静かに、二人の後輩は決意する。 (いろはにほへと✍︎)
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予期せぬ邂逅

When one is in love, one always begins by deceiving one’s self, and one always ends by deceiving others.
That is what the world calls a romance.

―Oscar Wilde―

『人が恋をする時、それはまず、自己を欺くことによって始まり、また、他人を欺くことによって終わる。世界はそれをロマンスと呼ぶ』



 クリスマスイベントを終えるころには、街はすっかり冷え切っていた。

 

 その寒さは新学期を迎えた今日もなお続いていて、ときどき窓から隙間風が入ってきては私の肩を震わせる。

  

 帰りのSHRを終えると、私は迷うことなく特別棟へ向かった。

 

 もちろん、奉仕部だ。生徒会室でも、サッカー部でもない、紅茶の香り漂う部屋。

 着くと私はノックすることなく戸を開いた。

 

 「平塚先生、あれほどノック……、一色さんだったのね」

 

 「どうもです、雪ノ下先輩」

 

 私が挨拶ともいえないような挨拶をすると、雪ノ下先輩は立ち上がってポットのある方に向かう。

 

 「いつもありがとうございますー」

 

 「あら、それは本当に思っているのかしら」

 

 「もちろんですよー、あ、そういえば雪ノ下先輩って……」

 

 言いかけて、ガラガラ、と勢いよく戸を開く音に遮られる。

 

 「やっはろー! ゆきのん!」

 

 「よう」

 

 「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

 「ナチュラルにスルーするのやめてくれない?」

 

 「あら、いたのね。ヒキ……、ヒキガエルくん」

 

 「なんで俺の小四の頃のあだ名知ってんだよ、お前」

 

 「小四の頃にはまだ人の視界に入っていたのね」

 

 言うと、雪ノ下先輩は勝ち誇ったような顔になった。先輩は呆れたように「まあな」と一言呟くと、視線を私に移した。

 

 「よう、一色。居たのか」

 

 先輩の冷たい反応に、私も冷たい声で返す。

 

 「居ましたよ、ヒキガエル先輩より先に」

 

 「お前もかよ。……最近、お前よくこっち来るけど生徒会とかは?」

 

 先輩の核心を突くような質問に私は一瞬狼狽えた。

 

 「え、えー、まあ。生徒会はこの時期仕事少ないですし……」

 

 「あれ、いろはちゃん、サッカー部は?」

 

 「あー、今の時期って寒いじゃないですかー?」

 

 「寒いからって行かなくていいのかしら?」

 

 雪ノ下先輩の咎めるような発言に思わず言葉に詰まる。

 

 「ええ、まあ。行く目的もなくなりましたから……」

 

 葉山先輩目的で入ったサッカー部なのだから、今はもう目的はないのだ。

 

 「え、それって……」

 

 結衣先輩が察したように、言葉を漏らす。

……敵増えちゃいましたね。

でも優しい結衣先輩のことだから仲良くできることの方が嬉しいんだろうな。まったく、私が男だったら即告白してますよ? 先輩。

 

 「葉山は諦めたのか」

 

 確認のようで、先輩が呟いた。

 

 「そうですけど……、普通そんなふうに聞きますか?」

 

 私が落ち込んだように尋ねると、「悪い」と一言だけ返された。

 

 「まあ、いいですよ。ほかに好きな人できたので」

 

 「そうか、早いな」

 

 先輩は、少し申し訳なさそうな表情になった。どうやらモノレールの中でのことを気にしているようだ。

 

 「多分、葉山先輩に告白するより前から好きだったと思うんですよねー」

 

 言うと、結衣先輩が苦笑いになった。葉山先輩がよく見せたその表情で、私は聞きたかったことを思い出した。

 

 「あ、そういえば雪ノ下先輩。葉山先輩と付き合ってるって本当ですかー?」

 

 間があいた。それも居心地の悪い間が。

 

 顔を上げると、雪ノ下先輩が凍てつくような笑顔で私を見つめていた。

 

 「一色さん?」

 

 「は、はいぃ」

 

 「そんなことあるはずないでしょう?」

 

 「で、ですよねー、私もそう思ってましたー」

 

 雪ノ下先輩の恐怖から逃れるため、とりあえず同調すると結衣先輩が噂の理由を説明していた。

 

 「……なるほど、下衆の勘繰りというやつね」

 

 雪ノ下先輩が呟くと、戸が叩かれた。

 

 「あ、優美子。どうしたの」

 

 返事をする間もなく入ってきたのは三浦先輩だった。……まあ、噂のことだろう。

 

 「じゃあ、先輩。進路相談会のことよろしくお願いしますね」

 

 これから起こるだろう面倒の予感に目を逸らして、私は教室を出た。

 

 × × ×

 

 彼女に出会ったのは、三浦の相談を受けた翌日のことだった。

 

 いつものように、ベストプレイスで昼食をとっていた俺は背後から近づく足音に気付き、横目で確認しようとすると同時に声をかけられた。

 

 「どうも、先輩」

 

 一色かと思い、短く返事をした。

 

 「おう、何か用?」

 

 返事をしてから気付いた。……一色ってこんな声だっけ。

 

 俺の動揺をよそに、彼女は俺の隣に腰掛ける。仕方なく彼女を見ると、俺は固まった。

 

 透き通るような白い肌に、潮風に揺れる髪。整った顔立ちに、すらりとしたスタイル。彼女の美しさを表すようなその大きな瞳は、嬉しそうにこちらを見つめていた。

 

 ……俺の周り美女率高いな。

 

 「え、えっと会ったことあったか?」

 

 俺がしどろもどろに尋ねると、彼女は少し悲しそうな表情になって何か呟いた。それをうまく聞き取れなくて、聞きなおそうとすると、ふいに彼女が立ち上がった。

 

 「こんにちは、ヒキタニ先輩! 一年F組 高海 美奈です!」

 

 突然の美少女との邂逅に驚かされていたが、おかげで冷静になれた。

 

……俺は、俺の名前は、ヒキガヤだ。

 





初めまして!!!

この作品以外にも

俺ガイル×中二恋
俺ガイル×ラブライブ
オリジナル作品 さようならかぐや姫

等書いています!

ぜひ目を通してみてください!


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勘違い的嫉妬


When we are in love often doubt that which we most believe.

―La Rochefoucauld―

『我々は恋をすると、現在はっきりと信じているものまでも、疑うようになるということが、しばしばあるものである』



 「お前、またいるのか」

 

 思わず嘆息を漏らす。高海との奇跡的な邂逅から一週間が経った。

 

 「だからー、ヒッキー先輩と仲良くなりたいんですって」

  

 「ヒッキーは止めろ」

 

 こいつは由比ヶ浜とも親交があるようで、何かと影響されている。

 

 「比企谷先輩、私、実は読書家だって知ってました?」

 

 「いや、知ってるわけないだろ。……で、何読むの」

 

 訊くと、高海は少し嬉しそうな表情になった。

 

 「もしかしてー、興味あるんですかー? 私に」

 

 「いや、お前にはないから」

 

 「仕方ないから答えてあげましょう」

 

 「だからないって」

 

 なんで俺の周りには話を聞かない奴らが多いんだ。

 

 「んー、最近は一般文芸ですかねー。今は、湊かなえの告白を読んでます」

 

 「あー、それか。読んだことあるわ。それ結末で、先生の復讐劇が……」

 

 「ちょっと! なにネタバレしてるんですか! だから……」

 

 「おい、ちょっと待て。何を省略した」

  

 本当に失礼だなこいつ。俺は友達がいないんじゃなくて、つくらないんだ。

 

 × × ×

 

 最近、せんぱいが女の子と仲良くしている。

 

 名前は 高海 美奈。 確か一年F組。雪ノ下先輩ほどではないけど、人気があるって聞いたことがある。もちろんあの可愛さだ。雪ノ下先輩みたいな綺麗さではない愛嬌。運動も勉強もできて、でもどこか抜けているーー。せんぱいが好きそうだ……。

 

 数学の授業は耳に入らず、私はひたすら考えていた。

 

 

 一日の授業を終え、奉仕部に向かう。が、目の前に顔見知りが見えて、思わず物陰に隠れる。

 

 せんぱい、……と高海さんだ。

 

 「比企谷先輩、なかなかでしたよ告白」 

 

 高海さんの言葉に私は固まった。……告白? せんぱいが?

 

 「そうか。で、どうだった?」

 

 「んー、こういうのいいなって思いました。こういうの慣れてませんでしたから」

 

「お前も好きなのか。嬉しいな」

 

 気付いた時には駆け出していた。話を聞く限りではせんぱいが高海さんに告白したということだろう。

 

 遠回りして奉仕部に向かう。真偽を確かめる必要があるのだ。

 

 目の前に部室が見えたところで、ドン、と誰かとぶつかった。

 

 「あ、ごめんなさ……、結衣先輩」

 

 「ごめんねー、いろはちゃん」

 

 「あの! せんぱいが高海さんに告ったってホントですか?!」

 

 「え? 美奈ちゃんに?!」

 

 「どうかしたのかしら? 部室の前でうるさいのだけれど」

 

 部室の前で騒いでいると、戸が開いて雪ノ下先輩が現れた。

 

 「おい、どうかしたのか」

 

 雪ノ下先輩に尋ねようとすると、同時にせんぱいが現れた。

  

 「せんぱい! 高海さんに告ったんですか?」

 

 訊くと、せんぱいは呆れたような顔になった。

 

 「……は?」 

 

 × × ×

 

 「なんだー、せんぱい。本の話ですかー」

 

 「だいたい、なんで俺のこと気にしてんの。好きなの?」

 

 「そんなわけないじゃないですか、気持ち悪いです」

 

 思わず冷たい声を出してしまう。

 

 せんぱいは面倒そうな顔をすると、紅茶の入った湯呑に手を伸ばした。

 

 「ところでお前、高海と知り合いなのか?」

 

 「いえ、別に」

 

 「じゃあなんで名前知ってるんだよ」

 

 「知らないんですか? 彼女総武で結構人気ですよ」

 

 「そうか。知らなかったわ」

 

 「全然、意外そうじゃないですねー」

 

 思わず頬を膨らませてしまう。というかなんで、湯呑で紅茶飲んでるんですか。

 

 「まあな、客観的に見てもモテそうだしな」

 

 んー、気に入らない。全くもって気に入らない。

 

 「せんぱい、彼女のこと好きなんですか?」

 

 意地悪く尋ねると、結衣先輩も雪ノ下先輩も動きを止めた。

 

 「ヒッキー?」

 

 「比企谷くん?」

 

 二人の声が重なって、部室にこだました。

 

 「んな訳ねえだろ。客観的に見てって言っただろ。……あれだ。お前らと同じってことだよ」

 

 瞬間、時が止まった。私はもちろん、結衣先輩、雪ノ下先輩も同時に頬が赤く染まった。

 

 「……きょ、今日はもう終わりにしましょう」

 

 頬を赤く染めた雪ノ下先輩が開きかけの本をパタリと閉じた。

 

 「おう、今日は早いな。まあ、早く帰って小町に会えるんだから得だな」

 

 「そ、そう。ではもう閉めるわ」

 

 そう言うと、そそくさと解散させた。

 




あはははっはあっはっはははははは。疲れた。


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昨日の敵は、今日も敵


True love is like ghosts, which everybody talks about and few have seen.

