IS<インフィニット・ストラトス>-Hard Line- ()
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序章(プロローグ)

9月。

「日本」という国では四季という4つの季節の内、秋というらしい。

 

秋、という季節には真っ赤な「紅葉」という植物が見物なのだそうだ。

 

そして今、俺の眼下は真っ赤に染まっている。

紅葉、というものでは決してないだろう。

 

黒い煙が立ち上ぼり、その煙がまるで雲のように頭上をおおい、それすらもうっすら赤くまるで血のようだ。

 

そう、紅葉ではない。

炎だ。一面が火の海なのだ。

 

しかし俺は恐怖を覚えなかった。

今思えばそれは───"懐かしい"という感情だろう。

 

 

そして、その中心には相対する光が二つ。

白と赤の光。

 

その二つの光と対峙する一つの黒。

 

よく見れば、黒は既に消えかけている。

 

(所詮、この程度、か……

 

決着はもうじきつく。

ここから離れなければ……)

 

戦闘から目を離して駆け出す。

 

 

その時。

 

爆音が鳴り響く。

 

爆音の方へと目を向けると───

先程の白が、すぐ近くまで迫っていた。

 

 

白い光───これは、そう、人類の進歩。現代科学の結晶。

(IS(インフィニット・ストラトス)───。

これは、俺の───)

 

 

 

 

俺の、なんだったんだろう?

 

 

そして俺は"白"に包まれた。

 

 

 

 

──同時刻、亡国企業アジト

 

 

「...シナリオとは、なんでしょうねぇ?」

 

白衣の学者と思しき人物が問いかける。

片手の中でチェスの駒をいくつか転がしながら外の月を見上げる。

その顔は中性的で、常に笑顔を貼り付けている顔は色白。

見ただけでは女性と勘違いされそうな、青年。

 

「ねぇ?」

 

彼はくるりと首だけを後ろに向ける。

 

そこには人の影はない。あるのは小さな丸テーブルと、その上にある音声通信機のみだ。

しばしの沈黙の後、返答が返ってくる。

どうでもいいような、気にもとめないような。

かたい男の声が。

 

 

「...さぁな。私はそんなことは興味などない。

それより、私もしばらく降りる。ここを少し頼む」

 

「おやおや...つれませんねぇ...。

急にどうしたんです?わざわざあなたが動くなんて」

 

「少し向こうを撹乱させる。

護衛はアーリアを連れていく。いいな」

 

「はいはい、どうぞご自由に。

ちゃんと任されましたよ」

 

「...ではな」

 

小さな音と共に通信が切れる。

再び駒を転がしながら彼は呟く。

 

「ちゃんと守りますよ。

まぁ、このアジトは、このアジトだけはあの『大天災』こと篠ノ之束にすら見つかっていない場所ですからねぇ♪」

 

彼は駒を放る。そのまま駒はゆっくり宙を漂ってゆく。

 

そう、ここは宇宙空間。

そしてここは亡国企業最大のアジト。

 

「まぁ、そうしたのは僕なんですけど♪」

 

巨大に見える月を背に、白衣を着た彼はとても無邪気に笑いながら漂う。

 

それは美しいと、自由だと、誰かは言うだろう──。



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霞し記憶(ホワイトアウト・メモリーズ)1

 

 IS学園教務室。

 その一角にある特別教室。

 そこから毎度お馴染みの出席簿の音が響く。

 しかし今回は少々重かったが──

 

 

 バシンバシン!

 

 

「いっ……」

「うぅ……」

 

 

 

 織斑一夏、篠ノ之箒両名は脳天に走る鈍痛に耐えながら前を向く。

 そこにはしっかりと黒いスーツを着て、目がいつになく細くなっている女性が──織斑千冬が、腕を組み直していた。

 二人の担任、なのだが、師ともとれる趣で話しはじめた。

「馬鹿者ども。逃げ遅れていたとはいえ、一般人をIS同士の戦闘に巻き込むとはどうゆうことだ。

 さらには織斑、お前のISの下敷きにして重体にさせただと?笑わせるな」

 笑いなど微塵もない顔で一夏を見る。

 一夏は小さくなっていた肩をさらに小さくさせた。

「す、すみません…」

「勝利を確信したからと言って気を緩めるな。最後の最後であのような捨て身が来ることもある」

 

 

 

 発端──

 秋にやっと差し掛かり、風が少し冷たくなった頃、身の毛もよだつ要請が日本政府から飛んできた。

 

『市街地でIS学園を襲ったものと同タイプと思われる無人機が確認された。

 軍のほうではすぐにISが動かせる状態になく、IS学園からの迎撃を頼みたい。

 尚、一般人への避難勧告は既に出ている』

 

 

 ISは元々宇宙稼働を前提に作られたものだが、その圧倒的な性能から、今や国防の要ともなっている言わば兵器だ。

 歩兵はもちろん、戦車や戦艦、空軍機などものともしない。

 そんな代物が市街地で暴れまわっていると聞いた人間はどれだけ恐怖しただろう。

 情報は早く、的確だったことから、一夏と箒はすぐさまそれぞれの専用機で飛び立った。

 そして迎撃行動は優勢で進んではいたのだが……。

 

 

 王手とばかりに一夏はその必殺の白刀、《雪片弐型》を強く握った。そして瞬時加速。

 装甲が一部破損し、先程から動きが愚鈍になっている黒い襲撃者の懐へと入った瞬間、全身に熱が走り強制的に後ろへと吹き飛ばされた。

 辛うじて腕を前に交差させ防御はできたものの、その衝撃は強く、一夏はその背中を地面に叩きつけるほど飛ばされていた。

 背中に走る激痛を耐え、目を開けるとそこには赤く染まった自らの装甲があった。

 そして自分が『何の』上に尻餅をついてるのかも───。

 一夏は自分が、自分の振るう力を、一瞬見失いかけた。

 そして───現在に至る。

 

 

 

「…はい、すみません……」

 自分が人を殺すことなどないと思っていても、実際に人をぐちゃぐちゃにしてしまったことは、気持ち悪いほど一夏の心のなかに刻まれていた。そして無意識に頭が下がる。

 

