二つ名持ちモンスター【片冠ドスマッカォ】 (変わり身)
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明けましておめでとうございます。
酉年だから鳥竜種。跳狗竜? 何の話ですかね。


――斬、と。激しい剣戟の音が、木々の合間に木霊する。

 

一つは大剣、一つは大爪。

異なる刃の放つ光が奔り、風が裂かれる度に血飛沫と火花が舞い散った。

 

それは間隔を変え、場所を変え。この深き森林――古代林を縦横無尽に跋扈する。言うまでも無い、激しい戦の音だ。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。剣戟は絶える事は無く長きに続き、やがて陽の光すら空の彼方へ落ち始め――。

 

「――やアァァッ!!」

 

「ギッ、!?」

 

――甲高いかけ声と共に、流れが断たれた。

 

振り上げられた大剣がもう一方の爪を断ち、そのまま顔を斜めに切り裂いたのだ。

これまでの比ではない大量の血飛沫が舞い、傷を受けた者は高く跳躍。大剣の間合いを離れ、遠い地面へと降り立った。

 

「グ、ァァ……!」

 

痛みに苦しみ血を垂らす「それ」は、極彩色の大蜥蜴であった。

 

緑、黄、赤の三食が混じった羽根鱗に、冠の如く頭部へと生え揃った黄金の羽根飾り。

濃い爬虫類の特徴を持った顔も真っ赤な鱗に覆われており、全身が威嚇の為にあるようにも見えるだろう。

 

――ドスマッカォ。

数多くの子分を従える、ここ古代林においては一応の実力者と目されている竜である。

 

「……ッ」

 

対する大剣を持つ人間――ベルナ村所属のハンターである少女は自らの得物を構え直し、切っ先をドスマッカォへと差し向けた。

その激しい闘志を見たドスマッカォは一瞬圧されたようにたじろぐが、すぐに眼を釣り上げ一歩足を踏み締める。そして大きく息を吸い込んだかと思うと、喉奥から大きな叫びを上げた。

 

「ギャァ、ギギャァァァ……ッ!!」

 

それは、仲間を求む咆哮だ。

マッカォ種は古代林に散らばる多くの仲間と連携し、共に狩りを行う。

ドスマッカォもその習性の促すまま、目の前のハンターを連携によって仕留める事を狙ったのだろう。森林中に鳥類のような嘶きが残響し、己の位置を子分へと知らしめる。

 

……が。

 

「……!?」

 

子分からの反応は何一つとして無かった。

 

了解を示す鳴き声も、子分達が駆け寄る足音も何も無い。森には沢山の子分達が潜んでいるはずなのに、何故。

目を見張り、混乱するドスマッカォであったが――すぐにその理由に思い至り愕然とする。

 

――見捨てられたのだ、己は。

 

「……ッッ!!」

 

それはつまり、子分達はどうあってもこのハンターに勝てないと、確実にドスマッカォが負けると判断したという事でもあった。

人間よりも下と見做された。その屈辱と子分達の不義理に目の前が赤くなり、冠羽根が大きく開き――。

 

「せいやァッ!!」

 

「!」

 

間隙を突いて振り下ろされた大剣を察知し、咄嗟に飛び退き回避する。

しかしハンターは攻撃の手を緩めず、大地に叩き付けられた刃を素早く返すと思い切り横合いに薙ぎ払った。その素早い剣閃はドスマッカォの尻尾を捉え、尾棘が数本削がれ空に飛ぶ。

 

「ギ、ギャアアアッ!」

 

「っぐ!?」

 

痛みに藻掻く勢いのままに尻尾を振り回し、攻撃後の硬直を起こしていたハンターを叩き飛ばす。

 

そうだ、子分達への粛清は後でやればいい。今はただ、ハンターを狩る事だけを考えねば。

ドスマッカォは己の本能にそう命じると、巨大な尻尾をバネとして突進の体勢を見せる。彼の得意技である後ろ足での浴びせ蹴りだ。

 

地面に転がり、未だ起き上がれないハンターに痛撃を与えるにはここしか無い。ドスマッカォは深く撓ませた尻尾を開放し、目にも留まらぬ速度でハンターへと飛びかかった。

 

「ッ!」

 

――だが、ハンターが一枚上手であったようだ。

 

鋭い爪が未成熟の肉体を切り裂こうとしたその瞬間、突如ハンターの身体が蒼い燐光を帯び、跳ねた。

 

強靱な脚力で目前の障害物を踏みつけ宙を駆け、制空権を確保する飛翔の極意。

それを成したハンターは爪を足裏でいなすように躱し、落下に合わせてドスマッカォの身体を大きく切り裂いた。

 

「ギガ……ッ!」

 

左頭部から腕部にかけて一文字に割られ、冠羽根の大部分が切り飛ばされる。

激しい痛みに視界が明滅し、意識を保っていられなくなり――直後に強く地面に叩きつけられ、強制的に目が覚めた。

 

ぼやけた視界に赤が映る。己の身体から流れ出た大量の血液が、小さな湖を作り始めていた。

 

「カ……グ、グ……!」

 

――負ける。このままでは、殺される。

 

ドスマッカォの脳裏を占める怒りが恐怖へと変わり、反射的に大尾を地面へと叩きつけた。

大きな衝撃と共に土煙が吹き荒れ、真正面から巻き込まれたハンターは咄嗟に顔を手で覆う。覆ってしまった。

 

「! りゃあぁッ!」

 

しかしすぐに悪手だと気付き、大剣を一閃。強引に土煙を吹き飛ばし周囲の視界を確保、再びの戦闘態勢を取った。

 

「――……」

 

……だが、既にそこには何もない。

後には地に広がる赤黒い染みと、力強い跳躍の痕跡。そして数枚の冠羽根が残るだけ。ドスマッカォの姿は、完全にこの場から消えていた。

 

「……ふぅ」

 

念の為、暫く警戒は解かずに居たが、一分経っても何もなし。

ドスマッカォは完全に戦線離脱したらしく、ハンターは大剣を鞘に収め軽く息を吐いた。

そうして暫く迷うように立ち尽くし――やがて落ちていた冠羽根を拾い上げると、懐へと放り込み辺りを散策し始める。

 

逃げたドスマッカォを追う素振りは微塵もなく、彼女の興味は別の場所へと移っているようだ。

 

「…………!」

 

ふと、足元に生えた青いキノコに目が止まる。

ハンターは徐にそれを拾い上げると隅々まで観察し、頷きを一つ。何やら胸元から紙切れを取り出し、チェックを一つ付け足した。

 

――依頼書【特産品の収集】

 

……どうやらハンターにとって、ドスマッカォとの戦闘はアクシデントのようなものだったらしい。

激しい戦闘の後が残る、古代林の一角。赤い湖がどす黒く濁りを増していくすぐ横で、キノコを漁る音だけが静かに響き続けていた。

 

 

 

 

「ギ……グ……」

 

ぽたり、ぽたり。

深く広大な森林を見下ろす崖上に赤い雫が垂れ落ち、幾つもの染みを作る。

 

それは弱肉強食のまかり通る古代林においては常の光景ではあったが、自分が当事者となれば平静ではいられない。

必死に筋肉を引き締めてもなお溢れてくる血の筋を、ドスマッカォは忌々しげな目で睨む。

 

「ガヵ、ッグ……!」

 

負けた。完全に負けた。

己よりも力の弱い筈の存在に、完膚なきまでに叩きのめされ、敗走した。

 

古代林の実力者としての自負が粉々に砕け散り、目の前が真っ赤に染まる。

ドスマッカォの心中で憤怒と屈辱が荒れ狂い、目につく物全てを破壊したくなる衝動に駆られるが――しかし、今の身体でそれが出来る訳もなし。

 

それどころか力んだ事で身体中に激痛が走り、歯ぎしりを鳴らす口腔からは血が溢れ出す。そうして最早立つ事すらもままならず、力尽き崩れ落ちた。

 

「……、ッ……」

 

己の巣はすぐそこだと言うのに、腕も足もピクリとも動こうとしない。

ドスマッカォは無意識の内に仲間を呼ぼうと口を開けるが――途中でガチりと歯を鳴らし、強引に口を閉じ込んだ。

 

子分など、誰が呼ぶものか。

己の危機を見捨てた者達にもう一度頼る程、惨めな存在にはなりたくなかった。

 

「…………」

 

血と共に体温が流れ出ていくのが分かる。視界が白く霞み始め、死に近づいているのだと本能で察した。

 

……己は、これで終わりなのか。

 

縄張りを荒らすハンターに身の程を教えようとして返り討ちに会い、子分達からは裏切られ、巣にも辿り着けず息絶える。

これが他のモンスターとの抗争の結果であれば、まだ得心がいった。例えハンターであっても、筋骨隆々のオスの成体であれば少しは己を慰める事は出来た。

 

しかし相手は成体には程遠い、肉も骨も軟らかい幼生体の、しかもメスだ。あのような者に殺されるなど、余りにも情けないではないか……!

 

「――、――……」

 

心、そして生物としてのプライドが根本から軋み、同時に心臓から活力が抜けていく。目元から透明な雫が地に落ち、すぐに結晶と変わった。

 

嗚呼、暗く、昏く、冥く――寒い。

ドスマッカォは、計り知れない敗北感と絶望感の中、永遠にその瞼を下ろし――。

 

 

――にゃっ!?

 

 

「……?」

 

がさり、と。付近の草むらが揺れ、珍妙な鳴き声が耳朶を打った。気がした。

……最早ドスマッカォにはその正体を判別する事は叶わなかったが、音の主には僅かばかりの感謝を抱く。

 

――少しだけ、気が逸れた。

 

ドスマッカォは先程より幾分か穏やかな表情で、眠りについた。

 

 

 

 

――ぐつ、ぐつ。ぐつ、ぐつ。

 

何か形容し難い妙な音が、鼓膜を揺らす。

 

「……ギ……?」

 

ゆっくりと目を開けると、すぐ近くで小さな炎が揺れていた。

硬い表皮を温めているそれの上には大きな容器がかけられており、中に入っている水が煮立っているようだ。

 

主に人間達が偶に行っている、意味の分からない行為の一つ。横たわるドスマッカォは未だ上手く働かない頭でもって、良い匂いを放つそれをぼんやりと眺め、

 

「ッ!」

 

唐突に覚醒した。

 

何故、己は生きている。目覚める事が出来ている。

頭の中が混乱で埋め尽くされ、反射的に身を起こそうとして――失敗。酷い激痛が身を引き裂き、悲鳴と共に地に伏した。

 

「グ、グググ……、……?」

 

その痛みで多少なりとも冷静になると、己がどこか洞穴のような場所に居ると気がついた。

小さく浅い、骨捨て場を彷彿させる薄汚い場所だ。付近にはタルや荷車などのガラクタが散乱し、生物の気配を伺わせる。

 

「……お、起きた、にゃ?」

 

「!」

 

そうして周囲を探っていると、何処かから囁くような声が聞こえた。

 

眼球を転がせば、少し離れた場所に一匹の小動物を見つける。

人間よりも遥かに小柄な体躯に黒い体毛を持つその姿は、古代林でよく見る狡賢い盗人のもの。

 

――メラルー。確か、そのような種族だった筈だ。

 

「……ググ、ギ……!」

 

「にゃぐぅ!? ち、違うにゃ! ボクは、そのぅ、悪いコトとかしないにゃ!」

 

ドスマッカォが警戒と共に牙を剥けば、メラルーはあからさまに怯えて身を丸め、敵意はないと頭を振る。

その姿は酷く情けなく、怪我をしていようとも容易く喰い裂けるであろうものであったが、決して油断はしない。少し気を抜いたばかりに、仕留めた草食獣の肉をメラルーに奪われた事は一度や二度ではないのだ。

 

今だってどんな罠を張っているのか分かったものではない。瞳をギラつかせ、注視に注視を重ね。

 

「……?」

 

……そうして暫く睨みつけている内、ふと気づく。

 

どうもこのメラルーは他の者に比べて些か、否、異常なまでに長く肥大化した耳をしているような気がする。

見間違いや勘違い……ではない筈だ。明確で分かりやすいその違和感に、眉間の赤肌にシワが寄った。

 

「……あ、あの。これ、ボクじゃなく、これでも食べて、落ち着いてくれると、へ、へへ……」

 

疑問によって敵意が薄れたのを気取られたのか、メラルーは卑屈な笑みを浮かべながらドスマッカォの眼前に液体の入った皿を差し出した。

 

程よい熱さに冷まされた、肉やキノコの入った湯だ。

……これは一体何だ? 胡乱な目つきで皿を眺め、再びメラルーを睨む。

 

「え、ええっと、これは、とっておきのアプトノスの肉と薬草のスープで……お、美味しい……にゃよ?」

 

「…………」

 

肉をこんなカタチにして何になるというのか。最初は罠かとも思ったが、やっている事の意味がまるで分からずダンマリとする。

野生に生きるドスマッカォの中には、料理という概念は無い。それ故の困惑であった。

 

「……とにかく、食べると良いのにゃ。か、カラダもそんなだし、栄養求めてるにゃ。ぜったい」

 

「……、……」

 

メラルーの震える指先が示す先を見れば、ハンターに裂かれた傷に布あてがされている事に気がついた。

状況からして、どうやらこのメラルーが施した手当のようだ。

 

「グ…………」

 

メラルーを見る。肉の入った湯を見る。そして再び傷を見る。それを幾度か繰り返し、最後にもう一度メラルーを見た。

 

「……あぁ~、おいしーのにゃぁ……え、栄養がぁ、じわぁじわぁと染みるのにゃぁ……」

 

「…………」

 

大きな耳を揺らし、白々しく自分の分の湯を呑むメラルーに苛立ちが湧いたものの、それ以上の感情は無く。

ドスマッカォは警戒はそのままに、恐る恐ると湯に舌先を浸し――「……ッッッ!!!」途端大きく目を見開くと、皿を砕く勢いで貪り始めた。

 

「……も、も、もうちょっと落ち着いて食べるのにゃぁ! 怪我とか、あっ、お皿が割れ――」

 

「グルアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!」

 

「にゃぐぅ!? 鍋ごとはやめてにゃぁ!? 壊れちゃ、あぁぁ~~!」

 

そうしてドスマッカォは己の怪我の事すら忘れ、初めての美味という感情のまま夢中で湯を――スープを貪り続けたのであった。

 

 

 

 

「うぅ……ひ、ひどいにゃ。お気入りのお鍋さんだったのに……」

 

それから暫しの時が過ぎ、鍋の中身が全てドスマッカォの胃袋に収まった後。

舌の上でこれまでに感じた事の無い多幸感を転がす最中、ドスマッカォの脳裏に新たな疑問が顔を出す。

 

――何故、この耳の長いメラルーは己を助けた。

 

ドスマッカォの知る限り、メラルーとマッカォは共生関係にはなかった筈だ。

互いの同胞を殺した事もあるし、殺された事もあるのだ。このように施しを受ける理由は無いと言って良いのに、何故……?

 

「……何か、嬉しかったのにゃぁ……」

 

アレコレと悩んでいると、メラルーは歪んだ鍋を抱えながらポツリと呟く。

それは一体どういう事だ――そう首を傾げかけたその瞬間、全く別の事に気がついた。

 

――言葉も無く、サインも無く。己とメラルーの間で、ごく自然に意思の疎通が出来ている……?

 

「……!?」

 

今まで当然の如く行われていたが故に、全く疑問と思えなかったその異常。

自覚し、思わず狼狽えるドスマッカォに、メラルーはチラリと怯えを含んだ視線を向けて。そして、おずおずと長い耳を持ち上げる。

 

「……ボクの、この耳。色んなものが聞こえるのにゃ。小さな音や遠くの音は勿論、モンスターさんの思ってる事とかも、なんとなく聞こえて、なんとなく話せる」

 

――何を言っていやがる、このおかしな害獣は。

 

「じ、自分でもおかしいとは思うけど、そういう力なのにゃ。よく分かんないうちに、そういうコトにされたのにゃ……」

 

……言っている事は不明瞭であったが、会話が成立している以上本当に意思が通じているらしい事だけは理解できた。

ドスマッカォが軽い驚きを持ってメラルーの耳を見つめていると、メラルーは恥じ入るように耳を抑え、身体の後ろに隠してしまった。

 

「……これ、すごく変にゃ? みっともないにゃ? だから、他のメラルーからは気持ち悪がられて、苛められたにゃ」

 

小さな声で、絞り出すようにメラルーは語る。

ドスマッカォにとっては極めてどうでもよい事で、興味は殆ど沸かなかったが――仲間の不義理という点に対して共通点を見つけ、親近感と不快感が同時に湧いた。

 

「そんで群れから離れてヒトリで暮らしてて、さっきモンスターさん見つけたにゃ。最初はとっても怖くて、逃げようと思ったけど……でも、感謝、してくれたにゃ?」

 

――感謝?

