襲ってくるけど、中身なんて出てこない。ご飯も食べたくないし…………おかげで体が少し軽くなった気がする。それに、人にも会いたくないし…………会ったら、何かされるんじゃないかと思ってしまって、反射的に銃を向けてしまったからね…………今、誰かに会ったら何をしてしまうのかわからないし。

 

(…………ひどい顔してるなぁ、私…………ぼろぼろじゃん…………)

 

サイドテーブルの上に置いてある鏡に映った自分の顔は酷いものだった。寝てないせいで隈が出来てるし、食べてないせいで頬が少し小さくなってる。生きてる、って感じがあんまりしない。なんか、前の雪華みたいな状態になっているよ…………これじゃ、人の事言えないね…………。

 

(はぁ…………)

 

心の中でため息をついた私は思わず窓の外を眺めた。今日はかなり明るい…………空を見上げたら、まんまるの満月が上っていた。それ以外にも星が綺麗に輝いている。煌々とした光は私の元に降り注いでいて、それだけで本が読めそうなくらいだった。辛い事があるといつも星空を見上げるのはなんでなんだろ…………こんな事で悩んでる自分がちっぽけだから…………? でも、今の私は…………そんなんじゃないよ。よくわからない恐怖にすり潰されながら、生きているのか死んでいるのかもわからない日々を過ごしている。私って…………なんなんだろうね。

そんな時、突然病室の入り口が圧縮空気の抜ける音と共に開いた。その瞬間、私は反射的に拳銃を構えていた。ノックもなしに来たから、誰が来るのかわからない恐怖が全身を駆け巡る。だ、誰…………? 足音が聞こえるけど、入り口側の一部が死角となっているせいで見えない。…………い、嫌…………こ、来ないで…………! 恐怖で拳銃を構えている腕が震えている。涙まで溢れ出てきている。来ないで…………来ないで…………来るな…………来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな来るな来るな——

 

「——来るなぁぁぁぁ——ッ!!」

「うおぁっ!? びっくりしたぁっ!?」

 

今まで聞いたことない声にびっくりして、意識が急に戻ってきた。い、今の声って…………。がたがたと震えて定まらない銃口の先にいたのは——

 

「よ、よぉ、一夏。久しぶりだなぁ。と、とりあえずその物騒な物をしまってくれねえか?」

「…………だ、ん…………?」

 

——本来ならいるはずのない弾がいた。私は夢の中にでもいるのか、な…………だって、おかしいじゃん…………弾がこんなところにいるなんて、さ…………だってここ、IS学園だよ…………? 普通じゃ来れないはずなんだよ…………? 理解が…………追いつかない…………っ。

弾がいることに私は安心したのか、拳銃を下ろした。その直後に襲ってくる罪悪感。私…………私は…………なんてことを…………してしまったんだ…………。大切な人に銃を向けるなんて…………守りたい人に銃を向けるなんて…………私は…………一体何を…………。罪悪感に心が押しつぶされそうだ…………私は弾から顔を逸らした。

 

「な、なぁ、一夏? お、俺、そっちに行ってもいいか? 椅子、そっちにしかないみたいでさ」

 

弾はそう言って笑っているようだけど、顔を見てないから表情はわからない。でも、これでいいんだ…………私は、弾に銃を向けてしまったんだ…………好きな人に銃を向けるなんてこと、あっちゃいけないんだよ…………それをしてしまった私に…………顔をあわせる資格なんてないんだ…………! 私は…………咎人だよ…………! それに…………顔を俯かせていたら…………弾に、こんなぼろぼろの姿、見られなくて済むからね…………。

 

「…………来ないで」

「えっ…………」

 

思わずそんな言葉が出ていた。弾も、そんな言葉を予想していなかったのか、間の抜けた声を出している。

 

「な、なんでなんだよ?」

「ごめん、弾…………私、何をするのか自分でもわからないんだよ…………さ、さっきだって…………弾に銃を…………ひ、酷い事しちゃったし…………また酷い事をしちゃうかもしれない、から…………だ、だから、来ない方がいい、よ…………」

 

次に自分がどんな行動をとるのかわからない…………それで弾を傷つけるような事だけはしたくない。だったら…………こうしてでも無理やり遠ざけておくしかないんだよ…………そんな自分が嫌で仕方ない。大切な人に牙を剥いた——その事実が私の罪悪感を大きくして、心がものすごく痛くなってくる…………哀しいのか、苦しいのかわからないけど…………涙が溢れ出てきて仕方なかった。こぼれ落ちた涙が布団を濡らしていった。

そんな時だった。急に何かの圧迫感を感じて、私は不意に視線を上げた。こ、これ…………もしかして…………私、弾に抱きしめられている…………?

 

「だ、ん…………?」

「悪い、一夏。お前のその言う事だけは聞けそうにないわ」

 

弾は優しげな声で私に話しかけてくる。一方の私はどうしたらいいのかわからずに呆然としたままだ。

 

「お前の身に起きた事、全部秋十と千冬さんから聞いたよ…………大変だった、の一言なんかじゃ絶対片付かないよな。お前から電話が来なくなって、正直不安で仕方なかったぜ」

「…………そ、それは…………その…………ごめん…………」

「謝るなよ。俺がお前にしてやれる事なんて言ったら、こうやって抱きしめてあげる事くらいしかないしさ…………本当、不甲斐ないよな、俺」

「…………そ、そんな事…………ない、よ…………だ、だって…………だって弾は…………! 弾は…………わ、私の事を心配…………してくれたんで、しょ…………だ、だったら…………」

「そう言ってくれるのは嬉しい。けどさ…………俺だって男なんだし、好きな子の事くらい守ってあげたい。お前にいつも守られっぱなしの俺が言うのもなんだけどな」

「…………で、でも…………でも私…………私…………弾に…………銃…………向け、ちゃったし…………そ、そんな私の事なんて…………」

 

涙が溢れて止まらない。それでも弾は私の事を抱きしめ続ける。さっきよりも少し力が強くなって、背中をさすってくれている感じがする。

 

「優しすぎるお前の事だから、だ…………俺の大切な人だから、守りたいんだ…………それに、俺に銃を向けたのだって、したくてしたわけじゃないだろ? 偶然なんだろ? だったら、責めるなんてことはしねえよ。お前は——俺の知っている紅城一夏…………心優しい一人の女の子なんだからさ」

 

嗚咽が止まらない。涙は止まるところを知らない。だ、ダメ…………これ、以上は…………。

 

「辛かったんだろ…………? だったら泣いてしまえよ。そして、スッキリできるものならスッキリしちゃえよ。好きな人の顔ならなんでも好きだって言うけどさ…………お前にはやっぱり、向日葵みたいな明るい笑顔が一番似合うんだよ。それにさ、泣いたら笑顔の種に水をあげてる事になるって、誰かが言ってたし、今は泣いて、その後で笑っていてくれたら、俺はそれで十分だ」

「…………だ、弾…………ご、ごめっ…………わ、わたっ…………私…………私…………ッ!!」

「気にすんな。今は俺たちしかいねえし、俺も見てねえから…………遅くなったけど、助けに来たぜ、一夏」

 

その直後、私の心は堰を切ったようにいろんなものが溢れ出してきた。毎日、何をされるのかわからなくて怖かった…………毎晩、夢でも何をされるのかわからなくて怖かった…………人と目を合わせるのが怖かった…………そうして他人を拒絶していた自分が嫌だった…………怖さとか悲しさとか、いろんなものがごちゃ混ぜになって、涙として流れ出てくる。流れ落ちた涙は弾の肩を濡らしていった。

 

「怖かった…………! 痛かった…………! 嫌だった…………! 寂しかった…………! 悲しかった…………! もう、こんなの…………こんなのは…………!!」

「わかった、わかった。本当、よく耐えたよ…………こんな事を言うのは少し変かもしれないけどさ——お疲れさん」

 

——その瞬間、私は声を上げて泣いたのだった。

 

 

「どうだ? 少しは楽になったか?」

「うん…………ありがと、弾。今までよりは少し楽、かな?」

「そいつはよかったぜ」

 

一頻りに泣いた後、私は弾と並んでベッドに座っていた。打撲したところが少し痛んだけど…………でも、弾と一緒に居られるなら、それくらい我慢我慢。なんでここにいるのか、とか疑問に思ったけど、直接会えることの方が嬉しくて、そんな疑問はどっかに飛んでっちゃった。電灯はつかないみたいだけど、月明かりがすごいからそんなものはいらない。それに…………こんなに近くで弾といるから、彼の顔もしっかりと見えるからね。

 

「そういえばさ、一夏」

「うん? なに?」

「いや、お前…………確か、飯をろくに食えてないそうじゃねえか? 大丈夫なのか?」

 

そういえば、ここ最近は全然ご飯も食べられなかったっけ。食べても、眠ってしまったときに見る悪夢のせいで吐き気が襲ってくるから、あんまり意味ないと思ってた。唯一食べられたのはオートミールくらいだけど…………それもあんまり食べたくなかったから、一日一食、ほんの少しだけ口に入れるような感じだったね。それでも、吐くときは吐いてしまったけど。

 

「多分、大丈夫だよ…………夢見ると戻しちゃうし…………それに、あんまりお腹減ってないか——」

 

そんな時、急に鳴り出すお腹の音。わ、私のだ…………は、恥ずかしい…………しかも好きな人の前で鳴っちゃうなんて…………。ちらっと弾の方を見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。むぅ…………。

 

「どうやら、腹の方はかなり正直みたいだぜ? 一応、食べられそうなものって事でゼリー買ってきたけど、食べるか?」

「い、いや、だから、大丈夫だっ——」

 

再び鳴ってしまうお腹の音。…………なんでこのタイミングで鳴るのかな? こっちは恥ずかしくて仕方ないよ…………。一方の弾は、なんだか仕方ないなぁといった感じの笑みを浮かべていた。むぅ…………思わず頬が膨れてしまった。

 

「そう膨れてるなって。ほら、いくらオートミールしか食えてないって言っても、これならなんとか食えるだろ?」

 

そう言って弾は私にゼリーを渡してきてくれた。ちゃんと蓋は剥がされていて、スプーンもつけられている。多分、色からして林檎ゼリーかな?

 

「…………うん、ありがと。それじゃ、いただきます」

 

私はそれを受け取った。…………のはいいんだけど、スプーンを持った時、手の震えが出てきて、上手く掬えそうにない。実際、上手く掬えそうな気配が全くない。オートミール食べてる時も震えてて、かなり食べ辛かった記憶がある。

 

「どうしたんだ、一夏? 食わないのか?」

「いや、その…………手が震えてて、上手く食べられそうになくて…………」

「マジでか…………」

 

実際震えているから仕方ない。この震えはずっと続いている。原因は不明。でも、このままじゃ食べられそうにないし…………どうしよ。私はちらちらと弾の方に目を向けた。折角だし…………ちょっとくらい甘えても、いいよね…………?

 

「ねぇ」

「な、なんだ、一体?」

「弾が…………食べさせて?」

「ファッ!?」

 

ものすごく驚いたような悲鳴をあげる弾。別にそこまで驚かなくてもいいのに…………。

 

「だって…………このままじゃ食べられないし…………」

「だ、だからって、そ、それはなぁ…………」

「…………やっぱり、嫌?」

「そ、そんな目をするなよ…………ほら、こっちに寄越せ」

 

そう言って弾は私の手からゼリーとスプーンを取っていった。

 

「ほらよ、口開けろって。ほい、あーん」

「あ、あーん」

 

弾はちゃんと私に食べさせてくれた。なんか手慣れている感があるけど、弾って鈍感なところがあるからこんな風に自然な形でできるんだと思う。久しぶりに食べた甘いものだから、とても美味しく感じる。それに水っ気があるから、オートミールより食べやすいよ。林檎のすっきりとした甘さが心地よかった。

 

「どうだ、美味いか? まぁ、コンビニのやつなんだけどさ」

「うん! これならまだ食べられそうだよ。次の、お願いしていい?」

「へいへい、了解しましたよ、中尉殿」

 

弾には私が国防軍の中尉だって事を話してるよ。隠し事なんてできないし、したくない。弾ならそういう事は人前で言わないし、こんな風に二人きりの時、茶化すような感じで言う事はあるけどね。そんなこんなで結局、最後まで弾に食べさせてもらったのだった。

 

 

「そんじゃ、俺はそろそろ帰るわ。モノレールの終電に間に合わなかったら海を泳いで帰んなきゃなんねえしな」

「そっか…………そうだよね…………」

 

ゼリーを食べさせてもらった後、暫く二人で喋っていたんだけど、弾はそろそろ帰らなきゃいけなくなったみたいだ。こんな風に長い時間二人きりでいたのは嬉しかったけど…………でも、やっぱり寂しく感じるかな…………? ずっと一緒にいたいって思ってるし…………。

 

「全く、そんな寂しそうな顔をすんなって。今生の別れじゃねえんだ。またそのうち会えるさ」

 

そう言って弾は私の頭の上に手を置いた。なんだか子供扱いされている感がものすごくあるけど…………でも、今はこうしてもらうことが嬉しくて仕方ない。弾はそのまま私の頭を撫でてくれた。気持ちいい…………普段から蘭ちゃんの頭でも撫でているのかわからないけど、凄く落ち着く。今まで魘されていたことが嘘のようだ。

 

「ねぇ…………またちょっと甘えてもいい?」

「…………ったく、今日は珍しく甘えてくるなぁ。で、具体的に何をして欲しいんだ?」

 

弾はやれやれといった感じで少し甘えさせてくれるようだ。まぁ、ここまで甘えたいなんて思った事、初めてかもしれない。でも、今日くらいはいいよね…………?

 

「うんとね…………ちょっと、こっちに来て」

「へいへい」

 

私はそう言って弾をこっちに呼び寄せた。自然と弾は私の目線に合わせてしゃがんでくれた。私は迷いなく彼に抱きついた。

 

「——って、い、いいい一夏ぁっ!? お、おおおおまっ、お前——」

「…………少しの間、こうさせて」

 

弾はなんだか焦っているみたいだけど、そんな事御構い無しにわたしは彼を抱きしめていた。どうしても今だけは彼に抱きついていたい…………理由はよくわからないけど、今は誰かに触れていたいという思いがあった。

 

(弾…………あったかいなぁ…………)

 

直に温もりを感じて、私はなんだか言いようのない安心感に包まれていた。心の底から安心する感じがあるよ…………こんな風に感じたのはいつぶりかなぁ…………。思う存分弾の温もりを感じた私は彼を解放した。

 

「…………唐突すぎんだろ、お前」

「ごめんごめん」

 

弾はものすごく顔を赤くしていた。まぁ、急にあんな事をしたら誰だってびっくりしちゃうか。でも、私に後悔はない。少し軽い感じで謝ったけどね。

 

「それじゃ、今度こそ俺は行くぜ」

「帰るときは気をつけてね。次、長い休みがあったら会いに行くから」

「おうよ。その日を楽しみにしてるぞ。そんじゃ、またな」

「うん、またね」

 

弾はそう言って病室を後にしていった。なんだか今の時間が夢のように感じるよ…………今までずっと恐怖に苛まされる時間を過ごしていたから尚更だ。今は月明かりが優しく私を照らしている。その光が私の悪夢を取り払ってくれているような気がした。

 

(なんだろ…………眠くなってきたよ…………)

 

最近ろくに寝てなかったせいか、急に眠気が襲ってきた。今までは眠ると直ぐにあの悪夢を見てしまう事しかなかったけど…………今なら悪夢を見ずに眠る事ができそうだ。そう思ったら、私の意識は急速に微睡みの中へと突入していったのだった。

結果として何も夢を見る事はなかった。夢を見ずに眠る事ができたのはいつぶりなんだろう…………? こうして私は長い悪夢から解放されたのだった。




今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.23

提督ニート様、評価をしてくださりありがとうございます。


お久しぶりです、紅椿の芽です。
無事に大学に入学できました。
今後、更新間隔が延びる可能性が高くなります。申し訳ありません。

では、前書きはこの辺にして、今回も生暖かい芽でよろしくお願いします。






あれから私の体調はみるみる良くなっていった。悪夢にうなされる事は無くなったし、手の震えも治まった。ご飯も時間はかかったけど、普通に食べられるようになったしね。体は健康そのもの。とはいえ、右足首の捻挫に加えてまだ数箇所の打撲が治ってない。そんなわけで、実技とかも見学だし、松葉杖をついて移動しなきゃならなくなった。なんだか、前にもこんなことがあった気がするよ…………。おかげで、部隊の指揮は箒に一任、フレームアームズへの搭乗はほぼ厳禁、おまけに移動時には誰か一名の同伴が必須と…………前の二つはわかるんだけどさ、最後のは何? そんなに私が子供っぽく見えるの? まぁ、一人でいたから襲われたっていうのはあるし、補助という意味合いでも必要なんだろうけどさぁ…………言われてるこっちからしたら、子供扱いもいいところだよ。しかも、最後のは怪我が治ってからも続くらしいし。もし怪我が治っても、用をたす時に付き添われているところを見られたりでもしたら…………『一人でトイレにも行けない残念軍人』という不名誉な称号がついてしまいそうだ。それだけはなんとしてでも避けなきゃ…………!

とまぁ、いろいろあったわけだけど、いつの間にか四月も末。桜は散って若葉へと姿を変えている。いろんな意味で激動の四月だったよ…………部隊を派遣する事は決まるし、臨時の指揮官にはなるし、こっちにやって来て早々に決闘を申し込まれるし、ボコボコにされてベッドの上で一週間以上過ごしたし…………もう、なんなの? 私に何か恨みがあるんじゃないかってくらい、嫌なことがこっちに来てから起きてるんだけど。この先も色々と起きそうで嫌だなぁ…………とか言っても、今後どうなるかなんてわからないし、とりあえず備えておくかなくらいのレベルでしかできないんだけどね。

話が逸れたけど、IS学園にとって四月の末っていうのはある意味一歩を踏み出す時になるんだよ。今日、行われているクラス対抗戦は、クラス代表だけになっちゃうけど、一年生にとっては初の公式戦となる。スポーツとしてのISに公の場で初めて足を踏み入れることになるのだ。まぁ、それ以上に優勝商品である食堂のデザート半年フリーパスが目当てであるんだろうけど。私もアリーナに来て観戦する予定なんだけどさ…………周りの声の中にフリーパスの声も混じってるんだよね…………確かに商品は欲しいけど、それ以上に普通に応援してあげてよ!

 

「それにしても、随分と熱気がすごい事で…………」

「仕方ないだろう。女というのは甘いものに目がないそうだからな。目の前にフリーパスなどという餌をぶら下げられたら食いつくに決まっている」

 

周りの熱気に当てられて、ちょっとのぼせかかっている私の横に座っているのはレーア。本人は、私にはわからん、と言ってまるで興味がないように話す。…………男前すぎでしょ。

 

「それよりも、試合はまだなのか? 私はそっちの方が気になって仕方ないぞ」

「もう少しで始まるから、それまでの辛抱だよ」

 

レーアは、試合が始まるのを今か今かと待っているようだ。初戦は一組対四組。最初から専用機持ち同士の対戦となる。四組の方はよくわからないけど、噂では中距離から遠距離が戦闘領域とかって聞いてる。一方の一組…………秋十の白式は雪片一振りというアホみたいな近接特化型。近く前に蜂の巣にでもされるんじゃないのかと思ってしまう。だから、箒やセシリア、それにレーアが秋十の特訓に付き合ってくれたとの事。まぁ、こっちは模擬弾を使用したらしいけどね。下手したら私がやったみたいに無残な姿へと変えてしまう可能性がある。なお、鈴は他クラスのため特訓には参加せず、雪華とエイミーは私の看病に付きっ切りだった。前者はともかく後者は…………本当にごめん。

 

「それはそうだが、私達が鍛えたあいつがどこまでやれるか…………訓練担当官として気にならないわけがないだろう?」

「それはそうかもしれないね。で、訓練の時の秋十はどうだった?」

「見てからのお楽しみ、と言ったところだ。言っておくが、射撃は伸びなかったぞ」

「まぁ…………うん。大体予想はできたよ」

 

レーアは思わせぶりに言ってくる。どうやら相当秋十の成長に自信があるようだ。とはいえ、あの近接ブレード一本しかないような、ある意味気の狂った機体を扱わせるって…………初心者への対応が鬼すぎるよね。射撃武装の一つくらいあっても良かったと思ったけど…………射撃が伸びなかったって言われたから、あっても無理か。どういう訓練を秋十にさせたのか気になる。そういえば、お姉ちゃんも射撃はダメだって言ってたっけ…………なんで私は普通に撃って当たるのに、上と下は撃っても碌に当たらないの? 私がおかしいのかな…………?

 

『さぁぁぁて! 始まりました、クラス対抗戦! 放送はこの私、新聞部部長の黛薫子がお送りします!』

 

そんな時、クラス対抗戦の開幕を知らせる放送が流れた。てか、秋十のクラス代表就任パーティの時、私にインタビューしてきたあの人が放送担当なんだ…………なんとなく心配になってくる。だって、インタビューの結果を一部捏造するという事を平然とやろうとしていたからね…………そんなことがない事を私は祈る。

 

『では、第一試合のコール!! 世界初! 純白の翼を広げ、舞い飛ぶ騎士! 一組代表、織斑秋十ォォォォォッ!!』

 

そのアナウンスと共に秋十はピットゲートより飛び出してきた。飛んでいる姿勢は私と模擬戦をした時より格段によくなっている。…………相当レーアに扱かれたんだろうなぁ…………。てか、舞い飛ぶ騎士って何? どっちかというと、秋十は箒と同じ武士に近いと思うんだけど。

 

『対するのは! 生徒会長が愛でる、日本の移動弾薬庫! 四組代表、更識簪ィィィィィッ!!』

 

今度ピットゲートより飛び出してきたのは、鈍色の装甲が特徴的な機体を纏った少女——更識簪だった。一応私も少し面識はある。色々立ち直った時に秋十から紹介された。使っている機体は打鉄弐式といい、打鉄の装甲を削り、機動性向上と火力強化を図った機体だそうだ。というか通り名が…………移動弾薬庫って…………。

 

「移動弾薬庫なら私の隣にもいるのだがな。それも、一人で焼け野原を作れるレベルのやつがな」

「…………それ、私の事言ってる? まぁ、確かに中隊名からして一掃とかは得意だけど…………焼け野原は誇張表現だよ」

 

そう言ってレーアは軽く笑いかけてくる。まぁ、榴雷にはかなりの砲弾やらミサイルを詰め込んでいるけど、全部投射したって、焼け野原にするにはまだ足りないよ。それに、弾薬庫みたいに直撃を受けてすぐ爆発なんて事はないし。そこまで榴雷はヤワじゃない。

 

「尤も、お前を相手にした場合、武装要塞を相手にとるようなものだがな。既に学園中のあちこちで畏怖されているぞ」

「私、そこまでの事をした記憶がないんだけど…………普通に模擬戦しただけだし」

「私たちにとっては普通じゃないんだな、これが」

 

むぅ…………なんか私が常識外の事をしたように言われたような気がするよ。ジト目でレーアを見たけど、彼女はどこ吹く風といった感じだ。

 

「まぁ、そうむくれているな。そろそろ試合が始まるぞ」

 

レーアにそう言われて私は一度ため息をついてからアリーナの中央で向かい合っている二人へ目を向けたのだった。

 

◇◇◇

 

「まさか一回戦から当たるとか思ってもいなかったぜ」

「こっちも。こんなにも早くぶつかるなんてね」

 

現在、俺——秋十——と簪はアリーナの中央で向かい合っている。簪の纏う打鉄弐式にはこの白式と違って多数の射撃武装が搭載されているとか…………羨ましいと思ったが、即座に訓練で弾がほとんど当たらなかった事を思い出す。ていうか、そもそもで俺自身、射撃なんてものは苦手だ。射的なんてやろうものなら全弾外すくらいの自信がある。逆に一夏姉なら結構当てるんだけどな。

しかしだ、射撃武装がないって事は牽制ができないってレーアに言われた。つまり、突撃しようものなら相手は恐ろしい勢いで遠距離攻撃を叩き込んでくるという…………いかん、本気でこれは死ぬ。それに簪の事だ、近接攻撃なんて賭けに出ず、遠距離から一気にやってくるに違いない。…………嬲り殺しどころか、蹂躙されそうなんだが。いつぞやの一夏姉がやった時みたいに。

まぁ、始まってもいない試合に悲観する事はないか。俺は箒やセシリア、そしてレーアに散々色々叩き込まれてきたんだ。技術に知識に根性に精神論…………ありとあらゆるものを叩き込まれた。これだけ手助けしてもらったんだ、悲観なんてする事はない。

カウントダウンが始まり、試合開始まで本当に残りわずかってところだ。緊張して汗が至る所から出てくるが…………それ以上になんか高揚感がやってきていた。多分、試合に対して俺自身が興奮しているんだと思う。簪がどんな手を使ってくるのか…………俺はそれに対して戦うのかを考えただけでワクワクしてきた。

 

「ねぇ、秋十」

「なんだ、簪」

「全力でいくからね」

「それはこっちのセリフだ」

 

簪もまたこの試合を楽しみにしているようだ。その証拠に少し口角がつり上がっている。普段のおどおどしたような様子からは全くもって想像できない。よく小動物っぽいって言われると本人は言っていたが、目の前にいるのはその小動物の中でもかなり獰猛な種類のやつだと思う。それを見た俺もまた、自然と口角がつり上がった。

 

『試合開始ッ!!』

 

その号令とともに俺は一気に駆け出した。生憎、俺の機体に射撃武装なんてものはついてない。牽制できないから、相手が全力で弾幕張ってくるのはわかっている…………けど、そこで怯むわけにはいかない。こっちが撃てないなら…………撃たれる前に一気に近づくしかない。

 

「真っ直ぐすぎるのは、致命的だよっ!」

 

簪は突っ込んでくる俺に向かってビーム砲を撃ってきた。桃色のビームは俺の横ギリギリを掠めていく。シールドは作用してないが…………くっそ怖え…………。続いて二発目がやってくるが、俺は少し大袈裟に回避する。いや、誰だってあんなものに近づきたくはないわ。

 

(荷電粒子砲…………マジでか。あいつ、赤い恐竜(ジェノブ○イカー)とかが持ってるあの武装が付いてんのかよ…………)

 

白式から解析データを見せられて思わず内心ビビった。若干漫画の方のイメージが入っているかもしれないが、それでも十分恐ろしい武器だ。加えて白式は紙装甲との事…………当たりたくねえ。

 

「よく避けるね! でも、これならどう?」

 

距離を離された俺に簪は躊躇いなくミサイルを放ってきた。その数、およそ八発。普通の人ならビビるかもしれない。俺も前の俺だったらビビってる。けど、その程度の数は…………何度も見てきたんだよ!!

 

「そうらぁぁぁぁっ!!」

 

当たりそうな二発のミサイルを俺は切り落とした。その爆発に巻き込まれて残りのミサイルも誘爆していく。物理刀状態の雪片でもかなりの切断力だ。

 

「この程度のミサイルは、生憎散々見たんだよ!!」

 

一夏姉の模擬戦の映像を見させられて、あの暴力的な弾幕を何時間も連続して見させられて、それを模したとかっていうシミュレーションデータで訓練させられたりしたら、否が応でも避けられるようになる。爆風を受けてか少しシールドエネルギーが減らされてしまったが、この程度ならかすり傷だ。

 

「どんな訓練をしたらミサイルの群れに慣れちゃうの!?」

「さっきの五倍近くのミサイルや砲弾の映像を見させられたらこうなるわ!」

 

ミサイルを撃墜させられて動揺した簪に向けてさらに加速させた。ここまで近づければ、十分なんだよ…………っ!!

 

「ぜらぁぁぁぁっ!!」

 

俺は一気に雪片を振り抜いた。その瞬間だけ、雪片のレーザー刀身を展開する。雪片の特性でもあるバリア無効化攻撃は確かに強力なものだが、あまりにも強力すぎる為シールドエネルギーを消費するという、いわば諸刃の剣。常に展開しっぱなしでいたら、俺が自滅してしまう。それを避けるべく、箒から居合切りの要領で教えられたんだが…………

 

『だからな、これをこうするんだ』

 

…………目の前で銃が一瞬にしてレーザーソードに変わるようなものを見せられては、見て学ぶのも辛かったわ。まぁ、おかげでこんな芸当もできるようになったんだけどな。

俺は敢えて装甲のある部分を狙った。バリア無効化は絶対防御にまで及ぶことがあるそうで…………そんなものを生身が殆ど出ているところに振るってしまえは大惨事に繋がると教えられた。だからたとえ突破したとしても、装甲で覆われている部分ならギリギリ防御してくれると判断したまでだ。

 

「くっ…………! まだ一ヶ月も触ってないのに、ここまで…………!」

「うおっ!? 危ねえ!?」

 

だが、簪はその手に薙刀を展開して俺の一撃を防いでいた。しかも一瞬動きが止まったのを狙って、また荷電粒子砲を撃ってくる。俺は大きく距離をとったが、今度のはウィングスラスターを掠めていった。シールドエネルギーも削られている。

 

「かなりの強敵だね…………秋十」

「お前に言われても嫌味にしか聞こえてこねえよ…………」

 

不敵な笑みを浮かべでこちらに顔を向けてくる簪がやけに大きく見えた。一合でわかる…………あれは小動物の皮を被った猛獣だ。今の俺には明らかに荷が重すぎる相手…………だが、だからって引く理由にはならない。そう思うと、雪片を握る手に力が入った。

 

「素直な評価なんだけどね。一ヶ月も経たないうちにここまで強くなっているんだから。——だから、一気に決める!」

 

簪はそう宣言すると右手に構えた薙刀の切っ先を俺に向けて一気に突っ込んできた。その動きは俺のやったそれと非常に似ているが、唯一違う点がある。向こうは左手に構えている荷電粒子砲を撃って牽制してきてるんだ。着弾と同時に舞い上がる土煙が俺の視界を妨げる。煙幕みたいなものか…………! 俺はそこから抜け出す為に、簪に向けて突撃を敢行する。向こうが突っ込んでくるなら、こっちも突っ込んで攻撃可能な距離まで近づいてやる。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

距離を縮めた俺は再び雪片を振るった。距離としては問題ない。そして、振り抜く直前に何か手応えを感じた。多分、今のがシールドバリアを切り裂く手応えなのかもしれない。前回一夏姉には一撃もいれられなかったから、初めての感覚だ。

 

「…………お返しっ!」

「ぐっ…………!」

 

反撃とばかりに簪も薙刀を振るってきた。俺はそれを雪片で受け止めるが…………伝わってくる衝撃を殺しきれずに腕が一瞬しびれるような感覚に襲われる。重てえ…………薙刀と刀じゃリーチが違うから、こうも近接してればこっちが有利なはずだぞ…………なのに、簪の奴、持ち手を一瞬で切り詰めて振るってきた。持て余しているような感じもなく、薙刀までもを自分の体のように扱っている。一方の俺は未だに振り回されているような感じだ…………でも、まだ俺は負けたわけじゃない。どんなに泥臭くてもいい、どんなに意地汚くてもいい…………せめて、俺をここまで鍛えてくれた奴らの思いを無駄にしない戦いをしてやるよ!! そうだろ——白式…………ッ!!

 

◇◇◇

 

「一気に激しくなったな…………そうでなければ、散々扱いてきた意味が無いがな」

「…………一体、どんな訓練をしていたの?」

 

試合の熱はかなりの上がってきている。周りもその熱に当てられてか、かなり盛り上がってきている。汗かいちゃいそうだよ。というか、秋十の挙動がかなりキレのある動きになっているような気がするんだけど。少なくとも、私と模擬戦した時よりは明らかに動きが良くなっている。しかも、簪ちゃんって日本の代表候補生なんでしょ…………? それに食らいついて一歩も引かないんだから、かなりの腕だよ。まぁ、シールドエネルギーの残量からしたら、秋十の方が下なんだけどね。それでも、その一歩も引かない姿にみんなは興奮気味のようだ。

 

「何と言われてもな…………日本でいう鬼ごっこや居合切りの練習だぞ?」

「…………ごめん、もっと詳しく」

「そうだな…………鬼ごっこは、私とセシリアが鬼で、秋十が私に銃撃されながら高速移動、セシリアが不意を狙うからそれを避けさせて、懐に飛び込むというやつだ。居合切りは箒に任せておいたから詳しい事は私も知らないぞ」

「…………よっぽどハードな事をしていたって事はよく分かったよ」

 

レーアから聞かされた秋十の訓練内容に思わず私は合掌してしまいそうになった。だって、内容がまんま空戦型FAの戦闘訓練なんだから。ブルーイーグルを扱うことになってから、私も空戦型の訓練をしているからそのエグさは私の体にも染み付いている。こっちは攻撃をほぼ不可能とされているのに対して、向こうは弾切れを考えずに攻撃してくるから、否応でも周囲を常に警戒しなきゃいけなくて、精神的に参りそうになる。しかも、私はその後に通常の陸戦用FAの訓練もあったし…………よくやってこれたなぁって、今しみじみと思うよ。

 

「だが、その分、やった甲斐はあったようだぞ?」

 

レーアにそう言われて、試合の流れを見ると、シールドエネルギーの残量が秋十も簪ちゃんもだいたい同じ数値になっている。つまり、秋十がそこまで追いついたということだ。まさか代表候補生にも引けを取らないところまで来るなんて…………本当、秋十の成長速度は速いよ。私なんてすぐに追い抜かれちゃいそうだ。

 

「そうだね。でも、ここまでになるとは予想できていなかったよ。本当、凄いね」

「そうだろう? 私がいたブルーオスプレイズの訓練を用いたのだからな。強くなってくれなければ、こっちが困ってしまう」

 

よりにもよってそこの訓練を使ったの…………? まぁ、過程はどうであれ、秋十の特訓に付き合ってもらったことは感謝しないとね。

試合開始からすでに十分が経過。試合の熱も最高潮に達している。観客の熱も冷めるどころか、まだまだ上がりそうなほどだ。そんな時、私のケータイに電話が入った。胸ポケットからケータイを取り出して相手を確認すると…………まさかの葦原大尉だった。一体どうしたんだろう…………普段ならほとんど連絡をしてくることなんて無いのに。

 

「あ、はい。こちら紅城です。何かあった——」

『一夏! 緊急事態発生だ! 降下艇基地よりアント群が流出! 連中は二手に分かれ、一つはそっちに向かってるぞ! 数は約四十だ!』

 

聞こえてきたのは葦原大尉の焦った声と、私が一番聞きたくない報告だった。…………しかも、数も大隊規模ときたから、ね。現在稼動できるのは私以外だけど…………そうなると、支援砲撃が可能な火力投射面制圧能力を持った機体はエイミーのウェアウルフくらいだ。セシリアのラピエールも遠距離狙撃型ではあるが、一気に仕留めるほどの火力はない。航空支援ならレーアのスティレットもできるはず…………でも、敵の編成は不明だから…………。

 

「大尉、敵の内訳は?」

『指揮官らしく中央に居座るヴァイスハイトが三つ、その周りにはコボルドとシュトラウスがこれでもかと湧いているぞ!』

 

海を渡ってくる以上、飛行距離の長い機体でくるのは当たり前のことだ。だが、コボルドもかつては高高度のラピエールを追い詰めたって話もあるくらいだから、空対空戦闘も視野に入れなきゃ…………となると、後方から攻撃可能なのはセシリアとエイミーになる。とはいえ、エイミーの機体も直接戦闘向きだから…………ああ、もう! なんでこっちには直接戦闘向きが多いの!?

 

「——了解しました。では、これより派遣部隊の指揮に移ります」

『ああ、そっちの事はお前に任せるからな! 頼んだぞ、臨時派遣部隊長!』

 

そう言って電話は切られた。多分、時間はほとんど無い。一刻も早く対応に当たらなきゃ…………!

 

「レーア、少し外に出てくるね。…………それと、すぐに出撃できるよう準備も」

「了解した」

 

一度アリーナの観客席から通路へと出た私は迷いなくブルーイーグルの頭部通信ユニットのみ展開、起動させた。勿論、コール先は——

 

「——待機中の全ユニットに通達。現在、アント群が北東方面より接近中。数は大隊規模。フェンサー15(セシリア)及びブラスト09(エイミー)は後方より火力投射、それ以外の編成はスレイヤー24()に一任する。全機、状況開始——ッ!!」

『フェンサー15、了解!』

『ブラスト09、了解!』

『スレイヤー24、了解!』

バオフェン05()、了解!』

 

全員からの返答を確認した私は、一度観客席の方に戻ろうとした、その時だった。

 

「ッ——!?」

 

アリーナを激震が襲った。松葉杖を使っている私は思わずバランスを崩してしまいそうになったけど、近くに壁があったおかげでその場に倒れるという事態にはならずに済んだ。激震の直後、通路に用意されている非常灯が一斉に赤く染まった。ま、まさか——

 

(間に合わなかった、の…………?)

 

最悪の展開が脳裏をよぎる。あの物量と火力に物を言わせた攻撃が、ここにも振るわれるなんて…………ここなんてすぐに陥落してしまうよ!

 

『こちら、オスプレイ26! グランドスラム04、聞こえているか!?』

「レーア!? どうなの!? 状況は!?」

 

レーアからの通信に少し安心した。どうやら、そっちの方にはダメージは無いみたいだ。

 

『緊急事態につき、機体を展開した。それよりもだ、現在、一機がアリーナ内へと侵入! ただし、観客に被害はなし! 秋十と対戦相手も健在だ!』

 

だが、と言ってレーアは言葉を続ける。

 

『侵入者のコードはNSG-XM…………おそらく、フレズヴェルクタイプだ』

 

レーアからの報告に、私は安心していた気持ちなどすべて吹き飛び、代わりに拭いきれない恐怖が襲いかかってきた。冗談じゃない…………あいつの攻撃力じゃ、ISなんて一撃で沈むに決まっている。私はリミッターを掛けていたからそんな事態にならなかったけど、向こうはリミッターなんて掛けていない。その悪夢が現実となってしまう…………! それに、今は攻撃をしてきてないみたいだけど、それがいつまで持つかなんてわからない。

 

「織斑先生、聞こえていますか!?」

『紅城か!? お前は無事なのか!?』

「私は大丈夫です! それよりも、アリーナの状況を教えてください! 早く!」

 

私はお姉ちゃんにアリーナの状況を教えてくれるように言った。通路側にいる以上、観客席を含めたアリーナ全体の状況は把握できてない。お姉ちゃんは管制室にいるって言っていたし、非常時の指揮権を有しているから、情報を仕入れるには最適だ。

 

『…………現在、アリーナの防護シールドが破損。同時に全隔壁のシステムがダウン。観客席と通路は分断されてしまっている。教員部隊の突入にも時間を要する。だが…………侵入者は魔鳥らしき機体だ。ISは無力に等しいと考えた方がいい。幸いにも奴は動く気配が無いから、織斑と更識には退避するように命じた』

 

退避を命じたと言っても、隔壁が閉鎖されてしまっているんじゃ避難なんてできない。それに、観客席には多くの生徒がいる。初の男子生徒の公式戦だから、例年以上に観客席が埋まってしまっているのが裏目に出た結果だ。避難するにも時間がかなり経ってしまっている。早急に対応しなければ…………! 民間人を守るのが私の仕事なんだから…………!

 

「…………隔壁の破壊許可を申請します。後ほどどのような厳罰を科しても構いません」

『…………了解した。破壊を許可する。避難誘導を任せるぞ!』

「了解——ッ!」

 

隔壁の破壊許可を得た私は通信先をレーアへと変更した。

 

「レーア! 隔壁を破壊して観客席と通路を繋いで! 避難誘導も任せるよ!」

『了解だ! 隔壁の側にいるなら、お前も離れてくれ!』

 

レーアの言葉通りに私は隔壁より距離を取った。直後、隔壁のロックを切り抜くかのようにブレードが突き出された。そのまま、隔壁のロックは綺麗に切り取られ、強引に扉が開かれる。その先頭から姿を現したのはスーパースティレットⅡ対地攻撃仕様——レーアの機体だった。両肩のスラスターを折りたたみ、体を屈めて出てくる。

 

『いいか! 落ち着いて、二列になって避難しろ!』

 

レーアは通路へと我先に出ようとする生徒たちに向かってそう声を放った。こんなところで混乱を起こされて、圧迫死とかそんな事態になったりするのはいただけない。レーアの気迫のある声に気圧されてか、生徒たちは言われた通りに避難を始めた。

 

『それよりも一夏、お前はどうするんだ? その体じゃ——』

「いや、私だってやれるよ。捻挫ごときで黙ってられるほど、私はおとなしくないからね」

 

私はレーアにそう答えると、ブルーイーグルを展開した。一度制服やら包帯やらギプスやらが量子化され、パイロットスーツが装着される。その直後、全身を六角形の非発光体が覆っていき、非発光体が消失したところからブルーイーグルが展開された。リミッターがかかっている状態だし、まだ捻挫が完治したわけじゃないど、私にだってやれることはある。

 

「私も隔壁の破壊作業を行う。レーアは、破壊作業が完了後、北東方面の戦域へと向かって! 既に箒達が交戦状態に入っているから!」

「なら、分担して早く終わらせよう。私はこっち側を、一夏は向こうをやってくれ」

「それじゃ、そっちは任せたからね!」

 

決して広くはない通路の中を機体をギリギリ浮かせる程度の推力で次の隔壁へと向かった。横幅の大きくなってしまうブルーイーグルには少し厳しかもしれないけど…………榴雷よりは足首への負担が低いから、こっちを使うしかない。それに、タクティカルナイフよりもイオンレーザーソードの方がすぐに切れそうだからね。

隔壁は全部で六ヶ所。うち一箇所は破壊済み。私の任された方面には二箇所残っている。あのフレズヴェルクタイプがいつまで待ってくれているかわからないから、手早く破壊しなきゃ…………!

 

「そっちには聞こえてる!? これから隔壁を破壊するから、扉から離れて!!」

 

一つ目の隔壁に到着した私は隔壁の向こうに声をかけた。熱源センサーを見る限り、扉からは離れてくれたようだ。なら、やることは一つだ。イオンレーザーソードを短刀状態で展開、ロックを切り抜くように突き刺した。鋼鉄が高温で焼き切れる音がする。くり抜くかのようにロックを破壊した私は、それを掴むと一気に抜き取った。そして、力任せに隔壁をこじ開ける。くうっ…………これ、重い…………! 動力を失うとここまで動かすのが大変だなんて…………!

 

「慌てずに! 大丈夫だから! 二列に並んで! そのまま避難して!」

 

どうやら、こっちには三組のクラス代表がいたようで、彼女がまとめ役となって避難誘導をしてくれている。これならすぐに避難できると判断した私は次の隔壁へと向かう事にした。それにしても、何故あのフレズヴェルクタイプは攻撃してこないんだろうか…………正直、攻撃なんてし放題だと思うんだけど…………わけがわからない。

 

『こちらスレイヤー24! グランドスラム04! やばい事態になった!』

「どうしたの!? 何があったの!?」

『奴らの、増援が来たぞ——!!』

 

◇◇◇

 

「どけぇぇぇぇぇっ!!」

 

箒は自身の機体である妖雷を駆り、その手に持つ日本刀型近接戦闘ブレードをシュトラウスへと振るい、頭部と右脚部を破壊する。だが、その攻撃を知っていたかのように、控えていた次のシュトラウスが飛びかかってくる。さらに、その後ろで控えているコボルドに至っては戦列を並べて突撃するシュトラウスを支援しているようにも、彼女には見えた。

 

「くっ…………雑魚のくせに生意気な!」

 

サブマシンガンで弾幕を張り続けているアントを青龍刀で叩き潰した。だが、次のアントがバトルアックスを振るってくる。鈴はその一撃を紙一重でかわすと、両背部の大型イオンレーザーカノンを放った。破壊の奔流を至近距離で受けたアントは上半身を綺麗に吹き飛ばされる。しかし、そんな強大な一撃があろうとも、アントの軍勢は未だ減る気配がない。

 

「この程度の数…………あの時と比べたら…………ッ!!」

 

通常のマニピュレーターへと換装したエイミーは両手に構えたロングライフルで次々とアントを無力化していく。滑腔砲は支援用の榴弾が切れ、残されたAPFSDSによる直接射撃による攻撃のみとなっている。流石に彼女にとってこの状況は自国でアントを相手するときよりは少ないが、それでも手を焼いてしまっていた。

 

「弾倉交換に入ります! しばしのお待ちを!」

 

セシリアの構えているスナイパーライフルも弾が切れ、弾倉交換に入った。その間、前線にいる箒達に支援砲撃の手が届くことはない。再装填はすぐに終わるも、その間にまたアント群はわずかにだが増加する。しかし、支援砲撃の手が弱い今、戦力の少ない彼らにとってはその僅かな増加も致命的な一撃になりうるものであった。

 

「そういえば、雪華はどうしてるのよ? ——っと、危ないわねぇ…………ッ!」

「あいつなら今日一日寮で寝てるつもりだそうだ。整備を一人でさせてるから、特別に許可が出たそうだぞ——チィッ! ブラスト09! そっちに一機抜けたぞ!」

「了解! 速攻でスクラップにしてやります!」

 

攻撃の隙間を一機に抜けられたが、カバーに入ったエイミーによって、頭部と胸部を撃ち抜かれ、その場に沈黙する。このままでは埒があかないと判断した鈴は敵群へと一気に突っ込もうとするが、正面に出てきたヴァイスハイトによって足止めされてしまう。

 

「こいつ…………ッ!」

「——バオフェン05、一度離れてください!」

 

ヴァイスハイトと切り結んでいた鈴はセシリアのその声に反応してその場から離脱する。ヴァイスハイトはそのまま鈴を追撃しようとするが、胸部に叩き込まれたAPFSDSの一撃によってその動きを止めた。指揮官機クラスの機体が撃破されたことに一瞬同様とも取れる動きを見せたアント群ではあるが、直様攻勢へと戻る。

 

「助かったわ…………ありがと、セシリア。にしてもこいつらまだ湧いてくるわよ…………」

「せめてあと一人支援砲撃機(ガンナー)がいればまだ楽なんですが…………」

 

いない人ねだりしても仕方ありませんわ、とセシリアは割り切る。実際、戦力としてはこれ以上増やすのは厳しいところだ。レーアが合流する手筈にはなっているが、いつ合流するのかわからない。さらに言えば、ほぼ最高戦力であるとも言える一夏は負傷中。実質、この場にいる人間でのみ戦闘を継続するしかなかった。厳しい戦いを強いられた彼女達は各々の得物を構え直し、再度攻撃を開始したのだった。

 

◇◇◇

 

『——って、どういう状況なの!? 何があったの!?』

「雪華か!? アント群の襲撃だ!」

『通りで部屋の警報システムが起動しているはずだよ…………! それで、現在の戦況は!?』

「極めて最悪だ!」

 

目を覚ました雪華は箒に教えられた情報に目が一瞬にして覚めた。雪華も雪華で派遣部隊の機体データを確認するべく、タブレット端末を起動し、現在の損傷度を表示した。既に交戦状態にある機体は中規模のダメージを受けている。致命的な一撃を受けてないことが幸いだった。そして、何よりも一番驚いているのは…………

 

(ブルーイーグルが稼働中…………!? 嘘でしょ!? 一夏は…………まだFAに乗れる体じゃないのに…………!!)

 

ブルーイーグルが稼働中であるということだ。正直、今の一夏の体では過度の負荷によって傷が悪化する可能性だってある。それを本人も理解しているはず。なのに、何故起動しているのか…………雪華は戦況マップを表示する。表示される光点には[YSX-24RD/BE]と表示されているが、その近くにいるのは[NSG-XM]と[UNKNOWN]が交互に表示されていた。雪華には嫌な予感が走る。確か、ブルーイーグルには武装へリミッターがかかっていたはず——その事が脳裏をよぎった雪華は全身の血が一気に引いていくような感覚に襲われた。

 

(まずい…………あれじゃブルーイーグルは本当の力を発揮できない…………! 早くリミッターの解除コードを…………!)

 

そう思い立った雪華は直様、ブルーイーグルへと回線を繋げたのだった。





機体解説

・JX-25CX バオダオ(雹刀)

SX計画により開発されたSX-25 オリジナル・カトラスを中国がOME生産したJX-25Fジィダオ及びJX-25T レイダオの機能を一機に集約した汎用機。外観としては背部よりレイダオの腕部イオンレーザーカノンが突き出ている。また、両腕にスラッシュシールドを装備、両肩にはスラストアーマーを装備しており、攻撃力以外にも機動力、防御力に関しても抜け目はない。開発に際して、中国が開発中の第三世代IS[甲龍]をモチーフとしたという噂も飛び交っているが真偽は定かではない。現在は凰鈴音の専用機という扱いである。

[IR-M13SG リニアライフル]
セグメントライフルを強化したリニアライフル。バレルが延長され、射程と威力が強化されている。継戦戦闘能力強化を図ってか、弾倉は一回り大きくなっている。

[青龍刀型近接戦闘ブレード]
青龍刀型の近接戦闘ブレード。刃部はチェーンソー状になっており、切断能力を高めている。しかし機構が複雑故、整備に手間がかかる。

[ACS-14GP イオンレーザーカノン]
レイダオの腕に搭載されている重レーザー砲と同様の物。
通常のFAが使用できる武装としては破格の威力を誇る。ジェネレーター・セルを追加することで継戦戦闘能力を高めたが、その分コストが高騰した。





今回は鈴の機体であるバオダオを紹介しました。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.24


どうも紅椿の芽です。
今後は週一更新が基本となると思います。申し訳ありません。



そういえばアニメ『フレームアームズ・ガール』が始まりましたね。主としては次話もかなり期待しています。早く積んでいる轟雷ちゃんを組まねば…………。



では、現在の事情はこれまでにして、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「こ、のぉっ!!」

 

避難が完了したアリーナ内部で、私は目の前のフレズヴェルクタイプと交戦状態に入っていた。ベリルソードを振るうも紙一重で躱されてしまう。目の前の機体はフレズヴェルクと似通った特徴を持っているけど、肩にはブースターではなくベリルユニットの翼みたいなものが出ていて、全体的に生産性を上げたような、フレズヴェルクと比べてシンプルな外観になっている。だが、中身は同じようなものだ。両手に構えられたショートバレルのベリルウエポン——ベリルショット・ガンからは小さいながらも光弾が放たれてくる。それをなんとか躱すけど、依然として劣勢であることに変わりはない。

 

「これでも食らえ!!」

 

距離を取られてしまった私は左手のセグメントライフルを放った。電磁加速されたATCS弾が一直線にフレズヴェルクタイプへと突き進んでいく。当たれば一撃でTCSを突破可能だ。だが、向こうもその弾の特性を理解しているのか、その弾は回避されてしまった。未だにアリーナ内部にいる以上、ベリルバスターシールドの射撃形態とイオンレーザーカノンは使用できない。避難が完了したとはいえ、まだ通路には人が残っている。彼らを守る術であるアリーナを覆っている防護シールドをこれ以上破壊してしまうわけにはいかない。私はセグメントライフルを撃ち続ける。現在取れる最善の方法で対応してかなきゃ…………!

 

『————』

 

だが、向こうは私を嘲笑うかのように、弾丸を全て躱していく。その直後、反撃とばかりにベリルショット・ガンを再び放ってくる。私はそれをなんとか回避していくけど、一発が右肩のスラストアーマーを掠めていく。塗装されている部分が焼ける音が聞こえた。おまけに今のでアリーナ天蓋部防護シールドには大穴が開いてしまったようだ。

 

(まずい…………! このままじゃ、防護シールドが持たない…………! 崩壊したら、避難中のみんなは——ッ!!)

 

最悪の事態が脳裏をよぎった。そうなれば、ここが地獄と化すのは間違いない。でも…………そうならないために私達がここにいるんだ。こんなところで立ち止まってなんていられない。

 

『————』

 

再び攻撃を仕掛けてこようとするフレズヴェルクタイプ。TCSは完全なる壁として起動しているから触れることなんてできない。だが、攻撃時には一度TCSを解除する必要がある。ベリルウエポンで攻撃する際にTCSが干渉するからだとかなんとか…………つまり、攻撃のときこそ無防備になるってこと。そのタイミングを私は見計らう。

 

(今…………ッ!!)

 

放たれた光弾をギリギリで回避した私は武装を一度格納、急加速してフレズヴェルクタイプへと組み付き、武装を使われないように両腕を押さえ込んだ。急な加速で捻挫した足首が少し悲鳴をあげたけど、その痛みを忘れるために口の中を噛む。向こうは突然のことに反応できないでいるのか、TCSを再展開する気配がない。

 

「ここから…………出て行けぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

全てのフォトンブースターを最大出力にし、フレズヴェルクタイプを押さえ込んだ私はアリーナに開いた大穴から外へと飛び出した。向こうが暴れようが、イーグルユニットのスラスターまで全開にした私を押さえつけることなんて無理だ。一気に空域を離脱し、誰もいないと思われる海上へと抜けた。ここならいくら暴れても大丈夫だと思う。

 

「ふんッッッ!!」

『————!?』

 

私はフレズヴェルクタイプの両手をホールドした状態でそれのがら空きとなった胴体に蹴りを叩き込んで距離をとった。右足がダメでも、左足ならなんとでもなる。体をくの字に曲げて吹き飛んだフレズヴェルクタイプだが、直ぐに体勢を立て直して私に向かってくる。向こうはベリルショット・ガンの銃床の方を向けて斬りかかってきた。

 

「やらせるもんか!」

 

私はベリルソードを展開、それと切り結んだ。互いのTCSが干渉し合って、辺りにスパークが飛び散る。装甲がそれによって焼けるような音が聞こえてきた。だが、干渉波を受けて安定性が著しく低下したため、一度距離をとる。その間に空いている左手へイオンレーザーカノンを展開した。

 

「これはさっきのお返し!」

 

一条に高出力のイオンレーザーが放たれるが、その直線的な一撃は回避されてしまう。だが、それでも向こうの左足の膝から下を吹き飛ばした。

 

(でも…………これじゃ、埒があかない! 早くしないと、みんなが——!)

 

戦況マップに目をやれば、敵の増援を受けて苦戦しているように見える仲間の光点が表示されていた。部隊長なら、仲間を守るのは当然。一刻も早く、目の前の敵を倒して支援に行きたいのに…………! 試合用にとリミッターを掛けっぱなしにしていたのが仇となったようだ。せめて解除コードだけでも雪華に聞いとくべきだった。

 

(誰でもいい…………誰か、みんなに支援を! 私は…………誰も失いたくない…………ッ!!)

 

有効打を与えられないまま、時間が過ぎていくのがなんだか歯がゆくて仕方ない。思わず、誰かに助けて欲しいと、私は願ってしまった。そんな時だった。

 

『——こちらハーゼ01。これより戦闘領域に突入する。交戦中の各機は速やかに後退せよ』

 

◇◇◇

 

『こちらスレイヤー24、支援に感謝する!!』

 

返答の声を聞くに、余程切迫していた状況だったのだろう。それを聞いてまだ生存していることを認識した私は、どこか安心した気持ちになっていた。だが、それとは反対に、一刻も早い支援が必要である事を認識させられる。

 

「ならば一刻も早く後退してくれ。なるべく敵から距離を取ってな」

『ま、待ってくれ! そちらの機影が確認できないのだが…………今、何処にいるのだ!?』

 

見えないのも無理はない。私がいるのは高度四千メートルを航行中の輸送機の中だからな。生憎、私の機体で移動となってしまうと展開速度に難がある。無茶振りとはいえ、これくらいならどうとでもなる。

 

「悪いな、機長。無茶振りに付き合わせてしまった」

『こんな無茶な作戦なんて、お前さんでもなきゃ思いつかねえよ。降下タイミングはそっちに任せる。行ってきな』

「感謝する」

 

機長の言葉があった直後、ハッチが重々しい音を立てて開いていく。今回は突然の事のため、降下用パレットはない。精々後付けのパラシュートが無理矢理つけられているくらいだ。その程度でこの機体を減速できるかと言われたら否だ。だが、それもやってみなければわからん。何より、友軍の危機を救わずして何が軍人だ。

 

「機長、帰りは日本の空を楽しんで帰るといい。——ハーゼ01、降下する——ッ!!」

 

私はそのままハッチから飛び降りた。景色が異常な速さで移り変わっていく。だが、私にそんなものを気にしている暇などない。

 

「——超界の瞳(ヴォーダン・ヴォージェ)、機体システムと接続」

 

私の機体と私の体に埋め込まれたナノマシンを同調させた。これにより、地上の状況が急激にクリアになって伝わってくる。友軍と思わしき機体達は退避完了…………敵群は大体固まっている、か。

 

(敵の数は三十…………いや、四十か。ならば、一気に制圧してやる…………!!)

 

私は右手に百拾式超長距離砲[叢雲](M110 狙撃砲[ムラクモ])を、左手には二連装リニアカノンをそれぞれ展開する。長距離狙撃となれば、これらほど頼りになる武装はない。それに、破壊力は実戦で十分信頼たり得るほどの代物だ。

 

(まずは一つ!)

 

此方へと砲口を向けていたコボルドに向けて叢雲を放った。元は対艦対拠点用とされる重砲を無理矢理こいつに載せたような装備だ。コボルドのすぐそばを掠めただけにもかかわらず、奴の半身は消し飛んでいた。だが、それが原因となったか、ほとんどの機体が私に向けて銃口を向けてくる。そして、飛び交う銃弾や粒子ビーム達。腰部のブースターを使ってなんとか避けるが、何発かは私の機体へ着弾していく。それと同時に水蒸気が溢れ出てきた。これらは増加装甲のリアクティブアーマーに詰められていたジェルが蒸発したものだ。熱量兵器であるビーム兵器はこれでほぼ無効化された。それにだ、私に向かって放たれる銃弾も、こいつの前では痛くもかゆくもない。自由落下していった結果、現在高度九百メートル。時間はほとんど残されていないな。

 

「出し惜しみなどせん! 全弾、持って行くがいい!!」

 

叢雲のトリガーとリニアカノンのトリガーを引いた指はそこから動かさない。次々と放たれていく砲弾は敵の頭からつま先までを貫き、地面を穿っていく。後ほど修理費用の話とかが持ちかけられるかもしれないが、そんなことをいちいち気にしていたら戦闘に支障をきたす。轟音とともに大質量の砲弾が叢雲より放たれた。着弾時の衝撃波だけで付近にいた非装甲アントは砕け散る。リニアカノンも次々とアント共を駆逐していく。

 

(残存機体数は五つ…………五発もいらんな)

 

残ったヴァイスハイトやコボルド達に向けて叢雲とリニアカノンを放った。二機のコボルドはそこで撃破されるも、残った三機は私の方へと飛んでくる。チッ…………今のこの機体で空中戦など無理だ。ただでさえ危ういバランスでいるんだ、これ以上体勢を崩すわけにはいかない。

 

「さっさとカタをつけさせてもらう!」

 

リニアカノンを放ち、飛んで来た二機のコボルドをまず撃破した。だが、未だにヴァイスハイトは健在、右腕に構えたイオンブースターキャノンを放ってくる。またリアクティブアーマーの一つが弾け、水煙が発生した。しかしだ…………まだ私が負けたわけではない。リアクティブアーマーの下にある装甲にはダメージはない。

 

「ふんッ——!」

『————!?』

 

運悪く自由落下のコース上にいたヴァイスハイトは空中で私に蹴り飛ばされた。その衝撃で奴のイオンブースターキャノンは吹き飛び、体勢を大きく崩した。苦し紛れにビームオーヴガンを放ってくるも、体勢を崩しているが故に私の装甲表面を掠める程度だった。

 

「——こいつで終わりだ」

 

至近距離で叢雲のトリガーを引いた。対艦用の強力な砲弾が奴の胴体へと吸い込まれるように当たり、そのまま四肢を飛び散らせたのだった。残りは…………もういないか。周辺に敵性反応無し、殲滅は完了したといったところだな。

 

「——パラシュート、展開」

 

背部に無理矢理取り付けておいた三基のパラシュートパックが展開、落下速度に急減速をかける。だが、それでもこの鉄塊が落ちる速度はまだロクに落ちてはいない。腰のショックブースターを全開にしてさらに制動をかける。あいも変わらず馬鹿みたいに重い機体だ…………もう、こんなマネはあまり経験したくはないな。全ての推進剤を使い切って、ようやく私は地面に足をつけることができた。低高度での降下作戦は何度もやったことがあるが、高高度となるとまた勝手が違うものだな…………。

 

(だが…………こいつのおかげで助かったようなものだな)

 

私は未だに装備したままの叢雲へと目を向けた。馬鹿みたいに重い私の機体に、さらに重い対艦兵器まで持たされたわけだが…………この装備があったから私は彼らを守れたのかもしれない。私の視線の先には、傷付きながらも生き延びた戦士の姿があったのだった。

 

◇◇◇

 

(ハーゼ01って…………もしかして!!)

 

さっきの通信で聞こえて来たコールサインは私に聞き覚えのあるものだった。人員が変わってないのなら、支援に来たのはおそらく彼女だ。なら、心配する必要はないかな…………多分、大丈夫だ。

 

『————!』

「くうっ…………!!」

 

だが、未だに私は劣勢を強いられている。ベリルソードで切り結ぶが、こっちの出力が足りてないせいで、押され気味だ。

 

「こいつッ!!」

 

一度距離をとってセグメントライフルを展開、数回トリガーを引いた。放った四発の弾のうち一発は左肩を掠めたが、致命傷にはなっていない。しかも、向こうから返礼とばかりに光弾が飛来してくる。イーグルユニットを全開にして回避して行くけど、全部ギリギリでの回避だ。外へと出したのはいいが、そのせいで向こうの機動力を存分に発揮させてしまう結果になったような気がする。でも…………どんなに劣勢だって、私は諦めるわけにはいかない…………!

 

「くうっ…………お前なんかに——ッ!!」

 

放たれる機関砲弾を躱し、一旦セグメントライフルを格納しイオンレーザーソードを引き抜いた。強烈な熱量を誇るその武装でも、フレズヴェルクタイプにダメージは与えられていない。流石にTCSは貫通できないか…………。そのままベリルソードを振るうが、やはり受け止められてしまった。せめて、これさえ突破できるなら…………! 互いに一歩も引かない状況に陥っていた、その時だった。

 

『一夏! 聞こえてる!?』

「雪華!?」

 

雪華からの緊急通信が入って来た。その声には焦りが含まれているような感じだった。

 

『今からブルーイーグルのリミッター解除コードを教えるから! それを入力して!』

「入力!? この状況じゃ、外部アクセスでの入力はできないよ!」

 

放たれた光弾を避けつつ、セグメントライフルを放っている時に雪華にそう言われて、私は混乱していた。だって、リミッターを設けた時、外部アクセスで入力していたから、そうじゃなきゃできないはず。それを今しろだなんて…………自殺行為にも等しい。何より、海上に出かけている今、そんなことは無理だ。

 

『ボイスコマンドでの入力が可能だから! 外部アクセスは必要ないよ!』

 

ボイスコマンドでの入力が可能と聞いて、私には希望が見えて来た。それなら問題ない。なら、やるしかない。この状況を打開できるのはそれだけだ。

 

『解除コードは、[Brute Eagle(獰猛な鷲)]だよ!』

 

 

 

 

 

「——了解ッ! コード[Brute Eagle]——!!」

 

 

 

 

 

そのボイスコマンドを入力した瞬間、[LIMITER RELEASE]の表示とともに、蒼い翼を模したアイコンが一瞬視界に映った。その直後、ベリルソードなどの武装の出力が本来の値まで伸びていくのが武器情報(ウエポンデータ)に表示されている。その証拠に、切り結んでいるベリルソードと向こうのベリルショット・ガンの間からはより強くなったスパークが生じていた。

 

「これなら…………ッ!!」

 

私はそのままベリルソードを押し込んだ。次第に強さを増していくスパークだけど、ある瞬間、スパークは消え去った。同時に、向こうのベリルショット・ガンにベリルソードの刃が食い込んでいく。そのまま、私はベリルソードを振り抜いた。金属を切り裂く音が聞こえたと思ったら、向こうの左肘から下を切り落としていた。

 

『————!?』

 

フレズヴェルクタイプはそれを脅威と感じたのか、胸部ガンポッドによる牽制射撃をして私から大きく距離を取る。あまりにも近距離で放たれたため、私は咄嗟にベリルバスターシールドを展開、TCSによる防御を行った。見えない壁に阻まれているかのように、銃弾は私の元には届かない。これがTCS…………シールドとして使ったことは少ないけど、こんなあまりにも強すぎる盾をフレズヴェルクとかは持っているんだ…………文字通り、見えない壁だよ。

 

『————!』

 

距離を詰めようと接近するも、向こうから幾多もの光弾が放たれてきた。TCSは互いに干渉する性質があるから、ベリルバスターシールドによる防御はできない。一度海面付近まで飛んだ私の後ろへと光弾は着弾していく。膨大な熱量を持った光弾は海水を蒸発させて、盛大な水煙を上げる。でも、これでいい。どうやら光弾は水蒸気とかが立ち込めている場所ではその威力が減衰してしまうそうだ。気休め程度だけど、水が盾の役目を果たしてくれているのだ。

 

「こっちだって…………!!」

 

私はベリルバスターシールドを射撃形態へ移行させる。この姿にするとTCSは解除されてしまうが、今はどのみち使えないから問題ない。砲口から規則的に蒼い光弾がフレズヴェルクタイプへと放たれていった。だが向こうも流石にこれはまずいと判断したのか、回避して攻撃の手を緩め、隙を見せてきた。これ以上長引かせるわけにはいかない…………ここでケリをつける——ッ!

 

「せやぁぁぁぁっ!!」

 

全身のフォトンブースターとスラストアーマー、そしてイーグルユニットを全開にしてフレズヴェルクタイプへと突っ込んでいく。強烈なGが全身を襲ってブラックアウトしそうになるけど、パイロットスーツ越しに注射された薬物のおかげで正常を保てた。向こうはベリルショット・ガンとガンポッドをやたらめったらに撃って、私の進路を阻もうとしているけど…………その程度じゃ私は止められないよ。初めてこの子で実戦に出た時は四方八方から銃撃されたからね。さっきまでやられていた分、きっちりと返させてもらうよ!

 

「こいつでぇぇぇぇぇっ!!」

 

クロー形態にしたベリルバスターシールドを突き出し、フレズヴェルクタイプへと突っ込んだ。砲口をこちらに向けていたようだけど、クローがフレズヴェルクタイプを押さえ込んだ時に向こうの得物は海面へと落ちていった。ハサミのように閉じていくクローの中でフレズヴェルクタイプはもがいているけど、もう逃げられない。メキメキと音を立てて向こうの機体が悲鳴をあげていた。TCSが干渉しているせいで、こちらの攻撃力が下がっているのかもしれない。

 

『———!?!?!?』

「——終わり、だよ…………ッ!」

 

クローが完全に閉じきるのと同じくして、フレズヴェルクタイプは胴体を引き裂かれた。歪な形に切り裂かれたその残骸は海面へと落下していった。やっと倒した…………これで目の前の敵は片付いたはず…………。戦況マップを確認すると、すべてのアントは排除されたようだ。となると…………これで状況終了かな…………長い戦いだった気がするよ。単騎でフレズヴェルクとやりあうのは初めてだったからね…………なんだか疲れちゃったよ。

 

『こちらハーゼ01、敵アント群は殲滅完了だ』

『スレイヤー24よりグランドスラム04へ。友軍機は損傷の大小があれど全機健在』

『グランドスラム04へ。生徒たちへの被害はほぼ無しだ。避難中に転んで擦り傷を負ったものもいるようだが、重傷者はいないぞ』

 

次々と入ってくる情報を聞いて、どこか安堵した気持ちになる。よかった…………誰も命を落とすようなことにはならなかったんだ…………というか、いつの間にか私に指揮権が来ているような気がするんだけど。

 

「ハーゼ01——いや、ラウラ、支援ありがとうね。おかげでみんな助かったよ」

『はっはっは。羽田に着いたと思いきや、戦闘行動が始まっていたからな。居ても立っても居られなくてな、輸送機からダイブして戦線に参加したまでだ。輸送部隊に無理を言って来た甲斐があったというものだな』

 

何という無茶をしているんだか…………でも、その無茶のおかげで助けられたのは間違いない事実だ。それがなかったら、今頃みんなは物量にすり潰されていたに違いない。

 

『では、合流地点でまた会おう。座標はそちらに送っておいたぞ』

「了解だよ。それじゃ私も帰投——」

 

合流地点に向かおうとした時だった。私の耳にはあの聞いたことのある風切り音が入って来た。間違いない…………この音、絶対に彼奴の音だ。その直後に鳴り響く照準警報。風切り音に加えて推進器の音も聞こえてくる。予想は確信へと変わった。

 

「ッ——!!」

 

背後を振り向いた私は構えていたベリルソードを振り抜いた。同時に発生するスパーク。突き出されていたのはグレイブ形態となっている大鎌——ベリルスマッシャー。そして、それを構えているのは

 

『ホゥ…………量産型トハイエ、フレズヴェルクヲ倒シタダケハアルナ』

 

白い装甲に青いクリスタルユニット、そして右肩にある紫色の羽根を模したマーキングが特徴的な機体——フレズヴェルク=アーテルだった。なんでこんな時に…………こっちは病み上がりでもう体力が持たないってのに…………!

 

『どうした一夏!? 何があった!?』

「アーテルと会敵! 現在交戦中!」

 

どうやら、私を示す光点が急に交戦状態に入った事にレーアは驚いてしまったようだ。だが、私もそっちに意識をさける余裕はない。目の前には単純に危険な相手がいるんだから…………そっちに集中しないと…………!

 

『支援は必要か!? いつでも私達はやれるぞ!』

「機体の損傷度を考えたらそんな事は無理でしょ! ラウラはともかく、もう他のみんなは戦闘不可能だよ…………あとは通信を切るから! 指揮は箒に聞いておいて! それじゃ、また後で!」

『お、おい! 待て、いち——』

 

私はそう言って通信を切った。既に一度距離をとって互いに睨み合うような状態に入っていた。どのみち、アーテルの相手をまともにできるのは私の機体くらいだし、それにこれ以上負担をかけるわけにはいかない。ただでさえ大隊規模を相手にとった後なんだから…………機体の損傷度を考えたら戦線から下げるしかない。

 

『ソノ程度デハ無イダロウ…………貴様ノ力、モット私ニ見セルガイイ』

「くうっ…………!」

 

再び振るわれたベリルスマッシャーを受け止める私。今度はグレイブではなくアックス形態となっていて、一撃が重くなったような感じがする。でも…………私だって負けてなんていられない!

 

「至近距離なら…………!」

 

私はイオンレーザーソードを左太腿から振り抜いた。だが、手応えは全く感じられない。その瞬間、背中に嫌な汗が流れ落ちた。同時に鳴り響く照準警報と表示される攻撃予測方向。

 

『ヤハリ、私ガ見込ンダダケノ事ハアル』

 

アーテルは既に私の背後へと回り込んでおり、その言葉とともに今度は大鎌に変形させたベリルスマッシャーを振り下ろして来た。私はそれを一気に海面へと向けて降下する事でギリギリ回避する。大鎌はその圧倒的な攻撃範囲を誇るが、その分取り回しに難があるって話を聞いていたけど…………目の前の敵はそんな事はないように自分の手足のように取り扱っている。しかも、二振りも装備しているんだから…………隙のない装備だよ。

 

「見込んだだけの事があるって…………それってどういう事!?」

『言葉通リノ意味ダ。貴様ナラ、コノ私ヲ楽シマセテクレルト思ッタマデダ』

「きゃあぁぁぁぁっ!」

 

振るわれた大鎌をベリルソードで受け止めたけど、その直後にもう一本の柄ではたき飛ばされた。なんとか体勢を直したけど、目の前にはあのアーテルが迫って来ている。私は一度急上昇をした。直後、私のいたところをグレイブが切り裂いていった。あ、危なかった…………直感を信じて動いてよかったよ。

 

「せやぁぁぁぁっ!!」

 

反撃とばかりに私はベリルソードを大きく振りかぶった。向こうは攻撃後の体勢を立て直すのにまだ少し時間がかかっている。これなら…………いける!

 

『ソウダ…………ソウデナケレバ、アノフレズヴェルクヲ送リ込ンダ意味ガ無イ』

「なんだって…………!? あなたが、彼奴をこっちに送り込んだの!?」

『貴様ノ実力ヲ測ル為ニナ。無論、貴様以外ノ者ニ危害加エルツモリナド無イ』

「勝手に乱入して来て…………その言い草ってある!? あなたのせいでどれだけ多くの人が危険にさらされたのか…………わかってるの!?」

『私ニハ関係ノ無イ話ダ』

 

上体を反らして振るわれたグレイブをギリギリで躱す。同時に左手に展開したセグメントライフルを撃った。リニアレールによって加速された弾はアーテルの肩を掠めただけだった。

 

「あなたには関係なくても、私には関係あるんだよ! 私は市民を守る国防軍人なんだからっ!」

 

ベリルソードを振るってアーテルから距離を取った。すぐさまグレイブとアックスが振るわれてくるけど、なんとか躱し切って再びセグメントライフルを放つ。装填されている弾がATCS弾である事を知ってなのか、その一撃一撃を向こうも躱していく。

 

『例エソレガ貴様ヲ認メヌ者達デアッテモカ?』

 

アーテルの言葉に一瞬私は戸惑ってしまった。確かに私達は世間一般的に蔑まれたりしているけど…………それでも、彼らだって守らなきゃいけない。何より、秋十やお姉ちゃんが生きる世界を守りたいんだから…………。

 

『答エハ言ワナクテモイイ。——潮時、ダナ』

 

ベリルソードと斬りむすんでいたベリルスマッシャーを大袈裟に振るうアーテル。私は再び距離を取った。その間にアーテルはベリルスマッシャーを両大腿部のウエポンラックに携えていた。

 

『今回ハ此処マデダ。中々ニ楽シマセテ貰ッタ』

 

今のアーテルからは交戦する意思は感じられない。それにアーテルの声は何処か喜んでいるような感じにも取れる。だが、次にどんな行動を取ってくるのかわからない。私はベリルソードを正面に構えて、何が起きてもいいようにした。それにしてもわからない…………急に攻撃を仕掛けて来たと思ったら、こんな風に撤退をしようとしている。アーテルの考えている事が私には理解できなかった。

 

「あなたは…………一体何がしたいの…………」

 

自然と口からそんな言葉が出ていた。私に背を向けていたアーテルはふと私の方へと頭を向けて来た。

 

『私ハタダ戦イヲ楽シミタイダケダ。貴様ガイル限リ、私ハ何度デモ貴様ト戦ウ』

 

今のアーテルがもし人間と同じように顔を持っていたのなら、酷く悪意に満ちた笑みを浮かべているのかもしれない。だけど…………これ以上の戦闘継続は私の身体的に厳しい。ベリルソードを正眼に構えていても、攻撃を仕掛けるという思考はなかった。

そんな時、私に向き直ったアーテルは何を思ったのか携えていたベリルスマッシャーの一本を取り出し、私へとその切っ先を向けて来た。

 

『私ハ[NSG-X2AN フレズヴェルク=アーテル・アナザー]。コノ風切音ガ聞コエタ時ガ貴様ノ最後ダ』

 

思わずアーテルの威圧感に飲まれてしまいそうになる。けど…………こんなところで私は引くわけにはいかない。

 

「紅城一夏…………あなたを討ち倒す者の名前だよ…………!」

 

口ではそんな事を言っているけど、構えているベリルソードの切っ先は小刻みに震えている。目の前に存在している魔鳥の恐怖が私の身体を少し支配していた。

 

『フッ…………次ニ会ウ時ヲ楽シミニシテイル、紅城一夏』

 

そう言い残してアーテルは何処かへと飛び去っていった。追撃する気力は残ってない。展開していた武装を全て格納した私は一度合流地点に向かうことにしたのだった。

 

「——グランドスラム04より各機へ。状況終了、これより合流地点へ向かう」





キャラ紹介

フレズヴェルク=アーテル・アナザー(cv.渕上舞)

形式番号はNSG-X2AN。ドイツにおける前線基地攻略戦において一夏に重傷を負わせ、その後も何度か一夏の前に立って来た。しかし、現時点で一夏の前に立ちはだかる理由は不明。
本来のNSG-X2 フレズヴェルク=アーテルとは違い、白色部はパールホワイトに塗装されており、右肩には紫色の羽根を模したマーキングが施されている。





今回はアーテルの紹介となりました(機体ではなくキャラ扱いですが)。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.25




Fiona Glint様、評価をつけていただきありがとうございます。



どうも、気がついたら文芸部に放り込まれていた紅椿の芽です。
文芸部に入れられた結果、オリジナルを書いてくれと言われたので、こちらの更新はさらに遅くなると思います。申し訳ございません。



では、言い訳はこの辺にして、今回も生暖かい目でよろしいお願いします。





戦闘があったその日の夜、私とラウラは学園長室へと呼び出されていた。まぁ、どうせ戦闘の当事者だから呼び出されたというわけなんだろうけどね。一応、報告書自体は館山基地の方に送っておいたから、そっちが遅れてしまうという事態にはならないよ。正直言ったら、なんで学園長室なんて遠いところでするのかなぁ…………? だってさ…………

 

「痛っ…………」

「大丈夫か?」

「う、うん…………大丈夫、だよ…………」

 

無理矢理戦闘機動なんてしてしまったものだから、足首の捻挫がぶり返してしまったんだよ…………ものすごく痛い。松葉杖をついて移動しているため、ものすごく動きにくい。治りかけていたところで無茶をしてしまったから、多分傷口が開いてしまったのだと思う。いや、切り傷とかじゃないけど。それでも痛い事に変わりはない。

 

「そうは見えんぞ。いっその事、事情を話して私だけで行ってこようか?」

「心配しなくても大丈夫だよ…………これでも臨時の指揮官だったわけだから…………上官として仕事をしなきゃ…………」

 

隣を歩くラウラから凄く心配そうな目を向けられる。私より背が低いけど…………それでも、私より階級は明らかに上だ。階級章を見たら大尉から少佐に昇進してたんだもん。思わずそれを見た瞬間敬礼をしてしまったよ…………まぁ、松葉杖をついている状態でそれをしてしまったから、転びそうになってしまったけどね。

 

「そうか…………お前のような真っ直ぐさを他の奴らにも見習わせたいものだ」

「大袈裟だよ。私は、私に課せられた責任をなんとかしてこなしているだけで…………実際、しばらくの間は箒に指揮権を預けていたし」

「色々と大変だったんだな…………」

 

そう言ってラウラは何処か申し訳なさそうな顔をしていた。別にラウラがそんな表情をする必要はないのに…………。

 

「しかし、お前が万全な姿でいるのを見たのが初の顔合わせの時だけとはな…………こんなに負傷している者を見たことがないぞ」

「あうぅぅ…………」

「責めているわけではないんだがな…………」

 

実際、私の負傷率が一番高いという指揮官にあるまじき事態となっているのが現状だ。しかも、一週間はずっと寝ていたり、ずっと寝られなかったり、といろんなことがあったしね。

 

「どうやら、ようやく到着したみたいだぞ」

「うわぁ…………なにこの基地司令とかがいそうな部屋のドアは…………」

 

私たちの目の前には高級そうな木材でできている重厚な扉があった。どう見たってこれ、基地司令とかがその奥に鎮座しているような部屋の扉でしょ? 館山基地の場合、金属製の扉だけど、部屋の中から威厳溢れるオーラを感じるから武岡中将がいるのがわかるけどね。ただの木製ドアかと思ったら、横にカードリーダーが取り付けてあった。そこに私は学生証をスキャンさせると、扉が圧縮空気の抜ける音ともに開いた。…………レトロな感じに見せかけて、何気にハイテクなんだけど。

 

(まぁ、とりあえず行かないとなにも始まらないか…………)

 

そう思った私は、意を決して学園長室へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「一年一組所属、紅城一夏、ただいま参りました」

「ドイツ軍少佐、ラウラ・ボーデヴィッヒ、同じく参りました」

 

学園長室へと入ったらそこには結構な数の教員が集まっていた。お姉ちゃんや山田先生だけでなく、まさかの生徒会長までもがこの場にいた。そして、私たちの対角線上にいる壮年の男性こそ学園長である轡木十蔵さんだ。元陸上自衛隊幕僚長とかっていう噂もあるけどどうなんだろうか…………。とはいえ、放たれているオーラは基地司令に近いレベルのものを感じるよ。

 

「よく来てくれたね、二人共。一先ずそこに座ってくれたまえ」

 

そのまま指示された通りに私とラウラは椅子へと座った。私は捻挫しているところをぶつけないように慎重に座り、机に松葉杖を立てかけた。ふぅ…………やっと座れた。松葉杖を使っているとどうしても疲れてしまうからね…………一ヶ月も使っていた時は本当に大変だったよ。まぁ、地面に捻挫した足をつけて歩くよりは全然いいけどね。あれは本当に痛いから…………ていうか、こんな状態でよく戦闘機動なんてできたものだよ。しかも、一番動きが激しいとかと言われるブルーイーグルでだし。

 

「特に紅城君、怪我人であるにも関わらず呼び出してすまなかったね」

「い、いえ…………」

 

学園長にまで心配される始末である。周りを見たらなんだかお姉ちゃんや山田先生、そして生徒会長までもが申し訳なさそうな顔をしていた。別にそんな顔にならなくてもいいのに…………見てるこっちが申し訳なくなってくるよ。

 

「では、本題に入るとしよう。本日の議題は他でもない、クラス対抗戦時に発生した襲撃についてだ」

 

学園長から告げられた言葉に部屋の空気は一気に重いものへと変わっていく。そりゃそうだよね…………だって、こんな平和かもしれないところが襲撃されたんだから。一ヶ月近く経った訳だけど、アントの出撃なんてなくて戦場とは別の世界のように感じていたよ。でも、その感覚は今日無理矢理戻された。私をはじめとする派遣部隊は実戦を経験したりしているから耐性ができていたけど、ここにいるのは実戦とか戦場とかとは無関係な民間人がほとんどだからね。ショックは大きいはずだ。

 

「第三アリーナに侵入した襲撃者は内部にいた織斑秋十及び更識簪両名の他、アリーナにいた生徒達には一切攻撃を加えずに停滞。避難完了と同時に攻撃を開始した——これで間違いないかね、織斑先生?」

「ええ、それで間違いはありません。紅城から避難完了の報告を受けた直後だったのでしっかりと覚えています」

 

言っていることは間違いなくあのフレズヴェルクタイプによる襲撃についてのことだろう。アリーナにいた人たちを避難させ終えた時にお姉ちゃんへ通信していたのを覚えている。その時に、フレズヴェルクタイプがベリルショット・ガンを向けてきたから窓を突き破って、あいつが侵入してきた時に開けた穴へと飛び込んだんだっけ。凡そは学園長が言っていることで間違いない。

 

「加えて、学園の北西方面でも戦闘が行われたと…………。詳しい説明を頼めるかね、紅城君」

 

今度は箒達が対応してくれた大隊規模のアントによる襲撃だ。学園長は私に説明しろと言ってきたけど…………私はほとんど戦況マップで確認しただけだし、どっちかと言ったらフレズヴェルクタイプと交戦していたから説明なんてできそうにないんだけど…………まぁ、機密情報扱いのものもあるし、その辺をぼかしてやらなきゃね。

 

「北東方面より侵攻してきた敵は大隊規模でした。これに対処すべく、篠ノ之箒以下四名及びラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の支援による攻撃で全機撃破、殲滅しました。また、侵入者も同様に私が撃破しています」

「殲滅…………? 操縦者はいなかったのかい?」

「はい…………全機、無人機です」

 

無人機という単語に私達やお姉ちゃんを除くすべての人が驚いていた。まぁ、無理もないよね。私達はアントがすべて無人機である事を知っているから、何が無人化されても驚かないと思うけど、『ISは人が乗って初めて起動する』という固定観念を持っている人達からしたら誰だって驚くはずだ。

 

「ISの無人化ですって…………!?」

「どこの国がそんな技術を…………!?」

 

口々にそういうけど…………あれ、月面回路っていう人工知能らしいです。しかも、ISじゃなくてアントだし…………。なお、ISの無人化技術は未だに確立されていない模様。唯一できるのは束お姉ちゃんだけらしい…………まぁ、ISを一人で作ったり、フレームアームズを作ったりした人だから案外普通にやってそうで怖い。でも、こんな風に襲撃をしたりするような人でない事は確かだ。あの人、単に作って楽しむって部類だし。

 

「そうか…………わかった。座ってくれ」

 

そう言われて私は再び椅子へと腰を下ろした。ふぅ…………片足立ちっていうのはやっぱり疲れるよ。自分で再び足を痛めておいていうのもなんだけど、早く治ってほしいよ…………。

 

「今回の襲撃による被害の報告を頼む」

「は、はい。えっと、今回の襲撃において、第三アリーナの防護シールドは破損、システムにも異常が出ています。また、避難の際に隔壁のロックをすべて破壊しているので、そこも一応含みます。また、紅城さんが襲撃者を押さえ込む為に出た際に窓を破壊しちゃってますね」

 

私の名前が出た瞬間、こちらへと向けられる視線。あうぅぅ…………一斉に集まった多数の視線のせいで私は思わず縮こまってしまった。やっぱり、この視線に慣れるのだけはまだ無理だよ…………本当に慣れないんだって…………。

 

「続いて学園島北東方面での戦闘による被害を報告します。建物自体にはダメージはありませんが、地面が抉れたり、防風林の一部が焼けてしまっているので、修復のため一時この区画を閉鎖する必要があります」

「人的被害は?」

「避難時に転倒して軽傷を負った人が数名だけですので、人的被害はゼロに等しいです」

 

人的被害がなかったと聞いて胸をなでおろす私。よかった…………誰も命を落とすようなことにはならなかったんだ。守ることが主任務の私たちからしたら、それほど嬉しい情報はないよ。

 

「では、修理の手配を主計課に出しておいてもらえるかね?」

「わかりました。今日明日中には申請書を提出しておきます」

「任せたぞ。最後に、何か質問がある者はいるかね?」

 

学園長のその問いに対して挙手をする人がいた。お姉ちゃん達とは違うサイドにいる教師だ。

 

「学園長、紅城は侵入者を撃破したと言いました。つまり、強固なアリーナの防護シールドを突破するような機体と同等の戦闘能力を有していると考えられます。そのような危険な機体を一個人に預けておくのは些か危険だと考えます。すぐさま、機体をこちら側で預かるべきです!」

 

どうやらブルーイーグルが危険な機体だから、学園で管理するとかっていう話だ。確かに対フレズヴェルクを意識した機体だからかなり過剰なまでの攻撃力を有している事は否定しないよ。でも…………ふざけないでよ。あの子は私が託された機体なんだよ…………そう易々と渡せるようなものじゃない。それに…………あれは動く重要機密の塊。渡したら私が軍法会議にかけれられてしまう。

 

「それに関しては私から意見を言わせてもらおう」

「織斑先生…………」

 

そこに待ったをかけたのはお姉ちゃんだった。その威厳溢れる態度に皆の意識は飲まれていた。

 

「確かに紅城の扱うブルーイーグルは攻撃力の高い機体である事は否めん。だが、彼女は正規の訓練された兵士だ。反旗をひるがえすなどありえん。その時点で貴様のいう管理する意味がないと思うのだが?」

「ですが! 実際、紅城やその周りの人物と模擬戦を行なった機体は悉く中破あるいは大破してるんですよ!? 中には精神的にやられている者だって…………」

「だが、紅城達が模擬戦をした時は必ずといっていいほど模擬戦を申し込んできた側に非があると私は思っている。理由を聞く分にはどうしても紅城達が悪いようには思えん」

 

お姉ちゃんは一度息を吸うと再び言葉を続けた。

 

「それにだ、管理した後で万が一このような事態になった際、誰が乗るつもりだ。まさか貴様か? それならやめておけ。あのようなじゃじゃ馬は紅城のような練度の高いパイロットにしか扱えん。私も似た機体に搭乗したことがある。奴はパイロットを選ぶ機体だ、少なくとも貴様には扱えんよ」

 

お姉ちゃんに論破された教師は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。ていうか、ブルーイーグルの元であるゼルフィカールって、お姉ちゃんがそこまでいうほど操作が難しい機体だったの…………? あの時はがむしゃらだったからかもしれないけど…………初めて乗った時でも割と普通に扱えていたし…………もしかするとこっちでは操縦系統が違うのかな?

 

「——他にはあるかね?」

 

剣呑な雰囲気が漂っていたが、学園長の一言で一気に引き締まった雰囲気に変えられた。学園長の言葉に反応する人はいない。隣に座るラウラはずっと腕を組んで目を瞑ったままだ。てか、ラウラは一言も発していないんだけど…………一体どんな用で連れてこられたの? 本当疑問しか出てこないよ。

 

「それでは、今回の会議は終了としよう。では、各自解散してくれたまえ」

 

結局、話がどこへと落ちたのかわからないまま、会議は終了してしまったのだった。次々と教師達は学園長を後にしていく。学園長も奥の部屋へと引っ込んでいった。残ったのは私とラウラ、それにお姉ちゃんだけだ。え? 山田先生? なんだか書類を色々抱えてすぐに出ていっちゃったよ。

 

「ねぇ、ラウラ」

「なんだ?」

「ラウラって、なんでここに呼ばれたの? 全然話なんてしなかったんだけど…………」

「…………実を言うと私もわからん」

「えぇ〜…………」

 

衝撃の回答に私はそんな呆けた声しか出なかった。いや、だって本人がわからないんじゃ私だってわかるわけがないよ…………。

 

「——さて、ボーデヴィッヒ。貴様がこんなにも早く到着した件について説明を頼む。予定より一週間以上も早いぞ」

「戦闘行為が確認できた為、支援に来た次第であります、教官(・・)

 

ラウラの説明に思わず引っかかる単語が出て来た。あ、あれ…………? い、今、ラウラ…………お姉ちゃんの事を教官って呼んだよ、ね…………?

 

「あ、あの…………織斑先生…………その、教官って…………」

「ああ、前にドイツに借りを作ってしまってな。その時にボーデヴィッヒのいた部隊を少し指導しただけだ」

「私にとっては最高の教官だったのだ」

「その歳で少佐まで上り詰めたお前の方が凄いと私は思うがな」

 

結構知らないことが多すぎて頭が少しパンクしそうになった。いや、だってそうでしょ!? 自分のお姉ちゃんがドイツ軍で教官をしていたとか信じられないでしょ!? 完全に私は蚊帳の外のような気がするよ…………てか、周りの人たちが凄い功績を持っていすぎて辛い。

 

「ああ、それと一夏、一言言い忘れていた」

 

ラウラはおもむろにそんな事を言って来た。言い忘れていたって…………一体何を忘れていたの?

 

「紅城一夏中尉。現時刻をもって臨時指揮官の任を解除、以降は派遣部隊指揮官の私が引き継ぐ事になる。私が到着するまでの間、よく仕事をこなしてくれたな」

 

…………もしかして、ドイツから派遣される指揮官ってラウラの事だったの? それならなんでここにラウラがいるのかがわかった気がするよ。ラウラはドイツ軍特殊部隊隊長だから適任だろうしね。とはいえ…………別にラウラがいない間、私はちゃんと任務を遂行できたのかな…………。どっちかと言ったらみんなの足を引っ張ってしまったことの方が多いような気がするよ。

 

「了解しました。では、以降はよろしくお願いします、ボーデヴィッヒ少佐」

「以前と同じようにラウラで構わん。階級付は公の場だけでいい」

 

そう言って不敵な笑み浮かべてくるラウラを見て、やっぱり変わってないなぁってふと思った。そういえば初めて会った時も同じようなやり取りがあったような気がする。

 

「そこで着任式をしている二人、そろそろ寮に戻れ。ああ、ボーデヴィッヒの部屋も用意してある。鍵はこれだ」

 

咳払いをしたお姉ちゃんはラウラに向けて鍵を投げた。って、それ投げていいものなの? ラウラはそれを普通に片手で取っていたけどね。一応、部屋番号の書いてある棒みたいなやつ、強化アクリル製なんだけど…………痛くないのかな?