 そんな一夏を見ていた千冬は、次に箒に視線を移した。

「お前もだ、篠ノ之。何のために同行したんだ、自分の役目を忘れるな」

 役目─。白式のバックアップと援護。その中には精神面の、というニュアンスが含まれていた。

「は、はい!申し訳ありません!」

 箒は深く頭を下げた。白いリボンで結ばれたポニーテールが揺れる。

 千冬は小さくため息をつくと、二人に背を向ける。

 怒っているのか、考えているのか。しばしの沈黙は二人にとってはとても耐え難い時間だった。

 やがて千冬は静かに口を開いた。

「…先程、なんとか一命はとりとめたと、医療班から連絡がきた。

 良かったな、織斑。お前は人殺しではないぞ」

 

 人殺し───一夏は事態の大きさ、自分の行動ひとつに一つ、もしくはそれ以上の命がかかっていることを改めておもった。

 思わず流れそうになる涙を堪え、潤んだ瞳で一度千冬を見、そして頭を深く下げた。

 小さな、本当に小さな声でよかった、と何度も呟きながら。

 

 同行していたからわかることだが、箒は完全にパニックに陥った一夏を、あのとき初めて見た。あまりにも見ていられないほど落ち込んだ一夏を、一度は殴ってでも正気に戻そうとも考えていたが、自分にそんなことが許されていいのだろうかと自問自答し続けていた。

 だが今の一夏を少しでも支えることが、今の自分には、そしてこれからの自分には必要ではないかとおもった。

 そして僅かに震える一夏の肩を支えるのだった。

 

 

 そんな二人を見ていた千冬は、先程とは違うため息をつき、

「わかったら行け。お前たちは行かなければいけないところがあるだろう。

 事情聴取はいつもの3倍で勘弁してやる」

 そう言うと、彼女はくるりと背を向け、整った足音を響かせながら特別教室から出ていった。

 この時、世界最強のため息の意味が、僅かに変わったことがわかる人間がこの世に何人いるだろうか。

 

 残された二人もまた、暫く呆然としていたが顔を見合わせると、足早に特別教室から出ていった。

 

 

 

『行かなければいけないところ』

 それは今の二人には、もうわかっていた。

 

 



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霞し記憶(ホワイトアウト・メモリーズ)2

今回は、バレンタイン企画同時進行のため、文字数少なめです。

申し訳ありません……。


 

 IS学園内、医療室。

 保健室とはまた別に用意されたこの施設は、主に治療に専念しなければならない生徒や教師、時には一般人をも収容できる。

 そのためか、ベッドは普通のホテルのそれとは幾分か大きく、人が一人寝るには十分過ぎる代物だった。

 

 

 

「う……」

 そのベッドの一つを使用していた青年が目を覚ます。

 全身が重く感じているのは、ありとあらゆるところに巻かれた包帯の所為ではないだろう。

 痛い。息をするたびに脇腹をえぐられるような痛みが走る。

 何も考えられない。自分はどうしてこのような状況にいるのか。

 確か、あの全てが赤に染まった街で自分は───。

 何か、情報が欲しいと、顔を横に向けると、そこには。

 そこにはとても美しく、愛らしい一人の女性が座っていた。

 彼女はこちらに気付くことなく、うとうとと舟を漕こいでいた。

(───この人は、確か…)

 彼女の名前に目星を付けたとき、ふと気付く。

 気持ちよさそうに寝ている彼女の手に扇子があり、その扇子は膝に立ててあったのだが、徐々にズレていく。そして──

「…はっ⁉︎」

 起きてしまった。

 もう少し見ていたかった、と青年は素直に思った。

 それは彼のまだ短い人生の中で、久し振りの心からの感想だったことは、彼はこの先言うことは無いだろう。

 見たいという感想を抱いた気持ちに名前が付いてからも、また。

 

「むぅ…いけないいけない。まだやらなきゃいけないことたくさんあるんだか…お?」

 彼女はこちらの視線に気付くと、少し顔を赤らめた。

「…こら、何見てるの。おねーさんの寝顔は高いんだぞ?」

 そう言われ、初めて自分が口を無造作に開きっぱなしなのに気付いた。

「す、すいません…!」

 慌てて顔を逸らし、窓側に体ごと向けようとするが、激痛がそれを止める。

「ぐっ…!っう…」

「こらこら、大人しくしてなさい。また死にかけられちゃ困るわ」

 そう言いつつ、彼女は優しい手つきで元の位置まで彼を戻した。

 その動きに再び見惚れてしまったのは。

(何故だろうか───)

 何も言えず、ただ彼女を見ていると、気分はどう?と声をかけられた。

「えと、とりあえず、………僕は大丈夫です」

 ついつい初対面という事と、いまいち状況が掴めずに一人称が変わってしまった。

 昔からの癖はたぶん絶対に治らない。

「あの…すみません、ここは一体…?」

 痛みが走る体は未だ言うことは聞いてくれず、なんとか動かせる顔だけそちらに向ける。

 彼女は顎に手をあてながら、静かに口を開く。

「そうね、意識はしっかりしているようだし、少しお話しいいかな?」

 パンッと扇子が開かれる。そこには『覚醒』の2文字があった。

「私はここの…学園の生徒会長、更識楯無。君は数週間前、その怪我をしてここに運び込まれたの」

 ここまではいいかな?と首を少し傾ける彼女は、やはり彼の知っている人物だった。

 ゆっくりと頷く。このゆっくりとした動作は自分が考える時間を稼ぐ為のものだった。

 

 

(やはり、更識楯無。ということはここはIS学園か?今のところ判断は難しいが…ここに更識がいることが何よりの証拠。ここがIS学園の可能性は高い)

「持ち物から判断したのだけれど、あなたの名前は八房悠(やふさ ゆう)君で間違いないかな?」

「…はい」

(…苦肉の策ではあるが、このような潜入は…潜入とすら言えないな。偶然の産物だが、この場合はラッキーかアンラッキーか…)