 

「あの、『少しだけ気が逸れた』ってやつにゃ。意味はよく分かんなかったけど、よそから感謝されたの初めてだったから、ちょっと嬉しくなって。それで……」

 

そこから先はモゴモゴと口籠っていたが、大まかには察せた。

どうやらドスマッカォが助かったのには特に大きな意味はなく、単にこのメラルーの気まぐれ一つが理由だったようだ。

 

それは酷く屈辱的な事実であったが――しかし、あるべき苛立ちは感じない。

むしろ己への情けなさが上回り、美味い物を平らげた事によるいい気分が急速にしぼんでいく。

 

ハンターへの敗北と子分の裏切り、そしてこんな小動物に己の命を救われた事。それらは、ドスマッカォの柱とも言うべき部分を深く残酷に傷つけていた。

 

「……えっと、もしかして、ひょっとして、ちょっぴり余計なコト……だったにゃ?」

 

「…………」

 

メラルーは恐る恐るとそう問いかけたが、ドスマッカォは軽く鼻を鳴らすと意思を返す事無く寝転がる。

不貞寝。今はもう、何も考える気すら起きなかった。

 

「うぅ……そ、その、とりあえず、元気になるまで、寝床はここを使うと良いのにゃ。……どうせ、元からちょっと広かったし」

 

それ以上反応を返さないドスマッカォにメラルーは気まずげにそう言い残すと、長耳をターバンの中に隠し席を立つ。

そしてドスマッカォをここまで運んだらしい血が付いた荷車を引きずり、もたもたと洞穴を後にして――。

 

「あ、そだにゃ」

 

ふと思い出したかのように立ち止まり、片目を開けるドスマッカォへと向き直った。

 

 

「――ボク、7号っていいますにゃ。変な名前だけれど、苛めないでくれたら嬉しいにゃ」




ストーリーズ、個人的に去年一番の良いゲームでした。
とりあえず五話前後で終わる予定です、よろしければ暇つぶしにでもしてくだされば幸いです。


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ベルナ村の麓に広がる古代林は、大まかに3つの区分に分ける事が出来る。

 

見晴らしのいい広場を中心とした浅層。

洞窟や切り立った崖を中心とした中層。

そして、陽の光さえも満足に届かない奥地――深層。

 

同じ古代林と言えど、場所による環境の変化は非常に大きいものだ。

当然そこに住まうもの達も画一的となる訳がなく、皆己の生を繋ぐべく、それぞれの適応した場所で奔走する。

 

気性の穏やかな草食種は浅層に、鳥竜種を始めとした縄張り意識の強い生物は中層から深層に。

細かな差異はあれど基本的にその分布は変わり無く、メラルーのような獣人種においてもそれは同じ。凶暴な肉食種を避け、古代林の浅い場所に小さな集落を築いていた。

 

――7号と自称するメラルー。その一匹を、別として。

 

 

 

 

(……うーん。採集ポイント、無いにゃね)

 

古代林の中層。ハンターや龍歴院の人間達がよく利用する中継地点のほど近く。

荷物を載せた荷車を引いた7号は一匹、草むらを漁りつつ溜息を吐いた。

 

(そこそこ毟られた根があるし、こりゃあ誰かに先を越されたにゃぁ……)

 

そう心中で呟く7号の足元には千切れたゼンマイの茎が残っており、何者かの手が入った事は明白だ。

ハンターか、龍歴院か、それとも同族のメラルーか。何にせよ、この辺りに目ぼしいものは少ないだろう。

 

7号はそう結論付けると立ち上がり――しかし見切りをつけるでもなく、頭に巻いたターバンを外し目を閉じる。

……中から垂れた長耳は、その先が地に触れる程に長い。明らかに、メラルーとしては異常という他ない発達具合だ。

 

「――……、にゃふふ」

 

そうして五秒ほどの時が過ぎ、やがて目を開くと迷いなく草むらの一つを掻き分ける。

するとそこには小ぶりなゼンマイが隠れるように生えており、7号は小さく笑みを浮かべると手早くそれを刈り取った。

 

――聞いたのだ。草とゼンマイが擦れる、僅かな音を。

 

「この辺りにあるのはこれだけかにゃぁ……とりあえず、もう別の場所に――、!」

 

ゼンマイを荷車の上の袋へ放り込み、ターバンを巻き直すその途中。7号はふと動きを止めると、勢い良く背後を振り向いた。

そしてすぐ様焦ったような表情を浮かべると、慌てて荷車を持って全力疾走。遠くの木陰へと自分の体ごと押し込んだ。

 

身を丸め、息を潜め、存在感を可能な限り薄くする……。

 

(ぼ、ボクはここに居ないにゃ……単なる石っころだにゃぁ……!)

 

そんな自己暗示までかけ、待つ事数十秒。先程7号が見ていた方角から、幾つかの小さな影が現れた。

小柄な身体に、黒い体毛。7号と同じく、山菜の収穫にやってきたメラルー達だ。

 

ごく普通の短い耳を持つ彼らは軽く周囲を散策すると、山菜の姿が見つからない事にガッカリと首を落とす。

 

「あー……ダメだニャ。ここはもう誰かに取られた後っぽいニャア」

 

「ちぇ。このへん仕切ってるドスマッカォが居なくなったから、取り巻きでゴタゴタやってる今がチャンスだと思ったんだけどニャ……」

 

ドスマッカォ。メラルー達の言葉にドキリと心臓が跳ねた。

同時に僅かに身体がガサリと揺れるが、幸いにも彼らには気付かれなかったようだ。

 

「まぁ大方さっきのハンターに決まってるニャ。全く、ホント迷惑なオナゴだニャ」

 

「オレ達の盗み邪魔するわスタンプは持ってくわ、メラルーよりも手癖悪いよニャア、あの娘……」

 

グチグチ、だらだら。

余程鬱憤が溜まっているのか、メラルー達はベルナ村専属の――正確には龍歴院専属ハンターへの不満を垂れ流す。

 

メラルー達にとって、ハンターという存在は基本的に敵である。それはこの古代林に住むメラルー達にとっても同じ事。

中にはオトモとしてハンターに付きそう個体も居るようだが、少なくともこの二匹に関しては違うようだ。語られる愚痴は留まる事を知らず、何となく居心地の悪ささえも感じてくる。

 

「――あ、もしかして、あのナガミミが取ってった可能性もあるニャ?」

 

「ッ!」

 

ナガミミ、長耳。つまりは7号。

唐突に水を向けられ、思わず漏れそうになった声を両の肉球で押し留めた。

 

「あぁ……そういや、そんなのも居たニャね。この頃姿を見ないからすっかり忘れてたニャ」

 

「アイツ不気味なほど耳が良くて、山菜も取り放題だったのニャ。もしかしたら、またズルっこして好き勝手やってるのかもしれんニャ」

 

「あり得るニャ。今度見かけたらとっちめるのニャ。例えやって無くても羨ましいからまーたあの耳固結びにしてやるニャ」

 

(う、うぅぅ。あれ痛いからもうやだにゃぁ……)

 

ターバンの中に隠した耳が疼く。

今すぐ飛び出し身の潔白を訴えたいところではあったが、あのメラルー達がそれを聞くとは思えなかった。

 

故にグッと堪え、隠れる事に専念するが……その後もメラルー達のハンターや自分に対する愚痴が流れ続け、どんどんと気持ちが沈んでいく。

 

「おっと。あんまりゆっくりしてると、マッカォが来るかもしれない。さっさと帰るかニャ」

 

「……改めて見るとキノコや木の実も見当たらんニャ。許すまじナガミミ……」

 

(だから冤罪だにゃぁ……)

 

そうして何とかメラルー達をやり過ごし、戻ってこない事を確認。

フラフラと木陰から身体と荷車を引き出した7号は、憂鬱混じりの溜息を吐き出した。

 

(……ボクだって、好きでこんな耳してる訳じゃないのにゃ……)

 

元々余所者だったという事もあるのだろうが、何よりもこの耳と力がいけないのだろう。事あるごとにやっかみ受け、もうウンザリだ。

いっそ切り落としてしまえば楽になるのかもしれないが――残念ながら、そこまでの度胸は持ち合わせていない。

ならば我慢する他無く、モヤモヤとした気持ちが胸に溜まり、再び溜息を毛玉と一緒に吐き出した。

 

「……はぁ」

 

何というか、かなり疲れた。

ゼンマイを見つけた嬉しさなどとうに消え失せ、ぐったりとした疲労感が身を包み。7号は鬱々とした足取りでもって、のたのた家路についたのだった。

 

 

――遥か遠くから注がれる双眼鏡越しの視線に、全く気付かずそのままにして。

 

 

 

 

「……た、ただいまですにゃ~……」

 

浅層から少し離れた、中層の端。7号が密かに築いた隠れ家の中。

焚き火の僅かな光が不気味に揺らめく洞穴に、7号の小さな声が木霊した。

 

自分の家なのに、何故こんなに怯えなくてはならないのか。胸裏でそんな悪態をつくが、返ってきた鼻息にビクリと肩を揺らした。

 

「えと、カラダは変わりないにゃ? どっか痛かったり、カユかったり……」

 

「(フスン)」

 

「あ、だいじょぶかにゃ。なら良かったにゃぁ、へ、へへへ……」

 

7号の浮かべる愛想笑いの先にあるのは、極彩色の竜の姿。

言うまでもない、身体に包帯を巻き付けたドスマッカォがどっしりとその身を横たえていた。

 

――7号が大怪我をしたドスマッカォを拾った日から、既に3日の時が経っていた。

 

「……じゃあ、まぁ。とりあえず今日のご飯を作るにゃ。山菜があんまし採れなかったから……ち、ちょっぴし量は少ないかも、にゃけど……?」

 

「グルル……」

 

「あ、かまわないですかにゃ。……ボクを食べるとか言われないで良かったにゃ」

 

7号はほっと溜息を吐くと、荷車から収穫してきたゼンマイや草食獣の肉を取り出し、調理を始める。

 

メラルーと鳥竜種。普段ならば喰うか喰われるかの関係ではあったが、この3日の内にそれなりに打ち解けてきたらしい。

7号に怯えはあれど過度なものではなく、ドスマッカォも本能に任せた凶行に走る事もなく7号の存在を受容している。

 

おそらくそれは、ドスマッカォが未だ満足に動けない状態である事が大きな要因としてあるのだろう。

7号においては逃げようと思えば逃げられ、ドスマッカォにおいては下手に反抗しても損しか産まない。

そのような殺伐とした保険と損得の上に成り立った関係ではあったが――しかし、それで上手く回っている事もまた事実。

 

互いの裡はさておき、端から見れば意外と平和な日々を送る二匹であった。

 

「……そろそろ、傷が薄くなり始めて来たにゃ。薬草塗ってるとは言え、やっぱり竜って丈夫だにゃあ」

 

「…………」

 

食事を終え、一息ついた後。びくびくとドスマッカォの包帯をとり替えていた7号は、心なし小さくなり始めている傷を見て呟く。

 

ベルナ村のハンターから受けたと聞く裂傷は、当初は肉は勿論骨さえ覗ける程に深く大きいものだった。

しかし今や骨は肉に埋もれ全く見えず、傷そのものが徐々に癒着を始めている。生物として驚くべき回復力だ。

 

「んー……でも、頭の羽根だけ全然治る感じしないにゃ。やっぱりここも薬草とか塗った方が――にゃぐぅッ!?」

 

「グギャァッ!!」

 

包帯の巻き直しが終わり、切り飛ばされたまま回復の兆候を見せない冠羽根に7号が触れようとした瞬間、ドスマッカォが右側頭部に残った冠羽根を開き威嚇した。

血走り、殺気に満ちた目が7号を射抜く。

 

「ご、ごめんなさいにゃ! いいいい痛かったにゃ? 謝るから食べないで……」

 

「……グルァゥ」

 

途端もんどり打って身を引き五体投地、震えながらに許しを請う7号の姿に却って冷静になったのか、ドスマッカォは一つ唸って冠羽根を畳み収める。

気まずい沈黙が辺りを包み、7号の震える僅かな音だけが静かに響き。

 

「……グルァ、グルル……」

 

「に、にゃ、えっ?」

 

するとその空気を嫌ったのか、ドスマッカォは面倒臭気な表情を浮かべ、溜息と共に唸り声を落とした。7号しか理解できない言葉だ。

 

――このドスマッカォにとって、冠羽根は群れを統率する者の証であると同時、己の矜持を示す物でもあった。

 

言い換えるならば、オスとしての格そのもの。

例え今はこのような惨めな姿となっていようと、メラルーごときに触れさせたら本当に己の何かが終わってしまう――ドスマッカォは、そう思えてならなかったのだ。

 

(……グギャ、グ……)

 

――こんな死にかけの醜態を晒しながら、何を格好つけていやがる。

矜持など、ハンターとの戦いで地に落ちたと言うのに。ドスマッカォは未だ過去の輝きに縋る己に気づき、自嘲する。

 

どうせ7号も呆れ、嗤っているだろう。

ああ、また全てがどうでも良くなった。半ば投げやりとなったドスマッカォは、もし嗤っていたらいっそ喰い殺してやるつもりで顔を上げ――。

 

「ほわあぁぁぁ……」

 

「……?」

 

予想とは裏腹に目を輝かせる7号の姿を見て、開きかけた顎を閉じた。

……なんだろうか、この澄んだ目は。

 

「……え? あぁえっと、あの。何ていうか……モンスターさん、スゴイって思ったにゃ」

 

「――グルルァァ……?」

 

それは己をバカにしているのか?

再び冠羽根を開きつつ牙を剥き出せば、7号は違う違うと首を振り。

 

「ち、違うにゃ! ただその、頭の羽根がそんなになっても、変わらず大切だって言えるのって、いいなぁって……」

 

「……?」

 

「……え、えっと。薬草切れたにゃ、ちょっと取ってくるにゃ!」

 

一体何が言いたいのか。ドスマッカォがそう問いかければ、7号は逃げるように洞穴から飛び出していった。

その跡には今し方切れていると言っていた薬草が数束転がっている。どうやら、メラルーとしては致命的に嘘が下手であるらしい。

 

……嘘が下手。成程、そうか。

 

「……フスン」

 

ドスマッカォは暫く洞穴の出入り口を見つめていたが、帰って来ない事が分かると鼻を鳴らして横たわる。

それは以前のような不貞寝――ではなくて。

 

――モンスターさん、スゴイって思ったにゃ。

 

「…………」

 

うっすら、と。

ドスマッカォの口角が僅かに上がったように見えたが、果たして気のせいだったのか。

 

焚き火の照らす薄暗闇の中に、やがて穏やかな寝息が木霊した。

 

 

 

 

「はぁ……やってしまったにゃ」

 

夜。隠れ家から少し離れた崖の淵。

勢いのまま飛び出した7号は、先程自分がしでかした迂闊を反省していた。

 

(モンスターさん、すっごく怒ってたにゃあ……。うぅ、怖いのにゃぁ……)

 

自分に向けられた血走った瞳を思い出し、ブルリと震える。

少し打ち解けたからと言って調子に乗ってしまったようだ。意思疎通が出来るとは言え、本来は獰猛な鳥竜種であるのだから、もっと慎重になるべきだった。

手負いという事実が心に油断を産んだのだろうか。これからは、もっと慎重にならねば。

 

「……でも、やっぱりスゴイのにゃ。モンスターさん」

 

ぽつりと、零すように呟く。

そう、7号がドスマッカォに語った最後の言葉。あれは言い訳でも何でも無く、掛け値なしの本音ではあったのだ。

 

「…………」

 

俯き、しゃがみ込む7号は、目の前に垂れた長い耳を見る。

 

何時も通りに凄く変で、何時も通りにみっともない。そんなカタチ。

今でこそ、こんな不気味としか言いようのない風体ではあるが――元々、この耳は普通の形をしていた筈なのだ。

 

何があったかはよく覚えていない。

それどころか、普通のメラルーであった時の記憶がすっぽりと抜け落ちている。いわゆる記憶喪失というものなのだろう。

 

 

――おお、成功じゃ! 今日からお前は驚異的な力を持つスーパーアイルーとなったのだ!!

 

――ヤツら風に言えば7号ですかね! というかこれはメラルーですけども!

 

――なにぃ!?