 

「感謝いたします。では、私は手続きがまだ残っていますので先に失礼します」

 

ラウラはそう言うと私たちに向かって敬礼をして学園長室を後にしていった。私も思わずそれにつられて敬礼をしてしまう。とはいえ松葉杖をついている状態でしているから、ものすごく体勢が辛いんだけどね。結局、最後まで残ったのは私とお姉ちゃんだけだった。

 

「それじゃ、私は先に出ていますね」

「まぁ待て」

 

私は先に部屋を出ようかとしたけど、それをお姉ちゃんに引き止められてしまった。

 

「どうかしたんですか?」

「いや、お前にちゃんと礼を言ってなかったと思ってな…………よく学園を守ってくれた。ありがとう、一夏(・・)

 

お姉ちゃんはそう言って私に柔らかな笑みを向けて来た。私のことを名前で呼んだってことは、もう公の場じゃないってことを意味しているのかもしれない。でも、どこで何を聞かれているのかわからないから、私は公私の公の態度を貫く事にするよ。その方が安全だからね。

 

「いえ…………私は自分の任務を果たしただけですよ、織斑先生。それに…………私よりもラウラの方が戦果をあげてますから…………私なんて大した事はしてません」

「謙遜するな。あいつを倒せるのはお前くらいしかいなかったんだ。…………軍人とはいえ、お前は私の生徒だ。教え子を戦いに駆り出させてしてすまなかった」

 

そう言ってお姉ちゃんは頭を下げて来た。…………本当、真面目すぎるよ。お姉ちゃんとしては私を戦場に送り出す事なんて心の中ではよくなんて思ってない事は私にだってわかっている。ましてやお姉ちゃんは教師としての立場にいる。お姉ちゃんの言う通り、自分の教え子が戦場に向かうのは、例えそれが仕方のない運命だとしても嫌なんだろうね。でも、私はお姉ちゃんに頭を下げてもらうために戦ったわけじゃない。お姉ちゃんの優しい笑顔を失わせたくなかったから、あのフレズヴェルクタイプを倒すべく戦場に自ら出たまでだ。

 

「気にしないでください。私は日本国防軍の軍人ですから。では、私も寮に戻りますね」

 

私はそう言ってその場を後にしようとした。それにしても松葉杖をついている状態で方向転換するのは全く慣れないよ…………あいかわらずの拙い動きで学園長室を後にしようとした時だった。

 

「一夏、ちょっと待て」

「織斑、先生…………?」

 

再びお姉ちゃんに呼び止められる私。いったい何事だと思って私は思わずその場に立ち止まった。すると、お姉ちゃんはおもむろに私の前にまで歩いて来て体勢を低くした。

 

「戦闘機動をして松葉杖をついて歩くのは大変だろう? 寮まで私が背負って連れて行こう」

 

えーと…………つまり、お姉ちゃんは私をおんぶして寮まで連れて行くっていってるの…………? 結構凄いことをさらりと言ってのけるお姉ちゃんが凄いと思ったけど、それ以上に羞恥の感情が湧き上がって来た。いやいやいやいや、おんぶ!? 私もう高校生だよ!? さすがにそんな子供みたいなことをして貰うわけにはいかないって!

 

「い、いえ! 自分で行けますから大丈夫です!」

 

そう言って一歩踏み出そうとした時、うまく力が入らなくて転倒しそうになった。あ、危ない…………今転んだら思いっきり頭を打ち付けていたよ。だけど、その様子を見ていたお姉ちゃんは私が虚勢を張っていたって事に気がつくなり苦笑していた。

 

「心配するな。今は全員自室待機中だ。外には誰もいないから見られる心配はない。それに、現役を引退した身とはいえ鍛練は怠っておらん。生徒一人を背負うくらいどうって事はないさ」

「で、ですが…………」

「遠慮するな。その疲れた身ではまた怪我を増やす事になるかもしれんぞ?」

 

完全に論破されてしまった。私には言い返す言葉がない。お姉ちゃんの言っていることは正論だからね…………それに、外には誰もいないって言ってるから、大丈夫かな…………?

 

「…………じゃ、お願いします…………」

「ふふっ、素直でよろしい」

 

私はお姉ちゃんの背中に自分の体を預けた。なんだろう…………ここ最近人肌が恋しくなっているのかわからないけど、お姉ちゃんに触れたらなんだかすごく暖かい気分になって来た。お姉ちゃんは私がしっかり掴まったことを確認すると、松葉杖を持って立ち上がった。

 

「それじゃ行くとするか」

 

私はお姉ちゃんの言葉に頷いて答えた。お姉ちゃんはそれを聞いて軽く微笑むと、そのまま学園長室を後にした。室外に出ると、本当に誰もいなくて、いつもなら賑やかな学園は少し不気味なくらい静かだった。私にはそれがいつもの戦闘の後にある一時の静寂のようにも感じられる。私にはそれがなんだか辛く思えた。

 

「…………ねぇ、お姉ちゃん(・・・・・)

 

思わず私はそう口に出していた。誰もいないからいいとどこか油断したところもあるのかもしれない。でも…………今だけなら別に問題ないかなって思っている自分もいるのは確かだ。

 

「どうした、一夏?」

 

お姉ちゃんは私が急にいつもの呼び方をした事に少し驚いたような感じだったけど、すぐにさっきまでの優しい感じに戻っていた。

 

「…………やっぱりお姉ちゃんはさ…………私が戦うのは嫌なのかなって…………」

「当たり前だ。お前は私の家族なんだぞ。誰が好き好んで家族に戦えなどと言えるものか」

 

お姉ちゃんはさも当然であるかのように答えて来た。まぁ、普通はそうだよね…………私もお姉ちゃんが自ら戦いに行くなんて言ったら絶対止めに入る気がする。

 

「だが…………私にお前の意思を止める権利などない。放任主義ではないが、お前はお前の自由にすればいいさ」

 

ただ怪我はあまりするなよ、心配で私は眠れなくなってしまうからな——そう言うお姉ちゃんはどこか笑っているような感じだ。まるで私の事だから不安になる事はないと言わんばかりに。それでいて、私の事を誰よりも気にかけていてくれているような気がした。

 

「そっか…………ありがと、お姉ちゃん」

「礼はいらん。しかしだ、お前は少し無茶をしすぎだろ。聞いたぞ、一度査問会送り覚悟で出撃したこともあったそうじゃないか」

 

…………一番知られてはいけない事を知られてしまった事に私は言葉を失ってしまった。って、それどこで知ったの!? 絶対知らないと思っていたのに…………。

 

「まさか普段は優しいお前が誰かに手を上げるなんて聞いて何があったと思ったが…………やっぱりお前はお前だった」

「それってどう言う意味…………?」

「仲間を思いやる事が出来る優しい奴って事だ」

 

そう言ってお姉ちゃんは軽く微笑えんだような気がする。背中からじゃ私にはお姉ちゃんの表情が見えないからね。でも…………お姉ちゃんにそう言ってもらえて、少し嬉しかった。

 

「それにしても、こうしてお前を背負っていると昔を思い出すな…………」

 

お姉ちゃんはふとそんな事を呟いていた。既に日はかなり傾いていて、少し暗くなり始めていた。

 

「お前や秋十が小学生の頃は、あのバカ()や箒、そして柳韻さん達と剣道をしたり、バカみたいにはしゃぎまくったりして…………疲れ果てて眠っていたお前をよく背負って帰っていたものだ」

 

そんな事があったんだ…………小学生の頃なんてほとんど覚えてないよ。

 

「まさかこの歳になってもお前を背負う事になるとは思わなかったがな」

「むぅ…………背負うって言って来たのはお姉ちゃんの方でしょ」

「それもそうだったな」

 

私の返答にお姉ちゃんは苦笑していた。自分で言っておきながら普通そう言うかなぁ…………。少しの間笑っていたお姉ちゃんはふと一息ついた。

 

「…………なぁ、一夏」

「なに、お姉ちゃん?」

「…………もう、あの頃のような日は来ないんだろうか? またバカをやれる日はくると思うか…………?」

 

お姉ちゃん口から出て来た言葉は、いつもの凜とした感じのものではなくどこか弱々しい感じのものだった。前にもこんな感じの声を聞いた気がする…………確か前に束お姉ちゃんとあった時、こんな感じの声音で話しかけられたんだっけ。でも、お姉ちゃんのこんな感じの声は初めて聞いた気がするよ。それにしても…………お姉ちゃんがそんな事を思っていたなんてね…………私は初めて知った。けど、私は…………それに対してはっきりとした答えを出す事は出来ない。

 

「…………ごめんお姉ちゃん。私には答えられないよ」

「そうか…………」

 

少し落胆した感じになってしまうお姉ちゃん。私が上手く答えられなかったのも大きいけど、この先の見えない戦争が続く限り、昔のような日々は帰って来ない。だから——

 

「——だから、私は戦うよ。その日々を取り戻すために」

 

もとよりそのつもりだからね。私はお姉ちゃんと秋十、そして弾の平和な日常を守りたい…………昔の平和な日々を取り戻すために戦う。それが私が私自身に課せた命令だ。

 

「…………そうか。だが、そこには必ずお前もいるんだぞ」

 

わかってるよ、と私はお姉ちゃんに返した。そのためにも私は強くならなくちゃ…………彼奴を——フレズヴェルク=アーテル・アナザーを倒すためにも、みんなを守るためにも。

 

(アナザー…………私はあなたに負けない。必ず私が討ち取るよ…………!)

 

そう決意を胸にした私はふと空を見上げた。いつの間にか出ていた一番星が私達を優しく照らしている。その時、青い流れ星が見えたような気がしたけど、気のせいだと思って特に気にも留めないでいたのだった。






今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.26


どうも、紅椿の芽です。



最近、うちの一夏ちゃんは『いちかわいい』なのか『いちかっこいい』なのかが気になって仕方ないです。



さて、それでは今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





あの戦闘から一週間が経過した。今回の襲撃に関しては全員に箝口令が敷かれ、口外する事は厳禁とされた。表向きには高性能人工知能搭載型ターゲットドローンの暴走という扱いにはなっているけど、それがいつまでもつのかはわからない。なお、私にもフレズヴェルクタイプとの交戦はほぼ派遣部隊だけの機密事項という事になった。まぁ、アナザーが連れて来たって言ってたから、出所不明だし、睦海降下艇基地から来たかどうかもわからない以上は厳戒態勢だろうね。アーテルと交戦した事は一応報告したけど、会話をしたなんてところはログにロックをかけたよ。あんなものを見つけられたらまた査問会送りになるかもしれないからね。他にもブルーイーグルの塗装が剥げたから修復作業のために一度雪華が館山基地に持って行ったとか、ラウラが正式に派遣部隊長として挨拶したりとか色々あったよ。

そんな今の私だが、足の捻挫は完全に治り、今じゃ普通に歩けるようになった。おまけにアナザーを退けたという理由で休暇を一日もらう事になったんだよ。実際は退けたんじゃなくて、向こうが撤退して行っただけなんだけどね。

 

(うぅ〜…………服、これでよかったかなぁ…………?)

 

というわけで、私は休暇を使うべく自宅へと一度戻って荷物を取り終わった後、近くの複合施設『レゾナンス』へと足を運んでいた。取り終わった荷物は一緒に戻って来ていた秋十に預けて先に学園へと持っていってもらう事にした。その方が移動するにも楽だしね。今度秋十にはお礼に何か作ってあげようかな?

まぁ、その事は一旦置いておくとしよう。そんなわけで久々に着た私服が物凄く自信なくて、ショーウィンドウを鏡代わりにして自分の服装を見ていた。今日は弾から貰った髪留めの他に小さいリボンのついた白いカチューシャをつけてるよ。それで、服装は蒼っぽいパーカーと少し暗めの蒼を基調としたチェックのスカート、後は蒼いラインの入った白ニーソとブーツという感じなんだけど…………見ていてなんだか女の子っぽくないかなぁって思ってしまう。周りの子たちはみんなすこし露出がある感じの服を着ているんだけど、私の場合傷痕があるからそれを隠さなきゃいけない。そうなると自然と服も制限がかかっちゃうんだよ。傷痕を晒していたら、見た人は気分を害しちゃうかもしれないし、私自身人目に晒したくないからね。

 

(私もあんな服着て見たかかったなぁ…………)

 

近くにあったベンチに座っていた私の前を可愛い感じの服を着た女の子が通り過ぎていった。…………正直言って、今の私の服ってさ、結構地味な感じがするんだよね。私自身蒼系統が好きだからこんな感じに纏まっちゃってるんだけど…………周りの子たちを見てると、地味である事を否めない。

 

(はぁ…………)

 

内心溜息をついてしまった。空を見上げるといつも通りの青空が広がっている。ふと、蒼って結構ありふれた色なんだなあって思った。

そんな時、私の方に向かって全力疾走してくる人影が見えた。

 

「わ、悪い! 待たせちまったか…………?」

 

目の前には肩で息をしているような弾が来た。私は弾と待ち合わせをしてここに来たのだ。まぁ、すこし張り切りすぎちゃって、予定の一時間前に来ちゃったんだけどね。

 

「ううん。全然待ってないよ。私も今来たところだから」

 

尤も、待っていたとは言っても五分程度である。弾もはやる気持ちを抑えきれなかったんだと思う。だって、集合予定の五十分も前に着いちゃうんだから。

 

「そ、そうなのか…………でも、二人揃ってこんなに早く集まっちまうとはな…………」

「だって早く弾に会いたかったんだもん。そんな理由じゃだめ?」

「それは俺のセリフだっつーの。俺だってお前に早く会いたかったわ」

 

お互いに同じ気持ちだったというわけだ。そう言い切った後の私達は互いに顔見合わせて、なんだかおかしくなって笑ってしまった。そっか…………弾も同じ気持ちだったんだ。

 

「それにしてもその服、一夏によく似合ってるわ。なんか、いつもと違う雰囲気だな」

「そ、そうかな…………他の子からしたらかなり地味な服装だと思うんだけど」

「そんな事ねえよ。なんつーか、似合いすぎていい言葉が出てこねえ…………あえて言うなら、かっこ可愛い、か?」

 

弾の評価に思わず笑みがこぼれてしまった。服を褒めてくれた事は嬉しいよ。似合ってるって言ってもらえてよかった。でも、最後の評価はどうなのさ? かっこ可愛いって…………なんだか微妙な評価な気がする。

 

「それって褒めてるの…………?」

 

ちょっと悪戯っぽく弾に訊いてみた。面と向かって会えるのは入院していた時以来だから、少し悪ノリしているって自覚はあるよ。でも、ちょっとだけ弾を困らせてみたいという思いもある。

 

「いや、だってさ…………お前は何を着せても似合いそうだし、蒼系統の服を着てると、クールな感じにも可愛い感じにも見えるから、うまく表現できねえんだよ」

 

けど、私のそんなノリとは裏腹に弾から返ってきた答えに思わず心臓の拍動が強まった。顔が熱くなっていくのがわかる。きっと今頃私の顔はオーバーヒートを引き起こした銃身とかリンゴみたいに真っ赤になっているに違いない。目の前の弾もなんだか恥ずかしそうに顔を逸らしているけど…………私の方が顔を逸らしたいくらいだよ。今はなんだか直視できそうにない…………。

 

「…………め、面と向かって言われたら、恥ずかしいじゃん…………」

「…………言わせたのはどっちだ、全く…………」

 

うぅ…………原因は私の悪ノリです。正直、弾から反撃されるとは思っていなかった。しかも本人にはその気がないとしても、私には恐るべき破壊力を持った一撃だったよ。

 

「と、とりあえず、ここから移動しようぜ? ここにいたって何も始まらねえしさ」

「そ、そうだね。でも、特に行きたいところなんて今日はないんだよね」

「なら、適当にぶらついて目についたところに行くでいいんじゃね? どうせ時間はいっぱいあるしな」

「私はそれでいいよ。案内は任せてもいいかな?」

「おう、任せておけ!」

 

そう言って意気込んだ弾は私を案内するように先を進んでいく。時間的にほとんどの人が出かけるような頃合いだ。人も多くなってきている。人混みの中で弾を見失っちゃいそうだ。

 

「ちょ、ちょっと、弾! 待ってよ〜〜!!」

 

私は弾を見失わないよう、彼の後を追いかけたのだった。

 

 

「だ、弾! ちょっと、待ってって!」

 

若干駆け足で弾を追いかけていた私は少し息が上がっていた。ここ最近はまともに鍛えたりしてなかったから、だいぶ衰えたりしちゃったのかもしれない。

 

「あっ、悪い悪い。つい、お前といるのが嬉しすぎてさ」

「そ、そんなこと言って…………私の事を置いてけぼりにしちゃったらダメでしょ…………」

 

弾は私の声を聞いて止まってくれた。まぁ、彼に何か非があったわけではないけどさ…………こっちとしては滅多にこない場所だから、下手したら迷子になっちゃいそうだし…………高校生で、しかも軍人で迷子になるっていうのもどうかとは思うけど。

 

「それじゃ、手でも繋ぐか。それなら一緒に動けるだろ?」

 

弾はそう言って私の手を取った。彼の大きくて、あったかい手が私の右手を包んでいく。思わず彼の事をより一層意識してしまって、顔が熱くなってしまった。心臓の鼓動も強さを増していく。すぐそばにいる弾にまで聞こえそうなほど力強い音がしていた。でも、それ以上に、こうして弾と手をつなげたことが嬉しかった。

 

「そうだね。これならもう置いてけぼりにされる心配はないよ」

「ゔっ…………わ、悪かったな、先にガンガン進んで」

「別に責めてるわけじゃないよ。単純にそう思っただけだから」

 

バツの悪そうな顔をして頬をかいている弾の姿を見ていたら、思わず笑みがこぼれてしまった。こうやって、すぐそばで彼の顔を見られる機会なんてほとんどないから…………だから、なんだか新鮮に感じる。四六時中一緒にいる蘭ちゃんがすごく羨ましいよ。

 

「それじゃ、行こっ? 私は逃げないけど、時間は逃げちゃうからね」

 

気がつけば私が弾の手を引っ張っていた。わからないけど…………今はこの時間を一秒でも長く過ごしていたい。それが今の私の願いだから…………。

 

「じゃ、早速どこかで遊ぶとするか!」

 

そう言って私に向かって笑みを向けてくる弾。

 

「うんっ!」

 

私もそう返事をし、私達は今のこの時間を精一杯楽しむ事にしたのだった。

 

◇◇◇

 

(やっ、やべぇ…………お、俺、一夏と手を繋いでるぞ…………!)

 

一夏と手を繋いで歩いている俺——弾は、現在進行系で脳が処理能力を超えた事態に直面していて、頭の中がパンクしそうになっていた。いや、俺としては今日は何も予定が入ってなかったから、ギターのチューニングでもしようかと思っていたんだが、急に一夏から遊ばないかと誘われてな…………それで、現在に至るわけだ。来てみれば一夏は前とは違った雰囲気になっていて、めちゃくちゃ可愛いかったし、軍人のかっこよさも少し含んでいたから…………俺の拙い語彙力では表現できなかったぜ。

 

(しかし、あの髪留め…………よっぽど気に入ってくれたんだな…………)

 

俺は一夏の左前髪についている髪留めを見てそう思った。見ると傷とかも全然ついてない感じだ。元が超頑丈なジュラニウム合金だって話だが…………塗装なんかは使っていれば落ちてくるはず。なのに、全然そういうのもないところを見ると…………とても大事にしているんだと思う。それほどまでに気に入ってくれたと思うと…………あれを選んでよかったと心から思うわ。

 

(でも…………一夏が元気そうでなりよりだ)

 

前にあった時はベッドの上で、錯乱状態に陥っていたし、その時は物凄く体調が悪そうに見えたからな…………本当、元気になってくれてよかった。俺の目の前では一夏が無邪気にはしゃいでいる。これだけを見たら、誰も日本国防軍の中尉だなんて想像つかないはずだ。今の一夏には、軍人としての一夏じゃなくて、普通の女の子としての一夏として過ごしてほしい…………秋十のやつや一夏本人から聞かされた事を考えたらより一層そう考えてしまう。

 

「ねぇ、弾。ゲームセンターでも行ってみない? 私行った事ないから、行ってみたいんだ」

 

けど…………今はそんな深く考えなくてもいいのかもしれない。一夏が向けてきた無邪気な笑顔を見てるとついそう思ってしまう。なら、今の俺にできる事を全力でしてやろう…………俺たちの知らないところで俺たちを守ってくれている、心優しい中尉殿に。

 

「わかったわかった。でも覚悟しておけよ? 俺、結構強いからな?」

「ふふっ、お手柔らかにお願いするね」

 

それが、今の俺ができる精一杯の恩返しならば、な…………。

 

◇◇◇

 

「…………ほうほう、なかなかに甘酸っぱい雰囲気ですなぁ、あのお二人さん。そうは思いやしませんかね、数馬さんや」

「…………秋十、お前キャラ壊れてねえか? まぁ、甘酸っぱい雰囲気だって事は認めるけどさ」

 

弾と一夏の後ろをパパラッチよろしく秋十と数馬が尾行していた。一夏に先に戻っていてと言われた秋十であったが、おそらく何か裏があるだろうと掴んだ為、こうして二人の後をつけているのだ。なお、数馬も偶然二人が一緒にいるのを見かけて尾行していたところ、偶然にも秋十と合流したのだった。しかし、二人のあまりにも甘酸っぱい雰囲気にのまれ、つい彼らはブラックコーヒーを手にしてしまったのは自然現象なのだろう。

 

「それにしても、遠距離恋愛なのによくもこんなに甘々しい仲になるもんだな」

「一応、毎晩メールか電話しているらしいぞ。前に一夏姉が言ってた」

「そこまでなら一緒にいられりゃいいのにな」

「マジでそれな」

 

一層の事弾もIS動かせねえかな、と呟く秋十。だがすぐに、そんなことになったら四六時中甘々しい雰囲気をばら撒かれてこっちの身がもたないと悟ったのだった。だが、一夏にとって弾が一番の癒しである事は間違いない事実である。実際、精神的に参っていた一夏をすぐに立ち直らせた事がある。あの時の事を思い返すと、秋十は弾に頭が上がらない。

 

「それにしても、あの二人ってなんかやっぱりお似合いだよな」

「否定しねえしできそうもねえわ。今の様子を見ていたらより一層そう思うわな」

 

そう言って二人は同時にブラックコーヒーの缶を煽った。だが、不思議なことに、苦いはずのブラックコーヒーが彼らには甘く感じられたのだった。製糖工場かよ…………——ふと漏れた数馬の呟きはあまりにも的を得ていた。

 

「…………これ以上ここにいたら血糖値が上がるぞ。撤収しようぜ?」

「…………同感だ。けど、その前に」

 

数馬は徐にカメラを取り出すと、互いに笑顔になっている二人の写真を撮った。

 

「これでしばらく弾を弄れるわ」

「お前…………本当抜け目ねえな」

 

仲睦まじくゲームセンターに入っていく二人を見て満足したのか、秋十と数馬はその場から立ち去っていったのだった。なお、尾行していたことに一夏も弾も気づいてはいない。その後、数馬に恥ずかしい一枚を見せられた弾が揶揄われるのは別の話である。

 

◇◇◇

 

「つ、強え…………なんじゃその強さは? 初プレイでそんなに得点稼げるのかよ…………」

「あ、あはは…………」

 

ゲームセンターに入って、早速アーケードゲームで遊んだわけなんだけど…………なんか私が弾に勝っちゃった。最初に弾にオススメされたゲームがシューティングゲームで、ハンドガン型のコントローラーを使うやつだったんだよ。勿論、私は拳銃だって普通に使うし、撃ったことだってある。とはいえこれはゲーム、実銃とは勝手が違うから弾に負けると思ってたんだよ。でも、結果はご覧の通り。弾に勝っちゃっただけでなく、なんかハイスコアまで更新しちゃった…………やり過ぎた感がハンパない。

 

「てか、あのリロード速度、早過ぎねえか? しかもエイムの速さも尋常じゃねえし…………」

 

…………多分、軍人としての血が騒いだのかもしれない。多分、ああいうゲームは本職の力を出しちゃうから、私はやらないほうがいいのかもしれない。

 

「つ、次は違うのをしようよ! それなら多分大丈夫だと思うから!」

「エアホッケーだけは勘弁な」

 

先に弾からそう宣告されて戸惑った。…………もしかすると、弾ってエアホッケー苦手なのかな? 私はしたことないからよくわからないけど…………でも、できれば弾と一緒に笑って過ごしたいから避けておこう。もうちょっと大人しめのゲームはないのかな…………?

そんな時、私の目にはあるものが目に入った。クレーンゲームの筐体なんだけど、その中の景品にあるぬいぐるみストラップみたいなものが目に止まった。近くに行って見てみるといろんな種類のお魚やイルカ、シャチなどが可愛くディフォルメされていて…………ちょっと胸がキュンとしてしまった。犬とか猫とかも好きだけど、私はこういう感じも好きなんだよ。おそらく束お姉ちゃんの影響もあるかもしれない。あの人もこういうのが好きだからね。

 

「なんだ、それが気になるのか?」

 

私が食い入るように見ていると後ろから弾が声をかけてきた。

 

「うん…………でも、これって何かのキャラクターなの? 色々種類があるみたいだけど…………」

「確か『あくあらんど』とかっていうアニメのキャラだったはず。めちゃくちゃ人気のあるアニメだったんだよな」

 

俺は見た事ねえけど、と弾は付け加えて説明してくれた。へぇ〜、そんなアニメがあったんだ。私はあんまりそういうの見ないし、見る暇とかも無かったからね。こういう文化に疎いのは仕方ない。そういえば、簪がアニメとか好きって言ってたから、今度教えてもらおうかな? そのアニメについてはよくわからないけど、今目の前にあるぬいぐるみストラップが目から離れない。

 

「それじゃ、取ってやろうか? まさかの百円で二回もチャレンジできるっていう親切仕様だからよ」

「本当? じゃあ、お願いしようかな?」

「よっしゃ、任された!」

 

どうやら弾が挑戦してみるみたいだ。彼は意気揚々と百円玉を筐体に支払う。よっぽど自信があるみたいだ。

 

「ところで一夏、どれが欲しい? ある程度なら狙いは絞れそうなんだが」

「うーん…………弾に任せる。弾が取ってくれたものならなんでもいいよ」

「オーダーがむずいな…………」

 

弾は狙いを定めたのか、操作をし始めた。その目は真剣そのもの。時折筐体の横からのぞいて、アームを下ろす座標を確認している。そして、意を決したのかアームを下ろした。ラテン系のリズムみたいな音楽が流れて、アームの先端にある三本のツメが開く。これで一気にたくさんとれるみたいだ。

 

「さて、ここからどうなるやら…………」

 

弾は少し難しそうな顔をしてその様子を見つめていた。確か、クレーンゲームって取れない方が多いって聞くし、そう簡単に事が運ぶわけがない。実際、さっき掴んだものの内一つが落ちた。

 

「流石に一発目じゃ無理だったか…………」

「まぁ、仕方ないよ。これって運ゲーみたいなものなんでしょ?」

「そいつはそうだがな…………ま、ワントライ分残っているから、もう一回だ!」

 

結局、掴んだもの全部がツメがから落ちてしまったが、気落ちせず弾はもう一度挑戦することにした。さっきと同様、筐体の横から覗き込んだりしてアームを下ろす座標を見極めている。てか、目がマジだ…………別に単なるゲームなんだから、失敗してもいいのにね…………。取れなかったら取れなかったでそれでよし。でも、遊びに真剣になるってこういう事なのかな…………。

 

「くっそぉ…………場所ミスった…………」

 

下りたアームは確かにストラップを掴んではいるが、ツメが閉じる力が弱いのか何個かが一気に落ちていった。辛うじてツメには四つくらい引っかかっているけど、それもいずれ落ちそうな感じだ。アームが動いて揺れると一つ、また一つと落ちてしまう。だが、残った二個は今の所落ちそうにない。この二つならとれるんじゃないかと思った矢先の事だった。

 

「「あ——」」

 

アームが揺れて、ツメから二つとも落ちてしまった。普通ならここで諦めることになってしまうのかもしれないが、落ちた先にあったのは景品の受け取り口。その筒の壁面で軽くバウンドしたそれらは何事もなかったかのように受け取り口へと入ったのだった。その光景に、思わず気の抜けた声が出てしまった。

 

「…………なんか奇跡を見た気がするんだが」

「…………私もそれは思ったよ。とりあえず、何が取れたのか見てみようよ」

 

というわけで、弾がゲットしたストラップを受け取り口より取り出した。取れていたのは、ディフォルメされたイルカと——

 

「…………ジンベエザメ?」

 

ものすごいゆるキャラ感を醸し出しているジンベエザメのぬいぐるみストラップだった。蒼い背中に白いお腹、そして背中の白い水玉模様とつぶらな瞳…………なんだろ、ものすごくキュンとするんだけど。取り出した二つは一旦弾の手に渡した。

 

「イルカとジンベエザメが取れたのか…………よくそいつらが残ったもんだ。ところで一夏、お前はどっちが欲しい?」

「え? くれるの?」

「だって、お前めちゃくちゃ欲しそうな目で見てたじゃねえか。まぁ、流石に二つだと俺に割がねえから勘弁な」

 

そんなのわかってるよ。弾が取ったんだから、本来所有権は弾にあるんだもん。だから、もらう事に文句なんて言えないよ。私は弾の右手に乗っているジンベエザメを手に取った。

 

「それじゃ、この子にする」

「え? マジで? 普通ならここでイルカを選ぶかと思ったわ」

「可愛かったから選んだんだけど…………やっぱり変かな…………?」

「別に? 単に意外で驚いただけさ。人の好みなんて色々あるだろうし、お前が気に入ったのならそれでいいじゃん」

 

そう言って私に笑いかけてくる弾。それにつられて私も笑みがこぼれる。また大切なものが一つ増えちゃったね…………私の手に乗ったジンベエザメのぬいぐるみストラップを見て、私はそう思ったのだった。

 

 

「今日は楽しかったね。久しぶりに羽を伸ばせたよ」

「そいつは良かったな。おかげで時間がいつもより早く感じたわ」

 

夕暮れ時。私達はIS学園島行きのモノレールが停車する駅の近くにある広場みたいなところのベンチに座っていた。次のモノレールが来るまで時間がまだあるからね…………ギリギリまで弾と過ごしていたいんだ。実際、弾といると楽しくて、時間が経つのも忘れてしまう。

 

「でもさ、一夏って本当あんまり買い物とかしないんだな。蘭と行くといつも荷物持ちさせられるほど買うし」

「逆に言えば必要な時に必要な分だけ買うからそう見えるだけだよ。それに、私は軍務でほとんど休暇ないし、大抵のものは基地で買えるからね」

 

実際そうなんだよね。私服なんてあんまり持ってないし、軍から支給された制服着ていれば大抵事足りるもん。休暇だってあったとしてもそういう時に限って緊急出撃とかの命令が出たし、ブルーイーグルを任せられるようになってからはテスト任務で潰れたし。だから、こうして外出するなんてことは滅多にない。事足りてる以上、買い物もしなくていいしね。

 

「そういえば、お前軍人だったもんな…………今日のお前を見てたらそんな事忘れてしまってたわ」

「どういう意味…………?」

「やっぱりお前は一人の女の子だって意味」

 

弾はそう言って少し笑ってきた。そういう目で見てくれたんだ…………なんだか嬉しいな。多分、今の私は相当頬が緩んでいる。そんな気がするよ。

 

「ありがと、弾」

「礼を言われるほどじゃないんだが…………ま、いっか」

 

それでもお礼は言いたくなるよ。軍人としての誇りとかもあるけど、それ以上に私個人として見てくれることが嬉しかったから。そんな風に思っていた時だった。私の横にバサバサと翼をはためかせて一羽の鳥が降りてきた。綺麗な蒼の羽根が特徴的なその鳥は何故か私の背後に隠れようとしている。

 

「な、なんだこの鳥…………?」

 

弾も突然の事に驚きを隠せないようだ。私だって驚いているよ。でも、この鳥、何かに怯えているような気がしなくもない。

 

「——そこにいたのか、この馬鹿鳥!!」

 

けど、その理由もわかったような気がする。こっちに向かって走って来る人影…………私には見覚えがあった。ていうか、時々お世話になってる人だよ。

 

「…………魚屋のおじちゃん?」

 

私の住んでいるところの近くにある商店街の魚屋の店主であるおじちゃんだった。いつもの人当たりのいい笑顔ではなく、完全に怒っている感じの顔だ。

 

「お、一夏ちゃんに弾の坊主じゃねえか。すまんがそこをどいてくれねえか? 俺はその馬鹿鳥に用があるんだ…………!」

 

そう言って私の背後から顔を出している鳥を指差す。おじちゃんの顔を見たその鳥はすぐに見えないように隠れた。でもね…………尾羽が見えてるからばればれだよ。

 

「この鳥が何かしたのか…………?」

 

弾はおじちゃんにそう問う。普段は温厚なおじちゃんがこうしてガチギレする事なんて滅多に無い。そして、この鳥に用があるって言ってたから、多分この子が何か絡んでいるだと、弾も予想したんだと思う。

 

「こいつ、一週間前からいつも売り物の魚を勝手に持って行ってだな…………一番安いイワシとはいえ持っていかれるのは癪だ…………! だから今日こそはとっちめてやろうかと…………!」

 

理由としては十分正当なもの。そりゃ、売り物を勝手に持っていかれたら誰だって腹を立てるよ。儲からないし。でも…………鳥だって生きてるんだから、とっちめるなんてことはしないでほしい。

 

「あの…………今まで盗られた売り物の分のお金があれば、この子を許してくれますか?」

 

思わずそんな言葉が出ていた。だって…………ここまで怯えているのを見せられたら、おじちゃんにこの子を渡せそうに無い。私は甘いのかもしれないけど…………それが正しい事だって思っている。

 

「お、俺からも頼む、おっちゃん…………」

 

弾も私の言葉に口添えしてくれた。おじちゃんは少し考えるような素振りを見せると、少しため息を吐いた。

 

「…………わかった。お前さんらの顔に免じてその条件を飲もう。そこの馬鹿鳥、こいつらに感謝しとけよ」

 

おじちゃんは仕方ないといった顔をしていたけど、私たちの提示してくれた条件に納得してくれたようだ。私は財布を取り出して、このくらいの金額だと予想して少し多めにお金を出した。

 

「それじゃ、これで大丈夫ですか?」

 

私はおじちゃんにお金を渡した。それを受け取るとおじちゃんは少し考えるような素振りをしてから、渡したお金の半分を私に戻してきた。

 

「あのイワシ達はお前さんらが買ったって事にしとくわ。それで俺がまけたってならこの金額で十分だ。子供から全額取り立てるほど、俺はバカじゃねえよ」

 

そう言っていつも通りの人当たりのいい笑顔に戻るおじちゃん。それを見て私はほっとしたのだった。

 

「弾、後で厳の奴にこれからも贔屓してくれと言っておいてくれ。そんじゃ、邪魔して悪かったな」

 

おじちゃんはそう言うとその場を後にしていった。人影が見えなくなったのを気づいてか気づいてないかはわからないけど、私の背後からあの鳥が顔をひょこっとだした。

 

「全く…………これに懲りたらこんな悪さしちゃダメだよ」

 

私はその子の頭を優しく撫でてみた。羽根特有の柔らかさが少しくすぐったかったけど、触っていて気持ちのいいものだった。その子もなんだか目を細めて気持ち良さそうな感じの顔をしている。

 

「手懐けるの早くねえか…………?」

「そうかな? でも、この鳥なんの種類なのかな…………? 蒼い鳥なんてみた事ないし」

 

インコとかの仲間には蒼い鳥がいるみたいだけど、少なくともインコとかの種類には見えない。だってハトより少し大きい体してるし、少し獰猛そうな感じの嘴だからね。

 

「形としては鷹とか鷲みたいな感じだよな…………」

 

どうやら弾がケータイで調べてくれたようだ。鷹とか鷲かぁ…………そう言われてみればそう見えるかも。あれ…………鷲…………蒼い…………ブルーイーグル…………ただの偶然だよね? こんなピンポイントで来るわけないし、きっと偶然でしょ。この鳥はたまたま私のところに飛んできただけ。

 

「まぁ、そうだよね…………それじゃ、私そろそろ行くから。鳥さんもじゃあね」

 

ふと時計を見たらモノレールが到着する五分前だった。まぁ、猶予があるといえばあるけど、ギリギリよりは少し余裕を持って動いた方が安心するからね。私の言葉を理解したのかその蒼い鷲みたいな鳥は何処かへと飛んでいっていった。

 

「そっか。また、会えるよな…………?」

 

駅のホームに向かう私に弾はそう言いかけてきた。私は軍人…………いつ命を落とすかもわからない身分だけど…………

 

「うん。きっとまた会えるよ。だから、その日を待ってるね」

 

根拠のない約束くらいしてもいいよね? 約束すれば絶対果たそうという思いが強くなって、絶対果たせるようになるんだから。

 

「おうよ! 俺もその日を楽しみにしているからな!」

 

弾の元気な声が聞こえた。名残惜しいけど、これで休暇は終わりだね…………あっという間の時間だったよ。楽しい時間はすぐに過ぎ去って行くってのが身にしみて感じた。そんな事を思いながらホームを歩いている時だった。背後から足音が聞こえる。弾がギリギリまで見送りに来たのかなと思ったけど、それにしては足音が小さすぎる。ふと振り返るとそこには…………つぶらな瞳を私に向けているあの蒼い鷲がいたのだった。

 

(え、えぇぇぇぇぇっ!? さっき飛んでいったはずなのになんでここにいるの!?)

 

そのことに内心驚く私だけど、もうモノレールが来ている。急いで乗り込む私を追うかのようにその蒼い鷲も一緒に乗り込んで来てしまった。えぇ…………なんで着いて来ちゃったのなぁ…………? 正直、この子の考えていることがわからない。尤も、鳥と意思の疎通ができるわけでもないんだけど。

 

「えっと…………なんで来ちゃったの?」

 

私はふと蒼い鷲に問いかけてみたけど答えが返ってくるわけなんてなかった。足元から急に飛んで私の隣の席に立つ蒼い鷲。完全に私から離れる気は無いらしい。しかも、蒼い鷲も乗せたまま、モノレールは出発してしまった。こうなった以上、一度IS学園に連れて行くしかない。でも、どう説明すればいいんだろ…………てか、IS学園って動物を連れていって大丈夫なのかな…………?

 

(どうすればいいの…………?)

 

現在の状況に困惑する私と、それを見て不思議そうに小首を傾げる蒼い鷲。IS学園に到着するまでこの状況が続いていたのだった。





今回の一夏ちゃんの私服(パーツ風に紹介)

・パーカー:オーシャンパーカー(GOD EATERシリーズ)
・スカート:オーシャンフレア(GOD EATERシリーズ)
・ニーソとブーツ:劇場版アルペジオのイオナの衣装
・カチューシャ:三越榛名のカチューシャ



こんな感じです。


今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.27




どうも、紅椿の芽です。


最近、HMMのジェノザウラーを購入するか迷ってます。ところで、ジェノザウラーを可愛いとか思ってしまうのは私だけですかね? …………フレームアームズ関係ないな、この話。


そんな話はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





連休が明けてからしばらく経った。未だに学園には修理の終わってない区画があるらしいけど、それでも普段通りの日常に戻っている。外を見れば朝練に励んでいる部活動もあるくらいだし。もしかして精神的にやられてしまった人とかいるかと思ってたけど、そんなことはなかったみたい。それはそれで安心したよ。今みたいな平和が一番だからね。

 

「ピヤウ、ピヤウ…………」

「はいはい。すぐにあげるから待っててって。ヴェルは食いしん坊さんなんだから」

 

尤も、私の日常は変わってしまったけどね。休暇終わりについて来てしまった、ちょっと小さめの蒼い鷲。どうしようかとお姉ちゃんに相談したら、別に飼ってもいいとの事。というわけで私の部屋で飼われることになったんだよ。餌も食堂のおばちゃんが鶏肉の切れ端とか牛肉の切れ端をくれるからそれでまかなっている。とはいえ私の後ろをよくついてくるものだから、困ったものだよ…………今じゃ、私の左肩に止まる始末だ。強靭な皮でできたガンパッチをつけ、爪に鞘を付けているから爪が食い込んだりなんてことはないけど、もしなかったら爪が食い込んでいることだろう。ちなみに、ヴェルって名前をつけたのは私だよ。なんでその名前になったのかって? え、なんかヴェルって響きが良くない? なんか可愛いのと綺麗な感じがしてさ。私がヴェルの餌である鶏肉を餌やり用割り箸で差し出すと、ヴェルはそれを喜んで食べていく。

 

「もう、そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ?」

 

私の言うことなんてそっちのけで鶏肉をついばんでいくヴェル。その一生懸命な姿が可愛らしく見えてくるんだ。前のようないたずらはもうしなくなったし、肩に止まったまま廊下に出たりするとヴェルは他の生徒たちに頭を撫でられることがある。その度に気持ち良さそうな表情をするから、一部じゃ人気があるようだ。

 

(とはいえ、普段はこの檻の中に入れるしかないからね…………自由に動き回れるようにしてあげたいけど)

 

私の部屋には猛禽類用の檻が備え付けられた。私が学校に行っている間はここに入れておくしかない。いくらヴェルが大人しくなったとはいえ、好奇心旺盛でそこら中を動き回ることは時々あるし、小さいとはいえ鷲だから人に危害を加えてしまう恐れだってある。そういう事態になるのは極力避けなきゃいけないからね…………でも、ずっとこの檻の中にしかいられないというのも辛い話だ。本当はあの空を自由に飛び回りたいんだろうに…………ヴェルの気持ちをわかることができたらいいのにと心から思った。

 

『一夏ー、そろそろ行かないと遅刻するよ?』

「わかった。今行くから待ってて」

 

先に部屋を出ていた雪華からそろそろ行かないと遅刻してしまうと言われてしまった。時計を見れば…………まぁ、なんとか間に合うかなくらいの時間だ。多分、間に合うから大丈夫だと思う。けど、朝からこんなにもヴェルに構っていたんだなって思った。

 

「それじゃ、私は学校に行ってくるね。ヴェル、大人しくしてるんだよ?」

「ピヤウ…………」

 

私が檻の扉を開けるとヴェルは私の肩から降りて中へと入って行った。そして、お気に入りの位置と思われる止まり木の真ん中付近に止まった。しばらくの間一人にさせちゃうのはかわいそうだけど…………流石に連れて行くわけにはいかないからね。

 

「ごめんごめん、待たせちゃったね」

「朝からヴェルちゃんに構いすぎでしょ。ほら、早くしないと遅刻するって」

 

部屋を出ると真っ先に雪華からの小言をもらう羽目になった。正直、この状況じゃどっちが上官なのかわからなくなってくる。まぁ、ヴェルのお世話をしていたのは否定しないし、構いすぎてるのも自覚はある。だって、仕草が可愛いんだし。でも、雪華の言う通り、そろそろ行かないと遅刻しそうなのは確実だ。

 

「はいはい。それじゃ、行こっか」

 

さて、今日も一日頑張るとしますか!

 

 

「ねぇ、これなんてどうかな?」

「えー? そのメーカー、見た目だけしか取り柄がないって評判だよ? それよりこっちは?」

「イングリット社ねぇ…………シンプルすぎない? だったら、ミューレイとかどうよ?」

「いやいやいや、皆の衆〜。ここは断然、ファクトリーアドバンス社に限るなりよ〜」

「「「変態企業降臨!!」」」

 

教室に行くと、なんだか少し盛り上がっているような感じだった。みんなカタログみたいなものを持ち寄って見比べたりしている。一体何があるんだろう…………SHRまで残り五分だと言うのに。

 

「あら、一夏さんに雪華さん。おはようございます」

「おはようセシリア」

「おはよう」

 

私たちの姿を見つけたセシリアがこちらへと寄ってきた。なんだかまたイギリスに帰っていたみたいだけど、大丈夫かなぁ…………主に体調的な問題で。まぁ、見た目元気そうだけどね。貴族オーラも出てるし。

 

「それにしてもセシリア、これってどういう状況? 私、よくわからないんだけど…………」

「どうやら皆さん、個人用ISスーツの購入時期になったからですわね。このご時世、ISスーツもファッションの一部と認識されていますから」

「他にもISとの相互信号伝達に関わるとかって言ってたっけ。前に説明があったけど、一夏は知らなかったの?」

「あ、あはは…………」

 

この状況の理由をセシリアと雪華に説明されてようやく知った。てか雪華………… 私がそんなことを知っているわけないでしょ!? ラウラが新しく派遣部隊の隊長となったとはいえ、結局国防軍には報告書を提出しなきゃいけないわけだし、何よりアナザーとの交戦の方がインパクト強過ぎて頭の中から綺麗に抜けていたよ…………。それに、ある意味私たちには関係の無い話だからね。

 

「まぁ、ヴェルちゃんの世話ばっかりしてるから、忘れてても仕方ないよね」

「そこまでヴェルに付きっ切りなわけじゃ無いよ!?」

「ですが、寮ではいつも一緒ですわよね? まるで…………えっと、なんていうんでしたっけ? あ、箒さん! 日本で猛禽類を操る方のことをなんていうんでしたっけ?」

「鷹匠の事か?」

「そう、それですわ!」

「まぁ、一夏は鷹匠と言うには程遠いがな。単にヴェルの奴が懐いているだけだろう」

 

さらりと箒にディスられたような気がするんだけど…………別に私は鷹匠を志しているわけじゃないし、てか、元を辿ればヴェルが私から離れなくなっちゃった事が発端だし…………って、言い訳してる場合じゃない。このさらっとディスられてる中尉ってどうなのさ…………立場フリーで話していいっては言ったけどさ、人としての私の立場が怪しくなってくるよ。

 

「諸君、おはよう」

「皆さん、おはようございます」

「「「お、おはようございます!」」」

 

丁度SHRが始まる時間となったのか、お姉ちゃんと山田先生が教室へと入ってきた。というか、お姉ちゃんのカリスマ性が上限値を超えているような気がするんだけど…………ただ入って挨拶しただけなのに、みんな自分の席に戻って直立不動の姿勢になって返事してるし。言っておくけど、ここは軍隊じゃありません。ちょっと特殊な学校の一クラスです。なお、私を始めとする派遣部隊の面々と秋十は至って普通に挨拶したけどね。

 

「早く席につけ。話が始められんぞ」

 

お姉ちゃんの一言で全員が席に座る。しかも、寸分の狂いもなく。…………カリスマ性が変な方向へと向かってないか、たまに不安になるんだけど…………これって大丈夫なの? というか、みんな絶対どこかで訓練受けてきたでしょ。

 

「連絡事項だ。今週から実機訓練が始まる。改めて言うが各員、実習の際にはISスーツを忘れるなよ。忘れた者は水着、それすら忘れた者は…………まぁ、下着で構わんだろ」

 

その発言だいぶ問題があると思うんだけど!? 大丈夫じゃないでしょ! 第一、男子が一人いるんだから、そんな事をしたらセクハラ行為で秋十が捕まるよ!? 当の本人は頭を抱えて頭を垂れている。まぁ、一応健全な男子高校生だから、一線を越えたりはしないと思うけどね。…………一瞬、葦原大尉なら大手を振って喜びそうな気がしたけど、あの人の名誉のためにすぐに忘れるとしよう。それが正しい判断だと思う。

 

「また個人用ISスーツの発注の締め切りは明後日だ。こちらも忘れるなよ? その他に、次に行われる予定の学年別トーナメントだ。貴様らにとっては初の公式戦となる。良い成績が残せるよう研鑽を積め」

「「「は、はい!」」」

 

ISスーツは私たちには関係の無い話だとして、学年別トーナメントかぁ…………私たちも出場することになるのかな? いや、だってほら、リミッターとかかけておかないと、向こうを容易に大破させちゃう攻撃力になっちゃうし。できれば出場停止命令とか出てくれると嬉しかったりする。そっちを心配する必要がなくなるし。それに、もし参加して全員が出場していたとなると、また前回みたいに襲撃された時、対応が遅れてしまうかもしれない。まぁ、最終的に判断を下すのはラウラの役目だけどね。

 

「さて、山田先生。続きを頼む」

「は、はい! 今日は皆さんに転校生を紹介します。それも二名です!」

 

では入ってきてください、と山田先生は入口の方に呼びかけた。にしても二人…………? 一人は多分ラウラだと思うけど、もう一人って誰?

 

「失礼します」

「失礼する」

 

扉が開かれると共に最初に入ってきたのは流れるような銀髪をした小柄子——ラウラだ。お姉ちゃんと似た凜とした佇まいをしている。しかし、問題はもう一人の方だ。金髪にアメジストの瞳が特徴的…………そこまでならまだよかったよ。一般的な気品のある外国人的な感じがするし。でも、そんなことが全く気にならないくらい、その子はとんでもない破壊力を秘めていた。

 

だって——男の子、だったんだから…………。

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスからやってきました。皆さんよろしくお願いしますね」

 

あまりにも突飛した状況に誰もが言葉を発せずにいた。お姉ちゃんだけが若干のため息をついていたくらいだ。私だって、頭の処理が追いつかなくてオーバーヒートでもしそうだよ…………。

 

「お、男…………?」

 

誰かがふとそんな声を漏らした。やはり、現在の状況が読めてないような感じだ。

 

「はい。こちらに同じ境遇の方がいるとの事で、本国から転入を——」

「「「きゃあぁぁぁぁっ!!」」」

 

彼が口を開いた瞬間、黄色い悲鳴がクラス中を駆け巡った。無論、そんなものに対応する時間がなかった私は思わず耳を塞いでしまう。さすがにこの爆音には慣れる気がしないよ…………耳栓、ちゃんと買っておくんだった。この状況でも微動だにしないラウラとお姉ちゃんは本当にすごいと思う。なお、秋十はもろに受けて撃沈した模様。

 

「来たわ! 二人目が来たのよ!」

「しかもイケメン! かなりの美形!」

「あのアメジストの瞳…………堪らないわ!」

「織斑君とは違う守ってあげたくなる系よ!」

「今年の夏コミが捗りますなぁ!」

 

…………このクラス、少し残念な人が混じってるよ。というか、ふと今になって考えてみたんだけどさ、二人目が出たなんてニュースあったかな? 最近見てないからそう感じるだけなのかもしれないけど、秋十の時はかなり大々的に報道してたし、普通なら大騒ぎになっているはずだよ。なのに大騒ぎになってないし…………なんか変な感じがして来たよ。

 

「——いい加減、静まらんか。他のクラスはまだSHRの最中だぞ」

 

しかし、お姉ちゃんのドスの効いた声で喧騒は一瞬にして収まってしまう。まぁ、こんな状態のお姉ちゃんには逆らえないよね。尤も、家での決まりごとを破った場合はその限りじゃないけど。

 

「そ、そうですよ! それに、まだもう一人の紹介が終わってませんから!」

 

山田先生がお姉ちゃんの後に続いてそう言う。けど…………なんだかその後を追う姿が子犬のように見えてしまったのは心の中に留めておくことにしよう。山田先生の言葉にみんなは一斉に視線をラウラへと向けた。その視線を一手に受けたラウラはふと不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍で少佐をしている。ここにいる紅城一夏達とは戦友だ。彼らに何かあろうものなら、私が裁きを下す。それと——日本文化を知りたいから、このゲイジュツ書を持っているものがいたら来てくれ」

 

そう言ってラウラが懐から取り出したのは…………同人誌だった。そういう文化とはあまり節点のない私でもわかる…………絶対にラウラ、変な情報を教えられている、これ。

 

「って、ラウラ!? 完全に色々と間違ってると思うんどけど!?」

「心配ない。私の副官が教えてくれたのだ。日本とはこういう文化に富んだ世界であると!」

「間違ってないけど間違ってるよ!?」

 

ラウラは私の知らないところで変に毒されてしまったようだ。というか、その文化自体なんとなくダメな気がするんだけど…………間違ってはいないんだけど、その文化が日本のメイン文化じゃないよ。とはいえ、一概に否定はできるものじゃないし、あそこまでラウラに胸を張って言われてしまっては何も言えない。…………それと、後ろの何人か、同類が来たとか喜ばないの。

 

「紅城、積もる話もあるだろうが、それは後回しにしておけ。これでSHRは終了だ。次はグラウンドにて二組と合同の実技演習を行う。遅れるなよ?」

 

最後の連絡を終えたお姉ちゃんと山田先生はそのまま教室を後にした。さて…………次の授業まで残り十分かぁ…………間に合うといいんだけど。そんな事を考えながら私はパイロットスーツへと着替え始めたのだった。

 

 

「遅い」

 

乾いた音がグラウンドに鳴り響いた。原因は秋十と新しく来たデュノア君。物の見事に遅刻してしまった為に、お姉ちゃんの振るう出席簿の贄となってしまったのだ。叩かれた秋十はいつも通り悶え苦しみ、デュノア君も涙目になって叩かれた頭をさすっていた。ただ、その仕草…………かなり女の子っぽく感じてしまう。だが、こっちには箒やレーアのような男前すぎる女の子もいるわけだし、女の子っぽい男の子がいても別に不思議じゃないと勝手に結論づけていた。

 

「何をしてるんですか、あの二人は…………」

「遅刻など、軍では許せん行為だな」

「…………二人とも、ここが学園ってこと忘れてない?」

 

その光景を見ていたエイミーとレーアからはかなり辛辣なコメントが来た。まぁ、軍属の私たちからしたら、遅刻なんて懲罰物だし、一人の遅れが全体の存亡を左右することだってあるからね。でも、ここはあくまで学園という立場にあるわけだし、少しくらい大目に見てあげてもいいと思うんだよね。単に私が甘いだけなのかもしれないけど。

 

「一夏の言う通りだな。普通の学生には学生の、我々には我々の作法があるだろうからな」

「ラウラの言う通りだ。とはいえ、遅刻を褒めているわけではないがな」

「そのくらいでいいんじゃない? 私達のようにギチギチしたスケジュールで動いていたら、すぐにバテるわ」

「それに関しては私も同意だよ。学校なんだから大目に見てあげてよ」

 

どうやらラウラや箒、鈴と雪華は私の意見に同意みたい。普通に考えて、私達のように詰め込まれた日常を過ごしていたら疲れ果てちゃうよね。

 

「そういえば、一夏さん。山田先生の姿が見えないのですが…………」

 

セシリアに言われて今来ているのがお姉ちゃんだけだってことに気がついた。あ、あれ? 山田先生はまだ来てないの? …………なんだか無性に嫌な予感がする。そう思っていた時だった。

 

「あぁぁぁぁぁ〜〜!! ど、どいてくださぁぁぁぁぁい!!」

 

まさかの山田先生の悲鳴。そして声のした方を見上げると、ISを纏ったと思われる山田先生がこちらへと向かって来ている。正確にいえば落ちて来ていると言った方が正しいかな? ——って、問題はそっちじゃない! 突然の状況に誰もが呆然としている。このままのコースで山田先生が墜落したら大惨事になることは確実だ。

 

「セシリア、ごめん! 生徒をこの場から退避! 誘導任せるよ!」

「了解しましたわ! 一夏さんは!?」

「ちょっと受け止めてくる!」

 

セシリアに避難誘導を任せ、私は榴雷を起動、展開した。少し懐かしさを感じる装甲の感覚が伝わってくるけど、今はそんな事を気にしてられない。

 

「ちょっとどいて!」

 

グラインドクローラーを展開して落下予測地点へと向かう。なんでこんな時に限って列の最後尾の方にいたのかって思いたくなるよ。でも、そんな事をぼやいてなんていられない。

 

『こっちは避難完了ですわ!』

『こっちも同様だ!』

 

セシリアとレーアからの通信が入る。周りを見れば既に避難は完了しており、万が一墜落したとしても、その際に生じた破片が害を及ぼす可能性は低くなった。でも、不安要素は可能な限り取り除くべきなんだよ!

私は両腕のリボルバーカノンとグレネードランチャーを一度格納した。これで両手は武装も何もない。私は両腕を広げてその場に待ち構えていた。

 

(…………今——ッ!!)

「きゃあっ!?」

 

私は落ちて来た山田先生を受け止めた。その際の反動で後ろに下がってしまいそうになるけど、展開したグラインドクローラーのおかげでその場に踏みとどまる。安定性の高い榴雷だからこそできる技だ。それにしても、なかなかの衝撃だよ…………!

 

(しまっ——!?)

 

そんな時、受け止めた際の衝撃で舞い上がった石がみんなの方へと飛んでいってしまった。あの衝撃で飛んで来たらたとえ小石であろうとも生身の人間には十分な脅威だよ!

 

『鉄塊は鉄塊らしく、盾になってやるさ』

 

だが、ラウラが起動した輝鎚のおかげでその石は弾かれた。ふぅ…………ラウラがあそこにいてくれてよかったよ。一方のこっちも山田先生の推力を完全に殺しきる事が出来て、ようやく止まってくれた。

 

「全く…………何をやっているんだ、山田先生。紅城達が行動を起こさなければ、生徒の身に危険が及んでいたぞ」

「…………返す言葉もありません。みなさん、本当にすみませんでした!!」

 

そう言って頭を下げる山田先生。でも、本当に被害が最小限で済んでよかったよ。墜落事故なんてものは一番怖い事だからね…………訓練時代に私が轟雷の練習機を用いて訓練していた時に、近くを飛んでいた練習機のスティレットが墜落事故を起こしたんだよ…………周りに土や石を巻き上げ、地面を抉ってやっと止まった時には、惨状と言っても差し支えない状況だった。幸い、パイロットは命に別状はなく、今はどこかの部隊に配属されたけど…………それでも重傷を負ったみたいだし、もしあの場にいたのが轟雷装備の私ではなく、素のアーキテクトを装備した誰かだったら…………被害は確実に大きくなっていたに違いない。間近で見たからこそ、同じ事を繰り返させないようにしなきゃいけないんだ。役目を終えた私は一度榴雷を解除した。

 

「諸君、いいか。ISとは確かに素晴らしいものだ。だが、一度操作を誤ってしまえば、大惨事につながる事もある。今回がそのいい例だ。何も被害が及ぶのは自らだけでなく、その周りの人間にも被害が及ぶ。諸君らがISを扱う時はそれ相応の覚悟を持て。これを理解できない者に、ISを扱う資格はない。いいな! わかったか!」

「「「は、はい!」」」

 

お姉ちゃんの言ったことはとても大事なことだよ。ISだけじゃない、自転車も車も、そしてフレームアームズも…………人より優れたものを扱う時は事故を起こさないという覚悟を持って扱わなければいけない。特に、私達のように兵器を扱う身としては尚更のことだ。事故というものはいつか起こってしまうものだけど、その被害を最小限に止める事を忘れてはいけない。この一件を通して、ISへの認識が変わってくれるといいんだけどね。

 

「いい返事だ。それでは専用機持ちを班長としてグループに分れろ」

 

お姉ちゃんはそう言って指示を出すけど…………

 

「織斑君! 私に教えて!」

「デュノア君! 手取り足取りお願いします!」

 

殆どの人は秋十とデュノア君のところへと殺到してしまった。まぁ、ここって男子に飢えている場所とかって言ってたからそうなる事は火を見るよりも明らかだったけどね。一応、私達のところにも来てくれてはいるけど…………秋十達と比べたら少ないよ。といっても四、五人くらいだからちょうどいいくらいだけどね。

 

「この…………馬鹿者どもが! 出席番号順に入っていけ! 指示を聞けん者はグラウンド十周だ!」

 

お姉ちゃんの鶴の一声によってささっとばらけるみんな。その行動力の良さに思わず苦笑いが出てしまった。

 

「紅城さん、よろしくお願いします」

「こっちこそ、今日はよろしくね」

 

グループの中で代表になったと思われる子が私に挨拶をして来た。私はその子の顔を見て返事をする。返事はちゃんと顔を見てやらなきゃいけないよね。

 

「皆さん! 訓練機はこちらにありますので取りに来てください!」

 

山田先生が訓練機を取りに来るように私達に指示を飛ばす。山田先生の後ろには打鉄の他、ラファール・リヴァイヴも用意されていた。

 

「みんなはどっちの機体がいい?」

「そうだねぇ…………私は打鉄かな? 安定性は高いそうだし」

「操縦が簡単なリヴァイヴでもいいかも。私、ISにあまり乗った事ないから」

「まぁ、紅城さんが選んで来た方ならどっちでもいいよ」

 

結局私任せなのね…………といっても、私はISに関してはあまり知識はないし、どっちを選べばいいのかわからない。強いて選ぶとしたら…………安定性の高い打鉄かな。

 

「わかったよ。それじゃ、とりあえず打鉄にするね。もし残ってなかったらリヴァイヴにするから」

「「「はい!」」」

 

というわけで、ISを受け取りに行く事になったわけだが…………あのカートを押して持ってこなきゃいけないのかな…………? この時、かなり重労働を任せられたんじゃないのかなって思ったのだった。

 

 

「各班、ISは行き渡ったな? では、起動と歩行、そして停止を行え。各班長はサポートを頼む」

 

そう指示を飛ばすお姉ちゃん。結局、私達が選べたのはリヴァイヴだったよ。安定性は打鉄に負けるけど、操縦の簡易性が高いって言われてるから、訓練向けではあると思うよ。

 

「それじゃ、始めよっか。出席番号順に始めていってね」

「「「はーい」」」

 

出席番号が一番早かったと思われる子がリヴァイヴへと乗り込んだ。ISは胸部が完全開放状態になっており、乗るのはフレームアームズと比べてはるかに楽な感じがする。膝立ち状態になっている機体へと体を納めたその子は自然な流れで両足立ちを果たす。でもねえ…………人間よりも長い手足だから、バランスを取るのに苦戦している模様。

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっとふらついただけだし」

「わかった。それじゃ、十歩くらい歩いて、機体を解除してね」

 

拙い動きだったけど、その子は歩き回って機体を解除した。それにしても、ISってもしかするとフレームアームズより扱いにくい機体なのかもしれない。フレームアームズは人の動きを完全にトレースして動くから、自分の体を動かすのと同じ要領でやれるんだよ。特に陸戦型の轟雷系統は扱いやすい。とはいえ、ISのように絶対防御なんてないから、事故が起こればすぐに命に関わる事態になるけどね。

 

「あのー、紅城さん?」

「うん? どうかしたの?」

 

私が思わず考えにふけっていたら、突然声をかけられた。多分、次の順番の子だったはず。一体何かあったんだろうか?

 

「その…………乗れないんだけど…………」

「あー…………」

 

よく見たら、リヴァイヴが直立して解除されてしまっている。確かにこれじゃ乗るのは難しいかな。装甲の隙間に足をかけて登るって手もあるけど、あれは手を滑らせたら怪我をする可能性があるからね。どうしようかな…………?

 

(あ、そうだ!)

 

一番安全な方法と考えていい案が思いついた。私はブルーイーグルを展開する。

 

「ちょっとごめんね?」

「えっ!?」

 

私はその子を抱き上げた。ブルーイーグルの腕部にはフォトンブースターが付いているため、一旦腕と胴体のブースターをカットする。電磁推進とはいえ、プラズマ化した粒子が漏れている恐れもあるからね。安全性には最大限努力しなきゃ。若干、お姫様抱っこみたいな感じになっちゃったけど、そっちの方が安全に運べるから仕方ない。私は背部と脚部のブースター、スラストアーマーを使ってコクピット付近までゆっくり上昇した。

 

「はい。ここからなら安全に乗れるよ」

「う、うん…………あ、ありがとう…………」

 

そう言ってその子は打鉄へと乗り込んだけど…………なんで顔を赤くしたの? 変な所でも触っちゃったかな…………でも、それにしては顔が少しにやけているような気がするよ。本当に何があったんだろう? 私には理解できなかった。

 

「それじゃ、機体をしゃがませて——」

 

今の子がタスクをこなしたから、今度こそちゃんとしゃがませるように言おうとしたけど、その前にすでに降りていて…………打鉄は直立していたよ。しかもなんだか、周りの人たちも乗せてみたいな願望を剥き出しにした眼をしてるし、一番最初に乗った子なんて嘆いているんだよ…………私には訳がわからなかった。

 

「え、えっと…………」

「紅城さん! 私もあんな感じに乗せてください!」

「わ、私も私も!」

 

完全に目がマジだ。それにしてもなんで私に乗せて欲しがってる訳…………本当に理解ができない。

 

「あ、あはは…………」

 

私は思わず乾いた笑いが出てしまった。結局、最後の人まで私が抱き上げて載せる羽目になったのだった。

 

 

授業終了後、各班の代表は使ったISを返却するとの事だったため、私はISをカートにロックする作業を始める所だった。膝を折って鎮座している目の前のリヴァイヴは、先ほどまでみんなに自由に扱われていた。あんな風にみんな扱える事が少しだけ羨ましく思えた。私の場合、IS適性が壊滅的なまでに低いから、乗ったらどうなるかなんてわからないんだけど…………少しだけ乗って見たいという思いがあった。山田先生やお姉ちゃんから少しだけなら乗っても構わないと言われてる。フレームアームズしか触れた事がないから、いい機会になるだろうって。

 

(す、少しだけならいいよね…………?)

 

私はそのネイビーカラーの装甲に手を触れた。その瞬間、手先に電流が一瞬走ったような感覚に襲われた。思わず手を引っ込めてしまう私。今のは一体…………でも、ちゃんと手は動くし、特に異常もない。

 

(ちょっとだけなら大丈夫…………)

 

そう思って再び手を触れた。今度は何も起きない。装甲に触れているという感覚がしっかりと伝わってきた。今度こそは大丈夫だと判断した私は装甲の隙間に手をかけて登り始めた。フレームアームズでも同じようにして登った事があるし、乗り込むのは形状的にこっちの方が楽だからね。そんな事を思いながら、コックピットに到達した私は体をそこへ納めた。何も違和感はない、そう思った時だった。

 

(ッ——!?)

 

突然だった。急に頭の中をかき混ぜられるような痛みが襲ってきて…………今何が起きているのか理解ができなかった。それ以上に頭が割れそうなほどに痛い…………! しかも、機体が鉛のように重い…………! 練習していた子たちみたいに操るのは無理だよ…………! 私はその場に崩れ落ちる。立ち上がるのは…………無理…………!!

 

(適性の低さが…………ここまで来るとは…………!!)

 

立ち上がろうとしたけど、うまく力が入らない…………! 視界が暗転し、何かに叩きつけられる感覚が来た後、私の意識は何処かへと消えていったのだった。







キャラ紹介

ヴェル(cv.イヌワシ)

体長:52㎝

幼鳥のイヌワシ。体つきは他のイヌワシと比べてもかなり小さい。また、色素異常による突然変異によって本来黒い羽根は蒼く染まり、腹側の羽毛は白く染まっている。本来は開けた山間部や平原に生息するイヌワシではあるが、ヴェルは何故か都市部へと迷い込んでしまった。現在は一夏に保護され、彼女に非常によく懐いている。なお一夏曰く、ヴェルという名前に特に意味はない模様。





今回のキャラ紹介は前回から登場した蒼い鷲ことヴェルでした(最早人型ですらない)。一夏が名付けた理由は曖昧な感じですが、ちゃんと命名理由はありますよ? ヒントはイヌワシをロシア語にしてみてください。


感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.28




樹矢様、名称未設定様、人形ふぇち様、評価をつけてくださりありがとうございます。



どうも、紅椿の芽です。



この間、先代スペクターのアーキテクトが逝ったので、何故か二代目スペクターを買ってしまいました。積みが加速していく…………!



とまぁ、積みプラに怯える日々はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「…………う…………うぅ…………」

 

目を開けると、視界に飛び込んで来たのは白い天井…………薬品の匂いもすることから医務室か何かだと思う。今の所体に違和感はない。どうやらパイロットスーツを着たまま寝かせられたようだ。寝かせられているのはベッドではなく、椅子みたいなものだ。どうりで起き上がりやすいというか、寝ていて少し体が辛いはずだよ…………まぁ、パイロットスーツを着ている以上、ベッドには寝かせられないか。特殊軽量合金製プロテクターユニットが一体化してるから、全部脱がなきゃいけないだろうし、それは手間だもんね。

 

「あら、気がついたみたいね」

 

誰もいないと思われた医務室に声が響いた。思わず声のした方を向くと、そこには水色の外ハネの髪をした人——生徒会長であり簪ちゃんのお姉さんである、更識楯無本人だった。なんで知ってるかって? 色々と立ち直った時に簪ちゃんと共に秋十から紹介されたんだよ。なお、まだ秋十によって堕とされてはいない模様。無意識のうちに女の子を堕としている秋十の影響を受けていないことに少なからず驚いたよ。

 

「どう、具合は? 気分悪かったりしない?」

「え、ええ…………大丈夫です…………」

「そう。それならよかったわ。以前は一度気を失ってから一週間目を覚まさなかったこともあったそうだし、心配だったのよ?」

 

『超絶心配』と書かれた扇子をひろげて、いかにも心配してましたという雰囲気を出す生徒会長。そういえば、あの時のことも結構知っていたみたいだし、心配の目を向けられても仕方ないか…………とはいえ、なんでそんな事を知っているのかという疑問が思い浮かんだけどね。

 

「そ、そういえば、なんで生徒会長が此処に…………?」

「織斑先生から直々にあなたの様子を見ておいてって言われてるのよ」

 

そういうことなの…………てか、私って確かISに乗って気を失って…………もしかするとその時にお姉ちゃんとか山田先生とかに助けられたのかもしれない。後でちゃんとお礼と謝罪をしに行かなきゃ…………予想できなかったとはいえ、私が行動を起こさなければ起こらなかった事態だし…………軍人が自らトラブルを引き起こすなんてあっちゃいけないことでしょ。

 

「それと、私のことは楯無で十分よ。日本国防軍第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉殿」

「——!?」

 

生徒会長——楯無さんは、私の所属を正確に言い当てた。私はまだ国防軍の所属としか言ってないし、細かい部隊名まではこっちで話したことなんて一度もない。だから、どうしてその事実を知っているのか…………思わず身構えてしまった。

 

「そう身構えなくてもいいわ。おねーさん、貴方に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちもないわよ」

 

『ちょっと話がしたいだけ』と書かれた扇子を広げてそう言う楯無さん。とはいえ、なんで一介の生徒にしか過ぎない彼女が知っているのか、疑問に思ってしまう。もしかすると楯無さんは、軍部に通じている人間なのかも…………警戒したままではあるけど、少しだけ気を緩めることにした。

 

「私はね、日本国政府及び国防軍直轄の対暗部用暗部——いわゆるカウンタースパイの家系を束ねる者よ。貴方たちのことも、貴方たちが何と戦っているのかも知っているわ」

 

暗部…………つまり、情報部の人たちみたいな者なのかもしれない。いや、私はずっと前線にいたからよくわからないけど。

 

「そうだったんですか…………」

「ええ。でも、貴方たちの任務に干渉はしないから心配しないでね。私も詳しいことは知らされてないし、下手なことに首を突っ込んで飛ばされたくないわ」

 

そう言って楯無さんは親指を立て自分の首を切るような動作をする。…………私たちの任務ってそんなに重要度の高いものだったの? 単に護衛と防衛だけだと思ってた。まぁ、アントの存在を一般人に知らされないように情報統制を行う必要もあるからね。それを考えると、確かに重要度の高い任務だよ。

 

「それと、前回のようにまた蟻達(アント)が出た場合はすぐに撃滅して。学園内での情報統制は私達が行うから心配はいらないわ」

 

つまり、前の襲撃の時の事も楯無さんが欺瞞情報を流してくれた事で事なきを得たっていうわけなのかぁ…………面倒な役回りが来てしまっていることに申し訳なさを感じしてしまった。でも、それが楯無さん達の仕事であり、それに誇りを感じているのであれば、私のこの感情は傲慢以外の何物でもない。そんなことは考えないよう、脳の中で消し去った。

 

「感謝します…………」

「気にしないでいいわ。それよりも…………貴方に話さなければいけないことがあるの」

 

楯無さんはそう言うと、どこからともなくクリアファイルを取り出した。って、一体どこから取り出したの…………楯無さん、扇子以外何も手に持ってなかったんだけど…………。取り出したクリアファイルを私に差し出してくる楯無さん。私はそれを受け取った。クリアファイルと言う名の割には中身が見えないようになっている。わかったのは中に何枚かの紙が入っているということだけだ。楯無さんにその中の紙を出すように促された為、私はそれを取り出した。そして、そこに書いてあったのは——

 

「IS適性…………[F-]…………」

「そう…………貴方が気を失っている間、貴方のフィジカルデータを取らせてもらったわ。それはその時に出たIS適性の結果よ…………」

 

確か前の適性は[D]という最低クラスだったけど…………今度出た結果はそれをさらに下回る最低の結果だった。

 

「私も此処まで適性が低い人は見たことがなかったわ…………適性の高さが機体からのフィードバックを軽減させる要因になっていることは貴方も知っているわよね?」

 

楯無の言葉に私は頷いて答えた。フレームアームズも適性の高さが情報処理能力の高さ、機体を自身の体の一部として扱う能力の高さそのものに直結しているし、授業でも聞いているから知っている。

 

「つまり…………あまりにも適性が低すぎるから、情報処理が追いつかなくて気を失ったということですか…………?」

「そういうことよ…………前にランク[D]の子を見たことがあるけど、その子は拙い動きでも意識はしっかりと保っていたわ。貴方のようなケースは稀のようね」

「そう、ですか…………」

 

自分が思っていた以上に適性が低かったことに加えて、乗る事がほぼ命の危険性があるという事に落胆せざるを得なかった。だってそうでしょ…………乗ったら意識を失う事につながってしまうし…………これじゃ、適性なんて無い方がマシだよ…………。

 

「この事は織斑先生に伝えてあるから…………ISには乗らなくていいわ」

「…………IS学園にいるくせに乗れないとか、産廃同然ですね…………」

 

半ばやけくそになってそんな言葉が出ていた。

 

「でも、貴方の場合もう一つの適性がずば抜けていいわよ? 貴方が持つ最高の力——FA適性はランク[SSS]オーバー…………貴方は決して産廃なんかじゃないわ! 貴方がいなかったらあの時生徒に被害が出ていたわ…………」

 

楯無さんはそういうけど…………フレズヴェルクタイプが狙っていたのは私だけ。他の人には手を出さないとアナザーが言っていたから、私の力じゃない。それに、みんなを守っていたのは箒を始めとした私以外の人達だから…………私は何もしてない。

 

「その言葉、私以外の人に言ってあげてください…………私はみんなより戦果をあげられませんでしたから…………」

「謙遜しすぎるのは嫌味よ?」

「それでも、です…………では、私は失礼しますね」

 

そう言って私は医務室を後にした。既に空は赤く染まり始めている。私は自分の部屋へと戻る事にした。もう、なんだかね…………少し休みたい気分なんだ。

 

「ただいま…………」

「ピヤゥ…………」

 

部屋に戻るとヴェルが出迎えてくれた。ベッドの上には教室に置きっぱなしだった私の制服やら鞄やらが置いてあった。多分雪華あたりが持ってきてくれたのかもしれない。私はヴェルの檻の鍵を開けた。扉を開けると、ヴェルは私の腕に飛び乗ってきた。しかも丁度プロテクターの付いているところだ。いつもと違う服装に驚いているのか、ヴェルは私の全身を見てなんだか不思議そうな顔をしていた。といっても、私からはそんな風に見えるだけであって、ヴェル自身はどう思っているのかわからないけどね。私は自分のベッドに腰を下ろした。

 

「ヴェル…………少し撫でさせてね」

 

私にお腹を見せるようにヴェルは私に寄りかかってきた。空の王者とも言われる鷲とは思えないほどリラックスした姿だ。私はその顕となったお腹の羽毛を撫でた。

 

「ピヤゥ、ピヤゥ…………」

「そこが気持ちいいの?」

 

撫でているとヴェルが甘えたがるような声で鳴き始めた。白い羽毛はなんだか手触りが良くて撫で回したくなるほどだ。でも、ヴェルとしては喉元の方を撫でられるのと脚の付け根を揉まれるのが気持ちいいみたいだ。実際、そこを撫でたり揉んだりすると可愛らしい鳴き声を出すんだよね。

 

「ヴェルは本当に撫でていて気持ちいいなぁ…………」

 

ヴェルの反応を見ていると自然と心が癒されてくる。さっきまで適性があまりも酷かった事なんてどうでもよくなってきた。

 

「ピヤウ…………」

 

でも、ヴェルはどうしてこんなに私に懐いているんだろうかと疑問に思ってしまう。本来こういう鳥って人には懐かないみたいだし…………でも、今はいいか。ヴェルはヴェルだし、他の鳥は他の鳥だ。

 

「わっ! ちょ、くすぐったいって」

 

考え事にふけっていたら、ヴェルが私の頬に頭を擦り付けてきた。頭の羽毛は少し硬めな感じだけど、くすぐったいって事に変わりはない。多分、もっと撫でてっていってるのかもしれない。そんな甘えん坊な鷲の姿を見てたら、悩んでた事が本当にどうでもよくなってきたよ。例えIS適性が壊滅的に低くても、私には榴雷とブルーイーグル、そして弾やヴェルのように私を支えてくれる存在がいる…………なんだかヴェルにその事を教えられたような気がするよ。

 

「ふふっ…………ありがとね、ヴェル。ちょっとだけ待っててね。着替えたら少し散歩にでも行こっか?」

「ピヤゥ…………」

 

ヴェルは私の言葉を理解したのか、一度起き上がって床に立っていた。ヴェルが降りた後、私は制服へと着替え始めた。パイロットスーツのまま動いているのは変な目で見られちゃうかもしれないからね。

 

「それじゃ、行こっか?」

「ピヤゥ、ピヤゥ…………」

 

制服に着替えた私はヴェルの両足に枷を付けた。そして、そのまま抱き上げる。ヴェルが人に危害を加える危険性がいくら低いからといっても、猛禽類である事に変わりはない。だからこうして安全対策はしっかりしておかなければいけないんだ。長い休みが取れたらどこか広いところにでも連れていって、自由に飛ばせてあげたいんだけどね。

寮を出た私達がまず向かったのは学園の防風林に通じる道。ヴェルはここを通るのが本当に好きみたいで、反対の方に行くといつもこっちにくるように催促してくる。その要望にいつも応えてしまう私も私だけどね。移動している間も私はヴェルを撫で続けていた。

 

「え、えっと…………紅城さん?」

 

歩いていると目の前からデュノア君がこっちに向かってきていた。どうやらアリーナから帰る途中みたいだ。まぁ、私とヴェルを見て少し驚いているようだけどね。

 

「どうかしたの、デュノア君?」

「い、いや、なんで紅城さんが鷲なんて連れてるのかなーって。それになんだか自然界には無さそうな色をしてるし」

 

そりゃ驚くよね。どうやらヴェルは色素に異常があるみたいで、蒼くなってしまったらしい。他にも発達不全か遺伝的なのかはわからないけど一般的な鷲の幼鳥としては小さい身体つきをしているそうだ。多分、ここから大きくなるなんじゃないかな、と私は思っているんだけどね。

 

「なんだかいつのまにかヴェルが私に懐いてて、成り行きで私が保護する事にしたんだよ」

「そ、そうなんだ…………でも、襲ってきたりしないの?」

「ヴェルはそんなことしないよ。むしろ撫でられることが好きな方かな」

「へぇ〜。じゃ、僕も少し撫でてみてもいいかな?」

「うん、いいよ」

 

デュノア君はヴェルの頭におそるおそる手を伸ばした。だが、ヴェルは何を思ったのか伸ばされた手から頭を避けた。どうしたんだろ…………こんな事今までなかったのに。

 

「あ、あれ…………もしかして僕、この子に嫌われちゃってる…………?」

「そ、そんな事はないと思うよ。多分、ヴェルの機嫌が少し悪かっただけだって」

「そうかなぁ…………そういえば、この子ってヴェルっていう名前なんだね」

「そうだよ。なんだか可愛い名前でしょ?」

「そうだね」

 

今日初めて会ったにもかかわらず、そこそこ会話が弾む私達。ヴェルが仲介役になってくれた感じだ。

 

「それじゃ、僕はもう行くよ。またね」

 

デュノア君は何かを思い出したようにその場を後にしていった。それにしてもあの走り方…………どうみても女の子の走り方に似てるんだけど。真面目に疑わざるを得ない。それに…………何かを隠してるような雰囲気もあったよ。男の子にしては声も高かったし…………何より内股になってた。

 

「ヴェル…………?」

 

ふと、ヴェルに目をやると、ヴェルはずっとデュノア君が走っていった方を見つめ続けていた。動物としての本能が何か訴えているのか、それとも…………ヴェルの考えている事が読めればいいのにと、また思ってしまった。

 

「ピヤウ…………」

 

だが、それもつかの間。ヴェルはすぐに私を見つめて、早く次の場所に行こうと催促してきた。私も一旦考えることをやめて、ヴェルに催促された通りに次の場所へと向かった。

 

(それにしてもあの違和感…………なんだったんだろう…………?)

 

一旦考えることをやめたとはいえ、ヴェルに軽くつつかれるまで、そのモヤモヤだけはどうしても消えなかったのだった。

 

 

ラウラやデュノア君が来てから大体二週間くらいが経った。相変わらず男子というものは貴重品で、今でも相当騒がれているよ。とはいえ、秋十にとっては学園での唯一の男友達であり、心労を減らす事につながってはいるみたいだけどね。しかし、彼はどうにも秋十と一緒にいる時間が多すぎるような気がしてやまない。同室だからという理由もあるのかもしれないし、たまたま私が一緒にいる時間をよく見ているだけなのかもしれない。だが、秋十の護衛を任されている以上、何が起きてもいいように対策を講じておく必要はある。ラウラが来た事で、防衛任務の方はそっちに任せっぱなしで大丈夫になったからね。というわけで、箒と一緒に護衛任務を優先して行っている。まぁ、今は私単独で行動してるけど。その方がいい時もあるし。

 

「——で、デュノアが怪しいとはどういう意味だ?」

 

こんな風にお姉ちゃんの部屋に突入して話をするときとかね。だって…………入ったら目の前に低レベルのダストハザードが発生してるんだもん。まだ黒い彗星は出てないみたいだからちょっと掃除すればいいと思うけど…………正直、掃除はしたくないかな。それに…………なんか虫籠で飼われてるんだよ。中に入っていたのは…………蜘蛛のように脚が長く、蟷螂のような腕を持ち、なんか身体が平べったい生き物だった。名前がウデムシとかっていうらしいけど…………そんな生き物が発生する条件ってダストハザード以外にあり得ないから、以前はもっとひどかったのかもしれない。そんな環境にかつて秋十がいたとは…………私は心の中で合掌した。

とりあえず今はダストハザードに触れない事にしよう。というわけでお姉ちゃんに私が怪しいと思っている事を伝える事にしたのだ。

 

「なんだか彼は声も高いし、走り方は女の子に近いし、秋十曰く、一緒に着替えた事がないっていうし…………」

「人にはそれぞれあるから、おかしくはないだろう?」

「そうなんだけどね…………私には違和感を感じるんだよ」

 

実際、彼の存在はなんだかちぐはぐな感じがするんだよ。男の子っていう感じは確かにあるんだけど、時折女の子のような素振りを見せることもある。デュノア君がニューハーフとかオカマとかっていう可能性も否定はできない。けど、秋十の上裸姿を見て顔を赤くしたって秋十が言ってたし、その線は薄いような気がする。

 

「それにさ…………変だと思わない?」

「何がだ?」

「だって、デュノア君…………フランス代表候補生なんだよ? 秋十ですら未だにどこの所属となるのかで揉めまくっているそうなのに、こうもあっさり所属が決まる事ってある?」

 

そう、デュノア君が代表候補生である点が一番怪しいのだ。男性操縦者は未だに貴重な存在であり、未だにその所属を巡って議論が絶えないっていう話を聞いた事がある。世界初にしてお姉ちゃんの弟という箔が付いているからそうなっているだけなのかもしれないけど…………フランスの所属で決定してるなんておかしいよ。そして代表候補生に仕立て上げられただけでなく、専用に改造されたリヴァイヴを持っているそうだ。個人用に改造するにもデータを取る必要があるだろう。基本的には改造のためのデータ取りに二週間、その後細かい調整を含めたりすると一ヶ月を要する事だってある。FAならもう少し短くなるそうだけど、絶対数が少なく事故なんて起こしてられないISならそのくらいが妥当なはず。情報元は雪華。

 

「今言われてみるとそうだな…………秋十を例にしてみると変な話だ」

「でしょ? それに、二人目なんていう偶然を必然に変える存在が見つかったってのに、ニュースどころか新聞の記事にすらなってないってどういう事? フランスだって情報統制をしたとして、即刻情報の漏れる可能性の高いIS学園に入学させる必要性があるの? どうせならずっと黙秘し続けておいて、他国よりもデータを取る方がいいはずでしょ?」

 

男性操縦者のデータは各国が喉から手が出るほど欲しいもの。だから今年は情報収集のため多くの代表候補生達がIS学園に送り込まれているとのことだ。だが、ここで得られるデータは少ないはず。ならば、その存在を黙秘しておいてデータを取り続けておいた方が利益は大きいはずだ。それなのに、こんなデータをいとも簡単に他者へ取られてしまうIS学園に入学させるメリットがわからない。なお、この意見は私なりに考えてみたものだ。

 

「なるほどな…………そういう見方もできるというわけか」

「あくまで私個人の意見だからね。でも、もし彼が秋十に対してなんらかのアクションを起こした場合は——」

「——わかっている。判断はお前達に委ねるさ」

 

私達の任務は秋十の護衛。万が一彼が秋十に害を及ぼす存在であるのなら…………私はきっとその手を血で染めるかもしれない。軍人となった時からいつかはそんなときが来るとは理解していたけど…………私に引金が引けるかどうかわからない。だがそれでも、やらなければならない。命を守るのは軍人の役目だけど、その反対に敵対者の命を奪うのも軍人の役目だからね…………。

 

「ありがと。じゃ、また状況が判明したら報告しに来るね」

「ああ。こちらの方でも一応警戒はしておこう。それとなくだがな」

 

お姉ちゃんに報告は終わったし、まだヴェルの夜ご飯をあげてないから早く戻らなきゃね。ヴェルは食いしん坊さんだから、きっとお腹を空かせて待ってるに違いない。この後もやる事がある私はお姉ちゃんの部屋を後にすることにした。でも、その前に言っておかなきゃいけない事がある。

 

「お姉ちゃん、掃除はしなくてもいいから、ゴミ捨てだけはしっかりしてよ? じゃなかったら、隠し持っているお酒を片っ端から見つけて処分するからね?」

「…………慈悲はないのか」

 

これ以上被害を拡大させないために、お姉ちゃんに釘を刺しておいた。こんなところで身内の残念さを露呈する事だけは避けたいからね。

 

 

「ほ〜ら、ヴェル。ご飯だよ〜」

「ピヤウ…………」

 

部屋に戻った私は早速ヴェルにご飯を与える事にした。今日の餌は前にもらった牛肉の赤身の切れ端。賄いでも使わないっていう廃棄食材だけど、ヴェルの餌には丁度いい。食堂のおばちゃん達も廃棄する食材が減るって言っていて喜んでいたしね。ヴェルは一心不乱に食べ始めた。餌やり用割箸で少し塊にして与えたのに、最初にあげた分はすぐになくなっちゃったよ。

 

「ピヤウ、ピヤウ…………」

「全くもう…………そんなに急かさなくても、ご飯は逃げたりしないよ。本当にヴェルは食いしん坊さんなんだから」

 

そんな事を呟く私をよそにヴェルは次の塊に啄ばみ始めた。ご飯の前では私の言葉なんて聞き入れてもらえないようだ。そんなヴェルの事をつい甘やかしてしまうんだけどね。だって可愛いし。

 

「本当、ヴェルちゃんにご執心だこと…………」

 

そんな私たちの様子を、タブレット端末を操作して機体データを整理している雪華は半ば呆れたような目で見ていた。

 

「雪華もヴェルにご飯をあげてみる?」

「私はいいよ。それに、こっちの仕事を片付けなきゃいけないし。一夏こそ、仕事は済んだの?」

「報告書の作成ならもう終わって、既に武岡中将の元に送ってあるよ」

「…………本当、一夏の作業の速さはやばい」

 

そこまでかな…………? 早めに終わった方が、遅れるよりは全然マシじゃん。それに、仕事は早く片付けて、自分のしたい事に時間を当てたいしね。そうじゃなかったらヴェルにご飯をあげる時間もないよ。

 

「今日のご飯はこれで終わりだよ」

「ピヤウ…………」

「そんな声で鳴いてもダメ。あんまり与えすぎるなって言われてるんだから」

 

ヴェルはいつもこんな感じだ。ご飯の時間が終わっちゃうと、必ず決まって悲しそうな声を出す。だからといって余分にご飯をあげることはできない。これでもかなりの量をあげたんだよ。これ以上は無理だって。甘やかしている私だけど、此処だけは厳しくせざるを得ない。そんな私の言葉を聞いて渋々といった感じで鳴くのをやめるヴェル。

 

「はぁ…………仕方ないなぁ、もう。ほら、おいで」

 

餌やり用の道具を片付けた私はヴェルに向かってプロテクターを付けた左腕を差し出した。肩のガンパッチと同じく強靭な革でできているものだから、ヴェルも止まりやすいものだよ。私が差し出した腕にヴェルは乗ってきた。伝わってくる重さは命の重み。目の前で同じ基地の人間が事切れていくのを見ていたから…………より一層、その重みが感じられるんだと思う。私は腕の中でヴェルを仰向けに寝かせた。そして、ヴェルのお腹や脚の付け根を撫でたり揉んだりする。そうすると、大概ヴェルは気持ちそさそうに目を細め、大人しくなるんだ。ご飯を食べさせた後はほとんどこうしてるかな。

 

「それにしてもヴェルちゃん、気持ちそさそうにしてるね」

「まぁね。とはいえ、この食いしん坊さんを落ち着かせるのは大変だよ」

 

雪華が私の隣に来た。タブレット端末を持ってない事を見ると、作業を終えたようだ。まぁ、この間はブルーイーグルの整備を任せっきりにしちゃったし、派遣部隊の扱う機体を完全整備できるのは雪華だけだからね。本当、この整備のプロには頭が上がらないよ。雪華が来た事に少し喜んでいるのか、ヴェルはまた鳴き始めた。

 

「こうして見てると、ヴェルちゃんって鷲なのかわからなくなるよね。こんなに可愛いんだし」

「確かに。全然人に危害を加えたりしないしね」

 

雪華もヴェルの頭を撫で始める。なんだかんだ言ってるけど、雪華もそれなりにヴェルのお世話をしているんだよね。私が諸用でいない時なんかは特に。

そんな時、私のケータイが鳴った。この時間にかけて来るとなると…………誰だろう? 弾ならもう少し遅いはずだし。

 

「雪華、ごめん。私のケータイ取ってくれる?」

「はいはい。——おっ、どうやら愛しの彼からみたいだよ」

 

そう言って悪戯な笑みを浮かべる雪華。電話をかけて来た主は弾からだった。完全に揶揄われている…………思わず顔が熱くなってしまった。

 

「も、もう! 揶揄わないでよ!」

「惚気話を聞くこっちの身にもなってよ。それと、少し換気したいから窓開けてもいい?」

「まぁ、いいんじゃないかな? ヴェルは逃げそうにないからね」

 

雪華から電話を受け取った私はすぐに出る事にした。はやる気持ちを抑えるのが大変だよ。

 

「はい、もしもし?」

『うっす。昨日ぶりだな。今電話をかけても大丈夫だったか?』

「うん、大丈夫だよ。時間はあるし。それにしても今日は早いね。何かあったの?」

『まぁ、今日は食堂に人が詰めかけて来ていてな…………これじゃゆっくり電話をする時間もねえわと思って早めにかけたんだわ』

 

そういえば弾の家って食堂をやっているんだった。人が詰めかけて来たっていうけど、一体何があったのだろうか?

 

「人が詰めかけて来たってどういう事?」

『なんかうちの食堂が雑誌で紹介されて、その影響らしい。繁盛するのはいいけど、俺の時間も欲しいっての』

 

大変そうだね、と私は返した。とはいえ、雑誌で紹介されるなんて凄い事だと思うよ。そのおかげで儲かるんじゃないかな? 私はそういう営業関係はよくわからないからなんとも言えないんだけど。

 

『でも、一夏の声を聞いたらやる気出てきたわ。今日はこれで乗り切れるぜ!』

「そんなこと言って体壊したりしないでよ?」

 

でも、私の声でやる気が出たって言ってもらえて、なんだか嬉しい気持ちになってきた。ただ、弾を応援したいのは私だけじゃなくてヴェルもそうみたいだ。

 

「ピヤウ、ピヤウ…………」

『お、その声がするってことは——またヴェルの奴が一緒にいるのか?』

「うん。今は私の膝の上でお腹を撫でられてるよ」

『…………ヴェルの奴は俺に見せつけてんのか? 軽く嫉妬しそうになるんだが』

「男の嫉妬は見苦しいってよく言うよ? それに、ヴェルが雄か雌かまだわかんないし」

『そう言われても、四六時中一夏の側にいるヴェルが羨ましいっつーの』

 

そんな風に弾は嘆きの声をあげた。けどね…………私だって弾の側にいたいんだ。だから気持ちはお互い同じ…………けど、その言葉が喉の奥まで出てきたところで飲み込んだ。そんな弱音を弾の前ではあまり出したくはない。今の私は休暇中の『紅城一夏』ではなく、任務中の国防軍中尉の『紅城一夏』なんだから…………軍人が民間人の前で弱さは見せられないよ。

 

「あはは…………でも、そんなこと言ってたら弾、ヴェルに嫌われるかもよ?」

『げっ…………そんな事になったら、一夏に近づく度にヴェルから突かれるじゃねーか』

「まぁ、ヴェルはいい子だから襲ったりはしないと思うけどね」

 

と、そんな風に話が盛り上がっている時だった。ヴェルが急に起き上がって、床に降り立つ。そして、徐に翼を広げたかと思ったら、急に飛び上がって開いていた窓から飛び出した——って、えぇぇぇぇぇっ!? なんで!? さっきまで大人しくしていたのに!?

 

『ちょ、一夏…………今、なんか飛び立つ音が——』

「ごめん弾! ちょっと電話切るね!」

『ま、マジか——って、悪い! 俺も仕事入った! ま、また明日な!』

「また明日ね!」

 

そう言って電話を切る私。すぐさま窓から顔を出してどっちへと飛んで行ったのかを確認する。すると、秋十の部屋のベランダにある手摺に掴まって止まっているヴェルの姿が見えた。しかも、こっちに来いと言わんばかりに頭を振っている。あのわんぱくっ子…………!