 悠は凄まじい早さで思考を進める。明らかにその早さは常人のそれとは明らかに違っていた。

 コンピューター、もしくはそれに匹敵するほどの早さで思考の海に溺れる。

 そして彼は一つの博打に打って出た。

「起きたばかりで悪いんだけど、ちょっと質問に──」

「あの…っ」

「?」

「あの、自分が誰なのか思い出せないんです…。自分の名前はすらっと出てくるんですけど…」

「えっ…」

「僕、何かの事故にあったんですか?それとも…自分から?」

「え、ええっと…」

 そう、記憶喪失を装うことである。

 悠が考える最も苦肉の策であったが、もうそんなことを言っている余裕はなかった。

 上手く誤魔化すことなど、楯無のことを知っている人間ならば無意味ということをよく分かっていたのだ。

「ちょ、ちょっと待って…!え、記憶が…?」

「そ、そうみたいです…」

 楯無はしばらく考えた後、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを向く。

「そう…わかったわ。とりあえず今日は大丈夫よ。

 …私は用があるからもう行くけど…悠くんはそうやって休んでなさい」

 席を立ちながらそう言うと、ね?と軽くウインクしてみせる。

「は、はぁ…」

 気の抜けたような相槌を打つと、またすぐに思考の海に入る隙を伺う。

 適当に詰めておかなければ、また聞かれた時に困る。ここはIS学園、ならば世界最強(彼女)がいることは必然だ。

 より気を引き締めなければならない。

 そう思いながら楯無の背中を見送るが、彼女が扉に近付くと、その扉がいきなり開いた。

 廊下…なのだろう。そこから揃いの制服着た二人が入ってきた。

 

 一人は整った顔立ちの青年で、その瞳には強い意思が見て取れる。

 もう一人はしっかりとした目つきをした、ポニーテールの女の子だ。

 悠は思わず目を見開いた。

 

(篠ノ之箒…!それに…織斑…一夏…‼︎)

 間違いは無い。何度も確認した顔だ。

 この世界初の男性操縦者、として通っている織斑一夏。それにこの世界唯一の第4世代機のISを駆る篠ノ之箒。

 世界中がこの二人に注目しているのだ。嫌でも注目しないわけにはいかなかった。

(…やはりIS学園だったか。この体になったのも彼の所為なのか…?)

 記憶が無いと大嘘をついた割にはなぜ体がこのような半ミイラ男化しているのか思い出せない悠だった。

 それは今悠の頭の中に任務のことしか無いからだろうか。

 何にせよ、人数が増えたということは視線がその分増えたということ。

 より一層警戒を強めながらもボロを出さないように気を引き締める悠だった。

 

 

  ◆

 

 

「一夏くん。お姉さんのお説教は終わったのかな?」

 嫌味じみた言い回しだが、それが楯無さんらしい。

「はぁ…まぁ…」

「んー?暗い顔してるなぁ…。ていっ」

 そう言うと楯無さんは俺の鼻にふに、と人差し指を押し当ててきた。

「君は笑っていて元気な方が格好いいんだから、笑いなさい」

 言っている内容は置いておくにしても、地味に命令形だ。

「は、はい」

 だがそれでも従ってしまう…。楯無さんはそうゆう人だ。

 一方で。

 

「…………」

 うわぁ…何だろう。殺気を感じるなぁ…。

 隣には仲の比較的良い幼馴染しかいないはずなんだがなぁ…。

 その幼馴染──篠ノ之箒を横目で見ると。

「……なんだ」

 すげぇ睨んでいた。他人がパッと見たら絶対に鬼神とか阿修羅とかに見えるぞ、箒よ…。

 これで竹刀とか木刀とか持ってたら完全に……

「ふんっ」

 ゴスッ

 ぐえ。手刀をまともに食らってしまった。

「今、何か失礼な事を考えていただろう」

「うんうん、箒ちゃんの言うとおり」

 ……なぜ分かる×2

「ま、それはさておき」

 楯無さんが扇子を開く。そこには『覚醒』の文字。

「例の彼、たった今目を覚ましたわ」

 声のトーンが低い。自然とこちらも声のトーンが下がる。

「大丈夫なんですか?」

「うーん、何とも言えないわね。体は何とかなりそうだけど

 あぁ、名前は八房悠くんで間違いないみたいよ」

 楯無さんは珍しく困っているようだった。

「どうかしたんですか?」

 困り顔の彼女は少し迷ったように口を開く。

「…彼、記憶が無いらしくって…」

「記憶が…⁉︎」

 

 

 一夏は無人機迎撃作戦が終わってから常に罪の意識に苛まれていた。

 一般人を巻き込み、自身のISの下敷きにして重症を負わせたことをずっと気にしていた。

 そこに、今度は記憶を無くさせたと追加されてしまっては、一夏の負の思考は更に加速の一途をたどってしまう他なかった。

 

 

「……一夏?」

 箒が覗いた一夏の顔は少しばかり陰っていたが、それが自分に助けを求めているような気がした。

 箒は少しばかりためらいはしたが、一夏の力になれることだと強く思うと共に、これからは私が一夏を支えてやるのだという少しばかり飛躍した乙女の考えが彼女の背中を押した。

 

 

「…一夏、大丈夫だ。私もいる」

 箒のその言葉に少し勇気をもらった一夏は、ゆっくりと頷いた。

「…ああ、もう大丈夫だよ、箒。悪いな、心配かけて」

「しっ心配などしていない…!お前がもうメソメソしないように声をかけただけだ!」

 それを心配というのでは…と、言おうとすると…

「はいはい、お二人さん?ここは医療室です」

 楯無さんが扇子を広げて俺と箒の間にいれる。

「あ、すいません…」

「全く…まぁ、いいわ。

 私これからちょっと用事があるの。だから彼の側についててくれる?少しでいいから」

「わかりました。元々私達が巻き込んでしまった人ですからね…」

「こーら、箒ちゃん?」

 箒が静々と答えると、楯無さんは腰に片手を当てながら、前傾になり箒の顔を覗き込む。

「箒ちゃんも元気出す!次で挽回すればいいんだから♪」

 と箒の鼻先を軽く突く。

「…ぅ。わ、わかりました」

 おお、あの箒が顔を赤くしながら大人しく従っている。

 さすが楯無さんだ。

「それじゃあ、二人とも、よろしくね」

「「はい」」

 二人の間を通り過ぎ、医療室を出る寸前で楯無さんの足が止まる。

 そしてクルリと振り返ると

「あ、久しぶりの男の子だからって襲っちゃダメだぞ、一夏くん?」

「お、襲いませんよ!」

「ふむ、安心安心♪ではでは〜」

 クスクスと笑いながら医療室を出て行く。

 楯無さんの相変わらずの自由っぷりに俺も箒もたっぷりとお説教を受けた後だというのに何故だか微笑んでいた。

 