―La Rochefoucauld―

『真の恋というものは、誰もが口にするが、実際に見たものは一人もいないという、まるで幽霊のようなものである』



「うぅ、重い……」

 

だいたいなんで私一人なの、と心の中で呟きながら、一箱、五キログラムの箱を運ぶ。

 

せんぱいは今日早く帰っちゃったし、生徒会の皆は、今日は仕事ないから休み。私も帰ろうとしたところで捕まって……。

 

「はあ、男子だったら軽々なんだろーな」

 

思わず独り言が漏れる。自分の力がないせいで何度も持ったり降ろしたりで、腕も腰も痛かった。……というか女子一人にやらせるっておかしいでしょ。

 

「大丈夫? 手伝おうか?」

 

私が必死になって運んでいると、背後から女子っぽい声がかかった。普段なら断るが、生憎今日の私にはそんな元気はなくて反射的に振り返る。

 

「ありがとう、お願い」

 

「うん、お願いされた!」

 

 やけに元気な子だな、と思って荷物を置くために下げていた顔を上げる。

 

「え……」

 

 声が漏れる。「高海さん?」

 

 「こんにちは、一色さん」

 

 高海さんは私が知っているということに少しも驚くことなく、私の名を呼んだ。

 

 「え、私のこと知ってるの?」

 

 「だっていつも比企谷先輩の隣にいるもん」

 

 「いや、いつもいるのは高海さんの方でしょ」

 

 「そう?」

 

 「うん」

 

 「まあ、いいや。とりあえず運ぼう!」

 

 まったくもってよくないのだが、そうだね、と呟くと二人で運び始めた。

 

 × × ×

 

 「ありがとう、高海さん」

 

やっとのことで段ボールを運び終え、高海さんに礼をする。高海さんもそんなに力はないようで、少し時間がかかってしまったが一人よりはマシだった。

 

まあ、なにより気になることがあって時間の流れは早く感じたけど。

 

「ううん、気にしないで! いろはちゃんと話せてうれしかったよ! あ、私のことも名前で呼んでくれない? ……友達なんだしさ」

 

 「分かったよ、美奈ちゃん」

 

 私が了承の意を伝えると、彼女はにこぱっと笑みを浮かべた。つられて私の頬も緩む。

 

 「あ、もうこんな時間だ。帰るね!」

 

 腕時計に視線を落とすとすでに六時を回っていた。あいつらどんだけ運ばせたんだ。

 

 「そうだね、私も帰ろ。じゃあ今日はありがとう!」

 

 私は一言お礼を伝えると、踵を返した。が、袖をつかまれて進むことができなかった。

 

 「ん? どうかしたの?」

 

 訊かないわけにもいかず尋ねると、何が恥ずかしいのか、頬を桜色に染めて、もじもじと

こちらに上目遣いをしていた。

 

 「あのさ、もし同じ方向なら一緒に帰らない?」

 

 あー、分かりましたよ、せんぱい。たぶん私の今の気持ちと、せんぱいが戸塚先輩に抱く気持ちは同じです。……なんなんだこの可愛さは! 血反吐がでるかと思いましたよ……。

 

 「えっと、家どこなの?」

 

 一旦落ち着いて尋ねる。

 

 「えっと、比企谷先輩と同じ方向だよ」

 

 は? と思わず口に出しそうになるのを留める。なんでわざわざせんぱいを出すんだ。

 

 「へ、へえ。じゃあ、その先の駅とか?」

 

 「うん、そうだよ!」

 

 「ははは、じゃあ同じだね」

 

 「帰ろうか」

 

 この日、私の敵が一人増えた。

 




正しいはずなのにひらりひらからまわる。


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勘違いすなわち攻撃


Love fed fat soon turns to boredom.

―Ovid―

『満ちたりてしまった恋は、すぐに、退屈になってしまうものである』



 高海と話すようになって更に一カ月が経った。

 

 もはや高海が隣にいるのが普通のように思えてきて、かなり毒されている。……意外なことにリア充のトップに立ってそうな高海は、小説とか漫画とかも好きなようで共通の趣味が多くて盛り上がることも少なくない。

 

 高海がいる一カ月が楽しかった俺は、うかつにも周囲の目を忘れていた。ドラゴンボール風に言えば第三の目が開眼し、見極められていたということだ。 

 

 簡単に言うと、放課後、部活を終えて外に出ると捕まった。

 

 「おい、お前かヒキタニって」 

 

 だから、誰だよヒキタニ。

 

 「いや、違いますけど」

 

 「嘘つくんじゃねえ。お前が美奈に近づいてるって話は聞いてあるんだ」

 

 「いや、というかこの学校にヒキタニなんていないでしょ」

 

 ホント、何この展開。完全にラブコメのあれじゃん。男女逆だよ、ラブコメの神様。……いや、よく考えたらラブは零だし、コメディ要素もねえよ。まったくもって笑えない。

 

 「は? ヒキタニ、お前は人気者だぞ? 文化祭の時のクソみたいな言動とかな」

 

 「へえ、そんなに人気者なんですか。聞いたことないっすね。友達いないから、てか誰だよヒキタニ」

 

 「お前、いい加減にしろよ? 認めれば一発殴って解放してやる。認めないなら……、分かってるよな?」  

 

 理不尽すぎる条件に、反射的にひねくれた答えを返してしまう。

 

 「分かりませんけど……」

 

 言うと、ストーカーっぽい先輩(笑)は、俺を見て嘲笑した。

 

 「は? まあ、文化祭であんなことするバカタニくんだもんな。仕方ないよな」

 

  いや、どっちが馬鹿だよ。というか美奈ちゃんはどんな危ない人と絡んでるんだよ。こいつ絶対言葉通じないぞ。

 

 「分からないことに、分からないというのも勇気だってよく言うじゃないですか。聞くは一時の恥だって」

 

 「いちいち、うるせえな。認めればいいだけだろうが!」

 

 声を荒げるストーカー先輩(笑)。俺は笑えないけど。

 

 「だから、本当にヒキタニじゃないんですって」

 

 嘘は言ってない。本当にヒキタニじゃないからな。

 

 「じゃあ、そんなに言うなら、ヒキタニ連れてこいよ。そうしたら許してやるよ」

 

 そういうと、名前も知らぬ脳内ラブコメ野郎は地面を蹴った。

 

 チャンスだ。素晴らしいチャンス。……誰かに汚名を着せればいい。

 

 「……、一応同じクラスだから言いたくありませんでしたけど、ヒキタニは同じクラスの戸部です。同じクラスにヒキガヤっていう嫌われ者がいて、そいつをもじって最低なことをした戸部がヒキタニって呼ばれてるわけです」

 

 俺はポーカーフェイスで息をするように嘘を吐いた。一応、胸中で謝る。ごめん、戸部。

 

 俺の弁明から少し間があいて、眼前のストーカー先輩は突然笑いだした。こいつまじでやばいんじゃないか、と思うと同時に一言呟かれた。

 

「おい、俺が元何部か知ってるか?」

 

ストーカー先輩の呟きに少し思案したが、察するまでそう時間はかからなかった。

 

 俺は少し口角を上げて、答えを出す。

 

 「サッカー部とか、ははは」

 

 愛想笑いをするなんて俺らしくないが、ここはアイデンティティを保っている場合ではない。というかよく小説に出てくる、乾いた笑いが漏れる、というやつだ。

 

 「嘘までつきやがって! 制裁だ」

 

 声と同時にストーカー先輩がこぶしを振り上げる。どの道、自分に都合のいい制裁するつもりだっただろうがー! と叫びたいところだが、そんなみっともないマネはしない。

 

 「先輩、ちょっと待ってください」

 

 「は? いまさら何」

 

 ストーカー先輩が握り拳を開くと同時に、俺は地面を確認する。

 

 石などの尖ったものがないことを確認すると、冷静に膝を曲げ、地面に着く体勢をとる。

もちろん、日本人の象徴である、土下座だ。これがあったからこそ日本はここまで成長したと言える。

 

 地面に膝がつくというところで、ストーカー先輩は察したようで嫌な笑みを浮かべ、腕を組んだ。こいつぶん殴りたいな、と思うと不意に、俺の視界に顔見知りが交ざった。

 

 「比企谷?」

 

 「あんれー、ヒキタニくんじゃーん」

 

 「どうしたのお前ら」

 

 「いや、こっちのセリフなんだけど」

 

 「で、なにしてるん? ヒキタニくん……、つーか佐藤先輩?」

 

 戸部が視線をストーカー先輩に送る。こいつ佐藤っていうのか。

 

 「よう、戸部。今、美奈のストーカーの教育をしてるんだ。失せろよ」

 

 ストーカーはお前だろ、と漏らしそうになるのをぐっと耐え忍ぶ。

 

 「ヒキタニくんマジかよー、そりゃないわー」

 

 やっぱり殴りたいのは、佐藤じゃなくて戸部だわ。

 

 「ストーカー? 比企谷が?」

 

 聞いた葉山が、ははは、と楽しそうに笑う。……だから、笑えないって。

 

 だが、瞬間、表情が変わった。

 

 「比企谷はそんな奴じゃない」

 

 そう言うと、一呼吸おいてさらに言葉を紡いだ。

 

 「失せるべきはあなたの方だ」

 

 今まで何度か見た表情。そして落ち着いた物腰からは想像できないような冷たく感情を含まない声。

 

 「は? 先輩に向かってなんだその口」

 

 佐藤の言葉が癪に障ったのか、葉山は佐藤を睨むとまた口を開く。

 

「あなたのことなど先輩だとは思っていない。それにあなたが高海さんのことをしつこくつきまとってるって有名ですよ」

 

葉山の様子に動揺した佐藤は「覚えておけよ」と呟くと、俺を一睨みしてから踵を返し、去っていった。

 

俺は安心して思わずため息をついた。

 

危ねえ、あと一歩ではやはちになるところだった。

 

「すまない。あの人は前からああなんだ」

 

「そうか。気にすんなよ」

 

俺は一言呟くとすぐにその場を後にした。

 




psvita俺ガイル短いかなとも思ったけど、フルボイスはなかなか良かった。


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覗いていた影

Love is like a flower – you’ve got to let it grow.

―John Lennon―

『愛とは、育てなくてはいけない花のようなもの』



 葉山たちと別れ、家路につく。

 考えてみれば、佐藤が誰なのか全く知らないわけで、むしろなぜ俺のことを分かっていたのかが不思議だ。

 ……マジでストーカーなんじゃないか。危ないよ、美奈ちゃん!

 まあ、葉山のおかげで、土下座という日本伝統のポージングをとらなくて済んだわけだが、やはり解せない。

 自転車を降り、駐輪する。

 玄関の戸を開けようとすると、同時に聞き慣れない音が聞こえて、動きを止める。

 もう一度鳴って、音の主が自分の「暇つぶし機能付き目覚まし時計」だと気づいた。

 Amazonになにかを頼んだ覚えがなくて、戸にかけていた手を話し、操作する。

 

 Re︰タカミミナ

 

 送信元を確認して、電源を切る。

 ……おい、登録した覚えないぞ。

 

 × × ×

 

 『それで? なに』

 『あ、もう気にしてないんですね』

 『そりゃな』

 

 気にしない、というのは高海が俺の電話番号を知ってることである。メールを無視していると、夕食を終える頃に電話がかかってきたのだ。

 普段通りなら無視するところだが、小町に一コール以内に出ろと教育されていたため、思わず出てしまった。

 

 『特に用はないんですけどー』

 『あ、そう。じゃあな』

 『ちょっと待ってください! なにかお話しましょーよ』

 『用はないんだろ、よって話す内容もない』

 『はぁ。比企谷先輩、だから……』

 『おい、何を略した』

 『別に友達いないとか全く思ってないですよ?』

 『思ってんじゃねえか』

 

 高海に言い返したところで、ふいに思い出す。

 少し尋ねるだけなら問題ないだろう。

 

 『お前、佐藤ってたぶん三年知ってるか? 男の』

 『……なんで先輩が知ってるんですか』

 『あ、あーいや』

 

 高海の返しが妙に威圧的で、思わず言い淀む。

 もしかして、彼氏(笑)かな?

 まあ、そんな茶化すようなことをわざわざいう必要も無いと思って、口から出すのを躊躇った。

 

 『で、その佐藤先輩がどうかしたんですか?』

 『いや……別に。前に一緒にいるところを見たことがあってな。佐藤先輩は俺の知ってる人だったし……』

 『じゃあ、知ってるかって聞き方おかしくありませんかー?』

 『あ』

 

 確かにそれもそうだ。話しているところを見たなら、名前まで知っているのなら尚更おかしなことを聞いていた。

 ……ごまかし癖が仇となったか。

 

 『なにかされたんですか?』

 『は? なにか?』

 『先輩、知らないんですか? 佐藤先輩は暴力的で有名ですよ』

 『すまん、友達いないから』

 『で、どうなんですか?』

 

 渾身の、とまではいかないが俺の自虐ネタはスルーされた。

 

 『……あの人なぜか私にだけは優しいんですよね』

 

 高海が付け足すように言った。

 俺はもちろん、頷いた。

 ……でしょうね! ストーカー先輩!