 

 

……その元凶たる人間二人。自分に『何か』をした奴らの姿を思い出し、むかむかと怒りが再燃する。

 

一体奴らは何だったのだろう。後日実験と称しボルボロスをけしかけられた際、力を用いて会話し穴堀りを誘導。閉じ込められていた施設に穴を開け、強引に脱出を果たしたのだが――その前にせめて一回でも引っ掻いておけばよかった。

この外見により受けた苦労を思い出し、今更ながらに後悔しきり。

 

……ともあれ、だからこそ。

背景に様々違いはあれど、己の醜い部分を認め大切なものとしているドスマッカォの在り方は、7号にとって酷く眩しく映るものだった。

 

「……はぁ、とりあえず、帰るかにゃ……」

 

ふるふると首を振り、心を覆う自己嫌悪を振り払う。

どうせ帰ればドスマッカォは変わらずそこに居るのだ。逃げたまま、いつまでもウジウジしていた所で変わらない。

 

(うぅ、素直に謝れば許してくれるかにゃぁ。せめて何かお土産でも……)

 

夜闇の中、キノコか山菜でも落ちていないかと辺りを探る。

しかしやはり月明かり程度ではよく見えず、7号はひとまずターバンを外し、よく草の音を聞き分けて――。

 

――ギャアァァッ。ギャアァァッ……。

 

「……!」

 

途端、無数の叫び声が耳に飛び込み、咄嗟に肉球で蓋をした。

それはこの中層では聞き慣れたモンスターの声――マッカォ達の、仲間呼びの声だ。

 

距離からするとかなり離れた場所で吠えているようだが、妙な不安感が心を煽る。

 

「……こんな時間に、狩りでもしてるのかにゃ」

 

とりあえず言ってみたものの、何か違う気もした。

7号は暫く声のした方角を警戒していたが、やがて振り払うように視線を逸らし。手近に生えていたキノコを摘み取ると、足早にその場を後にする。

 

――振り向けば、深層の方角から幾匹もの野鳥が飛び立ち、夜闇の中へと消えていった。

 




次回は後日。

『ドスマッカォ』
跳躍のアウトロー、または古代林のチンピラ。
本当は多分もっと小物感あふれるモンスターだけど、大好きなので贔屓してます。てへ。

『7号』
めっちゃ耳の長いメラルー。いわゆるナンバーズ7号。
もし今後公式で本物の7号が出てきた場合、こいつの存在は忘れてくださいお願いします。

※やべぇ! アニメに7号出ちまった!
でもナッツくんその場のノリで名乗った感じだったし許して!

『ハンターさん』
女の子。本家のガチムチではなくストーリーズのロリキュートな雰囲気でオナシャス。

『7号に何かした二人』
アニメではOPに居ないのに顔見せしてたあの二人。
それより早くアユリアちゃん出してくれよー頼むよー。


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転(上)

「…………」

 

ざり、と。

光すらも届かない古代林の深層に、草を踏む音が静かに響く。

 

どこか義賊的な雰囲気を持つマッカォ装備に身を包んだ、ハンターの少女のものだ。

愛用の大剣を背中に背負いった彼女は、その柄に指をかけ油断なく周囲を警戒しつつ、深層の奥へ奥へと進んでいく。

 

「…………?」

 

ふと、鼻先に妙な匂いを感じた。

植物の青臭さに交じる、ほんの僅かな異質。ぴりぴりとした刺激のある、香ばしい匂い――火薬の香りだ。

 

鉱山ならともかくとして、こんな自然の真っ只中としては珍しい。誰か、自分以外の人間でも居たのだろうか。

ハンターはきょろきょろと辺りを見回しつつ、匂いの根源を辿ろうと試みる。

 

「……!」

 

すると、見つけた。

光が薄いために気づきにくかったが、暗色の植物が生い茂る地面に一欠片。青黒い鉱物のような物が落ちていた。

 

よくよく見れば、何か生物の厚皮のようだ。どうやら火薬のような物の匂いはこれから漂っているらしい。

ハンターはゆっくりとしゃがみ込むと、慎重にそれに手を伸ばし――。

 

「ッ!」

 

――その指が触れようとした瞬間、厚皮の欠片が黒いオーラを纏った。ような気がした。

 

ハンターは咄嗟に手を引き様子を見るが、それ以上は何も起きない。

否、そもそも黒いオーラなど影も形も見えず、意を決して手に取って見ても異常は何も見受けられなかった。

 

……気のせいだろうか? 僅かな光に透かしつつ、眉をひそめる。

 

「……、……」

 

そうして厚皮を荷物に入れ改めて周囲を見ると、森林の一部がやけに荒れている事に気がついた。

 

一部の地面が踏み荒らされ、数本の木の皮が捲れ、血飛沫の痕跡がついている。

モンスター同士の争いでもあったのだろうか。少し気になったものの、古代林においてはさほど珍しい物でもない。

 

ハンターは暫くそれを見つめた後、何事も無かったかのように歩き出す。

 

後にはもう、何も無く――火薬の残り香が、風に吹かれて消え去った。

 

 

 

 

7号の朝は、荷車の整備から始まる。

 

集落に住むメラルー達と違い、仲間とつるまず一匹での行動が主となるが故の手間暇の一つだ。

何せ食料集めは勿論、物資の運搬も一匹でこなさねばならないのだ。7号にとって荷車はある種生命線にも等しく、武器や閃光玉といった重要な道具類と同じかそれ以上に念入りな点検を欠かさない。

 

こびりついた泥や土を拭き取り、木組みの隙間に詰まる汚れを掻き出し、最後にコンと叩いて部品の歪みが無いかをチェック。たまにニスやペンキを塗ったりもしてご満悦。

古代林に一人、同族や肉食竜に怯えつつ暮らす7号にとって、唯一の趣味とも言える時間である。

 

「……うむ、今日もキレイになったのにゃ」

 

整備が終わり、一心地。

何の変哲もないボロ車であるが、これまで長きに渡り苦楽を共にしてきた、いわば相棒だ。思い入れも一入であり、そりゃあ力も入るという物。

新品同様となった荷車を眺め、7号はニンマリと満足そうな笑みを浮かべ。鼻歌交じりに定位置に戻すと、食料調達の為の準備に移ろうと振り返り、

 

「……グルルァ」

 

「にゃぐぅぁあ!?」

 

眼前に広がるドスマッカォの凶相に肝を潰した。

思わず尻餅をつき、後退る。失禁しなかった事が奇跡だ。

 

「び、びっくりしたにゃぁ……! な、何でこんなトコに、あ、歩けるようになったのかにゃ……!?」

 

「グァウ」

 

どもりながらの問いかけに、ドスマッカォはニヤリと口角を歪め、包帯の巻かれたままの後ろ脚で土を掻く。

その姿には多少のぎこちなさが残り、相変わらず冠羽根も生え揃わないままだ。

完全に回復した訳では無いとハッキリ見て取れたが――それでも、動く分には問題ない様子ではあった。

 

彼を拾って今日で五日目。昨日の夜まではまだ立つ事はできなかった筈なのに、一眠りするだけでここまで回復するとは流石竜だと恐れ入る。

 

「そ、そですかにゃ。治ったんなら良かったですにゃ! お祝いに今日は豪勢なご飯、つくりますにゃ!」

 

ともあれ気を取り直しパチパチと拍手を送れば、ドスマッカォはフンスと得意げに鼻を鳴らし胸を張った。

 

……どうも先日彼を「スゴイ」と褒めた一件から、少しフレンドリーになった気がするのだが、錯覚だろうか。

7号としては怒りを買っていなかった事に安心はしたが、何となく不気味な感覚は拭えない。不意をついて食べられたりしないかしら、ぶるぶる。

 

まぁそれはさておき。

 

「で、何の御用かにゃ? ……も、もしかして、そろそろ全部治るから、ボクを用済みだって、ガ、ガガガガブッと……」

 

「グルルァ、ギャウ」

 

ちげぇよ。

未だに事あるごとに怯えを見せる7号に半眼を送りつつ、ドスマッカォは軽く顎を森林へ――浅層の方角へとしゃくった。

 

「……え、ついてこい、にゃ? ええっと、どこに?」

 

ぱちくりと目を瞬きながらの問いかけに、ドスマッカォは7号にしか分からない言葉でたった一言を吐き捨てた。即ち。

 

――ひと狩り、いこうぜ。

 

 

 

 

メラルーにとっての狩りとはつまり、罠を張る事だ。

 

アプトノスやケルビと言った比較的小柄な草食種に狙いを定め、集団で罠の方向に追い立て捕獲する。

普通に武器を持って戦い仕留める事も容易ではあるが、種族としての本能がそうさせるのか、罠を用いた方法が主流となっていた。

 

当然7号もそれに乗っ取り、普段は罠を利用し狩りをしている。

とは言っても、罠を仕掛けている間に他のメラルーに邪魔される事が多々あるため、成功率はそれ程高いものではない。

 

それ故、7号の食料調達は山菜類が中心であり、肉を得る機会は中々に少なかったのであるが――。

 

 

「……こんな山盛りのエモノ見たの、覚えてる限りでは初めてだにゃあ……」

 

今、この瞬間。7号の目の前には、幾頭もの草食種の死骸が山となって積まれていた。

中にはこれまで狩った事も無い大型草食種、リモセトスのものまであり、正しく選り取りみどりと言った有様である。

 

言うまでもなく、これら全てはドスマッカォが仕留めた物だ。

怪我が完治してない状態でここまでの獲物を狩れるとは、流石はマッカォの群れを統率していたリーダーであったという事か、それともこの草食種達が尽くノロマであったのか。

 

何にせよ凄まじい戦果である事は確かであり、7号は暫く呆然と立ち竦む。

 

「ギャウ、グギャ」

 

「……はっ、そ、そうだったにゃ。ボーっとしてないで解体しないと……ああでも、一体どれからやれば良いのにゃ!?」

 

ドスマッカォが軽く頭を小突くとようやっと正気に戻ったものの、あまりの作業量の多さに頭を抱えた。

皮剥、血抜き、解体、保存処理、その他諸々。それら全てをこなすには一人ではとても無理だ。不可能だ。

 

何故だろう。獲物がいっぱいで嬉しい筈なのに、全然まったく嬉しくない。それどころか絶望感が溢れてくる……!

 

「……へ、へへへ……」

 

「…………」

 

7号は最後に、一縷の望みを持ってドスマッカォを振り返ったが――返ってきたのは「はよやれ」と言わんばかりの顎しゃくり。ですよね。

 

「にゃ、にゃ、にゃ……にゃぐぅぅぅぅッ――!

 

やるしか無いなら仕方ない。背後に立つ肉食竜の気配に圧され、7号は頼りないナイフを一つ構えてヤケクソ気味に覚悟を決める。

メラルー一匹。半分涙と鼻水を垂らし、孤軍奮闘を開始した――。

 

 

 

(…………)

 

そうして、そんな哀れなメラルーの鳴き声を聞き流しつつ、ドスマッカォは己の身体の調子を確かめる。

 

激しく動けば痛みは走るが、それ以上の激痛や出血は無い。

数日寝ていた為か若干ながら体力が衰えているように感じるものの、草食種程度ならば問題なく相手取れるまでには回復したようだ。

 

これならば、もうあのメラルーに頼らずとも生きていく事は可能だろう。少なくとも、再び大怪我でも負わない限りはの話だが。

 

「…………グゥ」

 

……しかし、あのメラルーの下を離れたとして、己はどうするべきなのだろう。

 

再びマッカォの群れに戻るつもりは無かった。

己を見捨てた子分の顔を見たくないという感情は当然あった。しかし、何よりもこんな惨めな形となった冠羽根を、かつての同族に晒したくはなかったのだ。

 

下らない意地。そう自嘲する事は容易ではあるが、それは僅かに残った矜持の欠片でもあった。

 

「…………」

 

ならば一匹で生きていくのか。

 

群れで行動するマッカォの習性上、個での行動には本能的な忌避感はあるが、やってやれない事はないだろう。

いっその事古代林より離れ、別の土地へ移動するのも良いかもしれない。多少気候や温度に違いはあろうが、草食種さえ居る場所ならば生きていける筈だ。

 

……生存競争に負け、住処を追われた形になるのが腹立たしいが、事実である以上受け入れるしか無いのだろう。

嗚呼――本当に、腹立たしい。ハンターも、子分も、己も、全部だ。

 

「……グァ……」

 

ドスマッカォは胸に溜まる苛つきを吐き出すように息を吐き、ひとまず思考停止。

大わらわで解体作業を行っている7号をぼんやりと眺めた。

 

……改めて思えば、随分と奇妙な状況に置かれたものだ。

 

メラルーとマッカォ。敵対関係である種族の筈なのに、7号と己は今こうして狩りを行っている。

7号の特殊さ故か、はたまた己の牙が鈍ったか。どちらにせよ、特異な事であるには違いない。

 

ドスマッカォは柔らかさと苦味の混じった、何とも言えない笑みをうっすらと浮かべ――。

 

「――にゃっ!?」

 

がば、と。視線の先の7号が唐突に頭を上げ、あさっての方向に目を向けた。

毛並みを逆立て、目を丸くして。見る限りでは、警戒態勢を取っているようにも見える。

 

突然どうしたという。ドスマッカォは眉間にシワを寄せつつ、7号の見るより深い森林へと繋がる獣道。その向こう側を伺った。

 

「……グギ?」

 

すると、森の奥からこちらに走る影がうっすらと見えた。

それはともすれば見失いそうに小さく、朧気なもの。通常この距離からでは決して気付く事が出来ないであろうものだ。

 

一体7号の耳はどうなっているのか。半ば感心しつつ、ドスマッカォは徐々に近づいてくるそれらに目を細め――そして視認した瞬間、身を固くした。

 

「……ッ」

 

見覚えが、これ以上なくあったのだ。

己と同じく極彩色をした肌に、真っ赤な色をした頭部。冠羽根こそ無かったが、それは確かに。

 

「あ、あれ……マッカォ……にゃ?」

 

――今、ドスマッカォが最も会いたくなかった相手。

 

かつて己を見捨てた子分達、マッカォ達の群れだった。

 

 

 

 

「…………ッ」

 

身を、隠したい。

 

ドスマッカォがそう思った瞬間―――いつの間にか近寄っていた7号の物言いたげな視線がこちらに向いている事に気がつき、咄嗟に下がりかけた足を地面に突き刺し、踏ん張った。

……何となく、このメラルーには格好悪いところは見せられない気がしたのだ。

 

「……?」

 

どうやら、マッカォ達は何かから逃げてきたのであろう事が伺えた。

よくよく見れば誰も彼もが身体の至る所に傷を負い、焦ったようにひた走っている。群れの数も随分と減っており、満身創痍と言うに相応しい状態だ。

 

一体、何があったのだ。その這々の有様にかつてハンターから敗走した自分が重なり、妙な痛みが胸に走る。

 

「――グ、グギャァ!?」

 

あちらもドスマッカォ達の姿を捉えたらしい。

一瞬驚いたように目を見開き、警戒の姿勢を取ったが……やがてかつての親分であると気づいた途端、彼らの顔に嘲り混じりの安堵が浮かぶ。

 

「グギャ、グルルァ……」

 

――おお、生きていたのか。

 

そうして、ドスマッカォ達を取り囲むようにして立ち止まったマッカォ達の一匹が、そう言った。

 

その声色はあからさまにへりくだったものであったが、7号の耳はその裏に隠された白々しさを感じ取っていた。

思わず一歩ドスマッカォの側に寄れば、マッカォ達は目ざとくそれを睨めつけた。しかしそれ以上に反応はせず、無視したまま歩み寄る。

 

ドスマッカォの額に、血管が浮かんだ。

 

――……よく、己に近づけるものだな。ハンターとの戦いで裏切っておきながら。

 

――裏切る? 馬鹿を言え、お前が苦戦するようなバケモノに、我らが集った所でどうなるという。

 

言い訳には聞こえなかった。マッカォ達は心の底からそう思っているようで、良心の呵責と言ったものは感じられない。

それどころか負けたドスマッカォを非難するような表情すら浮かべ、言葉を続ける。

 

――それより見ろ。お前が勝手にハンターにやられてから、こっちは随分と苦労したんだ。

 

――突然現れた妙な竜に、我らの縄張りを侵されたのだ。お前が居なかったおかげで群れの仲間の多くが死に絶え、今やこれで全員。

 

――お前、我らの長だろう。生きていたのならば、何故戻って来なかった。せめて雄叫びを上げれば、連れ戻しに行けたものを――。

 

「――……」

 

……ドスマッカォが怒りを堪えられたのは、最早奇跡に近かった。

 

仲間とは、子分とは、群れとは。このような恥知らずの集まりだったのか。己はこのような者達の長だったのか。

助けを求めたのに応えず逃げ出しておきながら、せめて雄叫びを上げろ、だと?

何を言っているのか全く理解できない。否、したくもない……!

 

――まぁ良い、こうやって合流できたのだからな。妙な竜は未だ我らの縄張りに居る。さぁ、竜の下へ行ってくれ。

 

マッカォはそう締めくくると、今し方走ってきた方角へと顎をしゃくる。

 

他のマッカォ達もそれに同調し、短く唸り声を発した。ドスマッカォを称える、仲間呼びの咆哮だ。

ギャアギャアと重なるそれは酷くやかましく、ドスマッカォの神経を逆撫でる。

 

「――……ッ」

 

バキン、と噛み締めた歯が異音を立て、擦れた牙先が火花を上げた。

 

もう良い、同族だの子分だの知った事ではない。

顔と同様真っ赤に染まった視界の中、ドスマッカォは鼻息荒く身を捩り。そして大きく発達した尾をしならせ、マッカォ達の横面を弾き飛ばそうと力を込めて、

 

「ま、待ってにゃ!」

 

突然、足元から上がった甲高い声に意識が割かれ、ドスマッカォの動きが止まった。

7号の声だ。一瞬こちらに向けられた物かとも思ったが、どうやら違うらしい。

7号の目は眼前のマッカォ達へと向けられており、同時に彼らの視線を一身に受けビクリと震える。

 

「にゃぐ……あ、あのっ! このモンスターさん、まだ怪我してるにゃ。そんな危ないこと、さ、させちゃダメ、ですにゃ……!」

 

――……何だ、これは。狩りそこねた獲物か。

 

「っ! お、お話、聞いてにゃ!」

 

しかし、対するマッカォ達に7号の話を聞くつもりは毛ほども無かったようだ。

大声で喚く7号をうるさそうに見下すと、再び目に嘲笑の色を浮かべてドスマッカォに語りかける。

 

――お前。このような汚らわしい獣を側に置くなど、負けて腑抜けたか? その冠羽根のように、誇りすらも惨めに散ったのか?