 

『学園最強』。それが楯無さん──つまりは生徒会長のある種の称号なのだが。

 楯無さんは強さ、強大さといったものだけではない凄さがある。

 例えばそう、今のように不思議と人を笑顔にしてしまうような。

 色んな凄さを持った人なのだ。

 ……と、楯無さんの凄さを再確認したところで。

 

 廊下側からベットの方へと視線を移す。

 そこには1人の少年、いや、自分よりも歳は上かもしれないので青年か。

 しかし一見すると同い年にも見える。

 黒髪に少し細めな目。そして何より男にしては美形なその顔立ち。

 今のようにベットで横になっていると女性のようだ。

 全身包帯だらけなのが自分のせいだという点が非常に胸を刺したが。

 何処から話そうか。いつ頃謝ろうか。

 そんなことを考えながら、俺はベットの方へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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霞し記憶(ホワイトアウト・メモリーズ)3

いくつかご指摘がありましたので反映させて頂きました。

より読みやすいSSをお届けできるよう、邁進して参ります。今後もよろしくお願い致します。


 

 

 夕暮れが医療室を赤く染め上げていた。

 医療室の中には無表情のまま考え込む悠しかいなかった。その顔は無表情ではありながらも、真っ直ぐにどこかを見つめていた。

 

 

 

 

 

 彼──、一夏が言ったことは大方悠の予想通りだった。

 

 ISの戦闘中、誤って悠を巻き込んでしまい、その様な怪我を負わせてしまったこと。記憶を取り戻すために出来るだけ協力すること。

 彼の強い瞳は目標達成のためなのか沈みかけた太陽の色なのか。とにかく、燃えていた。

 

 

 

 

 

 悠はそんな一夏のことがどうしようもなく気になっていた──訳でなく。

 

 まさか自分がISの下敷きになって死にかけていたことに驚いていた──訳でもなかった。

 

 そんなことは彼にとってどうでもいいことだった。

 強いて言うならばこの状況が彼にとってとてもまずいことだった。

 

 

 

 

 

 最低限の装備にしていたのは正解だったとしか言う他ない。

 一夏たちの話によれば、自分の所持品は下敷きになった時に吹き飛んでしまったのか現場には無かった。ということだった。

 

 しかし偶然数十メートル先に落ちていた高速型バイクの免許証の写真から、悠のことがわかった、そうだ。

 

 

 

 

 

 この話を聞いた時、悠にはすぐに彼らが充分な情報を得られていないと確信した。

 

 八房悠という不確定要素が避難勧告を出された場所にいたのだから、少なからず不審に思ったり、疑ったりするはずだ。そうする方が自然というもの。あの楯無の当主はそれが滲み出ていた。

 それなのに、彼らはそれが微塵もなかった。

 ……もしかしたら偽りの情報…いや、改ざんされた情報かもしれないのに。

 

 

 

 

 

 ああ、余計なことを考えてしまった、と悠は小さなため息を吐く。

 彼らのことはどうでもいいのだ。問題は悠が常に携帯していた超小型データチップだ。

 

 あれに入っているデータは厳重なプロテクトがかかっているとはいえ悠の本当の身元がわかってしまう。万が一にも今の世に出てしまえば今まで必死に守ってきたものが壊れてしまう。

 スクリーン付きの携帯端末にもデータは入っているが、同じく厳重なプロテクトをかけてある上に一時間以上自分がいじらなければ自動的に全データを消去し爆散する様に改造されている。そちらはもうすでにそうなっているはずだ。

 

 

 

 

 やはり今すぐに回収しなければならない、そう頭が結果を出すも身体がそれを肯定しない。

 焦る気持ちは徐々に大きくなるも、どうしようもないこの状況がたまらなく苛ついた。

 

 

 

 

 

 それを落ち着かせる様にゆっくりと目を閉じる。

 彼は久々の睡眠をとった。それは彼にとってあまり意味のないことだったのだが。

 

 それでも、そうするしかない悠は甘んじて睡魔を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園、食堂──。

 いつもなら十代女子達によるガールズトークをBGMに食事をとることができるが、今の時間はその場は各自の寮へ移っている。なので、普段はうるさいほどの元気な声で溢れかえっているここは何の音も聞こえない。

 

 

 

 

 

「…なんだ?私に何か用か?」

「あら。バレました?」

 

 

 

 

 

 その食堂で一人、空中投影型ディスプレイを見ていた千冬がそのディスプレイを閉じる。

 

 観葉植物の陰からひょっこり顔を出したのは楯無だった。

 

 

 

 

 

「…お前か」

「ヒドイですね、織斑先生。頼みごとだけして消えちゃうなんて」

 

 

 

 

 

 楯無は観葉植物からスタスタと歩いて行き、千冬の向かいの席に腰を下ろした。

 

 

 

「私は忙しいんだ。その上、私の馬鹿な弟は私の仕事を増やすのが好きらしい」

 

 

 

 ふぅ、とため息を吐く千冬は困っている様で苛立っている…様には楯無の目には見えなかった。

 

 むしろそう言ったものよりも──

 

 

 

 

 

「…何だ、私の顔に何かついているのか?」

「…いいえ。それよりも、報告してもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 千冬は小さく頷き、腕を組んだ。

 

 楯無はなるべく簡潔に、嘘偽りなく彼のことと今の状況を千冬に説明した。

 

 

 楯無が最初に千冬から連絡をうけたのは市街地戦が終局を迎えた時だった。

『身元不明の人間が戦闘に巻き込まれた。お前に一任する。追々情報を入れるが、とにかくすぐにIS学園医療室緊急搬入口まで来い』

 楯無も状況はそれなりにわかっていたつもりだが、身元不明の、とはどういう事だろうか?とにかく指定された場所へ急いだ。

 到着した直後に運び込まれた彼は一言で言うとぐちゃぐちゃだった。血生臭い家業でそれなりに血には耐性がある方ではあったが、あれは思わず口を覆った。

 生きている、と言う言葉が嘘に聞こえるほどに赤い、いや、あれは黒いという表現が適切なのだろうか。

 真耶は小さな悲鳴とともに顔を背け、あの千冬ですら顔をしかめた。

 