 

 『安心しろ、俺は特に何もされてない』

 『本当ですか……?』

 『お、おう。どうしたんだそんな心配そうに』

 『へえ、先輩。私に嘘をつくとは』

 『……嘘ってなんだよ』

 『先輩、なんで私が今日電話をかけたか未だに分からないんですか?』

 『ああ、分からないが』

 

 嘘だった、本当は察していた。

 だが、もしも見ていないとしたら、カマをかけているだけだとしたら、バレてしまう。

 そう考えて、咄嗟にでた言葉だった。

 ……さっきから咄嗟の嘘がバレてるんですけど大丈夫ですか……?

 

 『私、最後の方だけですけど見ましたよ。部活を終えて外に出た時』

 『何を』

 『佐藤先輩を。……あと比企谷先輩も』

 『……』

 

 俺が返事をうまくできなくて、沈黙が起こる。

 ……しばらく近くにいて思ったけど、こいつ何するか分からないんだよなあ。

 言葉選びは慎重に……。

 

 『で? 俺と佐藤先輩がどうしたって?』

 『比企谷先輩が土下座しかけてました』

 『おい、そこからかよ』

 

 思わずツッコミを入れる。まさかそのシーンだとは。

 

 『証拠がないだろ。裁判にせよ、何にせよ、証拠が必要だ』

 『裁判? 私がなにかするとでも?』

 『あ』

 

 またもやってしまった。完全にやぶ蛇だ。

 

 『いや、だから、ものの喩えでだな』

 『安心してください、私は何もしませんから』

 『え?』

 

 高海の宣言に、拍子抜けする。

 こいつは何をしでかすか分からないと思っていただけに、だ。

 意外だが、もしかしてこいつは人に強く出れないのか?

 

 『そうか、よかったよ』

 『まあ、わ・た・しは何もしませんよ』

 『おい、どういう意味だ。誰かほかにもいるのか?』

 

 一応、尋ねてはみる。

 ……だが、思い浮かばない。

 俺みたいに人望のない、かつ閉じたコミュニティしか持っていない、そんな俺を擁護するヤツなど、同情した高海以外思い浮かばないのだ。

 ……奉仕部。いやあれはまずい。あの部、基、雪ノ下雪乃にバレたら佐藤は不登校になってしまう。

 

 『まあ、そうですね。ちなみに私が学校から出た時は、い・ろ・はがいましたよ』

 

 そうだ、俺は失念していた。こいつら、高海と一色が最近仲良くなったのを。

 いつからいろはなんて呼ぶ様になったのか、そんなことはどうでも良い。

 

 ……本当に警戒するべきは一色だったか。

 




中二恋も読んでもらえると嬉しいです。


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悪者撃退

We love without reason, and without reason we hate.

―Jean Francois Regnard―

『私達は、何らの理由もないのに、人を愛し、また、何らの理由もないのに、人を憎む』



 

 高海の電話から一日。

 つまり、佐藤に絡まれた次の日。

 いつものように廊下を一人で歩いていると、高海を見かけた。

 ついでに隣を歩いてる、否、付きまとっている佐藤も。

 少し様子を見ようと思って物陰に隠れる。

 こうしていると、俺の方がストーカーだが、俺は基本的に影が薄いので問題ない。

 「で、話ってなんですか?」

 意外と声が聞こえる距離のようで、高海の声がはっきり聞こえた。

 「美奈、最近変なやつに絡まれてるらしいからさ。心配で」

 変なやつはお前だよ、と内心ツッコミを入れる。同時に、しかし自覚ない奴って本当に存在するんだな、とも思った。

 「絡まれてる? 誰が」

 美奈ちゃん、口調強いよ!

 「いや、だから美奈が」

 「意味が分からないんですけど」

 高海は陰に隠れていて、うまく見えない。

 どんな表情をしているかは推測をするしかない。

 だが、声の大きさや調子から不機嫌さは伝わってきた。

 それを相手にしている佐藤は分かっていないのか、分かっていてなおご機嫌を取ろうとしているのかいまいち伝わってこないが、おそらく前者だろう。

 「その、ヒキ、ヒキタニ? がさあ、お前に絡んできてるって聞いてよ」

 「誰ですか? ヒキタニって」

 「ほら、やっぱり! 名前も知らない奴に絡まれてるんだな。可哀想に」

 ……可哀想なのはお前の頭だ。

 「いや、私、ヒキガヤ先輩なら知ってるんですけどー、ヒキタニは知らないですね。それに絡んでいってるのは私方です」

 高海の温厚な態度からは想像出来ない冷たい声。

 だが、すぐに戻った。

 「まあ、最初に絡みに行ったときはふざけてヒキタニ先輩! なんて呼びましたけど。……というか先輩って佐藤……、えーっと、なんて名前なんですか?」

 「え……? いや、知らなかったの?」

 言い淀む佐藤に、高海はさらに攻撃を加えた。

 「私、名前も知らない先輩に絡まれて可哀想なんですよね? もうやめてくれません?」

 怖い、美奈ちゃん怖いよ。

 名前覚えられてないの結構ショックだからやめてあげて!

 

 高海の反撃を見るのに夢中になっていた俺は背後から近づく一人の女に気づかなかった。その女に肩を叩かれ、振り向いたら! 一色だった。

 なんだ、探偵坊主じゃないのかと安心したのも束の間。

 もっと警戒しなくてはいけない奴だった。

 「せんぱーい、こんなところで何してるんですかー?」

 今は、あざといのなんてどうでもよかった。

 目の前の状況を、今の俺の状況を見られるよりは。

 「お、おう。一色。今日はいい天気だなー」

 「いや、キョドっててきもいです。それに、今日曇りですけど」

 「……ってあれ? 美奈ちゃん?」

 俺の位置からは見えないが、一色は見えるようで呟いた。

 だが、近くに佐藤を見つけると、きょとんとした顔は一気に冷めた表情になった。

 「お、おい待て一色」

 俺の静止虚しく、一色は高海の元へ向かった。

 「美奈ちゃん! どうしたのこんなところで」

 一色の声が響いた。

 「あれ、いろは?」

 「一色?」

 佐藤も知り合いだったのか、流石会長。

 「どうもー、佐藤先輩」

 「どうしたの?」

 「佐藤先輩にお話があって」

 一色がそう言うと、佐藤は少し嬉しそうに「なに?」と聞き返した。

 「雪ノ下先輩が呼んでたんですよ」

 「えっ? 雪ノ下ってあの?」

 「そうです。早く行きましょう。奉仕部へ!」

 嬉しそうに確認する佐藤と、催促する一色。

 そして佐藤は促されるまま、一色に連れていかれた。

 あまりにもスピーディで呆然としていたが、すぐに気づいた。

 

 

 ……佐藤は明日学校来るかな。

 



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風邪をひきました。ぜんぺん

When a man is in love he endures more than at other times; he submits to everything.

― Friedrich Nietzsche―


『人間は恋をしている時には、他のいかなる時よりも、じっとよく耐える。つまり、すべてのことを甘受するのである』



 「比企谷先輩、今日いろはお休みなんです」

 

 昼休み、俺はいつものようにベストプレイスで食事をとっていた。

 

 「どうかしたのか」

 

 「風邪らしいです」

 

 一色が風邪? 何言ってるのこの子。

 

 「おい、嘘はよくないぞ」

 

 「……先輩、いろはも風邪ひきますから」

 

 「なので、お見舞いに行きましょう!」

 

 「断る」

 

 「えー! 行きましょうよー」

 

 「二対一で女子の家に行くとかどれだけ気まずいと思ってんだ」

 

 「それ、ポイント低いですよ」

 

 そう言うと高海は上目遣いになった。というか小町の知り合い多すぎない?

 

 「一人で行けばいいだろ」

 

 呆れたようにつぶやくと、高海は楽しそうだった視線を下に落とした。

 

 「私、先輩と行きたかったのに……」

 

 これが演技だというのならもはやアカデミー賞も夢ではない。そう思って、口を開く。

 

 「……分かったから。元気出せよ」

 

 「やったー! いろはも喜びますよ」

 

 心底嬉しそうにする高海。

 ――さすがにアカデミー賞は難しいか。

 

 

 × × ×

 

 モノレールを降りて、少し歩き、住宅街に入る。閑静な住宅街で、一色とは対照的な雰囲気だ。

 高海は来たことがあるようで、ずんずん進んでいく。

 やがてモダンな家の前で立ち止まった。

 

 「ここか?」

 

 「そうです」

 

 互いに短く口を確認すると、高海は躊躇することなくインターホンを鳴らした。

 押すまでに三分以上かかる俺とは違うようだ。

 ほどなくして、返事が来る。

 

 「はーい。……美奈ちゃん?」

 

 「うん! お見舞いに来たよ」

 

 出たのは一色のようで少し元気がなさそうだった。

 

 「え、でも、風邪移しちゃうし……」

 

 意外なことに一色は気を使えるようで、悩んでいた。

 いや、風邪で弱っているだけか。それにこいつは意外と空気が読める。

 

 「いいから開けろ。寒くて風邪ひいちゃうだろうが」

 

 「せ、せんぱい?!」

 

 「ああ、そうだ。早く開けないとお前に看病させるぞ」

 

 「それはそれで……」

 

 「なんか言ったか?」

 

 聞き取れないくらい小さな声に思わず聞き返した。

 なんでもいいけど開けてくれ。寒いのは建前じゃない、本心だ。

 

 「……分かりました今開けます」

 

 返事が来てから、すぐに、カチャリ、と音がして戸が開いた。

 出てきたのは顔が真っ赤で、上下ピンクパジャマの一色だった。

 

 「どーぞー、こんにちはー」

 

 「いろは、大丈夫なの?!」

 

 明らかに大丈夫そうでない一色を見て高海が声をかける。

 

 「だいじょーぶ……。せんぱいが二人いるのはいつものこと――」

 

 「落ち着け、俺いつも独りだ」

 

 すかさずつっこむと一色は満面の笑みになった。

 

 「そーでした。いつもぼっち、あははは」

 

 突然、ぐらっとなって一色はそのまま倒れこんだ。俺は慌てて抱え込む。

 

 「おい、部屋に運んだ方がいいぞ。どこかわかるか」

 

 一色のピンチに慌てて問うと、高海もどこか様子がおかしかった。

 

 「……あれ、比企谷先輩が二人……?」

 

 「おい、まさか……。とりあえず一色の部屋を教えてくれ」

 

 「あははー、せんぱーい」

 

 「おい、高海しっかりしろ! お前まで倒れたらどう見ても俺不法侵入だから」

 

 「だいじょーぶなのです――」

 

 何も大丈夫じゃない、と言う前に予想通り高海もぐらっとなってそのまま倒れこんだ。

 俺も倒れたい気持ちを抑えて、一度二人から離れ、勝手だがリビングであろう場所に向かう。

 恐らく一色の部屋は二階だが、俺には運ぶ力がない。となるとリビングに矛先が向かうのは当然だ。……もちろん、一階にあるよね? リビング。

 戸を少し開いてリビングに絨毯が敷いてあることを確認すると、俺は踏ん張って二人を運んだ。

 かけるものがないので、またも勝手だが二階に上がって一色の部屋を探し、布団を引っ張り出してきて二人にかけた。完全なる善意で、決してこの布団いい匂いだなとかそんなこと考えていない。

 

 俺は一仕事終えた気分で、一色のために高海と買ってきたスポドリなどを袋から出して並べた。

 スポドリ、ゼリー、冷えピタ……。

 並べてみるが、まず必要なことがある。こいつらの熱の有無の確認だ。

 仕方ない、俺が体温計を腋に……。

 なんてことをしたら警察のお世話になってしまうので、止め、「顔赤いし、熱あるよな」と適当な感じで二人の額に冷えピタを乗せる。

 「ん……」と声を漏らす二人に一瞬心臓が跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻し、少し離れた床に胡坐をかいた。

 並ぶショートカットとセミロングの美少女二人は姉妹のようで、ここに小町がいれば完璧だったのにな、とくだらないことを考えて、静かに二人を見守った。

 




感想・評価等よろしくお願いします!
俺ガイル×中二恋とどちらを優先するか……(笑)


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風邪をひきました。こうへん。

You know you’re in love when you can’t fall asleep because reality is finally better than your dreams.

