ストライクウィッチーズ ~ドゥーリットルの爆撃隊~ (ユナイテッド・ステーツ・オブ・リベリオン)
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Chapter.1:限りなき正義
Vol.1:プロローグ


          

 航空母艦「ホーネット」にある司令室で、「飛べないウィッチ」こと連合軍総司令官ジェニファー・ドゥーリットル中将は綿密なシミュレーションを繰り返していた。

 

 

「――敵部隊撃破、評価はAAA。パーフェクトですね」

 

 

 結果は勝利、常に勝利だった。

 

 

 “巣”に立て籠もろうと、正面決戦に出ようと……いかなる行動であれ、人類に負ける要素はない。仮に名将と名高いマンシュタイン将軍やモントゴメリー将軍がネウロイの司令官だったとしても、今回ばかりは人類を打破する術はないだろう。

 

 

 

 来たる一大反攻作戦――それを担うのは人類の『連合国』である。その作戦指揮官たるドゥーリットルの指揮下にある部隊は、陸上兵力30万、車両7000両、大砲2000門、航空機2000機、艦艇120隻……後方支援要員まで合わせれば90万の大所帯だ。

 

 

「アフリカに回した部隊があれば、87パーセントの勝率が92パーセントにまで上がるんですが……しかたないですね。あちらにもネウロイはいますし」

 

 それから、ドゥーリットルは手にしたファイルを横目で見る。最高機密の印が押されたそれは、統合軍司令部の秘密指示書だ。

 

(これを使う機会が無いに越したことは無いですけど……)

 

 それを眺めるドゥーリットルの目には、どこか憂鬱な色が混じっていた。

 

 

 **

 

 

 第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』のメンバーを乗せた車列が、幾つもの検閲所を通り抜けながら、ポーツマス郊外の国道を進んでゆく。

 

 目的地が近づくにつれ、周囲の景色は激しく変化していった。多数の軍用車両が行き交い、戦車や対空砲が至る所に配置されている。空では航空機とウィッチ達が編隊飛行を行っており、物々しい空気に包まれていた。

 

「これは……!」

 

 カールスラント組を乗せた車の中で、窓の外を見つめていたバルクホルンが驚いたように目を見開く。

 

「トゥルーデ?」

 

 ミーナもそちらに振り向き――そこで驚くべき光景を目の当たりにする。

 

 長い歴史を持つポーツマス軍港は、まるで鋼鉄に充たされているかのように、多数の軍艦が停泊していた。戦艦から重巡と軽巡、空母に駆逐艦、潜水艦、揚陸艦、工作艦に病院船まである。

 

 

「あっちはブリタニア海軍のフッド級巡洋戦艦とグローリアス級航空母艦、こっちにはリベリオン海軍のカサブランカ級航空母艦にエセックス級航空母艦まで……!」

 

 まるで軍艦の博物館だ、とミーナは思った。ありとあらゆる軍艦が所狭しと、ポーツマスの軍港に敷き詰められている。その手のマニアには堪らない光景だろう。

 

「見て、ミーナ! あっちにも沢山!」

 

 エーリカが指差す先には、これまでに見たことが無いほど大量の高射砲がズラリと並んでいた。その更に後方にも無数の対空機銃があり、機動力を高めた自走式対空砲まである。

 

「30、40、50……いいえ、数えるだけ無駄ね」

 

 軍歴の長いミーナですら、これほど多数の火砲を見るのは初めてだ。しかも火砲の大部分が野ざらしにされているという事は、暗に格納庫に収まりきらないほどの数があることを示していた。

 

 対空兵器だけであの量なのだから、これに戦車や大砲も加えれば全軍の数は更に増えるはず。加えてそれを支える弾薬や燃料の総量を考えると、どれほどの兵器と人間が動いているか想像もつかない。

 

 人類の総力を結集した『連合軍』による、一大反攻作戦……その主体となるのが世界最大最強の覇権国家リべリオン合衆国だという事は聞いていたが、まさか此処までのものだとは。

 

(リベリオンの生産力が底無しだとは聞いていたけど、いったい何が始まるというの……?)

             

  





>ミーナ「いったい何が始まるんです?」



 「第三次世界大戦だ」



 ブレイブウィッチ―ズ放送記念(終わってしまいましたが)に、昔書いてたSSを投稿してみようかと思います。

 


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Vol.2:正義の軍隊

 

 

 

 しばらく進んだ先にある港では、ミーナの考えを裏付けるように大量の巨大な鉄箱が地平を埋め尽くさんばかりに荷揚げされていた。埠頭に停泊するリベリオンのリバティ・シップからも、同じ形の鉄箱が次々に吐き出されている。

 

「ミーナ、あれは?」

 

 エーリカが首をかしげる。当時の欧州では輸送の際、物を木箱に入れるのが普通であった。

 

「リべリオンでは『コンテナ』って言うらしいわね。リべリオン軍は最近、輸送品をあの鉄で出来た箱に変更したそうよ」

 

 鋼鉄製コンテナのメリットは明白だ。規格化されたリ鋼鉄コンテナは、欧州で主流の木箱に比べると頑丈で積み下ろし時間も短い。

 

(流石はリべリオン、物量には自信があるという事かしら)

 

 豊富な物量だけではなく、それを支える兵站システムもまた洗練されている。リべリオンは底なしの資源と生産力を持つだけでなく、それをどう使えば最大限に生かせるかも知っているようだ。

 

 

 

 **

 

 

 

「――中佐。司令官が、事前打ち合わせ会議への出席をお望みになっています」

 

 連合軍司令部から連絡があったのは、案内された待機所で昼食を済ませた後だった。佐官以上の者は集合せよ、との命令を受けてミーナは周りと別れた。

 

 そのままリムジンに乗せられ、無数の格納庫を抜けて軍団司令部へ向かう。何重ものセキュリティチェックを潜り抜けると、目的地である連合軍ポーツマス司令部が目に入った。

 

「こちらです」

 

 連絡将校に促され、高級ホテルを接収した司令部へと足を踏み入れるミーナ。早速、披露宴会場として使われるはずの大ホールを改造した、臨時作戦室へと通される。

 

「失礼します」

 

 入室すると、まず中央に置かれた巨大な長テーブルが目に入った。軍用の簡素な合板ではなく、樫の木で作られた豪奢なものだ。

 

 どうやら部屋の主は仕事一辺倒というより、趣味にも手を抜かないタイプのようだ。カーテンや椅子などもまた、実用性と見栄えの両方を兼ね備えた高級品。隅にはコーヒーミルとサイフォンが置かれ、各自が好きなようにコーヒーを飲むことができる。軍の作戦会議室というより、ちょっとしたサロンのような雰囲気だ。

 

(これだけの物資を運ぶのに、どれだけの労力がかかっているのかしら。調度品だけで輸送小隊が3つは必要そうに見えるけど……)

 

 舌を巻くミーナ。なにせ金の使いっぷりが一桁も二桁も違う。前線ではたとえ軍団司令部とはいえ、無い無い尽くしは珍しくない。しかし此処では文字通り“何でも”そろっている。

 

 早い話、コーヒー・バーにある豆は南アマゾネス直輸入品だし、カップも陶磁器で作られた逸品だ。先ほど案内してくれた士官の話によれば、食事も3回すべて高級レストラン並みだとか。

 

 

(ブリタニアにリベリオン、カールスラント、ガリア、ヴェネツィアにベルギカ王国からヘルウェティアまで……欧州の主要国が勢ぞろいってとこかしら)

 

 規模な統合作戦だとは聞いていたが、単に物理的な規模が大きいだけでは無いらしい。世界の主要国を一度に集める、という事はそれだけで政治的に大きな意味を持つ。ましてや多国籍の軍による共同作戦ともなれば、様々な思惑が絡んでいる事だろう。

 

 

 部屋の入口には、エイラの母国スオムスのウィッチ達がこじんまりと座っていた。優秀なウィッチを輩出したスオムスだが、その他の大国に押されて隅に追いやられている辺りに、小国の悲哀が漂う。

 

 その隣にいるのが、ガリアとベルギカ王国のウィッチ達。両国ともにネウロイから解放されたばかりで、ペリーヌとリネットらが復興活動を続けている最中だ。

 

 ミーナの祖国である帝政カールスラントからも、多数のウィッチ達が派遣されていた。見知った顔は無いかと探していると、すぐに仏頂面の容姿端麗なウィッチの姿が目に入る。

 

 

 

「――久しぶりね、ハンナ」

 

 

「ミーナか」

 

 ハンナと呼ばれた少女は椅子にもたれたまま、横目でミーナを確認した。

 

 ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ大尉――帝政カールスラントが誇る撃墜王の一人で、アフリカ戦線を支えるエースパイロット。プライドが高く命令無視も多いが、超人的な射撃能力を持ち、「アフリカの星」として世界中にファンを持つ。

 

 マルセイユはコーヒーを一口すすると、

 

「ロマーニャ以来か。501JFWは解散したと聞いていたけど?」

 

「ええ。今はベルギカ王国のサン・トロンに駐留させてもらってるわ。トゥルーデとエーリカも一緒よ」

 

 2人の名前を聞いた瞬間、マルセイユの眉がピクリと動く。バルクホルンはかつての上司で犬猿の仲、エーリカは同期でライバル(マルセイユが一方的に、だが)だ。

 

「2人とも佐官じゃないから、先に宿舎の方に向かってるけれど……そういえば、貴女は?」

 

 たしかマルセイユの階級は大尉だったはず。昇進したという話は聞いていない。首を傾げるミーナに、マルセイユは肩をすくめて返事をする。

 

「代理だよ。佐官クラスは出せないから頼む、ってロンメル将軍に泣きつかれて」

 

「ああ……そういうこと」

 

 ただでさえ戦力が不足気味のアフリカで、これ以上人材を引き抜かれると流石に厳しいのだろう。特に指揮官クラスは貴重な上、下手に引き抜くと指揮系統が混乱してしまう。

 

 また、「魔力のピークが10代」というウィッチ固有の事情もある。

 

 幹部候補生としての士官教育を施せば、それだけウィッチとして実戦投入可能な時間が減ってしまう。そのせいで余裕のない欧州出身のウィッチは大半が最低限の教育しか受けておらず、現場はともかく指揮官クラスについては絶対数が不足していた。

 

「その点、ウチの隊長は扶桑でしっかりと士官教育を叩き込まれているからな。それで“実戦経験”のある元ウィッチともなれば、ロンメル将軍が手放すわけないさ」

 

 マルセイユは上司である加東圭子を持ち上げつつ、さりげなく「実戦経験」の部分を強調した。訝しむミーナに、マルセイユは顎で反対側のテーブルを示す。そこにはリベリオンとブリタニア、そしてファラウェイランドのウィッチ達がいた。 

             




 コンテナが普及したのは割と遅く、WW2のアメリカが船で輸送する際に大規模に採用されたのが普及のきっかけ。発明自体は前からあったらしいんですが、何でも「港湾労働者の荷揚げ作業を奪う」という理由で港湾組合が大反対してたとか。


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Vol.3:ジェニファー・ドゥーリットル

         

「――そういや週末どうする? せっかくブリタニアまで来たんだし、ロンドンでショッピングとかしたいよね~」

 

「――だったらさ、バーバリーとかどう? ちょうどリベリオンの彼氏に写真送ろうと思ってたし」

 

「――てか、彼氏いたんだ? ちょっと初耳なんですけど。それ規則的にアウトじゃない?」

 

 

 

 

 まるで下校中の女子学生のような、緊張感の無いリべリオンのウィッチ達の会話。とても作戦会議を前にした士官とは思えない。思わず耳を疑うミーナに、マルセイユはウンザリしたように口を開く。

 

「栄えある“リベリオン陸軍将校”の御一行だ。ピクニックに来たハイスクールの生徒じゃないぞ」

 

 ミーナもようやく、マルセイユが先ほどの会話で“実戦経験”の部分を強調した意味が分かった。新大陸のウィッチ達を見る限り、知識はともかく、軍人としての覚悟と気概が全く感じられない。

 

 

「あれじゃ助っ人ところか、全軍の足を引っ張りかねない。上も何を考えているんだか」

 

 ネウロイによって祖国を追われた経験からか、大陸出身のウィッチ達は年齢の割に大人びている者が多い。対して、未だ国土を侵略されていない英語圏のウィッチ達は、仕草も雰囲気もどこか未熟なものを感じさせた。

 

 

(ネウロイの危険が及んでいないとはいえ、これは酷いわね……)

 

 既にこの時点で少なくないカルチャーショックを受けていたミーナだが、リベリアンたちの能天気っぷりは更に想像の斜め上を行く。

 

 

「――ねぇ、お腹すかない? ここ元々はホテルらしいし、ルームサービス頼んじゃう?」

 

「――それナイスアイデア! で、みんな何食べる?」

 

「――何でもいいよ~。どーせ経費は上から落ちるし」

 

「――だったらアタシが勝手に決めるぅ♪」

 

 

 唐突に食事の話を始めたと思ったら、さっそく一人のウィッチが壁にかけてあった電話をとってルームサービスを注文し始めた。10分ほどで、大量の大皿とビール瓶をワゴンに乗せたウェイター達が入室してくる。

 

(嘘でしょう……?)

 

 唖然とするミーナら大陸のウィッチ達を余所に、リベリオンのウィッチたちは運ばれてきた食事を見て歓声を上げる。自分たちがどれ程のカルチャーショックを周囲に与えているのか、全く気付いてないようだった。

 

(しかもさっき、経費で落ちるって……)

 

 

 ちょっと羨ま……否、腹立たしい。

 

 

 こみ上げてくる嫉妬の炎を抑え込もうと、ミーナは軽く咳払いする。欧州では皆が命懸けで戦っているのに、リベリオンはそれを盾にするような形で贅沢を満喫している――彼女らに悪気は無いとはいえ、心に張り付いたようなモヤモヤした気持ちは消えそうになかった。

 

 

「―――あれ?」

 

 知らず知らずの内に彼女らを凝視し過ぎていたせいか、一人のウィッチと目が合った。外ハネの赤毛を後ろでまとめ、洒落た下縁フレームの眼鏡をかけている。ビール瓶を口の位置に持ったまま、くすりと微笑んだ。

 

「ねぇ、あなた達も一緒に食べない?」

 

 眼鏡のウィッチはそう言うと、サンドイッチが山盛りになった大皿をドンと置く。あっけにとられるミーナを気にした様子もなく、「これもいる?」とビール瓶を渡してくる。

 

「あの、これは……」

 

 

「ビールだよ」

 

 

 

 そんなもん見りゃ分わかるわ。

 

 

 

 思わず口に出そうになった言葉を飲み込む。

 

 周囲を見渡すと、同じようにリベリオンのウィッチたちがフライドポテトやらタコスやらの乗った大皿を各国のウィッチたちに振る舞っていた。控えめなスオムスのウィッチなどは戸惑っているようだったが、ロマーニャあたりのウィッチは美味しそうにバーガーを頬張っている。

 

「――あ、そこの茶髪の人!コーラおかわり!」

 

 それどころか図々しく?も追加注文までしていた。……ロマーニャ恐るべし。

 

 

「《……ハンナ。確かに貴女の言う通り、ここの風紀は少し緩んでるわね》」

 

 周りにバレないよう、カールスラント語で囁く。これでは、マルセイユが呆れるのも無理はない。ため息を吐きながら、彼女の方へ振り向くと――。

 

 

 ………なんか、サンドイッチ食べてる。

 

 

「ハンナ……?」

 

 数瞬後、固まっていたミーナの視線に気付いたマルセイユが口を開く。

 

「食うか? アボカドとエビが入ってる」

 

「………」

 

 ジト目で聞きなれない緑色の物体――南リベリオン原産の果物など、欧州育ちが知る由もない――を見つめるミーナ。ちなみにハンナも昨日、夕食に出ていたので知ったばかりである。

 

「ウマいぞ。最近のリベリオン料理は凄いんだ」

 

「………頂くわ」

 

 なんか裏切られたような気がするが、それはそれとして食べ物は素直に受け取っておく。

 

(あ、美味しい……)

 

 アボカドとマヨネーズのクリーミーな風味が溶け合い、それにプリプリの海老が絡んで絶妙な味が口一杯に広がっていく……リべリオン料理は不味いと聞いていたが、美味しいものもあるのだと認識を改めなければならない。

 

「悪くはないわね」

 

「だろ?」

 

 隣ではマルセイユが追加のサンドイッチを受け取り、さらに置いてあったビールを盛大にがぶ飲みする。追加のサンドイッチを渡したリベリオンのウィッチは口に手を当てながら、くすりと笑っていた。

 

 

「その様子だと、今日の昼食は気に入っていただけたみたいですね――ハンナ・ユスティーナ・ヴァーリア・ロザリンド・ジークリンデ・マルセイユ大尉」

 

 

 不意に、そのウィッチはマルセイユのフルネームを読み上げた。『アフリカの星』として有名なマルセイユだが、この長いフルネームをそらで言える人間は多くない。よほど熱烈なファンか、あるいは。

 

 

「……そちらは」

 

 

 マルセイユの声が、心なしか固いものに変化していた。彼女の本能的が警告を発している。目の前のウィッチには、注意しなければならない。

 

 

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。自己紹介が遅れました、ジェニファー・ドゥーリットルと申します」

 

 

「……は?」

 

 

 ドゥーリットル――今回の作戦指揮官と同じ名だ。改めてハンナは相手の顔をまじまじと見る。

 

 ややタレ目気味のおっとりとした顔だちではあるが、意志の強そうなツリ眉と理知的なアンダーリムの眼鏡。赤みがかったミディアムの金髪を外ハネのハーフアップにまとめ、勝気な少女が成長してから落ち着いた優等生になったような、そんな印象の女性だ。

 

「どうかしました?」

 

 あっけにとられるマルセイユを見て、ちょこんと首をかしげる。意外に仕草は可愛らしい。

 

「いやぁ……その」 

 

 まさか最高司令官がルームサービスで頼んだビール配ってるなんてアホな事はないだろうと、マルセイユは信じかける思いで尋ねてみる。

 

 

「ドゥーリットルって、あのドゥーリットルか?」

 

 

 それを聞いた相手は合点がいったような表情で、「はい」と肯定の意を示す。

 

 

「名門カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、初のアメリカ横断飛行を達成、それから航空工学の分野でマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を得て、シュナイダー・トロフィー・レースで優勝、魔力枯渇に伴うウィッチ退役時には中佐でしたが、2年で中将まで昇進してリベリオン第8航空軍司令官を務めさせていただいているジェニファー・ドゥーリットルとは私の事です」

 

 

 聞いてもいない輝かしい功績を当然のようにずらずらと説明してくるドゥーリットル。話ぶりからして自慢しているわけでは無く、単に事実を述べているつもりらしいのが余計に対応に困る。

 

 

「ちなみに現在は23歳、4人目の彼氏とは去年に別れました。好きな食べ物はチーズとバーボン、趣味はピアノです」

 

 ミーナの隣にいたハンナがボソッと「聞いてないし……」と零していたのを聞き流しつつ、ミーナは困ったような愛想笑いを浮かべた。

 

 

(この人、マトモそうに見えるけど絶対に変な人だ――!!)

 

 

 ウィッチに限らず、優秀な人間というのは半分ぐらいが変人だったりする。得意分野に全てをつぎ込むからこそ、優秀な反面その代償として常識だったり対人関係スキルが失われているのかも知れないが。

 

 

 そんな事を考えていると、案の定ドゥーリットル中将の視線がこちらに向く。心の奥底まで見透かすような、深い海の底のような瞳だ。

 

 

「そして貴女がミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐、で間違いないでしょうか?」

 

 確認の質問に、ミーナはさっと敬礼して直立不動の態勢をとった。

 

「はっ! カールスラント空軍所属、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐であります!」

 

「いえいえ、こちらこそ。噂に名高い、501JFWの指揮官と直々に話せて光栄です」

 

 ドゥーリットル中将が微笑む。垂れ下がってしまった前髪を左に梳くと、ふわりと香水の香りが届いた。整ったプロポーションも相まってか、動きの一つ一つが様になっている。

 

 だが、それだけに内面が読み取れない。同じく敢えて演技っぽく振る舞うのは、そうすることで本心を悟らせないようにする為なのだろう。

 

(だいたい、そういう上官は要注意なんだけど……)

 

 ガランド中将とか、ガランド中将とか。何だかんだで言いくるめられて、何度お偉いさん方の前で歌を歌う羽目になったことか……。

 

 そんなミーナの不安を知ってか知らずか、ドゥーリットルは相変わらず読めない笑顔のまま、両手を広げて歓迎の意を示す。

 

 

「それでは改めて――ようこそ、我が第8航空軍へ」

 

 

 リベリオン第8航空軍――それは欧州北部を担当する、リベリオンの戦略爆撃部隊。ネウロイが襲来する前は2000以上の爆撃機と1000を超える戦闘機を保有し、主戦力がウィッチに移った現在でも欧州方面軍の要となっている。

 

 そういえば、とミーナは思い出す。

 

 第8航空軍には、一つのあだ名がある。ネウロイの迎撃にもめげず、果敢に戦って大打撃を与えたリベリオンのウィッチ達を、人はこう呼んでいた。

 

 ――ドゥーリットルの爆撃隊、と。

 




 ちょっと順番間違えた・・・。


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Vol.4:『インフィニット・ジャスティス』作戦

                                   

(大きな所だなぁ……)

 

 

 もの珍しげに周囲を見渡していた、リネット・ビショップの正直な感想だった。

 

 連合軍ポーツマス司令部。エントランス前広場は背の高いアーチに覆われ、ガラス張りの屋根から明るい日差しが差し込んでいた。

 ロビーの壁は大理石で、観葉植物に洒落た外観のコーヒースタンドまで存在する。

 

 外観だけなら501JFWの基地もいい勝負だが、内装を加えるとポーツマス司令部の優位は明らかだった。

 

「リーネさん、何をしていますの? 早く行きますわよ」

 

 肩越しに呼びかけるペリーヌ。足早に彼女を追いかけると、すぐに集合会場の扉が見えてきた。係員のリベリオン軍人はリネットたちに気付くと、バインダーとペンを差し出してくる。

 

「軍人手帳の提示と、所属及び階級を記入いただけますか」

 

 軍人手帳とは各国軍で使われている、軍人用の身分証兼履歴書のようなものだ。リネットとペリーヌが言われたとおりにすると、係員は内容を確認して小さく頷いた。

 

「こちらが説明資料です。開始時刻は13時からですので、それまでに入室してください」

 

 いかにもマニュアル通りといった簡単な説明を受け、会議室へ入るとひんやりした空気が吹き付けてきた。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 数百人は収容できるであろう、大型のホールだった。椅子と共に並べられたテーブルには軽食が並べられ、壁一面には詳細な欧州の地図、奥にはオーバーヘッドプロジェクターまである。

 

 

「あ、ペリーヌとリーネだ」

 

「ハルトマンさん?」

 

 聞き慣れた声に振り向くと、案の定そこにはエーリカとバルクホルンの姿があった。2人ともレタスやトマトがこれでもかと詰め込まれた巨大ハンバーガーを頬張りながら手を振っている。

 

 

「――――」

 

 リネットがそちらに向かおうとした瞬間、部屋中にマイクのノイズ音が鳴り響いた。

 

 

 

「――お待たせいたしました。時間になりましたので、説明の方をはじめさせていただきます。まずはお手元の資料表紙をご覧ください」

 

 

 ホールの照明が暗くなり、仕方なくリネットは近くにあった席に座る。しばらく注意事項などについて事務的な説明がなされた後、不意に背後の空気がざわついた。

 

「――以上で注意事項についての説明はすべて終了となります。続きまして、作戦の詳細についてドゥーリットル中将から説明があります」

 

 

 アナウンスを受けて、演壇にストロベリーブロンドの女性が立つ。リベリオン陸軍士官夏季略装に、黒のサイハイソックスとハーフブーツというカジュアルな恰好だ。

 

 

「本作戦の司令官を務めさせていただく、リベリオン第8航空軍のドゥーリットルです」

 

 

 思ってたよりずっと若い――――それがリネットの印象だった。

 

 すっと通った鼻梁に、それなりの長身と整ったプロポーション。自分たちよりは明らかに年上だが、それでも都会の洒落た女子大生ぐらいにしか見えない。

 

 

「今回の作戦は、集まってもらった各国による共同作戦となります。作戦名は『無限の正義(インフィニット・ジャスティス)』、欧州本土への大規模な攻勢作戦です」

 

 

 再び会場がざわついた。いかにもリベリオンな厨二感が否めない作戦のネーミングセンスに、ではない。

 

 

(欧州本土に上陸して、ネウロイに反撃をかけるの……!?)

 

 

 リネット達が驚くのも無理はない。ここ数年、人類はネウロイの襲撃から、残された土地を守るだけで精いっぱいだったからだ。

 

「作戦の目的は、大陸に橋頭堡を確保する事による安全圏を拡大。具体的にはベルリンおよびニュルンベルクまでを解放することで三つに分かれた戦線を連結、戦線および方面軍の再編成と再配置を行う」

 

 

 現在、欧州戦線は大きく3つの戦線に分かれている。西部、東部、そして地中海だ。

 

 

 もっとも重要とされているのが、西部方面統合軍総司令部(オストマルクから西、カールスラント、ガリア、ブリタニア及び西欧諸国担当)であり、501JFW(ストライクウィッチ―ズ)や506JFW(ノーブルウィッチ―ズ)が所属している。

 

 そして欧州位置の激戦区を担当するのが東部方面統合軍総司令部(オラーシャ、オストマルクの国境線からウラル山脈までと東欧諸国担当)であり、502JFW(ブレイブウィッチ―ズ)と503JFW(タイフーンウィッチ―ズ)などが属している。

 

 地中海方面統合軍総司令部(ロマーニャ、ヴェネツィアなどの地中海周辺諸国担当)には504JFW(アルダーウィッチ―ズ)が配属され、501JFWからロマーニャ方面防衛の任務を引き継いでいた。

 

 

 この3つの戦線の他にも、北欧(スオムスなど)を防衛する北部方面統合軍総司令部の507JFW(サイレントウィッチ―ズ)や、統合戦闘航空団(JFW)より小規模な統合戦闘飛行隊(JFS)が各地に存在しているのが現行の体制だ。

 

 

「お気づきの方もいるでしょうが、現行体制では3つの戦線がバラバラに運用されているため、兵站や戦力配置において大きな制限が加えられています。我々は物資と戦力を3つの地域に分離しなけれならないため、とても非効率で硬直的な計画を立てざるを得ないのが現状です」

 

 

 戦線が繋がっていない場合、いったん物資や兵力をどこかの戦線に配置してしまうと、後から変更するのは難しくなる。

 

 例えばペテルブルクで荷揚げした弾薬をアルンヘムに送るには、わざわざ北海をぐるりと回ってブリタニアまで一度送り返さねばならない。

 

 

 これでは後方連絡線に大きな負担を強いるばかりか、敵の攻撃に対して臨機応変な対応をとる事も出来ない。

 

 もしネウロイが時間差をつけてオラーシャとガリアで攻撃に出た場合、迂闊に最初の攻撃に対応してオラーシャ方面に物資を送ってしまえば、後からネウロイがガリアで攻撃に出た時に西部方面軍が物資不足に陥る――といったリスクが考えられる。

 

 

 

「そこで我々はカールスラント方面に大攻勢をかけることで、3つの戦線を連続させて統合します。攻略するネウロイの巣は3つです」

 

 ドゥーリットルは指示棒を持ち、ハンブルク、ベルリン、そしてニュルンベルクの3つを指す。それぞれ北部・中部・南部に位置する、帝政カールスラントの大都市だ。

 

「これらを奪還した後、我々はオーデル・ナイセ川からエルツ山地を通ってアルプス山脈まで、欧州を縦に分断する単一の防衛ラインを構築します。成功すれば、欧州戦線の安定化と西欧の解放が実現するでしょう」

 

 再び、どよめきが起こる。特にカールスラント出身のウィッチたちは、事実上の祖国解放作戦を聞いて喜びの声を上げていた。

   




 『無限の正義(インフィニット・ジャスティス)』作戦!


 史実だとボツ案になったイラク戦争の作戦名。いかにもアメリカンなダサいネーミングセンスで結構好き。


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Vol.5:作戦会議

  

 

 

 リべリオン主導で壮大な計画が目の前で掲げられるのを、リネットは半ばあっけにとられながら聞いていた。

 

 カールスラント奪還――ちょっと前までは考えられなかった、ネウロイに対する大規模反攻作戦だ。しかし欧州には依然として多くのネウロイの巣が存在し、とりわけベルリンの巣は強力と噂されていた。

 

 

(本当に、それだけの戦力が今の人類に……?)