 

「――違うにゃっ!」

 

その言葉にドスマッカォが激怒するよりも早く、7号の怒声が響き渡った。

そこには先程の怯えなど欠片も見えず、誰にでも分かる程の明確な怒りが吹き荒れている。

 

 

「も、モンスターさん、凄く頭の羽根を大事にしてたにゃ! ボロボロだけど、それでも大切だって、そう言ってたのにゃ! だ、だからそんな酷い事、言っちゃダメなのにゃ!!」

 

 

「――……」

 

臆病で、情けなかったメラルーが見せた小さな勇気。その言葉。

それを間近で受けたドスマッカォの思考に、僅かな空白と波紋が生まれた。

 

――……鬱陶しいな、害獣が。

 

だが、マッカォ達には関係のない事だ。

マッカォは不快げに牙を向きだすと、瞬時に踏み込み距離を詰め。鋭く突き出た鉤爪で持って、7号の喉下を切り裂かんと一閃する。

 

「え――」

 

当然、不意を突かれた7号にそれが避けられる筈も無い。何が起きたのかすら把握しないまま、その首を落とされ――。

 

「グ、ギッ!?」

 

――グシャリ。

その直前、鈍い音と共にマッカォが弾き飛ばされた。

 

いつの間にやらドスマッカォの尾が7号の前に差し出され、強くしなりを上げていた。ポタポタと、マッカォの物らしき血液が滴り落ちる。

 

――な、何をしている。我らはお前の、

 

「――グルアァァァ!!」

 

マッカォの言葉を遮り、咆哮と共に力の限り地面に尾を叩きつける。強烈な砂埃が舞い、風が渦巻き吹き散らされた。

そして、その中心には目を血走らせたドスマッカォが片冠を広げ屹立しており――瞬間、マッカォ達は己の失敗を悟った。

 

侮っていたのだ。

身体に残る傷跡。そして無残に散った冠羽根を見て、ドスマッカォが弱くなったのだと。自分と同じ格か、それ以下に落ちたのだと錯覚していたのだ。

とは言え、ドスマッカォの統率者としての能力を認めていたのも事実。だからこそ精々利用してやろうと気色ばんだ。

 

「グ、グ……!」

 

されど、ドスマッカォの格は依然として自分達の上にあった―――。

先の一撃でそれを理解したマッカォ達は、気づけばドスマッカォから距離を取るように一歩後退っていた。

 

「……フスン」

 

「……へ? にゃ、にゃぐぅ!?」

 

そしてドスマッカォはそのような情けない彼らの姿をつまらなげに一睨みし、鼻息を一つ。

呆然と事の成り行きを見守っていた7号の首根っこを掴むと己の背に放り投げ、道を開けたマッカォ達の間を悠然と進んでいく。

 

そこには、最早怒りどころかマッカォ達への興味さえも失われているように見え、マッカォの一匹が慌ててその背に声をかける。

 

――ま、待ってくれ。お前が居なければ、我らは統率が取れない。先の無礼は謝る、どうか――。

 

――貴様らなど知るか。そこの肉はくれてやる。後は血を噛み、疾く去ねや。

 

一蹴。

ドスマッカォは彼らの言葉をまともに取り合う事も無く、それきり振り返りもせず立ち去った。

 

後に残されたのは解体途中の肉の山と、頭を完全に失った鳥竜種の群れが一つ。

――痛みに呻くマッカォの声が虚しく響き、木々の隙間に消え去った。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

中層。7号の隠れ家への帰宅道。

ドスマッカォと、その背に乗った7号は無言のままに道を進む。

 

二匹の間には何とも言えない空気が漂い、歩みの音がやけに大きく鼓膜を叩く。端的に言えば、気まずい。

 

(うぅ……な、何か言った方が良いのかにゃぁ……)

 

のっしのっしと揺られながらそう悩む7号であったが、気の利いた言葉など浮かんでくる訳もなし。

 

過去の経験から嫌味や罵倒の語録にはそれなりの自信があるが――それを披露すれば血の雨が降る事は目に見えている訳で。

故に口を結び、むっつり黙り込むしか無く……。

 

「……グルァ」

 

「! な、何ですかにゃ」

 

ダラダラと汗をかきつつ俯いていると、徐に声をかけられた。

顔を上げればドスマッカォが首だけをこちらに向け、どことなく気まずそうな半眼を向けている。種族が違えど、感じている事は同じらしい。

 

「…………」

 

「……頭がカユイから見て欲しいにゃ? べ、別にいいけども……」

 

そうして頼まれた事は、何とも些細なものだった。

7号は肩透かしに戸惑いながらも、ドスマッカォの言葉に従い肉球を伸ばし――。

 

「! おっととと……」

 

危うく冠羽根に触れそうになり、慌てて手を引っ込めた。

間違って触れでもしたら、先程吹き飛ばされたマッカォのようになってしまう。

 

7号はどうやって羽根に触れず頭に触るか迷い、あわあわと奇妙な踊りめいた動きを繰り広げる。

 

「…………」

 

「え、にゃ、にゃぐ……ッ!? ご、ごめんなさいにゃあ!!」

 

すると突然ドスマッカォが頭を動かし、肉球と羽根が触れてしまった。

7号は慌てふためき、思わずドスマッカォの背で土下座をしたものの……反応は、無い。

 

「にゃ、にゃあ……?」

 

怪訝に思い、恐る恐ると顔を上げてみれば――そこには「何をしている」とでも言いたげなドスマッカォの目があった。

以前向けられた苛烈な敵意は感じられず、それどころかニヤリとした笑みさえ浮かべているようにも見えて。

 

「……このまま続けていい……のにゃ?」

 

「グァル」

 

「そ、そかにゃあ……へ、へへへ」

 

羽に触れる事を許された。

それの意味する所を理解した瞬間、7号の顔にも笑顔が浮かぶ。これまでの卑屈なものとは違う、ごく自然な笑みだ。

 

彼らはそのまま。暫しの間笑い合う。それは穏やかで、暖かくて、そして。

……そして、今まで感じた事のない、とても居心地のいい時間だった。

 

 

 

 

「……で、終わってればイイカンジに締まったんだけどにゃあ……」

 

数十分後。

夕暮れに染まった浅層の森林に一匹、決まり悪げに来た道を戻る7号の姿があった。

 

一度隠れ家まで戻った後、先程マッカォ達と出会った場所に忘れ物をしていた事を思い出したのだ。

荷車と、解体ナイフと、草食種の肉。最後のものは既にマッカォ達に喰われている可能性が大きいとは言え、残り2つは7号にとってとても大切な道具である。

当然捨て置ける筈もなく、何となく台無し感を覚えつつもとんぼ返りせざるを得なかったのだ。

 

ちなみに、ドスマッカォはそんな些事は知らぬと無視してご就寝。大方の原因があるにも関わらず気楽なものだと溜息一つ。

 

……まぁ、しかし。

 

「……えへへ」

 

ふと、先程の穏やかな時間を思い出し、ニンマリと笑う。

 

これまで誰かと笑いあった経験の無い7号にとって、先の出来事はとても得難い経験だ。

思い出すだけで胸がぽかぽかと暖かくなり、ドスマッカォへの小さな不満も吹き飛んだ。何となく、色んな事を頑張れそうな気さえする。

 

そうして打って変わって鼻歌すらも歌いつつ、道なりに歩く事、暫し。

 

「……あ、みっけたにゃ」

 

やがて先程の狩場へ辿り着き、目的のものを発見。

マッカォ達は既にどこかへ行ってしまった後らしく、その隙に荷車とナイフを回収。見たところ破損している様子もなく、ホッと一安心の7号であった。

 

「さて、お肉の方は……う~ん、どうかにゃあ……」

 

ついでに獲物の方も回収出来るものは無いか見てみたものの、大部分が食い散らかされており、見た目には酷いものだった。

時間が経ち、血抜きも途中であったせいか匂いもキツく、食肉としてみると大分辛いものがある。

 

とはいえまだ食べられる部位は多いだろう。出来る限り無傷な部分を探し、方々に散らかった肉の欠片をいそいそと漁り――。

 

「……にゃ?」

 

7号の聴覚に、何か物音が引っかかる。すぐにターバンを外し確認してみると、それは生物の足音のようだった。

すわメラルーかと一瞬見を固くしたものの、どうも違う。かと言ってマッカォや草食種の物でもなく、人間のものでもない。それらよりもほんの少し、軽いもの。

 

はて、一体何者だろうか。すぐに逃げ出せるよう閃光玉を握りしめつつ、様子をうかがう。

 

(あれは……竜人さん、にゃ?)

 

するとどうやら、足音の主は竜人種の――それも女性のものであるようだった。

 

この辺りでは余り見かけることのない、珍しい種族だ。そりゃ聞きなれない筈だと警戒を一段回落とし、ターバンを巻き直す。

確実に視認できる距離まで待っていた為、向こうもこちらを視認し耳を見られたかもしれないが……まぁ、敵意の心は聞こえなかったので大丈夫だろうと楽観視。

 

7号は近づいてくる竜人の少女を努めて気にせず、残飯漁りを再開した。のであるが。

 

「――あのっ、すいません。少しお時間よろしいでしょうか……?」

 

「…………にゃ?」

 

リモセトスのモモ肉を切り取っていた最中、背後からおずおずと声をかけられた。

振り返ればそこには先程の竜人の少女が立っており、肉の散らばる光景に気圧されているのか、やや緊張した面持ちを向けている。

 

「……ええと、ボクですかにゃ?」

 

「はい、あなたです」

 

キョロキョロと周囲を見れど、この場には7号と少女しか居ない。

戸惑いつつも自分の顔を指差せば、竜人の少女はしっかりと頷きつつ人好きのする笑みを浮かべた。

 

「ええと、突然ごめんなさい。私、ベルナ村でアイルーさんとメラルーさんにお仕事の斡旋をしている者なんですけど……」

 

近くで見れば、金色の髪を持ったとても可愛らしい少女だ。

彼女は懐から一枚の紙を取り出すと、何度か7号と見比べ――やがて何かを確信したように頷くと、その言葉を言い放ったのである。

 

「――あのですね。メラルーさん、オトモに興味とかありませんか――?」

 

 




『マッカォ』
よばれて来ないこともある子分達。
別のところにはもうちょっと義に厚い個体も多分いるんじゃないかな……。

『竜人族の少女』
ナビルーにこの子の衣装着せてるんだけど、めっちゃ可愛いよね。


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 (下)

――ドスマッカォと7号の奇妙な暮らしが始まってから、7日目の朝を迎えた。

 

「グァ、ルルルァ……」

 

まだ、太陽が上って間もない時間帯。

やかましく囀る小鳥の声で目を覚ましたドスマッカォは、大きく顎をこじ開けあくびを漏らす。

 

その様子には最早警戒心は微塵もなく、妙な動きがないか常に7号の動きを伺っていた最初の頃と比べれば、随分と気を許したようだ。

ドスマッカォ自身にもその自覚はあるらしく、あくびを終えた後に小さく舌打ちを漏らしていた。

 

ともあれ、落ち着ける場所があるのは悪い事ではなかろう。ドスマッカォはそう己を騙し、固まった筋を解しながら外に出る。

……洞穴の中に7号の姿は無かった。大方、いつものように荷車の整備に行っているのだろう。

 

「グルァ……」

 

うっすらと靄のかかる、いつもと変わらぬ朝だ。少し肌寒い気もしたが、療養により体力が落ちているせいだろう。

そうして朝飯代わりにそこらを飛んでいるブナハブラを食い散らし、川の水で喉を潤していると、7号の背中を見つけた。

 

やはり荷車を弄っていたらしい。ごしごしと熱心に布で磨いていたが――そこにいつもの精彩は無いように見える。

心ここにあらず、とも言うべきか。どことなく惰性で磨いているだけのようにも感じられた。

 

「……にゃ? あ、ああ、モンスターさんかにゃ……おはようだにゃ」

 

やがてドスマッカォの存在に気づいたのか、7号は振り返るとペコリとお辞儀をする。

しかしその姿もどこか弱々しいものにも見え、ドスマッカォの表情が怪訝に歪む。

 

「あ、え、ええと。そだにゃ、包帯、巻き直さないとだにゃ」

 

その感情を聞き取ったのか、7号は取り繕うように笑顔を浮かべると、どこからか救急箱を取り出しドスマッカォの治療に当たる。

2日前のマッカォ達との一件からこちらこの調子だ。何か悩みでもあるのか、行動の一つ一つが白々しい。

 

「……フスン」

 

「にゃ? あ……」

 

何となくイライラする。ドスマッカォは軽く鼻息を漏らすと7号の手を振り払い、己の歯で巻かれた包帯全てを引きちぎった。

 

その下から出てきたのは、未だ出血を続ける深い傷跡――などでは無く。ほぼ完全に癒着した筋肉の姿だ。

無論、ハンターの大剣による斬撃の痕跡は皮と鱗にしっかりと刻まれている。しかしきちんと処置されていた為か痛々しさは無く、むしろある種の勲章としての趣すら漂っていた。

 

頭の冠羽根を除き、概ね完治と表現していい状態だ。

 

「わぁ……これ、殆ど治ってるにゃ! 後遺症みたいのも無いのにゃ? やっぱりスゴイのにゃあ……、……」

 

7号はそんなドスマッカォの姿に喜びの声を上げたが、やがて何かに気づいたかのようにハッとなり、尻すぼみ。

ただ張り付いた笑顔だけが残り、何とも微妙な空気が漂う。

 

「グギャ、ギャウ……!」

 

「にゃぐ!? うぅ……そんな詰め寄らないでにゃ……」

 

いい加減に業を煮やしたドスマッカォが7号に詰め寄り、一体何なのだと凶相でもって脅しをかけた。

ここ数日で慣れたとは言え肉食竜の凄みにはやはり恐怖を感じるらしく、7号は大きく肩を震わせ縮み込み。

 

そしてチラチラとドスマッカォの様子を伺い、やがてブチ切れそうになった頃合いになり、渋々とその口を開いた。

――曰く。

 

 

「――その、ボク。オトモにスカウトされちゃった……のにゃ」

 

 

「……グァ?」

 

オトモ。ほう、オトモ。……オトモンではなく?

7号の言っている事の意味がよく理解できず、ドスマッカォの首が横に傾げた。

 

 

 

 

『――あのですね。メラルーさん、オトモに興味とかありませんか――?』

 

……始め、ネコ嬢と名乗る竜人からその提案をされた時、7号は絶対に断るつもりで居た。

 

記憶が無く、色々な知識も欠けている7号ではあるが、それでもオトモという言葉の意味くらいは知っている。

確かそれは、人間のハンターに付き従う助手のような存在であった筈だ。

 

《い、イヤにゃ。そんなの絶対、イヤなのにゃ……!》

 

人間に変な事をされた思い出しか無い7号にとって、そんな職に就く事など拷問以外の何物でもない。

思わずターバンの下耳を抑えつつ、全力で断りを入れようとしたのだが――その怯えを敏感に感じ取ったのか、ネコ嬢は慌てて言葉を重ねた。

 

『だ、大丈夫ですよ。今ベルナ村に居るハンターさん、とってもいい人ですし! それにほら、優しくて可愛い女の子なんですよ!』

 

『そんなこと言われてもヤなものはヤですにゃ……! ごめんなさいにゃけど、この話は無かったことに……』

 

まさに取り付く島もなし。

7号は肉漁りを手早く切り上げると、荷車を引いていそいそとその場を後にしようとして――。

 

『そ、そんなぁ……容姿の条件にピッタリ合う方、やっと見つけたと思ったのに……』

 

――ピタリ、と。

ネコ嬢のそんな呟きが鋭敏な耳を擽り、思わず足が動きを止める。

 

……容姿の条件に、合う?