― Dr. Seuss― 

『恋に落ちると眠れなくなるでしょう。だって、ようやく現実が夢より素敵になったんだから』



 「ん……」

 

 目を開けると、そこは見慣れたリビングだった。記憶を掘り起し、倒れたことを思い出すと布団をかけられていることに違和感を覚えた。

 布団をめくり、座る。なぜか隣には美奈ちゃんが眠っていて、せんぱいも少し離れたところで胡坐をかいて俯いていた。

 徐々に意識が覚醒して、状況を判断する力が少しずつ戻ってきた。風邪でやや朦朧とするが、明らかにおかしなところがあったのだ。

 まず、隣に美奈ちゃんがいること。まあ美奈ちゃんは入ってきた時点で顔が赤くてふらふらしてたから私と同じく倒れたか、寝込んだと考えるのが妥当だろう。

 次に、玄関で倒れたのにリビングにいること。美奈ちゃんに連絡したように今日は両親ともにいないし、帰ってきた形跡もない。……つまり、せんぱいが運んでくれた?

 そして最後、なんで布団があるのよ! 美奈ちゃんは来た時点であの状態だったから無理だろうし、親だっていない。せんぱいが私の知らぬ間に私の部屋に入ったってこと?!

 解せないことが多すぎて頭を悩ませていると、玄関から声が聞こえた。

 

 「いろはー、大丈夫―?」

 

 ――母だ。

 母はそのままリビングに向かってきた。

 すぐにリビングの戸が開く。

 

 「ふう、いろは大丈夫かしら」

 

 母は入りかけて固まった。

 当然だ。娘の風邪を心配して帰ってきたら、知らない女の子と寝ていて、その近くで男子も寝ているのだから。

 

 「い、いろは? なんで一階にいるの……、いやどうしたのこの子達」

 

 「友達と、付添いだよ……」

 

 「付添い……ねえ……」

 言うと、母はけろりと表情を変えた。そのまま「あれ、この男の子」と呟くとせんぱいの顔を覗き込んだ。

 

 「ちょっと、なにやってるの! ごほっ! ごほっ!」

 

 大きな声を出してしまい、思わず咳き込む。

 

 「え、だってこの子。いろはの部屋に隠してあった写真立ての……」

 

 「だめええ!」

 

 「ふわぁぁ」

 

 母がそう言うのと、せんぱいが起きるタイミングはほぼ同じだった。

 

 「……せんぱい、今の聞きましたか」

 

 「へ? なにを」

 

 せんぱいは少し上ずった声を出してしまったのが恥ずかしかったのか少し顔を赤らめた。

 

 「ていうかお前元気になったんだな」

 

 よかった、と消え入るような声が耳に入って私も顔を赤らめる。

 

 「いえ……、おかげで……」

 

 「あのー、じゃあ俺はそろそろ」

 

 せんぱいが立ち上がって、ようやく思い出す。母がいたことを。

 せんぱいも今さっき気付いたようだ。

 

 「ゆっくりしていけばいいじゃない」

 

 にやにやと嫌な笑みを浮かべた母が、せんぱいを制止する。

 

 「いえ、こいつ送っていかないといけなくなったので」

 

 せんぱいはそのまま美奈ちゃんを指さして、動じる様子もなく母に伝える。

 風邪をひいた人を送っていくのは当然だけど、美奈ちゃんだけが特別扱いされているようで気に入らない。それでつい私も母に賛同、否、提案をしてしまった。

 

 「せんぱい、泊まっていけばいいじゃないですか。今日美奈ちゃんのご両親帰り遅いみたいで心配ですし」

 

 私は自分も病人だということを忘れ、必死にアピールしていた。

 せんぱいは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

 

 「そうだな、じゃあ高海は任せるわ。帰る」

 

 「え、あ、ちょっと」

 

 「どうかしたのか? お前も風邪ひいてるんだしさっさと寝ろよ」

 

 「あー、あれだ。そこにいろいろ置いておいたから」

 

 「それと生徒会のはなぜか俺が呼び出されてやっといた」

 

 「早く風邪治して来いよ。じゃなきゃ生徒会を俺が回すことになる」

 

 せんぱいはそう言い連ねると、母に一言だけ挨拶をして、家を出て行った。

 

 × × × 

 

 「いろは、起きてる?」

 

 外が真っ暗になった八時頃に私は目を覚ました。

 気づくと、ベットの上に寝かされていて、ここがいろはの部屋だと察した。

 それに隣にいろはがいた。

 

 「うん、起きてる」

 

 「体調は?」

 

 「大丈夫。はうあーゆー?」

 

 「おーけー。あははっ」

 

 「あははっ!」

 

 二人して笑っていると、唐突に、独白のようにいろはが喋り始めた。

 

 「私、今日せんぱいが来てくれたことがすごく嬉しかった。……もちろん、美奈ちゃんもだよ。でもやっぱり違う嬉しさと言うか、安心感と言うか」

 

 いろはのまとまらない話を、静かに相槌を打ちながら聞く。

 その間もいろはは、たくさん喋っている。

 すると突然、いろはが布団で口元を隠して、消え入るような声で呟いた。

 

 「私、せんぱいのことが好き」

 

 その一言は、あまりに突然だった。

 

 × × ×

 

 正直、分かっていなかったわけではない。

 察することができる材料は、一緒にいて、いくつかあった。

 例えば、授業中。

 例えば、放課後。

 いろはは、いつも私を見ているようで、その実少し違うところを見ていることがあった。

 だから、私は判断しかねた。

 分かりやすく言えば、玉ねぎと人参、じゃがいもに豚肉を目の前に出されて、何をつくるでしょう、と問われているようなものだ。先入観でカレーと答えてしまいそうになるが、豚汁の可能性だってある。

 普段の私なら、何も考えずに即答だった。

 それなら、どうして決まりきった答えを出さず、色々な可能性を考えたのか。

 自分自身分からなかった問題の答えが、いろはのたった一言で、解答された気がした。

 

 

 「美奈ちゃん? どうかしたの?」

 

 黙り込んでいた私を心配したのか、いろはが声を出した。

 

 「……いろはは、比企谷先輩のこと好きなの?」

 

 確認ではない。つい口から漏れてしまったのだ。

 

 「うん、だから応援してくれる?」

 

 少し恥ずかしそうな声で、隣で悶えるいろは。

 

 「…………うん…………頑張って」

 

 私は努めて明るく振る舞った。

 同時に、自分が一番好きだった作品の、一つのフレーズを思い出した。

 

 「しかし君、恋は罪悪ですよ」

 

 「先生」と「私」の会話の中で出た言葉。

 全くもってその通りだ。自覚した時にはすでに遅い。

 私にとっての「恋」はこの「罪悪」という単語にすべてが込められている気がした。

 

 私が泣きそうになるのを必死で堪えていると、突然ぱっと明かりがついた。

 犯人は私に近づくと、顔を覗き込んだ。

 

 「やっぱり! 美奈ちゃん……私が気付いてないと思ったの?」

 

 「……」

 

 私は泣きそうな顔を見られたのが恥ずかしくて黙り込んでいると、いろはは、そのまま続けた。

 

 「たぶん、美奈ちゃんが自覚する前から気付いてたよ」

 

 「…………いろは」

 

 「なに?」

 

 「……私も…………比企谷先輩が好き」

 

 私が本心を口にすると、いろはは、心底嬉しそうな表情になった。

 

 「やっとお互いに確認できたね」

 

 いろはがにこっと嬉しそうに呟いた。

 そして、付け足すように言葉を紡ぐ。

 

 「でも私負けないから、せんぱいは私のもの!」

 

 「私だって負けない。比企谷先輩は私の!」

 

 

 ――本当に、私の周りは良い人ばかりだ。

 




これで風邪編は終わりです。
本当はいろはだけを風邪にしていろはが振り回される予定が
ギャップもいいかなと(笑)

「こころ」好きなんですよね。
セリフとかいちいち。

夏目漱石 「こころ」

感想・評価等よろしくお願いします!
なるべく返信するようにしています。


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全ては俯瞰で

Is love an art? Then it requires knowledge and effort.

―Erich Fromm―

『愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ』



 「高海さん、僕と付き合ってください」

 

 私は今、体育館裏に呼び出されていた。

所謂、告白というやつだ。

 そこまで仲が良いわけではない彼。

 

 「……えっと、ありがとう」

 

 私はしどろもどろになりながら答える。

 相手の名前は佐倉勇太くん。

 高校に入ってから出会い、数回話したか、話してないかくらいだ。

 

 「……その、ごめんなさい!」

 

 私は一思いに謝った。

 この瞬間が私は嫌いだ。

 胸にちくちくと刺さるような罪悪感と虚無感。

 必死に思いを伝えてくれた人の気持ちを踏みにじる瞬間。

 だが今回ばかりは揺るがない。

 最近、いろはと話したばかりなのだ。

 

 「……やっぱり、あの先輩?」

 

 「……先輩?」

 

 佐倉くんの煮え切らない質問に思わず即答する。

 

 「あの、佐藤とかいう先輩」

 

 「え?」

 

 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 今の少しシリアスな空気にはそぐわない声だ。

 ……それに佐藤先輩は学校に来ていない。

 自由登校期間だからなのか、それとも他に原因があるからなのかは定かではないが。

 

 「高海さん、佐藤先輩ともう一人の先輩と噂が経ってるよ、知らないの?」

 

 「噂? なんて?」

 

 「佐藤先輩と付き合っているのに、もう一人のヒキタニが割り込んできているって感じの」

 

 「違う!」

 

 思わず、声を上げる。

 どうしてそんな噂が一人歩きしているのか。

 理解に苦しむ。

 

 「佐藤先輩は関係ない! 私は比企谷先輩が…………なんでもない……」

 

 途中で気づく。

 好意を向けてくれた人にこんな事を言うのはあまりに酷だと。

 

 「そっか……ヒキタニ先輩が」

 

 「あ……ごめん……」

 

 「いいよ……気にしないで……」

 

 そう言い残すと彼はそのまま帰っていった。

 今は放課後。

 だいたい五時くらいだろう。

 ……好きな本でも読んで気を紛らせよう。

 私は鉛のように重い体を動かすと、校門を出た。

 

 校門を出てしばらくのこと。

 私は未だに彼のことを考えていた。

 無論、好きだとかそういうことではない。

 よく意外と言われるが、そういうことに鈍くて、告白されることもあまりない。

 もし、いろはだったら違う対応だったのかな。

 あそこでオーケーしてたらどうなってたかな。

 傷つけることは無かったのかな。

 今まででどう思ってて、これからどう思うのかな。

 思考の堂々巡りが始まって、気づくと静止が効かなくなっていた。

 

 「おい! 危な――」

 

 なにか、誰かの大きな声が聞こえて立ち止まる。

 同時に私の背中に衝撃が走った。

 そのまま私は突き飛ばされた。

 その間に確認することが出来たのは、先にみえる信号。

 ……そして、声の主。

 

 ――その信号はただひたすら、不気味に色を映し続けていた。

 

  部活を終えた帰り道、いつものようにとぼとぼと歩いていると、見知った顔が目に入った。

俺の信条は、話しかけられない限り話さないなので意識しないよう、されないようにする。

だが、今回ばかりは違った。

目の前の高海に、危機が迫っていた。

信号は? 青信号。

何故か自問自答する程度には心に余裕があった。

そして、俺は自分の意識とは離れたところで、否、俺の意識の離れたところがそのまま飛び込ませた。

高海を突き飛ばす。

目の前に車がくる感じは一度経験したことがあった。というかぶつかったことが。

……今回も怪我で済むだろうか……。

 

 × × ×

 

 「ん……」

 