 

 

 リーネが、そして恐らくは他のウィッチ達も抱くであろう疑問。それが顔にも出ていたのだろうか。眼鏡からのぞく蒼い瞳に、悪戯っぽい光が宿る。

 

 

「限定反攻とはいえ、各国から可能な限りの使用可能兵力を抽出した結果、ウィッチは最低でも100人以上、投入兵力の合計は地上戦力15万と後方要員75万を含む計90万に達する見込みです」

 

 

(ウィッチが、90人も……!? それに参加兵力も90万って、ブリタニアの総兵力より多いぐらいだよ……)

 

 最早どよめきすら起こらず、全てのウィッチが言葉を失っていた。多少の事では動じないエーリカやエイラですら、ぽかんと口を開けている。

 

 

「後方要員が多いのは、物資の大半をブリタニア経由でリベリオンから送り込むためです。実戦で運用される航空兵力はウィッチ90人と2000の航空機、海軍兵力は大・中型艦艇120隻、陸軍戦力は戦闘員30万と戦車1700両となります」

 

 説明を続けるドゥーリットルの背後で、プロジェクターが起動する。部屋の照明が落とされ、ヨーロッパの地図を詳細に浮かび上がらせた。

 

 

「今回の『インフィニット・ジャスティス』作戦は、大きく分けて五つの段階から構成されています。 第一段階は陽動を目的とした、カールスラント北部の港湾都市・キールへの上陸作戦――司令部はこれを『鋼鉄の空(アイアン・スカイ)』作戦と名付け、ガリア方面に対する敵の圧力軽減と戦力漸減を同時に達成します」

 

 カールスラント北部を拡大した地形図が映し出され、彼我の部隊を示す軍隊符号が置かれた。続いて自軍を示す青色符号は海岸線に並べられ、ネウロイを示す赤色符号が内陸部から海岸に向かって移動している。

 

「この作戦は言うなれば、ハンブルクにある“巣”の攻略に向けた布石です。我々は敢えて彼らの後方に上陸し、ネウロイをハンブルクの“巣”から引き離します」

 

 地図上にある“巣”から、ネウロイを示す符号が後方へと動かされる。

 

 

「続く作戦の第二段階、『鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)』作戦では、ベルギカのアルンヘム基地から地上部隊と共に進軍。ネウロイの正面圧力がキールへ吸引されている間に、ハンブルクの“巣”を攻略します」

 

 

 アルンヘムに置かれた沢山の部隊符号が、ハンブルクに向けて動かされた。しかし迎え撃つべきネウロイは先の『アイアン・メイデン』作戦によって遠くキールまで移動しており、戻ってくるまでの時間差で“巣”の攻略を行う計画だ。

 

 

「第三段階は第一段階と同様の目的で、ヴェネツィアからニュルンベルクの“巣”に向けて限定攻勢をかけます。作戦名は『鋼鉄の壁(アイアン・ウォール)』――ただし、今回は第一段階と違って敵兵力の吸引に留まらずに地域の確保、つまりヴェネツィア防衛の縦深確保も目指します」

 

 

 平坦なカールスラントと違って、ヴェネツィアの北にはアルプス山脈が広がっている。その地形を天然の要害としてうまく利用できれば、ネウロイに対して長期間防衛することも可能だ。

 

「そして第四段階にあたる『鋼鉄十字(アイアン・クロス)』作戦で、ガリアにあるディジョン基地から地上部隊が進軍し、敵主力がアルプス山脈で拘束されている間にニュルンベルクにある“巣”を攻略します」

 

 ドゥーリットルが再び指示棒を動かす。アルプスの山岳地帯で足止めをくらっているネウロイに対し、側面から一撃をかけるという寸法だ。

 

 

「そして、最後の第五段階」

 

 

 改めて、プロジェクター上に欧州の全体図と全軍の配置図が映し出される。しかし最初の地図と違ってネウロイは北と南に大きく移動しており、中央部が手薄になっていた。

 

 何人かのウィッチがそれに気づいて、あっと声をあげる。ドゥーリットルは満足したように頷くと、指示棒を置いて全員に向き直った

 

「ハンブルク、そしてニュルンベクを攻略した我々は、そのまま陽動として南北からベルリンの“巣”に圧力をかけます」

 

 

 当然、敵もそれに対応して部隊を2つに分けるはず。でなければ挟み撃ちにあってしまう。

 

 

 だが、その時こそ――。

 

 

「我々は満を持して、正面から全面攻勢『鋼鉄の嵐(アイアン・ストーム)』作戦を発動――圧力の減ったガリア正面から一斉攻撃をかけ、一気にベルリンまでを確保します」

 

 

 要するにネウロイの両側面に陽動をかけ、敵の注意がそちらに向いたところで正面突破を図るという訳だ。

 

 

 ガリア方面は地形が平坦であり、大軍が行動するのにはうってつけの場所である。それに元々先進国だったガリアならインフラにも問題はない。よく整備された道路や鉄道は再利用できるし、港がブリタニアから近いため海上輸送で大量の物資を素早く搬送できる。

 

 

「ちなみに『鉄の嵐』作戦では、ベルリンの“巣”攻略は必ずしも必要事項ではありません。最終目標は“3つの戦線の統合と再構築”であるため、戦線の連結が完了すればその時点で攻撃計画は終了します」

 

 

 それを聞いて、何人かのウィッチがほっと胸を撫で下ろした。攻撃には大まかにいって「敵の撃滅」と「陣地の奪取」という2つの目的があるが、今回の作戦では後者をとっている。

 

 つまり「3つの戦線の連結」という作戦目的さえ達成できれば、無理にネウロイと戦わなくても構わない。一見すると野心的だが、彼我の戦力差を踏まえた堅実な作戦だ。

 

 

 しかし逆にいうと、それだけの為に人類は90万もの大兵力を動員している事になる。

 

(限定反攻でこの規模……リベリオンにはどれだけの力が……)

 

 これはバルバロッサ作戦以降、最大の作戦となるだろう。戦力の6割はリベリオン軍で構成されているらしいが、それすら膨大な兵力を要するリベリオン軍の一部に過ぎない。海の向こうにある超大国の底力を見せつけられた気分だ。

 

 

「と、いう事で皆さん――欧州にあるネウロイの巣、ぜーんぶ火の海にしてしまいましょう」

 

 最後にさらっと物騒な事を呟いて、ドゥーリットルはいったん演説を終了した。彼女が演壇から退出した後も、興奮したウィッチたちのざわめきはしばらく収まりそうにもなかった。

 

 




 現実にはこの時代、米軍は複数の戦術的勝利をシンクロナイズさせて戦略的勝利を掴むという「作戦術」」の概念を理解しておらず、世界で唯一理解していたのはソビエト赤軍でした。

 ストパン世界だと人類は比較的仲良しなので、きっとオラーシャからリべリオンに伝えられたに違いない(適当)


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Vol.6:大国のルール

 ドゥーリットルのスピーチを聞きながら、ミーナはひとり複雑な気分で仲間たちを眺めていた。

 

 彼女を含めた、佐官クラスは既に作戦の全貌を昨日の時点で知らされている。全体スピーチでドゥーリットルが伝えきれなかった、作戦の詳細や懸念事項も含めてだ。

 

(本当に、威勢のいい部分だけ抜き出して盛り上げてるわね……)

 

 その上で、ミーナは改めてドゥーリットルのスピーチをそう評価した。

 

(たしかに数だけ聞けば勇ましいけど、内実は文字通り烏合の衆……民族や宗教、派兵目的すらバラバラの寄せ集めでしかない……)

 

 軍事上の鉄則のひとつが、単一の指揮系統の存在だ。しかし後方支援も含めて30か国以上が参加する今回作戦では、各国の政治的な思惑や文化・習慣の違いからなかなか統一できないでいた。

 

 

「なお、指揮系統については総司令部の下に各国の軍が別箇に司令部を置き、それぞれの担当範囲内で指揮を担当します」

 

 

 そこでドゥーリットルが考えた案は、戦前に逆戻りするかのような国籍ごとの部隊編成だった。プロジェクター上に戦闘序列が映し出されると、部隊ごとにマイル単位で担当範囲が細かく決められているのが見える。

 

 これに伴って統合航空団に所属していたウィッチは原隊復帰となり、戦略レベルの行動は本国政府の指示を仰ぐ事も決定された。

 

「ただし本作戦は長期かつ広範囲にわたるため、段階と地域ごとに戦区を設けて作戦指導の調整を別箇に行います」

 

 作戦の第一段階から順に『A(バルト)戦区』、『B(ベルギカ)戦区』、『C(ヴェネツィア)戦区』、『D(ヘルヴェティア)戦区』、『E(ガリア)戦区』。

 

 

「そして戦区司令官は、それぞれの戦区において最大兵力を派兵した国の人物が務めます。そのため、順に以下の通りとなります」

 

 A戦区:ジェーン・S・サッチ中佐(リべリオン合衆国)

 B戦区:ロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐(ブリタニア連邦)

 C戦区:フェデリカ・N・ドッリオ少佐(ヴェネツィア公国)

 D戦区:ジーナ・プレディ中佐(リベリオン合衆国)

 E戦区:ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐(帝政カールスラント)

 

 

 聴衆の一部からブーイングが飛んだ。特にガリア人部隊からは、なぜ自分たちの祖国を守る戦いなのにリベリオンやカールスラントの指揮下に入らなければならないのか、という声が多く聞かれた。他の小国も、「兵力順に発言力を与える」という大国のルールに少なからず反発を覚えたようだった。

 

 

「皆さんの不満は分かります」

 

 

 ドゥーリットルは言葉をつづけた。それまでの柔らかい表情を引き締め、真面目に話を聞いているというポーズを演出する。

 

「限られた時間と資源の中で我々も最大限の努力を重ねましたが、やはり現場にしか分からない事情や見落としている点も多数あるかとおもいます。だからこそ、不満があれば隠さず伝えてください。共に、この連合軍をより良いチームにしていきましょう」

 

 不満を鎮める時に大事なのは、とにかく相手を持ち上げて「貴方の意見を尊重する」という姿勢を伝える事だ。

 

 ひとまず反対意見を受け入れ、敵意を和らげ冷静にさせる。その上で実際に矢面には別の人間を立たせるのだ――実際、“不満があれば隠さず伝えてください”という現場の不満の矛先は直属の上司であるミーナら中間管理職に向く。ドゥーリットルら上層部ではない。

 

(この司令官、相当なタヌキね……)

 

 こういった政治家じみた手口はミーナの好むところではないが、多くの将兵たちに対しては有効ではあったようだ。相手が自分の非を認めたことと、それに対する一応の解決策を提示されたことで不平の声は減っていた。

 

 

「かつて――」

 

 ドゥーリットルは声を張り上げ、ウィッチひとりひとりと目を合わせていった。

 

「私たちは敵同士でした。肌の色や宗教、文化や習慣の違いによる対立は日常茶飯事で、全ての人類が手を結ぶなど夢物語に過ぎない、と。昔は誰もがそう思っていました」

 

 プロジェクター上に、古い時代の戦争の映像や写真が映し出される。中には凄惨なものもあったが、ショッキングな刺激ほど人間の注意を引くものはない。

 

「しかし人類共通の敵、ネウロイを目の当たりにして私たちは気づいたのです――人類同士で争っている場合ではない、と」

 

 ネウロイに襲われる避難民の映像が流れ、ミーナはドゥーリットルの巧みなプレゼンに舌を巻く。彼女は共通の悲惨な経験を思い出させることで、「今は味方同士で争っている時ではない」という雰囲気を一瞬のうちに作り上げた。

 

「ネウロイが出現した当初は、何処を見ても混乱の一言に尽きます。我々はネウロイの不安にさいなまれ、いつ人類が滅亡するのかと怯えるばかりでした――そう、事態の深刻さに気付いた我々が団結するまでは」

 

 今度は各国のウィッチたちの姿が映し出され、一緒になってネウロイを倒したり民間人を救助する映像がアップされた。丁寧に全ての参加国の有名なウィッチを映して愛国心と自尊心を満足させつつ、団結の重要性をアピールしていく。気づけば、再び全員がドゥーリットルの演説に聞き入っていた。

 

「人類滅亡の瀬戸際に立ち、互いの衝突を乗り越えて力を合わせたからこそ、ようやくわたし達は勝利への希望を掴み始めているのです。私たちの後方にいる一般市民のためにも、人類勝利の希望を絶やしてはなりません」

 

 そこでドゥーリットルは声の調子をわずかに変える。ネウロイという脅威によって不安を煽り、その上で団結という解決策を提示して、勝利という希望へと全員の気持ちを繋げていく。

 

 

「約束します――私達は、決して貴女方の期待を裏切らないと。もし不満があるのなら陰口や文句を言うのではなく、どうしたら不満の原因を取り除けるのか上司と相談してください。共に悩み、共に考え、共に課題を解決していきましょう。そのための連合軍司令部と、チームなのですから」

 

 

 「チーム」というフレーズを殊更強調し、ドゥーリットルは切実な表情と強い言葉で訴えかける。

 

「この作戦が成功すれば、単にラインラントが解放されるだけではありません。人類が手を合わせれば失った国土をネウロイから取り戻せるのだと、全ての国家と国民が確信できるのです」

 

 彼女は効果を狙ってそこで口をつぐみ、全員の注目が集まるのを待って続けた。

 

 

「ネウロイに勝利し、失った人類の土地を取り戻し、そして再び街を再建する――私達は必ず、この目標を達成します」

 

 

 「以上です」とドゥーリットルが演説を終えた瞬間、割れるような拍手喝采が部屋中に響き渡った。

 

 

 

 **

 

 

「大した演説だったな」

 

 マルセイユがそっと囁く。意外と皮肉屋なところもあるカールスラントのエースは、演説のからくりに気づいていた。

 

 

 “団結”“勝利”“人類”と耳当たりのよいスローガンばかりが並べられ、リスクや難易度については何も言及されていない。

 

 さらにあの演説で、ドゥーリットルは責任を巧妙に作戦から逸らし、続いて司令部から逸らした。今後、不満が出たらそれに対処するのは各部隊の指揮官になるだろう。つまり、ミーナたちだ。

 

 

「ええ、まったくだわ」

 

 

 ミーナは拍手を続ける周囲に目を配りながら低い声で応じ、それから真っ直ぐ彼女を見た。

 

「流石は連合軍総司令官を務めるだけあって、一筋縄じゃいかないようね。今度の司令官は」

  

  




 ご感想、ご意見などあればよろしくお願いします。


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Vol.7:洋上にて

                             

「せっかく一緒になれたのに、また別れるなんて嫌だよぉ」

 

 揺れる船の上で、一人の少女がぼやいていた。

 

「ぐすっ……シャーリーの胸が恋しいよぉ」

 

 数分前から、フランチェスカ・ルッキーニ少尉はそんな調子でぐずっている。

 

 

 

「……あれは重症だな」

 

 

 離れたところから、双眼鏡でそれを呆れたように見つめるバルクホルン。隣には苦笑するミーナとエーリカの姿もある。

 

「まぁ国別に分けると、どうしてもこうなっちゃうよね~」

 

 呑気にそう呟くエーリカの視線の先には、何隻ものヴェネツィア駆逐艦の姿があった。かくいう彼女たちが乗船しているのもまた、ヴェネツィア船籍の巡洋艦である。

 

「現状、欧州に戦力と呼べるだけの海軍を保有しているのはブリタニアとヴェネツィア、それにリベリオンの3つだからな。上にしてみれば、海軍のない私たちはともかく、あいつらを原隊から引き離す理由はないだろう」

 

 上層部の考えを理解しつつも、バルクホルンの表情はどこか優れない。

 

(統合作戦に政治的な火種は付き物だ。その弊害を最小限に抑えるための国籍別部隊編成というのも、一応は理に適っている……)

 

 リべリオン式の編成では、平時の管理部門である軍政と戦時の作戦部門である軍令は明確に区別されている。作戦行動に入ると全ての部隊はそれぞれの任務を与えられた『タスク・フォース(任務部隊)』となり、常設の『コンバット・コマンド(戦闘団司令部)』が前線の状況に合わせて部隊を編成・配置するという形式をとっていた。

 

 柔軟に部隊を組み替える事で運用・作戦行動の自由度を最大限まで高められる一方、部隊としての一体感や信頼感が育ちにくく、団結・結束力には期待できない。その場その場で異なった相手と組んでビジネスライクに仕事をこなす、いかにもアメリカンでドライなやり方である。

 

 

 対して501統合戦闘団の場合、カールスラント軍で臨時に編成されていた『カンプグルッペ(戦闘団)』という、固定的な指揮系統を持つ諸兵科連合部隊をモデルとしている。

 

 本来は臨時部隊であったが、実際には特定の部隊が長期間同じカンプグルッペを構成することが多く、部隊としての団結心を育てることで、隊員同士の強い信頼感や緊密な連携によって高い戦力を発揮することが出来た。

 再起不能の部隊が廃止されたり、補充部隊が編入されたりすることもあるが、基本的には同じ部隊構成で戦う。

 

 

 問題点は固定的な編成のために運用・作戦上の柔軟性に欠ける事と、1つの部隊として成長するまで非常に時間がかかる事だ。大規模な常備軍の伝統を持つ欧州諸国と、戦時にのみ徴兵で軍を組織するリべリオンの違いが表れているといえよう。

 

 501JFWをはじめとする統合戦闘団にもこうした伝統は引き継がれ、隊員は他国の戦術について理解を持ち、日頃から互いに意思の疎通を深めるよう奨励されている。

 これによって隊員たちは単に一緒に行動するということではなく、それぞれの得意分野を有機的に結び付けた作戦を行えるようになるのだ。

 

 たとえばカールスラントのウィッチは直線機動を用いたヒットアンドアウェイ戦法を多用し、ブリタニアのウィッチは曲線機動によるドッグファイトを重視している。

 

 

 ウィッチは単なる戦闘ロボットではない――そうした考えの下、501JFWでは個人が連携する同僚の思惑や能力を熟知していたため、有機的な力を柔軟に発揮することができた。

 

 

 もっとも、そういった現場レベルでのスキルアップは書類上で図れるものではない。今回の作戦には実戦経験の少ないリベリオンならではの割り切りの良さと弱点の両方が混在している……バルクホルンにはそう思えてならなかった。

 

 

 **

 

 

 シャーロット・E・イェーガー中尉は空母・ヨークタウンにある食堂で、ドゥーリットルと一緒に食事をとっていた。

 

 片や肉厚のステーキと泡がこぼれそうなぐらい並々と大ジョッキに注がれたビール、もう片や色とりどりのソースが添えられたロブスターと上品なグラスに注がれたスパーリングワイン……問題児と優等生という2人の正反対な性格をあらわすかのような対照ぶりだ。

 

 

「久しぶりですね、シャーロット・E・イェーガー中尉」

 

 リベリオン合衆国第8航空軍第357戦闘飛行群第363戦闘飛行隊――それがシャーリーの原隊だ。そのためドゥーリットルはかつての上官にあたる。

 

 

「今は大尉だよ、ジェニー少佐」

 

「ではイェーガー大尉、私のことは中将と呼ぶように。今は将軍なのです」

 

 えっへん、と茶目っ気たっぷりに胸を張るドゥーリットル中将。シャーリーほどではないが、まぁまぁ胸はある。制服を着崩しがちなシャーリーと違ってネクタイまできっちりと締めている低露出仕様だが、敢えてタイトなものにしているせいで今にもボタンがはちきれそうだ。

 

「おうおう、さすが優等生は隙が無いな。いろんな意味で」

 

「ふふん、もっと褒めてもいいんですよ」

 

 

 上司と部下という関係でありながら軽口を叩きあう仲だが、こう見えてもシャーリーにとっては頭が上がらない存在だ。かつてストライカーの無断改造でクビになりかけた自分を庇って501JFWに出向させたのが、当時の上官だったドゥーリットルだからだ。

 

 

「501JFWでの活躍はいろいろと聞いていますよ。やはり貴女には、あちらの空気の方があってたみたいですね。喜ばしい事です」

 

 かもしれない、とシャーリーは思う。同じ軍といえども、501JFとリベリオン空軍では何から何まで正反対なのだ。

 

 

 出身地も言語もバラバラな移民国家であるリベリオンでは、基本的に「集団」より「個人」を重視する傾向がある。

 

 

 “個”の社会、多様性をベースに成り立っているリベリオンでは、各人の能力や立場は違っているのが当たり前であり、与えられる任務も責任も画一的なものではない。そのため各人は自分の得意分野を伸ばすことに専念し、軍隊においても職務・責任範囲と権限を厳格に定められた上で、担当分野のスペシャリストとして働くことを期待される。

 

 そのためリベリオン軍のマネジメントは全て「管理業務という専門分野」に特化した高級将校が行う事となり、組織としては徹底的なトップダウン型となる。トップは一切の現場勤務から解放され、迅速に意思決定することが求められる。

 

 裏を返せばマニュアル主義と縦割り主義が徹底しており、一部のエリート以外の自由裁量権は小さい。事前の情報共有や根回しなどはほとんどなく、いきなり命令が飛んできて兵士はそれを粛々と執行するだけというのがリベリオン流トップダウンだ。

 

 

 対して501JFWでの人材戦略は大陸系国家のそれで、「個人」より「集団」を重視してチームワークで力を発揮させようとする。人材育成も特定領域の専門家よりは、その組織でのジェネラリストを育成するというものだ。

 

 全員で情報を共有し、各人の特徴を理解しながら長い時間をかけて合意形成をとるという民主的なプロセスを経る。リべリオン式マネジメントが「拙速」重視とするなら、こちらは「巧緻」重視というべきか。

 

 こうした組織構造は、民族や言語の同質性が高いカールスラントや扶桑には都合が良い。あるいは501JFWのように比較的少数のチームを固定的に長期間組む場合にも有効だ。リべリオンに比べて現場の自由裁量権も大きく、決められたことでも「現場の独断専行」と結果が伴えば融通が利くこともある。

 

 

 もっともこうしたリべリオンにない強みは弱みの裏返しで、権限・責任・命令の何もかもが曖昧かつ不明確な点は慣れない内は苦労する。更に合意形成という過程を重視するあまり、非合理的な決断が下されることも少なくない。合意形成と協調行動が大前提となっているため、なるべく同質な人間を集めて時間をかけて団結心を育む必要もある。

 

(そう考えると、やっぱウチの中佐すごかったんだな……)

 

 今更ながら、正反対の文化を持つウィッチたちをまとめ上げたミーナの手腕に舌を巻く。

 

 個人主義のリべリオン・ブリタニア・ロマーニャと、集団主義のカールスラント・扶桑・オラーシャ、その中間のスオムス・ブリタニア・ガリア――巧みにそれぞれの上手い部分をミックスして、個性を残しつつも一つのチームとして機能させている。彼女が指揮官でなければ、501JFWがああも大戦果を挙げる事は出来なかっただろう。 

 

 

 ――だが、それも今日までだ。目の前にいるドゥーリットルが、穏やかだが有無を言わせぬ視線で暗にそう告げてくる。底の見えない深青の瞳を見返していると、こっちが逆に引きずり込まれそうだ。

 

 

「とはいえ、今は貴方も『リべリオン第7航空団』の所属です。この作戦が終わるまでは私の命令に従ってもらいますよ、イェーガー大尉」

 

 気さくなようでいて、敢えて『大尉』と階級の違いを意識させるドゥーリットル。微妙に毒気のある性格も変わってないな、とシャーリーはコーヒーを飲みながらひとりごちる。

 

「分かってるって」

 

 念を押すドゥーリットルに、シャーリーはひらひらと手を振って返す。およそ将官に対する態度ではないが、ドゥーリットルの方も「ならいいです」とあまり気にする様子はない。命令は絶対だが、命令範囲の外では自然体でいいという考えなのだろう。

 

 

「……本当に、戻ってきたんだな」

 

 どこか懐かしい、ドライな関係。シャーリーはいやがおうにもそれを再認識させられていた。

 

 

         




 文化の違いって、組織構造から部隊編成、しいてはドクトリンまで影響与えるので結構大事。なのである国の軍隊では正しい行動でも、別の国ではアウトな事も。

 たとえば独断専行なんてのは、イスラエルなんかだと評価されるけど、第2次世界大戦のフランス軍とかだと評価されない


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Chapter.2:鋼の空
Vol.8:上陸作戦


                        

 バルト海に面した港湾都市・キールは、再び灰塵と化していた。今度はネウロイの手ではなく、その都市を築いた人の手で。

 

「――こちらゴライアス03! 4時の方角に、地上型ネウロイ多数発見!」

 

「――ゴライアス02了解した! 04はいったん陣地まで後退し、増援と合流して防衛戦闘に努めよ!」

 

「――了解した! 逆襲は任せたぞ!」

 

 

 郊外へと続く路上を進んでいた一個戦車中隊――18両のM4シャーマン戦車が進路を変える。リベリオン軍の車両は全てに無線機が備え付けられており、それが迅速な兵力移動を可能としていた。

 

 

「――前方から発砲あり! ネウロイの攻撃です」

 

 

 一瞬後、一両のシャーマンが被弾、爆散した。さらに連続する爆発。揺さぶられる車体。直後、至近弾が炸裂し、轟音が砲塔に響き渡る。

 

「クソッ――全車両、一斉射撃の後で煙幕を張れ! 煙に紛れて後退する!」

 

 一斉に後退する戦車中隊。発煙弾発射機から、各々の姿を眩ますための煙幕が展開される。

 

「――大隊司令部。繰り返す、大隊司令部へ。こちらピースキーパー、聞こえるか」

 

「――こちら大隊司令部。ピースキーパー、何があった?」

 

「――現在、ポイント・アルファにて地上型ネウロイから襲撃を受けている! 至急、火力支援を求める!」

 

 

 **

 

 

 バルト海に浮かぶエセックス級空母『ホーネット』………今回の作戦における機動部隊の旗艦であり、リベリオン海軍の空母の理想像を具現化した力の象徴でもある。

 

 その中でにある戦闘指揮所で、ドゥーリットルは戦況表示板を眺めていた。偵察機と現場の各指令所から逐一送られてくる情報をもとに、リアルタイムでの戦場把握を実現している。

 

「――第一海兵師団、揚陸および橋頭堡の確保を完了。陣地構築のための資材を送ります」

 

「――第4独立戦車大隊が小型ネウロイ群と接触。砲兵の展開が完了していないため、艦隊による艦砲射撃をもって支援します」

 

 各種機材から届けられる報告をもとに、迅速に対応するオペレーターたち。戦況表示板を見ても、作戦はおおむね順調に推移している。

 

(すでに橋頭堡にはウィッチと航空機の突入に続いて、3個の師団が上陸済み……被害は2個中隊っと)

 

 砲兵部隊の展開が遅れているため、火力支援はもっぱら航空機による急降下爆撃と艦砲射撃が中心となっている。航空機は継続した火力投射ができないため、水上打撃部隊の補助に回る形だ。

 

(スケジュールでは、日没までに40キロの縦深を確保することになっています。まずは橋頭堡の拡大を優先して、その防衛を固めるのは明日から)

 

 ドゥーリットルは予定を反芻しながら、進捗状況を確認する。

 

(ブリタニア軍の揚陸作業は9割が完了、一部の部隊は小規模な地上型ネウロイを蹴散らして掃討中――さすが、というべきでしょうか)

 

 ブリタニアは伝統ある海軍国だ。こういった揚陸作戦では他国にひけはとらない。対してリベリオンは一歩及ばず、といったところか。とりあえずはスケジュール通りに作業を8割完成させてはいるが、弾薬消耗量は予想の2割超えている。もう少し節約してほしい、というのがドゥーリットルら上層部の本音だった

 

 数と装備では追随を許さぬリベリオン軍だが、その大部分はネウロイ戦争が始まってから徴兵された兵士で構成されている。兵士が素人なら指揮官も素人、どうしても経験不足は否めない。それを力技で押し切って、なんとか予定通りに進めているのが現状だ。

 

(となると、やはり問題は残りの欧州連合部隊ですねー)

 