 

『……あの、一ついいですかにゃ。その容姿の条件っていうのは、一体……?』

 

『へ? あ、えっとですね。これはハンターさんの強い要望なのですが――何でも、とっても長い耳を持ったメラルーさんを探してるみたいなんです』

 

『!』

 

大きな驚きが7号を襲い、立ち竦む。

 

そうして続けられるネコ嬢の話では、そのハンターの少女は以前、古代林で長い耳を持つメラルーを――つまりは7号を見かけた事があるのだそうだ。

離れた場所、ベースキャンプからの双眼鏡越しであったとの事だが、長い耳を弄るその姿を可愛らしいといたく気に入り、堪らずネコ嬢にスカウトを依頼したらしい。

 

――つまるところ、一目惚れ。7号は生まれて初めて、その長耳を肯定されたのだ。

 

《う……うそにゃ。こういうのが、手なのにゃ……》

 

ぐらぐら、と。頑なだった心がぐらつく音が聞こえる。

ネコ嬢はそんな7号に首を傾げたが、気を取り直し。徐に大きな背嚢からベルナチケットを取り出し、7号の手を取って肉球に乗せた。

 

『ええと……あまり乗り気ではないようですが、もし心変わりをいたしましたら、このチケットを持ってベルナ村をお尋ねください。その時までハンターさんが募集をかけているかは分かりませんが……私が責任を持って掛け合ってみますので』

 

『にゃ、にゃあ……」

 

『それではお忙しいところ申し訳ありませんでした。ご一考、よろしくおねがいしますねっ!』

 

ネコ嬢は最後にそう残すと、にこやかに立ち去った。

夕焼けに消え行きながら手を振る彼女に、こちらも呆然としたまま手を振り返し……すとんと視線をチケットに落とす。

 

『ぼ、ボクの耳に、一目惚れ……にゃ……?』

 

……嬉しい。

例え相手が人間、それもハンターであったとしても、頬のニヤつきを止めることはできなかった。

 

 

 

 

「……そ、それで、その。どうしようかにゃあ、なんて……」

 

「…………」

 

7号の話が終わり、沈黙が場を支配する。

 

ドスマッカォは目を閉じ黙ったまま動かず、7号はビクビクと怯えながらその様子を伺っている。

それもその筈。7号の言葉が真実だとするならば、それは即ち。

 

「――グ、ルァグ……」

 

――お前は、己の敵となるつもりなのか。

 

絞り出すように、ドスマッカォは押し殺した唸り声を上げた。

 

そう、つまりはそういう事なのだ。

野生と食欲に支配された鳥竜種の脳でも、話が通じるのならばそれくらいは理解できる。

ハンターとは、ドスマッカォを下したあの人間。オトモというのはハンターの腰巾着。そしてもし7号がそれになるとするならば――答えは最早考えるまでもない。

 

ギシリとドスマッカォの歯が擦れ、生まれた火花を見た7号が慌てて弁解を始める。

 

「ま、待ってほしいにゃ! ちが、そんなつもりじゃなくて、ボクは……!」

 

――何が違う。迷いとは、そうであるのだろうが。

 

ドスマッカォの脳裏に、先日のマッカォ達の姿が浮かぶ。

このメラルーも結局は奴らと同じだったのだろうか。ハンターという己よりも強大な力に、いとも容易く流され、裏切っていく。

 

……こいつも。

こいつも。

こいつも!

 

「――ッッッ!!!」

 

少しずつ片冠が羽根開き、頭を抱えしゃがみ込む7号を収める視界が血走り始め――。

 

「違うのにゃ、だって、だって、ボクの耳……!」

 

「……ッ」

 

――そして今まさに怒りの咆哮をあげようとした瞬間、7号のターバンの隙間から垂れた長耳を見た。

 

同時に過去の言葉が、マッカォ達へ対峙した時の言葉が、そして心に生まれた波紋の感覚すらもが鮮やかに蘇る。

 

 

――――モンスターさん、スゴイって思ったにゃ。

 

――――モンスターさん、凄く頭の羽根を大事にしてたにゃ!

 

 

「…………」

 

……冠羽根、そして耳。

ひょっとすると、それらに抱いている感情は同じ類のものであるのだろうか。

 

あの感情、起こった波紋。

己が受けたそれと似たものを、オトモの誘いに感じたのだろうか。

 

嬉しかった? 絆された? だからこそ、迷う?

 

――己と同じ思いを、これも。

 

「……?」

 

何時まで経っても怒られない事に業を煮やしたのか、7号が恐る恐ると顔を上げた。

 

するとそこには、怒るどころかゆっくりと冠羽根を畳むドスマッカォの姿があった。

否、血走ったままの目から察するに、怒りは変わらず留まっているのだろう。しかし、それと同時にどこか納得を得たような雰囲気があり、7号はその様子に困惑する。

 

そしてドスマッカォは無言のままに顔を逸らし――思い切り、大きな尻尾を地面に叩きつけた。

 

「にゃ、にゃぐぅぅぅ!?」

 

砂塵が舞い、土塊が飛び散り。癇癪を起こし、怒りを発散するように、何度も、何度も。

腰を抜かした7号は、涙を浮かべながら丸まる事しか出来ず。

 

「――グルァ……」

 

――勝手に、選べ。

 

そして、最後の一撃を終えた後。息を乱し、未だ収まらぬ怒りを堪え、理性の光を7号へと向けた。

 

「っ、え、えらぶ……な、何を、ですにゃ……?」

 

しかし、それ以上は語らない。

ドスマッカォは震える7号を残し、高く跳躍。突き出た岩肌の上に登ると、今度は野生の光を向ける。

 

「…………」

 

「…………」

 

数秒、或いは数分か。

二匹はそのまま静かに見つめ合い――ドスマッカォは引き剥がすように目を逸らし、岩の向こうへと消えていった。

 

後に残された7号は暫くその去った先を見つめていたが、やがてふらつきつつも立ち上がり。弱々しい足取りで隠れ家へと歩き出す……。

 

「……えらぶ。ボクが……」

 

ぽつり。呟くように発した言葉は風に流され露と消えた。

最後一度振り返ったその目には、迷いと恐怖、大きな寂しさ。そして一雫の強い光が宿っており。

 

 

「……わ、わかったにゃ。モンスター、さん。ボク、ボクは――」

 

 

――この日を堺に。7号は、古代林より姿を消した。

 

それと同時に、ベルナ村のハンターの下に一匹のオトモが加わった。

 

アイルーではなく、メラルー。

そのオトモは、地につく程に長い長い耳を持っていた――。

 

 




『ハンターさん』
可愛いもの好き。初めて7号を見た後、速攻でネコ嬢を訪ねた。

『竜人族の少女』
長い耳のメラルーを探して一日中歩き回っていたそうな。
スカウトって大変ね。


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結(上)

『――――――!!』

 

……古代林、中層。

緑豊かな森林の中に、暴虐の吠声が木霊する。

 

『――!! ――!! ――――!!』

 

理性を失った、本能そのものの叫び。獰猛に、狂乱に満ち、凶気を放つ。そのような声。

古代林という場所に極めてそぐわない「それ」は、立ち並ぶ木々を薙ぎ倒し、生息する動植物を裁断し、血飛沫と破壊を撒き散らしながら突進する。

 

――その姿たるや、正しく暴虐。

 

極限に、そしてある種純粋に。善悪を超越し、おぞましき黒き気配を濃く纏うその存在は、そうと表現する他無く。

己の身体すらも省みず、ただ破壊だけを撒き散らす。

 

『――――――!!!』

 

ギョロリ、と。黒の中で爛々と輝く紅い瞳が、唐突に木々の隙間へ注がれた。

森林を抜け、崖を下り、草原を横断したその先に、密集する数多の気配と喧騒を捉えたのだ。

 

酷く。酷く。酷く――癇に障った。壊したいのだ。己を含んだ全てのものを。

 

怒りに依らない凶気の衝動は意識その物を灼き、思考能力を焦げ付かせ。意味など生まれようもなく、ただ動くのみ。

青黒い厚皮から真っ黒な靄を吹き出し、「それ」は進路をはっきりと定め、駆け出した。

 

視線の先にあるものは、人の営み、その集落。

ベルナ村――かの平穏の地を、凶気に満ちた紅き瞳が貫き、穿ち。

 

『――ァァッァアァアアアアアアア――!!!』

 

……そうして、「それ」は。

己の限界を超える程に、裡に灼熱の呼気を押し込み、留まらせ――――。

 

――次の瞬間、強烈な怒号が古代林そのものを震わせた。

 

 

 

 

 

――ぐつ、ぐつ。ぐつ、ぐつ。

 

ここ数日すっかり聞き慣れた音が、鼓膜を揺らす。

肉と山菜を入れた湯――スープと言ったか。それを煮る音だ。

 

ドスマッカォはただ一匹、歪んだ鍋が生み出すその光景を無表情に眺めていた。

 

「…………」

 

不格好な焚き火の明かりがゆらゆらと揺らめき、いつもの洞穴を不気味に照らし出す。

 

……否、そこはいつもの洞穴ではなかった。

毛布、荷車、救急箱、その他諸々。少し前まで雑多に置かれていた筈の日常品はその全てが姿を消し、生活感の消えた殺風景な光景が広がっている。

 

――ここの主が消えた。その証左だ。

 

「……グァル」

 

と、そうしている間に湯が煮えた。

 

ドスマッカォは直接火に落としていた鍋を器用に爪で引き上げると、その中身を覗き込む。

途端、朦々とした湯気が立ち込め、妙な匂いが鼻を突く。それは7号がいつも作っていたスープとはまるで違う、生臭いもの。

 

……何となく、嫌な予感がしつつ。ドスマッカォは顔を顰めながらも、これまた妙な色合いをしたスープに舌を突っ込んだ。が。

 

「――……」

 

嗚呼、何というべきか。

乱雑に歯で噛み千切っただけ、血抜きもしていない肉はただただ臭く、粉っぽく。キノコと山菜を適当に入れただけのスープもまたアクがくどい。

おまけに歯を擦った火花で雑草を燃やしただけの火加減もめちゃくちゃだったらしく、率直に言ってかなりマズイ。7号が作ったものとは天地の差だ。

 

「……フスン」

 

しかし、こんな物でも生肉を齧っていた時よりは幾分か味に彩りがあり、体の調子も良くなるのが泣ける所だ。

ドスマッカォは不機嫌を隠さず鼻息を漏らすと、鍋の中身を一思いにかき込み、飲み干した。

 

……古代林より7号が消え、数日。ドスマッカォは、また一匹となっていた。

 

 

 

 

――先日のやり取りの後。戻ってきたドスマッカォを迎えたのは、無人と化した隠れ家の姿だった。

 

……結局、7号はドスマッカォと敵対する道を選んだらしい。

当初、それを理解した彼は激怒し、憤りもしたが――しかし、同時に納得した部分も確かにあった。

 

何せ、あの7号が選んだのだ。

 

ドスマッカォの一挙手一投足に怯え、事あるごとに愛想笑いを振りまいたあの臆病なメラルーが、その威圧を受けながらもなおハンターのオトモとなる事を選んだ。

それは、強大な力にへりくだった者の刹那的な選択だとは思えない。むしろ、勇気を持って一歩を踏み出したのではないのか。

故に怒りはあったが、裏切られたという感情は殆ど湧く事は無かった。

 

……認めたのだ、その選択を。

 

そもそも、ドスマッカォに7号の行先を決める権限は無い。

 

単に助けられ、少しばかりの情が湧いた。それだけ。

怪我が治った以上は、さっさと捨てるべき格下なのだ。少なくとも群れのリーダーであった時の彼は、そんな思考をしていた筈だった。

 

だというのに、こうまで7号にこだわり心を乱している。何とも恥ずかしい話だと、舌打ちを鳴らしたドスマッカォであった。

 

ともあれ、そうと納得したのならいつまでも7号の影に囚われている訳にもいかない。ドスマッカォは、以前の健常な生活へと戻っていった。

 

無論、子分達を失った以上は全く同じ生活には戻れない事は分かっている。

しかし同時に「料理」を始めとした多少の文化的概念を会得したのだ。7号の見よう見まねが殆どとは言え、もしかしたら以前よりも豊かな生活にはなっているのかもしれない。

 

……ただ、心に感じる隙間風のようなものは、どうしようも無かったのだが。

 

 

 

「……グルァ、ッグ……」

 

マズいスープを全て平らげ、ゲップを一つ。

ドスマッカォは苛立ち紛れに鍋を壁に投げつけようとして――ほんの少し躊躇い、軽く放り投げるに留めた。

 

かつてあの鍋を抱えて嘆いていたネコを思い出した訳では無い。決して。

 

「グァル……」

 

そうしてゴロリと寝転がり、居眠り混じりに今後の事を考える。

 

果たして、これから己はどう生きていくべきか。

以前にも軽く考えた問題であったが、今となっては非常に切迫した問題だ。

 

子分があのザマとなった以上、昔収めていた縄張りはもう存在しないだろう。

敵対していた群れは幾つかあり、その頭はどれも己と同じ程度には知恵がある。縄張りを奪われた直後ならまだしも、こう時間が立ってしまっては、何とも。

 

加えて、群れを率いていない状態ではもうどうする事も出来ぬと悟り、ドスマッカォは早々と諦める事にした。元より、最早執着は薄れていたのだ。

 

ならばやはり、旅か。

未だ見ぬ新天地に希望を想い、古代林を捨て立ち去る。やはり屈辱の残る選択ではあったが――以前よりも引っかかりが少なく感じ、片眉を上げた。

さて、何故か。少し考え、思い当たる。

 

――ハンター。奴の存在が原因だ。

 

「…………」

 

ハンターの力に恐れ慄いた、という訳ではない。問題は、奴の腰巾着を「選んだ」者の存在だ。

 

おそらく、何時かは奴も再びこの古代林へ訪れる事だろう。それもハンターと共に、何かのモンスターを狩る為に。

それがジャギィやイャンクックどもならば構わない。むしろ諸手を挙げて囃し立てる所ではあるが――もしそれが、己だったとしたならば。

 

「――……フスン」

 

嫌か。だからか。だから旅に出ても良いと思っているのか、己は。

何だかんだと強がりながら、結局はこれだ。逃げ腰の考えを抱く自分に腹が立ち、尻尾を床に叩きつけた。

 

……本当に、己は弱くなってしまった。ドスマッカォはそれ以上何も考えたくもなく、意識を手放し不貞寝した。

 

 

そうして次に目が覚めた時には、日は高く上がっていた。

始末を忘れていた焚き火も完全に消え去り、僅かに煙を吹いている。どうやら、それなりに長い時間眠っていたらしい。

 

「…………」

 

寝ぼけ眼のドスマッカォは、暫くぼうと焚き火の上げる煙を眺めていたが――やがて立ち上がり、尻尾に鍋を引っ掛けながら外に出る。

 

――やはり、旅だ。己は旅をするのだと、そう決めた

 

もういい知らん。何も知らん。

屈辱だ何だ、ああ結構。それら全て、散った左の冠羽根に押し付ける。

ドスマッカォの頭は元々深く考えるように出来ていないのだ。ならば考えなしになった方がより「らしい」。

 

鍋は旅支度の代わりだ。ドスマッカォは半ば自棄糞になりながら歩き、中層を抜け浅層へと足を進め、

 

「――……?」

 

ふと、違和感を感じた。

 

……いやに静かだ。森の中、いつもならばやかましい程に囀る鳥の声すら無く、しんと静まり返っている。

まるで古代林全体が何かに怯えているようだ。ドスマッカォの頭が急激に冷え、気づけば無意識の内に身体が警戒態勢を取っていた。

 

「…………」

 

そして、前、右、左、背後。せわしなく視線を散らしながら、一歩前に出た――その瞬間。

 

 

『――ァァッァアァアアアアアアア――!!!』

 

 

「――ッ!?」

 

ぶわりと、全身が総毛立つ。

 

何も考える余裕など無かった。

ドスマッカォは激しく鳴り響く生存本能に従い、咄嗟に跳ね跳び付近の岩山の上に身を隠す。

 

……岩山?

 

何故草むらに隠れなかった――行動が終わった後に脳の片隅で思ったが、すぐにその疑問は氷解した。

 

 

『――グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

斬――。

古代林その物を揺るがす怒号が森奥から炸裂し、同時に見える範囲の景色が一文字に切り裂かれたのだ。

 

ゼンマイも、土も、大木も、全てが真横に薙がれ。その鋭き斬撃の余波はドスマッカォの隠れる大岩の半分程までを削り、ようやく止まる。

もし判断を間違っていれば、今の一撃で死んでいた。否応なく理解した彼の赤肌から、勢い良く血の気が引いた。

 

――何だ、これは。一体何が起こっている……!

 

そう混乱するドスマッカォの問に答えるように、広くなった森中を巨大な影が横切った。

 

 

『――――――!!』

 

 

それは、青黒い厚皮を持つ竜だった。

巨大な顎と、それに伴う巨体を持ち。先の現象を成したと思しき、刃物を想起させる長大な尻尾が特に目を引く、二足歩行の巨大竜。

 

――斬竜ディノバルド。古代林の深層に住まい、滅多に表に出てこない凶悪なモンスターだ。

 

幸運にも、奴はドスマッカォの存在には気づかなかったらしい。

身体から真っ黒な靄を吹き出し、凶気に塗れた咆哮を上げるディノバルドは周囲の惨状になど目もくれず、一直線に走り去る――。

 

「グ……ァア……」

 

そうして静けさが戻り、数刻。逸る心臓を押さえ込み、ドスマッカォは大きく息を吐きだした。

足音が完全に消えるまで爪一本動かす事ができなかった。見つかればどうなっていた事か。

 

ディノバルド。その存在自体は、ドスマッカォも知っていた。

喧嘩を売ればまず確実に殺されるであろう、己よりも遥か格上のモンスターだ。

 

今まで相対した事はなく、マッカォのリーダーとなる前に一度か二度遠目で見た事がある程度だったのだが……何故今、こんな所に?