 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 最近の天国は天井があるのか、と思ったのもつかの間。

 

 「先輩は?!」

 

 私は取り乱して尋ねる。

 どこに何があるかも把握してない状況で、私の声で恐らく隣に寝ていた母が起きる。

 

 「美奈! よかった!」

 

 「お母さん! 先輩は?!」

 

 私の様子に、母は落ち着かせたいのか、静かな口調で答えた。

 

 「先輩? もしかして先に運ばれたっていう……」

 

 「多分そう! で、無事なの? 無事なんだよね?」

 

 「……ええ、もちろん。無事よ」

 

 母の言葉を聞いてすぐに私の全身の力が抜けた。

 よかった……。

 

 「私、謝りに行ってくる」

 

 「もう少し、後にしたら? まだ目を醒ましていないかもしれないし」

 

 「でも……」

 

 「それに、美奈は青信号を渡っていたんだから、謝るより感謝、でしょ?」

 

 「違う、私がちゃんと周りを見ていれば」

 

 「そうね、それはもちろんあるわ」

 

 「ならやっぱり謝ってくる」

 

 「でもタイミングは考えましょ?」

 

 私は少しづつ落ち着いてきた。

 一度深呼吸すると、また尋ねる。

 

 「それで先輩はどれくらいの怪我なの?」

 

 「確か、足が全治二週間の骨折、だったかしら」

 

 「そう……。よかった」

 

 実際何もよくないのだが、先輩が生きていて、――死の瀬戸際とかそういう状態でないことに安堵した。

 

 「それより、その必死さ。もしかして好きな人とか――?」

 

 母はにこにこと嬉しそうに私に聞いた。

 こう見えて母は意外と空気が読める。

 つまり、私に気を使ってくれているのだ。

 

 「そ、そうだよ」

 

 何も隠す理由がなくて、正直に答えた。

 

 「そう、よかったわね」

 

 母の言うところの、よかった、という言葉が具体的に何を指すのか分かるようで分からなかったが、母の気遣いと、先輩が無事だったことの安心が同時に来て、私はまた眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 




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視線の先には

Love dies only when growth stops.

―Pearl S. Buck―

『愛が死ぬのは、愛の成長が止まる、その瞬間である』




 一報があった。

 せんぱいがひかれたという一報。

 私は、朝、登校した際に昨日の忘れ物を取りに行こうと奉仕部を訪れた。

 着いてから鍵を忘れたことに気がつき、戻ろうか、とも思ったがもういい

やと教室に戻ろうとした時だった。

 目の前に、結衣先輩が現れた。

 どうやら走って来たようで額にはじわりと汗が浮かんでいる。

 普段の温厚でアホっぽい様子がかけらもなく、傍から見たらやばい人だった。

 まもなく、私を視界に入れたようでぱくぱくと口を動かした。

 「……い、いろはちゃん! ヒッキーが、ヒッキーがひかれたって……」

 聞いて、私は固まった。

 「……せんぱいが……?」

 二人して動揺しきって動けないでいると、雪ノ下先輩が平然と歩いてこちらに来る姿が見えた。

 私はすぐに問うた。

 「あの! せんぱいは?!」

 雪ノ下先輩は私に落ち着けと言わんばかりに、冷静に答えた。

 「比企谷くんは確かに事故にあったわ。けれど命に別状はないし、怪我もそこまで長引かないそうよ」

 「……」

 私はそのままへにゃりと床に崩れた。結衣先輩も、同じだ。

 良かった……。

 私が安心して脱力しきっていると、雪ノ下先輩が付け足した。

 「それとこの学校の女子が助けられたそうよ。名前は確か――」

 「美奈ちゃんだよ」

 言いかけた雪ノ下先輩よりも先に結衣先輩が答えた。

 広いコミュニティのどこかから拾ってきたのだろうか。

 真偽の確かめようがないが、咄嗟のことで私は「真」だと思い込んでしまった。

 「美奈ちゃん……高海?」

 「うん」

 「……」

 繋ぐ言葉を忘れてしまった。

 せんぱいたちが事故にあったのは昨日。

 昨日……、私は偶然、美奈ちゃんが告白されているのを見た。

 少しの間見守っていたが、分かれると覚束無い足取りで校門を出たのも見た。

 美奈ちゃんのことだからきっと気にしていたのだろう。

 つまり、それが原因にあるのだとしたら、声をかけなかった私にも問題があるのではないか。

 さらに言うと、せんぱいが事故に遭うことはなかったのではないか。

 私が悪い方向に傾きかけていると結衣先輩が口を開いた。

 「私昨日見たの、美奈ちゃん。なんか難しい顔してたから話しかけなかったけど……やっぱりあの時私が――」

 「由比ヶ浜さん、それは違うわ。それに比企谷くんも無事だったみたいだし、責任の所在は信号を無視した車よ」

 「……そうだけど……」

 私も、自分にも少なからず責任があると言おうと思ったが、これ以上話を続けさせないとばかりに射るような視線を結衣先輩に送る雪ノ下先輩を見ると、それは憚られた。

 「とりあえず、今は教室に戻った方がいいわ。放課後お見舞いに行きましょう?」

 「そうですね……」

 微笑んだ雪ノ下先輩に妙な安心感を覚えて、私たちはすぐに教室へ戻った。

 

 × × ×

 

 「ここですかね……?」

 「……そうみたいだよ」

 「そうね」

 私たちは一日を終えると、部活にも生徒会にも向かわずに、せんぱいが入院しているという病院に向かった。

 「入りましょう」

 雪ノ下先輩の声を合図にトントン……と三度戸を叩いて「失礼しまーす」と言いながら入室する。

 中は質素で、病室にはせんぱいが一人で座って本を読んでいた。

 「……ヒッキー」

 まず、結衣先輩が呟いた。

 せんぱいはその声で漸く気づいたようで、顔を上げた。

 「…………由比ヶ浜。それに雪ノ下? 悪いな、本読んでて気づかなかつたわ」

 「比企谷くんに気づかなかった、と言われるのは少し癇に障るわね」

 そう言って雪ノ下先輩はいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 「いや、私もいますから」

 思わず、つっこむ。

 「それでヒッキー、大丈夫なの?」

 間を入れることもなく、尋ねる結衣先輩。

 やはり心配なのだ。

 せんぱいはいつもと変わらず、無愛想に返す。

 「あ? 何が」

 「事故のことに決まっているじゃない」

 「……ああ。大した怪我じゃない。すぐに登校できるようになる。……残念なことに」

 そう言ったせんぱいは本当に残念そうだった。

 まったく、私たちがどれだけ心配したと思っているんだ。この人は。

 せんぱいの無事を自身の目で見て安心した私は、美奈ちゃんの姿を確かめたくなった。

 「それで美奈ちゃんをどこにやったんですか?」

 「まるで俺が隠してるみたいに言うのやめてくんない?」

 「今すぐ解放してください」

 「あーはいはい。高海なら昼には退院したぞ」

 せんぱいは呆れたように呟くと、つまらなそうに窓の外を見た。

 その目の先に何が映っているのか、定かではない。

 けれど、私が映っていないことだけは確かだった。

 




最後は少しいきなりだったかな、?
痛いように見えなくも無い。


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不意な告白

迷う、ということは
一種の欲望からきているように思う
ああもなりたい、こうもなりたい
こういうふうに出世したい
という欲望から迷いがでてくる
それを捨て去れば問題はなくなる

―松下幸之助―



 

 比企谷先輩は事故から一週間ほど経つと、松葉杖で登校し始めていた。

 

 絶対に学校に行かないとかなんとか言っていたが、結局は来ている。

 

 私がどれほど心配していたと思っているのか。

 

 まあ私にも責任の一端、いやかなり責任がある訳で……。

 

 それで私は、あるはずの無い距離感を、先輩との距離感を覚えていた。

 

 きっと先輩のことだから、笑わずとも、無愛想に許してくれるだろう。

 

 分かってはいた。

 

 分かってはいたのに、何故か妙な距離感を覚えて、私は自ら距離をとっていた。

 

 これが所謂、贖罪というやつのだろうか。

 

 いや、そんなものではないのだろう。

 

 つまるところ、私の自己満足。

 

 あの人ならそうでも言いそうだ。

 

 どうやら少しずつ毒されてきているらしい。

 

 文化祭の時に見た先輩の考えや行動に。

 

 × × ×

 

 チャイムが鳴り、廊下に出る。

 

 お手洗いに行こうと歩いていると、偶然、比企谷先輩を見つけた。

 

 ついでにいろはも。

 

 「はあ」

 

 思わず、ため息が漏れる。

 

 どうして好きな人とそのライバルの邂逅を見なければいけないのか……。

 

 今回ばかりは私が悪いことに変わりはないと思って、静かに、二人の会話に耳を傾けた。

 

 「せんぱい。もうけが治ったんですか?」

 

 「いや見てわかんないの? 何のための松葉杖?」

 

 「あー、それ、けがしてたからなんですか。てっきりあの、け、けんごう? なんちゃらかと同じかと思いましたよ」

 

 「お前、言っていいことと悪いことの区別くらいつかないの? あれは、もう人間じゃないから」

 

 「へー。そうなんですか……、まあどうでもいいですけど」

 

 いろははつまらなそうにそう言うと、スマホで時間を確認する。

 

 十秒おき位のペースで確認していた。

 

 ……いや、どんだけ会いたかったんだよ……。

 

 「じゃあもうチャイム鳴るから行くわ」

 

 「えー!」

 

 「えーってなあ……。もう、一分も無いぞ」

 

 「せんぱい。私のために遅れてくれないんですか……?」

 

 「当たり前だ」

 

 「えー!」

 

 「だから、えーじゃないっつーの」

 

 ……どこのバカップルだ。

 

 まったく、けしからん!

 

 恋人(未来)を置いて、他の女子と話すなんて……!

 

 私は身を隠していたところから離れると、すぐに先輩のところ……、ではなく、教室に向かった。

 

 ヘタレ? 今の私には無理。

 

 × × ×

 

 事故から一ヶ月ほど経った。

 

 高海が最近、姿を見せなくなった。

 

 前まで毎日のように、昼休みに来ていたが最近はめっきり無くなった。

 

 たまに廊下で見かけてもすぐに行ってしまうし、避けられているようだった。

 

 一色に尋ねてみると、事故のことを気にしている模様、と言われた。

 

 そんなこんなで、気まずい空気が、ここ一ヶ月ほど流れ続けていた。

 

 気にするなと言ったが、やはり無理があるか……。

 

 自分を庇って目の前でヒキガエルがひかれたのだから。

 

 ノーノー。卑屈になりすぎだ。

 

 ヒキガエルは小四の頃のあだ名。

 

 最近は……。言われてましたね。

 

 ヒキガエルって。

 

 〇ノ下雪乃に。

 

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 俺は変わらず罵倒される毎日だからな。

 

 問題は高海だ。

 

 別に来て欲しい訳でもないが、行き違いや思い違いは解決しなくてはならない。

 

 以前、痛いほど学んだことだ。

 

 俺は以前、勝手に登録されていた高海の番号を出すと、そのまま電話をかけた。電話は苦手だが、致し方ない。

 

 「本物が欲しい……!」よりはマシだからな。

 

 俺は自分の黒歴史に悶えると、相手が出るのを、ただひたすらに待った。

 

 × × ×

 

 放課後、友達と別れると、一人でサイゼリヤに向かった。

 

 入って、注文をすると、私のスマホが大音量で鳴り始めた。

 

 焦って、応答ボタンを押す。

 

 ……誰か確認し忘れた……。

 

 だが、マイク越しに聞こえたのは、知っている、安心する声だった。

 

 『高海?』

 

 『……はい』

 

 『よ、よう』

 

 『こんばんは……』

 

 『えーっとな、えっと……』

 

 『………』

 

 『あれだ』

 

 『なんですか……』

 

 『ほら、高海も無事で、俺もまあ』

 

 比企谷先輩はそんな感じで、脈絡もなく話を始める。

 

 そこからまたしどろもどろに先輩は言葉を紡いでいく。

 

 慰めようとしてくれているのか、私との間に妙な間を感じたのか。はたまた、ただの優しさなのか。

 

 予想は立てることが出来ても、解決はできない。

 

 『……つまり、そんなに気にする必要は無いってことだ』

 

 どうやら私が考え込んでいる間に、比企谷先輩の中でなんとか解決はできたようで、突然、終止符が打たれた。

 

 おかげで沈黙が流れる。

 

 『…………あの。……私、どうしたらいいんですか』

 

 『……何が』

 

 『私は先輩と離れたいわけじゃないです』

 

 『……』

 

 『寧ろ、近くにいたいです』

 

 『……そうか』

 

 『でも、今は……』

 

 言いかけて、遮られる。

 

 その言葉は捲し立てるようだった。

 

 『だから、気にすんなよ。俺はまったく気にしてないしな。なんだ? お前は気にしてほしいのか?』

 

 先輩は励ましたいのか、私を煽るようだった。

 

 『…………いえ。……先輩はやっぱり優しいですね』

  

 『は?』

 

 先輩は何を言っているのだ、と言わんばかりに返してきた。

 

 『だから、私は、先輩が好きです』

 

 本当に突然だ。

 

 隠そう、隠そうと思っていた本心を、私はその時、つい口から漏らしてしまったのだ。

 

 『…………は?』

 

 先輩は変わること無く、また同じ返事とも言えぬような返しだった。

 

 

 




ヒキタニ先輩から改名!