 その他の部隊はというと、平均して予定の6割、一番遅れているオストマルクの部隊に至っては、4割も完成できていない。なにせヴェネツィアとロマーニャを除けば、欧州連合軍の大部分は祖国をネウロイに蹂躙されているのだ。軍もリベリオンやブリタニアの物資援助で辛うじて維持できている状態であり、力不足感が否めないのは仕方がないことだった。

 

 

 装備充足率の他に問題となっているのは、ドゥーリットル自身が決定した国籍別の編成だ。

 

 軍団規模で編制されているリベリオンやブリタニアの部隊と違って、残りの国々はほとんどが師団規模の編成止まりである。小国であるベルギカなどに至っては一個歩兵連隊しか派遣できなかったため、戦車すら存在しないという有様だ。

 

 このため軍団なら受けられる砲兵師団の大規模継続砲撃支援や、空軍・海軍の火力支援などが受けられない。進捗状況が悪いのはそのためでもある。

 一応、スオムスなどの小国部隊には占領の容易な地区を優先的に割り当て、共用の支援部隊を司令部直轄として利用できるような工夫はしてある。

 

 しかしそれでも、いちいち連合軍司令部を通さなければ利用できないという事は大幅なタイムロスに繋がり、また小国同士の支援砲撃の奪い合いなども発生してしまう。

 

 

 

(欲を言えばヴェネツィア海軍とガリア海軍にも動いてほしかったんですが、あちらさんは地中海の制海権維持で手一杯でしょうし)

 

 

 かつてリベリオン、ブリタニア、扶桑に続く世界第3位の海軍国だったガリア、そして4位のヴェネツィアはどちらもネウロイに奪われた国土を奪還したばかりであり、海軍も再建途上にある。

 

 リベリオンおよび扶桑から送られるレンドリースの海上輸送網の護衛、そして地中海の制海権維持に関しても疎かにできない以上、今ある兵力でやりくりするしかないのが現状だった。

 

 

 **

 

 

 もちろんドゥーリットルもそうした問題点を、事前に想定できなかったわけではない。しかし政治的・技術的な問題もあり、共同作戦は事実上不可能となっていた。

 

 なにせ武器も違えば弾薬のサイズも異なり、更に軍事ドクトリンすら異なる部隊が一緒に行動しているのだ。一緒に動ける訳がない。

 

 

 特にドクトリンの違いは致命的で、たとえば“予期せぬ遭遇戦”にあった場合、リベリオンやガリアの教本では「無秩序な乱戦を避けて後退せよ」とあるが、カールスラントやオラーシャでは「先制攻撃をかけて機先を制し、主導権を握れ」とあり、ブリタニアや扶桑にいたっては「現場で臨機応変に対応しろ」と当事者以外には予測不能という有様だ。

 

 こうした場合、共に行動してもむしろ混乱を広げるだけで、下手をすれば同士討ちすら発生しかねない。微妙な外交バランスの上に成り立つ合同作戦で、無用な政治リスクを冒すことは避けたかった。

 

(せめて、弾薬の規格統一だけでも出来ていれば良かったんですが……)

 

 規格の違う砲弾や銃弾を同じ集積所に保管しようものなら、間違いなく確率論的に発生する人為ミスで、規格の合わない銃弾や爆薬が前線に届けられるだろう。そういったリスクを避けるには、前線部隊から兵站まで統一するしかない。必然、国籍別の編成しか選択肢は残らなかった。

 

 

 『 計画の大半は裏目に出るが、かといって計画しないわけにもいかない 』

 

 

 目元を押さえながら、ドゥーリットルは上司であるアイゼンハワー元帥の言葉を思い出す。

 

 個々の問題点をあげればキリがないが、トータルでみれば今のところ作戦はうまく行っている。願わくば、こうしたリスクが顕在化する前に作戦を完了したい――ドゥーリットルは切実に願いながら、作戦の成功を祈った。

   




 「いろんな国の兵器を買って良いとこどり!」ってのは兵站や教育の面で負担が大きいので注意


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Vol.9:異なるやり方

                      

 ――果たしてドゥーリットルの祈りが天に届いたのか、あるいは単に運がよかったのか。

 

 

 危惧された、ネウロイの大規模な反撃は発生しなかった。

 

 

 **

 

 そして占領から半日しか経っていないにもかかわらず、キールは大規模な軍港として再生しつつあった。

 

 艦砲射撃で穴だらけにされた滑走路は、連合軍の工兵によって完全に復旧している。B-17戦略爆撃機によって掘り返されたカールスラント軍の基地跡も、リベリオンのブルドーザーが平坦にしている最中だ。屋外格納庫の組み立ては7割が完了し、大型車両がコンテナを運び込むことで機体の整備を可能としている。

 

(なんというか、呆れるしかないな。これは……)

 

 格納庫の一角で、バルクホルン大尉は整然とならぶ戦車を見つめ、呆然としていた。

 

(たった半日で、仮設とはいえ基地を復旧させてしまうとは……かつては人類同士で争っていたというが、リベリオンが付いた側の勝利は間違いないな)

 

 カールスラントにおける物資運搬の主力は、いまだに馬車牽引だ。馬は速度が遅いうえに重い火砲などは分解する必要があるため、移動や準備に時間がかかる。

 

 これは運用上の大きな制約となるばかりか、作戦の自由度を大幅に低下させてしまう。さらに車両は貴重品であり、主に前線の部隊に配備されて工兵には充分にいきわたっていないのが現状だ。

 そうした重機の不足は現状、前時代的な人海戦術による非能率的な方法で長時日かけて補うしかない。前線基地に至っては、時と場合によってはウィッチが手伝う事もある。

 

 対して、リベリオンでは牽引車からトラック、ブルドーザーにケーブル式ショベルまで何でもござれ、だ。高度に機械化されたリベリオン工兵は、他国なら前線部隊に優先配備される車両ですら建築用の重機として普通に利用する。もちろん、それが設営能力を大幅に向上させている事は言うまでもない。カールスラント軍が2か月かけて造成できる基地を、リベリオンであれば2週間で完成させられる。この差が持つ意味は、地味だが大きい。

 

(前提条件が根本的に違う。ここまで国力に違いがあれば、戦略や戦術も変わってくるという訳か)

 

 確かに、これで共闘するのは難しいかもしれないな……と思考が後ろ向きになっている事に気づき、バルクホルンは首を振った。

 

 

 **

 

 

 一般的に言って、大半の兵士は死傷率の高い前線勤務を忌避し、安全な後方勤務を望む傾向がある。

 

 ところが、何事にも例外というものは存在する。例えば、典型的なカールスラント軍人たらんとするマルセイユ大尉にとって、前線勤務は名誉であり喜ぶべきものであった。

 

 この世界において、唯一ネウロイに対して効果的な攻撃が行える存在――それがウィッチだ。彼女たちは人々の憧れであると同時に、「人類の盾」として重い責任を背負っている。辛い事も多いが、それゆえネウロイと戦って勝利した時の達成感は何物にも代えがたい、とマルセイユは考えていた。

 

 

「「「――それでは、改めてよろしくお願いしますっ!」」」

 

 今、キール郊外に建設中の防衛陣地にいる彼女の前には、3人の新人ウィッチたちの姿がある。彼女たちがぎこちなさ満点の敬礼を終えると、隣にいたカールスラント空軍の連絡将校が口を開いた。

 

「大尉、見ての通り彼女らは士官学校を卒業したばかりのひよっ子だ。しかし訓練をきちんと行えば、充分に戦力として活用できる」

 

(またテキトーなこと言って……)

 

 ため息を隠そうともしないマルセイユ。彼女に与えられた任務は、新人の訓練という地味な任務だった。あからさまに嫌そうな表情をする彼女に、連絡将校はダメ押しのように告げる。

 

「そう嫌そうな顔をするな。君と彼女たちは予備扱いとなっているが、いざという時には実戦投入されるんだからな。きちんと教育をしておかないと、あとあと苦労するぞ?」

 

 そう、新人と一緒の部隊になるという事は、彼女たちに教育も施さなければいけないという事になる。そしてその分だけ負担は増える上、隊全体の平均錬度の低下は生存率の低下に直結するのだ。

 

(ライーサがいれば……)

 

 無いものねだりをしてみるが、どうしようもない。カールスラント軍では同じ相手と長くペアを組むことが重視されており、互いを知り尽くした阿吽の呼吸によって高いチームプレーが行えるのが強みといえる。

 逆にいえば新人が入ったりメンバーの入れ替えがあると連携がとれず、それだけ死のリスクも高まってしまう。

 

「新人に実戦が務まるとは思えません」

 

「ああ。だからマルセイユ大尉、君には教官を務めてもらう。そのため、一切の前線勤務を解くそうだ」

 

「はぁ――!?」

 

「上層部は君の経験と知識を高く評価している。それを未来ある後輩にも伝えておいてくれ。幸い、今は人員に余裕もある。エースであろうと休みは必要だろう」

 

 必要な物資はすべてこちらで用意する、そう言い残して去っていく士官。残されたマルセイユはチッと地面に唾を吐く。

 

(つまりベテランを教官にして訓練に集中させれば、すぐに部隊全体の能力底上げが出来るって訳か。そのうえ仮に戦闘になっても傷つくのは補充の用意な新人で、貴重なベテランは最後まで温存できる……)

 

 確かに合理的だったが、あまりにも冷酷な戦術。すんなり納得できるはずもなかった。

               

 

 しかしマルセイユの意見は受理されず、「感情論」と一蹴されてしまう。腹いせに通常の2倍の物資を要求したところ期日通りに全ての物資が到着し、マルセイユは更に不機嫌になった。

 

「物質主義者め……!」

 

 ドゥーリットルのやり方は、つまるところ「全て上層部に任せろ」という方式である。よく言えば保護が手厚く、悪く言えば自由がない。

 

 その全てが悪いとは思わないが、少なくとも自分には合わないなとマルセイユはひとりごちた。

 

              




ひっそり投稿中。


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Vol.10:陣地構築

                      

 上陸作戦開始後10時間、キール上空を巡回していた宮藤芳佳は言葉を失った。眼前に広がる光景に、完全に圧倒されている。

 

「わぁ………!」

 

 ぽかんと口を大きく開け、驚愕のあまり固まっている。隣には502JFWから出向してきた雁淵ひかりもいるが、ほぼ同じ格好をしているので傍目にはすごく間抜けな光景に見える。

 

「すごく広いですッ!」

 

 

 彼女たちの後ろにいる、雁縁孝美と坂本美緒もまた、あまりの変わりように言葉を失っていた。

 

「占領からたったの4日しか経ってないのに、もう基地がこんなに……!」

 

「なんというか……これは呆れるしかないな」

 

 リベリオン軍は上陸成功後、すぐにキール郊外を要塞化。キールの周囲2キロメートルあまりを無人とし、砲兵射撃で漸減するための突撃破砕区域としていた。

 

 扶桑のウィッチたちが立っているのはキール郊外に扇状に築かれた、5キロの縦の深を持つ要塞陣地。陣地というと数列にわたる塹壕戦をイメージするが、この要塞陣地帯の構成は複数の丘陵を要塞化した陣地の繋がりである。

 

 

 それぞれの小規模陣地は上空から見ると、底辺を敵に向けた三角形の連なりで、この三角形は火力の鎖によって繋がれていた。

 

 火力発揮は基本的に陣地前面に集中されるように設計されており、主要防衛ラインから800メートル付近に砲兵の火力制圧地帯を設定し、500メートル付近を対戦車砲、迫撃砲、重機関銃などによってもっとも濃密な火力網を構成できるようにしてあった。

 

 その一方で、所々にはキルゾーンと呼ばれる撃破地帯も形成されている。これは陣地に敢えて弱点――火力の弱い場所――を作り、そこに誘い込まれた敵は逆襲せずとも撃破できるようになっている。

 

 加えて陣地火力の3割は後方にも指向できるように定められていたため、ネウロイは陣地前方を突破しても三角形の間隙で火力によって磨り潰されてしまう。

 

 

「リベリオンの連中、我々がネウロイと戦っている間に居眠りしていた訳ではなさそうだ」

 

 

 セリフこそ皮肉っぽいが、美緒は素直に感心していた。

 

 リベリオンはネウロイに地上侵攻された経験をもたないが、それに慢心せず情報収集と対策をしっかりと行っていたらしい。世界中から集められたネウロイのデータをもとに、周到な陣地構築と大量の火砲、そして強力な予備部隊がなければ防御戦闘は成立しないと承知していた。

 

 陣地正面には歩兵や迫撃砲、対戦車砲、対空砲などが置かれる一方で、後方には自走砲および対空戦車、駆逐戦車などが地面に車体を隠した状態で偽装・布陣している。

 

 それぞれの陣地はコンクリートや土嚢で可能な限り補強され、塹壕やトンネルなどの連絡線で接続されていた。

 

 これによって互いに火力支援が行えるようになり、たとえ1つの陣地がつぶれても他の陣地は変わらず火力を発揮できる。

 

 つまり、全ての陣地が潰されない限りネウロイは砲火にさらされる。地上ネウロイに対しては各陣地の隙間に誘い込むことで、そこに濃密な十字砲火を浴びせることも可能だ。

 

 

 

 陣地構築は今でも続いており、扶桑ウィッチたちの周囲でも大勢の歩兵がシャベルで塹壕を掘っている。

 

「大きい……!」

 

 感嘆の声をあげる妹のひかりに、姉の孝美が解説を加える。

 

「これでも縦深を浅くした方なのよ。一般的な縦深防御だと、この3倍ぐらいはあるんじゃないかしら」

 

 本来、縦深防御では錬度の低い部隊を前線における固定防衛戦力として配置し、錬度の高い部隊を機動予備として後方に配置することで、敵の侵入を許しても包囲されにくくしている点が特徴だ。

 

 しかしアイアン・スカイ作戦では敢えて縦深を浅くすることで、主防衛陣地の兵力と火力密度を高めている。さらに陣地規模の縮小することで工期を短縮でき、協調行動の苦手な連合軍でも容易に連携がとれるように計算されていた。

 

 

 そして火力の骨幹は、対空防御に置かれている。航空ネウロイさえ撃破すれば、残りの地上型は絨毯爆撃で一掃できるからだ。

 

 したがって大砲・機銃・機関砲の主たる目標は飛行するネウロイである。とはいえ機動力が低く目立つこれらの対空兵器は防御力に難があるため、見つかれば射程外からレーザーで撃破されてしまう。

 

 その弱点を補うため、リベリオン軍ではニセ陣地の構築やダミー兵器の政策も重要視された。ニセ陣地は本物と同数作るとされ、自軍の位置を欺瞞するという目的以上に、敵のレーザーを吸収するという目的もあった。

 

 

 **

 

(『アイアン・スカイ』作戦の第一段階成功を受け、明々後日には第二段階へと移行するというのが上層部の考えだ。ゆえに保有するすべての戦力を要塞陣地帯に集中させ、反撃してくるであろうネウロイを十字砲火によって殲滅する……)

 

 陣前減滅――つまりは水際防御で、火力を第一線に集中させ陣前で撃破する防御戦術だ。

 

(まるで博打だな。これは……)

 

 美緒の胸に懸念が渦巻く――全ての火力を第一線に集中させるということは、一度でも突破されれば全部隊が無防備な背後をさらけ出すことになる。

 

 

 だが、司令部の方針が間違っているとも思えなかった。時間が限られている以上、広大な面積を必要とする縦深防御のための陣地を構築しているヒマはない。

 

 小型ネウロイによる多少の浸透には目を瞑っても、脅威度の高い大型ネウロイを撃破するために火力を集中すべしという理屈にも合理性がある。

 

(縦深防御では、陣地同士の連携が重要になる。バラバラな連合軍でそれをやっても、かえって混乱が大きくなるだけか……)

 

 奇襲にて敵の機先を制することを重視する扶桑軍人の目から見れば、リベリオン軍の防御戦術はあまりに受動的で物量に頼っているように見える。しかし戦機を看破した逆襲ほど、将兵の錬度を要求されるものはない。

 

 およそ常備軍など存在しないに等しかったリベリオン軍では、いわば兵も将も素人同然。だからこそリベリオン軍幹部は陣地防衛部隊の最小単位を中隊とし、独自で防御戦闘が完結できるようにした。錬度の低い指揮官は大人数を掌握することが困難だからだ。

 

 その一方でリベリオン軍は小隊レベルにまで無線機が配備されており、上級指揮官は司令室に居ながらリアルタイムで戦場全体の戦況を把握できるようになっていた。豊富な物量と高い工業力、最新テクノロジーというリべリオンの強みで、実戦経験の少なさという短所を補うという事なのだろう。

 

(とはいえ、ネウロイ戦では何が起こるか分からんからな。我々ウィッチ隊は予備兵力として温存されることになっているが、時間の許す限り全員みっちり訓練させておこう)

 

 とりあえずはお手並み拝見――自分たちとは真逆の戦い方を粛々と進めていくリベリオン軍に対して、坂本美緒は期待半分・疑い半分といった眼差しでその実力を見極めることにした。

 

 




 陣地づくりを舐めたらいけません。ちゃんと作っておけばネウロイから隠れる事もできます。OVAでそう学びました。


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Vol.11:ダウンバースト

 3日後――。

 

 連合軍は大規模なネウロイの反撃を受けていた。青い空と緑の大地が、無数のネウロイによって黒く染められていく―――ネウロイが戦力の逐次投入を嫌ったのかは不明だが、今まで溜めこんでいた戦力を全て叩きつけるかのようであった。

 

「――小型ネウロイの集団、要塞陣地の全域を攻勢正面として接近中。推定ですが、数は2万以上と思われます!」

 

 空母ホーネットの作戦司令室で、ドゥーリットルは部下の報告を聞いていた。プロジェクターには各陣地の戦況の他、近隣の空母機動部隊やベルギカの友軍部隊の動向が表示され、リアルタイムで戦況情報が更新されている。

 

「――第一特別重砲連隊、間接射撃を開始! 迫撃砲もキルゾーンへの展開を終了しました!」

「――小型ネウロイ、予想の70%の時間で地雷原を突破! 陣地到達予定時刻を修正、あと21分30秒!」

 

 

(ひとまずは許容範囲内ですか……)

 

 プロジェクター上の戦況ウィンドでは、ネウロイが洪水のような勢いで要塞陣地に近づく様子が表示されている。

 

 フライトジャケットを着込み、マグカップに入れたコーヒーで両手を温めながらドゥーリットルは険しい顔になる。

 

「ブリタニアとリベリオンはともかく、装備の貧弱な欧州連合軍が心配ですね。一応対策はあるんですが……」

 

 装備の貧弱な欧州連合軍の後方には、ウィッチを待機させてある。士気の低下を懸念して本音は隠してあるが、欧州連合軍がネウロイの攻撃を防げるとは思えなかった。

 

 ドゥーリットルは彼らの陣地が突破される事を事前に想定し、すぐに穴を塞げるようウィッチ隊を配置していた。

 

 

 

 ――そして案の定、崩壊は30分と経たずに訪れた。

 

 

 

「――ロマーニャ第200歩兵大隊、通信途絶! 隣接するスオムス第101狙撃連隊によれば、壊滅した可能性が高いとのことです!」

 

 最新の報告に司令部がざわつくも、ドゥーリットルは慌てずにあらかじめ指示していた通りにウィッチ隊を出動させる事を決意する。

 

「連合軍第7航空部隊「カールスラント」に出動を要請してください。目標はロマーニャ軍の陣地を突破したネウロイの撃破――」

 

 指示を飛ばしながら、ドゥーリットルはひとまず被害が予想の範囲内に収まっている事に安堵する。

 

(要塞陣地は幾つもの小規模陣地の複合要塞。それぞれに一日分の武器弾薬と、食糧も備蓄済み……たとえ通信が途絶して友軍との連絡がとれずとも、24時間は立て籠もれるはず……)

 

 ドゥーリットルは期待を込めながら、ウィッチ隊の発進を確認する報告を聞いていた。

 

 

 **

 

 

 彼方からは、対空砲火に前後して開始された砲兵隊による支援砲撃の轟音。VT信管を備えた膨大な数の砲弾が、ネウロイのレーザーを飽和させつつその巨体に傷をつけてゆく。

 

 このまま行けば――と誰もが願った、次の瞬間。

 

 

「――お姉ちゃん、あっちを見て! 気流が……!」

 

 

 切羽詰まったような雁淵ひかりの報告に、孝美が振り返る。

 

 そこにあったのは、山のように巨大な積乱雲。だが、様子がおかしい。積乱雲の下にある草木が、地面に叩きつけられるようにして倒れかかっていたからだ。

 

 

(まさか、ダウンバースト……!?)

 

 

 積乱雲は減衰期に入ると、粒子が周囲の空気に摩擦効果を働きかけることで下降気流が発生する。この下降気流が極端に強いものがダウンバーストだ。

 

 風速は通常のものでも台風並み、下手をすれば竜巻レベルに達するものもあり、そんな中で飛行すれば簡単に揚力を失ってしまう。

 

(どうして、このタイミングでダウンバーストが――!)

 

 竜巻の下では、流石のウィッチいえども飛ぶことは出来ない。いや、魔力の強いウィッチなら強引に揚力を上げられるかもしれないが、不安定な気流の中をネウロイと戦いながら飛ぶことは不可能だ。

 

 

 孝美は青ざめながらも無線機に手を伸ばし、別方向を飛行している坂本・宮藤ペアに連絡をとる。

 

「――坂本少佐、雁淵です! 今すぐ上層部に作戦を中止するよう進言します! さもないと――」

 

 竜巻の風速はマッハ5までに達することもあり、万が一にでも巻き込まれようものなら死の危険がある。そうでもなくとも強い下降気流に機動を狂わされれば、それだけネウロイのレーザーに当たるリスクが増えてしまう。

 

 つまり、ダウンバースト発生下ではウィッチは活動できない。それは地上部隊がウィッチの支援を失う事と同義であり、ネウロイの攻撃に対して丸裸になることを意味する。

 

 最悪の事態を懸念しつつ、孝美はダウンバーストの移動する方向を確認し、その射線上に目を向け――いつになく険しい声で告げた。

 

 

「ダウンバーストが陣地帯の中央……ブリタニア軍の担当区域に直撃します」 

                             




 「ウィッチが天候如きに左右されるか!」っていうのは一部のエースだけだと思うんですよね。無茶すれば出来なくはないけど危ないし、そもそも今回は首都陥落目前という訳でもないので安全策で。


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Vol.12:リネットの不運

                        

「そんな! どうして……」

 

 司令部から撤退命令が指示されるのを、ブリタニア軍リネット・ビショップ軍曹は絶望的な眼差しで見つめていた。

 

「どうしよう……このままじゃ地上部隊が……!」

 

 彼女が担当していたのは、リベリオンの担当地区に隣接する戦闘区域だった。眼下にはライフルを持った歩兵たちの姿――もし今リーネたちがネウロイを倒さなければ、彼らは圧倒的な力を持つネウロイに嬲り殺しに遭うしかない。

 

 

「……どういう事なの、それは!?」

 

 インカム越しに、部隊長であるエリザベス・F・ビューリング少尉の硬い声が聞こえる。見れば彼女は眉根に皺を寄せており、表情にも緊張の色が見えた。

 

『――だが、ウィッチ無しではネウロイの餌食になるだけだ! それでは前線の兵士たちが……!」

 

 滅多に使われない秘匿回線による通信――わざわざそんなものを使っている時点で、尋常ならざる事態が発生している事は自明だ。普段はクールな彼女が珍しく焦燥感をにじませ、にわかに剣呑な雰囲気が漂う。

 

「……それしか、ないのか」

 

 エリザベスの顔から血の気が引いてゆく。

 

「分かった。だが中将、これは貸しだぞ」

 

 リネットは息を飲んだ。聞こえた「中将」という単語から、エリザベスが通信している相手はあのドゥーリットルだという事が分かる。司令官直々の命令だという事が、事態の重要性を物語っていた。

 

 通信を切ると、エリザベスは全員に向き直った。

 

「全員、落ち着いて聞け。総司令部からの命令を伝える」

 

 リーネたち隊員の顔を見回しながら、エリザべスが続ける。明らかに不満そうな表情から命令に納得していないのは疑いようは無いが、そこは命令と割り切ったらしい。

 

「知っての通り、突発的に発生したダウンバーストによって、空は最悪の状況だ」

 

 この作戦には素人も多く、危険空域でネウロイと戦闘を続けても(いたずら)に被害が増えるだけ――それが総司令部の判断だった。であれば、今後も作戦が長期にわたって続くことを想定し、重要な戦力となるウィッチは一人でも多く残さなければならない。

 

「つまり――」

 

 一呼吸を置くと、エリザベスは静かに語った。

 

 

「我々はこの地区を放棄し、防衛線まで退却する。それも可能な限り迅速に、だ」

 

 

(それって……?)

 

 蒼ざめるリーネ。

 

(地上部隊を見捨てるってこと……?)