あの真っ黒な靄の影響だろうか。少なくとも、以前見た時にはあのような現象は無かったように思える。

 

「…………」

 

そういえばと、マッカォ達の「妙な竜に縄張りを侵された」という言葉を思い出す。奴の事だろうか。あの暴れようでは可能性は大きい。

 

しかし、どうも理性を失っている割には、ハッキリとした目的があるように見える。

ドスマッカォは未だ震えの止まらぬ片足を気にしつつ、ディノバルドの去った方角を振り返り。

 

「…………!」

 

気づいた。

切り倒された木々の隙間。そこに広がる大きな草原を行く青黒い背中のその先に、小さく村が見えた。

 

確かあの場所は、あの忌々しいハンターが拠点とする場所だった筈だ。

あんなバケモノが襲来したとなれば、どれだけの被害が出るか及びもつかない。もしかすると、ハンターすらも屍となるのではないか。

 

ドスマッカォはその地獄絵図を思い、昏い笑みを浮かべ――すぐに引っ込んだ。

 

「グ……」

 

……ハンターの、拠点。

それに付随して長耳のメラルーの姿が脳裏をちらつき、苦虫を噛む。

 

――馬鹿が、何を考えている。

 

人間は、あのハンターは己をこんな惨めな姿にした原因だぞ。

その腰に何がくっついていようが関係ない。ざまぁみろと嗤い、喜ぶべきだ。そうだろう。

 

ドスマッカォは半ば言い聞かせるようにして再び嗤おうとするが、しかし上手くいかない。噛み締めた歯がガチリと音を立てて滑り、また腹が立ち。

 

「……、……」

 

――そして舌打ちと共に首を振った時、視界に入った物がある。

 

先の斬撃により一定の高さで刈られた草の上。そこに、同じくすっぱりと断たれた金属が見えたのだ。

……否、単なる金属ではない。見覚えのある歪み方をした、見覚えのある丸い容器。7号の隠れ家から持ち出した不良品の鍋が、無残な姿で転がっていた。

 

おそらく先程飛び上がった時に落とし、そのまま巻き添えを食ったのだろう。

鍋の欠片を咥え上げたドスマッカォの目が血走り、片冠が開きかけ――何かに気づいたかのように、怒りの兆候が止まった。

 

「――……」

 

まぁ、待て。冷静に、筋道立てて考えろ。

 

まず、ディノバルドが斬撃を放った。

そしてドスマッカォがそれを避け、代わりに鍋が壊された。ここまでは良い。

 

――では、これが意味するところとは、つまりどういう事なのか……?

 

「――グルァァァ……!」

 

――嗚呼、そうだ。己は、ディノバルドに喧嘩を売られたという事だ。

 

それも所有物を破壊され、言ってみれば手傷を負わされた状態だ。

だとするならば、ドスマッカォはどうするべきか。強大な力に怯え、敗走するという行為が大・大・大・大嫌いなこのドスマッカォはどう動くべきなのか。

 

何。そんなもの、考えるまでもない……!

 

「グギァルッ!」

 

ギラリと目を光らせたドスマッカォは、力強く大地を踏みしめるとディノバルドを追って走り出す。

 

勝てないだの、殺されるだの、そんな恐怖は驚くほどに少なかった。

あるのはただコケにされたという屈辱と、安堵混じりの激しき闘志。

 

――己は7号の為に走るのではない、プライドにより走るのだ。

そうだ、だから何も引っかかりはない。己自身の為、それ以外の理由は無い。絶対に!

 

……今この瞬間、ドスマッカォは己に対し理屈の鎧を纏わせた。

それは短絡的な鳥竜種の枠を逸脱した思考ではあったが、当の彼はそれに気付く事は無く。

 

「――ギイェァアアアアッ!!」

 

幸いとも言うべきか。周囲のものを無作為に破壊しながら動くディノバルドの足は遅く、すぐに追いつく事が出来た。

ドスマッカォは大口を開けて咆哮を上げると、同時に宙へ放り出された鍋の欠片を大きな尻尾で打ち据える。

 

そうして鍋の欠片は衝撃波すら伴い空を裂き――ディノバルドの背中に激突。大きな音を撒き散らす。

 

『――――――ッ!?』

 

ディノバルドも流石に驚き、足を止め。咄嗟に背後を振り返り――。

 

「!?」

 

――目の前に広がる鋭い鉤爪に、咄嗟にその場から飛び退いた。

 

ドスマッカォの必殺技とも言える、強靱な尻尾による大跳躍。

大型モンスターの突撃速度よりも速いそれを用いて一息に距離を詰め、ついでとばかりに奇襲を行ったのだ。

 

「ギィッ……!」

 

繰り出された鉤爪は虚しく宙を掻いたが、ディノバルドの動きを止める事には成功した。

ドスマッカォは飛びかかった勢いを砂埃を上げて殺しつつ、二度三度と跳躍。ディノバルドと向かい合うようにして、ようやくしっかりと着地する。

 

――その構図は、奇しくもディノバルドからベルナ村を守っているようにも見えるものだった。

 

 

『――――ッッ!!』

 

 

咆哮。

 

理性を失った怒号と、己を奮い立たせる叫びが重なり、漂う砂塵の全てを吹き飛ばし。

直後、二者は意思を交わす間もなく互いに強く地を蹴った。

 

――斬竜と跳狗竜。

 

「格」は違えど、古代林において実力者と目される者達の殺し合いが、今ここに幕を開けた。

 

 




『料理をするドスマッカォ』
カラスだってクルミ割ったり色々するんだから、ドスマッカォさんも出来るっすよ!


『凶気のディノバルド』
獰猛化と黒の凶気って似てるよね。正直XXでもストーリーズのアレコレちょっと期待してるんですけど、どうですかね。
何よりお祭り作品の続編ですしおすし。


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 (中)

『――――――ッ!!』

 

理解不能の怒号と共に、ディノバルドの刃尾が一閃。目前の敵を縦に割らんと振り下ろされた。

対するドスマッカォは冷静にそれを見極め、軽く右に跳躍して回避。直ぐ様反撃に移り、発達した腕部を叩き込む。

 

――衝撃。

 

ディノバルドの青黒い厚皮と刃尾の落ちた地面が、ほぼ同時に炸裂音を発した。

 

「グ……グッ……!」

 

……しかし、その威力差は歴然。

厚皮にめり込んだドスマッカォの爪と拳はその先の肉に通らず、軋みを上げ。刃尾が落ちた地面は深く割れ、土塊を周囲に撒き散らす。

 

明らかに、力負けしている。

 

『――ァァァアアアアッ!』

 

「! ギィッ!」

 

横合いに感じた殺気にドスマッカォが身を屈めれば、その頭上を大きな顎が通過する。

途端に固い牙を噛み合わせる音が鳴り響き、あれに噛まれれば一溜まりもなく砕かれるだろう事は容易に察せられた。

 

ドスマッカォはゾッとしつつも瞬時に尻尾を地面に突き立て、バネを開放。再び大きく跳躍し、距離を取り――瞬間、眼下を刃尾が薙いだ。

ディノバルドに纏わり付く黒い靄が真下で吹き荒れ、崩しかけたバランスを身を捻ることで立て直す。

 

そして素早く尻尾で地面を叩き着地の衝撃を和らげると、その勢いを利用して諦めずディノバルドへと飛びかかっていった。

 

……やはり、格上だ。

絶え間ない応酬を繰り広げつつ、ドスマッカォは素直にディノバルトへの畏怖を抱く。

 

何らかの理由で理性を飛ばしているにも関わらず、その動きは機敏であり、的確だ。

おまけに重さもかなりの物で、一撃でも喰らえばその時点で死ぬ。少なくともドスマッカォにはそうなるであろう確信があった。

 

では何故、そんな強敵とこうまで上手く立ち回る事が出来ているのか。それはやはり、ハンターとの戦闘経験があったからこそなのだろう。

あのハンターの少女が振り回していた大剣と、ディノバルドの刃尾。形は元より、取り回しに幾つか重なる点を感じたのである。

 

速度はあるが範囲の狭い振り下ろしに、隙はあれど範囲の広い薙払い、その他細々。体格から来る違いは大きいとは言え、攻撃としての性質は似通っているように思える。

それを念頭に置いていれば、ディノバルドの筋肉の動きから大まかな攻撃予測は立てられた。

 

――大怪我を負い、冠羽根や子分を失ったあの一戦。

 

ドスマッカォとしては恥じるべき記憶であれど、確かに得るものはあったのだ。

 

何度目かの攻撃を避け、返す鉤爪で厚皮を裂き、また離れ。

例え未だ明確なダメージを与えられていないとしても、その機会を幾度も掴めているという事実に、ニヤリと不敵な笑みが浮かんだ。

 

『――――グアアアァァアアアアアア!!』

 

「!」

 

するといい加減に焦れたのか、ディノバルドは苛立ちも顕に大きく刃尾を振り上げた。

同時に黒い靄もその量を増し、周囲の景色を塗りつぶす。目眩ましだ。

 

靄に包まれたドスマッカォは咄嗟に足を止めかけ――逆に大きく踏み込み横に飛び、尻尾で着地。大きく力を溜め込んだ。

広範囲に目眩ましを撒いたとなれば、次に来る攻撃の種類はそう多くない。思い出せ、かつて己が捲き上げた砂塵に対し、ハンターはどうしたか――!

 

「ギ、グルルァァアッ!!」

 

――斬、と。やはり、敵ごと靄を払う横薙ぎの一撃が襲い来る。

それを読んでいたドスマッカォは瞬時に尻尾のバネを解放すると、今度はほぼ垂直に跳躍。薙がれた刃尾を悠々と躱し、飛翔した。

 

高く、高く、高く。ディノバルドの身長よりも高く空を舞い、身を捻り。

それはまるで、何時かのハンターの行った飛翔の極意。蒼い燐光こそ無かったが、ドスマッカォの目には己の半身を切り裂いたあの一閃が見えていた。

 

「グルアアアアアアッ!!」

 

そうして、攻撃を外した勢いでたたらを踏むディノバルドの頭部。

丁度真下に位置したそれに向かい――全身全霊を持って、その鉤爪を振り下ろす。

 

『――――――――ッッ!?』

 

ブチリ、ブチリと。おぞましい絶叫と共に、鈍い音が2つ響いた。

 

一つはドスマッカォの鉤爪が厚皮の硬さに耐え切れず、肉ごと捲れ吹き飛んだ音。

そしてもう一つは――ディノバルドの片眼が抉り抜かれた音。

 

――そう、ドスマッカォの一撃は正確にディノバルドの眼球を捉え、右腕の爪を代償に無理矢理引き千切ったのである。

 

「ギ、ルァ……!!」

 

少し離れた場所に、紅い眼球の突き刺さった己の爪が落下した光景を確認し、ドスマッカォは口端を歪めた。

 

攻撃手段の一つを失ったのは文字通り痛いが、片腕の爪と眼球だ。ダメージの総量としては確実にこちらが上回っている。

 

勝ちの目が、見えてきた。

鼻先のピリつく刺激臭の漂う戦場。ドスマッカォは血の滴る右腕の痛みを堪えつつ、ディノバルドへと更なる追撃をかけ、

 

「…………?」

 

……刺激臭?

 

何故そんなものがする。

ふと、疑問に思った瞬間。ガチン、と何か硬質な物同士が擦れる音がした。

その音源は、今まさに尻尾で叩き飛ばそうとしているディノバルドから聞こえ――。

 

「――グ?」

 

 

――直後、轟音。ドスマッカォの全身は、激しい爆炎に包まれた。

 

 

「カッ……!?」

 

羽根鱗が焦げ付き、肉が焼ける。

身体の爛れるあまりの痛みと苦しみに、吹き飛ばされ転がったまま起き上がれずにのたうち回った。

 

……何が、起きた……!?

 

辛うじて無事だった眼球を動かせば――そこにあったのは、自身の刃尾を咥えながら、激しい火花を振りまくディノバルドの姿だ。

ガチン、ガチンと牙と刃尾を擦る度に、周囲の靄の一部が小爆発し火を噴き放つ。その異様とも言える光景に、ドスマッカォは理解する。

 

――あの野郎。この黒い靄に、何かを混ぜていやがる……!

 

先程黒い靄を吐き出したのは単なる目眩ましではなかった。

おそらく混ぜた物質は、酷く発火しやすい物質なのだろう。ディノバルドは自身の牙と刃尾を用いて、その物質に引火させるか何かをしたのだ。

 

「料理」という概念を知り、己で鍋に着火した経験がなければ決して分からなかった。思っても見なかった攻撃方法に唖然とし、ドスマッカォは暫し呆然として。

 

『――――――ッ!!』

 

「! ッグ、ギャアアアアアッ!!」

 

その隙を逃さず吐き出された豪炎を、転がる事で反射的に避ける。大地が燃え、炎が盛った。

 

そうだ、今は驚いている場合ではない。

ドスマッカォは火傷塗れの全身が訴える悲鳴を無視して立ち上がり、ふらつきつつも走り出す。

 

そうして何とか一旦距離を取ろうと図るものの……その動きからは精彩が失われ、おぼつかない。

当然ディノバルドの狙いを外し切る事は出来ず――走る先へと的確に爆炎を置かれ、直撃。

再び大きく吹き飛ばされ、地を転がった。

 

「グ、ギィ……!」

 

熱い、熱い、熱い――痛い。

叩きつけられた事で遠くなっていた意識が戻り、激痛が脳を灼く。焦げた冠羽根がはらりと落ち、更に枚数が減った事を知った。

 

「グ、カカ、ガ……」

 

……せっかくハンターから受けた傷は癒えたと言うのに、また大怪我だ。

立ち上がる体力すらも、既に無い。最早ディノバルドが刃尾を研ぐ音を、壊れかけた聴覚で聞き続けるしか無く。

 

「――……」

 

死にたくないと、恐怖が湧いた。

 

しかしそれはハンターとの時に感じたものより、ずっと小さなものだった。

今回はディノバルドの片目を潰したという戦績があるからなのか、それとも。

 

『――――――!!』

 

ゆっくりと歩くディノバルドが残った眼を怒りに燃やし、大きく刃尾を振り上げる。

 

片目を失った所為か、平衡感覚は削がれているようだが……しかし倒れている獲物を見逃す程に、狙いは甘くならないだろう。

ドスマッカォも最後まで諦める事無くディノバルドを睨むものの、それ以上の事はできそうもなかった。

 

――嗚呼、死ぬ。心臓が早鐘を打ち、全身に痛みを送る。

 

「――……」

 

ドスマッカォは、無意識の内に何事かを呟いた。

仲間呼びの声。誰も来ないと分かりきっているが故の、悪あがき。

 

そうして、決して視線を逸らさず睨み続けるドスマッカォに、炎と凶気を纏った刃尾が勢い良く振り下ろされた――。

 

 

「――――にゃ、ぁぁぁあああッ!!」

 

 

――刹那、光が弾けた。

 

 

『――――――ッッ!?』

 

「ギャ、グァッ!?」

 

目が灼ける。あまりの光量に視覚が潰れ、平衡感覚すらも飛んだ。

ドスマッカォは思わず全身を大きく跳ねさせ、その痛みに呻いたが――それ以上は無い。どうやらディノバルドも同じ状態のようで、混乱し、たたらを踏む音が聞こえた。

 

「うんしょら、どっこい、にゃっ、にゃっ……!」

 

続いてガラゴロという鈍い音が聞こえ、己の身体が何かに乗せられ引きずられる感覚がする。

 

もう、ここまで来たら分からいでか。

ドスマッカォは地面に擦られる尻尾の痛みに青筋を浮かべ、牙を剥く。それはある種、歪な笑顔のようにも見えた。

 

 

「――モンスターさん、だいじょぶかにゃ!?」

 

 

取り戻した視界に映るのは、己を荷車に乗せ運んでいるメラルーの姿。そして

 

 

「――やあああああああッ!」

 

 

手に持つ大剣を振りかぶり、ディノバルドへと突貫する人間の少女の姿。

――7号と、ハンター。今のドスマッカォにとって最も会いたくない者達が、そこに居た。

 

 

 

 

「しッ――!」

 

ハンターの持つ大剣が空を裂き、振り下ろされる。

 

当然、標的はディノバルドだ。

その視界は未だ戻っては居ないらしく、ふらふらとおぼつかない足取りではあったものの、しかし殺気は感じていたらしい。

 

『――――――!』

 

ディノバルドは咄嗟に体を捻ると刃尾を掲げ、大剣の重い一撃を受け止める。

甲高い金属音と火花が散り、そのままハンターを吹き飛ばすべく、軋みを上げる刃尾を大きく振り回し――外した。

 

その時には既にハンターは空中を飛翔し、蒼い燐光を振りまいていたのだ。

彼女は足元を通り過ぎる凶刃の側面を更に蹴り飛ばすと、高く高く飛び上がる。そして全力で大剣を振り下ろし――こちらも、外す。

 

それも当然。ディノバルドは先程似た攻撃をドスマッカォより受け、片目を失っている。

例え理性を失った状態であろうと、生存本能から来る原初的な学習能力までは錆びついていなかった。

 

一進一退の攻防。固い刃尾と大剣による剣戟の音が、古代林の草原に繰り返されていた。

 

 

 

「グ、ゥゥルルル……!」

 

その光景から、少し離れた場所。

7号からの手当を受けていたドスマッカォは、何故お前らがここに居るのだと、そう問うた。

 

「……ベ、ベルナ村で、騒ぎになってるのにゃ。変なディノバルドがこっちに向かってるっていう……」

 

「グルァ!!」

 

――そういった事ではない!