 かろうじて胴体と肩、そして頭が分かるがそれらも黒く、正直グロテスクな状態だった。顔も髪が邪魔でよくわからなかった。

 だが学園で最新鋭の医療用IS、『M.R.S(マリス)』による治療で約十一時間。その間に免許証が見つかり、彼の名前がわかった。

 

 そして、再び対面した彼は美しい顔をしていた。吸い込まれるほど黒い髪に美形な顔立ち。思わず息を飲んだほどだ。

 

 

 

 

 

 彼は何者なのかを問い正すこと。それが千冬から言い渡された役目だった。だがどうだ。記憶喪失とは。

 

 もちろん疑った。だが証明する手立てがない。それだけではない、身元は全てダミー。もし本当だったとしてもあまりに文句のつけようがない完璧な身元だ。疑わなければならなかった。

 

 説明は、報告は、あまりに短く終わった。

 

 

 

 

 

「…そうか」

 

「もう少し彼のことについてできる限り調べていきます」

 

「わかった。だが無茶はするなよ、例の組織と繋がっていないとは言い切れないからな」

 

「わかっています」

 

 

「…実はな更識、八房…といったか。奴はあの戦場にいたという証拠がなかったんだ」

 

「…?どうゆうことです?」

 

 

「証拠がないというより、『確認出来なかった』という方が正しいがな」

 

 

 

 

 楯無はますます分からなくなってしまった。

 

 その様子に気付いた千冬はフッと笑いながら説明を続けた。

 

「市街地戦が開始されてすぐ、政府は衛星での撮影、熱源センサーなどで戦場と戦場付近の確認をしたんだ。その結果は避難勧告もあって、『一般人ゼロ』だったそうだ。

 それからこの学園にもISセンサーでの確認を要請してきた。もちろん、すぐに真耶のラファールで探らせたが人の子一人居なかった。

 …分かるか?実際どうあれデータ上では”あの戦場に八房悠という人間はいない”ということだ」

 

 

「…でもそれは…」

 

 

 

 

 

 普通の一般人ではあり得ない。

 

 衛星写真は光学迷彩、熱源センサーは改良した遮熱シートなどで防げるが、ISのセンサーは同じISかもしくは対IS用のセンサー遮断シールドの応用やステルスでしか防げない。

 

 前者の二つは一般人なら知識があれば多少難しくともそれなりのものができるだろう。だが後者はISに従事している者や実際に扱っている者でなければ軽々と扱えるものではない。

 

 そう、『普通の一般人ではあり得ない』。

 

 

 

 

 

「そう…だから私が奴に目を付ける理由が少しは分かるだろう?

 記憶喪失…嘘か本当か…とにかく、暫くお前が側につけ。不審な動きがあれば知らせろ」

 

 

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 千冬はすぐに席を立つと話は終わり、とばかりにディスプレイを片手に出口へと歩いていく。

 

 

 

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 

 

 不意に足を止め振り返る。楯無も席を立ったちょうどその時であった。

 

 

 

 

 

「八房を学園に入学させる。私のクラスにしておくから、お前に書類等を任せる。

 そうだな…明日の朝までに書類を完成させておけ」

 

 

「え…?彼をですか?」

 

 

「そうだ」

 

 

「あの彼をこの学園に…⁉︎何を考えていらっしゃるんですか⁉︎」

 

 

「ほぅ、この私に向かって何を考えているだと?いい度胸だな」

 

 

「はぐらかさないで下さい。私は生徒会長として賛成出来ません。

 第一、ISも動かせるかどうかも分かりませんし、世界を混乱の渦に落としますよ⁉︎

 いかに全ての国に干渉されないIS学園と言えど、それはあまりにも例外過ぎます!」

 

 

 

「誰が八房を発表すると言った。それにこれは正式な入学ではなく保護に近い。

 考えてもみろ、改ざんされた可能性がある身元やデータとは言え、身寄りがない。働いてもいない。

 巻き込んでしまったのは一生徒とは言えこの学園の生徒だ。そのささやかな謝罪としてこの学園で少しばかりの間保護していることにすればいい」

 

 

「そ、そんな!やはり例外過ぎます!」

 

 

「とにかく」

 

 

 

 

 なおも食い下がる楯無に今日一番の覇気をまといながら千冬は判決を言い渡す。

 

 

 

 

「これはもうすでに職員の間で決まった話だ。学園長や理事長にも許可をいただいている。

 お前は…思う事もあるだろうが、暫く頼む。他の生徒にもし危害を加えようとするなら私も容赦はしない」

 

 

 

 

 ミシッと音を立てるディスプレイを見る楯無の喉がなる。

 楯無は従うしかなかったのだ。たとえ危険な賭けでも賭けてみなければ分からない。もしかすれば安全な賭けかもしれないのだ。

 その楯無の中の甘い考えに自分で期待した。してしまった。

 

 

 

 

 

「……分かりました…。万が一の場合は生徒の安全を第一優先で動きます」

 

 

「…よろしく頼む」

 

 

「…では、明日の朝までに書類と制服を用意します」

 

 

「うむ。…あの馬鹿は好きなだけこき使ってやれ。ではな」

 

 

 

 

 不純異性交遊以外で、な。とニヤリと笑いながら食堂を背にした。

 

 残された楯無は赤面させながらも、自然な動作で携帯端末を取り出し、やっと最近連絡先を交換した人物をコールしようとする。

 

 思わず手が止まり、色々と考えてしまうが、ええいと気合を入れてコールした。

 

 

 

 

 

 今から忙しい作業が待っている。だが彼と一緒にできるなら少しは楽しいものになるかもしれない。

 

 そんな、小さな期待を込めてみた。

 

 

 

 

 

「あ、もしもし一夏君?君が怪我させちゃった彼に関して君に手伝って欲しい事があるんだけど──」

 

 

 

 

 

 先ほどとは打って変わったような弾んだ声が、楯無以外いない食堂に暫く響いたのだった。

 

 




やっと悠くんが学園に!

次からも頑張ります!


ご指摘下さった皆様、Twitterで感想を下さった皆様、ありがとうございます!


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騒がしい日々(ディ・トゥ・ディ!)