 

「ご、ごめん一夏…………! ま、まさかこんな事になるなんて…………!」

「ヴェルならすぐ見つかったから大丈夫だよ。ちょっとあのわんぱくっ子を捕まえてくるね」

 

めちゃくちゃ必死になって謝ってくる雪華を落ち着かせるような言葉をかけて、私は自室を後にした。ヴェルは好奇心が旺盛なのかどうかはわからないけど、散歩とかでも喜ぶし、何処かへ動きたいという思いはあったのかもしれない。でも…………折角の弾との会話を中断する原因となってしまったのもある意味事実だ。あのわんぱくっ子を捕まえるべく、私はヴェルの向かった秋十の部屋へと向かった。秋十の部屋は私たちの部屋から三部屋ほど離れたところにある。たいした距離もない。実際、歩いて一分もかからない距離だ。

 

「秋十、いる? ちょっとそっちにヴェルが飛んで行っちゃったみたいだから中に入れてくれる?」

 

秋十の部屋の前に着いた私は中に向かってそう声をかける。しかし、反応は全くない。ノックをしてみたけど、同じように反応はなかった。ドアノブを回してみると鍵はかかっていないようだ。どうせ中に入ったって大丈夫だろうと判断した私は中へと入った。

 

「秋十? 中に入るよ?」

 

中に入ってドアを閉めた。すると、部屋には電気が付いておらず、バスルームの方から明かりが漏れている。…………まさかのシャワータイムだったのかな? とりあえずヴェルの回収を最優先としよう。早速ベランダの方に向かうと、そこにはヴェルの姿があった。早い所連れて帰ろうと思ったけど、ヴェルはまた飛び上がって、今度は私の部屋の方へと飛んで行った。…………あんの、わんぱくっ子! 少しもじっとしていることができないのか!

すぐにケータイが何かの着信があったことを知らせる。開いてみるとメールが一件。差出人は雪華。内容は『ヴェルちゃん帰ってきてすぐ檻の中に入ったよ』との事…………一体ヴェルは何がしたかったのやら。私には全くもって理解できなかった。

 

(完全に無駄骨だったじゃん、これ…………)

 

こっちにきたら勝手に自分の寝床に帰ってるというこの…………もういいや。ヴェルの好奇心旺盛っぷりに振り回されるの、そろそろ慣れてきたし。そんな事を思いながら部屋を後にしようとした時だった。あのバスルームから秋十が後ずさりするように出てきた。その瞬間、私は直感的になんかヤバい事が起きてるって悟った。

 

「どうしたの秋十?」

「うおわっ!? い、一夏姉…………い、いつからここにいたんだ?」

「ついさっきだよ」

 

ちょっと声をかけただけなのに相当焦っている秋十。動揺しているのが誰から見てもバレバレだよ。でも、余程のことがない限り動揺することなんて無いはずだ。…………本当に嫌な予感しかしない。

 

「…………なんか隠してる?」

「べ、別に何も!? な、何にも隠してねえよ!?」

 

…………嘘つくのが下手すぎでしょ。隠すものがないと言っておきながら、バスルームの扉を開かせまいとしている姿を見れば、何かを隠していることは火を見るよりも明らかだ。…………なんだろ、無性に嫌な予感がするんだけど。

 

「…………秋十、そこをどいて」

 

私は強引に秋十をそこから引き離す。何を隠しているのか…………これが拾った子犬とかだったらまだ許せるけど、もしそうじゃなかった場合は…………どんな判断を下すべきなのか。そんな事を考えながら私はバスルームのドアを開けた。

 

「あ、ちょ——」

「べ、紅城さん!? な、なな何でここに…………!?」

 

ドアを開けた先の光景に私は一瞬言葉を失った。だが、それもつかの間だ。状況を理解した私は腰に装備しておいた拳銃を引き抜き、目の前の人物にその銃口を向けた。

 

「…………あなたは一体何者なの——答えて、デュノア君」

 

——だって、私の目の前にいたのは…………女の子の体をした二人目の男性操縦者であるデュノア君だったのだから…………。







今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字方向をお待ちしています。
それでは、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.29



八神優鬼様、評価をつけていただきありがとうございます。



どうも、榴雷・改の予約戦争に負けた紅椿の芽です。



今更ですが、メインタイトルより(仮題)を取り外しました。



本当にここ最近は休日がなく、積みプラを消化できずにいます。そう言いながらも、オーバードマニピュレーターやらリボルビングバスターキャノンやらを買ってしまうという…………コトブキヤェ…………多々買いに明け暮れた結果がこれだよ。



と、積みプラに恐れ戦く作者はひとまず置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「…………あなたは一体何者なの——答えて、デュノア君」

 

私が向けた銃口はデュノア君らしき女の子の眉間へと狙いをつけている。それにしてもこれは一体どういう状況…………? まさかヴェルがこっちに飛んできたのはこの事を伝えるためだったのだろうか? ——いやいや、そんな予知能力をヴェルが持ってるわけないか。でも、ヴェルはデュノア君を避けている節があったし…………とりあえずそのことは考えなくていいか。それよりも今は目の前の事態だ。

 

「ひとまず秋十、そっちは織斑先生に言って面談室の一つを確保してきて。それも防音とかしてあるところ」

「い、一夏姉…………一体何を——」

「つべこべ言わずにやって。それと、先に箒をその場に連れて、秋十はそこで私が行くまで待機していて」

「わ、わかった…………」

 

私は秋十に指示を出して、面談室を確保するように言った。寮の部屋も防音仕様とはなっているそうだけど、いつどこで聞き耳を立てられているかわからない。盗聴器が仕掛けられていてもおかしくはないんだ。故にこんなところで話をするわけにはいかない。話される内容によっては秋十の命を左右する事に繋がるかもしれないし、こっちが不利になる話もあるかもしれない。警戒は常に厳としておかなければならないんだ。

 

「とりあえず…………あなたは服を着て。その格好で外を歩かせるわけにはいかないでしょ」

「あ…………う、うん…………」

 

私は目の前にいる金髪少女に着替えるように言った。流石に全裸で廊下を歩かせるなんて真似はしたくない。そうすれば女性としての尊厳を奪ってしまう事になる。私はそこまで落ちた覚えはない。彼女はさっさと体を拭くと、近くに置いてあったジャージに着替え始めた。その間も私は銃口を彼女へと向け続けていた。変な動きでもしたら躊躇いなく撃つ。覚悟だけはできていた。

 

「こ、これでいいのかな…………?」

 

そう言って両手を上げ、抵抗の意思がない事を露わにするデュノア君。どうやら胸はコルセットで押さえつけていたようで、今じゃ男の子に見えなくもない体になっている。でも…………さっきの姿を見た後では、どうしても女の子にしか見えない。そうわかってしまうと、銃を向けている自分が嫌になってくる。だが、ここで同情をしてしまっては向こうがどんな手を講じてくるかわからない。故に、油断も同情もできない。

 

「じゃ、通信機器の類はここに置いていって。それと、持っている専用機だけは持ってていいから」

「な、なんで専用機はいいの…………? そっちも回収した方が都合がいいんじゃ…………」

「軍人とはいえ、私は尋問なんて得意じゃないよ。それに、この状況でいて展開して逃げないって事は…………もう、私に従うって事だよね?」

 

私がそう言うと、彼女は小さく頷く。現在いるのは私一人と彼女だけ。逃げるつもりなら、既にISを展開して何処へでも逃げているはずだ。脱走のチャンスしかないこの状況を彼女は自ら棒に振っているようなもの。つまり、私に従うと言っているのだろう。とはいえ変な動きをさせないために、常に銃を向けていなきゃいけないけどね。彼女は私の指示に従って、ポケットからケータイとかを取り出し、机の上に置いた。

 

「それで全部?」

「う、うん…………これで全部、だよ…………」

「…………わかった。それじゃ少し待ってて。秋十からの連絡を待つから」

 

というわけで、秋十から面談室を確保したという連絡が来るのを待つ事にした。それができていなかったら、今行動しても意味がないしね。そんな時、私のケータイが鳴った。画面には秋十からの着信である事を示す表示が出ている。私はすぐに回線を繋げた。

 

『一夏姉、面談室はなんとか取れたぜ。千冬姉にはあまり事情を話してはないけど…………これでよかったか?』

「うん、それで大丈夫。事が分かり次第報告すればいいから。それじゃ、すぐに合流するから、そこで待機していてね」

『了解だぜ、一夏姉』

 

どうやら秋十は無事に面談室を確保する事に成功したようだ。なら、こんな危険が付きまとう場所に止まる理由もない。

 

「それじゃ、私達も面談室に行くとしよっか。ただし、あなたが先頭を歩いてね」

「わ、わかったよ…………」

 

私はデュノア君を先頭にして、面談室へと向かう事にした。反旗をひるがえす気がないとはいえ、不安要素は可能な限り除去しておきたい。彼女の背後を歩く私は、いつでも対処できるよう、腰に携えた拳銃に手を伸ばしたままでいたのだった。

 

 

面談室へと到着した私達を迎えていたのは、物凄く気まずそうな感じでいる秋十と瞑想している箒だった。箒に関しては、特務隊で扱っていた日本刀を立てかけていた。まぁ、箒は尋問とかも一応できると言っていたし、これならなんとかなるかな。

 

「ごめんごめん、待たせちゃったかな?」

「気にするな。今回の件を私なりに考える時間を作れたから問題ない」

 

なんでもないかのように答える箒。だが、少し目つきが鋭かったせいか、前にいたデュノア君が怯んでいたよ。別にそこまで怖いとか思った事はないんだけどなぁ…………箒って、どっちかって言ったらツリ目気味だし。

 

「な、なぁ一夏姉…………お、俺はどうなるんだ? こ、このまま、き、極刑物になるのか!?」

「どうだろうね。それを判断するのは上の人達だし、私たちにできるのは情報を集める事だけだから、それに関してはどうしようもないよ」

 

どうやら秋十は自分も何か処罰されるのでは無いかと不安に陥っていたようだ。まぁ、そう思っても仕方ない状況ではあるんだけどね。でも、その可能性は限りなく低いよ。世界初の男性操縦者にしてお姉ちゃんの弟という血統書付き…………下手に手を出せばお姉ちゃんを敵に回すということなんて明白だし、さらにはお姉ちゃんと知り合いの束お姉ちゃんまでをも敵に回す事になるし、世間的にもバッシングの飛び交う状況になるだろうから、その線は本当にないはずだ。だからこそ、誰も未だに秋十へ手を出してないという事でもあるんだけどね。とはいえ、私にははっきりと答えられない。必要のない事は知る必要もない——下手に首を突っ込んで首が飛ぶのは嫌だからね。

 

「だが、さっき話を聞いた分では、お前に非はない。極刑の線はないと考えてもいいだろう」

「そ、そうなのか…………?」

 

だが、箒からのフォローもあってか、少し落ち着きを取り戻す秋十。まぁ、箒なら部隊の特性上、こういう事に関しては詳しいだろうからね。本当、連れてきて正解だったよ。

 

「さて…………それじゃ、本題に入ろっか。デュノア君、洗いざらい話してもらうからね」

「うん…………」

 

私はデュノア君にソファへと座るよう促した。私は箒の隣に、デュノア君は秋十の隣に腰を下ろす。私達はデュノア君とあまり関わりがなかったから、もし何かあった時には秋十にフォローを頼むしかない。

 

「それじゃ…………僕の事を話すね。多分、気分の悪くなるような話しかないよ」

 

彼女はそう言うと、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「僕がここに来た理由は秋十のデータ取りが目的だったんだ」

「データ取り? なら、普通に入学して取っても変わりはないだろう?」

「実を言うとそのデータの中には、秋十の遺伝子も含まれているんだ…………髪の毛一本でも回収して来いと命令されてたんだよ」

 

目的がデータ取りというのはわかったけど…………まさかの遺伝子までをも回収とは予想ができなかった。そこまでやるのかと驚いてしまった。だが、よくよく考えてみれば、秋十の遺伝子データさえあれば、男性操縦者を新たに生み出す可能性が高くなると考える人はいるかもしれない。実際、そんな感じのことを言って詰め掛けて来た得体の知れない研究所の人とかいたしね。

 

「だから男のフリをして接近したのか…………」

「そう…………それに、同じ男性操縦者なら部屋も同室になる上に訓練も共にできる。つまり、白式のデータ——可能ならば白式の奪取も辞さなかったんだ」

「なあっ…………!?」

 

突然の事に秋十は動揺を隠せずにいた。だが、私と箒は別に驚く理由もない。データを一から集めるよりは、すでに集まっているデータを回収すればいい。そっちの方が効率がいいだろうし、その機体を解析して新型機を開発する事だって可能なはずだ。国防軍や国連軍で噂されている話では、ヴァイスハイトは鹵獲された轟雷を参考にして開発されたとかっていう話だ。そのようなことがあってもおかしくはない。

 

「しかし、何故フランスはそのような強硬策を選んだ? 下手をしなくても国際法やら様々な事に抵触するぞ」

 

箒の言う通り、危ない橋を渡りすぎである。リスクが大きすぎる方を歩むよりは、リスクが小さい方で堅実にデータを集めた方がいいはず。ましてや、こんな風にバレてしまった場合、フランスは国としての立場を失う事に繋がる。

 

「さぁね…………僕にはわからないよ。ただ、『織斑秋十のデータを回収せよ』としか命令されて、その命令通りに動いていただけだから…………」

「命令したのはフランス政府?」

「違うよ…………本妻の人にそう言われてね…………」

 

デュノア君は一息ついてからまた口を開いた。

 

「少し僕の身の上話を聞いてもらってもいいかな? なんだか、話したら気が楽になりそうだし」

 

止める理由もない。彼女は少し笑っているような感じだけど、何処か辛そうな表情を無理やり隠しているような気がするんだ。私達は首肯で返答した。

 

「ありがとう…………。僕の家は名前から分かる通り、デュノア社。そして、僕は社長の…………父さんと愛人だった母さんの間に生まれたんだ」

 

衝撃的な話だった。デュノア社なんて言ったら世界でもISのシェアの半数を占める大企業だ。訓練機として配備されているラファール・リヴァイヴがデュノア社製だったはず。

 

「二年前に母さんが死んじゃってからは、父さんに引き取られてね…………本妻の人と住む事になったんだ。でも、本妻の人は僕の事を蔑ろにしてたよ。そういえば初対面で頬を叩かれた事もあったね」

「え…………? ま、まさか虐待!? お、親父さんとかは何も言わなかったのか!?」

「見て見ぬ振り、だよ。今のご時世、女性が力を持っているからね。しかも父さんと本妻の人は政略結婚だった、って噂だし…………実質、会社も本妻の人が牛耳ってるようなものらしいんだ」

 

聞いていてなんだかイライラしてくるような展開だよ。私と秋十、そしてお姉ちゃんは父さんや母さんに捨てられたそうだからね…………なんでなのかは知らない。ただ、あの時、お姉ちゃんが私達を抱きしめて涙を流していた事は覚えている。不思議と近しいものを感じていたのかもしれない。秋十も拳を握りしめて怒りを隠せずにいた。

 

「そして、本妻の人から今回の命令を言い渡されて、今に至るってわけだよ。まぁ、ばれちゃった以上、此処にはもう長くはいられないけどね」

 

そう言い切った彼女はなんとなくスッキリとしたような表情をしていた。秘めていたものを吐き出したからなのかもしれない。

 

「…………お前はこれからどうなるんだ?」

 

私達が口を閉ざしていた時、徐に秋十がそんな質問を彼女へと投げかけた。

 

「さぁね…………とりあえず本国に強制送還、後は極刑に掛けられるか、一生を塀の中で過ごす事になるかもしれない。スパイならこれでも軽い方だと思うよ」

 

スパイ罪は確かに重い刑が科せられるって、訓練時代に学科で聞かされた事がある。彼女に課せられていた命令はもろにスパイ行為である。おそらく未遂で済んでいるとはいえ、それでも十分刑に掛けられる可能性は高いはずだ。それに、身分詐称までしているから…………彼女の言っている事はあながち間違いじゃないのかもしれない。

 

「でもね…………僕はこれでよかったと思ってるんだ」

 

だが、そんな考えも彼女が不意に呟いた言葉によって少しの間頭から離れてしまった。え…………これでよかったって…………もしかすると命を失う結果になってしまうかもしれないというのに…………。

 

「僕ね…………この学園に来てから楽しかったんだ。本当の自分としてではなかったけど…………それでも、みんなと楽しく喋ったり、一緒にご飯を食べたり…………そんな自由でいられる事が嬉しかったんだ」

 

それに、と彼女は言葉を続ける

 

「友達を…………みんなを裏切るような真似をする前にばれて良かったよ…………そうじゃなかったら僕は…………みんなに合わせる顔がないもん…………」

 

彼女の目からは涙が流れ落ちていた。…………大人っていうのは意外と残酷な人間なのかもしれない。私の周りには葦原大尉や瀬河中尉のような良識のある大人達がいたからよくわからないけど…………今の彼女の心境を考えたら、彼女の周りにいた大人達がどれほど彼女の心へ負担をかけていたのか…………私なんかには計り知れないよ。

 

「でも…………それも今日で終わり。短い間だったけど、ありがとね、みんな。…………あ、でも最後に紅城さんのヴェルちゃんを撫でてみたかったなぁ…………」

 

そう言って顔を俯かせてしまう彼女へとかけられる言葉なんて私には一つもなかった。こんな時どうすればいいのか…………私の頭は最適解を見つけようとするけど、全くもって見つからない。

 

「で、でもよ! 学園の特記事項第二十一条があれば二年くらいしかないけど、なんとかなるんじゃねえか!?」

 

秋十は学園の特記事項を持ち出してなんとかしようとするけど…………私としてはそれに反対だ。

 

「ごめん秋十…………私はそれに反対だよ」

「な、なんでだよ一夏姉!? これなら外部からの干渉を受けないんじゃ——」

「それはあくまで建前。水面下では各国の思惑が彼方此方にひしめき合ってる…………それがIS学園というものなんだよ。前にリーガン・ファルガスって代表候補生が国からの命令で退学させられたって噂があったでしょ? あの後セシリアに確認をとったら、本当の話だったよ。つまり、簡単に干渉する事ができるんだ」

 

秋十はそれを聞いて信じられないといった表情をしていた。無理もない。IS学園が中立の立場を取っている、一般的にはそう教えられているからね。おそらく秋十もそれを鵜呑みにしてしまっていたのかもしれない。だが、此処は様々な国の思惑がひしめき合って、なんとか均衡を保っている、緩衝地帯のようなものだってお姉ちゃんから教えてもらった。こんな所では特記事項もなんの意味も持たないとのことだ。だから、秋十の考えた案はあまり役には立たない。

 

「一夏の言う通りだ…………建前で動けるほどこの世界は簡単にできてない。無理矢理こじつけるならば、クラス対抗戦のアレも他からの干渉だと捉えることができる。——正直、残念だがこれが一番互いに被害のない結果を迎える方法だな」

 

そう言って箒は携えていた日本刀を鞘ごとデュノア君の首筋に当てた。確かにね…………これが一番の方法なのかもしれない。私も腰から拳銃を引き抜いて、彼女の頭に照準を合わせた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ一夏姉! それに箒も! なんでそうなるんだよ!? 他に方法とかあるだろ!?」

「スパイ容疑をかけられた以上、命の保証はない。ましてや拷問にかけられる可能性だってあるのだ。例えここが本当に他からの干渉を受けずに在学することができても、その後で処分を下される可能性が極めて高い。後で苦しむか、それとも今すぐに命を絶つか…………どっちが楽であるかは明白だろう」

「け、けどよ! なんならいっそ亡命するとか、そういう手もあるだろ!?」

「馬鹿を言うな! そう簡単に事が運ぶほど、世の中は甘くなどない!!」

 

箒の言う通りだ。この世界はそんな甘くなどできてない。秋十は私達のように世界の厳しい所を見てきたわけじゃないからこそ、そう言う事が言えるんだけど…………私達には只の綺麗事にしか聞こえてこない。それに…………これ以上苦しませるわけにもいかないからね。私も拷問にかけられた事があるから、その苦しさを人よりは知っているつもりだ。

 

「…………篠ノ之さんの言う通りだよ。世界は秋十が思ってるほど優しくなんてない。これが一番なんだ…………僕には、諦めるの選択肢しか残ってないんだ」

 

そう言って箒の顔を見つめるデュノア君。その僅かに首を動かした時に、何かが音を立てた。どこか金属同士がぶつかり合うような音。音の発生源を探してみると、何やらデュノア君の首からぶら下がっている。だが、彼女のもっている専用機のものとは違う…………私達にとっても見慣れた物——ドッグタグだった。しかも眩いオレンジ色に輝いている。

それを見た瞬間、私は不意に拳銃を下げた。もしかするとあれは…………。

 

「箒、一旦刀を下げて」

「なんだ? 何かあったのか?」

「うん。もしかすると彼女…………私達と同じかもしれない」

「どう言う事だ…………?」

 

箒は私の言う事を疑問に思いながらも、構えていた刀を下げてくれた。腰に拳銃を収めた私はデュノア君の前に行く。そのぶら下がっているドッグタグを見れば見るほど、確信へと進んでいく。やっぱりそうだ…………これは、アレで間違いない。

 

「ねぇ、デュノア君。一つ質問していいかな?」

「ぼ、僕に答えられる事なら…………」

「じゃ、なんで軍属でもないあなたがフレームアームズ(・・・・・・・・)を持っているの?」

 

そう、あのぶら下がっているドッグタグは私達が常に携行しているドッグタグと同じ——フレームアームズの待機形態だ。本来なら正式配属された軍人にしか支給されない代物であるにもかかわらず、代表候補生とはいえ民間人の彼女がそれを持っているというのはどこかおかしな話だ。フランス軍もフレームアームズを配備してはいるそうだけど、民間人の彼女が持っている事はまず無いはず…………どうして所持しているのかが気になった。

 

「…………な、なんで、僕がフレームアームズを持ってるなんて思ったの…………?」

「だって…………あなたの首からぶら下がっているの、これと同じでしょ?」

 

私はそう言って自分のドッグタグを取り出した。二枚持っている事自体珍しいとは思うけど、それ以上に同じものを私が持っていたという事が彼女にとっては驚きだったようだ。

 

「…………どうやら隠し事はできないみたいだね。そうだよ…………この子は、僕が父さんからリヴァイヴと一緒に貰った機体なんだ」

 

彼女はそうポツリと言葉を漏らしていく。首から下げていたドッグタグを机の上に置いた。そこには[SA-16b-CⅡ]の文字が彫られていた。

 

「この子の名前は『フセット・ラファール』…………フランスのFAであるフセットを改造した機体だよ」

「フセット…………? 聞いた事ない機体名だな」

「一般的にはスティレットの名で通じてる機体だからね。フセットは左腕にシールドが固定装備されているからすぐに見分けがつくと思う」

 

そう言ってデュノア君はデータを空間投影し始めた。そこには[SA-16 スティレット]と[SA-16b フセット]の姿が映し出されている。確かに、スティレットとはほとんど似た姿をしている。ただし、彼女の言う通り、左腕にバックラーシールドを装備しているため、スティレットよりも防御力を高めた機体である事が窺える。

 

「けど、どうしてその機体を君が持っているのさ? 私には理由がまだわからないんだけど…………」

 

だが、機体の説明を受けたところで彼女がどうしてフレームアームズを所持しているのかがわからない。軍人でもない彼女に何故彼女の父さんは、ISよりも強力なフレームアームズを預けたのか…………理解ができなかった。

 

「さぁね…………僕にも理由はわからない。でも、一つだけ確かな事はあるよ。僕の母さんは、本名アルミリア・ドッスウォール…………スティレットやフセットの設計を担当したドッスウォール社の技師だったんだ」

「なぁっ…………!?」

「う、うそぉ!?」

 

今度は私達が驚かされる番だった。まさかデュノア君の母さんが、最初期の反攻作戦で戦果をあげ、今もなお最前線で戦闘を継続し、数々のエースから愛用されているスティレットを設計した人だったなんて…………設計の際には束お姉ちゃんも立ち会って、なんか凄い設計技師がいたって前に言ってたから…………それがデュノア君の母さんだったわけかぁ。これに関しては驚かざるを得ない。

 

「だからこの子は、父さんだけじゃなくて、母さんから貰ったも同然なんだ…………母さんが最後に設計した機体らしいからね。ある意味、形見みたいなものだよ…………」

 

そう言ってドッグタグを見つめるデュノア君の目には、どこか懐かしさを思い出したのか涙が浮かんでいた。軍人としてはどうなのかわからないけど…………それを見てしまったら、私には処罰を下すのが難しくなってしまった。隣で聞いていた箒も同じように、どうすればいいのかわからない表情をしていた。そんな中、デュノア君がディスプレイに表示されていたあることに気がついたようだ。

 

「あれ…………なんかメッセージが来てる…………」

「メッセージ…………? 誰から来てたんだ?」

 

デュノア君は秋十に言われ、すぐさま差出人を確認した。

 

「…………父さん、からだ…………」

 

差出人が自分の父さんであった事を知ったデュノア君の顔に少し曇りが出ていたような気がする。だが、少し影を落としたのは間違いない。デュノア君は何を思ったのか、その文書を読み上げ始めた。

 

「『お前がこれを読んでいるという事は、無事にIS学園へと辿り着いたのだろう。その前提で話をさせてもらう。直様その機体と共に日本への亡命申請を行うといい。リヴァイヴに関してはフランス大使館へと預けてもらうことになるが、アルミリアが遺してくれたラファールはお前のものだ。そのまま持ち続けてくれ。それを持つにふさわしいのは私ではなく、他ならぬお前だと私は思っている。〔シャルル・デュノア〕は死に、〔シャルロット・ドッスウォール〕としてもう一度生まれるのだ。ケレスティナが課した命令も破棄しろ。お前の身柄を日本へと亡命させる事にはフランス大統領のサインも得ている。心配するな、事はなるようになる。お前には今まで大変な苦労をさせてしまった。お前の事に時間を割けなかった私が言うのもどうかとは思うが…………お前には幸せになってほしい。それが私の願いだ。もう私とは関係が無くなってしまうことになるが…………お前が私の娘であった事に変わりはない。——愛する娘、シャルロットへ。アラン・デュノア』…………」

 

…………読み上げ切ったデュノア君の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。無関心だった父さんから、本当は愛されていた…………その事実を知ったからなのだろう。それにしても亡命か…………まさかだったけど、秋十が提案したプランが通るなんてね。とにかく、最悪の結果にはならなくてよかった。だが、まだ油断はできない。というか、このような重大な話を一介の兵士である私が聞いても良かったのだろうか。それはそれで問題にしかならないような気がする。

 

「という事は…………シャルルはここにずっといられるって事、なのか…………?」

 

涙を流して声を出せずにいるデュノア君に代わって秋十がそう呆けた声で私達に聞いて来た。こういうところは私には答えられそうにないから、箒に答えてもらうよう促した。

 

「大手を振って喜ぶ事はできんが…………まぁ、ここにいられる可能性が見えてきたというのは間違いないな」

 

尤もこれからが大変になるだろうがな、と箒は若干ぼやくけど、その表情はどこか緩んでいるような気がしなくもない。箒も内心は喜んでいるのかもしれない。その対面では未だにデュノア君が涙を流したままだ。それを秋十が慰めているが、慰めている本人が何やら貰い泣きをしそうな状態になっている。かく言う私も、この結末になって良かったと思っている。もし、あの時ヴェルがこっち来なかったら、この結果はなかったのかもしれないし、今よりも大きな被害となっていたかもしれない。もしかするとヴェルは 、この事に気がついていたのだろうか? 以前、デュノア君がヴェルの頭を撫でようとした時、いつもなら避けないそれを避けたのは、彼女に何かあると言う事を伝えたかったからなのだろうか? 様々な憶測が飛び交うが、ヴェルが何を考えていたのか、私には知る由がない。真相は藪の中だ。

 

「それでも良かったじゃねえか! なぁ、シャルル?」

「うん…………! 父さんが僕の事を気にかけていてくれた事を知れただけでも、僕は嬉しかったよ…………。これで僕は…………あの女に塗り潰された名前を取り戻せるんだ…………!」

 

彼女は涙を拭うと、私たちへと向きなおる。

 

「というと…………あなたの本当の名前ってこと?」

 

私が彼女にそう問いかけた。彼女は一度呼吸を整えてから口を開いた。

 

「…………『シャルル・デュノア』は偽名なんだ。本当の名前は『シャルロット・ドッスウォール・デュノア』…………父さんと母さんからつけてもらった大切な名前なんだ…………」

 

自分の本当の名前を名乗ったデュノア君——いや、シャルロットは、憑き物が取れたような顔になっていた。曇りは感じられない。本来の彼女を取り戻しつつあるのだろう…………そう私は思ったのだった。






今回もキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.30




ステグマzzzz様、評価を付けていただきありがとうございます。



どうも、艦これアーケードに手を出して見事沼に突っ込んだ紅椿の芽です。



このゴールデンウィーク中に榴雷・改を買い、さらにアーキテク子を買ってしまい、財布の中が寒くなりました。ま、まずい…………まだセレクターライフルも買ってないというのに…………下手すると生活費ががが。



と、コトブキヤの沼にはまった作者は置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。


シャルル・デュノア——もといシャルロット・ドッスウォール・デュノアの素性が発覚した翌日、丁度よく休日であった為彼女は外出の許可を取りに事務局の方へと来ていた。IS学園において外出する際はいかなる場合であっても許可を得る必要がある。IS操縦者の候補生である彼女らは厳重な管理下に置かれており、不用意な外出は脱走行為、又は機密情報漏洩、スパイ行為として疑われる可能性が高まる。その為、素行の悪い者であろうと品行方正な者であろうと、正規の手続きを経て許可を得なければ、学外へと出る事は許されざる行為なのだ。故に、学園内では未だに『第二の男性操縦者』と持て囃されている彼女も同様に許可を得なければならない。尤も、こちらの場合は男性操縦者という貴重な存在を保護するという意味合いも強いのだろうが。

 

「では、これで書類手続きは完了です。では、良い休日を過ごして来てくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 

最後の書類手続きを済ませたシャルロットは外出許可を得、事務局を後にした。一応、自分は男という事で通っている。昨日、偶然であったとはいえ、素性がバレてしまったのだ。彼女はまたバレてしまうのではないかという恐怖に内心怯えていた。だが、結果として乗り切ることができた。事務局を出た彼女はその緊張から解放されたせいか、大きく息を吐き、胸をなでおろした。

 

「余程緊張していたようだな」

 

投げかけられた言葉に彼女はその方向を向く。其処には、国防軍の制服に身を包んだ箒の姿があった。赤を基調とした、まるで武士が着る陣羽織を連想させるような制服を初めて見たシャルロットは一瞬戸惑ってしまう。同時に、日本の軍人はやはりサムライなのではないかと間違った考えを抱いてしまったのだった。

 

「えーと、箒、だよね…………?」

「他の誰に見えるんだ?」

「いや、だって…………ものすごくサムライみたいな格好してるからさ…………」

 

シャルロットにそう言われて、箒は少し眉間の間を押さえてしまった。そう言われる事はあちこちの部隊や基地を渡り歩いて来た為、別段慣れてはいる。だが、毎度毎度のように言われてしまってはいい加減飽きてくるものだ。唯一何も言わなかったのが一夏くらいである。

 

「…………これが私達の部隊の正装だからな。仕方ないのだ。部隊の性質上、他の部隊の士気を高める他にも規律を守らせる為の威圧感を与えるという意味合いもある。それ故のこの姿なのだ」

 

箒の所属する第零特務隊は標準的な戦闘の他、軍警察、内偵、挙げ句の果てには他部隊の指揮官の補佐とオールラウンダーな部隊である。そのような中において、自らが人柱とならなければならない事案も多々発生する。彼女らの制服とは自らの存在を誇示すると共に、他の者の士気を上げ、公正さに欠ける者を威圧するという意味を担っているのだ。故に、かつてその役目を担っていた武士へ尊敬の念を込め、この姿へとなったのである。箒自身はこの事は理解している、話したところでシャルロットに理解できるか怪しいと判断した為、彼女なりに簡略化して伝えたのだった。

 

「…………今の話を聞くにもしかして、箒って憲兵の人だったりするの?」

「本職ではないが、私の階級なら基地の警邏隊を指揮する事は可能だぞ」

「いや、それもう完全に憲兵でしょ!?」

 

箒の隣を歩くシャルロットは露骨に彼女から距離を取ろうとする。無理もない。いくら事情を知っているとはいえ、隣にいる人間が憲兵のような者であると知ったら、捕まり、尋問にかけられることを恐れるはずだ。現に彼女は箒へと少し恐怖の目を向けてしまっている。それを見た箒はため息をついてしまった。

 

「露骨に避けるな。心配しなくても、今回はお前を大使館まで連れて行く護衛としての立場にある。尋問にかけるような真似は余程のことがない限りしないさ」

「最後の言葉で一気に不安になったんだけど!? もしかして…………尋問とかしたことあるの!? どうなの!?」

「それ以上は機密事項だ」

 

結局の所、シャルロットは隣にいる護衛が尋問した経験がある事を悟ってしまった。もしかすると自分も同じような目にあうのではないだろうか、そのような不安が彼女の頭の中を駆け巡る。

 

(本当に…………信じてもいいのかな…………?)

 

若干不安になりつつあるシャルロット。だが、彼女が非常に優れた人間である事は理解している。こんな自分の護衛を買って出てくれたのだ。少しは信頼して見てもいいのではないか、シャルロットは少しだけそのように思い始めた。

 

「心配するな。大船に乗ったつもりでいればいいさ」

(…………!?!?)

 

だが、突然かけられた言葉に思わず驚いてしまう。自分はまだ何もしゃべっていないというのに…………まるで心の中を読まれてしまっていると思い込んでしまう彼女であったが、実際のところ、箒はただ単に暗い表情となっていたシャルロットへ安心させるような言葉をかけただけである。その為、何故彼女が自分へ警戒の目を向けてきているのかがわからなかった。

 

(本当にこんな調子で大丈夫なのかなぁ…………)

 

心の中でそんな事を思い始めるシャルロットを余所に、箒はモノレールの乗り場へ進むよう促す。すでにホームにはこの時間帯の車輌が到着していた。できるだけ早く、そして内密に行動したいと考えた二人はすぐさまその車輌に乗り込む。発車したのは二人が乗り込んでから三十秒後のことだった。

 

◇◇◇

 

「それにしても、あの二人大丈夫かなぁ…………」

「まぁ、なんとかなるように祈るしかないよなぁ…………」

 

休日のアリーナにて、私——一夏はふとそんな呟きを漏らしていた。そうなった原因は、今、フランス大使館へと足を運んでいる箒とシャルロットについてだ。行動は早く起こした方がいいという箒の判断で、彼女が連れて行くことになったんだけど…………非常に不安である。というか、箒の部隊の性質を知ったらシャルロットがどんなに怯えるかわからない。少なくともシャルロットは私達のように戦場で鍛えられたあまり動じない心を持ってないはずだ。もし、箒の部隊である第零特務隊の任務内容を知ったら…………多分、露骨に避けるかもしれないね。ある意味スパイ狩りとか、尋問とかそういうまで行ってしまう部隊だから。後で聞いたけど、前に私へ拷問をした女尊男卑主義者は全員が前歯を折られ、全治一ヶ月の怪我を、箒に負わせられたそうだ。…………私の友人が物騒すぎる件について。なお、この事は私以外知らない。あの部隊は程度によるけど基本的に任務内容も守秘義務があるみたいだからね。

とまぁ、そんな誰でも恐れ戦くような狼を連れたシャルロットの精神は大使館に着く前にすり減ってしまうんじゃないかという心配があるのだ。あ、バレる方は心配してないよ。なんか、箒が記憶を消しとばさせる技術を持っているそうだから、大丈夫って…………私には物凄く嫌な予感しかしないんだけど。

 

「一夏姉…………物凄く疲れたような表情してるぞ?」

「まぁ…………色々あるんだよ。考えたら考えたで泥沼ハマりそうだし…………」

「…………昨日の一件、やっぱりかなりの事案だったりするのか?」

「下手したら誰かの首が飛ぶくらいにはね」

 

ちょっと笑ってそう答えてみたものの、実際笑えるような話じゃない。そもそもで亡命とかかなりやばい案件でしかないよ。そんな爆弾を抱えてしまうなんて…………ついてないよ。と言っても、日本とフランスの両国が合意しなきゃなんともならないからね…………これからどう事が運ぶのか、私にも予想はできない。あくまで現時点でわかっていることは、シャルロットがフランス大統領の承認を得て亡命を申請しに行っているんだって事くらいだ。

 

「ま、まじか…………」

 

秋十は私の言った事がブラックジョークで済まないと理解したのか、引きつったような表情になった。まぁ、そうなる気持ちも分からなくはないよ。誰だって、首が飛ぶなんて聞いたらそりゃビビるもん。

 

「まぁ…………考えても仕方ないんだけどね。とりあえず、私達は私達でやれる事をやってよっか」

「そうだな…………それじゃ、久しぶりに頼むぜ、一夏姉」

 

そう言うと秋十は私から距離をとって、その手に雪片を展開した。今日の私は久しぶりに秋十の訓練相手を務める事になったんだよ。だって、レーアとエイミーはセシリアと鈴とのタッグとの模擬戦闘を行うそうだし、ラウラと雪華はラウラの機体の点検で手が離せないそうだし、結果として私が相手する事になったんだよ。ついでに、たまに榴雷を動かしておかないと感覚を忘れちゃいそうになるからね。相対する私も日本刀型近接戦闘ブレードを展開した。この機体で近接戦闘を行うのは滅多にないけど、常に最悪の事態を想定しておかなきゃいけないからね。

 

「こっちはいつでもいいよ」

「よし、それじゃ…………いくぜ!」

 

秋十は一気にスラスターを点火してこっちへと突っ込んでくる。そんな秋十に向けて私は——模擬弾が装填されている右腕のリボルバーカノンを躊躇いなく撃った。

 

「——って、おいぃぃぃぃぃっ!? 接近戦だけの訓練じゃないのかよッ!?」

「悪いね、秋十。これ、私の戦闘目標は『敵機接近の阻止』、秋十の場合は『弾幕の突破』だから」

「そ、そんな話聞いて——」

 

そこから先、秋十の声は聞こえなくなってしまった。放たれた模擬弾はまるで秋十へと吸い込まれるかのように当たっていく。適当にばら撒いていただけなのに、なぜこんなにも命中してしまうのか、私には分からなかった。ただ、跳ねた空薬莢が装甲に当たる音がやけに軽く聞こえた。

 

(二人とも、無事だといいんだけど…………)

 

地面に模擬弾のペイントまみれになった秋十が墜ちていったのは、そう考えている最中の事だった。

 

◇◇◇

 

フランス大使館へと到着した箒とシャルロットはすぐさま内部へと入った。ここまでの道中、シャルロットの素性がバレる事はなかった。なぜなら——

 

「…………大使館への移動になんで装甲車を使ったのさ? あれ、タクシーなんかじゃないんだよ?」

 

装輪式装甲兵員輸送車によってシャルロットが護送されたからである。無論手配したのは箒。最寄りの基地より派遣された第零特務隊が保有する車両である。今回、IS学園への派遣が決まった際、箒にはある程度自由の効く指揮権限が与えられており、これもまたその権限を使ってのものだ。尤も、このところアント群の襲撃もなく、基地内での待機を命じられ、暇を持て余していた彼らにとっては丁度いい暇つぶしにはなっただろうが。

 

「これなら一番安全であると判断したまでだ。それに、乗っていたのはドライバーとサブドライバーの二名だった上に、我々は一切彼らの目には触れてない。何も問題はないだろう?」

「そ、それはそうだけどさ…………こっちは気が気じゃなかったよ…………まるで犯罪者が護送されているような気分…………」

 

しかし、シャルロットにとってはどうやらダメなようだった。元々民間人であった彼女だ。このような軍用特殊車両に乗る機会などほとんどないに等しい。故にこのような車両に乗る事は慣れていないのだ。そんな彼女が連想したのはテレビなどでたまに流れる重犯罪を犯した者が似たような車両で護送される映像。あの中にいる犯人はこんな気分になっているのだろうか、少し思考が現実に追いついていない彼女は何やらそんな事を考えていたのだった。

 

「そんな事を言っている暇があったら今後の対応のことを考えるべきだろう。頭を切り替えることも大事なことだぞ?」

「…………そうやってすぐに切り替えられるほうが僕にはすごいと思うよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」

 

シャルロットはさっきまでの感覚から解放されたせいか、少し伸びをした。装甲兵員輸送車の兵員室には二人しか乗ってはいなかったものの、空気的な圧迫感があった事は否めない。思わず伸びをしたくなってしまうのも仕方のない事だ、と箒はいたって普通な姿勢で彼女の隣に立っていたのだった。

 

「はふぅ…………」

「あまりだらしない声を出すな。お前の本国の大使館前だぞ?」

「そうは言っても伸びをしたくなるのは仕方ないでしょ?」

「とはいえ、いつ迎えの者が来るか——おっと、話をしたらすぐに来たようだな」

 

大使館の扉が開き中から非常にスーツのよく似合う若者が現れた。彼を前にした二人はその場で姿勢を正す。ネクタイをきっちりと締め、髪も乱れておらず、いかにも真面目という雰囲気を感じさせられ、自然と体が硬くなってしまうシャルロット。一方の箒といえば、今まで相対して来た者が国防軍大将である西崎透吾郎であったり、館山基地司令の武岡榮治中将と真面目さと威厳を併せ持った人間達であるため、シャルロットのように硬くなる事はなかった。そんな彼女の様子を見た彼は一度咳払いをしてから口を開いた。

 

「ようこそ、フランス大使館へ。お待ちしていました、篠ノ之箒少尉、そして——シャルロット・ドッスウォール様」

 

彼——アルフレード・シュルツ駐日フランス大使は箒の隣で硬くなっているシャルロットの気を楽にさせるよう、微笑みかけたのだった。

 

◇◇◇

 

アルフレードによって中へと案内された箒とシャルロットではあるが、箒はともかくシャルロットが入ってからビビり続けていた。このようなところに来た事がないから、というのもあるかもしれないが、今後の自分がどんな目に遭うのか…………それが不透明であるが故という事もあるだろう。どうして箒はこのようなところでも堂々としていられるのだろうか、彼女は疑問に思ってしまってばかりだった。

 

「それにしても、大使館前に国防軍の装甲兵員輸送車が来た時は何事かと思いましたよ」

「驚かせてしまったことには謝罪します。ですが、彼女を円滑にかつ安全に護送するとなれば、あれが一番適切だと判断したまでです。コソコソしているからこそ狙われるという事もあります。ならば一層の事、わざと目立つように動けば狙われる心配も減り、万が一狙われても安全は保証できます」

「そういう事でしたか…………これは失礼しました」

「いえ、此方としても事前に連絡しなかった事に非があります。紛らわしいことをして申し訳ごさいません」

「いえいえ。彼女の護送は大統領からの命令でしたので。政府関係者には私の方から口添えをしておきましょう」

「感謝します」

 

一方の箒といえば、堂々としているどころか、アルフレードと対等な立場で話をしているではないか。しかも、自分に話すような武士のように硬い口調ではなく、丁寧さを持ち合わせた礼儀正しい言葉遣いだ。切り替えることが重要だと彼女は自分に話していたが、ここまで変わる事ができるのか…………シャルロットは先程から箒に驚かされっぱなしだった。

 

「それにしても、ドッスウォール様。先程から無言ですが、どこかお身体の調子がよろしくないのでしょうか?」

 

そんな驚かされっぱなしの自分に突然アルフレードは話を振って来た。まさか自分の事を呼ばれているなどと気がつかなかったシャルロットは状況を読み込むのに数瞬の時間を要した。そして気が付いた時、彼女は焦った。自分は相当上の者から話しかけられている。なのに反応しないとは…………これは大変失礼な事であると彼女はとっさに理解した。

 

「は、はいっ! ぼ、僕——い、いや私なら、だ、大丈夫でしゅ!」

 

だが、とっさに反応したのはいいが、思いっきり舌を噛んでしまう。このような恥ずかしい真似をしてしまった事と、見られた相手が駐日大使であるという事に、シャルロットは一気に顔を赤くしてしまった。

 

「ははっ、元気そうでなによりです」

 

アルフレードはそんなシャルロットの様子に思わず苦笑してしまう。お堅く真面目な感じを醸し出していた彼が苦笑してしまった事に驚きを隠せないシャルロット。

 

「意外と笑う事が多い方なんですね」

「ええ。どうもきっちりしないと落ち着かない性格なので、いつも真面目で堅い人間だと思われがちなんです。ですが、私だって人間。笑いたい時には自然と笑顔になるものです。それに、大使館というものを堅いところではなく、誰もが気軽に入れる場所にしたいという考えもありますからね」

 

今の所なかなか実現しそうにないんですけどね、と彼は付け加える。それを聞いたシャルロットは思わず驚いてしまった。真面目できっちりしないと落ち着かない人間でありながら、中身は割と気さくな感じであるというところは彼女にとって理想的な紳士像を連想させる。もしかすると箒はそんな彼の性格を見抜いていたからこそ、堂々として話をする事ができていたのかもしれない、そう彼女は考えた。

 

「さて、此方が応接室となります。先に中へ入ってください」

「はい。ほら、シャルロット」

「う、うん」

 

アルフレードに促され、中へと入る二人。案内された応接室は対諜報装備が完備されているようで、窓などはなく壁も防音仕様となっている。そんな殺風景な部屋である事を、アルフレードは嫌ったのかはわからないが、せめてものを彩りをという事で、様々な観葉植物や置物が飾られていた。その中にはフランスの名だたる企業のロゴを模した盾も飾られている。その中でシャルロットは二つのロゴに目がいった。一つは盾と翼をモチーフとしたエンブレム——デュノア社のもの。もう一つは、堂々と社名の刻み込まれたエンブレム——ドッスウォール社のものだ。デュノア社のものは見慣れているが故にさほど目にとまる時間はなかったが、改めて見るドッスウォール社の社章はどこか新鮮であり、彼女に懐かしさを感じさせた。

 

「…………アルミリア技師の訃報を聞いたのは二年前です。私の先輩にあたるアラン・デュノア社長から直接その報せを耳にした時は、惜しい人を亡くされたと思いました」

 

ドッスウォール社の社章へ見入っていたシャルロットへ、アルフレードはそう声をかけた。彼自身、シャルロットの母親であるアルミリアが命を落としたという事に心を痛めていた。表立ってもてはやされることはないが、アント大戦勃発後、スティレットの外装を開発したアルミリアは軍内部で『救国の英雄』と呼ばれているのだ。その話は政府内部へと伝わり、アランと親交のあったアルフレードの耳へも入っていたのだった。彼は優秀な人材が失われてしまったと感じた。

 

「さて、一度本題へと入る事にしましょう。時間は限られています。このようなデリケートな問題は可及的速やかに、かつ慎重に行う必要がありますからね」

 

アルフレードはシャルロットへそう話すと、ソファへと腰掛けるよう促した。箒は未だに入り口のところで警戒の目を張り巡らせている。

 

「あれ? 箒は座らないの?」

「…………護衛まで休んでしまっては意味がないだろう。私はこのままで構わん。お前はお前でなすべき事をなすがいい」

 

そう言われてしまって何も言えなくなるシャルロット。箒としては、この重大な事態の時に護衛対象者とともに座っていたが為、とっさの事態に対応できなかったというあってはいけない事を引き起こさない為にこうして警戒しているべきだと思っている。シャルロットは別にそこまでされなくてもいいと思っているが、箒のことだから言っても変える気はないと考え、正面へと向き直った。目の前ではアルフレードがいくつかの書類を用意している。

 

「さて…………それではドッスウォール様、こちらの方へサインをしていただけますか? それだけで後は完了するようになっておりますので」

 

シャルロットが目を通した書類はもうほぼすでに書面が出来上がっており、本当に自分の名前を記入するだけで十分な状態だった。そのあまりにも良すぎる手際に、父は本当に自分を逃がす為にIS学園へと送り込んだのだと彼女は思った。彼女は迷いなくその書類一つ一つに目を通しながら、丁寧に名前を記入していく。その中には専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの返却に関するものや、今後の所属に関するものもあった。全ての書類に記入し終えた彼女は、持っていたペンを静かにテーブルへと置いた。

 

「書き終わりました」

「はい。では、一度確認をさせていただきますので、しばらくお待ちください」

 

シャルロットが書き終えた書類を受け取ったアルフレードはその全てに目を通していく。記入ミスや漏れがあってはいけない書類だ。もしそれらがあったのであれば、これらの書類は効力を発揮しない。故に書損じ等は許されない。アルフレードはミスがないか一字一句逃さずに確認していく。彼の表情は真剣そのものであり、先ほどまでの人当たりの良い雰囲気は消え、真面目さが全面的に押し出されているような感じであった。

 

「…………はい。特にミスはないようなので問題はありません。尤も、ドッスウォール様は名前だけの記入なので、文面のミスは私の責任になのですけどね」

 

張り詰めていた空気が少しだけほぐれたような気がした。特にミスがなかったと聞かされたシャルロットはふと安堵のため息を吐く。だが、まだ完全に手続きが完了したわけではない。シャルロットは少しだけ緊張をほぐしてから、再び気を引き締めたのだった。

 

「それでは、ISの方の返還をこちらへお願いします」

 

アルフレードはそう言ってアタッシュケースを取り出した。特殊合金製のそれは静かに置かれたにもかかわらず、重々しい音を立てる。幾多もの鍵を外され、中に入れたものへ伝わる衝撃を可能な限り軽減させる緩衝材が姿を見せた。シャルロットは自身の首から橙色のペンダント——ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの待機形態——を取り外した。

 

(短い間だったけど…………今まで付き合ってくれてありがとう…………)

 

心の中で愛機の片割れに感謝の意を伝える。短い間だったとはいえ、シャルロットはリヴァイヴとともに幾多もの評価試験を行ってきたのだ。自身がIS学園へと向かうきっかけを作ってくれたのも、自分がテストパイロットとして専用機を託されていたことも大きい。しかし、リヴァイヴは彼女が歩んできた道を示すとともに、デュノア社というしがらみに縛り付ける代物でもあったのだ。かつての愛機を手放す事で自分は晴れて自由の身となる——そのことを理解したシャルロットは静かにアタッシュケースの中へとペンダントを置いた。

 

「…………では、これでお願いします」

「確かに受け取りました。では、これにて手続きは完了となります」

 

閉じられたアタッシュケースを自分の脇へと置いたアルフレードは一連の手続きが完了した事をシャルロットへと告げた。亡命という重大な事がこんなにも簡単に済むなんて思ってもいなかった彼女は少し面食らってしまった。それと同時に、自分は自由の身になった事をゆっくりとであるが理解していく。

 

「それでは、ドッスウォール様。後のことは日本国からの指示に従ってください。例えフランスが身柄の引き渡しを要求してきたとしても、日本国籍を獲得した以上、手出しはできません。貴方の自由に生きてください」

「は、はい! あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、私は一外交官としての役目を果たしたまでですから」

 

そんなかしこまらなくても、とアルフレードは言うが、シャルロットからすれば自身を助けてくれた恩人であるのだ。礼を言わない方がどうかしている。シャルロットは深々と頭を下げ、彼への深い感謝の意を示した。

 

「シャルロット、少しいいか?」

 

そんな時、後ろで待機していた箒がシャルロットへ声をかけた。その言葉につられて彼女は後ろを振り向く。

 

「ど、どうかしたの、箒…………?」

「いや、お前へ日本国からの通達をせねばならないからな」

 

箒の口から出てきた言葉に驚くシャルロット。彼女は自分の後ろで待機していたはずだ。しかも、通信機器を全て切っていたはずでもある。そんな状況でどうしてその通達を持ってくる事ができたのだろうか。ましてや、亡命の手続きはつい先ほど完了したようなものだ。この短時間でそんなすぐ承認が降りるとも考えられなかった彼女はただ困惑していた。

 

「ど、どうしてその通達を箒が知ってるの!?」

「ああ。ここに来る前、国防軍から連絡を受けていてな、少しの間ここを抜け、その時に西崎大将自らが通達をお持ちになったのだ。——シュルツ殿、この件に関しては既に貴方は知っていましたよね?」

「ええ、勿論。この手続き自体も形式上のものである事も、含めてですがね」

 

本当国防軍は手際がいいですね、と言葉を漏らすアルフレード。状況が全く読み込めていないシャルロットは何がなんなのかを理解できていない。

 

「一先ずだ、通達だけをさせてくれ」

 

箒はそう言うと一息ついてから口を開いた。

 

「シャルロット・ドッスウォール、貴公には民間協力という形で国防軍派遣部隊へと参加してもらう事となった。無論、機体は貴公の持っているフセットを使って構わん。詳細は追って説明する。——現時点での説明は以上だ」

 

箒からの通達にシャルロットは妙に納得していた。確かに、亡命者とはいえ、自身は強力な兵器を所持している。ましてやそれが人類の反抗の刃となれば、軍属にならざるを得ないだろう。それに、今の各国軍は常に人材不足となっている。民間協力であっても、戦力の頭数を揃えたいという考えはシャルロットにもわかった。

 

「となると…………僕はある意味ボランティアみたいなものになるの?」

「いや、出撃毎の弾薬費と修理費用、そして給与も出る。尤も、代表候補生レベルの給与は期待できないが…………まぁ、一人が生活していく分には問題ない金額だという事だけは言っておこう」

 

それってほぼ正規兵と同じような扱いだよね、と心の中で思うシャルロット。だが、亡命した為、根無し草も同然となってしまった自分へとやってきたこの上ない身分に口を挟むつもりはなかった。

 

「どうやらそちらの方も滞りなく済んだようですね」

 

ふとアルフレードが声をかけた。彼にとって、この案件はまさかの大統領命令であり、失敗など許されない仕事であった。故に今この場において、全ての手続きがなんのトラブルもなく完了した事への安堵から出た言葉なのかもしれない。その証拠に、彼の顔からは僅かにあった緊張が抜けていた。

 

「ええ。それでは我々はこれにて失礼致します。この度はお世話になりました」

「いえいえ、此方こそ。それではドッスウォール様、これからの御武運を祈ります」

「は、はい! ありがとうございました!」

 

シャルロットはアルフレードへ深々と頭を下げ、しっかりと礼を伝えてから、箒と共にその場を後にした。応接室を出ると、少しばかり涼しい空気が彼女たちを包んだ。緊張のあまり、シャルロットは解放された反動で意識が飛んでしまいそうになったが、涼しげな空気が意識を保たせてくれた。

 

「…………さて、これで終わったな」

 

不意に箒はシャルロットへと言葉をかけた。その表情には一仕事終えたような感じのやりきったという感情が出ているように、シャルロットは感じた。

 

「それにしても、これからが大変だぞ? 民間協力とはいえ、一応軍に従事するようなものだ。ひとまず、西崎大将と派遣部隊指揮官に挨拶だけはすませておかなければな」

「そうだね。それに制服もちゃんとしたものに発注し直さなきゃいけないし…………やる事いっぱいだよ」

 

これからやるべきことの量を考えて、シャルロットは少しげんなりとしてしまった。無理もない。これからは今までとはちがう人間として生きていかなければならない。だが、学園にいた人間たちからは恐らく『シャルル』として見られる可能性が高くなる。その時に自分は別人として振る舞えるのか…………彼女はそれが気がかりとなっていた。

 

「ああ、言い忘れていたが、お前の戸籍情報は書き換えさせてもらったぞ」

「ぶふっ…………!?」

 

だが、そんな事も箒の爆弾発言によって綺麗さっぱり彼女の頭の中から吹き飛んでしまった。

 

「こっちでの戸籍を作っておいて、正式にお前を『シャルロット・ドッスウォール』とするにはこれが一番手っ取り早いからな。あまり使いたくはなかったが…………私にはサイバー関係では右に出るものはいない者()とコネがあってな。今回ばかりは使わせてもらったのさ」

 

中々にぶっ飛んだ事をさらっと言ってしまう箒に、シャルロットはどう突っ込んでいいのかわからなくなってしまった。自分の脳が理解するのに追いつけていない…………その事を自覚したシャルロットは考える事を少しの間放棄する事にしたのだった。

 

「そ、そうなんだ…………と、ところでさ、国防軍総司令の西崎大将って人はわかったけど、派遣部隊指揮官って誰の事なの? というか、派遣部隊って何なのさ?」

 

今の思考を放棄すると共に、別の思考へと切り替えるシャルロット。急に派遣部隊と言われてもピンとこなかった彼女は箒に問いかけた。

 

「派遣部隊というのは、現在IS学園に展開している多国籍部隊のことだ。私も所属しているぞ」

「へぇ〜、そんなのがあったんだ。全然知らなかったし、気がつかなかったよ」

「だろうな。可能な限り任務は隠密に済ませなければならないからな」

「なるほどね。で、その派遣部隊の指揮官っていうのが…………」

「ああ、"今"はボーデヴィッヒ少佐がやっている」

 

シャルロットは思わず疑問に思ってしまった。箒が強調した『今』という言葉。もしかすると前任がいたのかもしれないし、代理で誰かがしているのかもしれないと思ったシャルロットは箒に質問した。

 

「あれ? "今"は、ってことは…………」

「ああ、前は一夏——いや紅城中尉が指揮をとっていたぞ。今でも部隊の副官を務めているんだがな」

「えっ…………? べ、紅城さんって中尉だったの…………?」

「ああ。階級で言えば、ラウラの次に高いぞ」

「…………意外すぎて頭がこんがらがってきたよ」

 

シャルロットには一夏が中尉の階級にあったことが驚きだった。確かに、自身に拳銃を向けてきた時は軍人の目をしていたが、それ以外での一夏の事を思い浮かべると、どうしても軍人なのか怪しくなってくる。可愛らしいぬいぐるみストラップを鞄につけてるし、厳しさよりも優しさの方が強く見えてくるし、何より仕草が子供っぽく、彼女には感じてしまうのだ。それがあってか、シャルロットは一夏が軍人であることが妙にアンバランスな風に捉えてしまうのだった。

 

「…………シャルロット」

「な、なにかな?」

「…………あまり、一夏の前で子供っぽいとか言うなよ? 彼奴、結構気にしてるそうだからな」

 

やっぱり気にしてたんだと思ったシャルロット。何はともあれ、これでひと段落ついた彼女たちはそのまま大使館を後にしていったのだった。

 

◇◇◇

 

箒とシャルロットがしばらく留守にしてからもう二日経った。結果として亡命自体は成功したとの報告も受けている。一応、この案件は生徒会長の耳にも入っていたようで、私達に協力してくれる事になったよ。おかげで、現在学園内には『シャルル・デュノアは現在フランスにて試験任務中』という噂が広がっている。その他にもお姉ちゃんとかに報告したり、色々書類の変更とかを手伝ったりした。報告書とか書いていると、こういう事務仕事も得意になってくるんだよね。…………なお、学力自体は未だに平均より少し上くらいのところにしかいられないんだけどね。

まぁ、それはおいておくとして、手続きとかそういうのが片付いたにもかかわらず、未だに二人は帰還してない。その間の警戒任務はラウラが引き継いでしてくれたからいいものの…………挨拶回りをするにしても時間がかかりすぎでしょ。

 

「一夏、二日ぶりだな」

 

そんな風に思っていた時、不意に後ろから声をかけられる。うん、間違いない…………この声の主は——

 

「箒…………一体どこまで行ってたのさ。時間かかりすぎでしょ?」

「これでも早く片付けたつもりなんだがな…………まぁいいか。とりあえず、千冬さんがくる前で助かった」

「まぁ、織斑先生なら事情を話せばわかってくれると思うけどね」

「そうだったら、こうも急いで来たりはしないんだよな」

 

そうだね、と私は箒に返した。まぁ、箒には箒なりの事情があったんだろうという風に自分の中で完結させてしまったけどね。下手に聞くよりはそう思ってる方が楽だし。

 

「そういえば、あの子(シャルロット)は?」

「ああ、彼奴(シャルロット)なら後で合流する手筈になってるんだがな…………」

 

どうやらシャルロットとは一緒に行動してないようだ。だとすれば一体どこにいるのだろうか?

 

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 

丁度、SHRの時間になったのか、お姉ちゃんが教室へと入って来た。その後ろではなにやら少々お疲れ気味の山田先生がいる。…………恐らく、シャルロット絡みの件がダメージを与えているに違いない。よく見ればお姉ちゃんも少し疲れているような感じだ。端から見ればいつもと変わらない凛とした表情なんだろうけど、よく見ると目がいつもより少しだけつり上がってる。大概、こういう時はお姉ちゃんが疲れている時だ。秋十もそれに気がついたのか、小さく合掌をしていた。って、それは違う、それはしちゃいけないやつだよ。

 

「…………そこで、合掌をしている男子、私は御神体ではないぞ。さて、貴様らに残念な知らせがある。デュノアが所属しているデュノア社からの呼び出しにより、この学園を去った。もう戻ってくることはないだろう」

 

お姉ちゃんからのその報告に、教室中の女子達はある意味絶望にも近い声を上げていた。まぁ、あれだけ人気のあった人がいなくなったわけだし、何より二人目の男子が消えたからね…………男の人との関わりが薄い彼女達にとっては辛い話なんだろう。私からしたら、そういう方面ではあまり関係のない話だけどね。

 

「そう嘆くな。代わりと言ってはなんだが、このクラスに新しく転校生が来る事となった。山田先生、あとは頼む」

「はい。では、入って来てください」

「——失礼します」

 

お姉ちゃんがそう言うと、さっきまでの絶望は何処へ行ったのか、クラスの中に明るい雰囲気が戻って来た。そして、山田先生が入口の方に向かって声をかけると、どこか聞き覚えのある声が聞こえて来た。そして、入口の扉が開き、そこで待機していた人が中へと入って来る。私と似た制服を着ていて、眩い金髪を首元で一つに結っており、一目見た感じで美少女ってのがわかる。だが、その容姿はどこか見覚えがある感じにも思えて来るのだ。山田先生の近くまで歩いてきた彼女は、そこでようやく口を開いた。

 

「シャルロット・ドッスウォールです。見た目外国人ですけど、国籍は日本です。皆さん、よろしくお願いします」

 

そう言って彼女——シャルロットは私たちに向かってお辞儀をしてきた。シャルロットが遅れてきたのはこう言う事だったのかと妙に納得する私がいる。だが、クラスの殆どの女子達は無言となっている。まぁ、そりゃそうだよね…………名前は全く違うけど、元はシャルル・デュノアで通じていたわけであり、全く容姿が同じ人が入ってきたんだから、困惑するのも無理はない。

 

「え、えっと…………シャルル、君…………?」

 

不意に女子の一人がそう声を漏らした。

 

「シャルルは僕の従兄妹です。あまりにも似てるからよく間違われるんですけど、僕はシャルロットなので間違えないでくださいね」

「は、はい…………」

 

自然な流れの設定なんだろうけど、一部無茶な設定があるような気がしたよ…………まぁ、それで納得してしまっているから、これはこれでいいのかもしれない。誰がこれを考えたのか、ちょっと尋ねたい気分になったけどね。なお、箒の方を見るといつボロが出ないか気にしていて、冷や汗をかいているような感じだったよ。

 

「それじゃ、皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

そう言って私たちに笑顔を見せてくるシャルロット。そこには前のように一片の曇りもない。そんな彼女からまるで風のような自由さが滲み出ていたように、私は感じたのだった。






今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.31



どうも、最近炎のにおい染み付いてむせてる紅椿の芽です。



このところ、大学が忙しくてまともに執筆できてません。今後、しばらく間が空くかもしれませんが、失踪はしないので、ガラパゴスゾウガメが東京マラソンを完走するのを見届けるような気分でお待ちください。



そんな事はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





晴れて亡命に成功したシャルロットは、私達IS学園派遣部隊に配属される事になり、また戦力が増加する事になった。本当に中隊規模の戦力となりつつあるこの派遣部隊だけど…………正直に言って、まだ一部の教師達からはあまりいい目では見られていない気がする。IS学園において、私達FAパイロットはある意味異物だからね…………ISも凌ぐ戦闘力を有している事が気にくわないのかもしれない。でも、基本的にそれを発揮するのは戦闘行動に入った時のみだし、人に向ける気は更々ない。まぁ、やっかみみたいなものだって割り切るしかないのかもしれないね。

 

「それにしても…………その機体、大分改造されてるね。原型をギリギリ留めているってレベルじゃない?」

「私から見てもそう思うぞ。とても私の機体と似た機体がベースとは思えん」

 

とはいえ、そんなことをぼやいていても仕方ない。そういうわけで、シャルロットの持つフレームアームズ、[SA-16b-CⅡ フセット・ラファール]の性能チェックを同じスティレット乗りのレーアと共にする事になった。

 

「まぁ、共通部分が胴体と二の腕、大腿部だけって話だからね。その分、機動性はかなり増しているはずだよ」

「それは…………そんな特殊な推進ユニットを搭載してればそうなると思うよ」

 

シャルロットが駆るフセット・ラファールの推進ユニットは少し特殊な形状をしていた。ユニット自体はスティレットとはあまり変わらないようだけど、その取り付け部から少し下——背中と腰の中間のあたりに、可動式大型スラスターノズルが取り付けられている。しかも、それらを線で結ぶと丁度正三角形になるような配置で、互いの動きを阻害しないようになっていた。他にも肩裏にスラスターノズルが取り付けられており、とんでもなく機動性を重視しているように思える。

 

「機動性を増しているのは推進器だけじゃなくて、装甲の方も大きいよ。まぁ、ランディングギアは取り付けられてないんだけどね」

「装甲も? 確かに、角がやけに尖っているみたいだが…………これ自身が武器とか言うなよ?」

「一応、アーマーエッジは近接格闘戦にも耐えられるそうだよ」

 

…………なんか、ものすごく物騒なことを聞いた気がするんだけど。確かに両肩のスタビライザー、脛装甲のエッジはかなり鋭くなっている。さらに、爪先と踵の装甲には小型のブレードが装備されている。これがアーマーエッジのようだ。もしかしてじゃなくて、これ完全に全身刃物でしょ? どんなイカれた機体に仕上げてるの、フランスは…………。こんな尖った性能の機体を扱えるの、そうそういないと思うよ。逆を言えば、こんな機体を任せられるシャルロットはかなりの技術を持っている可能性が高いということだろう。

 

「兵装としては何か搭載してるの? さすがにそのアーマーエッジだけが武器ってオチはないでしょ?」

「当たり前でしょ!? てか、それだけで行くって、自殺行為でしかないよ!?」

「射撃武器無しで近接戦を行うのは確かに危険だな」

 

どこかの誰かさんにぐっさり刺さりそうな言葉を放つレーアだけど、実際、近接戦を行う機体には基本的に射撃武器が何かしら搭載されている。援護もない状況で近接武器一つで突っ込むのは、ベテランかよほどの大馬鹿かのどっちかだよ。私のブルーイーグルだってベリルソードの近接戦がメインだけど、ショット・ランチャーの機能を持つベリルバスターシールドやセグメントライフルを装備しているしね。

 

「一応、格納されている兵装はブルパップ式アサルトライフル、四連装空対地ミサイルランチャー、ロングライフルとかだよ。他にもあるけど、全部言うと大変だから、後で報告書に纏めて渡しておくね」

「空飛ぶ弾薬庫か?」

「…………ガトリングガンと対地ミサイルを両腕に装備して、両腰に爆弾倉を取り付けてるレーアには言われたくないと思うよ?」

 

それでも十分、シャルロットは重武装な気がする。多分、武装とかを聞く限りは制空戦闘と近接機動射撃戦向きなのかもしれない。というか、かなりマルチロールな仕様だと思う。となると、戦場で配置するには前衛か中衛のどちらかになるね。ラウラと話し合って戦術を考えなきゃ。

シャルロットの機体を空飛ぶ弾薬庫と評したレーアだけど、レーアもレーアで重装備だ。両手にガトリングガン(M547A5)空対地ミサイル(S-41B)を装備して、両腰には小型爆弾を投下する爆弾倉を取り付けてるという対地攻撃の鬼といった状況。しかも、ベースはACSクレイドルという複合装備を取り付けて、スラスターを追加したスーパースティレットⅡという高機動機体…………爆弾投下を終えたらすぐに制空戦闘を行えるという、恐ろしくも頼もしい機体だ。流石、元ブルーオスプレイズ。水中のアント狩をやってのける機体だけあるよ。

 

「そうか? 私としてはこれが当たり前だからなんとも思わないんだが…………というか、お前の機体の方が重装備だろ」

「うぐっ…………で、でも、私の場合は陸戦型で支援砲撃機だし! 重装備になるのは仕方ないじゃん!」

 

私の場合、ブルーイーグルに乗ってる時は違うけど、防衛線の構築が主任務だし、遊撃なんてことはあまりない。だからこそ、耐久力と制圧力を高めるために重装備化してしまうことが殆どだ。逆に空戦型に求められるのは即応性だし、重装備よりは機動性の底上げか優先されるとの事。瀬河中尉がそう言ってた。セシリアのラピエールのように必要最低限の装備で機動性を維持しているのはわかるけど、レーア程重装備にしているのはあまり見たことがないよ。

 

「それはそうだがな…………」

「前に一夏がその機体で模擬戦してる映像を見たことがあるんだけど…………どう見ても一個人が扱う量の弾薬じゃないと思うんだ。あれ、一機で三機から四機くらいの火力を有してるでしょ」

 

そう言ってシャルロットは私が今装備している榴雷を指差してきた。まぁ、国防軍はあまり予算を割かれないせいで配備できる機体数に上限があるみたいだし、軍属となって前線に出る人も他の軍と比べると少ないから、個々の性能を限界まで特化させなきゃいけないんだよ。それ故に火力を増強したのだと、葦原大尉が言ってたっけ。ここに来る前、左腕にグレネードランチャーが増設されたのはそれが理由との事。まぁ、『軍備増強反対』とか言って騒いでいる人たちがいるから、保有数を増やせないという理由もあるみたいだけどね。

 

「っていうか、今は榴雷についてじゃなくて、シャルロットのラファールについてじゃないの!?」

「おっ、そうだったな」

「あ、うん、そうだったね」

「二人ともナチュラルに忘れてた!?」

 

完全に今日のお題を忘れていた二人に思わず私は頭を抱えそうになった。まぁ、シャルロットが自然体でいられるようになったのはいい事なんだけどさ…………何か方向を間違えてしまっているような気がしてやまない。

 

「冗談だよ、冗談。僕の機体の性能チェックだってのは覚えてるから」

「…………二人揃って私の事弄りに来てない?」

「気のせいだ。それよりも、模擬戦でも行うのか? 性能チェックとなればそれが一番手っ取り早いが」

「うーん、それはまだ無理かな。シャルロットの全武装に合った模擬弾を用意しなきゃいけないわけだし、雪華に詳細を渡してからでも遅くはないと思うよ」

 

それでも一週間後には行いたいけどね、の私は付け加えた。シャルロットの機体の詳細はまだ雪華に渡してない。というか、雪華はラウラの機体につきっきりだから、今はそっちで手がいっぱいだそうだ。一人で十機近い数を整備してるんだから、そろそろオーバーワークになるんじゃないのかって不安になって来る。まぁ、基本的な整備は私たち自身でやるけどね。それに、私なら定期的に基地でメンテナンスを受けられるし。そうでもしなければ、雪華が過労で倒れてしまうかもしれない。それを避ける意味合いも含めて、一週間後くらいが適正かなと思ったまでだ。尤も、此の所様々な改造機体を整備してテンションが跳ね上がっている雪華の事だから、無茶してでもシャルロットの機体に関することに首を突っ込んで来そうなんだけどね。

 

「わかった。それじゃ、僕はこの機体の資料を作成して雪華に渡せばいいんだね?」

「そういう事。機体データの提出がまだなのシャルロットだけみたいだから早くした方がいいよ」

「うぅ…………僕、資料作りとか苦手なんだよねぇ…………」

「優等生が何を言ってるんだか。私以上に成績がいい癖に」

「…………二人とも、成績が平凡な私にすっごいグッサリ刺さって来るんだけど」

 

実際のところ、レーアもシャルロットも同じくらい頭がいいよ。というか、私が平凡すぎるだけなのかもしれない。テストの成績なんて、殆ど一般人と同じくらいだし。本当、私が中尉の階級にいてもいいのかわからなくなってくる。士官学校を卒業したわけじゃないから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけどさ…………たまには上官らしく振舞ってみたいと思う。まぁ、自分から上官と部下みたいな関係じゃなくて、タメで接してって言ってるからね。…………レーア達に勝てるのが多分報告書作成くらいしかない。戦闘においてはほぼ機体の性能のおかげだし。

 

「…………まぁ、とりあえず、今日のところはこれで解散にしよ? そろそろアリーナの閉館時間だし」

「もうそんな時間か…………わかった、先に機体を片付けてくる。アリーナの入り口で集合だな」

「うん。それじゃ、またあとでね」

 

とりあえず今日のところはこの辺でやめておくことにしよう。時間も時間だし。それに…………なんだかお腹空いてきちゃったから、早くご飯が食べたい。榴雷は負荷が低いけど、それでも体力を使うわけだし、今日はあんまりお昼ご飯食べてないからね。流石に時間がないからと言って購買のお握り一個で済ませたのがまずかったのかも。

 

「僕達もそろそろ移動する?」

「そうだね。それじゃ、お先に」

 

私はシャルロットにそう言うと、ショックブースターを点火、ピットへ向けて飛び上がった。ピットの床へ着地すると、床に使われている特殊合金がなんか軋むような音を立てていた。…………私の機体で軋みをあげるんだったら、ラウラの機体はどうなるの? フレームアームズの中でも超重量級の輝鎚がベースなんだよ? 床が抜けたりしないのかな…………その辺がある少し不安に思えてきた。

 

「——って、えぇぇぇぇぇっ!? そ、その機体で空飛べるの!?」

 

案の定、シャルロットはこんな重装備の機体が空へと飛び上がったことに驚いていたのだった。

 

 

「——周辺に敵影無し」

「…………何をしてるの、レーア?」

 

アリーナの出入り口で集合した私たちだけど…………なんかレーアが謎のゴーグルを装備して辺りを見回しているんだよ。あまりにも異様な光景に私もシャルロットも思わずなんと突っ込んだらいいのかわからなかった。

 

「いや、以前一夏が襲われたのはこの辺に伏兵がいたからだろう? ならばこの辺の茂みに潜んでいる可能性も否定できないからな…………サーモゴーグルで警戒しているのだ」

 

…………ああ、そういうこと。まぁ、確かにあの時は茂みというか建物の陰から出てきた人たちに連れていかれて、防風林の中でやられたんだっけ。でも、その時のパターンじゃいくら熱源探知装置であるサーモゴーグルを使ったからとはいえ、見つけられるかどうか怪しいよ。まぁ、こんな風に警戒してるってあからさまに見せていれば、向こうも下手に行動をしてこないだろうし、ある意味抑止力みたいな感じになっているのかもしれない。とはいえ、やってる事が恐ろしく怪しさ満点なのは言うまでもない。もしかすると周りから奇異の目で見られてしまうかもしれない。それだけはなんとしてでも避けなきゃ…………!

 

「あ、あのさ、レーア。別にそこまで神経を尖らなせなくていいよ? 私ならもう大丈夫だし、多分襲われることはないと思うから」

「希望的観測は身を滅ぼす事になるぞ。それでもいいのか?」

「別に希望的観測とかじゃないんだけど…………レーアの行動、周りから見れば大分怪しいよ?」

「うぐっ…………」

 

私がそう言うとレーアは引きつったような表情になった。やはり、怪しい動きをしてるという事に自覚があったみたいだ。それなら最初からやらなきゃいいのに…………まぁ、私の事を考えてした事みたいだからなんともいえないんだけどね。

 

「それに、あの時は一人だったからやられただけで、こうして複数人でいれば大丈夫だって」

「…………一夏がそう言うのなら、今後は控える事にしよう」

「やめる気は無いの!?」

「当たり前だ」

 

そう言い切るレーアに私はどんな言葉をかければいいのかわからず、思わず眉間の間を押さえてしまった。そんなドヤァっていった感じで胸を張られても困る。…………なんか私の周りにいる人のほとんどが、私に対して過保護すぎるように思えてくるのは気のせいなのかな?

 

「え、えーと、その、一夏? 大丈夫?」

「…………多分大丈夫。というか、これからどうツッコミを入れればいいかわからなくなってきたよ」

「…………ドンマイ」

 

挙げ句、シャルロットに合掌をされる始末だ。本当どうしたらいいのかなぁ…………? というか、私ってこんなツッコミキャラだったっけ? 最近、自分の立ち位置がよくわからなくなってくる事がたまにある。

 

「…………まぁ、いっか。とりあえず早い所寮に戻ろ? 大分日が傾いてきたしさ」

「そうだね。それに、早くいかなきゃ食堂の席が埋まっちゃうよ」

「違いない。それなら急ぎ足で向かうとするか」

 

というわけで、若干早足で寮へと向かう私達。ツッコミ仕切れなかったり、色々と振り回されたりする日常だけど…………血と硝煙の臭いが立ち込める戦場よりは何倍もいい。こんな日常でも、平和である事に間違いはない。そんな日常がいつまでも続けばいいなと思ったのだった。

 

 

晩御飯を食べ終えた後、珍しくヴェルが早く寝静まった自室で私は書類整理をしていた。武岡中将への報告書とかそういうのは毎週のように作って送らなきゃいけないし、私の業務だからね。一日でも遅れてしまうと大惨事になるから、しっかりと作っておかなきゃいけないんだよ。なお、雪華はラウラの機体整備で疲れ果て、既にヴェルと同じく寝ている。ただでさえ輝鎚の整備は重労働と言われるレベルなのに、改造機ときているからその労働量はハンパない事になっているって言ってたっけ。流石に整備担当を少なくともあと一人増やすべきなんじゃないかなと私は思わず思ってしまう。

 

(とはいえ、整備士を派遣するにしても、流石に館山や横須賀からは無理だろうし、ブルーイーグルを整備できるのは雪華と楯岡主任だけだし…………増援は望めない、かぁ…………)

 

報告書に整備士増援の願いを途中まで書いてから、その一文を削除した。判断としては間違っているかもしれないけど、下手に混乱を起こさないようにするにはこれが一番なのかもしれない。一ヶ月ごとに横須賀基地か館山基地に行って機体を整備してもらってるわけだし…………非情かもしれないけど、私には増援の決断を下す勇気がなかった。

 

(本当…………どうしたいんだろうね…………部下の事を考えなきゃいけないのに、負担を減らす決断を下せないなんて…………これが少し前だったら、指揮官失格だよ…………)

 

次々と増えていく機体を整備しなければならず、雪華の疲労は日に日に蓄積していっている。私達自身、自機の整備は自らの手で行なっているけど、最終的な整備は雪華にしか任せられない。雪華がいるからこそ、私達は最大限の力を発揮できるのだ。だから、万が一雪華が倒れてしまう事になったとしたら…………私達の部隊は壊滅してしまうかもしれない。そんな不安が私にはあった。

 

(一先ず雪華にまとまった休みを取らせなきゃ…………それこそ無理にでも休ませなきゃね)

 

報告書の作成を終え、送信した私はそんな事を考えながら、椅子にもたれかかった。なんだか考えていると少し頭が疲れてきちゃったよ…………ふと、思わずため息が漏れてしまった。そんな時、ドアをノックする音が聞こえてきた。まだ就寝時間でもないから、誰か来てもおかしくはないけど…………誰だろう? とりあえず、出ない事には確かめようがないから、私は応じる事にした。

 

「あれ? ラウラ? どうしたの、こんな時間に」

「夜分遅くに済まない。一夏、少し時間あるか?」

「うん。話長くなりそう? それなら、中に入って来て。お茶くらいは出すから」

「済まないな。言葉に甘えさせてもらうぞ」

 

訪ねて来たのはラウラだった。一瞬、何か緊急事態でも発生したのかと思ったけど、彼女の表情を見る限り、そういうことではないようだ。なら、一体どういう要件で来たのだろう? とりあえず、お茶用にお湯を沸かしてこよう。こういう時、電気ケトルって凄い便利だよね。すぐにお湯沸くし。

 

「ところで、ラウラって緑茶飲めるっけ?」

「我が部隊はドイツ一日本文化を取り入れているからな。向こうでも此方でも毎日飲んでるぞ」

 

そういえば、前に親日部隊って言ってたっけ。今になって思い出したよ。というか…………あの部隊の日本への理解が若干変な方向へ曲がりに曲がっているような気がしてやまない。転校して来てすぐのラウラの自己紹介を聞いてしまったら、そうも思いたくなるよ。そんな風に物思いに耽っていたら、電気ケトルがコポコポと音を立て始める。あ、お湯が沸いたみたい。さーて、お茶っ葉お茶っ葉…………。

 

「…………ピヤゥ…………」

 

そんな時、ふと鳴き声が聞こえた。檻の方を見ると、ヴェルが少し眠たそうな顔をして起きている。もしかして、さっきから物音を立てていたからそれで目が覚めちゃったのかな? それとも単に早く寝たから起きてしまったのかな? どちらにせよ、さっきから何度も首をかくかくしているから相当眠いんだと思う。なお、雪華は未だに眠り続けている模様。…………余程疲れていたんだね。

 

「む? 一夏、お前の鷲が目を覚ましてしまったみたいだぞ」

「うん。でも、すぐに寝ちゃうと思うから、そのままにしてあげて」

 

実際、また巣のようなところに丸まって眠り始めるヴェル。君は本当に大空の覇者である鷲なのかと疑いたくなるくらい愛くるしい動きをするものだから、時々それを目撃した雪華が悶えてるんだよね。まぁ、私も人のこと言えないけど。再び静寂さが部屋を支配し始めた。聞こえてくるのは私が急須でお茶を淹れる音だけ。

 

「はい。熱いから気をつけてね」

「うむ。かたじけない」

 

湯呑みを受け取ったラウラは早速啜り始めた。あ、私はすぐに飲まないよ。猫舌だし、あんまり熱いのは得意じゃないからね。…………お陰で散々子供扱いされることとなったよ。というか、激アツのお茶を一気飲み出来る悠希と明弘がおかしいだけ。私はいたって常人であると思いたい。

 

「それで、こんな時間に何の用なの?」

 

私は早速本題に入るとした。余程のことがない限り、ラウラが訪問してくるなんてことはないはずだ。故にどんな用事で来たのか気になってしまう。緊急事態ではないということだけはわかるんだけど…………本当になんなんだろう?

 

「いや、大した話ではないのだがな…………学年別トーナメントの仕様変更について聞いてるか?」

 

そう言えば、そんな話もあったっけ。てか、今月末じゃん、学年別トーナメント。確か、今までは一対一のシングルマッチだったけど、今回からは二対二のタッグマッチに変更なったんだっけ。

 

「確か、タッグマッチに変更なったんでしょ?」

「そうだ。どうも前回の襲撃を意識しているようでな、万が一の際はツーマンセルで対応に当たらせる腹づもりのようだ」

 

そう言うラウラの顔はなにやら渋そうな表情だった。無理もないよ。前回の襲撃者はISじゃなくて、純粋な兵器として完成されたフレームアームズ。それも、月面軍の最高戦力と言っても過言ではないフレズヴェルクの量産型…………ISなんて歯が立たないはず。実際、ISとフレームアームズでの異機種間模擬戦——四月にあったクラス代表決定戦——でフレームアームズが如何にISよりも攻撃力が高く、ISを撃破する可能性が高い事を私が証明しちゃってるのに…………。それでも対応させるなんて…………生徒たちに死ねと言ってるの!?