あれぇ? 評価が赤くならないなぁ?

皆、待ってるよ!

あ、まだ八オリ決定してないです。

友達と別れてから
サイゼ行った理由は特にないです。


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決断

Before you point your fingers, make sure your hands are clean.

―Bob Marley―

『指をさして人を非難する前に、君のその手がよごれていないか確かめてくれ』



 それはあまりに突然だった。

 

 高海が俺のことを好き?

 

 なんの冗談だ。

 

 噛み締めれば、噛み締めるほど、言葉を飲み込めなくなっていく。

 

 『……なんの冗談だ?』

 

 一度深呼吸して、落ち着いて訊ねる。

 

 どこか責めるような口調だったかもしれない。

 

 『……冗談じゃないです』

 

 高海は静かにそう一言だけ呟いた。

 

 それに起因してか、妙に重たい、息苦しい空気が流れる。

 

 『……ないだろ』

 

 『え?』

 

 『……有り得ないだろ』

 

 『どういう……』

 

 『高海が俺のことを好きとか』

 

 やっとのことで絞り出した言葉は、感情的なものだった。

 

 例えば、凡例のように分かりやすく記してあったなら。

 

 例えば、本心の分かる薬があったなら。

 

 俺はこの状況でさえも、冷静さを維持できて、模範的な答えを出せたかもしれない。

 

 いや、模範的じゃダメなのか。

 

 いつも達観した気になって、その実何も理解していない。

 

 ただそれを高海にまで悟られるのはどうしても嫌だった。

 

 『有り得なくないです』

 

 高海は単純に、赤子を諭すように小さく呟いた。

 

 それからまた言葉を紡ぐ。

 

 声音は少し明るい。

 

 『そもそも察することさえもできないんですか?』

 

 『は?』

 

 『あれだけ、しつこく一緒に居たのに』

 

 『……そりゃそうだろ』

 

 『ホント、先輩って鈍感ですねー』

 

 『ああ。そうかもな』

 

 明るく、気丈に振る舞う高海を想像すると俺が疑心暗鬼になるのは申し訳なく思えた。

 

 『そもそも気づいてましたか?』

 

 『何が』

 

 突然の質問にノータイムで返す。

 

 『私、文化祭実行委員でしたよ』

 

 『は……?』

 

 思わず言葉に詰まる。

 

 そして質すように問うた。

 

 『だからどうしたんだ。何か問題でもあるのか』

 

 つい早口でまくし立ててしまう。

 

 傍から見たら動揺が丸わかりだ。

 

 『どうしたんですか? そんなに動揺して』

 

 『動揺なんかしてねえよ……』

 

 取り繕うように言う。

 

 『まあいいです。……問題ですか。まあ、先輩が校内一の嫌われ者になったことくらい……。いや嫌われたのはヒキタニ先輩でしたね』

 

 『ああ嫌われたのは俺じゃない』

 

 雰囲気を戻そうとする高海の話に乗って、俺も努めて明るく振る舞う。

 

 さすが俺。空気が読める。

 

 『まあその時ですよ。変わった人がいたんです』

 

 『……そうか』

 

 『いきなり人という字は――とか、自分が犠牲になってる――とか、極めつけは屋上で一刻も早く帰ってきてほしい人に罵詈雑言を浴びせるし』

 

 『ひどいな』

 

 『本当に酷いですよね。彼も、周りも』

 

 『……』

 

 高海の言葉に、俺は返すべき言葉を失った。

 

 きっと俺なんかよりも、理解しているからだ。

 

 今まで俺がやってきたことは、勝算が少ない、言わば机上の空論を運よく実現させただけだ。

 

 文化祭のこともその中の一つであって、俺は誰が悪いとも思っていない。

 

 強いて言うなら陽乃さんか。

 

 だから俺は慰めの言葉なんていらなかったし、惨めに見られるのが何よりも苦痛だった。

 

 だが高海は違う。

 

 今、そう思えた。

 

 『俺だけじゃないのか?』

 

 自分の責任から逃れたい訳では無い。ただ単純に気になるのだ。

 

 『……分かってて聞かないでください』

 

 『いや分からないから聞いてるんだろ』

 

 『はあ。まあいいです。ていうか私の告白はオーケーしてくれるんですか?』

 

 『…………』

 

 話を逸らされた上に、一番面倒なものに変えられた。

 

 いや面倒は失礼か。

 

 だがここははっきりと言う時だ。

 

 陰湿ではなく正々堂々と。

 

 俺は大きく息を吸い込むと声を出した。

 

 

 『保留で』

 

 

 『…………保留?』

 

 高海がそのまま俺の言葉を繰り返すと、通話はぷつりと切れた。

 

 × × ×

 

 保留ってなによ! と業腹に通話を切る。

 

 比企谷先輩は返事を待たされる方の辛さが分からないのか。

 

 私も初めてだけど……。

 

 そこまで考えて、気づく。

 

 ――ここサイゼリヤじゃん。

 

 振り返れば周囲の視線は冷たいような、生暖かいような……。

 

 私は急いで注文したものを食べると、すぐにサイゼリヤを出る。

 

 帰りは本屋にでも寄ろうかな。

 

  

 




比企谷八幡くんを
優しい人だなんて一切思ってないです。

感想・評価等いつもありがとうございます!



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俯瞰的客観性

しのぶれど 色に出でにけり 
わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

―平兼盛―

『人に知られないようにずっと思いを秘めてこらえてきたが、とうとう気持ちが素振りに出てしまったようだ。「何か思い悩んでいるんですか」と人から尋ねられるほどに』



 「あ、せんぱい」

 

 昼休み。廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

 振り返ると、やはり一色いろはだった。

 

 「なんだ。なんか用か」

 「いや知り合いいたら話しかけるのが当然じゃないですかー……」

 「話しかけたことないから分かんなかったわ」

 

 言うと、一色は俺の顔を下から覗き見る。

 それから少し考える素振りを見せると、口を動かした。

 

 「……っていうかせんぱい。なんか元気ありませんけど、どうかしたんですか?」

 「あ、いや、別に……。ちょっと考え事をな」

 

 不意に聞かれて訥々と答える。

 だが一色にはそれも見通されていたようだ。訝しげな視線を送ってくる。

 

 「まさか、誰かに告られたとか!」

 

 ……え? 何この娘……。エスパー?

 

 「……あ、いやそうじゃなくてだな。あー、まあ、えっと……」

 

 思わず口ごもる。すると、からかうような笑顔だった一色の表情が、徐々に真剣なものになっていった。

 

 「……美奈ちゃん」

 

 一色がぽつりと呟く。

 

 「た、高海がどうかしたのか」

 「……ばればれです」

 「なにが」

 「告られたんでしょ。せんぱい」

 

 違う、と言いかけてやめる。

 実際事実だし、嘘はつきづらい。それなら誤魔化すしかない。

 

 「ないこともないこともないが、ないことはないかもしれないし、きっとない」

 「つまりあるんですね」

 「……」

 

 やだ。いろはす怖い。

 一色の突き刺すような視線から逃れるために、俺は背中を向けると軽く手を振って別れようとした。

 

 「じゃあな」

 「……行かせるわけないでしょ」

 

 一色に肩を掴まれる。

 俺は当然逃げようと藻掻く。

 しかし妙な抵抗をすれば叫ぶと耳元で囁かれて、何も出来なくなった。

 

 「とりあえず移動しましょ」

 

 何か反論する間もなく、俺はそのままベストプレイスへ連行された。

 昼飯買ってないんだけど……。

 

 × × ×

 

 「せんぱい。それでおーけーしたんですか?」

 

 一色はベストプレイスの階段に腰を下ろすと、食い気味に顔を近づけてきた。

 当然俺は少し後ずさりする。

 

 「……保留」

 

 小さく一言だけ呟いた。対して一色はくるくると髪の毛をいじっていた。

 一色はその手を止めると、じとっとした目で俺を見る。

 

 「どうする予定ですか」

 

 鋭く問い質すような眼光に思わず怯んでしまう。同時に違和感を覚えた。

 そしてそれを取り払うように、俺は口を動かした。

 

 「どうするって、お前には関係ないだろ」

 

 普通に聞けば、突き放すような声音だった。自分でも、こんな冷たい声が出るのかと驚く。

 ちらと一色を見ると、目が潤んでいた。

 え……。マジかよ。女の子泣かせちゃった?

 

 「せんぱい。もう一度聞きます」

 

 目を潤ませた一色が俺の目を見つめる。

 

 「……はい」

 

 清く正しく美しく。いい返事だ。

 

 「おーけーするんですか」

 「まだ考えてます」

 

 即答した。

 もっときつく聞かれる、詰問されるんじゃないかと身構えていたが、それほど厳しくない声音だった。

 

 「じゃあわたしならおーけーしてくれますか」

 「いや、そういう問題じゃ……、って、え?」

 

 突然の質問に、理解が追いつかなくて素っ頓狂な声を出してしまう。

 ……なに言ってんのこいつ。今そういう冗談やめてくれない?

 

 「私なら付き合ってくれますか? 即答してくれますかって聞いてるんです」

 

 「いやなにそれ、なんの冗談? 笑えないんだけど」

 

 「私も笑えません。……せんぱい、いい加減にしてください……」

 

 消え入るように呟かれた声に、思わず反応して、一色の顔を覗くように窺った。今にも泣きそうな瞳がじとっと俺を見据えていた。

 

 「一色……」

 

 「……はい」

 

 「本気なのか? …………まあこう聞くのも失礼か」

 

 「はい、全くその通りです」

 

 途端ににこっと笑う一色。やはり笑顔が似合っていて、俺もつい笑みを浮かべてしまう。

 

 「えーっとなんだその、ありがとう。……でも、さすがに即答はできない。一週間いや、一日でいい。時間をくれないか」

 

 懇願するように一色の目を見る。

 こんなに美人な子に告白されるなんて、まさに身に余る光栄だ。中学の頃だったら即答だったろう。

 でも今は違う。

 考え方が違うのだ。客観性の先にこそ行き着く場所があって、それが俺のアイデンティティだと思う。

 俯瞰的に見て、全てプログラムのようにトレースすることが、俺の中の正しさだと思う。デバッグのように確認して、修正して。そうやって俺は先を決めるのだ。

 一色は一つため息をつくと、いつものあざとい笑顔を浮かべ、空を仰ぐ。

 昼下がりの空は澄み切っている。

 

 「仕方ないですね、但し、ちゃんと決めてくださいよ?」

 

 「ああ、分かってる」

 

 俺は短く返事をすると一色の持っていたパンを半分もらって、昼休みを終えた。

 ……だって昼食ないんだもん。

 

 

 

 




お久しぶりのこの作品。
中二恋と同時に完結しそうです(笑)
美奈ちゃんと一色、どっちになるかは……。

今日、から紅の恋歌見てきました。
最近はアマガミというアニメに、コナンに、河合荘(漫画)に忙しい……。俺ガイル延期の代わりに河合荘が4/28発売……!
(河合荘とアマガミは最高の青春漫画・ゲーム)

とりあえず、俺ガイルとコナンと河合荘とアマガミは最高ということであとがきを終えようと思います。

ご覧いただきありがとうございました!