前回の勢いのままに書きました

では、どうぞ


 悠は教室までの道のりを山田真耶と呼ばれた女性とともに歩いていた。

 彼女のことは知っている。日本でも屈指のIS乗りであり、かつては代表候補生だった過去を持つ。だがその真耶が何かを話しているものの、悠の耳には届かない。

 

(何故こんなことになってしまったんだ…)

 

 今日何度目かの心の呟きが再びため息となって吐き出された。

 

 

 久しぶりの睡眠をとった翌日、織斑千冬、更識楯無が医療室にやってきていきなり言い放った。『ようこそ、IS学園へ』と。なんの冗談かと思った。嫌な予感は思えばこの時からしていたのかも知れない。

 なんでも名目としては『保護』らしいが、織斑千冬のことだ。どうせ何かを企んでいるに違いない。そう思いながらも有無を言わさぬ入学手続きに流されてしまった。とっさに記憶喪失を装ったが、やはりそれが足枷となる。いちいち考えてから発言しなければいけないというのはなんとも億劫なことか。

 そんなこんなで今日に至る。

 

 こんな事をしている場合ではない。未だ見つけられていないデータチップを一刻も早く探し、回収しなければならないというのに。脚が治って最初に歩くのが戦場ではなく学校の廊下とは。

 しかし耐えなければならない。下手にボロを出して立場を危うくするよりは、少し遠回りしてでも確実に抜け出せる機会を伺っていく他ない。

 

「…くん?悠くん!」

「…!あ、はい」

「もうっ、ちゃんと聞いてもらわないと困ります!」

 

 両腕を胸の前で握りしめ、上目遣いで詰め寄る真耶を直視せずにすみません、と謝る。何故直視しないかといえば、人は動くものをつい無意識に目で追ってしまうからだ。…つまりその大きな二つのものが目に入らないようにするためだ。

 しかしそれが不満なのか、むー、としきりに見上げて来る。悠の身長は181センチだ。身長の低い彼女の首が心配になる高低差だが、それよりも話の続きが気になる。

 なんとかなだめ、今度こそしっかりと話を聞くと、どうやら不本意ながら入学したこの学園では近々学園祭なるものが開催されるらしい。なんでも今年は総合投票で首位の部活には『豪華な景品』が手に入るとか入らないとか。世界でただ一つの、ISの技術を学ぶIS学園。その数少ない校内の様子が見られる、世間の目から見ても一大イベントだ。

 …景品×人の熱。ここに通っている年頃の女子たちが浮かれないわけがない。

 

「…それでですね、今日から授業はほぼ無くて、代わりに学園祭の準備に当てているんです。なので悠くんには皆さんへの挨拶の後、初日ではありますが、そのお手伝いをしてもらおうと思いますっ!」

「なるほど、わかりました。…ところで、僕のクラスはどんな出し物をするんですか?」

 

 ニッコリと笑った真耶が悠に死刑宣告を告げる。悪意が無いのがまた悠にダメージを与えた。…まさかメイド&執事喫茶とは…。今日すでに何度目かわからないため息を吐くのだった。

 しかし執事と聞いて、厄介ごとは大方あの彼に押し付けてしまおう、とクラスメイトになるであろう彼を思い出した。

 世界で唯一の男性IS操縦者で通っている、彼を。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

(…なんだ、この、歴戦の猛者に戦いを挑む直前の様な、異様な緊張感と圧迫感は⁉︎)

 

 困惑する悠の眼前には女子たちが目を輝かせて彼を見つめ、背後には全く違う意味で目を光らせている鬼と、こういう時に限って役立たずと成り果てるハムスター。

 そんな悠の目の前には、やけに期待して本当にどうでもいい意味で目を輝かせている馬鹿が一名。なんとなくだが、今思っていることが空気を伝わって聞こえて来る気がする───。

 

 

(悠、制服似合ってて滅茶苦茶かっこいいなぁ…!)

 

 

(───黙れ死ね)

 

 

 戦場でもないこんな所で、この様な体験をするとは思っても見なかった悠はしばらく固まっていたのだが、後ろから鬼に急かされてしまう。

 

「おい、早く自己紹介をしろ」

「は、はい」

 

 その声にとりあえずの自己紹介をする。

 

「えっと、八房悠です。皆さんが聞いているかわかりませんが、保護してもらっている身です。ISの事はあまり詳しくありませんが、どうぞ仲良くしてください。これからしばらくよろしくお願いします」

 

「……………」

 

 しばしの沈黙。悠はその中に、まるで押し寄せる津波の様な危機感とでもいうべきものを直感で感じ取った。そしてノーモーションで両耳を塞ぐ。

 …その直後。

 

「きゃああああああああああ───っ‼︎」

「っ⁉︎」

 

 耳を塞いでいても容赦無く鼓膜に入り込んで来るその波は、悠にその意味こそ教えなかったものの、直感は正しいと激しく肯定していた。ちなみに、耳を塞がなかった馬鹿…いや、大馬鹿がいたのは言うまでもない。どこにとは言わないが。

 

「二人目だよっ⁉︎しかも滅茶苦茶っ美形っ‼︎」

「うそうそ!足なっがーい!モデル見たい!」

「身長も高くて、まさに理想…!」

「ああっ織斑くんみたいなタイプもいいけど、ああ言うクールなのも…いいっ!」

「どっちが受けでどっちが攻め⁉︎ああっ悩むぅ〜‼︎」

 

 そのクラスの様子に、演技ではなく本気で唖然とした。同年代の生の会話を聞いたのは、本当に久しぶりな上に自分がその中心にいるというのはほんの少しだが気恥ずかしかった。

 …最後に聞こえてきたものは本当に意味がわからない。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ!こいつに関して、いくつか注意事項がある。一度しか言わんからよく聞くように!」

 

 悠に対する注意事項、とは『悠にIS、及びIS関連機器に触れさせないこと』と『あくまで保護である為、適度な関係性を保つこと』だ。後者はつまり、客人であり知人である距離感を保つこと、という意味で大方合っている。近過ぎるのは危険だが、遠過ぎても不都合、ということだろう。

 ちなみに悠にも全寮制のIS学園で暮らす以上、制限が出ている。『IS、及びIS関連機器に触れないこと』、『どんな状況下だろうと織斑先生、その他先生方の言葉に遵守すること』だ。正直悠はどちらもどうでもいいのだが、制限が出される分、守るべきことがよくわかっていい。動きやすいと言えば動きやすいからだ。