 

「そ、そんな事したら、確実にIS側が——」

「——ああ、蟻共(アント)に屠られるだけだ。よくて重傷、下手すればあの世送りだな」

 

そう言うラウラの顔は非常に渋いものだった。関係のない民間人を死なせるような真似をしたくないという思いが滲み出ている。かく言う私も同じだ。なにを思って襲撃者に対応をさようとしているのかはわからない。私達に戦果をあげられる事を疎ましく思っているのだろうか。もしそうであるなら、避難に徹して欲しい。私たちは民間人を守るために戦うのは当たり前だが、必ずしも守りきれる保証はない。大事なのは、私たちが時間を稼いでいる間に避難してもらって、そこから敵を一気に叩く…………これが一番安全性の高いプランだ。避難している最中なら私達も全力で支援する。しかし、この話を聞く分には自らそれを放棄しているように思えてならなかった。

 

「…………ねぇ、この事は織斑先生か決めた事なの? あの人、非常時における指揮権を有してる筈だし…………」

 

あまり信じたくない事だったが…………お姉ちゃんがこれを命令したのではないかと言う疑念が浮かび上がってきた。お姉ちゃんは非常時において、教員部隊の編成と指揮を執る事ができるようになっている。勿論、ISとフレームアームズの関係を知っているお姉ちゃんがそんな命令を下すはずがないとはわかっている。でも、もしかするとお姉ちゃんが…………と思ってしまったのだ。

 

「教官はタッグマッチについては賛成だが、有事の対応については反対の意見を示していた。極力戦闘を避け、時間稼ぎに徹しろ、と会議で話したそうだ」

 

それを聞いてホッと安心する私。お姉ちゃんという良識ある人が残っていた事と、お姉ちゃんは人の道を踏み外さなかった事に対して私は胸をなでおろした。

 

「しかしだ、それで事態が沈静化するとは思えん。万が一の際は——」

「——多少強引な手を使ってでも止める、という事、だね?」

「その通りだ」

 

戦闘領域に突っ込んできたなら、私達は状況の維持の名目で捕縛が許可されている。下手にかき乱されて、こちらの状況を悪化させられたくないからね。現に日本なんか毎日のように基地に抗議デモをしてくる団体とか普通にあるし、女性権利団体も何故か抗議デモに参加しているからね。あんなのでも、私たちが守らなきゃいけない民間人である事に変わりはないから…………。故に戦闘領域から強引に退去させなきゃいけないが為に、捕縛が許可されているのだ。

 

「この件に関しては追々他の者にも話そうと思っている。だが、まずは副官のお前に話しておかなければと思ったまでだ」

「そういう事。まぁ、これに関してはどう対処すべきか、みんなと話し合わなきゃね」

 

実際、どうなるかわからない事案だし、対策のしようがないと言ってしまえばそれまでだ。だからと言ってなにも策を講じないわけにもいかない。取り得る最善の策をもって事に当たらなければ、それこそ重大な損失をもたらす結果になるかもしれない。とはいえ、この異機種混成部隊でどれほどできるかはわからないけどね。

 

「さて、この件はひとまず終わりだ。実は、話はもう一つある」

「えっ…………?」

 

ラウラは唐突にそう言ってきた。もしかするともう一つやばそうな案件があるのかもしれない。私は思わず息を飲んだ。

 

「なに、そこまで緊張する事はない。単に学年別トーナメントで戦闘最小単位(エレメント)を組まないか、という誘いをしたかっただけだ」

「ほぇ…………?」

 

ラウラの口から出てきた予想外の言葉に私は間の抜けたような声を出してしまった。いやいや、さっきまでの重々しい空気はどこに消えたのさ。勝手に事を重く想像してた自分が阿呆らしく思えてきたよ。

 

「わ、私とラウラがエレメント?」

「なんだ、私では不満なのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど…………私達の機体って、どっちも重装砲撃型でしょ? そんな偏ったエレメントで大丈夫なのかなぁ、って…………」

 

ラウラの輝鎚改造機——シュヴァルツェア・ハーゼは、私の榴雷と同じ重装砲撃型。機動性は劣悪の一言に尽きる。直掩機も無しで砲撃を行うのってかなり危険な行為なんだよね。その為、第十一支援砲撃中隊では砲撃中の榴雷部隊に直掩機として轟雷と漸雷が近接戦のカバーをしてるし。まぁ、榴雷も敵の接近を許さないように、リボルバーカノンやらアサルトライフルが搭載されてるんだけどね。

 

「確かに、偏った編成である事は認める。しかしだ一夏、お前は自分が二機同時保有者(ライセンサー)という事を忘れてないか?」

「忘れてはいないけど…………もしかしてブルーイーグルを出す気?」

 

ラウラは私の言葉に頷いて答えた。確かにブルーイーグルは近距離から中距離を担当できる機体だ。性質としては遊撃機に近いものだし、ラウラからの砲撃支援とあれば、編成として最高のものになるかもしれない。元からブルーイーグルのベース機であるバーゼラルドも輝鎚の支援が必要な機体だったみたいだし。

 

「…………残念だけど、ブルーイーグルは実戦仕様で待機しておく事にしておいたから、学年別トーナメントに出す事は無理だよ。リミッターをかけたとしても、すぐに敵を駆逐する迄に時間がかかるし、もう模擬戦で出す事はやめようかなって決めたんだ」

 

現に前回の襲撃では、リミッターを解除するまで時間がかかって、フレズヴェルクタイプを撃破するまでかなり時間がかかってしまったからね。即応性がかなり低下していた事が露呈したわけだよ。榴雷なら模擬弾を搭載する事で乗り切れるだろうし、先頭の要としてブルーイーグルは実戦仕様待機が一番だと判断したまでだ。

 

「そういう事だったのか…………それなら仕方ないな」

「その、ごめんね。でも、榴雷でもいいなら私は喜んでエレメントを組むよ?」

「なにを言っている。ブルーパーでフレズヴェルクを撃破した戦績があるお前なら、私は安心して背中を預けられるからエレメントを組もうと持ちかけたのだ。こちらこそよろしく頼むぞ」

 

そう言ってラウラは私に右手を差し出してきた。私もそれに応じるよう右手を差し出し、出された手を握った。というか、今になって思い出したけど、私って榴雷でフレズヴェルク撃破したんだっけ…………あの時は本当命がけだったよ。

 

「では、これで話は終わりだ。期待しているぞ、中尉(・・)

「了解しましたよ、少佐殿(・・・)

 

互いにそう言って、ラウラはそのまま部屋を後にしていった。それにしても、学年別トーナメントかぁ…………何事も起きなきゃいいんだけどね。クラス対抗戦の時のような前例があるからなんとも言えない。そんな事を考えながら、湯呑みを洗い終えた私はそのまま眠りについたのだった。






機体解説

・SA-16s2-E スーパースティレットⅡ対地攻撃仕様

対地攻撃機であるSA-16E ストライク・スティレットに肩部可動スラスター、複合兵装[ACSクレイドル]を追加した機体。新型の地形追従レーダーや爆弾倉の設置により、従来のE型よりも高い掃討能力を誇る。また、胸部リフトファンを保護する為、鋭角的な専用ベーンがE型より引き継いで採用されている。状況によっては対地攻撃だけでなく制空戦闘も行う事が可能であり、他のSA-16s2 スーパースティレットⅡよりも汎用性が高いとされている。
本機はアメリカ海軍第七艦隊所属第八十一航空戦闘団『ブルーオスプレイズ』や米陸軍第四十二機動打撃群へと優先配備されている。余談ではあるが、ブルーオスプレイズは揚陸任務も行う為、海兵隊と呼ばれることもある。

[SH-4100-E セイレーンmk.Ⅱ-Eプラス]
主翼の代わりにACSクレイドルを接続して推力を上げた対地攻撃仕様の主機。約十五パーセントの推力増強に成功している。

[M547A5 ガトリングガン]
対地掃討用として開発されたSA-16の主兵装。本機ではこれを両腕に装備している。なお、SA-16s2-Eのパイロットであるレーア・シグルス少尉はこのガトリングガンで狙撃まがいの事をできると噂されている。

[S-41B 空対地ミサイル]
M547A5同様、SA-16の主兵装。こちらも両腕に二発ずつ装備、携行している。

[腰部爆弾倉]
腰部に増設された爆弾倉。量子変換技術によって米軍が使用している各種爆弾を使用する事が可能。しかし、搭載上限は十二発である。

[ACSクレイドル]
増加装甲、追加スラスター、機関砲、近接戦闘ブレードを集約した複合武装。本機の要と言っても過言ではない重要な装備である。





今回はレーアの搭乗しているスーパースティレットⅡ対地攻撃仕様でした。早い所、セシリアやラウラ、シャルロットの機体を紹介したいものです。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



-追記-
時間ができたら活動報告の方でアンケートを取りたいと思っているので、そちらの方も用意ができたらよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.32




どうも、時間にゆとりのない生活を送っている紅椿の芽です。



そういえば、ゼルフィカール/NEの予約が開始されましたね。無論、私は即決で予約しましたよ。おかげで財布の中が氷河期へと突入するという…………多々買いは辛い。しかも、まだブルーイーグルすら完成してない為、積みが加速していくという悪魔のメカニズム。夏休みには作り切れるとイイナー(遠い目)



さて、投稿間隔が不定期となっている作者の事は置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





学年別トーナメント前日。一年生にとって初の公式戦となる一大イベントが差し迫る日となった。とはいえ、練習を行っている者はいない。現在、全アリーナが明日の試合に向けて最終調整を行っているため、訓練に使用する事ができないのだ。一週間に渡って行われるトーナメント戦なのだから、調整には少しの歪みも許されないのだろう。故にアリーナ周辺は立ち入りまで制限されている。それを残念がる者もいれば、明日に備えて体調を整えると割り切っている者もいるけどね。

 

「流石一大イベントだけあって、緊張感が漂っているな」

「まぁ、それは仕方ないでしょ。確か、このトーナメントって外部からも人が来るみたいだし、上手くいけばスカウトも来るようなものみたいだからね」

 

ちょうどその付近を散歩していた私とラウラは調整の為に閉鎖されている第二アリーナを横目で見ながらそう思った。今日は調整日ということも兼ねて休日となっている。だからこうして午前中から堂々と散歩なんてのんびりした事ができるのだ。あ、別に今日の軍務をサボってるわけじゃないからね。少しくらい息抜きしておかないと、そのうち壊れちゃうもん。

 

「将来のアテができるとしたら、それは必死になるのは当たり前か。そんな事をしなくても軍ならいつでも歓迎するのだがな」

「いやいや、それどこの就職氷河期!? …………確かに軍なら雇ってくれるかもしれないけど、死と隣り合わせの職場にそうやすやすと入ろうとする人なんてあんまりいないと思うよ」

「最初は飯炊きからやらせようとは思ったんだが…………」

「それ、既にIS関係ないよね?」

 

まぁ、炊事係なら死ぬなんてことはないか。とはいえ、この学園をでてプライドが高くついてしまった人に炊事係を任せるとか…………その人完全に嫌気がさして辞めてしまうかもしれないんだけど。しかし、昨今のIS業界ではIS操縦者がモデルやら俳優やらをする事も多く、しかも本職のそれらよりも人気があるそうだ。尤も、お姉ちゃんは『そんなものにうつつを抜かしている暇があったら、模擬戦の一つや二つをやれ』と言いそうだけど。暗に部を弁えろって言ってるのかもしれない。まぁ、私たちの場合、不用意に手を出そうものなら首が飛ぶ世界だから、それに関してなら嫌という程知ってるよ。

 

「だが、IS業界がいくら稼ぎがいいとはいえ、その倍率は凄まじいことになっている。しかも、その他の企業であっても大半の枠を女性が斡旋してるそうだからな…………」

「…………男性陣の方が就職氷河期じゃん。既に世紀末なように思えて来るんだけど」

「その影響かはわからんが、軍の志願者が増えたがな」

 

それ、完全に行き場がなくなったからいきました的な感じがしてやまないんだけど…………それでも貴重な戦力であることに変わりはない。どこもかしこも、戦力は常に欲しているからね。大戦勃発から二年余り、未だに終戦の兆しが見えない以上、軍の志願者は増えていくのかもしれない。そして、人知れず命を散らしていく…………本当の意味でこの世界は世紀末なのかもね。どこへ向かっているのかわからないという意味では。

 

「まぁ、それはいいとして、ラウラは明日使用する模擬弾の調達は済んだの? 私は前から使っているやつの残りを使うけど」

 

一旦この暗い話題を切り上げ、明日の試合について話を持ち出した。実弾兵器が全てを占めている私たちの場合、リミッターをかけるというよりは模擬弾等の弱装弾を使うしかない。おまけに中身は炸薬とかじゃなくてペイント弾だからね。前の秋十みたいに粘着性マーカーペイントジェルがまとわりつくかも知れないけど、破壊するということにはならないみたいだし、ペイント弾でも十分ISのシールドエネルギーを削る威力があるそうだ。…………それを平時の訓練に用いてきた私達って何気危険と隣り合わせだったのか…………榴雷の装甲が頑丈でよかったよ。

 

「ああ。こっちに来るとき、大量のペイント弾を持ち込ませたからな。ただ、あのデカブツ(叢雲)の使用は禁止とのことだ」

「…………まぁ、榴雷のロングレンジキャノンを超える弾速と射程に威力じゃ使用制限もかかるに決まってるでしょ」

 

ラウラはそう言ってなにやら不本意そうな顔をしていた。ラウラの言うデカブツというのは百拾式超長距離砲[叢雲]のことだ。元はと言えば月面から飛来する降下艇団を迎撃したり、降下艇基地から飛ばされる射出カプセルを撃墜するために作られた高射砲。その破壊力は前回襲撃を受けたときに存分に見せてくれたよ…………後でログを見せてもらったら、一撃でアント数体が消し飛んでたし、さらに貫通して地面を抉るし、ヴァイスハイトに至っては四肢を残して消え去ってたよ…………これなんてオーバーキル? 叢雲も榴雷のロングレンジキャノンと同じ電磁投射砲だけど、全てにおいて向こうの方が上だ。だから、実戦以外での使用は厳禁となった模様。…………むしろそれでよかったのかも知れない。そうじゃなかったら、アリーナで大惨事が起こる。だって、榴雷のロングレンジキャノンがシールドバリアを突破した事があるんだから、叢雲なんて絶対防御すら突破しそうだしね。

 

「そうは言われてもな…………これでは決定打となるものが連装リニアカノンしかないぞ」

「…………その時点で既に火力は私と同じだって気づいて。それに私だって今回はリボルビングバスターキャノンを控えるつもりだから」

 

流石にロングレンジキャノンを封印するのは、榴雷としてのアイデンティティを失う事になるからしないけどね。それでも、割とお気に入りの武装であるリボルビングバスターキャノンを使わないってのは結構痛い。セレクターライフルはなんだかんだでハウザー形態でしか使ってないし。てか、イオンレーザーライフルも火炎放射器も、運動エネルギー弾頭ミサイルも癖が強すぎる。そもそも、火炎放射器なんてアントに通用するのかどうか不安に思えてくるよ。

 

「そうなのか? それにしたってお前の機体は各所にミサイルを搭載しているのだろう? 私の場合、搭載しているのはリアクティブアーマーだぞ?」

「格納している武器、殆ど重火器でしょ。それで十分じゃないの?」

「むぅ…………確かにそれはそうだが…………」

 

ラウラはやはり納得がいかないようだ。いやいや、納得してよ。第一、輝鎚の弾薬搭載量、榴雷のそれより多いんだから。しかも、大口径ライフルとかが標準装備なんだから火力は十分あるでしょ。

 

「…………まぁ、丁度いいハンデと考えるか。それに、武装が全ていつも使えるとは限らんしな」

「そういう状況を想定した訓練と思ってやればいいと思うよ」

 

ラウラは渋々といった感じだが、漸く納得したようだ。その様子を見てると、身長の小ささも相まって子供っぽく見えてしまう。まぁ、私がいうのもなんだけど。というか、少佐相手にこんな事を思っていいのかと不安になる。

 

「そういう事となればお互いベストを尽くすとしよう。背中はお前に預けるぞ」

「了解しましたよ、少佐殿。私の背中はお願いしますね」

「うむ。任せておけ、中尉」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべてくるラウラ。互いに信頼しあってなきゃ連携攻撃なんてできないからね。それに、榴雷以上に装甲が頑丈な輝鎚が前面に出てくれるなら私も安心して支援砲撃ができるし。ただ、あの機体の名前、ブルーイーグル並みに長いんだよ。シュヴァルツェア・ハーゼ…………確かラウラ曰く、意味は黒兎だっけ? でも、あの装備を見たらどれだけ獰猛な兎なのって思ってしまう。

 

「では、一旦散歩は切り上げて作戦会議に入るとでもするか」

「そうだね。それじゃ——」

 

お茶でも飲みながら話し合おう、と言おうとしたときに榴雷へ通信が入った。頭部の通信ユニットのみを展開し、同時にヘッドギアも装着される。通信を確認すると、この信号は…………緊急通信…………!? 送信先は[M32type5 AS]…………コールサインはグランドスラム08…………まさか! 私は急いで回線を繋いだ。

 

「悠希! 何があったの!?」

『やっと通じた。あー、一夏、そっちに降下艇基地から射出カプセルが飛んでった』

 

◇◇◇

 

遡る事、数十分前——

 

(ちっ…………数が多いな…………)

 

もう何機目になるかわからないアントへバヨネットを突き刺し、至近距離で銃弾を叩き込む悠希。館山基地には再びアントの群れが襲来していた。既にライドカノンを撃ち切り、近接戦闘を行なっている彼だが、ショットガンの弾も残りわずかとなっており、非常に厳しい戦闘を強いられている。

 

『くそ…………! 何も二陸攻(第二陸上攻撃隊)がいない時に来るかよ、普通…………!』

 

近くで戦闘を行なっている第一陸上攻撃隊のぼやきが通信を介して悠希へと伝わってきた。このところ睦海降下艇基地のアント群には動きがなく、代わりにカムチャッカ降下艇基地方面のアント群が活性化してきたため、第一陸上攻撃隊は現在稚内基地へと派遣されている。故に戦線を構築する人員が足りておらず、彼らは厳しい戦いを強いられていた。いくら素体のアントが多い構成とはいえ、その数は連隊規模(108機)。数の暴力の前では、いくら練度の高い彼らとはいえ苦戦してしまうのだった。

 

(…………ぼやいていたって数が減るわけないじゃん。次)

 

また一機、胸を貫かれて沈黙するアント。彼の背後には幾多もの残骸が転がっていた。しかし、それでも敵機の数が減る気配は一向に見えない。

 

『グランドスラム01よりグランドスラム08。そっちはどうなってんだ?』

「こちらグランドスラム08。どこを見てもアントしかいないよ。それと、弾切れ寸前」

 

直後、漸雷のセンサーが後方より接近するアントの姿を捉えた。悠希は各所に配置されたエクステンドブースターを使い急転換、構えていたショットガンを放った。ショットガンから放たれた対装甲散弾は関節部や単眼センサーを破壊し、アントの機能を喪失させた。同時に空になったマガジンが強制排除される。あ、最後の一発だったんだ、あれ——残弾の尽きたショットガンを格納し、ひとまずタクティカルナイフを展開し戦闘を継続しようとする。だが、いくら超硬度タングステンを刀身に採用しているとはいえ、本来補助兵装であるそれを使ってどこまで持つのか不安に思ってしまう。

 

(ナイフで殺しきれるか…………? いや、流石にこれじゃ殺しきれない…………使いにくくても、アレ(日本刀型近接戦闘ブレード)持って来ればよかった…………)

 

逆手持ちにナイフを構えたものの、一気に接近して重撃を叩き込むといういつもの戦闘スタイルが取れないことに歯がゆさを感じる悠希。だが、そんな事を言っていられる余裕などない。残り僅かなダブルバレルガンの残弾を確認したのち、再びアントの群れの中へと突き進む。

 

「邪魔」

 

進路上にいたアントにバヨネットを突き刺す。装甲を持たないアントにとっては致命的な一撃であるが故、そのまま各部の力を失う。その残骸を振り払い、飛びかかってきた猿型アントの頭部に銃弾を叩き込む。ハンドガンとしては大型の部類に入るダブルバレルガンの一撃を食らったアントの頭部はザクロのように飛び散った。直後に鳴り響く後方警戒のアラート。

 

「うざい」

 

同じように飛びかかってきた猿型アントを逆手持ちにしたナイフで切りつける。だが伝わって来る手応えは軽かった。そう感じた瞬間、悠希は右足のエクステンドブースターを全開、回し蹴りを叩き込んだ。漸雷も轟雷ベースであるため、脚部の装甲はがっちりと固められており、その装甲の塊をぶつけられたアントは派手な音を立てて残骸の中へと潜り込んでいく。だがそれでも機能を停止したわけではない。トドメを刺そうと悠希はダブルバレルガンを放とうとする。だが、弾は出ない。

 

「ちっ」

 

弾切れと判断した悠希は右手に構えていたナイフを投擲した。投げつけられたナイフは吸い込まれるようにアントの頭部に直撃、敵はその場に沈黙した。それでも、幾多もの敵内の一つでしかない。周囲には街灯に集まる虫のごとく、無数の敵が存在している。しかし、この状況は悠希にとって厳しいものだ。残弾もなく、近接武装であるタクティカルナイフも先程投擲してしまった。残されているのはダブルバレルガンに取り付けられているバヨネットナイフのみ…………正直、これだけで乗り切れるような状況でないことだけは少々頭の悪い悠希でもわかった。

 

(さてと…………どうしようか…………って、一回撤退するしかないじゃん)

 

それでも、戦わなければ生き残れない。悠希は残されたバヨネットを構え、撤退行動をとる。牽制射撃ができないというのはかなり痛いところではあるが、補給を受けなければ戦闘継続は不可能だ。

 

「グランドスラム08よりグランドスラム01。隊長、弾が切れたから一回撤退する」

『了解した。今援護の機体を送る。しっかりと戻ってこいよ』

「了解」

 

中隊の指揮を執っている浩二から護衛機がつく事を知らされるが、悠希との距離は遠い。だが、撤退を援護してくれるかのように付近には砲撃が降り注ぐ。それによってアントは足止めを食らった。

 

(今しかない、な——ッ!!)

 

この好機をのがすまいと、悠希はエクステンドブースターを全開にし、一気に基地の方へと突き進んだ。目の前に広がるのは残骸の山。最小限の動きで障害物を避けていく。そんな時、再び鳴り響く照準警報——後方警戒のアラートが表示される。

 

「しつこいな…………」

 

しかし、ろくな攻撃手段を残されていない悠希にとって、後方から迫り来るアントはかなりの脅威である。放たれる銃弾を避け、最短の経路で向かってはいるものの、状況は最悪であることに変わりはない。

 

『悠希、右に進路を取れ!』

「わかった」

 

突如として入ってきた通信の指示通りに進行方向を右へと逸らす悠希。直後、接近していたアントは無数の銃弾に穿たれ、その場に崩れ落ちた。

 

「護衛機って明弘の事だったんだ」

「ああ。全く、いつもいつも無茶しやがって…………」

 

悠希の元へやってきたのは輝鎚のバリエーション装備を全て取り付けたかのような輝鎚——明弘の機体だった。その手には未だ硝煙の立ち上る専用ライフルが持たれており、背部には今までの連装砲ではなく、大型のガトリングアームが接続されている。日に日に筋肉ゴリラと化してきている——悠希はふとそんな言葉が思い浮かんだ。そんなマイペースな悠希とは反対に、明弘はなにやら呆れたような声をかけていた。無理もない。共に戦線を構築していた第二陸上攻撃隊は補給の為、順次撤退と復帰を繰り返しており、頭数が減った分を悠希が片付けていたのだ。

 

「無茶でもしなきゃやっていけないでしょ」

「そいつはそうだがな…………死んだら元も子もねえだろ」

「まぁ、死んだら隊長に地獄の果てまで追いかけられるだろうね」

 

悠希は近くに落ちていたハンドガンを拾い、アントへ向けて放った。火器管制システムが武装データを読み込んでからすぐの事だった。放たれた銃弾は単眼センサーを破壊し、その機能を黙らせる。だが、すぐに鳴り響く虚しい音。俺、貧乏クジでも引いてる?——先程から直ぐに弾切れを起こしている悠希はそう思った。

 

「とりあえず、この武器でも持っておけ。しばらくは持ってくれるはずだ」

 

明弘は左手に構えていた専用ライフルを格納し、代わりにある武装を取り出した。機関部から伸びる長大な槍が特徴的なその兵装はバタリングラムという。それを受け取った悠希は感覚を確かめるように軽くふるってみせた。

 

「うん。これなら——殺しきれる」

「お、おいちょっと待て!? その状態で行くのかよ!?」

「え? 推進剤がまだ六割も残っているんだから当たり前じゃん。それに、残りもだいぶ減ってきたし。それじゃ、隊長によろしく」

「ま、待て——」

 

明弘の制止を振り切った悠希は再び敵陣へと突入して行く。その直前にバトルアックスを構えたアントへ接敵した。

 

「邪魔」

 

加速を緩める事なく、バタリングラムを片手で叩きつけた。その攻撃をもろに受けてしまったアントは機体を大きくひしゃげさせて崩れ落ちる。どうやらあの細身な形状とは裏腹に相当な強度を有しているようだ。「切る」よりは「突き刺す」「叩きつける」といった方が得意な彼にとってはこれほどまでにない武装である。

早々に一機目のアントを撃破した悠希の前に、今度は本隊から逸れたと思われるコボルドが現れる。砲弾の直撃でも受けたのか、右半身は半壊しており、右腕は完全に失われていた。だが、それでも左腕のビーム・オーヴガンは健在であり、漸雷程度の装甲ならば容易に撃ち抜かれてしまう。銃口を悠希へと向け、コボルドは桃色のビームを放った。

だが、悠希は近くに落ちていたシールドの残骸を拾い上げると、それをコボルド目掛けて投げつける。投げつけられた残骸とビームが交錯し、ビームは霧散した。同時に残骸も融解し、残っていたリアクティブアーマーが起爆したのか、爆発が起こる。コボルドはそれから頭部センサーを守るように左腕で覆うが、それは悪手だった。

直後、鳴り響く金属を突き破るような音。懐まで潜り込んだ悠希はバタリングラムをコボルドの腹部へと突き刺し、背中まで貫いてた。機能中枢を破壊され、コボルドは頭部センサーから光を落とした。力なく垂れ下がった腕を確認した悠希はバタリングラムを振るい、その残骸から得物を引き抜いた。

 

(周囲に敵影は無し…………後は向こうに任せるか)

 

レーダーマップを確認しても、自機の周囲には敵性反応は一つもない。目に映っているのは残骸だけだ。自分の担当するエリアは掃討が完了した事を確認した悠希は今度こそ補給の為、撤退する事にした。そんな時だった。

 

(ん? なんだろ、あれ…………?)

 

遠くに見える睦海降下艇基地から何かが飛び出したかのように見えた。光が見えたかと思ったら、伸び立つ白い白煙がいくつも見える。おそらくあれは射出カプセルであると悠希は判断する。そして、それらが向かう方向を考えると、非常にまずい事態になったと悠希は思った。事態は急を要する——頭の中では直ぐにでも上官である浩二に伝えなければならないと思っている。だが、それよりも体の方が早く動いたようで、緊急回線を開き、ある機体へと送信した。数度のコール音が鳴るが、一刻も早くこの非常事態を告げなければならないという使命感が、彼に僅かな焦りを生み出していた。

 

『——悠希! 何があったの!?』

「やっと通じた。あー、一夏そっちに降下艇基地から射出カプセルがに飛んでった」

 

◇◇◇

 

「射出カプセルが飛んでいったってどういう事!?」

『詳しくはわからない。ただ、方向的にそっちに向かってるのは間違いない』

「方角は!?」

『そっちから見て北東。数は不明』

「…………わかった。報告ありがとね」

 

私はそう言って通信を切った。僅かにだけど、悠希の声に混じって砲声が聞こえてきたから、向こうも戦場と化している。となると、こっちにもアントが流れてくるかもしれない…………って、今はそれどころじゃない!

 

「ラウラ! 直ぐに機体を展開して! 非常にまずい事態になったよ!」

「お、おう! しかし、何が起きたんだ?」

 

私達は自分の機体を展開させる。私は榴雷を、ラウラはシュヴァルツェア・ハーゼを展開し、その手にはリボルビングバスターキャノンと叢雲という得物を構えていた。

 

「どうやらこっちに睦海降下艇基地からの射出カプセルが向かってきているみたい…………何が搭載されているかわからないから迎撃しなきゃ」

「そういう事だったのか…………了解した。一夏は全員に召集と教師に避難命令の発令をするよう伝えてくれ」

「了解!」

 

ラウラはそう言うと叢雲の砲口を無理やり上の方へと向けた。バイポッドもあるけど、短くて長さが足りてないようで、現在は畳まれたままだ。一度、迎撃はラウラに任せて私は全機へ通信を繋いだ。

 

「グランドスラム04より各機へ! 現在、アント群が学園島北東より接近中! 至急集合されたし! 繰り返す! アント群が接近中! 至急集合されたし!」

『スレイヤー24、了解した!』

『ブラスト09、了解です!』

『オスプレイ26、了解だ!』

『フェンサー15、了解ですわ!』

『バオフェン05、了解よ!』

『え、えっと、こちらシャルロット、わ、わかりました!』

 

幸いにも全機体の回線がオンラインになっていた為、早く集めることが出来そうだ。

 

「集合地点は私のマーカーがあるところ! 交信終わり、以上!」

 

速やかに通信を終えた私は再び射出カプセルが飛んでくる方向へと向き直った。頭部の照準用バイザーを下ろし、ロングレンジキャノンとリボルビングバスターキャノンを構え直す。射出カプセルの迎撃なんてしたことがないから自信なんて無いけど…………それでも私達がやらなきゃいけない。被害を最小限にとどめるためにも、これ以上誰かを失わないようにするためにも…………そう思うと、リボルビングバスターキャノンのフォアグリップを握る手に力が入った。

 

「射出カプセルは全部で六つ…………やるぞ、一夏!」

「了解——ッ!」

 

有効射程内に射出カプセルが到達したことを確認した私はロングレンジキャノンとリボルビングバスターキャノンを同時に放った。装填していたのは装甲目標に対して有効なAPFSDS。三発の砲弾が同時に射出カプセルへと着弾したのが見える。だが、内部への損傷が小さかったのか、破壊までに至ってない。

 

(やっぱり硬いか…………っ!)

 

射出カプセルは質量弾としても運用されているのかはわからないけど、大気圏突入も可能なほど重厚な装甲を持っているって訓練時代に教えられたことを思い出した。直様砲弾の再装填を済ませた私は三発それぞれの発射タイミングを僅かにずらして放った。ロングレンジキャノンにはさっきと同じAPFSDSを装填したけど、リボルビングバスターキャノンには成形炸薬弾を装填した。射出カプセルへAPFSDSで穿孔し、成形炸薬弾で内部から起爆させるという算段だ。弾速の速いAPFSDSが着弾してから数瞬後に成形炸薬弾が同じ位置へ着弾する。その直後、私が攻撃を続けていた射出カプセルは爆散した。漸く一つ…………だけど、まだ射出カプセルは残っている! 幾多も砲弾を放つが、残りはどれもこれも硬すぎて弾かれてしまっている。このままじゃ、落着阻止限界点に到達してしまう!

 

「ラウラ! そっちの撃破数は!?」

「こっちはなんとか二つだ! それよりもまずい! もうじき落着阻止限界点に近いぞ! あいつらはまだ来ないのか!?」

「もうすぐ来ると思うけど、間に合わないよ! ——落着阻止限界点、突破します!!」

 

残された三つの射出カプセルが落着阻止限界点を超えてしまった。こうなってしまえば、たとえ撃破したとしても、中の物が出てきてしまう。中身がわからない以上、地表付近での撃破は適切ではないと私もラウラも判断していた。そして、射出カプセルはゆっくりと地表に落着する。同時にカプセルのハッチが開いた。大型爆弾の類ではなかったことに安堵する私だけど、直後に鳴り響いた照準警報がそんな余裕を一瞬にして消し去っていった。本能的にショックブースターを使ってその場を飛び退くと、二発の砲弾が超音速で突き抜けていった。今の弾速は…………レールキャノンクラス…………まさか…………。

 

「無事か!?」

 

着地の際に体勢を崩した私に、ラウラが焦った声で呼びかけてきた。幸いにもどこにも被弾はないし、そこまで大きく体勢を崩したわけでもないから、リボルビングバスターキャノンを支えにして体勢を立て直した。ショックブースターか無かったら多分確実に撃破されていたよ…………。

 

「う、うん、間一髪だったけどね…………でも、今の攻撃って——」

 

レーダーマップには多数の赤い光点が表示されている。私は砲弾が飛んできた方へと顔を向けた。そこにはカプセルから出現している多数のコボルドを従えているFAの姿があった。重装甲で重装備な機体だけど、あれはどう見てもヴァイスハイトなんかじゃない。白くのっぺりとした感じの頭部に、右肩にマントのように積まれている二枚のシールド、そしてこちらに向けられている左肩の二門ある主砲…………レイアウトとか頭部とかは違うけど、大体は似ている…………というか、そのままだ。

 

(な、なんで…………)

 

目の前で起きていることが信じられずに、私は思わず言葉を失ってしまった。だ、だって、今の私達の前に姿を現した機体は——

 

(なんで榴雷が向こうにいるの——ッ!?)

 

——私がずっと乗り続けている機体である、榴雷そのものだったんだから…………。[XFA-01 UNIT201]と新しく型式番号を与えられ、漆黒に身を染めていた榴雷三機は、私達に敵意がある事を示すかのように、特徴的なバイザーの奥に隠されたラインアイを禍々しく光らせたのだった。







機体解説

M48typeG/SH シュヴァルツェア・ハーゼ

M48 グスタフ(輝鎚)のドイツ仕様機をドイツ軍特殊作戦群『シュヴァルツェ・ハーゼ』向けに改造を施された機体。ベースはM48type2(輝鎚乙型)としており、全身には対光学兵器として冷却ジェルを充填されたリアクティブアーマーを装備している。また、背部には降下作戦に対応したパラシュートパックを取り付けるアタッチメントが増設されている。頭部は大きく改造が加えられており、甲型と丙型の特徴を併せ持ち、かつ広範囲索敵能力を持つセンサーブレードが取り付けられ、ウサギのような外観をしている。その特徴的な頭部と、操縦者であるラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の戦績もあってか、『獰猛な黒兎』と称される事もある。



[M102機関砲 ヒビキ]
日本での名称は[百二式機関砲 火引]。大口径機関砲であり、輝鎚シリーズの主兵装である。本機はこれを二丁装備している。

[二連装リニアカノン]
携行式電磁投射砲。連装化することで発射レートを上げたが、排熱に問題点があり、一定時間の射撃後、排熱フィンを展開させる必要がある。

[M110狙撃砲 ムラクモ]
日本での名称は[百拾式超長距離砲 叢雲]。本来は降下艇基地への砲撃や、射出カプセルを迎撃するための高射砲。電磁加速による大口径砲弾は圧倒的破壊力を誇るが、現状扱えるのはペイロードに余裕のある輝鎚シリーズのみとなっている。

[ユナイトソード]
輝鎚の全高ほどもある大剣。柄付近のブースターによって加速する事で破壊力を高めている。分解する事でショートソード、バトルアックス、グレイヴとして運用する事も可能である。





今回はラウラの乗機であるシュヴァルツェア・ハーゼの紹介でした。誰かこのヘビーな機体の再現してくれませんかねえ…………(願望)
感想及び誤字報告をお待ちしています。
ではまた次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.33


どうも、ここ最近リンクス復帰を果たした紅椿の芽です。



正直、投稿間隔が開きすぎて申し訳ありません。割と課題と運転免許取得と積みプラと、いろいろありましてこちらの作業進行が遅れています。これからも投稿間隔が長くなるかもしれませんが、失踪する予定はないので、ガラパゴスゾウガメが東京マラソンを完走するのを見届けるような気持ちでお待ちください。



さて、こんな作者の言い訳は置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「邪魔だぁぁぁぁぁッ!!」

 

両腕に構えたガトリングガンを非装甲アントに対して放つレーア。大型のガトリングガンより放たれる幾多もの弾丸はアントを蜂の巣にし、完全に破壊し尽くす。それでも数あるうちの一機であり、未だその総数はほとんど変わっていない。

 

(本当、害虫みたいに幾らでも湧いてくる…………!!)

 

内心そのような愚痴をこぼしながらアントの集団に爆弾を二発投下した。小型弾頭ではあるが、その破壊力は高く、アント大戦勃発時より運用されている。だが、その爆弾の威力を知ってか知らないでかはわからないが、アント達はその場から散開し始める。それによって効果的な位置に投下できなかったわけではあるが、それでも数機のアントは爆風に飲まれた。非装甲であるが故に耐久性が低いアントに対しては極めて有効な一撃である。爆発の際に生じた破片が容赦なくセンサーを打ち砕き、その場へ沈黙させた。

 

「そらぁぁぁぁぁっ!!」

 

残ったアント群に向けて両腕のガトリングガンを掃射するレーア。時折、反撃として対空ミサイルやら銃弾やらが放たれてくるが、紙一重で躱し、反撃とばかりに掃射を叩き込む。装甲と比べて強度に劣るアーキテクトは否応なく銃弾に穿たれ、その場に崩れ落ちた。

 

「エイミー! そっちの状況はどうだ!?」

「相も変わらず、目の前(アント)だらけですよ!」

 

丁度彼女の後方でアントを撃破しているエイミーはそう嘆いた。そう嘆きの声を漏らしながら、オーバードマニピュレーターへと換装した両腕でアントを引き裂いた。不快な金属音が鳴り響くとともに、アントの単眼センサーからは光が消える。この様子だけを見れば、彼女達の方が優位に立っているように思えるが、未だに約四個中隊(48機)ものアント群が残っているのだ。決して気の抜ける状況などではない。

 

「そこっ!」

 

学園の防風林に紛れて、イオンブースターキャノンの発射体勢になっていたシュトラウスに照準を合わせたエイミーは、迷いなく両背部の滑腔砲を放った。装填されていたAPFSDSはシュトラウスの曲面装甲であろうとも容赦なく貫き、頭部と胴体を破壊する。発射体勢にあったがシュトラウスは頭部へとエネルギーが集中しており、流路が耐えられなくなったのか、破壊された頭部を起点として爆散した。

 

「倒しても、キリがない…………っ!」

 

飛びかかってきたアントを殴り潰すエイミー。相手もまた、同じように拳型の兵器——インパクトナックルを装備していたが、それをはるかに超える強度を有しているオーバードマニピュレーターの前では非力であった。右半身を吹き飛ばされ、物言わぬ骸となったアントを一瞥すると、彼女は次の敵へ照準を切り替えた。そんな時鳴り響く後方警戒のアラート。振り返ったエイミーの目に映ったのは、バトルアックスを振り上げているコボルドの姿。

 

「エイミー! そこを退けッ!」

 

レーアの声に反応したエイミーは展開していた履帯ユニットを逆回転させてコボルドから距離を取る。直後、レーアの放った対地ミサイルがコボルドの頭を後ろから吹き飛ばした。だが、機能中枢まではダメージが達していないのか、動きを止める気配はないが、頭部光学センサーによって情報を得ることができず、大きな隙を晒してしまう。それを見逃すエイミーではなかった。

 

「トドメです!」

 

履帯を回転させ、コボルドへ距離を詰めるエイミー。そして、胸部に貫手を叩き込んだ。装甲を引き裂かれ、機能中枢を破砕されたコボルドは力なく両腕を下げる。エイミーは完全に敵機が沈黙したことを確認すると、手を引き抜いた。

 

「…………すみません、レーア。助かりました」

「気にするな。仲間のフォローをするのは当たり前だろう?」

 

互いに背中を預け合いながら、銃弾とキャニスターをそれぞれ放つ二人。一見アンバランスな組み合わせかもしれないが、アントの攻撃は決して許さず、次々とスクラップが生産されていた。そんな強固な二人の間を縫うかのように一発の砲弾が超音速で通過していった。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

突然の事態に動揺を隠せないでいるレーア。他のアントへの牽制射撃を行いながら、その砲弾が飛来してきた方へと目を向けた。そして——敵は防風林の中にいた。白くのっぺりとした頭部、漆黒の装甲、そして火力偏重な装備構成——見間違えるはずがない。敵と以前交戦したことのある彼女なら尚更だ。

 

(まずい! 奴とエイミーが邂逅したとなれば…………あいつが正気でいられるかわからないぞ!!)

 

レーアはそう懸念していた。エイミーと敵とにはとある因縁がある。それ故にエイミーが正気を失ってしまうのではないか——レーアの脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。

 

「…………そうか…………またお前が…………」

 

そして、その懸念は現実のものとなる。レーアの耳にはいつもの丁寧口調を失ったエイミーの声が聞こえてきた。すぐに冷静さを取り戻させなければいけない——そう彼女は思ったが、周囲への牽制を続けなければいけない以上、攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。

 

「…………また私の前に現れたな、この亡霊(スペクター)がぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

エイミーは飛んでくる銃弾など気にもせずにそのまま敵へと突っ込んでいく。彼女の目には、単なる敵としてだけではなく、かつての戦友の姿を模した亡霊として映っていたのだった。

 

◇◇◇

 

『オスプレイ26よりグランドスラム04! まずい事態になった!!』

 

砲撃を続けていた私の耳に、電磁加速の音に混じってレーアの叫び声が聞こえてきた。しかも、かなり切迫しているような様子だ。一体何が起きたのだろうか…………最悪の展開が頭の中を過ぎる。

 

「こちらグランドスラム04! 一体何があったの!?」

『ブラスト09が暴走! 現在単機でウェアウルフ・スペクターと交戦している!!』

 

ウェアウルフ・スペクター…………聞きなれない機体の名前が耳に入ってきた。ウェアウルフと言っている以上、おそらく轟雷系統の機体とは思われるけど…………まさか!

 

「ラウラ! 黒い榴雷の反応は何個ある!?」

「ここのエリアに二個、レーア達が交戦しているエリアに一つだ!」

 

戦況マップにもラウラからの報告と同じ結果が示されていた。一機別の方へと逃げられてしまった…………! おそらく砲撃の爆煙に紛れて防風林の中へと隠れたのかもしれない。でも、今更そんなことを考えても、私自身が何かすることができるわけではない。

 

(流石に支援をまわせるような状況じゃない…………!)

 

私達は目の前の黒い榴雷二機に見事足止めされているし、そのほかの場所も殲滅はまだ完了していない。こんな状況で支援として引き抜いたりしたら、その場所から戦線が崩壊する。そんなことになったら、大惨事になってしまうのは間違いない。それだけは絶対に避けなきゃ…………!

 

「くっ…………!」

 

再び向こうから砲撃がやってくる。私とラウラは学園の土地から展開された防護板の裏に身を隠した。この防護板は複合装甲でできており、結構防御力があるそうだけど…………正直どこまで耐えられるのかはわからない。

 

「物量も火力も向こうが上だな…………!」

「攻勢に出ようにも出れないよ、これ…………!」

 

向こうからの攻撃の合間を縫って私はグレネードを撃ち込むけど、その度にそれ以上の攻撃が飛んでくる。防護板の一部はロングレンジキャノンの直撃を受けて抉れていた。迂闊に頭を出そうものなら一発であの世に送り込まれてしまうだろう。背中に薄ら寒いものを感じてしまった。

 

『一夏! ラウラ隊長! 支援を要請する! こっちが持たないぞ!』

 

レーアの切迫した声が聞こえてくるけど、対応をどうすればいいのか…………最終的判断はラウラが下すから、私が勝手に決めるわけにはいかない。今の状況を打開できずにいる自分が腹立たしく思えてきた。

 

『スレイヤー24よりグランドスラム04及びハーゼ01。担当エリアのアントは当該エリアより移動、ブラスト09及びオスプレイ26の担当エリアへと進行中。これよりラファール12と共に援護へと向かう』

 

そんな時聞こえてきた箒からの報告。どうやらラファール12——シャルロットと共にレーアとエイミーの支援に向かってくれるとのことだ。私はラウラの方へと目を向ける。すると彼女はシュヴァルツェア・ハーゼのわずかにしか動かせない頭部を縦に振って肯定の意を示してくれた。そこからの私の判断は早かった。

 

「グランドスラム04、了解。おそらく向こうは非常にまずい状況になっている可能性が高いから、可及的速やかに支援に向かって!!」

『スレイヤー24、了解した!』

『ら、ラファール12、り、了解です!』

 

戦況マップには二人の光点がレーア達の方へと向かっているのが表示されていた。シャルロットは若干戸惑ったような返事をしていたけど、これが彼女にとっては初の実戦だからね…………テスト運用としてフレームアームズを扱ったことはあるみたいだけど、実際にアントを前にした事はないそうだ。いくら非装甲のアントに対しては強力な兵器であるフレームアームズであっても、パニック状態に陥った兵士が扱ってしまえば棺桶に成り果てるって訓練時代に聞かされたっけ。…………できればそんな事態にならない事を祈りたいよ。

 

「ひとまずこれで向こうはどうにかなりそうだな…………!」

「こっちは状況最悪だけどね…………!」

 

一方の私達は完全に反攻の手立てが見つからない。コボルドとかはなんとか倒せてはいるけど、あの黒い榴雷は未だに健在。あれをどうにかしない限り、私達に勝機はない。味方としては頼りになる榴雷だけど、敵に回るとこんなにも厄介だなんて…………!

 

「奴は一体どれだけの弾薬を搭載しているんだ…………!? そろそろ弾切れになってもいい頃合いだぞ!」

「おそらく量子変換分全て弾薬に割り振っているんだと思うよ…………でなければ、ここまで持つわけがないんだから!」

 

ロングレンジキャノンによる攻撃は終わったようだけど、黒い榴雷はシールドを跳ねあげていて、その裏面にあるグレネードとミサイルを放ってきていた。二機同時による攻撃だから密度が高い。周りのコボルドやらシュトラウスも攻撃を仕掛けてくるから気が抜けない。接近戦で一気に片付けたいとは思うけど、この状況でブルーイーグルに換装するのは無理。この状況を榴雷で乗り切らなきゃ…………!

 

「ッ…………!? 後方より接近する機影有り! 数は四! 」

「回り込まれた!?」

「違う! この反応は——」

 

そんな時、ラウラが私たちの後ろから接近してくる機体があることに気がついた。別働隊に背後を押さえられてしまったかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。というか、この反応…………アントじゃない——まさか…………!?

 

『この程度、私達で十分片付けられるわ! 行くわよ!』

『『『了解!』』』

 

接近してきたのはまさかのラファール・リヴァイヴ…………IS四機で編成されている教員部隊がこっちへと向かってきている。どうして!? 避難命令とエリア進入禁止の命令はお姉ちゃんを経由して出したはずだよ!?

 

「一夏! 避難命令は確かに伝わったはずじゃなかったのか!?」

「織斑先生経由で伝わっているはずだよ! 迎撃を最優先したから、黒い榴雷が確認された後だけどね! それでもちゃんとしたよ!」

「くっ…………つまり独断行動というわけか! そこの教員部隊! 直様転進してこの場から離脱せよ! 繰り返す! 速やかに離脱せよ!」

 

ラウラが接近している教員部隊に対して警告を行う。その間、攻撃の手が弱まるから私はハウザーモードのセレクターライフルとアサルトライフルを取り出して攻撃を開始する。時々ロングレンジキャノンが飛んでくるからその都度防護板の裏に隠れるけどね。しかし、ラウラが警告をしても、教員部隊は一向に転進する気配はない。なんでなの…………対アント戦じゃISは無力にも等しいと言われているのに…………!

 

『フン! その程度の敵、私達ならすぐに片付けられるわよ! あんたの命令なんて聞く必要ないわ!』

 

ダメだ…………完全に聞く耳を持ってくれてない。本当にこのままじゃまずいって状況だってのに…………!

 

『それに、私達は最強のISを装備しているのよ。これくらい簡た——』

 

直後、鳴り響く照準警報(ロックオンアラート)。私は防護板の裏に身を隠した。それから数瞬置いて金属を激しく打ち付ける音が聞こえてきた。同時に何かが弾けるような音も…………嫌な予感がする。

 

『か、香木原先生!? 香木原先生しっかりしてください!!』

『な、なんなのよ!? なんでISの武器が効かないのよ!!』

『う、嘘でしょ!? どうしてなの!?』

 

ふと後ろを向くと地獄絵図と化していた。様子を見るに一機はシールドエネルギーが枯渇、残る三機は茂みから迫ってきたコボルドに対してアサルトライフルを撃っているけど、対IS用のそれでは有効打どころか傷一つつけることができないでいる。しかも、黒い榴雷のうち一機は向こうにターゲットを絞ったのか、教員部隊にも砲撃が降り注いでいた。

 

『嫌ぁぁぁぁぁっ!!』

『し、死にたくない! 死にたくない…………ッ!!』

 

砲撃は確実にシールドエネルギーを削っていっているようで、悲痛な叫び声が回線を通して聞こえてきた。だから早く避難してってラウラが言ったのに…………!! なんでこうも厄介ごとばっかり舞い込んでくるのかな!!

 

「…………ラウラ、敵への牽制をお願い」

「了解した…………あいつらをさっさとどこかへどかしてくれ。死なれては後々面倒だ」

「わかった…………じゃ、後はお願い」

 

私はセレクターライフルを教員部隊に襲撃を仕掛けているコボルドに対して放った。装填していたのは成形炸薬弾。着弾と同時に爆発が発生し、直撃を受けたコボルドはその場に崩れ落ちた。

 

「そこの教員部隊! 撤退を支援します! 今すぐにこの場から離れなさい!」

 

両脇に抱えるようにハウザーモードのセレクターライフルを構え、敵陣に榴弾を落とす。同時にグレネードランチャーからチャフグレネードを放って敵のFCSに干渉させた。これでしばらくは捕捉されないはずだ。この間に早くどこかへ避難させなきゃ…………!

 

「だ、誰があなたの命令なんか——」

「——死にたくなかったら、さっさとこの場から離れて! シールドエネルギーが尽きたISなんて足手まといです!!」

 

飛んでくる銃弾を左肩のシールドで弾き、シールドエネルギーの尽きている教員部隊を保護する。幸いにも向こうはラウラが派手に暴れてくれているおかげで、黒い榴雷は完全に彼女へと釘付けになっている。そんな時、一条のビームがシールドへと着弾した。同時に舞い上がる水蒸気。リアクティブアーマー内に充填されていたジェルが蒸発したようだ。あたりには水蒸気が立ち込め、即席のスモークが展開された。

 

「さぁ、早く!!」

 

今になって状況を理解したのか、教員部隊は気絶した一名を引きずってその場から撤退していった。正直言って今のは完全に妨害行為にも等しいよ…………おかげでこっちは余計な手間がかかっちゃったわけだし。とはいえそんな事をぼやいていられる暇なんてない。グラインドクローラーを展開し、私はもう一つ展開されていた防護板の裏へと身を隠した。

 

「ラウラ! 教員部隊の撤退を確認したよ!」

『これで不要な死は避けられたというわけだな!』

 

向こうの防護板の裏からラウラは連装リニアカノンを使って攻撃を加えている。私もイオンレーザーライフルモードに変更したセレクターライフルを放って攻撃を再開した。何機かのコボルドやシュトラウスはそれで沈黙するが、指揮をしていると思われる黒い榴雷には未だこれといったダメージを与えられてない。このイオンレーザーライフル、射程が短いからそれに比例して威力が減衰するという光学兵器にありがちな問題があるそうだ。…………素直にハウザーモードへと切り替えた方がいいかもしれない。

 

(このままじゃ…………こっちがすり潰されてしまう…………!)

 

どうやら増援も来ているようだ。その証拠に撃破数に対して残存機体数が多すぎる。状況は依然として変わらず、明確な反撃の糸口を見つけられずにいる私は奥歯を噛み締めていたのだった。

 

◇◇◇

 

「どうだ? 実戦の空気には慣れたか?」

 

レーアとエイミーの支援に向かっている箒は、シャルロットに向かってそう言った。彼女は今回が初の実戦参加である。民間協力という形をとってはいるが、其の実、一般兵士となんら変わりはない。新兵はふとした事で恐慌状態に陥り、時として重大なミスを引き起こすことがあると、新兵教育をしたこともあるラウラから箒は言われていた。

 

「す、少しはね…………で、でも、あんな物量を相手にし続けるの…………?」

 

未だに正気を保ってはいるが、流石にあの物量だけは慣れないようだな——シャルロットからの返答を聞いた箒は内心そう思った。同時に、かつて入隊したばかりであった自分も同じように思っていた事を彼女は思い出した。機械であるが、自分たちと同じ人型をしており、何度倒しても無数に沸き続けるアントと初めて対峙した時は物怖じしてしまった事が箒の脳裏をよぎる。シャルロットも同じように感じているのかもしれないと箒は思った。

 

「ああ。奴らを完全に駆逐しなければ、私達は大切なものを失ってしまうことになるかもしれん。だからこそ、戦い続けなければならないのだ」

 

シャルロットからの質問に箒はそう言い切る。その言葉に嘘はない。戦う理由は人それぞれだろうが、その根底にあるものは同じはずだ。だが、おそらくシャルロットは自分がどうして戦うのか、その理由をまだ見つけられずにいるのかもしれない。そう思った彼女は、シャルロットに言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように言ったのだった。

 

「そう、なんだ…………」

「お前にだって大切なものはあるはずだ。理由もなく破壊を続けるのならば、奴ら(アント)と同類になるぞ」

 

機械にはプログラムを実行するしか能が無いが、人間は自らが考え、自らの意思で動く事が出来る。何より、行動の裏にあるのは、電子化された数字ではなく、不確定要素の多い感情が突き動かす意志。それがフレームアームズとアントの違いなのかもしれない。

 

「——さて、間も無くレーア達の交戦エリアへと突入する。気を引き締め——ッ!?」

 

レーアとエイミーが交戦しているエリアへと突入する直前、箒の妖雷に多数の敵性反応が検出された。その数、全部で九つ。変則三個小隊でも編成されているのか、と彼女は思ったが、戦況マップに表示されたそれらの動きを見ると、どうにも違うように思われる。こいつらをこのまま放置しておくわけにはいかんな…………——そう判断した箒はすぐにシャルロットへと回線を繋いだ。彼女もおそらく確認はしているだろうが、もしかすると気がついてないかもしれない、そう箒は思っていた。

 

「シャルロット、状況は戦況マップで確認したか?」

「う、うん…………この下に敵がいるんだよね…………?」

「そうだ。だが、ここからは別行動となる。お前はこのままレーア達のところへ向かえ。指示はレーアに仰ぐといい。私は少し別件で離れる」

「ま、待って!? ほ、箒は!? 箒はどうするの!? ま、まさか…………単機で!?」

 

シャルロットは箒が単機であの数の敵に向かうことが容易に想像できてしまった。その危険性は新兵同然の彼女にだってわかる。ならば自身以上に戦場を巡った箒ならばより危険性をわかっているはずだ——なのに、単機で向かうような言動をしたものだから、シャルロットは不安を抱いてしまった。

 

「危険すぎるよ! 僕だってやれる——」

「新兵同然のお前をわざわざ危険性の高いところへ連れて行くわけにはいかん。——なに、心配するな。すぐに戻る。後は任せたぞ」

 

気が気でないシャルロットへとそう言った箒は進路を変更、そのまま地上へと降下していった。場所は学園の防風林エリアでも最も茂っている場所だ。可能な限り木々に接触せず降下した箒は、地上へと軟着陸する。そして、反応があったところへと歩みを進めた。妖雷は極めて隠密性の高い機体である。故にこうして敵機に感知されず接近する任務を行うことが可能なのだ。

 

(しかし、一体何が起きているのだ…………識別可能が八、未確認機(アンノウン)が一つ、か…………)

 

戦況マップ上で点滅している八つの赤い光点の下には[NSG-04σ]と型式番号が表示されていた。その型番から箒はヴァイスハイトの二個小隊であると判断したが、残る一つの赤い光点には[UNKNOWN]としか表示されていない。敵の新型なのか、それとも秘匿性の高い任務を引き受けている友軍機なのか、断片的な情報しかない現状で彼女は判断しかねていた。

 

(もう少しで、奴らの交戦圏内に入る——ッ!?)

 

ヴァイスハイト達の交戦圏内付近にまで接近した箒の目にはにわかに信じがたい光景が飛び込んできた。彼女はその光景に思わず息を飲んでしまう。ヴァイスハイトが八機も展開しているのは別に問題じゃない。それらの装甲が全て毒々しい紫と翠に染まっているのも関係ない。だが、その八機がまるで取り囲むように、その手に構えた長銃——ベリルショット・ランチャーを、片膝をついた真紅の機体に向けていたのだから——。

 

◇◇◇

 

「こいつでも食らいなさい!」

 

振り下ろされた青龍刀型近接戦闘ブレードは深々とアントへと食い込み、その重量も相まって敵を叩き切る。その時の反動を利用し、鈴はもう片方の青龍刀型近接戦闘ブレードを振るい、背後のアントを切り裂いた。刀刃のチェーンブレードが金属を引き裂いていき、内部の配線を切り裂いて行く音と、チェーンブレードのギアが上げているけたたましい音が不気味に響き渡っていた。

 

「それにしてもしつこいわねえ…………! セシリア! そっちはどうなのよ!?」

 

背部の重レーザー砲を放ち、付近のアントを数体纏めて吹き飛ばした。それほどの破壊力を持ってしてでも、何度でも湧き出てくるアント。減らない敵に鈴は苛立ちと焦燥感を感じていた。いくらコボルドやシュトラウスの割合が低いとはいえ、非装甲アントが脅威とされてるのはその圧倒的物量。大戦初期からこの物量に各国軍は苦戦を強いられてきたのだ。残弾数に余裕があるとはいえ、それでも油断などできない。鈴は自分の支援についているセシリアに現在の状況を問いかけた。

 

「現在六機を撃破! 残敵もそこまで多くはありませんわ! 精々十数機といったところですの!」

「十分多いわよ!!」

 

セシリアはその手に構えているストロングライフルを放つ。長大なリニアレール砲身によって加速された飛翔体は真っ直ぐ突き進み、非装甲アントの頭部のみを撃ち抜いていく。何発放っても、それらはまるで吸い込まれるかのように着弾していくのだ。これにはセシリアの駆るラピエール狙撃仕様の射撃精度が高いというのもあるが、それ以上に彼女自身の狙撃適性が高いというのが大きく関係している。操縦者の意のままに動くフレームアームズならではの芸当であり、プログラムされた動きと判断しか取れないアントにはできないものだ。物量で劣る各国軍が今日まで耐えてこられたのは偏にフレームアームズあってのものだと言えるだろう。だが、アントより性能では優位に立っていたとしても、この量は鈴にとって少々くるものがあるようで、思わず嘆きの声を上げてしまっていた。

 

「ですが、嘆いていても仕方ありませんことよ! 一夏さんやラウラさんはこれよりマズイ状況になっていますわ!」

「そんなこと…………言われなくてもわかっているわよ!!」

 

セシリアにそう言われた鈴は、青龍刀型近接戦闘ブレードからリニアライフルに装備を切り替え、一気に畳みかけていこうとする。不測の事態に備えて重レーザー砲の残弾は可能な限り温存しておきたいのだろう。それでも、射程と威力を強化されたライフルの一撃は非装甲アントにとって致命的な一撃となった。既に四機が破壊され、物言わぬ骸と化している。

 

「だったらさっさと片付けて支援に向かうわ! セシリア、援護は任せたわよ!」

「ええ! ならば五分以内に片付けていくとしましょう!」

 

鈴の言葉にセシリアは返事と次の弾倉を装填することで答えた。それを横目で見た鈴はフルフェイスバイザーの下で獰猛な笑みを浮かべる。バオダオの放つ獰猛なオーラ以上に凶暴そうなものだ。チャームポイントである八重歯を見せた笑みを浮かべた鈴は、スラストアーマーのスラスターに火を灯し、セシリアはストロングライフルの狙撃用スコープとラピエールのセンサーを同調させ、得物を構えなおす。

 

「それじゃ…………行くわよ!」

「承知しましたわ!!」

 

セシリアがストロングライフルを放つのと同時に、鈴は再びアントの群れへと突撃していく。吹き付ける雹のような攻撃は確実にアントの数を減らしていったのだった。





・SA-17SP ラピエール 狙撃仕様

SA-16 スティレットを支援するために開発されたSA-17 ラピエールを長距離狙撃仕様へと改装した機体。元のラピエールより高感度のセンサーを搭載しており、高い索敵性能を誇る。また、射撃時の手ブレ、風向等による弾道のズレを可能な限り抑える為の高性能射撃管制システムが搭載されており、圧倒的射撃精度を有している。しかし、索敵や狙撃用のシステムに量子変換のリソースを割かれてしまっており、搭載されている武装は極めて少ない。現在、英国海軍第八艦隊所属の狙撃部隊に配備されている。



[ストロングライフル]
超大型の狙撃用レールガン。リニアレールによる加速を用いている為、リニアライフルと呼ばれることもある。折り畳むことが可能であり、これによって携行性を高めているが、並みのFAを優に超える大きさである。

[アサルトライフル]
プルパップ式の標準的アサルトライフル。射撃精度を高めてあるが、携行マガジン数は三つと補助兵装的意味合いが強い。

[ハンドガン]
FAサイズのオートマチック拳銃。高い携行性を誇る。弾数は多くなく、装填されているマガジン分しか使用できない。

[レイピア]
超硬度メタル製の刀身を持つ細剣。耐久性が低い武器であるが、緊急時に攻撃をいなす事を主眼に置かれている為、問題はないとされている。





今回はセシリアの乗機であるラピエール 狙撃仕様を解説しました。残るは箒とシャルロットだけ…………どっちが先に解説できるのやら。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。



-追記-
活動報告でアンケートを行う予定です。
そちらもよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.34




どうも、リンクス復帰どころかレイヴン復帰までしていた紅椿の芽です。



ようやく来月FA:Gフレズヴェルク=アーテルが届くというのに、ヤクトファルクスなんて代物を出してくるコトブキヤに財布を搾り取られております。いいぞ、もっとやれ(錯乱)。



そういえば、アニメ『フレームアームズ・ガール』、最終回を迎えましたね…………あの終わり方は卑怯すぎますよ、コトブキヤさん。二期、やってくれるんですよね(期待の目)。



さて、前置きはこの辺にしておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。それと、今回はキャラ紹介と機体解説は行いませんのでご了承ください。





——二年前、アメリカ合衆国ネヴァダ。

 

「こちらブラスト09、着艦します」

『了解しました。ブラスト09は第二カタパルトより進入してください』

 

任務を終えたエイミーは母艦であるアパラチア級陸上戦艦アパラチアへと帰還していた。戦闘による装甲の損傷は大小問わず見られるが、致命傷には至っていない。アメリカ陸軍第四十二機動打撃群へと所属を移された当初は着艦にも戸惑いを覚えていた彼女であったが、既に三ヶ月が経過した今ではその拙さは消えており、滑らかに着艦する。格納庫へと入ったエイミーは割り当てられているハンガーに自分の機体であるウェアウルフを預ける。圧縮空気が抜ける音とともに、視界は暗くなり、少し涼しげな空気が中へと流れ込んできた。機体から完全に降りた彼女はその場で深呼吸をしていた。

 

(はふぅ…………やっぱり戦闘は疲れますね…………)

 

ヘッドギアも外し、完全に楽な格好へとなった彼女はハンガー横の乗降タラップに腰を下ろした。今回の任務は突出したアント群の殲滅という機動打撃群ではごく普通の任務である。だが、それでも数の暴力というのは肉体的にも精神的にも疲労を一気に貯めていくものだ。何より、極度の緊張状態から解放されたせいか、彼女にはその疲労が何倍にも増して強く感じられた。

 

「どうやら相当きているようだな、エイミー」

「レーア…………まぁ、私は砲撃支援というよりは近接砲撃戦向きの機体に乗ってますからね。疲れるのは当たり前ですよ…………」

 

エイミーはそう言いながら伸びをして体をほぐす。突撃時に僅かに前傾姿勢になる癖が抜けないせいで、体が固まってしまうらしい。彼女自身早くこの癖を治したいと思っているのだが、どうにも治る気配はなく、戦闘後はこうして背伸びをする事が日課とかしているのだった。

 

「まぁ、私も人のことを言えないのだがな…………このところ任務での疲れが中々取れん」

「たまには羽を伸ばしたいですよねぇ…………」

 

疲れが溜まっていた二人は同時に溜息をついた。戦闘というものは想像している以上に疲れが蓄積するものだ。適度にガス抜きをしなければいつかは疲労によって体を壊してしまう可能性だって否定できない。任務開始から三ヶ月が経過した現在、彼女たちは休暇を取る事が可能となっているが、アント群の活動状況がそれを許さない。そう考えると堪えるものがあったようで、二人は再び溜息をついてしまった。

 

「おーおー、二人揃って溜息とは、お前ら相当疲れてんな」

「あ、ドレッド少尉…………!」

 

そんな状態の二人にある男性が声をかけた。彼の名はマーカス・ドレッド、階級は少尉である。年齢は彼女たちより上であり、ましてやエイミーにとっては以前の部隊から同じ部隊に所属している上官である事もあってか、自然と立ち上がって敬礼をしていた。

 

「エイミー、別に敬礼しなくてもいいんだぞ? それと、前々から言ってるけど、俺の事はマーカスで十分。部隊は家族、分隊は兄弟ってよく言うだろ?」

 

硬い感じの挨拶をしてきたエイミーに対して、マーカスはそう軽い感じで返した。エイミーが真面目な人間だって事は彼だって理解している。だが、どちらかといったら軽いノリの方が好きな彼からすれば、もう少し砕けてもいいと思っているのだ。長い付き合いになるんだから早いとこ慣れてほしい——いつまで経っても硬さが抜けないエイミーにマーカスはそう思っていた。

 

「まぁ、エイミーは硬いですからね。仕方ないですよ」

「代わりにレーアは俺のノリにすぐ慣れたみたいだけどな」

「マーカス少尉は前にいた部隊(第八十一航空戦闘団)の連中と同じような感じがしますから、それで慣れたんですよ」

 

一人硬い雰囲気を持つエイミーを余所に、マーカスとレーアの話は盛り上がっていく。別にエイミーがこういった話に全く入り込めないというわけではないのだが、いかんせん硬さが抜けない以上、砕けた話に入るのが少々奥手気味になっていた。マーカスかレーア、そのどちらかか両方かが話にエイミーを引っ張ってこない限り、彼女は一人で悶々としていることになるのだろう。

 

(あぁ…………私もあんな風に彼と話せる日が来るんでしょうか…………?)

 

それでいて自分は自らの力で彼と言葉を交わしたいと思っている。この奥手気味な自分の殻を破って、少し活動的な自分へと変わりたい…………いつもより言葉数の多くなった自分の姿を想像したら、今からじゃ到底想像がつかず、エイミーは思わず笑みをこぼした。

 

「ん? エイミー、なんか面白いことでもあったのか?」

 

その笑みに気がついたマーカスは彼女へと言葉をかけた。まさか声をかけられるとは思っていなかったエイミーは一瞬呆けたような顔になってしまう。そして状況を理解すると、さっきまでの笑みはどこへ消えたのか、彼女はあたふたとしてしまうのだった。

 

「い、いやっ、その…………ち、ちょっと考え事をしていたら…………」

「おーおー、そんなに顔を赤くしちゃって。こりゃ俺が聞いちまったらダメな話っぽいな。なぁ、レーア?」

「そうみたいですね。エイミーもそういう年頃ですから、そういった悩みの一つや二つはあるんでしょう」

「ふ、二人は一体何を考えているんですか!? それと、マーカス少尉! そのちょっといやらしい表情やめてください!!」

 

一体何を想像していたのかはわからないが、エイミーの言う通りマーカスは少しいやらしげな表情をしていた。無理もない。彼らの所属している第四十二機動打撃群は女性の比率が少し大きい部隊である。否が応でもそう言う話は聞こえて来る上に、彼とて健全な男だ。そういった話を聞いてそのような表情になってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。だが、その表情もつかの間。すぐに彼は表情を変えた。やっとか、という待ちくたびれたような表情だ。

 

「やっと俺の事を名前で呼んでくれたな…………」

「あっ…………」

 

マーカスに言われてエイミーはようやく気づいた。自分が彼の事を名前で呼んだ事に。長い間名前で呼ぶ事に抵抗を持っていたのに、こうもあっさりと言えてしまった事に、彼女は実感というものを感じていなかった。おそらく無意識のうちにそう出てしまったのだろう。だが、彼を名前で呼んだことは覆らない事実。またもや呆けたような感じのエイミーとは反対に、マーカスは少しだけ嬉しそうな顔をしていた。そして、彼女の頭に手を乗せ、そのままくしゃくしゃと撫でた。

 

「ちょ、ちょっと少尉!? いきなり何を——」

「いや、これでやっとお前と同じ部隊に入れたって思ってさ。少し俺との間に壁感じてたんだよ。本当、手のかかる妹分だ」

 

まー、俺一人っ子だからよくわかんねえけど、と付け加えるマーカス。そのままエイミーに微笑みかける。エイミーも彼にそう言われてしまっては、抵抗する気など起きなかった。むしろこのまま撫でて欲しいと思ったほどだ。

 

「さて、と。それじゃ、景気付けに今日は一杯行くとしようぜ! エイミーが俺の名前を呼んだ記念によ!」

「って、私たちアルコール飲めませんよ!?」

「そこはあれだ、炭酸で我慢だ我慢!」

「本当、フリーダムな人だ…………」

 

格納庫に響き渡るマーカスの笑い声と少し呆れた感じのレーア、そしてマーカスに揉みくちゃにされているエイミー。戦場という平和とは無縁なこの場に、一時の平和は確かに流れていたのだった。

 

◇◇◇

 

「今日も出撃…………最近アントの出現頻度上がってませんか?」

『んな事俺に言われてもな…………奴らの気分じゃねーの? ベガスのバカヤローとアントは気温の上昇と共に活性化する的な』

「なんなんですか、それ…………」

 

あれから一週間。エイミーとマーカスは以前とは違ってかなり言葉をかわすようになっていた。最初はマーカスから言葉をかけるようなことが多かったが、今ではエイミーの方から話しかけるほどだ。しかし、そんな平穏な時間はすぐに無くなる。彼らが展開しているのは大戦勃発以来の激戦区であるネヴァダ降下艇基地。最初に降下カプセルが落着した地点にして、第一次降下艇団の降下艇基地が展開された地域でもある。故に損耗率は極めて高く、毎週新たなる人員が補充されるほどだ。そして、今回もまた彼らに出撃命令が下されたのだった。

 

『ベガスの警察に就職した同級が言ってたんだよ。酒臭いオヤジを相手するのは辛いとか嘆いてたわ』

「…………考えただけで嫌になりそうですね」

 

艦の出撃ゲートで待機している二人はそんな風に雑談をして過ごしていた。出撃まではまだ時間がある。時間を潰す方法など、一度FAに搭乗してしまえば雑談と機体チェックくらいしかないのだ。ましてや既にチェックを終えている二人にとっては雑談が唯一の時間潰しとなっていた。

 

『ブラスト04、ブラスト09、お喋りはそこまでにしておけ。もうすぐ戦闘領域に到達する。ブラストリーダーより各機へ。忘れ物はしてねえな? 間も無く戦闘領域だ。総員気を引き締めておけよ』

『『『イエッサー!!』』』

「い、イエッサー!!」

 

暫くして艦の動きが止まる。戦闘領域ギリギリまで接近したということが、その振動で待機していた皆に伝えられた。同時にゲートが開かれ、砂漠の照りつけるような日差しが差し込んでくるがわバイザーによってそのような突然の変化は和らげられる。砂漠で戦い続ける彼らにとってこれはなくてはならない機能であった。

 

『作戦開始です。ブラスト中隊、アパルーサ中隊、ブルーオスプレイズは順次発艦してください』

 

オペレーターからそう告げられ、隊長機であるウェアウルフ・アベンジャーが発艦して行く。その後も次々と発艦していき、マーカスの番となった。

 

『そんじゃ、俺は先に行ってるぜエイミー。——ブルーパー・セカンド、ブラスト04、出るぞ!!』

 

重量偏向を無視したマーカスの機体——ブルーパー・セカンドはカタパルトによって急加速され、ゲートより飛び立った。通常のブルーパーよりも重量が増しているその機体が空へ飛び上がることに、最初は驚きと疑問を抱いていたエイミーであったが、今ではそれが当たり前であるように思えている。

 

『続いてブラスト09、発艦してください』

「了解しました」

 

待機していたエイミーにも発艦の指示が出される。彼女はそのまま歩みを進め、カタパルトに両足を乗せた。つま先と踵に固定用のフックがかけられる。カタパルトに機体が固定できたことが視界の隅に表示された。射出方向には障害となるものは見えない。ウェアウルフのレーダーもそれらしきものは捉えていない。進路クリア——心の中でそう呟いたエイミーは軽く膝を曲げて体勢を低くした。

 

「ウェアウルフ、ブラスト09、行きます!!」

 

リニアレールによって加速されたカタパルトは、エイミーとウェアウルフに強力な重力をかけていく。身体がその場に置き去りにされるような感覚を感じながら、エイミーの機体は空へと打ち出される。だが、それもつかの間。すぐに重力へと従い、地上へと引きつけられた。砂や小石を巻き上げ、着地したエイミーは履帯ユニットを展開、部隊と合流すべく、移動を開始したのだった。

 

◇◇◇

 

『撃て撃て撃て撃て撃て!! そのまま撃ち続けろ!! 奴らに攻撃の隙を与えるな!!』

『そんな事言われなくてもわかってますよ!! ——ブラスト06、残弾六割!!』

『こんな物量なんて聞いていねえぞ!! こちらアパルーサ08、至急支え——』

『どうしたアパルーサ08!? 返答しろ、アパルーサ08!!』

 

アント側からの攻撃によって引き起こされた戦闘が口火を切ってから早くも三十分が経過しようとしていた。敵はウェアウルフのように装甲を持ってない単なるアーキテクトだけのアント。だが、その物量は現在展開しているアパルーサ中隊とブラスト中隊の二個中隊にブルーオスプレイズの六機を持ってしてでも苦戦を強いられているほどだ。既にアパルーサ中隊では二機、ブラスト中隊から一機がそれぞれ撃破されてしまっている。

 

『なかなかにキッツイ状況になってんじゃねえか、おい!』

「私に言われたってどうしようもありませんよ!」

 

ぼやきながらもマーカスはブルーパーのロングレンジキャノンを放った。左背部に集中配備されたそれは、一発目をたとえ外したとしても、もう一門の砲で確実に仕留められるようになっていた。現に、初弾はわずかに逸れてしまったが、二発目はその胴体を確実に吹き飛ばしている。だが、アウトリガーを展開し、機動力が低下しているブルーパー目掛けてバトルアックスを構えたアントが突き進んできていた。接敵まで残り二十秒——ロングレンジキャノンでの対応は厳しいと判断したマーカスは左脚部にマウントしていたタクティカルナイフに手を伸ばしていた。

 

「邪魔です!!」

 

しかし、それは横から滑腔砲を放ったエイミーによって事なきを得た。装弾筒付翼安定徹甲弾の一撃はロングレンジキャノンでなくとも絶大な破壊力を有しており、その一発でアントの上半身は消し飛んだのだった。

 

『おおう、エイミー、助かったぜ〜。流石にこいつで近づかれちまったらやばいからな』

「それもありますけど、もとより私は遊撃とマーカス少尉の援護が任務ですから。任された以上は任務を果たしますよ!」

 

そう言うとエイミーは両手にロングライフルを展開、両背部の滑腔砲と加えてアント群への攻撃を続けた。それにつられてマーカスもブルーパー・セカンドの右肩に集中配備されたシールドを跳ね上げた。そこから姿をのぞかせるのはグレネードランチャーとミサイルランチャー。

 

『——ファイア!!』

 

左背部のロングレンジキャノンと加えて攻撃を続行するマーカス。その火力は現在展開しているどの機体よりも高く、同時に制圧能力も高いものだった。エイミーとマーカスはその強烈な弾雨をアント群へと浴びせていたのだった。

 

『——全ユニットに通達。これより三十秒後、艦砲射撃を行う。着弾予想地点にいる機体は速やかに移動せよ!』

 

そんな時、彼らの耳には支援砲撃を行う旨の通信が入ってきた。戦況マップを確認すると、自分達が着弾予想地点にいることに気がついたエイミーは履帯ユニットを展開、後退の体勢をとった。

 

『さーて、ずらかるとするか! 援護は頼んだぞ!』

「わかってます! マーカス少尉は全速力で走ってください!」

『へいへい』

 

自分達に攻撃を仕掛けて来ようとするアントだけを叩いて、退路の安全を確保するエイミー。ウェアウルフのように履帯ユニットを装備してないブルーパーは撤退しながら砲撃なんて事は難しい上に、機動力に難があるため、撤退に徹しろと指導されているほどだ。ましてや重量が増しているマーカス機ではそうするのが安全策であり、唯一の手段だった。

 

「着弾予想地点を抜けました!」

『弾着まで残り五秒だ! ギリッギリじゃねえか…………』

 

それから暫くしてアパラチアからの砲撃がアント群へと降り注いだ。アパラチアの主砲である十六インチ砲から放たれた榴弾の破壊力は絶大であり、着弾とともに盛大な砂煙を舞いあげる。非装甲アントに対してはオーバーキルとも取られかねない砲撃は、その後暫く続いたのだった。

 

『相変わらずやべえ破壊力だよな…………巻き込まれたくねえわ』

「同感です…………」

 

何度もこの光景を見てきた二人も、この状況に一種の畏怖にも似た感情を抱いていた。舞い上がる砂煙に混じって、原型をとどめていないアントの残骸も巻き上げられていく。それはまるで力が全てであると物語っているかのようにも思えてくる。実際、これだけの火力を有しているからこそ、ネヴァダにおけるアントの襲撃を幾度とも防げていると言っても過言ではない。

 

『砲撃終了。各機は残敵の掃討をお願いします』

 

爆音が鳴り止んだ後に残されていたのは着弾のクレーターと無数のスクラップだけだった。戦況マップを確認すれば周囲に高脅威目標は存在していない——一応の終結は迎えたのだとエイミーは思った。

 

『残敵掃討っても、残りいねえじゃねえか…………仕事ないってのも考えものだろ…………』

「ですが、これで今回の任務も終わりでしょう…………数の割にはなんだか呆気なかったですね」

『だよなぁ…………いつもならもっと派手に突っ込んできて、より酷え状況になってんのにな』

 

二人は既に戦闘が集結したと思って少し気を抜いてしまっていた。若干、呆気なさを感じてしまっていたが、そういう時もあるだろうと勝手に頭が結論付けていた。だから気がつかなかったのかもしれない、二人の機体が僅かな振動を感知していた事に…………。

 

「ッ…………!? マーカス少尉! 後ろ!!」

『な、何ッ——!?』

 

エイミーがそれに気がついた時、既に手遅れであった。砂の中に隠れていた一機のアントがその手にウォーサイズを構え、その得物は振り向いたマーカスの右胸を貫いていた。突然のことに一瞬頭が真っ白になってしまったエイミーだが、すぐに状況を理解し、そのアントの胴体をロングライフルで穿った。機能中枢を撃ち抜かれたアントはそのまま力なく崩れ落ちる。それにつられてマーカスも片膝をついてしまった。

 

「マーカス少尉!? しっかりしてください!!」

『ぐっ…………上手く…………息し辛え…………な…………』

「容態報告はいいですから!! すぐに救援を呼びます!! だから——」

『いや…………この場には留まれねえよ…………見ろよ、これ…………』

 

マーカスは息が絶え絶えとなりながらも、エイミーに戦況マップを見せた。そこには数を増やし続けていく赤い光点——アントの存在が表示されていた。伏兵がいた!?——エイミーはその事実に気づくが、状況は最悪へと向けて進行し続けていた。救援をこの場で待っていたのであれば、いずれアントにすり潰されてしまうことだろう。

 

「な、ならば一刻も早い撤退を!! 今ならまだ間に合——」

『ばーか…………ただでさえ足の遅いブルーパーに…………この体の俺だ…………逃げ切れやしねえよ…………』

 

マーカスの声には諦めの色が見え始めていた。だが、エイミーにはその手を離すことなど考えられなかった。やっとの事で話せるようになった相手…………それをここで失ってしまうなんて事を彼女はしたくなかった。

 

『ブラスト04だ…………ブルーオスプレイズ…………聞こえてるか…………? 』

「しょ、少尉…………一体何を…………」

『こちらオスプレイ26! マーカス少尉!? 大丈夫ですか!?』

『おぅ、レーアか…………なんとか、な…………とりあえず、ブラスト09の撤退支援を頼む…………』

『…………了解。オスプレイ23とともに向かいます』

『早めに頼むぜ…………こっちはあんまり長く…………ガフッ…………持たねえかもしれねえからよ…………』

 

マーカスは突き刺さっているウォーサイズの柄をへし折り、出血多量でいうことをあまり聞かなくなっている体に鞭打って立ち上がった。装甲の割れ目からは絶え間無く血が流れ出ており、カーキ色の装甲を赤黒く染めていく。視界がブレ、意識と朦朧とし始めている彼だが、ブルーパーのアウトリガーを展開、機体を地面に固定した。

 

「しょ、少尉!? 本当に何をする気なんですか!?」

『見てわかんねえか…………? ちょっとあいつらの、足止めを、な…………?』

 

そう言うマーカスの視線の先にいるのは無数のアント。たとえ火力と制圧力の高いブルーパー・セカンドであってもあの物量の前では非力であることは火を見るよりも明らかだった。

 

「無茶ですよ!! 少尉は死ぬ気なんですか!?」

 

エイミーのその言葉にマーカスは返事をすることはなかった。いや、できなかったと言った方が正しいのかもしれない。薄れゆく意識の中、彼はバイザーを下ろし照準を合わせていたのだ。今もてる集中力をそちらに注いでいる以上、他の行動をとることはできない。右肩のシールドが跳ね上げられ、ブルーパーの特徴でもあるロングレンジキャノンが展開された。

 

『オスプレイ26、23に先んじて到着しました。これよりブラスト09の撤退支援に当たります』

『とりあえず来たのはお前だけか…………まあいいか。殿は俺が務めるから、お前らはさっさと撤退しろよ…………』

 

二人の元に到着したのはレーアだった。彼女の到着を確認したマーカスは自らが殿として動く事を二人に伝えると、展開していた砲門の全てを放った。強力な衝撃が彼の衰弱した体を襲い、一瞬意識が飛びそうになってしまうが、機体側によるブラックアウト防止機能が働き、コネクタから電流が流れた為、激痛を伴ってだが意識を失うことはなかった。

 

「ま、待ってください!! 少尉は…………少尉はどうするんですか!?」

『言っただろ…………殿だって…………残弾も心元ねえな…………レーア、早くそいつを連れて行け…………!』

『…………了、解…………っ!』

 

マーカスからの指示を受けたレーアはエイミーの左腕をホールドして、その場から離脱しようとする。だが、いくら推力を強化されたE型のスティレットであっても、重装備のウェアウルフを持ち上げていくことはできない。

 

『済まない、遅れた! オスプレイ23だ! 俺はどうすればいい!?』

『オスプレイ23はブラスト09の右腕をホールド! その後、一気にこのエリアを離脱する!』

『了解した!』

 

遅れて到着したオスプレイ23はレーアからの指示を受け、エイミーの右腕をホールドした。ホールドを確認した二人は同時に主機の出力を上げていく。辺り一面に砂埃を舞上げ、ゆっくりとだが加速していく。

 

「レーア! 待ってください! まだ、少尉が…………マーカス少尉が残ってます!! いくら殿とはいえ、私は…………ッ!!」

『——済まない。エイミー、許してくれ…………』

 

レーアがそうエイミーに謝罪の言葉を述べた直後、二機のスティレットは一気に出力を上げ、ウェアウルフを低空まで引き上げながら、今の場所から離脱しようとする。次第に遠ざかるカーキ色の背面装甲。ウォーサイズによって背中まで貫かれていようとも、仁王立ちで戦い続けるその後ろ姿へとエイミーは手を伸ばしていた。

 

「少尉…………っ! マーカス少尉…………っ!」

 

攻撃を受け、体勢を崩すブルーパー・セカンド。成形炸薬弾が着弾したのか、装甲が弾け、一部アーキテクトがむき出しとなってとなお火砲の唸り声は止むことがない。傷ついていく彼の姿を掴もうとするも、エイミーの手は空を切るだけだった。そんな時、エイミーのウェアウルフに通信が入った。ノイズ混じりでよく聞こえないが、今の彼女の耳にははっきりと聞こえてくるものだった。

 

『——…………聞こ…るか…………? 済ま…えな…………でも、お前…組めて、良かったぜ…………ゴフッ…………ありがと、よ…………エイミー…………——』

 

命の灯火が消えかかっているにもかかわらず、死力を尽くして任を全うしようとしているマーカスからの通信を受けたエイミーは言葉が出なかった。何か返答をしなければならない…………大切な人の最後なら、せめて自分の言葉でお礼を伝えたい——そう思って口を開こうとした彼女だったが、結局その口から言葉とした言葉が出てくることはなかった。

 

「あ、あ、あぁっ…………あぁぁっ…………!!」

 

彼女の瞳に映ったのは——幾多ものアントに胸を貫かれ、両腕を力なく垂れ下げ、崩れ落ちていくブルーパー・セカンドの姿だったのだから…………。

 

「あぁっ…………あぁぁっ…………! あぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!! マーカス少尉ぃぃぃぃぃぃぃぃ——ッ!!」

 

その直後のことだった。エイミーの戦況マップに表示されていた[M38 UNIT201]の光点がその光を失ったのは…………。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.35

——あれから二ヶ月後。

マーカスを失った悲しみから立ち直ったエイミーはいつものように任務を淡々とこなしていた。だが、そこにかつてのあどけなさはもう残されていない。ただ、彼女の中に残っているのはマーカスを撃ったモノを破壊したいという、復讐の念。それほどまでに彼女にとってマーカスとは大きな存在だったのだ。そうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれないと部隊の誰もが思っていた。

それとは別に、第四十二機動打撃軍同様、ネヴァダに展開している様々な部隊からある噂が飛び交うようになっていた。

 

——曰く、夜間任務中、既に撃破されたはずのウェアウルフの信号がキャッチされるとの事。

 

——曰く、夜間哨戒中、その姿が見えないのにコールサインと機体の識別信号が届くとの事。

 

この噂の真相がどうなのかは別として、常に極限状態へと置かれている兵士達がそれを聞いたとなれば士気の低下は免れない事である。現にいくつかの部隊では士気の低下に繋がり始めているようだ。事態を重く見たアメリカ国防総省は、事態の可及的速やかな解決を第一と考えさせられる。彼らはネヴァダ周辺に展開している部隊のみならず、もう一つ別の部隊を現地へと派遣する事に決定したのだった。

 

◇◇◇

 

「——というわけだ。今回の任務はお前達の臨時二個小隊に担当してもらう事になる」

 

アパラチア級陸上戦艦アパラチアのブリーフィングルームにて、第四十二機動打撃軍司令のダグラス・ジェファーソン大佐は、集められたメンバーに向かって作戦の説明を行なっていた。この場に集められたのはエイミーとレーア、そして見慣れない顔ぶれ六名の計八名だった。見慣れない顔ぶれではあるが、エイミーは彼らが着ているジャケットにつけられたエンブレムの事を知っていた。

 

——米軍第二十特殊作戦部隊、通称『ファントム・タスク』。

 

傭兵や海兵隊出身の人員から構成され、危険度の高い特別な任務を遂行し、アメリカへ平和と安寧をもたらす亡霊達の集まりである。それ故に、練度は極めて高く、アメリカ軍の切り札といっても過言ではない部隊だ。ただし、素行の悪さに関しても一つ頭抜けており、正義の悪人と揶揄されることもしばしばある。

 

「了解だ。そんじゃ、俺らはそこの二人を連れて、奴の正体を暴きゃ言い訳だな?」

「そう言う事だ、カリウス中尉。以降の指示はミューゼル大尉に一任する。なお、この不可解な現象を『ウェアウルフ・スペクター(ウェアウルフの幻影)』と呼称する。質問はないか? ——よろしい。作戦開始はグリニッジ標準時二十時からだ。各員、準備に入れ。私からは以上だ」

 

ダグラスからの説明が終わると、ファントム・タスクの面々は、「調査任務とか一番俺たちに向いてないんだよ…………」と愚痴をこぼしながらブリーフィングルームを後にしていった。それに続いてエイミーとレーアも退室する。

 

「よう、ガキ共」

 

ブリーフィングルームを出た後、二人は不意に声をかけられた。振り返ると、そこには先程ダグラスに確認をした茶髪の女性と金髪の女性、そして自分達と同じくらいの年と思われる黒髪の少女の姿があった。

 

「…………何か用ですか?」

 

エイミーは少しだけ不機嫌さを出しながらそう返事した。別に女性が放った言葉が原因というわけではない。依然としてエイミーはマーカスを失った悲しみから立ち直ったとはいえ、未だに彼の仇を取れていない事にイライラを募らせていたのだった。

 

「そうカリカリすんなって。単に自己紹介してなかったと思ってな。俺はアーミア・カリウス。階級は中尉、コールサインは『オータム』、もしくは『ファントム02』だ。そんでもってこっちが」

「スコール・ミューゼルよ。階級は大尉。コールサインは『スコール』、戦場では『ファントム01』。あなた達の指揮をとる事になっているわ」

「マドカ・マグバレッジだ。コールサインは『M』、戦闘中は『ファントム05』となる。階級はお前達と同じく曹長。よろしく頼む」

 

三人はエイミー達に自分達の名を名乗った。この場にいる三人が、エース級のFAパイロットである事をエイミーとレーアは直感的に思った。しかし、エイミーにとってそんな事はどうでもよく感じていた。彼女の頭の中にあるのは、ただの復讐心…………それはいつ爆発するかわからない爆弾へと姿を変えてしまっていたのだ。不機嫌さを出していたエイミーの頭にアーミアはふと自分の手を載せていた。

 

「…………お前さんが不機嫌になっている理由は、俺たちにはわからねえ。でもな、戦場にまで私情を持ち込む事だけはするなよ。そうやって死んでいった仲間を俺は何度も見てきた。こんな事を言うのもなんだが…………お前は彼奴の——マーカスの分も生きてやらなきゃならねえんだ。それがお前を生かしてくれた彼奴への手向けってもんだろ」

 

マーカスの訃報はかつて隣の家に住んでいたアーミアの元へも届いていた。まるで自分の弟分のようにしてきた彼の死は、アーミアにとって当初は受け入れがたいものであったが、彼もまた一人の誇りある米軍兵士であり、仲間を生かすために自ら殿となったのであれば、嘆いている事など彼に対して失礼であると思うようになっていた。しかし、目の前の少女は、その誇り高き兵士を討った者を倒す事にしか頭が回ってないように見えたのだ。アーミアはかつて同じように仲間の敵討を考えている者がいる部隊の支援に当たったことがある。その者は結果として、怒りに身を任せてしまっていたが故、回避の判断が遅れ、その命を散らせてしまった。目の前の少女にはそのような末路を辿って欲しくはない——そう思ったアーミアは、生き急いでいるようなエイミーに諭すようにそう言ったのだった。

 

「ですが…………! 私は彼の仇を討ちたいです…………! そうじゃなかったら私…………私——ッ!!」

 

それでもなおエイミーはマーカスの仇を討ちたいと言う。彼女にだって譲れない心情というものがあるのだ。そんな彼女を見たアーミアは一息ついてから言葉を紡ぐ。

 

「『——生きろ、そして語りつげ。貴様を生き残らせた者の名を』…………お前はマーカスによって生き残らせられたんだ。最早お前の命はお前だけのものじゃない、彼奴の命でもあるんだ…………そう生き急ぐんじゃねえよ」

「オータムの言う通り。それに、あなた達はまだ先が長いんだから、こんなところで終わっちゃダメ」

「私達は既に亡霊となった身だが、お前達はまだ人間だ…………人間は生きるのが任務だからな。軍人としてその任を果たすべきだ」

 

優しく諭すように語りかけるアーミアにつられ、スコールもマドカもエイミーに対してそう言葉を投げかけた。ファントム・タスクはその任務の特性上、死傷率が最も高い部隊であるとも言われている。だからこそ、そんな数々の死線を潜り抜けてきた彼女達だからこそ言える言葉なのかもしれない。

 

「まぁ、後はお前さん次第っていったところだな」

「そうね。——あら、オータム、そろそろ機体チェックの時間よ」

「また遅刻したら、今度こそレンチで殴られるんじゃないか?」

「げっ…………もうそんな時間かよ。そんじゃお前ら、出撃前にまた会おうぜ!」

 

そう言って足早に去っていく三人。その姿をエイミーはただ呆然と見ていた。彼女の頭にはさっきアーミアの言った言葉が焼き付いていたのだった。

 

(『生きろ、そして語りつげ』、ですか…………)

 

今までマーカスの敵討しか考えてこなかったエイミーにとって、その言葉はあまりにも意外なものであったのは事実だ。確かに、自分が彼の復讐に囚われて命を落としてしまったとなれば、彼も浮かばれないであろう。その事をエイミーは理解したつもりではあったが、燻る怒りの炎を完全に鎮火させるには至っていない。故に、エイミーの今の心情は非常にアンバランスな位置にあったのだった。

 

「…………私達も機体のチェックに向かうとするか。行くぞエイミー」

「…………はい」

 

そのような状態のエイミーに対して自分は何ができるのだろうか…………今は何も手立てが見つけられなかったレーアは、場所を変えて彼女の気分を入れ替える事しかできなかったのだった。

 

◇◇◇

 

『ファントム01より各機へ。周囲に敵の反応はあるかしら?』

『ファントム03、ネガテイブ。それらしき反応は見られねえ』

『オスプレイ26、こちらもネガテイブ。レーダーに感なし』

「ブラスト09、ネガテイブ。センサーの出力をあげても反応ありません」

『ファントム06、同じくネガテイブ。噂は噂だったんじゃないですか?』

 

作戦が開始されてから早くも一時間が経過しようとしていた。ウェアウルフの亡霊(ウェアウルフ・スペクター)らしき反応があったとされる場所は調査が殆ど完了している。だが、エイミーもレーアも、そしてファントム・タスクの面々ですら、それらしい反応も証拠も確認できていなかった。

 

(おかしい…………私のM32Type5E8(アヴェンジャー・イージーエイト)ならまだしも、伏兵すら見つけるEWAC仕様レヴァナントの06にすら発見されないのはおかしいわ…………)

 

スコールは今のこの状況を整理していた。だが、この状況は今までのどの状況とも一致しない。全体的に能力を向上させただけのアヴェンジャー・イージーエイトだけならこの状況はありえたかもしれない。だが、電子装備を満載し、索敵と情報収集に長けた改造をされているEWACレヴァナントアイを投入してこの結果なのだ。砂中だろうと茂みの中だろうと敵を見つけ出すこの機体を用いてまで見つけられないとなると…………スコールはそこまで考えて、その考えを頭から振り払おうとした。

 

(まさかね…………流石に本物の亡霊(ファントム)なんて事はありえないわ。そんなオカルトじみた事なんて…………非科学的よ)

 

出ていた結論は非科学的な推論でしかなかった。そんな事が現実に起こりうるわけがない、彼女は自分で立てたその仮説を自ら否定した。しかし、今の状況を他の説で証明しようとも、このオカルトじみた仮説以外に有力なものは浮かんでこない。

 

『スコール、既にスペクターの反応が確認された地点を全部回っちまったぜ? どうすんだ、この後?』

『…………そうね、もう少し情報が欲しいわ。——ファントム01より各機。これより調査範囲を広げる。今まで観測されたデータから反応出現ポイントを予測した戦況マップを送るわ。順次ポイントを巡るわよ』

 

スコールが予測した、スペクターの反応が観測されるであろうポイントが全機の戦況マップに表示される。最も有力であろう場所だけに絞ってはあるものの、その箇所は全部で九つ。距離を考えれば一晩で回りきれるかどうか怪しいものだ。エイミーはその表示されたポイントの位置を一つ一つ確認していく。そして、とあるポイントのデータを確認した時、思わず目を見開いてしまった。

 

「ブラスト09よりファントム01。意見具申よろしいでしょうか…………?」

『許可するわ』

「ありがとうございます。この調査ポイントですが…………先にこの04と指定されたポイントに向かって貰えないでしょうか?」

『それは何故かしら? 理由を教えて頂戴』

「そ、それは…………うまく言葉にできません。ただ…………直感的にそう思ったんです…………」

 

直感。戦闘において己の運命を決める最後の一手であるそれだが、今のこの状況で直感という不確定要素の塊に従って動く事に、スコールは難しい顔をした。もしかすると無駄足で終わるかもしれない上に、先に遠方のポイントを回ってまうことによるエネルギーのロスによって行動時間がさらに短くなってしまう可能性だってあるのだ。指揮を預かる者として消耗は最小限に抑えたいとスコールは思っていた。だが、同時に彼女にはこの状況を変えるきっかけとなるかもしれないエイミーの直感にかけて見たいという気持ちもあったのだ。消耗を抑えるか、それとも賭けに出るか…………スコールはどちらの選択肢を取るべきか、少し迷いが出ていた。

 

『スコール、ここからは隊を二分しようぜ。どのみちこの集団で一箇所ずつ回ってりゃ、そっちの方が効率が悪い。せっかく二個小隊となってんだから、それを活用しないわけにはいかないだろ?』

 

迷っているスコールへアーミアは個別回線でそう声をかけた。隊を二分する——確かに効率は良くなるかもしれない。だが、スコールとしてはそれを選べずにいた。もし、今回の調査目標が敵の罠だったりするのであれば、少数で向かうなど自殺行為につながるだけだ。不確定要素の多い中で仲間を危険にさらすことだけは避けたかったのだ。

 

『でもオータム、あの二人は私達と違ってそこまで多くの実戦経験は…………』

『俺たちだって似たようなもんだろ? 大戦勃発から一年半、最初期の奴らで生き残りは皆指揮官としての地位に就いてる。前線に出ている奴らの経験を比べてもどんぐりの背比べだ。それに…………あいつらは砂漠の鬼と言われるブラスト中隊と海の狩人と称されるブルーオスプレイズの出身だ。そう簡単に死ぬ奴の身分じゃねえよ』

 

それに、とアーミアは言葉を続けた。

 

『あいつの直感ってやつ…………そいつに賭けてみてえんだ。隊を二分した後、俺はあいつらを引き連れてポイント04へと向かう。なぁ、構わねえだろ、スコール?』

 

アーミアはスコールへと懇願するようにそう言った。スコールはしばらく考えるが、程なくして不意に溜息を吐いた。

 

『…………どうせ貴方のことだから、命令無視をしてもやるのよね?』

『まぁ、スコールの命令以外ならな』

『そう言って何度も撤退命令無視したわよ…………』

 

再び溜息を吐いたスコールは一息ついてから、全機に回線をつないだ。

 

『ファントム01より各機へ。これより隊を二分する。分割した小隊はファントム02が指揮をとる。ファントム05、オスプレイ26、そしてブラスト09はファントム02の指揮下に入りなさい。後の指示は02に仰いで。それ以外は順当にポイントを回るわ。それじゃ…………後はお願いね、オータム』

 

スコールはそう言うと、ファントム03とファントム04そしてファントム06を連れて機体を転進させた。その様子を見てアーミアはふと笑みをこぼしていた。

 

(全く…………索敵能力が低下するから、センサー系統を強化したスティレットSC型装備のマドカを付けやがって…………スコールも心配性だな、全く…………)

 

部隊の連中には本当過保護なんだから、と内心アーミアは呟いていた。実際、アーミアの機体であるウェアウルフ・ストライカー(M32FP)は近接戦闘に備えるため、一部の電子装備を装甲に振り直している。また、攻撃特化のスティレットE型と素のウェアウルフでも索敵範囲があまり大きくはない。故に、狙撃と情報収集能力を強化したスティレットSC型をスコールはこの小隊に振り分けたのだ。お陰で部隊全体としての情報収集能力は高まった。過保護とか言ってはいるが、アーミアとしてこれは非常にありがたいものだった。

 

『さて、お前ら。俺たちは先にポイント04へと向かうぞ』

『『『了解』』』

 

全員の装備を把握したアーミアはエイミーが提示したポイントへ向けて移動を開始した。時折吹く風が砂漠に生える背丈の高い草や低木を揺らし、どこか不穏な雰囲気を醸し出している。だが、そんな事に構う事なく、小隊はポイントへ向けて歩みを進めていった。

 

『確かお前、エイミー…………だっけか?』

 

そんな時、アーミアはふとエイミーに個別回線を開いた。突然かかってきた通信にエイミーは少し驚いてしまったが、なるべく平常通りに対応しようとした。

 

「は、はい。その通りです、カリウス中尉…………」

『アーミアでもオータムでも好きなように呼んで構わねえよ。俺は荒くれ者の海兵隊出身だから、礼儀なんてなくて十分さ』

「は、はぁ…………」

 

アーミアはあっけからんもなくそう言うが、当のエイミーは困惑を隠せずにいた。それって上官不敬罪とかに抵触しないんですか?——内心そう思った彼女だが、上官が名前で呼べといってきているのだからそれに従うべきなのかもしれない。

 

「で、ではカリウス中尉…………一体何の御用でしょうか?」

『…………真面目だな、お前。まぁいいか。俺がお前さんに聞きたかったのは、なんであのポイントを指定したかだ』

 

しかし、真面目気質のエイミーがそう簡単に名前呼びすることはなく、普通にアーミアの事を呼んだ。その事にアーミアは少し呆れそうになったが、気を取り直してエイミーにどうしてこの場所を指定したのか問う。この場所は周囲が背丈の高い草で覆われているとはいえ、ほとんどが岩石と砂に覆われている。だが、ネヴァダではどこでも見られる平凡な景観だ。それだけなら同じような景観をした他のポイントもあったはず、なのにどうしてここを選んだのか…………アーミアはそれが気になっていた。

 

『こんなとこ、ネヴァダじゃいくらでもあるだろ。なのに、お前さんはここを選んだ…………他のポイントを出さずにな。…………お前、実は直感だけじゃねえだろ、ここを選んだ理由』

 

アーミアにそう言われて、エイミーは驚きを隠せなかった。確かに自分がここを選んだのは直感的だ。だが本当は…………もう一つの理由があった。

 

『別に言いたくなかったら言わなくてもいい。単に俺が気になっただけだ』

「いえ…………何かトラブルの種になるかもしれないので言います…………」

 

エイミーは一度息を整えてから言葉を紡ごうとする。何やら息苦しいような気持ちにはなってきたが、それは頭部を覆うバイザーのせいだと彼女は決めつける。軽く深呼吸をした彼女は静かに言葉を漏らした。

 

「その場所…………マーカス少尉が最期まで戦っていた場所なんです…………」

『そうか…………つまり、今回の件は彼奴となにか関係あるんじゃねえか、そういうわけなんだな?』

「…………はい」

 

アーミアからしてみればエイミーの答えはある意味予想通りのものだった。あそこまでマーカスの仇を討ちたいと言っていた彼女の事だ、彼に関する情報となにかを結びつけるかもしれないとアーミアは思っていたのだ。

 

『わかった。だが、今回の件に彼奴が関係あるかわからないぞ? 唯一わかっているのは、確認された機体コードが[UNIT201]ってだけだ。って事で、個人回線終了』

 

そう言ってアーミアは個人回線を閉じた。彼女から聞かされた突然の情報。[UNIT201]——その機体コードをエイミーが忘れるはずもない。なぜなら、その機体コードは——そう思ったところで、エイミーの思考はキャンセルされた。

 

『ファントム05よりファントム02。まずい、この先にアントを二機確認した。解析したデータを各機に送る』

『なんかきなくせえ感じがすると思ったら、まさか敵が出てくるとはなぁ…………』

 

マドカのスティレットがアントを捕捉した。行動からして未だに気づいてはいないようだが、いつ攻撃を加えられるかわからない。アーミアはハンドサインでその場に姿勢を低くして待機するよう指示を出した。

 

『敵の数は二機だが、どうなるかわからねえ。ひとまず、スコール達に応援を頼んで——』

 

アーミアがスコール達に応援を依頼しようとした時だった。突如として鳴り響く履帯の音。その音のする方へ目を向ければバイザーを光らせ、加速していくカーキ色の機体——エイミーのウェアウルフの姿があった。

 

『ブラスト09!? お前何をしてんだ!? 待機っつったろ!!』

「すみません…………でも、彼奴らだけは…………っ!!」

 

エイミーの見つめる先、そこにいた二体のアントはどちらもウォーサイズを携えた機体…………マーカスに致命傷を負わせ、そしてその命を刈り取った者とほぼ同じ装備だった。そのアントが彼の命を奪ったのかどうかはわからない。だが、今のエイミーにそんなことは関係なく、装備が同じであれば仇としか認識していなかった。彼女は漏らした言葉に怒りを含めながら、敵に向かって突き進んでいく。

 

『命令無視しまくってる俺が言えた事じゃねえけど、命令を無視すんな! ——まぁ、大人しくしてるよりはこっちの方がいいか! お前ら、さっさと彼奴らを潰してずらかるぞ!』

『『了解!!』』

 

命令違反とは言え、単機で突っ込ませるほどアーミアは鬼ではない。むしろ、自らが出した命令を変え、自分達も突撃しようとする始末だ。だが、先走っていったエイミーには未だ追いつけていない。

 

(見つけた…………! これで…………これで…………ッ!!)