 

 ぎゅっとライフルを握りしめる。確かに筋は通っているかもしれないが、あまりにも非情な決断だ。

 

「ま、待ってくださ――!」

 

 抗議の声をあげようとした、その時だった。

 

「きゃあ――ッ!?」

 

 リーネの目の前を、赤い閃光が掠めてゆく。元凶は言われるまでもない。

 

「長距離狙撃……!?」

 

「散開しろ! 各機はバリアを張って後方を警戒しつつ、基地まで退却!」

 

 エリザベスはそう告げると、弾幕を張りながらバリア展開の時間を稼ぐ。その間にバリアの展開を済ませ、次々に帰投してゆくウィッチたち――しかしリーネはライフルの引き金に指をかけながら、身動きがとれずにいた。

 

 

「ビショップ曹長!」

 

 リーネに退却を促そうと、エリザベスが顔を横へ向けた次の瞬間――ネウロイのビームが彼女のストライカーユニットを直撃する。

 

「隊長――っ!」

 

 ストライカーユニットが爆発し、凄まじい衝撃に飲み込まれる。煙が薄れてリネットが目を開けると、気絶し墜落してゆくエリザベスの姿があった。

 

 

「……っ!」

 

 

 咄嗟にストライカーユニットを最大にし、エリザベスのもとへと急行するリネット。地表すれすれで気絶した彼女を抱きしめると、魔力を前回して激突を回避しようとする。

 

「――くぅぅぅッ!」

 

 リネットの表情が苦痛に歪む。地面まであと5m、3m、1m――そして。

 

「がぁっ――!」

 

 小さな茂みをクッションにして、よろめくように転倒するリネットたち。直撃は免れたものの、数メートルは地面を転がり、全身に打撲を負う。擦り傷は数え切れないほどで、脚の骨からは痺れるような痛みを味わう。骨折しているかもしれない――これでは、ストライカーユニットに乗って再度飛行する事は不可能だ。

 

「そんな……隊長が……!」

 

 リネットの瞳から光が失われる。地面に不時着し、行動不能に陥った――もう自分はここから動くことも出来ず、魔力を限界まで使ったせいでネウロイに有効弾を撃つことすら不可能。このままでは二人ともネウロイに殺されてしまう――。

 

 

 

「――おい、そこのウィッチ! 聞こえるか!?」

 

 

 聞き慣れないリベリオン訛りの英語が聞こえたのはその時だった。戦場で声を荒げ続けたせいで潰れてしまった、男のベテラン兵士の声。

 

「こちらリベリオン第4戦車大隊! ブリタニア軍のウィッチ、聞こえたら返事しろ!」

 

「はいっ! 聞こえます!――こちらは、ブリタニア軍・リネット・ビショップ軍曹です」

 

 必死に叫ぶリネット。

 

「――了解。友軍の救援要請を受け、これより現場に急行する。そのまま、じっとしてろ!」

 

 

 部隊の誰かが、連絡してくれていたらしい。待つこと2分、4両のM4シャーマン戦車とトラックに乗車した50名以上のリベリオン軍歩兵が現れる。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 トラックの荷台から、ガランド歩兵銃を担いだ兵士たちが駆け寄ってくる。

 

「はっ、はい! 自分は大丈夫です! でも、エリザベス隊長が怪我を――!」

 

 リネットが答えると、リベリオン歩兵部隊の隊長らしき人物は気絶しているエリザベスに目を向けた。

 

「誰か担架を持ってこい! トラックに乗せたら、すぐに出発だ! さもないと味方の砲撃に巻き込まれるぞ!」

 

「あの、私は――」

 

「あんたもだ。急げよ、グズグズしてると全滅だ」

 

「わ、分かりました」

 

 リベリオン兵たちに続いて、リネットも全力で走り出す。脚から電流が流れたような痛みが突き抜けるが、無理やり動かしてトラックの荷台に飛び込んだ。

   




 困った時にはとりあえず制圧射撃。だいたい全てが解決する


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Vol.13:USS.ホーネット

「あー、ついに来ちゃいましたか」

 

 

 部下からの報告を聞いて、ドゥーリットルは短く呟いた。強まった上昇気流の影響で、空母がいつもより大きく揺れる。

 

「――報告します! 折からの天候不順に加えてダウンバーストの影響により、B地区では最大で20分間ウィッチの支援なしでネウロイと戦うことになるとの事です!」

 

「では、全部隊に警報を。弾数制限解除、地上部隊最終防護射撃の準備を急がせてください」

 

 

 

「予想通り、というわけか……」

 

 副司令官を務めるアドルフィーネ・ガランド少将の言葉に、ドゥーリットルは静かにうなずく。

 

「人類をネウロイから守れるのはウィッチだけ――その言葉は真実です。だけど、それに甘えてたらウィッチがいない時、私たちは自分の身すら守れない事になってしまいます」

 

 ドゥーリットルの言葉に被せるように、オペレーターが張りつめた声で報告する。

 

 

「――艦載機、全機スクランブル完了! 現在、パスファインダーの指示に従って急降下爆撃に移行中!」

 

「――地上の防空部隊、全ての展開を終えました。これより弾幕射撃を開始します!」

 

 

 報告を補完するように、外から爆発音が連続して聞こえてくる。対空砲火が開始されたのだ。

 

 

「艦隊にも防空支援を要請。アトランタ級防空巡洋艦を中心に、沿岸部に接近してネウロイが射程に入り次第、迎撃を始めてください」

 

 

 極力慌てる素振りも見せないように注意しつつ、段どり通りに命じるドゥーリットル。焦るな、と自分に言い聞かせシミュレーションを思い出す。

 

(私たちリベリオンの強みは、沢山の武器を結合する有機的な運用と、トライ&エラーを繰り返すことによる改良スピードの素早さ……)

 

 

 それが今、試されようとしている。

 

 

 だが、備えは完ぺきだという自信があった。レーダー1つをとっても、今のリべリオン軍はこれまでの常識を過去のものとする。

 

 例えば今まで欧州で使われてきた、CXAMといった従来のレーダーには敵の高度を測定する機能が無い。ネウロイの大小も区別できず、最終的には目視に頼る部分も大きかった。

 

 さらに距離精度と方向精度の両立は難しいため、司令部にはそれらを統合運用する仕組みも存在しなかった。

 

 

 ――だが、それも過去の話だ。

 

 

 空母ホーネットには様々な種類のレーダーと指揮管制・通信装置を組み合わせて一元管理するCIC(戦闘情報管制室)と呼ばれる、あらゆる情報を収集・展示・評価・配布する戦闘情報指揮システムがある。

 

 

「よくもまぁ、これだけオモチャを揃えたもんだ」

 

 アドルフィーネ・ガランド少将は期待半分、面白半分といった体でリべリオンの新システムが稼働する様子を眺めている。副司令官なので一応、事前に説明を受けていたが、にわかには信じがたい。

 

「ホントに動くんだろうな、コイツらは」

 

「賭けますか?」

 

 アドルフィーネの軽口に、ドゥーリットルは自信たっぷりに返す。年齢はドゥーリットルの方が1つだけ年下だが、優雅で落ち着いた振る舞いのせいで随分と大人に見える。

 

 年下のドゥーリットルの方が上司になるという事で、周囲からは多少心配もされていたが、蓋を開けてみれば中々に息の合うコンビが出来上がっていた。上司同士の仲が良いことは、そのまま組織の風通しの良さにも通じることを二人とも弁えており、そんな風に価値観も似てる二人だからこそ、懇意となるのもそう時間はかからなかった。

 

 気さくさではガランドの方が、気配りではドゥーリットルの方が、それぞれ少しだけ勝っているが、二人とも部下にしてみれば話しかけやすい上司だ。陰で「夫婦」呼ばわりされてるのも定番の与太話で、こうしたトップ同士の付き合いが全軍の統合にも少なくない役割を果たしていた。

 

 

「勝った方は負けた方に好きな“ぶどうジュース”を要求できる、という事で」

 

「いいだろう。リべリオンのテクノロジーとやら、見せてもらおうか」

 

「ふふっ、後で後悔しないでくださいよ。カールスラントの技術力は世界一、と叫べるのは今日までです」

 

 

 空母ホーネットのCICでは、水平方向をキャッチする対空監視用のSKレーダー、マイクロ波を使用して目標を自動追尾する高度測定用のSMレーダー、低空を移動する目標を探知するSCレーダー、水上目標用のSGレーダー、 ドップラー効果による機速測定用のFDレーダーから、それぞれの情報がリアルタイムで伝えらえる。

 

 全ての情報は機械式計算機アナログ・コンピュータにて収集・解析され、接近する敵の現在位置から予測未来位置までが割り出される。そうした情報は司令部だけでなく艦載機や補助艦艇にまで共有され、的確な迎撃位置・方法が指示されるのだ。

 

 極めつけはMark11と呼ばれる、対空射撃用に高角砲と連動した自動目標追尾射撃管制システムの存在だ。同士討ちを防ぐために、レーダー照射波を浴びると別の信号を発進するIFF(敵味方識別装置)まで搭載されている。

 

 

「――では、始めましょうか」

 

 ドゥーリットルの掛け声とともに、PPI(円形レーダースクリーン画面) にリアルタイムの戦場が映し出される。

 

 戦場のビジュアル化……従来の海図と地図の上に色分けした駒を置く方式に比べて、これが正確さとスピード面でどれほど大きな優位を持つかは言うまでもない。

 今や刻一刻と変化する戦場のただ中でさえ、地形を含めた360度の中に敵・味方の位置を映せるのだ。

 

 

(リベリオンは必ず勝つ――私たちはそのために技術を磨き、十分な装備を揃えました。これまでのデータを分析した結果から、反撃パターンも充分なはず……!)

 

 ドゥーリットルは腕を組みながら、期待をこめて窓の外へ目を向けた。

 




 とりあえずレーダーに関して言えばリべリオンの技術力は世界一。厳密に言えばブリタニアの理論・技術力とそれを実現するリべリオンの資金・工業力は世界一。


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Vol.14:ワンサイド・ゲーム

地震のような揺れと地鳴りが生じるごとに、天井から埃が舞い落ちる。

 

「うぅ……」

 

 リネットは不安そうに天井を見上げている。リベリオン兵たちに救助されてから、塹壕に掘られたトーチカに籠っていた。

 

「嬢ちゃん、大丈夫か」

 

 声をかけてくれたのは、リネットたちを運んできた部隊の隊長だった。両手にコーヒーの入ったマグカップを持ち、片方をリーネに差し出してくる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「気にすんな。これも仕事の内だ」

 

 怯えるように表情を窺うリーネを気遣ったのか、部隊長は強面を崩して笑顔を浮かべている。

 

「あの、私たち今、魔力が……」

 

「ああ、話は聞いてる。ネウロイの奇襲を受けて、今はどっちも魔力切れなんだってな」

 

 ネウロイに対抗する唯一の手段を失ったというのに、隊長の声は落ち着き払っていた。しかも無理に平静さを保とうとしているのではなく、本気で大丈夫だと信じているようだった。

 

「ネウロイに対抗できるのはウィッチだけ――それがここ数年の常識だった」

 

 隊長は誰にともなくそう呟くと、ポケットから取り出したタバコに火を付けた。口と鼻先から煙を燻らせると、狭いトーチカ内が白く霞んでゆく。言葉を失うリネットに向けて、隊長は悪戯っぽく瞳を輝かせた。

 

「だったら、それまで誰がネウロイと戦っていたんだろうな」

 

 

 **

 

 

 見てみな、と促されてリネットは覗き穴から外を見やる。視線の先では、砲塔に大砲ではなく機銃を備えた戦車――M19対空自走砲の大隊が射撃を行っていた。彼方の砲声にかぶさるように、ボフォース40mm機関砲の轟音が耳をつんざく。

 

「あれだけじゃないぞ。ライセンス生産されたカールスラントやブリタニアの対空戦車だってある」

 

 隊長の言葉の通り、よくよく周りを見れば東西のありとあらゆる対空戦闘車両が揃っている。

 

 クルセーダー巡航戦車を改造したブリタニアの対空戦車「スカイレイカー」、M3ハーフトラックの車体後部に対空砲塔を取り付けたリベリオンのM15対空自走砲、オラーシャのZSU-37――中でも戦果を挙げているのは、カールスラントの対空戦闘車両だ。

 

 他にもメーベルワーゲン(37mm機関砲装備)、ヴィルベルヴィント(4連装20mm機関砲装備)、オストヴィント(37mm機関砲装備)、クーゲルブリッツ(20mm機関砲8門)などがブラストを噴いて炸裂弾を撃ち出すさまは壮観であった。

 

 

(すごい――!)

 

 

 リネットはその光景を前にして、眼が泳ぐような感覚を強いられた。

 

 まるで夜が昼になったかのように、地上から無数の閃光が放たれる。曳光弾が空を埋め尽くし、砲弾が爆竹のようにけたたましい音を立てながら連続して炸裂する。

 

 これらは新型の火器管制装置が付けられており、あらかじめ機銃手と機銃の位置の違いによる視差や対気速度や重力による弾道の流れを調整しておけば、後は敵を照準機のレティクルの中に捉えるだけで、それまで非常に高い練度を必要とした見越し射撃を誰でも行なえるようになった。

 

 

「すごい――砲兵がネウロイを……」

 

 戦場の遥か後方では、砲兵隊が濃密な火力支援を行っていた。轟音が耳をつんざき、大地を揺るがす。

 

 

「あれが噂のVT信管……」

 

 リベリオンの秘密兵器――近接信管。これは砲弾が目標物に命中しなくとも、一定の近傍範囲内に達すれば起爆させられる信管をいう。

 

 最大の長所は、目標に直撃しなくてもその近くで爆発することにより、砲弾を炸裂させ目標物に対しダメージを与えることができる点にある。目標検知方式は電波式以外に光学式、音響式、磁気検知式が開発され、魚雷等の信管にも応用されている。

 

 大口径の大砲は命中すればネウロイに対しても威力を発揮するが、難点として空を飛ぶネウロイに対して直接照準でしか狙いを定められず、射程が短くなってしまう事だった。

 

 だが、VT信管を使えばその問題は解決する。

 

 リベリオン軍は敵の予想侵入経路上に「箱型空間」を定め、敵の侵入と同時にそれぞれ定められた範囲と高度に弾幕を打ち上げた。一個高射砲中隊につき6門の高射砲が配置され、それぞれの射程間に隙間が生じないように配置されていた。

 

 

「遠くから一方的にネウロイを……!」

 

 情報と指揮管制システムを重視していたのは、リべリオンは海軍だけでなく陸軍もまた同様であった。

 

 

 連絡用無線セットに、長距離航法装置、ラジオコンパス、 電波高度計、原始的なマーカービーコン受信機から計器着陸誘導装置、VHF無線装置に味方識別装置、周波数計など何でもござれだ。

 

 歩兵の要請を受けて近接航空支援を行う陸軍航空隊にも、信号送受信機に航法/爆撃レーダー・捜索レーダー、独立した各装置の電源などが搭載され、将兵には図面付きの詳細なマニュアルが配ることでこうした電子機器を駆使できるように配慮されていた。




ご感想などありましたら、よろしくお願いします。


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Vol.15:対ネウロイ駆逐大隊

「だ、大隊司令部より通達――!」

 

 次の瞬間、雷鳴のようなおどろおどろしい重低音が響いた。爆発音か砲声か、その両方か。

 

「小型ネウロイの集団が警戒線を突破、突撃破砕区域に侵入した模様! 現在、重砲部隊が間接射撃による漸減を実施中。各部隊は逆襲に備えて待機せよ!」

 

 敵をアウトレンジから一方的に殲滅……というのは聞こえは良いが現実には難しい。弓矢から火縄銃、そして大砲と投擲武器がどれだけ進歩しても、それは常に傍に護衛を必要とした。

 

『――第601、第805対ネウロイ駆逐大隊(アンチ・ネウロイ・デストロイヤー)、出撃せよ!』

 

 リべリオン軍において「撃ち漏らしの露払い」という役目を担ったのは、主に陸戦ストライカーユニットを装備した陸戦ウィッチ達であった。

 

 

『――座標指示、グリッドH1588T1127! 撃てぇーーッ!』

 

 だが、ただの陸戦ウィッチではない。彼女たちが装備しているストライカーユニットは、あまりに異質であった。

 

 

 『M36ジャクソン』駆逐戦車型・陸戦ストライカー

 

 

 カールスラントの有する陸戦用超重ストライカーユニット『ティーガー1』の88mm砲を優に超える、50口径90mm砲を装備した『動く大砲』、それがリべリオンの新型陸戦ストライカーだ。

 

 これまでの陸戦ストライカーは、その殆どが戦車をベースに作られたものであり、攻・守・走のバランスが揃っている。

 

 だが、この『M36ジャクソン』ストライカーは明らかに「攻」に偏っている。すなわち魔力の大半を砲撃に回すことで、長射程と大火力を長時間発揮できるような仕上がりにしているのだ。

 

 代償として、防御力は壊滅的に低下するため運用を少しでも間違えると大損害を被る。

 

『――座標修正、グリッドH1588T1183!』

 

 それでもリべリオンが実戦投入を決意した背景には、自らの圧倒的火力への自信とそれを効率的に運用する情報ネットワークへの信頼があったからだ。

 現に今のところ、リべリオン軍は飽和攻撃で敵を一方的に殲滅しつつある。

 

 

『――撃ち方、止めぇッ!』

 

 これまでのウィッチ隊と異なる点があるとすれば、アンチ・ネウロイ・デストロイヤー大隊では一般兵との協調行動を前提となっている事があげられる。

 

 一般的な砲撃では ①砲撃要請→②砲撃→③着弾報告→④誤差修正→⑤砲撃→⑥効果判定 というサイクルを繰り返す事になっている。

 

 接近戦ならば直接弾道なので目視でもどうにかなるが、長距離射程ではそうもいかない。複雑な計算や弾道予測が必要となり、ウィッチ一人に全てを押し付けるのは大きな負担えq。

 

 

 そこでリべリオン軍は観測班、砲撃指揮所、陸戦ウィッチの3つを一つのチームとすることで、専門家と負担の軽減を狙った。

 

 一般兵の砲撃指揮官はウィッチの指揮官とは別に砲撃指示を専門に行い、観測班の着弾結果をもとに射撃修正を行う。そして観測班もまた、着弾報告と戦果報告だけをすれば良いため負担は大幅に軽減される。最後に陸戦ウィッチだが、彼女たちはただ砲撃指揮官の指示通りに動けば良いため、砲撃時の魔力のコントロールに集中できる、という仕組みだ。

 

 タイムラグの問題は、小隊レベルにまで無線機を配備することで補った。リべリオン軍では理論上、ほぼ全ての兵士がリアルタイムで戦況を把握する事が可能なのだ。

 

 

 そして『戦場の霧』が晴れた時、人類は未知の存在であるネウロイに対するマイナス面を大幅に克服することになる。

 

 

 **

 

 

『――砲兵の制圧射撃に合わせて、アンチ・ネウロイ・デストロイヤー大隊は二時方向へ後退、次の指示があるまで待機せよ!」

 

 

 テクノロジーに支えられて正確無比に動くリべリオン軍の姿は、もはや生身の人間というより歯車で動く機械のようであった。鉄と血の戦場から、さらにロマンを抜いて数学を足したような無機質さすら覚える。

 

 

『――対象区域の安全を確認。予定通り航空支援を実施します』

 

 戦況はすでに最終段階に入っていた。ドゥーリットルは続けて空母から爆撃隊を出動させ、長蛇の陣形で時計回りの方向に絨毯爆撃を試みた。正確に当てるのではなく、はるか上空から確率論的にネウロイを吹き飛ばすのだ。

 

 無誘導爆弾にもVT信管が着けられており、これが作動して爆破した箇所を確認しながら、後続の爆撃機がさらに精度をあげてゆく。むろんネウロイも反撃を試みるが、想定を超える火力の集中に耐えきれず、次々とコアを露出させていく。

 

 そこを狙って、リべリオンのウィッチは数人がかり機銃の弾をばら撒いていく。素人ウィッチであろうと、コアが露出して弾も豊富、回避の必要もないとなればコアの破壊は容易いものだ。

 

 この新システムが機能している限り、リべリオンの用兵と統帥に勝てる者は存在しない、という事実が証明されつつあるようだった。

 

    




 モデルはWW2時のアメリカ軍の「戦車駆逐大隊」です。高火力・高機動力・紙装甲の駆逐戦車を主体として、火力と機動力の集中運用で敵戦車部隊を撃破することを期待されていました。
 結果としてはさすがに防御力が低すぎたらしく、戦果の割に被害が大きいため徐々に戦車部隊の支援に回り、「戦車には戦車で」という方向に落ち着いたのだとか。


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Vol.16:コンバット・ボックス

                

 

 ダウンバーストの発生によって担当地区が飛行禁止区域に設定されたウィッチたちの大部分は、補給のため母艦に帰投していた。

 

 ミーナらが所属するカールスラント部隊もそのひとつである。彼女たちはストライカーユニットを整備班に引き渡した後、栄養と水分の補給を行うべく食堂で待機していた。食堂にはラジオも設置されており、他の部隊がどういう戦況なのか確認することも出来る。

 

 当然ながら注目されたのはリベリオン軍の状況であり――放送内容を信じるならば、リベリオン軍は通常部隊と素人ウィッチのみでネウロイの撃破を成功させつつあった。

 

「冗談だろ……」

 

 バルクホルンが、放心したように呻く。所詮は素人、いくら新技術と装備で武装しようと戦場を知らぬ新兵が撃初陣で活躍できるはずがない……そんなベテランの慢心を打ち砕くかのごとく、ラジオはリべリオン軍の奮闘を興奮気味に伝えていた。

 

「リベリオンの人たち、本当に飽和攻撃でネウロイ倒しちゃってるんだ……」

 

 エーリカでさえ、ラジオに耳を押し付けるようにして一言も聞き漏らすまいとしている。それほど、リベリオン軍の戦法と戦果はベテランの欧州ウィッチたちにとって衝撃的なものだった。

 

「ミーナは、何か知ってた?」

 

 エーリカの問いに、ミーナは「ええ」と静かに頷く。

 

「コンバット・ボックス……」

 

 重火力密集編隊(コンバット・ボックス)……それは圧倒的な火力を投入することで、ウィッチの消耗を抑えようという戦術だ。

 

 

 現状のウィッチ頼りの状況を危惧し、「通常兵器でも従来の数倍の火力を揃え、情報・指揮管制システムと組み合わせることでネウロイに対抗できる」としたドゥーリットル中将らによって提案された。

 

 元は人類同士の戦闘を想定していたリベリオン軍が、爆撃の際に大編隊を組ませることで防御火力を充実させ、爆撃機の生存性向上を目指して研究していたものだ。

 

 

 

 使われる兵器は多種多様にわたる。対空砲火、成形炸薬弾、対戦車砲、自走砲、ロケット弾、焼夷弾、対戦車ライフル、クラスター爆弾、対空機関砲、迫撃砲、高高度爆撃機などを組み合わせた、火力による3次元制圧――それを複数のレーダーや情報管理・火器管制システムによって統制し、従来の6倍から10倍の火力を迅速に集中して敵を圧倒する。

 

(だからこその大規模攻勢作戦……攻撃側なら戦場と相手を自由に選べるし、事前に偵察しておけば主導権も握れる)

 

 更に攻撃中も情報収集を続けることで、コアの位置を割り出し、最終的には全火力をコアに集中させて飽和攻撃を行う。陸上ウィッチによる長距離狙撃も、重要な攻撃手段だ。

 

 さらに複数の兵科を統合運用するための、通信装備や指揮管制システムにも抜かりはない。ドゥーリットルは空母ホーネットの戦闘指揮所から一歩も動くことなく、ほぼ完璧に戦場をリアルタイムで掌握できていた。

 

 

 ミーナの脳裏に、ドゥーリットルの笑顔が浮かぶ。やはりあの司令官、とんだ食わせ者だ。

 

 

 **

 

 

「でもミーナ、なんでわざわざ効率悪い方法使うのさ? 確かに今回は役に立ったけど、ウィッチが空を飛べない状況なんてそうそう無いよ」

 

 確かにストライカーユニットが普及する前の人類はああやって、通常兵器による飽和攻撃でネウロイを倒していた。だから通常兵器でネウロイが倒せない訳ではない。

 

 

 だが、それがウィッチにとって代わられたのは、ウィッチに任せた方が効率的だからだ。小型ネウロイ一体を倒すためだけにトン単位の砲弾を使うようなやり方は、それこそリべリオンのような工業・資源大国でなければ不可能だ。

 

 

 それだけに、エーリカの疑問は当然とも言うべき問いだった。実際、ミーナとしても同じ疑問を抱いている。

 

 

 ――たしかにレーダーや火器管制装置、近接信管といった新技術は驚異的だ。通常兵器にしては、随分と効率良くネウロイを倒している。『コンバット・ボックス』に対応した部隊なら、中型ネウロイ程度は一個師団もあれば対応できるだろう。

 

 

(でも、やはりウィッチを超えるほどではない。ウィッチを使った方が効率よく、もっと多くの命を守れるのに……)

 

 リベリオン軍の方法は、基本的に大軍で敵を圧倒する正攻法だ。少数精鋭部隊による奇襲を重視するカールスラント軍とは、ドクトリンが根本から違う。

 

 だからこそ、ミーナの目にはリベリオン軍の思惑が理解できなかった。多くの出血を伴いながら物量でゴリ押しするようなやり方は、どう考えても下策にしか見えない。 

 

                         

(それとも、軍事以外に何か別の理由が……?)

 

 ミーナの心の問いに答えてくれる者はおらず、ただラジオだけがリべリオン軍の勝利を伝えていた。

                   




 史実のコンバット・ボックスとは似て非なるもの。


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Vol.17:無敵の第8航空軍

                         

 リベリオン軍は各種の高射砲や対空機銃などを組み合わせて、強力な防空網を作り上げていた。

 

 ドゥーリットルがキール周辺に展開した対空部隊は、高・中空域を標的とする88mm高射砲、低空域をカバーする対空連装砲、中・低空域のネウロイを狙うボフォースおよび自走対空砲を組み合わせて濃密な火線を形成し、飛来したネウロイを高度に関わらず撃墜していった。

 

 

 この防空網では、射程の異なる各種の対空兵器がお互いの担当空域を組み合わせるように配備されており、これらの迎撃を避けて低空に逃れても、今度は自走式高射機関砲や、兵士が肩に担いで撃つ方式のフリーガーファウストに捕捉されるようになっていた。

 

 

 さらに高空から飛来する敵機には更に高高度を飛行可能な爆撃機による絨毯爆撃、中空に対してはレーダーと連動した長射程の対空砲火、低空の敵機には戦車やトラックの車体に小型レーダー照準の連装機関砲を載せた対空戦闘車両、これらによって航空ネウロイを火力で圧倒する……。

 

 

 なかでもカールスラント軍が開発しリベリオン軍がライセンス生産したヘンシェル Hs 293やヴァッサーファルなどの地対空ミサイルは特に強力で、文字通り重層的な傘となってリベリオン軍を守った。

 

 

 これこそが、ドゥーリットル中将が満を持して送り出した秘策――『コンバット・ボックス』だ。リべリオンはこの「コンバット・ボックス」によって、無敵だったはずの航空ネウロイをまるで射的の的のように次々に撃ち落してしまったのである。

 

 

 これは安全な後方国家の特徴である「十分な補給」が受けられる状況だからこそ可能な火力戦であり、物量戦であった。

 

 

 **

 

 

 だが、コンバット・ボックスの利点はそれだけではない。

 

 「通常兵器でネウロイ戦を代替可能」という状況は、それだけウィッチの負担が軽くなることを意味する。

 

 ウィッチの負担が減るという事は、それだけ未熟なウィッチが生き残れるという事でもある。

 これによって未熟なリベリオンのウィッチの被害を抑えつつ、長期的にはウィッチ全体の錬度を底上げする事ができた。

 

 

 加えて、政治的な事情もドゥーリットルらに味方した。

 

 「コンバット・ボックス」では大量の武器と弾薬・新兵器を必要とするため、それら兵器の受注の恩恵にあずかる財界はこぞっとドゥーリットルを支持した。

 ネウロイ戦で落ち込んでいた経済も特需によって復活するため、次の選挙に勝ちたい政治家たちからのバックアップも得られる。

 

 

 そして何より、旧来の兵器や運用をベースにしたことで、軍や兵士はポストを失わずに済む。一家の屋台骨である成人男性が職を失わずに済むということは、その背後にいる妻や子供たち、老いた両親の生活もまた安定することを意味する。

 

 ウィッチ主体のドクトリンに切り替えた欧州では旧来の軍種の統廃合や兵士のリストラが相次ぎ、一部の軍人に大きな不満が残る結果となっていたが、「コンバット・ボックス」ドクトリンの採用によってリべリオンでは両者が共存することが出来た。

 

 

 戦争で疲弊する欧州を後目に、戦争特需に沸くリベリオン合衆国は安定と繁栄を謳歌していた。リベリオンは世界で最も富める国としての立場を強化し、製造業は大量生産を行い、都市化および工業化の進展は大量の中間層を生み出し、社会は大量消費時代に入っていく。

 

 欧州からの難民と移民は兵士と労働力へと変わり、戦争に備えたインフラ建設や新技術への投資は大量生産方式と相まって中間層の生活水準を一挙に改善した。こうした“豊かな社会”は決して単なる偶然ではなかった。

 

 

 戦争とは、ただ「戦場の戦い」に勝てばいいというものではない。関係者の利害関係をまとめあげる「後方の戦い」にも勝たねばならないのだ。

 

 

 **

 

 

 ――人は皆、いつか死ぬ。

 

 

 それは名将であっても愚将であっても平等だ。人の命に限りがある以上、個人に頼った組織は個人の死とともに終焉を迎える。

 

 優秀なウィッチに頼り過ぎた国家は、頼みのウィッチの死とともに滅びる……優秀なウィッチを何人を輩出しつつも、カールスラントが欧州から追われた事実がそれを裏付けている。

 

 ドゥーリットルは愛国者として、祖国がカールスラントの二の舞になることは避けねばならない。ゆえに克服せねばならなかった。

 

 

 ―――何時でも何処でも誰でも勝利できる、そんなシステムを作り上げてみせる。

 

 

 だからこそ彼女は通常兵器によるネウロイ撃破にこだわった。ウィッチは主役かもしれないが、それに頼り切ったワンマンショーではいけない。ウィッチと歩兵、戦車、航空機、軍艦、大砲……ありとあらゆる兵器を活躍させ、どれか一つが欠けても戦える状態にする。

 

 

 この『無限の正義』作戦で、世界にそれを証明するのだ。

 

 

「優秀なウィッチに寄りかからなくとも、人類は鉄と歯車で戦えるんです……」

 

 

 ドゥーリットルは固く拳を握りながら、じっと古い写真を見つめる。もう8年以上前の、士官学校の同期たちの写真だ。

 

 

 空と戦場がウィッチのものとなった時、ドゥーリットルの周囲は失業した軍人で溢れかえった。

 

 

(そう、私たちのせいで……)

 

 

 

 ――空軍のエースでドッグファイトの名人だったイケメンの先輩は、空戦ウィッチの登場で偵察任務しか与えられていない。

 

 ――士官学校で狙撃が自慢だった可愛い後輩は、陸戦ウィッチの登場で補給トラックの運転手に配置替えとなった。

 

 ――貧しい家族への仕送りのために軍人になった生真面目な同期は、不要になった陸軍の人員整理で軍をクビにされた。

 

 そんな中、ウィッチであった自分だけが戦果を立てて出世していく……。

 

 

 ウィッチ偏重の歪な状況に不安を感じつつも、ドゥーリットルはウィッチとして武勲を立て続けた。

 

 思い返せば、自分は彼らに甘えていたのだ。かつての仲間たちは皆、いい人たちだった。自分が気負わないよう、気を使って笑顔で接してくれた。

 

 だから自分もそれに応えようと、さらなる武勲を立てた。時おり彼らが見せる哀しみと怒りに目をそむけながら……。

 

 

 気付けば、部隊の溝は修復不能なレベルまで深まっていた。ウィッチであるドゥーリットルは全てを一人で背負いこみ、歪な「たった一人の軍隊」と化していた。

 

 

 ――あんな思いはもう沢山だ。過剰なウィッチへの期待と偏重は、いずれ全員を不幸にする。軍隊とは組織であり、組織とシステムで勝たねばならないのだ。

              




 一見すると効率が悪いように見えても、リスクを分散する事は大事。優秀なベテランに頼り過ぎると、その人が辞めた時に仕事が回らなくなるのはよくあること。

 それは個人に限らず兵種でも同じで、昔のイスラエルなんかも「オール・タンク・ドクトリン」といって戦車偏重のドクトリンを使って対戦車ミサイルで大損害……なんてことがありました。


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Chapter.3:鉄の嵐
Vol.18:アンコントローラブル


              

 かくして――。

 

 作戦の第4段階『アイアン・ウォール』作戦にて緊急事態発生の報を受けたとき、ドゥーリットルは食事中だった。

 

 臨時司令部の置かれたホテルの食堂の中、たっぷりのオランデーズソースをかけたエッグ・ベネディクトを口に運んでいた彼女は、優雅に口元をナプキンで拭くとチップを置いて立ち上がる。

 

「戦況は?」

 

 作戦指揮室に入るなり、ドゥーリットルは広範囲に広がる戦況の情報集積に専念した。

 

(地震……?)