ドスマッカォは治療の手を振り払うと、動けないままに7号を睨みつける。

 

村を守る。その為にディノバルドを斃す。そこまでは良い。

しかしそれは、ドスマッカォが死んでからでも問題はなかった筈だ。わざわざ分散してまで助け、こうして治療までする意味がどこにある。

以前ならばいざ知らず、今のお前はハンターの側で、敵だろうが。そう吐き捨てて威圧した

 

7号はその迫力に顔を青くして震えたが――しかし悲鳴は上げずに、ぐっと堪えて。

 

「……き、きこえた、のにゃ」

 

「……?」

 

ぽつりと、零すように呟いた。

 

「さっき、ボクの耳に聞こえたのにゃ。モンスターさんの声が……仲間呼びの、声が」

 

「…………」

 

そんな物は知らない。そう答えたいところではあったが、強がりにしかならないと分かっていた。

故にドスマッカォは黙り込み、口を噤むしか無く。

 

「だったら、聞こえたのなら。ボクは絶対に飛んで来るのにゃ。だって、だって――」

 

……だって、何だろう? 勢いに任せて喋っていた7号の言葉が止まる。

 

(え、えーと、うんと……)

 

自分とドスマッカォの関係は、どう表現するべきか。

友達、というには少し違うし、かと言って他人ならぬ他獣とは絶対に言いたくなかった。

 

ならば、後に残るのはただ一つ――。

 

 

「――そうにゃ! だって、ボクはモンスターさんの、オヤブンさんの子分なのだから!」

 

 

そう、それが一番しっくり来た。

感じた恐怖も、尊敬も。親分と子分という関係性ならストンと落ちる。

 

「――……」

 

そんな力強い宣言に、ドスマッカォは呆然と目を丸くした。

そしてはたと我に返った7号は、調子に乗った恥ずかしさに顔を赤くしながらも彼の治療を再開する。

 

「……そ、それに、ボクは敵になったつもりは無かったのにゃ」

 

「……?」

 

「ボク、今でもオヤブンさんが頭の羽根を大切にしてるの、スゴイって思ってるにゃ。だから、ボクもそう思えるようになりたいって……」

 

……嫌いで嫌いで仕方なかった、自分の耳。

気持ちが悪く、みっともなく。今までが今までだけに、どれだけ頑張った所で、好きになるどころか大切な物として見る事はできそうに無かった。

 

けれど、それを好きだと言ってくれる者と一緒に居れば、その内認識も変わるかもしれない――そう思ったのである。

そしてそれがハンターであり、オトモになった大きな理由なのだ。7号は恥ずかしげに俯きつつ、そう言った。

 

「あ、あと、ボクがハンターさんと一緒にいれば、オヤブンさんと出会わないよう立ち回れるにゃ? い、言い訳かもしれないけど、そのぅ――」

 

「…………」

 

しどろもどろに話を続ける7号に、ドスマッカォは小さく呆れた。

 

どうやら、このメラルーは群れというものを理解していないようだった。

人間達ならいざしらず、獣たちにとっての群れという枠組みは絶対だ。相手の側に付くという事は、即ち敵に回る事と直結する。

 

仮にも己の子分を名乗るのであれば、それは裏切り以外の何者でもない行為だというのに。

……妙に弾み、安堵する胸に気づかないふりをしつつ、ドスマッカォは溜息を吐き――。

 

 

「――う、ゃあっ!」

 

 

「っ、は、ハンターさんッ!?」

 

「!」

 

突然、吹き飛んできたハンターが付近の地面に叩きつけられ、転がった。

ゴロゴロと土煙を上げ、身を削り。見る限り相当な勢いで落下したらしく、7号は咄嗟に立ち上がりハンターの体力を回復させる薬草笛を吹き鳴らす。

 

「……ふぅ」

 

とは言え土煙の中から現れたハンターは、大きな傷はあれど致命傷は負っていないようではあった。

7号の笛により徐々に傷が言える中、調子を確かめるように大剣を軽く振るなどしている。

 

……呆れる程のタフさだ。奴の攻撃一つで瀕死になっているドスマッカォは、面白くなさそうに鼻息を漏らした。

 

『――――――……!』

 

対するディノバルドも、それなりにダメージを負っているようだ。

青黒い厚皮には幾つもの傷が付けられ、その隙間からは幾筋もの血を流し。巨体を大きく上下させ、あからさまに疲れた風体でハンターの動向を注意深く伺っている。

 

「え、えっと、だいじょぶですかにゃ? 痛かったら、もっと笛吹くにゃ」

 

「…………」

 

「にゃ? にゃっ?」

 

7号の慮りにハンターは静かに首を横に振ると、ひょいと持ち上げ抱きしめる。

無表情ではあったが、うっとりと。そうして一頻り満足すると――ぽん、とドスマッカォの隣に下ろした。どうやら、診ていていいという事らしい。

 

「――……」

 

「…………」

 

(ひ、ひぃぃぃ……)

 

ドスマッカォはそんなハンターを憎々しげに睨んだが、衝動的に襲いかかるような事は無く。

ハンターも彼をじっと見つめたきり特にアクションをせず、ただ7号がハラハラと二者の様子に胃を痛めるているだけで――。

 

「……ん」

 

つい、と。唐突にハンターが視線を逸らし、懐から何かの瓶を取り出しかと思うと無言のまま放り投げた。

そして回復薬を取り出し服用すると、ディノバルドに駆け出し戦闘再開。抜刀しつつ飛びかかる。

 

「え、飲めって……?」

 

終始無言のままの彼女であったが、耳の良い7号は去り際に何某かの言葉を聞いたようだ。

二匹は思わず互いをちらと見て、ドスマッカォの眼前に転がったそれを眺めた。

 

「いにしえの秘薬、だにゃ……?」

 

するといち早くその正体に気づいた7号が声を上げ、急いで瓶を拾い抱え込む。

 

「グルァ……?」

 

「え? そ、そですにゃ。スゴイ貴重品……というワケでも無いケド、かなり作るのが大変な回復薬にゃ。何でも、どんな怪我でも一発で治るっていう……ハッ」

 

説明している途中、ふと気づき。7号は慌てて瓶のフタを開けると、意気揚々とドスマッカォに突き出した。

どことなく妙な匂いが鼻を突き、思わず顔を顰める。

 

「これ……ハンターさん、飲めって言ってたのにゃ。きっときっと、オヤブンさんに言ったのにゃ!」

 

「…………」

 

7号は笑顔でそう言うものの――ドスマッカォの表情は浮かない。

 

当たり前だ。あのハンターはかつて己の冠羽根と身体を引き裂いたのだ。

そのような者からの施しなど、例え傷が治るのだとしても受け取りたくはなかった。

 

……しかし。

 

「――……」

 

ドスマッカォは、再び壮絶な切り合いを繰り広げているハンターとディノバルドを見た。

どちらも己より格上なのは明らかで――だからこそ、腹が立つ。

 

――奴らに対し、己はこんな所で何をしている。

 

今この時。ただ一匹だけ残った子分と名乗る存在の前で。己は、どんな無様を晒している――?

 

「――ッ!」

 

「に、にゃっ」

 

このメラルーが居る限り、己は未だ群れの長だ。なのにこのまま呻くしか出来ないなどと、そんな情けない話があるものか。

それに比べれば、ハンターから施しを受ける屈辱などいとも容易く呑み干せる。

 

ドスマッカォは7号の手から食い千切るように瓶を噛み――そのまま、口内で噛み砕いた。

 

「グ――カッ!?」

 

途端妙な味が舌上に広がり――ドクン、と心臓が大きく脈打った。

同時に全身が燃えるように熱くなり、ズキズキと表皮が痛む。火傷で爛れた部分が再生し、新たな鱗に生え変わる。

 

竜としての肉体が、傷を受ける前より強靱な肉体を形作ろうとしているのだろう。

燃えた皮も、焦げた鱗も、折れた爪も。この戦いで傷ついた全ての部位が凄まじい熱量を発し、疼き。

 

「――ッッ!!」

 

――しかし、その熱が未だ生え揃わない左側頭部の冠羽根まで及んだ瞬間。ドスマッカォは大きく目を見開き、抵抗した。

 

「ギ、ガ、カヵ……ッ!」

 

嗚呼、ダメだ。馬鹿にしている。

 

ハンターに斬られた誇りが、ハンターの施しで治されるだと? 全くもってつまらない茶番だ。

 

例え屈辱は呑めたとしても、それだけは許せない。許せる訳がないだろう。

幾ら見苦しくとも、惨めであっても。奴の手で冠羽根を元に戻される事だけは、決して受け入れてなるものか。

 

もしそうなってしまったら――己は今後一生、ハンターよりも「格上」にはなれない。

 

否、それどころか、決して逃れ得ぬ敗北者という、あってはならぬ「格」を背負う事になる……!

 

「――グ、ガアアアアアアアアァァァッ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

絶叫。

ドスマッカォは裡に流れる熱の奔流に抗い、己の頭を強く地に叩きつける。

 

何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も、何度も。

治るなと、余計な事をするなと。怒りと願いを込め、強烈に。赤肌が割れ、血が舞った。

 

「お、オヤブンさん! オヤブンさん!?」

 

傍らの7号はそんな異常な様子に慄き、必死に止めようとしがみつくが、それすらも振り払い。

 

 

「――――ッッ!」

 

 

――そして、最後。

 

とてつもない轟音と共に砂塵と血煙が舞い――動きが、止まった。

 

 

 




五話前後で終わると言ったな。すまん、ちょっと伸びるのじゃ。
0時までには全部投稿しますー。


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 (下)

一方、ハンターとディノバルドの戦いは熾烈を極めていた。

 

『――――――ッ!!』

 

「っく、はぁ」

 

巨大な刃尾と、ハンターの身の丈ほどもある大剣。互いの得物が交差する度に空気が震え、大地が割れる。

ディノバルドは時折爆炎を用いた遠隔攻撃も行うものの、ハンターを捉えるには至らず。ハンターも湧き出る黒い靄に視界が阻まれ、上手く間合いを掴めない。

 

全体の流れで見るならば、片目の使えないディノバルドが不利ではあったが――さりとて、勝負を決定づける程の差でも無く。

 

……7号に助けを借りるべきだったかな。

これで片眼が潰れていなかったらと思うと笑えない。ハンターの心中に少しの焦りが生まれ、ディノバルドと睨み合う中一筋の汗が顎先を伝った。

 

――と。

 

「……にゃぁっぁぁあぁぁぁぁああああああああああああ……!!」

 

「!」

 

背後。遠く離れた場所から、その7号の声がした。

それはものすごい勢いで近づいてくるようで、酷く乱れた声だった。

 

……いにしえの秘薬を渡した、どこか見覚えのあるドスマッカォと共に居るのか?

可愛い7号のお友達だったようなので、何となく助けてみただけなのだが――味方になってくれるのならば、仏心を出して正解だった。

 

ハンターはディノバルドへの警戒を解かないまま、チラリと目線を7号の方角へずらし――。

 

「――ギシャアアアアアアアアッ!!」「にゃぁぁああぁあぁああアアッ!?」

 

「っ!」

 

途端、背後から現れた大柄な影と絶叫が頭上を飛び越え、その風圧に思わず顔を手で覆う。子供らしい、悪い癖だ。

ハンターはすぐに我に返り、手を下ろし。慌てて大剣を構え直し、ディノバルドへと向き直る。

 

「ギャルァッ!」

 

見ると先程の影が猛スピードでディノバルドへと走りより、その鉤爪を振り下ろしていた。

ディノバルドは突然の闖入者に動きを止めたものの、それも一瞬。冷静にその動きを見極めると横っ飛び、奇襲から逃れ出る。

 

「――キシャアッ!」

 

『――――ッ!?』

 

されど飛んだ先には、しなりを上げる尻尾があった。

当然、空中のディノバルドにはそれを避けきれる筈もなし。思い切り横面を叩き飛ばされ、大地に頭から突っ込んだ。

 

同時に闖入者の方も相当の衝撃がかかったらしく、ディノバルドとは反対方向に吹き飛ぶが――器用にバランスを取り、二度三度と跳躍しながらハンターのすく近くへと着地。

そして何が嬉しいのか、短く喜びの咆哮を上げガッツポーズのようなものを取った。チンピラか。

 

「――……」

 

――それは、ドスマッカォではあったが、ドスマッカォでは無かった。

 

強靭なものと生え変わった全身の羽根鱗や、一回り肥大化した右腕の爪。

これだけでも通常のドスマッカォとは大分雰囲気が異なっているが――何より目を引くのは、片方だけの冠羽根だろう。

 

普通ならば頭の輪郭に沿って生えている黄金の羽根が、右半分しか生えていない。左半分の羽根は前の状態のまま一切変わらず、断ち切られたままだ。

その右の羽根も大概異常な状態で、何がどうしたのか砕けた顔面の赤鱗と混じり合いつつ生えていた。おまけにその長さも倍近くまで伸びており、右半身を中程まで覆っている。

 

まるで、本来左の羽根に行く筈だった栄養が、全て右の方に流れて行ったかのようだ。

 

「…………」

 

……本当に、さっきのドスマッカォなのかな。これ。

 

むくりと疑惑が湧いたハンターであったが、右の冠羽根に隠れるように目を回した7号がしがみついてる姿が見え、ああさっきのだとホッと一息。

おそらく、自分が渡したいにしえの秘薬の所為なのだろう。果たして生態系に影響はないものか、場違いにも不安がよぎり。

 

『――――――ッッ!!』

 

「!」

 

「にゃぐ!?」

 

起き上がったディノバルドの怒りに満ちた咆哮に揺さぶられ、7号共々我に返る。

そうだ、今は観察だの考察だのをしている暇はない。早く奴を討伐しなければ。

 

ハンターは一度大剣を納刀すると、気を取り直してディノバルドの下へ駆け――。

 

「――――――」

 

――途中、ドスマッカォと少しの間目が合った。

 

ハンターと並走するその瞳は、確実に彼女を敵視しているものではあったが――そこに憎悪の類は無い。

彼らは互いに会話もなく、サインもなく。数瞬の間だけ見つめ合うと、左右に別れてディノバルドへと飛び込んだ。

 

「にゃ、にゃあああ!?」

 

唯一、あまり状況を理解してない叫びがドスマッカォの背中で響いたが、それも単なる瑣末事。

信頼もチームワークも何もなく。一人と一匹は猛攻をかける。

 

『――ァァァァァアアアアア!!』

 

ハンターの大剣をディノバルドが防げば、その隙を突きドスマッカォの爪が襲い。

逆にドスマッカォの尻尾を避ければ、今度はハンターの大剣が刃尾を切り飛ばさんと振り下ろされる。

 

一見すれば連携を取っているようにも見えるが、その実好き勝手に動いているだけだ。

それで同士討ちがなされないのは、ドスマッカォの背中に乗るメラルーの賜物だろう。

 

「わああああっ! 思いっきり剣を薙ぎ回す気にゃあ! ひぃぃ、次は縦ぇぇぇ!」

 

ハンターの心をその耳で聞いた7号が、彼女の次の攻撃をドスマッカォへと流し、当たらないよう警告しているのだ。

極めて歪な三位一体。たった一匹、凶気に囚われているディノバルドに、それに対処できる筈もなく。

 

『――――――ッッッ!!!』

 

すると、形勢が極めて不利だと本能で察したのだろう。

ディノバルドは一度距離を取り黒い靄を大量に放出すると、刃尾を思い切り噛み擦り――解放。激しい火花を散らし、広範囲への引火を引き起こす。

 

大小様々。数多の爆炎が炸裂し、ハンターとドスマッカォも為す術無くそれに呑まれ――。

 

「――ぅぁあッ!?」

 

「グルァアアッ!」

 

突然、その爆炎の中から焦げたハンターとドスマッカォが飛び出し、空中を駆けた。

爆炎に包み込まれる直前、ドスマッカォがハンターの襟首を咥え大剣ごと盾として、そのまま上空へ跳躍。ハンター共々被害を最小限に抑えたのだ。

 

「ペッ」

 

「――ッ!?」

 

「は、ハンターさああん!?」

 

そうしてドスマッカォは滞空したままハンターをポイと放り投げると、自由落下。尻尾から地面に着地し、落下の速度と衝撃をも利用して更に高く跳ね上がる。

ハンターは一瞬驚き身を固めたが、むしろ丁度いいとすぐに復帰。大剣を握り直し、そのまま落下の勢いも乗せ振り切った。

 

「せェやぁぁぁアアアッ!!」

 

その狙いは、刃尾。

 

たった今爆炎の熱に晒されたばかりのその部位は、極めて脆い状態となっており――容易く通った大剣の刃が、その先端を切り落とす。

 

――ギィン!