 

「……以上だ。八房、席に着け。お前の席はあそこだ」

 

 指差す場所は後ろから二番目の窓に一番近い席だった。天気の良い日は太陽の光が暖かく包む、『特等席』だ。

 しかし悠にとってはそこが地獄の拷問の席のように見えた。元々日の当たるところは嫌いだ。それに自分には似合っていない。この白を基調とした制服だってそうだ。日陰者の自分には一生縁の無いはずの代物なのだから。

 自虐とか根暗とかそうゆう問題では無い。そういう問題では無いのだ。

 

「はい、では」

 

 軽く頭を下げながら返事をして、指定された席に向かう。向かう途中の視線が痛い。やはり自分には注目されるような事は向いていない、と思いつつも顔を上げると、会ったことは無いが悠が一方的に知っている人物と目が合った。

 

「初めまして。これからよろしくお願いしますわ」

「うん、よろしく。えーっと…」

「私の名前はセシリア・オルコットと申しますわ。八房さん、以後お見知り置きを」

「…そっか、教えてくれてありがとう、オルコットさん」

「この程度のこと、礼を言われるまでもありませんわ」

 

 初対面にもかかわらず、いや、初対面だからか。互いに笑顔で軽く挨拶を済ませると、悠は席に着く。

 この位置だと、右斜め前にオルコットが見える。そのややロールがかった美しい金髪の間から見える高貴な横顔を見つつ、心の中でくすりと笑う。

 

(知ってるよ、イギリス代表候補生。偏向制御射撃───偏向射撃(フレキシブル)もまともに出来ない、名ばかりのエリート貴族さん)

 

 そう考えながら、笑顔を貼りつけている顔にはほんの少しの闘志が見え隠れしていた。この学園への潜入任務という自ら課した大きな任務にスタートの合図を静かに切りながら。

 その悠は未だ注目されていたのだが、上手く誤魔化していた。

 

 先生二人はその他注意事項やお知らせを告げると、すぐに教室から出て行った。未だざわつく教室ではあったが、いつも準備しているからなのか、すぐに各班で集まり始めていた。その様子を見ていた悠は、手伝えと言われていたのを思い出すが、何をすれば良いかよくわからない。なにせ記憶喪失などではなく、初めてなのだ。…学園祭というものに参加するのは。

 

 ここに来る道中で織斑がクラス長ということは聞いていたので、席を立って教室の前の方にいる織斑の方を見ると、数人の女子に囲まれていた。その面々は悠が知っている面々であったので、少し驚いた。

 

(…ほお。さっきのイギリス代表候補生だけじゃなく各国の代表候補生達じゃないか。…あそこにいる集団だけで戦争ができるな、あの戦力は)

 

 データとして、彼らのことは全て頭に入っていた。

 

 織斑一夏。世界初の男性IS操縦者として知られ、専用機も持っている。その専用機は『白式』。姉であり、世界最強の称号…ブリュンヒルデの名を持つ織斑千冬がかつて使用していたISと酷似している単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を持っている。さらに最近第二形態移行(セカンド・シフト)まで成し遂げ、今この世界で一番有名な人物といっても過言ではないだろう。

 篠ノ之箒。世界初となる第四世代型ISを専用機とする。専用機は『紅椿』。かの『大天災』こと篠ノ之束の妹である。彼女も彼女のISも、どこの国にも所属していない。彼女一人が持つ力としては大きすぎる気もするが、今は誰も、世界も、主だって動いてはいない。それは…水面下ではどう動いているのかわからないほどに複雑なのかもしれない。

 セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生で、その専用機は『ブルー・ティアーズ』。BT兵器と呼ばれる兵器のデータサンプリングのために開発された試作一号機だ。そして先ほど名ばかりとは言ったものの、生まれは本物のイギリス名門貴族、その当主でもある。

 シャルロット・デュノア。フランスの代表候補生。この面子の中では唯一の第二世代型ISを専用機とし、それをカスタムしているはずで、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムII』と言う。こう見えて、と言うのは失礼かもしれないが…IS世界シェア第三位のフランス、IS関連企業デュノア社の社長令嬢でもあるのだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生、専用機は『シュヴァルツェア・レーゲン』。代表候補生でありながら、ドイツのIS配備特殊部隊、『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長でもある。…そして、人口的に造られた人間だ。『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ばれる、疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべき瞳を、左目に宿している。

 

 ざっと見ただけで少し気になるのは篠ノ之の紅椿の性能と、ボーデヴィッヒの腕前である。…悠としては、ボーデヴィッヒを意識せずにはいられない、というのはあったのだが。

 色々と考えながら彼らを見ていると、その視線に気付いた一夏が片手を上げて悠を呼ぶ。

 

「…あ、悠!こっち来いよ!」

「…ああ、うん」

 

 ずいぶん馴れ馴れしく接するものだ、と思いながらも笑顔を見せつつそちらへ歩いていく。

 

「まさか一緒のクラスになれるとは思ってなかったぜ」

「僕は一緒の学園に通うことになるとも思ってなかったよ」

「ああ、そうだ。みんなに紹介しなきゃだよな───」

 

 互いの自己紹介中………

 

「…うん、よろしく、みんな」

 

 全員知っているが初めてあった顔を作る。織斑、篠ノ之以外が一瞬疑うような視線で見てきたものの、気にしない。

 

「僕のことは好きに呼んでくれて構わないよ。さっき一夏がさりげなく呼び捨てしたみたいにね」

「あ、気に障ったか?すまん」

「ううん、そんなことないよ。むしろ身近に思ってくれて嬉しいよ」

(データを取るためにもね)

 

「…好きに、か。ならば八房と呼ばせてもらおう。私のことも好きに呼んでもらって構わない」

「じゃあ僕のこともデュノアじゃなくてシャルロットでいいよ」

「うむ、私も箒でいい」

「私もセシリアで構わなくてよ」

「ありがとう」

 