 

 ドゥーリットルの内心で、微かに動揺する。

 

 

 ――そんなはずはない。ここは欧州、地震など滅多に起きるものではない事は地質学者の全員が保証している。

 

 

 では、何か。決まっている、ネウロイだ。

 

 

「全部隊に警報を発令してください! 警戒を厳にして、少しの変化も見落とさないように!」

 

 即座に、ドゥーリットルは作戦の一時中止を決断した。その上で、警戒態勢をとらせて即応できるよう予備部隊の展開と配置の指示も出す。

 

 

 ――さぁ、来るなら来い。

 

 

 嵐の前の静けさという言葉の通り、意外に感じるほどの長時間にわたってしばらくは何も起こらなかった。やがて全員の忍耐が限界に達した頃、それは起こった。

 

 

「地面が、隆起している……?」

 

 技術士官の報告に、ドゥーリットルは唸る。各種計器からの情報を精査すると、膨大な質量を持つ物体が地下から隆起してきているという。

 

 

「出現地点は……ぜ、前方2kmの地点!」

 

「何だって!?」

 

 若いオペレーターのあげた悲鳴に、全員が信じかねるように反応した。

 

 ――目と鼻の先ではないか。

 

 ドゥーリットルが素早く窓辺に寄ってカーテンをあけると、目の前で視線の先にある地面に巨大な亀裂が走っていく。

 

「ネウロイ……」

 

 まるで大地という母胎から産み落とされるかのように、禍々しく黒い巨体がゆっくりと出現してくる。

 

「なんだ、あのバカでかさは……!」

 

「全幅1kmぐらいあるんじゃないか……?」

 

 最長もまた、全長に準ずる大きさだ。ネウロイの“巣”にすら匹敵する大きさだ。

 

「しかし本当にネウロイなのか? まだ確認が……」

 

「だったら何なのだ? 推測では――」

 

 ざわめくオペレーターたちを、ドゥーリットルの声が一喝する。

 

「推測より、実態の確認を優先します! 偵察機および観測部隊の情報を急いで! ブリタニアのグリニッジ王立天文台にも協力を依頼してください!」

 

 

 ドゥーリットルの指示でひとまず混乱は収束したが、依然として謎の乱入者の正体は掴めていない。

 

「増速!――巨大構造物、増速していますっ!」

 

「正確な報告をお願いします! 具体的な数値と針路は分かりますか?」

 

「速度は時速400キロほど、針路はこちらにまっすぐ向かってきます。!」

 

「では戦闘機隊、それから予備のウィッチ隊をスクランブル発進させて下さい。高射砲部隊も警戒態勢を維持するように……地上部隊にはプランEを伝達、警戒態勢をとりつつ、師団司令部に集結して防衛戦闘の用意を」

 

 焦りを抑え、ドゥーリットルは全軍に作戦の一時中止を伝達した。イレギュラーは極力排除し、計画通りシステマティックに戦う……多国籍で無秩序な軍隊を統制するには、それしかない。

 場合によっては、作戦そのものを中止と計画の再考も視野に入れている。

 

「偵察に向かったウィッチ隊、まもなく接敵します。視界不良、目視による識別は困難かと……」

 

 不安定な欧州の空は、またもや連合軍を翻弄していた。ドゥーリットルは思わず舌打ちしつつ、電子および音波観測をメインにするよう指示をだそうとした、その時。

 

 

「ッ!? ――通信途絶!?」

 

 

 レーダーから、偵察に向かっていたウィッチ隊の反応がロストする。

 

「ジャミングか!?」

 

「いえ……この反応は!」

 

 嫌な予感がした。

 

(………まさか)

 

 自らの予想が外れるように祈りつつ、ドゥーリットルは窓へと向かう。窓ガラスを開けて身を乗り出した次の瞬間、彼女の視界に映ったものは――。

 

 雲を貫く、眩い赤光。ドゥーリットルの目を焼くような閃光が、真っ直ぐに隣接する空軍基地に直撃する。

 

 高出力エネルギーが滑走路を融解させ、格納庫は小爆発を繰り返しながら地面を抉り取っていく。直撃、爆発、あとはその繰り返しだった。

 

 ネウロイを吐き出した直後、地面にあった亀裂から黒い煙のようなものが吹き上がる。

 

「っ……!」

 

 間違いようもない。あの黒い煙、否、黒い雲は――。

 

 

「新しいネウロイの巣……!」

 

 

 まさか、アレは。

 

 

「――報告します! 観測班が、目の前の黒い物質をネウロイの巣と断定!」

 

 

 やはり、アレは。

 

「……っ!」

 

 連合軍総司令官は、思わず言葉を失った。



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Vol.19:崩壊する戦場

                                    

 

 突如あらわれたネウロイの巣に、現場は大混乱に陥った。

 

 急いで予備の部隊を出動させるも、数が足りない。

 

 

「前線の部隊を呼び戻せ!」

 

 

「――駄目です!ジャミングで通信が繋がりません!」

 

「ネウロイの巣が地面からとは……!」

 

 誰にも予想しえない事態であった。

 

 偵察は充分に行ったはず。報告では巣は遥か前方のひとつだけ。他の場所にあった巣が動いたという報告も届いていない。手抜きや抜かりは一切なかった。

 

 ――それでも、ネウロイは人類の努力をあざ笑うかのように状況をいとも容易くひっくり返す。

 

 まさに威風堂々、文字通り地面を切り裂いて大空へと乗り出していく。並外れた火力を存分に見せつけつつ、わずかな司令部付きの護衛を蹴散らしつつ、ネウロイは連合軍司令部に向けて傲然と前進を続けた。

 

 “巣”の威容に鼓舞されたように、次々と地面から吐き出される中小のネウロイもまた、狂喜した猟犬が主人の後を追うように突進を開始する。

 

 

 戦場は無秩序へと移行し、連合軍の勢いは完全に止まりつつあった。

 

 巧緻で理にかなった戦法が、無分別な暴力の前に粉砕されていくありさまを万人が目撃した。ドゥーリットルに薫陶をうけたプロの参謀たちでさえ、どうする事も出来ない。隊列は乱れ、通信回線は混雑して情報が整理もされないまま飛び交っていく。

 

 

 なんだ、この戦況は。なんだ、この配置は。

 

(こんなの、反則じゃないですか……!)

 

 茫然とするドゥーリットル。

 

 

 この状態はどんなシミュレーションでも想定していなかった。どうして、こうなったのだ。

 

 なぜ今になって、戦力配置図が根本から塗り替えられようとしているのか。まるでちゃぶ台返しだ。

 

 

(どうして……)

 

 

 ――完璧なシミュレーションを繰り返した。完璧な作戦と準備をした。

 

 にもかかわらず、目の前にいる人類の総力を結集した大部隊は、なすすべもなく瓦解しようとしている。

 

 

「ありえない……最新装備が、リベリオンの精鋭部隊が……」

 

 彼女の計画は破綻した。彼女の軍隊は崩壊した。

 

「ドゥーリットル司令官、命令を! このままでは全滅です!」

 

 部下の悲鳴にも、ドゥーリットルは曖昧に頷くことしかできない。

 

「被害報告を……」

 

「分かりません! 回線がパンク状態で、ノイズが酷く何も聞き取れません!」

 

 司令室は再び大混乱に見舞われていた。すでに“巣”は有視界にあり、秒速数キロで接近してきている。その凄まじいまでの存在感は、見る者すべてに多大なプレッシャーを与えた。

 

「前線の状況が分からなければ、指示など出せるはずがない!」

 

 各部隊から悲鳴じみた被害報告が次々に届けられる中、流石のドゥーリットルも今度ばかりは動揺を隠せない。部隊と作戦を再編しようにも、あまりに情報が錯綜しすぎている。この時、すでに各地の部隊は統制を失った烏合の衆と化していた。

 

「ッ………!」

 

 こんなとき、いつもならデータと損耗率から、確率論に従って機械的に処理していた。最小限の被害でリスクをマネジメントしつつ、素早く再編成とバックアップ・プランを同時稼働させて、次への余力を残していた。

 

 ――だが、それは情報あっての話。そもそも何が起こっているか分からない状況では、計算も計画も立てられない。いかにエリートいえども、目を塞がれ耳を閉じられた状態では赤子と変わらない。

 

 

 **

 

 

 元より、リベリオン軍の真の強みは物量ではなく、その情報力にある。綿密な情報収集と膨大なデータに裏付けされた、一流の情報。それを徹底的に細部まで分析した後、導き出された最適解をトップダウンで効率良く処理する―――裏を返すと、情報抜きでは目隠しされた巨人と同じなのだ。

 

 

 加えて、本作戦が多国籍の統合作戦である事もドゥーリットルに制限を加えていた。各国の利害が複雑に絡み合った本作戦の失敗は、外交問題に発展しかねない。純粋に人類の為だけを思うのではなく、母国の国益にも配慮するのが、将官たるドゥーリットルの務めだった。

 

(私は……どこかで間違えたの!?)

 

 

 **

 

 

「――中将、秘匿回線で通信が入っております」

 

 不意に割り込んできたオペレーターの声に、ドゥーリットルの表情が強張る。こんな状況で秘匿通信を回してくるような相手など、ひとつしか考えられない。

 

 ドゥーリットルはすぅと大きく深呼吸した後、覚悟を決めたように受話器をとった。

 

 

『―――――――』

 

 電話の相手は、予想通りの相手だった。冷静そのものの口調で、ドゥーリットルに指示を下す。

 

「はい。たしかに現状では計画の存続そのものが危ぶまれています。ですが既に……」

 

 抗議するような口調のドゥーリットルだったが、受話器の向こうの相手は更に強い口調で言葉を返す。ドゥーリットルは不安で蒼ざめたまま、いたたまれないように唇を噛む。

 

「そんな!? それでは話が違いますっ……!」

 

 ドゥーリットルは必死に抗議するも、段々と表情が不安げになり、直後に衝撃を受けたような顔になる。しばらく無言の沈黙を置き、ドゥーリットルは唇を噛んだ。

 

 

「……了解、しました。では、後のことはお願いします……」

 

 ドゥーリットルは口をつぐんだまま、一方的に回線を切断された電話を見つめた。屈辱感の中で、震える拳を握りしめる。

 

 

(やはりアレを使うしか、道はもう……)

                                      




 つい休日はちょっとサボってしまった……。


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Vol.20:閃光

                 

 塹壕で、サーニャは空を見つめていた。新たに天より舞い降りた絶望――ネウロイの巣。今まで必死にひた隠しにしてきた「死」が、現実感を伴って出現している。

 

 全く皮肉なことに、自分たちの無力さと死の現実感を前にやっと人類は団結できたのではないかと思えた。あらゆる人種、あらゆる国家の人々が固唾をのんで、心を一つにして天を仰ぎ見ている。

 

 

 配置を終えた高射砲がそこら中で、必死に対空砲火を放っている。無数の砲弾が空中で炸裂し、断続的に爆発音が轟く。

 

 今やリベリオンも扶桑もカールスラントもブリタニアも関係なく、誰もが自分に出来る最善の仕事を探している。一心不乱に弾の装填をする者、叫びながら対空機銃を乱射する者、中には手を組んで祈りを捧げる者もいた。

 

 それは戦場だけの光景でない。ヨーロッパ中の家や酒場にオフィス、空港や病院で、同じものを見守る人々の魂が共鳴した。男と女は固く手を取り合い、老人は孫を抱きしめた。

 

 しかし時は止まらない。一秒、また一秒と。

 

 滅亡へのカウントダウンが刻まれていく。

 

 

(エイラ……最後にもう一度、会いたかった)

 

 

 サーニャは、我慢していた涙が溢れるのを感じた。

 

 それを我慢しようとは思わない。こんな時ぐらい、感情をあらわにしても文句を付ける人はいないだろう。もうすぐ、全てが無に帰すのだから――。

 

 そして雷に打たれたような静寂の中………「その時」が来た。

 

 

 

 ―――――閃光――――――

 

 

 

 ヨーロッパの空に、小さな光の点が現れた。誰一人見たことのない、白く清らかな光――。

 

 そして、それは始まった。

 

 始まりの炎はそれを基点として膨れ上がり、目も眩む閃光が闇を射る。白光の筋はいくつもの輝く槍となって、天空を大気ごと貫いた。膨れ上がるにつれて明るさを増したそれは、ネウロイの巣さえも飲み込んでいく。

 

 眼がくらむ――強烈な光にさらされたサーニャは、息を飲んだ後に目を庇い、初めて経験する瞬間に本能的な恐怖を感じた。

 

 光が怒涛となって拡散し、稲妻のように甲高い悲鳴が聞こえてくる。神の力を前に敗北してゆく悪魔のように、断末魔の悲鳴を上げているネウロイたちの音だ。

 

 光芒は濃密さを増して、ネウロイの巣をどんどん抉りとっていた。光は闇すらも浄化せんとヨーロッパの夜空を照らし、昼と夜が逆転する。

 

 まるで神話の再現のように非現実的な光景――いにしえの天地創造の瞬間が、まさに目の前で起こっているのだ。

 

 

 ――それは奇蹟であり、まさしく神の力であった。

 

 

 人類の英知は、ついに神の領域に達したのだと。全ての人間がそう感じただろう。

 

 現に眼前で、彼らはそれを目撃しているのだから。自らの力で天を作り、大地を変えた。光を放って昼と夜を逆転させた。

 

 

 続いて深く鈍い衝撃――地震を思わせる衝撃波が、遅れて上空から轟いた。それは人智を超えた神の怒りのようで、ヨーロッパの大地は文字通り震え上がった。

 

 兵士たちは息を奪われ、足をふらつかせて後退る。轟音が轟き、熱風が押し寄せる。爆風が大地を駆け巡り、塵が頭上に巻き上がる中、彼らは身を寄せ合った。

 

 

 全てが光で白く染まるのではないか……そう思えるほど閃光が極限まで達した時、それは意外なほどあっけなく消えていった。

 

 まばゆい輝きを放っていた光の筋が、ゆっくりと粒子レベルまで分解されていく。そして最後の光が消えた時、人類は目撃した。

 

 

 

 ――新たに誕生したネウロイの巣が、跡形もなく消えている事に。

 

 

 

 **

 

 

 ――少し、時を遡る。

 

 最新型の高高度爆撃機・B-29は1万メートル以上の高空を飛んでいた。投弾ポイントまでもう少し――このままいけば敵の迎撃を受ける事無く作戦は成功する。

 

 最後の山を越え、投下ポイントを眼下にとらえる。新型爆弾が投下され、徐々に高度を落としていく。そして。

 

 

 

 ――――閃光――――

 

 

 目も眩むほどの輝きが、欧州の空を包み込んだ。その一撃は、ただの一瞬で新たに誕生した“巣”を焼き尽くす。

 

 

 やや遅れてからの衝撃波、地響きと破壊音。続いて巻き起こる火球の熱と爆風により、欧州上空に巨大なキノコ雲が生成されていく。

 

 

 その日、カールスラントの象徴ともいえる田園風景は、その姿を大きく変えた。

 

 爆風で山体が削られ、内部より赤熱した溶岩と火山性のガスがこぼれ出す。それは蒸発した岩石蒸気と混じり合い、キノコ雲をさらに成長させていった。

 

 

 ◇

 

 

「「「………」」」」

 

 

 これほどの奇跡が、未だかつてあっただろうか。

 

 居並ぶ一人一人が言葉を発することもままならず、閃光を目撃した時の姿勢で立ち尽くしている。言葉を発する者も、動く者もいない。誰もが、ほとばしる様々な感情に打ち震えている。

 

 恐怖。驚き。感動。何より今しがた目撃した、恐ろしい力への畏怖。それを手にしてしまったことへの、誇りと恐怖。

 

 

 

 

 そして何より、―――――人類の勝利に。

 

 

 

「「「おおおォォォォォオッ!!」」」

 

 

 万感の思いで、大きな歓声が上がる。あの一撃は、紛れもなく人類がネウロイに一矢報いた瞬間だった。

 

 誰もかれもが、その光景を目にして感激せざるを得ない。たったの一撃で、あの強固な巣が吹き飛び、周囲にいたネウロイもまとめて薙ぎ払ってしまったのだ。

 

 

 ―――これが、人類の底力。

 

 

 その神のごとき力を目にした兵士たちの感動と喜びは計り知れない。常にネウロイの脅威にさらされ、死と隣り合わせてで生きてきた人々でも今の光景をみれば、ドゥーリットルの言っていた「人類の勝利」を確信したに違いない。

    




ご感想などあればよろしくお願いします。


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Vol.21:『インディペンデント』

    

 一週間後――。

 

 このところ、ウィッチたちの関心はたったひとつの事に注がれている。ネウロイを一瞬にして消し去ったあの「光」は何なのか――様々な噂が飛び交い、憶測が次々に現れては消えていく。

 

 その正体について上層部は何も語らなかったが、このまま隠し続ける為というより、敢えて焦れさせているようであった。その意味するところは、いずれ劇的な情報開示がされる事に他ならない。

 

 

           

「すごい……」

 

 リムジンを降りた宮藤芳佳は、思わず声を漏らした。解放されたとはいえ、ガリアはまだまだ復興途中だ。そこに突如として近世の宮殿を彷彿させる、巨大な屋敷が出来上がっていたのだ。噴水のある庭はサッカー場が丸ごと入るぐらいの大きさで、立ち並ぶ木々はどれも手入れが行き届いている。

 

「わぁ……私もいつか、こんな大きい家に住みたいなぁ」

 

 一緒にいた雁淵ひかりも、目を細めて感嘆している。

 

 

「――どうぞ、こちらに」

 

 エントランスに向かうと、受付嬢が道を案内してくれる。手渡された資料の通りに進み、建物の中に入る。重厚な木製のドアを抜けると、すぐに吹き抜けのホールになっていた。床には大理石が敷き詰められ、まるでダンスホールのようだった。

 

 中は大勢の人間で溢れており、思い思いに噂話に花を咲かせている。その内容は全て、先の戦闘で使われた「光」に関するものだった。

 

 

 **

 

 

 リネットらがホールでひと時の休暇を楽しんでいる頃、ミーナは与えられた個室の窓から、庭の様子を見つめていた。

 

「失礼――ちょっとお邪魔するよ」

 

 ドアをノックして現れたのは、久しく見る事のなかったシャーリーの姿だった。

 

「よう、ミーナ。だいぶお疲れのようじゃないか」

 

「そういう貴女も、少し痩せたんじゃない?」

 

 ぎこちない笑顔を浮かべて、ミーナはコーヒーを淹れる。この数日の間に多くのことがあり過ぎて、正直どんな顔をすればいいのか分からなかった。

 

 お互いに黙り込んだところで、ミーナが腕時計を確認する。あと10分で、セレモニーが始まる。

 

 

「――行きましょうか」

 

 

 

 ミーナたちが会場についた直後、それまでざわついていた空気が水を打ったように静まり返っていく。何かの合図があったわけではない。会場全体を静寂に包み、注目させる異様な空気が流れたのだ。

 

 

 ――いよいよ発表が始まる。

 

 

 人々の視線が、一斉に階段の上にある扉に向けられた。誰もが息をのんで見守っていると、大きな扉が音もなく開いた。中から現れたのは、軍装に身を包んだ連合軍総司令官ジェニファー・ドゥーリットル。

 

 白のYシャツに紺色のネクタイと軍用ジャケット、同系色のシックなタイトスカートにストッキングを着用し、ややヒール高めの軍用ブーツという出で立ちだ。

 全体的に落ち着いた色合いのミリタリーファッションでまとめ、高い鼻筋の端正な顔に眼鏡もあいまって、いかにもクールで真面目なキャリアウーマンといった印象を与える。

 

 実際、本人もそれを狙っているのだろう。実績はもちろんのこと「有能な司令官」そのものの風貌が、イメージ戦略として自身の評価を更に後押しするというメリットを彼女は良く理解していた。

 

 

「ご来場の紳士淑女の皆様。本日はご多忙の中、このように集まっていただき、誠にありがとうございます――」

 

 ドゥーリットルはゆったりとした調子で、一人一人に聞かせるように声を響かせる。知性を感じさせる、穏やかで落ち着いた声。好奇心で興奮気味だった会場が徐々にクールダウンしていく様子を感じながら、ドゥーリットルは言葉を続けた。

 

 

「先の攻勢作戦では想定外の事態が重なり、我々は危機に陥りました」

 

 多くの被害が出た。全滅しかけた部隊もある。

 

「恐るべき敵・ネウロイは、絶えず私たちの生活を脅かし、人類を滅ぼそうとあらゆる残酷な手を使ってきます」

 

 

 ですが、とドゥーリットルは腕を振り上げる。

 

「それは失敗するでしょう。どんな行為も我々の進路を変え、決意をくじくことはできないのです。今や我々は裸の軍隊ではありません。なぜなら過去の偉大な兵士たちが、命を賭して我々に対抗手段を与えてくれたからです。十分な戦力と敵を凌駕する技術力を、我々は準備しています」

 

 続いて照明が落とされ、ある一点に光が集中する。その先にあるモノこそ――。

 

 

 

「これこそが、リべリオンの開発した新型爆弾――『インディペンデント』です!」

 

 

 

 インディペンデント……『独立』の名を持つ新兵器の登場に、「おお!」と感嘆の声が漏れる。

 

 かつてブリタニアの植民地だったリべリオンには、自ら武器をとって独立した歴史がある。その自助努力の伝統は現代にも受け継がれ、再び人類はリべリオン主導でネウロイから独立しようとしている。

 

 

 それは芳佳らウィッチたちにも他人ごとではない。自分たちもまた、あの爆弾に救われたのだ。

 

「あれが、あの時わたし達を助けてくれた……」

 

 大量のケーブルと計器が巻きつけられた、巨大で滑らかな鉄の球体――どこか未来的なフォルムを感じさせるそれは、まさに人類の英知の結晶とでも呼ぶべき成果だ。

 

 合理精神の極致ともいえる、シンプルな形状はモダンな芸術性すら感じられる。その姿に惹かれつつも、芳佳の心にはどこかモヤモヤした感情が生まれていた。

 

 

(綺麗だけど……なんだろう、ちょっと怖い……)

 

 

 芳佳の不安をよそに、ドゥーリットルは余裕の笑顔すら浮かべてプレゼンを続ける。その表情がどこか仮面じみている事に気付いたのは、シャーリーなど一部のウィッチだけだ。

 

 

「間に合うかどうかギリギリのタイミングでしたが、科学者たちの不断の努力と技術者たちの献身によって何とか実戦投入することが出来ました」

 

 照明が反射し、ドゥーリットルの眼鏡が鈍く光る。

 

 

「今や量産体制も整い、来たる最後の大攻勢――『アイアン・ストーム』作戦ではこの『インディペンデント』を搭載した爆撃機が先陣を切る予定となっております」

 

 

 一発だけでも巣を丸ごと吹き飛ばす威力があるのに、それが量産体制にある……今後この兵器がさらに改良されて普及すれば、人類の勝利は間違いないだろう。

 

 「アイアン・ストーム」作戦はその第一歩、勝利への布石となるのだ。

 

 

「もうすぐ、私たちは両手を大きく広げて偉大なる戦闘部隊の帰国を迎えるでしょう。それは欧州解放のためだけの勝利ではなく、人類すべてのための勝利――」

 

 ドゥーリットルは胸に手を当て、宣誓する。

 

 

「すなわち地球の勝利であり、知恵の勝利であり、正義の勝利なのです!」

 

 

 力強く勇ましく。拳を天に向けて突き出すドゥーリットル。次の瞬間、一斉に周囲から歓声が上がった。戸惑いを見せる者もいたが、盛り上がった空気がそれを許さない。

 

 

「「「人類に、勝利を!!」」」

 

 

 いつの間にか待機していた楽団が、会場を盛り上げるための演奏を始める。窓の外では花火が打ちあがり、夜空に大輪を咲かせる。まるで劇場のような演出の効果もあってか、熱気に包まれた会場は既に勝利したかのような賑わいをみせた。

           




 演説は地球外生命体と戦う時のアメリカ軍の基本。

 インディペンデンス・デイとかカッコイイと思います。


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Vol.22:真実

                        

 演説を終えて将校用の談話室に戻ったドゥーリットルを待っていたのは、第8空軍・爆撃軍団の司令官キャサリン・E・ルメイ少将だった。

 

「お疲れ様です。見事な演説でした」

 

 動きやすいショートヘアに、日光を浴びて小麦色に日焼けした肌。そして引き締まった体格からスポーツマンといった風貌のルメイは、見た目そのまま有能だがそれ以上にアグレッシブな指揮官であった。

 

「最高のタイミングでの投下でした。あの『インディペンデント』が、多くの将兵を救った事は誰もが認めざるを得ない。これで実戦投入に文句を言う者は誰もいません」

 

 ストイックな性格のルメイは、新型爆弾の積極的な推進者であった。

 

「あの爆弾は戦争を一変させるでしょう。もちろん、我々に有利な方に」

 

 

「……本当にそう思いますか」

 

 対して、ドゥーリットルの反応はどこか鈍い。楽観的な体育会系のルメイと違って、どちらかといえば学者肌のドゥーリットルは悲観的に事態をとらえていた。

 

(あの新型爆弾はまだ、完全ではありません。ブラックボックスも多い……)

 

 だからこそ、あれほどの威力を持ちながらドゥーリットルは最後まで使用をためらった。位置づけはあくまで『コンバット・ボックス』が失敗した時の保険であり、オカルトじみた大量破壊兵器より従来型の「鉄と血」の戦争を志向した。

 

 

「しかし『インディペンデント』の開発には中将も賛成していたのでは?」

 

「計画そのものには賛成しましたが、現時点での使用は時期尚早です。例の“瘴気”の問題もまだ解決されていません」

 

 カバンから『インディペンデント』についての資料ファイルを取り出すドゥーリットル。「最高機密」と印が押された表紙には、『人造ネウロイ結晶体を使用した新型爆弾の副作用について』と書かれたタイトルが記載されていた。

 

(禁断の技術、ネウロイを使った大量破壊兵器……)

 

 そう、『インディペンデント』には人智を超えた力――ネウロイの技術が使われていたのである。

 

 ◇

 

 そもそもネウロイを使った兵器開発計画というのは以前から存在した。しかしウォーロックの失敗などもあって、今ではほとんどの国で下火になっている。

 

 主な理由は制御の困難さで、もっとも成功した扶桑の魔導ダイナモですら10分以上動かせば暴走するという欠陥兵器だ。

 

 だが、それについて意見を求められたドゥーリットルの意見は違った。

 

 

「なぜ、暴走させてはいけないのですか?」

 

 

 逆転の発想である。どうせ暴走するのなら、それを前提とした運用法を考えればいい。合理精神を信条とする彼女らしい割り切った考えであったが、何とはなしに言った言葉がリべリオンの兵器開発を大きく変えた。

 

 

 ――敢えてネウロイのコアを暴走させ、放出される膨大なエネルギーを利用できないものか。

 

 

 リべリオン政府の動きは素早かった。すぐに世界中から有能な科学者と技術者を集め、ウォーロックや魔導ダイナモの研究データを調べさせた。

 