 

エイミーは照準を一機のアントに絞り、両背部の滑腔砲を放った。放たれた装填筒付翼安定徹甲弾はアントの左肩に着弾、その腕を吹き飛ばす。それによってバランスを崩すアントだが、同時に迫ってくるエイミーの姿を見つけ、彼女へ向かって突撃していった。

 

「上等ォォォォォッ!!」

 

エイミーは右手にタクティカルナイフを抜刀、左手にサブマシンガンを展開して射撃を開始する。放たれる銃弾をアントは避け、突き進んでくる。アントのうち左腕を喪失した機体は一気に前へと躍り出て、近接戦闘の距離まで詰めてきた。そして振るわれる大鎌。範囲とリーチに秀でているそれをエイミーは紙一重で躱すと、サブマシンガンを格納してアントに急接近し、空いた左手でウォーサイズを構えている腕を押さえつけた。

 

「邪魔!!」

 

エイミーはタクティカルナイフを振るい、今度は右腕を肘先から切断した。両腕を失ったことで戦闘力を喪失したアントだが、その程度で今のエイミーが怒りを治めるわけがない。切断した右腕を捨て、丸腰となったアントに向けて回し蹴りを放つ。両腕を失いバランスを保てなくなったアントは姿勢を崩し、地面に伏す。胸部を踏みつけ、身動きが取れないようにするエイミー。アントは抜け出そうともがくも、逃れる術はない。エイミーはウェアウルフの装甲で固められた脚部で、アントの頭を踏み砕いた。金属がひしゃげる音と、ケーブルが千切れる音がまるで断末魔のように鳴り響く。トドメと言わんばかりに胴体にタクティカルナイフを突き刺す。一度痙攣するような動きを見せたアントだが、その動きを最後に動きを完全に止めた。

 

『————』

 

だが、まだもう一機が残っている。残された方は未だ損傷はなく、十分な機動性を有している。それを遺憾なく発揮、エイミー目掛けて跳躍し、ウォーサイズを振り上げた。あの高度からの一撃であれば、いくら強固なウェアウルフの装甲といえど容易に貫かれてしまうだろう。

 

「ッ——!!」

 

エイミーは履帯ユニットを展開、その場から一気に後退する。直後、数秒前にエイミーのいた場所へウォーサイズが突き刺さった。深々と突き刺さったそれは岩盤へ深々と食い込み、アントの動きを制限する。その間にエイミーは先ほど倒したアントが持っていたウォーサイズを拾い上げていた。

 

「こいつで…………ッ!!」

 

エイミーは一気にアントへと急接近する。同時に、アントも突き刺さったウォーサイズを引き抜き終えていたが、既に手遅れであった。エイミーはその手に構えたウォーサイズをアントの背面へと突き刺した。胴体を貫かれはしたが、機能中枢までは破壊されていないのか、もがいて抜け出そうとするアント。

 

「おらぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

だが、今対峙しているのは怒りに身を任せた獣。エイミーは突き刺したウォーサイズを回転させ、横薙ぎに振り抜いた。アントはの一撃でフレームが抉られ、千切れたケーブルが胴体側面から垂れ下がっているが、それでもなお動く事をやめない。無人兵器であるアントならではのことであるが、あの場で機能を停止していた方がアントにとっては良かったのかもしれない。

 

「とどめぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

エイミーはウォーサイズを振り上げ、そのままアントの頭部へと振り下ろした。勢いよく振り下ろされたそれは突き刺さるだけでは収まらず、頭部と胴体前面を大きく抉り、パーツを吹き飛ばす。機能中枢を喪失したアントはその場に崩れ落ちた。そのような状態になったアントに向かって、エイミーは無言でウォーサイズを突き刺した。彼女の頭の中に『容赦』の二文字はない。あるのは目の前の敵を破壊することだけ。だが、それでも…………復讐に駆られていた彼女の心を満たす事には至らなかった。感じていたのは唯の虚無感。ただ呆然と彼女はそこに立っていたのだった。

 

『——スト09! 応答しろ、ブラスト09!! 聞こえているのか、エイミー!!』

 

そんな彼女を呼び覚ますようにレーアが彼女の名前を呼ぶ。その声を聞いてエイミーはゆっくりとだがレーアの方へ頭を向けた。

 

「…………私は大丈夫です。敵もちゃんと撃破しましたよ…………」

『そいつはそうなんだがな…………ひっでえ惨状だな、これ。オーバーキルもいいところじゃねえか? お茶の間で放送できねえぞ』

『人間で言ったら、頭を粉砕されて心臓を刺され、もう一つは顔を剥ぎ取られてハラワタを掻き出されたような状態だからな…………機械だったのがせめてもの救いか…………』

 

レーアより遅れて到着したアーミアとマドカは思わずそう言葉を漏らしてしまった。無理もない。頭部を完膚なきまで破壊されたアントの残骸に、飛び散った破片やケーブルがその戦闘の凄まじさを物語っている。二人は、この時だけはアントが無人兵器であった事を喜ばしく思えてしまった。もしこれを人間だったと仮定したら、一面血の海に変わっていたに違いない。

 

『そういや、そいつら以外に敵影はあったか?』

「いえ…………私は見てませんよ?」

 

周辺に敵の影はない。実際、エイミーが交戦した二機以外にアントは出現していなかった。本来、集団で攻めてくるアントが分隊規模でしか存在していないということは、アーミアの経験上まずありえない。ただでさえ混迷化した状況から抜け出すために策を変えたというに、さらなる謎を呼び込んできたこの状況。そんな時だった。音速で飛来した物が彼女達の後方を吹き飛ばした。

 

『な、なんだ!? どこからの砲撃だ!?』

『推定二時の方向! ファントム05、解析を!』

『り、了解だ!』

『ひとまず、一旦散開だ!!』

 

突然の砲撃に驚く三人だが、エイミーは別の意味でこの砲撃に対して驚いていた。あの弾速と射程…………エイミーの頭の中には一つだけ、この攻撃が可能な武器が思い浮かんでいた。だが、それは本来ありえないもの。自軍を攻撃する自軍の武器など存在してはいけないのだ。

 

『解析結果、出たぞ…………』

 

散開して岩陰に身を潜めていた三人へマドカが解析した結果を伝える。だが、その口調はどこか重々しい雰囲気を出していた。思わず緊張がエイミーに走る。自分が想定している最悪の結果になって欲しくない——そう彼女は願っていた。

 

『情報に少し乱れがあったが、確実な方で言えば、砲撃してきたやつの識別信号は[M38 UNIT201]…………ウェアウルフ・ブルーパー・セカンドのものだ。一先ず報告して、鹵獲か撃破のどちらを選択すべきか打診するぞ』

 

——だが、その願いは無情にも自身の想定を上回る最悪の結果として打ち砕かれてしまった。敵は、砲撃してきたのは、何者だと報告された…………? ブルーパー・セカンド…………? 201…………? エイミーの思考は報告された情報を飲み込めずにいた。むしろ信じたくはなかったのかもしれない。報告された識別信号、それは紛れもなく——

 

(マーカス少尉のブルーパー・セカンド…………!?)

 

そう思った彼女が行動を起こすのにそう時間はかからなかった。岩陰から飛び出したエイミーは履帯ユニットを展開、一直線に敵へと突き進んでいく。

 

『お、おい!? 一人で行くな! 死ぬ気かお前!?』

「…………」

 

アーミアの言葉に反応を示さないエイミー。彼女の目に映っていたのは、[M38 UNIT201]と[XFA-01 UNIT201]を交互に表示している赤い光点のみ。赤い光点が指し示すものは——(アント)。それが何を意味しているのか、エイミーは自らの目で確かめるべく突き進んだ。

 

『あいつ俺より命令違反してねえか!? そうそうあんなやついねえぞ!?』

『そうぼやいている場合じゃない…………付近にアントの反応が出た。数は全部で二十。それと、本部から通信。『奴を正式に[XFA-01 ウェアウルフ・スペクター]と呼称、速やかに排除せよ』との事だ』

『仕方ない…………早い所片付けてエイミーの支援に向かうとしましょう…………!』

『戦闘は避けられねえってか…………スコール達に応援を要請したが、その前に駆逐しちまうとしようぜ!!』

 

ぼやいている暇も嘆いている暇もない。命令を下された以上、それを全うするのが軍人としての責務。アーミア、マドカ、レーアはそれぞれの得物を取り出してアント群への攻撃を開始した。

 

『先手は貰うぞ!!』

 

突撃するアーミアとレーアを支援するようにマドカはスナイパーライフルによる狙撃を行う。一体のアントに着弾したが、その程度で奴らの進軍速度が低下することなどない。

 

『オラオラオラァァァァァッ!! 甘ーんだよ、雑魚どもがぁっ!!』

 

だが、その先に待ち受けているのは近接戦闘に特化した改装を施されたアーミアのウェアウルフ・ストライカー。両腕のダブルバレルガンとバヨネットナイフを用いて攻撃を加えていく。二体程倒したようだが、いかんせん数の差が激しい。

 

『ファントム02、支援しますよ!』

 

敵に囲まれかけていたアーミアを援護するべくレーアがガトリングガンによる牽制を行う。自身を破壊するに充分な威力をあのガトリングガンが有していることを知ってなのか、アントは大きく距離を取っていく。即席の連携ではあるが、それでも充分機能していた。

 

(あと少し…………あと少し…………!!)

 

その頃、エイミーは表示が[XFA-01 UNIT201]へと改められていた光点まであと少しというところまで接近していた。間も無く目標が視認できる、その正体を知ることができると彼女は思っていた。だが、近づくにつれて攻撃の密度が上がっていく。最初は砲撃だけだったのだが、今ではグレネードまでが飛んできているのだ。エイミーはそれらを躱しながら彼我の距離を詰めていった。

 

(目標、視認圏な——)

 

心の中でそう言葉を漏らした時、エイミーの目には衝撃的な光景が映ってきていた。頭部こそ白くのっぺりとしたものへと換装されているが、左背面に集中配備された二門のロングレンジキャノン、右肩に装備された二枚のシールド…………カラーリングこそ夜に溶け込むよう漆黒に染められているが、ほとんどの特徴はエイミーに取って見覚えのあるものだった。いや、見覚えのある程度では済まない。あの装備、あの姿はまさしく——

 

(マーカス少尉のブルーパー・セカンド…………!!)

 

確認したエイミーは思わず奥歯を噛み締める。その黒く染まった装束を纏った姿は、命を犠牲にしてまでも自らの命を救ってくれた彼に対する冒涜でしかないとエイミーは感じていた。同時に、あの白いパーツが彼を操っているようにも思えてきて、今すぐにでもスペクターを撃破したい気持ちになっていた。

スペクターの二門あるロングレンジキャノンの内、外側の砲がエイミーに照準を絞った。エイミーは本能的に自分が狙われていると察し、その場から退避する。直後、砂が舞い上がった。向こうは自分を殺しにかかってきている…………ならばこちらも同様に攻撃するのみ——目の前の亡霊を倒すべく、エイミーは両背部の滑腔砲を同時に放った。

 

「こいつで——ッ!」

 

だが、放たれた二発の砲弾はどちらも避けられてしまう。別にそれは構わなかった。当たったところで、あのブルーパー由来の重装甲がいかなる攻撃であろうとも跳ね返してしまうだろう。しかし、今のエイミーにとって有効打となりうるのは滑腔砲によるAPFSDSの砲撃しかないのも事実だ。そして、その一撃を頭部に叩き込むしか、あのスペクターを倒す方法は無いと彼女は直感で理解していた。

 

(次こそは…………!!)

 

装填が完了した滑腔砲を再び放つ。今度はそれぞれ発射タイミングをずらした偏差射撃だ。一発は左肩の増加装甲に当たり、大したダメージを与えられていないようだったが、もう一発は頭部への直撃コースを突き進んでいた。これなら確実に当たる——そう思ったエイミーだったが、直様現実というものを知らされる。

 

『————』

「なっ…………!?」

 

スペクターは二枚あるシールドの内、一枚を展開し、自身の頭部の前にかざした。均質圧延鋼板と無拘束セラミックスによる複合装甲によって生み出された非常に強固なシールドは、ウェアウルフの持つ滑腔砲の直撃をもってしても、刺さりはしたが貫くことはなかった。その驚異的な防御力を前にして彼女は驚きの声を上げるが、すぐにそれに納得した。陸戦型フレームアームズであるウェアウルフ(轟雷)ファミリーは戦線を構築し、それを維持するという戦車と同じ運用をされている。そのウェアウルフの耐久性を高めるという改装を施されたブルーパーならその程度受け止められてもおかしくは無い。味方なら嬉しい防御力であるが、敵に回った今、彼女はそれが忌々しく思えていたのだった。

 

「ちぃっ…………!!」

 

だが、そんな事を考えている余裕などない。もう一枚のシールドが跳ねあげられたと思いきや、そこから六発の対地ミサイルが放たれた。エイミーは履帯を展開して高速移動を開始するとともに、フレアランチャーを取り出し、自身の後方に射出した。赤外線ホーミングで、なおかつ誘導性能の低いミサイルだったおかげか、フレアに誘導され、エイミーに当たることはなかった。自分の後方で生じた爆発に安堵を感じるエイミーだったが、その気の緩みが綻びを生み出した。

 

「ぐうっ…………!!」

 

再び舞い上がる砂塵。エイミーは自然と装甲の薄い頭部バイザーを守るかのように腕を構えた。頭部は様々な電子機器や外部カメラを搭載している為、特にカメラのあるバイザー部は薄くなっているのだ。飛んできた握りこぶし大の石が直撃し、操縦者が重傷を負った事例がある以上、そう教えられてきた彼女達は自然と防御体勢をとってしまった。同時に、足までもが止まってしまった。それを見逃すスペクターではない。

 

『————』

「ッ…………!?」

 

エイミーが防御体勢をとった直後、左腕に何かが着弾した。衝撃が機体を激しく揺らす。同時に表示される『左腕損傷』の文字。左腕の装甲が吹き飛ばされ、その下に隠れているアーキテクトがむき出しとなっていた。アーキテクトは単なるフレームである以上、装甲ほどの防御力はない。むしろ、ほぼないと言っても過言ではない。

 

(このままじゃ…………!!)

 

再び鳴り響くミサイル接近警報。エイミーはフレアを撒くことすら忘れ、直様その場から退避する。状況は彼女が極めて不利だった。離れればあの長距離砲が、近づけばグレネードとミサイルを放たれる。加えて損傷もない…………既に左腕の装甲を失ってしまっているエイミーにとって、スペクターはある種の要塞にも見えなくもなかった。

 

『こちらファントム03だ! ブラスト09、支援するぞ!』

 

そんな時、突如としてかかってくる味方からの通信。アーミアの通信を応じたスコールの隊が到着したのだ。エイミーは自分からそう遠くない位置にまで近づいているファントム03のブルーパーを確認した。ファントム03が構えていたスナイパーライフルが放たれる。その一撃はミサイルを放つ為展開して伸びきっていたスペクターのシールド接続アームを吹き飛ばす。

 

『ブラスト09、無事か!?』

 

エイミーの容態を確認する為、ファントム03は彼女に声をかける。いくらアーキテクトがまだ無事であるとはいえ、ダメージを受けていないとは言い切れない。実際には、奇跡的にもエイミーに怪我などは無く、まだ戦闘行動を行うのに十分であった。その事を伝えようと口を開こうとしたエイミーだったが、直後に鳴り響いた照準警報に、頭の中で思っていた言葉とは違った言葉が口から出ていた。

 

「ファントム03! そこから退避を!!」

『へぁ——』

 

刹那、ブルーパーの装甲が弾け飛んだ。狙撃のために足を止めていたブルーパーへスペクターはロングレンジキャノンの照準を合わせ、一切の躊躇などなく放ったのだった。胴体の中央部を撃たれ、上半身と下半身が分離した状態で地に伏せるブルーパー。既に死んでいるにもかかわらず、スペクターは残された上半身に砲弾を叩き込む。ロングレンジキャノンに装填されていた弾薬に引火したのか、残骸は爆炎に飲まれる。友軍がこう呆気もなく、無残に殺されてしまったことで、その怒りをさらに強めたエイミーはスペクターを睨みつける。やはり奴は死者を冒涜するような存在だ——そう思った時には既に彼女はスペクターに向けて駆け出していたのだった。

 

「あぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

左腕の装甲を失ったからなのか、それともウェアウルフが彼女の感情に呼応しているからなのか、今のウェアウルフは通常よりも速度が出ていた。砂を巻き上げ突き進み続けるウェアウルフ。それを止めるべくスペクターはロングレンジキャノンやグレネードを放つも、それらに臆することなくエイミーは進み続ける。

 

『こちらファントム04だ! ブラスト09、援護するぞ!!』

 

スペクターへと突撃していくエイミーの姿を見て、スコールやアーミアとともにアントの掃討を行なっていたファントム04がエイミーの支援にはいる。ファントム04のウェアウルフ・アベンジャーはアサルトライフルを放ちながら、スペクターの注意を自身へと向けさせる。実際、突撃してきているエイミーよりも、自身へと攻撃を加えているファントム04を脅威だと判断したのか、スペクターはロングレンジキャノンの照準をファントム04へ絞った。その間もグレネードによるエイミーへの牽制は続いていた。

そして放たれる砲弾。だが、重装備をしているスペクターより軽装なアベンジャーは寸でのところで砲弾を躱した。後方で爆ぜる砲弾は成形炸薬弾——装弾筒付翼安定徹甲弾よりは弾速が遅い弾であった事も幸いしたのだろう。

 

『へっ! いくらプラズマサボット方式でも、足の遅えHE弾なら避けられるっての!!』

 

初弾を躱したファントム04はそう言うが、スペクターはもう一門の砲の照準を既に合わせ終えていた。次も躱してやるよ——そう意気込むファントム04。先ほどの一撃を躱した事で妙な自信をつけたのだろう。そして、外側の砲が火を噴いた。

 

『なぁっ…………!? きゃ、キャニスターだと…………!?』

 

だが、放たれた砲弾は暫く飛翔したのち、幾多ものベアリングボールを撒き散らした。キャニスターである。本来群がっているアントへ撃ち込む事で効果を発揮する砲弾であるが、スペクターはそれをアベンジャーへと放った。無数の小鉄球がアベンジャーの装甲を叩く。アサルトライフルの弾倉に着弾して誘爆する事だけは避けるべく、ファントム04はその場で武装を投棄した。

 

「ファントム04!」

 

エイミーが呼びかけるも時既に遅かった。キャニスターを受け止めるためにファントム04は足を止めてしまった。その瞬間、プラズマサボットとリニアレールによって加速された装弾筒付翼安定徹甲弾が、アベンジャーの胸部装甲を穿った。心臓と片方の肺を潰されたファントム04は断末魔をあげる事なく、その場に崩れ落ちる。即死だった。

 

「っ…………!!」

 

再び味方が無残に殺されていく様を見たエイミーは怒りに我を忘れそうになるが、奥歯を噛み締めて理性を保たせ、目の前のスペクターを見据えた。だが、ファントム04の死は無駄ではない。スペクターのシールド裏に搭載されたグレネードランチャーは、その設置場所故、照準が極めて甘かった。そして、彼が命を懸けて時間を稼いでくれたおかげで、エイミーはロングレンジキャノンのもう一つの射程範囲外(・・・・)に到達していた。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

スペクターの至近距離まで接近していたエイミーは声にならない声をあげ、滑腔砲を放つ事も忘れ、スペクターの頭を殴りつけた。フレームアームズのマニピュレーターは殴るといった行為もできるほど強固にできているが、今のエイミーはマニピュレーターを『ワイルドハンド』と呼ばれる出力とフレームを強化したものへと換装している。彼女はその手を緩めることはなく、幾度となく殴りつける。スペクターは抵抗するも、エイミーの手が止まることはない。そして、スペクターの頭部にエイミーのストレートが叩き込まれる。強度を増した拳の一撃を受け、白いバイザーをひしゃげさせたスペクターは大きく頭部を揺さぶられるが、反撃とばかりにグレネードランチャーを放った。相打ち覚悟で放たれたそのグレネード弾は、エイミーの左背部の滑腔砲を吹き飛ばし、両者を爆炎で包み込む。辺りは一瞬激しい光によって照らされた。スペクターは爆炎から脱するも、グレネードランチャーは既に使い物にならなくなっており、その白い頭部にも煤が付いていた。

 

「お前がぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

だが、エイミーもあれだけの爆炎に包まれたにもかかわらず、攻撃を継続する意思は消えていなかった。エイミーはグレネードが着弾する直前、左背部の滑腔砲を投棄していた。それが幸いしたのか、誘爆による爆炎はエイミーよりわずかに離れた場所で生じたのだ。そのお陰で大破することはなかったウェアウルフだが、右背部の滑腔砲はなんとか生きているという状態で、一発でも撃とうものなら砲身破裂を引き起こしてもおかしくない。さらに装甲の至る場所が煤焦げ、頭部のクリアバイザーには亀裂が一条入っているほどだ。それでも、履帯を使って加速し、強引に跳躍したエイミーはスペクターの胸部へと向かってタクティカルナイフを突き出していた。いくら安定性の高いブルーパーをベースとしているとはいえ、加速のついたフレームアームズを受け止められるほどではない。ナイフを右胸部に突き刺され、バランスを崩したスペクターは背面から砂地へと倒れ込んだ。マウントを取るような体勢をとったエイミーは、深々と突き刺したナイフを引き抜く。無理やり捻り抜いたせいか、スペクターの胸部装甲に割れ目が入った。エイミーは左手でスペクターの頸部を押さえつけ、その装甲の割れ目にハンドガンの銃口をねじ込ませた。

しかし、スペクターもただ地に伏せられている訳ではない。頸部を掴まれてもなお、動かせる左手でエイミーの顔を鷲掴みにした。損傷していたこともあってか、掴まれた時の衝撃でウェアウルフのバイザーには不気味な音を立ててヒビが多数走っていく。

 

「こいつで…………くたばれぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

エイミーはねじ込んだハンドガンを放ち続けた。装填されていた徹甲榴弾(APHE)がスペクターの内部構造を破壊していく。彼女はトリガーから指を離さない。内部で引き起こされた爆発はスペクターの厚い装甲によって外へ逃れることなどできず、中でその暴力を振るい続ける。

 

「はあっ…………はあっ…………」

 

トリガーを引き続けるも、無機質な音だけが虚しく響き渡った。周囲には空になった薬莢が撒き散らされている。ハンドガンに装填されていた全ての徹甲榴弾を受けたスペクターは、ぐしゃぐしゃとなった頭部バイザーの隙間から、センサーを数回点滅させると、その光を落とした。エイミーの頭を掴んでいた左腕も力なく地へ垂れる。エイミーの目には既にスクラップも同然となったスペクターが昇りつつある太陽に少し照らされた姿が目に入る。

 

「っ…………」

 

エイミーは思わず空へと顔を上げた。東の空が明るくなりつつある。それが刺激となったのかはわからないが、彼女は目を閉じた。

 

『——スト09! 応答しろ、ブラスト09! 聞こえてるのか、エイミー! 返事をしろ!! おい——』

 

レーアがエイミーの事を心配して呼びかける声が聞こえていたが、彼女は答えなかった。いや、答えることができなかったと言った方が正しい。彼女の心の内は、自分が慕っていた上官であり同僚を殺した敵を討ったことと、その同僚を模した機体を倒した事にわずかな満足を感じていたが、同時にそんな事をしても彼が戻ってこない事を改めて認識させられ、その虚しさも相まって胸の内がぐちゃぐちゃになっていたのだった。

 

「…………ぐっ…………ぁぁぁぁぁ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————ッ!!」

 

堰を切ったかのように、エイミーは声にならない叫び声を上げる。やり場のない、自身でも理解できてない感情が行き先もわからずに放出されていく。そんな彼女の姿と、二名の犠牲を払って倒されたスペクターは、砂漠に昇った太陽に照らされた。スペクターを示す[XFA-01 UNIT201]の光点が光を失ったのは、それより暫く前の事だった。





・M32FP ウェアウルフ・ストライカー

近接戦闘に対して難があったウェアウルフを格闘戦仕様に改装した機体。両腕にバヨネットナイフを装着したダブルバレルガンを装備しており、そのほかにもタクティカルナイフや、ショットガンを格納装備としている。しかし、バランスの悪い機体である事は否めず、後に日本で開発される三二式伍型丙 漸雷(M32Type5 ウェアウルフ・アベンジャー)を導入する事になる。それでも一部のパイロットはこの機体を今でも使い続けている。



・M32Type5E8 アベンジャー・イージーエイト

導入されたウェアウルフ・アベンジャーの性能を全体的に強化した機体。主に指揮官機として配備されることが多い。特長がないのが特徴と揶揄されることもあるが、それだけ本機が汎用性を突き詰めた機体である事を証明している証拠だ。なお、イージーエイトはEのフォネティックコードであるイージーからつけられている。Eのフォネティックコードは本来エコーであるが、第二次大戦時のある中戦車につけられていたコードからの系譜という事でイージーとつけられている。





今回はこの二機について軽く紹介しました。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.36

テレビス様、ケチャップの伝道師様、評価をつけてくださりありがとうございます。
また、誤字報告をしてくださった皆様、本当にありがとうございます。



どうも、先日FA.Gアーテルが届いて、コトブキヤの謎のこだわりを実感した紅椿の芽です。



本当、アーテル凄いですよ。これは買う価値あります。とはいえ、偏向メッキパーツを普通のモデラーズニッパーで切り出すのが怖くて、薄刃か片刃のニッパーを買おうと思ってるのですが、何かオススメってありますか?



さて、そんなパーツへの恐怖を感じている作者のことは置いておくとして、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





——ウェアウルフ・スペクターと再び邂逅を果たしたエイミーは、かつての事を思い出していた。同僚を殺され、そして彼が用いていた機体を模した機体で戦場に姿を現した亡霊。その亡霊はエイミーの手によって既に倒されていた筈だった。だが、彼女の見つめる戦況マップに表示されている光点のコードは[XFA-01 UNIT201]——紛れも無い、ウェアウルフ・スペクターそのものの型式番号。その事実が、彼女の怒りをさらに煽った。

 

「此の期に及んでまで…………お前はどこまで彼を愚弄すれば気がすむんだぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

エイミーは滑腔砲を両門同時に放った。この距離ならば確実にダメージが入る——彼女はそう思っていた。いくら相手がブルーパーの装甲を有しているとしても、この近距離で放たれた砲弾なら貫徹するのは容易な事だ。

 

「くっ…………!!」

 

だが、結果は違った。スペクターは徐に右手を前に突き出すと、どこから現れたのかわからない盾を構えたアントが砲弾を受けたのだ。無論、攻撃を受けたアントは盾ごと貫かれその場に崩れ落ちる。それと同時に鳴り響く照準警報。エイミーは反射的にエクステンドブースターを点火しその場から離脱する。直後、グレネード弾がエイミーが数瞬前までいた場所を吹き飛ばした。シールドとしても活用可能なオーバードマニピュレーターの甲をかざし、飛び散る破片を防ぐエイミー。エイミーは一度体勢を立て直すべく、履帯ユニットを展開し、後退した。その時になって彼女は自分の置かれている状況に漸く気がついた。

 

「ッ…………!!」

 

目の前にはウォーサイズと大盾を構えたアントが、今にも自分にその大鎌を振り下ろさんとしていた。このままでは確実に命を刈り取られてしまうだろう。彼女は左の拳を開き、その鋭利な爪をアントに向かって振り下ろした。ウォーサイズをも巻き込んだその一撃は、向こうの得物をへし折り、大盾を貫き、本体を引き裂いた。彼女はスクラップと化したアントを払いのける。

 

「忌々しい…………!!」

 

しかし、状況は一向に不利なままであった。エイミーの見つめる先には、先程倒したアントと同様の装備をしたアントが三体いる。そのアントを従えるかのようにスペクターは両腕を広げていた。まるで死神を使える冥界の主のようだ。そして、その装備は…………かつてエイミーの同僚であるマーカスを討ったアントのものと似た構成であった。彼を殺した機体と、殺された彼の機体を模した亡霊…………エイミーの怒りは限界を超えていた。

 

「お前がっ…………お前達がぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

どこまで彼の事を愚弄すれば気がすむのか——彼女は今も自分の心と思い出の中で生き続けている彼を侮辱されたようにも思えた。怒りに身を任せ、スペクターに向かって突撃したエイミーはエクステンドブースターで跳躍し、その禍々しい拳を振り下ろしたのだった。

 

◇◇◇

 

『こちらフェンサー15! 一夏さん、ラウラさん、支援しますわ!!』

『バオフェン05よ! 先に突っ込ませてもらうわ!』

 

あの黒い榴雷——ウェアウルフ・スペクターと交戦を開始してから一体どれほどの時間が経過したのだろうか…………防護板は幾多もの砲弾に穿たれ、既に二箇所が機能していない。ラウラの方は叢雲の砲弾を撃ち切ってしまったようで、連装リニアカノンと専用ライフルで対応している。

 

「これで残弾なし…………ッ!」

 

ハウザーモードにしていたセレクターライフルもとうとう榴弾が尽きてしまった。まぁ、非装甲アントが半分くらい片付いたから十分かもしれない。弾の切れたセレクターライフルを格納し、ロングレンジキャノンに榴弾を装填、曲射弾道で放った。本当ならMRSI(多砲弾同時着弾)砲撃を行いたいところなんだけど、あれを行うには仰角の変更をしなきゃいけないし、それをできる余裕があるかと言われたら、全然ない。というわけで、固定仰角での砲撃しかできないのだ。せめてもの救いといえば、セシリアと鈴が支援に来てくれたことかな…………相手する頭数が減って少しは楽になったかも。

 

『おい一夏! こっちは弾薬が厳しい! 早くあのスペクターとやらを潰さないと、こっちまで白兵戦をすることになるぞ!』

「わかってるよ! でも、あの装甲をぶち抜くには叢雲や私のロングレンジキャノンのような高初速砲か、近距離での滑腔砲しか手段がないの! こっちも砲撃を継続してるから、そっちを攻撃する余裕はないよ! セシリアはどうなの!?」

『ストロングライフルなら撃ち抜けるでしょうが、こちらはこちらの銃弾はロングレンジキャノンに比べたらかなり小さいですわ! それに、バイザーも強化されているようですし、頭部を潰すことも難しいと思われます!』

『ちょっと!? あの真っ黒い榴雷って何!? なんかガトリングガン撃ってきていて接近できそうにないんだけど!?』

 

完全に手詰まりといったところだよ。セシリアは長射程攻撃が可能だけど、直撃したところでどこまで有効打を与えられるか不明。一般的な装甲アントであるヴァイスハイトならバイザーを潰せるし、装甲もそこまで厚くないそうだから撃ち抜けるらしいけど、装甲がそれよりも厚い榴雷なら話は別。ラウラの持っている叢雲なら貫通させることも可能だけど、弾切れになっている。連装リニアカノンもそろそろ弾が心許なくなっている上に、今はキャニスターを装填しているようで弾種交換にちょっと時間がかかるそうだ。鈴からの報告によれば、大型のガトリングガンを取り出して攻撃してきているというから、榴雷の一番苦手な近接格闘戦に持ち込んで撃破することもできない。加えて私も支援砲撃から手が離せない…………完全に手詰まりになりつつある。

 

『ちいっ! 防護板をやられた! 移動する! セシリア、フォロー頼むぞ!』

『了解しましたわ!』

 

でも、そんな風に手をこまねいている余裕なんてない。ラウラが先程まで隠れていた防護板は破壊され、砕け散っていた。私が隠れている防護板も、あんな風に砕け散るのは時間の問題だ。何か別な方法は…………ロングレンジキャノンは支援砲撃で弾種交換なんてしてられないし、ラウラのシュヴァルツェ・ハーゼも継戦能力はあるが決定打に欠ける。かといってセシリアのラピエールじゃ火力不足、鈴の重レーザー砲はどうかわからないけど、使わないところを見ると弾切れの可能性が高い。

 

「鈴! 重レーザー砲の残弾は!?」

『残念だけど、弾切れよ! さっき大盾持ってる奴に撃ったのが最後!』

 

やっぱり弾切れだったみたいだ…………本当にどうしたらいいんだろ…………支援砲撃を行いながら使えそうな武器がないか、格納装備一覧を確認する私。とりあえず、アサルトライフルは火力不足、タクティカルナイフや日本刀型近接戦闘ブレードはそもそもで今は使えない。かといって火力のあるリボルビングバスターキャノンは、射出カプセルの迎撃でAPFSDSを全弾放ってしまっている。残っているのは制圧用の榴弾くらいだ。セレクターライフルのイオンレーザーライフルは使えるけど、射程外だし…………って、あれ? セレクターライフルって確かミサイルモジュールがあったはず…………その中に装填してあるのって…………。

 

「セシリア! スペクターの現在位置情報を送って!」

『わ、わかりましたが…………一体どうするつもりなんですの!?』

「いいから! 情報は常に最新のをお願い!」

『り、了解ですわ!』

 

私はグラインドクローラーを展開、榴弾を撃ちながら後退をし始めた。しっかりと地上を捉えた履帯は超重量の榴雷を素早く動かせてくれる。その間にミサイルモジュールへと換装を済ませたセレクターライフルを再び取り出す。今まで銃床代わりとして使っていたモジュールだけど、今はそれが銃口として取り付けられている。

 

『一夏! 何をする気だ!?』

「もしかするとスペクターを仕留められるかもしれない…………ラウラ! 鈴! 暫く敵を引きつけておいて! 射線は戦況マップにアップロードしておくから!」

『了解よ! その代わり早くしてね! こっちもあんまり持たないから!』

『それなりの自信があるみたいだな…………わかった。支援は任せてくれ!』

 

一番後方の防護板のところまで辿り着いた。その間、ラウラ、鈴は両サイドから攻撃を加えていて、注意をそっちに引きつけている。スペクターの注意も自然とそっちに向いているから、こっちの事は完全に気にしていないようだ。

 

『一夏さん! 最新のデータを送りますわ!』

「ありがとう、セシリア!」

 

セシリアからスペクターの現在情報が送られてきた。戦況マップにはスペクターの配置がしっかりと表示され、既にロックオンマーカーが展開されている。照準補正よし…………弾頭も正常…………発射モジュールにも異常無し…………長い間放置していた上に、一度も本来の用途で使ったことがないから不安だったけど、それは杞憂だったみたい。これなら…………いける。

 

「鈴! 射線上に入ってる! 戦況マップを確認して退避を!」

『十秒待って! こいつをスクラップに変えるから!』

 

その後暫くして戦況マップから赤い光点が一つ消えると共に、鈴が射線上より退避してくれた。射線上に味方機の反応は無し…………照準はスペクターへと確実に合わせてある。照準が合わさった事をにより、ミサイルモジュールの安全装置がオートで解除され、ミサイルハッチが開いていた。

 

「これでも…………食らえッ!!」

 

私は躊躇いなく両手のトリガーを引いた。その瞬間、放たれた八発のミサイルはAPFSDSにも匹敵する勢いで飛翔していった。直後、二機のスペクターに直撃するミサイル。そして、盛大な爆発を引き起こした。戦況マップを確認すると、スペクターを示していた二つの光点が消えていた。つまり…………あれを撃破したって事、だよね…………?

 

『なんなんですの今のは!? 戦車砲と同等の初速を持つミサイルなど聞いたことがありませんわ!?』

『今のはKEM(運動エネルギーミサイル)か? さらっと恐ろしいものを積み込んでいたのかお前は…………グスタフ(輝鎚)系列の装甲でも貫通する代物だろ、それ…………』

『…………一夏、あんたが少し物騒に思えてきたわよ…………』

 

私が今放ったミサイルはKinetic Energie Missile——運動エネルギーミサイルと呼ばれるもの。通常のミサイルは弾頭に成形炸薬弾を搭載しているけど、このミサイルはAPFSDSの弾芯と同じ材料で弾頭を作って、それを超音速で放つという、ミサイル版APFSDSといっても差し支えないものなのだ。その破壊力はもしかするとAPFSDS以上とかとも言われてるよ。そのせいで、模擬戦なんかじゃ過剰火力になるし、下手したらISを破壊しかねないから封印してたんだけどね。でも、今回はこれがあってよかったよ…………弾薬費は高くつくかもしれないけど。

 

「ま、まぁ、気にしたら負けだから…………それよりも、ラウラ。次の指示を」

『そうだな…………これより我々は残敵の掃討に当たる。各員、蟻共を駆逐せよ!』

『了解しましたわ!』

『了解よ!』

「了解!」

 

ラウラから出された新しい指示に従い、私はリボルビングバスターキャノンを展開する。装填するのは榴弾。両背部のロングレンジキャノンと合わせて、三門の重砲から榴弾を放った。さて…………一掃(Grand Slam)するとしますか!

 

◇◇◇

 

(一体これは…………何が起きている…………!?)

 

シャルロットと別れ、単独で行動していた箒が目にしたものは、今まで生きていて経験したこともないような衝撃的な現場だった。ヴァイスハイト八機が真紅の機体を取り囲んでいたのだ。その真紅の機体は所々損傷しているが、各所に散りばめられたクリスタルユニットからして、箒は妖雷のライブラリに載っていた[NSG-X1 フレズヴェルク]と似た系列の機体と判断、同時に敵の機体であると判断したのだった。だが、その考えがより一層彼女に困惑を引き起こす。なぜ自軍の機体に銃を向けているのか——ベリルショット・ランチャーを構えた八機のヴァイスハイトがどうして自軍の機体を拘束するような立ち位置にあるのか、それが理解できなかった。

 

(わからん…………何が起きているのかはわからないが…………相当とんでもないものを見ていることに間違いはなさそうだな…………)

 

もしかすると自分は夢でも見ているのかと箒は思ってしまうが、装甲を纏っている感覚がはっきりとしている以上、現実であるという事を思い知らされる。しかし、現実である事が分かったとしても、今の自分がこの全てを相手とることなどは不可能である事を彼女は理解している。故に敵が目の前にいるのに静観していなければならないこの状況が歯がゆくて仕方なかった。

 

『——ヨモヤ貴様ラニ…………コノ妾ガ追イ詰メラレルトハナ…………』

 

そんな時だった。どこからか声が聞こえてきたのだ。少々片言で話しているようにも聞こえてくるが…………その声は機械を通した女性のものに似たような声だ。付近に友軍機がいない事は箒も確認している。そうであるにも関わらず、声が聞こえてくる事に疑問を持たずにはいられなかった。

 

『——ダガ、ココデ引クワケニハイカンノダ…………!』

 

だが、そんな疑問はすぐに氷解することとなる。片膝をついていた真紅の機体がゆっくりとだが立ち上がったのだ。その時、妖雷の音響センサーはその機体から漏れ出てくる音を拾っていたのだ。間違いない、先ほどの声は奴のものだ——そう確信した箒はより一層警戒を強める。アントが言葉を交わすなどあり得ないことだが、そのような異常な事態に直面してしまっているのだ。警戒しない方がどうかしているだろう。真紅の機体は左手に持っている武装を展開し、その姿を大弓へと変化させる。また右手には刀身を紅く輝かせている大太刀を構えた。攻勢に出ようとしている真紅の機体を警戒してか、ヴァイスハイト達はベリルショット・ランチャーを一斉にその機体へと向けた。

 

『何処迄エネルギーガ持ツカワカラヌガ…………イザ、参ル——ッ!!』

 

それが合図だったのだろう。真紅の機体は体勢を低くして一機のヴァイスハイトへと突撃する。それを阻止するべく、八機のヴァイスハイトはベリルショット・ランチャーを放った。全部で十六発もの光弾が真紅の機体を掠めるが、止まる気配はない。そして、ヴァイスハイトの一機に接近した真紅の機体は片手で大太刀を振り抜いた。金属がひしゃげる音を立てながら胴体を切り裂かれるヴァイスハイト。残骸と変わり果てたそれを一瞥すると、真紅の機体は次の目標へと向かおうとする。しかし、振り返った先に待っていたのは光弾の応酬。何発かの着弾を許してしまった。

 

『グヌゥ…………ッ!!』

 

両腕を交差させ、防御体勢をとる真紅の機体。光弾の応酬は止まる事を知らない。装甲を穿ち、その真紅の身体は傷を一つまた一つを増やされていく。

 

(まさか、同士討ちなのか…………?)

 

その光景を物陰から見ていた箒はそう思わずにいられなかった。これを同士討ちと言わずしてなんと言うのだろうか。同時に一つの考えが彼女の頭をよぎる。

 

(敵の敵は味方、か…………ならばあの機体を利用させてもらうとしよう!!)

 

その考えに行き着いた彼女は両手にマルチランチャーを展開、攻撃を加えているヴァイスハイトへとイオンレーザーを放った。攻撃を受け右腕を捥がれるヴァイスハイト。突然の敵の乱入に対して残された七機は反射的に散開する。その間に箒はあの真紅の機体の元へ近づいていた。

 

『貴公…………何ノ真似ダ…………! 妾ニ情ケヲカケルツモリカ!』

「まさか本当に言葉を話をしているとはな…………なに、あいつらを駆逐するのが私の目的だ。情けをかけたつもりなどもとよりない。利用させてもらうぞ、貴様」

 

箒は先ほど右腕を吹き飛ばした機体に再び照準を合わせた。トリガーを引くまで一秒とかからない。だが、突如として敵機接近を知らせる警報が妖雷から鳴り響いた。背後に向かって警報マーカーが表示されている事にがついた箒は、振り向くと同時にマルチランチャーをフォームシフトさせた。

 

「くっ…………!」

 

折り畳まれた銃身からイオンレーザーソードが展開される。箒の振るった剣は、振り下ろされたベリルショット・ランチャーの銃身下部を受け止めていた。だが、このイオンレーザーソードはマルチランチャーの発射エネルギーを用いて展開している。そのため、マルチランチャーの残弾分しか稼動できない。しかも、マルチランチャーと違って常にエネルギーを垂れ流しているような状態だ。みるみるうちに減っていくエネルギー。

 

「こいつでも食らうがいい!!」

 

箒は左肩の四連ニードルガンを起動、四発のニードルを放つ。ヴァイスハイトの胸部装甲に直撃したものは弾かれてしまったが、頭部に着弾した二発はヴァイスハイトのバイザーを砕き、内部のセンサーを破壊する。視野を奪われたヴァイスハイトはなにやら戸惑うような動きを見せ、隙を晒してしまった。

 

「果てろ、機械風情」

 

箒はイオンレーザーソードでヴァイスハイトを袈裟斬りする。溶断された機体は物言わぬ骸と化し、その場に崩れ落ちた。彼女は目の前の機体が機能停止した事を確認せずに、その場から離れた。直後、着弾する光弾。間一髪で避けた箒であったが、その先には再びベリルショット・ランチャーを振り下ろそうとしているヴァイスハイトの姿があった。妖雷の機動性ならば強引に進路を変えることもできるが、それをすれば彼女の肉体に大きな負荷がかかってしまう。さらに、進路を変えたところで別のヴァイスハイトが攻撃をしてくる可能性もあった。

 

(手詰まり、といったところか…………無様だな、私も…………だが、此処で力尽きるわけにはいかない!!)

 

箒はエネルギー残量が心許ないイオンレーザーソードを構える。一閃だけでもいい、最初の一撃でもいなすことができればよかった。尤も、分の悪い賭けである事は彼女も理解していた。空中機動中にそのような事をすれば体勢を崩ししてしまう可能性がある事も。それでも、自身の死に場所が此処でない事は確かだ。緊張の一瞬が訪れようとしていた。

だが、その時間は訪れる事はなかった。目の前のヴァイスハイトが振り上げていた左腕は肩口より切り捨てられ、胴を貫かれていた。何が起きたのか一瞬わからなかった箒だったが、一度地面に足をつけ、体勢を立て直す。崩れ落ちるヴァイスハイトの影より姿を現したのは——

 

「ッ…………! お前…………」

『——勘違イスルナ。ドウヤラ貴公ト妾ノ目的ハ一致シテイル。故ニ貴公ヲ利用サセテ貰ッタダケダ』

「ふん…………満身創痍の身で言われても、虚勢にしか聞こえんぞ…………だが、此方も貴様を利用している事に変わりはない。一先ずここは——奴らを潰すぞ」

『百モ承知シテイル…………妾ノ足ヲ引ッ張ルナヨ、貴公』

「それは…………此方の台詞と言わせてもらおうか!」

 

真紅の機体に背中を預けた箒は、エネルギーの尽きたマルチランチャーを格納し、両腰のスラッブハンガーから近接戦闘ブレードを鞘より引き抜いた。日本国防軍の機体に配備されている日本刀型近接戦闘ブレードよりも一回り大きめの刀身を持つ太刀型近接戦闘ブレードだ。一本の真紅の機体も、大弓を格納し、長槍を構えていた。その機体の姿に箒は戦国武将のような雰囲気を感じ取っていたが、今はそちらに気を回している余裕などない。数を減らしたとはいえ、未だに五機のヴァイスハイトが残っている。立て続けに撃破され、ヴァイスハイト達は警戒をしているようにも感じられる。

 

「いざ——参るッ!!」『尋常ニ勝負!』

 

それを好機と見たのか、箒と真紅の機体はその場から一気に駆け出す。箒は再装填したニードルガンを放ちながらヴァイスハイトに牽制を行なっていく。しかし、奴らの持つ強固な装甲に阻まれ、牽制になっているかどうかも怪しい。攻撃を開始した事で、ヴァイスハイト達もその場から散開、飛び散り、それぞれが攻撃を開始した。光弾が次から次へと放たれ、地面を穿っていく。箒はそれらを紙一重で躱していき、一機へと肉薄した。狙いを定められたヴァイスハイトは攻撃の手としてベリルショット・ランチャーの銃身を振り下ろす。翡翠色に輝く刀身が箒の肩へと食い込まれる直前、彼女の振るった太刀型近接戦闘ブレードによって、ヴァイスハイトの胴は切り裂かれた。イオンレーザーソードで溶断した時とは違い、金属が強引に引き裂かれ、その時に立てる金切り音が林の中へ不気味に木霊する。

 

「まずは一つ…………!」

 

箒が一機を撃破した時、真紅の機体は二機のヴァイスハイトを相手にとっていた。両方のベリルショット・ランチャーを振り下ろし、真紅の機体へと斬りかかる機体と光弾を放つ機体の二つだ。真紅の機体は大太刀を振るい、二丁のベリルショット・ランチャーを受け止める。真紅の機体が振るう大太刀もベリルウエポンなのか、干渉波が発生し、辺りにスパークを撒き散らす。その間も動き続け、光弾を躱していく。

 

『果テルガ良イ!!』

 

幾度目の剣撃となるだろうか、スパークが飛び散る中、真紅の機体は長槍をヴァイスハイトの胴へと突き刺した。深々と突き刺さったそれは背面装甲をも貫き、機能中枢である月面回路を破壊する。長槍を振るって突き刺さった残骸を振り捨てた真紅の機体は次の目標へと狙いを定めた。

その頃箒はというと、次なる一機へと攻撃を仕掛けていた。しかし、敵も一筋縄ではいかせてくれない。片方のベリルショット・ランチャーを放ちながら、もう一方で切りかかってくるヴァイスハイト。ベリルウエポンに対抗できる唯一の武装であるマルチランチャーを使い切ってしまった箒はその攻撃を躱すしかない。さらに運の悪い事に、フリーとなっていたヴァイスハイトが箒にさらなる攻撃を加えていく。幾多もの光弾と斬撃を掻い潜る箒。

 

「ぐぅっ…………!」

 

しかし、躱していくにも限界というものがあった。躱しきれなかった光弾の一発が彼女の左肩に装備されたニードルガンを吹き飛ばす。誘爆防止の為、妖雷が自動で損傷した左肩の装甲を破棄する。パージされた装甲は装填されていたニードルガン用炸薬ペレットの誘爆によって爆散してしまう。間一髪だな…………——箒は内心冷や汗をかいていた。もし、装甲のパージが数秒でも遅れていたら、彼女の左腕は無くなっていたかもしれない。そのような最悪の事態にならなかったことが救いだろう。だが、妖雷の中で最も厚い装甲と言われる肩部装甲を失った事はかなりの痛手である。それ以前に相手がベリルウエポンを所持している時点で、妖雷程度の装甲では容易に撃ち抜かれてしまうだろう。状況としては箒が依然として不利である。それでも彼女は、戦う意志を曇らせる事はなかった。

 

「ここまで接近すれば…………!」

 

スラスターを全開にしてヴァイスハイトへと接近する箒。懐へと潜り込んだ彼女は太刀型近接戦闘ブレードを振るった。しかし、その一撃は逆手持ちになったベリルショット・ランチャーの銃身によって防がれてしまう。同時に、ベリルショット・ランチャーの持つTCSには耐えられなかったのか、太刀型近接戦闘ブレードは刀身を切り裂かれてしまった。

 

「ならば…………ッ!!」

 

箒は迷う事なく、残された太刀型近接戦闘ブレードの柄を投げ捨てる。そしてスラッブハンガーに装備されていた日本刀型近接戦闘ブレードを逆手持ちで鞘から振り抜いた。不意打ちにも近い攻撃を受け、右肘から切断されるヴァイスハイト。しかし、逆手持ちであるが故に力が入りにくかったのか、胴を切り裂くまでには至っていない。

 

「これで…………ッ!」

 

だが、一瞬でも隙が生まれればそれでよかった。箒は太刀型近接戦闘ブレードをヴァイスハイトの横腹へと突き刺した。そのまま縦に切り上げ、頭部を下から両断した。振り上げ切るとともに舞い上がる鉄屑とケーブルの破片。機体を制御する術を失った敵は地上へと引きつけられた。戦況マップに表示されている赤色光点の数は残り二。そのうちの一つの下には[UNKNOWN]と表示されている為、ヴァイスハイトは残り一機だ。箒はその一機へと照準を合わせるが、その時同時に照準警報が鳴り響いた。彼女の視線の先には迫り来る光弾と光条。既に暴力的な光はかなり接近している為、避ける余裕などない。箒は一瞬、自分の身に何が起きようとしているのか理解が追いつかなかった。今、自分が死に瀕しているのか、それすらもわからない。そのような思考状態にある彼女が目にしたのは——自身の後方から放たれた光弾が、目の前の光弾と光条をかき消していく姿だった。

 

「ッ——!!」

 

その姿を見て我に帰った箒は一度地表めがけて降下、各部のスラスターを全開にしてヴァイスハイト目がけ、一気に上昇していく。圧倒的加速力をもって振るわれた太刀型近接戦闘ブレードは、ヴァイスハイトを股下から真っ二つに切り裂いた。この機体だけ特別仕様だったのかわからないが、背部にビーム・オーヴガンを装備していたようだ。尤も、破壊された今となっては関係のない事であるが。無茶な機動をしたせいか、全身のスラスターが悲鳴をあげ、妖雷は着陸を余儀なくされた。軟着陸などという優しいものではなく、半ばハードランディングにも近いものであったが、機体が比較的軽量の部類に入っていることも幸いして、箒の肉体へのダメージは極めて低かった。

 

「貴様…………何故私を撃たない…………? 少なくとも私は貴様の——」

『言ッタダロウ。妾ハ貴公ヲ利用スルダケダ、ト。人間ヲ殺ス趣味ナドアリハセヌ』

 

箒の視線の先には、大弓を広げて構えていた真紅の機体の姿があった。おそらくあの武器で光弾を放ったのだろう。しかし、その銃口らしきものは見て取れるものの、箒へと向けられているわけではない。機体の損傷状況から考えても、明らかに優勢なのは真紅の機体だ。一体奴は何を考えている…………?——『機体損傷甚大』の表示を視界の片隅に追いやった箒はそのことが頭から離れなかった。

 

『ソレニダ…………貴公ノ戦イヲ見テ、死ナセルニハ惜シイモノト思ッタマデダ』

「はっ…………機械人形の癖に、一端の人のように話すものなのだな…………」

 

しかし、と言って箒は一度息を整える。

 

「私も、貴様の太刀筋に見入っていた…………この体で言えたものではないが…………貴様を倒すのは惜しいと、どこかで思ってしまっている…………」

 

軍人としては失格なのだろうがな——箒はまるで自虐するかのようにそう付け加えた。だが、先ほど真紅の機体に向けて話したことは本心からのものである。守りから反撃に転じる篠ノ之流の剣を身につけている彼女からすれば、あの真紅の機体が振るう大胆に攻め入る形の剣戟は、彼女の琴線にふれたのだった。

 

『…………似テイルノカモ知レンナ…………貴公ト妾ハ』

「…………月の連中にそう言われるのは癪に触るが…………貴様に言われると、そう悪くはないように聞こえるな…………」

 

軋む機体を無理やり立たせ、真紅の機体と向き合う箒。目の前の機体に敵意がないことは、今までの言動で分かっている。戦いが終わってもなお、敵意のない者に武器を向ける事は、彼女の武士道精神が許さなかった。故に、スラッブハンガーに装備していた太刀型近接戦闘ブレードと四本の日本刀型近接戦闘ブレードをパージした。それを見た真紅の機体も、背中に携えていた二本の日本刀型近接戦闘ブレードと大太刀、大弓、長槍をパージした。それを見た箒は一瞬唖然としてしまうが、すぐに納得してしまう。奴もまた自分と同類なのだな——見た目通りの性格をした目の前の機械人形に、彼女はどこか近しいものを感じていたのだ。

 

「私は篠ノ之箒…………篠ノ之流を継ぐ、日本国防軍の軍人だ。貴様…………名はなんというのだ?」

 

武士の礼儀に則ったつもりなのか、箒は真紅の機体に向かって自身の名前を告げる。それを聞いた真紅の機体は真っ直ぐ箒を見据え、暫く彼女の顔を見てから音声を発した。

 

『妾ノ名ハ、[NSG-Z0/G-AN(Another) マガツキ・裏天(りてん)]…………貴公等ニ、此ノ戦イノ始マリヲ伝エルベク参上シタ』

 

真紅の機体——マガツキ・裏天が発した音声。それが、全ての転換へと繋がるものとは、現時点で箒は知る由もなかったのだった。

 

◇◇◇

 

「レーア! 支援に来たよ!!」

「その声…………シャルロットか!? 援護助かる!!」

 

箒と別れたシャルロットは単機で敵を押さえ込んでいたレーアと合流していた。目の前には多数の残骸が転がっているが、それ以上に未だ動いているアントが多く存在している。レーアはガトリングガンを一つ撃ち切ってしまったのか、左手に予備のACSクレイドルを展開し、機関砲による牽制を行なっていた。残弾は心許ない。腰部の爆弾倉も残り二発の通常爆弾しか搭載されていない。それでもここまで持ちこたえられていたのは、偏にレーアの実力があっての事である。状況が如何にまずい方へと向かっているのかは、実戦経験がほとんど無いに等しいシャルロットであっても分かった。彼女はすぐさま両手にアサルトライフルを展開して援護射撃を行う。

 

「レーア! そっちの残弾を教えてくれる!?」

「右ガトリングガン残弾三割とACSクレイドルの残弾五割と言ったところだ!」

 

レーアはガトリングガンをアントの頭部へと向けると三回トリガーを引いた。その一発一発が吸い込まれるかのように、三機のアントの単眼センサーだけを破壊する。本来ガトリングガンというものはその発射速度と弾数にものを言わせて弾幕を張る武器である。集弾率は低い部類に入る代物だ。武器特性上、狙撃なんて事はまず無理である。レーアからすれば普通のことかも知れないが、此の光景を初めて見たシャルロットは驚かざるを得なかった。

 

(ガトリングガンで狙撃!? どういう技術があったらできるのさ!?)

 

内心、その事を驚きつつも、アサルトライフルのトリガーを引き続けるシャルロット。放たれる銃弾は装甲を持たないアントに対して効果的な一撃となっていた、一機、また一機と自分の放った銃弾で崩れ落ちていく機械人形。

 

(でも…………なんだか見てて気持ちのいいものじゃないよ…………)

 

六機目を撃破したところでシャルロットはふとそう思った。こうして相手に向かって銃火器を放つ事は今までもあった。相手は同じ人間。模擬戦や性能評価試験で撃ち合ったり、斬り合ったりもした…………それなのに、目の前の機械人形を倒していくごとに少しだけ不快感が彼女に募っていく。人間を模した姿形をしているからなのかも知れない。それに、模擬戦ではこの戦場のように『死』というものを感じなかった。相手が人間ではないとはいえ、向けられる無機質な殺意は、彼女にとって辛いものだったのだ。

 

(…………そんな事、ぼやいている暇なんてない、か…………!)

 

弾が切れたマガジンを交換するべく左手のアサルトライフルを一度格納、予備弾倉を取り出し、空になったマガジンと付け替える。フリーとなった左手に四連装対地ミサイルランチャーを装備したシャルロットは、直ぐに照準を合わせ、アサルトライフルとともに四発全てを放った。装填されているのは、スティレットに標準装備されているS-41B 空対地ミサイル。対地攻撃において有効打となりうるその攻撃はアントを確実に一機ずつ潰していく。

 

「ちっ…………! 弾切れか…………!!」

 

両手にACSクレイドルを装備していたレーアは思わずそう声を漏らしていた。機関砲からは銃弾が飛び出ておらず、代わりにブレードが展開されている。レーアは両手のブレードを振るって近接戦闘を行なっていた。近接戦闘も可能としているスティレット系列の機体ではあるが、最も得意とする分野は高機動射撃戦である。自慢の機動力を生かした戦闘が行えない事に、レーアは僅かに苛立ちを覚えていた。

 

「レーア!!」

「私の事は気にするな! お前は自分のことだけを考えておけ!!」

 

シャルロットに心配される彼女だが、新兵も同然なシャルロットに余計な負担をかけさせるわけにはいかないと彼女は思った。それが唯の虚勢を張っているということはレーア自身理解している。だが、それ以上に初めて戦場に身を投じたシャルロットの負担を減らす事が、彼女を生き残らせる為に重要な事であることも理解していた。だからこそ弱気になっている暇など、彼女にはなかったのだ。飛来してくる銃弾をACSクレイドルを盾にして防ぐレーア。推進剤も大分消費してしまった為、地上に張り付く事を余儀なくされる。

 

「ぐ、うっ…………!!」

 

そんな時だった。彼女は油断していたわけではないが、背部の推進ユニットに被弾を許してしまった。被弾し、損傷してしまった推進ユニットには推進剤はあまり残っていないが、それでも充分誘爆の危険性がある。

 

(致し方ないか…………!!)

 

レーアは背部推進ユニットを強制排除する。接続のロックが外れ、鈍い音を立てて推進ユニットは地面へと落とされた。機動力は大幅に低下してしまうが、誘爆に巻き込まれるよりは遥かにマシと判断した、レーアの苦渋の決断であった。背部推進ユニットにを失った事で自分たちが圧倒的優位に立ったと感じたのか、アント群は攻撃の手を一層強めてくる。弾切れとなり、近接戦闘しか手が残されていないレーアは、ACSクレイドルを盾にして弾を防ぐしかなかった。

 

(これならば…………もう少し武装を詰め込んでくるべきだったか…………)

 

今更言ってもしかたのない事である事は彼女も理解していた。だが、ここまで長期戦になってしまう事を想定していなかったのは自分の落ち度であると彼女は思ったのだった。

 

「レーア!? 大丈夫!?」

 

推進ユニットを強制排除したレーアの姿を見て、シャルロットは思わず声をあげた。あれほど強かったレーアがここまで追い詰められている事に不安と、そうならざるを得なかった状況に彼女は恐怖を感じていた。

 

「く、うっ…………!!」

 

近くで近接信管砲弾が炸裂する。シャルロットはフセット・ラファールの機動力を生かして回避するが、炸裂した時の余波で機体を揺さぶられてしまう。それでもなお、引き金にかけた指だけはそこから離さなかった。一刻も早くレーアの救援に向かいたい——そう思うシャルロットだが、激しさを増すアントの攻撃によってそれを妨害されてしまう。視界には増援でもきたのか、数多のアントの姿があった。それはまるで自分に向かって突き進んでくるかのように…………。

 

「あ、あぁ…………」

 

恐怖に支配されているシャルロットには、その数が本来よりも多く見えてしまっていた。特に規則性もなく進んでくるにもかかわらず、隊列をなし、突き進んでくるようにも見えてしまう。戦場というものに初めて足を踏み入れた彼女にとって、その光景は…………地獄そのものである。人に近しい形をした機械人形が、自分たちを殺しにかかってくる——その事実が、彼女の不安と恐怖をより一層強めていた。

 

「ゔわあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

刹那、シャルロットの感情の堰は決壊した。両手にアサルトライフルを呼び出し、躊躇いなく放った。照準など全く合わせていない。乱射だ。正確さに欠けるその攻撃はアントへと確実に降り注いでいるが、同時にレーアへも被害が及びそうになっていた。

 

「不味い…………ッ!!」

 

レーアは残っている脚部ACSクレイドルと肩部スラスターを使って、強引にホバー移動をする。直後、レーアのいた場所を銃弾が穿った。この時点で彼女はシャルロットが恐慌状態に陥ってしまったのではないかと考えていた。実戦で人が受けるストレスは非常に大きく、アント戦を初めて経験した新兵の半数は何らかのパニック状態に陥り、その四分の一が戦闘終了までに命を落としてしまうと言われている。シャルロットの訓練を任されていたレーアはその事を思い出していた。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁッ!! バケモノ共ぉぉぉぉぉッ!! 死ねぇぇぇぇぇッ!!」

「落ち着けシャルロット!! 聞いているのか!! おい——」

「——い゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

レーアの言葉よりも恐怖心が先走り、自分の行動を抑えることができないシャルロット。弾の切れたアサルトライフルを投げ捨て、四連装ミサイルランチャー、スピンリロード式グレネードランチャー、ハンドガンと搭載されている武器を次々と取り出しては撃っていく。辺りには空になった薬莢が撒き散らされている。暴力的なまでの攻撃を受けて、アントはその数を確実に減らしていく。

そんな時だった。最後の射撃武装であるハンドガンの弾が尽きてしまった。シャルロットは何度もトリガーを引くが銃口から弾は出てこない。弾切れだと気付いた彼女は、両手に新たなる武器を取り出した。装甲板と杭が融合した武装——インパクトバンカーである。それを装備した彼女はアント群へと突っ込んでいく。突撃してくるオレンジ色の機体に目掛けて銃弾を放つアントだが、シャルロットが前面に交差させたインパクトバンカーのシールドによって防がれる。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁッ!!」

 

半狂乱状態になったシャルロットが振るうインパクトバンカーがアントの胴に突き刺さった。刹那、装填されていた炸薬が弾ける。上半身を破壊されたアントはその場に沈黙した。それを皮切りにアントは次々とシャルロットへと襲い掛かった。しかし、近接攻撃を仕掛けるべく接近すれば脚部のアーマーエッジによって頭部を吹き飛ばされ、遠距離にいれば距離を詰められバンカーを突き刺される。さらには、攻撃をしても回避機動を取られ、逆にすれ違いざまに肩部アーマーエッジによって撃破されてしまう。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

最後の一機がインパクトバンカーの一撃によって頭部を吹き飛ばされた。その瞬間、戦況マップに表示されていた赤色の光点は当該エリアより消失する。それを確認したのかしてないのかはわからないが、シャルロットはその場に膝から崩れ落ちた。周りには無残な姿となったアント群と散らばった薬莢。その光景を見たシャルロットは思わずインパクトバンカーから手を離してしまう。重厚なその武装は重々しい金属音を立てて地面へと落ちた。

 

(ぼ、くが…………やった、の…………?)

 

恐怖から解き放たれ、呆然としてしまう彼女。だが、この景色を作り出したのが紛れもなく自分である事を確信すると、彼女の両手は震え始めた。アントへの恐怖ではない。自分が何をしてしまうのかわからないことが、彼女は怖かったのだ。

 

「…………シャルロット、ここの戦闘は終わった」

 

近づいていくる足音。ふとうつむかせていた顔を上げると、そこには損傷したスーパースティレットⅡとバイザーを解除しているレーアの姿があった。それにつられてシャルロットもまた、自分の顔を覆っているバイザーを解除した。保護機能がカットされ、鉄の焼ける匂い、硝煙の匂いが鼻に染み付き、思わずむせ返りそうになった。

 

「れ、レーア…………ぼ、僕…………僕は一体…………」

「…………お前は敵と交戦し、それを撃破した。ただ、それだけだ。——よく生き残ってくれたな、新兵(ルーキー)

 

レーアがかけた言葉は、今のシャルロットを落ち着かせるに十分な言葉だった。生き残ることができた——その事を実感したシャルロットは緊張と恐怖から解き放たれ、涙を流し、嗚咽を漏らしてしまう。図らずとも自分の命を救ってくれた新兵をいたわるかのように、レーアは彼女の左肩に右手を添えたのだった。

 

◇◇◇

 

「雑魚の分際で…………粋がるな!!」

 

ウェアウルフ・スペクターの周りに存在していたアント、その最後の一機を握りつぶしたエイミーは亡霊へと目を向け直した。周囲に他の敵影はない。文字通り、一対一の構図となっている。エイミーはオーバードマニピュレーターを握りしめ、スペクターも軽く前傾姿勢を取った。両者、構えをとってから動きを変えない。まるでその時間だけを切り取ってきたかのように、相手の出方をじっと見つめていた。

そんな時、一人と一機の間を風が吹き抜ける。それが合図だった。エイミーはエクステンドブースターを点火、履帯ユニットも展開してスペクターへと突き進んでいく。一方のスペクターも、キャニスターを放ち牽制を仕掛ける。攻撃を躱し、懐へと飛び込まんとするエイミー。スペクターのロングレンジキャノンは既に射程外、ミサイルもグレネードも弾が尽きているのか、両肩のシールドを跳ね上げようとはしない。これを好機と見たエイミーはエクステンドブースターを使って跳躍、その禍々しい拳をスペクターへと叩きつけようとした。

 

「くそ…………ッ!!」

 

だが、その攻撃はスペクターのシールドを吹き飛ばすだけだった。スペクターは右腕を突き出し、突き出された左腕の軌道を逸らしていた。そして、代わりにエイミーの滑腔砲を握りしめる。密着した状態では攻撃しようにもできない。オーバードマニピュレーターは確かに強力な兵装ではあるが、その大きさ故、使いにくい場面も存在しているのだ。

 

「滑腔砲が欲しけりゃ、くれてやりますよ!」

 

エイミーは滑腔砲の強制排除を行なった。残弾は残されておらず、また砲身も握りしめられてしまった以上、何か歪みが生じている筈だ。それではもう砲として機能しない。強制排除を行うと同時に、履帯ユニットを逆回転、スペクターからある程度の距離を取る。直後、エイミーの頭があった場所をスペクターの拳が通過した。そのお粗末な攻撃にエイミーは苛立ちを隠せなかった。

 

「お前はそれでも亡霊か!! さっきのは…………元の操縦者の方が上手でしたよ!!」

 

見当違いの怒りであることは彼女も理解していた。だが、相手がかつての上官の機体を模したものであるならば、そう思わざるを得ない。先ほどのようなお粗末な攻撃がこれ以上続けば、それは彼を辱めている事に繋がると彼女は思った。彼も近接戦闘は苦手だったが、今回のように攻撃が当たらないということはなかった。因縁の相手を前にしたエイミーにとって、怒りを覚えるにそれは十分なものだったのだ。

 

「さっさと…………潰してやりますよ!!」

 

再び突撃し、拳を振るうエイミー。腰の捻りを加え、大質量の拳を叩きつけてやらんとばかりに振りかぶっていた。それに合わせて拳を突き出すスペクター。その二つの拳がぶつかり合い——スペクターの左腕はロングレンジキャノンとともに吹き飛んだ。純粋な質量兵器として機能しているオーバードマニピュレーターと、通常の拳では拮抗すること自体無理な話だ。左腕を吹き飛ばされたスペクターはバランスを崩し、思わず後ずさりをする。しかし、それを許すほど、エイミーに優しさなどというものは残されていなかった。

 

「お前が…………死ねぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

繰り出した貫手はスペクターの首を刎ねた。そのまま胴体を掴み上げ、渾身の力を込めてそのパーツを握りつぶした。機能中枢を完全に破壊されたスペクターはその場に崩れ落ちる。

 

「はあっ…………はあっ…………はあっ…………」

 

緊張から解放され、息を整えるエイミー。周りに戦闘の音は聞こえない。戦況マップにも[XFA-01 UNIT201]の光点は存在していない。自分の因縁の相手でもあるスペクターを撃破したことに、彼女は僅かな安らぎを感じていた。

 

(…………彼は私達の心の中で生きているんです…………これ以上、彼を亡霊として蘇らせないで…………!! もう戦場に…………連れてこないで…………!! 彼を…………休ませてください…………!!)

 

引きちぎられ、地面へと転がったスペクターの頭部はその光を失った目で何を見たのだろうか…………。感情を抑えきれないエイミーは、拳を近くに転がっていたスペクターのシールドへと叩きつける。鈍い音が学園島へと響き渡った。さながら、この戦いの終わりを告げるかのように…………亡霊となった者へ捧げる鎮魂の鐘のように…………。




・RF-13S 妖雷

RRF-9 レヴァナントアイ・リベンジャー及びRF-12/B セカンドジャイヴをベースとし、近接戦闘能力を強化した機体。エクスアーマーの採用によって欠点である防御能力も強化され、また飛行能力を有しており、極めて汎用性の高い機体となっている。生産数こそ少ないが、現在も特務部隊用として日本国防軍では生産が続けられている。



[マルチランチャー]
イオンレーザーカノンを縮小化し、取り回しをよくした兵装。携行性を重視したため、威力は低下している。銃身が中折れ式となっており、イオンレーザーソードを展開することが可能。セカンドジャイヴが装備しているものと同型である。

[肩部ニードルガン]
両肩に装備されたニードルガン。炸薬ペレット式による射出型爆圧スパイクであり、装甲貫徹能力は低いとされる。また、ニードルガン発射器には小型の榴弾を装填することも可能である。

[近接戦闘ブレード]
本機には日本刀型と、それを大型化した太刀型の二種類が装備されている、それらは全てスラッブハンガーとともに腰部装甲として機能しているともされる。





・SA-16b-CⅡ フセット・ラファール

SA-16 スティレットの姉妹機とも言えるフセットを近接機動戦向けに改造した機体。肩部装甲、膝装甲、さらに爪先と踵にアーマーエッジと呼ばれる装甲が採用され、ただの蹴りや回避運動を攻撃に転用することができる。また、両腕部にバックラーシールドが取り付けられており、防御能力も強化されている。本機はシャルロット・ドッスウォール専用機として開発された為、彼女の戦闘スタイルに合わせたチューンナップが施されている。



[アサルトライフル]
標準的なプルバップ式アサルトライフル。

[四連装ミサイルランチャー]
スティレット系列が装備するS-41B空対地ミサイルを発射するランチャー。一度に発射する弾数は増えたが、そのぶん重量も増している。

[スピンリロード式グレネードランチャー]
レバーアクションによるリロードを可能としたグレネードランチャー。細身である為、空戦型の本機でも機動性を損なわずに使用する事が可能である。

[アーマーエッジ]
肩部、膝部、爪先、踵に搭載されたブレードベーン及び鋭利化した装甲。副次効果として本機の空力特性を向上させることにつながっている。

[インパクトバンカー]
本機の有する兵装で最も強力な対装甲兵器。大型のパイルバンカーであり、炸薬の爆発に耐える為、各部が強化されており、シールドとしても機能する。本装備は先端部を交換することによってインパクトバンカーの他、『インパクトエッジ』『インパクトナックル』として使用する事が可能である。





今回は箒の乗機である妖雷とシャルロットの乗機であるフセット・ラファールの二機を紹介しました。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.37

凪波 海敷様、評価をつけてくださりありがとうございます。



どうも、ここ最近大学の単位が怪しくなってきた紅椿の芽です。



というわけで、当面の間は更新がストップする可能性が非常に高いです。単位を落とすと地獄が待っているので、勉強の方に集中します。なので、次回の更新を気長にお待ちください。



さて、一旦作者の事情は放っておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「——それでは、会議を行う」

 

アント群の殲滅が完了し、生徒達が寝静まった頃、学園長からの通達で緊急の会議が開かれる事となった。現在、学園の会議室には学園長を始め、お姉ちゃん、山田先生とそれに生徒会長。後は今日乱入してきた教員部隊の人が一人に私達派遣部隊…………と、結構な人数が集められていたよ。まぁ、仕方ないかな。私達は直接戦闘に関わったわけだし、そこの教員部隊の人だって乱入してきたわけだし、お姉ちゃん達は避難誘導に当たっていたから、ここにいる誰も彼もが当事者になるよ。

 

「…………と、いきたいところなのだが、少し質問してもいいかね?」

 

会議が始まるのかと思いきや、その前に学園長が質問をしてきた。なんで質問をしてきたのか…………まぁ、なんとなくだけど私もわかるよ。というか、私の方からしたいくらいなんだけど…………。

 

「そこの真紅の機体…………それは一体なんなのだね?」

 

そう、この場に箒と共同戦線を張ったという真紅の機体——マガツキ・裏天がいるのだから。いや、なんでここにいるのかってそりゃ思うでしょ!? 型式番号と機体の特徴から見て、あれ完全に月面軍の機体でしょ!? 武装は全くしてないところから交戦する意思はないと思えるけどさ! 仮にも敵であるそれを呼び込んじゃっていいわけなの!? 箒曰く、『人には無害だから気にするな』と言われているんだけど…………私からすれば不安要素しかない。何処にそんな自信があるのか…………てか、今回の戦闘で箒は何かあったの? 洗脳でもされたわけじゃないよね!?

 

「学園長…………此奴に関しては後で申し上げます。ですから、それまでお待ちいただけるでしょうか? 此奴は人に危害を加えるつもりはないようですので」

「それならいいのだがね…………何分、なんとも威圧感があるというか、趣味丸出しというか…………」

 

学園長の言いたい事はわかるよ…………威圧感があるのは間違いないし、なんでこんな武者鎧の姿にしちゃったのかっていうのがあるね。武装も刀とか弓とか槍とか…………月面軍って何がしたいの? 武士の姿をさせるなんて…………今は戦国時代とかじゃないんだけどなぁ…………って、それは今いいか。まぁ、箒の言ってる事は間違ってないと思うし、学園長もそのことに納得はしたようだ。

 

「まぁ、それは追々聞くとして…………今回の戦闘状況及び被害状況を報告してくれるかね?」

 

ようやく本題に入る事が出来たようだ。まぁ、マガツキの存在がこの空間のシリアスさを少し吹っ飛ばしているような気もしなくないけど…………それは別にいいか。それにしても報告かぁ…………今回はかなりの被害が出てしまったからね。報告書にまとめている時、かなりびっくりしたよ…………。

 

「では、戦闘状況については私、ラウラ・ボーデヴィッヒの方からさせていただきます」

 

そう言うとラウラは席から立ち上がり、空間投影ディスプレイに表示されている学園島のマップを使って解説を始めた。

 

「まず、今回の襲撃では射出カプセルによる突入がありました。これらは私と紅城中尉が撃破に当たりましたが、六つのうち三つの落着を許してしまいました。落着したカプセルより敵機が出現。それだけでなく、学園島北東方面にはいくつかの敵部隊が展開。これらの鎮圧に我々は分隊を編成して対応していました」

 

マップには射出カプセルの落着地点が表示される。偶然にも私とラウラの前に三つも落ちてきたからね…………あれはなかなかに怖かったよ。しかも、その中から出てきたのは黒い榴雷…………ウェアウルフ・スペクター。火力を強化された機体が三機だよ? 私やラウラも火力の高い機体を扱ってはいるけどさ、その他に非装甲アントもいたら私達でも火力不足だ。何より、スペクターの砲撃がかなり厄介だったからね…………動きはかなり制限されたよ。

 

「結果として敵は我々が撃破、そのうちの一機を鹵獲した次第です」

 

ラウラは戦況の状況をかなり掻い摘んで説明してくれた。こっちは敵を撃破することに必死だったから、そんな内容をいちいち覚えてなんていられないよ。それに、今回も機密指定レベルの内容があるからね…………流石にフレズヴェルク級のものじゃないけど、ウェアウルフ・スペクターの存在とか、射出カプセルが何処から飛んできたのかとか。知られたらそれこそ大変な事になる筈だ。少なくとも、榴雷という存在が知られている以上、ウェアウルフ・スペクターに関しては漏らしてはいけない。まぁ、教員部隊が乱入してきたときに見られてしまっているかもしれないけど…………あの状況じゃそれどころじゃなかったかもしれない。乱入してきたのは四人だけど、今ここにいるのはそのうちの一人。残り三人は学園の病棟のベッドで寝かされているらしい。…………生きていられただけ奇跡かもしれないけどね。スペクターの砲撃、きっとリミッターとかそういうの無いから。あのロングレンジキャノンの破壊力は、四月の模擬戦で榴雷によって証明されてるもん。

さて、それは後でまた話に持ち上がるだろうし…………次に被害状況の報告をするのは私。私はラウラと入れ替わるように、さっきまで彼女が立っていた場所に立った。

 

「では、続いて被害状況の報告を私の方からさせていただきます」

 

私は手元にある書類に纏められた被害の報告書に目を落とした。

 

「まず、学園施設への被害です。校舎等には奇跡的に損害はありませんが、防風林などの場所は戦闘により、地面が抉れるなどの被害が出ています。また、撃破した敵機の残骸も残されているので、現状は立ち入り禁止とすべきだと判断します」

 

襲撃してきたアント群はスペクターも含めて四十七体。その全ての残骸が未だに撤去できず、その場に安置されたままだ。スペクターの残骸なんかは特に見せられるわけにもいかず、今の所は暫定的に重装コンテナ内に押し込めて隠しているといった状態。…………いらない混乱を引き起こさないようにするためだから仕方ないけど、隠し事をしなきゃいけないってのは大変だね。

 

「その他防護板がいくつか損傷もしくは全損していますが、施設等の損害は極めて軽微に終わっています。ですが…………問題はこちらです」

 

私は空間投影ディスプレイにデータを表示した。もう一つの損害…………それは、機体の損傷だ。こっちの方もみんなから聞いて処理したから間違いはない筈だけど…………予想以上に酷い損害が出てたよ。

 

「まず私達の方の被害から。オルコット少尉のラピエールは損傷無し。私の榴雷やボーデヴィッヒ少佐のハーゼ、そしてドッスウォールのフセットは、それぞれリアクティブアーマーが損失したり、アーマーエッジが摩耗していますが、損傷は極めて軽微です。凰少尉のバオダオはスラッシュシールドを一つ喪失していますが、機体そのものに大きな損傷は見られません。これらの機体は補給物資が届き次第修理可能。順次、任務に戻ることができます」

 

しかし、と言って私はさらに言葉を続けた。そう…………本題はここからだ。

 

「シグルス少尉のスーパースティレットⅡが主機損傷によって中破、篠ノ之少尉の妖雷は過負荷によって駆動系と推進系が全損、ローチェ少尉のウェアウルフは左滑腔砲の喪失及び各駆動系への過負荷によってオーバーヒート…………この三機についてはオーバーホールが必要なレベルです」

 

ここまで損傷が酷いというのに、みんなかすり傷程度で済んだのが本当に奇跡だと思うよ。特にレーア、主機損傷って相当やばいでしょ!? 飛行能力を失ったスティレットなんて装甲も轟雷と比べて貧弱だから、即撃破されてしまうことだってあるのに…………。それに箒、駆動系と推進系が同時に全損してるのによく生き残れたよね!? 確か、あのマガツキと互いに利用しあって戦ったら生き残れたって言ってたっけ…………月面軍の機体と共同戦線張ること自体おかしいというのに、それで生き残っちゃうんだから…………サバイバビリティ高いね。そしてエイミー…………スペクターと一人で交戦してたって聞いたけど、本当に一人で倒しちゃってたよ…………。私達はかなり苦しめられたから、それ相応のダメージが機体に響いているのは仕方のないことだと思う。てか、みんな本当によく生き残れてたよね…………詳細な内容を聞いていたら、みんなが無事で生きていられたことが嬉しくて、思わず泣きそうになったもん。本当、誰も死ななくてよかったよ…………。

 

「そうか…………オーバーホールに関してはどれほどかかる見込みなのだね?」

「少なくとも一週間は…………昨今の軍事協定によってどの国でも全ての機体を修理できるのが幸いですね」

 

特に轟雷系列やスティレット系列は未だに主力機の中にあるから、どの国でも整備可能だって雪華が言ってたっけ。そのほかにも多国籍部隊となったら、使用する機体の詳細を提出しなきゃいけないからね。それによって、私たちの部隊は雪華による一括整備が行われているわけなんだけどね…………本当、一人に整備のほとんどを任せてごめん。

 

「せめてもの救いと言ったところか…………そういえば、先程の戦況報告の際に、学園側の機体も損傷したと聞いたのだが?」

 

学園長はそう言って、教員部隊の人を横目で一瞬見た。未だにあの人は全身の震えが止まってないみたいだけど…………仕方ないよね。死という概念を実感したことがないから…………戦場の恐怖に飲まれて、今もその恐怖に襲われているのだろう。その様子を一瞬見た私は、一息ついてから報告を続けた。

 

「…………はい。訓練機であるラファール・リヴァイヴ四機の内、一機が大破、装甲破損率八割。二機が中破及びシールド全損、残る一機は中破寄りの小破、武装全損。精密な検査は終わっていませんが、いずれの機体もメインユニット及びコアに損傷はないと思われます」

 

コアに損傷がないと聞いて安心する一同。絶対数が限りている以上、壊れたなんてことがあったら、大惨事確定である。そもそもで、箒曰く束お姉ちゃんがコアを新しく作る気がないみたいな感じらしい。そうなった以上、コアの損傷なんて、ISの破棄以外の選択肢を捨てるしかない。また、メインユニットと呼ばれるコアと直接繋がる重要なパーツが破損したとなると、修理に軽く一ヶ月はかかる上に、コストもかかるそうだ。セシリアから聞いた話なんだけど、前に私が(故意にじゃないよ?)イギリスのブルー・ティアーズを大破まで追い込んでしまった時は、そのメインユニットまでダメージが及んでいたらしい。つまり、リミッターを外されたアントの攻撃を受けてそこが無事だったというのは、ある意味奇跡にも近い事だろう。

 

「そうか…………状況は理解した。紅城君、君は座ってくれて構わない。——織斑先生、生徒達の被害はどうなっているかね?」

 

報告を終えた私は学園長に言われるがまま、自分の席へと戻った。そして、役割をお姉ちゃんへと引き継ぐ。

 

「紅城から連絡を受け、すぐさま生徒達を速やかにシェルターへと避難させた為、避難時に転倒した若干名を除けば怪我人はいません。この目で見たわけではありませんが…………あれほどの戦闘でここまで被害が少ないのは奇跡と言えるでしょう。——いや、奇跡ではない。彼女らの奮闘があってこそ、であると言えます」

 

そう言うお姉ちゃんの目は力強くて、だけどどこか哀しげな、そんな感じがした。…………お姉ちゃんも、前に実戦に参加したことがあるもんね。もしかすると、自分が戦えないことに憤りでも感じているのかもしれない。…………こんなこと言うのもなんだけどさ、お姉ちゃんはそう言うこと気にしなくてもいいのに。私は、望んでこの世界に足を踏み入れたんだから…………まぁ、足手纏いになることも多々あるけど。それでも、お姉ちゃん達を守りたいって想いは変わらない。守りたい人が命を張るなんて事はあって欲しくない…………私の勝手な意見なんだけどね。でも…………最後の一言は少し嬉しかったよ。

 

「ありがとう。君も席に座ってくれたまえ。さて——状況は理解した」

 

お姉ちゃんを席に座らせた学園長は軽く咳払いをしてから言葉を紡ぐ。その瞬間、どこか武岡中将にも近い、凛とした雰囲気を感じ取った私は、思わず背筋を伸ばしていた。

 

「一先ず、人的被害は無し、施設への被害も極最小限である為、明々後日より学年別トーナメントを開始する。ただし、あくまでデータ取りの為、行うのは一回戦のみ。また、派遣部隊の諸君は、機体の状況と残骸の状況とを鑑みて、参加を取り消させてもらう。君たちはシフト制で立ち入り禁止エリアの警備を任せる。…………参加を期待していた者がいたらすまない」

 

学園長の口から出てきたのは今後の動きについてだった。まぁ…………それは仕方ないかな。ある意味、重要機密の塊がゴロゴロ転がっているわけだし。現在、生徒達は自室待機を命じられてる上に就寝時間である為、それを見られる心配はない。でも、監視は必要だよね。それに…………トーナメントに参加できなくて良かったと思っている私がいる。ISを相手するとなると、こっちも武装を加減しなきゃいけないし、かなり神経を使うからね。

 

「いえ。我々は任務遂行の為に派遣されている身分。新たなる任務、只今をもって受領させていただきます」

 

どこか申し訳なさそうな顔をしていた学園長に向かって、ラウラがそう言っていた。そう、私達は軍人…………任務を遂行することが重要だ。護衛任務も警備任務も怠るわけにはいかないよ。学園長に向かって敬礼をしているラウラに続いて、私も敬礼をする。それにつられて他のみんなもいつの間にか敬礼をしていた。

 

「…………若さ故の生真面目さ、か…………わかった、そういうことにしておこう。だが、ここにいる以上は軍人であるとともに学生である事を忘れぬように」

 

そう言って、少し笑みを浮かべる学園長に、私は少しだけ緊張がほぐれたような気がした。いや、だってさっきから気が張り詰めっぱなしだったし…………未だにこういう緊張に慣れてないって、ある意味問題なような気がしてきたよ。

 

「では、教員の方には明日会議を開く旨を伝えてくれたまえ。詳細は追って話す」

「了解しました、学園長。——山田先生、手伝いを頼みますよ?」

「はい! 必要とあらば徹夜でもして手伝います!」

「いや、そこまでしなくてもいいんだが…………というか、下手したら我々全員が徹夜する羽目になるぞ…………?」

「更識君。君達生徒会にはいつも通り、学園内の情報統制を。生徒達にはシステムトラブルと伝えておいてくれるかね?」

「ええ、了解しました。では明日にでも、緊急の全校朝会を開かせて貰いますね」

「それくらいは構わんよ」

 

お姉ちゃんや生徒会長にも仕事が言い渡される。そして、この場で情報統制が行われる一部始終を見た気がするよ…………でも、それは必要な事だから仕方ない。下手に情報が流れてしまったら変な混乱を招いてしまうかもしれないしね。それに生徒会長は私達と間接的に繋がりがあるそうだし、少しは信用しても大丈夫だと思っている。

 

「さて、今後の動きについては一通り話したか…………残るは、君の話を聞くだけだ」

 

学園長は徐に視線をある一点へと向けた。その先にいるのは——あの教員部隊の人。大分震えは治まっているように見えるけど、どうなのかはわからない。もしかするとちょっとした事でまたあの恐怖を思い出してしまうかもしれない。下手するとPTSD——心的外傷後ストレス障害を引き起こしかねない、ってラウラが言ってた。まぁ、あそこまでパニック状態に陥ってたらね…………むしろ、そんな事を感じていなかった私が少しだけ異常なのかもしれないって思ってしまった。これも、度重なる戦闘による慣れなのかな…………?

皆の視線を向けられた教員部隊の人は思わず肩を竦めていた。でもあの人…………私達に暴言を吐いてきた人じゃないような気がするんだよね。一人だけなんだかがむしゃらにアサルトライフル撃ってた人がいたし…………もしかするとその人なのかもしれない。

 

「君は——君達は何を思って勝手な行動をとったのかね? おそらく織斑先生から待機命令が出ていたはずだが?」

 

学園長の言葉に、目を見開く教員部隊の人。そのまま上げてきた顔には、申し訳なさと、悔しさ、そして…………驚愕が入り混じっていた。口を震わせた彼女は、小さい声だけど…………少しずつ語り始めた。

 

「わ、私は…………香木原先生から、し、出撃の命令が、お、織斑先生から出たって聞かされて…………」

「…………なに? 私はそんな命令を出した覚えはないぞ?」

「わ、わかっています…………で、ですが、か、香木原先生に、言われるがままに、私は…………」

 

少しだけ荒くなった息を整える彼女。深呼吸を繰り返した彼女は言葉を続ける。

 

「か、香木原先生は、あなた達のことを疎ましく思ってたみたいだけど…………わ、私は違うから…………あなた達を守りたいって思ったから…………」

「…………我々を守りたい…………? それは、我々に対する侮辱と捉えていいのか?」

「ら、ラウラ…………!」

 

まさかの言葉に、怒りを露わにするラウラ。確かに、軍人を守りたいって言われたら力がないなんて言われてるのと同じだし、腹は立つかもしれないけど…………今ここで変に怒りを出しちゃ、あの人は喋れなくなっちゃいそうな気がしたから、私はラウラを宥めた。その間に、目配せで続けるように伝える。尤も、それが確りと彼女に伝わったかわからないけど。

 

「あ、あなた達は…………わ、私達教員が守らなきゃいけない生徒だから…………そ、そんな生徒達だけに命を張らせるのは、嫌だったから…………だから…………!!」

 

そう言う彼女は体を抱え込んで、涙を流していた。…………そんな風に思っていたんだ…………確かに私達のことを疎ましく思う人もいた。そのことに変わりはないよ。でも…………こんな風に、思っている人もいるなんて、思いもしなかった。私達は口を開けなかった、言葉が出なかった。ただ、彼女のすすり泣く声がこの部屋を支配していた。

 

「——つまり君は、良心の呵責に耐えられなかったということかね?」

 

そんな中、学園長だけが静かに声を上げる。その言葉に教員部隊の人は、頷いて答えていた。そんな彼女に学園長はさらに言葉を投げかけていく。

 

「君、年はいくつだね?」

「…………こ、今年で、二十一になります…………」

「その若さでそう言える者はそうそういない。生徒を守ろうとする必死さは伝わったが、君がしてしまったことは彼らの足を引っ張ってしまった。そして、君自身も…………相当な恐怖を感じたのだろう?」

 

彼女は学園長の言葉に力なく頷いていた。

 

「今回の過ちは一歩間違えれば君達だけではなく、彼女達にもより多くの被害が出ていたかもしれない。——それこそ、命を落としかねない。今回の件は明確な妨害行為であるとして、君含めた四人全員には半年の減俸及び二週間懲罰房での謹慎処分とする」

 

その言葉に、彼女の俯いた表情にはより暗い影が落ちたように見える。だが学園長は、しかし、と言って言葉を続けた。

 

「——君のような若い者が生徒達を思って行動する事に感心させられたよ。生徒を守るのが教師の務め…………その心、大事にしてくれたまえ」

 

そう言って、教員部隊の人の肩を軽く叩いた学園長は、自分の席へと戻った。叩かれた教員部隊の人は、一瞬なにが起きたのかわからないような感じをしていたが、掛けられた言葉を理解した途端、嗚咽を漏らしながら涙を流していた。…………この人がとってしまった行動は間違いだったって事は、私達が経験してるからわかっている。でも…………その根底にある想いが認められただけでも、彼女にとっては十分だったのかもしれない。尤も、それを知っているのはあの人だけだけどね。

 

「以上で会議を終了とする。——君、外で教員が二人待機している。懲罰房まで案内してもらうといい」

「…………は、はい…………し、失礼します…………」

 

学園長の言葉に、教員部隊の人は一人会議室の外へと出て行った。残っているのは、山田先生を除けば軍に関係していた人しかいない。状況を察したお姉ちゃんが山田先生と箒に問いかけた。

 

「なぁ、篠ノ之少尉。そいつの事は山田君が知っても大丈夫な事なのか? 彼女は軍属でもなければ、軍との繋がりもほぼないぞ?」

「…………多分大丈夫でしょう。此奴が、可能な限り多くの人間に伝えたいと言っている以上は…………」

 

そう言って箒は視線を真紅の機体——マガツキへと向けた。それに呼応してか沈黙を保っていたマガツキはバイザーのデュアルアイを点灯させる。思わず警戒心を強める私達だけど…………マガツキについての事を知っている箒はそれを手で制止してきた。

 

「箒…………」

「心配するな。彼奴は結果として私の命を救ってくれた…………目の前で武器を破棄した事からも、奴は信用に足り得る」

 

マガツキによって箒が助けられた事はログを見る限り、確かな事。その事に間違いはない。でも…………同じように目の前でヴァイスハイトを撃破したアーテル・アナザーのように、戦いを求めての事なのかもしれない。最近はあの白い魔鳥が来ないから少しだけ安心してるけどさ…………こんな風に新しい敵の存在が出た以上はどうなるかわからない。というか、ログの中でマガツキと箒が会話をしているところを見て、どこかアーテル・アナザーと私の会話と近しいものを感じたよ。まぁ、アナザーは私を敵として見ているみたいだけど。

マガツキは先ほどまで私達が報告を行なっていたところまで歩みを進めた。

 

『——妾ノ名ハ、NSG-Z0/G-AN マガツキ・裏天…………此ノ争イノ始マリヲ伝エルベク参上シタ』

 

マガツキの言った言葉に、思わず私達は動揺してしまった。この戦争の始まり…………? 一体どう言う事なの…………? そんなの、そっちが勝手に攻め込んできたからじゃないの…………!?