 一通り自己紹介を済ませ、学園祭の話に戻る。どうやら専用機持ちと悠は接客を担当すればいいらしい。

 その後は基本的に一夏の指示で動いていった──。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 悠の学園生活初日は、彼が思っていた以上に早く目まぐるしく進んだ。休み時間に隣のクラスから中国代表候補生が挨拶しにきたり、悠の背丈に合う燕尾服を調達しなければならない衣装班に採寸という名のお触り地獄を受けたり、味見役という名目で調理班に茶菓子や『私自慢の一品』とやらを食べさせられたり……etc、etc…。

 放課後になりやっと各所から解放されるも、その頃には「面倒ごとは一夏に押し付ける」という当初の目的を半分忘れるほどに疲れ切っていた。

 

「…これはなかなかに疲れるな」

 

 そう言いながら、悠のために用意された寮の部屋のイスに深く腰掛ける。

 今まで生きてきた中で初めての種類の疲れの感覚に戸惑いもあるが、これも任務だと言い聞かせる。そして、今日あったことを全て一度思い出していく。静かに、そして黙々と。それは悠の日課、とでも言うべき行動だった。

 今日の記憶を一度完全に思い出し、脳に記憶させる。忘れない記憶(データ)として、保管するために。…だが不必要な、いらない(データ)もあるわけで。

 

(……集中したいんだがな)

 

 今日一日、悠は常に監視されていた。それは一夏に近付く時はもちろん、落ちたものを拾う時でさえ。…そしてこの部屋にいる時でさえ。プライバシーも何もあったものではない。向こうはバレていないつもりなのかもしれないが、悠には常に監視されている事がわかっていた。だから。

 

「…おっと、ついうとうとしちゃったな。今日はもうシャワーも入ったし…ふわ〜あ…もう寝よう」

 

 またしてもする意味のない睡眠をすることになったのだった。本来ならばIS学園の設備や通路など、見たり覚えたりしなければならないが、暫くは大人しくしていなければならないようだ。

 

(それでもできる範囲からやっていくか…)

 

 そう考えながら、彼は明日も続く騒がしい日々に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?彼の居場所は?」

「…すみません、全く…」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)、米国アジト。

 通信は音声通信。それでも彼女の苛立ちを感じ取れたのか、通信相手の声調が下がる。

 彼女は小さくそう、とだけ言い、捜索を続けるように命じ、通信を切る。そして申し訳なさそうに後ろを振り向いた。

 

「…申し訳ありません、ヘッド。わざわざ遠く…いえ、空の向こうから来て頂いたのに……」

 

 ヘッドと呼ばれた男は、彼女のすぐ後ろでモニターを見ていた。

 イスに腰掛け、腕と足を組みながら硬い表情で見ていたが、小さく微笑みながら片手だけを上げる。

 

「いいさ、スコール。…それよりも、もう十分足は使った。次は頭を使うべきじゃないかい?」

 

 そう言いながら、とんとん、と彼は自分のこめかみを指で軽く叩いた。

 

「しかし、全く情報がない上で考えると言うのは……」

「なに、直感で構わないよ。…私はここが怪しいと思うが、君の意見はどうかな?」

「───…っ」

 

 言葉が終わるやいなや、大型モニターに映し出された画像。薄暗い部屋がほんのりと明るくなる。

 そんな中で彼女──スコールは少しばかり驚いた。大きくはなかった。何故ならいずれ目を向けるべき場所として、その一つとしてピックアップしていた場所だからだ。様々なステップを飛ばして、そこへいくのか、という驚きだった。

 

「……いきなり、大本命ですわね…」

「そうかな?私は最初から目をつけていたがね」

 

 君もそうだろう?とスコールの方を見る。その顔には未だ笑顔が浮かんでいる。スコールはこの余裕の笑みを浮かべた彼しか知らない。それ以外の顔をした彼を知らない。それは頼もしく感じた時もあれば、恐ろしいと感じた時もある。

 

「…ここは並みのセキュリティではありませんわよ?」

「だろうね。だが、近々そのセキュリティが甘くなるイベントがあったね?」

「…学園祭、ですか」

「そうだ。そこで君たち二人にやってもらいたい事があるんだ」

 

 そう言いながらタブレット型端末をスコールに渡す。そこにはとある作戦が表示されていた。

 

「──っ!これは…っ」

「…やってくれるね?スコール」

「ええもちろん。すぐに準備に取り掛かります。それと…もう一人にも伝えて参ります」

「うむ、よろしく頼む」

 

 恭しく礼をすると、スコールは高いヒールの音を響かせながら部屋から出て行った。

 それを見送ると、小さくため息を吐き、イスに肘をつきながら大型モニターを見る。

 

「さて、どうなるかな。そこにいることは間違いないだろうが…連絡も無しになにをしていることやら。まさか女の子に囲まれるためにそこにいるわけでもないだろう…なぁ?アーリア?」

「はぁ…」

 

 先ほどまで会話に入らないよう、部屋の隅にいたアーリアと呼ばれた女性がヘッドの傍にまで近寄る。モニターが光源となり、その整った顔がよくわかった。歳は十代か二十代といったところだが、その顔は美人と言っていいほど整っている。ワインレッドに近い髪色と双眸。髪は悠よりも少し長く、肩にかかるか、かからない程度だ。

 

「私は、最後にヘッドがご命令した、『現行ISの性能偵察』、『男性操縦者の技量偵察』の二つを続行していると思います。…あの彼が女性に囲まれることのためにそこに行くなど、断じてあり得ませんから。……というかあり得てはいけないと思います…」

「やはりそうか。では君にデータチップを回収させたのは正解だったか」

「はい、ヘッドのご判断は間違っていないと思います。ISでスキャンした戦場跡の様子から、重症を負ったのはほぼ間違い無いようですし、連絡手段を失った為に今まで連絡出来なかった可能性が高いかと…」

「ふむ。ではやはり…」

 

 そう言いながら立ち上がる彼は、モニターを見ながら本当に楽しそうに、いや、嬉しそうに笑みを浮かべ、続けた。

 

 

「そこに…IS学園にいるのだな?悠…。……私の優秀な、”弟”よ…」

 

 




結構足早に進めているつもりですが、端折った所とかはどこかで書きます。

そしてまたご指摘を反映させて頂きました。いかがでしょうか。見やすければ嬉しいです。

次話から学園祭です。学園祭終わるまでは大体原作の大筋に沿っていこうと思っています。


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