 

『――――――ッ!?』

 

甲高い音を立て肉と骨が断たれた刃尾が宙を舞い、大地に深く突き刺さり。

そして突然体積のバランスが崩れたディノバルドは、よろめきながらも立ち止まる。

 

……自身の尻尾が、断たれた。

その事実にディノバルドの片方だけの視界が真っ赤に染まり、殺意となった凶気がこれ以上無い程に迸り――。

 

――その瞬間、致命的な隙を晒したのだ。

 

「――ギィェェエアアアアアア!!」

 

「にゃぐぅぅぅぅ! もういやにゃぁぁぁぁ!」

 

遥か上空。古代林に生える木々よりも高い場所から、奇声が落ちた。

 

見上げればそこにあるのは、太陽を背に空を落ちるドスマッカォと、その首根っこに捕まる7号の姿。

彼らは的確にディノバルドが留まる場所へと狙いを定め、隕石のごとく落下。更に幾度か身を捻り、その尻尾に遠心力を乗せ、そして。

 

『――――――!!!』

 

 

――【ドスタンプ】

 

 

ドスマッカォと7号の体重、尻尾のバネ、そして落下速度と遠心力。

それら全てが尻尾の先に集中した一撃が、ディノバルドの頭を真芯に捉え――地面と挟み、轟音と共に押し潰した。

 

大地にヒビを入れる衝撃は傷だらけの厚皮を貫通し、その下の頭蓋にまで至り。血と脳漿が辺りに飛び散り、黒い靄もまた散った。

 

ディノバルドの凶気は、その生命と同様に跡形もなく砕かれたのである――。

 

 

 

 

「ひ、ひぃぃ……し、ししししぬかと思ったにゃぁ……」

 

全てが終わり、一息ついた後。

ドスマッカォの背から転がり落ちるように降りた7号が、震える声でそう漏らす。

 

その視線の先には横たわったディノバルドの死骸があった。

周囲には未だ先の一撃により砂煙が立ち込めていたものの、その巨躯はハッキリと見て取れる。ついさっきまでこれとやり合っていたなど、臆病なメラルーには信じられない事だった。

 

「――……」

 

恐怖がぶり返している7号をさておいて、ドスマッカォは静かにディノバルドを見つめる。

 

一体、こいつは何だったのだろう。

あの黒い靄は何だったのか、何故理性を失って暴れていたのか。落ち着いて考えられる今になって、そんな疑問が顔を出す。

 

「……このモンスターさん、何か、変な心、してたのにゃ」

 

「グ……?」

 

「何か間違ってる、みたいな……ただ、イヤな叫び声だけが、ずっと続いてたのにゃ……」

 

這いずりながら近寄ってきた7号がぽつりと告げるが、やはり意味が分からない。

遥か格上を打倒したと言うのに、どうも妙な引っ掛かりがある。ドスマッカォは不機嫌そうに鼻を鳴らし――。

 

「…………」

 

……いや、それも当然か。何せドスマッカォは、一匹でディノバルドを討伐した訳ではないのだ。

子分を自称する7号はまだ良い。群れの一匹として、つまりは己の力として数えられる。

 

ならば、大きな問題は、そう。

 

「…………」

 

――すぐそこで切れた尻尾の剥ぎ取りをしている、ハンターの少女だ。

 

例え格上を屠れたのだとしても、これと共同で成した以上誇れる事は何も無い。

ドスマッカォは片冠を揺らしながら、横柄な足取りでハンターの下へと歩いて行く。

 

「…………」

 

ハンターもすぐにその姿に気づいたようだった。

 

剥ぎ取りを終えた素材とナイフをポーチにしまい、大剣に手をかけ立ち上がる。

その刃はドスマッカォに向けられては居なかったが、何時でも振り抜ける姿勢を崩さない。

 

そうして互いに刃と尻尾の間合いに入り――ドスマッカォは唐突に、片方だけの冠羽根を見せつけた。

 

――ハンターの施しにより怪我が癒え、ハンターのおかげで一回り強靱な存在となった彼の、ハンターへの抵抗の証である。

 

「グゥルァウ……!」

 

どうだ、全てお前の思い通りにはならなかったぞ。己の「格」は、まだお前の場所まで這い上がれる形であるぞ。

そうとでも言うかのように胸を張り、ハンターを強く睨みつける。

 

「…………?」

 

……しかし、当然ながら人間であるハンターにその意志が伝わる訳もなし。

どう反応すれば良いのかわからない。彼女は無言のまま首を傾げ、困った表情で7号を見た。のだが。

 

「~~~~ッ!」

 

(あわ、あわわわわ)

 

自分を無視されたと感じたのだろう。視線を外されたドスマッカォの額に血管が浮かび、冠羽根が更に大きく膨らみ、開き。

その様子を見ていた7号は震え、頭を抱える。

 

二者の意思疎通をサポートする事は簡単だ。耳の力を用いれば、言葉そのままに通訳出来るのだから。

……しかし、こんなドスマッカォとあんなハンターである。果たして言葉をそのまま伝えたとして、穏便に済むかどうか。

 

ドスマッカォは元より、己の耳を好いてくれているハンターにも好意はあるのだ。

どうしたら角が立たずに事を済ませられるのか。7号は長い耳を引っ張りつつ、必死に頭を働かせ――。

 

「! ぱ、ぱちぱち! ぱちぱちぱち、にゃ!」

 

「グ……?」

 

ハッと何かを思い付き、唐突に拍手を始めた。

いきなりどうした。怪訝に顔を歪めるドスマッカォを他所に、7号は必死にハンターへとサインを送る。

 

「…………?」

 

……正直、何を伝えたいのかサッパリだったものの。

何となくそれを真似して、ハンターもまたパチパチとやる気のない拍手をし始めた。

 

そうして結果的に、ドスマッカォがそれを浴びる形になり――「…………」彼の目が、じっとりと半眼となる。

 

――今、この場は。構図だけ見れば、ドスマッカォを讃える形となっていた。

 

「……フスン」

 

下らない御為ごかしだ。

形だけ己を讃えた所で、それは先日のマッカォ達と何が違う。否、7号は違うかもしれないが、このハンターは―――。

 

「――……」

 

……ああ、いや。確かにハンターも違う。

マッカォ達とは違い、この人間は正真正銘の強者だ。

 

一人でディノバルドと互角以上に渡り合う本物。ドスマッカォの嫌う、強者に謙り裏切る類の者ではない。絶対に。

 

……そんな奴が、形だけとは言え己に拍手を向けている?

 

「……――、ッグルァ!」

 

「にゃぐぅ!」

 

一瞬だけ良い気分になってしまった己に腹が立ち、ドスマッカォは短く吠えた。

 

嗚呼、もう、負けだ。今この場においては、己の負けでいい。それで良いのだろうが。

ドスマッカォは不機嫌を隠さず7号を睨むと、それを最後にハンターに背を向け跳躍。岩の上へと飛び乗った。

 

「お、オヤブンさん! ご、ごめんなさいにゃ! その、ボク……!」

 

「…………」

 

すると7号の慌てた声がその背に飛び、足を止める。

そうしてゆっくりと振り返り――短く一つ、嘶いた。7号の耳にだけ届く程度の、小さな声で。

 

「え――」

 

「グルァァァァルルッ!!」

 

そしてぽかんとした表情で声を漏らした7号を遮るように、ハンターに向けて大きな怒声を発すると、ドスマッカォは岩山を飛び降り姿を消した。

遠くに大地を踏みしめる力強い音が聞こえ――それもやがて、森林に溶け、消えていく。

 

「…………?」

 

「……え、ああ。えっと、ハンターさんには『牙を研ぎ備えてろ』って言ってたにゃ」

 

終始展開を理解できなかったハンターが問いかければ、7号はすぐに我に返りそう伝えた。

どうやら、あのドスマッカォは未だ闘志を失っておらず、再戦を望んでいるらしい。

 

「…………」

 

……成程。良いだろう、こちらも望む所だ。

捕らぬ狸の皮算用。ハンターは大剣の柄を撫でながら、あのドスマッカォの素材からはどんな特殊な武器防具が作れるのかと思いを馳せて――ふと気づく。

 

――耳を抑えた7号が、ニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「…………」

 

「に、にゃ? いやぁ、特に何でもないですにゃ。っと、それより早く素材の剥ぎ取りしなきゃですにゃ!」

 

「!」

 

そうだ。尻尾は採ったが、まだディノバルド本体の素材は剥ぎ取っていなかった。

7号の言葉にはたと気づき、ハンターは剥ぎ取りナイフを取り出し死骸の下へと向かった。早く済まさなければ、ギルドからの遣いに回収されてしまう。

 

そうして7号もその後に続いて走り出し――少しの間立ち止まり、もう一度だけドスマッカォが去った方角を振り返る。

ターバンを巻きつけた耳の奥に、最後にかけられた言葉が再生された。

 

――呼べ。

 

そんな、たった一言。

 

「……にゃふふ」

 

それはつまり、まだ子分として見てくれていると言う事で。

7号は胸の奥から湧き上がる温かいものにニンマリとした笑みを浮かべると、ぱちぱちぱちと姿の見えぬ親分を讃える拍手を捧げた。

 

そして今度こそ振り返る事無く、ハンターの下へと走り出し――。

 

 

――まるで返事を返すかのように。遠くの空に、甲高い咆哮が木霊した。

 




『変なことになったドスマッカォ』
二つ名得るためには特徴がないといけないからね。しょうがないね。

『7号』
これから少しずつ自分の耳が好きになっていくでしょう。多分。

『ハンターさん』
マッカォ装備が大好き。U装備か何か作れるのかと結構楽しみ。

『ドスタンプ』
ストーリーズ仕様の絆技。
ドスランポス:ドスラッシュ  ドスゲネポス:マヒラッシュ
ドスイーオス:ポイズンラッシュ  ドスジャギィ:ドストライク
ドスバギィ:ドスララバイト  ドスマッカォ:ドスタンプ ←New!


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【とある龍歴院研究員の会話】

――……はい? ああ、どうも。

 

ええと、あなたは……ああ、書士隊の方ですか!

ようこそベルナ村へ。わざわざギルデカランよりここまでご足労頂き、ありがとうございます。

 

長旅でお疲れでしょう。この村には温泉施設はありませんが、その代わりとても美味しい食事処が……あ、また後で。そうですか。

随分とお若い方ですのに、体力があるのですねぇ。いえ、逆にお若いからでしょうか。私どものような歳になるとどうしてもね……。

 

……と、無駄話はさておいて。本題の方に入りましょうか。

ええ――この付近で起こる獰猛化現象と、ギルデカラン近辺での【黒の凶気】における因果関係について、ですね。

 

私共も話を耳にしてからこちら、色々と調査・研究しているのですが中々成果が上がらず……。

今回詳しい方からお話を聞ける機会を頂き、感謝しています。特にあなたはその道においてヒトカドの人物であるとか。

 

え? ああ、パパン副隊長からです。面白い人ですよね、彼。ぶりぶり~っす、でしたっけ。

……あれ、どうしました。俯いたりして。はぁ、何でもないなら良いのですが。

まぁともあれ……ここで話すのも何ですか。とりあえず、続きは屋内に移動してからにしましょう。色々、アブナイ話でもありますしね。

 

 

 

――ええ、そうですね。長閑なところですよ、ベルナ村。

 

特筆すべき物は料理屋くらいしか無いのですが……ああいや、ムーファも居ましたね。そういえば。

 

プーギーとはまた違う草食獣です。毛がふわふわしていて、個人的にはプーギーよりも好きですかねぇ、私。

どうも外から来た人達にとっては珍しい動物みたいで、結構人気ではありますね。

 

……あー、あとは、そうですね。実はこの村、ムーファの他に友好的なモンスターが居るんですよ。

いーえいえ、肉食獣です肉食獣――ハンターさんが狩る、モンスター。

 

…………。あれ、あまり驚きませんね。むしろ何か身近な事を聞いたような感じが……。

え? 助けられたんですか。この村に来る途中、古代林でジャギィ達に襲われた時に。ははあ成程、通りで……それなら話が速い。

 

ドスマッカォ、っていうんですよ。あれ。ええ、本来はマッカォという子分を引き連れた、我々に害を成すモンスターです。

ちょっと前まではベルナ村も迷惑を被っていましてねぇ。何度もハンターさんや討伐隊を送ったものです。

 

――ですがある時期から、一匹の個体だけ何故かベルナ村を守るような動きをするようになったのですよ。

 

そうですねぇ……これは黒の凶気の話とも繋がるのですが、以前送った資料。覚えてます? はい、凶気に蝕まれたディノバルドの件です。

あの時、ハンターと一緒になってディノバルドの討伐に当たってくれたのが、そのドスマッカォでして。

 

当時は偶々ディノバルドと敵対していた個体が居たのだろう、とも言われたのですが……その後も事あるごとにベルナ村の人間を助けてくれたのですよ。

貨物を積んだ馬車を襲おうとするメラルーを追い払ったり、モンスターに襲われてる村人達を助け、逃げる時間を稼いでくれたり。色々。

 

どうしてそうなったのか、分かります? 

……人間が好きになった。うーん、どうでしょうねぇ、その割にはハンターさんとよく殺し合ってるんですが……。

 

今のところ有力なのは、ベルナ村の人達を子分だと思っているのではないか、という説ですね。

 

ええはい、子分。どうも聞いた話ではハンターさんのオトモ……メラルーなんですが、その一人がドスマッカォの子分らしく、その縁で守ってくれてるのではないか、という。

不思議ですよねぇ。メラルーと鳥竜種と聞くと、喰うか喰われるかの関係としか思えないのですが。ええ、私も好きです、こういう話。

 

ともかくそういう感じで、今ではそのドスマッカォは概ね村人たちからも受け入れられてますね。

まぁ……モンスターである事は変わりないので、やや難しい部分もありますが。外様のハンターも居ますし。

 

……二つ名制度、知ってます?

はい、厄介なモンスターを区分し、ハンター達に余計な被害が出ないよう討伐制限を設ける制度です。

そのドスマッカォ、一応それに入れてるんですよ。ええ、逆に利用して、知らない間に討伐されるの抑えてる感じで。

 

通常のドスマッカォよりも特徴的な見た目をしていて、少々強い個体だというのも良かったですね。あと、あのハンターさんが結局何だかんだと仕留めきれない、というのも。

……彼女ですか? ええ、上位ハンターです。あなたと同じ位の年頃で、とてもお強いんですよ。

 

後で話す機会もあるとは思いますが――あ、そうだ。詳しい事はその時ハンターさんに直接聞いてみるのが良いでしょう。

女の子同士会話も弾むでしょうし、もうライバルみたいなもんですからね。彼女とドスマッカォ。

 

……ああ、そう言えば二つ名、まだ言ってませんでしたか。

村では親分とかお助けドラゴンとか呼ばれて親しまれてますが、公式なものでは無いです。

 

 

――【片冠】。それがあのドスマッカォの正式な二つ名です。

 

 

ええ、見たまんまでしょ?

でもまぁそういうものですよ、分かりやすくないといけませんからね。

 

言ってみれば、【隻眼】達と同じような――っと、到着です。

こちら、龍歴院の方で使用している応接間となります。ああいえいえ、研究員として当然の事ですよ。

 

ええとこれからの予定ですが、資料の確認と情報共有の後、古代林にて実地調査を行うことになると思います。はい、ディノバルドの件もありましたから。

勿論ハンターさんも同行しますので、安全は保証されますが――……ああ、そうですね。

 

しかしもし、何らかの理由で、ハンターさんやオトモのメラルーさん。そして私どもと離れ一人になってしまったり。

そして、もし凶暴なモンスターに襲われてしまったり。

そんな時は大声で助けを呼んでみて下さい。きっと、【片冠】が助けに来てくれると思いますよ。

 

……ええ、まぁ。何せ彼は――。

 

 

――彼は、古代林及びこの村という群れの、親分さんですから。ね。

 




『龍歴院研究員』
おしゃべり好きな人。それだけ。

『書士隊の子』
一体どこのハクム村の幼馴染なんだ……検討もつかぬ。

『【片冠】ドスマッカォ』
旅には出ず、未だ古代林に居るらしい。
ハンターに喧嘩をふっかけてはズタボロにされ7号に治療される傍ら、「子分の仲間も俺の子分」理論で村の人間達を助けているとかいないとか。


おしまい。
ストーリーズ、ほんと良いゲームでしたねー。続編でドスマッカォにライドオンできたら凄く嬉しいんですけど、お願いしますよカプコンさーん。

ともあれ、ここまで読んでくれてありがとうございました。
またいつか何か書くかもしれませんので、その時はまた宜しくお願い致します。


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