 

「戦いの始まり…………? 貴様らが、勝手に侵略を開始したからに決まっているだろう!! ふざけた事を吐かすな!!」

 

マガツキの言葉に怒りを隠せなかったラウラは吠えるようにそう言った。多分それは、ここにいるみんなが思っている事に違いない…………私は開戦から戦っているわけじゃないし、そんな詳しいことなんてわからないけど…………月が私達に攻撃を仕掛けてきたって教えられたよ。

 

『…………其ノ事ニツイテハ、謝罪シテモ足リナイ事ハ承知シテイル。ダガ、全テノ始マリハ、月ニ送ラレタ"一ツノコア"ト"二体ノアーキテクト"ナノダ』

「…………待ってくれたまえ! もしや、それはまさか…………!」

 

学園長は先ほどまでの冷静さを失い、声を荒げていた。お姉ちゃんもまた目を見開き、驚きを隠せていない。いや…………驚いているのは私達も同じ…………だって、一つのISコアと二体のアーキテクト、そして月って言われたら…………!

 

「——『プロジェクト・リスフィア』」

 

突如として聞こえてきた声。だけど、それはこの場にいる誰のものでもない。でも、私にはこの声に聞き覚えがある…………私達はその声が聞こえてきた方へ目を向けた。

 

「姉さん…………」

 

そう、声の主は束お姉ちゃんだった。特徴的なウサ耳のカチューシャをつけてないし、普通に白衣姿でいるから一瞬わからなかったけど…………声と雰囲気でわかった。言わずとも、箒にはわかってしまったみたいだけどね。

 

「束…………貴様、いつからそこにいた?」

「ただの偶然だよ…………今の学園の惨憺たる状況を生み出した大元の原因はフレームアーキテクトを作った私の責任でもあるからね…………その状況視察のついでに、十蔵さんに挨拶って思って来たら、なんかすごい事になってたからつい顔を出しちゃったわけさ」

 

そう言って肩を竦める束お姉ちゃん。束お姉ちゃんはそのまま視線を私達からマガツキと学園長の方へと向け直す。

 

「十蔵さん、それと月の使者…………話の腰を折ってごめんね。私の事は気にしなくていいから、話を続けて。——私も、責任があるから」

 

束お姉ちゃんはそう言うと、適当な場所に腰を下ろした。それを見届けたマガツキはまるで頷くような仕草をしてから言葉を発した。

 

『——続キトイコウ。月ニ送リ込マレタコアトアーキテクトハ、当初月裏面ノ調査トT結晶ノ採掘、ソシテアーキテクトノ生産ヲ行ナッテイタ。シカシ、事ハソウ上手クイカナカッタノダ…………突如トシテ、ISコア——コアナンバー467、固有名称[Re:Sphere(地球再生)]ノ基本プロトコルガ暴走、其ノ目的ヲ変化シテシマッタノダ…………』

「ISコアの暴走…………!? 一体何が原因なの!? それに、あのコアの基本プロトコルは、『生産』と『拡張』しかなかったはず…………!!」

『ソウダ。アレハ正常ニ生産プラントヲ稼働サセテイタ。シカシ、アル時、何ラカノ事故デコアガ直接T結晶ヘ触レテシマッタ…………ソレガ全テノ始マリナノダ』

 

マガツキはまるで一息つくような仕草をしてから言葉を紡ぐ。

 

『ソノ際、周囲ニハT結晶ノ光ガ散ッタ…………大キナ輝キダッタ。ソノ光ニ飲マレタノハ、コアト地球製アーキテクト二体、ソシテ月プラント製アーキテクト十数体。ソレヲ皮切リニ、コアノ基本プロトコルハ、『生産』ト『拡張』トイウ曖昧ナ定義ノ隙間ヲ見ツケ、兵器トシテアーキテクトヲ作リ出シ、地球ノフレームアームズヲ模シテ其ノ戦力ヲ強化シテイク。——コレダケナラマダヨカッタノカモシレンナ』

 

マガツキはまるで天を仰ぐかのように視線を上に上げた。本当…………人間が乗ってるって言われた方がしっくりくるくらい、人と同じ動きをしてるよ。

 

『コアハアル結論ニ至ッテシマッタノダ…………人類ノ生活圏ヲ開拓スル事デ人口増加ヲ解決スル本来ノ『リスフィア計画』トハカケ離レタ、人類ヲ殺ス事デ人口増加ヲ抑制シ地球ヲ再生スル、コアノ導キ出シタ偽リノ『リスフィア計画』…………アノ光ヲ受ケ、戦闘用AIデアル月面回路ヲ生ミ出シ、人類ニ叛逆ノ牙ヲ剥イタノダ。——コレガ、此ノ戦イノ始マリナノダ』

 

衝撃的な事実を聞かされた私達は思わず言葉を失ってしまった。まさか、この戦争の原因が暴走したISコア…………然も、平和利用を目的として送り込まれたものが、こんな風に多くの人の命を奪うことになるアントの総大将みたいな感じだなんて…………信じられなかった。もしかするとこの事も情報統制などで私達のような一兵士には伝わることがなかったのだろうか…………そんな風に思ってしまった。でも、途中で束お姉ちゃんが見せた驚きと焦り様から、誰も知らなかった事なのかもしれない。

 

「だ、だが、貴様にも積まれているのだろう…………その、月面回路が。ならば、何故貴様は我々が得をするような情報を流してきた…………? 私には貴様のことが理解できん…………」

 

皆が沈黙を保っている中、お姉ちゃんがマガツキに問いかけた。本来敵であるはずのマガツキが、どうして私達にその情報を流してきたのか…………それは私も気になっていたことだ。いや、私だけじゃない…………この場にいるみんなが気になっていることだと思う。

 

『…………確カニ、妾ニハ月面回路ガ積マレテイル。ダガ、人類ヲ殺メヨウナドト思ッタ事ハナイ。先程言ッタガ、貴公等ガ『アント』ト呼称シテイル月ノアーキテクトハ二種類イル。一ツハ月プラント製、モウ一ツハ——地球製。妾ハ月面回路ト地球ノ自立思考プログラムノ協議演算ノモト、今此ノ場ニイルノダ。故ニ、攻撃ノ術ヲ持トウトモ、貴公等ニ手ヲ出スツモリハナイ』

 

攻撃の意思がない事は聞いていて理解できた。それに、こんな防御力もない生身の人間がいるところで武器を取り出さない事からも、その言葉に嘘偽りはないように思えた。けど、束お姉ちゃんにはある言葉が引っかかっていたようで、身を乗り出してマガツキに問う。

 

「…………ねぇ、今、月面回路と地球製の自立思考プログラムって言ったよね…………?」

『嗚呼、確カニ妾ハソウ言ッタ』

「でも、アントって月面回路しか積んでないよね? それってどういう事なのかな…………?」

 

束お姉ちゃんは、マガツキが月面回路と地球製の自立思考プログラムを有していることに疑問を抱いていたようだ。言われてみれば確かにそうだ。だって、アントって月で生産されたアーキテクトなんだよ…………? なのに地球で作られたプログラムを持っているなんて…………私には少し理解ができない。

 

「それともう一つ。最初に送った二体のアーキテクトはどこに行ったのかな…………?」

『…………流石ニ気付ク者モ居ルカ』

 

マガツキがそう呟いた瞬間、束お姉ちゃんの目が疑念から確信へと変わっていた。

 

『…………妾ハ送ラレタ地球製ノアーキテクト、ソノ片割ヲフレームトシテイル。ソノ事ニ、嘘偽リハナイ』

「そう…………それで、残りの一機はどこ? まだ月にいるわけ?」

『彼奴ガ何処ニ居ルカ…………交信ハアルガ、場所ハ妾ニモ分カラヌ。——ダガ、貴公等ハ彼奴ト会ッタ事ガアル筈ダ。少ナクトモ、貴公ハ確実ニナ』

 

そう言ってマガツキは私を指差してきた。…………って、わ、私!? 私が会ったことあるの!? 一斉にみんなが私の方を向いてくるけど、心当たりなんて——待って。マガツキと同じように人みたいに話す機体…………一つだけ心当たりがあったよ。そう思った瞬間、私の胸から下げているドッグタグから警報が鳴り響く。灰色じゃなくて蒼い方のタグ…………私はブルーイーグルの頭部周りにある網膜投影ユニットを展開し、情報を確認した。

 

「お、おい、一夏。一体何が——」

 

隣でラウラが話しかけてきていたけど、私の耳には入ってこなかった。情報を確認した瞬間、自然と駆け出し、会議室を後にしていた。間違いない…………あの信号…………絶対あいつの物…………! 見間違えるはずがないよ…………!!

 

「ッ——!!」

 

私は近くの廊下の窓を開け、そこから飛び降りる。同時にブルーイーグルを緊急展開した。落下が強制的に止められ、その推力で一気に上昇していく。暫く飛翔して海上に出た時——その姿は見えた。真夜中、星一つ見えない曇り空なのに、ある一点だけは青く輝いているように見える。流れ星などではない。敵機の接近を知らせる警報がこれでもかと鳴り響いているのだ。それに…………戦況マップには、あいつを示す機体番号が表示されていたから…………はっきりとわかったよ。

 

「行くよ! ブルーイーグル!!」

 

私は速度を上げてその青い光へと突き進む。既にベリルソードは取り出しており、いつでも振り抜ける状態だ。私が加速した事を感じ取ったのか、戦況マップ上に表示されている向こうを示している光点のが私に近づく速度が速くなっている。次第にその姿がはっきりと見えてくる…………間違いない、絶対にあいつだ…………!! パールホワイトの装甲と青いクリスタルユニットを持ち、両手には大鎌を構えている。そして…………右肩にある羽根を模したマーキング…………私はその姿を忘れた時はないよ…………!!

私がベリルソードを振るうのと、向こうが大鎌——ベリルスマッシャーを振るうのは同じタイミングだった。暗い曇天の夜空にTCSの干渉によるスパークが迸った。

 

『——久シ振リダナ、紅城一夏』

「フレズヴェルク=アーテル・アナザー…………ッ!!」

 

あの因縁深い、白い魔鳥が私の目の前に存在していたのだった——。




今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.38


歪曲王様、このよ様、評価をつけてくださりありがとうございます。



どうも、暫くの間行方をくらましていた紅椿の芽です。



最近艦これの夏イベが始まり、E-1すら突破できない丙提督と化しております。狭霧を早くお迎えしたい…………今回こそイベント限定艦を入手せねば。



あ、単位はなんとか回収したので、更新間隔は多分短くなると思います(必ず短くなるとは言ってない)。



では、もしかすると御都合展開か超展開しているかもしれませんが、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





暗闇と化した夜空に閃光が迸る。振るわれる大鎌の一撃をベリルソードで受け止めた。スパークが発生し、干渉波が機体を揺らすけど…………その程度で退くわけにはいかない。

 

『ドウヤラ、マタ腕ヲ上ゲタヨウダナ』

「お前に言われても…………嬉しくないよッ!!」

 

左手にセグメントライフルを展開し、トリガーを引いた。至近距離での一撃…………この距離でもアナザーに躱されてしまう可能性がある事は否定できない。それでも、不意をつければそれで十分。

 

『ソノ手ハ食ラワン』

「それで結構…………ッ!!」

 

案の定、セグメントライフルの一撃を警戒したアナザーは回避運動を取った。その間に私はアナザーと距離を取る。ブルーイーグルは近接戦闘向けのセッティングがされているけど、本当は高機動射撃型…………ある程度距離があったほうが戦いやすい。一度ベリルソードを格納し、右手にもセグメントライフルを展開した私は、アナザーへと射撃を続けた。予備弾倉はこの間修理に出した時に全部で四つ追加されている。アナザーの主兵装は巨大な鎌であるベリルスマッシャー。胸部ガンポッドもあるけど、あれは牽制用らしいから、撃ってこないはず…………得意とする近接戦闘さえ封じれば私の方が少し優位になる。

私はセグメントライフルを左右交互に一発ずつ放つ。アナザーにしっかりと照準を合わせているが、放たれた弾はアナザーを掠めるか、躱されてしまっていた。やっぱり反応速度が普通じゃない…………前に交戦した時も、こんな風に紙一重で躱されていた。ある時は身体を反らし、ある時は推進器を全て切ったかのような自由落下、そこを狙っても急上昇で…………人が乗っていないから出来る芸当なのだろうか。それを見ていると…………一刻も早く蹴りをつけたいというのに、自分がアナザーのいいように弄ばれている。私は思わず歯噛みしてしまっていた。

 

(当たらない…………っ!!)

 

この状況が苛立ちを募らせ、やがて焦りを生み出していた。再度照準を合わせ直し、セグメントライフルを放つ。

 

『ドウシタ? 私ハ此処ダゾ?』

 

だが、そんな攻撃もアナザーにとってはなんてない事なのか、機体を大きくひねって躱していく。

 

(くっ…………!!)

 

アナザーの小馬鹿にしたような物言いと動きに、私は苛立ちを抑えきれず、奥歯を噛み締めていた。暫くして、弾切れを知らせるアラートが鳴り響く。私は空になったマガジンを破棄し、予備弾倉をマガジンキャッチへと展開した。正常に装填されたのか、アラートは鳴り止む。同時にマガジンに装填されている弾数も表示された。改めて銃口をアナザーへと向けなおし、トリガーを引いた。

 

『ホゥ…………流石ノ腕ダ。ヤハリ、私ガ見込ンダダケノ事ハアル』

「全部躱している癖に…………っ!!」

 

一発、また一発と外れる度に、焦りが生まれてくる。戦闘開始から既に三分が経過…………未だ致命傷を与えられていない。向こうはウェポンラックに大鎌を携え、回避に徹しているから仕方のない事だと頭の中で割り切っているけど…………リニアライフルの銃弾を避ける機動力と反応速度が、非常に厄介に感じていた。

 

『フッ…………貴様トノ戦イハ実ニ良イ。貴様ハ…………私ニ相応シイ相手ダ』

「バカにして…………!!」

 

飄々と弾を避けるアナザーにそう言われた私は思わず頭に血が上りそうになった。なんなの本当に…………!! どう見ても私をバカにしているとしか思えない。こうなったら、意地でも当ててやるんだから…………っ!!

 

『ナラバ私モ、貴様ノ為ニ用意シタモノヲ見セナケレバナ』

「ッ——!?」

 

アナザーの言葉に一瞬薄ら寒いものを感じた私はそのまま左へと機体を振った。直後、私の横を通り過ぎる青い閃光。な、なに今の…………明らかに射撃兵装だって事はわかる。でも、あれは…………ベリルショットの光と同じ…………! けど、海水面に着弾して盛大に水飛沫を上げていることから、今までの光弾よりも遥かに威力が高いことが伺える。もし、あれが直撃していたと考えると…………ぞっとしてしまう。アナザーは左手に構えている銃火器をこちらに向け、グレイヴ形態にしたベリルスマッシャーを右手に持ち、私へと迫ってきた。私は直ぐにベリルソードを呼び出し、放たれる青い光弾を躱しながら、アナザーへと接近する。光弾が掠める度に塗装が焼ける音が聞こえるけど…………気にしてなんかいられない。遠ざかったらあの光弾に確実にやられる…………なら接近戦を挑むしか、私には思いつかなかった。振り上げられた薙刀(ベリルスマッシャー)とそれに打ち合う(ベリルソード)。私とアナザーの間に再びスパークが飛び散った。

 

『ドウダ? 貴様ノ為ニ用意シタ[ベリルショット・ブラスター]ノ威力ハ?』

「お前に似て…………とっても凶暴だよッ!!」

 

おそらく、アナザーに顔があったらとっても悪い笑みを浮かべているのかもしれない。というか、私にはアナザーがその歪んだ笑みを浮かべいるように見えた。ベリルソードを大きく振るい、アナザーを押し込む。干渉波の影響もあってか、アナザーは簡単に私から距離を取る。だが、代わりにやってきたのは光弾による応酬。それを躱した私はセグメントライフルを放つけど、呆気なく躱されてしまった。再び鳴り響く弾切れのアラート。セグメントライフルでは有効打を与えられていない…………こうなったら、同じベリルショットで対抗するしかない!! 私は弾の切れたセグメントライフルを格納し、ベリルバスターシールドを展開した。

 

「こいつで…………ッ!!」

 

射撃形態にし、光弾を何発か放つ。正確に狙って撃ったそれらはアナザーへと向かって飛んでいく。しかし、アナザーもベリルショットの威力を理解しているのか、さっきまでよりも大きく回避していた。

 

(これなら…………いける…………ッ!)

 

互いにベリルウエポンを構え、距離を詰める。剣と斧を交わらせ、再度スパークを飛び散らせた。互いに片腕だけで得物を振るっているが、一撃の攻撃力を高めたアックス形態に対してベリルソードは押さえ込むのに少々非力だ。かといって、お互いのベリルウェポンの出力は同じくらいなのか、一方にかき消されるということはなく、拮抗した状態が続いていた。

 

「ちっ…………!」

 

一度刃を滑らせ、アナザーの後方へと躍り出る。そして、すぐさま方向転換し、ベリルバスターシールドから光弾を撃った。アナザーはその動きに気がついていたのか、難なく光弾を避けた。不意打ちが通用しないなんて…………一体どんな反応速度なの!? 前から思っていたけど、あの機体…………戦闘能力が極めて高すぎる! なんでアナザーに襲われて生き残れたのか、自分でもわけわかんなくなったよ! 本当、あの時は奇跡に近かったのかもしれない。

 

『楽シイ…………実ニ楽シイゾ、紅城一夏。貴様トノ戦イ、終ラセルニハ勿体無イ』

 

嬉々とした声を上げながら私に斬りかかってくるアナザー。私はそれを迎撃するべく光弾を放つ。しかし、アナザーは光弾に光弾を当てることで無効化し、私へと接近してくる。って、どういう技量を持っているの!? あんな早い光弾に光弾を当てるなんて…………機械ならではの正確な計算による照準がなせる技なのか、それともアナザー自身の腕なのか…………私にはわからない。けど、やはりアナザーは一筋縄ではいかない相手であることははっきりとした。この戦いを楽しんでいるなんて言っている以上は、今の私にとって相当の強敵だ。でも…………それでも、私は…………!!

 

「うるさいっ! ここで…………終わらせるよ!!」

 

あいつを倒さなきゃいけないんだ…………!! 私に傷を負わせ、私と戦い、今もこうして戦いを続けている…………これ以上、アナザーの好きにはさせない!! そう意気込んだ私はベリルソードを振り上げ、再びアナザーへと斬りかかった。アナザーは大鎌に戻したベリルスマッシャーを突き出し、私の一撃を受け止める。すかさず私は右大腿部からイオンレーザーソードを引き抜き、一気に振り抜いた。TCS同士が干渉し、TCSが展開できない状況ならそれなりのダメージを与えることができると思っていた。

 

『フウ…………コノ鬩ギ合イガ堪ラン。今ノハ焦ッタゾ』

(これも避けられた…………!?)

 

だが、アナザーはその一撃を躱し、私から少しだけ距離を取ってから、また詰め寄ってきた。同時に振るわれる大鎌。私はその一撃を受け止めるべく、ベリルソードを構えた。

 

「っぐっ…………!?」

 

しかし、やってきたのは腹部への強烈な痛み。バランスを崩し、機体が墜落しそうになるけど、ブルーイーグル側のオートバランサーが機能し、最悪の事態は避けられた。頬の内側を噛んで痛みを紛らし、アナザーの方へと視線を向けると、左脚を突き出したあいつの姿があった。そこで私はアナザーからの蹴りをモロに受けて吹き飛ばされたのだと理解した。つまり、ベリルスマッシャーはブラフだったの…………!? 一方のアナザーは私の上方に出て、まるで私を見下ろすかのような位置にいた。その大鎌とわずかに漏れている月明かりによって、私には死神のようにも見えていたのだった。それに畏怖したのか、それとも体力がなくなってきたのか…………私は攻撃に移ることができず、ただ武器を構えているだけだ。

 

『来ナイノカ? ナラバ——此方カラ行カセテ貰ウゾ』

「——ッ!!」

 

アナザーがそう言った直後、一気に降下して距離を詰めてきた。私は反射的に同じように降下し、海面すれすれを飛行していた。後方で光弾が海面に着弾し、水飛沫をあげる音が聞こえてくる。できればそうやって水が舞って、光弾の威力が減衰してくれると嬉しいけど…………あの威力だ、効果はきっと薄い。それでも無いよりはマシかもしれない。

 

『逃ゲテイルバカリデハ、埒ガアカナイゾ?』

 

そんなことは、私が一番わかっているよ…………! アナザーに今の自分の心境を言われてしまったことに、腹立たしく感じていた。ベリルソードを握る手に力が入る。私はセグメントライフルを再度呼び出し、後ろに向けて放った。次々と吐き出される銃弾。だが、どれもこれも手応えはない。流石に全部避け切ったか…………!

 

(このままじゃ、ジリ貧なのは私…………なんとかしなきゃ…………!!)

 

そう思うが、打開策は出て来ない。今の私に出来ることは、アナザーの攻撃を避け続けること、それだけしかなかったのだった。

 

◇◇◇

 

「あの動き…………本当に一夏なの…………?」

 

突然会議室を飛び出した一夏を追って外へと出た残りのメンバーは、そこで繰り広げられている戦いに驚きを隠せなかった。シャルロットや学園長、真耶に楯無、そして箒や鈴、雪華は知らないが、それ以外のメンバー——かつてドイツでの作戦に参加した六名は、一夏と相対する機体に見覚えがあった。いや、見覚えがあっただけでは済まない。一夏に二度と消えない傷を負わせた魔鳥——フレズヴェルク=アーテル・アナザー。苦い思い出を作り出した元凶と一夏は戦っているのだ。その一夏の動きに、鈴はそう言葉を漏らしていた。

 

「確かに、あれは一夏だ…………だが、各軍で噂になっているアーテルと同等の戦いを行えるとは思っていなかったぞ…………」

 

暗闇の夜空に青い軌跡を描きながら、各所でスパークを飛び散らせている二機の様子を見て、箒はそう呟く。実際にはクラス対抗戦の時にも一夏はアーテル・アナザーと交戦していたのだが、その時は一夏以外は戦線を離れており、誰も見ていない。また、その戦闘は第一級機密指定レベルのものであり、アーカイブ化されたデータすら閲覧することはできないのだ。榴雷を扱っている時とは違う、初めて見る一夏の戦闘を前に、誰もがただ息を飲んでいた。

 

「束…………紅城は…………一夏は…………あいつは、あんな化け物と渡り合っていたのか…………?」

 

千冬は自分の隣に並ぶ束に向かって問いかけた。自分の愛する妹が、強敵と命を賭けたやり取りをしているのだ。心配するなという方が無理である。自身もあの魔鳥と同型機であるフレズヴェルク=ルフスとの交戦経験があるが、もっと単調な動きであれほど有機的な動きをするものではなかった。だからこそ感じる、あの魔鳥が持つ圧倒的強さの恐怖。自分よりもこの戦争に詳しい束なら何か答えてくれる、そう千冬は思っていた。

 

「…………そうだね。ゼルフィカールを預けられたいっちゃんは、ずっとあんな奴らを相手にしていたんだよ。私もログを勝手に見てわかったことなんだけどね…………」

 

それに、と束は言葉を続ける。

 

「少なくともいっちゃんはあいつと何度か会っている…………一度目はドイツ、二度目は館山基地周辺、三度目は学園の近海…………そして、四度目が今の状況。三度目の前にも防風林で会ってるみたいだけどね」

「…………待ってくれ、束。一夏は…………そんなに奴と戦っていたのか!?」

「初回と前回、前々回はそうだけど…………それ以外はいっちゃんを助けるような動きをしていたみたいだよ。特に、四月中旬に会った時は」

 

その時はいっちゃん、気絶してたから気がつかなかったみたいだけどね、と束は付け加える。それを聞いた千冬は理解に苦しんでいた。何故だ…………一夏を敵とみなしているのであれば、全力で殺しにかかっているはず…………なのに、何故敵に塩を送るような真似をしたのか——千冬にはアーテル・アナザーの考えがわからない。

 

(四月の中旬…………一夏が暴行を受け、意識を失っていた時期か…………もしや、奴があの件に絡んでいるのか…………!?)

 

四月の中旬にも一夏とアーテル・アナザーが会っていると知ったことから、そのような考えが千冬の脳裏を過ぎった。そんな時だった。

 

「——おい、エイミー!! よせ、何をする気だ!?」

「離してください、レーア!! 早くしないと、一夏さんが…………一夏さんが…………ッ!!」

 

千冬は騒ぎ声の聞こえる方へ視線を向けた。そこには、満身創痍といっても過言ではないウェアウルフ・ブラストを展開して今にも飛び出しそうなエイミーと、それを押さえつけているレーアとセシリア、ラウラの姿があった。

 

「レーアさんの言う通りですわ! エイミーさん、ここは堪えてくださいまし!!」

「じゃあセシリアは、一夏さんに死ねと言っているんですか!!」

「馬鹿なことを言わないでくださいな!! 誰もそんなことは思っておりませんよ!!」

「それじゃあ行かせてください!! 私ならまだ戦えます!!」

 

エイミーの悲痛な叫び声が静寂を打ち破る。満身創痍となっても一夏の為に動こうとする…………その彼女の姿に、千冬はいかに一夏が仲間に慕われているのか、改めて感じていた。だが、流石にそのような状態で出撃しようとすることを認めるわけにはいかない。若干、興奮気味のエイミーを宥めるべく、千冬は声をかけようとした。

 

「馬鹿者!! 貴様の機体じゃ、足手纏いが関の山だ!! オーバーロードを引き起こした機体で行くなど、ただの蛮勇にしか過ぎないぞ!!」

「ですが…………!!」

「行ったところで貴様に何ができる!? 悔しいが…………奴の動きについていけるのは、一夏だけだ。ここは堪えるんだ…………!!」

 

だが、千冬が声をかける前に背後から押さえつけていたラウラがエイミーを叱りつけるような声で宥めていた。その彼女の声もまた、悔しさが滲んでいるようであった。頭を覆うバイザーによって表情こそ読み取れないが、エイミーは抵抗することなく、その場に崩れ落ちる。

 

「でも…………でも…………もう嫌なんですよ…………! 自分の上官を失うのは…………!! マーカス少尉の二の舞には…………なって欲しくない…………もう傷ついて欲しくないんです…………!!」

 

嗚咽の混じった声で言葉を紡ぐエイミー。その悲痛な声に誰もが言葉をかけられず、彼女から顔を背けていた。理解はしている…………このままでは一夏はさらに劣勢に追い込まれるだけだと。最悪の事態が脳裏を過ぎる。だが、だからと言って現行の戦力では一夏の援護にもならない。約三分の一の戦力が稼働不可能であるこの状況…………狙いすましたかのように襲撃してきたアーテル・アナザーを恨みがましく睨みつけるとともに、今戦うことができない自分たちの不甲斐なさを嘆いていた。そんな彼女達の様子を千冬は見るに耐えられなかった。

 

「…………ちーちゃん」

 

そんな千冬に束は背後から声をかけた。その手にはアーテル・アナザーの情報を表示しているタブレット端末があった。それを千冬へと見せる束。

 

「…………なんだこれは…………」

「今までいっちゃんが会敵した魔鳥のデータ…………よく見るとどれも右肩に羽根のマーキングがあるの。一番最初にいっちゃんを襲ったやつと同じマーキングが…………」

 

束の言う通り、表示されている画像にはアーテル・アナザーの特徴の一つである紫色の羽根を模したマーキングが右肩に付けられていた。しかも一枚だけではない。その画像全てにマーキングがあったのだ。そう、一夏に一生消えない傷を残したあの魔鳥が持っていたものと同じマーキングを。

 

「なんだと…………!? まさか奴は…………一夏は奴と戦う運命にあるとでもいうのか!?」

「そこまでは私にもわからない…………でも、いっちゃんに固執しているということだけは確実だね。おそらく何度か助けたのも、自分が戦いたいから…………いっちゃんと戦いたいから、そのために助けただけなのかもしれないね」

 

そう束は自分の考えを千冬へと言うが、肝心の千冬はそんな彼女の言葉など耳に入っていなかった。自分の妹が知らないうちにどちらかが尽きるまで終わらない戦いの連鎖へと巻き込まれていたことに胸を痛めていた。家族の事を第一に想う彼女であるからこそ、今の状況がとても心苦しく感じられていたのだった。まばゆい閃光を放ちながら空へ複雑な軌跡を描いていく二機。次第にその攻防の動きが下へと向かっていく。そんな時、シャルロットが叫び声をあげた。

 

「な、何…………!? 何が起きたの!?」

 

シャルロットが指差す方向。そこには一際大きい水柱が立ち上っていたのだった。

 

◇◇◇

 

「うっ…………くっ…………!!」

 

海面ギリギリを飛行していた私を狙ったベリルスマッシャーの一撃を回避したが、その熱量で海面から水柱が立ち上り、余波でブルーイーグルを激しく揺さぶった。思わず機体バランスを崩して海の中へダイブしそうになったけど、ここでもオートバランサーが機能して海底へのご招待を免れる事になった。さっきから急上昇したり、海面すれすれの飛行で回避したり、セグメントライフルによる攻撃をしてきたけど、未だに劣勢な事に変わりはない。

 

「これでも…………っ!!」

 

水柱の中めがけてセグメントライフルを撃ち込む。流石に光弾はあれで無効化されてしまうかもしれないけど、実弾ならまだ通用するはずだ。今のマガジンに残っている弾を全て撃ち込んだ。弾切れのアラートと表示が出ると同時に、残された最後のマガジンを装着した。泣いても笑ってもこれが最後のパックだ…………今の所一発も碌なダメージを与えられてないけど、それでもやるしか道はない。まだ一発も撃ってないイオンレーザーカノンもあるけど、今のこの状況じゃ取り回しが悪い。水柱が消えた瞬間が勝負だ。

 

『——ソウダ、私ガ望ム戦イハ此処ニアッタ。貴様コソ、私ヲ満タス存在ダ』

 

水柱が消えた時、アナザーはそう喜びのような声をあげていた。右肩の装甲と、左脚部のウエポンラックに当たったようで、そこだけパーツが損傷していた。先ほどの攻撃が通ったとでも言うのだろうか? でも、とりあえずアナザーに攻撃を当てることができたのは確かな事だ。だが、攻撃を受けたアナザーは喜びの声をあげている。わからない…………その考えが私には理解できそうにない。それが不安を呼び、武器を握る手に思わず力が入っていた。

 

『私ガ望ムノハ、コノヨウナ命ノ賭ケ…………泥臭クモ、意地デモ勝利ヲ掴モウトスル戦イヲ、私ハ待ッテイタ…………ッ!!』

 

そう言ってアナザーは両手に構えたベリルスマッシャーを大鎌に変形させて私へと斬りかかってきた。しかも、動きはさっきまでよりもキレがかかっていて、何よりも速く感じた。まずい——頭の中で警告が出ると同時に、私はその場を離れる。直後、その場所をベリルスマッシャーが交差して通過した。

 

「こ、のぉっ…………!!」

 

距離をとった私はセグメントライフルをそのまま放ち続ける。直撃させられる自信は今のアナザーの動きによってほとんどなくなってるけど…………それでも足止めくらいにはなる。進路を妨害するように放つが、悉く避けられ、妨害の意味を成していない。本当に不味いんだけどこれ…………!

 

『フハハハ!! ドウシタ? ソノ程度デ終ワルノカ!!』

「…………んぐぅっ…………!!」

 

振るわれたベリルスマッシャーをベリルソードで受け止めるも、その威力までは完全に殺せず、私の体を軋ませた。アナザーが今までとは違う、感極まったような声を出してから、急に調子が良くなっているような気がするけど…………それでも私は負けてなんていられない! とにかく早くこの状況をなんとかしなきゃ…………! ベリルスマッシャーを二つも押さえ切るのは流石に無理だと思う。ならば…………賭けてみるしかない!!

 

「これで…………っ!!」

 

クローモードにしたベリルバスターシールドをアナザーへと振り下ろした。シザークローを強引に折りたたんで、普通のクローのようにして攻撃を仕掛けた。せめてこの一撃で何か決められると思ったけど…………そううまくはいかなかった。

 

『コノ距離デソレヲ喰ラエバ、私トテ無事デハ済マナカッタナ』

「綺麗に回避しておいて言うセリフ…………!?」

 

だが、その至近距離での一撃をアナザーは回避した。それを合図に私たちはお互いに距離を取る。セグメントライフルの残弾はあと一発。とはいえもう効きそうにない気がする。そう思った私はセグメントライフルを格納し、展開している武装はベリルソードとベリルバスターシールドだけにした。残弾もエネルギーも心許ないけど…………エネルギー残量が少ないのは向こうも同じ。ベリルウエポンは高出力であるだけあって、エネルギーの消費も激しい。私の場合はベリルソードもベリルバスターシールドもジェネレーターセルを内蔵しているそうだから、独立したエネルギー流路を持っている。とはいえ、そのエネルギーが尽きれば使えなくなるのは当たり前だ。ベリルショット・ランチャーとして何発か撃ったベリルバスターシールドのエネルギー残量は単純な近接装備のベリルソードよりも消費が激しかった。あと何発撃てるのか…………少なくとも五発、多くても八発が限度だろう。でも…………だからと言って、ここで退くわけにはいかない!! 攻勢に出るべく、私はベリルソードを構え、一気に加速しアナザーへと斬りかかった。だが、その一撃はグレイヴに変形させたベリルスマッシャーによって受け止められてしまう。

 

『楽シイナァ、紅城一夏。貴様モソウ思ワナイカ?』

「どこがだよ!! アナザー…………お前は一体何がしたいの!?」

 

一度離れてベリルショット・ランチャーを放った。流石にその一撃はまずいのか、アナザーも回避運動を取るが、その不安定な体勢からベリルショット・ブラスターを放ってきた。間一髪で躱したけど、右肩のスラストアーマーの表面が焼けていた。回避に意識がいってしまった私にアナザーは接近、ベリルスマッシャーを振り下ろす。私はそれをなんと受け止めた。

 

『私ガ求メテイルノハ強者トノ戦イ…………実力ト運ヲ兼ネ備エタ者トノ、全テヲ賭ケタ戦イダ!!』

「なら、なんで私なの!? 私以外にも強い人はいっぱいいるってのに…………!!」

『貴様ハアノ時、私ノ攻撃ヲ避ケテイタ。不意打ニモ関ワラズダ。ダカラコソ、私ハ貴様ヲ倒シタイ…………私ガ貴様ト戦ウノニ、ソレ以上ノ理由ハ無イ!』

「くうっ…………!」

 

無茶苦茶な理由だ。ってか、あの時私って攻撃を回避してたの!? しかもそれだけのことで私に攻撃を仕掛けてきたの…………? 戦いたいという理由しかわからないアナザーのことが、私には理解できない。力を入れて振るわれたベリルスマッシャーの刃を滑らせ、その勢いで私はベリルソードを振り抜く。再び切り結び、一段と大きなスパークが飛び散った。

 

『ソレニダ…………貴様ト私ハ似テイル。ソウ思ワナイカ?』

「どこが!? 私とお前は全然違う!!」

『地球デ生マレタ者ガ、月ノ技術ヲ使ッテイル。機械ト人ノ差ハアレド、ソノ事実ニ変ワリハナイ』

 

加エテ、と機械音が混じった篭った声でアナザーは言葉を続けた。

 

『二度目ニ会ッタ時、貴様ガソノ機体ヲ使ッテイタ…………オリジナル(・・・・・)モ貴様ト似タ機体ト戦ッテイル。ナラバ、貴様ヲ打チ倒ス事デ、私ハオリジナル(・・・・・)ヲ超エル事ガ出来ル…………私ノ絶対的ナ力ハ不動ノモノトナルノダ!!』

「い、一体何を言って——」

『ダカラコソ、貴様ヲコノ私ガ倒サネバナランノダ!! 貴様ヲ生カシタノハ、コノ戦イヲ楽シミ、私ノ手デ我ガ宿敵ナル存在ヲ倒ス、ソノ為ダ!!』

「ぐうぅ…………っ!!」

 

切り結んでいたベリルスマッシャーに力を入れて私を弾き飛ばすアナザー。最早アナザーが何を言っているのか理解できなくなっているけど…………私を倒そうとしていることだけはこれでもかとわかった。でも、そんなことに思考を割いている余裕はない。弾かれた衝撃でアナザーと距離が離れてしまった。目の前には二本のベリルスマッシャーを振りかぶったアナザーの姿があった。けど、この距離じゃ避けることは無理だ。私はベリルソードとベリルバスターシールドを構えて受け止めようとしたけど、その時に警告音が鳴った。

 

(ベリルバスターシールドのエネルギー残量無し…………!?)

 

頼みの綱の一つであるベリルバスターシールドのエネルギーが尽きてしまった。TCSを展開できず、クリスタルユニットも輝きを失いつつある。まずい…………これじゃ、普通のシールドと何も変わりないよ!! おそらく撃ち過ぎてしまったのが原因かもしれない。大鎌に変形したベリルスマッシャーがベリルバスターシールドに触れる直前、私はベリルバスターシールドをパージした。エネルギーの尽きたシールドは干渉波を発生させることなく大鎌に貫かれ、切断されてしまった。残る一振りはベリルソードで受け止めたけど、体勢が悪いせいで再び弾かれてしまった。

 

(ま、まずい…………! は、早く体勢を立て直さなきゃ…………!!)

 

体勢を立て直し、墜落を免れた私だけど、目の前には既に距離を詰めていたアナザーの姿があった。わずかに漏れる月明かりを背に、クリスタルユニットを発光させている姿に、私は思わず恐怖してしまった。ベリルソードを構え直そうとするも、機体の反応が少し遅く感じてしまう。ベリルスマッシャーの刃は、もう眼前まで迫っていた。

 

『——墜チルガイイ』

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

なんとか間に合ったベリルソードと交錯し、直接的なダメージはなかったものの、干渉波とそれに乗じたアナザーの蹴りをもろに受けてしまった私は大きく吹き飛ばされてしまった。体勢を立て直そうにも高度が低すぎる…………!

 

「がっ…………はぁっ…………!!」

 

落下し続けていた私は、近くの小島に叩きつけられてしまった。あまりの衝撃に一瞬意識が無くなりそうになる。でも、墜落時の衝撃による痛みでなんとか意識は飛ばすにすんだ。頭の中ではすぐにここから離脱すべきだってわかってるのに、全身を強く打ち付けたせいか、思うように身体を動かせない。しかも、叩きつけられた衝撃で殆どのフォトンブースターが損傷してしまっている。逃げようにも逃げられない状況に私は追い込まれてしまっていた。…………なんでこんな風に冷静に考えてられるのか、私でもよくわかんないや…………。

身体を動かせない私の前にアナザーがゆっくりと降り立った。ベリルスマッシャーの片方は大腿部のウェポンラックに携えている。

 

『貴様トノ戦イ…………楽マセテ貰ッタ。終ワラセルニハ惜シイ』

 

ゆっくりと、でも確実に、私へと迫ってくるアナザー。迫り来る死神の存在に、思わず逃げ出したくなりそうになるけど、身体が痛くて動かせない…………何より、恐怖が私を支配していた。

 

『シカシ、始マリガアレバ終ワリモ存在スル。———此処デ貴様トノ戦イハ終ワリダ。楽シマセテ貰ッタ礼トシテ、楽ニ逝カセテヤロウ』

 

そう言ってベリルスマッシャーを頭より高く振り上げた。一段と強い輝きを放ったその大鎌をアナザーは振り下ろす。普段よりも遅く見えるその攻撃。ああ、これが死ぬ直前なんだ…………と、変な考えが頭の中に浮かび上がっていた。

 

(…………悔いが残る人生だったなぁ…………)

 

走馬灯のように今まで起きたことが脳裏を過ぎった。そういえば、結局任務は遂行できなかったね…………それにお姉ちゃんや束お姉ちゃん、秋十に皆…………そして、弾…………約束なんてしてたけど、それも守れそうにないよ…………ごめんね…………。どこか生きることを放棄しようとしている自分がいる。逃れられない絶対的な存在を前にしたからなのだろうか…………私にはわからない。

 

(…………い、嫌だ…………わ、私は…………私は…………まだ、死にたくない…………死にたくないよ…………!!)

 

でも、生きたいと願っている自分がいる事も確かだ。ベリルスマッシャーの切っ先は、もう目と鼻の先…………ゆっくりと、でも確実に迫ってきているその一撃から目を背けたくて、私は思わず目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヤラセナドサセン!!』「やらせるわけにはいかん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな声が聞こえたと思ったら、何かが弾けるような音が聞こえた。聞き覚えのある音…………あ、干渉波とスパークが生じる音だ…………。それにいつまで経っても痛みがこない…………もう死んでしまったのかと不安になったけど、打ち付けたところが痛むからまだ生きてる…………の? どうして…………私は生きてるの…………? 恐る恐る私は閉じていた目を開けた。そこには…………

 

「これ以上、一夏をやらせる事はさせん!!」

『アーテル・アナザー…………妾ノ前ヨリ立チ去ルガ良イ!!』

 

——大弓を構えているマガツキ・裏天を纏った箒の姿があった。その信じられない光景に私は思わず目を見開いてしまう。ど、どうして…………箒がマガツキを…………!? 意識がだんだん薄れてきていても、その事が頭にしっかり焼きついて、疑問に思わずにいられなかった。私から視線を外し箒と対立すアナザー。静寂が両者の間に存在していた。私にはそれがなんだか長く感じてしまっていた。けど、アナザーは不意に何を思ったのかベリルスマッシャーをウェポンラックへと携える。

 

『——興ガ削ガレタ。今回ハ退イテヤル。ダガ、コレダケハ言ワセテ貰オウ。次コソ決着ヲ付ケル…………紅城一夏、ソノ時ガ貴様ノ最期ダ』

 

私に頭を向けてそう言ってきたアナザーは、ゆっくりと宙に上がっていく。あるところまで上がったアナザーは変形し、その場から一気に飛び去って行った。完全に姿が見えなくなったことを確認した私は思わず脱力してしまった。緊張と恐怖から解き放たれ、全身に力が入らなくなっている。

 

「無事…………ではなさそうだな。一夏、立てるか?」

 

箒がこっちを向いてそう言ってくる。バイザーに覆われて表情は読めないけど…………きっと心配そうな顔をしていると思う。…………さっきまで死ぬかどうかの瀬戸際にいたのに、今じゃこんな考えができるくらい余裕があるよ…………意識は大分薄れ始めてるけどね…………。

 

「ほう、き…………? ごめん…………力が入らないや…………」

「そうか…………わかった。これから、お前を抱き抱えて運ぶ。一旦機体を解除してくれ」

 

言われるがままに私は機体を解除させる。非発光体へと変化したブルーイーグルは私の胸にドッグタグとして戻っていた。ブルーイーグル…………無茶、させちゃったね。機体が解除され、露出した肌を優しく撫でる潮風がどこか心地よく感じられた。機体の解除を確認した箒は私を抱き抱え、ゆっくりと上昇し始める。

 

『それじゃ戻るぞ。痛かったりしたら遠慮なく言ってくれ』

 

箒はゆっくりと機体を進めた。戦闘で火照ったからだろうか、やはりこの涼しい風がどこか気持ちの良いものに感じられる。なんだろ…………急に眠くなってきちゃった…………視界も段々ぼやけてきたよ…………。意識を保てそうにないや…………。

 

「ほうき…………」

『どうした一夏? どこか痛むのか?』

「…………ううん…………ちょっとだけ、ねても…………いい…………?」

「…………ああ。着いたら起こしてやる」

「…………ありがと…………」

 

そろそろ限界かも…………ぼやけていく意識の中、箒の同意を得た私は少しだけ寝る事にした。完全に意識を手放したのはその直後の事だった。





今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.39



どうも、何故か某機動武闘伝を視聴していた紅椿の芽です。



実際、それ見て思ったんですよ。FAファイトとかやれないのかなーって。こう、フレームアームズファイト、レディ、ゴー! 的なノリで。実際、格闘技に近い動きをするFA見てみたい。



とまぁ、作者の願望はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





——全く…………またへばったのか、此奴は——

 

——何回へばったら気がすむのやら…………報告もできねえじゃねえか——

 

——まぁ、どうせ聞こえてねえだろうから、勝手に言っておくか——

 

——準備は整った。後は…………時を待っていやがれ。次は勝たせてやる——

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「ぅ…………うん…………」

 

目を開けると、視界の先には見慣れてしまった医務室の天井があった。パイロットスーツは脱がされ、代わりに病院服みたいなものを着させられている。窓の外に視線を向けると、既に日は昇っており、少し眩しく感じた。多分、あの戦いが終わってから少しだけ寝るって箒に言った気がするから、多分そのまま起きなかったのかもしれない。

 

「っ…………」

 

起き上がろうとすると、少しだけ身体中が痛んだ。痣とかそういうのがないから、軽傷で済んでいるのかもしれないけど、痛むものは痛む。墜落した時の衝撃が原因だと思う。ただ…………その時のことを思い出そうとすると、あの時振り上げられた大鎌を思い出して…………思わず体が震えてしまった。呆然とした状況ではない、はっきりと認識できる状況で見せつけられた有機的で無機質な殺意は私の脳裏にしっかりとこびりついてしまっている。間近にまで迫った死の恐怖…………いくら死ぬ事を覚悟していたとはいえ、いざ目の前でそれを感じさせられて、私は現実として受け入れたくなかった。理解するのと受け入れることの違いは分かっているけど…………やっぱり死ぬ事を受け入れるなんてできないよ…………あの時は諦めかけたけど…………生きる事を諦めるなんてことはしたくない。

 

(それにしても…………変な夢を見たよ…………)

 

夢の中で誰かに話しかけられていたみたいだけど、聞いたことのない声だった。口調はどこか荒っぽくて、なんだか男の人に近い感じ。夢って、人の記憶から作られるっていうけど、そんな声の人と会った記憶なんてない。それに、『準備は整った』って…………一体何の準備が整ったというのだろうか? うーん…………全くもってわからないや。考えれば考えるほど泥沼にはまりそうだ。

 

「——開けるよ〜」

 

そんな風に考え込んでしまっている時だった。急にカーテンの向こうから声をかけられる。この声…………間違いない、あの人だ。少なくともこの飄々とした感じで話しかけてくる女性はあの人くらいだ。私は返事をせずに仕切られているカーテンを開けた。

 

「篠ノ之博士…………」

 

束お姉ちゃん、その本人だった。あの特徴的なメカメカしいウサ耳はつけてないから、真面目モードであることがわかる。そういうところに限ってこの人、メリハリがちゃんとしている。なお昔は…………別にいいか。昔は昔、今は今なわけだし。

 

「…………大丈夫、周りに人はいないから。昔のように呼んで、いっちゃん」

「…………うん、分かったよ、束お姉ちゃん」

 

どうやら人払いを済ませてきたようで、昔のように呼んで大丈夫って言われた。今まで表面上では、例え身内であったとしても他人であるかのように振舞っていたから、そういってもらえると少しだけ肩の荷が下りるような気がする。そんなわけで、それを聞いた私は束お姉ちゃんの事を昔と同じように呼ぶことにした。

 

「それで、束お姉ちゃん…………私に何の用なの?」

 

私は素直に疑問に思った事を口にした。こんな事を言うのもどうかと思うんだけどさ、束お姉ちゃんだって忙しい訳なんだし、私一人に構っていられるような時間なんてないような気がするんだよね。

 

「まぁ、いっちゃんに伝えておかなきゃいけないことがあるからね…………すごい勝手だけど、いっちゃんが寝ている間に色々検査させて貰ったよ」

「そう、ですか…………」

 

どうやら束お姉ちゃんはその検査の報告をするためにここにきたみたいだ。だけど、その表情はなんだか暗い感じがする。どうかしたのだろうか…………? ちょっと束お姉ちゃんの事が心配になっている私の眼の前に、束お姉ちゃんからタブレット端末が差し出された。そこに表示されているのは何かの数値。って、私、これに見覚えがあるよ…………ここにくる前も見たし。

 

「束お姉ちゃん…………これってもしかして…………」

「うん。今のいっちゃんのパーソナルデータになるね。しかも、超最新版の」

 

そう、表示されていたのは私の身体的な事なら全て書いてあるパーソナルデータだった。道理で見覚えがあるはずだよ…………自分の身長や、身体的特徴くらいちゃんと分かってるから、すぐにわかる訳だし。それに、館山基地では定期的にパーソナルデータの更新の為に検査もしていたから、元データが自分のものなのかを確認する時に見せられるしね。というか、両足に裂傷多数の時点で私のだってわかる。

 

「でも、どうしてこれを…………? 今のところ異常なんてないし…………」

「いや…………いっちゃんの体、結構異常なんだよ。ここ見てよ、ここ」

 

そう言って束お姉ちゃんが指差したのは、各種適性の項目だった。そこには格闘や射撃、航空機パイロットや指揮能力などの多岐にわたる分野の適性値が表示されている。私の場合、ほとんどの分野が平均より少し上ぐらいなんだけど、ある二つだけは違っていた。一つはFA適性。もうなんか、上限振り切れていて、ランク[SSS]と表示されてる。これについては前にも聞かされてたし、頭の片隅にちょっと覚えていた。でも、こっちはそういいものじゃない。最早零というよりも、マイナスの方に振れてしまっている適性があった。こんなのは初めて見たよ…………しかもそれがIS適性で、適性値が[R]…………前は[F-]って言われたけど、これってそれよりもさらに下って事だよね…………?

 

「た、束お姉ちゃん…………こ、このIS適性[R]って…………」

「…………その適性値は私が暫定的に付けたよ。[F(Fake)]のさらに下…………[R(Reject)]として。いっちゃん、かなり辛いことを告げるけどいい…………?」

 

私は束お姉ちゃんの言葉に静かに頷いた。どちらにせよ、いずれは知ることになるわけだし…………それに、聞かなきゃいけないって、頭のどこかでそう言っている。束お姉ちゃんは一息置いてから言葉を紡いだ。

 

「もう、いっちゃんはISに乗れない…………乗った瞬間、ISのフィードバックに脳が耐えられないよ。まるで、ISがいっちゃんを拒絶するかのように…………それこそ、命に関わる問題なんだよ…………」

 

ある程度予想はしていたけど…………それでも堪えるものがある。ISに乗れない…………世間で女性が力の象徴たして振るっているものを、私は扱えない、扱うことができなくなってしまったということだ。前に意識を失った時にも、ISで強力な拒絶反応が出たわけだし、命に関わる問題だって認識させられたから、もう乗ることはないって思ってる。それに…………そんな権力の象徴みたいに振りかざすのだったら、私は乗れなくてもいい。ISは、本当はそういう目的で作られたわけじゃないから…………。でもね…………そんな風に割り切ろうとしても、私にはできない。だって、束お姉ちゃんと月に行くって約束を果たすには、それを行えるものが必要…………理論上は単機で大気圏離脱と突入、そして極環境下での運用が可能なISが必要だと思うんだ。だから…………ISに乗れないって言うのは、あの約束を破っちゃうかもしれないと思ってしまったんだ。故に、そう簡単に割り切れそうにはない。理解するのと納得するのでは勝手が違うからね…………。

 

「…………だから、悪いことは言わない。もうISに触れない方がいいよ」

「…………わかったよ」

 

でも、自分の命が惜しいと思うのも事実。私は約束よりも自分の命を取ってしまったのだ。私に警告を促す束お姉ちゃんの目はいつになく真剣だったから…………その雰囲気に飲まれて私は答えを下した。けど、私にはわからないことがある。どうしてここまで適性値が低くなってしまったのか…………私には思い当たる節がない。

 

「束お姉ちゃん…………なんで私のIS適性、こんなに低くなっちゃったのかな…………? 元から低かったのは知ってたけど、ここまで低くなるなんて思ってなかったから…………」

 

だから、私は束お姉ちゃんに聞くことにした。束お姉ちゃんなら何か知っているはず…………一人でISを作っちゃうような人だし、何かわかると思ったから…………。束お姉ちゃんは少しだけ私から視線を逸らしたかと思ったら、また戻してため息をついた。

 

「ど、どうしたの…………? わ、私、何か聞いちゃいけないことを——」

「そうじゃないよ…………それよりも、いっちゃん。いっちゃんは『パーソナルアビリティ』って聞いたことある?」

 

束お姉ちゃんの口から出てきたのは、あまり聞いたことのない単語。いつも聞かされていたのは適性とかだったから、その言葉の意味はわからない。私は首を横に振ってわからないという意思を示した。

 

「そう…………パーソナルアビリティってのは、いわば人間の特性。実際は大体全ての数値を足すと平均クラスになるっていうものなんだけどね。いっちゃんの場合、IS適性を反転するまで喪失してしまった代わりに、FA適性が比類無きまでに高められているんだよ」

「つまり、IS適性の分もFA適性に振られているって事…………?」

「そういう事。パーソナルアビリティは何か要因があって変化する事もあるから、調べてみたんだよ。その結果がこれ」

 

そう言って束お姉ちゃんはレントゲン写真を見せてきた。データに書かれているラベルには私の名前があるから、これが私の両足のレントゲン写真であることがわかった。でも…………何か不自然に白くなっている部分がある。な、なんなのこれ…………。

 

「両足の各所に微小なT結晶の破片が食い込んでいたんだよ…………大体裂傷と同じところに。多分、これがいっちゃんのIS適性とFA適性を決めた要因だと思う。T結晶もISコアと同じように未解明の部分が多いから…………」

 

驚きを隠せなかった。だって…………まさか私の体にT結晶が食い込んでいるなんて…………全然気がつかなかった。しかも、裂傷と同じところにあるっていうから…………あの時、内部剥離を引き起こしたアーキテクトのUEユニットが損傷して、その時に食い込んだとしか考えられない。今までそういうことに気がつかなかったから、ずっと放置していたけど…………この状況を知ってしまった以上、体の中に異物があるなんてことに嫌悪感を抱いてしまう。一刻も早く取り除きたい、そう思った。

 

「取り除くことはできないの…………?」

「残念だけど…………あまりにも小さいからね。場所が場所だけに、完全に除去するのは不可能だよ…………それに、除去したところでいっちゃんのパーソナルアビリティは変化しないだろうし、下手するとFA適性どころか両足の機能も喪失してしまうかもしれない。…………悔しいけど、束さんとしても除去は推奨しないよ」

 

だが、その思いは虚しくも完全に打ち砕かれてしまった。そんな…………そこまで酷い状態だったの…………でも、除去してしまった方がリスクが大きすぎるってことは十分伝わった。流石にFA適性まで失うわけにはいかないし、最悪両足を失うなんて言われてしまったら、無理矢理でも納得するしかない。そうなってしまえば、私はFAパイロットとして生きていけないし、お姉ちゃんや秋十に楽させてあげる事も出来なくなっちゃうからね…………。

 

「わかりました…………」

「少なくとも炎症とか引き起こしてないみたいだし、今まで通りで大丈夫だよ」

 

束お姉ちゃんはそう言うけど、気休め程度。両足に異物が食い込んでるなんて一度聞かされてしまったら、後は気にし続けてしまうかもしれない。いっその事、この事実を忘れられたらどんなに楽になるのだろうか…………そう考えてしまった。

 

「それと、いっちゃんの機体についても報告があるんだ」

「それって、ブルーイーグル…………? それとも榴雷…………?」

「ゼルフィカールの方だから、ブルーイーグルだね。装甲自体に大きな損傷はないけど、墜落時に背面のフォトンブースターとイーグルユニットが損傷、ベリルバスターシールドの損失、駆動系への過負荷…………割とシャレにならないダメージを受けていたから、館山基地で修理する事にしたよ。再来週には呉の方から兵装が届くように手配しておいたから」

 

そっか…………ブルーイーグルにもかなり負担かけていたんだね。でも、それでもアナザーとの戦いでは、勝つことができなかった。機体の性能じゃない…………私自身がまだ弱いから。私が今までアナザーと戦えていたのはブルーイーグルの性能があってのもの。今回も退いてくれたみたいだけど…………もし、箒が介入してこなかったら私は負けていた。つまり、死んでいたかもしれない…………今になって、生き残ったことよりも完全に敗北したという事への劣等感が私の心を蝕んでくる。

 

「…………ねぇ、いっちゃん」

 

そんな私に束お姉ちゃんは声をかけてきた。

 

「いっちゃんはさ…………私の事、恨んでる…………?」

 

え…………? 今、この人はなんて…………?

 

「間接的にかもしれないけど、私のせいでいっちゃんは戦場に身を投じたし、それで傷ついた…………そして、私が月にISコアなんてものを送り込んだから、アーテル・アナザーなんてものが現れて、いっちゃんと戦うことになって…………いっちゃんが苦しんだ理由って殆ど私が原因なんだよ…………恨まないはずがないよね…………」

 

そう言っている束お姉ちゃんの目は今にも泣き出しそうなほど潤ませていた。見るに堪えない顔だった。…………あの時と全く一緒じゃん…………私がドイツで両足に傷を負った時と丸っ切り一緒。でも、束お姉ちゃんはあの時以上に辛そうな表情をしていた。見ているこっちが辛くなるほどに…………。

 

「い、いっちゃん…………?」

 

だから私は束お姉ちゃんを自分の胸の中に抱きしめた。これなら束お姉ちゃんの辛そうな顔も見ることはない。束お姉ちゃんにはやっぱり笑っていて欲しいかな…………そうじゃなかったら束お姉ちゃんじゃないような気がするよ。

 

「き、急に何さ…………た、束さんは大丈夫——」

「ねぇ、束お姉ちゃん、今あったかい?」

「う、うん…………いっちゃんはとってもあったかいよ」

「そんな人が束お姉ちゃんの事を恨んでると思う? 怪我とかしちゃったのは事実だけどさ、恨んだことなんて一つもないよ。みんながいればそれで十分だから…………だから、そんなに自分のことを責めないで」

 

束お姉ちゃんがISやフレームアームズを作ったことは事実。だけど、今のこの状況に陥った事とはあまり関係がないと思う。いろんな要素が絡み合った結果がこれなんだ。無責任すぎるのもどうかと思うけどさ、束お姉ちゃんみたいに必要以上に自分のことを責めすぎるのもよくないよ。そうしていると自分のことが嫌いになってしまうから。

 

「…………うぅっ…………ごめん…………ごめんね…………!!」

 

束お姉ちゃんは私の体を抱き返してきた。激しく打ち付けたところが少し痛むけど、束お姉ちゃんの心の痛みと比べたら微々たるものだ。胸のところが濡れていくのが感じられる。私の胸の中で謝り続ける束お姉ちゃんの頭を撫でながら、私は彼女が泣き止むまで抱きしめ続けていたのだった。

 

 

「ごめんね…………急に泣き出しちゃったりしてさ」

「私は気にしてないよ。束お姉ちゃんがすっきりしたのならそれで十分」

 

一頻り泣いた束お姉ちゃんは赤く腫れてしまった目を擦りながら、そう言ってきた。そこにはさっきまでの辛さとか悲しみは残っていない。なんだか憑物が取れたような、すっきりした表情になっていた。やっぱりさ、束お姉ちゃんに泣き顔は似合わないよ。こんな風にちょっとけろっとしたような顔がいいと思う。

 

「そんな事を簡単に言えるいっちゃんって、相当な優しさの塊だよねぇ…………普通なら束さんは一発二発殴られても仕方ない事をしたんだよ? それをこうもあっさりと…………」

「もう! そういう風に引きずらなくていいから!!」

 

それでもなお、さっきの話を引きずろうとする束お姉ちゃん。言っておくけど、私絡みの事でいつまでも悩まれる方が、私にとって困ってしまう事である。というか、私絡みの事で苦しんで欲しくないというのが本心。再びその話を持ち出そうとした束お姉ちゃんに私は待ったをかけた。

 

「そ、そう? 大人になると責任がつきまとうから、それを忘れちゃうっていうのもどうかと…………」

「えっ…………? 束お姉ちゃんって大人になってたの…………?」

「いやいやいや、私はもう成人してるよ!? 一体どういう目でいっちゃんは私を見てたの!?」

「どうって…………ガワだけ大人になった子供?」

「酷い!?」

 

心外だー! とでも言わんばかりに声を荒げた束お姉ちゃん。しかし、今までの行動やら言動やら服装やらを見てしまうとどうしても、ガワだけ大人になった子供みたいな印象しか受けない。昔の話になるけど、私達姉弟と箒と束お姉ちゃんでご飯食べた時、一人だけ野菜とか食べられてなかったし、割とすぐに駄々をこねる事もあったし。ましてや、厳しいがしっかりとした大人というイメージのお姉ちゃんや、横須賀の瀬河中尉に館山の葦原大尉達といった大人と触れ合ってきたから、比較してしまうとより一層子供っぽく思えてしまうのだ。

 

「…………なんかいっちゃん、最近毒舌になってきてない?」

「…………き、気のせいだと思うよ?」

「今の間はなんなのさ、今の間は…………」

 

いやいや、私そんな毒舌になった覚えはないよ!? というか、思った事を口にしたらそうなっただけなんだって! と、心の中で思っていても、目の前のどこかぶー垂れたような表情をしている束お姉ちゃんの機嫌が直る気配はない。とりあえずどうしようかなと考えていたら、不意に束お姉ちゃんはため息を吐いた。

 

「…………ま、そこまで元気があるなら大丈夫だね。そろそろ束さんは行くとするよ。あんまり長居をしていると仕事が終わらないからね」

 

そう言って束お姉ちゃんは肩を竦めながら、椅子から立ち上がった。

 

「そっか…………また暫くは会えなくなるね」

「仕方ないよ。今は一刻も早くこの戦いを終わらせなきゃいけない…………私の責任であり、私の贖罪だから」

 

私は何も言えなかった。私が口を挟んでいいような状況じゃないと、肌が感じていた。

 

「それじゃいっちゃん、一回ブルーイーグルを渡してもらえるかな?」

 

束お姉ちゃんの言葉に従って私は蒼いドッグタグを首から外した。ブルーイーグルも修理しなきゃいけないダメージを負っていたからね…………しっかりと直してもらわなきゃ。まぁ、私が未熟なパイロットっていうのも一理あるかもしれないんだけどね。

 

「よし、これで受領完了、っと。じゃあ、またね、いっちゃん」

「…………うん。またね、束お姉ちゃん」

 

私からブルーイーグルを受け取った束お姉ちゃんは踵を返して此処を後にしていった。誰もいなくなり、静かになってしまった医務室。ふと窓の外へ目を向けてみると、日は完全に昇りきっており、入り込んだ光は医務室の部屋を明るく照らしていた。視線の先には、さっき戦っていた暗く重たい曇天の空とは違って、どこまでも透き通るような蒼い空が広がっていたのだった。さて、と…………体の痛みも引いてきたし、気分転換に散歩でもしてこようかな…………。

 

 

医務室を出た私は学園の海辺付近を歩いていた。着替える服がなかったから、着せられていた病院服みたいな服を着ているけどね。薄い分、肌に風が感じられる。どこか暖かな感じの風だ。数時間前まで戦闘を行なっていたとは思えないくらい穏やかな雰囲気だった。とはいえ、見渡してみると黄色の立ち入り禁止テープが貼られている場所が所々にある。戦闘が行われたという確固たる証拠がある以上、今のこの穏やかさがとても愛しいものに感じられた。

 

(そう言えば…………この方向は館山基地がある方向かぁ…………みんな無事かな…………?)

 

見えはしないけど、私の視線の先には館山基地がある。昨日も向こうで戦闘があったみたいだし、中隊のみんなの無事が気になる。余程のことがない限りかすり傷一つすら負わないとか言われているグランドスラム中隊といえど、そこにいるのが人である以上、怪我をする事だってあるかもしれないし、最悪…………いや、そう考えるのは止しておこう。きっとみんなも無事だ、そう思っている方が気が少し楽になる。悠希とか無茶してないといいんだけどね。そんな事を思いながら基地のある方を眺めていた時だった。

 

「あっ! 一夏さん!!」

 

後ろから不意に声をかけられた。思わず声のした方へと目を向ける私。

 

「エイミー…………それにレーアまで…………」

 

そこには何やら花束を抱えたエイミーと、何かのボトルを持ったレーアの姿があった。二人ともアメリカ陸軍の制服に身を包んでいる。どうかしたのだろうか…………というか、その花束とボトルは一体…………。

 

「気がついたんだな、一夏…………心配したぞ」

「あはは…………また心配させちゃったみたいだね」

「全くだ。それにだ、戦っている時なんてこいつ、オーバーロードしているウェアウルフで飛び出そうとしたくらいだぞ」

「し、仕方ないじゃないですか、レーア! あ、あの時はもう自然と体が…………」

 

どうやら私がアナザーと交戦している時、エイミーが損傷した自機で交戦エリアに乗り込むつもりだったようだ。って、あの時は空戦していたから陸戦型のウェアウルフじゃ相手になれないだろうし、それ以前にオーバーロードでろくに動かせなかったはずでしょ。…………そう考えると完全に自殺行為じゃない、それ。とはいえ、みんなに心配をかけさせてしまった事は事実。…………本当、よく怪我をする上官で申し訳ない。

 

「そ、そういえば一夏さん。もう、動いても大丈夫なんですか…………?」

「多分ね。特に大きな怪我とかもしてないわけだし、散歩くらいはいいでしょ? それよりも、二人はどうして此処に?」

 

私がそう聞くと二人はなんだか暗い表情になって顔を俯かせていた。あ、あれ…………どうしたのかな…………もしかして聞いちゃいけない事だったのかな…………?

 

「あ、あの、二人とも——」

「——今日は私の上官の命日なんです…………」

 

絞り出したようなエイミーの声が聞こえた。上官の命日…………そっか…………それじゃ暗い気持ちになるのも仕方ないよね。

 

「…………ごめん、軽率だったよ」

「気にしないでください…………それよりも彼の事を聞いてくれますか?」

 

私はエイミーのその言葉に小さく返事をするしかできなかった。エイミーは私の返事を聞いたのか聞いてないのかわからないけど、柵の方へと歩みを進めた。

 

「彼の名はマーカス・ドレッド、最終階級は大尉でした。本国で任務を当たっている時はよく彼がお節介をやいていました。でも、彼はある作戦で負傷して、敵の増援から私を逃がすために殿となって殉職しました…………彼も一夏さんと同じ、ブルーパー乗りだったんですよ?」

「私も彼には結構世話になってな…………あまりよくわからないが、上官というよりは私達の兄のように感じていた。生きていればもう二十歳になっているはずだ…………」

「そう、だったんだ…………」

 

私はそうとしか言葉が出てこなかった。仲間を失った経験は私にだってある。でも、殆ど面識のない人ばかりだったから…………そんな親密な仲の人を失った事はないから、二人の気持ちは私には計り知れない。二人は柵の方へ近づくと、海へ向かって花束とボトルを投げ込んだ。ボトルは鈍い音を立てて海へと沈み、花束はその花弁を波に揉まれながら流されていく。

 

「…………遠い日本からですが、今年も貴方の冥福を祈ります、マーカス。どうか、もう貴方が争いに巻き込まれない事を祈っています…………」

「…………貴方の飲みたがっていたバーボン、今年も送ります。日本からですが、どうか安らかに眠っていてください…………」

 

手を合わせ、祈りを捧げる二人。何処と無く、二人の背中には深い悲しみの跡が浮き出ているような気がした。そう、だよね…………大切な人を喪ったんだから…………それだけ悲しみも大きくなるよね。私にだって大切な人はいる。でも、もし守りきれなかったら、きっと二人のような思いをするのかもしれない。だったら、私は何が何でも守り抜くよ…………悲しみはこれ以上増やしてはいけないから…………。

私は気がついたら両手を合わせていた。多分、同じブルーパー乗りとして何かを感じているのかもしれない。私も二人と同じように祈りを捧げた。

 

(…………面識はありませんが、同じブルーパー乗りとして貴方の冥福を、そして二人のことを見守ってくださるよう祈ります…………)

 

蒼天の下、私達はしばらくの間その場で祈りを捧げ続けていた。鳴き声をあげながら飛び交う海鳥達がその祈りを届けてくれる、私にはそんな気がしたのだった。






今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.40




どうも、二ヶ月近く姿をくらましていた紅椿の芽です。


此処最近一人暮らしを始めて、実家に積みを置き去りにしてきております。そのためついこの間届いたゼルフィカールNEも実家に溜まっているという…………その他三十近い積みプラが溜まっているのに。


さて、そんな死に体の作者の事は放っておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。なお、今回は作者的にギャグ回であると思っているので、その点を留意しておいてください。





あの襲撃からもう一週間が経とうとしていた。既に学年別トーナメントも終わり、殆どの学生はいつも通りの生活へと戻っている。本来なら一週間以上かかってしまうトーナメントだったそうだけど、結局行事としては中止になってしまった為、一回戦のみ行ってのデータ取りとなってしまったようだ。まぁ、開催するまでに散々襲撃されたからね…………アントの大群にアナザー…………この学園は呪われてるんじゃないのかって勢いで襲われてない? 前のクラス対抗戦だって量産型フレズヴェルクに襲撃されて中止に追い込まれているし。…………その度に負傷してるような気もしなくない私ってなんなんだろうかとふと思ってしまった。

そんなわけで、警戒強化の命を受けてしまった私達派遣部隊だけど、その前に三日ほど休暇を貰えることになったよ。しかし、全員が同時に三日間も休んでしまったら警備の手が薄くなってしまうのは明白だ。結果、そのうちの各員が一日だけ休めることにして、それ以外は交代で警戒任務に当たることにしたんだよ。まぁ、私は一番最後の日でいいかなと思って、その旨をみんなに伝えたんだけどね…………

 

『何? お前が一番最後? 馬鹿も休み休み言え。お前が一番最初に休暇を取るべきだろう?』

『そうですよ! 一夏さんは働きすぎです! 少しは身体を大事にしてください!』

『全くだ。それに前回はあのアーテルとやりあったのだから、身体を休めるのは必要な筈だぞ?』

『てか、あれだけ戦闘した後なんだから、少しは仕事から頭を離しなさい! 過労でぶっ倒れるわよ!?』

『流石に僕も過労で倒れる同級生の姿は見たくないよ。絶対すぐに休んだ方がいいって』

『なんでしたら、最早三日全部一夏さんは休んでもいいんですのよ? それだけの功績はあるんですから』

『いやいやいや!? なんでそんなにみんな私をいの一番休ませようとするのさ!? ちょっと訳わかんないよ!?』

『お前が一番最後に休暇を取ると言い出したからだろう。書類作業に単独戦闘に警備任務…………過労死してもおかしくないぞ。という訳だ、同じく整備で過労死しそうな雪華と共に休みを取れ。雪華、一夏が仕事をしないように見張っておけ』

『はーい。という事で一夏、早速明日は必ず休暇にするからね。仕事は絶対しないように』

 

…………と、なかば強引に休暇を取らされる羽目になってしまったのだった。というか、三日全部休暇にしてもいいってどういう訳さ、セシリア。もう榴雷の修復作業自体は完了しているわけだし、ちゃんと仕事に戻れるよ? それにそんなことをしたらみんなの負担が増えることは確実じゃん…………そういうことにだけはしたくないんだけどなぁ。しかし、決まってしまったものは覆すことができないのも事実。という訳で、現在寮の自室にて時間を持て余しているところだ。いきなり休暇と言われても何をしたらいいのか…………予定を立てる暇もなく休暇にされてしまってはどう過ごしたらいいのかよくわからない。いつもだったら、休暇の予定を立てていたところに突然出撃がかかるような状態だったから尚更だ。

 

(あ、そういえば…………まだ中将に送る今週分の報告書作ってなかったっけ…………どうせだし作っちゃお)

 

ふと、未製作の報告書を思い出した私はパソコンを取り出し、机の前に座った。休暇といっても過ごす予定が決まってないのであれば、一層の事こうして仕事をした方がいい。それに見張り役の雪華も用事があるって今は部屋にいないから、お咎めを受ける心配もない。忘れないうちに報告書を作り上げてしまおうと思った私は、パソコンの電源ボタンに手を伸ばした、その時だった。

 

「…………一夏? 一体何をしようとしているのかなぁ?」

 

丁度、電源ボタンに指先が触れるか触れないかのところで、部屋の入り口から声をかけられた。その声のした方向に私は反射的に顔を向けていた。それも、非常にギクシャクとした動きで。

 

「あ、あれ、雪華? よ、用事があるって出てたんじゃ…………」

「その用事が終わったから部屋に戻ったの。で、どこぞの真面目中尉殿が仕事しようとしてたから声をかけたわけ」

 

そう言う雪華の顔はどこか黒い感じのする笑顔だった。や、やばい…………何がやばいのかはよくわからないけど、なんだかあれはやばい気がするよ! 今背筋がぶるって震えたもん! ぶるって! その表情のまま迫ってくる雪華。なんだか怖いんだけど!?

 

「そ、そういえば、せ、雪華の用事ってなんだったの?」

「ああ、それはね…………さっき中将に電話しておいてさ、『一夏が休暇中に報告書を書きそうになったらどうします?』って聞いたの。そうしたらね」

「そ、そうしたら…………?」

「『提出期限を三日後に設定するから作業を阻止、休暇に専念させよ』と命令を受けたんだよねぇ」

 

中将!? 一体どんな命令を雪華に出しているんですか!? しかも提出期限を延期させるとか正気ですか!? 確かこれ、そこそこ重要度の高い書類だったような気がするんですけど!? 突然のことに私の頭は処理ができず、完全に混乱していた。

 

「という事で、この作業用パソコンは今日一日没収〜」

「あっ…………ちょ…………! わ、私の仕事道具がぁ〜…………!」

 

混乱している隙に、私の作業用パソコンは雪華に没収されてしまっていた。…………本当、どうしたらいいんだろ? 仕事以外の過ごし方が思いつかないんだけど…………何処かに出かけるにしたって、何も目的がないとどうしようもないし…………。

 

「はぁ…………なんでこの真面目中尉殿はすぐに仕事に手を伸ばそうとするのやら…………自ら過労死しそうになる人ってそういないよ」

「いや、そんなつもりはないんだけど…………単に過ごし方に迷ったらそれに手が伸びちゃうだけだし…………」

「…………完全に仕事脳になってない?」

 

私の心情を話したら何故か呆れの溜息をつかれてしまった。だって仕方ないじゃん…………どうせいつかはしなければいけない事なんだし。私としては働きすぎているという感覚がないんだよね…………なんだかんだで戦線を離れたり、療養とかで休まされている時もあるし…………下手したらみんなより仕事してないかもしれない。だから、その分をこういう時に働いて埋め合わせようと思っていたのだ。まぁ、パソコンを没収された以上、やれることなんて無くなったんだけどね…………訓練に参加しようとすれば、他のみんなから全力で追い出されそうだし。

 

「というかさ、一夏は来週の準備とかしてるの?」

「来週何かあったっけ?」

 

私がそう答えたら、雪華は呆れたような顔をして額に手を当てていた。むぅ…………だって襲撃続きでそんな事頭からすっかり消え去ってるよ。まずアナザーをどうにかしなきゃいけないわけだし。完全にあいつ、私だけを狙ってきているようにも思えたから…………だから次こそは絶対に倒さなきゃ…………!! …………というか、来週って何かあったっけ…………?

 

「…………来週臨海学校があるって話があったでしょ」

「そうだっけ…………?」

「そうなの! で、その一日目は自由時間があるんだよ。水着とか必要になるじゃん。折角だし買いに行かない?」

 

あー…………そういえばそんな事も言ってたっけ。クラスのみんなもなんだかその事で頭がいっぱいになっているようだった。しかし、海かぁ…………いつも見ているような凄惨な光景が広がるような海じゃなくて、学園島から見えるような平和な海なんだろうなぁ…………。そういえば、私ってあんまりそういう機会がなかったから水着なんて学園指定の物しかないや。私としてはそれで十分な気もする。それに…………ある意味爆弾を抱えてる脚だからね…………気が進まないというのはあるかも。あ、でも泳いだりしなければ大丈夫か。

 

「うーん…………一応手持ちはあるし、この格好なら大丈夫かなぁとは思ったんだけど…………」

「なんだ、ちゃんと準備してたんじゃん。で、どんな格好なの? ちょっと見せてよ」

「うん、いいよ。少し待っててね」

 

そんなわけで、雪華にその格好を見せることとなった私は、一度シャワー室の方へと向かった。まぁ、この格好なら大丈夫だろう、この時点で私はそう思っていたのだった。

 

 

「着替えてきたよ」

「さてさて、どんな格好——」

 

シャワー室から出て雪華に今の格好を見せたら何故か固まってしまっていた。え、えーと、雪華? 一体どうしてしまったのだろうか…………私には見当もつかない。

 

「お、おーい、雪華——」

「——ブッハァァァッ!!」

「せ、雪華ぁぁぁぁぁっ!?」

 

突然だった。そう、突然雪華は盛大に鼻血を噴き出してしまったのだ。って! なんで!? なんで急にそうなったの!? 雪華ってそんなに血圧高かったりしたの!? もう訳がわかんないよ!?

 

「え、えっと、雪華? だ、大丈——」

「——この、アホ真面目中尉ィィィィィッ!! なんちゅー格好してくれてんだ!?」

「え、えぇぇぇぇぇっ!? せ、雪華!? く、口調! 口調がなんだかおかしいんだけど!?」

「お主が原因だ、お主が!!」

 

ちょ、ちょっと誰か助けて!! 雪華が…………雪華が壊れちゃったよ!! というか原因が私にあるってどういうことなの!? 全然意味わかんないんだけど!?

 

「その格好…………誰がどう見てもいかがわしい動画の服装にしか見えんわ!! 何をどう考えたらスク水に白ニーソなんて格好を選ぶんだよ!! 確かにこの学校指定の水着はスク水だし、一夏は傷を隠す必要があるからニーソとかは必須だけどさ…………それを組み合わせるのは完全に目に毒だからね!! ——ご馳走様ですッ!!」

「全くもってわけわかんないんだけど!?」

 

そう言い切った雪華はさっきよりも多く鼻血を噴き出して倒れてしまった。って、今の出血の量はやばいって!! 一体何リットルの鼻血を噴き出してんのさ!? ゆ、輸血パック…………輸血パックはどこ!?

 

「え、衛生兵…………衛生兵——ッ!!」

 

最早どうするべきか正常に判断できなくなっていた私は、そう叫ぶしかなかったのだった。いや、誰だって目の前であれだけの出血をされたらこうなると思うよ…………そう滅多にあるような事じゃないと思うけどさ。

 

「い、一夏さん! どうかしたんですの!?」

 

そんな私の叫び声を聞きつけてか、セシリアが私達の部屋へと入ってきてくれた。よし、これでなんとかなる!

 

「せ、セシリア…………雪華が…………雪華が!!」

「せ、雪華さんがどうかした——ブッハァァァッ!!」

「セシリアッ!?」

 

セシリアの方へと振り返ったら、何故かセシリアまでもが盛大に鼻血を噴き出してしまっていた。って、なんで!? なんでそうなるわけ!? 何が原因なのさ!?

 

「…………せ、雪華さん…………彼女は最高ですわ…………」

「せ、セシリアぁぁぁぁぁっ!?」

 

そのまま気を失うセシリア。一度に二人も倒れてしまった為に、もう私の手に負えるような事態ではないことを理解した私は、すぐさまラウラへと連絡、応援の到着を待っていたのだった。…………もう、どうしたらいいのこれ。

 

「ピャゥ…………?」

 

まるで不思議がるようなヴェルの声だけが虚しく部屋に響いたのだった。そんなある日の朝の出来事である。

 

 

「あ゛〜…………なんかふらふらするぅ…………」

「…………それでも出かけると言い出す雪華も雪華だけどね」

 

あの後すぐに来たラウラとシャルロットのお陰で雪華とセシリアはなんとか助かった。というか、あれだけの出血をして蘇ってくる二人も二人な気がするけどね…………輸血パックも無しに復活したんだから。それにそのままセシリアは訓練へ、雪華は私と一緒に学園の外に出ているよ。見た目からは想像できないくらいタフすぎるんだけどこの子…………下手したら私よりも丈夫なのかもしれない。

 

「いやぁ、それにしても予想以上の破壊力だったよ…………まさかここまでくるとは想像してなかったね」

「破壊力って何…………あの格好、そんなにまずいものだったの?」

「勿論。特にエイミーが見たら昇天するんじゃない?」

「ま、マジですかい…………」

 

どうやら私のあの格好は相当ダメなものだったらしい。蘇った直後の雪華に、あの格好だけは危険すぎるからやめてくれと言われたくらいだし。しかし、そうなると臨海学校の自由時間に着る水着がなくなってしまう。まぁ、泳ぐ気はさらさらないんだけど。とはいえ、泳がなくてもいいから海岸でゆっくりしようと言われた以上、水着に着替えた方がいいだろうし。きっと一人ジャージで海岸にいたら浮いて見えると思う…………そうなるのだけは絶対に避けたい。目立つのは苦手な方だから。

 

「でもさ、さっきから私に色々言ってる雪華は準備とかしてるの?」

「私は後水着を買えばいいだけだから、すぐに終わると思うんだけどね。他の必要品は学園の方で安く買えそうだし」

「まぁ、確かに学園の購買ならなんでも揃ってるからね。下手なスーパーよりも品揃えが良さそうだよ」

 

本当にそう思えるくらい品揃えが良すぎるから困ってしまうのだ。洗剤やシャンプーなどの消耗品だけでなく、生鮮食品、挙げ句の果てには銃弾までもが揃っているという…………何このラインナップ。最後のものが揃っている時点でブラックマーケットなんじゃないかと思うんだけど。というか、どこから仕入れてくるのさ、そんな物。そもそもで銃弾を消費するような人なんてそういるもんじゃ…………いました。ここにいましたよ、私です。今の所撃ったことはないけど、学園内じゃ拳銃を携行してるからね。本当、使う日が来ないことを祈るよ。

 

「まぁでも、少し洒落たものを買うには外に出なきゃいけないけどね」

「それは仕方ないんじゃないかな。…………というか、普通に外出したけどさ、大丈夫かな?」

「何が? ヴェルちゃんの事ならシャルロットに任せたから大丈夫でしょ?」

「…………いや、それだから不安なんだよね。ヴェル、実を言うとシャルロットにはまだ慣れてないんだよ」

 

◇◇◇

 

「うぅ…………ヴェル…………一夏じゃないからって、そっぽ向いて無反応だけはやめてよぉ…………」

「…………」

 

◇◇◇

 

「…………なんでだろう、容易に想像できたんだけど」

「下手したらご飯すら食べないかもしれないよ…………」

 

なんだろう、そう考えたらものすごく不安になってきた。ヴェルがどう思っているのかは知らないけど、何故かシャルロットにはまだ慣れていない。と言うか、シャルロットが頭を撫でようとするとそれを避けるようなそぶりすら見せるんだよ。なんでなのかは本当にわからない。しかし、今日の中で比較的自由に動けるのがシャルロットしかいないと言うのも事実。今頃、ヴェルに無視され続けて心が折れているかもしれない。…………後で何かお詫びしとこ。

 

「シャルロットってヴェルちゃんに嫌われるような事したの…………?」

「というより、ヴェルから一方的に触れ合おうとしない感じ。理由はわからないけど、初めてあった時からずっとだよ」

「シャルロット…………御愁傷様」

 

雪華はそう言って空に向かって合掌していた。いや、勝手に殺さないであげてよ。流石にそこまでじゃない。

しばらくそうやって合掌していた雪華だけど、その手を解いた時に焦ったような顔をしていた。一体どうしたのだろうか?

 

「ね、ねぇ一夏…………次のモノレールの時間っていつだっけ…………?」

「え? 確か十時ちょうどじゃなかったっけ?」

「…………その次の奴は?」

「一時間に一本だったから十一時頃じゃない? それがどうかしたの?」

 

雪華は自分の腕時計を見て何やら汗が流れ出ていた。今日ってそんなに気温高いかな…………一応六月は終わって七月に入ったけど、そこまで暑いって感じはしないよ。そう思いながらも、雪華につられて私も自分の腕時計へと目をやっていた。同時に額から汗が流れ落ちてくる。

 

「…………ねぇ雪華」

「…………言わなくてもわかるよ」

「「あと五分でモノレールが出る!!」」

 

そう声が合わさった瞬間、私達は一気に走り出していた。やばいやばい…………一本遅らせるなんてことをしたら、それこそ虚しい時間を過ごしてしまうことになる。それだけは絶対に避けなきゃ…………!!

全速力で走って駅に着いた私達は一目散に切符の発券機に向かった。残り時間は三分程度…………果たして間に合うのだろうか。焦り過ぎて財布から小銭を取り出す手が震えてるよ。

 

「じゃ、私先にホームに向かってるから!」

 

先に切符を買い終えた雪華はホームへと向かっていった。って、私置き去り!? 流石にそんな目には逢いたくないので、私も急いで切符を発券する。切符が出てくるまでのこのわずかな時間すら、今の私には煩わしく思えてしまった。ああもう、焦れったい!

発券完了共に、切符を引っ手繰るように取った私は改札めがけて全力で走り出した。切符を改札へと通し、すぐに開いたゲートを通過し、出て来た切符を素早く取る。もう時間の猶予は殆どない。

 

(ま、間に合ってぇぇぇぇぇっ!!)

 

モノレールへ駆け込み乗車した直後、ドアは閉まり、モノレールは出発していた。ギリギリ間に合ったぁ…………その事にホッとする。二度とこんなハラハラする乗車はしたくないよ…………。

 

「な、なんとか間に合ったね…………」

「そう、だね…………次からはもう少しゆとりを持って行動しよ? 流石に心臓に優しくないから…………」

「…………以後気をつけまーす」

 

先に乗っていた雪華とも合流できたし、まあいっか。さて、あとは二十分くらいこれに乗っていれば本土に着く。それまでの間はゆっくりできそうだ。そう思った私だったが…………なんだろ、ちょっと違和感を感じていた。なんか、右足の方だけすこし冷たいような感じがするんだけど…………。

 

(あっ…………)

 

あー…………これじゃ冷たく感じるはずだよ。だって…………靴が片っぽ、脱げて無くなっていたんだから。

 

(はぁ…………何でこうなるかな)

 

なんか朝からあんまりいい事起きてない気がするよ…………そんな事を思いながら、私は思わず溜息をついていたのだった。

 

 

「え、えっと…………一夏、大丈夫?」

「…………まぁ、なんとかね」

 

モノレールから降りた私達はそのまま駅を後にしていた。雪華には大丈夫と言ったけど…………内心全然大丈夫じゃない。歩いているときはなんか変な感じがするし、乗っている間はなんか視線を浴びていたような気がするからね…………目立ちたくはなかったよ。てか、脱げてしまった片っぽはもう諦めた方がいいかもね…………どこで脱げたのか分かんないし、下手したらレールの上に落ちてるかもしれないし…………見つかる方が確率低いと思う。しかも、よりによって無くしたのが通学用の靴だったから、学校に履いていくのも無くなったわけだし…………本当どうしたらいいんだろうね。

 

「それにしても、今の間履くものを買わなきゃね…………学園に戻れば発注できるけど、流石にそれまでこれでいるってのも辛いよ」

 

というか、周りの視線がなんか集まってるような気がするんだけど…………うぅ…………目立ちたくなんてないのに。てか、これで小石とか踏んだら絶対痛いやつだよね…………絶対踏みたくないよ。痛い目に合うのは戦闘の時だけで十分だもん。いや、戦闘でも痛い思いはしたくはないけどね。

 

「まぁ、それはそうだよね…………怪我とかしないでよ? 何もない時に怪我するとかアホくさいし」

「いやいや、流石にそれだけはな——痛っ…………!」

 

くぅっ…………足の裏から決して弱くはない痛みが襲って来た。足をよけるとそこには親指の爪くらいはありそうな小石があった。そこそこ大きいけど、話に夢中で気がつかなかったよ。というか痛い、純粋に痛い。同時になんだか切ない気分になってきた。

 

「…………言ってるそばから踏む人っている?」

「だってぇ…………気がつかなかったんだから仕方ないじゃん!」

「いや、そこは気付こうよ。てか、この事が葦原大尉とか瀬河中尉に知られたらネタにされかねないよね」

「…………ネタにされて弄られる未来が見えたんだけど」

 

あの人、面白そうな事を見つけるとそれをネタに弄ってくるからね…………あと瀬河中尉も。できればこんな事は二人に知られたくはない。あの二人、特に私のことになるとかなり弄ってくるからね…………なんでなのか理由を聞いたら『面白いから』と簡単に答えられたし…………本当、堪忍してつかぁさいぃぃ…………。

 

「——ほうほう。で、誰に知られたらネタにされて弄られるって?」

「誰、って…………それは葦原大尉か瀬河中尉——」

 

突然後ろから声をかけられて、私は思わず後ろを振り返った。あれ? この声に聞き覚えがあるんだけど…………もしかして…………

 

「いよっ、久しぶりだな、お前ら」

「せ、瀬河中尉!?」

 

まさかまさかの瀬河中尉だった。ここにいるという事は休暇でも貰えたのだろうか? って、ここに御本人がいるってやばい! もしかするとさっきの話を…………

 

「だってそりゃ仕方ないだろ? 誰だって面白いネタがあったら弄りたくなるじゃん」

 

…………殆ど最初から聞かれてたんですけど。あー、終わったー、これ完全に折檻されるやつだ。折檻されると思ったのは雪華も同じようで、私と同じように顔を青くしているよ。

 

「いやいや、そんな顔を青くしてどうしたんだよ? 別に私は何も思っちゃいねーぞ?」

「えっ…………ほ、本当ですか?」

「一応、私の方が階級下なんですけど…………」

「今日は私もオフだし、雪華もこんな日まで階級のことなんか気にすんな! というわけで、二人とも今日一日私のことは『真緒さん』と呼ぶように」

「「は、はーい」」

 

そういう瀬河中尉——じゃなかった、真緒さんはなんか生き生きしてるような感じだった。てか、真緒さん、今日は休暇だったんですか…………。

 

「で、ところでさ、何で一夏は靴片っぽなわけ? 新世代の最先端ファッション?」

「いやぁ、実はこれには理由がありまして…………」

 

真緒さんが私が靴を片方しか履いてない事に気がついたようで、雪華が何やら真緒さんの耳元で説明している。…………なんだろ、少し嫌な予感がしてきたんだけど。雪華、話を膨らませたり、有る事無い事吹き込んだりしてない…………よね?