 

 その結果、研究チームはネウロイの特徴が徐々に判明してきた。

 

 

 ネウロイが結晶体状のサンゴのような生物であること。細胞分裂にように、コアの一部を分裂させても元のコアは再生すること。分裂した残りがネウロイの「体」となること。

 

 中でも重要な発見が、レーザー放出のメカニズムの解明であった。

 

 コアから特定の波長で信号を出されると、それを受けた「体」が崩壊し(後に自己再生するが)、その際に膨大なエネルギーが放出される。

 それこそがネウロイ・レーザーの正体であり、臨界点に達するとネウロイ特有の赤い光を放つことも判明した。

 

 この事実を知ったリべリオン兵器開発局は、ウィッチの魔法を使って疑似的なコアの信号を作り出せないかと考えた。

 

 やがて試行錯誤の末、完全なコントロールは無理だが、暴走させて結晶体を崩壊させることで膨大なエネルギーの放出――すなわち大爆発を人為的に引き起す事に成功したのだ。

 

 

 

 そこから先はとんとん拍子に研究が進んでいった。

 

 爆弾の「爆薬」となるネウロイ結晶体の精製には、確保したコアの欠片に金属を取り込ませて複製するという方法を使った。

 

 ネウロイには鉱物を同質化させるメカニズムと傾向があり、戦場では戦車や戦艦がとりこまれてネウロイ化するという事態が何度も発生している。

 

 

 これを逆手にとってウィッチの魔術制御のもと、人工的にネウロイ化させた爆弾を生成する。そこにウィッチの魔力を充填した、魔導起爆装置を取り付けるのだ。

 

 起爆装置が作動すると魔力によって、ネウロイがレーザーを放つ際にコアが発する信号が疑似的に再現される。

 

 やがて人造ネウロイ結晶体は膨大なエネルギーの塊となり、非常に不安定な状態へと変化していく。そこに追加の魔力が加わると――。

 

 結晶体は自己再生をはるかに上回る速度で崩壊、臨界点に達した瞬間に数キロメートルにも及ぶ大爆発を引き起こす。

 

 

 ――それがネウロイ爆弾、大量破壊兵器『インディペンデント』の正体だった。

 

 

 これが最後までバックアップ・プランに留まっていたのは、まだまだ解明されない点が多すぎて危険と判断されていたからだ。

 

 いわばブラックボックスの塊であるため、博打的な要素を嫌ったドゥーリットルは最後まで実戦投入を躊躇っていた。

 

 

 そればかりではない。もうひとつ、大っぴらには公表できない別の理由もある。

 

 

(人工的に作られたネウロイ結晶体は崩壊の際、大量の「瘴気」を撒き散らす……)

 

 

 ネウロイ制圧下の地域で、生物に有害な「瘴気」が発生する事は広く知られている。

 

 今回の調査でその原因が、どうやらネウロイ結晶体の崩壊時、つまりレーザーなどのエネルギーを放出する際に発生するという事も判明した。

 

 

(敵であるネウロイなら仕方ないにしても、味方のはずの我々がそれを利用していると知られたら……)

 

 

 せいぜい戦術兵器レベルの他国と違い、リべリオンのネウロイ爆弾は戦略級兵器だ。ウォーロックや魔導ダイナモとは比べ物にならないレベルの汚染が発生する。カールスラントなど大陸諸国は激怒するだろう。

 

 ネバダ砂漠で行われた実験によれば、『インディペンデント』の爆心地付近では10年にわたって瘴気に汚染されて動植物が生存不能になるという結果が報告されている。ネウロイから土地を奪還するために、その土地をネウロイの瘴気で汚染して人が住めない環境へと変えてしまうという、完全なる矛盾。

 

 

(しばらくの間は“欧州にいたネウロイの瘴気による汚染”という事で誤魔化せますが、いずれは……)

 

 どれだけ防諜を強化しようとも、秘密と言うのはいつか知られてしまうもの。そうなれば次は、人類同士で争う事になるのかもしれない。

 

(勿論、我がリべリオン合衆国が負ける事など無いでしょう。ですが、勝つまでに多くの国民に犠牲が出るでしょうね……)

 

 リべリオンの技術的優位も、いつまで持つか分からないのだ。世界中であの兵器を撃ち合うような事態になれば、たとえ勝っても瘴気に覆われた不毛の大地しか残らない。

 

 

 それでも――。

 

 

「過ぎたことを悔やんでも仕方ないですね。既に賽は投げられています」

 

 その結果がどうなるかは神のみぞ知る。しかし決断を下した責任者として、今は動かねばならない。立ち止まる事は許されないのだ。

               




 ネウロイ爆弾の仕組みは、完全に作者の妄想です。一応、核兵器をモデルにはしてますが理屈的におかしい部分はご容赦ください。

 イメージ的にはほとんど核兵器と一緒です。


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Vol.23:爆撃機の空

                    

 その日のブリタニアは低い雲に覆われ、冷たい小雨が降りしきっていた。ブリーフィング開始は8時と告げられている。陰気な朝を迎え、歩いて兵舎から離れた食堂に向かう爆撃クルーたち。

 

「せめて作戦の前ぐらい、お決まりじゃないメニューが食いたいぜ」

 

 この道数年のベテランであっても、思わずそう愚痴らずにはいられない。オレンジにオートミール、スクランブルエッグ、これに紅茶かコーヒーが付く。どれも粉末で出来た、不味いと悪評高い一品だ。

 

 

 

 しばらくするとブリーフィングが始まり、部屋の奥のカーテンが開かれる。ブリタニアを起点にした赤い紙テープが、カールスラントまで長く伸びている。

 

 

 壇上に現れたのは、かつて不祥事で失脚したはずのトレヴァー・マロニー大将だ。

 

 

 失脚後は予備役に編入されたものの、リべリオンの要請を受けた「高度に政治的な事情」(ドゥーリットル談)によって軍に復帰している。

 

 

「さて、『アイアン・ウォール』作戦の成功を受け、我々は最終段階へと移行する」

 

 

 一呼吸置き、マロニー予備役大将がよく通る声で、一言ずつハッキリと発音した。かたずをのんで見つめるクルーたちの顔は真剣そのもの。

 

「最後の攻勢である『アイアン・ストーム』作戦ではまず、徹底した陽動作戦を行う。これによって“巣”から可能な限り多くのネウロイを誘引し、その後に空軍による絨毯爆撃で“巣”を殲滅する」

 

 主役は、諸君らパイロットだ……そう告げられた爆撃機クルーと護衛のウィッチたちに、静かな衝撃が広がった。

 

 

 空軍主体の爆撃作戦は確か、航空ウィッチの登場によって数年は行われていなかったはず――。

 

 

 ウィッチに登場によって脇役に追いやられて爆撃機。長らく忘れていた感情が、心の片隅からこみ上げてくるのをパイロットたちは感じていた。

 

 

「計画の第一フェイズでは、敵をおびき出すべく地上部隊の大規模侵攻が行われる。北から南まで300キロにわたる広範囲で渡河作戦を開始、ネウロイは広範囲に展開する地上部隊への対応を迫られるだろう」

 

 思わず唾を飲み込む兵士たち。20万もの地上部隊が侵攻するのだ。作戦が失敗に終われば、文字通りその時点で戦線ごと崩壊するだろう。ネウロイはガリアまで無人の野を行くことになる。

 

「第2フェイズは遅滞行動による、ネウロイの行動制限が要点だ。ただし今回はこれまでの作戦と違い、陣地構築をする余裕は無い」

 

 これは海路での物資輸送が行えず、必要な資材の調達に支障をきたすと予想されるためだ。

 

「そこで誘引された敵の侵攻ルートを迅速に特定した後、その射線上にある地上部隊は増援の到着まで遅滞行動を行う」 

 

 マロニーの発言に、ブリーフィングの空気が濁る。

 

 遅滞行動といっても、その内実はほとんど囮に近いものだったからだ。部隊の一部を捨て駒にするという案に、あからさまに嫌悪感を示す者もいた。

 

 

 そうした反応は予想済みだったのか、マロニーはそれをさらりと受け流すと、何事もなかったかのように第3フェイズについて説明を続ける。

 

「遅滞行動をとっている部隊が戦線を維持している内に、他の戦線にいた部隊は敵の侵攻ルートへ向けて一斉に移動を開始。ウィッチ隊が先行し、機動力のある部隊から順次戦場に到着次第、敵の側面攻撃に当たる」

 

 自軍の側面がガラ空きになることを覚悟で、敵の主侵攻ルート以外の前線部隊から機甲部隊やウィッチ隊などの高い機動力を持つユニットを引き抜き、敵の主攻正面に迅速に移動させて反撃に出る、という作戦だ。

 

 機動力のある航空ネウロイと違って、地上ネウロイの戦術は基本的に単調なものが多い。

 

 したがって主攻正面さえ特定できれば、他の兵力が手薄になっても突破されるリスクは小さい。それならいっそ、思い切って強力な兵力を引き抜いて、敵の両側面に叩きつける――兵力の迅速な転用と集中により、ネウロイの6倍の火力を叩きつけて勝利を得るのだ。

 

「それを成功させるための秘密兵器が、今の我々にはある。詳細は……言わなくても分かっているな?」

 

 

 例の“新型爆弾”のことだ。人類を救う、対ネウロイの究極兵器。人類が持てる科学と技術の粋を集めた決勝で、この戦いに終止符を打つ――。

 

 

「なお、本作戦には第8および第7航空軍も全面的に協力する予定だ。航空部隊は“空飛ぶ砲兵”として、陣地の欠如により不足しがちな火力の穴を埋める――以上だ」

   

 

  **

 

 

 ――昼過ぎ、高度2万2000フィートにて。

 

 

 ネウロイ占領下のカールスラント上空を、B-17爆撃機の大編隊が東へ向かっていた。

 

 二時間ほど前に発進したアルンヘム基地は一面が雲に覆われ、小雨が降り続いていたがカールスラント上空は信じられないような好天。まさに絶好の飛行日和だ――戦争中でさなければ。

 

 母港であるアルンヘム空軍基地に、上級司令部たる第8航空軍からの命令が伝達されたのは前日の18時。通信室のテレタイプが動き出し、カタカタと音を立てながら長い作戦命令を書き出してゆく。

 

 

『――ドレスデン方面によて陽動部隊が状況を開始。反撃してくるネウロイ部隊に対し、よって第8航空軍は友軍を援護すべく支援爆撃を実行すべし』

 

 

 ドレスデン方面に急行するネウロイの侵攻ルートは判明している。その射線上で待ち構え、高高度からネウロイの頭上に爆弾を落とすのだ。3次元的に爆弾を使って「点」でも「線」でも無く、「空間」で制圧する。

 

 

 東へ向かうB-17の編隊は、各機が1000ポンド爆弾を6発ずつ搭載していた。ひとつの梯団は3つに分かれ、やや間隔を置いて別の梯団が飛行している。それぞれの梯団は120機あまり、四発重爆撃機の堂々たる大編隊だ。 

  

 

「――偵察機より、通信! 敵ネウロイ、迎撃ポイントに到達したとの事です!」

 

 若い通信手が告げると、ベテランの機長は嬉しそうに舌なめずりした。

 

「よぅし! 爆撃機乗りの底力、徹底的に見せつけてやれ!」

 

 長らくウィッチに陰に甘んじていた鬱屈を、今こそ晴らす時だ。機長は再び空を我が物顔で飛べる快感に酔いしれながら、ありったけの力を込めて爆弾投下レバーを引いた。

         

              

 




 俺たちのマロニー大将が帰ってきた!

  


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Vol.24:24時間空爆

                

                               

 ――作戦計画は周到に練り上げられていた。

 

 

 1000機を超える爆撃機と、ほぼ同数の護衛戦闘機がたったひとつの目標を90分で集中爆撃するのだ。その記念すべき第一波は、1300機の重爆撃機と900機の戦闘機からなる大編隊。

 

 単に物量戦だとか圧倒的な兵力というだけでなかく、そこにはいかにも合理主義のリベリオンらしい冷徹な「作戦」がいくつも込められている。

 

 戦術的に重要な点は2つ。

 

 ひとつは飽和攻撃の基本的な考えで、短時間にこれだけの機数が単一目標に集中すれば、物理的にネウロイが迎撃できる数を超えてダメージが増大するということ。

 

 2つ目はやはりネウロイの迎撃の限界を超えた爆撃を行えば、それだけ味方の喪失も抑えられるということ。

 

 

 そして軍政――特に人事の面からも、大規模編隊による爆撃にはメリットがあった。

 

 

「リベリオン兵の大半は、戦時になって徴兵された素人です。そうなれば当然、命中率も低下しますし、航法ミスで目標に到達できない機体もあるでしょう」

 

 ドゥーリットルは笑顔の仮面を被って居並ぶ将官たちにそう力説する。

 

「ですが、1500tを超える爆弾を投下され、激しく炎上する目標に『薪』をくべるのは素人でも可能です。ましてや、2000機もの大編隊を見逃す者はいないでしょう」

 

 これがドゥーリットルの持論であり、まさに「素人の軍隊」であるリベリオン軍の強みと弱みを知り尽くした彼女ならではの最善策であった。

 

 

 ゆえに爆撃目標はたったのひとつ。飛行経路は航空群ごとに割り振られていたが、往復ともに一経路という単純なものであった。

 

 

 飛行序列も同様に各爆撃機が縦に連なるだけの単純なもので、先行する爆撃航空群を目視できる距離内で追随することになっている。

 

 

 

 もうひとつの工夫は、作戦においても縦割りトップダウン方式を徹底することだった。

 

 機長の独自裁量権を縮小することで、現場の判断ミスによるヒューマンエラーを可能な限り最小化する。クルーは決められた時間内に出撃し、定められたコースに沿って目標に向かい、予定通りの時間帯の中で爆弾を投下する。

 

 『24時間爆撃』と名付けられたこれを夜間に2回、昼間に3回行うことで、ネウロイの巣を徹底的に叩き潰すのだ。

 

 これは軍事的効果のみならず、国民への宣伝効果をも考慮した結果だ。

 

 国民が喜びそうな派手な作戦内容に、分かりやすいスローガン――民主主義国家リべリオンの軍隊では、スポンサーである国民に配慮することもまた、軍事的整合性と同じくらい重要なのである。

 

 

「では皆さん、約束通り欧州にあるネウロイの“巣”を全部燃やしに行きましょう」

 

 

 まさに人類の持つ空軍の総力を挙げた、前代未聞の爆撃計画である。それを聞いたパイロットおよび護衛のウィッチたちの表情は、十人十色だった。

 

 リべリオンやブリタニア、扶桑にヒスパニアといった「自国が戦場にならない」ウィッチたちの表情はおおむね明るい。

 どうせ今の欧州は無人なのだから、積極的に新型爆弾を投下して早急に戦争を終わらせるべき、との意見すら聞かれるほどだ。

 

 

 そして彼女たち以上に『インディペンデント』爆弾の投下を支持しているのは、皮肉なことにベルギカやガリアといったネウロイから解放されたばかりの国だった。

 せっかく解放した国土を二度と失いたくない……その気持ちは「手段を問わず早期終結を最優先すべき」という強硬論に傾けさせていた。

 

 長年前線でネウロイと戦ってきたロマーニャやヴェネツィアといった国もまた、早く国民をネウロイの脅威から解放してやりたい、という気持ちから推進派へと転じた。

 

 

 ――もちろん、不満が全く無かったわけではない。

 

 

 カールスラントやオストマルク、オラーシャといった「自国が戦場になる」ウィッチたちは微妙な表情だ。

 

 なにせ新型爆弾の威力は尋常ではない。投下された地域は数キロに渡って焼き尽くされ、巨大な荒れ地とクレーターが出来上がるのだ。自国が解放されるのは嬉しいが、故郷を自らの手で破壊するという行為にはやはり抵抗がある。

 

 

(とはいえ、他に代案がある訳でも無い……戦争が続けばもっと多くの犠牲が出るかもしれない)

 

 

 カールスラントの指揮官として会議に参加したミーナは、内心複雑な思いを抱きつつも新型爆弾のメリットを認めない訳にはいかなかった。

 

 

(あの爆弾は1発でウィッチ10人……いや、生産性の考えれば20人に相当するわね。ウィッチと違って訓練もいらないし、個人差もない。工業製品は人間と違って、常にスペック通りの性能を発揮できる)

 

 

 戦場からヒロイズムを取り除き、数字と技術に置き換える……ドゥーリットルの「コンバット・ボックス」にも通じるそれは、まさにリべリオンの合理精神そのものだ。

 

 

 それに何より、リべリオンは常に結果を出し続けてきた。実力と実績が伴っており、それは大きな説得力を持つ。

 

 最初こそドゥーリットルの無感情なやり方――ウィッチや兵士を機械の部品のように扱い、型にはまったマニュアル通りの動きを強制する――に反発していたウィッチも、確実に結果を出していく彼女を徐々にだが受け入れるようになっている。

 

 それはドゥーリットルの個人的な人格を信用したというより、彼女が叩き出した結果に対する信頼であった。

 

 

 ――もしかしたら。

 

 

 ――この指揮官なら、戦争を終わらせてくれるかもしれない。

 

 

 その期待に抗う事は誰にも出来なかった。多くの犠牲者を出した第一次ネウロイ大戦、そして39年に始まった第二次ネウロイ大戦……いつ終わるともしれぬ長い戦争に、誰もが疲れているのだ。

 

 それを終わらせてくれるなら悪魔にでも縋りたい、常に死地にいる軍人なら皆が持っている感情だ。

 

 

「我々が、この戦争を終わらせるんです」

 

 

 闘志を滾らせる者、蒼ざめる者、愕然とする者……そんな彼らの表情を見つめ、ドゥーリットルは気を引き締めるように訓示を行う。

 

「この作戦には、連合軍が欧州に保有するほぼ全ての航空機が参加します。それをベルリンの“巣”ただひとつに集中投入し、一撃で勝負を決めます」

 

 たしかにこれだけの戦力であれば、いかにネウロイの巣といえども大打撃を受けることは必至だった。うまくいけば、絨毯爆撃だけで殲滅できるかもしれない。

 

(大博打ね……だけど中途半端な戦力の逐次投入もまた、各個撃破を招く、か……)

 

 複雑な思いを抱きつつ、ミーナはドゥーリットルを見つめる。彼女の作戦は大胆だが、方針が間違っているとも思えない。

 

 幸いにも今のところ、作戦は順調である。ミーナたちは予備戦力として、待機が命じられている。そんな彼女には出来る事はと言えば、このまま何事も起こらなければ、と祈る事だけだった。

 

       





 この世界では原爆落とされてもいないし、どうせ自国は無傷な扶桑は大量破壊兵器推進派です。
 開戦1年目ぐらいならまだ余裕があるので人道的観点から反対もあるかもですが、5、6年も戦い続けてれば厭戦気分が蔓延して「さっさと終わらせたい」となるのが自然かなぁと(あくまで作者の考えです)。

 後はまだ“瘴気”の副作用をリべリオン側が隠ぺいしてる点も、推進派を増やす要因になっています。


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Vol.25:破滅の輝き

                   

 アルンヘム空軍基地を飛び立った、500以上の爆撃群は計画通りの進路を移動していた。

 

 

「見えたぞ、あれがベルリンの巣だ」

 

 

 高度1万メートルを飛んでいた10機のB29爆撃機を率いる、第2中隊長が叫ぶ。

 

 彼の率いる爆撃団『ピースキーパー』もその一翼を担い、例の「新型爆弾」を“ネウロイの巣”に投下するべくフライトを続けている。

 

 

「このままパスファインダー(先導機)に続け! 各機は編隊を維持! 念のため警戒も怠るな!」

 

 号令に従い、巨鳥の群れが進んでゆく。自動銃塔が旋回し、防御砲火網を組み上げる。

 

「これで……終わりなんですよね? この長い戦争も……やっと……」

 

 若い機銃手が、不安そうに呟く。皆が、責任感と戦争からやっと解放されるという爽快感で気分が高ぶっている。

 

「ああ。だから気を抜くな」

 

 最後まで油断するわけにはいかない。操縦桿を握る手に力を込め、眼前に迫りつつある“巣”に意識を集中する。

 

 

 **

 

 

「――見えたぞ、10時の方向だ!」

 

 

 雲の上を疾駆していた10機のスピットファイアを率いる中隊長が叫ぶ。

 

「このまま爆撃するぞ! 各小隊は楔形陣形を維持! 隊列を乱すなよ!」

 

 中隊長は一瞬だけ前方に視線を向け、こちらに向かってくる小型ネウロイの数を確認する。

 

(4、5、6……よし!この数なら……!)

 

 “巣”の周囲には護衛の小型ネウロイが多数いる。

 

 誰かがその注意を引き付けなければ、爆撃部隊は目標を前にして撃墜されかねない。先行していたウィッチ隊が漸減してくれていたおかげか、数はだいぶ減っているようだ。

 

 『インディペンデント』爆弾が投下されるまでの時間稼ぎぐらいなら――中隊長がそう思った瞬間。

 

 

「隊長! 11時方向、第3中隊の展開位置に高熱源反応です! これは……!」

 

 

 副隊長の絶叫――それに一瞬だけおくれて、右方向から眩い閃光。

 

 

「……嘘だろ!?」

 

 

 尋常ではない威力の爆発。目を開けてみると、隣にはつい先ほどまで並走していた戦闘機編隊が文字通り消滅していた。

 

「なんだ今の爆発は!? 敵のレーザー光線か!?」

 

「回避機動する間もなかったってのか……?」

 

 再び彼方から光の筋が飛んでくる。

 

「第1中隊が……!」

 

 今度は左側を飛んでいた爆撃機中隊が、同じように一瞬で消滅していた。しかし消滅の瞬間、護衛中隊の隊長は確かに見た。

 

「嘘だろ!? あのピンク色の光は……!」

 

 

 ―――新型爆弾『インディペンデント』

 

 

 前回の作戦で人類の窮地を救い、今回の作戦の要。それが今、目の前で原因不明の爆発を起こしている。

 

「っ……!」

 

 もはや隊列どころではない。慌てて陣形を解き、回避を試みる10機体のスピットファイア。

 

「各機、散開しろ!今ならまだ――」

 

 指揮官が最後の瞬間に見たものは、眩いばかりの光芒。それに触れて一瞬で蒸発していく、自分の機体だった。

 

 

 **

 

 

 前線の戦況は、無線で司令部にも届けられていた。

 

 オペレーターからは、多数の爆撃機や戦闘機がレーザーによって次々に迎撃されている事を示す報告が続いている。ウィッチによる援護も、あまりに巨大なレーザーの前では無意味に等しく、彼女たちの損害も拡大している。

 

「すでに200機以上が通信途絶!? まだ“巣”まで、60km以上もあるんだぞ!?」

 

 空軍将校の一人が、前線からの報告を聞きながら半狂乱で叫ぶ。巨大レーザーによる迎撃は、作戦を根本から崩壊させつつあった。

 

「いくらネウロイのレーザーが強力とはいえ、ウィッチの護衛もつけているのに……どうしてここまで被害が拡大した!?」

 

「通信によれば、『インディペンデント』爆弾が次々と原因不明の爆発を起こしているとのことです!」

 

「ッ!? 一体どういう事だ……?」

 

 

 **

 

 

 誰もが首をかしげる中、ドゥーリットルだけのその報告の意味するところに気付いていた。

 

(あの『インディペンデント』爆弾は、回収したネウロイのコアの欠片から作られたもの……原理にはまだ解明不能な部分も多い)

 

 だが、すでにパンドラの箱は開かれている。結局のところ理屈をどれだけ並べたところで、ドゥーリットルは最終的に使用を許可してしまった。

 

 

 ――それが今、更なる危機を生み出す事になろうとは。

 

 

 別の報告によれば、ネウロイは互いに共鳴し合うという噂も聞いている。それが事実なら、ネウロイの“巣”に共鳴した新型爆弾が何らかの反応を引き起こしても不思議は無い。

 

 それが爆発という、最悪の結果が現れたのだ。

 

(やはり、時期尚早でしたか……!)

 

 上層部に押し切られるまま、新兵器を導入してしまった自らの過失を呪うドゥーリットル。その代償は、多数の機材、そして人命の消失という形で支払われている。

 

 

 **

 

 

「今すぐにでも、主力を引き返させるべきです!」

 

 

 ブリタニア連邦の士官が狼狽えるように発言する。

 

「このままでは全滅の恐れがあります! 虎の子の『インディペンデント』を温存するためにも、一度撤退を……!」

 

「既にやっている!」

 

 リベリオンの将校が殺気だった声で吠え返した。何度も前線部隊には退却と作戦の中止を命じているが、前線の大混乱のせいで通信回線がまともに機能していないのだ。

 

「ドゥーリットル中将、指示を!」

 

 うろたえるような部下の声に、ドゥーリットルは絞り出すようにして命令を下す。

 

「……全ての戦術予備を投入してください。退却ラインで防空コンプレックスを構築し、そこで敵を食い止めます」

 

「ですが、それでは退却する味方を誤射する危険性が……」

 

「大丈夫です。万が一を考えて安全圏セーフ・ゾーンを設定した航路があるので、すぐにそれを防空部隊および航空隊の両方に伝えてください」

 

 続けて、ドゥーリットルは新型爆弾の破棄を命じた。いざという時の証拠隠滅も兼ねて、それはあらかじめ上層部から指示されている。

 

「報告から、今回の原因不明の爆発は『インディペンデント』に何らかの異常が発生したためと判断します。各部隊は速やかに新型爆弾を破棄し、基地に帰投してください」

 

 恐らくは殆どが間に合わぬであろうことを悔やみながら、ドゥーリットルは必死に部下を鼓舞し続ける。

 

 

 だが、彼らの試練はそこで終わらなかった。続く偵察機からの報告が、今度こそ連合軍を恐怖のどん底に叩き落とす。

 

「――たった今、ベルリンの巣を監視していた偵察機より報告! 大量のネウロイが前線に殺到しています!」

               




      い つ も の


 ベタなお約束展開ですが、様式美と言ってくれると嬉しいです(震え声)


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Chapter.4:彼女の物語
Vol.26:バラバラの軍隊


                   

 非常事態にもかかわらず、シャーリーの所属するリべリオン第8航空軍・第363戦闘飛行隊には待機命令を出されていた。

 

 否、非常事態であればこそ、ここぞという時に備えて信用のおける彼女を温存しているというべきか。

 

「っ……」

 

 まだ出動命令は出ていない。だから何もしてはいけない……それがリべリオンの、ドゥーリットルのルールだ。何も出来ない無力さに耐えかねるように大きく息を吐くと、シャーリーは不意に頭上を見上げる。

 

 雪と風と寒さに支配された灰色の空。今この瞬間にも、ネウロイに殺されている人がいるのかもしれない――。

 

 

 

「すみません! あの、シャーロット・E・イェーガー大尉ですよね!?」

 

 

 突然、まだ若い兵士が駆けつけてきた。ブリタニア連邦軍の服装をしている。

 

「お願いです! 仲間がイェーガー大尉と話がしたいって……酷い怪我をしていて、それで……」

 

 シャーリーは息を飲む。

 

「……何処に行けばいい?」

 

「こっちです! 付いてきてください!」

 

 兵士の後を追うと、その先には大破した2台のMk.VIII クロムウェル巡航戦車が見える。シャーリーが案内されたのは、焼け焦げた砲塔の後部だった。そこに一人の戦車兵が寝かされている。

 

「っ――!」

 

 その戦車兵は半身が焼け焦げており、シャーリーの顔から血の気が引いていく。シャーリーに気付いた戦車兵は血の泡を吹き出しながら、必死に笑顔を浮かべようとした。

 

「……シャーロット・E・イェーガー大尉、でしょうか……?」

 

 シャーリーは心に痛みを感じながら、「はい」と頷いた。

 

「俺は、一度あなた達501JFWに救われたことがあるんです……。今回も、最後まで殿を務めて、退却を援護してくれたとか……。俺の、部下たちが此処まで来れたのも、あんた達のおかげだ……」

 

 無意識のうちに手が伸びた。冷たくなりつつある戦車兵の右手を、しっかりと握る。

 

「ありがとうございます……必ずネウロイを、貴女たちならきっと……」

 

「……ああ。必ず、ネウロイを倒してみる」

 

 シャーリーの言葉に安堵したように微笑むと、戦車兵は意識を失った。すぐに軍医が駆けつけるも、助かる見込みは薄いだろう。

 

「ッ……!」

 

 自分の無力さに、どうしようもなく腹が立つ。シャーリーがやりきれなさに俯いていると、若い兵士が口を開いた。

 

「この場にいる全員が……あなた達が全滅の危険を冒してまで戦ってくれたことに、勇気と希望をもらったんです――自分たちの空は、501JFWが守ってくれると」

 

 ですから、と若い兵士は言う。

 

「私たちは貴女たちの事を信じます。それは貴女たちがウィッチだからではなく、ずっとブリタニアを守ってくれた501JFWだからです。その事実と、信頼を信じたい」

 

「あたしは……!」

 

 その先が続けられない。何と返せばよいか決めかねていると、不意に無線通信が入ってくる。シャーリーのよく知る人物からのものだ。

 

(これは……!)