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時が物事を変えるって人はいうけど、
実際は自分で変えなくちゃいけないんだ。

―アンディ・ウォーホル―



 

 どんよりとした重い雲が流れ込み、輝こうとする太陽を覆う。

 ぱらぱらと降り始めてきた雨は次第に勢力を増し、帰宅を目前にした者は予報外の雨に皆足を止めた。

 部活を終えてから三十分ほど。雨は一向に止む気配を見せず、ぽつりぽつりと特攻していく者も増えてきた。

 俺も「そうしようかな」と定期的に魔が差してしまう。それをぐっと堪えていると、不意に肩を叩かれた。反射的に振り返る。

 「……高海か」

 葉山とかじゃないことにそっと胸をなで下ろす。

 「なにか不満ですか」

 「いや別に」

 「もしかして傘ないんですか?」

 高海は言いながら少し含みのある笑みを浮かべる。

 ああ、分かるよ。君が好きそうなシチュエーションだよね。イニシアティブ取れるもんね。

 「いや別に」

 「じゃあなんでここでずっと立ち尽くしているんですか」

 「ちょっと人生についてな」

 「……いろはのことじゃなくて?」

 「…………」

 思わず言葉に詰まってしまった。

 「……なにを知ってる」

 「それはもう全部」

 「……マジか」

 「はい」

 「誰から聞いたんだ?」

 「いろはから」

 「マジか」

 なにこいつら。アホなの?

 俺が二人を心配していると高海が笑みを浮かべ、顔色を伺ってくる。

 「それよりこんな所で立ち話もなんですし、サイゼでも行きませんか?」

 高海が堂々巡りしそうな会話を打ち切る。

 しかし、提案には乗らない。

 「いや別にいい。俺は帰る」

 俺が断りを入れると、高海は一瞬しゅんとした表情になった。そして、一呼吸置くと妙に芝居がかった神妙な雰囲気を醸し出す。

 「……本物が」

 「はいはい行きます行きます」

 ……陽乃さんといい一色といい、なんで俺の周りの女子は掌握術を身につけているんだ。

 

 × × ×

 

 校門から出てしばらくのこと。サイゼリヤを目前にして、派手な男女グループと出会った。いかにも頭が悪そうで、制服の男子高校生や女子高生がじゃらじゃらと謎のリングを付けている。

 絡まれたら面倒なので、少し遠回りしようと踵を返す。自然と高海の腕を引っ張ることになってしまった。

 瞬間、男女グループがざわめき立った。「ひゅーひゅー」とか「かっこいいね彼氏さん」とか、絶対偏差値二十もないような声が俺の周囲を支配する。俺は取るに足らないと思ったが、高海は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 俺は特に反撃もせずに高海の手を引いて立ち去ろうとすると、突然、背後から怒声が響き渡った。

 さっきの男女グループと誰からの言い争いが始まったようだ。

 うまく聞き取れなくて、立ち止まり耳を澄ます。

 「は? どう見てもこいつがあの可愛い子ちゃんの彼氏だろ」

 「だーかーらー! ひきがやせんぱいはその子の彼氏じゃない!」

 俺の事じゃねえか……と思う前に、聞きなれた声に思わず横目で視線を送った。

 そこにいたのは総武高校生徒会長一色いろは。

 一色はあほそうなヤツらを眼前にしても特に怯むこともなく、威風堂々と仁王立ちしていた。

 ……やっぱあほだろこいつ。

 「せんぱいは美奈ちゃんのじゃなくてわたし――」

 「おい、いいから行くぞ」

 「えっ? ちょっとせんぱい! まだ話は……」

 「始めなくていいから」

 「え……」

 気持ち強めに言って腕を引くと、一色は借りてきた猫のように大人しくなった。心なしか少し頬が赤い。隣にいたはずの高海は既に走り出していて、少し先のスーパーの角に隠れていくのが見えた。

 「じゃあ、すいません」

 俺が偏差値二十グループに軽く会釈をすると、やつらは面を食らったように固まる。そしてそのまま俺は方向を転換した。

 「ふ、二人とも美人じゃねえか……」

 去り際にそんな言葉が聞こえた。

 

 × × ×

 

 「ちょっとどういう事なんですか」

 一色がドリンク片手に問うてくる。

 「どういうことってそりゃお前……」

 「私が誘ったの」

 高海が俺の言葉を遮った。

 ちらと一色を見る。なかなか不機嫌そうだ。

 「あーいやまあ……」

 この状況を打破しようにも、特に思い浮かぶことはない。対して高海は何故か余裕のある表情だ。

 「まあ、先手必勝だしー?」

 ちょっと? 余計な事言わないで?

 一色はぷくーとあざとく頬を膨らませる。その視線は俺へと向けられた。

 「せんぱいは嫌々連れてこられたんですね?」 

 笑顔が怖い。言外にそれしか選択肢はないと言っている。

 「……まあ、そう、ですかね?」

 訥々と答える。一色は言質を取ったとばかりに高海に視線を送る。

 「だってさあ、みーなちゃん!」

 一色の明るい声に高海は辟易したように、大仰にやれやれと手を振る。

 「いろはだったらオーケーされてたかなー……?」

 「な……」

 「おいお前らいい加減に……」

 仕方なく仲裁に入ると、二人が突然机をバンと叩いて立ち上がる。その光景に唖然としていると、二人は同時に息を吸い込んで吐き出した。

 

 「先輩はどっちを選ぶんですか!」

 

 ……ここ、サイゼだから。

 

 

 




休憩回みたいなもの…?


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罪悪

涙で目が洗えるほどたくさん泣いた女は、視野が広くなるの。

―ドロシー・ディックス―



 「夜もすがら もの思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり」

 先輩知ってますか、と謳いあげて俺に問う。

 「まあ、知らんこともない」

 俺はぶっきらぼうに返事をしながら視線を端に送った。

 サイゼでの二人の言い合いから気付けば一週間が経過していた。あの場で決断することができなかった俺は答えを一週間引き延ばすことを条件に解放されていた。

 そして今日。

 俺は、一人を屋上に呼び出していた。

 ――告白に対する返事をするために。

 

 「恋なんて自分には関係ないものだと思ってました」

 呼び出した人物――高海が独白のように語り始めた。

 「そうか」

 「最初はただ興味があったんです。変な先輩に。文化祭で先輩がしたことは目に余るものでした」

 俺は返事をできなかった。

 高海は少し歩いて手すりによりかかる。

 「あれがかっこいいと思ってるのか知りませんけどあれは最低ですよ」

 「いや別にかっこいいとは……」

 「まあ、終わったことをいつまでも言い続けても仕方ないですしね」

 高海はまるで涙をこぼさないようにするかのように、空を見上げて動かなくなった。俺は口に出す言葉が見つからなくて、ただ黙った。

 「私を、私を呼んだってことは良い返事が聞けるんですよね?」

 高海は声が震えていた。何かを察したようだった。それは俺の表情からかもしれないし、仕草からかもしれない。

 「いや……」

 さっきまで言い切ろうと思っていた言葉が、口から出るのを拒んでいた。

 高海は入り口近くにいる俺に徐々に近づいてきた。唇を噛みしめて、目には涙を湛えながら、それでもなおその表情は明るかった。

 きついなあ、と思う。

 今までこんなに人に愛されたことがなかったし、何よりこんなに心が痛んだことがなかった。

 でも、それでも、言い切らなければ。

 中途半端な態度が、たった少しの希望が人を苦しめることを俺は知っている。

 「先輩……返事は……」

 言葉こそ短くても高海の心境がひしひしと伝わってきた。高海は堪えきれなかったのか、俯いて涙を流していた。

 「俺は、俺は……」

 ああ、と気付く。目頭が熱くなって、頬に何かが伝う感覚があった。

 ――また泣いちまった。

 

× × ×

 

 本当は気づいていた。

 

 屋上に呼び出された時こそ喜んだものの、戸を開けて入ってきた先輩を見て、分かってしまった。

 先輩が言葉に詰まって黙り込んだ。

 同時に嗚咽が聞こえて、私は俯いていた顔を上げた。

 先輩が涙を流していた。

 あの先輩が? 私のために?

 絶対に泣いたりしない人だと思っていたから、私は混乱してしまった。

 そういえば、いろはが笑っていた気がする。本物欲しさに泣いたんだよ、なんて。

 あの時は信じなかったし、本物の意味が分からなかったけど、先輩はそういう人だったね。

 いい人だなあ、そして。

 いいなあ、いろは。

 こんな私なんかのために泣いてくれる先輩と一緒になれるんだもんなあ。

 ぽつぽつと雨が降り始めた。さっきまでの晴天が嘘のようで、まるで私の心情を表しているかのようだった。

 徐々に打ちつける雨は強くなってきて、もう涙なのか、雨なのか分からなかった。

 瞬間、思い出が水のように溢れてきた。

 告白の勘違い事件、面倒な佐藤先輩、風邪の看病。

 まだいっぱいあるけど、もうだめだ。

 これ以上思い出したら、収集がつかなくなる。

 先輩をいろはのもとへ送り出せなくなる。

 

 「高海」

 先輩が座り込んだ私に手を伸ばしてくる。

 「はい」

 私はその手に掴まって立ち上がった。

 「告白の返事をしたいんだが、いいか?」

 そんなこと聞く? と半分茶化し気味に先輩と目を合わせる。

 しかし、目先にあったのは、何か大きな決意をしたような眼だった。

 また、涙が溢れてしまう。

 「高海、お前の告白は嬉しかった」

 その先なんて簡単に予想がついてしまう。

 「先輩、まだ返事していいなんて言ってませんよ」

 私は両手を後ろに組んで、また無理にいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 先輩は微笑を浮かべていた。

 困ったような、どうしたらいいか分からないような。

 「そうだな、でも聞いてほしい」

 赤子を諭すような口調だった。まだ、先輩のその眼には、はっきりした意志がこもっていた。

 「まあ、聞くのは義務、ですよね」

 押し負けてしまった。

 面倒な女だなんて思われたくないからかな。

 「悪いな」

 「本当ですよ、わざわざ屋上に呼び出すことないじゃないですか。期待しちゃいましたよ」

 また涙を浮かべながら、私は笑う。

 先輩にはどんなふうに映っているのかな。

 「確かに、悪い」

 先輩の一つ一つの言葉が胸に突き刺さる。

 脆いな、私。

 

 しかし先生。確かに恋は罪悪ですね。 

 

 × × ×

 

 LHRが終わって、奉仕部に遊びにでも行こうかと思っていると、私のスマホに通知が届いた。

 せんぱいからだった。

 『玄関で待ってる』

 いや未来で待ってるみたいに……。 

 えっと、今日であれから一週間か。長かったな。

 でも、これで終止符が打たれるのかな。

 『今行きまーす』

 そんな軽い文を送り返して、私は早急に身支度を済ませた。

 すると、またすぐに通知が来た。了解、とかそんな文かなと思ってすぐに開いた。

 

 『頑張って』

 

 美奈ちゃんからの簡単な言葉だった。

 




 まさか、こんな話になるとは思わなかったでしょう?