 

「…………というわけなんです」

「なるほどなぁ…………つまり一夏は王子を待つシンデレラであった、と」

「ちょ、雪華!? 何を吹き込んでくれちゃってんのさ!?」

 

なんか盛大な勘違いをされているような気がするんだけど!? でも、よく見たら雪華もなんだか困惑してるような感じだし…………というと、真緒さんの勝手な想像といったところだろうか? どちらにせよ、私が弄られているという事に変わりはない。

 

「い、いやぁ、私は普通に伝えただけなんだけどねぇ…………?」

「なんか此処の所お前の事弄ってなかったから無性に弄りたくなった」

「理不尽!?」

 

完全に真緒さんが勝手に私の事を弄っていただけだった。いや、無性に弄りたくなったって…………私はあなたの欲求を満たす何かですか? いや、確かに今の所ネタになるような状況になってることは否めないんですけど…………できればあんまり弄られたくないってのが本心である。というか、そろそろ爪先立ちしてるの辛くなってきたんだけど…………。

 

「まぁ落ち着けって。とりあえず、代わりの靴でも買いに行くとしようぜ? 流石にその体勢でいるの、辛くなってきたんじゃねえの?」

「…………やっぱりバレてましたか」

 

どうやら、私がこの体勢でいる事に限界を感じていることがバレてしまったようだ。実際のところ、本格的に足が攣りそうな感じになってきている。こんなところで足を攣ったら最高のネタとして弄られてしまう事間違いない。

 

「というわけだ、さっさと買いに行くぞ。雪華、この辺の店を紹介してくれ。私はあんまりこっち来ないからわかんねぇんだ」

「了解です、真緒さん。それじゃ一夏、早く見繕いに行くよ」

「えっ、ちょ…………えぇぇぇぇぇっ!?」

 

真緒さんに両肩を背後からがっちりと掴まれ、雪華に先導され、何処かへと拉致られて行く私。というか、雪華!? 一体私は何処へと連れられて行くの!? 現状を把握できてない私の脳はパンク寸前になっていたのだった。

 

 

「まぁ、いいのが見つかってよかったな」

「え、えぇ…………それは、まぁ…………」

「割と即決な一夏には驚いたけどね…………」

 

二人に連れられた先は某有名な靴屋であった。とはいえ、此処で長々としているわけにもいかず、目に止まった黒っぽいスニーカーにすぐさま決めたのだった。いや、だって割と安い方だったし…………今日はあんまり手持ちないからそんなに高いのは買えないかなぁと思ったからね。

 

「でも…………本当に良かったんですか? 真緒さんが支払いで…………後でちゃんとお返ししますよ」

 

だが、自分の財布からお金を出そうとしたら、その間に真緒さんがカードで支払いを済ませていたのだ。割と安いとはいえ、そこそこの値段はする感じのもの。お金に関しては我が家の生活もあってか少しシビアになっている私からしたら、それが気がかりで仕方なかった。

 

「いーから、気にすんな! 偶には大人っぽい事させてくれよ。それに、お前には何度か命を助けて貰ったからな…………その礼みたいなもんさ。だからお返しとか考えるなよ? これ以上、お前から借りを作ったらどれだけ返せばいいのかわからなくなっちまうぜ」

 

そう言われてしまうと私からは何も言い返せなくなってしまう。いやでも…………確かに入学前は何度か真緒さんの援護に入った事はあるけどさ、それはあくまで任務だったわけだし、して当たり前のことだから、あんまり礼とか考えなくてもいいのに…………それに、同じ中尉の階級とはいえ、真緒さんの方が上官みたいなものだから、そんな風に思わなくてもいいと思うんだけどなぁ…………。まぁ、葦原大尉からは『大人の好意はちゃんと受け取っとけよ』と言われた事もあるから、今回はその通りに従う事にした。

 

「いやでも…………なんだかすみません」

「だから、気にすんなっての。あ、でも一夏にばっかだとなんかあれだな…………よし、此処は雪華、お前にも何かしてやろうか?」

「えっ!? そ、そんな…………わ、私は特に何もしてませんよ!?」

「お前なぁ…………基地配備の時は私等の機体の整備をしっかりとしてたじゃねえか。間接的だが、お前も私の命を守ってくれてるわけだ。その礼くらいさせてくれよ。いや、寧ろさせろ」

「まさかの命令形ですか!?」

「あはは…………」

 

そんな雪華と真緒さんのやりとりを見ていて、思わず乾いた笑いが出てしまった。今日の真緒さんは何がどうあってこんなにも私達に構いたがるのだろうか? 今履いている靴の感覚を確かめながら私はそう思った。







今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告お待ちしております。
ではまた次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.41



EXCEED様、bram様、評価をつけてくださり、ありがとうございます。



どうも、最近『一夏TSの人』と呼ばれてみたいと思ったりしている紅椿の芽です。



いやー、それにしても白アーキテク子とキューポッシュアーキテク子が予約始まりましたね。皆さん、お財布の用意は大丈夫ですか? 私はサイフのライフがゼロになったので多々買えない…………ヤクトがトドメを刺しにくるのだ…………。



さて、多々買えぬ作者は放っておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





『——ソレデ、アノ者ヲ休マセタノカ?』

「さぁな? あの真面目すぎる奴の事だ、無理やり仕事でもしてそうだ」

『人間トハ理解ニ難イナ…………何故素直ニ休マンノダ? 妾達ハ命令サエアレバ、ソレニ従ウマデダガ…………』

「その理解できないことをするのが人間なんだ。まぁ、あの職業病の奴だけは特殊かもしれんがな」

 

私——箒——は、アリーナにて模擬戦の相手を待っていた。ついこの間の戦闘で私の機体であった妖雷は完全に破損してしまい、修復よりも新規に組み上げた方が低コストであると告げられてしまった。それに関しては仕方ないと割り切るほかない。寧ろ、あの状況でそこまで持ってくれた機体の方に感謝せねばならん。だが、機体がなくては私が任務に従事できないというのも事実である。その為代理の機体を使うつもりでいたのだが…………都合よく新たな機体が来た。それが、今私が装備している[NSG-Z0/G-AN]、マガツキ・裏天である。まぁ、偶然にも鹵獲というか、意気投合したというか…………何れにせよ月面軍の機体ではあるのだが…………一夏がアーテルと戦闘している際に、援護しようと考えていたら、こいつを纏っていた。敵の機体に乗れること自体驚いてしまうような状況だったが、それ以上にこの機体のコードが友軍コードへと書き換わっていたのだ。以前の機体以上に馴染むマガツキを事実上鹵獲したわけだが…………上層部からの指示は『敵機体の運用データ採取』だった。バラして研究などではない、私が扱ってデータを取れとの事だ。予想していなかった回答に、思わず西崎大将に直接聞くことにしたのだが…………答えは全く同じ。暫定的に私の機体として扱われることになったのだった。

 

『シカシダ…………ヨモヤ貴公ガ妾ノ乗リ手トナルトハ…………思ッテモイナカッタゾ』

「それはこちらの台詞だ。再び共闘する事になるとはな…………運命とはわからないものだ」

『違イナイ。ダガ、貴公ニナラバ妾ヲ預ケテモ構ワヌ。上手ク扱ウガイイ』

「ははっ…………あまり期待はしないでくれ。私はまだ未熟者だ。精々機体を潰さないよう頑張らせてもらうさ」

 

実際、私はまだ乗り始めて二年も経ってない。操縦技術に関しては皆より劣る。特に一夏と比べてしまえば天と地ほどの差があると言っても過言ではないだろう。あれほど自在に操れるのだからな。それでも訓練を増やそうとするのは奴が真面目だから故なのだろう…………尤も、それを止めなければ過労で倒れてしまうかもしれないんだがな。だからこそ、今回無理にでも先に休ませようとしたわけだ。そうでもしなければ、あいつは本気で過剰労働で倒れるぞ。その事には他の面々も同意だった為、無理矢理休暇にさせてやったのだ。まぁ、三日全て休んだところで誰も文句は言わない。寧ろそうさせるべきだという声もあったくらいだ。それだけあいつは——一夏は愛されているのだろう、そう私は思った。

 

『何ヲ思ッテイルノカ分カラヌガ、貴公ノ相手ガ参上シタヨウダゾ』

 

裏天の言葉を受けて私は思考を一度切り離し、現実へと目を向けた。目の前には様々な機体が存在している。黒い輝鎚、蒼いラピエール、橙色のフセット…………色の統一性など皆無だ。尤も、防衛戦主体であり、迷彩の通用しない相手が相手なのだから、パーソナルカラーで染め上げても問題はないのだろう。かく言う裏天はさらに目立つ紅色だ。隠密性など全くもって考えらていない。さらに言えば、外観はまさしく鎧武者。これを作った者は余程趣味丸出しで作ったのかもしれんな。…………どうやら、月も地球も開発陣はアホしかいないと言う事に関しては共通してるようだ。

 

『さて、模擬戦を始めるのはいいが…………本当にお前一人でいいのか?』

「ああ、構わないさ。驕っているわけではないのだが、此奴の力というものを試してみたくてな。私が振り回されないよう、慣熟訓練せねばならん」

『だからと言って、流石に三対一じゃ箒が不利なんじゃ…………』

「何を言うか。不利な状況程燃える展開などないだろう?」

 

橙色のフセットに搭乗するシャルロットへ、私はそう返答した。どうにも私は男勝りな性格なようでな…………そのような危機的状況ほど身体が力を帯びてくるような感覚に襲われるのだ。不謹慎ではあるが、その感覚につい虜になってしまった。尤も、実戦では常に命がけであるが故に、気分が昂ぶってしまうような事もある。どうやら私は相当、戦場に毒されてしまったのだろうな。

 

「それよりもだ、セシリアの奴は戦えるのか? どうやら先ほど大量出血をしたそうじゃないか」

『それも一夏の部屋でな。人間があそこまで大量の血を流す光景を、こんななんでもない平和な時に見るとは思わなかったぞ』

『し、仕方ありませんわ! あ、あれは一夏さんがとても素晴らしい格好をしていたからであって…………』

『…………寧ろ僕はここまで回復しているセシリアに驚きだよ。床に広がった血のシミを取るの大変だったんだからね』

 

なんでも、セシリアと雪華が何故か大量に鼻血を出して倒れてしまったそうだ。現在ではラウラとシャルロットの手による輸血が功を成し、普通にしてはいるようだが…………一体それほどまでの被害を出した一夏の格好とはどのようなものなのだろうか? 割と姉さんの手によって様々な服に着せ替えさせられていた一夏を見てきた以上、私は動じないとは思うが。

 

『んんっ! み、皆さん! 今日の目的は箒さんの慣熟訓練ですのよ!? 私を弄り倒すのが目的ではありませんわ!!』

「まぁ、それはそうだな。終わってから弄り倒すとでもするか」

 

あんまりですわ!? と嘆き、スナイパーライフルを杖代わりにしてるセシリアの言葉を無視し、私は武装の一覧を確認する。背部と腰部のウェポンラックにはこの機体に装備されている武装が搭載する事が可能だそうだ。量子化された中身はエネルギーコンデンサがほとんどを占めているが、格納可能なのは大弓である可変ベリルショット・ランチャー[ウガチ]、大太刀のベリル・スレイヤー[ハバキリ]、そして長槍のベリル・スピア[カゲツ]。そう、武装の殆どが格納可能なのだ。とは言え、背部ウェポンラックで補助武装扱いとなっている脇差の近接要撃刀[サツガ]ですら、我々が扱っていた日本刀型近接戦闘ブレードを越えるリーチを有しているのだがな。取り回しに優れるとしたら腰部ウェポンラックにある近接投擲短刀[アマクニ]だろうか。

 

『ならそう言う事にしておこう。各員、弄る為の弾薬(ネタ)を用意しておけよ』

 

そう命令を下すラウラは両手に重機関砲を装備していた。まぁ、装甲と武装に関しては他の追随を許さぬ輝鎚だからな。しかし、私とてその程度で怖気付いては、国を正す刀としての第零特務隊、その一員である事への意識に対して反く事になる。私も武装を展開する事にした。選択したのは大太刀であるハバキリだ。無論ベリルウェポンとしての能力はカット済みだ。もう一つは左手に装備した大弓ウガチ。弓を広げ、その中心に備え付けられた砲口を露わにさせた。ベリルショットとしての機能はカットしてあるが、代わりに模擬弾としてのダミーレーザーを照射できるそうだ。

 

『うわぁ…………こっちの方が数は多いのに、なんか勝てる気とか全然しないけど…………でも、ヴェルちゃんに相手にされなかった分の八つ当たりさせて貰うね!』

「素直でよろしい、シャルロット。お前は後で特別教練だな。隊長に教わった死ぬほど辛い奴をさせてやる」

『そ、そんなぁ!?』

 

素直になるのはいいが、時と場合によるぞ。私は両手にアサルトライフルを装備した彼女に対してそう警告した。そう言うのは、思っていても心のうちに留めておくのが正しいのではないか? 私にもよくわからないが。

 

『ところでだ、始める前に聞いておきたい事があったのだ』

「どうしたラウラ?」

 

急にラウラが私へと質問をしてきた。一体何の用事なのだろうか? 少なくともこの模擬戦に対するものではないだろう。それに関しては昨日のうちにしっかりと話は通してある。

 

『なに、一夏についてのことだ。あいつ、しっかりと休暇を取っているのだろうかと思ってな』

「ああ、それなら心配するな。つい先程、雪華と共に寮を後にして外出したそうだ。ここまできたら大丈夫だろう」

『そうだな。——では、その調子で明後日まで頼むぞ』

「了解だ。任せておけ」

 

尤も、一夏の事だから仕事に復帰するとか言いそうだがな。だが、それはさせんぞ。お前にはたっぷりと休暇を過ごしてもらはなければならん。それが、我々ができるお前への礼みたいなものだ。

 

「話は以上か?」

『ああ、そうだ。今度こそ模擬戦を始めるとしようか』

「そうだな、時間も押している。早く始めるとしよう」

 

もう話すネタは残ってない。実戦と同じように、攻撃はいつ始まるかわからない。それが私の緊張感を良い意味で高めていく。私は一度深呼吸を行った。準備は整った。ならばやる事はただ一つ。

 

「——行くぞ」『——イザ、参ル』

 

私は裏天のスラスターを全て解放、一気に距離を詰めるべく、あの三人めがけて突き進んだのだった。

 

◇◇◇

 

「悪いな、せっかくの休日なのにさ」

「気にしなくて良いわよ。私もこの機体のデータを取らなきゃだしね」

 

私——鈴音——は秋十と共にアリーナにいた。いつもならバオダオを装備しているところだけど、今日はちょっと違う。私にはいくつかの任務が同時に課せられている。そのうちの一つに学園へ派遣されている部隊への合流がある。でもそれとは別にもう一つ…………機体のデータ取りがあるのよ。それも、フレームアームズじゃない…………ISのね。今私が装備しているのは、中国第三世代型IS[甲龍]。イメージ・インターフェイスを搭載した第三世代兵装の試験機よ。機体の構成、バランスについてはフレームアームズと同じような物だけど…………この常に浮いているような感覚というものは慣れない。人は地面から離れる事はできないんだと、身をもって感じたわ。

 

「にしても、なにやら物騒な雰囲気の機体だよな、それ…………その肩のスパイクでぶん殴ったりしないよな…………?」

「心配しなくて良いわ。まぁ、タックルくらいなら使えるかもしれないわね」

「心配する要素しかねえよ!? お前は俺を殺す気か!?」

 

なにやら騒いでいる目の前のアホは放っておくことにしようかしら? どうせこの後は模擬戦でさらに騒がれるだろうし。あいつ、訓練はしてるようだけど、未だにリアクション芸人並みの反応をしてくれるのよね。まぁ、見てる分には面白いから良いんだけど。

そんな風に思ってる時、近くのアリーナからなにやら物騒な音が聞こえてきた。そっちの方に目をやれば、なにやら上空に向かって尋常じゃない弾幕が張られていたり、レーザーが飛び交ったり、爆発が生じたりと…………凡そ模擬戦の域を超えたナニカが行われているようだった。…………あっちの方に参加しなくて良かったような気がするわ。私の代わりに連れていかれた新兵同然のシャルロットには内心合掌しておこう。

 

「…………なんか、向こうを見てたらこっちが平和に思えてきたんだが…………」

 

実際のところ本当に平和そのものなんだから、秋十の意見には賛成する。私が実戦を経験したのがちょうど半年前、それ以降は試験任務とか前線から離れた仕事が多かったからあまり経験はしてないけど…………それでも、ここが平和だって事だけは言える。あんなにも命が簡単に消えていくような場所はこれ以上増えなくていい。

 

「…………そうね。それじゃ、私達もあいつらに負けないように派手にやるわよ!」

「うっそだろおい!? ちょ、タンマ! タンマだタンマ!!」

「タンマ無し!」

「オーマイガーッ!!」

 

そんな風に叫ぶ秋十を余所に、私は両手に青龍刀を展開、一気に斬りかかった。なんとか反応はできたようで、秋十は両方の青龍刀をロングブレードである雪片で受け止めている。うーん、やっぱり出力がバオダオより低い感じがするわ。同じように青龍刀を振り下ろしたけど、いまひとつパンチが足りないのよね。

 

「あら? 叫んでいた割にはよく受け止めたじゃない」

「アホか!? 死ぬかと思ったわ!! お前は俺を三枚おろしにする気か!?」

「いやいや、そんなつもりはないわよ。もしかして、肉叩きの方がお好みかしら?」

「んなわけある——ぐえっ!?」

 

接近していた秋十を甲龍の第三世代兵装である衝撃砲で吹き飛ばした。しかし、衝撃波とはいえ、空気の塊でしかないからそんなにダメージないと思うのよね。これなら重レーザー砲の方が明らかに充分威力は上だ。…………なんか、評価するにあたって、全部バオダオと比べてる気がする。

 

「さぁ、まだまだ続くわよ!」

「俺はモルモットかよぉぉぉぉぉっ!?」

 

悲鳴にも似た叫び声を上げながら、衝撃砲を避けようと必死になる秋十。全く…………私に反撃くらいしてみなさいよ。なんで一夏の前なら格好良くなるのに私の前じゃそんな情けない感じになるのやら…………もう少し、その引き締まった格好良い表情を私に見せなさいよ…………バカ。

 

◇◇◇

 

「全く…………お互い派手にぶっ壊しやがって…………」

 

アメリカ軍横須賀基地にて、私——エイミー——とレーアは目の前の男性から小言を貰っていた。というのもだ、前回の戦闘で両方の機体を派手にぶっ壊してしまったのが原因だ。レーアは背部の推進ユニットの喪失にACSクレイドルを半分以上破壊され、私に至ってはオーバーロードによるアーキテクトの歪みに複数箇所の装甲ブロックが損傷…………なんで戦闘を継続できていたのかが不思議に思えてくるような状態である。そんなわけで、修理する必要ができ、なおかつ軍から基地への出向命令が出た為、無理を言って此方へと来たわけだ。

 

「全くもって返す言葉がない…………」

「本当にすみません…………」

「別に責めてるわけじゃねえんだけどさ…………あー、改造権限俺も欲しーなー…………」

 

さっきから小言を言いながら嘆いているこの男性は、レオナルド・ドルーリ技術少尉、通称レオ少尉。所属は米海軍第七艦隊整備班だ。私達が学園への派遣部隊に選定された時、この基地での専属整備士として彼があてられた。とはいえ、本人は改造権限と呼ばれる、機体の強化改修に関わる権限を持ってない事が相当不満なようだ。確かに、改造権限がない人は強化改修ができないという軍規定がある。つまり、レオ少尉には強化改修ができないというわけだ。

 

「仕方ないですよ、そういう軍規定なんですから」

「と言ってもなぁ…………どう見たって強化改修した方が手っ取り早いレベルだぞ、これ」

 

既に私たちの機体は、損傷した部分のパーツが取り外され、一部アーキテクトが剥き出しとなっている。私の機体に至っては両腕のアーキテクトが交換済み。確か、試作のアーキテクトだったはずだから、本国辺りから取り寄せて交換することになったのだろう。何れにせよ、前の状態に修復するのは厳しいかもしれない。

 

「何をどうやったらこのグリズリーの腕アーキテクトがオーバーロードなんて引き起こすんだ、エイミー。どう考えてもあのデカい拳が原因だろ?」

 

ひ、否定できない。実際、オーバードマニピュレーターの負荷は尋常じゃなく、何度か軋みを上げるレベルのものだ。それを無理やり取り付けて扱っていた上に、地上戦としては激しい動きをしていたから、限界を超えてしまったのかもしれない。さらにそこにブルーパーのシールドを無理矢理取り付けているから、さらに負荷は大きいはずだ。…………こんなバランスの悪い機体でよく今まで生きてこれたと思った。

 

「しっかし、本当にどうしようかねぇ…………エイミーの方はアーキテクトの換装待ち、レーアに至っては交換用パーツが不足…………これ、少なくとも後一週間はかかるぞ?」

「流石に対地攻撃型のスティレットはブルーオスプレイズ(米海軍第七艦隊所属第八十一航空戦闘団)本隊に最優先か…………」

「そりゃ仕方ないさ。今のお前は陸の四十二機動打撃群なんだから」

「でも、一週間は待てないですよ…………せめて三日なら」

「改造権限さえあれば、すぐにでも組み上げられるんだけどなぁ…………ほら、マクディネル・ドゥレム社での研修でそこそこ技術は身につけて来た整備班一同いるし」

 

そう言ってレオ少尉が親指で指した方向には、私たちの機体の状況チェックをしている、何やらガタイのいい男達が勢揃いしていた。整備より前線にいる方が自然なんじゃないかって言えるくらい、皆さん筋骨隆々だ。

 

「…………まぁ、でも上の決定ですから。諦めて待つことにしますよ」

「そうだな…………それまでの間は生身で任務をこなすか」

 

とはいえ、機体がなければ仕事ができないというのも事実だ。フレームアームズは私達の商売道具であり、自身の身を守る鎧でもあり、人々を守る剣でもあるのだ。生身でアントとやりあうなんて事だけは考えたくはない。どう考えても小銃程度で勝てるような相手ではない。一先ず、今日のところは学園へ戻って任務の続きを開始しようかと思った時だった。

 

「おー、レオ。ここにいたか」

「ん? なんだよおやっさん。また俺にタバコ買ってこいとか言うんじゃねーだろうな?」

 

レオ少尉に話しかけて来たのは、どうやら整備主任のようだ。って、レオ少尉!? 主任にそんな口聞いて大丈夫なんですか!? その人、どう考えてもあなたより階級上ですよ!?

 

「んなわけあるか。先月から禁煙してるの、お前ならわかるだろ」

「いや知らねーし。しかも、月末に死ぬほど吸いまくってたじゃねえか。ヘビースモーカーってレベルじゃねーぞ、あれ」

「そうか? 俺にとってあれは普通なんだが…………まあいい。とりあえず、お前さんに伝えることがあったんだ」

「タバコじゃねえなら…………酒か? もうあのテキーラ飲みきったのかよ」

「そいつは後でだ。さっき四十二機動打撃群のボスから連絡があってな。お前さんに改造権限を譲渡するそうだぞ」

「ふーん、なんだ改造権限が俺にも来るのか——って、はあぁぁぁぁぁっ!?」

「というわけで、あの二機はお前さんに任せたぞ。第四倉庫の装備を自由に使ってくれ。そんじゃ用件は伝えたからな。シーユーアゲイ〜ン」

「お、おい待てよ、主任!? …………行っちまいやがった」

 

…………なんか物凄い会話の流れを見たような気がする。というか、さらっと流したけど、私達の所属する米陸軍第四十二機動打撃群の指揮官であるジェファーソン大佐からの命令って言ってましたよね!? 何がどうなってこうなったのか皆目見当がつかない。現状で唯一分かっていることといえば、レオ少尉に改造権限が与えられたという事だけだ。

 

「くっそ、あのオヤジ…………もっと詳しく話せよ…………状況わかんねえじゃねえか」

「え、えっと…………大丈夫ですか?」

「…………大丈夫に見えると思うか? とりあえず第四倉庫にでも向かうか…………」

 

後であのオヤジにノンアルコールビールを飲ませてやる、と謎の誓いを立てたレオ少尉の後を追って、私達は件の第四倉庫へと向かうことにしたのだった。

 

 

「こんなクソ辺鄙な倉庫に来たわけだが、純正セイレーンエンジンなんてあるか…………?」

 

第四倉庫へと到着した私達は早速中へ入ることにした。ここに来るまでかなりの距離があったんですよ…………なんでも、基地の中でも一位二位を争うかのレベルで辺鄙な場所に建っている倉庫だそうで。こんなところにまともなパーツが存在しているのか…………少々不安に感じてきた。

 

「ここにあるパーツ群は…………ゲェッ!? なんだこの気の狂ったラインナップはよ!?」

「ど、どうした!? なにかまずいことでもあったのか?」

「まずいも何も…………これを見てみろよ!」

 

そう言って私達にタブレット端末を見せてくるレオ少尉。どうやら端末にはここの倉庫に収蔵されているパーツ群のリストが表示されているようだった。だが…………そのリストを見ても、私には何が何を指し示しているのかはわからない。

 

「えぇっと…………これって…………」

「何が悲しくて取り終わった残り物か、誰も使わなかった誤発注のモンしか無えんだ! そりゃ、全部使えばイロモノになるのは分かってるけどよ…………幾ら何でもこれで修復はキツイじゃねーか!」

 

…………つまり、私達はある意味御蔵入りとなった物の終着駅に着いてしまったといわけなのだろうか。結構やばい雰囲気で頭をかきむしるレオ少尉を余所に、レーアは端末からパーツの吟味をし始めた。

 

「金がある軍ならではの失敗だろこれ!? なんでイオンレーザーライフルとセンサーだけを取られたキラービークにセンサーユニットとカナード翼をもがれたソリッドラプター、結局誰も使わなかったレイジングブースターとか…………俺はこんなイロモノパーツ供で何をどうしろと言うんだ!?」

 

…………まぁ確かに、ここにある装備は見た感じ一部の有用そうなパーツだけをもぎ取っていった残りみたいな感じがプンプンしている。その他にも何やら発注ミスで届いたと思われる機体のパーツや、頭のおかしそうな武装がこれでもかと転がっていた。どう見ても試作品のようなものまであるような気がするのは気のせいではないはずだ。こんな状況では、まともな機体を組めるのは無理だろうと、少ない知識ながらもレオ少尉に同情してしまう。

 

「なぁ、レオ少尉。パーツが決まったから見てくれないか?」

「うっそだろおい…………で、どんな感じに——まーじか、これ…………」

「どうかしたんですか?」

 

呆れ返るようなレオ少尉の声を聞いて、私もレーアが出してきたタブレット端末を覗いてみる事にした。そこに表示されていたのは…………結構正気を疑うような代物だったような気がする。

 

「…………s2-E型用のセイレーンがないから、ソリッドラプターのエンジンを積むのはわかる。二基積めば出力はほぼ同じレベルだしな。けどよ…………なんで脚をレイジングブースターに交換しようなんて考えた!? 被弾したら終わりだぞ!?」

「一応、素のスティレット並に装甲が強化されているようだがな」

「いやいやいや、そういう問題じゃねーから…………あとこれ、キラービークのウイングとノズル、それにスラスターパックを背負うのかよ…………」

「爆弾倉を使うにはそれなりの出力が必要だからな。いっそ爆弾倉を軽量なミサイルキャリアに変えてもらってもいいが、面倒になるぞ?」

「ハイハイ、分かった分かった…………で、それ以外のセッティングは今まで通りにするのか?」

「当たり前だ。人間工学を無視したレベルの強化もしてくれて構わないぞ」

「いや、人命無視な設計はしたくねーよ…………」

 

真面目でクールそうに見えるレーアだが、実を言うとかなりのスピード狂であったりする。この改造を聞いているだけで、前の状態より速度を上げているように思えてきた。

 

「はぁ…………うちの整備班が狂宴と化すなこれ…………それで、エイミーよ。お前さんはどーすんだ? ロクなパーツねえから選択肢はほぼねえけどよ」

 

レオ少尉にそう言われるも、本当にいいパーツがないからわからない。タブレット端末を受け取ってリストをチェックしていくが、特に興味を惹かれるようなものは…………あれ? これはどうなのだろうか? もしかすると使えるかもしれない。

 

「レオ少尉、これってどうなんですか?」

「うん? どれどれ——って! グラップラーガーディアン!? なんでこれがここにあるんだよ!?」

「えっと…………何かまずいものだったんですか?」

「…………フレームアームズ用のパワーローダー。パワードガーディアンを近接戦用に改良したやつなんだが…………コストが馬鹿高いってことで少数生産で終わっていたはずだぞ…………そんな珍品がどうしてこんなパーツの墓場にあるのやら…………」

 

…………どうやら相当凄いものだったようだ。とはいえ、私もこれをそのまま使う気は無い。

 

「…………で、これをどうすんの? そのまま使う気はねえんだろ?」

「あ、やっぱり分かっちゃいましたか。そうですね、クロー部分を取り外した腕をオーバードマニピュレーターと本体に接続してもらって…………」

「既に気が狂ってやがんなおい!?」

「あとは、脚部装甲をブルーパーへと変更、履帯はガーディアンのものを接続してください」

「…………整備班の狂宴に二次会が追加されてんじゃねーか…………」

 

レーアよりは大人しめだと思うんですが…………何故かレオ少尉は頭を抱えて唸っている。一応あと二つはパーツを選択できるようなので、折角だし選ばせてもらうとしよう。…………とはいえ、目ぼしいのは先程のグラップラーガーディアンとブルーパーの脚部装甲くらいであり、残りは少々微妙なラインだ。どうしようかと思い、タブレット端末から目を離しあたりを見回して見る。無造作に置かれたパーツ群が視界に入り込むが…………とある一角、そこに私の目は止まった。見た所小型ミサイルコンテナにアームでシールドが繋がれているように見える。なんなのかを確認しようとするも、端末のリストには記載されていない。

 

「レオ少尉…………なんですかあれ? リストにはなかったようなんですが…………」

「…………どれだよ全く…………ああ、あれか。あれは確か整備班が悪ノリして作った奴だったな。ミサイルコンテナと二本のフレキシブルアーム、そしてそれぞれについた小型機関砲付クローシールドの複合ユニットだ。そんでもって名前が…………『ブレイカーユニット』だったか?」

 

…………武装盛りすぎじゃ無いですか? 明らかに一機に積める武装の殆どをそれ一つが占めているように思えてならない。だが…………それで私の機体の力が強くなるのならば…………

 

「完成したのはいいが使えるやつがいないもんだし、そのまま放置されてたわけだ。で、それがどうかしたのか?」

「…………あれ、私の機体につけてもらえませんか?」

「…………誰かこの子達に常識というものを教えてあげて、マジで」

 

 

「よーし…………久々の改造だお前ら! しっかりオーダー通りの機体を仕上げろよ!」

「「「イェアァァァァァッ!!」」」

 

第四倉庫から戻ってきた私達は、早速機体の改造に取り掛かるという事となり、区画の隅からその光景をしばらくの間眺めていることにした。筋骨隆々な男達がやけにテンション高くなっているようだが…………余程改造がしたくてたまらなかったようだ。その熱気ぶりには少々ドン引きしてしまいそうにはなるが…………。

 

「それにしてもあのパーツ…………お前、よく選ぶ気になったな」

「あの腕、ですか?」

「違う違う。ブルーパーの脚部装甲だ。お前とブルーパーの関係は…………彼奴なんだろ?」

 

レーアはそう重々しい雰囲気で言葉を発した。やはり、レーアには気付かれていたようだ。無理もない。彼と一緒にいたのは何も私だけではない。レーアもその中に含まれるのだ。そう…………マーカス少尉の輪の中に。

 

「…………だって、私の命は彼によって救われたものですから…………彼の最期を見届けた私には、こうやって彼を忘れないようにする義務があります…………」

 

この間の戦闘で目撃したウェアウルフ・スペクター…………奴が現れたのがマーカス少尉の命日の前日だったのは、何かの因縁なのだろうか? 恐らく、私には…………彼の存在を忘れるわけにはいかないと、奴が教えにきたようにも、もう一度彼を戦場へ連れ戻したようにも思えてならない。しかし、前者であるなら…………私はその通りにする事を選ぶ。だからこそ、彼の愛機であったブルーパーの装甲パーツを私の機体に取り付けてもらうのだ。それに…………同じブルーパー乗りの一夏さんが持っている強運にあやかりたいという思いもある。そして、もう身近な人を失いたくないから…………。

 

「そう、か…………それもそうだな。まぁ、お前らしいといえばお前らしいか。そう思ってれば、天国の彼奴も喜んでるだろうさ」

「そうだといいんですけどね…………」

 

ふと格納庫の外に目を移し、空を見上げてみた。そこには雲ひとつない、日本の夏の青空が広がっている。それは何処と無く、あの日の空と似たような雰囲気を持っていて…………どこか憎たらしく思えてしまった。

 

「さて、と。エイミー、辛気臭い事はあんまり考えるな。上からマーカスが腹を抱えて笑ってるかもしれんぞ?」

「ちょっ…………! レーア! いくらなんでもそれはないんじゃないですか!?」

 

クックッと何かをしめたような笑みを浮かべるレーア。そんなやりとりをしていたら、さっきまで辛気臭く考えていた自分が少しだけアホらしく思えてきてしまった。けど、それでいいもかもしれない。あの人、辛気臭いのは苦手だったから…………だったら少しでもバカ笑いしてる方がいいのかもしれない。

 

「しかしレーア…………そんな風に余裕見せてる余裕があるんですか?」

「何故だ? 学園に戻るまで後二時間もの時間があるんだぞ?」

「いや、そうではなくて——」

 

「なに!? 空気の流れに乱れが生じて速度が出ない!? そのパターンならAGM-247を積んでおけ! なんとかなる!」

 

「——…………魔改造、されてますよ?」

「AGM-247…………フェニックスⅡ対地ミサイル!? いかん! あんな条約スレスレのものは使うわけにはいかん!」

 

どうやらとんでもないものが積まれようとしていたようで、レーアは急いで整備班の元へと駆け寄っていった。バタバタした日はあまり好きではないが、見ている分には楽しいものだなと思う。

 

(そういえば一夏さん…………真面目に休暇を過ごしてますよね…………?)

 

ふと、自分の今の上官に休みを無理やり取らせた事を思い出す。噂ではワーカーホリックになっているとかなんとか…………休ませて正解だったのかもしれない。そんな事を思いながら、私は青空に描かれた飛行機雲の白線を眺めていたのだった。






キャラ紹介

マガツキ・裏天(cv.沼倉愛美)

型式番号はNSG-Z0/G-AN。学年別トーナメント前日に、多数のヴァイスハイトに囲まれ、エネルギー切れを起こしていたが、遭遇戦となってしまった箒と共に生き延びる。現在は彼女の機体として運用されており、彼女のサポートをしつつ、彼女が裏天の話し相手になっているようである。
本機は本来のNSG-Z0/G マガツキ・崩天とは異なり、カラーリングは本体を紅に、TCSオシレータはライトブルーになり、各所をシルバーに染めている。また、装備面でも変更があり、G型に取り付けられている陣羽織型イオンブラスターは廃され、代わりに腰部にウェポンラックが追加、脚部の追加スラスターも形状変更がなされている。この変更による追加装備一式は別名『朱羅』と呼称される。

[可変ベリルショット・ランチャー『ウガチ』]
大弓型に変形可能なベリルショット・ランチャー。通常時は連射速度を重視しているが、大弓型では単発になるが、高出力・高精度の射撃が可能だ。また、本装備と腰部ウェポンラックを組み合わせることでセイルスラスターとなる。

[ベリル・スレイヤー『ハバキリ』]
裏天の全高を超える長さを持つ大太刀。一対多を想定した兵装であり、本機の主兵装である。

[ベリル・スピア『カゲツ』]
小型のTCSオシレータ製刀刃部を持つ長槍型のポールウェポン。ベリルウェポンの例に漏れず、TCSを展開しているため、リーチは見かけ以上に長い。

[近接投擲短刀『アマクニ』]
腰部ウェポンラックに搭載された大型のクナイ。非ベリルウェポンであり、エネルギーを消費することはない。

[近接要撃刀『サツガ』]
上記のアマクニと同じ。しかし、こちらの方がリーチでは優っている。取り回しの良さは日本国防軍が正式装備している日本刀型近接戦闘ブレードと同等である。




さて、今回は久々のキャラ紹介という事で、マガツキ・裏天を紹介しました。(ほぼ機体解説なのにキャラ紹介と言い張る作者)。
裏天の元ネタわかる人はいますかな? ヒント、フレームアームズシリーズじゃないよ。でもコトブキヤ商品だよ。作者は予約できなかったやつだよ…………。

感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.42


どうも、白アーキテク子を予約しようか財布と相談中の紅椿の芽です。



真面目な話、今月やってくるヤクトファルクスやら、来月くるかもしれないアルペジオ新刊とかがあるもので財布が現在氷河期です。やばい、キュポアーキテクト買えねえ…………アーキテクトマンも買いたいというのに。



さて、財布が死にかけている作者のことは置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。なお、今回は若干地の文が少ないです。ご了承くださいませ。





「…………ねぇ、なんでこうなったの?」

「…………私に聞かれてもわかるわけないじゃん」

 

無理矢理取らされた休暇を何とかして過ごすべく街へ出た私——一夏——と雪華は、その先で出会った私の上官である真緒さんに絡まれた。そこまでは良かったような気もするんだけどね…………問題はその後だよ。

 

「ん? なんだお前ら、全然食ってねえな。どっか調子悪いのか?」

「い、いえ隊長(・・)…………そういうわけじゃありませんけど…………」

「それならいいんだがよ。てか、気にせずガンガン食ってくれていいんだぞ?」

「そうそう。浩二の言う通りだ。遠慮なんてしてんじゃねーよ。お、そこのエンガワ、プリーズ」

「そう言うお前は少し遠慮を覚えろ。この金は俺とお前で割り勘な」

 

丁度真緒さんが雪華に何か欲しいものがないかと聞いている時に、偶然私の部隊の隊長である葦原大尉が来たんだよ…………その後で聞くと、元から真緒さんと出かける予定があったとか無かったとか。それで、時間帯が丁度お昼頃だったと言うのもあってか、二人の手によって私達はお昼御飯を一緒にさせてもらうことになってしまったのだ。そんなわけで私達が連れてこられた先は…………ここ最近オープンしたばかりという回転寿司店だったんだよ。慣れない…………なんか慣れない。元々こういうところに来たことがあんまりないから余計にだ。いや、だって…………我が家じゃ贅沢は敵みたいな感じになってたし、そもそもで高級品に手を出すわけにはいかない。ましてや、庶民の味方であるとはいえ回転寿司など以ての外だ。いや、お寿司自体は食べたことあるけど、スーパーの値切り品とかその辺だし。ぶっちゃけ、こういうのに対する耐性が半端なく低いのだ。おまけに、上官二人の奢りということになってしまってるし…………本当、私はどうしたらいいの? 雪華も雪華で戸惑っているようだし。節約根性が染み付いているせいか、可能なまで経費の削れるところは削りたいのだが、かといって上官に奢られるというのもどうかと思ってしまう。そんなわけで、借りて来た猫以上に大人しく固まってしまってる私達なのである。

 

「へいへい。ちゃんと払うから心配すんなっての。この間、給料しっかりと引き出してきたわけだし」

「これで忘れてきたなどと抜かしやがったらどうしようかと考えていたんだがな。——それにしても本当に食わねえんだな、お前ら。お前らくらいの女子は食わねえっていうけどよ、幾ら何でも食わなすぎだろ…………」

 

そういってぼやく葦原大尉の目線の先には私達が食べ終えた皿があった。枚数は二枚。一人分じゃなくて、私と雪華で二枚である。しかも、私に至っては一番値段の安いカッパ巻きだ。いや、だって…………そんな風に奢るなんて言われても、こっちはガチンガチンに緊張しちゃってますし、どうしても一歩引いちゃいますって…………。

 

「そうだぞー。これじゃ奢り甲斐がねえじゃん。あ、次は赤貝なー」

「こいつのいう通りだ。別に強要してるわけじゃねえけど、こう、食ってもらわねえと体裁的になんかまずくてな…………。ほれ、赤貝」

 

いや、体裁的って言われても…………本当、未だに私の節約根性はそう簡単に変わることもなく、私の頭から離れることはない。トロ? ウニ? そんな高級品に手を出すわけにはいきません。赤身と玉子で充分です。いや、それどころかカッパ巻きで事足ります。なんだかんだであれ美味しいし、安いし。

 

「こいつなんて見てみろ? もう既にお前らの十倍は食ってるぞ。というかこの間、隊長格総出で館山の各隊にいる若年兵共に焼肉奢ってるんだから、その分食ってもらわねえと本気で困るんだよなぁ…………」

「あー、それ横須賀でもやったぞ。確かあん時は…………あ、うちの若年兵全員に中華を食わせたわ。どいつもこいつもがっつくように食ってたから見てて清々しかったな、あれ」

「お前のところもか。うちも食い盛りがこれでもかと食ってたわ。特に筋肉マッチョの明弘は『プロテインの補給をしねえと…………』って言ってな。そのかわり悠希はあそこの激辛ラーメンを平然と食ってて、俺以外の隊長格共が言葉を失ってたわ」

 

…………なにそれ、私初めて聞いたんですけど…………。というかそれって絶対私達がこっちに派遣されてから行われたやつですよね? あ、でも、その理屈だと箒とシャルロットにも食べさせなきゃいけないんじゃないかな…………?

 

「そういや、あの特務隊のやつと民間協力のやつはどうしたんだっけか?」

「あー、彼奴らな。確か、金髪のやつが民間協力を表明した日に、大将殿が二人を料亭に連れてったらしいぞ。うちの中将がそんな事言ってたな」

 

…………なんか次元の違う話が聞こえてきたんだけど。というか、箒とシャルロットが西崎大将と一緒にご飯食べた的な事言ってたよね!? 絶対それ緊張するやつでしょ!? 私だったら絶対緊張してそれどころじゃないような気がするよ…………現にこんな状況なわけだし。

 

「てなわけだ。うちの軍に所属する若年兵で外食をしてねえのはお前らだけ。流石にそれは切ねえだろ? というか、こっちからしても切ねえ気分になるんだよ」

「そ、そんな事を言われましても…………」

 

節約根性はなかなか抜けない。というか、少々無茶がありませんか? 別にそういうことは気にしなくてもいいんですけどね…………いくら大人の好意には甘えろと言われても、これだけはどうにもできないのである。そんな私たちの様子を見て、呆れてしまったのか、葦原大尉は軽くお茶を啜ってから言葉を紡いだ。

 

「ったく、この頑固真面目中尉とお付きの整備士は…………仕方ねえか。——紅城中尉及び市ノ瀬軍曹に命令する。たらふく寿司を食え、以上」

「まさかの職権乱用ですか!?」

「無茶苦茶ですよ!?」

「お? 返事はどうした、二人共? 因みに従わないと、後ほど別なものを奢るぞ。例えば回らねえ寿司とか——」

「りょ、了解しました!! だ、だから、それだけは勘弁を…………!!」

「み、右に同じく! ですので、それだけは堪忍してつかぁさいぃぃ…………!!」

 

おっそろしいこと言わないでくださいよ、大尉!! なんですかそれ!? ここで食べなかったら回らないお寿司って…………私を拷問にかけて洗脳するのと同じ意味ですよね!? そのレベルの物を奢られるよりは、現状を喜んで受け入れます! …………だって、高級品を奢られるなんて、その後が物凄く怖いんだもん…………。前にセシリアからお詫びの品として貰った茶器一式と茶葉だって、まだ全然使ってないし。使うのが怖すぎるんだもん…………。

 

「…………お前ら、揃いも揃って奢られる事に耐性なさすぎじゃね? 特に一夏」

「い、いやだって…………こんな事初めてですし…………」

「…………人のこと言えないけど、一夏の奢られる事への抵抗感って半端ないよね」

「…………なぁ、雪華よ。うちの中尉殿はいつもこんな感じなのか?」

「…………そうですよ。学食でも、カテゴリの中で一番安い物を注文していく性格ですから。それすら奢られる事を拒否してますよ」

「学生特有の奢り奢られができねえなこれ…………」

「べっ、別にいいじゃないですか!」

 

だって奢られるとかそういうの本気で苦手なんですもん! 割り勘なら全然大丈夫です…………その事を弾は理解してくれてるから、いつも割り勘にして貰ってる。てか、奢り奢られなんてやってたらいつの間にか家計が火の車になってますよ!? それだけはなんとしてでも避けなければならない。全くもって家事ができない姉を持つと、こんな風に家計とお金に厳しくなるんです!

 

「まぁ、それはさておき。お前ら、食うと意思表示してんだから、ちゃんと食えよ?」

 

とはいえ、こんな風に真緒さんからも圧力に似たものをかけられてしまっては、食べるしかないだろう。しかしだ…………どれを取ればいいのかわからない。えっと…………白皿より赤皿、赤皿より銀皿、銀皿より金皿が高いんだね。

 

「じゃあ、一夏。そこの甘海老取ってもらえる?」

「う、うん、わかった。じゃ、私はこれに——」

「「ちょっと待ったァッ!!」」

「ぴゃんっ!?」

 

な、なに!? ちゃんと新しいお寿司を取りましたよ!? 皿も私一人の分としては二皿目のやつですよ!? なんかまずい事でもしちゃいましたか!?

 

「なんでまたカッパ巻きなんだよ!? 他にもあるだろ!?」

「で、でも、白皿以外は値段が…………」

「子供がそんな事気にしなくていいんだぞ? もっとちゃんと栄養のあるやつ食わねえと、部隊の連中に示しがつかねえだろ」

「じゃ、じゃあ納豆巻きで…………」

「なんでそうなる!? もっとこう…………魚を食え! 浩二、トロサーモンと中トロ、それに紋甲イカと牡丹エビをこいつに食わせてやれ!」

「お前に言われなくてもそうしてやる! さらに俺はそこにエンガワとヒラメ、穴子を追加だ!」

 

…………や、やばいんだけど…………本当にやばい事になってしまったんだけど…………! わ、私の目の前には既に白皿などはほとんど無く、色付きの皿…………金皿はまだないようだが、それでも赤皿がほとんどを占め、銀色の皿に乗せられたマグロのお寿司がこれでもかと存在感を放っていた。怖い…………これだけで既に相当な額になっていると思うんだけど…………やばい、考えただけで目眩がしてきそうだよ。

 

「さぁ、食うがいい、一夏よ。俺が選ぶ寿司界の王道達だ」

 

いや、大尉…………そんな風に言われても本気で困るんですけど…………。とはいえ、一度取ってしまった皿は戻せない以上、食べるしかないのだろう。というか、なんだろ…………私の目には目の前のお寿司達が輝いて見えるような気がする。…………とりあえず、いただくとしますか。そんなわけで一番目に手にしたのはなんか大葉の上に乗った白いひだひだののようなネタ。確かエンガワとか言ってたっけ。スーパーの安物でも一つだけ入ってることがあったようななかったような…………まぁ、食べてみない事には始まらないか。

 

(…………なんじゃこりゃ!? かなり美味しいんですけど!?)

 

口に入れた瞬間、もう何かが一瞬にして振り切れたような気がする。お寿司ってさ、美味しいって事は知ってたけど、やっぱこっちの方が断然美味しいです。なんかみずみずしい感じがするし。そんな事を考えているうちに、皿の上に残っていたもう一つを口の中に運んでいたよ。

 

「はふぅ…………美味しいですぅ…………」

 

思わず顔がほころびそうになる。そんな私を見てなのかどうかはわからないけど、葦原大尉と真緒さんの表情もなんだかいつもよりも優しい感じのものになったような気がする。しかし、今の私は食べる事に夢中であんまり気にしていなかった。

 

「おお、そうかそうか。そいつは良かった」

「お前のその笑顔を見れただけで、連れてきた甲斐があったってもんだぜ。なぁ、浩二?」

「そういう事だな」

 

箸を止めて二人の会話を聞こうと思うたけど…………いや、もうこれダメだ、箸が止まんない。贅沢はあんまりしたくはないけど…………でも、今日くらいは少し贅沢したっていいよね? バチが当たったりしないよね? そんな事を思いながら、私は手に持っていた穴子の皿を空けていたのだった。うーん! やっぱり美味しいです!

 

 

「…………あーぶねー、また愛が噴き出るところだったじぇ…………」

「雪華、口調口調。また壊れかけてるよ?」

「おっと、危ない危ない」

 

お昼ご飯を葦原大尉と真緒さんに奢ってもらった後、私達は当初の目的である水着を買いに来ていた。とはいえ、どういうのがいいのかよくわかんないんだけどね。ほら、水着なんてそうそう選ぶ機会ないし。着水訓練は戦闘服とかでやってたし、挙句脚の傷の事もあるから尚更である。そもそも水着ってほとんどミニスカートみたいなものじゃん…………どうやってこの太腿まである傷跡を隠せと。いや、いつも通りニーソで隠すしかないのはわかってるよ。

というか、さっきから雪華が何やら壊れかけているんだけど…………出かける前の大量出血に近い状態に陥らなきゃいいけど。てか、なんでそんなに鼻血が出そうになるわけ? 新手の病気? もしそうなら病院送り確定だよ?

 

「それにしても、一夏はどんな水着にするの? 愛しの彼を一撃必殺できるようなやつ?」

「な、ななな、何を言ってるの!? そ、そんな弾に見せる予定は今のところ…………」

 

急に何を言い出すの、この子は!? お陰で顔が今ものすごく真っ赤になっていると思うんだけど! …………ま、まぁ、でも弾に見てもらいたいなぁって思いはあるよ。けど、そんな余裕なんてきっとないと思う。私達は夏休みも任務に就いてなきゃいけないわけだし、休暇もこれ以降は暫くは本気で取れないだろうし、そう簡単に遊びにいけるわけない。うぬぅ…………そう考えたら、なんだかちょっぴり寂しく思えて来たよ。

 

「あーあー、お熱いことで。いっそ彼に見てもらって決めたら? それなら万事解決じゃない?」

「…………あのさ、今日は一応平日だよ? 休日な訳じゃないんだし、弾は普通に学校があるから無理だって。邪魔はしたくないもん」

「…………ほんと、真面目だよね、一夏って」

 

いやいや、常識的に考えてそうでしょ。学校がある中で、授業中にケータイでもいじっていたらどうなるのか。下手したら弾が留年してしまう。中学の時も、私も人のことあんまり言えない立場だけどさ…………弾の成績、かなりやばい感じだったし。だから、これ以上下げさせるわけにはいかない。それに、この間電話した時はそろそろ期末試験って言っていたし、尚更邪魔はしたくないかな? お互いにやり取りは控えるって事に決めたし。

 

「まー、でも、何れにせよ決めないといけないでしょ。第一、なんか一夏が大尉とどっか行っちゃってたし」

「ああ、あれね…………まぁ、ちょっとモノ選びを頼まれちゃったから、断れなくてさ…………」

 

実を言うと、あの回転寿司店を出た後、葦原大尉に頼まれてある場所へと付き合わされたのだ。なお、雪華は真緒さんと話に夢中になってたから、私達が離脱した事には気づいてなかったけどね。で、その付き合わされた場所っていうのが…………アクセサリーショップだったんだよ。

 

 

『なぁ、一夏。ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、いいか?』

『どうかしたんですか? …………流石に学園の生徒の写真を撮って来てとか言う気じゃないでしょうね』

『悪いが、今日はその話はナシだ。というか、マジでその系統の話じゃねえんだ』

『じゃ、どういう用件なんです? しかも、なんか大尉とは縁のなさそうな場所にまで来て…………』

『いや、婚約指輪を探そうかと思ってな。女ってどういうのが好みなのか、ちょっと参考にまでさせてもらおうかと』

『…………大尉? エイプリルフールまではあと半年以上もありますよ?』

『バーカ、誰が嘘なんてつくかよ。で、お前さんの好みはどうなんだ?』

『そ、そんな事を急に聞かれても…………わ、私にはわかりませんよ。でも…………大尉がその人に合っていると思ったら、それでいいんじゃないですか?』

『結局はそうなんのな…………まぁ、この辺のシルバーリングにしておくか。彼奴、シンプルな方が好きだろうしな』

『というか…………誰にそれ渡すんですか? こんな事を言うのはなんですけど、大尉が選びそうな人があまり出てこないので…………もしかして民間人ですか?』

『いや、普通に軍のやつだ。お前も会ったことあるぞ』

 

 

…………というやり取りがあったんだよ。いや、本気で驚いた。まさかあの葦原大尉が誰かと結婚を決めるなんて…………前は誰も来ないとか言って嘆いていたのに。でも、相手は誰なんだろ…………私もあったことがある人…………? 基地のオペレーターの人かな? それとも整備班? まさかまさかの真緒さん…………は無いか。葦原大尉とは国防軍の前身組織である自衛隊の時に同じ部隊にいたそうだけど、それだけだって言ってたし。うーむ…………本当にわからない。

 

「うん? 一夏、どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 

どうやら私はその事が頭から離れないようだ。現に雪華に話しかけられるまでずっと考えてしまってたし。しかし、この事は誰にも話せないのだ。葦原大尉からの命令でね、この事は他の人には絶対に喋らないようにしてくれって言われてるんだよ。勿論、喋ったら懲罰があるようで…………それだけは避けたい。だから、私は雪華になんでもないかのように答えた。

 

「そういえば、雪華はもう決めたの?」

「私はこれにするよ。サイズも丁度いいし、色も気に入ったしね」

 

そう言って雪華が手にしていたのはダークブルーのビキニタイプの水着だった。…………そういえば最近大きくなったとかなんとかって言ってたから、恐ろしいくらい似合うのだろう。しかも、雪華はその名前の通り雪のように綺麗な白銀の髪を持ってるからね…………ちょっと想像してみただけで似合ってると思ったよ。

 

「へぇ〜、いいじゃん。似合ってると思うよ」

「一夏がそう言ってくれるなら間違いないね。それじゃ私の買い物はこれで終わりかな。一夏は決まった?」

「あ、あはは…………全然決まらないよ」

 

いや、あるにはあるんだけどね…………こう、なんて言うか、今ひとつピンと来ないんだよ。どうせ海に入んないわけだし、それに日焼けもしたくないわけだし…………私の要求仕様を満たすものがない。この辺だけはどうしても妥協ができなかった。いや、無かったら無かったで代用案考えるけど。でもなぁ…………もしかしたらこの辺にはないのかもしれない。他にないのかなと思って周りを見渡してみる。すると、私の目にはある広告が飛び込んできたのだ。『現品限り、20%OFF』の貼り紙が。これは行かねば…………!

 

「ちょっと雪華、私向こうの方見てくるね」

「おー、いってらっしゃーい」

 

そんなわけで、私はあの貼り紙が出してあったところへと向かう事にした。どうやら、ここにあるのは全て去年のデザインのものらしく、在庫の処分セールみたいな感じになっているようだ。とはいえ、それでも二割引になっているという事の方が私にとっては大きく、デザインが少し古いと言われてもなんとも思わなくなってしまってるのだ。というか、みんな普通にデザインはいいと思うんだけどなぁ…………どうして新しいものばかりに気が惹かれてしまうのだろうか。

ともかく、今は私の目ぼしいものを探す事にしよう。さっきからずっと探しっぱなしだし、そろそろいい加減決めなきゃいけないような気がするしね。

 

(あっ、これなんかどうだろ?)

 

手にしたのは白の水着。だけど、なんか色々ついたセット商品のようである。しかも、そのどれもが私の要求仕様を満たしているではありませんか! 値段は…………うーん、二割引になっているとはいえ少しだけ値段はするね…………でも、色々ついてこの値段と考えれば妥当かも。よし、ならば雪華に見てもらってから買う事にしよう。多分、これなら何も文句は言われない…………はず。

 

 

「雪華ー、こっちは準備できたよー?」

「…………今度こそいかがわしい格好してたり、煽情的な格好をしてたりしないよね?」

「…………雪華の主観で言われても私にはわからないよ。多分、大丈夫だとは思うけどさ」

「うーん…………まぁ、見てみないことには始まらないか。おっけー、それじゃオープン」

 

そんな雪華の声を合図に、私は試着室のカーテンを開けた。今回私が選択したのは白のビキニタイプの水着。あんまり派手な装飾がないから落ち着いた雰囲気がする。さらに、これには同色のパーカーとパレオが付いている。日焼け対策もしっかりと考えられたものだよ。

 

「ど、どうかな?」

 

しかし、雪華の反応がない。私の方をずっと見つめ続けている。え、ちょ…………もしかして、立ったまま気絶したとかそういうオチだったりしないよね…………? 念のため、目の前で手をかざしたりしてみた。うーん…………反応は今ひとつ。そんな風に思ってたら、いきなりびくついて再起動する雪華。…………一体何があったんだろ?

 

「っ! 思わず見惚れてしまったよ…………てか一夏、その水着似合いすぎ」

「え? そ、そうかな?」

「うん。これ以上ないくらい似合ってる。残念なのは生脚じゃない事くらいかな…………まー、でも、白の水着パーカーに黒ニーソの組み合わせも悪くはないね。眼福眼福」

 

何やら顎に手を当てて納得したような感じの雪華。どうやら、この格好は大丈夫だったようだ。それを聞いてホッとしたよ。これでダメだったら本当何を選んだらいいのかわからなくなりそうだったもん。

 

「で、一夏。サンダルとかはどうするの? 流石に砂浜をニーソで直接歩くわけにはいかないでしょ」

「別にサンダルを買うほどじゃないかな、って。ほら、学園の内履きの予備とかあるし。それで十分かなって——」

「——わかった。それじゃちょっと見繕ってくるからそこで待ってて」

「いや全然わかってないでしょ!?」

 

そう私が言うも時すでに遅し。雪華は謎の足の速さを発揮して、何処かへと消え去ってしまった。というか、わかったと言っていながら、私の考えを完全に否定したでしょ!? やっぱり内履きじゃ頼りないか…………せめて運動靴あたりが丁度いいのかな。一人残された私は雪華が戻ってくるまで、そんな事を考えていたのだった。いや、ぶっちゃけお金とかあんまり掛けたくないし。

 

「一夏、これなんかどう? その格好ならこれが似合ってると思うよ」

 

どうやら全力疾走してきたと思われる雪華が私の前に現れた。手には一足のサンダルが持たれており、本当に見繕ってきたようだ。いや待って。それって…………どう見てもなんか高価そうなやつだよね!? 大丈夫なの、それ!?

 

「ささ、試しに履いてみてよ」

 

雪華の言われるがままに、足元に揃えて並べられたサンダルへ足を入れた。まさかのヒール付きという事に驚くが、なんだか履き心地はいい。つま先あたりにある小さなリボンのデザインも可愛いし、割といいやつかも。後は、足首辺りでストラップを留めて、と。あんまり履いたことのないヒールに、思わずバランスを崩してしまいそうになるけど、いつもの訓練のお陰か、体幹はしっかりしていたようで、大きくバランスを崩すことはなかったよ。砂浜で歩いたらどうなるかは全然わかんないけど、今の時点ではいいものだね、これ。

 

「…………完全にグラビアアイドルやんけ」

「うん? 何か言った?」

「べっ、別に何も? それより、どう? 感想は?」

「うーん、そうだねぇ…………やっぱりなかなかヒールは慣れないかな。でも、つま先辺りのリボンが可愛いし、折角雪華が選んでくれたんだから、これも買う事にするよ」

 

買う事に決めたのはいいが…………私のお財布は一足早い冬に突入するかもしれないね。下手したら氷河時代にまで遡ってしまうほどかもしれない。…………当面はご飯と漬物だけで頑張ろ。とりあえず、付いていた値札をチェックし——えぇぇぇぇぇっ!? こ、これも現品限りセール対象!? しかもこっちは三割引で買えるの!? どうやら私と割引はなんらかの運命があるのかもしれない。これでお財布の中に大寒波が来る事はないと思うよ。…………それでも当面の間は白ご飯と漬物だけで頑張る事になると思うんだけど。てか、お給料銀行からおろしてこなきゃ。

 

「それじゃ、着替える前に一枚ポチッと」

 

ちょっと考え事にふけっていたら、なんかケータイのシャッター音が聞こえてきたんだけど…………よく見たら雪華が私にケータイのカメラを向けていた。って!

 

「ちょっとちょっと!? 何勝手に写真撮ってるのさ!?」

「え? いーじゃん一枚くらい。記念に押さえておこうかなーって。…………ついでに私の一夏フォルダを潤したいし」

「最後何か言った…………?」

「いや、何も?」

 

何故だろうか…………今の雪華の言葉はなんだか信用できそうにないんだけど。ひとまず、この水着達を購入するべく、着てきた服に着替える為に私はまた試着室の中へと入ったのだった。

 

◇◇◇

 

(さてさて…………一丁仕事をやってみるとしますか)

 

学園へと帰った私——雪華——は早速ある事をしようと考えていた。丁度一夏は今この場にいない。というのも、今日出かける時に、通学用のローファー無くしちゃったからね。新しいやつを注文、受け取りに事務局の方へと行ったんだよ。…………今になって、あのシンデレラ状態の一夏も写真に収めておけば良かったと思ってる。あれはあれでなんか色っぽい感じだったし。それを言ってしまったら朝のあのスク水ニーソなんてモノを持ち出した一夏の姿も撮っておけば良かったと思ってしまう。…………いや、やめておこう。アレは理性が完全に壊れてしまう。ついでに館山基地の一夏清純派に尋問されるかもしれない。あ、私は一応清純派だよ。てか、清純派が一大派閥だ。…………まあ陰ながらやばい方の派閥もあるそうだけど。

とりあえず、今はやらなければならないことをやるとしよう。そう思った私は机の上に置きっ放しとなっている一夏のケータイに手を伸ばした。しかも、画面ロックにはパスワードが全然かかってない。…………無用心すぎでしょ、これ。いや、友軍が同じ部屋だから気を抜いているのか。だからと言ってパスワードをかけないのはどうかと思うけど。でも、今の私には都合がいい。…………一夏、敵ってのは味方の中にも潜んでいるんだよ? 指紋をつけないように手袋をはめ、私は一夏のケータイに手を伸ばした。

 

(さーて、例の情報はどこにあるのか…………お、発見発見)

 

一夏のケータイをいじり始めてから一分も経たずに、私は例の情報を見つけることができた。いやー、なんとわかりやすいところに置いてあるのやら。あとはこの情報を私のケータイへとコピーして、と。これで下準備は完了ってところだね。

 

(ふふふ…………一夏、悪く思わないでよ。これも仕事のうちなんだからね)

 

あとは一夏にバレないよう、ケータイの位置を戻して、例の情報を利用して情報を送って完了。ふぅ…………一夏が戻ってくる前にできて良かったよ。バレたら…………どんな目に遭わされるのかわかったものじゃない。一夏、普段はなんかほわ〜んとした雰囲気だけど、怒った時は本当に怖いんだよね…………しかも、やばい時は冷え切った笑顔で怒るから余計にだ。念の為、バレることがないようにと、私は心の中で祈った。

 

「ただいま〜」

「あ、おかえり一夏。ちゃんと受け取りできた?」

「まぁね。でもさ…………流石にこれで新しく頼むの二回目だからさ、事務局の先生に怪しまれたよ。いじめでもされてるんじゃないか、って。前はそうだったかもしれないけど、今回は別にそんなことじゃないんだけどね」

「まぁアレは完全に事故だったし。でも、もし一夏に手を出したらその周辺が全力で潰しにかかるから…………特にエイミーとか」

「あ、うん…………けど、なんか容易に想像できた私もどうかしてると思うよ」

「そのうち一夏の信者が新たなる宗教を作り始めたりして…………」

「流石ににそれはないと思うなぁ。じゃ、そろそろ夜ご飯でも食べに行こっか」

「らじゃー♪ で、一夏は何にするの?」

「…………白ご飯と沢庵かな。学園のキャッシュコーナー、今日はメンテナンス日だったからお金おろせなかったし」

「まさかの極貧!? それで大丈夫なの!?」

「明日の昼まではなんとか持たせるよ…………それまでには終わるそうだし」

「…………何か買ってあげようか? お金はその後で返してもらえればいいよ」

「…………部下に奢ってもらう上官ってなんなんだろうね」

 

◇◇◇

 

「あ゛ー…………やっと手伝い終わったぁ…………ん? メール? 誰からだ? 市ノ瀬…………? ——『どうも、一夏の部下の市ノ瀬雪華と言います。本日、素晴らしいものに巡り会えたので、共有できればいいと思い、この画像を送ります』…………? どういうことだ? ——って、こ、こいつは…………ッ!? お、おい! 蘭! ちょっと来てみろ!!」

「何よ、お兄。そんなに大声出さなくても聞こえてるって」

「いいから、黙ってこれを見てみろ…………やべえぞ、これ」

「…………お兄、ちょっと私部屋に戻る。やばい、一夏さんやばい」

「…………俺もそろそろやべえわ、これ」

 

 

 

 

「…………あ゛ーもう! 一夏可愛すぎんだろぉぉぉぉぉっ!! 会いてえ! マジでそろそろ会いてえよぉぉぉぉぉっ!」

『…………一夏さん可愛いぃぃぃぃぃっ!! あんな人が私のお義姉さんになるかもしれないとか、最高〜ッ!』

 

 

 

 

 

その頃、雪華の手によってとある画像を手に入れたある兄妹は、揃いも揃って喜びの叫びを上げていたのだった。






一夏の水着姿…………言わずとも、榛名改二の水着グラです。




今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.43




どうも、最近前書きのネタが尽きてきたと感じてる紅椿の芽です。



この間、無事ヤクトファルクスが私の財布を氷河期にしていってくれたのですが、つい密林を確認してたらアーセナルアームズが後ほどやってくるようでして…………多々買いは依然終わらないようですわ。



さて、財布氷河期を迎えた作者は放置して、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「海だぁっ!」

 

誰かがそう歓喜の声を上げていた。私——雪華——達を乗せたバスは、現在臨海学校開催予定地の海岸へと向かっている。太平洋側であるため、もしかするとアントが襲撃してくるかもしれないが、まぁ、一夏をはじめとするある意味おかしな防衛部隊がいるわけだし、多分大丈夫だろう。…………というか、そんな事態にだけはならないで欲しいと心から願う。

周りの女子達は皆どこか浮き足立っているような感じだ。いや、皆毎日のように海を見てるはずでしょ…………と、思ったけど、学園島から見るのとこうやって半分旅行気分で見るのとでは違うものなのかもしれない。私も、横須賀配備の時は毎日のように海を見ていたわけだし。とはいえ、今の私にはそんな楽しみに浸っている余裕はない。

 

([SA-16s2-R スーパースティレット・レイジング]に[M32BC ウェアウルフ・ブレイクキャリア]…………また、手のかかる機体を持ってきてくれたものだよ、あの二人)

 

私はタブレット端末に表示された情報に目を通していた。ついこの間、私たちの部隊に配備された機体だ。搭乗者は勿論、レーアとエイミーである。最早改造されすぎて、これをまともに整備できるのか自信がなくなってきたよ…………なんで脚を丸々大出力ベクタードスラスターに改造するかな…………あと、なんであんなカニのハサミみたいなものを取り付けようと思ったのかな…………なんで条約すれすれの対地ミサイルを積むかな…………なんで腕を丸々交換するかな…………突っ込みたいところを上げればキリがない。なんか、パワーで無理やり解決しました感満載の、如何にもアメリカンな仕上がりになっていることだけはわかる。…………整備パーツ、ちゃんと届くよね?最早不安を感じるレベルだ。これならまだブルーイーグルの方が整備は少し楽なのかもしれない。なお、一番整備が楽なのがラウラ隊長のハーゼってどういうことなんだろ…………セシリアのラピエールは見た目変わってないけど、中の電子機器はほぼ新規だし。一夏の重火器満載榴雷は期待を裏切らず、そこそこ面倒だよ。

 

「…………わふぅ…………おはよ〜、雪華〜」

 

そんな化け物火力の榴雷を操る我らが副隊長が私の横でお目覚めである。この子、バスに乗って暫くしたらすぐ寝てたんだよね。原因? 昨日の夜、愛しの彼と長電話してたのが原因だよ。聞いてる私とヴェルはまたかと思って顔を見合わせていた。なお、ヴェルの世話は生徒会長が引き受けてくれたらしいよ。何故か関わりがあまり無いのに、すぐ懐いていて、それを見たシャルロットが思いっきりへこんでいたけどね。ただ、その後で一夏と生徒会長がヴェルを連れて学園長室に向かったから、結局どうなったのかはわからない。

 

「おはよ、一夏。もうすぐ目的地に着くそうだよ」

「あ、もうそんなところまで来たんだ。…………随分寝ちゃったなぁ」

「ついでに寝顔、めっちゃ撮ったけど誰かに送ってもいい?」

「いや、それはやめて!? 恥ずかしいっていうか…………と、とにかくダメだからね!!」

 

そう言って、先ほどの眠気はどこへ消えたのか、顔を真っ赤にした一夏は首を横に振って拒否していた。うーん、残念。かなり可愛い寝顔だったんだけどね…………こっそり件のアドレス先に送りつけておくとしますか。

 

「そういえばさ、雪華。今雪華が見てるのって、もしかしてレーアとエイミーの新しい機体?」

「それは合ってるけど…………なんでそう思ったの?」

「レーアってさ、意外とスピード狂みたいだし。なんか、ブルーイーグルとスティレットで訓練した時、異常なまでにスピード出そうとしてたもん。それに、エイミーも砲撃戦よりは接近戦を好むみたいだしさ。だから、そう思ったんだけど」

 

…………本当、一夏の観察眼には頭が上がらないよ。今のデータには搭乗者の名前なんて一切書かれてないってのに。そんな風に周りの事をよく見ている一夏だからこそ、周りに気配りをするのが上手いのかもしれない。今でも、部隊員の特性を理解しているためか、ラウラから各員の配置を決めるように言われてるそうだし。…………一夏って、何気ハイスペックだよね。少なくとも、さっきまで物凄い幸せそうな顔をして、可愛らしい寝息を立てて寝ていた人と同じ人とは思えない。まぁ、そんな可愛らしい様子と国防軍のエースと称される強さというギャップがいいからか、国防軍館山基地と横須賀基地では完全にアイドル扱いである。基地の男性からも女性からも愛される存在って、なかなかすごいと思うんだよね。とはいえ、何人かの大人達はまるで自分の娘を愛でるように接したりしている。一夏も一夏であんまり子供扱いされるのは勘弁して欲しいみたいだけど…………いやいや、飴玉とかもらって満面のの笑みを返したらそりゃ子供扱いしたくもなりますわ。かくいう私も、そんな一夏の様子を陰ながら見ていて、思わず(鼻血)が噴き出そうになった事が何度もある。ある意味、国防軍が持つ大量破壊兵器なのかもしれない。

 

「いやはや、ほんと一夏の観察眼って凄いよね…………」

「うーん…………みんなの様子を見ていたら誰でもわかると思うんだけどなぁ…………?」

 

それができたら誰も苦労しない。こんな風に、例え優れた能力を持っていようとも、一夏はそれを見せびらかすような事はしない。というか、自分がそれだけの力を持ってる事を自覚してないのかもしれない。何せ、陸戦型の機体しか乗った事がなかったというのに、ぶっつけ本番で空戦型のブルーイーグルに搭乗して、そしてしっかりと戦果を上げてくるんだから…………もしかすると、一夏はどんな機体でも直ぐに使いこなせる能力の持ち主なのかも。…………なんか、テストパイロットに物凄く向いてる性質だ、これ。そして、そんな事はないと謙遜する姿も、全然嫌味ったらしい感じがしないというのもすごい。

そんな事を思いながら、機体の全データに目を通し終えた私はタブレット端末の電源を落とした。あまりにも処理するデータが多すぎて、バッテリーがものすごい勢いで減ってる。とりあえず、バッテリーを温存して、旅館で充電させてもらうことにしよう。

 

「それにしても…………なんか、こうやって見る海ってなんだか綺麗だよね」

 

一夏はそんな事を言って窓の外を眺めていた。私も一仕事を終えたから、それにつられて窓の外へと目を向ける。そこには一面の蒼に輝きを放つ海原が見えた。やはり、横須賀や館山、学園島で見る海とはまた違った景色のような感じだ。

 

「確かに。いつも見てるはずなのに、どこか違うように見えるね」

「うん。やっぱりさ、それだけここが平和って事だからなのかな?」

「私にはわからないよ。けど…………この景色を一夏達が守ってるって事だけは言えるかもしれないね」

「…………なんか、そういう風に言われるとちょっと恥ずかしいかな…………」

 

照れ顔の一夏もまた可愛い。とはいえ…………確かにこの景色は一夏達が命を張って守ってきた日本の景色だ。きっと、私のような一整備士にはわからないような苦しみや悲しみを背負ってしまっているのかもしれない。それにだ…………どんなに命を懸けて守ろうとも、世間は一夏達を非難し続ける。私には受け入れがたい事だったよ…………一夏は割り切ってるようだけど、私はまだできていない。親友が命を張ってるというのに、それを否定されなきゃいけない理由がわからない…………それにだ、その偽りの情報を鵜呑みにして、軍を叩いてくる人もいる。そんな人たちの矛先は…………一夏。私は整備士という立場上目立った事はないし、箒はまさかの『篠ノ之束の妹』なんていう凄まじいビッグネーム持ちだから、狙われる事なんてない。そうなると狙われるのは一夏となってしまうのだ。幸いにも私達の一組にはそんな風に思ってる人が今は全くいないようだが、他のクラスや学年にはまだいるらしい。今はまだ直接的なものはないが…………前のような目を覚ましてくれないような状況に陥ってしまうのだけは嫌だ。一夏を失うかもしれない恐怖はもう感じたくない…………。

 

「どうしたの、雪華…………? 少し顔色悪いよ? もしかして、酔っちゃった?…………もう少しで旅館に着くみたいだから、それまで我慢してて。…………その、ごめんね」

 

どうやら私が少し険しい表情をしてしまったせいか、一夏が心配そうな眼差しを向けて、私の顔を覗き込んできた。どうやら何か見当違いの事を考えてるみたいだけど…………まぁ、いいか。こんな風に他人を気遣える彼女には、やはり敵わないと私はふと思った。目的地に到着したのはそれから間も無くだった。

 

◇◇◇

 

「まさか部屋割り、こんな風になるなんてね」

「ある意味予想通りというかなんというか…………」

 

旅館へと到着した私——一夏——達は、それぞれが割り当てられた部屋へ荷物を置きに行っていた。部屋へと到着したのはいいけど、部屋割りは私、雪華、箒、そしてシャルロットという…………まさかの日本国防軍勢揃いといったところだよ。まぁ、信頼できる仲間と一緒だから、安心できるというのはあるけど、折角の課外授業だから他の人と交流したいっていうのもあるんだよね。とはいえ、私達は基本的に任務が最優先だからそんな事言ってられないんだけど。

 

「機密に関してはこの面々なら心配する事もなかろう。そういう意味では安心できる」

「いや、でも、僕だけなんかものすごい場違い感があるんだけど…………」

 

そう言ってシャルロットはなんだか苦笑いを浮かべていた。まぁ、それはそうだよね。一応、私達の部隊に所属しているわけだけど、書類上では民間協力といった形に落ち着いてる。やはり軍属と民間ではどうしても何か壁みたいなものがあるみたいだ。

 

「まぁまぁ、そういう事はあんまり気にしないで。寧ろ気にされると、私達も少し困っちゃうから」

「そうだぞ? こいつなんか、年が同じなら階級が下だろうと、自分が落ち着かないからって自分の事を名前呼びさせるような奴だからな」

「それに関しては否定しないね。そのせいで子供扱いされること多いけど」

「ちょっとちょっと二人とも!? なんか私が物凄く幼いイメージになってるんだけど!?」

「…………僕も、一夏って子供っぽいと思う時があるよ」

「シャルロットまで!?」

 

この場にいる面々はみんな私の事を子供扱いするわけ!? そんな風に思われていたと知った私は思わず膝をつき項垂れてしまった。

 

「まぁそう落ち込むな。ほら、飴ちゃんをやろう」

「慰めるフリをして、さらっと私を子供扱いしてるしぃ…………!」

「なんだ、いらないのか?」

「…………一応貰っとく」

 

なんか、箒が私の事を完全に子供扱いしてくるんだけど…………なんでさ、なんでみんなそんな感じで私をいじってくるのかなぁ…………。だけど、そんな風に飴玉に釣られてしまう私も私である。箒からもらった飴玉を私は早速口の中に放り込んだ。その瞬間、異様なまでの爽やかさと清涼感が口の中を支配していく。って、

 

「こ、これハッカ飴じゃん…………!? うぅ…………口の中、スースーするぅ…………」

「よしイタズラ成功だな」

「鬼ぃ…………箒の鬼ぃ…………!」

 

なんだろ…………目の前のしてやったりといった感じの顔をしている箒に一発リボルビングバスターキャノンを撃ち込みたいと思ってしまった。うぅ…………ハッカ飴、私あんまり得意じゃないのにぃ…………。ちょっと苦手なものが口の中に入ったからか、少しだけ涙が出てきた。

 

「…………一夏の破壊力ってやばいよね、雪華」

「…………一夏が話のネタに絡むとなんか楽に話せるでしょ。てか、やばい、一夏やばい」

 

残された金髪銀髪コンビに目をやるけど、私を助けてくれるような感じではないようだ。なんか私から目をそらしているし…………うぅ…………薄情者〜!

 

「…………なんでここまできて弄られなきゃなんないのかなぁ…………」

「そういう星の元に生まれたからには仕方ないだろ。運命だ、運命」

「弄り始めた本人が言わないでよ!!」

 

あうぅ…………これが四面楚歌っていう状況なのかなと変な考えが出てきちゃったよ。別に嫌な感じはしないからいいんだけどさ…………あ、いや、弄られることが好きって意味じゃないからね!? できれば弄られたくはないけど。

 

「そういえば一夏」

「…………何?」

「そう拗ねないでよ。ちょっとヴェルちゃんの事で気になってさ。結局お世話どうしたの?」

「ああ、ヴェルの事。それなら、学園長にお世話をお願いしてきたよ。生徒会長に頼もうと思ったんだけど、なんか学園長が鳥好きみたいだから、そっちの方がいいってさ」

 

◇◇◇

 

「よく人に懐いた狗鷲だ…………どれ、ヴェルだったかな? 神戸牛が手に入ったのだが、お主も食べるかい?」

「ピャゥ…………ピャゥ…………」

 

◇◇◇

 

「…………ヴェルちゃん、警戒とかしなかったの?」

「全然。学園長に渡した時もすんなり懐いてくれたし、多分大丈夫だと思うよ」

 

全く面識のない学園長に対して、ヴェルは普通に慣れていたような感じがした。全然警戒とかしてなかったし。今頃餌付けでもされてるんだろうなぁ…………高級品の味とか覚えられたら困るけど。

 

「…………あんなにお世話頑張ったのに、なんで僕には懐いてくれなかったのかなぁ…………?」

 

結局、お世話したけど懐いて貰えることはなかったシャルロットが項垂れていた。…………まぁ、仕方ないよね。これに関してはヴェルの気分次第ってところが大きいから。本当、なんでシャルロットだけを避けているのかわからない。なのに初対面の学園長には慣れちゃってるし…………なんか今改めて考えるとヴェルってかなり謎めいた性格してるね。

 

「それだけは私にもわかんないよ。さて、と。そろそろ海にでも行こっか。自由時間、もう始まってるからね」

「そうだな。…………まぁ、あのバカな姉が来ない事を祈っておこう。来たら来たで私の手に負えん」

「あはは…………ま、まぁ、多分大丈夫でしょ」

「さて、私はカメラのセッティングを…………」

「雪華!? 何をする気なの!?」

 

ただ海に行くだけなのに、どうしてこんな風に盛り上がるんだろう? まぁ、纏まりとか無いけど、変にお通夜ムードで行くよりは全然いい。荷物からそれぞれの水着を取り出した私達は、少し出遅れたかもしれないけど、海へと向かう事にしたのだった。

 

 

(うぅ…………日差し強いなぁ)

 

砂浜へと出た私を待っていたのは、照りつけるような夏の日差しだった。空は雲ひとつない蒼、余計に太陽が燦々と輝いている。まぁ、曇天の空と比べたらこっちの方が夏らしくていいけどね。とはいえ、日焼けだけはしたくないかな…………一応日焼け止めは塗ってきたけど、どこまで効果あるのかわからないし。…………そういうけど、殆ど地肌が出てるところなんて無いんだよね。上はパーカー着てるし、足も黒ニーソで覆っちゃってるから、多分日に焼けることはないと思う。

 

「うむ…………やはり水着は砂浜だと映えますなぁ」

「…………雪華、キャラがおかしいのと、そのカメラは何?」

 

そんな私の背後から声をかけてきた雪華は、なぜか知らないけどカメラを持ってきていた。雪華もダークブルーの水着を着ており、いつもは私と同じように流している髪も、今日はリボンで一つにまとめている。なんかお人形さんみたいな感じがするなぁ…………。

 

「決まってるでしょ。一夏の水着姿を収めて——」

「いやだからなんで!?」

 

…………どうやらカメラを持ってきたのは、私の水着姿を撮るためだったようだ。なんで私のばっかり撮るんだろ、この子は。

 

「心配しなくていいから。どうせ私の自己満足の為だし」

「…………信用していいんだね?」

「私の整備並みには」

 

そこまで言うなら多分大丈夫なのだろう。というか、そう思いたい。撮った写真がもし葦原大尉や瀬河中尉に渡ったりしたら…………おそらく私は相当弄られる事になるだろう。私はそれなら構わないといった意思を示すと、雪華もこっちで自由に撮るって言いながら、別の場所へと向かって行った。なんか雪華もフリーダムだねぇ…………。一方の私はといえば、出来るだけ日に当たらない場所を探して、辺りをぶらぶらしていた。そんな時、パラソルが立てられている一角を見つけた。しかもビーチベッドまで準備済み。よくよく見ればそこにいたのは蒼い水着を身に纏ったセシリアが、めっちゃ優雅に寛いでいた。

 

(う、うわぁ…………めっちゃセレブ!!)

 

しかも、セシリアが貴族であるということも相まってなのか、かなり様になっている。一人だけなんかバカンス気分でいるように思えて仕方ないんだけど。そんな風に見ていたら、セシリアが私に気づいたのかこちらを向いてきた。

 

「あら…………? 視線をやけに感じると思いましたら、一夏さんで——ブッハァッ!」

「せ、セシリア!?」

 

なんかセシリアが私の方を向いたらまたもや鼻血を噴き出したんですけど!? 一体どういうことなのさ!? もしかしてこの日差しで逆上せちゃったの!?

 

「だ、大丈夫!?」

「こ、これしきの事…………何の問題もありませんわ…………」

「いやいや!? どう見ても重傷にしか見えないんだけど!?」

「少々お時間を頂ければ、すぐに止まるかと…………折角の水着が私の血で汚れてしまうかもしれませんので、一夏さんは離れてくださいまし…………」

 

いやいや、それよりもセシリアの事の方が重要でしょ、と思って近づこうとしたけど…………そんな事を言う前にセシリアが手で制してきたから、それに従うことにした。というか、セシリアって、前にも同じように鼻血を噴き出したことあったよね…………しかも、私の方を見た瞬間に。全くもって私には理解ができない。何をどうやったらそんな風に鼻血が出るのさ。

 

「ふぅ…………なんとか止まりましたわ」

「いや、見てるこっちは恐ろしくビビったんだけど…………本当に大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫です。それよりも一夏さん、とてもお似合いですわ。そのパーカーの下にはちゃんと水着、着ていらっしゃるんですの?」

「ちゃんと着てるって。まあ、見せたりはしないけど」

「…………そうしてもらわないと、こちらの体力が持ちそうにありませんわ…………」

「何か言った?」

「い、いえ! な、なんでもありませんわよ!」

 

そう言うが、明らかに動揺を隠しきれてないセシリア。一体何を呟いたのか気になるところだけど、本人がなんでもないって言ってることだし、別に気にしなくてもいいか。

 

「それよりも、一夏さん。一夏さんはこれからどうお過ごしの予定で? その格好では、泳ぐに些か不便では?」

「まぁ、泳いだりはしないよ。足の傷のこともあるわけだし。木陰に座ってただのんびりしてるだけかな」

「でしたら是非こちらを。ビーチベッドがもう一つありますので、お使いになる時はどうぞご自由に」

「あはは…………折角だけど、遠慮させてもらうよ。なんか高級そうだから使うのにちょっと抵抗が…………」

 

そう、セシリアが持ってきているものが物凄くセレブ感満載なものなのだ。流石にこれを使っていいなどと言われても、そう使う気になれるわけがない。怖すぎる…………使うのが怖すぎるよ。ただでさえそういうものには慣れてないっていうのに…………。というか、そのアンティーク調な家具のような物を持ってきたのさ? もしかして…………フレームアームズに量子変換して持ってきたのだろうか? あの量子変換って武器弾薬の他にも物資を積めるから…………可能性がなくもない。とりあえず、その事は今は別に考えなくてもいいか。

 

「あら、残念ですわ」

「ごめんね。じゃ、私は向こうにいるから」

「ええ。では、また後ほど」

 

セシリアと別れた私は木陰の方へと向かった。あそこなら直接日が当たる事は無いだろうし、いい感じに平らな石があるから座るにも大丈夫そうだ。そこに腰を下ろした私は徐に眼前に広がる光景を見つめていた。基地では散々見慣れているはずの海。でも、今はみんなの楽しそうな声が聞こえてくる、そんな平和な光景がそこにある。戦場から離れていると実感するとともに、自分はここにいてもいいのかと不安になってくる。今も館山基地じゃ、警戒態勢を敷いているわけだし。私も警備任務と護衛任務に就いているとはいえ、実戦環境からは遠く離れてしまっている。最前線で命を張っているみんなから見たら、私はどんな風に映っているのだろうか…………この任に就いてから私はずっと、それが心のどこかにあった。

 

(はぁ…………本当にこれでいいのかな…………)

 

そう考えたら、思わずため息が出てしまっていた。なんだろ…………空の青さとは正反対…………私の心はどこか曇り空が広がっていた。

 

「あ、一夏。ここにいたんだ」

 

そんな時、ふと声をかけられた。視線を砂浜から上にずらすと、そこにはシャルロットがいた。オレンジ色の水着を着ており、どこか彼女らしい色だと私は思った。

 

「うん。それよりも…………その後ろの、何…………?」

 

だが、そんな事より、私は彼女の後ろにある物体が気になってな仕方なかった。え、えーと…………何なの、そのバスタオルお化け?

 

「——ッ!? お、おい…………本当に一夏のところへと連れてきたのか…………!?」

「その声…………もしかして、ラウラ…………?」

 

いやいや!? なんで!? なんでラウラがバスタオルを全身に纏ってミイラみたいなことになっているのさ!? もうなんか、さっきまでの陰鬱な考えがどっかに吹き飛んでいったんだけど!?

 

「ほらほら、折角可愛いの買ったんだからさ、一夏にも見せてみたら?」

「み、見せられるか! これ以上この姿を見られれば、我が黒兎隊の名が…………!」

「どんな姿をさせてきたのシャルロット!? ラウラがここまで動揺するの初めて見たんだけど!?」

 

特殊作戦群に身を置いているラウラがここまで動揺するなんて…………本当にどんな格好をさせてきたの!? しかしだ…………ラウラはどこか一般的な常識から外れているところがある。もしかすると…………彼女の物凄い勘違いなのかもしれない。

 

「うーん…………可愛い格好だと思うんだけどなぁ…………というか、そのままじゃまともに楽しめないよ?」

「そ、それは困るが…………ええい!! こうすればいいのだろう!!」

 

半ばヤケになったラウラはまるで輝鎚の積層装甲のように身に纏っていたバスタオルを全て脱ぎ捨てた。その下から現れたのは…………全体的にフリルをあしらった黒の可愛らしいデザインの水着だった。しかも、何時もは単純に下ろしているだけの髪をツインテールにしているから尚更可愛い。

 

「ぐぬぬ…………わ、笑いたければ笑うがいい…………」

 

いや、そんな風に若干の恥じらいを持った感じで言うのは卑怯じゃないかな…………。

 

「いやいや、とっても似合ってるよ。なんかいつもと違うラウラが見れた気がするね」

「せ、世辞ならいいぞ…………」

「そんなことないって。ね、一夏?」

「うん。お世辞なんかいらないよ。純粋に私がそう思ったんだから」

 

実際、めちゃくちゃ似合ってるから、そんなことを言う必要はないんだけどね。とはいえ、そう言われた本人はなにやらポーッとしているようだ。

 

「あらら…………なんかラウラがトリップしちゃったみたいだから、向こうで落ち着かせてくるね」

「ラウラがこうなるなんて、すごく珍しいけど…………まぁ、わかったよ。じゃ、また後でね」

「うん…………よーし、トリップしてるうちにラウラをみんなにも見てこよーっと」

 

ラウラの両肩を掴んで押していくシャルロットはどこかいい感じの笑顔だった。…………というか、さらりとやばいことを口走ってないかな…………不安になってくるんだけど。一応シャルロットの扱いって民間協力だけど予備少尉という感じだからね。それよりもはるかに階級が上のラウラをこんな風にしているところに一抹の不安を感じる。だが、それ以上に今まで軍人オーラを出して下に見られないようにしていたラウラの立ち位置が一瞬にしてクラスのマスコットみたいな状態になる方が少し心配である。まぁ、それはそれでいいのかもしれないけど。

 

(それにしても…………こんな風にゆっくりしているの、いつぶりだろう…………)

 

少なくとも、ここ最近はなかったような気がする。休暇をもらった時はあるとはいえ、結局なんかドタバタとした日々だったし。…………おまけに言えば、前回交代制で休暇を取るとき、結局三日分全部休暇にさせられたし…………なんでさ、なんでそんなに私を無理矢理休ませようとするのかな? 訳がわからないよ…………。流れてくる潮風が何処と無く心地よい。そんな風に寛いでいると、視界にビーチバレーをしている一行を見つけた。そこではなんと、お姉ちゃんが打ったスパイクを受けて吹き飛ばされる秋十と鈴の姿が…………何をしてるの、お姉ちゃん。

 

「あ、一夏さん!」

「なんだ、ここにいたのか」

 

そんなカオスな状況のビーチバレーを眺めていたら、エイミーとレーアの二人がこちらに来ていた。どちらもビキニタイプの水着だけど、エイミーは薄緑色、レーアが水色といった感じだ。なおエイミーの水着のデザイン…………どこなく子供っぽく見えてしまうのは私だけなのだろうか?

 

「うん、泳ぐよりはここでゆっくりしていたいしね。二人はどうしてたの? 泳いで来たみたいに見えるけど」

「ちょっと、あそこのブイまで遠泳してきました。丁度いい運動になりますよ」

「久々の遠泳だったからな。つい調子に乗って二人でその先のブイまで泳いできたぞ」

 

…………わー、すごーい。って、そんなに泳いできたの!? 元気だねえ…………と、どこか御年寄臭く考えてしまった。一方の私、多分泳げたとしてもそこまで泳げる気がしない。絶対途中でへばる自信がある。

 

「しかしな…………こっちに戻ってきたら、何やら物騒な事が起きているんだが…………」

「あれ、なんなんですか…………?」

 

そう言って二人が指差した先にあったのは、おそらくビーチバレーでは出ないような音を出してプレーしているお姉ちゃんと、それを受け止めようと必死になっている秋十と鈴に谷本さんの姿があった。

 

「異次元ビーチバレーボール、じゃないかな…………? 少なくとも戦闘ではないと思うよ」

「…………遊びって、あんな風に砲撃音がするものなんですね」

「…………笑えん冗談だ」

 

どうやら二人にはあれが未だに遊びという事が信じられないようだ。まぁ、私の場合はあれを見慣れてきてしまっているから驚かないというだけで、初見だったら多分自分の目を疑うよ。なんでボールが砂浜に落ちただけで、砂が派手に舞い上がるのかな…………? どう考えてもあの一撃、下手な銃よりも威力あるよね? あ、ボールが耐えきれずに破裂した…………。

 

「…………そろそろお昼ご飯でも食べに行こっか?」

「…………丁度よくバレーボールも終わりましたからね」

「…………物理的に、だがな」

 

世にも珍しい、ボールが破裂した事で終わりを告げた試合を横目に、私達はお昼ご飯を食べに行くことにしたのだった。…………今起きていたことはきっと悪い夢だと、私は自分に言い聞かせていた。

 

「…………チッ、軟弱なボールだな。もっと頑丈なものはないのか」

「…………織斑先生の打撃に耐えられるのって、ボウリングの球くらいなんじゃないですか…………?」

「ほぅ…………山田君、なかなか君も言うようになったじゃないか?」

「い、いや、私はそんなつもりは——いやぁぁぁぁぁ…………!!」

 

…………後ろから山田先生の断末魔はきっと空耳だろう。そう思った私はもう何も気にしないことに決めたのだった。






今回は機体解説及びキャラ紹介は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.44



どうも、二ヶ月近くスランプで地獄を見ていた紅椿の芽です。



本当、読者の皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。どんなに時間がかかっても失踪だけはしないように頑張っていきます。



しかし、今後も更新間隔は伸びてしまう可能性が高い事だけはご了承ください。



また、支援イラストを絵師のからすうり様よりいただきました。


【挿絵表示】



【挿絵表示】


この場を借りて厚く御礼を申し上げます。



また、この小説が初回投稿より一年が経過しました。ここまで続けられたのもひとえに読者の皆様のおかげです。完結まで頑張っていきますので、今後とも生暖かい目でよろしくお願いします。



さて、長々とした前書きでしたが、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





「ふぅ〜、いいお湯だった〜」

 

現在、既に夕食は終えており、丁度温泉から上がってきたところだ。久々にゆったりと入る事が出来たから良かったよ。…………まぁ、私の傷に配慮してなのか、入っていたの私一人だったんだけどね。のびのびと入れることに開放感と広々とした湯船を楽しめた反面、だだっ広い中でぽつんと一人ぼっちで入ってるのもなんだか虚しかった。べ、別に寂しかったとかそういうわけじゃ…………ないと思う。

そういえば、午後の自由時間もみんな楽しそうに遊んでいたね。午前中は日陰でのんびりとしていた私だけど、午後はちょっと身体を動かしたくなったんだよ。そんなわけで、流石にサンダルで動くのは厳しいし、かといってただ脱ぐだけだとニーソに砂が付いて後で大変だから、一応持ってきておいた学園の内履きと同じ運動用シューズを履くことにした。まぁ、なんだかんだでこっち慣れてるし、動きやすさではこっちが有利だ。…………とか言いながら、あのカオスなビーチバレーの第二ラウンドへ巻き込まれ、へばったのは言うまでもない。その後は木陰で試合の続きを眺めながらアイスを食べてた。うん、夏のアイスは格別だったよ。…………あれ? 意外と私、この自由時間を堪能してた?

 

(というか、なんでお姉ちゃんはこんな時間帯に呼び出してきたんだろ…………?)