 

 その内容を見て、シャーリーは思わず目を見開いた。

 

 

 **

 

 

 断続的に無線から聞こえる悲鳴は、どれもネウロイが刻一刻と戦線を押し上げていることを継げていた。先ほどまで連続して放たれていた砲撃も、今では完全に沈黙している。

 

「これがリべリオンのドクトリンの結果か……」

 

 バルクホルンは抑えきれない無力感を覚えながら、苦々しげに呟く。

 

 

「あれほど大量の物量と最新装備を投入して、それでも勝てないなんて……」 

 

「まぁ、逆に言えば物量と装備に頼り過ぎたからじゃない?」

 

 

 難しい顔をしながらエーリカが指摘する。普段の様子からすると意外なほど冷静に、リべリオン軍の問題点を挙げていく。

 

「そりゃ正面からバカ正直に突っ込めば命令も戦い方も単純だから新兵でも出来るし、寄せ集めの連合軍でも戦えるんだけど」

 

 “完璧な必勝法”なんて無いんだよ、とエーリカは言う。

 

 何事にも向き不向き、利点と欠点がある。リべリオンのやり方は、確かに優れている。しかし、何事にも万能はありえないのだ。

 

「――慢心、という事か」

 

 ぽつり、とバルクホルンが呟いた。成功体験は、時として「過去の成功に縛られる」弊害をも生み出す。結果、状況が変わっても気付かずに昔の方法をそのまま続けて大失敗……なんてパターンは老将によくあるミスだ。

 

 

「それだけじゃないわ。今回はこれまと違って、妙にきな臭いのよね」

 

 

 ミーナがかぶりを振る。『インディペンデント』使用後から、ドゥーリットルはどこかおかしい。

 

 どうにも最近の彼女は、何かに急き立てられているように感じるのだ。『アイアン・スカイ』作戦で見せたような慎重さは鳴りを潜め、欧州奪還に血気逸る将兵を諫めるどころか、逆に煽り立てて一気に決着をつけようと急いている節すら見受けられる。

 

 

 ――まるで、何かを隠そうとしているかのように。急いで作戦を進めることで、注意を逸らそうとしているようにも思えるのだ。

 

 

(前にあった『ウォーロック事件』、あの時と同じ匂いがするわ……)

 

 ウォーロック事件……元ブリタニア空軍大将トレヴァー・マロニーによって引き起こされた、試験運用中の無人人型航空兵器による暴走事件である。

 

 マロニー大将はウィッチの存在意義を失墜させるため、鹵獲したネウロイのコアを用いた無人兵器を試験運用中にも関わらず実戦投入……あわや大惨事寸前まで追い込まれた。

 

 

 ――今回の『インディペンデンス』にも、それと同じ“政治”の匂いがする。将校として上層部に触れることも少なくないミーナは、そのことを図らずも敏感にかぎ取っていた。

 

 

 

「ミーナ、まさか……!」

 

 ハッと顔を青ざめさせるバルクホルン。彼女もまた、ミーナの考えるところを察したらしい。もしその推測が正しければ、リべリオン軍とドゥーリットル中将は……。

 

 

 

 

「トゥルーデ、フラウ――」

 

 

 近くに来るように手招きするミーナ。

 

 

「――万が一に備えて、皆に連絡を取りましょう。くれぐれも、気付かれないように」

 

 

 ミーナの指示に、頷いて了解の意を示すエーリカとバルクホルン。別れ際、バルクホルンが聞いてくる。

 

「その……シャーリーにも伝えるのか?」

 

 ドゥーリットルがシャーリーの恩人であることは、本人から直接聞いていた。だとすれば……。

 

 

「だからこそ、よ。シャーリーさんなら、きっと今の状況を見て見ぬフリは出来ないでしょうから」

 

 

 彼女には彼女の役目がある。そして自分たちもまた、自分たちの役目を果たすまでだ。

 

 




 ミーナ「私にいい考えがある」


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Vol.27:彼女の使命

                    

「なるほど……」

 

 ミーナから事情を聴いた坂本美緒は、知らずと自分の右手が柄に延ばされているのに気付いた。放っておけば、今にも司令部に斬りかからんばかりだ。

 

「まったく……優等生も拗らせれば害にしかならんな」

 

 言い方は悪いが、今のドゥーリットルは無能な働き者でしかない。周りが止めろと言っても聞く耳をもたない。ならば――。

 

「固くなった頭を殴って柔らかくしてやる」

 

 坂本は袖をまくり、口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「さ、坂本さん……?」

 

「宮藤、雁淵、ちょっと来い。大事な話がある」

 

 なんですか、と寄ってくる彼女らの耳に、美緒は口を近づけて囁いた。

 

 

「――今からちょっと、シャーリーの奴を助けに行くぞ」

 

「え? シャーリーさん、何か事件でも起こしたんですか?」

 

 首をかしげる芳佳に、坂本は笑いながら「少し違う」と訂正する。

 

 

「これから起こすんだ。――とびっきりの大事件をな」

 

 

 

 **

 

 

 空母ホーネットのCICでは、重苦しい空気が漂っていた。

 

 ネウロイの出現を受けてすぐ予備部隊を投入して防衛線の構築を命じたドゥーリットルだったが、事態は想像以上に悪化していた。

 

「結論から述べると、遅滞防御は完全に失敗です。ネウロイの進軍速度は落ちておらず、我が軍は事実上の潰走状態に陥っています」

 

「つまり、このままでは防衛線の構築は間に合わないと……」

 

 思わず天を仰ぐドゥーリットル。

 

 防衛ラインの構築には、どう少なく見積もっても1日はかかる。そこで後退する部隊には出来る限り時間を稼ぐよう遅滞防御を命じているのだが、相次ぐ状況変化で混乱した現場司令部は完全にパンク状態に陥っていた。

 

 

 結果、ヨコの連携が全く取れないまま、各部隊はバラバラに戦っていたずらに兵力を消耗させていた。

 

 勝手に退却する部隊もあれば、独断専行で突出する部隊もいる。戦線はすでに崩壊し、半日も経たずこちらに到達する見込みだ。

 

 

 

              

「―――――ジェニーっ!!」

 

 

 そのとき不意に、遠くから声が聞こえた。窓の外からだ。

 

 思わず声のした方をみると、高速で突っ込んでくる物体が見える。

 

 

「ジェニー・ドゥーリットルぅううッ!」

 

 

 大声で叫びながらミサイルよろしく突撃してきたのは、極限まで加速したウサギ耳のウィッチ。シャーロット・イェーガー大尉だ。

 

「シャーリー……!?」

 

 かつての部下の顔を見て、ドゥーリットルの顔に驚きが浮かぶ。

 

「何してるんですか!? 今すぐ持ち場に……」

 

 

 

 

 

「歯ぁ食いしばれぇぇえええええっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 幕僚たちが止める間もなく、CICに鼻の骨がひしゃげる嫌な音が響いた。 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 鼻血を流しながら地面に倒れ込んだ上官を、肩で息をしながらシャーリーは見下ろした。

 

 

(やっちまった………)

 

 

 ドゥーリットルの眼鏡にはヒビが入り、丁寧に手入れされていた赤みがかった金髪は激しく乱れている。中将をここまでぶちのめした中尉は後にも先にも現れないだろう。

 

 そして警備厳重な司令部に辿り着くため、坂本少佐らと一緒に何人もの衛兵をぶちのめしている。今でも彼女たちが力ずくで説得しているはずだ。

 

(ここまで来るともう殆ど反乱だな、こりゃ……)

 

 

 だが、それでも自分は言わねばならない。

 

 

 かつての恩人が道を踏み外そうとするのを、黙って見過ごす訳にはいかなかった。

 

 

「ジェニファー!」

 

 

 呼び捨てで叫ぶ。唖然とする周囲には目もくれず、ブルーの瞳はドゥーリットルのみを見据えている。

 

「今すぐ作戦を中止してくれ! このままじゃ全滅だ!」

 

「中止……?」

 

「そうだ! この戦いは負けた! 総退却、撤退命令を出してくれ!」

 

 失った装備は数か月で埋め合わせが出来るだろう。リベリオンにはそれだけの国力がある。

 

 しかしベテラン将兵たちは、一度失われれば数年は回復できない。それが損失率を上げて、やがて戦力はジリ貧になる。

 

 

「………いえ」

 

 

 だが、ドゥーリットルにも立場というものがある。

 

 軍人にとって上官の命令は絶対であり、階級が上がれば上がるほど軍紀に縛られていく。

 

「退却は許可出来ません。持ち場に戻ってください」

 

「ジェニー、お前……っ!?」

 

「これは本国からの命令です! 独断で動けば軍法会議にかけますよ!?」 

 

 

 『インフィニット・ジャスティス』作戦は全人類の命運を賭けた一大反攻だ。成功すればリべリオンの威信と発言力は大いに高まるに違いない。

 

 戦後の主導権を握るためにも、装備やドクトリンなどあらゆる面で自分たちの優位性を見せつける必要性がある……。

 

 『コンバット・ボックス』も、『インディペンデント』も、すべてはリべリオンの国力を見せつけるため。だからこそ、司令官であるドゥーリットルには“リべリオンの勝利”が求められていた。“連合軍の勝利”ではない。

 

 

「本国なんか知るか! 本国にいるお偉いさんに、今の惨状を一字一句伝えられるのかよ!? アタシたちは国のメンツを守るために命を懸けてるんじゃない!」

 

「……私はリべリオンの軍人です。法と民主主義は破れません」

 

 どちらにも正義があった。

 

 軍隊が会社であるとすれば、ウィッチは社員で政府と国民は株主だ。ドゥーリットルは管理職として部下であるウィッチたちの命に責任を負う立場であるが、同時に株主たる本国の意向を汲んで彼らを満足させなければならない。

 

 シャーリーとて、それが完全に間違いだとは思わない。ウィッチたちの給料は税金で賄われているのだし、現場の意見が全て正しいなどと言うつもりもない……だが、今回はさすがに限界であった。

             




 シャーリー 怒りの殴り込み


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Vol.28:責務の果てに

 しばし睨み合った後、最初に目をそむけたのはドゥーリットルであった。シャーリーに背を向け、溜息をつくように副司令官のアドルフィーネに声をかける。

 

「埒があきませんね……ガランド少将、作戦会議を再開します。これ以上、不毛な言い争いをしている時間はありません」

 

 

 だが、アドルフィーネはその場を動こうとしなかった。無言のまま、ドゥーリットルを見続けている。

 

 

「少将、まさか……」

 

 その意図するところを察し、ドゥーリットルは信じかねるように目を見開く。しかしアドルフィーネの態度は変わらない。

 

「イェーガー大尉の意見を支持する」

 

「ガランド少将!?」

 

 副司令官からの厳しい意見に、ドゥーリットルは歯を食いしばる。辺りを見渡すが、誰もが口に出さないまでも目で退却するよう訴えていた。

 

 全員の意見を代弁するように、アドルフィーネはさらに前へと進み出る。

 

「これ以上の継戦は死傷者を増やすだけだ。被害を最小限に抑えるには、退却がもっとも適切だと考える」

 

「……上官命令で却下する、と言ったらどうします?」 

 

 伝家の宝刀である「上官命令」をチラつかせるドゥーリットル。これを使うのは彼女にとっても切り札であり、出来れば避けたい。しかし使うとなれば躊躇うつもりは無かった。

 

 

 だが、今回はアドルフィーネの方が一枚上手だったようだ。

 

 

「私はウィッチであると同時に、栄えある帝政カールスラントの軍人だ。同盟関係を考えてこれまで何も言わなかったが、これ以上リべリオンの事情に振り回されて我が軍に被害が出るようなら、こちらにも考えがある」

 

 遠回しに、カールスラント軍の単独撤退をチラつかせるアドルフィーネ。勿論そんな事をすれば両国の同盟にヒビが入るのは確実だが、このままではリべリオンとの友好と引き換えに貴重なウィッチ隊を磨り潰されかねない。

 

「っ……!」

 

 ドゥーリットルが苦虫をかみつぶしたような顔になる。どのような対応をとるのがリべリオンの利益になるのか、頭の中で天秤にかけているのだろう。

 

 

「なぁ、ジェニー」

 

 

 シャーリーが、不意に声のトーンを落とした。

 

「外をよく見ろ」

 

 シャーリーはゆっくりと、指で窓の外を差し示す。黒煙を上げる戦場、焼け野原……その光景は、否応がなくひとつの現実を突きつける。ドゥーリットルが頑なに認めようとしなかった、たったひとつの真実を。

 

「もう限界だよ。軍隊としても、部隊としても既に連合軍は機能していない」

 

 

 すなわち、敗北―――。

 

 

「ッ……!」

 

 自分たちはネウロイに負けたのだ。連合軍は既に、敗北への階段を下りてしまった。全世界の期待と、人類の命運をかけた史上最強の作戦『インフィニット・ジャスティス』は完全な失敗に終わったのである。

 

 

(今回の連合軍は、人類の持てる最高戦力だった。各国の精鋭に、最新技術、圧倒的な物量……)

 

 

 それだけに、この現状を認めることが出来ない。否、これを認めてはならないのだ。

 

 

 ドゥーリットルはこれまで、一度だって他人からの期待を裏切った事はない。勉強も運動も成績は常に一番。親からも先生からも上官からも信頼される、完璧な優等生。

 

 そんな聡明な彼女が、作戦の失敗に気付かない訳がない。

 

 ただ、それが認められなかったのだ。作戦を成功させて、ネウロイに勝つことしか頭になかった。作戦を成功させ、本国の意向を汲み、世界中の人々の期待に応える――負けて退却することなど考えもしなかった。

 

 

 負け戦など、誰も望んでいないからだ。

 

 

 彼女は連合軍の最高司令官で、『無限の正義』作戦の責任者……いわば全人類の期待と希望を背に背負っている。ネウロイとの戦争を終わらせる使命が、彼女には課せられている。

 

 

 ――だからこそ、期待を裏切れない。

 

 

 負けを認めてしまえば、自分を信じて死んでいったウィッチや、苦しい生活に耐えている国民に申し訳が立たない。カールスラントの大地に瘴気を撒き散らした、禁断の兵器を使った事も全て無駄になる。

 

「それでも、私は……!」

 

 しかしドゥーリットルはその先を続ける事が出来なかった。シャーリーに肩を掴まれ、壁にぐっと押しつけられる。

 

「ッ……!?」

 

「ジェニー、もう一度だけ言うぞ」

 

 シャーリーは声のトーンを落として語りかけた。

 

「このままだと負ける。ただの負けじゃない――全滅になる」

 

 ドゥーリットルの指揮した連合軍は、間違いなく人類最大最強の軍隊だった。装備も練度も作戦も一切抜かりは無かった。

 

 

 だが、今回はネウロイの方が強かった。

 

 

 それが事実だ。真実は潔く認めるしかない。このまま戦い続ければ、間違いなく全員が死ぬだろう。

 

 

「――いい加減に現実を見ろ。目を背けるな」

 

 そう言ってシャーリーは、指で窓の外を指し示す。黒煙を上げる戦場に、撃ち落とされる戦闘機、焼け野原……。

 

 

「現実を見て、そして考えるんだ。何が最良の方法か。自分に何が出来るのか」

 

 

 ドゥーリットルが指令室に目を戻した時には、幕僚全員が切実な表情でドゥーリットルに訴えていた。口にこそ出さないが、何を言わんとしているかは嫌でも理解できた。

 

 

 敗北を認め、撤退を――。

 

 

 目の前にいる若いオペレーターは、結婚式を挙げたばかりの新婚だった。入口に立っているベテランの衛兵には、長年連れ添った妻と家族がいる。地図に手を置いている老齢の参謀は、来月に孫娘ができる予定だ。

 

 

 彼らに、家族と引き裂かれて死ぬ責任はない。彼らはただ、自分の命令に従っただけ。もし誰かが責任をとって死なねばならないというのなら、それは最高司令官である自分の務めだ。

 

 

「総員………退却してください。責任は、私がとります……」

 

 

 ドゥーリットルの一言で、その場の全員が動き始めた。

 

  




 コンコルド効果って戦争でもよく見ますよね。

「今さら作戦の中止なんて出来るか! 死んでいった兵士に顔向けできんだろ!」という理屈。これを国家規模でやるとどっちかが全面降伏するまで闘い続ける国家総力戦に。


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Vol.29:理想の前線指揮官

  

 

(“また”……私は失敗したんですね……)

 

 オペレーターが慌ただしく前線に退却指示を伝える様子を、ドゥーリットルはどこか達観したような目で眺めていた。

 力なく項垂れ、乱れた長い髪が顔を隠すようにはらりと垂れる。

 

 これで終わりではない。やっとのことで出した退却命令だが、現場からすれば遅すぎた。ネウロイの脅威はすぐそこまで迫っている。

 

 

「ジェニー」

 

 シャーリーが声をかけてきた。意気消沈しているドゥーリットルの肩を掴み、気を引こうと強く前後に揺らす。

 

「まだ仕事が残ってる」

 

 退却中の軍隊は無防備だ。誰かが時間稼ぎをしなければならない。

 

「何を……」

 

「指揮をとってくれ。得意だろ、そういうの」

 

 さも当然かのように言い放ち、そそくさと出撃の準備を始めるシャーリー。彼女のマイペースぶりは知っていたが、さすがに面食らって狼狽するドゥーリットル

 

「わ、私が……?」

 

「ここで負けて死ねば結果は変わらない。ジェニーは負け犬として、数万の犠牲を出したバカ司令官として歴史の教科書に残るぞ」

 

 そんなのは嫌だろ、と突き放すシャーリー。

 

 敗者として名を残したくなければ、生き恥を晒してリベンジだ。生き残って最後に勝った奴だけが、責任をとったと言えるのだ。

 

「何度でも繰り返せばいい。10回でもダメなら100回、100回でもダメなら1000回繰り返せばいい。勝つことを、諦めるな」

 

 それは音速を超えるために、何千何万という失敗を繰り返してきた、シャーリーだからこそ言える言葉。

 

「ジェニー、アンタにしか出来ない仕事だ」

 

「っ……!」

 

「とりあえず、501JFWはミーナが戦区司令官の権限を使って復活させてるから好きに使ってくれ」

 

 さらっとミーナの独断専行を伝えるシャーリー。どう考えても職権乱用と越権行為である。

 

「………」

 

 ちらりと隣を見ると、命令違反にもかかわらずガランド少将が「よくやった! さすが私の部下だ!」と小さくガッツポーズを決めていた。

 

「……ガランド少将?」

 

 ジト目で見つめてくるドゥーリットルに、ガランドはうっと一歩後ずさりながらも部下を擁護する。

 

「あー、なんだ、その。カールスラント軍だと、たまによくあるんだな、独断専行は」

 

「はぁ……分かりました。私の負けです」

 

 ドゥーリットルは大きく嘆息すると、両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「ではこうなった以上、ガランド少将にも最後まで付き合ってもらいますよ」

 

「元からそのつもりだ。で、何をすればいいんだ?」

 

 予備隊の指揮か、それとも撤退する部隊への指示か。大方面倒な指揮を任されるだろうと考えていたガランドは、続いてドゥーリットルの口を突いて出た言葉を一瞬、理解することが出来なかった。

 

 

「では、予備指定のジェットストライカー部隊・第44戦闘団を率いて出撃してください。今は少しでも戦えるウィッチが欲しいので」

 

 

 とてつもない無茶ぶりだった。ガランドに限らず、他の幕僚たちまで目を丸くしている。

 

 いくら元エースとはいえ、今のガランドはシールド能力を失っている。いや、そもそも司令官クラスのウィッチを、「まだ戦えるから」という理由で現場に放り込むなど正気の沙汰ではない。

 

「おいおい、いくらなんでもそれじゃ……」

 

 ガランド自身としては、現場で戦う事に異議はない。むしろ司令部勤めより好きなぐらいだ。だがしかし、それで司令部が回るのか――そう彼女が反論しようとしたときだった。

 

 

 

「問題ありません。これはわたしの“独断専行”ですので、その通りに一人で全ての指揮をとります」

 

 

 

 低い、機械のように冷めた声がガランドの耳を打つ。ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。

 

(な、何だ……?)

 

 改めてドゥーリットルの方を見ると、纏う雰囲気がまるで変っていた。ゆるふわの茶髪も、優しげな表情も、すべてが元の彼女のまま。だが、別人のように何かが“違う”。

 

「ったく、やれるんだから最初からやれよな。頭が固いんだから」

 

 傍らでシャーリーが鼻を鳴らす。彼女だけが唯一驚いた様子もなく、やれやれといった表情だ。

 

「イェーガー大尉、念のために言っておきますが、これは非常事態につき総司令部権限を発動した例外事項です。次があるとは思わないでください」

 

「はいはい、分かってるって。これっきりだ」

 

 その言葉にドゥーリットルはふぅ、と大きく深呼吸をとり。

 

「それでは――直接、指揮をとらせていただきます」

   

 

 **

 

 

『――バルクホルン少佐、そのまま弾幕を張って戦闘機型ネウロイを右方向に追いつめてください』

 

「了解した!」

 

 インカムから聞こえる、ドゥーリットルの指示。それに従いながら、バルクホルンはネウロイをリーネの待つ、狙撃ポイントまで誘導していく。一体たりとも通すわけにはいかないのだ。

 

『――ビショップ曹長。訓練通りにやれば大丈夫ですから、落ち着いて狙ってくださいね』

 

「は、はいっ!」

 

「――クロステルマン中尉、坂本少佐に見惚れてないで撃ってください!」

 

「んなッ―――!」

 

 

 ミーナはぽかんと口をあけ、無線から聞こえるドゥーリットルの声を聴いていた。

 

「嘘……でしょ」

 

 はるか後方にいるはずなのに、まるで前線にいるかのように臨機応変かつ迅速な指揮統制。

 

 それだけではない。言葉ひとつをとっても隊員の性格を考慮して士気が上がるように気を配っているし、自然とそれぞれの固有魔法を最大限に活かせるような配置が出来上がっている。

 

 

 今までずっとマニュアルやドクトリン、作戦計画にこだわっていたのは何だったのか――そう思えるほど柔軟で理想的な現場目線の指揮だった。

 

「しゃ、シャーリーさん、彼女は一体……」

 

「ジェニーはな、隊員全員のプロフィールが頭に入っているんだ。それこそ情報部に調べさせた全ての情報……食べ物の好みから愛銃、彼氏と何日前に別れたかまでな。だからそれぞれの個性を最大限生かした統合作戦がとれるし、赤の他人でも縦横無尽に運用できる」

 

 それは、まるで……。

 

「そうさ。ジェニーほど現場を知ってる奴なんて見たことが無い。ドクトリン? 作戦計画? いざとなればそんなもの見ないでも、即興で立てた指示で勝利を掴めるのがアイツだ」

 

 ――ジェニファー・ドゥーリットルは頭でっかちの官僚なんかじゃない。理想の前線指揮官、生え抜きの現場監督だよ。

 

 まるで自分のことのように誇らしげに、シャーリーはそんなことを言う。 

 

 ミーナがぽかんとしている間にも、ドゥーリットルは猛烈な勢いで指示を出していく。魔力はとうの昔に枯渇しているはずなのに、まるで魔眼で全てを見通しているかのように矢継ぎ早に命令が飛ぶ。

 

「頼むぜ、ジェニー」

 

 にやりと笑って前線に向かうシャーリーは、どこか嬉しげだった。

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 対して、ミーナのほうは未だに動揺を抑えられずにいた。頭の整理が追い付かない

 

 

 ――そんな実力があるというのなら、どうしてあれほどマニュアルにこだわったのか?

 

 ――それほどの力があれば、コンバット・ボックスも新型爆弾も必要ないのではないか?

 

 

 面喰うミーナの様子を見て、シャーリーはああ、と納得したようにうなずいた。

 

「単純な話さ」

 

 いつもの明るいスマイルに、少しだけ影が差した。

 

 

「あいつさ、一度、それで部隊を潰しちゃってるんだ」

 

 




 やればできる子

 次回、ドゥーリットルさんの謎が明かされる?