 今回こんなまじめにやるなら今までのをもっときれいにまとめた方が良かったかなと思います。
 恋は罪悪って一応伏線だったんですよね、下手ですみません(笑)
 お久しぶりの投稿でした。受験生って意外とやることが多いんですね、今回は気分転換でした。まあ、重くなりましたけど(笑)
 次は、短編集の陽乃の続きを投稿しようかと思います。
 アマガミはまだ先ですね。

 今回の話、思うところもあるかとは思いますが、単語帳片手に返信させていただきたいと思います。評価、感想等お待ちしております。


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無邪気なその笑顔

恋心というやつ
いくら罵りわめいたところで
おいそれと胸のとりでを
出ていくものでありますまい

―夏目漱石―



 

 高海美奈は素敵な女の子だ。

 

 趣味は合うし、考えもよく合う。気は利くし、何よりあざとくない。

 けれど、意外と涙脆かったり、強がりだったり、そういう面では面白いやつだと思うことが何度もあった。

 惚れられた男がいたくせに、歯牙にもかけず、俺に告白してきた。そして何もかき乱さずに、自然な笑みを浮かべていた。

 

 一色いろはは変わった女の子だ。

 

 趣味も考えも合わないし、凄いと思えるところがなかった。

 けれど、適当なふりをしてやる時はやるし、そういう面でいえば息が合うことも往々にしてあった。

 惚れた男がいたくせに、雲泥の差の俺に告白してきた。そして全てをかき乱してもなお、あざとい笑みを浮かべている。

 

 考えてみると、俺の中では高海にアドバンテージがあった。お互いコンセンサスの上だったし、イシューもなかった。

 でも、違った。

 セオリー的なものではなく、エモーションでアンサーが出たのだ。

 どちらもオルタナティブではなく、俺が出したオンリーワンのアンサー。

 

 ……ってどこの会長だよ。

 

 まあともかく、恋は理論ではないことをここに記しておこうと思う。

 

 × × ×

 

 「先輩お待たせしました」

 「おう」

 

 先に待っていた先輩に声をかけた。

 振り返った先輩は私を見て顔を顰める。

 

 「どしたのその顔」

 

 「は? はあ?!」

 

 「いや……その……なに? 表情が……嬉しそうな悲しそうな……」

 

 言われて、得心がいった。

 私は、美奈ちゃんからメールが来たとき、喜んじゃいけないのは分かっていたけれど、悲しむというわけにもいかなかった。それで自覚なしにも妙な表情になっていたようだ。

 

 「お、乙女に顔のこと言うなんて最低です。バカ! ボケナス! はちまん!」

 

 「いやだから八幡は悪口じゃねえって」

 

 顔を赤くして怒る私と、それを宥める先輩。一見したら彼女が超超超可愛いアンバランスなカップルにしか見えないだろう。

 

 「それでどこ行くんですか」

 

 「うん、まあそうだな……歩きながら決めるか」

 

 「じゃあなんで学校じゃないんですか」

 

 「察しろよマジで……」

 

 ぶつぶつ言いながら歩き出した先輩の背中を追う。丸まって猫みたいになっていて少し笑ってしまう。私は少し背中を叩いて先輩の横を走り抜けた。

 

 「腰悪くなりますよ!」

 

 「ほっとけ……」

 

 そんな軽口を叩いて、私達は学校をあとにした。

 

 × × ×

 

 「そう言えば先輩」

 

 私はふらふらと先輩と立ち寄った公園でミルクティーを片手に口を開いた。

 

 「なんだ」

 

 私達は、学校から三十分くらい歩いて、閑静な住宅街の中の小さな公園に来ていた。先輩は、えっと、あの、あれ。変な甘いコーヒーを呑みながらブランコを見て黄昏ていた。

 私達は二人で近くにあったベンチに腰を下ろした。

 

 「美奈ちゃん泣いてました」

 

 「ぶっ!」

 

 先輩が漫画みたいにコーヒーを吹き出した。下が土で良かったですね……。

 

 「いやいやいや……、それ言う必要あった?」

 

 「あるに決まってるじゃないですか。先輩が泣かせたんだから」

 

 「いやまあそうだけど……」

 

 「そうです」

 

 先輩は未だ納得が行かないというふうに軽く地面を蹴った。

 こうやって先輩と話しているうちに気持ちが高まってきた。

 何気ない、言うならば後輩が先輩をいじるような何ともない話なのに、楽しくて仕方なかった。

 私は先輩を窘めてから立ち上がる。

 急に立ち上がったせいで少しふらふらした。

 

 「どうかしたのか」

 

 「そろそろ返事を聞こうと思って」

 

 向き直って先輩の目を真っ直ぐに見る。

 正直、結果は分からない。

 もしかしたら先輩の中では二者択一でさえなかったのかもしれない。でもその態度や雰囲気は嫌になるほど分かりやすくて、私は陶酔するほどに、感情が満ちていた。

 

 「そうか……」

 

 「はい」

 

 「まあ、このままってわけにも行かないよな」

 

 先輩の言葉はコミュニケーションというよりも、およそ自分に言い聞かせているようだった。

 私は短い沈黙の間、一言さえ発することが出来なかった。決意というか、先輩の決定と覚悟を邪魔してはいけないと思ったのかもしれない。

 

 「一色」

 

 「はい」

 

 「俺は……」

 

 座して返事を待つ。私からすると、たった十秒にさえ届かない静けさが、永遠の時間のようにも、思えた。

 

 先輩は痛そうなくらいぎゅっと拳を握りしめると、確かに私の目を見つめた。

 私はその視線を、そっと返す。

 

 「俺はお前の悪いところを何百個だって言えるし、良いところなんて熟考しなければ思い浮かばない」

 

 「マジですか先輩……」

 

 かっこ悪い……、そんな言葉が口の先をつついて出ようとしていた。しかし、いつにない先輩の表情に、口から出すのは躊躇われた。実際、和ませるために言ってもよかったのかもしれないけれど、先輩の言葉を、ありのままに聞いてみたかった。

 

 先輩はすっと姿勢を正した。

 

 『でも、俺は一色を好きになった』

 

 私は嫌になるほど待ち受けたその言葉を、不器用な先輩からようやく聞くことが出来た。たった、たった二文字の『好き』という言葉。私自身何度言われたか分からない。でもそんな沢山の言葉よりも、ただこの一瞬だけが特別だった。

 

 「遅いです」

 「え?」

 「どれだけ待ったと思ってるんですか」

 「悪い」

 「ホントです」

 

 気付かぬうちに湛えられた嬉し涙を必死に隠して、私はあざとい笑みを浮かべた。しかし先輩は何も言わず、何度したかも分からない私のあざとさに一つ笑って見せた。

 

 「で、返事を聞いてないんだが」

 「え?」

 「だから、俺の一世一代の告白の返事をしてくれませんかって言ってるの」

 

 まあ何度かしてるわけだけど、なんて空気の読めない一言を加えてから先輩はまたベンチに腰を下ろした。おかげで私が先輩を見下ろしている形になった。

 

 「私は……」

 

 まるで夢だ。

 長く永く見続けていたい夢。

 けれど、けれどこれがもし、夢ならどこまで残酷なのだろう。そして、これが夢ならば、美奈ちゃんはどれほど安心するのだろう。

 『運命は一つ一つの選択』

 どこかで聞いたことがある。一つの選択が未来を形作る。偶然は必然と。

 難しい概念だけど、私の最も感心した、好きなフレーズだ。

 それに従えば、私がこの状況になったのも、美奈ちゃんが涙を零すことになってしまったのも、私や美奈ちゃんが過去にどこかでした選択が導いたと言える。

 ならば私は、運命に従わなければ。

 私は先輩の目を見つめる。

 

 真面目に。それでもゲームみたいに。

 

 「愛してます先輩」

 

 自分がどんな表情をしていたのかは、分からない。けれど、気づけば夜闇に包まれた公園で、私が純粋な言葉を伝えたことだけは確かだった。

 

 × × ×

 

 「はあ……」

 

 いろはは今頃先輩とランデブーかな、なんて考えて湯船に浸かりながら私は盛大なため息をついた。

 しかし難しい。

 先輩のあの辛そうな表情を、先輩の涙を、何よりいろはの嬉しそうな表情が脳裏に浮かぶのに、私は諦めることが出来ていなかった。

 

 不意に、私の最も愛した小説家の、最も愛したフレーズが浮かんだ。

 

 『恋心というやつ、いくら罵りわめいたところで、おいそれと胸のとりでを出ていくものでありますまい』

 

 私はその言葉を咀嚼するように何度も何度も頭の中で反芻する。

 

 「そっか!」

 

 私はその瞬間に、分かった。

 実に単純なことだった。ある意味で私は盲目的になっていたのかもしれない。

 前提が間違えていたのだ。

 

 私は普通、誰かに言われてやっと分かるようなことを一人で自己完結して、しかし、しっとりと瞳が潤んだ。一人なのにそれを誤魔化すように湯船に顔を埋めて、ばっと顔を出して一つ笑みを浮かべた。

 

 「先輩! 諦めませんから!」

 

 私は大きく叫んで、また顔を埋めた。

 

 × × ×

 

 週が明けて月曜日。

 土日は特に誰と会う訳でもなく、言葉通り、平穏無事に過ごした。

 大好きな女の……男子の戸塚に挨拶をして、教室では戸塚とお話をして、昼休みには戸塚のテニスを見る。放課後になれば戸塚に一言挨拶して奉仕部に向かう。

 ガラリと何度開けたかも分からぬ戸を開けると、何度見たかも分からぬ顔が俺を待ち受けていた。

 雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。

 ……なんか睨んでる。

 

 「比企谷くん」

 「ヒッキー!」

 

 二人で声を揃える。

 

 「ちゃんと説明して!」

 

 視線の先には二枚の入部届けが置いてあった。

 

 『一色いろは』

 『高海美奈』

 

 ……なにやってんのこいつら。

 

 「どういうことなのかしら。比企谷くん。あなた一色さんと交際を始めたそうじゃない。そのことについてまず2000文字以内で説明しなさい。その後に本題の二人の入部について500文字以内で説明しなさい」

 

 「落ち着け落ち着け。問題みたいになってるし本題が変わっちゃってるから」

 

 「ヒッキー! 二人ともヒッキーに入部を進められたって言ってたよ! 何言ったのさ!」

 

 「いやいや分かんない。自分で言ったのかも分からない……。え? 言ってないよね……?」

 

 二人の口撃を躱すことができずに、さらに自分の記憶さえも疑うことになりながらしどろもどろに答える。すると、背後のドアが開いた。

 

 「だから平塚先生ノックを」

 

 「……って一色さんと高海さん」

 

 「ちょうどいいねゆきのん。説明してもらおうよ! さっきはトルネードみたいに紙を出して居なくなっちゃったし」

 

 「トルネードってところがお前らしいな」

 

 「ヒッキーうるさい!」

 

 「黙りなさい比企谷くん」

 

 「で、どういうことお前ら」

 

 黙らずに、俺は二人に尋ねた。

 

 「先輩のこと探しに行ってました」

 

 「いやそうじゃなくて入部届のこと」

 

 「ああそれなら保険です」

 

 一色が答えた。

 

 「保険?」

 

 「はい。だって美奈ちゃんが先輩を諦めないっていうから……負け犬のく……まるで犬みたいに粘り強く」

 

 「え、いろは今負け犬って……これだからあざとロボットは……これを機に乗り換えませんか先輩」

 

 「あざとロボットって、それ結衣先輩並にネーミングセンスないよ?」

 

 「な……いろはだってほとんど雪ノ下先輩みたいにぜっぺ……いや雪ノ下先輩ほどじゃなかった」

 

 これだけ言って二人は、はっと我に返った。

 しかし時すでに遅し。

 絶壁ノ下……雪ノ下の氷のような冷たい視線が高海を突き刺している。

 由比ヶ浜はぷくーっと頬を膨らませていた。

 俺はこれから起こるだろう面倒の予感に目をつぶって、こっそり戸の方へ歩いて行く。

 

 「とにかく諦めませんから!」

 

 断末魔のような、高海の声が聞こえたような気がした。





はい、完結。
前の話が重たかった分ハッピーエンドにはならなそうでしたけど、自分的にはハッピーエンドです(笑)
たぶんifは書かないです。どうしても蛇足になってしまいます。
まあ蛇足なのは自分が書く場合何ですけどね(笑)誰か1から高海美奈を書いてくれないかな。
時間がかかった訳は完全に受験のことです。
一応今のところは国立を受けるつもりなので割と余裕がありません。これから他の作品も遅れそうですが、よろしくお願いします!

あと誰か美奈ちゃんを書いてくれる人いないかな……(2回目)



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