 

そんな日を過ごした私だが、現在、お姉ちゃんのいる教員室へと向かっていた。というのもだ、温泉に入る前、私用に貸し切られている時間帯がある事を教えられた時に、風呂上りに来て欲しいと言われたんだよ。理由はわからない。特に悪い事をした覚えはないし…………何かをやらかしてしまった記憶もない。あったとして、この間靴を片っぽ無くしてしまったから新しく発注したくらいだけど、あれはなんだかお姉ちゃんに笑われるオチだったし。…………笑われたから、少しムッとしちゃっけどね。とはいえ、身に覚えがない事を考えていても仕方ない。少し脳の隅っこに追いやり、ひとまず思考の海から浮上することにした。

 

(…………なんだろ、なんとなく行きたくなくなってきたんだけど)

 

お姉ちゃんが何も細かい事を話さずに説明していく時なんてものは、大概ロクでもない事が起こる前兆だったりする。今回もそうなるんじゃないのかと考えてしまうと…………行きたくなくなるのは誰だってそうだよね? 下手したらこれ…………旅館の一室が太古の地球にタイムスリップしてたりしないよね? お姉ちゃん、実際にそうしてしまいそうな力はあるから不安である。しかも、掃除で。…………なぜ一向に改善できないのか、それは織斑家最大の謎である。いや、実をいうとお姉ちゃんが絡む家事全般がそうだから、対策のしようがないのだ。多分、このままだと一生浮ついた話が出る事はな——

 

 

 

 

 

 

——男を持ったからって、いい気になるなよ、一夏ァ…………——

 

 

 

 

 

「ひゃうっ!?」

 

な、なに今の殺気は…………どう考えてもお姉ちゃんのものだとは思うんだけど…………この距離で、しかも口になんて出してないのに人の心を読まないでよ!! 変な声出ちゃったじゃん!! 思わず周囲を見渡して、誰もいない事を確認した。万が一聞かれでもしていたら、どう考えても今の状況じゃ、完全に何かしらの電波を受けてしまった人としか見られないだろう。それだけは避けたい、絶対避けたい。あらぬ噂が立って被害を被るのはゴメンだ。

 

(あっ、教員室ここだ)

 

どうやらいつの間にか教員室の前に到着していたようだ。襖に張り紙なんてできないから、近くの壁に教員室と書かれた紙が貼り付けてある。中からは何やら賑やかな声が聞こえてくる。というか、どう考えても中にいるのはお姉ちゃんだけじゃない。襖で声が変質してしまっているから聞き分けにくいけど、秋十に箒、それに鈴もいる事はほぼ間違いないと思う。こんなに呼び集めて何をするつもりなのだろうか、そう思いながらも私は襖の木枠を叩いた。

 

『誰だ?』

「紅城です。呼ばれましたので此方にきました」

『おお、そうか。とりあえず中に入ってきてくれ』

 

返事を受け取った私はそのまま部屋の中に入ることにした。中にはお姉ちゃんの他、やはり秋十と箒と鈴がいたよ。しかもなんか凄い寛いでるような状態で。一体どういう状況? しかもなんかお姉ちゃんは奥の方に向かっていったし。

 

「お、やっぱり一夏姉も呼ばれたんだ」

「まぁね。それにしてもなんで呼び集めたんだろ? 箒は知ってる?」

「さぁな? 私も理由は聞かせてもらってない。そういう鈴はどうなのだ?」

「知らないわよ。てか、秋十、シスコンのあんたこそ知ってるんじゃないの?」

「シスコン関係ないだろ!? そもそも俺はシスコンじゃねぇ!!」

「ダウトだな」

「ダウトだね」

「ダウトだわ」

「クソァ!」

 

何やら打ちひしがれている秋十。いやいや、どう考えても秋十はシスコンの節があるでしょ。それはお姉ちゃんにも言えたことなのかもしれないけどね。お姉ちゃんはシスコンとブラコンのハイブリッドであるわけだし。…………あれ? それを考えると相当やばい人じゃない? 字面が何処と無く凶器じみてるよ。

とりあえず、そのまま立っているのもなんだし、腰を下ろすことにした。しかも、それを想定していたかのように人数分の座布団が敷かれている。…………もしかすると、これ秋十が敷いたものなのかもしれないと、ふと思ってしまった。いやいや、流石のお姉ちゃんでも座布団くらいは敷けるはず…………だよね? 断言できないあたり、前に聞いたパーソナルアビリティみたいに、戦闘スキルに全振りして家事スキルをほぼ喪失してしまったのかもしれない。

 

「ん? どうした? さっきまでの賑わいはどこにいった?」

 

そんな事を考えていたら、お姉ちゃんが奥の方から戻ってきた。その手にはいろんな飲み物のボトルが持たれている。多分、部屋に備え付けの冷蔵庫から取り出してきたものだと思う。とはいえ、何の目的があってここに集められたのかよくわかっていないのだ。そりゃおとなしくもなるよ。

 

「いや、そのなんていうか…………」

「何で集められたのか気になりまして…………」

 

そんな私の心を代弁するかのように秋十と鈴が言った。気にならないはずがないからね。集まったわけだし、理由を教えてもいいと思うんだよ。

 

「理由? そんなもの特にないぞ? 強いていうなら、昔の面々と集まってバカ話がしたくなったくらいだ」

 

…………だが、その理由を聞いた瞬間、思わずずっこけそうになってしまった。いや、座ってるからこけようにもこけられないか。いやいや、それにしたって、理由がものすごくシンプルでありふれてるような気がするんだけど!? というか、教師の口から出ていいようなセリフじゃない気がする。てか、今のお姉ちゃんって完全に自宅モードになってるような気がするんだけど…………。

 

「ば、バカ話…………予流石にそれは想外だった」

「普段の千冬さんからは考えられないセリフよね…………」

「自宅だとこんな感じだけどな…………外で聞くとなんか変な感じがするぞ」

「よし秋十、お前は学園に戻ったら私自ら指導してやろう。私のプライベートをバラした罪だ」

「…………うそーん…………」

 

再び項垂れる秋十とそれを見て勝ち誇ったような顔をするお姉ちゃん。その構図はどう見ても悪魔が人間を力で従えている様子にしか見えなかった。しかし、そんな光景もきっと見れるのはここにいる私を含めた四人くらいだろう。ここにいる面々、お姉ちゃんと昔から付き合いがあるからね。私達姉弟は言わずとも、鈴も転校してきてからすぐに家ぐるみの付き合いになったからね。ついでに言うと、私の事情を当時から知ってる数少ない人間だったりする。

 

「全く…………バカ話くらい誰でもするだろう。それとも何だ? 私は必要事項しか口にしない人工知能に見えるか?」

「いや、そんなことは…………」

「なら問題ないな。ここから先は基本無礼講だ。私はお前達をプライベートの呼び方で呼ぶ。だからお前達も私の事をプライベートの呼び方で構わんぞ」

 

なにやらとんでもない事をさらっと言ってしまっているお姉ちゃん。いやいやいや!? それをしちゃ一番いけないやつでしょ!? 第一に、もし誰かに聞かれでもしていたら、私がお姉ちゃんの妹である事実がバレちゃうかもしれないんだよ!? それだけは絶対に避けたいのに…………。

 

「で、でも織斑先生、それだと…………」

「心配するな。既に人払いは済ませてある。それに、教員室はどの部屋よりも離れている。余程でかい声で騒がなければ聞こえはしないさ」

 

それを聞いてふと安心する私。それなら多分大丈夫だと思うし、結構長い間他人のフリをし続けるのはけっこう辛いものがある。まぁ、今日くらいいつもの姿に戻っても大丈夫だよね?

 

「ふぅ…………わかったよ、お姉ちゃん(・・・・・)。今日だけはこっちで話すね」

「うむ。寧ろ久々にそう呼ばれて何となく安心したぞ…………」

 

うん、どう考えてもそのセリフは何だかキケンな香りがプンプンするよ。とはいえこうして普通の口調に戻ったのは約一ヶ月ぶりくらいだろうか。最後にこの口調で話したのはシャルロットの男装疑惑をお姉ちゃんに報告したときくらいかな…………近くにいるのに疎遠だったからね。そういう意味では、今この瞬間、私は本当の意味でお姉ちゃんと秋十の家族に戻ることができた。

 

「あはは…………でも、戸籍上は違う存だし、そう迂闊に呼ぶ事はできないよ」

「スキャンダル待った無しのネタになるもんなぁ…………」

「馬鹿者。所詮マスコミの戯言だ。気にするだけ無駄になる。寧ろよく考えてみろ? 身内に軍のエースがいるんだぞ? 真の英雄を讃えずにどうするんだ」

 

そんな事言われてもねぇ…………私自身そういうことがわからないし。というか、そもそもで私が軍のエースなんて気にも留めたことないよ。確かにライセンス持ちだけど、そういう事は関係ないし。そもそもあれはある意味特例だし。それにしてもお姉ちゃん、やけに饒舌な気がするんだけど…………もしかして、既にお酒入ってる?

 

「まぁ、言われればそうだな…………普段はこんななのに、戦闘になればこいつほど頼りになるやつはいないですから」

「そうよね。こっちに帰ってきてみたら、エースパイロットがあの一夏と聞いて驚いたわよ」

 

お姉ちゃんの言葉に便乗するかのように発言してくる箒と鈴。改まってそう言われるとどうしても恥ずかしく思えてくる。というか、結構私の事、広まってるみたいだね…………別に嫌な気はしないけど、変な噂が一人歩きしていないか不安に感じる。

 

「さて、そんな英雄を讃えてイッパイやるとしようか。適当に取り揃えてはみたぞ。遠慮はするな、好きなものを選ぶといい」

 

そう言ってお姉ちゃんは持ってきたボトルを私たちの前に置いた。かなりキンキンに冷やされているのか、既にボトルの表面には露がつき始めている。…………一気に飲んだら頭が痛くなりそう。おやつにアイス食べたらそうなったし。…………改めて考えると、私って軍人としてこれでいいのかと思えるようなことしかしてないような気がしてきたよ。

 

「では、私はこれを」

「それじゃ、遠慮なく」

 

そう言って箒と鈴は迷わずそれぞれラムネと烏龍茶に手を伸ばしていた。うーん、私はどうしようかな…………意外とそう簡単に決めることができない。

 

「そんじゃ、俺はコーラを——」

「よし、ドリアンサイダーだな?」

「待て千冬姉!? その恐るべきパワーワード感溢れる危険な物とコーラをすり替えようとするな! てか、そんなものあるのかよ!?」

「冷蔵庫に二本入ってたぞ?」

「マジであったし!?」

 

…………なんなの、ドリアンサイダーって…………単語からして物凄い異臭を放つ物のような気がしてやまない。そもそもそんなものを作った人の気が知れない。そして、それを用意する旅館側もどことなく頭のネジが二、三本吹っ飛んでいるんじゃないのかなと思ってしまう。

だがそうこうしているうちに、選択肢は既に無くなっていた。残っていたのは…………りんごジュース。物凄く平和なものが残っていてくれて、内心ホッとした。此処でさらなるキワモノが出てきたら、それはそれで精神的にやられそうだ。

 

「…………なんか、一夏がそういう子供っぽい物を持っても違和感感じないな」

「まぁ、一夏姉だから仕方ないっちゃ仕方ないんだよなぁ」

「い、いーじゃん別に!」

「今度棒付きキャンディでも持たせてみようかしら?」

「鈴も悪ノリしなくていいからね!?」

 

残ったりんごジュースを手にした瞬間、一斉に子供扱いされる私。…………もう! なんでこうならならきゃいけないんだよ! 望んで子供扱いされてるわけじゃないんだよ!? ま、まぁ、確かに飴とか貰って機嫌良くしたりする事はあるけどさ…………それでも、今なお子供扱いされていることには誠に遺憾である。

 

「まぁ、一夏を可愛がりたがる気持ちもわからんでもない。少なくとも此奴、実家にいる間、寝るときは必ずと言っていいほどぬいぐるみを抱きしめて寝てるんだぞ? 可愛くないわけがないだろう!」

「何を暴露してくれちゃってんの、お姉ちゃん!?」

「あと、これ五反田兄も知っているぞ。私が教えた」

「本当に何を暴露してくれちゃってんの!? 私はいろんな意味で死にたくなってきたんだけど!?」

 

知られてはいけない私の癖である。寝るときは抱き枕等々を使って寝ることが多い。というか、あれがあると物凄く落ち着いて眠れるんだよ。実家にいるときは大きめのぬいぐるみを抱き締めてたっけ。いかにも子供っぽいと思われてもおかしくないし、何より軍人としての体裁を崩したくない以上、そういう事は余計に知られたくなかったのだ。…………既に手遅れな気もしなくはないんだけどね。

 

「なにそれ物凄く可愛いんですけど!? 千冬さん羨ましすぎる!」

「これが姉妹の特権というものだ」

 

とかと、鈴に向かってドヤ顔を決めて発言するお姉ちゃんだが、当の言われてる本人は恥ずかしい思いでいっぱいだ。そういえば…………あのぬいぐるみ、実家に置きっ放しだ。話に上がってきたらなわか気になってきた。まぁ、私の部屋にあるわけだから多分大丈夫だろう。何が大丈夫なのかはわからないが。

 

「ちなみに、どんなぬいぐるみを使っていたのだ? ペンギンか? 熊か?」

「…………箒が私を子供扱いする気満々だって事はわかったよ。確か、ケータイに写真があったはず…………」

 

あからさまに箒が煽ってきてる気がしたので、私はそのぬいぐるみの写真を見せることにした。まぁ、可愛いやつだからきっと子供も扱いされるような気がしなくもないんだけどね。

 

「…………なんだこれは?」

「なに、どうかしたの——って、なに!? まさかの龍!?」

「違うよ。これはクロノサウルスっていう大昔の生き物。それをぬいぐるみにしてもらったんだ〜。他にも、リオプレウロドンやモササウルス、ティロサウルスもいるんだよ〜。みんな可愛いでしょ?」

 

ケータイには軽くディフォルメされていくつもの海竜の姿があった。これは昔束お姉ちゃんが暇な時に作ってくれたもの。もともと束お姉ちゃんが当時どハマりしていた古代生物を見た私も、ついそれに影響を受けちゃってね…………少しだけど、私も古代生物がちょっと好きなのだ。とはいえ、流石にディフォルメされてないと怖いけど。まぁ、束お姉ちゃんは毎回起こる我が家の大災害(グランド・カタストロフ)の度に、『ロストワールド〜』とか叫びながら半ばゲテモノじみている古代生物(に変異した黒い彗星)を拾い集めてたっけ。それよりはやっぱり、クロノサウルスやモササウルス達の方がまだ可愛い。とはいえ、一番は今のところヴェルに軍配があがるけどね。

 

「…………うーむ、一夏の趣味がどんどんわからなくなってくるぞ。守備範囲が広いのか狭いのかがよくわからん」

「というか、さらっと横に比較画像を表示させないの。ディフォルメされてなきゃ、どいつもとんでもなく凶暴そうじゃない…………」

「そうかな? 秋十はどう思う?」

「俺もそういうのは好きだからなぁ。詳しい事とか知らないけど、見た目がカッケェし。まぁ、可愛いかどうかと言われたら…………どうなんだろな?」

 

どうやら私の考えを理解してくれる人はこの場に居なさそうな気がする。理解者が少ない事が少しいたたまれなくなった私はりんごジュースをちびちび飲んでいた。それにしても、そんなに特別かな、ああいうのって…………ぬいぐるみだからふかふかして気持ちいいし、何より私の身長と同じくらいの大きさあるから抱きつきやすいし。なんか、わかってもらえなくて悔しい。べ、別に拗ねてるわけじゃないけど…………。

 

「…………おお、拗ねてる一夏もまた一興か…………」

「千冬姉…………その拗ねる原因作ったの、千冬姉にもあるからな…………」

「…………別に拗ねてなんかないもん」

 

私は半ばジト目でそんなことを口にしているお姉ちゃんを横目で見ながら、りんごジュースをちびちびと飲み続ける。今度家に帰ったら、その時はぬいぐるみを盛大にもふもふしてやる。あと、お姉ちゃんの隠し持っているワインやらブランデーやら日本酒を片っ端から没収してやる、そう心の中で誓ったのだった。

 

「…………なんか一夏が静かに燃えているんだけど」

「…………お前にも見えるか。私の気の迷いではないのだな」

「…………幼馴染だから、それくらいはわかるわよ。あの状態の一夏って、結構容赦ないこともね」

「…………それはわかるぞ。普段おとなしく、かつ優しいやつほど、キレた時大惨事になるのは間違いない」

 

…………そこの二人、なんで急に合掌しているのか私には全くわからないんだけど…………もしかして、それお姉ちゃんに対して? それなら大丈夫だよ、軽い禁酒法に処すだけだから。

 

「ところで、一夏」

 

不意にお姉ちゃんが私に声をかけて来た。さっきのこともあってか、私は若干ジト目になりながらだが、お姉ちゃんの方へと顔を向けた。

 

「そんな顔をするな。少しある事を聞きたくてだな」

「ある事って何?」

 

私がそう聞くと、お姉ちゃんは手にしていた銀色の缶を煽ってから言葉を続けた。って、それどう見ても缶ビールにしか見えないんだけど…………まぁ、今回は別にいいか。どうせ後で没収するわけだし。所謂最期の晩餐(?)ってやつなのかな?

 

「いや、お前と五反田の関係がどこまで進んだのかと思ってな」

「ひゃわっ!? なななにを、とと突然聞いてくるの!?」

「貴様らが不純異性交友してないか見ておかなければならないからなぁ…………なぁ、一夏ァ?」

「はうっ!?」

 

ふ、不純異性交友!? そ、そんなことしてないよ!? だ、第一、学園の外と中っていう隔たりがあるわけだからできるわけないじゃん! だが、その事を聞いて来た本人の目は、どう見ても獲物を狙う肉食獣の目である。今の立場からいえば、完全に私はその獲物であろう。だが、これだけは絶対言える。

 

「す、するわけないじゃん! というか、なんでここでそんな事を聞くのさ!?」

「何、お前が男を持ったからと調子に乗ってないか気になってだな…………なぁ、一夏ァ? あれだろ、クリスマスとかバレンタインとか、所謂リア充とやらが騒ぐ時にお前達も同じような事をしていたのだろう?」

「してないしてない!! その日も私は哨戒任務があったから!! そもそもで私、今年はそっちに帰ってないでしょ!? ちょっとメールのやりとりしたくらいしかしてないよ!?」

「十分しているじゃないか、一夏ァ」

「ぴぃっ…………!?」

 

完全に私が狩られる立場に追いやられてしまった。目の前のお姉ちゃんはどう見ても血に飢えた野獣の如き雰囲気を醸し出している。思わず私はそれに怯えてしまい後ずさってしまった。…………お姉ちゃんが未だに浮ついた話の一つも出てこないのって、絶対このリア充に対する嫉妬のようなものが原因だと思うんだよね。それさえなければいいと思うのに…………。それだから浮ついた話の一つも出ないんだよ。

 

「調子に乗るなよ、一夏ァ…………」

「ひいっ…………!?」

 

だからナチュラルに心を読まないでよ! というか、なんでその結論に至るわけ!? 私には全くもって理解できないんだけど!?

 

「そのくらいにしておけよ、千冬姉…………一夏姉が泣き出すかもしれないぞ」

「…………ハッ! 一体私は何をしていた…………? 何故一夏はそこまで怯えているのだ…………?」

 

お姉ちゃんの所為だよ! と声を出して言いたいところだけど、この場においてそれを言える人は私を含めて誰一人としていなかった。というか、なにあのダークサイドお姉ちゃん…………リア充に対する嫉妬によって生み出された第二の人格なの…………? いや、むしろお酒によって作られたものだと考えよう。私はそっちの説を信じ込むことにした。一先ずお姉ちゃんは一応正気に戻ったらしく、軽くビールを口に含んでから言葉を続けた。

 

「で、結局一夏は五反田とどこまで行ったんだ? コレか? ココまで行ったのか?」

「ちょ…………!? なんて破廉恥な事を聞き出そうとしているんですか、千冬さん!」

「千冬さん、それ完全にアウトですけど!? その顔で言うのも完全にアウトですよ!?」

「てか、男子の俺もいるんだからその話に持ってくのは勘弁してくれ!!」

「だーかーらー!! なんでそんな事を話させようとするのぉぉぉぉぉっ!!」

 

結局、その後も私はお姉ちゃんから散々弄られたのだった。というか、途中で箒と鈴も参加して来たし…………最後まで味方だったのは秋十だけだったよ。この時、私は絶対後で仕返ししてやると心に誓ったのだった。

 

 

「おお、なんか随分とやつれてねえか?」

「…………あー、あんまりその辺弄らないでもらえますか? 昨日散々弄られたので…………」

「お、おう。でも、そこまでやられるって一体何があったんだよ…………」

 

翌日、私は臨海学校開催中の旅館ではなく、館山基地の方に来ていた。というのもだ、どうやらブルーイーグルの修理が完了したようで、その受領のために来ている。あと、新型兵装も呉の方から届くそうだから、そっちもある。とはいえそんな私だが…………現在格納庫の壁にもたれかかって体育座りをしている。いや、昨日の事を思い出してしまうと…………うん、やめよう。逃げ出そうとして、スリッパ脱げて転んでまた連れ込まれたことは記憶から消し去った方がいいに決まってる。どう考えても黒歴史でしかない。そんな様子を、側から眺める我が部隊の隊長である葦原大尉。流石にこの状況で弄るのは憚られるようで、今のところ何もない。それが何処と無くいつもと違う感じがした。…………そう言えるってことは、弄られることに慣れ始めているということなのだろうか…………自分で言っていてなんだか切なくなってきた。

 

「とにかくそろそろ気を取り直せ。見てるこっちが切なくなってくるわ…………」

「…………」

 

俯かせた顔をを上げる気力が湧かない。もはや既にダメな状態になってしまっている。正直頭の中でどうにでもなれと思い始めているのも事実だ。弄られすぎて、どうしたらいいのかがわからない。昨日の事は片っ端から黒歴史として葬り去りたい…………誰でもいいから葬り去る方法教えて…………。

 

「どうも、お久しぶりなのです——って、紅城中尉…………? どうしたんですか?」

「おお、呉の技術部さんじゃねえか。いや、なんかこいつ、少しヘコんでるだけだからすぐになんとかなるさ。ほら一夏、呉の人間が来たぞ。マジで気を取り直せって」

 

どうやら呉の方から新型兵装と一緒に技術部の人も来たようだ。軽くため息をついてから立ち上がることにした。軍服のスカートに付いた埃を払い落とし、視線をその声のした方に向けると、そこには雪華と瓜二つの姿で、濃いめの金髪が特徴的な子がいた。ああ、呉の方って言うし、新型兵装って言ったらやっぱこの子なのか。

 

「あ、雷華…………うん、久しぶり。それと、前のように一夏で構わないから」

 

市ノ瀬雷華。前もブルーイーグルの件でお世話になった、とんでもない天才。だって普通に新型兵装を考案して形にしてくるんだから…………今度は何をもって来てくれたのだろうか?

 

「では、一夏さん、まずは此方を受け取ってください」

 

そう言って雷華より手渡されたものは蒼く輝くドッグタグ。そう、ブルーイーグルの待機形態である。そっか…………やっと直ったんだね。あの時は予想以上に破損させてしまっていたみたいだから…………今度はもっとうまく扱えるように頑張るから。

 

「うん、確かに受け取ったよ。ありがとね、雷華」

「いえ、ブルーイーグルの修理は館山の皆さんのお陰ですから。私は機体ではなく兵装担当なのですよ」

「そういえば新型兵装がどうとか言ってたな。それはどうしたんだ?」

「重装コンテナに格納して、既に搬入を終えているのです。案内しますので着いて来てください」

 

雷華にそう言われた私達は彼女の後をついて行く。向かった先は格納庫の奥に鎮座していた重装コンテナ。しかも、周囲にはテープが張り巡らされており、一際厳重に保管されている様子から、多分あの中に新型兵装が入っているのだろう。それを考えたら、萎えてた気持ちが持ち直したような気がする。まぁ、こっちに来た呉の担当の人が知り合いの雷華だったって事もあるんだけどね。知らない人だったら多分あの調子のままだったと思うし。

 

「今、コンテナを開放するので少し待っていてください」

 

雷華がタブレット端末に何かのコードを打ち込むと、それに呼応するかのように重装コンテナが重々しく開く。完全に展開したそれは、一種のハンガーのように中に入っていた武装をコンテナの中央にホールドしていた。でも…………その武装がなんなのかはよくわからない。一つはベリルバスターシールドと瓜二つだけど、もう一つの方が謎だ。

 

「まずは此方のベリルバスターシールドですね。ランチャーとしての機能をカットしているのでその分エネルギー消費は抑えられているはずなのです」

「そっか…………そういえば、シールドは前に壊されちゃったもんね」

「はい。それに、前回喪失した方ではランチャー、クロー、シールドと機能を持たせすぎてしまっていたので、二つに絞ることにしたのです」

 

つまり、シンプルな感じになったってことみたいだ。とはいえ外見上の差はほとんどない。多分、前と同じ感覚で使えると思う。

 

「そして、次の武装がXBS-R/L40。試作型のベリルショット・ライフルとなるのです」

 

雷華が視線を向けた先にあったのは、その特異な形状をした武装——銃本体と蒼いクリスタルユニットが目立つ長銃。ベリルショット・ライフル、その試作型とのことだ。だが、それを見た瞬間、思わずあの日のことが脳裏をよぎった。あの日の夜…………アナザーから向けられた、あの大型の銃、ベリルショット・ブラスターの破壊力を…………。それに、ベリルショット・ライフルということは、話でしか聞いてないけど、紅い魔鳥ことフレズヴェルク・ルフスと同じ武装、もしくはそれ以上の火力を有していることとなる。それだけの力を持ってしまうことに、少し不安を感じてしまった。

 

「次世代型の兵装として開発されたもので、アーセナルアームズと呼ばれるベリルウェポン群を構成するユニットの一つを強化したものとなるのです。威力、破壊力共に最高クラスであることは保証します」

「これは、ベリルバスターシールドのランチャー機能が削除されたのと関係があったりするの?」

「同時に取り扱うことができますが、そこと関係しているというわけではありませんね。この開発計画は切札たるブルーイーグルの運用の一環として行われたものなのです」

 

…………国防軍がブルーイーグルを異常なまでに強化したいというのはよくわかったよ。完全にフレズヴェルク系列に対する抑止力、もとい反撃の刃として今は存在しているようだ。無論、私としても、それが敵なのだから戦う為に必要な力であるわけだし、何よりアナザーにはもう負けるわけにはいかないから…………そう考えると胸のドッグタグを思わず握りしめていた。

 

「それにしても、こんなやばそうな武器をうちの軍はよく作るよな…………てか、これで倒せるレベルの敵が量産されてたりしたら、俺たちは完全に狩られる側じゃねえのか?」

「実際、月面基地攻略中の部隊からの報告によると、フレズヴェルク系列の簡易量産機が出てるそうです…………」

「私もそれと一度交戦してます…………というか、その為にTCSを貫通するATCS弾が装備じゃないですか」

「それはそうなんだがな…………この終わらねえ状況を見ていたらそう思わずにいられねえんだよ」

 

そう言う葦原大尉の顔はどこか苦虫を噛み潰したような表情をしていた。この終わる気配のない戦争…………それを私達はもう三年も続けているのだ。戦争としてはまだ短い期間なのかもしれないが、それでも私達からすれば長い期間なのだ。常に戦い続けているわけではないにしろ、いつ来るかわからない襲撃に、反攻作戦も上手く進んでいない。おそらくそれらが大尉の苛々を募らせていたのだろう。かくいう私も同じだ。一刻も早くこの無意味な戦争を終わらせたい…………その始まりをあのマガツキ・裏天から聞いた以上はそう思ってしまう。それに…………早く平和な世界を取り戻したい、私の大切な人がそこにいる…………守りたいと思える人がいる…………だからこそ私は戦うんだ。

 

「なぁ、一夏」

「なんですか、大尉?」

「平和を勝ち取るっての、やっぱ大変だよなぁ…………」

 

大尉のその言葉に私の思いも含まれている、そんな気がしたのだった。

 

「では、私はこれにて呉の方へと戻ります。一夏さん、ブルーイーグルの事、よろしく頼むのです」

「了解したよ、雷華。私じゃまだまだかもしれないけど、精一杯頑張るから」

 

こう言ってしまうのはどうかと思われるが、可愛らしい敬礼をしてきた雷華に向かって私と敬礼を返す。それがこうして今、私の元へ新たなる力を託してくれた彼女に対する返礼だと、私は思った。その姿が見えなくなるまで私は敬礼を続けよう、そう考えた時だった。

 

『——非常事態発生、非常事態発生! 各機の搭乗者は格納庫にて起動ののちに待機! 繰り返す! 各機の搭乗者は格納庫にて起動ののちに待機!——』

 

——どこまでも無情で、そして地獄の始まりを告げるアナウンスが格納庫へと響き渡る。そう、再び戦闘が、今目の前にまで迫ってきている事を、否が応でも私の頭に告げるには十分な事だった。






今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.45



うおぉぉぉぉぉっ! 榛名バンジーしてえぇぇぇぇぇっ!!



どうも、紅椿の芽です。



更新が三ヶ月も遅れてしまった事、大変申し訳ありませんでした。活動報告で三月中には上げられると言っていたのに、実際はできなかった事、深くお詫び申し上げます。今後もなるべく遅れないように努力しますが、リアルでの事情が忙しいのでどうなるかはわかりません。地球が誕生して、今の姿になるのを見届けるくらいの気持ちでお待ちいただけると幸いです。



遅れた理由? そうですね、冬イベで沼っていまし(パァン
あとはアズレンで周回地獄に(ダァンッ
他にはアーテルちゃん組んで(ピチュ-ン
加えてかくりよの宿飯とかフルメタとかのアニメを視聴し(ブッピガァン



さて、久々に書いたので大分文章が変な点があるかもしれません。その点は誤字報告等で教えていただけるとありがたいです。



では、前書きはこの辺にして。今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





司令部(コマンドポスト)よりグランドスラム04、目標は確認できたか?』

「グランドスラム04、未だ目標と会敵せず。接触予想時刻まで残り二分です」

『了解。引き続きヴァイパーチーム(第二三航空戦闘団)と共に警戒せよ』

 

現在、私——一夏——は太平洋の沖合の海上で待機していた。勿論、ブルーイーグルは展開済み。右手にはイオンレーザーカノン、左手には例の新兵装であるベリルショット・ライフルを装備している。さらに、私から半径約三百メートルの位置にツーマンセルで第二三航空戦闘団——瀬河中尉が率いる部隊が展開している。同時にこの海域は封鎖されており、無断で侵入した船舶の拿捕ないし撃沈が許可されているのだ。…………まぁ、そんな事態にならないでくれるほうが嬉しいんだけどね。しかも今いる位置…………まさかまさかの臨海学校開催地から約二キロの海上っていう…………物凄くヤバげな位置なのである。おまけに今回の作戦で、主力扱いになってしまってるし…………色々と緊張が折り重なりすぎて、トリガーガードにかけている指が僅かに、そして小刻みに震えていた。

 

『そういや一夏』

「は、はい!」

 

突然背後で警戒していた瀬河中尉が私に声をかけてきた。緊張しまくってる最中、割と唐突だったこともあってか、私の返事はどこか裏返ったような変な感じの声だった。それがどこか面白かったのかはわからないが、通信越しに瀬河中尉が笑ってる声が聞こえてくる。

 

「…………何も笑うことないじゃないですか」

『いや、悪い悪い。つい変なツボに来ちまったみたいでさ』

 

そう言って軽く笑い飛ばす瀬河中尉。人の恥ずかしい声で笑わないくださいよ…………とはいえ、基地ではよくあったこのやり取りのお陰で緊張がほぐれたのは事実だ。刻一刻と迫る敵機との接触予想時刻だが、それと反比例するかのように私の心は不思議と落ち着いていった。これも瀬河中尉のお陰だろう。

 

「そういえば、私に何か話があるんじゃなかったんですか?」

 

元はと言えば、この流れを作ったのは瀬河中尉が話しかけて来たからだ。何か私に聞いておきたい事でもあったのだろうか? とはいえ私程度が話せる程度の事に大したものは無い。ましてや、重要な話は出撃前のブリーフィングで確認してあった筈だ。そうであるはずなのに、このタイミングで聞いてくるとは…………一体どのような用件なのだろうか。

 

『うーん…………特にはねえよ。なんとなく話しかけただけさ』

 

強いて言うなら頑張って生き残ろうぜ、と彼女はいつもの口調で付け加えて来た。…………まぁ、このタイミングで変な事を聞かれるよりはマシなのかなと自分の中で勝手に完結させる。それに、こんな風にして待機するのは慣れているはずだ。私は深呼吸をして少し肩の力を抜いた。そして、右下に表示されていた接触予想時刻がゼロになりそうになった時、広域通信が入った。

 

『こちらヴァイパー06! ターゲットを確認! これより07と共に牽制攻撃を開始、至急グランドスラム04並びに全機、当ポイントにて合流してください!』

 

その内容を理解するまでにそう時間はかからなかった。考えるよりも前に、私は全フォトンブースターを最大出力で起動、一気に示されたポイントへと向かう。波一つ、風一つない、不気味な程静まった海を眼下に、私は全速力で駆け抜けた。

 

『さて——ヴァイパー01より各機へ。先にパーティ始めた奴がいるみたいだが、私達もその会場に乗り込むぞ!! お前ら、しっかりついてこいよ!』

『『『イエス・マム!!』』』

 

後ろをチラッと見ると、編隊を組んだスーパースティレットⅡとスティレット、現在配備が進められているジィダオ(JX-25F)の混成部隊がこちらの後を追ってくる。しかし、私が彼らにスピードを合わせる必要がない事は、ブリーフィングで共有済みだ。寧ろ、今回の作戦では私の動きを制限するような命令は出ていない。この混成部隊が私の支援部隊とのことだ。これほどの戦力で迎え撃つ相手だが…………アントや月面軍のものではない。そうであるならば敵対するものがなんなのか…………その答えはもう、私のすぐそばにまで来ていた。

 

「——こちらグランドスラム04、目標を確認。以後、対象を『ゴスペル01』と呼称。これより、戦闘を開始する…………ッ!!」

 

もう一つの太陽とでも言える程眩い光を放ちながらこちらへと進んでくる銀色の機体。その鋼鉄の翼はどこか天使を想起させる。だが、私達はその自由な翼を断ち切らなければならない。それが私達に課せられた任務なのだ。そして、これが実戦では初となる組み合わせの戦闘。——そう、今回の敵機は同じ人類の機体であるIS…………その最新鋭機なのだから。

 

『——』

「とりあえず、これでっ…………!!」

 

迫り来る銀色の機体にイオンレーザーカノンを放つ。狙いはその推進機構と思われる大型の翼を模したユニットだ。ブリーフィングで聞いた情報通りなら、あそこさえ潰せばそれでいい。機体そのものを撃破する必要はないのだ。だが、それでいて早急に片付ける必要がある事案であるため、ベリルショットに次いで破壊力の高いイオンレーザー兵装を用いるしかない。

 

『——!』

 

しかし、その破壊の奔流は紙一重で躱されてしまう。直線的すぎたというのもあるが、それ以上に向こうの反応速度の方が早いと悟る。装甲の表面を焦がしている事から一定のダメージを与えられたようにも感じられるが、向こうはシールドエネルギーがあるから、大した障害ではないだろう。

 

『ヴァイパー01よりグランドスラム04! これより支援攻撃を開始する! お前ら! 気を入れていくぞ!』

『アイマム! 俺達の本気、見せてやろうじゃねえか! 姐さん、派手にやりましょうぜ!』

『新型機の力、存分に振るわせてもらうわよ!』

 

未だ速度を緩めずこちらへと迫り来る銀色の機体——シルバリオ・ゴスペル。福音の名を冠した機体は私と交差し、そのまま後方の瀬河中尉達に襲いかからんとする。だが、その先に待っていたのは、飛来する無数の弾丸。制空装備としてスティレットにもジィダオにもスティレット用のガトリングガンが装備されているようだ。銃弾の雨をもろに受けてしまった福音は両腕を交差し、そのにわか雨を避けるべく一気に上昇していった。私もそれに追従するように、高度を上げていく。だが、速度は向こうの方が早かった。

 

(『——今回の作戦目標はこの銀の福音。アメリカ・イスラエル共同開発の軍用機だそうだ。ハワイ基地での起動試験中に突如として暴走。軍用機であることから、競技用のリミッターは完全に外され、戦闘能力は極めて高い。事には注意して当たってくれ』か…………)

 

軍用機——本来ならアラスカ条約でISの軍事利用は禁止されているはずだが、実際のところそんなものは形骸化しているとお姉ちゃんや束お姉ちゃんは言っていた。それに、昨今の防衛事情はISが主力を担っていると世間にアピールされている。しかし、作り出した束お姉ちゃんはそんなつもりは全くなかったのに。完全に兵器として生み出されたフレームアームズに搭乗している私が言うのもどうかと思うけど。現実はそんなISでの覇権争いよりも、アントの攻勢を凌いで戦争を終わらせるためにフレームアームズの方が圧倒的に各国軍の中核をなしているしね。

 

(って、考え事をしている場合じゃない…………! 今は目の前のあいつをなんとかしないと…………!)

 

思考を現実に戻し、もう一度イオンレーザーカノンのトリガーを引いた。空よりも蒼いレーザーは一直線に突き進み、僅かに照準がズレてしまったのか、福音に当たることはなかった。幾多もの銃弾が福音を捉えんと放たれてはいるが、有効打にはなっていないようだ。そして、福音は突如として上昇をやめ、その場に静止する。…………なんだろう、ものすごく嫌な予感がした私は三度目となるイオンレーザーカノンの発砲をしようとしたときだった。

 

『——敵機確認。銀の鐘(シルバー・ベル)、攻撃開始。目標を殲滅する』

 

先程まで加速に使っていた背中の翼を広げ、その開いた隙間にエネルギーを充填していく。その水色のエネルギーがなんなのかはわからない。そもそも詳細なデータを渡されない状態でここに来ているのだ。命をかけようにも、あまりにもこれは分が悪すぎる話だ。信じられるのは、ここにいるみんなと自分の勘だけ。

 

「全機、散開——ッ!!」

 

やばい、そう直感した私は思わず叫んでいた。それは銀色の翼から、無数のエネルギー弾が放たれたのとほぼ同じタイミングだった。福音がふわりと機体を翻した直後、全方向に向かって放たれたエネルギー弾。私はその場から一気に急上昇して避けたけど、攻撃する相手を見失ったエネルギー弾は海面に突き刺さり、そのまま爆ぜた。私の場合、以前アーテル・アナザーと戦ったから、あのくらいの海面の爆ぜ方程度では驚きはしなかったが、それでもあれだけの威力があるという事をまざまざと見せつけられたような気がする。

 

『うぐっ…………!?』

『ヴァイパー08! 損傷を報告しろ!!』

『…………シールドが抉れただけですよ。まだまだいけます!』

 

瀬河中尉達はガトリングによる銃弾の雨をエネルギー弾の雨にぶつけ、撃ち落としていた。流石に十二機もの機体から放たれる幾多もの銃弾は暴風のようにエネルギー弾を呑み込んでいくが、それでも何発かはすり抜け、被弾している様子だ。幸いにも避弾経始を考慮したスラッシュシールドへの着弾だそうだから、被害は最小限に留まっているが、それがいつまで続くかはわからない。

 

(くっ…………アナザーより動きが悪いというのに、やりにくい…………!)

 

再度エネルギー弾を振りまこうとしている福音に目掛けてイオンレーザーカノンを放った。攻撃動作の直前で、恐らく大きな隙となるこの一瞬に私は賭けることにした。これなら外すことはない、今までの事から私はそう考えていた。大概、こういう攻撃動作に入った機体はその動きを完全に打ち消す事は出来ない。況してやあの広範囲に振り撒く攻撃だ。反動も凄まじい事だろうし、それだけのエネルギーを充填しているわけだから、下手に動作を止める事もできないだろう。そう思っていた——数瞬前までは。

 

「んなっ…………!? 躱された…………!? このタイミングで!?」

 

そう、福音はかなり無茶な体勢ではあったが、攻撃動作を止め、強引にレーザーを避けたのだ。当たると思って放った一撃だった故に、躱されてしまった事による悔しさはより一層強い。だが、そんな事も悠長に考えてられない。私がその場から飛び退くと、足元にエネルギー弾が通過していった。あと一瞬、上昇するのが遅かったら私の足は吹き飛んでいた事だろう。なにせ、いくらブルーイーグルの素体が強化されたゼルフィカールとはいえ、その元は紙装甲とまで言われるほど装甲が薄いバーゼラルド。一発の被弾でも命取りになるのだ。

 

『グランドスラム04! どうすんだこれ…………どう考えてもすぐには片付きそうにねえぞ!』

 

瀬河中尉のスーパースティレットⅡを含めたスティレット達がガトリングやらミサイルを撃ち放って、攻撃を仕掛けているようではあるが、そのどれもが有効打になっているとは言い難い。瀬河中尉が思わずそんな風にぼやきたくなるのも当然だろう。戦闘開始から早五分。IS相手ならこちらの戦闘力を考慮すればすぐにでも終わる話なのだろうが、現実はこうだ。これが軍用機の力と言ったところだろうか。だが、止めなければならない事にかわりはない。もし止められなかったら、この広範囲にわたるエネルギー弾の雨が何も知らない、平和を謳歌している民間人の頭上に降り注ぐ事になるかもしれない…………そう考えれば考えるほど、この状況を打破することができずにいる自分が情けなかった。そして、自分とは違い、そんな悩みなどとうの昔に忘れたように、今やれることだけを精一杯やっている瀬河中尉からの嘆きがどことなくはっきり聞こえてきた。…………このままじゃ実弾メインが殆どの私達が先に戦闘不能になるだろう。この短時間でこうなのだから、それも時間の問題だ。もう、一気に決めるしかない…………。

 

「そう言われても…………片付けなきゃ、怒られるだけで済みそうにはないですよ!」

 

瀬河中尉の嘆きに返した私は、イオンレーザーカノンの残弾全てを福音めがけて放った。数本の光条が今度こそ、あの銀色の機体を焼き尽くさんとばかりの勢いで突き進んでいく。いくら弾速が純粋なレーザーと比べて遅いとは言え、重粒子イオンのレーザーはほぼレールガンと同等の速さで放たれている。本来なら避ける事も難しいだろうが…………福音は、有機的かつ機械的にその破壊の奔流を躱していくのだ。ベリルショット系列を除けばTCSを強引に押しつぶせるほど強力なイオンレーザーカノンにを全て躱されてしまっては、焦りとイライラで頭に血が上ってしまう。福音はエネルギー弾を適当にばら撒きながら、この空域を縦横無尽に駆け抜けている。

 

『くそっ…………このままじゃジリ貧だぞ!! 残弾五割を切りそうだ!』

『このくらい…………まだ蚊に刺された程度よ!』

『オラオラァ! 逃げてばかりいるんじゃねえぞ、銀色野郎!』

 

聞こえてくる通信には、今の状況に苦しみ、苛立っているような声が絶えず流れていた。それでも、まだ戦いを諦めるような雰囲気は感じられない。どこまでいっても、軍人は軍人。任務を遂行することが第一だ。ならば私も…………こんな頼りない軍人だけど、自分のできる事…………やり通してみせるよ…………!

 

「これ以上…………好き勝手は、やらせないんだからぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

イオンレーザーカノンを格納し、日本刀型近接戦闘ブレードを引き抜いた私は、フルスロットルで福音めがけて突っ込んだのだった。

 

◇◇◇

 

IS学園臨海学校開催地。

二日目となる今日は海岸で『限定的環境下における運用』といった題目の元、運び込まれた訓練機のパッケージ換装演習と実機訓練が行うことが予定されている。だが、砂浜には普段と違う場所であろうと訓練に励む生徒の姿は全く見られない。それどころか、訓練機である打鉄とラファール・リヴァイヴの姿すらない。賑やかさがピークに達していた昨日とは打って変わり、どこか不気味な静けさと波の音だけが空間を支配している。一体生徒たちはどこへ行ったのだろうか? その答えは旅館にある大広間に存在していた。

 

「——状況を説明する」

 

空中投影ディスプレイに表示されたデータをバックに、千冬は話を始めた。この場には秋十と簪の専用機持ちだけでなく、箒や鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、エイミー、レーアといった一夏を除く各国軍のFAパイロットも集められている。加えて、整備担当の雪華もだ。女性陣が息を飲んでそのデータを凝視する中、その雰囲気に飲まれ、秋十は若干居心地の悪さを感じ取っていた。明らかに自分が踏み込んでいいような場所ではない事を肌で感じ取っていたのだ。しかし、そんな一人の心境に構っていられるほど、事態に余裕はない。千冬は構わず言葉を続けた。

 

「二時間前、ハワイ基地で起動実験に当たっていたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代機『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』——以降福音と呼称する——が突如として制御下を離れ、暴走。何を思ったか、日本に向けて全力で接近中とのことだ」

 

千冬からの言葉にこの場にいる皆が騒ついた。無論彼女自身も驚いていないわけではない。本来ならありえるのことないISの暴走。事例を過去十年を遡っても記録には存在していない。故に、絶対防御の存在もあってか、ISには安全神話が付き物だった。そして今、その安全神話は脆くも崩れ去ろうとしている。しかも、現状最も技術力の高いアメリカの最新鋭第三世代機によってだ。

 

「現在、日本国防軍本土防衛軍所属第二三航空戦闘団が迎撃に当たっている…………紅城もそこで戦っているそうだ」

 

千冬はその言葉を紡ぐと、思わず唇を噛み締めていた。無理もないだろう。戸籍上は違うとはいえ、血の繋がった妹なのだ。そのような場所に肉親が行き、生死をかけて戦っているとなれば、誰でも心配することだろう。そのように心配で仕方ないと思う一方、その役割を自分が肩代わり出来ないことが歯がゆくて仕方なかった。自分の力は何のためにあるのか…………ただこうして状況の指示しか出せない自分が嘆かわしいと彼女は思っていたのだった。

 

「そんな…………一夏が瀬河中尉達と…………」

「彼奴に重責を負わせすぎだろう…………何をしているんだ国防軍は…………」

 

一夏がすでに戦闘を行っていると聞いた雪華は、思わず祈るように手を合わせ、箒は一夏に重要な役割を押し付けている国防軍に対して憤りを感じていた。しかし、彼女は知らないが、それは仕方のないことである。扱いに難があるゼルフィカールをさらに鋭角化したような尖りきった性能を持った暴馬と言っても過言ではないブルーイーグル。その機体を自らの手足のように扱い、かつ軍務に忠実な人材はそうなかなか見つからなかった。一夏という逸材を得る事が出来たのは、軍部にとって奇跡に等しい事だっただろう。そして、着実に成果を出している一夏に軍部は希望を見出し、そして彼女を反攻の旗頭としてしまったのだ。結果として、館山基地ならびに横須賀基地の士気は他の基地に比べて飛躍的に上昇し、月面軍の侵攻ラインを少しづつだが押し戻しつつあるとの事だ。だが、この結果とは反対に、何処へでも出撃しなければならない責務が一夏に生じてしまった。国防軍の旗印となりつつある故、仕方のない事なのかもしれない。だが、それはまだ十五歳の少女に与えるには、あまりにも大きすぎる期待と責任であった。箒は、あまり詳しくは理解していないものの、一夏がいる今の立ち位置を大きくは推測していた。同時に漏れ出た溜息は一夏の疲れを肩代わりしたものなのか、それとも一夏の事に気付けず、何も出来ずにいる事への悔しさなのか、それは本人にしかわからない。

 

「しかしだ、有効となる戦力があるのであればそれを使うのが軍というもの…………私達は所属している時点で既にその巨大な装置の歯車。一夏もお前達も、そして私も…………使われる運命なのだ」

 

そんな彼女たちの言葉に、ラウラはこう返すしかなかった。彼女の言葉は間違ってはいない。それが組織という大きな存在の中での個人としての立場であり、在り方でもある。だが、それは個人的な感情を一切含めない場合でのもの。個人的な感情が織り混ざった今、その言葉には個人的な感情を殺すための道具としての側面が際立っている。言葉を放ったラウラ自身ですら、一夏が駆り出されている状況に苛立ちにも似た感情を沸き立たせていたのだから。言葉とは裏腹に納得した表情を見せない彼女を見た面々は口を閉ざしてしまった。

一体何分が経過したのだろうか。実際の時間では十数秒程度ではあるのだろうが、刻一刻と迫る暴走機体との接触の事もあってか、重々しい空気がより一層時間を長く感じさせていたのだった。

 

「…………話を続けるぞ」

 

その空気を一番最初に破ったのは千冬だった。無理もない。今回の作戦指揮担当は彼女に任せられているのだ。このまま誰もが口を閉ざした状態では何も始まらない。そんなことはこの場の人間誰しもが思ってはいるが、集団心理が作用している中、誰かがきっかけとならなければならない。千冬は軽く咳払いをしてから話を続けた。

 

「現在国防軍が交戦中との事だが、我々も出撃せよとの命令が下された…………なんとも言い難いものだが、これは——」

「——国際IS委員会からの横槍、ってところだろうね」

 

千冬の言葉を遮って話を繋げた声の主に皆の注目が集まった。その場にいたのは、本来この場にいるはずのない人間——

 

「——束、何故貴様がここにいる? そもそもお前は今、あっちの方(・・・・・)で取り掛からなければならないはずだろう?」

「ああ、そっちの件(・・・・・)ね。それならもうすぐでカタがつくそうだし、向こうの現場指揮官に任せてるよ。それよりも…………今はこっち」

 

突如として現れた束に困惑するも、彼女がスクリーンを指差すと、皆の視線も自然とそこへと動いていた。そこには進行を続ける福音と、それと何度も切り結ぼうとしている蒼の機体が映し出されている。

 

「一夏姉っ…………!」

 

苦戦しているようにも見えるその姿に、秋十は思わず声をあげていた。無理もないだろう。血の繋がった家族が戦場に立たされてしまっているのだ。不安にならないはずがない。

 

「彼女が負けるなんて事はまずないだろうけど、万が一の時に備えて布陣を構築しなくちゃね。で、ちーちゃん、どうするの?」

「…………委員会の連中は軍を退かせて、こちらのみで対処せよ、などと言ってきている。ふざけた事を…………余程、FAの存在を認めたくないようだな」

「まぁ、私が言えるかどうかわからないけど、私利私欲の塊が集まったようなところだからね…………私が思うに、あいつらの命令なんて馬鹿正直に聞かなくていいよ」

「「「なっ…………!?」」」

 

束の言葉はその場にいた全員を驚かせた。学園の実質的な運営を担っている国際IS委員会の命令を無視するという事がどれほどのものなのか。それを理解した上で束がその言葉を口にしたのだと考えると、それは一体どういう意味なのかと誰もが疑問に思わざるを得なかった。

 

「だって、よくよく考えてみてよ? FA乗り達は兎も角、あっくんもそこの眼鏡っ娘もあの動きについていける?」

「…………そ、それは…………」

「…………流石に無理…………」

「でしょ? それに独自に行動を取ろうものなら、今彼らが行なっている作戦の邪魔をする可能性の方が高い。責任逃れ…………なんて思ってもらっても構わないけどさ、もし作戦が失敗したら誰が責任とれるの? 最悪の場合、日本が火の海にまた飲まれるかもしれない。その責任は誰が取れるっていうのさ? ——つまりはそういう事。委員会の連中は色々過信しすぎている。それに連中の事だし、切り捨てる事だって躊躇わないだろうよ」

 

そういうヒトモドキの巣窟だから、と束は言葉を紡いだ。責任——言葉にするのは簡単なものだが、それを実行する事が出来るのかと言われるとできない人の方が多いのではないだろうか。ましてやその命令が下されていたのは若干15歳の少年少女達だ。言葉の意味は知っていても、それを出来るのかと言われてしまえば、無理であると答えざる得ない。千冬は立場上気づいてはいたが、だからこそ苛立ちを隠せずにいたとも言える。この場に立ってから彼女自身がまだベテランとして胸を張って言えるほど時を経てはいないが、戦場にかつて身を投じた事、あの恐怖をその身に刻み込んでいるから故、彼らを戦場に送り出したくなどないのだ。例え千冬が教師としての立場にいなくても、肉親を、家族に『戦場で死んでこい』などと命令を出せるわけがない。委員会の命令に心底ヘドが出るような思いをしている千冬の苛立ちは最高潮に達しようとしていた。

 

「…………さて、とりあえずは防衛用のユニット配置を考えなきゃね。ちーちゃんとしては、どう考える?」

「…………士官学校も出ず、単騎戦力としか扱われてない私に聞かれてもそう答えは出んぞ」

 

話を切り替え、束は千冬に陣地の案を問うが、当の千冬は苛ついていた事もあってか、思わず言葉に怒気を含んだ返しをしてしまった。その言葉に束は「おおう怖い怖い」と少し飄々とした態度で受け流す。千冬はそんな態度でいてくれる親友に感謝しつつも、今は気持ちを切り替えなければならないと感じ、先ほどの自分を戒める。

 

「…………とはいえ、あのような物騒な天使を近づけさせるわけにはいかん。よって、この小島を最終防衛ラインとする」

 

気持ちを切り替えた千冬はディスプレイに投影されていた地図の一部を拡大表示し、とある小島を示す。一夏の交戦空域からは離れてはいるものの、いつこちらに向かってくるのかわからない上に広域殲滅型などという無差別兵器にも等しい以上、本土から離れた位置に防衛ラインを設定するほかない。

 

「教員部隊は速やかに撃鉄仕様打鉄並びにクアッド・ファランクス仕様リヴァイヴは拠点防衛、その他の機体はそいつらの護衛だ。織斑、更識両名も護衛に回れ。——ボーデヴィッヒ、派遣部隊の編成を任せる。期待してるぞ」

 

一度千冬はラウラにその場を譲った。かつての教官から指名されたラウラは内心喜びつつも、今はそんな状況ではない事を一番理解しているが故に表情を一層引き締める。

 

「派遣部隊の編成も教員部隊同様だ。飛行能力を有さない私とエイミーは地上からの砲撃。箒、鈴、レーア、シャルロットは我々砲撃部隊の援護並びに遊撃。セシリアは適宜狙撃と遊撃を頼む」

「あの、私はどうすれば…………」

「雪華には補給の用意を頼みたい。一番大変な仕事を一人に任せてしまうが…………やれるか?」

「…………いつも何機を整備していると思っているんですか。やってやりますよ、少佐殿?」

 

派遣部隊の編成に関して、誰も異論を唱えることはなかった。

 

「まぁ、妥当な配置よね。すばしっこい動きができる私のバオダオにはちょうどいいわ」

「全く…………ラウラさんは少々面倒な役振りをしますわね。ですが、私とラピエールにお任せください」

「ま、まだこの空気に慣れてないけど…………でも僕とフセットならやれるよ」

「制空戦闘なら任せてくれ。さらに強化されたスティレットの力を見せてやるさ」

「砲撃能力は下がってますが…………任されたからにはやってみせますよ」

「マガツキは防衛向きの機体だからな…………任せてもらおう。万が一の際は弾の一発たりと通さん」

 

各々の意思は既に固まっていた。ラウラはそれをしっかりと感じ取ると、千冬へと目配せをした。後の事は任せるという意味を込めた視線を受けた千冬は再び皆の前に立つ。

 

「よし…………では、作戦開始は二十分後とする。各員、準備を怠るなよ!」

「「「了解!」」」

 

千冬の言葉に、その場にいた皆が敬礼をして返答する。慣れた者は一糸乱れず、不慣れな者は若干揃ってはいないが、誰しもがその命令に従う事に迷いを持ってはいなかった。

 

「——お、織斑先生!」

 

だが、そんな時だった。交戦の状況をモニタリングしていた真耶が唐突に千冬に声をかけた。千冬は思わず彼女の方へと目を向け、彼女が受け持っていたディスプレイを見つめた。彼女達が会議をしていた間、交戦状況は既に大きな変化を迎えようとしていたのだった。

 

◇◇◇

 

「せやあぁぁぁぁぁっ!!」

 

鈍い音が響き渡る。振るった日本刀型近接戦闘ブレードは福音が取り出した大剣のようなもので弾かれてしまった。確かにフレームアームズ用の武装はISのそれより遥かに威力は高い。だが、あの分厚い刀身の大剣と細身の近接戦闘ブレードではこちらの方が分が悪い。

 

『下がれグランドスラム04!』

 

その合図で私は福音に弾かれるようにして距離をとった。直後福音へと迫る幾多もの銃弾達。ジィダオの持つリニアライフルの銃弾とスティレットが放つガトリングガン、そして瀬河中尉のスーパースティレットⅡが装備している機関砲が独特な音楽を奏でていた。福音はその嵐から身を守るように翼をしならせ、大剣を盾のようにしていた。だが、この隙を逃すわけにはいかなかった。

 

「こいつでっ…………!!」

 

私は左手に構えていたベリルショット・ライフルを放った。あの時アナザーが私に向けて撃った時よりも蒼さが増した光波が射出される。直後、福音の片翼が爆ぜた。根元の方からうまく飛ばせたかはわからないが、それでもあの厄介な翼を潰せた事は大きいはずだ。

 

『ちっ…………一夏! こっちはもう弾が持たねえ! 悪いがもう支援射撃は厳しいぞ! だが、奴のシールドは大分削れたはずだ! トドメは任せるぜ!』

 

いくらシールドエネルギーを削っているとはいえ、どれほど削れているのかはわからない。だが、とにかく福音の動きを封じることが最優先だ。そう思った私はベリルショット・ライフルを格納、近接戦闘ブレードを左手に持ち替え、ベリルソードを装備した。そのまま全フォトンブースターを一気に点火、その距離を勢いよく詰めた。

 

『——!?』

「次で…………おしまいにする…………っ!!」

 

片方の翼を潰されたことで安定性を失った福音は、ふらつきながらも私を迎え撃とうと大剣を構え直し、片翼に残された砲門を開こうとしていた。さっきまでの状態ならエネルギー弾を放たれる恐れがあるため回避していただろう。だが、私には直感的にそれをしなくても問題ないと思った。故に回避などしない。そのまま前に突き進んだ。

残された十八もの砲門が開かれ、その全てが私へと向いていた。しかし、いつまで経ってもエネルギー弾が放たれる事はなかった。それが意味する事——それは、弾切れもしくはシールドエネルギーの枯渇のどちらかだ。いずれにせよ、もうあの厄介な攻撃にさらされる事はない。

福音に迫った私はベリルソードを振るった。向こうもそれを読んでか、大剣を振るい、私の一撃を防ごうとする。だが…………その手は悪手だ。ベリルソードの刀身表面には他のベリルウェポンに漏れず、TCシールドが展開されている。これにより通常装甲に対して脅威的な切断力を発揮するのだ。

 

『——!?!?』

 

それはISの武装に対しても同じだ。切り結んだ大剣はその意味を成さず、無惨にも切り裂かれる。想定外の事に判断ができなくなったのか、福音は動きをさらに鈍らせる。ベリルソードを振り抜いた反動で前につんのめったような体勢になっていた私は、そのままの勢いを利用してその場で宙返りをするかのような機動をとる。その動きのまま、近接戦闘ブレードを振り抜くる。硬い金属を切り裂く手応えと、耳障りな音が確実に攻撃が当たっていることを私に感じさせる。そして、それらがなくなった瞬間、残されていた翼は切り落とされた。ロクな武装も攻撃手段も残されていないにもかかわらず、それでもなお福音は抵抗を続けようとする。

 

「少し…………大人しくしてて!!」

 

私はベリルバスターシールドをディアクティブで装備、福音をその大型シザークローで挟んだ。それでも福音は暴れる事をやめない。いくらこちらの方が出力で上だとしても、流石に片腕だけで耐えるのは厳しいものがある。

 

「これで…………終わりだよっ!!」

 

ベリルバスターシールド以外の武装を格納した私はそのがら空きとなった背中にある翼の付け根へと右手を伸ばす。少し膨らんだところにある小さなレバー。それを一気に引いた。その瞬間、そこを中心に福音の至る所へと黒い光が奔った。そして機体は粒子へと変換されていく。

 

(『強制剥離(パージ)システム』…………暴走下にあっても必ず機能するように設計されている安全装置、か…………)

 

標準規格として取り付けられているその装備のお陰で、今こうして操縦者を確保する事が出来た。もしこれが付いていなかった場合…………最悪、操縦者諸共撃墜しなければなかった。いや、そうしなければ日本に住む人々の安全が脅かされる訳だし、何より軍人である以上はそうなる事も肝に命じておかなきゃいけない。そして、もし最悪の事態になった時、私が自らの手で下さなきゃいけなかったかもしれないんだ。そう考えると思わず手が震えてしまう。その一方で、そんな事態になる事が無くて安堵している自分もいる。

 

(…………殺す事にならなくて、よかった…………)

 

全ての武装を格納し、私は操縦者を抱え上げた。いくらディアクティブ状態のベリルバスターシールドとはいえ、そんな物騒なもので人を掴まえいる事には抵抗があるからね。まぁ、ブルーイーグルだと色々干渉しているから安定感ないし、一先ず瀬河中尉に引き渡すとしますか。っと、その前に

 

「グランドスラム04より各機へ。『ゴスペル01』の無力化を確認、並びに操縦者を確保。よって現時刻を以って状況を終了、これより一時合流します」






今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.46



どうも、皆さん。お久しぶりです。
半年振りにこちらの作品に戻ってきました、紅椿の芽です。


長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
この期間の間、作者はというと

・榛名バンジーを飛ぶ
・轟雷・改予約
・ありとあらゆる榛名フィギュアを入手
・ブルーイーグルの為エアブラシ購入
・お金消し飛ぶ

と、色々ありました。本当、ここまで長い間お待たせしてしまい申し訳ありません。


そんな中でも待っていてくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当、ありがとうございます。いつになるかはわかりませんが、本作は必ず完結させたいと思います。超不定期更新となるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。



今回久し振りにこちらの作風で書いたので若干ズレが生じでいるかもしれませんが、生暖かい目で見ていただけると幸いです。



さて、前書きが長くなってしまいましたが、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





アメリカ・イスラエル共同開発第三世代型IS『シルバリオ・ゴスペル』の暴走事件から丸二日が経った。原因は未だ解明されないままではあるが、一人の重傷者を出すことなく私達は任務を遂行することができた。それが何よりも嬉しい。まぁ、あの事件を公にすることなんてことはできるはずもなく、IS絶対神話が根強い昨今の世の中じゃそれは当然なわけでして…………私達の待遇は全く変わっていない。それはそれで安心したところはある。私達が所属しているのは本来人を殺める為の軍隊ではなく、国民の生命と財産を守る為、アントと戦い続けている国防軍だ。例えそれが国外の人であったとしても、最悪の事態としてその命を奪い取る結果にならずに済んで良かった。

その一方で、私が館山基地でブルーイーグルの整備と補給、多少の改良をしている間にIS学園の臨海学校は終わり、丁度学園に戻った時に臨海学校に行っていたみんなも帰ってきた。…………なんか私だけ臨海学校をまともに出る事が出来なかったんだけど、これ単位的に大丈夫だよね…………? そこがものすごく不安になるんだけど…………いやだって、よくよく考えてみてよ。四月の時点で一週間近く授業欠席して、今回も結局初日しか参加してないし…………下手したら私だけ留年なんて恐れがある。できればそれは補習という形で落ち着いてくれると嬉しいんだけど、どうなるんだろうね…………。

そんな風に少し色々と気にしているわけだけど、訓練だけは欠かすわけにはいかない。何より今日は休日でアリーナが一つ丸々と空いているとのことだ。使わないわけにはいかないよね。

 

「…………くっ…………! まだ、足りない…………っ!!」

 

広々としたアリーナにいくつもの障害物をホログラムとして投影し、その隙間から出現するターゲットドローンを訓練用のマーカーガンで撃ち抜いていく。イーグルユニットと全身のフォトンブースターをうまく利用してギリギリで障害物を避け、攻撃をしているわけだけど、まだ彼奴とやりあうには足りないように感じた。

 

「もっと…………もっと強い奴を——!!」

 

アリーナの壁を蹴り、強引に進行方向を変え、展開した日本刀型近接戦闘ブレードで最後のターゲットドローンを破壊する。これで訓練プログラムは完了したのか、クリアタイムが表示されるが、別にそんな事はどうでもよかった。この間の福音事件といい、アナザーの襲撃事件といい、私一人の力ではどうしようもない事が多々あったからなのか…………自分が未だに非力な事が嫌になってしまっている。だからといって悔やんでいても、いたずらに時間を無駄にするだけ。とはいえ体を動かして鍛えようにも、手応えが足りないように感じた。本当、私はどうしたらいいの…………?

 

(悩んでいたって仕方ない…………もう一段階レベルを上げてやろ、っと)

 

とりあえず、もう一度さっきと同じ訓練を行おうと私はセッティング用のディスプレイを呼び出し、訓練の難易度をさっきよりも一段階上のものに設定した。どこまで攻撃が苛烈になるかわからないけど、少なくともゴスペルやアナザーほどではないような気はする。だけど、やらないよりはマシ。そう思って訓練を開始しようとした。

 

『…………そこまでにしておけ、一夏』

 

その時だった。肩を掴まれ私は飛び出すのを止められてしまった。

 

「箒…………訓練の最中なんだから止めないでよ」

『いいや、流石にこれ以上はダメだ。無理をしてでも止めさせるぞ』

『そうですわよ一夏さん。いくらなんでも休憩もなしに六時間も続けて訓練をするなんて無茶ですわ』

「セシリアまで…………」

 

いつのまにか来ていた箒とセシリアに私は訓練を止めるように忠告されてしまった。気がつけばすでに昼を過ぎ去っており、夕方に突入してもおかしくない時間帯になっていた。しかし、アリーナの閉館時間まではあと少しある。だから、そのギリギリの時間まで私は訓練をやりたいんだよ…………そうでもしないとあの暴力の権化には勝てそうにない。

 

「あと少しでアリーナの閉館時間なんだし、これをやったら切り上げるから、これだけはやらせてよ…………」

『その状態でよくそんな事が言えるな…………バイタルデータは此方からも閲覧できるんだぞ?』

『いい加減休憩を取ってくださいまし。このままではまた倒れてしまいますわよ?』

 

これで終わりにすると言っても、二人はそれよりも早く切り上げて休むように言ってくる。別に何も休まないとは言ってないのに…………確かに息は上がってるし、集中力も少し乱れてきてはいる。けど、まだやれない事はない。

 

「わかってるよ、セシリア…………でも、この一回だけはやらせて。そうしたら本当に今日の分は終わりにするからさ」

『いくら一夏さんの頼みといえどそれは聞けませんわ…………いいから早く休んでくださいな。もう貴女の体は限界ですわよ』

 

…………話が平行線で結局どっちも譲らない状況がさっきから続いている。いつもの私なら多分こんな事じゃ怒らないんだと思うけど…………今回ばかりはそんな事はなかった。

 

「そんな事言われなくてもわかってるよ!! それでも私はやらなきゃいけないの!! ただでさえみんなの足を引っ張っているような事ばっかりしてるってのに…………こんなすごい高性能機を預けられても活かせなくて、敵にはまだ遅れをとってるし…………これじゃいつまでたっても彼奴になんか勝てない!! だから、私は少しでも力をつけなきゃいけないの!! そうじゃなきゃ私は…………私は——ッ!!」

 

こんな大声を出したのは久しぶりだと思う。それでも、今の私に力がないのは私が一番わかってる。今までのことを振り返ってもそうだ。アーテル・アナザーと初めて交戦してから、私は何度もみんなの足を引っ張るかのように離脱したり、決め手に欠けたり…………結局は誰よりも戦果を出せずにいる。そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて…………だから少しでも力が欲しくて…………その為に訓練に打ち込んでいたかった。だけど周りは私を休ませようとする…………大して何もできてない私に休む価値なんてものがあるの? 今の私のとって、その休む時間も全て訓練に費やしたい、そう考えているほどだ。それもこれも、全てはみんなの足を引っ張らないようにする為…………次こそは彼奴に勝つ為…………。

しかし、ここで大声を出したのがきたのか、思わず膝をついてしまった。持っていた近接戦闘ブレードを地面に突き刺し、辛うじて体を支えるが地についてる足が少し震え始めていた。

 

『…………全く、本当お前ってやつは、自分の事をいつも卑下する癖、昔から治ってないみたいだな』

 

そんな私の様子を見てから箒はそんな事を言ってきた。別に私は自分の事を卑下してるつもりなんか…………だって全部本当のことだし。

 

『あのな…………お前がいなかったら今頃ここの部隊どころか学園は消し炭になっているかもしれないんだぞ? それにだ、お前の力があったからこそ守れた命だってあるはずだろ。——少しは自分に自信を持て。そして体を労われ。前に雪華にも言われたんだろう? 『パイロットは休むのも仕事』ってな』

『そうですわよ。それに、一夏さんは全然足を引っ張ってなどいませんわ。むしろそれは私達の方…………一夏さんの力がなければ私達だってどうなっていたかわかりません。だから一夏さん…………どうか自身に鞭打つのを強いる真似はやめてくださいまし』

 

二人の声音はまるで懇願するかのような、そんな感じのするものだ。それになんだか励まされてるような気もする。互いにマガツキとラピエールを展開し、バイザー越しだからその表情を読み取ることなんてできやしないけど、その言葉はきっと本心から来ているものなんだろう。そう考えたら、自分は一体何に意固地になってしまっていたんだろうと考え始めてしまう。訓練を一日にあんなにしたって、彼奴の力にはまだまだ足りないっていうのに…………単純に考えた結果、というか一種の強迫観念のようなものもあったのかもしれない。次は負ける事を許されてないっていう、そんな感じの。アリーナもそろそろ閉館時間となりそうだし、二人から言われた通りここで切り上げることにするよ。そう思った私はブルーイーグルを解除した。同時に全身を支えていたパワーアシストが切れ、思わず私は地面に崩れ落ちてしまった。どうやら疲労がかなり溜まっていたみたい…………二人に言われた通り、そこでやめてよかったのかもしれない。このままだときっと事故を起こしていたと思う。

 

『一夏、大丈夫か!?』

『一夏さん!!』

「あはは…………私は大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだし…………」

『何がちょっとだ、馬鹿。セシリア、此奴を運ぶのを手伝ってくれ。このまま歩かせたらきっと転ぶ』

『了解ですの。では、私はこちら側から支えますね』

 

二人に抱え上げられ、ピットまで連れて行かれる私。側から見たらきっと変な光景に見えるだろう。例えば捕まえられた宇宙人的な写真みたいな感じ。多分、今の私はそれが一番近いんじゃないだろうか。そんなどうでもいいような事を考えられるくらい、頭の方には余裕があった。…………でも、私は本当にそれでいいんだろうか。自分の事なのに自分が一番納得できずにいる…………物心ついた頃にはあったんじゃないかと思うその考えは、今は浮かび上がっても仕方ないと強引に結論づけた。それならば明日また頑張ればいいだけだ。そう思いながら着替え終えた私達はアリーナを後にしたのだった。

 

 

(はふぅ…………)

 

晩御飯を食べ終えた後、私は寮の大浴場に一人、ゆったりと湯船に浸かっていた。今日は男子——というか秋十の為に設けられた開放日。それを利用して秋十と話し合った結果、私も利用後は使っていいって事になってる。これだけ広いというのに一人きりでいるっていうのはなんとなく贅沢な気もするが、これはこれで寂しいものだよ。静かに入っていられるという点からしたら確かに最高なのかもしれない。でも…………時折大浴場の前を通るたびに聞こえてくる楽しげな声…………あんな風に和気藹々とした雰囲気の中で楽しくお風呂に入ってみたい、そんな願望をその度に抱いてしまう。だけど、それは決して叶うことがないささやかな願いなんだと思う。

 

(あんな風にみんなと一緒に楽しくふれあうことができたらいいんだけどね…………この足じゃなかったら)

 

目を落とした先にあるのは幾多もの裂傷を刻み込まれた私の両足。前に聞いた話だとこの傷口の下にT結晶の欠片がめり込んでいるんだよね…………詳しいことは知らないとしても、この傷を見たらほとんどの人は拒絶反応を示すだろう。両足だけじゃなく、全身のあちこちに大小さまざまな傷がある。こんな傷だらけの人なんて…………生理的に受け付けられるはずなんてないんだよ。人並みの幸せなんて…………私には少し手が届かない存在なのかもしれない。そう考えたらなんだか目頭が熱くなってきた。長い間入っていたからのぼせてきちゃったのかな…………。

 

(わかってるよ…………私は軍人だし、今は任務としてここに来ているにしか過ぎないんだし…………そんな事にうつつを抜かしているわけにはいかないよ…………)

 

元よりこの派遣任務だって、秋十の護衛の為、迫ってくるアント群に対する抑止力の為なわけだし、なにも学園生活を謳歌する為なんかじゃない事は分かっていたはずだった。だけど…………頭の中ではそれを理解しているはずなのに、なんで今の私はこんな風に心がぐちゃぐちゃになってしまっているんだろ…………わからないよ…………。ぐちゃぐちゃになった気持ちが混ざり合って、自分でもよくわからない。アナザーに勝ちたいし、みんなの足を引っ張らないように力をつけたいのは本当のことだし、だからといってこのなんでもない平和な時間を過ごしたくないというわけではない。でも、どちらをも両立なんて…………今の私にはそんな事ができるほどの器用さはない。

 

「私って…………本当、どうしたらいいんだろうね…………」

 

湯船の水面に映った自分の姿に問いかける。答えなんてものは返ってくるはずはない。静かな時間だけが過ぎていく。水滴が湯船に音を立てて落ちた。その音がやけに大きく聞こえたような気がする。気がついたら私の頬は濡れていた。また落ちる水滴。その音はさっきよりもなんだかはっきりと聞こえた。

 

「何を泣いているんだろ…………私…………」

 

そんな暇なんて私にはない。これじゃいつまで経ってもみんなの足を引っ張るだけだし、館山基地や横須賀基地のみんなにまた迷惑をかけてしまうだけだ。そう思っても流れる涙は止まってくれなかった。わけもなく泣きたくなるって、こういうことを言うのかな…………。

 

「——だあぁぁぁぁぁっ!! 何やってんのよ、一夏ぁぁぁぁぁっ!!」

 

膝を抱えて水面を見つめていた時、唐突に、そして乱暴に大浴場の扉が開かれた。同時に聞こえてくる怒声にもにた声。私は思わずその声がした方へ目を向けていた。そこにいたのは、体にタオルを巻きつけ、いつでも入浴を始められる体勢を整えている鈴の姿だった。って、なんで今ここにいるわけ!? 一応ここ貸切って扱いになってなかったっけ!?

 

「り、鈴? ど、どうしたの——」

「どうしたもこうしたもあるか! なーに一人で大浴場を貸し切ってんのに、そんなちんまりとした使い方なのよ! せめて湯船で泳ぐくらいのことはしなさいよ!!」

「しょ、小学生じゃないんだからそんなことするわけないでしょ!?」

「じゃあ私が泳ぐ! 飛び込むから待ってなさいよ!!」

「本当に危ないからそれだけはやめて!!」

 

そんな私の制止も聞かずに湯船へと盛大に飛び込んで来た鈴。その余波をもろに受け、私の顔はびしょ濡れになってしまった。

 

「ふぅ〜、一度やって見たかったのよねぇ。いつもなら混んでいてそれどころの話じゃないし」

「…………混んでなくてもやらないでもらえるかな? 見てるこっちは肝を冷やしたんだけど」

「あら、そう? ごめんごめん」

 

そんな感じに笑い飛ばす鈴。そんな彼女の快活そうな笑顔を前にしたら、さっきまでうじうじと暗い考えばっかりしていた自分が嘘みたいに何処かへと消えていったような気がする。本当、彼女のこの元気さにはいつも助けられているよ。それに…………なんだか少しだけ賑やかになって、少しだけ昔に戻ったみたいな感じになって、ちょっと楽しくなってきたしね。

 

「それにしても、私がここにいるってよくわかったよね?」

「流石に千冬さんに聞いたわよ。いくら勘がいいって言われても場所まではわからないっての」

 

それに、と鈴は言葉を続けてきた。

 

「さっきの食堂でのアンタを見ていたら、そりゃほっとけなくなるわよ。いくら食欲がないからってエナジーバー一本すら食べきれない状態って…………見てるこっちが心配になってくるわ」

 

実際、訓練を切り上げてからもまともに食べる気が起きなくて、とりあえずエナジーバーを口にすることしにたけど、半分だけ食べてまだ残ってるしね。というか、気がつかないうちにまたみんなに迷惑をかけてしまっていたのかも…………そう考えたら申し訳ない気持ちと、そんな自分が情けなくて仕方なかった。

 

「…………まぁ、何があったかは聞かないし、聞いたところで私が力になれるかなんてわからないわ。けどね、この時間くらいは楽しんでなさいよ。流石にそれは損でしょ」

「損、かぁ…………私ってそんなに損してるように見える?」

「さぁ? アンタ自身が満足してるんだったら損してないだろうし、してないんだったら損してるって感じじゃない?」

 

いつのまにか私の隣に来ていた鈴はそう答えた。鈴の答えはどこか他人任せな回答で、曖昧な部分が多いもののように思えてくる。でも、鈴らしい答えだと私は思う。その答えに自分の事を重ねたら…………

 

「…………損、してるかもね」

「ほほう? どうしてどうして?」

「まぁ、何気ない事だと思うんだけどさ…………ほら、例えばお風呂に入る時とかさ、鈴達は大浴場でみんなと入ってるわけだけど、私はその…………これのせいでみんなと入るのが引け目に感じてるわけで…………」

 

そう言って私はまた自分の両足に目を落とす。それにつられて鈴も視線を下げた。

 

「…………でも、みんなが使っている大浴場の前を通るたびに羨ましいなぁ、って思っちゃうんだよ。なんだか楽しそうだから…………だからさ、みんなと一緒にお風呂に入って見たいなぁって。…………笑っちゃうよね、こんな傷だらけの身でそんな事を言うなんて」

 

半ば自嘲するかのように私は話していた。だってそれはそうでしょ? こんな体のいたるところが傷だらけの人なんて、ただ気味が悪いだけだろうし。いつも周りの目を気にしているせいなんだろうか、余計にそんな事を考えてしまった。

 

「——ふーん、じゃあ今の一夏は大勢でお風呂に入りたいってわけね?」

「う、うん…………多分、そうなるのかな?」

「——だそうよー、アンタ達。早い所来なさーい!」

「え…………?」

 

鈴の呼びかけとともに再び開く大浴場の扉。湯気でよく見えないが、そこにいたのは

 

「全く…………そのくらいならいつでも聞いてやるぞ、一夏」

「本当、箒さんの言う通りですわ。水臭いですわよ?」

「まぁ、僕も色々あったから一夏の気持ちはわからないでもないけどね」

「一夏、日本には『裸の付き合い』という言葉があるそうじゃないか。是非経験させてくれ」

「もう、一夏はいっつもそうなんだから。溜め込まずに話して欲しかったよ」

「あ、一夏さん! 今日は私が背中をお流ししますね! 私に任せてください!」

「静かなのもいいが、たまにはこのくらい賑やかなのも悪くはないだろう?」

 

箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、雪華、エイミー、レーア…………派遣部隊の面々がそこには集まっていた。な、なんてみんながここに集まってるの…………?

 

「ど、どうしてみんなが…………」

「私が呼び集めたわ。本当は全員で突撃でもしてやろうかと思ったけど、先にアンタの様子を見てからって事になってね」

 

結果的に似たようなことになったけど、と鈴は胸を張るようにして言っていた。未だ状況を把握できていない私をよそに、みんなはぞろぞろと湯船の中へと入ってくる。さっきまで私と鈴だけしか入ってなくて広々としていた湯船は、今や少しだけ混雑しているような感じがして来た。

 

「しかし、風呂はいいものだな。命の洗濯とはよく言ったものだ」

「僕達からしたら、こうやって大勢で入るってのはなかなかない文化だけどね」

「確かに。私の場合は専用のシャワールームに一人で入ってましたからなおさらですわね」

「「「流石、貴族はレベルがおかしい」」」

 

みんなが思い思いに自由に過ごしている。でも、その輪の中に私も自然と組み込まれているような、そんな気がしていた。心なしかさっきまでよりも温度が上がっているような気がする。心の底からポカポカするってこんな感じなのかな、とふと思った。

 

「ところで一夏よ、日本の風呂に入る時はこれらが必須とクラスの連中に聞いたのだが、それは本当か?」

 

そんな風に考えている時、ふとラウラに話しかけられた。そっちの方に目をやると、頭にはシャンプーハット、いかにも銭湯とかにあるであろうケロリン桶、そしてアヒルの玩具。…………なんだろう、色々と間違っているような間違ってないような…………。というか、一体どんな情報を得たらそんな風になるのか、思わず考え込んでしまった。ラウラ自身、日本文化について変な方向に舵をきった知識を持っているから、それも影響しているんだろうけど…………この一昔前のアニメとかで出てそうな雰囲気にはどうツッコミを入れたらいいのかわからなくなっていた。ただ、私の経験上わかったことといえば

 

「…………ラウラ、それきっとみんなからネタとして弄ばれているよ」

「なんだと!?」

「…………この子、純粋無垢過ぎるでしょ」

 

とはいえ、この中で一番身長が低いといっても過言ではないラウラには非常に似合ってしまっているというのも否定できない事実である。まるでカルチャーショックを受けたかのようなラウラの反応に、近くに来ていた雪華も思わず言葉を零していた。

 

「そういえばお風呂に入ってる一夏の姿を見るのって初めてかもしれないね。シャワー上がりとかは毎日見てたけど」

「あー、多分私もそうかも。元々館山と横須賀所属だし」

「ってオイ。この配置は何? 私に対する当てつけか!?」

 

偶然にも鈴を挟むかのように並んだ私と雪華。私は多分そこまでではないけど、雪華は体つきの割に成長がいいからね…………本人曰く着痩せするっていうからあんまり気がつかないけど。

 

「い、いや、そんなつもりは…………ねぇ、雪華?」

「そうそう、偶然偶然」

「どう見たって当てつけでしょうが! というわけで、一夏! 大人しく揉ませなさい!」

「なんでそうなるわけ!? というか、それは本当に勘弁して!!」

「落ち着け、セクハラ大明神」

「にょわっ!?」

 

またもや鈴にやられそうになった私だったけど、危機一髪、レーアが近くにあった洗面器で軽く鈴の頭を叩いてくれたおかげで今回は未遂に終わった。変な悲鳴をあげて湯船に沈む鈴。一方の私はその後何をされるのか予想がついていたため、自分の前で腕を組んで防御の構えを取っていた。…………わけなんだけど

 

「「「ブッハァァァァァッ!!」」」

 

セシリア、エイミー、雪華の三人による鼻血の大噴出が起きてしまっていた。って! 何あの量!? どう考えても失血死待った無しな出血量なんだけど!?

 

「あー…………流石に今の一夏は色々と艶かしいからな…………こいつらにとっては劇薬も同然か」

「うん…………女の僕でも今のは流石にやばかったよ」

「一夏はやはりとんでもない力を秘めているようだな」

 

いや、人をそんな危険物みたいに言わないでよ、箒。あとシャルロット、それ目隠ししてるようで指の間からチラチラとこちらを見ているよね? それにレーア、私にはそんな人に大量出血させるような変な力はないからね!? なお、ラウラは目の前でアヒルを浮かべさせたまま一人寛いでいる。マイペースである意味すごいと思った。

 

「なんの…………これしきの事で…………!」

「我々の血で…………一夏さんの柔肌が汚れるのは…………!!」

「なんとしてでも…………避けなければ…………!!」

「あれだけ出して意識を保ってるお前ら、ある意味私の元いた部隊の連中より逞しいぞ」

 

いつの間にかなんとか立ち直ろうとしている三人。というか、あれだけ噴き出していたのに、湯船には一滴も落ちてないってどんな能力なのさ…………あと、三人ともそれはそれで体調とかは大丈夫なのだろうか? さっきのあれを見た後ではいささか不安になってくる。

 

「…………で、この賑やかな風呂ってのはどうかしら、中尉殿?」

 

さっきまで湯船に沈んでいた鈴は頭のてっぺんまでずぶ濡れになった状態で、トレードマークのツインテールもぴったりと体に張り付いていた。そんな格好なのにまたもや胸を張ってドヤ顔でそんな事を聞いてくるものだから…………その姿がなんとなくおかしくて、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「な、なによ。人を見ていきなり笑って…………」

「ごめんごめん。そんなつもりじゃないよ」

 

私は一度みんなの方へ視線を少し向けた。和気藹々とした雰囲気で、こんな風に楽しい気持ちでいられる…………そんなこの空間がとても心地良かった。何より…………私の悩んでいた気持ちも、ぐちゃぐちゃになってしまった心も、まるでアイロンをかけられたシーツのように皺を伸ばされて、さっぱりとしたような気がするんだ。

 

「うん…………こういうのは初めてだけど、この空気は好きかな。こんな風にみんなとお風呂に入れて良かったよ。ありがとね、鈴」

「ちょ、ちょっと…………よしなさいよ。そんな風に改まって言われたらむず痒いわ」

「でも、この空間をくれたのは鈴のおかげだから。本当にありがとう」

 

私はそう第二の幼馴染に今できる精一杯の笑顔でお礼を伝えた。もし鈴がこういう事を提案していなかったら…………多分沈んだ気持ちのまま私はずっと過ごしていたのかもしれない。だからこそ、彼女にはしっかりとお礼を言いたかった。

 

「…………ったく、その笑顔は本当卑怯よ…………」

「? 何か言った?」

「なんでもないわよ。独り言だし、気にしなくていいわ。——そういや聞いたわよ、この間の福音事件、アンタ一人で無力化したそうじゃない」

 

突然鈴はつい先日あった福音事件について話してきた。私としてはいまだに引っかかる事案の多い件だし、自分がまだ強くなってないって実感させられた事件だったし…………あんまり触れて欲しくないネタではある。でも、今の私ならそんな話題でも話せそうな気がしていた。

 

「別に私一人の力じゃないよ。周りには第二三航空戦闘団もいたわけだし…………瀬河中尉達の援護がなかったらもっと苦戦していたと思うよ」

「いや、こっちでも見てたけどアンタの動き、どう考えても私たちより何段も上よ? あれはアンタの力があったから出来たこと。ホント、一夏にはかなわないわよ」

「そ、そう、かな…………」

「そうなんだから自信持ちなさい! って事で、風呂から上がったら一夏の戦勝パーティをやるわよ! みんな、文句はないわよね?」

 

突然の鈴の提案。私からしたら鈴が変な方向に舵をきったようにしか見えない。いや、なんで私の戦勝パーティなんて事になるのさ。別にそんなことしなくてもいいのに。流石のこれにはみんなも困惑するだろう、私はそう思っていた。

 

「おっ、それはいい! 部隊長の私より激務に当たってる副官をしっかりと労わねばな!」

「ラウラの言う通りだ。どうせだ鈴、先日の件もあるし盛大にやってやろうではないか」

「私もそれには賛成ですわ! 紅茶でよろしければこちらでご用意いたしますわよ?」

「私とエイミーは大賛成でーす!」

「折角ですし食堂の一角を貸し切ってやっちゃいましょう!」

「一夏には色々お世話になったからね、あの時のお礼も兼ねてさせてよ」

「無論、私も賛成だ。そのくらいさせてもらってもバチはあたらんだろうさ」

 

しかし、そんな私の予想を裏切ってみんななんかやる気満々である。え、えぇ…………別にそんなこと気にしなくてもいいのに。

 

「というか、私よりも箒のことを祝ってよ。遅くなったけど、誕生日おめでとう」

「ああ、ありがとう一夏。そういえば福音事件で忘れてたが、丁度私の誕生日だったか…………時が経つのは早いものだな」

「いや、なんでそんな達観したような感じになってるの!? てか、自分の誕生日を忘れてたって本当!?」

「? 別に構わんだろ。一夏の戦勝と比べたら些細なものだ」

「どこが!?」

 

待って待って! 箒が完全に色々と悟りを開いてしまっている。前々から思ってたけど、これ完全に悟りとか達観の領域に入ってるよね!?

 

「なら、秋十に簪も呼んで盛大にパーティするわよ! この二大主役を盛大に祝ってやろうじゃないの!」

「「「おおーっ!!」」」

 

この場の主導権は完全に鈴が握っている。最早この後パーティを食堂で開くことは確定事項らしい。いやもう本当に…………なんでこんな事態になったのか私には理解が追いついていない。今でもその経緯を考えてるけど、やっぱりわからない。でも、今はそれでもいいのかもしれない。

 

「全くもう…………とりあえず、私は身体を洗ってくるから」

「あ、それなら私が一夏さんの背中をお流しします!!」

「おー、一夏の後ろに尻尾をブンブン降ってる子供のグリズリーが見えるぞー」

「なにそれ物騒すぎない?」

「というか、グリズリーって尻尾あるの?」

「そこはせめて機体つながりで子供の狼にしておけ」

「なんかもっと物騒になってますわよ!?」

「機体も物騒だから仕方ないのではなかろうか?」

「そこを否定できないから困ったものだよ」

「皆さんの私に対する扱いってなんなんですか!?」

 

——この、笑い声が絶えない和気藹々とした雰囲気に満ちた、なんでもない日の何気ないひと時。それが今の私にとってとても大切で、とても尊い場所のように感じていたから。この学園に来て、初めて学生みたいな事をしたような気がするよ…………だから尚更だね。賑やかな喧騒の中、私は思わず口元が緩んで、また笑みをこぼしていたのだった。

 

◇◇◇

 

「さて…………こんなものでいいだろう」

 

大浴場の入り口。学生寮の寮監である千冬はいつものジャージに着替え、大浴場の入り口に立てかけてある看板に張り紙をしていた。そこには『国連派遣部隊貸切中』と達筆な字で書かれた張り紙があった。元は清掃中の看板として出しており、中には一夏しか入っていなかったのだが、鈴音が千冬の元を訪れた事で状況は変わった。結果として、現在IS学園に配備されている国連派遣部隊全員が入浴するという事態になったわけだが、千冬にとっては好都合であった。一夏の事情を知っている彼女からしたら、一夏が一人で入浴するという事は、他人に不要な不安を抱かせず、一夏自身にもその負担を強いる事はない為、双方にとってメリットは大きいと考えていた。

しかし、今日の一夏はどこか気が沈んでいるように見えていた。実の姉として声をかけて励ませればよかったのだが、どうすればいいのかわからずいたずらに時間が過ぎていた。そんな時に来たのが鈴音だった。最初はどんな結果になるのかわからず不安だった千冬だが、今となってはそんな心配は無くなっている。

 

「本当…………一夏は誰からも慕われているんだな」

 

大浴場から聞こえてくる賑やかな声、それが何よりの証拠だった。なに話しているのか、こちらまで聞こえてくるほどだ。その中には一夏の声も混じっている。それを耳にした彼女は胸をなでおろしたのだった。

 

「なんだか賑やかですね、織斑先生」

「山田君…………いや、真耶か。こんな時間にどうしたんだ?」

「いえ、なんだか楽しげな声が聞こえてきたので、気になって見にきただけですよ」

 

そんな千冬の隣に偶然にもこの賑やかさを耳にした真耶が並んだ。彼女もまた寮監の補佐として巡回しており、代表候補生時代に来ていたジャージを身につけている。同じジャージ姿であっても、ぴっちりとした千冬とダボつきのある真耶とではお互いの性格や人間性が現れているようであった。

 

「それにしても、皆さんなんだか楽しそうですね」

「そうだな。いくら軍人とはいえ、中身はまだ齢十五のガキ。むしろ、こんな時くらいでも楽しくやってほしいものだ。そう思わないか?」

「そうですね…………命懸けで戦ってる皆さんには感謝しても仕切れないくらいですよ。本当なら、私達のような大人がしっかりしなきゃいけないというのに…………」

「全くもってその通りだ。生徒である彼奴らは常に最前線で力を振るっているというのに、我々にできるのは精々その身の無事を案じて他の生徒を避難させて待つくらいだ。…………本当、寒い時代になったと思わんかね」

 

ISが対アント戦において戦力とならない以上、彼女たちにできる事は限られてくる。前線で戦闘を行うなど、自殺行為にも等しい。故に後方での仕事が多くなるわけだが、子供が命を張って戦っているというのに、大の大人である自分たちは…………そう考える度に彼女達は良心の呵責に苛まれる。特に千冬は肉親である一夏があらゆる場面で傷つきながらも戦っているのを目にしてきている。故にその胸を締め付けられるような思いは人一倍強いだろう。真耶も彼女なりに思うところがあるのか、口を噤んだままその場を動けずにいた。

 

「——さて、こんな湿っぽい話はここまでだ。どうだ真耶、彼奴らはこれから食堂で何かやる気みたいだが、我々から少しばかり差し入れをしようじゃないか。このくらいしたところで問題はないだろう」

「…………ですね。日頃のお礼と労いはしなきゃいけませんよね!」

「そうと決まったら我々も行動しなければな。行くぞ、真耶」

「はい、先輩!」

 

だが、今この場で考え込んでしまっても解決策が出てくるわけではない。それよりも二人は、今まで頑張ってきた彼女達の為に一肌脱ぐことにしたのだった。それが今の自分たちにできる自分たちなりに考えた答えだとして…………。

その後、食堂で開かれていた派遣部隊の面々主催によるパーティに二人は差し入れを持って行ったのだが、彼女達のテンションに巻き込まれ、二人も参加することになったのだった。

 

 

 

 

 

そんななんでもないある日の一コマである。






今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。



-追記-
今更ですが、本作にOPとEDをつけるなら

OP→『夜鷹の夢』or『calling』
ED→『悲刻の鼓動』or『君が光に変えていく』

かな、と思っています。
なお、作者はこれらを流しながらこの作品を書いてます。

以上、作者の独り言みたいなものでした。




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。