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Vol.30:ウィッチの空

 

 

「え……!?」

 

 

 目を剥くミーナ。

 

「部隊を……潰した?」

 

 それはどういう――と先を続けようとしたミーナに、無線で指示が入る。

 

『――ヴァルケ中佐、ポイントS575に移動してください』

 

 ハッと気を取り直す。そうだ、今はまだ戦闘中なのだ。

 

「話はあとで聞かせてもらうわよ!」

 

 そう叫ぶと、ミーナは自身のストライカーをふかせて大空へと吸い込まれていく。

 

 

 ――まずは、目の前にいるネウロイを倒すのが先決だ。

 

 

 

 **

 

 

 残存部隊の一角を率いるラル隊長の下には、7人のウィッチが集まっていた。いつもの戦友たち――502JFWの仲間だ。

 

「行くか」

 

 ラルは簡潔に命じた。それだけで、今の部下には全てが伝わる。

 

「菅野さん! そんな前のめりに突っ込まないで!」

 

 ロスマン先生が怒鳴った。菅野と二パのペアは例によって近づき過ぎだ。

 

「ざっけんな! こっちは暴れたくてウズウズしてんだよ!」

 

「菅野、落ち着いて! ほら、離れるよ!」

 

 ニパが引きずるようにして、菅野をネウロイから離す。襲い掛かる破壊の光を紙一重で躱しながら、指示されたポイントまで引きずっていく。

 

「よし……クルピンスキー」

 

 ラルの指示で、待機していたメンバーが襲い掛かる。ストライカーユニットをブーストしての急降下爆撃。熾烈な対空砲火に何度も足を止められながら、しかし彼女たちは飛ぶのを諦めない。

 

「僕だってやる時にはやるんだよ!」

 

「行け、ニセ伯爵!!」

 

「えーっと、一応は応援してくれているのかい……?」

 

 

 

 ◇

 

 

 502JFWの猛攻を受けたネウロイは、手負いの獣のように抵抗した。檻に閉じ込められた猛獣のごとく、鋭い爪や牙で攻撃を繰り返すが、徐々にいなされるようにして追い込まれていく。

 

 陣形は崩された。右往左往する中でネウロイはまず、速度という力を喪失していった。

 

 ゆっくりと、しかし着実に進路を変えられ、狩人たちの待つ狩場へと誘導されていく。被弾してスピードが落ちたネウロイには、それと比例するように次々と銃弾が当てられていく。

 

「――第11砲兵師団、一斉射」

 

 世界最強を誇ったリべリオン軍は、見る影もなく無残な敗北を喫した。しかしそれは「軍」としての総体で見ればの話だ。ごく稀に、士気も高く損耗も少なかった部隊が勇敢にも踏みとどまる場合がある。

 

 第11砲兵師団はそうした部隊の一つだった。

 

 ドゥーリットルの手元にはまだ、大砲と対空機銃、そして戦車という文明の利器が残されていた。

 完璧でないにせよ、コンバット・ボックスを見せつける余地は充分にある。

 

「――第8戦車連隊は孤立したネウロイに砲火を集中、ヒット&アウェイを繰り返して被害を抑えながら敵を足止めしてください」

 

 戦車隊は後退しつつ、巧みな機動で敵を翻弄していた。対空砲は遮蔽物に潜みつつ、ここぞというタイミングで正確無比なヒットを当てる。

 砲兵部隊も大砲が焼き付いても構わぬとばかりに踏みとどまっている。被害は少なくないが、戦果はあがっている。

 

 

 

 **

 

 

 200人を超えるウィッチと10万を超える兵士が、ゲルマニアの大地に展開してたった一つの目標を攻撃している。

 

 めくるめく銃弾の交差に、爆発四散する戦車。プロペラを破壊されて酔っ払いのごとくふらつく爆撃機、炎に包まれたまま、なお機銃を打ち続ける対空戦闘車両。膨大な血と鉄が浪費され、ゲルマニアの大地に吸い込まれていく。

 

 

「……さすがに状況が複雑になってきましたね。少しばかり視察にでも行きますか」

 

 

 それまで戦闘指揮室から一切動かなかったドゥーリットル中将は、まるで人が変わったように輸送機に乗って戦場を縦横無尽に疾駆した。

 

 

 護衛の戦闘機を率いて戦場を突っ切っていくと、ネウロイの放火がそれに集中し、分離した小型ネウロイが追跡と撃破を試みる。

 

 その間に501JFWが別の方向から小型ネウロイを蹴散らし、巣に執拗な攻撃を加えた。分離を済ませたばかりの小型ネウロイが、今まさに飛び立とうとした直後に光と炎に包まれて砕け散る。

 

 ゾウに群がる蚊のごとく、巨大な巣にウィッチたちが舞い踊り、鈍重なレーザーの動きをあざ笑う。

 

「――敵、巨大な個体を分離!」

 

「あらあら」

 

 ネウロイの新しい動きに狼狽の気配すら見せずに、ドゥーリットルは通信を担当するナイトウィッチに二、三の指示を与えた。

 

 501JFWはゆるやかに降下し、眼下に見える森林をすれすれのところで飛行する。

 

 ドゥーリットルの戦術用兵は多様で巧妙を極めた。決勝点における有利を確立した上で、兵力配分の駆け引きを楽しんでいるようにさえ見える。

 

「うらぁぁああああっっ――!!」

 

 巧みに張り巡らされた火線の網目を潜り抜けたネウロイに、突如として地上の森から突っ込んできた人影があった。

 

 菅野と雁淵ひかりである。

 

 火線を避けようとしたネウロイは密集するように誘導され、互いの存在が邪魔になって効果的にレーザーを放つことが出来ない。

 そこに、一撃必殺の菅野の拳が巨体を貫く。悲鳴のような音を発したのち、ネウロイは強烈に輝いて四散した。

 

「やったぜ!」

 

 

 死闘のただなか、生き残った地上部隊と二線級のウィッチたちもまた活躍の場を得ていた。ドゥーリットルは彼らに制圧射撃を命じており、洗練された指揮も相まって苛烈な効果をあらわしつつあった。

 

 ベテランウィッチたちが危険を承知で近接戦闘に従事したため、ネウロイは巣の近くで戦わざるを得ない。

 必然、狭い空域で戦うことになればネウロイは密集し、下手にレーザーを使おうものなら同士討ちの危険が高まる。

 

 ウィッチたちは指示に従って巧みにネウロイを盾にしつつ、隙あらばネウロイの同士討ちを狙っているのである。

 

 青い大空に、エネルギーの乱流が湧き起こる。凶暴化したそれは互いに衝突し、共食いあって無慈悲な乱流に巻き込まれていく。

 

 必死になって死のレーザーから逃れようとするネウロイもいたが、ウィッチたちの機関銃がそれを許さない。

 銃弾の火線から味方のレーザーへ、空から地面へと誘導され、回避運動を強要されたネウロイは身体をすり減らし、コアを露出させていく。

 

「――ロケット、一斉掃射!」

 

 ドゥーリットル中将の声が朗々と響き渡ると、フリ―ガ―ファウストを構えたオラーシャのウィッチ隊が一撃必殺の弾頭を吐き出した。

 

 味方のウィッチがことごとく息をのむほどの威力が発揮され、ネウロイの巨体が縦横に切り裂かれて爆散していく。

 

「――大型ネウロイ、一体撃破!」

 

 502JFWが巨大なネウロイの体をオレンジ色の火球から細かい塵へと四散させたとき、その左後方でも大小無数のネウロイの破片が八方へと飛び散っていく。

 

「――こちら中型ネウロイを二体、行動不能にした!」

 

 戦果を報告する通信が無線に溢れかえる。

  

 




USA!USA!USA!


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Vol.31:たった一人の軍隊

 

 戦力集中と機動的運用……それこそが戦場における用兵の神髄である、と昔のドゥーリットルは信じていた。

 

 今、封印していたのその技術が正確無比に復活している。

 

 ネウロイの反応より速く、ドゥーリットルは矢継ぎ早に指示を出して先手を打っていく。機動力をいかして戦力を集中し、強烈な一撃を与えたのちに素早く離脱する。

 

 もちろん離脱していくウィッチたちに、速度の素早いネウロイが食らいつくこともあった。人類にならって、ネウロイもまた適材適所とばかりに豊富な種類を用意していた。

 

 だが、運用においては未だ素人である。

 

 高速ネウロイの一団は猪突し、他のネウロイから切り離された。ドゥーリットルがそうなるように誘導したのである。味方と離れて孤立したネウロイをミーナ達歴戦の指揮官が見逃すはずもなく、ネウロイは一斉射撃を受けてオレンジ色の火玉となって四散した。

 

 

 同時に高速ネウロイの突進によって空いた穴には、ただちにドゥーリットルが別のオラーシャ軍部隊を突入させていた。

 

 オラーシャの部隊は練度を補うために必ず三人一組で敵に襲い掛かり、短時間のうちに数体のネウロイを撃破した。巣が対策をとって増援を送った時には、既に離脱していた。

 

「なんだか、楽に倒せ過ぎて逆に怖くなってくるわね……」

 

 そしてそれ以上にミーナやラルたち指揮官クラスを戦慄させたのは、ここまでの指揮が出来るにもかかわらずドゥーリットルが今までそれを「邪道」とみなして過信しなかった事だ。

 

 本来であれば寡兵が大軍を打ち破ることは、邪道が正道を押しのける事である。501JFWや502JFWの超人的な活躍があまりに象徴的であっただけに、本来「窮鼠猫を噛む」であったものが美化され、賞賛されている。

 

 

 しかしドゥーリットルは緻密だがあくまで正統派の用兵家であり、非常識な奇策を弄して勝利をすることを良しとしない慎重さがあった。

 

 

 ――もっとも、ひとつひとつの指示を見ればどれも教科書通りの定石である。しかしその組み合わせて運用に関しては、洗練のレベルがまったく違った。

 

 

 全体の不利は、おどろくべき「戦力集中と機動的運用」の徹底によって完全に覆されていた。ドゥーリットルはネウロイに反撃のチャンスを与えず、逆転の勝機を次々にもぎ取っていく。

 

 まるでチェスの試合のように、彼女は持てる兵力を要所要所に必要なタイミングで投入していく。

 

 ただ、チェスと違ってネウロイには思考したり、反撃態勢をとる時間が与えられなかった。ドゥーリットルの仕掛けた動きに対応するだけで精一杯であり、ネウロイが本来もつ大出力のレーザーも大幅に威力を減衰させていた。

 

 

「――501JFW、出番です……! 坂本少佐!」

 

 満を持して、ドゥーリットルは最強の攻撃力を誇る坂本少佐と501JFWをぶつけた。

 

「本当に、いいように使ってくれる!」

 

 圧倒的な戦果を挙げる反面、ドゥーリットルの指揮下で戦うのは想像以上に大変だった。なまじコンディション管理がしっかりしているものだから、ひたすら戦い続ける事になる。

 

 それでも、こんなにも戦闘がやりやすいと感じたのは―――初めてだったかもしれなかった。群がるネウロイを倒していくのが、普段の幾倍も楽なのだ。

 

 いてほしい、と思った場所に必ず味方が現れる。とっさのフォローは、まるではじめからそうなると解っていたかのようだ。

 

 並みの指揮官なら部隊をとっくに使い潰しているような連戦を何度も続けているのに、自分でもどこにこんな体力と気力が残っていたのかと驚くほど体が動く。

 

(これは………!)

 

 脳内麻薬、あるいはランナーズ・ハイなどとして知られる現象だ。一定以上動き続けていると、徐々に脳から興奮作用をもたらす物質が分泌されていく。そのため次第に苦しさやつらさを感じなくなり、気分が高まっていく。

 

 ドゥーリットルは、戦術上の必要に応じて部隊を動かすだけでなく、個々の兵士の身体的負荷までを作戦の中に組みこんでいるのだ。

 

(そんな事ができる指揮官がいるのか……!)

 

 坂本美緒はその手腕を素直に称賛するとともに、背筋が凍るような戦慄をも覚えた。あそこまで完璧に兵士をコントロールしてしまえるのなら、もはや“彼女一人で十分”なのではないか、と。

 

 すべてをドゥーリットルに任せ、何も思考せずに言う事を聞いていればいい。否、多少の独断専行や命令違反ならば、ドゥーリットルがすぐにフォローしてくれる。

 

 ゆえに誰もが自由に行動できる。自由に動いていてすら、ドゥーリットルが全てを調整してくれるのだ。

 

(まずいな……これは)

 

 知らず知らずの内に、誰もが全てをドゥーリットル一人に委ねてしまっている。作戦や指揮だけでなく、自分のコンディション管理すらもだ。

 

 

 ――だが、それでも。

 

 

 勝っているのだ。勝てているのだ。

 

 

 それが大問題であると気づいた頃には、最後のネウロイのコアが502JFWによって破壊されていた。

 

 

 

 ―――そして。

 

 

 ドゥーリットルのいる司令室に、待望の報告が届けられる。

 

『――全部隊、撤退を完了いたしました! ネウロイの追撃はありません!』

 

 おお、と周囲からどよめきが漏れる。

 

 全滅は免れた。多くの資材を失ったが、経験とノウハウを積んだ兵士は何にも代えがたい。それらを無事に回収できれば、いつの日かまた反撃のチャンスを得られるだろう。 

       




 人をダメにするソファ……ならぬ指揮官ドゥーリットルさん


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Vol.32:消えたドリームチーム

 

 ――洋上・空母ホーネットにて。

 

 

 次第に見えなくなっていく水平線を眺めながら、ミーナとシャーリーは甲板に佇んでいた。沈みゆく夕日を見ながら、今回の一件に思いを馳せる。

 

「あの……ひとつ聞いてもいいかしら?」

 

 最初に口火を切ったのはミーナの方からだった。

 

「何だい?」

 

「その、シャーリーさんはドゥーリットル中将と……」

 

 ミーナの問いに、シャーリーは「昔の、そして今も友達だよ」と答えた。

 

 

 

 ――撤退完了後、ドゥーリットルはすぐにリべリオンに召喚された。作戦失敗の責任を取るため、軍法会議に向かうのだという。「新型爆弾」事件の責任を彼女に擦り付けようという上層部の思惑もあるらしい。

 

 

 

 憲兵に連行されるドゥーリットルを、シャーリーは必死に引き留めようとした。

 

 

 だが、ドゥーリットルは法を破る事を望まなかった。

 

 

「今回の件はすべて、司令官である私が最終的に許可を出しています。ですから、失敗の責任は私がとらなければなりません」

 

「いいのか……それで?」

 

「そりゃあ、行きたくはないですけど。誰かが責任とらなきゃ、世間は納得しません」

 

 あっけらかんと言うドゥーリットルだが、少なくとも解任と予備役編入は免れないはず。場合によっては不名誉除隊すらあり得る。彼女は遠くない内に、築き上げてきた輝かしいキャリアの全てを失うのだ。

 

 あるいは、いつか『インディペンデント』の真実が知れ渡った時、人身御供とするつもりなのだろう。国家の代わりに全ての責任を被り、戦争犯罪人として処罰されるかもしれない。

 

 

「そんな心配そうな顔しないでください。大丈夫ですよ、優秀な弁護士を雇うつもりなので」

 

 

 結局、シャーリーの努力もむなしく、ドゥーリットルはリべリオン行きの飛行機に乗せられた。去り際、少しだけ淋しそうに微笑んでいたのが忘れられない。

 

 

 

 

「昔のジェニーは、もっと柔らかい感じだったんだ。そう……今のミーナに似てるかも」

 

 

 遠い過去を懐かしむように、シャーリーは宙を見つめる。

 

「士官学校次席のエリートのくせに、赴任早々“軍隊は家族だ”とか恥ずかしいセリフを真顔で言ってきて……いつも現場の事を気にかけててくれる、皆に慕われるタイプのリーダーだった」

 

 意外だった。トップダウン型のリーダーの典型のような、今のドゥーリットルからは想像もつかない。

 

「持論が“マニュアルより経験”でさ、よく新兵と一緒に訓練したり、整備兵なんかとも飯食ってたりしたなぁ……」

 

 

 だからこそ、なのだろう。あそこまで彼女が現場を熟知していたのは。

 

 

 それだけに、やはり腑に落ちない。

 

 

 あの時のドゥーリットルの指揮は文句のつけようがない。即断即決、独断専行を重視するカールスラントの指揮官にも劣らない、臨機応変で機敏な対応だった。それほどの実力があるのなら、初歩的なマニュアルや教条的なドクトリンなど必要ないはず。

 

 

「……そういえば、まだ約束の話をしてなかったな」

 

 

 

 ――あいつさ、一度それで部隊を潰しちゃっているんだ

 

 

 シャーリーが語った意味深長な台詞。それに込められた意味を、彼女はぽつぽつと語り始めた。 

 

 

「そう、あれはあたしが一時的に、別の部隊に転属してる時期だった」

 

 

 遠い記憶を思い返しているようなシャーリーの声には、どこか寂しげな響きがある。

 

「あの時のリべリオンのウィッチはまだ実験部隊のような扱いでさ、いろいろな実権任務や新兵器の試験運用といった任務が多かったんだ。ジェニーは士官学校を次席で卒業したから、上司も期待していろんな任務を与えている感じだった」

 

 窓の外に目を向けたシャーリーの表情が、僅かに歪む。

 

「ジェニーはよく言ってたよ、“士官学校で学んだ知識を生かせるのが楽しくてしょうがない”って」

 

 私はともかく、とシャーリーは続ける。

 

 他のウィッチたちもみんな責任感と熱意のある、意識の高いウィッチだったらしい。

 

 猛訓練にも嫌な顔一つせず、無茶な出撃シフトを組んでも皆で励まし合って乗り越える。

 空いた時間には自習をして、覚えたテクニックはすぐに試して、どんなに大変な命令でも引き受けていた。

 

「負担は二の次、苦労は三の次、とりあえず成果が第一ってね。そうやって、どんどん任務を拡大していった結果――」

 

 ぎりっとシャーリーが歯を噛む音がした。

 

 

「あたし達は、期待以上の大戦果をあげた」

 

 

 見返りに待っていたのは、ベテランのウィッチですら驚くほどの大金星。一人で何十ものネウロイを撃墜し、作戦は常にパーフェクト。

 

 

「何十ものネウロイを迎撃してたよ、ジェニーの部隊は。ウィッチに頼めば大抵のことは何とかなる、そんな噂も陸軍内部で広がっていたし。参謀部も“ウィッチ隊が担当するなら”って評価されて……余計に断り辛くなってたのかも」

 

 だが、その裏では別の症状が進行していた。誰にも気づかれる事なく、それは静かにドゥーリットルの部隊を蝕んでいった……。

 

「ジェニーは優秀だったし、育て方も上手かったから部下もぐんぐん成長して最高のチームだったと思う。だから、みんなジェニー達に“甘え”ていくようになった」

 

 優秀な人ほど仕事が増えていく……もちろん人には向き不向きもあるし得意不得意もあるから、仕事の出来る人間に多くの仕事を割り振った方が効率は良くなる。

 

「山ほどの任務をこなして、3交代で24時間フル稼働で働き続けて。それから……」

 

 シャーリーが桜色の唇を噛む。

 

 

 

「――破綻したんだ」

 

            




 優秀な人間に頼り過ぎると、その人がいなくなると残された人が何もできなくなるという、職場や部活あるある。


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Vol.33:記憶の欠片

「ある日、大規模な軍の再編成があったんだ」

 

 何かを堪えているような表情で、シャーリーは一言一言、言葉を絞り出してゆく。

 

 

「それが、崩壊のきっかけになった」

 

 

 当時のリべリオンは軍拡の真っただ中にあった。ウィッチ隊の有効性が認められた結果、軍は大幅なウィッチの拡充に踏み切る事になる。

 

 しかし発足したばかりのウィッチ隊は指揮官不足に悩まされており、ドゥーリットルの下で育った優秀な隊員は次々に引き抜かれていく。

 

 そして転属が決まれば、それまで担当していた業務は別の隊員に引き継がれる事になる。新人も何人か入ってきた。

 

 

「でも、それが駄目だったんだ。これまでエリートだけで回していた職場から、ベテランから順に引っこ抜いて、素人で穴埋めして頭数だけ揃えたところで今までと同じように動くわけがない」

 

 

 当然、といえば当然のことだった。

 

 ドゥーリットルのいた第8航空軍は、効率の名のもとに彼女ら一部のエリートに依存する歪な構造になっていた。組織の核となるエリートに欠員が出た瞬間、機能不全に陥るのは容易に想像がつくだろう。

 もちろんドゥーリットルは教育に力を入れたが、人材というのは数日やそこらで育つものではない。

 

 だが、刻々と厳しさを増していく戦況は猶予を許さなかった。崩壊していく欧州戦線を支えるため、リベリオンもまた急激な軍拡とウィッチの大増員を必要としていた。

 

 

「ベテランの空いた穴を埋めるため、そして素人を一日でも早く一人前のウィッチに育てるため、仕事は更にジェニーに集中する事になった」

 

 初期には、とにかく頭数の確保が求められていた。ドゥーリットルが育てた新人ウィッチはギリギリ実戦に耐えうるレベルまで育った端から、容赦なく引き抜かれて戦場に投入されていく。命を落とした者も少なくはない。

 

 

 それでも、リベリオン軍上層部の方針は疑う余地のないほど“正しかった”。

 

 広大な欧州全域で戦線を維持するためには、少数の精鋭ウィッチで「ネウロイを倒す」ことよりも、多数の素人ウィッチで「時間を稼ぐ」ことが求められていたからだ。実際、そうして稼いだ時間のお陰で大規模な疎開に成功し、大勢の避難民が命を救われている。

 

 

 だからこそ、ドゥーリットルは文句の1つも言わなかった。否、言う事が出来なかったのだ。

 

 

 血や泥の舞う戦場よりも、学校で友人や家族と楽しく過ごしていた方が似合う幼い少女たち……自分を姉のように慕ってくれた彼女たちが、いずれ血と泥と煙にまみれた戦場に送り込れ、少なくない数が死ぬと分かっていて。

 

 それでも国のため、正義のため、人類のためと信じて。いずれ死にゆく彼女たちを自分はひたすら鍛えて戦場に送り続けた。その罪は決して、「命令に従っただけ」などという詭弁で誤魔化してはならないものだ。

 

 

 ゆえに一切の甘えは許されない。時間は1分たりとも無駄にはできなかった。そうでもしなければ、戦場で散っていった教え子たちの無念が浮かばれない。

 

 

「だからアイツは残業と休日出勤を重ねて休まず働くことで、なんとか綱渡りでネウロイ迎撃にあたっていたんだ。徹夜とか職場に寝泊まりなんてのも日常茶飯事だった」

 

 

 シャーリーは拳をぎゅっと握りしめ、荒い息を漏らす。

 

 

「崩壊は一瞬だったらしい。ジェニーが過労で倒れると、もう穴を埋められる奴はいなかった。ウィッチに頼りきりだった歩兵や戦車部隊は、どう戦えばいいのか分からなかった」

 

 

 数万の部隊を、たった1人の人間が支えている……そんな歪な組織が長くもつはずが無い。

 

 しばらくしてネウロイの奇襲を受けた部隊は壊滅、後方の病院に搬送されていたドゥーリットルだけが生き延びた。

 

「あたしが後になってそれを知ってジェニーに会いに行った時、あいつはまるで別人だったよ。何かを決めたような目で、あいつはこう言ったんだ」

 

  

 ――1人の人間がいくら優れていてもしょうがない、と。

 

 

 個人や少数の資質に頼った組織はそれと共に終わりを告げる。だから歩兵や戦車隊にもネウロイへの対抗策を持たせ、未熟なウィッチでも即戦力として戦えるようマニュアルを整備する。

 

 そうすれば誰か一人がいなくなっても任務は継続できる。組織として同じクオリティの運用を継続的に続行できる。

 

 

 

 どんな手段を使ってでも勝利する――勝たなければ、全てが無に帰してしまう。だとしたら、教え子たちの犠牲は何だったのか。

 

 

 その日から、ジェニファー・ドゥーリットルは決定的に変わってしまった。

 

 

 **

 

 

「私は、そんなジェニーを見ているのが辛くて……逃げたかったのかもしれない。それで501JFWに入った」

 

 

 ドゥーリットルの過去に、ミーナは絶句するしかない。

 

 

 今なら分かる。なぜ彼女があれほどまでにドクトリンにこだわっていたか。ウィッチの使用を最低限に留め、「人」ではなく「技術」でネウロイに勝利しようとしていたのか。

 

 

 人に依存する事が、悪い事ばかりとは限らない。互いを信頼し合うことで、得られるものも確かにある。

 

 

 ――だが、人間は皆いつか死ぬ。そうでなくとも、一人の人間が出来る事には限界がある。

 

 

「だからジェニーはその全てを、システムの中に組み込もうとしたんだ。替えのきかない人間を、機械の部品みたいな人材として動かせるシステムを作ることで、何時でも何処でも誰でもネウロイに勝てる軍隊を作ろうとした」

 

 

 素人集団であるリべリオン軍が、短期間でここまで強くなれた理由………それは欧州で戦うウィッチたちが自らの血を引き換えに蓄積した戦闘テクニックのデータを、ドゥーリットルらがマニュアル化したからに他ならない。

 

 

(ガランド少将も、美緒も、私も……いつかは魔力を失う。その時、私たちは若手に何が残せるのかしら……?)

 

 

 それは最近、ミーナも強く意識するようになっていた課題だ。親友でもある坂本美緒の魔力減退を傍で見ていたから、なおさら人間は永遠でないと強く感じる。

 

 

 もともとカールスラント軍には、将兵が有するコツやカン、ノウハウなどの「暗黙知」が組織内で代々受け継がれていく組織風土・文化を有していた。

 そうした暗黙知の共有・継承はカールスラント軍の強みでもある。

 

 しかし再編成・徴兵・統合作戦・人員削減など、作戦環境が激しく変化しているのもまた事実だ。

 加えてマンパワーも徴兵の常態化、死亡率の増加、早期戦力化の必要性などの変化により、「同一の組織文化の中で育ったほぼ均等な能力を持つ将兵が継承していく」といった前提は崩れつつある。

 

 

(だからガランド少将や美緒は、これまで以上に「教育」を重視した。ルッキーニさんや芳香さんのような、若手エースの成長は教育の賜物……それは間違いないけれど――)

 

 

 だが、ある意味でそれは偶然が重なった結果でもある。敢えていうなら美緒には教育者としての素質があり、宮藤芳香はそれを受け止められるだけの才能を持っていた。

 

 現行のシステムでは、たとえばエーリカのような「本人は優秀でも教えるのは苦手」なタイプの技術は継承されにくいだろう。

 受け取る側がリネットのような引っ込み思案であれば、なおさら人から人へ伝えるやり方はよろしくない。

 

 

 ドゥーリットルのマニュアル主義は、個人の有する情報を明文化・理論化し、文章・図・表の形に置き換えることで知識の共有化と普遍化を勧めていこうというものだ。

 

 テクノロジー信仰もまた、普遍的な技術の共有と継承という意味では同じベクトルを向いている。人はいつか死ぬが、テクノロジーは死後も受け継がれて、その積み重ねによってどこまでも発展していく。

 

 勿論、それとて完璧ではない。改良すべき点も多いだろう。

 

 

 だが、少なくとも一つの解答ではあった。

         




 


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Vol.34:エピローグ

 

「……そういう事だったのね。中将はすべてを知っていて、その上で……」

 

 

 今なら、ドゥーリットルがマニュアルやテクノロジーにこだわっていた理由に納得がいく。誰よりも人間を理解していながら、先を見据えて非人間的に徹する――彼女は一体、どんな気持ちで司令室に立っていたのか。

 

 並大抵の覚悟で出来る事ではないだろう。

 

 

「“ウィッチとしてではなく、『人類』としてネウロイに勝利してください”――、か」

 

 

 作戦終了後、ドゥーリットルが全員に向けて言った言葉……その一言にはきっと、彼女の全てが込められている。ジェニファー・ドゥーリットルという人間の想いと、その人生の全てが……。

  

 

 

 しばらく、二人とも無言だった。ややあって、ミーナがぽつりと呟く。

 

 

「長い道のりになるわね……少なくとも数年、いや数十年かかるかもしれない」

 

 

「たった数年か数十年だろ? そんなの、人の人生に比べれりゃ短いもんだ」

 

 

 長い、長い戦争になる。

 

 

 だが、決して長く苦しい撤退戦から逃げる事は許されない。人類の英知を結集し、苦い実戦から学んだ経験を余すことなく全て後世に伝える。

 

 

 それこそが――

 

 

(この戦いを生き延びた、私たちの使命であるはず……)

 

 

 心の中で、ミーナはぽつりと呟く。

 

 

 強く、強く。

 

 

 誰に強制されるでもなく、そう思うのだ。

 

 

 

 **

 

 

 

 1か月後、連合軍総司令部は「無限の正義」作戦の失敗を公式に認めた。失敗の原因は機材トラブルとリべリオン軍上層部の過度な作戦介入とされ、指揮系統の見直しが図られた。

 

 連合軍司令官ジェニファー・ドゥーリットル中将は全ての責任を取る形で解任され、後任の司令官にはアドルフィーネ・ガランド少将が着任する事になる。

 

 同時にリべリオンが極秘開発していた、『インディペンデント』の真実も白日の下に晒された。爆発の際に大量の“瘴気”を撒き散らすという副作用が知れ渡り、騙されていたと知った欧州諸国は激怒。リべリオン政府は釈明を求められることとなった。

 

 しかし大統領命令で投下指令を出していた事実を認めるわけにはいかない。リべリオンは芝居をうち、人身御供が用意された。

 

 

 その生贄の名は、ジェニファー・ドゥーリットル。

 

 

 失敗に終わった『無限の正義(インフィニット・ジャスティス)』作戦の責任者。人類史上最強の戦力を有していながら、無様に敗北した無能な司令官……正にうってつけの人物だった。

 

 ――新型爆弾の投下は、功を焦ったドゥーリットル中将の独断によるもの。リべリオン政府は一切関与していない。

 

 それが政府の望んだシナリオだった。

 

 

 自身に課せられた最後の任務を、ドゥーリットルは最後まで完璧に遂行した。全世界に向けて公開された裁判で、彼女は無能な愚将を演じきってみせた。

 

 

 リべリオン政府の潔白は証明され、人類が分裂するという危機は避けられる。

 

 

 **

 

 

 そして作戦の評価とは別に、もう一つの結論が出た。再発足した連合軍総司令部で開かれた指揮官会議の席で、連合軍最高司令官・アイゼンハワー元帥は次のような声明を読み上げた。

 

「我々は二度とこのような悲劇を繰り返さないために、瘴気を伴う大量破壊兵器の使用と研究・開発を強く制限する」

 

 その意味するところは明白であった。ネウロイ技術を使った兵器は禁じられなければならない。

 

「されど、同時にこのような大損害を防ぐべく、現行の組織・運用体制を見直すべきである。」

 

 この決定により、ウィッチ偏重の現行システムの見直しが図られた。ないがしろにされがちだった教育は充実していき、各国が連携できるよう情報共有ネットワークが構築される。

 

 

 『無限の正義』作戦は最後の最後で失敗したが、その苦い経験は人類が自らを見直す契機となった。そして図らずも新しく生まれ変わった連合軍の形は、ドゥーリットルが提唱したシステムと酷似していた。

 

 

 

 それから半年後、第8航空軍は再びカールスラントの空へと戻ってきた。しかし、今度はバラバラの軍隊ではない。かつてドゥーリットルが育てた、次世代のウィッチたちが護衛する―――本当の意味での『連合軍』だった。

 

        




      
 失われたものは大きいけど、同時に得たものもある、みたいな。

 あんまりハッピーとは言えないエンドですが、今作はこれで完結とさせていただきます。


 最後に、ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝いたします。

 つたないストーリーと文章でしたが、こうして最後まで走り切ることができたのは、ひとえに読者の皆様に応援していただいたおかげです。

 本当にありがとうございました。


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